† Christmas Carol V †
〜I Wish〜






 「まったク、忌々しイ・・・!」
 ぷぅ、と、ため息をついて、伯爵は自身の膝に縋る娘の頭を撫でてやった。
 「我輩の可愛イ娘達を泣かせルなんテ!
 許せまセン、あのクロスの弟子ガ!」
 激しい怒気を含んだ低い声に、伯爵の膝に縋っていたルル=ベルが顔を上げる。
 「主・・・私・・・は・・・・・・」
 「あぁ、ルルv
 アナタはそんなニ泣かないデv
 「でも・・・・・・私は、主の命令を2度も果たせませんでした・・・」
 褐色の頬を濡らす涙を指先で拭ってやりながら、伯爵はゆっくりと首を振った。
 「今回ハ命令デハありまセンでしたヨ、ルルv
 ロードがアレン・ウォーカーを招きたイと言うかラ、連行をお願いハしましタが」
 気にしないで、と、にこりと微笑んだ伯爵を見上げ、また彼の膝に突っ伏す。
 「主・・・!
 お願いです、もうあんな嫌なエクソシストなんかに、構わないでください・・・!」
 「ルル・・・?」
 訝しげに首を傾げた伯爵を見上げ、ルル=ベルは必死に首を振った。
 「私の主が、私より彼に構うなんて嫌です・・・!
 独り占めは出来なくても、家族以外の者に主の目が向くのは嫌・・・きゃっ!」
 背後から乱暴に髪を引かれて、ルル=ベルが倒れる。
 「なに甘えてるんだよぉ、ルル!」
 「これ、ロード・・・!」
 「アレンを連れて来いって言ったでしょぉ!」
 たしなめようとする伯爵の声を遮って、ロードはルル=ベルを見下ろした。
 「ご・・・ごめんなさい・・・・・・」
 「謝るんなら早く連れておいでぇ!」
 「これっ!」
 再びルル=ベルに伸ばした手を伯爵に取られ、ロードは頬を膨らませる。
 「妹をいじめてハいけまセンと、何度モ言っていルでしょウ!」
 「だって!ルルったらアレンを連れて来れなかったんだもん!!」
 「連れテ来なくテ正解デしタ」
 ぷぅ、と、再びため息をついて、伯爵はルル=ベルに手を差し伸べた。
 「こんなケンカの元ニなるなんテ!
 せっかクのパーティですヨ。和やかニ、楽しク過ごすべきデス」
 「でもぉー・・・!」
 「ロード」
 穏やかな、しかし、反駁を許さない声で名を呼ばれ、ロードは口をつぐむ。
 「今年は家族で、楽しク過ごしましょウv
 その方ガ、お客人ヲ招くより、ずっと楽しイですヨv
 「主・・・!」
 差し伸べられた手に縋り、喜色を浮かべるルル=ベルに、伯爵は微笑んだ。
 「アナタが喜ぶ顔を見たいですシv
 それに・・・」
 猫のように身をすり寄せてくるルル=ベルの頭を撫でてやりながら、伯爵は笑みを深める。
 「彼のイノセンスは封印してやったそうですかラ、彼の受難を想像するのモ楽しイでショv
 クスクスと、意地の悪い笑声をあげる伯爵に、ルル=ベルは満足そうに喉を鳴らし、ロードは不満げながらも頷いた。


 一方、イノセンスを封じられたアレンは、リンクに襟首を掴まれたまま、コムイのもとへと連行された。
 「失礼、コムイ室長。
 お忙しいところ恐縮ですが、ウォーカーのイノセンスを修復していただきたいのです」
 「いやあああああ!!放してリンク!!
 ヤダヤダヤダヤダ!!」
 じたじたと暴れ狂うアレンを持て余したリンクは、彼の首に腕を回し、締め上げる。
 「きゅうっ!!」
 一瞬で落ちたアレンを、コムイは呆れ顔で見つめた。
 「ちょっとちょっとぉ・・・なんの騒ぎ、コレ?」
 「これをご覧ください、コムイ室長」
 リンクはコムイのデスクに歩み寄ると、だらりと垂れたアレンの左腕を持ち上げ、彼に示す。
 「ウォーカーはクラウド元帥のイノセンス、ラウ・シーミンに噛まれて負傷したと言ってますが、一見、噛み痕など見あたりません」
 「はぁ・・・まぁ、そうだねぇ・・・・・・」
 差し出された手を取り、返す返す診てみるが、確かにリンクの言う通りだった。
 「で?
 アレン君気絶しちゃってるから、自力で動かしてもらえないんだけど、なんかおかしいの?」
 「はい。
 先程、クラウド元帥に手を振っていた時に気づいたのですが、左腕が動かないようで、肘が曲がっていませんでした」
 「・・・ありゃま」
 途端、コムイの目が嬉しげに光る。
 「そーかそーか、動かないんだぁ・・・v
 にまにまと笑いつつ、コムイはアレンの腕を振り回した。
 「肘だけじゃないねぇ。手首も動かないみたぁいv
 「はい。この状況はかつて、見たことがあります」
 「伯爵に、イノセンスを封じられた時だよねーぇv
 不気味な笑声をあげて、コムイはリンクからアレンを取り上げる。
 「じゃーあ、治療はボクに任せてぇv
 久しぶりにいぢめ・・・ううん、治療しちゃうからぁv
 「よろしくお願いします、室長」
 「うんっv
 教えてくれてありがとーネッ!」
 端然と一礼したリンクにウィンクして、コムイはアレンを小脇に抱えた。
 「さーぁ!!手術室へレッツゴー!!」


 その頃、アレンをノアの魔の手から救ってやった元帥は、彼の受難も知らず、自身が指示した電飾が、美しく煌めく様を満足げに見つめていた。
 「どーさ、元帥v
 ラウがかじったトコ修復して、更に追加しといたさv
 誉めてv と、擦り寄ってきたラビの頭を撫でてやりながら、クラウドは憮然と佇む神田にも微笑みかける。
 「まさか、お前まで手伝ってくれるとは思わなかったよ、ユウv
 「・・・別に。
 断ったら後が面倒だと思っただけです」
 ふんっと、そっけなく鼻を鳴らした彼に、クラウドはクスクスと笑声をあげた。
 「それでも嬉しいな!
 お礼のクリスマスプレゼントはなにがいい、マイ・ドーターv
 「・・・さり気に『娘』って言わんでもらえますか!」
 しかし、神田の剣呑な視線に揺らぎもせず、クラウドはにこにこと小首を傾げる。
 「新しい髪飾りとかv
 「いらん!」
 「新しい房飾りとかv
 「・・・・・・・・・」
 自身を飾ることには無関心でも、六幻を彩ることには熱心らしい神田の沈黙に、クラウドは笑みを深めた。
 「うむ、房飾りだなv
 「俺は元帥のキスがいいーvv
 「そうか、ニンジンか」
 迫ってくるラビを押しのけ、クラウドがにこりと笑う。
 「ちがうさ!元帥のキ・・・」
 「うむ、ニンジンだな。
 だがウサギはあまり水分を摂ると身体を悪くするから、ほどほどにしろよ」
 必死に首を振るラビに調教師らしいことを言いつつ、クラウドは笑顔で彼を蹴飛ばした。
 「元帥のー!!」
 「わかった、ドライニンジンをくれてやる」
 それでもしつこく迫ってくるラビに、とうとうラウ・シーミンをけしかける。
 「そうと決まれば早速出かけなくてはv
 明日はイブの行事で色々忙しいからなv
 顔中に掻き傷を作って沈んだラビを踏みにじって、クラウドは嬉しそうに踵を返した。


 そしてまた同じ頃、ツリーの飾りつけを手がけていたミランダは、大量のオーナメントに埋もれて、重い吐息を漏らしていた。
 「お・・・終わらない・・・・・・!」
 城内にはクラウド以外にも、『新しい城での初めてのクリスマス!』に張り切った者が多く、今年のツリーは文字通り林立している。
 なのに、作業部屋にツリーを運んできた者達はそれぞれに仕事が忙しいらしく、飾りつけをミランダ一人に任せたまま、それぞれの職場に散ってしまった。
 最初のうちは、彼女も嬉々として飾り付けていたものの・・・気力と体力には当然、限界がある。
 「全部終わる頃には・・・クリスマスが終わっているわね、きっと・・・・・・」
 胸ポケットから時計を取り出すと、とっくにお茶の時間を過ぎていた。
 「そう言えば・・・今日はお昼抜いちゃったわ・・・・・・」
 ふぅ、と、疲労のあまり、吐息が漏れてしまう。
 朝からクラウドに引っ張り回され、電飾を張り巡らせているうちに、昼を過ぎていたことにも気づかなかった。
 「とりあえず・・・お茶しようかしら。
 食堂に行けば、誰か手伝ってくれる人が見つかるかもしれないし」
 今日はわんこたちも見当たらない、と、ため息をつきながら、ミランダは作業部屋となった部屋を出る。
 「すみません、ジェリーさん。
 まだお茶いただいて、大丈夫ですか?」
 カウンターから声をかけると、愛に溢れた料理長は、すぐにティーセットを用意してくれた。
 「ミランダ、アンタお昼来なかったわねぇ。どーしたのぉ?」
 「それが・・・」
 ミランダが、クラウドに付き合って電飾の飾り付けをしていたことや、その後はツリーの飾りつけをやっていることを話すと、ジェリーはたくましい肩をすくめる。
 「アンタ、無理なことは無理って、ハッキリ言った方がいいわよぉ?
 クラウドちゃん、あれで中々強引だから、あいまいなコト言うと思い通りにされちゃうんだからぁ!」
 猛獣使いだもの、と、ジェリーは苦笑した。
 「で・・・でも、ツリーの飾りつけは、私が希望したことで・・・ただ、量があまりにも多かったから・・・・・・」
 「量が・・・ねぇ。
 ・・・アラ?
 ねぇちょっとアンタ、普段よりツリーが多いってことは、オーナメントとか足りてるの?」
 「オーナ・・・・・・はぅっ!!」
 今まで大量のオーナメントに埋もれていて気づかなかったが、ジェリーの言う通り、いつもよりツリーの数が多いのだから、従来の量で足りるわけがない。
 「どどどど・・・どうしましょう!!
 今から街に出て、間に合うかしら?!」
 しかしいくらロンドンが都会とはいえ、クリスマスのオーナメントを売っているような店が、遅くまで営業しているわけもなかった。
 「まぁ・・・街に行くのは方舟を使えば短時間で済むでしょうケド、問題は、英国はその手のお店が点在していることヨねぇ・・・」
 明日にイブを控えた日では、まとめ買いできるような店のオーナメントはほとんど売り切れているだろう。
 「どっ・・・どうしましょ!!
 あぁこんな時、ドイツだったら便利だったのに・・・!!」
 クリスマス用品の市が立つ街であれば、遠く移動することもなく、必要な物が簡単に手に入るのに、と、嘆くミランダの肩を、ジェリーが慰めるように叩いた。
 「それは大丈夫よん!
 こないだドイツの任務に出かけた子がいるから、『扉』はまだ繋がってるはずだわv
 「え・・・?!」
 ミランダが涙目をあげると、ジェリーはにこりと微笑む。
 「荷物持ち連れて、いってらっしゃいv
 「は・・・はい!!」
 くるりと踵を返したミランダを笑って見送ったジェリーは、ふとカウンターを見下ろして目を丸くした。
 「あのコ・・・お茶しないで行っちゃったわね・・・・・・!」


 「すみません、ドイツ行きの『扉』はどれですか?!」
 科学班に飛び込んでくるや、必死の形相で叫んだミランダに、研究室中の視線が集まった。
 「・・・なんで?」
 呆気にとられたメンバーの中で、リーバーが問い返すと、彼女は足早に彼に詰め寄る。
 「オーナメントが足りないんです!!」
 「あ!」
 「あぁー・・・・・・」
 彼女の周りで、気まずげに目を逸らした部下達を、リーバーが睨みつけた。
 「おい、なんのことだ?」
 言い訳を許さない、強い口調で言われて、部下達が震え上がる。
 「すっ・・・すみませんっ・・・!」
 「新しい城での、最初のクリスマスだからって、あちこちからツリー持って来たんスけど・・・!」
 「飾る暇なかったんで、ミランダに任せっきりに・・・」
 「あぁ?!」
 リーバーの目が凄みを増して、部下達の喉を塞いだ。
 「まさか、一人でやらせたのか?」
 「ちっ・・・違うんですよ、リーバーさん!
 私がやりたがったんです!!」
 ただ、あまりにも大量の木が来てしまったために、手が足りなくなったのは事実だ。
 「バカ共が・・・程度を考えろ!!」
 「すみませんっ!!」
 一斉に頭を下げた部下達を睨みつけ、リーバーはミランダの背を軽く叩いた。
 「手が空いた奴から仕入れと飾り付けに行かせるから、ミランダは休んでていいぞ」
 お茶の時間だろう、と、苦笑した彼に、しかし、ミランダは首を振る。
 「ごめんなさい・・・あの・・・オーナメントを仕入れに・・・行きたいんです・・・・・・!」
 確かに、大変な作業に疲れ果てた上、オーナメントが足りないことに気づいて慌てもしたが、故郷のクリスマス市で買い物ができると考えただけで、気分が高揚してしまったというのが本当のところだ。
 「あの・・・お手伝いしてくださるのなら・・・その・・・どなたか、荷物を運ぶの、手伝っていただければ・・・・・・」
 段々細くなっていく声を振り絞り、赤らんだ顔を俯けるミランダと、彼女の前で困惑げなリーバーに、みなの視線が集まる。
 「・・・・・・仕方ないな」
 行け!という、部下達の無言の圧力に押されて、リーバーが呟いた。
 「俺が付き合うよ」
 「あ・・・ありがとうございますっ!」
 無言の快哉に包まれて、ミランダが満面に笑みを浮かべる。
 「そうと決まれば、さっさと行って来るか」
 「はい!」
 連れ立って方舟の中に入って行った二人の背に、少し気の早いクラッカーが浴びせられた。


