† 愛情一発 †
初めてその少年を見た時―――― 彼の母性に火が点いた。 「さぁ、アレンちゃん!!なんでも好きなものをおっしゃい!アタシがアンタを、年相応の健康体にしてあげるからねぇぇっ!!」 特製の巨大中華鍋を振りかざして、教団の料理長は大きな拳を握った。 厨房の熱気以上に熱くたぎった『母性』という名の炎を背負った彼を見上げ、アレンは嬉しそうに頷く。 「じゃあ今日は・・・・・・」 と、軽く15品目のメニューを並べ立てたアレンを熟視し、ジェリーは大きく頷いた。 「オッケ!!覚えたわ!!」 アレンの注文は、彼にとって記憶力を酷使するものでもある。 集中しないことには、とても覚えきれるものではなかった。 「・・・けど、いつもこんなに食べさせているのに、アレンちゃんてば全然、顔色が良くならないわよねぇ・・・。 アタシの方がガタイいいくらいだわ」 と、中華鍋を前後に揺らしながら、彼が乙女のように切なく呟くと、じっと鍋の中身を見つめていたアレンも、不思議そうに首をかしげた。 「そうなんですよねぇ・・・。 まぁ、英国に着いたばかりの時は、路銀も少なかったから、好きなだけ食べられなかったってこともあるんですけど、ここに来てからはおいしい物をたくさん食べさせてもらってるのになぁ・・・・・・」 不思議だ、と、しみじみ呟く彼に、ジェリーが嬉しげに頬を染める。 「んまっ!おいしいなんて、さらりと嬉しいことを言ってくれるわねぇ、アレンちゃん! さぁさぁ、お待たせの天津丼大盛の出来上がりよ♪ つーぎつぎ作ってあげるから、席で食べてなさいねー!」 「はい、いただきます」 にこ、と、彼が差し出した丼を受け取るアレンに、ジェリーの母性は更に烈しく燃え上がった。 「んもーぅ!!アタシ、がんばるからぁー!!!」 辺りに迷惑なほどラブラブ光線を撒き散らしながら、愛の名を背負った料理長は、新たな食材を巨大鍋にぶち込んだ。 「オヤ、今日もすごい食欲だね、アレン君♪」 長テーブルを挟んだ向かいに、トレイを置いた人物の顔を見て、アレンがびくっと震えた。 「ジェリーが君にかかりきりになっちゃったから、今日もボクはサラダだよー・・・っ!!」 恨みがましくトレイを指し示すコムイから、アレンはおどおどと目を逸らす。 「す・・・すみません・・・・・・」 教団は、ジェリーの他にも多くの料理人を抱えているのだから、彼がアレンにかかりきりになったところで他のメンバーに料理が行き渡らない、などと言うことはないはずだが、コムイの嫌味を素直に受けて、アレンはそれ以上の被害を防ごうとした。 が、 「まったく、生野菜なんてー・・・!こんなもの、中国人が食べるもんじゃないよっ!!」 とか言いつつ、サラダボウルの中身は順調に減っている。 「・・・・・・いいんじゃないですか? コムイさん、コーヒーしか飲んでないっぽいし、野菜は必要でしょ?」 気弱ながらも、アレンがささやかな反撃に出ると、メガネの奥の目が、きらりと光った。 ―――― あ、寒気・・・。 ぶる、と、スプーンを持つ手が震える。 と、正面の顔が、ニタリと笑った。 「栄養といえばさぁ、さっき、ジェリーに『まだ顔色が良くならない』って言われてたよねぇ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・そうでしたっけ?」 必死にとぼけるアレンに、コムイの笑みが深まる。 「言ってたよぉ。 キミも、『おいしいものをたくさん食べてるのにぃー』って、言ってたじゃなーい」 「・・・・・・聞いていたんなら、わざわざ確認しなくったっていいじゃないですか・・・・・・」 思いっきり屈託のある声音に、コムイは笑声を漏らした。 「キミ、それが不思議だって言ってたけどさぁ、ボクに言わせれば、当然のことだよ」 「え?」 「だってキミ、生身にイノセンスを宿してるんだよ? どんなに摂取しても、エネルギー補給が追いつかないのは当然さぁ!」 愉快そうに笑声を上げるコムイを、アレンは感心したように見る。 「へぇ・・・。そんなものなんですか」 「へぇ、って、今まで変だと思わなかったかい? 左手が発動すると、アクマの攻撃にも耐えうる怪力と音速が発現するんだろう? 普通の人間の、何倍のエネルギーがいると思う?」 逆に不思議そうに問われて、アレンはうつむけた顔をやや赤らめた。 