† The New Year’s Party
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アジアの『正月』は、西洋のそれよりもひと月以上遅れてやってくる。 日本のような例外はあるものの、かつて中華世界の影響下にあった国々の多くでは、19世紀末となった今でも、大事な行事では陰暦がまかり通っていた。 それは、ヴァチカン直属の組織である黒の教団においても例外ではない。 中国を拠点とし、アジアの多彩な民族が集う支部では、かつての教皇が定めた暦を差し置いて、国の伝統的な暦に従っていた。 「郷に入れば郷に従えと言う。 中国に拠点を置き、周辺諸国の民族が集う支部である以上、こちらの風習を尊重するのは、無用な軋轢を生まないためにも必要なことだ」 と、教団創設に深く関わった者の血を引くアジア支部長は言うが、それは、表向きの言い分でしかない。 外見は完全に西洋人で、血統も確かに西洋のものを受け継ぐバクだが、生まれた時からアジア支部の地下聖堂で暮らした身体には既に、西暦よりも陰暦が馴染んでいた。 おかげで、西暦1月1日を非常に淡白に過ごし、新年の挨拶も忘れてしまう彼が、他の教団幹部のひんしゅくを買ったのも一再ではない。 ために他の支部長などからは、『祝祭に関心のない男』と勘違いされることもあるが、単に時期がずれているというだけで、年に一度の大イベントに対しては毎年、自身らの準備の他に、他民族との調整も率先して行っていた。 そんなせわしない、1月のある日。 バクの執務室に集まった各班の班長は、真剣な顔をつき合わせていた。 彼らの視線は、デスクに置かれた大きな箱に集中している。 バクは、軽く手を叩いて班長達の視線を集めると、彼ら以上に真剣な顔で宣言した。 「今から、クジ引きを始める!」 厳しさを増した表情で頷いた彼らはまた、アジア各国の代表でもある。 「クジで当たった部屋は、諸君らの国の風習に従って、自由に飾り付けてもらって構わない・・・ただし!!」 びしぃっ!と、バクの厳しい声が緊張を高めた。 「龍舞および獅子舞を披露できるのは、庭の使用権を得た国のみだ! みな、公正なクジの元、文句を言わずに従うこと!いいな!!」 バクがじろりと眺め回すと、部下達の真剣な顔が、更に引き締まる。 「ではまず、クジを引く順番を決めるぞ! 去年、庭の使用権を当てたベトナムは最後!」 思わず悔しげな舌打ちを漏らした探索班班長に、他の班長達の視線が刺さった。 「何か文句でも?」 「いいえ・・・」 ふいっと、そっぽを向いてしまった彼に鼻を鳴らし、バクはウォンに命じて、大きな箱を丸テーブルに移動させる。 「順番のクジは一斉に引くぞ!」 探索班班長一人を除いた全員が、箱の上部に開いた丸い穴に片手を入れ、一斉に引き寄せた。 「・・・1番は俺様だ!!」 折りたたまれた紙に書かれた『一』の文字を掲げ、嬉しげに哄笑するバクに、しかし、班長達は淡々と応じる。 「1番引いたからって、庭の使用権がもらえるとは限らないでしょ」 「私なんて去年、1番引いたのに当たったのは離れの石庭で、虚しいったらなかったですよ・・・」 「石庭の使用権は私が欲しかったんですよ。 談話室なんて騒がしくって・・・日本の正月は、静かに安穏と過ごすのが決まりなんです」 「えぇい!!だまらんかっ!!」 ぶつぶつと文句を垂れる班長達を一喝し、バクは本番のクジを運ばせた。 「俺様なんて、毎年ハズレで科学班のみだぞ!! 一所懸命飾っても、見知った顔以外は誰も来やしないっ!!」 「そりゃー・・・」 「門外漢が入っちゃ困るでしょ、あそこは」 「うるさい!!せっかく飾ったのだから、門外漢でも見に来るのが礼儀だろうっ!!」 激昂するあまり、無茶をぬかすバクを、ウォンがすかさずなだめに入る。 「ま・・・まぁまぁ、バク様! せっかく1番をお取りになったのですから、がんばって庭の使用権を当ててくださいませ!」 「そうですよ。早く引いてくださいよ」 「後がつかえてんですよ、後が」 ウォンのとりなしも無にする班長達の態度に、バクが更に激昂した。 「はっ・・・班長方!!あんまりバク様を怒らせないでくださいませっ!!」 完全になめられたバクのヒステリーを、必死になだめるウォンの苦情に、班長達はこっそりと舌を出す。 「全く・・・!人材に恵まれんとはなんたる不幸だ!」 まだぶつぶつと文句を垂れながらも箱に手を入れたバクが、クジに触れようとした時、 「支部長!!マッテ!!」 激しい音を立ててドアが開き、蝋花が飛び込んできた。 「なっ・・・?!なんだ、突然?!」 緊急事態か、と、緊迫した視線を集めた科学班見習いの少女は、全力疾走後の息を一所懸命に整える。 「わ・・・私が引きますっ!!」 「・・・・・・・・・はぁ?!」 思わず間の抜けた声をあげた班長達を、蝋花は睨むように見回した。 「どーしても!今年はお庭の使用権が欲しいんですっ! なのに支部長が引いたら、また科学班になっちゃう!」 「あぁ、それは確かに・・・って、をい!!」 真っ向からクジ運のなさを指摘されたバクが声を荒げると、厳しい顔をした警備班班長と通信班班長が蝋花の両脇を固め、部屋から引きずり出そうとする。 「おねがいですぅぅぅぅ!! 科学班にチャンスをくださいぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」 ドア脇の壁に爪を立て、蝋花が必死に抵抗すると、バクがヒステリックな声をあげた。 「俺様がチャンスを潰してるような言い方すんなっ!!」 「えぅぅーっ!! そう言って毎年毎年、ハズレ引くのは誰ですかっ!はいっ!支部長ですっ!!」 「アホな一人問答するなぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 屈強な班長達にか弱い腕力で、ヒステリックな支部長に泣き声で抵抗する蝋花に、医療班班長が吐息した。 「支部長がいいなら、引かせてやればいいでしょう。 その代わり、今年はもし合意できるようなら、部屋の使用権を交換すると言うのはどうでしょうね?」 「・・・そこまでして離れに行きたいのか、この引きこもり!」 呆れるあまり、思わず蝋花の腕を放した通信班班長に、彼はムッと眉を寄せる。 「生憎、あなたみたいに平原を駆ける趣味はありませんので」 「そんなことだから伯爵に目をつけられるのだ、日本は! 元に支配されていたら今頃、こんなことには・・・」 「・・・また神風吹かせて追い返してやりましょーかい、この馬キチ!」 「600年も前のことで争うのはやめんかっ!」 バクは一喝すると、警備班班長に蝋花を放すよう命じた。 「お前、そこまで言うからには、庭の使用権を当てる自信があるんだろうな? 言っとくが、ここだけは誰も譲ってくれんぞ!」 「獅子舞はやりたがってますね、確かに」 期待に満ちた目を一斉に向けられた医療班班長が、にこりともせず応じると、皆、憮然と舌打ちする。 「・・・責任重大だからな!」 厳しい目を向けられた蝋花は、真剣な目で頷いた。 「じゃあ早速!」 「ちょっとは考えろっ!!」 あっさりとクジを引いた蝋花の思い切りの良さに、バクだけでなく、班長達も声を揃える。 「お前、国の威信を背負ってるって意識がなさ過ぎるぞ!!」 ほとんど悲鳴に近い声で怒鳴ったバクに、蝋花は眉をひそめた。 「クジ引くのに、何を考えろって言うんですかぁ! ゆっくり探れば当たりクジが引けるって言うんなら、そうしますけどぉ!」 ぷぅ、と、頬を膨らませた蝋花は、真剣な顔をした上司達の目の前で、小さく折りたたまれた紙を開く。 「・・・・・・っお庭ゲットですぅ――――!!!!」 「でかした、蝋花――――!!!!」 手に手を取って飛び跳ねる蝋花とバクを、班長達が憮然と眺めた。 「料理自慢の漢人は、食堂にでもいりゃいいのに!」 「正月料理の主導は大変ですからねぇ。あんまり引きたくな・・・・・・」 言いながら、クジを開いた清掃班班長に、周囲から拍手が沸く。 「今年の正月は韓国料理マンセー!」 「寒い時期は韓国料理マンセー!」 「うう・・・!厨房の同胞達に恨まれる・・・!」 涙声の彼の傍らで、クジを開いた医療班班長が、ふっと笑みを漏らした。 「石庭、もらいました・・・」 「嬉しいなら嬉しそうな顔しろよ!」 「わかりにくい民族だな!!」 満足げな声に、苛立った声が次々刺さるが、 「あなた達が大げさなんですよ」 と、にべもない。 「・・・ともあれ! ここで決まったことに文句は言わせんぞ! 諸君らの健闘を祈る!」 庭の使用権を得た嬉しさを隠しようもなく、声を弾ませたバクが祝祭の開始を宣言した時、 「バク様――――!!!!」 蹴破られたかと思うほど乱暴に、再びドアが開いた。 「今度はなんだ!!」 せっかくの気分に水をさされたバクの苛立たしげな目が、報告を聞いた途端、丸くなる。 「ウォーカァァァァァァァ!!!!」 「ウォーカーさんっ!!」 駆け込んだ方舟の間に、つい先日送り出したばかりの少年の、無事な姿を見て、蝋花だけでなくバクも、思わず目に涙を浮かべた。 「よかった!! よく無事・・・でっ?!」 「お久しぶりです、バクさん」 泣きじゃくる蝋花を困惑げになだめるアレンの傍らで、にこりと微笑む少女の姿に、バクの心臓が止まる。 すらりとしたしなやかな肢体は今、痛々しいまでに傷だらけで、立っているのもやっとの状態に見えた。 それでも、気丈に微笑む彼女は変わらず美しいが・・・しかし・・・・・・。 「リ・・・リナリーさんの髪が・・・・・・ッ!!」 世界一美しい、艶やかで豊かなリナリーの長い髪が、無残に失われていた。 「・・・・・・っ可哀想に」 思わず呟いて、バクはそっと、労わるように手を差し伸べる。 いつもならば、彼女の前に立つだけで緊張し、触れることさえできない彼だが、今のリナリーの状態は痛々しすぎた。 「でも、無事でよかった・・・本当に・・・・・・!」 目に涙を浮かべ、短くなった髪に触れると、リナリーが頬を赤らめる。 その傍らを、更に鮮やかな赤が通り過ぎていった。 「クッ・・・クロス元帥?!生きてたのかアンタ!!」 「おう、久しぶりだな、坊ちゃん。じゃあまたいつか」 「はぁっ?!またいつかって・・・」 「師匠!逃げる気ですね?!」 バクの声に重なって、アレンが非難の声をあげた時、バクの前からリナリーが、ひらりと身を翻す。 「行かないで下さい、元帥っ!」 言うや、清純な天使はバクの目の前で、穢れきった悪魔に抱きついた。 「リリリリリリリリリナリーさんっ!!穢れるっ!!穢れるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」 だが、バクの絶叫も聞こえぬ風に、リナリーはクロスにしがみつく。 「一緒にホームに帰りましょう?!」 と、 「・・・お前がそこまで言うんじゃ仕方ねェな」 クロスはバク達に見せ付けるように、リナリーを抱き上げた。 「きゃああああああ!!なにすんですかああああああっ!!」 乙女のような悲鳴は、リナリーではなく、アレンのものだ。 「いいじゃねぇか。リナリーが、俺と離れたくないんだとよ。 なぁ、リナリー ぎゅっと抱きしめられて、リナリーは笑みを引きつらせながらも頷いた。 「ほら見ろ。 なんか文句あるか」 「ありますよっ!! リナリー、早く離れてっ!! 師匠に触られたら妊娠しますよっ!!」 ヒステリックなアレンの悲鳴に、愕然とするあまり呆けていたバクの意識も戻る。 「しょっ・・・しょっ・・・消毒だ、ウォン!! 至急、医療班を呼んでリナリーさんを消毒っ!!無菌室用意っ!!」 「落ち着け」 早速駆け出したウォンの襟首を引き、方舟から現れた神田が冷淡な声で言い放った。 「バク支部長、リナリーのことはほっといて、さっさと本部に連絡入れてくれ」 「ほっとくって!ほっとくって、神田の鬼!!」 「てめぇも黙れ」 ヒステリックな声をあげるアレンを皮切りに、神田は刃のような視線で辺りをなぎ払う。 「順序をたがえるんじゃねェ。 まずはやることをやれ」 冷厳な声に、場は氷原のごとく凍りついた。 が、 「全く、私の弟子はお願いの仕方が下手だねぇ・・・」 続いて方舟の中から顔を出したティエドールが、にこりと笑ってバクを見遣る。 「バク支部長、手を煩わせて悪いんだが、とりあえずは本部に連絡を入れてくれるかい? 方舟の奪取と不良元帥の確保、何より、エクソシスト達の生還を伝えないといけない」 春の陽光のように穏やかな声でティエドールが申し出ると、凍りついた人間達はたちまち生気を取り戻した。 「そ・・・そうだな!! では、本部への連絡と、方舟の対処は僕が行うから、神田、君はウォンを放せ。 本格的な治療は本部で行うにしても、応急手当くらいはしなきゃいかんだろう」 思考のベクトルが自身の仕事へと向くや、途端に落ち着きを取り戻したバクの指示に従い、神田はウォンの襟首を掴む手を放す。 「はぅ・・・っ! く・・・くびり殺されるかと・・・・・・!」 肩で息をするウォンを一瞬、気の毒そうに見たバクは、彼を含め部下達に、次々と指示を出して場を収めた。 「方舟を本部に繋げるには、少々時間がかかるかもしれない。 医療班の処置を受けたら、君達は別室で休むといい・・・って!!クロス元帥はリナリーさんを放せ!!」 当然のように、リナリーを抱き上げたまま部屋を出ようとするクロスの背に、バクが怒鳴りつけたが、気にするクロスでもない。 「リナリーは足を負傷しちまったからな。俺がついててやるよ」 「何をいけしゃあしゃあと恩着せがましい・・・っ!!」 忌々しげに吐き捨てたアレンは、ふと思いついてバクに歩み寄った。 こそこそと囁かれたバクは、頷いて再び声をかける。 「待つんだ、元帥。 女性達は別室にご案内しよう。 蝋花、リナリーさんとミランダ嬢を案内してやってくれ・・・―――― 更衣室に」 にんまりと笑ったバクの傍らで、アレンが嬉しげに頷いた。 が、そこで引き下がるクロスでもない。 「じゃあ俺も一緒に」 「不可!!」 その場の全員に否決され、不満げなクロスに抱き上げられたまま、リナリーが不安げな視線を巡らせた。 「で・・・でも・・・クロス元帥、逃げたりしませんか?」 「あ・・・」 「そっかー・・・・・・」 リナリー受難の原因を思い出し、忌々しげな舌打ちが漏れる中、バクがはたと手を打つ。 「フォー!起きろ、フォー!!」 あらぬ場所へ向かって声をかけるバクに、事情を知らないエクソシスト達が目を丸くした。 「だっ・・・誰呼んでんさ?!無線?!」 それにしてはマイクを口元に寄せていない、と驚くラビに、アレンが首を振る。 「フォーって言うのは、ここの守り神で・・・来た 嬉しげな声をあげ、アレンは慣れ親しんだ彼女の気配に振り向いた。 「かっ・・・壁から・・・っ!!」 アレンの視線を追って壁を見遣ったラビは、そこをすり抜けて出てきた少女の姿に目を剥く。 だが、アレンは彼になんの説明もせず、真っ先に彼女へと駆け寄った。 「フォー!」 「っんだよ、バク!!せっかく寝てたのに!!」 寝ぼけ眼をこすりつつ、不機嫌な声をあげる少女を、アレンは問答無用で抱きしめる。 「フォー!