† Count sheep †
それはクリスマスも終わり、なんとなく盛り下がった城内が、新年パーティに向かって再び盛り上がりだした年末のこと。 方舟の扉から、凄まじい勢いで飛び出してきた影があった。 「今、何月何日何時だ?!」 世界中を飛び回るエクソシストが、現地の時刻を確認することは珍しくない。 ためにジョニーは、なんの疑いもなく振り返り、にこりと微笑んだ。 「12月30日、午後1時だよ」 「よっし!!」 途端、気合の入った声をあげてコブシを握った彼に、ジョニーは目を丸くする。 「俺・・・ここに来てもう、何年にもなるけど、お前がそんな声あげるトコ、初めて見たよ、神田・・・・・・」 「っるっせぇよ!! おい、これヘブラスカんとこ持ってけ! おう、コムイ!聞いてっか?!」 酷くあわただしい様子で、科学班を大股に横切りながら、ジョニーにイノセンスを投げつけた神田は、通信ゴーレムに向かって怒鳴った。 「任務完了して帰って来たぜ!約束は守れよ?!」 なんの約束、と、スタッフ達が訝しげな目で見つめるのにも構わず、神田は科学班を出て行く。 回廊を全速力で走って自室に至り・・・その後数日間、彼の目撃情報は激減した。 「クリスマスが終わると、やることなくてつまんないですねぇ・・・」 回廊を一人、ぽつぽつと歩きながら、ミランダは呟いた。 「ランチは済んだし・・・ジェリーさんのお仕事の邪魔はできないし・・・」 仕事をしようにも、任務を命じられない間は城内待機で、訓練を終えてしまえば暇をもてあましてしまう。 「だから・・・・・・」 と、ミランダは両手を軽く組み合わせた。 「何かしてないと落ち着かないから・・・お手伝いに行くんです。 えぇ、お・・・お邪魔かもしれませんけど、暇をもてあましているよりはましですから・・・・・・! よ・・・よし!」 立ち止まり、ミランダは石床に向かって大きく頷く。 「こ・・・口実・・・じゃない、理由ができました! これで・・・他の班長さん達が、リーバーさんに嫌味を言うこともないですよ・・・ね・・・?」 ミランダにそんな意識はないが、エクソシストは階級的に各班の班長よりも上になってしまうため、今まで通り、彼女やリナリーが手伝いに行くと、リーバーが中央庁から来た班長達に嫌味を言われてしまうのだ。 ために毎回、科学班に行く口実をひねり出すのに苦労してしまうのだが、今回は中々いい口実だと思う。 「い・・・いざ、出動です!」 細い手にこぶしを握り、足を速めたミランダは、その途中、勢い良く開いたドアに、危うくぶつかりそうになった。 「ひっ?!」 避けようとして転んでしまったミランダを、部屋から出てきた神田が驚いて見下ろす。 「あ・・・すまなかったな。ぶつけたか?」 珍しく殊勝な彼に、ミランダは目を丸くして首を振った。 「い・・・いえ、大丈夫・・・! わ・・・私が、勝手に転んだだけですから・・・!」 「そうか」 頷いた神田は、しかし、ミランダに手を差し伸べようともせず、運び出したデスクを廊下に置くと、あっさりと踵を返す。 「あ・・・あの・・・・・・?」 自分で立ち上がったミランダは、家具を運び出すために、慌しく部屋を出入りする神田を呆然と見つめながら、恐る恐る声をかけた。 「な・・・なにをやってるんですか?またお引越しするの?」 「いや、掃除だ」 「はぁ・・・お掃除で・・・家具まで運び出すんですか・・・・・・」 我ながら間が抜けている、とは思ったが、ミランダには、ラビのように突き詰めて問うスキルはなく、リナリーのようにねだって教えてもらう強さはない。 ただ、不思議そうに見つめる彼女に、何度目か、廊下に出てきた神田は、めんどくさそうに舌打ちした。 「俺の国じゃ、クリスマスなんぞよりもっと大事なのが、年末年始なんだ。 特に年末は、一年の穢れを払うために大掃除をしなきゃなんねぇんだが、大晦日は埃をたてちゃいけねェ日だから、今日しか掃除する日がねぇんだよ」 「で・・・でも・・・・・・」 早口で言った神田の言葉を、懸命に吟味しつつ、ミランダは首を傾げる。 「お・・・お引越ししたばかりで、そんなにお掃除しなきゃいけないの・・・?」 「引っ越したばっかだからだよ。 石造りの城だからって安心してたのに、漆喰の欠片やら家具の木屑やら、埃っぽいったらありゃしねェ。 部屋中磨きあげんのに苦労するぜ」 「磨く?!お部屋丸ごと?!」 ぶつぶつと不満を漏らした神田の、意外な言葉にミランダはまた目を丸くした。 「あ?なんか問題か?」 うるさげに目を尖らせた神田に怯えつつも、ミランダは頷く。 「だっ・・・だって、床だけならまだしも、壁や天井までって・・・!なんでそこまでする必要があるの?!」 「だから・・・」 鬱陶しそうに、神田は舌打ちした。 「そうしねェと、新年を迎えられねぇんだよ」 「ど・・・どうして?!だって、新年なんて大して重要じゃ・・・」 「だから俺らの国じゃ、クリスマスなんかより重要なんだって言ってんだろうが!」 「ひっ!! ご・・・ごめんなさっ・・・!!」 震え上がって怯えるミランダにまた舌打ちして、神田は持っていた雑巾をバケツに放り込む。 「お前、前に欧州の人間は、東洋にあこがれている奴が多いって言ったろ?」 「え・・・えぇ・・・・・・」 不意に穏やかな声音になった神田に、未だ震えながらもミランダは頷いた。 「その東洋趣味の・・・磁器の他に、ハマってんのはなんだ?」 「ウ・・・ウルシですね・・・・・・」 「漆は植物から採れる塗料で、漆器は木の器にそれを塗り重ねて作る。 そんな、滑らかさが大前提の作業場に、埃や木屑が舞ってると、どんな漆器ができると思う?」 「そうね・・・ざらついちゃうかしら・・・?」 考え考え言ったミランダに、神田はまた頷く。 「日本の家が全部そうだってわけじゃねェが、とかく日本人は穢れを嫌う。 賭けてもいいが、前世紀のパリに行って、顔をしかめねぇ日本人は皆無だ。 そんな国民性だからな、1年の終わりは徹底的に清めて、めでたい正月を迎えるのが慣わしなんだ」 「はぁ・・・・・・」 わかったようなわからないような、あいまいな返事をするミランダに背を向け、神田は踵を返した。 「わかったら邪魔すんな。 今日中に終わらせねェといけねぇんだからな、忙しいんだ」 「あ・・・はい! お邪魔してごめんなさい・・・」 そう言って歩を進めようとしたミランダは、神田が廊下に運び出したベッドの上に、細長い木の箱が置いてあるのを見て、首を傾げる。 「・・・・・・何かしら、これ」 ベッドの下にでも簡単に収まりそうな平べったい箱は、きれいに木目の揃った白木の四隅を、黒い鋼の飾りで止めてあった。 「きれい・・・」 興味津々と見つめていると、 「まだいたのか・・・」 神田が、ほとんど諦めに似たため息をつく。 「今度はなんだ」 「あっ・・・あの・・・ごめんなさい、これ・・・・・・」 「桐(きり)っていう木で作った衣装箱だ。 防虫効果があるんでな、着物を入れるにゃもって来いなんだよ」 「キモノ!」 思わず目を輝かせたミランダに、神田は眉根を寄せた。 「俺のしか入ってねぇぞ。男物の着物なんざ、華やかでもなんでも・・・・・・」 言いかけて、神田はまた部屋に戻る。 「・・・わざわざ手を洗うの?」 「掃除中だったからな」 箱に手をかけるのさえ、手を洗う神田に、『確かに穢れを嫌う民族なのね』と、ミランダは感心した。 と、彼女の目の前で、神田は衣装箱を開ける。 「ま・・・! これ、縫製してないの?」 ぺたりと、平たく収まった布の重なりに、ミランダが思わず声をあげると、神田は肩をすくめた。 「ちげーよ。着物は立体的に縫製しねぇから、ほとんど布と同じ状態でしまうことができんだ」 「はぁ・・・すごい収納力なんですねぇ・・・・・・」 感心して見つめるミランダの目の前で、その平たい箱の中から、何枚ものキモノが出てくる。 「い・・・一体、何枚出てくるの?!」 こんな薄い箱、洋服ならせいぜい1〜2着だろうに、その倍以上のキモノが出てくる様に、ミランダは目を見開いた。 ややして、 「ようやく一番底だ」 呟いた神田が、紙にくるまれた着物を取り出す。 「お前、元日が誕生日だろ。 着るか?」 「え?!」 彼が差し出した物を、恐る恐る受け取ったミランダは、促されて、蓋をした衣装箱の上に紙を広げた。 すると思わず息を呑むほどに、鮮やかな着物と帯が出てくる。 「きれい・・・・・・!これ、どなたのですか?」 「忌々しいことに」 憎々しげに呟いて、神田は腕を組んだ。 