† Braendende Kaerlighed †






 教団本部内食堂の朝は早い。
 いや、この場にはそもそも、営業終了と言う言葉がない。
 昼夜なく任務を与えられる団員たちのために、100年もの間、常に火と明かりを灯し続けていた厨房から―――― この日、火が消えた。


 「・・・っよしっと!」
 きれいに磨き上げたシンクを満足げに見つめて、ジェリーは大きく頷いた。
 彼女が教団本部に入って以来、ほとんどの時間を過ごした厨房は今、全ての移動可能な調理器具が撤去され、残ったのは使い込んだシンクや備え付けのオーブンだけになってしまった。
 がらんとしたそこを見渡して・・・ジェリーは、感慨深げにため息をつく。
 「こうしてみると・・・随分広く見えるわねぇ・・・」
 つい昨日までそこは、コンロの周りに多種多様な調理器具が下げられ、多くの料理人達が忙しく行き交って、活気に満ちていた。
 だがその、視界を塞ぐ全てのものを失って、今や最奥まですんなりと見渡せる。
 もう一度吐息した料理長の背に、遠慮がちな声がかかった。
 「あの・・・もう引越しが終わったのに、なんで掃除するんすか?」
 やや不満げな声に、声を荒げようとした副料理長を制して、ジェリーは新米の料理人に微笑む。
 「今までの感謝を込めて、よん。
 まぁ・・・言うなればここは、アタシ達の戦場でしょぉん?
 一緒に戦ってくれた戦友に敬意を表して、最後に別れを惜しんでるの」
 感傷だけどね、と、ジェリーが軽やかな笑声をあげると、彼は顔を赤らめて俯いた。
 その様にジェリーは笑みを深め、部下達と共に、空になった厨房に向けて、深々と一礼する。
 「今までどうもありがとう。
 ・・・それじゃ、アタシ達もそろそろ新しい職場に移動しましょうか!
 先に行ったかまどの神様が、アタシ達を待ってるわんv
 「はい!」
 元気よく頷いた部下達に頷き、ジェリーは新米の背中を軽く叩いた。
 「新しい職場でもがんばってね!」
 「は・・・ハイ!!」
 てっきり怒られると思っていたのに、優しい料理長の言葉に感動した彼を、先輩達が次々に叩いていく。
 「オラ、遅れんな!」
 「向こうでも鍛えてやるからな!」
 「ハイッ!!」
 料理長に続き、科学班のフロアへと向かう先輩達を慌てて追いかけた。
 列の最後尾についた彼は、水を含んで重い掃除道具を時折抱え直しながら、長い長い回廊を渡る。
 ずいぶんと時間をかけて、ようやくたどり着いた部屋は、彼のような厨房の新人なら本来、入る必要のな場所だった。
 生まれて初めて見る機械類を興味深げに見回す彼の視界の中で、忙しそうに働くのはしかし、顔見知りばかりだ。
 団員の顔はできるだけ覚えておくように、とは、ジェリーに常々言われていたことだが、おかげで未知の扉をくぐると言う恐怖はずいぶん和らいだように思えた。
 と、いつも『ハンバーグにチリコンカンをかけてくれ』と、変わった注文をする科学者が、笑って彼らに手を振る。
 「ジェリー!待ってたよぉ!」
 「お待たせしてごめんなさいねぇ!」
 ジェリーは彼に歩み寄ると、振り返って部下達の顔を見回した。
 「みんな揃ってるわぁ」
 「うん。
 じゃあ早く入って!
 ジェリーはもう、何回も往復してるけど、初めての奴ははぐれないように気をつけてくれな!
 まぁ、新しい城に繋がってるドアまでは、警備班の奴らが案内するから、わざわざ横道にそれなきゃ迷うことないからね!」
 早口にまくし立てた彼に、ジェリーは大きく頷く。
 「えぇv
 気を使ってくれてありがとうねぇv
 ジェリーは彼に愛想よく手を振ると、部下達を従えて不思議なドアをくぐった。
 「うわ・・・・・・」
 「どうなってんだ、これ・・・・・・」
 ドアをくぐった途端現れた、南欧を思わせる白い町並みに、初めて方舟に入る者達が呆然と呟く。
 「何度見ても不思議だわねぇ。
 でも、こんなもんだと思えばいいわよ」
 順応力の高い料理長は、そう言ってあっけらかんと笑い、きょろきょろと周りを見回す部下達を引率した。
 「足元気をつけるのよぉ。
 階段があるからねぇ」
 ジェリーが注意を促し、示した扉の向こう側は、真新しい食堂へと続いている。
 引越し前に念入りな清掃を終え、旧本部から運んできた火を入れた厨房は、既に活気に満ちていた。
 「ハァーィv
 調子はどーぉ?」
 厨房に入るや、先行して下ごしらえをしていた部下達にジェリーが声をかけると、
 「料理長!
 も・・・さばききれないっす!!」
 と、泣声が返って来る。
 鍋やフライパンを振りながら、悲鳴をあげた部下達に笑い、ジェリーは新しいかまどに改めて一礼した。
 「これからも、よろしくお願いします」
 火入れの儀式はとうに済ませたものの、今日は旧本部の火が消えて最初の日だ。
 厳かな雰囲気の料理長に倣って、厨房のスタッフ全員が一時手を止め、旧本部から移した火に向かって一礼した。
 「ハイ!
 じゃあ今日も張り切って行きましょ!!」
 一転、ジェリーが大きな手を叩き、陽気な声をかけると、部下達も陽気な声で応える。
 途端にきびきびと動き出した彼らの働きによって、朝食ラッシュ前には一通りの準備を終えることができた。
 「やっぱ料理長がいるのといないのとじゃ、大違いっすね!」
 そう言って、ほっと吐息した部下達に、ジェリーはたくましい肩をすくめる。
 「アンタ達、アタシを頼ってくれるのは嬉しいけどぉ・・・今日みたいに、責任者が二人ともいない場合だってあるんだから、しっかりしてくんないと困るわよぉ?」
 「はいっ・・・」
 「すみませんっ・・・」
 途端に恐縮した彼らに微笑むと、ジェリーはカウンター越しに食堂へと目をやった。
 整然と並んだテーブルは、朝の早い団員達によって徐々に満たされつつあり、カウンター前には注文をしようと見知った顔が並ぶ。
 いつも通り賑やかな朝の風景・・・しかしそこには、何人もの顔が永遠に欠けていた。
 「アタシだって・・・いつまでもここにいるってわけじゃあ・・・・・・」
 「料理長?」
 部下達に不安げな目で見つめられ、ジェリーは慌てて手を振る。
 「あぁ、なんでもないのよ!
 そんなことよりみんな、今日のランチタイムが終わったら、全員参加のミーティングするわよ!
 んもう・・・年末年始にかけて、ものっすごく忙しいんだからねぇ!」
 「はいっ!!」
 元気よく頷いた部下達に満足げに微笑み、ジェリーは大きく頷いた。
 「ハイッ!
 じゃあまずは、朝食を乗り切るわよっ!!」
 ジェリーの大きな声を合図に、厨房に活気がみなぎる。
 だが、炎と共に踊るかのような彼らを見る彼女の目に寂しさが漂っていたことは、サングラスに隠されて、誰も見ることができなかった。


