† 愛し君へ †
夜明けの遅い初冬の未明。 まだ明け染めぬ夜と朝の境目に、クロウリーは一人、道を急ぎます。 薄いもやが漂う空気はひんやりと冷たいけれど、冬の厳しい土地に生まれた彼にはまだ堪えるほどではありません。 軽く空気を吸い込めば感じる冬の薫り。 もう数日以内には、今年最初の霜が降りるでしょう。 と言うことは、もうあまり時間は残されていません。 春から秋にかけて美しく咲き誇った自慢のバラ園。 花期の終わった品種の冬支度はほぼ済んで、冬に咲くバラは温室で蕾を綻ばせ始めました。 広い外の庭には、最晩秋に花開く品種を残すばかり。 未だ咲き続ける花たちを惜しんで、今日まで延ばしてきましたが、霜に当ててしまっては大変です。 花は切花にし、株は長く厳しい冬を休ませるべく、眠りに就かせなければなりません。 また来年、美しい花を咲かせてくれるように。 優しく優しく包み込んで、一時の休息を与えるのです。 足早に庭の道を辿れば、最奥が彼のバラの園です。 気の早い小鳥達が遠慮がちに囀る中を、彼は一人進みます。 彼が持つ袋を目ざとく見つけたものでしょうか、一羽の小鳥が彼の肩に止まりました。 「おはようである。今日も早いであるな」 優しく小鳥に頬擦りし、庭の片隅にある給餌台に袋の中身を空けました。 小鳥達が食べやすいように細かく砕かれたパンくず。 いつもの常連達が、こぞって台に舞い降ります。 彼の肩に乗る小鳥も軽々と飛び立ち、仲間に加わりました。 小さな友人を優しく見守り、しばらく微笑んでいましたが、明るくなり始めた空に今日は大忙しなことを思い出し、再び庭を歩き出します。 空の端から、一条の光が差しました。 青く色付いた景色が一瞬にして切り裂かれ、刻々と色彩を加えていきます。 世界の全てが息を吹き返すようなその瞬間に、自然と足が止まります。 「今日も夜が明けるであるよ、エリアーデ。 もう、冬が来るであるな。 そういえば、今日は私の誕生日である・・・」 瞳を射抜く朝日に目を細めながら、彼はそう呟きました。 花がらを摘み、適当な長さで花のついた茎を切り、次々と冬囲いの準備を整えます。 熟練した作業は流れるようで、次々とバラの越冬準備は進みます。 休みなく手を動かしながら、彼はいつものように愛しい人に語りかけました。 「我が城にあった頃は、私の誕生日など、特に気にもかけなかったものであるが、今は仲間達がパーティーを開いてくれるであるよ」 去年の誕生会を思い出し、顔を綻ばせます。 初めてエクソシストとして黒の教団で迎えた誕生日。 昨年は秋の気温が高かったため、バラを長く楽しめたのですが、その分、冬は一気にやってきました。 急激に落ちた気温に、慌ててとりかかった越冬準備がいそがしく、自分の誕生日をすっかり失念してしまったのです。 夕方までかかって、すっかり仕事を終え、さすがに疲れきった身体で戻った城。 そこには暖かく自分を迎えてくれる仲間達の姿がありました。 談話室を貸しきって会場が設けられ、親しい人々がパーティーを開いてくれたのです。 思いもかけなかった出来事に、言葉もない彼に向けられた仲間達の笑顔。 祝福の言葉と共に、たくさんの花やプレゼントを渡されました。 ただ「ありがとう」とそれだけしかいえない自分がもどかしくて・・・。 「だから、今年はお返しに、ささやかな趣向を考えているであるよ。 そう、あなたも好きだった・・・。皆、喜んでくれるだろうか・・・。 楽しみであるな、エリアーデ」 フフフフっと笑いが漏れます。皆がどんな顔をするか、今から楽しみです。 大きな桶に水を入れ、切り取った花のとげを切り、次々と水にさしていきます。 色鮮やかな切花は、なお数日、美しく咲いてくれることでしょう。 これは今日のパーティーの会場に飾ってもらおうか、そんな事を考えながら作業をしていましたが、ふと、視線を感じてふり向きました。 「カンダ?」 振り返った先には、東洋人特有の黒曜石のような黒い瞳がありました。 彼と同じエクソシストである神田ユウが、ひどくいぶかしげな顔でこちらを見つめていたのです。 動きやすいようにでしょうか。この気温の中でも、身に着けているのはシンプルな黒の上下のみ。 手には対アクマ武器である『六幻』を携えています。 立ち止まってこちらを見つめていましたが、彼と目が合うと、スタスタと近づいてきました。 神田は、いつもこの庭のそばの森で早朝に訓練を行っています。しかし、ここで会うのは初めてです。 しかも、なぜあんな顔で自分を見ているのでしょうか? 彼のほうでも首をひねりたいところでしたが、ここで二人、見詰め合っていても仕方がありません。 しかし、神田とは一対一で話したことなどありませんから何を話したものやら・・・。 「おはようである。いい天気であるな。これから訓練であるか?」 とりあえず当たり障りのない、挨拶をしてみました。 「・・・、いいや、今済んだところだ」 腕を少し上げて、手にした『六幻』を示します。 眉をひそめて、さらに自分を見つめる神田に、彼は困惑気味です・・・。 「どうしたである?」 ようやくそう問いかけます。 その問いに、一瞬目をそらして周囲を見回し、何か考える風に再度彼を見つめると、ようやく口をひらきました。 「お前、今、ここに一人で居たか?」 問いかけで返って来た答えに、今度は彼がいぶかしげな顔になります。 辺りを見回してみますが、特に人影はありません。 というか、こんな早朝にここに来るのは、自分を除けば神田くらいなものでしょう。 森を飛び回って刀を使うために、たまに鳥達がザッと飛び立つことがあって、気配だけは感じていました。 ここに近づかなかったために、今までは会いませんでしたが・・・。 その神田が、今日に限ってなぜここに足を運んだのでしょうか・・・・? 「あの木の上で・・・」 神田は随分と遠い木の頂上付近を指差します。 「たまにお前を見かける。 こんな風に空が晴れた早朝、・・・朝日の中で振り返るとお前の近くにもう一人、人影が見えるような気がするんだ」 それが気になって来てみた、とそういう訳のようです。 しかし、そのような覚えはありません。あと数時間も時間が遅ければ、手の空いた仲間達が作業を手伝いに来てくれることもあるのですが・・・・。 「残念ながら、この時間はいつも一人であるよ。仲良しの小鳥達はいつもすぐそばをとびまわっているであるが・・・」 頭をかしげますが、神田は「そうか」と、一人納得したように頷きました。 「じゃあ、いい」 どちらかというと、そんな事を言われると盛大に気になるのですが、言った方ははもう、特に気にしていない様子です。 問いかけようにも、神田相手に、なんといっていいものやら。何せ、怒らせると恐ろしい人ですし。 そんな事を考えていると・・・・。 「そんなことより、てめぇは」 低い声でギロリと睨まれて、ビクッと震えます。 何か気に障るような事でもしたでしょうか。 「なんでいつ行っても修練場にいないんだ」 「それは、・・・時間が合わないだけである!ちゃんと訓練は行っているであるよ!」 エクソシストが行う訓練。 神田のように各自が個々に行う事も多いのですが、時には修練場で手合わせなども行います。 特に、いつどこで誰が誰と訓練を行うかは決まっているわけではないのですが、元帥を師と仰ぐものは折に触れてその指導を受けますし、年若いアレン、ラビ、リナリーなどは、誘い合ってよく一緒に訓練を行っています。神田も気が向くと加わっているようです。 彼もアレンやラビなどとはたまに手合わせをするのですが、神田が加わる時は避けていました。 『だって、コワイである・・・・』 神田と訓練を行った後、大抵ズタボロになっているアレンやラビを見れば、自ずと避けようと思うものですし、さらに話を聞いて、『神田が修練場にいるときには絶対に近づかないようにしよう!』と小心者根性で誓っていたのです。 彼が狼狽する様子を、またいぶかしげに見ていた神田ですが、さらにまたまた何を一人で納得したものか、「まぁ、いい」と頷きました。 何が「まぁいい」のかさっぱり分かりません。 しかし、神田が特に怒っていないようなので、内心ホッと胸をなでおろしたのですが・・・・。 次の瞬間、身体が凍りつきました。 「俺もお前も任務があるから、いつもここにいるわけじゃねえからな。 いい機会だ。今日の午前、やってるから来い」 『ガーン』と固まります。あまりのショックに断ることなど思いもつきません。 「お前とは、一度手合わせをしてみたかったんだ」 ニヤリと笑って、神田は城へと踵を返します。 すっかり神田の姿が見えなくなるまで固まっていたクロウリー。 どうしましょう・・・神田は自分のことなど、気にもかけていないと思っていたのに!! 『・・・私が、カンダと手合わせ?・・・・』 「無理である!!!助けてくれエリアーデ!!!!!」 朝日が眩しいバラ園に、クロウリーの悲壮な叫びが響きました。 ザワザワと騒がしい修練場。 場外にいても聞こえてくるその音に、我知らず首をすくめます。 きっと中で、仲間達が訓練を行っているのでしょう。 誰かが手合わせしているのを、皆が観戦しているのかも知れません。 抜き足差し足で近づき、大きな身をかがめて、そっと扉を薄く開けて中を覗き込むクロウリー。 様々な訓練用の器具・武器の並ぶ壁際から少し離れたところに、修練場の中心である闘技場のリングがあります。 丸く切り取られた石造りの円の中に、砂が厚く敷き詰められ、叩きつけられても衝撃を吸収してくれるようになっているのです。 こちらの方に背を向ける格好で、観戦しているのが、アレン・リナリー・ミランダ。リングで実際に手合わせ中なのがラビと神田のようです。 アレンの監視役であるリンク監察官は、エクソシストの訓練などには興味がないのか、いつものように壁際のベンチに腰掛け、お菓子作りの本に見入っています。 彼らは皆、形に多少の違いがありますが、お揃いの訓練着に身を包んでいます。 団服と同様に特殊な布でできたそれは、かなり激しい戦いの衝撃からでも身体を守ってくれるすぐれものです。 クロウリーも同様に訓練着を着てきてはいるのですが・・・・。 『・・・・ホントにいたである。どうしよう・・・いっそのことこのまま帰ってしまおうか。 しかし、後から問い詰められれば、結局もっと怒らせることに・・・・。」 グルグルと考え込み、帰ることも中に入ることもできずにいるクロウリー。 その眼前で、神田とラビが無手で組手を始めます。 どうやら体術の訓練中のようです。 ラビが鋭く連続で拳を放ちます。神田はそれを払い、かわして、さらに今度は神田の攻撃。 砂地のため、足場が悪いにもかかわらず、二人の立会いは軽やかで、まるで演武を見るような見事さです。 最初から決まっていたかのような動作で、互いにすれすれのところで拳をかわし、蹴りを捌き、また拳を放ち蹴りを繰り出す・・・。 素晴らしいスピードで交される攻防に、思わず目を奪われます。 何度目かの攻防の末、気合を込めて打ち込んだラビの、拳を握るその腕が伸びきった瞬間! 『“気”が合った!』 クロウリーは目を見張りました。 神田がラビの腕を取ったかと思う間もなく、ラビがくるりと宙を舞ったのです。 まるで力を入れた風でもなく、ラビの力をそのまま利用しての華麗な投げ技。 「グアッ」っと声を上げて落ちる瞬間、体を捌いて受身を取ろうとした腕をそのまま取り、神田はラビを砂地に叩きつけ、押さえ込んでしまいます。 流れるような連続技で腕を決められてしまったラビ。 「ちょ!ちょっとユウ!!ギブ!!!ギブギブギブ!!!!!」 バンバンと地面をたたいて降参の合図をおくります。 「ちょっと、ラビ!もっと粘りなよ!全然面白くないじゃん!」 リングの外からアレンが激を飛ばしますが、 「無理!!この体勢じゃ絶対無理!!!ギブだってば、ユウ!!!」 さらに降参を叫ぶラビに、なにやら神田が立腹している模様・・・。 「俺をファーストネームで呼ぶな!!!オラ!!!これでどうだ!!!」 ねじり上げる腕にさらに力を込めます。 「ギャーーーーーー。ヤメテユウちゃん!!!折れる!腕折れちゃう!!!!」 ラビの悲鳴が場内に響いたところで、リナリーが止めに入りました。 「神田。やめてあげなよ。 神田じゃないんだから、ラビの手、折れちゃったら、しばらく使い物にならないでしょ!」 両手を口にあてて叫ぶリナリー。その声に、「チッ」と舌打ちする神田。 「全く、使えねえウサギだな!!」 手を離して立ち上がり、ラビに見向きもせずにリングのふちに歩み寄ります。 リングの中では未だ寝転んだままのラビが砂地に伏せたまま泣き言を言っています。 「ひどいさ!ユウ!!!」 ピクッと青筋が立つ神田の顔・・・・・。秀麗な凶悪顔がくるうりと振り返ります。 「だから!!!ファーストネーム呼ぶなって言ってんだろうが!!!」 「ゲフッ」 次の瞬間、ようやく顔を上げたラビの顔面に神田の蹴りが決まりました。 「何度言ったら分かるんだ!てめえは!」 「神田、ラビってば、きっと聞こえてないですよ」 すっかりリングに沈んだラビに、リング脇から情け容赦ないアレンの声が降りかかりました。 「ひどいさ!ユウ!!そこまですることないじゃん!!」 リング内で意識を取り戻したラビ。頭から血を流しつつ、食って掛かりますが。 「バカやろう!!大体、てめえは泣いて縋りゃあ、敵が攻撃を止めてくれるとでも思ってんのか! 何のための訓練だよ!どんな事態だろうと実戦と同じように想定してやんなきゃ意味がないだろうが! 甘えんのもいい加減にしろ!」 と、反対に叱りつけられています。 外野ではアレンとリナリーが、パタパタと空中に浮くティムキャンピーの録画再生機能を利用して、先ほどの試合の分析中。 ミランダも加わって、その説明を聞きます。手合わせの様子を、もう一度再生しながら、検討しているのです。 「ここ、ラビがいいですよね。一瞬フェイント。神田も釣られそうになってる」 「そうだね、でも、その後の、ほらここ。この拳を捌いた時に体が開いちゃって、それがここに繋がってるんだよ」 「あ、そうか」 「ここはどういう意図があって、こう動くんですか?」 「あ、これはね、ラビは右が死角になるから、こういう動きになっちゃったんだよ。 予測しすぎちゃうんだよね。それが実際の神田の動きより早いもんだから、動きが外れちゃったの」 「なるほど・・・。こういうときはサポートに入れないかしら」 「うーん。タイミングが難しいと思うよ」 ミランダは皆の訓練を観察することにより、実際の戦闘の際にサポートに入るタイミングを計れるよう、目を養っているのです。 「それにしても・・・」 アレンが嘆息します。 「効率のいい勝ち方ですよねぇ。僕もこれ、やってみたいなぁ」 映像はちょうどラビが宙を舞うシーンでした。 スロー再生にしてもほとんど腕を触っているようにすら見えない技に、さすがに目を見張ります。 「ホントねぇ。 でも、これ、あのレベルであそこまで呼吸を合わせて投げるのって、難しいよ。 ラビだって、弱いわけじゃないからね。体術ならアレン君といい勝負でしょ?」 「つまり、神田に一日の長があるってことですか?」 「悔しいけどね」 それは私も一緒、と肩をすくめます。アレンとリナリーが共に見やった先では、神田とラビが相変わらず言い争いを続けていました。 『ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!やっぱりコワイである!!』 顔を蒼白にしたクロウリー。神田とラビの一戦の一部始終を観戦し、やっぱり帰ろうとしたそのとき、物凄い勢いで飛来する未確認飛行物体が・・・。 バキーーーーン! 薄く開いた修練場の扉をすり抜けて彼にぶち当たりました・・・。 モロに後頭部に当たって、キュウと倒れます。 その頭部にパタパタと尻尾を振りながら、ティムキャンピーが舞い降りました。 実は、このゴーレム、クロウリーとは『歯が命!同盟』の仲間で、とっても仲がいいのです。 ティムキャンピーは映像機器としての役目を終えて開放されたとき、リングを見つめる一同とは違い、入り口の扉の方を振り返ったので、クロウリーがこそこそと扉を閉めるのを目撃したのです。 誰も気がつかなかったその存在に気がついて、いつも通りピヨーンと飛んでご挨拶に行ったのでした。 しかし、閉じかけた扉に焦ってしまったのでしょう。 最大速度で飛んだティムキャンピー、自らが弾丸となってクロウリーにぶち当たってしまったのです。 クロウリーの頭の上で『大丈夫?』とでも言うようにパタパタと上下を繰り返すティムキャンピー。 小さな手を伸ばして、後頭部にできた盛大なたんこぶをなでなでします・・・・。 「い!痛いである!!」 患部を触られ、飛び起きたクロウリー。 顔を上げると、全開になった扉の向こうがわにはリングの端からこちらを見つめる、仲間達のびっくり顔が並んでいました。 もちろんリングの中のラビと神田もこちらを見ていて・・・・・。 『ギャーーーーーーーーーーーーー!!』 心の中で叫び、そのまま逃走に移ろうとします。 「あ!てめぇ!なんで逃げんだよ!!!」 神田が怒声をあげますが、イマイチ状況が飲み込めていないその他のエクソシストはポカンとしています。 「リナリー!あいつ捕まえて来い!!!」 いきなり怒鳴られて、リナリーは条件反射のように「はいぃ!!」っと返事をし、何も考えずに彼女のイノセンスである『黒い靴』を発動すると、クロウリーを追いかけます。 ものの数十秒後、リナリーに捕獲されたクロウリー。すごすごと彼女に手を引かれて修練場に入ってきました。 まさか、リナリーの手を振り解いて逃げ出すわけにはいかなかったのです。 頭の上ではうっかり余計なことをしちゃったティムキャンピーがクルクルと飛び回り、いつものように彼に懐いています。 クロウリーに走りよるアレン。飛び回るティムキャンピーを軽くジャンプして捕まえます。 「駄目だろ、ティム。あんな速度でぶち当たったら、痛いだけじゃすまないよ! ティムがすいません、クロウリー。頭、大丈夫ですか?」 「クロちゃんがこの時間に修練場に来るなんて、めずらしいさ。バラ園の方は、もういいんさ?」 リングから上がってきたラビも加わります。 「あ、そうですよね。特にこの時期は冬の支度で朝から大忙しなのに・・・・」 「いいという訳ではないのだが・・・・」 肩を落として、しょんぼりとしているクロウリーを不思議そうに見やって、二人は首を傾げます。 「俺が呼んだんだよ!」 その声に、クロウリーの肩がビクッと上がります。 「神田が?またなんで」 「手合わせするために決まってんだろ。おら、行くぞ!」 「や、やっぱりやるであるか!お願いである!やめてくれである!!! 私とカンダが手合わせなど無理である〜〜〜〜〜〜!!!」 「ここまで来て何言ってんだ!さっさと来い!」 クロウリーを無理やり引っ張ろうとする神田。 しかし、もう一方の腕を捕まえたままだったリナリーが、それを止めに入ります。 「ちょっと、神田!!クロウリーが嫌がってるじゃない!無理やりなんて酷いよ!」 「お前が連れてきたんだろうが」 「うっ・・・・そうだけど」 「お前は・・・そうだな、イノセンス発動したままだしちょうどいい。ちょっとマリも呼んで来い」 「マリ?任務から帰ってきてるの?」 「ああ。ブックマンのジジイは今時分、誘ってもこないだろうし、今いるエクソシストはそれで全部だろ。 全員集めて総当りやるぞ!」 