† Christmas Carol U †
〜Graybee〜






 「ただいま戻りました」
 「今帰ったぞ」
 同時に方舟から出てきた二組は、出口となった科学班研究室で顔を合わせるや、互いに眉根を寄せた。
 「任務ご苦労様です。
 ・・・しかしいつもながらボロボロですね、神田」
 「ただ出歩いただけでボロボロになってるてめェらに言われたくねぇよ」
 一足先にステップを下りつつ、肩越しにラビに負われたアレンを見遣った神田は、駆け寄ってきた科学班員に回収したイノセンスを放る。
 「今度はどんなおもしれェ目に遭ったんだ?」
 「それがね、大変だったんだよ、神田!」
 呆れ口調の神田に、ステップを一気に飛び降りたリナリーが駆け寄った。
 「アクマは出るし、ロードには襲われるし・・・!」
 「リナはアレン連れてリンクから逃げるし、ようやく合流したと思ったらもうカタついてんし」
 深々とため息をつきつつ、ラビがリナリーの言葉を継ぐ。
 「ホント・・・しんどかったさぁ〜」
 「つまり、てめェはまた、モヤシに出し抜かれたってことか?」
 二人の話を受け、神田は口の端を曲げた。
 「それでよく、監査官が勤まるもんだぜ」
 「コラ、神田!
 そんなことわざわざ言うんじゃない!
 すまない、監査官。こいつ、口が悪くて・・・」
 神田に続いて『扉』から出てきたマリが、彼に代わって謝ると、リンクは無表情に首を振る。
 「・・・叱責は甘んじて受けましょう」
 「あ・・・イヤ!
 今回はリンクが悪かったんじゃないさね、ユウちゃん!」
 と、アレンをおぶったまま、ラビが慌てて手を振る。
 「アレンがロードに記憶抜かれちまって、奴がアレンの秘密を知る前に殺しとこうかなんてリンクが言ったもんだから・・・」
 「私がアレン君を連れて逃げたんだよ!
 監査官てばホント、性格悪いんだから!!」
 むぅ、と、頬を膨らませたリナリーは、『ね?』と、自分の肩に乗ったティムキャンピーに同意を求めた。
 こくこくと、身体ごと頷くゴーレムの翼の影から、リナリーはリンクを睨みつける。
 「なのに、命からがら逃げ出したアレン君が、目を回すまでげんこつしたんだよ!
 意地悪!いばりんぼ!!」
 「・・・あなたに言われるとは心外ですよ、この暴走小娘が!」
 リンクが忌々しげに言うや、リナリーは素早く神田の背に隠れた。
 「酷いんだよ、神田!
 監査官たらリナリーのこと、生意気だとかワガママだとか言うんだ!」
 リナリーが肩越しに訴えかけると、神田は嘲笑うように鼻を鳴らす。
 「リナリー程度でガタガタ言ってたんじゃ、ここで生きていけねぇぜ、犬が」
 「・・・・・・ッこのガキ共は・・・!!」
 さすがにリンクが眉を逆立てると、マリが慌てて割って入った。
 「す・・・すまん、監査官!
 こいつらには私からよく言っておくから・・・!
 神田!リナリーも、悪口は隠れて言うもんだ!」
 「・・・どっちが酷いのですか」
 「あ」
 リンクにじっとりと睨まれたマリは、自身の口を押さえて嫌な汗を流す。
 「・・・苦労するさね、マリ」
 ラビが思わず苦笑を漏らした時、彼の背にアレンが爪を立てた。
 「・・・忌々しいぱっつんめがなにリナリーと仲よさげにしてんですか!」
 ぼそぼそと低い声音で囁かれた、呪いに満ち溢れた言葉に、ラビが震え上がる。
 「ア・・・アレンさん?いつから起きてらっしゃったのかしら・・・?」
 「ラビがおぶってくれた時から」
 「とっとと降りるさ、この性悪王子〜〜〜〜!!
 俺を乗りもんにすんじゃねぇっ!!」
 いけしゃあしゃあと言ってのけたアレンを放り出そうとしたラビの首に、アレンの腕が絡んで締め上げてきた。
 「あのぱっつん、消えればいいのに」
 「ヤメテ俺が消えそう・・・っ!」
 真っ青になって膝を突いたラビを、リンクが冷厳な目で見遣る。
 「やっと起きましたか、この狸寝入りガ」
 「リンクてめェ!気づいてたんなら止めるさ!
 なんで俺がこんなんしょって・・・アーレーンー!!俺の首シメんなっつってんさっ!!」
 「命がおしけりゃあのぱっつん削除してください」
 肩越しに無気味に光る目がラビを見つめ、今にも地獄に引き込まれそうになった。
 が、
 「だぁらンなことやったら俺が削除されるっつの・・・!」
 なんとか理性を保って断れば、ラビの背中に縋ったアレンが頭をすり寄せてくる。
 「おねがい、らびおにいたぁんv
 「可愛くお願いしてもダメなもんはダメさっ!
 ってかキショイ!!
 サムイからいい加減どいテ!」
 「ふん。ラビのケチ」
 不満げに鼻を鳴らしたアレンは、あっさりとラビから身を放すと、意外そうな顔をする彼へぽつりと呟いた。
 「なんだか僕、ラビのことを『大事な人間』だと思えるようになってきました」
 「おま――――――――!!!!」
 ラビとアレン、そして、今は彼らも知らないながら、リンクにのみ通じる隠語となったその言葉に、ラビは本気の悲鳴をあげる。
 「やめてくんないっ?!
 ちょっとマジやめてくんない、そんなコエーこと言うの!!
 俺はブックマンなんだから、少なくともジジィくらいまでは長生きする義務があるんさ!」
 必死に訴えるラビを、神田やリナリー、果てはマリまでもが、訝しげな、あるいは非難めいた目で見遣った。
 「・・・お前ら、そんなに仲悪かったか?」
 「せっかくアレン君が『大事な人』だって言ってるのに、酷いよ・・・」
 「他人の好意は無下にするものじゃないぞ、ラビ」
 「いや・・・あの・・・!!」
 一気に悪者にされてしまったラビは、しかし、隠語となった言葉の意味を説明しようにも機密事項を漏らすわけにも行かず、反駁することもできずにただ汗を滴らせる。
 「・・・お前サイアク!
 なに腹黒レベル、アップしてんさ?!
 これじゃあ俺が一方的にヤな奴じゃん!」
 わざとらしく嘘泣きするアレンの襟首を掴んで引き寄せ、小声で抗議すると、アレンはラビにしか見えない位置でにんまりと笑った。
 「日々これ精進です!」
 「余計な技磨いてんじゃないさっ!!」
 すぱんっと、思わずアレンの頭をはたいてしまったラビは、『しまった』と、顔を引き攣らせ、背後を見遣る。
 案の定、ラビに対し、非難の目が集中する中、アレンがラビの腕からすり抜けた。
 「ちょっ・・・マテ――――!!」
 「リナリィィィィ!ラビがいぢめるよぉぉぉ!!」
 ラビの制止も聞かず、アレンがリナリーに駆け寄る。
 「酷いよ、ラビ!アレン君をいじめるなんて!」
 「ちっ・・・違っ・・・!
 そりゃむしろ俺の方・・・!!」
 リナリーに非難され、焦ったラビはマリに縋りついた。
 「なぁマリ!
 アンタなら聞こえてたろ?!
 俺、悪くないさねっ?!」
 「失礼な・・・。
 わざわざ小声で話していることを盗み聞きするほど悪趣味じゃないぞ、私は」
 「そこンとこは聞いといてさぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 兄弟弟子揃って空気読めねぇと嘆きつつ、ラビは最後の砦に縋る。
 「ユウちゃんは信じてくれるさね?!
 真のいぢめられっ子は俺・・・」
 「言ってて虚しくねェか?」
 きっぱりと言われて、更にへこんだ。
 と、壁に縋ってさめざめと泣き出したラビの肩に、暖かい手が置かれる。
 「ラビ」
 「ジョ・・・ジョニー・・・!」
 涙目で振り返ったラビに、ジョニーはにこりと笑った。
 「そこ、邪魔だからどいてくれる?」
 「・・・もう俺、ぐれてやるさ・・・・・・!」
 ラビを押しのけるや、壁に設置された機器類を操作し始めたジョニーにぶつぶつとぼやくと、彼は笑って肩をすくめる。
 「今までぐれなかったなんて、偉いじゃないか」
 「そー思うさ?!
 やっぱそう思うさね?!
 俺、あんなに虐げられてんのに素直でまっすぐな子に育って、超いい子だとおもわね?!
 少なくとも、あんな捻じ曲がった腹黒王子より全然いい子だとおもわね?!」
 「それには同意です、Jr.」
 「リンクッ・・・?!」
 思わぬところから援軍を得て、ラビが目を輝かせた。
 「あの悪ガキに、あなたの10分の1でも精神の脆弱さがあれば、私の仕事も楽なのですが」
 「・・・・・・今、さり気に虐げられました、俺?」
 さめざめと泣き崩れるラビに、軽く吐息を漏らし、リンクはリナリーに泣いて縋るアレンの襟首を捕まえる。
 「いつまでやっているのですか。
 演技過剰は飽きられるのも早いですよ」
 猫の仔のようにぶら下げられたアレンは、リンクの鉄面皮に、むぅ、と頬を膨らませた。
 「ふんだ。
 杓子定規のリンクにはわかんないだけだもん」
 ぷぃっと顔を背けたアレンに、リンクの眉がピクリと跳ね上がる。
 「今日はまた、いつにも増して反抗的ですね、ウォーカー・・・!
 やはり、殺しておいた方が良かったのでしょうか」
 途端、アレンの目が鋭さを増し、リンクを睨みつけた。
 「・・・何かあったのですか?」
 淡々と問いを発したリンクに、しかし、アレンはまた、ぷいっと顔を背ける。
 「・・・リナリー・リー」
 「はいっ?!」
 なにを話しているのだろうと、聞き耳をたてていたリナリーが、突然名を呼ばれて飛び上がった。
 「本日の報告書は、あなたに任せてよろしいでしょうか?
