† Easter Bunny †







 春分の後の最初の満月の・・・次の日曜日は嬉しい日。


 うららかな春のある日、
 「料理ちょー!
 ケータリングの注文いいっすか?!」
 食堂のカウンターから、リーバーが厨房に向かって呼びかけると、ジェリーと共にリナリーも振り返った。
 「あれ?
 お前、また邪魔してんのか?」
 「せめて『お手伝いしてるのか』って言ったらどうだよ!」
 リーバーの言に、機嫌を損ねたリナリーが頬を膨らませる。
 「ジェリーに卵ゆでてもらってたんだよ!」
 「卵も茹でらんねぇのか、お前は」
 中国人なのに中身英国人め、と、呆れ返るリーバーに、リナリーが更に憤然とした。
 「他のことはともかく、お料理に関して英国人並なんて言われるなんて、リナリー最大の屈辱だよ!!」
 「本当のことだろうが」
 「なに――――?!」
 「まぁまぁ、落ち着きなさい、アンタ」
 ジェリーはリナリーの目の前にヘラを差し出してリーバーとの間を隔てると、彼に苦笑を向ける。
 「アンタも変にいじめないでちょうだい。
 これ、イースターエッグ用の卵だから、殻にひびが入らないように、注意深く茹でる必要があったのよん」
 「あぁ、リナリーにはレベルが高かったってことか」
 「そうなの・・・って、班長!!」
 思わず頷いたリナリーが、ジェリーの腕の向こうから唸った。
 その様を指差して大笑いするリーバーに、ジェリーがため息を漏らす。
 「けど、イースターエッグなんて懐かしいな。
 覚えてるか?
 それ教えてやったの、俺だぜ?」
 「・・・覚えてるよ」
 ぶぅ、と、リナリーは頬を膨らませた。
 「ティエドール元帥に絵を教えてもらった後、私と神田が科学班の重要機密書類に落書きしたのが見つかって、すごく怒られて・・・代わりにこれで遊んでろって教えてもらったんだよね」
 「なんでそんな、怒られたことばっか覚えてんだ、お前は」
 リーバーは苦笑して肩をすくめる。
 「言っとくが、あの頃は大変だったんだぞ?
 室長やティエドール元帥は元より、クラウド元帥・・・あの猛獣使いまで、お前達を可愛がるばっかりでちっとも躾しないから、仕方なく俺が叱り役引き受けてたんだからな」
 「今でも叱り役じゃない〜・・・!」
 「そりゃお前達が、いつまで経ってもガキだからだ」
 きっぱりと言われて、リナリーがぱんぱんに頬を膨らませた。
 その様にまた、リーバーが笑い出す。
 「でも、ホントにあの時のお前達は・・・」
 「可愛かった?」
 ぱっと、目を輝かせたリナリーに、リーバーは首を振った。
 「猛獣だった」
 「えぇっ?!
 ティエドール元帥もクラウド元帥も、天使みたいだったって言ってくれるのに!!」
 不満げなリナリーに、リーバーは深々と吐息する。
 「ふざけろよお前・・・サイアクだったぞ?
 ガキとは言ってもエクソシストは普通の大人よりも強いのに、アタマは年相応だから、ワガママ放題されると正直、こっちの体力が持たないんだよ」
 「えぇー!!
 嘘だよ、そんなの!
 班長ってば、今でも私のこと片手で持って放り捨てるじゃない!!」
 「本気で抵抗されたらもう、とっくにかなわねぇよ」
 「え?!そうなの?!
 もしかして私、班長には敵わないって刷り込まれてる?!」
 両手で自分の頬を挟むリナリーに、リーバーがまた笑った。
 「まんまとかかりやがってざまーみろ。
 ところで料理長、ケータリング」
 「あぁ、そうね!
 あのねリーバー、アタシ、いいこと考えたのぉんv
 リーバーとリナリーのやり取りを楽しげに見守っていたジェリーは、笑って手を打ち合わせる。
 「うちの子達、何人か科学班に出張させて、その場で作るのってどうかしらん?
 そうしたらみんな、あったかいお料理が食べられるでしょぉん?」
 「あ!それいっすね!
 部下達も喜びます」
 「そぉ?よかったんv
 じゃあ、すぐに用意させるからぁ、スペース貸してねんv
 「りょーかいっすv
 「私も手伝うよ!」
 早速場所確保、と、踵を返したリーバーについてくるリナリーを、彼は肩越しに見遣った。
 「イースターエッグはいいのか?」
 「うん!
 熱が取れるまで、絵は描けないからね。
 それまでの時間つぶしv
 シェフ達が入るスペースを作らないと、と、こぶしを握るリナリーに、リーバーが苦笑する。
 「なに企んでんだ?」
 「何も?
 ただ、イイ子でお手伝いしたら、班長が教団主催のイースターパーティを企画してくれるかなぁって思ったダケv
 「無茶言うな」
 リナリーの言い様に思わず吹き出し、リーバーは彼女の頭を小突いた。
 「俺は忙しいんだ。
 パーティの企画なら、自分達でやんな」
 「あ!
 じゃあ、パーティするのはオッケーだね?!」
 目を輝かせるリナリーに、リーバーは少し考えて頷く。
 「庭は全面的に大丈夫。
 城内は公共スペースと、各班長の了解が取れた部屋だけにしとけ。
 ちなみに科学班は、第1班はオッケーだ。
 ただし・・・」
 「仕事の邪魔したら殺す、だね?わかってるよ!」
 はしゃいだ声をあげて踵を返そうとしたリナリーの襟首を、リーバーはすかさず掴んだ。
 「手伝いの交換条件じゃなかったのか?」
 「はぁい・・・」
 ぺろりと舌を出し、おとなしくついてくるリナリーにまた、リーバーが笑い出す。
 「また庭中を穴だらけにすんなよ」
 「わかってるよ!」
 幼い頃のやんちゃを未だに言うリーバーに、リナリーは頬を膨らませた。


 科学班第1班の研究室に入った二人は、相変わらず騒然とした室内を見回した。
 「んー・・・どの辺だったらスペース作れるかな」
 まさに一部の隙もなく資料や器具類の詰め込まれた室内に、リナリーが困惑する。
 「天気がいいんだ。
 シェフ達にはバルコニーに出てもらおうぜ」
 室内に向けてカウンター設置、と提案するリーバーに、リナリーが大きく頷いた。
 「そうすれば、万が一にも大切な非戦闘員に被害が出ずに済むね!」
 「・・・どういう意味だ、お前」
 「そのままの意味だよ。
 科学班なんて、一般人には危険区域なんだって自覚ないの?」
 エクソシストだって危険なのに、と、きっぱりと言ったリナリーに、リーバーは反論できない。
 「ま・・・せっかくの料理長の好意だ。
 彼女を怒らせないよう、気をつけるよ」
 「そうしてクダサイv
 ようやく一勝を得たリナリーが、嬉しげに笑った。
 「そうと決まったら、出張シェフ達が通れるように道作んなきゃ!
 みんなー!
 デスクの間に置いてるワゴン、ちょっとどけて!」
 リナリーの指示に、科学者達は素直に従い、資料や実験器具の乗ったワゴンがどけられて、まるで海が割れるかのように道が空く。
 「モーゼみたいだな」
 「うーん・・・。
 モーゼが海を割った時も、海底には変な生き物が転がってたのかな・・・」
 リーバーのコメントに呆れ口調で返したリナリーが床を示した。
 「なにやってるの、ラビ?」
 「えっ・・・いやっ・・・そのっ・・・!!」
 ワゴンの陰にいたらしいラビは、隠れる場所を失って、小動物のようにぷるぷると震えている。
 いや、小動物のように、ではなく、まさに小動物だった。
 「お前、またウサ耳薬と子供になる薬を飲んだのか?」
 呆れ返って肩をすくめるリーバーに、ラビはぶんぶんと首を振る。
 「自分でやったんじゃないさっ!!
 俺がここで情報収集してたらミランダが・・・っ!」
 「え?!」
 驚いて辺りを見回したリーバーの視線を、苦笑した部下達が指差して導いた。
 「ミランダ?!」
 見遣った先のソファでは、少女が一人、寝込んでいる。
 ただ眠っている、と言うには苦しげに眉を寄せる様に、リーバーは厳しい顔でラビの襟首を掴んだ。
 「どういうことだ、こりゃあ!!」
 「被害者は俺!俺さぁぁぁぁ!!!!」
 ぎゃんぎゃんと激しい泣き声をあげて、吊るされたラビがじたじたと暴れ狂う。
 「俺はここで報告書読んでただけさ!
 そしたら、お前と入れ替わりに来たミランダが、床に置いてあった器具につまずいて、コケた拍子にしがみついたのが積み上げられた書類で、それが雪崩れて棚にぶつかって、ウサ耳薬と子供薬の入った瓶が割れてガス発生したもんだから、近くにいた奴が被害を受けちまったんさ!
 ちなみにミランダが寝込んでんのは、自分で崩した書類の下敷きになっちまったから!」
 だから俺のせいじゃない!と、重ねて言ったラビを、リーバーは放してやった。
 「そっか、それで・・・」
 「可愛くなっちゃってv
 7〜8歳くらいだろうか、幼くなったミランダは、今のスレンダーな彼女からは意外なほどふっくらとして、愛らしい姿をしている。
 「ミランダのほっぺ、ぷにぷにーv
 ソファの傍らに膝をついたリナリーが、楽しそうにミランダの頬をつつくと、彼女のきつく寄っていた眉根が開き、うっすらと目が開いた。
 「あ、起きたね、リトル・プリンセスv
 「?」
 リナリーの言葉の意味がわからず、のろのろと起き上がったミランダの頭の上で、ぴょこんっと耳が立ち上がる。
 ふわふわと柔らかいウェーブのかかった髪の上で、ぴこぴこと揺れる耳を見た途端、リーバーの動きが止まった。
 「・・・はんちょー。
 いくら可愛いからって、鼻血出さないでね」
 「うっ・・・うるさい!!」
 リナリーの呆れ声に、リーバーは慌てて鼻を押さえる。
 しかし、ミランダを抱き上げ、ちゃっかり確保してからリーバーは、未だぷるぷると震えるラビに向き直った。
 「それで?
 他に被害者は誰だ?」
 「それは・・・」
 ラビが答えようとした時、突然沸いたけたたましい笑声がそれを遮る。
 「黒!!
 黒ウサギ!!
 黒ウサギ――――!!!!」
 「っっるっせぇよ白ウサギが!毛ェむしっぞ!!」
 驚いて見遣ると、白黒の仔ウサギが二匹、ころころと取っ組み合っていた。
 「・・・・・・アレンと神田もか」
 なぜここにいたんだ、と問うと、ラビが背伸びしてデスクの上の書類を指す。
 「これ、ユウちゃんの報告書。
 俺がここで情報収集してたら、ユウちゃんが報告書出しに来たんさ。
 そんでたまたま目に付いたスペルの間違い指摘してたら、ちょうど別件の報告書出しに来たアレンが寄ってきて・・・」
 「あぁ、なんとなく展開が読めた・・・」
 神田と仲の悪いアレンが、そんなおいしい隙を見逃すわけがなく、それをネタにからかいに来たのだろうと言うと、案の定、ラビはこっくりと頷いた。
 「アレンが散々嘲笑うもんだから、ユウちゃん激怒ってさ・・・そもそも、ミランダがつまずいたんも、二人のケンカを止めようって、慌てて寄って来たからさ」
 な?と、ラビがリーバーに抱き上げられたミランダを見上げるが、彼女はまだショックから立ち直れないのか、ぐったりとして目をつぶっている。
 「・・・大丈夫か?
 頭でも打ったんじゃ・・・」
 リーバーの気遣わしげな声は、彼の隣できょろきょろしていたリナリーの歓声に塞がれた。
 「やっぱりいた!金茶ウサギ――――!!!!」
 けらけらと笑いながら、リナリーはその子供のウサ耳を持って掴みあげる。
 「放しなさい、小娘!
 私にこんなことをして、許されると思っているのですか!!」
 「ふふふv
 私が小娘なら、今のあなたは小僧ですね、リンク監査官vv
 嬉しげに笑いながら、リナリーはじたじたと暴れるリンクに目を細めた。
 「まーぁ!ぷくぷくほっぺv ぷくぷくほっぺv
 リンクの頬を、リナリーが楽しげにつつくと、それは面白いように膨れる。
 「やめなさい!やめなさいと言って・・・!」
 「はぁいv
 彼の要望通り、リナリーはつつくのをやめて、積み上げられた資料の向こうへリンクを放った。
 「小娘――――――――!!!!」
 リンクの怒声は聞こえない振りをして、リナリーはまだ取っ組み合うアレンと神田を抱き上げる。
 「二人ともかわい――――v
 「かっ・・・可愛くないです・・・!!」
 「放せゴラ!ブッた斬るぞ!!」
 「あ、でも、本当にちっちゃかった頃より、神田は目つきが悪いね」
 「ほっっっとけよ!!
 てめぇも笑うんじゃねぇ、モヤシ!!」
 リナリーの指摘に吹き出し、けらけらと笑うアレンを神田が蹴飛ばした。
 「なにすんですか黒ウサ!!」
 蹴り返し、掴みかかろうとするアレンを、リナリーは慌てて神田から引き離す。
 「もう、暴れないでよ」
 ちっともおとなしくしない仔ウサギ達を持て余し、かといって喧嘩するに決まっている二人を放すわけにも行かず、困惑するリナリーの背後に、不気味に光る目が迫った。
 「小娘――――!!!!」
 ヒステリックな喚声と共に沸いた濃霧がリナリーを包む。
 「なんっ・・・?!」
 膝が崩れた、と思った瞬間、リナリーは目線を同じくしたアレンと神田に両脇を挟まれていた。
 「なにすんの金茶ウサ――――!!!!」
 「黒ウサをもう一匹増やしてやったのですよ!
 ざまぁ見なさい小娘!!」
 両手を腰に当て、ふんっと鼻を鳴らして胸を張るリンクが忌々しい。
 「このっ・・・!!」
 蹴ってやろうと起き上がった途端、リナリーは自分の服の裾を踏んで転んでしまった。
 「・・・っ痛い――――!!!!」
 甲高い声で泣き出したリナリーに、アレンがおろおろと擦り寄る。
 「だ・・・大丈夫ですか?!
 今、ものっすごい音しましたよ?!」
 おでこ赤くなってる、と、アレンが気遣わしげにリナリーの額を撫でた。
 「いたいのとんでけっ!」
 「そんなんで飛ぶかッ!」
 「飛ぶもん!」
 リナリーを挟んで喚き合う仔ウサギ達を、リーバーは唖然と見つめる。
 「・・・なんだこの、必殺的に可愛い光景は」
 と、彼にとって最も可愛いウサギが、腕の中で再び目を覚ました。
 「あら・・・?
 リーバーさんがおっきい・・・・・・」
 「あぁ、目が覚めたか、姫」
 「ひめ・・・?」
 ぼんやりと呟いたミランダは、首を傾げた拍子に目に映った自分の手を、まじまじと見つめる。
 「え・・・?」
 なにが起こったのか、わけがわからず呆然としつつも、わきわきと手を動かして・・・一気に血の気が引いた。
 「小さくなってる!!」
 「ついでにウサ耳もついてる」
 ぺろん、と、リーバーが指先に抓んだ耳を引き下げてやると、ミランダはまた気を失いそうに蒼褪める。
 「なんてことっ・・・!」
 「あぁ、服は着替えた方がいいよな」
 愕然とするミランダに、あえてなんでもない風に言うと、リーバーは大騒ぎの真ん中にいるリナリーに声をかけた。
 「リナリー、お前の小さい頃の服、出して来い」
 「私だって動けないよっ!班長取って来てよ!!」
 「あぁ?!俺は忙し・・・」
 「なんだよなんだよっ!
 ミランダだけ抱っこして、リナリーもぉぉぉ!!!!」
 ヒステリックな声をあげるや、リナリーはリーバーの足にしがみつく。
 「お前は頭ン中まで幼児になってんのかッ!
 登んな――――!!!!」
 リナリーだけでなく、アレンや神田、ラビにまでよじ登られて、リーバーが怒声をあげた。
 しかし、
 「班長、それ連れて散歩でも行ったらどうっすか?」
 「いるだけでやかましいんで、とっととどっか行ってください」
 冷たい部下達はそう言って、うるさげに手を払う。
 「あぁっ?!
 お前ら・・・!」
 「班長の仕事はねー、最近、室長が真面目にお仕事してくれるおかげで、あんま切羽詰ってないんすよねー」
 「班長の承認がいる書類も、さっき全部終わったっしょ?」
 だから班長自らケータリングの注文になんか行かされたのだと改めて言われ、リーバーがむくれた。
 「だからっててめぇら、俺一人に猛獣共押し付けてんじゃねぇよ!
 誰か・・・」
 手伝え、と言う前に、部下たち全員が手と首を振る。
 「俺、今日中に結果出さなきゃなんで!」
 「俺、これから確認作業っす!」
 「俺、1時間以内にデータ解析しないと殺されます!」
 口々に辞退理由を述べて去っていく部下達を引き止めることもできず、ウサギ型の実をぶら下げた樹木のようなリーバーは立ち竦んだ。
 と、
 「ご・・・ごめんなさい・・・!!」
 実の一つが、ぷるぷると震えて呟く。
 「わっ・・・私のせいでっ・・・・・・!!」
 「イヤイヤ、元はといえばアレンとユウちゃんが喧嘩したからだし」
 「少なくとも私は、ミランダのせいじゃないし!」
 リナリーがじろりと睨んだ先では、一人樹に生らなかったリンクがふんっと鼻を鳴らした。
 そんな彼を、アレンが手招く。
 「リンクリンク、リーバーさんにブックマンの部屋まで連れてってもらいましょ」
 と、リーバーの背中に取り付いていたラビが、更に肩までよじ登る。
 「御者さーん!
 ジジィに服借りて着替えっから、俺の部屋まで!」
 「じゃあ先に、私の部屋寄って!
 ちっちゃい頃の服出さなきゃ!」
 「お前らっ・・・!」
 「よろしくお願いします」
 ずしっと、新たに右肩に乗った重みに、リーバーが歯を剥いた。
 「悪霊かお前は!!」
 「では左肩に移りましょうか?」
 「守護天使の位置はもう、俺がもらったさ!お前は悪霊やってろまゆわんこ!」
 リーバーの背を伝って移動しようとしたリンクを、ラビが阻むと、
 「ラビが守護天使って、ものすごく不安ですね!」
 「あっさり悪霊にやられるな」
 普段仲の悪いアレンと神田が、ここぞとばかりにタッグを組む。
 「なんさお前ら、こんな時ばっかり!」
 「運んでいただけるなら別に、悪霊で構いませんよ、私は」
 「お前はなんでそこで大人なんさ?!
 ナニ俺、一人だけワガママみたいじゃんっ!!」
 「ワガママでもなんでもいいから暴れんなっ!!」
 自分の意思によらず、ぐらぐらと揺さぶられて、リーバーが怒声を放った。
 「オラ、連れてってやるからおとなしくしろ!
 アレン!神田!!揺れんな、腕が抜けっだろ!」
 両肩にラビとリンクを乗せ、両腕にミランダとリナリーを抱き、曲げた両腕にアレンと神田をぶら下げて、時折怒鳴りながらざくざくと歩み去ったリーバーの背中を、部下達が見送る。
 「確かに・・・体力つけとけって、俺らに言うだけはあるよな、あの人」
 「ガキ6人もぶら下げて平気って、どんだけ力持ちなんだよ・・・」
 「その上仕事もできるから・・・・・・」
 逆らえないんだよなぁ・・・と、有能すぎる上司を持った部下達は、深々と吐息した。


