† Hurry Xmas W †








 「ただいまー!」
 「今帰ったさー!」
 ほとんど同時に方舟から出てきた二組は、出口で顔を合わせ、歓声をあげた。
 「アレンー!
 無事でよかったさ!」
 「ラビ!!トマも、救援ありがとう!
 ホント、助かりましたぁー!!」
 きゃいきゃいと、手を取り合って喜ぶアレンとラビを、リナリーが微笑ましく見つめる。
 と、彼女にも楚々と、トマが歩み寄った。
 「リナリー殿も、ご無事で何よりでございました」
 「うんっ!
 窓から出た途端、南極に行っちゃったのはびっくりしたけど、おかげですごくキレイなオーロラが見られたんだよv
 はしゃいだ声をあげたリナリーの顔が、次の瞬間、なぜか真っ赤に染まる。
 「どっ・・・どうかされましたか?!」
 「うっ・・・ううんっ!!なんでもないっ!!」
 両手で顔を覆い、ふるふると首を振るリナリーを訝しく思いつつも、方舟の間に現れた上司に気づいたトマは、恭しく一礼した。
 「コムイ室長」
 トマが口にした名に、エクソシスト達は全員、ぎくりと固まる。
 「お帰り、みんな」
 そう言ったコムイの顔は穏やかに微笑んでいたが、その声は北極圏の風よりも冷たかった。
 「さぁて・・・お仕置きの時間だ」
 「もう?!」
 思わず声を揃えた三人に、コムイが眉をひそめる。
 「ナニ?猶予を与えるとでも思ってんの?
 こう言うことはね、迅速にやんないと反省しないでしょ、キミ達は!」
 「あぅ・・・・・・」
 真っ青になってうな垂れた彼らを意地悪く見渡し、コムイは口の端を曲げた。
 「リナリー」
 「はぃ・・・・・・」
 「婦長が、ナースが足りないってぼやいてたから、年明けるまで病棟のお手伝いしなさい」
 「うぅ・・・激務だね・・・・・・!」
 しかも、あの婦長の下で、と、リナリーは目眩を起こしてしゃがみこむ。
 「ラビ」
 「あぃっ!!」
 びくっと震えたラビに、コムイは目を細めた。
 「クリスマスパーティまで、ジェリーの手伝いしてあげて」
 「超激務・・・!!
 俺、パーティ終わった頃、生きてっかな・・・・・・?」
 肺の中が空になるのではないかと思うほど深々と吐息したラビにちらりと笑い、コムイはアレンに向き直る。
 「アレン君」
 「はひっ?!」
 ぶるぶると、天敵に遭った小動物のように震える彼に、コムイは悪魔の笑みを浮かべた。
 「左手、動かないみたいだね。
 治療しよう」
 「ひぃぃぃぃぃっ!!」
 親切ごかしな言葉の裏に、明らかな殺意を感じ取ったアレンは、長い悲鳴をあげてあとずさる。
 が、恐怖に硬直した足は思うように動かず、簡単に襟首を取られて、猫の仔のようにぶら下げられた。
 「わぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 泣き叫ぶが、アレンが伯爵によって左手を封じられたのは事実なので、誰も異議を唱えることが出来ない。
 「が・・・がんばって!」
 「生きて戻れよー・・・!」
 仲間達のエールに見送られ、アレンは激しく泣きながら、コムイの研究室へと連行された。


 アレン達が本部に戻ったのと同じ頃、地下水路にも舟が着いた。
 「ただいま!」
 大荷物を抱えた神田を従え、晴れやかな顔をして戻ったミランダを、愛犬達が尻尾を振って迎える。
 「マンマ!!
 あぁ、ようやく帰ってくださって!!」
 監査役長官自らの出迎えに、ミランダは恐縮するどころか、彼女の前に跪いた彼を、愛情深く撫でてやった。
 「あなたのおかげで楽しかったわv
 ありがとうね、ヒゲv
 「光栄です!!」
 きれいにセットした髪をわしゃわしゃと撫でられて、ルベリエは蕩けるような笑みを浮かべる。
 「あら?マユゲは?
 いつも、真っ先に飛んでくるのに」
 いつまでもやって来ない、もう一頭の愛犬を探しつつ問うと、ルベリエは得意げに胸を反らした。
 「リンク監査官は、ある重大な任務に就いております!
 マンマにはぜひ、ご覧いただきたい!」
 「あら、そうなのv
 じゃあ、先に荷物を置いてこようかしら。
 メガネ達v こっちへいらっしゃいv
 優しく呼びかけられて、長官の背後でうずうずしていた監査官達が駆け寄ってくる。
 「神田君、ありがとうねv
 さぁ、メガネ達v これを、談話室に運んでおいてくれる?クリスマス・ツリーのオーナメントよv
 「はいっ!!」
 声を揃え、機敏に走り出した監査官達を、ミランダは満足げに見送った。
 「本当にいい子達v
 でも、ママがいない間、アレン君やみんなをいじめたりしなかった?」
 ミランダが気遣わしげに問うと、ルベリエは吐息混じりに頷く。
 「いじめようにも・・・彼らは今の今まで、フィンランドに行ってましたからな」
 「あら・・・任務?」
 「まぁ・・・結局は任務になったということですかな」
 そう言って、ルベリエは簡単に事情を説明した。
 「そうなの・・・大変だったのね・・・」
 「イノセンスもねェのにのこのこ行くなんざ、馬鹿な奴らだ」
 冷淡な神田の言葉に、ミランダは苦笑する。
 「でも、無事でよかったわv
 せっかくのクリスマスなのに、あの子達がいないんじゃ、寂しいもの」
 「しかし、これで更に、アレン・ウォーカーの嫌疑は深まりましたな。
 よりによって、伯爵本人に招かれるとは」
 「まぁ・・・そんなこと、言うものではないわ。
 きっとアレン君にも、事情があったのよ」
 ルベリエの心得違いを諭しつつ、ミランダは城内へ向かった。
 「さv
 マユゲがどんな素敵なことをしているのか、教えてちょうだいv
 ミランダがにこりと微笑むと、ルベリエは尻尾があったら振っていたに違いないと思える喜びぶりで、ミランダの先に立つ。
 「じゃあ俺は部屋に戻る」
 人が変わったようにはしゃぎ狂うルベリエの姿に、神田がうんざりとした口調で言うと、ミランダはまっすぐに神田へ向き直った。
 「おつき合いありがとう。
 おかげで助かったわv
 丁寧に礼を言われ、神田は頷く。
 「また用がある時に呼べ」
 「ふふ・・・v
 約束を守ってくれるのねv
 「・・・・・・まぁな」
 微笑むミランダに無愛想に頷き、神田は彼らとは別の回廊を行った。
 「さぁさ、マンマ!
 リンク監査官は、マンマに喜んでいただこうと大変がんばったのですよ!」
 神田に向けられたミランダの意識を自分に向けようと、ルベリエが大仰な物言いをする。
 「作業部屋で待ちかねておりますから・・・早くいらしてください!」
 「えぇv
 張り切って歩き出したルベリエについて、ミランダはリンクの待つ部屋へ向かった。


 一方、『治療』と称してコムイの研究室に連れ込まれたアレンは、消毒液の臭いがこもるタイル張りの部屋の片隅にうずくまり、ぶるぶると震えていた。
 「なんだよー。
 そんなに怯えることないじゃなーィ♪」
 のんきな口調でコムイが取り出したのは、アレンの身長の半分ほどもある、巨大な工具だ。
 「あ・・・あの・・・!
 ぼぼ・・・僕・・・・・・左腕を封じられただけで、別に怪我とかはしてなくて・・・・・・!」
 「でも、取れなくて困ってるんだよね、その糸?」
 あっさりと言われ、アレンは頷くことも出来ずに、滂沱と涙を流した。
 「うーふーふーふーふーv
 焦らずじっくりやろうよね、アレンくぅんv
 ボク、色々聞きたいこともあるしぃv
 「き・・・き・・・聞きたいこと・・・・・・?」
 アレンがしゃくりあげつつ、びくびくと問い返すと、コムイは恐ろしい笑みを浮かべて頷く。
 「リナリーになにしたの?」
 「えぅっ?!」
 きらりと光る工具の先端を突きつけられ、アレンは壁に背を押し付けた。
 「なっ・・・何もしてませんよ、何も!!
 リッ・・・リナリーが助けに来てくれたんで、お礼は言いましたけど!!」
 必死に首を振ると、工具が頚動脈に押し付けられ、アレンは亀のように首を伸ばす。
 「ふぅん・・・言わないんだぁ・・・・・・。
 じゃあ、ティムに聞いてみようかなぁ」
 「ティッ・・・ティムですかぁ?!」
 恐怖のあまり裏返った声をあげ、アレンは冷や汗を浮かべた。
 「ティッ・・・ティムはっ・・・・・・師匠のとこに行ってますよ?!」
 「オヤ。
 クロスの元に逃がしたの?」
 「めめめめめめっ・・・滅相もない!!
 元々ホラ!!ティムは師匠のゴーレムですから、僕より師匠のとこにいたいんですよ!!」
 「じゃあ、どーせヒマしてるだろーから、クロス呼んじゃおうかなー」
 「ひぎぃっ!!
 二大魔王襲撃!!」
 アレンは今にも白目を剥かんばかりに怯える。
 いや、いっそ、意識を失った方がいいかもしれないと、アレンは本当にここに師がやってきた時のことを想定してみた。
 「ふぅっ・・・!」
 簡単に魂の抜けたアレンを見下ろし、コムイが忌々しげに舌打ちする。
 「逃げたねェ・・・!」
 だが、と、コムイはにんまりと笑った。
 「ボクの前で無防備な姿をさらしたことを、後悔させてあげるよv
 クスクスと楽しげな笑声をあげ、コムイはアレンの首根っこを掴む。
 「さぁ・・・パーティの始まりだねェv
 不気味な笑声をバックミュージックに、コムイはアレンを診察台へと放り出した。


