† Part Of Your World †
柔らかな朝陽に照らされ、少女の瞼が震えた。 「・・・うっ〜?」 小さな手で目をこすりながら、薄く瞼を開ける。 だが、昨夜も日が変わるまで科学班の手伝いをしていた身体はまだ睡眠を求めているようで・・・・・・ その欲求に逆らう事をせずに、リナリーは朝陽に背を向けコロンと丸くなった。 幸せそうに微笑み、暖かな毛布に顔を埋めた瞬間、 ――ボグシャアッ!!! 「・・・っ!?いっ痛いぃいいいいいいい!!!!!」 それは、計ったかのようにリナリーの脳天へ強烈な一撃を与えた。 あたかも座禅中に居眠りをした僧侶に、喝を入れる住職のように問答無用である。 あまりの痛みに呻きながら、リナリーが飛び起きると、それはベッドの上ですら威圧感たっぷりに存在していた。 朝陽を浴びてなお黒く輝く刀身―― 「えっ、六幻・・・・・・!?」 そう六幻である。 一瞬、持ち主である神田と訓練の約束をし、うっかり寝過ごした時にされた凶悪なしかめっ面を思い出し、リナリーの肩がビクッと震えた。 恐る恐る触れて、両手で持ち上げる。そうしてキョロキョロとリナリーは自分の部屋を見回した。 「あれ?え?だってここ私の部屋だよね?え・・・・・・なんで六幻???」 もしかして何か緊急の呼び出しか何かで神田が起しに来たのか、と思ったのだが。 どうやら違うらしい。まず本人がいない。 もしいたら、とりあえず問答無用かつ力の限り六幻を顔面に投げつけてやろうと考えていた少女は、行き場のない怒りを抱え悔しげに息を吐くと、首を不思議そうに傾げた。 「まさか忘れ物?えっ、あの神田が・・・・・・そんな六幻を忘れちゃうなんて・・・・・・ もしかして若年性のアレになっちゃったのかな」 と、己は頭に一発喰らうまで存在に気づかなかったというのに、完全に棚に上げてブツブツと失礼な事を呟いている。 すると、廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえた。 それはズンズンと近づいてきて、途中から隠そうともしない殺気を漂わせはじめたかと思ったら、その勢いのまま、リナリーの部屋の扉をダンダンッと壊すかのように叩き始める。 「テメェ!!出てきやがれっ!!今日と言う今日こそは許さねぇ・・・・・・叩っ斬るっ!!」 「な、何よ!!朝から煩いよ、神田っ」 「テメエが朝っぱらから奇妙なイタズラするからだろうがっ!!六幻を返せっ!!」 「勝手に忘れていったんじゃない!!神田の若年寄っ!!」 「誰が若年寄だっ!!テメェ・・・・・・いくら今日がハロウィンだからってな。 やっていい事と悪い事の区別もつけねぇ程ガキなのかよ。 六幻はともかく、こっちのイノセンスはどうやって俺に装着しやがったっ!!」 「・・・・・・イノセンス?」 神田が吼えるたびに軋む扉を何処か他人事のように眺めながら、リナリーはゆっくりと呟いた。 怒鳴られた勢いで返事は返していたものの、まだ、感覚は寝惚けているようで言葉が脳に伝わるまで時間が掛かる。 (俺に装着って・・・・・・何の事?) 疑問符を浮かべながら、とりあえず扉を壊される前に止めなければと、ベッドから降りる。 そして、扉を開けた瞬間に神田のお望みどおり六幻を、顔面に返してやろうと柄をギュッと力強く握った。 「ふんだ・・・・・・!神田なんて鼻血だしちゃえ!」 寝起きの悪さも手伝って絶不調な機嫌のまま、歩き出す。 一歩、二歩、と裸足のままペタペタと歩いて――リナリーは初めて違和感に気づいた。 足が軽い―― 「・・・・・・えっ」 厳しい戦いを乗り越え、その姿は靴からアンクレットへと変わってしまったが、今なお、共にあるはずのパートナーがリナリーの足から消えていた。 認識した途端、リナリーの華奢な身体が小刻みに震え始め、 「あ、あ、あ・・・・・・うわあああああんんんん!!!!!神田ぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!」 「なんっ!?――ぐはぁあッッッ!!!!!」 よほど混乱していたのだろう。 六幻で扉を真っ二つに叩っ斬るという荒業をやってのけ、リナリーはあまりの事態にポカンとする神田の顔面めがけて飛びついた。 盛大に壁まで吹っ飛ばされ意識がとび、ぐったりとした血塗れの神田に、返り血で汚れた・・・まるで凶器のような六幻を抱えたまま泣き叫ぶリナリー。 その純粋な目は、神田の両足首にキラリと輝く赤い輪の存在に気づく事はなかった。 「・・・・・・あのさぁ、いくらハロウィンだからってハメ外しすぎじゃない?キミ達」 愛用のマグカップに口をつけ、一息入れてから、コムイは呆れたように3人の若手問題児エクソシストと最愛の妹を見た。 「ちょっ・・・!?オレら何にもしてないさ!!」 「そうですよっ!!僕なんて朝起きたら左腕が消えてたんですよ!? おかげでバランス崩してベッドから転げ落ちて・・・・・・このタンコブが見えないんですかっ!!」 「私だって六幻に頭叩かれたんだよ!すっごい痛かったんだからっ!」 「あー、わかったからお前ら落ち着け、な」 涙目でそれぞれ言い返すラビ、アレン、リナリーを宥めながら、リーバーは現状を確認するように口を開いた。 「とりあえず、朝起きたらお互いのイノセンスが変わってたんだな? ・・・・・・何の前触れもなく」 「そうさ!何故かティムに起されたと思ったらオレの左手が真っ黒にっ・・・悪魔の左手に生まれ変わってっ・・・・・・!」 腕まくりをしつつ涙で言葉を詰まらせながら、ラビがリーバーに悲痛な顔で詰め寄った。 ラビの左腕は彼が主張する通り漆黒に染まっており、手の甲には十字架が収まっている。 何処からどう見てもアレンの神の道化に違いなかった。 「もうオレ・・・お婿に行けないさぁああ!! あらゆる不幸と災いが降り注いで酷い目にあうんさ絶対ぃいいいいい!!」 汚されたぁ〜〜〜、とその場に泣き崩れるラビに、アレンは鋭い視線を向けた。 「失礼な事を言わないで下さいッ! 僕の大切な左腕をそんな魔界からの負の産物みたいに!僕なんて君の槌ですよ槌ッ!」 心底忌々しそうに毒づきながら、アレンはラビの目の前に槌を突き出した。 怒りと混乱のあまり力加減を忘れているのか、槌からピキメキと実に生々しい音が響く。 「どうしてくれるんですか!こんな微妙に強いんだか弱いんだか謎な武器! しかも僕の部屋の隅にひっそりと隠れてたんですよ。まったく主人に似て存在感のない!」 「イヤアアア!!!オレの槌があの日のように粉々になりそうにぃいいいいいい!!!」 「その辺でやめておきなさい」 今まさにアレンの手の中でラビの悪夢、槌粉々メモリーIN方舟が繰り返されそうになった瞬間。 アレンの後ろに控えていたリンクが無表情で槌を取り上げた。 「まったく・・・・・・エクソシストともあろう者がこの位で騒ぎ立てるなど嘆かわしい」 「だってリンク!君だって見たじゃないですか! 僕の部屋なんて請求書とお菓子くらいしか無いのに、あんな隅っこにビクビクと! まるで猛獣の檻に放り込まれた兎みたいに隠れて腹立つ!」 