† 雪の足跡 †
はらはらと雪を散らせる暗い空を見上げ、リナリーは白い息を手に吐きかけた。 凍えた手は、その程度では全く暖まらず、リナリーは両手をコートのポケットに入れる。 「・・・一人で行くの、つまんない」 憮然と呟いて蹴りつけた雪は、風に乗って彼女に吹き寄せた。 いつもなら、ロンドンへ買い物に行くと決めた日は、朝からわくわくと準備にいそしむものだが、今日同行予定だったミランダは、昨夜から風邪で寝込んでいる。 よりによって・・・とは思ったものの、戦闘時には最も多くの命と責任を預かる彼女の、精神的、肉体的な疲労を思えば、それも無理からぬことだった。 ためにリナリーは、彼女に文句も言えず、一人、とぼとぼと馬車が待つ門へと向かう。 と、 「危ないよっ!!」 突然、上から声がして、反射的に避けた所に人が落ちてきた。 身投げかと一瞬、冷やりとしたが、彼はきれいに着地を決め、唖然としているリナリーににこりと微笑む。 「そこの優しいお姫様? この哀れな囚人を、お助けくださいませんか?」 「ア・・・レンくん・・・・・・」 どうしたの、と、問う間もなく、上から怒声が響いた。 「ウォォォォォカァァァァァァァァァァ!!!! そこを動くなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「きゃっ?!」 「ちっ!もうバレた!」 驚くリナリーの手を取って、アレンは共に駆け出す。 「ど・・・どこいくの?!」 「リナリーの行くトコ 「えぇっ?!」 「お買い物行くんでしょ? ミランダさんの代わりにはなれないけど、おつきあいさせてください ミランダには言えなかった不満を、散々ジェリーにぶつけたのを聞いていたのか、悪戯っぽく笑うアレンに、リナリーは大きく頷いた。 「リンク監査官から逃げてるの?」 「そうですよ。 彼、ホントに勘がよくて・・・寒いからコート着る、って言ったら、『逃げようたってそうは行きませんよ』なんて言うから、僕、びっくりしました!」 手にした黒いコートを纏いつつ、足を速めるアレンと並んで走りながら、リナリーは感嘆の声をあげる。 「さすがエリート官吏だね!」 「猟犬ですね」 くすくすと笑いつつ、アレンはリナリーの手を取って馬車に乗せると、続いて自分も飛び込んだ。 「急いでください!」 何も知らない御者を急かして馬車を走らせると、後部に開いた窓に小さく、リンクの彼を探す姿が見える。 「やったね!!」 二人して手を打ち合わせ、悪戯成功の快哉をあげた。 「でも、彼のことですから、すぐ追いついてきますね」 「じゃあ、彼でも中々探し出せないところに逃げちゃおう にこりと、リナリーがいたずらっ子の笑みを浮かべる。 「どこ?」 アレンが興味津々と問うと、リナリーは楽しそうに笑みを深めた。 「イースト・エンド ミランダが一緒なら、ナイツ・ブリッジでお買い物しようと思ってたんだけど、アレン君が一緒なら、イースト・エンドに行っても大丈夫だよね?」 「・・・・・・春聯(しゅんれん)・・・ですか・・・・・・?」 暗く乾いたアレンの声に、リナリーは大きな目を見開く。 「すごい! よくわかったねぇ 「・・・・・・そりゃー・・・・・・毎年毎年、あれだけ痛い目に遭っていれば・・・・・・」 暗い笑声をあげるアレンに、しかし、リナリーはくすくすと笑った。 「去年はうまく逃げたじゃない!」 「逃げはしましたけど、その後が大変でしたよ・・・・・・」 深々とため息をついて、アレンは顔を上げる。 「で? 今年は、いつからお正月なんですか?」 「今年は2月7日だね。 でも、その前から色々準備しなきゃいけないし、もう、春聯は売り出している頃だと思うから、早めに買いに行っちゃおう 張り切ってこぶしを握ったリナリーの傍らで、アレンもようやく屈託を消して頷いた。 「そうですね。 科学班は相変わらず忙しいし、レディ一人でイースト・エンドに行かせるわけにも行きませんからね」 そう言ってにこりと笑ったアレンに、リナリーが頬を染めた。 