 一方、ルベリエに案内されたミランダと、お仕置きに向かう前に進行状況を確認に来たラビとリナリーは、リンクが作業する部屋の前で鉢合わせた。
 「ミランダ、お帰り!」
 「満足のいく休暇だったさ?」
 二人に声をかけられ、ミランダはにこりと笑って頷く。
 「ええ!リナリーちゃんの欲しがっていた物も、ちゃんと買ってきたわよv
 後で、一緒に飾り付けしましょうねv
 だが、そう言った途端、リナリーは暗い顔をした。
 「それが・・・・・・無理やりクラウド元帥についてっちゃったお仕置きで、今年中は病棟でご奉仕が決まっちゃった・・・・・・」
 「あらあら・・・・・・」
 口元に手を当て、ミランダは目を見開く。
 「そういえば、聞いたわよ?
 アレン君も大変だったみたいね・・・・・・」
 「自業自得ですな」
 すかさず言い添えたルベリエを、ミランダは咎めるように見遣った。
 「そういうことを言っちゃいけません!」
 「はっ・・・はい!!申し訳ございません!!」
 背筋を伸ばして声を張り上げるルベリエに、ラビとリナリーが思わず拍手する。
 「ミランダ・・・すっげ!」
 「ドッグ・コンテストで優勝間違いなしだね!」
 ただ、出場可能かどうかは別の問題だと、まじめな顔で言う二人を、ルベリエは忌々しげに睨みつけた。
 「・・・それより、中に入ってみてはどうですか?」
 「あぁ、そうだったわね!」
 恭しくドアを開けたルベリエに導かれ、中に入ったミランダは、その出来に目を見開く。
 「まぁ素敵!!」
 「すごぉい・・・!」
 「悔しーけど、さすが達人さ・・・!」
 続いて入って来たリナリーとラビも、口々に感嘆の声を上げた。
 リンクが傍らに気取って立つお菓子の家は、屋根が彼の肩の位置ほどにもあり、子供なら十分『家』として遊べるほどの大きさがある。
 そしてツリーも、頂上の星を置く場所は、リンクの頭よりも高い場所にあった。
 「おかえりなさいませ、マンマv
 飾りつけがお好きだと、料理長よりうかがいましたので、オーナメントはまだつけておりません」
 「これ、全部あなたが作ったの?!」
 ミランダが感激して問うと、リンクは少々考えてから、首を振る。
 「完成させたのは私ですが、そこのJr.とリナリー・リーが考え、教団の団員達も・・・それぞれに、自分の好きなクッキーを焼いたり、飴細工を作って持ってきましたね。
 ウォーカーの『お菓子の家』の材料にしてくれと」
 「まぁ・・・v アレン君、みんなに好かれているのねv
 ミランダが感心すると、ルベリエもにこりと笑って進み出た。
 「私も少々、お手伝いしましたぞ!」
 得意げに胸をそらすと、ミランダは嬉しそうに笑う。
 「まぁ!なんてすごいのかしら、二人とも!!」
 一緒にわしゃわしゃと撫でられて、監査役長官とその部下は、嬉しそうな顔をした。
 「俺っ・・・俺らのはっ・・・?!」
 「私たちが作ったのはどこ?」
 ラビとリナリーは、きれいに仕上げられたお菓子の家を見回して探すが、二人が焼いた部分はなかなか見つからない。
 と、ミランダに撫でられながら、リンクが家のドアを指した。
 「開けてみたまえ。
 不恰好なクッキーと焦げたクッキーは、床材にした」
 「・・・・・・コノヤロッ」
 「あー・・・なんだかいい効果だねー・・・・・・」
 床に敷き詰められた力作のクッキーを見て、二人は悔しげな、そして虚しげな声を出す。
 だが悔しいことに、焦げ目を効果的に配置した床はモザイク画のように模様が描かれて、文句のつけようがなかった。
 「さぁ、マンマv
 どうぞ、飾りつけを!」
 リンクが恭しく差し出した、美しい飴細工の星をうっとりと見つめたミランダは、しかし、首を横に振る。
 「星は、アレン君につけさせてあげましょう。
 毎年、ラビ君に取られちゃって泣いてるし」
 くすりと、ミランダが笑みを漏らすと、ラビは気まずげに目を逸らした。
 「私は他のオーナメントを飾るわv
 メガネ達に談話室に持って行ってもらった荷物、取ってこなきゃ!」
 張り切って目を輝かせるミランダに、リナリーとラビが頬を膨らませる。
 「いいなー・・・・・・」
 「俺ら、今から重労働さー・・・・・・」
 二人して重い息をつき、ほとんど完成したお菓子の家から、名残惜しげに離れた。
 「がんばろね、ラビー・・・」
 「ん・・・。
 コムイに連行されたアレンよか、マシな状況だかんなー・・・・・・」
 お互いを慰めるように肩を叩きあい、ミランダに手を振ると、二人はとぼとぼと部屋を出る。
 監査官達の傍らを過ぎた時、『ざまぁみろ』と言わんばかりの目を向けられたことにムッとして、リナリーは傍らを歩くラビを見上げた。
 「ねぇ・・・泣かすんじゃなかったの、長官達?」
 喜んでるよ、と、非難がましいことを言うリナリーに、ラビはにんまりと笑う。
 「もちろん、泣かすさ。
 いや、泣かせてもらうさ」
 「どういうこと?」
 きょとん、と目を見開き、楽しげなラビを見つめると、彼はくすくすと笑声を漏らした。
 「ミランダが帰ってきたんだぜ?
 あいつに会いたいのは、長官達だけじゃねぇだろ」
 その意地悪な台詞にリナリーは目を見開き、くすくすと笑声をあげる。
 「長官達、かわいそう・・・!」
 「思ってもねーこと言うんじゃねーよ!」
 頭をくしゃくしゃと撫でられて、リナリーははしゃいだ声をあげた。


 「まぁ!オーナメントもお菓子なのね!」
 「はい。ジンジャークッキーとキャンディケーンはもちろん、ベルや天使もお菓子で作っております」
 「すごいわ、マユゲv
 お前は本当に優秀な子ねv
 「マンマ!
 お菓子作りでは、私とて負けてはおりませんぞ!
 リーフパイで作ったクリスマス・リースでございます!」
 ルベリエが差し出した見事なリースに、ミランダは目を輝かせた。
 「ステキ!
 お菓子作りだけじゃなく、センスもいいのね、ヒゲはv
 「恐縮です!!」
 得意満面で胸を張る二人に、ミランダは満足げに微笑む。
 「じゃあ、張り切って飾り付けしましょうね!
 ここが終わったら、談話室のツリーも飾らなきゃだし、今日は忙しいわv
 「はい!」
 「お手伝いいたします!!」
 喜色満面で、二人がオーナメントを並べた箱を捧げ持った時、軽やかなノックに続いてドアが開いた。
 「お帰りなさい、ミランダさん」
 「リーバーさんv
 科学班班長の登場に、ミランダが監査官達以上に喜色を浮かべる。
 「お仕事はいいんですか?!」
 「よかないんすけど・・・」
 口を濁して、リーバーは懐中時計を取り出した。
 「今から三時間は、俺のクリスマス休暇です。一緒に飾りつけするって、約束したでしょ?」
 「覚えててくれたんですね!!」
 歓声をあげて、ミランダはリーバーの手を取る。
 「ありがとうございます!
 リーバーさんがそうおっしゃってくれたから、色々お買い物してきたんですけど・・・お忙しいから、無理じゃないかって思っていたの!」
 「忘れるわけないでしょ」
 「嬉しい・・・v
 ほんのりと頬を染めたミランダの傍らで、愛犬達がムッと眉を寄せた。
 「マンマ!
 そんな憔悴した奴よりも、我々の方が役に立ちますぞ!」
 「そうですとも!
 リーバー班長、あなたはこんなところにいる場合じゃないでしょう?!」
 犬たちがキャンキャンと吠え掛かると、
 「まぁ!
 そんな失礼なこと、言っちゃいけません!」
 今までで最も厳しい口調で叱られ、しょんぼりとうなだれる。
 「さぁ!
 後は私達でやりますから、お前達はお仕事に戻っていいわよ」
 にこりと微笑まれ、二人は情けない目でマンマを見上げた。
 「し・・・」
 「しかし・・・・・・」
 きゅーん・・・と、悲しげな鳴き声をあげる二人に、ミランダは笑みを深める。
 「きれいに飾ったら、一番にお前達に見せるわねv
 その言葉と共にドアを示され、二人はとぼとぼと外へ向かった。
 「ごくろーさんv
 リーバーに『ざまぁみろ』と言わんばかりの、優越感に満ちた笑みを向けられ、監査官達の目が尖る。
 「マンマに何かあったら・・・」
 「異端審問にかけてやる・・・・・・」
 ミランダには聞こえないよう、呪いの言葉を吐き出した彼らを、リーバーは苦笑して見送った。