 「あ、ここで下ろして御者さん!」
 自室近くでリナリーが、リーバーの腕を叩いた。
 「あ?
 ドア開けられんのか?」
 「あ・・・開けられるよ!
 自分でドア開けるから、ここでいいの!」
 頬を赤らめて声を詰まらせるリナリーと、彼女に服を借りるミランダを下ろしてやると、リーバーはにんまりと笑う。
 「いつ男子に見られてもいいように、部屋の片づけくらいしとけよ」
 「うっ・・・うるさいな!
 任務続きで片付ける暇なかったの!!」
 長い耳を気まずげに伏せて、顔を真っ赤にしたリナリーが甲高い声を張り上げた。
 「ミランダ、いこ!!」
 「あ・・・はい・・・・・・」
 170近い長身から、突然半分以下の身長になったため、長すぎるスカートを持て余したミランダが、もたもたと後に従う。
 「転ばないように気をつけろよ!」
 二人の小さな背中に声をかけて、次にリーバーはブックマンの部屋に向かった。
 「すんませーん!
 ブックマン、仔ウサギ達にまた服貸してやってください」
 雑然と日刊紙の積み上げられた部屋で、今日の新聞を読んでいた老人は、リーバーの要請に目を丸くする。
 「これはまた・・・たくさん生まれたもんじゃな」
 「明日、イースターっすからね」
 苦笑して、リーバーはウサギ達を部屋に放った。
 「またけったいなイースター・バニーじゃの。
 これ!
 その服はデート用なんじゃから手ェ出すでないわッ!」
 「ジジィまだデートなんかすんのかよっ!」
 「相手いねーだろ!」
 弟子と神田の無礼には、鋭い蹴りで応酬する。
 「わしゃまだまだピチピチじゃ!」
 「・・・クソジジィ!!」
 「ピチピチなんて言ってる時点でもう、イケてないさ・・・!!」
 だくだくと流れる血で顔を染めつつ、二匹はぶつぶつとぼやいた。
 だがそんな二匹の傍らで、リンクは我関せずと服を見比べている。
 「布地の質はともかく、スーツはお持ちではないのですか、ブックマン?
 東洋の服は着たことがないので、よくわからないのですが・・・」
 困惑げに服を広げるリンクの背後から、アレンが服を被せた。
 「こうやって被って帯結ぶだけですよ!なにがわかんないんですか?」
 「・・・・・・」
 アレンに無造作に着せられた服の襟をつまみ、リンクは考え込む。
 「この服は・・・どういった場合に着るものなのでしょう?
 仕事中に着るにしては、随分とラフな感じがしますが」
 「頭いいくせに頭固いですよね、リンクは!」
 こんな事態になってさえ、ふさわしい服装にこだわるリンクに、アレンは呆れ返った。
 「今のちんちくりんにスーツ着たって、とても仕事中には見えませんよ!!」
 「ちんちく・・・君に言われたくありませんよ、仔ウサギ!!」
 「いつもは4つ下でも、今は同年齢じゃんか!
 威張ってんじゃないですよちんちくりん!!」
 「ほら!ケンカすんな!」
 つかみ合い、喚き合う二匹の襟首を持って引き離し、リーバーはアレンを衣装箱の前に放る。
 「早く着替えろよ。
 俺だっていちおー、暇じゃないんだ!」
 「はぁい」
 衣装箱から一着を取り出し、もそもそと着替えたアレンの側で、止血した神田とラビも着替えを終えた。
 「これでようやく動けるさーv
 ラビがはしゃいだ声をあげて、ぴょんぴょんと跳ねる。
 「なぁなぁ、せっかくウサギになっちまったんだから、イースター・バニーやんねっ?!」
 「あ?
 卵隠すのか?」
 ラビに飛び掛られ、うるさげな神田とは逆に、アレンは目を輝かせた。
 「明日、卵探しするんですね!
 僕、絶対わかんないように隠す!!」
 「そんなことをすれば、せっかくのイースター・エッグを見つけてもらえませんよ」
 愛想のない口調でありながら、珍しくも乗り気なリンクにラビが笑う。
 「じゃあさっじゃあさっ!!
 イースター・エッグつくろっ!
 ジェリー姐さんに卵ゆでてもらうんさっ!!」
 「あぁ、それなら・・・」
 はしゃいで跳ね回るラビの襟首をリーバーが掴み、吊るし上げた。
 「さっき、リナリーがゆでてもらってたから、それ使えばいいだろ。
 みんなで仲良く遊んでな」
 と、リーバーはふと目を見開き、ラビを放り出す。
 「ぎゃんっ!!
 なにすんさ――――!!!!」
 床に頭をぶつけたラビが涙目で抗議すると、既に踵を返したリーバーが肩越しに手を振った。
 「スマン、大事な事忘れてた!
 研究室に戻る!」
 あまりにごたごたしすぎて、シェフの出張受け入れ準備を忘れていた、と呟くリーバーを、アレンが興味津々と見つめる。
 「僕も行く!!」
 てててっと、リーバーについていったアレンを、リンクがすかさず追った。
 「待ちなさい!
 小さくなってもちょろちょろと!!」
 あっという間に消えてしまった三人を、やや呆然と見送ったラビは、無言で出て行こうとした神田の髪を掴んで引き止める。
 「・・・なんだよ!」
 「卵の絵付け、手伝ウサv
 ウサv と、耳をぴこぴこそよがせ、ラビは楽しげに笑った。


 「ねぇねぇ、シェフが出張って、研究室でお料理作ってくれるんですか?
 メニュー何?
 食堂のメニューとは違うんですか?」
 ねぇねぇと、ぴょこぴょこついてくるアレンを振り返ったリーバーは、彼らしい質問に苦笑した。
 「ケータリングを頼みに行ったら、料理長の好意で、シェフを派遣してくれることになったんだよ。
 別に、食堂のメニューと違うもんを作ることはないだろうから、腹減ったんなら食堂に行きな」
 「やだ!僕も研究室行く!!
 なんだかいつもと違う場所で食べるのって、新鮮でいいじゃないですかーv
 にこにこと笑って、嬉しそうに長い耳をそよがせるアレンに、リーバーは肩をすくめる。
 「お前・・・食堂と違って、出張版は材料に限りがあるんだから、遠慮しろよ」
 「うん。
 じゃあ、全メニュー一皿ずつで我慢します!」
 「コラ!」
 決然と言ったアレンの背後から、リンクが彼の頭をはたいた。
 「なにすんだよ!リンクの乱暴者!」
 「黙りなさい!
 科学班の方達に迷惑をかけるんじゃありませんよ!」
 「迷惑じゃないもんッ!
 迷惑じゃないよね、リーバーさんっ?!」
 騒がしい仔ウサギ達に苦笑するリーバーの傍ら、軽い足音が響いて、仔ウサギがもう一匹飛びついてくる。
 「リナリーも行く!!」
 「お前、普通に寄って来いよ!!」
 突撃され、よろけたリーバーが、リナリーの襟首を持ってつまみあげた。
 「ミランダは?」
 「あっち」
 小さな指が指した先では、壁の向こう側からおずおずとミランダが様子を窺っている。
 「ミランダ、こっち来いよ」
 リーバーが呼びかけると、ミランダはかなりの間逡巡した後、再度呼ばれてから寄って来た。
 途端、
 「可愛いです、マンマッ!!」
 感極まったリンクがこぶしを握る。
 が、ミランダは恥ずかしげに俯くと、リーバーの足に縋って隠れてしまった。
 「か・・・可愛くない・・・です・・・」
 「えぇー?可愛いですよ?」
 「うん、ほっぺぷくぷくだし」
 ね、と、アレンとリナリーが笑いあうと、ミランダはますます身を縮める。
 「だって・・・ムッター(お母さん)が太ってるとみっともないって言うし・・・・・・」
 「はぁ?
 普通だろ、子供なんだから。
 見てみろ、リナリーなんかころころしてるぞ、ころころ」
 今にも転がりそうだ、と、笑うリーバーにリナリーがぱんぱんに頬を膨らませた。
 「なんだよっ!
 リナリーはデブじゃないよっ!幼児体型だよっ!!」
 「ホラ、このくらい開き直ってみな」
 それでも顔をあげようとしないミランダを、リーバーが抱き上げる。
 「リナリー、ちょっと俺のインカム入れろ」
 「うん」
 右手に抱いたままのリナリーが彼のインカムのスイッチを入れると、無線が研究室に繋がった。
 「リーバーだ。
 もうすぐそっちにシェフ達が出張してくれっから、場所空けとけ」
 指示しながら、既に研究室とは違う方向へと踵を返したリーバーの足に、アレンが縋る。
 「どこ行くんですかっ?!
 研究室でランチしないのっ?!」
 「足に絡むなよ。歩きにくいだろ」
 とは言いつつも、お構いなしに歩を進めるリーバーの足にアレンがしがみついた。
 「ねーえぇーってばぁーあ!!」
 「ったく・・・食堂行くんだよ。
 リナリーが、料理長に卵ゆでてもらってたからな」
 「あ!そうだった!!」
 すっかり忘れていたことを思い出して、リナリーが足をばたつかせる。
 「早く早く!
 卵に絵を描くんだよ!」
 「絵ぇ〜・・・」
 途端に嫌な顔をして、アレンはしがみついたリーバーの足に顔をうずめた。
 「やっぱり僕、科学班に行く・・・」
 「なんでっ!一緒にやろうよっ!」
 またばたばたと足をばたつかせるリナリーを、アレンは上目遣いに見あげる。
 「だって僕、お絵かき下手だもん・・・・・・」
 大抵のことは器用にこなすアレンの、数少ない苦手分野を思って、リナリーが苦笑した。
 「そっか・・・。
 じゃ・・・じゃあさ、アレン君は卵に下塗りしてよ!
 その上に私が絵を描くよ!」
 「うん・・・・・・」
 それはそれでつまんない、と、不満げなアレンの傍ら、とことことついてきていたリンクが鼻を鳴らす。
 「ならば、私とお勉強でもしていますか?」
 「それはもっとヤダ」
 ぶぅ、と、頬を膨らませたアレンにリーバーが笑った。
 「だったら、お前はお茶でもしながら見てろよ。
 んで、やりたくなったらやらせてもらいな」
 「・・・はい!」
 解決策を提示してくれたリーバーに、アレンは目を輝かせて頷く。
 「それならついてくv
 現金な言葉に、憂鬱そうだったミランダまでが思わず吹き出した。


 またウサギの生る木と化したリーバーが食堂に入ると、そこでは既に、ラビと神田がテーブルを一つ占領して、イースター・エッグを作っていた。
 「アラぁんv
 また可愛い仔ウサギ達が来たわねぇv
 既にラビと神田から事情を聞いていたのだろう、ジェリーが、なんでもない風に笑って厨房から出てくる。
 「それにしてもアンタ、相変わらず子供に人気なのねぇー。
 子供だけにわかるフェロモンでも出してんじゃないのぉ」
 クスクスと笑いながら、ジェリーはリーバーの足にしがみついたアレンを抱き上げた。
 「きゃーんv
 アレンちゃん、ホントにウサちゃんみたいねーぇv
 お目目が赤かったら完璧、と笑って、ジェリーはリーバーに抱っこされたミランダを見遣る。
 「アンタ、そのままおっきくなればよかったのにねぇ。
 今はだいぶふっくらしたけど、ここに来たばっかりの時はホント、触っただけで折れるんじゃないかしらってくらい、細かったからねぇ」
 と、ミランダは頬を赤く染め、恥ずかしげに俯いた。
 「だって・・・ムッターが、あんまり太るとみっともないって言うから・・・・・・」
 あんまり食べないようにしていた、と、消え入るような声を聞き取り、ジェリーは柳眉を吊り上げる。
 「確かに食べすぎはよくないけど、そんなちっさいころからダイエットなんてしちゃダメよ!
 人間でも犬でも猫でもウサギでも、子供の頃はころころしてなさいってのが、神様の思し召しなんですからね!」
 「そ・・・そうなんすか?」
 思わず呆れ声で問うたリーバーを、ジェリーがきっ、と睨みつけた。
 「そうよ!
 子供の頃にしっかり栄養摂って、元気に生きられる身体を作るんだから!」
 だから、と、ジェリーは手を伸ばし、ミランダのふっくらとした頬を撫でる。
 「アンタはそのままでいいのよ。
 そのままで十分可愛いの」
 その言葉に顔をあげたミランダが、こぼれんばかりに目を見開いた。
 ずっとダメだダメだと言われ続け、萎縮して生きて来たミランダにとって、あまりにも新鮮な言葉をかけてくれたジェリーは、にこりと笑ってアレンを抱えなおす。
 「ご覧なさいよ、アレンちゃんもリナリーも、転がせばどこまでも転がって行きそうにころころしてるでしょv
 「リナリーはデブじゃないってばーぁ!!!!」
 怒って足をばたつかせるリナリーに、ジェリーが笑声をあげた。
 「ころころして可愛いって言ってるのよんv
 アンタだって、ちっちゃい子がころころしてるのは好きでしょぉ?」
 「うん・・・・・・」
 ぴくぴくと耳をそよがせて、リナリーがアレンを見つめる。
 と、
 「それにしても静かですね」
 金茶色の耳をぴくぴくさせて、子供になっても眉間のしわが消えないリンクが呟いた。
 「Jr.と神田のことですから、イースター・エッグを作るにしても、もっと賑やかだろうと思っていたのですが」
 自分の頭よりも高い位置にあるテーブル上を、リンクが背伸びして見ると、子供用の高い椅子に座ったラビと神田が、真剣な顔をして卵に絵を描いている。
 「・・・Jr.はともかく、神田はこういうことに対して積極的ではないと思っていましたが・・・意外です」
 「お祭よりも、卵に絵を描くことに夢中になってんのよん」
 リンクの感想を受けて、ジェリーがくすくすと笑った。
 「あの子は昔から、集中力にかけては随一だったからねぇ。
 こういう細かい作業になると、燃えるんじゃないかしら」
 ね、と、ジェリーがリーバーに笑いかけると、彼も笑って頷く。
 「この手のおもちゃをやると、リナリーは割とすぐに飽きて、途中で放り出したりしてたけど、神田は完成するまでずっとやってたよな」
 「そうそう!
 リナリーってば、お片づけもしないで遊びにいっちゃったり・・・ホント、悪い子だったわぁ」
 リナリーと神田の子育て仲間とも言うべき二人が、昔話を楽しそうに語る傍ら、リナリーの頬がぱんぱんに膨れた。
 「なんだよ、昔のことをいつまでもなんだよ!」
 「それだけ、手のかかる子供だったということでしょう」
 つんっと、木で鼻をくくったような言い方をするリンクに、リナリーの目が吊りあがる。
 「なによ!
 どうせ監査官なんて、ちっちゃい頃から無愛想で生意気だったんでしょ!
 イイ子だったかもしれないけど、絶対可愛くない子だったから!」
 いつものように軽く受け流されると思って放った言葉は、しかし、リンクにクリーンヒットし、目を見開いた次の瞬間、金茶の耳がしおしおと垂れた。
 「えっ?!」
 「どうせ・・・私は・・・・・・」
 「えぇっ?!」
 うな垂れて、目尻を紅くするリンクにリナリーが慌て、助けを求めてオロオロと辺りを見回す。
 と、苦笑したリーバーが、椅子の上にミランダを下ろした。
 「どんな生意気でワガママな子供だって、親にとっちゃ可愛い子供だ。そうだろ?」
 問われたミランダはこくんと頷き、うな垂れたリンクの頭に手を伸ばした。
 「可愛いですよ、とっても」
 ミランダの小さな手で、優しく頭を撫でられたリンクが涙目をあげる。
 「マンマ――――!!!!」
 「よしよし」
 抱きついてきたリンクを温かく抱きとめ、ミランダはリーバーを見上げた。
 「さすがです」
 「そっちこそ」
 にこりと笑いあうと、リーバーはリナリーの額を指で弾く。
 「お仕置き」
 「リナ、悪くないのにぃ・・・・・・ぷぎゃっ!」
 今度は鼻を弾かれて、リナリーは涙目で『ごめんなさい』を言った。