「・・・・・・貴方に握りつぶされた過去を持っているんですから、なるべく距離をおきたいと思うのも当然なのでは?」 果たしてイノセンスがそんな恐れを抱くかどうか、リンクにとって甚だ疑問なのだが、憑き神の例もある事だし可能性はあるかもしれない。 何だか手に持った槌が主人と同じく、シクシクと咽び泣いているようで、リンクは大きな溜め息を吐いた。 「とりあえず、今回の件に関してウォーカーは何も関与しておりません。 私が保証いたします。ただし・・・・・・」 一度言葉を切って、視線をコムイに向けるとリンクは淡々と告げた。 「ブックマンJr、神田ユウ、リナリー・リーに関しては別です。 事態の整理を早急に計るのであれば、彼等を問い詰め然るべき処罰を与えるべきだと思いますが」 「うーん、処罰って言われてもねえ・・・・・・」 生真面目なリンクの言葉を受け、コムイは改めて問題の4人を注意深く見渡した。 そして、どうしようもないと肩をすくめる。 「この状況を見るに皆、嘘を言っていると思えないし問い詰めたって堂々巡りだよ」 「ですが・・・・・・!」 「でも事態を整理することには賛成だね!ねえねえキミ達! お互いのイノセンスが変わったんならさ。もしかしてシンクロも出来ちゃったりするのかな!」 「それは・・・・・・僕はまだ試してませんけど・・・・・・ラビは?」 「オレもまだだけど・・・・・・左腕が動くって事はシンクロしてるって事なんかな?」 確かめるように左手をグウパアしながら、ラビはさっきから黙ったままピクリとも動かない神田に体を向けた。 「そういや、なんでユウちゃん朝っぱらから血まみれなんさ?」 「・・・っ!?ち、違うの!これは・・・・・・その!えーっと、ね。鼻血!鼻血なの!」 「鼻血ッ!?こんな大量の鼻血ってあるんさッ!!?てかっ、なんで!!」 「バ神田のことですから、寝惚けて窓から紐なしバンジーでもしたんじゃないですか」 「そ、そうなの!もう神田ってば朝からはしゃぎすぎなんだから・・・・・・! 美形が鼻血だしちゃダメじゃない♪」 「ダメじゃないって・・・・・・それもう自殺さ!どんだけ寝惚けてんさユウちゃ」 「この非常時に何バカ言ってやがるテメェら!!!!!!」 ハンカチで顔を拭こうとしていたリナリーの手を力任せに掴み、神田が勢い良く起き上がる。 ビクッ!と固まったリナリーを引き寄せ、ゴンッ!と素早く頭に拳骨を落とした。 「痛いぃいいいいい〜〜〜〜」 「ちょっと・・・!レディにいきなり何てコトすんですか!」 「るっせえッ!!人ん家の躾に口だすんじゃねぇよ、このモヤシが!」 横からギャアギャア騒ぐアレンを一喝し、神田はリナリーを真っ直ぐに睨みつける。 「テメェ・・・・・・!人の頭をかち割って地獄見せておきながら言い訳かゴラッ!!」 「ひっ・・・・・・ごっ、ごめ!ごめんなさ」 「今まで何回その言葉を聞いたと思ってやがる。伴わねぇんなら口だけだろうがっ!!」 ゴンッ!!!ともう一度、雷のような一撃を与えると、リナリーがきゅうと頭を抱えて縮こまる。 そうしてもう一度、蚊の泣くような声で「ごめんなさい」と謝った。 それを憤然と見下ろしながら、神田は舌打ちを1つし、アレンとラビにどす黒い視線を向けた。 「んで、テメェら今度はどんな馬鹿やりやがった・・・・・・!」 「だから!オレら全員被害者さね!」 「そういう神田こそ何かやらかしたんじゃないですか!」 コムイに頭を撫でられながら涙目でうずくまるリナリーにハンカチを手渡しながら、アレンが噛み付くように吼えると、神田は苛々と怒気を振りまいた。 「俺だって知るか・・・・・・! 朝、起きようと思ったら両足が動かねぇから、何だと思ったら・・・・・・!」 「リナリーの黒い靴があったんだな」 「・・・・・・ああ」 今にも爆発しそうな神田をこれ以上刺激しないように、リーバーが尋ねる。 神田の両足首で鈍く光る赤いアンクレットを興味深そうに眺めながら、リーバーは怪訝そうに眉根を寄せた。 「六幻やラビの槌はともかく、お前とラビの左腕、本当にどうやったらこんな事できるんだよ。 神田、今は問題なく両足は動くんだよな?」 「ああ。動かねぇというよか、まるで寝惚けてるみたいだったぜ。 絶対にベッドから出たくないという強固な意志を感じた。 ったく・・・・・・主人に似て寝汚ぇイノセンスだな」 叩き起こすのに苦労した、と神田が舌打ち交じりに吐き捨てると、リナリーがムッと眦を吊り上げた。 「だって昨日も日付変わるまでお手伝いしてたんだもん!しょうがないじゃない! それなのに六幻ってばさっきの神田のゲンコツみたく、リナリーの頭叩いたんだよ!鬼ッ!」 「んなもん二度寝する方が悪いだろうが!目ぇ覚ましたんならパッと起きやがれ!」 「あーもう、お前らっ、兄妹喧嘩は後にしろ!!話進まねぇだろうが!!」 ギャアギャアと言い合う幼馴染の間に入りながら、リーバーが叱りつけると、2人はそれぞれ不服そうに口を噤みそっぽを向いた。 「まったくお前らときたら・・・・・・神田、後リナリーも答えてなかったな。 さっきラビとアレンにも聞いたんだがな。今、イノセンスとのシンクロはどうなってる?」 「さあな、試してねぇよ。ただ・・・・・・こいつはシンクロしてやがったぜ」 「えっ・・・私??」 「覚えてねぇのかよ。テメエ、六幻で扉を真っ二つに斬ったじゃねぇか。 いくら六幻が斬れるって言ってもな。限度ってもんがあんだよ。 素人が混乱した状態で振るって、シンクロもせずにあんな簡単に斬れる訳ねぇだろうが」 六幻を抱えたまま、驚きで目を丸くするリナリーに心底呆れた口調で神田が言うと、コムイが興味深げに口を開いた。 「へえ〜、そうだったんだ。 リナリーがそうなら、みんな問題なくシンクロしてるんじゃないかな?」 「ですね。イノセンス自体も特に問題なく安定しているみたいですし・・・・・・。 後は原因か・・・・・・お前ら本当に誰も異変とか感じなかったのかよ?」 リーバーに改めて問われ、4人はそれぞれ考えるように黙り込むとややして力なく肩を落とした。 「何か知ってたらちゃんと言うさ・・・・・・」 「本当に身に覚えがないんですよ」 「私も・・・・・・寝る前は何の異変もなかったんだよ」 「ちっ、またテメェら科学班で奇妙な薬作ったとかじゃねぇだろうな?」 地を這うようなドスを利かせた声で問い返され、リーバーが内心その厳しい眼光に冷や汗を流しつつ答える。 「それはない・・・・・・と言い切れないのがアレなんだが・・・・・・ ホームの引越しが終わってから俺達も色々と反省してな。 1ヵ月に1回は研究室を整理するようにしたんだよ」 「そうそうせっかく僕が作った画期的な新薬も実験する前に取り上げられちゃってさ!」 「あんたが移転早々、秘書官の目を盗んで次々と怪しい新薬作るからでしょーが・・・・・・! 俺達がどれだけ貴重な時間を割いて駆除してると思ってやがるチクショウ!!」 ブルブルと拳を震わせながらリーバーが低い声で吐き捨てる。 怒りを押さえ込むように、大きく深呼吸をしてからもう一度、重い口を開いた。 「と、言う訳でな。