† strange space †
街中に濃く立ち込めていた霧がようやく晴れ、厚い雲間から淡い冬の陽光が射し始めた頃、ある高級洋品店の前に、いかにもこの店にふさわしい趣の馬車が止まった。 曇り一つなく磨き上げられた窓越し、あえて紋章をつけない馬車を見遣った店員は、降り立った客の顔を見るや店主を呼びに行かせ、自身は店にふさわしい落ち着きをもって、ガラス製のドアを恭しく開ける。 「ようこそいらっしゃいました、キャメロット外務大臣。お嬢様」 オフィスから出てきた店主と共に迎えた貴人は、気さくに微笑みながら、軽やかな足取りで店に入った。 「本日はどのような?」 店主自らの接客を当然のように受け、シェリルは鷹揚に頷く。 「妹の誕生日が近くてねぇ。 娘と一緒に、プレゼントを選びに来たんだよ。 ねぇ、ロード? 膨れてないで、好きなのを選びなさい」 父親の優しい声に、しかし、外務大臣令嬢はぷぃっとそっぽを向いた。 「ルルなんか、鈴でもつけてやればいいよ!」 鈴ある?と、憮然と問うた彼女に、気難しい客に慣れた店主は愛想よく頷く。 「鈴の他にも、アクセサリー類はたくさん揃えてございますよ。 なんでしたら、宝石商も呼びますが?」 後半はシェリルに向けて言えば、彼はにこりと笑った。 「ぜひそうしてくれたまえ。 ロード、ルルに似合うものがあればいいねぇ」 頭を撫でようと伸ばした手は、しかし、不機嫌な彼女に振り払われる。 「僕がどんなに一所懸命選んだって、どうせあいつは簡単に人にあげちゃうんだ! 千年公からもらったもの以外は、全然興味ないんだもんっ!」 「確かに、あの子にはどんな高価なものも猫に小判だけど・・・」 ぱんぱんに頬を膨らませてソファに座り込んでしまったロードを、シェリルは苦笑して見下ろした。 「これは私達からのプレゼントだから、決して人にあげないように、って言い聞かせれば、素直なあの子のことだもの、きっと人にあげたりはしないよ」 「・・・・・・・・・そうかな」 店員が差し出したココアを飲みつつ、不機嫌な顔をあげれば、シェリルは笑って頷く。 「そうだとも。 むしろ、そう言うものだと教えてあげたまえよ。 あの子は色んなことに無頓着だからねぇ」 「うん・・・」 まだ不満げながらも頷いたロードの前に、店主がすかさずひざまずいて、小さな箱を差し出した。 「どうぞ、お嬢様。 まずは当店の鈴をご覧ください」 店主がもったいぶって蓋を開けた中は、ビロードの布が黒々と張られ、その上に金色の鈴が一つ、ころんと転がっている。 「・・・・・・ぷっ!」 彼の機転とユーモアに、ロードは思わず吹き出した。 「ココアのおまけについてる鈴じゃん! これなら僕、持ってるよぉ!」 「さようでございますか。 では、別のものをお目にかけましょう。 お嬢様のお目にかなう品があればよいのですが」 店主がにこりと笑って合図を送るや、手に手にアクセサリーの箱を持った店員達が並び、恭しくひざまずく。 「さすがだね。 この店を選んでよかった」 「恐れ入ります」 ロードの機嫌をすっかり治してしまった店主に、シェリルは満足げに頷いた。 同じ頃、黒の教団本部の城では、リナリーが満足とは対極の位置で頬を膨らませていた。 「アンタまた怒ってんの?」 呆れ口調でジェリーがティーセットを差し出せば、リナリーは大きく頷いて彼女の腕を引いた。 「聞いてよ、あの意地悪魔女ったら!!」 意地なのか意固地なのか、リナリーは決して、ブリジット・フェイ秘書官の名前を呼ぼうとはしない。 大好きな兄と引き離された恨みが深いとは言え、その不躾な態度にジェリーは思わずため息を漏らした。 「アンタがあの人を好きになれないのはわかるけど、そう言う風に言うのはおやめなさい。 レディらしくなくてよ?」 「だって・・・・・・」 「今日はなんなの?」 またため息をついて、ジェリーがリナリーの隣に腰を下ろすと、彼女は激しい口調で不満をまくし立てる。 「・・・つまり要約すると、フェイ秘書官がコムたんを拘束して、アンタのお誕生会に参加させないようにしたってこと?」 「そうだよ! なによ海外出張って!海外出張っって!!海っ外っ出っ張っっっって!!!!」 よほど悔しいのか、テーブルを叩きながら繰り返し絶叫するリナリーの頭を、ジェリーはなだめるように撫でた。 「確かにそれはやりすぎだわねェ・・・今日はアンタのお誕生日なのに」 「でしょう?!」 ジェリーが頷くや、リナリーは目を潤ませて彼女にしがみつく。 「兄さんからの誕生日プレゼントはたくさん届いたけど、そんなの兄さんがいないと意味がないんだよ・・・・・・!!」 「じゃあ、アンタが会いに行けばいいじゃない。 コムたん今日は、ヴァチカンでしょ? 方舟を使えばすぐだわ 方舟の私的利用をあっさりと勧めるジェリーに、リナリーは憮然と頬を膨らませた。 「とっくに行ったよ! なのにあの魔女、門前払いしてくれて・・・!!」 しかも、方舟の私的利用を咎められ、午前中はずっと始末書を書かされていたと、悔しげに歯軋りする。 「あの魔女きっと、兄さんを過労死させるつもりなんだ・・・! 中央庁からの刺客なんだよ・・・!!」 暗い呟きを漏らすリナリーの背を、ジェリーは優しく撫でた。 「アンタが怒るのもわかるわ・・・でもねぇ、アタシは彼女、よくやってると思うわよぉ? だってあのコムたんをちゃんと机に向かわせて、アンタ以上に手際よく秘書業務をこなすなんて、すごく有能・・・あっ・・・アラ、ごめんなさい!」 機関車のように怒りの湯気を立ち昇らせるリナリーに、ジェリーは慌てて口を押さえる。 「ジェリーの本心はわかったよ・・・・・・! ジェリーだけは違うと思ったのに・・・ジェリーまであの魔女の味方なんだっ!!」 「あっ!リ・・・リナリー!!」 席を蹴って立ち上がった瞬間、既に姿のないリナリーに、ジェリーは眉をひそめた。 「まったく・・・食器は自分で片付けなさいって、いつも言ってるのに・・・・・・」 食堂を飛び出たリナリーは、たまたまそこにいたラビを危うく弾き飛ばしそうになって、急停止した。 そうとは知らないラビは、暢気に笑ってリナリーに手を伸ばす。 「ここだったんさね、リナ。 朝から探してたんだぜ 「なに?」 憮然と問えば、ラビはわしゃわしゃとリナリーの頭を撫でた。 「誕生日おめでと 持って歩くのがめんどかったんで、プレゼントは後でな♪」 「・・・ありがと」 リナリーが意外そうに目を見開くと、おや、と、ラビも首を傾げる。 「どうかしたさ?」 「うん・・・今日、初めて優しくしてもらったから、ちょっとびっくりした」 「は?」 更に訝しげな顔をするラビに、リナリーは苦笑した。 「だって、昨日から兄さん、ヴァチカンに連行されちゃって・・・」 「あぁ、聞いた聞いた。 あの美人秘書と出張だろ? いいなぁ、コムイ 美人秘書といつでも一緒 両手を組み合わせ、うっとりと頬を染めるラビを、リナリーがムッと睨む。 「なんだよ・・・ラビもあの人のこと、女神なんて呼んでるの?」 その暗い声音に、アレンだったなら慌てて言い訳しただろうが、ブックマンのくせに空気を読まないラビはあっさりと頷いた。 「もちろん あのコムイの手綱をさばくなんて、常人には絶対無理さ! さすが中央の秘書官、有能さねー 「馬鹿ッ!!!!」 リナリーの目にも止まらぬパンチを受けて、ラビが笑顔のまま吹っ飛ぶ。 「んなっ・・・なにすんさ、リナ!!」 「中立って言ってたくせに、いつの間に寝返ったんだよ! その意地悪秘書官のせいで、私は兄さんと引き離されてるんだからね!!」 「あ、そっか」 抗議に対し、大声で怒鳴り返されて、ラビは血塗れた顔で頷いた。 「まぁまぁ。 お前らもいい加減、自立するにはいい機会だって思わんと」 「余計なお世話だよ!」 怒り狂った肉食獣のような、獰猛な気配をかもすリナリーに、しかし、ラビは締まりのない笑みを浮かべる。 「だってマジな話、この城が平穏なのはあの女神のおかげだって、みんな言ってるさね。 今や、あの女神様がいない事にゃ、本部は治まらねぇって言われてるくらいで・・・」 「あんな魔女いなくったって、班長がいるじゃないっ!!」 「ん・・・リーバーが有能な科学者なのは俺も認めるケド、客観的に見て、あいつじゃここまで抑えきれんかったさ」 それは本人も言ってる、と、実に第三者的な意見を述べたラビに、リナリーは反論できずに口をつぐんだ。 「ま、俺が中立なんは今もだけどさ、大多数の団員が女神を崇めてんのは、紛れもない事実さね」 「くっ・・・・・・!」 悔しげに唇を噛むリナリーに苦笑し、ラビはもう一度、彼女の頭を撫でてやる。 「リナ、お前なら孫子くらい知ってるよな? 敵を知り、己を知れば百戦百勝。 んで?現在、秘書官とお前、兵力の多寡に換算して、どっちが強いんさ?」 