† SHINE †






 ・・・・・・この地に我が城を築く。
 地の神々よ、我が城を守る力となれ。
 その代償として、我が一族の血を捧げる―――― 我らが血をもって、この地と地祇を守ると誓う・・・・・・。

 ・・・その誓約がなされて、既に百年。
 外界では相変わらず争いが絶えないというのに、地下世界にまではその喧騒も届かない。
 百年一日のごとく平穏な日々を重ねる暗闇の中で、静かにまどろんでいた土地神に、しかし、声をかける者がいた。
 「・・・・・・なんだよ」
 あくび混じりに応えた彼女は、再度呼ばれて渋々扉の外に出る。
 「フォー」
 珍しく機嫌のいい主の声に、フォーは目をこすりつつ首を傾げた。
 「どうした?政敵でも死んだか」
 寝起きに物騒なことをぬかす土地神に肩をすくめ、彼は腕に抱いた赤子を見せる。
 「次の主だよ」
 「・・・・・・・・・・・・ふん。貧相なガキ」
 長い間の後、鼻を鳴らしたフォーに、彼は苦笑した。
 「でも、ま、これでチャン家が途絶える心配は一時解消だな。
 あたしが消える心配も、一旦はなくなったわけだ。
 そう考えればラッキーだな」
 彼の祖父が残した、最大の遺産である彼女は、けして素直に心情を明かすことはない。
 だが、この地下世界に生まれてからずっと、彼女と共にいた彼は、フォーのわかりにくい祝意に笑みを零した。
 「チャン家が途絶えぬよう、この子を守ってくれよ」
 「あぁ、それがあたしの役目だからな」
 殊更そっけなく言って、フォーは凛と目を上げる。
 「で?
 このガキの名前は?」
 むぅ、と、唇を尖らせて問う彼女に、彼は笑みを深めた。
 「バクだよ。
 バク・チャン。
 おまえの、4番目の主だ」


 それから既に30年・・・・・・30年!
 フォーは安らかに眠るバクの、暢気な寝顔を見て、思わずため息を漏らした。
 「起きろ三十路」
 「誰が三十路だゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 がばぁっと身を起こしたバクは、寝起きとは思えない苛烈な動きでフォーに詰め寄る。
 「今すぐ訂正せんかっ!!」
 「するか、今日で三十路」
 「勝手に名前をつけるなっ!!」
 平然と言い返すフォーに鼻息も荒く抗議すると、彼女は口の端を曲げて意地の悪い笑みを浮かべた。
 「はぁっぴーぃばぁーすでーバクv
 三十路になったお前に、あたしからのお願いなんだけど」
 ベッドに飛び乗ったフォーは、四つん這いになってバクににじり寄る。
 「な・・・なんだ?!」
 驚いてのけぞったバクに更に詰め寄り、フォーは珍しくも真剣な顔でバクの両肩に手を乗せた。
 「頼む・・・!
 そろそろ嫁もらって、子供作ってくれ・・・・・・!」
 「・・・っはぁ?!」
 突然の要請に目を丸くした彼の胸倉を、フォーはがっしりと掴む。
 「わかってるか、今の状況?
 この百年間、あたしが一所懸命守ってきた地下聖堂だけど、伯爵はあっさりとここの結界を破りやがった・・・!
 おまけに戦は激しくなる一方だし、いつ何時お前の身に災厄が降りかからないとも限らない・・・!
 実際、あたしの手の届かないところでなんぞ死にかけやがって、バカバクが・・・!」
 激しく胸倉を揺すられ、バクの首が外れんばかりに振れた。
 「フォ・・・!!やめっ・・・!!」
 目を回すバクの抗議に、フォーは激しく首を振って絶叫する。
 「もうのんびりしちゃいられないんだよ!
 チャン家の血が途絶えれば、この地に封印された神は解き放たれ、何よりもまず、あたしが消えちまう!
 だからバク、今すぐ本部に行ってだな、リナリー・リーを嫁にもらって来い!」
 「なんでそうなるっ?!」
 激しくまくし立てられ、一瞬別世界に旅立っていたバクの意識が、最後の言葉で現実に戻された。
 「リッ・・・リリリッ・・・リナリーさんに求婚しろだとっ?!」
 「そう。
 あたしもなぁ・・・チャン家の嫁にはもうちょっとしっかりした・・・むしろお前よりも年上の女がいいんじゃねーかと思ってたんだけど、どーもお前ロリコンみたいだし、こうなったら仕方ねーや。
 後ろ盾がコムイくらいしかいないのが気になるけど、お前が教団での出世よりあの娘の方がいいってんだったらあたしも・・・」
 「だからちょっと待てっ!!」
 眉間にしわを寄せたフォーの、滔々と流れる言葉を、バクが悲鳴じみた声で遮る。
 「誰がロリコ・・・いやそれはいい!!良くないが話がややこしくなるから今はいい!!
 なんでいきなり求婚にまで発展しとるのだっ!!」
 「いきなりじゃねぇだろ。
 お前一体、何年あの小娘の追っかけしてんだ」
 「いいだろがっ!!」
 「よくねぇよっ!
 あたしももう、100歳だぞ・・・!
 老い先短いんだからさぁ・・・早くこのばぁばにひひ孫を見せて安心させておくれよぅ・・・!」
 「お前いつの間にオレ様のひひ婆になったのだっ!!」
 外見年齢で言えば、バクの3分の1ほどしかない幼女にわざとらしく泣きつかれ、彼は真っ赤になった顔を毛布で覆った。
 「・・・ったく、朝っぱらからやかましい!
 もうちょっと寝かせろ!」
 「・・・後悔すんなよ?」
 「それはどういうっ・・・フォー?」
 聞き捨てならない口調と台詞に驚いて、バクが毛布から顔を出すが、もうそこにフォーの姿はない。
 「・・・・・・なんだったんだ、まったく!」
 忌々しげに吐き捨てて、またベッドに潜り込んだが・・・気になって寝直すこともできず、バクは渋々起き上がった。


 「・・・これはおはようございます、バク様!
