† Trauma †





 今日も今日とて、膨大な資料を抱え、よろよろと廊下を歩いていたリーバー・ウェンハムは、談話室から漏れる明るい笑声に、ふと足を止めた。

 わずかに開いたドアの隙間から覗くと、中ではリナリーとアレンが、なにやら楽しそうに談笑している。
 ―――― 和むねぇ。
 殺伐とした黒の教団内で、日々忙殺される化学班に属する彼は、心底癒しを求めていたのだろう。
 無邪気な二人の姿に思わず笑みを浮かべ、見入っていた。
 ―――― 黒猫と白猫みたいだよなぁ。
 これからはキティちゃんと呼んであげよう、などと、意味不明の事を考えつつ、止めた足を再び踏み出そうとした途端、
 「なぁーにをにやけちゃってるのさぁ?」
 「しっ・・・室長?!」
 暗がりから湧いたとしか思えない様子で、彼の上司は現れた。
 「なになに?なに見てるの??」
 ぴょい、と、軟体動物のような動きでリーバーを避け、ドアの隙間からそっと中をうかがったコムイの動きが、一瞬で凍結する。
 「・・・室長、もうオトナなんですから、いい加減度量と言うものを示して・・・・・・」
 「アーレーンーくーぅぅぅんっ!!ちょっとこっちにいらっしゃあああああいぃっ!!」
 「・・・聞いてねぇよ、このヒト・・・」
 可哀想に、彼の白いキティちゃんは、邪悪な蛇に睨まれたようだった。


 「なんですか、コムイさん?」
 これから自分の身に起こるだろう不幸を予測することもできず、アレンは素直に談話室から出てきた。
 どころか、リナリーとの談笑の名残か、にこにこと無邪気に微笑んでいる。
 ――――・・・なんて可哀想な子だろう!!
 まぶしい笑顔を直視することができず、しかし、その場から立ち去ることもできないリーバーは、涙をこらえて状況を見守った。
 と、コムイが妙に力のこもった手で、アレンの両肩を掴む。
 「アレン君、キミ、また左手を損傷したね?!」
 「へ?!でもそれは、もう治療してもらって・・・」
 「無理しなくてもいいんだよっ!
 あんなに深い傷だったんだから、まだ痛いに決まっている!そうに違いない!そうだよね?!」
 「無理なんかしてませんっ!!もう大丈・・・」
 畳み掛けるコムイに、アレンは必死に反駁(はんばく)を試みるが、彼は全く聞いてくれない。
 「キミの大事な武器なんだから!メンテナンスを怠っちゃぁいけないなぁ!ねぇ、そうだろう?!」
 「ああ言えばこう言う・・・・・・」
 リーバーの呟きを完全無視して、コムイはガッシ!と、有無を言わせぬ迫力でアレンの腕を掴んだ。
 「さぁ!!手術室へレッツゴー!!」
 「嫌あああああああああっ!!!」
 泣き叫びながら、アレンは必死で抵抗する。
 と、室外の騒ぎが気になったのか、リナリーが談話室から顔を出した。
 「コムイ兄さん、アレン君の傷、まだ治ってなかったの?私、お手伝いするわ」
 気遣わしげな声に、しかし、コムイは笑って首を振る。
 「今日は手伝ってくれなくていいから。そこにいなさい、リナリー」
 「でも・・・・・・」
 「そこにイナサイ」
 笑顔のまま、しかし、有無を言わせぬ迫力に、リナリーは無言で頷いた。
 こんな時の兄に、逆らってはいけないことは、十分学習している。
 「じゃあ・・・アレン君、ちゃんと治してもらってね」
 「やだっ!!見捨てないでっ!!助けて、リナリー!!」
 ずるずると腕を引かれて連行されるアレンは、これから起こる恐怖に震え、恥も外聞もなく泣き叫んだ。
 が、
 「おとなしくついて来ないと、全身麻酔して、他のトコまで改造しちゃうよ?」
 耳元に囁かれた不吉な言葉に、魂を抜かれたようにおとなしくなる。
 「いい子だねー。すーぐ修理してあげるからねー」
 言うや、コムイはアレンを軽々と小脇に抱え、スキップでも踏みそうな楽しげな足取りで手術室へと去っていった。
 「・・・っ無事に帰って来いよ、キティ・ホワイト!!」
 「・・・・・・それ、アレン君のこと?」
 未だコムイの高笑いが響き渡る廊下に立ったまま、リナリーは班長のセンスの悪さに眉をひそめた。


 消毒液の臭いがこもる、タイル張りの寒い部屋に、白い明かりが灯った。
 「アレン君、麻酔のレベルはどちらがお好み?」
 二種類の薬瓶を示しながら、コムイがニタリと笑う。
 「どちらって・・・二者択一なんですか?」
 「そう。もしかしたら醒めないかもしれない強烈な全身麻酔と、大して効果のない局部麻酔」
 「究極の選択じゃないですか!!」
 「じゃあ、ボクが選んであげよう」
 「なんで一つしかない自分の命をあなたに委ねなきゃいけないんですか!!」
 「それは運命だと思って、諦めて♪」
 「諦められませんっ!!」
 「どーちーらーにーしーよーぉーかーなー♪」
 「自分で選びますぅぅぅっ!!!」
 二つの薬瓶の上を移動するコムイの手を必死に押さえて、アレンは涙目で弱い麻酔を指し示した。
 「えー?こっちー??」
 思いっきり不満げに、コムイがアレンの示した薬瓶を手に取る。
 「あんまり効かないから、修理中は痛いと思うよ?」
 「それでも、寝ている間に改造されるよりはましです!」
 「痛いのが好きだなんて、変わった子だねぇ、キミは」
 「好きなんて言ってませんよっ!!」
 「じゃあ、遠慮なく全身麻酔を・・・」
 「・・・・・・痛くていいです。痛いの好きです、僕・・・・・・っ!!」
 凄まじく打ちひしがれた様子で、アレンは縋りつくようにして、強力麻酔へと手を伸ばすコムイを止めた。


