† Rose−Colored †
緑の香を含んだ風が、爽やかな日だった。 ロンドンには珍しい晴天で、初夏の日差しの中、鳥達も楽しげにさえずっている。 まるで、今日一日の幸福を保証しているかのような景色の中で、しかし、アレンは眉間に皺を寄せ、暗い顔で俯いていた。 「どしたん? えらい暗いさね」 ラビの問いにも、無言で首を振るだけの彼を訝しく思い、ラビは傍らのリンクを見遣る。 「お前、なんかしたんさ?」 「失礼な! 朝起きたら既にこの状態だったのですよ!」 忌々しげに目を吊り上げ、リンクはアレンを冷淡に見下ろした。 「具合でも悪いのかと思って尋ねても、ずっと黙り込んだままなのです。 もしこのままなら、コムイ室長にでも治療を依頼・・・」 途端、アレンが回廊中に響き渡る程の悲鳴をあげ、リンクとラビが飛び上がる。 「なっ・・・なんさ、いきなり?!」 「どっ・・・どうしました?!」 「きょ・・・今日・・・・・・!!」 「今日?」 揃って首を傾げた二人の前で、アレンは気の毒なほどに震えた。 「今日・・・コムイさんのお誕生日・・・・・・!!」 「・・・あぁ!」 ぽん、と手を打ち、ラビが大きく頷く。 「リナリーが今、張り切ってケーキ作ってるさ。 でも、それがどうかしたんか?」 「どうかしたですって?!」 アレンに真っ青な顔で詰め寄られ、ラビが目を丸くした。 「よりによって今日ですよ?! コムイさんのお誕生日と、13日の金曜日が重なるなんて・・・! 絶対、なにか悪いことが起こるに決まってます!!」 災厄の日だと、本気で怯え、また俯いてしまったアレンの前で、ラビとリンクは顔を見合わせる。 「・・・っ馬鹿馬鹿しい!」 「そんな、心配することねぇって!」 「なにを根拠にそんなこと言えるんですか、二人とも!!」 ヒステリックな声をあげて顔を覆ってしまったアレンに、二人は再び顔を見合わせ、呆れたように吐息した。 「今日が縁起の悪い日だというのは、馬鹿馬鹿しい迷信だからです」 「お前、聖書読んだことないんか? 13日の金曜日が縁起の悪い日だなんて、一文字も書いてねェさ」 「え・・・そうなの・・・?」 そうだ、と、声を揃えた二人を、しかし、アレンは未だ不安そうな顔で見上げる。 「だけど・・・今までだって毎回、13日の金曜日には悪いことが起こったんだもん・・・」 「お前の不運はデフォだろ」 「縁起の悪い日だと思っているから、少々の不運も大きく感じるだけです」 きっぱりと断言されて、アレンは口ごもった。 「・・・・・・・・・ホントに・・・迷信?」 消え入りそうな声で問うアレンに、二人が大きく頷く。 「迷信!」 声を揃えて断言され、アレンはそっと吐息した。 しかし、この日がよくない日だと信じている者は、アレンの他にもいた。 「今日は・・・絶対部屋から出ないわ・・・・・・!!」 ベッドに潜って、ひたすら震えながら、ミランダはぶつぶつと呟く。 「毎回毎回、悪いことが起こるんだもの・・・!!」 今日もそうに違いないと、固く信じる彼女の耳元で、通信ゴーレムが派手に鳴った。 「ひぃっ?!」 悲鳴をあげて毛布をかぶったミランダの上を、ゴーレムが急かすようにパタパタと飛び回る。 『ミランダー? アンタ、いつまでも起きてこないでどーしたのん?具合でも悪いー?』 彼女の悲鳴で開いた回線から、料理長の気遣わしげな声が伝わってくると、ミランダは毛布から恐る恐る顔を出した。 「ジェ・・・ジェリーさぁん・・・!」 明らかな泣き声に、ジェリーの声が焦りを帯びる。 『なに?!どーかしたの、アンタ?!』 「違・・・怖くて・・・お部屋から出られないんですぅー・・・」 『怖い?なにが?』 「だって今日・・・13日の金曜日・・・・・・!」 ミランダがか細い声をあげて泣き出すと、ゴーレムはしばらく沈黙した。 ややして、 『じゃあ、具合が悪いわけじゃないのねん?』 和らいだ声の問いに、ミランダは消え入りそうな声で『はい』と答える。 『じゃあ、お見舞い持ってってもらうから、ご飯くらいはちゃんとお食べなさいね どこかいたずらっぽい笑みを含んだ声に、ミランダがもう一度『はい』と答えると、軽やかな笑声と共に通信は切れた。 その後、しばらくして。 ドアをノックする音に、ミランダはびくっと飛び上がった。 答えもせずに、ベッドに潜ったまま震えていると、更にドアがノックされる。 「ななななな・・・なんですかぁっ?!」 ミランダが悲鳴をあげた途端、ノックは驚いたように止んだ。 「えーっと・・・料理長に頼まれて、ブランチ持ってきたんだけど?」 代わりにドア越しにかけられた声に、ミランダは目を見開いて毛布から顔を出す。 「リ・・・リーバーさん・・・・・・?」 「部屋から出られないって聞いたけど、どうかしたのか?」 「う・・・・・・!」 彼の優しい声を聞いていると涙が溢れてきて、ミランダは毛布を取り払った。 「リーバーさ・・・きゃあっ!!」 ベッドを降りようとした途端、毛布が足に絡んで頭から床に転げる。 「ミランダ?! 今、すげー音したけど、大丈夫か?!」 ドアを叩くと共に、焦った声をかけられるが、苦痛のあまり、ミランダは答えることができなかった。 「開けるぞ!!」 声と共にドアが開き、床に這ったままだったミランダは、すかさず抱き起こされる。 「どっか悪ィのか?!」 ジェリーから詳しい事情を聞かされなかったのだろう、リーバーに問われ、ミランダはぐったりとしたまま、苦痛と恥ずかしさとで、消え入りそうな声をあげた。 「違う・・・んです・・・・・・。 今・・・ベッドから落ちちゃって・・・・・・」 「え?! ・・・あ・・・そうか・・・・・・」 意外な答えにやや呆然として、リーバーはミランダの頭をそっと撫でてやる。 「怪我はしてないみたいだが・・・一応、病棟行っとくか?」 その問いには、微かに首を振ったミランダを、リーバーは訝しげに見下ろした。 「あのさ・・・なんで部屋から出られないんだ?」 「だって・・・・・・!」 リーバーの白衣の襟を掴んで、ミランダは震える。 「今日は・・・13日の金曜日なんですもの・・・! わ・・・私、この日は必ず、恐ろしい目に遭って・・・・・・! だ・・・だから・・・・・・!!」 本気で怯えるミランダに、思わずリーバーの口元が緩んだ。 ―――― かっ・・・可愛・・・っ!! 懸命に笑いをこらえながら、震えるミランダを抱きしめる。 「・・・大丈夫だから」 なんとか笑いの衝動を治めたリーバーは、彼の腕の中でまだ震える彼女に囁いた。 「そんなに怖いんだったら・・・その・・・今日は俺が傍にいるから」 照れた声に、ミランダが涙目をあげる。 「エクソシストにこんなこと言うのはおこがましいけど・・・守ってやるから、安心しな」 穏やかな声に頷き、ミランダは改めて縋りついたリーバーの胸で、微かな泣き声をあげた。 一方、食堂の厨房では、兄のためにケーキを作っていたリナリーが、不思議そうに小首を傾げてジェリーを見上げた。 「ねぇ、さっきミランダがどうとかって聞こえたけど、何かあったの?」 「えぇ、ちょっとね」 くすりと笑みを漏らし、ジェリーはリナリーに、ミランダが部屋に閉じこもっている理由を教える。 「かっ・・・可愛い!!」 リナリーが思わず呟くと、ジェリーも笑って頷いた。 「ねー? 大真面目に信じてる子が、まだいたんだわぁ アタシでさえときめいたもの!リーバーなんてイチコロよ 「それで、班長にブランチ持って行かせたんだね クスクスと明るい笑声をあげるリナリーの腕を、すかさずジェリーが掴む。 「ホラ、気をつけて! リキュール入れすぎちゃうわよ!」 「あっ!!」 傾けていたリキュールの瓶を慌てて戻し、リナリーはボウルの中身をじっと見つめた。 「・・・入れすぎちゃった?」 「大丈夫。 ちょうどコムたん好みの量だわ」 グッドタイミングで止めてくれたジェリーに、リナリーは心底感心する。 「さすがだねぇ、ジェリー・・・! 兄さんと仲がいいだけあるわ」 「アラん! ちょっとアンタ、馬鹿にしないでくれるぅ? コムたんだけじゃなく、アタシのごはんを食べる子達の好みなら、全員分覚えてるわよぉ!」 得意げに言った彼女に、リナリーは目を丸くした。 「全員?!ホントに?!」 「ホホホホホホ それが料理人の心意気ってもんよ だから、と、ジェリーはリナリーの耳元に囁く。 「アンタも、アレンちゃんの好みくらいは覚えときなさい」 「えぅっ?!あぅ・・・・・・うん・・・・・・」 真っ赤になって俯いてしまったリナリーに、ジェリーが楽しげな笑声をあげた。 と、 「なんか楽しそうさねー?」 カウンターから声がかかり、二人して見遣れば、ラビが手を振っている。 「やほーリナ 「あ・・・うん。 