† サンタさんと行く幽霊船でラブホラー †





※パラレル色が強く、オリキャラが出ます。苦手な方はご注意下さい。


 「いらっしゃいませ〜」
 チリン、と金色のベルが来訪客を迎えるたびに、冷たい風が頬を撫でる。
 小さく肩を震わせ、邪魔にならないよう隅に移動しながら、ラビは小さく「53人目」と呟いた。
 金色のモールでキラキラと飾られた窓の外は、粉雪交じりの風がビュウビュウと街路樹を揺らしている。
 「・・・外、出たくねぇさあ」
 ただでさえ今日はこの冬イチバンの寒さだ。なのに、あの容赦のない強風。
 体感温度はいったいどれほど極悪なのか・・・
 背筋に氷を入れられたような悪寒が走り、ラビは大きく身震いをする。
 と、そのとき店の奥から声がした。
 「ラビ、ねえ、ラビ!ちょっときて!」
 白いケープをフワフワと羽のように振りながら自分を呼ぶリナリーに、ラビは苦笑して近づいた。
 「あのね、ミランダはこっちの深緑にしたんだけどね!
 私も同じ色にしようかな、って思ったんだけどね!
 アレン君ならやっぱりもっと明るい色の方が良いかな、って思ってね!」
 片手に深緑色の毛糸を持ちながら、もう片方の手で色鮮やかな毛糸玉の山を指差すリナリーの顔は、白い頬が薄紅に染まっている。
 黒の瞳も楽しくて溜まらないのだと、教えるように輝いていた。
 「楽しそうさね」
 「えへへ♪だって私、編み物するなんて初めてなの♪」
 ちょっと照れたようにリナリーが笑う。
 「最初はね、全然自信なくて止めようと思ったんだけどね!
ミランダに、今年は班長に手編みの膝掛けをプレゼントするから一緒にどうかしら?
って誘われてね!」
 「へえ〜、ミランダって編み物できるんさ?なんか意外・・・」
 「そんなことないよ!すっごく上手なんだから!
 だからね、ミランダに教えてもらってね、アレン君にマフラープレゼントするんだよ!」
 わくわくとしながら、早口で一生懸命に話すリナリーの瞳が嬉しそうに潤んでいる。
 この少女はここまで態度に出しておきながら、未だに何処か無自覚な気がする。
 そう分析しつつ、ラビは落ち着かせるように、リナリーの頭を優しく撫でた。
 「わかった、わかったっつーの!
 ・・・てか青いー、春さねー、このっ!」
 「今、冬だよ。ラビ?」
 「オレが春っつーんだから春なのっ!
 ま、お兄さん的にはまだまだ気づいて欲しくないから別にいいけどな」
 面白そうに笑いながら、ラビがゴホン!とワザとらしく咳払いをし、頭に置いていた手をリナリーの顔に近づけた。
 「んで、お前、もう何時間ここで毛糸見てると思ってるんさ」
 「ぴぎゃ!!」
 2時間はたってんぞコラ、とラビに鼻を摘まれリナリーが甲高い悲鳴を上げる。
 「ったく、ミランダと一緒に来た時になんで買わないんかね」
 「だって!いっぱいあって決められなかったんだもん〜!!」
 「へいへい。で、どれにするって」
 涙目で反論してくるリナリーの頭をポンポンと軽く叩きながら、溜め息が出そうなラビに、リナリーは、はにかんだ笑みを浮かべて青色の毛糸玉を手に取った。
 よく晴れた晴天の空のように鮮やかな色で、手触りもフワフワと柔らかく暖かい。
 「どうかな?アレン君、この色嫌いじゃないかな?」
 「別に嫌いとかそんなんは無いと思うけど・・・」
 「けど!!?」
 「これは確かに綺麗な色だけど、青色って結局は寒色だろ。
 もうちょっとあったかい色にしたらどうさ?」
 「あったかい、色?」
 「そ、寒色は暖色に比べると体感温度が2〜3度は低いって言うしな」
 「じゃあ、これ?」
 そう言いながら、リナリーが指差したのは、とても可愛らしいローズピンクの毛糸玉だった。
 「・・・それは、今のお前の気分にピッタリなんだろうけどさ」
 「え?」
 キョトン、と大きな瞳を瞬かせるリナリーはとても初々しくて可愛い、とラビは思う。
 リナリーがここまで一生懸命なのは、もうすぐ来るクリスマスの為だ。
 いや・・・もっと正確に言うならば、アレン・ウォーカーの誕生日の為。
 長い教団生活の中でおそらく人生初の恋心を楽しんでいる姿は、とても幸せそうで・・・
 仲間として、兄貴分としては喜ぶべきことなのだろうが・・・
 どうにも寂しくて複雑で素直に喜べないのは、その幸せを与えているのが、あの白髪の少年だという事実が結局はおもしろくないからなのだろう。
 出会ってから2年程しか経っていないラビだが、甘え上手なリナリーにすっかりほだされ、今ではもう、少女はとても大切な妹分だ。
 そうして出来る限り面倒をみていたラビですら、偶に目を見張るほど可愛いのだ。
 元から美少女だと言うのに、身内の欲目を差し引いて余るほどに、白髪の少年を想って笑うリナリーは。
 「ほんと、可愛くなったもんなあ。
 オレでこれなら、コムイやユウちゃんなんかもっと」
 「え、なに、なぁに?」
 上目遣いで覗いてくるリナリーの可愛らしさに、勿体なくてつい溜め息が出そうで、ラビは明るく笑って誤魔化した。
 「あったかそうだけど、さすがにその乙女ピンクは止めといた方が良いさ。
 そっちのヤツとかもっと別な色の方が良いんじゃね?」
 「そっち・・・わああ♪見てみてラビ♪
 この色すっごく綺麗だよ♪・・・どうかな・・・?」
 「おっ、良いじゃん♪ティムっぽくてアレンに良く似合いそうさねv
 「えへへ♪本当・・・ティムみたいだね♪
 うん!これに決めるね!ありがとう、ラビv
 弾んだ声でお礼を言うリナリーの手に包まれた毛糸玉までが、とても幸せそうに見えて、ラビは思わず瞳を細める。
 リナリーが店員さんに声をかけて、毛糸玉を包んでもらっている間に今度こそラビは盛大な溜め息を誰に遠慮することなく吐いた。


 そうして、リナリーが毛糸玉を購入してから2週間後・・・
 イブを明日に控え、すっかりクリスマスカラーに飾られた真夜中の談話室でミランダは困り果てていた。
 「あ、あの・・・リナリーちゃん。
 そんなに落ち込まないで。初めてにしてはとっても・・・その、上手よ?」
 「・・・絶対に嘘だぁぁぁ」
 「リナリーちゃん・・・」
 べそっと潤んだ瞳で睨まれ、ミランダが気まずげに肩を落とした。
 今にも泣き出しそうなリナリーを刺激しないよう、ミランダはテーブルの上にある問題の品をそっと手に取った。
 ふんわりとした羽毛のような柔らかさと暖かさが、ミランダの繊細な手を包み込む。
 穏やかな日の光を思わせる黄色はとても優しい色で・・・アレンにとても良く似合うだろう。
 だが・・・問題はそこではない。
 「そんな穴ぽこだらけのマフラーなんてぇええええ!!!!!」
 改めて見た、自作のマフラーのオンボロさにリナリーが泣き声をあげる。
 「お、落ち着いて!リナリーちゃん!」
 「だってだってだってぇえええ!!!
 こんな、こんな・・・」
 オロオロとフォローの言葉を探すミランダから、マフラーを取り上げたリナリーは悲しげにクスン、と鼻を鳴らした。
 編み目を外しまくったマフラーは所々、人差し指大の穴ポコだらけ。
 何度も失敗し、解いて編みなおすを繰り返した毛糸もほつれが酷く、それ所か毛玉まで出来てしまっていた。
 「こんな・・・こんな・・・残念マフラーなんてぇええええええ!!!!!」
 「ざ、残念なんかじゃないわ!
 だって、リナリーちゃん、あんなに一生懸命がんばって作ったじゃない!」
 「でも、でも・・・」
 「手触りだって良いし、とっても暖かいわ。
 色だってこんなに綺麗な黄色、見た事ないもの・・・」
 真剣に毛糸玉を選んでいたリナリーを思い浮かべ、ミランダがふんわりと笑う。
 手編みのプレゼントをしよう、と誘って、ちょうど暇があったその日のうちに善は急げと一緒にお店に行った。
 悩みに悩んで、結局、その場で決められず後日、何かと頼りにしている赤毛の青年と一緒に行って、買ってきたのだと教えてくれた・・・
 楽しげにキラキラと頬を薄紅に染めて嬉しそうに笑うリナリーの、あまりの可愛らしさに、同行していた赤毛の青年と一緒にミランダは思わず頭を撫でたものだ。
 「ラビ君から聞いたわ。
 リナリーちゃん、すっごく真剣だったって」
 「・・・・・・」
 「だから、ね?そんなこと言わないで。
 たしかにちょっと穴だらけだけど大丈夫よ。
 首に巻いちゃえば残念な部分もけっこう誤魔化せ―――あっ!」
 「やっぱり残念なんだあああああああ!!!!!!!」
 失言に気づいたミランダが、慌てて両手で口を塞ぐが、時既に遅く・・・
 リナリーはとうとうテーブルに突っ伏して泣き声を上げた。
 「ご、ごごごごごごめんなさい!!リナリーちゃん!!」
 小さく肩を震わせながら泣くリナリーのか細い声が、2人以外誰もいない談話室に響いていく。
 慰めるように背中を撫でてやりながら、ミランダの心もズンズンとマイナス方面に向かっていった。
 「・・・ほ、本当にごめんなさい。
 わ、私の教え方が・・・悪かったから・・・・・・」
 「っ!!そんなことないよ!!」
 弱弱しく、悲しげに言われて、リナリーが勢いよくテーブルから顔を上げる。
 「ミランダは何にも悪くないの!!悪いのは・・・」
 涙を乱暴に拭ってから、ミランダに真っ直ぐに視線を向け、リナリーは気まずげに笑う。
 「本当に悪いのは、不器用すぎた私だもん」
 「・・・リナリーちゃん」
 どんなに準備万端で本人のやる気も十分で一途に頑張ったとしても結果に繋げてくれない大きな壁。
 人はそれを『不器用』と呼ぶ。
 四苦八苦しつつ、それでもめげずに最後までやり遂げたリナリーの一生懸命さを、ミランダは知っている。
 疑う余地のない直接的な原因だが・・・
 ミランダはその頑張りを好ましく思うことはあれ、悪いことだとは決して思えなかった。
 「でも・・・でも、やっぱり、私の指導力不足だったんだわ」
 「もう、だから違うってば!」
 とうとう瞳を潤ませ始めたミランダに、今度はリナリーが慌てて声をかける。
 「ミランダに教えて貰ったおかげで、何とか形になったんだよ!」
 「けど・・・けど・・・
 そもそも私がリナリーちゃんに編み物しましょうって誘わなきゃ良かったんだわ」
 泣かせてしまってごめんなさい、と涙ながらに謝られ、リナリーは反射的にブンブンと首を横に振って否定した。
 「ミランダが誘ってくれたから、私、初めて編み物しようって思えたの。
 それにね、こんなに楽しく何か作ったのも初めてだよ。
 だから、教えてくれてありがとう、ミランダ」
 「そんなこと・・・」
 「ううん!そんなことあるの!ありがとう、なの!」
 まだ言うか、とミランダの鼻をつまんで続く言葉を阻止し、リナリーが力強く言う。
 驚いてパチパチと瞬きをするミランダの表情がとても可愛くて、リナリーは明るい笑みを浮かべた。
 「あはは♪ミランダ、可愛い〜♪」
 「も、もう!リナリーちゃん!」
 「ごめん、ごめんなさい!」
 顔を真っ赤にして声を荒げるミランダから逃げるように距離を取り、リナリーはケラケラと楽しげに笑う。
 そうして、ふとミランダの横に大事そうに置かれている物を指差した。
 「それ、ちゃんとラッピングするんだよね?」
 「え、ええ。リーバーさん、喜んでくれるかしら?
 ・・・て、ああ!!わ、私ったら、リナリーちゃんの気持ちも考えないで!
 ご、ごめんなさいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」
 「だから、もう良いんだってば!!」
 ペコペコと何度も頭を下げて謝るミランダに、リナリーが慌てて駆け寄る。
 「明日はまだイブだし!アレン君のお誕生日まで1日時間あるもん!
 何か、別のプレゼントを用意するよ!」
 「な、なら!私も協力するわ!」
 「嬉しいけど・・・ダメ。だってイブでも班長は大忙しなんだよ?
 ずっと傍にいて見張ってなきゃ、2人っきりの時間なんて取れないもん!」
 グッと拳を握って力説するリナリーに、ミランダは耳まで真っ赤になって俯く。
 「ね、私なら大丈夫だよ。
 いざとなったら、こういう時にイチバン頼れるラビお兄ちゃんもいるんだから♪」
 「そ、そうね。ラビ君がいるものね」
 茶目っ気たっぷりに話すリナリーにつられて、ミランダも小さく微笑む。
 何だかんだ言いながらも、面倒見の良いラビの事だ。
 きっと、いや・・・必ず良い方向に事を運んでくれるだろう。
 「うん♪・・・って!もうこんな時間だよ!」
 「あら?」
 もうすぐ0時を告げそうな壁時計を見て、リナリーが大変、と声をあげ、ミランダはのんびりと首を傾げた。
 「ご、ごめんね。ミランダ、こんな時間までつき合わせちゃって・・・
 ラッピング、明日にして今日はもう寝よ?夜更かしは美容の大敵だよ」
 「そんな、それこそリナリーちゃんが謝る事じゃないわ」
 「じゃあ・・・おあいこだね♪」
 「ふふ、そうね♪」
 目配せをし、2人揃って楽しげな笑い声を上げる姿はとても仲の良い姉妹に見える。
 しばらく笑いあってから、編みあがった手製のひざ掛けを大事そうにミランダが抱えた。
 「それじゃあ、お言葉に甘えて今夜は寝かせてもらうわね。
 ・・・おやすみなさい、リナリーちゃん」
 「うん、おやすみ、ミランダ♪」
 笑顔でミランダを見送り、その背が完璧に見えなくなってから、リナリーは深く息を吐いた。
 部屋には行く気になれず、そのまま談話室の椅子にポスン、と力なく座る。
 自作の残念マフラーを見て、またジワリと涙が浮かんできた。
 「・・・っ、」
 喉の奥から込み上げてくる嗚咽を必死に抑えながら、だが、ポロポロと涙だけは我慢できずに溢れてくる。
 ただ、ただ情けなくて。
 比べるのは良くないと思いつつも、やっぱり比べてしまう。
 リナリーのマフラーと違い、当たり前だが、ミランダの膝掛けは本当に良い出来だったのだ。
 落ち着いた深緑に、ミランダらしい模様編みがされており、どこか優しさすら感じられる素敵な贈り物。
 それに比べて・・・見れば見るほど、何て残念なマフラーだろう。
 「・・・どうしよう、アレン君に・・・言っちゃったのに・・・」
 泣き声だけは必死に抑えながら、リナリーが呟いた。
 ミランダには内緒にしていたが、リナリーはついうっかり口を滑らせてしまったのだ。
 『今年は手編みのマフラーをプレゼントするからね、アレン君♪』
 初めての編み物に浮かれて、わくわくとした子供の気持ちそのままに・・・
 あろうことか本人に・・・
 嬉しそうに、まだ出来てもいないのにお礼を言って、幸せそうに笑ったアレンの笑顔が脳裏に浮かぶ。
 「、ごめ、ん・・なさ、い・・・」
 此処にはいないアレンに謝罪の言葉を告げ、リナリーは椅子から立ち上がる。
 煌々と燃える暖炉に近づき、誰もいないかをもう一度よく確認してから、暖炉へマフラーを放り投げた。
 パチパチと音を立てて、徐々に燃えて灰になっていくマフラー。
 完全に燃え尽きるまで、それを見守ってから、リナリーは気合をいれるように両頬を叩いた。
 パンッ!!と小気味良い音が響く。
 「・・・よし!もうウジウジしてる暇ないんだから!」
 証拠隠滅を無事に済ませ、リナリーが決意も新たに拳を握る。
 「ますはプレゼントよね!明日・・・もう今日だけど・・・
 ミサが終わったらそのままパーティだから、午前中に行ってこなきゃ」
 ブツブツと予定を考えながら、無意識に窓の方へと歩を進める。
 真っ赤なリボンと金色の鈴で飾られた窓の外から、綺麗な星空が見えた。
 何となく、窓に息を吹きかけてみる。
 途端に白く濁ったガラスを見て、リナリーは小さく笑った。
 「やっぱり寒いんだね、外」
 明日はいつもよりも着込んで出かけよう、そう、心の中で決心して部屋に戻ろうと身体の向きを変えた時である。
 妙な違和感を覚えてリナリーは立ち止まった。
 「あれ・・・?」
 それは一見何処にでもある・・・クリスマスツリーだった。
 窓辺に置かれたクリスマスツリーは、リナリーの胸くらいの高さで、リボンとたくさんの星で飾られている。
 その中で1つだけ、何とも場違いなモノが吊り下がっていた。
 「・・・誰だよ。
 ツリーにてるてるぼうず、何て飾ったの!」
 そのてるてるぼうずは何故か、頭に白いポンポンの付いた赤いナイトキャップを被り、同じく、首の部分に飾られた白のポンポンが可愛いらしい赤のケープを羽織っていた。
 見た目も普通とは違うが、違和感を放っている最大の理由は逆さまに吊るされているからだろう。
 「もう!イブに大雨降ったらどうするんだよ!」
 眦を吊り上げながら、せめて正位置に戻してやろうと、リナリーが指を伸ばした時・・・
 ――パンパカパアアアアンンンンンンン!!!!!!
 と盛大なファンファーレが突如、鳴り響き、色とりどりの紙ふぶきが宙を舞う。
 「フォ〜ッフォフォフォフォ♪♪♪
 よくぞ見破ったのじゃあ♪♪♪」
 仙人のような口調で言われ、リナリーは思わずポカン、と固まった。
 目の前に突然現れて、クルクルと楽しそうに回る少女はどう見ても子供だ。
 ティモシーよりも頭1つ分は背が低く、年も下だろうか?
 真っ赤な膝丈ワンピースの裾がフワリと揺れる。
 そうして、さっきのてるてるぼうずと同じナイトキャップにケープを羽織っていた。
 「おめでとうなのじゃあv
 「え、ええ??」
 腰まで届く髪は透き通るような蒼色で、ふんわりと波打っている。
 髪と同じ、蒼く円らな瞳で嬉しそうに見上げられ、リナリーが素っ頓狂な声を出した。
 「さあさあ!何も遠慮する事はないのじゃ!
 ど〜んっと、欲しいものを口にするのじゃ!」
 「欲しい、もの・・・?」
 「うむ♪とは言っても、ヌイグルミとか洋服とか靴とか・・・
 残念ながら、そういったプレゼントの類は受け付けておらんのじゃ。
 プレゼントのお願いならパパサンタさんかママサンタさんか、プレゼント専門のサンタさんにお願いして欲しいのじゃ♪」
 ニコニコと言い切られ、リナリーは困惑げに眉を顰めた。
 期待の眼差しで見つめてくる子供を前に、言葉を選んで慎重に口を開く。
 「あのね、ちょっと落ち着いて?
 あなた・・・えーっと・・・」
 「ヨダじゃ!ヨダメって言うのじゃ!」
 ヨダって呼んで欲しいのじゃあv、と満面の笑みで返され、リナリーも思わず笑みが浮かぶ。
 「そうなんだ♪私はリナリーよ♪」
 「どうぞよろしくなのじゃ♪リナリー♪」
 差し伸べられた小さな手と握手を交わしていると、もう一つ、更に小さな前足がちょこん、とリナリーの手に乗せられた。
 首に真っ赤なリボンをつけた、手の平サイズの小馬のようなヌイグルミが、愛くるしい瞳で見つめてくる。
 「きゃあv 可愛い、何、なに、この子v
 「おお、ラタv お前も挨拶しにきたのじゃな♪」
 「ラタ?」
 「本当の名前はラタデと言うのじゃ。
 でも、うちの名前と同じでどーも呼びにくくてな。
 うちはラタと呼んでおる。うちの大切な相棒のトナカイさんなのじゃ♪」
 「え・・・この子、トナカイだったの!?
 だって角ないよ?・・・あ、まだ子供なんだね」
 「うんにゃ、もう5歳で立派な成人なのじゃ。
 角など無くても、ラタはどのトナカイよりも強くて頼りになるのじゃ!」
 自慢げに腰に手を当ててえっへん、と胸を張るヨダ。
 その周囲を嬉しそうに飛び回る、角なしトナカイのヌイグルミを見て、リナリーは更に驚いた。
 「と・・・飛んだ!動いた!」
 「それくらい朝飯前なのじゃ、な、ラタ♪」
 「vvv
 「えええええ!!!」
 お互いのほっぺたをくっつけて仲良く笑いあう1人と1匹に、リナリーの驚きの叫びは止まない。
 ここまで喜怒哀楽のはっきりした無機物を見た事がない・・・訳ではないが、あの金色のゴーレムと同一視して、はたして良いものなのか?
 内心パニックになりつつ、それでも何とか平静を取り戻し、リナリーはゆっくりと口を開いた。
「あ、あのね?あなた何処の子なのかな?
 お母さんとか、お父さんとは一緒じゃないの?」
 能天気な子供とびっくりヌイグルミの登場に押されて、流されていた今さらながらの疑問をぶつける。
 どうみても保護者が見てなければいけないはずの小さな子供。
 そもそも黒の教団に子供がいる事自体珍しいのである。
 誰か教団関係者の子供だとしても、こんな真夜中に1人歩きをさせるのは感心しない。
 「もしかして・・・迷子?
 それなら私が案内してあげるから、ね?
 お母さん、きっと心配してるよ」
 気遣わしげにリナリーが手を伸ばすと、ヨダはきょとん、と不思議そうに首を傾げる。
 ややして、得心をえたようにポン、と手を打った。
 「そうか、そうか、説明が途中だったのじゃ」
 「へ?」
 「ラタ、うちの名刺をリナリーに」
 「v
 星型の名刺を預かり、すいーっと音も無くトナカイが宙を滑る。
 一度、リナリーの視線に合わせて止まると、可愛らしくペコリとお辞儀をした。
 そうして、リナリーの手の平へ移動し、大事そうに星型の名刺を置く。
 「あ、ありがとう。ラタ」
 トナカイにお礼を言ってから、リナリーは名刺を読んだ。
 そして、真っ先に飛び込んできた文字にピシリ!と石化する。