「だけど・・・」 心配そうにクロウリーを見つめるリナリー。 「み、皆と一緒であれば、私も大丈夫である・・・多分・・・」 不安げに、しかし頷いた彼に安心したのか、リナリーは手を離します。 「じゃ、マリを呼んで来るよ。もう、神田ってば、私の扱いが荒いよ!!」 「いいから、早く行け!!」 「ハイハイ。じゃ、いって来ます」 あっという間に駆け出すリナリー。得意の俊足を発揮し、すぐに見えなくなります。 「良いんですか?ブックマン誘わなくて。」 神田の言葉に頭を捻り、ラビに問いかけるアレン。 ブックマンはあまり修練場に姿を見せませんが、高齢ながら組手の腕は一流です。 訓練に参加する時には、「若いものにはまだまだ負けんわい」と、楽しそうに年若いエクソシスト達を手荒く揉んでくれるのです。 わざわざマリを呼んでくるなら、ブックマンもと思ったのですが。 「うちのジジイは、この時間はいつも世界中から届く新聞を読んでるんさ。 一人で分析中。ヘタに声なんか掛けたらぶっ飛ばされるさ」 俺も追い出されると、肩をすくめるラビ。 「あ、なるほど。それで午前中はあまり姿を見かけないんですね。 じゃあ、エクソシスト7人で総当り戦ですか。表でも作ります?」 「お、俺は今日、もうユウちゃんと当たったさ!あれも込だろ!!!」 「わ、私も参加でしょうか・・・・」 のんきなアレン、ラビ、ミランダの声を背に、神田はクロウリーに向きなります。 「おら!邪魔者はいなくなったぞ!とっととイノセンスを発動しやがれ!!」 「そ、そんな!!!」 いきなりの神田の発言に、クロウリーを含め、一同目を丸くします。 「ちょっと、何言ってんですか神田。修練場は基本的にイノセンス発動禁止ですよ!」 「そうさ、俺達がイノセンス発動して戦っちゃうと城が崩壊しちまうさ! あれほどコムイからも科学班からも清掃班からもきつくお達しがでてるさ!!」 以前、イノセンスを発動して行った訓練で、出した被害の数々を思い起して青くなるラビ。 もう、二度とやるなと、きつ〜〜〜くお仕置きを食らったのでした。 「大体!リナリーが邪魔者って、あなた、なんて言い草ですか!」 「てめえもうるせえな!あいつは兄貴にべったりだから、やたらと規則だの何だのにうるせんだよ! いると煩いから外に出したんだ。とりあえず始めちまえばこっちのもんだろ」 イノセンスを発動して戦っているエクソシストを止められるものなどいるわけがありません。 元帥クラスが介入してこない限り無理でしょう。 「イノセンスがやばいってんなら、俺は『六幻』は使わねえよ。今日はもともと体術の訓練だったしな。 だが、こいつもこのままじゃ、俺の訓練にならねぇだろ」 「あんたのですか!!!」 「他になにがあるってんだ、白モヤシ!俺は自分を磨くために訓練をしてるんだ! 弱っちい奴とやったって、面白くもなんともないだろ」 自己中心的なことを堂々と言い放つ神田。しかし、その言に、アレンがきょとんとします。 「クロウリーさん、体術は別に弱くないですよ。」 僕らといい勝負ですよね、とラビを振り返るアレン。 ラビも頷きます。 「そうさ、クロちゃんは発動してなくても、なかなかやるさ。 寄生型のせいか身体は丈夫だし、腕力も強いし・・・。 ちょっと攻めは消極的だけど、ちゃんと基礎ができてるから、守りが堅くて、手ごわい相手さ」 ミランダもウンウンと頷いています。 「へぇ」 あんまりいつもビクついたところばかりを見ていたから、発動していなければ、全然使えない奴なのかと思っていた・・・。 そう言いたげな目でクロウリーを一瞥する神田。 その視線にビクッと涙目のクロウリーの身体が震えます。 その様子に、ピキっと青筋が立ちます。どうにもこの小心ぶりが気に障るのです。 「だが、つまり、お前らと同じくらいって事は俺より弱いって事だろ」 「また、人の気に障るように嫌なこという人ですね!」 「だが事実だろうがよ」 「まぁ、発動せずにクロちゃんがユウに勝つのは難しいとは思うさ」 「だったら」 再びクロウリーに向き直ります。 「やっぱりとっとと発動しやがれ!!!」 カンダは情け容赦なく、拳を振り下ろしました。 いきなりの暴挙に、まったく手が出せなかった面々。 唖然と見守ります。 ガコォ!! ・・・頭に拳固を食らって、硬い石の床に頭をぶつけたクロウリー。 しばしの沈黙の後、ユラリと立ち上がります。 その姿は、髪の毛が逆立ち、瞳の色が真紅に染まって・・・・・。 「何をするか!!!この小童がーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 発動すると身体が超人化するイノセンスを持つクロウリー。 発動時は性格も一変します。 神田はこの状態のクロウリーを間近で見るのは初めてです。 ずっと遠くで戦っているところは帝都東京で見たのですが・・・。 『よし!本気モード!』 内心ガッツポーズの神田。この状態のクロウリーと手合わせしてみたかったのです。 鉤爪のように開かれたまま伸びてきたクロウリーの大きな手を、バックステップでかわそうとしたその時。 右足にごく小さな何かが当たる感触がありました。 その衝撃に、ほんのごくわずかに体勢を崩した神田。 そこにクロウリーの拳が襲い掛かります。 「グハッ」 かろうじて腕でガードはしましたが、リングの外から反対端まで吹き飛ばされ、石の壁にたたきつけられます。 常人なら一撃でノックアウト確実な攻撃でしたが、胸の呪力が効いたのでしょうか、すぐに立ち上がって、アレンを怒鳴りつけます。 「てめえ!!!白モヤシ!!!!何をしやがる!!!!」 「え〜〜〜〜?なんのことですか〜〜〜〜?」 明後日の方向を向いて、白々しくすっとぼけるアレン。 そうです。 先ほどの神田のバックステップを踏む右足に、ごく小さな石を絶妙の角度と強さで当てたのです。 「しらばっくれるな!!!余計な手出ししやがって!!!」 「お、お前!!!ユウちゃん相手に何してるんさ!!! リナリーがいないからって黒さ全開はまずいだろ!」 後が怖いと蒼白になるラビに、アレン、肩をすくめます。 「リングの中には手出ししないけど。さっきはリングの外でしたしねぇ。 そういえば、さっき、神田言ってましたよね。 『どんな事態だろうと実戦と同じように想定して訓練しないと意味ない』って」 「そ、そういやぁ、言ってたけどそんなこと・・・。だけどおまえ!」 さらに何か言おうとするラビをさえぎって、アレンは真っ白な笑顔を浮かべます。 「ま〜さか、神田がちっちゃい石につまずいて、転ぶなんて思いもしなかったですけど。 想定外の出来事にも対応できないとね」 さらに顔の色を失うラビ。恐る恐る神田の方を振り返ると・・・・・。 『ぎゃーーーーーーー、般若!般若がいるさ!!!』 心の叫びは誰にもとどきません・・・。 「てめぇ・・・・後で覚えてろ!!!」 今にも視線で人が殺せそうな目でアレンを睨みつける神田。声は地獄の底から響くような重低音です。 すっかり震え上がったラビを横に、アレンはさわやかに手を振ってみせました。 と、その時・・・。 アレンは頭部に強い衝撃を受けて、座り込みました。 頭の芯がしびれるような感覚に、一瞬目の前に火花が散ります。 あまりの衝撃に、痛みは一拍遅れてやってきました。 「痛った〜〜〜〜〜〜!!!」 音もなくアレンの後ろに回りこんだクロウリーが拳固を落としたのでした。 「小僧、余計な真似をするな。」 「ゴメンナサイ・・・」 発動モードの恐ろしい顔で睨まれて、さすがのアレンも頭をさすりながら涙目で謝りました。 リングの内と外から視線を合わせ、にらみ合う二人。 ちりちりと、首の辺りの毛が逆立つような感覚に目を眇めます。 先ほど、発動を開始したと同時に、クロウリーの纏う空気が一変しました。 いつものように背を丸め、上目遣いに人の顔を覗きこむのではなく。 長身をそのままに、上から真直ぐに見下ろされる視線は、受け止めるのにハッキリと意志が必要なほど。 クロウリーの全身から発される、目に見えないのが不思議なほどの圧力に、神田の身体が警報を発しているかのようです。 「く、空気が痛いんですけど・・・」 「ちょ、クロちゃん、本気はまずいさ!その状態でやったらいくらユウでも死んじまうさ! その前に修練場がまた大惨事さ・・・・」 顔を引きつらせて、クロウリーを引きとめようとするアレンとラビですが、一瞬注がれる視線に口が止まります。 狂気を宿したかのような真紅の瞳・・・・。 戦いを前にして、愉悦に鈍く輝くそれに、思わず背筋が凍るような、この感覚。 それは戦場に身を置く彼らにはひどく馴染みのある感覚で・・・。 「やばい。ヤバイヤバイヤバイ! ラビ、僕ら以外の人たち、避難させなきゃ。 ホントにまずい!」 「確かに、修練場はともかく、俺達以外の人間に被害を出しちゃ大変さ・・・。 行くぞ、アレン」 青ざめて踵を返すアレンとラビ。 城の三階層にわたって作られた広大な修練場は、彼らのほかにも多くの人々が訓練のために利用しているのです。 「わ、私も・・・・」 そう言ってついてこようとするミランダを、ラビが止めます。 「俺とアレンだけで行った方が早いさ。ぐるっと一周まわって、すぐ帰ってくるから、ミランダはここにいるさ」 「そうですね。できるだけ壁際に下がって、危なくないようにしててください!」 走り出すラビとアレン。部屋の隅で本を読んでいたリンクも腰を上げ、共に走り出します。 「ど、どうしよう・・・。一人で取り残されちゃったけど・・・」 彼らを見送り、ミランダはとにかく壁際まで下がろうと、おどおどと歩き出します。 「でも、もし、二人が本当にひどい戦いをするのであれば、『時間停止』をかけて、二人を止めなきゃ」 ミランダのイノセンス『刻盤』の能力の一つである『時間停止』は、絶対的な防御力を誇ります。 中からは攻撃できないかわりに、外からも攻撃を一切受け付けないのです。 つまり、二人のうち一人にそれをかければ、戦闘を止められるはず・・・。 ミランダは、リングと壁の間で立ち止まり、二人の訓練を見守るべく、キュッと胸の前で手を握り合わせました。 悠然としなやかな動きでリングに近寄り、フワリと飛び降りたクロウリー。 足音ひとつ立てない、大型の肉食獣を思わせるゆったりとしたその動きは、その身体に隠された能力の高さを伺わせます。 長身を鞭のような筋肉が覆い、力がそのまま存在を主張するような身体が醸し出す威圧感。 「全く、さっきと同じ人間とは思えねぇな・・・」 無手のまま、構えをとる神田。我知らず口の端に薄い笑みが浮かびます。 クロウリーも、一瞬その笑みに応えるようにニィっと口をゆがませ。 なんの予備動作もなく、その爆発的な力を解放しました。 ドゴォーーーー!! 「始まった!!」 背後から聞こえ始めた轟音に、アレンとラビが顔を合わせます。 「こりゃ、ホントにしゃれにならねえさ、行くぞアレン。」 さらに足を速めるラビ。アレンは一瞬後ろを振り返りました。 「ミランダさん、大丈夫かな」 「ミランダには、『時間停止』があるさ。自分にかけときゃ、攻撃は受けないさ」 「そうですけど・・・」 「おまえ、危なくないようにしとけって言ってきたし、大丈夫さ!」 それより早くしろと言うラビに、アレンも足を速めました。 『クソ!!かすっただけでこれかよ!』 腕の痺れに、神田は眉をひそめます。 先ほど、蹴りを受け流そうとしてそのまま吹き飛ばされたため、とにかく攻撃をかわそうとするのですが、エクソシストの中でリナリーに次ぐ速度を誇る彼でも、全く余裕が無いほどの攻め。 先手を取られて、反撃の糸口がなかなか見えません。攻撃が身体をかするたびに受けるダメージは、未だ神田の負担にはなっていませんが、時間が過ぎるにつれ、回復力を上回る可能性すらあります。 『受け止めるのは無理、ではどうする!』 激しい攻撃をかわしながらも、思考を止めることなく、動き続けます。 拳をかわしざま、体格差を利用して懐に入り込み、拳の勢いのまま片腕一本で投げ技をうちますが、フワリっと宙で身体を返し、軟着陸されてしまいました。 「猫かよ!!! いや、もっとでかいから、豹かなんかか!!」 『だが・・・』背筋を駆け上る狂喜に、体が震えます。 こんな限界ギリギリの戦闘でしか味わえない興奮。 技のおかげで、一瞬の間が取れた神田、一気に前に出ます。 『攻撃の隙を与えず、攻めまくる!!!』 先ほどのラビとの手合わせのように、じっくり隙をうかがいながら戦う余裕など全くありません。 無茶を承知で、こちらから攻撃をしなければ何の勝機も見出せない状況です。 その猛攻撃を捌きながら、しかし確実に反撃を加えるクロウリー。 そのスピードと戦闘センスは驚愕に値します。 しかし、さすがに攻撃をかわしながらでは本来の破壊力は発揮できません。 何とか受け流せるくらいまでに威力の落ちた拳を神田が腕ではじき、ひたすら前に出ることを優先に、攻撃を加えます。 すでに、戦闘はリング外に及び、裂帛の気合を込めた拳を、叩き込もうとしたその瞬間! 「ミランダ!!!危ない!」 修練場の高い天井に、リナリーの悲鳴が響き渡りました。 ミランダの直前で、クロウリーが神田の渾身の一撃をがっちりと受け止めています。 一瞬『しまった』という顔の神田。 もし、繰り出した拳をかわされていたら、ミランダに直撃だったでしょう。 リナリーの声に、ちょうど戻ってきたラビとアレンも目を見張ります。 リングの脇で手合わせを見ていたミランダ。 目の前で繰り広げられる凄まじい戦いに、全く手を出すこともできず呆然と佇んでいました。 一瞬にして目の前に迫る二人に、身動きすることすらできずに。 気がつくと、クロウリーの背が自分のすぐ目の前にあり、神田の拳がその身体によってさえぎられていたのです。 数拍遅れて状況を把握しますが、自分が動けば目の前の均衡が壊れそうで身動きができません。 そうしている内に、わずかに振り返った真紅の瞳に、射すくめられるように背筋が粟立ちます。 「邪魔だ!どいていろ」 投げかけられた言葉に「ヒッ」とすくみあがりました。 「ミランダ!」 リナリーがミランダの肩を抱き、一瞬にして修練場の壁際まで下がります。 「リ、リナリーちゃん」 震えの止まらないミランダに、リナリーは抱いた肩をギュッと握りました。 「もう大丈夫だから。ミランダ『時間停止』、『時間停止』をかけて!」 「は、はい!!」 イノセンスを発動し、『時間停止』をかけるミランダ。これでもう、この空間にはどんな被害も及ぶことはありません。 「び、びっくりした〜〜〜〜〜」 思わず力が抜け、座り込みます。 「ほんと、危なかったよ。あの二人何やってるのよ! ここはイノセンス発動禁止なのに!」 美しい眉を寄せて、難しい顔をするリナリー。 「マリが、さっきからすごい音が修練場の方からするっていうから、急いで帰ってきてみれば!」 「ミランダ!」 「ミランダさん!大丈夫ですか!!」 走りよるラビとアレンに、リナリーの厳しい目が向けられます。 「ちょっと!これどういうこと?!」 「神田が、クロウリーが発動状態じゃないと、自分の訓練にならないって、無理やり発動させたんですよ」 「なんで止めないのよ!後ですっごい怒られるよ」 「止める間もなかったんさ。 ユウちゃんがクロちゃんをぶん殴ったら、クロちゃんが発動しちまってさ。 そうなりゃ、俺達が止められるわけもないから、先に一般人を避難させに行ってたんさ」 「物損はともかく、人的被害をだしちゃまずいですから」 肩をすくめる二人に、リナリーはプリプリ怒ります。 「人的被害直前だよ!なんで二人はミランダを置いて行っちゃったのよ!」 「だって、ミランダには『時間停止』があるだろ」 「だからまさか、危ない目にあうとは・・・・」 「ご、ゴメンナサイ。私、何か大変なことが起きる前に二人を止められたらと思って・・・・。 タイミングを見計らっていたのですけど。殆んど何が起きてるのか分からなくて・・・・」 座り込んだまま、俯きます。それを呆れ顔で見る面々。 「ミランダは、私みたいに逃げることもできないし、無防備なんだから、自分の身の安全を第一に考えなきゃ駄目じゃない。」 「そうですよ。あんな自然災害クラスの戦闘に付き合っちゃ危ないです」 「せめて、『時間停止』を自分に掛けた上で見物するさ!」 口々に言われて、さらに小さくなるミランダに、アレンと一緒に戻ってから手合わせの様子をじっと見ていたリンクが声をかけます。 「それでは、貴女はあの手合わせを全てご覧になっていたわけですね。どんな様子でした?」 えっと顔を上げるミランダ。 「そ、それは・・・。もう、すごく速くて、私には何がなんだか・・・・」 「・・・つまり、私達はあの手合わせを見逃した上に、見ていた人は説明もできないと、そういう訳ですか。」 深くため息を漏らします。 「惜しいことをしたものです」 その視線の先には、再び激しくぶつかり合う神田とクロウリーの姿がありました。 リンクの視線を追い、彼らの手合わせに見入るエクソシストたち。 「確かにすごい・・・」 「うん」 「ユウちゃん、あのクロちゃん相手に、すいぶんとやるもんさ・・・」 「いい手合わせを見る事は、いい加減な訓練をするよりもよっぽど有益です。しっかり見ておくといいでしょう」 アレンが興味深そうにリンクを見つめます。 「どうしたんですかリンク。いつもは僕らの訓練なんて、全然興味無さそうなのに」 特徴的な眉を器用に片方だけ上げ、フンっと鼻を鳴らすリンク。 「いつもの訓練とは、君達の馴れ合いのお遊びのことですか。 あんなものは見る必要などありません。 まぁ、身体がなまらないように動かすのはいいことですがね」 「どういう意味ですか!」 「あれを見て、分かりませんか?」 訓練場から目をそらさずに、顎でリングを示します。 「実戦さながらの、ああいう訓練の中でこそ技は磨かれていくのですよ。君達が訓練と称するものは、私にとってはそれに当たりません。 神田ユウがいつも苛立っている理由もよく分かりますよ。君達と彼とでは、訓練に込める気構えが違いすぎます」 「だからって、毎日仲間うちで殺し合いをするわけにもいかないさ!」 「・・・これが殺し合いに見えるとしたら、ご愁傷様です。エクソシストなどおやめになった方がよろしいですよ。 彼らはちゃんと訓練としての一線を引いています」 『えっ』と見やるリングでは、真剣ながらも嬉々として技を繰り出す二人の姿。 その身体には無数の汚れはありますが、神田の呪力を差し引いても、どちらも大きな傷は負っていません。 「訓練相手の力量を測り、実戦ギリギリのラインまで訓練の質を高めることができるのですよ、あの二人は。 それがどんなに至難の業か分かりますか?お互いにそれができなければ、ここまで見事な手合わせにはなりません。 大体、これだけの手合わせを目の前にして目を逸らしていられる、そのこと一つ採っても、全く甘えているとしか思えませんね」 相変わらずリングから目を離さずに言い放つリンクに、ラビがグッと詰ります。 「・・・神田、いつも真面目にやれって怒ってるけど。 私達がホントにギリギリまで力を出し切っている時は、神田の方にどんなに余裕があっても何も言わないよね。 それって、私達の力を見極めているから? でも、私達のレベルが低すぎて神田の訓練にはなってないって、そういうこと?」 「ご明答です。リナリー・リー。」 「じゃぁ、なんで、神田は私達に付き合ってくれるのかな・・・・」 「それはご自分で考えるべきです。 