† Glitter W †
機械が発する重低音が絶え間なく響く室内で、ジョニーは実験の経過を見つつ、スケッチブックにペンを走らせていた。 「新しい団服か?」 通りがかったリーバーの問いに、彼はにんまりと笑って頷く。 「ハイ。 あいつらの採寸終わったんで、早速」 「ふうん・・・神田は相変わらず、ロングコートなんだな」 スケッチブックを覗き込んだリーバーに、ジョニーはまた頷いた。 「あいつの希望っすよ。 アレンとラビは、ジャケットがいいって言うから短い奴です」 「ふぅ・・・ん? リナリーはスカートに戻したのか? 室長が反対してたろう?」 「そうなんすよね・・・二人の希望が食い違っちゃって」 赤いペンで凄まじい数のチェックが入ったページを開き、ジョニーは数ページに亘って描かれたスケッチを見せる。 「なんで、一見、スカートに見えるカンジにしたショートパンツってことで、二人の意見を調整しました」 パラパラとページをめくりつつ説明するジョニーに頷いていたリーバーは、その途中で指を差し出し、紙の流れを止めた。 「これ、動きづらいんじゃないか?」 リーバーの指摘を受けた途端、ジョニーは気まずげに黙りこむ。 「どうした?」 「いや・・・その・・・・・・」 こりこりとペンの後ろで頭を掻きつつ、ジョニーは愛想笑いを浮かべた。 「ミ・・・ミランダの要望・・・かな?」 「なんだその、かな?って。 要望なのか要望じゃねぇのか、はっきりしろ」 リーバーが眉根を寄せると、ジョニーは助けを求めるかのように視線をさまよわせる。 が、救援してくれると信じていた同僚達が、ぎこちなく視線を逸らして自身の業務に没頭する様に、観念してうな垂れた。 「ミ・・・ミランダに・・・身体の線が出るのは恥ずかしいからやめてくれって言われたんすよ・・・」 「あぁ、そう言ってたな」 教団に来る前は、病的なほどに痩せていた彼女だが、ここに来て以降、ジェリーの栄養管理の甲斐あって、随分と健康的な身体つきになっている。 つまりは・・・女性として、かなり魅力的なスタイルになってしまったがために、リーバーも彼女の要望は妥当なものだと思っていた。 が、戦場に赴くエクソシストが、動きを制限されることは危険極まりない。 「ロングコートじゃいけなかったのか?」 「イヤ、いけないわけじゃないんすけど・・・その・・・どんなのがいいかなぁって考えてた時ってのが・・・みんな寝不足でナチュラル・ハイになってた時で・・・・・・」 しどろもどろに答えていたジョニーが、突然、がばっと頭を下げた。 「ウチの教団にも一人くらい、ロングドレスの姫がいていいよねー・・・って!すんません!!」 怒られる前に謝っとけ、とばかりにまくし立てたジョニーを、リーバーは呆れ顔で見下ろす。 「そんな理由でロングドレスかよ・・・」 「でも!絶対可愛いと思うんすよぉぉ!! 班長だってこないだ、彼女の私服をうれしそーに見てたじゃないっすか!!」 「テメェなにふざけたこと大声で言ってんだゴラ!!」 「へぶっ!!」 強烈なデコピンを食らわされて、ジョニーが椅子ごとひっくり返った。 「しっ・・・私服と団服じゃ、役割が違うだろうが! 真面目にやれっ!!」 「真面目にロングドレス検討・・・っ」 「もう一発行くか、コラ!」 ジョニーは痛む額を押さえて、迫るリーバーから必死に顔を逸らす。 「じゃ・・・じゃあ、リナリーとお揃いがいいっすかっ?!」 途端、リーバーの動きが止まった。 「・・・・・・・・・・・・ロングで」 しばらく迷ったのち、言ったリーバーに、部下達の冷たい視線が刺さる。 「なんつー心の狭い・・・・・・」 「俺らだって目の保養したいっすよー・・・」 「うっ・・・うるさいっ!! ほっ・・・本人が嫌がるに違いねぇことを、わざわざしたくねぇだけだ!」 非常に言い訳くさいことを、真っ赤になって怒鳴る上司に、部下達はわざとらしいため息をついた。 「とっ・・・とにかくっ! 彼女が危険なことにならないように、慎重に検討しろよ!」 「わかってますよぉぅ・・・・・・」 まだヒリヒリと痛む額を撫でつつ、ジョニーが口を尖らせる。 と、 「か・・・・・・・・・っ! 可愛いに越したことはっ・・・・・・・・・ないと思う・・・・・・・・・っ!」 思いっきり照れた顔で言い添えたリーバーに、ジョニーは思わず吹き出し、他の部下達も、妙に微笑ましい顔で若い上司を見つめた。 数日後、リナリーと共に団服の試着に呼ばれたミランダは、自分の希望以上に可愛らしくできあがった団服をまとい、嬉しそうに笑った。 「できるだけ可愛くしたけど、どう? 動きにくかったりしない?」 にこりと笑ったジョニーに、ミランダは満足げに頷く。 「大丈夫です。 裾も・・・踏んじゃわない長さですし」 軽くスカートを持ち上げて笑ったミランダに、ジョニーは感心して頷いた。 「すっかり姫だね、ミランダ。 班長が隠したがるわけだよ」 「はい?隠す・・・ですか?」 なにを?と、首を傾げたミランダに、ジョニーは『ナイショだ』と言いながら、リーバーとの会話を教える。 「はぁ・・・そんな経緯が・・・・・・」 頬を染めて、ミランダが照れ笑いをすると、ジョニーはクスクスと笑い出した。 「ホント、心狭いだろ、班長? 他の奴のは俺に任せっきりだったのに、ミランダのにはやたらチェック入れてきてさー。 おかげで試着するまでもなく、修正箇所はなくなってるはずだよ」 「え?!そうなの?!」 途端、ミランダの隣で自分の団服をチェックしていたリナリーが、不満げに頬を膨らませる。 「なんだよ、班長ってばひいきして! 近頃じゃ、私にはちっとも構ってくれないよ!!」 「頬袋しまえよ、リナリー・・・。 お前のだって、修正箇所ないだろ? 室長がこれでもかってチェック入れてきたんだからさー・・・」 リスのような顔になってしまったリナリーに苦笑しつつ、ジョニーはおろおろとするミランダに軽く手を振った。 「気にしないで。 こいつのは、『大好きなにーちゃん取られた!』ってヤキモチだから」 「そっ・・・そんなんじゃないよっ!!」 リナリーが真っ赤になって反駁すると、ジョニーはわざとらしく肩をすくめて首を振る。 「そんなんだよ。 賭けてもいいけど、室長や神田に彼女できたら、お前絶対、今と同じ反応するぜ?」 「できるわけないじゃない、あの二人に!」 「お前・・・すごく失礼な奴だな・・・・・・」 二人のやり取りに、ミランダが思わず吹き出した。 「あ・・・ごめんなさ・・・!」 謝りつつも、肩を震わせて笑う彼女に、リナリーが大きく吐息する。 「ふんだ・・・! ミランダだから、許してあげるよ!」 「ナニサマだお前は」 苦笑したジョニーに小突かれ、リナリーがまた、頬を膨らませた。 その後、別室に移動したジョニーは、エクソシスト達に団服を渡しつつ、リナリーとミランダとのやり取りを話した。 「・・・そんなワケで、試着はあっさり終わったのに、女子部屋大変だったよ、もう」 深々とため息をついたジョニーを、早速新しい団服を纏ったラビが、苦笑して慰める。 「仕方ないさ。あいつブラコンだもん。 ミランダが来るまでは兄ちゃん達独り占めだったのに、今じゃリーバーの奴、ミランダ優先だもんな。 こうなったらユウちゃん、ちゃんとリナリーに構ってやんないと、あいつ拗ねまくるぜ?」 「うぜぇよ。ほっとけ」 念入りに動作のチェックをしていた神田が、話題を振られて煩わしげに眉根を寄せた。 「もうガキじゃねぇんだ。 いつまでも甘えてんじゃねぇ」 「それ・・・直接リナリーに言ってくれよ・・・!」 ジョニーが懇願するや、無言になった神田を、アレンが殊更嫌みったらしく笑う。 「ヘタレですね!」 「うっせぇんだよモヤシ!! テメェ事情も知らねぇクセにでしゃばってんじゃねぇ!!」 「コラ、神田! いちいちケンカするんじゃない」 「そっ・・・そうである!ケンカはよくないであるよっ!!」 「神田先輩、落ち着いてくださいっす!!」 マリがたしなめ、クロウリーとチャオジーが間に入って、激昂する二人を引き離した。 途端、5人の動きを見ていたジョニーが、はっとしてバインダーにメモを取っていく。 「・・・なにしてんさ?」 「あ・・・うん。 マリ!屈伸してみて! クロウリー!アレン放してバンザイして! チャオジー!神田拘束したままがんばって!」 「はいぃぃっ?!」 目を丸くするエクソシスト達に、ジョニーはメガネを光らせた。 「修正箇所見っけたんだよ! 黙って言う通りにして!」 「は・・・はいっす!!」 ワーカー・ホリックの命令に、マリは忠実に従い、入団間もないチャオジーも生真面目に先輩に倣い、プライドの高い神田は怒り狂って暴れ、その様に高笑いするアレンをクロウリーが必死になだめる・・・。 大騒ぎの男子部屋に、ラビは呆れはてて肩をすくめた。 一方、試着を終えたリナリーは、ミランダと共に科学班に駆け込んだ。 「にーいさん 新しい団服作ってもらったよ 歓声をあげながら、リナリーがコムイの前でくるりと回ると、彼の顔が一気に蕩ける。 「リナリー、可愛いー なに着ても可愛いけど、今度の団服もすごく可愛いよ 「えへ ジョニーがね、スカート風に作ってくれたの 「うん やっぱりリナリーは女の子らしい格好の方が可愛いよー きゃあきゃあと甲高い声をあげてはしゃぐ兄妹を、ミランダが苦笑しつつ見守っていると、その肩が軽く叩かれた。 「姫登場だな」 「リーバーさん ぱぁっと表情を輝かせて振り向いたミランダに、リーバーも思わず笑顔になる。 それに気づいたリナリーが、また頬を膨らませた。 「・・・班長ってば近頃、ミランダばっかり構ってるよ。 リナリーよりもミランダが大事なんだよ。 もう、リナリーに構ってくれるのはコムイ兄さんだけだよ」 「・・・・・・ナニ壮絶に拗ねてんだ、お前は」 コムイに抱きついて拗ねるリナリーに、リーバーが呆れ声をあげる。 「ユウ姉様はもうずっと冷たいしー・・・!」 「それはテメェがいつまでも姉様って言うからだろうが!」 唐突に響いた冷厳な声に、リナリーがビクッと飛び上がった。 「かっ・・・かか・・・神田・・・・・・!」 ぶるぶると震え上がったリナリーは、更にコムイに縋りつく。 その様に、神田の目が吊り上った。 「ったくテメェはいつまでも甘えやがって!強くなりたいって言ったのは嘘か!」 「えぅっ・・・違っ・・・それはホント・・・だけど・・・!!」 「まぁまぁ、神田君。そんなにリナリーいぢめないでよー」 リナリーに縋られて、蕩けきった顔をしたコムイが嬉しそうに笑う。 「ここってお兄ちゃんばっかだから、お姉ちゃん欲しかったんだよねぇ〜?」 コムイの腕の中で、コクコクと頷いたリナリーは、神田の鋭い目に射すくめられて動きを止めた。 「そのデカイ目は飾りか! いつまでも昔の勘違い引きずってんじゃねぇ!」 「仕方ないじゃない!刷り込まれちゃったんだもん!!」 「だったら今すぐ改めろっ!!」 自分の背に隠れてしまったリナリーと、怒った猫のように毛を逆立てる神田の間でコムイが苦笑する。 「まぁまぁ、姉妹喧嘩しないで・・・」 「テメェもさり気に姉妹って言うな!!」 「だって昔は、並べて飾っておきたいくらい可愛かったもん、二人ともー あ、リナリーは今でも可愛いけどねっ! 神田君はすっかり目つき悪くなっちゃって、もったいない・・・」 しみじみと述懐するコムイに、神田のこめかみが引き攣った。 「どうでもいいだろ、んなことは!! それよりとっとと六幻よこせ!!」 「え・・・どうすんの?」 殺気漲る気配に思わずコムイが問い返すと、神田の目がこれ以上無理なほど吊り上る。 「決まってる! あいつら・・・ブッた斬る!!」 「マッテ!!」 在室の全員が声を揃える中、神田は一人不満げに眉根を寄せた。 「あ?!なんか問題あんのか?!」 「あっ・・・あるに決まってるでしょぉぉぉぉ?! エクソシストがどれだけ希少か、神田君だって知ってるでしょ?!」 悲鳴じみた声をあげながら、リナリーを守るように抱きしめるコムイに、神田が忌々しげに舌打ちする。 「じゃあ半殺しで許してやっから、六幻よこせコラ!」 「そんな物騒な奴に渡せるか!」 ミランダを背に隠したリーバーが、神田が差し伸べた手を横から叩き落とした。 「お前もいい加減落ち着け! 六幻は仲間ブッた斬るためにあんじゃねぇぞ!」 「そ・・・そうだよー・・・! せっかく修復したのに、最初に吸うのが仲間の血じゃ、六幻だってやだよー・・・!」 