† アクマのツラノカワ †
「やぁ、リナリー」 教団本部の暗い廊下で、突然声をかけられたリナリーは、驚いて背後を振り返った。 「アレン・・・くん・・・・・・?」 思いっきり訝しげに問う彼女に、彼はにこにこと笑って歩み寄る。 「リナリー。キミにゼヒ、言っておきたいことがあって・・・」 「・・・・・・はぁ」 曖昧に頷きながら、リナリーは、はるか上から彼女を見下ろすアレンを見上げた。 「・・・なんだか・・・急に背が伸びてない?」 「実はボク・・・・・・」 と、彼が言いかけた時、 「見つけた―――――――!!!」 廊下中に絶叫が響き渡り、音速の勢いで光を帯びた巨大な爪が襲い掛かる。 が、リナリーの前に立ちふさがっていたアレンは、すんでのところで爪をかわし、光の速さで逃げ去っていった。 「くそっ!!逃げられた!!」 「ア・・・アレン君・・・?」 「リナリー!!何か、変なことされませんでしたか?!」 瞬く間に彼女の側に駆け寄ってきたもう一人のアレンが、急き込んで尋ねる。 「まだ何も・・・なんなの、あれ?」 「僕の偽者ですぅっ!!」 こめかみに青筋を立てて怒り狂うアレンに、リナリーは引きつった笑みを浮かべた。 「・・・・・・正体はたぶん、コムイ兄さんよ・・・・・・」 あの身長、あの口調・・・。 他人はともかく、妹である彼女は騙せない。 「お願いです、リナリー!偽者の捕獲を手伝ってください!! あの人、あちこちでセクハラとか破壊活動を行っているんです!!」 僕の顔で!と、アレンは悔しげに顔をゆがめた。 「わかったわ!捕まえて、お灸を据えてやらなきゃ!!」 「ありがとう!!」 同盟を結んだ二人は、すぐさま逃げた偽者の後を追って駆け出した。 「それにしても・・・マスクにしては、いやに精巧だったわね・・・」 どうやって作ったのかしら、と、リナリーは首をかしげた。 ―――― アレンの偽者事件から時を遡ること数週間。 「やっほートマ!そっちの調子はドゥー?」 彼が背にした通信機の、受話器からあふれ出した陽気な声に、マテールの地に滞在していたトマは、礼儀正しく頷いた。 「はい、コムイ室長。 神田殿は、既に傷も癒えたようで、退院の準備をされています。ウォーカー殿は・・・」 と、言葉を濁した彼に、遠くはなれた国の執務室で、コムイは呆れてしまった。 「なに?もしかして、まーだお人形さんの側にいるの?」 「はぁ・・・」 ララが自然に動きを止めるまで、アレンは、彼女の心臓に埋め込まれたイノセンスを奪おうとしない。 彼女が、既に冷たくなったグゾルの側で歌い続けるのをじっと、見守っているのだ。 「なんとゆーか・・・かわいい子だねぇ」 ホントにあの、クロス元帥の弟子か?と、甚だ疑わしげな呟きに、トマは慎ましく黙り込む。 「そんなにあのお人形さんが気に入っちゃったの、あの子?」 「いえ・・・!そのようなことではなく、ウォーカー殿はとてもお優しくて・・・!!」 と、必死に抗弁するトマに、遠く離れた国で、コムイは笑った。 「なんだか、面白い子だねぇ、アレン君は。 キミの忠誠心を、刺激するような子なんだ?」 この問いにも、トマは慎ましく黙り込む。 ここで『はい』と言えば、神田がファインダー達に嫌われているようで、気の毒だった。(事実だけに) 「それで、君の目から見てどうよ、あの子は?」 使えそうかい?との問いに、トマは冷静に状況を振り返った。 ・・・レベル2のアクマと対峙するのは、初めてだったのだろう。 目の前でファインダーを殺されて頭に血が上ったのか、相手の力を量る前に飛び込んで行った事は、軽率だったと言わざるを得ない。 ファインダーもエクソシストも、任務を全うすることが最優先である以上、冷静さ以上に冷淡さが求められることは否めないのだ。 だが、アクマを見極める目と、状況判断の素早さ、潜在能力、なにより、保護対象の頑なさを和らげたことは、評価に値すると思う。 そう言うと、回線の向こうで室長が、 「和らげたって、ナニ??」 と、首を傾げる気配がした。 「実は、保護対象は我々に確保されることを嫌がり、一度逃亡しまして・・・」 途端、向こうで爆笑が湧きあがる。 「逃亡?!イノセンスが逃亡!!うっわ、見たかったー!その時の、神田君の顔!!!」 これでもか、と爆笑するコムイに、トマは深々と吐息した。 