この人が作った薬の被害者を出さないためにも最善は尽くしているつもりだぜ」 「なんだヨなんだヨ被害者ってさ! 僕はみんなが少しでも楽にお仕事出来るようにって親切心で作ってるのに!」 「その親切心が起した事件をもう忘れたんですかね!」 「アレは薬が悪いんじゃないよ!心霊現象だったじゃないか! 何でもかんでも僕の所為にしなくてもいいじゃない! そりゃ確かに僕は最近、イノセンスを交換できるかも知れない非常に画期的な薬を開発した訳だけど。 だからって、キミ達までイノセンス取替えっこしなくたっていいじゃないか!」 「おいっ・・・・・・テメェ、今なんつった」 「えっ何って・・・・・・?ちょ、どーしたの神田君コワイよ!!」 剣呑な眼差しを向けられ、コムイは思わず後ずさる。 だが、後ずさった分を神田が詰めてくるので距離的には何も変わらない。 「早く答えやがれ・・・・・・!」 「えーっとえとえっと・・・・・・キミ達までイノセンス取替えっこしなくても」 「その前だっ!」 「薬が悪いんじゃなくて心霊現象」 「戻りすぎだっ!テメェわざとかゴラッ!」 「そりゃ確かに僕は最近、イノセンスを交換できるかも知れない非常に画期的な薬を開発・・・・・・」 「へぇ・・・・・・で、それをどうした」 「そりゃもちろん!リーバー君達に取り上げられちゃう前に試さなきゃいけないじゃない♪ 吸引式の薬だから匂いを嗅がせるだけだし、こっそり談話室に置いたんだよん♪・・・あっ」 「やっぱり元凶はテメェか!!!!!!!!!」 神田がコムイの胸倉を掴みあげるのを、誰一人として邪魔しなかった。 思う存分、神田が悪態を吐き、人生で初の『円舞"霧風"』を華麗に発動した後、コムイの薬の被害者達はコムイ共々ボロボロになった研究室をリーバーに任せ・・・・・・いや、押し付けて修練所の片隅へと移動していた。 いつもなら鍛錬をするエクソシストや体力づくりをする探索隊などで賑わっている場所だが、今日がハロウィンとのこともあり、皆、思い思いに楽しんでいるのだろう。 人の影も見当たらずガランとしている。 そんな中で本来ならば率先して楽しんでいるはずの若手エクソシストを含めた4人は、誰もそんな気にはなれず、誰も彼も精神的に疲れ果てていた。 重苦しい雰囲気が流れている。 その空気の中で、アレンがまず重い口を開いた。 「とりあえず・・・・・・薬の効果が切れれば戻るってわかっただけでも良かったですね」 「はっ、どうだかな。あの野郎"たぶん"ってほざいてやがったじゃねぇか」 「本当に・・・・・・ごめんね?兄さんが迷惑かけて・・・・・・」 しゅん、と項垂れながらリナリーに謝られてしまうと、さすがの神田も分が悪いのか続くはずだった罵詈雑言を大きな舌打ちで消した。 「まあまあ、ユウちゃんもさっきあんだけ毒吐いて暴れたんだから落ちついてさ」 「俺のファーストネームを口にするんじゃねぇよ・・・・・・」 「そんな怒らなくても・・・・・・ちょ・・・!?ユウちゃん!!?足、両足光ってるさ!!!!?」 「ったりめぇだろうが光らせてんだよ・・・・・・」 ドス黒いオーラを撒き散らしラビを底睨みしながらも、神田は気を静めて発動を抑えると落ち込んでいるリナリーの頭にポン、と手を置いた。 「悪いのはコムイだろ。お前が謝ることじゃねぇよ」 「でも・・・・・・いつ薬の効果が切れるかもわからないんだよ。もし、もし戻れなかったら・・・・・・!」 「大丈夫ですよ。リナリー」 不安で涙ぐむリナリーにアレンがニッコリと笑いかける。 「もし戻れなかったとしても、コムイさんが必ずどうにかしてくれますよ」 「そうそう、オレらだけなら不安だけど、何てたってリナリーも被害者だかんな。 絶対になんとかするさ、コムイの奴」 「ええ・・・・・・むしろ僕達だけだったら放置された上に研究材料にされてたでしょうね・・・・・・!」 途端、青ざめてカタカタとアレンが小刻みに震えた。 過去色々と酷い目に合わせられたメモリアルが呼び起こされているのだろう。 右手で無くなった左腕を庇うように抱きしめて小さくなったアレンの後ろで、リンクが小馬鹿にした笑みを漏らした。 「フン・・・・・・いい気味じゃないですか。 日ごろの行いが悪いからこんな馬鹿げた事に巻き込まれるんですよ」 「リンク、うるさい!」 「監査官ひどいよ!」 「人事だと思って勝手いうんじゃないさ!このホクロ2つ!」 すかさず反論してきた3人にもう一度、今度は盛大な溜め息付きでリンクはさも当然と言い返した。 「人事に決まっているでしょう。 だいたい昨日、談話室に立ち寄ったエクソシストは貴方達だけじゃないんですよ」 黙って剣呑な視線を向けてくる神田を、無視しながらリンクは話を続けた。 「それなのに薬の効果があったのは貴方達だけ。 まったく・・・・・・主人に似て落ち着きのないイノセンスばかりで・・・・・・っ!!?」 淡々と語っていたリンクの言葉が不自然に途切れた。と、言うのも、耳の真横を素早い何かが通り過ぎたと思ったら、背後の壁が景気良く減り込んだからである。 珍しくも驚愕に固まった瞳の先には凄絶な笑みを口元に浮かべた神田がいる。 「・・・・・・言い残す事はあるか」 「な、な・・・っ・・・・・・・・・」 「黙って聞いてりゃ好き勝手吼えやがって・・・・・・うるせぇんだよ。 喚きたてる事しか能がねぇんなら、その口、今すぐ潰してやっても良いんだぜ?」 壁を減り込ませ、ついでにリンクの言葉を驚愕で押し込めた脚をスッと戻しながら、神田が暗い声で言い放つ。 その抑揚のない喋りと神田の怒りに呼応し一瞬で発動した『黒い靴』を見て、本気の殺意を感じ取ったラビが慌てて2人の仲裁に入る。 「あーもーストップストップ!2人とも落ち着くさ!特にユウちゃん!発動しまって! こんな時に血みどろの殺し合いしてる場合じゃないさね!」 「私は事実を述べただけです!だと言うのに何ですか!?あの足癖の悪さはッ!! 本家より性質が悪いじゃないですか!!!」 「だからお前もこれ以上ユウちゃん怒らせること言うんじゃないさ!」 納得いかないと眉間に皺を寄せるリンクの腕をグイッと引っ張り、神田から離しつつ、ラビがほとんど泣きそうな声で言い聞かせていると、横から年少組の楽しそうな野次が飛んでくる。 「神田〜やっちゃえ〜♪」 「今回だけは応援しますよ。二度と二足歩行できないようにしてあげて下さい」 「だとよ。腹ァ括りやがれ・・・・・・二度と舐めた口聞けねぇようにしてやる」 「だぁら止めろって言ってんさ・・・・・・」 リンクを出来る限り遠くへ押しやって、ラビはその場に力なく座り込む。 「もうなんなんさ。その妙な団結力・・・・・・」 「イヤですねぇ、ラビ。共通の敵に遭遇した時に発揮されるごく当たり前の事象じゃないですか」 「うんうん。私のイノセンスも監査官大っ嫌いだもんね。きっと喜んで協力してくれるよ!」 ねっ、とリナリーに機嫌よく微笑まれた神田は軽く頷く。 「ああ、本気で嫌いなんだろうよ。イノセンスから尋常じゃねぇ殺気を感じたからな」 「えっマジ?ユウなんでそんなシンクロしちゃってるんさ」 「知らねぇよ」 むしろ俺が聞きたいくらいだ、と深く息を吐く神田をジト目で眺めながら、アレンが不満げに頬を膨らませた。 