† 規則は正しく守りましょう †






 夕食の混雑も落ち着き、人もまばらになった午後10時頃。
 その静けさを吹き飛ばす、ドタバタ!! という壮絶な追いかけっこの音にジェリーは眉を顰めつつも微笑んだ。


  規則は正しく守りましょう


 「いい加減にしろ!! のるな騒ぐな追いかけるな!!」
 「だって神田が逃げるんだもん! 酷いよ! 
 私に何にも相談しないでマラウイ行っちゃうなんて!!!」
 「任務だろうが!!! てめっ離れろおおおおお!!!」
 食堂の入り口でとうとうリナリーに捕獲された神田が怒声をあげる。
 引き剥がそうと伸ばした手から器用に逃げまわり、背中に張り付かれた所で勝負はついた。
 そのまま無言でリナリーをおんぶしたままカウンターに来た神田を、ジェリーは楽しげに迎える。
 「おかえりなさい、神田v
 今回はすこぉしだけ時間がかかったのねん♪」
 「……ああ」
 「少しじゃないもん! 
 私、ずーっと心配してたんだからね。か、神田が…」
 「俺がなんだよ。いっとくが今回はハズレだったからな。
 怪我なんかしてねぇぞ」
 溜め息混じりに神田が言うも、リナリーは「ちがう、ちがう」と首を振るばかりで核心を話さない。
 神田の背中に引っ付いたまま、瞳にじんわりと涙を浮かべ始める始末。
 まるで3歳児がぐずっているような姿に、ジェリーが呆れたように声をかける。
 「リナリー、あんたもう12歳のお姉ちゃんでしょ。
 いつまで神田におんぶに抱っこのつもりでいるのん?」
 「まったくだ。何かあるごとに飛びついてきやがって……」
 「そうそう! あんたがあんまりにも神田にべったりなもんだから。
 最近じゃ、みんな誰も気にしなくなっちゃってぇ」
 「この前なんかリーバー君、リナリー探してたくせに素通りしちゃったんだよね!」
 「きゃあ!?」
 にゅっと、神田の背後から突如現れた長身の影にジェリーが甲高い悲鳴をあげた。
 神田は気配に気づいていたのか、それともすでに慣れたものなのか、微動だにしない。
 リナリーと一緒にいる時間が長い分、コムイの奇襲回数だって伊達じゃない。
 気配を殺すのが無駄に巧いことくらい、承知の上である。
 後、この兄妹は逃げる者をとことん追いかける習性もあるのだ。
 逃げ切れないのなら、動かない方が得策だということには、この数年でやっと学習した。
 何も言わず、ただ心底面倒くさそうに睨んでくる神田に、コムイは邪気のない眩しい笑顔を向けた。
 「おかえりー、神田君♪ 無事に帰ってきてくれて嬉しいよ♪」
 「先に言っとくが、こいつが勝手に引っ付いてるだけだからな。
 文句あんならてめぇで剥がせ」
 「えー? そりゃ僕の愛するリナリー可愛いリナリーを勝手におんぶしてるのは許しがたい行為だけどさー」
 言いながらコムイはリナリーの小さな頭を優しく撫でる。
 「その前に2人とも。
 教団内で音速を超えた鬼ごっこをしちゃダメだって何度も言ってるでしょ? 
 正直、君達がマジ走りしたら元帥以外全員ピンチだからね。
 この前はリーバー君を壁にめりこませたし、さっきだって、たまたま遊びに来てたバクちゃんをお星様にしたんだよ。気づいてないだろうけどさ」
 「んま! そうだったのん! いけない子達ね!」
 「まあ、僕的にスッキリしたから今回は許すけどね♪
 むしろグッジョブだよ!」
 心から賞賛するように今度は神田の頭を撫でようとコムイが手を伸ばした瞬間、ずっと黙ったままだったリナリーが慌ててそれを止めた。
 「兄さん! 神田の頭に触っちゃダメ! ずれちゃう!!」