 ジェリーに改めて4脚、子供用の高い椅子を用意してもらい、リナリーとミランダは早速卵に手を伸ばす。
 が、いつもなら喜んで祭に参加するアレンは、ジェリーに付きまとっておいしいティーセットをねだり、リンクも彼の後ろに従っていた。
 「なぁに?
 アレンちゃん、イースター・エッグ作らないのぉ?」
 意外そうなジェリーのエプロンの裾を握り、アレンはこくりと頷く。
 「だって僕・・・お絵描き苦手ですもん」
 しおしおと耳を垂らすアレンにジェリーは吹き出し、共に厨房に入った。
 「じゃあ、みんなの分も一緒に作ってあげましょうねんv
 アレンちゃん、リンクちゃん、サンドウィッチ作るお手伝いなさい」
 「はぁい!」
 喜んで踏み台に飛び乗ったアレンを、しかし、リンクが引きずりおろす。
 「どうせつまみ食いするつもりでしょう、ウォーカー。
 邪魔ですからテーブルに戻っていなさい」
 「なんでっ!
 あっちにいたってやることないもんっ!!」
 「こっちにいる方がやることありませんよ。むしろ、手を出すな」
 邪険にされて、アレンは頬を膨らませた。
 「ふんっ!
 なんだよリンクのいばりんぼ!ふんっ!!」
 アレンはぷいっと踵を返し、てけてけとテーブルに戻る。
 「リーバーさぁん!
 リンクが意地悪する!!」
 デコピンしてやって、と、足にしがみついてきたアレンの頭を、リーバーは笑って撫でてやった。
 「どうせ、つまみ食いすんなとでも言われたんだろ?
 邪魔だって言われたんなら、ここでティーセットが来るまでおとなしく待ってな」
 「はぁい・・・」
 不承不承頷いて、アレンはリーバーの身体を昇り、テーブルの上に膝をつく。
 「おまえら・・・俺のことを木登りの練習台とでも思ってんじゃないのか?」
 「そんなことないですよー」
 いけしゃあしゃあと言って、アレンはテーブルの上を神田の正面までにじり寄った。
 「なんだこれ?」
 目を凝然と卵に据え、一心に筆を動かす神田の前で、アレンはひらひらと手を振る。
 「息止めてない?これ、息まで止まってない?」
 「こぉら!
 ちょっかいかけんじゃねぇよ、お前は!」
 「きゃんっ!!」
 耳を掴まれ、吊り上げられて、アレンが悲鳴をあげた。
 「イタイー!!下ろしてくださいー!!」
 「テーブルの上に乗るなんざ行儀が悪い!
 ちゃんと座ってろ!」
 「はぁい・・・・・・」
 不満げに言ったアレンは、こんな騒ぎさえ無視して、熱心に絵を描く仲間達を眺める。
 「なんだよ、楽しそうにして・・・ちぇっ」
 ころん、と、テーブルの上に転がったアレンの頭を、リーバーが笑って撫でた。
 「お前もやればいいじゃないか」
 「だからーぁ・・・・・・」
 苦手なんだってば、と、拗ねるアレンの目の前に、まだ白い卵が転がってくる。
 「じゃあ、お前でも失敗しないやり方を教えてやるから起きな」
 「・・・・・・なに?」
 のろのろと起き上がると、リーバーはポケットから小さなナイフを取り出した。
 「この紙もらうぞ」
 飾り用に用意された、やや厚めの紙を一枚取り上げると、リーバーは器用に切り抜いて、月や星、花の形を描いていく。
 「この紙を卵にあてて、その上から絵の具塗ってみろ」
 「・・・あ!」
 リーバーの言う通りにしてみると、白い卵の上に黄色い星がくっきりと浮かんだ。
 「なんつったかな・・・ステンシル、だっけか?
 まだ実家にいた時、子供用の家具に絵を描いてやるのに、近所のおばさん達がやってたんだよな」
 これだと子供も一緒にできるだろ、と、笑ったリーバーに、アレンが大きく頷く。
 「これなら僕でもお絵描きできます!!」
 頬を紅潮させたアレンに笑い、リーバーは、卵を持つ彼の手に手を添えた。
 「絵の具が乾く前にラメを振ってやると、もっとキレイになるぞ」
 ホラ、と、振りかけられたラメが、黄色い絵の具の上できらきらと星を輝かせる。
 「すごい――――!!!!」
 きゃっきゃとはしゃいだ声をあげたアレンの正面で、その時、ふぅ、と、神田が吐息した。
 「一つできた」
 絵の具が乾くまで、エッグスタンドに置かれたそれは、蒔絵かと思うほどに精緻な瑞雲の上を鳳凰が飛んでいる。
 一流の工芸品のようなできばえに、愕然とするアレンの手元をちらりと見遣り、神田は新たな卵を手にした。
 「次は・・・金波銀波に千鳥でも描くか」
 「なにそれ?!なんの嫌味・・・っ?!」
 ヒステリックな声を放つアレンの口を、リーバーが苦笑して塞ぐ。
 「すごいじゃないか、神田。
 それ、永久保存したいくらいだぜ」
 と、神田は微かに頬を赤らめ、ふんっと鼻を鳴らした。
 「もっと・・・いい物だって作れる」
 「なにをこのー!!!!」
 じたじたと暴れるアレンを片手で押さえつけ、リーバーは彼が持ったままの卵を示す。
 「ホラ、あんまり暴れると割れちまうぞ?
 お前はお前で、がんばればいいんだよ」
 上手い下手は関係ない、と、頭を撫でる大きな手の下で、アレンはむくれつつも頷いた。
 と、既に二つ目の卵へ筆を入れた神田の隣で、ラビがにこりと笑う。
 「俺、三個目完成!
 見てさ、ウッサギーvv
 可愛らしい顔を描いた卵に、フェルトで作った耳を貼って工作したラビが、自慢げに作品を差し出した。
 「次は猫作るさーv
 はしゃいだ声をあげると、
 「猫より犬がいいわ・・・」
 手元に集中するあまり、どこかぼんやりとした声でミランダが呟く。
 「猫は・・・ウサギを食べちゃうかもしれないし・・・・・・」
 「えぇー?!食べないよ!!」
 ミランダの勘違いに、リナリーが思わず手を止めた。
 「むしろ犬が食べるんじゃないの?」
 「そうね・・・ううん、食べないわよ。
 食べちゃったら、ウサギ狩りにならないじゃない」
 食べないように躾けてるの、と、ミランダはぼんやりと言う。
 「だから犬・・・」
 「イヤ・・・なんかそれ聞いたら気の毒になってきたから、またウサギにするさ」
 か弱いウサギに自分の姿を重ねてしまったのか、ラビがしおしおと耳を垂らした。
 が、その様子を全く見ないままに、ミランダはにこりと笑う。
 「できました・・・」
 白い卵は全体を明るい緑に塗られ、その中心にミランダらしい細やかさで、ピンクのバラが咲いていた。
 「こんなに上手にできたの、初め・・・」
 言いかけた時、ミランダの手の中から卵が転がり落ちる。
 「おっと!」
 床に触れる寸前、受け止めたリーバーが笑って卵を手渡した。
 「ホラ、気をつけな」
 「はい・・・っ!」
 顔を真っ赤にして、慌てて受け取ったミランダの手の中で、丁寧に塗り重ねていた絵の具がこすれ、絵は黒っぽいマーブル模様に変わる・・・。
 「バラが・・・・・・・・・っ!」
 垂れた耳を震わせて泣くミランダを、リーバーが抱き上げた。
 「泣くなー。
 また上手にできっから!な?」
 ひくひくとしゃくりあげるミランダをあやしていると、リンクと共にティーセットを持って来たジェリーが笑いだした。
 「アラアラ、アンタお父さんみたいねェ」
 「一気に子沢山でしょ」
 「イースターらしくって、いいんじゃないかしら」
 くすくすと笑って、ジェリーは邪魔にならない場所にティーセットを置く。
 「アンタ達、お茶が冷めないうちに飲みなさいねぇv
 ・・・って、神田には聞こえてないわねぇ」
 真剣な顔で卵に筆を入れていく神田の横顔に、ジェリーは苦笑した。
 「それにしても、さすがはティエドール元帥の弟子ねぇ。
 上手だわv
 誉め言葉さえ耳に入っていない様子の神田に、ジェリーがまたくすくすと笑うと、リーバーも苦笑する。
 「そんなこと言うと、元帥達が喜び勇んで飛んできますよ」
 「そーねぇ。
 あの二人は、親馬鹿って言うより馬鹿親・・・」
 その言葉が終わらないうちに飛び込んできた両元帥の姿に、ジェリーは顔を引き攣らせた。
 「ユー君が工芸に目覚めたってホントかいっ?!」
 「これかっ?!
 これ作ったのか、ユウ?!」
 ラビの作ったウサギの卵を手にしたクラウドに、ラビが首を振る。
 「違ウサ元帥〜v
 それ作ったんは俺v
 ユウちゃんが作ったのは、そっちの蒔絵っぽい・・・ウサ――――!!!!」
 途端にウサギ卵はポイッと投げ捨てられ、ラビが悲鳴をあげた。
 しかし、クラウドは紅い仔ウサギなど完全に無視して神田の作品に見入る。
 「Great!さすが我が娘!!」
 「ブッリリアント!!さすがユー君!!
 上手だねぇv お利口だねぇvv
 ティエドールもこぶしを握って絶叫し、その様に泣くことも忘れたミランダをあやしつつ、リーバーは苦笑した。
 「馬鹿親だ・・・明らかに馬鹿親だ・・・・・・」
 「申し訳ないですけど、僕、初めて元帥達を暑苦しいと思いました・・・」 
 頷けないミランダの代わりに、アレンが乾いた声をあげる。
 だがそんな寒々しい目に囲まれながらも両元帥は、恥も外聞もなく馬鹿親ぶりを発揮し、その中心で神田は、微動だにせず一心に筆を進めていた。
 「なんか、あそこまで集中されると・・・」
 「尊敬するね!」
 リナリーの無邪気な声に、アレンは『邪魔したくなる』という言葉を慌てて飲み込む。
 口を押さえたまま、頷くこともできないアレンが息さえも止めていると、代わりに、ふぅ、と、神田の口から吐息が漏れた。
 「できた」
 「ブラボ――――――――!!!!」
 途端に馬鹿親達から拍手が沸き、その存在に今の今まで気づかなかった神田が目を丸くする。
 「いっ・・・いつの間に・・・!」
 「ずっといたとも、ユー君!!」
 「すごい集中力だったな、ユウv
 わしわしと遠慮なく頭を撫でる親達の手の下で、丸かった神田の目が吊りあがった。
 「うぜぇよ!撫でんじゃねぇ!!」
 「あぁっ!そうだよね!
 クラウド、こんなに撫でたら次の作業ができないんだよ!」
 「そうか!
 すまなかったな、ユウv
 さぁさv ママと一緒にお絵描きしようv
 「じゃあ私は、仲睦まじい様子を彫刻にして永久保存・・・」
 「すんなよっ!!」
 怒声と共に投げつけた卵がティエドールの額に当たって砕ける。
 と、
 「なにすんさ俺のウサタマ――――――――!!!!」
 傍らのラビから絶叫が沸き、胸倉を掴まれた。
 「酷いさ俺、一所懸命作ったんにぃぃぃぃぃ!!!!」
 凄まじい泣き声をあげて胸に縋りつくラビを、神田がうるさげに押しのける。
 「あんなとこに置いとく方が悪ぃんだろ!」
 「うん、これは神田が悪いな」
 ミランダを椅子に座らせたリーバーは、代わりにラビを抱き上げ、神田の額を弾いた。
 「イテッ!!」
 「ホラ、ラビに謝れ」
 「誰が!!」
 「・・・ほーぉ?」
 ピクリと、眉を上げたリーバーの表情に、神田がびくりと震える。
 「イテッ!!」
 続けて鼻を弾かれて、神田が涙目になった。
 「ちょっ・・・リーバー班長ッ!
 ウチのユー君いじめないでおくれよっ!!」
 「そうだぞ!
 いたいけな子供に体罰を加えてはいかんっ!!」
 「黙んなさい、両元帥!!」
 厳しく言われて、喚いていた元帥たちが思わず黙る。
 「アンタ達は子供甘やかすばっかりで全然躾しないで!
 悪いことしたら叱って謝らせるのは当然でしょうがッ!!」
 「だ・・・」
 「だがそれは・・・」
 「クラウド元帥」
 「なっ・・・なんだ?!」
 反駁を防がれ、クラウドがビクッと震えた。
 「猛獣使いならわかるでしょ。
 虎は子供の頃は猫にそっくりだが、甘やかすばっかりでちっとも躾しなかった場合、どうなりますか?」
 「・・・人に対して、服従することを知らずに育てば危険極まりない。ゆえに・・・」
 「危険な猛獣は射殺されることもあんでしょーが!」
 ビシッと、また鼻を弾かれて、神田が悲鳴をあげる。
 「だから!躾けは大事なんすよ!
 オラ!どさくさまぎれに謝らずにすまそーなんて思わないで、とっとと謝れ!」
 静かになった場で、唯一泣きじゃくるラビを差し出すと、神田は彼から顔ごと目を逸らし、口の中で小さく『すまなかった』と呟いた。
 「もっと大きな声で言えよ!」
 「悪かったな!!」
 リーバーに張り合うように、神田が大声で言うと、ラビが驚いて泣き止む。
 「よっし!
 えらいぞ、神田!
 ラビも、気を取り直して新しいの作んな」
 わしわしと頭を撫でる大きな手の下で、神田は不満そうではあったが頷き、ラビも涙を払って頷いた。
 「ユウちゃん、蒔絵のやり方教えてさーv
 俺、月とウサギ描くさねv
 「おう・・・・・・」
 また並んで卵に絵を描き始めた二人を見遣り、クラウドはまだ血の気の薄い顔でリーバーを見遣る。
 「・・・お前の方が猛獣使いなんじゃないか?」
 「むしろ、教育者ですかね」
 にんまりと笑い、リーバーはつまらなそうにテーブルに顎を乗せるアレンの頭を撫でた。
 「もうやんねーのか?」
 「・・・お茶してからやります」
 ぽつりと呟き、椅子を降りたアレンにリナリーも続く。
 「私もケーキ食べる!!」
 「アンタホント、飽きっぽいわよねぇ・・・」
 「後でちゃんとやるもん!」
 ぷう、と、膨らんだリナリーの頬を撫でて、ジェリーは楽しげに笑った。


 しばらくしてリーバーが科学班に戻ると、部下達はそれぞれの作業をしながら忙しなく昼食を頬張っていた。
 「あ、お帰んなさい、はんちょー」
 「あいつら、おとなしくしてます?」
 「してるわけねーだろ。
 ガキ5人だぞ、5人!
 うるさいったらねぇよ」
 とは言いつつも、どこか楽しそうに言う彼に、指折り数えていたジョニーが首を傾げる。
 「あれ・・・?
 6人じゃなかったすか?」
 呟いた彼の隣で、ロブも指を折った。
 「アレン、神田、ラビ、リンクが被害者で、加害者がミランダ、とばっちりのリナリー」
 「・・・あ。
 ミランダは悪ガキの勘定に入れてなかったな」
 気まずげに苦笑したリーバーに、部下達が微妙な笑みを浮かべる。
 「悪ガキの勘定って言うより・・・」
 「ガキに勘定してなかったんでしょ」
 「やらしい!あんな幼女に班長やらしい!!」
 「ちょっ・・・待て――――!!!!」
 冗談にしては笑えない非難に、リーバーは真っ赤になって声を張り上げた。
 「とんでもねぇ誹謗中傷してんじゃねぇよ!!
 そんなウワサが広まったらマジ笑えねぇだろうが!!」
 「でも、ミランダがあのまま戻んなかったら、班長のことだから成長するまで待つでしょ?」
 「10年くらい余裕で待てる・・・ってなに言わすんだこのデコッぱちが!!」
 強烈なデコピンを食らわされて、ジョニーが沈没する。
 「ったく、くだんねぇことばっか言いやがって、テメェら口だけじゃなく手とアタマも動いてんだろうなっ?!」
 ジョニーの悲惨な運命を目の当たりにし、静まり返っていた場は、その怒号に再び活気づいた。
 が、
 「すっ・・・すんません、俺、データ取り直し・・・」
 「報告書の解析、まだ終わってなくて・・・」
 「しっ・・・新素材の分析、今からやりま・・・・・・」
 「なにやってんだてめぇら!!」
 再度の怒号に、全員が身を竦める。
 「室長がサボりまくってた時とは違うんだ!
 以前の処理速度に合わせて結果出してんじゃねぇよ!!
 とっととやることやって俺ンとこ持って来い!!」
 ダンッ!と、デスクにこぶしを叩きつけた音に、全員が飛び上がった。
 「いっ・・・今すぐッ・・・!!」
 「やります!ってか、やってます!!」
 バタバタと走り回る音が室内を満たし、中央で仁王立ちのリーバーを囲む。
 と、その袖が、軽く引かれた。
 「なんだ、ロブ?」
 「そんな風に真ん中で睨まれてたら、みんなも焦って手元が狂いますよ」
 「けど・・・」
 「見張ってなくったって、サボる奴なんかいませんから」
 何か言おうとしたリーバーの口を畳み掛けて封じ、ロブはにこりと笑う。
 「だから、むしろ子供達見ててくれませんか。
 あれ、データ取ると色々面白そうだし」
 「データ・・・確かに」
 興味を示したリーバーに、ロブは大きく頷いた。
 「それに、あいつら身体だけでなく、精神的にもやや幼児退行しているみたいなんで、心理観察も一緒にお願いします」
 ハイ、と、記録用ゴーレムを頭の上に乗せられ、リーバーは眉をひそめて室内を見回した。
 「じゃあ、なにかあったらすぐ呼べよ」
 「はいっ!!」
 部屋中から返って来た声に頷き、リーバーはゴーレムに纏いつかれながら部屋を出て行く。
 その背中が完全に見えなくなった途端、
 「ロブ・・・!」
 「グッジョブ!!」
 安堵と感謝のこもった声が、ロブに向けられた。