 誰よりも、一連の動きを把握しているでしょうから」
 「は・・・はい・・・」
 むぅ、と、不満げに口を尖らせ、リナリーが頷く。
 「何か文句でも?」
 「いいえぇ、別に!」
 早く出て行けと、言わんばかりに言い募るリンクに背を向け、リナリーは神田の腕を掴んだ。
 「神田も報告書書くんでしょ?!
 一緒にやろ!スペルチェックしてあげるよ!」
 「あぁ」
 神田が当然のように頷くと、マリが気遣わしげに眉根を寄せる。
 「いつもすまないな・・・」
 「かまわねぇよ」
 余計なことは一切言わず、リナリーと共に踵を返した神田の背を、アレンは不満げに見送った。


 「それで?
 なにをそんなに拗ねているのです?」
 リンクがアレンの監視を命じられて、早数ヶ月。
 このワガママで根性曲がりな子供の性格を、おおむね把握した彼は、アレンを自室に放り込むや、単刀直入に問うた。
 と、アレンは小さなティーテーブルの席にどっかりと腰を下ろし、上目遣いにリンクを睨みつける。
 「師匠の件・・・ノアじゃなかったよ、リンク」
 「・・・・・・そうですか」
 キッチンからもらってきたお茶をマグカップに注ぎつつ、リンクはポツリと呟いた。
 「では、長官の予測は的を射ていたのですね」
 「予測?!
 白々しいこと言わないでよ!長官が命じたんでしょう?!」
 席を蹴って立ち上がったアレンの前にマグカップを置いたリンクは、冷静な目でアレンの苛烈な視線を受け止める。
 「座りなさい、ウォーカー。
 お茶がこぼれますよ」
 「・・・っ!!」
 がたんっと、大きな音を立てて座りなおしたアレンは、また上目遣いにリンクを睨みつけた。
 「違うとでも?!」
 「少なくとも」
 アレンの対面に端然と座ったリンクは、冷静な口調でアレンの怒気を阻む。
 「長官は、元帥の件についてご存知ありませんでした」
 「そんなの・・・!!」
 「信じるか信じないかは、君の勝手です。
 この件に関し、我々は無駄な弁明をするつもりはありません」
 淡々とした口調が、怒声よりも効果的にアレンの声を塞いだ。
 「そして・・・これも信じるか信じないかは君の勝手ですが、長官は現在、クロス元帥の件を誰が行ったのか、もしくは、誰が命じたのかを調べるために、中央庁にいらっしゃいます」
 「え・・・・・・」
 アレンの目が揺らいだ隙を突くように、リンクの視線が鋭さを増す。
 「危険な・・・とても危険な立場に、長官はご自身の身を置かれているのです。
 できればお止めしたかったのですが、力及ばず、私は今、ここにいます」
 口調は相変わらず淡々としていたが、わずかにひそめた眉根に屈託を滲ませたリンクを、アレンは悔しげに睨みつけた。
 「ずるい・・・!
 リンクはいつもそうやって、僕を言い包めるんだ・・・!」
 「論理的説得をずるいと言う、君の論理こそ破綻しているように思いますが」
 つんっと、笑みもせずに言い放ったリンクを、アレンがまた睨みつける。
 「ホンット気に食わない奴ですね、リンクは!
 リナリーが怒るのも無理ありませんよ!」
 「あなた達が常に素直ないい子であれば、私も無駄に怒らずに済むのですが」
 すっかりいつものペースに戻り、絡んでくるアレンをあしらっていたリンクに、ティムキャンピーまでもがじゃれついてきた。
 「・・・なんですか、君は。
 お願いしたって、ゴーレムには何もあげませんよ」
 目の前から菓子皿を取り上げられて、哀しげに身をすり寄せるティムキャンピーにリンクはきつく眉根を寄せる。
 「あげないと言っているでしょう。
 そもそも君、食物を必要としていないではありませんか」
 「うんわ、意地悪!
 ティムだって、おいしいお菓子食べたいのに!」
 自分に泣きついてきたティムキャンピーを撫でてやりながら、アレンはふと首を傾げた。
 「うん、だけど・・・こんなに厳しくて、仕事熱心な君にならお願いできるかも」
 「なにをです?」
 また何か妙なことを言い出すのかと、やや警戒気味に問い返したリンクに、アレンはにこりと微笑む。
 「もし僕が14番目に呑まれたら・・・その時は、僕を殺してくれますか、リンク?」
 「・・・なんですか、それは?」
 さすがにリンクが驚いた様子を見せると、アレンは指を当てた顎を、考え深げに引いた。
 「さっき・・・ロードと一緒にいた時なんですが・・・・・・」
 声を低めたアレンの言葉をよく聞こうと、リンクがわずか、身を乗り出す。
 「僕は『いい記憶』だけを奪われて、彼女を敵だと認識できなくなっていたんですよね」
 「いい記憶・・・?
 では、14番目のメモリーは、たとえあのノアが覗こうとしても、彼女の手元にはなかったと言うことですか?」
 リンクに指摘され、アレンは瞬いて顔をあげた。
 「あ・・・そうか!
 14番目の主なメモリーが、『憎しみ』や『苦しみ』だったんなら・・・ロードの手元には、最初からなかったのかもしれない」
 リナリーは、アレンがロードによって記憶を奪われていた間、14番目が表に出ていたことを話さなかったが、ロードを敵として認識できなかったと言うことはそう言うことなのだろう。
 「そっか・・・。
 14番目の主なメモリーが『憎しみ』だったから・・・伯爵と対峙した僕に、師匠は『憎しみで戦うな』って言ったんだ・・・・・・」
 あれはおそらく、アレンが伯爵の目の前で14番目に呑まれてしまわないようにという、やや乱暴な忠告だったのだと、アレンは今になって納得した。
 「どうりで・・・。
 ねぇ、リンク?
 僕、記憶を失くしていた時のことは覚えてないんですけど、リナリーが言うには、すごく落ち着いてたって?」
 「えぇ、それはその通りです。
 私が君を殺すべきかと検討していた時も、暢気なものでした」
 「14番目だったんだよ、それ」
 リナリーが必死に隠したことをあっさりと口にして、アレンは軽く吐息する。
 「・・・でもね、『いい記憶』の中にも、14番目はいたんだと思う。
 僕はロードを、なぜだか家族のように思ってたんだ。
 ずっと、倒すべき敵だとしか思ってなかった彼女が、小さな妹みたいに見えた」
 「妹・・・」
 アレンの言動に、危険を感じたリンクの声が、自然と低くなった。
 その様に、アレンはまた、にこりと笑う。
 「うん。
 やっぱり君になら、お願いできそうだよ。
 だって・・・『仲間』に『仲間殺し』なんて傷を負わせたくないもん・・・?!」
 言った途端、アレンが逃げる間もなく椅子を蹴ったリンクの腕がまっすぐに伸び、袖の中に潜めていた刃がアレンの頚動脈に添えられた。
 「・・・私は神の使徒ではない、アレン・ウォーカー」
 低い声音に、刃を突きつけられたアレンは頷くこともできない。
 「私は神の使徒ではないゆえに、いかに戦闘の技術を磨こうと、一体のアクマも壊すことはできない。
 しかし」
 ひたり、と、刃の腹が、アレンの首筋に押し付けられた。
 「神の使徒を殺すことはできる。
 君が神意に叛く存在だとわかった時は・・・君を殺します、アレン・ウォーカー」
 きっぱりと言い放った彼に、アレンはしばし呆然とし・・・やがて、微笑んだ。
 「ありがとう・・・」
 「・・・礼を言われる筋合いのことではありません」
 刃を袖内に収め、リンクは淡々と言う。
 そこにわずかな屈託を感じたのは、アレンの気のせいだろうか。
 「神意か・・・自分の意思じゃないんだね、リンク」
 「私は中央庁の官吏です。神意と上官の命令に従うのみ」
 優秀すぎる答えに、アレンは思わず笑った。
 「でもね、リンク。カミサマって、全知全能じゃないと思うんだ。
 だってもし全知全能なら、僕みたいな存在を作るはずがないもん」
 「・・・っ君は」
 反駁しようとしたリンクを、アレンは笑みを深めて制す。
 「僕は神意なんかじゃなく、僕の意思で戦ってる。
 だから君も、君の信念で僕を殺して?」
 にこりと笑ったアレンを、リンクは無言で見つめた。
 やがて、
 「約束はできかねます」
 つんっと、彼は冷たく言い放つ。
 「言ったでしょう、私は中央庁の官吏だと。
 君と個人的な契約をすることはできません」
 「・・・けち」
 「けちで結構」
 憮然と頬を膨らませたアレンに、リンクは淡々と言って、ふと壁際に目をやった。
 「一緒にお茶をいかがですか、Jr.」
 「げ。バレてやんの」
 「うわっ!!」
 いつの間にか部屋に侵入していたラビに、アレンは目を丸くする。
 「久しぶりにびっくりした・・・!
 いつの間に入ってきたんですか?!」
 「んー?
 お前がうまそーな菓子を出されても、手をつけんかったところから?」
 そう言って歩み寄ってきたラビは、ティーテーブルに乗ったクッキーをつまんだ。
 「食い意地のはったお前が、出された食いもんに手をつけない時って、ものすごく怒ってる時だよな。
 敵からは何も受け取らない、って、すんげー意地はってんの」
 「え・・・そうだっけ?」
 「そうさ。
 世界には、敵に塩を送る武将もいんのにさー」
 「それは中々興味深い逸話ですが、Jr.」
 「わかってるって。
 誰にも言わんから、そう怖い顔すんなさ」
 けど、と、ラビはリンクからマグカップを受け取りながら、アレンを見遣る。
 「お前もホント、性悪さね。
 あんまいじめんじゃねーよー」
 じゃ、と、軽く手をあげると、ラビはマグカップを手に部屋を出て行った。


 その頃、別室でリナリーと報告書を書いていた神田は、眉間に深く皺を寄せていた。
 「・・・正式名称はブリュージュなのか、ブルッヘなのか?」
 「ベルギーの?