「・・・・・・・・・」 俯き、悔しげに黙りこんだリナリーに、ラビは笑みを深めた。 「仲良しになれ、なんて言ってねぇよ、俺は? ただ、正面きって戦うのは不利だっつってんの」 「・・・だったら何か、奇策を用いればいいんじゃないの?」 憮然としつつも、何かを期待する目で見あげたラビは、しかし、笑って首を振る。 「最初っから奇策を前提にする戦は負ける。 戦略は正攻法こそが大前提さ」 だから、と、ラビは、また俯いたリナリーの頭を撫でてやった。 「まずは味方を増やすんだな」 「ラビは?」 憮然と問うたリナリーから放した手を、ラビはひらりと振る。 「最初ッから言ってんさ。 俺は中立だってな」 「ケチ・・・・・・」 歩み去ったラビの背を見送り、リナリーは憮然と呟いた。 くるりと踵を返し、リナリーが自室への道を辿っていると、回廊の向こうからアレンの声が響いてきた。 「リナリー、科学班にも食堂にもいないなんて、どこ行っちゃったんでしょ?」 リンクに問うているのだろうが、彼の答えは聞こえない。 「ふふ・・・ コムイさんを恐れることなく、こんなに堂々とできるなんて、ミス・フェイのおかげですよね 駆け寄ろうとした足は、その言葉で急停止した。 「僕も科学班の人達と一緒に、女神様の信者になりたいなぁ アレンの嬉しそうな声とは逆に、リナリーの機嫌はますます悪くなっていく。 「そうだ、リンク! 女神様のお誕生日っていつですか? こっそり捧げ物して、今後ますますのご利益をお願いしたいんですけど!」 はしゃいだ声に、リナリーは目を吊り上げ、憤然と踵を返した。 「なによ!! なにが女神様の誕生日よ!! 今日は私の誕生日なんだからね!!」 足音も荒く廊下を進み、しかし、いつも立ち寄る科学班第1班の研究室は素通りする。 ―――― 今、女神信仰の総本山とも言うべき場所になっているここに、一歩でも足を踏み入れたくはなかった。 その足は徐々に速くなり、とうとう駆け出して、修練場のドアを蹴り開ける。 「みんな裏切り者だ――――っ!!!!」 聞き捨てならない言葉を叫びながら泣きついて来たリナリーを、神田は最小限の動きで避けた。 「なんで避けるんだよ!」 「何度も同じ手を食うか、馬鹿」 床に転がったリナリーを冷たく見下ろし、冷淡な言葉を投げると、彼女は床を叩いて悔しがる。 「神田に馬鹿って言われたァァァァァァ!!!!」 「お前・・・ブッた斬るぞ、マジで」 こめかみに青筋を浮かべ、地獄から湧き出てくるような声を漏らす神田を、リナリーは涙を拭いつつ見上げた。 「リナリーの話、聞いて」 「断る。 どうせあの秘書官にやり込められた上に、科学班の奴らがお前の味方しなかったとか、そう言うこったろ」 「え?!なんでわかるの?! 神田、千里眼?!」 「んなワケねェだろ。 お前がワンパターンなんだよ」 心底うんざりと呟き、踵を返した神田の服の裾を、リナリーが掴む。 「放せ」 「ジェリーにまで裏切られたんだよ・・・!」 「あいつが裏切るかよ。 あいつは城内では常に中立、もしくはお前寄りだ。 そのあいつがお前の味方をしなかったってことは、目が曇ってんのは自分だってことに早く気づきやがれ」 冷厳に言うや、リナリーの手を振り払った神田の背に、リナリーがヒステリックな泣き声を投げた。 「自分がワガママ言ってることくらい、わかってるんだよ! だけど・・・だけど・・・・・・!!」 冷たい床に座り込んだまま、顔を覆って泣き出したリナリーを肩越しに見遣り、軽く吐息したが、神田はそれ以上声をかけようとしない。 「神田・・・!!」 「甘えんな」 リナリーが伸ばした手を、背を向けたまま放った一言で弾き、彼は修練場を後にした。 「みんないじわるだ・・・・・・」 しょんぼりと俯き、自分の足を見ながらとぼとぼと歩いて自室の前に立ったリナリーは、ポケットから出そうと探った鍵を落としてしまった。 「あっ・・・!」 甲高い音を立てて床に落ちた鍵を拾ったリナリーは、自室の鍵と一緒にキーホルダーにつけた、もうひとつの鍵を見つめる。 それは、コムイが勝手につけたものだった。 「兄さん・・・・・・」 その鍵が合うドアに向かって、リナリーはまた、足を早める。 間もなく到達し、鍵を開けて入った部屋は・・・引っ越した後も変わらず壮観だった。 フリルとリボンが多用された、少女趣味の内装は明るい色調で整えられ、リナリーくらいの年頃の少女なら、少々やりすぎの感はあってもまぁ・・・素敵だと思う。 ただ・・・クッションやベッドカバー、ナイトガウンにいたるまで、全ての柄がコムイの顔、というのはさすがに、よくやったと感心はしても、使う気にはなれなかった。 しかも壁一面、隙間なく埋め尽くされたコムイの写真写真写真写真・・・・・・・・・。 アレンなどがここで一晩過ごそうものなら、悪夢にうなされることは確実だった。 コムイのリナリーへ対する過度な愛情が生んだ部屋・・・。 別名、ナルシスト部屋は、以前の彼女であれば近づくことすら考えもしなかったが、今日は自然と足が向いた。 「兄さん・・・」 呟いて、リナリーはベッドの上のコムイ人形を取り上げる。 コムイが本部に来て以来、ずっと一緒だったのに、側にいられない寂しさと悔しさが相俟って、リナリーはぎゅっと人形を抱きしめた。 「にいさん・・・・・・!!」 ふぇ・・・と、小さな泣き声をあげ、柔らかい人形に頬をうずめる。 涙目をあげれば、壁一面に貼られた写真が笑ってリナリーを見下ろした。 「ふえぇ・・・・・・!」 止めようもなく泣き声が大きくなり、人形を抱く腕に力がこもる。 と、 「え?ココ?」 部屋の外からアレンの声がして、リナリーは慌てて泣き声を飲み込んだ。 「そ。あのナル部屋がここにできてんの」 ラビの声に、リナリーはむぅ、と眉根を寄せる。 この部屋がコムイのナルシスト部屋と呼ばれていることは知っているが、今このタイミングで聞きたい言葉ではなかった。 しかし、 「なんであんなのが引越してんの?!」 と、アレンさえも・・・いや、アレンだからこそ、酷く嫌そうな声をあげる。 「レベル4もさ、どうせお城壊すんなら、こういう無駄なスペースを壊せばいいのに」 ますますきつく眉根を寄せたリナリーの耳に、ラビのため息交じりの声が届いた。 「写真なんていくらでも焼き増しできんだから、いずれにせよ、この部屋は出来てたさ」 「そっか・・・でも、前のお城じゃリナリー、近づこうともしなかったじゃないですか。 ホントにここにいるの?」 「最近のリナリー、コムイの禁断症状出てっかんね。 本物に会いたくても会えないんなら、もうここに来るっきゃねーさ」 ・・・悔しいが彼の推理通りなので、何も言い返せない。 憮然と頬を膨らませたリナリーは、涙を拭って立ち上がった。 窓からでも逃げてやろうと、ふと部屋を見回すと、隣室に通じるらしいドアがある。 一旦隠れるかと、何気なくドアを開けたリナリーは、白い風景に目を丸くした。 「は・・・方舟・・・・・・?!」 呆然としていると、アレン達がドアノブを回す音がして、リナリーは慌てて方舟のドアを閉める。 「なんで兄さん・・・・・・」 呟いて、リナリーはふと苦笑した。 方舟へ通じる『扉』は、室長執務室にも特例として設置されているが、アレンに『扉』を開かせる際、自身の権限を利用して、空き部屋だったこの部屋にもこっそりと繋げていたのだろう。 「あの部屋を作るためか・・・」 その執念を思い、思わず笑声が漏れる。 「変なところにばっかり、力入れるんだから」 クスクスと笑いながら、リナリーは方舟の中を進んだ。 この不思議な移動システムが教団のものになって以来、各地へ通じる『扉』には行く先を書いた木札が下がっている。 リナリーは多くの扉の中から、『London』と書かれたそれを開いた。 誰もいない教会の一室は冷え冷えとして、リナリーはぶるりと震える。 「さむ・・・」 コートを着てこなかったことを後悔し、戻ろうかとも思ったが、教団側の出口は今、アレンとラビ、そしておそらくリンクがいる部屋か、女神信仰の総本山となっている科学班だけだ。 リナリーはムッと眉を寄せると、そっとドアを開け、誰もいない事を確かめてから部屋を出、教会を抜け出す。 昼でもほとんど人のいない、静かな通りを抜けてしまうと、馬車が行き交う賑やかな大通りが現れた。 この教会のように、教団の団員達が秘密裏に動くのに便利な場所を選んで『扉』を設置したのは、さすがはヴァチカンのネットワークだ。 リナリーは寒風に首をすくめながら、大通りを渡った。 と、 「リナリー!」 背後から呼ばれ、思わず振り向く。 「? 気のせい?」 きょろきょろと、声のした方を見回す彼女の背に、奇妙に長い腕が伸びた。 「っ?!」 背後から両腕を掴まれたと思った瞬間、走る馬車の中に引きずり込まれる。 「つーかまーえたっ はしゃいだ声に見開いた目が写したのは、無邪気な少女の顔だった。 