† 花 葬 †






 黒い衣を纏った肩に、うすくれないの花弁が落ちた。
 悄然とうな垂れ、力なく負われたリナリーを慰めるかのような優しげな風情に、ラビは思わず足を止める。
 「どうかしたっちょか?」
 先を行く少女に問われたラビは、手を差し伸べて、はらはらと降り注ぐ花弁を受け止めた。
 「思い出したんさ・・・前に、この花を見た時のことを」
 「へぇ・・・外国にも桜があるんだっちょか」
 「いや・・・」
 首を振りかけたラビは、同じく立ち止まったブックマンに睨まれ、頷く。
 「そー・・・さな。
 あるとこにはあんじゃね?」
 きょとん、とするちょめ助から目を逸らし、ラビは花弁を握り締めた。
 握り込んだ手の内に、ひんやりとした感触を味わっていると、伏せた目の端に金色の光が流れる。
 「・・・っ!」
 「ただの猫だっちょ」
 敵か、と緊張した一同に、人外の目を持つちょめ助が殊更にのんびりと言い、にこりと微笑んだ。
 「黒猫だから、目が光ってるとこしか見えなかったっちょね」
 「黒猫・・・か・・・」
 ―――― あやかしかと思った・・・。
 ふと耳に蘇った声に、ラビは弾かれたように樹上を見上げる。
 と、うすくれないの花霞の中に長い・・・鮮やかな緋色の袖が翻った。
 「お前・・・は・・・?!」
 鈴のような目を半眼に伏せた少女は、ラビの問いには答えず、緋色の膝に乗せた黒猫に、白い手で鈴を結わえつける。
 「おまえ、人だろう?」
 わずかに首を傾げると、小さな緋色の肩に、艶やかな黒髪がさらさらと流れた。
 「異国には、紅い髪の人間がいるって聞いた。
 おまえ、どこの国の人間だ?」
 続けて問いを発する少女の膝から、黒猫がラビの足元へ、ちりり・・・と、鈴の音を響かせて飛び降りる。
 すると猫の後を追うように、緋色の袖がふわりと宙を舞った。
 「おれの言葉がわからないか?」
 目の前に降り立った少女と・・・ほとんど視線を同じくしている自身に、ラビは目を見開く。
 「なんで・・・まさか・・・!」
 花弁を握った手を開けば、見慣れたそれはふたまわり以上小さくなっていた。
 「夢・・・いや、記憶か・・・?」
 だとしたら・・・この少女は・・・・・・
 「ユウ・・・・・・!」
 ラビの呼びかけに、少女は・・・いや、少年は訝しげに眉をひそめた。
 「なぜおれの名前を知っている?」
 やはりあやかしか、と、呟く声に、『おまえこそ・・・』と、戸惑いの声をあげる。
 「なんでこんな夜中に、子供が一人でうろついてんさ」
 本当に聞きたいことは、そんなことではなかったが、今にも袖を翻して駆け去りそうな彼を留めるために、ラビは幼い声で問うた。
 と、
 「・・・逃げてきた」
 独白のように呟き、幼いユウは足元に擦り寄る黒猫を抱き上げる。
 「家が・・・あやかしに襲われて・・・」
 ふい、と、あらぬ方を見遣った彼の、緋色の肩にうすくれないの花弁が落ち、繻子の生地を滑って袂へと流れて行く様を、ラビは思わず目で追った。
 と、ぼかし模様の入った裾の半ばで、それは縫い止められたようにとどまる。
 「ユウ・・・袖・・・・・・」
 未だぽたぽたと、紅いしずくを滴らせるそれをラビが差すと、彼は猫を抱いたまま、片腕を上げて長い袖の裾を見遣った。
 「血だ・・・逃げる時に、浸ったんだな・・・」
 なんの感情も表さない、淡々とした口調にラビは眉根を寄せる。
 「それだけさ?」
 「・・・慣れた」
 呟きつつも、猫を抱きしめる手は微かに震えていた。
 「ユウ・・・」
 思わず手を差し伸べると、その分だけ彼は退き、ラビの指先を見つめる。
 「おれの名をよぶな!」
 キッと吊り上ったまなじりを紅く染め、子供には似つかわしくない鋭い声で言い放った。
 と、その声に驚いたか、猫が彼の腕から飛び降り、闇の中へ駆けて行く。
 「そっちは・・・」
 初めて感情らしきものを滲ませ、ユウは袖を翻して猫を追った。
 「ユウ!」
 ―――― そっちに行っちゃいけない・・・!