「や・・・やだ、レディって・・・・・・!」 「レディでしょ? それとも、マイ・レディ?」 小首を傾げ、柔らかな声で発せられた台詞に、リナリーは耳まで真っ赤になる。 「た・・・ただの『レディ』でいいです・・・・・・!」 「残念」 くすくすと、傍らであがる軽やかな笑声を聞きながら、リナリーはしばらく、真っ赤になった顔を上げられなかった。 その頃、書庫室の窓から外を見下ろしていたラビは、リンクが急いで馬車に乗り込み、城外に出て行く様を、にんまりと笑って見送った。 「さぁて・・・始めっかな 黒い団服のフードをすっぽりと被った彼は、ドアに背を向けたまま、積み上げられた書類に向かう。 「極秘極秘って、なに聞いてんだかなぁ・・・」 中央がアレンや方舟についてなにを調べたがっているのか、ラビの関心はアレン以上に高かった。 彼はリンクがアレンへと差し出した質問状をぱらぱらとめくっては、その内容を確実に頭の中へ入れていく。 ものすごいスピードで全ての質問条項を記憶してしまうと、楽しげに笑ってペンを手にした。 「ほんじゃ、やりますか こっそりと呟くと、ラビはアレンの筆跡を真似て、カリカリと書面にペンを走らせていった。 イースト・エンドに着いた二人は、帰りは辻馬車を拾うからと、馬車を先に帰してしまった。 「教団の紋章入りの馬車を置いておくと、リンクに見つかっちゃいますからね」 「・・・なんだか、こういういたずらばっかり得意になってくね」 アレンの隣で思わず苦笑したリナリーは、歩を踏み出した途端、凍った路面に足を取られる。 「大丈夫ですか?!」 転ぶ寸前、すかさずアレンが手を差し伸べて、リナリーを支えた。 「う・・・うん、ありがと・・・・・・」 「リナリーが転ぶなんて、珍しいですね・・・もしかしてまだ、足が本調子じゃないんですか?」 気遣わしげに問うアレンに、リナリーは苦笑して首を振る。 「違うの。靴のせい」 そう言うと、リナリーはアレンに背を支えられたまま、軽く片足をあげて見せた。 「ダーク・ブーツじゃないから、歩きにくくて・・・」 「あぁ、なるほど」 納得したアレンは、改めてリナリーへ腕を差し出す。 「どうぞ、つかまって下さい」 「・・・・・・うん」 頷きはしたものの、複雑な顔をして、彼の腕に手を伸ばしかねているリナリーに、アレンは首を傾げた。 「嫌ですか?」 「あ!ううん!そんなんじゃなくて・・・・・・」 リナリーは慌てて首を振ると、指の先でアレンの袖をつまむ。 「・・・・・・私、なんで守られてばっかりなんだろうって思って・・・・・・。 強くなんなきゃいけないのに、ずっとみんなに守られて、情けないなって・・・・・・・・・」 俯いてしまったリナリーに、アレンは笑みを漏らした。 「守られるのが、そんなに嫌ですか?」 「い・・・嫌ってわけじゃ・・・ないけど・・・・・・」 不甲斐ない、と、感じてしまう。 正直に言うと、肩にアレンの手が載せられた。 意外と大きな感触にふと顔をあげれば、目の前に彼の笑顔がある。 「リナリーが不甲斐ないなら、君に何度も助けられた僕も、かなり不甲斐ないですね」 「え・・・・・・」 「今日だって、君は哀れな囚人だった僕を助けてくれたでしょう?」 胸に手を当て、芝居がかった台詞をはくアレンに、リナリーはくすりと笑みを漏らした。 「君に助けられてばかりの僕が言うのもなんですけど、困った時は助けてもらっていいんじゃないですか? 一人でがんばってもどうしようもない時、助けてくれるのが『仲間』でしょう?」 それとも、と、アレンはやや、おどけた笑みを浮かべる。 「君が一人で守らなきゃと気負うほど、僕らは弱々しいですか?」 その言い様に、リナリーは思わず吹きだした。 「・・・・・・っごめんなさい」 くすくすと肩を震わせつつ、リナリーはアレンの腕に縋る。 「じゃあ、アレン君を囚われの城から助けてあげた代わりに、杖代わりにしちゃう 「杖でも荷物持ちでも、姫のお気に召すままに アレンのおどけた口調に、明るい笑声をあげて、リナリーは彼と共に街の中へと入っていった。 