「ロー・・・ド・・・・・・!!」 「きゃはは どーしたの、リナリィー? こんなところ一人で歩いちゃって、迷子ぉ?」 「ちっ・・・違うわよっ!!」 「へ? じゃあもしかして、一人なの?」 きょとん、としたロードに、しまったと思ったがもう遅い。 ロードはご馳走を前にした猫のように目を細めると、引きずり込まれた中途半端な姿勢のままのリナリーの背に頬ずりした。 「ふふ・・・ じゃあさ、僕んちに遊びにおいでよぉ いいでしょぉ、お父様ぁ その言葉に、リナリーはぎくりと顔を強張らせる。 不自由な姿勢のまま、何とか肩越しに見遣ると、向かい合わせに座った紳士が穏やかな笑みを浮かべて頷いた。 「もちろんだとも。 今、邸にはルル=ベルもいるから、ゆっくりして行くといい、エクソシストのレディ」 「い・・・」 嫌、と叫びかけて、リナリーは突如暗くなった車内に声を失う。 窓の外を見遣ると、一瞬前まであった賑やかな通りは消え失せ、濃い闇に呑まれていた。 「ようこそ、我が邸へ。 歓迎するよ」 「リナリーがどこにもいない?」 科学班にやってきたラビとアレンから報告を受けて、リーバーは眉根を寄せた。 「ん。 お茶の時間に俺、食堂前で鉢合わせたんケド、その後はどこ探してもいないんさね」 「僕は今日、一回も会ってません!」 「んで、ユウちゃんはどうも、俺がリナと別れた後に突撃されたらしんケド、その後は知らねェって」 「僕は会ってないのにあのぱっつんが忌々しい!!」 「・・・アレン、ちょっと黙ってるさ」 いちいち合いの手を入れるアレンに言い聞かせ、ラビはリーバーに向き直る。 「で、城中探したんケド、どこにもいないんさね。 そんでもしかしたら、方舟使ったんかなって」 と、『扉』を指すラビに、リーバーは首を振った。 「今日は室長を追いかけて追い返されてからは、ここには来てないぜ?」 「追いかけて・・・」 「追い返された??」 なにそれ、と、同時に首を傾げたラビとアレンに、リーバーが苦笑する。 「あいつ、室長の出張先に押しかけてったんだけど、女神に追い返されたんだよ。 その上、方舟の私的利用を怒られて、始末書書かされたばっかだから・・・今日はもう、使わないんじゃないか?」 あれはさすがに懲りたろうと呟くと、ずっと黙っていたリンクが鼻を鳴らした。 「自業自得です」 「いや・・・そうなんけど・・・・・・」 相変わらず容赦のない言葉にラビは顔を引き攣らせ、アレンはムッと眉根を寄せる。 「ホント、いっつも言わなくていいことばーっかり言いますよね、まゆわんこは!」 「私は言うべきことを言っていますとも」 つんっとそっぽを向いたリンクの髪を、アレンがぐいっと引っ張った。 「やめなさい!」 「だって尻尾がふらふらしてんだもーん」 「私の髪は猫じゃらしか!放しなさい!」 「べーっ!!」 「あーもー・・・静かにするさ、お前ら!」 つかみ合いのケンカを始めた二匹にラビが肩をすくめる。 「大変だな、兄ちゃん」 「・・・こいつらはぜってーんなこと思ってねぇだろーケドさ」 からかい口調のリーバーに大仰な吐息を漏らし、ラビは首を傾げた。 「んでさ、リナが隠れてそうなとこ、知らね?」 「やっぱ、隠れてんのかね?」 ちらりと笑みを浮かべたリーバーに、ラビは頷く。 「すれ違ってるってことはないんさ。 何度も『探してる』って無線は入れてんだから。 なのに見つかんねぇってことは、逃げた上に隠れてんだな」 「ん・・・妥当な推理だな」 彼らしくもなく、あいまいな言い方をするリーバーに、ラビは訝しげな顔をした。 「マジでどしたんさ、あいつ? なんで俺らからまで逃げるくらい拗ねてんさ?」 「そりゃー・・・ココの状態見りゃわかるだろ」 苦笑交じりにリーバーが指した背景は、女神信仰の総本山にふさわしく、全てのデスクに彼女の写真が並んでいる。 「いつもあいつの味方だった部下達は、今やすっかり女神に心酔してるし・・・ここだけの話、中立宣言した俺も、あの人には感謝してんだよな」 彼女がコムイの手綱を握ってくれるおかげで仕事に集中できる、と、リーバーは思わず笑みの浮かんだ口元を隠した。 「おかげで姫の機嫌は絶不調だ。 兄貴には会えないし、味方はどんどん宗旨変えするし・・・味方してくれない奴はいるし?」 ちらりとラビを見遣ると、彼はようやく納得したと苦笑する。 「説得したと思ったんけどなぁ・・・」 「説得できるようなことでもないだろ」 「そりゃそうか」 大きく頷いたラビの傍らで、しかし、アレンは大きく首を傾げた。 「じゃあなんで僕まで避けられてんですか? ラビと一緒に探してたから?」 「お前・・・すぐ人のせいにすんなよ!」 「あぁ・・・まぁ、それもありかもしれないが・・・」 「リーバーまでっ!!」 裏切りだ、と、声まで蒼白になるラビに、リーバーは手を振る。 「今回はそれはないだろ。 リナリーは味方を増やしたいだろうから、ラビがダメで、神田・・・は?」 「ユウちゃんも今回はきっぱり断ったってさー」 ほっと、吐息混じりに答えたラビに頷き、リーバーは続けた。 「神田も味方にならないとなれば、アレン、お前しか味方はいなくなる」 「はぁ・・・。 まぁ、僕だけってワケじゃないでしょうが、近いかもしれませんね」 曖昧に頷いたアレンに、リーバーが笑いかける。 「ってことはアレン、お前、どっかで女神を褒め称えなかったか?」 「はい?ミス・フェイをですか? そりゃあ、彼女のおかげで僕は・・・・・・」 言ううちに、アレンの顔色が、髪の色ほどに白くなっていった。 「聞かれたな」 「聞かれたさね」 もはや声もないアレンに、リーバーとラビが苦笑を向ける。 「どどどどど・・・どうしよう!!!!」 「そりゃあ、捕まえて謝り倒すしかないだろ」 あっさりと言われ、アレンは目と口を開ききった。 「もっと的確なアドバイス・・・!」 言いかけて唐突に、それしか方法がないことに気づく。 「わかり・・・ました・・・・・・」 引き攣った声をあげ、よろよろと踵を返したアレンに、苦笑しつつラビが続いた。 と、 「ラビは来ない方がいいよ・・・」 肩越しに、アレンが死にそうな声をかける。 「なんでさ?」 「話がこじれるから・・・・・・」 「おま・・・・・・」 全く信頼されていないことをはっきりと告げられ、ラビは忌々しげな表情で、よろよろと科学班を出て行くアレンを見送った。 「探すあてはあるのですか?」 廊下に出た所でリンクに問われ、アレンは足を止める。 「あのね・・・僕、あんまり方向感覚に自信ないから、はっきりとは言えないんだけど・・・・・・」 小首を傾げ、アレンは廊下の先を指差した。 「さっきのナルシスト部屋。 あそこ、コムイさんに言われて『扉』を開いた場所じゃないかなぁ」 「・・・なんですって? 規定の場所以外にも、『扉』を開いたのですか?!」 聞き咎めたリンクに、アレンは逡巡した後、頷く。 「たった一つだけ、別の場所に開くって言うから、変だなって思ったんだ」 「全くあの方は、室長権限を利用して・・・!!」 忌々しげに顔を歪めたリンクを見遣り、アレンは彼がいない隙に、他にも『扉』を開いたことは黙っておくことに決めた。 「リナリーを探してあの部屋に入った時、誰もいなかったけど・・・ベッドカバーが乱れてたでしょ? あの時はまさか、逃げられてるとは思ってなかったから気にしなかったけど、リナリーは僕達が行くまで、あの部屋にいたんじゃないかなぁ」 「君が『扉』を繋いだことが確かなら、私達が入る前に方舟内へ逃走した可能性はありますね。 ・・・まったく、今朝始末書を書かされたばかりでしょうに、懲りない小娘です」 「またそう言うことを言う・・・・・・」 いつもながら容赦のかけらもない発言に、アレンは渇いた声をあげる。 「・・・ともあれ、早速行ってみましょ!」 張り切って歩を踏み出したアレンの頭を、しかし、リンクが背後から、むんずと掴んだ。 「いたっ!! なにすんだー!!」 放せ、と、じたばたするアレンの頭を捻り、無理やり方向転換させる。 「例の部屋はこちらですよ、迷子癖」 進行方向を別の方向へと向けられて、アレンは悔しげに口をつぐみ、憮然と歩を踏み出した。 その頃、ロードに拉致されたリナリーは、豪華な調度で品よくまとめられた室内で、目を吊り上げていた。 「なんっで着替えなきゃいけないの! あなた私を着せ替え人形か何かと勘違いしてるでしょ!」 「だーって、僕んちで団服なんか着てたら、おうちのあちこちで事情を知らないアクマ達と戦うことになるよぉ? 僕、このおうち気に入ってるから、壊してほしくないんだよねぇ」 それに、と、ロードは甘えるようにリナリーの膝に絡みつく。 「リナリーなら明るい色のドレスが、絶対絶対似合うよぉ 黒もいいけど、たまにはこういうのもいいでしょぉ?」 