 「ジェリーさぁーん!!
 ジェリーさんおはよーございます!!」
 オーダーOKの合図が出るや、最初にカウンターに駆け寄って来たのはやはり、アレンだった。
 「アレンちゃん、おはよーv
 やっぱり最初のお客さんはアレンちゃんだったわねv
 「えへv
 開くのをずっと待ってましたから!」
 わくわくと目を輝かせたアレンを、ジェリーはカウンター越しに撫でてやる。
 「こっちでもよろしくねぇv
 さぁ、最初のオーダーをどうぞv
 「はい!!
 あのね・・・・・・」
 軽々と20人分はあるオーダーを並べたアレンに頷き、ジェリーはまた、彼の白い髪を撫でてやった。
 「じゃあ、すーぐ作ってあげるから、ちょっと待っててねんv
 「はいっ!!」
 猫だったなら、喉を鳴らさんばかりに満足げなアレンに、しかし、ジェリーはふと眉をひそめる。
 「アレンちゃん・・・なんかあった?」
 大きな中華鍋に油を引きつつ問うた彼女を、アレンは不思議そうに見上げた。
 「なんで?」
 「元気がないわ」
 「・・・っ!!」
 目を丸くしたアレンを、ジェリーは優しい笑みを浮かべて見遣る。
 「無理して元気に振舞ってるでしょ?
 ママンにはわかるわよ」
 「・・・・・・・・・・・・さすが」
 苦笑して、アレンはジェリーが持つ中華鍋へと視線を落とした。
 彼女が鍋を振る度、軽やかに踊る野菜を見つめる彼に、ジェリーは笑みを注ぐ。
 「体調が悪いの?
 それとも悩み事?」
 「体調は・・・悪くないです・・・・・・」
 口の重い彼に、ジェリーは軽く頷いた。
 「じゃあ、事情は言わなくていいわ。
 アタシには言えないことだって、たくさんあるでしょうからねぇ。
 でも、アタシには無理して元気な振りしなくていいわよ」
 「はい・・・・・・」
 肩を落としたアレンの頬に手を添え、微笑んだジェリーは、湯気を上げる皿を差し出す。
 「さ、まずは一品。
 あなたが早く元気になれますように」
 「ありがと・・・・・・」
 悲しげな顔に、しかし、笑みを浮かべたアレンへ微笑みを返し、その頬を撫でた。
 「あったかいうちにおあがりなさい。
 他のもすぐに持っていくからねぇv
 「はい!」
 パタパタとテーブルに走っていった彼に笑みを深め、ジェリーは再びコンロに向かう。
 と、すぐに別の声がかかった。
 「私の注文もよろしいですか?」
 堅苦しい声は、近頃常にアレンの側にいる監査官のものだ。
 「ハイハイ、今日は何のケーキ?」
 異常なほどにスイーツを愛する彼に苦笑し、ジェリーが問うと、彼もまた、一人分とは思えない量のケーキを注文した。
 「・・・アンタ、ちゃんと栄養足りてんの?」
 訝しげに問うと、彼はふん、と鼻を鳴らす。
 「必要な栄養素は、サプリメントで補給していますので、ご心配なく」
 「アンタアタシにケンカ売ってんのっ?!」
 リンクを怒鳴りつけると、ジェリーは部下に命じて特製スープを出させた。
 「アタシの特製スープ!
 野菜やお肉、海鮮をアタシオリジナルのレシピで煮込んだものよ。
 栄養たっぷりだから、サプリメントの代わりに残さず飲みなさい」
 「しかし・・・」
 反駁しようとした彼を、夜叉の顔で睨みつける。
 「飲みなさい!!
 残したりしたら、今後一切、アンタに食べ物出さないわよ!」
 脅されて渋々と、リンクはスープをトレイに載せた。
 「ではケーキも・・・」
 「それをぜーんぶ飲んじゃったら、出してあげるわぁ」
 中華鍋を振りながら背を向けてしまったジェリーを、リンクはしばらく睨んでいたが、憮然と踵を返すと、アレンのいるテーブルに着く。
 「ふん!
 サプリメントなんて!」
 眉根をきつく寄せてスープを飲む監査官を横目で見つつ、ジェリーは呟いた。
 「そんなもんで栄養を取った気になってるから、あんなに性格悪くなっちゃうのよぅ!」
 と、彼女の声が聞えたかのようなタイミングで席を立ち、空になったスープ皿を手に戻って来た監査官に、ジェリーは口の端を曲げる。
 「どーぉ、ご感想は?」
 挑むように問うと、リンクはやや気まずげに視線を逸らした。
 「先に注文したケーキと・・・よろしければ、スープのおかわりを」
 「ふふんv
 得意げに笑って、ジェリーは厚い胸をそらす。
 「正直に、おいしかったっておっしゃいv
 仏頂面を浮かべる頬を軽く叩いて、ジェリーは魔法のような手際でリンクの望むものを全てトレイに並べてやった。
 その様子をたまたま目にしたリーバーが、リンクが席に戻るのを待って寄って来る。
 「さっすが料理長!
 あれを手なずけるなんて、今回はどんな魔法を使ったんすか」
 「魔法なんて使ってないわよぉう。
 特製スープ出してあげたダケ★
 それよりアンタ、また不摂生してんでしょ!」
 「う・・・わかります?」
 気まずげに頭を掻くリーバーに、ジェリーは軽く吐息した。
 「アンタの体調もわかんなくなったら、料理長なんて辞めるわよ。
 それより今、科学班は何人詰めてんの?
 みんなの分のごはん作ったげるから、持って行きなさい」
 言う間にも、次々に新たな料理を作り上げていく手際に、リーバーは呆気に取られる。
 「料理長・・・やっぱ魔法使いでしょ」
 「そう思いたけりゃ、思ってなさいな」
 カウンターにずらりと並べた料理を、アレンが嬉しそうに運んでいく様を、これまた嬉しそうに眺めながら、ジェリーが微笑んだ。