「だいたい何でパッツンがリナリーのイノセンスと交換なんですか」 「あぁ?」 「僕だってどうせ取替えっこするならリナリーのイノセンスが良かったのに!」 完全に不貞腐れた口調で言うアレンに、ラビが半眼を向ける。 「アレン・・・・・・お前、そんっなにオレのイノセンスが不満なんか!」 「不満に決まってるじゃないですか!こんなラビ同様、浮ついてそう、な・・・イノセン・・・ス・・・・・・・・・」 「アレン君?どうしたの?」 ハキハキと捲し立てていたアレンの甲高い声が不意に途切れがちになり、とうとう考え込むように黙り込んでしまう。不思議に思ったリナリーが呼びかけると、アレンは満面の邪気のない笑顔を向け、グッと力強く拳を握った。 「そうですよ・・・!考えようによってはこんな悲観する事じゃないんです!」 キラキラと瞳を輝かせながら言うと、アレンは明るい声で続ける。 「と、言う訳でラビ。 14番目との因縁とか師匠との怨恨とかその他諸々の解決よろしくお願いしますね♪」 「ちょっとまてお前―――――!!!!!!」 「何ですか?もちろん借金込みですよ」 「しれっとした顔で何いってんさこの悪魔! オレは14番目ともあの破戒僧ともなんの関係もないさね!」 ガクガクとアレンの両肩を掴んで揺らしながら、ラビが吼えると、アレンはフッと口元を緩めた。何とも清清しい笑顔である。 「ラビ・・・・・・冷静になって考えてみて下さい。これはチャンスなんですよ」 「呪いと借金押し付けられそうになってどこがチャンスッ!!? だいたい、オレが交換されたのイノセンスだけだから!ペンタクルまで受け取る気ないから!」 「確かにラビの言う通り、まだ呪いのペンタクルは僕にありますが。 僕から言わせるとこの呪いとイノセンスは一心同体みたいなものです。 よってそのうち勝手に追いかけて行くと思いますので問題はありません。」 ベリッと片手で器用にラビを引き剥がし、アレンは更に笑みを深める。 「そうしたら最近とみに出番が減って空気王と化してきている貴方にも一気に主役級の活躍が望めるんですよ!」 「お前ぇえぇえ・・・・・・人がさり気に気にしてる事を笑顔で言い切るんじゃないさね!」 そんな不幸を背負わされてまで出番は欲しくない、と叫ぶラビの横でリナリーがあっと声をあげた。 「そんなことより、アレン君!」 「そんなことよりって!オレの嘆きをそんなことよりって!」 「ラビ!うるさいです!黙って!!なんですか、リナリー?」 ピシャリとラビを叱りつけ、アレンがリナリーに視線を向ける。 「あのね。今・・・・・・思い出したんだけどね。心臓の怪我大丈夫なの?」 「あっ・・・・・・そういえばすっかり忘れてましたね」 コリコリと人差し指で頬をかきながら、アレンはあっけらかんと言った。 危機感のまったくないアレンにリナリーは涙目で詰め寄る。 「忘れてたじゃないよ!アレン君、心臓に穴開いてるのに!」 「心臓に穴・・・・・・?なんのことだ」 「え、神田知らなかったの?あのね」 訝しげに口を挟んだ神田にリナリーはアレンがノアとの戦いで心臓に穴を開けられる致命傷をおったこと。 その傷をアレンのイノセンス、神の道化が塞いでくれていることを簡潔に説明する。 聞き終えて理解した途端、神田は呆れたように息を吐いた。 「ハッ、情けねぇモヤシだな」 「っるっさいですよ!このパッツン!」 嘲笑を浮かべて見下ろしてくる神田に怒鳴り返してから、アレンは心配そうに見つめているリナリーに体を向けた。 「今のところ何の異常もありませんから心配ありませんよ、リナリー」 「本当・・・?でもアレン君のイノセンス、ラビに行っちゃったんだよ。 もし心臓の傷を塞いでいるイノセンスまでラビの所に行っちゃったら・・・・・・!」 「だから大丈夫ですってリナリー。なんてたって僕のイノセンスですからね。 その辺は空気読んでくれてるんだと思います」 それに、とアレンは悪戯っぽく笑みを零しながら続ける。 「もしかしたら心臓の穴ごとラビに移転してるかも知れないじゃないですか♪」 「あ、そっか!」 「そっかじゃねえええええええ!!!!!!!!!」 それなら安心だね♪、と朗らかに笑いあう年少組にラビの悲痛な叫びが木霊する。 「なっんで!呪いと借金だけじゃなく命まで危険に晒されてるんさ、オレ!」 「まあまあラビ落ち着いて下さいよ」 宥めるようにラビの肩を叩きながら、アレンはニコニコと告げる。 「心臓にイノセンスがあるなんて滅多にありませんよ。 もしかしたらシンクロ率を上げる事によって、ラビの心臓が僕らエクソシストの探し求める"ハート"に転生するという・・・・・・身体を張ったギャグ的なミラクルが起きるかもしれません!!」 「"心臓=ハート"って何事ッ!?もうそれ人間かどうかも怪しいさ!! だいたいそれを言ったらイチバン可能性あんのお前って事になんだかんな!!」 「僕はもうこれ以上、余計なオプションは入りませんから」 アレも含めて、と忌々しげにアレンに指差され、今まで黙って静観していたリンクの眉根が上がる。 「私だって仕事でなければ誰が貴方みたいなクソガキを監視しますか・・・!」 「だったら僕じゃなくてラビを監視すればいいでしょ。 今がチャンスですよ、お互いに」 「一時的なイノセンスの交換だけで監視対象が変わるわけないでしょう。馬鹿ですか」 あくまでも監視するべきは『14番目の宿主』だとリンクが淡々と告げると、アレンはムスッと頬を膨らませる。 「もう、ほんとリンクうざい」 「貴方の口こそ潰してやりましょうか・・・!!」 殺気を漲らせながらリンクが獲物に手をかけた瞬間、2人の間にフワリと金色の羽が降ってきた。 「ティム?お前、今まで何処に行ってたんだよ?」 そういえば朝から姿を見てなかったとアレンが片手を差し伸べたのだが、ティムは降りようとせずパタパタと羽ばたき、眼下にラビを見つけると嬉しそうに抱きついた。 「ちょ・・・ティム?どしたんさ。お前のご主人様はあっちさね」 頭にじゃれついてくるティムを引き剥がし、ラビが首を傾げると、ティムはにんまりと歯を見せて笑う。 愛嬌のある仕種のはずなのに、何故かラビの背に戦慄が走った。 ・・・・・・イヤな予感がする。 「ティ、ティム・・・・・・ほら良い子だからアレンのとこ行くさ。 そんなイヤイヤすんなって・・・・・・だからっ!!なっんで今日に限ってそんな懐くんさお前ぇぇえええ!!」 何度、引き剥がしても戻ってくるティムにラビが悲鳴をあげる。 スリスリとラビの頬に丸い身体を寄せて甘えまくるティムを見て、アレンがにんまりと嗤った。 「わー、すっごい懐かれてるじゃないですか。ラビ! まるでティムのご主人様みたいですよ♪第一ステップクリアです♪」 「何のステップさそれっ!?」 「次はイノセンスの発動を完璧に出来るか、ですね。ラビ、発動!!」 「こんな状況で誰が・・・」 ――ぼわんっっっ 発動なんてするか!、とラビが叫びきる前に何とも気の抜ける音と共に閃光が走った。 後には呆然と言葉を失い呆けるラビと白いマント、仮面・・・・・・だけでなく巨大な剣のオマケつき。 