あなた達が彼の域まで到達するように、力を引き上げたいのかも知れません。 そうすれば、彼はさらに君達と切磋琢磨し、高みを目指せるわけですし。 まぁ、彼の場合は単なる暇つぶしという線も捨て切れませんが・・・・」 「そうに決まってるよ!」 「ですが、君達のために力を貸してくれているのだとしたら、実に張合いがないことでしょうね」 「・・・・」 一同、黙り込んでしまいます。あの神田がそんな事を考えているものでしょうか・・・? つい、フルフルと首を横に振りたくなりますが・・・・。 「まぁ、ユウちゃんにどんな思惑があったにしても、俺達の方にも問題がありそうだってことは分かったさ。 でも、それって、これから改善していけることさ!」 黙り込んでしまった一同に、ラビが明るく提案します。 「とりあえず、ユウちゃんの求めるレベルを観察するさ!アレン、お前ティムはどこにやったさ?」 あそこ、と指差す先には、リングをうまく俯瞰できそうな場所にパタパタと飛んでリングをじっと見ているティムキャンピーの姿があります。 「いつも、リングで誰かが組み手をする時は後で検討をするから。 いつもどおりに記録してると思いますよ」 「ナイスさ、アレン。これで、後からこの手合わせを最初から見られるじゃん」 「君もごく稀に、時には役に立つこともありますね」 「リンクはもう黙っててください! それじゃ、ここからじゃよく見えないから、もう少し近くで見ましょうよ。 やっぱり映像じゃなくて、実際に見た方が参考になるだろうし」 僕らだって負けていられないと、張り切るアレンに頷いて、ラビは女性二人のほうを向きます。 「あの二人、結構動きが激しいから、俺達はそれに合わせて見やすいポジションをとりながら見るさ。 ミランダは、危ないからここで『時間停止』を発動しながらみてるさ。 リナリーはどうする?」 「私も行くよ。私だって、エクソシストだもん!」 「そう言うと思ったさ。じゃ、俺達、ちょっと行ってくるさ」 『時間停止』はリナリーにもかかっていたため、一旦発動を解き、リナリーを出します。 それから再び発動しようとして、ふとミランダはリンクを見ました。 「ハワードさんはどうします?」 「私はここで結構です。」 「じゃ、一緒に『時間停止』の中に入りますか?」 「別に結構ですよ。自分の身くらいは自分で守れます。」 木で鼻をくくったようないつもの言葉に、ミランダの唇に笑みが浮かびます。 「『時間停止』って、結構体力を使うんですが、それは限定する空間の広さや中にいる人の数に比例するんです。 できたら私、少しでも長い時間、少しでも多い人数を守りながら、『時間停止』を発動していられるよう訓練をしながら見たいと思うんですが、協力していただけないでしょうか」 「結構な心がけだと思います。 それでは・・・もう少し近づいてもかまわないでしょうか」 リンクは、自分がどんな事態にも対処できる距離を置きつつ、手合わせを見ようとしていたのですが、ミランダの言葉に、つい本音が出ます。 それに笑みを深めて、ミランダは壁際から離れ発動を開始しました。 さすがに無手では発動状態のクロウリーの方にかなり分があるのか、神田が砂地に叩きつけられました。 何度目かのダウンですが、すぐさま立ち上がり、構えを取ります。 しかし、リングの中央では、構えを解いたクロウリーが顎に手を当て、なにやら思案中のようです。 クロウリーの様子に、いぶかしげに眉をひそめ、動きを止める神田。 「・・・どうした?まだやれるぞ」 「私の得手ばかりではいささか面白くないと思ってな」 踵を返し、歩き出します。 「あれ?もう終わりですかね」 「そうさね、結構やってたし」 「さすがに見ごたえがあったねぇ」 思い思いのところで二人の手合わせを見ていた三人が、一ヶ所に集まってきます。 じゃぁ、ティムキャンピーを回収して検討に入ろうと、興奮気味に話す彼らをよそに、クロウリーはリングを出て、修練場の壁にズラリと並べられた訓練用の武器の数々に歩み寄ります。 その中から、細身の剣を一振り、取り上げて、 「次はこれでどうだ?」 切っ先を真直ぐにリング内の神田に向け、口の端を上げます。 一瞬、驚いた神田。しかし、すぐに彼も薄く口元に笑みを浮かべます。 「この俺に、剣で挑もうってのか?」 「まぁ、私もこれならば、素人ではない」 その口ぶりに、神田が目を細めます。 リング脇に置いてあった、彼がいつも訓練用に使用している木刀を拾い上げ、軽く投げるクロウリー。 「そりゃ・・・楽しみだ」 素晴らしい速度で真直ぐに向かってきた木刀を、危なげなく掴み取り、不敵に笑います。 驚いたのは、外野の三人。 「え?クロウリーって剣も使えるの?」 「今までは見たことがないですけど・・・・」 心配そうに呟くリナリーに、アレンが首を振ります。 「ク、クロちゃん、死に急いじゃだめさ!!! ユウちゃんは剣を持たせたら、鬼だぞ!!!」 ラビが叫びますが、クロウリーはまるで聞こえていないかのように再びリングに降り立ちました。 「大丈夫でしょうか・・・」 傍らのリンクに尋ねるミランダ。 「分かりません。私もクロウリーが剣を握るのは初めて見ますので・・・」 一瞬も見逃すまいと、そんな表情を浮かべるリンクに、ミランダも握った手にさらに力を込め、固唾をのんでリングに見入ります。 リングの中、間合いを取って対峙する二人。 両手で剣を持ち、正眼の構えをとる神田。 他方、クロウリーは片手に剣を持ち、一旦腕を上げて剣を垂直に立て、顔の前で静止し、次に切っ先を真直ぐに神田に向けてから、前足を踏み出し、構えをとりました。 神田は、クロウリーがとった一連の流れるような動作から、『確かに素人じゃねぇな』と見定めます。 『むしろ、かなりできる!』 一瞬で二人の姿が消えたと、そう思われた瞬間、凄まじい剣戟の音が立て続けに修練場に響き渡ります。 すでに光の筋としか見ないような剣筋に、目を見張る観戦者たち。 「ラビ・・・あれ見えてる?」 「いんやちょっとキツイさ・・・・。 しかし、クロちゃん剣もやるなぁ。」 アレンとラビが呆然と見入る二人。 突きが主体のクロウリーの剣を最小限の動きではじく神田の木刀の音が細かく響き、次の瞬間、鋭い払いと共に剣を一所で激しく切り結んでいた彼らが、唐突に走り出します。 その間も剣がぶつかり合う音は止まず・・・。 身軽な彼らが縦横に剣を交え、一気に全域が闘技場と化したような修練場の状況に、アレンとラビが蒼白になりました。 『ここに居ると、危ない!!!!!』 すでにリナリーはイノセンスを発動して、移動を開始しています。 次の瞬間、頭上を掠める神田の剣先を寸前で身をかがめ、避けるアレン。 「うわぁ!!!」 前方に転がり、起き上がったその時には、すでに戦いは遥か彼方です。 ふと見ると隣にいたはずのラビがいません。 周囲を見回すとリングの中でキュウと目を回しています。 「ちょ!!ラビ!!!!」 迷わずリングに飛び込み、左手を発動してラビを確保すると、ミランダの方向へ走ります。 「ミランダさん!『時間停止』の中!中に入れてください!!!」 ミランダは、必死の形相で走り来るアレンに、一瞬、『時間停止』を解き、アレンとラビが飛び込んだのを確認して、また『時間停止』を発動しました。 「こ・・・怖かった!!ラビ!!!ラビ生きてる?!!!」 何をしているのだと呆れ顔のリンクをよそに、ガクガクと揺さぶります。 その衝撃に息を吹き返したラビ、 「は!!!何があったんさ!!」 きょろきょろと辺りを見回します。 再び解かれた『時間停止』。その中に今度はリナリーが飛び込んできました。 『刻盤』の発動が始まると、「はぁ〜」と一つ息をついて、リナリーもペタンと座り込みます。 「ラビ、随分飛ばされてたね。びっくりした!」 「一体何があったんさ?全然なにがあったかわかんないさ」 「僕は神田の剣を寸でのところでかわしたんですが・・・」 だからラビの方は知らないと、そういうアレンに、リナリーが答えます。 「多分、クロウリーにぶつかっちゃったんじゃない? 遠くて、よく見えなかったけど・・・・」 いきなり弾き飛ばされたのが見えた、とそういうリナリー。 「なんか、逝ってきちゃった気分さ〜〜〜〜〜。 クロちゃん酷い!!!さっきはミランダをかばったくせに!!!」 さめざめと泣き出すラビ。 「だから、自分の力量というものをまずは慮りなさいと、そう言っていますのに・・・」 心底呆れたと、肩をすくめるリンク。 「自分の力不足を顧みず、むやみに近づいていくからそういう目に遭うのです。」 「だって!クロちゃんの剣の腕なんか知らないさ!知ってたらもっと距離をとったさ!!」 「リンクなんて、ミランダさんの傍で、安全に見物してただけじゃないですか!」 「私はミス ミランダの訓練に協力していたに過ぎません。しかし、もし『時間停止』の外にいたとしても、被害など受けませんよ」 訓練の観戦で負傷など嘆かわしいと首を振るリンクをキッと睨み、さらに言い募ろうとラビが口を開きかけたその時。 凄まじい音がして、石造りの壁の一角が崩れました。 一斉にそちらを振り向くと、クロウリーが壁に叩きつけられ、そのまま、ずるずると崩れ落ちます。 その前では、さすがに息を乱した神田が、いまだ構えを解かずに佇んでいました。 「クロウリーさん!!!」 ミランダが悲鳴を上げます。 『時間停止』が解かれ、駆け出した五人。 崩れ落ちた壁の下に近寄ってみると、発動モードが解けて、いつもの様子に戻ったクロウリーの姿が・・・。 「も、もうだめである・・・」 『キューーーーーー』っと目を回しています。 しかし、特に身体に大きな傷などはないようです。 ホッと息をつく五人。 「全く。てめえの弱点はそのスタミナの無さだな」 肩で息をしながら、剣先を向ける神田。 「アクマの血もなしに、そう長い間、発動を続けていられるものではないである」 「ったく。せっかく面白くなってきたところだったのに!」 「・・・・」 俯くクロウリー。その彼に、剣を下ろして神田はボソリと呟きました。 「・・・だが、いい訓練だった」 その言葉に、思わず顔を上げます。そこにはニヤリと笑う神田の顔が・・・。 そばにやってきたアレンたちもその言葉に驚きます。神田が訓練時にそんな事を言うなんて、今まで聞いた事がありません。 そこに、修練場の扉を開けて、マリが入ってきました。 「凄い音がしたが、皆大丈夫か」 任務帰りでしょうか、エクソシストの団服の上にコートを羽織った姿です。 軽く耳のヘッドフォンを押さえているのは、先ほどの轟音が未だ耳に残っているためでしょうか。 「マリ!科学班の皆は?」 「何事がおこっているのか分からないから危ないと思って、私が様子を見に来たんだ」 「そう、ゴメンね任務帰りなのに」 「いや。 それにしても景気良く壊したものだな。皆怪我はないのか」 「大丈夫です。マリは任務から帰ったばかりだったんですか?」 盲目のマリに、皆一通り応えを返したあと、アレンが尋ねます。 頷くマリ。 「先ほど戻って、科学班に出向く途中でリナリーと出会ったんだ。 その途端に凄い音が修練場からしたもので、一度科学班によって、皆に近づかないよう言ってからこちらに来た。 どうやら神田が訓練をしているようだったから」 「で、私はマリにそのことを聞いて、一足先にこっちに戻ったって訳。 もう!神田ったら、マリが帰ってるの知らなかったでしょう!マリ、ホントに帰ったばかりだったんだから! 何で私にあんなこと言ったのよ!」 手を腰に当てて、神田に詰め寄ります。 ヘタをすると、居もしないマリを探して城中を探し回るところだったのですから、当然の怒りです。 「ああ、そうだったか?」 さも煩げに、それを見やって適当な言葉を返す神田に、リナリーがさらに口を開こうとしますが、彼は腕を伸ばし掌で彼女の口をふさぐと、モゴモゴと騒がしい彼女を綺麗にスルーしてマリに向かいます。 「せっかく来たんだ。ちょっと手合わせしてけよ」 あれだけの手合わせの後、まだ訓練を続けるというのでしょうか・・・。 さすがのリナリーも言葉を失ったのか静かになります。 黙り込む一同には全く頓着せず、静かになったリナリーの口から手を離す神田。 その様子に苦笑するマリ。兄弟弟子である彼には神田のこの態度は驚くに値しないことなのでしょう。 「さすがに、勘弁してくれ。本当に今戻ったばかりなんだ。 相手なら、ここに元気そうなのが居るじゃないか」 アレンとラビを指差すマリに、神田はどうしようもないと肩をすくめます。 「白モヤシとへタレウサギじゃな。 いい訓練ができた後なのに、余韻が壊れるだろ。」 その言い草に『カッチーン』ときたアレン。 ただでさえ、先ほどの手合わせを見て、自分の力量に少々落胆していただけに、かえって腹が立ちます。 憤然とラビを振り返ると、その腕を取りました。 「こうなったら、二人で神田をぼこりますよ!!」 「え〜〜〜〜〜〜!!俺もやんのかよ! いやさ!!今のユウちゃん、エンジン全開で、止まらないさ!」 情けないラビの言葉に二人を振り返る神田。 「どうしたへタレ!俺は二人掛りだってかまわないぜ。 それともなにか、二人掛りでも俺に手も足も出ないってのか」 挑発的に嘲笑をひらめかせると、手を振ります。 「ま、止めとけよ。泣いて縋ったって、今度は引いてやらねぇぞ」 その言葉に、さすがのラビも『カッチーン』ときたのか、逃げ腰だった瞳に火が点ります。 「行くさ!!アレン! 絶対ユウちゃんを泣かす!!」 「ハイ!」 両側から『グワシ』っと神田の手を取り、リングへ引きずりおろします。 もちろん、神田が握っていた木刀は没収して・・・。 リングでは再び手合わせの音が響きはじめました。 「しかし、どうしてこんなことになったんだ? クロウリーが好き好んで発動状態で訓練をするとは思えないが・・・」 座りこんだままのクロウリーの方に顔を向け、マリが尋ねます。 「私は・・・。神田に頭を殴られて、発動してからはもう、何がなにやら・・・」 記憶はありますが、まるで自分が身体を動かしていた気はしません。 「もう、ひどいんだよ神田! きっと私がいると煩いことを言うから、マリを呼んで来いなんて言ったんだよ。 総当たりで訓練をしようなんて言ってさ! で、私がいなくなったら、無理やりクロウリーを発動状態にして手合わせをしたんだって! 止める間もなかったって、アレン君とラビが言ってたよ」 隣ではミランダが無言で頷いています。 「まぁ、そんなことだとは思った。 そうか、ではそのように報告をしておこう」 皆がマリを見る中、マリは科学班の方角を軽く指差します。 「私は中がどんな状態か見に来たんだ。 報告をしないと、皆心配して待っているだろう」 そう言って、自分の通信ゴーレムを引き寄せます。 一通り説明をし、とりあえず被害は壁一枚だから、心配するなとそう言う彼に、ゴーレムからは科学班班長のリーバー、教団室長のコムイらの声が響きます。 「まったく、いい加減にしとけよ! 被害がそのくらいでよかったものの、あれだけイノセンスを発動しての戦闘訓練は厳禁て言っておいたのに!」 「でも、神田君とクロウリーの手合わせか。 ティムは?映像残ってるかな?体術の訓練とはいえ、いい資料が手に入りそうだよね!」 「それがね、クロウリー、剣で神田と戦ったのよ!凄かったんだから!!」 マリのゴーレムをハシと掴んでリナリーが叫びます。 その声に黙り込む科学班。 「ティム。絶対つれて来て。 これ命令ね。映像消したら怒るからね」 「ウン、わかったよ。 今、また神田とアレン君とラビが手合わせをしているから、それが終わったらつれて行くよ」 「まだやってるの!」 「そうなの。呆れちゃうでしょ」 音声のみの通信にもかかわらず頷くリナリー。 「今止めると、神田がまた怒り出すから、とりあえず終わるまで待ちます。 その後、神田を出頭させますから、処罰はご存分に。 壁の修理に入るのもその後のほうが無難です」 ゴーレムをリナリーから受け取り、報告を終えて通信を切ったマリに、クロウリーがおどおどとした視線を向けます。 「私も行かなければ。 というか、イノセンスを発動したのは私だし、カンダは、自分ではイノセンスを使用しなかったのだから・・・。」 その言葉に優しく微笑みます。 「話を聞くところによると、非は全て神田にある。あれもそれは分かっているだろうから、大丈夫だ。 もともと、罰則覚悟でやっているのさ。」 困ったものだと首を振るマリに、一同、同意の声を上げます。 「しかし、見事な手合わせでした。私も久々に眼福でした」 リンクが感嘆の声をもらします。 「す、凄かったです!」 「そうなのか。神田相手に剣で相手をしたと聞いたが・・・」 「はい、最初は体術での立会いだったのですが、途中から訓練用の洋剣と木刀を使用していました」 「それは確かに凄いな。剣で神田と三合以上打ち合える者など教団にいなかったのだが」 「もう、神田ったら嬉々としちゃって。あんなに嬉しそうな顔をしてるの、久しぶりに見たよ。 初めて六幻を受け取った時以来かも!」 「六幻を手にして、剣の腕を磨けば磨くほど周囲との差は開く一方で。まともに立ち会えないのが歯がゆかったんだろうな。 彼より強い者はいても、得物が違うために剣同士で戦えるわけではないから・・・」 そういうマリの視線の先には、アレンとラビを相手に手合わせをする神田の姿がありました。 二人掛りの攻撃を紙一重でよけながら、呼吸ひとつ乱さぬ様に、先ほどの手合わせがどれほど激しいものだったかがしのばれます。 「そう考えると、クロウリーって凄いね! 何で今まで、あんなに剣が使えるって言わなかったの?」 「身体が超人化するイノセンスを持つとは言っても、それが体術や剣術の習得に繋がるわけではないからな。 神田を相手に打ち合える腕となると、よほどのものだろう。さぞ、一流の師について学んだのだろうな」 「そうですね。 教団で訓練を受けてから戦線に参加した私とは違って、クロウリーさんは即戦力としてクロス元帥探索の任務に組み入れられましたし」 問いかけられて、俯くクロウリー。 「我がクロウリー男爵家は、長く異教徒との戦いの絶えない土地を治めてきたである。そのために尚武の気風が強くて・・・。 領地・領民を守るのは領主の役目であるから、守るべきもののために強くあれと。 跡取りである私も、武術・馬術・弓術などを叩き込まれて育ったである。」 「なるほど」と感心する面々に苦い笑みを向けます。 「随分と旧弊なものの考え方で、驚くであろう? だが、私は幼い頃から、争いごとが嫌いで・・・・。 馬術などはまだよかったのだが、動物を殺す狩は苦手だし。 武術にいたっては、『気概がない』と、よく師父やお爺様を落胆させていたである。 まさか、こんなところで嫌々やっていた武術が役に立つ日が来るとは思わなかったであるよ。 お爺様亡き後、自分は暗い城で一人、花でも育てて生きていくものだとばかり思っていたから。」 クロウリーの様子に、皆は首を傾げます。 まるでひどく落ち込んでいるかのようです。 黒の教団でアクマ相手の戦争の最前線にたつエクソシストでありながら、まるで自分の力を厭うような様子に困惑すら覚えます。 皆が、渇望する力を彼は持っているというのに・・・。 「どうかした?」 「・・・私はそろそろ行くであるよ」 彼の顔を窺いながら問いかけるリナリーに軽く首を振リ、立ち上がると扉へ足を向けます。 