† TraumaU †
ロンドンの朝にしては、珍しく晴れ渡った、清々しい日だった。 日が昇ると共に自室を出たアレンは、朝から降り注ぐ陽光に足取りも軽く、食堂へと向う。 長い廊下に漂う、暖かい空気といい匂いに、釣られるように惹かれて行くと、ちょうどその入り口で、彼の苦手とする人物と鉢合わせた。 「・・・・・・おはようございます」 ぺこりと頭を下げて挨拶した彼を完全に無視して、彼―――― 神田は、アレンより先に食堂へ入って行く。 ―――― 無視されたー・・・!! 悔しげに笑みを引きつらせつつ、アレンも彼の後に続いた。 ―――― 後ろから蹴ってやろうかな・・・。 せっかくの、清々しい朝を台無しにされたアレンは、神田のすらりとした背中を睨みつつ、つい、そんなことを考えてしまう。 憮然と注文カウンターに並んでいると、いつも明るい料理長が、にこやかに注文を受けていた。 「神田、おっはよー!今日はなんにするぅ?」 が、そんな彼女(?)に対しても、神田は素っ気ない。 「蕎麦でいい」 「天ぷらは?トッピングするぅー?」 「いらねぇ」 「だけど、今日はいい海老が入ったのよー。ちょっと味見してごらんなさいよ、海老の天ぷら」 そう言って、ジェリーが揚げたての海老を差し出すと、神田はそれを、にこりともせずに口にした。 「・・・まぁまぁだな」 「じゃ、乗せてあげるからね〜♪」 彼の、素っ気なさ過ぎる感想を全く気にする様子もなく、ジェリーはいそいそと大鍋に向かう。 「・・・・・・いつまで待たせるつもりだ?」 「はいはい、すーぐ作るからぁ。ちょぉっと待っててー」 ・・・神田の背後で、その会話を聞いていたアレンは、注文を終えて振り返った彼を思いっきり睨みつけていた。 「なんだ、モヤシ」 行く手を阻むように立ちはだかったアレンに、やや驚いた様子で神田が問う。 と、 「神田ってさ、言葉きついよ!もうちょっと、言い方があるでしょ?!」 珍しく大声を出すアレンに、食堂に集っていた団員達の視線も集まった。 「・・・は?朝っぱらからなにキレてやがんだ、テメェは?」 整った顔に、訝しげな表情を浮かべる神田へ、アレンは言い募る。 「いつもおいしいものを食べさせてくれる人には、礼儀正しくするべきだといってるんです!!」 拳を握って主張するアレンに、厨房の料理人達は驚き、ややして、厨房内に拍手が沸き起こった。 「・・・・・・犬か、テメェは。 餌をくれるヤツが偉いと思ってるクチだろ」 凄まじい皮肉に、しかし、アレンも負けていない。 「誰が偉いかを知っている分、犬の方がお利巧ですね」 二人の間に、険悪な怒りの炎が燃え上がった。 「・・・またやってるよ、あの二人」 カップに刺したストローをくわえたまま、リーバーは遠くのテーブルから、険悪な雰囲気のエクソシスト達を見守っていた。 「そういうキミもまた、貧相な朝食だね!」 陽気な声をかけられて、リーバーはテーブルに頬杖をついたまま、直属の上司を見上げる。 「おかげさまで、今日も食欲が絶不調なもんで・・・・・・」 徹夜明けな上、胃がしくしくと痛むので、今日も彼のトレイに固形物はなく、ただ、コーラのラージカップが置いてあるばかりだ。 「そーんなことじゃもたないよー?」 リーバーと違って、昨夜は十分睡眠をとったらしいコムイは、上機嫌でエビチリソースカツ定食をリーバーの向かいに置く。 「・・・っ室ちょ・・・朝っぱらからその匂いは・・・・・・っ」 蒼ざめた額に脂汗を浮かべる部下に、コムイは輝くような笑みを向けた。 「分けてあげようか?ボクのシュリンプスペシャルモーニングセット」 「いりません・・・・・・!」 リーバーは自身の虚弱な胃が、摂取したばかりのコーラさえリバースしそうになるのを、必死に堪える。 と、コムイの特殊なモーニングセットから逸らした目に、更に険悪な状況が写った。 「オヤ、つかみ合いになったね」 「なったね・・・って、やばいっしょ!!エクソシスト同士っすよ?!」 「ボク、食事の時間は守る主義なんだ」 「・・・っ行きゃーいいんでしょ、俺が!!」 言うや、リーバーは椅子を蹴って立ち上がり、険悪なエクソシスト達に駆け寄ると、二人の間に割って入った。 