もう実体化できるんですね!!」 歓声をあげるアレンを、フォーは真っ赤になって押しのけた。 「てめぇ、ウォーカー!!いきなり抱きつくんじゃねェ!!」 「だって、心配したんだよ、フォー・・・! 僕の代わりにあんな目に・・・!」 ぎゅう、と、アレンが更に強く抱きしめると、フォーは困惑した顔でバクを見遣る。 「バ・・・バク!」 助けを求められたバクは、笑ってフォーを背後から抱き上げ、アレンと引き離した。 「感動の再会はちょっと待ってくれ、ウォーカー。 今はこっちに必要だ」 と、バクはそのままクロスの背に、フォーをしがみつかせる。 「・・・・・・は?」 フォーとクロスの口から同時に漏れた声に、バクはにんまりと笑った。 「フォー、その破戒僧から離れるなよ。 彼には、教団本部に無事お帰りいただかなくてはならないから、決してこの門を通さないようにな」 「あ・・・あぁ・・・・・・」 納得しがたい表情ながらも、門番として受けた主人の命令を遂行すべく、フォーはクロスの首に腕を回し、彼の背にしがみつく。 「・・・子泣きジジィか、お前は」 「仕方ないだろ・・・主の命令なんだからさ・・・」 肩越しに振り向いたクロスは、拗ねたように眉をひそめるフォーのいとけない表情に笑みを漏らした。 「俺を引き止めたいんなら、もうちょっと年齢上げてくれねぇか。 できるだろ、神なら」 「ん・・・できるけどぉ・・・今は無理。 レベル3と戦って、消耗してんだ・・・」 クロスの肩に額を乗せ、今にも寝入りそうなフォーに軽く吐息し、腕を添えてやる。 「オラ、おんぶしてやっから、寝てろ」 「んー・・・ありがとー・・・・・・」 すぅ・・・と、クロスの背で寝息を立て始めたフォーに、バクは満足げに頷いた。 「さぁ、リナリーさん。これでもう大丈夫 穢れた悪魔の手から解放されてください 「あ・・・はい・・・・・・」 憮然とした表情で、フォーをおんぶするクロスの腕から、リナリーがおずおずと降りる。 「グッッジョブ!!グッッジョブですよ、バクさん!!」 感涙してアレンが縋りつくと、バクは得意げに笑った。 「いかに幼いとは言え、あの女犯坊主が女子を邪険にするはずがないからな! しかも、ここの土地神であるフォーをくっつけておけば、下手な発信機つけるよりも奴の居場所が明確にわかる!」 「その上、フォーが許可しない限り、ここからは出られないって寸法ですね! さすがバクさん、東洋の神秘!!」 「ふははははははは!!苦しゅうないぞ、ウォーカー!!」 大げさに持ち上げられて、気分良く笑声をあげたバクは、改めて蝋花に命じる。 「では蝋花、二人をご案内しろ」 「はぁい! リナリーさん、ミランダさん、こっちですよぉ あ、先にお風呂使いますぅ?」 蝋花に案内されて、女性達が部屋を出て行くと、憮然とした顔でフォーをおんぶするクロスに視線が集まった。 「・・・なんだかすげぇ光景だな」 思わず感嘆した神田に、アレンも頷く。 「認知を迫られた挙句、子育てを押し付けられた不良中年って感じですね!」 その傍らで、 「・・・何をしょげておるのだ、お前は」 と、ブックマンは肩を落とす弟子に眉をひそめた。 「だーってさー・・・あんな感動の再会、俺にはなくってさー・・・・・・」 「おい、モヤシ。 コイツ、よっぽどお前と感動的な再会をしたかったらしいぞ」 「・・・アレンだっつってんのにホントに物覚えの悪いぱっつんですね!」 こめかみを引きつらせながら、アレンはしょげるラビの背に抱きつく。 「アイタカッタヨ、ラビお兄ちゃん 無事デナニヨリ 「・・・すんげー今更な上、そんなものっすごい棒読みで言われても、かえってしらけるさ」 肩越しに振り返ったラビが乾いた声で言うと、アレンは不満そうに頬を膨らませた。 「贅沢ですね、ラビは!!」 「贅沢さ?贅沢なんさ?!」 「ホラ、じゃれあいはやめんか!」 喚きあう二人の間にバクが入り、引き離す。 「全く、激戦後だろうに元気だな、君達は。 ウォンが準備をしているから、応急処置してもらえ! ・・・その前に」 ぱす、と、バクは両手でアレンの頬をはさみ、すすに汚れた白い髪に苦笑した。 「風呂でも使って着替えるんだな。 ・・・・・・本当に、無事でよかった」 「・・・・・・・・・えへ 思いやりのこもった声に、アレンが泣きそうになりながら笑う。 「ありがとうございます!」 明るい声をあげたアレンの隣で、ラビがまたしょげかえった。 「そーゆーのってアリさ? 酷くね?ちょー酷くね?」 着替えももらってさっぱりした後、医務室で応急処置を受けながら延々と愚痴を言い募るラビに、リナリーが苦笑した。 「でもアレン君、ここですごくお世話になったって言ってたし、仕方ないんじゃ・・・って、アレン君は?」 「早速、食堂でお世話になってるさ。 多分シェフ達、早く本部に帰ってくれって泣いてんぜ」 憮然と言うラビの隣で神田も頷き、側の医療用トレイからハサミを取り上げる。 「ったくあのモヤシ、どこでもやるこた同じだな」 「ちょっとあなた、ハサミ返して・・・」 神田に包帯を巻いていたナースが、ハサミを取り戻そうと手を差し伸べた瞬間、刃を先にしたそれが彼女の腕の下をすり抜け、悲鳴をあげた。 「なにすん・・・!」 抗議の声にかぶさって、部屋の外から悲鳴と破壊音が響き、ナースだけでなくリナリーやラビも目を剥く。 「リナリー・・・お前も難儀だな」 「えっ・・・えぇっ?!」 珍しく同情的な神田にリナリーは目を丸くし、部屋の外では、彼女のベストショットを狙っていた李桂が、壊されたカメラの部品を必死にかき集めていた。 その後、バクの尽力により、方舟は無事、英国の教団本部へと繋がり、エクソシスト達は久しぶりに自身らのホームへと帰っていった。 「はぁ・・・帰っちゃいましたねぇ・・・・・・」 しょんぼりとアレンの背を見送った蝋花の傍らで、李桂も肩を落としてさめざめと泣く。 「・・・そんなに大事だったの、あのカメラ?」 「そう言う問題じゃない!!」 淡々としたシィフの突っ込みに、李桂は声を荒げた。 「一目惚れだっつーのに、邪魔が多くて押しのけられちまったから、せめて写真を撮ろうとしたらあの目つきの悪いのに邪魔されて・・・ッ!!」 「あ!写真っ!! 私もウォーカーさんの写真撮りたかったですぅ!」 言うや、蝋花は『そうだ!』と手を叩いて、方舟から戻ってきたバクに縋る。 「支部長ぉ! 方舟の件で、またすぐに教団本部に行くんでしょぉ? ウォーカーさんの写真撮ってきてください〜 「なっ?!なんで俺様がっ!!」 「いいじゃないですかぁ! どうせまた、リナリーさんのベストショット狙ってカメラ持ってくんでしょ? ついでですよぉ 「・・・こういうことに関しては、蝋花の方が行動力あるよね」 容赦ない指摘に声を失ったバクの傍らで、シィフが苦笑した。 「そう言えば、ばたばたしちゃって忘れてたけど、お正月のクジ引きはどうなったの?」 「あ!」 シィフの問いに、バクと蝋花が目を見開く。 「よくぞ聞いてくれた! みんな喜べ!今年は我が漢民族が庭の使用権を手に入れたぞ!!」 意気揚々とこぶしを振り上げ、鼻高々に宣言した途端、部屋中の漢民族が歓声をあげた。 「やったぁぁぁぁ!!」 「とうとう念願の龍舞ができますね!!」 歓喜する部下達に、バクは得意げに頷く。 「それもこれも俺様の・・・」 「グッジョブ蝋花!!」 「お前、ドジなくせにクジ運はいいからなぁ!!」 「をい・・・・・・!」 バクを差し置き、傍らの蝋花へ万歳を叫ぶ部下達に、彼の眉が吊り上った。 が、気づかないのか、気づいても無視しているのか、部下達は不機嫌な彼を放置して、倉庫から巨大な龍の張りぼてを数人がかりで引きずり出してくる。 「さーぁ 「もう何年も前から作ってたのに、全っ然出してやれなくて可哀想だったなぁ 「でもこれで、ようやく日の目が見れるぞ 「こんな地下で日の目もあるかっ!」 憮然と吐き捨てたバクに、しかし、上機嫌な部下達は陽気に笑い出した。 「もぉ・・・支部長はいっつも、人の揚げ足取るー!」 「地下にも日の目があっていいじゃないすかー」 「そうですよ。せっかくだから、本部の奴らとか、呼んであげましょーよ」 はしゃいだ声の提案に、バクが目を見張る。 「本部の・・・?」 独白めいた問いに、発言者は笑って方舟を指した。 「これって今、本部と繋がってんでしょ? これを使えば移動すんのに時間はかからないし、本部のアジア系団員、呼んであげたら喜びませんかね?」 「ナッ・・・ナイスアイディアだ!!」 こぶしを握ったバクの大絶叫に皆、目を丸くする。 「早速俺様が自ら声をかけてきてやろう! お前達、決して準備をぬかるんじゃないぞ!!」 「は・・・はぁ・・・・・・」 喜び勇んで再び方舟に乗り込んだバクを、呆然と見送る科学者達の末席で、自ら言い出すまでもなく思惑が図に当たった蝋花が、嬉しそうに飛び跳ねた。 「ふははははっ!! また来てやったぞお前達!!」 凄まじい勢いで方舟のゲートから飛び出してきたバクに、付近で作業していた科学者達が幾人か吹き飛ばされた。 「ま・・・また来たんですか・・・・・・!」 さっき帰ったのに、と、リーバーがうんざりと呟くが、傍若無人なバクはゲートの前に仁王立ちになり、高らかに哄笑する。 「おう! 至極いい話を持ってきてやったぞ!」 「まぁステキ。俺に休みをくれるとでも?!」 平坦な声に凄まじい嫌味を込めて言い放つが、上機嫌のバクには通じなかった。 「そんなつまらんものではないっ! エクソシストの生還祝いと方舟奪取祝いをかねて、我々の正月にお前達を招待してやろうと言うのだ!ありがたく思え!!」 唯我独尊の言い様には、反発よりも先に諦めが入る。 が、 「我々の正月・・・・・・?」 頭に引っかかった言葉に、リーバーが落ち窪んだ目を見開いた。 「そっ・・・それ、いつっすか?!」 「な・・・七日だが・・・?」 唐突に詰め寄られて驚くバクに、リーバーは忌々しげな舌打ちをする。 「・・・っこのクソ忙しいのに、そんな時期とかぶるなんて・・・っ!!」 振り絞るような声に込められたどす黒い怒りのオーラに、さすがのバクも気圧された。 「ど・・・どうかしたのか、リーバー・・・?」 ただならぬ剣幕に恐る恐る問えば、荒んだ目で睨まれる。 「ひっ?!」 怯えたバクが、喉を引きつらせて退くと、リーバーは地を這うような低い声で迫ってきた。 「毎年毎年日の定まらないアジアの正月のせいで、俺ら毎回毎回酷い目に遭ってんすよ・・・! あの巻き毛室長、大掃除と称して重要書類捨てるわ、実験室にエクソシスト連れ込むわ、廊下で爆竹は鳴らすわ、武器庫爆破するわ・・・その後始末に、俺らがどれだけ体力と睡眠時間を削られるか・・・っ!」 「そっ・・・それは、コムイに限ったことではないか! 僕達には全く心当たりのないことだぞ?!」 「あ・・・・・・?」 「そもそもっ・・・! 僕は、アジア支部内で爆竹を使うことは禁じている! 地下聖堂でそんなものを使えば、大変なことになるからな!」 「え・・・?」 ぽかんと、恨みがましい表情を消したリーバーに、バクはすかさず畳み掛ける。 「それに、僕は祝祭の招待に来てやったのだぞ?! コムイがお前たちから見て問題行動を起こしているのなら、ちょうどいい、アジア支部に来させればいいじゃないか! アジア支部ではまさに、支部を挙げての祝祭になるのだからな! こちらでは問題行動でも、あちらでは常識の範囲内だ!」 「バク支部長・・・・・・!」 リーバーは感動の涙を浮かべ、感謝を込めてバクの手を握り締めた。 「今、初めてアンタを尊敬しました!!」 「・・・今までは尊敬してなかったのか」 バクが憮然と眉をひそめるが、輝く未来を手に入れたリーバーは全く気にせず、握った手をぶんぶんと振る。 「ぜひ! あの変人をアジア支部に招待してやってください!! あぁ、ついでにリナリーも! あいつもあれで、この時期余計なことばっかするもんで!」 「・・・っ当然だ!!」 リーバーの要請に、バクはこぶしを握って力強く頷いた。 ついでどころか、バクの主目的はリナリーで、コムイこそおまけやコブと呼ばれるべきものだ。 目を輝かせて同意したバクは、すぐに通信班を通して連絡しようとしたのだが、それは既に、別の勢力に奪われていた。 「教皇庁監査官・・・なぜ?」 通信班でばったり出くわした威圧的な顔に、バクは目を丸くする。 「いずれわかります。 アジア支部長、早急に会議室へどうぞ」 丁重な口調ながらも高圧的なその態度にムッとしたものの、楯突いてどうにかなる相手でないことはよく知っていた。 だが、そのまま引き下がるのもしゃくなので、バクは意地悪く口の端を曲げ、監査官の長身を見上げる。 「全館放送を頼みに来たんだがな」 「緊急のご用事でしょうか」 「いいや?パーティのお誘いだ」 「では、ご遠慮願います」 きっぱりと言い放った彼に、バクはわざとらしく肩をすくめて通信員達に笑みを向けた。 「一監査官に命令されるとは、支部長の地位も落ちたものだ。 せめてお前達、このログを大切に取っておけよ」 城内のあらゆるところに配置された監視用ゴーレムは当然、この部屋にも設置してある。 「君が今言ったこと、後悔しなきゃいいがな」 監査官の鉄面皮にお得意の毒を吐きかけ、バクは唯我独尊の傲慢さで、悠然と通信班を出て行った。 「監査官・・・ということは、あの蛇が来ているのか」 無礼な監査官をなぶって少々溜飲は下げたものの、状況が悪くなっていることを察したバクは、コムイに会うことを諦めた。 「こんなにも早く監査官が来たと言うことは・・・どの時点で問題になったんだろうな」 呟きつつ、バクは勝手知ったる教団本部内を歩き回り、一旦アジア支部に戻って見舞い用の花やプレゼントを仕入れると、その足で病棟へ向かう。 「監査官に対して、情報がダダ漏れなのはいつものことだが・・・奴らが乗り込んでくるほどのこととなると方舟しか・・・・・・」 しかし、方舟奪取の報告は、つい数時間前に本部へもたらされたのだ。 移動は方舟の使用を強要されたにしろ、教皇庁にいたはずの彼らが既に教団本部を把握しているとは、動きが早すぎる。 「それ以前から、か・・・」 コムイとバクが最近、頻繁に連絡を取り合っていたことは、アジア支部の科学班や中枢にいる者なら誰もが知っていた。 そしてその中には、二人の通話内容を教皇庁へ『ご注進』する者もいたのだろう。 「やれやれ・・・僕の部下にも、不心得者がいるらし・・・ぅわっ?!」 深々と吐息した時、靴の爪先に鋭く尖った撒きビシが刺さって、バクは悲鳴をあげた。 「なっ・・・なんっ・・・?!」 幸い、爪先のゴムに刺さったために怪我はなかったものの、知らずに土踏まずにでも刺さっていたら大変なことになっていただろう。 「なんでこんなところに撒きビシが!!」 怒鳴って顔をあげたバクは、彼の行く手を阻む巨大な人形に目を剥いた。 「コッ・・・コムイの奴・・・・・・ッ!!」 愛しい妹を守るため、この世の全男子禁制を目的に設置されたコムイの人形が、大きく手を振って病棟への道を塞いでいる。 「強行突破・・・っ!!」 と、足を踏み出した途端、人形からマシンガンが発射されて、バクの足元を穿った。 「・・・・・・チクショー!!」 