† a silent letter †
〜THE BLACK ROSE V〜





†このお話はシャーロック・ホームズシリーズを元にしたパラレルです†

  舞台は19世紀ですが、D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。
  頭を空っぽにして読んで下さいねv


 19世紀ロンドン―――― 女王陛下のしろしめす大英帝国の首都として、世界有数の大都市となった地には、繁栄と退廃が同居している。
 華やかな街の裏側では不可思議な事件も多く・・・ゆえに、『諮問探偵』を趣味とする彼を楽しませる依頼の、絶えることはなかった。
 そう、その日の朝も――――・・・。


 ―――― 黒薔薇館。
 庭に咲くバラの全てが黒い花弁を纏うために、いつしかそう呼ばれるようになった館の庭で、アレンは弔いの花を摘んでいた。
 今は亡き父に捧げる花束を手に、サンルームに入ったアレンは、使用人が用意した花瓶に自ら花を生ける。
 庭を見渡すサンルームのソファ・・・父が好きだった場所のテーブルに、アレンは花瓶を置いた。
 「・・・遅れてごめんね、父さん」
 いつもなら朝一番に摘むのだが、今は既に日も高い。
 今日は寝坊したのに加え、朝から来客もあった。
 同じサンルームの別のソファに座ってくつろいでいた客人は、アレンの声に、読んでいた本から顔をあげる。
 淡い陽光の下、息を呑むほどの美少女は、やや難しげに眉をひそめ、黒く大きな目でアレンを見つめた。
 「どうしました、リナリー?
 さっきから、なにを熱心に読んでるんです?」
 「眠り姫」
 アレンが歩み寄ると、リナリーは革の表紙をアレンに見せる。
 「あぁ、ペロー童話集ですか。
 銅版画がきれいでしょ?」
 にこりと笑うとリナリーは頷いたが、その表情はまだ難しいままだった。
 「なんですか?」
 英国統治下のインドで王宮仕えをしていた彼女は、クイーンズ・イングリッシュを無理なく解するはずだが、何か難しい文章でもあっただろうかと思って問うと、リナリーはアレンをじっと見あげたまま、微かに首を振る。
 「そうじゃない。
 わかったの」
 「なにが?」
 アレンが首を傾げると、彼女は意を決したようにすっくと立ち上がった。
 「アレン君はまだ・・・眠りから覚めてなかったんだね!」
 「・・・は?」
 目を点にして、アレンはリナリーを見つめる。
 「・・・確かに今日は寝坊しましたけど・・・まだ寝惚けてます?」
 「そうじゃないよ!」
 アレンの見当違いの答えに、リナリーは眉を吊り上げて両手を腰に当てた。
 「私がまだ、アレン君をいばらのお城の中から助け出せてないんだってこと!」
 「いばら・・・はい?」
 ますますわけがわからなくて、アレンがぼんやりとした声をあげると、リナリーは苛立たしげにアレンの頬を両手で挟む。
 「一所懸命いろんな色のバラを植えて、このお屋敷を『黒薔薇館』じゃなくしたと思ったのに、アレン君はまだ、黒薔薇に捕まってる」
 彼女の言葉もさりながら、ほとんど真下から見あげられて、アレンの鼓動が跳ねた。
 「お父さんを追悼するのはいいことだと思うよ?
 だけど、アレン君がずっと哀しがって、弔いのお花の中に埋もれてちゃ、お父さんが天国にいけないよ!」
 その言葉がぐさりと胸に刺さり、哀しげな顔をしたアレンをリナリーが見つめる。
 「私が眠りから覚ましてあげる。お日様の下に出ておいで、眠り姫・・・・・・」
 リナリーの踵があがり、やや爪先立ちになって、軽く目をつぶった。
 「リ・・・・・・!!」
 真っ赤になったアレンは、リナリーの顔が近づいてくる様を硬直したまま見つめる。
 二人の唇が、まさに触れようとした瞬間、
 「不埒な――――――――――――――――!!!!」
 ロンドン中に響き渡るほどの絶叫に、飛び上がった二人は慌てて離れた。
 「に・・・兄さん・・・・・・!」
 目を丸くしたリナリーは次の瞬間、軽々と抱き上げられて、更にアレンと引き離される。
 「朝早くからどこ行ったんだろうと思ってたら、こんなとこでキッ・・・キキキッ・・・キキキキキッ!!!!」
 新種の猿かと思う奇妙な声をあげたコムイは、ぶんぶんと首を振った。