 「ジェリー!お腹すいた!!」
 昼近くになってようやく来たかと思えば、挨拶もなしにカウンターに縋ったリナリーを、ジェリーは軽く睨みつけた。
 「アンタ、またこんな時間まで寝てたの?」
 「うん。
 昨日は結局、明け方まで起きてたから、これでも早い方だよ?」
 にこりと笑ったリナリーに苦笑を返し、額をつつく。
 「だったら、『お腹すいた』より先に言うことがあるでしょ!
 16にもなってごあいさつもできないの?」
 「えへ・・・。
 おはようございます」
 「ハイ、おはよう。
 ブランチはなにになさいますか、お嬢様?」
 気まずげに笑ったリナリーに冗談めかして答えると、育ち盛りの彼女は意外なほどたくさんのメニューを並べた。
 「アンタはまた、自分の好きなものばっかり・・・。
 お野菜入れておくから、残すんじゃないわよ?」
 「ピーマンとニンジンとキノコは入れないでね!」
 「ダメよ。食べなさい」
 厳しく言われて、リナリーは挙動不審気味に食堂内を見回した。
 「あ!アレン君見っけ!」
 喜色を浮かべた途端、
 「アンタ、自分の嫌いなものをアレンちゃんに食べさせたらもう、ごはん作ってあげないからね」
 釘を刺されて、リナリーが頬を膨らませる。
 「なんだよー・・・。
 神田にはそんなこと言わないのに・・・・・・」
 「あの子には問答無用で食べるよう、色々工夫して混ぜてんのよ。
 でもアンタったら、どんなに小さく刻んでもよけちゃうでしょ!
 全く、妙に勘が働く上に、小賢しいんだから!」
 「だって、臭いでわかるんだもん・・・」
 憮然とカウンターに寄りかかったリナリーは、自分が注文したものの他に追加された皿を見て、眉をひそめた。
 「食べなさいよ?」
 「わかったよーぅ・・・」
 ぶつぶつと零しながら、アレンが占領する席へと向かうリナリーの背に、ジェリーはため息を零す。
 「全く・・・いつまで経っても甘えん坊ねぇ。
 ・・・って、アラ?」
 ふと気づいて、ジェリーはカウンターに身を乗り出し、活気に満ちた食堂を見渡した。
 「アラ!
 まだ神田が来てないなんて、珍しいわねぇ!」
 いつもは早朝に朝食を済ませる彼の姿を、今日はまだ見ていない。
 「あの子に限って寝坊はないし・・・どうしたのかしら?」
 小首を傾げると、まるでタイミングを見計らったかのように、神田が食堂に入って来た。
 「アラ!
 噂をすれば影ねんv
 ジェリーの声に鋭く反応して、神田は訝しげに眉をひそめる。
 「あ?なんだ?」
 無愛想な声音に、ジェリーは大仰に肩をすくめて見せた。
 「なんだじゃないわよーぅ!
 いつも朝の早いアンタが来てないもんだから、どうかしたのかって心配したんじゃない」
 「あぁ・・・」
 彼女の言葉に、神田は軽く頷く。
 「いざという時のために、街の地図を頭に入れておこうと思って・・・」
 と、彼は肩越しに背後を見遣った。
 「ウサギ引き連れて軽く散歩を・・・」
 「ど・・・こが・・・・・・!!」
 神田が食堂の外を顎で示すと、苦笑するチャオジーに背負われたラビが、苦しげな声をあげる。
 「ありゃ・・・散歩じゃなくて疾走だろ・・・!
 しかも、道なき道ばっか選んで行きやがって・・・山がなくてほんっとーに良かったさ!!
 危うく山岳修行させられるとこだったさ!!」
 きゃんきゃんと泣き喚くラビに、神田はうるさげに眉根を寄せた。
 「仕方ねぇだろ。
 この辺の地図なら、テメェの頭ん中が一番新しくて詳しいんだからよ」
 無情に言い放たれ、ラビはチャオジーの肩に顔をうずめて泣き出す。
 「利用するだけ利用しといて、俺が海岸線の崖から落ちたら放置だなんて、冷たいにも程があるさ!」
 「崖って・・・どこまでお散歩したのよん・・・・・・」
 「そんな遠くまで行ってねぇよ。
 第一この馬鹿が落ちた崖は、この塀の外だ」
 「アラん・・・」
 「あぁっ!!姐さんまで冷たい目で見てるさっ!!」
 「みっ・・・見てないわよ・・・?」
 やや慌てたように、一旦は視線を逸らしたジェリーだったが、紅い髪に枝葉をつけたままのラビを再び見遣って苦笑した。
 「先に、病棟には行かなくていいのん?」
 「・・・どうせこっちに戻ってくんだから、後でいいさ」
 すっかりふてくされた口調のラビに、ジェリーが笑い出す。
 「婦長に怒られても知んないからねん」
 途端に気まずげな顔をしたラビに、ジェリーはまた笑い出した。


 そうするうちに、昼の混雑も過ぎ、そろそろミーティングを始めようかと考えていた所へ、いくつか注文が来た。
 「ハイ、おまちどぉーんv
 「あれ?
 ジェリー、注文より多いよ?」
 彼女がカウンターに出したトレイを見たファインダーが、驚いて声をあげる。
 「アラん?そぉお?」
 ふと、自分が差し出したトレイを見たジェリーは、一人分にしては多すぎる皿の量を見やって・・・やや慌てたように笑った。
 「やぁだ、他の子の分も乗せちゃったわね!
 ごめんなさい、つい・・・」
 皿を引き取ろうとした寸前、ファインダーははっとしてトレイを引き寄せる。
 「あぁ!!いいよ、俺、これも食べる・・・あいつが好きなメニューだったもんな・・・・・・」
 ―――― トレイに乗り切れないから、お前のに乗せてくれ。
 いつもつるんでいた相棒が、そう言って彼のトレイに乗せていたものだ。
 ―――― 俺んトコ乗せんなよ!自分で持て!
 毎回、そんな他愛のない会話がカウンター前で交わされ、ジェリーはいつしか、その皿を彼のトレイに乗せるようになっていた。
 「・・・無理しなくていいのよ?
 アナタそれ、苦手な料理だったでしょ?」
 香辛料が苦手な彼には辛すぎる、と、苦笑したジェリーにしかし、彼は千切れるほどに首を振る。
 「ジェリーのなら、うまいに決まってるさ・・・」
 とは言いながら、やや引き攣った笑みを浮かべた彼は、彼女に軽く手を振って、一人でテーブルに歩いて行った。
 「・・・エディちゃん、彼にお水持ってってあげて。
 はい、お次どうぞ・・・」
 やや気を落とした風の彼女を、部下達だけでなく、カウンターに並んだ団員達までもが気遣わしげに見つめる。
 だが彼女は、一つ首を振って屈託を払うと、にこりと笑いかけた。
 「どぉしたの?注文は?」
 オーダーストップするわよ、と、冗談めかして言うや、カウンターにたかっていた団員達が慌てて注文を口にし、次々にトレイを手にして去っていく。
 「さぁて・・・と!」
 カウンターから身を乗り出したジェリーは、しばらくは注文が来そうにないことを確認して頷いた。
 「ミーティング始めるわよぅ!」
 彼女の合図で、部下の料理人達が厨房内のテーブルに集まる。
 「じゃーまず、今日はみんな、初日お疲れ様。
 これから夕食も忙しいでしょうけど、がんばりましょう。
 で、シフトは今まで通りなんだけど、新しい厨房になって、何か不都合な点や、気づいた点があったら言ってちょうだい」
 ジェリーが全員の顔を見回すと、まず副料理長が手を上げた。
 「はい!
 すみません、シフトの件なんですが、今回厨房が広くなったのと、今後中央庁や他の支部から人が来て忙しくなりそうなんで、見直しをしようかと考えてます」
 「そうね。
 でも、厨房の人数は増えないから、あまり負担にならないように協力して行きましょう。
 具体的な案は・・・」
 と、ジェリーだけでなく、新人までもが加わって、他にも様々に話が詰められていく。
 列挙された問題点が、彼らの手がける料理のように、手早く合理的に処理されていく様を満足げに見つめていたジェリーは、ふと、ため息を漏らした。
 「料理長?」
 「ん?」
 「なにか問題ですか?」
 「ううん。
 みんな、立派になって、と思ったら感慨深くなっただけv
 一斉に顔を赤らめた部下達に華やかな笑声をあげると、ジェリーはミーティングを続けるよう促す。
 その後夕食のオーダーが始まるまで、充実したミーティングは続いた。