 彼の名を呼ぶ幼い声とは別に、自身の声が脳裏に響く。
 ―――― そっちには・・・!
 『あの時』の場面が、一葉の写真のように脳裏に再生された。
 紅い紅い紅い・・・緋色に染められた場面が。
 「ユウ・・・!」
 必死に追いかけ、上がった息を整えようと息を吸い込んだ途端、ラビは酷い臭いにむせ返った。
 「死臭(ガス)が・・・!」
 ただの血臭とは違う、致死性の毒を含んだ臭いにラビは、慌てて鼻と口を塞ぐ。
 だが、ユウは毒煙をあげる血の海に爪先を浸し、キッと前を見つめていた。
 「返せ」
 高い声を、闇に向かって鋭く放つ。
 「返せ」
 もう一度叫ぶと、前方の闇がずるりと動いた。
 金色に光る大きな目が、ユウを見下ろして可笑しげに細まる。
 『こレ・・・おまエのカ・・・?』
 にぃ・・・と、巨大な口が笑みを浮かべ、ぞろりと並んだ鋭い牙に捕らえた黒猫を見せ付けた。
 『モウ・・・返せナい・・・』
 ぐったりとした猫の姿にユウが目を見開くと、あやかしはますます楽しげに歌う。
 『死んダ・・・殺しタ・・・オレが殺しタ・・・v
 モウおマエにハ返さナい・・・v
 牙から下がった猫の屍に、あやかしの鋭い爪が食い込んだ途端―――― ぱぁん・・・と、ガラスの砕けるような音と共に、屍が砕け散った。
 「・・・・・・っ!」
 まなじりを紅く染め、唇を噛んで、ユウが血の海に歩を踏み出す。
 「待て!!」
 死臭の満ちる中、ラビは必死に声をあげた。
 後の彼ならともかく、今の幼い彼が敵う相手ではない。
 ラビは、意を決して毒血の中へ踏み入った。
 「ダメだ・・・殺される!」
 彼を止めようと、あやかしのなまぐさい呼気を受けて翻る緋色の袖を掴むが、染み込んだ毒血に手を焼かれて思わず放す。
 「ユウ・・・!!」
 裾を血に浸しながら更に歩を進め、毅然と自身を見上げるユウを、あやかしが面白げに見下ろした。
 『おマエ・・・モ・・・逝くカ?』
 ごろごろと満足げに喉を鳴らしつつ、あやかしは金色の目を細める。
 『寂しクなイ・・・おマエ・・・モ・・・すグ逝け・・・ル・・・』
 巨大な腕が彼の頭上に伸び、鋭い爪がそっと、彼の上に掲げられた。
 『寂しクなイ・・・ヨ・・・・・・v
 爪が振り下ろされる―――― 刹那、ユウの爪先が血を弾いた。
 紅い飛沫を散らしつつ、現れた黒い刀身の柄を握り、白い頬に触れようとした爪を寸前で止める。
 『ア・・・・・・!』
 失望と怒りの混ざった声をあげるあやかしの目をまっすぐに睨み、ユウはみたび声を放った。
 「去れ」
 幼子とは思えない気迫に、あやかしが怯む。
 が、すぐに我に返ったあやかしは、幼子相手に一瞬たりとも怯んだ自身に憤り、その怒りをユウへ向けた。
 腕を大きく振りかぶり、鋭い爪がユウの小さな身体を捉えようとした・・・瞬間。
 あやかしは自身の意思に寄らず、その動きを止めた。
 「おいたはそこまでだよ」
 男の穏やかな声が闇の奥から響き、飛沫をまとう足音が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
 「消えなさい・・・」
 静かな命令が、合図だった。
 あやかしの身体は小刻みに震え、内から弾ける。
 砕け散った骸は、赤黒い吹雪のように風に舞い、同色の血溜りに呑み込まれて行った。
 ・・・やがて、闇の薄れた夜空には、掻き傷に似た細い月が浮かび、傷口からとめどなくあふれる血のように、白い花弁が降り注ぐ。
 紅い血溜に落ち、じわりと染まっては沈んでいくそれを目で追うユウの肩に、大きな手が乗った。