「ほうら、ばっちり発動できるじゃないですか♪」 「ノオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」 「しかも一気に臨界点突破。おめでとうございますラビ♪第二ステップクリアです♪」 「オレの意思じゃないさコレ!!イノセンスが勝手にっ・・・・・・ 憑依だけじゃ気ぃすまんくてアブダクトまでしたんかお前ッ!!」 いつの間に耳の下にプラグとか埋め込んだ!と涙混じりに叫ぶラビに、リンクがとうとう同情の視線を向けた。 「・・・・・・アブダクトとか耳の下にプラグとか発想が古いにも程がありますが・・・・・・」 「馬鹿ウサギめ。そんなんだからモヤシだけじゃなくイノセンスにまで見下されるんだ」 「この場合、ウォーカーと共に悪ノリしているイノセンスとゴーレムも問題ですが・・・・・・それに見事なまでに虐げられているJr.の打たれ弱さの方がよっぽど問題ですね。 少し考えればそんな夢物語ある訳ないとわかるでしょうに」 次代のブックマンとして頭脳はピカイチのはずなのに、何処か残念な気持ちにさせるウサギを哀れみの目で2人が眺めていると、アレンのノリにノッた声が明るく響く。 「後は、鏡とか窓とかに自分のものじゃない影が見えるようになればパーフェクトです。 こう・・・・・・妖怪・一旦木綿のようにヒラヒラって浮いてるんですけど」 「アレン君?いったんもめんってなぁに?」 「日本の妖怪で」 「いい加減にすんさ!この悪魔共!なんもかんも押し付けようとすんじゃないさね!」 歯を剥きながら怒鳴りつつ、ラビはクルクルと頭上を飛び回るティムをわし掴みにし、リナリーに放ると、自分専用の黒いゴーレムを呼んだ。 「もうイヤさ!これ以上、アレンのイノセンスに憑かれてたらオレの何かが確実に壊される!」 「えー、別に良いじゃないですか。ラビの何かが壊れるくらい」 そんな今さら、とアレンにまったく邪気のない笑みで返され、ラビはしばし絶句したが、何とか気を取り直して、通信回線を開いた。 「薬の効果切れとか待ってらんないさ・・・・・・!事は一刻を争うかんな・・・・・・」 「ちょっと待ってよ、ラビ!兄さん達でも難しそうだったのに、誰に相談する気なの?」 「今、思い出したんけど昨日あのガキも談話室に居たんさ。 イノセンスの事はイノセンス本人に聞いてみるのがイチバンさね!」 絶対に何か知ってる筈だと息巻いて、ラビは通信回線の向こうから聞こえた幼い声に向けて、 「ティモシー、お前、今どこにいんさ!!!?」 すぐ行くからそこ動くな!!、と威勢よく啖呵を切った。 その少し前、ティモシーは自室でわくわくと仮装用の衣装に着替えていた。 日本の民族衣装だという浴衣は着方がわからず、四苦八苦したが『ツキカミ』の助言もあり何とか形になった。 ヒラヒラとした濃紺色の袖を確認するように振りながら、ティモシーは苦しそうな視線を相棒に向ける。 「この・・・・・・オビ?って言うんだっけ。こんなキツクするもんなの」 (そや。和服は着崩れたら格好悪ぃからなあ) 「ふーん。ツキカミは苦しくないの?」 (何事も慣れやな、マスター♪) 自分よりも幾重に巻かれている帯や紐を見て、純粋な瞳で尋ねてくるティモシーに『ツキカミ』はおどけて返事をすると、急かすように声をかけた。 (それよりマスター、急がな。パーティー始まってまうで) 「げっ!?もうこんな時間かよ!!」 思ったより暗くなっている窓の外を見て、ティモシーは慌てて履いていた靴を脱ぎ、下駄に履き替える。 これまた事前に練習したとはいえ慣れない履物にたたらを踏んだが、何とか持ちこたえ、ベッドに放り投げたままだった付け耳を素早く装着した。 「どう?似合ってる?」 クルッとその場で1回転し期待の眼差しを向けてくる子供に、『ツキカミ』は何とも言えない表情を浮かべる。 (似合ってるちゅーか・・・・・・それ、一体なんの仮装なん?) 「なんだよ。ツキカミも意外とモノ知らないんだな。 日本のえーっと・・・・・・ヨウカイ、ってので・・・・・・ネコムスメってやつ!!」 (ねこ・・・・・・?) 「そう!なんか日本の代表的なお化けらしくてさ! エミリアが最近、日本に興味もってるみたいだから驚かしてやるんだ!」 得意げに胸を張るティモシーだが、『ツキカミ』が笑いを堪えるように口元を手で押さえたのを見て、ムッと眦を吊り上げた。 「なに笑ってんだッ!」 (・・・っく、プハハ・・・・・・せやかてマスター、ネコムスメて!!どんなんかちゃんと知ってはるんか) 「どんなって・・・なんか凶暴で獰猛で鋭い爪が武器のかっこいいヤツなんだろ」 (まあせやけど・・・・・・) 「けどさ、あんまりネコっぽく見えないよな」 鏡を見て、茶色のネコミミを不満げに触りながら言うティモシーに『ツキカミ』もうんうんと頷く。 (どっちかって言うと、人間に変身した半人前の子狐って感じやな♪) 頭に葉っぱのっけて尻にキツネの尻尾つけたら完璧や、と『ツキカミ』はカラカラと笑う。 そもそもティモシーの言う"ネコムスメ"の正装?は白ブラウスに赤いスカート、頭に大きなリボンを付けているのが鉄板である。 そして確かに凶暴で獰猛で時に主役を押しのけて凄まじくカッコイイが、容姿は可憐な少女。 ・・・・・・どうせならその隣にいる目玉が親父な妖怪少年を目指せばまだ良かったろうに。 そう思いつつも黙っていた方がおもしろそうなので言葉にはせず、子狐と言われ、むくれてじとっと睨んでくるティモシーの頭を『ツキカミ』は宥めるように撫でた。 (まあまあ、きっと姐さんは半人前の子狐でも褒めてくれやっしゃ♪) 「半人前の子狐言うな!だいたいオレはエミリアに褒めてもらいたい訳じゃ」 (褒めてもらいとうてわざわざ日本の仮装にしたんやろ) 「うぐっ・・・・・・!」 ピシッ、と固まって目を泳がせる実にわかりやすいマスター相手に、『ツキカミ』は内心で爆笑しつつも淡々と続けた。 (ま、姐さんがほんまに興味あるんは日本やのうて、あの美形のあんちゃんの方やと思うけどな♪) 「絶対にあんな凶暴なヤツなんかにエミリアを渡すもんか!!」 ツキカミの馬鹿!、と叫び、ティモシーは足取り荒く部屋の外に出る。 勢い良く扉が閉まる前に『ツキカミ』も慌てて後を着いていった。 (そんな怒らんで、マスター。ワイは真実を言っただけやて♪) 「真実って言うな!」 ガアッ!、と怒りに任せて吼えたティモシーだが、ふと、足を止め、こんなことしている場合じゃないと顔をブンブンと振った。 「あーも!今日はお前と喧嘩してる場合じゃないんだった!」 (マスター?) 「ジェリー姐さんの美味しいお菓子いっぱい貰って、孤児院にたっくさん持ってってやるんだ!」 (ああ、ここの料理長のお菓子は絶品らしいからなぁ) 「らしい、じゃなくて本当に美味いんだって!世界一!」 満面の笑みで断言され、『ツキカミ』は小さく微笑んだ。 (そんなら、院長先生や孤児院のボン達の分までぎょうさん菓子もらわなあかんな) 「おう♪だから協力してくれよな、ツキカミ!」 (まかせとき、マスター!) 