 珍しくお早いですな」
 甲斐甲斐しく朝食の準備をしていたウォンが、自力で起きてきたバクに、意外そうに目を見開く。
 「今から参ろうと思っていたのですが・・・」
 やや言い訳じみたその口調に、バクは訝しげに眉根を寄せた。
 「なんだ?何かあったのか?」
 「いえ・・・その、大したことでは・・・・・・」
 と、ウォンは更に慌てて手を打つ。
 「そっ・・・そうでした!
 バク様、お誕生日おめでとうございます!
 私としたことが、真っ先にお祝いを申し上げないとは・・・!」
 不覚、と、肩を落とすウォンに、バクは鼻を鳴らした。
 「別にいい。
 めでたくもなんとも・・・・・・フォーめ!」
 突然起きぬけの騒動を思い出し、バクが忌々しげに舌打ちする。
 「おい、ウォン!
 フォーの奴、なんだか様子が変だったが・・・・・・」
 言いかけるや、ビクッと飛び上がったウォンの様子に、バクは言葉を切った。
 ウォンが震える手で出した茶を飲みながら、じっとりと彼を睨みつけていると、あらぬ方向に目をさまよわせていた彼は、諦めたように肩を落とす。
 「じ・・・実は・・・・・・」
 どさりと、テーブルに置かれた分厚いファイルに、バクは瞬いた。
 その表紙には、中央庁監査役長官の名が記してある。
 「・・・なんだ、仕事か。
 あの蛇が、また難題吹っかけて来たのか?」
 茶を飲み干してから、バクはファイルを取り上げた。
 「あのヤロウ、僕がちょっとウォーカーを庇ったからって、最近妙に絡んでくるようになったからな」
 さては監査官に酷い嫌味でも言われたかと、バクはやや気の毒そうな目でウォンを見遣る。
 「あいつの言うことなど気にするな。
 他の支部はともかく、このアジア支部は、チャン家の者でなければ100%活用できはせん。
 いかに中央庁が欲しがったとしても、ここの長はチャン家以外の者ではありえんのだからな」
 言って、バクはふと眉根をひそめた。
 「バク様・・・?」
 気遣わしげに主人の顔色を伺うウォンに、バクは首を振る。
 ―――― フォーは、蛇めの嫌味を聞いたのか。
 それで突然、結婚しろだの子供をつくれだのと言い出したのかと、バクは納得してファイルをめくった。
 途端、目を見開いてページをめくる手を早める。
 「なっ・・・・・・!」
 めくってもめくっても、現れるのは着飾った令嬢の写真と、そのプロフィールだ。
 「なんっだこりゃああああああああああああああああ!!!!」
 「お見合い写真でございますっ!」
 主人の絶叫に怯えつつ、ウォンが悲鳴じみた声で答える。
 「さっ・・・先ほど、監査役長官自らおいでになりまして、ぜひともバク様にご覧頂きたいと・・・!!」
 「なんであいつが見合い写真なんか持ってくるのだ・・・いや、待てよ・・・?」
 バクはもう一度最初のページから、プロフィールを確認した。
 「・・・・・・どの娘も、ルベリエの一族の娘ではないか!
 あの権力の亡者めが・・・・・・・・・・・・!!」
 閉じたファイルを、バクは力まかせにテーブルに叩きつける。
 「とうとうオレ様の血を狙いだしやがったなっ!!」
 バクは、心底おぞましげに声を震わせた。
 「とっとと突っ返せ!!」
 「しっ・・・しかしっ・・・!!」
 引き攣った声で、ウォンは反駁する。
 「こ・・・これは長官自らお持ちになったのです・・・!
 邪険にすれば、バク様の中央でのお立場が・・・・・・!」
 言われて、バクは爪を噛み締めた。
 教団創立者の血を引く者として、中央庁の顕職をも狙っている彼が、中央庁の中枢にいるルベリエ家の当主と敵対することは甚だまずい。
 だが、彼にとってアジア支部の長の地位は・・・いや、もっと直裁に、この地下聖堂は絶対に手放せないものだった。
 爪を噛んだまま、黙り込んだ主人の思考を邪魔しないよう、ウォンは息を潜めて彼を見守る。
 やがて、指を下ろしたバクは、目は一点に据えたまま、低く声をあげた。
 「フォー・・・」
 ややして、この聖堂を守る神が現れる。
 いつも傍若無人に振舞う彼女はしかし、今回はバクの苦い表情に眉をひそめ、黙って彼の傍らに控えた。
 と、バクは彼女を見ないまま、低く問う。
 「正直に言え・・・。
 僕の血に・・・いや、チャン家の直系に『適合者』の血を混ぜることには、賛成か?」
 「いいや」
 即答した彼女に、ウォンが何か言いかけたが、フォーは無視してテーブルに腰掛けた。
 「あたしはこの聖堂を・・・ひいてはチャン家を守るよう、役目を与えられたんだ。
 その立場から言わせてもらえれば、適合者の血を混ぜることには反対だ」
 フォーはバクと視線を合わせないまま、きっぱりと言う。
 「それは・・・万が一にも、我が家から適合者を輩出しないためか」
 「そうだ」
 並んでいながら、正反対の方角へと視線を据える二人は、まるで自問自答するかのように低く呟いた。
 「お前がどうしてもあの娘・・・リナリー・リーじゃないといやだって言うんなら・・・・・・。
 そしてそれをあたしに認めさせるために、何年も追いかけてたってんなら・・・もうしょうがないかな、とは思ったけどな。
 ―――― 少なくとも、ルベリエ家よりはマシだ」
 目を険しくして、フォーは袖状の手にこぶしを作る。
 「あの家はダメだ・・・自分の子を、神に捧げる責を負うあの家だけは・・・!」
 テーブルにこぶしを叩きつけ、フォーは鋭い視線でバクの横顔を睨んだ。
 「チャン家の血の一滴たりとも、無駄には流させない―――― それがあたしの役目だ!」
 「・・・・・・わかっている」
 激昂したフォーとは逆に、バクは感情の消えた声で呟く。
 「僕は・・・この聖堂を守るために生まれ、生きて・・・守る者を残さなきゃいけない。
 だから・・・・・・・・・」
 その先の言葉は、バクの喉から出ることはなかった。
 無表情な彼の、抑揚のない声に一瞬、フォーは酷く傷ついたような、今にも泣きそうな表情を浮かべたが・・・すぐに彼と同じく、表情から感情を消す。
 「・・・・・・聞きたいことはそれだけか?」
 「あぁ・・・・・・」
 「じゃあ・・・戻る」
 振り払うようにバクから視線を剥がし、とん、と、飛び降りた床の中へと沈んでいった彼女と、未だ無表情のままのバクの間で、ウォンはおろおろと視線をさまよわせた。


 ―――― あいつは・・・子孫になんてことを課したんだろう・・・・・・。
 教団の創設メンバーであり、アジア支部となった地下聖堂の建設と、土地神の封神までやり遂げた偉大な錬金術師は、その直系の子孫のみが封じられた神を操ることができるよう、自身の血に術を施した。
 ために、教団内の『名家』の中でも、チャン家は特殊な存在として、アジア支部長を世襲してきたのだ。
 ―――― 日の当たる場所から遠ざけて・・・一族全てを地下に閉じ込めて・・・・・・。
 封じられた扉の奥で、フォーは膝を抱えた。
 ―――― なぜ・・・自由を奪った・・・?