 「あぁ、長官達。
 どこ行ってたんですか?」
 ミランダの傍を追い払われた監査官達が、連れ立ってとぼとぼと歩いていると、コムイが声をかけてきた。
 「コムイ室長・・・・・・」
 「なにか・・・・・・?」
 「・・・・・・なんでそんなにやさぐれてんですか、二人とも?」
 あまりにも凄惨な二人の表情に、コムイは驚いて目を見開く。
 「まぁ、それはいいや。
 アレン君をクロス元帥に会わせたいんですけど、いいですよね?」
 「なに?」
 「面会は禁止だと、はっきり通達したでしょう!」
 「そうなんですけど・・・」
 予想通りの反応に、コムイは肩をすくめた。
 「アレン君の左腕、伯爵の力で封じられちゃったみたいなんですよね。
 あの子が自力でなんとか出来ればいいんですけど、どうも、まだ力が足りないらしくて。
 ボクも色々やっては見たんですが、さすがに工具じゃ歯が立たないや」
 「工具・・・・・・?」
 訝しげな顔を見合わせ、コムイの言い分を確認に出向いた監査官達は、診察台の上に半死半生のアレンの姿を見止めて声を失う。
 「ご・・・・・・」
 「拷問・・・・・・?」
 「人聞きの悪い。治療ですって」
 しれっと言ってのけたコムイに、監査官達は蒼褪めた顔を向けた。
 「ウ・・・ウォーカー、大丈夫か・・・?生きてるか・・・?」
 恐る恐る近寄ったリンクが声をかけるが、アレンは白目をむいたまま答えない。
 「い・・・生きているんだろうなっ?!」
 思わず抗議口調になったルベリエに、コムイはあっさりと頷いた。
 「もちろん。
 ボカァそんなミスはしませんよ」
 「ミ・・・ミスって・・・・・・」
 あまりにも冷酷な言い様に、さすがのルベリエもぞっとする。
 が、そんな彼らの様子に気づいているだろうに、コムイは莞爾と微笑んだ。
 「まぁご覧の通り、ボクもやるだけやっては見たんですが、どうしても外れないんですよね、この糸。
 なんで、同じ科学者として・・・いや、それ以上に魔導師として、クロス元帥なら何か対策を知ってるんじゃないかなぁってv
 でも、と、笑みを深めたコムイに、監査官達はびくりと震える。
 「いちおー、あなた達の許可を得ておかないと、後々面倒なことになりそうですしね」
 コムイのサディスティックな面をこれでもかと見せ付けられた監査官たちは、いっそ『どうぞご自由に』とでも言って、この件については放置したかった。
 が、彼らの役目上、そう言うわけにも行かない。
 「リンク監査官・・・・・・クロス元帥を呼びたまえ・・・・・・」
 「は・・・よろしいのですか・・・?」
 長官の決断に、リンクは念を押したが、上司は忌々しげな顔をして頷くばかりだった。
 ややして、ティムキャンピーを頭に乗せた災厄の神が現れ、監査官達は心底うんざりする。
 「元帥には・・・わざわざご足労いただきまして・・・・・・」
 忌々しさが出ないよう、必死に抑えたリンクの声に、クロスは口の端を曲げた。
 「クラウドに逃げられちまったからな。いい暇つぶしだ。
 俺も、こいつをいぢめるのは嫌いじゃない」
 コムイ以上のサディスティックな発言に、監査官達は不安そうな顔を見合わせる。
 「殺さない程度にお願いしますぞ」
 せいぜい、威儀を正して言ったルベリエに、クロスはさわやかに笑った。
 「そんなの、保障できるかバカヤロー」
 「せめてそのくらいは保障してくださいよ!」
 「わっ・・・我々の任務を妨害する気か?!」
 激しく抗議する監査官達に、クロスは意地の悪い笑みを深める。
 「お前らこそ、このガキを異端審問にかけるとか息巻いてたじゃねぇか。
 いつの間にほだされたんだ?」
 「べ・・・別に、ほだされてなどおりません!
 このクソガキ・・・いえ、ウォーカーは、一筋縄ではいかないようですので、こちらもからめ手で立ち向かっているだけです!」
 忌々しげに言って、リンクは未だ白目を剥いたままのアレンを見やった。
 「どうも・・・私が『異端審問』の一言を言い出すのを、待っている感じなんですよね、彼は。
 おそらく、こっちが『拷問』を言い出した途端、反撃に移る構えではないでしょうか」
 「ふぅん・・・気づかれるとは、こいつもまだまだだな」
 愉快そうに笑ってアレンに歩み寄ると、クロスは容赦なくアレンに拳骨を食らわせる。
 「ぎゃふっ!!」
 「起きろ馬鹿弟子。
 あのデブの封印、外すぞコラ」
 「イタ・・・たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 頭が割れそうな衝撃をくらい、思わず開けた目の前に赤い悪魔の姿を見止めて、アレンは悲鳴を上げた。
 「二大悪魔襲撃ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 反射的にあとずさるが、そこは狭い診察台の上。
 あっという間に逃げ場はなくなり、アレンは後頭部からタイル張りの床にダイビングしてしまった。
 「・・・また、目を回しましたね」
 「ちっ・・・。
 しょうがねぇガキだな」
 存在自体が災厄のクロスは、めんどくさげに舌打ちし、アレンの襟首を掴んで診察台に引きずりあげる。
 「で?
 どこまでやったんだ、コムイ?」
 「ん?治療ですか?
 まぁ、工具で思いっきりえぐってやったんですけど、伯爵の『糸』は切れるどころかますます絡んじゃって。
 それがどうも、アレン君の腕を痛めつけてるみたいなんですよねぇ」
 ホラ、と、コムイはメガネを掛け直し、ピンセットでアレンの左腕に絡んだ細い糸を摘んだ。
 「これをね、引っ張るでしょ?」
 途端、
 「ひぎゃあああああああああ!!!!」
 アレンがすさまじい悲鳴を上げ、泡を吹いて白目を剥く。
 「ふうん・・・神経に直結してんのか」
 「そうみたい。
 ピンセットで触っただけで痛いのに、工具でえぐっちゃったぁv
 あははははv と、楽しげに笑うコムイに、冷酷さでは右に出る者はないと自負する監査官達が、本気で蒼褪めた。
 「こ・・・これは・・・拷問ではないのかね・・・?」
 ルベリエが恐る恐る問えば、
 「治療です」
 「治療だな」
 と、悪魔達は平然と答える。
 「確かに・・・二大悪魔襲撃・・・・・・」
 呆然と呟いたリンクに、ルベリエも表情を強張らせて頷いた。
 「それで・・・この糸は、外せるのか・・・・・・?」
 いたいけな少年の姿がさすがに気の毒になって、ルベリエが更に問うと、二人は一様に首を傾げ、二人してアレンに拳骨を食らわせる。
 「アレン君、起きてー」
 「寝るな、馬鹿弟子」
 「うえっ・・・うぇぇぇぇぇぇぇんっ!!」
 痛みと残酷な仕打ちに、目を覚ましたアレンは幼子のように泣きじゃくった。
 「イタイ――――――――!!!!」
 「男の子でしょ!」
 「このくらい、我慢しろ!」
 悪魔二人に左腕を取られ、アレンが更に悲痛な悲鳴を上げる。
 「鬼だ・・・・・・」
 目の前で繰り広げられる凄惨な光景に耐え切れず、監査官達は一様に目をつぶり、耳を塞いだ。


 「あら・・・何かしら、あの声・・・?」
 窓の外から、風音に混じって聞こえる泣き声のようなものに、ミランダは首をかしげた。
 「アレンじゃないすか?
 今、室長に『治療』されてるから」
 クリスマスツリーにオーナメントを掛けた手を下ろしたリーバーが、あくび混じりに言う。
 「まぁ・・・可哀想に・・・・・・」
 窓に目をやり、眉をひそめたミランダは、彼女が差し出したオーナメントがいつまでも取り上げられないのに気づいて、振り返った。
 「リーバーさん?・・・・・・あら」
 幾日もの不眠不休にとうとう耐えかね、床に沈没してしまったリーバーに、ミランダが苦笑する。
 「こんなに疲れているのなら・・・無理に付き合ってくれなくてもよかったのに・・・・・・」
 そうは言いつつも、がんばって彼女との約束を守ってくれた彼に、嬉しさがこみ上げた。
 「クリスマス休暇の間は、ゆっくり寝てらしてねv
 ミランダは、彼女の膝の上で寝息を立てるリーバーの頭を優しく撫でてやる。
 「その間・・・私はオーナメントを作っていた方がよさそうね」
 リンクが用意したオーナメントには既に、リボンも鈴もつけてあったが、談話室のツリーに飾るようにとジェリーが用意してくれたジンジャークッキーやキャンディーケーンにはまだ、リボンがかかっていなかった。
 ミランダはポケットから通信ゴーレムを取り出すと、
 「メガネ達v
 談話室に持って行ってくれたオーナメントの材料、こっちに持ってきてくれる?」
 と、監査官達に命じる。
 間もなく、大荷物を抱えてやってきた監査官達は、彼らのマンマが科学班班長に膝枕をしている様を見てしまい、泣き声をあげた。
 「マンマ!!」
 「なんでそんな奴に膝枕をぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
 彼女に縋って号泣する愛犬達に、ミランダは唇に指を当て、『しぃっ』と、静かにするよう命じる。
 「リーバーさんはお疲れなんだから、静かにね、メガネ達。
 ヒゲとマユゲは?
 お手伝いをしてほしいのだけど・・・・・・」
 「ちょっ・・・長官とリンク監査官は、アレン・ウォーカーの治療に立ち会っております・・・・・・!」
 しゃくりあげつつ報告する監査官達に、ミランダは『そう』と、残念そうに呟いた。
 「じゃあ仕方ないわね。
 お前達、飾りつけのお手伝いなさい」
 「はいっ!!」
 「光栄であります!!」
 途端、泣き止んで喜色を浮かべた愛犬達に、ミランダが微笑む。
 「ママがオーナメントにリボンを掛けるから、お前達、ツリーに飾るのよ」
 「はいっ!!」
 敬礼せんばかりに背筋を伸ばした彼らに、ミランダは満足げに頷いた。


 その後しばらくして、リーバーの『クリスマス休暇』も終わりに近づいた頃。
 作業部屋の前を通りかかった神田は、リーバーに膝枕をしたミランダの周りで、わらわらと立ち働く監査官達を見止め、眉をひそめた。
 「・・・なにやってんだ、お前ら」
 「あら、神田君v
 振り向いたミランダが、にこりと笑う。
 「神田君も一緒にやらない?ツリーの飾りつけよv
 「めんどくせぇ」
 言下に拒絶した神田に、ミランダが悲しげな顔をした途端、彼は両脇を監査官達に固められた。
 「・・・っなにしやがんだテメェら!!放しやがれッ!!」
 「マンマのご要望だ」
 「可及的速やかに手伝うことを要求する」
 「うるせぇよ!!ブッた斬るぞテメェら!!」
 「お・・・お前達、乱暴はダメよ!」
 怒り狂う神田に怯えたミランダが、慌てて止めようとするが、忠犬達は揃って首を振る。
 「問題ありません、マンマ!」
 「クリスマスツリーヘルパーの確保および連行いたします!」
 「誰がクリスマスツリーヘルパーだゴラァァァァァァァッ!!!!」
 「ふあっ?!」
 両脇を固めた監査官達に引きずられていく神田の絶叫に、リーバーが驚いて目を覚ました。
 「なんだ今の声・・・」
 「・・・神田君ですよ」
 寝ぼけ眼で辺りを見回すリーバーに、ミランダが苦笑する。
 「もっとゆっくり眠らせてあげたかったけど・・・そうも行きませんね」
 言って、ミランダが差し出した懐中時計に、リーバーがぎょっと目を見開いた。
 「俺のクリスマス休暇が消えてる!!」
 「あっという間でしたね、三時間なんて・・・」
 残念そうな口調のミランダに、リーバーも申し訳なさそうな顔をする。
 「すみません・・・」
 「いえ!そんな!!」
 慌てて手を振り、ミランダは笑みを浮かべた。
 「私達のために、あんなに疲れるほどがんばってくれて・・・なのに、私のためにちゃんと時間を作ってくれて・・・すごく、嬉しかったんですよ?」
 本当に、と、言い添えたミランダを、リーバーが抱き寄せる。
 「じゃあお詫びに・・・25日は1日、時間取って見せますよ」
 「ふふ・・・v
 一緒にアレン君のお祝いしましょうねv
 「そうっすね!
 でも・・・それまでにあいつ、悪魔から解放されてるかなぁ・・・・・・」
 リーバーが気の毒そうな表情を浮かべ、気遣ったアレンはその頃、未だ悪魔達に『治療』と称した拷問を受けていた。
 「えぅっ・・・ひぐっ・・・ひぅっ・・・・・・!」
 泣声も嗄れ、ただしゃくりあげるアレンの姿を見かねて、監査官達は既に姿を消している。
 「なーんか、『冷酷』を売りにする割には、根性のない人たちだねェ」
 「お前みたいな、自覚のないサドが一番恐ろしいって、ようやく気づいたんじゃねぇのか?」
 クロスに指摘され、コムイは不満げに眉をひそめた。
 「失礼な・・・。
 サディスティックではアナタの右に出るものはいないでしょ。
 ボクなんてまだまだ優しい方ですよ。
 ねー?アレンくーん?」
 コムイが猫撫で声で問い掛けると、アレンは嗄れた声で泣きながら壁に縋りつく。
 「おぅい。それ以上、逃げ場はねェぞ、馬鹿弟子。
 逃げんなら、ちゃんとドアを目指せ」
 そのドアを塞ぐように置いた椅子の上に、どっかりと座っていながら、クロスは意地の悪い笑みを浮かべた。
 「じゃあ、そろそろ本気でやるか」
 「そうですねー。
 もう泣くばっかりで、反応面白くなくなってきたし」
 監査官達が聞いていたら、間違いなく恐怖に震え上がっただろうことを平然と言って、二人は壁に縋りついて泣くアレンの両腕をそれぞれに持ち上げ、診察台に放り上げる。
 「オラ、馬鹿弟子。手伝ってやるから発動しろ」
 「大丈夫ー♪
 神経キレたらすーぐケアしてあげるーv
 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」
 迫り来る悪魔達に怯え、声を振り絞って泣声をあげると、今日何度目かの拳骨をくらった。
 「やかましい」
 「泣いてるヒマがあったら、とっととやってくれるぅ?」
 『こちとらヒマじゃないんだ』と、迫る悪魔達に、アレンの喉は恐怖に引き攣り、泣声も止まる。
 「はつ・・・はつど・・・う・・・・・・っ!!」
 気絶しそうな激痛に耐え、容を変え始めた左腕に、悪魔達は愉快そうに笑った。


