† White Feathers †








 「暇さ?」
 「暇だな」
 有無を言わさず、ラビと神田に両脇を抱えられ、アレンは無理矢理席を立たされた。
 「・・・へ?」
 みたらしだんごの最後の一本をくわえたまま、目を丸くしていると、二人はなんの説明もなしにアレンを食堂から引きずり出す。
 「ちょっと・・・なになに?!なんなんですかー?!」
 進行方向に背中を向けたまま連行されるアレンが、甲高い悲鳴をあげた。
 途端、
 「うるせぇ」
 「黙ってついてくるさ」
 両脇から凄まれて、アレンはすくみ上がる。
 ―――― なにか二人を怒らせるようなこと、やったっけ?!
 ずりずりと回廊を引きずられながら、アレンは思考を巡らせた。
 が、
 「・・・心当たりが多すぎる」
 最早、どれが二人の逆鱗に触れたのかさえわからない。
 ―――― しばらくはおとなしくしてよう・・・。
 諦めて身を任せていると、二人はアレンを、普段彼らが立ち寄らないフロアへと連れて行った。
 「あれ?ここ・・・」
 明らかに一般の団員のものとは違う、広い部屋が並ぶそこは、元帥をはじめとする教団幹部専用のフロアだ。
 「え?なんでこんなとこ・・・」
 問う間もなく、そのうちの一室に連れ込まれたアレンは、掃除道具一式を渡された。
 「・・・・・・・・・はい?」
 何がなんだかワケがわからず、アレンは首を傾げる。
 「今日一日でやんぞ」
 神田が憮然と長い髪を束ね、
 「散らばってるもんは箱に分類して、できるだけ捨てんなってさ」
 早速エプロンを着けたラビは、アレンにも割烹着を押し付けた。
 「いや、その・・・・・・」
 困惑げな目で、アレンは押し付けられた割烹着と、押し付けてきたラビを見比べる。
 「なんで?」
 ようやく問うと、ラビは肩をすくめた。
 「こないだ、俺とユウでティエのおっさんの部屋をめちゃくちゃにしちまったんさ。
 そんで片付けろって命令されちまって・・・」
 「めちゃくちゃも何も、元々散らかってたじゃねぇか!」
 ラビの言葉を遮るように吐き捨てた神田に、アレンは口を尖らせる。
 「じゃあ二人でやればいいじゃないですか。なんで僕まで」
 一旦は受け取った掃除用具を押し返し、踵を返したアレンは再び、二人に両脇を固められた。
 「逃げんじゃねぇよ、モヤシ・・・!」
 「お前、俺らに色々詫びることがあんだろ?」
 両脇から凄みのある声で囁かれ、アレンは硬直する。
 ―――― 心当たりが多すぎて、どれのことだかわかんない・・・・・・。
 脂汗を浮かべて黙り込んだアレンを冷たく見下ろし、二人は改めて、アレンに掃除用具を押し付けた。
 「絵はぜってぇ汚すなってのが最上級命令さ。
 ほんじゃ、始めよーぜ」
 言うや、ラビは床に散らばった紙や絵の具を拾い集める。
 「紙類と絵の具類は別に入れろよ。空になったビンはこれだ」
 そう言っていくつもの箱を壁際に並べると、神田は隣室に行ってしまった。
 間もなく窓を開ける音がして、ばさばさと布がはためく音が続く。
 「アレン!」
 「はいはい、わかりましたよ、もう・・・」
 ぼぅっとしていたアレンはラビに叱られ、渋々動き出した。
 雑然と立てかけられ、あるいは積み上げられたキャンバスやスケッチブックを同じ大きさごとに並べていると、たまたま開いていた一冊に目が留まる。
 「・・・かわいー」
 アレンが思わず呟くと、ラビも横から覗き込んだ。
 「へー・・・人形みたいさね」
 木炭でのスケッチに彩りはないが、とても愛らしい少女の絵だ。
 まるで宝物のように、レースやリボンで飾られた少女は、やわらかい線に優しく包まれていた。
 ページをめくると、いくつもの習作の中にはその少女の他に、別の少女達も描かれている。
 「うんわv
 こっちもかわいーさv
 「10歳くらいですかね?
 もっと上かな?」
 アレンがそう言って示したのは、幼い身体つきの割りに、随分と大人びた表情の少女だ。
 「ティエのおっさんが描いてんだから、教団にいた子かもな。
 だったらみんなこんなもん・・・あーv
 アレンの肩越しにスケッチブックのページをめくったラビは、そこに愛しい元帥の姿を見つけて声をあげる。
 「クラウド元帥〜〜〜〜v
 やーっぱ美人さぁ〜vv
 「何年前ですかね、これ?」
 ラビの歓声をうるさげに聞きながら、アレンは首を傾げた。
 今よりも少し若いクラウド元帥の顔には、傷がない。
 「それに、この子もしかしたら・・・」
 「なにか見つけたのか?」
 突然、10階の窓の外から声をかけられ、アレンはびくっと飛び上がった。
 「元帥v いーもん見っけたんさv
 アレンからスケッチブックを取り上げたラビが、窓際に駆け寄る。
 隣の部屋のバルコニーから身を乗り出し、こちらの部屋を覗く彼女にスケッチブックを見せると、ラビは前ページの少女を示した。
 「なぁ?これってリナのちっさい頃?」
 アレンが気づいたことに、やはり気づいていたらしいラビが問うと、クラウドはにこりと笑う。
 「そうだよ。可愛いだろう?
 フロワが絵を描くというので、私がリナリーを飾ったんだ・・・スケッチだけでなく、完成したものもあったと思うが」
 言うや、クラウドは高所をものともせずバルコニーを乗り越え、軽々とこちらへ飛び移った。
 「あの絵は私にくれると言ったはずだが・・・完成したのかどうか」
 ぶつぶつと言いながら、クラウドはアレンが整頓したキャンバスをごそごそと探る。
 しばらくして、
 「見つけたぞ!」
 と、クラウドは同じ場所にまとめてあったキャンバスを何枚も引っ張り出した。
 彼女の嬉しげな声に、寄って行ったアレンとラビが絵を覗き込む。
 「これは間違いなくリナリーですねv
 歓声をあげるアレンとは逆に、ラビはその絵に眉を寄せた。
 「スケッチブックもそうだったけど・・・完成した絵にも、笑ってる絵が一枚もないんさね」
 暗い顔ばっか、と呟いた彼に、クラウドが頷く。
 「この頃は・・・この子達が笑えるようなことなんて、何もなかったからな」
 ため息混じりに呟き、クラウドは描かれた少女の頬をなぞった。
 「この子の涙を止めるのに、『元帥』の称号は何も役に立たなかったんだよ・・・」