 自身もまた、自由を奪われた存在でありながら、フォーはチャン家の・・・いや、バク自身の行く末を思わずにはいられなかった。
 かつて偉大な錬金術師は、自身の血を受け継ぐ全ての者をこの迷宮に閉じ込めたが、今、その血を持つ者はバクを含め、わずかしかいない。
 暗い地下世界では、多くが心身に何らかの病を得、幼くして命を失った者も多かった。
 外敵からならば、身命を賭しても守っただろう。
 だが、彼ら自身の中に潜む敵からは、守りようがなかった・・・ずっと。
 ―――― あいつもあたしを置いていくのか・・・・・・?
 そう思うと居たたまれなくなって、フォーは神の分際で、『科学』という魔法に頼った。
 バクが生まれて、間もない頃のことだ。
 それは端下の者達が怯えていたように、呪いや祟りだけはありえないと、神たる身ゆえに知っていたからでもあった。
 医学を修めた者達をせっつき、チャン家や、この家に従って地下に封じ込められた者達の早世の理由を探らせ、それが陽光から遠ざけられたがゆえとわかって・・・フォーは、ようやく安堵できたのだ。
 それ以降、生まれたばかりのバクはもとより、チャン家の者を死なせるわけにはいかないと、フォーは彼らに、日中はできるだけ結界の外に出るよう命じた。
 だが、錬金術師の子孫達は、生まれ育った地下聖堂を・・・フォーの守護下から出ることを極端に恐れ、一歩たりとも外へ出ようとしない。
 ためにフォーは、その小さな手に、更に小さなバクを抱いてこっそりと・・・当主らの目を盗んでは、度々陽光の下へと出て行った。
 西洋の血を受け継ぐバクの白い肌は、陽光の下で紅く色づき、金色の髪が光を弾いてきらきらと揺れる。
 その様がとても好きで、フォーは彼の両親が、いなくなった乳児を必死に探し始めるまで、ずっと彼と共に日の当たる場所にいた。
 そのおかげで彼も、一族の中では比較的健康に育ったのだが・・・。
 「背は、伸びなかったなぁ・・・・・・」
 ふぅ、と、フォーはため息混じりの苦笑を浮かべた。
 「まぁ、環境が環境だ。
 仕方ないか」
 度々外に連れ出したとは言え、あの年の子供達と比べて、彼が陽光を浴びた時間は極端に少ない。
 骨も脆く、転んだだけで骨折した時には、フォーの方が死にそうに慌てたものだった。
 「あの時も大変だったけど・・・だけど・・・・・・」
 ずっとあの時のまま、時が止まっていれば・・・。
 そんな、埒もないことを考えて、フォーは苦笑を深めた。


 一方のバクは、フォーが去ってかなりの時間が経った後、組んでいた指を離して立ち上がった。
 「・・・ウォン、僕は本部に行ってくる」
 「えっ・・・えぇっ?!どっ・・・どうなさるので・・・・・・」
 不安げな部下に一瞥もくれず、バクはファイルを手に踵を返す。
 「決まっている。
 あの蛇に直接、ナシつけてやる」
 「おおおお供しますっ!!」
 ウォンが震える声をあげると、バクは彼を返り見て、ちらりと笑った。
 「やめておけ。
 蛇の毒牙にやられるぞ」
 言うや、すたすたと部屋を出て行った主人を追うこともできず、ウォンはその場に立ち竦む。
 「ど・・・どうぞ、お気をつけて・・・・・・」
 「あぁ」
 背後に軽く手を振り、バクは教団本部へと続く扉へ向かった。
 途中、フォーのいる開かずの間へと続く廊下を通りかかり、バクは、闇の中へと目をやる。
 「・・・・・・」
 呼びさえすれば、どこででもすぐに現れる彼女の名をしかし、今は口にすることができなかった。
 「いや・・・違うか。
 新しい坑道に迷い込んだ時は、さすがに来れなかったしな」
 低く呟き、苦い思い出に苦笑を漏らす。
 神とはいえ、万能ではないのだと知ったのはあの時だった。
 「・・・いや、それも違うな。
 そう・・・『地祇(ちぎ)』の力の限界は、もっと早くから言われていたんだった」
 まだ幼かった頃の情景を、バクは闇の中に見出す。
 もう、何年前になるのか―――― あの小さなフォーが、まだ自分よりも大きかった時があった。
 長い長い坑道を、彼女に手を引かれ、歩いて歩いて歩いて・・・・・・。
 「親父どもには秘密だぞ?
