† A cat can look at a King.†
〜ロンドン猫ひなた通り3丁目〜
†Allen† それは、とても寒い日のことだった。 ロンドンの暗い路地裏で、ぼくは曇り空に声を放って泣いていた。 ―――― イタイイタイイタイ・・・!! 左の目が焼けるように痛くて、声が嗄れるまで泣き続けていると、不意に、頭上が陰る。 続いて、がぱ、という、何かが開いた音に、ぼくは驚いて顔をあげた。 『に゛ゃあああああっ?!』 右目に写ったのは、上下にずらりと並んだ鋭い歯。 黄色くて丸い体に、大きな翼を生やした、妙な鳥みたいなのが、大きな口を開けて、今にもぼくに噛み付こうとしていた。 そいつから逃げようにも、腰が抜けて立つこともできない。 『にぃぃぃぃ〜〜〜〜・・・』 ぼく、食べられちゃうんだ、と、目をつぶり、縮こまって震えていると、変な生き物の更に上から、声が降りてきた。 「待て待て、ティムキャンピー。こんなのを食っちゃいかん!」 次の瞬間、ガシっと首根っこを掴まれて、ぼくは宙吊りにされた。 「なんだ、怪我をしているのか。カラスにでもいじめられたのか?」 呆れたような声に、おそるおそる目を開けてみる。 と、ぼくの右目まで血に染まっちゃったんだろうか、と思うくらい、紅い髪が目の前にあった。 「こらこら!やめんか、ティム!こんなのを食ったら、お前が壊れるぞ」 顔の右半面を仮面で覆ったその人は、そう言いながら、ぼくの周りを飛び回る変な生き物を、空いたほうの手で払いのけてくれた。 ―――― たすけてくれたんだ・・・たすけてくれたんだ、このひと・・・。 『にぃ〜・・・(ありがとうございます)』 そう言って、ぼくはぺろぺろとその人のほっぺたをなめた。 「あぁ、もう!お前もぼやぼやしてないでとっとと逃げろ、バカネコ! ほら、ティム!食うなと言うのに!」 ぞんざいに言って、その人はぼくを振り払おうとしたけど、とっさに袖に爪を立てて、ぼくはその人の腕にしがみついた。 「懐くな、クソネコ!!」 怒鳴られたけど、絶対に離さないんだ。 だってこの人、あの黄色いのが口を開けてぼくに寄ってくる度に、 「ティム!!食うなと言ってるだろ!!」 って、助けてくれるんだもん。 本当はいい人なんだよ、きっと。 「ティム、血か?!こいつの血の臭いに惹かれてるのか?!あぁ、もう!!」 苛立たしい声を上げながら、その人はポケットから変なにおいのする水を取り出した。 「じっとしてろよ、クソネコ!」 そう言うと、それを綿に染み込ませて、ぼくの傷を拭いてくれた。 変なにおいのする水は傷にしみて、痛くて、ぼくはまた泣いたけど、その人はおかまいなしに血を拭きとって、ぼくの左半面に布を巻いた。 『にぃ〜・・・にぅ〜〜〜・・・』 傷はジンジンと痛いし、巻かれた布は気持ち悪いし、ぼくが泣きながらもがいていると、あげた前あしをつかまれてしまった。 「こら!せっかく薬をつけてやったんだから、ほどくんじゃない! ―――― って、なんだ、お前の脚?」 そう言って、その人はぼくの左の前あしをじっと見つめる。 「怪我をしているのかと思ったら、ここだけ赤い毛並みなのか。 しかも、十字架のブチがあるんだな」 感心したように言って、その人はまたポケットを探った。 「このチビに神のお恵みがあらんことを。ほら、食え」 『にゃ〜!』 石畳の上にビンごと置かれたのは、おいしそうなオイルサーディン。 夢中になって食べていると、その人は黄色いのの尻尾を右手に、たかたかと歩き出した。 そして、行き会った馬車を呼び止めると、素早く乗り込む。 「じゃあな、チビ・・・?」 オイルサーディンの、空のビンだけが残った石畳に、彼は視線をさまよわせた。 『にゃ』 「え?!」 するりと馬車に乗り込んで、彼を見上げるぼくを見る目が、点になっている。 