† 眠レナイ夜ハ眠ラナイ夢ヲ †






 ―――― ユメ・・・ダト・・・オモッタ・・・・・・
 「遅くなってごめんね」
 ―――― ニイサン・・・にいさん・・・兄さん・・・・・・!!
 「ただいま」
 夢でもいい・・・夢でもいいから・・・消えないで・・・・・・


 「ボクも英国に行く」
 既に決意を固めた目で見つめられ、彼は苦々しげに舌打ちした。
 「あんたの小妹(シャオメイ)が、英国に連れされられたことは聞いた。
 だが、あんたまで英国に行ったら、清国の科学院は大打撃だぞ。せっかくの出世を、棒に振るのか?」
 が、そんな言葉に、コムイは冷笑を返す。
 「ボクは漢民族だからね。
 清に忠誠を尽くすつもりなんて、最初からないよ・・・キミと同じくね」
 そう言うと、彼は居心地悪げに目をさまよわせた。
 中国大陸が清朝の支配下に置かれて、既に二百年―――― しかし、支配者層は所詮、他民族である満州族だ。
 人口の大半を占める漢民族が、彼らに対して反感を抱かないはずがない。
 「鎖国なんて馬鹿な事をしている間に、清の科学はどんどん遅れて行ったんだよ。
 眠れる獅子と呼ばれたこの国は、アヘン戦争の敗戦以来、眠れる豚と嘲笑われて、欧州のテーブルに饗されている。
 今、ボクがこの国を捨てたからといって、誰からも非難されるいわれはないね」
 「では、皇帝の代わりに、女王に忠誠を尽くすと言うわけか?我が国だけでなく、この国までも、骨まで蝕んだあの女――――」
 何が栄光だ、と吐き捨てる彼に、コムイは口の端を歪めて笑う。
 「リナリー・・・小妹が連れ去られたのは英国だけど、黒の教団はヴァチカンの直属だそうだよ。
 英国は気にいらないけど、ヴァチカンなら、少なくとも、直接には関わっていない」
 「欺瞞だ。あんたは、欧州人の腹黒さを知らないと見える」
 「知ってても行く。そんな奴らの中に、大事な小妹を置いておけない」
 再び、真摯な目を向けられて、彼はやや怯んだ。
 が、
 「・・・自分の能力が、欧州で通じると思うか?あんたが言ったんだぞ、清の科学は遅れている、と」
 尚言い募る彼に、コムイは、ふ、と、笑みを漏らす。
 「通じるか通じないか、じゃない。のし上がって見せるよ。
 そのためなら、オックスブリッジでもなんでも行ってやるさ」
 自信に満ちた笑みに返す言葉もなく、彼はたくましい両腕を腰に当てて、うな垂れた。
 「わかった・・・あんたはあんたの、好きに生きるがいい」
 「うん、そうするよ」
 笑って頷いたコムイに、彼も、太い笑みを浮かべて視線を合わせる。
 「その代わり、私も自分の好きにやらさせてもらおう。
 あんたより先に、その黒の教団とやらに行って、あんたの大事な小妹を見ていてあげる」
 「え・・・?」
 「黒の教団は、大きな組織なんでしょう?料理人は、いくらいても足りないでしょうよ」
 精悍な顔に、母親のような優しい笑みを浮かべて、彼はコムイを見つめた。
 「小妹のことはこの、ジェリー姐さんに任せて、あんたはオックスフォードでもケンブリッジでも行ってらっしゃいな」
 厚い胸板に、大きな手の平を押し付けて笑う彼に、コムイも破顔する。
 「うん・・・ありがとう、ジェリー」
 「その代わり、あんたもできるだけ早く来るのよ。わかってるわね?」
 「うん・・・3年後には、必ず」
 不敵な笑みを交わして、二人は、その日の内に英国へ旅立った。


 ―――― お・・・うちに・・・かえし・・・て・・・・・・
 何度繰り返したか知れない、声にならない絶叫
 ―――― カエリタイ・・・かえりたい・・・帰りたい・・・・・・
 兄さんに・・・会いたい・・・コムイ兄さん・・・・・・!