「あ?仲間?」 コムイの言葉に、神田が本気で首を傾げる。 「・・・お前・・・目頭が熱くなるようなことを、平気で言ってくれるよな・・・」 ため息交じりの声を漏らしたリーバーは、ミランダを部下達の背後に隠すと、くるりと踵を返して研究室の奥に姿を消した。 ややして、一振りの刀剣を持って現れた彼に、部屋中が息を呑む中、コムイが震え声をあげる。 「リ・・・リーバー君!! さっき渡せないって言ったくせに、舌の根も乾かないうちにそれ持ってくる?!」 刀身の修復を終えたばかりの六幻は、まだ白鞘に収まったままの状態だったが、神田ほどの技量があれば難なく使いこなせるはずだった。 危険人物に危険物が渡ることを、阻止しようと動き出した部下達を目で制し、リーバーは神田に六幻を差し出す。 「このままでいいんなら持って行きな」 「あぁ」 あっさりと手を伸ばす神田の前で、しかし、リーバーは六幻を引き寄せた。 ムッと、彼を睨みつける神田に、リーバーはにこりと笑う。 「まぁ、もうちょっと待ってたら、ズゥ爺さんが立派な拵(こしらえ)にしてくれたはずなんだがな?」 「・・・なに?」 六幻を鍛える技量を持った、唯一の刀工の名を出され、神田が興味深げに瞬いた。 「今、拵の材料集めてる最中なんだとよ。 こっちじゃいい鮫皮が手に入んねぇから、もう少し時間がかかりそうだって言ってたなぁ」 神田の目に白鞘をさらしつつ、リーバーは笑みを深める。 「欲しくねぇか? しっかりした拵に、手に馴染む柄巻き。 もちろん鍔もつくし、なんなら小柄(こづか)や笄(こうがい)もつけてやっていいぜ?」 目を見開いて動きを止めた神田に、リーバーは見事な呼吸で畳み掛けた。 「身に合う鞘があれば、居合い抜きもスピードアップできるそうじゃないか」 リーバーに差し伸べていた神田の手が、徐々に下がる。 「希望があれば言いな? お前の好み通りに仕上げてもらうぜ?」 「か・・・考えておく!」 内心を隠すように、殊更憮然とした表情をした神田が、くるりと踵を返して部屋を出て行ってしまうと、彼の背を見送った者達全員から拍手が沸いた。 「・・・っすっごぃやぁぁぁ!!さっすがリーバー君!!」 「あの神田を引かせちゃうなんて・・・っ!班長尊敬!!」 「さすが班長、漢前っ!!」 「やっぱ科学班はあんたがいないとっ!」 「一生ついて行くっす!!」 コムイとリナリーだけでなく、部下達にまで寄ってたかられ、押し倒されたリーバーが生き埋めにされる。 「お・・まえら、暑苦しい!!どけー!!!!」 だが絶叫も虚しく、次々と押し寄せる部下達に圧殺されそうなリーバーの姿に、ミランダが悲鳴をあげた。 「きゃあああ!!リーバーさん!!」 途端、映像の逆回しのように、リーバーを押し潰していた者達が次々に自らの足で後退して行く。 「・・・ありゃ?」 リーバーに圧し掛かる直前まで、自分がいた位置に引き戻された面々が、呆然とした顔を見交わす隙に、ミランダはリーバーに駆け寄り、彼を助け起こした。 「だ・・・大丈夫ですか?」 「あ・・・あぁ・・・」 目を丸くしたリーバーだったが、さすがにすぐに事情を察し、にこりと笑う。 「サンキュ」 「い・・・いえ・・・・・・」 イノセンスを手にしたまま、赤らんだ顔を俯けたミランダを見て、リナリーは不満げな顔をコムイの白衣に埋めた。 「・・・どしたんさ、リナ?」 談話室の前を通りかかったラビは、ソファの上で膝を抱え、壮絶にいじけているリナリーを発見し、声をかけた。 「なんかへこむことでもあったんか?」 ソファの側にしゃがみこみ、尋ねると、涙目をあげたリナリーが、ぽつぽつと事情を語る。 それを聞き終えるや、ラビは呆れ返った声をあげた。 「ナニを今更拗ねてんさ! そもそも、最初にけしかけたんはお前だろ?」 「そうだけど・・・! なんか・・・ヤなんだもんっ!!」 お兄ちゃん取られた、と、また膝に顔を埋めてしまったリナリーに、ラビは大きく吐息する。 「・・・どんだけ甘えてんさ」 「甘えてなんかないもん・・・普通だもん・・・・・・」 暗い声の答えに、ラビは思わず吹き出した。 「お前の普通は世間の過剰だって、いい加減、気・づ・け!」 うつ伏せた頭をくしゃくしゃとかき回すが、リナリーは顔をあげもしない。 「なんだよ、超ノリ悪ぃー・・・」 「ふんだ・・・。 ほっといてよ、もう・・・・・・」 暗い声音で呟き、膝に埋めた顔をそらしたリナリーに、ラビはまた笑い出した。 「あのさ、そゆコトはあからさまな『構ってください』オーラを消してから言うもんさ」 「そんなの出してないもん・・・」 「じゃあなんでわざわざ、こんな人目につく場所でいじけてんさ?」 「・・・・・・・・・」 図星を指されて無言になったリナリーの肩を、ラビは笑いながら叩く。 「ホレ、立ちな。 いつまでもいじけてっとこユウちゃんに見つかったら、すげー嫌味言われるぜ?」 「いいもん・・・神田が来たって動かないもん・・・・・・」 「おいおい・・・マゾか、お前は・・・」 「違うもん・・・班長が来るまで動かないって、決めたんだもん・・・」 「おま・・・あんなに忙しい奴に、よくもまぁそんなわがままを言えるんもんさね!」 てこでも動きそうにないリナリーに呆れ、苦笑したラビは通信ゴーレムを取り出した。 「あー・・・リーバー? 今、リナがすんげーいじけてて、お前が来るまで動かないとか言ってっから、悪いけど談話室に・・・」 『今、手が離せねぇからムリ』 その一言で、一方的に通信が切れると、リナリーも立ち上がる。 「なによ!! ミランダだったら来るくせに!!」 ソファの上に仁王立ちになったリナリーは、ヒステリックな声をあげてラビのゴーレムを掴むと、思いっきり床に叩きつけた。 「俺のゴーレムぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」 「もう班長なんて大嫌いだっ!!」 踵を返したリナリーは、ラビの悲鳴を背に、談話室を駆け出て行った。 「・・・それで、そんなファンシーなゴーレムになっちゃったんですか」 食堂に駆け込んできたラビが、泣く泣く語る事情を聞かされたアレンは、頭上のティムキャンピーが興味津々とじゃれるゴーレムを見上げた。 「僕はまた、君の惚れっぽい性格を反映した新作かと・・・」 「どーゆー意味さ、それっ!!」 涙目と共に、激しい抗議の声をあげたラビに、アレンは肩をすくめる。 「そのまんまの意味ですよ。 赤いハート型に白い羽なんて、君の浮ついた性格そのままじゃないですか」 「うるさいさ! 俺は単に、かわいい子やフォクシーなお姉さんが好きなだけ・・・っていうか!これ、修理終わるまでの代用品だから! 俺専用じゃねーから!!」 「専用にすればいいじゃん。似合ってますよ?」 「え・・・そう?」 途端、ティムキャンピーとじゃれるゴーレムを、愛情のこもった目で見つめ出したラビに吐息し、アレンは盤上に視線を戻した。 「・・・っリンク! その手はちょっと待って!!」 「不可です、ウォーカー。 次でチェック・メイトは確実になりました。降参しますか?」 テーブルの向こう側から冷淡に宣告されて、アレンは頬を膨らませる。 「ちょっとは手加減してくれていいでしょー?!」 「手加減されて嬉しいのですか?」 ふんっと、嫌味ったらしく鼻を鳴らされて、アレンは更に憮然となった。 「カードだったら絶対負けないのに・・・!」 「どうせイカサマじゃないですか。 どこまでも腹黒い子供ですね、君は」 吐息混じりに呟いて、リンクが駒を戻し始めると、ラビがアレンを押しのける。 「終わったんなら次は俺とやんね?!」 にこにこと駒を手にするラビにしかし、リンクはつんっとそっぽを向いた。 「お断りします」 「なんでさっ?!」 「あなたとの勝負中に、ウォーカーが逃げ出さないとも限らないからです」 ぴしりと言われて、早速隙をうかがっていたアレンがビクッと震える。 「に・・・逃げるだなんてソンナ・・・!」 引き攣った笑声をあげるアレンを、リンクはじっとりと睨みつけた。 「君の油断ならない性格は既に承知しています、アレン・ウォーカー。 ゆえに速やかに観念し、私の仕事に対して協力的かつ従順になることを強く要請します」 「ふーんだ。やなこってす」 つんっとそっぽを向いたアレンに、リンクがこめかみを引きつらせる。 「そうですか。そんなナメまくった態度を取る監視対象には心を改めるよう、少々きつい躾をすべきだと思いますが、異存はありませんね?」 「ありまくりですよ、リンクのいばりんぼ! 第一、僕から反骨精神を取ったら食欲しか残りません!」 「お。 アレンのクセにいいこと言うじゃん」 からかい口調のラビに、アレンが口を尖らせた。 「・・・なにその、『アレンのクセに』って! 僕って結構、いつもいいこと言ってるでしょ?」 「対オンナノコ限定でなー♪ それより、リンクがダメならアレン、俺とチェスやろーぜ リンクが駒を並べ終えた盤を隣のアレンへ向け、ラビがにこりと笑う。 「出た・・・格下いぢめ」 「リンクよりは手加減してやるさ♪」 早く、と、テーブルを叩くラビに促され、アレンは仕方なく白い駒を持った。 「それで・・・リナリーはそれから、どうしちゃったんです?」 気遣わしげに首を傾げたアレンに、しかし、ラビはあっさりと首を振る。 「知んね。 その後俺、ゴーレムの修理依頼しに科学班行ったし。 部屋で泣いてんじゃね?」 「・・・まったく、わがままな小娘です。 エクソシストと言っても子供でしょうに、皆が甘やかすから調子づくのですよ。 一度、中央庁の寄宿舎にでも叩き込んで、甘ったれた根性を直してもらえば・・・」 「それ、提案自体を諦めた方がいいさ」 「本気のコムイさんが、中央庁潰しかねませんよ?」 「・・・・・・」 リンクは、何か言おうと開いた口を慎重に閉じた。 かつてコムイが、この教団本部の体制を根本から覆したことを、知らぬ彼ではない。 眉間に深い皺を刻んだ彼は、再び口を開くと盤上を示した。 「キャスリングは早めにしなさい、ウォーカー」 「あっ!」 「こらホクロ2つ!横から口出しすんじゃないさ!」 自然に話題を変えることに成功したリンクは、ラビの苦情を聞き流しながら、ふとカウンターに目を向ける。 そこではミランダが、困惑げな様子でジェリーと話していた。 リンクが期待に満ちた目で見つめていると、ジェリーが何事か言いながら彼らを指差し、ミランダは彼女に一礼して、三人の元へ駆け寄ってくる。 「あなたたち・・・リナリーちゃんを知りませんか?」 切羽詰った声音に驚いてミランダを見上げた三人は、しかし、揃って首を振った。 「今、話してたんですけど・・・ラビが、談話室からは出てったって言ってました」 「部屋にはいないんさ?」 アレンの言葉を受けてラビが問うと、ミランダは困惑しきった様子で頷く。 「どうしましょう・・・! 私、リナリーちゃんを怒らせてしまったみたいで・・・」 「あの小娘が勝手にわがままを言っているだけです。マンマがお気になさることなんて、欠片もありませんよ!」 リンクの冷厳な言い様に、三人が三人とも固まった。 彼の言うことは全くもって正しいが、だからと言ってあっさり頷けるほど豪胆な者は、この場にいない。 「そ・・・それはともかく・・・」 凍りついた場から一刻も早く脱却しようと、アレンが引き攣った声をあげて立ち上がった。 「リナリーのことは心配ですよね! でも、聞いた限りじゃ、ミランダさんが行くとかえってこじれるかもしれません」 「う・・・!」 目に涙を浮かべた彼女に、アレンは慌てて言い募る。 「だっ・・・だからリナリーは、僕がなんとかなだめてみますよ! ミランダさんはここで、リンクとお茶でもしててください!」 「は・・・ウォーカー?!君、なにを・・・」 怒声を上げて立ち上がったリンクに手を振り、アレンは眉根を寄せた。 「マンマのピンチですよ? ラビは失敗したし、君はリナリーと仲悪いし、これを収められるのはもう、僕しかいないじゃないですか!」 「そうだけど・・・失敗したって言われると、なんか腹立つさ・・・」 テーブルに頬杖をついたラビが、憮然と駒を進めると、アレンはにこりと笑って彼の腕を引く。 「リナリーは引き受けましたから、ラビはリーバーさんの説得をお願いしますね なんだかんだ言って、原因の一つはリーバーさんなんですから・・・」 「そうだけど・・・あいつもなんだか気の毒にな」 億劫そうに立ち上がったラビは、すれ違いざま、ミランダの肩を軽く叩いた。 