 再び食堂に戻ったリーバーは、リンクとリナリーに挟まれたアレンが、眉間にしわを寄せながらも一所懸命に絵を描いている様に笑い出した。
 「先生が二人もついて良かったな、アレン」
 「リナリーはいいんですけど・・・」
 「さっきからうるさいことばっかり言うのよ、このいばりんぼ!!」
 「なにがうるさいのですか!私はウォーカーがあまりに不器用だから、指導しているだけでしょう!!」
 「ハイハイ」
 アレンの頭越しにケンカするリナリーとリンクの頭に手を添えて引き離し、リーバーが笑う。
 「お前達も作れよ。
 早くしないと、イースターにゲームできねぇぞ?」
 「うっ・・・うん・・・!」
 卵ゆで過ぎた、と、リナリー気まずげな顔をすると、リンクが意地悪く鼻を鳴らした。
 「ちゃんと計画しないからこういうことになるのです」
 「なにを――――!!!!」
 怒って振り上げたリナリーのこぶしがアレンの腕に当たり、完成間近だった卵を弾き飛ばす。
 「あっ・・・!!」
 目を見開き、声をあげた4人の目の前で、卵はぐしゃりと潰れた。
 「ぎゃあああああああああああああああんっ!!!!」
 「ごっ・・・ごめんね、アレン君!ごめん、泣かないで!!」
 「やめなさい、ウォーカー!オトコノコがそんなことで泣いてはいけません!」
 「なによ!あなただってさっき、ママに縋って泣いてたじゃない!!」
 「それもこれもあなたのせいでしょう、リナリー・リー!
 少しはレディらしくしてはどうですかこのおてんば!!」
 「なんですってぇ――――っ?!」
 「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!僕のたまご――――!!」
 「ちょっ・・・お前ら落ち着け!」
 大騒ぎの場で、思わず耳を塞いでいたリーバーは、激しく泣くアレンを抱き上げてあやす。
 「よしよし。
 せっかく描いたのに、残念だったな」
 「たまご――――!!!!」
 リーバーの肩に顔をうずめ、アレンが泣きじゃくっていると、その声を聞きつけてジェリーが厨房から出てきた。
 「どーしたの、アレンちゃんっ?!痛いことされたのっ?!」
 ジェリーがリーバーの腕から取り上げた途端、アレンが泣き止む。
 「・・・俺よりママンの方がいいってか」
 リーバーが苦笑する前で、未だしゃくりあげつつアレンは、完成間近の卵が壊れてしまったことを話した。
 「アラアラ、いっしょけんめい作ってたのにねぇ」
 よしよし、と、頭を撫でてくれるジェリーの肩に、アレンが泣き顔をうずめる。
 「もうお絵描きしないっ・・・!」
 ただでさえ乗り気ではなかったのに、努力を水の泡にされて、アレンは完全にふてくされてしまった。
 「そぉねぇ。つまんないわよねぇ」
 ジェリーは苦笑して、アレンの背中を軽く叩く。
 「じゃあね、アタシさっきから、チョコレートで卵を作ってるから、アレンちゃんはそのお手伝いしてくれるぅ?」
 「え?」
 ようやく顔をあげたアレンに、ジェリーはにこりと微笑んだ。
 「キレイな包み紙も、たくさんあるのよぉv
 アレンちゃん、お絵描きはつまんなくても、卵を作って包むのは楽しいんじゃないかしら?」
 「うん・・・!それならできそうです!」
 途端に目を輝かせたアレンに頷き、ジェリーは彼を抱っこしたまま厨房に戻る。
 と、その様を見つめていたリナリーが、ぱんぱんに頬を膨らませた。
 「なんだよアレン君、私とお絵かきするより、ママとお菓子作る方がいいっての?!」
 「せっかくの卵を壊したあなたなんかと、一緒に作業したくはないでしょうね!」
 つんっと、そっぽを向いたリンクのおさげを、リナリーが掴んで引っ張る。
 「何をするのですか!放しなさい!」
 「ふんっ!意地悪なオトコノコには、お仕置きするんだもん!!」
 「あーもう、お前ら!」
 リンクのおさげを掴むリナリーの手をはたいて放させると、リーバーは二人の頭を掴んでその目の前に屈みこんだ。
 「イイ子にしてねぇと、イースターさせてやんねぇぞ?!」
 「う・・・」
 「はぁい・・・・・・」
 憮然としつつも頷いた二人は、リーバーの手が離れた途端、互いにそっぽを向く。
 「おい、お前ら・・・」
 「仲良くしろとは言われてないッ!!」
 奇しくも揃ってしまった声に、二人は悔しげに顔を歪め、リーバーは楽しげな笑声をあげた。


 一方、厨房に入ったアレンは、ジェリーが型から取り出したチョコレートに目を輝かせていた。
 「ジェリーさん、なんでこれ半分なんですか?中は空っぽだし」
 アレンが卵の真ん中から、上下分かれるようになっているチョコレートを示すと、彼女はにこりと笑って大きな皿を差し出す。
 それには色も形も様々なキャンディーが、山のように盛られていた。
 「アレンちゃん、これを卵の下半分に詰めてくれるぅ?
 そしたらアタシが上半分で蓋をして、イースターエッグを作るからねぇv
 「へぇぇぇ!!すごーい!!」
 そんなこともできるんだ、と、アレンは更に目を輝かせ、チョコレートの卵を手に取る。
 スプーンで小さなキャンディーをすくい、ざらざらと入れてジェリーに渡すと、彼女は上半分の端をちょっとだけ暖めて、下半分とぴったりくっつけた。
 「ハイ、これで冷やせば、キャンディー入り卵の出来上がりねんv
 さぁさ、アレンちゃんv どんどん作っていってv
 「はいっ!!」
 絵を描いていた時とは正反対のテンションで、次々に卵を作って行くアレンを、ジェリーが微笑ましく見つめる。
 「それにしても可愛いわねぇv
 アレンちゃん、アタシの子供になればいいのにv
 「僕はジェリーさんのこと、美人のママだと思ってますよ!」
 「きゃあんvv うれしーぃvv
 小さくなっても健在のナンパ振りを示すアレンに、ジェリーが歓声をあげた。
 「可愛い子には、特大の卵作ってあげるわぁvv
 アレンちゃんが中に入れるくらいの!」
 「わぁぁぁぁぁぁい!!!!」
 先ほどのジェリーの歓声に勝る歓声と共に、アレンが両手をあげる。
 「じゃあ僕、張り切って作ります!!」
 そして城中に隠すんだ、と、楽しげに言う彼に、ジェリーがまた楽しげに笑った。
 「本物の卵はともかく、チョコレートの卵は庭に隠しちゃダメよん?」
 「なんでっ?!」
 「とけちゃうわ」
 「あ、そうか」
 言うや、隠し場所の再検討を始めたアレンにジェリーが笑みを深める。
 「アレンちゃんが、隠し場所を忘れそうだわね」
 「うん・・・多分、隠してる最中に迷子になります」
 最近はリンクがつきっきりなため、迷子になることは減ったものの・・・はぐれた途端に小部屋に迷い込み、激怒した彼に捕獲されたことは既に、一度や二度のことではなかった。
 「そのうち、本気でリードつけられるかもしれませんから、その時は助けてくださいね」
 ぴこぴこと不安げに耳を揺らすアレンに、ジェリーが吹き出す。
 「まーかせてーぇv
 ママンはいつだってアレンちゃんの味方よぉんv
 優しく頭を撫でる、大きな手の下で、アレンは嬉しげに笑って頷いた。


 「できたよーv
 アレンがジェリーと共に、きれいな包装紙で包んだチョコレートの卵を持って戻ってくると、テーブルの上からは既に、白い卵が消えていた。
 代わりに、色とりどりに彩色された卵が、エッグスタンドの上に乗って並んでいる。
 「まーぁ!
 上手にできたわねぇ、アンタ達!」
 ジェリーが感嘆の声をあげると、
 「特にユー君の作品がすばらしいだろう?!」
 「天才だな、ユウはvv
 馬鹿親二人が声を揃え、これでもかと神田を撫でた。
 「・・・うっとうしい」
 忌々しげに吐き捨てた神田の隣で、ラビが懸命にクラウドの袖を引く。
 「俺もっ!
 俺もがんばったんさ、元帥ー!誉めてさぁぁぁぁぁ!!」
 「ん?
 よしよし、お前も上手だよ」
 「元帥ーv
 歓声をあげて抱きついてきたラビを抱きとめたクラウドに、アレンが目を丸くした。
 「ちっちゃいと許されるんだ・・・」
 いつもなら一瞬で血みどろの死体に変えられるラビが、嬉しそうにじゃれついている様に、リナリーも呆然と頷く。
 「あれ、ちっちゃいだけでラビなのに・・・」
 「見た目に騙されていますが、白昼堂々とセクハラとは、エクソシストともあろう者が嘆かわしいことです」
 リンクが忌々しげに眉根を寄せた途端、彼の傍らにいたミランダが抱き上げられた。
 「教育上、よろしくないものは見ないように」
 純粋培養するんだ、と、呟きつつミランダの目を塞いだリーバーを、リナリーがムッと見あげる。
 「リナは純粋培養してくれないのっ?!」
 「お前は俺がやんなくても、兄ちゃんがいるだろ」
 「なにそれっ!班長ひいきっ!!」
 「ひいきとは違うな。適材適所だ」
 リナリーの大声に怯え、ぴくぴくと震えていたミランダの耳が、その言葉を聞いた途端、恥ずかしげに垂れた。
 と、リンクが椅子の上に立ち上がり、キッとリーバーを睨む。
 「こんなワガママ小娘よりマンマを優先するのは当然としても、なぜあなたが教育係なのですかっ!」
 「このっ・・・!」
 顔を引き攣らせたリナリーを無視して、リンクは更に詰め寄った。
 「マンマを放しなさい!田舎者に教育係など勤まるものですか!」
 「田舎で悪かったな、クソガキ!」
 ミランダを抱き上げ、その目を塞いでいるために手の使えないリーバーは、生意気な子供にげんこつを落とすこともできず、こめかみを引き攣らせる。
 「だが、田舎者でもマナーくらいは知ってんぜ?
 椅子の上に立つような、行儀の悪いガキにミランダは渡さない」
 「きっ・・・!!」
 にっこりと笑ったリーバーに、リンクは声を失った。
 「あ、なんかいい気味」
 「ちょっとスッキリした」
 ねーv と、仲良く手を打ち合わせるアレンとリナリーを、リンクが振り向きざま睨みつける。
 「お黙りなさい子スズメ!!」
 「ウサギだもーんv
 揃って歓声をあげる二人に、リンクの目がこれ以上無理なほど吊りあがった。
 「あなた達はっ・・・!!」
 「いいから椅子から降りなさい、アンタは!」
 ジェリーに襟首を掴まれ、軽々と吊り上げられたリンクは、問答無用で椅子に座らされた上、屈みこんだ彼女に睨まれる。
 「お行儀よくしない子は、めっ!よ!」
 「〜〜〜〜っ!!!!」
 未だかつて、礼儀作法で叱られたことなどなかったリンクは、初めての経験に真っ赤になって声を失った。
 と、
 「わーい!リンクが怒られたー!」
 「お行儀悪い子はめーなのよー!」
 アレンとリナリーが二人して追い討ちをかける。
 「アンタ達も、ネ!」
 『めっ!』と睨まれて、二人はぎこちなくそっぽを向いた。
 「それよりホラ、卵できたんでしょ?
 お絵描きした方は絵の具が乾くまで動かせないでしょうから、チョコレートの方を隠してらっしゃいv
 「うん!!」
 大きく頷くや、チョコレートの卵が入った籠を持って駆け出したアレンとリナリーを、リンクが慌てて追う。
 「待ちなさい、ウォーカー!!」
 すぐさま追いついてきたリンクを肩越しに見遣って、アレンは眉根を寄せた。
 「なんだよ、ちっさくなってもついてくるんですか?」
 「たとえどんな目に遭おうとも、君の監視は私の任務です!」
 「・・・ふん。融通が利かないんだから」
 「なにか言いましたか、小娘?!」
 「小娘って言わないで!今は同じくらいでしょ!!」
 ぎゃあぎゃあと甲高い声で喚きあいながら出て行った三人に肩をすくめ、ジェリーは自分が持って来た籠を神田とラビに差し出す。
 「アンタ達もやってきたら?」
 「・・・めんどくせ」
 「めんどくさくないさっ!
 少なくとも、卵に絵ェ描くよりは簡単さね!」
 嬉しげに椅子から飛び降りたラビが、まだ座ったままの神田の腕を引いた。
 「ホラ、行くさ!
 早くしねーとあいつらに隠し負けちゃうさ!」
 「隠し負け・・・どんな状況だよ」
 渋々椅子から降りた神田が首を傾げると、その頭の上で長い耳がそよぐ。
 「なっ・・・!!」
 「かっ・・・!!」
 その様に大興奮し、声も出せずにはしゃぎ狂う馬鹿な親達へ、神田は忌々しげに舌打ちした。
 「わかった、とりあえずここを出る」
 「えぇっ?!行っちゃうのかい、ユー君!!」
 「では私もついて行くぞ!」
 「ついて来んな!」
 こぶしを握って張り切るクラウドに吠え、神田はさっさと踵を返す。
 「えー!
 クラウド元帥はいいじゃんさー!」
 「そうだそうだ!もっと言え!」
 不満げなラビをクラウドが小声で応援するが、神田は肩越しに二人を睨みつけると、とことこと食堂を出て行った。
 「絶対ついてくんなよっ!」
 「あっ!待ってさ、ユウちゃん!!」
 卵の籠を持って追いかけて行くラビをも見送って、クラウドは憮然と唇を尖らせる。
 「なんであんなに反抗的なんだ、あの子は」
 「育て方が悪かったのかなぁ・・・・・・」
 「そうねぇ、甘やかしすぎたのかも知れませんわねぇ」
 悄然と落ちたティエドールの肩を撫でつつ、ジェリーは馬鹿親二人に苦笑した。


 一方、先に食堂を出た三人は、コムイの執務室前まで一気に駆けてきた。
 閉ざされたドアの前で、アレンとリナリーはにんまりと笑いあう。
 「突撃!」
 「兄さんの執務室ー!」
 「お邪魔します」
 甲高い声を張り上げて飛び込んできた仔ウサギ達に、コムイはもとより、常に理性的なフェイ補佐官までもが目を見開いた。
 「リッ・・・リナッ・・・!
 なんのプレイだい、それ?!」
 「まさか・・・ハワード・リンク監査官・・・ですか・・・・・・?」
 同時に席を立ち、しげしげと見つめる目から一人だけ外れたアレンが、ぶぅ、と頬を膨らませる。
 「なんだよ!僕だけどうでもいいなんてナンダヨナンダヨ!」
 ママの所に帰る、と、踵を返そうとしたアレンの襟首を、コムイが咄嗟に掴んだ。
 「変な白ウサギ・・・ほっぺたがこんなに腫れてるよv
 「ぷはっ!ぷひっ!」
 吊り下げられ、逃げることもできないまま、膨らんだ頬をつつかれたアレンが奇妙な鳴き声をあげる。
 「ウサ耳子豚だーv
 新種発見♪ってコトで、ミス・フェイ、僕は今から生体実験を・・・」
 「んなっ?!やっ・・・ヤダヤダヤダ!!!!」
 じたじたと暴れ狂うアレンを押さえつけ、楽しそうなコムイに、ブリジットは軽く吐息した。
 「いけません、室長。
 そんなことをして遊んでいる暇はないはずですわ」
 「えー・・・いいじゃない、ちょっとくらい・・・」
 「いけません」
 きっぱりと言われ、コムイは渋々アレンを放り捨てる。
 「女神様・・・!」
 崇め称えんばかりに目を輝かせ、チョコレートの卵を差し出したアレンを、ブリジットは冷酷な目で見下ろした。
 「無用です、アレン・ウォーカー。
 私は自分の仕事をしているだけです」
 淡々と言った彼女の前で、憮然と手を腰に当てていたリナリーが、アレンの手から卵を取り上げる。
 「そーだよ!
 兄さんの監視はこの人のお仕事なんだから、アレン君がお礼なんかする必要はないんだよ!」
 べーっと、舌を出したリナリーをも、ブリジットは冷たく見下ろした。
 「あなたには監視よりも、教育係が必要なようですね、リナリー・リー。
 鞭さばきの上手なガヴァネス(女家庭教師)を知っていますので、ご紹介しましょう」
 「ふんだ!
 鞭ならクラウド元帥の方が上手いもん!」
 だんっと足を踏み鳴らし、リナリーはアレンから取り上げた卵をコムイに差し出す。
 「兄さん、はい!
 一日早いけど、イースターおめでとうv
 「え?くれるのかい?」
 「うんっ!」
 愛らしいイースターバニーからの贈り物を、コムイは嬉しげに受け取った。
 「ありがとーv
 じゃあボクは、なにをあげればいいかな?」
 と、リナリーは小首を傾げてしばらく考えたのち、にこりと笑う。
 「リナリーが兄さんと明日一日遊ぶ権利!」
 「不可です」
 「なんでっ!」
 横からきっぱりと言い放ったブリジットを、リナリーが睨んだ。
 が、彼女はリナリーの怒りなど受け流し、ほとんど真上から見下ろす。
 「一般団員ならばともかく、室長はお暇ではありません。
 わがままを言わないように」
 「わがままじゃないもん!家族として、当然の権利だもん!」
 補佐官の威圧感に負けず、言い返したリナリーに更に一歩、ブリジットが踏み込む。
 「家族ならなおさら、こんな猫の手も借りたい状況で、お兄様を困らせるものではありません」
 「猫の手・・・?」
 ブリジットの迫力に退きかけたものの、その言葉にきらりと、リナリーの目が光った。
 「じゃあウサギの手を貸してあげるよ!」
 挙げた両手をわきわきと動かし、リナリーは得意げに笑う。
 「明日、リナリーがお手伝いしてあげる!」
 「猫の手は借りたくても、ウサギの手は必要ありません」
 「猫なんかより、十分お役立ちの手だよ!」
 懸命に反駁するリナリーを見下ろしたブリジットの唇に、薄く笑みが浮かんだ。
 「それほど言うのでしたら、使い走りくらいはさせてあげてもいいですよ。
 走るのは得意でしょう?」
 「なに――――?!」
 憤然と蹴りを繰り出そうとするリナリーを、アレンが慌てて止める。
 「リッ・・・リナリー、マッテ!!」
 「放してよアレン君!
 勝負をつけるんだよ!!」
 「激昂した時点でもう、勝負はついていますよ小娘」
 冷淡に言って、歩み寄ったリンクがブリジットを見あげた。
 「お見事です、フェイ補佐官。
 お騒がせして申し訳ない」
 「リンク監査官がこのような姿になった経緯は、あえて問いません。
 私の業務に支障をきたしますので、速やかにリナリー・リーとアレン・ウォーカーの連行を要請します」
 「了解しました」
 言うや、がしっと襟首を掴んだリンクに、リナリーとアレンが抵抗する。
 「放しなさいよ、まゆわんこ!!」
 「まだ卵隠してない!隠してないー!!!!」
 「お黙りなさい、子スズメ!
 お仕事の邪魔をしてはいけません!」
 「邪魔じゃないもん!
 兄さん!!兄さんぁぁぁんっ!!」
 泣き喚きながら、無理矢理連行されていくウサギ達にコムイが伸ばしかけた手は、しかし、ブリジットに遮られた。
 「デスクにお戻りを、室長」
 「えー・・・でも・・・」
 「お戻りください」
 再び言われて、肩を落としたコムイがしおしおと執務机に戻る。
 「ミス・フェイ・・・こないだ、あんまりリナリーをいぢめないって・・・」
 ブリジットの鋭い視線に、コムイの声が段々小さくなっていった。
 と、
 「遊ぶ時間は差し上げられません。
 しかし・・・」
 ふわりと、ブリジットはきれいにカールした髪を一振りする。
 「イースター・パーティが開催されるのでしたら、出席は室長の義務だと考えます」
 「ミス・フェイ・・・!」
 感激に目を輝かせるコムイに背を向け、ブリジットは淡い笑みを浮かべた。


