† Curses come home to roost. †





 中国に入国してから、既に3日目。
 なんとか、英国人でも乗せてくれる船頭を見つけるのに、それだけの時間がかかった。
 しかし、鎖国状態の清国で、堂々と身をさらすことはできない。
 アレン達は、貨物を運ぶ小舟に身を隠し、奇岩の迫る渓流を上っていた。
 と、妙な気配を感じて、ごそ、と、身を覆う布から顔を覗かせる。
 「どうしたの、アレン君?」
 そう言って、アレンの傍らから、リナリーも顔を出した。
 中国人である彼女は、別に身を隠す必要もないだろうが、妙に目立たないためにも、アレンと共に荷物を覆う布の中にいた。
 「なんか今、視線を感じた気がしたんですけど・・・パンダかな?」
 某エクソシストの顔を思い浮かべながら呟くと、
 「・・・アレン君、中国だったら、どこにでもパンダがいると思ってるでしょ?いないよ」
 と、リナリーが呆れて囁く。
 「え?そうなんですか?でも、インドにはちゃんと象がいましたよ?」
 「インドには象がいても、中国ではあちこちにパンダはいないの」
 「そうなんだー・・・・・・」
 残念そうに呟きつつ、アレンは、再び布の中に戻った。
 「それにしても、まだラビたちに追いつけないなんて・・・あの人たち、どんな手を使ったのかしら」
 「きっと、僕たちには思いもよらないような裏技ですよ・・・・・・」
 虚しく呟きながら、アレンは、乾いた笑声をあげる。
 そう、それは、彼らが中国大陸に到着した、まさにその日のうちの出来事だった。


 「はーるばるー来たぜ中国〜♪」
 船を下りた途端、陽気に歌い出だしたラビに反して、クロウリーは初めての船旅に半死半生だった。
 「だ・・・大丈夫ですか、クロウリーさん?」
 「お薬持ってこようか?お水は飲める?」
 ステップを降りた途端、うずくまったまま、動けなくなったクロウリーを、アレンとリナリーが保護するが、二人の声にも、クロウリーは反応できない。
 「なんじゃ、吸血鬼とあろう者が、情けない」
 後からステップを降りてきたブックマンが、通り道を塞ぐようにうずくまる彼を、冷たく見下ろした。
 と、
 「吸血鬼じゃねぇヨ、パンダ♪」
 彼の傍らに立つラビが、ゴッ!と、師匠の後頭部をはたく。
 「何をするか、馬鹿弟子が!!」
 しかし、師匠の怒声もなんのその、ラビは、平然と言い募った。
 「だってクロちゃん、人の血は吸えない上に、コウモリにもなれないんだぜ?」
 「益々なげかわしい。そんな有り様で吸血鬼だのと、よくぞ名乗れたもんじゃ」
 ラビへの忌々しさも手伝ってか、吐き捨てるように呟いたブックマンに、アレンがムッと振り返る。
 「反論できない状態の人を、さりげにいじめないで下さいヨ、この鬼畜師弟」
 「をを!アレン君がクロちゃんをかばっているさ!
