† Through the Looking Glass †






 「あぁー!!ルル!!」
 甲高い少女の声に、窓辺でまどろんでいた黒猫は、びくりと飛び起きた。
 なに、と言う風に瞬く猫の首を捕まえ、ロードは自分の眼前に、猫をぶら下げる。
 「僕のお菓子、食べちゃったでしょぉ!!」
 知らない、と、まるで彼女の言葉がわかるかのように長く鳴いた猫を、ロードは真正面から睨みつけた。
 「なんだよぉ!
 だったら、ベルが食べちゃったって言うのぉ?!」
 ロードが指したソファの上では、きょとん、と目を丸くした白猫が、何事かと状況を見つめている。
 ―――― だけど私じゃないもの・・・。
 そう言っているかのように、困惑げに身じろぎする黒猫を、ロードは白猫の傍らに放り投げた。
 「にゃんっ!!」
 避け損ねた白猫と頭をごっつんこして、白黒二匹の猫が悲鳴をあげる。
 「お前達、猫のくせにとろいんだねぇ」
 自分でやっておきながら、酷いことを言って、ロードは新しいお菓子の箱を開けた。
 「ダメだよぉ。
 お前たちにはあげなぁい」
 甘い匂いにつられて寄って来た猫達の目の前で箱を頭上に持ち上げ、ロードは舌を出す。
 「ふふ・・・v
 もぉすぐハロウィンだねぇ・・・v
 お菓子がたぁくさんもらえるよ!」
 今もたくさんのお菓子に囲まれたロードは、早速取り出したクッキーをかじりながら、嬉しそうに笑った。
 「ハロウィンにはパパが、お前達にもお菓子をくれるかもね」
 今くれないの、と、二匹して首を傾げる猫達に笑って、ロードはクッキーを差し出す。
 「秘密だよ?
 お前たちにお菓子をあげちゃダメだって、お母様に言われてるんだからさ!」
 わかった、と、長く鳴いて、それぞれにクッキーをくわえ、離れた場所へ歩いていった猫達を、ロードも四つん這いになって追いかけた。
 「ねぇねぇ、双子のルルとベル、おまえ達を四つ子にしてあげるよv
 言うや、ロードはクッキーを咥えたままの猫達を両手でつまみ上げ、暖炉脇にある大きな鏡の前に置く。
 「ホラ!
 僕は双子で、お前たちは四つ子だろぉ?」
 楽しげに笑うロードに反し、おやつを邪魔された猫達は、『これの何が面白いの』と言わんばかりにむっつりした。
 「なんだよぉ、ちょっとは楽しそうにすればぁ?」
 ふんっと鏡に背を向けて、クッキーをかじる猫達に、ロードは口を尖らせる。
 「そんっなに反抗的なら、もぉいいよ!お前達、鏡の向こうに閉じ込めちゃうからねぇ!」
 怒ったロードを上目遣いに見あげ、じりっと退いた猫達の尻尾が、鏡の表面を叩いた。
 幾度か、ぶつかっては鏡面に弾かれていた長い尾が、段々振れ幅を大きくして、時折鏡の中に沈む。
 「あれ?」
 猫たちが尻尾で叩く度、鏡の表面に波紋のようなものが広がり始めたのは、まもなくのことだった。
 するぅっと、猫達の尻尾が、鏡の向こうへと落ちる。
 「わぁ!!」
 面白がって、伸ばしたロードの手もまた、水面に伸ばした時のように鏡の向こうへと飲み込まれていった。
 「すごぉぃ!!」
 不思議な現象に、大きな目を真ん丸くして、ロードが歓声をあげる。
 「向こう側に行っちゃえ!!」
 言うや、ロードは猫達の上をまたぎ、一気に鏡の中へと入っていった。


 そこは、何もかもが左右逆さまである以外は、ロードが今までいた部屋と全く同じだった。
 ただしそれも、鏡に映る範囲だけ・・・。
 その他の、鏡には映らない場所にあった絵の中では、描かれた人物達がロードに向かって『見つかった』とばかり、にんまりと笑い、時計は針を逆さに動かしながら、時を知らせる小人たちが忙しげにベルを鳴らしていた。
 「きゃははははv 変なのー!
 こっちじゃみんな生きてるんだね♪」
 時計を操る小人たちを指でつつき、慌てふためく彼らをからかうロードの足元で、何かがごそごそと動く。
 「あ!チェスの駒だぁv
 見下ろせば、ふかふかの絨毯に半ば埋まった白い駒と黒い駒が、それぞれの王と女王が掲げる紋章旗の元に、整然と並びつつあった。
 「なにこれぇ!おもしろぉい!」
 とことこと足元を過ぎる黒のナイトを爪先で蹴飛ばしてやると、ナイトはロードの爪先に対して名乗りを上げつつ、楊枝のように小さな槍を振り回す。
 「きゃははははははは!!」
 ロードは甲高い笑い声を上げながら、並びつつあった駒を次々に蹴飛ばして行った。
 それでも、それが役目であるかのように、駒達は整然と位置につこうとする。
 「ふふっ!
 これ、壊しちゃっても動くのかなぁ?」
 きぃきぃと泣き声をあげる白いポーンを取り上げ、丸い首をぽきりと折ってやると、ポーンはそのまま動かなくなってしまった。
 「なーんだ。
 壊しちゃうとダメなんだぁ・・・ちぇっ」
 真っ二つになったポーンを暖炉の中に投げ捨て、ロードは踵を返す。
 「他の部屋はどんな風になってんのかな!」
 きっとへんてこに違いない、と、わくわくしながら部屋を出たロードは、まずは1階のサロンから庭へと出て行った。
 元の世界であれば、大きな犬が寝そべって、日向ぼっこをしているはずのそこには今、誰の姿もない。
 「外からの見た目は・・・変わりないな」
 元々左右対称に作られた邸は、鏡の国でも特に変わらずそこにあった。
 ロードは邸に背を向け、塀の向こうに目を向ける。
 「丘の上にでも登って、ちょっと周りを見てみようかな」
 呟いて庭を出た途端、家の玄関についてしまい、ロードは丸くした目を輝かせた。
 「すっごぉぃ!!
 なんだか不思議なことになってるぅ!!」
 踵を返し、また丘を目指して駆け出すが、またもや背を向けたはずの場所に戻ってきてしまう。
 「なにこれ!
 すっごい不思議!!」
 ロードはいつまでも同じ道をぐるぐると回ってしまうことが楽しくて、様々に道を変えてはどこで同じ場所へと繋がるのか、確かめて行った。
 「今度はここで捩れてる!」
 まっすぐに丘に向かっていた道が急に歪んだと思うと、目の前に陽炎のように現れた家を見あげ、ロードはにんまりと口をゆがめる。
 「この世界って、僕の力は使えるのかなぁ?」
 楽しげな声と共に、ロードの足元の影が広がっていった。
 途端、不意に側で悲鳴が上がる。
 「ん?」
 思わず影を戻して見回すと、ロードの傍らできれいなバラが一輪、びっくりしたとばかりに揺れていた。
 「なぁにぃ?
 お前、なんか言ったぁ?」
 「・・・・・・アナタ、花がしゃべってるのに驚かないのね」
 香りと同じく、甘い声で言う花に、ロードはあっさりと頷く。
 「チェスの駒がしゃべるんだよぉ?
 花がしゃべって、なんかおかしぃ?」
 むしろ不思議そうに問われて、花は優雅に肩をすくめた。
 「それもそうだわね。
 えぇと・・・あなたはなに?」
 「なにってぇ?」
 質問の意味がわからず、首を傾げたロードの目の前で、バラは腰に手を当てるしぐさをする。
 「種類よ。
 アタシはバラのエリアーデでしょ。あっちはユリのクレアで、そっちは雛菊のソフィーとアンジェラだわね」
 「ふぅん・・・。
 じゃあ僕は、人間のロードだね」
 「にんげん?
 にんげんの影って、あんなに気味悪く伸びるもんなの?」
 「人間によってはね」
 にこりと笑って、ロードは頷いた。
 「それよりさぁ、ここにはお前達の他には誰もいないのぉ?」
 きょろきょろと、ロードが辺りを見回すと、エリアーデが優雅に葉を差し伸べる。
 「いるわよ。
 あなたみたいにウロウロできるのがね」
 「ふぅん・・・。
 そいつ、ここにくるぅ?」
 顎に指を当て、首を傾げるロードに、花たちが大きく頷いた。
 「きっともうじき会えるわ」
 「そv
 頷くと、ロードはエリアーデに手を伸ばす。
 「じゃあ、お花でもあげなきゃね」
 途端、ぽっきりと折られたエリアーデが絶叫した。
 「お前も。お前達も」
 次々と手折られた花々は、ロードの手の中でぐったりとして、もう口も利けない。
 「キレイなブーケの出来上がりぃ♪」
 楽しげに笑ったロードは、砂利道を踏みしめる足音に振り向いた。
 と、
 「あれ?さっきの・・・・・・」
 ロードはまん丸に目を見開く。
 さくさくと砂利を踏んで歩いて来たのは、鏡の部屋でロードが蹴飛ばしたチェス駒の、黒のクイーンだった。
 しかし、ついさっきまで、ロードの指で抓めるほどの大きさだった彼女は、今やロードを見下ろすまでに大きくなっている。
 その彼女をロードは、特に不思議がることもなく、にこりと笑って迎えた。
 「・・・ごきげんよう」
 無表情な黒のクイーンは、そう言って小首を傾げる。
 「おまえ・・・誰?
 ・・・どこからきたの?
 そして・・・どこへ行くつもり?」
 黒い肌の上に長い黒髪を滑らせて、黒い王冠を戴いた女王はゆっくりとした口調で問うた。
 「僕はロード!
 鏡の向こうから来たんだよ。
 そして、あの丘に行こうかな、って思ってたところ!」
 手にしたブーケで丘を示したロードへ、黒の女王は無表情のまま頷く。
 「それで・・・行けそうなの?」
 「うん!
 自力で行けないこともないんだけど、君が案内してくれるでしょぉ?」
 はい、と、ロードが摘んだばかりの花を渡すと、黒の女王はしげしげとそれを見つめた。
 「案内・・・?私が・・・・・・?」
 ブーケに向かって呟いた女王は、その後随分と経ってから、ようやく頷く。
 「案内・・・しましょう」
 もう一度頷いて、黒の女王は律儀に言い添えた。
 「主が・・・頼ってきたものには親切にしなさいと言うから」
 「うんっ!」
 大きく頷いたロードが腕に縋りつくと、女王はびっくりしたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻して歩を進める。
 「丘の上でいいのですね」
 「ひとまずはね!」
 「ひとまず・・・?」
 その言葉の意味を図りかねたのか、困惑げに呟きながら、女王はロードと共に歩き、やがて、なだらかな丘の頂上へ着いた。
 「へーんな国!」
 丘の上から四方を見渡したロードは、開口一番に笑声をあげる。
 しかし、確かに彼女の言う通り、そこは奇妙な地形ではあった。
 地面の上にはたくさんの小川が格子状に走って、正方形に区切られている。
 「なんで言うんだっけ、こういうの。碁盤の目?」
 ロードが最も慕う人が、豊かな知識の中から取り出してきたお話の中に、そんな街が出てきたことがあった。
 「でも、それは道が東西南北に走ってるって言ってたからぁ・・・むしろ、チェス盤みたいだねぇ!」
 歓声をあげて、ロードは黒の女王を返り見る。
 「ねーぇ!君の他にも、チェスの駒が動いてるんじゃなぃー?」
 「駒・・・・・・・・・」
 それが不思議な言葉であったかのように、女王は首を傾げた。
 「だって、これがチェス盤なら、すっごく大きなチェスの試合じゃん!
 すっごくたのしそぉv
 ねぇねぇ、僕もやっていーぃ?」
 また腕に縋り、ねだるロードを見下ろしたまま、黒の女王はしばらくの間沈黙する。
 やがて、
 「・・・・・・なんの駒がやりたいの?」
 と、独白のように呟いた。
 「そりゃあ、クイーンになれるんだったらクイーンがいいけどさぁv
 空いてる駒があれば、何でもいいよぉv
 よほど機嫌がいいのか、ロードにしては意外なほど気前よく申し出ると、女王はこくりと頷く。
 「では・・・白のポーンに。
 なんでも、白のポーンの一つが、見えない化け物に真っ二つに折られて、暖炉に投げ捨てられたらしいから」
 「へぇー!そうなんだぁー!」
 自分でやっておきながら、ロードはそらとぼけた。
 「怖いねぇ」
 大声で笑うロードに、女王はまた頷く。
 「ちょうど今・・・お前は二升目にいるし、八升目についたらクイーンになれるわ」
 「そっかぁ!!」
 駒の転化だ、と気づいて、ロードは目を輝かせた。
 「じゃあ早く!早く始めよっ!!」
 両手で女王の腕を取り、ぶんぶんと振り回しながら、ロードは女王と駆け出す。
 まだ戸惑い気味の女王を急かし、どんどん走るが・・・しかし、どれだけ走っても、二人の周りの景色は全く変わらなかった。
 もう随分進んだはずなのに、走り始めた時に側にあった木と同じ木が、当然のように傍らにあることに気づき、ロードは目を丸くする。
 「なんで景色が変わんないの?!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁ?」
 「・・・なんかもうちょっと、マシなアドバイスしようとか思わない?」
 やや不機嫌そうに言ったロードに、黒の女王は王冠の位置を直しながら、困惑げに眉根を寄せた。
 「だって・・・これが普通だもの・・・・・・」
 何かおかしい?と、逆に問われ、ロードは肩をすくめる。
 「まぁ、僕の住んでる世界と違うんだから、色々違ってても仕方ないよね」
 軽く吐息して木の根元に腰を下ろしたロードは、手で仰ぎながら女王を見上げた。
 「ねーぇ!
 喉乾いたぁ!」
 女王よりも偉そうにふんぞり返ったロードに気を呑まれたか、黒の女王は更に困惑げに、ポケットから小さな箱を取り出す。
 「クッキーならあるけど・・・」
 「今、そんなの口に入れたら息が詰まるよ!
 もぉ、早くぅー!!!!
 喉渇いたってばぁー!!!!」
 地面に放り出した足をばたつかせて喚くロードを、女王はほとほと困り果てた様子で見下ろした。
 「じゃあ・・・ミルクなら・・・・・・」
 途端、ロードはふくれっ面をそむける。
 「・・・牛乳嫌い」
 「・・・・・・・・・」
 最早なんと言えばいいかわからず、女王は黙ってポケットからメジャーを取り出した。
 「なに?」
 ぱっと目を向けたロードをちらりと見遣って、女王はメジャーに視線を落とす。
 「私は・・・お前の気に入るものを持ってないから・・・・・・」
 どこか拗ねたような口調で言うと、女王はメジャーを伸ばし、丘の下に広がる盤の目を測りはじめた。
 「お前は今、ポーンなのだけど・・・・・・。
 ポーンは最初に動く時だけは、2駒進めるのは知っている?」
 彼女の問いにロードが頷くと、女王はほっとしたように続ける。
 「そう、2駒進めるから・・・鉄道を使えばいいでしょう。
 3升目はそのまま通り抜けて、4升目に移動します―――― そこは双子の家ね。
 5升目は池だからボートで移動して・・・6升目にはハンプティ・ダンプティがいらっしゃいます」
 「ハンプティ・ダンプティ?!」
 ロードが思わず大声をあげたため、女王はびくっと言葉を切った。
 「ハ・・・ハンプティ・ダンプティが何か・・・・・・?」
 その名の何がこの子供を喜ばせたのだろうかと、女王がおどおどと問うと、ロードは嬉しそうに足をばたつかせる。
 「Humpty♪Dumpty♪sat on a wall♪って歌の、卵だよね?
 ねぇねぇ、ホントに塀の上に座ってるの?!
 落としてやったら、粉々に壊れるぅ?!」
 壊す気満々の子供に気圧され、困り果てた女王は視線をさまよわせた。
 「こ・・・壊れると思います・・・・・・でも・・・・・・!」
 女王はロードの前にひざまずき、涙目で訴える。
 「こ・・・壊して・・・欲しくない・・・・・・!」
 「あ、そう」
 感情の乏しい女王が、初めて必死になった訴えをあっさりと聞き流して、ロードは笑った。
 「まぁ、それは会った時に考えるよ。
 で、7升目はぁ?」
 女王はますます不安そうな顔になったが、急かされて仕方なく続ける。
 「7升目は森と草原ばかりだけど・・・騎士が道案内してくれるでしょう。
 そして8升目に入れば、お前も女王になれるわ」
 「ふふ!そうだね!」
 ロードは勢いよく立ち上がると、くるりと踵を返した。
 「じゃあ、始めよぉ!」
 ゲームの開始を宣言したロードに、女王はまだ何か言いたげだったが、諦めて軽く会釈する。
 「ごきげんよう・・・」
 ロードの聞き間違いでなければ、黒の女王はその声にわずかな怒りを込めて背を向けた。
 「ばいばぁいv
 ロードが手を振った途端、盤上を最も広範に駆け巡る女王の姿は、拭ったように消え去る。
 「さぁて・・・!
 まずは鉄道だねぇ!」
 ゲームの始まりにわくわくしたロードは、はしゃいだ声をあげて歩き出した。


