† The Black Rose U †
〜赤毛連盟〜





†このお話はシャーロック・ホームズシリーズを元にしたパラレルです†

  舞台は19世紀ですが、D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。
  頭を空っぽにして読んで下さいねv





 19世紀ロンドン―――― 女王陛下のしろしめす大英帝国の首都として、世界有数の大都市となった地には、繁栄と退廃が同居している。
 華やかな街の裏側では不可思議な事件も多く・・・ゆえに、『諮問探偵』を趣味とする彼を楽しませる依頼の、絶えることはなかった。
 そう、その日の朝も――――・・・。


 「赤毛連盟?」
 初めて聞くその言葉に、コムイは首を傾げた。
 「はい。今日の新聞にそんな面白い広告が載ってるんですよ。
 ラビがいたら絶対勧めたのに・・・」
 そう言ってスコーンを頬張った途端、アレンはきらきらと目を輝かせる。
 「ジェリーさん!これ、すっごくおいしい!!」
 「アラッv
 まぁまぁ、アレンちゃんv 嬉しいわぁv
 たんとおあがりなさいねぇv
 すっかり大家のお気に入りとなったアレンの前に、どっさりと積み上げられたスコーンを見て、兄の傍らに寄り添うリナリーがため息を漏らした。
 「よく食べるねぇ・・・そんなにおいしい?」
 「おいしいですよ!
 こんなにおいしい朝ごはんなんて、一流ホテルにもありません!」
 直球の褒め言葉に、ジェリーは頬を染めて歓声をあげる。
 「きゃあv
 なんて嬉しいこと言ってくれるのかしらぁv
 アレンちゃん、他にも持ってきてあげるからねぇv
 「はいっ!!」
 くるりと踵を返したジェリーを見送ったアレンは、笑み輝いた顔をそのままリナリーへ向けた。
 「リナリーはもういいんですか?」
 「もういいよ・・・って言うより、なんでアレン君がうちで朝ごはん食べてるの?」
 しらけた表情で紅茶を飲むリナリーに、『だから』と、アレンは持参の新聞を示す。
 「ラビを探して欲しいんです、コムイさん」
 「なぁに、まだ帰ってないの、あの子?」
 冬休みはとっくに終わったでしょ、と、呆れ返るコムイに、アレンはこっくりと頷いた。
 「そうなんですよ・・・。
 殿下を追いかけて大陸に行っちゃったまま、まだ帰ってこないんです・・・。
 学校はサボっちゃってるし、何より・・・・・・」
 ふぅ、と、アレンは重いため息をつく。
 「おじいちゃんが・・・戻ってくるらしいんですよね」
 「おじいちゃんて・・・殿下の外交顧問をしてらした?」
 リナリーの問いに、アレンは再び頷いた。
 「そう。
 リナリーがお仕えしていた王家を・・・殿下のご家族を亡命させた後、父さんもロットー氏も亡くなっちゃって、おじいちゃん一人で後処理してたらしいんですよね。
 まぁ、その辺の事情は全然教えてくれないから、僕もはっきりとは言えないんですけど。
 でも、それが片付いたからロンドンに戻ってくるって、昨日、電報が来ちゃったらしくて・・・今、ラビんちの召使い達が、ものっすごく慌ててるんです。
 僕も・・・おじいちゃんが帰って来て、ラビがいない事がばれたら、絶対怒られるよ・・・。
 とっても怖いんですから、おじいちゃん・・・」
 「そうは言ってもさー・・・あの子今、大陸にいるんでしょ?
 探すのめんどくさいよー」
 乗り気ではないコムイに、『そう言わず』と、アレンは縋るような目を向けた。
 「こんな面白い記事載ってるよ、って誘い出せば、絶対釣れると思うんですよ、彼!」
 「だったら自分でやりなよー。
 ボクはもう、探偵業は廃業しちゃったんだからさー」
 幼い頃、生き別れになった妹を探すために探偵になったコムイは、リナリーを取り戻した今、探偵業への興味をほとんど失っている。
 だが、アレンは引き下がらなかった。
 「僕にはまだ、父さんやコムイさんみたいな人脈がないんです!」
 と、涙を浮かべて懇願する。
 「こんなことお願いできるの、今はコムイさんしか・・・!」
 「人脈・・・人脈ねェ・・・・・・。
 そうだ!大陸の人脈なら、ミランダさんにお願いすればいいじゃなーい!
 彼女、クロウリー男爵家と懇意みたいだし、きっと協力してくれるよv
 はい、解決v と、なんら解決には至ってないことをほざくコムイを、アレンがじっとりと睨んだ。
 「ちゃんと依頼料は払いますよ、ラビが」
 「それって、あの子を探し出さなきゃ代金もらえないって事じゃない」
 「探し出してくださいよぉぅ・・・!
 じゃないと僕、おじいちゃんにどんなお仕置きされるか・・・・・・」
 「だったらキミが払いなよー。
 まぁそれ以前に、リナリーを置いて大陸に行く気ないけどぉv
 コムイに抱き寄せられ、リナリーがくすぐったそうに笑う。
 「じゃあせめて・・・殿下がお立ち寄りになりそうな場所を教えてくれませんか、リナリー?」
 「殿下?」
 訝しげに首を傾げた彼女に、アレンはこくりと頷いた。
 「ラビは殿下を追いかけてるんですもん。
 殿下にご連絡して、『そのうっとおしい赤毛を強制送還してください』ってお願いすれば、箱に詰めて返してくれるかなぁって・・・」
 アレンが切ない吐息を、熱いお茶に吹きかけた時、
 「その必要はない」
 音もなくドアが開き、現れた貴人の姿に、リナリーは目を輝かせた。
 「殿下!!」
 コムイの腕を振り払い、すぐさま側に寄って膝を折る一連の動きは、流れるように美しい。
 「久しぶり・・・と言うほど長い別れでもなかったか。
 息災か?」
 「はい・・・!
 殿下もお変わりなく、嬉しく存じます」
 敬意を込めて、深くこうべを垂れたかつてのしもべを莞爾と見下ろした彼女は、手を差し伸べて顔をあげるよう示した。
 「コムイ殿、アレンも、このような朝早くに失礼する」
 「いいえ、ようこそクラウド殿下」
 立ち上がり、端然とこうべを垂れたコムイの隣で、アレンもぴょこんと立ち上がり、一礼する。
 「ごきげんよう、殿下!
 あの・・・殿下がここにいらっしゃるってことは、もしかして僕の従兄は・・・・・・」
 「うむ。
 箱に詰めて送り返した方が手っ取り早かったのだがな」
 そう言ってクラウドが指を鳴らすと、芋虫のように全身を縛り上げられたラビが、神田に抱えられて入ってきた。
 「・・・お手数をかけまして、殿下」
 「ちょっっっと待つさアレン!
 俺のこの状態を見て、他になんか言うことないんさ?!」
 猛烈に抗議するラビをちらりと見遣り、アレンは深々と吐息する。
 「どうせまた、殿下にご迷惑をお掛けして彼に撃退された挙句、縛り上げられて強制連行されたんでしょ?
 違います?」
 「違わねェ」
 「その通り」
 アレンの問いに二人があっさりと頷くや、ラビはリナリーにまで睨まれた。
 「なんてことするのよ、この赤毛!
 殿下に手を出そうなんて、私が許さないんだから!」
 「ちょっ・・・イタッ!!イタイって!!」
 抵抗できないラビの髪を思いっきり引っ張るリナリーに、ラビが泣き声をあげる。
 「殿下助けて!!
 暴力娘が俺をいぢめるさっ!」
 芋虫のように床に這いながらも、性懲りもなくクラウドに擦り寄っていくラビの喉元に、冷たい刃が添えられた。
 「それ以上近づくと、ブッた斬る」
 途端に静かになった室内に、クラウドは満足げに頷く。
 「さて、コムイ殿。
 私がここまで来たのは別に、荷物を届けるためではない。
 貴殿に依頼したいことがあってのことだ」
 「そうでしょうとも」
 苦笑して、コムイはクラウドに椅子を勧めた。
 と、タイミングよくドアが開いて、ジェリーがティーセットを運んでくる。
 「お茶をどおぞぉv
 殿下のお口にあえばよろしいのですけどぉ」
 やや不安げな様子でジェリーが差し出したティーカップを受け取り、クラウドは悠然と茶をすすった。
 「うむ、結構」
 「きゃあv うれしーぃv
 どうぞごゆっくりぃ、殿下v
 満足げに頷いたクラウドに歓声をあげ、ジェリーが出て行くと、クラウドは改めてコムイに向き直る。
 「実は、少々困ったことが起きたのだ」
 「まぁ・・・!
 ご家族に関わることですか?!」
 クラウドの傍らに跪いたリナリーが、大きな目に不安をたたえて見上げると、彼女はちらりと苦笑して、リナリーの頭を撫でた。
 「そうだな・・・お前を心配させたくはないが、その通り」
 「そんな・・・!」
 リナリーは息を呑み、クラウドの膝に縋って涙を浮かべる。
 と、クラウドはリナリーを安心させるように優しく微笑んだ。
 「身の危険ではない。
 ただ・・・また面倒なことになっただけだ。
 コムイ殿は、大陸の情報にも通じておられるか?」
 「新聞でしたら、各国のものを取り寄せていますよ。
 まぁ、タイムラグはありますけどね」
 差し伸べた手でぐるりと示した部屋中には、新聞だけでなく、様々な書類が散らばっている。
 「では、先日フランスで起きた銀行の金庫破り事件はご存知か?」
 「はい。
 なんでも、地下トンネルを掘って金品を奪ったそうですね。
 随分と用意周到な事件で、興味深く読ませてもらいましたよ」
 楽しげに笑うコムイに、しかし、クラウドは渋い顔をした。
 「こちらは笑い事ではない。
 奴ら、金だけ奪っていけばよいものを、我が家の宝石まで盗んでいきおった」
 「そんな・・・じゃあまさか・・・!」
 「あぁ、またブラック・ローズが奪われたのだ。
 ・・・・・・まったく、呪われているとしか思えん」
 リナリーの問いに頷くと見せて、深々とうな垂れたクラウドを、アレンも気の毒そうに見つめる。
 「まぁ、こんなこともあろうかと、財産は各国の銀行に分けて預けてあるのでな。
 生活に困ると言うことはないのだが・・・我が家の宝石は、それぞれに由来があるのだ。
 特にブラックローズは、私が家を継ぐ際に必要なもの・・・あれがないと、私は継承者として親族に認められぬ。
 銀行は同等の金銭で保障すると申し出ているが、それではとても許せるものではない」
 「そうですとも!
 高貴な方々を飾った宝石が、卑しい盗人の手にあるなんて・・・!」
 未だ忠誠心厚いリナリーの激昂に、クラウドは深く頷いた。
 「盗人どもめ、我が領地の不心得者であれば、両腕を切り落としてやったものを」
 「こっ・・・こわっ!!」
 クラウドの言い様に怯えたアレンが、思わずラビを戒める縄にかけていた手を放す。
 「ちょっ・・・お前、途中でやめんじゃないさ!早くほどけっ!」
 じたじたと床の上に暴れるラビを、神田が踏みつけた。
 「やかましい。
 殿下のご用が済むまで、このままでいろ」
 冷え冷えとした声で命じられた途端、ラビがおとなしくなる。
 「・・・よっぽど怖い目に遭ったんですね」
 ラビの、ただ事ではない怯えように呆れ、アレンはクラウドに向き直った。
 「僕の従兄がご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありません」
 深々とこうべを垂れたアレンに苦笑し、クラウドが手を払う。
 「そのことは、今は良い。
 それよりもコムイ殿、依頼の件だ。
 盗まれた宝石を取り返しておくれ」
 「はぁ・・・そうですねぇ・・・・・・」
 「依頼料は、不甲斐ない銀行が惜しみなく払うそうだ」
 気乗りしない様子のコムイに、更に畳み掛けるが、彼の返答は芳しいものではなかった。
 「んー・・・面白そうではあるんですけどぉ・・・。
 今はリナリーを置いて、大陸に行きたくないんですよねェ・・・」
 「そんなこと言わないで、兄さん・・・!
 殿下を助けて差し上げて!」
 両手を組み、祈るように懇願するリナリーに、コムイはあっさり落とされる。
 「リナリーがそう言うんじゃ仕方ないねv
 殿下、お任せください。
 すぐに取り戻して見せますよ!」
 「頼もしいことだ」
 鷹揚に頷いたクラウドが、リナリーを褒めるように撫でてやると、彼女は誇らしげに微笑んだ。
 「・・・あの暴力娘、俺にはめっさ冷めてーのに!」
 「殿下を慕っているなら、殿下にとって危険な人間を排除したいと思うのは当然でしょ」
 やれやれと呟き、アレンは芋虫のように転がる従兄の上に腰を下ろす。
 「でも、帰って来てくれてよかったよ。
 おじいちゃん、もうすぐインドから帰ってくるってよ」
 「げっ?!マジ?!俺がいねーことばれたんさ?!」
 慌てふためいたラビの問いには首を振った。
 「言えるわけないじゃないですか。
 君んちの召使が、真っ青になって僕んち来たから、こうして朝も早くからお邪魔して、コムイさんに君の捜索を依頼してたとこ」
 「あなた、朝ごはん食べに来ただけじゃない!」
 リナリーの呆れ返った声に、アレンが気まずげに目を逸らす。
 「そんなこったろーと思ったさ」
 ラビにまでじっとりと睨まれ、目のやり場に困ったアレンはきょろきょろと目を泳がせた。
 「まぁまぁ、仲良くしなよ、キミタチ・・・。
 リナリー、お兄ちゃんがいない間は寂しいだろうけど、君を危険な場所に連れて行くわけにも行かないから、我慢しておくれね?」
 「うん・・・早く帰ってきてね、兄さん・・・・・・」
 「モチロンだよー!!」
 ひしっと、暑苦しく抱き合った兄妹に、神田が呆れ返って吐息する。
 その様に、
 「殿下・・・すぐに大陸に戻ってしまわれるのですか?」
 リナリーはふと思いついて、かつての主人を見つめた。
 「いいや。
 しばらくはこちらに滞在しようと思っている」
 「じゃあ私、お世話いたします!!」
 すかさず言ったリナリーに、皆が目を丸くする。
 「しかし・・・」
 困惑げに眉をひそめたクラウドの膝に、リナリーはねだるように絡んだ。
 「神田一人では、色々ご不自由でいらっしゃったのではありませんか?
 今までのご恩をお返しするためにも、せめて、こちらにいらっしゃる間はお世話させてください・・・!」
 「だが・・・・・・」
 口を濁しつつコムイを見遣れば、彼は苦笑を返す。
 「お邪魔でなければ、リナリーの好きにさせてやってください、殿下」
 兄の了承を受け、目を輝かせたリナリーに見つめられてはクラウドも断ることができず、苦笑して了承した。
 「俺もっ!
 俺もお世話っ!!」
 ぐねぐねと身をよじって喚くラビに、呆れ返ったアレンと、怒り心頭に発した神田のこぶしが同時に落ちる。
 「いい加減にしろ、このエロウサギ!!」
 図らずも揃った声に、コムイは思わず吹き出した。


 「あぅ・・・こってり絞られたさー・・・・・・」
 週が明けて、校長室からヨロヨロと出てきたラビを迎えたアレンは、呆れたように肩をすくめた。
 「3ヶ月も欠席しておいて、退学になんなかっただけいいじゃないですか」
 「そうは言うけど俺、家に帰った時も、家の奴らにめっさ怒られたんだぜ?
 もう・・・怒られ続けてさすがにへこむさー・・・・・・」
 「自業自得でしょ」
 うな垂れるラビに冷たく言い放って、アレンは踵を返す。
 「それより、早く行きましょ!
 どんなところか、すっごく興味ある!」
 わくわくと目を輝かせるアレンに、ラビも俯いた顔をあげた。
 「そうさな・・・。
 普段虐げられてる赤毛が、こんなに注目されてんのって初めてさ!」
 「髪の色なら、僕も奇異な目で見られますけどねー」
 ラビと並んで歩きながら、アレンは自分の前髪をつまむ。
 「もう、元の色には戻んないのかな・・・・・・」
 「嫌なら染めればいーじゃん!」
 なんでもないことのように言うラビに、アレンは肩をすくめた。
 「そりゃそうですけど・・・・・・」
 「まぁ、俺は嫌いじゃねーけどさ、この色。ロココの貴族みたいじゃん♪
 ジジィなんて、『お前達が並んでいると、紅白でめでたいな』ってゆーし?」
 けらけらと笑いながら、ラビはアレンの髪をわしゃわしゃとかき回す。
 「めでたいって言えば、リーバーとミランダの結婚式ってもうそろそろだよな?」
 校門を出たところで、ラビがふと口すると、アレンは頷いた。
 「そうですよ。イースターが終わってすぐです。
 おかげで今、僕んちが大変なことになってます」
 ラビにくしゃくしゃにされた髪を手櫛で戻しつつ、アレンは吐息する。
 「なんでさ?もうイースター・エッグ隠しちまったんさ?」
 通りに出て、きょろきょろと空の辻馬車を探しつつラビが問うと、同じく通りを見渡していたアレンが肩をすくめた。
 「さすがにまだ、卵は用意してませんよ。
 そっちじゃなくて、結婚式の方。
 リナリーが、自分のお部屋じゃ狭くて不便だからって、僕んちでミランダさんの花嫁衣装縫ったり、引き出物のラッピングしたり・・・庭にブーケ用の花植えたり」
 くすりと苦笑したアレンに、辻馬車を止めたラビがそっと目を見開く。
 「おかげでせっかくの『黒薔薇館』が、ただの『薔薇館』になっちゃいましたよ」
 「へぇ・・・あの暴力娘、やるもんさね」
 父親を亡くして以来、何年も塞ぎこんでいたアレンを、追悼の茨の中から無理矢理引きずり出したらしいリナリーに、ラビは惜しみない拍手を送った。
 「カッキーじゃん!
 いばら姫の眠りを覚ました王子様ってとこさね」
 「誰が姫ですか・・・」
 「あの暴力娘が王子なら、どー見たってお前が姫じゃん」
 「う・・・」
 反駁を封じられ、アレンは情けない顔で馬車に乗り込む。
 「どうせ貧弱ですよ・・・・・・」
 ぼそりと呟いた時、
 「あ、貧弱って言えばさ、お前、殿下のお付の美人に『モヤシ』って呼ばれてたさ」
 続いて馬車に乗り込んだラビの言葉に、アレンは怒声を上げた。
 「はぁっ?!あの目つきのわっるいのがですか?!」
 「うん。
 アレンだっつってんのに、『あのモヤシのところに帰れ』って、すっげ冷たかったさ、ユウちゃん」
 「冷たいのはラビに対してだけでいいでしょうよ!なんで僕まで!!」
 憤然と声を荒げて迫ってくるアレンを押し返しつつ、ラビは眉根を寄せる。
 「ユウちゃんにとっちゃ、お前も『殿下にご迷惑をかけたクソガキ』なんだってさ」
 「謝ったじゃないですか!!
 ラビの分まで謝ったでしょ、僕!!」
 ラビの胸倉を掴み、がくがくと揺さぶると、馬車まで揺れた。
 「そーだけど・・・もう、認識改まらねんじゃね?」
 「そんなぁー!!」
 えへら、と、締まりのない笑みを浮かべるラビに、アレンは憮然と口を尖らせる。
 「いくら従兄弟だからって、一緒くたにされるのすごいめーわく!」
 「あぁ?!お前、言っていーことと悪いことが・・・」
 思わず怒声を上げたラビを、アレンは睨んで黙らせた。
 「あれだけガッコ休んどきながら、君が退学にならなかったのって、僕が風邪ひいて寝込んでるだの親戚に不幸があっただのと一所懸命ごまかしてあげてたからですよね?」
 「・・・すみません」
 引き攣った声で詫びるラビに、しかし、アレンは更に迫る。
 「大変だったんですよ、次々にネタ探すの。
 しまいには先生に、『大伯母様が亡くなったのに、お前は葬式に行かなくていいのか、ウォーカー?』なんて嫌味言われちゃって・・・。
 この3ヶ月で、一体何人亡くなったんでしょーね、僕たちの親戚?」
 「あぃ・・・すみません・・・!」
 胸倉を掴んだまま、ほとんどのしかからんばかりに迫るアレンに、ラビはひたすら謝った。
 「・・・ったく!
 これでおじいちゃんにばれて、僕までお仕置きされてたら、一生許さないところでしたよ!」
 ようやく解放され、息をついたラビは、強張った笑みを浮かべてパタパタと手を振る。
 「ま・・・まぁまぁ、ここは若気の至りって事で一つ、許してやんなさいよv
 「自分で言うなっつーんですよ!」
 反省の感じられないその言い様に、アレンが再びこめかみを引き攣らせた時、馬車が止まり、背後で暴れる客に迷惑そうだった御者が、不機嫌な声で到着を告げた。