 やっぱ、寄生型同士、通じるものがあるとか?」
 陽気に笑いつつ、からかうように言ったラビに、アレン剣呑な笑みを浮かべた。
 「・・・むしろ、いじめられっ子同士通じちゃってる気がしますけどね」
 そう言って、乾いた笑声を上げるアレンに、リナリーも苦笑する。
 「ゴメンね、アレン君。兄さん、悪気はないと思うんだけど・・・」
 そう思っているのは、きっとリナリーだけだろうが、彼女の感情を傷つけない為に、アレンは無理矢理微笑んだ。
 「大丈夫、コムイさんが本当はいい人だって事は、わかってますから」
 ひきつる頬と、そらしそうになる目を無理矢理軌道修正するアレンの努力は、リナリーの笑顔の前に実を結んだようだ。
 が、
 「ありゃ、相当無理してるさ」
 「コムイをいい人だなどと、思ってもないことをさらりと言う辺り、あの坊主、ただ者ではないな」
 無慈悲なほど、場の空気を読まない師弟は、容赦なくアレンの偽りを指摘する。
 と、
 「うん・・・ただ者じゃねぇさ」
 珍しく、師匠の意見に同意したラビを、ブックマンが訝しげに見遣った。
 「・・・しかし、いつまでへたっておるのだ、吸血鬼は」
 改めて、ブックマンの舌鉾がクロウリーに向かう。
 「いっそ、本物の吸血鬼であったなら、殺しても死なんだろうに」
 「そうだなぁ。
 せめてコウモリになれるんだったら、色々便利そうな・・・」
 言いかけて、ラビは、はたと手を打った。
 「ジジィ!俺、クロちゃんと別行動していい?ってか、する!」
 「なんじゃと!?こら、待て!馬鹿弟子!!」
 ブックマンの制止も聞かず、ラビはクロウリーに駆け寄る。
 「クロちゃん、クロちゃん!
 はるばる中国にまで来たんだ、ちょっと俺に付き合ってくんね?」
 「・・・は?」
 くいくい、と、腕を引くラビに、クロウリーがようやく、真っ青な顔を上げた。
 「俺、中国に来たら、絶対行ってみたいと思ってた所があるんさー」
 「・・・もしや、あそこか、馬鹿弟子?」
 「ジジィ、多分正解♪
 さぁ、クロちゃん立って立って!」
 言いながら、ラビはクロウリーを抱えるようにして立たせ、陽気に声を上げる。
 「ヘィ、苦力(クーリー)!カゴいっちょ!」
 「えぇっ!?ラビ!?」
 「ぢゃっ!後はみんなでがんばって!」
 そう言い残すと、ラビは、苦力の運んで来たカゴにクロウリーを放り込み、とっとと人混みの中へと消えて行った。
 「ラ・・・ラビ・・・!?」
 取り残され、呆然と佇むアレンとリナリーに、ブックマンが、忌々しげに舌打ちしつつ歩み寄る。
 「勝手な馬鹿弟子ですまんな、二人とも・・・」
 彼の、苦々しい表情に、二人は苦笑を返す他、反応のしようがない。
 「まぁ、あの馬鹿が行った場所はわかっておる。故に・・・」
 こちらはこちらで、クロス元帥探索に行こう、という言葉を予想していた二人は、見事に裏切られた。
 「わしがあの二人を連れ帰るゆえ、お前たちは先に、クロス元帥を探しに行け」
 「はぃぃっ?!」
 見事に唱和した声が、雑踏に消える間もなく、ブックマンは二人に背を向ける。
 「では、後ほど・・・・・・」
 そう言って、陰のように人ごみの中に姿を消した彼を、慌てて追いかけようとしたアレンの腕が、強く引かれた。
 「リナリー!早く追いかけなきゃ!!」
 「ダメよ、アレン君。
 あなた、この雑踏の中に入って行って、迷子にならない自信、あるの?」
 厳しい目で睨まれて、アレンは絶句する。
 「言われた通りにしましょ。
 きっと、すぐに戻ってくるわ」
 彼女の言葉に、生来の方向音痴少年は、頷く他、なすすべはなかった。


 それから三日、ティムキャンピーに急かされながらも、二人は港から動けなかった。