 「大丈夫だよ。だってあんなアグレッシブ過ぎる追いかけっこでも無事だったんだから! 
 今さら僕が撫でたくらいじゃビクともしないよ♪」
 「でも……やっぱりダメ! 
 私、私……神田の頭がツルツルなんて受け止めきれないもん!!!」
 「気持ちはわかるけど……神田君だって任務遂行の為に涙を呑んで犠牲を払ったんだ。
 そんなコト言っちゃいけない。泣きたいのは神田君の方なんだよ。わかるね、リナリー」
 「兄さんは女心をわかってないんだよ!! だって丸刈りなんて……酷すぎるよぉ…ふぇ」
 「ちょっとまて!!! てめぇら一体なんの話をしてやがる!!!」
 『ずれちゃう』だの『つるつる』だの『丸刈り』だの聞き捨てなら無いにも程がある。
 ジェリーの「まさか、そんな…」と明らかに己の頭部に向けられる疑惑の視線を振り切るように、神田は爆発するようにまくしたてた。
 「俺の任務が少し長引いただけで、てめぇら兄妹の頭ん中でどんな妄想が出来上がった!
 言っとくが自前だからな! 任務先でそんな犠牲なんか払ってねぇぞ!」
 だいたい今回の任務自体スカだったのである。そんな断髪式的な強制イベントなど起こりえるはずもない。
 コムイは怒りのあまり上下に震える神田の肩を、なだめるように手を置きつつ困ったように笑った。
 「ま、まあまあ。神田君、落ち着いてよ。だってマラウイに行ったんだよね?」
 「てめぇが俺に行って来いって言ったんだろうが! 
 ボケてんじゃねぇよ!!!」
 「うん。だからね。
 マラウイってさ……男性の長髪が禁止されてるんだよね。法的に」
 「はぁっ!?」
 「そりゃ、こっちは世界を救う為に頑張ってるんだし、中央庁の後ろ盾もあるから、 そんなの幾らでもスルー出来るんだけどさ。
 でもだからって、あからさまに法を犯してたらダメとか以前に目立つでしょ?」
 「それで……神田が任務先でそれに気づいて丸刈りにしちゃったって! 
 平気だっていってたけど、声が震えてたって兄さんがっ!」
 とうとう泣き出してしまったリナリーを今だ背負ったまま、神田は途方にくれた。
 そんな話、俺は一言も聞いてねぇぞ――
 うっかり固まったままツッコミを忘れた為に、リー兄妹の会話はずんずんと飛躍していく。
 「んで、あんまりにも神々しいツルツルっぷりに
 心を打たれた修行僧の人にスカウトされちゃったりなんかしてさ!」
 「そこのお寺は女人禁制だから、リナ、神田にもう会えないって!」
 「あんまりリナリーが泣くもんだからさ。
 僕が特製のカツラと頭皮に優しい天然素材の接着剤を送ったんだヨ♪
 役立ったみたいで良かったネ、神田君」
 「神田! せっかく無事に帰ってこれたんだから、これから一緒に発毛と育毛がんばろうね!神田をお寺に出家なんて絶対にさせないんだから!」
 「妄想を飛び立たせるのもたいがいにしやがれえええ!!!!!」
 今度こそリナリーを背中から引き剥がし、勇ましく復活した神田が力の限り吼える。
 「なんで俺が出家なんかしなきゃなんねぇんだ! 俺が・いつ・頭を丸めた!」
 「だって兄さんがそう言って…」
 「コムイ!! やっぱり元凶はてめぇか!!」
 涙で潤む困惑した瞳を向けるリナリーに盛大な思い込みはあれど、悪意はない。と、瞬時に判断した神田が素早く抜刀し、元凶の喉元に白刃を突きつける。
 「吐きやがれ! どんなホラ吹きやがった!!!」
 「神田君!!? け、頚動脈! 急所! 死ぬ! 
 キャアアアアア!!! 血ぃいいいいいいい!!!!!」
 「あぁッ!? 答える気がねぇんなら、このまま叩っ切るぞオラッ!!!」