そう言ってロードが示した服は、フリルやリボンで覆われて、確かに可愛かった。 「ね? あれ、リナリーにあげるし、着替えてお茶会に出てくれたら、ちゃんと帰してあげるからぁ 「それ、ホント・・・・・・?」 疑わしげに問うリナリーに、ロードはにこりと笑う。 「僕は嘘なんかつかないよぉ? 知ってるでしょぉ?」 その言葉に、リナリーはぎこちなく頷いた。 彼女の言う通り、ロードは常にフェアなゲームをする。 ただ、彼女と挑戦者の間に、圧倒的な力量差があるだけだ。 「ゲームはフェアじゃなきゃね リナリーの考えを見透かしたように、ロードが笑う。 「だからほらぁ 早く着替えてぇ 「・・・・・・・・・」 無言でドレスを取り上げたリナリーは、大きく吐息して着替えた。 「・・・これでいい?」 「うんっ! 思った通りぃ 可愛いよ、リナリィー きゃいきゃいとはしゃぎながら、ロードはリナリーをソファに座らせ、自分は彼女の傍らに立つ。 「リボン結んだげるねぇ ふふ リナリー、また髪伸ばすよねぇ?」 「・・・・・・っ」 ロードの何気ない問いに、リナリーは唇を噛んだ。 髪を伸ばしてね・・・と、リナリーに言い遺し、水底へ沈んで行った人の微笑が脳裏に蘇る。 「せっかくキレイな髪なんだもん、伸ばさなきゃもったいない・・・」 「やめて!」 ロードの言葉を遮り、悲鳴じみた声を叩きつけた。 「あなたに・・・ノアなんかにこの髪を触られたくない!!」 アクマさえいなければ・・・。 そしてノアさえいなければ、あんなにも素敵な人が死ぬことはなかった。 目に涙を浮かべ、声を詰まらせるリナリーに、邪険にされたロードはムッと頬を膨らませる。 「なんだよぉ、せっかく可愛くしてあげようと思ったのにぃ!」 言うやロードは、リボンをポイッとリナリーに投げつけ、ソファから飛び降りた。 「じゃあ、自分で結びなよっ」 「いらない」 リナリーがぷいっとそっぽを向くと、ロードは苛立たしげに足を踏み鳴らす。 「リボンつけないと、帰してあげない!」 「・・・・・・・・・」 リナリーは膝の上のリボンを取り上げると、渋々自分の髪に結んだ。 「もぉー・・・強情なんだからぁ」 憮然とした表情のリナリーを見あげ、ロードは頬を膨らませたまま、彼女の手を取る。 「ホラ、早く行こぉ? お父様が待ってるよぉ」 ぐいぐいと腕を引かれ、不承不承立ち上がったリナリーは、のろのろとロードの後について行った。 「やっぱり方舟に通じてましたね・・・・・・」 件のナルシスト部屋に戻ったアレンは、隣室に続くと見せて、方舟に繋がったドアを開け、乾いた笑声を漏らした。 「今度は始末書だけでは済みませんよ、小娘」 ぽつりと呟いたリンクに、アレンが焦る。 「まっ・・・まだ、別の場所に行ったとは決まってないじゃないですか! 方舟の中で、のんびりしてるだけかも知んないし・・・」 言いつつも、アレンは自信なげに目を泳がせた。 「では、試してみましょう」 すっと、先に立って歩き出したリンクの後を、アレンが慌てて追う。 「どっ・・・どこに行くんですか?!」 「簡単な推理ですよ、ウォーカー。 実に基本的なプロファイリングです」 「ぷ・・・ぷろ・・・??」 聞きなれない言葉にアレンが首を傾げると、肩越しに彼を見遣ったリンクはフン、と、鼻を鳴らした。 「現在、方舟の使用は規定を設け、制限してあります。 つまり、団員はこちら側からは出ることができても、向こう側から再び戻るには、暗証番号を示して方舟の間に通された上、本部科学班の指定時刻を待たなくてはなりません」 「うん・・・そうだね・・・」 めんどくさい、と、呟いたアレンを、リンクが睨む。 「非常に厳格なセキュリティが設置されている今、不良娘が本部へこっそり戻ってくるつもりなら、まず外国には行きません」 「うん・・・そうだね」 「そして英国内でも、本部より離れた場所には行きません」 「うん・・・」 「以上の推理から導かれる結果は・・・」 リンクが示した『扉』に下がった木札に、アレンは目を見開いた。 「ロンドン!!」 「その通り」 アレンの大声に軽く頷いて、リンクは『扉』を開ける。 「Jr.の話では、小娘は団服を着ていたそうです。 付近に聞き込みをすれば、すぐにこの付近をうろついていたかどうか、そして、うまくすれば行く先までもがわかるでしょう」 「うん・・・・・・」 リンクの理路整然とした説明に、アレンは複雑な表情で頷いた。 リナリーの行方がわかりそうなことは嬉しいが、よりによってリンクが同行することは、彼女の不利益にしかならない。 「・・・・・・いないといいけど」 顔見知りの司祭が、リナリーの姿を見ていないと答えた際にぽつりと呟いたアレンを、リンクが厳しい目で見遣った。 「小ざかしい小娘のことですから、司祭の目を盗んだことは想定すべきでしょう。 聞き込みに行きますよ」 冷淡に言って、出口に向かったリンクをアレンが慌てて追いかける。 「・・・っもし、見つけてもいきなり怒鳴ったりしちゃダメですよ!」 レディなんだから、と言い募ったアレンに、リンクが鼻を鳴らした。 「あんな不良娘、我が国でもヴァチカンでも、『レディ』とは呼ばないのですよ」 ゆえに、と、意地悪く口の端を曲げる。 「不良娘を立派なレディするため、厳しく罰します」 「うわぁ・・・・・・」 リンクの目に本気を感じて、アレンは目を泳がせた。 「お茶をどうぞ、レディ」 外務大臣シェリル・キャメロット卿手ずから入れたお茶をいただくと言う栄誉に浴し、リナリーは仮面のような笑みと完璧な作法をもって礼を言った。 「ブラボー! さすがは教団のエクソシストだね」 百戦錬磨の大臣は、少女の虚勢などあっさりと見抜いて楽しげに笑う。 「なのになぜ、一人で街をうろつくなんて、危険な真似をしていたのかな? 私が君の父親なら、夕食抜きの罰を下すところだけどねぇ」 「そんなことどうでもいいじゃん〜!」 言葉を詰まらせたリナリーの代わりに、ロードが口を挟んだ。 「リナリー、僕達はあの時、お買い物帰りだったんだよぉ。 ルルの・・・」 と、ロードはなぜか、むっと頬を膨らませる。 「・・・ルルのお誕生日プレゼントを買いに行ってたの」 ロードの憮然とした声音を、リナリーが訝しげに思っていると、シェリルがくすくすと笑い出した。 「不躾ですまないねぇ。 ロードは今、ルル=ベルの性格について、非常にご機嫌斜めなんだよ」 ねぇ、と、シェリルは両手を広げ、駆け寄ってきたロードを膝に乗せる。 「なにしろ、ロードが彼女にプレゼントしたアクセサリーを、あろうことか使役していたアクマにやってしまったというのだから。 ロードが怒るのも無理はないのだが、彼女の鷹揚さを咎めるのもねぇ」 ロードの怒りをなだめるように、シェリルは彼女の頭を撫でた。 「あ・・・あの・・・。 ルル=ベル・・・嬢の、誕生日は今日なんですか・・・?」 口ごもるリナリーに、ロードはふるふると首を振る。 「明後日だよぉ、22日! リナリーはぁ?」 あっさりと問い返されて、リナリーはつい、『今日』と答えてしまった。 「えぇー!!そうなのぉ?!」 喜色を浮かべたロードに対し、リナリーは自身の度重なる失言に唇を噛む。 「それはそれは、ぜひともお祝いしないとねぇ!」 「い・・・いえ、私はもうそろそろ・・・」 「遠慮なんかしないでくれたまえよ。 せっかくご招待したのだから、もっとゆっくりしておいで。 そうだ、ルル=ベルを呼ばなければね!」 矢継ぎ早に言ってリナリーを黙らせると、シェリルは卓上のベルを鳴らし、メイドにルル=ベルを呼びに行かせた。 「なんでしょう、シェリル・・・」 間もなくやってきたルル=ベルは、相変わらずの無表情で、テーブルに着いたリナリーを見遣る。 「・・・リナリー・リー。 エクソシストですね」 単に事実を述べるのみで、特に感想もない彼女に、シェリルは苦笑した。 「もう少し愛想良くしてはどうかな、ルル=ベル。 せっかくの美人がもったいないよ」 しかし、ルル=ベルはシェリルの意見にも感銘を受けた様子はなく、黙って空いた席に座る。 「私になんの御用でしょうか?」 なんの感情もこもらない声で、ルル=ベルは問いを繰り返した。 ガラス玉のように光る目は、彼女以外の三人の姿を映しながら、その実、何も見てはいない。 と、シェリルの膝から飛び降りたロードが、笑ってリナリーの膝に絡みついた。 「今日ねぇ、リナリーのお誕生日なんだってぇ 「それが?」 ルル=ベルの冷え冷えとした声に、リナリーは姉妹仲が悪いのかと勘繰ってしまう。 しかし、ロードはルル=ベルの無愛想さは気にした様子もなく、ポケットから小さな箱を取り出した。 「これなーんだ?」 「箱です」 もったいぶって掲げたそれに、味も素気もない返事が返る。 「・・・・・・ルル、さすがにもっと何か、言い様があるのじゃないかな?」 シェリルの呆れ返った口調に、ルル=ベルは小首を傾げた。 