足を踏み出すこともできず、かといって戻るのも業腹で、じりじりと蟹のように横這うが、それでなにが解決するわけでもない。 見かねたウォンが、なだめになだめて引きずってくるまで、バクとコムイ人形の戦いは続いた。 「支部長、帰ってきませんねぇ・・・」 方舟のアジア支部側ゲートを見つめながら、蝋花は切なげに呟いた。 「ウォンさんまで行ったきりだね。大変なのかな」 「まぁ・・・それどこじゃないだろうなぁ・・・」 蝋花とシィフの間に割って入ったフォーが、訳知り顔に呟く。 「なんで、フォーさん?」 「本部でなにが起こってるんですかぁ?!」 二人に詰め寄られたフォーは、テーブルに腰掛けると、ぶらぶらと足を揺らした。 「バクが一旦戻って来た時、『監査官が来てる』つってたろ? あたしもあいつらがここに来た時、何度か見てるけど、陰険でヤな奴らさ。 重箱の隅をつつくみたいに、教団のあら捜しをしやがる。 今回の件で、バクはコムイと頻繁に連絡とってたし、方舟や・・・もしかしたらエクソシスト達の調査にも来たのかもな」 「ちょ・・・調査って?!」 悲鳴じみた声をあげる蝋花に、フォーは鼻を鳴らした。 「言ったろ、あら捜しさ。 根掘り葉掘り調べて、痛くもない腹を探って、執拗にイジメんのさ」 「そんな・・・まさか、ウォーカーさん・・・・・・」 不安げな蝋花に、フォーもまた、眉をひそめる。 「ウォーカー・・・そうだな、あいつは色々謎が多すぎる。 蛇どもにしてみりゃ、調べたくてたまんない対象だろうけど、ウォーカー自身は多分、何も知らない・・・。 難儀だな、こりゃ」 軽い口調の割には深刻な顔をして、フォーはころん、と、テーブルの上に寝転がった。 その頃、教団本部ではフォーの予想通り、『蛇どもが調べたくてたまらない対象』であるアレンが、監査官の一人にべったりと付き添われていた。 「部屋まで一緒なんですか・・・?」 尋問の後も、いつまでもついてくる監査官にアレンが笑みを引きつらせると、彼はにこりともせず頷く。 「24時間監視するのが私の任務ですから」 「はぁ・・・ご苦労様」 思わずため息を漏らし、自室のドアを開けた途端、ずっと無表情だった監査官の表情が揺らいだ。 「ウォ・・・ウォーカー!!なんですか、この部屋は!!」 「えっ?!な・・・何か変です・・・・・・よねー、やっぱり」 コムリンに部屋を壊された後、引っ越した部屋は誰の趣味が反映されたものか、不気味な仮面やミイラなど、奇怪なコレクションが詰め込まれている。 「まぁ、慣れればなんてことないですよ。 別に、悪さするわけじゃありませんから」 「そう言う問題ではない!!」 ポケットから取り出した清潔なハンカチを口元に当て、監査官はきつく眉根を寄せた。 「なんですか、この散らかりようは! 整理整頓しなさい!!」 「はぁ・・・って、はぁ?!」 怪奇グッズのことじゃないのか、と、目を丸くするアレンを、監査官は忌々しげに睨みつける。 「全く、なんてだらしないんですか、君は!! 荷物が散らかっているだけならともかく、あちこちに食べかすを散らかして! ここは人外の何かの巣ですか!」 ヒステリックな叱責に、アレンがむっと口を尖らせた。 「いいじゃないですか、僕の部屋なんですから!この方が落ち着くんです!!」 「こんな部屋で落ち着くなんて君、無神経にも程がありますよ!」 「君が神経質すぎるんですよ、二股マユゲっ!」 「リンクだ! 年上には礼儀正しくなさい!」 暴言に更なる大音声で応じ、リンクはアレンの襟首を掴んで部屋に放り込む。 「あれ・・・?僕、そんなに軽いですか・・・?」 まさか、非力そうな文官に摘み上げられるとは思っていなかったアレンが目を丸くするが、リンクは無視して床に散らばった皿やカップを取り上げた。 「何をぼーっとしているんです?! さっさと片付けますよ!!」 「はぁ・・・って、もう夜ですよ?!今からお掃除?!」 驚くアレンを、リンクは馬鹿にしたような目で見遣る。 「このままでは、私の寝る場所がないでしょう?」 「別の部屋に寝ればいいじゃないですか・・・」 まだ呆然として言うアレンに、リンクは鼻を鳴らした。 「私は24時間・・・」 「はいはい、監視するんですよね・・・」 うんざりとリンクの言葉を遮り、アレンが吐息する。 「全く・・・小姑みたい」 「何か言いましたか?!」 「別にー」 目を吊り上げたリンクに肩をすくめ、アレンは丸めて放り出してあったネクタイを拾った。 一方、病棟から自室に戻ったリナリーは、監査官達の存在に滅入りそうになる気分を浮上させようと、忙しいコムイを無理やり部屋に引き入れて、紅い正月飾りの数々を床に広げた。 「春聯(しゅんれん)♪春聯♪ やっぱり、これを広げるとわくわくするね 無理にはしゃいだ声をあげる妹に、コムイもあえて楽しげに頷く。 「やーっぱ、アジアのお正月に比べたら、英国のお正月なんてお正月じゃないよー! パーティで騒いで終わりなんて、つまんないヨねー 派手に飾られた爆竹を手にしたコムイが本気で目を輝かせると、リナリーは吹き出した。 「ミランダのお誕生会も一緒にやるようになったから、盛り上がりはするけどね 「でもさー・・・ミランダさん、せっかくのお誕生会なのに、盛大なのは恥ずかしいからって、新年パーティをメインにしちゃうじゃなーぃ。 つまんないよねー。 リーバー君と二人で、こっそりいちゃいちゃしちゃってさっ」 「それはいいのっ!邪魔しちゃダメ!」 「わかってるよぉー」 リナリーに叱責され、コムイは不満げに口を尖らせる。 「それよりさー、お掃除どうする? ボクの執務室には今、ヴァチカンの蛇がとぐろ巻いてるし、それ以前にお掃除しようとすると、みんなが怒るんだよねー」 今までにも、彼らにとっての年末だけは、心を入れ替えて大掃除をしていたコムイだが、その度に重要書類の紛失事件が起こり、部下達の神経をささくれ立たせていた。 「・・・とりあえず、整頓だけしようか。 書類はなるだけ捨てないように気をつけて」 「そだね・・・じゃあ、今年も実験室だけ大掃除するよ」 リナリーの提案を素直に容れて、コムイはにんまりと笑う。 「アレン君さぁ・・・今年は素直に手伝ってくれるんじゃないかなぁ・・・ 「え・・・?それはどうかな・・・・・・」 コムイの希望的観測に対し、リナリーは苦笑して首を傾げた。 寄生型のエクソシストとして、散々コムイにいじめられている彼が、兄の手伝い・・・それも、入室するだけで危険が伴うと言われる実験室の掃除なんか手伝うわけがない。 そう思っての発言だったが、コムイはいやに自信満々に笑う。 「だーって、ボクのお掃除手伝ってる間は、あの監視役から解放されるんだよ? 究極の選択だけど、天秤はボクの方に傾くんじゃないかなぁ?」 くすくすと、意地の悪い笑声をあげる兄に、リナリーも苦笑した。 「生真面目そうな監査官のことだから、ついてきちゃうかも・・・」 「それならそれで、ボクの一人勝ちだね アレン君、片付け苦手みたいだからさ、彼がいればはかどるよ、きっと どちらにしろ、コムイに損はない。 兄らしい計算高さに、リナリーはもう、それ以上言うこともなく、ただ苦笑を深めた。 翌朝、食堂に赴いたバクは、注文した料理の他にジェリーが出してくれた湯圓を見て、表情を曇らせた。 「アラ・・・ツ! バク支部長、湯圓キライだったぁ?!」 慌てて問うたジェリーに、バクは立ち昇る湯気を顎に当てつつ首を振る。 「いや・・・もうすぐ春節なんだな、と思ってな・・・・・・」 湯圓は中国の正月菓子の一つで、花びらを散らした熱い湯に、黒ゴマの餡を包んだ白玉を浮かべたものだ。 「ヤバイな・・・せっかく龍舞の権利を得たのに、このままじゃあ俺様も参加できるか危ういぞ・・・!」 「アラん! とうとうお庭の使用権当てたのねん!おめでとぉ 「あぁ、春から縁起がいいと思ったんだがな・・・せっかくの正月を、ここで過ごすことにならねばいいが・・・」 バクが切ないため息を漏らすと、それを聞きつけた北米支部長が目を見開いた。 「なにアンタ!正月とか楽しみにする人間だったの?!」 意外そうな彼女よりも更に、バクは意外そうな顔をする。 「僕は毎年、部下達と共に春節を楽しんでいるぞ? アジアは他民族だから、色々と調整が難しいが、僕は毎年先頭に立って・・・」 「だってアンタ、あたしにクリスマスカードもニューイヤーカードも送りやしないじゃないの!あたしは毎年送ってんのに!」 大声でバクの言葉を遮った北米支部長に、バクは気まずげに眉を寄せた。 「すまない、レニー。 別に、君をないがしろにしているわけじゃなくて・・・その・・・・・・」 「バク支部長は、カレンダーが違うんですよぉ、レニー支部長 とりなし顔で間に入ったジェリーに、レニーは首を傾げる。 「カレンダーが違う? この世界に、グレゴリウス暦以外のカレンダーがあるの?」 「それは傲慢だぞ、レニー」 「・・・誰に言われても、あんたに言われるとは思わなかったわ」 瞠目して乾いた声をあげる彼女に、バクは肩をすくめた。 「中華の影響下にあった国では、まだ陰暦を使用している国が多いのだ。 職務としては、本部や他の支部との兼ね合いもあるから僕もグレゴリウス暦を使っているが、イベントは全て陰暦を使用している。 だからどうも、君達の言う『1月1日』では、新年に代わった気がしないのだ」 「めんどくさいことするのねー・・・」 レニーが思わず呆れ声をあげると、バクは軽く吐息する。 「生まれた時からこれだからな。 別に、めんどくさいと思ったこともない。 ・・・ただ、僕が君達をないがしろにしているわけでないことは理解してくれ」 朝食のトレイを持って踵を返したバクに頷き、レニーは彼について行く。 「それで? その、アンタ達のイベントっていつなの?」 興味津々に問われ、席に着いたバクはスプーンに湯圓をすくった。 「今年は、こちらで言う2月7日だな。つまり、こっちの2月1日が12月25日だ。 さすがにもう一度クリスマスを祝う予定はないが・・・ったく、春節前には大掃除だの飾りつけだの正月料理の食材調達だの龍舞の練習だの、やることは山積だと言うのに、いつまで足止めされるのだろうか。 宝珠はぜひ、僕が持とうと思っていたのに、これでは部下に取られてしまう・・・」 幾度もため息を吹きかけ、熱の取れた湯圓をさびしそうに口に運ぶバクを、レニーは珍しげに見つめる。 「ホントに意外だわ・・・アンタ、お祭り好きだったのねェ・・・・・・」 「お祭りではない。 新しい年を迎えるにあたっての、重要な儀式だ」 「はぁ・・・そうなの・・・・・・」 呆れ顔でスプーンを取り上げたレニーは、横からバクの湯圓を一つ、取り上げた。 「ねぇ、そのイベントって、あたしも参加していいの?」 「ん? あぁ、来たいなら歓迎するぞ。 そもそも、ここには皆を招待しようと思って来たのだからな」 「だったら招待して あたしも、アンタがそこまで夢中になるお祭りが見てみたいわ」 「だからお祭りじゃないと・・・レニー、気をつけろ」 スプーンの湯圓を丸ごと口に入れたレニーに、バクが注意する。 「ん?・・・っ!!!!」 「湯圓はものすごく熱い・・・って、遅かったか」 「・・・っ先に言ってよっ!!」 レニーのヒステリックな声に、ちょうど食堂に入ってきたリナリーが目を向けた。 「あ、湯圓だ 「リッ・・・リナリーさんっ!!」 駆け寄ってきたリナリーに、跳ねるように起立して向き直ったバクを、レニーは座ったまま、呆れ顔で見上げる。 「あたしは『レニー』で、あの子はリナリー『さん』なのね」 わかりやすすぎる態度を意地悪に指摘してやったが、バクにはもう、リナリーの声の他には何も聞こえていなかった。 「もうすぐ春節ですね。 アジア支部はやっぱり、陰暦でお祝いするんですか?」 「そっ・・・そうなんですっ!! 今、アジア支部はその準備におおわらわで! なのに、監査官共が僕まで足止めしてくれて、いい迷惑ですよ!」 リナリーの問いに上ずった声で答えたバクは、真っ赤に染まった顔を緊張させる。 「そっ・・・それでリナリーさんっ!!」 「はい?」 にこりと笑みを向けられて、バクの喉が引きつった。 「こっ・・・今年はっ・・・そのっ・・・・・・!我々がっ・・・主なイベントをやる権利を得たのです!」 「えと・・・我々って?」 困惑げに首を傾げたリナリーに、バクは慌てて言い添える。 「あっ・・・あぁ!!漢民族ですよ!! ウチの支部は多民族なんで、毎年担当をクジで決めるんです!!」 「アジア支部だけじゃなくて、本部や北米支部だって、十分多民族だわよ」 レニーが横から口を出すが、それは鮮やかに無視された。 「コノヤロ・・・っ!」 悔しげに頬を引きつらせる彼女に、リナリーがびくりと怯えたが、当のバクは構わず話を続ける。 「皆、張り切ってますので、春節はアジア支部にいらっしゃいませんか? リナリーさんにはぜひ、我々の龍舞を見ていただきたい!」 「龍舞?!」 まだ話でしか聞いた事のない春節のイベントに、リナリーは目を輝かせたが、 「でも・・・」 と、残念そうに表情を曇らせた。 「外出を、許してもらえるかな・・・。 私、イノセンスも壊しちゃったし・・・」 しゅん、とうな垂れたリナリーにしかし、バクは輝く笑みを向ける。 「その点は大丈夫! 実は先日、リーバー班長に『本部の団員を招待したい』と話したところ、コムイ室長とリナリーさんはぜひ誘ってやって欲しいと言われたんですよ!」 「ホントに?! 班長がいいって言うなら、喜んで行きますっ 途端に大きな目を輝かせたリナリーに、バクは陶然と見惚れた。 「ア・・・アジア支部は地下聖堂で、いつもは暗いのですが、この時期はとても華やかになりますから! 僕が、各国の部屋をご案内しますよ!」 「嬉しい よろしくお願いします 「こちらこそ!!」 リナリーの明るい声に、バクが歓声寸前の声で応じた途端、 「僕も――――!!!!」 と、悲鳴じみた声をあげて、アレンが参加を希望する。 「僕も招待してください、バクさん! こないだ、食堂の人達に聞いたんですよ!お正月って、各国のお料理対決になるんですよね?! ぜひとも来いって言われたんです! お願い〜〜〜〜っ!!」 押し倒さんばかりの勢いで縋り付いてきたアレンを受け止め、バクは上機嫌なまま頷いた。 「もちろんだ、ウォーカー! 君が来れば、フォーや蝋花も喜ぶ」 「僕もお正月料理めぐりが楽しみです バクに抱きついたまま、ごろごろと喉を鳴らすアレンをしかし、追いかけてきたリンクが背後から羽交い絞めにする。 「行かせるかっ!!」 「なんで?! お正月は1年に1回しかないんだよっ?!」 激しく抵抗するアレンを押さえつけ、バクから引き剥がしながら、リンクは大きく頷いた。 「そうですとも! そしてこちらの正月は、とっくに終わりました!」 「僕のお正月は終わってないもんっ!行くぅぅぅぅぅー!!行くんだったら!! イヤあああああああああああああ!!!!」 甲高い悲鳴をあげては、じたばたと暴れるアレンにリンクは忌々しげだが、バクは嬉しげな笑みを浮かべて、引き剥がされようとする彼に手を差し伸べる。 「そうか、そんなに来たいか! ではぜひとも招待しなくてはいけないな!」 「んなっ・・・?! バク支部長、それは許可できません!」 