 ―――― 『元帥』の称号を受けた時、クラウド自身に心境の変化と言うものは、特になかった。
 ただし、周囲の態度は明らかに変わり、一エクソシストでしかなかった時には思いもしなかった栄誉の数々と、同じだけの厄介事も与えられた。
 そのうちの一つが、『弟子を取ること』だ。
 エクソシスト候補生の中には、少数ながら少女達の姿もあり、5人の元帥のうち、ただ一人の女性である彼女は、否応なしに彼女達の世話を押し付けられた。
 「まったく・・・なんで私が子育てなんか・・・」
 ぶつぶつとぼやきながら、新たに与えられた自室に向かった彼女は、フロアに足を踏み入れた途端、強い絵の具のにおいに眉をひそめる。
 「・・・隣室は絵描き元帥だと言ってたな」
 新たに部屋を与えられた時、セクハラ元帥よりはましか、と思ったことを思い出した。
 「挨拶くらいはしておくか」
 呟くと、クラウドは廊下側に開け放たれたドアをノックする。
 「ドアではなく、窓を開けたらどうですか」
 「外は霧が酷いんでね、紙がよれてしまうんだよ」
 振り向いたティエドールは、新米元帥に穏やかな笑みを返した。
 「元帥号の授与は終わったのかい?」
 「はい。
 今日から隣に住まいますのでよろしく、ティエドール元帥」
 会釈したクラウドに、ティエドールは笑みを深める。
 「そうかしこまらなくていいよ。もう、同じ地位なのだから」
 そう言って、キャンバスに向き直った彼に、クラウドは歩み寄った。
 「何を描いているのです?」
 後ろから覗き込むと、ティエドールはキャンバスに穏やかな目を向けたまま、筆を運ぶ。
 「鳥をね、描いているんだよ」
 「鳥?」
 クラウドは訝しげに眉をひそめた。
 大きなキャンバスの中では、少女が一人、こちらを向いているだけで、鳥など一羽もいない。
 騙し絵かなにかだろうか、と、まじまじと見つめていると、彼はクスリと笑みを漏らした。
 「君もこの子に・・・リナリーに会えばわかるよ。
 今は教団に囚われているけど、いつか逃げ出そうと、必死に羽ばたいている子だ」
 君みたいに、と、言い添えたティエドールを、クラウドは思わず睨みつける。
 「・・・お邪魔のようだ。失礼する」
 怒りを口調に出さないよう、声を抑えた彼女に、ティエドールは笑みを向けた。
 「邪魔ではないから、またいつでもおいで」
 笑みを含んだ口調がからかっているように聞こえ、クラウドは無言で踵を返す。
 「ありゃ・・・」
 隣室のドアが、乱暴に開閉される音に振り向き、ティエドールは苦笑した。
 「・・・怒らせちゃったかな?」


 元帥号を授与されて数日後、クラウドは教団に所属するエクソシスト候補生のうち、全ての少女を押し付けられて、深くうな垂れた。
 「・・・2〜3人だって、言わなかったか?
 それともこれは、一晩で倍に増える何かの菌か」
 と、クラウドは担当官を睨みつける。
 「・・・私だって、2〜3人だって聞いていましたよぉ」
 「じゃあどこから増えたんだ、これは。
 明らかに10人近くいるじゃないか。
 それともお前は、私が幻を見ているとでも言うのか。
 実体は2〜3人なのか」
 「畳み掛けないで下さいよぉ・・・」
 情けない声をあげる担当官の胸倉を掴み、クラウドは更に詰め寄った。
 「泣いて済まそうとするな。
 確実に適合している者以外は連れて帰れ」
 「はい・・・っ!」
 半泣きの担当官が子供達を連れて去ったのち・・・それでも、聞いていたより二人も多い頭数に、クラウドは深々と吐息する。
 「だまされた・・・!」
 臨界者になったとは言え、いやにあっさりと元帥号を授与されたものだと思っていたら、こういうことだったらしい。
 「幹部共、私を女学校の教師にでもするつもりか」
 とりあえず、と、クラウドは少女たちの前にしゃがみこんだ。
 「お前達、名前をお言い」
 が、一人として反応がない。
 「?
 お前たちの名前は・・・」
 言いかけて、クラウドははたと瞬いた。
 改めてよく見ると、少女達はそれぞれに毛色が違っている。
 「・・・・・・・・・本当に教師をやるのか」
 言葉すら通じない子供達を押し付けられた若き元帥は、本気で頭を抱えた。
 「し・・・仕方ない・・・!
 先輩ママンのところに行くか・・・・・・!」
 彼女なら育児にも詳しいかもしれない、と、微かな希望を胸に、子供達を連れて食堂に入ったクラウドを、ジェリーは笑顔で迎える。
 「アラんv
 アラアラ、すごぉーいv
 クラウドちゃんたら子沢山v
 「・・・一度にこんなに産めるか!」
 暢気な料理長に、クラウドが思わず舌打ちすると、彼女は頬に手を当て、楽しげに笑った。
 「5つ子ちゃんって、いるらしいわよぉ?
 大丈夫!
 クラウドちゃんなら産めるわ!!」
 「だったら産んだ方がまだましだった・・・!
 言葉の通じない子供なんて・・・っ!」
 食堂のカウンターに突っ伏して泣く新米元帥を、ジェリーは笑ってなだめる。
 「だーぃじょうぶよーぅv
 子供ですものぉ。言葉くらい、すぐに覚えるわぁv
 アンタ達、なに食べるー?」
 ジェリーの呼びかけにわらわらと寄っていく子供たちを見て、クラウドはまた、深々と吐息した。


 「・・・5人?
 元帥の弟子って、3人じゃなかったさ?」
 クラウドの思い出話の合間にラビが問うと、アレンもこくこくと頷いた。
 「ティナとソル、グエンですよね?
 あと二人は・・・」
 まさか、と、アレンは気まずげに口ごもる。
 エクソシストである以上、彼らは常に死と隣りあわせだ。
 ティナ達以前に、その二人を喪ったのではと、アレンが気遣わしげな上目遣いで見上げると、
 「そうじゃない。
 二人はちゃんと生きているよ」
 と、クラウドは重なった絵を一枚一枚眺めながら微笑む。
 そのうちの一枚を手にしたクラウドは、
 「おや」
 と呟き、目を和ませた。
 「・・・二人のうち、一人はリナリー。
 あの子は一旦、私の所に来たのだが・・・ちょっと事情があって、手放すことになってしまった・・・。
 そしてもう一人は」
 そう言って、クラウドはアレンが手にするスケッチブックを指した。
 「この子だ」
 「ん?
 あぁ、クール・ビューティv
 今頃、絶対美人になってんさ、この子ーv
 いや、この子ならこの年でも、十分恋愛対象・・・」
 「またラビは、そんな脳の腐ったことを言う・・・。
 いくらなんでも、10歳は対象外でしょ」
 アレンが眉をひそめた途端、クラウドが吹き出し、弾けるように笑い出す。
 「え?!元帥・・・」
 普段理性的な元帥の思わぬはしゃぎぶりに、アレンだけでなく、ラビも目を丸くしていると、クラウドは目尻に浮かんだ涙を拭いつつ、震える指で再びスケッチブックの少女を示した。
 「この子は・・・・・・」
 「・・・ブッた斬られたくなかったら、今すぐそれをこっちに寄越せ」
 絶対零度の声に振り向くことも出来ず、アレンとラビが凍りつく。
 「っクラウド元帥・・・!余計なことを・・・・・・!」
 「それって自分から白状したってことだぞ、ユウv
 悪鬼の形相で睨みつけてくる神田をものともせず、クラウドはクスクスと明るい笑声をあげた。
 「その名で呼ぶのは・・・!」
 「おや、一時とは言え、ちっさかったお前の世話をしてやったのは誰だ?
 英語を教えてやったのは、クラウドママだろう?」
 「・・・っ!!」
 真っ赤になって黙り込んだ神田に歩み寄ったクラウドは、にっこりと笑って彼の肩を抱く。
 「だって本当に可愛かったもの、お前v
 女の子だと信じて疑わなかったよ、私は」
 クスクスと笑いながら、クラウドは愕然と硬直するアレンの手から、スケッチブックを取り上げた。
 「昔から無愛想だったけど、可愛らしさでは誰にも負けてなかったな。
 ほら、リナリーと一緒にいるところなんて、美人姉妹・・・」
 「姉妹って言うな!!」
 スケッチブックを奪おうとする手を、さすがの反射神経でかわし、クラウドは積み重なった絵をも取り上げる。
 「他の子達はすぐになついてくれたのに、お前とリナリーはいつまでも慣れてくれなくて・・・。
 でも、二人一緒にいる時は、きかん気なリナリーも少しは落ち着いて、おとなしかったね」
 懐かしそうな目で絵をみつめていたクラウドは、再び襲い来る手をひらりとかわして笑った。
 「ラウ、発動v
 クラウドの言葉に応じて、彼女の肩に乗っていた小さな猿が、人の背丈以上に大きくなる。
 「これを持ってお逃げ。
 絶対に、神田に奪われたり、破損したりしないようにね」
 「待て、このクソ猿!!!!」
 窓から逃げた猿を追って、神田も窓から飛び降りた。
 「ユウちゃん、ここ10階・・・っ!!」
 慌ててバルコニーに出たラビは、神田が器用にバルコニーや建物の装飾部分を伝って猿を追いかけていく様に目を丸くする。
 「うんわ・・・ユウちゃん、すげー・・・・・・」
 「猿ですね!」
 ラビの傍らでアレンも鋭い評価を下した。
 が、
 「ここで育った子なら、建物の構造くらい、すっかり頭に入っているさ」
 と言う、クラウドのフォローに、やや悔しげに黙りこむ。
 「どうした?」
 「神田は・・・リナリーと一緒に育ったんですね」
 知らなかった、と、拗ねたような口調で言うアレンに、クラウドは楽しげな笑みを漏らした。
 「そうだね。
 コムイがこちらに来るまでは、リナリーは神田を兄のように慕っていたし、神田もリナリーを妹のように守っていた」
 そう言ってふと、クラウドはアレンに笑みを向ける。
 「あいつがお前に対して意固地なのは、コムイと同じ気持ちかもしれないね」
 と、ラビが得心したように大きく頷いた。
 「じゃあお前、ユウに嫌われんのも無理ないさ!
 思いっきり、『リナリーにつく悪い虫』認識なんさね!」
 「う・・・」
 ラビの指摘に、アレンは気まずげに黙りこむ。
 「けど、それであのユウちゃんが、リナにだけは素直だったのもわかった気がするさ。
 妹って言うよりは、リナの方がお姉さんってカンジがすっけど♪」
 「我が道な子だからね、ユウは・・・」
 ラビの言葉に苦笑しつつ、クラウドはアレンの頭をくしゃりと撫でてやった。
 「まぁ、私は応援してやるから、がんばれ」
 「・・・はいっ!」
 照れたように笑うアレンに、クラウドも笑みを返す。
 が、
 「俺もがんばるッ!」
 どさくさにまぎれて抱きつこうとしたラビには、鋭い肘鉄でみぞおちを深々とえぐってやった。