 その後間もなく、
 「さむっ!!」
 方舟を出た途端、リーバーは悲鳴をあげた。
 「だ・・・大丈夫ですか・・・?」
 出かけるつもりでコートを着て来たミランダと違い、研究室からそのまま来てしまったリーバーは薄着で、臨時の『扉』設置場所となった教会の一室ですら、簡単に凍えてしまう。
 「こ・・・このままじゃ、外に出られないな・・・」
 困った、と呟く彼に、横合いから厚手のコートが差し出された。
 「私のを着て行くといい。
 クリスマスで忙しいと言うのに、私の教区で死なれちゃ困る」
 「・・・すんません」
 冗談めかして言った司教から、リーバーは笑ってコートを受け取り、羽織る。
 「サイズもいいみたいだな」
 「ハイ、ありがとうございます!
 じゃあ、なるだけ早く帰ってきますんで!」
 大きく頷くと、リーバーはミランダの手を取って、足早に教会を出て行った。
 「せっかくのクリスマス市なんだから、ゆっくりして行けばいいのに・・・」
 教団の者はせっかちだ、と、司教はやや嘆かわしげに首を振る。
 「まぁ、外に出れば、考えも変わるだろうがね」
 白くけぶる窓の向こうに、賑やかな街を透かし見て、彼はにっこりと笑った。


 司教の予測通りと言うべきか、リーバーは教会の外に出た途端、街の賑わいに呆気に取られた。
 空に垂れ込めた、薄暗い雲からは雪がちらちらと舞い、冷たい空気は容赦なく体温を奪っていったが、甘いワインの香りに満ちた市の雰囲気は、これ以上ないほどに暖かい。
 『きゃあv 帰ってきたわ!』
 場の空気にあてられたか、母国語の歓声を漏らしたミランダが、子供のようにはしゃいでリーバーの腕を引いた。
 『早く早く!オーナメントはたくさんいるんですから!』
 英語ではどうしてもゆっくりになってしまう彼女の口から、ほとんど初めて聞く、早口の歓声が出る。
 『あぁ』
 リーバーもドイツ語で答えてやりながら、彼女の傍らに寄り添った。
 と、彼の腕に縋ったまま、ミランダがくすりと笑みを漏らす。
 『?
 どうかしたか?』
 リーバーが問うと、ミランダは彼を見上げて微笑んだ。
 『リーバーさん、お仕事中はメガネかけるんですよね』
 『あ』
 外すの忘れてた、と上げた手を、ミランダが慌てて制す。
 『で・・・できれば・・・取らないで欲しい・・・です・・・』
 『なんで?』
 『いえ・・・あの・・・・・・』
 はっきりとは理由を言わないミランダに、リーバーは軽く吐息した。
 『メガネかけると、老けて見えるからヤなんだよな。同い年には見えないだろ?』
 『そんなっ・・・あの・・・素敵です・・・よ・・・!』
 途端、真っ赤になったミランダに、リーバーも照れてしまう。
 『じゃ・・・じゃあ、かけて・・・ようかな』
 『は・・・はい・・・・・・』
 赤らんだ顔に、ミランダがはにかんだ笑みを浮かべた。
 その時、くぅ、と、彼女のお腹が鳴く。
 『きゃっ!!』
 慌ててお腹を押さえたミランダに、リーバーは思わず吹き出した。
 『あちこちでいい匂いがしてるもんな。ついでだし、なんか食ってから行こう。
 ・・・仕事中だけど、グリューワイン一杯くらいならいいかな』
 『あ・・・ドイツ語、話してくれてたんですね・・・!』
 英語では『モールドワイン』と呼ぶ温かいワインの名をドイツ語で呼ばれたことで、ようやく気づいたミランダが困惑げに口をつぐむ。
 次の言葉をドイツ語で発していいのか、英語に直した方がいいのか迷っていると、リーバーの大きな手が彼女の頭を撫でた。
 『行こうぜ。帰るまでには、酔いを覚ましておかないと』
 彼女の戸惑いを察し、ドイツ語で発音したリーバーに、ミランダは破顔する。
 『あ・・・アルコールが入ってないものもありますから!』
 『じゃあそれにすっかな』
 帰ったらまた仕事、と、重く息をつく彼に、ミランダは大きく頷いた。


 カッと、いきなり目の前が紅く染まり、アレンは驚いて目を覚ました。
 途端、今度は白い光に目を射られ、ぎゅっとつぶって光から顔ごと逸らす。
 と、薬品の臭いが鼻について、ますます顔をしかめた。
 「ここは・・・」
 そろそろと目を開けると、真っ白いリノリウムの床が目に入る。
 嫌な記憶と共に見慣れたそこは・・・・・・
 「手術室――――――――!!!!」
 「せーぃかーぃv
 タイルの壁に跳ね返って響く絶叫に、楽しげな声が答えた。
 「久しぶりにようこそアレン君v
 ここはいつも、君に対して門戸を開いてるって言うのに、最近はさっぱり来てくれなくて、連れないったらありゃしない」
 楽しげな声と共に、アレンの視界に手術着姿のコムイが現れる。
 半面をサージカルマスクで覆われた彼の表情は、通常であれば読み取りにくいはずだが、その目にはサディスティックな喜びが爛々と輝いていた。
 「なんでっ・・・やだっ!!
 僕なんでもないですからぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 「なんでもない子はイノセンス封じられたりしませーんv
 アレンの悲鳴を心地よげに聞いて、コムイは巨大なドリルを彼の眼前にさらす。
 「ずいぶんよく寝てたネ、アレン君v
 意識がない間にいじっちゃおうかとも思ったんだけど、起きるまで待っててあげたヨv
 親切ごかしに言うその本音は、『意識のない人間は悲鳴をあげないから、いぢめてもつまんない』に違いなかった。
 「ホラ、そろそろ観念して、ボクの実験動ぶ・・・ううん、検た・・・イヤイヤ、えーっと・・・・・・」
 「なんでそんな怖い本音ばっか飛び出てんですかっ!!」
 「やだなぁ、ちょっと言葉をど忘れしちゃっただけだよーぅ。
 そうそう、治療されなさいv
 「いやああああああああああああああああああ!!!!」
 唸りをあげたドリルが迫り、アレンは反射的に逃げようとするが、身体は手術台の上にしっかりと拘束されて逃げようがない。
 「助けてっ・・・リ・・・・・・っ!!」
 思わず口走りそうになった名前に、アレンが慌てて歯を食いしばった。
 しかし、
 「・・・今、誰の名前を言おうとしたんだい?」
 地獄耳の悪魔は、冷たい光を目に宿し、鋭く光るドリルの先端を、アレンの眼前に据える。
 「言ってごらん?誰の名前を言おうとしたのかなぁ?」
 コムイの目が細まるが、それはけして笑みではなかった。
 答えによってはその場で抹殺の意思が見える目に、アレンは喉を引きつらせ、手術台に身体を押し付ける。
 「リ・・・リ・・・リーバーさん!!」
 ピクリと、コムイの眉が跳ねた。
 「Rじゃなくて、Lの発音に聞こえたけど?」
 「リンクって言おうとしたんですけど彼が僕を助けてくれるはずがないから言い換えて見ましたヨあははははははは!!」
 音階の外れたけたたましい声で一気にまくし立てるアレンを、コムイはじっと睨みつける。
 全身を汗に濡らしつつ、激しく震えるアレンは、自分が暑いのか寒いのかわからないまま、コムイの反応を待った。
 と、
 「残念だけど・・・」
 アレンの眼前から、ドリルの先端が離れる。
 「リーバー君は仕事中だよーん!」
 ほっとした瞬間に左腕にドリルが迫った。
 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 その先端が触れる寸前、
 「ぅわっ!!」
 驚いて身を引いたのは、コムイの方だ。
 目の前を白い幕で塞がれたかと思うと、その手からドリルが弾き飛ばされた。
 「クラウン・クラウン発動ですね」
 部屋の隅から、冷静な声が響く。
 「リンク・・・!」
 未だ手術台に拘束されたままのアレンが、不自由な首を曲げて声のした方向を睨んだ。
 「見てないで助けてくださいよっ!!」
 「なぜ」
 つんっと、冷たく反問されて、アレンが激昂する。
 「なぜじゃないですよこの冷酷監査官!!
 被疑者にだって人権くらいあるでしょう?!
 その上未成年者虐待!!
 こんなの、法が許しても神様が許さないもんっ!!」
 きぃきぃと甲高い声が手術室に響き、リンクがうるさげに耳を塞いだ。
 が、
 「・・・ちっ」
 忌々しげで悔しげな舌打ちに、アレンがびくりと黙り込む。
 「ナニ発動しちゃってんのさ。
 イノセンス、封じられちゃったんじゃなかったの?」
 「ふ・・・ふ・・・封じられなんか僕・・・!!
 いっ・・・言ったじゃありませんか、ラウに噛みつかれただけだって・・・!!」
 縋るような目で見つめてくるアレンを、リンクが冷淡な目で見下ろした。
 「私達が、そんな馬鹿げた言い訳に騙されると思ったのですか?」
 「ひぐっ・・・!」
 喉を引きつらせたことが何よりの証拠と、リンクが鼻を鳴らす。
 「しかし、発動できるとは不可解です。
 コムイ室長、これはじっくりと検査してやる必要があるかと思いますが」
 「その通りだね、監査官♪
 さーぁ、おとなしくしておいで、アレン君v
 「ひっ・・・やっ・・・!
 やだああああああああああああ!!!!」
 絶叫して、反射的に身を捩った途端、アレンの身動きを封じていた拘束具が外れた。
 「へっ?」
 驚いて振り向いたコムイの視線の先で、金色の尾が振れる。
 「ティム――――!!!!」
 「グッジョブ!!」
 一瞬の隙を逃さず手術台を飛び降りたアレンは、操作盤に止まったティムキャンピーを鷲づかみにして、一気に手術室を駆け出た。
 「追います」
 「絶対確保してよっ!!」
 淡々と宣言したリンクの背中に、コムイのヒステリックな声が突き刺さる。
 「ボクから逃げられると思わないでよね、アレン君〜〜〜〜!!!!」
 獲物を喰らい損ねた肉食獣もかくやと言う恐ろしげな唸り声が、コムイの喉からほとばしった。


 「待ちなさい!!」
 「誰が待つか!!」
 リンクに追われ、全速力で逃げるアレンの頬に、冷たい何かが触れて過ぎた。
 つぅ、と、頬に液体が流れる感触と共に、血臭が鼻腔をくすぐり、アレンは真っ青になって足を速める。
 「暴力反対――――!!!!」
 頬から血を滴らせながら、アレンは絶叫と共に窓から飛び出した。
 「ッウォーカー!!」
 ここが4階だとわかっているのか、と、慌てて窓から顔を出したリンクの眼下で、白い道化はふわりと地面に舞い降り、また駆け出す。
 「あのクソガキ!!」
 続いて窓から飛び降り、途中で落下速度を殺しつつ、翼持つ者のように地面に降り立つと、リンクはアレンが駆け去った方へと向かった。
 「ウォーカァァァァァァァァァァァァ!!!!」
 犬並みの嗅覚でアレンの血臭を辿る半ば、甘い香りが彼を包んで、追跡の手がかりを消してしまう。
 「おのれっ・・・!!」
 忌々しげに吐き捨てたリンクは、冬咲きのバラが香る庭内の小屋へ、猟犬の形相で飛び込んだ。
 「ここかぁっ!!」
 「ひぃっ?!」
 突然の咆哮に、肥料の調合中だったクロウリーが飛び上がる。
 「んなっ・・・ななな・・・何事であるか、監査官っ!!
 驚いたである!!」
 真っ青になって震えるクロウリーに、リンクは忌々しげに舌打ちした。
 「・・・ウォーカーはどこです?」
 「ア・・・アレン・・・?さぁ・・・・・・」
 「隠すとためになりませんよ?!」
 「かっ・・・隠してないであるよっ!人聞きの悪い!」
 詰め寄ってくるリンクに、クロウリーが必死に首を振る。
 「んなっ・・・何があったのであるか、一体?!」
 「・・・・・・別に」
 「こんな狼藉をしておいて、『別に』で済むと・・・いや、なんでもっ!」
 じろりと睨まれて、クロウリーの反駁の意志は簡単にくじけた。
 「突然お邪魔しまして失礼しました、クロウリー。
 なお、今後ウォーカーを発見しましたら、速やかにお知らせいただくよう、お願いします」
 言っていることは慇懃でありながら、ちっとも温かみのない声音で言われ、気を飲まれたクロウリーはただ頷く。
 「では」
 くるりと踵を返し、駆け去ったリンクの背中を、クロウリーは呆然と見送った。
 と、
 「まさに猟犬ですね!」
 「わっ・・・ぁぶっ?!」
 天井から逆さまに現れたアレンに、悲鳴をあげようとしたクロウリーの口が塞がれる。
 「しっ!
 静かに、クロウリー!!」
 逆さになったまま、アレンはクロウリーの耳に囁いた。
 「あの猟犬、耳もいいんですから!」
 忌々しげなアレンの声音に、クロウリーがこくん、と頷くと、ようやくアレンはクロウリーの口を塞いでいた手を離し、天井から降りる。
 「危機一髪でした!」
 「ア・・・アレン・・・一体なにがあったのであるか?」
 クロウリーが、まともに目の合う位置に戻ったアレンに問うと、彼は苦笑して頭を掻いた。
 「それが、ノアに左腕負傷させられちゃって・・・危うくコムイさんの餌食になるところを逃げてきました」
 「ノッ・・・ノア?!負傷とは・・・!」
 クロウリーが気遣わしげに見つめた左腕を、しかし、アレンはひらひらと振る。
 「大丈夫。
 なんかね、僕、自己修復できるようになっちゃったらしくて、コムイさんに治療される寸前に治しちゃったv
 「それは・・・良かったである!
 コムイの治療は乱暴であるからなぁ・・・・・・」
 自身も寄生型だけに、コムイの治療の恐ろしさが身に染みているクロウリーが、しみじみと呟いた。
 「お互い、苦労しますよね・・・」
 でも、と、アレンは左手にこぶしを固める。
 「自分で治せるようになったらもう、コムイさんも怖くないですよ!
 ただ、色々因縁つけてくるんで、それさえかわせば!」
 「・・・それから逃げるのが、大変なのではないか?」
 「・・・・・・そうなんですよねぇー」
 クロウリーの指摘に、アレンも乾いた呻きを漏らした。
 「ううっ・・・!
 クリスマスくらい、幸せに過ごしたいのに・・・・・・」
 「まったくであるな・・・」
 嘆くアレンの頭を撫でてやりながら、ふと、クロウリーが瞬く。
 「こんな時、最も頼りになる仲間達はどうしたのであるか?」
 「リナリーですか?
 そう言えば・・・コムイさんのお手伝いをしていたはずだけど、見なかったな・・・」
 呟いて頭上を見上げると、ティムキャンピーも同意するかのように身体を前後に揺らした。
 「では、ラビやミランダ・・・リーバー達も」
 「ラビは・・・まだ飾り付け中かな?
 ミランダさんはツリーを飾ってるって聞いたし、リーバーさんは仕事中だそうです」
 「では」
 にこりと、クロウリーが微笑む。
 「私が助けよう、アレン。
 リナリーやラビのように、トリッキーな手は使えぬし、リーバーやミランダのような正攻法も苦手であるが、かくまうことくらいはできるであるよ」
 「あ・・・ありがとう〜!」
 涙目で擦り寄ってきたアレンの白い頭を、クロウリーは笑って撫でてやった。