「今日はクロウリーさんのお誕生日でしょう? パーティーの飾り付け用に少し、お花をいただきたいんです。 後ほど、バラ園へ伺ってもいいでしょうか」 ミランダの呼びかけに頷くクロウリー。 「ああ、午後はバラ園にいる予定だから。 温室は冬のバラが咲き始めたばかりであるし、今朝、今年最後の庭のバラも切花にしてあるである。 いつでもとりにくるといいである」 そう答えて、扉を潜り抜け修練場を後にしました。 皆の話が聞こえていたのでしょうか。リングの中、顔を見合わせるアレンとラビ。 クロウリーの様子が気になるようです。 それが気に入らない神田。 「リングに入ったら集中しやがれ!!!」 鋭い蹴りを食らい、アレンとラビが綺麗に反対方向に吹っ飛びました。 「だからお遊びだと言うんですよ」 リングの様子を見ていたリンク。深いため息と共に呟きました。 冬の低い太陽から降り注ぐ光が午後の庭を照らす中、クロウリーは一人、バラ園にやってきました。 早朝にバラの冬支度はほぼ終わり、眠りについた庭はどこか寂しげで・・・。 ふと見ると、一片の花弁が落ちています。まだ瑞々しいそれを拾い上げて、見つめます。 「エリアーデ、またやってしまったであるよ・・・・」 花びらを握り締めるクロウリー。 深い後悔の念が押し寄せて、心は千路に乱れます。 「私は、貴女も知っての通り、本当に小心者で・・・、争いごとなどは全くできない人間だと思ってこれまでの人生を過ごしてきたである。 それでいいと、そう思っていたのに・・・。 けれど、イノセンスに寄生されて以来、発動するたびに現れるもう一人の自分がいるである。 それはまるで、勇猛であったという祖先の血が私の中で蘇ったような者で」 口の端に苦い笑みが浮かびます。 クロウリー家の歴史。 異教徒との戦争の中で頭角を現し、やがて英雄として領地に君臨した祖先たち。 しかしそれは見方を変えれば、領地を守るためとはいえ代々血塗られた戦争を繰り返した歴史でもあります。 領主の後継として家の歴史を学び、しかし、祖先のその所業を肯定できなかった自分。 身体に流れる血が厭わしく、自らの手が血塗られる悪夢で、何度も飛び起きました。 「発動状態の私も、私であることに変わりはないのであろうか・・。 好戦的で、血に飢えた獣のように戦いを求めるさまに、私自身、嫌悪を感じるである。 しかし、戦いの際に感じる高揚感はひどく魅惑的で・・・・抗いがたい快感があるのである。 私は・・・いつか、その獣に飲み込まれて、大切に思う仲間まで傷つけてしまうのではないだろうか・・・・・」 それを思うと、胸がつぶれそうな心地がします。 まるで、悪夢が現実にまで浸食してくるようで。 ふと、我に返ると真紅に手指が染まり、自分の周りには空ろな目をした仲間達が転がっている・・・・。 そんなことにならないと、誰が保障できるでしょう。 手で顔を覆い、膝から崩れ落ち・・・、 指の間から吐き出す言葉がさらに自分自身を傷つけます。 「今日の、カンダとの訓練。私は楽しかったのである。 嬉々として、仲間に拳を、剣を向けられる自分が信じられないのである。 それに、ミランダにも、酷い事を言ってしまって・・・。 きっと怖がらせてしまった。 仲間達も・・・きっと私のことを、私自身がそう思うように、嫌悪しているのではないだろうか・・・・」 自分を信じることができない・・・。 それが苦しい。 「クロウリー!!!」 肩をゆすぶられて、我に返ります。はっと、顔を上げるとそこにはアレンの顔が至近距離にありました。 その後ろには、ラビと神田の姿も・・・。 いつの間にこんなに近づいたのでしょう。今の今まで全く気がつきませんでした。 「どうしたんです、気分でも悪いんですか?」 「ほら!やっぱりそうさ! ユウちゃんが無理矢理発動なんかさせて訓練につき合わせるから!」 「俺のせいかよ!」 空を見上げると、すでに日は傾き、夕闇が迫りつつあります。 小春日和だった昼間とはうって変わって、気温も随分下がったようです。 心配そうにクロウリーを覗き込むアレンとラビの吐く息は真っ白に染まっていました。 「ホントに心配したんですよ。午後はバラ園にいるって言っていたのに、姿が見えなくて」 「そうさ、こんなとこで座り込んでるとは思わないさ」 「城中、皆で探し回って、ここにも何度が足を運びましたし、随分大きな声で呼んだんですが・・・」 「すまなかったである・・・。全然・・・聞こえなかったようで・・・。 でも・・・どうして私を探していたであるか・・・?」 『私なんかを・・・・。』そう心で呟いて、クロウリーは俯きました。 顔を見合わせる三人。ラビが遠慮がちに言葉を継ぎます。 「だって、今日はクロちゃんの誕生日さ。 パーティーやろうって、そう言っておいたろ? 主役がいなくちゃ、そりゃ探すさ」 「そうですよ。でも、ひどい顔色です。 体調が優れないなら、延期したっていいんですから」 「いや、」 クロウリーはフラリと立ち上がります。 「大丈夫である。ただ、ちょっと、物思いにふけっていて・・・・」 呟くように話すクロウリー。その様子に眉をひそめて、アレンはクロウリーの手を握ると庭に置かれたベンチを示します。 「ちょっと、座りましょう。凄く手が冷たいですよ。いつからここに居たんです」 手を引かれるままベンチに座って、クロウリーは素直に答えます。 「午後はずっといたであるよ」 「この気温の中?! そりゃいくらクロちゃんでも凍えちまうさ!」 『どうりで、自分の息は白く染まらないわけだ・・・。』 そんなことをぼんやり考えていると、アレンの声が聞こえてきます。 ひどく優しい、暖かなその声・・・。 「僕達の声が聞こえないほど、何を考えていたんです。 それは、修練場であんなに打ち沈んでいたことに何か関係があるんですか? もし、僕達でお役に立てることなら、聞かせていただけませんか?」 真摯な瞳に見つめられて、クロウリーは言葉を詰らせます。 しばらく黙り込んでいましたが、やがて、小さな声で呟くように話し出しました。 「私は・・・・。 自分が恐ろしいのである。 あのように殺気をみなぎらせて、仲間に剣を向けられる自分が。 いつか、大切な仲間を傷つけてしまうのではないかと・・・・。 エリアーデのように・・・・自らの手で大切なものを・・・・」 アレンの顔が悲しげにゆがみます。 あの時、神の使徒として理由のために生きろと、そう言ったのはアレンでした。 心の傷を抱えて、それでも生きろと。 『エリアーデのように・・・』その言葉が、アレンの心にも突き刺さります。 しかし、その言葉に反応したのはラビの後ろに佇んでいた神田でした。 彼女の名前を聞いた途端に、眉がピクッと上がります。 「何だそのエリアーデってのは」 「・・・・」 厳しい顔でクロウリーを睨みつける神田。その視線をさえぎるようにアレンが立ち上がります。 「クロウリーの恋人で、・・・アクマだった女性です」 「クロちゃんの城で、俺達と戦って・・・クロちゃんが壊したんさ・・・」 「アクマに魅入られていたと、そういうわけか。異端審問ものだな」 「そんなんじゃありません、クロウリーは自分がエクソシストであることも、彼女のこともまだ知らなくて!」 「じゃあ、その女アクマは何でエクソシストのこいつの傍になんていたんだよ!何か思惑があったんだろうが!! エクソシストと通じてりゃ、できることなんかいくらでもあるんだ」 「そんなこと、今の俺達に分かるわけないさ!エリアーデはとっくにいないんだから! 分かるのは、エリアーデを壊したのはクロちゃんで、今はここのエクソシストだって事だけさ!」 「クロウリーがアクマと通じるなんて事、ある訳がありませんよ。 愛しい人であったエリアーデをクロウリーが壊したのは彼女がアクマだったからです。 アクマを壊し続ければ、それが理由になる。 ・・・だから、彼はエクソシストになる決意をしたんですから」 「そこに迷いはないである」 呟くようなクロウリーに、はっとアレンが振り返ります。 「エクソシストになって、アクマを壊す。その決意には迷いがない・・・・。 でも、先ほどの訓練で・・・・・カンダにも分かったであろう? 私は、イノセンスを発動すると、見境なく戦う獣のような存在になってしまうである。 ここで、見つけた大切な仲間を・・・・。 また、自分の手で壊してしまうのではないかと・・・・それが恐ろしくて・・・・」 その様子に、神田が舌打ちします。 「俺たちがやってんのは戦争なんだ!訓練だって、命のやり取りするぐらいの気合が入ってなきゃ、やる意味ねえだろ!」 「そりゃ、ユウちゃんはいいけどさ、俺たちゃ身が持たないさ!」 「だからてめえらは使えねぇんだ!」 ラビを怒鳴りつけて、さらにクロウリーを睨みつけます。 「お前!また訓練に付き合えよ!!!」 「む、無理である!だから危ないと言っているのに!」 「うるさい、俺が本気出せるのがお前くらいなんだから仕方がないだろ!俺は死なねえよ!」 そう言って踵を返す神田。 肩を怒らせて、ずんずんと行ってしまう背中を呆れたように見やります。 「不承不承でも、クロちゃんを探すのについてきたと思ったら、ユウってばクロちゃんを訓練に誘いたかったんさ?」 「修練場でのクロウリーの様子が気がかりだったんじゃないですか?まったく、素直じゃないですねぇ。 きっと、いい訓練相手だと思われちゃったんですよ」 ご愁傷様ですと笑うアレン。 「どうしようである・・・。 今回は互いに何もなかったからよかったものの。発動状態の私は歯止めが利かないことがあるから・・・」 「いいんじゃないですか?神田がいいって言ってるんだし。 それに、さっき、リンクが言ってたんですけど、神田とクロウリーはちゃんとお互いの力量を測りあって、殺し合いからは一線を画しているって」 その言葉に、クロウリーは目を見張ります。 発動状態の自分に、そんな理性が働いているでしょうか・・・。 いまいちあの状態の自分のことは分からないのですが。 「あの人、性格は悪いし言い方も『カチン』と来ることが多いんですけど、言ってることは結構まともですから信じてもいいと思いますよ。 ・・・たまにすごい寝ぼけたこと言うんですけどね。 そのリンクが、手放しでほめてましたよ。凄い手合わせだったって」 「そうさ、剣でもユウちゃんと張るなんて、クロちゃんすごいさ」 俺達もびっくりしたと笑うアレンとラビに、クロウリーは両手を振ります。 「・・・・それは・・・・、ホントに小さな頃から叩き込まれた武術せいで!」 「でも、訓練を積み重ねてそれを身につけたのはクロウリーでしょ?小さな頃から努力してきたんですね。 僕なんて、戦闘訓練を受け始めたのは師匠の弟子になってからですよ! だから神田に敵わないのかなぁ。 ・・・そりゃーもう、トラウマになるほどの修行でしたけど・・・・」 急に青ざめたアレンに、ラビが慌てます。 「ホ、ほら、アレン。そろそろいくさ!パーティーのご馳走がまってるさ。ジェリー姐さんが、腕によりをかけたって言ってたさ!」 「あ、そうだった」 あっさりと気分を転換して、アレンはクロウリーに微笑みかけます。 「クロウリー、僕等は貴方を信頼しています。 もし自分のことを信じる事ができないと言うのであれば、それは一旦そのまま置いておいて、貴方を信頼している僕等を信じてみませんか? 誰も戦闘の中、あなたに背中を預けることをためらう人なんていませんよ。 それって、最大級の信頼でしょ?」 「どうして・・・そこまで私のことを・・・」 「だって仲間でしょ」そう言って笑うと、アレンは再びクロウリーに手を差し出します。 この手を取っていいものか・・・一瞬迷い、それでも手を差し出します。 握り返された手の暖かさに、ポロリと涙が一筋流れました。 「あ〜〜〜〜!!! アレン君たら、クロウリーを泣かしてる!!!」 神田にクロウリー発見の報を受けたのでしょうか、城内部を探していたはずのリナリーとミランダが駆けてきます。 「どうしたの?さっき神田にクロウリーのこと聞いたんだけど、すっごい形相で行っちゃったよ」 「何かあったんですか?」 心配そうなミランダに、クロウリーはアレンの手を離して、深々と頭を下げました。 「今日は、酷い事を言ってしまって申し訳なかったである」 「今日ですか?」 首を傾げるミランダ。 「カンダとの手合わせ中に・・・・」 そう、言いにくそうに言ったクロウリーに、記憶が蘇ったミランダは手をポンとたたきます。 「ああ、あの時!! だって、あれは私を守って下さったんじゃないですか。 あのまま突っ込まれたら、私鈍いから、きっと大怪我してました」 「そうそう、神田なんか、全然ミランダがいるの、気がついてなかったもんねぇ」 「いや、あれは、私の陰になったせいでミランダが見えなかったからで・・・・・」 リナリーとミランダが二人揃って笑います。 「ってことはクロウリーにだって、全然見えてないところにいたってことじゃない。 それとも、クロウリーって真後ろにも目があるの?」 「・・・それは・・・・」 「クロちゃん、発動してるときは自分が自分じゃなくなっちゃうみたいで怖いんだとさ。 いつか俺たちまで傷つけちゃうんじゃないかって」 「そんな訳ないじゃない!!」 リナリーは、ラビの言葉を一刀両断します。 「そりゃ、イノセンスを発動すると、顔は怖くなるけど、クロウリーが怖いわけじゃないよ。 だって、クロウリーはいつだって、仲間の先陣を切って敵と戦ってくれてるじゃない。すごく心強い仲間だよ」 「そうですよ。クロウリーさんはイノセンスを発動させていても、私たちのことを一番に考えてくれて、守ってくれるでしょう?」 「そうであるか・・・・?」 「そうです」 ミランダは確信に満ちたまなざしで、頷きます。 「いつだって、あなたは守るべきものを見失ったりしないんです。 常に最前線で戦いながらも、自分の身体を楯に、仲間を守ってくれています。 私は、戦いの中で攻撃の手段がないものだから、守られるばかりで申し訳ないんですけど。 だからこそ、それがよく分かるんです。 あなたはいつも、言葉ではなく行動で私達にそう示してくださっています。 だから、心から信頼しているんです」 胸の前で手を合わせて、クロウリーに言い募るミランダ。 「きっと、ご自分が守るべきものを守るようにと、お爺様に教育を受けてらしたからですね。 先ほど修練場でお話を聞いて、とても得心がいったんです。 その教えはしっかりとあなたの中に根付いて、生きているんですね」 「私も、箱舟での戦いで、随分助けてもらったし、守ってもらったよ。 今度は私がクロウリーのこと守っちゃうからね」 「私も、守られるばかりじゃなくて、もっとがんばります」 彼女達の言葉に目を見張るクロウリー。 『守るべきもののために戦え。そのために強くあれ』 それは祖父が幼い自分にくり返し言い聞かせた言葉でした。 領地のため、領民のため、自らが楯になるようにと。 臆病で、争いや競い合うことが嫌いな自分には、苦痛でしかなかったその教え。 誰かのために、自分が戦うことなど、不可能だと思っていました。 しかし、それはいつしか自分の中にしみこみ、動かしていたのでしょうか。 一人きりの暗い城で、それは全く必要のないものでした。 しかし、守るべき領地も領民も失って、その代わりに手に入れた仲間達。 祖父の教えは信頼の絆となって大切な人々と自分とを結びます。 もう一人の自分は、そのために生まれたのでしょうか。 自分とは正反対の、あの獣のような姿で、自分の大切なものを守るために・・・。 自分を信じてもいいのでしょうか・・・・・。 「それよか、さっきはクロちゃんひどかったさ!ミランダのことはかばったくせに俺は轢かれたさ!!」 「す、すまなかったである」 「きっと、君は守るべきもの設定じゃないんですよ。一緒に姫君たちを守る騎士役なんです」 「き、騎士?!!!俺の柄じゃないさ!」 「でも、背に守ってもらうより、並んで戦う仲間として認められているなら、嬉しいです。」 「え!!!私だって戦えるよ!そっちの仲間だよ!!!」 かしましく言い合う三人にタジタジのクロウリー。その様子をミランダはほほえましく見守ります。 「そろそろ、戻りましょうか。パーティの準備をしないと、皆遅れてしまいますよ」 「そうさ!せっかくユウが会場の準備を整えてくれたってのに!」 ラビの言葉に、クロウリーが目を見開きます。 パーティと名のつくものに、神田が出席するだけでも珍しいのに、その会場の準備? 同じようにラビの言葉に反応して、皆はくすくすと笑っています。 「どういうわけである?」 どうやら知らないのはクロウリーだけのようです。 首を傾げる彼に、嬉しそうに笑いながら口々に説明をしてくれます。 「それがね、今日の罰則だったんです」 「罰則?」 ウンウンと頷くアレン。 「修練場の壁、壊しちゃったでしょ?あの後、皆で科学班に行ったんですが、コムイさんたら、神田は大抵の罰則はもう経験済みだし、どんなきつい罰も神田は堪えないだろうから、だから、今日のパーティー会場の設営をやってもらおうかなって」 クーーーーーっっと笑いを漏らすラビとリナリー。 「それを言われた時の神田の顔ったら!!!」 「ユウってば、きっと城の全館清掃とか、そんなこと考えてたんだぜ!呆気にとられてたもんな!」 「それは、カンダに悪いであるよ。私も同罪なのに」 「きっと、兄さんはそのあたりも考えてくれたんだよ。 クロウリーは悪くないって、マリが報告を入れてくれたでしょ?だから、クロウリーが手伝えないように! だって、お誕生日の人に、パーティーの準備させるわけにはいかないもん!」 「それは・・・カンダに悪い事をしたであるな」 「大丈夫ですよ!結局、僕達も手伝いましたし」 「神田君、やるとなったら手を抜かないでしょう?素晴らしい出来栄えなんですよ 」 「神田は『ショクニン』だからね」 「何であるかそれ?」 「あのね、日本語なんだって。 自分の仕事に誇りを持って、最高の仕事をするために日夜腕を磨く人たちのことなんだって。 もしくは、その腕を持った人たちの総称?」 かわいらしく首をかしげるリナリー。 「ああ、マイスターのことですね」とミランダも頷きます。 「ホントそんな感じでしたよ。 神田の頭の中にしかない設計図どおりに、会場を仕上げるの、大変でした!」 「もう、花の場所が1cm違っても怒鳴られたさ〜〜〜〜」 「でも、その甲斐あって、ステキに出来上がったんだよ。 でも、準備が終わったら、クロウリーがいないって大騒ぎになって・・・・」 「しばらく、皆で、クロウリーがいそうな場所を探し回ってたんです」 「そうそう、バラ園なんて、一番最初に来てみたのになぁ」 見つけられなかったというラビに、一同、頷きます。 「すまなかったである・・・・」 どれほどの時間、自分は自らの内に閉じこもっていたのでしょうか・・・。 「そういえば、リンク監察官はどうしたであるか? アレンのそばにいつも控えているのに。」 首をかしげるクロウリ―。 生真面目な彼が、監視業務を始めて以来、アレンのそばにいないことはなかったのですが・・・。 アレンが晴れ晴れとした顔で笑います。 「今日ね、急に冷え込んだでしょ? シェフが数人、風邪で倒れちゃて。 今日のパーティの準備が大変だってジェリーさんがこぼしてたので、手伝いに置いてきました。」 「またどうして。」 「リンク、お菓子作りが趣味でしょ? ジェリーさんのお菓子を食べるたびに心酔してったみたいで。 そのうちに、機会があったらお手伝いしたいって言ってたんですよ。 