「俺のだ」 「まぁ・・・男の人でも、こんなにきれいなキモノを着るんですねぇ・・・・・・」 薄紅と紫のグラデーションの上に蝶の柄が散った、袖の長い着物にそっと触れてみると、ひんやりとした絹は、驚くほどの滑らかさでミランダの手に吸い付く。 「すごい・・・! こんな感触、初めてです・・・!」 「だろうな。 西洋の絹は紬みたいにがさがさしてるし、織り方も違うから、繻子の光沢は珍しいだろ」 「え・・・えぇ・・・・・・」 聞きなれない言葉に戸惑いつつも、触れる絹の心地よさに、ミランダはうっとりと頷いた。 「着るのはジェリーに手伝ってもらえ。 あいつ、リナリーがねだって着たがった時に、婦長と一緒に一所懸命勉強してたからな」 「あ・・・はい!」 我に返ったミランダが着物を抱きしめて頷くと、神田は珍しくも、ちらりと笑う。 「じゃ、これで俺の邪魔すんな。 1月3日まで、完全休暇だ」 その為に仕事を終わらせたんだと呟きながら、神田はミランダに帯や小物をも渡して追い払った。 「うふふ・・・ ちょめ助ちゃんが着ていたみたいになれるかしら・・・」 神田に渡された一式を持って、ミランダは弾むような足取りで食堂へと向かった。 「アラ? アンタ、さっきランチ済ませたじゃないのよぅ。 またお茶するのーぉ?」 思った通り、呆れ顔のジェリーに首を振り、ミランダは紙に包まれたキモノをにこにこと捧げ持つ。 「神田君がね、貸してくれたんですよ とってもきれいなキモノなんですけど、あの・・・ジェリーさん・・・」 物言いたげな上目遣いのミランダに、ジェリーはにこりと笑った。 「あぁ、前にリナリーが着てたやつねぇ?アンタも着たいの?」 「あ・・・はい!」 ミランダが期待に頬を染めて頷くと、ジェリーはあっさりと頷く。 「いいわよぉ。 婦長にも協力してもらいましょうねぇ 「あ・・・はい、婦長さん・・・ですか?」 なぜ、と、ミランダは首を傾げた。 「アタシもよくは知らないんだけどねぇ、それ、東洋の衣装でしょぉん? なんかね、西洋人の体型には、しっくり合わないんですって。 だから、着せやすいように綿や布を詰めて、東洋のスタイルにしちゃうらしいわよ」 「それが・・・婦長さんのお得意なんですか?」 「まぁ、あの人は職業柄、色んな人種の体つき見てるからねぇ」 いまいち確信の持てない様子で首を傾げたジェリーは、しかし、すぐに首を起こしてにこりと笑う。 「それで、いつ着るの?今から?」 「あ・・・そうですね・・・でも、なんでもない時に着たって・・・・・・」 ミランダは困惑げに視線をさまよわせた。 何もない日に華やかな衣装でうろついて、エクソシストのくせにナニちゃらちゃらしてるんだ、とでも言われたら、繊細なミランダのこと、立ち直るのに時間がかかるだろう。 「じゃあ、カウントダウンパーティで着るぅ?」 「明日の・・・ですか?」 「そう アンタ、1日は誕生日なんだから、それにあわせて着ればいいじゃない それに、と、ジェリーはイタズラっぽくウィンクした。 「カウントダウンには、いくら忙しくったって、科学班も来るわよ 「あ・・・そ・・・そうですね・・・!」 途端に紅くなったミランダに、ジェリーが華やかな笑声をあげる。 「とびっきりキレイなところ、見せたげなさいよ 「は・・・はい・・・・・・」 消え入りそうな声で答えて、ミランダは俯くように頷いた。 一旦部屋に戻り、キモノ一式を置いて再び科学班を目指したミランダは、回廊の先にあまり見たくない姿を見つけて、支柱の陰に身を隠した。 中央庁からやってきた、班長の一人である彼は、いつもリーバーに嫌味を言うので好きになれない。 そのまま身を隠してやり過ごそうとしていると、 「おや、リナリー 妙に粘っこい声が、回廊に響いた。 嫌な予感がして、そろそろと覗いてみると、レゴリー・ペック班長に腕を取られたリナリーが、困惑げに立ちすくんでいる。 「暇なのかい? ならボクとお茶でもしないかな!」 「あ・・・あの・・・暇ではない・・・ので・・・」 迫ってくる彼から、必死に身を離そうとする彼女の手を、レゴリーが両手で包み込む。 「そう? 任務もないし、訓練も終わった時間だろう? 他に何か用事でも?」 あからさまに嫌がっている彼女の様子に気づかないのか、気づいても無視しているのか、彼は執拗に迫っている。 「・・・コムイさんが見たら、大変だわ」 言葉とは裏腹に、コムイが現れてこの見苦しい場面を打破してくれないものかと期待していると、救いの神は意外なところから現れた。 「人の部屋の前で、なにセクハラしてんだ、ゴラ」 背後から突きつけられた刃の、冷たい感触にレゴリーが凍りつく。 「神田っ!!」 レゴリーの手を振り払ったリナリーが、ほっとした顔で神田の背後に隠れた。 そんな彼女を目で追うことも出来ず、レゴリーが背後に向けて問う。 「リリ・・・リーバー班長が、リナリーにはあ・・・兄がいるって言っていたけど、君がそうかな?」 「違ェよ、バーカ。 だが、見つけたのが俺でよかったな。 ホントの兄貴がこんなトコ見たら、お前、問答無用で銃殺されてたぜ」 「じゅっ・・・?!」 硬直した喉から、彼はなんとか声を振り絞った。 「そそっ・・・そんなことして、ただで済むと・・・」 「思ってんぜ? 万が一、あいつが手ェ出せなくても、俺が殺る」 あっさりと言ってのけた神田に、レゴリーが震え上がる。 「よっく考えるんだな。 神の使徒と一班長、どっちが希少で貴重だと思う?」 喉をひくつかせて、ただ冷や汗を流すしかないレゴリーの肩に、刃の峰が置かれた。 「ここでの言動にゃ気ィつけな」 「はっ・・・はひっ・・・!!」 首筋に刃を向けられているために、頷くことも出来ない彼がさすがに気の毒に思え、ミランダが止めに入ろうかと逡巡していると、回廊の先から駆け寄ってくる影がある。 「神田!ナニ新人さん脅してんですか!」 「ユウちゃん、ストップストップ! すぐ刃物に訴えるクセはいかんさね!」 半死人の顔をしたレゴリーを引き寄せたアレンに、刃よりも鋭い神田の視線が刺さった。 「邪魔してんじゃねぇよ、モヤシが!」 「モヤシって言うな、バ神田! なんでこんな・・・」 言いかけて、アレンは神田の肩越し、彼を見つめるリナリーの目に言葉を切る。 彼女の、紅く潤んだ目が、言葉よりも雄弁に状況を語った。 途端、 「・・・いい年して、十代の女子にセクハラなんて、いい度胸じゃありませんか」 アレンの声音が、一気に氷点下まで落ちる。 「えぅっ?!」 助けてくれたはずのアレンの左腕が、不気味に光りつつ形状を変え、鋭い爪がレゴリーの半面を捕らえてメガネにヒビを入れた。 「僕らの姫に嫌がらせをした以上、覚悟は出来てんでしょうね・・・?」 「ひぃっ?!」 救済者だと思って縋ったところがいきなり断罪者へと変わられて、レゴリーは逃げることも出来ずに目を白黒させる。 「たっ・・・たすっ・・・!!」 最後の一人に向けて声を放てば、彼は、懐こい顔でにこりと笑った。 「気にすんなさ 「あら・・・? ラビ君が珍しく、酷いこと言ってるのね・・・・・・」 呆然と状況を見守っていたミランダが、泣きながら駆け去っていくレゴリーの背を、苦笑して見送る。 「あれでしばらくは、おとなしくしてらっしゃるでしょうか。 いえ・・・・・・」 この腹いせに、またリーバーに辛く当たるかもしれないと思い、ミランダは科学班へ行く足を速めた。 「お手伝いに来ました!!」 必死の形相で研究室に飛び込んできたミランダを、皆が目を丸くして見つめる。 が、彼女はお構いなしに、呆然とするリーバーに駆け寄った。 「よかった、無事でしたね!」 「・・・・・・なにが?」 にこりと笑った彼女にわけがわからず、問い返すと、ミランダは『なんでもない』と首を振る。 「それより、お手伝いに来ました! これ、ファイリングしてしまっていいですか?」 「あ・・・うん・・・」 膨大な書類を指差して笑うミランダに、リーバーはただ、頷いた。 と、 「あ!そうです!!」 突然大声をあげたミランダを、呆気に取られたままの一同は無言で見つめる。 「わっ・・・私、ランチも済んだし、ジェリーさんのお仕事の邪魔はできないし、エクソシストのお仕事をしようにも任務がないから城内待機で、訓練も終わっちゃって暇をもてあましてたから来ました!」 真っ赤な顔をして、一気に『口実』をまくし立てたミランダに、一同はただ頷いた。 「なっ・・・何かしてないと落ち着かないし、お・・・お邪魔かもしれませんけど、なにもしないよりはましですから・・・・・・!」 