 コンコン、と、窓を叩く音を耳にして、リナリーは顔を上げた。
 「あら、ラウじゃない」
 窓辺に取り付いたクラウドの猿に微笑み、窓を開けてやると、猿は素早く部屋に入り込み、ドアノブに取り付いて開けろと示す。
 「もう・・・なんだよー」
 人使いが荒いな、と、唇を尖らせてドアを開けてやると、猿は回廊を駆け抜けていった。
 「なんなの・・・」
 「どけ!!」
 鋭い声に、リナリーは空気の動きで気配を察し、すかさず飛び退く。
 「かん・・・っ!」
 「猿は逃げたか?!」
 開けたままの窓から飛び込んできた彼に、何か言おうにも驚きのほうが大きく、言葉が出てこなかった。
 「どっち行きゃーがった?!」
 更に畳み掛けられ、無言で猿の逃げ去った方向を示す。
 「あの猿・・・ブった斬る!!!!」
 あっという間に去って行った神田を呆然と見送ったリナリーは、ややして、慌てて窓を見遣った。
 「も・・・もう誰も来ないかな・・・」
 恐る恐るバルコニーに出て、きょろきょろと辺りを見回すが、誰かが飛び込んでくる様子はない。
 「もう・・・なんだったんだよ・・・・・・」
 後で苦情を言わなくては、と、窓を閉めた彼女は、床の上に何枚かの紙が散らばっているのを見つけて、取り上げた。
 「お猿さんが落としていったのかな?」
 呟きつつ、裏返したリナリーは、そこに描かれた幼い自分の姿に目を見開く。
 「う・・・随分・・・・・・!」
 暗い顔をしている、と、頬を引き攣らせた。
 「これじゃあ・・・未だに神田が『根暗』って言うのも、わかる気がするよ・・・・・・」
 しみじみと呟きつつ、もう一枚をめくった途端、幼い神田の姿に吹き出す。
 「うわ・・・ユウ姉様だ!!懐かしいー!!」
 当時、英語を理解しなかった彼をそう呼んでいた事を思い出し、リナリーは肩を震わせて笑った。
 「そっか・・・これを奪い返そうと必死なんだ・・・!」
 神田が必死にクラウドの猿を追いかけていた理由を理解したリナリーは、書棚から大判のバインダーを引き出し、絵を大事に挟み込む。
 「ふふ・・・v
 ティエドール元帥に見せちゃおv
 楽しげに笑い、リナリーは軽やかな足取りで部屋を出た。


 「ティエドール元帥v
 本城の南側にあるサンルームで、絵を描いていた元帥を見つけたリナリーは、明るい声をあげて駆け寄った。
 「ん?何か用かな?」
 穏やかな笑みを浮かべて振り返った彼に、リナリーはにこにこと手にしたバインダーを差し出す。
 「これ、見てください!」
 「なんだろ・・・・・・ユーくん!!」
 バインダーを開いた途端、爆笑したティエドールにつられ、リナリーも声をあげて笑った。
 「懐かしいでしょ、ユウ姉様v
 「ホントにねぇ・・・!
 これ、クラウドの仕業だよ。
 あのイタズラ好きは、ユーくんが男の子だってわかった後も、しばらくしらんぷりして女の子の格好をさせては、飾って遊んでいたからね」
 「意外とお茶目ですよね、クラウド元帥って!」
 「今では元帥らしく、澄ました顔をしているけどね」
 クスクスと笑いながら、ティエドールは紙をめくる。
 「おや、これは・・・」
 「・・・私、こんなに暗い顔してたんですね」
 思わず苦笑したリナリーに、ティエドールも笑みを収めて頷いた。
 「これを描いている時は私も・・・悲しかったねェ・・・・・・。
 君はいつも辛そうで、何度も逃げ出そうとしては捕まって・・・とうとうクラウドの元からも引き離されてしまった」
 「はい・・・せっかく守ってくださっていたのに・・・」
 「あれからだよ、クラウドの中央嫌いは。
 コムイの入団と出世に、いやに協力的でね・・・イェーガー元帥なんかはああいう性格だから、元帥がサポート派の人事に関わるものじゃないって、怒ってたけどね」
 「まじめな方でいらっしゃったから・・・」
 リナリーが苦笑を深めると、ティエドールは少し、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
 「・・・とか、表向きは言ってたけどね、一番積極的だったのは実は、イェーガー元帥だったんだよ」
 「そうだったんですか・・・!」
 「あぁ。
 あの頃はみんな、このままじゃいけない、って思っていた。
 何よりヘブラスカが悲しんだからね・・・・・・」
 教団の創設当初より存在する彼女には、誰もが・・・特にエクソシスト達は、特別な思いを持っている。
 「初めて見た時は、怖かったなぁ・・・。
 だけど、ユウ姉様・・・じゃない、神田がすごく落ち着いてたから、私、あの時だけは逃げなかったの」
 「あの子はあの子で、感情があるのか怪しいところがあったしねぇ・・・」
  今でも扱いが難しいけど、と、軽く吐息するティエドールに、リナリーが笑い出す。
 「でも・・・あれからなんですよね。
 私、ずっと姉さ・・・神田にくっついてました」