 その『オフィス』は、特に変わったところのない、普通の貸店舗だった。
 だが今日だけは、ロンドン中から集まったのではないかと思うほど、多くの赤毛であふれている。
 「うわー・・・すごい」
 見渡す限り赤、と、アレンは目を丸くした。
 しかし、
 「一通り見るに、俺の敵はいないさね♪」
 と、得意げにラビが言ったように、彼以上に赤い髪の人間はいない。
 「勝利間違いなしですね!」
 アレンもはしゃいだ声をあげて、列に並んだ途端、係員らしき男に二人とも弾かれてしまった。
 「なんでさっ!!
 並んでる奴の中じゃ、俺が一番赤いじゃん!!」
 ラビがすかさず抗議するが、彼はいかつい顔を頑迷に振る。
 「募集は20歳以上の者と決めてある!新聞広告にも、そのように載せたはずだが?」
 「えっ?!そうでしたっけ?!」
 アレンが慌てて切り抜いた新聞記事を取り出すと、確かに『高額報酬業務斡旋 20歳以上の赤毛の者に限る』と書いてあった。
 「お前達、学生だろう?
 学生は学校で勉強していろ」
 反駁を許さない迫力に、二人は怯えて引き下がる。
 だが、そのまま帰ることはせずに、更に長く伸びていく赤毛の列を、少し離れた所から未練がましく見つめていた。
 「うっかりしてたなぁ・・・年齢制限があるなんて、知りませんでしたね」
 「なんかおかしいさ、これ!」
 残念そうに呟いたアレンに、ラビが憤然と応じる。
 「ぜってぇなんか、裏があるに決まってるさ!!」
 「自分が選ばれなかったからって、騒ぐのはみっともないですよ」
 吐息混じりに言った途端、アレンは両頬をラビに引き伸ばされた。
 「こんな時だけ紳士ぶってんじゃねーさ!」
 「ひゃんっ!!いひゃいー!!」
 「俺はこの謎を解き明かして見せるさ!
 ジジィの名にかけて!」
 「そんなこと言ってたら・・・またおじいちゃんに怒られるんだから」
 赤くなった頬を撫でつつ、アレンが憮然と呟く。
 「でも、気にならねェさ、お前?
 20歳以上の赤毛に、『名目上の簡単な仕事で高額報酬を約束』だなんて、犯罪の臭いがするさ!」
 「選考から外れた途端、態度を変える君もどうかと思うけどね」
 「そっ・・・そんなんじゃないさ!!」
 呆れ口調のアレンに慌てて首を振り、ラビは未だ列の途切れない事務所を指した。
 「これだけ候補者がいて、選ばれるのは一人なんさ!
 そいつがどんな奴かを見れば、真の目的がちょっとはわかるんじゃねぇかな!」
 「はぁ・・・まぁ、確かに・・・・・・」
 とはいえ、まだ疑わしげなアレンに、ラビは畳み掛ける。
 「善良な一般市民が犯罪の被害に遭うかもしんねーんだぜ?
 それを未然に防いでやるのも、俺ら少年探偵の役目だと思うだろ?!」
 「そうですね・・・って、いつから僕ら、少年探偵?!」
 アレンは頷きかけて、目を丸くした。
 「ミランダの事件で、俺ら探偵の助手したじゃないさ!あん時から、俺らだって探偵の仲間入りさ!」
 「・・・迷惑かけただけじゃなかったっけ?」
 それでも探偵?と問うアレンに、それでも探偵!と、ラビが力強く応じる。
 「行くさ!正義の名の元に!」
 「・・・おじいちゃんの名にかけるんじゃなかったの?」
 張り切ってこぶしを振り上げるラビの傍らで、アレンは深々と吐息した。


 同じ頃、再びクラウドの侍女になったリナリーは、クラウドが滞在するホテルの部屋で、楽しげに立ち働いていた。
 「リナリー、少しゆっくりしてはどうだ?
 お前はもう、私の侍女ではないのだから・・・」
 以前と同じく、かいがいしく身の回りの世話をするリナリーに、かえって気遣わしげにクラウドが言うが、リナリーはむしろ、はしゃいだ風に首を振る。
 「いいえ!
 私、また殿下のお世話ができて、とっても嬉しいんです!
 また以前のように、遠慮なくお申し付けくださいv
 そう言って、くるくると立ち働くリナリーは、さすがに長い間クラウドの世話をしてきただけあって、彼女の意を汲むことに長けていた。
 「困ったな・・・帰したくなくなるではないか」
 彼女の好み通りに淹れられた茶に満足げな吐息を漏らしつつ、クラウドは苦笑する。
 すると、
 「では、ロンドンでお暮らしになればいかがですか?
 私、ずっとお世話します!」
 溌剌と目を輝かせたリナリーに、クラウドは笑みを深め、ゆっくりと首を横に振った。
 「英国が、我らを受け入れはせぬよ。
 何しろ、奴らの政策を拒否して、我が家は亡命に追い込まれたのだからな」
 「そうですね・・・・・・」
 しょんぼりとうな垂れたリナリーは、ロンドンの地図を入手して帰ってきた神田に呼びかけられて顔をあげる。
 「いざと言う時のために、道を確認しておく。
 最新の地図だそうだが、変更されている道はあるか?」
 いかなる時も自分の役目を忘れない彼に頷き、リナリーは彼と共に地図を覗き込んだ。
 「ついこないだ、できたばっかりの橋があるよ。
 前は回り道しなきゃいけなかったけど、今はここから渡れるから、港に出るにはこっちの道を進んだ方がいいわ」
 地図を示しつつ、真剣な口調で言うリナリーは、『ロンドンで暮らす少女』から『王家の忠臣』の顔に戻っている。
 クラウドや、彼女の家族を追っ手から守るため、情報収集に駆け回った時の習慣は未だ抜けきっていないらしく、リナリーは『逃げ延びる』ために必要な情報を的確に指示した。
 その情報には、気の強い神田も素直に頷き、二人して真剣に地図を見つめる様に、クラウドはふと、笑みを深める。
 「・・・どうかしましたか?」
 訝しげに顔をあげた二人に、『いや』と、クラウドは首を振った。
 「やはり、お前達は一対だと思ってな。
 ホントに美人しま・・・」
 「誰が姉妹ですか、誰が!!」
 クラウドの言葉を遮って、神田が忌々しげに舌打ちする。
 「殿下まであのモヤシみたいなことを言わんでください!」
 「言い得て妙だと思ったがな」
 更にきつく睨まれ、クラウドは笑い出した。
 「褒めているんだが・・・」
 「どこが・・・!」
 忌々しげな神田に、クラウドと共に笑っていたリナリーは、ノックの音に踵を返す。
 「はい、どなた・・・・・・」
 「失礼、リナリー・リー。殿下はご在室か」
 ドアを開けた途端、現れた法の番人の冷厳な顔に、リナリーはあからさまに嫌な顔をした。
 「ごきげんよう、リンク刑事。
 今日はなんのご用あっていらっしゃったんでしょうか?」
 口調だけは丁寧に応じると、彼はリナリーがその身体で隠す室内へと顎をしゃくる。
 「殿下に直接お話しする。
 早く取り次ぎたまえ」
 その傲慢な言い様に、リナリーのこめかみが引き攣った。
 「生憎、殿下はこちらにはいらっしゃいません。
 どちらへお出かけか、また、いつお戻りになるか存じませんので、一旦お引き取りください。
 後日、改めて謁見のお許しを得てからおいでくださいなv
 わざとらしく笑みを浮かべ、せいぜい嫌味っぽく言ってやったが、残念なことに、リンクの鉄面皮はこゆるぎもしない。
 「以前の君ならともかく、今の君は英国女王陛下の臣民だ。
 公務執行妨害で逮捕されたくなければ、さっさと取次ぎなさい、リナリー・リー」
 「ふふふv おととい来て下さいv
 「よし、逮捕!」
 「待て」
 苦笑しつつ、二人のやり取りを聞いていたクラウドが声をかけた。
 「リナリー、通しておやり」
 「殿下・・・でも・・・・・・」
 不満げなリナリーに、クラウドは苦笑を深める。
 「いいから」
 命じられて、不承不承道をあけたリナリーの傍らを通る時、リンクはわざわざ鼻を鳴らした。
 「ヤな人・・・っ!!」
 怒りのあまり、身体中を震わせるリナリーを尻目に、リンクはクラウドの前に立つ。
 「ごきげんよう、殿下。
 謁見を賜り、光栄に存じます」
 「好きで許したわけではない。
 用件だけ述べよ」
 クラウドのすげない態度にも眉一つ動かさず、リンクは分厚いファイルを取り出した。
 「殿下も被害に遭われたと言う、金庫破りの件でご報告したいことがあり、参りました」
 「ほう・・・英国にまつろわぬ者は出て行けとでも言われるかと思っていたが」
 「我が国は、亡命者に対して寛容を持って当たっております。
 その点はご心配なきよう。
 話を続けてもよろしいでしょうか」
 姿勢を崩さぬまま、きっぱりと言い放ったリンクに肩をすくめ、クラウドは無言で手を差し伸べて先を促す。
 「金庫破りに遭い、顧客の宝石類を奪われた銀行は、ただいま欧州中に散らばった宝石類の買戻しに奔走しております。
 この中にはもちろん、殿下のお持ち物も含まれておりますが・・・」
 「・・・見つかったのか?」
 自然、高揚した声に、リンクは軽く頷いた。
 「コムイ・リーが出国前に、フランス警察と件の銀行宛に打った電報に基づき、販売ルートを追ったところ、一部は既に、銀行により買い戻されたとのことです」
 ほっと、吐息を漏らしたクラウドにもう一度頷き、リンクは続ける。
 「高名すぎて大陸では売れない宝飾品は、ばらして各国に散らばるか、東に運ばれるか、我が国に持ち込まれるかの運命を辿ります。
 幸い、コムイ・リーの機転により、大陸のルートは全て潰されたとのことですので、もうしばらくお待ちいただければ、殿下の宝石の大半はお手元に戻るでしょう」
 「さすがね、兄さんv
 嬉しげに手を叩くリナリーを、リンクは冷淡に見遣った。
 「ただし、それは大陸で売りさばかれた物に限っておりまして、我が国に持ち込まれたものは、未だ市場に出てはおりません」
 「持ち込まれたことは確かだと?」
 再び表情を厳しくしたクラウドに、リンクは淡々と頷く。
 「はい。
 残念なことに、我が国民にも不心得な者はおりまして、そうした助けをする者を逮捕したところ、件の銀行から盗まれた物をロンドンに持ち込んだと、白状しました」
 「では、その者を締め上げれば、我が宝石のありかがわかるのだな?」
 クラウドの視線を受けて、刀の鞘を鳴らした神田に、リンクは眉をひそめた。
 「いえ、所詮は下っ端で、大事な事は何一つ知らされておりません。
 これ以上締め上げても無駄だとわかり、まずはこうしてご報告に伺った次第です。
 買い戻された殿下ご所有の宝飾品のリストも、あわせてお渡しいたします」
 すっと差し出されたファイルを受け取り、クラウドはリストに目を走らせるが、その中に渇望する宝石の名を見出すことができず、思わず吐息が漏れる。
 「・・・わざわざご苦労だった」
 落胆を隠せないクラウドに反し、リンクは変わらず、淡々と応えた。
 「いえ。
 コムイ・リーが、自分が捜査に協力する代わり、殿下へ状況説明をするようにと、申し添えましたのでね」
 「ほう・・・中々心利く者だな」
 感心してリナリーを見遣ると、彼女は誇らしげに笑う。
 「では、英国に持ち込まれた物は、そなたらに任せてよいのだな?」
 「は。
 全力をもって当たらせていただきます」
 生真面目な物言いに頷き、クラウドはもう一度リナリーを見遣った。
 心得て、先程よりは随分と和んだ表情で礼金の詰まった袋を差し出すが、リンクはそれを固辞する。
 「私共の規律に反しますので」
 と、またもや生真面目な口調できっぱりと言うと、姿勢良く退出してしまった。
 「・・・潔い人物ではあるな」
 珍しく、感心したように呟く神田に、リナリーも頷く。
 「好きにはなれないけどね」
 「同感だな。
 比べてはどうかと思うが、あの赤毛の方がまだマシだ」
 「どっちもどっちです!!」
 ぴたりと揃った二人の声に、クラウドは思わず吹き出した。


 『赤毛連盟』のオフィスをぼんやりと眺めていた二人は、延々と続いていた列が、入り口付近から不意に崩れる様に、目を見開いた。
 間もなく、彼らを追い払った係員が『欠員は補充された』と、大声で喚きつつ出てくる。
 「決まったらしいさ」
 「ですね」
 オフィスの外に並んでいた人々が、口々に文句を垂れつつも屈強な係員に追い払われる様を眺めて、選ばれたと言う人物が現れるのを興味津々と待った。
 と、オフィス前に並んでいた赤毛がすっかり見えなくなった頃、オフィスのドアが開いて、幼い顔立ちの女が一人、軽やかな足取りで出てくる。
 「あ!あの人じゃないですか?」
 「でも・・・赤毛さ?」
 ブラウンじゃねーの、と、首を傾げるラビを、アレンが見上げた。
 「この時間なら、君の髪だってブラウンに見えるよ?」
 もうほとんど日は暮れて、ガス燈の明かりで淡く照らされたラビの髪には、昼日中の鮮やかさはない。
 「それもそっか」
 呟くと、彼は物怖じすることなく、オフィスから出てきた女に声をかけた。
 「な・・・なんだっちょ?」
 いきなり知らない男に声をかけられて、警戒する彼女に、ラビは懐こい笑みを浮かべる。
 「いきなり声かけてごめんさv
 俺、『赤毛連盟』のことにすげー興味あったんで、どんなとこだったか聞きたくってさ♪」
 見て、と、自分の髪をつまんで、ラビは笑みを深めた。
 「年齢制限に引っかかっちまったけど、俺も赤毛っしょ?」
 「うん・・・・・・」
 頷いたものの、困惑げに目を泳がせた彼女は、無意識だろうか、自分の髪を指に絡める。
 「あの・・・こんな往来で立ち話もなんですから、ティールームでも入りませんか?」
 アレンがとりなすように間に入ると、彼女ははっと顔をあげた。
 「あ・・・おいら、ゆっくりしてる時間はないんだっちょ!
 店があるんで、じゃ!」
 くるりと踵を返した彼女は、数歩進んで、おずおずと肩越しに振り向く。
 「おいらの店でよければ・・・茶くらい、出してやるっちょ」
 「うんっ!!」
 その申し出に大きく頷いた二人は、嬉しげに彼女の後について行った。