作るところを見てみたいって。」 城の厨房を預かるジェリー料理長。確かに彼の作る料理は絶品ですが、お菓子作りの腕前はさらに評価が高いのです。 ラビがクククっと笑います。 「ジェリー姐さんに手が足りないってこぼされて、それを聞いたリンクがそわそわしてるから、アレンが言ったんさ。」 「『じゃ、リンク、お手伝いして差し上げたらいかがですか』ってね。」 「もう、頬っぺたピンクにして嬉しそうなのに、まだ監視業務があるからって断ろうとするからさ、じゃあ、俺たちは会場の方を手伝うからって言って、納得させたんさ。」 「そこから絶対に動きませんってね。 でも、絶対一時間で戻ってくるって言ってたのに、戻ってこないんですもん。 時間が過ぎた以上、僕も自由の身でしょ? 一人で自由に動けるの、ひっさしぶり!!! すごい解放感ですよ」 のびのびと両手を挙げて見せるアレン。 「彼も任務でやっているのである。そう言うものではないであるよ」 たしなめるクロウリーに、「だって」と頬を膨らませます。 その様子に、ラビが噴出し、それが皆に波及して、楽しい笑い声が響きました。 「あれ?でも、クロウリーは、バラ園の人目につかないところで蹲って、周りの音も聞こえないほど考え事にふけっていたわけでしょ?どうやって見つけたの?」 ふと疑問がわいたのか、頭に指を当て、考え込むリナリー。 花は終わったとはいえ、冬支度を終えたバラの株が林立するバラ園は、消して見通しが良い場所とはいえません。 しかも、蹲っていることなど考えていませんから、クロウリーの長身を探すはずです。 呼び声が聞こえれば、答えを返してくれるだろうと、随分名前を呼びましたし・・・・。 そう考えれば、見つけられなかったのは当然な気もします。 その言葉に、アレンとラビが顔を見合わせました。 「それがさ。も一回ここを探そうって言ったのはユウなんさ。 会場の設営が終わった後で、クロちゃんを知らないかって聞いたらそう言って。 俺達、何度も探しに来て、声を出して呼んだし、きっとクロちゃんはいないと思ってたんだけど。 着いてみたら、ユウがずんずんバラ園に入って行って・・・。 俺達はそれに着いていっただけなんさ。 そしたら、クロちゃんが蹲っていた場所に出たんさ」 「神田君は何故、そこが分かったんでしょうね?」 「さぁ、それは僕達にも良く分からないんです。 クロウリーを見つけた後は、それを尋ねるどころじゃなかったし。 ホント、見つけた時はびっくりしたんですから。 呼んでも返事をしないし、顔色は土気色だし。 何があったのかと思いましたよ」 アレンはクロウリーを振り返ります。 多少、顔色が悪いような気はしますが、それはこの寒さの中で身体が冷え切っているからでしょう。 ほぼ通常どうりの様子に、ホッと息を吐きます。 その息が先ほどよりも白く染まって、さらに気温が下がったことを教えてくれます。 慌ててクロウリーの手を取ると、城への道を歩き始めました。 「さぁ、本当に城に戻りましょう。何か温かいものでも飲んで、身体を温めなきゃ」 「じゃ、ホットワインでも作りましょうか」 故郷の冬の名物を上げるミランダ。その言葉に、ラビの瞳が輝きます。 「ホットワイン、大好きさ。寒い時にはあれが一番さ」 「アルコールはちゃんと飛ばしますよ」 「そりゃないさ〜〜〜〜〜〜」 肩を落とすラビに笑いながら、「それなら僕でも大丈夫かな」と首を傾げるアレン。 「私のは、シナモンで香りをつけて、お砂糖入れてね」 リナリーも楽しそうです。 往路とは打って変わって、城への帰り道は楽しいものでした。 「じゃあ、ちょっとキッチンを借りて、ホットワインを作って来ますね」 「あ、私も手伝う!」 ミランダについて、リナリーもキッチンへ入っていきます。 暖かな城の食堂で、さて、どこに座ろうかと周囲を見回していると、白衣の人物が厨房から飛び出してきました。 目ざとくアレンを見つけて、走ってきます。 「何をしているんです、アレン・ウォーカー! 会場から動かない約束でしょう!!!」 それは、すっかりシェフの身なりをしたリンクでした。 いつもの彼とは大違いの姿に、皆一斉に吹き出して笑い出します。 「リ・・・リンク、その格好・・に・似合いすぎです!!!」 「全くさ!そのまま転職しちまうさ!!」 「な!!!こ、コレは厨房で作業をするために料理長から拝借した物で! イ、イヤ、私はそんなことを言っているのではありません! 約束はどうしたんです、約束は!!!」 「だって、リンクは、必ず一時間で戻るから、その間会場に居ろってそう言ったんですよ? その間は、僕一歩も会場の外には出てませんよ。」 「なんですって!!!」 急いで食堂の窓から空を見上げるリンク。確かに太陽は沈み、外は夕闇が深くなりつつあります。 「なんてことでしょう!!! あまり楽しくて時間を忘れてしまうなんて・・・。」 よっぽど驚いたのか、リンクの瞳が零れんばかりに見開かれています。 「会場の準備はすっかり済みましたし、その後僕がどこに行こうと、僕の勝手でしょう?」 肩をすくめて、言外に『約束を守らなかったのは貴方でしょう』という態度のアレンに、グッと詰るリンク。 「安心するさ! アレンはちゃんといい子にしてたさ。 ずっと一緒にいた俺が保障するさ。」 そう笑うラビをキッとにらみつけて、悔しそうに唇を噛みます。 そこに厨房からジェリーの声が飛びました。 「こら!リンクちゃん!!何やってんの! 仕上げにかかるから、早くきなさい!!!」 「はい!!! ただいま参ります!!!」 シャキーンと姿勢を正して返事を返します。 厨房では仕事に厳しいジェリーに、すっかり助手として使われているようです。 すばやくアレンに向き直ると、早口で言い放ちます。 「アレン・ウォーカー。 現在、作業は最終段階にあります。 間もなく終わりますから、必ず私の目の届くところに居るように!」 言い終わるや否や、厨房に向けて走り出すリンク。 その背中にアレンは呆れたように手を振りました。 「ハイハイ、とりあえずここで温かいものでも飲んでますよ〜〜〜。」 「ハイは一回!!!」 特に大きな声で言ったわけでもないのに、既に厨房に入り、姿も見えないリンクから叫ばれて、アレンが目を見張ります。 「どんな耳してるんだよ、もう!」 目の前のテーブルにぺチョーっと突っ伏します。 クロウリーとラビがくつくつ笑う中、アレンはリンクへの罵詈雑言を低く呟き続けました。 キッチンの端を借りて、ミランダが作ったホットワイン。 熱い血のような赤い液体は、冷え切った身体を隅々まで温めてくれました。 結局、お酒が苦手なアレンは、料理長特製のホットココアを大きなマグで飲んでいましたが・・・・。 しばし穏やかな時を過ごし、夕方も遅くなってきたころ、ラビがとびっきり楽しそうに話しだします。 「じゃ、準備して、パーティー会場に集合さ!今日のドレスコードは盛装な。 それにふさわしいように、ユウちゃんが会場をセットアップしたんだから、各自、思いっきり着飾ってくるさ! それじゃぁ、解散!」 勢いよく立ち上がります。 「盛装であるか」 「そうさ、貴族出身のクロちゃんの誕生会だし。みんな一張羅を引っ張り出してみようって事になったのさ」 「今日のためにミランダとドレスを新調したんだよ 「誕生会はいつもみんな普段着で出ちゃったりするけど、今日はドレスコードを満たさない奴は締め出すさ。 皆で紳士・淑女のフリしてみる趣向さ」 「フリであるか」 プッと噴出すクロウリー。 「そうさ、ちょっと非日常を楽しむさ。あ、でも、クロちゃんからすると日常に戻った感じかな?」 「そうですね。初めて会った時も、デザインはシンプルでしたけど、良い生地の洋服を着てましたよね。 ジャケットの刺繍も見事でしたし。 今はすっかり団服が見慣れちゃいましたけど」 「エクソシストの団服は動きやすくて着易いであるよ」 「これも一応正装ですけど。今日は盛装ですから。思いっきりお洒落しましょう」 「じゃ、後でな!」 手を挙げて、駆け出すラビ。一緒に仕度をするのでしょう、リナリーとミランダも連れ立って出て行きます。 さて、とクロウリーも歩き出そうとしたのですが、後ろから引っ張られて立ち止まります。 振り返ると、まだ心配顔のアレンが腕の辺りを掴んでいます。 「どうしたである?」 「顔色、赤みがさしてだいぶ良くなりましたけど、本当に大丈夫ですか?」 随分と心配をさせてしまったようです。アレンの頭に手を置いて、優しくなぜてやります。 「大丈夫であるよ」 「僕、仕度が終わったら迎えに行きますから。一緒に行きましょう。 本当はクロウリーさんも美女のお迎えの方がいいでしょうけど」 「そんなことはないであるよ。うれしいである。 それでは待っているから、宜しくであるよ」 「ハイ! じゃ、僕は一応リンクに声を掛けてから行きます。 後で煩いこと言われるの嫌だし!」 嬉しそうに笑って、アレンは厨房の方へ向かいます。頭の上にはいつものようにティムキャンピーが従います。 「それじゃぁ、後で!」 手を振るアレンに手を挙げて応え、クロウリーも食堂を出ました。 すっかり身支度を終えたクロウリー。部屋に備え付けの棚の上からあるものを取り出しました。 ここに来てからは、あまり練習をしていないのですが、うまく行くでしょうか? 懐に収めると、ちょうどドアがノックされました。 「どうぞ」 答えを返すと、ドアを開けてアレンが顔を出します。 いつも無造作に流している髪を軽くセットして、服装は正式なイブニングコートです。 「そろそろ始めましょうかってことです、用意はいいですか?」 「大丈夫であるよ」 「わぁ。さすがにステキですね。ネクタイはグレイパールなんだ。タイピンもカフスも黒真珠ですか。 お洒落ですねーーーー」 「どれどれ?」 今度はリナリーがひょいっと顔を出します。 彼女は、真っ白なチャイナドレス姿です。全身に銀糸で刺繍が施され、軽く結い上げた髪にはあでやかな白牡丹の髪飾り。 普段髪を下ろしていることが多いため、結い上げるとほのかに色香が漂い、匂うような麗しさです。 色味を押さえて、あえて白一色でまとめたために、さらに一層漆黒の瞳と髪が引き立ちます。 「本当だ!ステキ! 科学班の人たちの中には衣装に着られちゃってる人もいるけど、さすがに決まってるね。」 班員の様子を思い出したのか、ふうわりと大きな袖を口元に当て、笑います。 「リナリーとは、さっきここのすぐ近くで会ったんです。リナリーもクロウリーを心配して、迎えに来たんだそうですよ」 「ミランダはリーバー班長が迎えに来ちゃって、一緒に行くって言うから。それなら私、お邪魔でしょう? ちょうどいいから、クロウリーにエスコートしてもらおうかと思って」 「それは、光栄であるな。衣装がとてもよく似合うであるよ」 微笑んで、リナリーの前に立つとスッとリナリーの手を取り、軽く口づけます。 「それでは参りましょうか、中国の姫君」 思わず顔を真っ赤にしているリナリーに腕を差し出します。 「は!ハイ!」 腕に手を置くリナリー。 つい、呆気にとられて見入ってしまったアレンでしたが、襟を正して一礼します。 「それでは、こちらの手は僕がエスコートさせていただきますよ。」 リナリーがクロウリーと組んだ腕の反対側に回ります。 クロウリーと同じように手の甲に軽く口づけると腕を差し出します。 「きゃぁ、私ったら贅沢 こんなにステキな紳士二人にエスコートされて。」 リナリーは花が綻ぶように微笑みました。 三人、連れ立って長い廊下を渡ります。 「あ、雪だよ。」 窓の外を見たリナリーが声を上げます。 見やると、チラチラと小雪が舞っている様子です。 「ああ、冷えると思ったら、降ってきたであるな。 今日のうちにバラの冬支度が終わってよかった」 「今年最後の庭のバラも綺麗だったね。 切花はバラ園の外に出しておいてくれたでしょ? みんなで運んで、パーティー会場に飾り付けたんだよ」 「そのつもりで用意をしていたであるよ。 後は、雪が溶けるまで温室の花が次々花開くである。」 「楽しみですね。」 「ウン」 子供のように頷くリナリー。 その笑顔が、不意にこわばりました。 無遠慮に笑う声が廊下の突き当たりから聞こえてきたからです。 「今日は談話室、貸切なんだってさ!」 「ああ、エクソシストの一人が誕生日で、上の方々がお祝いをなさるんだってよ!まったくいい気なもんだぜ。」 ククククと下品な笑い声・・・。 「あの吸血鬼だろ。化け物みたいな姿をして誕生日も何もないだろうに! 壊した壁くらい自分で直せってんだ! しかし、イノセンスに選ばれるったって、あんなふうになるんじゃ嫌だね、俺はさ!」 「そう言うなよ。エクソシスト様だぜ。 神の使徒だ。せいぜい教団のために英雄的に戦っていただかないとな!」 違いない!そう高く笑い合う声が聞こえます。まだ年若い数人の男の声。 あまりな言いように、カッとなったアレンとリナリーが廊下の向こうへ向かって走り出そうとします。 「待つである!!」 アレンの襟首を手で、リナリーの腰の辺りをひょいと腕ですくって、二人の足が地面を蹴ることができないよう持ち上げてしまいます。 「だって!クロウリーのこと!あんな風にいうなんて!」 「クロウリーのこと、何にも知らないくせに!!!!」 クロウリーの腕の中でじたばたと暴れる二人。よほど悔しかったのでしょうか、目には涙まで浮かんでいます。 「それで、どうするつもりであるか。」 「抗議して!撤回させます!!!」 「生ぬるいよ!ボコボコにして、塔につるしてやる!!」 「止めるである。エクソシストが二人がかりでは、どんな人間も敵わないのだから」 「だって!!あんな侮辱!!仲間が受けているのに黙ってるなんて!」 「そんなこと!絶対許さない!!!」 振り返って、涙が溜まった強い瞳でクロウリーをにらみつける二人に、思わず笑みが浮かびます。 その笑みを見て、一瞬黙った二人。 その時、廊下の向こうから、ドサ!ドサ!ドサ!と何かが倒れるような音がしました。 三人は顔を見合わせて・・・、廊下の突き当りへ一斉に走り出しました。 彼らが見たものは・・・。 這い蹲る三人の男達と、彼らを地面に沈めたらしいラビの姿。 赤い髪の毛をオールバックにセットし、イブニングコートは彼一流に着崩してしまっていますが、それがなんとも似合うのがラビのラビたる所以でしょうか。 三人を見ると、彼は何事もなかったように笑いかけました。 「よう、遅いから迎えにきたさ」 「その人たち・・・」 「ああ、何とも耳障りなことを囀ってたから、ちょっとお仕置きしてやったさ」 何でもない事のように言い放ちます。 「先を越された」 むくれ顔のアレンに、ラビはアチャーと片手で顔を覆います。 「何さ、聞いてたんさ。お前らには聞かせたくなかったのに」 無言で頷くリナリー。 「ひどいです。クロウリーに・・・あんなこと」 「他人を見かけで判断するような輩は、どこにでもいるであるよ」 どこか達観したような声に、他の三人が振り返ります。 「子供の頃から、私はこの姿のおかげで、吸血鬼と蔑まれてきたであるよ。 もう、そんなことを一々気にしていたらやっていられないである」 「でも!」 「だって、クロウリーは誰よりも優しくて、ステキな人なのに!! 皆のために、命を懸けて、戦っているのに!!! どうしてこんな風に言われなきゃいけないの!」 「・・・アレン、リナリー。 お前たちはどうして私の誕生日を、会場を貸しきって内輪で祝うのか分からないであるか?」 「どういう、こと?」 「お前達の誕生日は、食堂や大広間で教団内の人間ならば誰でも参加できるような形で行われるであろう? 私はこんな外見で、教団内には先ほどこの男達が言っていたように、私のことをよく思わない人々が相当数いるのである。 多分、コムイ室長あたりが、それを知って配慮してくれているのであろう。 誕生日に不愉快な思いを私がしないようにと」 「知ってたんさ。クロちゃん」 「ラビも知ってたの?」 振り返るリナリーに、ラビは目をそらして頷きました。 「クロちゃんのこと、あまりよく思ってない人間がいることは知ってたさ。 ここまで露骨にひどい事言ってんのを聞いたのは初めてだったけど。 笑えるくらいバカなこと言ってるから、思わず手が出ちまった」 苦く笑って、ラビはクロウリーに向かいます。 「大丈夫さ?クロちゃん」 「大丈夫である。さっきも言ったであろう? 慣れているであるよ、このようなことは」 目を伏せ頭を振るクロウリーに、アレンが叫びます。 「そんなの嘘です!」 その言葉の激しさに、皆が目を見張ります。 「だって、痛みに耐えることには慣れても、痛みがなくなるわけじゃないのに!」 左手を握り締めて、はき捨てるようにいうアレンに、皆言葉を失います。 生まれながらにイノセンスを埋め込まれた異形の左手を持つアレン。 今まで、他人から心無いことを言われ続けてきたのでしょう・・・。 心に受けた傷の深さはクロウリーに負けるとも劣らないはずです。 「ゴメンナサイ・・・僕、知ったようなことを・・・」 「お前は、自分の事は耐えられるのに、他人のこととなったら、つい我を忘れてしまうのであるなぁ」 フフフと口の端に笑みを乗せて、クロウリーが言います。 「でも、だから分かるであろう? 侮辱を受けた自分のために、本気で憤ってくれる仲間がどんなに大切な存在か。 お前達がいてくれることが、私を支えてくれるのであるよ。 誹謗中傷を受けた痛みよりも、ずっと強く心を癒してくれるのである。」 「クロウリー」 ようやくアレンが顔を上げます。 それに頷いて、アレンの頭をポンポンと優しくたたきます。 「彼らも、けして悪い人間ではないだろう。 ただ、特異なものをすぐには受け入れられないだけである。 知らないくせに、とお前たちは言うであるが、もしかすると私の方も悪いのかもしれないであるな。 引きこもりの癖が抜けずに、あまり人と交わろうとしないから。」 「ごめんなさい。 教団で、クロウリーがそんな立場にいるなんて、私、知らなくて・・・。」 「リナリーやアレンの耳には入らないよう、皆気を遣ってくれていたのであろう。 きっと、心を痛めるであろうから。」 「俺は大丈夫みたいな言いかたさ!」 「ラビは情報は情報として冷静に扱うことができるであろう? それに、歴史を記録するために情報の類を収集するのが習性になってしまっている教団一の情報通に、隠しごとなんて無理であるよ。」 「そうだけどさ!」 先ほどの言葉を思い出せば、思わず憤然としてしまいます。 「ちぇ!もう何発か殴っておこうか。」 ジロリと床をにらみますが、クロウリーが苦笑しつつ止めました。 そのまま、手を伸ばし背中の後ろのつぼを押し、三人をめざめさせます。 ほとんど、何が起こったのかわからないうちにラビにのされてしまったのでしょう。 キョトンと首を回して辺りを見回し、盛装姿のエクソシストに囲まれていることに気がついて、サァッと顔の色がなくなっていきます。 先ほど、ひどい暴言を吐いていた話題の主が目の前にいることに気がついて・・・。 「ヒィ」と座ったまま後ろに下がる三人に、ラビが言い放ちます。 「お前ら、クロちゃんの温情に感謝するさ! あれだけのことを言って、お咎めなしなんて、普通ありえないさ! クロちゃんがやめとけって言ってるからここは引いてやるけど、今度同じようなことがあれば、今度は当て身だけじゃ済まさないさ! クロちゃんがなんて言って止めようと再起不能にしてやるから覚えとくさ! 