なんとかがんばってるよ」 まだ赤い顔をあげたリナリーは、ラビの隣で元気のないアレンの姿に、ぎくりと顔を強張らせた。 「きっ・・・聞かれてないよね、今の?!」 慌ててジェリーに囁くと、彼女は大きく頷く。 「聞こえるわけないでしょぉん リナリーにはそう請け負った彼女だが、やはりアレンの様子は気になって、カウンターに歩み寄った。 「アレンちゃん、どーしたのん?具合悪い?」 ジェリーが気遣わしげに手を差し伸べた途端、ラビが弾けたように笑い出し、アレンを挟んで隣にいたリンクも、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。 「姐さん姐さん、聞いてさ! こいつ、今日が13日の金曜日だからって、マジ怯えてんさ!!」 「アラん・・・!」 思わず吹き出したジェリーを、アレンが潤んだ目で見上げた。 「ジェリーさんまで、酷い・・・・・・」 「笑われて当然ですよ。 迷信を本気で信じるとは、馬鹿馬鹿しい」 リンクに冷たく言われ、更に消沈したアレンに、ジェリーは慌てて首を振る。 「ごっ・・・ごめんなさいね、違うのよぉ! 実はさっき、ミランダもおんなじこと言って、部屋に閉じこもってたもんだから・・・!」 「マンマが?!」 ぎょっとして大声をあげたリンクに、ラビが笑声を大きくした。 「馬鹿馬鹿しいって言いやんの!言いつけてやろー♪」 「なっ・・・君だって笑っているじゃないか、Jr.!!」 「それがどーかしたさ? 俺、ミランダのペットじゃねーもん 「ペッ・・・ペッ・・・・ペットとは失礼な!! ドMの君に言われたくないぞ!!」 「ドMって言うな、ホクロ2つ!!」 カウンター前でケンカを始めた二人に、ジェリーの柳眉がつりあがる。 「コラ! そこのわんことウサギ!騒がないの!」 叱り付けて怒声を止ませ、ジェリーは改めてアレンに微笑みかけた。 「大丈夫よん 「はい・・・」 ほっと吐息して笑みを浮かべたアレンに頷き、ジェリーは身を屈める。 「じゃあ、今日はなに食べるぅー? コムたんのお誕生日パーティ用に、いつもより多く食材仕入れてるから、なんでも好きなの作ってあげられるわよん?」 「やったぁ!! じゃあねぇ・・・」 ようやく屈託の晴れた声で注文を並べるアレンに、ジェリーは大きく頷いた。 「了解 ターキーの中には、お野菜をたっぷり詰めておくから、ちゃんとお食べなさいね? あと、ローストビーフの代わりにビーフシチューはいかが? お野菜と一緒に煮込んでいるから、栄養があるわ 「じゃあそれで!」 「ハイハーィ 途端に元気になったアレンの現金さに鼻を鳴らしたリンクは、ジェリーの肩越しにリナリーの姿を見遣り、片眉を上げる。 「また、カオスでも創造しているのですか、リナリー・リー?」 「・・・・・・ウルサイですよリンク監査官泡だて器口に突っ込まれてかき回されたいんですか?きっとおいしいケーキ作ってみせますから食べてその三白眼を丸くするといいですよ」 暗い声音で一息に言ったリナリーに、リンクはまた鼻を鳴らす。 「毒物の摂取はご遠慮いたします」 「・・・っ!!」 凄まじい勢いで飛んできたヘラを紙一重でかわせば、背後にいた団員が額を割られて倒れた。 「なんでよけるんですか!!」 「無茶を言うんじゃありませんよ、小娘」 カウンターを挟んで、突如始まったケンカに、呆然としていたアレンが慌てて止めに入る。 「な・・・なんでいきなりケンカ売ってんですか、リンク!!」 「リナリーも! ヘラ投げちゃダメでしょ!!」 ジェリーも驚いて振り返り、リナリーを叱りつけた。 「なによ!悪いのは監査官だもん!!」 「悪い?私が?」 憎らしいほどに落ち着き払って、リンクが口の端を歪める。 「料理長、ボウルの確認を。 あなたが目を離していた間に、あの小娘、一気に小麦粉を入れやがりました。 あれではいくら振るっていても、確実にダマができますよ」 「んなっ・・・?!」 「リナリー!アンタそれ、貸しなさい!!」 絶句したリナリーからすかさずボウルを取り上げたジェリーは、見事な手さばきで中身を滑らかに混ぜ合わせる。 「ふぅ・・・ホント、危なかったわ。 さすがね、リンク監査官。ケーキ作りの腕は確かだわ」 「恐れ入ります」 ふんっと、これ見よがしに鼻を鳴らされ、リナリーは真っ赤になって震えた。 「・・・言ってることは正しい・・・正しい・・・けど・・・・・・」 顔を引き攣らせて呟くアレンの隣で、カウンターにもたれかかったラビがうな垂れるように頷く。 「・・・なんでわざわざ怒らせるかねェ」 ひと波乱起こりそうな予感に、ラビは深々と吐息した。 その頃、コムイは自身のデスクで、上機嫌で仕事をさばいていた。 「・・・なに? どしたん、あの人・・・?」 「天変地異の前触れか・・・?」 次々に決済印が押され、みるみる減っていく書類の山を見て、常に崖っぷちに置かれている部下達は喜びよりも不安が募る。 が、ミランダを伴って戻ったリーバーが、彼らの不安を振り払うように手を振った。 「今日はなんの日か知ってっか?」 「13日の金曜日」 「あぁ・・・やっぱり災厄の日か・・・・・・・」 返ってきた暗い声の答えに、ミランダが喉を引きつらせて震えだす。 「アホか! 科学者のクセに、馬鹿馬鹿しい迷信ほざいてんじゃねぇよ」 リーバーは、自身の白衣に縋りつくミランダの背を、なだめるように撫でながら言うと、カレンダーに大きく描かれた花丸を示した。 「今日、室長の誕生日だろ。 日付が変わった時点でリナリーが盛大に祝った上に、今、あいつは張り切ってバースデーケーキ作ってんだよ。 機嫌がいいのも当たり前だろ」 リーバーの説明を受けて、コムイの態度に納得した途端、科学班全体が雪崩を打って動き出す。 「室長!!これも!!これも決済してください!!」 「サイン!サインください!!許可証にサイン!!」 「俺の報告書見てください!!確認印プリーズ!!」 「イイヨイイヨー 手に手に書類を持ってたかってくる部下達に機嫌よく笑いながら、コムイは次々と仕事をさばいて行った。 「・・・普段から、この半分でも仕事してくれりゃあなぁ」 うんざりとぼやきつつ、リーバーは自分のデスクに積み上げられた書類を持ち上げる。 「ミランダはこっち持って。 重いようなら、持てるだけでいいから」 「い・・・いえ!平気です!」 指示されたファイルを持って、ミランダがリーバーと共にコムイのデスク前に並ぶと、周りの視線が集まった。 「班長、ズルイー! 自分だけ手伝ってもらってる!」 「うるせぇよ。 俺の仕事量がハンパねェこと知った上で言ってんなら、治験のモルモットにするぞ」 「ち・・・ち・・・治験って・・・?!」 真っ青になって声を失ったスタッフの代わりにミランダが問うと、リーバーは涼しい顔で『薬の人体実験』と答える。 「普通の薬ならともかく、室長が作ったものはマジで危険だから、誰もやりたがらないんだよな」 当たり前だ、と言う声は、引きつった喉から出すことができなかった。 「でも、覚悟して治験するんならまだいいっすよ・・・。 なのに室長だけならまだしも、新薬作った奴はみんな、こっそり盛るじゃないですか・・・! その度に俺ら、髪伸びたり背ェ縮んだり猫になったり・・・・・・」 はぁぁ・・・と、切なく吐息したジョニーを見下ろし、リーバーは苦笑する。 「無茶やるのは室長だけじゃねぇもんなぁ・・・」 だから、と、リーバーは、傍らで震えるミランダを見下ろした。 「ここの奴らが、やたら熱心に菓子とか飲料とか勧めてきたら、絶対断るように!」 「はっ・・・はい!!」 びくびくと周りを見回すミランダに、しかし、ジョニーは笑って首を振る。 「大丈夫だって! ミランダとリナリーに薬盛る奴はいないよ。 室長と班長を敵に回して、生き残る自信ないもん」 先に生存本能が危険を告げる、と、断言したジョニーに、ミランダはややほっとした表情で頷いた。 「まぁ・・・積極的に盛る奴はいなくても、おかしな薬を放置している奴はごろごろいるから、あんまり色々触らないこったな」 「はい・・・っ!」 緊張した面持ちで頷いた拍子に、ミランダが抱えるファイルがずり落ちそうになる。 「あっ・・・!」 抱え直そうと、慌てて姿勢を変えた途端、デスクに積み上げられていた箱とぶつかった。 「きゃっ・・・?!」 傾いだ箱に怯え、目をつぶって身を固くするが、いつまで経っても衝撃は来ない。 恐る恐る目を開けると、ミランダの額の前に箱を支える手があり、更に見上げれば、リーバーが怖い顔で辺りを見回していた。 「ここに危険物の箱積んだ奴! 射撃の的にされたくなけりゃ、今すぐ片付けろ!!」 大音声は部屋中に響き渡り、慌てて駆け寄った科学者達が、機敏にミランダの周りから危険物を撤去していく。 