「・・・・・・もう食い終わったのか」 『にゃ(はい)』 とん、と、膝の上に飛び上がったぼくの首根っこを掴んで、彼は、しばらく窓の外に放り出すか、考えていたようだったけど、結局、膝の上に戻してくれた。 「まぁ・・・いいか」 呟くと、彼は馬車の天井をノックして、御者に行き先を伝えた。 「なんだお前、白猫だったのか」 インド行き客船の船室で、乱暴にぼくを洗った彼―――― クロス・マリアン神父と言うらしい―――― は、『灰色猫だと思ってたぞ』と呟いて、タオルでがしがしと乱暴に拭いた。 「治るまでは傷に触るなよ」 『にゃ(はい)』と返事をして、神父の手から解放されると、早速客室内を探検する。 ふかふかしたじゅうたんは、どうにかすると、ぼくのあしが埋まってしまうほどで、ロンドンの石畳とは比べ物にならないくらい暖かい。 安心して、のーん、と、思いっきり伸びをすると、目の前をちらちらと、黄色いものが揺らめいた。 『にゃっ!』 思わず手を出すと、それはひょい、と、目の前から消える。 『にゃ?』 きょろきょろと見回すと、それはぼくの上でパタパタと飛ぶティムキャンピーの尻尾だった。 血の臭いが薄れたからか、ティムキャンピーはぼくを襲わないようになった上、遊び相手になってくれている。 じっと見ていると、ティムはまたぼくの目の前に尻尾を下ろしてきた。 『にゃ!』 また手を伸ばしたけど、寸前で逃げられる。 『にぃ〜・・・』 鳴きながら、パタパタと頭上を飛ぶティムを目で追いかけていると、もう一度、黄色い尻尾が降りてきた。 『にゃっ!!』 捕まえた! ジャンプと同時に、両の前あしでティムの尻尾をとらえ、そのままぶら下がる。 ゆらゆらする尻尾に揺られて、遊んでいると、頭の上で、がぱ、と、何かが開く音がした。 見上げると、目の前にはずらりと並んだ鋭い歯。 それが、今にもぼくの頭に噛み付こうとしていた。 『に゛ゃあああああああああっ?!』 「ティム!!」 カコーン!と、すばらしくいい音がしたかと思うと、ぼくの上に黄色い破片が降り注ぐ。 びっくりしてティムの尻尾から飛び降り、部屋の隅まで逃げたぼくは、チェストの脚の陰から、おそるおそるティムの様子を伺った。 と、片手にトンカチを持った神父が、ティムを粉々にしていた。 「血に飢えているのか、お前は!」 作り直しだ、と、ブツブツ言いながら、ティムのかけらを集めた神父が、大股にぼくの隠れたチェストに歩み寄る。 「お前も!釣られてんじゃねぇよ、バカネコ!!」 そう言って、神父はぼくをつまみあげると、猫用ゲージの中に、ぽい、と放り込んだ。 ――――・・・釣られてたんだ、ぼく・・・・・・。 てっきり、遊んでもらっているんだと思っていた。 あぁ、世の中って恐ろしい・・・・・・。 †Linary† 私が生まれて初めて見たものは、笑みほころんだ兄さんの顔だった。 「ようやく目が開いたね」 そう言って、兄さんは私をその、大きな手の平の上に乗せ、優しく撫でてくれた。 「コムイ、その仔猫でいいのか?」 「うん。この仔が一番かわいい」 背後からかけられた声に振り向きもせず、兄さんは私を見て笑みを深めた。 私はまだ、自分の姿を見たことすらなかったけど、兄さんが私を見る顔は、『私はよほどかわいいに違いない』と確信させるほど蕩けていた。 「名前はリナリーにするよ」 リナリー?私のこと? 「かわいい名前だろう?」 そうね。兄さんがそう言うのなら、かわいい名前なんだろうな。 「じゃあ、乳離れしたらお前に上げるから、今日は母猫に返してやれ」 さっきから威嚇されてるぞ、と、声が示す先を見ると、兄さんとは全然似ていないのが、すごい音を立てて怒っていた。 『わたしの仔をお返し、デクノボウ!!』 ・・・??? 私、これの娘なの??