俺は地獄耳だかんな!気をつけろよ!」 三人の顔を隻眼に焼き付けるように睨み付け、行くぞ、っとアレンとリナリーに声をかけて、ラビは歩き出します。 その後姿が少し遠ざかったところで、ジッと三人を見下ろしていたクロウリーが口を開きます。 「私は・・・自分の事はいいである。なんと人に言われようと、かまいはしないである。 しかし、私の仲間のことを侮辱するものがあれば、私はそれを許すことは断じてないである。」 恐怖のために、かえってクロウリーから目がそらせなくなってしまった彼らの瞳に視線を合わせます。 一瞬、クロウリーの瞳が真紅に染まるのを見て、三人は再び意識を手放しました。 白目をむいて倒れてしまった男たちを見下ろし、苦笑します。 却って悪評を広めてしまうことになるかもしれません。 しかし、それで仲間たちを守ることができるなら、まったく後悔する気はありません。 「ちょっと、やり過ぎたであるかな。」 まぁ、放っておいても、屋内ですし、ちょっと風邪を引く程度でしょう。 クロウリーは彼らを放置して、ラビ達の後を追いました。 談話室の扉を開けると、一斉にクラッカーが鳴りました。 「HAPPY BIRTHDAY!!!」 大きな声で唱和された祝いの言葉。 その声に驚いて会場を見渡すと、そこは神田の職人技によって見違えるように美しく装飾された会場。 クロウリーが今朝切ったバラは各所に美しく活けられ、会場の中央には、大きなテーブルにジェリーとリンク合作の巨大ケーキが置かれています。 そして、その周りに出席者が勢ぞろいしていました。 今年も出会った仲間達の笑顔に、心が温かくなるのを感じながら、クロウリーは心からの笑みを浮かべました。 皆、手に飲み物を持って乾杯の後、頬を赤らめて礼をいう大男に、出席者から山のようなプレゼントが渡されます。 アレンとリナリーも、先ほどは何も持っていませんでしたが、会場に用意していたのでしょう、それぞれ箱を持ってきます。 パタパタとアレンの頭上で羽ばたくティムキャンピーも、尻尾にリボンを結わえてもらい、おしゃれをしてご機嫌そうです。 ご主人様より先に、ピューっと飛んで、クロウリーの顔の手前で急停止します。カパッと開けた口の中には、見事な並びの歯の奥に、小さな箱が鎮座していました。 「ティムキャンピーからもプレゼントであるか?」 ひょいと口の中に手を入れ、箱を取り出します。再び口を閉じて、ウンウンと頷くように揺れるティムキャンピー。 「ありがとうである」 小さな手をあやすように指を差し出すと、ティムキャンピーも嬉しそうに指を握りました。 「ティムは本当にクロウリーさんが好きですね。プレゼントもね、自分で選んだんですよ」 「本当であるか?」 ハイと頷くアレン。リナリーも隣で微笑んでいます。 「先日、プレゼントを選びに、リナリーと一緒に街に出たんですが、僕達がプレゼントを選んでいる間、ティムもなんだかフラフラ飛び回っていて。 僕らに何かを持ってきたんですよ」 「お店の商品だから、勝手に持ってきちゃいけないって言ったんだけど、離さなくて。 じゃぁ、アレン君がこれを自分のプレゼントにするよって言って、その品を買おうとしたんだけど、それでもまだ離さなくて」 「しばらく飛び回るティムと追いかけっこになっちゃったんですが、ふと気がついたんですよ。 もしかしたら、ティムが自分でクロウリーにプレゼントを渡したいのかもって」 「アレン君がそういったらね、途端に飛んできて、これを渡したの。店員さんに綺麗にラッピングしてもらって、ご満悦だったんだよ。」 綺麗に包装された小さな箱。リボンを解いて、中を覗いてみると、そこには鈍い光を放つ燻し銀のピンズが鎮座していました。暗赤色の小さな石がアクセントになって、なかなかお洒落な品です。 「これは、なかなか素敵な品であるな・・・。」 「団服につけても、小さいから邪魔にならないし、格好イイと思うの」 「ティムってなかなかセンスが良いんですよ。僕のネクタイもいつも選んでくれるんです」 ティムは照れているのか、上の方をピュンピュンと飛び回っています。 やがてクロウリーの肩にとまったティムキャンピー。 クロウリーの頬にスリスリしてから、パタパタと飛び立ち、定位置であるアレンの頭の上に戻りました。 アレンとリナリー、他の皆からも、プレゼントを受け取って、一つ一つ開けながら、そのたびに歓声が上がります。 ほぼ一通りのプレゼントが開封された頃、扉が開いて、今度は料理長特製の料理の数々が運び込まれました。 立食形式のパーティーらしく、すっかりお腹をすかせた出席者達が料理の方へ向かいます。 最後のプレゼントを開けてからと思い、その場にとどまったクロウリーが一人になったその時、ラビが脇に何か細長いものを手挟んで飄々とやってきました。 「大量収穫だったなクロちゃん」 「ありがとうである。本当に嬉しいである。 ・・・先ほどのことも、ありがとうである。 アレンとリナリーに気を遣ってもらって。 本当は、あの子達は知らないほうが良かったことなのかも知れないが」 「情報ってのは、いつか漏れるもんさ。それが今日だったってだけさね」 「私にも、随分気を遣ってくれていたであろう?」 「なんだよ、そんなことも知ってるんさ?」 「私は、どうもタイミングが悪いというか良いというか・・・。 人が私のことを話しているときには立ち聞きしてしまうことが多いのであるよ。 ラビが、私の悪い噂を、私に届かないよう工作してくれていたことも実は知っていたである。 誕生日を内輪で開くようコムイ室長に進言してくれたことも・・・。 さっきも、私達が来たのを知って、あんな強行手段に出たのであろう?」 「なんだよ、ホントに何でも知ってるんさ。」 「懲らしめたといっていたであるが、綺麗に急所に一撃ずつ入れて気絶させただけであったろう? お仕置きにしては、妙である。早急に口を封じたかっただけであろうと思ったであるよ。」 「・・・ホントは、クロちゃんが扉を開けたときに一斉にクラッカーを鳴らそうと思って、そのタイミングを見計らいに行ったんさ。 そこでちょうどあいつらを見つけちまって・・・。ちょうどクロちゃんたちが通る道にいるんだもんなぁ。」 ちぇっとしゃがみこむラビに、クロウリーは悪戯っぽく笑いかけます。 「これで情報遮断実験終了であるな」 その言葉に、はじかれたようにラビが顔を上げます。 「ちょ!ちょっとクロちゃん、ホントにどこまで知ってるんさ!」 「ラビが、私に情報が届かないよう工作してくれていることを知ったとき、ブックマンに言われたであるよ。 私が気付いていることをラビに悟られないようにしてくれと。 ブックマンはブックマンで、ラビがどのように動くのか観察をしていたようである」 「あんの、クソジジイ!」 ラビが睨みつける先には、ペンギンのような姿のブックマンがいました。 「じゃぁ、なに?殆んど最初から茶番じゃないさ!俺、カッコ悪い!!!」 「そういうことになるであるな」 クククと笑うクロウリーに、涙目のラビ。 「大変だったのに!」 「そう言うなである。アレンとリナリーには随分と長い間有効であったよ」 彼が長いこと、自分と少年、少女を守るために、どんなに心を砕いてことに当たってきたか。 知っているからこそ、クロウリーは深々と頭を下げました。 「ありがとうである。 でも、あの子達も、独りではないから。だから大丈夫であるよ」 「俺としては、あいつらもそうだけど、クロちゃんにもあまり知って欲しくはなかったさ。 クロちゃんが領地を出た時、随分酷い事を言われてたろ。 ここではできるだけいい環境でいて欲しいって思ってたんだけど。なかなかうまくは行かないさ!」 「私は大丈夫であるよ。でも、本当に気を遣ってもらって、嬉しかったである。 知っていることを話せないのも、なにやら辛くて・・・・。 すまなかったであるな」 「よしてくれよ。ヒャクパー皆のためって訳じゃないさ。俺の実験も込み。 それよかこれ!これもプレゼントな!」 照れ隠しでしょうか、クロウリーに持っていた箱を押し付けます。 「どうしたであるか?ラビからは最初に受け取ったである。」 もう一つのプレゼント?と首をひねるクロウリーに、ラビが壁際を指差します。 そこには、祭礼用に支給されているエクソシストの第一礼装を纏った神田が、いつもどおりの仏頂面で佇んでいました。 「なんか、みんな集まってて、渡しずらそうにしてたからさ。俺が配達係」 差し出された無包装の箱を受け取って、蓋を開きます。 出てきたのは、無骨な剣が一振り。 「これは、なかなかの剣であるな・・・。」 目を見張るクロウリー。 「これって、そんなにいい剣なんさ?俺にはごく普通の剣に見えるんだけど。 ユウ、さっき武器庫に篭ってなんか物色してたんさ。コムイに言って、一振り譲ってもらったって言ってたんだけど」 凄い普通の剣じゃんと首を傾げるラビに、クロウリーはスラリと鞘を払って見せます。 思ったとおり、手入れをしたばかりなのでしょう。美しい剣先が現れました。 「装飾は質素で飾り物には不向きであるが、作りは堅牢で実用に耐えうる剣である。 それに、きっと私に合わせて、選んでくれたのであるよ。 長さも、重さも、グリップの握り具合まで私好みである。全く、大した眼力であるな・・・」 「ああ、なるほど、そういうことか」 「・・・しかし、プレゼントがこれということは、また剣で相手をしろとそういうわけであろうか・・・」 「そっりゃそうさ! ユウと剣であんだけ打ち合えるのは今のところクロちゃんだけだもんさ。 アレンも剣の扱い方を教えて欲しいって言ってたさ。 イノセンスが剣になっちゃったからなアイツ」 「イノセンスの剣て、あの大剣であろう? あれは、もう振り回すしか・・・。 しかし、あれを片手で扱えというのも酷な話であるな。 腕力が無尽蔵の左ならともかく、右手一本でよくやると思っていたが」 「あれ、俺の『鉄槌』と同じで、イノセンスを発動している本人には、あんまり重くはないんさ」 「そうであるか。ならば、もう少し動きの無駄をそぎ落とせるかも知れないであるな」 「それさ!ユウに無駄な動きが多いって言われてたからなあいつ」 話し込んでいると、トトトトと、リナリーが軽い足音をたててやってきます。 「ちょっと、ラビ。なに主役を独り占めしてるの!!! ほら、早く行かないとお料理なくなっちゃうじゃない!」 「あ?ああ!!アレンてば、また大皿抱えてるさ! 俺達を呼びに来るより、あいつを料理から引き離すさ。 そうすりゃ料理なんてなくなるわけないって!」 「そんなの、カワイソウじゃない・・・」 「でた!お前、何でそんなにアレンに甘いんさ。 飽和状態まで砂糖を入れたミルクセーキみたいさ!」 甘くて飲めネェさ、とゲーと舌を出して嫌そうな顔をするラビ。 「う、煩いな!ほら、神田もこっちおいでよ!」 聞こえているはずなのにプイッと横を向いてしまう神田に、頬を膨らませます。 「もういいよ!クロウリー行こう!」 クロウリーの手を取って、皆の方へ向かいます。 「ちょ!ちょっと待つさ」 俺も行く〜〜〜とラビも付き従いました。 アレンのお腹もくちくなった頃、皆の前にクロウリーが進み出ました。 主役の登場に、盛装姿の紳士淑女が注目します。 「今日は、私のためにお集まりいただいて、本当にありがとうである。 今年一年、皆には世話になって。その上、このような楽しいパーティーまで開いてもらって、私は本当に幸せ者である」 「そんな、気にすることないよ。皆、楽しい事は大好きだしね。 クロちゃんの誕生日は遊ぶ口実、口実。だから、かしこまることないよ」 クロウリーと同じくらいの長身を今日は漆黒のイブニングコートに包んだコムイが笑います。 「あんたはこの後、仕事が山積みですからね!」 「え〜〜〜〜〜〜!お酒入っちゃったよ!今日は寝たい!!!」 いつものように漫才を始めるコムイとリーバー。 その様子に微笑みながら、クロウリーは言葉を続けます。 「じつは、皆にささやかではあるが礼をと考えたのである。私の数少ない特技の一つなのであるが」 クロウリーが恥ずかしそうに懐から取り出した物を見て、皆目を丸くします。 それは、小さな木製の笛でした。 「この笛の音をもって、お礼としたいのである。聞いてもらえるであろうか」 集まった人々から、暖かい拍手が起こります。 「それじゃぁ、せっかくですから、ちゃんと座って聞かせていただきましょうか。」 アレンが提案すると、みなそれぞれ脇に除けてあった椅子を動かして、集まってきました。 立食パーティー形式ですが、休憩用の椅子は壁際に用意されていました。 仲間たちに向かって一礼すると、そっと唇に笛をあてがいます。 暖炉に炎が踊り、暖かな光が満ちた空間に、けして大きくはありませんが、優しい笛の音が響き渡りました。 冬は雪に閉ざされるクロウリー城、そこにあって数少ない娯楽の一つが自ら奏でるこの笛の音でした。 石を積み上げて作られた城。その石まで凍りつきそうな厳寒の夜。同じように暖炉の前で、クロウリーは飽きることなくこの笛を吹いたものです。 それは、隣に座るエリアーデが、この音色を大変気に入り、何度でも飽かずに聞き入ってくれたからでした。 暖炉の炎が映るエリアーデの美しい瞳に見つめられながら過ごした一時は、クロウリーにとって、数少ないクロウリー城での楽しい時間でした。 クロウリーが『神に選ばれし使徒』であると判明したあの夜、彼はこの小さな笛だけを懐にエクソシストとして旅立ったのです。 瞳を閉じて、じっと聞き入ると、笛の音が歌うのに合わせて、様々なイメージが浮かびます。 春の小川のせせらぎ、深い森を吹き抜ける風、柔らかな日差し、高い空の青、短い夏を謳歌する草花の色彩・・・。 これは、クロウリーの心の風景でしょうか、それとも自分の・・・・。 不意に浮上した意識。随分と深く笛の音に聞き入っていたようです。 リナリーが、ふと瞳を開ければ、明るい室内に満ちた音を、皆がうっとりと聞き入っています。 『・・・あれ?』 先ほどよりも、室内が明るい気がします。 瞳を閉じていたからでしょうか。 内心不思議に思いながら、室内を見回します。 そして、クロウリーが視界に入ったその時、彼女の視線は、そこにくぎ付けになりました。 その瞳に映るのは一心に笛を吹くクロウリーと、彼に寄り添うように立つ女性・・・。 先ほど、室内を見回す前には、見えなかったはずのに・・・・。 淡く光を放つ女性が確かに見えます。 漆黒のドレスを身にまとったその女性は、リナリーには見慣れない人物です。 『誰、だろう・・・・』 きょろきょろと周りを見回しますが、皆その女性に気がついている様子はありません。 『こんなにはっきりと姿が見えるのに・・・・。』 困惑するリナリーの肩に、後ろから誰かが手をおきます。 振り返ると、そこには神田の姿がありました。 「神田・・・」 何が何だかわからず、今にも縋りつきそうな目で彼を見るリナリーに、軽く人差し指を唇に当て、『静かに』と合図を送ると、近くにあったドアを指差し、着いてくるよう促します。 ドアを開けると、談話室の続き部屋。隣のパーティー会場とはうってかわって、今は暗く冷たい空気が満ちています。 扉を閉めれば、会場からの音はほぼさえぎられ、小さく笛の音が聞こえる程度です。 そこにでは、マリが独り佇んでいました。 「マリ!」 「リナリーか?君も神田に連れてこられたのか」 「ウン、クロウリーの笛の音を聞いていたら、クロウリーの横に綺麗な女の人が立っているのが見えて・・・」 「女性の姿・・・」 「そう、私以外の皆には見えないみたいなんだけど」 「私は、クロウリーの横に、不思議な気配を感じたんだ」 二人は、扉の前に立つ神田を見やります。 「神田は、彼女が誰なのか、知っているの?」 「人の気配はしなかった、しかし確かに何かがあると、そういう感じだったのだか・・・」 「もしかして・・・もう亡くなっている人?」 神田もリナリーも、この世に霊魂と呼ばれるものが確かに存在することを知っています。 幼い頃から、もういないはずの人の影を廊下で見かけたり、ふとすれ違ってみたり、そんな経験には事欠かないからです。 神田は、視界の端を掠めるように見える程度でしたが、感受性が強い子供だったリナリーは、普段は殆んど見えないのですが、波長が合ってしまうと現実に存在する人間との区別がつかないくらいハッキリと見えるので、その言葉は随分と周囲の大人たちを困惑させていました。 「嘘をつくな」と怒られて、「嘘じゃないと」泣くリナリーが縋るのはいつも神田でした。 共に同じような経験を持つ彼には、疑われずに話を聞いてもらえることを幼いながらも知っていたのです。 しかし、リナリーは成長するにつれてそういった意味では目が利かなくなっていったため、このような話は久方ぶりです。 「あんなにはっきりと見えたのは、本当に久しぶりでびっくりしちゃったけど・・・。 でも、随分と綺麗な人だったよ。クロウリーが大切に思っていた人かな」 「人? あれが霊魂・・・というか、その類のものだとしても、私にはあれの出自が人だとは思えないのだが・・・」 「え、だって、女の人・・・・」 そこで、リナリーがはっと気がつきました。 クロウリーが大切に思っていた女性。 それは、アレンやラビと戦い、クロウリーが消滅させたというアクマに他ならないのでは・・・・。 「あれ、まさかアクマの魂? クロウリーにアクマの魂が取り付いているってそういうこと? 大変・・・どうしよう神田」 パニックを起しかけるリナリーに、初めて神田が口を開きます。 「落ち着け、馬鹿。アクマの魂だとしたら、最初に騒ぎ出すのは白モヤシのはずだろうが」 「でも、じゃああの人は一体誰?私達どうしたら・・・」 「放っておけ」 冷たくそう言われて、リナリーはカッとします。 「そんなこと、できるわけないでしょ!!クロウリーは仲間なんだから!」 「だから、余計なことをするなと言ってるんだ」 「余計なことって・・・酷いよ神田! クロウリーがどうなっちゃってもいいの!!!」 「チッ。面倒臭せぇ。やっぱ、止めときゃよかったか」 「神田!!」 舌打ちをしてぷいっと横を向く神田に、リナリーが詰め寄りますが、それをマリが優しく止めます。 「待て、リナリー。神田はなにも、クロウリーの事がどうでもいいと言っているわけではない」 「でも・・・」 「私は、あれの出自が人ではないと思うと言ったろう?」 穏やかに言われて、リナリーが頷きます。 「人の霊魂でも、アクマの魂でもないとしたら、あれは何?」 「私は、あのような存在を良く知っている。 あれは、進化したアクマに宿る自我・・・・。それに良く似ている」 「え!!やっぱりアクマなんじゃない!」 「まぁ、待て。 あれはクロウリーに悪影響を及ぼすようなものとは思えないんだ」 その言葉に呆然とするリナリー。 「だって・・・アクマの自我って・・・」 「そうだ。それに良く似た存在だと思う」 「良く似た?」 頷くマリ。 「生まれたばかりのアクマの自我というのは、人格としての経験が浅いから、一つの感情に支配されやすいんだ。 そうプログラムされているということでもあると思うんだが、戦場で感じるアクマの自我は、大抵、破壊衝動に身を任せたときに感じる快楽に支配されている。 だから、自分の周り、目に触れるもの全てを破壊しつくそうとする」 「だったら、余計大変じゃない!」 「リナリー、クロウリーに寄り添うその女性に、何か攻撃的なものを感じたか?」 