目を吊り上げて抗議するリンクに、しかし、バクは馬鹿にするように鼻を鳴らした。 「誰にものを言っている、リンク監査官? 確かに君は、ルベリエ長官の直属かもしれないが、君自身が僕に指示するなんて、おこがましいことこの上ない」 うんうん、と、バクの隣で、北米支部長であるレニーも頷く。 「くっ・・・た・・・確かにそうですが、私はアレン・ウォーカーを監視すると言う任務を遂行中です! それを邪魔するようなことは・・・」 支部長二人を前に、懸命に反駁するリンクへ、バクは意地の悪い笑みを浮かべた。 「邪魔などしていないだろう、リンク。 僕はウォーカーを『招待する』と言ったのだ。 ウォーカーがそれを受け、アジア支部へ赴くことを禁じるのは君の勝手だが、僕が招待することを禁じる権利は君にはない」 「く・・・はい・・・」 バクの論理展開に、リンクは眉をひそめつつも頷き、アレンが不安そうな顔になる。 と、バクはアレンに片目をつぶり、にんまりと笑った。 「ただし、アジア支部長にして教団創設メンバーの直系であるこのバク・チャンの招待を、一エクソシストや一監査官が断るなど前代未聞であり、まことに由々しき事態だ。 ありうべからざることだが・・・もし、そのような事態が起これば、教団は君達に対し、甚だよろしくない印象を持つだろうな」 「なっ・・・!!」 「バクさんっ 対照的な二人の表情を眺め、バクは笑みを深める。 「上司にでも相談したまえ、リンク監査官。 その上で、僕の招待を断るか否か、決定するんだな。 まぁ、僕が正式に招待するのは、リナリーさんとレニー、ウォーカー・・・ついでにコムイも呼んでやろうとは思っているが、今なら方舟のおかげで移動に時間がかからない。 希望者はいくらでも歓迎してやるぞ!」 リンクを絶句させることで、間接的にルベリエへの溜飲を下げたバクが、リナリーやレニーの盛大な拍手を受けて、得意げに哄笑した。 更にはアレンが、リンクの力が緩んだ隙を突いて彼の腕を振りほどき、ひしっと抱きつく。 「バクさんっ・・・大好き 「見たか、僕の実力!」 「・・・っ七光りめ!」 リンクの怨念に満ちた呟きは、明るい哄笑の前に霧散した。 その後、リナリーの笑顔に勇気を得たバクは、強引にアジア支部への帰還を果たした。 「グッジョブです、支部長〜〜〜〜!!!!」 バクの『成果』を聞いた蝋花が、飛び上がって喜ぶ。 「リンクのホクロ坊主を絶句させてやった俺様の勇姿を見せてやりたかったぞ! リナリーさんは盛大に拍手してくれたし、ウォーカーなんぞ、俺様に抱きついて喜んでいたからな!」 「えぇっ?! 支部長、ウォーカーさんに抱きつかれたんですかぁっ?!」 甲高い声をあげて、蝋花がひしっとバクに抱きついた。 「・・・なんのつもりだ?」 「ウォーカーさんのぬくもりが残っているかと思って。 ・・・あぅっ!」 そっけなく押しのけられ、蝋花は頬を膨らませる。 「いいじゃないですか、支部長のけち!!」 「そういう問題じゃないだろうが、馬鹿者!」 蝋花をしらけた顔で叱り付け、バクは方舟から共に出てきたウォンに指示した。 「リナリーさんからも、『喜んで参加する』との返事をもらったのだ! あの忌々しいコムイはどこか適当な場所にでも放り込んで、リナリーさんには存分に楽しんでいただけるよう、心配りを怠るな!」 「は・・・」 「リナリーさんを招待したんすかっ?!」 笑って頷きかけたウォンを押しのけ、突如現れた李桂がバクに詰め寄る。 「もちろんだ! じゃなきゃ、俺様が自ら本部にまで出向くか!」 「グッッジョブ!!グッッジョブっすよ、支部長〜〜〜〜!!!! 俺、一生支部長について行きますっ!!」 暑苦しく抱きついてきた部下を、バクは邪険に振り払った。 「李桂、キサマ・・・リナリーさんに横恋慕してるのじゃあるまいな?!」 「横恋慕って、彼女は支部長の恋人でもなんでもないじゃありませんかぁ」 「ロッ・・・蝋花!そんなはっきり・・・!」 慌てふためくウォンの傍らで、李桂も不満げに口を尖らせる。 「そうっすよ!!俺にだって望みは・・・!」 「そんな希望、今すぐ消し炭にしてくれるわっ!!」 ポケットから取り出した劇薬を、李桂に投げつけようとしたバクにウォンが慌てて駆け寄り、羽交い絞めにした。 「バ・・・バク様、いけませんっ!! 抹殺するならこっそりと!!」 「ウォンさん、怖っ!!」 蝋花と手を取り合って震え上がる李桂に、更にバクの視線が刺さる。 「リナリーさんに邪念を持つことは、決して許さんからなっ!! 命が惜しけりゃ、今すぐ彼女を諦めろ!!」 ヒステリックな怒声を浴びせられ、李桂は慌てて踵を返した。 「・・・それで、逃げてきたんだ」 淡々としたシィフの声を聞いて、李桂は全力疾走後の息を整えながら頷く。 「でもなんで蝋花まで?」 「・・・っ李桂が・・・っ手を放すの・・・っ忘れた・・・んですぅー・・・」 一緒に全力疾走させられて、蝋花が息も絶え絶えに李桂を睨みつけた。 「もぉっ・・・! 逃げるなら一人で逃げてくださいよぉ!」 頬を膨らませる蝋花に、李桂が苦笑して詫びる。 「蝋花はよかったね。 ウォーカーが来るんでしょ」 そう言ってちらりと微笑したシィフに、蝋花は大きく頷いた。 「はいっ!! 支部長がぜひにって誘ってくれたんですぅ はしゃいだ声をあげて飛び跳ねる蝋花に反し、李桂の表情は暗い。 「・・・なんだよ横暴支部長・・・! あんっな可愛い子に惚れるなっつー方が無理だろ!」 「うん。まぁ、可愛いよね」 李桂の盛大なため息をさらりと聞き流して、シィフは肩をすくめた。 「それより、龍舞の練習しなくていいの、李桂? 先輩達、君がいなくなったって激怒ってたけど」 「げっ?!マジで?!」 「うん。 早く行ったら? さもないと支部長だけじゃなく、先輩達からも命狙われるよ?」 再び駆け去って行った李桂を、手を振って見送るシィフに、蝋花が首を傾げる。 「シィフは? 龍舞、やらないんですかぁ?」 「だって僕、漢人じゃないもん」 むしろ静かに過ごしたい、と言う彼に、蝋花が笑い出した。 「せっかくの春節なのに静かに過ごしたいなんて、医療班の班長みたいなこと言うんですねぇ、シィフは」 「あぁ・・・日本てそうなんだっけ」 「はい。 変わってますよねぇ・・・離れの石庭ゲットしたって、喜んでました」 ありえない、と、首を振る蝋花に反し、シィフはそっと目を輝かせる。 「・・・お邪魔したら怒られるかな」 「怒りはしないんじゃないですかぁ?邪魔だと思われるだけで」 スパッと言い切った蝋花を、シィフが拗ねたような目で睨んだ。 「・・・・・・蝋花ってさ、時々残酷だよね」 「っえぇ?!」 口調だけは淡々としたシィフの指摘に、蝋花が真っ赤になる。 「え・・・えと、ごめんなさいっ! あたし、酷いこと言っちゃいました?!」 「悪気がないのはわかってるけどさ・・・ツッコミが的確だから、たまに傷つく・・・・・・」 「えぅっ・・・ごっ・・・ごめんなさいっ・・・!」 ぺこぺこと頭を下げる蝋花に、シィフはほんの少し微笑んだ。 「ウォーカーにまで手厳しいツッコミしちゃわないよう、気をつけてね」 「しっ・・・しませんよっ!!」 「それはどうかなぁ・・・」 やや意地悪く笑って、シィフはふと、顔を部屋の外へと向ける。 「龍舞の練習が始まったみたい・・・李桂が怒られてるとこ、見に行く?」 「はいっ!」 回廊を伝って微かに聞こえる鉦(かね)の音に、蝋花の心も浮き立った。 「本部の人達に、カッコイイとこ見せて欲しいですね 早速早足に部屋を出ようとする蝋花に、シィフがクスリと笑みを漏らす。 「ウォーカーに、でしょ?」 からかうように言われて、蝋花はまた、真っ赤になった。 その頃、アジア支部から遠く離れた教団本部では、アレンがくるくるとペンを回しながら、こみ上げる笑いを止められずにいた。 「アジア各国味巡りー 楽しみだなぁ、アジア支部のお正月 うっとりと遠くを見つめるアレンに、リンクは忌々しげに舌打ちする。 「バク支部長の顔を立てるため、参加は許可しましたが、長居はさせませんよ!」 「フォーが言ってたんですけど、アジアのお正月って、最低でも3日間はごちそう攻めなんですって・・・ 中華だけでもレパートリー多いのに、それにチベットとか韓国とかモンゴルとか色々加わるんですよー もう僕、楽しみで楽しみで・・・ 「私の話を聞いていますか、ウォーカー?」 「そう言えばバクさんが、今年は庭の使用権をゲットしたから、ぜひ龍舞も見るようにって。 勇壮でカッコイイ踊りなんですって!楽しみだなぁ 「ウォーカー・・・・・・」 「リナリーが春聯くれたし あぁ、リンク、あの赤い飾りね、春聯って言うんですよ。 幸運のおまじないなんです」 「あのな・・・・・・」 「今年こそは幸せになりたいなぁ・・・。 師匠の借金からも、リンクの監視からも解放されて、コムイさんにいじめられることなく平穏な生活」 「誰が解放するか!立場をわきまえろ、ウォーカァァァァァァァ!!!!」 リンクの怒声をしかし、アレンは柳に風と聞き流し、くすくすと楽しげな笑声をあげた。 「ごちそう あぁ、フォーとも遊ばなきゃ。 ごちそう 3日間ずっとごちそう攻め 正月の間、アジア支部を動かない気でいるアレンを、リンクは怒りに血走った目で睨みつけた。 「このクソガキ・・・!」 リンクが毒のこもった声を吐いた時、それに重なって、彼らの背後に不気味な笑声が沸く。 「なっ・・・?!」 驚いた二人は、振り返る間もなくそれぞれの肩を掴まれ、肌を粟立てた。 「聞いたよぉー・・・ キミタチもアジア支部のお正月に招待されたんだってぇ〜?」 全く気配を感じさせず、エクソシストと監査官の背後を取った教団本部室長は、三日月の形にゆがめた口から、再び怪鳥(けちょう)のような笑声をあげる。 「でも、お祭りだけ楽しもうなんて、そうは問屋が卸さないんだなぁ〜。 正しくお正月を迎えるには、その日までに大掃除を終わらせなくちゃいけない決まりなんだよ、キミタチ 「おっ・・おおっ・・・おおおっ・・・・・・!!!!」 喉を引きつらせ、奇声を上げるばかりで意味を成さないアレンを訝しく見遣り、リンクは背後のコムイを返り見た。 「掃除でしたら、ウォーカーの部屋は既に済ませています。 ・・・全く、このだらしない子供ときたら、あちこちに食べかすを散らかすわ、荷物は整頓しないわ、初めて見た時は、人外の何かの巣かと思いましたよ!」 「リ・・・リンクが神経質すぎるんですよっ!」 顔を真っ赤にして反駁するアレンに、リンクは鼻を鳴らす。 「規律正しい生活をしないから、そんなに性格が歪むのです」 「規律正しい生活しても、リンクみたいに意地悪になるんだったら、しない方がいいですよっ!!」 「君がもっと従順なら、私だってここまで口やかましく言いはしませんっ!!」 「リンクがいちいちムカつく発言しなきゃ、僕だって従順ですよっ!!」 「ホラもう・・・ケンカしないで、キミタチ・・・」 何かといがみ合う二人に苦笑し、コムイはアレンの首に腕を回して確保した。 「えぐっ?!」 「アレン君のお部屋のお掃除が終わってんならさ、ボクの実験室のお掃除手伝ってくれるよね 「えぇっ?! やっ・・・やだやだやだやだっ!!」 腕の中でじたじたと暴れるアレンを押さえつけ、コムイは彼の首を絞めたまま、無理やり席を立たせる。 「締まっ・・・締まってますぅ〜〜〜〜!!!!」 顔を真っ赤にしてもがくアレンに微笑み、コムイは絶妙な加減で力を込めた。 「きゅうっ!」 「ハイ、落ちたー 奇声を上げて白目を剥いたアレンを小脇に抱え、部屋を出ようとするコムイをリンクが慌てて止める。 「ウォーカーをどこに連れて行くのですか、コムイ室長! 彼はまだ、監視対象・・・」 「だったらついて来ればいいじゃない、リンク監査官 別に、隠し事なんてないよ?」 にこりと笑って歩を進めたコムイを、リンクは慌てて追いかけた。 先に立って歩きながら、狙いが図に当たったコムイはにんまりと口の端を曲げる。 「カモネギカモネギ 笑声交じりの呟きを漏らしたコムイは、自分専用実験室の重いドアを開け、実験器具が雑然と積み重ねられた部屋へと、白目を剥いたアレンを無造作に放り込んだ。 「あ、リンク君、入ったらドア閉めてね」 「・・・・・・」 釈然としない表情ながらも、リンクが言われた通りにドアを閉めると、重い金属音と共に鍵がかかる。 「なっ・・・?!」 「そんなにびっくりすることないじゃない〜。ただのオートロックだよん くすくすと笑われて、憮然と黙り込んだリンクは、改めて見渡した室内の様子に愕然と目を見開いた。 「な・・・んですか・・・ここは・・・っ!!」 「言ったじゃない。ボクの実験室だよ 「いや、そう言うことではなく・・・・・・!」 あまりの光景に、リンクの声にはいつもの覇気がない。 決して小さくはない城の、ワンフロアを丸ごと使った部屋は、ヨーロッパ中の城を見渡してもこれほどの広間はないだろうと思うほどに、果てしなく広かった。 視界を邪魔するものがなければ、はるばると見渡せるに違いないそこには、長大なテーブルがいくつも並べられ、その上には何に使用しているのか理解不能な、さまざまな実験用具が所狭しと並べてある。 が、いくつあるのか数える気にもなれない試験管やビーカーには、見たこともない色の薬品が満たされ、あるいは乾いてへばりつき、中には煙を上げているものすらあった。 「毒ガス・・・出てませんか・・・・・・?」 薬品と錆びた鉄と石炭の煙、それらを酸に溶かしたような、言いようのない奇妙な臭いに、リンクは眉根をきつく寄せながら、ハンカチで鼻と口を塞ぐ。 「まぁまぁ、細かいことは気にしないで!」 「細かいですか?!」 「細かいよぅ。そんなこといちいち気にしてたら、早くハゲるよ 長官みたいに、と、コムイはさも楽しそうに笑った。 と、その笑声に、白目を剥いていたアレンが目を覚まし、自身が既に実験室に連れ込まれたことを知って、さめざめと泣きだす。 「うっうっうっうっ・・・・・・もうアジア支部のごちそうが食べられないよぅ・・・・・・!」 「なっ・・・なぜ泣くのですか、ウォーカー?!」 「だってもう、無事にここから出られないもんっ!!」 戸惑うリンクに断言した途端、アレンは後頭部をはたかれた。 「ンマァ、人聞きの悪い、この子は!」 「イタイー!! コムイさんがいぢめるー!!」 「この程度、いぢめてないでしょ! ホラ、早く手伝って! あと7日でお掃除終わらせなきゃいけないんだから!」 捕らえた獲物を逃がすつもりなどないコムイは、既に彼らが手伝うものとして話を進めている。 「7日・・・で、終わるのですか・・・・・・?」 リンクが呆然と呟くと、コムイはにこりと笑って頷いた。 「アレン君は1日、ラビは3日で終わらせてくれたよねー さすがエクソシスト だから今年は、遠慮なく散らかしちゃったぁ ・・・手伝わせることを前提で散らかす辺り、ふてぶてしいにも程がある。 そうは思ったが、いくらリンクでも、コムイの個人的な流儀に口を挟む権利はなかった。 「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃおうか!ちゃっちゃと!!」 