 「ねーぇ!
 この列車、4升目に行くぅ?」
 丘のふもとに伸びる線路に沿って歩いていたロードは、ようやく行き着いた駅に入ると、停まっている列車を指差し、大きな声で問うた。
 と、列車から顔を出した車掌らしき大男が、野太い声で聞く。
 「切符は?」
 「だからぁ、4升目に行くのぉ?
 違う場所に行くんなら、乗らないんだからさぁ」
 「切符による」
 話の通じない車掌に肩をすくめ、ロードはポケットから取り出したロリポップを彼に差し出した。
 「ねーぇ、アメ好きぃ?」
 七色の渦巻きを見るや、目を輝かせた車掌にロードはにこりと笑う。
 「これあげるから、4升目に連れてってぇv
 「あ・・・あぁ・・・・・・」
 大きな手で、ちんまりとロリポップをつまんだ車掌は、早速それをなめながらロードに道を譲った。
 「4升目に直行だ」
 「ふふv ありがとーv
 ロードは列車に飛び乗り、他の乗客達を興味津々と見回す。
 列車の中には人間の他に、大小様々の動物達が、普通の人間のように服を着て、当たり前のようにそこにいた。
 「ねぇねぇ、お前達もゲームに参加してるのぉ?」
 大声で問うロードを、客達は『躾けのなっていない子供だ』と言わんばかりにじろりと睨みつける。
 「ねぇってばぁー!」
 なおも問うロードを、客の一人が、広げた新聞の向こうから手招いた。
 「なぁにぃ?」
 ロードが寄って行くと、長い足を組んだ紳士は新聞を膝の上に下ろし、にっこりと笑う。
 「これはこれは、可愛いお嬢さんだv
 どうだい、君?
 僕の娘にならないかな?」
 「お父様はもういるから、ダメ」
 ロードが赤い舌を出すと、紳士は大仰に嘆いて見せた。
 「ざんっねん!
 ではせめて、僕のお茶につきあってくれたまえ。
 スキン!
 僕とこのお嬢さんに、お茶を!」
 人に命じることに慣れた様子の紳士は、車掌に向けて指を鳴らすと、ロードを自分の隣に座らせる。
 ややして、嬉しそうにロリポップをなめながら、車掌がワゴンにティーセットを乗せて運んできた。
 「ありがとう、スキン。
 さて、お嬢さん・・・?」
 「僕、ロードだよぉ!」
 問いたげに首を傾げた紳士に名乗ると、彼は満足げに頷く。
 「お茶をどうぞ、ロード嬢。
 僕はシェリル。どうぞお見知りおきをv
 軽くウィンクして、シェリルはティーカップをロードに差し出した。
 「さて・・・先程の君の問いだが」
 ロードがお茶を飲む様を、楽しげに眺めながら、シェリルはこめかみに指を当てる。
 「このゲームに参加できるのは、駒だけだ。
 つまり、駒ではない、ただの動物である彼らは、ゲームに参加する資格はない」
 「ふぅん」
 ポリポリとクッキーをかじりつつ、ロードはいたずらっぽい目で乗客達を見回した。
 「ここで列車ごと潰しちゃえば、ゲームに勝てるかと思ったのにぃv
 びくっと怯えた客達の様子に、ロードは笑みを深める。
 と、
 「ふふv
 とんだいたずらっ子だねェ、ロード嬢v
 そこがまた可愛いヨv
 ロードの頭を優しく撫でながら、シェリルが囁いた。
 「でもねぇ、そう言うことは、胸の中にしまっておいで。
 何もかも言ってしまっては、用心されてしまうからねv
 「うん・・・v
 こっそりと笑って、ロードがまた茶菓子に手を伸ばそうとした時、列車が甲高いきしり音をあげる。
 「なっ・・・なに?」
 さすがにびっくりしたロードに、長い髪を掴まれたシェリルが苦笑した。
 「君は4升目に行きたいんだろう?
 だったら、3升目は丸々飛び越えなきゃいけない。
 だから車掌が張り切って、列車を飛ばしたのさ」
 「へぇ・・・!
 列車って、飛ぶんだぁ!」
 窓の向こうで消し飛んでいく景色に、目を丸くするロードを、シェリルが愛情深く見つめる。
 「もちろん飛ぶとも。
 終点はアンドロメダ星雲さ!」
 「・・・・・・これ、銀河鉄道だったの?」
 冗談がウケなかったことに甚だ落胆した様子のシェリルを、ロードは冷たく見つめた。