 ブリュージュは確か、フランス語読みだよ。ブルッヘでいいんじゃないかなぁ・・・」
 リナリーも報告書を書く手を止め、首を傾げる。
 「ねぇ、ブルッヘに行ったんなら、ヨーロッパ大陸最後の坂って見てきた?」
 リナリーがにこりと微笑むと、神田はペンを走らせる手を止めて、記憶を探るように宙を見つめた。
 「・・・それがあるのは、ブリュッセルじゃなかったか?」
 「あ、そうだっけ」
 「・・・似たような地名でめんどくせぇな」
 「ホントにね!」
 ふぅ、と吐息して、リナリーも同意する。
 「私は今回、ロンドンで助かっちゃったけど、大陸ってなんであんなに地名が複雑なのかなぁ・・・。
 ブリュッセルは・・・ベルギーの首都だっけ?」
 「みたいだな」
 反対側に首を傾げたリナリーに、神田が頷いた。
 「俺らが今日行ったとこは、もっと北の方だったぜ」
 「ベルギーと言えば!」
 突然リナリーが声を高め、ぴょこんっと頭を起こす。
 「チョコレートv チョコレートv
 期待にキラキラと目を輝かせる彼女に、神田は目をすがめた。
 「・・・なんで任務に行ってんのに、お前に土産買って来なきゃなんねぇんだ?」
 冷淡に言われ、リナリーはむぅ、と、頬を膨らませる。
 「たまにはクリスマスプレゼントくらい、くれたっていいじゃない!
 もう!マリにお願いすればよかった!」
 「チョコレートくらい、英国にもあんだろ」
 「あるけど、おいしくないもん!」
 憮然として、また報告書にペンを走らせたリナリーは、ふと目をあげた。
 「あ!ブルッヘだったら、チョコレートより織物だよね!」
 「だから買って来てねぇっつってんだろ!
 とっとと報告書書け!!」
 苛立たしげに怒鳴られて、リナリーはまた、頬を膨らませる。
 「なんだよ、けち。
 アレン君とは仲悪いのに、毎年パーティ参加して、お花だってあげたくせに!」
 「・・・てめェらが毎年毎年、無理矢理誘ってんだろうが!!」
 「でもなんだかんだ言って、参加してくれんじゃん〜v なぁ?」
 唐突に声をかけられ、リナリーが飛び上がった。
 「びび・・・びっくりした・・・!」
 「相変わらず神出鬼没だな、ラビ・・・」
 「リンクにはバレたんけどね」
 まだ湯気を上げる茶をすすりつつ、ラビはリナリーの隣に腰を下ろす。
 「報告書書き終わったら、俺にも見せてさv
 「う・・・うん・・・」
 途端に、困惑げな顔になったリナリーを、ラビだけでなく神田も訝しげに見つめた。
 「あ・・・あのね・・・?」
 ペンを握り締め、上目遣いに見あげると、二人は揃って頷く。
 「ア・・・アレン君のことで・・・隠しておきたいことが・・・あるの・・・・・・」
 「なんだ?」
 「・・・14番目のことさ?」
 声を低めたラビに、リナリーは俯くように頷いた。
 「アレン君の記憶がない間・・・『表』に出ていたのは、『14番目』だったの・・・・・・」
 自身が連ねた字を見つめつつ、リナリーは消え入るような細い声で呟く。
 「本当だったら・・・報告しなきゃいけない・・・だけど・・・・・・!」
 下手をすれば、アレンは『14番目のメモリーに呑まれた者』として殺されかねないのが、今の状況だった。
 「おねがい・・・!
 なんとか、ごまかしたいんだよ・・・!」
 特に監査官には、と、懇願するリナリーに、しかし、ラビは頭痛を堪えるように額をおさえる。
 「そいつぁーもう、無理さ。
 アレンが自分で、『記憶がない間に表にいたのは14番目かもしれない』って言っちまったもん」
 「なんで・・・っ!!」
 「アレンは自分の記憶がなかった時のことを、覚えてなかったからさ」
 当然の推理の結果、と、肩をすくめたラビの言葉に、リナリーが今にも倒れそうなほど蒼褪めた。
 「・・・と、なると。
 あの監査野郎、お前の報告書に注目するだろうな。
 下手に14番目の事を隠せば、かえってまずいことになりかねねぇぞ」
 「そんな・・・・・・!」
 短く叫んだリナリーは、まるでそれが恐ろしいものであるかのようにペンを放る。
 報告書の上にインクが散り、整然と書き連ねた文字を黒く沈めた。
 「リナ・・・」
 「書かない!!」
 悲鳴をあげて、リナリーが耳を塞ぐ。
 「私は何も見てない!!何も聞いてないもん!!
 だから書けないの!!書けないもん!!」
 「落ち着け」
 どこかうんざりとした口調で言って、神田が眉根を寄せた。
 「お前が書こうが書くまいが、あいつの立場が悪いことにゃ変わりねぇんだよ。
 だったら妙に隠し事せず、事実をさらしておいた方が、後々面倒になんなくて済むぜ」
 「でも・・・」
 「今回はユウちゃんが正しいさね、リナ。
 さもなきゃ、痛くもねぇ腹を探られることになりかねないさ」
 ほい、と、リナリーが放ったペンを渡してやりながら、ラビも言う。
 「包み隠さず書いて・・・コムイに相談すんのが、一番無難な方法さね」
 「兄さん・・・そっか!!」
 この世で最も頼りになる存在を思い出し、リナリーは新たな紙面に報告書を書き始めた。
 「あー・・・予測や予断を交えず、事実のみ報告って手段に出たんさね」
 「妥当だな」
 自身も再びペンを走らせながら、神田が呟く。
 「補足は兄さんに、口頭でするよ。
 そうすれば兄さんが、話すべきことと話さなくていいことを判断してくれる!」
 そのためには、と、リナリーの目が光った。
 「報告の間、監査官とアレン君の足止めよろしく、ラビ!」
 「・・・俺も聞きたいっつーのに」
 がっかりとうな垂れつつ、ラビが頷く。
 と、リナリーがにこりと微笑んだ。
 「後で全く同じこと話してあげるよ。
 だから・・・お願い、ラビ!
 また、パーティのこと、企んでv
 「・・・せめて企画って言えねーのか、お前は」
 ラビだけでなく、神田からも言われて、リナリーが小さく舌を出す。
 「だって、企画って言うより、企む、って言う方がぴったりくるんだもん」
 「そりゃまぁ、確かに」
 苦笑して、ラビはリナリーの頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
 「じゃー今年最後のパーティ、盛大に行こうかv
 「やったぁv
 歓声をあげるリナリーの傍ら、我関せずと報告書にペンを走らせる神田にも、ラビは笑いかける。
 「ユウちゃんも、協力してさv
 「やなこった」
 「後で役割振っからねv
 「・・・俺、英語間違えたか?」
 剣呑な視線を笑ってかわし、ラビはまた、アレンの部屋へと戻っていった。


 空になったマグカップを指先に引っ掛け、ラビは長い回廊をてくてくと歩いていった。
 「なんだか今日の俺ってば、外でも城でもうろうろしてるさねー。
 さぁて、どんな口実つけて、あいつら足止めすっかなー」
 呟きつつ、突き当りの角を曲がったラビの鼻先を、火花を上げる電飾が掠める。
 「んなっ?!」
 「きゃああああああああああああああああ!!!!」
 咄嗟に歩を引こうとした彼の頭上に、悲鳴と共に人影が降ってきた。
 「ミッ・・・!!」
 電飾を引っ掛けた脚立ごと倒れて来るミランダを避けるわけにも行かず、ラビは片手でミランダを受け止め、もう片手で脚立を押し戻して、なんとか惨事を防ぐ。
 「びっ・・・びっくりしたさ!!」
 「ごごごっ・・・ごめんなさいっ!!」
 真っ青になって謝るミランダを、ラビは苦笑して立たせた。
 「どしたんさ、電飾なんか持って。一人でやってんさ?」
 「え・・・ええ、今は・・・・・・」
 石床の上で火花をあげる電飾をビクビクと見遣って、ミランダが頷く。
 「ク・・・クラウド元帥が、このお城で初めてのクリスマスなのだから、派手に飾ろうとおっしゃったので、お手伝いしてたんですけど・・・」
 深々と、ミランダはため息をついた。
 「飾っている間に、ラウちゃんが配線をかじったらしくて・・・電源を入れた途端、あちこちで火花が」
 「・・・派手にゃ違いないさね」
 電源切ればいいのに、と、呆れ口調で呟き、ラビはきょろきょろと電源を探す。
 「めっけ。
 そんでミランダ、元帥は?」
 火花を上げるプラグを注意深く引き抜き、電源を落としてラビが問うと、ミランダはようやく落ち着いて微苦笑を浮かべた。
 「叱りつけようとしたラウちゃんが逃げてしまったので、追いかけて行かれました。
 ・・・私はそのまま、脚立の上に置いてけぼりにされちゃって・・・・・・」
 降りようとしたところ、間近に電飾の火花が散って、驚いた弾みに倒れたのだと言う。
 「・・・怪我がなくて何よりさ」
 もしこんなことで彼女が怪我でもしたら、リーバーがどれほど激怒することかと、考えただけでラビの背中に冷たい汗が伝った。
 「でも・・・せっかく朝からがんばったのに・・・・・・」
 「え?!
