† Hurry Xmas V †
アレンが千年伯爵によって誘拐されたとの情報が入って間もなく、クラウドは方舟より雪原へ降り立った。 クリスマス月に賑わう地は、夜とはいえ華やかに飾られ、危うく緊張感を鈍らせる。 が、強大な敵との邂逅(かいこう)を前にして、気を引き締める彼女の傍らでは既に・・・いや、最初から緊張感のないラビが、暢気に放歌していた。 「森と湖のフィンランドー♪ サンタとサウナ 下心丸出しの歌を歌いながら、べったりとくっついて離れないラビに、クラウドはうんざりとする。 「お前は一体、なにをしに来たんだ・・・」 「サウっ・・・もちろん、アレンを助けに来たんさっ!!」 「今、サウナって言った・・・! アレン君よりサウナが大事なんだ・・・・・・」 じっとりと非難がましい目で見られて、ラビが表情を引きつらせた。 「そん・・・なことは・・・ないさねー・・・・・・。 アレンも大事だよん 「・・・も?」 リナリーの眉根が更にきつく寄り、ラビを焦らせる。 「・・・二人ともうるさい。 邪魔するなら今すぐ引き返せ」 憮然と言って、すたすたと歩き出したクラウドを、二人は慌てて追いかけた。 と、彼らの声を聞きつけたのか、ティムキャンピーを頭に乗せたトマが駆け寄ってくる。 「ク・・・クラウド元帥!!よく来て下さいました・・・!!」 まさか、アレンの救出に元帥が来てくれるとは思わず、感激するトマの傍らで、ティムキャンピーも救援を歓迎するようにせわしく羽ばたいた。 「早く・・・ウォーカー殿をお助けしないと!!」 「わかっている。 詳しい情報を渡せ」 短く命じられ、トマは手にした資料を恭しく差し出す。 彼らを待つ間、各方面に連絡して、できうる限り調べた情報だ。 彼女がそれを読む間、ふと、その背後に目をやったトマは、もこもこに着膨れた二人が既知のエクソシストだと気づいて目を剥く。 「リ・・・リナリー殿!!ラビ殿も!!」 「ん。久しぶり」 トマの声に応じて、クラウドの背後から資料を覗き込んでいたラビが、顔をあげずに手をあげた。 「な・・・なんでございますか、その格好は・・・」 「私たち今、イノセンスがないから、こっそり来たんだよ。 団服着てたら元帥についてくってばれちゃうから、私服で来たの」 万が一、元帥について行くことはばれずとも、極寒の地に赴くことはその装備でバレバレだろうに、と、思いはしたが、指摘はしない。 慎ましやかに沈黙したトマは、資料を読み終えたクラウドが発したいくつかの質問に的確に答え、完璧にサポートした。 「よし、では行こう。 お前たちはここに残っていろ」 「そんなっ!!」 前半はトマに、後半はリナリー達に向けられた言葉に、トマは頷き、リナリーは取りすがる。 「私も行きます!!」 「行ってどうする? ここまでの同行は仕方なく許したが、これ以後はついてこられても足手まといだ」 「う・・・」 クラウドの厳しい言葉に、リナリーは黙り込んだが、 「そーでもないさ、元帥 と、ラビは暢気な声をあげた。 「なに・・・?」 「トマの情報によると、伯爵がいんのはここよりもーっと北極圏に近い場所だろ?」 そう言って、ラビがトマを見遣ると、彼は深く頷く。 「トナカイの放牧地に向かっていた村人の幾人かが、何もなかったはずの雪原に、突然屋敷が現れたと証言しております」 「こんな寒い時期、なんでわざわざそんなとこにいると思うさ?」 「あの道化の考えることなど、知ったことか」 忌々しげに吐き捨てたクラウドに、しかし、ラビはことさらに擦り寄った。 「そーんな、相互理解を最初から放棄しちゃダメさ元帥ー 敵を知り、己を知れば百戦危うからずって、孫子も言ってるさー 「くっつくな!」 「いいじゃん 俺と元帥も相互りか・・・ぐふぇっ!!」 強烈な肘鉄でみぞおちをえぐられ、ラビが雪原に這う。 「お前達・・・本当はアレンのことなど、どうでもいいのじゃないか?」 「そ・・・そんなことないっ!!」 「じゃあ頼むから邪魔するな・・・」 と、思わず額を押さえたクラウドの視線の先で、ラビの指が雪の上をなぞった。 「・・・なんだ? なにか言いたいことでもあるのか?」 「あぐ・・・だ・・・からさ・・・・・・」 雪の上にうずくまったままのラビを爪先でつつくと、彼は苦しげな顔をあげる。 「こんな寒い時期に、わざわざこんなとこ来る目的って、なんだと思うさ? アクマ作りてぇんなら、もっと人の多いとこ行くだろ?」 まだ苦しげにうめきつつ、よろよろと身を起こすラビに、クラウドは片眉を上げた。 「・・・・・・お前はどう思うんだ?」 「オーロラ!」 問われて、ラビはにぱっと笑う。 「クリスマスパーティしながらオーロラ見物って、オサレな趣向なんじゃね?」 「なるほど・・・あの道化らしい」 考えられる、と、呟くクラウドに、ラビは自信満々で頷いた。 「それ以外の目的だったとしても、外にオーロラが翻ってんのに無視するって事はねーさ! だからさ、オーロラの出る時間を予測して見張ってりゃ、そのうち伯爵達は、家の外に出てくんじゃね? でも、囚われのアレン姫はきっと、家に残るはずだから、その隙に・・・」 「助け出すんだね!」 「そ 家ん中捜索するにしても、人数いた方がいいさ 明るい声を張り上げたリナリーに頷き、『ど?』と、ラビはクラウドに向き直る。 「・・・仕方ないな。 捜索と救出だけで、戦闘に加わらないと言うのなら、認めてやってもいい」 「サンキュー リナも、ここは約束しとくさ 「う・・・うんっ!」 だが、クラウドは疑わしげな目でリナリーを見下ろした。 「戦闘中、私が危機に陥っても、絶対に飛び出して来ないと、神にかけて誓うか?」 「え・・・・・・」 「迷うなら来るな。 そして、ついて来るならなにをおいてもまず誓え。 戦力にならない者をかばって戦うなんて、願い下げだ」 「は・・・はい・・・・・・」 ことさらに厳しい口調で言われ、リナリーが仕方なく頷く。 「誓い・・・ます・・・・・・」 「俺もー リナリーに反して明るい声をあげ、ラビも挙手した。 その頃、伯爵に囚われ、彼の別荘に連れ込まれたアレンは、きれいにラッピングされた鳥籠を内側から、懸命に揺さぶっていた。 「出ーせー!! 出せってばー!!」 叫ぶだけでなく、左手を発動しようとすれば、タイミングを見計らったように籠が外から揺さぶられ、アレンの三半規管に打撃を与える。 