 『恋活から祝福の光を放つ永遠の愛・バージンロードまで!!
 あなたの愛・ロード(略)から、あらゆる障害を排除し全力でお手伝いします。サンタ』

 何これ・・・?
 ツッコミどころのありすぎる内容に、リナリーが疑問を口にする暇もなく、朗々とした声が響き渡る。
 「甘酸っぱ〜い恋の相談から、愛・ロード(略)まで!
 乙女と、あとついでに野郎の幸せもお届けするのじゃ〜♪」
 両手を広げてクルクルとその場で回りながら言い切り、ヨダは楽しそうに続ける。
 「と、言う訳で!
 リナリーの心を射止めた幸せモノな野郎は誰かの?」
 「な、ななな!!!」
 「なんじゃ?これくれいで真っ赤になるとは随分と照れ屋さんなのじゃ」
 「照れ、・・・そうじゃないの!!」
 ガッと小さな肩を掴み、リナリーが吼える。
 「こ、子供が・・・こ、こここここいこい」
 「照れるな、照れるな♪
 大体、うちは子供じゃなくてサンタさんなのじゃ♪」
 「さ、サンタって・・・
 あのね!サンタさんはこんな仲人業みたいなことしないでしょ!」
 「最近、人間界が大不況でうちらサンタ業界も大風邪をひいてな。
 皆と同じ事をしていては、そのうちゴハンが食べれなくなってしまうのじゃ」
 「は?」
 「それで5年前に昔からずっと憧れておった仲人業を始めたのじゃ!
 これが思ったより大盛況でな♪
 やはり、ターゲットを子供から大人に変えたのが大正解での。
 子供に夢を与える奴はおっても、大人に夢を与える奴は早々おらんしな♪
 おかげで会員数も順調に増えて老後の心配が一切なくなったのじゃ♪」
 上機嫌に左団扇をするヨダを前に、リナリーが絶句して固まっていると、ズイっと顔を近づけられた。
 透き通る蒼の瞳がキラキラと見つめてくる。
 「信じるものは救われるのじゃ!」
 「し、信じるもなにも・・・」
 「じゃあ、騙されたと思ってどーん!とお願いしてみるのじゃ!」
 頼もしく腕を組む自称サンタの真似をするように、トナカイもちっちゃな前足を器用に組んでいる。
 息ピッタリな仕種がアレンとティムキャンピーを連想させて、リナリーの表情がおもわず緩んだ。
 だから・・・
 「ふふ♪じゃあ・・・私じゃないんだけどね。
 クリスマスが誕生日の人がいるの。だから、その人が何か喜ぶことをして欲しいな」
 この子供の遊びに付き合ってあげようと話した。
 すると、ヨダがにんまりと笑う。
 「あのマフラーの貰い主じゃな。リナリーの想い人なのじゃv
 「おおおおおお想っ!!!!!ち、違うよ!!!!!
 私そんな!!その!!!!!と言うか、あなた見てたの!!!!?」
 「そりゃ、次はここで営業しようと決めてから、かれこれ10日間。
 ずーっと!ここにおったしの。誰も見つけてくれなくて寂しかったのじゃ・・・」
 しゅん、と肩を落とすヨダの目の前を、トナカイが何かを伝えるように飛び回る。
 「・・・うむ、そうじゃな。
 やはり見つけてもらうのではなく、問答無用で襲撃した方が手っ取り早いのじゃ。
 ラタの言う通り、今度は投網を使ってみるのじゃ♪」
 パチン、と手の平と前足でハイタッチを交わしてから、ヨダはリナリーに視線を向けた。
 「了解したのじゃ♪
 リナリーとそのマフラーの君が聖夜にニャンニャンv できるよう、素敵なイブをお届けするのじゃ♪」
 言うやいなや、背を向けて走りだす1人と1匹に、リナリーが慌てて制止の声をかける。
 「だから!ちょっと待ってってば!」
 「心配はいらんのじゃ、リナリー!
 うちの仲人精神とラタの力技を持ってすれば、イブに結ばれ、クリスマスに挙式という神業も可能!」
 「へ!?え!?」
 「サンタさんは嘘を吐かんのじゃあ〜♪
 じゃから、リナリー、もう1人で悩んで泣く必要はないぞ!
 大船に乗った気持ちで任せておくのじゃ!」
 振り返りもせず、とびっきりの明るい声でそう言い残して、ヨダとラタは談話室から飛び出して行った。
 「あ・・・」
 言われて、さっきまで泣いていた事を不意に思い出し、瞼に手を当てる。
 乾いて少しかさついた肌の感触を呆然と感じる事、数秒・・・
 ハッ!と、リナリーは我に返る。
 ・・・何だか物凄いことを言っていた気がする・・・
 ニャンニャンv だとかイブに結ばれるだとか挙式だとか・・・
 「・・・挙式ぃいいい!!!!!」
 何処まで本気なのかわからないが、やる気だけは本気だろう。
 せっかくのイブやクリスマスにそんな大騒動起されてはたまったものではない。
 ましてや、自分だけでなくアレンにも迷惑がかかってしまう。
 残念マフラーの件もあるのだ。これ以上、謝る材料を増やしてしまっては合わせる顔もない。
 自慢の俊足を最大限に使い、リナリーが談話室の外へと走り出た瞬間、金色の球体と衝突した。
 「きゃっ・・・!!」
 「!?!?!?」
 ぽよ〜ん、と心地よい触感のおかげで痛みは感じない。
 が、ぶつかった衝撃はけっこう重く、リナリーはその場でたたらを踏んだ。
 「ティムぅううう・・・」
 恨みがましい声でジトーと睨むリナリーに、ティムキャンピーはごめんなさいと、羽でリナリーの頭を撫でる。
 「もう!・・・でも、私も急いでたし・・・ごめんね、ティム」
 リナリーも謝り、ティムキャンピーに手を差し伸べる。
 嬉しそうに羽ばたき、リナリーの手にちょこん、と乗っかると、ティムキャンピーはご機嫌に尾を振った。
 「うん、何処も壊れてなくて良かったね、ティ、ム・・・」
 ティムキャンピーを撫でてあげようとして、リナリーの動きがピタリと停止する。
 「まって、ティムがいるってことは」
 「リナリー?どうしたんですか?こんな夜中に?」
 リナリーの嫌な予感が見事的中し、アレンが近づいてくる。
 「アレン君・・・」
 「あ、ティム!
 お前、夜中だからってあんな弾丸みたいに飛ぶなって何度も言ってるだろ!
 この前、ラビの頭をトマトみたいに潰しちゃったの、もう忘れたんじゃないだろうな!」
 腰に手を当てて、説教モードのアレンにティムキャンピーはクルリと背中を向けて反抗的な態度を取る。
 「こんの・・・!!」
 つーん、と反抗期真っ只中のティムキャンピーにアレンは拳をフルフルと震わせる。
 怒鳴ってやろうとしたが、何とか気を静め、口を開いた。
 「まったく・・・最近はだいぶ落ち着いたと思ったのに・・・
 あ、リナリー!もしかしてティムにぶつかったとか!!」
 途端、顔面蒼白になって詰め寄ってくるアレンに、リナリーは苦笑いを浮かべた。
 「確かにぶつかっちゃったけど、大丈夫だよ」
 「やっぱりぶつかったんじゃないですか!怪我は!」
 銀灰の瞳が忙しなく怪我はないか、と確認するようにリナリーの身体をあちこち見る。
 目立った外傷がない事にホッと息を吐いたアレンだが、リナリーの顔を見て表情を強張らせた。
 「・・・リナリー、泣いてる?」
 「へ?」
 「やっぱり!目、真っ赤だし・・・ティム!!!」
 厳しい声で叫ぶと同時に、アレンの両手はティムキャンピーの丸い身体をみにょ〜〜〜ん、と引き伸ばす。
 「なに、リナリー泣かしてんだよ!お前は!
 あ・や・ま・れええええええええええええええええ!!!!!!」
 「あ、アレン君!まって!違うの!
 これは、ティムのせいじゃなくて!」
 慌てて否定するも、その先の言葉につまり、リナリーは俯いた。
 本当の理由・・・残念マフラーが情けなくて泣いた、など話せる訳がない。
 ましてや、プレゼントすると宣言した本人のアレンに。
 「リナリー?」
 気遣わしげなアレンの声に呼ばれて、そっと視線をあげる。
 「なんでもないよ」
 いつまでも黙っている訳にはいかないが、今、打ち明ける気にならず、リナリーは曖昧に笑った。
 怪訝そうに眉を寄せるアレンから、これ以上、詮索されないよう喋り続ける。
 「それより、アレン君。
 こっちに来る途中で女の子に会わなかった?」
 「女の子、ですか?」
 「うん。全身真っ赤のサンタ服を着ててね。
 まだこんなにちっちゃい女の子なんだけど・・・」
 腰より少し低い位置に手を置きながら説明すると、アレンはティムキャンピーを放し、首を横にふった。
 「すみません、見ていないです」
 「そっか・・・じゃあ、逆の方向に走って行っちゃったのかな」
 「その子がどうかしたんですか?」
 「うん・・・こんな夜中に1人でいたから、ちょっと気になったの。
 見た事ない子だったし、それに」
 「それに?」
 「イブに・・・なんでもないの!!!!!」
 『挙式』の2文字を言いそうになって、リナリーが真っ赤になって手を振る。
 「とにかく!私、その子を止めなきゃ・・・じゃなくて!
 気になるから!探してみるね!」
 「僕も手伝いますよ!」
 当たり前だと声をあげるアレンに同調するように、ティムキャンピーも周囲を飛び回る。
 「いいよ!私、1人で大丈夫!
 それにアレン君、監査官は?」
 「あ・・・そういえば、おいてきちゃいました」
 ティムが突然部屋から脱走したから慌てて、とアレンは目を泳がせる。
 「それなら、なおさら戻った方が良いよ。
 じゃないと、明日1日どころかクリスマス中、監査官にお仕置きされちゃうかも」
 「うっ・・・」
 途端、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込むアレンにリナリーは止めの一撃を放った。
 「それに・・・ジェリーのご馳走、食べれなくなっちゃうかも」
 「今すぐに戻ります!!!」
 必死の叫び声を上げたアレンだが、すぐに申し訳なさそうに肩を落とした。
 「すみません、リナリー」
 「気にしないでってば!
 ・・・おやすみなさい、アレン君、ティム」
 「・・・はい、おやすみなさい、リナリー」
 ニッコリとお互いに笑いあい、おやすみを告げてから、リナリーはアレンが来た逆方向へと歩き出す。
 「あの、リナリー!」
 「うん?なぁに?」
 「その・・・リナリーも早く休んで下さいね。
 リナリー、それじゃなくても忙しいのに・・・ここ最近、僕の為にまた忙しくなったでしょ」
 遠慮がちな、それでいて嬉しさを隠しきれていない声音に、リナリーの足が止まる。
 「睡眠時間とか・・・その!編み物って慣れないうちは大変だって言うし・・・
 とにかく!あんまり無理しないで休んで下さいね!」
 頬を染めながら、はにかんだ笑みを向けられて、リナリーの胸がズキズキと痛み始める。
 「うん・・・心配してくれてありがとう、アレン君」
 本当にいつまでも黙っている訳にはいかないのだ。
 そう、考えつつも何も言えず、リナリーはギュッと唇を引き結んだ。


 「なっっっんで!こんなに忙しいのぉおおおおおお!!!!!」
 刻一刻と暗くなっていく窓の外を眺めながら、リナリーは談話室のソファーに突っ伏した。
 イブの今日、結局あれからお騒がせな子供を見つける事ができず、睡眠時間もあまり取れなかった。
 案の定、寝坊したリナリーは午前中ずっとミサの準備や来客の対応に追われ、座る暇もなかったのである。
 「どうしよう・・・アレン君のプレゼント」
 その長かったミサが終わり、皆がパーティの準備に取りかかる頃、ようやっと手に入れた1人の時間でリナリーは深く息を吐く。
 この日の為にと、コムイがはりきって準備した淡い桃色を基調とし、白で縁取られたベアドレスは、裾を彩るピンクフリルがとても可愛らしい。
 チューリップのようにふんわりと丸いシルエットのドレスは、まるでリナリー自身を春に咲く可憐な花のように魅せており、とてもよく似合っている。
 多少・・・季節はずれな感も否めないが、そのあまりの愛らしさに誰も否を唱える不貞な輩はいなかった。
 だというのに・・・春の花を纏うリナリーの表情は悲しげに沈んでいる。
 「どうしよう・・・どうしよう。
 今からお店に行こうかな。でも・・・方舟は絶対に使わせてくれないだろうし」
 ソファーから立ち上がり、その場を右往左往しながら、リナリーは軽いパニックを起していた。
 頼みの綱のラビにすら、何も言えずじまいで夜の帳が落ちようとしている。
 しかも・・・
 「明日の朝、アレン君が食堂に入った瞬間にサプライズ・パーティする予定なんだよね」
 毎年、色んなサプライズ・パーティを企画するのは、祭り好きなラビである。
 それに同じくドンチャン騒ぎが大好きでノリの良い団員が混じり、中々、盛大な催し物になるのだ。
 『日付が変わって直ぐも良いけど、今年は時間差攻撃さね♪』
 そう、言って悪戯っぽく笑ったラビの表情を、リナリーは思い出す。
 「・・・今夜中になんとかしなきゃ!!」
 せめて、そのサプライズ・パーティの時までに用意しなくては!、とリナリーが決意をこめて拳を握る。
 ――その腕を不意に力強く掴まれた。
 「っ・・・!!!?」
 節くれだった大きな手。体温を感じさせない蒼白の肌は氷のように冷たい。
 弾かれたように顔を上げると、正装を着た、見覚えの無い老紳士が薄ら笑いを浮かべて立っていた。
 「誰っ!!!」
 掴まれた腕を振り払い、リナリーは老紳士から一歩距離を取る。
 黒のシルクハットを目深に被っているので、顔がはっきりしない。
 口元だけが意味ありげに細く弧を描いている。
 「・・・迎えにきたよ、リナリー」
 「・・・・・・」
 老人特有のひしゃがれた声に言いようのない不気味さを感じとり、リナリーは更にもう一歩距離を取る。
 「さあ、おいで・・・」
 「・・・あ、あ」
 おぞましい声が昔のトラウマを呼び起こす。
 カタカタと声も無く震えるリナリーに、老紳士は手を伸ばし、満足そうな笑みを口端に浮かべた。
 「おいで・・・」
 闇の奥底から響く呼び声にどくん、と何かが脈動した。
 覚束ないリナリーの足下に突如、闇が生まれる。
 闇は不規則な動きで駆け回り、やがてリナリーの喉を塞いだ。
 朦朧とする意識の中で、何とか逃れようと伸ばした腕がパタリと力を無くす。
 意識を失い、倒れこんだリナリーを抱え上げ、老紳士はうっそりと笑った。
 ――さあ、イブの始まりだ。