イースト・エンドは、ロンドンでもあまり治安がいい場所とは言えない。 が、ここには阿片窟だけでなく、清国人の店もあり、この時期には旧正月を祝うための春聯(しゅんれん)などが店先にあふれていた。 そんな店の一つで、リナリーだけでなく、アレンまでもが赤や金の派手な飾り物を熱心に見つめる。 「リナリー、これ、なんて書いてあるんですか?」 その中の一つを取り上げたアレンが問うと、リナリーは彼の傍に寄って、春聯を覗き込んだ。 「歳々平安日 年々如意春・・・年を追うごとに平和になって、毎年が春のようになりますように、だね」 「・・・っこれ!切実に欲しいです!!」 その、あまりにも真剣な口調と表情に、リナリーだけでなく店の人間まで笑い出す。 「アレン君、今年もコウモリ飾る?」 対句を抱いて放さないアレンに、リナリーがまだ、笑いを収められないままコウモリの形をした春聯を差し出すと、彼は真剣な顔で頷き、その隣の金魚も示した。 「今年は師匠と合流しちゃったんで、ぜひ金運も!!」 「はいはい」 その言い方がまたおかしくて、リナリーは金魚の春聯をどっさり取り上げる。 「クロス元帥のお部屋にも貼っておこうか?」 冗談めかして問うと、アレンはきょろきょろと視線をめぐらせた。 「悪霊退散とか、鬼は外ってありますっ?!」 「鬼は外って・・・それ、神田がやってた節分だよね・・・?」 「そうでした! あれも2月ですよね?!師匠にこっそり豆ぶつけなきゃ・・・!」 ぶつぶつと、何かに憑かれたように呟きつつ、アレンは店主に詰め寄る。 「すみません! 金遣いが荒くて女癖が悪くて自分の借金をすべて弟子に負わせるような鬼畜ときれいさっぱり縁が切れるようなおまじないグッズありませんか?!」 「それは・・・ないんじゃないかな・・・・・・?」 あまりに真剣なアレンに対し、むごいことは言いたくなかったが、リナリーの控えめな否定に店主もうんうんと頷いた。 「だったら、なにか強力な悪魔よけのおまじないとか・・・・・・!!」 ないない、と、手を振る店主の横で、リナリーも苦笑する。 「それは・・・むしろ、白魔術の領域じゃない?」 リナリーが自信なげに言うと、アレンは大きく頷いた。 「そっか!! ミランダさんなら、何かいいもの知ってるでしょうか?!」 「そ・・・そうだね。 ミランダって、結構色んなおまじない知ってるし」 「よっし! じゃあ、ミランダさんに何か貢物して、悪魔抹殺のおまじないを・・・!!」 決然とこぶしを握ったアレンは、ざわりと背筋に這った気配にはっとして、目深にフードを被る。 「リナリー!逃げますよ!!」 「え?!」 「リンクが来ました!!」 「わっ! え・・・えと、いくらっ?!」 春聯を抱えたアレンに腕を取られたリナリーは、慌てて支払いを済ませると、彼と共に駆け出した。 「え?! リンク監査官、いた?」 走りながら、ちらりと後方に視線を投げるが、猛禽の目を自負するリナリーでも、その姿は見出せない。 が、アレンは自信に満ちた表情で頷いた。 「リンクの殺気を感じました!」 「殺気って・・・・・・」 きっぱりと断言したアレンに、リナリーは目を丸くする。 「そんなの、感じなかったよ?!」 「24時間彼と一緒にいれば、自然とわかるようになりますよ! あのひと、時々本気で僕を殺そうと思ってましたから!」 それはアレン君があまりに反抗的だったからじゃないの、とは、さすがに口にできなかった。 「新年早々、気の毒だなぁ・・・・・・」 「僕が?」 いけしゃあしゃあと被害者顔するアレンに、リナリーが思わずため息を漏らす。 「・・・・・・・・・そう言うことにしておいてあげるよ」 そう応えた声は、我ながらひどく乾いていた。 だが、アレンはその台詞が聞こえなかったのか、聞こえない振りをしたのか、リナリーの手を引いて、一気にイースト・エンドを抜け出す。 「乗って乗って!」 