 主な原因は、清国が、鎖国状態であるためだ。
 上海など、限られた土地以外に、外国人が入ることを禁止されている為、大陸の奥へと導こうとするティムキャンピーの指示には、中々従えなかったのである。
 「すみません・・・。リナリー一人だったら、すぐに動けたんでしょうけど・・・・・・」
 港近くの宿で、アレンはがっくりとうなだれた。
 「気にしないで。アレン君には、どうしようもないことだもん。
 それに、私より、ブックマンやラビがいた方が、すんなり入国できたと思うし・・・・・・」
 「本当に・・・どうやってこの港を出たんでしょうか、あの人たち・・・・・・」
 呟いて、アレンは、清国の兵士達を恨めしげに見遣る。
 と、リナリーのポケットから、黒い通信用ゴーレムが飛び出した。
 「あ!ブックマン?!」
 ようやく開かれた回線に、リナリーとアレンが飛びつく。
 『リナリー嬢、アレン、こちらは無事、馬鹿どもを発見した。そちらはどこまで行っている?』
 「どこまでじゃないですよ!!まだ港から出られないんですよ!!」
 呑気な言葉に、さすがのアレンも声を荒げた。
 が、
 『エクソシストともあろうものが情けない。衛兵に金を掴ませるなり、船頭に金を掴ませるなり、いくらでもやり方はあるじゃろう』
 「金・・・・・・って、エクソシストは聖職者ですよ?!」
 『クロスの弟子が、なにを今更』
 「師匠は師匠!!僕は僕です!!一緒に穢れに置かないでください!!」
 『キレイ事で世の中が渡れるか。
 いいか?金に困っていそうな船頭を見つけて、川を遡れ。わしらは、呪泉郷(じゅせんきょう)で待っている』
 「それどこ・・・っ!?」
 問いを発する間もなく、通信は一方的に切られた。
 「・・・・・・リナリー・・・・・・僕達、一応聖職者ですよね・・・・・・?」
 「・・・・・・ここは決断するしかないわ、アレン君」
 世間の波に、どっぷり呑まれた少年と少女は、この国で大人になるしかなかった。


 「・・・ところで、呪泉郷って、どんなとこですか?」
 漢字の読めないアレンには、この表意文字の意味すらつかめない。
 彼の問いに、リナリーは、二人を覆った布の下で、ごそごそと船頭にもらった地図を広げた。
 「この地図をくれた人が言うには、足の踏み場もないほどたくさんの泉がある土地で、それぞれに由来があるんですって。
 武芸者の間では、口コミで有名な、いい修行地らしいわよ」
 「修行・・・?」
 そんな所に、なんであのラビが行きたがったんだろう。しかも、クロウリーをつれて・・・・・・。
 そう、訝しく思っていると、ゴツ、と、船底が砂地をこする感触がして、舟が止まった。
 「お客さん、着いたよ。ここからは歩きだ」
 本当は外国人なんかと関わり合いたくないんだ、と、言わんばかりの無愛想な声に、二人は、そっと布から顔を出す。
 「出てもいいの?」
 リナリーが尋ねると、船頭は、無愛想に頷いた。
 「呪泉郷は、呪われた場所だからな。こんなとこ、誰もいやしないよ。
 さぁ、降りてくれ。
 泉は、この山を越えたところにあるから」
 性急に彼らを追い出そうとする船頭に、それでも礼を言って、二人は岸へ降りる。
 「日が暮れる前に着くといいですね」
 「あら、私たちなら大丈夫でしょ?」
 そう言って、にっこりと笑ったリナリーへ、アレンは苦笑を返した。
 「ダークブーツを発動させるのは、勘弁してくださいね。とても追いつけませんから」
 「えぇー?アレン君なら、追いつけるかも、って思ったのにな」
 「努力はしますけど、最後の手段にして置いてくださいね」
 クスクスと笑声を上げるリナリーに苦笑を深めて、アレンは歩き出す。
 「でも、良かった。ティムも同じ方角を指しているから、師匠に近づいてはいるんですよね」