言い終えて、大きく深呼吸した彼女に、あちこちから笑声が沸く。 「ありがと」 リーバーが他の班長達に嫌味を言われないよう、気遣ってくれたのだと察して、彼はミランダの頭を撫でてやった。 「よろしくな」 「はっ・・・はい!」 気づいてくれた、と、安堵して、ミランダは喜色を浮かべる。 「がんばってお手伝いしますから・・・その・・・リーバーさん・・・・・・」 「なんだ?」 「明日のカウントダウンパーティに、ちょっとだけ、顔を出してもらえませんか・・・・・・?」 「カウントダウン?」 途端、ミランダは真っ赤になって首を振った。 「すっ・・・すみません! 無理ですよね、お忙しいのに! 私が・・・ちょっとお手伝いしたくらいじゃ、全然減りませんよね・・・・・・・・・」 うな垂れてしまったミランダの頭を、リーバーは笑って撫でてやる。 「いいぜ」 「ほっ・・・ホントに?!」 ぱぁっと、ミランダは輝いた顔をあげた。 「その代わり、ちょっとやそっとのがんばりじゃ終わんねぇぞ?」 苦笑するリーバーに、ミランダは大まじめに頷く。 「えぇ!もちろん、がんばりますわ! だから・・・・・・・・・・・・絶対に来て下さいね」 逡巡の後、小さく呟いたミランダに周りから笑声が沸き、リーバーも破顔して頷いた。 翌日、婦長に呼ばれたミランダは、おどおどと彼女の前に姿を見せた。 婦長のことが嫌いなわけではないが、団員達の身を思いやるがゆえに厳しい彼女が苦手であることは確かだ。 別に悪いことをしているわけではないのに、厳格な雰囲気に怯え、震えるミランダに、婦長は苦笑した。 「そんなに怯えなくていいわよ。 神田が貸してくれたキモノ、着たいんでしょう?」 「あ・・・はい!」 ぱっと、顔をあげてミランダは頷く。 「よろしくお願いします!」 「ハイハイ。 とは言っても・・・・・・」 婦長は苦笑交じりに吐息した。 「リナリーに着せた時は、苦しいだの潰れるだの拷問だのうるさくて。 見た目ほど華やかな気分ではなかったみたいだけど」 「ごっ・・・拷問?!」 震え上がったミランダに、婦長はやや意地悪く笑う。 「そうよ。 まぁ、後で神田に聞いたら、あそこまで締め上げる必要はなかったらしいんだけど。 初めてだったから、加減がわからなかったのよね」 今度は大丈夫、と、請け負った婦長に、ミランダは不安げな顔で頷いた。 「それで、きれいに着付けるためには、柱みたいな体型にしなきゃダメらしいのだけど・・・・・・」 まじまじとミランダの身体を見つめ、婦長がため息を漏らす。 「リナリーよりも厄介そうだわね。 西洋人だから、仕方ないけど」 「すっ・・・スタイル悪くてすみません・・・・・・!」 「そんなこと言ってないでしょ。 むしろ、スタイルがいいから厄介なのよ」 真っ赤になって身を縮めてしまったミランダに肩をすくめ、婦長は医療キットから大量の綿やガーゼを取り出した。 「じゃあ、はじめましょうか」 「あの・・・私、怪我は・・・・・・」 してない、と言おうとしたミランダを、婦長が手を振って遮る。 「怪我はしてなくても、体型を変えるんだからかなりの量がいるのよ」 「え・・・?」 「では、手術(オペ)を始めます」 「おっ・・・オペ――――――――?!」 病棟にミランダの、悲痛な悲鳴が響き渡った。 「あぁ、料理長? ミランダのオペが済みましたから、来てもらえるかしら」 無線に向かって呼びかけながら、婦長が見下ろしたミランダは、胸や腹部に大量の綿を詰められた上、ガーゼでミイラのようにぐるぐる巻きにされてうずくまり、息苦しそうに肩を上下させている。 「一応加減はしたつもりだけど・・・まだ苦しかったかしらね?」 「い・・・いえ、平気です・・・・・・!」 ちっとも平気そうではない声で喘ぐミランダに歩み寄り、婦長は気遣わしげにその細い肩に手を置いた。 「ここにも詰めたほうが良かったかしらね」 「すみません、これ以上は・・・!」 ようやく素直に根を上げたミランダに、婦長が笑声をあげる。 「もうすぐ料理長が来るから、しっかり立って、これ着てちょうだい。 「は・・・はい・・・・・・!」 婦長が差し出した、薄い襦袢(じゅばん)に袖を通した時・・・そのひやりとした感触に、ミランダは息苦しさも忘れてうっとりした。 「すごい・・・これが本物のシルクなんですね・・・・・・」 「欧州の王族だって、こんなシルクは持っていないでしょうね。 それが、普通の家の娘の晴れ着だって言うんだから、贅沢な国だわね」 「娘の晴れ着・・・? でもこれ、神田君のだって・・・・・・」 きょとん、と、目を見開いたミランダに、婦長がくすくすと笑い出す。 「小さい頃はね、本当にきれいな子だったのよ、あの子。それはもう、誰もが女の子だって思ってたくらい」 「はぁ・・・そうでしょうね・・・・・・」 今ですら、ふとした瞬間に目を惹かれてしまうほどの美少年だ。 幼い頃は、さぞかし愛らしい姿をしていただろうと思う。 「本人は、あまり嬉しいことじゃないみたいだけど。 そんな外見だったから、勘違いする人も多かったでしょうし、他にも色々事情があったらしくて、国を出る時に『将来のため』って、持たされたらしいわ」 「あぁ、それで・・・」 忌々しいことに、などと言っていたのかと、ミランダはようやく納得した。 「将来も何も、一生着るはずがないのにね!」 くすくすと笑いながら、婦長は長い袂を取ってその感触に吐息を漏らす。 「製法も、絹の質も違うんでしょうねぇ・・・本当に滑らか・・・」 「そりゃあ、歴史が違うからねぇん 「あら、早かったのね、料理長」 笑みを含んだ声に振り返って、婦長はにこりと微笑んだ。 「仕事場は大丈夫なの? 手が空いてからでも良かったのだけど」 「いいのよん! ウチの子達、がんばり屋さんばっかりだから、アタシがちょっとくらいいなくても大丈夫なの 鍛えてやった甲斐があったってもんよねェ けらけらと笑うジェリーに、婦長が笑みを深める。 「皆が皆、あなたみたいならいいのにね。 人に任せられるところは任せて、自分の負担を減らす努力を怠るから、一人で抱え込むことになるのよ」 おかげでワーカー・ホリックが減らない、と、ぼやく婦長の肩を、ジェリーは笑って叩いた。 「ワーカー・ホリックは婦長も同じでしょぉん! もう若くないんだから、若いナース達に仕事分担しなさいよぉ!」 「・・・・・・・・・!」 思ってもなかった指摘を受けて、絶句する婦長にまた笑い、ジェリーはミランダにも笑いかける。 「アラん アンタ背が高いから、丈が足りるか不安だったけど、大丈夫みたいねェ 「あ・・・はい、これは・・・・・・」 「・・・・・・裾上げされていた縫い目をほどいて、伸ばしたのよ」 まだ呆然とした様子で、いまいち生気のない声をあげた婦長に、ジェリーは感心して頷いた。 「さっすがねぇ、婦長! ううん、むしろ、さすが和服なのかしら。 こんなに自由自在なのって、やっぱりインド風の伝統なのかしらね!」 全ての起源はインド!と、意味不明の自慢をするジェリーに、ミランダがぎこちない愛想笑いを浮かべる。 「あの・・・それでジェリーさん、そろそろ着せて欲しいんですけど・・・・・・」 襦袢一枚ではさすがに寒いと、ミランダが泣き声をあげると、ジェリーだけでなく婦長も慌ててミランダを囲んだ。 「その前に襟?襟だったわよね、料理長」 「そうそう、襟が決まらないと着崩れしちゃうのよ。 ミランダ、アンタ髪アップするぅ?するわよねェ?」 ジェリーに問われて、ミランダが頷く。 「じゃあ、その髪にかからない程度、じゃなかったかしら。 リナリーに着せた時、あの子ツインテールにしてたもんだから、神田に抜きすぎだって言われたのよねェ」 「こぶし一つ分だと言うからその通りにしたのに、難しいものだわね」 二人してぶつぶつと言いながら、なんとか襟の抜き加減を決め、紐と伊達締めで締め付けた。 「うっ・・・!」 ミランダが思わず呻くと、ジェリーが気遣わしげに俯いた彼女の顔を覗き込む。 「大丈夫? 苦しかったら言いなさいねェ」 「は・・・はい・・・・・・! コ・・・コルセットと同じだと思えば、なんてこと・・・・・・」 とは言うが、元が細いために、コルセットですら、こんなに締め上げられたことはなかった。 「じゃあ、キモノを着ましょうか、ミランダ。 襦袢の袖を持って、ちゃんとキモノの袖の中に落としてから手を出してちょうだい」 「は・・・はい!」 もたもたと袖を手繰り寄せ、うろうろと手をさまよわせて、なんとか手を通すと、また締め上げられる。 