「うっわぁ!リーバー君、オットコマエー♪」 彼の怒声に思わず手を止めたコムイが笑うと、冷淡に睨み返された。 「いいからとっとと手を動かせ! 時間までにその仕事終わらせなきゃ、パーティは中止です」 「んなっ?! だって!!せっかくリナリーがケーキを・・・・・・!」 激しい抗議は、リーバーの眼光の前に段々小さくなっていく。 「何か文句でも?」 「イエッ・・・!なにも・・・っ!」 彼の目から逃れるように書類へ目を落とし、コムイは懸命に処理を続けた。 「それにしても暢気なものですね。 戦争のさなかに誕生日パーティとは」 「こんな時だからこそ、何か楽しみがないとやってられませんよ」 憮然とリンクに反論したアレンの隣で、しかし、ラビが首を傾げた。 「まぁ・・・楽しみ・・・うぅーん・・・・・・」 「どうしました、Jr.?何か問題でも?」 訝しげに眉根を寄せたリンクに、ラビが苦笑する。 「祝われる奴によって、平穏なパーティと、そうでないパーティがあんだよな・・・。 で、コムイの場合は、平穏でない場合が多いんさ」 「まぁ・・・室長の人となりを考えれば、到底無事では済まないでしょうね」 リンクが思わず表情を強張らせると、アレンも不安げな表情で辺りを見回した。 「もう何か仕掛けてるかな・・・?! コムイさん、自分の誕生日くらい、おとなしくしててくれないかな・・・」 未だ、不吉な日と言う印象が抜けないのか、アレンの顔色がみるみる悪くなっていく。 「そんなに不安なら、部屋に鍵でもかけて閉じこもっていればいいでしょうに」 「部屋にこもった所を襲われて、逃げ道塞がれたことがあんですよッ!!」 ヒステリックな声をあげて泣き出したアレンに、リンクが鼻白んだ。 「・・・どこに隠れてたって、コムイさんに狙われたらおしまいなんですよぉ・・・! うう・・・!! お城出たい・・・! お城から逃げたい・・・・・・!」 えぐえぐと泣きじゃくりながらリンクに縋るが、彼は冷厳な顔で首を振る。 「それは許可できません」 「監視対象が死んでもいいのっ?! お仕事なんでしょぉぉぉぉ?!」 「確かに・・・死んでもらっては困りますが・・・・・・」 そう言ってリンクは、ちらりとラビを見遣ったが、面白そうな顔をして状況を見守る彼にアレンほどの緊張感はない。 軽く吐息を漏らすと、リンクは改めて首を振った。 「君の死が確実でもない限りは、むやみに城の外に出ることは許可できません」 「殺されたら、絶対化けて出てやるぅぅぅぅぅぅぅっ!!」 アレンの絶叫に、リンクは冷淡に片眉を上げる。 「楽しみにしています」 できるものならやってみろと、言わんばかりのリンクの態度に、アレンの泣き声は更に高くなった。 「・・・なんとか・・・成功・・・だよね・・・・・・?」 リナリーが、不安そうな上目遣いでジェリーを見上げると、彼女はにこりと笑って頷いた。 「ダイジョーブよん 監査官が注意してくれたおかげね 「〜〜〜〜っ!!」 真っ赤になって唇を噛むリナリーに、ジェリーが笑声をあげる。 「アンタ達、ちょっとは仲良くしなさいよぉ 「ムリだよ、あんな意地悪のいばりんぼ!!」 リナリーが憤然と言い放つと、ジェリーは苦笑して自身の頬に手を添えた。 「そぉねぇ・・・言ってることは正しいんだけど、言い方がちょっとねぇ・・・」 そうは言いつつも、怒っている様子のないジェリーを、リナリーはじっとりと見上げる。 「なによ・・・! ジェリーだって最初は、『中央のボーズ』って嫌ってたくせに・・・」 「あぁら?そうだったかしらぁ?」 リナリーの拗ねた言い様に、ジェリーはくすくすと笑声を漏らした。 「でも、アタシのごはんをおいしいって言ってくれる子は、誰だって好きよん それにあの子、ホントにケーキ作り上手なんだもの!感心しちゃって!」 好意的な声をあげるジェリーに反し、リナリーはますます拗ねてしまう。 「どうせ・・・下手だよ・・・・・・」 「努力はいつか報われるわん 「いつかって、いつ?」 ぷぅ、と、頬をふくらませたリナリーに、ジェリーが軽やかな笑声をあげた。 「ホラホラ、膨れてないで、早く次のを作んなさいよ。 今年はコムたんのケーキの他にもがんばるんでしょ?」 そう言って、ジェリーがリナリーの膨れた頬を両手で潰すと、リナリーもようやく機嫌を直す。 「うん・・・! アレン君と班長用に、リキュールが入ってないケーキも作るの!」 リナリーが改めて気合を入れ、こぶしを握った途端、カウンター付近で鼻を鳴らす音がした。 「カオスを増産する気ですか、迷惑な」 「・・・・・・また何の用があって来たんですか、リンク監査官」 途端に暗い声音で呟くリナリーに、リンクはもう一度鼻を鳴らす。 「いくら手際の悪い小娘でも、そろそろ作り終えている頃だろうと思いまして。 ―――― 料理長、少々厨房を貸していただけますか? ウォーカーが泣き喚いて使いものになりませんので、ケーキでも作って餌付けを試みようと思います」 「手際が悪くて悪かったわねっ!それに、アレン君を監査官のペットにしないで!!」 憤然と声を荒げるリナリーを慌てて制し、ジェリーはリンクへ苦笑を向けた。 「厨房は好きに使ってくれていいけど・・・その代わりアンタ、リナリーをイチイチいじめないでくれるぅ?」 「いじめる? 先に暴力行為を仕掛けてくるのはいつも、この小娘の方ですが?」 忌々しげに眉をひそめたリンクに返され、ジェリーは厳しい顔でリナリーを見下ろす。 「アンタは・・・!」 「だ・・・だってぇ・・・・・・!」 気まずげに下を向いたリナリーに吐息を漏らし、ジェリーはリンクへ向き直った。 「どうぞ、監査官。 アンタなら危険はないでしょうから、なにを使ってもらっても構わないわ」 「ありがとうございます、料理長。 ついでに、その暴力娘を見張っていていただければありがたく思います」 「誰が暴力・・・っ!!」 こぶしを振り上げるリナリーを羽交い絞めにし、ジェリーは眉を吊り上げる。 「いい加減にしなさい、この子達は! リナリーも監査官も、よっくお聞きなさいよん! アタシの厨房内ではケンカ禁止! 暴力も、嫌味もね!」 厳しく言われて、リナリーは渋々、リンクは淡々と頷いた。 続いて歩調まで淡々と厨房に入ったリンクは、テーブルに置かれた材料をざっと見回して軽く頷く。 「ではごく簡単に、ザッハトルテでも作りますか」 「この人今、すっごい嫌味言ったぁぁぁっ!!!!」 散々苦労してザッハトルテを作り上げたリナリーの絶叫に、皆がうるさげに耳を塞いだ。 「すごい・・・片付くなんて・・・・・・!」 塔のように積み上げられていた書類が、経過待ちの数枚を除いて全て消え去った光景に、ミランダは目を丸くした。 「やりゃあできるのに、やらないからムカつくんだよ」 彼女の隣でぶつぶつとぼやきつつ、リーバーは手にしたマグカップをミランダに渡す。 「はい、お手伝いご苦労さん」 「あ・・・ありがとうございます・・・・・・」 ふわりとあがったコーヒーの香りに、ミランダはほっと笑みほころんだ。 「リーバー君! ボクにもコーヒー!!」 「ハイハイ」 重労働をやってのけた直後の割には、随分と元気なコムイにマグカップを差し出しつつ、リーバーは意地悪く笑う。 「えらくご機嫌っすね。 なんか、先週までは『あと一週間の命』とかほざいて、随分へこんでたのに」 途端、マグカップに伸びていたコムイの手が止まり、真っ青な顔がきょろきょろと辺りを見回した。 「・・・? どうしたんすか?」 額に冷や汗を浮かべるコムイを訝しげに見遣ると、彼は、引き攣った声を思いっきり潜める。 「み・・・三十路になるのはヤダとか、二十代最後とか、言わない方がイイヨ、リーバー君・・・・・・!」 「は? 別に俺は言ってないっしょ。 アンタが勝手にへこんでただけ・・・」 「しーっ!! 言わないでってば!!」 慌ててリーバーの口を塞いだコムイに、ミランダが驚いて身をすくめた。 「ど・・・どうかしたんですか・・・?」 「どうしたもなにも!!」 リーバーの口を塞いだまま、必死に声を潜めたコムイに手招きされ、ミランダが恐る恐る歩み寄る。 「ぐ・・・偶然、ぼやいたのを聞かれちゃって・・・・・・!」 「聞かれた?誰にですか?」 きょとん、と、ミランダが首を傾げると、コムイは更に声を低めた。 「ク・・・ク・・・クラウド元帥だよ・・・・・・! とっくに三十路で悪かったな!って、ものっすごく怒られて、鞭でしばかれちゃったんだよぉぅ・・・!!」 「ひっ・・・!!」 「あぁ・・・。 それで室長、こないだあんな大怪我してたんすか」 階段から落ちたって聞いたけど、と、呟いたリーバーの襟に縋って、コムイはうな垂れる。 「落ちたよ・・・! 