 そう言うと、彼の後をついて歩きながら、リナリーも頷いた。
 「クロス元帥も呪泉郷に行ってたりして」
 「げっ!!」
 思わず、頓狂な声を上げてしまったアレンに、リナリーは目を見開く。
 「アレン君、私たち、クロス元帥を探してるんだよ?いずれは追いつこうとしてるんだって、ちゃんとわかってる?」
 「り・・・理性では・・・・・・!」
 しかし、感情的にどうしても受け入れられないのは、わかって欲しい、と言うアレンに、リナリーは深く吐息した。
 「余程・・・酷い目に遭ったのね」
 「僕のトラウマのほとんどは、師匠のせいですから・・・!」
 そう言って、頭をさするアレンを、リナリーが気の毒そうに見つめる。
 「・・・いつか解消できるように、がんばろうね」
 「・・・・・・会った途端に、新たなトラウマができそうですけどね・・・」
 真っ青になって、低く呟いたアレンに、リナリーはかけるべき言葉を失った。


 リナリーの予想通り、健脚の二人は日が暮れる前に山を越えてしまい、足の踏み場もないほどに泉の湧き出る場所に到着した。
 「ホントに泉だらけね・・・・・・」
 感心して、あたりを見渡すリナリーの目の端に、人影が写る。
 「あ、ラビたちかな・・・」
 その声に、彼女の視線の先をたどったアレンは、瞠目した。
 二人から、遠く離れた場所にいるのは、肉感的な肢体を黒衣に包んだ女・・・。
 見事な金髪を背に流し、泉に写った自身を、じっと見つめる姿には、いやと言うほど見覚えがあった。
 「エリアーデ?!」
 「誰・・・?」
 リナリーの問いも聞こえず、アレンが戦闘態勢に入る。
 「馬鹿な!彼女はクロウリーさんが壊したはず・・・・・・!」
 「アクマなの?!」
 同じく、身構えたリナリーの、高い声に、女が半身だけ、振り向いた。
 「アレン・・・・・・」
 呟くや、その蒼い双眸から、大粒の涙が零れ落ちる。
 「アレン・・・!
 エ・・・エリアーデが・・・エリアーデが・・・還ってきたのである・・・・・・!!」
 「・・・である?」
 聞き覚えのある口調に、アレンは発動しかけた手を止めた。
 改めてよく見ても、左眼には、アクマの魂は写らない。
 「え・・・?どういうこと・・・?」
 戸惑い、呆然と呟くアレンのコートの背を、誰かがつついた。
 「なに・・・っ!?」
 素早く振り返った途端、目に写った姿に、アレンは動きを止める。
 「パンダ?!」
 傍らのリナリーも、驚いて悲鳴じみた声を上げた。
 「なっ・・・!なんでパンダがこんな所にいるの?!」
 「ほら、リナリー。やっぱり、中国にはパンダがいるんだよ」
 そう言って、やや得意げに笑ったアレンに、リナリーが思いっきり首を振る。
 「そんなわけないでしょ!って言うか、そんな場合でもないわよ、アレン君!!」
 「かわいいなぁ、パンダ。僕、初めて見ました」
 「和んでいる場合でもないのよ!!アレン君、離れて!!」
 今度こそ本当に悲鳴を上げつつ、リナリーがパンダに手を伸ばそうとしていたアレンを引き戻した。
 「あのっ!!どういうことなのか、わかっていたら説明してくれないかしら?!」
 リナリーが、遠くから傍観している女に声をかけると、彼女は涙に濡れた顔に笑みを浮かべ、大きく頷く。
 「ぜひ聞いてくれ、リナリー嬢。
 私のエリアーデが、還ってきてくれたのである」
 「リナリー嬢・・・?」
 聞き覚えのある口調に、リナリーもまた、瞠目した。
 「も・・・もしかしてあなた、クロウリー?!」
 どういうこと?!と、詰め寄るリナリーに、未だ零れ落ちる涙を拭いながら、クロウリーはこうなった経緯を説明した。