「ワガママ姫と強情兄貴の件は引き受けたから、ミランダはここ、動かないでくれな? ・・・わんこの監視よろしく」 最後の言葉はこっそりと囁いて、軽く手を振る。 「待ちなさい!!」 「マユゲ、お座り」 短い命令に、反射的に座ってしまったリンクが、困惑げな上目遣いでミランダを見上げた。 「マンマ・・・私の仕事が・・・・・・」 「ごめんなさいね・・・私のせいで・・・・・・」 しゅん、とうな垂れ、対面に腰をおろした彼女に、リンクが慌てる。 「いえっ!!マンマのお相手を拝命しまして、光栄です!!」 必要以上に張り上げた生真面目な声を背に聞いて、食堂を出たアレンとラビは、思わず顔を見合わせて笑い出した。 その頃、自室のベッドの上で膝を抱えていたリナリーは、もう何度目かのため息をついた。 「なんだよ・・・班長なんか嫌いだ・・・・・・」 膝を抱いたまま、ころんと横に転がってシーツをいじっていると、ドアがノックされて、思わず息を潜める。 またミランダだろうか、と、気配を殺しつつ耳を澄ませば、外から気遣わしげな声が呼びかけた。 「リナリー?いないんですか?」 アレンの声に、リナリーはどきりと身じろぎしたが、ミランダには居留守を使っていたことがばれるのは、さすがに気まずい。 枕に顔をうずめてやり過ごそうとしていると、ドア越しに微かなため息が聞こえた。 「部屋にいないなら・・・バラ園でも探してみるかな」 ドアに向かって呟いたアレンは、あっさりと踵を返す。 その足音が遠く消え去るまで待ってから、リナリーはそっと身を起こした。 用心深く足音を忍ばせて窓辺に寄り、音を立てないようにこっそりと開けた窓から、ためらわず飛び降りる。 常人であれば、瞬く間に地に叩きつけられ、死亡、もしくは重態を免れない高さだったが、イノセンスを発動させたリナリーは、翼ある者のように難なく着地を決め、そのままバラ園へと駆け出した。 音と速さを競う彼女に、徒歩のアレンが敵うはずもない。 リナリーがバラ園に着いた時には、当然ながらまだ、アレンの姿はなかった。 素早く息を整えたリナリーが、ちょこん、と、園内のベンチに座って待っていると、しばらくして、本城からアレンの姿が現れる。 「リナリー、ここでしたか!」 そう言って彼は、嬉しそうに手を振りながら駆け寄ってきた。 その目が、どこかいたずらっぽく笑う様を見て、リナリーは気まずげに目を逸らす。 どうやら彼女は、居留守を使っていたことを見抜かれていただけでなく、まんまと誘い出されたようだった。 「よ・・・よくわかったね、私がここにいるって・・・」 わざとらしく尋ねると、アレンは『勘です』と、そつなく答える。 「ミランダさんが困ってましたよ? リナリーを怒らせちゃったって」 にこにこと笑って隣に座ったアレンから、リナリーはぎこちなく顔を逸らした。 「別に・・・怒ってなんか・・・・・・」 「ラビも言ってました。 リナリーが思いっきり拗ねてるって」 「拗ねてなんかないよっ!!」 思わず大声をあげて睨みつけた先には、アレンの笑顔がある。 「・・・拗ねてなんかないもん」 ぷぃっと、また気まずげに逸らしたリナリーの顔を、アレンが首を傾げて覗き込んだ。 「リーバーさんが、リナリーのことを嫌いになるわけないじゃないですか。 まぁ・・・そんなこと、わかってるでしょうけど」 クスクスと軽やかな笑声をあげるアレンを、リナリーはじっとりと睨みつける。 「なんだよ・・・! アレン君もどうせ、私が子供っぽく拗ねてるって言いたいんでしょ?!」 「別に、いいんじゃないですか?構ってくれないリーバーさんも悪いし」 「・・・・・・え?」 誰からも『ワガママ』だの『甘え』だのと言われ続けた中、初めて賛同を得て、リナリーは目を丸くした。 そんな彼女に、アレンはにこりと笑みを深める。 「むしろ、思いっきり拗ねてやらないと、気づいてもくれないでしょ、リーバーさんって? 頭いいくせに、オンナノコの気持にはすごく鈍いもん」 「う・・・うん・・・・・・」 戸惑いがちに、しかし、リナリーは大きく頷いた。 「きっとね、リナリーが二人のために、どれだけがんばったかなんてことにも気づいてないんですよ。 リナリーが怒るのも無理はないですよね!」 うん、と、大きく頷いて、アレンは勢いよく立ち上がる。 「ここは一発、僕がガツンと言いましょう!」 「やっ・・・やめてっ・・・!!」 慌ててアレンの腕を取ったリナリーは、懸命に引いて再び彼を座らせた。 「なんで? 恩知らずにも程があるじゃないですか」 小首を傾げるアレンに、リナリーは必死に首を振る。 「だって!! わ・・・私が勝手にやったんだもん・・・恩を売るつもりなんて、全然・・・・・・」 縋った腕に額をつけ、俯いたリナリーに、アレンは笑みを零した。 「・・・・・・わかってるんだよ、私がワガママで、勝手に拗ねてるんだってことぐらい・・・でも・・・・・・」 暗い声音で、独り言のように呟くリナリーの、落ちた肩をアレンがそっと抱く。 「わかりますよ。 僕も昔、マナが他の子供に構ったりすると、すっごく怒って、相手の子供蹴ったりしてましたもん」 「え?!アレン君が?!」 驚いて顔をあげたリナリーに、アレンはケラケラと笑って頷いた。 「師匠に・・・って言うか、ロザンヌ様に容赦なく躾けられるまでは、僕、すっごい悪ガキだったんですよ!」 この場にリンクやラビ、神田がいれば、『今でも十分悪ガキだ』と口を揃えたことだろう。 が、幸いなことに、ここには三人ともいなかった。 「ピエロなんて子供相手の商売なんだから、マナが他の子供に構うのは仕方ないことなのに、それでもやだったんですよね。 おかげで随分困らせちゃいました」 「そ・・・そうなんだ・・・・・・」 想像もつかない、と、呟くリナリーに、アレンはにこりと笑う。 「だからリナリーが、ミランダさんに嫉妬しちゃうのもわかりますよ」 「えぅっ?! わっ・・・私っ・・・は・・・班長に怒ってただけだよっ?! ミッ・・・ミランダにっ・・・しっ・・・嫉妬なんか・・・・・・っ!」 慌てふためいて視線をさまよわせるリナリーに、アレンは笑みを深めた。 「やりにくいですよねぇ、相手がミランダさんだと! 彼女がすごくやな人なら、意地悪もしやすいでしょうに、あんな『善良』の体現者みたいな人に意地悪したら、悪いのは完全にこっちですもんね。 しかも彼女の場合、うかつなこと言うと自分のこと責めちゃうから、滅多なことも言えないし。 だから余計に、リーバーさんに腹が立つんでしょ?」 「う・・・バレバレ・・・だね・・・・・・」 リナリーの肩を持つようなことを言いながら、実は誰よりも胸を抉ることを次々に言うアレンに、すっかり観念したリナリーは、うな垂れるように頷く。 「そうだよ、私・・・ミランダに嫉妬したんだよ・・・。 自分でけしかけたのにね・・・」 うな垂れたまま、ぼそぼそと呟いていた彼女は、しかし、唐突に顔をあげた。 「だって班長、最近ミランダばっかりで、ちっとも構ってくれなくなっちゃったんだもん・・・! もう私なんかどうでもいいんだ!!」 「どうでもよくはないと思いますけど・・・まぁ、リーバーさんの今の状況じゃ、リナリーよりミランダさん優先になるのも仕方ない気がするんですよね」 「え?」 なぜ、と、涙目を瞬かせたリナリーに、アレンは苦笑する。 「だって今、大変ですよ、リーバーさん? 周りは敵ばっかだもん」 「敵・・・?」 リナリーがオウム返しに呟き、不思議そうに首を傾げると、アレンはうんうんと、何度も頷いた。 「ミランダさんって、元々美人でしたけど、ここに来てからはジェリーさんが栄養管理しているおかげで、ずいぶん魅力が増したでしょう? 失礼なことに、今までは見向きもしなかった有象無象たちが、見る目を変えちゃってんですよ」 「そ・・・そうなんだ・・・・・・」 初めて知った新事実に、リナリーが目を丸くすると、アレンはくすくすと笑声をあげる。 「リナリーは誰もが認める美少女ですから、今まで目の色の変化なんて気にしてなかったんでしょうけどね 「えぅっ?!そっ・・・そんなっ・・・!!」 直球の褒め言葉に、リナリーは真っ赤になった顔を俯けた。 その様にまた笑いながら、アレンは続ける。 「そんな危険な状況なのに、リーバーさんは立場上、ずっとミランダさんの側にいられるわけじゃないんですよ。 ・・・そうですね。ちょっと、想像して見て下さい。 リナリーが・・・たっ・・・たたっ・・・例えばっ・・・そのっ・・・こっ・・・このっ・・・教団にっ・・・すっ・・・!!」 「アレン君?」 真っ赤になって言葉を詰まらせたアレンを、リナリーが不思議そうに見上げると、彼はますます赤くなった。 「そっ・・・その・・・・・・この教団に、すっ・・・好きな人がいたとして・・・っ!」 ぎこちなく目をそらして言い切った彼に、リナリーも思わず赤面して目をそらす。 「い・・・いたとして・・・・・・?」 湯気が出そうなほど、二人して赤くなったまま、リナリーが先を促すと、アレンはかくかくと頷いた。 「たたたた例えばですよっ?! そ・・・それが、科学班の人だとしてぇっ・・・・・・」 一旦言葉を切って、アレンは懸命に息を整える。 「リッ・・・リナリーはエクソシストだから、任務もあるし、外国に行くこともしょっちゅうだしで・・・その人とは、いつも一緒にいられるわけじゃないでしょ?」 「うん・・・まぁ、科学班の人だったら、そうだね」 リナリーはなぜか、ほっと吐息して、やや落ち着いた声音で頷いた。 その様子に、アレンもなんとか落ち着きを取り戻す。 「それで・・・任務から帰ってきて、ようやく会えた!と思った時、その人の近くにたくさんの素敵な女性がいたとしたら、どう思います?」 「・・・・・・・・・すごく、ヤダ」 暗い声音で呟いたリナリーに、アレンも頷いた。 「それでも好きな人のことですからね、本人のことは信じてはいますよ。浮気なんかしないってね。 でも、周りの女性達は、彼のことを素敵だなぁって思ってて、隙を伺ってるんです。 はっきり言えば、リナリーの不在時を狙ってるんです」 「許さない!!」 きっ、と、リナリーのまなじりがつりあがる。 「絶対、戦ってやるわ!!」 こぶしを握って睨みつけた先に、誰かの姿を幻視したのか、リナリーの目は異常に鋭かった。 「あぁ・・・うん。 そんな状況なんですよ、今のリーバーさん」 リナリーの迫力に驚きつつ、アレンが言い添えると、リナリーは夢から覚めたような表情になる。 「そ・・・っか・・・・・・!」 それは確かに、リナリーに構っている場合ではないはずだと、彼女は大きく頷いた。 「道理で・・・最近、冷たいと思ったんだ・・・。 邪魔する私に怒ってたんだね、班長」 うなだれてしまったリナリーに、しかし、アレンは首を振る。 「怒ってなんかないですよ。テンパってはいたかもしれないけど。 それに、リナリーが本当に困った時には、ちゃんと助けてくれるじゃないですか」 優しい声をかけつつ、アレンがリナリーの頭を撫でてやると、彼女は涙目をあげた。 「長官が来た時、助けてくれたんでしょ?」 「・・・・・・・・・うん」 幼い頃、恐怖の対象であった彼を見て、動けなくなってしまった彼女を外に連れ出してくれたのはリーバーだ。 「うん・・・・・・」 幼い頃から、本当の兄のように助けてくれた・・・それは、今も変わらない。 「ホント・・・ワガママだ、私・・・・・・」 「仲直り、できますね?」 小首を傾げたアレンは、ふと瞬いて、クスクスと笑い出した。 「違うや。 リーバーさんは、リナリーが怒ってたことすら知らないもん」 「やっぱり腹立つ!!」 ぷんっ!と、頬を膨らませたリナリーに、アレンは更に大きな笑声をあげた。 アレンがリナリーの説得に成功した頃、ラビはリーバーの説得に苦戦していた。 「・・・っだから、お前がもうちょっとあいつに構ってやりゃ、リナも落ちつくんさ! もーあいつ、拗ねまくってめんどくせーったら・・・」 「だからなんで俺なんだ。 あいつにゃ、俺よりべったり構ってくれる兄貴がいるだろうがよ」 「そうだよぉぉぉ!! なんで?! なんでリーバー君が構ってくれないからって拗ねちゃうのっ?! ボクの愛情が足りないって言うのぉぉぉぉぉぉ?!」 