 「さぁて今年は・・・どうすっかなぁ・・・・・・」
 食堂のテーブルを一つ占領し、ツリーの飾り付けにする予定のジンジャークッキーをかじりながら呟いたラビに、神田が眉をひそめた。
 「なにがだ?」
 不機嫌に聞き返しつつも、その手はクッキーやキャンディーケーンに次々とリボンを結わえていく。
 「ん、アレンの誕生会。
 いよいよあさってですよ、ユウちゃん。
 毎年期待されちって俺、どうしようってカンジ」
 さすがにアイディアが尽きた、と、ラビは頭を抱えた。
 「教団主催のクリスマスパーティにゃ司教が来ねェっつーから・・・せっかく、長い説教なしの楽しいパーティになりそうなんにぃ・・・」
 「来ねェのか?珍しいな・・・」
 未だうずたかく積み上げられたジンジャークッキーの山をうんざりと見上げた神田に、ラビが頷く。
 「厳戒体制発令だとさ」
 「・・・は?」
 なにを今更、と、眉をひそめた神田の隣で、ラビは呆れたように肩をすくめた。
 「ようやく中央も、今がマズイ状況なんだって気づいたんだろうさ」
 「今も何も、とっくにマズイ状況だったろうがよ。100人以上の犠牲が出てんだぞ」
 「兵士なんか何百人死んだって、眉一つ動かさねーの、あーゆー奴らは」
 「・・・あぁ。
 あいつらは昔からそうだったな」
 それこそ今更だった、と、視線を戻した神田の手元を見つつ、ラビが言い募る。
 「しかもさ、俺らが方舟を奪ったことを知って、よーやく『チャンスじゃね?!』って、重い腰を上げたところに、非戦闘員に大量の犠牲が出ちまったろ。
 それも中央に食い込んでる、ルベリエ長官の目の前でさ。
 それでようやく、あのにぶーぃ奴らも『教団に関わったら、俺らもヤバイんじゃね?!』って気づいたみたいさ」
 憮然と言いつつ、ラビはキャンディーケーンにかじりついた。
 「引越しして、セキュリティ強化したからって、そんな最前線に来たがる司教なんていないさねー」
 「ちっ・・・腰抜けどもが」
 「一般人って言ってやるさ、せめて」
 忌々しげに舌打ちした神田に、ラビが苦笑する。
 「一般人じゃねェだろ、奴らは」
 「ま、確かに。
 でもあーんな戦争の素人に指揮されて戦う方は、たまったもんじゃないさねー」
 ガリガリとキャンディーケーンを噛み砕くラビの頭上に、その時、大きな影が差した。
 「ちょっとアンタ・・・・・・!」
 ぎくりと、身を強張らせた彼の頭に、甘い匂いを発する巨大な皿が押し付けられる。
 「さっさとオーナメント作んなさいって言ってんでしょ!
 食べてどうするの!!」
 「ゴメンッ!!ゴメンさ、姐さんっ!!
 すぐやるから許してっ!!」
 皿とテーブルに頭を挟まれ、泣き声をあげるラビの隣で、淡々と作業を続ける神田に、ジェリーは笑みを向けた。
 「まぁv
 アンタはイイ子だわね、神田v
 「・・・お前が、『手伝わなきゃ今後一切蕎麦は作らない』とか言いやがるからだろ!」
 「アラんv
 だってミランダが、『オーナメント足りない!』って、必死の形相で出てっちゃったんだものぉ。
 こっちで作れるものは、作ってあげないとねv
 なんたって、このお城で最初のクリスマスパーティなんだものv
 「なんか、そのおかげで皆、やたら張り切ってるさねー」
 さすがはカトリック教団、と、ようやく圧力から逃げ出したラビがほっと吐息する。
 「ん?カトリック教団・・・・・・」
 はっと、ラビが目を見開いた。
 「ねーさん!!
 俺ここに来てまだ、クリスマスプディング食ってねぇさ!!!!」
 「え?!
 だ・・・だってあれ、英国料理だもの・・・」
 人気ないのよ、と、容赦ないことを言う彼女に、ラビは大きく頷く。
 「そうなんさ!
 教団本部は英国にあんのに、ここのクリスマスパーティに来る司教って、皆イタリア人とか大陸の人間ばっかだから、英国風のクリスマス料理って出てきたことねーじゃん?!」
 「仕方ねェだろ。
 英国はカトリック教国じゃねェから、ヴァチカンに影響力を持つような司祭は少ねぇし、そもそも英国料理を食いたがる奴がいねェんだからよ」
 ジェリーよりも更に容赦のないことを言う神田にも、ラビは頷いた。
 「中央から司教が来ねェなんて、これ、考えたら滅多にない機会じゃね?!
 だからさ・・・ねーさん!」
 ラビは、キラキラと輝く目でジェリーを見上げる。
 「英国風クリスマスやろv
 アレンが子供の頃にやったような、英国風クリスマスv
 「それって、明日のパーティメニュー変更しろってこと?!」
 ラビのとんでもない提案に、ジェリーが目を丸くした。
 「アンタ簡単に言ってくれるけど、このお城に何人団員がいると思ってんの!
 パーティ料理のメニュー決めるだけで、アタシ達は大変なのよ!
 第一、クリスマスプディングは1ヶ月前に仕込んどくものなの!」
 と、苦々しく顔をしかめたジェリーに、ラビは両手を組み合わせる。
 「やっぱ無理さ・・・?」
 途端、ジェリーはにやりと口の端を曲げた。
 「・・・って、普通の料理長なら激怒でしょうねぇ。
 でもアンタ、このジェリー姐さんを、舐めんじゃないわよ!
 プディングは簡単なのになっちゃうけど、それでもいいならやってアゲルv
 「やったさぁぁぁぁぁ!!!!」
 組んでいた両手を放って、ラビが快哉をあげる。
 「そうと決まれば・・・ユウちゃん、後よろしく!
 俺、ちょっとロンドンに行って来るさ!!」
 「は?!てめ・・・」
 脱兎の勢いで駆け去ったラビを、さすがの神田も捕らえる事ができなかった。
 「あのヤロ・・・!」
 大量のジンジャークッキーとキャンディーケーンを前に、顔を歪めた神田の肩を、ジェリーが励ますように叩く。
 「もうすぐミランダ達も帰ってくるだろうから、それまでにやっておくのよんv
 がんばって、と、そそくさと厨房に戻っていく彼女の背を、神田は射殺さんばかりに睨みつけた。


 ジェリーが厨房に戻ると、そこにはリンクが、姿勢よく立っていた。
 「アラ・・・どうしたの、アンタ?アレンちゃんはぁ?」
 「・・・お尋ねのウォーカーを探しに来たのですが、その様子だとここにはいないようですね」
 「えぇ。
 アンタと一緒にティーセットを持ってってからは、来てないわよぉ。
 なぁに?またケンカ?」
 懲りないわねぇ、と、ジェリーがケラケラと笑うと、リンクは眉根を寄せる。
 「ウォーカーが負傷しまして・・・」
 「え?!そうなの?!」
 途端に顔色を変えたジェリーに、リンクは深く頷いた。
 「なのにコムイ室長の治療を嫌がり、逃亡しましたので、ウォーカーを発見しましたら料理長にはぜひ、コムイ室長の元に連行していただきたいと思います」
 「もっ・・・もちろんよ!
 まぁ、アレンちゃんたら・・・!!」
 母性愛に溢れるために、今回ばかりは最強の敵となったジェリーの気遣わしげな様子を見て、リンクは満足げな笑みを浮かべる。
 「よろしくお願いします」
 これで最後の逃げ道は塞いだと、彼が内心、ほくそえんでいるとも知らず、ジェリーは硬い表情のまま頷いた。
 踵を返して厨房を出て行ったリンクを見送ったジェリーは、部下のシェフ達にクリスマスパーティのメニュー変更を伝えると、すぐさまプディングの下ごしらえを始める。
 しかし、大きな型に次々と材料を流し込む段になって、ふと彼女は手を止めた。
 「そーだわ!
 大事なこと忘れてた!」
 突然大声をあげた料理長を、忙しく働いていたシェフ達が何事かと見遣る。
 「ねぇねぇ、アンタ達!
 これ、願い事しながらかき回しなさいよぉ!」
 ジェリーが、まだ柔らかい生地を示すや、破顔した部下達がわらわらと寄って来た。
 「そっか、クリスマスプディングって、願い事できるんでしたね!」
 「じゃあ俺、料理がうまくなりますようにってお願いしよっv
 「その前に、もう皿割りませんようにって願ってくれ」
 副料理長の言葉に食堂中が沸く。
 「子供達にもやらせてあげないとねぇ。
 ・・・そうだわ、これでアレンちゃん捕まえましょ」
 ぽつりと呟き、ジェリーは無線を開いた。
 「アレンちゃん?
 今、暇かしらぁ?」
 なんでもない風を装って声をかけると、ジェリーからの通信を無警戒に受けたアレンは、回線の向こうから明るい声で応じる。
 「今ねぇ、クリスマスプディングを作ってるのv
 願い事しにいらっしゃいv
 『ホント?!すぐ行きます!!』
 歓声と共に通信が途切れるや、あっという間に厨房の勝手口が開いた。
 「まぁ、早かったわねぇ!近くにいたのん?」
 目を丸くするジェリーに、アレンと、彼に連れられてやってきたクロウリーが共に頷く。
 「バラ園で、冬バラの世話をしていたのであるよ」
 「他のバラが越冬するお手伝いもしてました!」
 誉めて!と、言わんばかりのアレンにジェリーは微笑み、白い頭を撫でてやった。
 「それにしても大変でしょう、この時期にバラの世話なんて!」
 気遣わしげなジェリーに、しかし、クロウリーは笑って首を振る。
 「好きでやっていることであるから、なんてことはないであるよ。
 それに、春に新しい花が咲くことを思えば、楽しみで仕方ないである」
 「アラv
 だったらアンタは、『春にきれいな花が咲きますように』ってお願いするぅ?」
 「僕は、『幸せになりますように』ってお願いします!」
 もう何度もお願いしてるけど、と、アレンは早速生地をこねまわした。
 「でも、お金持ちにもなりたいなぁ・・・!」
 早く借金から解放されたい、と、ぼやくアレンに微笑み、ジェリーは彼女の隣でぐらぐらと煮立つ鍋を示す。
 「それならアレンちゃんは、ぜひともコインを引き当てないとねぇv
 「あ!」
 ジェリーの示した鍋には、消毒のためにコインやボタン、指輪などがたくさん煮込まれていた。
 「そろそろいいかしらね」
 煮込んだそれらをざるにあけ、冷水に浸してからアレンに差し出すと、彼は目を輝かせてコインを取る。
 「僕のところに来ますよーに!!」
 生地の中に放ると、真剣に願いつつかき回すアレンに、皆が思わず笑みを漏らした。
 「さ、アレンちゃんのお願い事は済んだわねv
 じゃあ次、と、クロウリーに代わったアレンを、ジェリーがひょい、と、抱えあげる。
 「ほえ?」
 丸くなった目でジェリーを見上げるアレンに、彼女はにっこりと笑いかけた。
 「お手々、怪我しちゃったんですってね。コムたんのところに行きましょv
 「えぇ――――――――――――っ?!」
 やだやだと暴れるアレンの襟首をつまみ、軽々と吊り下げたジェリーは、厳しい顔で彼を睨みつける。
 「ヤダじゃないでしょ、アレンちゃん!
 アナタ、エクソシストなんですからねぇ!
 健康には誰よりも気を使わないといけないのよん!」
 「そっ・・・そうですけど・・・でもっ・・・・・・!」
 「でもじゃないの!
 まったく、治療から逃げ出すなんて、いけない子ね!」
 「い・・・いや、しかしジェリー!
 アレンは、自己治癒能力が・・・」
 慌てて止めようとするクロウリーに、しかし、ジェリーは断固として首を振った。
 「ちゃんと治ってるかなんて、わかんないじゃないの!
 お料理だってそうよ。
 ケーキを作る時、ちゃーんと混ぜてないと、いくら表面がきれいに見えても、中が空洞になっちゃうことがあるの!
 元気に見えても、栄養が足りないと骨や内臓がもろくなるのと同じね!
 だからこういうことは勝手に判断しないで、プロに診てもらうのが一番なのよ!」
 母性愛にあふれた厳しい言葉に、世慣れぬクロウリーが反論できるはずもなく、気圧されるままに頷く。
 「さ!
 コムたんとこに行くわよ、アレンちゃん!
 また逃げたら、あのクリスマスプディングは食べさせてあげないからねぇ」
 「ふぇ・・・えええーん・・・・・・!!」
 泣きじゃくるアレンが不憫ではあったが、ここは彼のためと、ジェリーは心を鬼にして、彼をコムイの元へと連行していった。