 賑わうパーティ会場でラビはご機嫌に乾杯を交わし、シャンパンを飲んでいた。
 適度に着崩したスーツ、手入れの良い靴ときらりと光る黒曜石のカフスがラビのセンスの良さを伺わせる。
 今夜は無礼講とばかりにグッと今しがた並々に注がれたシャンパンを一気に飲み干し、ラビは次の相手を求め視線を彷徨わせる。
 「お♪ミランダ発見〜♪」
 「ラビ君!」
 大胆に背中を開けた濃紫のドレスに身を包んだミランダを見つけ、ラビはシャンパン片手に近づいた。
 「よっ、どしたんさ?1人?
 リーバーとは一緒じゃないんさ?」
 「ええ、リーバーさん、まだお仕事があって・・・」
 「ふ〜ん・・・
 せっかくミランダが綺麗な格好してんのに、リーバーも損な役回りさね」
 「仕方がないわ。お仕事ですもの」
 しゅん、と寂しげに肩を落としたミランダを励ますようにラビはカラカラと笑う。
 「大丈夫だって!超特急で仕事終わらせてすぐ来っから、リーバーの奴!
 ったくー、どっちもこっちも春さね〜♪か〜わぃいなあ〜も〜♪」
 「えええ!!!ラ、ラビ君!酔ってるでしょ!!!」
 歌いだすような声でへべれけと言われて、ミランダは真っ赤になりつつ言い返す。
 「もう!いくら無礼講だからって飲みすぎです!」
 「あ!ミランダがオレのシャンパンとったさあああ!」
 わざとらしい泣き声をあげながら、シャンパンを取り戻そうと手を伸ばすラビから、ミランダはひらりと身をかわす。
 そして、何とかラビの注意をシャンパンから離そうと話題を探して口を開いた。
 「そうだわ!ねえ、ラビ君。
 リナリーちゃん、アレン君へのプレゼントどうしたのかしら?」
 「リナリー?アレン?」
 「ええ。本当は私もお手伝いしたかったんだけど・・・
 リナリーちゃんに気を使わせちゃって・・・」
 でも、ラビ君にお願いするって言ってたから、心配はしてなかったのよ、とミランダは信頼の眼差しをラビに向ける。
 「ラビ君なら、私がお手伝いするよりもずっと巧くやってくれるもの」
 「え、あー・・・???」
 「ラビ君?」
 疑問符を浮かべるラビにミランダが声をかける。
 すると、急に肩を叩かれ、ビクッと跳ね上がった。
 「きゃあ!」
 「そんな驚かなくても」
 「リ、リリリリ、リーバーさん!!?」
 目を白黒させて驚くミランダの隣に当然のように並んだリーバーは、仕事着のままだった。
 それにいち早く気づいたラビが面白そうに口を開いた。
 「ほぉれ♪俺の言った通り超特急できたさ♪」
 「もう!大人をからかうんじゃありません!」
 「ほいほい♪
 んじゃ、リーバーが来たことだし、お邪魔虫はとっとと退散するさね♪」
 「ラビ君!」
 ばいー♪、と後ろ手を振りつつラビはその場から遠ざかる。
 チラリ、と視線を2人に向けて見ると、ミランダもリーバーも真っ赤になって向かい合っていた。
 こちらはこちらで本当にいつまでも初々しい。
 「さてと・・・問題はリナリーか。
 あいつ、いったい何やらかしたんさ?」
 キョロキョロとリナリーの姿を探しつつ、ラビはパーティ会場を歩く。
 「ったく、何かあったんなら大事になる前に相談しろってあれだけ言ってんのになあ」
 パーティ会場をある程度見回してから、ラビは溜め息をついた。
 「・・・そういや、ミサが終わってから姿見てないさ」
 立ち止まり記憶を掘り起こすと、ラビはもう一度パーティ会場をグルリと見渡す。
 そして、パーティ会場の隅っこに目的の人影を見つけて、小走りに近づいた。
 「ユウちゃん、みっけ♪」
 「あっ?」
 賑やかなパーティ会場から身を隠すように1人でいた神田に、ラビはにっこりと指をさす。
 「んだよ、ウサギ」
 「いや、ちょっとさ。
 ってか、ユウちゃん・・・一応、今日のパーティ正装なんに」
 「るっせぇよ。あんな堅苦しい服、誰が着るか。
 だいたい俺はクリスチャンじゃねえ」
 憮然と言い切った神田は普段着のアジア服のままだった。
 「親父の奴に無理やり引っ張り込まれたんだ。
 そういや、お前だって無宗教のはずじゃねぇのかよ」
 「いや・・・そうなんけどさ。
 やっぱブックマンとしては社交性を磨く場として・・・って、そうじゃなくて!」
 横道にそれそうな会話の流れを、大声で断ち切り、ラビは神田に向き合う。
 「リナリー、見なかったさ?」
 「いや・・・その辺にいんじゃねぇのか?」
 「それがいないんさ。
 ついでに言うと、オレはミサが終わってから一度も見てないんけど・・・」
 ユウは?、と視線で問いかけられて、神田は少し考え、そうして首を横に振った。
 それを確認して、ラビは質問を変える。
 「そか・・・んじゃあさ。
 リナリーが拗ねたり泣いたり拗ねたり泣いたりしてそうな場所に心当たりない?」
 「何やらかしたんだ、あの馬鹿は」
 間髪いれず、そう言い返した神田にラビは苦笑いを浮かべる。
 「うーん・・・オレも詳しくはわからんけど。
 たぶん、アレンへのプレゼントを失敗して落ち込んでるとか、そんな感じ?」
 「モヤシにやるもんに落ち込む必要なんざねぇだろうが」
 「いや、ユウならそうなんけどさ。
 リナリーから聞いてないんさ?今年は手編みのマフラープレゼントするんだーって話」
 「・・・聞いてねぇよ」
 面白くなさそうに神田が舌打ちをする。
 「で、ボッロボロの穴だらけで解れまくった毛玉いっぱいの残念マフラーでも出来上がって落ち込んでのか、あの馬鹿は」
 「ちょ・・・!!なんなんさ、その疑う余地の無い完璧な想像図!!」
 リアルに想像して頷けるあたり、本当に怖い。
 さすがに付き合いの長さは伊達じゃない幼馴染は、ケッと毒づいた。
 「リンゴの皮すら満足に剥けない奴に、編み物なんて高等技術ができるわけねぇだろうが」
 「そこまで不器用なんさ!リナリー!?」
 「リンゴ剥くのに包丁を逆手で構えた馬鹿を、俺は初めて見た」
 淡々と説明する神田に、ラビは思わず遠い目をした。
 きっと、そのリンゴは見るも無残な形でザクザクと親の敵のように刺されたのだろう。
 「ああ、うん・・・なんか妙に納得したさね。
 オレ・・・それ知ってたら止めとけってアドバイスしたんにな・・・」
 「チッ、やっちまったもんはしょうがねぇだろ。
 もう起こってしまったことは起こってしまったこととして、処理するしかねぇよ」
 言うやいなや、スタスタと歩き出す神田の後をラビは慌てて付いていく。
 人混みをつっきり、パーティ会場の外へと出る。
 迷いのない足取りで回廊を進む神田の背を追いながら、ラビは声をかけた。
 「ユウ、やっぱり心当たりあるんさ?」
 「さあな」
 「さあ・・・って、ユウ〜〜〜」
 「うるせぇよ。
 俺のファーストネームを呼ぶんじゃねぇ、刻むぞ」
 「そんな今さら怒らんでも・・・」
 腰に差した六幻に刻まれぬよう、神田の機嫌を取りつつ歩くラビの耳に聞き覚えのある声がかけられた。
 「ラビ、ちょうど良かった!」
 「んげ、アレン・・・」
 パタパタとお供のティムキャンピーと、クリスマスだと言うのに中央庁の制服をピシッと着込んだリンクが小走りに近づいてくる。
 なんて間の悪い時に・・・と、ラビが頭を抱えて唸る。
 「なんですか、その態度!」
 邪険にされ、仕立ての良いタキシードに身を包んだアレンがむっつりと眦を上げる。
 胸には象牙色のチーフと色を合わせた白い薔薇がさりげなく飾られていた。
 ムスッと、機嫌を損ねた銀灰の瞳に睨まれ、ラビは溜め息を吐いた。
 「いやだってさ。
 お前・・・もしかしなくても、リナリー探してんだろ」
 「え・・・はい、あ!もしかしてラビ達も探してたんですか!
 リナリー、ミサが終わってからずっと見てないから、僕も心配で」
 「テメエはいいから、会場戻ってろ」
 心配そうに眉尻を下げるアレンに、神田が苛々と吐き捨てた。
 「はあ!?なんですか、それ!!!」
 「いいから戻れってんだよ、のろモヤシが。
 テメエがいると確実にめんどくさい事になんだろうが!」
 「っんな!!!」
 「だああああストップ!ストーッッップ!!!!!」
 バチバチと火花を散らす2人の間に、ラビは無理やり身体をねじ込んで止める。
 「何だってそんなに喧嘩っぱやいんさ!お前ら!」
 「まったく・・・進歩の無い。
 いい加減、そのパターンで言い争うのを止めたらどうですか?」
 淡々と呆れた声でリンクにも言われ、アレンと神田はお互いにガンを飛ばした後、心底嫌そうにそっぽを向いた。
 仲が悪いくせに、息ピッタリな仕種をする2人を内心で苦笑しつつ、ラビはアレンに視線を向けた。
 「アレン、悪ぃけど俺もユウに賛成」
 「なんで!!」
 「なんでって・・・」
 当然の疑問をぶつけてくるアレンに、ラビはどう答えたものかと悩む。
 端的に言えば、まったく神田の言う通りなのだ。
 リナリーが何処までアレンにマフラーの件を話しているのか知らない今、うかつな事は言えない。
 かといって、このままアレンを同行させたら・・・
 例えリナリーを見つけたとしても何も話せないどころか、見つけた瞬間に逃げられる可能性もあるだろう。
 それでは何の解決策も見出せない上に、延々と不毛な追いかけっこをするはめになる。
 「ほんと、めんどくせぇさあ」
 リナリーに関する事だから尚更なのだろう。
 納得する理由を話せ、と爛々と瞳を輝かせるアレンに聞こえないよう、ラビが小声で呟いた。
 と、その時・・・ラビの視界の片隅で何かが動く。
 「へ?」
 「へ?、じゃないですよ!わかるように理由言えってんだ!」
 「いや!あれ!あれ見てさ!変なヌイグルミが浮いてる!」
 「はあ?」
 あれあれ!とラビが勢いよく指差した先に、その場にいた全員が視線を向けた。
 その先で、角の無いトナカイのようなヌイグルミが宙に浮いている。
 首に真っ赤なリボンをつけており、両方の前足で自分と同じくらいの大きさの毛糸玉を懸命に抱えていた。
 その毛糸玉の色に、ラビは見覚えがあった。
 「・・・それ!!」
 思わず大声を出すと、それが何かの合図だったかのように、ヌイグルミが音も無く宙を駆ける。
 「あ、コラ!待つさ!お前!」
 詰め寄ってきていたアレンの肩を押しのけ、ラビは慌てて飛んでいくヌイグルミを追い掛けた。
 「ちょっと、ラビ!」
 その後にアレンが怒声を上げて続き、その後ろを神田とリンクが無言で続いた。
 ティムキャンピーも置いていかれるのはイヤだと、懸命に羽ばたく。
 すばしっこく前を行く角なしトナカイのヌイグルミが不意にカクン、と向きを変えて、談話室へと飛び込んでいった。
 遅れること数秒、談話室に走りこんだ3人と1匹を出迎えたのはヌイグルミではなく、見た事のない老紳士だった。
 「誰だ、テメェ・・・」
 闇を纏い、口元に薄ら笑いを浮かべる老紳士に神田が六幻に手をやりつつ、睨む。
 その問いに元から答える気がないのか、老紳士はただ値踏みするようにこちらを見詰めるだけだった。
 「チッ!」
 「待て!ユウ!」
 六幻を素早く構えた神田に制止の声をかけ、ラビが一歩距離を詰める。
 「なあ、1つ、聞いていいさ」
 「・・・・・・」
 慎重に語りかけるラビの少し後ろで、アレンも警戒の色を浮かべる。
 老紳士は不気味なほど静かだった。
 「なんで、あんたがリナリーと同じ色の毛糸を持ってる」
 スッ、と隻眼を細めて告げたラビの言葉に、その場の空気が軋みを上げる。
 ヌイグルミの姿はないが、老紳士の手には黄色の毛糸玉があった。
 アレンと神田があからさまな敵意を向けると同時に、老紳士がようやっと口を開いた。
 「探しているのか、リナリーを」
 嘲りを含んだ声音。途端、老紳士を纏う闇が膨らんだ。
 「私のリナリーを」
 うっそりと嗤う老紳士の言葉にリンクを除く3人の瞳が見開いた。
 「会いたいか?」
 「それはどういう意味でしょうか」
 冷静さを失いつつある3人を押しのけ、リンクが探るように問いかける。
 目深に被ったシルクハットの所為で表情が伺えない。
 だが、その口元は終始、楽しげな笑みを浮かべていた。
 「簡単だ、会いたいなら、こちらに来ればいい」
 地獄の底から沸きあがるようなおぞましい声が響き渡った瞬間、その場は深い闇に包まれた。