 「違うんだヨ! ほんともう湧き上がる人間心理に流されたというか、涙目で信じきっちゃってるリナリーが可愛すぎたというか!? 
 マラウイにそんな法律があるって後から知ってさ!!!」
 血走った目に本気の殺意を感じ、蒼白になりつつ、コムイがペラペラと喋り出す。
 「それで早く連絡して許可もらわなきゃって思ったんだけど、考えてみれば神田君達が現地到達してから結構経つのに何も連絡なかったし!
 じゃあ、問題なしって事でサ! なら、おもしろい方向で行こう♪って思わない!!?」
 「そのおもしろい方向ってのが、俺の出家かよッ」
 「だって、こんなおもしろい話をほっとくなんて勿体ないでしょ!!?」
 「……兄さん、リナに嘘ついたの?……」
 ポツリ、と静かに響いた声に、これまた隠し切れない怒気を感じ取り、コムイの全身からどっと冷や汗が吹き出る。
 「リ、リナリー?」
 「リナずっと泣いてたのにあんなに泣いたのに……嘘、ついたの?」
 「いやその、だからね! お願い、おにーちゃんの話を聞いて!!?」
 「神田にカツラセットを届けにいくって言ったら、
 ミニスカ禁止だからダメって言ったのも嘘だったんだ!!!」
 「え、や!!! それはホント――」
 グワッシャァアアア!!!!!
 ガランゴロンゴロゴロゴロ―と、近くにたまたま置いてあった食卓机が勢いよく転がっていく。
 ありえない速度で吹っ飛んでいった机は、そのまま食堂の壁を突き破り廊下へと消えていった。
 机を一瞬で目の届かない位置まで蹴飛ばした、誰もが見惚れる程の美脚を、スッと音も無く下ろす少女の足はもちろんダークブーツ全開である。
 「ねえ? 神田……許せないわよね」
 「ああ、許せねぇな」
 「反省させないとだよね」
 「いっそ思い出にしてやった方が良いんじゃねぇか」
 「もう、神田ったら兄さんを殺しちゃダメだよ」
 ウフフ、とリナリーが可愛らしく微笑む。だが、その目は怒りで爛々と輝いていた。
 まったく同じ眼差しで神田にも睨みつけられ、コムイは震える足に鞭打って立ち上がる。
 ――だって、ほんのお茶目だったのに殺されそう。
 「ええええっと!! ほら!! ダメじゃないか!!! 
 机蹴っ飛ばして壁に穴あけちゃ!!!? 僕はちょっと用事―ほら! 
 お星様になったバクちゃん拾いに行ってついでに医務室へ運ぶから!!!
 あ、後で2人仲良く謝りにいくんだよ! ね!!!」
 一気に早口で捲し立てると、足が震えていたにも関わらず素晴らしい俊足で食堂から逃げ出していった。
 遠い目で見送りつつ、途中から構うのも馬鹿らしくなって放置していたジェリーが、明日の下ごしらえをしつつ2人に声をかける。
 「で、2人ともどうするの? 何か食べるのかしら?」
 「……そうだね。じゃあ、胡麻ダレ団子お願い。
 今夜はちゃんと反省するまですり潰したい気分なんだ」
 「じゃあ、俺は一思いにかち割りたい気分だから、割子蕎麦だな」
 「注文くらい穏便にしなさいよ。あんた達」
 まるで実の兄妹のようにそっくりな物騒顔をする2人に、ジェリーは肩を落とした。

 翌日、教団のママンが壁に穴をあけた愚行を見逃すはずがなく。
 全身包帯だらけのコムイも加わり、仲良く壁を修復する3人の姿があったとか……
 そして、マラウイで神田が問題なく行動できた理由が、バチカンの後ろ盾とか世界の為に〜とかではなく。
 単純に、現地の人々から【東洋の美少女認識】されていたからだという…
 最大のオチにして爆弾は、3人の耳には幸いにも入らなかったらしい。




Fin.

 

















Presents