「で?で?! 神田君から逃げたお人形さんを、どうやって手懐けたの、あの子?!」 ―――― 可愛いコ相手に戦えませんよ。 あの時の、アレンの言葉をそのまま伝えると、回線の向こうはしばし沈黙した。 「――――・・・っナンパじゃん!!しかも、さらっと『可愛いコ』って言った?!手馴れてるの?!」 あの時のトマと、全く同じ感想を述べる室長に、トマは無言で頷いた。 「んまぁ!!そーんな子だとは思ってなかったよ!!絶っっ対、リナリーには近づけないようにしなきゃ!!!」 可愛い顔しててもクロスの弟子だね!!と、回線の向こうでいきり立つ室長には、コメントを差し控える。 「けどさぁ、そーんなこと口走ったんじゃ、神田君、大激怒だったでしょ」 先程の怒りはどこへやら、ころりと口調を楽しげなものに変えたコムイに、トマはしばし黙り込んだ。 あの時、神田は意識不明の重態だったが、もしかしたら、聞こえてはいたのかもしれない。 『このコートは、怪我人の枕にするもんじゃねぇっ!!』と、怒鳴った時の、あの顔・・・。 あれはきっと、ウォーカー殿に簡単にほだされた人形への怒りも混じっていたに違いない、と、トマは見ている。 「ほほほー♪神田君、悔しかったんだー♪ きっと嫉妬だね!嫉妬だよ! 教団員だけじゃなく、無生物にまで人気者、の、アレン君に嫉妬してるね!!」 いかにも面白そうに断じて、コムイは楽しげな笑声を上げた。 「じゃ、ジェラシー・ストーム・カンダに換わってくれなーい?」 「神田殿、本部から連絡が入っております」 病室にて、トマから恭しく差し出された受話器を受け取った神田は、コムイのハイテンションな声に、元々良くはない目つきを更に吊り上げた。 「まったく、うらやましいよ!アレン君とコンビで南イタリアだなんて♪」 ―――― うらやましい? 「遠まわしな言い方はよせ」 何が言いたいんだ、と問うと、とうとう本音が吹き出した。 「うらやましいんだい、ちくしょーめ!!私だって、アレン君『で』遊びたいのに!!」 ――――・・・あいつ『で』遊びたいのかよ・・・。 よりによって、マッドサイエンティストに目をつけられたらしい新人に、不覚にも同情しそうになった。 「早く、あの子に帰ってくるように言っておくれー。キミは、そのまま次の任地に行っちゃっていいからさー」 ―――― その扱いの差はなんだ。 と、思わず口に出しそうになったが、辛うじてこらえる。 マッドサイエンティストの魔の手を逃れた幸運を、自ら潰してはいけない。 「で、どうだった、新人君は?」 無言になった神田をからかうように、コムイの声に笑みが混じる。 「全くあわねぇ」 そう言ってやると、彼は『君は誰とだって合わないじゃない』と、甚だ失礼な返答をされた。 「そぉゆうことじゃなくてさー、彼の戦闘能力とかを教えて欲しいんだよ、ボクわー」 わからない子でちゅねー、と、殊更からかうところがまた、憎たらしい。 「もうトマから聞いたろう」 冷たく言うと、『キミからも聞きたいんだ』と、回線の向こうで駄々をこねる。 神田はうるさげに眉をひそめると、皮肉な目で過去を振り返った。 「・・・貧弱な見た目の割には丈夫だな」 アクマに吹っ飛ばされても無事だった辺り、並みの頑丈さではない。 「だが、中身は見た目以上に脆弱」 情に脆い、と言えば聞こえはいいが、戦場で冷酷になれないことは、己の、ひいては部隊の死を意味する。 ―――― 今までよく、生き残ってこれたもんだ。 きっと奴は、普段が不運そうな分、『生き残る』ことに全ての運を使い切っているのだろう。 そう言うと、『日本人は迷信深いね』と、一蹴されてしまった。 「それとも、キミだけが迷信深いのかな?」 ムッとして黙り込むと、回線の向こうで、コムイが楽しげに笑う気配がする。 「もういいだろう、切るぞ」 冷たく言うと、『待って待って!!』と、やや慌てて遮られた。 「トマに伝えて! もしまだ残っているなら、アレン君に化けたアクマの皮を、持って帰って来ておくれって」 「皮?」 「そうそう。キミがバッサリ斬ろうとしたって言う、アレ。 いっくら自分よりかわいい子が入ったからって、問答無用でバッサリなんて、酷いなー♪ 新人いじめしちゃだめだよ、神田くぅーん♪」 「・・・言っとくけどな、俺はアクマだと思ったから斬ろうとしたんだ。