「も・・・どいててさ、コムイ――――!! お前が加わると話ややこしくなるんさっ!」 「ややこしくないよっ! ボクはリナリーの、世界でたった一人のお兄ちゃんだよ?! なのになんでボクじゃなくて、リーバー君が構ってくれないって拗ねるのさっ!!」 「あーもう!こうなったらはっきり言うぜ?! リナはリーバーがミランダにばっか構ってっから、ミランダに嫉妬してんさ!」 「・・・・・・・・・はぁっ?!」 ラビの言葉に、リーバーとコムイだけでなく、在室の全員が目を丸くする。 「・・・? すまん、ラビ。言ってる事がさっぱりわかんねぇんだが・・・」 しばらく考えて、首を捻ったリーバーの隣で、コムイも悩ましげに眉根を寄せた。 「えー・・・? なんでリナリーがミランダに嫉妬しちゃうの?」 「だってお前、今、班長が構ってくんないから拗ねてたって・・・」 「リナリーは、班長に怒ってるんじゃねぇの?」 「だからさ・・・! リナってすげーブラコンじゃん? あいつにとってはコムイだけじゃなく、リーバーやらユウちゃんやら・・・つまりはこの教団の人間のほとんどは『兄さん』なんさ」 次々に問われて困り顔のラビが、ため息混じりに呟く。 「そんな家族の中で、リナリーはずっと唯一の『姫』だったんに、ミランダが来てから、リーバーがミランダ優先するようになっちまったろ?」 「べっ・・・別に優先とかそんなっ・・・!!」 「してるよー」 「してるさ」 「あからさまにしてるっすね」 全員に頷かれ、リーバーは真っ赤になって言葉を失った。 その隙に、ラビは畳み掛けるように言葉を継ぐ。 「ま、それが気に入らないんだろうってのは、俺もなんとなくわかってたんけどさ。 アレン先生が更に推理を働かせたところでは、ミランダはリナの『兄さん』達の中でも、リナにとってコムイの次に近い存在だったリーバーを、あっさり取っちまった。 そんで今、リナは他の奴もミランダに取られんじゃないか怯えてるってのがホントのキモチだろうってさ」 「・・・さすが、クロスの弟子」 「・・・イヤ、でもわかんねぇよ。 だったらリナリーが怒るのは、ミランダに対してだろ? なんで『班長を取ったミランダ』じゃなくて、『ミランダを優先する班長』に怒ってんだ?」 論理的じゃない、と、アレンの推理を否定しようとする科学者達に、ラビは肩をすくめて首を振った。 「ミランダにあたるにゃ、あいつの性格が問題さ。 あんな善良で気の弱い奴に怒りを向けた日にゃ、リナは完全に悪者になっちまう」 「・・・・・・・・・・・・つまり?」 困惑げに眉根を寄せ、首を傾げるリーバーの肩を、ラビはため息と共に叩く。 「嫉妬の果てに八つ当たり・・・さ」 「・・・ちょっとあいつ、説教してくるわ」 理解した途端に表情を厳しくし、部屋を出て行こうとするリーバーを、ラビが慌てて引き止めた。 「厳しいことはナシさ! 説教されてどうにかなるもんじゃねぇんだから!」 「しかしな・・・」 「リナは今頃、アレンが説得してっから! オンナノコのキモチがわかんねーお前が説教したって、逆効果さ!」 「・・・悪かったな」 「・・・至極悪いね」 思わずムッとしたリーバーの傍らで、地獄の底から湧きあがってきたような声が響く。 びくっと、リーバーに縋りついたラビに、コムイの恨みがましい顔が迫った。 「誰が・・・リナリーを説得してるってぇ・・・・・・?」 「ひぃっ!!」 コムイはそれなりに身長があるラビの、更に上からのしかかり、彼の首に腕を回して締め上げる。 「キミもいい加減、協力すんのやめないと酷い目に遭うよっ!」 「も・・・遭ってる・・・さ・・・!!」 容赦なく締め上げられたラビは、息も絶え絶えになりながら、必死に引き剥がしたコムイの腕の下をくぐり、逆に捻りあげた。 「アタタタタ!!ナニすんのっ!!痛いっ!!」 「エクソシストなめんな、こんにゃろっ! ってかリーバー! 早くリナんとこ行けってば!説教はナシで!」 でないとこの腕折ってやる、と、更にコムイの腕を捻り上げたラビに、リーバーは肩をすくめる。 「別に、俺たちゃこの人の頭さえあればいいからなぁ・・・・・・そうだ! どうせ折るなら足を折ってくんねぇか?執務室逃げ出せないように」 「リーバー君の鬼ィィィィィィィィィ!!!!」 真っ青になって絶叫を放つコムイに、日頃の溜飲を下げたリーバーは楽しげに歩み寄った。 「んじゃ室長、俺が帰ってくるまでに、溜まった決裁終わらせといてくださいよ? ―――― でなきゃ、俺がアンタの足折ってやる」 凄絶な笑みに気を飲まれ、コムイががくがくと頷く。 「じゃ、10分で戻る」 「モア・スローリィィィィィィィ!!!!」 踵を返して出て行ったリーバーの背に、コムイが必死の悲鳴をあげた。 一方、食堂では、リンクと共に残されたミランダが、チェス盤を前に困惑しきっていた。 『ん・・・と・・・このナイトは動かしていいのかしら・・・?』 盤上に手をかざしたまま、母国語で問うたミランダの気弱げな上目遣いに、リンクの鉄面皮が緩む。 『いいえ、マンマ。 この場合はむしろ、クイーンで切り込むべきです』 『でっ・・・でも・・・』 滑らかな母国語で返されたミランダは、白い駒の行く先を見遣って、眉根を寄せた。 『ここで動かしちゃったら・・・取られちゃうわ・・・』 チェス盤の上ですら、気弱なミランダの駒はリンクの陣地に切り込もうとはせず、元の位置からほとんど動いていない。 対するリンクも、彼らしくもなく受身の態勢で、盤上は凪いだように穏やかだった。 『取られていいのですよ、マンマ。 後でポーンを、クイーンに転化させればいいのです。 ですがマンマが、取られるのが嫌だとおっしゃるなら取りませんので、どうぞいらしてください』 『はぁ・・・。 それって、勝負になっていない気がするけど・・・・・・』 『よろしいのですよ。さぁ、どうぞ!』 ゲームとして成り立たないほど手加減するリンクに言われ、ミランダは恐る恐る駒を進める。 と、リンクはミランダのクイーンを無視して、他の駒を進めた。 『え・・・えとっ・・・こ・・・これは、取ってしまっていいの・・・?』 『どうぞ。 ただし、このポーンを取ってしまうと、私のビショップが動きますよ、マンマ?』 『あ、そうね・・・じゃあ・・・・・・』 膝の上で両手を組み、じっと盤上を見つめるミランダを、微笑ましく見つめるリンクの目の端に、その時、嫌なものが映る。 なんとか舌打ちを堪えた彼は、当然のように歩み寄ってきた科学班班長に、剣呑な視線を向けた。 「ウォーカーもリナリー・リーも、ここにはいませんよ、リーバー・ウェンハム科学班班長」 ミランダに向けた柔らかな母国語とは打って変わって、冷たい氷のような声で英語を発したリンクに苦笑し、リーバーは軽く手を振る。 「アレンには無線で連絡した。 ここで合流すんだよ・・・っと、来たな」 盤上からあげた目を不安げにさまよわせるミランダの肩を軽く叩くと、リーバーは軽く吐息して、アレンに手を引かれてやってきたリナリーの、俯いた頭に手を乗せた。 「・・・ったく、お前は!」 わしゃわしゃと頭を撫でてやりながら、リーバーは苦笑する。 「背は伸びても、甘えん坊な所は変わんねぇな!」 「だって・・・」 リナリーは俯いたまま、リーバーに抱きついた。 「お兄ちゃん取られるの、やだったんだもん・・・!」 リナリーがリーバーの白衣に顔をうずめたまま、微かな泣き声をあげると、アレンは二人の傍らで困惑するミランダに、にこりと微笑む。 「リナリー、ミランダさんにヤキモチやいちゃったんですよ」 「えぇ・・・」 アレンはますます困った顔をするミランダの手を取って立たせ、柔らかく背を押してリナリーの側にやった。 「はい、リナリー。 リーバーさんの他にもたくさんいるお兄さんより、貴重なお姉さんですよ」 冗談めかした彼の言い様に、リナリーは俯いたまま、思わず吹き出す。 「ごめん・・・ごめんね、ミランダ」 ようやく顔をあげたリナリーは、目を紅くしていたものの、いつもの笑顔でミランダに向き直った。 「心配させちゃって、ごめんなさい・・・」 抱きついてきたリナリーを受け止め、ミランダは微苦笑を浮かべる。 「私こそ・・・その・・・嫌な思いをさせちゃって・・・・・・」 困惑げに言葉を捜すミランダの、テーブルを挟んだ向こう側で、リンクが忌々しげに眉根を寄せた。 「その小娘が、勝手に拗ねていただけではありませんか。 マンマは彼女の無礼を咎めこそすれ、謝る必要など全くありません!」 「またリンクはそんな、反応に困る発言を・・・・・・!」 言っていることは正しいために、誰もが反駁できない中、アレンが引き攣った声をあげる。 が、リンクはアレンの必死のとりなしをあっさり無視して、ぽん、と手を打った。 「・・・そうです。 今後、このようなことのないように、科学班班長がマンマに近づくことを禁止してはいかがでしょう」 「はぁっ?!」 目を丸くした一同の視線を集めて、リンクは自身の提案に満足げに頷く。 「科学班班長がマンマに近づかなければ、小娘が嫉妬することもなく、それによってマンマがお困りになることもなく、班長はご自身の仕事に専念できます。 まさに、一石二鳥・・・いや、三鳥の良案かと思われます」 本音を言えばもう一鳥、自分がミランダを独占することも可能、という思惑も含まれていた。 が、 「なに寝ボケたこと言ってんですか、リンクは。 そんなことしたら、リナリーは罪悪感に苛まれるし、ミランダさんは寂しがるし、リーバーさんは仕事が手につかなくなるでしょ」 先程とは打って変わり、心底馬鹿にしきった声音でアレンが言い放つ。 「これだから杓子定規な人間はヤですねぇ。感情の機微をわかっちゃいない」 「なんっ・・・!! ウォーカー!君、年下のクセに・・・!!」 「年は下でも、君の思惑くらい読めますよ。 邪魔者追い払って、マムを独占したいんでしょ? 長官いなくて、絶好のチャンスですしね!」 図星を指されて絶句したリンクは、虚しく口を開閉させた。 その様に、リーバーが思わず苦笑を漏らす。 「お前たちに仲良くしろ、ってのは、立場上、無理だろうけどな・・・」 くしゃりと、リーバーがアレンの頭を撫でた手をリンクに伸ばすと、彼は慌てて身を引いた。 「私は決して馴れ合いませんよ、リーバー・ウェンハム科学班班長!!」 ヒステリックな声で吠え立てるリンクに、リーバーは肩をすくめる。 「ハイハイ。 気性の荒いドーブツを、そう簡単に馴らせるなんて思ってねぇよ。 ・・・けどな?」 にこりと笑ったリーバーは、一足に距離を詰めると、リンクの肩に手を置き、彼の耳元に囁きかけた。 『犬のうちは許してやる。 だが、俺の羊に近づく狼は排除する。絶対に、だ』 必要以上に固い発音で囁かれたドイツ語に、リンクは息を呑む。 そのまま固まってしまった彼の肩を軽く叩き、リーバーは肩越しに振り向いた。 「じゃあ俺、科学班に戻るから。 また後でな」 軽く手を振って、リーバーが出口に足を向けた時。 『マッテ!!まだ帰ってこないでぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』 無線から絶叫が響き、インカムを耳にかけているリーバーと、イヤリング型無線機を使っているアレンが、揃って耳を貫かれてしゃがみこんだ。 「・・・・・・・・・ってめぇ巻き毛メガネ!俺の耳潰す気か!!」 リーバーが口元に引き下ろしたマイクに向かって絶叫すると、再び悲鳴が返ってくる。 『そう言うリーバー君こそ、ボクの足折る気でしょう?! ヤダヤダッ!!まだ決裁終わってないんだよぉぉぉぉぉ!!!!』 泣き声に混じって、ぱこぱこと激しく判子を叩きつける音がした。 『あと30分・・・ううんっ!1時間そこにいて!!お願いぃぃぃぃぃぃ!!』 音量を最小限にまで絞っても、まだ耳に響く声に辟易して、リーバーがインカムを外す。 「そんなこと言って、俺がいない間にサボるんじゃないでしょうね?!」 『信用できないんなら、リナリーに監視させなよっ! リナリー 「う・・・うん・・・・・・」 コムイの言葉に、どこかほっとしたように頷いたリナリーは、ミランダから離れると、やや迷った末に彼女の手を取り、リーバーの手を握らせた。 「リナリーちゃん・・・」 「班長がミランダばっかり構うから、ヤキモチ焼いちゃったのは本当だけど・・・・・・二人を応援したいって思ってるのも・・・ホントだからね?」 