 同じ頃、
 「リナリー!早くシーツを運びなさい!!」
 「はいぃっ!!」
 つい先日まで入院していた病棟を、婦長やナース達に怒鳴られながら、リナリーは駆け回っていた。
 「走らないッ!!」
 「ごめんなさいッ!!」
 「静かに!!」
 「すみませぇんっ!!」
 合い矛盾することを次々に命じられながら、リナリーはなんとか業務をこなす。
 「これっ・・・!
 エクソシストより激務なんじゃ・・・・・・?!」
 荒い息をつきながら、リナリーは額に浮かぶ汗をぬぐった。
 「そんなことないでしょ。
 エクソシストの任務に比べたら、まだ甘っちょろいはずよ」
 若いナースに平然と言われて、リナリーは首を傾げる。
 「そ・・・そうかな・・・・・・」
 「そうとでも思ってないと、やってらんないわよ」
 いやにしみじみと言われ、リナリーは苦笑した。
 途端、
 「おしゃべりしている暇があったら、働けッ!!」
 婦長の怒声が飛び、リナリーは慌てて次の作業にかかる。
 と、慣れた手つきで注射器を扱う彼女に、婦長がやや、感心した目を向けた。
 「そう言えば、この手のことには素人じゃなかったわね」
 「えぇ、兄さんの手伝いをしてるので」
 寄生型エクソシストの『治療』を行う兄の助手として、麻酔や器具の補助を行うのは彼女の仕事だ。
 「だったら遠慮はいらないわね。
 リナリー、102号室の点滴交換、303号室の包帯交換、501号室の麻酔注射、30分以内でやってらっしゃい」
 「えぅっ?!」
 「悲鳴あげてる暇があったらさっさと行く!!」
 「はいっ!!」
 「走らないッ!!」
 「はいっ!すみませんッ!!」
 厳しい怒声にさらされながら、リナリーはまた、病棟内を駆け回った。
 そして、厨房に配属されたラビも。
 「一体何羽捌くんさぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 どっさりと積み上げられたガチョウの羽をむしっていたラビが、いつまでも終わらないどころか、終わったと思えば追加される下ごしらえに悲鳴をあげた。
 「なーに言ってんのよぉぅ!
 アンタだって毎年、食べてんじゃないのぉ」
 そう言って、ジェリーが更に追加したガチョウに、ラビがとうとう泣き出す。
 「疲れたさー・・・!休憩させてくれぇー・・・!」
 「バカ言ってじゃないの!
 クリスマスパーティまで不眠不休よ!決まってるでしょ!!」
 「うっうっうっ・・・・・・!
 厨房がこんなに大変なんて知らなかったさ・・・!
 偏食のユウちゃんに、ぜひとも手伝わせてやりてーさ」
 「そうね、それもいいかもね。
 でも今は、アンタががんばってちょうだいね!
 ホラ!それが終わったら今度は野菜の皮むきだからね!
 テキパキやってよ!」
 「あぃー・・・!」
 泣きながら、ラビは深々と吐息した。
 「クラウド元帥とフィンランドに残ればよかったさ・・・・・・」


 「急患よ!すぐ来て!」
 「はぁい!」
 婦長に呼び出され、リナリーは5階から1階まで駆け下りた。
 「おや、さすがの体力ね」
 息ひとつ切れていないリナリーに感心して、婦長はストレッチャーに乗った患者を示す。
 「病室に運んで。
 202号室が空いているわ」
 「はい・・・アレン君?!」
 頷いてストレッチャーに駆け寄ったリナリーは、その上で白目を剥いているアレンに瞠目した。
 「ふ・・・婦長、アレン君は・・・!」
 「コムイ室長とクロス元帥に、随分乱暴な治療をされたみたいね。
 でも、この子に絡んでいた伯爵の封印は解けたから大丈夫だって、おっしゃってましたよ」
 「そ・・・そう・・・・・・」
 兄が請け負ったのなら大丈夫だろうと、コムイに対して評価の甘いリナリーは、ほっと吐息する。
 「まぁ私達は、イノセンスについては専門外だから治療のしようがないけど、治療を嫌がったこの子が暴れてついたって言う、頭の打撲はこちらで可能だから。
 あなた、止血して包帯巻いてあげなさい」
 「打撲・・・・・・?」
 その言葉に、リナリーは激しく嫌な予感がしたが、とりあえず婦長の命令に従った。
 止血して包帯を巻いた後、ストレッチャーで病室まで運ぶ。
 「よいしょっと」
 ストレッチャーからベッドへと、気絶したアレンを移したリナリーは、涙の跡が残る頬を拭いてやった。
 「兄さんだけならともかく、クロス元帥もかぁ・・・。
 随分、いじめられたんだね」
 よしよしと、おそらく殴られたのだろう頭を撫でてやると、悪い夢でも見ているのか、アレンの目に、また涙がにじむ。
 「あら・・・可哀想に・・・・・・」
 呟いたリナリーは、アレンの白いまつげに涙が珠を結ぶ様を見て、昨夜のことを思い出し、頬を真っ赤に染めた。
 「うっ・・・うわっ・・・・・・!」
 あの時は、氷原を覆う薄紅のオーロラの姿があまりにも美しく、気分が昂揚して自然と唇を重ねてしまったが、今、改めて思い出すと、恥ずかしさのあまり、まともにアレンの顔を見ることが出来ない。
 「うあっ・・・そうだ!仕事!!」
 リナリーはわたわたと立ち上がり、急いで病室を出て行った。


 一方、アレンの『治療』から目を逸らした監査官達は。
 ――――・・・『僕たちはねぇ、キミに、教団での立場を失くして欲しいと思ってるんだよぉ』
 自分に割り当てられた執務室で、リンクと共にノアらしき少女の声を聞いていたルベリエは、彼女の発言に眉をひそめた。
 『キミの左手と奏者の資格、興味があるのは教団よりもむしろ、僕達の方だと思わないぃ?』
 アレンのフィンランド行きに同行したファインダーが提出した音声データには、アレンがノアとは通じていないと思わせる発言が収められている。
 が、
 「どう思うかね、リンク監査官?」
 問われたリンクは、冷静な表情で頷いた。
 「このデータを参照すれば、アレン・ウォーカーへの疑いは晴れるかと思われます。しかし・・・」
 片眉をあげて、ルベリエは先を促す。
 「我々へのミスリードを意図していないとは、断言できません」
 「その通り」
 部下の優秀な答えに満足して、ルベリエは再生を終えたデータを巻き戻した。
 また最初から、アレンと伯爵、そして少女の会話を再生して吟味する。
 「このデータを参照しても、伯爵がアレン・ウォーカーに対し、並々ならぬ興味を抱いていることは間違いない」
 もう幾度目か、最初から再生を始めた音声を流しながら、ルベリエはリンクに厳しい目を向けた。
 「徹底的に調査するのだ、リンク監査官。
 事実として伯爵に関わっている以上、もはや遠慮はいらない」
 「はっ!
 アレン・ウォーカーが二人から解放され次第、再び調査に入りま・・・・・・」
 「お仕事中かしら?」
 リンクの言葉を遮るように部屋へ入ってきたミランダに、二人は同時に目を向ける。
 「マンマ!もう、飾りつけは終わったのですかな?!」
 途端に喜色を浮かべ、席を立って歓迎したルベリエに、ミランダが微笑んだ。
 「えぇ。
 マユゲが作ってくれたお菓子のツリーは、とっても華やかになったわよv
 「こ・・・光栄です!!」
 ミランダに笑みを向けられたリンクが、頬を紅潮させて背筋を伸ばす。
 「それでね、リーバーさんの休み時間が終わってしまったから、お前達、時間があれば談話室の飾り付けを・・・」
 ふと、耳に入ってきた少女の声に、ミランダは言葉を切った。
 「この声・・・・・・」
 『キミの左手と奏者の資格、興味があるのは教団よりもむしろ、僕達の方だと思わないぃ?』
 その声、その口調に、ミランダは悲鳴をあげる。
 「マンマ?!」
 「どうされましたか!!」
 耳を塞いでうずくまったミランダに、監査官達は急いで駆け寄った。
 「こ・・・声が・・・あの子の・・・・・・!!」
 涙を浮かべて震えるミランダの様子にただならぬものを感じ、リンクは急いで音声を消す。
 「申し訳ありません・・・データの検証中でした・・・」
 「ア・・・ア・・・アレン君は・・・・・・あの子と遭ったの・・・・・・?!」
 ルベリエから、アレンが伯爵にさらわれたとは聞いていたが、ロードが関わっているとは思わなかった。
 「だって・・・あの子は死んだって・・・・・・」
 「ノアは、不死身だとも言われてますからな」
 ルベリエの言葉に、ミランダはまた震える。
 「可哀想に・・・可哀想に、アレン君・・・・・・!
 きっと酷い目に遭ったんだわ・・・!
 ねぇ、アレン君は無事なの?!コムイさんが治療しているって聞いたけど、怪我は酷いの?!」
 「ケガ・・・ですか・・・・・・」
 呟いて、二人は痛ましげな顔を見合わせた。
 今現在、アレンを問い詰めることを検討していた彼らだが、コムイとクロスによって痛めつけられていたアレンの姿には、同情を禁じえない。
 と、いつまでも答えない二人に最悪の事態を想像したミランダが、短い悲鳴をあげて立ち上がった。
 「ア・・・アレン君は今、どこにいるの?!コムイさんの研究室?!」
 くるりと踵を返したミランダを、二人は慌てて止める。
 「待ってください、マンマ!!」
 「あんなに残酷は光景は、女性が見ていいものではありません!」
 「なんですって?!」
 必死の制止は、逆効果だった。
 「止めなきゃ!!」
 「マンマ!!」
 全速力で駆け出したミランダには、さすがの猟犬達も追いつけない。
 「アレン君・・・どうか無事で・・・・・・!」
 リナリーもラビも、何よりリーバーが側にいない状況で、アレンの身をコムイに預けることがどれほど危険なことか、早く気づきべきだった。
 激しい後悔に苛まれつつ、ミランダは祈る気持ちでコムイの研究室に駆けつける。
 「アレン君!!」
 悲鳴じみた声をあげて飛び込んだそこには、しかし、既に誰の姿もなかった。
 「どこへ・・・」
 不安に胸をつぶされそうになりながら、ミランダは踵を返す。
 と、彼女を追いかけてきた監査官達が、息を切らしてミランダに駆け寄った。
 「はっ・・・早いですな、マンマ・・・!」
 「ウォ・・・ウォーカーは、封じられた左腕以外は特に問題なさそうでしたから、安心してくださいと申し上げようと思ってましたのに・・・・・・!」
 荒く息をついた二人は、ぽろぽろと涙をこぼすミランダに、ぎくりと鼓動を止める。
 「マ・・・マンマ!泣かないでください!!」
 「ウォーカーは無事ですから!そりゃもう、憎ったらしいほど!!」
 監査官達が慌ててなだめにかかるが、ミランダの涙は止まらなかった。
 「せっかくの・・・クリスマスなのに・・・・・・可哀想なアレン君・・・!
 ねぇ、なんとかしてあげられないの?!」
 「なんとか・・・ですか?」
 「あいにく、私達は治療に関しては門外漢でして・・・・・・」
 そう言って、二人は困惑げな顔を見合わせる。
 「じゃあせめて、あの子が素敵なクリスマスを迎えられるようにしてちょうだい・・・!
 コムイさんやクロス元帥にいじめられず、あのプレゼントが受け取れるように・・・」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 とは言われても、どうすべきか、と、困惑げな顔をした二人は、更に懇願され、内心不満ながらもアレン救出を請け負った。