 ラビによってカゴに放り込まれるや、意識不明に陥ったクロウリーが運ばれた場所は、この呪泉郷だった。
 聞きなれない言葉に彼が目を覚ますと、声の主―――― 案内人らしき中国人と会話していたラビが、陽気に笑って彼に手を振る。
 「おはようさ、クロちゃん♪」
 「あの・・・ここは・・・・・・?」
 まだふらつく頭を押さえながら、クロウリーがカゴから這い出ると、ラビはにこにこと歩み寄って来た。
 「呪泉郷っつって、武芸者の間じゃ、ちょっと有名な修行場さ」
 「修行・・・?しかし、私たちはクロス元帥を探しているのでは・・・?」
 「まぁまぁ、硬いこと言うなって!クロちゃんがレベルアップすれば、それだけ元帥を探しやすくもなるんだしさ」
 「それは・・・そうかもしれないであるが・・・・・・」
 「そうそう♪
 それでさ、クロちゃん?船酔いした後、カゴに揺られて、随分疲れたろ?鉱泉なんてどうだい?」
 「鉱泉・・・・・・?」
 未知の言葉に、首を傾げるクロウリーに、ラビは、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
 「うん、体にいい成分を含んだ泉のことで、熱いのは温泉っつーんだけどさ、ここのは全部つめてーから、冷泉だな。
 頭がすっきりすると思うぜ?」
 「はぁ・・・・・・」
 「さぁさぁ!遠慮せずに!!」
 そう言って、ラビはクロウリーを立たせるや、近くの泉に向かって突き飛ばした。
 「なっ・・・あぁぁぁぁぁぁっ?!」
 凄まじい悲鳴を上げて、泉に落ちたクロウリーは、思わぬ深さに更に悲鳴を上げる。
 「ラビ・・・ッ!!
 お・・・っ溺れるであるっ・・・・・・!!」
 「うんうん、潔く溺れちゃって♪そうしないと、効果ないから★」
 「んなぁぁぁぁぁっ?!」
 「大丈夫大丈夫。死なないうちに助けるから♪」
 「ふがぁぁぁぁぁっ?!」
 鬼畜のごとき言葉を吐きながら、泉の端にしゃがんだラビは、楽しそうに効果の出る時を待った。
 と、
 「あ!溺れたね!!」
 案内役の中国人の言葉に、ラビはひょい、と、槌を伸ばして、泉の中に差し入れる。
 「クロちゃーん!この槌に捕まって!早くしないと死んじゃうよーん!!」
 「・・・あんた、悪鬼のようアルよ・・・・・・」
 中国人の突っ込みもなんのその、槌の先に重みを感じるや、ラビは一本釣りの要領でクロウリーを引き上げた。
 「コウモリ男の出来上が・・・りぃぃぃぃぃっっ?!」
 思わず絶叫したラビの槌にかかっていたのは、かつて、彼が一目惚れした美女だった。


 「どういうわけさ?!俺は、クロちゃんをコウモリにしてやろうと思ってたのに!!!」
 濡れそぼり、呆然と地べたに座り込んだエリアーデを指しながら、ラビが案内役に詰め寄ると、彼は呆れたと言わんばかりに首を振り、隣の泉を示した。
 「ワタシ、ちゃんと言ったネ。コウモリになってしまう『蝙蝠溺泉』はこっち。
 アンタがあの人落としたのは、『女溺泉』っつって、若い娘が溺れて死んだ、悲劇的伝説のある泉ネ。
 この泉で溺れてしまった者は、水をかぶると女になってしまうアルよ」
 「くっそ――――!!失敗かよ!!じゃあ、改めてこっちに・・・!!」
 「ダメダメ。呪いを二重に受けることはできない。それが決まりネ」
 「そんなアホな決まりがあってたまるか!!できるかどうかは、やってみなきゃわかんね・・・!」
 「アホはお前じゃ、この馬鹿弟子!!」
 「へぶっ!!」
 へたり込んだエリアーデを立たせ、今度は蝙蝠溺泉へ放り込もうとしていたラビの後頭部に、容赦のない蹴りが炸裂する。
 「そんなに変身したければ、お前が溺れろ!!」
 倒れたところを、更に蹴り上げられて、ラビはあっけなく宙を舞い、泉の一つに落下した。