 「ウォーカー、ウォーカー」
 「・・・う、」
 肩を揺らされ、アレンは薄く目を開いた。
 「リンク?」
 まるで深い眠りから目が覚めたように頭がはっきりしない。
 頭を押さえながらのろのろとアレンは起き上がる。
 と、心配そうにこちらを見詰めるラビと目があった。
 「アレン、気づいたか」
 「はい・・・あの、ここは・・・」
 見覚えの無い薄暗い部屋を見渡しながら、言いかけて、ハッ、とアレンの表情が強張る。
 「・・・っ!リナリー!」
 意識を失う直前の出来事を思い出し、アレンは勢いよく立ち上がる。
 すぐさま駆け出そうとして、神田の冷徹な声に止められた。
 「待て」
 「なんで!?」
 声を荒げるアレンに、ラビが行く手を阻むよう立ちふさがる。
 「リナリーの正確な居場所もわかってないのに、どこに行くつもりさ」
 「加えて言うならば、此処がどこかすらわからないのです。
 闇雲に動くのは危険でしょう。少し落ち着いたらどうですか?」
 諭すような口調でリンクにも言われ、アレンはうなだれて拳を握り締めた。
 時折、不規則に揺れる床がキイキイと不気味な唸り声をあげる。
 倉庫か何かなのか、大小様々な木箱が乱雑に置かれている以外、何もなかった。
 神田は無言で部屋に1つだけあった窓に近づき、外の様子を見る。
 「チッ、霧が濃くて何にも見えねぇ」
 「けど・・・この揺れ方から察するに、海の上さね」
 「ええ、そうでしょうね」
 神田と並んで注意深く外を見るラビの言葉に、リンクが頷いた。
 ボロボロの壁や、今にも抜けそうな床の上を見遣りながら続ける。
 「随分と古い船です。
 ・・・ウォーカー、君、迂闊に歩いて床板に嵌らないように気をつけなさい」
 「うっさいですよ!リンク!」
 小馬鹿にしたように言われ、アレンがダン!、と足を一歩踏み鳴らす。
 途端、その足がバキャ!、と音を立てて床に穴を開けた。
 「うわ!!」
 「言った先から・・・本当に馬鹿ですか、君」
 ジタバタと嵌った足を抜こうと悪戦苦闘するアレンを眺めながら、リンクが今度こそ馬鹿にしたように告げる。
 バツの悪そうな視線でそれを返し、アレンは何とか自力で床から足を引き抜いた。
 「まあまあ、慎重に行こうぜ、な」
 険悪な雰囲気を吹き飛ばすように、ラビが明るい声を出す。
 まだ何処か気が焦っている弟分の白い頭をくしゃりと撫でてやりながら、確認するように声をかけた。
 「でさ、アレン?
 このオンボロ船のどっかにアクマの気配とかしない?」
 「え、あ、はい。ちょっと待って下さい」
 問われて、アレンはアクマの気配を探るように深く目を閉じる。
 暗闇の中、ザワリと蠢く気配は何処にも感じられず、アレンは目を開けて首を横に振った。
 「そか・・・、って事は」
 「ノアか?たしか精神攻撃してくる奴がいたろ」
 「う〜ん、オレも一瞬そう思ったんけどさ・・・」
 腕を組んで聞いてくる神田にラビはポリポリと頬を掻いた。
 「・・・なんか違う。
 オレが方舟で闘った時と気配が違うんさ。
 それに、ここ精神世界とかそんな感じじゃないし・・・ただのボロ船じゃね?」
 「なら、いつまでも此処にいないで、行くぞ」
 言うやいなや素早く扉に近づき、神田がノブに手をかける。
 ギギギ・・・と蝶番が悲鳴を上げて、扉は鍵をかけられていることもなく簡単に開いた。
 「ちょ!ユウちゃん!」
 「神田!あんた僕に待てとか言ったくせに何誰よりも先に行動してんですか!」
 ギャアギャアと不平不満の声をあげながら、ラビとアレンが続いて扉の外にでる。
 「「ぶぎゃ!!!!!」」
 勢いよく廊下に踏み出した途端、まずラビが神田の背にぶつかり、その後に続くようにアレンのタックルが決まる。
 鍛え抜かれたエクソシスト2人の固い身体にサンドイッチされたラビと、鼻をぶつけたアレンが揃って悲鳴をあげた。
 「まったく・・・緊張感と言うものがないんですか、君たち」
 心底呆れたようにリンクが溜め息混じりで呟く。
 「・・・っ、だから、うっさいんですよ!リンク!」
 潰れて真っ赤になった鼻を押さえつつアレンが怒鳴り返す傍ら、ラビがグズグズと涙声を上げる。
 「うっうっうっ、どうせサンドイッチされるんなら・・・
 柔らかくてあったかでむちむちで良い匂いがする女の子が良かったさ〜」
 「るっせぇよ!てめぇら少し黙れ!!!」
 手近なラビの腹に鋭い一撃を喰らわせてから、神田が怒声を上げる。
 呻き声も出せずにその場で悶絶するラビを無視し、注意深く周囲を見渡す。
 「・・・聞こえる」
 「はあ?いったい何が・・・って、ちょ!神田!」
 スタスタと歩き出す神田の背中を、アレンがラビの首根っこを掴んで引き摺りつつ後を追う。
 「待って下さいよ!どこ行くんですか!」
 「あ?聞こえるだろうが!」
 「だから何が!」
 「すすり泣く女の声」
 にべも無く告げられた言葉に、その場がシン、と静まり返る。
 ようやっと静かになった、とばかりに、神田はもう一度、その泣き声を聞くように目を閉じて集中する。
 ややして、くるりと反転し、またスタスタと歩き出した。
 「ちょ・・・!待って!ほんと待って!ユウちゃん!?」
 遅れること数秒、ガバッと起き上がり復活したラビと、固まっていたアレン、リンクが慌ててその背を追いかける。
 「こんな薄気味悪い所で変なこと言わないで下さいよ!このKY!空気読め!」
 「いえ、神田の言っている事は嘘ではありませんよ。
 微かですが・・・確かに聞こえます」
 「リンクまで何怖いこと言ってんさ!?聞こえない!オレは何にも聞こえないさ!」
 耳を塞いで絶叫するラビに、神田がイライラと声を上げる。
 「だから、うるせぇって言ってんだろうが!!聞こえねぇだろ!!黙れ!!」
 足場の悪さを物ともせず薄暗い船内を進みながら、神田は注意深く周囲を見る。
 「・・・苦手なんだよ、こういう暗いとこ。
 ちっ、まだアクマがいた方がマシだったかもな」
 「へ?」
 小声で呟かれた神田の言葉にアレンが疑問符を浮かべる。
 すると、船内のある一室で神田は足を止めた。
 その扉の向こうから、弱弱しい泣き声が確かに聞こえて、アレンはゴクリ、と息をのんだ。
 「・・・ほんとですね。聞こえる」
 寂しげにすすり泣く声はとても可哀相で、恐怖よりも先に心苦しさがわく。
 何処か聞き覚えがあるそれに、アレンが物思いにふけっている間に、神田はガチャリと扉の鍵を開けた。
 「・・・・・・」
 「あれ?聞こえなくなったさ?」
 客室の1つなのだろうか?ベッドに小さな鏡台、申し訳程度のクローゼットがある以外何もない部屋。
 そこには人影も・・・泣き声すら聞こえない。
 ラビが不思議そうに部屋を見渡していると、神田が深く溜め息をついた。
 「ったく、進歩のねぇ奴」
 「神田?」
 訝しげなアレンの声を無視して、神田は部屋の一番奥へと足を進める。
 大き目の窓に薄暗くてはっきりと色はわからないが、古びたカーテンが床まで垂れ下がっている。
 そして・・・その一角が不自然に盛り上がっていた。
 「・・・おい」
 憮然と声をかけるとビクッと大きく小山が震える。
 カタカタと小刻みに揺れながら、必死に気配を消そうとするそれに、神田は肺を空にするほど深く息を吐いた。
 「16になってまでガキの頃とまったく同じ行動すんじゃねぇよ、リナ」
 「え、リナリー!?」
 目を丸くして驚くアレンの視線の先で、カーテンの小山からそろそろと怯えきった小動物のような瞳が覗く。
 その涙に濡れた瞳が呆れきった表情を浮かべる神田を見つけると、くしゃり、表情が歪んだ。
 瞬間――
 「うわああああああああんんんんんんんんん!!!!!!
 か、ん、だぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
 「ぐぼあっ!!!」
 弾丸のように飛び出したリナリーが神田目掛けて渾身のタックルを決める。
 そのまま逃して溜まるものか、と体全体で抱きついて、グズグズと泣き声を上げた。
 「・・・こわ、こわぃぃぃ・・・暗い、まっくら・・・
 おっかないのがくるよぉ・・・ひくっ、う、あああーん・・・」
 よっぽど怖い目にあったのか、子供返りしたようにぎゅうぎゅう抱きついてくるリナリーの、怪我はない無事な姿に神田は内心でホッと息をつく。
 落ち着かせてやろうと、頭に手を置いた・・・
 ら、ミシリ、と骨の軋む音が己から響き渡り、神田は顔面を蒼白にして焦る。
 やばい、来る――!!
 「・・・待て!てめぇゴラ!落ちつ」
 「もう、やだあああああああ!!!!!!」
 「おお!あれはワンハンド・バックブリーカー!
 バックドロップの状態で抱えあげてからクラッチを解き、片膝立ちになりつつ、空中で水平にした相手の身体を背面から自分の片膝の上に落とす・・・
 別名、片腕式背骨折り・・・リナリーの超必さね!!!」
 「な・・・!!
 あれが人間風車、ビル・ロ●ンソンが多用し、選手生命を縮めたという技ですか!?」
 「ちょ、それだとバ神田はともかく・・・
 リナリーの膝に負担がかかるって事じゃないですか!!」
 何処か見当違いなツッコミをアレンが入れた後、ゴキリ、と神田の背骨が軋みを上げて散っていった。


 「で、そろそろ落ち着いたさ、リナリー?」
 「うん・・・ごめんね、ラビ。
 私ったらつい混乱しちゃって・・・」
 しゅん、と肩を落とすリナリーにアレンが庇うように声をかける。
 「そんな!リナリーは何も悪くありませんよ!
 怖い目にあったんですから・・・」
 「アレン君・・・」
 「リナリー、無事で良かったです。
 君があの変態親父に連れ去られたと知ってから、ずっと生きた心地がしませんでした」
 真剣な眼差しを向けられて、リナリーの頬が薄紅に染まる。
 だが、その瞳は不安げに揺れていた。
 「でも・・・私、神田に酷いことしちゃった」
 「いいえ、あれ位で折れるヤワな背骨を持つ神田こそが悪いんです。
 そんなことより、リナリー?膝は大丈夫ですか?」
 「うん、全然へいきだよ。
 えへへ♪久しぶりだったけど綺麗に決まって嬉しかったな♪」
 「はい♪とても見事な腰関節技でしたよ、リナリー♪
 でも、ワンハンド・バックブリーカーは豪快すぎますから、今度はドロップキックにしましょうね?」
 ニッコリと微笑みながら言うアレンに、リナリーは素直に頷いた。
 ほのぼのと感動の再会を果たす2人に、ラビが遠い目をしつつ声をかける。
 「はいはい・・・そこまでにしとくさ。2人とも」
 「無事にリナリー・リーと合流できたのです。
 もう此処に長居をする理由はないでしょう。早く脱出しますよ」
 淡々とリンクにも言われ、アレンとリナリーがその場から立ち上がる。
 その時、リナリーが一緒に抱え上げた人物にアレンが面白くなさそうな不満顔をした。
 「リナリー、神田なんかラビに運ばせれば良いんですよ」
 「うえ!?い、いいの!
 だって私の所為で、神田、気を失っちゃったんだし!」
 上擦った声を上げつつ、ギュッと縋るようにリナリーが神田を抱きしめる。
 その姿はまるで、怖さを紛らわす為にクマのヌイグルミを抱く子供のようだった。
 一見、可愛らしくみえる姿だが、アレンはともかくラビは騙されない。
 何故なら、リナリーが抱きしめているのは、クマのヌイグルミではなく豪快に背骨を折られ気を失った神田なのだから。
 「アレンの言う通りさね、リナリー。
 だいたい、そうやって首締め付けられて運ばれたら、さすがのユウちゃんも回復できないさ」
 今だに小さく震えるリナリーの両腕が、神田の首を的確に絞めているのは、無自覚だと信じたい。
 そう内心で願いつつ、ラビが腕を伸ばす。
 「ほれ、よこしなさい」
 「でも・・・」
 怯えた瞳に見つめられ、ラビはやれやれと肩を下げる。
 そしてスーツの上着を素早く脱ぐと、震える剥き出しの小さな肩にかけてやった。
 きょとん、とリナリーが瞬きをする。
 「ラビ?」
 「ここ、ちょっと寒いからそれ着とくさ。
 んで、ユウちゃんの代わりにティムでも抱っこしとけ♪」
 リナリーの腕から意識の無い神田を救出し、ラビが明るい声で提案する。
 怯えている時には何か身体を包み込むものと、抱きしめられるものがあると安心するものだ。
 それにティムキャンピーならば、どんなに締め付けられても窒息死する心配はないだろう。
 そう考え、ラビがティムキャンピーにお願いしようと視線を宙に彷徨わせる。
 が、金色の球体は何処にも見当たらなかった。
 「って、あれ?
 アレン、ティムの奴、どこ行ったんさ?」
 「え?あれ・・・?
 ほんとだ!いない!ティムー!!?」
 「・・・あのゴーレムなら最初からいませんでしたが。
 飼い主と仮にもブックマン後継者の癖に今の今まで気がつかなかったんですか」
 ジトリ、とリンクに睨まれ、アレンとラビは気まずげに視線を逸らした。
 「ラビ、ラビ」
 クイクイとシャツを引かれ、ラビが振り向くと、リナリーが懇願の眼差しを向けてくる。
 「あのね、神田」
 「ダメだっつの!あーも!アレンにでも抱きついとけ!」
 「ふえ!!?」
 途端、顔を真っ赤にするリナリーにラビは半眼を向ける。
 「お前なあ・・・」
 「だってだって!!」
 「リナリー、僕なら全然、構いませんよ?」
 どうぞ、と満面の笑みで両手を広げるアレンの頭をリンクがスパン、と叩く。
 「いった!何すんですか!」
 「煩いですよ!ガキの癖に破廉恥な!」
 もう一度、今度は勢いよく拳骨を落としてアレンを黙らせると、リンクはリナリーに厳しい表情を向ける。
 「リナリー・リー!君もです!
 エクソシストともあろうものが、こんなボロ船に怯えるなんてだらしない!」
 「んな!!」
 「まったくどれだけ甘やかされて育ったんですか、君は!
 元はと言えば隙だらけの君が間抜けにも連れ去られたりするから、こんな面倒な事に」
 なるんですよ!、と続けようとしたリンクの言葉が不意に途切れた。
 一瞬、泣き出しそうに顔を歪めたリナリーが唇をきつく引き結び、真っ直ぐに睨みつけたからだ。
 そして何も言い返さず、スタスタと船室から出て行く。
 「リナリー、待ってください!」
 危ないですよ!とアレンがか細い背中を駆け足で追って行った。
 「何なんですか!あの態度は!」
 「いやあーまあ、限りなく正論なんだけどさ」
 神田を支えながら、ラビは苦笑を零す。
 「人間、誰にだって苦手なもんがあるさね。
 だから、大目に見てやって欲しいさv
 「そうやって誰かが甘やかすから、あんな甘ったれが出来上がるのですよ!」
 フン!、と鼻を鳴らして、リンクも足取り荒く部屋を出て行った。
 「はは、反論の余地もねえさあ」
 困ったように呟いてから、ラビも神田を連れて部屋を後にする。
 しばらく足場の悪い船内を進むと、その先で勇ましく先頭に立つリナリーとおろおろするアレン。
 その少し後ろを機嫌悪そうに歩くリンクが見える。
 どうにもピリピリした雰囲気を和まそうと、ラビはスウ、と大声を出すために息を吸った。
 「ぎゃ〜!!あんな所に人影が!!!!!」
 「きゃああああああああああ!!!!!!!!」
 突然のラビの叫びにリナリーの絶叫が響き渡る。
 アレンとリンクも内心驚きはしたものの、それを表情には出さず、呆れきった視線でラビを見ていた。
 「ラ、ラララララララララビの馬鹿!馬鹿!馬鹿――――!!!!!!」
 ラビに騙されたと気づいたリナリーが猛ダッシュで駆け寄ってくる。
 ラビはケラケラと笑いながら、詰め寄ってくるリナリーを見下ろした。
 「じょ〜だん、冗談だって♪」
 「何が冗談よ!私がこういうの苦手だって知ってるくせに!
 酷いよ!裏切りだ!・・・背骨、折ってやるんだからああああああ!!!!!」
 ラビの胸倉を掴み上げ、ボロボロと大粒の涙を零しながら、リナリーは引きつった笑いを口元に浮かべる。
 その言葉に背骨を折られては大変と、ラビが意識の無い神田の腕を使って白旗を上げた。
 まるで緊張感の無い雰囲気にリンクが深く息を吐く。
 その場で曖昧な笑みを浮かべていたアレンは、ふと、異音が聞こえた気がして天井を見上げた。
 「チッ!!!」
 「あぶない!!!」
 復活した神田がリナリーを突き飛ばしたのと、アレンが叫んだのはほぼ同時だった。
 強く押されたリナリーの体が宙に浮かんだ瞬間、リナリーが数秒前までいた所を目掛け、大音響を立てて格子が落ちてくる。
 その勢いは凄まじく、船内を揺らした。
 滑り込んできたアレンに抱きとめられ、リナリーは早鐘を打つ心臓をぎゅっと押さえた。
 「・・・っ大丈夫ですか!リナリー!」
 「う、うん・・・」
 しっかりとリナリーを抱きしめ、アレンが聞いた。
 無我夢中で飛び込んだ所為でアレン自身も尻餅をついた格好になっている。
 腕の中にいるリナリーは蒼白で、瞬き1つせずに顔を強張らせていた。
 「おいっ!無事か!」
 パラパラと木屑のようなものが舞う中、神田が格子越しに叫ぶ。
 リナリーは心配させないように笑みを作り、無事だとしっかりした声で伝えた。
 「あちゃー、分断されちまったな」
 溜め息混じりに呟きながら、ラビは格子を調べる。
 鉄製の格子は造りがしっかりとしていて丈夫だ。おまけにとてつもなく重い。
 持ち上げる事は不可能。
 かといってイノセンスを使い無理に動かしたり燃やしたり破壊したりと言うのも、崩れやすい船内では危険だ。
 手荒な真似は出来ないだろう。
 「どうだ?」
 「うーん、こっからは別行動で行くしかないさね」
 お手上げと両手を上げて神田に答え、ラビは向こうの3人に声をかけた。
 「とりあえず、なんとか外に出て甲板で落ち合おうさ!
 そっから何かわかれば良いんけど・・・」
 「う・・・うん!わかったわ!気をつけてね・・・」
 アレンに手を貸して貰い、立ち上がりながら、リナリーが眉を下げて答える。
 「もっちろん!リナリー達も気をつけてな!」
 「人の心配してねぇで、自分の心配しとけよ」
 心細そうな妹分にラビは明るく手を振り、神田は呆れたように息を吐く。
 そうして、ラビと神田の2人は何となく後ろ髪を引かれる思いで元来た道を引き返し始めた。


 ――闇の中で声が明るい声が響き渡る。
 「分断、成功いたしました!」
 「さすが相変わらず見事なお手並みなのじゃ♪」
 「いいえ!これくらい敵を毒殺する手間に比べれば、朝飯前でございます!
 それでは引き続き、作戦通りに事を運ぶべく、行って参りますね!」
 「うむ!うっかり毒殺せんようにするのじゃぞ?
 そして、何度も言うがあやつらは敵ではない。
 よって、バトルはもちろん重火器や爆発物等のテロ行為も厳禁なのじゃ。」
 「はい!」
 とても元気の良い返事を残して、1つの影が闇に溶けるように消えていく。
 それを見送りながら、もう1つの小柄な影は満足そうに頷いた。


 薄暗い船内を注意深く歩きながら、ラビは今さらながらの疑問を神田にぶつけた。
 「なあ、ここってやっぱ難破船か何かなんかな?」
 「あ?んなもん、見たままじゃねぇかよ」
 何を今さらと舌打ち交じりに神田が答える。
 ところどころ腐敗している壁に床、何もかもが古めかしい調度品。
 当然のように人の気配はなく、言うならば幽霊船という言葉がピッタリな雰囲気だ。
 「いや、確かにそうなんけどさ。
 ・・・あいつ、なんでリナリーやオレ達をこんな所に連れてきたんかなって」
 「俺が知るかよ。
 だいたい、ノアでもアクマでもねぇ奴がどうやったらこんな事できんだ」
 「オレもそれが不思議なんさ。
 最初は敵意みたいなのを感じたんに、あれからぜんっぜん!姿現さねぇし・・・
 リナリーともあっさり合流させといて、何で今さら分断させるんさ?」
 真意がさっぱりわからないとラビがぼやきつつ、足下に転がっていた空ビンを蹴っ飛ばす。
 「ああもう!なんかイライラする、さぁぁあああぁあああ!!!?」
 と、何の前触れも無く神田に愛刀の六幻で斬りかかられ、ラビが素っ頓狂な叫び声をあげる。
 凶悪な光を放つ鋭い切っ先が、ラビの頬の直ぐ横の壁を突き刺していた。
 「ユ、ユユユユユユ、ユウ!!!
 おまッ!ちょ・・・!!何すんさいきなり――――!!!?」
 「チッ、外したか・・・
 てめぇこそ、俺の邪魔すんじゃねぇ!何かいるぞ!」
 六幻を壁から引き抜き、神田が警戒を促すように叫ぶ。
 ハッ、とラビも表情を引き締めて、己のイノセンスに手をやった。
 「言ったそばからお出ましさ!?」
 「気ぃつけろよ。早いぞ」
 素早く背を合わせ、臨戦態勢を整えた2人は見通しの悪い船内の中、それぞれ視線を走らせる。
 暗闇の奥から、獲物を狙う獰猛な気配を確かに感じた。
 そこから銀色の刃が雨のように、2人の急所を狙って降ってくる。
 「のうわあっっっ!!?」
 正確に頚椎をめがけて飛んできた刃に、薄皮を切られたラビが悲鳴をあげて倒れこむ。
 そのラビを目掛けて、暗闇の中から影が飛び出してきた。
 追い討ちをかけるように放たれた新しい刃を、神田は六幻で斬り落とし、逆に返り打とうと構えた。
 だが、影は一瞬で身を引いて距離を取る。
 「こそこそしてねぇで、出てきな」
 またも薄闇に紛れる影に、神田が低い声で言い放つ。
 すると意外にも影は素直に姿を現した。
 「女?」
 「うっわ!ストラーイック!!」
 現れた女性に、たった今、殺されかけた事も忘れラビが渾身の拳を握る。
 小柄な身体を清楚な白のワンピースで包み、穏やかな微笑を浮かべる美女だ。
 印象的な赤い瞳。サイドを長く伸ばした髪は薄暗い室内の中でも、キラキラと金色に輝いている。
 首に飾られた真っ赤なリボンが、不思議な可愛らしさを生んでいた。
 そして・・・手には何故か真っ赤にバチバチと火花を輝かせる四連ダイナマイト・・・
 「へ?え?なんでそんなテロ支援アイテム持ってんさ!!美女が!!」
 「チッ!色ぼけてんじゃねぇよ!ウサギが!どけ!」
 ラビを渾身の力で蹴っ飛ばし、神田が一気に距離を詰める。
 まずは火花を噴くダイナマイトの芯を4本同時に切り落とした。
 そのまま勢いを殺さず、返す刀で女の腹部を狙い、横薙ぎに払う。
 が、刀が斬ったのは女の白い残像だけで、女の姿は瞬く間に宙を飛んでいた。
 その手には本当に何故かピコピコハンマーが握られている。
 神田が思わずポカン、と見上げる事・・・数秒。
 ピコピコハンマーはラビ目掛けて唸りをあげた。
 ――ゴッ!!
 と、およそピコハンらしくない、むしろ釘バットで殴打したかのような痛々しい音が鳴り響いた後・・・
 ぱ た り、と悲鳴を上げる事も無くラビが儚く倒れこんだ。
 頭頂部にはティムキャンピーほどはあろうかと言う、大きさのタンコブが出来ている。
 「な・・・!!」
 「申し訳ございません。
 時間が大変に押しているので、手早くいかせてもらいます!」
 ――ゴッ!!!!
 さっきよりも生々しい一撃を電光石火の勢いでくらい、神田はその場にドサリ、と倒れた。