「た・・・大変なんですね、キモノって・・・!!」 青息吐息でうずくまるミランダの両腕を、ジェリーと婦長がそれぞれに取った。 「まだまだこれからよん 「帯がありますからね」 「はぅ・・・・・・」 ほとんど死にそうな声をあげて、ミランダは更なる試練に立ち向かうべく、立ち上がる。 「えぇと、二回巻くんだっけ?」 「ミランダなら3回くらい巻けそうだけど、そんなことしたらまた『見苦しい』って言われそうだわね、神田に」 文句を言うなら自分でやればいいのに、と、二人が二人とも、ここにはいない神田に舌打ちした。 「まぁ、いいわ キレイにお飾りするのはキライじゃないしぃ 「帯飾りって言うのはつまり、クリスマスのリボン飾りみたいなものでしょ」 なんてことはない、と、頷きあった二人は、嫌な予感を覚えてあとずさったミランダを捕まえ、帯を腰に巻きつける。 「く・・・苦しい!!苦しいですっ・・・!!」 さすがに弱音を吐いた彼女にしかし、二人が手を緩めることはなかった。 いや、手を緩めた時点で、せっかく締めた帯は無残に落ちてしまう。 「耐えなさい!これがアンタのためなのよ!」 「美しくあろうとすれば、多少の苦痛は伴ってしかるべきです」 「そ・・・そうなんでしょうけど・・・・・!」 ミランダの悲鳴は圧迫され、喉から出ることはなかった。 ―――― その後、婦長とジェリー、そして何よりも、ミランダ本人の努力と忍耐の甲斐あって、なんとか着付けを仕上げることができた。 「ホラ、ミランダ! アンタうずくまって苦しんでないで、鏡見なさいよ、鏡!」 ジェリーが示した姿見を、ちらりと見遣ったミランダは、途端に目を丸くする。 「わ・・・ぁ・・・!」 布としてみていた時にはわからなかったが、着て見ると、肩から胸にかけて、艶やかに蝶が舞っていた。 「なんだか・・・想像していたのと、全然違うんですねぇ・・・・・・!」 「そうね。思っていたより、論理的だわね」 「そういうこと言ってんじゃないわよぉ、婦長・・・」 婦長のあまりに散文的な感想に、ジェリーが苦笑する。 「可愛くできてよかったわぁ これで、今日のパーティの主役はアンタねぇ ・・・っと」 ふと、ジェリーが顎に指をあてた。 「ゴメンゴメン! ただでさえ、今日の主役はアンタなんだったわ! ニューイヤーの乾杯と一緒に、ハッピーバースデーの乾杯もしなきゃね!」 「それまで・・・窒息せずにいられるでしょうか、私・・・」 ミランダが不安そうに言うと、婦長とジェリーもまた、不安げな顔を見合わせる。 「それは・・・」 「アンタの根性しだいだわね!」 「うぅっ・・・!」 答えになっていない断言を受けて、ミランダは更に不安げに俯いた。 途端、 「ホラ、しゃんとしなさい、しゃんと!」 「背筋を伸ばしていないと、襟が崩れるわ」 二人に叱られ、ミランダは慌てて背筋を伸ばして姿見を見る。 「すごい・・・どうりで神田君、姿勢がいいはずだわ・・・・・・」 背筋を伸ばしていないと、きれいに着こなせないんだと気づいて、ミランダは表情を改めた。 「わ・・・私、がんばります!!」 「その意気よ」 にこりと笑った婦長に、ミランダは大きく頷きを返す。 「いざ、出陣ね 冗談めかした口調と共に、ジェリーが差し出した手を握り、ミランダは歩を踏み出そうとして・・・つまずいた。 「ミッ・・・ミランダ?!」 「アンタそんなに大股で歩いちゃダメでしょぉ?!」 転ぶ寸前で受け止めてくれたジェリーを見上げたミランダは、真っ赤に染まった顔をそむける。 「い・・・いつも通りじゃいけなかったんですね・・・・・・」 「あなた・・・しばらくここで、歩く練習をしてからお行きなさい」 婦長にも呆れ声で言われ、ミランダは身を縮めて頷いた。 「リナ、ユウちゃんしらね?」 カウントダウンパーティの会場をうろついていたラビは、アレンと談笑するリナリーの姿を見つけて声をかけた。 「もうすぐカウントダウン始まんのに、ここにゃ来てねーみたいだし・・・そもそも昨日、ユウちゃんの部屋の前で会ってからずっと、姿見てねぇんけど」 「神田なら、毎年恒例の引きこもり中だよ」 「引きこもり? なんだか根暗な響きですね」 ぷっと、意地悪く吹き出したアレンの頭を、ラビが苦笑してかき回す。 「お前、そんなん言ってんの聞かれたら、ブッた斬られんぜ? で、リナリー、引きこもりって、なんでさ?」 しかも毎年恒例って、と、不思議そうに首を傾げるラビに、リナリーがくすくすと笑い出した。 「こっちで言うクリスマスみたいなものだよ。 年末年始は、静かに過ごすのが日本の風習なんだって。 だから、こんなパーティなんかは参加したくないって」 ちなみに、と、リナリーは微笑む。 「3日まではお正月休みでお仕事しない、って言うのが約束だから、邪魔したらホントに殺されちゃうよ?」 「変な風習・・・。 でも、部屋から出てこないんならわざわざちょっかいかけて、ケンカすることもないか」 と、呟いたアレンの隣で、リンクがため息をこぼした。 「そうしてください。 まったく、あなた達はいつも、顔を合わせた途端にケンカして、鬱陶しいことこの上ありません」 うんざりした口調のリンクに、アレンがムッと眉根を寄せる。 「だったらほっときゃいいでしょ!」 「ほっとくと更にエスカレートするじゃありませんか!」 「お前らもケンカしてんじゃん・・・・・・」 苦笑したラビは、背後に沸いたどよめきに振り返った。 「おぉ 「なにが?・・・あ!ミランダさん!」 「ミランダ・・・神田に借りたんだぁ・・・」 「マンマ・・・ 会場中の視線を集め、恥ずかしげに頬を染めたミランダが、いそいそと彼らに寄ってくる。 「あ・・・あの・・・恥ずかしいから、隠してくれませんか・・・」 「なんで、もったいない!」 リナリーが思わず声をあげると、彼女とは決して仲がいいとは言えないリンクも同意して頷いた。 「そうですとも! むしろ、見せびらかしたいものです!」 「やめて・・・!」 長い袖で顔を隠し、身を縮めてしまったミランダに、アレンとラビが、にんまりと顔を見合わせる。 「そっか。 皆に見せるためにオシャレしたんじゃないですもんね 「幸せもんの『オンリーワン』は、まだ来てねーんかな♪」 わざとらしく手をかざして会場を見渡すラビに、リンクがムッと眉根を寄せた。 「激務の班をあずかる彼が、そう簡単に来れるわけがないでしょう。 彼だけでなく、二班と三班の班長も来ていないではありませんか」 「あー・・・班長。うん、班長ね・・・・・・」 白々しく呟きながら、アレンはジュースをすする。 「三班はどうか知りませんけど、二班の班長は、僕らと顔を合わせたくないんじゃないかなぁ」 ね、と、小首を傾げると、ラビが笑って頷いた。 「・・・なにをしたのですか、彼に」 リンクが更にきつく眉根を寄せると、二人は揃って肩をすくめる。 「昨日、君と別れてお散歩してた時に、ただならぬ場に遭遇したので、英国紳士として姫をお助けしただけです」 「なにが散歩ですか!私から逃げておいて!!」 いけしゃあしゃあと言ってのけたアレンに目を尖らせたリンクの肩を、ラビがため息混じりに叩いた。 「お前さ、中央から来た奴らにここのルール教えてやれよ。知らねーってマジ危険さね」 「あぁ、それはいいね。 リンク監査官なら、ここの厳しさを身をもって知ってるでしょ?」 リナリーが殊更嫌味っぽく言ってやると、リンクがこめかみをひくつかせる。 「あなた達は・・・っ!」 だが、 「確かに、見苦しいものでしたよ・・・」 袖を口元に当て、そっと呟いたミランダに、リンクは鋭く反応した。 「みっ・・・見苦しいとおっしゃいますと・・・?!」 任務の不手際を指摘された時でも、こんなに慌てはしないだろうリンクの狼狽振りに、ミランダは困惑げに眉根を寄せる。 「あなたは中央の人だから・・・こんなことは言いたくないのですけど、いい年をした大人が、リナリーちゃんみたいな若い女の子を色目で見るのは、正直、不快です」 いつものミランダらしくもなく、きっぱりと言い放った様に彼女の怒りをも感じ取って、リンクが恐縮した。 「も・・・申し訳ありません! 彼には私からも、きつく注意しておきますので・・・!」 「・・・そうしてもらえますか」 「必ず!」 リンクが大きく頷き、ミランダはようやく笑みを見せる。 と、 「ミランダ!」 リナリーが、彼女の袖に縋ってきた。 「ありがとう〜!!」 「いいえ・・・。 嫌な思いしたわね、リナリーちゃん」 涙目のリナリーを抱き寄せ、頭を撫でてやりながら、ミランダは優しく微笑む。 