 あいつら、あたしやお前を、絶対にここから出したがらないからな」
 そう言って、彼女は暗闇に怯え、疲れたと泣くバクを何度も外へと連れ出した。
 その途中、彼女はバクを飽きさせないために、色々な話をしてくれたものだ。
 そう、例えば・・・・・・
 「地祇、って言うのは地上にいる神のことだ。
 あたしみたいな土地神がそうだな。
 土地神は、自分の縄張りの中じゃできないことなんてない。
 だけど、空の上は別だ。
 空には空の神がいて、それは天神って言うんだ」
 地下世界と外を繋ぐ、長く暗い坑道を抜けると、麓の森を見下ろす尾根に至った。
 日当たりのよい、爽やかな風が吹き抜ける秘密の岩場に小さなバクを座らせると、フォーは笑みを深める。
 外見こそ幼いが、年経た神である彼女は、バクが親族や教師達から教わる学問以外のことを、様々に話して聞かせてくれた。
 「地祇は天神には敵わない。
 なぜなら、地祇の力は天神がくれたもんだからさ。
 そして、天神の強さの秘密はあれだ」
 そう言って、フォーが指差したものを、バクは手をかざして見あげる。
 白い薄雲を裳裾のようにまとい、燦々と輝く太陽は暖かく、土の下で冷え切ったバクの身体を温めてくれた。
 「太陽・・・あれがないと、多くの生き物は生きちゃいられないんだ。
 なのにお前のひいじじは、一族全てをこの地下に閉じ込めちまった。
 お前の骨が脆いのも、天神の恵みを十分に受けてないからだよ」
 「そっ・・・そうなのか・・・?!」
 厚く包帯を巻かれた左腕に視線を落とし、バクは慌てて問い返す。
 「じゃっ・・・じゃあ、あの光を浴びればいいんだなっ!!」
 包帯を外そうとして、逆に絡め取られた子供を、フォーは楽しげに笑って見守った。
 「日に当たりすぎて、火傷しないようにしろよ。
 まぁ、このくらいの陽光なら大丈夫だと思うけど・・・お前は地下で生まれ育ったから、肌も弱いかもしんないし」
 途端に『どうしよう』と固まってしまった子供に、フォーは笑声をあげる。
 「あんまり心配しすぎるのもよくないな。
 ・・・そうだ、バク。
 今度は夜に来てみるか?」
 「夜に?ここに?」
 身動きの取れないバクに絡んだ包帯を外してやりながら、フォーが頷いた。
 「今、空に昇っているのは太陽だけど、夜には太陰・・・月が昇るんだ。
 お前、月なんて図鑑や写真でしか見たことないだろ?」
 途端、バクが目を輝かせる。
 「日によって満ち欠けすると言うのは本当か?!
 本当に、尖ったり丸くなったりするのか?!」
 興奮した声をあげるバクに、フォーは笑って頷いた。
 「あぁ、するさ。
 それにな、月には大きな桂の木があって、仙人やウサギや、ヒキガエルが住んでんだぜ」
 「見えるのか?!」
 「うん。
 ウサギが薬をついてる所は、見ようによっちゃ大きなヒキガエルに見えるな。
 ヒキガエルはな、元は地上の女だったけど、不老不死の薬を盗んで飲んだら、月に昇ってヒキガエルになっちまったんだ」
 「へえええええ!!!!」
 頬を紅潮させて、バクはフォーに詰め寄る。
 「あれには?!
 あれにもなんか住んでいるのか?!」
 バクが小さな指で太陽を示すと、フォーはにこりと笑って頷いた。
 「あの中には、カラスが住んでんだ。
 ただのカラスじゃねぇぞ?
 紅くって、足が三本あって・・・・・・」
 と、きょとん、としたバクを抱き上げ、フォーはこの辺りで最も高い場所に昇る。
 「んーっと・・・あぁ、いたいた。
 ホラ、あの黒い鳥、見えるか?」
 フォーが指差した方向を、懸命に見つめるバクに笑いながら、彼女が軽く口笛を吹くと、何羽かのカラスが従順な家来のように彼女の前に舞い降りた。
 「これがカラス。
 黒くって、大きいだろう?
 すごく頭がいいんだぞ」
 「へえ・・・」
 カラスを触ろうと伸ばしたバクの手を、フォーはやんわりと取って引き戻す。
 「こいつらは今、あたしの命令でおとなしくしてるけど、普段は気位の高い奴らなんだ。
 むやみに触って怒らせちゃいけない」
 「う・・・うん・・・」
 びくっと、怯えたバクに微笑み、フォーは手を払った。
 飛び立って行くカラスたちの黒い羽を見つめて、バクは空を見上げる。
 「あれの・・・紅くて三本足の奴が、あそこに住んでいるのか・・・・・・」
 「あぁ、そうさ」
 「でも・・・あんなに熱そうな所にいて、平気なのか?」
 「平気さ。
 お前が、地下に住んでても平気みたいにな」
 「そっか・・・」
 ほっとした様子で、バクが柔らかな頬に笑みを浮かべた。
 「じゃあ夜には、月を見に連れてきてくれ、フォー!」
 「あぁ。
 一緒に月見をしような」
 ・・・そう言って、バクの頭を撫でてくれたフォーの笑みは、今でも忘れない。
 振り切るように視線を剥がしたバクは、無言のまま歩を進め、方舟の間に至った。
 白い町並みを抜け、教団本部へと足を踏み入れる。
 が、窓の向こうに見える空は厚い雲に覆われて、地下よりもなお暗かった。
 「・・・つまらん国だ」
 思わず呟き、バクは窓辺に沿って歩を進める。
 「これだけ辛気臭ければ、蛇も生まれようってものだな」
 忌々しげに鼻を鳴らした時、
 「それは私のことかね?」
 突然横合いから声をかけられて、バクは文字通り飛び上がった。
 「んなっ・・・ルッ・・・?!」
 不意を突かれ、まともに声も出ないアジア支部長に、眼光鋭い監査役長官は、不敵な笑みを浮かべる。
 「あぁ、驚かせてしまったようで申し訳ない、チャン家の若君。
 君の事だから、すぐに返事を持ってくるだろうと思ってね、待っていたのだよ」
 からかうような口調に、バクはムッと眉根を寄せた。
 「・・・訂正させてもらおう、長官。
 僕はとうに『若君』ではなく、チャン家『当主』だ」
 憮然と言えば、ルベリエはわざとらしいまでに友好的な笑みを浮かべる。
 「重ね重ねの失礼をお詫びしますよ、バク殿。
 ところで、我が家の娘達で、お目に止まった者はおりましたかな?」