ヤツを殺そうとしたわけじゃねぇっ!!」 言いつつ、鋭い眼光を向けると、トマが身を縮めている。 「うんうん。 無理に仲良くする必要はないけどさー、同士討ちはやめてね♪」 「だぁら!!やらねぇっつってんだろ!!」 斬るならむしろお前を斬りたい、とばかりに、口調が険をおびる。 「ふふふん♪ とにかく、頼んだよー♪今後のために、サンプルをとっておきたいからね」 嫌に喜々としたコムイの口調に、神田はぎゅ、と、眉根を寄せた。 「・・・何を企んでる?」 「ちょっと・・・ナニソレ―――?!ボクが悪巧みばかりしてるみたいないい方―――っっ!!! 「事実だろう」 「酷っ!!人を悪逆無道であるかのように!!」 さめざめと嘘泣きをするコムイに、最早突っ込む気力すらない。 「・・・一応、伝えはするが、まだ残っているかどうかは怪しいぜ?」 あの広い迷宮の、どの場所に放置されたかなんて、もう覚えてはいない。 人形の歌を道しるべにすれば、最期の場所へ戻ることは可能だろうが・・・そう言う神田に、トマが、控えめな視線を送る。 「なんだ?」 問うと、トマは懐から、そっと透明な瓶を差し出した。 「一部だけですが、保存しておきました」 見れば、アレンが躊躇なく引き裂いた面皮が、ホルマリン液の中で仮面のようにおさまっている。 「トマ!!エライ!!!」 受話器の向こうで大はしゃぎするコムイに、トマが慎ましやかに一礼した。 「ただし、損傷が激しい上に、アクマの本体が消滅した今では、そう長くは保ちそうにありません」 と言う、トマの報告に、 「おっけー!じゃ、それだけ先に送ってー!!」 と、嬉しげに言い、コムイは通信を切った。 「・・・・・・で? 本当はソレ、なんに使うつもりなんすか、室長?」 暗い声音と暗い顔色で問うリーバーを振り返り、コムイは輝くような笑みを浮かべた。 「決まっているじゃあないか、リーバー班長。 培養して、精巧なアレン君の被り物を作るんだよ!」 「・・・・・・何のために」 「もちろん!変装用さぁ!!」 リーバーは、変装した彼によって、教団員に不幸がもたらされるだろうことと、アレンの名誉がはなはだしく傷つけられるだろうことが容易に想像できて、キリキリと胃が痛んだ。 「室ちょ・・・頼みますから、もうこれ以上のご乱行は・・・・・・!」 「まぁまぁ、固いこと言ってないで、班長も一緒にやろうよー♪ 楽しい事をやれば、その胃痛も少しは緩和されるかもしれないよ?」 「この胃痛は誰のせいだと思ってるんすか――――っ!?」 コムイの部下になって以来、万年胃痛持ちになってしまい、最早リーバーの胃は、固形物を受け付けない。 飲料でのみ、栄養を摂取している彼に、コムイがコーラを差し出した。 「まぁまぁ、コレでも飲んで落ち着いて。ただし、コカインを摂取しすぎると身体に悪いから、程ほどにね!」 リーバーが、『いつかあんたのコーヒーに毒を入れてやる』と、固く決意したことは、今更言うまでもない。 ―――― そして数週間後、リーバーの案じた通り、アレンの名誉と肖像権が甚だしく侵害された挙句、多くの教団員が不幸になる事件がおきたのだった。 「どこに行った?!」 まるで、アクマに対するがごとく凄まじい形相で、アレンが本部内を駆け巡る。 彼について走りながら、リナリーは兄が招いた数々の不幸を、アレンから聞き出していた。 「僕が知っているだけでも、ジェリーや女性団員に対するセクハラ発言と、科学班の実験妨害、器物損壊、人身事故も!」 「人身?!」 「光速で逃げる対象にリーバー班長が轢かれて、意識不明の重体です!!」 「兄さんったら・・・!!」 こめかみに青筋を立て、リナリーも足を速める。 「アレン君、こっちよ!兄さんが行きそうなところ・・・!」 言いつつ、廊下の角を曲がった途端、 「きゃっ?!」 彼女は何かにぶつかって、弾かれた。 「危ない!!」 とっさにアレンが彼女の背を支え、何とか転倒は免れたが、ぶつかった対象とまともに目が合い、リナリーは悲鳴を喉に詰まらせ、硬直する。 「―――― ここにいたか、モヤシ!!」 普段より、当社比141%ほど機嫌と目つきの悪さが上昇した神田だった。 「ここであったが百年目・・・・・・」 地獄の底から湧きあがるような声で言うや、大上段に刀を構える。 「から竹割りにしてくれる!!」 