上目遣いで二人を見上げ、ぼそぼそと呟くリナリーに、リーバーもミランダも思わず笑みを漏らし、二人してリナリーの頭を撫でてやる。 「室長の仕事終わらせたら、許してやるよ」 「がんばってね」 「・・・・・・うん!」 ようやく屈託の晴れた顔で頷き、リナリーは軽やかに踵を返した。 「一件落着ですね リナリーの背を、にこやかに見送ったアレンは、続いて興味深げにリンクを見遣る。 「リンク? そろそろ解凍されませんか?」 本物の鉄人形と化したかのように固まったままの彼に、アレンは楽しげに笑いかけた。 お邪魔虫は退散します、と、左手を発動したアレンが、リンクを鷲掴みにして去った後、リーバーとミランダは、テーブルの同じ側に並んで座り、アレン達が残していったチェス盤を挟んでいた。 「・・・あのわんこ、とんでもなく手加減してたんだな。 ゲームになってないじゃないか」 リーバーの呆れ声に、ミランダが恥ずかしげに俯く。 「わ・・・私のレベルが、あんまり低かったものですから・・・・・・」 「他の奴ならともかく、向上心に溢れたミランダに手加減なんて、かえって失礼なのにな」 「えぇっ?! わっ・・・私、そんな立派な心がけじゃありませんよっ・・・!」 真っ赤になった顔をあげると、すぐ近くにリーバーの笑顔があって、また恥ずかしげに俯いた。 「ただ・・・自分があまりにもダメだから、がんばらなきゃ、とは思います・・・・・・。 せめて・・・手加減なしでゲームをしてもらえるくらいには・・・レベルを上げたいし・・・」 「そういうのを向上心に溢れてるって言うんだよ」 軽い笑声をあげつつ、リーバーは駒を元の位置に並べ直す。 「コンプレックスには二種類ある。 最初から全部諦めてる奴と、高い理想を目指すがために、自分を誉めてやれない奴にね」 リーバーが手を差し伸べると、ミランダは頷いて、視線を白い駒の上にさまよわせた。 「前者はどうしようもないな。 本人が自分を変えようとしない限り、他人が何を言ってもムダだ。 だから俺は、そんな奴に構おうなんて思わないが・・・」 ようやく駒を進めたミランダに微笑み、リーバーは黒い駒を取る。 「後者は、いくらでも助けてやるぜ?」 とん、と、あっさりと駒を勧めた手で、リーバーはミランダの頭をくしゃりと撫でた。 真っ赤になって、声もないミランダに笑みを深めると、戦端が開かれたばかりの盤上を示す。 「リナリーを教団のグランド・マスターにした俺の指導、受けてみるか?」 「よっ・・・よろしくお願いします・・・・・・!」 「了解♪」 もう一度撫でられて、ミランダは真っ赤な顔に嬉しげな笑みを浮かべた。 「あ、暴力娘登場さ」 科学班に入るやラビに笑われて、リナリーは頬を膨らませる。 が、彼の傍らを飛ぶ愛らしいゴーレムの姿に、思わず吹き出した。 「・・・っゴーレム壊しちゃってごめんなさい」 クスクスと軽やかな笑声をあげるリナリーに、ラビが肩をすくめる。 「もーちょっとマシな代用品ないんさ? アレンにゃ、俺の惚れっぽい性格にぴったりとか言われたさ!」 「言われてみればそうかも!」 的確な指摘に、室内の科学者達がケラケラと笑った。 「お前、代用じゃなくてこれ使っちまえよ!」 「これがあれば、オンナノコの気を引けること間違いなしだぜー 「え?!マジ?!」 途端に目を輝かせたラビに、ジョニーが苦笑する。 「でもこれ、内線受信専用だから、外には持ってけないよ?」 「そんなの、中身を入替えればいいことさ」 あっさりと言ったロブに頷きかけて、ジョニーは首を傾げた。 「じゃあ・・・嫌がらせは中止すんの?」 「嫌がらせ?誰に?」 リナリーとラビが揃って首を傾げると、科学者達はそれぞれに意地の悪い笑みを浮かべる。 「そりゃお前ら・・・」 「長官に決まってんじゃん 「あの人の無線が使ってる周波数に妨害電波流して使えなくして、『代用機です』って渡すつもりだったんだ 「あのコエー顔の横に、こーんなファンシーなゴーレムが飛んでみろよー!」 「すっげー笑えるとおもわね?!」 キラキラと目を輝かせ、子供のようにイタズラを企む彼らに、二人とも大きく頷いた。 「笑える! ってか、笑ってやるさ!!」 「み・・・見てみたい・・・!!」 爆笑するラビと、クスクスと肩を震わせるリナリーに、科学者達は得意げに笑う。 「お前たちをイヂメる奴らは懲らしめないとな!」 「腕力でも権力でも敵わないから、アタマで勝負すんだよーん 「まぁ、ちょっと陰険な手段だけどな」 「いんじゃね?陰険はお互い様だろ♪」 「じゃあ俺、ちょーかんに『お揃いさね もう一台つくってぇ やる気満々ではしゃぐ彼らへ、その時、死にそうな声がかかった。 「ねーぇ・・・遊んでないで手伝ってよぉ・・・・・・! 1時間で終わらせないと、リーバー君がボクの足を折っちゃうんだよー・・・!」 情けなくしゃくりあげながら、ぱこぱこと書類に判子を捺すコムイに、リナリーが慌てて駆け寄る。 「ごめんね、兄さん! 私、手伝うから!」 「リナリィィィィィィ キミが手伝ってくれたら百人力・・・ううん、百万力だよー 甘えるように、すりすりと頬をすり寄せてくる兄に苦笑して、リナリーは彼の隣に座った。 「決裁が終わったのはファイリングするね!」 「うんっ! まず、リーバー君に渡すヤツ分類してくれるっ?! 今日の彼は本気だよっ!!」 目の色でわかる、と、リーバーの殺意にさらされ続けたコムイの、経験に裏づけされた判断に、リナリーが乾いた笑声をあげる。 「真面目にお仕事しないからだよ・・・・・・」 「真面目だよっ! 至極真面目にやってたんだよ、ボク! なのに、長官の嫌味やクロスの問題行動の対処で邪魔されまくったんだもん!サボってたんじゃないもん〜〜〜〜!!」 えぅえぅと、哀しげな泣き声をあげる兄に苦笑し、よしよしと背を撫でてやった。 「じゃあ、私もがんばって手伝うね」 「うんっ!! ラビッ!! キミも暇なら手伝って!!」 「俺っ?!」 突然の指名に、科学班のメンバーと談笑していたラビが、驚いて振り返る。 「キミ、覚えるの得意でしょー?! そこに積みあがってる報告書読んで、まとめてボクにあらすじ話してっ!!」 「俺はお前の秘書かいっ!!」 文句を垂れつつも報告書へ手を伸ばしたラビに、コムイが思いっきり舌を出した。 「ボクの秘書はリナリーですぅー! キミみたいに騒がしくてイタズラばっかりする秘書なんて、いらないよっ!」 「誰に言われても、お前にだきゃそんなこと言われたくないさっ!」 こめかみを引きつらせながら、ラビはパラパラと報告書をめくっては、その内容を頭に入れていく。 「おい、あらすじ話すぞ!」 「さっすがレコーダー 言って言って 「もう人間扱いすらしてねぇさっ!」 ぎゃあぎゃあと喚きあう二人の間で、リナリーは楽しげに笑いながら、リーバーに渡す書類をまとめていった。 と、その中にエクソシストの個人情報をまとめた書類を見つけて、じっと見入る。 「コラ、リナリー? いくらキミでも、個人情報を見るのは感心しないヨ?」 気づいたコムイが声をかけると、リナリーは慌てて書類をファイリングした。 「ご・・・ごめんなさい、兄さん! ミ・・・ミランダの項目で気になったことがあったから、つい・・・」 「ナニナニ?! スリーサイズでも載ってたんさ?!」 興味津々と問うラビは睨んで黙らせ、兄に向かって首を傾げる。 「ミランダって、急激に伸びたんだね、シンクロ率。 そんなに厳しい訓練をさせたの?」 自身の経験を思い出してか、リナリーがやや不安げに問うと、コムイは笑って首を振った。 「違うよ。 彼女自身がすっごく努力したんだよ・・・それこそ、寝る間も惜しんでね」 その時のことを思い出して、コムイは苦笑する。 「ホラ、ミランダが入団した時、ボクはキミ達の治療と元帥捜索の任務を伝えるために、城を出てたでしょ? それでボクがいない間、彼女の世話役はリーバー君に一任してたんだけどさ、ミランダってば一刻も早く一人前になるんだって、それこそ毎日倒れるまで訓練したみたい。 ドクターに聞いたんだケド、あの頃は毎日リーバー君が、気絶したミランダを病棟に運んできてたんだって」 「すげ・・・。 まぁ、止めても聞かないもんな、ミランダは」 目を丸くするラビの隣で、リナリーも頷いた。 「イノセンスの性質が性質だけに・・・失敗はできないって、プレッシャーもあっただろうしね」 この世界で唯一、神に時間を託された彼女は、戦場で最も多くの命と責任を負う。 「あんまりがんばるもんだから、さすがのリーバー君も根負けしちゃって、ボクが帰ってきた途端、室長権限で訓練控えさせるように要請してきたんだよ。 でも・・・あの厳しいリーバー君が、珍しくも大真面目に称賛してたね。 彼女がどれだけ努力したか、推して知るべしでしょ」 揃って頷いた二人に、コムイはにこりと笑った。 「努力と根性の人間が大好きだからね、リーバー君。 おかげで時々、暑苦しいけど!」 ケラケラと笑う兄に苦笑し、リナリーは積み上がった書類を示す。 「そんなこと言って・・・決裁間に合わなかったら、ホントに足折られちゃうよ?」 「そうだった!!」 はっとして、コムイはまた、書類にぱこぱこと判子を叩きつけ始めた。 「ラビ!!あらすじしゃべって!早く!!」 「へいへい。 んじゃー、日付の古い順に行くさ」 ぺらぺらと、レコーダーのように報告書の内容を語りだしたラビに時折質問を投げながら、コムイは次々と書類をさばいていく。 刻々と過ぎていく時間に比例して、そのスピードは上がり、一時間後、なんとか全ての決裁を終えることができた。 「よかったっ・・・! おかげでボクの身の安全は保障されたよー・・・!」 決裁済みの書類に囲まれて、机上に突っ伏した兄の側に、リナリーはマグカップを置く。 「お疲れ様 ハイ、ラビも」 「ざんぎゅぅ・・・」 しゃべり続けて嗄れた声をあげ、ラビはリナリーから受け取ったコーヒーを一気に飲み干した。 「も・・・ひでーさ、コムイ! あらすじって言ったじゃん!なのにリファレンス多すぎさ!!」 「だーって、聞けばすぐに答えが返って来るんだもん〜 すっごい便利だったよ、ラビ!またやっておくれね えへ 「キモッ! 可愛こぶったって似合わねーさ!」 「ひどっ! リナリーと同じDNA持ってんだよ、ボクは!!」 ラビの容赦ない反応に対し、コムイが派手に抗議するが、ラビはわざとらしくため息をついて首を振った。 「どっかで突然変異が起きたに決まってるさ。 同じ生き物とは思えねーもん」 途端、コムイの表情が翳る。 「・・・・・・そうかい、もうイノセンス直してやんない」 「コムイって、よくよく目を凝らしてみればリナリーとそっくりさね。 髪の色とか目の色とか」 「・・・その論理で言えば、ボクは神田君とも兄弟だね」 暗い声音に、ラビがにこりと笑った。 「東洋みな兄弟でいいことさ そのおどけた言い様に、コムイは眉根をきつく寄せる。 「元通りにしてやろうと思ってたけど、気が変わっちゃった。 思いっきり改造して・・・」 「コムイって、注意深く観察すればイイ男の範囲さね! メガネと巻き毛のコンビネーションが、いいカンジに道化た雰囲気をかもし出してんさ!」 慌てて言い募ったラビの、余計な一言が引き金を引いた。 「大っ改っ造ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」 「イヤアアアアアアアアアアア!!待ってェェェェェェェッ!!!!」 兄達のやり取りに、リナリーが声をあげて笑う。 「じゃあ、そろそろ班長に帰ってきてもらおうかな!」 きちんとファイリングした書類を満足げに見渡しながらリナリーが言うと、ラビに縋りつかれていたコムイが首を傾げた。 「わざわざ行かなくても、内線で呼び出せばいいじゃない」 「いいの! ミランダに用があるから いたずらっぽい笑みを浮かべて、リナリーは軽やかに踵を返す。 「ちょっと行ってきます 「あーぃ」 手を振ってリナリーを見送ったコムイは、同じく手を振ってしまったラビの力が緩んだ隙に、彼の拘束からすり抜けた。 「・・・じゃあここで、俺のナイトがビショップを取ったらどうなると思う?」 「・・・・・・・・・・・・私のルークが、ナイトを取ります」 真剣な顔で盤上を見つめるミランダに、リーバーがにこりと笑う。 「だったら悪いが、ミランダのルークは俺のポーンがいただくことになる」 「あっ!」 