 ―――― とても、無口な『姉様』だった。
 それは英語がわからなかったためもあるだろうが、リナリーとはたった二つしか違わないのに、とても大人びて、とてもキレイで・・・・・・。
 「姐姐(ジエジェ)」
 と呼ぶと、滑らかな眉間に皺が寄った。
 「なんだと?」
 問い返された言葉は知らない言語で、リナリーも困ったように俯く。
 「姉様って、呼んじゃだめ?」
 「なに言ってるかわかんねェ」
 お互いに母国語で囁きあっては、困惑げに眉をひそめた。
 「じゃあね・・・わたしは小妹(シャオメイ)って呼んで?」
 小さな指で懸命に自分を指し、『小妹』と繰り返すリナリーに、彼は首を傾げる。
 「はぁ?
 お前はリナリーじゃないのか?それが姓なのか?」
 わけがわからない、と、首を振る彼を悲しげに見上げ、リナリーは小さくため息をこぼした。
 「英語、おぼえなきゃ」
 習ったばかりのつたない言葉を呟くと、彼も頷く。
 「俺もそう思う」
 ようやく同意を得られて、リナリーはほっと吐息した。
 小さな手を伸ばし、縋るようにユウの手を取ると、彼は一瞬、驚いたような顔をしたが、振り解こうとはしない。
 「お前、どこから来たんだ?」
 「・・・チャイナ」
 小鳥がさえずるような声で、小さく囁いたリナリーに、ユウは頷いた。
 「俺はジャパンだ。
 ・・・いや、お前には日本と言った方がわかるのか?」
 「に・・・?」
 「日本」
 指で宙にその字を書くと、見上げていたリナリーは、大きく頷く。
 「リーベン!」
 「・・・そんな風に読むのか、そっちは」
 やや呆れた風に呟くと、彼は、リナリーが握った手を握り返した。
 「東洋人は俺達だけみたいだ。
 毛色が違うことでお前がいじめられたら、俺が仕返ししてやるよ」
 つん、と、髪を引かれて、なんとなく彼が言ったことを理解したリナリーは、頷いて彼の腕に縋る。
 「姉様・・・」
 英語で呟いたその言葉に、彼は不思議そうに首を傾げた。


 『ユウ姉様』と出会ってからは、いつもリナリーは彼の側にいた。
 この城に連れてこられて以来、何度も逃げ出そうとした少女がなぜか、彼といる時だけは落ち着くため、担当官達もできるだけ二人を一緒にするようにしていた。
 しかし離れた途端、また逃げ出そうとするリナリーには手を焼かされる。
 なぜ、と言う問いには、怯えて答えない少女を何度も拘束して・・・ユウの側に連れて行くと、子猫のように彼に寄り添って泣いた。
 「なぜ・・・お前は逃げるんだ?」
 ユウがぽつりと問うと、リナリーは『おうちに帰りたい』と言って泣く。
 家族と引き離された小さな少女が一人でいるには、この場所は怖すぎて・・・。
 「じゃあ、今は俺が家族でいてやるよ」
 と、黙って手を握ってくれる彼は、とても心強かった。
 そんなある日、家畜かなにかのように、ひとつ部屋に押し込められていた子供達のうち、少女達だけが部屋を連れ出された。
 「ど・・・どこにいくの・・・・・・?」
 怯えた顔で、暗い回廊をきょろきょろと見回すリナリーの手を、ユウがしっかりと握る。
 「大丈夫だ。俺らは無茶なことはされない。
 あいつらが言ってたからな、『てきごうしゃ』は貴重だって」
 「てきごうしゃ・・・・・・」
 未だ何のことかはわからなかったが、リナリーやユウが、他の子達に比べて酷い目に遭わないのは、そのせいだと聞いた。
 「てきごうしゃは『げんすい』の弟子になるんだと。
 新しいげんすいがどうの・・・って、言ってたみたいだ」
 「こわいひとかな・・・・・・」
 『こわい』と言う発音がいつの間にかうまくなっているリナリーに眉をひそめ、ユウは自分と同じ、リナリーの黒い髪を引く。
 「びくびくすんじゃねぇ。
 しゃんとしろ!」
 こちらも、リナリーをなだめつづけてうまくなってしまった言葉を吐き、リナリーの手を引いた。
 ややして、彼らが連れ込まれた部屋では、金髪の美しい女が、呆然とした表情で待っていた。
 「2〜3人だと聞いていたが?」
 彼らを連れて来た担当官と揉め始めた女が『げんすい』だと知り、リナリーが怯える。
 『怖い人だろうか』と不安がっていたところに、いきなり揉め事が起きては、それも無理はなかった。
 「おい、しっかりしろ」
 今にも気を失いそうに、真っ青になったリナリーの手を、ユウが強く握る。
 「だって・・・こわい・・・・・・」
 金色の髪に色の薄い目は・・・キレイだとは思うが、それは物言わぬ人形に対して持つ感情で、実際に動き、話す人間にある色とは思えなかった。
 「黄色い髪は、ティナもだろ」
 共にここまで来た少女を指すと、リナリーはふるふると首を振る。
 「ティナは・・・あんなにおしゃべりしないもん・・・・・・」
 ティナに限らず・・・同じ部屋に押し込められた子供達は、誰もが感情を失くし、どんよりと曇った顔をしていた。
 そしてそれは、彼らの世話をしていた大人たちも・・・。
 何か恐ろしいものでも見るかのように、用を終えればそそくさと去っていく彼らとは、会話というものをしたことがなかった。
 そんな状況が続いていたのでは、大きな声で話す『西洋人』を初めて見てたリナリーが、怯えるのも無理はない。
 大きな目いっぱいに涙をためたリナリーの髪を、ユウが引いた。
 「びびってんじゃねぇよ」
 厳しく言い放ったユウは、しかし、いきなり眼前にしゃがみこんだ西洋人に驚いて硬直する。
 「お前たち、名前をお言い」
 唐突に話し掛けられても、答えられるものではなかった。
 ガラス玉のように色の薄い目に見つめられ、身動きも出来ない。
 何も答えない彼らに、不思議そうに首を傾げた彼女の髪がさらさらと流れて、こんなに暗い場所でも光を集めていることを、ただ不思議に思った。
 「お前たちの名前は・・・」
 と、再び問いかけて、勝手に頭を抱えてしまった彼女を更に不思議に思いつつ、ユウは自分の背中に隠れてしまったリナリーの髪を、再び引っ張る。
 「あれが『げんすい』らしいぞ」
 その地位のなんたるかをまだ知らない彼は、新しい教師だろう、くらいの認識で、悩み深き若き元帥を見つめた。