実際に触れ合う事はないが、2人仲良くハイタッチを交わした瞬間、通信ゴーレムが鳴った。 「なんだよ・・・・・・この忙しい時に・・・・・・」 ブツブツと文句を言いながら、ティモシーは回線を開く。 「はい・・・・・・あ、眼帯のあんちゃん?えっ・・・・・・何処って、まだ部屋の前だけど・・・・・・なんか用っ!!」 ブツン!、と一方的に通信を切られ、ティモシーはキーンと耳鳴りのする耳を押さえる。 「なんなんだよ・・・・・・たくっ〜・・・」 (ずいぶん焦ってるみたいやったなぁ?) 「うん。けど、眼帯のあんちゃんが来るんなら良いや」 頭の後ろに両腕をやり、ティモシーはニヤリと笑う。 「眼帯のあんちゃんならオレよかこういうの詳しそうだし、どうすればイチバンお菓子もらえるか秘訣でも教えてもーらおっと♪」 (ははっ、あの、あんちゃんなら物凄い秘策もってそうやもんな♪) 楽しげに笑いながら、今夜の作戦をあーだこーだ、と語っていると遠くから地鳴りが響いてきた。 目を丸くして驚いたティモシーが、地響きの聞こえる方へ身体を向けた・・・・・・その時だった。 ――ゴッ!!!!!!!!!!! (マスタ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!?) 思えば此処では初めてのハロウィンと言うこともあり、油断していたのだろう。 この教団で騒音が近づいてきて安全なことなど決してありはしないのに。 一瞬で駆け寄ってきたラビの黒い左手に何故かガッシリと頭を掴まれたリンクの強烈な頭突きが、なんの躊躇もなくティモシーの無防備な額、イコール玉に決まったのだ。 後には死〜ん・・・・・・と力なく横たわる大小の屍が2つ。 そして、アレンがグッと本日2度目の会心の拳を握る。 「よっし!グッジョブですよ、ラビ!」 「違ッ・・・!!オレじゃないさ!!オレ悪くないさ!! オレの左手に宿った悪魔の殺意とか怨念とかが、今殺らないでいつ殺るんだ的なノリで操られて!!」 混乱しきってとうとう口の中でエロイムエッサイムと呟くラビに、隣に来た神田が、 「それは退魔じゃなくてどっちかつーと召魔の呪文だろうが、馬鹿ウサギ」 と、ラビ的に実にどうでもいい事をクールに吐き捨てる。 その横でアレンとリナリーがやったね♪と仲良くハイタッチを交わしていた。 「良い気味だね、アレン君♪」 「はい、スカッとしました♪もう二度と目覚めなければいいのに・・・・・・ ああ、ラビ。謙遜しないで下さいよ。勢いを殺さない見事な頭突きでしたから♪」 晴れやかな笑みで毒を吐き、ラビを褒め称え、アレンは額からダクダクと血を流して失神しているリンクを見下ろした。 「ツキカミさんと直接話すんなら、ティモシーの意識を誰かに移さないといけませんし、リンク、ご愁傷様でした♪」 「オレはこんな乱暴なこと考えてないさね!ティモシーに通訳頼もうとして・・・」 南無〜と両手を合わせるアレンの言葉にハッと息をのんで、ラビは目を見開いた。 「って!?え・・・・・・!直接会話できるんか!!」 「ええ、出来るはずですよ。 だって僕、ティモシーに移ったツキカミさんを見た事ありますもん」 悪魔との戦いの最中、ほんの一瞬だったがティモシーの身体に別人格の誰かが移ったのを見た、とアレンは説明する。 「戦闘中でしたし、確認する暇もありませんでしたけど。 雰囲気も、何より声の感じも違いました」 「ほへ〜、そんなことがあったんか」 「なら話は早いな」 アレンの話を聞き終えた途端、神田の双眸がギラリと凶悪に光った。 仰向けに倒れるティモシーの喉元に片足を置き、今にも踏み潰さんと力を入れる。 「オラ、とっとと出てきやがれ。じゃねぇとテメーの主人ぶっ潰すぞ・・・・・・!」 「うっわ!神田の人でなし!鬼!ひどい!」 「それ誰が言ってもお前が言える事じゃないさね、アレン! ユウちゃんも!そうやってすぐ足光らすの止めるさ!」 「そうだよ、神田!私たちツキカミさんに聞きたいことがあって来たのに!」 「っるせーな。こいつがさっさと出てくりゃ俺だってこんなことしねぇよ」 面倒くさそうに言い放ち、更にググッ・・・!と神田が足に力を入れた瞬間・・・・・・ 「エエかげんにせんかい!!!!!!!!」 「あばらッッッ!!!なんでオレッ!!!!!」 ガバッと勢い良く起き上がったティモシーが、ズドンボッ、と鈍い音を立てて、本当に何故かラビのドテッ腹に鋭い一撃を加えた。 「んなもん、こっちの美形のあんちゃんが怖いからに決まってるからやろ!アホォ!」 ビシッと神田を指差しながら、涙ながらに訴えてくるティモシーにリナリーが慌てて駆け寄る。 「あ、あの!本当にごめんなさい! えっと・・・・・・ティモシーじゃないんだよね。ツキカミ、さん?」 恐る恐る、といった感じで聞いてくるリナリーに、ティモシー、ではなく『ツキカミ』は目を細めて答えた。 「せや。はじめましてって、とこやな・・・・・・お嬢さん。 しっかし、あんちゃんらぁまで一緒になっていったい何の用・・・・・・」 怪訝そうに眉をしかめながら尋ねる『ツキカミ』だが、リナリーが大事そうに持っている六幻や、ラビの左腕、周囲の異変に気づくと薄く笑った。 「ほほー、こりゃまた随分とおもろいコトになっとるなぁ♪」 「全っ然おもしろくないさ!」 「私達、コムイ兄さんが談話室に仕掛けた薬の所為でこんなことになっちゃったの」 「ラビが言うには昨日、ツキカミさん達も談話室に来てたんですよね?」 「ってか、なんでテメェらは何の異変も起きてねぇんだよ」 刺々しい口調で神田に睨まれ、『ツキカミ』は小さな肩をすくめた。 「さあなぁ?」 「ちっ、テメェ、イノセンスなんだろうが。何か知らねぇのかよ」 「ワイは"憑神"のセコンドやっしゃ。他のイノセンスのコトまでようわからんわ」 キッパリと言い切られ、4人はそれぞれがっくりと項垂れる。 『ツキカミ』は落ち込んでペタンと座り込んでしまったリナリーの頭を、優しく撫でてやりながら、もう一度口を開いた。 「ま、どうして嬢ちゃんらぁのイノセンスだけ取替えっこしたんか、ちゅーコトだけは知っとるけどな♪」 「ほんとう!!」 「それだけでも十分さね!!」 リナリーとラビの歓声を受けて、『ツキカミ』はフム、と腕を組んだ。 「ワイの見ていた限りでは、まず、眼帯のあんちゃんと白髪のあんちゃんのイノセンスがおもしろそうやからって結託してな」 「オレっ!?」 「え〜、ラビとですか」 「そうや。で、嬢ちゃんのイノセンスがそれ見てプク〜っと拗ねてもうてなぁ」 「私のイノセンスが拗ねたの!?」 「せや、仲間はずれにされたんがよっぽど嫌やったんやろ」 大きな瞳を瞬かせて驚くリナリーと、その横にいる神田を『ツキカミ』はおもしろそうに見遣る。 「そんで、美形のあんちゃんのイノセンスが、嬢ちゃんのイノセンスにワンワン泣きつかれていたトコまでは、知っとるんやけど」 クスクスと小さく笑われ、神田が苛々と『ツキカミ』を睨み返す。 「なんだよ」 「取替えっこしてるトコ見ると、どうやら泣きおとされたみたいやな♪」 「〜〜〜っ!」 聞き終えた途端、ゴアッ!っと神田を中心に風が立ち昇り、イノセンス発動の光が迸る。 