「えぅー・・・・・・」 「まったク・・・コリない子デスねェ・・・」 何度も同じことを繰り返すアレンに、伯爵は心底呆れた。 「別ニ、今回はアナタを殺すつもりハありまセン どころカ、我が家のクリスマス・パーティにご招待しようと言ってマスのに、そんナニ暴れるコトないでショ?」 「これの・・・どこが・・・招待・・・・・・!!」 布越しに聞こえるうめき声に耳を寄せ、伯爵はにこりと微笑む。 「招待ですヨ 女神ノ使いガ、アナタを誘い出しテくれマした 「あの・・・フクロウが・・・・・・?」 苦しげな声で問い返すと、布越しに伯爵の愉快げな笑声が降り注いだ。 「エェ アナタ方が探してイるイノセンスの内、いくつかハ既ニ、我輩ガ見つけテます ですガ、それをあえテ確保せず、アナタをおびき寄せル材料ニ使ったのですヨ 「そんな・・・今回は偶然・・・・・・」 呆然と、アレンは呟く。 今回の任務は、監査官達のせいで窮屈になった城から抜け出すため、無理やりもぎ取ったものだった。 それも、リーバーの機転のおかげでフィンランド行きが決まったのであって、コムイの意志が通っていれば、今頃アレンは、シベリアかアラスカに飛ばされていたはずだ。 すると、アレンの思いを汲み取ったかのように、伯爵がくすくすと笑い出した。 「不思議そうデすね、アレン・ウォーカー? でも注意力ガ足りマせんヨ? 我輩ハ先程、『いくつか』と言いましたデショ?」 くすくすと軽やかな笑声が、アレンの苛立ちを誘う。 が、伯爵はアレンの神経を逆撫ですることを楽しむように、猫なで声で続けた。 「アナタがどこニ行こうトモ、その場ニイノセンスを移動させることハ可能なんですヨ なんたっテ我輩ハ、方舟ノ製作者ですからネ でも、と、伯爵は嬉しげに笑みを深め、愛情深くアレンの入った鳥籠を撫でる。 「今回ノ件ハ偶然です アナタはたまたま、あのイノセンスの元へ来ましタ そして我輩モ、今年ハたまたまフィンランドでのオーロラクリスマスを企画し、更にロードが、アナタをプレゼントに所望しマした 素敵ナ偶然だト思いマせんカ?」 「そんなの・・・思うわけ・・・・・・!」 忌々しげな口調に、伯爵は肩をすくめた。 「マァ、そんなニ嫌がらないデ アナタも楽しんでくださいナ 悔しげなアレンのうめき声に、伯爵はくすくすと、またもや楽しげな笑声をあげる。 「今年はサプライズ・パーティでスねェ ウフフ 今かラ、あの子ノ喜ぶ顔ガ楽しみですヨ だから、と、伯爵はあごに指を当て、可愛らしく小首を傾げた。 「アナタにハ、もうチョットおとなしクしてもらいマショ 楽しげな声と共に、鳥籠を包む布の隙間から、細いノズルが入り込む。 「へ・・・?」 くるくると回る視界の中に捉えたそれが何かを判断する間もなく、ノズルの先から勢いよくガスが噴射された。 「ぴぃっ?!」 奇妙な声をあげてもがいたアレンは、一瞬後、完全に意識を失う。 「ヤレヤレ ようやく静かニなりましタ 伯爵は動かなくなった鳥籠を見下ろし、くすくすと楽しげな笑声をあげた。 「さぁさ、アクマ達 もうスグ、ウチのお姫様ガやって来ますヨ ぱんぱんっと手を叩き、伯爵はアクマ達を呼び寄せる。 「パーティの仕上げヲ急ぐのデす 「まったくもう・・・なんで私が引率なんか・・・・・・」 ぶつぶつとぼやきつつ、雪を掻き分けて歩くクラウドの両脇を、もこもこと子供達がついてくる。 「・・・こんなに緊張感のない行軍は初めてだ。雪遊びなら、他でやれ」 そう、嫌味を言えば、二人はぶんぶんと首を振り、勢いあまって雪の上に転げる。 「・・・お前達、伯爵を馬鹿にしているだろう。そうに違いない」 「ちっ・・・違うさっ・・・!」 「ブーツがないから歩きにくいんだもんっ!!」 顔を真っ赤にして雪の上に這う二人を、トマは次々に起こしてやった。 「小屋はもうすぐでございます。がんばってくださいませ」 「あ・・・ありがとう〜・・・!」 「やさしーさ、トマ!俺、こんなに優しくされたの、久しぶりかも・・・!」 リナリーはともかく、ラビの情けない言い様に、クラウドは眉根を寄せる。 「トマ、そんなの放っておいていい。 自分で歩けもしない者は、雪の中にでも埋まっていろ」 「う・・・すみません・・・」 厳しい言葉に、二人は揃ってこうべを垂れた。 自ら同行を申し出た以上、そこに反駁する余地はない。 もう文句も言わず、懸命に雪を掻いて進むと、平地を行く何倍もの時間をかけて、ようやく目的の小屋にたどり着いた。 そこはトナカイの放牧を生業とする者達が、雪に道を塞がれた時の避難に使う小屋で、数日は過ごせるよう、設備は整っている。 4人は周りに危険はないか、つけてきた者はないか、十分確認してから小屋に入り、中の明かりが外に漏れないよう、神経質なほどに窓を塞いでから、ストーブに火を入れた。 「さ・・・寒かったさ・・・!」 「やっぱり、団服がないとつらいね・・・!」 もこもこと火に寄って行く子供達を、クラウドはうんざりと見遣る。 「とりあえず、ここを拠点として伯爵の『館』を見張る。 まずはトマ、軽く探ってきてくれ」 「はい」 火に当たる間もなく出て行ったファインダーを見送り、クラウドは深々と吐息した。 「・・・お前達が、トマの半分でも役に立ったらいいのだがな」 「まぁまぁ 元帥、そんなにぼやかんでー 「誰のせいでこんなにぼやいてるか、わかっているか?」 「リナのせい 「私っ?!」 「お前もだ、赤ウサギ!」 「俺、ちょっとは役に立つもーん♪」 そう言ってラビは、村にいる間に、トマの無線を通じて入手した気象データのメモを取り出す。 「じゃーん♪オーロラ出現予想〜♪ オーロラが出るには、まず、太陽風が起こんなきゃダメなんさ。 太陽風は太陽フレアに伴って起こるから、黒点観測のデータを参照して・・・」 「どうでもいいから早く予測しろ」 「あぃっ!」 クラウドに睨まれたラビは、慌ててデータを検証した。 「んー・・・この様子じゃ、今日は起こんねェかも。 伯爵も、その点は調べてるだろうから、無駄に寒いとこには出て来ねェだろうさ」 「・・・いつ出るかわからないもののために足止めされるのか。 いい迷惑だな」 「まぁ伯爵にしてみれば、クリスマス休暇はここで過ごすつもりなんだろうから、いつ出てもかまわない・・・むしろ、楽しみは後の方がいいってこっちゃね?」 