 「アレン君お帰りぃ〜〜〜〜v
 連れて来てくれてありがとう、ジェリぽん〜〜〜〜v
 さすがはママン!と、褒め称えるコムイに、ジェリーは気遣わしげな顔で首を傾げた。
 「連れては来たけどぉ・・・あんまり、痛いことしないであげてねぇん」
 「もっちろんさぁv
 優しく優しく・・・可愛がってあげるともv
 真っ青になって声もないアレンを、コムイは再びご馳走を目の前にした肉食獣のような目で眺める。
 「さv
 ジェリぽんはもう、お仕事に戻っちゃってーv
 忙しいのに、逃げちゃった子供の捕獲まで頼んじゃって、ゴメンねぇv
 「それは・・・いいんだけど・・・・・・」
 未だ気遣わしげにアレンを見つめるジェリーの背を、コムイはいそいそと押して、手術室の外へと出した。
 「後はボクにお任せv
 ちゃーんとケアしておくからさv
 「え・・・えぇ・・・・・・」
 後ろ髪を引かれる思いで振り返ったジェリーの鼻先で、手術室の重いドアが閉ざされる。
 「だ・・・大丈夫よね・・・・・・」
 むしろ、自身を納得させるように呟いて、ジェリーは重い足を食堂へと運んだ。


 「さぁて・・・さっきはよくも逃げてくれたねぇ、アレンくぅん・・・v
 やけに優しい声に、アレンは俯いたまま、びくっと震えた。
 「おんやぁ?
 そんなに怯えなくったっていいじゃなーぃv
 ボクは、キミの治療をしてあげようって言ってんだからさぁv
 ぶるぶると震えるアレンの、硬直した左腕にコムイが触れると、彼は怯えた猫のように飛び上がる。
 「でっ・・・でもっ・・・僕、もう治っちゃったからそれはっ・・・・・・!」
 「うん、でも、ジェリぽんにも言われたんでしょ?
 ちゃんとプロに診てもらえってさーv
 アレンの怯える様が楽しくて仕方ないとばかり、コムイは笑みを深めた。
 「さーぁ・・・・・・v
 抑えきれない笑声が、弦月に歪んだコムイの口から漏れる。
 「検査しようねーぇ!!」
 「ぎゃああああああああああああああああああああんっ!!!!」
 稼動を始めたスクリュー音を圧する悲鳴が、手術室からほとばしった。


 「願い事?!
 うん、やる!!」
 アレンが悲惨な目に遭っているとも知らず、ジェリーからの無線を受けたリナリーは、急いでファイリングを終わらせて、資料室を出た。
 「ジェリー!来たよ!」
 厨房に飛び込むと、神田が憮然とプディングの生地をかき回している。
 「神田・・・願い事とかするんだ・・・!」
 馬鹿馬鹿しい、と、真っ先に言いそうな彼の、珍しい姿に目を丸くするリナリーを、神田は鋭く睨みつけた。
 「するとも。
 どっかのワガママ娘が俺を『姉様』と呼ぶのをやめるように、とか、どっかの勘違い元帥が俺を『娘』扱いするのをやめるように、とかな」
 「・・・・・・さりげない嫌味をありがとう」
 願いと言うよりも、怨念がこもっていそうな生地に、リナリーは笑みを引き攣らせる。
 「アンタはもう少し、穏やかなお願いしてちょうだい」
 苦笑したジェリーからヘラを受け取り、リナリーは大きく頷いて生地をかき回した。
 「神田のおこりんぼが治りますように!」
 「・・・ケンカ売ってんのか、てめェは!」
 「ふん!お返しだもん!」
 神田に舌を出して、リナリーは更にかき回す。
 「それと、みんなが幸せになりますように!」
 「アンタもね」
 ジェリーがリナリーの頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに笑った。
 「特に、アレン君だね!
 アレン君は心配な子だから、よくお願いしておかないと!」
 幸せになりますように、と、リナリーが呟きながら懸命に生地をかき回すと、ジェリーも大きく頷く。
 「本当にね・・・。
 あの子、ただでさえ不運なのに、監査官には付きまとわれてるし、今日も大変な目に遭った挙句、怪我しちゃったそうだし」
 「怪我?!」
 生地をかき回す手を止めて、リナリーが大声をあげた。
 「なんで?!
 大変な目には遭ったけど、怪我なんかしなかったよ?!」
 「あら・・・じゃあ、アンタと別れた後かしらね?
 リンクちゃんに聞いたんだけど、アレンちゃんたら、お手々怪我したのに、コムたんんの治療を嫌がって、逃げちゃったんですって。
 だからアタシがさっき、お説教して連れてったのよん」
 ジェリーがそう言って小首を傾げると、神田も訝しげに手を止める。
 「さっき、電飾を運んでた時はなんともなかったみてぇだがな。
 その後なんかあったのか?」
 「さぁ・・・リンクちゃんはただ、『左腕を負傷した』としか言わなかったからぁ・・・。
 でも、アレンちゃんもそこは否定しなかったから、怪我したのはホント見たいよぉ?」
 「そんな・・・いつの間に・・・・・・」
 リナリーが、気遣わしげに眉をひそめた。
 「・・・ねぇ、ジェリー?
 アレン君は今、治療中なのかな?」
 「えぇ・・・さっき、コムたんの手術室に連れてったから、そうだと思うわぁ」
 「手術室・・・」
 呟いた神田の口の端が、微妙な角度に曲がる。
 「あ!
 神田が悪い顔になってる!」
 「うるせェ」
 その口調が意外なほど楽しげで、リナリーはきつく眉根を寄せた。
 「もう!
 クリスマスくらい、仲良くしてよ!」
 憤然と行って踵を返したリナリーに、ジェリーが微笑む。
 「行くの?」
 「泣いてたら、助けてあげなきゃでしょ!」
 王子だもん!と、こぶしを握ったリナリーに、ジェリーは笑声をあげ、神田は呆れたように吐息して肩をすくめた。


 「コムイ室長、ウォーカーの捕獲に成功したとか」
 コムイからの連絡を受けて手術室に入ったリンクは、壁際に追い詰められて悲鳴をあげるアレンの、憐れな姿を見るや、口の端を曲げた。
 「いい姿ですね、ウォーカー。
 無駄に逃げ回るから、そのような目に遭うのです」
 そのあからさまな嘲笑に、アレンは涙目でリンクを睨む。
 「・・・この根性曲がり監査官!!
 イタイケな少年をいじめて楽しいの?!」
 「根性曲がりな君に言われる筋合いはありませんし、いたいけな少年は大人をたばかって逃げたりしません」
 つんっと、冷淡な言葉に反駁しようとした口は、自身があげた悲鳴で塞がれた。
 「コココココムイさんっ!!
 なんで検査にドリルがいるんですかぁぁぁぁ!!!!」
 「ボクの趣味v
 アレンの悲鳴に対し、酷く残酷な言葉を返して、コムイはにんまりと笑う。
 「アレン君さぁ、いくら自己修復能力が身についたからって、最近ボクにつれなくない?
 このストレス過剰組織に身を置くボクのためにも、たまにはいぢめ・・・ううん、治療させておくれよぉv
 「あなたが最大のストレッサーじゃないですかっ!!」
 唸りをあげて迫り来るドリルに対し、アレンは涙交じりの悲鳴をあげた。
 「助けてリナリィィィィィィ!!!!」
 理性も外聞も弾け飛び、絶叫したアレンの眼前で、ドリルのスクリューが止まる。
 「へ・・・?」
 助けに来てくれたのか、と、期待に満ちた目をあげたアレンの視界に、しかし、覆いかぶさっていたのはコムイの冷酷な顔だった。
 「いい度胸してるじゃない、アレン君・・・!
 ボクのリナリーに、助けを求めるなんてサ!」
 低い声音に本気の怒りを感じて、アレンは息を呑む。
 「監査官、ちょっとこの子、本気でいぢめるんで、見ない振りしてくれるぅ?」
 「ひぅっ?!」
 冷え冷えとした声の宣言に、喉を引きつらせたアレンを見下ろし、リンクは冷酷に頷いた。
 「最初からそのつもりです、コムイ室長」
 「えぅっ?!」
 「どうぞ、ご随意に」
 「んなっ?!」
 「ありがとv
 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
 サディスト二人に両脇を抱えられ、アレンが絶叫する。
 「レッツ拘束!」
 「アンド拷も・・・いえ、治療」
 「拷問って言ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 声まで蒼白にしたアレンの悲鳴は、未だリナリーには届かなかった。


 「ただいま!」
 生き生きとした笑顔を浮かべ、大量のオーナメントと共に戻って来たミランダを、科学班のメンバーは笑顔で迎えた。
 「お帰り、ミランダ。
 班長も、お疲れっす」
 「おう」
 オーナメントの詰まった箱を、どさどさと床に下ろしたリーバーは、すぐに目を研究室内に巡らせる。
 「状況は?」
 「変化なしっす!
 もうちょっとゆっくりしてても大丈夫でしたよ」
 「そりゃよかった。何かあってじゃ遅いからな」
 「お忙しいのに・・・本当にありがとうございました!」
 「いいや。
 あんな楽しい仕事なら、いつでも歓迎だ」
 前屈かと思うほどに深々と垂れたミランダの頭を、リーバーが笑って撫でると、彼女はぴょこんっと跳ねるように顔をあげた。
 「じゃあ私、飾りつけに戻りますね!
 わんこ達総動員で、手伝ってもらいますわ!」
 珍しいほどに元気なミランダに皆、思わず笑みが漏れ、ちょうど別の扉から戻って来たラビを差し出す。
 「ついでだから、ウサギもどぉ?」
 「は?!
 え?!なんの話さ?!」
 「そうですね!
 ラビ君、星を飾りたいんでしょ?たくさんありますよv
 クスクスと、楽しげな笑声をあげるミランダに、状況を察したラビは大きく頷いた。
 「やるさ!
 アレンにゃ半分くらい残してやればいっかな♪」
 「まぁ、半分なんて・・・・・・」
 クスクスと、ミランダは更に笑う。
 「そんな悠長なことを言ってたら、クリスマスが終わっちゃうわv
 「そんなにあんのっ?!」
 目を丸くしたラビに、ミランダが大きく頷いた。
 「いつもの倍以上はあるから、がんばって飾り付けないと!」
 「それで・・・あの量か!」
 ジェリーに押し付けられた、ジンジャークッキーやキャンディーケーンの数を思いつつ、ラビが頷く。
 「そりゃあ、さっさとやんねーとクリスマス終わっちまうさ!
 なぁ、リーバー!
 リナリーの仕事って、急ぎさ?!」
 「ウチに急ぎじゃねぇ仕事なんかねぇんだよ!」
 ラビを小突いたリーバーは、しかし、にやりと笑った。
 「でも、リナリーならあの程度の量、すぐに終わらせると思うぜ?」
 「よっしゃ!
 んじゃ、あいつにも手伝わせて・・・アレンとリンクにもやらせなきゃな!
 ミランダ、リンクに命令よろしく!」
 出かけたタイミングが悪かった為、珍しく情報収集に出遅れたラビが的外れな要請をしたとも知らず、ミランダは笑って頷く。
 「えぇ、もちろんv
 わんこ達にも、手伝わせるつもりですよ」
 ハウンド・マイスターが頼もしく請け負うや、ラビはひょい、と、リーバーが床に置いた箱を持ち上げた。
 「クッキーとかは今、ユウちゃんが準備してくれてっから、まずはこのオーナメント飾っちまおうぜ!」
 「はいv
 じゃあ皆さん、楽しみにしててくださいねv
 珍しくはしゃいだ様子で手を振るミランダに、皆も手を振り返す。
 「やっぱ、短時間とはいえ故郷に帰ったせいか、生き生きしてるっすねー」
 「ホント・・・いつものおとなしいミランダもいいけど、あぁいうミランダもいいっすねv
 ね、班長v
 うぷぷ・・・と、部下達にからかわれ、リーバーは殊更に不機嫌な顔をした。
 その様が面白いとばかりに、ジョニーが声を張り上げる。
 「それだけじゃないっしょーv
 班長とのデートが楽しかったんすよねv
 「うるせぇ!
 とっとと仕事に戻れ!」
 とうとう怒鳴られて、皆、慌ててそれぞれの仕事に戻っていった。