正確には、鞭でしばかれた上に、階段から蹴り落とされたんだよ・・・・・・!」 死ぬかと思った、と、コムイが呟き、リーバーとミランダは、蒼褪めた顔を見合わせた。 「・・・口には気をつけます」 「わっ・・・わっ・・・私も・・・・・・!!」 ただでさえ不吉な日なのに、そんな災厄まで呼び込んではたまらないと、震える声をあげるミランダに、コムイがむぅ、と眉根を寄せる。 「ひどいなぁ、ミランダ! ボクのおたんじょーびがサイアクの日だってゆーのかい?」 「ちっ・・・違いますぅっ!! そう言う意味じゃなくて・・・!!」 「室長、今日、金曜っす」 動揺してまともに説明のできないミランダの代わりにリーバーが言うと、コムイは目を丸くした。 「あー!13日の金曜日なんだ、今日!」 大声で言って、手を打った彼に、リーバーが頷く。 「ミランダ、そんなの信じてるんだぁ! かわぃー コムイにからかわれ、真っ赤になってうつむいてしまったミランダの肩を、リーバーが笑って抱き寄せた。 「そう言うわけで、今日は俺、彼女のガーディアンっす」 あまりにもあっさりと言われ、ミランダは恥ずかしさのあまり声も出ない。 呆気にとられたコムイも、ややして憮然と眉根を寄せた。 「ちょっとぉ・・・。 ナニ堂々といちゃついてんのさぁー」 「こんな時くらいしか、守ってやれないっすからね」 吐息と共に、乾いた声を漏らしたリーバーに、コムイも思わず苦笑する。 と、その笑みが徐々に歪んでいった。 「ねぇ・・・このこと、あの子はどう思ってると思う?」 「あの子、って?」 不吉な予感を覚えながら、リーバーがあえて問うと、コムイは意地の悪い笑みを深める。 「ヤダなぁ、とぼけちゃって アレン君だよぉ あの子、こういう迷信、本気で信じてそうじゃないー?」 「さぁ・・・どうでしょうね?」 予想した通りのことを言われ、リーバーはさりげなく視線を逸らした。 「あいつはエクソシストな上に、誰もが気味悪がって入りたがらなかった部屋を、『食堂が近いから』って理由で自室にした奴ですよ? さすがにそれはないんじゃ・・・」 「でも、不幸スキルはミランダと1、2を争ってるじゃなーぃ 「別に・・・争いたくて争ってるわけじゃ・・・・・・」 ミランダが悄然と俯いた途端、リーバーの目が厳しくコムイを睨む。 「いっ・・・イヤ、だからね・・・っ?!」 コムイは激しく手を振り、慌てて言い募った。 「他の迷信は信じてなくても、不吉な日のことは信じてるかもしれないじゃない! それに、信じてなくってもさ・・・」 クスクスと笑い出したコムイに、リーバーの不安が募る。 「アレン君史上最悪の日にしてあげたら、信じるようになるよねー 「不吉の捏造すんの、ヤメ――――!!」 絶叫と共にリーバーが伸ばした手を、コムイは軟体動物めいた動きで避けた。 「ダイジョーブダイジョーブ キミのミランダには危険が及ばないよう、気をつけるからぁ 「その分他の奴に・・・待たんか――――!!!!」 高笑いしながら席を立ったコムイに再び手を伸ばすが、それすらも避けられる。 「今日のお仕事終わったしぃー 怪鳥のような笑声をあげて、あっという間に駆け去ったコムイの背を、リーバーは忌々しげに、ミランダは震えて見送った。 「ふむ。まぁまぁですね」 艶やかにチョコレートコーティングしたザッハトルテを皿に乗せ、リンクが呟くと、やや離れた場所からリナリーが、ぎりぎりと彼を睨みつけた。 「まぁまぁって・・・まぁまぁって・・・・・・! なんて嫌味なの、あのいばりんぼ!!」 「ダイジョーブダイジョーブ コムたんは、キレイでおいしいケーキより、アンタの手作りケーキを喜ぶわよ 「・・・・・・それ、全然フォローになってないよ、ジェリー」 「ア・・・アラッ・・・!」 気まずげに、あらぬ方を向いたジェリーに唇を尖らせたリナリーは、美しいザッハトルテを手に、端然と厨房を出て行くリンクの背を睨みつける。 「・・・転んじゃえ!」 手近にあったクルミを投げつければ紙一重でかわされて、ちょうど通りかかった団員の額を割った。 「リナリー!これっ!!」 ジェリーに叱られて俯いた彼女を、リンクは肩越しに見遣り、わざわざ鼻を鳴らす。 「もう一個・・・っ!!」 「やめなさいっ!」 振りかぶった途端、ジェリーのげんこつが落ちてきて、リナリーはその場にうずくまった。 「先におでこ割っちゃった子に謝って、手当てしてらっしゃい!」 「わ・・・私も手当て・・・・・・!」 頭を抱えて泣き声をあげるが、許してもらえるわけもない。 「早く行ってらっしゃい!!」 「はぃ・・・・・・」 更に怒られ、リナリーは痛みをこらえて立ち上がった。 「まったく、乱暴な・・・」 頭を抱えて厨房から出てきたリナリーをちらりと振り返り、リンクが忌々しげに呟く。 「ここのガキ共は、どいつもこいつもワガママで生意気なクソガキで、扱いづらいったらありゃしない」 ぶつぶつとぼやきながら回廊に出たリンクは、踵を鳴らして歩きつつ、自作のケーキを見下ろした。 「しかし・・・厨房に行ったおかげで、いいことを聞きました。 これであのガキ、少々からかってやりましょう」 意地の悪い笑みを貼り付け、リンクが向かった談話室では、未だにアレンが、えぐえぐとしゃくりあげている。 「ほら、アレン、いい加減泣きやむさ! リンクがケーキ持って帰ってきたぜ?な?」 ラビがうんざりとしながらも気を紛らわせようとするが、 「うう・・・お外出たい・・・お外出るぅ・・・・・・!」 珍しいことにアレンは、『ケーキ』の名にも泣き止もうとしなかった。 「本当に君は、いつまでもうじうじと鬱陶しい子供ですね。 そんなに私の作ったケーキが嫌なら、あの小娘が創造したカオスでもお食べなさい」 「・・・・・・・・・・・・」 途端、泣声も止んでしまったアレンに、ラビが目を見開く。 「一体どんなんさ、リナリーのカオスって! この食欲魔人がケーキを・・・それも、リナリーが作ったケーキに飛びつかないなんて、ありえねぇ!」 「そんなに確認したいなら、食べて見ればいいでしょう。 ただし、毒物を摂取して無事でいる自信があれば、ですが」 「またそんな・・・リナリーを怒らせるようなことを言う・・・・・・」 ようやく泣き止み、紅くなった目をあげたアレンに、リンクは鼻を鳴らしてケーキを差し出した。 「ザッハトルテです。 あの小娘も同じものを作ってましたから、食べ比べしてみなさい」 自信満々に言い放ったリンクに、アレンとラビが顔を引き攣らせる。 「リナ・・・まだキッチンにいたんさ・・・?」 「今度はどんなケンカしてきたんですか・・・」 乾いた声をあげる二人に鼻を鳴らし、リンクはテーブルに置かれたティーポットから紅茶を注いだ。 「喧嘩などしません。 あの小娘が、一人で勝手に怒っていただけです」 鼻持ちならないリンクの態度に、リナリーがどれほど激怒しただろうかと思いを馳せた二人は、気まずさをごまかすように、切り分けられたケーキを口にする。 「・・・うまっ!! うーん・・・悔しいけど、さすがさね、リンク。 やっぱアンタの作るケーキはうまいさ」 「当然です。 どうですか、ウォーカー?」 木で鼻をくくったような言い方をされても、おいしいケーキに満足した舌は、いつもの憎まれ口を返すことが出来なかった。 「おいしい・・・っ!! 結構分厚くチョコレートコーティングされてるのに、スポンジがしっとり! ・・・・・・でもなんかこれ、変な匂いがしますよ・・・?」 「失礼な。 私が材料を間違えるはずないでしょう」 「そうさね・・・。 俺は別に、変な匂いとかはしねェけど・・・」 そう言ってラビが、困惑げにケーキの匂いを嗅ぐ。 「うん・・・チョコレートやスポンジじゃなくて・・・なんか・・・」 アレンはもう一口、口に入れて、もぐもぐと噛み締めつつ首を傾げた。 と、 「木の実ではありませんか? ナッツやドライフルーツをたっぷり入れてますからね」 「あぁ!そう言われれば・・・!」 アレンは頷くと、大きく口を開けて、残りのケーキを丸ごと口に放りこむ。 「そっか、レーズンかなにかかな? なんだかとっても・・・・・・」 うまい表現が見つからず、困った顔をするアレンに、ラビがにこりと笑った。 「香ばしいとか、さわやかな酸味とか、甘い芳香が立つとかじゃね?」 「うん、そうそう!」 ラビの助け舟に、アレンが大きく頷くと、リンクは嘆かわしげにゆっくりと首を振った。 「食べ物を表現する言葉が少ないのは、文化として食を重要視していないからです。 ・・・まったく、こんな質より量の子供に腕を振るわなければならないなんて」 「お・・・おいしいの一言があれば十分じゃないですか!」 気まずげに言いつつ、アレンが空になった皿を差し出すと、改めてケーキが乗せられる。 