じゃあ、兄さんはなんなの?? 混乱しながら兄さんとそれを見比べていると、兄さんは私を、すごく怒っているのの横に置いた。 と、おいしそうなミルクの匂いと、ふかふかの感触がする。 あぁ・・・。 まだ目が開いてなかった時、ずっと側にあった匂いと感触だ。 私は、お母さんのあったかいお腹にもたれて、またとろとろと目をつぶった。 「では、この仔をもらって行くよ」 「はい、かわいがってやってくださいね」 「もちろんさ」 そんな声に、ふと目を覚ますと、私はお母さんのお腹から抱き上げられて、バスケットの中に入れられた。 「中国の記念になりますわ。英国では、東洋がもてはやされていますのよ」 え?どこに行くの? 私、兄さんの所に行くんだよね? 英国って、どこ?兄さんの所じゃないの? 「本当にきれいな黒猫だこと。東洋のウルシのようだわ」 そう言って、私を覗き込んだのは、兄さんではなく、黄色い髪のひとだった。 「船旅で、弱ったりしなければいいけど・・・」 ちょっと心配そうに眉をしかめて、その人は兄さんよりも随分と小さな手で私を撫でた。 けど、 「大丈夫だよ、ハニー。猫なら、船室で放してやれる」 と、黄色い髪の後ろから私を覗き込んだ人に言われて、黄色い人は笑った。 「あら、そうね!さぁ、おチビちゃん。一緒に英国に行きましょうね」 嬉しそうに言うと、その人はバスケットのふたをパタリと閉じた。 「リナリーがいない!!!」 母猫の周りを探し回っていたコムイは、絶叫して父親に詰め寄った。 「ボクのリナリーが!!いなくなってる!!」 「あの黒猫なら、ほら、そこに寝転んでいるじゃないか」 「違うよ!!リナリーはあの仔よりもっとツヤツヤして、真ん丸い目をしていて、鼻筋が通っていて・・・つまり、何倍もかわいいよ!!」 必死の形相で言い募る息子に、父親は、『あ。』と、声を上げた。 「さっきの英国人だ。商品猫と間違えて渡してしまったな」 「なんてことするんだい、父さん!!」 いい年をして、悲鳴を上げて泣き叫ぶ息子に、父親は呆れ顔で言った。 「そんなことを言っても、もう英国行きの船に乗った頃だろう。 いいじゃないか、この仔でも。かわいいぞ?」 「全っ然違うよ!!リナリー!リナリー!ボクのリナリィィィィ―――――!!!」 父親の言うことに聞く耳持たず、コムイは泣き叫びながら荷物をまとめ出した。 「・・・おい、どこに行く気だ、息子よ・・・・・・」 「リナリーを取り返しに行くに決まってるだろ!」 「・・・・・・あのな・・・・・・」 「ついでに留学して、運がよければ向こうで就職するよ!じゃあね、父さん!母さんによろしく!!」 「・・・あ・・・あぁ、元気でな」 もう、それ以上の言葉も見つからず、父親は、遠く旅立つ息子を見送った。 †Yuu† 「・・・私は、ジャパンのミケネコを注文したはずなのだが」 近所の鍼灸院の院長が飼っているような、と、不満を漏らすオヤジの言葉に、俺はむっとした。 この俺が、はるばる日本からきてやったというのに、何が不満だ、コラ。 「しかしまぁ、美しい日本猫には違いないッ!さぁ!!微動だにするなよ!!」 ―――― ふざけろ。 誰がキサマの言うことなんか聞くか! つんっ!とそっぽを向いて、俺はとことこと歩き出した。 「こらっ!動くなと言うに!絵が描けないではないか!!」 うるせぇ!俺は俺の道を行く!! ふと見ると、大きな窓から淡い光が差し込んでいた。 ―――― ふん。なんて弱々しい陽光だ。 ずっと曇っているのか、この国は?カビが生えそうだな。 しかし、ないよりはましだ、許してやろう。 俺は窓枠に飛び乗ると、前あしに顔をうずめた。 「よしっ!!そのまま寝ろ!動くなよ!!」 ―――― うるせぇ!黙ってろ、オヤジ!! ぎろ、と睨みつけると、オヤジは絵筆を振り回してはしゃぎ狂っていた。 ―――― まぁ、今日は許してやる。 長い間、船に乗りっぱなしで、さすがに疲れたからな。 翌日、俺は早速この建物を探検することにした。 「ぎゃああああ?!私の猫がいない――――!!!」 と、叫ぶオヤジを背後に残して、俺はとことこと石の廊下を歩いた。 なんて硬くて、冷たい建物だ。 これじゃあ、爪を研ぐのも苦労しそうだな。 適当な木の柱でもないかと、辺りを見回しながら進んでいくと、やたらでかい男が開き戸を開けて出てきた。 「あれー?見ない猫だね・・・って、キミ、オス?!だめだよ、この部屋に入っちゃ!!」 そう言われると、余計に入りたくなるだろうが。 戸の隙間から中を見ると、小さな黒猫が西洋風の椅子の上に寝そべっていた。 「なに見てるの!!ほら、シッシッ!!」 大きな手で追い払われて、むっとする。 『にゃー(覚えてろよ)』 尻尾をピンと立て、言い捨てると、俺は探検の旅に戻った。 ―――― その後は、まぁまぁ楽しい時間だった。 この建物の中には、猫だけでなく犬もいたが、友好的な奴は無視して通り過ぎ、友好的でないものは叩きのめしてやったんだ。 ―――― ふん、ちょろいもんだ。 この様子じゃ、俺がボス猫になる日は近いな。 満足して部屋に戻ると、まーだ大騒ぎしてやがったオヤジが、泣きながら駆け寄ってきた。 「あぁぁぁぁっ!!よかった!!大元帥たちの犬に食い殺されたかもしれないって、心配してたんだぞ!!」 大元帥の犬?もしかして、ざっくり鼻面を掻き切ってやったデカブツか? 「コムイに追い払われたって言うしさー!!あいつは、自分の猫を溺愛するあまり、他の猫を迫害するんだッ!!」 コムイ・・・あぁ、あのでかい奴か。 あいつはそのうち、ひどい目に遭わせてやる。 「もう、本当に無事でよかった・・・・・・って、ユウ――――?!おまえ、なんだ、このボロボロっぷりは――――!!!」 あ?そんなにボロボロか?ってか、ユウなのか、俺は? 「せっかくの美人が台無しだろ!!あぁ、おとなしくしていれば、コムイの猫にも負けないきれいな黒猫なのに!!」 ふん!男の価値は強さだ!見かけなんか、関係ねぇ! 「しばらくはこの部屋を出てはいけないよ!!外は、危険がいっぱいだ!!」 やかましい。俺は、ボス猫になるまで負けねぇ。 つんっ!と、そっぽを向いて、俺は、昨日と同じ窓枠に飛び乗った。 †Rabbi† ふわぁ〜〜〜〜〜っと、大きく口を開けてあくびをし、俺は定位置―――― 店の窓辺に寝そべった。 今日もいい天気だ。 ロンドンの空は、いつも通り、どんより曇っているけど、そう思っておこう。 たまーに、いい陽光がはいってくりゃあ、それでいいや。 一日のうちで、全部の天気を体験できる国なんて、そうあちこちにあるもんじゃないからな。 眠くなって、とろとろと目をつぶろうとしたら、窓の外に客だ。 カラン・・・っと、ドアが開と同時にベルが鳴り、俺は、『あれっ?!』って顔をする客を片目で見た。 ここは、『Bookman’s acupuncture and moxibustion(ブックマンの鍼灸院)』 看板の、『Bookman』って部分だけを見て、本屋だと勘違いした客が、よくやってくる。 『にゃぁ〜〜〜ぉ(おいでませぇー)』 声を掛けてやると、客は俺を見て、やや顔を和ませた。 うんうん、こいつはカモだな。 俺は窓枠から降りて、客の足元に寄って行った。 『にゃーぅにゃあー(お客さん、疲れてないかい?)』 大体、店名をよく見もせずに入ってくる客は、余裕のない奴が多いのさ。 でも、猫を見て顔を和ませる奴は、猫好きか、癒しを求めてるやつだ。 俺は、屈み込んで俺を撫でる紳士に笑いかけながら、ジジィが店の奥から出てくるのを待った。 