 「ねぇ、ラビ君。
 その箱はなんですか?」
 ミランダがリーバーと共に仕入れてきたオーナメントの箱の上に、ラビが乗せた箱を見あげて問うと、彼はにやりと笑った。
 「クリスマスクラッカーv
 っつっても、英国独特のもんだから、知らねーかな、ミランダは」
 「はぁ・・・なんですか?」
 普通のクラッカーとは違うの、と、首を傾げる彼女に、ラビは大きく頷く。
 「パンッて鳴るのは一緒なんけど、3つ繋がってる筒の両側から二人で引っ張りあって、真ん中の筒をゲットした奴が中に入ってるプレゼントをもらえる仕掛けなんさ」
 「まぁ・・・楽しそうですねv
 「楽しいさv
 今年はカトリック勢力一掃して、英国風クリスマスやんだもん♪」
 「まっ!!」
 挑発的に笑ったラビに、ミランダが眉を吊り上げた。
 「異教徒は地獄に落ちるんですよ!」
 「俺はブックマンの天国に行くからいーんさv
 口の減らないラビに、ミランダがむくれる。
 と、その目の端に、困惑げなリナリーの姿が映った。
 「あら、リナリーちゃん?」
 「へ?
 あ!リナ!ちょうどよかったさ!」
 ラビが声をかけると、強張った表情のリナリーが駆けて来る。
 「ね・・・ねぇ、アレン君がどこ行ったか知らない?!」
 「は?
 アレン、どっか行ったんさ?」
 「私・・・今帰ってきたばかりだから、知らないわ・・・」
 驚くラビと困惑げなミランダを見比べ、リナリーは不安げな目を伏せた。
 「ア・・・アレン君、私が知らない間にまた怪我しちゃったらしいの・・・」
 「いつの間にさ!」
 アレンが密かに城を抜けたことを知らないラビが、目を丸くする。
 「だから、それは私も知らないってば・・・。
 リンク監査官が兄さんの所に連れてったら、逃げ出しちゃったらしくて。
 ジェリーが捕まえて、また兄さんの所に連れてったそうなの」
 「リンクが・・・ってコトは、電飾の修理中にいなくなってた間だな」
 「け・・・怪我をしたのなら、しょうがないものね・・・・・・」
 とは言いつつ、アレンがどんなに酷い目に遭ったことかと、ミランダは震え上がった。
 「でも、それからまたいなくなってんさ?」
 ラビが、ついさっきまでリナリーがうろついていた手術室前を示すと、彼女はこくりと頷く。
 「アレン君だけじゃないの・・・!
 兄さんも監査官もいなくて・・・アレン君、泣いてるんじゃないかなぁ!」
 「それは・・・ひじょーに可能性が高いさね」
 「やっぱり?!」
 顔を引き攣らせたラビに、リナリーが詰め寄った。
 「わ・・・私、探さなきゃ!
 アレン君の王子なんだもん!」
 「まだやってんさ、それ・・・」
 「やるよ!アレン君が囚われの姫の間は!」
 「うん・・・まぁ、それが良好な関係だっつーんなら、俺はもう何も言わないさ・・・」
 とは言いつつ、言いたいことをたくさん溜めている風のラビに、リナリーは目を尖らせる。
 「ふんだ!
 ご主人様とペットよりマシだもん!」
 「おぅい!
 聞き捨てならねーコト言ってんじゃないさ!」
 「反応するってことは、自覚してるってことじゃない!」
 容赦ない指摘に、さすがのラビも言葉をなくした。
 「そうだ、ペットと言えば!」
 と、リナリーが手を打つ。
 「ミランダ!
 ペットのわんこに命令して、リンク監査官がどこにいるか、聞いてくれないかな!
 兄さんだけじゃなく、あのいばりんぼまで無線の電源落としてるんだよ!」
 「それは構わないけど・・・」
 ポケットから無線ゴーレムを取り出し、ミランダはペットの犬達・・・中央庁から派遣された監査官達を呼びつけた。
 尻尾を振らんばかりの勢いで駆けつけて来た監査官達の姿に、いつものこととは言え、ラビは呆れ果てる。
 「いちおーこいつら、中央庁の官吏で、ルベリエ長官直属の部下じゃなかったっけか」
 すっかりペット、と、笑うラビを、監査官達が一斉に睨みつけた。
 「黙れ赤ウサギ!」
 「長官だって、マンマの愛犬でいらっしゃる!」
 「部下の我々が従うのは当然だ!」
 「第一、お前だってクラウド元帥のペットだろうが!」
 「違うさ!俺はまだ、ペットにすらしてもらってないんさ!」
 「ラビ・・・それが本音だったの・・・?」
 リナリーに寒々しい目で見られ、ラビが慌てて口をつぐむ。
 「それはともかく」
 苦笑交じりにミランダが口を開くと、監査官達は一斉に直立不動となり、謹聴の姿勢を取った。
 「あなたたち、マユゲを知りませんか?」
 「はっ!申し訳ありません!」
 「リンク監査官は、特別監視任務遂行のため、本日1600時より、通信回線を切る旨、連絡を受けております!」
 「定時連絡は2時間毎とのことです!」
 「1800時に最初の定時連絡が入りましたので、次回2000時までお待ちください!」
 きびきびと答える彼らに、満足げに頷くミランダの傍らで、リナリーは頬を膨らませる。
 「そんな時間まで待ってたら、アレン君が酷い目に遭っちゃうよ!」
 「んじゃ、俺らと時間まで、ツリー飾ってるさ?」
 ラビが掲げた箱を見あげたリナリーは、しかし、断固として首を振った。
 「兄さんを探すよ・・・!
 そしてアレン君、助けるの!」
 「そう・・・がんばってね!」
 にこりと笑って、ミランダがリナリーの手を握る。
 「うん!
 じゃあ、そっちもがんばってね!」
 くるりと踵を返したリナリーに手を振り、ミランダは愛犬達に向き直った。
 「じゃああなた達、ツリーの飾りつけを手伝ってくださいね」
 「はっ!」
 機敏に応じた監査官達に、ラビが苦笑を漏らす。
 「さすがハウンドマイスター・・・俺、飼われないように気ィつけよ」
 これ以上、怖い目に遭いたくない、と、ラビは持ち重りする箱を抱え直した。


 その後、20時を過ぎた頃。
 「班長!!」
 研究室に飛び込んできたリナリーを見るや、リーバーは目を険しくした。
 「リナリー!兄貴どこ行ったか知らないか?!」
 聞こうとしていたことを先に言われ、リナリーは目を丸くする。
 「班長も・・・わかんないの?」
 「あのサボり魔・・・!
 無線切ったまま、どこほっつき歩いてんだ!!」
 バンッと、激しく叩かれたデスクの上で、積み上げられた書類がぐらぐらと揺れた。
 「は・・・発信機は?!」
 「見つかって、捨てられた・・・!
 光点が妙な動きをすると思ったら、猫が咥えて運んでたんだ!」
 「ねこ・・・・・・」
 呆れたように呟いたリナリーの目が、キッとつりあがる。
 「だから、兄さんの身体に発信機埋め込んでおこうって言ったのに!」
 「お前の兄貴の危機察知能力なめんなよっ!
 ことごとく逃げられたんだ、ことごとくっ!!」
 忌々しげに叫ぶリーバーに、リナリーは歯噛みした。
 「こうなったら、全館放送で・・・!」
 「それはやめとけ。
 本部室長が仕事サボって逃げ回ってるなんてバレたら、中央が嬉々として首のすげ替えにくんぞ」
 今の状況を考えて欲しい、と、苛立たしげに吐き捨てるリーバーに、リナリーも頷く。
 「兄さんたら・・・!」
 「みんなに聞いたら、リンクと一緒にアレンを運んでったって言うんでな、リンクに連絡とろうとしたんだが・・・」
 「電源切ってるんだよ、あのいばりんぼ!」
 リーバーの言葉を遮って、リナリーが憤然と声を荒げた。
 「2時間毎に定時連絡するって、ミランダのわんこ達が言ってたから、連絡来たら居場所聞くようにって言っておいたのに、それは言わずに切っちゃったんだよ!」
 きりりと目を吊り上げ、リナリーは握ったこぶしをデスクに叩きつける。
 「絶対、兄さんと二人でアレン君いじめてるんだ!」
 「非常に高い確率でな」
 ラビと同じことを言って、リーバーも頷いた。
 「2時間毎なら・・・次の連絡は22時か。よし!」
 椅子を蹴って立ち上がったリーバーは、つかつかと研究室を横切る。
 「班長!どこ行くの?!」
 リナリーが後を追うと、彼は振り向きもせず『通信班』と答えた。
 「リンクが電源を入れて、通信回線を開いた時がチャンスだ!
 居場所を特定する!」
 「そんなことできるの?!」
 期待に満ち満ちたリナリーの声に、リーバーは大きく頷く。
 「他の奴には無理でも、俺とウチの通信班にならできる。
 あの巻き毛メガネ・・・拘束して冬中こき使ってやる!!」
 地を這うような恐ろしい声音を頼もしく聞いて、リナリーは彼の後について行った。