 4升目に着いたロードは、心底名残惜しそうに嘆くシェリルにあっさりと手を振り、列車を降りた。
 「4升目は・・・なんてったっけ?」
 黒の女王が言っていたことを思い出しつつ、ロードはてくてくと野原を歩く。
 「そうそう、双子の家だ!
 でも、見える範囲に家なんてないけどぉ・・・・・・」
 きょろきょろと辺りを見回しながら、ロードがなおも歩いていくと、なだらかな丘を越えた向こうに森が見えた。
 「なーんか、いかにもな森だねぇv
 その森は、ロードが今までに見たこともないほどに深く暗い森だったが、彼女は一瞬のためらいもなく向かっていく。
 と、その入り口に、『名前のない森』と、木の看板が立っていた。
 「これって、この森に名前がないってこと?
 別に、僕はここに住んじゃいないから、かまやしないけど」
 地図にない森、なんて書いてあった方が面白かった、などと言いつつ、ロードはずんずんと森の奥へと進んでいく。
 「ふふv 涼しーぃv
 走ったり歩いたり、今日だけで随分と動き回ったロードは、木陰の中で汗が引いて行くのが気持ちよく、更に森の奥へと入って行った。
 「やっぱり、〜の中に入ると涼し・・・あれ?」
 自分の呟いた言葉に違和感を感じて、ロードは首を傾げる。
 「何の中に入ると?
 えっと・・・ここ、なんだっけ?」
 足を止め、黒々とした頭上を見上げるが、場所を示す名はもとより、自分の頭上を覆っているものの名前すら思い出せなかった。
 「なんで?
 ど忘れにしちゃ、重症じゃない、僕?」
 眉根を寄せ、しばらく首を傾げていたロードは、ふと思い至って手を打つ。
 「あぁ!
 もしかして、『名前のない』ってのは、ここに名前がないんじゃなくて、名前を忘れちゃうんだってことぉ?!」
 誰も答えてくれるものなどなかったが、ロードは一人納得して、大きく頷いた。
 「へぇぇっ!
 面白くもなんともない、って思ってたけどぉ、けっこ面白いじゃーんv
 はしゃいだ声をあげて、ロードはまた歩を進める。
 「じゃあ当然、僕の名前も忘れてるよねぇ!
 なんだっけ、僕の名前!
 名前じゃないのは思い出せるよ!
 夢の羊!
 そう、僕は夢の羊!
 へへっv 可愛い名前・・・っ!」
 はっとして、ロードは口を押さえた。
 「僕は?」
 足を止めて、じっと考え込むが、つい先程口走ったはずの『名前』がもう、出てこない。
 「すっ・・・ごぉい!!」
 あっという間に名前を奪われて、ロードは歓声をあげた。
 「すごい能力!おもしろいーvv
 これを試してやったら、あのか弱い生き物達はどんなに慌てることだろうと、ロードは軽やかな笑声をあげる。
 「ふふv
 ここを出たら、試してみようっとv
 楽しげにスキップしながら森を進んでいくと、それが途切れて、また野原に出た。
 途端、今まで忘れていた名前が、次々に思い出される。
 「楽し・・・!
 ふふv これ、あの神の使徒達にやってあげたら、どんな顔するんだろぉv
 戸惑い、泣き喚く様を想像して、ロードはクスクスと笑声をあげた。
 「でもまずは、僕が遊んでからだよぉv
 さぁて!
 次はどっちに行けばいいのかな!」
 きょろきょろと辺りを見回すと、野原の向こう側に、また森が続いている。
 そしてその入り口には、二つの道しるべが立っていた。
 駆け寄ると、なぜか道しるべは二つとも、同じ方向を指している。
 『ジャスデロのおうち方面 →』
 『デビットのおうち方面 →』
 「つまりぃ?」
 ロードは顎に指を当て、首を傾げた。
 「これって、二人とも同じ場所に住んでるってことぉ?」
 だったら一緒に書けばいいのに、と呟き、ロードは道しるべに従って、ぶらぶらと歩いていく。
 そうするうちに、行き止まりかと思うほど急な曲がり角に行き当たり、それを曲がった途端――――
 「止まんな、ちび!」
 「止まれ!ヒッ!!」
 いきなり銃を向けられて、ロードは目を丸くした。
 だがそれも一瞬、ロードはにこりと笑い、二人に歩み寄る。
 「ねーぇ!
 お前達がジャスデロとデビットなのぉ?」
 銃が見えないのか、平然と歩み寄ってくるロードに、二人は同時に銃を突きつけた。
 「止まれっつってんのが聞こえねぇの?」
 「止まれ!ヒッ!止まれェェェ!!」
 「いいけどぉ、後悔しないぃ?」
 ロードが笑みを深め、その大きな目が、猫のように細くなる。
 途端、二人は今まで感じたことがないほどの悪寒に襲われ、慌てて銃を持つ手を引き寄せた。
 「なっ・・・何しやがった、テメェ!!」
 「こ・・・怖っ!怖っ!!ヒィィィィィィ!!」
 「べっつにぃ?
 君達が気弱なだけじゃないぃ?」
 クスクスと軽やかな笑声をあげて、ロードが更に歩み寄ると、二人はその分だけ退く。
 「きゃはははは!
 そんなにこわがんなくていいじゃないーv
 ねぇ、お前達。
 どっちがデビットで、どっちがジャスデロなの?」
 ロードが問うと、二人は渋い顔を見合わせ、黒の短髪がデビット、金の長髪がジャスデロと名乗った。
 「ふぅん。お前達、そっくりだけど双子なのぉ?」
 ロードが更に問うと、二人は無言で頷く。
 「きゃははははは!
 なんだよ、怯えちゃってぇv
 僕はただ、この森から出るのにどの道がいちばんいいか、聞きたいだけなのにさぁ♪」
 「出る・・・?」
 デビットが疑わしそうに呟くと、ジャスデロが意外そうに声をあげた。
 「この森を?!ヒッ?!」
 二人はまん丸に見開いた目を見合わせ、揃って大声を発する。
 「この森を出るってぇ?!」
 「?
 そぉだよぉ?
 なんか悪いー?」
 ロードが不思議そうに首を傾げれば、二人はいかにも彼女が世間知らずだとでも言いたげに肩をすくめた。
 「お前、白のポーンだろ?」
 「ポーン!頭丸い!ヒッ!」
 デビットの呆れ口調と、ジャスデロのからかい口調に、ロードがむっと唇を尖らせる。
 「そぉだよぉ?なにかいけないー?」
 双子はにんまりと笑った顔を見合わせると、揃ってロードを指差した。
 「だったら白の女王が動くまで、この森から出られやしねーよ!」
 「出られなーぃ!お前出られない!ヒヒヒッ!!」
 あからさまな嘲笑に、ロードがきつく眉根を寄せる。
 「なんで・・・」
 「それは!」
 「見ればわかる!ヒッ!」
 質問を発しようとしたロードの手をそれぞれに取り、双子は走り出した。
 ものすごい速さに、しかし、難なくついてくるロードに内心、双子は舌打ちして、彼女を驚かせるように急停止する。
 だがそれでも、小さなロードを驚かせるには至らなかった。
 「・・・ホラ、見ろよ」
 「見ろっ!ヒッ!」
 つまらなそうに言って、木陰を指したデビットと並び、ジャスデロも木陰を示す。
 「なんだよ・・・あ!」
 二人の間から木陰を見遣ったロードは、木の幹に背を預けて眠る黒の王の姿に、初めて驚きの声をあげて駆け寄った。
 「僕だ!」
 「ふふん♪」
 ロードがようやく驚いたことに気をよくした双子は、得意げに鼻を鳴らす。
 「どーだ、そっくりだろう?!」
 「黒の王様!黒い黒い!!」
 「白の女王は、こいつを狙ってくるのさ!」
 「チェックチェーック!ヒヒヒッ!!」
 双子の喚声を聞き流したロードは、王錫を抱いた黒の王が、ふかふかの草の上で豪華なマントに包まり、ゆらゆらと王冠を揺らしながら、気持良さそうに寝ている様をまじまじと見つめた。
 「すごい!鏡を見てるみたい!
 ・・・・・・・・・鏡?」
 その言葉に、ある情景がロードの脳裏に浮かぶ。
 「鏡・・・。
 四つ子のルルとベルに、双子の僕・・・・・・!」
 目を見開いて、ロードは眠る王に膝を詰めた。
 「これは、鏡の向こうの僕だ!」
 楽しげに言ったロードの膝下から、黒々とした影が伸び、跪いた彼女と眠る黒の王を囲む。
 「ヒッ?!ヒィィィィィ?!」
 「なっ・・・なんだお前!!」
 悲鳴をあげるジャスデロと抱き合って、デビットがなんとか気丈な声をあげた。
 「なにってぇ?
 僕は夢の羊だよぉv
 ゆらりと振り返ったロードの唇が、三日月のように歪む様に、双子の口からまた悲鳴が上がる。
 「ヒッ・・・ゆっ夢っ?!」
 「なんだそれ!!」
 「ふふ・・・v
 僕、わかったんだぁ」
 何が、と言う言葉を喉に詰めたまま、吐き出せないでいる双子に不吉な笑みを向け、ロードはクスクスと笑声をあげた。
 「この世界の正体・・・。
 ここは、黒の王になった僕が見ている夢だ!」
 だから、と、ロードはゆらりと立ち上がる。
 「黒の王を起こさないでおいで、二人とも。
 もし、この王が起きることになったら・・・・・・」
 言葉を切ったロードに、双子はごくりと喉を鳴らした。
 「なっ・・・なんだよ・・・!」
 「どうなるっ?!ヒィッ?!どうなるっ?!」
 続きを言おうとしないロードに痺れを切らして急かすと、彼女はまた、楽しげに笑う。
 「パァンッ!」
 ロードが大声と共に手を叩き、双子は抱き合ったまま、高く高く飛び跳ねた。
 「消えてなくなるよ!
 この世界の何もかも!
 僕も、お前達も、この世界の全てがね!」
 唖然と目と口を丸くする双子の顔が、いかにも面白いとでも言うように、ロードは大声で笑い出す。
 と、双子は慌ててロードに駆け寄り、必死に彼女の口を塞いだ。
 「そ・・・それが本当なら!」
 「起こすなっ!ヒィィィィィッ!!」
 ぶるぶると震えながら、双子は一斉にロードを抱えて黒の王から引き離す。
 「ふん。弱虫ぃ」
 王から遠く離れた場所で、ようやく下ろされたロードは、息を切らす双子に舌を出した。
 「そっ・・・そんなこと言って・・・・・・!!」
 「ホントに消えたらどうすんだ!ヒィィィィッ!!」
 「だから、消えるってばぁ」
 にんまりと笑い、ロードはくるくると楽しげに回る。
 「この世界は夢なんだ。
 夢が覚めれば世界は消える。
 ふふv お気の毒だね、お前達v
 でも、と、ロードは回転を止めて、にんまりと口元を歪めた。
 「僕は消えても平気なんだ。
 だって僕は、夢の羊だもの。
 何度でも消えて、何度でも現れて、どんな所にでも行ける。
 そう・・・チェシャ猫みたいにv
 クスクスと楽しげに笑うロードに、忌々しげな視線を向けたまま、デビットが手にした銃をジャスデロに突きつけた。
 「お前がこいつを脅かそうって言うからだ!」
 「デビットこそ!!」
 ジャスデロが、地団太を踏みつつ甲高い声をあげる。
 「驚くとこ見たいって言った!ヒッ!!」
 ジャスデロもデビットに銃口を突きつけ、双子は互いに睨み合った。
 「なんだよ、やんのか!!
 「殺るッ!殺るゥゥゥゥ!!!!」
 「あはははv
 やれやれー!」
 双子の傍らで、無責任な声援を送るロードの目の端を、その時、白いものがよぎる。
 「あれ・・・?」
 喚き合い、撃ち合う双子から目を離して、なんだろうと視線を巡らせると、それは風に舞う白いショールだった。
 「よいしょ!」
 こちらに向かって飛んできたそれを、ロードは猫のように跳ねて、上手に掴み取る。
 「ふかふかだぁ・・・v
 それにこの縫い取り・・・・・・」
 見覚えのある紋章に、ロードは口の端を曲げた。
 それは、彼女がこの世界に来て最初に見たチェス駒の、白い王と女王が掲げていた旗の紋章に間違いない。