アレンは、通りがかった辻馬車にリナリーを押し込むと、背後を気にしながら自分も乗り込み、馬車が走り出した途端にくすくすと笑い出した。 「楽し・・・っ!」 「もう・・・」 あまりにも楽しげなアレンの様子に、リナリーも笑い出す。 「あんまりいじめると、かわいそうだよ?」 「リナリー、それ、本心ですか?」 いたずらっぽい上目遣いで見つめられ、リナリーは観念した。 「楽しい・・・っ!」 「でしょ?」 くすくすとひそやかだった笑声は、途端に弾け、馬車の中に反響する。 「ねぇ? これからどこに逃げるの?!」 リナリーにはしゃいだ声で問われ、アレンは御者に行き先を指示した。 「ピカデリー・サーカスへ。 僕に成りすましているラビへのお土産と、風邪引いて寝込んでいるミランダさんへの貢物を仕入れに行っていいですか?」 「もちろんだよ! ・・・って、今はラビがアレン君に成りすましてるの?」 と、アレンはまた、くすくすと笑い出す。 「昨日、リンクの目を盗んで練習したんですけど、上手いんですよ、彼! さすがはブックマンの後継者ですよね! すごい記憶力で、びっくりしました!」 「へぇ・・・!それ、見てみたいなぁ!」 リナリーは両手を合わせ、目をきらきらと輝かせた。 「帰ったら、僕が二人いるところを見せてあげますね 「うん!!」 リナリーが期待に頬を高潮させ、大きく頷いた・・・ちょうどその時。 「あれ? アレン、リンク監査官は?」 城内の書庫室で、リンクの質問状にせっせと記入していたラビは、背後から声をかけられ、わずかに振り返る素振りを見せた。 が、巧妙にフードに隠したラビの顔は、彼からは鼻先くらいしか見えない。 ラビはその姿勢のまま、アレンの声を真似た。 「キッチンじゃないですか? 僕が、ケーキ作ってくれるならおとなしく記入するって言ったら、いなくなりました」 「へぇ・・・がんばれよ」 「はぁい!」 ペンを持った手を掲げ、ラビはまた、書面に目を落とす。 背後ではまだ、書庫をあさっている気配がしているが、彼はラビがアレンに成りすましているとは気づいていない様子だ。 この調子で、ラビはもう、何人もの団員達の目を騙している。 アレンが無事に帰って来た時、怒り心頭に発したリンクが、彼らの証言にどんな顔をするだろうかと、想像するだけで楽しかった。 それに、この質問状への記入も。 身長や体重などの、瑣末な記入事項から、割と深い事情にまで踏み込んだ質問条項が並べられたそれには、ラビが今まで見聞きして知ったことや、小耳に挟んだ情報から推理したことまでをみっしりと書いてやった。 その中には、アレンでさえ答えに困るような質問もあったが、ラビにとっては穴埋めのパズルのようで、中々に面白い。 「最初からこうすればよかったさ♪」 こっそりと呟いて、ラビは次々に書類を仕上げていった。 新年を迎えたばかりのピカデリー・サーカスには、まだ年越しパーティの名残があちこちに散らばっていたが、連日降り続く雪がそれら全てを覆って、巨大なデコレーションケーキの上にでも降り立った気がした。 「足元、気をつけて」 リナリーの手を取って馬車から降ろしたアレンは、当然のように腕を差し出す。 「どうぞ、姫」 そう呼びかけられて、リナリーがくすぐったそうに笑った。 「なんだかアレン君にそう呼ばれると、本当にプリンセスになった気がするよ」 「僕らの姫じゃないですか、リナリーは」 恥ずかしげもなく言うアレンに、リナリーが赤面する。 「そ・・・そんな、姫って言われるほどおしとやかじゃないし・・・・・・」 「戦う姫なんて、歴史上たくさんいたでしょ。 近いところでは、ヴィクトリア女王陛下だってそうですよね」 現在、この帝国をしろしめす女王に敬意を表してか、アレンがわずか、こうべを垂れた。 「師匠が師匠なもんで、僕、色んな国の貴婦人とお会いしましたけど、リナリーは誰にも負けてませんよ?」 「そっ・・・そうなの・・・・・・?」 リナリーが、熱くなった頬に添えた手を、アレンはやんわりと取って頷く。 「自信を持って下さい」 「・・・・・・・・・うん!」 