「リボンで飾られた箱です」 「いや、そう言うことではなく・・・・・・」 ぱんぱんに頬を膨らませたロードを横目で見つつ苦笑するシェリルを、ルル=ベルは訝しげに見遣る。 「では、なんと答えればよいのでしょう?」 「中身を想像しろって言ってるんだよぉ!」 「中身・・・?」 じっと、ガラス玉の目が箱を見つめた。 「その程度の箱に入るもので、なおかつリボンで飾られている所を見れば、アクセサリーでしょうか」 「・・・・・・当たり」 面白みのない推理で、あっさりと当てる所がまた憎たらしい。 憮然と呟くと、ロードは箱をルル=ベルへ放った。 「開けて。 誕生日プレゼントだよ」 「誕生日・・・・・・」 箱を受けとめたルル=ベルは、不思議そうに小首を傾げる。 「私の生まれた日は確か、22日のはずですが」 主が言っていた、と呟くルル=ベルに、ロードがまた膨れた。 「そんなの知ってるよぉ! ちょっと早いけど、僕からのプレゼント! 早く開けなよ!」 『姉』の命令に、ルル=ベルは無感動に頷いてリボンを解く。 リナリーもつい、興味を引かれて彼女の手元を見つめていると、間もなく現れたのは、きれいな一対のピアスだった。 「・・・ピアスはしたことがないのですが」 「いいじゃん。 大英博物館にいるエジプトの猫はピアスしてるし、千年公が昔むかーし飼ってた猫だって、ピアスしてたんだからさぁ。 お前も、黒い猫耳にそのピアスが光ってたら可愛いよぉ、きっと」 「主が・・・・・・・・・」 なにやら考え深く首を傾げてしまったルル=ベルの手から、ロードが箱を取り上げる。 「・・・・・・・・・? なんですか?」 空になった手を不思議そうに見つめ、ルル=ベルはロードを見遣って、反対側に首を傾げた。 「ホント、反応が鈍いねぇ、お前って!」 呆れ口調で言ったロードは、リナリーの元に駆け戻り、彼女の手にピアスの輝く箱を押し付ける。 「え?なに?」 驚いて目を丸くするリナリーに、ロードがにこりと笑った。 「リナリーにあげる! ハッピーバースデー 「え・・・えぇ?!」 ロードと手の中のピアスを見比べ、戸惑うリナリーに劣らず、ルル=ベルも戸惑った様子で眉根を寄せる。 「それは私にではなかったのですか?」 「いいでしょぉ? どうせお前、僕が選んだものなんか人にやっちゃうんだから! 先に僕がやってあげてるだけだよぉ」 ルル=ベルからぷいっと顔を背け、ロードはリナリーの膝に絡みついた。 「ねーえー! そのピアス、可愛いでしょぉー?気に入ったぁー?」 花の形のピアスは、可愛い上にさりげなく宝石があしらわれ、一目で高価なものだとわかる。 「か・・・可愛いけど、もらえないよ・・・・・・」 「なんでっ!僕がノアだからっ?!」 途端に声を荒げたロードに、リナリーは思わず首を振った。 「あなたがノアじゃなくても・・・こんな高価なもの、簡単には・・・」 「ふふ・・・さすがはエクソシスト。 慎み深いレディだねぇ」 愉快げに言って、シェリルはリナリーがテーブルに置いた箱を取り上げた。 「だが、遠慮などしなくていいのだよ。 これは言わば・・・協力費だね」 「きょう・・・?」 なぜ、と、不思議そうなリナリーに、シェリルはきれいにリボンをかけ直した箱を改めて差し出す。 「おかげで、ロードの溜飲が下がったからね」 「・・・もしかして私、姉妹喧嘩のダシにされたんですか?」 乾いた声をあげるリナリーに、シェリルはクスクスと笑いながら頷いた。 「今日が君のお誕生日だってことは、さすがに知らなかったけどね。 ロードは状況判断が抜群にうまいんだ」 ルル=ベルへのプレゼントを取り上げたのはアドリブだよ、と囁かれ、リナリーは眉根を寄せる。 ・・・ロードの『アドリブ』が原因で、彼女や彼女の仲間達が酷い目に遭ったことは、まだ生々しい記憶として残っていた。 「まぁまぁ、そう嫌な顔をしないでくれたまえよ。 こちらも、見た目ほど高価なものではないのだから、どうぞ受け取ってくれたまえ」 「はぁ・・・・・・」 気乗りしない様子で箱を見つめるリナリーに、シェリルがふと瞬く。 「あぁ、もしかして!」 ぽん、と、手を叩いた彼を、リナリーが見あげた。 「これを身に着けることで、我々に君達の居所がばれてしまうんじゃないかとか、そう思っているのかい?」 図星を指され、リナリーが頬を赤らめる。 「やれやれ、若いのに疑り深いお嬢さんだ。 千年公や守化縷達が作ったものならともかく、こんな一般の職人が作ったものを身に着けたところで、居所なんか辿れないよ」 そうだろう、と、シェリルがロードを見遣れば、彼女は大きく頷いた。 「いくら僕でも、ちょっと触ったものをマーカーになんかできないよぉ。 だってそんなことになったら、僕が触ったものぜーんぶマーカーになっちゃって、ワケわかんなくなるじゃん」 ね?と、小首を傾げたロードに、リナリーはぎこちなく頷く。 「それにねぇ、顔と名前をさらしていることにかけては、君よりもむしろ、私の方が危険だとは思わないかい?」 そう言って、この国の外務大臣は、鷹揚に笑った。 「私は君達の敵・・・君にそのことを知られた以上、私は教団に命を狙われるのだろうねぇ・・・」 いかにも嘆かわしいとばかり、大仰に首を振るシェリルに、リナリーが大きく目を見開く。 「そんな・・・どうして・・・・・・!」 それがわかっていながら、なぜ自分に顔をさらしたのかと、リナリーは声を上ずらせた。 やはり罠だったのか、と、迫り来る命の危険に喉を引き攣らせると、彼女の思考を正確に読み取ったシェリルは、楽しげに微笑む。 「まぁ、君が今ここで、私を殺せばことは隠密裏に済むだろうが、まず生きては帰れない。 そして『教団』は、不本意ながらもこの国の外務大臣を殺すことはできないよ。 なぜならば今、『教団』が私を殺せば、間違いなく『世界の敵』になるだろうからね」 「それはどういう・・・・・・」 問いかけて、リナリーはその意味に気づいた。 唇を噛んで黙り込んだ彼女を見て、シェリルは満足げに微笑む。 「素晴らしく頭のいいお嬢さんだ! そう、この国は昔から、ヴァチカンとは距離を保ってきた。 そんな国の外務大臣が、ヴァチカン直属の『軍』に暗殺されたなら、我が国及び我が同盟国は、こぞってヴァチカンを非難し、戦争の火種とすることだろうねぇ。 ・・・さて、今のヴァチカンには、我が国を相手に戦うだけの力はあるかな?」 黙りこみ、俯いたリナリーの手を、シェリルの大きな手が包み込む。 ビクッと引きかけたその掌に、ピアスの箱が載った。 「怖がらせてしまってすまないね。 これはお詫びにでも、とっておいてくれたまえ」 「そうだよぉ それはリナリーがもらってぇ? いいでしょぉ、ルル?」 「・・・・・・・・・」 とても納得していない様子で、ルル=ベルはぷいっとそっぽを向いてしまった。 「いいってさぁ 「え?!えぇっ?!」 横目でロードを睨みつけるルル=ベルと、楽しげに笑うロードにはさまれて、リナリーが戸惑う。 「さぁさぁ、そろそろ姉妹喧嘩はよして。 レディが困っておられる」 「そうだね くすくすと軽やかな笑声をあげ、ロードはルル=ベルの膝の上に飛び乗った。 「いじめてごめんね、ルル お前の誕生日には、千年公が飼ってた猫につけてたピアスと、そっくりなものをあげるよ 顔を背けたままのルル=ベルの頬に、ロードが軽くキスする。 「だから、簡単に人にあげちゃったりしないでよぉ?」 と、ルル=ベルはようやくロードを見て、やや恥ずかしげに頷いた。 「じゃ、約束のキス 「はい」 ロードが小首を傾げると、ルル=ベルは彼女の頬にキスする。 「あぁ・・・ いつ見ても可愛いなぁ、娘達の仲睦まじい様と言うのは!」 興奮のあまり鼻血を迸らせるシェリルの姿に、リナリーは思わず身を引いた。 「おや、これは失礼。 私としたことがつい、無作法をしてしまった」 とは言いつつも、慌てた様子もなく、シェリルはナプキンを顔に当てる。 「あぁ、お茶がすっかり冷めてしまったね。 新しいのをお淹れしよう」 優雅な所作でリナリーのティーカップを取り上げたシェリルが、ロードやルル=ベルの分も温かいお茶を注いだ。 「どうぞくつろいでくれたまえ、レディ」 湯気と共に立ち昇る甘い芳香が、リナリーを暖かく包む。 「い・・・いただきます・・・・・・」 最初の仮面じみた社交辞令ではない、リナリー自身の言葉を受けて、シェリルは満足げに微笑んだ。 一方、リナリーの行方を追っていたアレンは、大通りに面した店の店員らに聞き込みをするリンクの後ろで、きょろきょろと視線をさまよわせていた。 リンクがリナリーを見つけてしまえば、厳しい罰則を下すに違いない――――。 そうならないためには、アレンがリンクよりも先にリナリーを見つけなければならなかった。 ところが、 「あぁ、東洋人の可愛い女の子?」 