 サチコと名乗った異国の女が二人を導いたのは、大通りから少しそれた場所にある、小さな雑貨店だった。
 珍しいおもちゃや変わった構図の絵を、アレンとラビは興味津々と見回す。
 「へぇー・・・輸入雑貨店」
 「あんたが一人でやってんさ、ちょめ助?」
 店の真ん中で、くるりと振り返ったラビに、コートを脱いだサチコは眉根を寄せた。
 「サチコだっちょ!
 今日はもう、帰っちまったっちょが、店番を一人、雇ってるっちょよ」
 やや憮然と言って、茶の仕度を始めた彼女を・・・と言うより、彼女の衣装を、二人は物珍しげに見つめる。
 随分と袖の長い、ひらひらとした衣装を着た彼女は、まるで蝶のようだ。
 「ホレ、茶だっちょ」
 丸い木のトレイに載せて差し出された茶を受け取ったアレンは、取っ手のない茶器の中身をまじまじと見つめる。
 「緑色だ・・・」
 「日本の茶は発酵してないから、緑なんだっちょ」
 ミルクも砂糖も入れずに飲め、と言われて、アレンは恐る恐る口をつけた。
 「へぇ・・・おいし」
 「よかったっちょ」
 にこりと笑ったサチコに、ラビは色鮮やかな絵を示す。
 「なぁ、ちょめ!これ、どこの絵なんさ?!」
 山が赤い!と、はしゃぐラビに、サチコは唇を尖らせた。
 「サチコだっちょ!
 ここにあるのは、主に日本のものだっちょ」
 「日本・・・って、ユウの国さね」
 「あぁ・・・あの目つきの悪いの」
 途端に忌々しげな表情を浮かべたアレンを不思議そうに見つめて、サチコは図画用のバインダーに丁寧に収めた絵を二人に見せる。
 「日本から欧州に陶器を送ったりする時、詰め物代わりにしてた浮世絵が、こっちの絵描きにえらく人気があるんだっちょ。
 大陸じゃ随分儲けたんだっちょよv
 おかげで店を持てた、と喜ぶ彼女に、ラビが感心したように頷いた。
 「確かにこりゃ、画家にウケるだろうさ。
 随分と珍しい構図さね」
 でも、と、ラビはバインダーに閉じられた絵を繰りながら、サチコを見遣る。
 「あんたも珍しいんじゃね?
 東洋人ってフツー、髪の毛黒いんじゃねーの?」
 途端、ぎくりと顔を強張らせたサチコに、ラビが首を傾げた。
 「サチコ」
 「ちょめ助だっちょ!
 ・・・って!
 ぅわっ!ちっ・・・違うっちょ!サチコじゃなくてちょめ助・・・アレ?!」
 頭を抱えてうずくまってしまった彼女に、アレンがぱたぱたと手を振る。
 「英語が混乱してますよ?」
 「大丈夫さ?」
 気遣わしげに問う二人を、頭を抱える腕の隙間から、彼女は困惑げに見あげた。
 「お願いだっちょ・・・誰にも、言わないでほしいっちょ・・・・・・」
 顔を見合わせた二人が頷くと、彼女は困惑げな顔をあげる。
 「・・・髪の毛・・・染めてるんだっちょ・・・・・・」
 「・・・っえぇー?!」
 瞠目して絶叫する二人の声に耳を塞ぎ、彼女は涙目を向けた。
 「か・・・勘違いしないでほしいっちょ!
 別に、騙そうとかそんなつもりはなかったんだっちょよ・・・?」
 そうは言いつつも、言い訳がましい口調になったことに自分で気づいたのか、彼女は悄然と手近の椅子に腰をおろす。
 「じゃあ・・・どういったわけさ?」
 しょんぼりとうな垂れた彼女を慰めるように問えば、彼女は潤んだ目をあげた。
 「かわい・・・っ!!」
 「ラビ、余計なことはいいから」
 思わず呟いたラビをすかさず牽制し、アレンがにこりと微笑む。
 「僕達、あなたを責めるつもりはありませんから。
 教えて下さい、サチコさん」
 「・・・・・・ちょめ助でいいっちょ」
 初めてあだ名つけてもらったし、と、彼女はほんの少し、口元をほころばせた。
 「じゃあちょめ助、なんでこんなことになったんさ?」
 ラビが改めて問うと、ちょめ助は小首を傾げる。
 「おいら・・・元々日本人にしちゃ、髪の色は茶色い方だったんだっちょ。
 おかげで、日本じゃけっこ、いぢめられたんだっちょが、縁あって大陸で商売するようになってからは、逆に他の東洋人達よりは受け入れられやすかったんだっちょ」
 「まぁ、よくあるこった」
 「人間て結局、自分と似た者を受け入れますからね」
 髪色のせいで、奇異な目で見られることの多いアレンが、いやにしみじみと呟いた。
 「そんで・・・日本の雑貨を輸入するだけじゃなくて、欧州の雑貨を日本に輸出する商売も始めたんだっちょが・・・その中に染髪料があったんだっちょ」
 「あぁ、パリで流行ってる?」
 「髪をブロンドにするとかなんとか・・・でも、あんまり効かないって聞きました」
 「それが・・・おいらには効いたんだっちょ・・・・・・」
 輸出する前に自分で試したところ、元々茶色かった髪が潮焼けしたように赤くなってしまったと言う。
 「染めるって言うより、脱色しちまったんだっちょな・・・。
 まぁ、このままほっとけば、そのうち髪も生え変わって、元の色に戻るんだっちょが・・・」
 ふぅ、と、ちょめ助はため息を漏らした。
 「先に試して良かったっちょよ。
 こんなのあの国じゃ、売れやしないっちょ」
 前向きな呟きを漏らし、ちょめ助はにこりと笑う。
 「おかげで大きな損もしなかったし、そこそこ金も貯まったんで、こっちに店を出すことにしたんだっちょ。
 欧州は割と、需要が飽和状態になってきたっちょが、英国はまだまだ需要がありそうだっちょ」
 決断が早かったおかげで今のところ独占市場だと、得意げに笑う彼女に、二人もつられて笑った。
 「店員もすぐに見つかったし、ラッキーだったっちょね。
 ただ・・・気のいい奴なんだっちょが、ちょっとうっかりなとこがあって、おいらのこと、生まれた時からずっと赤毛だと思ってたんだっちょ」
 「それは・・・無理ねェさ」
 「その髪色ですもんね」
 揃って頷く二人に、ちょめ助も苦笑する。
 「まぁ・・・おいらがまだ、英語に慣れてなかったってのも、いけなかったんだっちょな・・・。
 ロンドンくらいおっきな街になると、店を出すのに必要な公文書とかは全部、専門の人間がやってくれるし、説明もしてくれるっちょ?
 だから、会話ばっかでつい文章の練習をなおざりにしてて、あいつが教えてくれた『赤毛連盟』の・・・募集要項?って言うっちょか?
 その広告を、ちゃんと読めなかったんだっちょ」
 「ありゃ・・・・・・」
 呆れ声の揃った二人に、ちょめ助は慌てて手を振った。
 「あ!でも、面接ん時に色々聞かれて、ちゃんと言ったんだっちょよ?!
 おいらは生まれながらの赤毛じゃなくて、たまたま染まっただけだって!
 広告を教えてもらって、勧められたから来ちゃったけど、赤毛じゃないとダメなんだったら辞退するって!」
 「あ、言ったんだ」
 感心したように言うアレンに、ちょめ助は勢いよく頷く。
 「もちろんだっちょ!
 ついでにおいら、18歳だとも言ったっちょ!!」
 「18?!同い年じゃん!!」
 「20にしては若いと思いましたよ!!」
 声をあげる二人に、ちょめ助は大きく頷いた。
 「おいら、嘘はつかないっちょよ!
 だから、知らなかったとは言え、手数をかけて申し訳なかったって言って、帰ろうとしたんだっちょ。
 そしたらあの広告主が・・・・・・」
 すっと人差し指を立て、ちょめ助はリズムを取るように振る。
 「赤毛連盟は、赤毛の育成、発展を願って設立した基金ではあるが、東洋から単身渡ってきた少女を援助しないのは、紳士的な行為とは言えない。
 ゆえに特例として、我々はあなたを支援するものである」
 ちょめ助は広告主の言葉を忠実に再現したらしい、しかつめらしい口調で言った。
 「だから・・・おいらちゃんと、選ばれたんだっちょよ?」
 言い訳がましく言う彼女に、ラビがにこりと笑う。
 「別に疑っちゃいねーさ。
 ただ・・・『赤毛』だったらあんなにいたのに、なんであんたが選ばれたんだろうな?」
 「紳士的行為って言えば聞こえはいいですけど・・・それなりに成功しているサチコさんに特例を設けてまで、援助を申し出る必要ってあるんでしょうか?」
 「それはおいらも思ったっちょ。
 大陸でも、優しい奴ばっかじゃなかったっちょからな・・・」
 成功した分、苦労もしたらしい彼女のため息に、二人は気遣わしげな目を向けた。
 「そんで、どんな奴だったんさ、その『紳士』は?」
 ラビが問うと、ちょめ助は困惑げに首を傾げる。
 「おいら・・・知らなかったけど、英語じゃ女でも『紳士』なんだっちょか?」
 「女?!」
 異口同音に発せられた言葉に、ちょめ助は頷いた。
 「スーツを着て、男装はしてたけど、女だっちょよ。
 やたら無表情で無愛想だったけど、美人だったっちょ」
 「へぇ・・・それは意外だったさ。
 それで、その彼女はちょめになにかするように言ったんさ?」
 「うん。
 毎日午前中、さっきのオフィスに来てくれって。
 読み書きが苦手なおいらのために、英語を教えてやるって」
 「それだけ?
 広告には、なにかお仕事があるように書いてましたけど・・・」
 「ん・・・おいらが読み書きできるようになるのが先だって。
 ただ、勉強してる間も、広告と同じ日当は払うって言ってくれたっちょ」
 親切な申し出に、願ってもないことだと、彼女は喜んで引き受けたのだと言う。
 「やっぱり・・・おいら騙されたっちょかなぁ・・・?」
 広告主の女から話を聞いている間は、影を潜めていた理性が、こうして他人に話して聞かせているうちに首をもたげてきた。
 「一概には言えませんけど・・・・・・」
 新しいボランティアかもしれないし、と、首を傾げたアレンは、傍らの従兄を見あげる。
 「これは・・・ホントに少年探偵をやった方がいいかもしれない」
 「おv
 とうとうやる気になったさ?」
 歓声をあげるラビに、ちょめ助は訝しげに眉をひそめた。
 「少年・・・なんだっちょ?」
 聴き慣れない上に発音しにくい言葉を言われ、戸惑う彼女に二人はにこりと笑う。
 「少年探偵です!」
 「ちょめみたいな、困ってる人間を助ける仕事さ!」
 「・・・警察みたいなもんだっちょか?」
 「ケーサツより頼りになるさ♪」
 大げさなほどに胸をそらして断言したラビに、ちょめ助はクスリと笑みを漏らした。
 「どうしてくれるんだっちょ?」
 「そうですね・・・じゃあ、僕ら一人はお店の見張りで、もう一人はオフィスの見張り。
 そこでサチコさんを見守りましょう」
 「ちょめ助でいいっちょよ」
 にこりと笑って、ちょめ助は首を傾げる。
 「でも・・・お前達、学校はいいんだっちょか?」
 「あー・・・怒られたばっかさ・・・」
 気まずげに眉をひそめたラビの傍らで、しかし、アレンは決然と頷いた。
 「レディの危機を放って置くなんて、英国紳士の沽券に関わります。
 ここは・・・上海在住のエレーナ大叔母様に亡くなっていただく事にしましょう!」
 「誰さ、それ・・・」
 聞いたことのない親戚の名に、ラビが苦笑する。
 「僕も知らない。
 ってか、君が学校サボってた間に亡くなった人達の名前も、テキトーにでっち上げちゃってるから、在住国と名前をセットで覚えといてよね。
 口裏あわせとかないと、僕まで先生に怒られるよ」
 「そりゃかまわねーけど・・・なに?架空の親戚ばっかだったんさ?」
 「・・・・・・本人達の名前使ったら、先生達より怖いお仕置きが来るでしょ」
 ぶるりと震え上がったアレンに、ちょめ助は思わず吹き出した。
 「面白い奴らだっちょ!
 なんだか、お前達なら信用できる気がするっちょよ」
 「あぁ、信用してもらっていいぜv
 「僕らがんばりますね、ちょめ助さん!」
 威勢よく声をあげた二人は、張り切ってこぶしを握る。
 「じゃあ、俺らが見張ってるって事は、誰にもナイショな?
 もちろん、ここの店員にもさ!」
 「敵を騙すにはまず味方から、だっちょな。
 うん・・・あいつには悪いけど、この不思議な件の真相を知るには、仕方ないっちょね」
 ラビの言葉に、ちょめ助は大きく頷いた。
 「よろしくだっちょ!」
 「はい!」
 「任せるさv
 初の依頼に少年探偵達は、揃ってはしゃいだ声をあげた・・・・・・これが、ある大事件の重要な鍵になるとも知らずに。


 ラビとアレンが『大叔母様の葬式に出席する』と口実を設けて共に学校を休み、こそこそと動き始めた頃。
 コムイが再び探偵業を始めたことを知らずにいたかつての相棒は、用事のついでに寄ったコムイの自宅で初めて、彼が大陸に行ってしまったことを聞いて驚いた。
 「一体、なんでまた大陸なんかに?」
 かつての大家に問うと、彼女は苦笑して肩をすくめる。
 「殿下よぉー。
 どうしてもコムイに調査を頼みたいって、わざわざこちらにおいでになったのん。
 御自らのご依頼もさることながら、リナリーからの『お願い』が効いてねぇ。
 コムたんったら、張り切って行っちゃったわよぉ」
 「へぇ・・・。
 まぁ、そう言うことなら仕方ないっすね。
 それで、リナリーは?」
 部屋を見回したリーバーは、ここにいるはずの少女の姿がないことに首を傾げた。
 「また・・・アレンの家ですか?」
 自分の言葉に、リーバーは苦笑する。
 リナリーが、彼とミランダの結婚式の準備に、アレンの家を使っていることは聞いていた。
 年頃の少女が、少年とはいえ男子の家に入り浸ることに、コムイは感心しない様子だったが、その目的を知っているため、あまり強いことも言えないらしい。
 「確かに、アンタ達のお手伝いもあって入り浸ってるんだけどね。
 あの子のホントのお目当ては、どうやらアレンちゃん本人みたいねェ」
 「若い娘が・・・」
 呆れた風のリーバーに、ジェリーもクスクスと笑った。
 「アレンちゃんがいばら姫で、リナリーが王子なんですってv
 逆じゃないの、って言ったら、あの子、『王子の方がかっこいいもん!』って・・・おてんばでしょうがないわねぇ」
 でも、と、ジェリーは首を振って、自分のティーカップを取り上げる。
 「今日は違うの。
 ううん、今日だけじゃないわね。
 コムイが大陸に行ってからずっと、あの子、殿下のお側にいるのよ」
 「殿下の?」
 意外そうに目を見開くリーバーに、ジェリーは深く頷いた。
 「アタシ・・・あの子は小さい頃にさらわれて、売られてしまったって聞いてたからぁ、どんなに酷い目に遭ったのかしらって思ってたんだけどぉ・・・。
 どうやら殿下はリナリーにとって、とっても慕わしい存在でいらしたようねぇ。
 えぇ、アタシもほんの少し、拝見してお言葉を交わしただけだけど、とても鷹揚で、ステキな方でいらしたわぁ。
 だからでしょうねぇ・・・。
 今回も、リナリーの方からお世話をしたいって、言い出したらしいのよぉ。
 殿下は渋っておられたようだけど、コムイがとりなして、リナリーはコムイが大陸に行っている間だけ、また侍女としてお側に仕えることになったのん」
 「へぇ・・・。
 まぁ、殿下への忠誠心は、厚いようでしたからね・・・」
 感心したように呟くリーバーに、ジェリーはにこりと笑う。
 「それで?
 アンタはなんの相談に来たのん?」
 さらりと問われて、リーバーは口に含んだお茶を、ごくりと飲み込んだ。
 「・・・さすがっすね、大家さん」
 「アンタの屈託がわかんないアタシじゃなくてよんv
 もしかして、ミランダのコトん?」
 図星を指されて、リーバーは深々とため息をつく。
 「そうなんす・・・。
 彼女、今、すっげーマリッジ・ブルーになってて・・・・・・」
 「あららん・・・どうしちゃったのぉん?」
 「それが・・・新居のことなんすけどね・・・」
 何年もコムイの助手をやっていたおかげで、随分と顔が広くなっていたリーバーには、開業するに当たって、幾人かの協力者も現れた。
 その中には彼の人柄を見込んで、『隠居するから』と、医院を患者ごと譲ってくれる医者もいたのだ。
 「あらぁ!よかったじゃなぁい!」
 歓声をあげるジェリーに、リーバーも頷いた。
 「えぇ。
 そりゃこっちにとっては願ってもないことっすから、喜んで受けたんですよ」
 でも、と、リーバーがまた吐息する。
 「隠居するドクターに、二人で挨拶に行った時のことなんすけど・・・」
 ドクター自身は、気さくで話好きで、緊張していたミランダもすぐに打ち解けていった。
 だが、彼の妻は・・・・・・。
 「奥さんは元、ナースだったらしいんですよね。
 ミランダのこと、ずっと見てるなぁと思ってたら、あからさまにため息ついて、『あなた、そんなにうっかりしていて、医者であるご主人を支えられますか』なんて言ってくれて・・・・・・」
 「あら・ま」
 頬に手を当て、苦笑したジェリーに、リーバーは頷いた。
 「別に俺は、彼女に医院の手伝いをして欲しいなんて思っちゃいないんですよ。
 最初のうちは俺一人で手が回るだろうし、ナースが必要なら雇えばいいんだし。
 でも・・・・・・」
 「センシティブな子だものねェ・・・」
 気遣わしげに首を傾げるジェリーに、リーバーはまた頷く。
 「かなり気にしちまって・・・自分は医院の役に立たないどころか、きっととんでもないミスをしてしまうし、そうなったら俺に迷惑をかけるから、って、婚約破棄したいとまで言い出す始末で・・・」
 「婚約破棄?!」
 「それはさすがに思い留まらせましたけどね!!」
 悲鳴をあげて立ち上がったジェリーを、リーバーは慌てて制した。
 「でも、すっかり元気なくして、引きこもっちまって・・・ドクター達はとっくに引っ越しちまったのに、ミランダの引越しは全然終わってないんすよ」
 「まぁまぁ・・・!それは困ったわねぇ・・・・・・」
 深く吐息して、ジェリーは頷く。
 「わかったわ。
 じゃあ、こっちの事件はアタシがなんとかしましょ」
 「・・・っお願いできますか?!」
 勢い込んで迫るリーバーに、ジェリーはにこりと笑った。
 「姐さんに任せておきなさいなv
 あの子の花嫁姿、みーんな楽しみにしてるんですからねv
 いくつもの難事件を解決してきた探偵よりも頼りになる大家に請け合ってもらい、リーバーが喜色を浮かべる。
 「よろしくお願いしますっ!!」
 深々とこうべを垂れたリーバーに、ジェリーは頼もしく頷いた。