 ・・・その後間もなく、元々が西洋人であるティナとソル、グエンは、早々に元帥に慣れてしまったが、リナリーとユウはなじめないまま、二人きりでいることが多かった。
 「なぁ・・・他の元帥達もこんなことをやっているのか・・・?」
 今日もぞろぞろと子供達を引き連れてやってきたクラウドに、ジェリーは明るく笑って頷く。
 「イェーガー元帥なんて、クラウドちゃん以上に大勢の子供を教えてるじゃなぁいv
 アンタだって元は、その一人でしょぉん?」
 「う・・・まぁ・・・・・・」
 同じ地位にのぼっても、未だに頭の上がらない老元帥の顔を思い出し、クラウドは言葉を濁した。
 「まぁ、女の子は色々難しいからぁ・・・大変でしょうけど、がんばってv
 「はぁ・・・・・・」
 「んまっ!
 ため息なんかつかないのよぉ、クラウドちゃんv
 子育ては楽しくやらないとぉv
 協力するから、と、ジェリーに肩を叩かれ、クラウドはようやく笑みを浮かべる。
 「そうだな・・・少なくとも、3人は懐いた」
 わらわらと膝に絡まる少女達に目を細め、その頭を撫でてやった。
 「だけど、あの二人は・・・」
 離れたところで二人、猫のように寄り添っているリナリーとユウに目を遣り、小さくため息をこぼす。
 「とっても・・・可愛いんだがな・・・・・・」
 なぜ懐いてくれないのかと、またため息をこぼした時―――― クラウドは、食堂に入って来た元帥の姿を目で追った。
 『―――― 今は教団に囚われているけど、いつか逃げ出そうと、必死に羽ばたいている子だ』
 リナリーをそう評価した先輩元帥に、気づけばクラウドは歩み寄っていた。
 「ティエドール元帥・・・」
 「フロワでいいよ、クラウド。
 なにかな?」
 穏やかな声に思わず微笑み、クラウドは肩越しにそっと、二人を見遣る。
 「あの子達のことですが・・・。
 元・・・フロワはリナリーのことを何か、知っていますか?」
 「なにか・・・って?」
 少し、困ったように眉尻を下げた彼に、クラウドは軽く吐息した。
 「なついてくれなくて・・・。
 特に、リナリーですね。
 ユウが側にいる時はまだいいのですが、あの子がいなくなった途端、急にかんしゃくを起こして逃げ出すのです」
 わけがわからない、と、ため息をつくクラウドに、ティエドールは笑みをこぼす。
 「フロワ?」
 「あぁ、うん・・・・・・」
 慌てて咳払いをして、ティエドールはクラウドに微笑んだ。
 「それは、君が一番よく知っているだろう、クラウド?
 臨界者になってからは吹っ切れたようだが・・・君こそ、この城を逃げたいと思い続けていたのじゃないかな?」
 「・・・・・・」
 ティエドールの問いに、クラウドは無言だった。
 しばらくして、
 「籠の中で暴れる鳥・・・ですか」
 呟いた言葉は酷く苦い。
 「リナリーのように駆け出さなかっただけで、君はいつも・・・・・・」
 途中で言葉を切ったティエドールに、クラウドは『ばれてましたか』と、苦笑した。
 「逃げたかったですね・・・この城からも、私を支配しようとするイノセンスからも・・・」
 若くして臨界者となり、元帥に叙された彼女を、誰もが『天才』と呼ぶ。
 数十年に一度の逸材だと、褒め称える周りの声に反して、彼女自身は、自分を逃がすまいと囲み、戦場へ赴かせようと迫るイノセンスから、逃げたくてたまらなかった。
 「・・・私にとってイノセンスとは、私を閉じ込める鳥篭のような存在です。
 逃げたいのに、逃げられなかった・・・フロワ、あなたが描いていた鳥のように」
 自嘲気味に笑い、クラウドは長い髪をかきあげる。
 「・・・・・・そうですね。
 だから私は、動物を使役しているのかも・・・。
 イノセンスに捕らわれた自分の側に、自身が捕らえたものを置くことで、ここから逃げられないフラストレーションを昇華していたのかも知れないな・・・」
 そう言うと、ティエドールは気遣わしげな目で、クラウドを見つめた。
 「今でもまだ・・・逃げたいかね・・・?」
 その問いには、笑って答えない。
 ただ、
 「私はもう、イノセンスに支配されてしまったから」
 と、肩に乗った小さな猿に頬を寄せた。
 「あの子もいずれ、諦める時が来るのでしょう・・・」
 そう言って、イノセンスに捕らわれた女は笑う。
 「所詮逃げられない運命ならば・・・ここがホームだと思えるようにしてやりたい」
 「随分と、殺伐とした家だけどね」
 そう言って肩をすくめるティエドールに、クラウドも苦笑した。
 「だったらまずは、私があの子らに懐いてもらわなければならないんですが・・・言葉も文化も違う子供達と、どうやってコミュニケーションを図ればいいのでしょう?」
 知恵を貸して欲しいとの依頼に、ティエドールはにこりと微笑む。
 「言葉は違っても・・・たとえ文字を持たない民族でも、絵を描かない民族はいないよ」
 絵描き元帥らしい提案に、クラウドも笑って頷いた。


 「あはv なつかしーv
 小さい頃、こうやって元帥に絵を教えてもらいましたよね!」
 サンルームでティエドール元帥と二人、並んで絵を描きながら、リナリーが明るい笑声をあげた。
 「あの頃はユーくんも素直で、一所懸命描いてたよねェ・・・」
 無愛想は相変わらずだけど、と、呟いた彼は、突然吹き出す。
 「そう言えば順番で、ユーくんがモデルになった時だったね!
 嬉々としてあの子を飾り立ててたクラウドが、なんだかにやにやしながら私のところにやって来て、囁いたんだ。
 ユウは男の子だったから、引き取ってください、って」
 「そんなやり取りが・・・・・・」
 「わざわざ女の子の服を着せて、飾り立ててから言う辺りがお茶目だろう?」
 呆れ返ったリナリーの反応が面白かったのか、ティエドールはくすくすと笑った。
 「でも・・・ユー君と離れてから、また君の逃亡癖が始まったんだけどね」
 「はい・・・クラウド元帥には、迷惑かけちゃって・・・・・・」
 気まずげに口篭もるリナリーの頭をくしゃりと撫でて、ティエドールは穏やかに微笑む。
 「あの当時・・・クラウドは君に、自分の姿を重ねていたんだと思う。
 君を守ることがすなわち、自分を守ることだったんだ。
 君が幸せになることが、自分の幸せにも重なったんだろう。
 だから・・・彼女はコムイに協力したんだよ―――― 元帥のクセにね」
 困ったものだと言いつつ、その笑顔は温かい。
 「あ・・・ありがとうございます・・・・・・」
 嬉しそうに笑ったリナリーに、ティエドールは満足げに頷く。
 「その笑顔・・・あんな、暗い顔をしていた君が、そんな風に笑えるようになって、私達は心から嬉しく思うよ。
 ―――― そうだ!」
 突然大きな声をあげられて、リナリーが飛び上がる。
 「え?!なん・・・っ」
 「そのままそのまま」
 クスクスと楽しげに笑って、ティエドールは目の前に座るリナリーを描き始めた。
 「君の笑顔を描くことで、私の悲しい思い出を払拭させておくれ」
 冗談交じりの口調に笑みを漏らし、リナリーは頷いた。
 「出来上がったら見せてくださいね」
 「もちろん・・・君の誕生日までには描きあげるよ」
 さり気なく添えられた言葉に、リナリーが目を見開く。
 「覚えててくれたんですか・・・・・・!」
 「忘れないよ。
 娘の誕生日だもの」
 穏やかな声の答えに、じわりと涙がにじむ。
 「おや、泣き顔を描いてほしいのかい?」
 ティエドールの冗談に、リナリーは慌てて涙を拭った。
 「笑顔で・・・また、昔の絵を見てがっかりしたくないもの!」
 「うん」
 煌めくような笑みを浮かべたリナリーに、ティエドールも穏やかな笑みで答えた。