 神田とラビが謎の女に襲撃されてから、半刻はたった頃・・・
 別ルートで甲板を目指していたリナリーは、内から湧き上がる恐怖心を必死に押さえつけようと、ドレスの裾を握っていた。
 「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
 ブツブツと念仏のように小声で呟きながら、屹然と先頭を歩く。
 そんなリナリーを見て、アレンは心配そうに声をかけた。
 「あの、リナリー?
 やっぱり僕が先を歩きますから」
 「だ、大丈夫よ!これくらい!」
 「何処が大丈夫なんですか。
 膝が笑ってますよ、みっともない」
 「っ!!」
 「リンク!」
 冷めた目で指摘され、リナリーの泣きはらした瞳が歪む。
 今にも泣き出しそうなリナリーを背に庇い、アレンはリンクに剣呑な視線を向けた。
 「女の子を泣かすなんてサイテーですよ」
 「女性である前にエクソシストでしょう。
 私は敬意を払って接しているつもりですが?」
 ふう、とリンクは溜め息混じりに続ける。
 「・・・私が先に行きましょう。
 さっきから、同じ場所を行ったり来たりしています」
 「え、嘘!」
 「そんな嘘を吐いてどうするのですか。
 まったく・・・恐怖に目が眩んでそんな事にも気づいていないとは」
 ウォーカーならまだしも、と半眼で嫌味を言うリンクにアレンがムッ、と眦をきつくする。
 「初めての所なんですから仕方がないでしょう!
 おまけに薄暗くて気味悪いんだから!」
 「薄暗かろうが、所詮は船の中です。
 ほぼ一本道ですし、甲板に出るのならば階段を見つければ済む話でしょう。
 なのに、いつまで経っても同じフロアをグルグルと・・・」
 「だって!階段なんてなかったもん!」
 「だから見逃していると言っているんです!
 黙って着いてきなさい!」
 一際大きな声でアレンとリナリーを怒鳴りつけてから、リンクが颯爽と前を歩き始める。
 その背中にアッカンベーをしてから、アレンはリナリーに手を差し伸べた。
 「リンクには後で僕がきっっっちり仕返し、しときますから!
 とりあえず今は進みましょう」
 「・・・う、うん。あの、アレン君?」
 「はい?」
 「私、その・・・手とか、繋いで貰わなくても平気だよ」
 精一杯に強がった声で言われて、アレンは笑みを深くした。
 「じゃあ、僕が怖くて仕方がないので、手、握ってて下さい」
 お願い、と両手を合わせて懇願され、リナリーは思わずパチクリと瞬きをした。
 「え、え、え」
 「ダメ、ですか?」
 「ううん!そんなことない、けど・・・」
 「じゃあ、よろしくお願いします♪」
 微笑まれたと同時にアレンに手を取られ、ギュッと力強く握られる。
 くん、と軽い力で引っ張られ、リナリーは先に行ったリンクを追うべく歩き出した。
 すっぽりと包まれた自分の手がポカポカと暖かくて、リナリーは小さな笑みを口元に浮かべる。
 「ふふ♪」
 「リナリー?」
 「あ、ゴメンね。
 なんか・・・アレン君、おっきくなったなあって」
 出会った頃はほぼ同じだった視線が、今では軽く見上げなければ合わなくなっていた。
 「背ももちろんだけど、体つきも逞しくなったよね」
 「あは、それ、前にも言われましたね」
 そう言いながらも嬉しそうにするアレンが可愛くて、リナリーはアレンの頭に手を伸ばし、優しく撫でてやった。
 「あの・・・」
 「うん、アレン君はいっぱい食べていっぱい動いていっぱい眠るから。
 これからもっともっとおっきくなるね♪」
 「・・・それ、弟扱いどころか子供扱い・・・」
 「え?」
 ご機嫌で頭をいいこいいこと撫でてくるリナリーにアレンがげんなりと呟いた。
 この至近距離で幸いにも聞こえなかったのか、不思議そうに首を傾げるリナリーにアレンは軽く息を吐いて気分を入れ替える。
 「なんでもありません。いつか下克上すれば良いだけの話です」
 「え、うん。よくわかんないけど、頑張ってね!」
 「はい!まかせておいて下さい!」
 元気よく返事を返して、アレンはリナリーの手を引いて一歩前を歩く。
 そうして真っ直ぐに前を向いたまま、それから、と口を開いた。
 「リナリー、忘れているみたいですけど・・・
 あの変な親父に狙われているんですから、気をつけないと」
 「そか、そうだったね。
 あの人・・・なんだったんだろう・・・」
 脳裏に蘇る不気味な姿にリナリーの手が小さく震える。
 手の内でそれを感じたアレンは、得体の知れない恐怖からリナリーを守るように、強く手を握り返した。
 「大丈夫です!今度は僕がずっと一緒ですから!」
 振り返って得意げな笑みをリナリーに見せてから、アレンは前を向き、大分先に進んだリンクへ待つように声を上げた。
 その後姿がとても頼もしく、大きく見えて、リナリーは思わず俯いてしまう。
 ・・・いつかの方舟の時と同じく守られるだけの自分。
 しかも今はあの時と違って、闘う武器を持っていると言うのに・・・
 「・・・本当に情けないね、私」
 残念マフラーの一件も頭の片隅に思い出し、リナリーは更に落ち込んだ。
 小走りにアレンに引っ張られながら、自虐的になっていると、むっつりとした声が聞こえてきた。
 「何をやってるんですか!君たちは!」
 「リンクが早すぎるんですよ!このフクロウ、フクロウ!」
 「フクロウは君の方だろうが!!」
 ガア、と怒鳴るリンクだが、アレンとリナリーが手を繋いでいる事には言及しなかった。
 そんなことより、と2人の注意を目の前にある扉に向ける。
 「この扉なんですが」
 「?これがどうかしたんですか」
 古めかしいが、なんの変哲もない扉を見て、アレンが首を傾げる。
 リンクは怪訝そうに眉根を寄せながら、口を開いた。
 「いえ、ここの扉、さっき通りかかった時には不自然なほど濡れていたはずなんですが」
 「はい!?」
 「どこも濡れてないじゃない!」
 ズザッ!と一歩、扉からアレンとリナリーが後ずさる。
 「だから気になると言ってるんですよ!
 逃げるな!エクソシストだろうが!!!」
 「エクソシストでも怖いもんは怖いですよ!
 何つらっとした顔でホラー目撃してんですか!」
 ギャンギャンとリンクとアレンが言い合う。
 さっきの自虐的な気持ちも恐怖によって吹き飛んだリナリーが、アレンの後ろで泣き声を上げ始めた。
 「ふ、えええ、もうやだぁ、にいさぁんんん」
 「リ、リナリー!泣かないで下さい!リンクの癖なんです、あれ!
 言うならば親父ジョークみたいなものですから!
 まったく!ぜんっぜん!おもしろくない事で有名なんです!」
 「なんの話だ!それは!だいたい君は!」
 不名誉な事を言われ、リンクが怒りの拳を握りしめた瞬間、時が止まった。
 アレンとリナリーの表情が一瞬にして恐怖に歪み、どんどんと蒼白になっていく。
 自分を通り越し、後方に視線をやったまま固まる2人を不思議に思い、リンクは振り向いた。
 「ほら見なさい、嘘じゃないでしょう」
 「何、自慢げに言ってんですかバカアアアアアアアア!!!!!!」
 最早、声も無く涙を流すリナリーを庇いながら、アレンは更に後ろに下がる。
 そうリンクの言う通り、中央部分から浸水が始まり、瞬く間に扉全体がびっしょりと濡れていた。
 数ある扉の中でたった一つだけが、である。
 「まったく大げさな!たかが扉が濡れている位で!」
 「目の前で心霊現象目撃したんですよ!当たり前の反応でしょう!?」
 「こんな子供だましみたいな事の何が心霊現象ですか!
 いい加減にしなさい!!!!!くだらない!!!!!」
 フン!と鼻を鳴らして一喝すると、リンクはあろうことか扉のノブに手をかけた。
 「ちょ・・・!!何する気ですか!!?」
 「ようは何もない事を証明すれば良いのでしょう。
 確認して来ますから、君たちはそこから動くな」
 上から目線で命令してから、リンクはカチャリ、とノブを回した。
 ――と、扉が一ミリでも開く前にアレンの怒声が響き渡る。
 「ばばば、ばっかじゃないですかッ!!!リンク!!!
 それ思いっっっきり死亡フラグですよ!!!
 雑魚は唐突に軽率な行動を起して、そうやって死んでいくんです!!!!!」
 「誰が雑魚だ!誰が!」
 「リンクがうっかり雑魚の死に方しそうになるから悪いんじゃないですか!!!
 どっかで見たようなリアクション、起そうとするから!!!」
 後半なんてほぼ涙混じりの絶叫で、アレンは続ける。
 「良いですか!?
 薄暗い船内、目の前で起こる心霊現象、それを身一つで確かめに行くって・・・
 もう雑魚死亡フラグの折りようも、回避も、できないほどにバッドエンドまっしぐらですよ!!!」
 「だから、これは心霊現象ではないと言ってるだろうが!!!」
 「まだわかんないですか!ほんと危なかったんですよ!
 こういう人、実際にいるんだなぁ、なんて事・・・
 僕、一生知りたくなんてなかったのにぃいいい!!!!!」
 混乱気味に叫び続けるアレンに、このままでは埒が明かないと思ったのだろう。
 リンクは頭痛を堪えながら、アレンの言葉をまる無視して、あっさりと扉を開いた。
 先ほど、リナリーが居た部屋と内装は変わらない。
 なんの異変もない部屋を軽く見渡してから、リンクは勝ち誇ったかのように胸を張った。
 「ほら、見なさい!何もな・・・っ!!?」
 「リンクっ!!?」
 得意げな笑みを残して、フ・・・っと消えたリンクに、アレンが言わんこっちゃないと血相を変えて叫ぶ。
 慌てて扉に近づいて、その時、ずっと繋いでいたリナリーの手が強い力で引っ張られ、故意に離された。
 「っ!?リナっ・・・!!」
 振り向いた視線の先で闇が蠢いている。
 それは、リナリーの口を塞ぎ、ニタリと笑みを浮かべた。
 「もう、待てぬ、待てぬ・・・」
 「待て!リナリーを返せ!消えるな!」
 ケラケラと嗤いながら言い、アレンを一瞥すると老紳士はリナリーごと煙のように掻き消えた。
 「くそっ」
 誰もいなくなった空間の中で・・・
 悔しさと憤りがない交ぜになった、アレンの銀灰の瞳が激情をはらんで揺れた。