 同じ頃、別ルートで卵を隠していたラビと神田も、科学班へとやって来た。
 「やほー。
 もうここ、隠されちゃったさ?」
 ラビが声をかけると、慌しく走り回っている科学者達がこくこくと頷く。
 「さっき、白黒金のウサギ達がちょろちょろしてたぜ」
 「ちっ・・・先越されたか」
 憮然と舌打ちした神田に、ラビが眉根をひそめた。
 「だから言ったんさ、『隠し負ける』ってさ!
 出遅れたもんだから、ほとんどの部屋、あいつらが先に隠しちまったじゃないさ!」
 ぶぅ、と、頬を膨らませたラビの頭を、通りすがりに誰かが撫でる。
 「怒んなよ、室長の執務室はまだだぜ。隠す前に追い出されたからな」
 「マジでっ?!」
 途端に目を輝かせ、ラビは神田の手を引いた。
 「早く早く!!
 女神様にお願いして、隠させてもらうんさ!」
 「女神って・・・」
 腕を引かれながら神田は、研究室内のデスクや壁に飾られた、ブリジット・フェイ補佐官の写真に吐息する。
 「すげぇ信者の数だな」
 その呆れ声にもかかわらず、信者達は目を輝かせて振り向いた。
 「お前も入るか、女神教!」
 「一応一神教なんだけどさ、今じゃ宗派も色々分岐してっから、お前が気に入ったもんに入るといいよ!」
 「宗派って・・・どんなんがあるんさ?」
 どんなものでも新情報には興味津々のラビが、長い耳をぴくぴくさせると、周りの科学者達が指を折り始める。
 「んー・・・まずは最初に出来た『女神教』だな。
 ひたすら補佐官を崇め奉る宗派で、これが一番信者も多いし伝統がある。
 ただし規律も厳しくて、女神以外に妻や恋人がいる奴とか、浮気性の奴は入れない」
 だからラビも入れない、と、茶々を入れられてラビがむくれた。
 「ほかは?」
 「うん、次に古いのが『女神様にお願い教』だな。
 女神教より現世利益に特化した宗派で、具体的に言えば室長の監視と管理をよろしくお願いします、って宗派。
 各支部長と各班長が主な信者で・・・これは表向き秘密なんだけど、代表者はリーバー班長なんだ」
 「あのやろ、ミランダに隠れてそんなことしてやがったのか」
 とんでもない奴だ、と、忌々しげな神田に科学者達は一斉に首を振る。
 「公認公認!」
 「だって、宗派名つけたのミランダだもん!」
 「・・・は?」
 意外な情報に、仔ウサギ達は目を丸くした。
 「班長が、女神様のおかげで仕事が楽になった、って言ったら、手伝ってたミランダが『これからも女神様のご利益が得られるように、よくお願いしないといけませんね』って言ってさ。
 それ以来、室長直下の支部長や班長達が、冗談で『女神様にお願い教』を名乗り始めたんだよ」
 だから浮気じゃない、と、重ねて言った彼らに、ラビが肩をすくめる。
 「なんか、当たり前すぎてつまんないさね。
 ほかにおもしれぇ宗派はないんさ?」
 「んー・・・小さい宗派は、もう把握できないくらいたくさんあるからねぇ・・・」
 「小さな宗派の中には、統合されたり、自然消滅したり、解散命じられたのもあったしな」
 「うん、『女神様に叱られ隊』はともかく、『女神様にしばかれ隊』は、アブノーマルな気配がするってんで、班長に解散を命じられたな」
 途端、仔ウサギ達を囲んでいた科学者の一部が、憤然とこぶしを上げた。
 「独断だ!偏見だ!!」
 「しばかれたくて何が悪い!」
 「班長横暴!」
 「自由を求めて戦おう!」
 おう!と、周囲の寒々しい目にも負けず気炎を上げた時、
 「るっせぇ!!
 偏見持たれるようなチーム名つける方が悪い!!」
 研究室中に響き渡った一声に、場が一瞬にして凍りつく。
 「は・・・」
 「班長・・・・・・!」
 おかえりなさい、と、小さな声で囁く部下達を、リーバーは鋭い目で見回した。
 「仕事、終わったのか?」
 地を這うように低い、しかし、よく響く声に、ウサギのように怯えきった科学者達は返事も出来ない。
 「終わったのか?!」
 再び問われて、彼らは脱兎の勢いで持ち場に戻った。
 「たっ・・・ただいま!!」
 「もうすぐ!もうすぐあがりますから!」
 「出前今出ました!」
 「使い古された言い訳してんじゃねぇ!」
 だんっと、こぶしを叩きつけられた壁にひびが入る。
 「サボってねぇでとっととやれ!!」
 「はぃぃぃぃっ!!!!」
 必死の形相でそれぞれの仕事に戻った部下達に吐息を漏らすと、リーバーは抱えていたミランダの頭を撫でた。
 「もういいぜ」
 言われて、ミランダは両手で押さえ、塞いでいた耳をぴょこんっと立たせる。
 「うわっ!可愛・・・っ!」
 思わず歓声をあげたラビを見遣ったミランダは、また恥ずかしげに耳を伏せ、リーバーの胸に縋りついて顔を隠した。
 「なにいつまでもうじうじ縋ってんだよ!」
 「だ・・・だって・・・・・・」
 神田の叱声に怯えつつ、ミランダはか細い声をあげる。
 「こんな格好・・・恥ずかしい・・・・・・」
 「そか?可愛いさ、ミランダ!」
 な?と、同意を求めるラビにちらりと笑い、リーバーはミランダの背中を軽く叩いた。
 「俺はこのままでも嬉しいけどな」
 その言葉に、ミランダは耳まで赤くなった顔を上げることも出来ず、ますますリーバーに縋る。
 「甘やかしてんじゃねぇよ!」
 自分の時とは全く違う、リーバーの教育方針に、神田は忌々しげに舌打ちした。
 と、ラビが慰めるように、神田の肩を叩く。
 「ユウちゃんやリナリーん時とは事情が違うんさ。
 お前らは単に子育てだったけど、ミランダは嫁育てだからな!」
 「ちっ・・・光源氏気取りかよ!」
 神田がもう一度舌打ちすると、ラビは再び、興味深げに耳をぴくぴくさせた。
 「なんさ?なんさそれ?」
 「日本の昔話だ。
 光源氏って言う女好き貴族が、幼女を自分好みの女に育てて、事実上の嫁にする話があんだよ」
 「事実上って・・・それ、子供が読んでもいい本なんさ?」
 思わず声を引き攣らせたラビに、神田は肩をすくめる。
 「一応、名作だって言われて、学問のひとつになってる」
 「どんだけ自由奔放なんさ、日本!
 それが学問なんてうらやましいさ!俺もやる!!」
 詰め寄るラビをうるさげに押しのけ、神田はリーバーを見上げた。
 「幼女好きだったのか、お前」
 「お前まで下らんこと言うなっ!!」
 怒号と共にげんこつを落とされて、神田が目を回す。
 「ユウちゃ・・・!
 ぅわっ!えっと!!」
 リーバーの迫力の前に、おろおろとうろたえたラビは、自分が手にした籠に当初の目的を思い出し、目を回したままの神田の手を引いた。
 「おっ・・・俺ら、コムイの部屋に卵隠して来るさ!」
 早口に言って、パタパタと走り去った仔ウサギを吐息と共に見送ったリーバーは、自分の腕の中で震えるミランダに苦笑する。
 「一緒に隠さなくていいのか?」
 問えば、ミランダは顔をうずめたまま、ふるふると首を振った。
 「ここがいいんです・・・でも・・・・・・」
 顔を赤らめたミランダは、涙目でリーバーを見上げる。
 「お邪魔なら・・・ジェリーさんのところでおとなしくしています」
 ずいぶんと聞き分けのいいことを言う彼女に、リーバーは苦笑を深めた。
 「邪魔じゃないから、ここにいな」
 しかし、と、リーバーはわざとらしく辺りを見回す。
 「手が塞がってると、仕事が出来ないからな。
 おい誰か、抱っこ紐持ってないかー?」
 「おっ・・・降ります!!」
 「いいから抱っこされてろよ」
 じたじたと暴れるミランダを抱え直したリーバーは、ジョニーがどこからか見つけ出してきたそれで、改めて仔ウサギを確保した。


 「リーバーパパ最強さ!」
 ラビがこわごわと背後を窺い、
 「むしろサイアクだ・・・!」
 まだずきずきと痛む頭を押さえて神田がぼやく。
 と、
 「またウサギが入ってきた・・・」
 執務デスクに詰まれた書類の隙間から、コムイが呆れ声を漏らした。
 「ちょっと・・・いくらイースターだからって、ウサギ増えすぎじゃないかい?
 今、イースターバニーは何羽いるのさ?」
 「6羽さ!」
 小さな指を6本立てて答えたラビの頭を、神田が背後からはたく。
 「バーカ!
 ウサギは偶数で1羽だから、6なら3羽なんだよ!」
 「あ、そっか」
 「ブックマンになるくせにテキトーな覚え方してんじゃねぇ!」
 憤然と声を荒げる神田を見遣って、コムイは肩をすくめた。
 「だったら6匹でいーじゃん。
 そんなめんどくさい数え方すんの、日本くらいのもんだよー」
 「だったら最初に羽って言うな!」
 「言ったっけ?」
 「おっしゃいましたよ」
 冷淡な口調を受けて、コムイが情けない眼を向けた先では、当に自失から立ち直った補佐官が、冷厳な目をウサギ達へ向けている。
 「ところでブックマンJr.及び神田ユウ。
 こちらへはなんの目的があっての訪問でしょうか」
 「卵隠させ・・・」
 「不可です。即刻退室を要請します」
 ラビの言葉を容赦なく遮り、返したブリジットに、コムイが思わず手を伸べた。
 「ミス・フェイ。
 なにも子供達にまでそんな、きついコト言わなくったって・・・」
 が、反駁はまたもや、ブリジットの眼光の前に小さくなっていく。
 「見た目は子供ですが、両名とも実年齢は18歳だと認識しています。
 年相応の扱いをしたつもりですが、間違っておりましたでしょうか」
 自分が間違っているなどとは、微塵も思っていない口調に気圧され、コムイだけでなく、ラビや神田までもが首を振った。
 「では、ブックマンJr.及び神田ユウ両名に改めて言い渡します。
 ここは教団本部室長の執務室で、エクソシストと言えど、無闇に入っていい場所ではありません。
 ゆえに両名の要請は却下し、即刻退室を命じます」
 すっ、と、扉を指したブリジットに従い、思わず踵を返した二人を、コムイが慌てて呼び止める。
 「なんだ?」
 「なんだじゃないでしょ!
 3羽でも6羽でも6人でもいいけどさ、誰がウサギになっちゃったの!
 あと一人、誰?!」
 「ミランダさ!」
 ラビが両手と共に声をあげると、コムイの表情が凍りついた。
 「ひ・・・被害者・・・で・・・?」
 「いいや。あいつは加害者だ」
 途端、コムイは安堵の吐息をつきつつ、机上に突っ伏す。
 「よかった・・・!
 ミランダが被害者だったら、あの薬を作った罪でボク、リーバー君に殺されるところだった・・・!」
 「・・・ってお前が作ったのかよ!!」
 同時に叫んだ仔ウサギ達に顔をあげ、コムイは締まりなく笑った。
 「元々の薬はボクじゃないヨv
 だけど、チビ薬とウサギ薬を合成したのはボク・・・」
 「なんてことしやがんだテメェ――――!!!!」
 逃げる間もなく神田の蹴りが炸裂し、コムイは雪崩れてきた書類の下敷きになる。
 「室ちょ・・・!」
 すかさず立ち上がったブリジットの前に、しかし、もう1羽の仔ウサギが立ちはだかった。
 「ミス・フェイ!
 この変人、ちゃんと見張っててくんないと困るさ!」
 「え・・・えぇ、申し訳ありません・・・」
 素直に自身の非を認めた彼女に、神田も憤然と鼻を鳴らす。
 「こいつはともかく、リーバーだ!
 あいつ本気で怒らせたら、この教団が崩壊すんだからな!」
 「まさか・・・」
 たかが一班長が、と、つい口の端を歪めたブリジットを、ラビが下から睨みあげた。
 「あんたはここにきて間もないから知らんだろうけどさ、仕事しねー変人室長の下で、なんとか教団が持ちこたえてたんは、リーバーの手腕さね!
 ここでまともに仕事したいんなら、あいつを敵にまわさねーコトさ!」
 「ちょっとぉ!
 仕事しないとか変人とか、ひどくないかいキミ達?!」
 「本当だろ」
 再び声を揃えられ、コムイは憮然と口を尖らせる。
 「それで?
 その、『有能な』リーバー君は、みんなをウサギにしちゃったミランダに、お説教でもしてんの?」
 コムイが自分の上に乗った書類を押しのけつつ問うと、仔ウサギ達は眉根をひそめて顔を見合わせた。
 「そーいやあいつ、ミランダのことは叱ってないさ!」
 「なんだあのヤロ、ひいきじゃねぇか!」
 不満げな声をあげるウサギ達に、コムイはうんうん、と、何度も頷く。
 「リーバー君はねー、そう言う子なの。
 周りからは、ボクの下でこき使われてかわいそう〜とか、究極の中間管理職って気の毒〜なんて思われてるみたいだけどね、あれでけっこ、やりたい放題なんだよ!」
 「リーバー班長が・・・ですか?」
 さすがに意外そうな顔をしたブリジットに、コムイはここぞとばかり畳み掛けた。
 「そうだとも!
 いつも押し切られてる振りして、本当に言いたいことはきっぱり言うし、自分の主張は理論武装して押し通すし、欲しい物は必ず手に入れるの!そう言う子なの!
 だから本当にかわいそうなのはボク・・・」
 「それはどうかと思うがな・・・」
 「うん。コムイが変人なのは、みんな知ってるさ」
 「たわ言はそれくらいで切り上げていただいてよろしいでしょうか、室長」
 「たわっ・・・」
 ひどい仔ウサギ達と冷たい補佐官の言葉に、コムイの弁舌も凍りつく。
 「けどリーバーの奴、センセー面してひいきするなんてずるいさ!」
 「シメるか!」
 険しい顔で頷きあい、仔ウサギ達はてけてけと駆け出した。
 「ボクもーv
 部屋を出るウサギ達について行こうとしたコムイは、ドアを出る寸前、白衣の裾を掴まれて、逃亡を阻まれる。
 「まずは、書類のお片づけからどうぞ」
 「はい・・・・・・」
 冷厳な氷の女王の命令には逆らえず、コムイは、さっきまで自分を埋めていた書類を泣きながら拾い集めた。


 その頃、籠の中の卵を全て隠し終えたウサギ達は、満足げに笑いあった。
 「しっかり隠してやったね!」
 「絶対見つかりませんよ!」
 歓声をあげて手を打ち合わせるリナリーとアレンの傍らで、リンクが眉根を寄せる。
 「・・・見つけられなかったものは、自分で確保して食べる気ですね、ウォーカー」
 「そーだよ、悪い?」
 開き直って胸を張る彼に、しかし、リンクは呆れ顔で肩をすくめた。
 「自分で隠したところ、覚えてないでしょう?」
 「う・・・!」
 「しかも隠した部屋に、自力で到達できますか?」
 「うぅ・・・!」
 顔を引き攣らせて言葉を失ったアレンに、リンクが意地の悪い笑みを向ける。
 「リスと言う生き物を知っていますか、ウォーカー?
 彼らは秋に木の実を集め、土の中に隠すのですが、多くは場所を忘れたまま放置されて、新たな木が芽生えることになるそうですよ」
 今の君のように、と、揶揄したリンクに、リナリーが頬を膨らませた。
 「チョコレートの卵からなにが生まれるって言うんだよ!」
 「生まれはしませんが、夏まで放置しておけば、さすがにとけるかもしれませんね」
 「えぇー・・・」
 と、悲しげな顔をしたアレンの腕を、リナリーが引く。
 「大丈夫よ!
 だって私も一緒に隠したんだから!」
 頼もしい笑みを浮かべ、リナリーはアレンの腕を振りあげた。
 「任せて!
 ちゃんと私が覚えてるからね!」
 「やったぁ!」
 「・・・ふん」
 つまらない、と、呟いたリンクへ、リナリーが意地の悪い笑みを向ける。
 「意地悪不発、お気の毒様v
 「・・・ふんっ!」
 怒ってそっぽを向いてしまったリンクに、リナリーだけでなく、アレンの笑声も弾けた。
 と、
 「アラん!
 もう隠し終わっちゃったの、アンタ達?」
 仔ウサギ達を探していたらしいジェリーの驚いた声に、彼らは得意げに胸を張る。
 「どう?!わかんないでしょ!」
 「明日までは、探しちゃダメですよ!」
 「わかってるわよーぅ!」
 ぴこぴこと耳を揺らしながら声を張り上げる様が可愛くて、ジェリーはそれぞれに頭を撫でてやった。
 「それより、卵の絵が乾いたから、持ってきてあげたわよ。
 お庭は全部使っていいそうだから、がんばんなさいv
 歓声をあげて、ジェリーから卵を受け取った仔ウサギ達は、それぞれ自分達の手籠の中に慎重に移す。
 「ただねーぇ・・・」
 その様に微笑んでいたジェリーは、目線を窓の外にやって、軽く吐息した。
 「夜には雨が降りそうなの。
 だから隠すんなら、濡れない場所になさいね」
 「はぁい!!」
 元気な声をあげて駆け去ったアレンとリナリーを、リンクが無言で追う。
 いや、追おうとしたが、
 「ちょっとお待ちなさい、アンタ」
 ひょい、と、ジェリーに襟首をつかまれて、吊るされた。
 「なっ・・・何をするのですか、料理長!放してください!」
 「アンタ、お仕事ばっかりでお祭に参加してないでしょ」
 はい、と、押し付けられた手籠を、リンクは目を丸くして受け取る。
 「わっ・・・私は子供では・・・!」
 押し返そうとすれば、目線を同じくされて睨まれた。
 「今ちっちゃくなってるからってワケじゃなく、アタシのごはんを食べてる子はアタシの子供なの!
 ママンの言うことは聞きなさい!」
 彼女の迫力に気圧され、思わず頷いたリンクにジェリーはにこりと笑うと、床に下ろしてやった彼の背を軽く叩く。
 「ハイ、いってらっしゃい。
 見つかんないように隠すのよ?」
 「・・・・・・はい」
 両手で大きな籠を持ち、長い耳を揺らしながらてけてけと駆け去ったリンクを、ジェリーは満足げに見送った。