 英国の英知の集まりだと聞いていた学府―――― しかしそこには、妹に繋がるものは少なかった。
 黒の教団という名を知っているか、と問えば、多くの英国人・・・主に、上流出身の者達が、重く口を閉ざす。
 中には、あからさまに『関わりたくない』と言う者も。
 欲しい情報が得られないまま、闇雲に知識を詰め込んでいく作業は、気が狂うほどの焦燥を伴った。
 ―――― これは、無駄なことじゃないのか・・・?
 ―――― こんなことをしている間に、リナリーはどんな目に遭っているのだろう・・・?
 黒の教団に受け容れられたジェリーからは、頻繁に手紙が来たが、料理人が得られる情報は少ない。
 特に、リナリーは随分と教団員の手を焼かせているらしく、一人で城内を出歩くことすらできないでいるらしい。
 ―――― どうすれば、教団の一員として受け容れられる・・・?!
 と、不意に妹が連れ去られた時の状況が思い浮かんだ。
 あの時―――― リナリーが連れ去られた時、黒服の人物が差し出した物・・・。
 あれは、両親を殺したアクマに対する武器だと言った。
 希少な物質で、適合者以外には扱えない。
 そして、リナリーはそれを使いこなせる、貴重な人材なのだと。
 「武器・・・・・・」
 低く、うなるように呟く。
 「それほどに希少な武器なら・・・そして、貴重な人材なら、メンテナンスとケアを行える人材は必要なはずだ・・・・・・!」
 ようやく光明を見出したコムイは、部屋を出るや猛然と駆け出し、図書館司書の制止も聞かず、工学の本を大量に持ち出したのだった。


 ―――― お・・・うちに・・・かえし・・・て・・・・・・
 「気が触れてしまったか・・・」
 ―――― お・・・うちに・・・かえし・・・て・・・・・・
 「縛り付けておこう・・・」
 ―――― お・・・うちに・・・かえし・・・て・・・・・・
 「死なれては困る・・・」
 ―――― お・・・うちに・・・かえし・・・て・・・・・・


 「ここがおうちだよ」
 いつもの、冷淡な声ではない、暖かく優しい声に、ただ、ひらいていただけの目の、焦点が合った。
 「今日から兄さんも、このおうちに一緒に住むから」
 額に、優しく手が置かれた・・・。
 「遅くなってごめんね」
 ―――― ニイサン・・・にいさん・・・兄さん・・・・・・!!
 「ただいま」
 ―――― 夢でもいい・・・夢でもいいから、消えないで・・・・・・!!
 私の願いに反して、兄さんの姿は段々滲んでいった。
 ―――― 消えないで・・・消えないで・・・消えないで・・・・・・!!
 瞬きをするのが怖くて・・・一度でも目をつぶったら、兄さんが目の前から消えてしまいそうで、震える瞼を開けていた。
 と、暖かいものがこめかみに零れて、兄さんの姿はまた、鮮明になった。
 「コムイ兄さん・・・!!」
 つぶれた喉で、かれた声を上げて泣く私の戒められた手を、兄さんが丁寧に解いて、抱き上げてくれた。
 小さい時と何も変わらない。
 兄さんは相変わらず大きくて、私なんか、軽々と抱き上げてくれて、ぎゅぅ、と、抱きしめてくれた。
 泣きじゃくり、しがみついて離れない私を、ずっと、抱きしめてくれた。


 ―――― 許さない。
 泣きじゃくる妹を抱きしめ、そのぬくもりを感じながらも、ボクの心は急速に冷えていった。
 まだ幼い妹を、こんなにも傷つけ、痛めつけた者達を、ボクは絶対に許さない。
 ―――― 排除する。
 この教団から・・・いや、この世界から、完全に排除してやる。
 それが、彼らにふさわしい罰だ。
 ボクの、大切な妹に対する仕打ちへの、償いをさせる。


 変化・・・いや、改革は、間もなく教団内を一新させた。
 それは、まさに嵐のような変化で、昨日まで主要な立場にいたはずの者たちの顔が、瞬く間にすげ替えられていく様に、誰もが唖然と見守るほかなかった。
 「あなたたちのやり方は、もう古い。
 そんなことでは、いつまでもイノセンスは集まらないし、エクソシストは育成されない」
 厳しい言葉を叩きつけて、若き科学班室長は、つい一時間前まで上司であった老人達を、教団から放り出した。
 彼らが唱えた説、あらわした書物、発明した機械、全てを論破し、欠点を改良した上でのことだ。
 そして、
 「科学班は、常に現代科学の先端にいるべきだ。長々と申請だの許可だの、待っている時間はない」
 そう言って、コムイは科学班を大元帥直属の機関とし、エクソシストたちのケアまでも一手に牛耳ったのだった。