 「くそぅ・・・!
 なんで俺がこんなこと・・・・・・!」
 大量の電飾と共に脚立を抱え、ブツブツとぼやきながら城内を巡る神田に、ミランダの愛犬達がメガネを光らせた。
 「マンマのご要望だ!」
 「華やかなクリスマスにするのだからな!!」
 「これは毎年、ウサギとモヤシがやってんだよ!
 あいつらはなにしてんだ!!」
 イライラと怒鳴り返せば、彼らは一様に『知らない』と、首を振る。
 「無能が!!」
 「なんだと!!」
 今にも掴み合わんばかりに怒鳴りあう中に、その時、脱力するほど暢気な声が割って入った。
 「ユーウくんv
 ここにいたーv 探したよーん♪」
 「元帥・・・!」
 背景に花を散らさんばかりに機嫌のいい師の登場に、神田が忌々しげに舌打ちする。
 「なんか用ですか・・・!」
 吐き捨てんばかりの口調を、しかし、ティエドール元帥は全く気にする様子もなく、にこにこと頷いた。
 「ユーくん、クリスマスの飾りつけしてるんだよねーv 偉いねェv 私も一緒にやるよv
 「はぁ?!
 あんたまた、余計なことを・・・!」
 あわよくば抜け出そうと思っていたのに、彼が絡んできては逃げようにも逃げられない。
 そんな神田の思いも知らず・・・いや、たとえ気づいていても、都合よく無視して、ティエドールは楽しげに笑った。
 「ふふふふふーv
 こういうことはパパンに任せなさいv 得意なんだから、私v
 「・・・知ってますよ。
 じゃあ、あんたがこいつらと一緒にやったらどうですか。
 俺はもう結構・・・」
 言い終える前に、がっしりと腕を掴まれる。
 「さぁ!パパンと一緒にがんばろうね、ユーくん!お城は広いよ!」
 「聞けよ!!」
 「パパンと一緒に光の絵を描こう!たーのしーぃぞーぅv
 「だからあんた一人でやってくれ・・・聞けっつってんだろ!!」
 神田の激しい抗議はきれいに無視されて、彼はそれから一日中、監査官達と共に、城中を引き回されることになった。


 その頃、研究室から執務室へ戻ったコムイは、クロスから提供された・・・というよりも、執拗に迫ってようやく提供させたティムキャンピーのメモリーを見ていた。
 『ア・・・アレン君?!ティ・・・ティムが見てるよ?!』
 ややノイズが混じってはいるが、見間違えようのない状況に、コムイの目が尖る。
 『リナリー。こんなに素敵な光景を、君と一緒に見れたことが、すごく嬉しいです・・・』
 「離れろクソガキィィィィィィ!!!!」
 悲鳴をあげて飛び掛ってきたコムイから、ティムキャンピーが慌てて逃げた。
 その様子を、面白そうに見ていたクロスが、紫煙と共に笑声を吐き出す。
 「あのガキ、中々やるようになったじゃねぇか」
 「あんたの教育不行き届きのせいですよっ!!
 どーしてくれるんですか!!
 ボクの・・・ボクの可愛いリナリーが、あんなクソガキにけがっ・・・けがっ・・・・・・けがっ・・・・・・・・・!!」
 それ以上言えず、泣き崩れたコムイを見下ろし、クロスは吐息した。
 「アホか。
 あそこでやんなきゃ、リナリーに失礼ッてもんだろ」
 「ボクの穢れなき天使を、アンタの愛人達と一緒にすんなっ!!」
 クロスの言葉に、コムイはヒステリックな声で泣き叫ぶ。
 「殺す!殺す!!あのクソガキ、絶対コロス――――――――!!!!」
 「命を狙うのは構わんが、あいつがまだ利用できることを忘れんなよ」
 もしかしたら、コムイよりも残酷なことを言って、クロスは席を立った。
 「ま、可愛い妹が色気づいたんだ。
 赤飯でも炊いて祝ってやれ」
 「アレン君の血で炊いたご飯・・・?おいしいかも・・・・・・」
 「・・・・・・悪食もたいがいにしろ、気色悪ぃ」
 暗い声音で放たれたその言葉には、さすがのクロスも寒気を感じる。
 が、すぐに意地悪く唇を歪め、
 「そう言えばあいつ、病棟に運んだよな?
 リナリーが今頃、優しく介抱してやってんじゃねぇのか?」
 と、殊更にコムイを刺激して、楽しげに笑いながら部屋を出ていった。