ここの院長・・・ブックマンなんて、紛らわしい呼び名を持つジジィは、俺の声と俺に呼びかける紳士の声を聞きつけて、ようやく現れた。 「はい、いらっしゃいよ」 「あ・・・あの・・・?」 戸惑っている紳士に、ジジィがゆっくりと頷く。 「間違えて入ってこられたのだな?」 「は・・・はぁ・・・・・・」 俺を撫でる手は止めず、頷く紳士に、ジジィはまた、ゆっくりと頷いた。 「まぁ、せっかく来られたのだ。ゆっくりしていきなされ。ここは、東洋風の医院での。なんなら、健康相談にのって進ぜよう。 ・・・・・・こうして見るに・・・胃だな?」 「え?!なぜ私の持病を・・・・・・!」 「そのくらい、顔を見ればわかる。 消化不良で、医者に食事制限をかけられておるな?」 「え・・・えぇ!!まさにその通りで・・・・・・!!」 「では、本屋を探しておられたのも、医者の薬が効かず、何か良い療法はないかと思っておられたのではないかな?」 「・・・そうです!!」 「では、良い療法を教えて進ぜよう。 これは、東洋の薬で、漢方薬と言うものでな・・・・・・・・・」 ごろごろと喉を鳴らしながら、俺は笑った。 胃が悪いなんて、中年の紳士じゃあ、よくある症状だ。 慢性病がそんなに簡単に治るわけねぇし、こんだけ肥満してりゃ、医者が食事制限をするのも仕方ねぇさ。 本屋にだってきっと、今日発売のストランド紙でも買いに来たんだろうよ。 シャーロック・ホームズの連載は、すげぇ面白いしな。 けど、これでこの紳士も、ここの客だな。 お客を引きとめたご褒美に、丸々と太ったニシンをもらわなきゃ。 真剣に健康相談をはじめた客をジジィに任せて、俺は、近所に遊びに出かけた。 近所には、笑えるくらいおどろおどろしい建物がある。 どっかの宗教団体だか、秘密結社が入居しているらしい。 始終葬式が出る上、常に異臭や異音がするので、近隣の住民は気味悪がって、おおむね引っ越してしまい、陸の孤島と化している。 しかし、そんな人間の事情も、俺たちには関係ないさ。 ひなたをとことこと歩いていると、建物の窓から小さな黒猫が飛び出てきた。 『ラビー!遊んでー!!』 『や、リナリー♪』 中国からやって来たと言う黒猫ちゃんは、凄まじい逸話を持っていて、彼女の飼主は彼女を英国人から取り戻すため、はるばる中国から追いかけて来たらしい。 『今日は、怖い兄さんはいないんかい?』 リナリーに近づくオス猫は全て去勢してやる、と言ってはばからない恐ろしい人間の気配を、用心深く探っていると、リナリーはにこにこと笑って頷いた。 『うん。コムイ兄さんは今、お仕事してるよ』 そうか・・・でも、どこから現れるかわからない。それが、あの人間の恐ろしいところさ。 『それよりね、昨日、ティエドール元帥のとこに、日本猫が来たのよ』 『あー・・・。あの、ジャパンかぶれのおっさん・・・』 俺を、『超希少価値のオスの三毛猫ではないのか?!』と言って、引き取ろうとしたおっさんだ。 俺は、顔に黒いブチがあるだけの、ふつーの茶トラだっての。 『三毛猫かい?』 と聞くと、リナリーは『ううん』と、首を振った。 『ちらっと見ただけだけど、黒猫みたいだったよ。すぐに兄さんが追い払っちゃったから、よくわかんないけど』 『ふーん・・・』 と、頷いた時だった。 『ぎゃわんっぎゃわんっ!!!』 と、すごい悲鳴がする。 『な・・・なにさ?!』 『たぶん、あの子よ。昨日、大元帥の犬が、猫にばっさり掻き切られてたんですって』 『そりゃ・・・えらく凶暴な奴さ・・・・・・』 『大丈夫よ。友好的に接したら無視されたって、他の仔達が言ってたわ』 つまり、非友好的な奴がばっさりやられているってわけか。 うんうん、君子危うきに近づかず。我が身は大切にしなきゃな。 せいぜい、友好的に接してやろう。 †Encounter† 「おまえ、ロンドンに戻れ」 クロス神父は、そう言ったかと思うと、ひょい、とぼくをつまみあげ、バスケットの中に放り入れた。 『にゃーにゃにゃああああ!!(なんでですか!嫌です!!)』 「旅に出るんだよ。旅先でおまえの世話をするのは大変なんだ」 クロス神父は問答無用でバスケットのふたを閉めると、荷札を書いて、インド人の召使にそれを渡した。 「黒の教団は、俺の本拠地だ。ティムをつけてやるから、しばらくあそこにいろ」 『に゛ゃあ゛あああああ!!!!(食われるじゃないですか!!)』 「大丈夫だ。ティムはもう、草食に改造したから」 『に゛ゃあ゛あ!!に゛ゃあ゛ああああああ!!!(そんなことでぼくのトラウマが解消されると思ってるんですか!!)』 「じゃあな、アレン。おまえに神のご加護がありますように」 『に゛ゃあ!!ぅに゛ゃああああ!!!(都合のいい時だけ神を持ち出さないでください、この破戒僧!!)』 叫んでも、聞いてくれる人ではないことはもう、知っていた。 その日のうちに船に運ばれたぼくは、英国目指して出帆した・・・・・・が。 順風満帆も数日だけ。 蒼天にわかに掻き曇り、風雲急を告げ・・・つまり、大嵐が来て、英国行き客船は木の葉のように波間を翻弄され、とうとう難破したのだった・・・・・・。 ―――― もう死ぬ・・・今度こそ、死ぬ・・・! さすがに覚悟を決めたぼくのバスケットが、不意に宙に浮いた。 『ティム?!』 草食に改造され、ぼくに噛み付けないくらい小型になったティムキャンピーが、これだけは変わらない鋭い牙を剥いて、ぼくのバスケットを波間から吊り上げてくれた。 そして、救命ボートに乗った人達の間に、ぽとりと落としくれたのだ。 ―――― ティム!!生まれ変わった君は、いい子だったんだね!! その後、救助信号を見つけて助けにきてくれた船にぼくたちも乗せてもらい、なんとか、英国の港に着くことができた。 けど、ロンドンに行くための汽車が脱線したとかで、ぼくたちは英国にいながら、何日も港に足止めされてしまったんだ・・・。 ―――― にゃぁ・・・・・・おなかすいたにゃ・・・・・・・・・・・・。 『なんだ、てめぇは!!』 『俺はラビ。この近くの鍼灸院に住んでるんさ。 よろしくな、えーっと・・・ユウ?』 『馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ!!』 『俺はダチは名前で呼ぶ主義なんさー♪』 『誰がダチだ!!』 『こら!ユウ!!』 見事な弧を描いて、窓から飛び出たリナリーが、ユウの上に着地した。 『リナリー・・・てめぇ・・・!!』 『友好的な猫には友好的にしなさい!』 『そんなことはどうでもいいから、俺の上からどけぇっ!!』 『あら、ごめんなさい』 ひょい、と、ユウの上から降りたリナリーは、気取って一礼した。 『でも、ユウが悪いのよ?仲良くしようとしているラビに、突っかかるんだもの』 『そうそう、仲良くしようぜー』 にこにこと笑うラビをキッと睨みつけ、ユウは踵を返した。 『あれー?どこに行くんだよーゥ?』 『ふんっ!おまえらと馴れ合うくらいなら、大元帥の犬と戦っていたほうがましだ!!』 そう言って、とことこと去っていく彼の後姿を見送りながら、ラビが呟いた。 『うーん・・・クール』 と、共にユウを見送ったリナリーが、訝しげに言う。 『さっき、最後までユウに抵抗していたボス犬を降して、名実共にボス猫になったらしいから、機嫌はいいと思ったんだけどなぁ・・・』 『ほぇぇ・・・。大元帥の犬、全部やられちまったんかぁ・・・』 リナリーの言葉に、ラビは心底感心した。 『道理で、美人猫なのにいつもボロボロだとおもったさ。よっぽど気が強いんだな』 『うん。それで、ティエドール元帥はいつも泣いてるの。