 教団本部の全ての機能が新しい城に移動して、数日が経った後。
 ジェリーはカウンターの向こうから声をかけられて振り向いた―――― そこでは、とても懐かしい顔が笑っている。
 「ンマー!! ジジちゃんっ!!」
 歓声をあげてカウンターに駆け寄れば、アジア支部に左遷されていた科学班のジジが、懐かしそうに手を差し伸べた。
 「久しぶりぃー!!
 ジェリーのメシ食いたくて戻ってきたぜーv
 「うれしいわっ!
 ホント久しぶりねぇん!!」
 差し伸べられた手を、ジェリーは両手でがっしりと握る。
 「アンタが左遷されちゃった時はもう、二度と会えないかもって思ってたんだからぁ!」
 「言ったろ?
 俺はこのまま終わる男じゃねぇってな!」
 「ホント偉いわぁ!!
 よく戻って・・・ってアンタ、まさかっ?!」
 はっと息を呑み、ジェリーはやや身を引いた。
 「今度はバクちゃん殴って追い出されたんじゃっ?!」
 「イヤイヤイヤイヤ・・・・・・・・・」
 ジェリーの台詞にジジは、苦笑しつつ首を振る。
 「いくらなんでもあの坊ちゃんを殴りゃしねーよー・・・。
 アレであの人、結構イイ人だしな」
 「あぁ・・・そうね。そうらしいわね・・・・・・。
 アレンちゃんがイヤに懐いてて、びっくりしたわぁ・・・」
 こっちじゃリナリーを盗撮する、変な奴だとしか思ってなかったけど、と、こっそり囁くジェリーにジジは思わず吹き出した。
 「まぁ、変わってんのは室長とどっこいだけどな!」
 コムイとバクが聞けば、お互いに非常に嫌な顔をするだろう。
 その様を想像して、ジェリーも吹き出した。
 「ともかく、ようやくジジちゃんが帰ってきたのに、歓迎もなしなんてありえないわ!
 さぁ、なんでも言ってんv 腕によりをかけるわぁv
 ジェリーが二の腕にたくましい力瘤を盛り上げると、『歓迎といえば!』と、ジジが手を打つ。
 「すっげー奴がいんだよ!!
 今、リナリーとリーバー班長が取り縋って泣いてっから、そろそろ逃げてくると思うんだけど・・・」
 「ハァ?」
 首を傾げたジェリーは、食堂の外をバタバタと駆ける派手な足音に気づいてカウンターに身を乗り出した。
 「なに騒いでんのかしら」
 「おv 来たなv
 ジジが嬉しそうに笑うと、両脇をリナリーとジョニーに抱えられるようにして、ハンプティ・ダンプティのような真ん丸い体型をした人物が入ってくる。
 「なっ?!」
 ジェリーの驚愕を期待して目を輝かせたジジは、しかし、特に驚いた様子のない彼女に目を丸くした。
 「え・・・?
 お・・・驚かねぇのか?」
 カウンターに頬杖を突いたまま、うんざりとした顔の客を見つめたジェリーは、にこりと笑う。
 「新しい子ね?
 マァ、科学班に女の子が入ってくるなんて嬉しいわぁv
 アタシはジェリーよんv ヨロシクv
 平静な顔でひらひらと手を振るジェリーに、リナリーとジョニーも目を丸くした。
 「お・・・驚かないの、ジェリー?!」
 「だってコイツ、そっくしなのに・・・!」
 声を詰まらせる二人に、ジェリーは小首を傾げる。
 「あぁ、タップにそっくりヨねぇ。
 だけど、女の子だってのは一目でわかるじゃない。
 ねぇアナタ、タップの兄弟か何か?」
 改めて微笑みを向けると、彼女は仏頂面のまま頷いた。
 「タップの妹。
 キャッシュって言うの」
 「そv
 よろしくねぇ、キャッシュちゃんv
 くすくすと笑って、ジェリーは手を差し伸べる。
 「その様子じゃあ、みんなからタップと間違えられ続けたみたいねぇ」
 「そう・・・こいつら、イキナリ抱きつくわ擦り寄るわなんなの。
 こんな堂々とセクハラが横行してんのって、問題じゃない?」
 ジェリーが差し出した手を握り返しながらぼやく彼女に、ジェリーは笑みを深めた。
 「そんだけ、アナタのお兄ちゃんが皆に好かれてたってことよん。いいことじゃない」
 「・・・・・・・・・・・・まぁね」
 ようやく屈託をぬぐったキャッシュが、微かに笑う。
 「よろしく」
 「ハイハイv
 歓迎会しないとね、と、華やかな声をあげた彼女になぜか、リナリーとジョニーが屈託のある目を見交わした。


 今回の引越しは大掛かりなものだったが、それが中央庁主導の元になされたためか、コムイが珍しくも真面目に働いたためか、巨大な組織の割には特に問題もなく終了し、業務もすんなりと進んでいた。
 それは、ジェリーの職場である厨房も例外ではなく・・・というより、ジェリーの指導が徹底していたために、教団内では最も問題なく機能している。
 だがそれは、厨房および食堂としての機能のみで、ジェリー自身はずっと、ぬぐいがたい屈託を抱えていた。
 ハロウィンパーティの準備などで忙しくしていた間は、その屈託も影を潜めていたが、11月に入るや喧騒も一時静まり、物思いにふける時間ばかりが長くなる。
 それでも、手は別物のように注文通りの品を作り上げていたが、その合間、思わずため息を漏らしてしまった。
 「・・・・・・ため息をつきたいのは私なんだが」
 憮然とした声に振り向くと、この教団でただ一人の女元帥が、不機嫌な表情で立っている。
 「アラん。
 クラウドちゃん、おめ・・・」
 「言うな!!聞きたくない!!」
 両手で耳を覆って首を振り、クラウドはジェリーの言葉をさえぎった。
 「なにが万聖節だ・・・!
 どうせならあと一日早く生まれていれば、誰からも思い出されず、ハロウィンに紛らわすことができたのに・・・!」
 ぶつぶつと低い声でぼやく彼女の肩に乗った小猿が、主を慰めるように絡みつく。
 「まぁまぁ・・・。
 ホラ、ラウちゃんだってお祝いしてくれてるわよ?」
 「あぁ・・・お前からの祝福は、喜んで受け取ろう・・・」
 11月初日、この元帥は一つ年を取った。
 だが、誕生日パーティをしようという団員達を、ほとんど脅す勢いで黙らせ、今日は平穏な・・・少なくとも、喧騒からは遠い朝を迎えている。
 「ジェリー、私からこんなことを言うのもなんなんだが、もし、サプライズ・パーティなんぞ企む輩がいたら、諦めるように説得してくれ・・・!」
 「んー・・・まぁいいけどぉ。
 年なんか気にすることないわよぉぅ。
 クラウドちゃん、すっごい美人ですものぉv
 「・・・・・・そう言うジェリーは確か、年を隠していなかったか?」
 反駁と共にじっとりと睨まれたジェリーは、気まずげな笑声をあげた。
 「カミングアウトしちゃったのよぅ・・・!
 去年のお誕生日パーティの時、酔っちゃってついうっかりと!」
 「危険な!!」
 クラウドが声を引きつらせる。
 「そ・・・そんなことがあるから油断ならんのだ!
 いいか、絶対にサプライズ・パーティなんてやめさせてくれよ?!」
 しつこく詰め寄るクラウドに、ジェリーがむくれた。
 「なーによぅ。
 アンタ同い年のクセに、自分だけ若い振りすんじゃないでしょーねぇ?」
 「わっ・・・悪いか!!」
 「ふんっ!
 6日だけど、アンタの方が早く生まれてんですからねーぇ!」
 「バカ!!大声で言うな!!」
 カウンターを挟んで掴みあう女達を、団員達が遠巻きに見つめている。
 「ホラホラ、みんな見てるわよーぅ?
 さっさと注文しなさいよ、バースデーケーキv
 「いらん!!」
 ジェリーのいたずらな口調に真面目に答え、クラウドは普通の・・・まったくいつも通りの朝食をオーダーした。
 「ふーんだv
 ケーキつけちゃえv
 こっそりと舌を出したジェリーは、朝食のトレイに小さなケーキも乗せ、ロウソクを立てて火を灯してやる。
 「クラウドちゃん、ハッピーバースデーv
 トレイをカウンターに出すや、大きな声をあげて拍手するジェリーと、その前で赤面するクラウドに団員達の視線が集まった。
 一瞬遅れて、
 「おめでとうございます元帥!!」
 「ハッピーバースデー元帥!!」
 食堂中から歓声が沸き、どこからかクラッカーまで鳴り出して、喧騒がクラウドを包み込む。
 それに紛れて、
 「元帥元帥v
 俺をプレゼントvv
 飛び掛ってきたラビを回し蹴りで沈め、クラウドは真っ赤な顔をしてジェリーを睨んだ。
 「ジェリー・・・・・・!!」
 「ホホホv
 他の子が企んでたなら止めてあげたけどぉ、アタシが企んだことは止めようがなかったわぁv
 クラウドに華やかな笑声を浴びせ、ジェリーは一日遅れのイタズラ成功に、楽しげに舌を出す。
 「プレゼントの赤ウサギ、煮てあげましょうか?」
 「こんなもの、ラウの餌にもならん!」
 言うやクラウドは、床に伸びたラビを冷然と踏みつけた。