 「突撃!」
 「食らえッ!卵爆弾!」
 「イテッ!」
 突然仔ウサギ達にチョコレートの卵をぶつけられ、リーバーは悪鬼の形相で振り返った。
 「なんのつもりだクソガキ共!」
 「お前がひいきするからだ!」
 「ミランダばっかずるいさ!俺も抱っこしろ!」
 「お前ら・・・!」
 背中をよじ登ってくる仔ウサギ達にこめかみをひくつかせながらも、振り落とそうとはせずにリーバーは作業を続ける。
 「なんだ、戦わねぇのかよ!」
 「つまんないさ!相手しろ!」
 「うるさいお前ら!
 あんまり騒ぐと、血ィ搾り取ってイノセンスの実験動物にするぞ!」
 途端、黙り込んだ二人は、そろそろとリーバーの背から下り、じりじりと後退した。
 「?
 なんだ?」
 「なんだ、って・・・」
 「こんな身体ン時に血ィ絞られたら、死んじゃウサっ!」
 「あ?
 あぁ、そうか」
 いつもなら、『やれるもんならやってみろ』と挑発してくるエクソシスト達の気弱さに、リーバーだけでなく、周りの科学者達も笑い出す。
 「ひっ・・・ひどいさ!
 みんなで俺らのこと、おいしくいただくつもりなんさっ!!」
 真っ青になって震え声をあげるラビに、誰かがぽん、と手を叩いた。
 「あ、そうか!
 明日はイースターだから、料理長がウサギ料理作ってくれるよな」
 途端、くるりと踵を返して脱兎の勢いで逃げ出した二人に、笑声は大きくなる。
 「冗談なのに・・・」
 「でも、あんだけ丸々したウサギなら、シチューがたくさん作れるな」
 くすくすと笑いさざめく中、ぶるぶると震えるミランダの背を、リーバーは笑って叩いてやった。


 「ちくしょう、これじゃ食堂にも行けねぇじゃねぇか!」
 料理されちまう、と、真剣に呟く神田の傍ら、ラビも真っ青な顔で頷いた。
 「シェフ達に見つかったら終わりさ!
 あいつら、なんか今日は気前良くお菓子くれるから、変だと思ってたんさ!」
 太らせて食う気なんさ、と、ラビが震え声をあげる。
 「元に戻るまで、絶対見つかんじゃねぇぞ!」
 「アラ、誰にぃ?」
 「ぎゃ――――――――!!!!」
 突然廊下の角から顔を出したジェリーに、ラビが気死せんばかりの絶叫を放った。
 「なっ・・・なに?!どーしたのっ?!」
 「お前こそ何しにきやがった!」
 すかさず臨戦態勢になった神田を、ジェリーは訝しげに見下ろす。
 「なにって、絵の具が乾いたから、卵を持ってきてあげたのよん」
 「た・・・卵・・・・・・?」
 びくびくと震える耳を垂らしたまま、恐々と問うラビの目の前に、ジェリーは卵の入った籠を掲げて見せた。
 「そろそろお庭に移動する頃かと思ったんだけど、アンタ達、まだたくさん余ってるのね」
 「あ・・・あぁ・・・・・・」
 「アレン達に先に隠されちゃったんさ」
 まだ怯えた目で彼女を見上げるウサギ達を不思議に思いつつも、ジェリーはにこりと笑う。
 「お庭は広いから、大丈夫よんv
 だけど今夜は雨が降りそうだから、濡れない場所に隠しなさいね」
 「う・・・うん・・・・・・」
 じりじりと警戒気味に近づき、彼女から籠を受け取るや、すかさず離れて行った二人に、ジェリーは小首を傾げた。
 と、
 「なんで俺のが入ってねぇんだ?」
 彼女以上に不思議そうに、神田が眉根をひそめる。
 「あぁ、アンタの卵は、ティエドール元帥とクラウド元帥が、『宝物にするんだ』って持ってっちゃったわぁ」
 「んなっ・・・!」
 「ラビのウサ卵も一つ、持ってったわねぇ、クラウドちゃん。
 あの子ホント、可愛いもの好きだからねぇ」
 「ならいいさv
 えへへ・・・と、嬉しげに笑って、ラビは卵の籠を持ち上げた。
 「ユウちゃん、いこ!」
 「あぁ・・・」
 決してジェリーに背中を見せないよう、じりじりとあとずさった神田は、十分離れたと見るや、ぱっと踵を返してあっという間に駆け去る。
 「・・・なんの遊びかしらねぇ」
 ニンジャごっこかしら、と、事情を知らないジェリーは、楽しげに笑いながら職場へと戻っていった。


 「ねぇ、ちょっとご覧なさいよ、あなた達。
 心和む光景だわ」
 婦長の言葉に、ナース達はわらわらと窓辺に群がった。
 庭を見下ろせば、春の陽に煌めく新緑のもと、小さなウサギ達がなにやらこそこそと動き回っている。
 「なっ・・・あれ、エクソシスト?!」
 「監査官もいるわね・・・」
 「やだ可愛っ・・・!!」
 「ニンジンで釣れるかしら?!」
 窓に貼りついて歓声をあげるナース達の傍ら、婦長は苦笑して首を傾げた。
 「他の子達はともかく、リナリーはニンジンでは釣れないわねぇ」
 「え?あの子まだニンジン食べれないんですか?」
 「そう言えば料理長が、どんなに小さく刻んでもよけちゃうから困るって言ってたわね」
 ウサギなのに、と、ナース達が笑い出す。
 「それにしてもあの子達、なにやってるのかしら?」
 「あら、イースター・バニーが庭でやることと言ったら、卵を隠してるに決まってるじゃない」
 「あぁ、明日はイースターなんだ・・・」
 夜勤続きで忘れてた、と、ぼやくナースの肩を、婦長が優しく叩いた。
 「明日、朝の鐘が鳴ったら、卵を探しにお行きなさいな」
 「いいんですかっ?!」
 目を輝かせるナース達に、婦長は笑って頷く。
 「他のイースター・バニーはどうか知らないけど、あの子達は小賢しいから、かなりがんばらないと見つけられないわよ」
 「負けませんよっ!!」
 こぶしを振り上げてナース達が歓声をあげた頃、病棟とは別の棟からも、仔ウサギ達を見つめる目があった。
 「なんだろうね、あれ?」
 科学班第2班の、ペック班長が示した先を、第3班のバロウズ班長はうるさげに見遣る。
 「ウサギだな」
 「あんなウサギがいるかい。
 新種の生き物だよ」
 可愛いねぇ、と、窓辺に寄りかかって笑う彼に、バロウズは追い払うように手を振った。
 「だったら捕まえて、実験にでもかけるといい。
 面白い遺伝子データが採れるかもしれない」
 「そう思う?じゃあ一緒に捕まえに行こうよv
 「断る。私は忙しい」
 きっぱりと言ったバロウズに、ペックは肩越し、意地の悪い笑みを向ける。
 「忙しいが口癖の奴には無能者が多い」
 「・・・それは私のことか?」
 「一般論だよーん。ねぇねぇ、捕まえに行こうよ、アレv
 「嫌だ。
 あの庭は舗装されていないからな」
 靴が汚れる、と、真剣な口調で言うバロウズに、ペックは肩をすくめた。
 「ここに来てから、あんたの潔癖症に磨きがかかったように思うよ」
 「ロンドンは空気が悪いからな」
 「ま、それは認めるけどね」
 やれやれと苦笑し、ペックはようやく窓辺から離れる。
 「付き合ってくれないから、一人でウサギ狩りに行くよ」
 「あぁ、行ってくれ。
 そして二度と戻ってくるな」
 ばい菌が増える、と、冗談ではない口調で言われ、ペックは呆れ顔で吐息した。
 「あんまり滅菌滅菌って言ってると、身体弱くなるよ?」
 「余計なお世話だ」
 「ハイハイ・・・」
 どんなに努力しても成り立たない会話にとうとう諦め、ペックは第3班の研究室を出る。
 後手にドアを閉めた途端、室内側から鍵がかかる音がして、ペックは肩をすくめた。
 「ホント・・・付き合いにくい奴だねぇ」
 呆れ口調で呟きつつ、庭に向かって回廊を歩いていると、その目の前をまた2羽、ウサギが横切って行く。
 「・・・・・・」
 ひょい、と、赤い方を摘み上げると、それはじたじたと暴れた。
 「なにすんさ!放すさー!!」
 「キミ・・・エクソシス・・・トっ?!」
 暴れるウサギに腕を蹴り上げられ、ペックはたまらず手を放す。
 「なにすんだよ、痛いなぁ」
 蹴られた腕をさすりつつぼやいた彼は、もう1羽の黒いウサギを興味深げに見つめた。
 「ブックマンJr.に神田ユウ・・・。
 君達二人がそんな姿になってるってことは、もしかして、庭でちょろちょろしていたウサギ達の一人はリナリー・リーかい?」
 「てめぇなんぞに教える義理はねぇよ!」
 切りつけるような声に、しかしいつもの迫力はなく、ペックは笑って神田の傍らを通り過ぎる。
 「それはいいコト聞いたな〜。早速さらいに行こう♪」
 「てめっ・・・!!」
 ラビが追い縋る直前、神田はペックの足に六幻の鞘を引っ掛けて転倒させた。
 「いった!!
 なにすんだキミ・・・」
 「武士の魂を足蹴にするとは無礼者が・・・!」
 幼くとも鋭い眼光が、床に這うペックを貫く。
 「無礼討ちにしてやるぜ!」
 「とんだ言いがかりだ!!」
 悲鳴をあげ、床を這って逃げようとした彼の背に、ラビが鋭い蹴りをくれた。
 「ユウ、殺れ!」
 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 拝み討ちに振り下ろされた刀を、よける間もない。
 鞘でしたたかに殴られたペックは、床に這ったまま目を回した。
 「ふん、鞘打ちだ!」
 「今日はこのくらいで勘弁してやるさね!」
 べーっと、最後に舌を出してペックの背中から降りたラビは、先に立った神田の後を追いかける。
 「なんかもう、庭も隠す場所取られてる気ィすんだけど!」
 「さすがに、あの広い庭全部に行き渡らせるにゃ、卵が足りねぇだろ」
 がんばったとは言え、所詮手作業では量にも限界があった。
 「でも、めぼしい所は全部取られて・・・あ!そうさ!!」
 にんまりと笑って、ラビは足を早める。
 「なんだ?」
 「もし、あいつらが隠してた卵見つけたらさ・・・」
 クスクスと、我慢しきれず笑いが漏れた。
 「あいつらに、『こんなにわかりやすいとこに隠してんじゃねーよ!』って、突っ返してやるんさ!」
 「そして、あいつらにも城中走り回らせてやるってことか」
 今日だけで随分な距離を走った神田が、意地の悪い笑みを浮かべる。
 「じゃあ、半日早いが、卵を探す気でいた方がいいな」
 「あぁ!」
 ケラケラと笑いながら庭に出てきたラビの声に、先にいたウサギ達が顔をあげた。
 「今頃来たって遅いよ!
 もうこのエリアは、私たちが隠したもん!」
 遅れてきた兄達が、自分の危機を未然に防いでくれたとは知らず、リナリーが意地悪なことを言う。
 と、
 「それはどうかなーん?」
 ラビが楽しげに笑い、
 「あっさり見つかっちゃ、つまんねえもんな」
 神田がにやりと口の端を曲げた。
 「・・・・・・まさか」
 意地悪な兄達に嫌な予感を覚え、リナリーとアレンが不安げな顔を見合わせる。
 途端、
 「木の枝に卵見つけたさっ!」
 ラビが声を張り上げ、アレンが枝の間に隠していた卵を指した。
 「うろの中にも入れてんな。
 わかりやすい所に隠すんじゃねぇよ」
 神田に嘲笑され、リナリーがぱんぱんに頬を膨らませる。
 「なんだよ!
 だったら二人はもっとわかりにくい所に隠せるの?!」
 「余裕さ!」
 言うやラビは木によじ登り、アレンが隠していた卵を彼に放ると、自分の籠の中から取り出した卵を同じ場所に据え、今までよりも念入りに隠した。
 「なにそれ!ずるい!!」
 甲高い声で抗議するアレンを木の上から見下ろし、ラビが舌を出す。
 「見つかる方が悪いんさv
 「これもだ」
 神田が木のうろから出した卵を、リナリーに放った。
 「もっとわかんねぇとこに隠すんだな」
 「なんですってぇぇぇぇぇっ!!!!」
 「木を蹴るのはやめなさい」
 怒声と共に足を振り上げたリナリーを、リンクが冷静に制す。
 「Jr.、神田、庭は広いのですから、何もここで隠さなくてもいいでしょう。
 私達がまだ隠していない場所を教えて『あげます』から、そちらに行ってはどうですか?」
 『あげます』という言葉を、他人には真似のできないほど嫌味な口調で言ったリンクに、木の上のウサギ達がムッとした。
 「それはありがたい提案さね、マユゲ。
 後でマンマに誉めてもらえるよう、口添えして『やる』さ」
 にっこりと笑いながら、ラビも殊更に嫌味な口調で言う。
 だがリンクは鼻を鳴らして軽く聞き流し、小さな指で棟の向こう側を指した。
 「バラ園は制覇しましたが、東庭にはまだ行っていませんよ。
 東棟と、その先の別館もまだ入ってませんから、チョコレートの卵はそちらに隠してはいかがですか」
 「え?チョコレートもまだ残ってるの?」
 「のろま!ラビと神田はのろま!」
 きゃあきゃあとはやし立てるリナリーとアレンに、樹上から木の実が投げつけられる。
 「なにすんの!!」
 「落としてやる!!」
 「木を蹴るのはやめなさい!」
 また足を振り上げようとしたリナリーとアレンに、リンクが声を荒げた。
 「Jr.と神田も、早く行きなさい」
 「はんっ!わかってるさね!」
 「てめぇらなんか絶対わかんねぇ所に隠してやる!」
 木から飛び降りるや、憎まれ口を叩いて駆けて行く小さな背中に、リナリーとアレンが揃って舌を出す。
 「ふーんだ!見つけるもん!」
 「やれるもんならやってみろっつーんですよっ!」
 「子供が・・・」
 外見年齢に似合わない皺を眉間に寄せ、リンクは呆れて首を振った。


 城中に卵を隠し終わったウサギ達が食堂に戻ってくると、ほかほかのイースター・ブレッドが焼きあがっていた。
 「ホットクロスバンだ――――!!!!」
 歓声をあげて群がってきた仔ウサギ達に、ジェリーは笑ってイースター・ブレッドを差し出す。
 「ラビと神田は?一緒じゃないの?」
 「まだ隠し終わってないみたい」
 「のろまなんです!」
 まだ熱いパンをもふもふと頬張りながら言う二人に、ジェリーは肩をすくめた。
 「ホラ、ちゃんとお座りしてからお食べなさい。
 リンクちゃん、熱いの苦手?」
 パンを手に持ったまま、口をつけないでいるリンクに首を傾げると、彼はふるふると首を振る。
 「テーブルに着いてからいただきます」
 お茶をください、と、礼儀正しく言う彼の頭を、ジェリーは笑って撫でた。
 「ホント、イイ仔ねぇ、アンタ!
 リナリーもアレンちゃんも、ちゃんとお兄ちゃん見習いなさい」
 が、それには二人とも、激しく首を振る。
 「こんなの見習ったら意地悪になるもん!」
 見事に揃った二人の声に、リンクがムッと眉根を寄せた。
 「ハイ、ケンカしないの」
 何か言ってやろうと開いたリンクの口にイースター・ブレッドを詰め込み、ジェリーは三人の背をテーブルに向かって押す。
 「すぐお茶持ってきてあげるから、イイ仔にしてなさい」
 「ふぁい」
 おとなしく座った三人に微笑み、厨房に戻ったジェリーは、通信ゴーレムの回線を開いた。
 「ラビ、神田、ホットクロスバンが焼けてるから、食堂にいらっしゃいv
 呼びかけるが、いつもならすぐに応答がある回線は沈黙している。
 「ラビ?神田??」
 もう一度呼びかけると、
 『おっ・・・おびきだそうったって、そうはいかねぇぞ!!』
 『俺ら元に戻るまで、ぜってー食堂には行かないさっ!!』
 妙に怯えた声が返って、ジェリーは訝しげに眉をひそめた。
 「どーしたの?なんかあったぁ?」
 『なんかだとっ?!』
 『お前ら、俺ら太らせて料理する気なんさ!科学班の奴らが言ってたさ!!』
 その真剣な口調に、ジェリーだけでなく、周りのシェフ達も吹き出す。
 「わざわざアンタ達なんか料理しなくったって、おいしい材料はたくさんあるわよぅ!」
 大爆笑の中、自分も腹を抱えて笑いながら言ったジェリーに、しかし、ウサギ達の不信感は拭えなかった。
 『騙されねぇぞ!』
 甲高い叫びに、厨房の笑声は更に大きくなる。
 「じゃあアンタ達、ホットクロスバンはいらないのね?」
 『いらねぇよ!』
 沈黙したラビに代わって即答した神田へ、ジェリーはにんまりと笑う。
 「アンタは、元に戻るまで蕎麦いらないのね?」
 『・・・・・・・・・・・・・・・っ』
 長い沈黙に、一旦沈黙した厨房は、堪えきれずにまた笑い出した。
 「俺ら信じろって!」
 「希少なエクソシストを、食ったりしねぇよ!」
 「いくらおいしそうなウサギでも、そこは我慢してやるよ!」
 「それに・・・」
 次々にジェリーの無線ゴーレムへ声をかける部下達を押しのけ、副料理長がにんまりと笑う。
 「お前たちみたいな毒入りウサギ、煮ても焼いても食えないよ」
 「確かに!!」
 爆発したような大爆笑の中、ジェリーが涙を拭ってゴーレムに向かった。
 「大丈夫だから、怖がらないでいらっしゃいv
 言うや、また笑い出したジェリーの声を無線越しに聞いて、ラビと神田は忌々しげに回線を切る。
 「なんさなんさ!
 毒入りはユウちゃんだけだっつーんさ!」
 ぶぅ、と、ラビが頬を膨らませると、神田も憮然と舌打ちした。
 「怖がってなんかねぇよ、チクショウ!」
 あんな甘いパン、食べたくないだけだ、と、言い訳のように吐き捨て、踵を返す。
 「はれ?
 どこ行くんさ、ユウちゃん?」
 「食堂だ!
 怖がって寄り付かないなんて思われたら、忌々しいからな!」
 「じゃあ俺も行く!」
 イースター・ブレッド食べる!と、ラビも神田の後に続いた。