絵のモデルになってくれないって』 『はは・・・そりゃあ、泣きたくもなるさ』 なんのために輸入したんだかわかんねぇ、と笑っていると、ユウが去っていた方向で、ものすごい咆哮が起こった。 『な・・・なにさ?!』 『・・・ユウの声じゃない?』 『ただ事じゃないぜ、あの咆哮!!』 言うや、駆け出したラビの背中を、リナリーは見送る。 『うーん・・・いつものことなんだけどな・・・・・・』 犬でも見つけたんでしょ、と、呟きながら、リナリーはラビの後について行った。 『誰だ、てめぇ!!』 道とは思えない崖をのぼり詰めて、ようやくペットホテルにたどり着いたと思った瞬間、いきなり怒鳴られ、ぼくは硬直した。 『あの・・・ぼくはインドから来た・・・』 『俺の縄張りに入ってくるとは、いい度胸だな!あぁ?!』 ―――― 怖っ・・・!!! 尻尾の先まで縮み上がりながら、ぼくは、ぼくの周りをパタパタと飛んでいるティムを指し示した。 『あのっ!怪しいものじゃないです!ぼくはクロス神父の飼い猫で、アレン・・・・・・』 『知ったこっちゃねぇよ!!』 すごい声で叫ぶや、黒猫はぼくに襲いかかってきた。 『に゛ゃあ゛あああああ!!??』 切り裂かれる!! 覚悟して、目をつぶった瞬間、 『なにいじめてるの!』 もう一匹の黒猫が、凶暴なのに飛び掛って、それの動きを止めてくれた。 『おい、大丈夫か、チビ?』 陽気な声に、恐る恐る目を開けると、顔に黒いブチのある茶トラが、ぼくを覗き込んでいた。 『あーぁ。すっげ震えてるじゃんか。そーか、怖かったか』 ―――― 怖かったよ・・・すごく・・・・・・!!! ぶるぶると震えながら、こくこくと何度も頷いていると、凶暴なのを止めてくれた黒猫も寄ってきた。 『大丈夫?ゴメンね、うちのボス猫。凶暴で』 ―――― うわ・・・かわいい・・・・・・。 オリエンタルな顔立ちの黒猫に、ぼくはふるふると首を振った。 そのまま、ぼーっと見惚れていると、 「リナリィィィィ――――!!!!今すぐそいつらから離れなさい!!!」 大絶叫と共に凄まじい勢いで駆け寄ってきた大きな男に撥ねられて、吹っ飛ばされた。 「ダメだよ、リナリィィィ!!!こんな、危険なオス猫どもに近づいちゃ!!キミに何かあったら、ぼくは一体、どうしたらいいんだい!!」 ―――― あの・・・ぼく、そんなに危険ですか・・・・・・? 血反吐を吐いて地に転がったぼくを、茶トラがかまってくれた―――― ボス猫は、とうの昔にどこかに消えちゃってる。 『大丈夫か、チビー?生きてるかー?』 「あれ?なにその野良?」 ―――― 気づいてなかったんですか、ぼくのこと? そんなにチビですか、ぼく・・・・・・? 「まぁいいや。ほら、シッシッ!!ここは猫の溜まり場じゃないんだよ! まったくもう・・・クロスは『猫を預かれ』なんて手紙をよこすし、いい迷惑だよ!」 リナリーを大事そうに抱いて、迷惑そうに手を振る人間に、ぼくは、必死に前あしを上げて、パタパタと飛ぶティムキャンピーを示した。 「あれ?キミ、クロスのゴーレム?」 そう言って、人間はメガネの位置を直しながら、ティムに顔を寄せた。 「あれ?じゃあ、これがクロスの言ってた猫??白猫って言ってなかったっけ?」 灰色じゃないか、と、人間は訝しげに眉を寄せた。 ―――― 仕方ないじゃないですか。 船が難破して、汽車が脱線して、何日も港に足止めされたんですから・・・・・・。 「それに、荷札もないし?」 ―――― だから!!船が難破したんですよ!! 「めんどくさいから、追い出すか」 ―――― 鬼畜――――!!!! 摘み上げられ、登ってきたばかりの崖から捨てられそうになって、ぼくは絶叫した。 と、 『にゃあ!(だめよ、兄さん)』 リナリーが、人間の腕に前あしを伸ばして、止めてくれた。 『にゃあにゃあぁ!