 「案内人。あれは、なんの泉だ?」
 「え・・・と・・・確か、兎溺泉ネ。
 ウサギが溺れて死んだ、悲劇的伝説のある泉ヨ」
 弟子を容赦なく呪いの泉に蹴り入れた師匠に、案内人の声も震える。
 が、悲劇はそれだけでは収まらなかった。
 「ムキ――――――――ッ!!!」
 ラビの沈んだ泉から、赤茶けたウサギが飛び出したかと思うと、ブックマンに凄まじい突進をかまして、近くの泉に叩き込んだのだ。
 「キキッ!!」
 ざまーみろ、と、言わんばかりの鳴声に、多くの武芸者を導いて来た案内人も言葉を失う。
 と、ややして、ザバァッ!と、泉の水面を波立たせ、巨大なパンダが岸に上った。
 「キッ・・・?!」
 「ムガァァァァァァッ!!!!」
 「キ――――!!!」
 怯えたウサギは、踵を返して逃げ出し、怒り狂ったパンダは、我を忘れてそれを追いかけて行く。
 後に残された案内人とエリアーデは、呆然と、二匹の影を見送るばかりだった。


 「・・・・・・ごめんなさい。
 馬鹿って言って、いいですか・・・・・・」
 クロウリーから事情を聞き終えたアレンは、開口一番、パンダにそう言い放った。
 「そ・・・それで?どうにかして、元に戻る方法はないの?」
 「それが・・・案内人が方法を知っているようなのであるが、私はここの言葉がわからないのである・・・・・・」
 しゅん、と、俯いた顔が、妙に艶かしい。
 「わ・・・わかった。私が聞いてみるから。その案内人って、どこにいるの?」
 リナリーの問いに、エリアーデ・・・いや、クロウリーは、更にしょげ返った。
 「それが・・・私が、ここの言葉がわからないと知ると、帰ってしまったのである」
 「なんですって?!」
 リナリーとアレンの唱和に、再び、パンダが手を上げる。
 「パンダ・・・じゃない、ブックマン、何か知ってるんですか?」
 本当にパンダになってしまった老人に、アレンが、憐れを含んだ声で問うと、彼は、大きく頷いた。
 そして、長く鋭い爪で、地に『HotWater』と書く。
 「・・・お湯?」
 「でも、お湯なんて、ここじゃ沸かせないわよ?」
 顔を見合わせ、改めて辺りを見回した二人の目には、薪になりそうなものすら写らなかった。
 「と・・・とりあえず、人がいる所に行かない?
 ブックマン、案内人は、どこに住んでいるの?」
 リナリーの問いに、パンダはあっさりと首を横に振る。
 「あの・・・リナリー嬢。
 案内人は、おそらく、ラビが連れてきたのである。ブックマンは、ラビが彼を、どこで雇ったかは知らないのでは・・・?」
 クロウリーの言葉に、パンダは大きく頷いた。
 「それで・・・?
 ラビは、どこに行っちゃったんですか?」
 げんなりとしたアレンの問いには、パンダは、足場として泉に幾本も立てられた竹の一つを示す。
 そこには、一羽の赤茶けたウサギが、逆さ吊りに引っ掛かっていた。
 「ラビ?!」
 助けようと、思わず駆け寄ったリナリーが、岸辺のミズゴケに足をとられて滑る。
 「きゃああ!!!」
 「リナリー!!」
 ざぶん、と、ラビが吊るされた泉の中へ落ちてしまったリナリーに続き、アレンも飛び込んだ。
 「あ・・・アレン!!」
 「グァッ!?」
 紳士的行動とはいえ、この呪われた泉にあって、あまりにも無茶な行為に、クロウリーとブックマンが驚いて駆け寄る。
 と、
 「ぷはっ!」
 泉の水面に、アレンの白い頭が浮かんできた。
 「アレン!!無事であったか!!」
 手をきつく組み合わせ、涙を流して喜ぶクロウリーに、しかし、アレンの表情は暗い。
 「リナリー・・・ごめんなさい・・・・・・」
 彼の腕の中では、小さな黒猫が気を失っていた。


 「まったく・・・どうするんですか・・・!!