「・・・・・・どうしたんですか、リンク? なんか今日、優しい・・・・・・!」 目を丸くしたアレンの手から、唐突に皿が奪われた。 「そうですか、おかわりはいりませんでしたか」 「あ!嘘です嘘!」 慌てて皿を取り戻し、アレンはふた切れ目をあっという間に食べてしまう。 「早ッ!! 俺なんかまだ、ひと切れ目食ってねぇのに・・・」 「早い者勝ちです!」 三切れ目は自分で皿に取って、アレンはケーキにフォークを突き立てた。 しかし、 「・・・・・・」 ケーキの半分を一口に入れたアレンがいきなり無口になり、ラビはきょとんと彼を見遣る。 「どした?なんか変なものでも入ってたさ?」 「ううん・・・・・・」 ラビの問いに、アレンは残りのケーキも口に入れて首を振ったが、明らかに動きの鈍くなった彼に、ラビは訝しげな顔をした。 「アレン?なんかお前、顔赤い・・・ぞ?!」 言う間にアレンの目が焦点を失い、身体がぐらぐらと揺れ始める。 「ふにゃ・・・っ」 「アレン?!しっかりしろ!!」 がくりと落ち、テーブルにぶつけそうになった頭を受け止めてやると、ラビはため息交じりに問い掛けた。 「リンク・・・お前、ケーキに酒を仕込みやがったな?!」 「仕込むだなんて、人聞きの悪い。 スポンジ生地にリキュールを少々と、具材にレーズンのウィスキー漬けを使っただけですよ」 「だけってお前・・・! その様子じゃ、アレンが酒だめだって知っててやったろ?!」 忌々しげなラビに、しかし、リンクは悪びれず薄い笑みを浮かべる。 「厨房でそのようなことを小耳に挟んだだけです。 さて、これでウォーカーを無力化できましたね。 自室にでも監禁しておきますか」 テーブルに突っ伏し、ぐったりとしているアレンを抱えようとしたリンクの手は、しかし、大きく振れたアレンの手に弾かれた。 「やらぁ・・・いかなぁい・・・・・・」 すっかりろれつの回らなくなったアレンは、身体ごと振り子のように揺れてラビに縋る。 「アレン、大丈夫さ? それにしてもお前、この程度の酒で酔っ払うなんて・・・」 呆れ口調のラビをじぃっと見上げていたアレンが、にこぉっと、天使のように純粋で穢れない笑みを浮かべた。 「・・・っ?!」 驚いたラビの顔が面白かったのか、更に笑みを深めたアレンは、きゅうっとラビに抱きつく。 「ラビお兄たぁん 甘えた声の呼びかけに、ラビは顎を落とした。 「な・・・なんの罠さ、これ・・・?!」 出会ったばかりの頃ならともかく、今ではすっかり生意気な悪魔と化したアレンの意外すぎる行動に、ラビが顔を引き攣らせる。 が、アレンは構わず、ラビに抱きつく腕に力を込めた。 「ラビおにいたんだいしゅきー 「悪夢さ!!なんか悪夢が憑いてんさ!!助けてジジィー!!」 悲鳴をあげて泣き叫ぶラビに、リンクが思わず吐息を漏らす。 「Jr.・・・。 もう何も信じられなくなったんですね・・・」 「ほっとくさ!! それよりお前、自分がやらかしたこったろ!責任取れ!!」 気持ち悪い、と、悲鳴を発し続けるラビに、リンクは呆れたように肩をすくめた。 「仕方ないですね。 ウォーカー、こちらへ来なさい」 「やあぁぁ!!やだぁぁぁぁぁ!!」 リンクには絶対に従おうとしないアレンは、自身を羽交い絞めにしようとする背後の腕から必死に逃げ出す。 「ウォーカー!待ちなさい!!」 酔いが回って立ち上がれないのか、ぽてぽてと四つんばいになって床を這って行くアレンをリンクが追った。 しかし、 「うんわっ!早っ!!」 ラビも驚く素早さで、アレンはするするとリンクの腕から逃げていく。 「この・・・いい加減にしなさい、ワガママ猫!!」 ようやく襟首を掴んだ途端、ざわりと肌が粟立って、リンクはアレンから飛び退いた。 「リンクがよけたぁ〜!!」 「よっ・・・よっ・・・避けるに決まっているでしょぉぉぉ!!!! なんですか、その爪は!!」 発動したイノセンスの刃を、間一髪避けてリンクが絶叫する。 「ここんとーざい、ねこはひっかくもんときまってますよぉー!」 言うや、にこにこと楽しげに爪を掲げるアレンから、リンクは更に退いた。 が、アレンはぽてぽてと床を這って近づいてくる。 「リンクー 「この・・・凶悪猫!!」 これ見よがしに爪を掲げて寄ってくるアレンから、リンクが逃げ出した。 その後を、 「リンクー!まてー!!」 甲高い笑声を回廊中に響かせながらアレンが彼を追って行く。 が、その途中で、 「ぃやかましいっ!!」 突然開いたドアから、凄まじい怒声が発せられた。 「か・・・神田・・・・・・!」 怒声に驚き、思わず足を止めたリンクをぎろりと睨んだ神田は、冷厳な声を再び発する。 「遊びは他でやれ! 俺の部屋の前で騒ぐんじゃね・・・?!」 その時、横合いから突然抱きつかれ、神田が驚きのあまり目を丸くした。 「かんだぁ〜!リンクががいぢわるだー・・・」 いつも毛嫌いしている神田に、アレンが自らじゃれつくという、ありうべからざる光景に、リンクだけでなく、二人を追ってきたラビも目を丸くする。 「う・・・うぜぇぇぇぇっ!!」 心底嫌そうな顔で、神田はアレンを引き剥がしにかかるが、アレンは藤壺のようにしっかりと神田に抱きついて離れようとしなかった。 「気色悪ぃ!!俺にじゃれ付くんじゃねェ!!」 あまりにも珍しい光景を、しかし、ラビは堪能するどころではない。 ただ呆然と状況を見つめていると、 「おい!てめェにやんよ!!」 と、神田はアレンを無理やり引き剥し、ラビに投げつけてきた。 「そんな、ユウちゃん!! 俺だって嫌さ、こんなアレン!!」 「うるせぇよ!」 再びじゃれつかれ、悲鳴をあげるラビの鼻先で、ドアは無情に閉ざされる。 「とっとと消えろ! 次にこのドア開けた時、まだいやがったらテメェら全員ブッた斬るぞ!!」 ドア越しの凄まじい怒声に震え上がり、ラビはアレンを小脇に抱えて回廊を駆け抜けた。 「あ・・・っ! 待ちなさい!!」 一瞬出遅れたが、リンクも彼らの後を追い、恐怖のフロアは途端に静かになる。 ―――― その一部始終を、離れた場所から見る目があった。 「なんだか楽しそうなことやってるねェ」 自身の実験室で、モニター越しに珍しすぎる光景を堪能していたコムイは、楽しげな笑顔を作ったばかりのホログラムに向ける。 「じゃあ、もーっと楽しくさせてあげようかなぁ 彼の目の前に佇むのは、ところどころに青黒い皮膚を貼り付けた骸骨だった。 黒い衣を纏い、大きな鎌を手にしたその姿は、『死神』そのままのイメージ。 「ハイ、右上げてー♪」 マイク越しにコムイが陽気な声をかけると、死神は大鎌を持った右腕を上げた。 「左上げてー♪」 続いて左腕が上がり、バンザイの姿勢になった死神に、コムイが大笑いする。 「左下げないで右下げる!」 途端、死神の大鎌が勢いよく振り下ろされた。 ヒュオッと、風を切る音が聞こえたかと思うほどリアルなホログラムに、コムイは満足げに頷く。 「よーし!これでみんなをからかって・・・・・・」 言いつつ、再びモニターに目を向けたコムイは、目にした光景に凍りついた。 「なっ・・・なっ・・・なっ・・・・・・!!」 蒼褪めた唇はわなわなと震え、怒りのあまり、血が逆流する。 「なにしてんのさ、あのセクハラ猫――――!!!!」 コムイの大絶叫で、死神の『危機管理モード』のスイッチが入った。 「レッツゴー死神!! あのクソガキを、地獄の底に叩きこめぇぇぇぇ!!!!」 『ラジャー』と、右手の大鎌を掲げた死神が、微かなノイズ音と共に部屋から消える。 「目にもの見せてくれるよ、アレン君!!」 未だ忌々しい光景を写すモニターに向けて絶叫したコムイは、マシンガンと小型モニターを抱え、更に実質的な恐怖を与えるべく、実験室を飛び出していった。 その頃、恐怖の大魔王に全てを見られているとは知らないアレンは、部屋へ強制連行しようとするラビの腕を振りほどき、食堂へ逃げ込んだ。 「ジェリーさぁん!!ラビとリンクがいぢめるぅー!!」 「・・・きゃっ?!」 カウンターを飛び越えたアレンが抱きついたのは、しかし、ジェリーではなく、彼女の傍らにいたリナリーだった。 「び・・・びっくりした・・・・・・!」 大きな目を丸くするリナリーを、常であれば慌てて離れるだろうアレンはしかし、更に強く抱きしめた。 「っ?!」 「リナリー やぁらかくてきもちいー 驚くあまり、硬直したリナリーに、アレンはすりすりと身を擦り寄せる。 「なにやってんさおまーっ?!」 「ふっ・・・ふっ・・・不埒な!!」 ようやく追いついたラビとリンクの絶叫に、我に返ったリナリーも、真っ赤になってもがき出した。 「ちょっ・・・アレン君?!こんな大勢の前で・・・!」 押しのけようと、慌てて突き出した腕は、しかし、アレンに柔らかく受け止められる。 