 リーバーがかつての下宿を辞去すると、ジェリーは機敏に動き出した。
 バスケットに様々なものを詰め、賑やかな通りを行き交う辻馬車に乗り込む。
 向かったのは、ロンドン郊外にあるミランダのアパートだった。
 通りから外れたそこはとても閑静な場所で、時折、近隣の子供達が歓声をあげる以外は、鳥の声しか聞こえない。
 ジェリーはアパートの階段を軽やかに上がると、ミランダの部屋のドアをリズミカルにノックした。
 「お届け物ですよーんv
 明るい声を掛けると、ドアの向こうでばたばたと騒がしい音がして、勢いよくドアが開く。
 「ジェリーさんッ!!」
 「ハァイv
 陣中見舞いよん♪」
 にっこりと笑うと、ミランダは真っ赤な目尻に涙を浮かべた。
 「ジェリーさん・・・私・・・っ!!」
 「ハイハイ、事情はリーバーから、ちょっとだけ聞いてるわ」
 ジェリーは、顔を覆ってうな垂れたミランダの肩を抱き、共に部屋に入る。
 「とりあえず、お茶しましょv
 おいしいお茶っ葉と、アタシの作ったお菓子も持ってきたわよん♪」
 「はい・・・じゃあ、お湯を・・・」
 「いいわよ、アンタ座ってなさいな。
 お台所、ちょっと借りるわよv
 言うや、彼女は持参のエプロンをかけて、手早くお茶の仕度をしていった。
 「それにしても、ひどい顔色ねェ。ちゃんと食べてるのぉ?」
 あっという間にテーブルに並べられたティーセットに目を丸くしたミランダは、気遣わしげに問う魔法使いに、細い首を振る。
 「ま、寝食どころじゃなかったでしょうけどね」
 苦笑して、ジェリーはお湯が沸く間に作った軽食をミランダに勧めた。
 「あの・・・リーバーさんは、なんて・・・・・・?」
 ミランダがサンドウィッチをかじりながら、気弱げな上目遣いで見上げると、ジェリーは何気ない様子で頷く。
 「元々アンタに、医院の手伝いなんかしてもらおうと思ってないって」
 途端、しおしおとうな垂れたミランダに、ジェリーは笑みを深めた。
 「シツレイしちゃうわよねぇ。
 アンタはリーバーの力になりたいのに、最初から『必要ない』なんて言われちゃねぇ?」
 ミランダが驚いた顔を、ぴょこん、とあげると、ジェリーは軽やかな笑声をあげる。
 「奥さんになるって、そう言うことだもんねェ。
 だからアンタは、ドクターの奥さんの言うことを真剣に受け止めたって言うのに・・・リーバーもとんだ勘違いだこと!」
 「でも・・・そう思われるのも、仕方ありませんよね・・・。
 私、本当に何もできなくて・・・・・・」
 そう言ってまた、目に涙を浮かべたミランダの肩を、ジェリーは黙って撫でてやった。
 「私・・・ドクターの奥様から『そんなにうっかりしていて、医者であるご主人を支えられますか』って言われた時、初めて・・・責任を自覚したんです・・・・・・」
 「そうね。
 他の職業ならともかく、時には人の命に関わることですもんね」
 ジェリーの相槌に、ミランダはうな垂れるように頷く。
 「一緒にいて、楽しく過ごすだけじゃいけないんです・・・。
 なのに私、すっかり浮かれてしまって・・・奥様はそれを教えてくださったの・・・」
 「まぁ、今は一番いい時なんだから、浮かれててもいいとは思うけどね」
 生真面目なミランダの言い様に、ジェリーはクスリと笑みをもらした。
 「それで?
 アンタは結婚先延ばしにして、看護学校にでも入ろうと思ってんの?」
 途端、ミランダが目を見開く。
 「その方法が・・・!」
 「やめといた方がいいわぁ。
 リーバーにならともかく、アンタに注射してもらうなんて、勇気がいるもの」
 すかさず否定されて、ミランダがまたうな垂れた。
 「ひどい・・・・・・」
 「ホホホv
 あんまり背伸びしないで、できることをやんなさい、って言ってるのよーぅv
 ぽんぽん、と、ミランダの背中を叩きながら、ジェリーは陽気に笑う。
 「それに、思い出してご覧なさいな。
 奥様はアンタの『うっかりさ』を注意しただけで、他の事はなーんにも言わなかったんじゃない?」
 「え・・・そう・・・ですね・・・でも・・・・・・」
 最初に言われたことにショックが大きすぎて、後のことを覚えていないだけかも、と、不安げな彼女に、ジェリーは首を振った。
 「他にも言われたんだったら、リーバーが覚えてるわよぉ!
 それに、アタシは奥様のことを知らないから、彼女がどんなつもりでアンタに苦言を呈したか、正確にはわかんないけどぉ・・・」
 顔をあげたミランダに、ジェリーはにこりと笑う。
 「それ以外は合格ってことでしょーよんv
 今のアンタには、確かに医院を切り盛りする『技術』はないけど、裏表のない善良な性格は、何よりも医院をサポートできるんじゃなくて?」
 それに、と、ジェリーは顎に指を当て、小首を傾げた。
 「アンタのその優しさは、誰よりもリーバーの助けになるわv
 「そうで・・・しょうか・・・・・・」
 未だ不安げなミランダに、ジェリーは大きく頷く。
 「そぉよぉ!
 アタシはあの子とは、長い付き合いだもの。
 あの子がなにを望んでいるかくらい、わかってるつもりよ?
 それに・・・アンタ達はお互いに、莫大な財宝よりも大事な宝物なんでしょ?」
 途端、ミランダは真っ赤になって俯き、ジェリーは華やかな笑声をあげた。


 その後、ミランダがまた深く考え込まないうちにと、引越しの段取りまで整えてやったジェリーは、自宅に戻る前に、開業に向けて慌しい医院に寄った。
 「説得に成功したわよーん!」
 得意げに胸を反らすと、リーバーが諸手と共に歓声をあげる。
 「ほんっと助かりました!!
 さすが大家さん!!」
 両手でジェリーの手を握り、ぶんぶんと振るリーバーに、しかし、ジェリーは片眉をあげて表情を厳しくした。
 「でもね、アンタの勘違いも正しておく必要があるわ」
 「へ?俺の?」
 きょとん、と目を丸くして、ジェリーの手を放したリーバーに、彼女は深く頷く。
 「あの子はね、お人形じゃないのよ。
 お部屋に飾っておくだけじゃなくて、一緒にココを盛り立てて行きなさいな。
 良くも悪くも、それが夫婦ってもんでしょ」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 よく事情が飲み込めない様子でリーバーが生返事をすると、ジェリーは更に表情を厳しくした。
 「ミランダが落ち込んじゃったのはね、ドクターの奥様に厳しいことを言われたからじゃないわ。
 アンタに『手伝いなんか必要ない』って言われたからよ」
 「んなっ?!イヤ俺、そんなつもりで言ったんじゃ・・・っ!!」
 「悪気はなかったでしょうとも」
 ひとつ吐息して、ジェリーは苦笑する。
 「アンタはただ、『宝物』を大事にしまっておきたかっただけでしょうけど、あの子はか弱げに見えて、芯のある子だわ。
 アンタの役に立ちたいと思って、あの子なりに張り切ってたのに、最初から『期待してない』なんて言われちゃねェ?」
 「う・・・・・・」
 気まずげに黙りこんだリーバーの二の腕を軽く叩き、ジェリーはにっこりと笑った。
 「後は、アンタ達二人でお話しなさいなv
 とりあえず、お引越しの段取りはつけてきたから、すぐミランダに会って、都合のいい日を決めるのねv
 「はい・・・あの、大家さん・・・!」
 「ん?」
 決然とした表情で、リーバーは再びジェリーの手を握る。
 「ありがとうございました!!」
 「うふv 迅速解決だったでしょ?
 またなんかあったら、姐さんのとこにいらっしゃいv
 「はい!!」
 冗談めかした口調のジェリーに、リーバーは真剣すぎるほど真剣な声音で頷いた。


 「ホホホv アタシも探偵になれるかしらねェv
 家路を行く馬車の中で、明るい声をあげたジェリーは、窓の外に気にかかる姿を見止め、慌てて馬車を止めさせた。
 「アレンちゃんじゃない!どうしたのぉ?」
 馬車の中から呼びかけると、アレンはぎくりとした顔を向ける。
 「ジェ・・・ジェリーさん・・・・・・?!」
 なんで、と言う呟きが、驚きと共にアレンの口から漏れた。
 それもそのはず、今の彼は、フードで特徴的な色の髪を隠し、頬の目立つ傷を絆創膏で隠し、マフラーで半面をも覆っている。
 その上で雑踏に紛れた彼は、学校の友人達でさえ見過ごすだろうに、ジェリーは走る馬車の中から一瞬でその正体を見極めた。
 「ジェリーさんて・・・本当に魔法使いなんですか・・・?」
 リナリーがしばしば、『ジェリーの料理の腕は、魔法を使っているとしか思えない』と言っていたことを思い出し、呆然と呟く。
 と、
 「ナニ馬鹿なこと言ってんの!
 ウチでごはん食べた子くらい、すぐわかるわよ。
 それよりアナタ、この時間は学校じゃないの?」
 重ねて問いかけられ、アレンは気まずげな顔で馬車に歩み寄った。
 「えと・・・探偵中です」
 ぼそぼそと、小さな声で言う彼に、ジェリーは眉根を寄せる。
 「学校は?」
 「えーっと・・・・・・」
 「イケナイ子ね!」
 目を泳がせるアレンの様子で事情を察し、ジェリーが声を厳しくした。
 「お乗んなさい。
 学校まで送ってあげるわ」
 「いっ・・・いえ、それは・・・っ!!」
 ジェリーの申し出に、アレンは慌てて数歩退く。
 「なぁに?探偵って一体アナタ、ナニやってんの?」
 「それは・・・あ!」
 訝しげなジェリーになんと答えたものか、困惑するアレンの目の端に、オフィスから出てくるちょめ助の姿が映った。
 「あっ・・・あのっ・・・ごめんなさい!
 僕、彼女の護衛しなきゃ!!」
 「護衛って・・・ちょっとお待ちなさい!」
 ジェリーは踵を返したアレンの襟首を素早く掴み、意外な膂力で猫の仔のようにぶら下げる。
 「また危ないことしてるんじゃないの?」
 叱りつけるような口調で言われたアレンは、図星を指されて気まずげに口ごもった。
 「全くこの子は・・・!
 あの子の護衛してるって言うんなら、あの子も一緒に乗せたげるから、アタシに事情を説明なさい」
 反駁を許さない気迫で言われ、アレンは仕方なく頷く。
 見張られているかもしれないからと、ジェリーには馬車を目立たない路地まで移動させてもらい、ちょめ助には人混みに紛れてこっそりと声を掛けて、それとなく移動してもらった。
 「ちょめ助さんです。
 ・・・じゃない、サチコさんです」
 「よ・・・よろしくだっちょ」
 馬車に乗り込んだちょめ助は、アレンに紹介されると、向かい合わせに座るジェリーを興味津々と見つめる。
 「あのー・・・ジェリーは男だっちょ?なんでそんなカッコ・・・」
 「ハートは乙女よ!
 いえ、そんなことはいいの」
 ぱたぱたと手を振って、最も興味深い質問を流したジェリーは、再び走り出した馬車に揺られつつ、首を傾げた。
 「一体、何をやってんの、アンタ達?
 特にアレンちゃんは、学校までサボって!」
 厳しい声で問われ、アレンがびくりと首をすくめる。
 と、
 「そ・・・それはおいらのためなんだっちょ!!」
 ちょめ助が、慌てて間に入った。
 「おいらが、どうにも変なことになったっちょから・・・」
 視線で促され、ちょめ助はジェリーに、こうなったいきさつを語る。
 時折混じるアレンの話も聞いた彼女は、全ての事情を知ると、深々と吐息した。
 「アンタ達、薮蛇って言葉知ってる?」
 二人が揃って頷くと、ジェリーの眉がわずか、吊り上る。
 「今、まさにこの言葉がぴったり来る状況だと思わない?」
 「はぁ・・・・・・」
 またもや揃って生返事をした二人は、ジェリーがびしりと膝を叩いた音に、びくっと震え上がった。
 「アレンちゃん。
 アナタは今、探偵ごっこよりもお勉強の方が大事なんじゃなくて?」
 「う・・・でも・・・・・・」
 「サチコちゃん、アナタみたいな若い子が、外国でお仕事することがどんなに大変かはわかるわ。
 でももし、これが事件の前触れなら、相談すべきは警察か、本物の探偵じゃないかしら?」
 「でも・・・ここの警察は・・・・・・」
 気弱げな上目遣いで見上げてくるちょめ助に、ジェリーはわずか、首を傾げて続きを促す。
 「外国人に冷たいっちょ・・・」
 「あぁ・・・確かにねェ」
 ジェリーが思わず苦笑すると、アレンが深々とこうべを垂れた。
 「島国根性ですみません・・・」
 世界一優秀な警察といっても、国民性はいかんともしがたい。
 「ま・・・島国根性は、日本も一緒だっちょ。
 だからこの国の人間が、外国人に冷たいのもわかるっちょよ」
 軽く吐息して、ちょめ助は隣のアレンへ視線を流した。
 「けど・・・やっぱ、アレン達に探偵を頼むのは悪いっちょね。
 アレン、おいらはもう、大丈夫だから、ラビにも言って・・・」
 「そんな、ダメですよ!!」
 ちょめ助の言葉を慌てて遮り、アレンはジェリーに懇願の目を向ける。
 「初めは僕も『ちょっと変だな』くらいにしか思ってなかったんですが、ここ数日、ラビと一緒に見張ってたら、本当に変なんです!
 ちょめ助さんがオフィスにこもってる間、お店に同じ人達が入り浸ってるんですよ!!」
 驚異的な記憶力を誇るラビが言うのだから間違いないと、アレンは断言した。
 「毎日変装してくる上に、彼らは一度お店に入ったら、ちょめ助さんが帰ってくる間際まで、ずっとお店から出てこないって!」
 「んま・・・それは確かに変ねェ・・・」
 「きっと、ちょめ助さんがいない間に何かしてるんでしょうが・・・」
 気遣わしげなアレンの視線を受けて、ちょめ助も困惑げに頷く。
 「店の物や、売上がなくなってるわけじゃないから、泥棒じゃないんだっちょ。
 おいらの私物も、壊されたりなくなってるもんはないし・・・ただ、店の前を通る馬車の音が、ちょっとうるさくなったかな、ってくらいで・・・」
 「でも・・・なんだか気持ち悪いわねぇ・・・」
 「そうなんだっちょよぉう・・・!
 店番に『なんか変な事はないか』って聞いても、『長居する客がいるけど、それ以外は何も』って言うし・・・。
 でもそんな、毎日長居するって変だっちょ・・・!」
 目に涙をためるちょめ助に、ジェリーは頬に手を当て、眉をひそめた。
 「ねぇアナタ、お昼は店員がいるって言ったけど、夜は一人になるんじゃないの?
 そんな所に一人でいると危ないわ・・・しばらく、アタシのウチに来ない?」
 「へ・・・?」
 意外そうな表情で、涙目をあげたちょめ助に、ジェリーは笑みを向ける。
 「ちょうど今、下宿人が二人とも家を出てて、アタシも寂しかったのよぉv
 話し相手になってくれると嬉しいわ」
 「で・・・でも・・・・・・」
 「ん?」
 微笑んで、首を傾げるジェリーを、ちょめ助は上目遣いに見つめた。
 「いいんだっちょか・・・?おいらとは初めて会ったのに・・・・・・」
 「アタシとは初めてだけど、アナタ、アレンちゃんのお友達でしょ?
 アナタさえよければ、アタシはかまやしないわよ」
 あっさりと言ったジェリーに、アレンが喜色を浮かべる。
 「ちょめ助さんの安全のためにも、そうした方がいいですよ!」
 「ん・・・でも、店に誰もいないのは・・・」
 「だったら僕達が泊り込みます!」
 ガッコ休んでるし!と、口走ったアレンを、ジェリーが睨みつけた。
 「めっ!
 アレンちゃんもラビも、明日からはちゃんと学校に行くのよ!」
 「う・・・でもぉ・・・・・・」
 承服しがたい様子のアレンに、ジェリーはにこりと微笑む。
 「こういうことはプロに任せなさい。
 幸いアタシ、イースターが終わるまでは独身の元探偵助手を知ってるわよv
 ジェリーのいたずらっぽい口調に、アレンは破顔して頷いた。