心当たりがある風の店員の声に、アレンの心臓がどきりと跳ねる。 「まぁ、東洋人はたくさんいるけど、目を引くくらい可愛い子って言うのは・・・」 アレンは慌てて口の前に指を立て、リンクの肩越し、店員に『言わないで!』と、サインを送った。 「か・・・可愛い子ねぇ・・・」 『お願い!!』と、両手を組みあわせ、涙目で懇願するアレンに、店員はこっそり頷く。 「ま・・・丸顔のぽちゃっとした子なら、毎朝店が開く前に食材を届けてくれるよ。 郊外の農家で働いてるんだ!」 「それは・・・私たちの探す者ではありませんね」 「そか。 そりゃ残念だったね」 『ありがとう〜〜〜〜!!』と、ごまかしてくれた店員を拝み倒し、俯けたアレンの視線の先に、何か光る物が写った。 リンクに気づかれないよう、そっと拾い上げたそれは、紅いガラスにEの文字が浮かび上がっている。 見間違えようのない、エクソシストの所属証だった。 アレンはそれを急いでポケットにしまうと、台座の裏を指でなぞる。 そこに刻印された文字は、『L』『e』『n』『a』『l』『e』『e』・・・彼女の所属証に間違いなかった。 リナリーの身に何かあったのかと、表情を強張らせたアレンの眼前、聞き取りを終えたリンクが踵を返す。 「次はあちらの店で聞きましょう。 行きますよ」 「あ・・・うん。 ありがとうございました!」 手を振る店員に礼を述べて、アレンは先程よりも真剣に辺りに目を配った。 なおかつ、アクマの気配はないかと神経を尖らせる。 ―――― 僕の目が届く圏内に、気配は・・・。 ない、と、結論しようとした思考が止まった。 遠く・・・彼の感知できる範囲ぎりぎりのところで、ざわりと感覚に触れるものがある。 アレンは先を行くリンクの背を見遣り、こっそりと雑踏の中に紛れ込んだ。 徐々に距離を広げ、彼の姿が見えなくなった瞬間、踵を返して駆け出す。 自身の感覚だけを頼りに大通りを駆け抜け、壁を足下に屋根へと一気に飛び乗った。 そのまま屋根伝いに道なき道を走って行くと、一足ごとに、まごうことなきアクマの気配が濃厚になってくる。 と、 「リナ・・・!!」 求める姿を見つけて、アレンは屋根から飛び降りた。 広々とした公園の傍らに寄り添う、細い路地に止まった大きな馬車から降りた少女は、突然目の前に降って沸いたアレンに目を丸くする。 「ア・・・アレン君・・・!」 「無事ですか?!怪我は?!」 リナリーを背後に庇い、まっすぐに睨みつけた先で、御者台に座るアクマはにやりと笑い、馬に鞭を入れた。 「っ?!」 身構えるアレンを無視して進む馬車は、前方に広がる闇に呑まれ、瞬く間に姿を消す。 何事もなかったかのように静けさを取り戻した道の上で、アレンはアクマに向けていた厳しい顔のまま、リナリーを振り返った。 「・・・心配しました」 「ご・・・ごめんなさい・・・」 身を縮め、小声で呟くリナリーにアレンは歩を踏み出す。 びくっと震えた瞬間、リナリーはアレンに強く抱きしめられていた。 「ア・・・!」 突然のことに、リナリーは真っ赤になって言葉を失う。 「・・・無事で良かったっ・・・・・・!!」 胸の奥から搾り出すような声に、リナリーは涙を浮かべてアレンの背に腕を回した。 「ごめん・・・ごめんなさい、私・・・・・・」 こんなにも彼を心配させるのなら、軽い気持ちで一人歩きなどするんじゃなかった、と、後悔が胸に迫る。 「助けに来てくれてありがとう・・・本当に私・・・・・・っ」 申し訳なく思っている、と続けようとした言葉は、更にきつく抱きしめられて封じられた。 「君の身に何かあったらしいってわかって、心底心配したんですよ・・・!」 「う・・・うん、ごめんなさい・・・ありがとう・・・・・・」 息苦しい中、なんとか囁くと、ようやくアレンの腕の力が緩む。 「ほんと・・・リンクより先に見つけられてよかったぁ〜〜〜〜!!」 「え?!えぇっ?!」 ほとんど泣き声をあげるアレンに縋られ、リナリーは困惑した。 「え・・・えっと・・・どういうこと?」 問うと、アレンは身を離し、リナリーの両肩を掴む。 「リンクが、勝手に方舟を使ったことで、君を罰しようとしてるんです! 今から『扉』を開きますから、例の部屋から逃げてください!」 「う・・・うわっ・・・!!」 さすがに焦ったリナリーを改めて見たアレンが、彼女の姿にふと瞬いた。 「リナリー、団服はどうしたんですか?!」 「あ・・・うん、着替えなきゃだよね!」 ロードに着せられたドレス姿のまま、手にしたバッグを困惑げに見下ろすリナリーに、アレンはポケットから取り出した所属証を差し出す。 「あっ!これ!!」 台座の裏に刻まれた自身の名を見て、リナリーの声までもが蒼白になった。 「教会近くの大通りで拾ったんです。 これのおかげで、君に何かあったって気づいたんですよ」 にこりと笑ってリナリーの手に所属証を乗せると、アレンはその腕を引いて共に路地へ隠れる。 「もし、リンクや監査官から尋問されたら、『方舟の中の部屋でお昼寝してた』とでも言ってください。 いいですね?」 「う・・・うん」 「急いで!」 周りに誰もいない事を確認し、開いた『扉』に、アレンはリナリーを押し込んだ。 「ありがとう!」 手を振るリナリーに笑って手を振り返し、アレンは『扉』を閉じる。 「さて・・・と。 ここ、どこ?」 見知らぬ風景に困惑した彼がリンクと合流できたのは、それから随分経っての事だった。 再びコムイで溢れた部屋に戻ったリナリーは、ほっと吐息して団服に着替え、胸に所属証を留めた。 「私・・・ワガママだ・・・・・・」 呟いて、まだアレンのぬくもりが残っていそうなそれを指先で撫でる。 たとえブリジットを女神と崇める一派であっても、リナリーの敵になったわけではないのに、勝手に裏切り者扱いしていた。 真意では彼女を崇めていても、アレンはリナリーを助けてくれる。 いや、アレンだけでなく、他の仲間達も・・・それは紛れもない事実だった。 「・・・・・・ごめんなさい」 悄然とうな垂れ、ぬいぐるみを抱きしめて呟く。 「ごめんなさい・・・・・・」 微かな泣き声は部屋の中に留まり、外に漏れることはなかった。 「全く信じられない子供ですね、君は! 街を歩く時は、リードをつける必要があります!」 迷子のアレンをようやく確保したリンクは、げんこつと共に憤然と言う。 「リ・・・リンクが先に行っちゃったんじゃないか! 僕は追いかけようとして、人の流れに乗ってっちゃっただけだもんっ!!」 そしたら知らない場所にいた、と、堂々と嘘をつくと、アレンの迷子癖の深刻さを知るリンクは、意外にもあっさりと信じてしまった。 「そろそろ戻りますよ。 ここではリナリー・リーの足跡は辿れませんでしたので」 「あ・・・そうなんだ」 ほっと、アレンは頬を緩める。 「だから言ったじゃん。 方舟のお部屋でお昼寝でもしてんじゃないの、って」 今頃戻ってるよ、と、いけしゃあしゃあと言えば、リンクは憮然としつつも頷いた。 「それにしても迷惑な小娘です。 厳罰は下せないにしても、説教くらいはしてやらねば!」 「そんなことするから嫌われるんだよ・・・」 さりげなく嫌味を言ってやったが、嫌われることが職業のような監査官は、柳に風と受け流す。 「くだらないことを言ってないで、早く『扉』を開きなさい」 「へ?!」 意外な要請に、アレンは目を丸くした。 「勝手に『扉』を開くなって、いっつも君が言ってんじゃん!!」 と、リンクはさも馬鹿にしたように、アレンを見下す。 「今回、私達は科学班の『扉』を通らず、ゆえに暗証番号を受け取ってはいません。 無線は傍受される可能性がありますので、このような所で使うのは好ましくない。 馬車等を使って本部へ戻るのはもっての他。 ならば君が『扉』を開くのが最善の策だと、少し考えればわかることでしょうに」 「・・・・・・すみませんねぇ、考えの足らない子で」 顔を引き攣らせ、せいぜい嫌味ったらしく言ってやるが、リンクの鉄面皮はこゆるぎもしなかった。 「自覚があるのなら、今後考えて行動するように」 「うわぁムカつく・・・!」 ひくひくとこめかみを引き攣らせながら、アレンは人気のない路地を探す。 「じゃあ、あの辺に」 歩を進めながら『唄』を思い浮かべると、『扉』が現れた。 方舟の白い街並みに足を踏み入れた途端、ざわめきは消え、静寂が訪れる。 「えーっと・・・ナルシスト部屋に戻る?科学班に行く?」 「部屋に戻りましょう。 科学班に事情を説明する必要はありません」 そんな態度が彼らの反感を買うのだと知っていながら、冷淡に言うリンクの背中にアレンはため息をついた。 「別に、仲良くなる必要はありませんけどねー・・・」 彼らだって、リンクや監査官達と仲良くなるのはごめんだろうが、もうちょっと和やかな雰囲気があってもいいと思う。 そんなことをぶつぶつと呟いていると、踵を返したリンクに襟首を掴まれた。 