 「・・・その前に、何のつもりだか伺おうか」
 手にしたファイルを差し出し、バクは目を吊り上げた。
 「こんな時に、僕に貴家の令嬢を勧める意図はなんだ?」
 「こんな時だからですよ。
 教団創設以来100年・・・。
 どんな組織も、100年も続けば澱がたまる。
 そしてその隙を狙って、悪魔も忍び寄る・・・・・・」
 「・・・・・・ウォーカーのことか?」
 意味ありげなルベリエの言葉に、バクは不快げに呟く。
 「言ったはずだ。
 彼は、神に選ばれた使徒だと」
 「そう。そして、14番目のメモリーを受け継ぐ人間でもある」
 すかさず付け加えられた一言に、バクは反論を封じられた。
 「いい加減、聞き分けてくれたまえ、バク殿。
 創設者の直系たる君が、なぜ一兵士に肩入れするのですか」
 大仰なため息をついて、ルベリエはバクが差し出すファイルを示す。
 「我ら創設者の一族は、この教団を存続させる義務がある。
 伯爵を倒すまで・・・その悲願を果たすため、我が家がどのような犠牲を払ってきたか、まさか、知らないとは言わせませんよ?」
 バクが思わず厭わしげに眉根を寄せると、ルベリエの顔から笑みが消えた。
 「―――― 同じ創設者の一族でありながら、どうしてこうも違うのか・・・」
 酷く忌々しげな声音に、バクは驚いて目を見開く。
 「偉大な錬金術師の子孫・・・その血に術を施され、日本を監視すると同時に、この教団本部が機能しなくなった時には、本部をも兼務する役目を負うアジア支部の長・・・」
 まるで、呪いを吐くかのような忌々しげな声音に、バクの背筋が凍った。
 「我が家と同じく、チャン家は教団からも中央庁からも優遇されてきたのでしょう。
 だが、我が家と貴家では、『血』の意味が違う」
 鋭い視線をバクに据えたまま、ルベリエは彼に手を差し伸べる。
 「旧家同士の繋がりは、教団の結束を強くする。
 これからの戦いにおいて、それは最も重要なことだ」
 気を呑まれ、言葉もないバクに、ルベリエは口の端を曲げた。
 「日の下に出てくるのです、チャン家のバク殿。
 あなたにはその資格がある」
 「日の・・・下・・・・・・」
 ルベリエの苛烈な視線にさらされながら、バクが呟く。
 「さぁ!」
 ルベリエの声に反射的にあげた自身の手を、バクはじっと見つめた。
 今はもう、随分と大きくなってしまった手・・・。
 だが、まだ小さかったこの手を引いて、日の下に連れ出してくれた手は、打算などなく、ただバクのことを思ってくれた手だった。
 「バク殿!」
 急かす声に、しかし、バクはゆるゆると手を下ろす。
 「いつまであんな、暗い場所にいる気ですかな?」
 舌打ち混じりの声に、バクは首を振った。
 「僕が欲しい陽光は、あなた方が求めるものとは違う」
 ぽつりと呟いた彼に、ルベリエの眼光が増す。
 「僕が欲した陽光は・・・あいつが僕にくれた光は、自身や一族を灼き殺すほどに苛烈なものではないのだ」
 フォーが彼に与えたのは、彼を育み、暖めるための陽光・・・それ以上のものを、彼女もバクも、一族の者達も望みはしなかった。
 バクは、ルベリエの毅い視線を受け止め、やんわりと見返す。
 「・・・我々は、選んだものが違うのだ。
 あなた方は、生贄を差し出してでも日の下の権勢を望んだようだが、僕達は自由を犠牲にし、地下に潜って中央の権勢から離れることになっても、一族の存続を優先した。
 ・・・・・・遠い昔に決まったことだ」
 「では君はもう、あの迷宮から出る気がはないとでも?」
 ルベリエの苛立たしげな問いに、バクは頷かなかった。
 「そうじゃない。
 確かに僕は、この本部の長になることを望み、中央庁に食い込むことを望んだ。
 だが・・・そのためにあの聖堂を犠牲にすることはできないと、そう言っている」
 あれは一族の城。
 そして、彼ら一党の城だった。
 バクの一存で百年続いた城を、一族を、一党を・・・そして何より、封じられた神々を、犠牲にすることはできない。
 「だから我が家は、貴家の血を受け入れるわけには行かない。
 継嗣を危険にさらすことは・・・許されない・・・・・・」
 「それは、我が家に限ってのことですかな?」
 皮肉げな笑みに、バクは無表情で答えた。
 「どういう意味だろう」
 「我が家以外の適合者・・・例えば、そう。
 君が執着していると言うリナリー・リーを、チャン家に迎えるつもりはないのか?」
 猫が鼠をいたぶるような、意地の悪い問いに、バクは懸命に笑みを作る。
 「ありえない」
 呟きは、我ながら酷くかすれて聞こえた。
 「ほう・・・。
 部下達の報告では、君がリナリーに対して、尋常でない想いを持っているように聞いたのですがね。
 調査不足でしたかな?」
 更に問いかけるルベリエに、バクは笑みを深める・・・それは、彼に対してというよりも、自身を嘲るような笑みだった。
 「土の下で生きることを課せられ、抗おうともしなかった僕だ。
 同じく重い運命を課せられながら、痛々しいまで羽ばたく彼女に憧れるのは当然だろう・・・。
 ・・・・・・いや、これは代償行為なのかな。
 身動きできない病人が、動物を愛玩する様に似ているかもな」
 荒んだ心情を吐露するうちに、バクの中に開き直りに似た感情が湧き上がる。
 「そもそも、我が一族が地下聖堂に篭ることになったのは、教団の意向だ。
 今でさえ、教団の命令以外ではむやみに出ることを許されない・・・そんな僕が、彼女に憧れて何が悪い?」
 「ではどうしても、チャン家は適合者の血は受け入れないと・・・。
 旧家としての義務を果たさないと、そういうわけですかな?」
 忌々しげな声に、バクは表情をこわばらせた。
 「本部では君よりも若く幼いエクソシスト達が、命を懸けて戦っている。
 なのに君は安全な地下にこもって、一族の繁栄のみを望むと、そういうわけですか」
 せせら笑うかのような口調に、バクの血が逆流する。
 ―――― お前がそれを言うのか・・・・・・!