瞬時に危機を察したアレン・リナリー・ラビが、3人がかりで神田を取り押さえた。 「神田、落ち着いてください! 確かに馬鹿らしくて信じられない話ですけど!」 「ツキカミさん、きっと嘘言ってないよ!」 「逆にオレはなんかもう妙に納得したさね! 一時のテンションに身を任せた結果、こうやって人は不幸のどん底に落ちていくんだなって・・・・・・」 アレンの懐から覗く、自分のイノセンスの浅はかさをラビが嘆くと、神田の怒声が響き渡る。 「だいたいテメェらのイノセンスが迂闊すぎるからだろうが!!! テメェのイノセンスの躾くらいちゃんとしやがれ!!!!!」 「っな!それを言うなら黒い靴にお願い 「そうさ!何だかんだ言って、ユウちゃんはリナに甘いんさね!この兄馬鹿!」 「・・・・・・っ、断れよ、六幻・・・・・・!」 忌々しげに呟くと神田は3人を振り払い、リナリーと六幻を見て息をついた。 「あ、あの。その!神田っごめん・・・ね。その・・・・・・!」 「もういい。薬の効果が切れるまでどうにもできねぇんだ。俺は部屋に戻る」 「神田っ!」 踵を返し、足取り荒く歩き出す神田にリナリーが悲しげに声をかけた瞬間・・・・・・ ビターン!!!と派手な音と共に、神田が顔面からこけた。 あまりに突然の出来事にアレンすら罵倒を忘れ固まる中、ゆっっっくり、と立ち上がる神田の背後に般若のオーラが見える。 「何がハロウィンだ!我侭いうのも大概にしやがれッッッ!」 その場の空気を震え上がらせるような怒声を上げて、ズズズッ・・・・・・!と、まるで両足に引きとめようと縋る聞き分けのない駄々っ子でも、引きずっているかのように神田は再び歩き出す。 その姿が完全に見えなくなってから、ラビがゴクリと息をのんだ。 「・・・・・・オレら何も言ってないのに、誰の声聞いたんさ。ユウ・・・・・・」 「神田も年ですからね。耳が遠くなってとうとう幻聴でも聞こえ始めたんじゃないですか」 「幻聴や思うんなら、それでエエけど・・・・・・」 喉の奥で小さく笑う『ツキカミ』に、リナリーが大きな瞳を瞬かせながら呼びかける。 「ツキカミさん・・・」 「ん?なんや、嬢ちゃん」 「もしかして、と思うけど・・・・・・今のアレ、私のイノセンスが」 「さあなぁ?」 とぼけた声で問いの答えをはぐらかすと、『ツキカミ』は、仰向けに倒れたまま動かないリンクの頬をペチペチと軽く叩く。 「マスター、マスター・・・・・・あかん、完璧に気ぃ失っとるわ。 憑いたもんまで昏倒させるて、このあんちゃんを本気で死なすつもりやったんかい」 「大丈夫ですよ。それくらいで死ぬならリンクじゃありません。パチモンです」 「パチモンて・・・まあ、このあんちゃんがごっつー強いのは確かやしなぁ」 あんまりなアレンの言葉に半眼になりつつも、妙に納得してしまった『ツキカミ』は苦笑を零す。 「けど、あんちゃんが目ぇ覚ましたら、キッツイお灸すえられるでな」 「頑張って下さいね、ラビ!」 「やったんはお前の悪魔の左腕さね!」 ギャンギャンと罪を擦り付け合う紅白コンビを放置して、『ツキカミ』はよっとリンクの両足首を掴む。 「こうしててもしゃあないし。とりあえずワイが医務室まで引き摺ってくわ」 「え、リンクなんて此処に放置しといても良いんですよ?」 「そこまでこのあんちゃんが嫌いなんかい!ワイはマスターを放っておけんの!」 小さな肩を怒らせる『ツキカミ』にラビは慌てて近寄った。 「だよな、うちの弟が本当にゴメンさ!オレも手伝うさね」 言うや、手早くリンクの腕を肩に回して立ち上がろうとしたラビに、制止の声が掛かる。 「エエって。どうせマスターが目ぇ覚ますまでワイも一緒におらなあかんでな。 それにほんまに悪い思うとるんなら、ちょいと頼まれ事してくれへんか?」 「頼まれごと?」 「そや、今夜はハロウィンやろ。 あんちゃんらぁが貰ったお菓子、マスターに少し分けてあげて欲しいんや」 「ええ〜・・・・・・」 「コラ!アレン!不満そうな顔すんじゃないさね!」 ぷく〜と頬を膨らますアレンを叱りつけてから、ラビは『ツキカミ』と視線を合わせるようにしゃがみ込む。 「別にかまわねぇけど・・・・・・理由、聞いていいさね?」 「院長先生や孤児院のボン達にぎょうさん持っていってやるって張り切ってたでな♪ この調子やとマスター、パーティー出遅れそうやし・・・・・・」 「ええッ!!そうだったの!!」 「それならそうと早く言って下さいよ!!」 聞くやいなやこれは一大事だとリナリーとアレンが叫ぶ。 「アレン君、ラビ!そういえば何の仮装するつもりなの!?」 「僕はシザーマン、って言う人間をハサミで襲う殺人鬼です」 「オレもアレンに合わせて、斧男っちゅー殺人鬼にしたんけど」 「女性に婚約申し込んでちょっと罵倒されて断られたくらいで逆上して、殺して、あまつさえ剥製にした最低の殺人鬼ですよね。 顔が醜いのはラビ同様、生まれつきなのに・・・・・・」 「オレはどっちかつーとイケてる方さね!神様がそう言ってたさ! そういや、リナリーは何の仮装するんさ?」 「私はルーダーだよ。精霊の弓矢で魔のモノに魅入られた殺人鬼を退治するんだから♪」 「じゃあ、僕、リナリーに退治されなきゃですね♪」 「オレはなんか必要以上に力をタメにタメた矢で射抜かれそうな気がするさ・・・・・・。 けど、リナリーはともかくオレとアレンは今から着がえてメイクしてたらパーティー出遅れるな」 すっかり夜の帳が落ちた窓の外を眺めてラビが言うと、リナリーが片手を上げて口を開いた。 「じゃあ、急だけど仮装変えない?良いこと思いついたから♪」 「ですね・・・・・・時は金なりって言いますし。 それに僕、今の状態だと大きなハサミ両手で持てませんし」 「先手必勝しなきゃなんねぇしな。でも、今すぐ着替えられる仮装って何かあんの?」 2人に疑問の目を向けられ、リナリーはニッコリと笑った。 「うん!イノセンスが取替えっこしちゃってるんだもん。 だったら私達も団服取替えっこして、なりきっちゃおうよ♪」 悪戯っぽく目を細めながら、リナリーは『ツキカミ』と向き合う。 「ツキカミさんもせっかくのハロウィンだもん。マスターと一緒に楽しみたいよね♪」 「ハハ、そうやな」 「ね!ジョニーにお願いすれば替えの団服貸してくれると思うし、成長するのを見越してサイズも色々とあった筈だよ。それに何より抜群に動きやすいよ♪」 上目遣いにお願い 苦笑いを浮かべながら、ラビはアレンの頭の上にポン、と手の平をのせた。 「じゃあ、オレは今のアレンの団服で大きいサイズのヤツ借りるさ」 「僕は・・・まあ、少し大きいですけど。問題はないと思います。 ラビ、短足っぽいですから・・・・・・」 「ボソッと毒吐くなさ!お前!」 スパン!とアレンの頭に突っ込みを入れるラビを楽しそうに眺めながら、リナリーは六幻をギュッと握った。 「私は神田の団服だから大きすぎて不恰好かもしれないけど、頑張るよ! ほら!アレン君、ラビ!早く行こう!パーティー始まっちゃうよ!」 「ほいほい♪んじゃ、お菓子の確保はオレらにまかせておくさね♪ リンクの方、まかせたさ!」 