 その頃、ちょめ助の店を見張っていたラビは、人目を避けるように店から出てきた二人連れに眉をひそめた。
 人手があれば、彼らの後をつけたかったが、あいにくここには彼しかいない。
 「毎日、9時から3時まで6時間・・・ちょめ助がオフィスにいる間に必ずやって来て、なにやってんさ、あいつら・・・・・・」
 去り行く背中をもどかしげに見送り、ラビは店内へと視線を向けた。
 「なんであいつは平気なんさ・・・・・・」
 毎日やって来ては、6時間も長居する客なんて、迷惑以外の何者でもないだろう。
 しかし彼は、特に迷惑がる様子もなく、長居する客達を店の奥に置いて、時折訪れる買い物客に愛想を振り撒いていた。
 「仲間・・・友達、とか・・・・・・?」
 ちょめ助の店は、英国人には珍しい物を数多く取り揃えているため、興味津々とやってくる客は結構あったが、ひっきりなしと言うわけでもない。
 ちょめ助と二人でいるならともかく、一人での店番は退屈だろうし、話し相手に友人達を誘ったのかとも思った。
 だが・・・・・・。
 浮世絵の額縁を抱えて満足げな客を、店の外に出て愛想よく見送る彼を見るラビの目が、鋭さを増した。
 この数日の間には、彼が店の中に入るタイミングを見計らってさりげなく近づき、店頭に並んだ品を眺める振りをして中を覗いたこともあったが、小さな店内のどこにも、長居しているはずの二人の姿はなかった。
 ちょめ助に招かれた際、ラビがカメラ並みの記憶力で脳裏に刻んだ店内には、隠れる場所などなかったし、そうなれば、あの二人がいるのは店ではなく、ちょめ助の居住スペースに当たる場所だ。
 そんなところであの二人は何をしているのか・・・。
 考えを巡らせながら、ラビはさりげなく見張り場所を変え、道を挟んで向かいにある銀行の、裏口の階段に身を潜めた。
 と、
 「・・・なにしてんだ、てめェ」
 銀行の裏口から出てきた人物に不機嫌な声を掛けられ、驚いて顔をあげる。
 「ユウちゃん・・・!」
 「気安く俺のファースト・ネームを呼ぶんじゃねェ!!」
 恐ろしい目で睨まれ、震え上がったラビに、神田は重ねて問うた。
 「まだ殿下をつけまわしてんなら・・・!」
 ちき、と、神田が刀剣の鞘を鳴らすや、ラビは発作でも起こしたかと思う激しさで首を振る。
 「違っ・・・違っ・・・違うさっ・・・!!
 俺は今、探偵のっ・・・!!」
 「また探偵ごっこか」
 忌々しげに舌打ちし、神田は刀剣に掛けた手を下ろした。
 「てめェ、いい加減にしろ。
 どうせまた、ガキの勇み足でとんでもねェことやらかしてんだろ」
 「んなっ?!同い年にガキって言われたくないさ!!」
 「ガキじゃねぇか。
 学校はどうした?」
 ラビが気まずげに視線を逸らすと、神田はあからさまに馬鹿にした吐息を漏らす。
 「ガキはガッコで勉強してろ。
 無理矢理手伝われたって、あの探偵も迷惑だろうぜ」
 「違うさ!
 今回は俺らが引き受けた事件なんさ!
 外国の・・・イヤ、お前と同じ日本人が巻き込まれた事件なんだぜ?!ほっとけるかよ!」
 「日本人?」
 初めて興味を惹かれた風に問い返す神田に、ラビは激しく頷いた。
 「知らね、あの店の店主?
 サチコって言う、けっこ可愛い女の子さ」
 「名前は知らねェが、日本人が店を出してんのは知ってたぜ。
 本国じゃガラクタ扱いの品をありがたがる西洋人が、こんなにいるとは思わなかったがな」
 「ガラ・・・!
 いいじゃねぇか、珍しいんだからさ!」
 「どうせありがたがるんなら、ガラクタじゃなく、工芸品をありがたがれってぇんだよ。
 ・・・おい、店主が帰ってきたみたいだぜ?」
 つい、と、流した神田の視線をラビが追う。
 「あぁ・・・今日もあいつには、何もなかったらしいな」
 「あいつには?」
 神田が、ラビの気になる言い様を聞き咎めると、彼はこくりと頷いた。
 「店は随分怪しいカンジさ。
 ここんとこ毎日、妙な二人連れがあの店に長居してる」
 「ふん・・・売上でもちょろまかしてんのか?」
 「いや。それはないそうさ」
 「じゃあ何か他に目的があんだろ」
 「何かって、例えば?」
 ラビの問いに、神田は口の端を曲げる。
 「俺に聞くより、あいつに聞けよ。
 明らかにそいつらの仲間だろ」
 そう言って、神田がまっすぐに指差した先には、ちょめ助に見送られる店員の姿があった。
 「やっぱ・・・そう思うさ?」
 「当たり前だ」
 にんまりと笑みを浮かべるラビに、神田はあっさりと頷く。
 「それに・・・あの身ごなし、ただの店員じゃないぜ」
 かなりの手練だ、と、元王家の警護官は断言した。
 「よっしゃ!!
 じゃあ後つけて、締め上げて・・・!」
 「待て」
 張り切って歩を踏み出した途端、襟首を掴まれて、ラビが締め上げられる。
 「お前の実力じゃ返り討ちだ。
 コムイに報告して、判断を仰ぐのが正しい選択だな」
 「・・・っだから!!
 これは俺らが引き受けた事件で、コムイはカンケーないっつーの!!」
 と、神田はじたばたと暴れるラビの腕を捻り上げ、動きを封じた。
 「この程度の技も防げねェ実力じゃ、無理だと言っている。
 コムイが絡んでねぇんだったら、警察にでも行くんだな。
 リンクなら、お前らの言い分を馬鹿にしながらも、一応調べてくれるだろうよ」
 「誰があんなホクロ二つに・・・って!いてて!!ユウちゃん、マジ痛いさ!!」
 更に腕を捻られ、ラビは情けない悲鳴をあげる。
 「折られたくなけりゃ、俺の忠告に従え。
 それと・・・」
 ぎろりと、剣呑な目が、ラビの心臓を抉った。
 「俺のファースト・ネームを呼ぶんじゃねェっつってんだろ・・・っ!!」
 「ひっ・・・!!」
 喉を引きつらせ、悲鳴を凍らせて無力化したラビを、神田は無情に放り出す。
 「迎えだ」
 「へ・・・ちょめ助?!」
 神田が顎をしゃくった方へと目を向けると、驚いた顔のちょめ助がラビと神田を見比べていた。
 「な・・・なにしてんだっちょ、お前ら・・・」
 ケンカか、と、気遣わしげな顔になった彼女に、神田がふるりと首を振る。
 「なんでもねぇよ。
 ―――― それよりお前」
 いきなり母国語で話しかけられ、ちょめ助は目をまん丸に見開いた。
 「に・・・日本人だっちょか?!」
 興奮気味の日本語で答えると、神田はあっさりと頷く。
 「こいつが言うには、お前が雇っている店員は結構怪しいらしいぜ。
 さっき俺も見たが、あの身ごなしはただもんじゃねェ。
 妙なことに巻き込まれたくなけりゃ、あいつを解雇して、なんなら店を移すんだな」
 「店を?!」
 ちょめ助の悲鳴じみた声に、神田はうるさげに眉をひそめた。
 「金と命と、どっちが大事だ?
 俺は、長居してた客の方は見ちゃいねぇが、あの店員は間違いなく悪党だぜ」
 「う・・・・・・」
 俯いたちょめ助を、神田は冷厳な目で見下ろす。
 「この国の警察が信用できねェのはわかるが、だからってこいつらに任せるのはどうかと思うぜ」
 ジェリーと同じようなことを言われ、ちょめ助は悄然と頷いた。
 「それは・・・他の奴にも言われたっちょ。
 だから今日、ラビにはこれ以上の捜査を断るつもりだっちょよ」
 「そうか」
 軽く吐息して、神田はポケットからカードを取り出す。
 「何かあったらここへ連絡しろ。
 警察への取次ぎくらいはしてやる」
 差し出されたカードに記された名前と連絡先に、ちょめ助は目を潤ませて頷いた。
 「ありがとうだっちょ〜・・・!!
 おいら、色々あってもう、不安で心細くて・・・!!」
 カードを両手で押し頂き、泣き出したちょめ助の傍らで、ラビが慌てる。
 「ちょっ・・・なにさ?!
 なに言われたんさ?!」
 意地悪なことか、と、口走った途端、神田にぽかりと殴られた。
 「協力を申し出ただけだ」
 憮然とした声で言い、神田は踵を返す。
 が、数歩歩いた先で、肩越しに振り返った。
 「・・・ホテルには、そう長い間滞在しねぇが、移動先は残しておく。
 ただし、日本語でな。
 その赤毛には、ぜってぇ情報を漏らすんじゃねぇぞ」
 「う・・・うん・・・・・・」
 日本語での指示に、ちょめ助はちらりとラビを見遣り、頷く。
 「あ・・・ありがとうだっちょ、神田・・・さん」
 「おう」
 深々とこうべを垂れ、日本式の礼をするちょめ助に頷き、神田は今度こそ去っていった。
 「・・・・・・なんだったんさ?」
 訝しげなラビに、ちょめ助は目の端に滲んだ涙を拭いつつ笑う。
 「久しぶりに同国人に会って、日本語で話せて・・・すげーうれしかったっちょv
 「はぁ・・・そか」
 そう言うものかと、自分を納得させるように何度も頷くラビの手を、ちょめ助が取った。
 「なに?」
 「今日はもう、店じまいしたっちょ!
 そんで・・・一緒に来て欲しいんだっちょよ」
 「どこに?」
 「こっちだっちょ!」
 首を傾げるラビの手を引き、ちょめ助は路地の奥へと入っていく。
 そこには、ジェリーとアレンを乗せた馬車が待っていた。


 「・・・そんで、承諾しちまったんさ?」
 憮然とするラビに、アレンはティーカップを両手で持ったまま、こくりと頷く。
 ちょめ助に手を引かれ、ジェリーに誘われるままに馬車に乗って、彼女の家へと来たものの、まさかリーバーに後を任せることになっているとは思わなかった。
 「なんでさ!
 少年探偵の初仕事だったんに!!」
 「アンタ達のお仕事はお勉強でしょっ!」
 すかさずジェリーに叱られて、ラビがビクッと身をすくめる。
 「まったくもう!
 こないだ危ない目に遭ったばっかりだって言うのに、この子達は!」
 ジェリーは、ラビとはほとんど初対面だったが、コムイやリナリーから、今年初めの冒険劇・・・と、彼らは主張するが、子供の勇み足と評価された件のことは、詳細に聞いていた。
 「アンタ、無茶するにも程があるでしょ!
 おじい様が帰って見えたら、なんておっしゃるかしらね!」
 ジェリーの怒声に、普段飄々としたラビが思わず姿勢を正す。
 「え・・・えっと・・・ごめんさ・・・・・・」
 「何かあってからじゃ遅いのよ?!
 後のことはリーバーにお願いしたからアンタ達、明日はちゃんと学校に行くのよ?!」
 しかし、アレンはともかく、ラビはその件に対して承諾しなかった。
 「一旦引き受けたことを、途中で放り出すわけには行かないさ!
 それに、2ヶ所を見張んなきゃいけないんだから、リーバーだけじゃ人手がたんねーだろ?!」
 「リーバーにはちゃんと、協力者がいるわよ!
 アンタ達とは違う、大人のね!」
 きっぱりと言われ、一瞬口ごもったものの、ラビは頑として首を振る。
 「ラビ・・・!」
 怒気と懇願と取り成しと、三者三様の口調で名を呼ばれた少年は、その中でまっすぐにジェリーを見つめた。
 「だからって、途中で放り出していい理由にはなんねぇだろ!」
 「ラビ、おいらのことはもう・・・」
 「よくねぇよ!」
 懇願口調のちょめ助にきっぱりと言い放ち、ラビはジェリーに向かう。
 「店の様子は明らかに変なんさ!
 ぜってぇ何か企んでるに決まってる!
 それにオフィスの方だって、いつちょめ助に危険が及ぶかわかんねぇんだぜ?!」
 「それはそうね」
 あっさりと頷かれて、ラビは拍子抜けした。
 今までの彼女の様子から、真っ向から否定されると思っていたのだが・・・。
 意外そうな表情のラビに、しかし、ジェリーは眉根を寄せた。
 「それで、実際何か起こった時、アンタは何ができるの?」
 「・・・・・・へ?」
 「まさか、アンタがその悪漢だか暴漢だかを取り押さえるつもり?」
 それはついさっき、神田に『無理だ』と断言されたことだ。
 黙り込んでしまったラビに、ジェリーは苦笑する。
 「リーバーに任せなさい。
 イースター前にはコムイも帰ってくるって言ってたし、なんなら彼にも頼めばいいわ」
 ね?と、言い聞かせるように手を差し伸べたジェリーから、ラビは身を引いた。
 「・・・だったら!」
 「ん?」
 「今まで俺らが得た情報の引継ぎは、俺がするさ!
 どうせ明日は金曜なんさ!
 もう一日休んだくらい、どってことねーよ!!」
 「またこの子は・・・!!」
 再び怒声を上げようとするジェリーに、ずっと黙っていたアレンが口を挟む。
 「あの・・・ここは譲歩してくれませんか、ジェリーさん?
 僕らジェリーさんに叱られて、無茶やってたんだなぁって事はわかりましたけど、だからって途中で放り出したくはないですもん・・・」
 切々と訴えられて、さすがのジェリーの表情も和らいでいった。
 「んもう・・・じゃあお約束なさい、アンタ達。
 明日はリーバーに情報提供するだけで、危ないことしちゃダメよ?
 そして、それが終わったらアタシの側にいなさい」
 「へ?」
 「なんでさ?」
 きょとん、と、目を丸くする二人に、ジェリーはにこりと笑う。
 「モチロン、アンタ達が悪さしないか見張るためよんv
 イースターエッグ作るお手伝いなさいv
 「イースターエッグ?!」
 抑えきれずに声を弾ませたアレンの隣で、ラビも目を輝かせた。
 「サチコちゃんも、せっかく英国にいるんだから、作り方覚えなさいなv
 楽しいわよーぅ?」
 「う・・・うん・・・」
 不安げなちょめ助を、ジェリーは優しく撫でてやる。
 「大丈夫。
 後は本職の探偵達に任せておけば、全て解決してくれるからねv
 「うん・・・!」
 ジェリーの大きな手の下で、ちょめ助は深く頷いた。


 翌朝、ジェリーの要請に応じて、かつての下宿を訪れたリーバーは、いないと思っていた探偵の姿をそこに見て驚いた。
 「あんた、大陸に行ってたんじゃ・・・」
 「さっき帰ってきたんだよーぅ。
 大陸でやる事は終わったから、ロンドンで事件を解決するためにね」
 「解決?」
 「うん。
 事件の大元・・・って言うか、一味はこっちに逃げちゃってるからね。
 一網打尽にするために、戻ってきたんだよ」
 自信ありげに断言したコムイに、リーバーは感心して頷く。
 「さすが、毎度早いっすね!」
 「僕が頼んだ時は、あんなにごねてたのにぃ・・・」
 アレンが恨みがましい目で見上げるが、コムイはどこ吹く風と聞き流した。
 「・・・で。
 なんでお前らが、ここで朝飯食ってんだ?」
 学校は、と、リーバーに問われ、アレンとラビが不自然に目をそらす。
 「今日は休みさっ!」
 「イースター休暇ですよ・・・」
 「てめぇら・・・」
 明らかに怪しい二人に詰め寄るリーバーを、しかし、コムイが笑って止めた。
 「まぁまぁ、リーバー君、ちょっと待って。
 この子達、面白い情報持ってるから、話を聞かせてもらおうよ」
 言って、コムイはコートを脱がないまま、朝食のテーブルに着く。
 憮然としつつも、リーバーまでもがコート姿のまま席に着き、コムイは二人に情報提供を促した。
 「赤毛連盟のこと、最初から話して」
 と、アレンがラビを見遣り、ラビが頷いて口を開く。
 「事の発端は、俺が新聞広告に載っていた赤毛連盟の募集に応募したことさ」
 ラビは、自分が選考から外れたこと、該当者に選ばれたサチコにまつわる不審な事、彼女がいない間に、彼女の店に出入りする不審な客のことなどを、主観を交えず正確に報告した。
 「僕がいない1週間の間に、そんな面白いことになってたんだねェ」
 意外なほど整然とまとめられた話に、探偵は感心して頷いたが、
 「ガッコさぼって、んなことやってたのかよ、悪ガキ共!」
 リーバーに睨まれて、二人はわたわたとお互いの背に隠れようとする。
 「だってっ・・・!
 困ってるご婦人を放っておけないじゃないですかぁ・・・!」
 「そうさっ!
 これがおっさんだったら、俺もアレンも放置したさ!」
 「どういう差別だ!」
 目にも留まらぬ速さで飛んできたげんこつを食らい、二人は並んで頭を抱えた。
 「イタイー・・・!!」
 「リーバーの乱暴者ー・・・!!」
 「ガッコさぼった罰だ!!」
 揃って泣き声をあげる二人にリーバーが怒声を浴びせると、コムイがたまらず笑い出す。
 「そのくらいにしてやりなよ、リーバー君。
 今回はこの子達、お手柄だったんだからさv
 「・・・は?そりゃ、どういうことです?」
 今の情報を得た時点で、何かを掴んだらしい探偵にリーバーが問うと、彼はにこりと笑った。
 「神田君にお願いしておいてよかったv
 これで心置きなく、罠を張れるよ♪」
 「へ?ユウ?」
 意外な名前にラビが目を丸くすると、コムイは笑みを浮かべたまま、頷く。
 「殿下も被害に遭われたフランスの金庫破り事件なんだけど・・・調べているうちに、この黒幕は千年伯爵じゃないかと気づいたんだよね」
 「せんねんはくしゃく?」
 誰?と、アレンが首を傾げると、コムイの顔から笑みが消えた。
 「世界中で起きる、あらゆる事件の黒幕と目されている人物だよ。
 本人は決して表には出ず、彼が支配する、大勢の部下達が手足となって働く。
 先日の金庫破りだけじゃない。
 スイスの時計職人誘拐事件やローマの美術品盗難事件、北米の列車強盗まで、彼の指示で行われたと考えられるんだ」
 「そんなすげー奴がいるんさ?!」
 「悪党にすげーって言うな!」
 リーバーのげんこつをまた食らって、ラビが泣き声をあげる。
 「まぁ、確かにすごいことはすごいよね。
 こんなやり方、今まで誰も考えなかった。
 まさに、犯罪界のナポレオンって奴かな」
 「あんたまで奴を認めるようなことを!」
 憤然とするリーバーに、コムイも首をすくめた。
 「勝利を収めるには、敵の力を正確に図んなきゃいけないんだよぉぅ・・・」
 言っていることは正しいはずなのに、どこか言い訳じみた口調で言うコムイに、『それで?』と、アレンが反対側へ首を傾げる。
 「その伯爵の件で、あの目つきのわっるいのに、なに頼んだんですか?」
 「どーしたの?なんか険悪そうだね」
 「・・・僕のことはいいですから」
 驚いて目を見開くコムイに憮然と答えて、アレンは先をねだった。
 「それで?」
 「うん。
 伯爵が・・・というか、伯爵の一味がこっちに渡ったのはね、フランスで盗んだ宝石を売りさばくことだけが目的じゃなかったんだ」
 「・・・と、言うと?」
 リーバーの問いに、コムイは砂糖ツボを引き寄せる。
 「例の銀行が被害に遭う直前、銀行の重役達しか知らない取引で、3万ポンドもの金貨がフランスからイギリスの銀行に渡ったんだよ」
 言いながら、コムイは砂糖ツボを右手から左手に移動させた。
 「伯爵達の狙いは、実はその金貨だったらしいんだよね。
 だけど、苦労して金庫にまで入ったのに、そこに蓄えられていたはずの金貨はなかった。
 それで仕方なく、顧客が預けていた宝飾品を盗んで行ったんだね」
 コムイの手の内を移動する砂糖ツボを見つめていたラビが、ふと顔をあげる。
 「それを追いかけてイギリスまで来たって・・・もしかして・・・?」
 「サチコくんの店の前にある銀行。
 金貨は今、そこにある」
 予想通りの答えに、ラビは大きく頷いた。
 「じゃあ、ユウちゃんがあの銀行から出てきたのって・・・!」
 「オヤ、会っちゃったのかい?
 目立たないように、こっそり行ってくれってお願いしたのに」
 コムイの意外そうな声音に、ラビは苦笑する。
 「ユウちゃんは裏口から出て来たんけど・・・俺、殿下を追いかけてるって思われたみてーでさ」
 脅された、と、あの眼光を思い出して震え上がるラビに、コムイも苦笑を返した。
 「そか・・・それじゃあ無理ないね。
 リナリーと同じで、彼も殿下に忠誠心厚いみたいだからさ」
 「でも、あの人に何を頼んだんですか?」
 極秘に調査するにしては、東洋人の彼は目立つだろうと言うアレンに、コムイは笑って首を振る。
 「銀行の中では目立っていいんだよ。
 むしろ、重役自ら接客に出てきてくれるくらいには目立ってもらって、金庫室の確認をしてもらいたかったんだ。
 そこで殿下に電報を打って、ご協力を仰いだんだよ」
 「協力?」
 興味津々と問い返すラビには、大きく頷いた。
 「うん。
 お手元の宝石をあの銀行に預けたいから、その前に金庫室の安全を確認させろって名目で、神田君に金庫室に入ってもらってね、内部に異常はないか、確認してもらった」
 銀行も、上客になりそうな王族が、貴重な宝石を預ける場所を確認したいと言う要請は断れなかったらしい。
 「その結果、あの銀行でも、フランスの銀行と同じ事が起こっていた」
 「同じって?」
 声を揃えて問い返す子供達に思わず笑みを漏らし、コムイは踵でコンコン、と床を鳴らした。
 「幾重もの、厚い鉄の扉で封じられた地下の金庫室の床を、調べてもらったんだ。
 彼の報告によれば、僕の思った通り、ひどく空ろな音がしたそうだよ」
 「うつろ・・・・・・」
 呟いた途端、ラビの瞳がきらりと光り、アレンが意気込んで身を乗り出す。
 「ちょめ助さんが、馬車の音が妙に響くようになったって言ってました!
 それってもしかして・・・!」
 アレンの問いに、コムイは満足げに頷いた。
 「そう、トンネルだよ。
 伯爵の一味は、サチコくんの店の地下から、銀行の裏通りの下を通って金庫室の下まで、トンネルを掘ったんだ」
 「そっか・・・!
 それであの二人、あんなに長居してたんさ!!」
 得心して、何度も頷くラビの隣で、アレンが感嘆とも呆れているとも取れる声をあげる。
 「よくもまぁ・・・この短期間でそんな大仕事、やったもんですねぇ・・・」
 「うん。
 いくら狭い裏通りとはいえ、たった二人でやっちゃうんだから、大したもんだよねェ。
 ちなみに、赤毛連盟なんて奇妙な広告を出して、サチコくんを店から引き離したのも、二人がトンネルを掘るためだよ。
 彼女が雇ったって言う店員も、オフィスの女って言うのも仲間だね」
 「そんな大掛かりなことが・・・」
 唖然とする一同を見回し、コムイは大きく頷いた。
 「さて。
 このことがわかった以上、ボク達は彼らの企みをくじかなきゃならない。
 地下トンネルがもう、金庫室まで通じているからには、計画の実行は、銀行から完全に人のいなくなる土曜の夜―――― キミ達、明日の夜、暇なら手伝いなよ」
 途端、子供達が目を輝かせる。
 「ホントに?!」
 「いいんさ?!」
 「良くないでしょ!!」
 歓喜する子供達に反し、厳しく言い放ったリーバーに、コムイは笑って手を振った。
 「ちゃんとリンク君も呼ぶから、危ないことないよーv
 だから、と、コムイは子供達に、にこりと笑いかける。
 「今日は学校行っておいで、キミ達。
 ちゃんとお勉強してきなさい」
 「はい!!」
 先ほどとは打って変わって素直に頷いた二人に、リーバーは深々と吐息した。