 唇をかみ締め、迸りそうになる言葉を封じたバクは、かなりの時間をかけて呼吸を整えると、血の滲んだ唇を開いた。
 「それを言われては・・・・・・一言もない・・・・・・」
 苦しげに絞り出した声を、しかし、ルベリエは鼻を鳴らして一蹴する。
 「・・・臆病な」
 低く小さな呟きは、間近にいたバクですら、容易に聞き取れないほどに微かなものだった。
 だが、その声音と口調で彼の言わんとするところを察したバクの怒りは急速に冷え、むしろ、憐れむかのように彼を見つめる。
 「せっかくのお申し出だったが、ご期待に添えず、申し訳なく思う」
 随分と落ち着いた声音でそつのない言葉を添え、バクはルベリエに一礼した。
 顔をあげると、バクは今一度、ルベリエを正面から見つめる。
 「長官・・・一つお尋ねしたい。
 貴家の犠牲は、未来永劫、続けるべきことなのだろうか?」
 「なに・・・?」
 眉をひそめた彼に、バクは吐息混じりに問うた。
 「日の下の権勢は、それほど大事か?」
 「大事だとも・・・・・・そこまでして手に入れた権勢だ!
 我が一族の血であがなったものを、どうして今更手放せる?!」
 先ほどのバクの怒りが乗り移ったかのように、強く握り締められ、血の気を失ったルベリエの手を見遣り、バクはしばし瞑目する。
 「そうか・・・ならば僕にはもう、何も言うことはない」
 言って、バクはルベリエにファイルを突き返した。
 「お叱りは甘んじて受けよう。
 だが、これだけは覚えておいて欲しい」
 きり、と、バクはルベリエに対し、視線を鋭くする。
 「チャン家の血は、一滴たりとも無駄に流すことは許されない。
 我と我が一族の血は、我が城、我が一党、そして我が城に封じられた・・・力。
 彼らを守るためだけに流されるのだ。
 それは百年も前に誓約されたことで、我が血が続く限り、破棄されることはない」
 きっぱりと言い放ったバクに、ルベリエはしばし、無言だった。
 やがて、
 「・・・チャン家との縁組が成れば、あの聖堂も我が家のものになると思ったのですがね」
 そう言って、ルベリエは不敵な笑みを浮かべる。
 「ご当主の意向が固いのでは仕方がない。
 他家との縁組を考えましょう」
 旧家は他にもある、と、笑って踵を返したルベリエの背を、バクは無言で見送った。
 しかしその姿が、視界から完全に消えてしまった途端、
 「〜〜〜〜〜〜〜〜怖かった・・・・・・・・・・・・!」
 呟いて、へなへなとその場にへたり込む。
 「ひぃぃ・・・!
 んなっ・・・なんなんだあの威圧感はっ!!
 ふっ・・・震えがとまらんぞっ・・・・・・!!」
 やはりウォンを連れて来ればよかった、と、激しく後悔しながらバクは、ジンマシンの浮いた手を掻きむしった。
 「あぁでもグッジョブだオレ様!
 言いたいこと言えたし、言ってやったし・・・!」
 一所懸命自分を慰め、何とかジンマシンを鎮めようとする。
 「ととと・・・とにかくもう、とっとと帰ってっ・・・・・・!」
 一刻も早く、ルベリエのいる城から逃げ出そうとするが、震える足は思うように動いてくれなかった。
 「なにをしとるのだオレ様の足ぃぃぃぃぃ!!!!」
 思わず悲鳴をあげた時。
 「バクさん見っけー!!!!」
 いきなり背後から飛び掛られて、心臓を吐き出すほどに驚いた。
 「んなっ・・・んなっ・・・・・・!!」
 死にそうに喘ぐバクに、加害者の方が驚いたらしく、肩越しに白い首が覗く。
 「ご・・・ごめんなさい、そんなに驚くとは思わなくて・・・・・・」
 気まずげな少年の顔に、バクは引きつった顔のまま吐息した。
 「ウォーカー・・・お・・・脅かすな・・・・・・!」
 「すみません・・・」
 へたり込んだままのバクの傍らに、ちょこん、と、正座したアレンは、気遣わしげにバクの顔を覗き込む。
 「あの・・・大丈夫ですか?
 もしかして、具合悪かったんですか?」
 バクの手に浮いたジンマシンを、アレンがちらちらと見ながら問うと、彼は気まずげに手を振った。
 「たっ・・・大したことじゃない!
 そっ・・・それよりも、よく僕が来てるってわかったな!」
 懸命に話を逸らそうとしている雰囲気を察して、アレンは大きく頷く。
 「バクさん、僕が作った扉を抜けてきたでしょ!
 なんとなくですけど、バクさんが来たなってわかったんで、探してたんです」
 「そっ・・・そうか・・・・・・何か用か?」
 やや落ち着いた口調で問うた彼に、アレンはにこりと笑った。
 「バクさん、今日お誕生日なんでしょ?
 ジェリーさんが言ってました!」
 「あぁ・・・まぁな」
 すっかり忘れていたことを思い出して、思わず不機嫌な口調になった彼を、アレンが不思議そうに見つめる。
 「それで僕、本当はアジア支部にまで行くつもりだったんですけど・・・」
 よいしょ、と立ち上がったアレンは、バクの腕を引いた。
 「来てくれたんなら丁度いいや!
 ここでしましょ、お誕生日祝い!」
 「はっ・・・?
 イヤ!!ちょっと待て待て待て待て――――!!!!」
 ほとんど抱きかかえんばかりにして、バクを連行しようとする彼に激しく抗議すると、アレンは不思議そうに首を傾げる。
 「イヤなんですか?」
 「ウ・・・ウォーカー・・・!
 お前、僕がゾンビ状態のお前達を助けてやった時、教えてやったよな?!
 僕がかつて、コムイの策略にハマって、悲惨な誕生日パーティをされたことを!」
 「はい・・・あ!でも!
 今回はコムイさん、関わってませんよ?
 今ね、中央庁から出向してる、こわーぃ秘書官がついてますから、コムイさん、ほとんど執務室から出られないんです!」
 「そ・・・それは本当か?!」
 「はい。
 おかげで僕も、コムイさんに限って言えば、いぢめられずに平和な日々を過ごしていますv
 「それは・・・重畳だ!!」
 歓声を上げ、バクは抵抗をやめた。
 「科学班の人達も、『前回のお詫びだ』って、色々作って・・・」
 「それは断固断る!」
 「・・・ですよねー」
 きっぱりと言い放ったバクに、アレンが苦笑する。
 「もー・・・僕は髪が伸びただけでしたけど、ラビと神田は子供になっちゃうし、リナリーは猫になっちゃうし、大変でしたもん」
 ぶつぶつとぼやくアレンの言葉を、バクが聞きとがめた。
 「・・・なに?」
 「ん?