ルークに伸ばそうとした手を慌てて引き、ミランダが更に真剣な目で盤上を見回した。 「これは・・・誘いなんですね・・・? 切り込めそうに見えたのに・・・・・・」 困惑げな上目遣いで見つめられたリーバーが、笑顔のまま頷く。 「俺の防衛は完璧だぜ? 急がなくていいから、じっくり考えて攻めてくるんだ。 まぁ、いきなり何十手も先を読めなんて言わないから、今は2手から3手先までを読んでみな」 「はい・・・!」 大きく頷いて、ミランダは組み合わせた両手を膝上に置いたまま、真剣に盤上を見つめた。 その様を楽しげに見ていたリーバーは、声をかけられてやや不満げに顔をあげる。 「終わったのか?」 「うん! 書類、完璧に揃えたからね 彼の不満げな表情に気づいていながら、リナリーは大きく頷いた。 誉めて!と、言わんばかりの笑顔に、リーバーは苦笑して頭を撫でてやる。 「ごくろーさん。 ・・・・・・じゃあ、今日はここまでかな」 残念そうな口調に、ミランダも名残惜しそうな笑みを浮かべて頷いた。 「続きは私とやろ、ミランダ!」 のろのろと席を立ったリーバーを押しのけ、さっさと椅子を占領したリナリーが、にこりと笑う。 そこに先程の屈託はなく、ミランダは安堵して頷いた。 しかし、一方のリーバーは、彼らしくもなく中々去ろうとしない。 「班長、お仕事がんばってねー 未練がましいリーバーに、リナリーがあえて手を振ると、彼は軽く吐息してようやく踵を返した。 「またな」 軽く手を振って食堂を出て行く彼を見送り、リナリーがクスクスと笑声をあげる。 「未練がましい班長なんて、初めて見たかも 「そ・・・そうね・・・」 リーバーの背を見つめていたミランダが、夢から覚めたような表情でリナリーを見遣ると、彼女は軽く口を尖らせた。 「羨ましいな、ミランダ。嫉妬しちゃう」 「え・・・えぇ?!」 リナリーがまた拗ねるのではと、ミランダの胸がどきりと跳ねる。 その様に、リナリーはやや意地悪く笑うと、盤上に視線を落とした。 「私、班長の代わりをやるね! 相手が私じゃつまんないだろうけど」 途端、ミランダが慌てて手を振る。 「そっ・・・そんなことないわ!! ・・・・・・ない・・・けど・・・・・・」 リナリーから困惑げに視線を外したミランダは、消え入るような声で呟いた。 「続きは・・・彼としたいの。 だから・・・・・・・・・」 真っ赤になって言葉を失くしたミランダに、リナリーはため息交じりの苦笑を漏らす。 「もう・・・あてつけられちゃって、たまんないな! じゃあこの続きは後にとっておいて、私とは新しくゲームしよ!」 そう言って、手近のペーパーナプキンに現在の駒の位置を描き始めたリナリーを見下ろし、ミランダは笑みを浮かべた。 「お手柔らかにね?」 「ふんだ! リナリーのお兄ちゃんを取った復讐だもん。こてんぱんにするよ♪」 「じゃあ・・・」 不敵な笑みを浮かべたリナリーが差し出したナプキンを、丁寧に畳んで胸ポケットにしまいこんだミランダは、柔らかな笑みを返す。 「甘んじて受けましょう」 宣戦布告を受けてたったミランダににこりと笑い、リナリーは黒白の駒を臨戦態勢へと並べ直した。 「うふふふふ 「ホントにこてんぱん・・・」 歓声と共に諸手をあげたリナリーの対面で、ミランダがテーブルに突っ伏した。 「参った?ミランダ、参った?」 はしゃいだ声をあげるリナリーに、ミランダは突っ伏したまま力なく頷く。 「参りました・・・」 と、 「んまぁ! 格下いじめして、この子は!」 戦闘終了を見て取り、ティーセットを運んで来たジェリーが、苦笑してリナリーを小突いた。 「だってぇ・・・」 「だってじゃないでしょ! ・・・アラアラ! ミランダったら、すっかり憔悴してんじゃないの! ちょっとアンタ、ダイジョーブぅ?」 気遣わしげに話しかけつつ、ジェリーが側に置いてくれたミルクティーの甘い香りにつられて、ミランダはのろのろと顔をあげる。 「全然・・・レベルが違うんですものぉ・・・」 暖かいお茶にため息を吹きかければ、対面でリナリーが胸を張った。 「だって私、ちっちゃい頃から班長に教わってたもんっ!」 「自慢しないの、この子は!」 また小突かれて、リナリーが楽しげな笑声をあげる。 「じゃあ、いぢめちゃったお詫びに、いいこと教えてあげるよ!」 ティーカップを取り上げたリナリーがはしゃいだ声をあげると、彼女の隣に座ったジェリーが、苦笑して肩をすくめた。 「どうだか?」 「ホントだよっ! 兄さんが言ってたんだもん!」 「コムイさん?」 お茶を飲んで、やや落ち着いた声でミランダが問うと、リナリーは大きく頷く。 「兄さんのお誕生日の時ね、私、0時きっかりにハッピーバースデーを言ったの! 誰よりも先に言ったんだよ?」 好奇心旺盛な猫のように、リナリーはきらきらと目を輝かせた。 「兄さん、すっごく嬉しいって言ってくれたよ 世界で一番好きな子に、一番にお祝いを言ってもらえたって、喜んでくれたの! だからミランダも、班長のお誕生日には誰よりも早く言ってあげたらいいよ!」 「へぇ・・・そうな・・・の゛っ?!」 意外にも落ち着いた反応に、残念そうな顔をしたリナリーの前で突然、ミランダが激しくむせる。 「ぜっ・・・ぜがいいぢっ?!」 目尻に涙を浮かべ、真っ赤な顔をあげたミランダに、リナリーがやや呆然と頷いた。 「う・・・うん・・・。 ・・・・・・ごめんなさい、こんなに驚くなんて思わなかったの」 細い身体を震わせて、未だ咳き込むミランダを気遣わしげに見つめていると、ジェリーが立ち上がり、ミランダの背中を優しく撫でる。 「あ・・・ありがとうございます・・・・・・」 随分と長い時間をかけて、ようやく呼吸を整えたミランダが、ジェリーにこうべを垂れた。 「いいえぇ。 もう、リナリー!めっ!」 「・・・ごめんなさい」 叱られた子犬のような上目遣いでジェリーを見上げるリナリーに、ミランダが思わず笑みを漏らす。 「その・・・せっ・・・せっ・・・世界・・・一ではないかもしれないけどっ・・・・・・」 消え入りそうなミランダの声を聞き取ろうと、ジェリーとリナリーが耳を澄ました。 するとミランダは真っ赤になった顔を伏せ、更に声を潜める。 「わっ・・・私・・・なんかのお祝いで・・・喜んでもらえるなら・・・・・・やってみたい・・・かも・・・・・・」 何とか聞き取った声に、ジェリーとリナリーは顔を見合わせ、にこりと笑いあった。 「喜ぶわよぉ!」 「そうと決まったら、ブランクタイム作れるようにみんなと相談しなきゃ!」 「ブランクタイム?」 聞き慣れない言葉にミランダが首を傾げると、リナリーが大きく頷く。 兄さんの時もそうだったけど、班長も0時頃ってまだ、科学班でお仕事中だと思うの。 だからみんなに協力してもらって、その前後5分くらい、手が空くようにしてもらうんだよ。 で、口実作ってもらって、お部屋を出たところでサプライズ! 兄さん、すっごく驚いたんだから 得意げに笑ったリナリーに、ようやく納得して、ミランダは頷いた。 「そう・・・お部屋に行くんじゃなかったんですね」 彼女の何気ない一言に、ジェリーが目を見張る。 「んまっ!アンタ夜這いするつもりだったのんっ?!」 「え?ジェリー?ヨバイってなに?」 「そんなことしませんっ!!」 とんでもないことを言う二人に、ミランダが真っ赤になって反駁した。 「んもう!変なこと言わないでくださいな、ジェリーさん! 私はただ・・・チェスの続きが出来ればいいなって・・・・・・」 そっと、紙をしまった胸ポケットを押さえたミランダに、リナリーが苦笑する。 「そうだったね・・・じゃあ、もっとなにか考えなきゃ・・・」 顎に指を当て、上向いて考え始めたリナリーの隣で、ジェリーがポンと手を叩いた。 「時間のかかる口実を作ればいいのよ! そうね、例えば・・・」 きょろきょろと辺りを見回したジェリーは、深刻そうな顔をしてテーブルに着く通信班の団員達に目を止める。 「科学班の子達に、こう言わせなさいな。 『班長、手が空いてんなら、通信班のメンテ行って来てもらえないっすかね?』って!」 ジェリーの提案に、リナリーが目を輝かせた。 「そうだね! 端末の修理なら他の人達でもできるけど、大元の回線メンテナンスは班長じゃないと診れないもんね!」 正解を言い当てたリナリーの頭を、ジェリーが優しく撫でる。 「そおよぉ それにこれ、嘘ついてんじゃないもの さっきね、注文カウンターであの子達が、アクマの襲撃以降、あちこちの通信に障害が出て困ってるって言ってたの。 ここはもう引っ越すって言っても、その引越し自体に通信は必要でしょ? リーバーが行ってあげればあの子達、ずいぶん助かると思うわぁ」 難しい顔をして食事をする通信班の団員達を指したジェリーに、リナリーは大きく頷いた。 「だったらちょうどいいタイミングだよ! あのね、神田とラビのイノセンス、修理が終わったみたいなの! 方舟のデータ収集も、ようやく班長の手を離れた所だから、すんなり行ってくれると思うわ!」 と、ジェリーは肩をそびやかしてウィンクする。 「うふん 知ってるわよぉ ロブちゃんがさっき、『これでようやく引越しができる』って教えてくれたものん 「・・・さすがジェリーさん。 教団全体のことを把握してるんですね・・・」 感心し、尊敬の眼差しを向けるミランダに、ジェリーは得意げな笑声をあげた。 「だってアタシはここのママンだもの!甘く見るもんじゃなくてよ!」 「そのマーマがついてるんだもの、成功は間違いなしだね!」 わくわくと成功図を思い浮かべて、リナリーはミランダの手を取る。 「がんばってね、ヨバイ 「しませんってば!!」 意味を知らずに言わないで、と、茹であがったように赤くなったミランダは、悲鳴じみた声をあげた。 ―――― その後、9月7日深夜。 いつもと変わらず、終わらない残業にいそしんでいたリーバーの手元から、書類が消えた。 「・・・あれ?これで仕舞いか?」 意外そうな顔をした彼に、部下達が揃って頷く。 「こないだ室長が、『リーバー君に足折られるっ!』って、必死にさばいたじゃないすか」 「おかげさんで他班との連絡うまく行きましたんで、現行の仕事は班内だけっすよ」 「そか・・・。 じゃあ後は、結果待ちのもんだけだな」 納得してリーバーが頷くと、部下達はそれぞれの仕事に目を戻した。 「ちょっと俺のは、今日中は無理っすね」 「俺も・・・3日は見てもらうレベルっす」 その他、次々あがる報告は、リーバーに直接かかわりのない作業ばかりだ。 「お? もしかして俺、寝てもいいカンジか?」 くっきりとクマの浮いた目を瞬かせながら、リーバーが期待に満ちた目で辺りを見渡すと、『残念ながら』と、ジョニーが首を振った。 「すんません、班長。 手が空いたんなら、通信班見てきてくれませんか?」 「通信班・・・そっか、重要なメンテが残ってたな・・・」 その名を聞いた途端、リーバーは両手を腰に当て、深い吐息と共にうな垂れる。 「端末の修理は終わってんですけどね、回線全体の調子が悪いんで、外国との通信がうまくいかないんすよね」 「そりゃ、通信班班長から聞いた。 あンの滑舌のいい声で、はっきりきっぱり緊急事態を訴えられたんで、急がなきゃとは思ってたんだがな・・・忘れてたなんて言ったらあいつ、あのイイ声でどんだけ嫌味言うんだろうなぁ・・・・・・」 「はは・・・お疲れさんっす」 同僚の怒りを思って、更に憔悴した様子の上司にジョニーが乾いた笑声をあげると、リーバーは意を決したように、勢いをつけて首を上げた。 「修理状況のファイルどこだ?」 「通信班に置きっぱっす」 「置きっぱすんなって、いつも言ってんだろうがっ!」 ぱこんっと拳骨を落とされて、ジョニーが悲鳴をあげる。 「すんませんっ!!もうしませんっ!!」 「ま・・・まぁまぁ、班長・・・!」 「ジョニーは俺らでシメときますから、早く通信班行って下さい!」 「じゃないと、俺らまで通信班の奴らに嫌味言われるっすよ・・・」 ぶるりと震え上がった部下達に、リーバーは心底嫌そうに眉根を寄せた。 「探索班の奴らに怒鳴られんのは、まぁ・・・こっちも怒鳴り返しゃいいんだけどよ。 通信班のあの、愛想笑いを浮かべた丁寧口調でねっちねっちねっちねっち言われんのって、本気で神経ささくれ立つんだよな・・・。 誰か俺の他に、行ける奴いねーのかー・・・?」 涙さえ浮かべて額を押さえたリーバーに、しかし、部下達は気の毒そうな顔をして首を振る。 