「ジェリーさんの美味しいお菓子たくさんもらっておきますから、期待してて下さい♪」 「まかせたでぇ♪あんちゃんらぁ♪」 風のように走り去っていく3人にヒラヒラと手を振りながらのんびりと見送っていると、不意にアレンがぐりん、と180度方向転換して『ツキカミ』の方へ戻ってきた。 大きく肩で息をしながら、口を開く。 「すみません・・・・・・会えたらお礼言わなきゃってずっと思ってたのに忘れるとこでした」 「お礼?」 「はい。ツキカミさんがあの時助けてくれたおかけで、アクマを集中して倒すことができました。本当にありがとうございます」 ペコリ、と頭を下げて言うアレンに、『ツキカミ』は虚を衝かれたように固まった。 そうして少し長い沈黙の後、 「こちらこそ、マスターを助けてくれてありがとうな♪」 真っ直ぐなお礼に対し、お互い様やっしゃ♪と明るく返す。 性格に色々と、本当に!難はあれども・・・・・・イノセンスに選ばれた者は皆、結局はそうじて優しいのだろう。 自分のマスターも含めて・・・・・・そう内心で呟きながら『ツキカミ』は笑みを零した。 すっかり夜も更け、ハロウィンパーティーが盛況のうちに幕を閉じる頃。 神田はパーティーにも参加せず、自室に引きこもっていた。 部屋に戻るまであんなに泣き叫んで抵抗していた『黒い靴』だが、さすがにあきらめたのだろう。 今はただただ、ひたすらにべそをかいて落ち込んでいるように見える。 その感じが昔のリナリーの姿に重なり、さしもの神田も気まずげに溜め息を零した時だった。 「神田〜〜〜っ、いる〜〜?」 ドアをノックする音と同時にリナリーの明るい声が聞こえ、神田はもう一度めんどくさそうに深く息を吐いてから、口を開いた。 「・・・・・・なんだよ」 「えへへ〜♪良いもの持ってきたから、ココあけて♪」 「まだカギつけてねぇから勝手に開けろ」 「無理!両手ふさがってるもん!」 だから開けて!と大声をあげるリナリーに、眉をしかめつつ神田は扉を開けてやった。 「・・・っな!お前その格好っ・・・・・・!」 「神田!トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃ叩っ切るぞ♪」 神田にとって見覚えのありすぎる黒い団服に身を包み、肩口までの髪をどうにか1つに結い上げたリナリーが、鞘に収めたままの六幻を楽しげに向けてくる。 それを苛々と押しのけて、神田はギッとリナリーを睨みつけた。 「何考えてんな格好してやがる!嫌がらせか!」 「だってせっかくイノセンスが取替えっこになったんだもん♪ 私達もお揃いにしたんだよ♪」 「お前なっ・・・」 「本当は今の神田の団服にしたかったんだけど、引きずって歩けなかったんだ。 困ってたら昔の神田が着てた団服をジョニーが持ってきてくれてね! どうどう、神田?私、似合ってる?可愛い?」 キラキラと瞳を輝かせて聞いてくる幼馴染の姿に、神田は頭を抱えた。 「そんな古い団服がなんでまだ残ってんだよ」 「懐かしいよね。これイチバン最初に神田が着てた団服だもん」 「・・・・・・もういい。で、何の用だ」 仏頂面で唸るように聞いてくる神田に、リナリーは横に置いておいた大きな袋を抱え上げ無邪気に笑う。 「神田にお菓子持ってきたの♪」 「いらねぇよ。持って帰れ」 「ダメ!神田、パーティーにも来てなかったしお腹空いてるでしょ?」 「1食くらい抜いたってどうってコトねぇよ。モヤシじゃあるまいし」 「神田は良くても、その子は良くないの!」 頬を不満げに膨らませながら、リナリーは神田の足首で鈍く光るアンクレットを指差した。 「私のイノセンスだもん! きっとハロウィンの美味しいお菓子食べるの楽しみにしてたよ!」 「イノセンスが菓子なんか食うかよ」 「そりゃ直接は食べられないけど・・・・・・でも!私と一緒に毎年パーティー楽しんでたんだもん!絶対に好きなんだから!」 胸の前で拳を握り締めて断言すると、リナリーはズシリと重い袋を神田に押し付ける。 「だから!はい!」 「いらねぇって言ってんだろうが!菓子なんて甘ったるいモン誰が食うか!」 「私だって六幻の為にって今夜のご馳走ぜ〜んぶッ我慢して、お蕎麦とパンプキンプディングにしたんだよ!」 「なんだその食い合わせ!蕎麦に対する冒涜か!」 「ハロウィンだもん!カボチャは外せないもん!」 「ならせめて天ぷらにでもしやがれ!」 様々な菓子が詰め込まれた袋を抱えながら神田が怒鳴り返すと、リナリーはニンマリと意地の悪い笑みを口元に浮かべた。 「神田、さっきも言ったけどトリック・オア・トリート?」 「はあっ!?」 「お菓子をくれなきゃ六幻に悪戯しちゃうよ♪」 「六幻かよッ!!」 「ほらほら、神田?お菓子ちょーだい♪」 「〜〜〜っ!!!」 これみよがしに手を伸ばして催促してくるリナリーに、神田は忌々しげに口を噤む。 探すまでもなく甘い物嫌いの神田が菓子など常備している訳がなく・・・・・・また、今抱えている菓子袋を渡しても納得はしないだろう。 深く、肺を空にするほど深〜く息を吐いて、神田はリナリーの説得を諦めた。 「・・・・・・わかった。けど、こんなに食わねぇぞ。俺は」 うんざりと袋を抱えて言うと、リナリーが歓声をあげてその場で嬉しそうに飛びはねる。 「やったぁ♪あ、お菓子食べ切れなかったら明日にでもティモシーにあげて?」 「あ?なんであのクソガキなんだよ」 「ティモシーね、孤児院の皆にもお菓子持って行ってあげるんだって! 私達もさっきティモシーにお菓子分けてあげたんだけど・・・・・・」 そこまで喋ると不意にリナリーの視線が気まずげに泳ぐ。 「ちょっと量が多かったみたいでね。ティモシー、お菓子の山に潰されちゃって」 てへ♪、と小さな舌を出して誤魔化し笑いをするリナリーに、神田は呆れた視線を向けた。 「・・・・・・馬鹿だろ」 「あはは・・・・・・じゃあ、私戻ってティモシー掘り起こしてるアレン君たち手伝ってくるね! 神田!私がいなくてもちゃんと食べるんだよ!じゃなきゃ六幻に・・・」 「わかったから、とっとと行きやがれ!」 リナリーを廊下に押し出して、神田は扉をバタン!と勢い良く閉める。 クスクスと小さな笑い声を残して、ハロウィンの悪魔はパタパタと遠ざかって行った。 重い袋を床に置いて、神田もその場にズルズルと腰を下ろす。 そうしてもう一度、深く息を吐くと面倒くさそうに袋の中の菓子を物色し始める。 キャラメル、チョコレート、キャンディにカボチャの焼き菓子・・・・・・むせ返るような甘ったるい匂いに表情を歪ませながら、目的の菓子を見つけると神田は無言で取り出した。 ハロウィンらしいオレンジを基調にした包み紙を開き、ガブリ、とかじりつく。 「・・・・・・・・・あめぇ・・・・・・・・・」 眉間に皺を寄せて文句を言いつつも、チョコレートケーキを黙々と食べる神田の足下で、『黒い靴』が嬉しそうにカランと透き通った音を鳴らした。 そうしてハロウィンの夜が更けていき、その翌日。 まるで悪戯は終わったとばかりに、イノセンスはそれぞれの主人の元へと戻り、無事に感動の再開を果たしたという。 Fin. |