 「君の家族を守れず・・・すまなかった・・・・・・」
 打ち沈んだ声に、ユウは視線を落としたまま、ぽつりと呟く。
 「骸は・・・」
 「みんな、砕けてしまったよ・・・」
 苦しげな声にゆっくりと頷き、ユウは黒い刃先を足元の血に浸した。
 「残ったのは・・・血だけ・・・・・・」
 「君が、最後の一人だ」
 だが、その言葉にはふるりと首を振る。
 「まだ・・・あのひとがいる」
 すっとあげた視線の鋭さに、しかし、彼はこゆるぎもせず頷いた。
 「ならば、一緒に来るかい?」
 ユウの肩に乗せた手を一旦放し、改めて差し伸べる。
 「私はティエドール。
 私なら、君に戦う方法を教えてあげられるよ・・・・・・君以外の誰にも扱えなかったその、六幻のね」
 ティエドールの申し出に頷くや、ユウは黒い刃を緋色の袖に当て、切り裂いた。
 緋色の絹で鞘のない刀身をくるみ、背に隠して深々とこうべを垂れる。
 「よろしくお願い申し上げる」
 「こちらこそ」
 差し伸べた手を引き寄せ、ティエドールも同じくこうべを垂れた。
 「ユ・・・!」
 ゆっくりと歩き出したティエドールの後について行くユウを、追いかけようと歩を踏み出したラビは、足元の違和感に目を見開く。
 「血が・・・」
 くるぶしを浸すほどに深かった血溜りが、この一瞬の間にすっかり消えていた。
 敷き詰められた玉砂利は、血の跡どころか、一つ一つが磨き上げられたように艶やかで、月の光を静かに弾いている。
 その上に降る花弁も、何事もなかったかのように白く柔らかで、ラビは手を差し伸べて、はらはらと降り注ぐ花弁を受け止めた。
 「そんな・・・バカな・・・・・・」
 「なにがだっちょ?」
 不意に声を掛けられて、ラビは飛び上がらんばかりに驚く。
 「ちょっ・・・ちょちょっ・・・ちょめ助?!」
 「どうしたっちょか、ぼーっとして。
 行くっちょよ?」
 「あ・・・あぁ・・・・・・」
 まだ早鐘を打つ胸に、花弁を握ったこぶしを当て、ラビは傍らを歩む師を見下ろした。
 「お・・・俺、どんくらいぼーっとしてたさ?」
 こっそりと囁くと、師はじろりとラビを見上げる。
 「ほんの一瞬・・・枝を離れた花弁が、地に落ちるほどの時間じゃな」
 「そ・・・か・・・・・・」
 こぶしを開けば、掌の花弁は風に流され、夜闇へと消えていった。
 その先にずらりと並ぶ朱い鳥居を見遣り、ラビがふと問う。
 「ちょめ助・・・この国じゃ、赤は特別な色なんか?」
 と、先を行く少女は歩調を緩めてラビに並び、わずかに首を傾げた。
 「赤は血の色だとか魔除けだとか言われてるけど、おいらも詳しくは知らないっちょ。
 ただ、大事な祀りの時は赤い器が使われるし、子供の着物も赤だっちょね」
 「子供の着物?」
 「うん。
 伯爵様は・・・日本をアクマの国にしたけど、日本人を全滅させたわけじゃないっちょ。
 おいらは運悪く、こんな若さでアクマにされたっちょが、本当なら女は子供を産むまでは生かされるのが、アクマの間での、暗黙の了解なんだっちょ」
 だから、と、呟いた彼女の笑みは、提灯の灯りを受けて、いびつに歪む。
 「男の子でも、ほんの小さい頃は、女の子の格好をさせられるんだっちょ。
 そうすれば、ちょっとは長く生きられるっちょからな」
 「そっか・・・それで・・・・・・」
 あの時の彼は、少女と見紛う姿をしていたのかと、得心した。
 くすりと、微かな笑みを漏らしたちょめ助は、ラビの耳元に唇を寄せ、囁く。
 「どうしたっちょ?