「待ってコムイさん!やるんならせめて、僕に防護服貸して下さい!!」 こぶしを振り上げて張り切るコムイの背に、アレンが泣いて縋ると、彼はため息混じりに返り見る。 「全く、ワガママな子だねェ。 キミ、寄生型なんだから、多少の毒ガスは平気でしょ!」 「アクマの毒と普通の毒は違うんです! お願いー!!」 甲高い泣き声を上げるアレンに肩をすくめ、コムイは予備の防護服を出してやった。 「言っておくけど、それ、ボクの身長に合わせてあるから、キミには大きすぎると思うよ? 裾踏んで転んだりしないようにね!」 器具を壊されちゃ困る、と、恣意的なことを堂々とぬかすコムイに、リンクも申し出る。 「あの・・・私の分は・・・・・・?」 「ゴメンね、リンク君〜 防護服、2着しかないんだ★」 「・・・は?」 愕然と目を見開いたリンクの傍らでは、防護服を着込んだアレンが既に、まん丸い姿になっていた。 「さぁ、がんばろう!」 コムイが高らかに宣言し、アレンが厚いヘルメット越しにくぐもった声で応じる。 「・・・・・・なんでだ?」 呆然と呟いたリンクには、絶縁体で作られたエプロンが押し付けられた。 それから数時間後、ようやくこの日の作業を終え、ふらふらと食堂に入ってきたアレンとリンクに寄っていったラビは、話を聞いてクスクスと楽しげな笑声をあげる。 「そりゃまたご愁傷さん 「笑ってないで、ラビも手伝ってくださいよぉ! どうせ行くんでしょ、アジア支部?」 不満げなアレンに、ラビは笑って頷いた。 「もちろんさ なんかたのしそーじゃん?」 「・・・そうなんですよねー。 コムイさんのせいで誤解してましたけど、かなり楽しそうですよ、アジアのお正月 「お前の『楽しそう』は『おいしそう』と同義だろ」 「もちろんですよ!! ちなみに、今年のメインなお正月料理は韓国だそうです!」 「マジで?!ぜってぇ行く!!」 椅子を蹴って身を乗り出したラビに、リンクが眉をひそめる。 「アジアの料理なんて、香辛料ばかりかと思えば味も素っ気もない、マズいものだと認識してますがね。 そんなものをわざわざ食べに行くとは酔狂な」 「バッカ、リンク! お前、イタリア料理が最高だって思ってるクチだろうけどさ、アジア支部の本格的な民族料理食ってみ?! 世界観変わるぜ?!」 「ラビ、ごくたまにイイこと言いますよね」 「ごくたまに、は余計さ!」 ぐりぐりと押し付けてくるこぶしを押しのけながら、アレンは憮然と頬を膨らませた。 「でも、コムイさんが言ってたよ! お祭りだけ楽しもうなんて、そうは問屋が卸さないって! 明日はラビも掃除手伝ってよね!」 「ん。 防護服の余りがあったら手伝ってやるさ」 「う・・・」 そんなものはないと知りながら、にんまりと笑ったラビに、アレンがフォークをくわえてうなる。 「ないよな?」 「うん・・・」 アレンが悔しげに頷いた時、 「あるよ?」 と、背後のテーブルから声がかかった。 「え?!あんのっ?!」 喜色を浮かべるアレンと蒼褪めるラビに、ジョニーは頬張っていたものを飲み込んで頷く。 「防護服だろ? 毒ガスと酸から守ればいいんなら、耐火性も備えた奴が科学班にたくさんあるよ」 「やったぁ!! ねぇ、僕の身長に合うのって、ありますか?!」 「うん。 サイズは色々あるから、好きなの選んで持って行きなよ」 「では・・・私にも貸していただけますか。 さすがにあの実験室の掃除を、エプロンだけで立ち向かうのは危険だと思われます」 「エプロンだけで作業してたのっ?!」 リンクの申し出に、ジョニーは悲鳴じみた声をあげた。 「それ、命取りだよ?! 今すぐ医務室に行けよ!!」 「・・・は?」 「は?じゃないよ! あそこ、致死量の3倍のダイオキシンガスが発生してるって聞いたよ?!」 「ダ・・・?え・・・?」 聞き慣れない言葉に戸惑うリンクに、ジョニーが苛立たしげに畳み掛ける。 「毒ガスだよ! 青酸ガスみたいな即効性はないけど、発ガン性の高い毒物で、経気道摂取したらガンを発症する可能性が高くなるんだ!」 蒼褪めて席を立ったリンクに、ジョニーは頷いてフォークを投げ捨てた。 「ドクターには内線かけといてやるから、急いで病棟に行け!!」 アレンとラビが呆然と見守る中、黙って踵を返したリンクの背を見送りつつ、ジョニーはインカムのマイクを口元に寄せる。 「あ、ドクター? 今、そっちにリンク監査官向かってますんで、テキトーに検査してやってください。 ダイオキシンガスの中毒だっつってますんで。ヨロシク」 先ほどまでの切羽詰った口調をがらりと変え、暢気な通話を終えたジョニーは、テーブルに転がったフォークを再び取り上げた。 「え・・・?なんだったの、今・・・・・・?」 呆然とジョニーを見るアレンの隣で、ラビが肩を震わせて笑っている。 「グッジョブさ、ジョニー! 俺、笑いこらえんの大変だったさ!」 「えっ?えっ?!どゆこと・・・?」 目を丸くしてラビとジョニーを見比べるアレンに、ジョニーもクスクスと笑い出した。 「ダイオキシンってのは、漂白剤使ったりしたら発生する物質なんだよ。 室長の実験室には劇薬がたくさんあるし、それが大量発生しててもおかしくないね。 確かに毒性はあるし、発ガン性も高いんだけど、それをありえないくらい大げさに言ってやったんだ アイツ、びっくりしてただろ? ドクターにもナシ通したから、数日は要治療ってことで、病室出らんないかもな にんまりと意地悪く笑ったジョニーに、アレンも思わず笑みを浮かべる。 「助けてくれてありがと、ジョニー!」 「別に。 ただ、俺も奴らのことはキライなんだ・・・アイツを助けようとしてくれたお前を非難するなんて、酷いよ・・・・・・」 『アイツ』と言うのが、この教団では口にすることもタブーとなりつつある彼の友人の名だと察して、ラビもアレンも笑みを収めた。 「・・・っあぁ、でも! あの実験室、ダイオキシンどころじゃない毒ガスが発生してるって噂は前からあるし、室長が防護服着て作業してる以上、危険なのは間違いないからさ、お前ら、中では絶対防護服脱ぐなよ!」 落ち込みそうになった雰囲気を盛り返そうと、強引に話を戻したジョニーに、二人も慌てて頷く。 「じゃあラビ、早速防護服を借りに行きましょう!」 「・・・って、手伝うの決定かよ!!」 「二人でやれば怖くないですよ! それに、リンクがてきぱきやったおかげで、今日だけで結構済んじゃいましたしね」 そう言って、アレンはにんまりと笑った。 「・・・防護服着てねェ奴にやらせたんか。 鬼さね、お前・・・」 「何を今更」 ふふふ 「まぁ・・・今夜はリンクから解放されて、ゆっくり休めよ」 「うん!ありがとね、ジョニー!」 トレイを持って立ち上がったジョニーに、アレンは笑って手を振った。 翌朝、監視なしで清々しく目覚めたアレンは、部屋を出た途端、コムイによって猫の仔のように襟首を掴まれ、問答無用で実験室へ連行された。 「全く、腹黒い子だねェ、君は。 リンク君、病棟でうなされてるらしいよ」 『ざまぁみろです』 ヘルメット越しに、アレンがくぐもった快哉をあげる。 「ま、確かに溜飲は下がったね」 思わず吹き出したコムイが、自分の作業着を手に取ろうとすると、アレンの手が遮った。 『今日はラビが手伝うって言ってました!』 連行して来い、と言うアレンに、コムイはまた苦笑する。 「まぁ、キミら一蓮托生だもんね」 『不幸スキルはとっくにうつしました!』 「やな子・・・・・・」 苦笑すら引きつらせて、コムイは踵を返した。 「じゃあ、ラビを連行してくるから、先に始めてて」 『はい!』 やたら素直なアレンを気味悪く思いつつ、実験室を出たコムイは、間もなくラビを発見し、諦めきった表情の彼を捕獲する。 「・・・なーんか、抵抗されないって、つまんないなー」 いじめ甲斐がない、と、勝手なことをぬかすコムイに連行されつつ、ラビは深々とため息をついた。 「・・・どーせ、抵抗したって連れてかれるんさ・・・だったら、素直につかまった方がダメージも少ないさ・・・・・・」 「ラビ、気づいてるかい? それ、いじめられっ子の言い分だよ」 「ほっとくさ・・・・・・」 反駁したいのは山々だが、アレンに虐げられている現実はいかんともしがたい。 「・・・ったく、あのクソガキ・・・腹黒いにも程があるさ。 今日だって『イヤだ』っつったのに、手伝うこと決定してんし・・・」 「まぁ、ボクは大助かりだけどねー そう言えば、と、ラビは諸悪の根源を見上げた。 「コムイが大掃除しようなんて言い出さなきゃ、俺がこんな目に遭うこともなかったんさ!」 「あはは お礼にキミのイノセンス、完璧に修復してあげるからね ・・・それを言われると弱い。 ラビはますます抵抗する気力を失くし、黙ってコムイの実験室へと連行された。 が。 「・・・なんか、変な臭いしね?」 実験室があるフロアに入った途端、鼻を突く臭いにラビは眉をひそめた。 「うん・・・なんだろ?」 さすがのコムイも不安げに眉を寄せ、ドアノブに手をかける。 重いドアを、恐る恐る開けた途端、もうもうと煙があふれ、慌ててドアを閉めた。 「毒ガス?!」 二人とも、腕で顔を覆って隣の準備室に駆け込み、急いで防護服を着込む。 『アレン君?!』 再びドアを開け、煙の充満した実験室に飛び込むと、白く煙ったガスの向こう側で、灰色の影がうごめいていた。 『どしたんさ?!』 ヘルメット越しの絶叫に引かれ、影がもそもそと寄ってくる。 『コムイさん、おかえりなさい。ラビ、いらっしゃい』 ヘルメットの向こうでにこりと笑ったアレンに、コムイが厳しい顔を向けた。 『これは一体、どういうことだい?!』 焦るあまり、思わず声を荒げた彼に、アレンは楽しげに笑う。 『ビーカーとかに残ってた薬剤、混ぜちゃいました 『危険な!!』 声を揃えて絶叫したコムイとラビに、しかし、アレンは構わずはしゃいだ声をあげた。 『すごいんですよ!鉄がね、あっという間に溶けたんです!そりゃもう、漬けた瞬間から! あんまり面白かったんで、手近にあった鉄くず全部溶かしてたら、こんなことに えへ 『防護服着てるからって、無茶するね、キミは・・・』 『全くさ・・・爆発が起こんなかったからいいようなもんを・・・』 『起こりましたよ?ちっさな花火程度ですけど、面白かったから何度か遊んで・・・』 『遊ぶな!!』 二人して怒鳴られ、アレンが首をすくめた。 『・・・ったく、子供に劇薬触らせちゃダメさ、コムイ! ちゃんと監視してろよ!』 『ボクだってまさか、この子がこんな無茶やらかすとは思ってなかったんだよー』 コムイは眉根を寄せ、アレンが薬剤を混ぜ合わせて作ったと言う酸らしき液体を覗き込む。 鉄が溶けているため、黒く変色したそれを少々スポイトに取り、一体なんの劇薬に変化したものか調べようとして・・・シャーレに落とした途端、強化ガラスさえ溶かした液体に絶句した。 見れば、手にしていたはずのスポイトも、液体に触れていた場所がきれいさっぱり消滅している。 『ナニ作ったの、キミは――――!!!!』 『知りません』 コムイの絶叫にあっさりと答え、アレンは笑って小首を傾げた。 『でも、その液体を入れてる器は平気みたいです』 『平気じゃないよ!これは厚みがあるから、溶けるのに時間かかってるだけ!』 なんとか中和させなければと、焦るコムイを尻目に、アレンは手近にあった歯車を取り上げる。 『ラビ、見て見て!ホラ!』 液体に漬けた途端、ジュッという音と共に消えた鉄片に、ラビも目を輝かせた。 『すげーさ!俺も・・・』 『ラビ!!さっき自分で『子供に劇薬触らせるな』って言ったでしょ!遊ばないで!!』 コムイにヒステリックな声で怒鳴られ、ラビは気まずげに肩をすくめる。 『と・・・とりあえず、液体窒素で凍らせとこうかな・・・』 危険すぎる、と、珍しく真剣な表情で言ったコムイに、アレンがこっそりと舌を出した。 『・・・わざとか』 『腹黒いクソガキですから、僕 『・・・聞いてたんですか、アレンさん・・・・・・』 背筋に冷たいものを感じて、ラビが震える。 『ふふ・・・ アレンの笑みにかぶさって、コムイが絶叫した。 『なにさっ?!』 びくっと、飛び上がったラビを無視して、コムイがアレンに詰め寄る。 『ここに置いてたパーツはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!』 『溶かしました 無情な宣告に、再びコムイの喉から絶叫がほとばしった。 『ボクの最新式コムリンのパーツがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』 黒く染まった液体に嘆きを落とすコムイを、アレンはにこにこと笑いながら、楽しげに眺める。 『鬼さ・・・・・・・・・・・・』 アレンの鬼畜の所業を目の当たりにして、ラビは心底怯えた。 思惑通り、激怒したコムイに実験室を追い出されたアレンは、まだ蒼褪めているラビに晴れ晴れとした笑みを向けた。 「そんなに怯えることないじゃないですか 監視なし、強制労働なしの清々しい一日を獲得した僕を褒めてください 「・・・なんか俺、リンクが可哀想になってきた」 アレンと共に暗い回廊を歩きながら肩を落とすラビに、彼はふっと笑みを漏らす。 「敵に容赦するわけないでしょ」 淡々と言ってのけたアレンに、ラビはぞくりと震えた。 「お前・・・アクマに対しての方が、優しくね・・・?」 「まさか、そんなことはありませんよ」 そんなことありますって、という言葉は、口に出すには恐ろしすぎて、なんとか飲み込む。 「・・・監視されるはずさぁ・・・・・・」 深々とため息をつくラビに、アレンはにこりと笑った。 「まぁ、せっかく解放されたんですから、自由を満喫しましょ 何して遊ぶ?!」 「ハイハイ・・・」 目をきらきらと輝かせるアレンの頭に手を載せ、ラビは苦笑する。 無邪気なんだか悪魔なんだか・・・子供らしいわがままを見せるアレンにため息をこぼしつつ、ラビは彼の髪をくしゃくしゃにしてやった。 それから数日後―――― 春節当日。 コムイの強制労働から解放され、リンクを病室に閉じ込めたまま、アレンは意気揚々と方舟のゲートをくぐった。 「こんにちはー 「きゃああああああああ アレンが現れた途端、蝋花が歓声をあげて出迎える。 「蝋花さん、こんにちは。 今日は白衣じゃないんですね」 光沢のある、ピンクの晴れ着を着た蝋花に微笑むと、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。 「お・・・お正月なんで、おしゃれしてみました・・・」 どうですか、と、上目遣いに見つめられ、アレンは優しく微笑む。 「とっても可愛いですよ。よく似合ってます」 「ホントに?!」 「はい」 恥ずかしげもなく言ってのけるアレンに、後から出てきたリナリーが、むっと眉を寄せた。 「・・・アレン君て、誰にでもあんなこと言うんだね」 憮然としたリナリーの呟きに、ラビが苦笑する。 「リナだって、ちゃんと『可愛い』って言われたじゃんか・・・」 「そうね。私『も』言われたわ」 ぷんっと、膨らませた頬は、背後から伸びた手に挟まれて潰された。 「だからいつも言ってるでしょ。 