 時は少し戻り、とある船室で声が響き渡る。
 「おーい、しっかりするのじゃ〜」
 「う・・・」
 ペチペチと頬を叩かれて、ラビは薄く目を開いて、呻き声をあげた。
 妙に痛む頭をさすりつつ、ゆっくりと起き上がる。
 「おお!気がついたか!よかったのじゃ!」
 「は・・・、ぅお!」
 ぼんやりと滲む視界いっぱいに、見知らぬ顔が映り、ラビは驚いて声を上げる。
 ふんわりと揺れる蒼い髪、蒼く円らな瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
 「大丈夫か?」
 「え・・・ああ、なんか鈍器で殴打された後みたいに頭が痛いけど、なんとか」
 「そ、そうか!痛いだけで済んだのなら御の字なのじゃ!
 ラタはああ見えて凶暴化したグリズリーすら顔色を変えずに打ち倒す猛者だからの。
 人の頭など豆腐を握りつぶすがごとく、簡単にやってのけてしまう怪力の持ち主なのじゃ・・・」
 「いや、ちょっとまって!
 オレの頭がちゃんと起動するまでちょっとまって!」
 赤いワンピースに赤いケープ、ナイトキャップという・・・
 全身サンタルックの子供に、ラビは一度、待ったをかける。
 「あーっと。まずは自己紹介から、な!
 オレはラビってんさ」
 「うちはヨダメって言うのじゃ!ヨダって呼んでほしいのじゃあ♪」
 丸いほっぺたを淡い桃色に染めながら、ヨダは満面の笑みをラビに向ける。
 差し出された小さな手を握り返し、ラビもニッコリと笑い返した。
 「んじゃあ、よろしくな、ヨダ♪
 でさ・・・オレやユウちゃんを昏倒させた美女がラタって言うんさ?」
 「ユウちゃん?」
 「そ、ほれ、そこにでっかいタンコブ作って失神してる美形がユウちゃんさ。」
 ひょいとうつ伏せに倒れている神田に指を差しながら、ラビが言う。
 はっきりとしてきた頭は、気を失う直前の記憶をやっと思い出させていた。
 神田の状況を見るに、たぶん、同じ感じで昏倒させられたのだろう。
 「うむ、2人には本当に悪いことをしたのじゃ。
 うちはただ、相談にのって欲しいから呼んで来てくれと頼んだだけだったんじゃが」
 申し訳なさそうに呟くヨダの小さな肩から、ちょこん、と金色の球体が顔を出した。
 「ティム!お前、今まで何処に行ってたんさ!」
 突然の再会に、ラビが叫ぶと、ティムキャンピーはニカッと歯を見せて応えた。
 「ああ、あんまり怒らないであげて欲しいのじゃ。
 ティムには色々と教えてもらってな。本当に世話になったのじゃ」
 「教えたって・・・何を?」
 「もっちろん!リナリーの恋愛事情なのじゃ!」
 明るい声で高らかに告げられ、ラビはしばし絶句した。
 その間に、ヨダの力説は続いていく。
 「本命のマフラーの君が誰なのか聞くのをうっかり忘れておってな。
 まあ、その辺はうちの仲人経験があれば何ら問題なく発見できるから良しとして!
 ・・・じゃが、肝心のリナリーの恋愛値が低すぎるのじゃ!」
 ググッ、と拳を強く握りしめながら、ヨダは更に続ける。
 「もう16じゃろう!リナリーは!
 なのに、恋のアン・ドゥ・トロワすらなってないのじゃ!」
 「っ、るっせぇんだよ!何、人の頭の上で喚いてやがる!」
 この日、二度目の復活を果たした神田が怒声を上げて、ヨダを睨みつける。
 地獄の底から湧き上がるような怒気に、ようやっとフリーズから解凍したラビが慌てて声をかけた。
 「ユ、ユウちゃん!落ち着いてさ!
 こんなちっちゃい子相手に、その凶悪顔は人としてダメさね!」
 「頭割られてんなこと言ってられっか!」
 「だから!オレらやったのこの子じゃないさ!
 ダイナマイトとピコハン装備した美女で・・・えと、」
 「ラタじゃ。本名はラタデと言うのじゃが、うちはそう呼んでおる。
 本当にすまない事をしたのじゃ。ユウちゃん」
 ヨダが口にした名前に、その場の空気が一気に氷点下まで下がった。
 「・・・てめぇ、今、俺の事なんて呼んだ」
 「?ユウちゃん、なのじゃろ?ラビからそう聞いたのじゃ」
 「ラビ!てめぇ、」
 爛々と怒りに燃えた瞳を神田から向けられ、ラビは飛び上がって後ずさる。
 「ヒィ!ちょ・・・ごめん、ごめんさ!
 つい癖で・・・!!ヨダ!この人、ユウちゃんじゃなくて神田って言うんさ!」
 「だから、ユウちゃんなのじゃろ?」
 「神田だっつってんだろうが!」
 「ユウちゃん!」
 「神田だ!」
 「ユウちゃん!」
 「神田だ・・・!!いい加減にしろ!!!!!」
 ヨダの首根っこを掴み、軽く持ち上げながら、神田が鬼の形相で凄む。
 だが、対するヨダは怖がるどころか面白そうに笑いながら、
 「うちは一度教えてもらった名前が舌にくっついて離れないのじゃ〜♪
 ゴメンして欲しいのじゃあ♪」
 と両手を合わせて、歌うように謝罪する。
 何を言っても修正不可能だと悟った神田は、盛大な舌打ちをしつつ、ヨダから手を離した。
 ストン、と危なげなく着地すると、ヨダは改めて頭を深く下げた。
 「トナカイの不手際はサンタの責任なのじゃ。
 うちから後できつく言っておくから、勘弁してやって欲しいのじゃ」
 「あ?」
 「トナカイ、に・・・サンタって」
 突拍子もない事を言われ、神田とラビは怪訝そうに眉根を寄せる。
 「うむ!サンタと言っても、うちは仲人業・・・
 簡単に言うと、恋活と婚活を中心にお届けしておるのじゃ♪」
 「え、や・・・サンタが仲人業って何事さ、それ」
 「つーか、サンタなんている訳ねぇ」
 「ストップ!ユウちゃん!子供の夢を壊しちゃダメさね!」
 あっさりと子供の夢を砕こうとした神田の口を素早く塞ぎ、ラビは確認するように口を開く。
 「あーと、さ。ヨダ?
 さっきリナリーの恋愛事情がどうのって言ってたのってさ。
 それと何か関係あったりするんさ?」
 「うむ!リナリーはうちの大切なお客様なのじゃ!
 イブに素敵な恋をお届けすると約束したのじゃあ〜♪」
 クルクルとその場で回りながら、ヨダは使命感に燃えた瞳をラビと神田に向けた。
 「と!言う訳で!
 ラビとユウちゃんの可愛い妹分の為に、ちょっと相談にのって貰いたいのじゃ♪」
 「はあ!?」
 思わず素っ頓狂な叫び声を上げる神田の傍らで、ラビはまさか、と瞳を見開いた。
 「・・・つーことは、このトンチンカンな騒ぎって全部・・・」
 「リナリーの恋を全力で押す為の作戦なのじゃあv
 「はい!素晴らしい作戦でございます!ヨダ様!」
 「うぉ!増えた!」
 突如としてヨダの後ろから生えた人影に、ラビが驚き、神田は素早く六幻に手をかける。
 「てめぇ、さっきはよくもやってくれたなっ」
 「あ、申し訳ございません!!
 ヨダ様に決してバトルをするな、と言われておりましたのに・・・
 わたくしったら、沸きあがる血の滾りを抑えられずに・・・つい」
 しゅんと肩を落として落ち込むのは、先ほど、神田とラビをピコハンの一撃で撃沈させた美女であった。
 「つい、だぁ・・・ついで人の頭かち割んのかテメエは!!」
 「え、はい・・・割と日常茶飯事ですが」
 「ラタは昔から暴走癖があってな。
 一生懸命になりすぎて周りが見えなくなり、うっかり殺害行為に及ぶだけなのじゃ。
 悪気は決してないぞ!だから、ゴメンして欲しいのじゃ、ユ」
 「神田だ!!!」
 嫌な予感が迸り、神田はヨダの言葉を大声で打ち消した。
 パチパチとヨダとは対照的な赤の瞳を瞬かせて、ラタは朗らかな声で言う。
 「まあ、神田様ですね!
 はじめまして!わたくしはラタデと申します。
 どうぞお気軽にラタ、とお呼びくださいませ♪あの・・・こちらの方は?」
 「ラビっす、どーぞよろしくさ♪」
 「ラビ様ですね・・・はい!ばっちり覚えました!
 未来永劫この胸、この舌に刻み込み、絶対に違える事はしないと誓います!」
 無駄に煌めきながら宣言されて、神田は冷や汗を拭った。
 ・・・危険だった。
 うっかり『ユウちゃん様ですね!』とかになったら目も当てられない事態である。
 人知れずホッと胸を撫で下ろしている神田を横目に、ラビが笑いを堪えながら口を開く。
 「けど、本当にラタって強いんさね♪
 オレ等、いちおー体術には結構自信あんのに。
 特にユウちゃんなんて、激強くて鬼って言われてるくらいなんだぜ」
 「そんな、普通に闘えばわたくしなんてお二人の足下にも及びません。
 ただ、昔マフィアをやっていた事がありまして、重火器や爆発物等の危険物の扱いを少し心得ているだけで・・・」
 「そんなに謙遜しなくても良いのじゃぞ、ラタ!
 ラタの強さはうちがイチバン知っておる。
 脚力だって、そのうち時空を越える事も夢ではないと、うちは信じておるのじゃ!」
 「ヨダ様・・・!
 はい!サンタ様の要望を叶え、全力でお力添えをする事こそトナカイの最大の務め!
 このラタ!必ずや時間旅行の妙技、会得して見せましょう!」
 「それでこそラタなのじゃ!」
 「ヨダ様!」
 「ラタ!」
 がっし!、と何やら感動のキラキラを飛ばしながら手を握り合う2人に、ラビと神田は口を挟めなかった。
 あ、とラタが何かに気づき、そんなラビと神田に視線を向ける。
 「それで、ヨダ様?
 神田様とラビ様にご助言頂けたのでしょうか?」
 「今から聞く所だったのじゃ!」
 「助言って、もしかしなくても・・・リナリーの恋愛事情絡みさ?」
 色々とつっこみ所はあるのだが、喉の奥に疑問を飲み込みラビが答えた。
 「うむ!さっきも言ったが16にしては恋愛値が低すぎるのじゃ。
 純粋なのも好感触とはいえ、それが過ぎると行き遅れてしまうのじゃ」
 可愛いのにもったいない、と零しながら、ヨダは難しい顔をする。
 「まあ、そうなったらお見合いとか婚活を進めれば済む話じゃから、良いとして。
 下手したら・・・恋の翼で塀を飛び越えて会いに来ましたv
 とか言う戯言を真顔で言う野郎にコロッと騙されて・・・
 すったもんだの末、毒を飲んだり、後追い自殺をするハメになるかも知れんのじゃ」
 「いや・・・さすがのリナリーでもそれは・・・
 なあ、ユウ?」
 引きつった笑みを口元に浮かべつつ、ラビが神田に同意を求める。
 だが、むっつりと黙り込み、神田は答えなかった。
 ハッ、とラタが息をのむ。
 「もしや・・・何か思い当たる事が!!」
 「・・・別に」
 「いいえ!そのあからさまに逸らされた瞳が何よりの証拠!ヨダ様!」
 「ラタ!やはりこの『ラブホラー作戦』は間違いではなかったのじゃ!」
 「ラブホラー!?なんさ、それ!」
 今度こそ疑問を投げかけるラビに応えるよう、ヨダは大きく頷いた。
 「うむ!古今東西、危機的状況にあった男女はひっつきやすいと言うじゃろ?
 つまり、危険もうまく使えばロマンスの始まりを告げる鐘になるということなのじゃ!
 リナリーはまず、自分の恋心に気づく事からがスタートじゃからの!」
 「はい!ですが・・・お調べした所・・・
 リナリー様はエクソシストという、人生常にデンジャラスな職業に長年就かれておりました」
 「あー・・・まあ、確かに、な。
 それじゃ滅多な事がなきゃ、ロマンスの鐘は鳴り響かないさね」
 エクソシストは常に戦線の第一線をまかされる。
 数々の死線を経験したリナリーならば、多少の危険など物ともしないだろう。
 「それでうちらは考えに考え、ホラーと言う名の恐怖でロマンスの鐘を鳴らす事にしたのじゃ!
 都合の良い事にリナリーはかなりの怖がりじゃしな!
 ようはドキドキさせて、それを恋だと勘違いさせれば良いだけのこと!
 ラタ!映像を繋いでくれなのじゃ!」
 「はい!ヨダ様!」
 サッとコンマ1秒で目の前にモニターが設置された。
 ヨダの肩から、ティムキャンピーが羽ばたき、モニターの真正面にいたラビの頭の上に止まる。
 パチン、とヨダが指を鳴らすとモニターに見覚えのある三つの人影が映った。
 「お、リナリー達さね」
 「なのじゃ♪良い感じに怖がっておるようじゃの♪」
 モニターを見ながら、ヨダがにんまりと笑う。
 そして、徐にごそごそと懐の中から『恋のアン・ドゥ・トロワ』と書かれたピンク色の本を取り出すと、パラパラとページを捲る。
 「で、二人に相談と言うか・・・聞きたい事なのじゃが。
 この恋愛指南書によると、次は更なる刺激を与える為に全裸になれ、とあるのじゃ」
 「ブッ!!!」
 「ああっ!?」
 盛大に噴出したラビに目を剥いて声を上げた神田を見つつ、ヨダ悩ましげに腕を組む。
 「うちもどうやってこの状況で全裸に持っていけば良いのか、ようわからなくてな」
 「ヨダ様、やはりここは海に突き落とすのがベターなのでは?」
 「いや、真冬の海でそれをやったらさすがに人死が出るのじゃ。
 うちが闇に葬るのも限界と言うものがあるしな・・・」
 「・・・すみません。わたくしが過去何度もヨダ様にご迷惑をかけてしまったから!」
 「うんにゃ、過去は過去なのじゃ!
 ふふ、じゃが懐かしいのう・・・出会った頃のラタは手負いの獣のようじゃった。
 仲間に銃を向けない、地雷をしかけない、隙あらば命を取りにいこうとしない!
 この三つを覚えてもらえるまでが、長かったのじゃ・・・」
 「わたくしったら、そんなサンタ業界の常識も知らない無知なトナカイでしたね。
 お恥ずかしい限りでございます」
 「ラタ!」
 「ヨダ様!」
 「待った!もう本当に待った!」
 「何度も物騒な話を繰り返すんじゃねえ!」
 ラビと神田がほぼ同時に静止の怒鳴り声を上げる。
 「ああもう、色々と言いたい事いっぱいだけど!
 とりあえず全裸はダメさ!俺的には大歓迎だけどグブぉっ」
 「黙れ、この変態ウサギが!」
 「うーん、じゃが、どんな野郎もこれでイチコロって書いてあるのじゃ」
 「却下だ!あの馬鹿に何させる気だてめぇら!」
 再び鬼の形相を神田に向けられて、ヨダとラタは揃ってしょんぼりと肩を落とした。
 「・・・そうじゃな。やはりこれは恋愛初心者のリナリーには危険すぎるのじゃ」
 「はい。言うならばこれは恋愛における一撃必殺の最終兵器。
 リナリー様には少し荷が重過ぎるのかもしれません」
 「じゃの・・・
 うん?おお!モニターを見てみるのじゃ!」
 落ち込んだと思ったらすぐさま復活し、ヨダが元気よくモニターを指差す。
 画面には怯えるリナリーに手を差し伸べるアレンの姿が映し出されていた。
 「リナリーと違って、このマフラーの君はやるのう♪」
 「あんのモヤシが・・・!
 手ぇ握る以上のことしてみろ、ぶった斬ってやるっ」
 「モヤシ?あの白髪の奴はモヤシと言うのか?」
 「ああ、モヤシ以外の何者でもねぇよ」
 「モヤシ様・・・まるであつらえたかのようにピッタリなお名前ですね!
 きっと先見の明が素晴らしい名付け親をお持ちなのでしょう!」
 「あ、じゃあ、こっちの金髪はなんて言うのじゃ?」
 「こっちはホクロふたつって言うんさv
 素晴らしいタッグで本人にとっては大変不名誉な名前を刷り込ませてから、でさ、とラビは話題を変えた。
 「こっからどうするつもりなんさ、二人とも?」
 モニターに映るアレンとリナリーは仲良く手を繋いで歩いている。
 途中、立ち止まり、いったい何を話しているのか?
 リナリーがアレンの頭を撫でていた。
 子供を可愛がるような笑みだが、とても幸せそうに笑っていて・・・
 まったく、何故気づかないのか、とラビは不思議に思う。
 「ヨダの言う通り、リナリーの鈍さは相当だぜ。
 その・・・ラブホラー?
 でだって、ドキドキしただけで絶対に気づいてないってオレは思うさ」
 「むろん、承知しておるのじゃ!ラタ!」
 「はい!では、わたくしはそろそろ計画の最終段階に入るべく行って参りますね!」
 それでは、と微笑んだ瞬間、ラタの姿が一瞬にして美女から角なしトナカイのヌイグルミに変わる。
 ペコリと一礼すると、ヌイグルミは残像すら残さずに消えた。
 「え、今、何が起こったんさ・・・」
 「擬態なのじゃ!
 うちらサンタとトナカイのお家芸と思ってもらってかまわん!
 これが出来んと、色々と不便での。
 主にこっそりと活動中に見つかりそうになった時とか重宝しておるのじゃ♪」
 得意げに説明をするヨダの体も瞬く間に変化した。
 その姿は・・・例の老紳士だ。
 「そんじゃ、うちも行って来るのじゃ!
 やはりホラーの最後と言えば、浚われるヒロインじゃからな♪」
 明るく笑いながら作戦を教えてくる老紳士に、ラビは信じられないと言う口調で、
 「てか、サンタとトナカイってマジ?」
 と呆けながら言う。
 隣の神田は何も言わないが、珍しくも驚愕に染まる瞳が彼の心情を語っていた。
 そんな二人に姿は変わっても、色あせる事のない蒼の瞳がキラキラと輝く。
 「サンタさんは嘘を吐かないのじゃ♪」
 ニカっと笑みを残して、老紳士に擬態したヨダも消える。
 しばらく呆然としたまま、取り残された二人の時間は動かなかった。
 ティムキャンピーがラビの頬をペチペチと叩いて起動を試みる。
 「や、うん。大丈夫さね、ティム。
 ちょっと、いや、かなり・・・驚いただけつーか・・・」
 ティムキャンピーを頭の上から下ろすべく、手を差し伸べながら、ラビは続ける。
 「嘘じゃないってさ、まさか全部?」
 「・・・恋活だの婚活だのマフィアだの、がか?」
 「いっそ、そっちの方が興味深い気がするさね」
 苦笑を零しながら、ご機嫌に尾を振るティムキャンピーを眺めていると、不意に機械音が鳴り響いた。
 「なんだ?煩せぇな」
 「ああ、これさね?無線機?」
 赤いランプを忙しなく点滅させる小型の機械を広い、ラビが適当にボタンを押すと、
 『ヨダ様!ホクロふたつ様とリナリー様、モヤシ様、発見いたしました!』
 妙に生き生きとしたラタの声が元気いっぱいに響き渡った。
 『なお、扉の仕掛けは無事に成功したもようです!
 リナリー様の驚き、恐怖に慄いた泣き声がバッチリと聞こえます!』
 「え、あー、ラタ?」
 『あら、その声はラビ様、ですね』
 きょとん、とした声を聞きながら、ラビはモニターに眼をやった。
 何やら、扉の近くでぎゃんぎゃんと言い合うアレンとリンクが見える。
 リナリーはラタの言う通り、泣きじゃくっているのか、アレンの背に庇われながら震えていた。
 「そ、オレさね♪
 ちなみにヨダはもうお前とほぼ同時で飛び出して行っちゃたから、いないさ」
 『まあ・・・そうだったんですか』
 困ったように呟くラタに、少しくらい協力してやっても良いかと思ったラビが声に出そうとした瞬間、
 『こんな子供だましみたいな事の何が心霊現象ですか!
 いい加減にしなさい!!!!!くだらない!!!!!』
 と言う、リンクの一際大きな怒声が無線機の向こうから、ラビの耳に襲い掛かった。
 「うをっ!なんさ!」
 キーン!となる耳から無線機を少し離しながら、ラビが叫ぶ。
 すると、無線機からものっそい低い声が聞こえた。
 『おのれ・・・ホクロふたつがヨダ様の作戦を愚弄するとは何たる無礼・・・』
 「え、ちょ・・・ラタ、」
 『かくなる上は、この多少タガが外れても人に止めはささない!
 っと、ヨダ様に頂いた憤怒のピコハンでもって一撃を与え、簀巻きにし、海に投下する事を提案いたします!
 また、ヨダ様を愚弄したその口に関しましては、最早、開く価値もないでしょう。
 即刻、焼いて塞ぐべきだと思うのですが、どうでしょうか?』
 「ストーーーープ!!!!!それ、もう拷問さね!!!!!」
 慌てて叫んで止めてみるも、モニターの画面から、リンクはフ・・・と消えてしまった。
 同時にツー、ツー、と不通を知らせる電子音が耳に届く。
 どうか命ごとリンクが消えていませんように、とラビが合掌していると、
 「ただいまなのじゃ〜♪」
 「ぐえっ!」
 明るい声と同時に、頭の上から重みに潰され、ラビが呻き声をあげる。
 ラビの頭の上を片足で踏みつけ、器用にバランスを取りながら、老紳士はクルクルと回る。
 「リナリーげっと♪なのじゃあ♪」
 「やだやだやだ!放して!放しなさい!」
 老紳士の腕に抱きこまれたリナリーがバタバタと暴れる。
 混乱しているのか、老紳士の口調や雰囲気の違いに全く気づいていない。
 パッと老紳士が拘束を解いてやると、リナリーは転がるようにして距離を取る。
 カタカタと震えていると、頭の上にポン、と手を置かれて息をのむ。
 「おい・・・」
 「・・・っ、あ、か、神田?」
 「たく、情けねぇ顔してんな」
 泣き腫らした幼い表情に苦笑を零し、神田はポンポンとリナリーの頭を慰めるように軽く叩いた。
 「それから、てめぇ」
 「なんじゃ?」
 「早くその気味悪ぃ姿、どうにかしやがれ」
 いつまで怖がらせる気だと、言われた気がして、老紳士は頷いて直ぐに子供の姿へと形を変える。
 ラビの頭からピョン、と飛び降り、リナリーの所へと駆け寄った。
 「気づかなくてすまんかったのじゃ、リナリー」
 「え、あなた・・・ヨダ、ちゃん」
 「うむ♪約束を叶えに来たのじゃ♪」
 「約束って・・・え?」
 印象的な蒼の瞳に見つめられ、リナリーは、ハッとヨダの言っていた事を思い出した。
 「まさか・・・挙式!」
 「はあっ!?」
 「リナリー、そんなコト頼んだんさ!?」
 ニッコリと笑って肯定の意を表すヨダの横から、神田と走り寄って来たラビの驚愕の瞳がリナリーに向けられる。
 「ち、違うよ!私、そんな!
 ただ、イブだし!クリスマスだし!アレン君に・・・!!」
 「マフラーの君とニャンニャンv したいってお願いされたのじゃあv
 「だから、違うってば!」
 耳まで真っ赤になりながら否定するリナリーに、ラビがポン、と手を叩く。
 「そういやそのマフラーってどうなったんさ?
 ミランダが心配してたけど・・・」
 「あうっ!?」
 途端、気まずげに視線を彷徨わせるリナリーに、神田が厳しい視線を向ける。
 「てめぇ・・・まさか」
 「ち、違うよ!失敗したから燃やして証拠隠滅とかしてないもん!」
 「したんじゃねぇかよ!」
 「だって!あんな残念マフラーあげられないもん!
 アレン君に嫌われちゃうよ!」
 「言い訳すんじゃねぇ!!
 だいたい元から編み物なんて高等技術がお前に出来る訳ねぇだろうが!
 成功すると思うな!最初っから失敗すると思ってかかれ!」
 「な、なんだよ!それ!ひどい!」
 「事実だろうが!」
 「まあまあ、喧嘩すんじゃないさ、な!」
 ギャアギャアと言い合うリナリーと神田の間に、ラビはとりなす様に割り込んだ。
 「んじゃ、ミランダが言ってたリナリーがオレに相談したい事って・・・
 アレンへの新しいプレゼントなんさね」
 「う・・・うん。
 でも、今日は忙しくって相談も出来なかったし、何も用意できてないの」
 悲しげに瞳を伏せるリナリーの肩を、ヨダがポン、と叩く。
 「サンタさんにおまかせなのじゃ!リナリー!」
 「え?」
 「サンタさんは何でも知っている〜のじゃ♪
 じゃじゃ〜〜〜ん♪♪♪」
 楽しげに歌いながら、ヨダが懐から出したのは、赤いリボンに金の鈴で飾られたリースだった。
 「リース?」
 「ただのリースではないのじゃ!
 これはヤドリギで作った特別性のリースなのじゃ!」
 不思議そうに聞いてくるリナリーに、ヨダは指を一本たてて得意げにふった。
 「ヤドリギには色々と伝承というか、言い伝えがあってな。
 まあ、一番ベターなのはヤドリギの下にいる女の子にはチュウして良いとか、かの?」
 「つー事は、これを頭に乗っけて、アレンにチュウされて来いって事さ?」
 「え!!」
 「アレン?モヤシじゃないのか?・・・あだ名かの?
 ま、まあ、別にどっちでも良いのじゃ♪
 それでも構わんが、それだけじゃプレゼントにならんじゃろ?」
 ラビの言葉に再び顔を真っ赤にするリナリーの頭に、ヨダはヤドリギのリースを乗っける。
 「このヤドリギのリースにはとても不思議な言い伝えがあってな。
 イブの夜にこのリースを想い人の頭に乗っけて、チュウすると・・・
 チュウされた人は次のイブまで、あらゆる災厄・不幸から守られ、幸せになれると言われているのじゃあ♪」
 「おまけに借金の負担も減り、迷子癖も治るかも知れないという・・・
 スペシャルなリースでございます!」
 「きゃあ!?」
 またしてもヨダの背後から突如としてニュッ、と現れたラタにリナリーが驚きの叫びをあげる。
 「あ、この姿では、はじめましてですね。リナリー様。
 わたくし、角なしトナカイのラタデと申します。
 どうぞ、お気軽にラタとお呼びくださいね」
 穏やかに微笑みながら一礼すると、ラタはヨダの方へと振り向いた。
 「ヨダ様!モヤシ様のスタンバイできました!」
 「うむ!ご苦労だったのじゃ!
 よっし、リナリーもう準備万端なのじゃ!
 気がかりだったプレゼントの問題も無事に解決済み!何も問題はない!」
 「ええ!もうお二人の再会を邪魔するものなどございません!
 後はこの扉を開いて、祝福の光を放つ愛・ロードを一直線に駆けるのみ!」
 「外の気温は調整済みじゃ!
 その上着は脱ぎ去ってありのままの自分でアタックするのじゃ!
 今夜のドキドキを全て、プレゼントしてくるのじゃ!」
 「そして愛と感動の再開を!!!誓いの口付けを!!!さあ!!!」
 「・・・アレン君っ」
 ヨダにラビから借りた上着を剥ぎ取られたと思ったら、リナリーの目の前で扉が開いていく。
 前を確認する暇も無くラタに背中を押され・・・リナリーはそのまま勢いで飛び出して行った。
 その後姿はあたかも、バージンロードを行く花嫁の様相であった。
 このまま、プレゼントと言う名の誓いの口付けをしてゴールインしそうな感じの・・・
 「・・・って!ちょ、リナリー!?」
 「あの馬鹿!何のせられてやがる!」
 怒涛の展開に言葉を挟めなかったラビと神田が、慌ててその背を追いかける。
 濃い霧が立ち込めている外の空気は、真冬だと言うのに、すごし易い暖かさに包まれていた。
 甲板に足を踏み出し、リナリーの姿を探すと、大きなマストに向かっているようだった。
 そのマストには何故か頭に大きなタンコブをこしらえ、ロープで倒れないようにマストへグルグル巻きにされたアレンの姿が・・・
 「・・・あれ、」
 「はい!船内をフォローの仕様がない程に迷っておられたので!
 手っ取り早く行かせてもらいました!」
 半眼でラビが呟くと、ラタがピコハン片手に元気良く答える。
 「なお、ヨダ様を愚弄したあの不逞の輩は簀巻きにして船の先端から海面ギリギリの位置で吊るしておきました!
 今頃、真冬の冷たい波しぶきに当てられ、深く反省をしている頃でしょう!」
 「・・・ま、まあ!人死が出てないから良しとするのじゃ!」
 「良しじゃねぇだろうが!どけ!」
 アレンに巻かれたロープを解いているリナリーを見つつ、神田がイライラと駆け出そうとすると、
 「いけません!」
 スパーン!、とラタの足払いが見事に決まり、神田はずっこける。
 「っ!何しやが」
 「邪魔しちゃダメなのじゃ〜、ユウちゃん♪」
 プシュー、と顔にスプレーをかけられ、神田はバタリ、と深い眠りについた。
 「ユウちゃん!?」
 「心配するな〜なのじゃ、ラビ!ただの眠り薬なのじゃ!」
 手の平サイズのスプレーを手でもてあそびながら、ヨダはしたり顔で続ける。
 「古今東西、妹のラブシーンほど、兄が見ていて居た堪れないモノはないのじゃ」
 「ラビ様も眠っておきますか?」
 「ラビはダメなのじゃ!
 だってブックマンなのじゃろ?記録するのがお仕事なのじゃ!」
 「え、なんで知ってんさ。オレ言ったっけ?」
 「フォ〜フォフォフォ♪
 サンタさんに知らない事はないのじゃあ〜♪」
 目を丸くして聞いてくるラビにそう答えを返すと、ヨダはクルクルとその場を楽しげに回る。
 どうにも腑に落ちない気持ちでその姿を眺めながら、ラビは口を開いた。
 「てかさ、さっき言ってた言い伝えってマジ?
 オレ、職業柄そういうのも結構詳しいはずだけど、そんなの初めて聞いたさ」
 「そりゃ、たった今作った言い伝えじゃからな♪」
 「はい!出来たてホヤホヤでございます♪」
 ニッコリと微笑みながら言い切る二人に、ラビが半眼を向ける。
 「あのなあ・・・」
 「何!言い伝えなぞ作ってなんぼ!
 これから、うちとラタが責任を持って広めるから何ら問題はないのじゃv
 「はい!なので、決して嘘ではございません!」
 「うむ!その為にはまず、モヤシに幸せになって貰わねばならんからな!
 さぁ〜て!リナリーの頑張りを見学するのじゃ♪」
 何処までも面白そうに笑いながら、ヨダは明るく言い切った。