 まさか二人でやってたんか?!」
 目を丸くしたラビに、ミランダはこくりと頷く。
 「だって、ラビ君達はお出かけしてたし、神田君達は任務だったし・・・」
 「それでも男手ならいくらでもあんだろ・・・」
 「はぁ・・・。
 でもクラウド元帥が、『私達がやりたいと言い出したのだから、人に頼るな』とおっしゃって・・・」
 「そ・・・そりゃ元帥らしいけど・・・」
 ラビは、消失点が見えそうに遥か長い回廊の、窓際全てに張り巡らされた電飾を見遣って、ため息を漏らした。
 「大変だったろうに、ラウの奴・・・」
 だが、ふと顔を上げると、にこりと笑う。
 「じゃーさ、『面白そうだから俺達もやりたいv』っつったら、元帥はやらせてくれっかな?」
 「え・・・さ・・・さぁ・・・・・・?」
 生真面目に首を傾げるミランダに笑みを深めたラビは、彼女の背を軽く押した。
 「今日さ、出かけたのはいいんけど、ロードに遭遇しちまって大変だったんさ、俺ら。
 なのに報告書は、一連のことを全部見てたリナしか書けねーから、すげー暇なんだよなv
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 ラビの言わんとするところを図りかねて、ミランダがあいまいに頷く。
 「だから後は、手持ち無沙汰な俺らにお任せさv
 やらせて、と、再度頼まれて、ミランダはもう一度頷いた。
 「お願い・・・できますか?」
 「喜んでv
 敬礼の仕草をして、ラビはミランダに手を振る。
 「じゃー俺、アレンとリンク呼んでくっから、ミランダはツリーの面倒でも見ててさv
 それと、クラウド元帥見っけたら、俺らがやりたがって仕事奪ったって言っといテv
 「は・・・はい、ありがとう・・・・・・」
 ようやくラビの思惑に気づいて、ミランダは深々とこうべを垂れた。
 「お礼に・・・ツリーの星は、取っておきますね」
 「やったさv
 彼女の言葉に、ラビが嬉しげに指を鳴らす。
 「なら、さっさとやってツリーんとこ行くさv
 待っててねんv
 「えぇ」
 顔を上げたミランダは、にこりと笑って、駆け去るラビの背中を見送った。


 「やほーv お茶のおかわりちょーだいさv
 ドアを開けるや、マグカップを突き出したラビに、リンクはこれ以上無理なほど眉根を寄せた。
 「私はあなた専用のお茶汲みではないのですが」
 「いいじゃん、用のついでなんだし・・・って、おぉv
 アレン、拗ねてる拗ねてるv
 ラビが出て行った後にまたケンカでもしたのか、リンクに背を向け、抱えた菓子皿のクッキーを無言で頬張っているアレンを、ラビが指差して笑う。
 「お前最近、ホントわかりやすくなったさねーv
 「うるさいよほっといてよ馬鹿ウサギ」
 ぐしゃぐしゃと髪をかき回され、更に不機嫌な声をあげたアレンの膨らんだ頬を、ラビは背後から潰してやった。
 「変な顔ーv
 なぁなぁ、部屋でやさぐれてんなら、城の飾りつけやんね?」
 怒ったパグ犬のようになったアレンの顔を上から覗き込み、ラビがはしゃいだ声をあげる。
 「・・・かじゃりちゅけ?」
 頬を潰されたまま、動きにくい口を動かすアレンに笑って、ラビはリンクを振り返った。
 「今朝から、ミランダとクラウド元帥ががんばって電飾飾ってたそうなんけど、ラウがいたずらして台無しになっちまったんさ。
 おかげでミランダ、めっさがっかりしてたから、助けてやんね?」
 「なんと・・・!
 おのれ躾けのなっていないサルめが!!よくもマンマを・・・!!」
 「・・・・・・それ、クラウド元帥に言ったら殺されますよ」
 ようやくリンクを振り返ったアレンの、首根っこを持って立たせつつ、ラビはもう一方の手でリンクが差し出したマグカップを受け取る。
 「ミランダにツリーの飾りつけ頼んだんケド、お礼に星は取っといてくれるそうなんさv
 アレン、星を譲って欲しけりゃ・・・」
 「やる!!」
 こぶしを振り上げて、アレンが大声をあげた。
 「がんばって飾り付けするから、星は僕にちょうだい!!」
 「んv
 じゃあリンクも・・・はれ?」
 「なにをぐずぐずしているのですか!行きますよ!!」
 「早っ!!」
 既にドアを開けているリンクに、ラビが呆れ声をあげる。
 「ミランダの名前って、すげぇ効果だな・・・」
 「マザコンなんですよ!」
 ふんっと、鼻を鳴らしたアレンを、リンクが烈しく睨みつけた。
 「聞こえていますよ、ウォーカー!」
 「聞こえるように言ったんですよ、わんこ!!」
 「ま・・・まぁまぁ・・・」
 怒鳴りあう二人の間で、ラビが苦笑する。
 「ケンカすんなさ、わんにゃん」
 「うるさいウサギ!!」
 一斉に矛先を向けられ、ラビが笑みを引き攣らせた。
 「・・・なんでそゆ時だけ結託すんの、お前ら?」
 「共通の敵に対する、当然の行動です。
 それよりも、飾りつけに行くのでしょう?」
 早くしろと、急かすリンクに肩をすくめ、部屋を出たラビの後にアレンも続く。
 バタバタと走って行った回廊は、しばらく火花が散っていたせいか、未だに焦げ臭い空気が流れていた。
 「それで、電飾のストックはどこにあるのですか?」
 「ん。
 そりゃもう手配してもらってっから、まずは飾りつけ終わってる電飾の点検しね?
 いくらラウでも、全部かじっちゃいねーだろ」
 「あぁ!使えるところはそのまま使っちゃうんですね!」
 いつも手伝わされているため、飲み込みの早いアレンに、ラビは大きく頷く。
 「そ。
 そのためにゃ一旦電源入れて、どれが壊れてっか確認すっから、ティムに火花散ってるトコ咥えてほしいんけど」
 「・・・は?」
 意味不明の要請に、アレンが眉根を寄せた。
 「なにそれ?」
 「ん。
 電源つけたまんまなら、どれが危険な電飾かすぐわかるから、そこをクリップして配線撤去したら早いじゃん?」
 ラビの提案を聞いた途端、体ごと横に振れるティムキャンピーを見あげ、アレンが肩をすくめる。
 「やだって」
 「なんでさ。
 壊しても再生すんだから、ちょっとくらい痺れてもいいじゃん」
 「再生するけど、ティムが持ってるメモリーデータが壊れてたら困るでしょ」
 そんなことしたら僕が壊される、と、アレンはため息混じりに呟いた。
 「大丈夫だと思うけどなぁ」
 怯えてアレンのフードの中に隠れてしまったティムキャンピーを、ラビが笑ってつつく。
 「ま、ティムがヤなんだったらしゃーねーさ。
 アレンの左腕なら平気そーだし?」
 「平気じゃありませんよ!普通に感電します!!」
 「んじゃ糖尿のリンク」
 「糖尿じゃありませんし、電気が平気なはずもないでしょう!」
 「えぇー?
 リンクなら、強靭な精神力がどうのっつって、平気そうさv
 けらけらと笑うラビの隣で、アレンもぽん、と手を打った。
 「あぁ、そうですよ。
 君、鉄血の鉄面皮じゃないですか。きっと平気です」
 「鉄なら電気を通すじゃありませんか!殺す気ですか!!」
 「死ななくてもいいですけど、しばらく沈黙してくれたら僕は嬉しい」
 「このクソガキ・・・!!」
 「ハイハイ・・・」
 苦笑してラビは、自分の背後に隠れてリンクに舌を出す、アレンの髪をかき回す。
 「んじゃ、ここは俺の優秀なおつむを使うしかないさねーv
 そう言ってにんまりと笑ったラビに、リンクとアレンが、訝しげな目を見交わした。
 「ふふんv
 お前らが、通電したまま作業すんのヤダっつったんからね?」
 にやにやと笑う彼に、嫌な予感は募る。
 「なに・・・?」
 上目遣いで問うアレンの背を、ラビは笑って押した。
 「お前ら二人、じゃんけんで火花散る電源を入れる係決めなv
 「はぅ――――――――?!」
 「それこそ感電するじゃありませんか!!」
 絶叫したアレンの傍らで、リンクも烈しく抗議するが、ラビはしれっと笑って首を振る。
 「じゃあお前ら、電源入れた一瞬で、火花散ってる電飾全部覚えられんの?」
 「え・・・それ、どういうこと?」
 首を傾げたアレンに、ラビは得意げに胸を逸らした。
 「つーまりー!
 電源入れっぱで作業したら危ないし、それは嫌だって、お前らが今言ったんじゃん♪」
 「うん・・・まぁね・・・・・・」
 激しく嫌な予感を覚えつつ、アレンが頷くと、ラビは更に得意げに鼻を鳴らす。
 「だろ?
 だからさ、電源入れたら、すぐプラグを抜くんさ!
 通電した一瞬、火花が散った配線をチェックして、新しい電飾と差し替えれば問題ねぇだろ?」
 そしてそんな一瞬で、全ての故障電飾を覚えられるのは自分だけ、と、ラビは得意げに笑った。
 「じっ・・・自分の特殊能力を盾に取るとは・・・!」
 「へへーv
 ドS2匹を下風に置けるなんて、すっげ嬉しーv
 さぁ、早く電源入れる係と配線繋ぎ直す係を決めるさv
 「うっ・・・!」
 「覚えてるがいいですよっ!」
 「忘れやしねーさv
 ブックマンだもんv と、得意げに言って、ラビが二人を急かす。
 と、リンクがアレンに向き直り、
 「ウォーカー。
 どうせ負けるのですから、時間の無駄です。
 電源を入れなさい」
 「そんなのやってみなきゃわかんないでしょ!!じゃーんけーん!!
 ・・・・・・・・・・・・っ!!!!」
 こぶしを握って悔し涙を浮かべるアレンの背後で、ラビが笑い転げた。
 「そーれがんばーv
 「ちっくしょー!!