アレン君は誰にでもいい顔するマセガキなんだから、騙されちゃいけませんって」 「・・・にいひゃん、ひゃなひへ(兄さん、放して)」 「えへへ 蕩けた笑みを浮かべ、真上からリナリーを見下ろす兄にまた、顔をしかめる。 「ところで兄さん」 「なにー?」 「・・・バクさん、踏んでるわ」 リナリーが床を指し示すと、コムイは大げさに驚いて見せた。 「オヤ!ちっさくって気づかなかったよ!」 「わざとらしいこと言っとらんで、この足をどけんかキサマァァァァァァァ!!!!」 コムイに背中を踏みつけられたバクが、亀のようにじたばたと手足をばたつかせて絶叫する。 「ごめんねぇ なーんかゲートを出た途端、害虫っぽい物が飛んできたんで、蹴飛ばしちゃったぁ 「・・・・・・狙ってんじゃん」 ぞくりと悪寒を感じながら、ラビが呟いた時、 「来てやったわよっ!!」 ゲート前にたまる彼らを押しのけて、北米支部長が現れた。 「あら?!招待主はどこよ!」 「キミの足の下だよ、レニー支部長」 にこにことコムイが指した先では、バクが頭を踏みつけられてもがいている。 「あら、失礼。 そんな所に這っているから、気づかなかったわ」 「・・・〜〜〜〜よりによってヒールで踏むか、キサマァァァァァァァァァァァァ!!!!」 踏みつけられた顔を歪めるバクの絶叫を、レニーはあっさりと聞き流した。 「パーティだって言うから、おしゃれして来たの そう言うとレニーは得意げに、フリルのたくさんついたドレスをひらめかせる。 極彩色の鳥めいた姿に、コムイは明るい笑声をあげた。 「ホント、華やかだねェ、レニー。どこの南部貴族かと思ったよ」 「あっはっは こめかみを引きつらせたレニーの、バクを踏みつける足に力がこもり、バクが憐れな悲鳴をあげる。 「レッ・・・レニー姐さん!! バクちゃんが死にそうさ!!」 声まで蒼褪めたラビが恐々申し出ると、レニーはようやくバクから足を離した。 「アラ、ごめんあそばせ 「コムイも・・・」 未だ足を離さないどころか、更に力を込めて踏みつけるコムイに言えば、彼は不満げに口を尖らせる。 「えぇー。 だってコレ、解放した途端、リナリーに飛びついたら危険じゃない〜。 ・・・・・・いっそここで息の根を」 「怖い呟き漏らしてねーで!!」 害虫根絶をもくろむコムイに震え上がり、ラビはなんとかバクの解放を承知させた。 「だ・・・大丈夫さ?」 「なんとかな・・・!」 ラビに助け起こされたバクが、恨みがましい目をあげた途端、忌々しい敵を押しのけて彼の目に飛び込んできた天使の顔に、陶然となる。 「ごめんなさい、バクさん。兄が失礼なことを・・・」 「リッ・・・リナリーさんが謝るようなことではありませんよっ!!」 バクが顔を真っ赤にして声を上ずらせるや、がしっと、コムイに両肩を掴まれた。 「ホント、そうだよねぇー。 害虫と見間違えちゃってゴメンね、バクちゃん この通り、頭を下げて謝るよー 「ぴぎぃっ!!」 ほとんど真上から頭突きを食らい、バクが奇妙な悲鳴をあげる。 「ホーラホーラ ぐりぐりと、更に頭蓋骨を押し付けられて、バクは憐れな泣き声をあげた。 「もう、兄さん! バクさんいぢめちゃダメッ!!」 「これ以上やったら死んじゃうさっ!!」 リナリーの怒声と蒼褪めたラビのとりなしで、ようやくコムイはバクを解放する。 「ちぇーっ」 もっといじめたかった、と言わんばかりの不満げな声に、レニーが肩をすくめた。 「どっちもどっちだわね」 それより、と、レニーは多大なダメージをこうむった頭を抱えてうずくまるバクの襟首を、片手で持ち上げる。 「早く案内しなさいよ、アンタ 「・・・姐さんも鬼さ」 よってたかって虐げられるアジア支部長の姿に自身の姿を重ねて、ラビは涙を滲ませた。 ふと気づけば、とっくにアレンの姿はない。 「食堂に走って行ったんかな・・・」 「・・・あの子と一緒に?」 不意に冷ややかな声を受け、ラビはびくっと震えた。 「リ・・・リナ、ジェラシー?」 「そんなんじゃないよっ!!」 こっそりと囁いた途端、すかさず否定したが、真っ赤になった顔では説得力はない。 「まぁまぁ・・・あいつがオンナノコ褒めんのも、食堂に走ってくのもいつものことさ。 そんなに気にしなくったって・・・」 「気にしてなんかないよっ!」 リナリーが思わず声を荒げると、背後から伸びた腕が彼女を抱きしめ、二人の間に割って入った。 「なーに二人でこそこそ話してんのさー」 「イテッ!」 ぐぃっと髪を引っ張られ、ラビは強引に引き寄せられる。 「なんか今、ジェラシーって聞こえたけど?」 「きっ・・・聞き違いじゃね・・・?」 「そうなの、リナリー?」 「そうだよっ!」 ぷんっと、頬を膨らませてそっぽを向いたリナリーに、コムイが目を見開いた。 「どうしたのさ、リナリィ〜?!すっごくご機嫌斜め・・・」 「そんなことないっ!!」 明らかに怒っている口調で言い、兄を黙らせると、リナリーは無理やり笑みを浮かべた顔をバクに向ける。 「バクさん、案内してもらえますか?」 「喜んで!!」 レニーの手を振り解いたバクは、満面に笑みをたたえて、先頭に立った。 一方、ラビの予測通り食堂に駆け込んでいたアレンは、目の前に並べられた様々な国の正月料理に目を輝かせていた。 「すごい 「喜んでくれてうれしいですぅ 我が事のように自慢しつつ、ちゃっかりとアレンの隣に陣取った蝋花が、料理の皿を差し出す。 「お正月料理ってどこの国も、『どれだけたくさん食べたか』を自慢しあうところが多いんですよ。 ウォーカーさんだったら負けませんよね 「もひろんっ!」 料理を口いっぱいに頬張って、にこにこと笑うアレンに、蝋花も嬉しそうに笑った。 「私が作った餃子も・・・その・・・今、茹でてもらってますから、食べてくれますか・・・?」 「はひっ!楽しみです!」 アレンが大きく頷いた時、 「なーにが楽しみだ、ウォォォカァァァッ!!」 容赦なく振り下ろされたこぶしを後頭部に受けて、目を剥く。 「いた・・・なにすんですか、いきなり!!」 「るっせぇ!! あたしに挨拶もなしに食堂に駆け込みやがって、この恩知らず!!」 反駁以上の大音声で怒鳴られ、アレンが首をすくめた。 「ご・・・ごめんなさい、フォー・・・・・・」 気まずげな上目遣いで謝ると、フォーは憤然と鼻を鳴らす。 「悪ィと思うんなら一緒に来い! 飯は後でいいだろ!」 「えぇっ?!そんな・・・今、せっかく餃子茹でてもらってるのに!!」 フォーに腕を引かれてアレンが立ち上がると、蝋花が泣き声をあげた。 「持ってくりゃいいだろ!」 「ひど・・・待って下さいよぉ!!」 既に食堂の出口近くにいるフォーとアレンに、蝋花はぎりぎり茹で上がった餃子を持って、泣きながらついて行く。 「どこに行くんですかぁ!!」 「はぁ?! どこってお前、漢人だろ!!」 呆れ声を返され、蝋花は『あ』と、声をあげた。 「もっ・・・もう、そんな時間ですか?!」 「時間も何も、こいつらが来んのを待ってたんだろうが! お前、脳みそザルじゃねぇのか?!」 「う・・・うぇ・・・・・・」 フォーに厳しく言われ、蝋花が涙目になる。 「ま・・・まぁまぁ、フォー! そこまで言わなくたって・・・・・・」 「せっかくみんなで準備してんのに、忘れるこいつが悪ィんだよ! ホラ!ごちゃごちゃ言ってるヒマねぇんだって! 行くぜ!」 更に腕を引かれ、アレンは蝋花に気遣わしげな目を向けると、その腕に触れた。 「行きましょ。 みんながどんなお祭をするのか、楽しみです」 「は・・・はいっ!!」 蝋花は赤らんだ顔を上げ、目に滲んだ涙を拭って頷く。 「もう!!急げってば!!」 苛立たしげなフォーに急き立てられ、二人は早足について行った。 迷路のようになった回廊をいくつも過ぎると、地底湖とは言わないまでも、地下水が溜まって池のようになった場所に出る。 池の周辺に巡らされた欄干を駆け抜ければ、多くの明かりで鮮やかに照らされた庭が現れた。 厚い岩盤に覆われた聖堂内は、多少の明かりでは闇を払えないはずだが、目に見える明るさだけでなく、雰囲気が明るい。 色とりどりの明かりに照らされた面々はどれも楽しげで、アレンは思わず歓声をあげた。 「賑やかですね!」 「アジア支部中から、祭りに浮かれた奴らが集まってっからな!」 フォーはどこか得意げに答え、足を早める。 「急ぐぞ! あたしには役目があんだから!」 「役目?」 「見てのお楽しみだ!」 「うんっ!」 楽しげに笑ったフォーに、アレンは大きく頷いた。 と、 「あら? アレンく・・・・・・」 聞き慣れた声に振り返ったリナリーは、人ごみを掻き分け、駆け寄ってくる少年の傍らに、蝋花ともう一人、可愛らしい少女の姿を見止めて笑みを引きつらせる。 「えっと・・・フォー?だっけ?」 「おう。ここの守り神だ」 よろしく、と、軽く手を上げた少女は、素早くリナリーに駆け寄り、こっそりと囁きかけた。 「あたしは人間じゃない。お前のライバルにゃなんねェから、安心しろ」 「んなっ?!」 真っ赤になって言葉を失ったリナリーの傍らを行き過ぎ、フォーは彼女を待っていた龍舞のメンバーに駆け寄る。 「さぁ!始めるぜ! ウォーカー!!ちゃんと見てろよ!!」 金色の宝玉を手に取ったフォーが声をかけると、激しく鉦が鳴らされた。 「おー!かっけぇー!!」 楽の音に乗せて、フォーが振り回す宝玉を追い始めた巨大な龍の姿に、ラビが思わず感嘆の声をあげる。 「でも、あの宝玉っていうの?あんたが持ちたいって言ってなかった?」 レニーが傍らのバクを見遣ると、彼は気まずげに目を逸らした。 「そっ・・・それは、僕には君たちを案内すると言う役目ができたから・・・・・・」 「支部長、宝玉の重さと激しい動きにへばっちゃったんですぅ」 横から口を出した蝋花に、バクが真っ赤になる。 「キッ・・・キサマ!! なんて事を言うのだ!!」 「だって、ホントじゃないですかぁ」 「バク・・・あんた、あんなちっさな子にも腕力で負けるなんて・・・・・・」 呆れ果てた声をあげるレニーに、しかし、反駁したのはバクではなく、アレンだった。 「違うんですよ、レニーさん。 フォーはあんな見かけですけど、ものすごく力持ちで、動きも早いんです。 僕も何度も蹴飛ばされて、壁に叩きつけられました!」 「えっ?!マジで?!」 「うん。多分ラビだって、フォーには敵わないと思うよ」 はっきりと言われ、ラビは眉根を寄せる。 「えぇー・・・俺、格闘技はけっこ、自信あんだけど・・・・・・」 「所詮、僕らは武器に頼っちゃいますからね。 イノセンスなしでいい勝負できるのは、リナリーだけじゃないかなぁ」 にこ、と、微笑んだアレンは、リナリーにそっぽを向かれ、驚いた。 「あ・・・あれ・・・・・・?」 どうしたんだろう、と、焦った彼の目の前に、傍らから皿が差し出される。 「ウォーカーさん 「え?! あ・・・ありがとうございます」 リナリーの態度を気にしつつも、アレンは蝋花から皿を受け取り、餃子を口に運んだ。 「おいしー 「きゃあ アレンと蝋花の嬉しそうな声に、リナリーの目が怒りの炎を灯して光る。 が、コムイはむしろにこにこと、不機嫌な妹の肩を抱いた。 「リナリーは、本場の龍舞を見るのは初めてだよね? あれは龍を操る皆が息を合わせてないと、生きているようには見えないんだ。 方舟が最初にゲートを開いたここの科学班って、かなり忙しかったろうに、随分練習したんだねぇ」 「うん・・・そうだね・・・・・・」 フォーが波を描くように操る宝玉を追って、生きているかのように長い身体をくねらせる龍を見ているだけでは気づかなかったが、言われて操者たちに目をやれば、みんな真剣な顔をして、汗だくになっている。 「すごいね、みんな・・・」 「そうでしょう?! ただでさえ不休なのに、この練習で不眠も加わりましたが、なんとかがんばってますよっ!」 得意げに声を張り上げたバクの発言に、ラビが目をむいた。 「不眠不休って・・・そんな状態であんな激しい動きして、奴ら大丈夫なんさ?!」 「これで死ぬなら、彼らも本望だ!」 見届けろ、と、当然のごとく言い放ったバクに、レニーが感心して頷く。 「大した根性だわ。 それが祭に向けられてるってのが不毛だけど!」 「レニー支部長、それを言っちゃあ・・・・・・」 「・・・ったく、これだからパレードくらいしか祭のない国は!」 コムイに苦笑され、バクには舌打ちされて、レニーはむっと眉を吊り上げた。 「歴史が浅くて悪かったわね!」 「イヤイヤ、べんきょすることが少なくて助かるさ とりなそうとしたラビの一言は、レニーを余計に怒らせ、鋭い肘鉄で腹部をえぐられる。 「ふんっ! どいつもこいつも・・・・・・!」 憮然としつつも、レニーは激しい鉦の音と共に舞う龍から目を逸らせず、彼らが舞を終えた時には大きな拍手を送っていた。 「すごい、みんな!!」 いつしかアレンへの怒りも失念し、龍舞に見入っていたリナリーが歓声をあげると、龍を操っていた男達が頬を染めて照れ笑いする。 中でも李桂は、感涙せんばかりに嬉しそうな顔でリナリーに駆け寄った。 「光栄ですっ!!」 リナリーの手を取ろうとした途端、コムイに蹴飛ばされ、踏みつけられた決定的瞬間は、龍舞の撮影係をしていたシィフのカメラに収まる。 「痛そ・・・」 でも、と、彼はほんの少し笑った。 「たくさん撮れたから、李桂と支部長には売れるかな」 彼が手にしたカメラには、龍舞の他に何枚か、リナリーの姿も写っている。 「他の人にも売れるかも・・・」 ふと周りを見渡せば、バクや李桂の他にも、惚れ惚れとリナリーを見つめる目があった。 「写真で商売して、ネガはオークション お小遣いができる、と、嬉しそうに呟いて、シィフは一足先に広場を去る。 一方、自分が商売のネタにされているとは知らないリナリーは、龍舞の操者達・・・特にフォーに対して、歓声をあげていた。 「すごいねぇ! これ、どのくらい重さがあるの?持たせてもらっていい?」 「あぁ、振り回してみな」 ひょい、と、フォーが片手で差し出した宝珠を同じく片手で受け取ったリナリーは、意外な重さに驚いて、慌ててもう一方の手を添える。 「お・・・重っ・・・!」 「え?そうなん?」 ラビが横から手を出し、持ち上げた。 「あぁ・・・片手で持てねェ事はねェけど、重いさ」 「僕もー!」 更にアレンが受け取り、軽々と持ち上げる。 「へへ 「ずりーさ、お前!左手使ってんじゃん!」 「発動はしてませんよー 「それでもフツーの腕力じゃねぇだろ!右手で持ってみるさ!」 「持てますよーだ!」 右手でも軽々と持ち上げ、舌を出したアレンにラビが悔しげに舌打ちした。 「伊達にイノセンスなしでフォーと戦ってないですよ 「あの修行のおかげで、右腕も随分強くなったよな、お前!」 「カッコよかったですよねぇ、フォーさんと戦うウォーカーさん フォーと蝋花に褒められ、嬉しそうに照れ笑いをするアレンに、リナリーがまた、こめかみを引きつらせる。 「お願いアレンさん・・・気づいテ・・・・・・!」 暢気なアレンと険悪なリナリーに挟まれ、ラビが引きつった笑みを浮かべた。 が、相変わらずコムイは楽しくて仕方がない様子で、不機嫌な妹に笑いかける。 