「まぁ・・・ナイト達のおかげで、あの人ももう、怖い目には遭ったでしょうけど」 くすり、と、笑みを漏らして見遣ったアレンとラビが、得意げな笑みを返した。 「お兄さんが出るまでもなかったわね」 「コムイに比べりゃ、ずいぶん穏やかな説得だったと思うさね 「うん。殺してないもん」 「・・・さらりと問題発言をするのはやめなさい」 リンクに忌々しげに睨まれたが、ラビとアレンはむしろ挑発的に舌を出す。 「この・・・っ!!」 「おやめなさい」 激昂しようとしたリンクを、ミランダがそっと留めた。 「せっかくのパーティなのに、ケンカなんかしないでください・・・」 「も・・・申し訳ありません・・・・・・」 きゅーん・・・と、しょげてしまった愛犬に、ミランダが苦笑した時―――― その目の端に、待ちかねた姿が現れた。 「リーバーさんっ!」 途端に表情を輝かせ、弾んだ声をあげて駆けて行ったミランダの背を見送り、ラビが苦笑する。 「わかりやす・・・! ミランダって、あぁいう奴だったっけか」 「なんだか最近、『嬉しい』って感情が出やすくなりましたよね」 いいことだ、と、十も年上の女性に対し、生意気に評価するアレンをラビが小突いた。 「そんだけ、嬉しいことが多かったんだろ。 ・・・コイツは、嬉しくもなんともねぇみたいだけど」 獰猛な獣の目で、リーバーを睨みつけるリンクを見遣り、ラビは肩をすくめる。 「ご主人様のシアワセを邪魔すんじゃねーよ、わんこ」 「やっ・・・やかましい!! あなたに犬呼ばわりされる覚えはありませんよ!!」 「飼い犬の嫉妬は見苦しいですねー」 アレンにまでせせら笑われて、再び激昂しそうになったリンクの前に、グラスが差し出された。 「監査官、そんなに怒ったら、またミランダに叱られますよ」 にっこりと笑って、リナリーはリンクにグラスを渡す。 「これでも飲んで、落ち着いてください」 「くっ・・・!!」 怒りを飲み込むかのように、リンクは一気にグラスを煽った。 「今回はマンマのお顔を立てますが、無礼が過ひるろうなら・・・・・・」 いきなり呂律が回らなくなった彼に、目を丸くしたアレン達の前で、リンクがひっくり返る。 「リンク?!」 さすがに驚いたアレンが抱き起こすと、彼は見事に白目をむいていた。 「・・・・・・リナ、なに入れたんさ?」 笑みを引き攣らせてラビが問うと、リナリーはにこりと笑って、ポケットから小瓶を取り出す。 「またペック班長にからまれたら、お茶に入れようと思って持ってたの すごい効き目だね、兄さん特製の麻酔薬 うるさい犬を無理やり黙らせたリナリーは、呆気に取られる二人の前で、楽しげな笑声をあげた。 一方、リーバーの元に駆け寄ったミランダは、彼のやや呆然とした視線を受けて、恥ずかしげに俯いた。 「に・・・似合わない・・・ですか・・・・・・?」 「いいや!」 すかさず否定して、リーバーは照れ隠しのように咳払いをする。 「き・・・きれい・・・だ・・・・・・」 もごもごと口の中で呟くと、ミランダは真っ赤になった顔を袖で覆った。 「あ・・・ありがとうございます・・・」 「いや・・・・・・」 二人して茹であがったように真っ赤になっている様に、『見てるこっちが恥ずかしい』と、周りから苦笑がにじむ。 「でもホントきれいだよ、ミランダー!」 「帯もかわいー 「婦長と料理長に着せてもらったのか?」 「それ、神田のキモノだろ?」 リーバーと共に来ていた一斑のメンバー達もわらわらと寄って来て、口々にまくし立てた。 「前にリナリーが着た時も可愛かったけど、横から神田が『着付けがなってない』って文句言い出したもんだから、リナリーが『もう着ない!』って拗ねちゃったんだよなぁ」 「そ・・・そうなんですか・・・・・・」 そう言えば、ジェリーと婦長も同じようなことを言っていた、と思い出し、ミランダは苦笑した。 「・・・苦しいんじゃないか?前にあいつが着てた時、『内臓が出そう』だとか言ってたぜ?」 ミランダのぎこちない笑顔に、リーバーが思わず気遣わしげな顔をすると、彼女は慌てて首を振る。 「あ!それは・・・でも、が・・・我慢することは得意ですから・・・!」 「いや、我慢って・・・・・・」 「それに!」 言い募ってリーバーの言葉を遮り、ミランダは照れたように笑った。 「日本に行った時・・・やっぱりキモノを着ている子がいて、私も着てみたいって思っていたんです・・・。 そしたら昨日、神田君が貸してくれて・・・すごく嬉しかった・・・ 神田自身は、単に掃除の邪魔だったミランダを追い払いたかっただけで、彼女の心情など思いもよらなかっただろうが、それでも嬉しいことには違いない。 「こんなシルク、触ったこともなかったもの・・・多少苦しくったって、全然平気です ミランダが嬉しげに笑うと、ジョニーはじめ、団服開発の科学者達が目の色を変えた。 「シルク?!」 「絹なのか、これ?!」 言うや手に手に両の袂を持ち、撫でさする。 「え・・・?」 「正絹(しょうけん)だな・・・こすり合わせると絹鳴りがするもん!」 「〜〜〜っさすが東洋!悔しいけど、全然違うな!」 「蚕の質かな?製法かな?」 「どっちもだろ・・・そもそも、生糸の製法が違うとしか・・・!」 「あの・・・っ!」 戸惑うミランダを無視して、いつでも仕事熱心な彼らは、食い入るように繊維を見つめた。 「やっぱ職人、誘拐してでも入れたほうがよくね?」 「あぁ、伯爵にやるくらいなら、いっそさらって・・・」 「えぇっ?!」 大真面目に怖いことを囁き合う彼らに捕まって、震え上がるミランダをリーバーが抱き寄せる。 「触んな、誘拐犯共!」 「まだしてないっしょ!」 「ってか、班長がミランダ誘拐の現行犯じゃん!」 取り返そうと手を伸ばす部下達から更にミランダを引き離して、リーバーは舌を出した。 「合意があれば犯罪じゃねーんだよ、ばーか!」 「きっ・・・!!班長ムカつく!」 「ミランダ、訴えていいぞこんなヤツ!!」 「そんなまさか・・・」 冗談だとはわかっているが、なんと返せばいいかわからずにミランダは苦笑する。 と、彼らは途端にわざとらしく拗ねだした。 「んまっ・・・!班長なら誘拐もオッケーなんですって!」 「なーんだよ、いちゃいちゃしてさぁ・・・!」 「ふんだ・・・独り者に見せ付けてたのしーのかよ」 「そっ・・・そんなつもりじゃ・・・!」 生真面目なミランダが、冗談だと流せずにオロオロすると、リーバーは苦笑して部下達に肩をすくめた。 「おい、本気で困ってんだろうが」 「あ・・・ゴメン!」 「責めてんじゃないよ?!ひがんじゃいるけど!」 「ひがんでんのかよ!」 部下達を強烈なデコピンで沈没させ、鼻を鳴らしたリーバーは、ミランダの腕を引いて踵を返す。 「え?!あの・・・」 いきなり部屋の隅にまで連行されたミランダは、丸くなった目に訝しげな色を浮かべてリーバーを見上げた。 「どうしたんですか・・・?」 「イヤ・・・きれいなのは嬉しいんだが・・・。 あんまりそんな姿を見せびらかさないでくれ。守るのに苦労する」 「は・・・・・・」 意外な言葉に呆気に取られ、動きを止めてしまったまま、まじまじと見つめていると、彼は赤くなった顔を逸らす。 「だから・・・! 今は中央だけじゃなく、世界中から新しい団員が来てんだから・・・そんな姿を見られたら、ライバルが増えるんだよ!」 「ライバル・・・って・・・・・・」 ようやく彼の言わんとするところを飲み込んだミランダの、首までが紅く染まった。 「あ・・・あの・・・リーバーさん・・・っ!」 両袖で顔を覆い、消え入るような声で囁くミランダに、リーバーが耳を寄せる。 「かっ・・・勘違いだったら・・・ごめんなさい・・・! あのっ・・・私、こんなこと初めてで・・・そのっ・・・・・・!」 「な・・・なんだ・・・?」 ミランダの狼狽ぶりにリーバーまでもが緊張して、声を上ずらせた。 「あ・・・あの・・・もしかして・・・・・・・・・」 更に儚くなった声を聞き取ろうと、リーバーも更に耳を寄せる。 「や・・・やきもち・・・やいてくれたん・・・です・・・か・・・・・・?」 袖の向こうから、おずおずと覗く紅く潤んだ目に、リーバーは自身の間抜け面を見てしまった。 「・・・・・・・・・・・・・・・気づいてなかったのかよ」 ミランダの両肩に手を置き、がっくりとうなだれてしまった彼に、ミランダは一層紅くなる。 「すっ・・・すみません・・・だって・・・こんな経験なかったんですもの・・・・・・!」 