 翌日、赤毛連盟のオフィスから店に戻ったサチコは、雇っている店員に向かって、コムイに言われた通りのことを言った。
 「故郷から来た友達と会うんで、今日はもう、店を閉めるっちょ」
 いつもと変わらない風を装い、にこやかに言うと、彼は機嫌良く応じる。
 「日本からわざわざ?そりゃ懐かしいでしょ!
 店なら俺が閉店時間まで開けてますから、女将さんは出かけていいっすよ」
 「でも・・・」
 と、彼女は困った風に眉根を寄せた。
 「今日は・・・ううん、月曜の開店時間まで、おいら家も留守にしようと思ってるんだっちょよ。
 さすがに家の戸締りまでティッキーにお願いするのは悪いっちょ」
 途端、彼は楽しげな笑声をあげる。
 「泊まりだなんて、女将さんも隅に置けないなぁv
 「へ?!
 イヤイヤ、そんなんじゃないっちょよ?!
 ただ、せっかく来たんならロンドン以外にも案内とか・・・!!」
 「ハイハイv
 いいっすよ、俺、ちゃんと家の戸締りもしときますから、心置きなくいってらっしゃい♪」
 「ホントだっちょか!」
 歓声をあげた彼女に、彼は笑って頷いた。
 「ティッキーって、ホントいい奴だっちょ!!」
 「なに言ってんすか、このくらいのことで。
 友達が遠い国から来たんなら、仕事するより楽しく過ごすのが当然でしょーよ」
 「なら、よろしくだっちょ!
 月曜の朝には戻るっちょね!」
 はしゃいだ声をあげて、長い袖をひらひらと振りながら、サチコは前日から用意していた荷物を部屋から取って来る。
 「じゃあ、よろしくだっちょ!
 おみやげ買ってくるっちょよ!」
 「楽しみにしてるっすよーv
 パタパタと手を振るサチコに手を振り返し、にこやかに見送る彼の笑みが・・・彼女の姿が視界から消えた途端、禍々しく歪んだ。
 「ラッキーだったな、俺もアンタも・・・」
 呟くと、素早く踵を返し、店内に戻って倉庫代わりの地下室へ降りる。
 「出てこいよ。
 隠れる必要がなくなったぜ」
 彼が呼びかけると、長持の蓋が開き、中から二人の少年が出てきた。
 「なんだよ、俺ら夜まで隠れてんじゃなかったのか、ティキ?」
 「ティキが止めても今夜決行!ヒッ!!」
 不満げな二人に、ティキは笑みを深める。
 「別に止めやしねーよ。
 店主が泊りがけでどっかいっちまったから、隠れる必要がなくなったんだ」
 その言葉に、少年達はにやりと笑った。
 「へぇ・・・ラッキーな女だな。
 俺らのこと、気づいたら殺すつもりだったけど♪」
 「ヒッ!命拾い!」
 大通りに近いとはいえ、夜にはほとんど人通りもなくなる場所だ。
 彼らの蠢く気配に気づいた時、彼女の人生が終わるはずだったと、楽しげに笑う少年達に、ティキは肩をすくめた。
 「まぁ、俺はあのお人好しのお嬢ちゃんを殺さずに済んだことは嬉しいね。
 カワイイ子は殺して楽しむより、見て楽しんだ方がいいや」
 「ティキって女好きだよな!」
 「変態!ヒッ!!」
 「・・・人殺し大好きなお前たちに言われたくないっての」
 憮然として、ティキはポケットから取り出したタバコに火をつける。
 「ほんじゃ、今夜は計画通り遂行ってことで。
 ルル=ベルにゃ俺が連絡しとくから・・・ぬかるんじゃねェぞ、デビット、ジャスデロ」
 「言われなくてもわかってるっつーの!」
 「余計な世話っ!!」
 揃って舌を出す少年達に、ティキは忌々しげに紫煙を吹きかけた。


 「第一段階は成功だね」
 件の店から、やや離れた場所に止めていた馬車にサチコを迎え、コムイは満足げに頷いた。
 「おまっ・・・無事でよかったさ、ちょめ助〜!!
 いくら昼のうちは心配ないっつっても、相手は殺人の前科もある奴だっつーじゃん?!
 俺、すっげー心配したさ!!」
 冷静なコムイとは逆に、ラビが悲鳴じみた声をあげて迎えると、彼女は少し嬉しそうな笑みを浮かべる。
 「へへ・・・v
 おいら、それ聞いていつも通り振舞えるか心配だったけど、ティッキーのいつも通りの顔見て、一旦は忘れることにしたっちょよ。
 あいつ・・・ホントにそんな、悪い奴っなんだっちょかなぁ・・・?」
 眉根を寄せて、動き出した馬車の対面に座るコムイを見遣るサチコに、しかし、彼はにこりと笑って頷いた。
 「彼はティキ・ミック・・・。
 ボクも、顔を見たのは今日が初めてだけど、名前だけは何度も聞いているよ。
 伯爵の配下でも幹部級の人間だってのはわかってるんだけど、なにしろ、彼を捕まえようとした人間は全員返り討ちにあって、ことごとく死んでしまっててね。
 犯罪界では最も手出ししたくない男だって言われてる」
 「ちょ・・・ちょめ・・・!
 お前、なんつー奴を雇ったんさ・・・!!」
 「そそそそそ・・・そんなこといわれたって、知らなかったんだっちょよぉぅ・・・!!」
 ラビとサチコは、真っ青になって震える手と手を取り合う。
 「ともあれ、先に気づいて良かったよ。
 さもないと、サチコ君は今夜、彼らに殺されていたかもしれないね」
 「ひぃっ!!」
 寸前で、死神の刃から逃れたサチコが、引きつった悲鳴をあげた。
 「これに懲りたら、あんまり素直に人を信用しないこと・・・とは言っても、それが君の美点でもあるからねぇ」
 笑みを深めて、コムイは片目をつぶる。
 「君みたいなイイコが安心して暮らせるように、犯罪者を一掃するのが、ボクの役目だね」
 「俺も協力するさ!」
 すかさず挙手したラビに、コムイは笑って頷いた。
 「そうだね、キミとアレン君の一族が協力してくれたら、随分とやりやすくなるだろうね」
 くすくすと笑声をあげるコムイに、事情を知らないサチコはきょとん、と目を見開く。
 「じゃあ、今夜はまず、その第一歩だ。
 探偵見習いとして、がんばってもらうからね?」
 「あぁ!!」
 大きく頷いて、ラビは威勢よくこぶしを掲げた。


 一方、もう一人の探偵見習いは、コムイの使いでクラウドの滞在するホテルを訪ねていた。
 広いフロアの最奥にある、豪華なドアをノックすると、すぐに軽やかな足音が寄ってきてドアを開く。
 「・・・・・・どなた?」
 訝しげに眉をひそめ、首を傾げたリナリーに、彼はにこりと目を細めた。
 「アレンです」
 「えっ?!」
 思わず息を呑んだリナリーの反応に、アレンは嬉しげに笑みを深める。
 「ど・・・どーしたの、そのかっこ・・・・・・」
 大きな目を見開いたリナリーの前に立つのは、特徴的な頬の傷を絆創膏で隠し、明るいブラウンの髪を肩口で揃えて、名門校の制服のようなスーツを着た、小紳士と呼びたくなるような少年だった。
 「変装です。
 カツラですけど、結構、わかんないもんでしょ?」
 いつもが特徴的だから、と、楽しげに笑うアレンに、リナリーは大きく吐息して頷く。
 「うん、びっくりした・・・。
 知らない子だと思ったよ」
 「元々はこんな色だったんですよ、僕の髪」
 くすくすと笑みを漏らし、アレンは部屋の奥を示した。
 「入ってもいいですか?
 コムイさんから、殿下にご伝言です」
 「あ・・・うん」
 リナリーは気まずげに目を逸らして頷くと、ドアの脇に避けてアレンを室内に通す。
 「こんにちは、殿下」
 にこやかに挨拶をすると、クラウドも悠然と笑みを浮かべ、鷹揚に頷いた。
 「これはまた、可愛い小紳士だこと。
 今日は何か、よい報せを持ってきてくれたのだろうね?」
 「はい。
 探偵から伝言を命じられて参りました。
 今夜中には事件を解決いたしますので、殿下におかれましては、お心やすくあられますようにとのことです」
 「ほう・・・ユウの協力が役に立ったか?」
 クラウドがやや、身を乗り出して問うと、アレンは彼女の傍らに立つ神田をちらりと見遣り、頷く。
 「殿下のご協力を頂きまして、探偵が必要とした情報は全て入手できたと、お礼を申し上げるようにとのことでした」
 わざわざ協力者の名を言い換えたアレンに屈託を感じ、神田がわずか、眉を上げた。
 が、その表情に気づいただろうに、アレンはさらりと無視してクラウドに微笑みかける。
 「ただ、盗まれた宝石の行方は、彼らを捕まえたのちに白状させることになりますので、もう少々猶予を頂きたいとのことでした」
 「そうか・・・」
 アレンの言葉に、やや不満げに呟き、クラウドはすらりと立ち上がった。
 「ならば、私が直接白状させてくれる」
 「えっ?!」
 「そ・・・そんな、殿下!!」
 「お待ち下さい」
 驚いて目を丸くするアレンの背後でリナリーが悲鳴をあげ、クラウドの傍らで神田が静かにこうべを垂れる。
 「穢れた盗賊になど、王家の方が近づいてはなりません」
 「そっ・・・そうです!
 殿下はどうか、私と一緒にここでお待ち下さい・・・!」
 神田には冷静に諭され、膝に絡んだリナリーに懇願されて、クラウドは眉根を寄せた。
 「ならん!
 汚らわしい盗賊どもを我が手で成敗してやらんことには、気が治まらぬ!」
 「どうか!」
 異口同音に声をあげた臣下達に引き止められ、クラウドは憮然として、再びソファに腰を下ろす。
 「・・・では、神田。
 お前、私の代わりに彼らに同行し、なんとしてもブラック・ローズを取り返しておいで―――― あれを奪ったということは、我が家に弓引いたも同じこと。
 抵抗するようならば処刑しろ」
 「はっ」
 「マッテ!!」
 クラウドの命令に神田が一礼するや、アレンが慌てて間に入った。
 「あのっあのっ・・・!
 ここは英国ですし、英国には裁判というものがあって、まずはそれで判決が出ないことには有罪は確定しなくて・・・」
 しどろもどろになって言い募るアレンに、しかし、クラウドは訝しげに眉を寄せる。
 「そんなことは知っている。
 だが、そんなまだるっこしいことをしていては、手遅れになるかもしれないではないか。
 どうせ、現場には探偵しかいないのだろう?
 スコットランド・ヤードには、殺った後で『抵抗したから殺した』と、死体を引き渡せばいいではないか」
 大真面目に言う彼女に、アレンは真っ青な顔をぶるぶると振った。
 「そっ・・・それはダメです!!
 だって、リンク刑事も同行するんですから!」
 「なに・・・?」
 「あの法の番人か・・・」
 神田が思わず声を漏らすと、クラウドも忌々しげに眉根を寄せる。
 「・・・・・・仕方ないな。では、殺すのはやめておこう」
 「ご・・・ご理解いただきまして、ありがとうございます・・・」
 肺が空になるほどにアレンが吐息すると、クラウドは憮然と口の端を曲げた。
 「だが、悠長なことは言っておれんのでな、神田が同行することは認めろ。
 神田、殺さない程度に脅せ」
 「はい」
 「ハイじゃなくてェェェェェ!!!!」
 悲鳴をあげたアレンを、クラウドがうるさげに見遣る。
 「なんだ、それすら認めんのか」
 「でっ・・・ですからっ・・・!!
 ここにはいちおー、司法というものが存在してましてっ・・・!!」
 「ふん・・・英国お得意のタテマエという奴だな。
 そんなもの、私の知ったことではないが・・・・・・」
 涙目でふるふると首を振るアレンに、クラウドは深々と吐息した。
 「そこまで言うのならば仕方がない。私が奴らに処罰を下すことは諦めよう」
 そう約束した彼女に、アレンはほっと息をついたが、
 「だが」
 と、厳しい目で睨まれ、びくりと背をこわばらせる。
 「神田の同行は認めろ」
 反駁を許さない気迫に、アレンはただ、こくこくと頷いた。
 「よろしい。
 神田、聞いての通りだ。
 同行者の意見は尊重しながら・・・お前のするべきことをしろ」
 「了解しました」
 「なにをするんですか、なにを・・・・・・」
 絶対にひと波乱起こるに違いないという予想に、アレンは暗い表情でうな垂れる。
 「オラ、とっとと行くぞ!」
 踵を鳴らし、機敏にアレンへと歩み寄った神田は、大捕り物の前にアレンを捕らえてホテルを後にした。


 「おう、おかえりアレン・・・と、久しぶり」
 かつての下宿でジェリー特製のアフタヌーンティーを楽しんでいたリーバーは、アレンが伴ってきた異国の少年の姿に目を見開いた。
 「神田だっけ?
 元気だったか?」
 にっこりと懐こい笑みを向けると、彼は『あぁ』と、素っ気なく頷く。
 「それより、捕り物はまだか?」
 勧められたアフタヌーンティーを断って問い返すと、リーバーはすっと指を伸ばして、時計を示した。
 「奴らが動くとしたら、夜の10時ごろだな。
 この場合、現行犯逮捕じゃなきゃ意味ねーから、ぎりぎりまで銀行を囲みゃしねーよ」
 だから食っとけ、と、更に勧められたティーセットを、神田は再び固辞する。
 「ラビ達はまだ帰ってこないんですか?」
 勧められたサンドウィッチに遠慮なく噛み付きながらアレンが問うと、リーバーは窓の外を見遣った。
 「もうそろそろ帰ってくるだろ・・・と、うわさをすればなんとやら、だな」
 通りを渡ってくる一行に、にこりと目を細める。
 と、間もなく、
 「ただいまー♪」
 「あ!お前さんっ!!」
 「ユウちゃーん!やほー!」
 賑やかに入ってきた三人に、神田はうるさげに眉をひそめた。
 「あれー?神田君じゃないー!どうしたの?殿下のお使い?」
 「あん時はありがとうだっちょ!!
 結局こいつらに頼ったんだけど、おかげでなんとか命拾いしたんだっちょよ!」
 「なになに?もしかして、手伝いに来たんさ?」
 わらわらと寄ってきて、口々に勝手なことをぬかす三人を、神田は邪険に振り払う。
 「うぜぇよお前ら!
 俺は殿下の命令で、仕事をしに来たんだ!」
 「オヤ、そうなんだ?」
 「仕事って、なんの仕事だっちょ?」
 「やっぱ手伝い?俺らの手伝い?」
 相変わらず、一度に話しかけてくる三人に、神田はこめかみを引きつらせた。
 「一度にしゃべんじゃねぇ!!」
 「いいじゃないですか、人気者で」
 もごもごとスコーンを頬張りながら言ったアレンは、コムイを上目遣いに見遣る。
 「殿下が・・・彼も同行させるようにとご命令です。
 殺してでもブラック・ローズのありかを白状させる、って言うのはなんとかお止めしましたけど、殿下のご意志は彼に一任されてしまいましたので、なにが起こるかはわかりません・・・」
 「殺してでもって・・・・・・」
 さぁ・・・と、その場の全員が蒼褪めた。
 「・・・殺しゃしねェよ。
 殿下からは、お前たちの意見を尊重しろと命じられてる」
 部屋中の視線を集めた神田は、厭わしげに言うと、視線をドアへと流す。
 「奴がついて来んなら、後で面倒なことになりそうだしな」
 「奴?」
 きょとん、とした一同の前でドアが開き、冷厳な表情の法の番人が現れた。
 「失礼、コムイ・リー。
 金庫破りどもの所在が知れたと連絡を受けて・・・どうしました?」
 目をまん丸に見開いた一同に、リンクは訝しげに眉根を寄せる。
 「ユウちゃんすんげー!!どうしてわかったんさ?!」
 「あ?
 んなもん、足音聞けばわかるだろ」
 「聞こえませんでしたよ!あんたどんな耳してんですか!」
 自分を無視して騒ぐ少年達に、リンクの眉間のしわが深まった。
 「なんですか、この子供達は。
 コムイ・リー。
 まさか、彼らを同行させるつもりではないでしょうね?」
 「子供って!
 俺とお前、いっこしか変わんないさ!!」
 「まぁ、いっこしか変わんないとは思えませんけどねー」
 「それは同感だな」
 リンクに激昂するラビの隣で、アレンは呆れ顔で首を振り、神田はため息混じりに頷く。
 「お前ら・・・っ!」
 「ハイハイ、静かにー。
 まぁ、リンク君、ここは大目に見てよ。
 なんたって、ラビとアレン君は有益な情報を仕入れてくれたし、神田君は殿下のご命令でここにいるんだしね」
 「だからと言って、彼らが犯人捕獲の役に立つとでも?」
 「この子達がいなかったら、彼女が殺されていたかも知れないのは確かだよ?」
 にこりと笑って、コムイはサチコを示した。
 「彼女、例のお店の店主さん。
 危うく奴らに殺されるところだったんだけど、ラビとアレン君が張り込んでいたおかげで、命拾いしたんだよ」
 コムイの言い分を疑わしく思いつつ、リンクがサチコを見遣ると、彼女は怯えた顔でこくこくと頷く。
 「あ・・・危ないところだったんだっちょ・・・」
 「だから、ね?
 最後まで責任を持って、見届けてもらわないと」
 子供達の勇み足をさりげなく『責任』と言い換えたコムイに、リンクは憮然と鼻を鳴らした。
 「では、せいぜい足手まといにならないように注意するのですね」
 木で鼻をくくったような言い様にこめかみを引きつらせながらも、ラビとアレンは揃って頷く。
 「それと、神田殿」
 傲慢な口調で呼ばれ、神田は無言でリンクを見遣った。
 「あの御仁のことですから、汚らわしい盗賊どもは処刑しろとでもおっしゃったかもしれませんが」
 「はぅっ?!」
 あからさまに動揺したアレンをちらりと見遣り、リンクは神田へ視線を戻す。
 「英国は法治国家です。
 決して私刑などなきよう、お願い申し上げますよ」
 「わかっている」
 リンク以上に傲慢な口調で言い、神田は頷いた。
 と、
 「それじゃー、人数も揃ったことだし、夜になるまで今回の捕獲作戦を練ってよっか!」
 リンクや神田とは逆に、陽気な声をあげてコムイが室内の視線を集める。
 「全員逃がさないのが大前提だからね?
 銀行に侵入してくる奴らはもとより、赤毛連盟のオフィスも押さえなきゃね♪」
 捕り物というよりは、祭を前にしたかのようなはしゃぎぶりで、コムイはにこにこと地図を広げた。
 「じゃー、まずは配置決めねー♪」
 「俺!俺俺、ぜってー銀行!」
 「ラビずるい!!
 僕も銀行がいい!!」
 「遊びではないのですよ!」
 早速騒ぐ子供達を厳しく叱り付け、リンクはコムイをも睨む。
 「あなたも!
 真面目にやってください!」
 「ハーィ・・・」
 厳格な法の番人の叱責に、コムイは気まずげに地図の陰に隠れ、相変わらずな暢気さに、かつての探偵助手は苦笑を漏らした。