そう言ってラビが肩をすくめると、リナリーは不安そうな顔をする。 「アレン君・・・無事かな・・・」 その問いには、ラビもクラウドも答えることはできなかった。 「答えは、トマが帰って来てからだ」 「はい・・・」 冷たい手を祈るように握り合わせたリナリーの背を、ラビが撫でてやる。 「大丈夫さ。 あいつは、伯爵にだって負けねェからさ!」 「うん・・・」 まだ不安そうな表情ながらも、リナリーは深く頷いた。 大地をあまねく覆う雪に身を隠しつつ、トマは小屋からさほど離れていない場所に建つ館に忍び寄った。 館の周りには、民家どころか樹木もなく、黒々とした天が屋根の上にまで迫っている。 だが、窓から漏れる明かりが雪に反射し、暗さは感じなかった。 近づくには厄介な状況だが、トマは天敵から身を守る小動物のように巧みに姿をくらましつつ、館に至る。 明かりの漏れる窓を、注意深く覗いて回っていると、真っ白に曇った窓越しでさえ、それとわかる大きなクリスマスツリーの部屋を見つけた。 きらびやかに飾られたツリーの下に積み上げられた、たくさんのプレゼントの箱は、その一つ一つが人一人入れそうなほどに大きい。 だが、そこに人の気配はなく、トマは次の窓へ進もうと、そっと歩を踏み出した。 と、 「せーんねーんこぉー 突然、甲高い子供の声が響き、確かに誰もいなかったはずの部屋に、子供らしき姿が現れる。 「よーやくガッコ終わったよぉー 子供は、仔犬のようにぴょこぴょこと跳ねながら、ゆったりと部屋に入ってきた人物の周りをくるくると回った。 ―――― 千年伯爵・・・! トマが、心中に呟く。 曇りガラスを透かして見難くはあったが、サンタクロースに扮した大きな姿は、アレンをさらった彼に間違いなかった。 そして、その声も――――・・・・・・。 「ロード 学校、お疲れサマ 今年のクリスマス休暇ハ、ここで雪遊びしタり、パーティしまショ オーロラも見れるカモ知れマせんヨ 「オーロラ?!見たいぃー 伯爵の優しげな声に、ロードは歓声をあげた。 「ウフ 今日ハまだ、無理のようですガ、お休みノ間ニハ、きっと見れるデショ 「楽しみぃー はしゃいだ声を窓越しに聞きながら、トマは引き戻した足を再び踏み出す。 伯爵と、ノアらしき少女がいる場所が確定しているうちに、まだ探索していない部屋を確認しようとしたのだが、そろそろと窓の下を通り過ぎた時、トマは少女のけたたましい歓声に再び足を止めた。 「アレン〜〜〜〜!!!!」 「っ?!」 呼ばれた名に、トマは呼吸さえも止め、違う角度から改めて部屋を見る。 運良く、窓にはりついた蒸気が水滴となって流れ、できた一筋の隙間から、中を垣間見ることができた・・・。 ・・・布の隙間から細く差し込む光と、けたたましい歓声に眉をしかめ、アレンはまぶたを薄く開けた。 頭はぼーっとしている上に、狭い場所に押し込められて身動きも取れない。 更には、どのくらいこうしていたのか、無理な体勢で居続けたために身体が固まって、少し動いただけで痛みが走った。 「くそ・・・!」 思わず毒づくと、彼を閉じ込める籠が微かに揺れて、布がはらりと取り払われる。 「あ・・・」 光が目に刺さり、反射的に目を閉じたアレンの耳に、更に甲高い声が刺さった。 「アレン〜〜〜〜!!!!」 ぎょっとして見開いた目の前には、死んだはずの少女が喜色を満面にたたえている。 「ロード・・・!!」 「きゃあああああ ほとんど絶叫して、ロードは籠ごとアレンを抱きしめた。 「なんで・・・?!」 狭い籠の中で、それでも必死に身を引きつつ問うと、少女は籠に指を掛け、にたりと笑う。 「ゲームに命賭けちゃうほど、酔狂じゃないんだ、僕 ロードの掌の上で玩ばれたことを知り、アレンが忌々しげに顔を歪めた。 「ふふふ そんな顔しないで、アレン〜〜〜〜 せっかくのクリスマス休暇だよぉ?楽しもぉ?」 「・・・クリスマス? あなた達は僕らの神を、否定してるんじゃありませんでしたっけ?」 せいぜい皮肉っぽく言ってやると、ロードの背後で伯爵が肩をすくめる。 「なにヲ言ってルンですカ。 これハ元々、冬至ノお祭りでス。 そもそモ、アナタ方の信奉スル神の子とやらハ、夏ノ生まれでショウに。 そんナことモ知らないんですカ?」 「え・・・そうなんですか?」 アレンが思わず問い返すと、伯爵は呆れたように吐息した。 「今、そちラにはブックマンがいるのデショウ? 聞いテ見タラどうデスカ?」 「う・・・・・・」 まんまと言い負かされて、アレンは悔しげに黙りこむ。 が、伯爵は特に奢る風もなく、可愛らしく小首を傾げた。 「アレン・ウォーカー。 アナタをここニ連れて来タ時から、何度か言いましたガ、ロードのたっての要望もアリ、アナタを我が家のクリスマス・パーティにご招待シマス 「・・・ご辞退したいと、何度も申し上げたはずですが」 さすがにうんざりした口調で言えば、伯爵はクスクスと楽しげな笑声をあげる。 「ノアの長たるコノ我輩ガ、一時休戦シテご招待スルと言ってイルのデス ぜひとモ受けテいただかなくてハ 「・・・だから、なんで僕なんですか。 どうせなら、もっと上の人を誘ってくださいよ・・・! あなたのご招待を受けたなんて知れたら僕、教団でまた立場失くしちゃうんですよ! なんかもう、ただでさえ色々ありすぎていっぱいいっぱいなんですから、そろそろほっといてくれませんか・・・!」 くだくだと愚痴れば、伯爵は更に楽しげに笑い出した。 「・・・なにがおかしいんです」 むっとして問うと、伯爵に代わり、ロードが柔らかな頬を籠に寄せる。 「アーレェン 僕たちはねぇ、キミに、教団での立場を失くして欲しいと思ってるんだよぉ 「なっ・・・!!」 「ふふ なんで驚くのさぁ? キミの左手と奏者の資格、興味があるのは教団よりもむしろ、僕達の方だと思わないぃ?」 「・・・・・・」 眼光を強くして睨むアレンに、二人はまた、楽しげな笑声をあげた。 「アレン・ウォーカー アナタがどう思おうト、我輩の招待ヲ辞退するコトはできマせん 左手も、封じテしまいましタしネ 「え・・・?!」 引き攣った声をあげ、アレンは左手を見遣る。 と、そこには細い蜘蛛の糸のようなものが、幾重にも巻き付いていた。 「こんなもの・・・!!」 