 一度ならず二度までもリナリーを助けられなかったなんて、僕、確実にコムイさんに殺されますよ・・・・・・!!」
 未だ気を失った黒猫を抱いたまま、濡れそぼったアレンがぼろぼろと涙をこぼす。
 「キー・・・」
 ぽん、と、膝に置かれたウサギの手に、アレンの気は更にささくれだった。
 「スマン、じゃないでしょ、ラビ?!全くあなたは、いつも余計なことばっかり!!」
 「ア・・・アレン、ラビの言ってることが、わかるであるか?」
 「そんな気がしただけです」
 そう言ったものの、どうやら正解だったらしい。
 ウサギが、短い前脚で、丸を描いていた。
 「・・・あのね、ラビ?状況がわかってるんですか?あなたたち、お湯がないと元に戻れないんですよ?
 って言うか、一時的に元に戻っても、水をかぶればまた動物になるらしいですよ?
 なんでそんなに呑気なんですか?!」
 「キッ」
 「だから!!『なったもんは仕方がないし』とか言ってる場合かっつってんすよ!!」
 肩をすくませたジェスチャーだけで、そこまで理解したアレンに、ラビが惜しみない拍手を送る。
 「とにかく、どうにかしてお湯を手に入れないと・・・!」
 呑気なウサギを、思いっきりどつき倒して、アレンは立ち上がった。
 と、
 「温泉なるものが、ここにもあるとよいのであるが・・・・・・」
 ぽつりと、クロウリーの漏らした言葉に、アレンは勢い込んで振り返る。
 「クロウリーさん、今、なんて・・・?」
 「ん?
 ラビが言っていたのだ。ここの泉は鉱泉だと。
 私たちが落ちたのは冷泉と言うらしいが、これが熱いと、温泉と言うのであろう?」
 聞き違っていたか?と、問い返すクロウリーに、『それです!!』と、アレンが叫んだ。
 「これだけ泉があったら、もしかしたら、どこかに温泉が沸いているかもしれない!!
 ラビ!!
 そんな無茶な、なんて言ってないで、さっさと探すんです!!ウサギになっても、温度くらいわかるでしょ?!」
 アレンの怒声に追い立てられるようにして、ラビが、そして、ブックマンとクロウリーも、あまたある泉の温度を調べに走った。


 ―――― その後、慈愛の神は、いとし子たちを見捨てたもうことなく、呪泉郷に唯一湧き出る温泉へと、彼らを導きたもうた。
 「よかった・・・!!やっぱり、探せばあるんですよ!!
 どうです、ラビ?!
 そんなアホな、なんて言ってないで、さっさと入ってください!!」
 言うや、アレンはウサギの耳を掴み、温泉の中に沈める。
 と、
 「ぐぼっ!!ア゛レ゛・・・っ!!頭・・・押さえるなッ!!!」
 ウサギの耳の感触が、人間のそれへと変化し、水面に赤茶けた頭髪が広がった。
 「よかった、ラビ!元に戻りましたね!!」
 「本当によかったと思うなら、俺を溺死させようとするその手を引っ込めやがれッ!!」
 ぐぐっ・・・と、自身を湯の中へ沈めようとするアレンの手を掴み、押し戻そうと、ラビが必死の声を上げる。
 「いやもう、いっそ、このまま沈めた方が反省するかと」
 「この極悪人っ!!」
 「沈めー・・・沈むがいい、このウサギー・・・!!」
 「あぁっ!!そんなっ!!ピュアで可憐なアレン君に戻ってくれ!!」
 冗談ではない口調と、更に力を加える腕に、ラビが身も世もなく泣き叫んだ。
 そんな彼に、
 「反省してくださいね」
 と、にっこりと微笑んで、アレンはラビを引き上げてやる。
 「し・・・死ぬかと思った・・・マジで・・・!!」
 「あはははは。大げさだなぁ、ラビは。
 じゃ、次、ブックマンとクロウリーさん、どうぞ」