 一方、科学班でジェリーからの無線を受けたミランダは、目の前でホバリングするゴーレムに首を傾げた。
 「イースター・ブレッドですか・・・」
 おいしそう、と呟き、とんとん、と、リーバーの胸を叩く。
 「ジェリーさんが皆さんの分、焼いてくれたそうですから、私、取りに行って来ます」
 おろして、と、また胸を叩くミランダを見下ろし、リーバーは気遣わしげに眉根を寄せた。
 「一人で大丈夫か?」
 「はい」
 にこりと笑った彼女に頷き、おろしてやると、ミランダは長い耳だけをデスクの間に揺らしながら、とことこと駆けて行く。
 その様を不安げに見送るリーバーに、部下達は思わず笑みを浮かべた。
 「心配ならついてけばいいのにv
 「すっかりパパですねぇ、班長v
 にやにやと笑う部下達を睨みつけ、リーバーは無理矢理視線を手元に戻す。
 「べっ・・・別に、心配なんかしてないぜ!
 ただ、ここは危険物が多いから、転びやしないか見ていただけだ!」
 「それを心配してるっつーんですよ!」
 ケラケラと笑う部下達に反論もできず、リーバーは憮然と作業に戻った。
 だが、部下達のおしゃべりは中々止まない。
 「やっぱ、ミランダの娘ってあんなカンジなんかなぁー?」
 「ころころぷにぷにして可愛ーよなv
 「顔はそっくりでもさ、娘はしっかり者になりそうじゃねぇ?」
 「あぁ、反面教師ってやつね」
 「しかもパパが班長なら、絶対気が強いって!」
 「もしかして次の上司?!」
 「え?!マジ?!俺まだヒラ研究員?!」
 「なに先走ってんだてめぇら!!」
 デスクにこぶしを叩きつけ、怒鳴ったリーバーに皆、はっとして手を叩く。
 「まだ生まれてなかったや!」
 「アホかッ!!」
 苛立たしげに吐き捨てたリーバーが、くるりと踵を返した。
 「アレ?
 どこ行くんすか、班長?」
 「ちょっと・・・子供達の様子見てくる!」
 不自然に目を逸らしつつ言った彼に、部下達は吹き出しそうになるのを必死に堪え、こくこくと頷く。
 だが彼の姿が研究室から消えた途端、
 「パパ心配性〜〜〜〜!!!!」
 室内は大爆笑に包まれた。


 食堂へ行く途中で、案の定、迷子になっていたミランダを保護したリーバーは、食堂近くでラビや神田とも合流した。
 「卵は隠し終わったのか?」
 「あぁ」
 「明日の朝は、みんなで卵探しさ!
 ミランダもやるだろ?」
 にこっと笑ったラビに、しかし、ミランダは目を紅くして首を振る。
 「なんでさっ!」
 「だって・・・迷子になるんですもの・・・・・・」
 「だからって、ずっとリーバーに抱っこされてちゃ覚えらんないさっ!」
 おりろ、と、服の裾を引かれて、ミランダがますますリーバーにしがみついた。
 「ちぇっ!
 ずっとひとりじめすんじゃないさ!俺も抱っこ!!」
 「それが本音かよ・・・」
 駄々をこねるラビを小脇に抱え、リーバーは神田を見下ろす。
 「お前は?」
 「俺はいい!」
 ぷんっと、そっぽを向いた神田に、リーバーはにんまりと笑う。
 「背中が空いてるぜ?」
 「・・・・・・」
 ぴたりと足を止め、リーバーが自分を追い越すのを待ってから、神田は彼の背に飛びついた。
 「っとにお前は、素直じゃねぇな」
 「ふんっ」
 無愛想な神田に笑いながら、またもやウサギのなる木と化したリーバーが食堂に入る。
 と、厨房からもテーブルからも、甘くいい匂いが立ち上っていた。
 「あ!もう食ってるさ!!」
 アレン達の姿を目ざとく見つけたラビは、リーバーの腕を振り解いて駆けて行く。
 「俺にもよこすさ!」
 ラビがアレンの取り上げたイースター・ブレッドに噛み付くや、アレンが悲鳴をあげた。
 「ダメ!!これ僕の・・・僕のクロスバン――――!!!!」
 「うるさいさ!
 どうせお前、この皿に乗ってた奴、ほとんど一人で食ったんだろ?!
 最後の一つくらいよこせ!!」
 「やだっ!!やだぁぁぁぁ!!
 あっ・・・ジェリーさぁぁぁぁん!!!!」
 ラビにイースター・ブレッドを奪われてしまったアレンが、激しい泣き声をあげながら厨房に駆け込む。
 「ラビが僕のクロスバンとったぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 「ハイハイ・・・」
 ジェリーは泣き縋ってきたアレンを抱き上げ、子供のようにあやした。
 「まだまだたくさん焼いてるから、泣かないで大丈夫よぉv
 ホーラ、アレンちゃんv 今焼けたのには、なにが入ってるかしらねぇーえv
 オーブンから出されたばかりのパンを受け取って、アレンはしゃくりあげながらかじる。
 「・・・オレンジピール?」
 「せいかーぃv
 それとぉ、ひまわりの種にくるみに・・・リナリーにはナイショよ?
 ニンジンをすりおろして入れてるのv
 クスクスといたずらっぽく笑う彼女に、アレンもつられて笑った。
 「ハイ、じゃあ、お顔ふきふきしましょうねーぇv
 厨房から出ながら、ジェリーがアレンの泣き顔を拭いてやっていると、その様を見あげた神田が忌々しげに舌打ちする。
 「パンとられたくれぇでぎゃあぎゃあ泣くんじゃねぇよモヤシが!」
 「うるさい、バ神田!!
 自分だって蕎麦盗られて、コムリン壊したくせに!!」
 「はっ!
 俺は、二度とナメた真似ができねぇようにしてやっただけだ!」
 ぎゃあぎゃあと甲高い声でわめき合う二人に、苦笑したジェリーがアレンの口にイースター・ブレッドを詰め込んで黙らせ、リーバーが背後から神田の口を塞いだ。
 「ちょっとお静かになさい、アンタ達!」
 「超音波発するんじゃねぇよ、ガキ共!」
 「ぶーっ!」
 「ぐーっ!」
 口を塞がれてもまだ喚き合う二人の間に、とことことラビが入ってくる。
 「ねーさん!俺まだ、いっこしか食ってないさ!」
 「え?あぁ、ハイハイ。
 焼きあがってるの持って行きなさいな」
 「さんきゅ!」
 とことことジェリーの傍らをすり抜けたラビは、シェフに焼きあがったイースター・ブレッドを籠につめてもらい、またとことことテーブルに戻る途中、アレンに思いっきり舌を出した。
 「ラビのバカ――――!!!!」
 「アラアラ・・・!」
 また泣き出したアレンをジェリーが必死にあやしつつ、睨んだラビは、とっくにテーブルに戻って、イースター・ブレッドにかじりついている。
 「リナはもう食わんの?」
 早速手を伸ばしたリンクとは逆に、やや身を離したリナリーは、こくんと頷いた。
 「だってそれ、ニンジンのにおいがするもの」
 「あの仔ッたら・・・!」
 なんて小賢しい、と、ジェリーが肩を落とす。
 「アンタ達も、科学班の子達に持ってってあげて・・・って、ミランダはあんよできないのかしら?」
 「あっ・・・歩けます・・・けど・・・」
 恥ずかしげに垂れた耳で顔を覆ったミランダの頭を、リーバーが優しく撫でた。
 「こんなに小さいままで、研究室内や城を歩かせたら危ないんで、保護してるっす」
 「なにが保護よ。
 アンタが構いたいだけでしょ」
 呆れ声をあげて、ジェリーは部下にワゴンを持ってくるよう指示する。
 「ホラ、これならミランダを抱っこしたままでも持っていけるでしょ」
 ワゴンの上に積まれたイースター・ブレッドの、甘い匂いにリーバーの頬も緩んだ。
 「どうもです、料理長。
 あ、昼の出張サービスもありがとうございました。
 あいつら、すげー喜んでたっすよ」
 「そうらしいわねぇv
 また派遣してあげるから、場所確保しといてねんv
 「よろこんで!」
 笑って手を振り、ワゴンと共に去っていったリーバーを見送ると、ジェリーはアレンをテーブルに戻してやる。
 「アンタ達、イースター・ブレッドまだ食べる・・・わね」
 早速ラビとイースター・ブレッドの取り合いをするアレンに苦笑し、ジェリーは厨房へと戻っていった。


 翌朝、城内の団員達はいつもより早く起き出し、合図の鐘をそわそわと待った。
 やがて城の礼拝堂が、朝一番の鐘を鳴らす。
 「卵探し、スタート!」
 戦闘員、非戦闘員にかかわらず、誰からともなく走り出し、昨日仔ウサギ達がうろついていた辺りを探り出した。
 「卵チョコレート見っけ!」
 誰かの声が回廊に響くと、団員達の目の色が変わる。
 そんな大人気ない大人達が夢中になって卵を探す様を、窓辺に並んだイースター・バニー達は、長い耳をそばだて、気まずげにで見つめていた。
 「なんでみんな・・・参加しちゃうんだよ・・・」
 「てっきり僕たちだけだと思ってたのに・・・」
 誰かの声が上がるたび、びくっとそちらを向きながら、リナリーとアレンが不安げな囁きを交わす。
 「俺達もさ・・・。
 てっきり、俺らが隠したとこにはお前らが探しに来ると思ってたから・・・」
 罠を仕掛けた、と、4羽の声がきれいに揃った。
 「どーしよー・・・!
 大怪我しなきゃいいけど・・・!」
 「リナ・・・!
 お前、そんなたいそうな罠仕掛けやがったんさ?!」
 「だって、すっごいムカついたんだもん」
 ぷんっと、頬を膨らませてそっぽを向いたアレンを、神田が睨む。
 「それはこっちだって同じだ!
 本気で殺るつもりで仕掛けてやったのに、畜生・・・!」
 「希少なエクソシスト同士で、殺し合わないでください」
 一人やや離れた場所で、淡々と窓の外を見ていたリンクが、わずかに眉根を寄せた。
 「第一の被害者が出たようですね」
 その言葉に、ウサギ達の耳がぴくんっと立ち上がる。
 「・・・落とし穴に落ちたみたいだね」
 蒼褪めて呟いたリナリーに、胃の引き締まる思いでアレンが頷いた。
 「誰が落ちたんでしょ・・・確実に怒られるよね・・・・・・」
 と、別の場所から更に悲鳴が響き、
 「・・・あの近辺は・・・・・・」
 「矢が降ってくるように仕掛けた場所さね・・・・・・」
 気まずげな神田に、ラビが引き攣った声をあげる。
 「やばい・・・・・・」
 再び、見事に声を揃えた4羽の傍らで、リンクは一人、無関係な顔をして鼻を鳴らした。


 「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 枝の間に隠された卵を見つけたファインダーが、上を見あげたまま歩み寄った途端に地面が崩れ、深い穴の中へと落ちていった。
 「なんっ・・・なんってことしやがんだ、あのガキ共!!」
 その様を目の当たりにしたジジは、蒼褪めつつも白衣のポケットからマジックハンドを取り出す。
 「インテリなめんじゃねぇぞ!」
 深い落とし穴の縁に立ち、きゅいきゅいと柄を伸ばして、枝上の卵を掴んだ。
 「へっへーん♪
 ようやくゲットだな!」
 手元で操作し、卵を引き寄せようとした途端、樹上から大きな木の実が降ってきて、ジジの頭頂をしたたかに打つ。
 「・・・ッなんでヤシの実!!」
 この木に生るはずのない実の直撃に、涙目になりながらジジはなんとか卵を引き寄せた。
 「あのガキ共、シチューにしちゃるっ!」
 また他の場所でも、
 「剣――――?!」
 甲冑の中に隠された卵を手にした途端、甲冑が掲げていた剣が振り下ろされ、服を切り裂かれたファインダーが悲鳴を上げる。
 「なんっ・・・なんで切れんだ?!」
 彼の絶叫に驚いたロブが駆け寄ってみると、打突用であるはずの剣の刃が鋭く研がれ、見事な刃紋を描いていた。
 「神田だな・・・。
 この教団で、こんなに見事に研げるのはあいつしかいない」
 呆れて呟いた時、
 「槍ィィィィィィ!!!!」
 やや離れた場所で、また悲鳴が上がる。
 「みんな一旦離れろ!
 このエリア、危険だ!!」
 言われずとも、とうに逃げ出した科学班員達の口からまた悲鳴がほとばしった。
 「檻ィィィィッ!!」
 ガラガラと音を立てて落ちてきた格子に逃げ道を塞がれ、呆然とする人々の中、毅然と立ち上がった一団がある。
 「いい度胸じゃない、あのガキ共!!」
 「元従軍ナースなめんじゃないわよ!!」
 「こちとら銃弾砲火の下を潜り抜けて来てんのよ!」
 「矢の雨くらい、なんぼのもんだっつーの!」
 意識を戦闘モードに切り替えたナース達は、壁に並ぶ盾をもぎ取り、頭上に掲げて回廊の中心に歩を進めた。
 「あっ・・・危ない!!」
 天井近くから、雨あられと降ってくる矢に怯みもせず、頭上に掲げた盾を寄せ合って固まったナース達は、見事なチームプレイで回廊を渡りきる。
 するとそこには、矢の葦原に一筋の道ができていた。
 「さぁ、あんた達!」
 「矢は尽きたわよ!」
 「今のうちにこっちに走ってきなさい!!」
 「道に外れないよう、気をつけて!」
 回廊の向こう側から声を響かせるワルキューレの姿に、取り残された男達が目を輝かせる。
 「さすが婦長の愛娘達!!」
 「白衣の天使万歳!!」
 歓呼の声は、回廊を抜けて城中に響き渡った。


 「ヤバイ!
 マジやばいさ!!」
 「ナッ・・・ナースのお姉さん達にケンカ売っちゃったよう・・・・・・!!」
 長い耳でナース達の怒号を捉えたラビとアレンが、真っ青になって手と手を取りあう。
 しかし、
 「大丈夫だよ、アレン君。
 回廊のトラップはラビと神田の仕業だから、私達はまだ、姉さん達にケンカ売ってないわ」
 残酷なリナリーの指摘に、ラビは今にも気絶せんばかりに白くなり、アレンはほっとしてラビの手を放した。
 「なんだ、よかったv
 「よかないさ、この黒ウサ共――――!!!!」
 悲鳴をあげたラビに、アレンが首を傾げる。
 「僕、白いですけど?」
 「腹ン中は真っ黒じゃないさ、この黒ウサ!!
 ふっ・・・婦長に殺されるさっ!!」
 慌てふためくラビの傍らで、神田も顔を強張らせた。
 「あのババァか・・・やべぇな・・・・・・」
 この世で唯一、恐怖の対象である婦長の顔を思い浮かべ、神田の顔から血の気が引いていく。
 「うえっ・・・!うえぇっ・・・!!
 俺ッ・・・俺らきっと・・・血ィ抜かれて科学班に売られた挙句、残った肉はシチューにされるんさっ・・・!!」
 しゃくりあげながら残酷な未来予想図を語るラビに、アレンの血の気も引いていった。
 「で・・・でも、僕ら一応、貴重なエクソシストで・・・・・・」
 「今は役に立たない仔ウサギ共ですけれどね」
 「あなたもねっ!」
 リンクの憎まれ口に、リナリーがすかさず言い返す。
 と、しおしおと顔の前に垂れてきた自分の耳を、アレンが不安げに抓んだ。
 「これ、いつになったら戻るんですか?」
 「知るかよ!」
 忌々しげに吐き捨てた神田の隣で、ラビが涙目をあげる。
 「最初ン時はコムビタンのせいで理性ぶっ飛んでて、気づいたらアジア支部の連中に看病されてたもんな・・・」
 「でもラビは、こないだ自分で・・・」
 ウサギになったでしょ、と、アレンがほんの少しの期待を込めて問えば、彼はしおしおとうな垂れた。
 「・・・あん時はジジィにめっさ折檻されて、目ぇ回してるうちに戻ってたさ」
 「なんて役に立たない!」
 「私は監査官のせいでウサギになったんだもんっ!
 貴重なエクソシストにこんなことして、許されないんだからねっ!」
 声を荒げたリンクに、リナリーが憤然と言い放つ。
 その時また、盛大な悲鳴が響き、ウサギ達は動きを止めた。
 「お仕置き、確実だな・・・・・・」
 また、4羽の声がきれいに揃う。
 「マンマと私を除いて、ですが」
 確実に迫りつつある恐怖の未来に、ウサギ達の耳が震えた。