 「・・・もう、大丈夫だからね」
 コムイは、彼にしがみついたまま、片時も離れようとしないどころか、眠ろうとさえしないリナリーを抱き上げ、蒼ざめた妹の、痩せた頬に頬を寄せた。
 「これは夢じゃないから・・・兄さんは、絶対にリナリーの側を離れないから・・・安心して眠りなさい」
 別れた時に比べ、随分と大きくなった妹を、赤子のようにあやし、何度も語りかける。
 「ずっと・・・一緒にいるからね・・・・・・」
 ようやく眠りに落ちたリナリーの寝顔に、コムイはほっと笑みを浮かべた。


 「もう大丈夫・・・・・・」
 兄さんの言葉に、私は兄さんの白衣をきつく握りしめていた指から、ほんの少し、力を抜いた。
 あまりに長い間、きつく握りすぎて、私の手にはもう、ほとんど力が残っていない。
 血流が止まって、青白くなった指先がしびれ、感覚がなくなっても、兄さんが消えてしまうのが怖くて、ずっと、手を離すことができなかった。
 ・・・時々、兄さんが私の耳を塞いだ。
 大人達の前で怯える私を、守るように抱き寄せ、耳を塞いだ兄さんの顔を、目だけでそっと見上げると、とても怖い顔をしていた。
 私のことで、怖い大人達と戦ってくれているのだと、子供でも、そのくらいのことはわかった。
 この戦いに負ければ、兄さんは教団にいられないと、衛兵達の囁く声が聞こえる・・・。
 でも、兄さんは、私のために戦ってくれた。
 「これは夢じゃないから・・・兄さんは、絶対にリナリーの側を離れないから・・・安心して眠りなさい」
 別れた時と同じ、大きな兄さんに抱き上げられて、赤ちゃんのようにあやされて、何度も囁かれた。
 「ずっと・・・一緒にいるからね・・・・・・」
 ずっと・・・・・・。
 うん、ずっと一緒にいてね・・・。
 リナリーは、兄さんのために戦うから・・・リナリーのために戦ってくれた、兄さんのために戦うから・・・・・・・・・。


 ―――― もう、目を閉じても大丈夫。
 これは夢じゃない。
 眠れない夜は終わり、安らかな闇が訪れた・・・・・・。



Fin.

 










D.グレ3巻を読んで、すぐさま思いつきました★
・・・D.グレでは初めてですね、しりあす・・・・・・。>まぁ!なんて私のキャラに合わないの!(苦笑)
ちなみにワタクシ、自分で言うのもなんですが、オカマ書くの得意です(笑)>グラにも一匹いますので。
どうすか、今回のオカマ(笑)
興奮している時はつい出てしまう男言葉、しかし、落ち着くと途端に女性らしくなるのよんvなーんてね★
題名は、柴咲コウのアルバム、『蜜』に収録されている曲です。
このお話を思いついた時、イメージとして脳内に同時に流れてきたのですね。>どういう脳だ。
朝の電車でリフレインしてイメージを固め、一気に書いてみました。
目を潤ませながら。(なんで)
誰かに『どした?!』と言われたら、
『今日の花粉は凶悪だぜ!!』と言うつもりでしたとも。(花粉症ではないが)
さて、『オックスブリッジ』と言うのは、そのままズバリ、『オックスフォードとケンブリッジ』(どっちもイギリスの名門大学)を略したものです。
この時代、学位は単位制で、自分の好きな教科を資金の許す範囲で取得する、という形だったと聞いたことがあります。
ので、別に興味のある授業をやっていれば、オックスでもブリッジでも入り直すことができたらしいですね。
もちろん、入るにはそれなりの頭が要った事でしょうが(笑)コムイ兄さんなら余裕よv
初めてまともな兄さんが書けて、くれは、非常に(自己)満足ですv












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