 ―――― それから数日後。
 コムイが主催し、盛大に催されたリナリーの誕生日パーティでは、約束どおり、ティエドールの絵がお披露目された。
 「んまっv
 かわいく描いてもらって良かったわねェ、リナリーv
 頬に手を当て、惚れ惚れと絵を見つめるジェリーの傍らで、リナリーが照れ笑いを浮かべる。
 「まぁ、本物の可愛さには、全然及ばないけどねっ!」
 「失礼だね、君は・・・・・・」
 蕩けきった顔でリナリーを抱きしめるコムイに、ティエドールが呆れ声を上げた。
 そんな彼の、情けない表情にクスクスと笑っていたクラウドは、リナリーに歩み寄り、くしゃりと頭を撫でてやる。
 「いい笑顔を描いてもらったね。
 髪が伸びたら、また描いてもらうといい」
 それまで生きていろ、と、言外に告げたクラウドに、リナリーは抱きついた。
 「元帥、ごめんなさい・・・・・・」
 「なにがだ?」
 クスリと笑みをこぼし、クラウドはほんの一時期だけ、手元にいた『娘』を抱きしめる。
 「昔のことなら・・・謝るのは、むしろ私の方だな。
 逃げようとするお前を、止めるどころか・・・」
 本当にこの城から・・・イノセンスから逃げ切れる存在があるものかと、ただ見つめていた。
 檻の中で必死にもがく『鳥』を見つめる様はむしろ、彼女を捕らえ、引き戻す『鎖』よりも冷たかったことだろう。
 だが・・・・・・。
 クラウドは、リナリーを抱きしめる腕に力を込めた。
 ずっとこの城から・・・イノセンスから逃げ出そうともがいていた鳥は、未だ囚われたまま。
 新たな『鎖』に繋がれて、抗うことすらやめてしまった。
 「逃げられないんだ・・・お前も、私も・・・・・・」
 「元帥・・・?」
 どれほど遠く城を離れても、ついて回る鎖に翼は絡め取られてしまっている。
 無理にあがいて鎖をちぎれば、翼もまたもぎ取られ、地に伏すしかない。
 「・・・なんでもないよ」
 気遣わしげな目で見上げてくるリナリーに微笑み、クラウドは彼女を抱く腕を解いた。
 どうせ繋がれるなら、冷たい鉄の鎖より、暖かい血につながれていた方がいい・・・。
 クラウドからリナリーを受け取ったコムイは、やや不安げなリナリーを安心させるように抱きしめた。
 その様に微笑み、踵を返したクラウドは、眼前に迫った悪鬼の形相に一瞬、凍りつく。
 「やっと・・・見つけた・・・・・・!」
 「ちっ・・・!
 ずっと逃げていたのに」
 息を切らして迫る神田に、クラウドは舌打ちした。
 「絵を返してください・・・!」
 「あれはお前のじゃないだろう。
 フロワにはちゃんと話を通して、私がもらったんだから、もう私のものだ」
 つんっとそっぽを向くと、更に迫られる。
 「いいから出してください・・・っ!
 あんなもの、全部焼却してやる・・・!」
 「イヤだ!
 可愛い我が子の思い出として、墓にまで持って行ってやるんだv
 「だったら今すぐ火葬してください!!
 どこに隠したんですか?!」
 「教えるもんか♪」
 でも、と、クラウドはリナリーと同じく、かつての『娘』に手を差し伸べた。
 「また可愛らしく着飾って、絵のモデルになってくれるなら、昔の絵は返してやってもいいぞv
 きらきらと目を輝かせるクラウドに、悪鬼の表情が歪む。
 「だっ・・・誰が・・・・・・!」
 「残念・・・。
 お前だったら、まだ十分似合うと思うのに」
 「似合わなくて結構!!」
 これ以上は無理なほど寄った神田の眉間を、クラウドが笑って突いた。
 「眉間に人生を刻むのはまだ早いぞ、少年。
 せっかく美人なんだから、もっと愛想よくおし?」
 「・・・やめてください」
 「笑えーv
 「やめ・・・っ!」
 両頬をつままれて引き伸ばされる神田を、少し離れたところでラビが羨ましげに見つめる。
 「ユウちゃんずりぃ・・・!
 元帥にあんなに構われて・・・俺も構って欲しーさ!!」
 「・・・あぁ言う構われ方は、ちょっとイヤですけどねー」
 神田に対し、珍しく同情気味に呟いたアレンに、ラビはぶんぶんと首を振った。
 「元帥がやりたいっていうなら、俺が飾られるさー!」
 「なんて飾り甲斐のない!」
 容赦ない一言でラビを撃沈させたアレンは、クラウドと神田のじゃれあいを楽しげに見つめるリナリーに、にこやかに歩み寄る。
 「リナリー、ハッピーバースデーv
 「アレン君!」
 リナリーが歓声をあげた途端、コムイの視線が突き刺さったが、できるだけ気にせず、アレンは手にしたプレゼントを差し出した。
 「どうぞ!
 きっと、喜んでもらえると思いますv
 自信に満ちた言い様に、受け取ったリナリーだけでなく、コムイやジェリーまでもが興味津々と寄ってくる。
 「なぁに?」
 頬を紅潮させ、リボンを解いた箱から出てきたのは、重厚な表紙を七宝焼きで飾った、きれいな本だった。
 「聖書?」
 首を傾げ、エナメルの表紙をめくると、厚い台紙の上に載っていたのは聖句ではなく、写真だった。
 「んまぁ!
 すごい美人ねぇ・・・v
 ジェリーが思わず感嘆の声を漏らすと、コムイもわずか、首を傾げる。
 「たしか・・・中国地区のサポーターじゃなかったかな?
 クロス元帥が懇意にしていた・・・」
 「・・・・・・アニタさん」
 灰色に沈んだ色調の中で、艶やかに笑う女性は、中国で出会った最上級の美女だ。
 「師匠に送られてきた、請求書の中から見つけました!」
 得意げに笑うアレンに、リナリーは目を丸くした。
 「請求書・・・」
 「さすが、大妓楼の主だけのことはあるさ」
 愛と金は別物、と、感心するラビには、思わず笑ってしまう。
 「師匠除けにもなりますから、飾っておいてください!」
 「確かに・・・」
 見境なく迫ってきたクロスが、アニタの名を出した途端、矛先を鈍らせたことを思い出して、リナリーは苦笑した。
 と、
 「なんだぁ〜!そんな物があるんだったら、早く教えておくれよー!
 もう、クロスの破戒僧捕獲にリナリーを差し向けた時はボク、断腸の思いだったんだから!
 ホントに、腸が千切れるかと思ったから!」
 危険な目にあわせてゴメンねぇ、と、改めてリナリーに抱きつくコムイに苦笑しつつ、アレンはページをめくるよう促す。
 「あはv
 アレン君の写真だねv
 ラビも・・・神田まで!」
 意外そうに目を丸くしたリナリーに、アレンは大きく頷いた。
 「神田は嫌がったんで、盗み撮りです!」
 「アレン、お前・・・・・・」
 言わなくてもいいことをわざわざ言い添えるアレンに、ラビが頬を引きつらせる。
 「ふぅん・・・でも、盗み撮りにしてはよく撮れてるよねェ」
 「うん・・・ユーくんは動きが早いからねェ。
 中々じっとしてないし、絵のモデルにするのにも苦労するんだけど、これはよく撮れているよ」
 感心するコムイに、ティエドールも同意すると、ジェリーが笑ってアレンの頭を撫でた。
 「ブレてもいないし、アレンちゃん、上手なのねェ」
 と、彼女の大きな手の下で、アレンがふるふると首を振る。
 「僕じゃなくて、カメラが上手なんです。
 ハイ、これ」
 と、改めて差し出されたプレゼントの箱に、リナリーは首を傾げた。
 「もう一個くれるの?」
 「僕からじゃないです。
 なぜか、回廊に行き倒れていたバクさんから預かりました」
 言いながら、アレンがじっとコムイを見つめると、彼は悪びれもせず、にっこりと笑みを返す。
 「せっかく招待したのに来ないなぁと思っていたら、バクちゃん、行き倒れてたんだぁーv
 変なものでも食べて、おなか壊したのかな?」
 コムイの白々しい言い様に、全員が水面下の陰謀に気づいただろうが、あえて追求せず、アレンは目を逸らした。
 「と・・・とりあえず、バクさんは病棟に運んでおきました・・・」
 「じゃ・・・じゃあ、後でお見舞いに行こうかな・・・」
 声を引きつらせつつ、なんとか笑みを浮かべたリナリーは、箱の中から出てきた高性能カメラをまじまじと見つめる。
 「これで撮ったの?」
 「リナリーへのプレゼントを、僕が先に開けるわけには行きませんから、バクさんが持ってた同じ機種を借りました。
 手ブレ防止機能付の高倍率で、遠くからでも鮮明に写るそうです」
 「へぇー・・・すごいんだねぇ・・・!」
 カメラ本体と神田の写真を見比べつつ感心するリナリーに、アレンはこっそりと吐息した。
 ―――― バクさん、普通にしてればすごい人なのに・・・。
 持てる頭脳と技術の全てを盗撮用カメラに注ぎ込んでいるのかと思うと、切なさを感じずにはいられない。
 アレンと同じことを思ったのか、コムイも軽く吐息した。
 「バクちゃん、もっと他にやることあるんじゃないかなぁ」
 あなたにだけは言われたくないでしょうよ、と、言えない所が更に切ない。
 「サポーター派の幹部は、変わり者揃いだねェ」
 「そうでもなきゃ、個性的過ぎる面々はまとまりませんわよぉv
 ティエドールの呟きに笑って答え、ジェリーは手を叩いた。
 「じゃあそろそろ、ケーキ運んできましょうかv
 彼女の提案に、パーティに集まった全員から歓声が上がる。
 「チョコレート?チョコレートケーキ?」
 リナリーがわくわくと目を輝かせると、『もちろんよv』と、ジェリーが微笑み、シェフ達を手招きした。
 「うわー・・・・・・」
 「すげー・・・・・・」
 数人がかりで運ばれてきた巨大なケーキを、皆が首が痛くなるほどに見上げて、ただ感嘆の声を漏らす。
 「ジェリーさん、これ、お酒入ってますか・・・?」
 同じく見上げたアレンが不安げに問うと、彼の隣で自作のケーキを満足げに見上げたジェリーは陽気に笑った。
 「いくつかはねぇ。
 まぁ、積み重ねているケーキのうち、ほとんどはお酒入れてないから、アレンちゃんでも大丈夫よぉv