リナリーは嬉しげに笑い、アレンの腕に腕を絡めた。 同じ頃、病室で熱に浮かされていたもう一人の『姫』は、『なにか欲しいものはない?』と問うたナースに、とんでもないことをぬかした。 「リーバーさん・・・・・・」 「・・・・・・ちょっとアナタ、いきなりそんなセクシーなこといわないでくれる?」 びっくりした、と、ナースは思わず頬を赤らめたが、ミランダにそんなつもりはなかったらしい。 「早く・・・治さないと・・・リーバー・・・さんが・・・死んじゃう・・・・・・」 「・・・っああ!そう言う意味ね!」 びっくりした、と、もう一度呟いて、ナースは肺が空になるほど大きく吐息した。 「私はてっきり、班長が看病してくれないと死んじゃうとでも言ってるのかと思ったわ」 ころころと楽しげな笑声は、しかし、ほとんど意識のないミランダには認知できなかったようだ。 「ホラ、点滴からだけじゃなく、ちゃんと水分摂って。 元気になって、班長のお手伝いするんでしょ?」 ぺしぺしと、軽く額を叩かれるが、ミランダには起き上がる気力も体力もなかった。 「やれやれ・・・困った姫ねぇ。 まぁ、寝ていてもやかましいクロウリーよりはマシかな」 ころころと笑いながら踵を返した彼女は・・・いや、彼女だけでなく、この病室に入ってくる全てのナースが、やがて職場放棄の誘惑に駆られることになった。 「・・・・・・ちょっと班長、時間見つけて見舞いに来てくれませんか? ミランダの惚気がうるさいんだけど」 リーバーのインカムに、ナースからの苦々しげな苦情が入るのは、それから間もなくのことだった。 「・・・父さん!妖気です!」 手にしたワインボトルを棚に戻して声をあげたアレンに、リナリーは苦笑を向けた。 「また?」 「リンクが来ました!」 「じゃあ、逃げよっか」 今度は先に駆け出したリナリーが、アレンの手を取る。 「ラビのお土産は、別のお店で買おう?」 「はい!」 イースト・エンドで入手した春聯と、病床のミランダへと買った紅茶はしっかりと持って、二人は素早く店を出た。 通りの人ごみに身を隠しながら、一気にナショナル・ギャラリーにまで駆け抜ける。 「ついてきてる?」 「・・・気配は消えましたね。 フォートナム&メイソンにでも入ったかな?」 ナショナル・ギャラリーの入り口にしゃがみこんで、来し方を見つめた二人は、くすくすと密やかな笑声を交わし、雪に覆われた階段を慎重に下りてトラファルガー広場に向かった。 が、最後の段を踏みしめた途端、 「きゃ・・・っ!!」 リナリーが凍りついた段に足を取られ、アレンを押し倒す。 「ご・・・ごめんなさいっ!! 大丈夫?!」 慌てて起き上がったリナリーがアレンに伸ばした手は、しかし、やんわりと押しのけられた。 「普通の靴だから立てなかったんでしょ? 僕は大丈夫ですから、欄干につかまっててください」 くすくすと笑いながら、すんなりと立ち上がったアレンは、コートについた雪を払い落とす。 「でも、『ここにウォーカーが転んだ痕跡がある』って、猟犬が嗅ぎつけてくるかも。 早く抜けちゃいましょ」 おどけた口調で言うと、アレンはリナリーの背を支えつつ、雪遊びに興じる子供達で賑わう広場に逃げ込んだ。 「ハイド・アンド・シーク(かくれんぼ)するなら、ハイド・パークに行った方がよかったかな?」 『猟犬』の言葉に吹き出したリナリーが楽しげに笑うと、アレンも頷く。 「あっちの方が広いし森もあるし、隠れるにはよかったかもしれませんね。 ・・・ハイド・パークといえば僕、ロンドン動物園に行きたいのにまだ行ってないや」 独り言のように呟いたアレンに、リナリーが目を輝かせた。 「じゃあ、次に外出許可をもらったら、一緒に行こう?!」 でも今日は、と、リナリーは残念そうに呟いて、懐中時計を取り出す。 「もう帰らなきゃ・・・」 外出を許可された時間は、もうほとんど残ってなかった。 「監査官達がいると、不自由ですね・・・」 肩を落とすリナリーと並んで、アレンも吐息する。 