 「はーい、じゃあ、麻酔が効いているかどうか確認するからねー♪」
 言いつつ、コムイは楽しげにピンセットでアレンの左手をつついた。
 「どう?まだ感覚ある?」
 「どうも何も・・・ほとんど効いてませんよ?」
 つい、正直に答えたアレンの顔が、『しまった』と強張る。
 「そうかい!だったら改めて強力麻酔・・・」
 「・・・っと思ったけど、段々効いてきましたよっ!!モウゼンゼン感覚ナイヤァッ!!」
 急き込んで言い募ると、コムイは残念そうに舌打ちした。
 ―――― ちぇって・・・ちぇって、今・・・・・・。
 どうしても、マッドサイエンティストの魔の手から逃れることのできない自分を心底哀れみながら、アレンは覚悟を決めた。
 「じゃあ、始めるよー♪Ready!」
 ぎゅ、と目をつぶり、左手を発動させる。
 「Go!!」
 「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 手術室内に、破壊的な機械音と少年の悲鳴が満ちた。


 ―――― それからしばらくののち。
 「はィ、修理完了―♪」
 とても満ち足りた様子で、コムイが工具・・・もとい、手術道具を置いた。
 彼の傍らでは、アレンが魂を抜かれたように手術台に突っ伏している。
 「・・・・・・コ・・・・・・コムイさん・・・・・・・・・・・・」
 死にそうに儚げな声が上がり、コムイは満面に笑みを浮かべた顔を、突っ伏したままの彼に寄せた。
 「なんだい、アレン君?」
 アレンの頬に描かれた、幾筋もの涙の跡に、また新たな筋が刻まれる。
 「なんでいっつも・・・僕に酷いことをするんですか・・・・・・?」
 嗚咽にまみれた声に、コムイはにこにこと笑みを深めた。
 「酷いかなー?」
 「酷いですよ!ヘブラスカのことといい、手の修理といい、そんなに僕をいぢめたいんですか?!」
 がばっ!と起き上がり、コムイの胸倉を掴んで迫るアレンに、しかし、コムイは飄々とした笑みを向ける。
 「ィヤだなぁ、いぢめだなんてー。そんな理由ぢゃあないよ」
 馬鹿なことを言っちゃいけない、と、笑みで諭す彼に、しかし、アレンはもう騙されなかった。
 「じゃあ、どんな理由ですかっ!」
 偽の笑顔なんかに騙されるもんか、と、更に問い詰める。
 と、コムイの目が、不気味に細まった。
 びく、と、手を離しそうになったアレンの怯えを鋭く見取った彼は、唇の両端を吊り上げ、悪魔のような笑みを浮かべる。
 「なぁに・・・・・・簡単な理由だよ」
 言いつつ、彼の胸倉を掴む手に触れると、アレンは熱い物に触れたかのように手を引いた。
 のみならず、数歩下がった彼に、コムイはきつく皺の寄った胸元を伸ばしながら歩み寄る。
 彼が歩を進めるごとに退いていく白猫を壁際に追い詰めると、コムイは長い腕を突き出し、逃げ道を塞いで、ほとんど真上からアレンを見下ろした。
 「―――― どーんなマセガキでも、最初に痛い目見せておけば、ボクの妹に手を出そうとは思わないよね?」
 「・・・・・・・・・っ!!」
 コムイのかもし出す圧迫感と威圧感に、アレンは声を出すこともできず、その場に凍りつく。
 と、彼は獲物を飽食した悪魔のような、満足げな笑みを浮かべた。
 「警告したからね?」
 あまりにも恐ろしい存在に、アレンは、ただ頷くしかなかった。


 「あぁ・・・俺の和み風景が奪われてしまった・・・・・・」
 談話室に入った途端、リーバーは、無念そうに眉を寄せた。
 彼の視線の先では、黒猫と白猫が、仲良く談笑している。
 が、その様は以前のように無邪気なものではなく、レディとジェントルマンの会話のような、親しくも一線を画したものだった。
 特に、アレンがリナリーに対して激しく遠慮しているらしく、その紳士ぶりは、パブリックスクールに集う少年達の模範となってもいいくらいだ。
 「さよなら、キティちゃん・・・っ!!」
 彼が、恨めしげに睨んだ先では、コムイが暢気そうに新聞をひろげていた。
 ―――― 二人を(特にアレンを)監視する、覗き穴を穿った新聞を。


Fin.

 











黒の教団内には、きっと、恐怖の紳士協定が結ばれているのです。
特に、若い男達は強制的に協定員に加えられるのですよ、室長の手によって(笑)
知らずに入ってきた雛鳥も、ようやく教団内に吹く風の冷たさを知った事でしょう(って、をい)
でも私は、白猫ちゃんが蛇に負けることなく、黒猫ちゃんに迫ることを期待していますv











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