 その後、夜は更けて。
 「なんっで?!
 なんで俺がオフィスなんさ?!」
 声を潜めながらも不満を言い募るラビに、リーバーは肩をすくめた。
 「仕方ねーだろ、くじ引きで負けたんだから」
 「・・・っありえねぇ!
 他の奴ならともかく、アレンにくじ引きで負けるなんて、ぜってぇありえねぇ・・・!!」
 ラビが悔しげな唸り声を上げると、リーバーは首を傾げる。
 「なんだ?
 アレンの奴、そんなにくじ運悪いのか?」
 「悪いなんてもんじゃねぇよ!
 ほとんど100%の確率でハズレくじを引く奴だぜ、あいつ!
 なのになんで今日は・・・」
 「ってことは、あっちのチームがハズレってことなんじゃねぇか?」
 「へ・・・?」
 放っておけば絶え間なく続きそうな不満を遮ったリーバーに、ラビは目を丸くした。
 「それ、どういうことさ?」
 「どういうも何も、そのまんまの意味だよ。
 アレンにとって悪いことが、あっちで起きるかもしれないってことだ」
 「そんな・・・・・・」
 途端に気遣わしげな顔になったラビに、リーバーがちらりと笑う。
 「やっぱ兄ちゃんだな。
 アレンが心配か?」
 「い・・・いや、別に・・・・・・」
 慌てて首を振ったものの、ラビの不満はすっかり消え失せていた。
 「・・・・・・リーバー。
 あっちは、凶悪な殺人犯達なんだよな・・・?」
 ラビの不安げな声を受けて、リーバーは頷く。
 「きっと・・・危ないよな・・・・・・?」
 「その覚悟あって、ついてきたんじゃないのか?」
 「っそうだけど・・・!」
 弾かれたように顔を上げたラビは、リーバーの冷静な視線を受けて、気まずげに目を逸らした。
 「俺は・・・いいんけど、アレンはかなり猪突猛進なとこがあっから・・・心配なんさ・・・・・・」
 ぼそぼそと、独り言のように呟くラビの頭を、リーバーはくしゃりと撫でる。
 「大丈夫。
 あっちには、コムイ・リーがいる。
 戦闘になるとほとんど役には立たねぇが、人を操るすべには長けてるよ、あの人は」
 「うん・・・!」
 覚悟を決めて頷いたラビに笑みを向け、リーバーは顎をしゃくった。
 「じゃあ、行くか。
 くれぐれも無理すんじゃないぞ」
 「あぁ!」
 オフィスへと歩を進めたリーバーに、ラビが駆け足でついて行く。
 そして彼らの周りには、私服姿の警官達が油断なく付き従っていた。


 リーバーとラビが赤毛連盟のオフィスへと乗り込んだ頃、リンクに要請させて銀行の金庫室に乗り込んだ探偵一行は、息を殺して地中からの侵入者の気配を窺っていた。
 「―――― 来たぜ」
 超人的な聴力を持つ神田の囁きに、一同の緊張が高まる。
 静まり返った場で、自身の鼓動を大きく聞きながら、積み上げられた箱の陰に隠れたアレンは、闇のわだかまる石床をじっと見つめた。
 と、間もなく、ずず・・・ずず・・・と、石をこすり合わせる音が響き、床の一部が下から持ち上げられる。
 すわ、と、飛びかかろうとしたアレンをしかし、傍らのコムイがそっと押しとどめた。
 もうしばらく、そのままの体勢で待っていると、床の一部だった石が完全に外され、淡い光が下から浮き上がる。
 「大丈夫か?」
 「ヒッ!誰もいるはずない!」
 ひそひそとしたささやき声が交わされると、カタン、と、小さな音がして、明かりが大きくなった。
 床にランタンが置かれたのだ、とわかったのは、闇に慣れた目には眩しすぎた光につぶった目を、再び開いてからのこと。
 小さな光を足元から受け、大きくなった影を揺らしながら出てきた盗賊達は、密やかな笑声をあげつつ、金貨の詰まった箱に手をかけた。
 その時。
 「そこまでだ!!」
 凛、と、リンクの声が響き渡り、盗賊達の動きを止めた。
 「確保!!」
 彼の号令一下、アレン始め、金庫室の各所に隠れていた警官達が飛び掛り、彼らを取り押さえる。
 「畜生!!放せコノヤロー共!!」
 「ヒィィィ!!」
 口々に喚声をあげ、抵抗する彼らの前に、す、と、神田が立ち塞がった。
 「騒ぐんじゃねぇ」
 低い声が発せられると共に、彼を中心に巻き起こった風がふわりと髪を揺らした―――― 次の瞬間。
 「ぎゃ――――っ!!」
 「ヒ――――っ!!」
 すっぱりと前髪を切られた盗賊達が、引きつった悲鳴をあげた。
 「ざっくり殺られたくなけりゃ、ブラック・ローズのありかを言え」
 冗談ではない気迫に、盗賊達だけでなく、アレンや警官達までもが怯える。
 「ぶ・・・ぶ・・・ぶらっく・・・ろーず・・・・・・っ?!」
 「ナニソレッ?!デロ知らないっ!!」
 わたわたと泡を食う二人に、神田は忌々しげに舌打ちした。
 「知らねェわけがねェだろう。
 黒バラに見える、貴重な真珠だ」
 言われた途端、二人は顔を見合わせる。
 「・・・知ってんな?」
 恐ろしい彼の問いに、二人は激しく頷いた。
 「ルルルルルルルル=ベルんとこだよ!!」
 「ティッキーが持ってった!!ヒッ!!」
 「大陸で盗んだ宝石は、千年公のとこに運ぶんだ!!」
 「・・・つまり千年公―――― 伯爵は、英国にいるってことかい?」
 冷静な声音でコムイが問うと、彼らは気まずげな顔を見合わせる。
 「おい・・・」
 神田が再び剣の柄に手をかけると、二人は必死に身をよじって警官達の手から逃れようとした。
 が、屈強な彼らがそれを許すはずもなく、二人とも荒く息をつきながら、とうとう抵抗をやめる。
 「そう・・・だよ・・・・・・」
 「でもっ!!ジャスデビ、千年公の居場所知らない!!」
 必死に首を振る彼らに、神田だけでなく、コムイも眉根を寄せた。
 「じゃあ、誰なら知ってるんだい?」
 「そりゃ・・・」
 「ルル=ベルかな・・・・・・」
 「その者はどこにいるのです?!」
 厳しく問いかけたリンクに、また顔を見合わせた二人は、諦めた風に頷き合う。
 「オフィスさ・・・」
 「赤毛連盟で使ってた・・・」
 彼らの告白に、一同が色めきたった。
 「あっちだったか!」
 神田が素早く踵を返した一瞬、全員の視線が外へと向かった隙を突いて、盗賊は警官達の腕の中から抜け出す。
 「へへっ!バーカ!」
 「捕まらないよっ!ヒー!!」
 「待て!!」
 警官たちよりも早く反応したアレンが彼らを追った。
 途端、
 「ヒヒッ!」
 「死ねっ!」
 二人は見事にシンクロした動きで同時に銃を抜き、嘲笑いながらアレンに凶弾を浴びせる。
 「アレン君!!」
 到底避けられる距離ではなかった。
 誰もが少年の死を確信した時――――。
 「・・・っ遊びではないと言ったでしょう!!」
 リンクの怒声が、室内に響いた。
 「あ・・・あの・・・・・・」
 横合いから伸びた手に引き倒されたアレンは、まだ呆然としたまま床に這う。
 「あ・・・ありがとうござ・・・・・・」
 「お前達は穴に逃げた奴らを追え!
 残りは表に出て、外から挟み撃ちにしろ!
 相手は銃を持っている!心してかかれ!!」
 アレンの礼など完全に無視して、次々に命令を発したリンクは、外へと駆けて行く警官達に続く前に、アレンを返り見た。
 「探偵ごっこは危険だとわかったでしょう?!
 これに懲りたら、子供は子供らしく、学校で勉強するのですね!」
 厳しい叱責に返す言葉もなく、アレンはただうな垂れる。
 「ですが・・・」
 踵を返したリンクは、アレンに背を向けて呟いた。
 「君の勇気は、少しくらい褒めてやってもいいかと思います」
 「リン・・・!!」
 アレンが顔を上げた時には、もう彼の姿はない。
 代わりにコムイが歩み寄って、手を差し伸べてくれた。
 「ハイ、お疲れ様。
 もう、こんな怖い目はこりごりかい?」
 あんなことがあった直後なのに、相変わらず暢気な口調で笑うコムイの手を、アレンは唖然としつつ取る。
 「こ・・・怖かったです・・・・・・でも・・・・・・」
 「でも?」
 笑みを深めたコムイを、アレンは決然と見返した。
 「このまま負けはしません!
 僕、絶対彼らを捕まえます!!」
 言うや、地下トンネルへと飛び込んで行ったアレンに、コムイは大きく頷く。
 「少年探偵、認定だね」
 満足げに言うと、彼はリンクの後に続き、軽やかな足取りで地上への階段を上って行った。


 一方、自分が『あたり』を引いたとは知らずにいたラビは、リーバーや警官達と共に乗り込んだオフィスで出くわした女の姿に一瞬、自失した。
 「ストライック!!」
 「アホか!!」
 背後から容赦なく殴られ、ラビは思わずしゃがみこむ。
 「い・・・痛いさ、リーバー・・・・・・!」
 「なに・・・?」
 「探偵ですよ、お嬢さん」
 闖入者達に訝しげな女に向き直り、リーバーは背後の警官達を示した。
 「それと、スコットランド・ヤード。
 この意味はわかるな?」
 呆然とした・・・と言うよりは、やはり訝しげな様子の女に、リーバーは状況を説明するかのように手にした拳銃を向ける。
 「ハイ、おとなしくして。
 そうすりゃこっちも、乱暴なことはしないから」
 言われるまでもなく、女は抵抗する様子を見せなかったが、それでも警官達は油断なく彼女に迫った。
 その包囲網が彼女に届く寸前、警官達の口から悲鳴が上がる。
 「なに・・・?!」
 振り返ると、かつてラビを追い払った屈強な男と、サチコの店で雇われていた男によって、警官達が次々となぎ倒されて行った。
 「きさまら・・・!」
 「銃を捨てな、兄さん?」
 警官を人質に取ったティキが、にんまりと笑みを浮かべる。
 「さもないと、このお巡りさんが死んじゃうよん?」
 重ねて言われ、リーバーは銃を足元に下ろした。
 「ありがとーv
 ルル=ベル、ぼーっとしてないでこっち来い」
 名前を呼ばれて、ようやく次の行動を理解した女が、淡々と包囲網を抜けて彼の傍に寄った。
 「ティキ、スキン、これからどうするのですか?」
 ことここに至って、未だ状況を理解しない彼女に苦笑し、ティキはドアへと顎をしゃくる。
 「もちろん、逃げる」
 「主に・・・叱られませんか?」
 小首を傾げたルル=ベルの、静かな問いにはティキだけでなく、屈強なスキンまでもがびくりと怯えたが、揃って肩をすくめた。
 「こんな状況じゃ仕方ねェだろ。
 逃げ延びるのが先決だ」
 「・・・・・・わかりました」
 やや不満げな口調に、初めて感情らしきものを滲ませ、彼女は警官の包囲網の中へと戻る。
 「・・・っおい!!」
 「逃げるなら、主からの預かり物も一緒でないといけません」
 敵も味方も呆れ果てる中で、彼女は金庫からアタッシュケースを取り出した。
 そして何事もなかったかのように、再び警官の包囲網を抜け、ドアの付近でふと振り返る。
 「ごきげんよう」
 あまりにも超然とした態度に皆、呆れ果てて声もない中、ただ一人、紅い髪が揺れた。
 「そんなっ!!
 俺達、せっかく出会えたのに――――!!!!」
 横合いからいきなり抱きつかれ、無表情な彼女もさすがに驚いて目を見開く。
 「俺、ラビってーの、よろしくーv
 ルル=ベル嬢のご趣味は?
 今、コヴェントガーデンで面白い興行やってんだけど、一緒にどーさ?」
 「あの・・・・・・」
 怒涛のナンパに、ルル=ベルがなんと答えたものか戸惑っていると、
 「己の妹になにするか、この赤毛ェェェェェェ!!!!」
 怒声と共に、大きなこぶしが飛んできた。
 「わぶっ!!
 危ないさ、おにーさん!!」
 「キサマにお兄さん呼ばわりされる筋合いはない!!」
 寸前でこぶしを避けたラビに、スキンが獰猛に唸る。
 「お前も!!
 嫌なら嫌だとはっきり言え!!」
 怒鳴られて、ルル=ベルは困惑げに首を傾げた。
 「そうは言われても・・・一瞬のことで、なにが起こったのか・・・・・・」
 「だからー、デートのお誘いさv
 「デー・・・?」
 再び擦り寄ってきたラビに、ルル=ベルがますます困惑げに首を傾げると、
 「相手にすんな、こんなアホ!」
 ごうんっと、リーバーに殴られた場所をティキにも殴られて、ラビが悲鳴をあげる。
 「ちょっと兄さん!
 俺ら、いちおーまじめに犯罪やってんで、現場に子供連れてきて欲しくねーんだけど!」
 「あぁ、スマン・・・って、なんで俺が謝るんだよ!!」
 ティキに苦情を申し立てられたリーバーが、こめかみを引きつらせて怒鳴った。
 「だってコレ、兄さんの管轄だろ?!」
 「いらねぇよ、こんな管轄!!」
 ティキに蹴飛ばされ、リーバーに蹴り返されて、サッカーボールのようにやり取りされたラビがまた悲鳴をあげる。
 「ひどっ・・・!!
 蹴るんじゃないさっ!!」
 ぴぃぴぃと泣きながら、ラビはルル=ベルの足元に転がって行った。
 「みんながひどいんさっ!
 可哀想な俺を慰めて、ルル=ベル嬢v
 「触るなと言ってるだろう!!」
 懲りもせずルル=ベルに抱きついたラビをスキンが引き剥がした拍子に、彼女が手にしていたアタッシュケースまでもが弾かれる。
 「あ」
 ケースを目で追い、手を差し伸べた瞬間、ルル=ベルは背後から伸びた腕に首を絡め取られ、乱暴に引き寄せられた。
 「なっ・・・?!」
 「ユウちゃん?!」
 ここにはいないはずの彼の出現に目を丸くするラビを、神田が鋭く睨む。
 「あ!オッケ!!」
 彼の言わんとするところを一瞬で了解したラビは、スキンに弾かれたアタッシュケースに飛びつき、確保した。
 「おい、天パー。
 この女殺されたくなけりゃ、警官を放しておとなしく縛につけ」
 「ちっ・・・形勢逆転かよ」
 ルル=ベルの首筋にあてがわれた刃を見つめ、ティキが舌打ちする。
 「あんたも、抵抗をやめな」
 再び銃を手にしたリーバーに銃口を突きつけられ、スキンも抵抗をやめた。
 「よし、連行してくれ!」
 「その前に」
 未だルル=ベルに刃を添わせたまま、神田がラビの持つアタッシュケースを見遣る。
 「その中に、ブラック・ローズはあるか?」
 「あ!そっか、確認しねェとな!
 ―――― ごめんさ、ルル=ベル嬢v
 アタッシュケースの鍵探すから、ちょっとポケット探らせてもらうさねv
 ラビがにこにこと差し伸べた手が触れる寸前、ルル=ベルは鋭い蹴りを繰り出した。
 「鍵なんかかかってないはずだけど」
 淡々と言った彼女に、兄弟達からだけでなく、警官達からも拍手が沸く。
 「な・・・なんでさっ!!」
 「なんでもあるか、このアホ!!」
 また殴られて泣き出したラビから、リーバーはアタッシュケースを取り上げた。
 蓋を開けると、見事な宝飾品の数々が、丁寧に並べられている。
 「ブラック・ローズだ・・・・・・」
 かつて彼をも巻き込んだ事件の、発端となった宝石の姿に目を細め、リーバーは神田にもそれを見せた。
 「間違いないな?」
 「あぁ。
 その他の宝石も、殿下の持ち物だ」
 「ちぇ・・・やっぱ、有名すぎて売れねぇ宝石盗んだのはまずかったなぁ」
 ティキが苦笑してぼやくと、リーバーが肩をすくめる。
 「盗み自体がマズい事だって自覚しろ」
 パタン、と、アタッシュケースを閉め、リーバーはにこりと笑った。
 「ごくろーさん。
 殿下もお喜びになるだろうよ」
 「ああ・・・」
 捕らえていたルル=ベルを警官に引き渡し、代わりにアタッシュケースを受け取った神田は、彼女以上に無表情に頷く。
 「けど、銀行でも捕り物やってたんさ?
 あの短時間で、どうやってここまで駆けつけて来たんさ」
 懲りないラビがにょっきりと起き上がって問うと、神田はこともなげに窓の外を示した。
 「何かあった時、殿下を無事にお逃がしするためにも、この街の地図は完全に頭に入れていた。
 だから銀行からここまでの最短の道を選んで、一気に駆けて来れたんだ」
 「駆けてって・・・走ってきたのか?」
 「いや。
 リンクが騎馬警官を連れてきてたんで、馬を借りた」
 「さすが元王室警護官さー!」
 感心して拍手するラビを、神田は鋭く睨みつける。
 「殿下がいらっしゃる以上、俺はまだ、王室警護官だ」
 「そ・・・そーでした・・・・・・」
 びくびくと怯えるラビに鼻を鳴らし、神田は踵を返した。
 「一旦これは殿下の元へ持ち帰る。
 証拠品として確認が必要なら、改めて謁見を申し込むよう、リンクに伝えてくれ」
 「お気遣いありがとーさん♪」
 リーバーが軽く手を振ると、ふと、神田が足を止める。
 「忘れるところだった。
 ミランダ嬢によろしく」
 殿下のご伝言だ、と、慌てて言い添えた神田に、リーバーが笑みを漏らした。
 「もし・・・もうしばらくこちらに滞在する予定なら、ぜひとも結婚式には参列して欲しいね。
 殿下にもそう、お伝えしてくれ」
 「・・・・・・正式な招待状をお送りするといい。
 お受けになるかどうかは、殿下のお心次第だ」
 「りょーかいv
 リーバーの声を背に受け、部屋を出て行った神田の背を、ラビが名残惜しげに見送る。
 と、不意にその襟首をリーバーに掴まれた。
 「さぁて・・・冒険は終わりだ。
 帰ったらみっちり説教してやるから、覚悟しろよ!」
 怖い顔で睨まれて、ラビはウサギのように震える。
 「そんなっ・・・説教って俺、もう何度もアンタに殴られて・・・!!」
 「やかましいわ、アホ!!
 お前なんか同行させた探偵にも、しっかり苦情言ってやる!!」
 「えぅっ・・・絞まるっ!!首絞まってるさぁぁぁっ!!!!」
 襟首を掴まれたまま、ずりずりと外に引きずり出されたラビは、冒険の夜を見守った満月の下、乱暴に馬車に放り込まれて、彼の牢獄へと連行された。