「ま・・・確かに俺も、こんなに独占欲発揮したのは初めてだけどな」 照れ隠しか、殊更憮然とした口調で言って、リーバーは顔をあげた。 「あー・・・最近、変な奴がうろうろしてるし、さっきの馬鹿部下共みたいにたかって来る奴らがいないとも限らないから、安全のためにも今夜は俺から離れないように!」 「はい わざとらしく咳払いするリーバーに、まだ赤い顔のまま頷き、ミランダは律儀に彼の背後に隠れる。 「これでいいですか?」 「ん・・・・・・」 肩越しに照れ笑いするミランダを見やって、リーバーも頷いた。 そんな二人の様を、遠くから眺めていたアレンは、思わず肩をすくめた。 「・・・なにやってんでしょうね、いちゃいちゃと」 「もうほっとくさ、あれは。 ヘタに手ェだしたら、馬に蹴られるさね」 コイツみたいに、と、ラビは床に伸びたままのリンクを見下ろす。 と、ドリンクの乗ったトレイを持って、給仕に回っていたジェリーが彼らに気づいて寄って来た。 「あらま! もう酔っ払っちゃったの、この子?!」 「まぁ・・・そんなもんでしょうか」 口を濁したアレンの隣では、リナリーが涼しい顔をしてプチフールを摘んでいる。 その様に、なんとなく事情を理解したジェリーは、吐息してリナリーを小突いた。 「アンタ、自分でやったんならこの子、踏まれないところに運んであげなさい」 「やだ。 踏まれればいいよ、いぢわる監査官なんて!」 ぷいっとそっぽを向いてしまったリナリーに、ジェリーがまたため息をこぼす。 「もう・・・育て方間違ったかしらねェ・・・。 おてんばでワガママなんて、困ったもんだわ」 芝居がかった大仰さで嘆きつつ、ジェリーは脅威の膂力とバランス感覚で、トレイを水平に保ったまま、リンクの襟首を持って摘みあげた。 「姐さんすげ・・・!俺、トレイ持つさ!」 「どうせならリンクちゃん持って欲しいんだけど・・・」 手を差し伸べたラビに苦笑して、ジェリーはトレイを頭上に掲げる。 「これ、カクテルだから、アンタとアレンちゃんは触っちゃダメ。 リンクちゃんみたいになりたくないでしょ?」 「俺は大丈夫さ!」 手を伸ばしてくるラビから更にトレイを引き離しながら、ジェリーは軽やかな笑声をあげた。 「やめなさい、強いお酒なんだから。 どうせカウントダウンで乾杯するんでしょ?それで我慢しなさい」 「ちぇーっ!」 ふくれっ面になったラビにまた笑って、ジェリーは吊り下げたリンクを見遣る。 「この子はソファにでも寝かしておくわ。 リナリー、後でちゃんと謝るのよ?」 「やだよ!」 そっぽを向いたまま言い放ったリナリーに、ジェリーの柳眉が吊りあがった。 「謝んないと、アンタの食事全部にニンジン入れるわ」 「・・・・・・・・・・・・わかったよ」 長い間の後、ようやく言ったリナリーに笑って、ジェリーはリンクを壁際に寄せられたソファに運ぶ。 「アンタも大変だわね・・・アラ 苦笑して顔をあげたジェリーは、やや離れた場所から気遣わしげにこちらを伺う視線に気づいて微笑んだ。 「わんこちゃんなら大丈夫よ、ミランダ 「そ・・・そうですか・・・」 ほっと安堵したミランダに頷き、ジェリーは彼女達に歩み寄る。 「仲良しね、お二人さん 飲み物はいかが?」 「あ、どうも」 「いただきます・・・」 ジェリーが差し出したトレイから、それぞれにグラスを取り上げた二人に、彼女は笑みを深めた。 「ねぇリーバー?今日のミランダ、どうかしら? アンタのお気に召したかしら ジェリーのからかい口調に、うろたえたミランダは一気にグラスを空け、リーバーはぎこちなく目を逸らす。 「おかげさまで、防衛に必死ですよ」 「アラアラ、ご苦労様 ミランダ、リーバーにキレイだって言ってもらえたぁ?」 「うっ・・・は・・・はいっ!!」 恥ずかしさのあまり、知らず、二杯目のグラスに手を伸ばしていたミランダは、その一言を言うためにそれも空にしてしまった。 「よかったじゃなぁい アタシ達も、がんばって締め上げた甲斐があるってもんだわ 「料理長と婦長が二人して、ですか? そりゃあ・・・」 すごい忍耐力だ、と、改めて感心したリーバーの視線から恥ずかしげに目をそむけて、間を持たすようにミランダは三杯目のグラスに口をつける。 「・・・っあら?! ミランダ、アンタ今日、苦しいからってろくに食べてないでしょ! ダメよ、そんなに一気に飲んじゃ!」 「あ・・・そうでした・・・!」 慌ててグラスをトレイに戻した時には、しかし、それは既に空になっていた。 「まぁ・・・酒豪なのは知ってるけどぉ、無理しないでねぇん。 倒れでもして、汚しちゃったら大変よ、キモノ。 オールシルクだもの」 「本人の心配はしないんすか」 リーバーが思わず苦笑すると、ジェリーは笑って頷く。 「本人はアンタがいるから大丈夫よ! 任せていいのよね?」 「もちろん」 大きく頷いたリーバーにまた笑って、ジェリーはシャンパングラスを渡した。 「もうすぐカウントダウンが始まるわ! 早く皆に配っちゃわないと!」 じゃあ、と、踵を返したジェリーに小さく手を振ったミランダを、リーバーが気遣わしげに見下ろす。 「大丈夫か?やっぱり苦しいんじゃ・・・」 「いいえ、平気・・・それより、いよいよですね」 頬を紅潮させて、ミランダが時計を見遣った。 「世界がミランダを祝福するまで、あと2分か・・・」 「えっ?!」 思っても見なかった言葉に、ミランダは目を見開く。 「ま、正確には、グリニッジ標準時0時の地域で、なおかつグレゴリオ暦を使用する地域、だけどな」 くすくすと笑って、リーバーはミランダの手を取った。 「12時間前から各国で、徐々に『新年』の祝福をして、それは13時間後まで続くんだ。 その祝福が全部、ミランダへの祝福だと考えれば・・・素晴らしいことだと思わないか?」 「そんなこと・・・考えたこともありませんでした・・・・・・」 飲んだばかりのアルコールのせいか、熱に潤む目でミランダはリーバーを見つめる。 「私・・・ずっと役立たずで・・・祝福なんてされたことなかったし・・・・・・そんな資格・・・・・・」 「資格なんていらないだろ。 皆がこの一瞬に放った祝福を、残さず受けてやるって、思うだけでいいんだよ」 「思う・・・だけ・・・・・・」 その時、ずっと自分の心の裡しか見ていなかった目の前に、いきなり世界と言う大海が開けた気がした。 「リーバーさん・・・・・・」 たった一言で視界を広げてくれた彼の、あまりに大きな器量に目の眩む思いがして、ミランダはその袖に縋る。 「すごい・・・・・・!」 若くして激務の班を率い、年上の部下にも一目置かれる彼の有能さには、今まで何度も感服させられてきたが、同じ年でありながらそもそもの器が違ったのだと、改めて思い至った。 「私ももう一つ年を取れば、あなたみたいになれるでしょうか・・・?」 縋った腕に額を押し当て、そっと囁けば、大きな手が頭に乗せられる。 「ミランダはミランダだ。 俺とは違う人間なんだから、そもそも俺みたいになる必要はないし、違う人間だからこそ補い合えるんだと思っている。 それじゃダメか?」 あまりにもきっぱりと言われて、ミランダは思わず吹き出した。 「やっぱり・・・すごい・・・・・・」 どうがんばっても、自分はこうもきっぱりとは言えないだろう。 しかしそれを否定するどころか、『補い合う』と言った彼の言葉が、自身を否定し続けてきたミランダには、泣きたいほど嬉しかった。 「・・・ほら、顔あげろよ」 ぽんぽん、と、軽く叩かれて顔をあげると、会場の中心に設置されたステージにはもう、コムイが立っている。 『みんなー!!今年一年、お疲れさまっ! 大変な一年だったけど、この経験を決して無駄にせず、来年に活かして行こう!』 最大音量に設定したマイクにまくし立て、コムイは腕を振り上げた。 『では!新しいお城で迎える新年まであと30!』 29!28!と、団員達のカウントが続く。 『そーれ20!』 19!18!と続ける手に手にグラスを掲げた。 『10!』 9!8!と、カウントは減少し、ボルテージが上がっていく。 『0!』 「A Happy New Year!!!!」 歓声と共にグラスの重なる音が響き、次いで 『アーンド!』 「Happy Birthday Dear.Miranda!」 と、一斉にグラスが向けられた。 「え・・・?!」 グラスを掲げた姿勢のまま、呆然と立ちすくむミランダの隣で、リーバーがいたずらっぽくウィンクする。 