 ティム、レッツゴー!!」
 「!!!!」
 ヤダヤダと丸い身体を横に振るティムキャンピーを鷲掴みにし、アレンはぶにっと彼の身体を引き伸ばす。
 「やれってば」
 しょぼんとうな垂れ、恐る恐る電飾のプラグを咥えたティムキャンピーの憐れな姿に、リンクが思わず眉をひそめた。
 「鬼ですか」
 「じゃあ代わってやれば?」
 「・・・ホント、鬼さ」
 やさぐれた声で言い放ったアレンと、絶句したリンクを見比べて、ラビが乾いた声をあげる。
 「ティムのメモリーが飛んだら困るとか、言ってたくせにな」
 ラビが呟いた途端、コンセントの側でうろうろしていたティムキャンピーが、プラグを咥えたまま飛び上がった。
 「vvvv
 はい、とばかりにアレンの手にプラグを押し付けるや、ティムキャンピーは素早くラビの背に回り込み、隠れてしまう。
 「ラビの馬鹿・・・!!」
 プラグを握ったまま、恨みがましい目で睨んでくるアレンから、ラビはぎこちなく目を逸らした。
 が、
 「じゃんけんには負けたのですから、潔くなさい」
 リンクに畳み掛けられ、アレンは渋々、コンセントの前にしゃがみこむ。
 「じゃ・・・じゃあ、カウントすっから、それにあわせて差し込むさ!」
 「うっさいんですよやるなら早くやってくださいよ」
 地を這うような低い声で言うアレンに顔を引き攣らせ、ラビは電飾がひと目で見渡せる位置に立った。
 「行くぜ!
 3・・・2・・・1!」
 アレンがプラグを差し込んだ瞬間、回廊に青白い火花が弾ける。
 「こっ・・・こわっ!!」
 思わず悲鳴をあげて、アレンはプラグを抜いた。
 「・・・確認できましたか?」
 きつく眉根を寄せているのは、自分も挑戦してみたためだろうか、リンクの疑わしげな問いに、ラビは平然と頷く。
 「この程度なら超余裕さ♪
 んじゃ、新しい電飾取りにいこーぜーv
 「余裕・・・・・・!」
 暢気に笑って踵を返したラビの背を、リンクはしばらくの間、憎らしげに睨みつけていた。


 一方、
 「兄さん!報告書持って来たよ!」
 なぜだか気合十分に宣言して、神田と共に執務室に乗り込んできた妹を、コムイは目を丸くして見つめた。
 「それはご苦労様・・・だけど、なんでそんなに怖い顔してんの?」
 眉根をきつく寄せ、踵を鳴らして迫ってきたリナリーから報告書を受け取ろうと手を伸ばすが、それはひょい、と、目の前でかわされる。
 「えー・・・?」
 コムイはいつまでも彼の目の前をひらひらと漂って、渡されようとしない報告書を目で追った。
 「・・・ちょっとリナリィー・・・なにしてんの、これ?」
 と、リナリーは彼の執務デスクを回り込み、コムイの膝に縋って跪く。
 「兄さん・・・リナリーのお話聞いてv
 上目遣いの懇願に、妹至上主義の彼が落ちないわけがなかった。
 「ナニナニ、どーしたの?!
 なんでも聞いてあげるよーんvv
 リナリーの頭を撫でながら、だらしなく顔を蕩けさせるコムイに、神田もため息をつく。
 「コムイ、俺の報告書・・・」
 「神田君のは後あと!
 それでリナリー、どーしたのぉ?」
 声をかけた神田には邪険に手を振り、コムイは両手を組んで彼を見上げるリナリーを、幸せそうに見つめた。
 するとリナリーは嬉しそうに笑って、コムイの耳に唇を寄せる。
 「報告書に・・・書けなかった事があるの。
 口頭で報告するから、後は兄さんに任せる」
 その声の、意外なほどの真剣さに、コムイは笑みを深めた。
 「イイヨv
 さぁさぁ、リナリーのサンタさんにお願いしなさいv
 あえて周りにも・・・直裁に言えば、部屋に仕掛けられている盗聴器に聞こえるように、コムイが声を高める。
 「ありがとうv
 あのね・・・・・・」
 リナリーもわざわざはしゃいだ声をあげ、コムイに抱きつくと、報告書に書けなかったこと・・・『14番目』のことを、兄の耳に囁いた。
 その『報告』をするリナリーの声は低く慎重で、猫並みに耳のいい神田にしか拾えない。
 「・・・りょーかいv
 報告を聞き終えたコムイは、軽い口調の割には真剣な顔で、リナリーに微笑んだ。
 「後はおにーちゃんに任せておいでv
 ハイ、神田君お待たせーv
 ねぇねぇ、ベルギーでチョコレート買って来てくれたぁ?」
 「買わねぇっつってんだろ!
 兄妹揃ってうっせぇな!」
 報告書をデスクに叩きつけ、剣呑な目でコムイを睨みつける。
 「なんだよケチー!
 そして、相変わらず事実しか書いてない報告書ご苦労さまー」
 不満げなコムイに、神田の眼光が鋭さを増した。
 「あぁ?!なにを脚色しろってんだコラ!」
 「脚色なんて言ってないじゃないー。
 ただ、『奇怪』を調査してる割には全然面白みのない報告書だからさぁ」
 「怪談書いてんじゃねぇし、原因がはっきりしている以上、不思議なことなんてなんもねぇだろ!」
 「神田君が怪談作家になったら、シャレになんなく怖いのが出来上がりそうなのにネ!」
 ケタケタとけたたましい笑声をあげながら、コムイは神田とリナリーの報告書をクリップボードに留める。
 「ハイ、リナリー。
 これ、ファイリングしといてv
 んで神田君、クリスマスプレゼントの毛織物、ボクはすっごく楽しみに・・・」
 「・・・なんでテメェらはそう、言うことが似通ってんだ。
 いくら兄妹ったって、気色悪ぃだろ!」
 「オヤ、そうなの、リナリー?」
 コムイが嬉しそうな顔をしてリナリーを見遣ると、彼女はまだ彼の膝に縋ったまま、頷いた。
 「うん。
 神田ってば、チョコレートも織物もナシだなんて酷いよね・・・!
 ラビには毎年、面白いお誕生日プレゼントを贈るくせに、リナリーには何もくれないんだよ・・・」
 「あれは、興味はあるが手元に置きたくねぇもんを回してるだけだ」
 ラビが聞けば泣き出しそうなことを平然と言う神田をちらりと見上げ、リナリーは身を震わせてコムイの膝に突っ伏す。
 「ユウ姉様はもう、リナリーのことなんかどうでもいいんだ・・・!」
 「リナリー・・・お前にニつ、言っときたい事がある」
 冷え冷えとした声を受けて、リナリーはコムイの膝の上から涙目をあげた。
 「一つ。
 16にもなって、わざとらしく拗ねるな」
 「・・・ちぇっ」
 ばれちゃった、と、リナリーは開き直った顔をして、コムイの膝に顎を乗せる。
 「二つ。
 いつまでも姉様って呼んでんじゃねェェェッ!!」
 「きゃっ!!」
 神田の怒号に飛び上がったリナリーは、すかさずコムイの背に隠れた。
 「コムイ兄さん、姉様がいじめるよー!」
 「・・・ってめぇ!」
 性懲りもなく『姉様』と呼ぶリナリーにこめかみを引き攣らせ、伸ばした腕を、コムイが遮る。
 「まぁまぁ、兄妹ゲンカしないで、仲良くしなよー。
 もうすぐクリスマスなんだよ?
 クリスマスには、国同士の戦争だって一旦中止になるんだからさー!
 兄妹ゲンカなんて、12月に入った時点で休戦すべきじゃないかな!」
 「こいつの考え違いを改めさえすりゃ、こっちはいつでも休戦してやんだよ!」
 青筋を立てて吐き捨てた神田に、コムイが声をあげて笑った。
 「だってさ、リナリー。
 ちゃんと、ユウおにいちゃまと呼んであげなさいv
 「はぁい。
 ごめんなさい、ユウおにいちゃまv
 「・・・・・・やめろ気色悪ィ」
 神田が鳥肌まで立てて声を引き攣らせると、リナリーは不満げに頬を膨らませる。
 「なんだよー。
 じゃあアレン君がたまに、ラビに言ってるみたいに、ユウおにいたんって呼んだげようか?」
 「だぁらやめろっつってんだろ!」
 「きゃあv 姉様が怒ったーv
 「てめぇ!!」
 「ちょっ・・・待ってヨー!」
 執務デスクに飛び乗ってリナリーに掴みかかろうとする神田と、背後に隠れたリナリーに挟まれたコムイが悲鳴をあげた。
 「ホラ、ケンカやめて・・・部屋の物壊さないでェェェェ!!」
 突然泣き声をあげたコムイは、掴みあう二人から逃げ惑う振りをしながら、あらかじめ設置場所を確認していた盗聴器を外しては床に放る。
 「わぁ、ボクのマグカップ!」
 ていっ!と、盗聴器の一つを叩き壊し、
 「リナリー!重要書類踏んじゃダメ!!」
 うりゃ!と、もう一つを踏み潰し、
 「神田君、六幻はやめてェェェェ!!」
 それっ!と更に一つを水没させ、
 「ヨッシー!ヨッシーだけは許して!!」
 嘆きつつぬいぐるみを引き裂いて、中の盗聴器にドライバーを突き刺した。
 「あースッキリしたv
 リナリー、神田君、グッジョブ!」
 「・・・なんだか」
 「思いっきり利用されたか、俺ら・・・?」
 親指を立ててウィンクするコムイを、二人が乾いた目で見つめる。
 「利用だなんて人聞きの悪い。
 ご協力願っただけですぅv
 うふふふふv と、コムイは二人へ機嫌よく笑いかけた。
 「ハイ、じゃあ神田君はもう戻ってイイヨv
 リナリーv
 書類ファイリングしちゃったら、おにーちゃんにコーヒー淹れてぇv
 「あ・・・うん!」
 うっかり放り出していたクリップボードを拾って、リナリーが踵を返す。
 「ちょっと待っててね、兄さん!
 姉様、いこv
 「このヤロ・・・!!」
 リナリーの後に続き、神田も踵を返して執務室を出た。
 「姉様っつーなって、何度言えばわかるんだ、てめぇは!」
 「仕方ないじゃない。刷り込まれちゃったんだよー」
 白々しいことを言って笑うリナリーに、神田は舌打ちする。
 「お前こそ、記憶を抜かれりゃよかったのに・・・!」
 「抜かれたよ?
 それでアレン君助けに行ったの!