「イヤ・・・?」 潤んだ目で見つめられ、哀しげに訴えられて、リナリーの鼓動が跳ね上がった。 「・・・・・・イヤじゃない」 抵抗力はたちまち失われ、リナリーの目はただアレンに惹きつけられる。 と、にこぉっと、天使のような笑みが浮かび、リナリーを更に魅了した。 「嬉しい また、ぎゅうっと抱きしめられ、リナリーは真っ赤になりながらも、恐る恐る自分の腕を彼の背に回す。 「まぁ 目の前に突如現れたラブシーンに、ポッと頬を赤らめたのはしかし、ジェリーだけで、他の者たちは恐怖に引き攣った悲鳴をあげた。 「恐怖の大魔王がやってくるぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」 経験に裏打ちされた最悪の予想に蒼褪め、早くもこの場から逃げ出す者もいる。 しかし、当の二人は周りの喧騒など全く耳に入らず、寄り添ったままだった。 「ヤバイ!! マジでヤバイ!! 姐さん、ここの監視カメラ切って!!早く!!」 声まで蒼褪めたラビの指摘に、我に返ったジェリーが踵を返すがもう遅い。 アレンの背後に、突如現れた死神の姿に、皆が息を呑んだ。 「アレン!!」 振り下ろされた死神の鎌の下から、ラビがアレンを引き寄せる。 「なにすんらー!」 「いい加減目ェ覚ませっ!!」 アレンの肩を掴み、ぐりっと回転させて死神と相対させると、酔いに曇っていたアレンの目がまん丸になった。 「ひっ・・・?!」 あまりのリアルさに、実物としか思えない死神は、再び鎌を振り上げる。 「きゃあああああああああああああ!!!!」 甲高い悲鳴をあげて鎌を避けたアレンを、黒い眼窩が忌々しげに睨んだ。 「なにこれっ?!なにこれぇぇぇぇぇ?!」 一気に酔いも醒めたアレンは、周りを見回して更に驚く。 「なんで僕、食堂にいるの?!」 「覚えてないの?!」 酔いのせいか、もしくは恐怖による記憶の欠落か、ついさっきのことを全く覚えていないアレンの様子に、リナリーの目が吊り上った。 「ひどい!あんなことしておいて忘れちゃうなんて!」 「えっ?!僕何か・・・わぁぁっ?!」 胴を真っ二つにせんとばかりに薙ぎ払われた大鎌を紙一重でかわし、アレンは慌てて辺りを見回す。 が、周囲には援護の動きどころか、同情の目すらなく、皆が『自業自得』とばかり、彼を遠巻きに見つめていた。 「なんでー?!」 泣き喚きながら、死神に追い立てられるままに食堂を出た途端、激しい銃撃にさらされて、アレンは奇妙なダンスを踊る。 「なんっ・・・なんんっ・・・・・・?!」 もはや悲鳴をあげることもできず、喉を引きつらせるアレンの前に、死神よりも恐ろしい大魔王が現れた。 「アァレェンンくぅ〜〜〜〜ん? ボクの目の前で、リナリーに不埒なことをするなんて、いい度胸じゃないか・・・!」 「ふっ・・・ふっ・・・ふらち?! ふらちってなに・・・」 「とぼけるんじゃないよっ!!」 容赦ない銃撃にさらされ、アレンは逃げることもできずにイノセンスで防ぐ。 「コッ・・・コムイさん落ち着いて!! ホントに僕、なんにも・・・」 「覚えてないって言うの?!」 怒声はコムイではなく、食堂の中から発せられた。 「酷いよ、アレン君! みんなの目の前であんなことしておいて、覚えてないなんて!!」 食堂から出てきたリナリーに難詰され、アレンはますます困惑する。 「ご・・・ごめんなさい、リナリー・・・! 僕、君になにか、失礼なことでも・・・?」 「失礼・・・?」 絶対零度にまで温度の落ちたリナリーの声に、アレンは真っ青になって震えた。 「覚えてないことが失礼だよ!!」 言うや、リナリーは兄の持つマシンガンを取り上げ、アレンを銃撃する。 「きゃあああああああああああああ!!!!」 「リナ!!落ち着け!!」 悲鳴をあげながらも、銃弾を全て防いでしまうアレンに埒が明かないと見たのか、マシンガンを放り捨ててイノセンスを発動させたリナリーを、ラビが慌てて止めた。 「キモチはわかっけど、それはやりすぎさ!!」 「ラビになんの気持ちがわかるんだよ!!」 ラビにヒステリックな声を返し、凄絶な目でアレンを睨みつける。 「アレン君は臨界者だもん。 私の蹴りくらい、なんでもないよね?!」 言葉通り、目にも留まらない速さで蹴りつけられ、アレンが回廊の端まで吹き飛ばされた。 「アレンッ?!」 突き当たりの壁にめり込み、目を回したアレンの姿を遠目に見て、ラビは声まで蒼褪める。 「ふんっ! 自業自得だよ!」 冷たく言って、すたすたと食堂内へ戻ったリナリーを、ラビだけでなく、コムイまでもが呆然と見つめた。 「コ・・・コムイ・・・! どうかもう、これ以上は・・・・・・!」 引き攣った声を振り絞るラビに、コムイは声もなく、ただ頷く。 二人の他にも、目撃者となった者達全員がひたすら呆然とする中、一人リンクが、淡々とポケットから手帳を取り出した。 「恐るべし、アルコール効果」 元凶でありながら、冷静に経過を書き記していく彼の姿に呆れ果て、ラビは詰めていた息を深々と吐き出した。 「んまぁ! じゃあこれ、ホログラムなのん?」 目の前に立つ死神に、恐る恐る手を伸ばしたジェリーは、死神の身体に飲み込まれても全く感触を得ない不思議さに、ただ驚いた。 「えへへ ちょっとアレン君をからかってやろうと思って作ったんだけど・・・・・・」 黙々とケーキを作るリナリーの、不機嫌な横顔を盗み見て、コムイは満足げに笑う。 「思った以上に効果的だったね★」 「まったく、アンタは・・・・・・」 人騒がせな、と、吐息して、ジェリーは死神の身体越しに、ドリップを終えたコーヒーポットを取り上げた。 死神の腹から出てきたような光景に、コムイが思わず顔をしかめたが、ジェリーは構わずそれを渡す。 「ハイ、アンタのコーヒー。 いつものとはちょっと味が違うけど、試してみて 「え?そうなの?」 死神の腹から出てきたから?と、気味悪そうに問うコムイに、ジェリーが乾いた笑声をあげる。 「そんなわけないでしょ。 こないだ南米支部長がいらした時、お土産にコーヒーを持ってきてくださったのん いろんな種類をくださったから、アタシがオリジナルブレンドを作ってみたのよん 「へぇー!ジェリぽんのオリジナル!」 たちまち嬉しそうな表情を浮かべ、コムイはポットのふたを取った。 「いい匂いー ありがとう、ジェリぽーん 「気に入ったら、また作ったげるわねぇ 「うんっ リナリー 一緒にお茶・・・」 「ごめんなさい、まだ忙しいの」 不機嫌な声で断りを入れたリナリーに驚き、コムイとジェリーが顔を見合わせる。 「こ・・・効果抜群なのは良かったけど、なかなかご機嫌直んないね・・・!」 「そりゃあねぇ・・・怒るのも無理はないと思うけどぉ・・・」 ひそひそと囁きを交わし、二人はそっとリナリーを見遣った。 「ラビに聞いたけど、アレン君、リンク監査官にお酒盛られちゃったんだって?」 「らしいわねぇ。 苦手だって言うのは聞いてたけどぉ、ケーキで酔っ払っちゃうなんて可愛・・・とも言えないわねェ・・・・・・」 その結果がこれだ、と、未だ厳しい表情のリナリーに、ジェリーが吐息を漏らす。 「コムたん、リンク監査官に厳重注意しておいてよねェ? アルコール中毒をなめたら怖いわよぉ?」 「そだね。 まだ、死んでもらっちゃ困るしね」 冷淡に言ってのけたコムイに、ジェリーはまた吐息を漏らした。 一方、リナリーに蹴り飛ばされた後、病棟に運ばれたアレンは、痛みもさることながら、ラビとリンクから聞かされた事情に泣き声をあげた。 「ひどいっ・・・!! 僕がお酒ダメなの知ってて盛るなんて!!」 「まったくさ、このホクロ2つ! 今回はまだ、明るい酒だったから良かったけど、こいつが大トラになっちまったらマジ手ェつけらんないんさ! もう二度とすんじゃねぇよ!」 かつて、アレンに酒を盛って酷い目に遭ったことのあるラビが、実感をこめてしみじみと言う。 しかし、リンクはしれっとした顔で、手にした手帳に視線を落とした。 「ご意見は真摯に受け止めましょう、Jr. しかしウォーカー、これでコムイ・リー室長の恐怖は解消されましたね。おめでとう」 「どこが?! どこがおめでとう?! 酔っ払って抱きつくなんて、サイアクですよ! おかげであんっなにリナリーを怒らせちゃって、少しもいいことないじゃないですか! やっぱり今日は、最悪の日なんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 泣き叫ぶアレンに、しかし、ラビがあっさりと首を振る。 「それは違うさ、アレン。 天災か人災かで言えば、こりゃ明らかに・・・」 「人災ですね!」 「引き起こした本人が言うな!!」 