 「・・・なんだか妙なことになりましたね」
 数人の屈強な監査官を引き連れ、複雑な顔をして病棟を歩むリンクに言われたルベリエもまた、複雑な顔をしている。
 「ウォーカーを追い詰めようとしている我々が、彼を助けるなんて・・・」
 「あぁ、だが、他ならぬマンマのご要望だ。
 それに・・・」
 と、ルベリエは半歩後ろに従うリンクを見遣った。
 「クリスマスまでだ。
 期間限定だよ、リンク監査官。
 その後は、マンマにも理解していただく必要がある」
 「はい。心得ております」
 上司の言わんとすることを理解して、リンクは大きく頷く。
 「それまでは、せいぜい守ってやることにしましょう」
 優秀な部下の、やや意地の悪い口調に、ルベリエは満足げに頷いた。
 「では・・・確保だ、リンク監査官」
 「はい」
 長官の命令に応じ、病室に乗り込んだリンクはじめ監査官達に、ナース達が目を丸くする。
 「なんですか、あなた達!!」
 抗議するナースを押しのけ、彼らは意識のないアレンの身柄を確保した。
 「現在12月24日1446時(ひとよんよんろくじ)において、アレン・ウォーカーの身柄は監査役長官、マルコム・C・ルベリエの名の元に拘束する。
 異議は聞くが認めない。以上」
 すらすらと文言を読み上げるようにリンクが声を張り上げる間に、屈強な監査官達がアレンを連行した。
 「待ちなさい!!」 
 「危害は加えないと約束する」
 ナースの悲鳴に淡々と応じ、彼らは迅速に病室を後にする。
 「ド・・・ドクターに報告!!」
 「病棟封鎖!至急!!」
 「患者を強制連行する者達の確保!最上位命令!!」
 緊急事態に慣れたナース達は素早く手配したが、権力をかさに着た監査官達を誰も止めることはできなかった。
 「あいつら・・・・・・!」
 よくも患者を、と、臍をかむ医療スタッフ達は、しかし、間もなく彼らの行動を賛美することとなる。
 アレン殺害を決意し、完全武装したコムイは、彼が到着する直前に、アレンが監査官達によって身柄を確保されたことを知り、忌々しげに舌打ちした。
 「逃げられた!」
 「逃げられた、じゃないよ、室長!!」
 コムイの奇行に、ドクターが怒声を発する。
 「エクソシストを守るのが君の役目じゃないのかね?!」
 「えーぇ。
 守るべきは守り、排除するべきは排除しますヨ。それがボクの役目」
 「そんな役目があるかぁっ!!」
 しれっとした顔で断言したコムイから、怒髪天を突いたドクターが武器を取り上げた。
 「私の管轄内で、こんなもの振り回すなっ!」
 「じゃあ、病棟の外で殺ります!」
 「病棟外でも、エクソシストの健康管理は私の管轄だっ!!」
 「えぇー・・・!じゃあ、どこで殺せばいいんですかぁ!!」
 不満げな声をあげるコムイにたまりかね、胸倉を掴んで揺さぶる。
 「どこででも殺すなっ!!」
 「あ!そうだ!
 死んじゃったらドクターの管轄外ですよね?!」
 「だったらお前が先に死ねェェェェェェェ!!!!」
 「ドクター!落ち着いて!!」
 「放せっ!!こいつ、私の管轄内から出してやるっ!!」
 コムイから取り上げた銃を向けるドクターを、ナース達が慌てて止めた。
 「コムイ室長も、こんなところで騒がないで下さい!!」
 「ボクは別に騒いでないけど」
 「元凶はあなたでしょ!!」
 ヒステリックな声に囲まれたコムイが、不満げに肩をすくめる。
 と、
 「兄さん!!」
 この騒ぎに呼びつけられたリナリーが、ようやく駆けつけた。
 「もう・・・なにやってんの!」
 「イヤ、アレン君殺そうと思って」
 「そんなこと思っちゃダメ!!」
 リナリーにまで叱られて、コムイが目に涙を浮かべる。
 「だって・・・だって!!
 今まで何度も忠告したのに、アレン君たら懲りずにリナリーに手を出すんだもんっ!!
 追っ払っても追っ払っても寄ってくる害虫は、もう殺すしかないじゃない?!ないよねぇっ?!」
 「あらv 手を出されたの?」
 「まー!あの子、勇気あるわねェv
 ナース達に興味津々と見られ、リナリーが茹で上がったように赤くなった。
 「ノーコメント!!」
 「あらv じゃあ、ホントなのねv
 「お祝いしなきゃあv
 黄色い歓声をあげられ、リナリーはますます赤くなり、コムイの機嫌は悪化の一途をたどる。
 「ドクター・・・武器返してください!」
 「断る!」
 「じゃあ他のを使います!
 まだたくさん持ってるもんねー!」
 「待てェェェェェェェ!!!!」
 密林の怪鳥のような笑声をあげて駆け去ったコムイを、銃を手にしたドクターが追いかけていった。
 本気でアレンを殺そうとしているコムイと、発砲も辞さない形相のドクターに慌て、リナリーがナース達に向き直る。
 「アレン君はどこ?!」
 「それが・・・・・・」
 「監査官達が、連れて行ってしまって・・・・・・」
 結果的には良かった、と、いまいち納得しがたい表情を見合わせたナース達に頷き、リナリーも駆け出した。
 「どこ行くの、リナ!!」
 「アレン君助けに行く!
 婦長にはごめんなさいって言ってて!!」
 途端、ナース達は晴れやかに笑って手を振る。
 「がんばるのよー!」
 「アレン姫奪還ファイトv
 「リナリー王子、かっこいーv
 「このチャンスを逃したら、あんたに次はないからねー!」
 「ひどい・・・」
 最後の言葉によろめきそうになりながら、リナリーはミランダの姿を求めて城内を駆け回った。
 「神田!!
 ミランダ見なかった?!」
 大量の電飾を抱えて、ティエドール元帥に従う彼に呼びかけると、彼は不機嫌な顔で視線を横に流す。
 「談話室でツリーの飾りつけやってんぞ」
 「ありがと!」
 ほとんどすれ違いざまに礼を言い、そのまま回廊を疾走して、リナリーは談話室に飛び込んだ。
 「ミランダっ!!」
 「きゃあっ!!」
 すさまじい勢いで飛び込んできたリナリーに、驚いたミランダが悲鳴をあげる。
 「ど・・・どうしたの?!」
 どきどきと早鐘を打つ胸に手を当て、目を丸くするミランダに、リナリーは構わず詰め寄った。
 「監査官達、アレン君をどこにつれてっちゃったの?!」
 「・・・あぁ、そのこと」
 驚いた、と、呟きつつ呼吸を整え、ミランダはにこりと笑う。
 「余計なことかと思ったのだけど・・・ラビ君もリナリーちゃんも側にいない状況で、コムイさんに預ける危険を感じたものだから、あの子達にお願いして、身柄を確保してもらったの。
 ごめんなさいね。
 リナリーちゃんには、最初に言っておくべきだったわね」
 「ううん・・・!」
 ふるっと首を振り、リナリーはミランダに抱きついた。
 「グッジョブだよ、ミランダ!!
 監査官達が来てくれなかったら、アレン君、兄さんに殺されるとこだったの!」
 「まぁ・・・!」
 目を見開き、ミランダはリナリーの背を撫でてやる。
 「それは・・・危機一髪だったわね。
 早く気づいてよかったわ」
 「ホントに・・・!
 ねぇ、アレン君は今、どこにいるの?!
 兄さんに見つかる前に逃がさなきゃ!!」
 「あぁ、それは大丈夫」
 「なんで?」
 「マユゲとヒゲが、地下牢で監視しているから」
 「はぅ――――――――っ?!」
 にっこりと笑ったミランダに、リナリーは絶叫した。
 「なんでそんなとこっ・・・!」
 「大丈夫よ。
 快適に過ごせるようにお部屋を整えてあげてね、とは言ってるから。
 あの子達がついていれば、コムイさんも簡単には手を出せないし、あの子達のお仕事も片付いて、一石二鳥でしょ?」
 得意げに言うミランダは、彼女の愛犬達がアレンに酷いことをするはずはないと信じているのだろう。
 曇りのない笑顔で言われて、リナリーは頬を引きつらせた。
 「お仕事・・・うん、お仕事ね・・・・・・」
 苦労して逃げ出した監査官達に囚われ、元の木阿弥どころか更に悲惨な状況に置かれたアレンの不運を思い、涙がこぼれそうになる。
 「そんなに心配しないで。
 あの子達に任せておけば安心だから。ね?」
 そう、自信を持って請け負ったミランダの信頼を損ねることなく―――― アレンの身は、翌日まで安全に、監査官達によって保護された。


 「で、生きてんの、あいつ?」
 翌朝も早くから、不安そうな顔で厨房にやって来たリナリーに、ラビは憔悴しきった顔でジャガイモの皮を剥きつつ問うた。
 「わかんないんのぉ・・・!
 私が行くと、兄さんにアレン君の所在がばれるからって、立ち入り禁止だったし・・・」
 「ふうん・・・でもまぁ、ミランダの命令にそむきゃしねーだろ、あの犬どもは」
 「そうだけど・・・でも・・・・・・」
 「なにさ?」
 「結局地下牢に閉じ込められちゃうなんて・・・・・・」
 「あいつ、それを避けるために、あんなに逃げ回ったのになぁ・・・」
 ラビも思わず、虚しいため息をつく。
 「まぁ、あいつらしい不運っぷりじゃああるけど」
 「うう・・・!
 王子なのに、姫を助けられなかったよぅ・・・!」
 「まだやってんさ、その遊び?」
 思わず苦笑したラビに、リナリーが更に詰め寄った。
 「もう目を覚ましたかなぁ・・・?
 昨日の夕ごはんと今日の朝ごはんに、ケータリングの注文はなかったの?」
 「俺、昨日の夜からずっとここで鳥捌いたり野菜の皮剥いたりしてたけど、見てた限りじゃ、注文はなかったさ。
 場合が場合だけに、別のルートも考えられっけど」
 「なに?!」
 「リンクの手作りケーキ攻め」
 「まぁ・・・アレン君は喜ぶだろうけど」
 「まぁ、そんなに焦んなくてもさ、そのうちけろっとしてここに来るだろうさ」
 「もう!
 ラビまでクラウド元帥みたいなことを言う!」
 途端、目に見えてラビが落ち込み、リナリーはビクッと震える。
 「元帥と温泉・・・すっげ楽しみにしてたんにぃ〜〜〜〜・・・!」
 「そんなの叶うわけねぇだろ、馬鹿」
 「神田・・・」
 カウンターにもたれた彼に、リナリーは駆け寄った。
 「アレン君見なかった?」
 「いいや。
 メガネの監査官共と一緒に、一晩中元帥に引き回されたけどな。
 あいつらもモヤシがどこに連れて行かれたかはしらねーってよ」
 「そ・・・そう・・・・・・」
 長官とリンクが、ミランダ以外には監査官にすらアレンの居場所を教えていないと知って、リナリーは更に不安になる。
 「アレン君・・・兄さんやクロス元帥にいじめられた上、長官達にもいじめられてるんじゃ・・・!」
 「っとにネガティブだな、お前は!
 そうやってすぐ悪い方に考える辺りが根暗だっつってんだろ!」
 「わっ・・・悪かったわね!どうせネガティブよ!!」
 「リナはさ、しばらくミランダと一緒にいて、突き抜けたポジティブってやつを勉強したらどうさ?」
 「仕方ないでしょ!悪い方に考えちゃうんだもん!」
 「それはいけないね。
 せっかく若く可愛らしいお嬢さんなのに、物事を良い方に考えられないとは」
 どこか冷笑を含んだ声音に、リナリーがびくりと身をこわばらせた。
 「長官・・・」
 思わず、ラビの背後に身を隠したリナリーに、ルベリエは苦笑する。
 「普段の我々ならともかく、今回はマンマの命令で彼の身柄を確保したのだ。
 一切の危害は加えていない。
 いや、加えようにも・・・・・・」
 「・・・?」
 三人の視線を受けて、ルベリエは苦笑を深めた。
 「一晩中、コムイ室長とクロス元帥の悪夢にうなされて、泣きじゃくる様を見ては、それ以上いじめる気も失せてしまう」
 「一晩中・・・・・・」
 なにをされたんだ、と、三人が三人とも蒼褪める。
 「そういうわけだから、彼は目が覚めたら、自力でここまでやってくるだろう。
 料理長。
 朝食をいただけるかな?」
 言い終えるや、機敏に踵を返したルベリエの背中を見送り、三人は一斉に吐息した。
 「今回は・・・信じてもいいみたいだね・・・」
 「だから言ったさ。
 腹が減ったら、けろっとしてここに来るって」
 「一晩中うなされるような目に遭って、けろっとしていられるかどうかは見ものだがな」
 神田の指摘に、リナリーとラビは思わず笑みを漏らす。
 「じゃーあ、カワイソウな泣き虫坊主を、喜ばせてやるか!」
 「結局・・・私たちが作ったのって、床だけだけどね・・・」
 「あの冷酷な監査官が作ったって知れば、それだけで感激すんじゃねぇか?」
 神田の言葉に、リナリーとラビは顔を見合わせた。
 「それはそうだけど・・・」
 「マユゲは、ミランダのためにあれ作ったからさぁ・・・」
 「ミランダか・・・・・・」
 ため息交じりの神田の声に、二人が首を傾げる。
 「どうしたの?」
 「いや・・・一緒にドイツに行ってた間中、質問攻めにされた」
 「なんのさ?」
 「決まってんだろ。リーバーの好みだ」
 「ありゃま」
 うんざりとした口調に、ラビが笑声をあげた。
 「そいつはあてられて、ご愁傷さんv
 「一緒にオーナメント飾るんだって張り切ってたが、無理だったみてぇだな」
 「うん。途中で沈没されたって、ミランダが言ってた」
 「でも、俺が科学班のケータリングに行った時、今日一日は意地でも時間取るって言ってたさ、リーバー」
 「え・・・でも、取れるの?
 今年は長官たちが来てるし、方舟や卵のことで忙しいから、クリスマス・ミサもパーティも小規模で、すぐ終わっちゃうって言ってたよ?
 だから科学班のみんなは、すぐ仕事に戻るんだって」
 「・・・小規模なパーティでこの忙しさだかんなー。
 毎年ジェリ姐達、よくがんばってるよなぁ・・・・・・」
 出されたご馳走をおいしく頂くだけだった時にはわからなかった料理長達のありがたさが、今では身にしみる。
 「そもそも、六幻の修理も終わってねぇってぇのに、休み取んなっつーんだよ!」
 「でも神田、それは・・・・・・」
 「あいつ、いー加減寝かせないと死ぬさ・・・」
 神田の無情な言葉に、思わず取り成しを入れた二人は、はたと気づいて顔を見合わせた。
 「神田・・・六幻、すっごく直してほしいよねぇ?」
 「でも、リーバーを休ませてあげたいともおもわねぇ?思うよなぁ?思わなきゃ。思っとけ」
 「・・・・・・何が言いてぇんだ?」
 憮然とした彼を、二人はきらきらと輝く目で見つめた。
 「兄さんを缶詰にしちゃおうv
 「なんたって、教団一のエキスパートはコムイv
 「兄さんに全てを押し付けちゃえば、班長は解放v
 「ミランダが幸せv
 「アレン君も解放v
 「リナリーが喜ぶv
 歌うように言って、二人は両手を組み合わせた。
 「おねがぁぃv
 二人に迫られて、神田は忌々しげに舌打ちする。
 「・・・お膳立ては、てめぇらがやれよ」
 「うん!」
 「やったさ!!」
 神田の了承を得た二人は、諸手と共に歓声をあげた。