以前はもう少し融通が利いたものだが、大勢の監査官達が教団内で目を光らせている今、少々帰城が遅れただけで、しつこく尋問されてしまうのだ。 「ラビのお土産買っちゃったら、馬車を拾いましょう」 再び吐息して、アレンはリナリーと並んで歩き出す。 と、通り過ぎる子供達が、空を見上げて歓声をあげた。 「あ・・・」 「また降って来たね・・・」 揃って空を見上げ、どちらからともなく身を寄せる。 「リナリー、今日は引っ張りまわしちゃってごめんなさい」 笑みを含んだ声に、リナリーは首を振った。 「監査官とのかくれんぼ、楽しかったよ くすくすと笑い、アレンの冷えた手を握り締める。 「今度は監視なしで、ゆっくり歩きましょうね」 リナリーは、彼の手と同じくらい冷えた彼女の手を握り返したアレンに微笑み、頷いた。 「・・・・・・でも、ホラ」 半身振り返り、リナリーは背後を示す。 返り見ると、白く積もった雪の上に、二人の足跡が並んでいた。 ナショナル・ギャラリーから続くそれは、転んだ跡や、軽やかなステップ、そして、段々と寄り添う様を残している。 「今日は今日で、楽しかったよ 「刺激的な外出でしたね・・・!」 くすくすと笑いあった二人の、軽やかな足跡がまた、白い雪の上に並んで描かれていった。 その後二人は、街の中でリンクに見つかることもなく、無事に本城まで帰りついた。 が、城門をくぐる馬車の中で、リナリーは不安そうにアレンを見つめる。 「ねぇ・・・どうやって書庫室まで行くの?」 見つかっちゃうよ、と、心配そうに袖を引くリナリーに、アレンはにこりと笑った。 「ったく、心配性さ、リナは 心配せんで オレだって、いちおーエクソシストだぜ?」 「・・・うわ!」 アレンが発したラビそっくりの声色に、リナリーが驚いて手を放す。 「びっくりした・・・練習って、それだったんだ・・・!」 目を丸くするリナリーに、アレンは得意げに笑った。 「あぁ! でもオレ、念のために窓から入っから! 姫にこんなお願いして悪いんけど・・・・・・」 アレンの言わんとするところを察して、リナリーはにこりと笑う。 「今まで荷物持ちしてくれただけで十分だよ。 後で、二人ずついるアレン君とラビを見物に行くね 「ごめんさ、姫〜 じゃあオレ、先に下りるさ 言うや、アレンはまだ止まっていない馬車から飛び降りた。 「気をつけてね、ア・・・ラビ!」 手を振ったリナリーに手を振り返し、フードを目深に被ったアレンは、人気のない回廊の窓から城内に入り込む。 そのままラビの所作を真似つつ、一気に書庫まで駆け抜けた。 「ただいまさっ!」 「あれぇー?どっか行ってたんですか、ラビ?」 ドアに背を向けたまま、わざとらしく問い返すラビに笑みを深め、アレンは机に向かうラビの傍らに駆け寄った。 「あぁ、リナとデートしてきたぜ 同じ口で二つの台詞を言ったアレンは、こっそりラビと席を替わる。 「首尾は?」 「全然ばれてねぇさ アレンの代わりに立ち上がったラビは、目深に被っていたフードをはずして、真っ赤な髪をかきあげた。 「ありがとうございました! コレ、つまらないものですが」 「サンキュー こればっかりは、堂々と仕入れらんねぇからな 嬉しげに言って、ラビはアレンが差し出したワインボトルに頬を摺り寄せる。 「さ、リンクが帰ってくる前に、口裏合わせるさ」 「ん。 まずはイースト・エンドで春聯のお買い物。 買ったのは・・・・・・」 書庫室を抜け出してからのことを、事細かに話して聞かせたアレンにラビがいくつか質問をして、完璧に情報の共有がなされた頃、ようやく息せき切ったリンクが戻ってきた。 「あれ? リンク、どこ行ってたんですか?」 いけしゃあしゃあと言ってのけたアレンに、こめかみを引きつらせてリンクが詰め寄る。 「君を追いかけて、イースト・エンドからウェスト・エンドまで駆け回ったんだ!! よくも私から逃げ切りやがって・・・!!」 アレンの胸倉を掴んで揺さぶるリンクを、しかし、これまたいけしゃあしゃあとラビが止めに入った。 