「そっか・・・」 そう言われてみれば、今まで気づかなかった方が不思議だった。 あれほどに、自身を『普通じゃない』と感じていたのに。 「そうそう!そこで!!キミにこれをあげよう!」 カンッ!と、硬い音を立てて、コムイがテーブル上に置いた瓶を、アレンはまじまじと見つめた。 「なんですか、これ?」 褐色の、掌の中に収まりそうな小さな瓶だ。 コルク栓のきわまで、たっぷりと液体が満たされている。 「見ての通り、毒じゃないよ」 ニコニコと、正面の男が笑う。 が、アレンは疑わしげに頬を引きつらせた。 確かに『毒』は、緑色の瓶に入れるものだと決まっている。 が、目の前の彼が、そんな法を遵守しているとは、とても思えなかった。 第一、『毒』ではないかもしれないが、阿片(アヘン)やコカインかも知れないじゃないか。 そんなことをぐるぐると考えていたアレンに、コムイは愉快そうな笑声を上げた。 「しーんぱいないってー。 これは、ボクが故郷(くに)で調合法を教わった漢方薬に、こっちで採れた薬草を調合したものなんだから! 肉体疲労時の栄養補給に!名づけて、『虎無医(コムイ)ハイパーD』!!」 「・・・って、思いっきり新薬じゃないですか、ソレ!!」 「そうとも言うね! けど、これを飲めば、君のエネルギー補給も万全かもしれない!」 「かも知れないって・・・かも知れないって、動物実験はやってないんですか、コムイさん!?」 「だから、今からやるのさ、アレン君!!キミで!!」 「イヤですよ!!自分でやってください!!」 と、まるでアレンがとても酷いことを言ったとばかりにショックを受けた表情を浮かべ、コムイは激しくテーブルを叩いた。 「そんなことして、ボクが死んだらリナリーはどうなる?!」 「僕が死ぬのはいいんですか?!」 負けじとテーブルを叩いたアレンの傍らで、積み重ねられた食器が高い音を立てる。 と、その衝撃で倒れた小瓶が、ころころとテーブルの端へと転がっていった。 ―――― 割れてしまえ! とっさに閃いた願いは、しかし、すばやく伸ばされた手にあっさりと砕かれた。 「さぁさぁさぁさぁ!!私の薬が飲めないかー?!」 きゅぽん、と、かわいらしい音を立ててコルクを弾くと、コムイは、怪しい煙を上げる瓶の口をアレンに突きつける。 「ィヤダ―――――――!!!」 泣き叫んで逃げようとする襟首を、長い手が捉え、引き戻した。 「はィ、口あけてー」 「ふむ―――――――っ!!!」 口だけでなく、目まで堅く閉じたアレンの鼻を、コムイは情け容赦なくつまむ。 「いつまでもつかな〜?」 顔を真っ赤にして、極限まで耐えたアレンだったが、遠からず限界に至った。 「ぷはっ!!」 口を開いた途端、薬液を流し込まれて、アレンが声にならない悲鳴を上げる。 「科学班、集合!」 途端、片手を上げての号令に、硬直したまま事態を見守っていた科学班のメンバー達が、恐々と集まって来た。 「本日AM6時50分、被験者が薬液服用。 これから1週間、被験者のカルテ作成!症状を見逃さないように!以上!!」 言い放つや、アレンを放り出して、機嫌よく食堂を去った室長の背を見送った者達全員が、『悪魔』という形容詞を思い浮かべたことは言うまでもない。 ―――― 後日、被験者の協力の甲斐あって、『虎無医ハイパーD』の通信販売が開始されたかどうかは・・・誰も知らない。 Fin. |
![]() |
1作目に続いて、またもやコムイにいじめられるアレン・・・。 ・・・・・・言っておきますが、私は嫌いなキャラをいじめたりしません。 愛しているからこそ、いじめたくなるのですよ。(屈折してるな;;;) 逆に、悪魔と化しているコムイ室長にゴメンナサイです・・・;;;(なら最初からやるな) さて、当時(といっても、シャーロック・ホームズ情報ですが・・・)の英国では、アヘンもコカインも違法ではありませんでした。 ので、『毒ではない』発言はオッケェです(笑) 『緑の瓶=毒』と言うのは、以前、NHKで放送した、荒俣宏さん出演の『ハリー・ポッターの旅』という番組内で得た情報です。 ので、もしかしたら19世紀には違う色の瓶を使用していたかもしれませんねv ・・・ところで、ジェリーって料理長でいいですか・・・?(勘で役職決めるなよ;;) |