容易く引き裂けそうなそれに手をかけるが、引けば引くほど糸は絡まり、アレンの左手を締め付ける。 「アラアラ ホントにアナタは強情でスねぇ そんなニ引っ張ってハ、余計ニ痛い思いヲしますヨ 「くそ・・・っ!!」 からかい口調の伯爵を、アレンは睨みつけた。 が、彼はアレンの眼光をどこ吹く風と受け流し、軽やかに手を叩く。 「サァ、それ以上痛い目を見る前ニ、パーティをはじめマしょう 伯爵の合図と共に、どこからか楽しげな音楽が流れ出した。 「ふふふ アレン〜 ロードが楽しそうに笑い、アレンを閉じ込めていた檻を取り去る。 「なんなら、ずーっとここにいてもいいんだよぉ?」 「お断りします!!」 ロードに抱きつかれたアレンは、硬直した身体の痛みに耐えながら、怒り狂った猫のように毛を逆立てて威嚇した。 アレンが別室に連行されるまでを見届けると、トマは素早く踵を返し、小屋へと急いで戻る。 「ウォーカー殿を発見しました!!」 彼の帰りを待ちかねていたエクソシスト達に情報を差し出すと、ラビが絶叫した。 「ロード?! なんであいつが生きてんさ?! あいつは確かに俺が・・・!」 「失敗したんだろ」 クラウドの冷厳な一言に、ラビはぐさりと胸を一突きにされ、起き上がることもできない。 「そんなことより・・・アレンが単に囚われたのではなく、『招待』されたとなると、救出は厄介だな・・・」 「ど・・・どうして・・・?!」 クラウドの言葉に不安を抑えきれず、リナリーの声が震えた。 「伯爵をはじめ、ノアの連中は我々に対して圧倒的優位にいると、自負している。 だからたまに・・・こんな『招待』をするのだ。 私もかつて、あの道化に招かれたことがある」 「そっ・・・そうなんさっ?!」 よく無事で、と、気遣う振りして抱きついてくるラビに、強烈な回し蹴りを食らわせて再び床に這わせると、クラウドは淡々と続けた。 「本気で私達の命を狙っていながら、唐突に手厚くもてなされるのだ。 こちらはいつ、優勢なノアに八つ裂きにされるかと気が気ではなく、警戒するあまり、些細なことでも過剰に反応する。 その様を、奴らは眺めて楽しむのだ。 捕らえたねずみをいたぶる、猫に似ているな」 「ひどい・・・!」 きつく眉根を寄せ、怒りを込めて呟くリナリーに、しかし、クラウドは笑みを漏らす。 「ただ、そうなると命の危険は少ないが―――― 『客人』を放っておくのは最大のマナー違反などと、あの連中は白々しいまでに気取るからな。 多分、誰かがずっと、アレンの傍についていることになるだろう。 まぁ、このまま放っておいても、そのうち無事に帰ってくると思うが・・・」 「だっ・・・だめ!!」 「あいつが無事に帰って来るとしても、クリスマス過ぎたら意味ないんさっ!!」 きゃんきゃんと喚く二人に、クラウドは笑みを深めた。 「そうだな。 アレンは無事でも、アレンが入手した新たなイノセンスは、無事では済まないだろうしな」 笑い交じりの言葉に、からかわれたことに気づいた二人は、揃って頬を膨らませる。 「とにかく、あの子の無事はほぼ間違いない。 無理に伯爵を刺激せず、彼の隙を窺うことにしよう、のんびりと・・・・・・いや、できうる限り早急に」 子供達に涙目で睨まれ、クラウドは慌てて言い換えた。 一方、伯爵のクリスマス・パーティに招待されたアレンは、覚悟を決めて晩餐のテーブルに着いた。 とはいえ、不本意な参加に、表情が憮然となるのは仕方がない。 「もぉ、アレン〜!もっと楽しそうにしなよぉ〜!」 隣でからかうような声をあげるロードにも、なんとか舌打ちをこらえるので精一杯だった。 「根が正直なもので」 アレンの忌々しげな口調が、面白い冗談ででもあったかのように、伯爵が楽しげに笑う。 「モット楽にしてハどうデス? アナタの師匠をオ招きしタ時ハ、随分トくつろいデいかれマしたヨ 「はぁ・・・それはさぞかし、酒代がかかったでしょう・・・・・・」 思わず同情的なことを言ってしまったアレンの予想以上に、伯爵の声は暗く沈んだ。 「・・・・・・モウ二度と招かないト、心ニ決めましタ」 「ひ・・・被害は・・・それだけで済みましたか・・・?!」 恐る恐る問うと、伯爵は手にしたナプキンを引きちぎらんばかりに食いしばる。 「あンの破戒僧!! 我輩ノ可愛い娘達ヲ侍らせテ汚らわしィっ!! 我が家ハ娼館ジャありマせんっ!!」 「すっ・・・すみませんっ!!すみません!申し訳ありません!あの破戒僧がとんだ後迷惑をっ!!」 長年の習慣で、アレンが師の無礼をひたすら侘びると、その隣でロードが、きょとんと目を丸くした。 「千年公ぉー?ハベルって、なにぃ?」 「エ・・・?」 ロードの問いに、伯爵は声を失って固まる。 「アレンー?ショーカンって、どんなとこぉ?」 「キレイなお姉さん達がたくさんいる所です」 氷結したままの伯爵に反し、アレンは彼女の問いにあっさりと答えた。 「へぇー。そこでなにするのぉ?」 「そりゃあ、お姉さん方と一緒にお酒飲んだり遊んだり・・・」 「チョット、アナタ!! ウチのロードにナニ変なコト教えテるんデスカッ!」 珍しく動揺した様子で、伯爵が二人の会話に割って入る。 「ロ・・・ロロロロードッ!! そ・・・そう言うコトは、アナタがもっと大きくナッテ、分別ノつくお年頃ニなれバ自然トわかるヨウニなりますカラ・・・ッ!!」 「えぇー! 今知りたいのにぃー!!」 仲間はずれにされたロードが、不満げに頬を膨らませた。 と、アレンは慌てふためく伯爵を横目で見ながら、しれっとした表情で頷く。 「まぁ、いずれわかるんですから、今のうちに知っておいても・・・」 「ウ・・・ウチのロードを悪ノ道ニ引きずり込まナイデくださイ!!」 「もう十分、悪の道に入ってるじゃないですか」 「失敬ナ! アナタやアナタの師匠ほど、我々ハ穢れテませン!!」 普段の悠然とした態度をかなぐり捨て、絶叫する伯爵に、アレンは苦笑した。 「僕はともかく、師匠に対する評価には弁解の余地もありませんね」 「アナタもですよ、アレン・ウォーカァァァァァ!!」 顔を真っ赤にして声を荒げる伯爵に、アレンは白々しく小首を傾げる。 「伯爵、落ち着いてください。 あんまり怒ると、脳溢血になりますよ? 拝見したところ、かなり進んでるでしょ、メタボリック・シンドローム?」 「ホっといテくださイ!!」 伯爵が激しくテーブルを叩き、料理の皿が跳ね回った。 