「やめないか、Mr.ハンサムっ!」 リーバーが割って入るや、神田に向かって放った言葉に、アレンは目を点にして立ちすくんだ。 対して、神田は顔を紅潮させ、今にも怒声を発しそうだ。 「あの・・・リーバー班長?Mr.ハンサムって、神田のことですか?」 「うるせぇ!!黙れ、モヤシ!!」 これ以上言葉を発したなら、問答無用でから竹割りにしそうな剣幕で、神田が吼えた。 「あーもー!うるさい、神田! 別に恥ずかしいことじゃないんだから、ちゃんと言えば済む事だろうが!」 「あの・・・リーバー班長・・・・・・?」 状況を理解できず、首を傾げるアレンを見遣り、リーバーは深く吐息する。 無意識なのだろう、彼の手が、せわしなく胃の辺りをさする様に、アレンは黙り込んでしまった。 「・・・・・・えーっとな、アレン」 神田ではなく、自分に落ち窪んだ目を向けられたことに、アレンは驚いてリーバーを見上げる。 「世界には、母国語が英語でない人間の方が多いんだぜ?」 ぽんぽん、と、大きな手で頭を撫でられて、アレンは傾げた首を元に戻した。 「多少、妙な使い方をしていても、怒っちゃいかんな。 それとなーく訂正してやるのが、英国紳士の作法だと俺は思うが、どうだろうな?」 くしゃくしゃと、遠慮なく髪をかき回す大きな手の下で、アレンは俯いてしまう。 まさか、あれだけ流暢に悪口雑言をまくし立てる神田が、英語に不自由しているなどとは、夢にも思わなかったのだ。 しかし、英語が彼の母国語でない以上、細かいニュアンスまではわからなくて当然である。 「ごめんなさい、神田」 悪い事を言ってしまった、と、俯いたまま、呟くように謝ったアレンに、リーバーは苦笑し、神田は驚いたように目を見開いた。 「ホラ、アレンは謝ったんだから、神田も何か、言うことがあるだろう?」 にっ、と、大きな笑みを浮かべるリーバーに、神田はしばらく無言で抵抗していたが、 「Mr.ハンサム・・・」 ぼそり、と、呟いたリーバーに、心臓の悪い者ならショック死しそうな鋭い眼光を向け、しばし黙り込む。 が、 「・・・わかったよ。 口の利き方に気をつけりゃーいいんだろ」 吐き捨てるように言うと、ちょうど出来上がった天ぷら蕎麦をジェリーから受け取り、二人を振り切るようにして奥のテーブルへ行ってしまった。 「プライドたけーなぁ、サムライは」 神田の背中に苦笑を向け、リーバーは、ようやくアレンの髪をかき回す手を止めた。 「あの・・・班長!」 踵を返して、元の席に戻って行ったリーバーを、アレンは急いで追いかけた。 「班長!さっきのことなんですけど・・・」 言いかけたアレンを制するように手を突き出し、リーバーはだらりと椅子に座り込む。 「アレン、お前は、から竹割りにされた俺の死体を見たいのか?」 「いえ・・・・・・」 「じゃあ、それ以上は聞くな」 ぴしゃりと言うリーバーに頷きを返し、ふと顔を上げた途端、彼の正面でニヤニヤと笑うコムイと目が合った。 「あの・・・・・・」 「聞きたい?聞きたい??」 いかにも話したそうな様子に、アレンは素直に頷く。 と、コムイは待ちかねたように口を開いた。 「そう!あれは、神田君が渡英したばかりの時だったねぇ!!」 箸を振り回しながら、機嫌よく語り出す。 「彼、イングランドに来たばっかりで、道に不案内だったからさ、『駅に行くつもりなら、二輪馬車を使うといいよ』って、教えてあげたんだよね」 二輪馬車・・・通称『ハンサム』は、市民の足として、最も一般的な乗り物だ。 「使う時はっ・・・衛兵に・・・っ呼んでもらうといいよって・・・教えてあげたら・・・・・・っ!」 笑いをこらえながら、途切れ途切れに言うコムイに、アレンが目を見開く。 「あ!」 「そう、a!!」 びしぃっ!!と、コムイの箸先が、アレンに向けられた。 「ハンサム『を』呼んでくれ、って言おうとして、神田君ったら、『Could you call me Hansom.(ハンサム『と』呼んでください)』って言っちゃったんだよー!!」 つまり、『a Hunsom』の『a』が抜けてしまったのだ。 