 ねぇねぇ私、王子様?王子様みたい?」
 期待に満ちた目で見つめられ、神田は肩をすくめた。
 「あぁ、モヤシよりは断然王子だな」
 「誰がモヤシだってぇんだこのぱっつん!!」
 突然ヒステリックな声が響いて、神田は忌々しげな視線を横へ流す。
 「ぎゃあぎゃあうるせぇな、ヒステリー猫が。首根っこ掴んで凍った池に沈めっぞ」
 「やれるもんならやって見ろってんだ!その凶悪面に爪立ててやりますよ!」
 「それこそやってみろってェんだ!
 てめェのツメなんざ、痛くもかゆくもねェよ!」
 「やめなさい」
 激昂する二人の間に冷静な声が割って入り、今にも掴み合おうとしていた彼らを隔てた。
 「ここでケンカしては、周りに迷惑でしょう。
 精密機械類がひしめいているのですよ」
 リンクが指摘するや、二人から機械類を守ろうと立ちはだかっていた科学者達が一斉に頷く。
 「ケンカは外でなさい」
 「上等だ!表に出ろ、ゴラ!」
 「買ってやりますよ、今日こそへこませてやる!!」
 「やめなさい!」
 同じ台詞ながら、冷静とは程遠い声と共に、二人の頭にクリップボードが叩きつけられた。
 「もう!ケンカしないの!」
 「だってリナリー・・・!」
 「こいつとはきっちり勝負つけてやった方がいいんだよ!」
 「つけなくていいの!」
 言うやリナリーは神田に詰め寄り、ほとんど真下から睨みあげる。
 「ホント、ユウ姉様は喧嘩っ早いんだから!
 そんなんじゃ素敵なレディになれないって、ジェリーがいっつも・・・」
 「お前は目が悪ィのか頭が悪ィのかどっちだ?!
 いい加減にしろ!!」
 激しい怒号を受けて、リナリーが柳眉を逆立てた。
 「ひど・・・っ!
 悲惨な幼少時の、唯一きらめく思い出を壊さないでよっ!!」
 「お前にはきらめく思い出でも、俺には黒歴史だ!!」
 「・・・・・・・・・相変わらず『仲良し』ですね」
 自分を放ってじゃれあう『姉妹』に、アレンが笑みを引き攣らせると、神田が目を尖らせる。
 「あ?!
 てめェも目と頭が悪ィのか!
 これのどこが仲いいんだ?!」
 「仲いいじゃないですか、僕放置でじゃれあって・・・酷い!僕一人ぼっち!!」
 顔を覆って嘆くアレンに、リナリーが慌てた。
 「ア・・・アレン君には、ラビおにいたんがいるじゃない」
 「お兄ちゃんじゃありませんよ、あんなヘタ・・・」
 「おぉーっと、手が滑っちまったさぁー!」
 突然、頭上に大量の電飾が降ってきて、反駁途中のアレンを埋めた。
 「ちょっ・・・重っ!!なにすんですか!!」
 「イヤ、なんか聞き捨てならないことが聞こえた気がして、そっちに気を取られちまったv
 いけしゃあしゃあと言って、ラビはリナリーに笑いかける。
 「報告終わったんさ?
 なら電飾飾んの、手伝ってv
 「ごめん・・・私はまだ、兄さんのお手伝いがあるから・・・」
 申し訳なさそうに言うリナリーに『気にするな』と手を振ったラビは、神田に笑みを向けた。
 「じゃあユウちゃんv
 「やなこった」
 と、ラビがにんまりと笑みを深める。
 「これ、クラウド元帥の命令で、ミランダのお願いなんけどv
 「・・・・・・・・・」
 「ユウたんv
 ここで断ったら後で面倒なことになるな、なんて考えた時点で、負け決定さv
 ハイ、ガンバろーv
 凍りついた神田の腕を取り、にこにこと連行しつつ、ラビはすれ違いざま、電飾に埋もれたアレンの頭をはたいてやった。
 「いたー!!」
 なにすんだ、と抗議するアレンを肩越しに見やって、ラビは笑みを深める。
 「それ持ってきな。
 さもねーと、星譲ってやんねーよ?」
 「ちっ・・・ちくしょー・・・!!」
 身体中電飾に絡みつかれ、身動きの取りにくいままに、アレンはもたもたとついて行った。


 「も・・・ちょっとは手伝ってくれたっていいじゃん!!」
 とうとう目的地まで、一人で電飾を運ばされたアレンが声を張り上げるが、意地悪な兄達は揃って白々しくそっぽを向く。
 「新人いぢめだ!年少者虐待だ!!
 ジェリーさんに言いつけてやる!!」
 きゃんきゃんと甲高い声で喚きたてると、真っ先に神田が舌打ちした。
 「・・・わめきやがってうるせェな。
 とっとと働け、末席が」
 忌々しげに言った彼の隣で、ラビもにこりと笑いかける。
 「そーそー。
 兄ちゃん達にこき使われるんは、弟の宿命さね」
 「・・・その割には君、私に逆らい、ウォーカーに使われていませんか?」
 最年長者の指摘に再びそっぽを向き、ラビは明かりの消えた電飾が、最も広く見渡せる位置に立つ。
 「ほんじゃ行くさねー!まずは、故障した配線の交換さ!」
 「僕は電源入れる係と電飾運ぶ係やったから、もうやんないっ!!」
 ぱんぱんに頬をふくらませたアレンに、リンクが肩をすくめた。
 「わざわざ言われなくてもわかって・・・」
 「拗ねてんじゃねぇよクソガキ!
 てめェもガキ甘やかすんじゃねぇ!」
 神田の怒声に、アレンが反抗的な目を向ける。
 「なんだよ!感電するかもって、すっごく怖かったんですからね、プラグ差し込むの!」
 「はっ!
 たかが2〜300Vでびびってんじゃねぇよ!」
 いかにもなんでもないとばかり、吐き捨てた神田にアレンは声を失い、悔しげに震えた。
 「ユウちゃん・・・いくら自分が不死身だからって・・・」
 「普通は危険なのですが」
 顔を引き攣らせたラビに頷き、リンクは淡々と電飾を運ぶ。
 「Jr.、指示を」
 「あ・・・あぁ、りょーかい」
 険悪な雰囲気を一言で断ち切ったリンクにラビも頷き、電源が入った一瞬で見極めた故障配線を交換し始めた。
 「ユウちゃん、そっちじゃなくて右・・・あ、ごめん!ユウちゃんから見たら左さ!
 リンク、右上の星外してさ!」
 「右上に星なんてありませんよっ!」
 「キレんなさ!リンクから見て左上!」
 わいわいと賑やかな中で、一人憮然と年長者達の作業を眺めていたアレンは、ふと気づいて、しゃがみこんだままこそこそと移動する。
 「あ!」
 ラビの大声に、ビクッと止まり、
 「リンク、そっちの星じゃねぇって!
 リンクから見て左上の、3つ並んでるうちの右!じゃない、左!!」
 「どっちですかっ!!」
 と、二人が喚き合う間にこそこそと回廊の角まで移動した。
 「脱出成功!」
 向こうから、まだわいわいと喚き合う声を聞きながら、アレンは一気に駆け出す。
 その頭にしがみついたティムキャンピーが、いいのか、と、問うように何度も振り返る気配がしたが、無視して間近の部屋に駆け込むと、別の『扉』を開いて方舟の中に飛び込んだ。
 「・・・っもう、うるさすぎ!!」
 扉に背を預け、しゃがみこんだアレンは苛立たしげに吐き捨てる。
 「ずっと監視されて、一人にはしてくれないくせに放置はされて、もうやだっ!!」
 地面を蹴りつけ、膝に顔をうずめてしまったアレンの頭上を、ティムキャンピーが気遣わしげに飛び回った。
 やがて、いつまでも顔をあげないアレンの頭上に羽を休めたティムキャンピーは、長い尾をゆっくりと振って、アレンの背を叩く。
 「ティム・・・・・・」
 ようやく顔をあげたアレンは、頭上のティムキャンピーを取り上げた。
 「遊びに行っちゃお!」
 「?!」
 すっくと立ち上がったアレンを、ティムキャンピーが羽と尾で必死に止めようとする。
 「いいんだよ、たまには!
 息抜きくらいしないと、窒息しちゃうもん!」
 ずかずかと方舟の中を歩き、アレンは目当てのドアを開けた。
 「アジア支部でフォーに愚痴でも聞いてもらえばすっきり・・・・・・アレ?」
 歩を踏み出した途端、寒風が吹き寄せて、アレンは呆然とする。
 「え?!
 このドア、こないだこっそり繋いだ『開かずの間』行きじゃなかったっけ?!」
 天性の方向音痴は今日も絶好調だったようで、慌てて見回した風景はアジア支部のどこでもなく、ついさっきまでリナリーといた公園によく似ていた。
 「えと・・・リージェンツ・パークだっけ?」
 ロードから逃げる時に開いた扉を通ってしまったらしい、と気づいて、アレンは改めて辺りを見回す。
 「あー・・・ロンドン動物園が見えるや・・・・・・」
 確実にアジア支部ではないことに気づいて、アレンは憮然と間近のベンチに腰を下ろした。
 と、
 「失礼」
 声がかけられた方を見遣る間もなく、隣に女が座る。
 「ル・・・!」
 「ようやく見つけました、アレン・ウォーカー」
 ふぅ、と、小さなため息を漏らして、ノアの女はしなやかに足を組んだ。
 「お前が逃げたせいで、ロードが非常に怒っています。
 これ以上、私達が彼女の被害を受けないためにも、お前には同行してもらいます」
 その無感情な声音がリンクの冷静な口調を連想させて、アレンは眉根を寄せる。
 「それはイヤだって、何度もお断りしています」
 「私だってお前のようなしゃくに障るエクソシスト、招きたくなどありません。
 ですが、ロードの招待の意志に対し、主が可とされたのですから・・・」
 じろりと、アレンを見るルル=ベルの目はとても冷たかった。
 「黙ってついて来てください」
 だが、
 「強要されるのは嫌いです」
 ふんっと鼻を鳴らして、アレンはそっぽを向く。
 「そんなこと、私にはどうでもいいことです。私の役目は、お前を連行す・・・」
 「伯爵が」
 苛ついた口調のルル=ベルを遮って、アレンはベンチの背もたれに深く背を預けた。
 「僕に関心を持っていると、ロードに聞きました」
 「・・・・・・」
 黙り込んでしまったルル=ベルを横目で見遣り、アレンは微かに笑みを浮かべる。
 「君も、ロードと同じですか?