その甲高い音にはっとして、伯爵は呼吸を整える。 「・・・プゥ。 我輩としタことガすっかり興奮シテ、失礼しましタ・・・」 なんとか落ち着いた声音で言い、伯爵は手を差し伸べた。 「お食事ヲどうゾ、お客人。 我が家のパーティを楽しんデくださイ」 「はい。 では、ご招待をお受けします 伯爵に対して初めて得た圧倒的勝利に、アレンはにんまりとほくそえむ。 満足した猫のように細まった銀色の目から、伯爵はさりげなく、憮然とした顔を逸らした。 「アレン君・・・無事かな・・・・・・」 アレンが伯爵に対し、初の勝利を収めたことを知らないリナリーは、不安げに呟いて、冬の夜空を見上げた。 宇宙の奥底までも見えるほどに空気の澄み渡った空からは、眩しいほどに星の光が降り注ぐ。 「早く・・・・・・今日にでも、オーロラが出てくれればいいのに・・・・・・」 白い息を吐きながら、祈るように呟いたリナリーの傍らで、ラビも空を見上げた。 「生まれた時からずっと、オーロラを見てきた人間の中には、オーロラが発する音を聞き取る人もいるらしいぜ?」 「そ・・・そうなの? オーロラって、音がするんだ・・・!」 意外そうに目を見開くリナリーに、ラビは笑みを向ける。 「その音を聞き分けられんのは、本当に一握りの人間らしいけどな」 「あの村にはいなかったのかな・・・オーロラの音が聞ける人・・・・・・」 一刻も早くと、焦るリナリーの頭を、ラビは笑って撫でてやった。 「どうしてもオーロラが出ない場合は、別の作戦考えるさ。 確かに、行動しやすいのは夜なんだろうけど、意外と朝なんか、寝坊している隙に忍び込んだら成功しそうじゃね?」 「そ・・・そっか・・・!」 寒さのせいか、赤くなった顔にリナリーは喜色を浮かべる。 「だったら明日の朝にも、様子を見た方がいいよね?!」 「調査はプロに任せるさ。 俺らはトマが調べてくれた情報を元に動く。 それが一番、成功率が高いんだろうさ」 「う・・・うん・・・!」 ようやく解決策が見えてきたためか、リナリーの顔から不安の色が薄れた。 「わかったらホレ、いい加減、小屋に入るさ。 アレンを助ける前に、お前が風邪ひいてダウンしちゃ元も子もねーだろ」 「そうだね・・・」 ラビの指摘に苦笑し、リナリーは小屋に向き直る。 その目の端に、何か白いものが映った。 「え・・・?」 何が映ったのだろうと、ゆっくりと視線を巡らせた彼女は、なだらかな地平のかなたに、白く細くたなびく煙のようなものを見つけて、動きを止める。 「リナ?」 ラビが訝しげに振り向くと、リナリーはまっすぐにそれを指した。 「ねぇ、ラビ・・・あっち、村なんてないよね?小屋も・・・・・・」 ならば誰かが火を焚いているはずはないし、この大雪の中では、山火事の可能性も低い。 「もしかしたら・・・・・・!」 リナリーの隣で、ラビも黒い空に現れた細い光に目を凝らした。 「でも・・・今日は可能性が低いんでしょ・・・?」 あまり過剰な期待をしないようにと、自身の興奮を抑えようとするリナリーに、しかし、ラビは首を振る。 「確かに、太陽風が起こるのは太陽フレアが起こった時だといわれてるし、それは1日から数日でオーロラを起こす一因になる・・・んけど・・・・・・」 「けど?」 抑えきれない期待に目を輝かせ、リナリーはラビをせかした。 「・・・けど、太陽の活動がめっさ活発だった場合、その数年後に、磁気嵐を起こすことがある」 「それもオーロラの原因になるの?!」 もはや興奮を隠そうともせず、詰め寄るリナリーに、ラビは空の一点を見つめたまま頷く。 「あぁ・・・まさに、天が味方してくれたかもしんねぇさ・・・!」 言うや、ラビはくるりと踵を返し、小屋に駆け込むと、ストーブの前で悠然と茶を飲むクラウドにこのことを知らせた。 「ふぅん・・・」 カップをテーブルに置きもせず、そう呟いた彼女に、ラビが拍子抜けする。 「イヤ・・・元帥、『ふーん』じゃなくてさ・・・!」 「伯爵が館を出たと、連絡でもあったのか?」 「それは・・・ねぇけど・・・・・・」 ラビが気まずげに口を濁すと、クラウドはわずかに口の端を曲げた。 「オーロラが出れば、伯爵が館を出て見物に行く可能性が高いというだけで、アレンを救出する隙ができたと確定したわけじゃない。 トマの連絡を待て」 「う・・・そうだけどさ・・・・・・!」 そわそわと落ち着かない様子のラビに、クラウドは笑みを向ける。 「落ち着け。そのうち、必ずチャンスは来る。 ・・・まぁ、その頃には、クリスマスは終わっているかもしれんがな」 「それじゃダメだって言ってるのに!!」 どうしてもやる気の感じられないクラウドに、リナリーが詰め寄った。 「こんなところでクリスマスなんて、ヤダ!」 ヒステリックにわめきたてるリナリーに、クラウドはうんざりと吐息する。 「私にも、ハウンド・マイスターの才能があればな・・・。 『黙れ』『お座り』の二言で、お前達を従わせられるのに」 「おっ・・・俺ら、犬じゃないさ!!」 「あぁ、そうだな。 あれ・・・? ウサギって、人間に馴致(じゅんち)可能だったか?」 「え?!う・・・うーん・・・ウサギって、芸を仕込めるんだっけ・・・?」 「ウサギでもねぇだろぉぉぉ!!!! ってか!リナリーまで乗ってんじゃねぇよ!!」 「う・・・ゴメ・・・!!」 ニ人の反応に、クラウドが愉快そうに笑った時、彼女のゴーレムが鳴った。 緊張して、トマの報告に耳を澄ます二人の前で、クラウドは落ち着き払って頷く。 「了解。 すぐに向かう」 伯爵が館を出たとの報告に対するクラウドの答えに、ラビとリナリーは歓声をあげた。 「アレンー! デザートはもう、いいでしょぉー!!遊んでぇぇ!!」 テーブルに着いたはいいが、全くそこから動こうとしないアレンにとうとう、ロードが痺れを切らした。 「だっておいしいんだもん」 「アラま 嬉しいコトを言ってくれマすネ サァさ、どんどん召し上がっテ アレンの豪快な食べっぷりに、伯爵が嬉しそうに新しい皿を勧める。 「ありがたく アレンがデザートを頬張りつつ、嬉しそうに笑うと、配膳するメイド姿のアクマ達の間をするりと抜けて、執事風のアクマが伯爵に耳打ちした。 「マァ! それハ素敵 伯爵が歓声をあげると、憮然としていたロードが興味深げな目を向ける。 