 だからホラ、僕、バクさんと同じ薬をかぶっちゃって・・・」
 「違う!その後だ!!」
 「ラビと神田がー・・・」
 「クソガキどもになんぞ興味はない!!
 リ・・・リリ・・・リナリーさんが、どうしたって?!」
 「あぁ!」
 アレンは大きく頷き、また苦笑する。
 「猫の鳴き声しか話せなくなっちゃう薬を浴びちゃって、意思の疎通が難しかったんですよ。
 コムイさんはキレるし、あれが一番やばかったなぁ・・・」
 「なんとっ・・・!!
 そんな決定的瞬間を逃すとは、不覚っ・・・!!」
 「出た、コレクター発言・・・!」
 思わず身を引いたアレンに、しかし、バクは詰め寄った。
 「ウォーカァァァ・・・!
 君の側にはいつも、ティムがいるよな?!あの時も、ティムがいたよな?!」
 「あー・・・いたようないなかったような・・・・・・」
 わざとらしく顔を背けるアレンに、更にバクが詰め寄る。
 「ウォーカー・・・!
 君がもし、僕に対してわずかでも恩を感じているのならば・・・!!」
 「助けてくださったことはホントに心から感謝してるんですけど・・・僕、せっかく拾った命ですから、とっても惜しいんですよね・・・・・・!」
 ひくひくと頬を引きつらせつつ、アレンはそっとバクを押しのけた。
 「それにあの映像は、コムイさんによって厳重に封印されました。
 バラ撒いたりしたら、僕、確実に殺されますよ・・・!」
 バクさんも、と、指差されて、バクは声を詰まらせる。
 「ま・・・まぁ、そんなにがっかりしないで・・・!」
 あからさまに落胆した彼に、アレンは引きつった声をかけた。
 「猫じゃないですけど、まともに話せる状態のリナリーなら今、食堂にいますから・・・」
 「なにぃっ?!」
 途端に元気を取り戻したバクが、アレンの腕を引く。
 「どこだ!!ここから食堂への道は?!」
 「ちょっ・・・?!
 バクさん!!バクさん早いっ!!」
 突然の疾走に引きずられ、悲鳴をあげるアレンには構わず、バクは動物並みの嗅覚で見つけ出した食堂に駆け込んだ。
 「ここかぁっ!!」
 「あ、おはようございますv
 飛び込んだ途端、目の前に現れたリナリーの笑顔にバクの繊細な神経細胞は簡単に灼き切れ、身体中を真っ赤にして気絶する。
 「バクさんっ!!」
 慌てて彼の身体を受け止めたアレンの元に、心得た料理長が、氷嚢を持って駆けつけた。
 「だ・・・大丈夫ですか・・・?」
 唖然と状況を見守っていたリナリーが声をかけると、バクは弾かれたように飛び起き、がくがくと頷く。
 「まったくなんてことありませんよあははははは!!!!」
 「そ・・・そうです・・・か・・・・・・」
 緊張のあまり、けたたましい笑声をあげるバクにリナリーが笑みを引きつらせたが、バクに彼女の表情を読み取る余裕などなかった。
 フォーに言われた言葉や、自分がルベリエに言ったことすら頭に浮かぶことなく、ただその微笑に心が満たされていく。
 ―――― やっぱり・・・可愛いv
 もはやリナリーの姿以外に目に映るものはなく、彼女の声以外に聞こえるものもなく、バクは神に出会った信者のごとく、ただリナリーのみを見つめ続けて至福の時を過ごした。


 その日も宵近くになって、ようやくアジア支部に戻って来たバクは、たくさんのプレゼントも抱えてご満悦だった。
 「今帰ったぞー♪」
 陽気な声をあげれば、真っ青な顔をした科学班の部下達が、わらわらと寄って来る。
 「よかった、支部長・・・!
 帰りが遅いから、何かあったのかと・・・!」
 「ルッ・・・ルッ・・・ルベリエ長官に会いに行ったってウォンさんが・・・!!」
 「なんかイチャモンつけられて、異端審問にでもかけられたんじゃないかって、オレッ・・・!!」
 「あぁ、あの蛇には、きっぱり言ってやったぞ!
 その後、リ・・・リ・・・リナリーさんがっ・・・オレ様の誕生日を・・・・・・v
 思い出に浸るバクが、うっとりと頬を染めた途端、部下達は不満げに頬を膨らませた。
 「なんだよ心配したのにっ!!」
 「自分だけずるいっすよ!!」
 「なんで一言連絡よこしてくれなかったんですかぁ!!」
 「ウォンさんなんて、心痛のあまりぶっ倒れたんですよっ!!」
 「なに?!それは本当か?!」
 部下達の不満を聞き流していたバクだが、最後の言葉はさすがに聞き捨てならなかったらしく、足早に方舟の間を出て行く。
 「自室か?医務室か?」
 「医務室です!」
 部下の声を背に聞きつつ、バクは医務室に向かった。
 薬品の匂いに満たされたそこに入ると、一番手前のベッドで、バクの忠実なじいやがうなされている。
 「おい、ウォン」
 声をかけるや、かっと目を見開いた彼は、老人とは思えない素早さで起き上がった。
 「バク様!!
 ご心配申し上げましたぞ――――――――!!!!」
 絶叫して抱きついてきた彼に肩をすくめ、バクはベッドに腰をおろす。
 「心配をかけてすまなかったな。
 だが安心しろ。
 ルベリエにはきっぱりと断りを入れてきた」
 「なんとっ・・・そ・・・それでは・・・・・・?!」
 気遣わしげなウォンに、バクはにやりと口の端を曲げた。
 「あんな蛇の力など借りずとも、僕は自力で上に行く。
 なに、僕は優秀だからな!
 中央庁の地位など、いつでも手に入る」
 「バク様・・・!!