「だってあの通信システム・・・」 「班長が組んだんでしょ・・・・・・」 「そーなんです・・・・・・!」 部下達の指摘に、リーバーが顔を覆って嘆いた。 現在、教団が使用している回線は、入団間もないリーバーが、当時の科学班のメンバーと構築したものだ。 「あの当時、俺以外に通信触れる奴いなかったんだよ・・・! しかも今じゃ当時の科学者、もうほとんど残ってねぇんだよ・・・・・・!!」 冷酷で残忍な実験を平然と行っていた科学者達は、コムイとリーバーが教団から追い出してしまった。 自業自得と言うには厳しすぎる現状に、部下達が気の毒そうな顔で若き上司を慰める。 「まぁ・・・イッちゃってる奴らばっかでしたもんね、あの当時は・・・」 「察しますけど、泣いてないで早く行った方がいいっすよ・・・」 「俺、通信班に同期多いっすから、あんまりうちの班長いじめないでくれって言っときますよ・・・」 「そうしてくれ・・・」 すっかり肩を落としたリーバーが、よろよろと工具を持ち上げる様を皆、苦笑して見守った。 「また通信班で寝ないでくださいよ?」 「班長、前科持ちなんすから」 「自信ねぇよ・・・。 通信メンテって、待ち時間がべらぼうに長いからなぁ・・・」 「じゃあ、誰か手が空いたら、暇つぶしにチェスの相手でもさせに行かせますよ」 その言葉をかけた部下が、なぜかにんまりと笑っていることには気づかず、リーバーは背後に向けて軽く手を振る。 「いいよ。 お前らは自分の仕事してろ」 「ハイハイ 「じゃあ、がんばってくださいねー!」 「無事終わったら、明日は班長の誕生日パーティしますからね!」 「あいよー・・・って、祝福よりも睡眠が欲しいよ、俺は・・・・・・」 のろのろと部屋を出て行くリーバーの背を見送った部下達は、にんまりと笑みを浮かべた顔を、楽しげに見合わせた。 「・・・まいど科学班でーす」 ものすごく嫌そうな顔をして、通信班のドアを開けたリーバーは、予想通り、通信班班長のにこやかな顔に迎えられて、引きつった笑みを返した。 「こ・・・今晩は、班長」 「ようやく来てくださったことに感謝しますよ、リーバー班長。 激務の中、わざわざお越しくださって恐縮の至りです」 完璧な滑舌ときれいな声で放たれた言葉は、非の打ち所のない礼法をまとっていたが、その笑顔に反し彼の目は、永久凍土よりも冷ややかだ。 「・・・・・・どうもお待たせしてすんません」 泳ぎそうになる目を必死に軌道修正して、リーバーは軋みをあげそうなほどにぎこちなく笑みを深めた。 「早速取り掛からせてもらいますんで・・・今までの通信管理レポートが欲しいんすが、取ってありますよね?」 「もちろんです。 アクマ襲撃以来、通信不具合が多く、膨大な量にのぼっておりますから、こちらでできる限りまとめさせていただきました」 にこやかに差し出された分厚いファイルの山に、一瞬、絶句したリーバーは、それから目を離せないまま、工具箱を床に置く。 「た・・・助かります」 「いいえ。 当然のことをしたまでです」 微笑と共に言われたにもかかわらず、氷の槍に貫かれたような寒気を覚えながら、リーバーはファイルを受け取った。 「じゃ・・・じゃあ俺、制御室にこもってるんで、何か不具合あったら言ってください」 「通信テストの際は、声をかけていただけるのでしょうね?」 「もっ・・・もちろんっす! 絶対に迷惑はかけませんから!じゃ!」 早口に言って、そそくさと制御室に入ったリーバーは、通信班班長の視線を遮るようにドアを閉める。 「こっ・・・こえぇぇぇぇぇぇぇ・・・!!」 同僚だが、本気で怒っている時の彼はきっと、監査官すら圧倒するだろうと確信しつつ、リーバーはファイルを備え付けのデスクに置いた。 「ハードは奴らが修理してっから、俺はソフトだよなぁ・・・。 ・・・・・・すっげぇな、もう」 膨大な通信管理レポートにため息を漏らし、リーバーはポケットからペンを取り出す。 「ローマは一日にして成らず! がんばれ、俺!」 自分にエールを送り、まずは不具合の多い順に優先度をつけていった。 通信班班長が言った通り、データは彼らプロの手によってまとめられていたため、その作業はすんなりと終わる。 「じゃあ本番っ・・・と? アレ?工具箱どこにやったかな?」 きょろきょろと辺りを見回したリーバーは、ファイルを受け取るために、それを通信スペースの床に置いたことを思い出し、がっくりとうな垂れた。 「うっわぁ・・・。 今、あいつの顔見たくねぇ〜・・・・・・」 しかし、そんなことを言っている場合ではないと覚悟を決め、ドアに足を向けた時、それは向こう側からゆっくりと開く。 ぎくっと顔をこわばらせた彼の視線の先に、しかし、そろそろと出てきたのは通信班班長の冷酷な顔ではなく、ミランダの遠慮がちな顔だった。 「お・・・お邪魔してすみません・・・・・・」 消え入りそうな声にリーバーは、ほっと吐息して首を振る。 「全然。 どうかしたか?」 「はぁ・・・それが・・・・・・」 ドアの向こう側から顔を出しただけのミランダは、しばらく迷った挙句ドアを開け、工具箱を重たげに運んできた。 「あ!俺の工具! スマン・・・重かったろ?」 慌てて歩み寄り、細い手から重い工具箱を取り上げると、ミランダは微笑んで首を振る。 「皆さん、お忙しそうでしたから・・・・・・」 通信班の仕事を気遣ってか、声を潜めるミランダに頷き、リーバーは彼女を部屋に入れてドアを閉めた。 「・・・あいつ、なんか言ってたか?」 「どなたですか?」 ドアに張り付いて聞き耳を立てるリーバーに、ミランダが首を傾げる。 「通信班の班長だよ・・・『あのバカ工具箱忘れていきやがりました!』なんて、完璧な滑舌で言ってなかったか?」 「そんなことは一言も・・・」 くすくすと密やかな笑みを漏らしながら、ミランダは首を振った。 「ただ、『制御室に入るのでしたら、その箱を持って行ってください』と、それだけでした」 「そ・・・そうか・・・・・・」 気づいてはいたんだな、と、額に冷や汗を浮かべたリーバーは、ふと気づいてミランダを振り返る。 「なに? 通信班に用事があったんじゃなくて、俺に用事だったのか?」 「ふぁっ?!えっ・・・えぇ・・・まぁ・・・・・・」 奇声を上げるや、真っ赤になって俯いてしまったミランダを、リーバーが不思議そうに見つめていると、彼女は小脇に抱えた箱を差し出した。 「チェス盤・・・」 二つ折りになったチェス盤の中には、黒白の駒が収納できるようになっている。 「かっ・・・科学班の人達に・・・リ・・・リーバーさんが・・・寝ちゃわないように見張れって言われて・・・・・・。 そっ・・・それで、この前の続きが・・・できたらって・・・」 俯いた頭の上に、くすりと笑みの漏れる気配を感じて、ミランダは慌てた。 「すっ・・・すみません! おっ・・・お邪魔ですよね! 私っ・・・お忙しいのに気が利かなくって・・・! ごめんなさいっ!!」 更に深くこうべを垂れ、俯いたまま部屋を出ようとしたミランダを、ドアに背を預けたリーバーが阻む。 「うん、マジでピンチだったんだ。 前にもここで寝ちまったことがあって・・・また同じことやったら、あいつにどんな凄まじい嫌味を言われるかわかったもんじゃないからな」 冗談めかした口調に、ミランダがそろそろと顔を上げると、間近に彼の笑顔があった。 「眠らない方法をご教授いただけますかね、フロイライン?」 そっとミランダを抱き寄せる手に逆らわず、ミランダは頷く。 「喜んで・・・・・・」 「ダンケ リーバーの唇が軽く額に触れ、ミランダは湯気が上がるほどに赤くなった。 「さっさと準備やっちまうから、駒、並べといてくれるか?」 「はっ・・・はい!」 作業台の上に置かれた工具箱の横に、邪魔にならないようにチェス盤を広げたミランダは、ポケットに大事にしまっていたナプキンを広げ、あの時の盤上を注意深く再現する。 「へぇ・・・ちゃんと描いてたんだ」 作業の合間に、ミランダの手元を見遣ったリーバーが感心したように言うと、彼女は慌てて首を振った。 「あっ・・・これは・・・リナリーちゃんが・・・・・・」 「あぁ、確かにあいつの字だ」 くすりと笑って、リーバーは手元に目を戻す。 「あいつもつまんねぇことで拗ねて、まだまだ子供だな」 「彼女にとっては・・・つまらない理由なんかじゃありませんでしたよ、きっと・・・」 苦笑して、ミランダは白い駒の並んだ側に座った。 「私の番から・・・でしたよね」 「あぁ。 がんばって攻めてきな」 「はい・・・・・・」 呟きと共に頷き、ミランダは組み合わせた手を膝上に置いて、じっと盤上を見つめる。 彼女が黙り込んでしまったために、しばらく部屋には、リーバーが作業する音のみが響いた。 やがて、コツン・・・と、駒が盤を叩く微かな音がする。 振り返ったリーバーは、満足げに笑って、大きく頷いた。 「正解。 長考した甲斐があったな」 言いながら、あっさりと自分の駒を進めてリーバーが作業に戻ると、ミランダはまた両手を硬く組み、眉根を寄せて考え込む。 一所懸命なその姿を、肩越しにちらりと見遣ったリーバーは、思わず笑みを漏らした。 「・・・なんですか?」 ふと顔を上げたミランダに、彼は笑みを深める。 「いや。 一所懸命な顔してるミランダは可愛いって思ってさ」 「んなっ・・・!!」 茹で上がったように真っ赤になった彼女に、リーバーは吹き出した。 「ひどいっ! からかって!!」 「からかってないって!」 腰を浮かせ、真っ赤な顔で抗議するミランダに、リーバーは笑って手を振る。 「いつも真面目で一所懸命で、自分に厳しいミランダのことは、本気で尊敬してるんだぜ?」 「そ・・・尊敬だなんて・・・・・・」 すとん、と、再び腰を下ろし、赤い顔を背けたミランダに、リーバーは笑みを深めた。 「ホントだって。 俺の部下達も、相当な根性の持ち主ばっかだが、奴らでさえミランダには一目置いてんだから」 「ま・・・まさか・・・! 私なんて・・・皆さんに比べたら全然・・・・・・」 パタパタと両手を振ったミランダは、リーバーの笑顔を見て、また恥ずかしげに俯いてしまう。 その所作にまた、リーバーは笑みを深めた。 ―――― やっぱり、可愛い・・・。 しかしこの思いを口にすれば、また怒るだろうかと、リーバーは手で口を覆う。 だが思えば、入団当初からそうだった。 リーバーが初めて彼女を見た時・・・。 そのあまりに華奢な姿に、アクマに立ち向かえるものかと酷く心配したものだが、彼女の訓練に対する真摯な態度には、心底感心させられた。 「・・・いつも一所懸命なミランダだから俺は、全力でサポートしてやりたいって思ったんだよ」 若くして科学班班長と言う重責を担うリーバーは、本来であれば、いちエクソシストの訓練に関わっている暇などない。 だが、コムイに命じられた範囲を超えて、彼女をサポートしようと思ったのは、ひとえに彼女の生真面目さゆえだ。 「あんまり真面目で・・・自分に厳しすぎるから、俺が見ててやらなきゃって思った・・・」 リーバーはゆっくりと歩み寄り、ミランダの頬に手を添える。 「俺が見てきた中じゃ、一番の努力家だよ。 今じゃもう、立派なエクソシストだな」 驚いたように目を見開き、リーバーを見上げた彼女は、自身の頬に触れる彼の手に手を重ねた。 「嬉しい・・・・・・」 微笑を浮かべた目を伏せて、ミランダは嬉しげな吐息を漏らす。 「私・・・あなたに認められたことが、何よりも・・・・・・」 小首を傾げて、ミランダは猫のように彼の手に頬を摺り寄せた。 常に機械や薬品を扱う彼の手は固く、荒れていたが、とても暖かい・・・。 その大きな手に安堵感を覚えて、ミランダは眠るように目を閉じた。 と、そのまぶたに柔らかいものが触れる。 「まだ寝られちゃ困るんだがな、姫?」 ゆっくりと目を開けて、ミランダは微笑んだ。 その目が、壁にかかった時計を見た瞬間、不意にいたずらっぽい光を宿す。 「姫の眠りを妨げた王子に、申し上げたいことがありますわ」 「ん?なんだ?」 苦情か、と呟いた唇を、ミランダの唇が塞いだ。 「ハッピーバースデー、リーバーさん。 ・・・私が最初に言いましたからね?」 頬を染め、恥ずかしげに笑ったミランダを、リーバーは惚けた顔で見つめる。 「・・・・・・ちょっ・・・何か言って・・・ください・・・・・・」 あまりにも長い間見つめられ、気まずさに身を縮めるミランダを、リーバーは抱きしめた。 