「さすがアレン君、あのクロスの弟子だけあるよね どこでも女の子にモテモテで、うらやましい限りだよー」 「そっ・・・そうだね・・・! アレン君・・・『あの』クロス元帥の弟子だもんね・・・っ」 懸命に平静を保とうとして、声を引きつらせるリナリーにほくそ笑みつつ、コムイは言い募った。 「あれが英国紳士って言うのかなー? 女の子には誰にでも優しくて、誰に対しても恥ずかしげもなく『美女』なんて言うからね、あの子 リナリーも言われたぁ?」 「・・・っえぇ!挨拶代わりにね!」 怒りを含んだ声に、コムイは楽しげな笑声をあげる。 「婦長も言われたらしいよー♪ 若いナース達の前で恥ずかしいからやめろって、叱られたらしいけど、実は婦長もまんざらじゃない様子でさー」 「ふ・・・ふぅん・・・そう・・・・・・! お・・・お世辞だってわかってても、嬉しいもんね・・・っ」 リナリーの声がとうとう裏返り、コムイはわざとらしく肩をすくめた。 「まぁ、本人はお世辞を言っているわけじゃないらしいけどね!」 イブを誘惑する蛇よろしく、アレンを褒めるふりをしながら、コムイは狡猾に彼の評価を貶めて行く。 「でも、本気で言ってるんだったら、それはそれでマズイよねー。 よく今まで、女性問題起こらなかったなぁ」 「そうだね・・・」 憮然とした顔で、あからさまにアレンを視界から除いたリナリーに、コムイは満足げに笑った。 その様に、ラビがげんなりと吐息する。 「もう庇いきれねェから、俺・・・」 うんざりと見遣った先では、アレンが蝋花とフォーに囲まれて、暢気に歓談していた。 その後、アレンはフォーや蝋花と共にまた食堂へ戻って行き、他の本部からの客人は、バクの案内に従ってアジア支部内を見物していた。 「すっごいわねぇ・・・さすが本場」 「うん 国の風習に従って、それぞれに飾り付けられた部屋部屋にレニーが感嘆すると、コムイも嬉しげに頷く。 「部屋毎に国が違うって、すげーアイディアさ! コムイー! 本部でもやろうぜ、コレー!」 コムイの腕を引き、ねだるラビにしかし、コムイは苦笑した。 「なんのお祭りでだい? 新年なんて君達、騒いで終わりでしょ」 「そーだけどさー・・・」 「クリスマスなら、その国々の特色は出るかもしんないけど、ここまで変化はないんじゃないかな?」 基本的にカトリック教徒が中心の教団本部では、プロテスタントやギリシャ正教、ロシア正教などのように、国毎に変化した儀式は自己主張しにくい。 ヴァチカンから枢機卿が、わざわざミサに来るような場所ではなおさらだった。 「諦めて 「ちぇっ・・・」 憮然と呟き、視線を流したラビは、目の端にきらりと光ったものを捉えて、改めて目をやる。 途端、一瞬にして消えたそれに、乾いた笑みを浮かべた。 「新調したんかな・・・」 ポツリと呟き、先に行く一行を追いかける。 追いついても、特に何も言う様子のないラビに、回廊の向こう側で息を殺していた李桂はほっと吐息した。 「き・・・気づかれなかったみたいだな・・・・・・」 ラビの態度を楽観的に捉え、李桂は締まりなく笑う。 「へへ・・・リナリーさんの写真ゲット 既にシィフが撮っているとは知らず、李桂は踵を返して一行とは別の道を走った。 「もっと近くでリナリーさんを・・・」 アジア支部が迷路のようだと言っても、それは慣れない人間にとってのことだ。 この聖堂内で暮らしている彼にとっては、一行の進路に先回りして、リナリーのベストショットを正面から狙うことなど容易いことだった。 彼が間もなく、息を切らして駆け込んだ回廊は、吹き抜けになったホールに面した欄干の隙間から、ベストショットを狙える場所だ。 一行を待ち構えた李桂は、1階下のホールに入って来た一行の傍に、黒いゴーレムが飛んでいるのを見止めて、眉をひそめた。 「ずりーよな、支部長・・・! 自分は監視ゴーレム飛ばして、動画ゲットかよ!」 憮然と呟き、ゴーレムを持たない彼はカメラを構える。 欄干の間に差し込んだレンズ越しに、一行を見つめた時・・・飛んできた何かにレンズを直撃され、悲鳴をあげた。 「んなっ?!また・・・っ!!」 砕け散ったレンズに瞠目し、胸元に引き寄せようとしたカメラはしかし、再び鋭い音を発して彼の手元から弾かれる。 「なにが・・・!!」 カメラの行方を追うように、欄干の隙間からホールを見下ろせば、本部室長の冷ややかな目と目が合った。 「ひっ・・・!」 慌てて両手で口元を覆い、悲鳴を消した李桂は、ホールに落ちたカメラの行く末を目で追う。 と、ホールの床に落ちたそれにゆっくりとコムイが歩みより、ポケットから何か、缶を取り出して、薬液らしきものを噴射した。 「コムイ!!なにそれ?!」 レニーの悲鳴じみた声に、よくよく目を凝らせば、確かにそこにあったはずのカメラが消滅している。 「なんで・・・?!」 思わず欄干に縋ってホールを見下ろすと、コムイは得意げに笑った。 「コレ? こないだボクの実験室でアレン君が作っちゃった、強力な酸だよ 一瞬にして金属を溶かしちゃう優れもの バクちゃんにも見せてあげようと思ってさー 「と・・・取ってたんかよ・・・・・・」 引き攣った声をあげるラビに、コムイは楽しげに頷く。 「せっかく作ってくれたからさ、なんかの役に立つんじゃないかと思って まぁ、容器に入れるために、あの子が作った物よりは、濃度を薄めてるんだけどね 「ほう・・・塩酸よりも簡単に溶かしてしまったな。 これ、中々用途が広いんじゃないか?」 科学者らしい興味を持ってスプレー缶を見つめるバクに、コムイははしゃいだ声をあげた。 「でっしょー? こんなこともできるんだヨ と、コムイはリナリーの周りをうるさく飛び交っていたゴーレムに薬液を吹きかけ、完全に溶かし去ってしまう。 「ほほう、すご・・・・・・俺様のゴーレムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」 思わず感心しかけたバクの絶叫が、ホール中に響き渡った。 「あ だけど、この程度の監視ゴーレムなら、何体もいるから大丈夫だよね いけしゃあしゃあと言ってのけたコムイに、まさか、『リナリーさんの画像データが消えた!』と抗議するわけにも行かない。 が、じんましんを発症しそうな怒りは抑えがたく、バクはコムイに掴みかかった。 「あぶっ・・・危ないではないか!万が一、リナリーさんにでもかかったらどうするのだ!!それでも兄か!!」 「ボクがそんなへまする訳ないでしょ!」 「現に危険物を振り回しておいて、なんだその自信は!ちったぁ反省しろ!!」 きゃんきゃんと喚き合う二人に肩をすくめ、レニーはきれいに溶け去ったゴーレムの跡を見下ろす。 「それにしてもすごいわね、この酸。 表面に噴射しただけできれいに溶けるなんて、大した浸食作用だわ。 これ作った子、ウォーカーだっけ? 科学者の才能があるかも知れないわね」 にんまりと笑って、レニーはなぜか、リナリーを見遣った。 「あの子、あたしの助手になんないかな?」 「それは・・・」 「ダメッ!アレン君はエクソシストだもん!!」 ラビの声を遮り、彼の言おうとしていたことを先に言ったリナリーは、にやにやと笑うレニーの表情に顔を真っ赤にする。 「冗談に決まってるでしょ。なーにムキになってんの、あんた?」 クスクスと楽しげな笑声をあげ、レニーは肩越しに来し方を示した。 「そんなに気になってんなら、食堂に行けば? あんた、さっきからすごく不機嫌な顔してるわよ」 「えっ・・・えぇっ?! リナリーさん、見物はつまらなかったですか?!」 焦って問うバクに、リナリーは慌てて首を振る。 「そっ・・・そんなことありませんよ、バクさん・・・!ただ・・・・・・」 顔を真っ赤にして俯いたリナリーにクスリと笑い、レニーが彼女の肩を抱いた。 「オナカすいたのよーきっと。 リナ、見物は後にして、姉さんとご飯行こうか♪」 助け舟を出したレニーに苦笑し、頷いたリナリーに、バクが絶望的な声をあげる。 「不覚!! 気づいてあげられなくて申し訳ありません、リナリーさん!!」 早速食堂へ!と、指差すバクの傍らで、コムイが不満げに鼻を鳴らした。 「全くレニーは、余計なことを・・・・・・」 「どっちが。野暮すんじゃないわよ」 ふん、と、鼻で笑って、レニーはリナリーの背を押す。 「さ。 ナンパ少年の様子でも見に行きましょうか」 「俺も腹減ったさー レニーの言い様に憮然と黙りこんだリナリーの肩を叩き、ラビも陽気に笑った。 「酷くね?! 酷くねぇぇぇぇぇぇぇ?!」 またもや泣きながら駆け込んできた李桂に、シィフは吐息して肩をすくめた。 「お兄さんなら、妹を盗撮しようなんて輩を排除したくなるのは当然なんじゃない?」 「盗撮じゃない!! 俺は純粋に、彼女の自然な姿をフィルムに納めたいだけなんだ!!」 「カッコイイこと言ったつもりかもしんないけど・・・盗撮に純粋なんてあるわけないでしょ」 犯罪だよ、と、また肩をすくめるシィフに、しかし、李桂は激しく首を振る。 「なんでお前は男の純情ってもんをわかってくれないんだ!!」 「・・・そんな姑息な真似をしなくったって、写真撮らせてください、って言えば、一緒に撮ってくれるんじゃないの?」 吐息混じりに言えば、李桂は茹であがったように真っ赤になった。 「そっ・・・そんなっ・・・恥ずっ・・・恥ずかしいことっ・・・・・・!」 「・・・盗撮は、世間に対して恥ずかしくないのかい?」 思わず突っ込んでしまったが、李桂には彼なりの理論あっての純情であるらしい。 「やれやれ・・・まぁ、僕にとってはラッキーかな」 「え・・・?」 流れる涙を拭いながら問い返す李桂に、シィフはにんまりと笑って現像済みの写真を差し出した。 「僕の撮った写真、高く売れそぉ 「グッジョブ、シィフ様!!」 新たな涙に頬を濡らしながら、暑苦しく抱きついてくる李桂に、シィフはやれやれと吐息する。 「でも・・・なんでお前は撮れたんだ? 俺はあれだけ狙ってダメだったのに・・・」 わしわしとシィフの頭を撫でながら首を傾げた李桂に、シィフはにこりと笑った。 「僕には金銭欲だけで、彼女に対する邪心がなかったからじゃない?」 だから、コムイの敵認識レーダーにも引っかからなかったのだろうと予測すると、李桂はいまいち納得しがたい表情ながらも頷く。 「ところで、シィフ・・・。 今、金銭欲って言ったけど、まさか俺からは・・・・・・」 「毎度あり 李桂の友情にかけた期待は、シィフの笑顔の前に、あっさりとくじかれた。 「ところでさー。 せっかく本場なのに、ここじゃあ爆竹は鳴らさないのかい?」 わくわくと期待に満ちた目で見つめてくるコムイに、バクは憮然と眉をひそめた。 「ここが地下だという事を忘れてもらっては困る。 守り神の結界の他にも特殊な建築法を使って、外部に音が漏れないよう配慮はしているが、決して油断は出来ないし、煙がこもったら排出に時間がかかる。 そのため、ここでは爆竹はおろか、火も使わないよう、指導を徹底している」 「へぇ・・・火は使わないって、厨房はどうしてんさ?」 「電気を使用している。 まぁ、これだって絶対に安全と言うわけではないがな、ここが坑道と同じだと考えてもらえば想像はつくだろう。 火だけでなく、人体に有害なガスなどが発生しないよう、神経を尖らせなければならないのだ」 興味津々と問うてくるラビには、バクの口調からも自然と刺も消えていた。 「なんなら、厨房を覗いてみるか?」 「いいんさ?!やった 嬉しげなラビの声にプライドをくすぐられ、バクは更に得意げに言い募る。 「その他にも、この地下聖堂には様々な工夫がしてあるのだ。 祭り見物の他にも、見たい所があれば、遠慮なく言うといい」 「うんっ!あんがとさ ラビが嬉しげな声をあげる一方、爆竹の使用を禁止されたコムイは不満げだった。 「せっかく本場に帰ってきたのに、爆竹使えないなんてー」 「僕はやかましいのは嫌いだ」 「そんなことじゃあ、耳が退化しちゃうよー? それにさぁ、施設の排煙機能を充実させることって、アクマと戦うボクらには、重要なことじゃない?」 致死性のガスが出るんだから、と、もっともらしく言うコムイに、バクが憮然と黙り込む。 「今までは結界で守られてきたんだろうけどぉ、実際に襲撃された以上、そこはちゃんと考えておくべきだと思うんだよ、ボク」 得々と言い募るコムイに、バクは舌打ちした。 「それとお前が爆竹を鳴らすことと、なんの関係がある?!」 「煙の流れる方向を見定めて、効率的に排煙機能の充実を図る!」 すかさずもっともらしい理由をつけて、コムイはわくわくと大量の爆竹を取り出す。 「これっ!これね!! 煙に色がついてるんだよ!レインボー爆竹って言うんだ ねぇねぇ、使おうよー 「懐くな、うっとぉしいぃっ!!俺様が禁止と言ったからには禁止だ!!」 大きな身体で擦り寄ってくるコムイを忌々しげに突き放したバクは、リナリーの『残念・・・』と言う呟きに耳をそばだてた。 「えぇっ?!リナリーさん、爆竹鳴らしたいんですかっ?!」 思わず声をあげると、リナリーは真っ赤になって首を振る。 「ごっ・・・ごめんなさい!! いけないことなんですよね・・・!」 「そんな!いけないなんて僕は一言も・・・!」 「言った!」 「言ったわね」 「言ったさ」 コムイやレニー、ラビにまで指摘され、バクは悔しげに唇を噛んだ。 「た・・・確かに、いけない・・・いや、感心しないことだとは言いましたが、しかし・・・・・・」 支部長としての立場と、リナリーを喜ばせたいという男心の狭間で思い悩むバクに、リナリーは無理に笑って見せる。 「いいんです。気にしないで下さい」 その一言で、天秤は一気に傾いた。 「・・・先ほどの庭に限って、爆竹の使用を許可する!」 「やったぁ 満面に笑みをたたえ、コムイはバクに決断させた妹を抱きしめる。 「さすがはリナリー キミの『お願い 「え・・・別に私、そんなつもりじゃ・・・!! バクさん、あの、ホントに私・・・・・・!」 慌てて手を振るリナリーに、しかし、バクは莞爾と微笑んだ。 「いいんですよ。 あなたが喜んでくれるなら、僕も嬉しいですから」 「・・・ホントにあんた、この子にだけは親切ねェ」 アレンとは真逆だと、呆れ口調のレニーにバクは引きつった笑みを向ける。 「余計なことを言うな、南部貴族」 「・・・あんた、プランテーションの肥料にしてやろうか?」 険悪な表情で睨み合う支部長達にびくりと怯えたリナリーは、兄に縋りついたまま、遠慮がちに笑った。 「あの・・・ありがとうございます、バクさん・・・。 私、物心つく前に本部に連れて行かれちゃったから、本場の春節って見たことなくて・・・嬉しいです にこ、と、嬉しげな笑顔には、男共だけでなく、レニーまでも貫かれる。 「あんた、なんて可愛いのっ!! 妹にしたいっ レニーが思わずリナリーを抱きしめると、コムイが凄まじい勢いで奪い返した。 「リナリーはボクの妹だからっ!!開拓地になんてあげないからっ!!」 「開拓地って言うな、巻き毛メガネ!!」 「開拓地じゃん!未開の土地じゃん!!」 「もー・・・落ち着いテ」 ここに来てすっかり仲裁役が板についたラビが、コムイとレニーの間に入る。 「せっかくバクちゃんが男を見せてくれたんだからさぁ、楽しませてもらおうぜぇ 「きっ・・・きさままで『ちゃん』って言うな!」 