「HappyBirthday♪ サプライズ返しだ」 キィン・・・と、グラスの重なる澄んだ音に我に返り、ようやく自分の立ち位置に気づいたミランダは、真っ赤になった顔を俯けた。 「目立たない場所に・・・隠してくれたんだと思っていたのに・・・」 いたずら成功に喜ぶリーバーを、ミランダは睨みつけたが、紅くなった顔では迫力も何もない。 「隠したとも。 最後の大事なシーンまで、姫がどこにも連れて行かれないようにな」 ステージが中央に置かれていたために気づかなかったが、彼女のいる場所は本来なら壇の置かれる場所・・・部屋の最奥だった。 「驚いたか?」 「驚きましたよ・・・あんなスケールの大きな話をされた直後に、まさかこんないたずらするなんて思いませんもの・・・・・・」 しかし、器量の違いを思い知らされたあとだけに、逆に親近感が増したとは・・・悔しいから言わないことにする。 「あれ・・・怒った?」 ため息を漏らしてしまった彼女に、焦った彼の様子がおかしくて、ミランダはまた吹き出した。 「怒ってませんよ」 くすくすと笑い出すと、待ちかねたように仲間達が寄って来る。 「おめでとうさ、ミランダー もう、リーバーのガードが固くって、全然近寄れねーんだもん!」 「同じくです! リーバーさんもだけど、リナリーの威圧感もすごくて・・・」 「だって!せっかくミランダがおめかししてるのに、邪魔しちゃったら悪いじゃない! おめでと、ミランダ 「ありがとう・・・」 グラスを重ね、シャンパンを空けると、周りから拍手が沸いた。 「さすが酒豪!ハイ、もう一杯♪」 「ありがとうございます」 機嫌よく笑ってまた、注がれたシャンパンを空ける。 「くっ・・・! さすが、ボクと1、2を争うだけはあるよね!」 けろりとしているミランダにやや悔しげに顔を歪め、コムイもボトルを差し出した。 「またやろうね、酒豪対決♪」 「ふふ また敗北したいのでしたら 楽しげに笑って、またもや軽々と杯を空けたミランダに、さすがにリーバーが慌てる。 「ちょっと・・・ハイペースじゃないか?」 「あら、このくらいでしたらまだまだ 言うや、挑むように空のグラスを突き出してきたミランダに、コムイも笑って酌をした。 「元帥クラスでもなきゃ、ミランダには対抗できないかもね!」 「そんなんで臨界点超えてどうすんですか。 ってか、何も食ってないのに酒ばっか・・・」 「大丈夫ですって と、大きく腕を振り回して、ミランダは口うるさいリーバーを押しのける。 「このくらい、なんでもありませんわ いつもと違うはしゃぎぶりに、アレンが不安げな目をして、傍らのラビの袖を引いた。 「ね・・・! あれ、ミランダさんらしくないよ・・・。 酔っ払ってない?しかも、悪酔いしてない?」 師匠が師匠だけに、酔っ払いの種類を敏感に見分けられるようになった彼の指摘に、ラビも頷く。 「カナリやばいカンジさ・・・! リナ、ジェリ姐呼んで来てくれ!それまで俺らで、なんとか繋いどくから!」 「う・・・うん!」 そうするうちにも、ミランダは注がれるままに、どんどん杯を重ねていった。 「ミッ・・・ミランダさん、シャンパンばっかりじゃ飽きるでしょ! カクテルはどうですか?!」 と言いつつ、にこにことノンアルコールのジュースを差し出したアレンを、ミランダはじっと見つめる。 バレたか、と、笑みを引き攣らせる彼に、しかし、彼女はにこりと笑った。 「カクテルより、ワインがいいわ 「えぇ?!」 アレンが困惑げにリーバーを見上げると、彼も気遣わしげにミランダに手を伸べる。 「ホント、もう止めとけって・・・」 「でもぉ・・・・・・」 まだ飲み足りない風の彼女に、ワイングラスが差し出された。 「飲みたいなら飲めばいいじゃねェか!」 「ソカロ元帥・・・!!」 リーバーが忌々しげに睨みつけるが、ソカロは軽やかに無視して、ミランダが手にしたグラスに紅い酒を注ぐ。 「飲みたい時に飲んで、食いたい時に食わなきゃな! こちとらいつくたばるかわかんねぇんだからよぅ♪」 不吉なことを陽気な口調で言う彼に、いつもの彼女なら震え上がったことだろうが、酒が入って強気のミランダは、にこりと笑って頷くや、軽々と杯を空けた。 「その通りですわ、元帥 「すげェな、おい! おっさん嬉しくなっちまったぜ!もっとやんな!」 「ありがとうございます 「ちょっ・・・待って待っておっさん!! そんなに飲ませちゃマジやばいさ!」 ラビがミランダのグラスに酒を注ごうとするソカロの腕に縋り、やめさせようとするが、彼はラビをぶら下げたまま、お構いなしに注ぐ。 「かてェこと言ってんじゃねェよ、お前らしくもねェ! こんな時くらい、好きに飲ませろぃ」 「ラビ君だって、まだコドモのくせに飲んでるじゃありませんか。 なのに私はダメなんて・・・いぢわるですよねェ!!」 「よく言った! おら、もっと飲め!!」 「も・・・やめ――――!!!!」 ソカロの腕にぶら下がったラビが、ボトルの傾きを阻止しようとしたため、彼の手元が狂い、紅い液体をミランダの長い袖に散らしてしまった。 「あ」 「え? きゃああああああああああああああ!!!!」 紅く染まった袖を見下ろしたミランダが、真っ青になって悲鳴をあげる。 「大変・・・絹なのに!!」 「何か拭くもの・・・!」 「いえ!それより!!」 騒然とした輪の中で、ミランダがイノセンスを取り出した。 「時間ごと戻せば・・・!!」 「え?!」 「ミランダさん、待って!!!!」 リーバーが咄嗟に腕を掴み、アレンが止めに入るが、間に合わない。 発動した『時計』が、周りの時間を勢いよく吸い込み始めた。 袖に散ったワインがボトルに戻り、空になったグラスが満たされ、乾杯の声が再びあがり、カウントが増えていく。 皆・・・いや、ミランダの腕を掴んだリーバーと、適合者であるエクソシスト達以外、そうとは気づかぬままに時を遡って、ソファに寝転んでいた彼も起き上がった。 「ウォーカー! いつの間にこんなところに・・・ちょろちょろするなどあれほど言っているでしょう!」 背後から襟首を掴まれて、アレンが慌てる。 「リンク!今そんなこと言ってる場合じゃないんだけど!!」 「やかましい!!おとなしくしなさい!!」 リンクに押さえつけられ、動けないアレンの代わりにラビがミランダのもう一方の腕を掴んだ。 「ミランダ!!時間戻しすぎさ!! 一旦止めて・・・」 「ラビ君・・・!」 真っ青な顔で、ミランダがラビを見遣る。 「今まで私・・・どうやってこれを操っていたのかしら・・・・・・」 「だから飲み過ぎだって言ったんさぁぁぁぁぁ!!!!」 悲鳴をあげるラビの傍らで、ソカロ元帥が肩をすくめた。 「止めるだけなら、操る方法なんざ知らなくてもいいじゃねェか。 ミランダ、ちょっと寝てろ」 「え・・・」 目の前に振り上げられたこぶしを、呆然と見上げたミランダの腕が横に引かれる。 頬を掠めていったこぶしの風圧に、ミランダの顔色は青を通り越して白くなった。 「ひぃっ!!今っ!!今っ!!!!」 危うく頭を砕かれるところだったと気づいて、錯乱するミランダの身体が、今度は浮き上がる。 「いやあああ!!なに?!」 「とにかく落ち着け!!」 耳元に囁かれ、きつくつぶっていた目を開けると、間近にリーバーの顔があった。 「安全な場所に逃げるぞ!」 ミランダを横抱きにし、戻り行く時の中を駆け抜けて行くリーバーの背後では、ラビとアレン、リンクまでもが必死になってソカロ元帥を止めている。 大混乱の会場を出ると、 「班長!こっち!!」 リナリーがリーバーを手招いた。 「ここでミランダが落ち着くまで、介抱してて!」 会場に近い場所にある部屋は、元々控え室などに使われる部屋だが、今日はなんの用で使われたのものか、暖炉に火も入っている。 「ソカロ元帥は私達で阻止するから!よろしくね!」 「あぁ!」 リーバーは踵を返したリナリーに頷くと、ミランダをソファに下ろした。 激しく震える肩を抱き、真っ青な顔を覗き込む。 「ほら、落ち着きな。 もう怖いおっさんはいないから」 「ち・・・違・・・・・・!!」 ぶるぶると震えながら首を振ると、目に浮かんだ涙が散った。 「わ・・・私、大変なことを・・・!! どうしよう、また暴走させちゃって・・・!!」 「大丈夫だって。 別に、けが人が出たわけじゃなし」 顔を覆って泣き出した彼女の肩を抱きよせるが、一向に落ち着く様子はない。 「止めたいのに、止まらないんです!! 私・・・なんてことを・・・・・・!!」 激しく自身を苛むミランダから、一旦手を離したリーバーは、両手で彼女の頬を挟んで、顔をあげさせた。 