 「あっぶねぇぇぇぇぇぇ・・・!
 姐さんにおいしく煮られちゃうとこだったさぁ〜・・・!」
 「馬鹿じゃない?
 ねぇ、馬鹿じゃない?」
 前半はテーブルに突っ伏すラビに向かって、後半は隣で不機嫌な顔をするリンクに向かって言ったアレンは、フォークにこれでもかと巻きつけたパスタを頬張った。
 「でも、今日だったなんて知りませんでした、クラウド元帥のお誕生日。
 なんでお祝い嫌がるんだろ?」
 アレンが首を傾げる横で、ラビがうっとりと両手を組む。
 「万聖節生まれだなんて、さすが俺の元帥さv
 いくつになったって、元帥が美人なのはかわんねーさねv
 「誰の・・・って?」
 「やはり煮られたいみたいですね、彼は」
 眉根をきつく寄せてお茶を飲んでいたリンクは、ふとカップから顔をあげた。
 「先程、6日違いというのが聞こえましたが、料理長の誕生日も近いのですか?」
 「7日ですよ、ジェリーさんのお誕生日」
 アレンが答えると、リンクはティーカップに向かって呟く。
 「ふむ・・・さそり座ですか。
 意外です。てっきり彼女はかに座だとばかり・・・」
 「えっ?!
 リンク、ホロスコープとか信じてんのっ?!」
 ラビとアレンが声を揃えると、リンクは更にきつく眉根を寄せた。
 「世間一般のイメージとして言っただけです。
 別に信じてなんか・・・」
 言い訳じみたことを言うリンクに、ラビがにこりと笑う。
 「今日のタイムズで、山羊座の運勢は?」
 「総合運5点中1点。最悪の運勢でした・・・って、何を言わせるんです、ジュニア」
 ぎろりと睨みつけられても、腹を抱えて笑い転げているラビには通じなかった。
 「そりゃー・・・ミランダにご注進しなきゃさね!
 あいつ、今頃絶対なんかやらかしてっから!」
 顔を強張らせて席を立ったリンクを見あげ、アレンはフォカッチャに噛み付く。
 「ホロスコープねぇ・・・。
 僕、本当の誕生日知らないから、あんまり考えたことなかったけど」
 「本当にクリスマス生まれだったら、お前も山羊座だな♪
 なにここ、山羊座に偏って運悪すぎ!!」
 テーブルを叩いて爆笑するラビを、アレンとリンクが揃って睨みつけた。
 「・・・うるさいですよ、しし座」
 「一番やかましいしし座」
 「一番不幸な山羊座よりマシだもんさv
 ・・・あ!いや!!」
 二人の殺気を敏感に感じ取って、ラビはカウンターを示す。
 「姐さんの誕生会はさ、きっとシェフ達が盛大にやるだろうから、俺らは逆にササヤカなプレゼントしねぇ?」
 「ささやか・・・?
 なんだか、ラビに一番似合わない言葉だなぁ」
 「一見して派手好きですからね」
 「・・・根に持つ男子は嫌われるぜ?」
 二人の攻撃に顔を引き攣らせつつ、ラビは不屈の精神で話を続けた。
 「なんか最近、姐さん元気ないしさ。
 みんなで賑やかにパーティしたあとに・・・」
 「ちょっと待ってください、ジュニア」
 「なんさ」
 提案を遮られ、不満げなラビの前でリンクは分厚い手帳を取り出す。
 「11月7日、ウォーカーは大陸での任務を命じられています。
 早朝出立予定ですので、パーティの参加は不可能ですね」
 「えぇー?!僕、参加できないのっ?!」
 「・・・自分のスケジュールくらい、自分で管理してはどうですか。
 私はあなたの秘書ではないのですよ」
 大声をあげるアレンを冷たく睨み返して、リンクは手帳を閉じた。
 「以上の点を踏まえた上で、提案を」
 「うんわ・・・カンジ悪・・・・・・」
 憮然と呟いてグラスを取り上げたラビは、既に氷だけになったそれを不満そうにテーブルに戻す。
 「・・・んじゃ、時間をずらすか。
 アレンが早朝出発なら・・・狙うは日付変更時さね!」
 「なんかそれ、コムイさんや神田や、リーバーさんの時もやったよね。
 世界で最初が今年のテーマ?」
 「せっかく、世界標準時の国にいるんだしな」
 にんまりと、ラビが笑みを浮かべた。
 「ママンの喜ぶこと、してやろーぜv