「ロード アナタが良い子にしてイタご褒美ニ、空がスペシャルなイベントを用意してくれマしたヨ 「なに?」 「オーロラが出たんですっテ 「えぇー ロードは歓声をあげて、椅子の上に立ち上がった。 「早速見れるなんて、ラッキー アレンー!! デザートは後でいいでしょぉ?! オーロラ見に行こうよぉ!オーロラぁ ロードははしゃいだ声を上げて、ゆさゆさとアレンを揺さぶるが、彼は席を立つ気配もなく、淡々と首を振る。 「寒いの嫌いなんですよね、僕」 「そんなぁ!! オーロラだよぉ?! いっつも見られるものじゃないんだよぉ?!」 「伯爵と行って来たら? 僕はあったかい部屋で、出来立てのスフレをいただいてるから」 「もぉ!!」 素っ気ないアレンの態度に業を煮やし、ロードは椅子から飛び降りた。 「なんだよぉ! もぉ、アレンなんか知らない!」 「えーぇ。 僕のことはもう、ほっといて」 その方が嬉しい、と、遠慮なく言うアレンに、ロードが頬を膨らませる。 「千年公ぉ! もぉ、アレンなんかほっといて、いこぉ!」 「アラ・・・デモ、ゲストを放って行くのハ・・・」 「だってぇ! アレンの気が変わるまで待ってたら、せっかくのオーロラを見逃しちゃうよぉ!」 気乗りしない様子の伯爵にきっぱりと言って、ロードは彼の手を取った。 「いこ! アレンはここで、一人寂しくデザートでも食べてればいいんだ!」 「別に寂しくないですから、勝手にどうぞ」 「きっ・・・・・・!!」 あまりにもすげないアレンの態度に、ロードが珍しくも本気で声を失う。 その様子に伯爵は肩をすくめ、ロードの手を取った。 「ロード そんナに怒らないデ 我輩と一緒ニ行きマしょ 「千年公ぉ〜〜〜〜!!」 甘えて伯爵の腕に縋りつき、ロードはアレンへ舌を出す。 「フンだ! アレンのいじわるぅ!! もぉ絶対、パーティに誘ってやんないからぁっ!」 「望むところです」 「きぃ〜〜〜〜っ!!!!」 悔しさのあまり絶叫するロードを抱え上げ、伯爵は席を立った。 「デハ我々は、少し席を外しますヨ、アレン・ウォーカー」 「どうぞお構いなく」 にこりと笑って手を振るアレンに、伯爵も笑みを返す。 「そうそう 我々ガいない隙ニ、逃げようナんテ思わないでくださイね ぱんぱん、と、手を叩き、伯爵は数体のアクマを呼び寄せた。 「ほぇ?」 抵抗する間もなく、アレンは軽々と抱えあげられ、再び鳥籠の中へ放り込まれる。 「スフレー!!!!」 「・・・そっちデすカ」 またもや閉じ込められたことよりも、楽しみなデザートを取り上げられたことに抗議するアレンに脱力しそうになりながら、伯爵はなんとか持ちこたえた。 「我々ガ帰って来るマで、そこニいてくださイ スフレは、そこでお食べなさいナ 伯爵の命に応じて、アクマ達はアレンが入った鳥籠を、デザートの乗ったテーブルの中心に据える。 手が届く範囲にデザートの皿があることに安心して、アレンは悠然と胡坐を組んだ。 「いってらっしゃい にっこりと笑って手を振るアレンに、ロードがまたヒステリックな声を上げ、伯爵は彼女を抱えたまま、慌てて部屋を出る。 「ヤレヤレ・・・あの師にしテこの弟子ありデすね・・・・・・」 未だぴぃぴぃと喚声を上げるロードをなだめ、防寒着を着せつつ、伯爵は深々と吐息した。 「突撃! 隣の晩ご飯〜〜〜〜!!」 「やかましい」 クラウドは、こぶしを握って気合を入れるラビの背中を蹴りつけ、雪に沈めた。 「くだらんこと言ってないで、とっとと来い」 「だってアレン、伯爵の晩餐に招待されたってさ・・・俺も腹減った!」 「お前は晩餐の材料にでもなっていろ」 雪の上に突っ伏し、しくしくと泣くラビを踏みつけて、雪に埋めてやる。 「もう、ラビ!!ホームに帰れば、ジェリーがいくらでもおいしいごはん作ってくれるよ! 早くいこ!」 暢気な二人の漫才に、痺れを切らしたリナリーが先に行こうとするのを、クラウドは襟首を掴んで止めた。 「慌てるな。 伯爵達は出かけても、館にはまだ、アクマどもがいる。 お前たちは今、イノセンスを持っていないんだ。慎重に行動しろ」 厳しく言うと、クラウドはトマも呼び寄せて、彼が作成した、外から見える範囲の見取り図を囲んだ。 「私が、アレンのいる部屋から最も遠い場所でアクマをひきつけ、一掃する。 リナリーはアレンの救出。 ラビとトマは、途中までリナリーと共に行動し、行きあったアクマを私の元にまで誘導。 以上、質問はあるか?」 「いえ・・・!」 「だいじょーぶさ!」 「お任せください」 自信満々に答える彼らに、しかし、クラウドは却って不安げな顔をする。 「この図は、トマが窓から見える範囲で作成したものだ。 方舟の構造を見てもわかる通り、伯爵の作る『館』は普通のそれとは違うぞ。 絶対に油断せず、慎重に動け」 「はい!」 表情を引き締め、強く頷いた彼らに、クラウドはようやく安堵して頷いた。 漆黒の空に白いオーロラの襞が広がり始めた頃、クラウドをはじめとするエクソシスト達は、そっと雪を踏みしめ、伯爵の館に忍び寄った。 主不在の屋敷は、明るいが妙に静まり返って、生者の気配を感じさせない。 それでも、慎重に蠢くものの気配を探りつつ、クラウドは無言で三人に行く先を指示した。 頷いて去って行く彼らを見送り、彼女は一人、アプローチに立つ。 先程までの忍び足とは違い、颯爽と踵を鳴らして玄関に至ると、堂々と両開きの扉を開け放った。 「ごきげんよう」 寒風にコートの裾を翻し、入ってきた黒衣の女に、館内のアクマ達が色めき立つ。 「オマエ・・・・・・!!」 誰だ、との問いを発せられ、クラウドは艶やかな唇に笑みを浮かべた。 「招かれざる客さ」 放たれた凶弾を最小の動きで交わし、笑みを深める。 「イノセンス・・・発動」 オーロラの舞う夜に、饗宴の第二幕があがった。 一方、アレン救出に向かった一行は、トマができうる限り調べた、最も彼がいる可能性の高い部屋の近くで、窓から館内に侵入した。 中に入った途端、廊下を伝って、クラウドがアクマを破壊する音が聞こえる。 「もうこの辺りにゃ残ってねぇかもしんねぇけど、俺とトマで探ってみるさ。 リナリーは、俺らが行ってからしばらく待って、大広間へ行け」 ラビの指示に、リナリーはティムキャンピーと共に頷いて、彼らを見送った。 物陰に身を潜め、神経を尖らせて全身で気配を探る。 