「今までで最高に嬉しい贈り物だ・・・!」 驚いて身を固くしたのも一瞬、ミランダはおずおずと自身の腕を彼の背に回す。 「よかった・・・です・・・・・・」 我ながら、もっと気の利いたことは言えないものかと呆れながら、ミランダは彼の胸に頬を寄せた。 「へぇ・・・面白い手だな」 時計が日付変更を終えて、ずいぶん経った頃には、リーバーの作業も待ち時間ばかりが長い通信状況のチェック段階に入っていた。 「大駒を捨てて、わざわざ小駒を取るなんて・・・そうか、この道をあけて、俺のクイーンを狙う作戦か」 「ばれちゃいましたか・・・。 この前、リナリーちゃんにやられた手だったんですけど」 こてんぱんにされた、と、ミランダが苦笑すると、リーバーも苦笑を返す。 「格下いじめするなんて、とんでもないおてんばだな。 今度お仕置きもかねて、仇討ちしてやんないと」 「ふふ・・・お願いしますね」 楽しげに笑って、ミランダは再び盤上に視線を落とした。 リーバーの的確な指導のおかげで、段々、駒の動きが読めるようになってきている。 「今のレベルなら私、アレン君といい勝負ができそうですね・・・」 「いや、このレベルなら、あいつにゃ楽に勝てるさ。 ・・・あいつ、全然守らないからなぁ。 攻めてくるのを適当にかわしながら、隙だらけの陣地に入っていくだけでいいよ」 あっさりと言われて、ミランダが乾いた笑声をあげた。 「それは・・・リーバーさんだから言えるんですよ・・・。 私なんてまだまだだもの・・・」 自信なげに首を振ったミランダに、リーバーが何か言おうとした時、回線の警告音が鳴る。 「あー・・・次はどこだ?」 立ち上がるついでに駒を進め、作業に戻ったリーバーの背に微笑み、ミランダは真剣な目を盤上に落とした。 「あら・・・?」 思わず呟き、慌てて両手で口を塞ぐ。 そっと上目遣いにリーバーを伺うと、彼は作業に集中しているらしく、彼女の声は聞こえなかったようだ。 ミランダはどきどきと鼓動の跳ねる胸を押さえて、そろそろと駒を進める。 「リーバーさん・・・」 「ん」 修復を終え、再びチェック用の信号を流したリーバーは、振り返った途端、目を丸くした。 「やっべ・・・読み間違えた」 気まずげに頭を掻く彼に、ミランダが楽しげな笑声をあげる。 「ふふふ・・・ クイーンを狙っていた手はばれちゃいましたけど、ポーンの転化は見逃してもらえたんですね 「これも・・・リナリーの手か」 苦笑するリーバーに、ミランダは大きく頷いた。 「言ったでしょう、こてんぱんにされたって? その時、彼女が使っていた手を使ってみたんです」 ミランダが何気なく言った言葉に、リーバーが目を見張る。 「へぇ・・・。 一度で覚えるなんて・・・その上、自分でも使えるようになるなんて、すごいじゃないか」 「そっ・・・そうですか・・・?」 照れ笑いを浮かべたミランダは、『でも』と、首を振った。 「リナリーちゃんはリーバーさんのお弟子さんなんでしょう? だったら本当にすごいのは、リナリーちゃんを育てたリーバーさんですね」 「あいつは俺の他にも、色んな教師がいるからな。 こんなトリッキーな手は室長流・・・いや、ラビだな。 ・・・ったくあいつは最近、悪い仲間と遊ぶようになっちまって・・・」 娘の素行不良を嘆く父親のような顔で、リーバーが首を振る。 そんな彼に対し、ミランダは母親のように莞爾とした笑みを浮かべた。 「リナリーちゃんもお年頃ですもの。 お仕事よりも、お友達と一緒に遊ぶ方が楽しいんですよ」 「そりゃ、俺らみたいなワーカーホリックになって欲しくはないけどな」 言いながら、黒い駒の上にかざしていた手を、リーバーは引き戻す。 「降参。 ラビの手に負けたと思うと悔しいが、反撃の手がない」 「ふふふふ ようやく一勝です 苦笑したリーバーに、ミランダが嬉しげな笑声をあげていると、制御室のドアがノックされた。 「はい?」 返事をすれば、通信班班長が『失礼』と入ってくる。 「お邪魔したくはなかったのですが、また不具合が出ましたので、報告です」 「ハイハイ。 ・・・あ、これは大丈夫っす。 テスト通信の信号と競合しただけなんで、もう回復しているはずです」 「そうですか。 全体のテストはいつ頃になりそうですか?」 懐中時計を取り出した通信班班長の手元を覗き込んで、リーバーが頷いた。 「深夜2時半から、一旦、全回線を不通状態にして、テスト信号を流します。 再起動は3時予定。 これが成功したら、メンテ終了ですよ」 「そうですか。 では、現在通信可能な地域に連絡を・・・」 「それはテスト状況の通信と共に、既に連絡済みっす。 なんで班長は、世界中から受信する通信の管理をお願いします」 「了解しました。 では・・・・・・」 踵を返しかけた通信班班長は、ミランダを見止めて、にこりと笑みを浮かべる。 「感謝しますよ、ミス・ロットー。 あなたのおかげで、リーバー班長の仕事がはかどったようです」 「えぅっ?! いっ・・・いえ、私はなにもっ・・・!」 慌てて首を振るミランダに向けていた彼の笑みは、しかし、リーバーへ向いた途端、氷原のような冷ややかさに変わった。 「いいえ、あなたのおかげです。 あなたが来てくれなかったら彼は、確実にここで寝ていましたから」 ねぇ?と、同意を求められ、リーバーは頷くこともできずに固まる。 「・・・以前彼は、回線のメンテナンスに来ておきながら、ここで爆睡していたんですよ。 眠れないのはこちらも同じだと言うのに、人の職場でぐーぐーと、全くいい度胸です」 「・・・だからあの時はホントすんませんでしたって、何度も謝ってんですけど・・・・・・」 「その上、再三の要請にもかかわらず、今回のメンテナンスをよくも後回しにしてくれましたね」 「・・・・・・その件に関しましてはまことに申し訳ありませんって、さっきも・・・・・・」 「謝って済むと思っているのですか」 「・・・・・・・・・すんませんっ」 冷ややかにリーバーを追い詰めていく通信班班長と、平謝りのリーバーをおろおろと見比べるミランダに、通信班班長が再び暖かな笑みを向けた。 「ミス・ロットーが困っておられる。 嫌味はこのくらいにしてあげましょう」 くすりと笑みを漏らし、彼はすれ違いざま、リーバーの肩を叩く。 「せっかくの誕生日ですしね。 2番目におめでとうを言わせてもらいますよ、リーバー班長」 軽く手を振って部屋を出て行った彼の後を追うように、ぴったりと閉ざされたドアにリーバーが、真っ赤な顔を向けた。 「あのヤロッ・・・聞いてたのかよ!!」 これだからあいつは嫌いなんだと、リーバーは口の中で毒づく。 「き・・・厳しい方なんですねぇ・・・・・・」 「厳しいって言うより、はっきり言って嫌味なんだよ! あのヤロ絶対文句言えねぇように、一発で成功させてやるぜ!」 言うや、猛然と最終チェックに取り掛かったリーバーに苦笑し、ミランダは初勝利を収めた盤上を見下ろした。 「厳しいけど・・・悪い人じゃありませんよ・・・・・・」 こっそりと呟いた声は、リーバーには届かなかったようだ。 だが、通信班班長に発破を掛けられ、奮起した彼が確実に作業を終わらせるだろう事を予測して、ミランダはにこやかに彼を見守った。 同日午前3時。 全復旧した通信状況に、リーバーは肩を震わせて笑った。 「ざまぁみろ!やってやったぜ!」 それが通信班班長の思惑通りとは、気づいていないらしい。 「ご苦労様です」 ミランダの労いに満足げに頷き、リーバーはどさりと腰を下ろした。 「これでようやく眠れる・・・・・・」 背もたれに背を預け、上向いて乾いた目に手の甲を当てた彼に、ミランダは笑って頷く。 「そうですね。 お部屋に帰ってゆっくり・・・・・・リーバーさん?」 彼女の呼びかけにも答えず、動かなくなった彼に、ミランダはくすりと笑みを漏らした。 「こんなところで寝ちゃいけませんってば・・・」 ぴくりとも動かない彼の頭をそっと撫で、ミランダは足音を忍ばせて部屋を出る。 「あの・・・班長さん」 こっそりと呼びかけると、通信班班長が振り向いた。 「復旧、完了しました」 「それはご苦労様でした」 にこりと笑って、彼は軽く首を傾げる。 「あなたが報せに来たということは、リーバー班長は沈没したようですね」 「はぁ・・・その通りです」 苦笑したミランダは、彼に歩み寄り、笑みを深めた。 「お見事なチェック・メイトでした」 と、通信班班長は意外そうに目を見張り、ややして苦笑を浮かべる。 「ばれてしまったとは、私もまだまだ修行が足りない・・・。 まぁ、あの科学オタクは、私がこんな心理戦を仕掛けたことになんて気づいてないでしょうから、あなたもばらさないでくださいよ?」 「えぇ・・・。 私のお願いを聞いて下さったら、黙ってますわ」 くすくすと、軽やかな笑声をあげるミランダに、彼は肩をすくめた。 「聞かないわけには行かないでしょう。 なんですか?」 「しばらくの間、リーバーさんを休ませてあげたいんですけど・・・」 そう言って、肩越しに制御室のドアを見遣ったミランダに、通信班班長は心得て、部下達にソファの搬入とリーバーの移動を命じる。 「他には? お茶でも供しましょうか?」 「いえっ・・・! これ以上は結構ですから・・・!」 班長の冗談を生真面目に受けて、ミランダがパタパタと手を振った。 「そうですか。 では、どうぞごゆっくり」 言うや、あっさりと仕事に戻った彼の背に深く一礼し、ミランダは制御室に戻る。 通信班の団員達が運んでくれたソファに横たわるリーバーへ歩み寄ると、その頭をそっと持ち上げ、自身の膝に乗せた。 「おやすみなさい・・・」 毛布をかけ直してやりながら囁き、膝の上に広がる明るい色の髪をそっと撫でる。 そのうちに彼女自身も、安らかな眠りの淵へと降りて行った。 「あのぅ・・・。 ウチの班長、まだここにいるんっすかね・・・?」 遠慮がちに通信班のドアを開けたジョニーは、意味ありげな笑みを浮かべて制御室のドアを示した団員達に首を傾げた。 「班長? まだ作業終わんないんっすか・・・・・・ありゃ」 照明を控えた部屋で、ぐっすりと眠り込んでいる二人を見たジョニーは、困り顔に苦笑を浮かべる。 「参ったなぁ・・・。 パーティの準備できたのに、これじゃ起こせないよ・・・・・・」 ミランダの膝の上で、安らかな寝息を立てるリーバーと、彼を守るようにその額に手を添えた彼女の姿は、まるでピエタのようだ。 「いや・・・ピエタなんて言ったら怒られちゃうか」 自分の笑声で二人を起こしてしまわないように、ジョニーはそっと扉を閉める。 「すんません。 二人が起きたら、パーティするよって伝えてください」 「了解」 ジョニーの要請に、通信班の団員達はそれぞれに笑みを浮かべ、快く請け負った。 Fin. |
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2008年リーバー班長お誕生日SSでした! 先だって20萬HIT記念リクを募集したところ、『ミランダは俺のだ!的なリバミラ』と言う、まさにタイムリーなネタを頂きましたので、早速使わせてもらいました!←早すぎ。 前半、リナリーがものすごくいじけてますが、これは彼女の行動として、違和感ないんじゃないかなぁと思います。 班長がどっちつかずの時には熱心に応援しても、本気になったら寂しがると思うんですよ、リナリー(笑) ラビの代用ゴーレムの、『赤いハートに白い羽』って、書きながらなんだっけと思ったら『ラルクっち』でした(笑) 『ラルクっち』と言うのは、昔、ラルクが出したおもちゃですよ(笑) ゲームなのかなぁ??CM集見ると、万歩計っぽくもあるんですが。 実見した事ないので詳しいことは知らないんですが、赤いハート型に白い羽で、中央に画面があります。 通信班班長は、もしかしたら女性かもしれないんですが(アニメでは通信員女性でしたし)、班員は女性でも班長は男性かもしれないってことで、男性にしています。 これは別に間違っててもいいや(笑) それ以上に、170夜で刀工情報出たのが嬉しかったですよ!! 早速加筆修正しました!←このSS書き終えたのは前日の23時。 原作情報と言えば、これを書いているのはギリ170夜ですので、ミランダさんの団服はまだよくわかんない状況です。 どうもコートっぽいんですけど、今回は『ロングドレス』と言う設定で書いてます。 |