 「動き出したんだね、白の女王が!
 だったら・・・」
 ショールを羽織り、ロードは笑みを深めた。
 「次は僕が動く番だ!」
 はしゃいだ声をあげてロードが駆け出すと、向こうからものすごい速さで駆けて来る者がいる。
 「あれが・・・!」
 走りながら、ロードは歓声をあげた。
 「白の女王、みーっけ!!」
 いきなり飛びつかれた白の女王は、避けることもできず、短い悲鳴をあげてロードの下敷きになる。
 「なっ・・・?!」
 呆然とする彼女に馬乗りになったロードは、いかにも親切そうに、女王の手を取って起こしてやった。
 「ホラ、僕が拾ってあげたんだよぉv
 にこりと笑い、その肩にショールをかけてやる。
 思わず白いショールを胸元にかき合せた白の女王は、しかし、まだ目を丸くしたまま、呆然としていた。
 「あーぁ。
 せっかくカワイイのに、あんなに走るから髪ボサボサじゃんかぁ!
 ねーぇ、じっとしててぇ?」
 困惑する女王を草の上に座らせたまま、ロードは彼女の背後に回る。
 「わぁv
 きれいな髪だねェ、女王様v
 細く長い金髪を、丁寧に梳いてやると、ロードはお気に入りの人形にするように、束ねてリボンを結んでやった。
 「あの・・・・・・・・・・・・」
 ようやく自失から立ち直ったらしい女王が、困惑げに視線をさまよわせる。
 黒の女王と同じく、感情が希薄なのかと思いきや、彼女が胸元に寄せた白い手で、ショールの端を神経質に弄う様に、ロードはにこりと笑った。
 「そんなに怯えないでぇv
 僕、君のポーンなんだからぁ」
 「ポーン・・・白の・・・・・・」
 ようやく、ほっと吐息した女王に、ロードは大きく頷く。
 「そv
 だから、安心してぇv
 僕は、君を取っちゃったりしないからさぁv
 こくりと、無言で頷いた女王は、力の抜けた肩にショールを掛け直した。
 「お前・・・黒の王に見えたから・・・・・・」
 ロードから目を逸らし、言い訳するように言う女王に、ロードは甲高い笑声をあげる。
 「間違えるのも無理ないよぉ!
 だって、ホントにそっくりだもんねェ」
 けらけらと笑いながら、ロードはショールを握り締める女王の手を取った。
 「でも、今の僕はポーン!
 いずれ女王になるつもりだけどね!」
 まっすぐに白の女王の王冠を示した少女に、女王ははっと顔を強張らせる。
 「?
 どぉかしたぁ?」
 ロードが首を傾げると、女王は千切れんばかりに首を振った。
 「女王に・・・お前が女王になれば・・・そうすれば・・・黒の王は取られる・・・」
 真っ青になって声を震わせる女王に対し、ロードは屈託ない笑みを浮かべる。
 「うんっ!がんばるよぉv
 ロードはまた大きく頷くと、猫のように輝く目で女王を眺めた。
 「黒の女王はキレイだったけど、お前はカワイイね、白の女王。
 僕、お前の方が好みかなぁv
 「なにが・・・?」
 戸惑いがちに視線を泳がせる女王が、身を引いた途端にはだけたショールを取り上げ、ロードは改めてショールを着せ掛けてやる。
 「お人形みたいだってことだよ!」
 着せ掛けたショールを、紋章のブローチで留めてやりながら、ロードは人形のような彼女の姿を満足げに眺めた。
 ロードの言葉や、視線にさえも怯えて、おどおどする女王に、ロードはにんまりと笑って抱きつく。
 「・・・っ!」
 びくっと、震え上がった彼女の、早鐘を打つ鼓動に耳を澄ませ、ロードは楽しげに笑った。
 「そうそう、これこれぇv
 僕に捕まった人形が、不安でいっぱいになっている時の音だよぉv
 大好き、と、舌なめずりする猫のようなロードから、女王は短い悲鳴をあげて身を離す。
 「あん!待ってよぉ!」
 彼女を突き放すや、身を翻して走り出した女王を、ロードは追いかけた。
 「・・・っ!!」
 腰に抱きついてきたロードに再び押し倒された女王は最早、悲鳴もあげられず、紙のように白い顔で彼女を見あげる。
 「もぉー!
 逃げなくったっていいじゃんv
 「だって・・・・・・」
 この盤上を誰よりも早く駆ける女王を捕まえたロードに、彼女はあえぐように呟いた。
 「おま・・・えは・・・女王になる・・・。
 そして酷いこと・・・とても酷いことを・・・・・・」
 「酷いこと?」
 きょとん、と、目を丸くしたロードから目を逸らし、女王は目の前に広がる世界とは別の場所を見つめる。
 「近い未来・・・私には見える・・・。
 逆回しに生きている私だけが見える・・・。
 おま・・・えは・・・せかい・・・をこわし・・・て・・・・・・」
 遠くを見つめる女王の口調が、幼児のようにたどたどしくなった。
 「せかいをこわして・・・さっていく・・・。
 くろのおう・・・おこして・・・・・・せかいこわれる・・・。
 はじける・・・せかいが・・・くわれて・・・・・・。
 おまえ・・・じゃばうぉっく・・・・・・じゃばうぉっく・・・ジャバウォック!!」
 突然、甲高い悲鳴をあげた女王に、ロードも思わず耳を塞ぐ。
 「ジャ・・・ジャバ・・・?」
 なに、と、聞き慣れない言葉を繰り返すロードの手を、女王は必死に振りほどいた。
 「ジャバウォック!!化け物!!ジャバウォック!!
 わ・・・私を・・・私たちを食べる化け物!!ジャバウォック!!
 私のポーンだって・・・お前が壊したんだ!!お前が!!お前!!」
 錯乱し、絶叫する女王に、ロードは軽く肩をすくめる。
 錯乱してはいるが、彼女の言うことはまったくもって正しいために、ロードは反論もせず、ただにこりと笑った。
 「すごいねぇ、お前。未来が見えるんだ?」
 でも、と、ロードは怯える女王に詰め寄る。
 「それって、ちょっとつまんなそう。
 だって、この先で何が起こるかわかってるから、お前はそんなに怯えるんだろう?」
 びくびくと退きながら、女王は震える手で取り出したリボンを、包帯のように自分の首へ巻きつけた。
 「じゃあ、これから僕がやろうと思ってることなんて、お見通しなんだ?」
 ロードが一足にあいた距離を詰めると、女王の喉から凄まじい悲鳴がほとばしる。
 「そうそう、お前のポーンを壊したのはね・・・僕v
 ロードは、自分よりはるかに背の高い女王の首に飛びつくと、必死に顔を背ける彼女の首筋に歯を立てた。
 「・・・・・・っ!!」
 リボンの下に血を滲ませながら、もう声もない女王の頬に、ロードは軽くキスする。
 「世界を壊す化け物かぁ・・・。
 ジャバウォック・・・ふふv カッコイイねv
 とん、と、地面に降り立ったロードは、楽しげに笑った。
 「いいことを教えてくれたから、お前の首をもぐのはやめてあげるv
 まさに白の女王と言うべく、血の気が失せて真っ白になった顔を俯けた彼女の、焦点の合わない目を覗き込み、ロードは白いショールを握る。
 「ねぇ?
 助かったんだから、ちょっとは喜んだらぁ?」
 つんつんとショールを引くと、女王は俯いたまま、微かに首を振った。
 「やりかた・・・わから・・・ない・・・・・・」
 「なぁに?『喜ぶ方法』を忘れちゃったのぉ?」
 ロードは呆れ声をあげて、肩をすくめる。
 「ホントに・・・つまんない奴だね、お前は。
 そんなにつまんないなら・・・早く僕に、王冠を渡しなよ!」
 ロードがショールを強く引き、女王のブローチが弾け飛んだ。
 「・・・っ!!」
 だがそれも、見えていたことだったのだろう。
 女王は剥ぎ取られたショールを取り返そうともせず、ロードに背を向けて駆け出した。
 「あ!待てってばぁー!」
 白の女王の紋章がついたショールを纏い、ロードは女王を追いかけて行く。
 と、突然目の前に大きな池が現れ、女王の姿が消えたかと思うと、代わりに白い猫が水辺を駆けていた。
 「きゃはははははv
 姿を変えたって無駄だよぉv
 ロードは足を早め、猫の背に飛びつく。
 「つーかまーえたっ!」
 「にゃああああああああああああ?!」
 猫になった途端、大きな悲鳴をあげた白の女王に、ロードの方がびっくりした。
 「なに?!どーしたの・・・あ!」
 ロードに背後から押し倒されて、水辺の砂利の上に這った白猫が、目をまん丸にして振り返る。
 「違う猫だ!!」
 黒いスーツを着た、銀色の瞳の猫に目を輝かせ、ロードはその背に頬をすり寄せた。
 「お前知ってる!
 チェシャ猫でしょぉ?!」
 押し倒された猫は、必死にロードの下から這い出ると、しりもちをついたまま無言で頷く。
 「ふふv
 僕はロードv
 この世界では・・・・・・」
 ジャバウォック、と言う名を出そうとした寸前、ロードは口をつぐんで笑みを浮かべた。
 「・・・・・・なに?」
 呆然と問うた猫には『なんでもない』と首を振り、ロードは砂利の上に座り込んだままの彼に抱きつく。
 「ふふv
 やっと会えたね、チェシャ猫v
 僕と同じで、好きな場所に行けるんだろう、お前?」
 「同じって・・・君も、好きな場所に行けるの?」
 チェシャ猫の意外そうな顔を見上げ、ロードは大きく頷いた。
 「もちろんv
 簡単だよぉ、そんなことv でしょぉ?」
 小首を傾げると、チェシャ猫は納得しがたい表情ながらも頷く。
 「ふふv
 ねぇ、おまえ、名前はぁ?」
 「・・・・・・・・・チェシャ猫」
 何をいきなり聞くのだと、訝しげな彼に、ロードは首を振った。
 「それは種族の名前だろぉ?
 僕が聞いているのはナ・マ・エ!
 お前の主人は、お前をなんて呼ぶのさ?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・アレン」
 長い間の後、ぽつりと言った彼に満足げに頷き、ロードは彼の胸に頬をすり寄せる。
 「そっかぁ、アレンv
 僕もそう呼んであげるよぉv
 「あの・・・放して・・・・・・!」
 ぐぃーっ!と、彼女を押しのけようとするアレンに抵抗しつつ、ロードは頬を膨らませた。
 「どぉしてぇ?!」
 更に密着し、顔を近づけようとするロードの下で、アレンが必死にもがく。
 「僕・・・行かなきゃ・・・」
 だがロードは、この小さな身体のどこにそんな力があるのだろうと思う強引さでアレンにしがみつき、とうとう頬に頬をすり寄せた。
 「どこにぃ?」
 「たまご奪いに・・・っじゃなくて!!
 えっと・・・えと・・・・・・そう!ハートの女王の宮殿!」
 荒く息をつきつつアレンが答えると、ロードはにっこりと笑う。
 「僕も行く!」
 「だっ・・・ダメ!!」
 途端にアレンが暴れ出して、ようやくロードの腕から逃げ出した。
 「なんでぇ!」
 「だって・・・」
 不満げな声を向けるロードから、じりじりと後退しつつ、アレンは逃げる隙を窺う。
 「今・・・あそこはすごく混乱してるから・・・」
 「だったら余計だよ!
 ホラ!早くいこぉ!」
 「で・・・でもでも・・・っ!!」
 必死に言い訳を探すアレンは、ロードが纏うショールの紋章に目を輝かせた。
 「君は今、ゲーム中でしょう?!
 もうすぐ女王になるポーンが、消えちゃったらダメだよ!」
 「・・・・・・」
 アレンの言葉に、ロードは思わず黙り込む。
 ここで女王になるか、ゲームを放り出して別の世界に行くか・・・悩んだ一瞬、力の緩んだ隙を突いて、アレンが逃げ出した。
 「あ!!」
 手を伸ばした時にはもう、彼の姿は消えている。
 「・・・ちぇーっ!」
 大きく頬を膨らませて、立ち上がったロードは砂利を蹴りつけた。
 しかしすぐに、その口元に笑みが浮かぶ。
 「じゃあ僕が、この世界をぱっくり食べちゃったら・・・」
 ロードの口が、三日月の形に歪んだ。
 「次はそっちの世界を壊しに行くよ・・・アァレェン〜v