と、ややして、ラビとトマの足音が、まっすぐに破壊音の方へと駆けて行った。 上手くアクマ達の気を引き、クラウドの元へ誘い出したのだろう。 それでもまだ、アクマが残っている可能性を警戒して、リナリーはティムキャンピーを偵察に行かせた。 長い尾を振って、誰もいないことを知らせるティムキャンピーに頷いた彼女は、気配を殺して、無人の館内をできる限り素早く移動する。 間もなく、大広間らしき場所を見つけたリナリーは、厚い両開きの扉を細く開けてティムキャンピーを中に入れた。 続いて彼女自身も、用心深く中の様子を伺うと、部屋の中心にあるテーブルの上に置かれた鳥籠のような檻の上を、ティムキャンピーが飛び回っている。 そしてその中には、彼女の探し求める姿があった。 「アレン君・・・!」 思わず呟きをもらしたリナリーの元に、ティムキャンピーが素早く戻ってくる。 誰もいないことを知らせるゴーレムと並んで、リナリーは一足にアレンの元へ駆け寄った。 「アレン君!!」 「リ・・・リナリー・・・!!」 ティムキャンピーに続いて現れた救世主の姿に、アレンは歓喜する。 檻の隙間から伸ばされたアレンの手を握り締め、リナリーは微笑んだ。 「助けに来たよ、アレン姫!」 「王子ぃ〜!!信じてましたぁ〜!!」 涙を浮かべるアレンに頷き、リナリーは鳥籠に視線を巡らせる。 「これ・・・どうやって出すの?」 「ロードは下の掛け金を外してから、被さった檻を外したみたいですよ」 「でも・・・掛け金なんて・・・・・・」 目だけでなく、指でも探りながら、慎重に掛け金の部分を探すが、どうしても見つけ出せなかった。 「どうしよ・・・このままさらっていくかな」 冗談ではなく、本気で檻を持ち上げようとするリナリーに、アレンが驚く。 「そんな・・・重いですよ?!」 「重くても、檻から出せない以上、やらなきゃでしょ?!」 そう言って、檻を掴む手に力を込めたリナリーは、アレンの首に下がったものに目を見開いた。 「アレン君・・・それ・・・・・・」 「え? あぁ・・・僕が見つけたイノセンスです。 ロードが、ゲームして勝ったら僕にプレゼントするけど、負けたら壊すなんて、とんでもないこと言ってました」 だからゲームを避けるため、長々と食事していた、というのは、完全に信じることはできない言い分だとしても、イノセンスが壊されないまま、アレンの手元に残ったのは望外の幸運だ。 「ちょっと貸して!」 言うや、リナリーはアレンの首にさがったイノセンスを取り上げた。 「どうするんですか?」 アレンの問いには答えず、リナリーはイノセンスで、檻の床部分の縁をゆっくりとなぞっていく。 すると間もなく、カチリ、と、掛け金の外れる音がして、アレンを囲む檻が取り払われた。 「やったぁ!! 救出成功だよ、アレン姫!」 感激して抱きついてきたリナリーを抱きとめたアレンは、驚きのあまり見開いた目を、白馬の王子へと向ける。 「なんで・・・?」 唖然と問うと、リナリーはにこりと笑ってアレンの手を引いた。 「種明かしは、逃げながらでいいかな、お姫様?」 「うん・・・リナリー王子 アレンはテーブルから飛び降り、リナリーと手を繋いだまま駆け出す。 ティムキャンピーの先導で、リナリー達が窓から侵入した部屋に到着すると、ようやく彼女の緊張した顔も和んだ。 「・・・さっきの種明かしはね、イノセンスとダークマターの反発作用を利用したんだ。 あの檻に鍵をかけたのはきっと、ダークマターの力だから、イノセンスの力で相殺したんだよ。 武器化されてないイノセンスでも、適合者の手にあれば、鍵を開けることくらいはできると思ったんだ」 「すごい・・・さすが王子!!」 どさくさにまぎれて手を握り締めるアレンに、リナリーは得意げに笑う。 「ふふ アレン姫を救うためなら、王子はたとえ火の中水の中なんだよ 芝居がかった大仰な言い様に、しかし、アレンは本気で感動した。 「もう、一生ついていきます、リナリー王子 半分以上本気で言ったアレンに、リナリーは大きく頷く。 「じゃあまずは、避難場所までついてきてもらおうかな♪ この近くの小屋まで、はぐれずについてきてね!」 「はいっ そっと窓を開け、外に出たリナリーの後に、アレンも従った。 と、 「あれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」 雪の上に足を下ろした途端、二人は目を点にして、呆然と立ち竦む。 「ここ・・・・・・どこ・・・・・・・・・・・・?」 今の今まで二人がいたはずの館は跡形もなく消え、地平線のかなたまで白く塗りこめられた景色が広がっていた。 世界に二人だけしかないとも思える場所で、不安げな顔を見合わせる。 「もしかして・・・方舟と同じ・・・・・・?」 「あの窓が、『扉』と同じ効果を発揮したんでしょうか・・・?!」 だとすれば、今二人がいる場所が世界のどの辺りになるのか、皆目見当がつかなかった。 「つ・・・通信ゴーレム!! 本部に連絡が取れれば、通信班が場所を割り出してくれるよ!!」 蒼褪めるアレンを安心させようと、リナリーはポケットから黒いゴーレムを取り出す。 が、何度電源を入れ直しても、ゴーレムは雑音を吐き出すばかりだった。 「そんな・・・・・・!」 途端、泣き出しそうになったリナリーを、アレンは慌ててなだめる。 「待ってリナリー! もしここが北極圏なら、目が凍りますよ!!」 「あ・・・」 慌てて瞬いたリナリーのまつげを、きらきらと氷の粒が彩った。 「あ・・・危なかった・・・・・・!」 冷気によらず蒼褪めるリナリーを、アレンは抱き寄せる。 「ア・・・アレン君?!ティ・・・ティムが見てるよ?!」 驚いて裏返った声を上げるリナリーの耳元に、しかし、アレンは落ち着いた声音で囁いた。 「団服を着てないから・・・寒いでしょ?」 それ以外の意図はない、と思わせる声に、リナリーは顔を赤らめて頷く。 「僕の大切な王子様が、凍傷にでもかかったら大変です」 少し冗談めかした言い様にちらりと笑い、リナリーはアレンの胸に頬を寄せた。 「あったかい・・・」 「僕も・・・」 くすりと笑みを漏らし、リナリーの頭に頬を寄せたアレンは、目の端に映った紅い光に顔を上げる。 「なに・・・?」 呟くと、リナリーも同じ方向を見上げた。 「朝日・・・?」 