 「まだ終わんねぇ〜〜〜〜!」
 ツリーの飾り付けを始めて、早4時間。
 未だに半数以上がなんの飾りも纏わないまま、常緑の葉を茂らせている様に、ラビはうんざりと吐息した。
 「なぁ、ミランダ・・・とりあえず一旦、終わりにしねぇ?
 いい加減、腹減ったさ俺〜!」
 「そうね・・・疲れたし、遅くなっちゃったけど夕食に行きましょうか」
 ご主人様の言葉に、愛犬達もほっと表情を緩める。
 「やったさv
 メシ食ったらまたやろv
 「えぇ。
 なんだか日付越えそうですけど・・・がんばりましょうね」
 苦笑気味に言ったミランダに、ラビも力なく頷いた。
 「ったく、いくら楽しみったって、限度があんだろ。
 持って来るだけ持ってきて、自分ら仕事って・・・」
 身体を伸ばしながら、ぶつぶつとぼやくラビに、ミランダが苦笑する。
 「本当は皆さんだって、自分でやりたかったんですよ。
 なのに仕事なんて、可哀想じゃありませんか」
 「まーな。
 ワーカーホリック筆頭のリーバーは、さすがにツリー持って来る余裕はなかったみたいだけ・・・どっ?!」
 ドアを開けた途端、鼻先を掠めて駆け去った白と黒の残像に、ラビは驚いて声をあげた。
 「リーバー!
 リナリーも、どしたんさ?!」
 「兄さん見つけたの!!」
 「正しくはリンクの居場所だ!」
 その言葉にラビが背後を見遣ると、監査官達は無線機から流れてくる声に集中している。
 「俺もっ!」
 留まって監査官達の話を聞くかと、迷ったのも一瞬、ラビはミランダに後を任せ、駆けて行く二人を追いかけた。
 「どこにいたんさ?!」
 二人の背中に問うと、リーバーが『地下3階第2研究室付属第1手術室』と、長い名前を早口に答える。
 「場所わかんないから、班長に案内してもらってるの!」
 それで、いつもの彼女からしてみれば、随分と歩調を緩めているのかと、ラビは納得した。
 「んじゃ、俺が代わるさ!
 リーバーは後から捕獲に来いよ!」
 「りょ・・・っかい!」
 いくら体力に自信があると言っても、エクソシストの身体能力に敵うはずもなく、早々に追い抜かれたリーバーが足を緩める。
 「リナ!こっちさ!」
 「うんっ!」
 ラビの後にぴったりとついて、リナリーが頷いた。
 間もなく、地下3階の入り組んだ研究室内にある、小さな部屋に至ったリナリーは、ラビを押しのけてドアを開ける。
 「アレン君!!」
 だがそこは、薬品の臭いがするだけで、誰の姿もなかった。
 「・・・逃げられたっ!!」
 「イヤ、逃げられたっつーより・・・」
 きれいに清掃された部屋を眺めて、ラビが首を振る。
 「アレンいぢめが終わったから、どっかに連れてったんじゃね?」
 「どっかって、どこだよ!」
 詰め寄るリナリーに、ラビは首を傾げた。
 「アレンの部屋・・・とか?」
 「とかって!」
 「そんなん責められても知らんさね!!」
 更に詰め寄られて悲鳴をあげるラビを睨みつけたものの・・・リナリーはすぐに、不安そうな顔になる。
 「アレン君・・・今頃泣いてるよね・・・!
 助けてあげなきゃいけないのに・・・!」
 「そ・・・さね・・・。
 多分泣いてるだろーケド、さ」
 ぽん、と、俯いた頭に手を乗せられて、リナリーは上目遣いにラビを見上げた。
 「あいつもオトコノコなんから、あんま甘やかすんじゃないさ」
 「でも・・・!」
 「アレン君は心配な子なんだもん、ってさ?」
 言おうとしたことを先に言われ、リナリーがむくれる。
 その顔に、思わず笑ってしまったラビは、くしゃくしゃと彼女の髪をかき回した。
 「ま、お前の気持もわかるんけどさ、あいつは根性あるし、リンクをやり込めるくらいには腹黒いから、黙っていじめられちゃいねぇって、信じてやんな?」
 「うん・・・・・・」
 頷こうとしたリナリーは、しかし、途中で止まる。
 「リナ?」
 「リンク監査官だけならともかく・・・」
 不安げな目が、再びラビを見上げた。
 「兄さん相手に無理だよ!!」
 「あ、そりゃ確かに」
 「あっさり肯定しないで!!」
 頷いたラビの胸倉を掴んで揺するリナリーの肩が、背後から掴まれる。
 「・・・っやっと追いついた」
 あがった息を懸命に整えて、リーバーは二人が佇むドアの向こうを見遣った。
 「いねーのか・・・・・・っ?!」
 「あぁ、俺らが来たときはもう・・・リーバー?」
 二人を押しのけ、手術室に歩を踏み入れたリーバーの背に、ラビが声をかける。
 「どうかしたさ?」
 「やられた・・・!」
 「なにが?」
 リナリーも、リーバーの怒気を感じ取って問うと、彼は憤怒の形相で振り向いた。
 「この手術室、使われてねェ!!」
 「えっ?!」
 その言葉に、慌てて中を覗き込むが、二人には真新しい手術室としか写らない。
 だが、
 「そっか・・・!
 他の人ならともかく、兄さんが使った後でこんなにキレイなんて、ありえない!」
 いち早く気づいたリナリーに、ラビも頷いた。
 「しかも患者はアレンさ!
 あいつが、コムイから逃げ回んねェはずがねェ!!」
 清掃だけでは片付けようのない跡・・・つまり、破壊の跡が見られない以上、施術者はコムイではなく、患者はアレンではない。
 「ちっくしょ、あのマユわんこ!!
 追跡されることを予測して、無関係な場所で回線開きやがったんだ!」
 「さすがリンク・・・」
 「ホント、性格の悪いいばりんぼだよ!!」
 思わず感嘆したラビの口を塞ぐように、リナリーが声を荒げた。
 「はは・・・じゃあ、三人はどこ行っちまったんだろな・・・」
 「っ!
 もしかして!」
 とりなし顔のラビの指摘に、リーバーがすぐさまインカムに手を伸ばす。
 「通じた!
 室長!!
 アンタどこほっつき歩いてんですか!!」
 音割れせんばかりに怒鳴ってやると、回線の向こうから、迷惑そうな声が返って来た。
 『そんなに怒鳴んないでよーぅ。ボク、一所懸命アレン君の治療してたんだよー』 
 「アレン君?!アレン君は無事なの、兄さん?!」
 リーバーのインカムを奪ってリナリーが問うと、コムイの笑声が応じる。
 『無事に決まってるじゃなーぃ。ちょーっと、検査しただけだもーん♪』
 「ちょっと検査、って・・・どうせアレン泣かしたんだろ」
 不信に満ち満ちた声でラビも問うと、『まぁねー』と、暢気に答えた。
 『左腕が動かないってゆーから念入りに調べてあげたんだけどぉ、マズいことにさぁ・・・・・・』
 暗い声音で言葉を切ったコムイに、リナリーが蒼ざめる。
 「どっ・・・どうしたの?!」
 「なにがあったんさ?!」
 二人して答えを急かせば、回線の向こうでため息が漏れた。
 『アレン君さぁ・・・自己修復できるようになったって、限度があると思ってたのに、完っ璧に治っちゃってんだもんっ!
 ちょっとこれどーゆーコトだと思う、リーバー君?!
 せっかくのレアな寄生型を、イヂメ倒す機会を奪われちゃったよ、ボク!!』
 コムイのワガママな怒りに、三人が三人とも脱力する。
 「・・・アンタ、なんでそこで『良かったね』って喜べないんすか!こっちだって心配が減って万々歳でしょうが!」
 リーバーが思わず苦情を垂れると、だむだむと足を踏み鳴らす音が聞こえた。
 『万々歳?!どこが?!
 このストレス過剰組織の中心にいるボクの、ストレス解消法が一つ減ったじゃないっ!』
 「アンタが最大のストレッサーだ!!」
 奇しくもアレンと同じ言葉を叫んだリーバーに、コムイが鼻を鳴らす。
 『ナンダヨナンダヨ、皆してこの可哀想な中間管理職をいぢめてサ!ナンダヨ!』
 「アンタに中間管理職のなにがわかるってんだコンチクショー!!!!」
 「はっ・・・班長!!」
 「究極の中間管理職の辛さは後でゆっくり聞いてやるから、今は落ち着くさ!な?!」
 リナリーとラビにおしとどめられ、リーバーは荒く息をついて、床に叩き付けそうになったインカムをラビに渡した。
 「・・・そんで、コムイ?
 アレンは今、どこにいるんさ?」
 『知らなーぃ』
 「兄さん!!」
 『ホントだよーぅ。
 リンク監査官が、イヂ・・・ううん、検査途中で白目むいちゃったアレン君を連れて、どっか行っちゃったもん。
 部屋に帰ったんじゃない?』
 「部屋にいないから聞いてるんだよ!!」
 コムイの暢気な声に、リナリーが苛立ちを募らせる。
 『だったらきっと、すれ違ったんだよ。
 だってこうして、ボクとキミ達もすれ違っちゃってるし?』
 執務室に戻ったらしいコムイの、笑声交じりの口調が、これほど憎らしかったことはなかった。
 「・・・ちょっとコイツ、シメてい?」
 「ううん、シメるより、たまったお仕事を完遂させる方がお仕置きになるよ」
 「賛成だな」
 ぼそぼそと、暗い声音で囁き合う声は、回線の向こうには届かなかったようだ。
 『それよりサァ〜。
 早く戻ってきてよ、リナリーv おにーちゃんにコーヒー入れてv
 「イヤ」
 氷のように冷たい声音で、リナリーはきっぱりと言い放った。
 「アレン君を無事確保するまでは、コーヒーなんか入れてあげない」
 『えぇっ?!そんなっ!!リナリィィィィィィィィィィィ!!!!』
 「ふんっ!」
 兄の絶叫を背に、リナリーはくるりと踵を返す。
 「アレン君は私が、なんとか探しだすよ!」
 「あぁ・・・がんばれよ!」
 「負けるな、王子♪
 アレンのパーティのことは、任せとくさねv
 「うん!よろしくね!」
 リーバーとラビの声援を受けて、リナリーはまた駆け出した。


 「うぇ・・・コムイさんがいぢめる・・・・・・うぅっ?」
 悪い夢にうなされていたアレンが、冷たく湿った空気にぶるりと震えて目を覚ますと、頭上は見たことのない天井に覆われていた。
 「あれ・・・?」
 どこだろう、と、アレンが記憶を探っていると、
 「目が覚めましたか」
 傍らから、本を閉じる音と共に、冷淡な声がかけられる。
 「リン・・・」
 「ここがどこか、知りたいですか?」
 「・・・手術室?」
 自分が横たわるのが、固い感触の寝台であることを察して問えば、リンクは軽く鼻を鳴らした。
 「独房です」
 「あぁ、独・・・なんでっ?!」
 驚いて半身を起こそうとした途端、首に絡んだ鎖がアレンを枕の上に引き戻す。
 「ちょっ・・・なにこれ?!
 君じゃあるまいし、僕こんな趣味ないんだけど!!」
 「誰の趣味ですって、口の減らないクソガキが・・・」
 こめかみに青筋を浮かべ、冷え冷えとした声を発するリンクを、アレンは反抗的な目で睨んだ。
 「だって僕、犬じゃないもんっ!」
 「では、従順な羊だとでも?」
 「相手と場合によってはね!」
 「その相手とは・・・」
 リンクの声が、途端に低くなる。
 「伯爵とノアの一族ですか?」
 「・・・っ?!」
 思わず眉根を寄せたアレンを、リンクは冷たく見下ろした。
 「残念です、ウォーカー。
 神の使徒に、裏切り者がいようとは」
 「違っ・・・僕はそんなんじゃ・・・!」
 ない、と、否定しようとしたアレンの眼前で、リンクが深々と吐息する。
 「へ・・・?」
 リンクの意図を計りかねて、呆然とするアレンに、リンクは眉根を寄せた。
 「君は、14番目のメモリーが、『憎しみ』や『苦しみ』ではないかと予測しました。
 ならばコムイ室長の、少々乱暴な治療を受けることによって、14番目が発露するかと試してみたのですが・・・」
 「リンク・・・君・・・・・・!」
 嫌な予感がして、顔を引き攣らせたアレンの上に、またリンクの吐息がこぼれる。
 「しませんでしたね」
 「なにイタイケな少年に人体実験かましてくれてんですかっ!
 鬼!悪魔!!リンク!!」
 「・・・・・・その罵言の一つに、私の名前が加えられていることには少々、納得しがたいものがありますが、まぁいいでしょう」
 淡々とした声に苦々しさを滲ませたリンクは、そのままの口調で続けた。
 「アレン・ウォーカー。
 君は、中央庁及び黒の教団本部より科せられた監視より逃亡した上、その間の行動及び負傷した経緯の報告義務を怠りました。
 よって――――・・・」
 リンクは唐突に、ふっと笑みを漏らす。
 「現在12月24日0時より、一日間の入牢、及び食事抜きの罰則を命じます」
 「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ?!」
 死ぬ、干からびる、と、泣き喚くアレンの声が石の独房中に響いて、リンクはうるさげに耳を塞いだ。
 「1日くらい、食事なしでも死にませんし、水くらいは差し入れてあげますよ」
 「鬼!悪魔!!リンク!!
 コムイさんに散々いぢめられて、その上こんな罰則なんて!!
 僕は寄生型なんだから、すぐ飢えちゃうの知ってるでしょう?!」
 「そうは言いますが君、このくらいの罰則を与えないと、反省しないではありませんか」
 「反省した!!
 ものっすごく反省したから、食事抜きはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 身も世もなく泣きじゃくるアレンを見下ろし、リンクは楽しげに口の端を曲げる。
 「いい子にしていたら、25日のクリスマスパーティには参加させてあげますよ」
 その代わり、イブのディナーは諦めろと、サディスティックな笑みを浮かべるリンクに、アレンは必死に首を振った。
 「ごめんなさいぃぃぃぃ!!
 いい子にするから!!
 ホント、いい子にするからぁぁぁぁ!!!!」
 「あんまり泣くと、無駄に体力を消耗しますよ?」
 踵を返したリンクは、肩越しに意地の悪い笑みを送る。
 「では、私はマンマのお手伝いに参ります。
 ・・・・・・ツリーの星、全部飾ってやる」
 「リンクのバカ――――――――!!!!」
 アレンの絶叫を心地よく聞きながら、リンクは殊更にゆったりと独房を出て行った。


 マユゲが帰ってきたわよ、と、ミランダの連絡を受けるや、リナリーは彼女達がツリーの飾り付け作業をしている部屋に飛び込んだ。
 「・・・うわ」
 量がすごいとは聞いていたが、まさか室内に森が出現しているとは思わず、リナリーは呆気に取られる。
 「これは・・・確かに終わらないね」
 常緑の葉をつけた枝を掻き分け、リンクの姿を探していると、ミランダの側で嬉しそうに作業する彼の姿を見つけた。
 「リンク監査官!!」
 リナリーが駆け寄った途端、不機嫌な顔になった彼に、リナリーも顔をしかめる。
 「アレン君をどこに連れてっちゃったんですか!」
 自然、語気も強くなった彼女に、リンクは冷たく鼻を鳴らした。
 「教えられません。ウォーカーは、罰則を受けているのですから」
 「なにそれ!
 アレン君がなにをやったって言うんだよ!!」
 と、詰め寄ったリナリーにも、リンクの冷たい視線が降り注ぐ。
 「私の監視から逃亡し、その間の行動及び負傷した経緯の報告義務を怠ったからです。
 ちなみに、ノアと遭遇した一件につきましては、監視対象の逃亡補助を行ったと言う点において、あなたにも罰則を科したいと思っていますよ、リナリー・リー」
 「ふんっ!
 やれるものならやってみればいいよ!
 私を、アレン君と同じところに閉じ込めれば?!」
 「・・・その策で、ノアの手からアレン・ウォーカーを奪還したと、報告書には書いてありましたね」
 「・・・・・・・・・」
 食えない監査官に、リナリーはなんとか舌打ちを堪えた。
 「心配しなくても、今日一日いい子にしていれば、解放してあげますよ」
 悔しげなリナリーに、リンクは意地の悪い笑みを浮かべる。
 「・・・・・・いい子じゃなかったら?」
 「いい子になるまで拘束します」
 「一生解放されないじゃない!」
 「あなたは・・・っ!」
 「もうおやめなさい・・・クリスマスにケンカなんて、いけませんよ・・・」
 控えめな、しかし、リンクにとっては逆らい難い声でたしなめられ、彼はたちまち怒気を収めた。
 「失礼しました、マンマ」
 「謝りついでに、アレン君の居場所を教えてよ!」
 「それはできません。私の仕事ですから」
 つんっと、そっぽを向かれて、リナリーはむくれる。
 「いいよ!
 自力で探すもん!!」
 「それこそ、やれるものならやってみるのですね」
 意地の悪い笑みを向けられて、リナリーは憤然と踵を返した。
 ・・・・・・しかし。
 「・・・・・・見つからない」
 明け方近くまで城中を走り回ったリナリーは、疲れ果ててソファに倒れこんだ。
 さすがは監査官と言うべきか、この城の構造を知悉した上で、リナリーの知らない場所にアレンを隠してしまったらしい。
 「でも・・・ぜっ・・・た・・・い・・・・・・」
 その言葉を最後に、リナリーはしばらく・・・いや、かなりの間、動かなかった。
 彼女の意識が戻ったのは、それから何時間も経った後・・・。
 「おい。
 なんでこんなとこで寝てんだ、お前」
 不機嫌な声に、リナリーが重いまぶたを開けると、華やかに飾られたツリーを抱えた神田が、彼女を見下ろしていた。
 「あれ・・・?」
 「あれ、じゃねぇだろ。
 寝てんだったら、ツリー運ぶの手伝え」
 「寝てたっ?!」
 悲鳴をあげて飛び起きたリナリーに、神田が驚いて身を引く。
 「今何時っ?!」
 「とっくに昼過ぎだな。
 1時・・・2時に近いくらいか」
 窓の外に、弱々しく浮かぶ冬の太陽を見上げて神田が言うと、リナリーはまた悲鳴をあげた。
 「アレン君、助けてあげなきゃいけないのに!!」
 「あぁ・・・今日は飯抜きなんだろ、あいつ」
 今頃干からびてるな、と、残酷なことを言う神田を睨み、リナリーは立ち上がる。
 「その前に助けなきゃ!
 ラビは?!」
 「あいつも今、ツリー抱えてあちこちの部屋に運んでんぜ」
 「そっか・・・ありがと!
 ラビ!!」
 部屋から走り出つつ、リナリーは通信ゴーレムに呼びかけた。
 「今、どこ?!」
 『西塔5階』
 「すぐ合流するから待ってて!」
 窓から飛び出すや、リナリーはイノセンスを発動して一気に城の西棟に移動し、一瞬で塔の5階に到る。
 「うっわ・・・すげーすげー!」
 5秒と経たないうちに目の前に現れたリナリーに、ラビが盛大な拍手を送った。
 「聞きたいことがあるの!!」
 「ん。
 アレンが閉じ込められてそうなトコだろ?」
 リナリーの質問を予測して、ラビがにこりと笑う。
 「実は俺も探してんだけど・・・この城さ、設計図には描いてない隠し部屋が、たくさんあるみたいなんだよなぁ・・・」
 「隠し部屋?!」
 手元の図面を睨むラビの隣から、リナリーもたくさんの印がつけられたそれを覗き込んだ。
 「例えばこの、西塔なんケド・・・この設計図じゃ、地上5階、地下2階になってんだろ?
 でも俺が目測したところ、1階ごとの天井の高さと、階数があってないんさね」
 「えっと・・・つまり?」
 「この5階はちゃんと屋根に接してっから、ここと1階の天井の高さを基準にして計算してったら、3階と4階の間に隠し部屋があるってわかったんさ」
 階段の段数が違った、と、さらりと言うラビに、リナリーは感心する。
 「じゃあ、アレン君はそこにいるの?!」
 道理で、城中駆け回っても見つからないはずだと、こぶしを握るリナリーに、しかし、ラビは首を振った。
 「もう見たけど、そこにゃいなかったさ。
 他にも、ツリー運ぶ振りして、今まで入室禁止だった部屋とか棟とか塔とか見て回ったんケド、俺が見つけた隠し部屋の中にはいなかった」
 新たに、西塔3〜4階に赤い×印をつけたラビに、リナリーは目を丸くする。
 「この赤い印、全部隠し部屋なの?!」
 「あぁ。
 なんか、宝探しみたいでおもしろかったさv
 にんまりと笑って、ラビは新しい図面を取り出した。
 「地上は全部チェックしたから、後は地下さねぇ・・・」
 「地下・・・・・・」
 昨夜、ラビと共に降りて行った、あの入り組んだ構造を思い出しただけで、リナリーは頭を抱えそうになる。
 「あの地下室で・・・隠し部屋探しなんて・・・・・・!」
 本当に性格悪い、と、リナリーはリンクの鉄面皮を、苦々しく思い出した。
 「でも、やんなきゃだろ、王子?」
 「うん・・・がんばるよ!」
 こぶしを固めたリナリーの腕を、ラビがにこりと笑って握る。
 「へ?」
 なに?と、不思議そうな顔をするリナリーに、ラビが笑みを深めた。
 「言ったろ、立ち入り禁止区域に入るには、ツリーを運ぶ必要があんだって」
 「え・・・まさか・・・・・・」
 嫌な予感に、リナリーが顔を引き攣らせる。
 「ツリー運搬要員、確保さ!」
 「ええええええええええ?!」
 絶叫を響かせながら、リナリーはラビに連行された。