 大好きな伯爵が僕に関心を寄せているから・・・その上、伯爵の命令に忠実な君の邪魔をしたから、意地悪したいと思ってます?」
 「意地悪だなんて・・・・・・」
 低く呟き、ルル=ベルはアレンを睨みつけた。
 「殺したいと思っています」
 「・・・・・・でしょうとも」
 苦笑して、アレンは両手を頭の後ろで組み合わせる。
 「君は無表情なのに、ロードよりも感情が読みやすいんですね、ルル=ベル」
 ムッとした彼女に、アレンは声をあげて笑った。
 と、ルル=ベルは無言のまま、じっとアレンを見つめる。
 「え・・・っと?
 どうかしました?」
 さすがに気まずくなって、アレンが問うと、彼女はわずかに小首を傾げた。
 「今、お前は笑っていたのに・・・悲しみ?・・・いえ、怒りや・・・苛立ち?
 そんな感情が見えました」
 「・・・・・・やな人」
 アレンが息を呑んで呟くと、彼女はまた、憮然と唇を引き結ぶ。
 「ねぇねぇ、君、空気読めないとか言われません?
 特にあの双子とかに、空気読めって怒られたりしません?」
 迫ってくるアレンから身を引きつつ、ルル=ベルが眉をひそめた。
 「・・・・・・・・・それがなにか?」
 「やっぱり!
 ねぇねぇ、せっかく美人なんですから、伝説の読める空気を探す旅にでも出た方がいいですよ!
 絶対お勧めします!」
 「読める空気・・・?
 そんなものが存在するのですか・・・?」
 興味を引かれた様子で聞き返したルル=ベルは、しかし、すぐにふるふると首を振る。
 「主の側から離れるわけには行きません・・・!」
 「ちぇっ」
 失敗か、と、アレンが口の中で呟いた言葉を敏感に聞き取って、ルル=ベルは彼を睨みつけた。
 「私に苛立ちをぶつけて、八つ当たりをするのはやめなさい」
 「殺そうとするよりマシだと思うけど?」
 意地悪く笑うアレンを、ルル=ベルはじっとりと睨む。
 「なぜ・・・お前のような嫌なエクソシストに、主は関心を寄せるのでしょう・・・!」
 低く恨みがましい声をあげる彼女に、アレンは肩をすくめた。
 「それは僕が聞きたい」
 「では」
 すかさず、ルル=ベルがアレンの左腕を掴む。
 「一緒に来なさい。
 主に直接聞くといい」
 無愛想な声音で言うや、女とは思えない力でアレンの腕を引き、無理矢理立たせた。
 「イヤですってば!」
 ルル=ベルの手を振りほどこうとしたアレンの首筋に、彼女のもう一方の手が添えられた・・・文字通り、手刀と化して。
 「おとなしくしなければ、お前の首を掻き切ります」
 「今日二回目・・・」
 憮然と呟き、アレンは上向いたままため息をついた。
 「ルル=ベル、矛盾してると思いませんか?
 君の大好きな伯爵が関心を寄せている僕を、大好きな伯爵の元に連行するなんて。
 下手すれば今日・・・ううん、ロードはクリスマス・パーティだって言ってたから、クリスマスが終わるまで、伯爵は君を放って、僕に構っちゃいますよ?」
 お客様だもん、と言えば、ルル=ベルは悔しげに顔を歪める。
 「それは・・・仕方ないこと・・・・・・!
 主は、客人はもてなすようにと教えてくれた・・・・・・!」
 「そんな物分りのいいこと言ってますけど、やっぱりイヤなんでしょ?
 ものっすごくイヤそうな顔してますよ?」
 「・・・・・・っ」
 唇を噛んで目を逸らしたルル=ベルに、アレンはため息をついた。
 「ホントに・・・わかりやすい人ですねぇ・・・」
 「黙れ!」
 彼女らしくもなく大声をあげて、ルル=ベルはアレンの腕を掴む手に力を込める。
 「主は私にとって、最も大切な人・・・命令は絶対です!
 だから私は、お前を連れて・・・」
 「君の目の前で、僕が伯爵と仲良く歓談とかしちゃっていいんですか?」
 刃には触れないよう首を傾げ、アレンはルル=ベルの表情を見遣った。
 「僕には君が、伯爵を独り占めにしたがってるように見えるけど?」
 「独り占め・・・?主を、私だけのものに・・・?」
 猫のように煌めく目を見開き、ルル=ベルが呟く。
 「それは・・・もちろん・・・!
 だけど、主は私だけのものにはならない・・・。
 ロードや他の兄弟達、皆が主を慕い、主は皆を均しく愛しているのだから・・・私だけのものにはなってくださらない・・・・・・!」
 見開いたままの目から、ぽろぽろと涙がこぼれる様に、アレンは深々とため息をついた。
 「ごめん、泣かないで」
 女の子いじめちゃった、と、気まずげに呟くアレンの腕を掴む手から、力が緩む。
 だが、今の状況で彼女の手を振り払うのもためらわれて、アレンは掴まれた腕はそのままに、首筋に添えられた刃に続く手首を握って下ろさせた。
 「・・・子供みたいな人ですね。
 こんなに感情が露わな人、初めてです」
 苦笑したアレンは、ふと、目を見開く。
 自身の言葉で、改めて彼の周りには感情を露わにする人間が少ないことに気づいたのだ。
 冷静で経験豊富な大人達はともかく、ラビや神田ですら、本心は胸の奥に隠して見せようとしない。
 「・・・ウォーカー?」
 愕然と黙りこんでしまったアレンを、ルル=ベルが訝しげに見つめるが、アレンにはその声すら聞こえなかった。
 「そっ・・・か・・・。
 だから僕・・・・・・」
 唯一感情を見せてくれるリナリーが、自分以外の人間に構っていた時―――― それもよりによって、普段他人に真情を見せない神田と本音でやり合っていたのを見て、強く『一人ぼっち』だと実感したのだ。
 「ウォーカー・・・・・・」
 突然、激しく落ち込んだアレンに、ルル=ベルは心底戸惑う。
 だが困惑げな目を、掴んだままの腕に落とした途端、自身の役目を思い出して、胸ポケットを軽く叩いた。
 と、目を見張るほどに鮮やかな翅を持った蝶が寒風の中に舞い出て、アレンの腕に時折止まりながら、一巡り二巡りと腕の周りを飛び回る。
 「・・・ちょっと。
 なにしてんですか、人が落ち込んでる時に」
 「捕獲の準備です。
 お前のイノセンスは封印します」
 ぎゅっと、ルル=ベルはアレンの腕を掴む手に再び力を込めた。
 「っだから君は空気読めないッつってんですよ!!
 普通、ここでその行動は選択しないでしょ?!」
 「でも・・・役目だもの・・・」
 アレンの怒っている理由がわからないとばかり、困惑げに眉根を寄せるルル=ベルに、アレンは痛む額を押さえる。
 「だから・・・!」
 ため息混じりに呟き、アレンは子供に教えるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
 「僕は、行かないと、言っています。
 君も、伯爵が、僕に構うのは、嫌でしょう?」
 「でも、命令ですから・・・」
 「あぁもう!!
 言葉通じない!!」
 もどかしげに身悶えてルル=ベルの手を振り解こうとすると、更にしっかりと掴まれる。
 「逃がしません。連行します」
 「だからやだってば!!」
 さすがに声を荒げた時、
 「そろそろ、助けに入るタイミングだろうか」
 笑みを含んだ声が寒風に乗って、二人の耳に届いた。
 「クラウド元帥・・・!!」
 途端に目を輝かせたアレンに、小猿を肩に乗せた女元帥はにこりと微笑む。
 「しばらく前からいたのだが、面白かったのでついつい見入ってしまった」
 「えぇっ?!それはちょっと・・・!」
 酷くありませんか、と続けようとしたアレンは、この状況で彼女の機嫌を損ねてはまずいと黙り込んだ。
 「お前は本当に、世知に長けている」
 クスクスと笑いながら二人に歩み寄ると、クラウドはアレンを捕らえるルル=ベルの手を掴み、捻りあげる。
 「っ!」
 「ここはお退き、ノアの一族よ。
 クリスマス間近だと言うのに、争い事など無粋な真似は、伊達な主も好むまい。
 ―――― アレン」
 背後に向かって呼びかけ、クラウドは肩越しに微笑を向けた。
 「先に扉の中へお逃げ。
 狙いはお前なのだから」
 「は・・・はい・・・!」
 アレンが出てきた『扉』を再び開き、くぐると、すぐにクラウドも入ってくる。
 扉を閉める寸前、ルル=ベルの悔しげな目が、こちらを睨んでいるのが見えた。


 「あ・・・あの・・・!
 クラウド元帥、僕を助けに来てくれたんですか?」
 方舟の白い街並みの中を、先に進む元帥の背に問うと、彼女は歩を止め、肩越しにやや意地の悪い笑みを浮かべる。
 「クロスの弟子など、わざわざ助けに来るものか。
 たまたま通りがかっただけだ」
 「たまたま・・・通りがかるんですか、あんなトコ・・・」
 走って追いつき、並んで歩き出したアレンに、クラウドは肩をすくめた。
 「通るとも。
 だってお前があの『扉』を開けたんだろう、アレン?