 城中に絶え間なく響き渡る悲鳴と破壊音に、びくびくと震えていたミランダは、とうとう耐えかねてリーバーの胸を叩いた。
 「ん?どうした?」
 抱っこ紐でミランダをホールドしたまま仕事をしていたリーバーが問うと、彼女は気弱げな上目遣いで彼を見上げる。
 「あ・・・あの・・・お仕事中に、申し訳ないのですけど・・・・・・」
 「ん?」
 「な・・・なんだか、大変なことになっているみたいなんで、私、行って来ます」
 だから下ろして、と言うミランダに当然、リーバーはいい顔をしなかった。
 「ダメだ。
 あんな大騒ぎの中に入って行ったら怪我をする」
 リナリーやアレンであれば、『行ってこい』の一言で送り出す彼の、あまりの過保護ぶりに、共に作業をしていた部下達が顔を引き攣らせる。
 「それ、リナリーが聞いたらまた拗ねるっすよ・・・」
 「個人の力量の問題だ。
 リナリーなら戦い慣れてるから、なにがあっても逃げ切ってくるだろうが、ミランダは・・・」
 鈍いから、とはさすがに言えず、リーバーは気遣わしげにミランダの頭を撫でた。
 「で・・・でも・・・」
 リーバーの言わんとすることには気づいたものの、ミランダは首を振る。
 「あんなトラップを止められるのは、私だけだと思います・・・」
 小さな指で示したモニターには、城内の惨状が映し出されていた。
 狭い回廊を転がる巨石に追いかけられ、藪に仕掛けられた蜂の巣に手を出して反撃され、降り注ぐ矢の雨に逃げ惑い・・・。
 海に面した地下牢の一部が爆破され、海水が上がってくる様を見たリーバーのこめかみが引き攣った。
 「あのガキ共・・・!ここまでやるか!!」
 「そりゃーやるでしょ・・・」
 「あいつらだもん・・・」
 十分想定内、と、落ち着き払った部下達を睨み、リーバーはデスクにペンを置く。
 「後は頼んだぞ!」
 更に想定内のリーバーの行動に、部下達はにこりと笑った。
 「ハイ、気をつけて」
 「ミランダ、班長をヨロシク」
 「はっ・・・はい!」
 既に駆け出したリーバーに抱っこされたまま、ミランダが頷く。
 「まずは水止めねェと!!」
 リーバーがまっすぐに地下牢に向かうと、既にそこは、地上近くまで浸水していた。
 「はんっ・・・はんちょおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 助けて!と、悲痛な悲鳴を耳にしたミランダが指差した先では、ジョニー達が水に飲まれて溺れかけている。
 「泳げねェのかよっ!!」
 「任せてください!!」
 水に飛び込もうとするリーバーを、ようやく地面に足を下ろしたミランダが止めた。
 「水を引かせます!
 皆さん、何かにつかまってて下さい!」
 ミランダの声に、溺れていた者達はそれぞれ、壁の燭台や天井から下がるフックにしがみつく。
 「発動!!」
 ミランダの小さな手の中でタイムレコードが光を帯び、ジョニー達を飲み込んでいた海水が干潮よりも激しく海へと引いていった。
 「ミ・・・ミランダぁ・・・・・・!」
 「ありがとうぅぅぅ〜〜〜〜!」
 えぐえぐとしゃくりあげながら礼を言う科学者達に、ミランダはほっと微笑む。
 「よかったです・・・。
 でもあの・・・これ、一時的に止めただけですから・・・」
 「わかってる。
 おい、ジョニー。
 今のうちに爆発物処理しとけ」
 「わっかりました!
 けど、班長・・・」
 「ん?」
 ジョニーは訝しげな顔をして、背後を示した。
 「あいつら・・・爆発物なんて仕掛けるかなぁ?」
 その疑問に、リーバーの顔が強張る。
 「ジョニー、爆処理した後、現物を精査。
 もしかしたらあいつの特徴が見えるかもしれない・・・」
 「あいつ・・・・・・」
 リーバーの言葉を反復して、ジョニーが肩を落とした。
 「絶対出て来ますよ、『コムイ』マーク・・・・・・!」
 コムイが作ったものに、必ず刻む『K』のマーク・・・。
 それは、彼らにとって恐怖と怒りの対象でもあった。
 「ミス・フェイが来てくれてから、すっかり鳴りを潜めていたのに・・・!」
 「あの人はリンク監査官と違って、24時間監視任務をしているわけじゃないからな」
 要請するか、と、リーバーが冗談ではない口調で言う。
 「ジョニー、他にも仕掛けられてるかもしれない。
 すぐに爆発物処理チームを編成して、城内の探索にあたれ!」
 「ラジャー!!」
 真剣な顔で敬礼したジョニーに頷き、リーバーは次なる災害現場へと踵を返した。
 「・・・大変な卵探しになっちゃいましたね」
 「まったくだな」
 ぴょこぴょこと耳を揺らしつつついて来るミランダを抱き上げ、走り出す。
 「あの人が関わると、ろくなことがない・・・!」
 リーバーがため息をこぼすと同時に、また新たな爆音があがった。


 「・・・誰さ、爆発物なんて仕込んだの」
 目をまん丸に見開いたラビに見つめられ、リナリーが頬を膨らませた。
 「私達は爆発物なんて仕掛けてない!」
 「そりゃ俺たちもさ!地下牢には行ってねェもん!!」
 「でしたら第三者と見るのが正統でしょう」
 我関せずと、読書をしていたリンクが淡々と言う。
 「第三者って・・・まさか」
 「コムイだな」
 不安げに耳をそよがせるアレンの傍ら、神田が忌々しげに舌打ちした。
 「あいつの分まで仕置きされたんじゃたまんねェな・・・」
 「みっ・・・身の潔白は証明しなきゃだよ!!」
 ただでさえお仕置き決定なのに、と、焦ったリナリーが部屋のドアに取り付く。
 「どこへ行くのですか?」
 「班長のところに行って、爆発物は私達じゃないって言って来る!!」
 「でも・・・僕達、外に出るなって・・・」
 昨日、イースター・バニー達が城内をうろついていた様は多くの団員達の目に留まり、今朝の卵探しイベントへの参加希望者が多数にのぼったため、隠し場所を知っているウサギ達はこうして閉じ込められていた。
 「なによ!
 鍵くらい、簡単に壊せる・・・」
 「でも・・・出たらイースターのご馳走はナシって・・・・・・」
 どんな処罰よりもアレンに対して効力を発する呪縛はまた、リナリーにも効き目を発し、彼女はしがみついていたドアノブから手を放す。
 「心配しなくても、お仕置き前に弁明の余地くらいはもらえるでしょう。
 せいぜい、うまい言い訳を考えるのですね」
 完全に人事のリンクを、リナリーだけでなく、アレンや神田、ラビまでもが忌々しげに睨んだ。


 「爆弾発見!」
 「ラジャー!爆処理チーム急行します!!」
 卵探しはそっちのけで、城中に物騒な声が飛び交う中、ミランダを抱えたリーバーは、既に被害の出た現場を走り回っていた。
 「室長とあのガキ共、どんな仕置きしてやろうか・・・!」
 どうやって掘ったものか、とんでもない深さの落とし穴から救助したファインダーをナースに預けると、彼女は平然と落とし穴を示す。
 「ウサギは巣穴に返すべきでしょ」
 その淡々とした口調に彼女の怒りの大きさを思い、ミランダが震え上がった。
 「あ・・・あの・・・リナリーちゃん達は多分、皆さんを罠にはめる気はなかったと思いますよ・・・?
 きっと・・・神田君やラビ君・・・エクソシスト同士で遊ぼうとしただけで・・・・・・」
 ナースの顔色を伺いながら、恐る恐る言ったミランダに、彼女は思わず笑みを浮かべる。
 「そうね。
 あの子達が、私達にケンカを売るほど度胸があるとは思えないわ」
 クスクスと笑い出したナースに、リーバーも頷いた。
 「だな。
 俺らにはともかく、婦長と料理長の直属にケンカ売るほど、あいつらは馬鹿じゃない」
 「あら。
 リーバー班長だって、十分『畏怖の対象』だと思うけど?」
 教団の三大裏番、と、指差して笑われ、リーバーは肩をすくめる。
 「俺には婦長や料理長ほどの器量はないよ」
 「それはどうかな?
 まぁ、いいわ。
 ここは任せて、次、行っちゃって」
 「どこが畏怖の対象だよ・・・」
 ナースに手を振って追い払われ、リーバーはぼやきながらミランダを抱えた。
 「あの・・・・・・」
 「ん?」
 気弱な声を見下ろせば、ミランダはしばらく逡巡した後、上目遣いにリーバーを見上げる。
 「爆弾を仕掛けたのがコムイさんだってわかっているんでしたら・・・コムイさんに隠し場所を聞けばいいんじゃ・・・」
 と、リーバーはくすりと笑ってミランダの背を軽く叩いた。
 「室長室はとっくに制圧済みだ」
 「えぇっ?!いつの間に・・・」
 ずっと一緒にいたのに気づかなかった、と、驚く彼女に、リーバーは笑みを深める。
 「ジョニーに爆処理チームの編成を命じた時点で、あいつはやることをやったよ。
 今、次々に爆弾が見つかってんのは、あいつが警備班班長に依頼して、室長を尋問させてるからさ」
 「まぁ・・・!さすがですね」
 ミランダがようやく笑みを見せると、リーバーも楽しげな笑声をあげた。
 「伊達に長年、あの人の部下やっちゃいねーっつの」
 しかも学習能力は折り紙つき、と、誇らしげな彼にミランダは大きく頷く。
 「すごいです!」
 「惚れ直した?」
 しかしその言葉には、困惑げに首を傾げたミランダに、リーバーは気まずげに笑みを引き攣らせた。
 「あ・・・あれ・・・?」
 「あのぅ・・・・・・」
 長い耳をそよがせ、ミランダはリーバーを見上げる。
 「惚れ直す、って、初めて聞いた言葉なんですけど・・・なんて意味ですか?」
 「あぁ・・・」
 ほっと吐息して、リーバーは彼女の長い耳に口を寄せた。
 「ドイツ語では・・・」
 そっと囁かれた言葉に、ミランダの顔がみるみる紅く染まる。
 「どう?」
 長い長い沈黙の後、俯いた彼女は小さく『Ja(はい)』と呟いた。


 「なんだか大分・・・騒ぎが収まってきたね」
 ぴくぴくと耳をそよがせながら、窓に貼りついていたアレンが言うと、隣にいたリナリーがいきなり踵を返した。
 「リナリー?」
 ぱたぱたと室内を走り回る彼女を訝しげに見ていると、彼女は部屋の隅にある棚の中身を掻きだし、代わりに自分が入り込む。
 「なんで隠れて・・・」
 「アレン君も早く隠れた方がいいよ!」
 そう言ったリナリーが棚の戸を閉めると同時に、ドアが開いた。
 「お仕置きの時間だぜーぃ」
 ビクッと飛びあがり、いつもより大きく見えるジジを見上げたアレンの側には既に、リンクしかいない。
 「あれ?お前ら二人だけか?」
 他のウサギはどうした、と問われても、アレンは首を振ることしかできなかった。
 「そっか・・・あいつら、隠れやがったな」
 逃げ足の速い・・・と、ぼやきながらジジは、まっすぐに中身の散乱した棚に歩み寄って、戸の内側に隠れる黒ウサギを捕まえる。
 「や――――っ!!
 なんでわかったの!!」
 じたじたと暴れるリナリーを吊り上げ、ジジはにんまりと笑った。
 「お前が隠れる場所くらい、昔っからお見通しなんだよ。お前もな!」
 ビシィッ!と指差されて、開いたドアの裏側からこっそりと出てきた神田の動きが止まる。
 「逃げようったってそうは行かないぜ、神田!戻って来い!」
 それと、と、ポケットから出したマジックハンドの柄が、一瞬にして伸びた。
 「頭上は一番の死角、ってのをお前に教えたのは俺だって、忘れたか?」
 天井に貼りついていたラビは、マジックハンドで首を押さえつけられ、苦しげにもがく。
 「お前ら全員正座!」
 「私は関係ありません」
 ジジの前におとなしく並んだウサギ達の中から一人、抜け出ようとしたリンクは耳を掴まれ、無理矢理並ばされた。
 「止めなかったお前も同罪!」
 ジジの宣告に、ウサギ達は『ざまぁみろ』とほくそえむ。
 「で?!
 この大騒動を引き起こしたことで、お前らなにか弁明することはあるか?!」
 「はいはい!!」
 「爆弾は私達じゃない!私達じゃないよ!!」
 ぴょこぴょこと手あげて声を張り上げるアレンとリナリーに、ジジは大きく頷いた。
 「ありゃ室長の仕業だ。
 警備班班長自ら締め上げて、仕掛けた場所を洗いざらい吐かせた。
 ちなみに、リーバーは教団本部から費用を出して、中央庁に室長の24時間監視体制を依頼するつもりだって言ってたぜ」
 「なんだよそれ!
 班長の裏切り者!!」
 飛び上がって駆け出したリナリーの耳をむんずと掴み、ジジは再び座らせる。
 「まだ仕置きは終わっちゃいねェぜ?」
 ぱんぱんに頬を膨らませたリナリーを怖い顔で睨みつけ、ジジは5人の前に仁王立ちになった。
 「さぁお前達、落とし穴作ったり、ヤシの実落としたり、甲冑にトラップ仕込んだり、ヤシの実落としたり、蜂の巣仕込んだり、ヤシの実落とした件について弁明してみろ」
 「なんでヤシの実のことばっかり・・・」
 「あ!お前引っかかったんだろ!そうだろ!」
 アレンの疑問にラビがすかさず答えると、ジジは紅い耳をつまんで吊るす。
 「そーだよ悪いかよこの赤ウサ!」
 「いだい!!いだいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 泣き喚くラビを放り捨ててやると、そっぽを向いていた神田が忌々しげに舌打ちした。
 「てめぇらが余計なことすっからだろ」
 「私達の遊びに割ってはいるから、こんなことになったんだよ!」
 そっちが悪い、と開き直った子供達に、ジジの顔が引き攣る。
 「反省してねぇだろ。
 お前ら全っ然反省してねぇだろ」
 「だからさーぁ、別にお前ら狙ってやったんじゃないさー」
 まだ痛む耳をさすりつつ、涙声をあげるラビの傍ら、アレンも大きく頷いた。
 「僕がヤシの実で頭割ってやろうと思ってたのは、神田とラビですもん!」
 「お前が落としたんか!」
 ごつんっとげんこつを落とされ、アレンが泣き声をあげる。
 「お前ら、今日はこの後、片付け全部やれよ!
 トラップを全部解除して、落とし穴埋めなおして、蜂の巣処理して、なにより!」
 ビシィッ!と、ジジはアレンを指差した。
 「さっさとヤシの実片付けろ!!」
 「あぃ・・・・・・」
 きつく叱られて、アレンがしおしおと耳を垂らす。
 「自業自得ですね」
 「お・ま・え・も・や・れ・よ!」
 我関せずと呟いたリンクに、ジジが再び同罪の宣告を下したため、ウサギ達はほんの少しだけ溜飲を下げた。


 ―――― その後。
 卵探しに参加したほとんどの大人達から叱られつつ、大変な思いをしてトラップの後片付けを終えた仔ウサギ達は、ジェリーが出してくれた『イースターのご馳走』を前に顔を引き攣らせた。
 「そうか・・・イースターって・・・・・・」
 「お肉の解禁日・・・だよね・・・・・・」
 いつもならおいしそうに映るウサギ肉のシチューが、今日はとっても恐ろしいものに見える。
 さすがのアレンも手が出せず、耳を垂らしてびくびくと怯える様を見て、ジェリーが苦笑した。
 「アラ、ごめんねぇ!
 アンタ達、共食いになっちゃうもんねぇ」
 神田の前に蕎麦を置いてやったジェリーは、すぐに仔ウサギ達の前にあったシチュー皿を下げてやる。
 「アンタ達には卵料理だけにしましょうか。
 お肉は・・・ハムとかなら大丈夫?」
 「ごめんなさい・・・今は・・・」
 「肉を見たい気分じゃないさ・・・・・・」
 完全に捕食される者の気分になったリナリーとラビが、真っ青になって呟いた。
 「そうでしょうね。
 じゃあ・・・・・・」
 もくもくと蕎麦をすする神田と、ひたすらお菓子ばかりを食べるリンクを見遣って、ジェリーは苦笑する。
 「イースター・バニーには、ニンジンでもあげましょうか!」
 「それなんの罰ゲーム?!」
 すかさず抗議の声をあげたリナリーに楽しげな笑声をあげ、ジェリーはイースター・バニー用のご馳走を作るべく、厨房へと戻っていった。
 ―――― その頃。
 室長執務室では、イースターに乗じて爆弾を仕掛けた罪により、コムイは膨大な書類の藪の中に埋もれていた。
 「なんで・・・なんで今回、こんな変な書類ばっかり・・・・・・!」
 教団本部内の重要書類だけでなく、世界中の支部から送られてきたもののほとんどが、数字が間違っていたり古い書式を使っていたりと、細かいが重大なミスを隠している。
 「イースター・エッグですわね」
 本来は彼女の仕事であるミスのチェックを、全てコムイに押し付けたブリジットは、淡々と言って紅茶をすすった。
 「皆さんが、室長のために一所懸命考えたいたずらでしょうから、全部解いてあげて下さいませ」
 「これのどこが悪意のないいたずらだって言うのさー!!」
 記載ミスが多いために、中々『決済済み』の判子を捺せないコムイが、甲高い嘆きをあげる。
 「もう・・・もういたずらしないから、許してぇぇぇぇぇ!!!!」
 どんな罰よりも効力を発揮したいたずらに、ブリジットは満足げに微笑み、新たに届いた『イースター・エッグ』をコムイのデスクに載せてやった。




Fin.

 










2009年イースターSSでした。
これはリクNO.42『リーバー班長子育て奮闘記』を使わせてもらってますよv
『幼少期の神田&リナ&ラビを育てるリーバー班長』というリクだったんですが、ラビは幼少時教団にいないしな、ということで、神田さん&リナリーにラビだけでなく、アレン君リンク君ミランダさんを加えて見ましたよ豪勢でしょう!←やりゃあいいってもんじゃない。
ウサ耳をつけたのは私の趣味ではなく・・・決して私の趣味ではなく!←白々しい。
復活祭に多産の象徴であるウサギは必要だったからです!←わざとらしい。
当初の予定では、教団に入ったボネ姉さんが恋敵・ミランダさんに薬を盛ろうとして被害拡大、って流れだったんですが、ボネ姉さんが来てるってことはティモシー君も来るし、ならばエミリア嬢も来てほしいけどどうなっているかはわかんないし、悩んだ末に諦めました(^^;)
どっちにしてもパパ大変(笑)












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