 「アレン君!アレン君!大丈夫!」
 何故か大きなタンコブをこしらえ、気を失っていたアレンをリナリーは必死に介抱していた。
 ロープを解き、胸に抱きかかえ、軽く頬を叩きながら呼びかけると、銀灰の瞳が薄く開く。
 「・・・っ、リナリ?」
 「アレン君!よかっ」
 「リナリーっ!!!」
 言葉を言い切る前に強く抱きしめられ、リナリーは息をのむ。
 「よかった・・・!!
 どこ探しても見つからなかったから、また、変なとこに連れていかれたのかとっ」
 そこで一度、言葉を切ると、アレンはリナリーを抱きしめる腕を離した。
 顔色はまだ少し悪かったが、安堵に染まる瞳でリナリーを真っ直ぐに見つめる。
 「怪我はしてませんか?
 すみません、僕が一緒だから大丈夫だって言ったくせに・・・」
 悔しげに唇を噛み締めて呟くアレンに、リナリーは慌てて首を横に振った。
 「違うよ!あれは・・・私がしっかりしてなかったからで・・・
 それにっ・・・今回の事だって全部悪いのは私だし・・・」
 「え?」
 「・・・今回の事ね。私が曖昧なお願いしちゃったから悪いの。
 ほら、昨日の夜にアレン君と会った時に女の子を見なかったかって聞いたでしょ」
 その時に、何が何でも探し出して誤解を解くべきだったのだ。
 そうしたらせっかくのイブの夜に、こんなトンチンカンな事に巻き込まれなかっただろう。
 「その子にね、アレン君が何か喜んでくれる事をして欲しいなってお願いしたんだけど。
 なんか・・・盛大な勘違いをされちゃって・・・」
 「はあ・・・?勘違いって何を?」
 「・・・ニャンニャン」
 「はい!?」
 目を丸くして素っ頓狂な声を上げるアレンに、リナリーは微かに頬を染めて苦笑いを浮かべる。
 さすがにその一連の流れを、アレンに正直に話すのはかなり恥ずかしい。
 「ううん、気にしないで?
 ・・・私ね、アレン君にその・・・謝らなきゃいけない事があるの」
 「リナリーが僕に、ですか?」
 「うん・・・約束してたマフラーね、あれ、出来なかったの!!
 ごめんなさい!!!!!」
 ガバッと勢いよく頭を下げて、リナリーはアレンの反応を待つ。
 すると、
 「・・・へ、それだけですか」
 何とも拍子抜けしたようなアレンの声が耳に届く。
 「・・・それだけって!だって、約束したのに!」
 必死になって詰め寄ってくるリナリーに、アレンは優しく笑いかけた。
 「一生懸命がんばってくれたんですよね」
 「え、う、うん!当たり前だよ!」
 「じゃあ、それで良いです。
 ってか、元からリナリーが謝る事じゃないですよ」
 ポン、と頭に手を置かれながら言われ、リナリーは思わず目を伏せる。
 アレンの自分とは違う大きな手のぬくもりが、とても心地よかった。
 「それで、あの、リナリー?」
 「うん、なぁに?」
 「この、頭にのっけてるリース、どうしたんですか?」
 ほんわりと笑みを浮かべながら瞳を閉じるリナリーに、頬を染めつつ、アレンはそう聞いた。
 まるで花冠のように飾られたリースは、今、着ている春の花を思わせるドレスともあいまって、とてもよく似合っていた。
 何だか、更に頬に熱が集まるような気がして、アレンは不自然にならないようにリナリーから視線を外す。
 すると・・・ポスン、と軽い何かが、頭の上にのせられた。
 「あの・・・?」
 カサリ、とした見た目よりも硬い触感のリースに手をやりながら、アレンは首を傾げた。
 反射的に頭の上から取ろうとした、その手に静止の声がかかる。
 「とっちゃダメ」
 「はい!」
 リナリーの真剣な声音に、アレンは思わず正座をして姿勢を正した。
 そろそろと表情を伺うと、自分よりもずっと頬を真っ赤に染めたリナリーが真っ直ぐに視線を向けている。
 少し潤んだ綺麗な漆黒の瞳に思わず見惚れていると、唇に柔らかい熱が触れて、ゆっくりと離れていった。
 「少し早いけど・・・お誕生日おめでとうアレン君・・・」
 「・・・・・・ぅえっ!?い、いまっ、」
 あわあわとうろたえながら目を白黒させるアレンに、リナリーは首まで真っ赤にしながら懸命に口を開く。
 「あ、あのね!マフラーの代わりのプレゼント、用意できなくて!
 それでっ、その・・・あの女の子がね、このヤドリギのリースをくれて、それで!!」
 一気にそこまで捲し立てると、リナリーはスウ、と一度、深呼吸をした。
 心を落ち着けて、ギュッと、ドレスの裾を掴みながら前を向く。
 「このリースね、特別性のヤドリギのリースなんだって。
 イブの夜に、大好きな人の頭にのっけてキスするとね。
 キスされた人は次のイブまで幸せになれるって言われてるらしくて」
 「え、あ、」
 「あ!それから、えっと!!
 おまけに借金の負担とか迷子癖も治るかも知れないんだって!!」
 良かったね、アレン君!、ともう湯気が出そうなほど真っ赤になりながら、リナリーは話し続ける。
 それを阻止するように、アレンはリナリーの頭にもう一度、手を置いた。
 「落ち着いて、リナリー」
 「・・・ご、ごめん、イヤだったよね?こんなプレゼント・・・」
 「まさか!ただちょっと・・・だいぶビックリはしましたけど」
 「ほんとっ・・・て、アレン君?」
 はっきりと否定の言葉をもらい、リナリーが安堵の溜め息を吐いていると、リースが再びアレンの手によって頭の上に戻ってきた。
 目の前には機嫌よく瞳を細めるアレンがいる。
 「うん、やっぱりリナリーの方が良く似合ってます♪」
 「あ、ありがとう?」
 「で、大好きな人の頭にのっけてキスするんですよね?」
 「へ?」
 疑問を口にする前に、唇を塞がれて、リナリーは驚きで目を見開いた。
 間近で輝く銀灰の瞳に射抜かれ、リナリーの胸をきゅうと苦しめる。
 けれども、その痛みさえ何処か心地よく、そっと瞼を閉じた。
 唇から熱が離れたと思ったら、そのまま抱きしめられる。
 「僕だってリナリーに幸せになって貰いたいですから」
 耳の直ぐそばで囁かれ、リナリーは驚いてアレンの表情を何とか見ようと視線を動かした。
 肩の上にあった横顔の、その光によって色を変えるような神秘的な銀灰の瞳は真剣で、そして揺るがない意思を秘めている。
 「僕だけが幸せになったって何の意味もないんです。
 リナリーが一緒じゃなきゃ絶対に嫌ですし、そんな幸せ認めませんし、いりません」
 なんの迷いもなく告げられたアレンの言葉は確固たる自分の意思を持っている。
 その姿に自分は幾度となく惹かれるのだ。
 ドクンドクン、と早鐘を打つ鼓動を聞きながら、リナリーはふんわりとした笑みを浮かべた。
 「アレン君に愛される女の子は、幸せだね」
 「そう、思います?」
 「うん!」
 嬉しげに弾む優しい声音を聞きながら、アレンはリナリーの柔らかい髪に頬を寄せる。
 甘い花のような匂いに包まれながら、アレンは少し考えて開きかけた口を閉じた。
 『だったらリナリーは今、幸せですか?』
 今、此処でそう言ってしまうのは早いだろう。
 もう少し、そう・・・この想いをちゃんと受け止めて貰えると確信が持てるまではまだ・・・
 そっと、リナリーの髪に唇を触れさせながら、アレンは口端に笑みを浮かべた。
 「ちょっと、アレン君、くすぐったいっ、」
 「うーん、すみません、もうちょっとこのまま」
 「ええっ」
 ゴロゴロと肩や首に懐いてくるアレンに、リナリーがくすぐったそうに身を捩る。
 その姿が可愛くて、アレンは更にリナリーを強く抱きしめた。
 淡く染まった頬に目が止まり、口付けようと唇を寄せた瞬間・・・
 ――ゴッッッッッ!!!!!
 と盛大な衝撃音が辺りに響き渡る。
 「――調子づいてんじゃねぇぞゴラ!!!」
 「アレン君!!」
 渾身の力で投げられたティムキャンピーに後頭部を激突され、悲鳴も上げられずに昏倒したアレンを、神田は無慈悲に蹴っ飛ばした。
 ゲフ、っとその衝撃でアレンが血反吐を吐きつつ、同じく目を回したティムキャンピーと共に転がっていく。
 「神田!アレン君になんてことするの!」
 「うるせぇ!!てめぇ、そこ座れ!」
 立ち上がって抗議してくるリナリーを一喝し、正座させ、神田もドカッとその場に胡坐をかいた。
 「いいか!よく聞け!そしていい加減目を覚ませ!
 誕生日に薔薇を100本持ってきたり、ひざまづいてキスしたり、水溜り渡るのに自分の上着を脱いでその上、歩かせる野郎なんてこの世にはいねぇんだ!」
 一瞬、このモヤシならやるかも知れない、と思ったが、神田は考えない事にした。
 「だいたいな!結婚って言うのは女の人生にとって一番重要な事なんだぞ!
 それをお前は馬鹿みたいに昔の絵本を鵜呑みにしたまま育ちやがって!
 相手を選ぶなら、まず、安定した収入があってだなっ」
 くどくどとリナリーに説教をする神田の後方で、アレンを介抱しつつ、ラビは苦笑を零した。
 「はは、ユウちゃん、頑固親父みてぇさ」
 「と、言うか、思ったより回復が早くてビックリしたのじゃ」
 「ええ、わたくしが昔の経験をフルに生かして作った秘伝の眠り薬でしたのに・・・
 心の臓が弱い方なら、二度と目覚めない程に強力なはず・・・」
 悔しげに言うラタの瞳は獲物を仕留めそこなった獣によく似ていた。
 ラビは思わずヨダに視線をやるが、ヨダはただ笑いながら、
 「なに、さっきもいったが人死が出てないから良いのじゃ!」
 そう明るく言い切った。
 そして、トテテ、と軽い足取りで神田とリナリーに近づいていく。
 「ユウちゃん、そんなに怒るな〜なのじゃ♪」
 「てめぇはもう俺の名前を呼ぶな!」
 「だから、そうカッカするでないのじゃ♪
 ほれ、これを貸してやるからご機嫌を直して欲しいのじゃ♪」
 「あ?」
 楽しげに首に巻かれたそれに、神田は疑問符を浮かべる。
 それは・・・
 ボッロボロの穴だらけで解れまくった毛玉いっぱいの・・・
 「なんだ、この残念マフラー」
 「あ〜〜〜〜!!!!!」
 残念マフラーを認識した途端、リナリーが指を差して大声で叫ぶ。
 「どうしてあるのそれ!?燃やしたはずなのに!!?」
 「フォ〜フォフォフォ♪
 サンタさんに不可能はないのじゃあ♪」
 「・・・っどういう意味ですか、それ!!!」
 「ぅお!復活はえぇな!アレン!!」
 驚くラビを無視し、アレンは足取り荒く、リナリーの方へと歩を進める。
 「リナリー、さっき出来なかったって言いましたよね?」
 「うっ・・・
 で、出来なかった・・・よ」
 「じゃあ、神田が今、巻いてるヤツ何なんですか」
 むっつりと神田を睨みながら言うアレンに、リナリーはシオシオと項垂れる。
 何も言えないリナリーに変わり、ヨダがアレンに話しかけた。
 「これをやったらお前に嫌われると思ったのじゃ、リナリーは」
 「はあっ!?」
 「ほら、見たまんま残念な出来じゃろ?
 情けなくなって、燃やして証拠隠滅をしようとしたのじゃな」
 「リナリー、それ本当?」
 アレンにしては珍しい低い声で問われたが、リナリーはビクッと小さく震えただけで、答えない。
 それを肯定ととったアレンは、改めて神田に向き直り睨みつける。
 「返してください、それ、僕のですから」
 「はっ!貰ってねぇなら、てめぇのモンじゃねぇだろうが」
 「煩いですよ、このパッツンが!
 良いから返して下さい、リナリーのマフラーが蕎麦臭くなったら困ります」
 「誰がやるか、モヤシ臭くなんだろうが」
 そんな言い争う二人の上をスイーっと、アレンと同じく復活したティムキャンピーが飛んでいく。
 ヤドリギのリースを頭に乗せたままのリナリーに、嬉しげに近寄って、リナリーの唇にチュウv と丸い身体全体で擦り寄った。
 「ティム?」
 「vvv
 「おお、ティムもリナリーが大好きなのじゃな♪」
 ヨダに言われ、ティムキャンピーは照れたように羽で顔を隠した。
 「なに、照れるな、照れるな♪
 うちはこう見えてもモアイ像同士の式も見事に成功させた経験があるのじゃ♪
 見事、ゴールインしたなら立派な式を計画&実行してやるぞ♪
 のう!ラタ!」
 「はい!例え相手が無機物だろうが有機物だろうが、なんら問題はありません!
 そこに愛がある限り!」
 「のじゃ!
 うちの仲人精神に差別と言う無粋な文字は存在しておらん!
 その先が例え世間的に茨の道だったとしても、全力で押すのじゃあvvv
 「はい!ティムキャンピー様、ファイト!
 障害なぞ越えてなんぼ!
 飼い主も幼馴染も後、なんか赤いのなんて敵ではございません!」
 「てめぇらちょっと目ぇ離した隙に何処まで飛躍してやがる!」
 「ティム!お前も何のせられてやる気満々になってんだ!
 絶対にダメだからな!」
 瞳をキラッキラさせて力説するヨダとラタに、何やら闘志を燃やしているティムキャンピーを神田とアレンが怒鳴りつける。
 そのまま、ギャアギャアと言い合う後ろをコソコソと気配を消して歩き、ラビがリナリーの隣に立った。
 「まったく、騒がしいさね♪」
 「ラビ・・・」
 「んな、辛気臭い顔すんなって!
 アレンはそんな事くらいでお前を嫌いになったりするような奴じゃないさ」
 「でも、アレン君・・・怒ってる」
 「ありゃ、怒ってると言うより拗ねてんさね。
 あのマフラー、ちゃんとあげれば一気にご機嫌さ♪」
 落ち込むリナリーの頭を撫でてあげようとして、ラビはヤドリギのリースがのったままなのに気づく。
 そうして、悪戯っ子の笑みをニヤリ、と口元に浮かべた。
 「ま、アレンが本当に嫌いだ〜とか言って、リナリー泣かしたらオレが許さんけどね♪」
 「ラビ・・・ひゃ!」
 おどけた口調で言われ、リナリーが顔をラビに向けた瞬間、頬に手を置かれビックリして瞼を閉じた。
 その瞼の上にふわりと軽く口付けられる。
 「メリークリスマス、リナリー♪
 次の年のイブまで、お前が幸せでありますように、おにーさんからプレゼントさね♪」
 おどけた口調で言われ、リナリーが思わず小さな笑みを零す。
 「もう・・・ラビったら。
 私じゃなくてアレン君にしなきゃ、プレゼントにならないんだよ?」
 「いや、それは無理っオブボァ!!?」
 「てめぇも目ぇ離した隙に何やってやがる!あぁ!!」
 脳天に見事な踵落としをくらい、ラビがたまらずその場に蹲る。
 神田に反論しようと顔を上げた先には、魔王のオーラを出すアレンが仁王立ちしていた。
 「ラビ、短い付き合いでしたね」
 「はい!?ちょ、アレンさん!!?」
 「死んでください」
 「イヤアアアアアア!!!!!」
 【神の道化】を不気味に光らせつつ、アレンが絶対零度の笑みでラビを追いかけまわす。
 苛々と腕を組みつつそれを眺める神田のズボンが、くいくいと引っ張られた。
 いやな予感がしつつも無視できず、神田はギッと睨みつける。
 「・・・なんだよ」
 「せっかくだから、ユウちゃんもしとくのじゃ♪」
 「何を」
 「リナリーに幸せのチュウv
 胸の前で両手を組んで満面の笑みを向けるヨダに、神田は絶句して固まった。
 「なんじゃ、ユウちゃんはリナリーに幸せになってもらいたくないのか?」
 「・・・っな、そういう訳じゃ、っ・・・!!
 っつーか!!誰がんなことするか!エロ兎じゃあるまいし!」
 「まったく、せっかくの言い伝えなのじゃぞ?
 だいたいチュウの何処がエロイんじゃ?」
 純粋な瞳で問い返され、さしもの神田も言葉に詰まる。
 そんな神田の背をグイグイと今度はラタが押した。
 「さあさあ、神田様!
 大切な妹様の為です!恥ずかしがらずにチュウを!さあ!」
 「ってめ、何しやがる!」
 女の細腕とは信じられない怪力で背を押され、神田は必死に足を踏ん張って抵抗する。
 神田のあまりの嫌がりように、リナリーが何処か拗ねたように呟いた。
 「・・・なんだよ、神田は私に幸せになって欲しくないんだ」
 「っだから!そうは言ってねぇだろうが!」
 「ラビだってしてくれたのに・・・」
 ムスッとした口調で言い切ると、不意に黒い影がリナリーの視界を覆った。
 驚いて瞬きをした瞬間、頬に軽く触れて離れていく熱・・・
 「これで気ぃすんだか!!」
 目の前で神田に鬼の形相で凄まれ、リナリーは無言で首を縦に振る。
 途端、後ろで明るい拍手と歓声が響き渡った。
 「おお!まさか本当にやるとは!」
 「はい!硬そうに見えて実はデレ!
 これが俗に言う“ツンデレ”と言う人種なのですね!」
 「うむ!勉強になるのじゃ!な、ラタ♪」
 「はい!ヨダ様♪」
 「て め ぇ ら !!!」
 腹の奥から絞り出すような怒声を上げる神田に、別の方向から殺気だった怒声が上がる。
 「神田ぁあああぁああ!!!!!
 あんった、リナリーに何てコトすんですか!!!!!」
 「そうさ!オレには踵落とし喰らわせた癖に!」
 「っるっせえ!黙れ!」
 「あばがっっっ!!!?」
 物凄い勢いで駆け戻ってきたラビに、神田は華麗な回し蹴りを決める。
 まるで小石の様に吹っ飛んできたラビを、後ろを追ってきていたアレンは難なくかわした。
 結果、ラビは甲板に置かれていた樽に抱きとめられ、辺りに騒音を響かせる。
 その騒音の中から、カチッと言う、何かのスイッチ音が聞こえた。
 妙に響き渡ったその音に、アレンが小首を傾げる。
 「え?なんですか、今の音?」
 「ああ、えーっと・・・
 あの辺りにも確かラブvトラップを仕掛けておったな。確か・・・」
 「はい、ヨダ様!
 あそこに仕掛けたのは、この船の爆破スイッチでございます!」
 「おお!そうじゃったな!
 やはり船モノのラストと言えば、沈没なのじゃ!」
 「何やらかしてんだ!てめぇらああああああ!!!!!!」
 暢気に言い合う二人に、神田の怒りに満ちた声が響き渡る。
 「そんなに心配するな〜なのじゃ!ユウちゃん!
 ラタの爆破解体の腕は超一流なのじゃ!
 こんなボロ船ぐらい、塵も残さず一瞬で消滅できるのじゃ♪」
 「はい!・・・はっ!ラタ様!
 これは巧くいけば、全裸ルートのフラグが立つのでは!?」
 「うーむ、どうじゃろうのう?
 似たような感じでヒロインと一緒に沈没した船にいた奴は、そのまま海の藻屑になったと言うし」
 「いい加減に全裸から離れろ!
 だいたい船が沈没したら全裸どころの騒ぎじゃねぇだろうが!」
 「何ですか、全裸って!?
 ってか、今さらですけど・・・君達、だれ???」
 神田と二人、リナリーを真ん中に庇うように立ったアレンが本当に今さらの疑問をぶつける。
 問われた二人は、ニッコリとよく似た表情で微笑んだ。
 「サンタさん、と」
 「トナカイでございます♪」
 「はい?」
 ポカン、と呟いて、疑問の眼差しを向けてくるアレンを無視し、ヨダはリナリーに話しかけた。
 「リナリー、さっきラビとユウちゃんにチュウされた時、ドキドキしたか?」
 「へ・・・?」
 こんな時に何を聞いてくるのか、と驚いたが、リナリーはフルフルと首を横に振った。
 びっくりしたけれども嬉しかったのは確かだ。
 でもドキドキはしていない。どちらかと言うと、とても安心できた気がするから・・・
 「んじゃ、そこのモヤシとチュウv した時はどうじゃった?」
 「はぅ!?」
 「ちょ・・・誰がモヤシですか!」
 顔を真っ赤にして目を泳がせるリナリーに、モヤシと呼ばれたアレンが反射的に噛み付いた。
 ヨダは不思議そうに首を傾げる。
 「じゃって、アレンはあだ名で本名はモヤシなのじゃろ?
 ユウちゃんから、そう聞いたのじゃ♪」
 「ああ、何度も言うが、こいつはモヤシ以外の何者でもねぇよ」
 「神田!あんたこんなちっちゃい子に何、嘘教えてんですか!」
 途端、ギャアギャアとまた言い争う二人を尻目にヨダは、悪戯っぽく笑いながらリナリーに言葉を投げかける。
 「モヤシとチュウした時、ドキドキしたんじゃろ?」
 「・・・あ、う」
 とうとう目を潤ませて黙り込むリナリーに、ヨダは優しく蒼の瞳を細めた。
 「それが答えなのじゃ!リナリー!
 その気持ち、ちゃーんと、大切に育てていくんじゃぞ!」
 「リナリー様!
 もし、モヤシ様が酒・博打・女遊び等に現を抜かす事があれば、遠慮なくまた相談に来て下さいね!
 そのような煩悩など、このラタが不埒な事を考える頭ごと粉砕してみせましょう!」
 「うむ!24時間、365日、いつでも受付OKなのじゃ♪」
 「はい!それでは皆様、今宵はこの辺で」
 「メリークリスマス♪ばいばい、なのじゃ♪」
 二人仲良く手を振られ、リナリーも反射的に手を振り替えした。
 瞬間・・・船はつんざくような閃光に包まれ、リナリーの意識はプツリ、と闇に落ちた。