堂々とリナリーを抱きしめたレニーを羨ましげに見ていたバクは、ラビの言葉に我に返った。 「まぁまぁ。 細かいことは置いておいて、楽しも 「なぜお前が仕切る・・・・・・」 憮然としつつも、バクはインカムのマイクを口元に引き下ろす。 「ウォン、排煙機能を最大出力にしておけ。 あと、庭で爆竹の使用を許可するから、参加したい者は集まるように連絡を」 命じて間もなく、館内放送で連絡が行き渡り、彼らが庭に戻った時には既に、龍舞の見物人以上の人間が集まっていた。 「・・・っこんなに人気あるのか?!」 地下聖堂内で生まれ育ったバクには理解しがたいが、『正月=爆竹』だと認識する民族は、予想以上に多かったらしい。 「石庭に逃げ込んだ医療班班長の気持が少しわかったな・・・」 唖然と呟き、バクは傍らのコムイを見遣った。 「随分と期待されているが、爆竹は足りるのか?」 「ご心配なく!!」 はしゃいだ声をあげて、コムイが次々と取り出す大量の爆竹に、バクは目を剥く。 「おまっ・・・こんなに大量の火薬を人んちに持ち込むとは何事だ!!!!」 「いくらでも出て来るよ 「そう言う問題じゃな・・・お前のポケットは四次元ポケットか!!!!」 本当に、いつまでも尽きず取り出される爆竹が、バクの身長ほどに積み上げられた時には、驚くよりも呆れてしまった。 「あっはー 喜んで跳ね回るコムイには、もはや言葉もない。 「じゃー始めるよっ!!」 我も我もと寄って来たアジア支部の団員達に、気前良く爆竹を分け与えたコムイが、次々と火を点けた。 途端、凄まじい破裂音と共に、歓声が上がる。 「やっ・・・やかまし・・・っ!! こんなものがいいのか?!」 あまりの騒音に、耳を塞いだバクが破裂音に負けないよう声を張り上げると、部下達は口で答える代わりに、楽しげに爆竹を振り回して応えた。 破裂音のほかにも、コムイが言ったように七色の煙が広場中に充満し、いぶされたバクは眉をひそめる。 「リナリーさん、一旦室内に避難しましょうか・・・って、あれ?!」 気づけば、既に彼の隣にリナリーの姿はなかった。 「どこに・・・」 煙の中によくよく目を凝らすと、コムイと一緒に爆竹を持って、楽しげにはしゃいでいる。 「楽しい・・・のか・・・・・・?」 理解しがたい、と、呆然とするバクの視界を、レニーが爆竹を振り回しながら横切った。 「・・・って、お前もか!!」 ラビの姿などは、とっくにない。 「・・・みんな楽しそうにしやがって」 一人佇んで舌を鳴らすバクに、煙にまみれた誰かが爆竹を渡す。 「ホラぁ!支部長もぉ!!」 間延びした声によく見れば、蝋花だった。 「・・・随分楽しそうだな、お前」 「楽しいですともぉ ウォーカーさんもいるし 「わぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! ひっ・・・火をつけるなら先に言わんかぁ!!」 手元で破裂し始めた爆竹をバクが慌てて放り出すと、それは爆竹のついでにと、花火を取り出してきた一団の中へ落ちていった。 「火ぃ――――?!」 「ファイヤーッ!!!」 爆竹の火が花火に飛び移り、火薬玉が華やかな炎を撒き散らしながら弾け飛ぶ。 「何すんですか、支部長!!」 「あぶねー!!ちょうあぶねー!!」 「あぁ、スマン・・・じゃないっ!! なんでそんなもの用意しとるんだキサマら!!」 ヒステリックなバクの怒声に、彼らは一斉に首をすくめた。 「だって、春節ですし・・・」 「花火したいよな、って、こっそり・・・」 「火気火薬の持ち込みは厳禁だと、常々言っておるだろうが!! お前ら減俸!!」 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」 「文句あるかコノヤロー!!!!」 「支部長!!」 蝋花の悲鳴じみた声に見遣れば、アレンが地面にうずくまっている。 「負傷したのか、ウォーカー?!」 花火直撃か、と、慌てるバクに、アレンは傍らに横たわるラビを示した。 「バクさん、ラビが・・・!さっきの花火に直撃されて、丸焼けに!!」 「アレ・・・よく・・・も・・・俺を・・・盾に・・・・・・!!」 「バクさん!!ラビが死にそうっ!!」 何か言おうとするラビの声を、アレンは焦った声で阻む。 が、充満する煙と響き渡る破裂音のせいで、アレンの表情も口調も吟味することができなかったバクは、彼の言をすんなりと信じてインカムのマイクを口元に下ろした。 「ウォン!至急、医療班を呼べ!!」 『はっ!し・・・しかし・・・・・・』 部下の困惑げな言い様に、バクが苛立った声をあげる。 「なんだ?!」 『しょ・・・正月は、働きたくないと・・・』 「働けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」 血を吐かんばかりに絶叫して通信を切り、バクは火薬の臭いに痛むこめかみを押さえた。 「普段これでもかと働くくせに、なんなんだ、あの民族は・・・・・・」 わけわからん、と、改めて目を凝らし、他に被害はないか見渡すが、 「・・・・・・わけわからんのはこいつらもか」 多少の怪我はものともせず、火薬と戯れている部下達にはもう、ため息しかでない。 「僕は漢人じゃないんだろうか・・・」 ポツリと呟いたバクの腕が、ぽんぽん、と、軽く叩かれた。 「安心しろ。お前は見た目、西洋人だけど、間違いなく漢人だよ。 それは奴らだって知ってるさ。 こんな地下で生まれ育っちまったから、ちょっと変わってるだけだ」 「フォー・・・」 火薬に刺激され、紅くなった目を向けると、守り神はにこりと笑う。 「だから、さ ほれ、と、また手渡された爆竹に、火がともされた。 「コレを楽しむくらいの、度量を持てよ またもや悲鳴をあげて、爆竹を放り出したバクを、フォーが愉快そうに笑う。 「部下の心をわしづかみにするには、もうちっとかかりそうだな♪」 それでも、この祭りのおかげでバクの株は上がったかもしれないと、フォーは彼にこの決断をさせた少女に、にっこりと笑みを向けた。 爆竹がなくなり、花火も火薬も尽き果てて、ようやく破裂音が消えた頃。 火花と戯れ、はしゃぎ回っていた者達は全員、耳が遠くなっていた。 「なんで?!なんも聞こえね・・・っ!」 慌てて耳をほじる部下達を、バクはあきれ返った顔で見遣り、ファイルからちぎった紙にペンを走らせる。 『だからここは特殊な建築法で、外に音が漏れない代わりに中にこもると言っておいただろうが!』 彼が掲げた文字を読んで、これでもかとはしゃいでいた面々が気まずげに口をつぐんだ。 『これに懲りたら、来年はもっと静かな爆竹を作るのだな!』 バクがその文字を掲げた途端、部下達はそれぞれのポケットから慌てて筆記用具を取り出す。 『来年もやっていいんすか?!』 『マジで?!』 『支部長男前!!!!』 『もう若ハゲなんて言いませんっ!』 『殺すぞキサマ!!!!』 最後の文字に牙を剥き、バクは手にした紙を放り捨てた。 『僕より先に、清掃班班長に殺されたくなかったら、ある程度片付けておけ。 さもないと、僕は許可しても、彼が断固阻止するぞ』 了解!と、それぞれが敬礼して答え、焼け焦げた爆竹の残骸を拾い集めていく。 「やれやれ・・・やっと終わりましたね」 まだ聞こえにくい耳のせいで、無駄に大声になりながらも、バクは肩をすくめた。 「でも、楽しかったです!!」 その傍らに、リナリーが跳ねるような足取りで駆け寄ってくる。 だが、いつも彼女の背後霊のようについてくる兄はいつまでも現れず・・・訝しげに辺りを見回したバクは、コムイが庭に設けられた救護テントの中で、ミイラのように全身を巻かれている様に吹き出した。 「なにやってんだ、あいつは・・・」 「兄さんたらはしゃぎすぎて・・・ポケットに例のスプレーを入れてたの、忘れてたんですよ・・・・・・」 コムイ自身に花火の直撃はなかったものの、強力な酸が入った缶に引火し、破裂して、大やけどを負ったのだという。 「・・・自業自得だ」 笑うこともできず、呟いた声は低すぎて、今のリナリーには聞こえなかった。 「まぁ奴の場合、頭さえ働けば、本部の奴らは困らないでしょうからね。 身体が動かなくて、妙な悪さができないならむしろ、感謝されるでしょう」 100%本気でありながら、冗談めかして言ったバクに、リナリーが苦笑する。 「・・・こんな大騒ぎにしてしまって、すみません」 「でも、楽しかったんでしょう?」 「はい!」 きらめくような笑みを浮かべるリナリーに、バクは陶然と見蕩れた。 「それで・・・あの・・・・・・」 恥ずかしげに顔を赤らめ、俯くリナリーにバクが目尻を下げる。 「なんですか?」 「来年もまた、遊びに来てもいいですか?」 上目遣いの『お願い』に、バクが落ちないはずがなかった。 「・・・っ喜んで!! えぇ、喜んでお招きしますよ、リナリーさん! ぜひまたいらしてください!!」 大歓迎する彼に、リナリーの顔が輝く。 「ありがとうございます じゃあ今度は・・・音の小さな爆竹で!」 「そうですね!」 29年の人生の中で、今、最も幸せな気分を味わいながら、バクは大きく頷いた。 一方、 「18年の人生で、今がサイアクかも・・・」 救護テントの中で憮然と呟いたラビに、アレンはげんなりと俯いた。 「もー・・・ごめんてばー・・・」 「よくも俺を盾にしやがって、おかげで丸焦げさ!」 「丸焦げ二回目じゃないですかー・・・もう慣れっこでしょ?」 「慣れっか、ボケ!!」 全身に包帯を巻かれ、身動きできない状態でありながらも、ラビの手はしっかりとアレンの袖を掴んで放さない。 「俺のやけどが治るまで、お前、俺の介護係な?! 親鳥みたく、俺ンとこにおいしい正月料理運んできやがれ!」 「じゃーこの手放してー!」 「まずは俺を食堂に連れてけー!!」 だむだむと足を踏み鳴らして怒るラビに、アレンが頬を膨らませた。 「そんなに言うなら運んでやりますよっ!」 「あっ!私も行きますぅっ・・・って、あの・・・ウォーカーさん、お手伝いしましょうか・・・?」 恐々と申し出た蝋花に、アレンはにっこりと微笑む。 「いいんですよ、これで 「で・・・でも・・・・・・」 蝋花が不安げに見つめる先では、ベッドから引き摺り下ろされたラビが、両足をアレンに抱えられていた。 「ス・・・ストレッチャーとか・・・」 「甘やかさなくていいですよ このまま引きずって行けば、すぐですから 「てめっ!!この鬼畜・・・いってぇ!!むけるっ!!頭ずる剥けるっ!!」 ラビの悲鳴をにこやかに無視して、アレンは蒼褪める蝋花を傍らに、彼を引きずっていく。 おかげで食堂についた頃には、ラビは救護テントにいた時以上に惨い傷を負っていた。 「だ・・・大丈夫ですかぁ・・・?」 なんとか席に着いたラビに蝋花が問いかけると、彼は憮然と首を振る。 「あんた、アタマ擦りむいてるわよ」 背後からレニーに触られ、激痛のあまりラビが悲鳴をあげた。 「このクソガキが、広場からここまで引きずりやがったんさ!」 「だって僕、男を横抱きする趣味ありませんもん」 いけしゃあしゃあと言って、空いた皿を重ねるアレンを、ラビが睨む。 「だったらおんぶするとか!」 「やですよ。 ラビってば耳に息吹きかけたり、すぐいたずらするもん」 「じゃあ小脇!」 「そんなことしたら、荷物じゃないって文句言うじゃないですか!」 「引きずられるよかマシさ、コンチクショー!! それよりお前、俺を盾にしやがったことをちったぁ反省したらどうさ!!」 「さっき謝ったじゃん!!」 「仲いいわねー・・・」 きゃんきゃんと喚きあう二人に肩をすくめ、レニーも同じテーブルについた。 「あたしも何度か花火にぶつかりそうになったけど、ここまで酷い怪我を負ったのって、あんたとコムイくらいね」 「怪我はなくても・・・せっかくのドレスが焼け焦げちゃいましたねぇ・・・」 フリルのドレスにたくさんついた焼け焦げを見下ろし、蝋花が気遣わしげな顔をする。 が、レニーは彼女の頭をわしわしと撫でながら、 「いいのよ、今日はすごく楽しかったから と、いたずらっぽくウィンクした。 「来年もまた、ご招待いただきたいわね レニーに大きく頷いて同意し、アレンが満足げに正月料理を頬張る。 「ホントに!」 「ぜひに!!」 蝋花の明るい歓声が、食堂中に響き渡った。 アジア支部に赴いた面々が、それぞれに充実した一日を過ごした一方、教団本部では・・・。 「ドクタァァァァ!! 私のっ・・・私の病状はどうなのですっ?!」 この日何度目か、目を血走らせたリンクに迫られて、ドクターは顔をしかめた。 「だから・・・なんともないって・・・」 「私はガンなど恐れませんっ! むしろ告知されないことで、治療されないまま放置されることの方が恐ろしい!! さぁ、ドクター!私に告知しなさい!!」 「だから・・・なんともないって・・・」 「この私が、告知されたくらいで自ら死を選ぶと思いますかっ?!ありえない!」 「あぁ・・・そうだろうね・・・」 ドクターがうんざりと目を逸らした途端、リンクは悲鳴をあげる。 「なっ・・・なんだっ?!」 驚くドクターの眼前で、リンクは頭を抱えた。 「そんなに・・・そんなに病状は進んでいるのですか?!もはや治療も見込めないほどにっ・・・?!」 「おい・・・」 「一体どこに・・・胃ですかっ?!肺ですかっ?! まさか・・・脳腫瘍?! おのれ、ウォーカー!!!! あいつが私を激怒させ続けるからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「そんなに怒ると脳溢血になるぞ!」 騒がしいリンクに苛立って、つい、怒鳴ったドクターは、後悔する間もなく、リンクに暑苦しく縋られる。 「やっぱり私は脳腫瘍なんだっ!!」 「だから違うって・・・」 「あとどれほどの命なのでしょうか?!」 「知らないよ・・・」 「教えて下さい、ドクタァァァァァァァァ!!!!」 「知るかァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」 「病棟でやかましい!!出てけェェェェェ!!!!」 婦長に病棟を蹴り出されたリンクが真実を知るのは・・・これからずっとのちのことだった。 Fin. |
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4年目ですよ、奥さん!!>誰。 このシリーズを最初に書いたのは、D.グレにはまった直後で3作目でしたから、これで4年目なんですねぇ! しかも、あれから既に100作書いてるって言うんですからびっくりですね! さて、これはリクエストNo.25『リナリーとアジア支部のお話』を使わせていただきました! 本当は去年の続きを書こうと思っていたのですが、ちょうど彼らが帰ってきたこともあって、単独のお話となりました。 コミックス派の方にはネタバレになっちゃってごめんなさい(^^;) ちなみに、台詞や状況は、私の都合で色々変更しています(笑) そして、リナリーと蝋花の戦いは、バレンタインへ続きます!(をい) 無駄に長くなってしまった気はしますが・・・気に入っていただければ幸いです |