「ま゛っ・・・!!待って!!ホント待って、神田!!落ち着いて!!」 「それが人を轢いて踏み倒していったヤツの言うことか!!素直に謝れ!!」 廊下が暗いため気づかなかったが、よく見れば、神田は頭部から大出血していた。 「うぁぁぁぁ―――!!人身二件目!!」 「待って!落ち着きなさい、神田!加害者はアレン君じゃないわ!!」 勇敢にも、リナリーが間に入るが、 「こんな呪われたヤツが二人といるかよ!!」 大音声で断言し、斬りかかって来る。 「わぁぁぁぁぁぁっ?!」 「やめなさいってバ!!」 と、神田が傍らをすり抜ける瞬間、リナリーが彼の長い髪を掴んだ。 ぐき、と、イヤな音がして、神田が後ろに倒れる。 「きゃぁぁ?!神田、大丈夫?!」 とっさのことで、つい力が入ってしまったようだ。 頭部の大出血に頚骨の損傷まで加わって、さすがの神田もすぐには立ち直れない。 「あの・・・君を轢いたの、僕に変装したコムイさんだからね?」 手負いの獣状態の彼に、恐る恐る歩み寄り、アレンが声をかけた。 「僕よりずっと、背が高かったでしょ?ね?だからその・・・・・・」 床近くから睨みあげる神田とまともに目が合って、アレンがぶるぶると震える。 「だからっ・・・僕を睨まないでくださいっ!!」 ホントに怖いんですっ!!と、アレンは虎の前に引き出された小動物のように怯えた。 「じゃああの顔は・・・!」 言いかけて、はた、と、口を噤む。 「神田?」 突然黙り込んだ彼に、リナリーが訝しげに声をかけると、 「アクマの皮だっ!!」 大出血も何のその、絶叫して立ち上がった。 「あのヤロウ!サンプルだとか何とか言いやがって、やっぱり悪巧みだったんじゃねぇか!!」 「アクマの皮って・・・?」 揃って首を傾げるリナリーとアレンに、神田はコムイが、アレンに化けたアクマの皮に執着していたことを教えてやった。 「ぼ・・・僕の人権は・・・・・・!!」 「ねぇよ、そんなもん!!」 アレンに残酷な一言をたたきつけ、神田はリナリーに向き直る。 「アニキの居場所を教えろ」 「・・・脅さなくても言うわよっ!!」 鋭い眼光にやや怯えながらも、リナリーはまっすぐに神田を睨み返した。 「わぁぁぁぁぁぁ?!」 爆音と共に悲鳴の上がった談話室から、彼は軽い足取りで出てきた。 「ふふふふふー♪楽しかった♪」 上機嫌で呟いた途端、 「確保――――!!!!」 三方から襲い掛かってきたエクソシスト達によって、彼は壁際に追い詰められてしまった。 「うーん・・・ゲーム・オーバー」 乱暴に面皮を剥がされた挙句、発動したアレンの左手と神田の長刀を突きつけられ、リナリーに睨みつけられても、暢気にそんなことを言える辺り、コムイの神経は並みの太さではない。 「けど、どうしてボクがここに来ることがわかったんだい?」 不思議そうに問うと、 「だってコムイ兄さんは、いつも好きなものを最後に残すでしょ? 一番被害が大きそうで、一番派手に悲鳴の上がりそうな談話室には、最後の最後に現れると思って、張り込んでいたのよ!」 リナリーに断言され、不満げに頬を膨らませた。 「酷いな、リナリー!お兄ちゃんのジャマをするなんて!」 「言うことはそれだけか!!」 「ひ・・・人の顔を使って、随分と好き勝手やってくれましたねぇぇぇぇぇぇっ!!」 神田と、神田並みに目の据わったアレンが、更に迫る。 「罰は受けてもらいますよっ!!」 ・・・それから数分後、壊滅した談話室の床に、ロープでぐるぐる巻きにされたコムイが転がされた。 「しばらくそこで、反省してください!」 どかっ!と、激しい怒りのままに、アレンがコムイの傍らに突き刺した看板には、 『全ての犯人はこの人です』 と記された上、 『餌を与えないでください』 と書き加えられた。 「みんなが許してくれるまで、ご飯抜きの刑だからね、兄さん」 「・・・・・・干からびるまで許されないかもな」 さらりと加えられた残酷な一言に、コムイが上げた悲鳴は、完全に無視された。 ・・・そして当然のことながら、彼が問答無用の実刑から解放される日は、なかなか訪れなかったのである。 Fin. |
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4回目にして、ようやく教団内の悪魔を処罰できたようです(笑) |