「自分を責めるのもいいが・・・」 ミランダの目に、自身のしかつめらしい顔を写して、リーバーは厳しい声音で言う。 「白い羊が柵を超えて飛んでいるところだけは想像するなよ?」 「は・・・?」 呆気に取られたミランダから手を離し、リーバーはにこりと笑った。 「今、なに考えてる?」 「・・・白い羊が柵を超えて飛んでいるところですけど」 「だよな!」 吹き出したリーバーにつられて、ミランダも吹き出す。 その瞬間、あれほど張り詰めていた緊張も解け、肩の力が抜けた。 「落ち着いたか?」 「はい・・・・・・」 ゆっくりと吐息し、ミランダはソファに背を預ける。 「発動・・・解除・・・・・・」 光を帯びたイノセンスが、徐々にその輝きを落とし、穏やかに止まった。 「あ・・・止まったさ!」 「さすが班長だね!」 「だから元帥・・・!」 ソカロ元帥に両腕と首にぶら下がったまま、軽々と振り回されていたエクソシスト達は、ようやく床に足をついた。 「お気を鎮めてください〜〜〜〜!!!!」 揃って頭を下げた彼らに、ソカロは鼻を鳴らす。 「ちっ・・・つまんねェなァ」 呟いて、手にしたワインボトルをあおった彼は、ふと足元を見下ろして、床に伸びているリンクを蹴飛ばした。 「なに伸びてんだ、コイツはーァ?」 「あぁ・・・」 「ミランダさんの時計が解除されたから、麻酔の効き目も戻ったんですよ、きっと」 「麻酔?」 首を傾げた彼の目の前に、得意げな笑みを浮かべたリナリーが、小瓶を晒す。 「うるさいわんこが一瞬で黙る、魔法の薬です 「はっ!」 ソカロは大きな手で、リナリーの頭をわしゃわしゃとかき回した。 「そんな回りくどいことしてねェで、殺りたきゃ殺りァいい。 それで文句垂れる奴ァぶっ殺せ」 ソカロらしいアドバイスに、三人が三人とも笑みを引き攣らせる。 「やーれやれ、飲み直すか!」 そう言ってソカロは、時間が戻り、再び動き出したことに気づかない団員達が、賑やかに酒盛りをする中へと入っていった。 「あ・・・音楽」 再び、パーティ会場に流れだした賑やかな曲が、ドアの向こうから漏れ聞こえる。 その曲が、ミランダの時計が発動した時に流れていた曲だと気づいて、リーバーは頷いた。 「無事に解除されたらしいな」 「あっ!袖!!」 慌てて身を起こしたミランダは、長い袖を手繰り寄せ、まじまじと見つめて・・・ほっと吐息する。 「よかった・・・ワインがこぼれる『前』に戻ってます」 安堵してソファに背を預け、リーバーの肩に頭を乗せた。 「ごめんなさい・・・止めてくれたのに・・・・・・」 嬉しいことが重なって、つい、はしゃいでしまった、と、反省する彼女に微笑み、リーバーはその手を取る。 「今じゃ誰も、気づいてないよ」 エクソシスト以外、と笑って、リーバーはもう一方の手でミランダの目を覆った。 「しばらくここで休んで、酔いを覚ましな。 ついててやるから、寝てもいいぞ」 「はい・・・・・・」 とはいえ、屈託の拭えない彼女の声に、リーバーは笑みを漏らす。 「くよくよすんな、っても、考えちまうのがミランダだからな」 「う・・・」 図星を指されて声を詰まらせた彼女にまた笑い、リーバーはその耳元に唇を寄せた。 「じゃあ精神衛生上、非常によろしくないから、広い草原にたくさんの羊がいる風景なんて、絶対に想像しちゃダメだ」 「あ・・・・・・」 脳裏に浮かんだ光景に、ミランダの唇がほころぶ。 「ましてや、白い羊が、柵を飛び越えてるところなんて・・・」 リーバーの穏やかな声に、意識はのどかな風景へと誘われて・・・いつしか彼女は、眠りの園へと導かれていた。 翌朝、借りた着物の一式を持って、神田の部屋を訪れたミランダは、無菌室かと思うほどに磨き上げられた部屋の様子に唖然とした。 「なんだ?」 固まってしまった彼女に神田が首を傾げると、濃紺の着物を纏った肩に、解いたままの髪が滑る。 「いえ・・・すごくきれいに片付いてるから、びっくりして・・・。 クリスマスと同じようなものだって聞いたけど・・・何も飾らないの?」 「一応、注連(しめ)飾りくらいは置いてるが、こんな部屋に鏡餅を置いても間抜けなんでな。簡略している」 「はぁ・・・・・・」 地味なのね、とは思ったが、さすがに口にできず、ミランダは手にした紙包みを差し出した。 「これ・・・ありがとうございました。 素敵なシルクで、とても嬉しかったです」 「そうか」 あっさりと受け取った彼を、ミランダは上目遣いで見上げる。 「その・・・危うく汚しちゃうところだったんですけど、イノセンスを使って、なかったことにしちゃいましたから・・・えっと・・・・・・」 もの言いたげなミランダの様子に、神田は軽く頷いた。 「また着たけりゃ、いつでも言えよ。 まぁ、リナリーはもう着ない、っつってたからな。お前にやってもいいんだが・・・」 「そんな! こんな貴重なもの、ダメですよ!!」 ミランダが慌てて手を振ると、神田はちらりと笑う。 「そうだな。 衣装に対する女の執念は、甘く見ると大変だ」 「衣装は・・・そうですね、衣装としては、私も思わず、執着しちゃいましたけど・・・」 「なんだ?」 「絹の製法には、科学班の皆さんが興味津々で、職人さんを誘拐したいなんておっしゃってましたわ」 「・・・ワーカーホリックども」 くすくすと笑うミランダに、神田は吐息して肩をすくめた。 「じゃあ、これは奴らに取られないように気をつけんだな」 手に触れたひやりとした感触に、ミランダは目を見開く。 「これ・・・!」 萌黄の絹は、滑らかに彼女の手を包み、しなやかに揺れていた。 「掃除してた時に出てきたんだよ。 何かの余り布なんだろうが、髪を結うには丁度いいだろ」 「いっ・・・いいのっ?! だってこんな絹・・・!!」 欧州の王族だって持っていないだろう貴重な布を、簡単に渡されて、ミランダがうろたえる。 「別に珍しいもんじゃねェし、俺が持ってても仕方ねェからな。 誕生日と・・・年始の祝儀変わりだ」 あまりにもあっさりと言われて、ミランダは唖然とした。 ―――― 確かに・・・贅沢な人達だわ・・・・・・! 婦長の言った言葉を思い出し、再び目を落とした絹の、艶やかな色合いと感触をうっとりと味わう。 「ありがとう・・・大切にしますね」 「あぁ」 その一言を最後に、あっさりとドアを閉められて、ミランダは苦笑した。 「・・・・・・ファーターやムッターが怒らないから、毎日がクリスマスならいいな、って、小さい頃は思ったものだけど・・・神田君にとっては、今日がその日なのね」 いつもの苛烈な神田とは全く違う、穏やかな雰囲気を纏った姿を反芻し、ミランダは笑みを漏らす。 「ふふ・・・ リナリーちゃんが見たら、拗ねちゃうかしら」 ミランダは意外な贈り物に、ほころんだ頬をすり寄せると、踵を返して食堂へ向かった。 「なんて言って、なだめようかしらね・・・」 そこでは、0時に誕生日を祝い損ね、涙に暮れたリンクが手によりをかけたケーキ各種と、それに手を出そうとしては叱られているアレンと、そんな彼らを見て笑っているラビ、呆れているリナリーが待っている。 「羊を数えて気を落ち着けて・・・なんて、無理ね」 間近に迫ったリナリーのふくれっ面を想像して、ミランダは楽しげな笑声をあげた。 Fin. |
| 2009年最初のお話は、例によってミランダさんお誕生日SSでした! 大晦日前日に38度の熱を出してぶっ倒れ、そのまま寝込んでいたために、書き上がるか懸念されていましたが、なんとか出来上がってよかった(^▽^;)>って、出来上がったの最終日じゃねェかよ; ただ、集中力がもたないまま書いているので、ちゃんとした文になっているのか激しく不安です; ちなみに、神田さんは別に、ミランダさん狙ってるわけじゃなく、『なんかリボンになりそうなもん出てきた。俺つかわねぇし、リナリーの髪が伸びるまでもうちょっとかかるし、じゃあ誕生日のあいつにやるか』くらいの気持ちですから(笑) 元ネタは、かいんさんが私の誕生日にプレゼントしてくれた、『羊でおやすみシリーズ・おやすみなさいませお嬢様』(執事編)です(笑) えぇ、この執事の一人、したたかな方が、リーバー班長の中の人だったので(笑) 文中じゃ羊数えてないんですけどね(笑) ところで私、一応プロの着付け師なので、着物の描写は正確ですよ(笑) 絹は、東洋と西洋じゃびっくりするほど質が違います。 そして、本当のプロが着付けた場合、着物を着たくらいで苦しむことはありませんので、お嬢様方は安心して着付けしてもらってください(笑) |