「・・・・」 冷静に考えてみても、そういった感覚は受けませんでした。 「でも、放っておくことなんて・・・・」 「リナリー。 もう一度、落ち着いて彼らを見てきてごらん。 君には、ちゃんと分かると思う」 微笑むマリに背を押されて、再び扉をくぐるリナリー。 演奏を邪魔しないよう、静かに扉を閉めて、クロウリーを見やります。 笛を演奏するクロウリー。その隣には、先ほどと変わらず美しい女性の姿が見えます。 淡い光に包まれ、優しい微笑を浮かべてクロウリーを見つめるその姿・・・。 彼女に意識を向けると、なにか心に染み入るような感情が見えそうで。 リナリーは再び、瞳を閉じました。 ただひたすらにクロウリーに向かう、その心。 全く周りに注意を払わないゆえに無防備なそれに、リナリーはそっと意識を合わせます。 その途端に流れ込む感情が、リナリーを圧倒しました。 『貴方のそばにいたい』 アクマに宿った自我であるがために、純化されたたった一つの思い。 様々な経験を積んだ人間では持ちようのない、その儚くも美しい心に、我知らず涙が頬を伝います。 ただ一途に彼のことだけを思うその心が切なくて・・・。 心に深く引きずり込まれそうな意識を無理矢理戻して、リナリーは逃げるように隣室へ向かいました。 扉の前で、ポロポロと涙を流しながら蹲ってしまった彼女の肩に、マリが優しく手をおきます。 「分かったろう?」 コクコクと頷きます。 「あれは、普通のアクマとは全く別の感情に支配された自我なんだ」 「じゃ、じゃあ、クロウリーに教えてあげようよ! きっと、ずっと一緒にいるんだよって教えてあげたら、喜ぶよ」 「自分には見ることも感じることもできないのに、そんなこと言われたって何が何だかわからんだろうが。 ホントに馬鹿だなお前は!」 上から冷たく言われて、ムッと顔を上げます。 「だって!!!」 「それに、多分、あれはもうクロウリーが求める女じゃない・・・」 「・・・どういうこと?」 「もう、自ら思考することもない、木霊みたいなもんだ。 最期の想いが純化されて、この世に焼きついてるんだろ。 多分、クロウリーがこのことを知って、あれに対する意識が変われば、もう現れない」 「どうして・・・」 「それくらいもろい状態なんだ。放っておいてもいずれ消える。 だから放っておけと言ってるんだ。 ・・・まぁ、あれが消えようと消えまいと俺の知ったことじゃないからな。 お前の好きにすればいいさ」 踵を返す神田。そのまま続き部屋から廊下に出てしまいます。 もう、会場に戻ることはないのでしょう。 「マリも、神田と同じ意見?」 涙目で見やると、頷きが返って来ます。 「そうだな。 どうやら、神田は随分と前からこのことを知っていたようだ。あいつなりに考えて、出した結論だろう」 「私が、見えるようになったら、クロウリーに言っちゃうと思って、止めにきたのかな?」 「クロウリーに配慮したというよりは、君が心配だったんだろう」 「え?」 「知らずにあの二人の関係を壊してしまえば、君が傷つくんじゃないかと思って」 その言葉に再び涙が溢れて、俯きます。 パタパタとドレスの膝に落ちる涙の粒。 「駄目だね・・・私。皆に気を遣わせて。守られて・・・。でも、何にも分かってなくて・・・」 「リナリー、そんなことは・・」 その時、隣室からワッと歓声が上がりました。クロウリーの笛の演奏が終了したのでしょう。 その音に、立ち上があるリナリー。 「ゴメンね。心配ばかりかけて。 こんな顔じゃパーティーに戻れないし。今日は私も部屋に戻るね。 皆には、うまく言っておいてくれる?」 マリが頷くと、もう一度「ごめんなさい」と頭を下げて、リナリーは神田が部屋を出た扉から廊下に出ました。 リナリーの軽い足音が遠ざかっていきます。しかし、それはリナリーの部屋の方向ではなく・・・。 マリは一つため息をつくと、再びパーティー会場への扉を開けました。 クロウリーの笛の演奏が終わり、その後も談笑が響くパーティー会場。 何人かの人々に耳打ちをしてまわり、それに小さく頷いた人々が動き出します。 「あれ?リナリーは?」とキョロキョロと会場を見回すコムイ。 彼の腕をリーバーがガシっと掴みます。 「室長、仕事のお時間です!」 「え!!ホントに仕事!?だって、ほら、お酒飲んじゃったし、リナリーは見当たらないし・・・」 「リナリーは室長の仕事に何の関係もありません!! せっかくのパーティーなんだから、最後まで楽しませてやればいいじゃないですか。 でも、アンタは仕事が溜まってるでしょうが!! てか、俺だってミランダと残りたいんだコンチキショー!!!」 ずるずるとコムイの腕を取り、引きずるリーバー。 それをしばらく見やり、コムイの「嫌だよ〜〜〜〜!仕事に戻りたくない!!!」という廊下からの叫び声を聞いてから、マリは何気なくアレンに近づきました。 アレンもコムイ同様、笛の演奏から姿が見えなくなったリナリーを探して、会場をあちこち動き回って彼女の消息を皆に聞いていました。 「あ、マリ。リナリー知りませんか? 笛の演奏が終わってから姿が見えなくて。 どうしちゃったんだろう?」 会場を見回すアレン。しかし、探し人の姿はどこにもありません。 そのアレンを前に、マリは数秒考え込みました。 マリの様子に首を傾げるアレン・・・・。 難儀な小舅を持つ彼女です。素晴らしく前途多難な運命ですが、彼は乗り切っていけるでしょうか? 「一つだけ言っておく。 私にとっても彼女は大切な妹のようなものだ。 悲しませたら、許さない。」 普段穏やかなマリにそういわれて、一瞬目を見張ります。 しかし、思い当たることは一つしかありません。 過去、何人もの彼女の自称兄達に言われてきた言葉です。 そして、返す言葉も同じ。 「望むところです!」 そう、不敵に笑うアレンに、マリも微笑み返しました。 彼の肩を押し、耳打ちします。 「静かにドアを開けて、廊下にでろ。監察官はうまく足止めしておくから。 リナリーはクロウリーの温室だ。 多分、独りで泣いている。」 「神田もさっきからいないんです! あの人、またリナリーに何か言ったんじゃ!!」 マリにしか届かないように口の中で悪態をつくアレン。 「あれは・・・、一概に神田のせいとはいえないと思うが・・・。」 「やっぱり関わってるんじゃないですか!」 何気ない風を装って会場内を見回すと、コムイはリーバーと他数名の科学者達に連れられてすでに科学班に戻りましたし、リンクはジェリー、ミランダとお菓子談義に花を咲かせています。 ラビと目が合うと、ウインクを返されました。 ヒラリと手を振り、アレンの頭の上からティムキャンピーの尻尾を掴んで自らの頭に載せると、リンクの視界からちょうどドアが隠れる位置に立ってくれます。 皆、マリに協力してくれているのでしょう。 「ご協力、感謝します。」 口の中で呟いて、アレンは薄く開いたドアに身体を滑り込ませました。 ところどころにランプの灯る、薄暗い廊下をアレンはひた走ります。 長い回廊を渡り、上の階への階段を三段飛ばしで登り・・・。一度上の階に出てしまった方が温室へは近道のはずです。 先ほどまで上機嫌で一緒に笑っていたリナリー。クロウリーの笛の音が止んだ時には、姿が見えなくなっていました。 すっかりクロウリーの笛の音に魅せられていたアレンはリナリーが退出したことに気づかず、盛大な拍手の中、感想を話そうと視線を巡らせた時にはじめて不在に気がついたのです。 マリは、彼女が独りで泣いていると言っていました。 あの短い間に、一体何があったのでしょう・・・。 彼女が立ち去るのに気がつかなかった自分に歯噛みをしたい気分ですが、今は彼女の元にたどり着くのが先です。 温室への近道を辿っていたアレン、目の前の階段を一気に一階まで下りれば、クロウリーの冬のバラ園が広がる温室のはずです。 一段一段、階段を下るのが面倒になった彼が、『エイ』っとばかりに宙に飛びだしたその瞬間。 どんな反射神経の持ち主でも絶対に避けようのないタイミングで、柱の陰から足が伸びました。 「うわ?!」 空中で足を払われて体勢を崩したアレン、とっさに彼のイノセンスである『神の道化』を発動します。 「道化帯!」身体を覆うマントの一部を伸ばして身体を支えようとしますが、巻きついた先を剣の一閃が切り裂きました。 「いっ!!!!うわぁぁぁぁ!」 思わぬ事態に、階段を転がり落ちて踊り場の壁に叩きつけられるアレン。逆さまにくしゃっとつぶれます。 「って〜〜〜〜」頭をさすりながら半身を起こし、階段の上を仰ぎ見れば、そこには無表情な神田の姿。 『六幻』を抜刀しているところをみると、先ほどクラウンベルトを切り裂いたのは間違いなく彼です。 「何するんですか!やぶからぼうに!!!」 『神の道化』を発動したため怪我はありませんが、普通なら大けがです。 「今朝の訓練の時の礼だ」 フンっと鼻で笑って、そっぽを向く神田。 『そういえば、小石を蹴っ飛ばして、神田に当てましたっけ』とそれを思い出し、ムッと眉根を寄せます。 六幻まで持ち出して、随分大仰な仕返しですが・・・。 「てか、大人げない」 「うるせえ!」 お互いにフンと反対方向をに顔をそむけますが、リナリーとともに姿を消した神田。 もしかしてその理由を知っているのではないでしょうか。 「マリに。」 話し出したアレンに、神田が振り返ります。 「マリに聞いたんです。 リナリーが独りで泣いているって。 僕は君も一緒なんじゃないかと思っていたんですが、違うんですか」 「あいにくだったな、俺はずっと一人だったぜ」 「じゃ・・・。 リナリーがなぜ泣いているのかは、知らないんですか」 まっすぐに、階上を見上げるアレンの視線を受け止めて、しばし黙り込みますが、先に視線を外したのは神田でした。 「知るか、そんなこと。 本人に聞けよ」 踵を返す神田。 数歩進んで苛立たしげに立ち止まります。 「それから! 温室へ行くなら降りるのはもう一つ先の階段だ!」 その言葉に目を見張り、「え?」っと周りを見回すアレン。 ・・・どうやら、確かに下りる階段を間違えているようです。 「か、神田!」 階段を駆け上っても、そこにはもう人影はなく・・・。 「まさか、道を間違えたの教えてくれた? ・・・でも、どうして神田はリナリーが温室にいることを知っていたんだろう」 頭をひねりますが、答えを返してくれるものはいません・・・。そうするうちに、不意にアレンは思い出しました。 どんなに無関心を装ってはいても、神田はリナリーの実の兄であるコムイに次ぐ地位を占める、自称兄達の筆頭であることを・・・。 「神田ともあろう者が、随分と親切なんだな。」 部屋へ戻る道すがら、闇の中から聞こえた声に、顔をしかめて振り返ると、そこには苦笑を口元に浮かべたマリの姿。 盲目の彼に、闇はもとより関係がありません。 しかも、聴覚が異常なほど発達している彼、先ほどのアレンとの会話を聞いていたのでしょう。 「気持ち悪いことを言うな。 今朝のいたずらの礼をしてきただけだ」 「リナリーのこと、気になって様子を見に行ったんだろう?」 「だから、そんなんじゃねえよ!!」 自分の言を無視して言葉を継いだマリに、盛大に顔をしかめて見せます。 マリには見えはしませんが、気配で確実に伝わっているはずです。 「いいのか、あいつで」 相変わらず人の話を聞こうとしない彼に、ひとつため息をつきます。 マリは、この穏やかな性格とは裏腹に、かなりの頑固者なのです。 「いいも悪いも、そんな事、俺の決めることじゃねぇ」 「そうなのか、お前には十分口を出す権利があると思うがな。 今までのことを考えれば」 確かに、幼馴染の神田とリナリーは実の兄妹のようなものです。 コムイが室長の地位に就くまでは、お互いだけが拠り所のような存在でした。 「じゃあ、何でお前はあいつをリナリーの所にやったんだよ」 「・・・お前が温室に行かないからかな」 「リナリーが今欲しいのは、兄貴でも、俺でもないだろ」 「だから、温室の前まで行って引き返したのか?」 「がきのお守りは、もうごめんだ!そろそろ解放されてもいいころだろ」 「そういうところが、素直じゃない」 くつくつと笑って、神田の横に並ぶと、一緒に歩き出します。 「あの二人、うまくいくだろうか?」 「だから、俺の知ったことじゃねえよ」 「でも、今日のところはリナリーを託してきたんだろう?」 「・・・少なくとも一月は生き延びたからな」 「?」 「白モヤシだよ。あんな甘ちゃん、一ヶ月と持たずに死ぬと思ったんだが」 「そうか」 窓の外を見れば、雪がしんしんと降り続いています。しかし、ところどころ切れた雲の間から星が見えていました。 「雲の流れが速い。そろそろ雪が上がりそうだ」 「そうか、明日はいい天気になりそうだな」 「だといいがな」 明日には、また任務で城を発ちます。 部屋の前で別れて、二人は静かにドアを閉めました。 ドアの向こうは漆黒の闇でした。 温室特有の湿り気を帯びた暖かい空気。土とバラの香りに満たされた空間に、アレンは歩を進めます。 ガラスを透かしてみれば、外は未だ雪がちらついているようです。 広大な城の温室は、これまたかなりの広さで、方向音痴な彼は、ここでも迷い子になってしまいそうな按配です。 大きく深呼吸をして、注意深く辺りを透かし見ながら進みます。 だんだんと闇に慣れた目に、咲き初めた冬バラの色彩が映り始めたころ、彼の耳は、小さなしゃくり声を聞きつけました。 声に向かって、足音を極力立てないよう近づいていくと、小道にすえられたベンチで小さく膝を抱えて、顔を伏せるリナリーの姿がありました。 「アレン、くん?」 「・・・はい」 足音で分かったのでしょうか、顔を上げぬまま問いかける声に答えて、彼女のそばに立ちます。 「お隣、よろしいですか?」 小さく頭が動いたのを了承の印と受け取って、静かに横に腰掛けます。 そのとき、切れた雲の間から、明るい月が顔を出しました。 急に明るくなったことに驚いたのか、彼女が顔を上げます。 その様子に、アレンは息を呑みました。 艶やかな髪は月の光をはじき、光の輪を載せたようです。髪に飾られた牡丹の白が、その見事な漆黒を際立たせます。 白い顔に、黒曜石の瞳。瞳を縁取る長いまつげに、今にも零れ落ちそうな涙の粒が輝いていました。 ドレスを彩る銀糸の刺繍が光を受けて、全身が淡く光を放っているかのようです。 「綺麗・・・」 思わず呟いた彼の言葉に、リナリーが目を見張ります。 見惚れていたのが気恥ずかしくて、しかも本心がポロリと言葉になってしまって、真っ赤になったアレンが、視線をそらせます。 「ええと、あんまりリナリーが月の光に映えるもんだから、目がつぶれてしまいそうです。 こんなところで、独りで、何かありましたか?」 再び悲しげに俯いたリナリーに、少し言葉を待ってみますが、彼女は沈黙を守ったまま。 しばし、間を置いて再び話しかけます。 「マリがね、リナリーがここで独りで泣いているよって教えてくれたんです。 ついでに、ここにくる途中、神田に遭遇しまして、彼には怒られちゃいました。 リナリーが泣いている理由は、本人に聞けって。 ・・・涙の理由を、僕は君に尋ねてもいいですか?」 彼女は無言のままでしたが、そろりと伸びた細い指が、彼の纏うイブニングコートの袖を軽く握りました。 そばにいて欲しいと、でも、理由は聞かないで欲しいと、そういうことでしょうか。 アレンは、黙ってイブニングコートを握る彼女の手をそっとはずし、自らの手で包み込みました。 まださほど身長に差がない彼らですが、握った彼女の手の小ささに、改めて驚きます。 そのまま、しばらく時間が過ぎて、月が中天にかかったころ、リナリーは小さな声で、呟くように話し始めました。 「ごめんなさい。アレン君に話したくないわけじゃないの・・・。 でもこんな話をすると、アレン君が私のこと、変な子だって思うんじゃないかと思って・・・。 私、アレン君にはそんな風に思って欲しくなくて・・・」 「パーティーで、何か気に障るようなことでもありましたか?」 フルフルと頭を振るリナリー。 数秒口ごもって、ポツリポツリと話し始めました。 「神田と私ね、・・・小さなころから、亡くなったはずの人が見えることがあって。 いつもじゃないの。最近はほとんど見えなくなっていたし。 でも、今日のパーティーで、笛を演奏するクロウリーの横に女の人が見えて・・・」 「女の人ですか?」 コクリと頷きます。 「そう、黒いドレスを纏って、淡い金色の髪で、綺麗な冬の空みたいな透き通った青い瞳の女の人。 私、クロウリーの笛を瞳を閉じて聞き入っていたんだけど、ふと目を開けてみたら、さっきまでいなかったはずの、全然知らない女の人がクロウリーに寄り添っているのが見えて・・・。」 「まさか、エリアーデですか」 「そうじゃないかと思うんだけど・・・。私、彼女とは直接面識がないから・・・」 特定はできないとそういう彼女に、アレンは頷きます。 「特徴はぴったりです。でも、どうしてエリアーデが。彼女はクロウリーが消滅させて・・・」 思わず、左の瞳を触ります。呪いを受けた左目。あの時復活した左目は、アレンの意思とは関係なくラビやクロウリーにも、冥府から呼び戻されて、哀れな姿で囚われているアクマの魂を見せました。 「アクマのエネルギーとして囚われていた人の魂じゃないの。 マリが、あれは進化したアクマが持つことを許された、アクマの自我じゃないかって・・・」 「?!アクマの自我が単体でこの世にとどまり続けていると、そういうわけですか?」 「そういう・・・ことになるのかな」 「それ、クロウリーに知らせないと!何が起きるか分からないですよ。」 立ち上がりかけたアレンを、リナリーが引き止めます。 「あのね!彼女は危険な存在じゃないの! もう、自分の意思もなくて、ただ最期の時に願った思いが強すぎて、だから、それがこの世に焼きついてしまったんじゃないかって・・・」 「最期の願い?」 「クロウリーの・・・そばに居たいって・・・」 彼女の最期に立ち会ったのは、彼女を壊したクロウリーだけです。 二人の間に、どんな別れがあったのか、アレンは知りませんでした。 ただ、その後、駆けつけたアレンとラビが見たものは、愛しい者を手にかけて半狂乱のクロウリーの姿・・・。 「彼女は、本当にクロウリーを愛していた?」 彼をエクソシストと知って利用しようとしたわけではなく・・・。 「残された彼女の意識に触れて分かったの。 あんなに、綺麗に透き通った一途な心を、私は他に知らない・・・。」 再びリナリーの瞳からこぼれる大粒の涙。 それを呆然と見つめながら、アレンは何も言えずにいました。 「マリが、教えてくれたの。生まれてから様々な経験を積んできた人間は、あんなに一つの想いに染まることはないんだって。 マリは、目が不自由だから、そういうことにも敏感で・・・。 アクマの自我は、進化の過程で生まれるでしょう? だから人格が幼くて、伯爵にインプットされたプログラムに引きずられて、単一の感情に支配される事が多いって。 普通のアクマは、破壊衝動に従ったときに感じる快楽に支配されてしまう。 だから、それを求めて攻撃的になったり、残虐になったりするんだけど、彼女の場合は・・・。」 「クロウリーへの思慕に染まったと、そういう訳ですか・・・・。」 「彼女が邪悪な存在ではなかったということじゃないの。プログラムにしたがって、沢山の人間を殺したから、進化して自我を得たのだもの。 