 「どうも・・・鼠がうろついているようですね」
 同僚の監査官達とツリーを運びながら、リンクは油断なく視線を巡らせていた。
 「まったく、これは罰則だと言っているのに・・・」
 聞き分けのない子供達に吐息を漏らし、リンクは運んでいたツリーを床に置く。
 「すみませんが、私は一旦、仕事に戻ります。
 マンマにはよろしくお伝えください」
 「はっ!」
 敬礼で答えた同僚達に頷いたリンクは、懐中時計に視線を落としつつ、もう一方の手で無線の電源を落とした。
 「現在1400時。
 昨日と同じく、2時間毎の定時連絡とします」
 「了解しました!」
 敬礼に敬礼を返し、リンクは踵を返す。
 「私だって・・・マンマとのパーティは楽しみにしていたのに・・・」
 ぶつぶつと呟きながら、リンクはアレンを閉じ込めた独房へと向かった。


 その後、かなりの時を経て。
 「うぅっ・・・!
 一体、ツリーを持って何往復したんだよう・・・もう疲れたよぅ・・・・・・」
 とうとう泣き声をあげたリナリーに、ラビは苦笑して肩をすくめた。
 「囚われの姫を助けるんだろ、王子?」
 「姫を捕らえた魔王のレベルが高すぎるよぅ・・・!」
 リナリーが肩を落としてぼやいた時、
 「そこでなにをしている?」
 厳しい声をかけられて、ビクッと飛び上がる。
 「あ・・・あの・・・・・・」
 「エクソシストか。
 ここは関係者以外、立ち入り禁止だが?」
 それが神の使徒でも、と、わざわざ言い添えた彼に、ラビが懐こい笑みを向けた。
 「クリスマスイブなのに、お仕事ごくろーさんv
 俺ら、ツリー運んでるんさv
 「ツリー・・・?」
 まじまじと、二人が運んできたツリーを見つめる目に、リナリーが緊張する。
 と、
 「それなら早く、運びたまえ。
 どの部屋に置くかは決まっているのか?」
 途端に友好的な雰囲気になった彼に、ほっと吐息した。
 しかし、ラビは相変わらず平然としている。
 「飾るんはとりあえず、メインな部屋と廊下だな。
 人がいねーとこ飾ってもしょうがないし」
 「それもそうだな。
 じゃあ、そのツリーは私が部屋に運んでおくから・・・」
 いそいそと手を伸ばしてきた彼ににこりと笑い、ラビはツリーを渡した。
 「サンキュv
 じゃあ俺ら、また上から下ろしてくるんで、下の階も鍵開けといてさv
 「わかった」
 あっという間に友好関係を築いてしまったラビに、リナリーは心底感心する。
 「さすが・・・すごいねぇ、ラビ!
 ほとんど特殊能力だね!」
 リナリーが歓声を上げると、ラビは得意げに胸を逸らした。
 「ブックマンをなめんじゃねーよv
 さ、次のレベルに行くさね!」
 得意げに言って、足を速めた彼に、リナリーは大きく頷いてついて行く。
 だが、地下深く潜ってみても、図面は赤い印で埋まるばかりで、ちっとも宝には巡り会えなかった。
 「なんで・・・どうして・・・・・・!」
 城中を駆け回っているうちに、ツリーの在庫も尽き、ただ疲労ばかりが溜まる。
 「クリスマス・ミサ・・・始まっちゃうし・・・・・・!」
 顔を覆って嘆くリナリーの頭を、ラビは気遣わしげに撫でた。
 「後は俺が探すから、お前はクリスマスの行事に参加してきな。
 もうすぐ、キャンドルサービスが始まるんだろ?」
 「そうだけど・・・そんな気分じゃないよ・・・・・・」
 顔を覆ったまま、リナリーは深々と吐息する。
 「そうだろうケド、お前がいなかったら、ティーンズ全員不参加じゃん。
 無宗教の俺や、カトリックじゃねェユウちゃんはいつものことだけど、お前まで行かんかったら、後でなに言われるかわかんねーさ」
 「ん・・・そうだね・・・・・・」
 また深々と吐息を漏らし、リナリーはようやく頷いた。
 「じゃ・・・できるだけ早く合流するね」
 「おう。
 見っけても、手柄は譲ってやるさねv
 クリスマスプレゼント、と、いたずらっぽく笑うラビに笑みを返し、リナリーは礼拝堂へ向かう。
 入り口でキャンドルを受け取り、前方にあるエクソシスト用の席に着いた彼女は、本来アレンもいるはずのそこに彼の姿を見出せず、またため息を漏らした。
 「リナリーちゃん・・・」
 密やかな声を見遣れば、ミランダがこっそりと囁きかける。
 「まだ見つからないの?」
 「うん・・・お城中探したんだけど・・・・・・」
 囁き返して、ふと、リナリーは瞬いた。
 「ミランダ、リンク監査官は?一緒じゃないの?」
 てっきり側にいると思っていたのに、と、辺りを見回すリナリーに、ミランダは首を振る。
 「あの子はお仕事に戻りました。
 ・・・・・・アレン君の側にいるのよね」
 ふぅ、と、ミランダも困惑げな吐息を漏らした。
 「せっかくのクリスマスなんだから、皆で乾杯して、楽しく過ごせればいいのに・・・・・・」
 「うん・・・・・・」
 ミランダの言う通り、せっかくのクリスマスだと言うのに、屈託の晴れない顔を並べた二人を、幹部席からコムイが気遣わしげに見つめる。
 「ちょっと・・・意地悪しすぎたかなぁ」
 ポツリと呟いた彼のキャンドルに、教団の司祭から炎が移された。
 「・・・・・・クリスマスプレゼントかぁ」
 また、ポツリと呟いて、コムイは段を降りる。
 「リナリー」
 可愛い妹の名を呼ぶと、彼女は薄闇の中でさえ、疲労の色が見える顔をあげた。
 「意地悪して、ゴメンネ」
 キャンドルの炎を移しながら、コムイはリナリーの耳に口を寄せる。
 「アレン君は、岸壁側の地下牢、最下層の一番奥の独房だよ。
 入り口は、西の防壁の外に出て、聖ジョージのドラゴンの下。
 もう暗いから、明かりを持って行きなさい」
 「・・・・・・うん!!」
 途端に目を輝かせ、リナリーはコムイに抱きついた。
 「ありがとう、兄さん!」
 彼の頬にキスをして、礼拝堂を出て行ってしまったリナリーを見送り、コムイは肩をすくめる。
 「今日のボクは、なんだか優しかったなぁv ねぇ?」
 満足げに笑ったコムイの隣で、
 「元凶は自分だと、都合よく忘れてやしませんか」
 憮然と言ったリーバーは、苦笑するミランダから炎を受け取った。


 地下牢・・・とは言っても、この城のドラゴンの下にあったそれは、地中に掘られたものとは若干異なる。
 城の建つ岸壁に沿って穿たれたそれは、多くの明り取り窓が設えられ、『地下』と言う名からはおよそ意外なほど、日照には不自由しないように作られていた。
 しかし、下に行くに連れ、吹き寄せる冷たい海風には波飛沫が混じり、牢内には潮のにおいがする湿気がこもって、とても快適な場所とは言えない。
 長くいれば凍え死ぬのではないかと、不安ばかりが募る石の階段を、リナリーはランタンを掲げ、足早に進んだ。
 が、窓代わりの穴もなくなった最下層に到った時。
 最も奥にある独房の手前から、徐々に明かりが増えはじめ、目的の牢に至る頃には、湿気はともかく、暗さだけはすっかり取り払われていた。
 「あの・・・リンク監査官?」
 リナリーが呼びかけると、格子の向こう側で、機敏に立ち上がる者がいる。
 「とうとう見つけましたか・・・なにか?」
 淡々とした声を受けたリナリーは、大きく息を呑むと、格子の側に歩み寄った。
 「ミランダからの伝言です。
 せっかくのクリスマスなんだから、皆で乾杯して、楽しく過ごしましょ、って」
 「マンマが・・・・・・わかりました」
 声は冷静なままだが、ミランダの名を聞いた途端、リンクの鉄面皮は目に見えてはがれ落ちる。
 「あの・・・アレン君は?」
 足早に独房を出て行こうとするリンクに、リナリーがすれ違いざま問うと、彼は背後のベッドを示した。
 「まだ寝ています。
 コムイ室長に酷くいじめ・・・いえ、少々乱暴な治療を施されましたし、今日一日拘束されてましたので、泣き疲れたのでしょう。
 心配しなくても、そのうち起きます」
 「いい加減な・・・」
 非難をこめて睨みつけるが、リナリーに対しては相変わらず鉄壁の守りを発揮する表情は、小動もしない。
 「私は医者ではないので。
 質問がそれだけでしたら、もう行ってもよろしいでしょうか」
 彼の意地の悪い言い方にムッとしたが、リナリーは無言で頷き、リンクを行かせた。
 その足音が遠ざかるのを背に聞きながら、リナリーはベッドに駆け寄る。
 「アレン君・・・」
 眠る彼は、まだ涙を浮かべていて、リナリーは思わず笑みをこぼした。
 「よっぽど辛かったんだね・・・・・・無理もないけど」
 せっかく自己治癒能力を身につけたというのに、それだけではサディスティックな兄の攻撃をかわすことはできなかったらしい。
 「また新たなトラウマかな」
 よしよし・・・と、リナリーは可哀想な彼の頭を撫でてやった。
 「来るのが遅くなってゴメンね・・・。
 でも、もう大丈夫だからね・・・泣かなくていいよ」
 優しい声で言ったリナリーは、苦しげに眉を寄せるアレンに笑みを深める。
 「王子というより、お母さんだね、私――――・・・そう言えば、どんな歌だっけ」
 アレンが方舟を解除して以来、何度か聞いた歌を思い出そうと、宙を見つめた。
 「確か・・・」
 呟きつつ、リナリーはアレンの横たわるベッドに腰を下ろして、自分の膝の上に彼の頭を乗せる。
 「そして 坊やは 眠りについた・・・♪」
 高すぎない声で、囁くようにリナリーは優しく歌いだした。
 「息衝く 灰の中の炎 ひとつ ふたつと
 浮かぶ ふくらみ 愛しい横顔・・・♪」
 ぴくり、と、身じろいだアレンの首に巻きつく鎖に気づき、継ぎ目を探して外してやる。
 「大地に 垂るる 幾千の夢
 銀の瞳のゆらぐ夜に 生まれおちた輝くおまえ
 幾億の年月が いくつ祈りを 土へ還しても
 ワタシは 祈り続ける・・・♪」
 白い髪を梳くように撫でてやると、アレンの唇から吐息が漏れた。
 「どうか この子に 愛を
 つないだ 手に キスを・・・♪」
 「・・・・・・リナ」
 「おはよ、アレン姫v
 ようやく目を覚ましたアレンに、リナリーは微笑む。
 「あの・・・今の歌・・・・・・」
 ぼんやりとした声の問いに、リナリーは笑みを深めた。
 「アレン君が、何度か歌ってくれた歌だよ。
 これ、子守唄っぽいのに起こしちゃうなんて、歌唱失敗だね」
 「きれいでしたよ」
 冗談めかしたリナリーの口調に笑みを浮かべて、アレンは身を起こす。
 「・・・あれ?鎖・・・」
 「大丈夫、外したからねv
 首に当てたアレンの手に、リナリーは手を重ねた。
 「ごめんね・・・中々見つけられなくて・・・」
 赤い跡の浮いた首を見つめ、眉根を寄せたリナリーに、アレンは微笑んで首を振る。
 「いいえ・・・また、助けに来てくれました」
 「王子だからね」
 くすりと、リナリーも笑みを漏らした。
 「まぁ・・・疲れ果てて意識失っちゃったり、リンク監査官に全然敵わなかったり、ラビに泣きついたり、結局兄さんに助けられて、全然かっこよくないんだけど」
 重く息をついたリナリーに、アレンはまた、首を振る。
 「そんなことないです。
 かっこいいですよ、いつも助けてくれて」
 ロードに捕まった時も、と、アレンが笑みを深めると、リナリーもまた、笑みを浮かべた顔をあげた。
 「こんな風に?」
 アレンの手に重ねた手はそのまま、もう一方の手を頬に添え、笑みを浮かべた唇をついばむ。
 「王子様のキスだよv
 目を丸くしたアレンの表情がおかしくて、リナリーはくすくすと笑声をあげた。
 その様に、アレンは思わず苦笑する。
 「本当は・・・僕が王子をやりたいんですけどね」
 「あらv
 ヒーローの座は、そう簡単には渡さないんだよ?」
 楽しげなリナリーの笑声に混じって、その時、ぱぁん・・・!と、遠くからいくつもの花火が弾ける音が聞こえた。
 「なに・・・?」
 「海上かな?
 海を渡る船が、クリスマスパーティをしてるんだよ」
 0時だね、と呟いて、リナリーはキスを・・・さっきよりは少し長いキスをする。
 「ハッピーバースデー、アレン君。
 あなたのこの年が、幸せな年でありますようにv
 「ありが・・・とう・・・・・・!」
 嬉しさに胸を詰まらせながら、アレンはリナリーを抱きしめた。