神田にとって不幸だったのは、『二輪馬車(a Hunsom)』と『美貌(handsome)』が同じ発音だったことだろう。 「彼って、なかなかのオリエンタルビューティーでしょー? 画家にとっちゃあジャパンは、憧れの国だし、ティエドール元帥なんかは、それで神田君を弟子にしたようなもんだしね! だから、みんなちょっとからかってやれってんで、それ以来、しばらく神田君は、『Mr.Handsome』って呼ばれてたんだ! あれ以降だったよねー。神田君が、怒涛の勢いで英語をマスターしていったのは!」 「き・・・っ気の毒に・・・・・・!」 心から、アレンは神田に同情した。 多感な少年時代の真っ只中にいる彼らにとって、男ながら『美貌くん』などと呼ばれるくらいなら、いっそ、『不細工』といわれた方がましだ。 プライドの高い神田が、あんな凶悪面になってしまったのも無理からぬことだ、と、納得するアレンに、コムイは更に不名誉な過去を明かそうとした。 「それだけじゃないんだよ、神田伝説! やっぱり、ここに来て間もない頃のことだったんだけど・・・!」 「・・・っ室長!もうその辺にしときましょうよ!!」 「えー?!これからが面白いんじゃない!!」 「じゃ、せめて俺がいない時に・・・」 「いいから、一緒にいなさいよ、キミも!!」 椅子を蹴って逃げようとするリーバーを、テーブル越しに羽交い絞めにし、コムイが満面に笑みを浮かべる。 「あのね、あのね! 彼がここに来て間もない頃、まだ自分の部屋がよくわかってなかったらしくてさ・・・」 と、逃げようともがくリーバーを押さえつけながら言うコムイに、アレンは深く頷いた。 この教団本部は、王族の城のように広い。 しかも、各部屋のドアは、どれも似たような設えだ。 アレンも、何度か迷ったことがある。 神田も、そのようなことがあったのだろうと聞いていると、コムイが弾けるように笑い出した。 「リーバー班長の部屋の前をうろうろしていたから、彼が神田君に、『お前の部屋はあっちだぜ』って教えてあげたんだよね」 その時、神田は真顔で言ったそうだ。 『Sorry,I miss you・・・・・・』(すまん、寂しかったので・・・) アレンは、言葉を失って凝固した。 あまりのことに、彼のはるか後方にいるはずの神田を、振り返ることができない。 目の前で派手に笑い転げているコムイを呆然と見つめていると、コムイに羽交い絞めにされたままのリーバーが、忌々しげに言った。 「言っておくが!神田が『miss』と『mistake』を言い間違えただけだからな!!」 「いやいや、きっと、寂しかったんだよー!! リーバー班長に、懐きたかったんだよ――――・・・へぶっ!!!」 更に爆笑するコムイに、とうとう、リーバーの怒りのアッパーが炸裂した。 「ったく、あんたは!!いちいち争いの種を蒔かないでくださいよ!!」 ようやくコムイの拘束を逃れたリーバーが、倒れたコムイを見下ろして絶叫する。 「アレンも!絶っっ対、誤解すんじゃねぇぞ!!」 俺は敬虔なカトリック教徒だ!と断言する彼に、アレンは何度も頷いた。 「けど・・・神田も、苦労したんですね・・・・・・っ!」 心から同情・・・しようとするが、どうしても、口が笑みの容に歪んでしまう。 「寂し・・・・・・!!」 とうとう、顔を覆って俯いてしまった彼は、思いっきり肩を震わせて笑っていた。 が、 「・・・ナニ笑ってやがんだ、テメェは」 背に突きつけられた刃の冷たさに、笑いの痙攣が一瞬にして鎮まる。 「・・・俺はなんも言ってねーよー」 そう言い残して、リーバーは逃げるように去っていった。 床に倒れたまま、死んだふりをするコムイと共に残されたアレンは、恐怖のあまり、背後を振り返ることもできない。 「今聞いたことは全部忘れろ!いいな!!」 さもないと殺す、と、冗談ではない口調で言われ、アレンは凄まじい勢いで、何度も頷いた。 「おっはよー、神田!今日はなんにするぅ?」 翌日、朝からハイテンションな料理長に、神田は憮然と言った。 「蕎麦でいい!」 と、彼の背中を、突付く者がいる。 