「なにをぐずぐずしているのですか。 ここでも迷子になるつもりですか?」 「うるさーぃ。 もうリンク、うるさぁぁぁぁい!」 うんざりと首を振るアレンに眉をひそめ、吊るし上げて連行する。 「これは本気でリードをつけた方が良さそうですね。 科学班に命じて、君専用のリードを作らせましょう」 冗談ではない口調で言いつつ、リンクが件の部屋へと続く『扉』をノックすると、向こうから小さな返事があった。 「・・・戻っているようですね」 舌打ち混じりに呟き、『扉』を開けば、コムイに満ちた部屋のベッドに、リナリーがちょこんと座っている。 「今までどこにいたのですか、リナリー・リー? 返答によっては、処罰をする必要があります」 リンクの厳しい声を受けて、リナリーはぐいっと涙を拭った。 「そのドアの向こう・・・方舟の中のお部屋で、日向ぼっこしていました」 それが何か、と、挑むような目をするリナリーに、リンクが鼻を鳴らす。 「暢気なものですね、リナリー・リー。 私達から逃げたのですか?」 意地の悪い問いに、リナリーはムッと唇を尖らせた。 「だってあの時は、みんなと顔を合わせたくなかったんだもん。 続き部屋から外に出ようとしたら、そのドアが方舟に通じてて・・・」 「つまり、また私的使用をしたわけですね」 「方舟に通じてるなんて、知らなかったんだもん!」 つんっとそっぽを向いたリナリーを、リンクはしばらく睨んでいたが、やがて、攻撃の気配が緩む。 「いいでしょう。 では中央への報告は、勝手に『扉』を設置した、コムイ室長の職権乱用行為のみとします」 「えぇっ?!」 「何か文句でも?」 じろりと睨まれ、リナリーは憮然と首を振った。 と、じたじたと暴れてリンクの手を振り解いたアレンが、リナリーに駆け寄る。 「コムイさんならなんとか切り抜けるでしょ。 それよりリナリー、お誕生日おめでとうございます ようやく言えたー にこにこと笑って、アレンはリナリーの手を引いた。 「え?なに?!」 驚きつつも、アレンに手を引かれるままついて行くと、彼は『早く早く』と廊下を走る。 「慌しくってごめんなさい! でもコムイさんのことだから、いつ帰ってくるかわかんないでしょ?」 「え?」 問い返すと、アレンは肩越し、意外そうな顔でリナリーを見た。 「他の人ならともかく、コムイさんですよ? リナリーのお誕生会には、どんな手を使っても帰ってくるに決まってるじゃないですか!」 「あ・・・!」 「気づいてなかったんですか?」 思わず足を止めたアレンに従い、リナリーも足を止める。 「ん・・・。 あの人が邪魔してたし、ここはあの人の味方ばっかりだから、無理だと思ってた・・・」 「味方・・・ねぇ・・・」 か細い声で呟くリナリーに、アレンはどこか、いたずらっぽく笑った。 「リナリー、自分のこと過小評価してるでしょ。 そして、ずーっとやり込められてたから、ミス・フェイのことを過大評価しちゃってますね」 「え?」 きょとん、としたリナリーに、アレンが笑みを深める。 「いつでもどこでも、コムイさんはコムイさん。 やるときゃやる人ですよ」 でしょ?と、アレンが小首を傾げると、リナリーは反射的に頷いた。 「だから僕は急がなきゃならないんです! お誕生日プレゼントとかお花とか、コムイさんの前で渡す度胸ないもん!」 そう言ってにこりと笑ったアレンの頭を、背後からリンクがわしっと掴む。 「では、私にはリードをプレゼントしてもらいましょうか、ウォーカー! 全く、さっき叱ったばかりだと言うのにまたちょろちょろと!」 「リンクがトロいだけじゃんー!!!!」 文官とは思えない握力でぎりぎりと締めつけられ、アレンが悲鳴をあげた。 「ア・・・アレン君! 放してください、監査官!!」 「不可です、リナリー・リー! これは躾けですから!」 「自分が躾けられろ暴力わんこッ・・・イタタタタタタタ!!!!」 余計なことを言ったために、更にぎりぎりと頭を締めつけられ、その上耳まで引っ張られて、アレンが泣き出す。 「放してってば!!」 「ぎゃんっ!!」 一瞬だがめまいがするほどの痛みと共に、アレンはリンクから引き剥がされ、リナリーに抱き寄せられた。 「なにを・・・っ」 「監査官は後から追いかけてきてください。 お城からは出ないし、方舟にも隠れないから、自慢のハナの見せ所でしょ」 べっ、と、舌を出した残像を置いて、リナリーはアレンと共に消える。 「あの小娘はまた・・・!!」 生意気な顔をした残像が消えるまでの間、リンクは血走った目でリナリーを睨みつけた。 「なんか・・・だいぶ慣れてきた気がする」 高Gに圧迫され、くらくらとめまいを起こしながらも、アレンは随分と早く立ち直れるようになった自分を誉めてやった。 「だったら今度は、もうちょっと早く移動しようか!」 「いえ、これ以上は・・・!」 一応加減はしていたのかと、アレンは真っ青な顔を振る。 と、リナリーは苦笑して、アレンの背中を撫でてやった。 「アレン君も耐G訓練する?」 「そうですね・・・それがいいかも・・・」 深くため息をついて、アレンは一瞬で目の前に現れた自室のドアを開ける。 「なんかこれって、ある意味瞬間移動ですよね。 こんなダメージさえなきゃ便利なんですけど」 「訓練すれば耐えられるようになるよ 「そうかなぁ・・・・・・」 素質の問題だって気がする、と、ようやく息を整えたアレンは、リナリーに花束を差し出した。 「バレンタインがオーストラリアの珍しいお花だったんで、今回はバラです 「あ・・・ありがとう!」 さすがはアレンと言うべきか、花束一つ贈るにしても、変化をつけてくる辺りが心憎い。 「それとこっちがプレゼントで・・・」 言いかけて、アレンが不意に言葉を切った。 彼の視線が自分の耳に注がれていることに気づき、リナリーは慌てる。 「あっ・・・あの、これはね・・・!」 洗練されたデザインに、さりげなく宝石があしらわれたピアス―――― 一目で高価なものだとわかるそれは、シェリルに押し付けられ、ロードに着けるようせがまれたものだ。 「え・・・えと、話せば長くなるんだけど・・・・・・」 我ながら言い訳じみた口調に眉をひそめ、リナリーは乱暴にピアスを外す。 「ロードに捕まって、姉妹喧嘩のダシにされた挙句、いらなくなったピアスを押し付けられちゃったの」 「つかまった?!ロードに?!」 愕然と顎を落としたアレンに、リナリーは苦笑して頷く。 「話せば長くなるから、それは後でね」 シェリルのこともなんと報告すべきか、悩ましい問題が頭をよぎったが、今は考えないことにした。 「こんなものより、アレン君がくれたものの方がいいよ!」 悩みを振り払うように一気に言うと、リナリーはにこりと笑ってアレンからプレゼントの箱を受け取り、冬の日差しを白く弾くピアスを耳に飾った。 「アレン君からもらったんだから、悪魔避けには効きそうだね あまりのことにやや呆然とリナリーを見つめていたアレンは、その感想に吹き出す。 「そりゃあ、生まれる前からノアの敵ですからね、僕は」 「先につけてれば、誘拐されることもなかったかもね」 小首を傾げ、耳を飾るピアスを指先に弄って微笑むリナリーに、アレンは思わず見惚れた。 と、 「ありがとう ついばむようなキスをされ、アレンが真っ赤に茹で上がる。 「・・・・・・あれ? さっき、道の真ん中で抱きしめてくれたのはアレン君じゃなかったっけ?」 あまりにも違う反応をされて、リナリーは気まずげに笑った。 「あっ・・・あれはっ・・・すすすっ・・・すごく心配っ・・・してたからっ・・・つっ・・・つい気がっ・・・緩んじゃって・・・!!」 抱きしめられたのではなく、縋られたのだと気づいて、リナリーはますます気まずくなる。 「そ・・・それはどうもごめんなさい」 ぼそぼそと口の中で呟くと、アレンが赤い顔を懸命に振った。 「ぼっ・・・僕こそ、レディにあんな失礼なこと・・・!」 必死に言い訳しようとしたアレンの言葉を遮るように、その時、リナリーの無線がけたたましいベルをあげる。 「はっ・・・はい、なに?」 気まずい雰囲気が振り払われた一瞬を逃さず応答すると、回線の向こうから陽気な声が溢れた。 『リーナリィィィィィィィ!! おにーちゃん帰って来たよー! どこにいるのさぁ!会いに来ておくれー 「兄さん!!」 久しぶりに聞く兄の声に歓声をあげ、リナリーは踵を返す。 「すぐに行くよ! あ、アレン君、また後でね!」 せわしく言うや、残像すら残さずに消えたリナリーが出て行ったドアを、アレンは虚しく見つめた。 「リナリー・・・・・・」 まだ二番目か、と、ほとんど泣きそうな声をあげ、天使の消えた後を見つめるアレンの眼前、鬼の形相をしたリンクが現れる。 「早速首輪をつけましょう!!」 怒声と共に拳骨を落とされ、アレンは悲しい泣き声をあげた。 