 食堂でそんな会話があったとは知らず、数日後。
 いつも通り厨房に立ち、カウンター越しに食堂を見遣ったジェリーは、寂しげな目を手元に落とした。
 ―――― 行方不明になっただけだって・・・思ってたのに・・・・・・。
 旧本部が襲撃された時、亡くなった団員も多かったが、瓦礫に埋もれ、あるいは敵に連れ去られて、行方不明になった者も多かった。
 いつまでも新しい食堂に現れない彼らの顔を思い出しては、気分がどんどん沈んでいく。
 「連れて行かれた子達は・・・ちゃんとごはん食べてるのかしら・・・・・・」
 思わず呟いた時、
 「ジェリぽーん!
 お腹すいた!
 おいしいごはんちょうだぁーいv
 不意に声をかけられて、飛び上がりそうになった。
 「あ・・・あら、コムたんっ・・・!」
 慌てる彼女を、コムイが気遣わしげに見遣る。
 「どうかした、ジェリぽん?」
 「うっ・・・ううん、なんでも!
 新メニュー考えてたら、ボーっとしちゃって・・・!
 っそうだ、コムたん!ちょっと試してみるぅ?」
 「うんっ!」
 大きく頷いたコムイに何とか笑みを返し、ジェリーはコンロに向き直った。
 ―――― とは言っても・・・なーんにも考えてないんだけど・・・・・・。
 それでも手は、鮮やかに食材を刻んでいる。
 熱した中華鍋に油を引き、音楽的なまでに優雅な動きで火を通すその様に、屈託や逡巡を読み取れる者など皆無だった。
 「はい、どーぞぉv
 あっという間に出来上がった料理をまじまじと見つめて、コムイが首を傾げる。
 「麻婆豆腐?
 でも・・・」
 ひき肉や豆腐など、具材は同じだが、四川風のそれとは違い、今彼の目の前にあるそれは黒かった。
 「なんて料理?」
 「麻婆豆腐でいいんじゃない?
 唐辛子を使わずに作ってみたの。
 代わりに黒胡椒を少々と・・・黒ゴマを使うのはアタシのオリジナルだわね」
 「へーぇ・・・黒い麻婆豆腐なんて初めて見た」
 感心しながらコムイは、カウンターに立ったまま、湯気を上げる料理にレンゲをくぐらせる。
 「アラそう?
 アタシ、天津で食べたわよ?」
 「そう?
 天津にはボクも行ったことあるけど・・・うまぁぁぁぁ!!!!」
 レンゲを口に入れた途端、絶叫したコムイを、食堂の団員達が何事かと振り向いた。
 「うっわびっくりした!すっごいおいしいヨ、コレ!!」
 「そう?よかったv
 「さすがだよジェリぽん〜〜〜〜!!!!天才〜〜〜〜!!!!」
 大仰に褒め称えられ、さすがに照れたジェリーが頬を赤らめる。
 「じゃあ早速、新メニューに加えて・・・コラッ!ケンカしないの、アンタ達!」
 コムイの背後に目をやったジェリーは、突如始まった掴みあいのケンカに目を尖らせた。
 「だって!!
 お腹がすいて死にそうなのに神田が邪魔するんだもんっ!!
 コムイさん僕もひと口ー!!」
 「るっせぇよテメェ!
 どさくさに紛れて割り込んでんじゃねぇ!!
 俺が先だろうがよっ!!」
 身を乗り出して前に行こうとするアレンを押しのけ、神田が進み出る。
 「やだー!!
 神田なんかどうせ、蕎麦しか注文しないんだから後でいいじゃん!!
 ジェリーさぁぁぁん!!神田が僕を飢え死にさせようとするよぉぉぉぉ!!!!」
 「だったら死ね!!今すぐ死ねぇぇぇぇ!!!!」
 「もぅ・・・!」
 抜刀した神田と抜剣したアレンに肩をすくめ、コムイを突くが、彼はそ知らぬ顔でレンゲを口に運びつつ、二人のケンカ見物をしていた。
 「コムたんったら!」
 仕方なく厨房を出ようとすれば、二人の傍らを飄々と通り過ぎたラビが陽気に手を振る。
 「ねーさんねーさん、ほっといていいさ、あんなの。
 それより俺にボンゴレプリーズv
 途端、
 「なに割り込んでんだっ!!」
 いがみ合っていた二人がいきなり団結して、ラビを蹴飛ばした。
 「コラー!!
 いい加減にしなさい!!」
 ポコポコとお玉で殴られ、神田とアレンは並んで頭を抱える。
 「二人とも、ちゃんとラビ拾ってらっしゃい!
 神田、いつものでいいんなら、ラビ拾ってくる間に作っておくわよ」
 「あぁ・・・それでいい」
 「やっぱおんなじじゃん!」
 「るっせぇよ高燃費モヤシが!!」
 「うるさい蕎麦人間!!」
 「やめなさいっての!!」
 お玉を掲げて脅すと、二人は脱兎の勢いでジェリーの攻撃範囲から逃げ出した。
 「まったくあの子達は、いつもケンカばっかして!」
 「あの二人を止められるのはもう、ジェリぽんくらいだねー」
 仲裁しようとしなかった言い訳か、コムイがわざとらしく笑いながら、空になった皿を置く。
 「ごちそうさまーv
 すっごくおいしかったよんv
 あ、デザートプリーズv
 カウンターに立ったまま、デザートまで済ませようとするコムイにも、ジェリーは呆れた風にため息をついた。


 「あ、お帰りなさい、兄さん。どうだった?」
 科学班でお茶汲みをしつつ兄を待っていたリナリーが問うと、彼はわずかに眉根を寄せて頷いた。
 「キミの言った通りだったね。
 ジェリぽん、すごく元気ないや」
 最近ジェリーの元気がない、と、リナリーに相談された時は、クラウドと同じく、年を取ることに抵抗があるためだろうと思っていたが、どうもそうではないようだ。
 「なんだかぼーっと、食堂を見てるんだよねぇ・・・。
 もしかして、亡くなった子や、連れてかれちゃった子のこと考えてるのかなぁ・・・・・・」
 「ジェリーは・・・団員全員の顔を覚えてるくらいだもん・・・。
 きっとすごく寂しい思いをしてるんだよ・・・」
 悄然と肩を落とした妹に微笑み、コムイはその、俯いた頭を撫でてやった。
 ―――― 辞めるなんて、言い出さなきゃいいけど・・・。
 口にできない思いを胸中に沈め、不安げな顔をするリナリーに笑みを深める。
 「大丈夫だよ。
 ジェリぽんのことだもん・・・」
 二年前、やはり多くの団員を失った時も、彼女はここに留まってくれた。
 「キミやアレン君・・・彼女の可愛い子供達がいる限り、どこにも・・・」
 はた、と言葉を切ったコムイに、リナリーがますます不安げな顔をする。
 「あぁ・・・うん、すぐに元気になるよ!すぐにね!」
 やや慌てて言い募ったコムイを、じっと見あげていたリナリーは、しばらくして、ゆっくりと頷いた。
 だがその直後。
 「神田――――――――!!!!」
 新しい修練場で座禅中の彼を襲ったのは、およそ物分りがいいとは言えないリナリーの絶叫とボディ・アタックだった。
 「・・・ってめェ!!
 音速でぶっ飛んでくんのはやめろって何度言やぁ・・・!!」
 全身に受けた擦過傷からだくだくと血を流しつつ、神田は自分にのしかかるリナリーを押しのけようとするが、今のリナリーに聞く耳はない。
 「ジェリーがいなくなったらどうしようー!!!!」
 神田の手をかいくぐって彼の胸に縋り、泣きじゃくるリナリーに、神田は諦めきったため息を零した。
 「・・・わかるように話せ」
 「ずっとジェリーの元気がなくてっ・・・!兄さんに見てきてもらったらっ・・・やっぱり元気ないって言われてっ・・・!!」
 しゃくりあげつつ懸命に言いながら、リナリーは押し倒した神田の胸に突っ伏した。
 「こないだの襲撃でっ・・・ジェリーと仲良かった人達がっ・・・何人も死んじゃったりっ・・・連れてかれちゃったりしたしっ・・・・・・!
 こっ・・・これで二度目だよ?!
 ううん、三度目・・・違う、何度目・・・?
 ・・・っとにかくもう、こんなとこヤダって思うよ!
 辞めちゃおうって思ってるよ!!」
 「・・・・・・とりあえず、俺の上からどけ」
 ようやく血は止まったものの、したたかに殴打してくらくらする額を押さえ、神田はリナリーごと身を起こす。
 「・・・・・・つまり?
 こないだの襲撃で大勢死んだから、ジェリーがへこんで辞めたがってるってことか?」
 「うんっ!!
 兄さんはどこにも行かないなんていってたけど・・・違うんだよ!
 兄さんがこんなことを言う時はね、『どこかに行くかもしれない』って思ってる時だよ!
 私に気を使ってるんだ・・・!」
 「・・・俺には気を使う気はねぇのか?
 どけっつってんだろ!」
 再び言われて、リナリーはようやく神田の上からどいた。
 「俺じゃなきゃ即死だったぞ、今の・・・」
 ぶつぶつとぼやきつつ、座りなおした神田は、自分をじっと見つめるリナリーにまたため息を零す。
 「辞めるかどうかなんてそんなの、あいつ自身が決めることだろ。
 ほっとけよ」
 「やだっ!!」
 即答したリナリーを、神田はムッと睨みつけた。
 「じゃあどうしろってんだ?
 逃げらんねぇように首に縄でもつけて、厨房に繋いどくのか?」
 「採用!」
 「待て!」
 早速踵を返したリナリーの襟首を掴み、再び座らせる。
 「冗談だろ。わかれよ」
 「そんな怖い顔で冗談言われてもわかんないよ!」
 ヒステリックな声をあげるリナリーにきつく眉根を寄せ、神田は冷たく手を払った。
 「だったらその手の相談は、もっと悪知恵の働く奴らにするんだな。
 俺の守備範囲じゃない」
 「う・・・うん・・・」
 そう言われるだろうことはわかっていたが・・・頷きながらもリナリーは、今度は中々立ち上がろうとしない。
 「なんだ?」
 「だって・・・」
 神田に問われ、リナリーは俯いた。
 「こんなこと、アレン君やラビには言えないよ・・・」
 おそらく、ジェリーの屈託に気づいていないだろうアレンやラビに相談するのははばかられたし、話を大きくして、本当にジェリーが去ってしまっては困る。
 「・・・ったく。
 めんどくせェな、お前は」
 「・・・・・・ごめん」
 物事を悪い方に考えてしまうのは、昔からのリナリーの悪い癖だ。
 わかってはいるが、どうすることもできない。
 悄然とする彼女を横目で見遣り、神田は深々と吐息した。
 「だからお前は根暗だってぇんだよ」
 「なっ・・・!!」
 目を吊り上げて顔をあげたリナリーに、神田が口の端を曲げる。
 「根暗は根暗のやり方でオトしゃいいだろ。
 ジェリーのこった、ガキの涙ですぐ釣れるぜ」
 「う・・・うん・・・!」
 頷いて、リナリーは神田の服の裾をつまんだ。
 「なんだ」
 「い・・・一緒にいこ・・・?」
 不安げな上目遣いで見つめても、中々頷いてくれない神田の裾を、リナリーは更に引く。
 「お願い・・・」
 「・・・・・・・・・・・・わかったよ」
 舌打ち交じりの答えに、リナリーは詰めていた息をほっと吐き出した。