でも、残された想いは、人間とは比べ物にならないほど綺麗なものだった。」 ポロポロとこぼれる涙をぬぐおうともせず、彼女はアレンを見つめます。 「私、だから、彼女の存在をクロウリーに教えてあげたいなって、そう思ったんだけど、それもダメなんだって。 彼女の状態はもうほんとにもろくて、クロウリーがそのことを知って、彼女に対する意識が少しでも変わってしまえば、消えてしまうだろうって。 放っておいても、いずれ消えることになるから、放っておけって言われて。 あんなに、綺麗な想いが消えちゃうの・・・。クロウリーはそれを知らないまま・・・」 純化した単一の感情が、これほど切なく心を打つものだとは知りませんでした。 人が持つことが適わないほどの美しい心を宿したアクマであった彼女。 人間にとって、彼女が天敵であろうとも、そのことに変わりはありません。 「それが、ショックだったんですか?」 小さくうなずき、それから首をふります。 「うん、でも、それだけじゃなくて。 私、きっと何も知らないままだったら、あのまま演奏が終了したあとで、クロウリーに言っちゃったと思うの。彼女のこと。 そうしたら、彼女の残された心を壊してしまうことになっちゃうでしょ。 神田がいなければ、知らずにそんなことをしてしまったかと思うと、・・・。 そんなことをしたら、きっと後悔したと思うの。 それを神田は止めてくれたの。 クロウリーのこと、良く思わない人がいるって事もそう。 きっとラビや皆が、私の耳に入らないようにしてくれていたの。 だから私、クロウリーが辛い思いをしているの、知らなくて・・・。 ・・・私・・・知らないうちに皆に守られて、それなのに何にもわかってなくて、きっと色んな人に迷惑をかけているんだろうなって。 私だって、大切な人を守りたいとそう思っているのに。 私を悲しませるようなことは、誰も何も言ってくれないんじゃないかと思うと・・・」 「リナリー・・・」 「私のことを思ってくれているからだってことはわかっているの。 でも、私は、大切な人たちの悲しみも、つらさも苦しみも、皆と同じように分かち合いたいの。 私、そんなに頼りなく見えるのかな・・・自分では一人前のつもりでも、皆私を特別扱いするし、私は何もわからないままで。 全然・・・力になれなくて・・・。 それが悲しい・・・。」 それっきり口を閉ざした彼女に、胸ポケットから、絹のハンカチを取り出して、差し出します。 「・・・ありがとう」 それを受け取って、涙をぬぐうリナリー。 アレンは前を向いて座りなおすと、空を見上げました。 空はいつの間にかすっかり晴れわたり、上弦の月とともに、満天の星が輝いていました。 ハンカチを手に、リナリーもアレンの視線を追いかけて、ガラス越しの夜空を見やります。 「・・・僕ね、思うんですけど。 皆が君を守りたいと思うのは、きっと君の笑顔が君を大切に思う人にとって、一番の心の支えだからじゃないでしょうか。 君を純粋無垢なままで飾っておきたいと、そう思っているわけじゃないんです。 人一倍、色々なつらい経験をして、それでも笑顔をくれる、君が大切だから。 これ以上の負担はかけたくないと、そう思ってしまうんじゃないでしょうか。 ・・・考えてみれば、君の事を考えているようで、じつは物凄い自己中心的な考え方ですね。 でも、やっぱり、君の涙は自分が泣くよりつらいから。 だから、皆そうしてしまうんですね」 自嘲気味な笑みを浮かべる横顔を、リナリーは見つめます。 「リナリーは知りたいと思うし、皆は君に負担をかけまいと思うし。 平行線のように見えますけど。思い合う気持ちは同じです。 話さなければ、わからない事って確かにあるけど、大切な人達を思う心があれば、気づく事だって沢山あるはずです。 リナリーはいつだって、僕らのこと気にかけていてくれて、僕らが気付かないような色んなことを大切にしてくれてます。 それで十分だと、皆思っているんですよ。 それ以上を背負わせちゃいけないと、そう思うんです。 人間て、やっぱり一人ひとり、背負っているものは違って、自分のものは自分で持たなきゃいけないんです。 でも、君が笑ってくれると元気が出るし、頑張らなきゃって踏ん張れるんです。 だから、つい守ってしまうように見えるかも知れないけれど・・・。 皆、ちゃんとリナリーのこと、一人の人間として認めていますよ。 力になれないなんて、とんでもない。君は、誰よりも僕らに力を与えてくれる人です。」 リナリーに顔を向けると、視線が合います。彼女に微笑みかけて、 「もちろん、僕もそう思っている一人ですよ。」 そう付け加えました。 その言葉に頬を染めて、恥ずかしそうに視線をはずすリナリー。 アレンはそれに微笑んで、同じように前方に視線を移します。 「ありがとう」と傍らで、そう小さく呟いた言葉を耳で拾って、彼は優しく微笑みました。 ホウッと一つため息をついて、彼女の方を向き直ります。 「神田も、彼女のことが見えるんですね。」 「そう。マリが言うには、もう随分前から知ってたんじゃないかって。」 「そうですか、彼は何も言わずに、クロウリーのこと見守っていてくれたんですね。」 「そうみたい。」 「ああ、そうか!」 不意に納得します。 「神田は、クロウリーの姿が見えたんじゃなくて、エリアーデの姿が見えたから、彼がバラ園で蹲っているのを見つけることができたんですね。」 リナリーも目を開きます。 「そう・・だね。きっと。 淡く光を放っているように見えたから、夕闇の中ならもっと分かりやすかったのかも。 でも、私が見えるように神田にも見えているとは限らないの。 私は、波長が合うって言うのかな・・・見えるときは比較的ハッキリと実在の人のように霊魂が見えるんだけど、神田は、いつも目の端を掠めるように朧げに見えるって言ってたから・・・。」 「リナリーは今までは彼女のことが見えなかったんですか?」 「うん。 もともと、小さな頃は良く見えていたけれど、成長するにしたがって見えなくなってきていて。 最近は全然そんなことなかったの。 今日は、多分、クロウリーの笛の音に随分と意識が深く沈んでしまったから、波長が合ってしまったんだと思う。」 心配そうにアレンを見るリナリー。 「こんなこと言って、気持ち悪いとか・・・思わない?」 アレンは目を見開きます。 「僕の左目だって同じようなものですよ。アクマにされた人の魂なんて、僕以外の誰にも見えません。 僕は残念ながら、普通の人の霊魂は見えませんが、同じようなものでしょ。 見えない人には信じがたいことも、見える人には普通に現実なんですよ。こういうことは。 きっとね。」 自身の左目を指差して笑う彼に、リナリーもホッと安堵の息をつきました。 またしばらく、二人で夜空を見上げて、 「エリアーデの想いは、どこへ行っちゃうのかな・・・」 リナリーがポツリと呟きました。 そう遠からず消えるであろう運命のそれ・・・。 「さぁ・・・。 この世界に溶けてしまうんでしょうか。 それともクロウリーの中に染み込んでいくんでしょうか」 「それは、この世界に何かを残したことになるのかな」 「クロウリーと、僕ら彼女を知る人々の中に、確実に残るものがあるでしょうね」 「いつか、クロウリーに話してあげられるかな」 「いつか必ず」 「もし・・・私が先に死んじゃったら、アレン君が伝えてくれる?」 「その仮定はぜひともやめていただきたいですね」 「でも、私達はそういう立場の人間だから・・・。 一人だったら、私が死んじゃったらそれでおしまいだけど、アレン君も覚えていてくれたら、伝わる可能性は広がるわけでしょ」 「まぁ、そうですが」 「じゃぁ、約束ね」 夜空から彼に視線を移して微笑む彼女に、不承不承ながらもうなずきます。 「いつか・・・・ 私も、自分が死ぬときには、あんな綺麗な想いを残して逝けるといいな」 夢見るように夜空に視線を投げかけるリナリー。 「決められなくて、悩んじゃって、きっとダメだね。」 一瞬、苦笑を浮かべかけて・・・ふと、表情を止めます。 フワリと、月明かりの中、色づく頬。 「・・・でも、もし、もしもだよ。 その時に、・・・アレン君のそばがいいなって、そう思ったら・・・・。 ・・・・そばに、居てもいいかな・・・・・」 首まで真っ赤に染めて、俯いてしまったリナリー。 アレンもその言葉に頬を染めます。 胸の前で手を握り締めて、アレンの言葉を待つ彼女。 一瞬、考えて、手を伸ばします。 「リナリー」 自分の名を呼ぶ彼の声に、思わず彼のほうを振り向きます。 その頬に、アレンの指が柔らかく当たって・・・。 これって・・・・もしかして・・・・・。 「こんなときに何で悪戯するの!!!!」 思わず立ち上がって、強烈な右ストレートを放ちます。 その拳を左手で受け止めて、ヒューっと口笛を吹くアレン。 そのまま、振りほどこうとする彼女の手を握り締めると、立ち上がります。 「僕は、怒って、泣いて、悲しんで、喜んで、僕に笑いかけてくれるリナリーがいいです。」 「・・・え?」 目を見張るリナリー。 彼女の瞳を見つめるアレンの目があまりに真剣で、一瞬にして怒りは吹き飛びました。 「仮定だとしても、絶対にいやです。君が死ぬだなんて。」 何かつらいことを思い出したのでしょうか、一瞬アレンの顔がゆがみます。 「僕は、欲張りなんで、そばに居てくれればそれでいいなんて言いません。 僕は一生、自分が決めた道を歩き続けると、父に誓っているんです。 だから、生きて、僕のそばにずっといて、一緒に隣を歩いてください。」 リナリーの手を握るアレンの手に、キュッと力が込められます。 「僕は非力で、・・・大切なものを抱きしめても、指の隙間から零れ落ちていくもののほうが多くて・・・。 でも、守りたいんです。 お願いです。力を貸してもらえませんか。」 しばしの沈黙の後、小さく唇を動かします。 「私にも、大切なものが沢山あるの。」 「知ってます。」 「アレン君と一緒に行くために、それを捨てる事はできないと思う。」 「捨てる必要なんてありません。 僕も君も歩く道は一緒なんですから。 君にとって大切なものは、僕にとっても同じことです」 「それって、荷物が増えるだけなんじゃ・・・」 「守ろうとする手が、2本から4本になれば、足りないところを補い合って、もっと沢山のものが守れるはずなんです」 「・・・そのパートナーが、私でいいの?」 「リナリー以外には考えられないと、そう言っているんです」 彼女の言葉を受け止めて、微笑むアレンに再び顔を染めて、俯きます。 胸の中で高鳴る鼓動を感じながら、握り締めた手からそれが伝わりそうで、恥ずかしくて・・・。 でも、意を決して顔を上げ、口を開こうとしたその瞬間・・・ 「アレン・ウォーカー!!!ここにいましたか!!!!」 怒髪天を突く勢いのリンクが、温室の扉を開けました。 あまりの勢いにガラスの扉が砕け散ります・・・。 カッシャーーーーンと乾いた音が鳴り響く中、物凄い反射神経で手を離した二人。 かなり遠めですが、茹で上がった二人の顔に、リンクがいぶかしげな顔を向けます。 「あなたは!私の監視業務を何だと心得ているんです!!! しかも、リナリー・リー、あなたまで!!こんな夜更けに二人で何をしているんですか!」 「あ〜〜〜〜もう! リンクの馬鹿!!空気読んでくださいよ!!!」 天を仰ぐアレン。 「何を訳の分からないことを言っているんです!」 「寝とぼけたこと言ってるのはリンクの方です! 大体、君の監視業務なんて知ったことじゃないですよ!! 勝手にいつも僕の周りをうろうろしてるだけじゃないですか!!」 「何ですって!! 私の仕事を侮辱するつもりですか!!」 「そうじゃないですか! さっきなんて、自分の楽しみのために、僕を放っておいたくせに!」 「あ、あれは! ジェリー料理長が困っておられたし・・・。何より君が行けと言ったんじゃないですか!」 「僕が言ったからその通りにしたって言うならなら、もう、監視業務なんて止めちゃってください!」 「っ!!まったく、ああいえばこういう!!」 「ええ、今日は言わせていただきますよ!!!」 本格的に頭に血が上っているのか、怒鳴りながら、ズンズンと近寄ってくるリンク。 アレンの顔色はすでにすっかり元通りです。 まだ顔を赤らめたままのリナリー、あまりの羞恥心に顔を上げられずにいたのですが、アレンに手を握られて、はっと顔を上げます。 「行きますよ、リナリー! あれにつかまると煩いんです!!」 『神の道化』を発動してリナリーを腕に抱えると、『道化帯』を天井に伸ばし、一気にリンクの頭上を抜きます。 そのまま彼女の腕を掴んで走り出すアレン。 リンクもそれに続きます。 「待ちなさい!アレン・ウォーカー!!!」 「そう言われて待つ人がいたら、ぜひお会いしてみたいですよ!!!」 『黒い靴』を発動すれば、リナリーはそれこそ音速以上の速さで走ることが可能なのですが、今は前を行くアレンの背中が嬉しくて、なんだか笑いがこみ上げてきます。 笑いをこらえながら、必死で走るアレンについて走るのが楽しくて。 しばし、夜の城を駆け抜ける追いかけっこに興じます。 あんまり怒ってついてくるリンクが面白くて、つい調子にのった二人。 後ろにばかり気を取られて、廊下の曲がり角で前から来る人物に気がつかず、勢いのままぶつかってしまいました。 お互いに吹っ飛んで、それでもリナリーが床にたたきつけられないように体を入れ替えて自分が下敷きになったアレン。 「キャーーー! アレン君ごめん!」 急いでアレンの上からどきますが、衝撃2倍のアレンはすぐには立ち上がれません。 先ほど、調子にのって『神の道化』を解いてしまっていたのが敗因でした。 すぐに後ろから追いついたリンクに捕獲されてしまいます。 首を決められて、キューっとなるアレン。 「リンク、リンク、首!首しまってる!」 「締めてんですよこの悪ガキが!!!意識があると何をするかわかりませんから、ちょっと寝てらっしゃい! そのまま連行します!!」 「い〜や〜だ〜〜〜〜!!!」 ジタバタと暴れるアレン。 そこに困惑気味な声がかかりました。 「こんな夜更けに、何をやっているであるか?」 どうもぶつかったのはクロウリーだったようです。 パーティーの帰りでしょうか、未だ盛装のまま立っています。 アレンとは体格差がかなりあるため、そんなに被害は受けなかったよう。 目を白黒させる彼に、リンクが軽く敬礼します。 「アレン・ウォーカー確保にご協力いただきまして、ありがとうございます」 「いや、別に協力したわけでは・・・。 どうしたである?リナリー?」 リナリーに目を向けて、耳元で囁きます。 「アレンとパーティーを抜けたという話はマリから聞いているであるが」 「マ、マリったら、そんな風に言ったの?」 再び頬が熱くなります。 「笛の演奏が終わった後二人がいなくなったから、心配していたらそう教えてくれたである」 「・・・何も言わずに失礼してしまって、ごめんなさい」 「それはかまわないであるが、二人がいなくなってしばらくしてからリンク監察官が騒ぎ出して、飛び出して行ったである。 見つかってしまったであるか」 「あの、温室にいたら、リンク監察官が急に入ってきて・・・。 監察官がすごい勢いでドアを開けたものだから、温室のドアが壊れちゃったんだけど・・・」 その言葉に、クロウリーの目が釣りあがります。 「どういうことであるか!!!」 リンクに向かって詰め寄るクロウリー。 「今日のような日に温室のドアが開きっぱなしではバラが傷むではないか! せっかく冬バラが花開き始めたところなのに!!!」 「え、あ、その!!!私は任務が!!!」 「私には、そのようなことはどうでもいいのである。 これから、応急処置をするであるから、罰として手伝うである!!」 リンクの腕をとって、引きずるクロウリー。 もちろん一緒に、アレンも引きずられそうになります。 「ちょ!僕関係ない!」 「ない訳がないでしょうが!!!この悪ガキ!!!」 その喧騒に、クロウリーが眉根を寄せて振り返ります。 「私は手伝いが一人いれば十分である」 「アレン・ウォーカーは私の監視業務の対象者です! お手伝いに行くためにはアレン・ウォーカーの連行が条件です!!」 そう叫ぶリンクをうんざりと見やり、クロウリーはオロオロと手を出しかねていたリナリーを振り返ると、声をかけます。 「リナリー」 「は、ハイ!」 「大切なものを見つけたならば、けして手を離してはいけないであるよ」 その言葉に、ズキッと胸が痛みました。 一瞬また涙が零れそうになって・・・。 それでも、自分に向けられる優しいクロウリーの顔に、コクリとうなずきます。 「クロウリー、今日の笛の演奏、・・・とっても素敵だった」 そう言うと、『黒い靴』を発動して。 次の瞬間には、リナリーもアレンもその場から魔法のように消えうせました。 「それは、何より嬉しい言葉であるよ」 クロウリーはリナリーの言葉に笑みを浮かべます。 「っ!!!あの悪ガキども!!!!!!」 すでに跡形もない彼らを追って走り出そうとするリンクの襟首を捕まえて、クロウリーは温室へ向かいました。 すっかり扉の修理を終えて、すでに明け方近く。 修理を手伝ってくれたリンクを帰した後、温室の様子が気になって一人残ったクロウリーは、ゆっくりとまだ固い蕾みの多いバラの間を歩きます。 温度と湿度が戻り、注意深く見回りましたが、特に被害は無さそうです。 そのことにホッと胸をなでおろした彼の瞳に、凛とした姿が映りました。 今年の冬、最初に咲いた真紅のバラ。 美しく咲き誇るそれを手折ると、軽く香りを楽しんで、天に捧げます。 「エリアーデ、愛しい人。君にこのバラを贈るである。 今年は、なかなか大変な誕生日であったが・・・・。その分、楽しかったであるな」 エリアーデが極上の笑みを贈ってくれた気がして、クロウリーは瞬く星を見上げて微笑みました。 Fin. |
| 言い訳! 私、コミック派だったもんで、第185夜を読んだの、7日です。 もう、これ書きあがってたんですよ。 新しい城の修練場にリングがないなんて聞いてないよ! しかも神田とジジイが組手してるよ・・・。般若とパンダが出てるよ〜〜〜〜!! なにも、そんな皆で楽しそうに訓練しなくてもイイジャン(T_T)。 この話は、ほら、クロちゃんがこんな風に皆との訓練に参加するようになったきっかけ話なんだよ・・・。>言い訳苦しい・・・。 まさか、読んでない分の本編と訓練ネタがかぶってるとは・・・orz|||。 しかも、自分のクロちゃんSSが上がるまでは読まないぞと思って楽しみにしていた、くれはさんの改定版クロちゃんお誕生日SSでラビが盛装を着崩してるのもかぶった・・・。 くれはさん、申し訳ない!!! ラビは盛装、着崩すのがデフォってことで!!>ダメですか? 7日はWショックで寝込んだ(T▽T) エリリン、かわいそうな役を振ってゴメンよ。 傍にいるのに気付いてもらえないよ。 でも、クロちゃんはなんとなく気がついているといいな。 それから、どういうわけかアレリナになっちゃったよ。 行き当たりばったりは駄目だって事だね。 うちのリナはなんか凄いシャイな子で、書いた私もびっくりΣ(@A@; これならアレン君が王子でもいいかもと思ったんだけど、最後にリナに掻っ攫われた。(爆) これで、うちのリナもリンク君の敵決定。 キャラがなんか色々間違っているのはスルー。 神田とか神田とか神田とか・・・・。 皆さんに少しでも楽しんでいただけたら、私としては本望です☆ |