「なんだ、モヤシ!!」 神田の、凶悪に吊り上った目を怯むことなく見返し、アレンはそっと囁きかけた。 「・・・あのね、そう言う時は、『please』じゃなくて、『I’ll take』を使うんですよ」 「うるせぇ!!余計な世話だ!!」 言うや、踵を返し、つかつかと奥のテーブルに向かう神田の後を、アレンが仔犬のようにちょろちょろと追いかけていく。 「あの・・・そういう時はせめて、『No,I’m okay』とか、『No bother』とか・・・・・・」 「Bother it!!(うるさい!!)」 「Bother itじゃなくて、No botherですってば・・・」 「わかってて言ってんだよっ!!」 盛大に怒鳴り散らす神田と、そんな彼を怯まず追いかけていくアレンに、今日も食堂に集う団員達の耳目が集まる。 「すげーな、今度の新人・・・・・・」 「あの神田に、付きまとってるぜ・・・」 「俺・・・朝っぱらから、から竹割りの死体なんか見たくねぇよ・・・」 そんな囁きが、食堂の各所で、蒼ざめた額を寄せ合った人々の間に交わされていた。 しかし、 「若いって、いいねー!!」 朝っぱらから、グラタンとスパゲティ・カルボナーラのイタリアンセットに舌鼓を打っていた科学班室長は、機嫌よく笑う。 「今まで、実力はあっても若輩者扱いだったからね、神田君はー♪ ようやく後輩ができて、実に楽しそうだねぇ」 青春だなぁ・・・と、ほおばったマカロニの熱さに、涙を流すコムイへ、今日も今日とて、ヘヴィな匂いに瀕死のリーバーは、疑わしげに眉をひそめた。 「楽しそうって・・・あんた、メガネ替えた方がいいっすよ」 彼の予想通り、またもやつかみ合いになった二人を仲裁すべく、今日も彼は、椅子を蹴って立ち上がった。 Fin. |
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副題『がんばれ!幕末日本人』(マジっす) まぁ、幕末日本人は、現代の中高生よりも実践に即した英語を勉強したことでしょうが(笑) 不幸続きだったアレン君をほんのちょっと救済するために、今回は神田のトラウマ編です。(この話を書くために、本買っちまったぜ(笑)) でも、神田はプライドが高そうだから、完璧に話せるようになるまで、無言だったかもしれない。(それはそれでネタに・・・ってコラ) 神田のカンジの悪い英語は、実は、日本の受験英語では『正しい』と言われている英語なのです(^^;)↓ 「Soba,please」(蕎麦でいい) 「It’s good」(まぁまぁだな) 「No,thank you」(いらん) 「How long do I have to wait?」(いつまで待たせるつもりだ?) ・・・言ったよ。あぁ、言ったともさ、私もな!!(涙) 『コーヒーと紅茶、どちらにしますか?』と言われて、『Tea,please』と言ったとも!!(涙) 『No,thank you』も言ったさ!!だって、丁寧語だと思ってたんだもん!! ふーんだ・・・語学なんて、失敗してなんぼだよー・・・。←こいつはそもそも、覚えようと思っていません。 ちなみに、19世紀に西洋でジャパンブームが起こったのはホントです(・▽・) 睡蓮で有名なモネや、ひまわりで有名なゴッホも、日本文化や浮世絵に影響を受けた絵を描いていますし、ルイ・ヴィトンのあの意匠は、日本の家紋がモデルになっています。 だから、神田の師匠、ティエドール元帥が絵描きで、しかも神田に嫌われているのには、絶対意味がある!と思っています(笑) 『Oh!JapaneseSamurai!!私にジャパンを描かせてくれ!!』って、キモノだのチョンマゲカツラだの持ってくるんですよ、きっと。(高島田って、神田は男だぞ、S君(笑)) いけないおじちゃまでちゅねーvvvvvvvvvv(そのハートの数はなんだ・・・) |
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【参照】その英語、ネイティブにはこう聞こえます (ディビット・セイン、小池信孝/主婦の友社) |