「待つさ、リンク! アレン、ずっとここで質問状の記入してたらしいぜ?」 「あぁっ?! そんな見え透いた嘘ついて、私が騙されるとでも・・・っ!!」 「ホントですよぉー」 憮然と頬を膨らませ、アレンは記入済みの書類を示す。 「ここに入ってきた団員さん達が僕を見てるんだから、聞いてみればいいでしょ?」 「だったら私は一体、誰を追いかけていたというんだ?!」 きぃっ!!と、甲高い声をあげるリンクに、ラビはわざとらしく首をひねった。 「んー? 今お前、イースト・エンドからウェスト・エンドっつったよな? それなら多分、オレじゃね?」 「なっ・・・?!」 血走った目を見開くリンクに、ラビはにんまりと笑う。 「オレ、リナとイースト・エンドに春聯買いに行って、その後、ウェスト・エンドで風邪引いて寝込んでるミランダの見舞い買ったもんさ 「なんだとぉぉぉぉ?!」 絶叫するリンクから、二人はうるさげに耳を塞ぎ、鏡合わせに首を傾げた。 「僕らって、そんなに似てますかねぇ?」 「さぁ? あぁ、でも、今日は雪降って寒かったから、オレ、フード被ってたんさ」 「それで見間違えちゃったんだぁ」 にっこりと笑いあう二人の傍らで、リンクが怒りに肩を震わせる。 その様に、吹き出しそうになるのを必死にこらえながら、アレンは立ち上がった。 「お仕事ご苦労様、リンク でも僕も、君ががんばってラビを追いかけてる間、できる限りのことはしたからね ふてぶてしくも言い放ったアレンに頬を引きつらせ、リンクは再び掴みかかろうと震える手をなんとか下ろす。 「で・・・では、記入の終わった物は、提出してもらいましょうか・・・っ!」 怒りのあまり、上ずった声で言ったリンクは、勝ち誇った笑みを浮かべるアレンの顔から目を逸らした。 と、黒いコートの腰の辺りが、随分と湿っている。 「・・・・・・ウォーカー」 「・・・はい?」 地獄から這い上がってきたような、低く恐ろしい声音に、アレンはびくりと震えた。 「なんだこの染みは!!私を欺けると思ったか!!」 「お・・・お茶こぼしましたー!!!!」 アレンがとっさに嘘をつくや、リンクは喉から血を噴かんばかりに怒鳴りつける。 「こんなとこにこぼすかっ!!つくならもっとマシな嘘つけぇっ!!」 「嘘じゃないもんーっ!!」 「待て待て!!落ち着けー!!」 再びがくがくとアレンを揺さぶりはじめたリンクを、ラビが必死になだめた・・・が・・・・・・。 優秀な猟犬の嗅覚は欺けず、二人は雪降る夜の寒い回廊に並んで正座させられ、長い長い反省文を書かされることになった。 Fin. |
| リクエストナンバー18の『超天然ナンパ少年白アレン』でした・・・が・・・・・・。 ・・・・・・うん、ナンパはがんばったんですよ、ナンパは・・・・・・。 なのに、どうにもこうにもアレン君の黒さが抜けなかったのには残念でしょうがありません;; まぁ、彼の白さは『女性限定』ですから、男性に対しては、少々いたずらっ子なカンジでもいい・・・です・・・よね・・・・・・?←怒られる前の仔犬的上目遣いで。 リンク君がいるおかげで、いつも手厳しいラビに対して意地悪じゃないからいいんじゃないかな、とか、勝手に思って・・・ごめんなさい;;←上目遣い ともあれ、このお話は、本当はアレン君の誕生日SSの核にしようと思っていたんです。 えぇ、せっかくリナリーとフィンランドに行くんですから、連作の第3話だけはタイトルを『雪の足跡』にして、こんなカンジのラブラブっぷりを書いてやろうと目論んでいたんですが、残念なことに、本人も周りもやや黒ずんでいて、むしろリンク君と長官が純白なんじゃ、という事態になってしまったため、改めて書きました(笑) 『雪の足跡』は、ラルクのアルバム、『KISS』に入っている曲ですが、絶対にアレリナかクロエリで、純愛風に書きたかったのです(笑) ・・・このお話、書きあげたのは1日半だけど、思いはそれだけ詰まってますので(笑)、楽しんでいただければ幸いです |