 クリスマスが終われば年明けまで、一所懸命働くからという条件で、今日一日の自由をドクターと婦長に許されたリナリーは、その足で科学班に向かった。
 「みんな、おはよーv
 相変わらず忙しい部屋の中心で、相変わらず忙しそうにしているリーバーを見つけ、リナリーは彼に駆け寄る。
 「班長!
 今日はお休みじゃなかったの?」
 問えば、憔悴のあまり落ち窪んだ目がリナリーを見下ろした。
 「お前のにーさんが、アレンを探して城中をうろついてるから、仕事を押し付けることもできねぇ」
 恨みがましい声を受け、リナリーの目がきらりと光る。
 「そのことについて・・・リーバー君、今日の君の任務だが」
 「・・・今度は何ごっこが始まったんだ、王子」
 「兄さん缶詰にしてみんな幸せ計画v
 「・・・・・・お前、最近悪い連中と付き合ってるだろ」
 「壺とか墓石は販売してないよ?」
 「十分あくどい顔になってんぞ」
 「おぬしも悪よのう・・・v
 「どこで覚えた、そんなセリフ」
 「大丈夫だから!全部私に任せて!」
 「・・・俺の話を聞け」
 何が大丈夫なのか、自信満々にリナリーが話す計画を聞いたリーバーは、2、3変更点を指示した上で頷いた。


 その後、科学班のモニターで、今現在、コムイがうろついている場所を見つけたリナリーは、兄の行動を予測して先回りし、誰よりも効率的に兄を捕捉した。
 「兄さん!メリークリスマスーv
 飛びついてきた妹を抱きしめたコムイは、蕩けるような笑みを浮かべる。
 「リナリーv
 おはよ・・・って、そっか。今日、クリスマスだっけ」
 「忙しかったし、ヴァチカンから司教様も来ないから、なんだかクリスマスって気分にならないね」
 「そうだねー。
 でも、ミランダさんががんばってくれたおかげで、ツリーはきれいに飾られてるし、ティエドール元帥が張り切ってくれたおかげで、電飾がきれいだよv
 「うんっ!
 でもね、それだけじゃやっぱり寂しいし、クリスマスはクリスマスらしく過ごしたいから、兄さん、一緒に朝ごはん食べよv
 クリスマスは家族と共に過ごすのが伝統だと言い張るまでもなく、そんなことをリナリーに言われて、頷かないコムイではない。
 「もちろん!いいともさーv
 アレンの殺害目的で持ち歩いていた武器をあっさりと捨て、リナリーに手を引かれて至ったのはしかし、食堂でもそれぞれの部屋でもなく、彼の研究室だった。
 「あれ・・・リナリー、なんでこんなとこで・・・・・・?」
 「ダメ?」
 悲しそうな目で見つめられ、コムイはぶんぶんと首を振る。
 「そんなことはないともさ!
 だけどここって、ゆっくり食事できるようなところじゃ・・・」
 雑然と置かれた実験器具に囲まれ、今にも雪崩れてきそうに山積みされた書類の下にいては、落ち着いて朝ごはんなんて食べられないだろう、というと、リナリーはにっこり笑って首を振った。
 「大丈夫だよ。
 お仕事しながら朝ごはん食べるの、慣れてるでしょ?」
 「え・・・?
 お仕事しながらって・・・・・・?」
 背中を押され、執務机に座らされたコムイの前に、コーヒーをなみなみと注いだマグカップが置かれる。
 「とりあえず、サンドウィッチとマフィン、スコーンを用意してもらったよ。
 お昼にはまた、ランチボックス作ってもらうねv
 「あの・・・リナリー?」
 眉根を寄せて首を傾げるコムイから、リナリーはあとずさった。
 「じゃあ、がんばってね、兄さんv
 神田に、素敵なクリスマス・プレゼントをあげてv
 「へ?!」
 ぴょんぴょんと、飛び跳ねながら後退していくリナリーに、コムイが手を伸ばす。
 「ちょっ・・・待って、リナリー!!なんでぇぇぇぇぇぇぇ?!」
 既にドアに手を掛けたリナリーを追うコムイの腕が、横合いから掴まれた。
 「はぅっ?!神田君?!」
 ぎりぎりと、千切れんばかりに腕を掴まれ、コムイが悲鳴を上げる。
 「至急、六幻の修理をしろ。
 さもねぇと、命の補償はしない」
 「なんの脅迫これぇぇぇぇぇぇ?!」
 「脅しじゃねぇ。
 ちなみに、これはリーバーから回ってきた仕事だ」
 そう言って、神田はさっきからゆらゆらと、今にも雪崩れんばかりに揺らめく書類の塔を示した。
 「全員の平穏のために、犠牲になれ、コムイ」
 「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 ドアの外で、兄の絶叫を聞いたリナリーは、両手を組み合わせ、ぺろりと舌を出す。
 「ごめんね、コムイ兄さんv
 よろしくね、ユウお兄ちゃんv
 ドアに向かって囁くと、計画の成功を伝えるため、リナリーは軽やかな足取りで科学班へと戻っていった。