 凄みのある笑声を背に、パンダとエリアーデが、おとなしく湯につかると、瞬く間に元の姿に戻った。
 「あぁ・・・エリアーデ・・・・・・」
 水面に愛しい女の姿を見出せなくなったクロウリーが、再び大粒の涙をこぼす。
 「まぁまぁ、水をかぶったら、いつでも会えんだから、いいじゃん?」
 「それはどうでもいいですから、さっさと服を着てくださいよ、ラビ。
 じゃ、リナリーを起こして・・・・・・」
 それまで、大切に抱きしめていた猫を見下ろし、揺り起こそうとしたアレンは、真っ青になって硬直した。
 「服!!リナリーの服は?!」
 「へ?そりゃ、やっぱ泉の中じゃ・・・?」
 言いかけて、ラビも、事の重大さに気づいたようだ。
 「き・・・着替えは・・・?!」
 「バッカ、アレン!!婦女子の荷物なんて勝手にあさったら、殺されるぞ!!」
 慌てふためく二人に、既に着替えたブックマンが、呆れ顔で声を掛ける。
 「おい、小童ども。
 お前たちができんと言うなら、わしが・・・」
 「よけい悪いわ、ジジィ!!
 あ!申し出る前に言うぞ!!クロちゃんも不可だ、不可!!」
 「わっ・・・私は何も、言ってないである!!」
 クロウリーが動揺して、ちぎれんばかりに手を振った。
 「と・・・とりあえず、泉から服を回収しましょう!!」
 「グッドアイディアさ!アレン、行ってこい!なぜだかお前は、呪いが効かねェし!!」
 「いいえ!僕は、気を失っているリナリーを放り出すわけには行きません!!
 三度目の正直です!!」
 「え・・・じゃあ・・・クロちゃん、行く?」
 「わっ・・・私は、泳げないである・・・・・・!」
 「じゃ、ジジィ」
 「馬鹿が。呪いは二重にかからぬとはいえ、あのような小さな泉の中でパンダになっては、つっかえて溺死じゃ。
 お前行け」
 「えぇー!!せっかく戻ったのに、またウサギになるのは・・・!!」
 「いいからとっとと行け、ウサギ!」
 再びブラックに化生したアレンに蹴られ、ラビが猫溺泉に放り込まれる。
 「キッ・・・!!」
 「鬼畜結構。服を回収するまで、上がってこないでくださいね」
 相手がウサギに変化しても、変わらず意思の疎通を図ることのできるアレンが、無情な言葉を吐いた。
 「鵜飼いならぬ、兎飼いじゃの・・・・・・」
 温泉で、いい感じにゆだった老人は、そう呟いたまま、弟子に救助の手を差し伸べようとはしなかった。




Fin.

 











勝手にタイムリミットを設け、『今日中に仕上げます』と宣言して、その通り実行したお話です(笑)
書いている途中、何度もビルダーが強制終了されたり、震度4の地震が来てPCが倒れそうになったりと、ハプニングが相次ぎましたが、なんとか出来上がりました(笑)
構想二日、執筆一日。
第44夜の、最後の1Pから勝手に想像したお話である為、第45夜が発行された時点で使えなくなると言う、とても危険なネタでした(笑)
元ネタは、ご存知の方も多いでしょう、『らんま1/2』です(笑)
実はくれは、この漫画は読んだ事がなく、アニメの再放送を何回か見ただけ、という状況でしたので、ネットであらすじを調べ、とりあえず、呪泉郷の名前だけ調べたという体たらくです(^^;)>ファンの方、申し訳ありません;;
題名の『Curses come home to roost.』は諺で、
『人を呪わば穴二つ』
・・・えぇ、まんまです(=▽=;)











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