 なんと頼もしいっ・・・・・・!!」
 感無量とばかり、滂沱と涙するウォンの背を撫でてやりながら、ふと、バクはフォーの名を呼んだ。
 間もなく現れた彼女に、バクは笑って手を差し伸べる。
 「蛇の手を、振り払ってやったぞ!」
 「あぁ・・・・・・」
 瞬いて、笑みを浮かべたフォーは、その小さな手を、バクの手に乗せた。
 かつて、彼女が引いていた小さな手は、彼女の手を包み込むほどに大きくなっている。
 「・・・・・・・・・よかったのか?」
 「あぁ」
 ためらいがちなフォーの問いに、バクは即答した。
 「僕はデリケートなのでな。
 苛烈な日の下では、どうにもバテてしまう」
 冗談めかして、バクは笑う。
 「お前がくれる程度の光が、丁度いい」
 きゅっと、握られた手の暖かさにフォーは微笑み、その手に手を重ねて握った。
 「あたしも・・・お前の側がいい・・・・・・」
 呟いてから、フォーははっとして、邪険にバクの手を振り払う。
 「おっ・・・お前のお守はあたしの役目だからな!
 遠い異国なんかに行かれたら、仕事ができねぇんだよ!」
 真っ赤な顔を背けたフォーに、バクはウォンと顔を見合わせ、吹き出した。
 「わっ・・・笑うんじゃねぇ!!」
 甲高い声をあげたフォーに殴られ、バクが血反吐を吐いてベッドに倒れこむ。
 「バク様っ!!」
 声まで蒼ざめたウォンの呼び声は、地下を巡る坑道を伝って、聖堂中に響き渡った・・・。


 ・・・・・・この地に我が城を築く。
 地の神々よ、我が城を守る力となれ。
 その代償として、我が一族の血を捧げる―――― 我らが血をもって、この地と地祇を守ると誓う。

 夢の中に、誰かの声が聞こえた気がした。
 それはもしかしたら、彼の血に施された術のコード・・・・・・会ったこともない、曽祖父の声なのかもしれない。
 そんな、埒もないことを考えながら目を開けたバクは、気まずげな表情で自分を見下ろすフォーを睨みつけた。
 「・・・・・・まったくお前は乱暴な奴だな!!
 オレ様の血は一滴も無駄にできないとか言ったのは嘘か!!」
 「悪ぃ・・・・・・」
 珍しくも素直に謝ったフォーを訝しげに見上げると、彼女は、更に気まずげに顔を逸らす。
 「フォー・・・・・・」
 「・・・・・・・・・ん?」
 決して彼を見ようとしないフォーに、バクの顔が険しくなった。
 「お前なにをやらかしたっ?!」
 「えっ?!
 イヤ別に、なにも・・・・・・」
 「嘘をつけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
 凄まじい形相で身を起こし、掴みかかって来たバクに観念したフォーは、もう一度謝る。
 「それが・・・さ・・・・・・。
 やっぱあたし、お前に嫁もらって欲しくて・・・」
 「んまっ・・・またその話かっ・・・・・・!!」
 激しく嫌な予感がして、バクが先を促すと、フォーは不自然に目を逸らしたまま頭を掻いた。
 「適合者は・・・やめて欲しかったし、ルベリエ家は問題外だし・・・やっぱあたしとしては、お前には年上のしっかりした女がいいだろうと思って・・・・・・・・・・・・」
 「ま・・・・・・まさか・・・・・・・・・・・・」
 気絶せんばかりに蒼ざめたバクに、フォーはエヘv と笑う。
 「お前に化けて、レニーに『結婚してくれ!』って電話したら、『忙しいから無理』って言われちまった・・・・・・」
 「選りによってあいつかああああああああああああああああああ!!!!」
 胸倉を掴まれ、がくがくと揺さぶられる不自由な姿勢ながら、フォーは笑って頷いた。
 「しっかりし過ぎな女もダメだったなぁ・・・・・・あ!でも、『チャン家のコネは欲しいから、一応考えとく』って言ってたぞ!」
 「余計悪いわ!!」
 絶叫して、バクは頭を抱える。
 「どうするんだお前!
 オレ様がレニーに求婚したなんて話が教団中に広まったら、コムイが喜び勇んで介入してくるじゃないか!!
 レニーが断ってくれるうちはまだいいが、あいつが我が家を狙ってきたが最後、全ての逃げ道を塞がれるぞ!!」
 「いいじゃないか。
 レニーみたいに頼りになる女、そうそういねぇぞ?
 喜んで嫁になってもらえ」
 「完っっっ全に尻に敷かれるわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 真っ青になって悲鳴をあげるバクの膝に、フォーはため息をついて縋りついた。
 「そんなこと言わずにさぁ・・・早くこのばぁばにひひ孫を見せて安心させておくれよぅ・・・!」
 「だからお前はいつの間にオレ様のひひ婆になったのだっ・・・わざとらしく嘘泣きするなぁぁぁぁぁ!!」
 あっさりと嘘泣きがばれてしまったフォーは、舌打ちして目薬を放り投げる。
 「ま、今すぐとはいわねぇからさ、できるだけ早く次の当主を作れよ。
 そしたらあたしが、また日向ぼっこさせに行ってやるよ」
 そう言ってにこりと笑った彼女の笑顔は、小春日和の陽光のように温かく、バクは知らぬ間に、彼と彼の一族を見守る神に、笑みを返していた。




Fin.

 










2008年バクちゃんお誕生日SSでした!
これは、リクエストNo.29『バク幼少期&フォー』を使わせてもらっています。
題名がギリギリまで決まんなくて迷っていた時、不意に『SHINE』(@ラルクアンシエル)の歌詞が浮かんできて、『精霊の守人の主題歌なんだけど、いいんだろうか・・・』なんて迷いつつもこれにしました(笑)
えぇ、フォー自身が、『太陽のようにずっと見守ってくれている』イメージだったので。
あ、骨ってね、カルシウム摂取した後に太陽の光を浴びないと強くなんないそうですよ。
バクちゃんは地下聖堂という、かなり特殊な環境で生まれ育っていますから、フォーも色々苦労したんじゃないかと思われます。
そして、長官との会話は、第151夜『だいきらいな かみさまへ』の感想で、散々語ってた『チャン家とルベリエ家の反目』を書かせてもらいました。
実はこのシーン、151夜感想書いた時点で書いてましたので、ようやく・・・本当にようやく、日の目を見ることができました(笑)
バクちゃんのリナリーに対する思いとか、ちょっと切な系になってしまいましたが、お楽しみいただければ幸いですv












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