きっぱりと言い切ったリンクに、アレンが枕を投げつけた。 「嫌われちゃった・・・リナリーに嫌われちゃったよぉぅ・・・!」 「これで君の取調べ中に、あの暴力娘が邪魔することもなくなるでしょう。 君の弱点もわかって、一石二鳥でした」 「ひでぇ・・・最初ッからそのつもりだったんさ?」 顔を引き攣らせるラビに、リンクは鼻を鳴らす。 「結果的にそうなっただけです。 ・・・今日が不吉の日などと、馬鹿馬鹿しい限りだ。 私にとっては非常に幸運な日でしたからね」 小馬鹿にしたような笑みを浮かべた顔で見下ろされ、アレンが悔しげに唇を噛んだ。 その傍らで、ラビが力なくベッドに突っ伏す。 「も・・・おめーら、ケンカすんのはいいんけどさ、俺まで巻き込まんで・・・」 ぐったりとしたラビは、ベッドの中のアレンよりもむしろ、心身ともに疲れ果てていた。 「すごい・・・もうこんな時間・・・・・・」 懐中時計を取り出したミランダは、目を見開いて呟きを漏らした。 外はまだ明るいものの、時計は既に19時を示している。 「すごいって、なにが?」 コムイががんばったおかげで、いつもよりはのんびりと仕事をさばいていたリーバーが問うと、ミランダは真剣な顔で彼に詰め寄った。 「こんな時間まで、なんの悪いことも起きないなんて! いつもならもう、2、30回は絶望している時間ですよ?!」 信じられない、と、珍しく大きな声をあげるミランダに、リーバーが苦笑する。 「1日でそんなに絶望すんだ・・・」 「しないんですか?!」 逆に問われ、リーバーは首を傾げた。 「・・・同じ回数、殺意を覚えることはあるかな?」 誰に、とは、言わなくてもわかる。 しかし今日は、その殺意すら感じることもなく、パーティを楽しめそうだ。 「そう考えれば、めったにない日だな、確かに」 にこりと笑い、リーバーはペンを置く。 「少なくとも、今のところは不吉な日じゃないだろ?」 「えぇ・・・!」 ほっとした笑みを浮かべ、ミランダが頷いた。 「迷信・・・だったんですね」 安堵の吐息と共に呟いた彼女の目の前に、手が差し出される。 「そんじゃ、そろそろ行くか」 「はい・・・!」 ようやく屈託の晴れた笑顔を浮かべ、ミランダは彼の手を取った。 二人連れ立って、パーティ会場となった食堂へ赴くと、そこはもう、お祭好きな団員達であふれている。 その中にリナリーの姿を見つけて、リーバーが声をかけた。 「よぉ、リナリー。ケーキはうまくできたか?」 「うん、なんとかね。 班長用に、リキュールなしのケーキも作ったから、食べてね!」 「おぅ、サンキュ♪」 リナリーの頭をくしゃくしゃと撫でて笑うリーバーの隣で、ミランダがきょろきょろと視線を巡らせる。 「リナリーちゃん、アレン君達は? いつも、パーティには真っ先に来るのに、珍しいわね」 途端、リナリーがむくれて、ミランダは驚いた。 「ど・・・ど・・・どうかした?!」 ドキドキと鼓動を早くする胸に両手を当て、気遣わしげに見つめるミランダから、しかし、リナリーは目を逸らす。 「なんかあったか?」 リーバーにまで問われ、リナリーは仕方なく、小声で仔細を語った。 「そ・・・そりゃあ・・・お前が怒るのも無理はないな」 「で・・・でも・・・アレン君には、悪気はなかったんでしょう・・・?」 「悪気がないじゃ済まないよ!」 リナリーが更にむくれてしまい、ミランダは困惑の吐息を漏らす。 「そうね・・・だけどこの場合、誰が悪いかと言えば・・・マユゲだわ・・・・・・」 呟いて、ミランダはいつもよりやや強い光を目に宿した。 「悪い子は後で叱っておくから・・・リナリーちゃん、アレン君と仲直りしましょ?」 「なんで私から仲直りしなきゃいけないんだよ!!」 ミランダに対し、憤然と声を荒げたリナリーの額を弾きながらも、リーバーは彼女の言い分には頷く。 「確かに、お前が謝る筋合いのことじゃないな」 「でしょぉ?!」 「う・・・じゃ・・・じゃあ・・・・・・」 困り果てた様子で、ミランダはリナリーの手を取った。 「アレン君が、誠心誠意謝ったら、許してあげて・・・?」 ミランダの懇願に、しかし、リナリーは憮然と黙り込む。 「お願い、リナリーちゃん・・・・・・」 再度言われ、ようやく彼女は頷いた。 「・・・・・・シャレになんなく気まずいんですけど」 検査を終え、病棟を出る許可はもらったものの、パーティ会場に入る勇気の持てないアレンが、回廊の隅で暗い声を漏らした。 「ナニ? 未だに記憶抜けたまんまなんか?」 一時的なものだと思っていただけに、ラビが意外そうに問う。 「本気でないんですよ、記憶・・・! 師匠の酒菓子をちょろまかした時もそうだったんです。 本当に、その時の記憶がぽっかり抜けてるんですよね・・・・・・」 「へぇ・・・。 そんなことってあるんさね」 ブックマンの血族として、記憶を失うと言う経験のないラビが、むしろ不思議そうに言った。 「じゃあさ、クロス元帥がなんで激怒ったかも、全然覚えてないんさ?」 「お・・・覚えてません・・・よ・・・・・・!」 アレンが吐き気をこらえつつ言うと、ラビはやや遠くを見つめて、薄い笑みを浮かべる。 「もしかして・・・もしかしたらさ・・・お前、元帥の愛人取っちまったんじゃね?」 「へ?!僕が?!」 目をまん丸にするアレンに、ラビが『可能性だけど』と、笑って頷いた。 「だってお前、すごかったさ! あのリナリーが、簡単に落ちたもんなぁ・・・。 元帥の愛人なら、もうちっと年も上だったろうし、効果はあれ以上だったんじゃね?」 俺は寒かったけど、と、アレンの天使の笑みを思い出したラビが、改めて蒼褪める。 「ユウちゃんにまで抱きついたもんなぁ・・・。 あれは、教団史上稀に見る事件だったさ」 「それは記憶から消えて正解でした!!」 悲鳴じみた声をあげるや、アレンは真っ青になって震え出した。 「おぞましい・・・! 考えただけでおぞましい・・・・・・!」 「おぞましいのはこっちだ、このクソモヤシ!!」 回廊の陰から突如沸き起こった怒声に、アレンとラビが飛び上がる。 「び・・・びっくりした!!」 「ユウちゃんもパーティ参加すんの?」 涙目のアレンと意外そうなラビを見遣り、回廊の陰から出てきた神田は、忌々しげに舌打ちした。 「好きで参加すんじゃねぇよ。 参加しねぇとオヤジが・・・・・・!」 言いかけて、忌々しげに舌打ちした彼に、何か過酷な条件が課せられただろうことを察し、ラビが苦笑する。 「ユウちゃんも色々苦労するさね」 ラビの慰め口調にまた舌打ちし、神田はふと、目を眇めた。 「いつもモヤシについてる犬っころがいねぇじゃねぇか。鍋にでもしたか」 「しませんよあんな、煮ても焼いてもまずそうなの!」 リンクが聞いたなら、間違いなく『その言葉、そのまま返す』と言われるだろうことをアレンが嘯く。 「ミランダに呼び出されて、先に行ってんさ。 無線越しだったけど、ミランダにしちゃえらく厳しい口調だったから、慌てて飛んでったぜ?」 代わりにラビが説明すると、 「僕にお酒盛ったことがバレて、叱られてるんですよ、きっと。 ざまぁみろです」 アレンが忌々しげに吐き捨て、神田は冷笑を浮かべた。 「それで? テメェはいつまでここで、うだうだしてんだ?」 「う・・・・・・」 容赦ない指摘に、アレンは声を失って俯く。 「なにやらかしたか知んねぇが、がっついたお前と祭好きのラビがいつまでもこんなとこにいんのは相当のこったろ。 せいぜい時間をかけて悩むんだな。 そうすりゃ、パーティで顔合わせずに済むぜ」 と、神田はアレンとラビの間をすり抜け、すたすたと食堂へと行ってしまった。 「なんっつー嫌味な・・・!!」 ぎりぎりと歯を噛み締めて悔しがるアレンの傍らで、ラビが肩をすくめる。 「でも、確かにここで、うだうだしてても埒が明かないさ。 アレン、いい加減、決断しろ」 「う・・・はい・・・・・・」 ようやく頷いて、アレンは震える足を食堂へと向けた。 ラビに付き添われ、とぼとぼと歩を進めていると、石の回廊を伝って楽しげな喧騒が響いてくる。 「HappyBirthdayー!!!!」 ちょうど彼らが入った時、大歓声とともにクラッカーが弾け、いくつものグラスが華やかな音を上げて重なった。 「おめでとうございます、室長!」 「誕生日には仕事するっつーんなら、毎日祝ってあげてもいいっすよ!!」 激務から解放された部下達の、喜色満面の顔に、コムイが乾いた笑声をあげる。 「そんなことになったらボク、1年で365歳も年取っちゃうじゃない・・・」 「仙人みたいでいいじゃない 明るい笑声をあげて、リナリーが早速切り分けたケーキを差し出した。 