 ラウは、お前が開けた『扉』の向こうに動物園の獣のにおいを嗅ぎ取って、駆けて行ってしまったのだから」
 追いかけるのが大変だった、とぼやくクラウドに、アレンは足を止めてぺこりと頭を下げる。
 「すみません・・・そして、ありがとうございました」
 「お前なら、一人でも切り抜けられたかもしれないがな」
 くすりと笑って・・・不意にクラウドは、口元を引き締めた。
 「アレン・・・なにがあったか知らないが、今のお前の立場を考えるに、監視の目をくぐってノアと会うことには感心しない」
 「元帥・・・!」
 必死に首を振るアレンを、クラウドは淡い瞳に冷静な色をたたえて見下ろす。
 「もちろん、私はお前が内通しているとは思わないし、お前と共に戦った者達はお前を信じるだろう。
 だが客観的に見て、あの状況が甚だまずいシーンであったことは確かだ」
 ノアと和やかに話していたのだから、と指摘され、アレンは口ごもった。
 「軽率な行動をとるな。
 今回は私が見つけたから良かったものの、他の者なら、お前をあの場で殺したかもしれない」
 「はい・・・すみません・・・・・・」
 再び、深々とこうべを垂れたアレンの頬に、そっと白い手が沿う。
 「なにかあったのか?
 力になってやれるかどうかはわからないが、話くらいは聞いてやってもいい」
 「はい・・・・・・」
 うな垂れるように頷くと、アレンは悄然とした声で、本音を見せない仲間達に対する自身の心情を吐露した。
 「元帥の強さや・・・コムイさん達の冷静さ、ジェリーさんの、悲しいことは全部胸に収めて明るく笑ってくれる優しさとは違うんです・・・。
 一緒に戦ったのに、遠くまで旅をしたのに、神田はいつまでも人を拒絶して、ラビも、いつも飄々と笑ってるくせに、本気がない・・・。
 だから僕は・・・」
 「殊更にわがままを言って、彼らに突っかかっているのか」
 くすくすと愉快そうな笑声をあげて、クラウドはアレンの頬を軽く叩く。
 「お前は、その年頃の子供とは思えないくらいに世知に長けているかと思えば、年相応の子供っぽいこともするのだな」
 「ずっと・・・『本気』が見たかったんです・・・。
 上辺だけじゃない、本当の感情を・・・だけど・・・・・・・・・」
 と、アレンは重く息をついた。
 「まだ僕は・・・」
 「相手にも立場や信条がある」
 アレンの言葉を遮って、クラウドは再び歩を進める。
 「心を開いて欲しいのなら、まずは自分が心を開くのだね」
 「僕・・・っ?!」
 驚いて顔をあげたアレンは、慌てて彼女の後を追った。
 「あ・・・あの・・・っ?!」
 呼びかけると、クラウドは歩を緩めないまま、半歩後ろにいるアレンを見遣る。
 「言ったろう、お前はその年頃の子供とは思えないくらい、世知に長けている、と。
 あんな師匠のもとに3年もいたのだから、世渡りの術にも長けざるを得なかったのだろうが、そんな『いい子』は、大人には受けが良くても同世代には敬遠されるだろう」
 「う・・・」
 思い当たる節がありすぎて、黙り込んだアレンにまた、クラウドが笑った。
 「私も、最年少元帥として、色々言われたからな。年の近い彼らに年下扱いされたくないと、意地を張る気持ちはわかる。
 しかしだからと言って、ケンカを吹っかけるだけでは、相手が真情を見せるようになるわけがないだろう。
 せいぜい、苛立ちがぶつかり合うだけだ」
 「はい・・・・・・」
 また歩を止めて、俯いてしまったアレンにクラウドが苦笑する。
 「それに、リナリーとユウの『仲がいい』のも、幼馴染なのだから当然じゃないか。
 まぁ、リナリーはあの通りの美少女だから、浮気な蝶のように見えたのかもしれないけど」
 「そっ・・・そんなこと、思ってませんよっ!!」
 アレンが慌てて首を振ると、クラウドはふっくらと母親のような笑みを浮かべた。
 「そうか、安心した。
 あの子はコムイがべったりなのもあって奥手だから、信じておあげ」
 「もちろんっ!!」
 がくがくと首が外れるほどに頷くアレンに笑って、クラウドは彼の背を押す。
 「幸い、クリスマスも近い。
 全ての諍いはやめて、穏やかな心で聖夜を迎えるのだな。
 お前に主のお導きを、アレン」
 最後に聖職者らしいことを言って、アレンの額に軽く口づけたクラウドは、彼に華やかに飾られた城への扉を開いてやった。


 「ウォォォォォォォォォカァァァァァァァァァ!!!!」
 方舟を出た途端、憤怒のリンクに迫られて、アレンはくるりと踵を返した。
 「どこに行くのですか!また逃げようったってそうは行きませんよ!!」
 「だって!リンク怖い!顔が怖い!!」
 方舟に逃げ込む寸前、襟首を掴まれて引き戻されたアレンが泣き声をあげる。
 「この顔は生まれつきです!」
 「こんな怖い顔した赤ちゃん生まれたら、君より先にお母さんが泣いたでしょ!」
 怖すぎ!と、口の減らないアレンに、リンクがこめかみを引きつらせた。
 「たわ言はともかく!
 今までどこに行っていたのですか!!」
 「ラウの捜索に協力してもらっていた。
 無断ですまなかったな、監査官」
 背後から肩を叩かれ、リンクは振り返る。
 「クラウド元帥・・・!」
 「ラウが、方舟の中に逃げ込んでしまったのだ」
 なぁ?と、クラウドが科学班のスタッフ達に声をかけると、彼らは一斉に頷いた。
 「見つかってよかったっすね、元帥!」
 「元帥の全力疾走、初めて見ました、俺!」
 「さすが、カッコいいっすねーv
 どうだ、と言わんばかりに微笑まれて、リンクは渋々、アレンの襟首から手を離す。
 「では、ずっと方舟の中にいたのですね?」
 「あぁ、その通り」
 リンクの鋭い眼光に揺らぎもせず、クラウドは平然と頷いた。
 「お前も知っての通り、方舟の中は複雑だ。
 一人ではこの小さな仔を探すのも一苦労で・・・たまたまアレンを見かけたので、連行してしまった」
 ふぅ、と、わざとらしくため息を漏らすクラウドを、睨みつけそうになる目を伏せ、リンクが低く呟く。
 「・・・エクソシスト元帥に対し、私のような者が申し上げるのも僭越(せんえつ)ながら、元帥のイノセンス、ラウ・シーミンへの躾が行き届いてないように見受けられます。
 城内備品の破損程度ならともかく、逃亡などと・・・戦において、それは危険なのではないでしょうか」
 「それを言われると面目のないことだが、私のイノセンスは特別なのでな。このようなこともある」
 なんでもないことのように言って、クラウドはリンクに歩み寄った。
 「だが、私とて天才と謳われた調教師・・・イノセンスだけでなく、『ノアを飼う』機会を逃しはしないから、安心しろ」
 リンクの耳にそっと囁いて、クラウドはにこりと笑う。
 「・・・・・・心強い限りです」
 忌々しさを堪え、声を振り絞ったリンクに笑みを深めて、アレンを振り返ったクラウドは軽く手を振った。
 「ラウを探してくれてありがとう、アレン。
 よいクリスマスを」
 「は・・・はい!元帥も!!」
 大声で礼を言いたい気持ちを抑え、代わりに大きく手を振る。
 が、
 「その腕はどうしたのです?」
 訝しげなリンクの目は、動きのぎこちない左腕に据えられていた。
 「べ・・・別になんでもありませんよ?
 ラウを捕まえようとした時に、ちょっと噛み付かれちゃっただけで・・・・・・」
 「イノセンスが、サルに噛み付かれたくらいで傷を負うのですか?」
 疑わしげな目で更に見つめられ、アレンは必死に言い訳を探す。
 「サ・・・サルったって、ラウはイノセンスですよ?
 しかも、僕とは格が違う、元帥のイノセンスです。
 噛まれれば傷くらい負いますよ!」
 ナイス言い訳!と、心中に自分を褒め称えつつ、アレンはにこりと笑った。
 「黙って消えちゃってごめんなさい、リンク。
 ちょっとご不浄に行くだけのつもりだったんだけど、クラウド元帥がお気の毒だったものだからv
 えへv と、アレンは自分で思う限り最大の愛らしさをアピールするが、鉄血の監査官には通じない。
 「では、コムイ室長に治療を依頼しましょう。
 傷が悪化しては困ります」
 淡々とした声で言われ、アレンは必死に首を振った。
 「えっ?!やっ・・・それはっ・・・!!」
 恐怖に怯え、真っ青になって震えるアレンの襟首を、リンクは猫の仔のように掴んでぶら下げる。
 「いやああああああ!!やめてっ!!やだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 じたじたと暴れ狂い、泣き叫ぶアレンを、リンクは冷淡に見下ろした。
 「おとなしくしなさい、ウォーカー。これは・・・君のためです」
 リンクの、微かに吊り上った口の端に、サディスティックな喜びが浮かぶ。
 「記憶を失くしてさえ恐怖の対象であった室長に、ゆっくり治療していただきなさい」
 「いやああああああああああああああ!!!!」
 これ以上はない処罰に絶叫し、泣き叫びながら連行されて行くアレンを、科学班のスタッフ達は死人のように蒼ざめて見送った。



To be continued.

 










2008年アレン君お誕生日SS第2弾でした!
題名は柴咲コウの曲です。>まぁめずらし!
リナリーが『浮気な蝶』なら、アレン君は『憂鬱なミツバチ』かなって(笑)>D.Gray−manと引っ掛けたわけじゃないです、一応(笑)
ネタは、リクエストNo.35の、『仲良し神田&リナリーに嫉妬するアレン』を使わせてもらってますよ!(笑)
『仲良しか?』ってのは、それぞれの見方によると思いますが(笑)
アレン君の『嫉妬心』と言うよりフラストレーションは、今まで推理していた心情を書いてみました。
・・・文章にまとめるの、すっごい難しかったです;
そして今回も、助けに行ってくれたのはクラウド元帥でした(笑)
だって、ほかに助けてくれそうな人いなかったんですもの(笑)
クラウド元帥、なんだかんだ言って『クロスの弟子』を可愛がってくれそうですし(笑)
ルル嬢が可哀想だったのはすみません;
前回のロードちゃんに続き、ノア姉妹、アレン君に泣かされっぱなしです;












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