 「はいっ!」
 リナリー以上に喜ぶアレンに、周囲から笑声が沸く。
 その中でも、ひときわ明るい笑声をあげるリナリーに、暴れる神田を押さえ込んだまま、クラウドは微笑んだ。
 「この檻からは・・・逃げられないね」
 「あ?檻?」
 ほんの少し、力が緩んだ隙を突いて逃げ出そうとする神田を改めて羽交い絞めにし、クラウドは笑みを深めた。
 「そうだよ、暖かくて柔らかな檻。
 お前の好みではないだろうがね」
 「・・・なんのことだか、ワケわかんねェ」
 自ら囚われながら、出るべき時には格子を切り裂いて出て行くだろう、猛禽のような彼に微笑み、クラウドは彼の頬に手を添える。
 「また私の娘になれば、教えてあげるよv
 「なるかっっ!!」
 母性愛モード全開のクラウドに、反抗期真っ盛りの神田が怒鳴り返した。
 「いいからあの絵を返せ・・・ッ!!」
 「イヤだv
 「俺も構ってくれなきゃイヤさー!!」
 神田とクラウドの間に、ラビが無理矢理割って入る。
 「元帥v
 飾るなら俺を飾ってv
 「うわぁ、つまんない!」
 真顔で言われ、ラビが再び撃沈した。
 「だって私は、自分の娘を飾って並べたいんだもの」
 「だから娘じゃねェって・・・!!」
 こぶしを握って絶叫する神田に、クラウドはわざとらしく目を潤ませる。
 「ユウは、お前を里子に出したママを許してくれないのだね?!」
 「あんた5人も生めるかって、言ってただろうがっ!!」
 「覚えてたのか・・・」
 ヒアリングできてないと思ってたのに、と、クラウドは顔を背けて苦笑した。
 「でも・・・一緒にいるうちにだんだん、お前達を娘のように思うようになったのは本当だよ」
 「だから娘じゃねェって・・・笑ってねェでなんとか言え、オヤジッ!!」
 クラウドと神田の押し問答をにこにこと見守っていたティエドールは、突然水を向けられて、わざとらしく咳払いする。
 「私のユーくんは息子であって、クラウドの娘とは違う子だからなぁ・・・」
 思い出を壊したくはないよ、と、またにこにこ笑うティエドールに、リナリーも笑って頷いた。
 「もういいじゃない、ユウ姉様v
 楽しい思い出は残しておこうよv
 「楽しくねェ・・・ってか、姉様って言うな!!」
 「あはははは!!姉様だって!!あはははは!!」
 「笑うな、モヤシ!!!!」
 「だって、ものすごい美少女でしたよv
 ラビなんて、一目惚れしましたもんねv
 「んなっ?!
 バラすんじゃないさ!!」
 「僕、あんな美少女に『女顔』なんて言われる筋合いありませんから、ね・え・さ・まv
 以前ちらりと言われたことを、いつまでも根に持って復讐するアレンにかなりのところ引きつつ、ラビはこめかみを引きつらせた神田の形相に、緊急に話題転換する必要性を感じた。
 「ねっ・・・姐さん、ケーキにローソク立てねぇのっ?!」
 「えっ?!
 あ、そうね!」
 ラビに指摘され、ジェリーが用意していたろうそくに火をつける。
 「灯り消すわよぉー!」
 ジェリーの合図で一斉に明かりが消え、17本のろうそくだけがリナリーとその周囲を照らした。
 バースデーソングに包まれ、嬉しそうなリナリーがろうそくを吹き消したのち・・・大きな拍手と共に再び明かりが点るや、神田とラビが揃って声をあげた。
 「逃げられたっ!!」
 誰に、とは、聞かなくてもわかる。
 「ユウちゃんがあんまり絡むからさ!
 せっかく一緒にいられたのに!!」
 「相手にされてなかったじゃねぇか、テメェ!!
 それよりどこ行きゃーがった?!」
 悪鬼の形相で部屋を出て行った神田を、ラビも泣きながら追った。
 「なんでユウちゃんばっかり!!俺もー!!」
 「・・・・・・何しに来たんでしょうね、あの人たち」
 本日の主役を放り出して、クラウドを追いかけて行った二人に、アレンが呆れる。
 「まぁ、あの二人らしいと言えばらしいかな」
 特に神田、と、リナリーはポケットから小さなカードを取り出した。
 「なんですか、それ?」
 アレンが首を傾げると、リナリーは笑って二つ折りのカードを開く。
 「クラウド元帥がね、出て行く時、入れてくれたみたいなの」
 そこにはきれいな女文字で、『あれはおまえにあげるよ』とだけ、記してあった。
 「あれって?」
 「あれでしょ」
 アレンの問いに、リナリーは笑ってドアの外を示す。
 「神田が追いかけているものは、私がもらったって事v
 そう言って、いたずらっぽく舌を出したリナリーに、アレンは吹き出した。
 「ぜひ・・・!
 僕にも見せてくださいね、『ユウお姉様』・・・!」
 「うんっ!!」
 楽しみだね、と、二人はこっそり囁きあう。
 「じゃあ、今日は他にも思い出増やしちゃおうかなっ♪」
 宣言したリナリーは、バクからのプレゼントを早速使って、『家族』達の写真を撮って回った。
 パーティの半ばで、コムイが泣きながら執務室に連行されたこともあり、邪推される心配のなくなった会場は、リナリーを中心に和やかさを増す。
 ・・・そして夜は更け、パーティを終えたリナリーは、満足げに笑った。
 「うふふv
 現像するのが楽しみv
 大事そうにカメラを抱きしめるリナリーの傍らにちゃっかりと陣取り、彼女がもらったプレゼントの数々を部屋まで運ぶ役を申し出たアレンも、機嫌よく笑う。
 「アルバムが早速役に立ちそうですね!」
 「うんっ!」
 大きく頷いて、自室のドアを開けたリナリーに促され、荷物を運び込んだアレンは、室内の光景に目を丸くした。
 「・・・・・・コムイさんですか?」
 床から天井まで積み上げられたプレゼントの山に、リナリーはまた大きく頷く。
 「バレンタインの時のも、まだ片付いてないんだよ・・・」
 「はぁ・・・さすがですね・・・・・・」
 圧倒されつつも室内を見回したアレンは、部屋中に飾られた花の中でも一番きれいな花瓶に活けられ、ベッドの脇に飾られたピンクのバラに笑みほころんだ。
 「僕の花も飾ってくれてるんですね!」
 嬉しそうなアレンに、リナリーは頬を赤らめ、小さく頷く。
 「あ・・・ありがとうね、お花も、プレゼントも・・・・・・」
 改めて礼を言うリナリーに、アレンはふるふると首を振った。
 「リンクに付きまとわれてたから、今年は自分で選ぶ暇なくって・・・お花もプレゼントも、ラビに任せちゃったんですよね」
 残念、と、ため息をこぼすアレンに、リナリーは『気にしないで』と、慌てて手を振る。
 「・・・そういえばリンク監査官って、まだ入院中なの?」
 バレンタインの夜、なぜか人気のない回廊に倒れていたと言う彼の容態を尋ねると、アレンは笑って肩をすくめた。
 「きっと監視疲れですよ。
 ちょっとは休んだ方が、彼のためです。
 それより、来年はちゃんと、自分で選んだものを贈りますねv
 「う・・・うん・・・!」
 今年のバレンタインは・・・結局、アレンは蝋花のことを勘違いしたままだったが、リナリーも彼女が何も言わずに帰ってしまった理由がわからない以上、彼の勘違いはそのままに、黙っておくことにした。
 ―――― ず・・・ずるいかな・・・・・・。
 良心をちくちくと刺激されつつ、リナリーが鼓動を早くしていると、アレンがにこりと笑って首を傾げる。
 「どうかしました?」
 「うっ・・・ううん!なんでも!!」
 紅くなった顔を慌ててそむけ、リナリーはきょろきょろと室内を見回した。
 「ク・・・クラウド元帥が、絵をどこに置いたのかなって思って!」
 「そうですね・・・ちょっとこれは、置き場所に困りますよね」
 未だリボンの解かれていない箱も多くある中、それらしきものを探していたアレンは、窓辺に立てかけられた箱を見つけて指差す。
 「あれは?」
 「あ!」
 見れば、額縁が収まりそうな厚みの、長方形の箱だった。
 「これだよ、きっと!」
 歓声をあげて手に取り、急いでリボンを解いたリナリーは、中から出てきたものにきょとん、と、目を丸くする。
 「なんですか?
 ・・・・・・わぁ!」
 傍らから覗き込んだアレンも、思わず声をあげて目を和ませた。
 「可愛いですね!」
 そこに描かれていたのは、暖かい配色の花に囲まれた二人の少女・・・。
 いや、実は一人は少年なのだが、そうとしか見えない可愛らしい子供が二人、並んで座っていた。
 そこまでは、アレンも目にしたスケッチブックの習作とそう変わらない構図だ。
 だが、色づいたそこに描かれた二人は、ふっくらとした頬に、愛らしい笑みを浮かべていた。
 「なんで・・・私、こんな顔したこと・・・・・・」
 目を丸くして、絵を見つめるリナリーから身を離したアレンは、キャンバスの裏に書かれた文字に笑みほころぶ。
 「リナリー、裏を見てください」
 「裏?」
 言われて絵を裏返すと、そこにはかつて、ティエドール元帥が書き込んだらしいメッセージが記されていた。
 『この子等に神の恩寵を。いつかこの微笑が、現実となるように』
 「ティエドール元帥・・・!」
 感極まって泣き出したリナリーを、アレンが柔らかく抱き寄せる。
 「クラウド元帥からは、『笑顔が現実になって良かった』ってメッセージですね、きっと」
 「うん・・・っ!」
 「きっと、ユウお姉様っ・・・!!」
 吹き出しそうになるのを必死にこらえ、アレンは声を落ち着かせた。
 「・・・神田も、喜んでますよ、多分」
 あんな顔してるけど、と、一言棘を言い添えるアレンに、リナリーが笑い出す。
 「ありがとう・・・みんな大好き・・・!」
 「僕も?」
 「もちろんだよ!」
 アレンの背に回した腕に力を込め、リナリーは更に身を寄せた。
 その時―――― 彼女が何度も逃げ出そうと、あがき続けた檻の扉は、そっと自ら閉ざされた・・・。