 暗闇の中で急速な落下感を感じ、ラビは飛び上がるように瞳を開いた。
 まだ宙を浮かんでいるような感覚に冷や汗をかきながら、瞬きを繰り返す。
 ぼんわりと映る景色は見慣れた談話室だった。
 「・・・っあれ?」
 「あれ、じゃねぇよ。寝惚けてんな」
 「え、あ、ユウ・・・って、うぉ!アレン!」
 横から冷徹な声がして、振り向こうとラビが身体を動かすと、すぐ隣でアレンがぐっすりと眠り込んでいた。
 その逆側にアレンの肩に小さな頭を預けて眠るリナリーが見える。
 そして、その隣に神田の不機嫌そうな顔。
 一見、四人掛けのソファーに仲良く寝ているような図である。
 いったい誰がかけてくれたのか?
 四人にはそれぞれ毛布がかけられており、寒さは感じない。
 それどころか、暖炉の灯りに照らされながら、寄り添って寝ていた所為か何とも言えない暖かい空気が満ちている。
 咄嗟に動くのを止めたラビは、コソコソと音量を下げて神田に話しかけた。
 「あのさ、ユウちゃん」
 「・・・んだよ」
 「オレ・・・なんかすっげーリアルな夢見ちゃったんけど」
 「ハッ、てめぇは目ぇ開けたまんま夢見んのかよ」
 「だよなあ・・・」
 もしかしたら、夢かもしれないと口にしたのだが、真っ向から否定され、ラビは苦笑を浮かべた。
 「なんか、目の前に生き証人も転がってるし?
 やっぱ、夢じゃないか〜」
 ちょうど暖炉とソファーの間で昏倒しているリンクを見ながら、ラビは力なく呟いた。
 大きなタンコブの上には何故か、ティムキャンピーが乗っかっており、寝息を立てている。
 「つーか、さ。何なんだろうな。
 リナリーを除いて、オレら全員、後ろからピコハンの一撃で倒されて昏倒してる様って」
 「・・・あの女、今度会ったら絶対にしばく」
 簀巻き状態のまま、うつ伏せで倒れピクリとも動かないリンクから視線を外し、ラビは小さく息を吐いた。
 「オレは何か更に自信なくしそーだから、パスするさね」
 ひらひらと手を振りながら言い、ラビは、頭に例のヤドリギのリースを乗せたままのリナリーを見る。
 「それよりさ」
 「あ?」
 「やっぱ、ユウちゃんでもリナリーが嫁いじゃったら寂しいんさ?」
 「はあ?」
 何を聞いてくるんだ、と訝しげな声を出す神田に、ラビは優しく瞳を細めながら告げる。
 「オレはさ、やっぱ寂しいけど・・・
 それ以上に幸せそうなリナリーを見るの結構好きなんだよね。
 きっと何だかんだ言って心からおめでとーって言えると思うんさ」
 「・・・・・・」
 「ま、オレはブックマンだし?
 その時にオレがいるかどうかは、わかんないけどさ」
 「馬鹿か、お前」
 困ったように笑いながら話すラビに、神田は心底呆れきった口調で返した。
 「てめぇが何処で何してようが関係ねぇ。
 こいつが来て欲しいって言えば、何処に居ようがコムイの奴に首根っこ引っ掴まれて連れて来られんぜ」
 「はは、それってさ。
 きっとユウもコムイと一緒になって来そうさね・・・
 うっわ、ちょ・・・オレ、ぜってーに逃げ場ねぇさ、それ」
 確実に来そうな己の未来予想図にラビが遠い目をしていると、不機嫌そうに神田が舌打ちをした。
 「つーか、この馬鹿の面倒を一生看てくれる奴なんか、そうそう居ねぇよ」
 「う〜ん、オレは案外と近くにいるんじゃないかって思うんけど?」
 悪戯っぽく言うラビに、神田の目が剣呑に輝く。
 その視線がラビではなく、健やかな眠りについたままのアレンに向けられていて・・・
 ラビは内心で爆笑しつつも、表情には決して出せないで続けた。
 「ま、手ぇ出しといて途中でやっぱ手掛かるからって放り出したらただじゃおかんけどね♪」
 おどけた口調に針を含ませながら言い、ラビは神田にリナリーの頭からリースを取ってほしいと頼んだ。
 神田から無言で手渡されたヤドリギのリースを、アレンに被せてから、ラビは満足そうに笑う。
 「うっし!これで準備おーけー♪」
 「今度は何する気だよ」
 「せっかくだから、このヤドリギの言い伝えを借りようかなってさ♪
 一日アレンに乗っけといて、皆から祝福のキスの誕生日プレゼント♪」
 アレン好きーな姉さん達が喜ぶさねv、と楽しそうに話しながら、ラビは明るくなりつつある窓の外を眺める。
 「ほら!ちょうどよくもう朝になるしさ♪
 パーティの準備もジェリー姐さんにお願いしてっから、アレンが食堂入った瞬間にサプライズ開始さね♪」
 「てめぇはホント祭り好きだな」
 「楽しい事はどんな事でも大歓迎v
 むっつりと神田に言われ、ラビは愛嬌たっぷりに返した。
 寄り添い、仲良く手を繋いで眠る可愛い妹分と弟分の幸せそうな寝顔を眺めながら、神田に話しかける。
 「そういえばさ、ユウ?」
 「・・・今度はなんだよ」
 「いや、さっき聞きそびれたな〜ってさ。
 もし、リナリーが泣かされたら、ユウはどうすんのかなあって」
 やっぱ問答無用でから竹割り?、と聞いてくるラビに、神田はくっと口端を上げた。
 「それも良いが、あのデタラメコンビに任せてみるのも一興かもな」
 「デタラメって・・・あの子らに?」
 「ああ、てめぇは気ぃ失ってたから聞いてなかったか。
 不埒な事を考える頭ごと、粉砕してくれるんだとよ」
 「・・・そりゃあ、言葉通りの絵図らが浮かんで洒落にならん気がするんけど」
 「ハッ、そんくらい当たり前だろうが、モヤシなんざ潰れりゃ良いんだよ」
 物騒な声音で言い切った神田にラビは思わず乾いた笑みを浮かべる。
 ふと、アレンの首に巻かれた黄色の残念マフラーから星型のカードがあるのに気づき、そっと手に取った。
 裏に書かれていたのは、見慣れたクリスマスメッセージとアレンの誕生日を祝う言葉。
 最後に記されていた名前を、ラビは小さく呟く。
 「ヨダメとラタデ、ねえ・・・」
 ラビは考え込むように黙り込み、ややして・・・
 「なるほど、そういう意味さ」
 と、疲れたように肩を落として、そう零した。
 そんなラビを神田が怪訝そうに見詰める。
 「・・・おい」
 「うん、いや、なんつーかさ・・・
 オレら・・・もしかしたらサンタとトナカイに盛大に遊ばれただけなのかもなって」
 「どういう意味だ」
 「後で教えるさ。
 今、話したらユウちゃん絶対にぶちキレてアレンとリナリー起こすもん」
 だから、今は秘密、とラビは人差し指を口にやりながらニッコリと笑った。
 そうして、神田いわく、『デタラメコンビ』がもたらしたであろう、この温かな空気をもうしばらく堪能しようと、再び深く瞼を閉じる。
 なるほど、こういう穏やかな時間もクリスマスプレゼントと言うのかも知れない、と胸の内で呟きながら・・・・・・



Fin.

 

















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