 翌朝は、ロンドンにしては珍しく晴れ渡った、暖かい日だった。
 前夜は日付が変わるまで、こってりとリーバーに説教されたラビは、夢の中でまで泣いて詫びていた気がして、うんざりと枕に顔をうずめる。
 と、部屋のドアが激しくノックされ、彼を否応なく眠りの園から引きずり出した。
 「・・・っなにさ!!」
 「ラビ!イースターおめでとう!!」
 ラビとは逆に、盗賊二人を捕らえた功績で少年探偵に認定されたアレンが、部屋に飛び込んできた勢いそのままベッドにダイビングして、ラビを無残に潰す。
 「おまっ・・・もうガキじゃないんさ!!ちったぁ自分の体重考えろ!!」
 「なんですかー。
 まだラビのほうがおっきいんだから、いいじゃん」
 それより、と、アレンは不満げなラビの胸倉を掴んで、がくがくと揺さぶった。
 「タマゴ!!
 タマゴ探ししよっ!!
 僕んちにジェリーさんが来てね、ちょめ助さんと一緒に、庭にタマゴ隠してくれたんだ!
 リナリーも神田も、もう来てるよ!!」
 「・・・っ殿下は?!」
 にょきっと起き上がったラビに、アレンは大きく頷く。
 「もちろん、いらしてますよ!」
 「行く!!」
 途端に張り切ったラビは、ベッドの上からアレンを払い落し、素早く着替えた。
 「〜〜〜〜イタイー!!
 落すことないじゃないですかぁ!!」
 床に転がったアレンが、強打した頭を撫でつつ起き上がると、ぐいっと腕を引かれて立たされる。
 「早く!
 お前、転がってる場合じゃないさ!!」
 「誰が叩き落したんですかっ!!」
 きぃっ!と、アレンはヒステリックな声で抗議した。
 が、苦情など聞くラビではない。
 「殿下と一緒にイースターなんて、超絶ラッキー・・・v
 はしゃいだ声をあげた彼は何かに足を取られ、満面の笑みを浮かべたまま顔から廊下にダイビングした。
 「いっっでぇぇぇぇぇぇっ!!」
 「騒ぐでないわ、小童め」
 頭上から降り注ぐ冷厳な声に、ラビはぎくりと顔を上げる。
 「ジジィ?!
 いつ帰って来たんさ!!」
 思わず悲鳴じみた声をあげると、ラビの足を払った老人は目を眇めた。
 「今朝だ・・・って、お前は一体、いつまで寝とるつもりだ!もう昼近いぞ!」
 「・・・ブックマンのおじいちゃん、お説教は後でいいでしょ?
 殿下をお待たせするのはまずいですよ・・・」
 遠慮がちに割って入ったアレンに言われ、叱責を続けようとした彼は憮然として頷く。
 「・・・よかろう。
 説教は後にしてやる」
 「えぅっ?!
 俺、また説教されんのっ?!」
 「当然だ!
 私が留守の間、危険は冒すわ学校はサボるわ殿下を追い回すわ・・・私が何も知らんと思うてか!!」
 老人の後ろに従いつつ、絶望的な顔をしたラビから、アレンはそっと目を逸らした。
 厳格な老人と同居していないことを幸い、アレンはほとぼりが冷めるまで、今回の件を決して語るまいと決めている。
 「・・・っそれよりおじいちゃん、よく殿下がロンドンにおいでだってわかりましたね!」
 なんとか話を逸らそうと、アレンはあえて、明るい口調で話しかけた。
 彼女が再びロンドンにやって来たのは、ブラック・ローズを取り戻すよう、コムイに依頼するためで、前々から決まっていたことではない。
 「殿下からご連絡があったんですか?」
 アレンの問いに、老人は馬車に乗り込みながら素っ気なく首を振った。
 「私がこちらに戻ろうと思ったのは、インドでの後処理が終わって、やることがなくなったからだ。
 それで後処理が終わったことを、王家の方々にご報告申し上げたところ、殿下がこちらにおわすと伺ったのでな」
 「あぁ・・・なるほど。
 殿下のご家族は大陸にいらっしゃるんでしたね」
 「あぁ・・・。
 それに、私が英国に戻ろうと思ったのには、もう一つ理由がある」
 「何さ?
 ジジィ、英国は天気も空気も悪いって、嫌がってたじゃん」
 訝しげに首を傾げたラビに、老人はふっと笑みを漏らす。
 「ロットー氏の娘御が、結婚すると聞いたのでな。
 彼女の父上と親交のあった者として、祝いをせねばと思ったのだ」
 「師匠が死んだって連絡した時は、帰ってきてくれなかったくせにぃー・・・」
 思わず涙目になったアレンには、鼻を鳴らした。
 「そのくらい一人で対処出来んで、ウォーカー家を継ごうと思うなよ」
 「う・・・ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします・・・」
 うな垂れるようにこうべを垂れたアレンに、老人は微笑んで頷く。
 「もちろんだ・・・だが、私も老い先短いでな。
 みっちりしごくから、覚悟しておけ」
 「・・・・・・・・・・・・あぃ」
 顔を引きつらせ、アレンが頷くとほぼ同時に、馬車はかつての黒薔薇館―――― 今では、ただの薔薇館になってしまった邸宅に着いた。
 「さぁ、がんばって卵を探すのだな」
 「おう♪」
 「はい!」
 馬車が止まるのも待たず、二人はドアを開けて駆け出していく。
 芝生の向こうに目をやれば、春の日差しの下、既知の貴人の姿を見止め、ブックマンは馬車を降りて一礼した。
 鷹揚に頷いて彼を迎えたクラウドの傍らでは、タマゴ探しを固辞したらしい神田が姿勢良く一礼する。
 更にその傍には、コムイやリーバー、緊張気味なミランダの姿もあって、表情を和ませた老人は、ゆったりと輪の中へ歩み寄っていった。


 ―――― イースターが終わって、間もない水曜日。
 爽やかな春風に乗って、教会の鐘が澄んだ空へと響き渡った。
 挙式を告げる華やかな音(ね)の元で・・・しかし、最も幸せなはずの花嫁は、控え室で真っ青になって震えている。
 「わ・・・わ・・・わたし・・・が・・・みみみみみ・・・みなさんのままままままえに・・・ででででで・・・出るなんっ・・・てっ・・・!!!!」
 椅子に座り込んだまま、顔色をドレスよりも白くしたミランダに、リナリーが気遣わしげに歩み寄った。
 「しっかりして、ミランダ!」
 「アンタ、今日の主役なのよぉ?」
 リナリーと一緒になってジェリーも励ますが、注目を集めることを何よりも恐れるミランダは、とても平静ではいられない。
 「む・・・むむむむ無理・・・!
 でっ・・・殿下までっ・・・いらっ・・・いらっしゃっってっ・・・!!
 ややっ・・・やっ・・・やっぱりっ・・・っは・・・早く決断して・・・に・・・2月に・・・結婚してれば・・・よ・・・よかった・・・・・・!!」
 一点を見つめたまま、ぶつぶつと呟く彼女に、華やかな振袖をひらめかせるサチコが首を傾げた。
 「2月?
 2月に結婚すると、なんかイイコトあるんだっちょか?」
 「えぇv
 2月に結婚する二人は運命による結婚で、生涯恐れるものはないって言われてるのヨv
 ジェリーの説明に、サチコだけでなく、リナリーもうっとりと頬を染める。
 「ステキv
 私、結婚するなら2月にする!」
 はしゃいだ声をあげるリナリーの傍らで、今にも泣きそうに俯いたミランダに、サチコは更に首を傾げた。
 「あの・・・3月はそんなに縁起の悪い月なんだっちょか?」
 「そんなことないわよーぅ!
 まぁ、3月の結婚は喜びと悲しみを知る、なんて言われてるけど、5月の『後悔する事になる』よりは随分マシじゃない?」
 それに、と、ジェリーはミランダの腕を掴んで彼女を立たせる。
 「水曜日の花嫁はすべてに恵まれるのよ!
 さぁ!しっかり立って、行きましょミランダ!」
 珍しく男装のジェリーは今日、父親のいないミランダに付き添って、バージンロードを共に歩むことになっていた。
 張り切った彼女に腕を引かれ、たたらを踏んだミランダのもう一方の腕に、付き添い役のリナリーがすかさず腕を絡める。
 「大丈夫だよ、ミランダv
 チャペルに行ったら、旦那様が待ってるからねv
 両脇を二人に支えられ、よろよろと歩を進めるミランダの後ろを、もう一人の付き添い役であるサチコが、長いヴェールの裾を持ってついて行く。
 「西洋にも、こんなか弱い女がいるんだっちょねー」
 こっちの女は逞しいものだと思っていた、と笑う彼女に、振り向いたリナリーが頬を膨らませた。
 「ちゃんとか弱いもん、私!」
 「アラアラv
 王子は廃業したの?」
 「それは・・・まだ営業中だよ」
 ジェリーの問いに、リナリーが膨れっ面のまま答えると、サチコだけでなく、ミランダまでもが吹き出す。
 「だって!
 アレン君は心配な子なんだもんっ!!」
 真っ赤になって反駁するや、華やかな笑声は更に大きくなった。
 「さぁさ、早く行きましょ!」
 ミランダが緊張を忘れている隙に、と、ジェリーは足を早めてチャペルに連行したが・・・バージンロードへ続くドアを目にした途端、彫像のように固まってしまったミランダに、三人ともそっと苦笑を交わす。
 「大丈夫だよ!
 ホラ、ヴェールを下ろしちゃえば、足元しか見えないから!ね?」
 「転ばないように、ちゃんとアタシが支えるし!」
 「後ろはおいらに任せるっちょ!」
 三人が三人とも励ましの声をかけるが、ミランダはもう、緊張のあまり声も出ない様子だった。
 「・・・仕方ないわ!
 リナリー、アンタ、そのまま脇を支えてて!
 サチコちゃん、ミランダの足に絡まないように、ヴェールと一緒にそれとなくドレスの裾も持ってくれる?!」
 ジェリーの指示を受けて、表情を厳しくした少女達がミランダの周りを囲む。
 「行くわよ!」
 ジェリーが決然と言い放った途端、がくりとミランダの首が落ちた。
 「えっ?!」
 「げちょっ・・・!!」
 「気絶しないでよぉぉぉ!!!!」
 花嫁の付き添い達が、声まで蒼白にしてミランダの意識を取り戻そうと努力する一方、チャペルの中では、いつまでも現れない花嫁を待つ人々の間にざわめきが広がっていく。
 「ど・・・どうかしたんでしょうか、ミランダさん・・・」
 心配そうに呟いたアレンの呟きに、クラウドの傍らに侍す神田がわずかに首を傾げた。
 「緊張しすぎて、腹痛でも起こしたんじゃねぇか?」
 「もしそうでも、ジェリ姐がついてっから大丈夫だと思うけどさ・・・」
 笑いながらも、どこか不安そうなラビに、上座のクラウドがくすりと笑みを漏らす。
 「どうかされましたか?」
 神田が囁くと、彼女は視線で祭壇前の花婿を示した。
 「周りがこんなにざわついているのに、彼は随分と落ち着いたものだと思ってな」
 と、クラウドに答えるように、クスクスと密やかな笑声が沸く。
 「このくらいじゃ動じませんよ、リーバー君は。
 あれですっごい根性据わってんですから」
 だから、と、コムイは気遣わしげな視線をドアへと向ける老人に屈み込んだ。
 「ミランダさんを任せて大丈夫ですからね?」
 「うむ・・・」
 そんなに不安げな顔をしていただろうかと、老人は苦笑して頷く。
 ―――― やがて、ざわめきすら治まる程の時間を経た後、ようやくチャペルのドアが開いた。
 純白のドレスに身を包み、柔らかなヴェールで胸までを覆われた花嫁は、両脇をジェリーとリナリーに支えられ、背後にサチコを従えて、粛々とバージン・ロードを歩む。
 一斉に祝福の声をあげた参列者達は、しかし、花嫁が自身の前を通り過ぎた瞬間、彼女を支える付き添い達の、蒼褪め、緊張に強張った顔を見て、息を呑まずにはいられなかった。
 「なんっ・・・で・・・あんな怖い顔・・・・・・っ」
 囁きを発することにすら緊張し、目を見開くラビの隣で、アレンもどきどきと鼓動を早める。
 と、
 「・・・気絶してんじゃねぇか?」
 ぽつりと呟いた神田の声を聞いた者達全員が、ミランダを凝視した。
 「ミランダの足・・・動いてねぇさ・・・・・・」
 「ブーケも、リナリーが支えてるみたいですよ・・・?」
 「あれ・・・ジェリぽんがミランダさんを抱えてるよねぇ・・・・・・?」
 ラビとアレンとコムイが、ひそひそと囁きを交わす前で、しかし、リーバーは悠然と笑ってジェリーからミランダを受け取る。
 ・・・のちに、参列者全員が『結婚式であんなにはらはらしたのは初めてだ』と述懐することになる式は、痛いほど張り詰めた空気の中で始まった。


 慌しいままに3月が終わり・・・。
 一生に一度の結婚式を意識不明のまま終え、激しく落ち込んでいたミランダも、日々の忙しさにようやく浮上しつつある。
 小さな店舗を地下トンネルで繋がった銀行に高値で買い取らせたちょめ助は、表通りに以前よりは大きな店を構えた。
 そこには庶民向けの雑貨だけでなく、上流向けに仕入れた工芸品なども置き、かなり繁盛しているらしい。
 先祖代々伝わる家宝の全てを取り戻したクラウドは、名残惜しげなリナリーと、泣いて縋るラビに微笑みを残して大陸へと去っていった。
 今度こそ探偵業の廃業を決意したコムイはしかし、捜査協力を求めてしばしば訪れるリンクに迷惑しているらしい。
 そんな中―――― 堅牢を誇るスコットランド・ヤードの監獄が襲撃され、金庫破りをはじめ、多くの犯罪に関わっていたかの一味が脱獄した。
 怒り心頭に発し、彼らを追うリンクの側にはなぜか、アレンとラビがついて回っている・・・。
 「遊びではないと言っているでしょう!
 子供は学校で勉強してなさい!迷惑です!」
 もう、何度目かの絶叫を放ったリンクに、しかし、二人はしれっと答えた。
 「だって俺ら、少年探偵だもんさー♪」
 「僕達、コムイさんの指令で動いてるんです!」
 そう言われては、コムイに捜査協力を依頼しているリンクとしては黙り込むしかない。
 こめかみをひくつかせた彼は、その怒りをもう一人へと向けた。
 「ならばせめて、君だけでも帰りなさい、リナリー・リー!」
 「やだ。
 私、アレン君の王子なんだもんv
 姫を守るんだよ、と、にこりと笑う彼女には、アレンもが苦笑する。
 「まぁまぁ、そんなに怒らんでv
 共に犯人逮捕に邁進するさv
 ラビの陽気な口調に憤りを募らせながら、リンクは荒い息をついた。
 「なぜ私が子守など・・・っ!!」
 「だぁら、俺ら一個しか違わねーさ!」
 「もう子供じゃないもん!」
 「僕だって!」
 わいわいと騒がしい子供達に囲まれ、青筋を浮かび上がらせるリンクにラビがにやりと笑う。
 「それに、今のうちに俺らと繋がってっと、後々便利だぜ?」
 大陸でコムイが見せた情報収集力と、将来ラビとアレンが受け継ぐ一族のコネクションは、現在のスコットランド・ヤードの組織力をはるかに超えていた。
 「それは・・・確かに・・・・・・」
 悔しいが、認めないわけにはいかないその力に、リンクがぎゅっと眉根を寄せる。
 が、
 「出世したいなら、今から僕達に親切にするといいですよ!」
 「そうよ!親切にしなさい、いばりんぼ!」
 騒ぎ立てる子供達に、また彼のこめかみが引き攣った。
 「今の君達に頼るほど、私もスコットランド・ヤードも落ちぶれてはいない!!」
 耳をつんざくリンクの怒声に、子供達が思わず身を竦めて耳を塞ぐ。
 「絶対・・・絶対出世して、スコットランド・ヤードを世界一の警察組織にしてみせる・・・!!
 決して君達の力など借りはしないからな!!」
 決然と言い放ったリンクに、子供達は不満げに頬を膨らませた。
 ―――― リンクの確固たる決意が実を結ぶことになるかどうかは・・・また、後のお話。



Fin.

 










私にとって、100作目よりも記念すべき108作目は、リクエストNO.21『少し報われるけどやっぱり報われないラビ(ナイン元帥絡みのギャグ)』でした!>リクページには文字数の都合上、『アンラッキーボーイ・ラビ』と書いてますけど、ホントはそんなリクだったんですよ(笑)
なんだか、いまいち不幸度が足りなかった気がしますが、楽しんでいただければ幸いです!
しかもあんなラストですが、すみません、続きません;
とはいえ、このシリーズは書いてて非常に楽しいので、ネタを思いついたらまたやるかもしれません(笑)
ちなみに、結婚式に関わる月や曜日の件は、『フラワーデザイン・オブ・ブリテン』様を参照しました。
日本の大安や仏滅みたいにイギリスにも結婚式にいい日や悪い日があるんじゃないかなぁと思ったら、案の定でしたよ(笑)
英国の『島国根性』について、『イギリスは移民たくさんいますよ』と思われたでしょうが、21世紀現在はともかく、19世紀はなー・・・。
確かに外国人も多いし、亡命者は受け入れたらしいですけど、犯罪が起きたら真っ先に外国人が疑われたらしいですよ。(参照『世界の都市の物語6・ロンドン』小池滋)












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