「どうでしょう・・・・・・」 二人が伯爵の館を出たのは、まだ真夜中にすらなっていない時間だったが、この場所の経度がわからない以上、その可能性もある。 が、夜闇に浮かぶ、薄紅の光をしばらく見つめていた二人は、光の襞が空を覆って揺らめく様に、ぽかんと目を見開いた。 「オーロラ・・・・・・」 天空から白い地平線までを薄紅に染める光の襞に、二人は不安も忘れて見入る。 「すごい・・・・・・・・・」 「なんて・・・・・・きれい・・・・・・・・・・・・」 自然が織り成す情景のあまりの美しさに、それ以上の言葉は見つからなかった。 ただ、更に寄り添ったぬくもりが、言葉以上に互いの感動を伝える。 「リナリー」 「ん?」 オーロラから目を離す事ができないまま、二人は互いの背に回した腕に、力を込めた。 「こんなに素敵な光景を、君と一緒に見れたことが、すごく嬉しいです・・・」 「私も・・・」 不安も焦りも・・・はにかみも今は消えて、澄んだ笑みを見交わす。 彼の・・・彼女の白い頬に、オーロラの薄紅が照り映える様をもっとよく見ようと額を寄せ、暖かい吐息が触れた瞬間―――― オーロラよりももっと紅い唇が、重なった。 「まだ?! まだ連絡は取れないのっ?!」 ほぼ1分おきにかかって来るコムイからの内線に、ほとんどノイローゼ気味だった通信班の団員達は、リナリーからの通信を受けるや、コムイ以上に歓喜した。 「無事?!」 通信班を経由して繋がれた通信に、コムイは悲鳴じみた声で問う。 と、回線の向こうの声は、コムイのそれとは逆に、緊張感を欠く口調で答えた。 『無事は無事なんだけど、どこにいるかわかんなくて。 兄さん、悪いんだけど、この通信で緯度と経度、割り出してくれる?』 最優先で位置の割り出しを命じて、コムイは妹との会話に戻る。 「イノセンスもないのに、なんでついて行っちゃうのさ!! ボクがどれほど心配したと思ってんの!!」 『あぅ・・・ごめんなさい・・・』 気まずげな声で謝ったリナリーに、コムイは畳み掛けた。 「何度も連絡取ろうとしたのに通じないし!!ゴーレムの電源切っちゃダメでしょ!!」 『え・・・うん・・・・・・。 最初は確かに、呼び戻されるのが嫌で電源落としてたんだけど、アレン君助けてからは、連絡取りたくても通じなかったんだよ』 「通じなかった?妨害電波かい?」 ほんの少し、冷静さを取り戻した声で問えば、リナリーが『ううん』と応じる。 『アレン君の目でも、この近くにアクマは捕捉できなかったから、違うと思う。 今夜はすごいオーロラが見えたし、磁気嵐じゃないかな?』 「あぁ・・・それなら、ゴーレムが不調になっても不思議はないかな」 頷いたコムイの手元に、大至急で解析されたリナリー達の所在地が渡された。 「キミ達のいる場所、わかったよ。南極大陸だって」 『えぇっ?!地球の裏側に来ちゃったの?!』 アクマがいないはずだと、リナリーの声は驚くと共に、安堵の色もにじませる。 「方舟を迎えにやるから、早く帰っておいで」 『うん!ありがとう、兄さん!』 はしゃいだ声をあげ妹に、しかし、今回はさすがのコムイも・・・いや、コムイだからこそ、眉をひそめた。 「お仕置きは覚悟しなよ?」 『・・・・・・・・・・・・はい。ごめんなさい』 途端に引きつった声に、コムイは思わず苦笑をもらし、通信を切る。 「さぁて・・・もう一組は無事かな・・・?」 リナリー達の無事を知らせるためにも、コムイはクラウド達への回線を開いた。 『そうか、戻ったか』 破壊音をバックミュージックに、クラウドは冷静な声で応じた。 「そちらは、退避できそうな状況ですか?」 『あぁ。時間稼ぎに壊しているだけだからな』 いつでも大丈夫、と請け負ったクラウドに頷き、コムイは方舟の準備を命じる。 「では、お迎えにあがらせますので」 『ラビとトマだけ収容してくれ。 私はここに残る』 「は・・・しかし・・・・・・」 不意に破壊音が止み、明瞭になった音声に、コムイは戸惑いがちな声音で応じた。 「もう任務は・・・」 『時間稼ぎとはいえ、ずいぶんアクマを破壊したからな。 伯爵が腹いせに、近くの村を襲わんとも限らん。 彼の館が消えるまで、私はここで番をしていよう』 そんなことはファインダーに任せろと、喉まで出掛かった言葉をコムイは収める。 「そこには温泉があるんですか?」 『温泉はないな。 だが、サウナはあるんじゃないか?』 どこか楽しげな口調に笑みを漏らし、コムイはクラウドの願いを受け入れた。 「では、これは私からのクリスマスプレゼントということで」 『わがままな子供を二人も引率したんだ。帰ったらもっと、ましなものをよこせ』 笑声交じりの声に、コムイも笑って『了解』と答える。 「ラビは残念がるでしょうけどね」 『あれはなんとしても追い返すからな。 こっちには絶対戻すなよ』 再び『了解』と答え、コムイは笑声を上げつつ、通信を切った。 To be continued. |
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2007年アレン君お誕生日SS第3弾にして、D.グレSS100話目です! よくがんばった、自分! 100話も書けば、お気に入りもあれば未だ自分的封印な不出来なものもあるのですが、それでもここまでがんばった自分を褒めてやりたいです(笑) そして何よりも、 応援してくださる皆さんに感謝です! 皆さんが喜んでくださるから、私もがんばれますよ 記念すべき100話目は当然アレリナで! 互いに完全防寒の状態で抱きあってもあったかいわけがないとか、言わないのがロマンチスト。>お前が言うな。台無しだよコンチクショー。 ところで、太陽風はオーロラ発生の『一因』なので、別にこれがなきゃダメだってことはないと思います。 しかも、『ピンクのオーロラ』は低緯度で起こる現象なので、よほどエネルギーが高い状態でないと無理だそうな(笑) まぁ、その辺はフィクションってことで!(笑) でも、北極圏でオーロラが見られる時、南極圏でもオーロラが見られるのは事実です。 強い磁気嵐が起こると、電気系統に影響を及ぼすのも同じく。 カナダは磁気嵐のせいで停電したことがあるそうな。 ちなみに太陽フレアの観測は、19世紀半ばには既に行われていましたので、情報を得ることは可能です。 |