「兄さん、おめでとう これね、一所懸命作ったんだよ 「わぁい 世界一嬉しいプレゼントだよぉー 世界一恥ずかしいことを、恥ずかしげもなく言ってのけて、コムイはリナリーに擦り寄る。 「おにーちゃんに食べさせて 「ハイ その、あまりにも恥ずかしい光景に耐えかねて、入団間もない団員達が一斉に目を逸らした。 その中には当然、リンクも。 「あ・・・っんなことをして、恥ずかしくないのですか、室長は・・・ッ!」 見るに見かねて、真っ赤に染まった顔を逸らした彼の側で、リーバーが乾いた笑声をあげた。 「・・・慣れればあれも、微笑ましいって思えるようになるよ」 「慣れたくもないっ!!」 思わずリンクが吐き捨てると、すかさずミランダがたしなめる。 「そんなこと言ってはいけません!」 「はい・・・」 きゅーん・・・と、たちまち悄然となったリンクに、ミランダは微笑んだ。 「それに、こういうのもステキだわ さすがに人前ではできないけど・・・」 そう言って、ポッと頬を染めたミランダを、リーバーとリンクが両隣から見つめる。 「でしたらマンマ!僭越ながら・・・ッ」 「うるさい」 手近にあったチキンを突っ込んでリンクの口を封じ、リーバーはミランダに微笑みかけた。 「じゃあ今度、お茶の時間にでも?」 「・・・はい!」 耳まで真っ赤にして、頷いたミランダにリーバーも頷く。 その光景に、ラビがあきれ果てた声をあげた。 「・・・なんか俺ら、すげー2組に挟まれちまってね?」 「右のラブラブ兄妹、左のラブラブカップルですか・・・」 よりによってまずい場所に入り込んだ、と、アレンとラビは気まずげな顔を見合わせる。 「アレン・・・ここでリナリーに話しかけるんは、命を無駄にするようなもんさ。 だから・・・」 行くなら左に、と、究極の選択にラビが解を見出した。 が、 「ここで・・・きっちりけじめつけておかないと、一生口利いてくれない気がします・・・!」 声を震わせながらも、アレンは決然と顔をあげる。 「あぁ、そういえばお前、クロス元帥追っかけてた時にも、駅のホームでリナリーに跪いて謝ってたっけ?」 「見てたんですかぁっ?!」 「そりゃお前、あんな面白いもんを見逃すはずがないさ そう言ってにんまりと笑ったラビに、アレンは真っ赤な顔で詰め寄った。 「今すぐ!今すぐその記憶消してください!」 「ブックマンの後継者に、そりゃ無理な注文さ それより・・・・・・」 殺気立ったアレンの気を逸らすように、ラビがコムイを示す。 「にーちゃんが部下達に囲まれてる隙に、姫ゲットしたらどうさ?」 見れば、恥ずかしすぎるイベントはいつしか終わって、コムイは彼の部下達だけでなく、ジェリーや元帥達にまで囲まれていた。 その中の一人、クラウド元帥がこちらを見遣り、アレンと目が合った瞬間、軽くウィンクする。 「うんわー・・・惚れ直すさ、元帥 チャンスを作ってくれたことに感謝して、深々と一礼するアレンの横で、ラビが明るい歓声をあげた。 「じゃあ、俺も協力してくるさ リナリーとうまくやんな くしゃりと、アレンの頭を撫でた手を振って、コムイの元へ・・・いや、正確には、クラウド元帥の元へ走って行ったラビにも礼を言い、アレンは、自作のケーキを切り分けているリナリーに駆け寄る。 「あ・・・あの・・・・・・!」 アレンが声をかけた途端、彼女の笑みが消えたことにかなりのところ動揺しつつ、アレンは更に彼女へと歩み寄った。 「昼間は・・・ごめんなさい・・・。 僕、君にとっても失礼なことを・・・・・・」 気の利く団員達が、あらぬ方向へ視線を投げ、それぞれに談笑しつつ、二人とコムイの間に入って壁を作る。 彼らに感謝の視線を送ったアレンは、改めてリナリーに向き直り、深く一礼した。 「ごめんなさい」 そう言って、アレンはこうべを垂れたまま、ずいぶんと長い間、リナリーの爪先を見つめていたが、自分を見下ろしているはずのリナリーの沈黙があまりに長く、恐る恐る目をあげる。 「あの・・・・・・」 「・・・・・・なにをやったか、思い出したの?」 「いえ・・・あの・・・・・・」 不機嫌な声に、彼女の顔を見る勇気が萎えて、アレンは再び彼女の爪先を見つめた。 「ラビ達に・・・詳しい状況は聞いたんですが、記憶は完全に抜け落ちてて・・・・・・」 「全く覚えてないのっ?!」 「はっ・・・はい・・・・・・」 悄然とうな垂れたアレンの上で、微かなため息が漏れる。 と、突然、下に落とした視線の先に、ケーキを乗せた皿が現れた。 「私が作ったケーキ。 リンク監査官が作ったのより、随分味は劣ると思うけど、食べてみる?」 「リナリ・・・」 もう一度、目だけをあげると、笑みこそなかったものの、怒りを収めたリナリーの顔がそこにある。 「あ・・・りがとうございます・・・」 ようやく頭を上げ、皿を受け取ったものの、アレンは困惑げな視線をケーキに落とした。 「お酒・・・入ってますよね・・・・・・?」 もう一度酔っ払えと言うことかと、不安に鼓動を早くしていると、リナリーがふるりと首を振る。 「それ、お酒は使ってない方のケーキだよ」 「そうなんですか?! じゃあ、リンクが作ったのなんかより、ずっとおいしいですよ!」 直球の褒め言葉に、リナリーが頬を赤らめてそっぽを向いた。 「は・・・班長と・・・アレン君のために作ったんだよ・・・・・・」 「だったらなおさらです!世界一おいしいケーキに決まってます アレンの歓声に、リナリーは耳まで真っ赤になる。 「いただきます 天使のような微笑に、昼間のことを思い出し、リナリーは酔っ払いでもしたかのように、真っ赤になった。 ――――・・・翌日、パーティの幸福感を未だ残し、機嫌よく仕事をしていたコムイは、ふと思い出して、自身の実験室へと足を向けた。 「ヤバイヤバイ。 ホログラムの死神君、起動したまんまだったよ。 間違って投影しちゃったら、またお城に怪談話が増えちゃう」 ぶつぶつと呟きながらドアを開けると、思った通り、陽光の中でリアルすぎるホログラムの死神が、所在なげに佇んでいる。 「ハイハイ、忘れててゴメンよー またなんかあった時は、あそぼーねー 人間に対するように陽気な声で話しかけ、ホログラムのスイッチを切ろうとしたコムイは、城内監視用モニターのスイッチが切れていることに気づき、先にそちらの電源を入れた。 「昨日、慌てて部屋出たから、ぶつかって消しちゃったかな?」 じんわりと明るくなっていく画面を、なんとなく見つめていた彼は、軽いノイズを交えて写った動画に目を見開く。 「これ・・・昨日のメモリー?!」 監視用モニターは、コムイが間違って消したのではなく、録画メモリーの容量がなくなったために、自動終了したようだった。 「ボクのお誕生会・・・で・・・・・・ボクのリナリーとなにイチャイチャしてんのさ、あのクソガキィィィィィィィィ!!!!」 大絶叫は広い研究室内に響き渡り、振動で雪崩れ落ちた薬剤が、各所で毒煙を上げる。 「アァレェンンくぅぅぅぅぅん・・・・・・・・・・・! キミに、眠れない夜をプレゼントしてあげるよ・・・・・!」 毒ガスよりも遥かに禍々しい声を吐くコムイの背後で、死神が高々と大鎌を掲げた――――・・・その夜から。 「きゃあああああああああああ!!!!またああああああああああ!!!!」 「いい加減にしなさい!!一体いつまで続けるのですか!!」 寝ようとする度に現れる死神に、アレンは哀れな悲鳴をあげて逃げ惑い、リンクは吐血せんばかりに怒声を放つ。 ・・・これがただのホログラムであれば、無視することも出来ただろうが、どういう仕掛けか、たびたび本物の攻撃も混じるため、ベッドの上で冷たくなりたくなければ、必死に逃げるしかなかった。 「も・・・やだぁぁぁぁ!! やっぱり不吉な日だったじゃないですか!!迷信だなんて、リンクの嘘つき!!」 ぴぃぴぃと抗議の声をあげるアレンに、リンクは嗄れた声で怒声を返す。 「だからこれは、天災じゃなくて人災でしょうがっ!! 迷信は迷信です!! 泣いている暇があるなら、早く隠れ場所を探すのです!!」 しかし、彼らがどこへ逃げようとも、必ず追いつき、大鎌を振るう死神の姿に、アレンとリンクは随分と長い期間、安眠を邪魔され続けることとなった。 Fin. |
| 2008年のコムイ兄さんお誕生会SSでした! このSSを書く前の週(ユウちゃんのお誕生日)に公式ファンブックが出たため、早速いくつか設定を使わせてもらっています(笑) 『コムイ兄さんお誕生会』といっている割には、本人よりも周りの出番が多く、しかも、ちょうどこの日にあたった『13日の金曜日』がメインになっていますが・・・実は、『13日の金曜日』の話はいつか書きたいと思っていたので、便乗させてもらいました(笑) なんて偶然! 『天災というより人災』な、教団の『13日の金曜日』をお楽しみいただければ幸いです |