 その日、深夜近くになって。
 ようやくその日の業務を終えたジェリーは、長い回廊を部屋へと向かっていた。
 「やれやれ・・・今日も忙しかったわねぇ・・・」
 でも、と、顎に指を当て、小首を傾げる。
 「あの子達、かなりウデを上げたから、アタシの負担は随分減ったわね」
 これならばもう、自分がいなくても大丈夫かもしれないと、ここ数ヶ月、何度も胸に去来した思いがまた湧きあがった。
 「任せて・・・みようかしら・・・・・・」
 呟いたジェリーは、自室のドアを開けた途端、足元に落ちてきた封筒を拾い上げる。
 「アラアラ、何かしらね?」
 ドアの隙間に挟まれいたらしいそれを開けると、小さな鍵とカードが入っていた。
 「なんの鍵かしら?」
 呟きながらカードを開くと、そこには見覚えのある字で、
 『今宵0時 礼拝堂に来られたし』
 と、気取った文言が書いてある。
 「・・・なにカッコつけてんのかしら、あの子」
 クスクスと笑って、ジェリーは懐中時計を取り出した。
 「あと10分・・・まぁ、ゆっくり行けば頃合かしらね」
 一旦は開けたドアを再び閉めて踵を返し、ジェリーは長い回廊を、礼拝堂へと向かう。
 「もしかして・・・何かやってくれるのかしら?」
 今夜0時・・・ジェリーの誕生日になる時間に呼び出すということはそうだろうと、ジェリーは笑みを零した。
 「変なイタズラじゃなきゃいいけどねぇ」
 久しぶりに楽しい気持になりながら、ゆっくりと歩いてたどり着いた礼拝堂のドアの前で、もう一度懐中時計を取り出す。
 回廊の淡い光に照らされた文字盤を見て軽く頷くと、ジェリーは取っ手に手をかけた。
 だが、
 「アラ?
 開かないわね」
 まさか、と、同封されていた鍵を差し込むと、くるりと回る。
 「ちょっとぉ・・・勝手に合鍵なんか作っちゃって、司祭様に叱られるわよぉ・・・・・・」
 やや不安になりながらドアを開けると、そこはまだ、細く短い廊下になっている。
 だが3段ほどの低い階段をあがれば、いきなり視界は360度開け、円筒状に伸びる壁一面に御子や聖母、天使や聖人達のステンドグラスが並んでいた。
 「いつもながら・・・見蕩れちゃうわねぇ・・・」
 ひそやかな囁きも、綿密に計算された音響によって礼拝堂の隅々まで響く。
 と、まるでその囁きに答えるかのように、歌とヴァイオリンの音色が流れてきた。
 「・・・・・・天使のパン」
 聖歌の中でも比較的新しいそれに微笑んで、ジェリーはステンドグラスの中に隠れる『天使達』を探す。
 「見つけたわ、アレンちゃんv
 「えへv
 3階分ほどの高さから軽々と飛び降りた彼は、ジェリーの前に上手に着地した。
 「そして・・・ラビ!
 招待状をありがとうv
 「へへv
 姐さん、びっくりしたさ?」
 「えぇv
 それと・・・あぁ、いたいた、リンクちゃんv
 アンタ、楽器演奏までできるのねぇ・・・」
 「どうせならアヴェ・マリアにするよう提案したのですが、ウォーカーがどうしても『天使のパン』がいいというので・・・練習不足でお聞き苦しい点はご容赦を」
 堅苦しい言い様にくすくすと笑声をあげ、ジェリーは三人を一度に抱きしめる。
 「すごく嬉しいわv
 と、アレンも大好きなママンの腰に抱きついて、大きな笑みを浮かべた。
 「お誕生日おめでとうございます、ジェリーさんv
 僕、夜が明けたら任務に連行されちゃうんで、今のうちにお祝いです!」
 「まぁ・・・無事に帰っていらっしゃいね」
 気遣わしげな声と共に、ジェリーが彼らを抱く腕に力を込める。
 「・・・料理長には、いつも厨房を使わせていただいてますから」
 ジェリーの左腕に抱き潰されそうになりながら、リンクが苦しげな声をあげた。
 「感謝を表明するのに良い機会かと判断しまして、司祭に鍵をお借りしました」
 「ま・・・じゃあ、司祭様に怒られることもないわね!よかったわぁ・・・」
 ジェリーがほっと吐息すると、彼女の右腕に抱かれたラビが、陽気な笑声をあげる。
 「俺はパーティにも参加するさねv
 でも・・・なんか姐さん、最近元気なかったからさ、俺達だけでちょっと変わったことやろうと思ったんさ!」
 「あ・・・アラ、アタシ・・・そんなに元気なかった?!」
 慌てて問い返すと、三人は揃って頷いた。
 「さすがに・・・今回のは辛かったですよね・・・」
 「しかし、気丈に振舞われる料理長には敬意を表したいと思います」
 「姐さん!姐さんはいつまでも、ここにいてさ!
 そんで、俺らにうまいメシ作ってくれよ」
 にこりと笑ってラビが、ジェリーの腕の中からすり抜ける。
 続いてリンクが、最後にアレンが身を離して、彼女の前に並んだ。
 ラビが気取って一礼すると、二人も続く。
 「美人で優しい姐さんにv
 言うや、ラビはマジシャンのように虚空から取り出した小さな花束を、ジェリーに差し出した。
 「ま!」
 目を丸くして受け取った彼女に、更に違う色の花束が差し出される。
 「僕、ジェリーさんのごはんが食べたくて戻ってくるんですよ。
 僕が生きて戻ってこれるのは、ジェリーさんのおかげですv
 「・・・っアレンちゃん!」
 「もうしばらくは・・・よろしくお願いします」
 照れているのか、殊更憮然とした口調でリンクも花束を差し出した。
 「リンクちゃんまで・・・!」
 感涙に咽び、ジェリーは花束を持った手で、また三人を抱きしめる。
 「ありがとう〜〜〜〜!!!!」
 ついさっきまで、彼女の胸中を占めていた屈託はすっかり拭われて、代わりに溢れ出した暖かな気持ちで満たされた。