 チェシャ猫に逃げられたロードが、てくてくと水辺を歩いていくと、やがて、桟橋のある小さな家が見えてきた。
 更に近づくと、ドアには『雑貨屋』と、きれいなプレートがかけてある。
 興味を惹かれて入ってみると、真っ暗な室内は、床に置かれたジャック・オ・ランタンの明かりでほのかに照らされていた。
 「アラv いらっしゃイv
 部屋の中央で安楽椅子に座り、編み物をする紳士が、ふくよかな頬ににっこりと笑みを浮かべてロードを迎える。
 「白のポーンですネv
 もうスぐ女王になルv
 紳士は大きく頷くと、丸い眼鏡越しに和んだ視線を向けた。
 「ササv
 ナニを差し上げマしょうカ、女王様?」
 大きな手で、何本もの編み棒を操りながら、紳士が問う。
 「そぉだなぁ・・・なにか、おすすめはぁ?」
 ロードが首を傾げると、紳士は編み棒を動かす手を止め、小首を傾げた。
 「アナタが女王になルためにハ、マズ、こノ池を渡るボートが必要ですネv
 「うん。次の升が、この池の向こうならね」
 「向こうでスとモv
 そしテ・・・」
 紳士はにっこり笑うと、複雑に交差した編み棒の中から2本を抜き出し、ロードに差し出す。
 「オールも必要デしょうネv
 「オール?」
 編み棒を受け取ったロードが、不思議そうに首を傾げた瞬間、手の中の編み棒はオールに変わり、部屋はボートになって、紳士を向かいに乗せたまま、すいすいと流れに乗った。
 「サv
 ガンバって漕いデv
 複雑に絡んだ編み棒を器用に動かしながら、紳士が言う。
 「途中までハ流れニ沿っテ。
 その後ハ、流れニ逆らっテ」
 水の流れを眺めながら、手だけは別の生き物のように動かし、どんどん毛糸を編んでいく紳士に感心して、ロードは素直にボートを漕いだ。
 「ねーぇ、どこを目指せばいいのぉ?」
 水の流れに沿っているために、快適に進んでいくボートを漕ぎつつロードが問うと、紳士は編み棒の一本でロードの背後を示す。
 「向こウ岸ニ、さっきト同じ家がアリまスv
 その桟橋ニ着けルとイイでしょv
 「うん・・・」
 編物に精を出すばかりで、ちっとも手伝ってくれる気配のない彼に吐息し、ロードは背後に向けて漕ぎ出した。
 珍しくも素直な彼女に、紳士はにっこりと笑って、満足げに頷く。
 「カニを捕まエないヨウに気をつけテv
 「カニ?
 そんなのがいるの?」
 ロードがオールを漕ぐ手を止め、わくわくと水の中を覗き込むと、紳士は編物を続けながら首を振った。
 「マァ、本物のカニもいルでしょうけどネv
 我輩ガ言ったのハ、オールのコトですヨv
 「オール?」
 きょとん、とするロードに、紳士はまた頷く。
 「お嬢さんハ、ボートは漕げてモ、ボート用語ニは詳しクないノですネv
 ボートを漕ぐ人達ノ間デ、『カニを捕まえル』と言うのは、水にオールを取られテ、持ち手ヲ胸ニぶつけてしマウことでスv
 「へぇー・・・!」
 感心するロードの前で、紳士は編み棒を一本抜き取った。
 「お嬢さんくらイ小さナ子ガ、あんまりオールを深く入れルと、そうなルことが多イ。
 できるダケ水の表面を、撫でるようニ漕ぐノでスv
 そう言って紳士は、水面を軽く漕ぐ振りをする。
 「うん、やってみるぅv
 楽しそうに笑って、ロードは言われた通り、水面に近いところにオールを差し込んだ。
 最初は中々うまくいかなかったが、慣れてくると、すいすいと水の上を滑っていく。
 「すごーい!
 楽しいーvv
 「アラv よかっタv
 ご機嫌で漕いでいくロードに、紳士は嬉しそうに笑った。
 「さァさ、モウすぐ桟橋ですヨv
 編み棒で彼女の背後を示す彼に頷き、ロードは肩越しに桟橋を見ながらボートを漕ぎ寄せる。
 「とうちゃーく!」
 桟橋の杭にロープを引っ掛けるや、ロードはぴょんっと、猫のような機敏さで桟橋に飛び乗った。
 「一人であがれるぅ・・・あれ?」
 くるりと振り返った途端、ボートの上から紳士の姿がなくなっていることに気づいて、慌てて水面を覗き込む。
 もしや池に落ちてしまったのかと、目を凝らしていると、
 「一人デあがレますとモv
 突然、背後から声が掛かり、ロードは飛び上がった。
 「び・・・びっくりしたぁ・・・!」
 目を丸くしたロードに、紳士はくすくすと笑う。
 「驚かせテ申し訳ありまセンでしタねv
 そうは言いつつも、ちっとも悪びれない風の紳士に、ロードが頬を膨らませた。
 「アラ、大変っ!
 お嬢さんヲ怒らせテしまいましタかv
 まだクスクスと笑いながら、紳士は手を差し伸べる。
 「失礼v
 サv 中へドウゾv
 ロードは差し伸べられた手を取り、紳士と並んで家の中へ入った。
 そこは先程の雑貨屋と全く同じ・・・。
 ジャック・オ・ランタンの明かりすらも、同じリズムで瞬いていた。
 「さァv 卵でモいかガ?」
 紳士がその、大きな手で摘み上げた卵に手を伸ばしたロードの目の前で、それはひょい、と取り上げられる。
 「なぁにぃ?
 くれるの?くれないの?」
 また頬を膨らませたロードに、紳士はクスクスと笑った。
 「我輩ハ商品を手渡さなイのデスヨv それガこノ店ノ決まりデスv
 そう言って、彼が棚の上に卵を置くのを見ながら、ロードは小首を傾げる。
 「じゃあいらないや」
 「マァv そう、おっしゃらズv
 紳士はロードの背中に大きな手を添えると、軽く押した。
 「あノ卵を追いかけナさイv
 そうすれバきっと、ステキな出会イがあるデショv
 「追いかける?」
 目の前にあるのに、と、いぶかしみながら、ロードは棚の上の卵に手を伸ばす。
 だが、それはさっき紳士にやられたように、ロードの指先をすり抜けて、向こうへと退いて行った。
 「もうっ!」
 イライラしながらロードは卵を追いかけるが、手を伸ばす度に卵は指先からすり抜けてしまう。
 「どこまで行くんだよ!!」
 店の奥へ奥へと逃げていく卵を追いかけているうち、いつの間にか、ロードは深い森に包まれていた。
 「いい加減にしないと、割っちゃうよ!」
 ヒステリックに叫んだ瞬間。
 「ダメ」
 不意に、ロードの真横で声がした。
 「ダメ。卵壊しちゃ」
 「ダメ」
 ざわざわと木がざわめくように、ロードの前後左右から低く、あるいは甲高い声がいくつもいくつも響いてくる。
 「・・・誰?」
 恐怖心はまるでなく、ただ、不快げな声をあげる少女に、声はやや、驚いたように静まった。
 だがそれも一瞬、さくさくと下草を踏んで卵を追うロードの周りで、再び声が沸いく。
 「卵」
 「卵、大事」
 「我らが守る」
 「卵」
 「あぁもう!うるさい!!」
 声を振り切るように、ロードが手を一閃させると、今度は怯えたように声が止んだ。
 「あんなの、握りつぶしてやるよ!
 だって僕はジャバ・・・」
 言いかけたロードは、彼女の目の前にあった卵が、今や彼女の身長よりも大きくなっている様に目を丸くする。
 「なに、コレ・・・?」
 「卵・・・」
 「卵」
 「大事な・・・」
 「卵」
 声の主達が、濃い緑陰の中からざわめきつつ現れた。
 頭こそ、やや丸みを帯びた骸骨だが、その体型はむしろふっくらとして、わらわらと卵に寄り集まっては大勢でそれを抱えあげる。
 「ふぅん・・・。
 いったいなんの卵なの?」
 ロードの問いには、息を潜めるような沈黙が返った。
 「もしかして・・・新しい夢の王の卵?」
 自分よりも重く扱われる卵に対し、ロードが不満げに鼻を鳴らすと、骸骨達はびくりと震え、ぐらぐらと揺れた卵を慌てて抱えなおす。
 「ち・・・」
 「違う・・・」
 「夢の王・・・」
 「違う・・・」
 カチカチと歯を鳴らしつつ、必死に首を振る骸骨達に、ロードは楽しげに微笑んだ。
 「そっかぁ・・・!
 それが、この夢の続きを見る王の卵なんだね」
 軽やかな足取りで歩み寄ったロードの前に、骸骨達が立ち塞がる。
 「どきなよ」
 「ダメ・・・」
 「ダメ・・・!」
 「卵、大事・・・!」
 「ゲームが始まった今・・・」
 「黒の王が・・・」
 「チェック・メイトされた時のための・・・」
 「夢の王・・・」
 「この世界を夢見る王・・・」
 「この世界を続けるために必要な・・・」
 「ハンプティ・ダンプティ様のご命令・・・」
 「守化縷たちは・・・」
 「卵を守る・・・!」
 「ハンプティ・ダンプティ?」
 その名前に、ロードはきょとん、と目を見開いた。
 「そうだ!
 彼はどこにいるの?!」
 黒の女王が言っていた、池の升を越えれば、ハンプティ・ダンプティに会えると。
 しかし、ロードの目の前にあるのは、巨大だがただの卵で、顔もなければしゃべりもしなかった。
 「教えてくれたら、卵は壊さないであげるよぉ?」
 ロードがにっこりと笑うと、守化縷達は困惑げに顔を見合わせ、やがて、渋々と口を開く。
 「もう・・・会ってる」
 「水の上の主」
 「雑貨屋の紳士」
 「ハンプティ・ダンプティ様」
 「・・・・・・・・・」
 守化縷達の言葉に、ロードは不満げに頬を膨らませ、黙り込んだ。
 苛立たしげな歩調で正面に立つ守化縷の前に歩み寄ると、そのむこうずねを思いっきり蹴りつける。
 「ぎゃっ!!」
 「つまんない」
 憮然と呟いた彼女の頭上で、支えの一つを失った卵がぐらぐらと揺れた。
 「それならそれで、早く言ってくれればいいのに!」
 「痛っ!!」
 もう一人のむこうずねも蹴りつけて沈めると、卵は更に揺れる。
 「やめっ・・・!!」
 「危ない!!」
 「やめて!!」
 卵を持ち上げる守化縷達は、口々に悲鳴をあげるが、容赦なく蹴りつけてくるロードの攻撃に、次々と足を抱えてうずくまった。
 「僕はジャバウォック!
 この世界を食べちゃう化け物だよ!」
 あっという間にほとんどの支えを失い、今にも地に落ちそうな卵に、ロードはにっこりと笑う。
 「黒の王が目覚めても、新しい王が夢を見続ければこの世界は続く・・・だったら僕が、卵ごとお前を壊してあげるよ!」
 甲高い声が響いた瞬間、卵は内側から弾け飛んだ。