 「逃げられなかったな・・・・・・」
 城の一室で、神田とラビに追い詰められたクラウドは、ため息混じりに呟く。
 「まさか、こんな罠があるとは・・・・・・」
 「罠とはなんだ!
 天国にようこそだぜ!」
 検査入院と称し、ナースを侍らせてハーレム状態のクロスの病室とは知らず入ってしまったクラウドは、蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のように、彼の膝の上に乗せられていた。
 「わぁぁぁぁぁんっ!!
 そんなおっさんに侍るくらいなら、俺とー!!」
 泣きながら、暑苦しく抱きついてきたラビに、うんざりと頭を抱える。
 「赤毛地獄・・・」
 「黒もいますが!」
 身動きの取れない彼女に神田までもが詰め寄った。
 「絵はどこです?!」
 無言で肩をすくめる彼女に、神田が更に迫る。
 「どこですか?!」
 「私が死んだ時、一緒に墓に入れておくれv
 「入れてやるから在り処を言って下さい!!」
 容赦ない言葉に、クラウドは思わず眉尻を下げた
 「今にも死ねと言っているように聞こえるぞ、お前・・・」
 クラウドが悲しげに呟くと、彼女の周りから非難の声が沸き起こる。
 中でも赤毛同盟の声は凄まじく、神田はとうとう病室を追い出されてしまった。
 「ちっ・・・ちくしょう・・・!!」
 乱暴に閉ざされたドアに向かい、神田が激しく毒づく。
 「こうなったら、あんたの部屋の鍵ぶっ壊して、家捜ししてやる!」
 「やめんかー!!」
 途端に、自らドアを開けて出てきたクラウドに、神田は邪悪な笑みを浮かべた。
 「そこにいたらいいでしょう。
 天岩戸は、簡単に開かないものと決まっている」
 「き・・・きさま、私の部屋に入ることは許さんっ!!」
 冷笑して踵を返した神田を、今度はクラウドが追いかける。
 「絵を燃やすだけです!!」
 「部屋に絵はないぞ!!」
 「そんなの、探してみればわかることだ!」
 窓枠を越えて、外に飛び出した神田を、更にクラウドが追いかけた。
 「お・・・女の部屋に勝手に入るんじゃない!!」
 「見られてまずいものでもあるんですか!」
 「大ありだ馬鹿者ッ!」
 怒鳴るや、クラウドは俊足を誇る神田に劣らないスピードで追いつき、追い越して、自室への最短の道を選択する。
 「そんなに慌てて・・・鞭コレクションでも隠してあんのか」
 「・・・・・・っ!!」
 「クラウド元帥・・・あんた・・・・・・」
 状況も忘れて、呆れ返った神田にクラウドは必死に首を振った。
 「ちっ・・・違う!断じて違うぞ!!」
 抜きつ抜かれつ、ほとんど並んで走りながら、クラウドは真っ赤になって否定する。
 「とっ・・・とにかく!!
 私の輝ける思い出を消し炭にされてたまるか!!」
 「あんたにはいい思い出でも、俺には闇歴史だ!!」
 「絶対に渡さない!!」
 かつて、ほんの一時期『母娘』だった二人の咆哮は、夜更けのホームに響き渡った・・・・・・。



Fin.

 










2008年リナリーお誕生日SSでございます♪
超捏造話でごめんなさいませ(^▽^;)
しかも、リナリーお誕生会といいつつ、ほとんどクラウド元帥とティエドール元帥のお話ですよ;
あっれぇー・・・?!(@@;)
と・・・ともあれ、アルバムのプレゼントは、ラルクのコンサートの後、ごはん食べに行ったママのお店で見せてもらった物が参考になりました(笑)
写真を一枚ずつ入れるタイプの、小さいんだけど、表装がすごくキレイなアルバムで、店長が『これ!』って教えてくれるまでわかんなかった(笑)
さすがママ、おしゃれ(笑)
・・・うん、だからね?
SSサボ・・・じゃなくて、ちょっとお休みして、ラルクのコンサートに行ったことは、無駄じゃなかったんだからね?←上目遣い。












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