(クロス元帥の猫なんでしょ?)』 そう言って、ティムを示すリナリーに、人間は、不承不承と言った様子で頷いた。 「仕方ないなぁ・・・。クロスに嫌味を言われるのもやだしね。 ほら、そこの猫君、ヘブ君のとこに行って、洗ってもらって」 ―――― ヘブ君・・・? 誰?と思う間に、ぼくはつままれたまま、やたらおどろおどろしい建物の中に連れて行かれた。 『あとで遊ぼうなー♪』 と、茶トラの陽気な声が、背後から聞こえた。 「ヘブ君、後はよろしくー」 『に゛ゃあああ?!』 深くて暗い穴の中に、無造作に放り込まれて、ぼくは悲鳴を上げた。 と、落ちてしまう途中で、何かにキャッチされる。 『・・・・・・?』 ふと辺りを見回すと、 「新・・・しい・・・ネコ・・・か・・・・・・」 『に゛ゃあ゛あああ!?』 巨大な手、巨大な顔、恐ろしい化け物が、ぼくを捕まえていた。 「おとなしく・・・しろ・・・・・・洗って・・・やるから・・・・・・」 『いいです!!遠慮します!!』 「・・・おとなしく・・・していたら・・・ご褒美に・・・オイル・・・サー・・・ディン・・・・・・」 『どうぞ!ご存分に!』 「・・・・・・現金な・・・ネコだな・・・・・・」 暴れるのをやめて、目をつぶると、ヘブ君はそれほど怖くはなかった。 クロス神父よりも随分と丁寧に洗ってくれて、乾かしてくれた。 「ほら・・・ご褒美だ・・・・・・」 『にゃあ!』 たくさんのオイルサーディン! ぼくは、満足するまで食べて、ヘブ君にお礼を言った。 なんだ、この人、いい人だよ。ちょっと、他の人より大きいけど。 「では・・・遊んでおいで・・・・・・」 『にゃあ!』 ヘブ君に床まで下ろしてもらって、ぼくは早速外に遊びに行った。 あの茶トラは、まだあそこにいるかな? †Epilogue† 今日も、ロンドンの朝は、ほどよく曇っていた。 インドの抜けるような青空もいいけど、いつまでも寝ていたくなるような曇り空もいいな。 たまーに、ぽかぽかと陽が当たるのもお気に入りなんだ。 昼頃になると、近所に住んでいるラビが遊びに来るし、リナリーも、コムイさんの目を盗んで遊びに来る。 ・・・ユウは未だに、仲良くしてくれないけど。 ティムがパタパタと頭の上を飛んでは、ぼくの頭の上で羽根を休めてる。 うん、しばらくは、ここに住んでもいいかな。 淡い陽光の中で、ぼくはとろとろと目をつぶった。 Fin. |
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絵板で、『にゃんこ物語(仮題)』としてやっていたもののSS版でスv 副題・ロンドン猫ひなた通り3丁目。 『なんすか、その副題!?』と言われそうですが、本人大マジで『字面からして和みそうな題名を考えてやる!!』とがんばりました(笑) 題名の『A cat can look at a King.』はことわざで、『猫は平気で王を見る→こっちにも意地ってもんがあるんだ』 日本語で言えば、一寸の虫にも五分の魂かな?(笑) この話を考えたきっかけは、D.グレ初SS『Trauma』の冒頭で、リーバー班長が呟く台詞です(笑) なんとなく、楽しそうにじゃれあう子猫アレンと子猫リナリーを思い描いていたら、他の二人もついて来ました(笑) それにしても、クロス元帥は別人だし、アレン君は猫になっても不幸度は変わらないし、涙がにじみますね・・・。(書いてるのはオマエだ、オマエ!!!) 神田(ここではユウ)の飼主、ティエドール元帥は未登場(なんだよね・・・?)で情報がないので、台詞はわたくしの独断ですみません;;; ちなみに『rabbi(ラビ)』は、ユダヤ教の聖職者で、『我が師』という意味だそうですよ。 そうか・・・ウサギとちゃうんか・・・。(あったりまえですわよ) |