 「きゃはははv
 ざまーみろー♪」
 卵を壊されて大慌ての守化縷達に背を向けると、ロードはまたてくてくと歩き出した。
 「さぁて。
 もうすぐ女王様になるんだっ・・・け?!」
 呟いた途端、ものすごい羽音と共に闇が迫り、ロードは目を丸くする。
 「なにっ・・・?!」
 甲高い喚声をあげながら、刃のように薄い羽根を羽ばたかせるのは、黒い蝶の群れだった。
 何千、何万という数のそれが、凄まじい速さでロードの傍らを過ぎ、金属的な声を発しながら壊れた卵へと殺到する。
 「きもちわる〜・・・」
 ロードにはかすり傷一つつけなかったものの、真っ黒な蝶が壊れた卵にたかる様は、凄まじいものがあった。
 悲鳴をあげて逃げ惑う守化縷達を笑うこともできず、ロードはまだちらほらと蝶の舞う暗い森を足早に抜ける。
 と、なだらかな丘に続く草原の向こうから、のんびりとした足取りで、白い王冠を戴いた男が歩いてきた。
 「よぉ。
 お前、新しく女王になる子か?」
 「そう言うあんたは、白の王?」
 ロードが問い返すと、彼はにんまりと笑って、手にしたタバコをくわえる。
 「そ。
 お前、あの森から出てきたろ?
 どうだった、俺の兵?」
 「兵?
 もしかして、あの蝶?」
 気味悪げに眉をひそめるロードに、白の王は愉快げに笑った。
 「卵が壊れちまったんだろ?
 ハンプティ・ダンプティとの約束でね、卵が壊れたら、ありったけの兵を出すよう言われてんの」
 ムダだけど、と、白の王はくすくすと笑う。
 「ムダなのに、兵隊を出すの?」
 ロードが不思議そうに問うと、白の王はいたずらっぽく眼を輝かせて、こくりと頷いた。
 「古い歌にもあるだろう?」
 「うん。ハンプティ・ダンプティの歌だね」
 「そ。
 王様がありったけの兵を出したって、元に戻せないって、アレさ」
 タバコで拍子をとりつつ、鼻歌を歌う白の王に、ロードも思わず笑い出す。
 「あの兵士は、元に戻そうなんてカンジじゃなかったよ?
 むしろ、卵の中身を食べちゃいそうな・・・あ!」
 目を見開いたロードの目の前で、白の王は唇に指を当てた。
 「俺の兵士は、王の卵が何より好きなんだ」
 こっそりと囁いた王は、にやりと笑う。
 「壊すな、って言われてるもんを、どっかの化けもんが壊しちまったんでね。
 証拠隠滅すんのが俺の仕事v
 「バレバレじゃん」
 クスクスと笑いながら、ロードが白の王を小突くと、彼は悪巧みをする悪童のような顔で、また頷いた。
 「黒の女王は・・・黒の王の妃だから、卵を大事にすんのも当然なんだが、なぜか白の女王までもが、異常なまでにハンプティ・ダンプティに対して好意を持っててね。
 卵が壊れる『未来』を見ちまってから、ずっとヒステリックになってたんだ。
 おまえ、早く白の女王になって、あいつを黙らせろよ」
 「いいけどぉ・・・ご褒美になにくれるぅ?」
 ロードがいたずらな猫のように目を細めると、白の王は、大きな手を彼女の頭の上に乗せる。
 「お前が『女王』になった時、白の王冠をかぶせてやるよ」
 「ふふ・・・v
 約束だよぉ?」
 頭を撫でられて、ロードは満足げに笑った。
 その時、
 「たぁ〜〜いへぇ〜〜〜んで ございますぅ〜〜〜〜」
 背中がこそばゆくなるような声をあげて、白の王の懐から、一枚のカードが飛び出す。
 「街でぇ〜〜 やつらがぁ〜 あ〜ば〜れぇ〜てぇ〜るぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜」
 ぞわぞわと首の後ろに鳥肌を立てながらロードが見あげると、薄っぺらいカードの表には格子が渡してあり、その奥にどういう仕掛けか、小さな囚人が囚われていた。
 「やつら・・・って?」
 耳を塞ぎそうになる手をなんとか下ろしてロードが問うと、指先でカードを弄んでいた白の王が、それを懐にしまいこんで草原の向こうを指す。
 「この先に街があるんだが・・・いつもそこで、暴れてる奴らがいんだよ。
 飽きもせず、俺の王冠を狙ってな」
 「王冠・・・。
 もしかして、『ライオンとユニコーン♪王冠めぐって大げんか♪』って、アレ?」
 ハンプティ・ダンプティがいる世界なのだから、王冠を狙って暴れるのは彼らだろうと思って問えば、白の王はにやりと笑って頷いた。
 「そうさ。
 いくら暴れたって、この王冠は俺のもんなのにな。
 ・・・黒の駒にでもやられねェ限り」
 そう言って彼は、くわえていたタバコを放り捨て、踏みにじる。
 「ケンカ見物にでも行くかい?」
 差し伸べられた手を取り、ロードは大きく頷いた。


 白の王とロードが、仲良く手を繋いで草原を歩いていくと、間もなく街に着いた。
 だが、肝心のライオンとユニコーンの姿は全く見えない。
 喚声を上げる群衆に囲まれ、凄まじい砂埃を上げている様が、人々の頭越し、はるか遠くに見えるだけだった。
 「ねぇ!近くに行けないのぉ?!」
 一所懸命背伸びをするロードを、白の王が笑って抱き上げ、肩に乗せる。
 「おい、どけよ」
 王が声をかけると、群集は途端に黙り込んで、慌てて道を開けた。
 「どっちが勝ってる?」
 気取らない王の気さくな声に、彼を囲む人々は一斉に口を開く。
 「相変わらずですよ!」
 「やっぱライオン強ェや!」
 「でも今日は、ユニコーンも負けてないっす!」
 「なに?!反撃成功か?!」
 思わず足を止めた王に、彼は大きく頷いた。
 「1回だけだけど、ライオンがぶん殴られたっすよ!」
 「マジかよ?!」
 途端、悠然と歩いていた王の足が速まる。
 「ちくしょう、見たかったぜ!
 あの赤毛がぶん殴られるところ!」
 だが、ロードを肩に乗せた王が群衆の中心に至った頃には既に、ユニコーンはライオンの足に踏みつけられ、白い毛並みを砂埃に汚していた。
 「よぉ。
 やっと来たか、白の王」
 不敵な笑みを浮かべたライオンは、真っ赤な髪を一振りして、手にした銃を王へと向ける。
 「馬鹿馬と遊んでやるのも飽きた。
 そろそろてめェの王冠をいただこうか」
 ライオンが笑みを深め、ユニコーンの背を踏みにじると、その足元で『ぴぃ!』と悲鳴があがった。
 その声につられて、ライオンの足元に伸びている動物を見遣ったロードは目を丸くする。
 「アレン?!
 お前、チェシャ猫じゃなかったっけ?!」
 王の肩から飛び降り、ライオンの足元から引きずり出してやったユニコーンはしかし、不思議そうな目で彼女を見返すばかりだった。
 「チェシャ猫・・・って・・・?」
 埃まみれの顔を傾げるユニコーンへ、ロードが何か言おうとした時、彼女の頭上に影が差す。 
 「おい、お嬢ちゃん。
 俺の獲物を勝手に持ち出すんじゃねぇよ」
 言うや、ライオンはユニコーンの額から生えた角をむんずと掴んで吊るし上げた。
 「ぎゃああああんっ!!」
 ユニコーンの凄まじい悲鳴に、さすがのロードも飛び上がったが、ライオンとの身長差がありすぎて、どうすることもできない。
 「放せ色情狂――――っ!!」
 呆然とする彼女の眼前で、ユニコーンは自分の角を掴むライオンの腕に縋り、必死に暴れるが、ライオンはその様を楽しげに眺めるばかりだった。
 「乙女大好きなテメェに言われる筋合いはねぇなぁ。
 ・・・ったく、乙女なら化けもんでもオトすたぁ、大したガキだぜ」
 「化けもんって、僕のことぉ?」
 ムッとしたロードが、はるか高い所にある顔を見上げると、ライオンは懐から出したタバコをくわえ、ユニコーンを片手にぶら下げたまま器用に火をつけて、悠然と紫煙を吐き出す。
 「ジャバウォックだろ、お前?」
 にやりと笑って、ライオンはロードに手を差し伸べた。
 「世界を食う化けもんだ。
 まさか、こんなに可愛い姿をしているとは思わなかったけどな」
 その手がロードの頬に触れる寸前、彼女は背後から抱き上げられ、ライオンから引き離される。
 「ウチのポーンに触んな、色情狂のライオンが!」
 忌々しげに吐き捨てた白の王を、再び彼の肩に乗ったロードが驚いて見下ろした。
 すると彼は、ライオンを睨みつけたまま、烈しくまくし立てる。
 「俺の王冠を狙うだけならともかく、幼女にまで手を出そうだなんて、なんって汚らわしいんだ、この悪魔が!
 テメェに触られたら、白の駒でも黒くなるってもんだ!
 同じ女好きでも、ユニコーンの方がまだマシだぜ!」
 「女好きって!!」
 ライオンの手を振りほどこうと暴れながら、ユニコーンが抗議の声をあげた。
 「僕は、女の子のお友達が多いだけです!!」
 「十分女好きだ、馬鹿馬」
 「馬って言うな、馬鹿獅子っ・・・きゃうんっ!」
 「なぁにぃ?!」
 ユニコーンの甲高い悲鳴に、ロードが驚いて見遣ると、ライオンはユニコーンの額にぐりぐりとタバコの火を押し付けている。
 「・・・ひでぇ」
 「テメェだってこいつを殺そうとしただろうが」
 白目をむいたユニコーンを地に放り出し、ライオンはにんまりと笑った。
 「それに比べりゃ、俺なんてまだまだ可愛がってるほうだぜ。なぁ?」
 同意を求められても、頷けるものではない。
 ロードが複雑な顔をして黙り込んでいると、いきなりライオンの顔が迫った。
 「お前を可愛がってやれば、こいつの王冠をもらうより、手っ取り早く『世界』を守ることになるのかねェ?」
 「テメこのライオンやろ・・・げぅっ!!」
 ゴキッと、すごい音がしたと思えば、白の王の首が、変な方向に曲がっている。
 「王様?!」
 「心配すんな。
 こいつの代わりなんざ、いくらでもいるだろ」
 ライオンはロードを抱き上げると、白目をむいて泡を吹く白の王を蹴飛ばして地に這わせた。
 「例えば、俺とかな?」
 白の王から無造作に取り上げた王冠を、ひょい、と頭に乗せたライオンに、ロードが頬を膨らませる。
 「紅い髪に白の王冠なんて、全然似合ってないよ!」
 「そっか?
 じゃあ、黒の王冠でも奪いにいくかね?」
 にやり、と笑う肉食獣を、ロードは鋭く睨みつけた。
 「あの王の眠りを覚ましたら・・・」
 「この世界は弾けて終わる、ってか?」
 言おうとしたことを先に言われて、ロードがますます目を吊り上げる。
 と、その眉間を、ライオンの指先がつついた。
 「だったらお前が夢を見続けな、ジャバウォック。
 ・・・いや、夢の羊。
 お前がこの世界の夢を見続ければ、この世界は続く。
 だろう?」
 耳元に寄せた唇が、蠱惑的な声で囁き、熱くなったロードの頬に、ライオンの唇が押しあてられる。
 「夢を見続けろ、ジャバウォック。
 俺の・・・お願いだv
 「・・・・・・・・・」
 真っ赤になって声もないロードに、にっこりと微笑んでから、ライオンは彼女を下ろしてやった。
 「さぁて・・・と!」
 「ぎゃふっ!!」
 「ぎゃんっ!!」
 地に転がったままの白の王とユニコーンを次々に蹴飛ばし、ライオンは再び、ユニコーンの角を持ってぶら下げる。
 「じゃー俺、帰って寝るわ。
 今度は俺の夢の中でな、子羊ちゃんv
 軽く手を振り、踵を返したライオンの大きな背中を、ロードは呆然と見送った。