 リナリーが思惑を胸に動いていた頃、日が射さないために時間のわかりにくい地下牢で、アレンはようやく目を覚ました。
 「あれ・・・?
 ここ、どこ?」
 「地下牢です」
 淡々としたリンクの声に、アレンは一気に目を覚ます。
 「地下牢?!なんで?!」
 「君があんまり反抗的なので、ぶち込んでやりました。ざまぁみろ」
 殊更に意地の悪い言い方をする彼に、アレンが二の句を継げられずにいると、リンクはにんまりと笑った。
 「・・・と、言うのは冗談で、君がコムイ室長に命を狙われていると、マンマがご心配なさるものですから、私たちが身柄を確保し、守ってやったんですよ。
 わかったら可及的速やかに礼を述べ、今後一切反抗的な態度は取らないと誓いなさい」
 「は・・・えぇっ?!」
 思わず頷きかけたアレンが、なんとか思いとどまると、リンクは忌々しげに舌打ちする。
 「引っかからないなんて、本当に可愛げのない子供ですね、君は。
 私たちは今すぐにでも、コムイ室長に君の身柄を引き渡してもいいんですよ?」
 「ちょっと待って!
 ホント、待ってリンク!!
 一体、何がどうなってこうなってるのか、僕、さっぱり・・・」
 混乱する頭を抱えて困惑するアレンに、リンクは深々と吐息した。
 「わかった。
 では、私の知っていることと、聞いたことを話してあげましょう」
 そう言って始まった話の一部始終を聞き終え、ようやく事情を飲み込んだアレンは、肺の中が空になるほど深いため息をつく。
 「つまり、状況悪化・・・?」
 「私達から逃げようなんて、姑息なことを考えるからです」
 ふんっ、と、鼻を鳴らすリンクを憮然と睨み、アレンはまた、ため息をついた。
 「それで?
 僕はいつまでここに隠れていればいいんですか?」
 憮然と問えば、リンクはちらりと笑みを浮かべる。
 「私としては、ずっと閉じ込めてやりたい気持ちでいっぱいですが・・・」
 「ぐれてやる」
 「悪魔達に散々いぢめられた君には、聖夜の一日くらい、親切にしてやってもいいかと思いました」
 「え?」
 笑みを深めたリンクに、アレンは目を丸くした。
 「メリー・クリスマス、アレン・ウォーカー。
 今日だけは、性悪で生意気なクソガキの無礼も、大目に見てやるのが大人ってものです」
 「・・・なんか今、すごく大人気ない発言を聞いた気がするけど」
 「・・・そうですか。君はずっとここにいたいんですね?」
 「すみませんごめんなさいもう言いません」
 すかさず謝って、アレンは笑みを浮かべる。
 「メリー・クリスマス、リンクv
 今日は、マムと一緒に過ごせればいいですね」
 「過ごしますとも・・・あ」
 と、耳に掛けたインカムが音声を流しているのか、リンクの動きがしばらく止まった。
 「出ますよ、ウォーカー。
 リナリー・リーが、コムイ室長を確保。
 缶詰にすることに成功したそうです」
 「リナリーがv
 喜色を浮かべたアレンを見遣り、リンクが眉をひそめる。
 「変わった少女です。
 君を助けるために、自分の不利益もいとわなかった。
 ブックマンJr.もそうですね。
 あの一族の人間が、たかが一人の人間を助けるために単独行動を起こすなんて、本来ありえないはずですが」
 不可解だ、と、呟くリンクに、アレンはにこりと笑う。
 「仲間ですから!」
 自信満々に言ってのけた彼に、リンクは驚いて瞬いた。
 「・・・・・・馬鹿らしい」
 呟いて、リンクはベッドサイドに置いた椅子から、姿勢よく立ち上がる。
 「もっと論理的な答えを用意していただきたいものですね、ウォーカー」
 せいぜい皮肉を効かせて言うと、アレンはわざとらしく首を傾げた。
 「リンクがミランダさんにご奉仕するのに、論理的な理由があるんですか?」
 「もちろん。
 我々があの方に尽くすのは、我々なりの論理があってのことだと思っております」
 「・・・それ、全然論理的じゃない気がするんですけど」
 「・・・・・・閉じ込められたいですか?」
 地下牢の扉を閉めようとするリンクに、アレンは慌てて駆け寄る。
 「きょ・・・今日は大目に見るってさっき・・・!!」
 「クソ生意気な悪ガキを躾けるのは、大人の役目だと思っています」
 つんっとすましたリンクに苦笑し、アレンは少なくとも、ここを出るまではおとなしくしていた方がよさそうだと、黙ってついて行った。
 そうやってずいぶん歩いた後、ようやく、階上へと続く階段に至る。
 「ひ・・・広いんですね、地下って!」
 「迷子癖があるなら、一人では踏み込まないことを推奨します」
 無愛想に言って、リンクは先を歩いた。
 「これから向かう部屋も、君が自力で到達するには少々難易度の高い部屋だと思われますので、決してはぐれないよう、ついてくるのですよ」
 「これから?」
 どこへ、と問うが、質問は冷淡に無視される。
 「まさか・・・また書庫で尋問とかじゃないですよね・・・?」
 「まぁ、似たようなところかもしれません」
 「えぇー・・・」
 リンクの態度に不安を覚えつつも、アレンは彼の後について、いくつもの階段を上り、同じだけの階段を下り、見たこともなかった部屋を通り過ぎて、ある一室に至った。
 「な・・・んなのもうー!!
 なんでこんな、へんてこな道・・・!」
 抗議の声を完璧に無視して、リンクはドアを開けるよう、アレンへあごをしゃくる。
 「うっわ・・・!
 なんだかリンク、すごく感じ悪いー!」
 なにか罠でも仕掛けてあるんじゃないかと、警戒してドアを開けたアレンは、暗い部屋を覗きこんだ途端、四方を破裂音に囲まれて、悲鳴を上げた。
 「なっ・・・なにっ?!」
 「アレンーv
 メリー・クリスマス!」
 「アンド、ハッピー・バースデーv
 暗がりから飛び掛ってきたラビとリナリーに抱きつかれ、アレンは目を丸くする。
 「えぇっ?!」
 驚きのあまり、アレンはのしかかってきた二人の体重を支えることができず、もろともに床に倒れこんだ。
 「アレン、弱ぇぞ、お前!」
 「このくらい支えなきゃ、いつまでも姫だよ?」
 二人に説教され、アレンはわけがわからないままに謝る。
 「あれっ・・・でもっ・・・なんで?!」
 リンクが連行する先に、まさか彼らがいるとは思わなかったアレンは、きょときょとと辺りを見回した。
 途端、ドアの前に張っていたらしい暗幕が取り払われ、一瞬にして現れたたくさんのキャンドルが、まぶしいほどに部屋中を照らす。
 「うわ・・・っ!!」
 部屋の中央には、子供なら余裕で入れそうなお菓子の家と、アレンの身長よりも高いお菓子のツリーがそびえていた。
 「すごい・・・!
 ラビが言ってた『おもしろいこと』って、これ?!」
 興奮し、頬を真っ赤に染めて問うアレンに、ラビは得意げに頷く。
 「すげーだろ?
 俺とリナリーが企画して作り始めたんけど・・・途中でほっぽりだして、お前を助けに行っちまったからな。
 実際にここまで作ったのはリンクなんさv
 「え・・・?!」
 見開いた目で見遣ったリンクは、わずかに頬を染めて、そっぽを向いていた。
 「リンク・・・!」
 アレンの感極まった声に、リンクは憮然と鼻を鳴らす。
 「マンマのためにやったのだ!決して君のためじゃない!」
 「まぁそんな・・・照れなくていいのよ、マユゲv
 ミランダの優しい声と差し伸べられた両手に、リンクは打って変わって嬉しそうな顔をしてミランダに駆け寄った。
 「ふふv
 アレン君、この子、褒めてあげてねv
 それはもう、がんばったそうなのよv
 ね、と、ミランダが同意を求めて見遣ったリーバーは、頷いて、箱に収まった星をアレンに差し出す。
 「ホラ、飴細工の星。
 ホント、マユゲは器用だよなぁ」
 「お前にマユゲなどと呼ばれる筋合いはないっ!!」
 キャンキャンと吠えるリンクを『めっ!』と叱り、ミランダは改めてアレンに微笑んだ。
 「お誕生日おめでとう、アレン君。
 みんなが、あなたの喜ぶ顔を見たくて、がんばったのよ」
 「ツリーの星を、ラビに毎年取られて泣いてんだって、お前?」
 苦笑したリーバーに、ラビがにぱっと笑う。
 「だーって、早いもん勝ちだもんさー♪」
 「ガキだな!」
 「もうっ!そういうこと言っちゃいけません、マユゲ!」
 ミランダに叱られ、またしおしおとうなだれたリンクに吹き出し、アレンはリーバーの手から星を受け取った。
 「ありがとう・・・すごく・・・うれしいです・・・・・・!」
 目の端に涙を浮かべ、星を手にしたアレンに、製作者のリンクが真っ赤になった顔を逸らす。
 「早く、飾って飾って!
 ツリーが完成したら、パーティしよう!」
 「後で、姐さんが料理持ってきてくれるってさーv
 「まだお昼前だから、お酒はなしね。夜に乾杯しましょv
 「えぇー!!
 俺、今からでもイケっけど!!」
 「ガキのくせに、朝っぱらから飲む気でいるんじゃねぇよ!」
 リーバーに拳骨を食らわされ、うずくまったラビに、笑声が沸いた。
 と、アレンの傍らにいたリナリーが、腕を取って囁く。
 「今はまだ、5人しかいないけど、後でみんな、集まってくるからね」
 瞬いたアレンに、リナリーは笑みを深めた。
 「ジェリーもブックマンも、科学班のみんなも・・・アレン君のことを喜ばせたいって、協力してくれた人達、みんなが」
 もちろん神田も、と、いたずらっぽい口調に、アレンは目を見開く。
 「来て・・・くれるのかな・・・・・・」
 「今回の影の功労者だよ、神田は」
 そう言ってリナリーは、くすくすと軽やかな笑声をあげた。
 「お誕生日おめでとう、アレン君。みんな、アレン君のことが大好きだよ」
 「ありが・・・とう・・・・・・!」
 感極まって、ぽろりとこぼれたアレンの涙に微笑み、リナリーが手を差し伸べる。
 「もちろん、私もね」
 にこりと笑ったリナリーを、思わず抱きしめたアレンから、皆、わざとらしく目を逸らした。


 ―――― その後、夜も更けて。
 一日中、研究室に監視付で閉じ込められ、イノセンスの修復を強要されたコムイは、窓の外から聞こえる音楽に悲しげな顔をした。
 「・・・神田君。
 なんか、陽気な音楽が聞こえるんですけど・・・・・・・・・」
 「パーティが始まったんだろ」
 「うっうっうっ・・・!
 ボクも行きたいよぉぅ・・・!
 せっかくのクリスマスに、イノセンスの修復なんて・・・・・・!」
 「無宗教の俺には関係のない行事だ」
 神田の冷たい言い様に、コムイは派手にしゃくりあげる。
 「ボクは、敬虔なキリスト教徒なんだよ!今日だけは!」
 「今までも、そして明日以降も敬虔なら、博愛と奉仕の精神で仕事しろ」
 こんな無駄なやり取りを何時間も繰り返して、そう気の長くない神田の苛立ちが募っていった。
 「ねぇ、神田くぅん・・・オナカすいたよねー・・・パーティに行こうよー・・・」
 「ケータリングを頼め」
 「みんなと一緒にご飯ー・・・」
 「いいから仕事しろ」
 「こんなの、一年に一回しかないんだよ・・・?」
 「だったらさっさと終わらせろ・・・!」
 「イノセンスの修復なんて、一日で終わるわけないじゃない!!パーティに行きたいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 「ぃやっかましぃ!!」
 コムイの絶叫を圧する大音声で、神田が怒鳴りつける。
 「いい加減にしろ、てめぇ!!
 グダグダ言ってる暇があったら、とっとと六幻を元通りにしろっつってんだろ!!」
 だんっ!と、怒りに任せてデスクを叩きつけた途端、積み上げられた書類が雪崩を打った。
 「ぎゃー!!!!」
 「くそっ・・・!!」
 襲い来る膨大な質量に、コムイは悲鳴を上げて逃げ惑い、神田は修復途中のイノセンスを庇う。
 やがて、
 「あー・・・びっくりした・・・・・・」
 雪崩は収まったものの、大量のほこりと共に、数多くの書類が未だひらひらと舞っていた。
 「神田君、グッジョブ!
 さすが、六幻に注ぐ愛情は桁違いだね!」
 「っるっせぇよ!
 いいからとっとと終わらせろ!」
 「あーぃ・・・・・・」
 虚しく呟き、ペタペタと書類を踏みつつイノセンスに歩み寄るコムイの顔に、書類の一枚がへばりつく。
 「あわっ!
 もうー・・・なんだよぉぅ・・・・・・」
 目を塞いだ書類を引き剥がしたコムイは、その内容に半分塞がった目を見開いた。
 「あれぇ・・・?
 これ、アレン君にあげたはずの、シベリア行き任務じゃない・・・・・・」
 にんまりと、悪魔の唇が歪む。
 「年越しはシベリアで・・・ねv アレン君v
 聖夜にとんでもないプレゼントを用意したコムイに、神田はうんざりと吐息した。



 Fin.

 










2007年アレン君お誕生会SS最終話です!
25日の23時45分完成と言う、とんでもない遅延かましてしまって申し訳ございません;;;
ですが、ちょっと漢前なリナリーと、ちょっとほだされたリンク君と、ちょっと気前のいい長官を楽しんでいただければ嬉しいです(笑)>主人公は?!
あぁ、悪魔二人の饗宴は、書いてて非常に楽しかったです!>主人公は?!
時期的にクロちゃんが療養中のため、出てこれなかったんですが・・・よく考えれば、どうせ捏造なんだから出してあげればよかったですね;;;←後の祭り。
ともあれ、今年もやったぜ4部作!
題名は『HurryXmas』だが、管理人としてちっとも来てほしくなったクリスマス!←SS書けてなかったからな!
皆さんに、少しでも楽しんでいただければ、幸いにございますv












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