 12月25日0時をもって罰則から解放されたアレンは、リナリーと腹の虫に伴われ、パーティ会場にたどり着いた。
 「きゃあ!アレンちゃん!!」
 その憔悴した姿を見るや、真っ先に駆け寄ってくれたのはやはり、ジェリーだ。
 「アタシがコムたんのトコなんかに連れてったから、こんなにつらい思いをさせちゃって・・・!」
 ハンカチを噛み締めて泣くジェリーに、アレンは笑って首を振った。
 「ジェリーさんは、僕のことを考えてくれたんですから・・・それより・・・・・・!」
 「わかってるわ!ごはんよね?!」
 アレンの要望を先取って、ジェリーは高く指を鳴らす。
 たちまちシェフ達が現れて、温かい料理を魔法のように並べてくれた。
 「さぁ!たーんとおあがんなさい!!」
 「わああああああああああああああい!!!!」
 大歓声を上げて、アレンが次々に皿を空にしていく。
 と、いつの間にか彼の隣に、ラビが座っていた。
 「姐さんとの感動の再会がすごすぎて、出遅れちゃったさ」
 苦笑しながら、ラビはアレンにクラッカーの片端を差し出す。
 「あれ?クリスマスクラッカー?」
 頬袋があるのかと思うほど、口いっぱいに料理を詰め込んだアレンが、差し出された片端を握った。
 「ホレ。
 お前にプレゼントなんだから、遠慮なくひっぱんな」
 「え?!いいの?!」
 目を輝かせて引いたクラッカーが、大きな音を立てて弾ける。
 リボンや紙吹雪と共に飛び出してきたのは――――・・・
 「ティム?!」
 大声を上げたアレンに、ティムキャンピーが必死に縋りついて来た。
 「なんで・・・ってか、どこにいたの、お前?!」
 「リンクに捕まってたんさ。なぁ?」
 ラビが視線を横へ流すと、リンクは悪びれもせず肩をすくめる。
 「ウォーカーの居場所を知らせそうな存在は、拘束するのが当然でしょう」
 「このやろ・・・っ!」
 思わず口の中で毒づいたアレンの頭を、ラビは笑って撫でてやった。
 「ティムはさ、地下の最下層研究室の、粘菌培養室の中にでーんといたんさ。
 あんまり堂々といるもんだから、俺、新種のキノコかと思って、うっかり見過ごすとこだった」
 そう言ってけらけらと笑うラビを、ティムキャンピーが悔しげに尻尾で叩く。
 と、苦笑するアレンの眼前に、またクリスマスクラッカーの片方が差し出された。
 「おら、とっとと引け」
 「か・・・!」
 あまりにも意外すぎて言葉が出ず、アレンはフォークを咥えたまま、クラッカーを引く。
 音を立てて弾けたそれから、何か光るものが飛び出したかと思うと、垂直に落ちて、ターキーをまっすぐに貫いた。
 「あっ・・・危な――――っ!!!!」
 「なにが危ねェだ、鈍い奴だな。
 これは小柄っつって、そんじょそこらのペーパーナイフなんかより、断然斬れる刃だ。
 師匠宛てに大量の請求書が来た時、開けるのに便利だぜ」
 「親切なんだか不親切なんだか・・・!」
 でも、と、アレンは照れてやや赤くなった顔で、神田を見上げる。
 「ありがと・・・大切にします」
 「・・・・・・おう」
 意外なほど素直な反応に、さすがの神田も毒気を抜かれた。
 「じゃあ次、私!」
 ハイ、と、リナリーが差し出したクラッカーを、アレンは嬉しげに握る。
 「アレン君探して走り回ってたから、あんまりいいものは用意できなかったんだけどね・・・」
 弾けたクラッカーの中から飛び出た銀色の輝きを、アレンは躊躇なく受け止めた。
 「ネクタイピンだv
 コウモリを模った銀細工のネクタイピンに、アレンが歓声を上げる。
 「ありがとう、リナリーvv
 と、いきなりアレンの動きが止まった。
 「?
 どうしたの?」
 不思議そうに見つめるリナリーの前で、アレンが椅子を蹴って立ち上がる。
 「この匂い!!」
 嬉しくてたまらないと言わんばかりの甲高い声に、アレンを囲んでいた者達は元より、それぞれに談笑していた大人達も話をやめて、彼を振り返った。
 「クリスマスプディングだ!!そうでしょう?!」
 音階が完全に外れた高音域を発するアレンに、ジェリーの笑声が答える。
 「その通り!クリスマスプディングを持って来たわよぉ!」
 「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
 青い炎をまとって揺らめくプディングの姿に、アレンは可聴音域ギリギリの歓声を発した。
 「そ・・・そんなに喜ぶとは思わんかったさ」
 犬だったなら、ちぎれんばかりに尻尾を振っていただろう喜び様に、仕掛けたラビも驚く。
 「だって!!
 だってプディング!!クリスマスプディング!!」
 未だかつて見たことがないほどに、目をキラキラと輝かせるアレンにはもう、誰も何も言えなかった。
 神田ですら、呆気に取られて状況を見つめる中、ラビは青い炎が放つ香りに気づいて眉根を寄せる。
 「そういやお前、ブランデーいいんさ?」
 「クリスマスプディングのブランデーはお酒じゃないもんっ!!」
 「どういう理屈だ、それ」
 ようやくそれだけ言った神田に、しかし、アレンは怒りもせずに飛び跳ねた。
 「クリスマスプディングは特別なんです!!
 マナとね、最初に過ごしたクリスマスにも食べたんだ!!」
 ブランデーの、青い炎をまとったプディングを見つめて、胸の奥からほっこりとした記憶が蘇る。
 「その時マナが・・・」
 ―――― 捨て子だから、誕生日がわからない?じゃあ、今日を誕生日にしましょうか。
 その声、その情景が、脳裏に鮮明に蘇った。
 ―――― 今日から君は、僕の大切な子供ですから。
 「マナが・・・」
 アレンの目から、不意に、涙が零れ落ちる。
 ―――― 笑えなかった君だから、これからはずっと、笑っていてほしいんです。
 「マナ・・・」
 笑おうとして、嗚咽が漏れた。
 ―――― 君が、いつまでも幸せでありますように・・・・・・。
 「マ・・・」
 突然、アレンの視界が陰る。
 誰かに抱き寄せられたことに気づいて、涙で塞がれた目を瞬いたアレンは、鮮明になった視界の中に、照れた顔を背けるラビを捉えた。
 「そ・・・んな、泣くなさ。
 とーちゃんじゃなくてもにーちゃんはいるし、お前にゃ他にも、祝ってくれる奴はいっぱいいるんだからさ」
 いつもの飄々とした笑顔ではなく、流暢な言葉でもない、ぎこちない表情と不器用な言葉にラビの『本気』を感じて、アレンは目を見開く。
 と、背後からアレンの頭を、誰かが乱暴に掻きまわした。
 「・・・だからテメェはモヤシだってんだ。
 名前を呼んでほしけりゃ、早く一人前になりやがれ」
 無愛想な言葉と共に、その手はすぐに離れたが・・・アレンの胸には、青い炎を見つめていた時のような暖かさが残った。
 と、離れた手の代わりに、暖かい手が背に添えられる。
 「アレン君、またやろうね。
 また一緒に、お祝いしよう」
 「は・・・うん」
 仲間達の温かい目に見守られながら、アレンは大きく頷いた。


 翌朝、クリスマス当日を迎え、清々しい朝日に照らされて誇らしげに輝く数々の飾りを、アレンは満足げに見渡した。
 「皆、張り切ったんですねぇ・・・!」
 お手伝いしなくて申し訳なかったな、と、リンクを横目で見遣れば、彼は相変わらずの仏頂面で鼻を鳴らす。
 「君が来年、いい子でいたのなら、最初から最後まで一人でやらせてあげますとも」
 「それなんの罰ゲーム?!」
 ぷぅ、と、頬を膨らませ、食堂に入ったアレンは、目に飛び込んできた異様な光景に目を丸くした。
 「お・・・おはよう、ラビ・・・・・・。
 なんか、すごい量のキャロットチップスだね。
 そんなに好きだったんだ、ニンジン・・・」
 ホントにウサギみたい、と呆れるアレンに、山のように詰まれたキャロットチップスに囲まれたラビは、それをつまらなそうにかじりつつ首を振る。
 「別に、好きでもなんでもないさ。
 でも、クラウド元帥からのクリスマスプレゼントだかんな・・・」
 無駄にもできない、とぼやくラビの隣に座り、アレンもキャロットチップスを摘んだ。
 「あ、おいしい。
 へえ・・・ニンジンも意外とおいしいんですね。これならリナリーも食べられるんじゃないかなぁ」
 「お前こそウサギみてぇ・・・」
 白いし、と、ラビはキャロットチップスをポリポリとかじるアレンを横目で見遣る。
 「でも、欲しいって言ったからくれたんでしょ、コレ?」
 「んなわけあるかい!
 俺は、元帥のキスがいいって言ったんにぃ・・・・・・」
 さめざめと泣くラビの涙で、ふやけそうなチップスをアレンが慌てて避難させた。
 「キスなら僕、してもらったよ。おでこにだけど」
 「・・・・・・は?」
 愕然と目を見開いたラビに、アレンは嬉しげに笑う。
 「僕が落ち込んでた時、慰めてくれたんだv
 いいアドバイスもくれるし、優しいよね、元帥v
 「・・・っそれ俺が落ち込むさぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 絶叫と共に涙が迸り、せっかく避難させたキャロットチップスは、見るも無残にふやけていった。





Fin.

 










2008年アレン君お誕生日SS第3弾でした!
題名はもちろんラルクの曲です(笑)
クリスマスソングなので、いつか使ってやろうと思ってました(笑)
マナの台詞はまんま『I Wish』なので、興味のある方はP'unk版ではなく、ぜひともラルク版『I Wish』を聞いていただきたいですv
元ネタは、リクエストNO.36『アレン苛めができずに不満なコムイ』だったんですが、なんだか思う存分いぢめた上に、いぢめ足りないとかぬかす、鬼畜兄さんになりました(^▽^;)
ところで、私の作品熟読された方は『あれ?』と思われたかもしれませんが、クリスマスプディングはメインではなくデザートとして、『PiecesW』に出てきてます。
が、あれは私の創作なので、コレを読む時は忘れててほしいなぁ〜(・▽・;)
そして、書いてて何より楽しかったのは、アレン君お誕生会なのに出張ってるリバミラでした(笑)
班長のメガネ萌えなミランダさんは新境地ですね(笑)
メガネ男子スキーはむしろ、私なんですが(笑)
仕事中限定のメガネ姿が愛しくてなりません、班長(笑)
きっとこの人は、コムイさんみたいな伊達メガネ派じゃなく、本当に目が悪いんだけど、自分のメガネ顔嫌いだし、普段の生活にはメガネなくても支障がないから仕事中以外はかけない派だといいと思います!>くれはさんにメガネ語らせたら暑いよ;
クリスマスクラッカーは、販売時点でプレゼントが入っていますので、自分勝手にあけて中身を入れ替えたりしちゃいけません。
火薬が入ってるので、良い子は絶対に真似しないでくださいね(笑)












ShortStorys