 「ねーぇ、大丈夫ぅ?」
 ライオンがユニコーンをぶら下げて去り、見物の群集が散らばってもまだ、地面に転がったままの王を、ロードは懸命に揺すった。
 「生きてるぅ?」
 何度も声をかけると、ようやくうっすらと、彼の目が開く。
 「・・・・・・あのライオン野郎!俺の王冠・・・!!」
 悔しげな声を搾り出す王に、ロードは眉根を寄せた。
 「うん、持ってっちゃった・・・」
 ロードが、王冠を失った王の半身を抱き上げてやると、彼は力なく垂れた手にこぶしを握り、地面を叩きつける。
 「また、質屋か飲み屋に売りつけんだよ、あのヤロウ!!」
 「盗られたの、これが初めてじゃないのぉ?!」
 ロードが大声をあげて立ち上がった拍子に、また地面に転がされた白の王は、切ない声をあげた。
 「もう・・・何度目だろうなぁ・・・?
 ユニコーンにも巻き上げられたことあるけど、ライオンはそのユニコーンですら、薬屋に売っぱらっちまうからなぁ・・・」
 「売っぱらうって、なんで?」
 ロードが首を傾げると、ようやく起き上がった王は、地面に座り込んで、ボサボサになった頭を掻く。
 「ユニコーンの角は薬になるんだよ。
 だからあのライオン、奴の角が生える度に引っこ抜いて、薬屋に売ってんの。
 王冠と同じくらい、いい金になるらしいぜ?」
 「・・・・・・・・・」
 実在する悪魔と言うものを初めて見た・・・。
 ロードは気味悪げに顔を歪めたが、なぜだか・・・彼を、嫌う気にはなれない。
 複雑に表情を変えるロードの頬を、白の王がやや慌てた風に両手で挟んだ。
 「おい!
 まさか、あの色情狂に惚れちゃいないだろうな?!」
 「・・・へ?」
 白の王の言葉の意味を、随分経ってから理解したロードは、目を吊り上げる。
 「まさか!」
 「そ・・・そっか!良かった・・・!」
 ほっと吐息した王は、ロードの頬から手を放し、彼女の頭をぐりぐりと撫でた。
 「俺がのされてた隙に、あんの色情狂に無理矢理キスでもされたんじゃないかって・・・ロードッ?!」
 途端に真っ赤になったロードを見て、白の王が真っ青になる。
 「ままままままままままっ?!」
 まさか、の一言が言えないほど狼狽した王から、ロードは不自然に目を逸らした。
 「しょしょしょしょしょしょしょしょ!!!!」
 「しょ?」
 不思議な音声にロードが首を傾げると、まさに白の王と言うべく、紙のように白い顔になった王が、ロードを抱き上げる。
 「消毒だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 大絶叫した王は、何事かと目を丸くする人々をはね飛ばして街を駆け抜けた。
 「ねぇ、王様ぁ?」
 「なんだ?!」
 街を出てなお、彼女を抱えて走り続ける彼に、ロードが声をかける。
 「王冠を取り返さなくていいのぉ?」
 「今はお前の消毒が先だ!!」
 有無を言わさぬ勢いで怒鳴られて、ロードは亀のように首をすくめた。
 その時、
 「チェーック!」
 大きな声がして、二人の目の前に黒の騎士が飛び出して来る。
 「王手ですよ、白の王!」
 「ちっ・・・!
 ルルんとこのアクマか!」
 「へ?ルルって?」
 足を止めた白の王にロードが問うと、彼は黒の騎士を睨みつけたまま、『黒の女王だ』と答えた。
 「でも、ま。
 お前程度の駒なら簡単に・・・」
 ロードを下ろし、手をかざした白の王と黒の騎士の間に、その時、白い影が飛び込んでくる。
 「そんなこもの、てぃきさまがたおすまでもありませんよ!」
 薄い羽を羽ばたかせながら振り返った駒は、ロードと同じくらいの身長の子供だった。
 「4か。
 まぁ、お前なら3くらい、軽くひねられるだろ」
 「もちろんです!」
 軽く頷くや、手を下ろした白の王に代わり、白い子供が黒の騎士に向かって手を突き出す。
 「き・え・ろv
 軽やかな囁きと共に爆音が響き、黒の騎士は跡形もなく消し飛んだ。
 「へぇ・・・!
 お前、子供なのにすごいじゃん〜!」
 ロードが歓声をあげて拍手すると、地に降り立った子供は、気取って一礼する。
 「てぃきさま。
 そのおじょうさんは、ぼくがおおくりします」
 小さな手をいっぱいに開いて、にこりと笑った子供に、白の王はしばらく考えてから、頷いた。
 「ロード。
 こいつと一緒なら、どんな敵に遭ったって大丈夫だ。
 ただ一人、黒の女王には気をつけて行けよ。
 それと!
 できるだけ早く消毒しろ!
 ライオンに触られたところ、全部だ!!」
 「うん!」
 4と呼ばれた子供が差し出す手を握ったロードは、彼女の両肩を掴んで念を押す白の王へ頷く。
 「じゃあねぇ、王様!
 また後で!」
 「あぁ。
 お前も、いい女王になれよ!」
 「もちろん、そのつもりだよぉv
 にこりと笑ってロードは、子供―――― 白の騎士と手を繋いで、最後の升へと歩いて行った。


 「さっきのぼくのたたかい、どうでしたか?
 ぼく、つよかったですか?」
 くりくりと動く大きな目に、期待を込めて聞いてくる子供へ、ロードは大きく頷いた。
 「僕が見た中では、お前、一番強かったよ!
 でも、黒の女王には敵わないの?」
 ロードが問うと、子供は途端にしょげ返る。
 「・・・まえにたたかったとき、きがついたらぼくは、くろのじょおうさまにふみにじられてました・・・・・・」
 「わぁ・・・」
 こんなに強い子供を簡単に踏みつけるなんて、まるであのライオンのようだとロードが考えていると、彼女の頭の中を読み取ったかのように、子供が呟いた。
 「らいおんにも・・・いぢめられました・・・・・・」
 「やっぱり酷い奴だ、あいつ!」
 憤然としたロードを、悲しげな目が見つめる。
 「きみも・・・いぢめられましたか?」
 「僕は・・・いじめられちゃいないけど」
 思わず口ごもったロードの態度を、どう解釈したのか、子供は何度も頷いた。
 「おとなはこわいです・・・。
 なかでも、あのあかいらいおんは、いちばんこわいです・・・・・・」
 必死に堪えていた涙を頬に零し、しゃくりあげた子供の頭を、ロードは撫でてやる。
 「・・・ねぇお前、なんで頭に変な輪っかつけてるのぉ?」
 撫でにくい、と、不満を漏らすと、子供はふるふると首を振った。
 「わっかじゃありません。はねのいちぶです」
 「丸い羽ぇ?」
 「これで、ようりょく?をかせぎます」
 これがあるとたくさん浮くのだと、子供は自慢げに言う。
 「ふぅん。
 ねぇ、飛ぶのって楽しい?」
 「とっても!」
 高い声をあげて、子供は頷いた。
 「とってもたのしいです!
 ときどき・・・いぢわるならいおんのまとにされるけど・・・・・・」
 またしょげ返った子供に、ロードは肩をすくめる。
 「ほんと、やな奴だねぇ!」
 子供は頷き、こわごわと背後を振り返った。
 「だから・・・ぼく、まちのなかではとびません」
 「それでお前、草原で飛んでんだ?」
 「そうげんならへいきですから!
 ・・・たまに、こわいさるがとびかかってきたり、こわいおとながおいかけてくるけど」
 「・・・・・・危険じゃん」
 えぐえぐとしゃくりあげる子供を撫でてやろうと、ロードはまた手を差し伸べたが、彼の頭と背中にある羽が邪魔して、中々上手くいかない。
 「この羽、引きちぎっていい?」
 「だっ・・・だめですぅぅぅぅぅ!!」
 慌てて飛び退った子供に、ロードは不満げに頬を膨らませた。
 「なんだよぉ。せっかく撫でてやろうと思ったのにぃ」
 「なっ・・・なでてもらえるのはうれしいですけど・・・っ!!」
 ぶるぶると震えながら、子供は必死に首を振る。
 「はねをちぎられるのはいやですぅぅぅぅぅぅっ!!」
 今までで一番激しく泣き出した子供の声に耳を塞ぎ、ロードは鼻を鳴らした。
 「わかったよ!
 じゃあお前、僕が女王になったら一番に首をはねてやる!」
 「ちょっとまってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
 てくてくと次の升へと向かうロードの腕を取り、子供は必死に引き止める。
 「ごめんなさいぃぃ!!ゆるしてくらさいぃぃぃぃっ!!」
 「じゃあ、羽引きちぎって・・・」
 「それはっ・・・いやれすっ・・・うぅぅぅぅぅっ!!」
 えぐえぐとしゃくりあげる子供の頭に、ロードは優しく手を乗せた。
 「そんなに泣くなよぉ」
 「うぅっ・・・?」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげた子供に、ロードはにっこりと笑う。
 「大丈夫大丈夫。
 ユニコーンだって、何度引っこ抜かれても角が生えてくるみたいだし?」
 ロードの両手が、子供の頭上の輪にかかった。
 「ふえっ・・・?」
 「きっと、お前のも生えてくるよv
 ぶち、という音と共に、子供の丸い羽根がむしり取られる。
 「ぷぎゃ――――――――――――っ!!!!」
 凄まじい悲鳴をあげて泣き叫ぶ子供を、ロードは指差して笑った。
 「きゃはははは!!
 そんなに泣くことないじゃーんv
 「ぎゃあああああんっ!!いたいぃぃぃぃぃぃぃ!!ぎゃああああああっ!!」
 頭を抱えてしゃがみこんだ子供の背後に、ロードはとことこと回り込む。
 「背中もv
 「いやあああああああああああああああああああああ!!!!」
 今までに会った、どんな怖い者達よりも残酷なロードの所業に怯えた子供は、泣き喚きながらも必死に羽ばたいて、上空へ逃げた。
 「おーい!
 戻ってこいよぉー!」
 「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 一際甲高い悲鳴をあげながら、子供は一目散に逃げて行き、あっという間に見えなくなる。
 「なんだよぉ!
 僕が女王になるまで、送るって言ったくせにさぁ!」
 不満げな声をあげたロードは、手にした丸い羽を放り捨てて、最後の升へと歩いて行った。


 その後、草原を渡るロードが、丘を越え、小川を越えて最後の升に至った時――――。
 不意に、何かが重く頭にのしかかった。
 「なぁにぃ?」
 手で触れてみると、ロードの額を囲む、ふかふかした毛皮のようなものの上に、ごつごつと堅い感触がある。
 「もしかして!」
 取り上げてみると、思った通り、白い女王の王冠だった。
 「約束守ってくれたんだねぇ、王様!
 ふふ・・・やったぁv
 これで僕も女王だ!」
 ロードは王冠をかぶりなおすと、まるで生まれた時から女王であったかのように、悠然と歩き出す。
 と、いつの間にか黒の女王が、そして、やや遅れて白の女王が、同じ升目に現れた。
 「また会ったね、女王様たちv
 「転化したのですね」
 ちらりとロードを見遣り、頷いた黒の女王の背に隠れて、白の女王がため息をつく。
 「ねぇねぇ!
 女王様って、なにすればいいのぉ?」
 ロードがはしゃいだ声をあげると、黒の女王は静かに彼女を見下ろした。
 「そうですね。
 まずは、そうはしゃがず、冷静になることでしょうか」
 「ふん!つまんないの!」
 黒の女王の言葉を一蹴し、ロードは白の女王の腕を取る。
 びくっと震える彼女に微笑み、ロードは彼女の腕に頬をすり寄せた。
 「ねーぇ、白の女王?
 僕、お前の代わりになれるんだよねェ?」
 「・・・・・・・・・」
 紙のように白い顔色をした女王は、無言で頷く。
 「ふふv
 じゃあお前、いついなくなってもいからねェv
 むごいことを言われても、ただ唇を震わせて黙り込む白の女王の傍らで、黒の女王が眉根を寄せた。
 「聞き捨てなりませんね、ロード女王。
 あなたは最も新参の女王でしょう。
 まず、私達には敬意をもって接し、そののち、この国の民らに新たな女王が立ったことを知らせるべきです」
 「ふぅん。どうやってぇ?」
 ラッパでも鳴らすの、と問うたロードに軽い吐息を漏らし、黒の女王は白の女王へと声をかける。
 「本日午後、ロード女王が主催するお披露目パーティに、陛下をご招待します」
 「へ?なにそれ・・・」
 目を丸くするロードに腕を掴まれたまま、白の女王が頷いた。
 「では・・・私は、ロード女王のお披露目パーティに、黒の女王陛下をご招待します」
 「ねぇ!ちょっと!!」
 ロードが、黒の女王の腕をも掴むと、彼女は猫のように目を細める。
 「女王に『ねぇ、ちょっと』などと呼びかけてはいけません。
 用がある時は、『陛下、よろしいでしょうか』と呼びかけなさい」
 初めて会った時とは人が変わったように、威厳に満ちて言う黒の女王に、ロードは頬を膨らませた。
 「なんだよ!僕だってもう、女王じゃんか!」
 「女王でも新参です。
 そして・・・」
 何か言おうと、口を開いたロードの前に、黒の女王は指を立てる。
 「その正体がジャバウォックでも、今のあなたは新参の女王です」
 憮然と口を閉じたロードに、黒の女王はいかめしく頷いた。
 「では、ロード女王。
 あなたは早々に宮殿へ入り、お披露目パーティの準備をなさい」
 「宮殿って?」
 憮然と頬を膨らませたままロードが問うと、黒の女王はすっと遠くを指差し、その傍らで、白の女王が囁く。
 「この丘の向こう・・・美しい庭の奥に・・・・・・」
 「向こう?」
 黒の女王が指差す先を見つめたロードは、屋根の先すら見つけられず、黒の女王を振り仰いだ。
 「ねぇ、どこに・・・あれ?」
 そこには既に、二人の女王の姿はなく、ロードがしっかりと掴んでいたはずの腕も、手の中から消えている。
 「・・・・・・ちぇっ」
 憮然と舌打ちして、ロードは丘の向こうへと歩き出した。