「兄さん!!」 大好きな兄とようやく再会を果たしたリナリーは、コムイにしがみついて嬉しい泣き声をあげた。 「会いたかったよぉぉぉぉ!!」 「ボクもだよっ!!!!」 周りが引くほどの泣き声をあげ、抱き合う兄妹を遠くに眺めて、冷厳な秘書官は呆れ気味の吐息を漏らす。 「よくもまぁ、恥ずかしげもなく・・・」 本日の業務を完遂した彼女が、科学班を出ようと踵を返すと、その目の前にさりげなくリーバーが現れた。 「どうもお疲れさんです、フェイ秘書官」 「なにかご用ですか、リーバー班長?」 社交辞令もなしに用件を尋ねる彼女に、リーバーはにこりと微笑む。 「大変でしょ、室長の世話」 「お仕事にさえ集中していただければ、大したことではありません」 淡々と言ってのけると、リーバーが軽く拍手した。 「あの人を仕事に集中させること自体が、並大抵の努力じゃ敵わないんですが、それをやってのけるあなたに敬意を表しますよ」 彼らしくもなく誉め言葉を並べるリーバーを、ブリジットは眉根を寄せて見あげる。 「ご用件は?」 再び問えば、リーバーは笑みを深め、抱き合って泣き喚く兄妹を指した。 「リナリーの誕生日に、室長を戻してくれてありがとうございます。 あのままじゃ危うくリナリーが・・・希少なエクソシストが一人、壊れるところでした」 礼を言うと見せかけて、針を含ませた言葉を、ブリジットは目を細めて受け止める。 「本来はもう少々滞在の予定でした。 しかし、室長がお仕事に精励してくださった後、帰還を強く希望したため、枢機卿からお許しが出たのです。 ・・・・・・ヴァチカンに味方がいたとは、不覚でした」 最後の言葉は本音か、忌々しげな感情がにじみ出た声音に、リーバーが苦笑した。 が、不意に表情を改め、ブリジットと向かい合う。 「リナリーの精神安定のためにも、今後は無闇に引き離さないよう、要請します。 正式な文書が必要であれば、リナリー・リーのシンクロ率の変化を、数値に出して提出しますが?」 「構いませんよ」 やけにあっさりと言われて、リーバーは拍子抜けした。 「へ?」 「構いません、と申し上げました。 ちなみに、データの提出も不要です。 こちらでも、リナリー・リーの精神がまだ安定していないと確信するだけのデータは取れましたので」 「・・・データ?」 訝しげに眉を寄せたリーバーを、ブリジットは冷酷な目で見返す。 「中央庁から出向した科学者達に命じて、各エクソシストのデータは既に取ってあります。 長官のご命令でしたので」 「は・・・はぁ・・・・・・」 「他になにか?」 氷の女神の気にあてられ、凍えたリーバーがぎこちなく首を振ると、ブリジットは素気なく頷いた。 「では、失礼します」 氷像と化したリーバーの傍らをすり抜け、歩み去るブリジットの靴音が耳に甲高く響く。 「怖・・・・・・っ」 ぶるりと震え上がったリーバーの目は、自然とミランダの姿を求めた。 その後、クラッカーの弾ける音と共にあがった『HappyBirthday!』の合唱を幕開けに、リナリーの誕生会が始まった。 「おめでとー!!」 「ありがとう、みんな パーティ会場では、王女然と中央に座したリナリーが、久しぶりに晴れやかな顔でグラスを掲げる。 そんな中、やや遅れて会場に入ったリーバーは、そこに求める姿を見つけて駆け寄った。 「ミランダ!」 「リーバーさん? どうし・・・えぇっ?!」 衆人環視の中、突然抱きしめられて、ミランダがわたわたと大慌てする。 「この反応ッ・・・癒されるーッ 「は・・・はぁっ?!」 茹で上がったように真っ赤になったミランダを、リーバーは絶対放さないとばかり抱きすくめた。 「凍死するかと思った・・・!」 「はぁ・・・た・・・大変でしたね・・・・・・」 事情がわからない以上、そうとしか言えず、ミランダはリーバーの背中をなだめるように撫でてやる。 と、凍死寸前のリーバー以上に凍り付いていた人々を掻き分け、マグマのように沸き立ったリンクが現れた。 「なんっ・・・なんと不埒な!! マンマをお放しなさい、この変態っ!!」 「うるさい、マユゲ。 俺が解凍されるまでもうちょっとこのままでいさせろ」 「不可!! 不可に決まっているでしょう、こんな公衆の面前で!! あなたはクロス元帥ですかっ!!」 「いや、さすがにあそこまで爛れてはないと思うが・・・」 「爛れてますッ!爛れきっている!!」 きゃんきゃんと喚き狂うリンクと、吠え立てられても気にしないリーバー、その彼に抱きすくめられて茹っているミランダを見遣り、王女の前に侍ったラビが苦笑する。 「なにいちゃついてんだろうな、あいつら」 「いつものことだよ」 機嫌のいいリナリーは、にこやかに言うと、彼から受け取ったプレゼントを開けた。 「? なんだろう、これ?」 「日本製のお守りさ 良い香りが焚き染められた、美しい錦の小袋を指し、ラビは得意げに笑った。 「日本の神社で見た時、なんかすげーキレイだったから、アジア支部の伝手を辿って通販したんさ 「へぇ 「・・・安産祈願だぞ、これ」 リナリーの礼を遮った神田の言葉に、場が凍りつく。 「破廉恥なっ!!」 「だって知らんかったんさっ!!」 コムイに容赦なく蹴り飛ばされて、血塗れたラビがきゃんきゃんと泣き喚いた。 「ま・・・まぁ、いつか役に立つよね 「守り札の効用は大体1年だ」 リナリーのフォローを無残に破砕した神田の言葉を受け、コムイがラビを踏み潰す。 「ラビ・・・アタマいいんだから、漢字覚えればいいのに・・・」 「あいつは字の形は覚えても、意味を知らねぇんだよ」 字だけなら、日本人や中国人ですら知らない字を知っている、と言う神田に、アレンは笑みを引き攣らせた。 「それでブックマンが勤まるんですか?」 「俺の知ったことかよ」 つんっと、そっぽを向いた彼になにか言ってやろうかと思ったが、リナリーの手前、我慢する。 だが憮然とならざるは得ないアレンを無視して、神田はリナリーに箱を押し付けた。 「ほらよ」 「なに?!」 目を輝かせ、箱を開けたリナリーは、中から現れたものに頬を紅潮させる。 「ベルギーのレースだ! 神田、覚えててくれたん・・・あれ?神田?」 「もう出てっちゃいましたよ」 アレンが出口を示すと、リナリーは頬を膨らませた。 「なんだよもう、素気ないんだから!」 「それこそいつものことでしょ」 不満げなリナリーに反し、アレンはライバルの消失に頬を緩める。 「あんなのほっといて、楽しみましょ ・・・コムイさんも戻ってきたし?」 予想大当たり、と、乾いた呟きを漏らしたアレンに、リナリーは吹き出した。 「アレン君には今日、たくさんのプレゼントをもらったけど、あの予言が一番嬉しかったかな 「僕としては、姫の救出を一番に持ってきて欲しかったですけどね」 苦笑して、アレンはリナリーのグラスにグラスを合わせる。 「そろそろ王子役、交代してくれませんか?」 「んー・・・・・・・・・」 しばらく考えた後、リナリーはにこりと笑って首を振った。 「ダメ。 だってまだ、完全にコムイ姫を救出したわけじゃないもん 「やっぱりまだ二番目かぁ・・・・・・」 がくりと肩を落としたアレンに苦笑し、リナリーはもう一度グラスを合わせる。 「そうだね、1.5番目くらいかな?」 そっと囁いた途端、目を丸くしたアレンに、リナリーは華やかな笑声をあげた。 Fin. |
| 2009年リナリーお誕生日SSでした! 春節から続いた嫁小姑戦争、一応の完結編・・・になってますでしょうか; 女神が勢力を伸ばしている今、まだまだ続きそうですけどね(笑) そしてこちらのお話は、リクNo.43の『キャメロット父娘に招待されるリナリー』を使わせてもらっています。 『招待するからには、なにか口実がいるよなぁ。しかも、リナリーのみの口実がいるよなぁ』と考え、お誕生会にさせてもらいました(笑) 本当は伯爵様と、『外泊&三馬鹿門前に仁王立ちでお迎え』シーンも書きたかったんですが、流れ的に入らなかったので、別の機会にこの萌えシーン使ってやろうと思います!←気に入ってたらしい(笑) しかしあえてアレン君が招待客から外れることで、今回こそ『囚われのリナリー姫を助けに行くアレン王子!』のつもりだったんですが、実際に書き進めていくと、姫は自力で戻ってきたと言う・・・。>俺、こらっ!!( ■ #) しかもリバミラオチってマァ・・・どうしちゃったんでしょうねぇ、リーバー君。>お前がどうかしてんだよ; ちなみに、リナリーの1.5番目が『兄さんの次』だと思ったら大間違いですよ★ 1.1番目に婦長とジェリ姐、1.3番目に班長、1.4番目に神田と、1.5に到達するまでに実は4人いる!>とんでもねェ設定すんな! 相変わらず、『誕生会なのにお祝いされる本人が泣かされる』という、とんでもない構成になっていますが、お楽しみいただければ幸いです |