 アレン達と別れ、機嫌よく部屋に戻ったジェリーは、ドアがわずかに開いているのを見て、首を傾げた。
 「アラやだ。アタシ、開けっ放しで行ったかしら」
 呟きながら、何気なくドアを開けた途端、
 「ジェリー!!!!」
 部屋の中に潜んでいた子供に飛び掛られて、悲鳴をあげそうになる。
 「なっ・・・なになに・・・きゃああああああああああ!!」
 咄嗟に飲み込んだ悲鳴だが、飛び掛ってきたものの姿を見るや、喉から迸り出た。
 「んなっ?!ちょっ・・・ええええええええ?!」
 驚きのあまり腰が砕け、ジェリーは子供を抱えたまま膝をつく。
 と、彼女の肩をとんとん、と、誰かが叩いた。
 ぎこちなくそちらに視線を向けると、恐ろしく目つきの悪い子供が、彼女をじっと見詰めている。
 「えええええええ?!
 なにこれ?!夢?!」
 もう何年前になるのか・・・ジェリーに抱きついた子供と、彼女の肩を叩いた子供は、忘れようもない、初めて会った頃のリナリーと神田だった。
 「夢じゃないよ。リナリーだよ」
 ジェリーの胸に縋りついた少女が、大きな目で彼女を見上げる。
 「・・・科学班が作ったアホな薬で、昔の姿に戻ったんだよ」
 憮然と言うその口調は・・・確かに『今の』神田だった。
 「そっ・・・そんな薬があるのっ・・・・・・?!」
 にわかに信じがたいことだが、目の前の子供達がそれを証明している。
 「ジェリー・・・お願いなの・・・!
 リナリーを置いて、どこにも行かないで・・・・・・!」
 「・・・・・・っ」
 ラビやアレンとは違う言葉で、しかし、同じことを言われ、ジェリーは思わず息を呑んだ。
 と、
 「お前がいなくなると・・・蕎麦が食えなくなるんだよ」
 ジェリーの髪を引きながら、そっぽを向いた神田が呟く。
 「そうね・・・・・・」
 リナリーと一緒に神田も抱き寄せ、ジェリーは懐かしい姿になった二人を抱きしめた。
 「どこにも行かないわよ、アタシは・・・どこにもね」
 アレン達に抱いた感激とは別種の感動に満たされて、ジェリーは二人の背を優しく撫でる。
 「だから、心配しないで。
 アタシはここで、アンタ達の帰りを待ってるからね?」
 にこりと笑って頭を撫でてやると、リナリーはぽろぽろと涙をこぼしながら、神田は相変わらず憮然として、頷いた。


 11月7日の夜が明けて。
 いつも通り厨房に立ったジェリーは、カウンターに寄ってきたミランダに笑みを向けた。
 「オハヨーミランダv
 アンタ最近、お肌の艶がよくなってきたわねぇv
 一所懸命食べさせた甲斐があったわぁv
 入団した頃に比べて、格段に顔色の良くなった彼女は、ばら色の頬に照れ笑いを浮かべる。
 「ジェリーさんのお料理がおいしいから・・・・・・。
 でもつい食べ過ぎちゃうのが問題ですけど・・・」
 「アンタは食べ過ぎるくらいで丁度いいのよぉう!
 まーだまだ細すぎるくらいですもんねぇ」
 でも、と、ジェリーは自分の作品を見つめる芸術家のような目でミランダの全身を見つめた。
 「出るトコは出てるから、今のペースが丁度いいのかしら?」
 「えっ?!ちょっ・・・ジェリーさん!そんな大きな声で・・・!!」
 真っ赤になったミランダが、慌ててカウンターに詰め寄ると、その傍らに、ぴょこ、と、小さな頭が飛び出す。
 「ジェリー!!
 私もミランダと同じの食べたら胸おっきくなる?!」
 まだ小さなままのリナリーの声は甲高く、食堂中に響いた。
 更に慌てたミランダが、リナリーの口を塞いで抱えあげ、ジェリーは思わず苦笑を浮かべる。
 「マァそれは・・・無理じゃないかしらねぇ・・・。
 この子、ほっそいのに元から胸はあったし」
 「なんでっ!!
 いっ・・・今は子供だから無理でも、もっと大人になったらおっきくなるはずだもんっ!!」
 「ちょっ・・・リナリーちゃん!!」
 じたじたと足をばたつかせて暴れるリナリーをもてあまし、ミランダは彼女をカウンターに座らせた。
 「だから・・・西洋人はみんなこんなものなんですってば・・・」
 自分の言葉にすら真っ赤になって、ミランダは顔を覆ってしまう。
 だがリナリーは、そんな彼女に頑迷に首を振った。
 「そんなの嘘だよ!!
 リナはずっと西洋で育ったんだもん!
 食べ物一緒なんだから、絶対おっきくなるもん!!」
 容姿と共に精神年齢まで幼くなってしまったのか、今日のリナリーにいつもの冷静さはない。
 「ホラホラ、ちょっと落ち着きなさい、アンタ。
 レディがそんなにワガママじゃいけないわ」
 ジェリーが苦笑を深めると、リナリーはぱんぱんに頬を膨らませた。
 「だって神田、酷いんだよ?!
 詰め物するなって言うから自前で勝負したのに、そんなに不自由してるなんて知らなかったとか言うし・・・!!」
 そう言ってリナリーは、カウンターに小さなこぶしを叩きつける。
 「絶対・・・絶対見返してやるんだから・・・!」
 「ほかの事で見返しなさいよ・・・・・・」
 深々とため息をついて、ジェリーは小さなリナリーの頭を撫でてやった。
 「でも・・・まぁ、そうねぇ・・・。
 美人になる料理は、研究してみようかしらね。アタシのためにもv
 ジェリーがくすくすと軽やかな笑声をあげると、リナリーが大きく頷き、ミランダも期待に満ちた目で彼女を見返す。
 そのうちに、いつまでもカウンターからどかない彼女達に痺れを切らした団員達が次々とジェリーに注文の声をかけ、間もなく食堂は、いつもの賑やかさで満たされた。
 その様を、ジェリーは厨房から満足げに見つめる。
 数ヶ月前、100年間明かりを灯していた城の火は消えた。
 だがその火は、この新しい城に受け継がれ、これからも常に火と明かりを灯すことだろう――――・・・。




Fin.

 










1日遅れですみません、2008年ジェリー姐さんお誕生日SSでした!
題名はデンマークの家庭料理の名前で、『燃える愛』と言うそうです(笑)
家庭料理なのにすごい名前ですな(笑)
今回、イメージが『世界の社食から』(@サラリーマンNEO)だったので、題名もそこで紹介された料理の名前にしてみました。
そして実はこのお話、去年のジェリ姐お誕生日に使おうと思っていたネタなんですが、1年寝かせたら色んな情報が入ってきて、ずいぶんおいしくなりました(笑)
このSSの主な舞台は、ジェリ姐がいつもいる場所、『カウンターの向こう』なんですが、その中で姐さん、色んなことを見て、色んなことを考えているんだろうなぁと思います。
ちなみに、途中で出てくる礼拝堂は、新本部がウェストミンスター寺院によく似ていると思ったものですから、この中にある『ChapterHouse』を参考にしています。
実際は、聖人の他に女王と王族なんですけどね(笑)
まぁ、カトリック教団なので、ステンドグラスは御子と聖母、天使と聖人くらいが無難でしょう。
機会があればどうぞご覧ください。とってもきれいですよv












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