 丘の上まで登ると、眼下は色とりどりの花であふれていた。
 それが美しく整えられた庭だと気づいたのは、遥か遠くまで眺めやってからのこと。
 広大な庭の中央には、植木でバラ模様のメイズが作ってあり、その向こうには涼しげな噴水、更にその向こうには、豪華な宮殿があった。
 「これが・・・僕のお城!」
 歓声をあげて、ロードは大きく開かれた黄金の門をくぐる。
 「すっっっごい広い!!」
 跳ねるような足取りで、広い広い庭を駆け抜けたものの・・・白い階段を上ってポーチに辿り着いた時にはもう、とっくに晩餐の時間になっていた。
 「・・・・・・やっぱりあの騎士、首をはねてやらないと!
 あいつが僕を運んでくれたら、こんなに歩かなくってよかったのに」
 ぶつぶつと言いつつ、ドアの前に立てば、それは静かに内側へと開く。
 ロードがまるで、生まれた時からこの城の主であったかのように堂々とエントランスに入ると、この世界の住人達は歓声をあげて新たなる女王を迎えた。


 「随分とかかりましたね」
 宴の間に入ると、既に着席していた黒の女王が、細い指を絡めたクリスタルのグラスを掲げる。
 「馬車を・・・使わなかったのですか・・・・・・?」
 ハンカチで口元を隠した白の女王は、ロードをまるで歓迎していない様子でぼそぼそと呟いた。
 「そんなものがあるなんて、知らなかったんだよ!」
 憮然と言うと、ロードは当然のように二人の女王の間に座る。
 「さて、とv
 ご馳走が出てくるんだよね?」
 テーブルの上のナプキンを取り、膝の上に乗せたロードを、黒の女王がたしなめた。
 「食事の前に、新たなる女王として、皆に挨拶を」
 「あいさつ?」
 「・・・・・・スピーチです」
 きょとん、としたロードから目を逸らしつつ、白の女王が呟く。
 「乾杯の前に、新女王としてのスピーチをするのです・・・・・・」
 「あ、そうか!」
 パーティの前に必ずやる、アレだ、と思い至り、ロードはグラスを手に、椅子の上に立ち上がった。
 と、
 「これ・・・っ!」
 「危ない・・・っ!!」
 二人の女王が、両側から慌ててロードを支える。
 「大丈夫だよぉv
 ロードは笑って、しかし、二人を振り払おうとまではせず、グラスを掲げた。
 「鏡の国の住人達!
 僕が新しい女王だよ!」
 万雷の拍手の中、ロードは満足げに笑う。
 「みんな、僕を歓迎するといいよ。
 そして、いつまでもこの世界が、気持ちのいい世界でありますように!
 でないと僕は、この世界を壊・・・」
 壊してしまう、と言いかけたロードは、彼女を支える・・・というより、縋りついた白の女王が、あんまり震えて彼女を揺さぶるために、それ以上言うことができなかった。
 その隙に黒の女王が口を開く。
 「良いスピーチでしたね。
 みな、新しい女王を歓迎なさい」
 再び沸き起こった大きな拍手に口を封じられ、ロードは仕方なく椅子に腰を下ろした。
 「・・・・・・んもう!」
 憮然と頬杖をついたテーブルの上に、次々と料理が運ばれてくる。
 「ねーぇ!お菓子はないのぉー?」
 「いくらでも」
 ロードの要求に応じ、黒の女王が軽く手をあげると、おいしそうなお菓子がお茶と共に運ばれてきた。
 「あなたも何か、命じるといい。
 新しい女王の、最初の命令を」
 「めいれいー?」
 クッキーを口の中に放り込んだロードは、カリカリと噛み砕く間、傾げていた首を元に戻す。
 「じゃあ、僕をここまで送らなかった罪で、白の騎士の首をはねてしまえ!」
 「世界が違う!!」
 黒の女王は憤然と、白の女王は驚いて、同じことを言った。
 「なんだよぉ。女王なのに、首をはねちゃだめなのぉ?」
 「・・・ほかの世界でならばともかく、ここでは1つの駒もおろそかにはできません」
 「げ・・・ゲームが・・・できなくなる・・・・・・!」
 「あ、そっか」
 女王達の言葉に大きく頷き、ロードは大きなロリポップを手に取る。
 「じゃあ、ユニコーン飼いたい。薬屋に売られちゃったユニコーン、買い戻して」
 「そっ・・・それは・・・・・・!!」
 白い女王が激しく震え、その振動がテーブルを揺さぶった。
 と、黒の女王が、震えるテーブルの上で激しく踊るティーカップを取り上げ、淡々と言う。
 「白の王が危険です。
 あなたも白の女王なら、王を危険にさらすことなどしませんように」
 「もう・・・!
 あ!じゃあ、チェシャ猫は?!」
 「絶対に!!」
 悲鳴と共に白の女王が立ちあがり、勢い余ってテーブルがひっくり返った。
 「とんでもない・・・!
 ハンプティ・ダンプティの卵を狙う、あの性悪な猫なんて・・・!!」
 泣き崩れた白の女王を唖然と見つめていたロードは、ふと我に返って心中に舌を出す。
 ―――― さっき、卵を壊しちゃったのは僕だけどね。
 と、ロードの心の声が聞こえたかのように、白の女王が涙に濡れた目をあげた。
 「ジャバウォック・・・!」
 まるで、呪いの言葉を吐くようにその名を呟き、女王はロードを睨みつける。
 「この世界を食べてしまう・・・化け物!!」
 甲高い声が、宮殿中に響き渡った。
 「この世界を壊す・・・化け物!!」
 「白の陛下・・・!
 やめなさい、それ以上は・・・!!」
 黒の女王が止めようとするが、白の女王は猫のようにしなやかな動きで彼女の手をかいくぐり、ロードに掴みかかる。
 「壊さないで!!
 この世界、壊さないで!!」
 ヒステリックな声に、ロードが目を丸くしたのも一瞬、その唇に、残酷な笑みが浮かんだ。
 「そう・・・そんなに大事なんだ?」
 だったら、と、ロードの唇が、声にならない呟きを乗せる。
 「ぜーんぶ!壊れてしまえ!!」
 ぱぁんっ――――――――!
 ロードの両手が、高く鳴った。
 「チェック・メイト!」
 その瞬間――――――――・・・・・・・・・・・・。


 「んん〜ん!」
 ロードは、猫のように寝転がったまま、伸びをした。
 「あふ・・・・・・!
 ほぉーらね。消えちゃった」
 絨毯の上に、ごろんと仰向けになると、大きなあくびをして、クスクスと笑う。
 「ルル、ベル、おいでぇv
 ロードの傍らで、互いに寄り添って眠っていた黒と白の猫は、乱暴に尻尾を引かれて、仕方なくロードに近寄った。
 「ねーぇ?お前達も見てたぁ、僕の夢?」
 問うと、二匹は一瞬、顔を見合わせ、ふるりと尾を振る。
 「そうなんだぁ・・・同じ世界にいたら、きっと面白かったのにぃ!
 ベル、お前、すっごく気弱な女王だったよぉ。
 まるで、千年公に拾われる前のお前みたい」
 と、白い猫はムッとしたように顔を逸らした。
 「ふふ・・・v
 ルルは今の・・・うん、今のお前だった。
 命令することに慣れた、正真正銘の女王様だったな」
 ロードが黒猫の顎の下をかいてやると、彼女は気持ちよさげに目を細める。
 と、
 「アラv ロードv
 レディがそんナ所に寝転がっテ、いけませンv
 部屋に入って来た伯爵が、コートを脱ぎつつ声をかけた。
 「おかえりなさぁい!千年公〜〜〜〜vv
 すかさず起き上がるや、大好きな彼に飛びついたロードを、伯爵は軽々と受け止める。
 と、その視線がまた、下へ向いた。
 「アラ可愛イv
 分裂したンでスね、ルル=ベルv
 彼が声をかけるや、白黒二匹の猫達はぴったりと寄り添い、黒い方がぱたりと倒れて、そのまま白猫の足元から伸びる影となる。
 「主・・・・・・」
 その身さえも徐々に黒くなっていった猫は、長い鳴き声と共に人語をあげ、伯爵に駆け寄った。
 「主・・・ロードがひどいことを・・・・・・」
 伯爵の腕の中に収まった頃には、すっかり黒猫と化したルル=ベルが涙声をあげる。
 「無理矢理分裂させられました・・・!」
 伯爵の胸に頬をすり寄せ、痛い痛いと泣くルル=ベルの背後で、伯爵から降りたロードが両手を腰に当てた。
 「ちょっと、ルルー!!
 ナニ言いつけてんだよぉ!!」
 「プゥ・・・ロードv 『妹』をいじめテはいけまセンと、何度モ言っテますのニv
 「いじめてなんかないよぉー!
 一緒に遊んだだけだもん!」
 ねぇ?と、ロードが笑いかけるが、ルル=ベルは答えず、更に伯爵に身をすり寄せる。
 「なんだよぉー!
 ルルの甘えんぼ!
 千年公は僕のなんだから、早く離れてよぉー!!」
 「イヤ・・・イヤです・・・!主・・・・・・!」
 放さないで、と泣く黒猫を、伯爵は優しく撫でてやった。
 「大丈夫デスよ、我輩の可愛イ娘v
 「ちょっとぉー!!
 離れろってば!!」
 憤然と黒猫に掴みかかろうとしたロードの手を、伯爵がやんわりと握り、彼女をも抱き上げる。
 「ロードv
 アナタも我輩の、可愛イ娘デスよv
 だから二人トモ、仲良くシテv
 しかし、伯爵の言葉に、二人とも無言で顔を背けた。
 「ロードv 『お姉さん』でしょう?」
 優しい伯爵の声に、ロードが渋々頷く。
 「ルル=ベルv イイ子ですかラv
 黒猫の尾が、ゆったりと振れた。
 「仲直りv
 「わかった・・・。
 ごめん、ルル・・・」
 「仲直り・・・します・・・・・・」
 自分の腕の中で、軽くキスして仲直りした姉妹を、伯爵は満足げに見つめる。
 「二人とモ、イイ子ですv
 ご褒美ニ今日は、おいしいお菓子ヲあげましょうネv
 「ホント?!」
 「主の・・・手作りですか?」
 期待に目を輝かせる姉妹に、伯爵は大きく頷いた。
 「ハッピーハロウィンv
 アナタたちにイタズラされなイよう、おいしいお菓子ヲごちそうしまスヨv
 歓声をあげた二人に、伯爵はまた、満足げに頷いた。




Fin.

 










2008年ハロウィン作品第2部『鏡の国のロード』です(笑)
『不思議の国』ではリナリーが、それはもう、ぐしゃぐしゃ泣いていましたが、どーですかこの、ロードちゃんのたくましさ!(笑)
リクを受けて、改めて『不思議の国』と『鏡の国』を読んだ時、『鏡の国ではアリスが女王になる』と知って、この2部作を思いつきました(笑)
教団のヒロインとノアのヒロインの対比が面白いと思ってv
しかし、書いててふと思ったんですが、ロードちゃんってまさに『夢の王』ですよね。
『夢の羊』の能力や、ロードちゃんが不死身である秘密、そして、『仮想』19世紀の謎までもが、もしかしたらこの『夢の王』で説明できるのかもしれない、なんて思いまして、ここでは『ロード=夢の王=ジャバウォック』と言う設定にしています。
『鏡の国』の原作では、そんなこと一言も言ってませんから、参考にしちゃいけませんよ(笑)












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