 幻でも見たっちょか?」
 「そんなんじゃ・・・」
 「だったら、あやかしだっちょね」
 再びひそりと囁いて、彼女はくすくすと笑い出した。
 「気をつけるっちょ。
 この国にはアクマの他に、色んなあやかしがいるっちょよ」
 笑いながら、数歩先に行った彼女は、朱い鳥居の下でくるりと振り返る。
 「神もアクマもあやかしも、全て受け入れ、飲み込んでしまう・・・それが、この国だっちょ」
 ちりん・・・と、爪先に当たって音を立てた古い鈴を拾い上げ、彼女は笑みを浮かべる頬の横でそれを振った。
 「おまえも飲み込まれないように、気をつけるっちょ」
 幼さの残る愛らしい顔の裏に、残酷な本性を隠し持つあやかしは、そう言ってあでやかに笑う。
 その様に、白い花弁を呑み込んだ、紅い血溜りの様が蘇った。
 と、
 「ラビ・・・」
 たしなめるように、老人が静かな声で彼を呼ぶ。
 「夜桜はあやかしの領分だ。惑わされるでない」
 「あ・・・あぁ・・・」
 師の言葉に頷き、ラビは頭上を見遣った。
 闇に浮かぶ花は、恐ろしいほどに美しく、はらはらと花弁を散らしては、香りも立てずに地を覆う。
 ちりん・・・と、不意にまた、鈴の音が響いた。
 見遣れば、先程の黒猫を抱いたちょめ助が、拾った鈴を猫の首に結わえつけている。
 「お前にあげるっちょよ」
 ちりり・・・と、鈴を鳴らしながら首を伸ばした猫に頬をすり寄せ、ちょめ助が囁いた。
 「おいらがもらった鈴・・・返してやりたかったけど、もう、あいつはこの国にいないっちょからなぁ・・・・・・」
 猫のように細まったちょめ助の目が、金色に光る。
 「お前・・・・・・!」
 ラビの呼びかけに、彼女はしなやかに振り返った。
 「寂しクなイ・・・」
 くすくすと、軽やかな笑声をあげて、彼女は猫を地に放つ。
 「生きテ・・・生きテ、おマエの願イを果タせ・・・」
 言霊を託すように、彼女は闇に向かう猫へとたどたどしい言葉を手向けた。
 「あの時の・・・・・・」
 「しぃ・・・」
 細い指を唇に当て、ちょめ助は目を細める。
 「言ったっちょ?
 この国は、神もアクマもあやかしも、全て呑み込んでしまう・・・・・・『自分』のままでいたいなら、おとなしくしてるっちょよ―――― 坊や」
 ラビだけに聞こえる声でこっそりと囁き、妖しく笑う彼女から・・・しかし、ラビは目が離せなかった。
 「ラビ!」
 厳しい声で呼ばれ、ラビははっと我に返る。
 「惑わされるな」
 再びたしなめられ、ラビは無言で頷いた。
 ややして顔をあげると、訝しげにラビを見つめる一行の中に、いつもと変わらないちょめ助の笑顔がある。
 「行くっちょよ。
 どうも、ラビと桜は相性が悪いみたいだっちょからな」
 からかうように言って、ちょめ助は身を翻した。
 彼女の歩調に合わせて揺れる提灯の光を見遣り、ラビは吐息して一行の最後に続く。
 「・・・花と相性とかあんの、ジジィ?」
 ぼそりと問うと、傍らの老人は鼻を鳴らした。
 「そんなものは知らんわい。
 だが、この花が・・・お前の記憶を蘇らせたことは事実のようじゃな」
 「うん・・・。
 強烈なフラッシュ・バックだったさ」
 老人の言葉に苦笑し、ラビはあえて再び、樹上を見上げる。
 もはやそこに幻はなく、満開の桜がただ静かに花を散らしていた。
 「そうさな・・・次にあいつに会った時には・・・・・・」
 あるかなしかの風に向けて、ラビは微笑む。
 「伝えておくさ。
 お前の言葉を、な・・・」
 彼の声に応えるように、闇の奥からちりん・・・と、鈴の音が響き、肩越しに振り返った少女は、妖しさを帯びた笑みを深めた。



Fin.

 










リクエストNO.23『幼馴染の神田&ラビ』でした。
神田さんは幼少のみぎり(?)に教団に来て、ラビは2年前に入団してますので、こんな邂逅があるはずはないのですが、幻想的な話が書きたくなったので、設定ごと捏造してみましたよ(笑)>えぇ、ちょめは猫のアクマなんかじゃないと思いますよ(笑)
このお話は、エイプリルフールも終わってようやくゆっくり眠れるって時に、外で猫が鳴いているのを聞いて思いつきました。
『寝入りばなにうるさいなー・・・いや待て。自分じゃどうしようもない状況をイライラしちゃ損だ。ネタに利用しよう』ってことで、猫を絡めることを思いつきましたの(笑)←もったいない精神(笑)
ちょうどこの頃、我が家の桜は満開に向けて咲きつつありまして、『日本=桜』というイメージもあり、ちょっと不思議な感覚のお話を書くことにしました。
しかし、『神田=花』のイメージがどうしても抜けないですね。
いっそ、神田さん中心のシリーズは『お花シリーズ』とでも呼びますか(笑)
タイトルは私がラルクにはまったきっかけである曲です。
いつか絶対この曲でお話を書きたい、と思っていたので、とうとう叶って嬉しいですわv












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