 「キスしようとするなんて僕の大事な妹に手を出して無事で済むとは思ってないよねアレン君ッ!!!!」
 一息に言ったコムイに、アレンが目を剥く。
 「ごっ・・・誤解です!!
 僕はなんにも・・・・・・!!」
 「そうだよ、兄さん。
 アレン君にキスしようとしたのは私の方・・・」
 「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 突然あがった奇声に、リナリーもアレンも目を丸くして動きを止めた。
 「レディともあろうものがそんな不埒な真似をするはずないでしょ!!
 そうだよね、アレン君ッ!!!!」
 明らかに罠である問いに、アレンは『はい』とも『いいえ』とも言えず固まる。
 「なんとか言ったらどうなんだよっ!!」
 「え・・・えーっと・・・・・・」
 紅くなったり蒼くなったり、めまぐるしく顔色を変えたアレンは、おどおどと引き攣った声を漏らした。
 「そのぅ・・・・・・・・・」
 コムイの鋭い眼光にすくみあがり、怯え震えながらアレンは、必死に救いを求める。
 ―――― 誰でもいいから助けてぇっ・・・!!!!
 涙の浮かんだ目を、ぎゅっとつぶった時、玄関の方から使用人達の騒ぐ声が聞こえた。
 「ここか!!」
 凛と張りのある女の声に、アレンは涙目をあげる。
 「で・・・殿下・・・!」
 驚きの声はコムイの口から漏れ、リナリーはすかさず彼の腕から下りて、かつての主人に駆け寄った。
 「おでまし光栄に存じます、殿下!」
 幼い頃から身についた優雅な仕草で、王族に対し深々と頭を垂れた彼女に、殿下と呼ばれた女性は鷹揚な仕草で顔を上げるよう命じる。
 「久しぶりだな、リナリー。
 だが今はどけ」
 厳しい声音で言うや、彼女はすぐに退いたリナリーの傍らを過ぎ、まっすぐにアレンに向かった。
 「隠すとためにならんぞ、アレン・ウォーカー!」
 「へっ?!」
 突然の叱声に、アレンが目を丸くする。
 「あ・・・あの、クラウド殿下・・・一体・・・・・・?!」
 救世主かと思いきや、断罪者だったらしい貴人にアレンは、だらだらと汗を滴らせながら引き攣った声をあげた。
 と、
 「そうか、言うつもりはないか。
 神田!!」
 「はっ!」
 彼女の忠実な護衛官が真剣を抜き放ち、流れるような動きでアレンの頚動脈を捉える。
 「オラ、正直に話せ。
 さもねェとてめェのそっ首掻っ切るぞ」
 冗談ではない口調と首に押し当てられた刃の冷たさに、アレンは一瞬で氷結した。
 「あっ・・・あの、殿下!
 一体どうなされたのですか?!」
 アレンの窮状を見かねたリナリーが問うと、クラウドはアレンを睨みつけたまま、リナリーへ頷く。
 「写真乾板だ」
 「かんぱん・・・って、あの、カメラで使うあれですか?」
 ガラス板に画像を焼き付ける道具を思い浮かべたリナリーに、クラウドはまた頷いた。
 「彼の叔父が、我が母にとって不名誉な画を焼き付けた乾板を隠していたのだ!」
 「知ってんだろ。とっとと出せオラ」
 「しっ・・・知りませんんんんん!!!」
 薄く切り裂かれた首に血を滲ませつつ、アレンが泣き声をあげる。
 「ぼっ・・・僕、インドで父さんが何してたか知らないしっ・・・!!
 師匠が何をやらかしたかも知らないんですぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
 えうー!と、泣き声をあげるアレンを厳しく睨みつけていたクラウドは、彼の言葉に偽りがないことを見極めて、神田に刃を引くよう命じた。
 「はぅっ・・・あぅっ・・・えぅぅぅぅぅっ!!」
 床に膝を突いて泣き出したアレンに、駆け寄ろうとしたリナリーをコムイが引き止める。
 「お久しぶりです、殿下。
 害虫を苛め抜いてくださったお礼に、ボクでよければお悩み事を伺いますけど?」
 上機嫌で申し出ると、クラウドは眉根を寄せてコムイを見遣った。
 「苛め抜いてなどおらん、人聞きの悪い。
 しかし、我が悩みを解決してくれるのならありがたい。
 この――――・・・!」
 凄まじい目で睨まれて、アレンはビクッと怯える。
 「アレンの叔父、あの忌々しいクロスめが、死んでなお我が家に災厄を振りまきおったのだ!!」
 「なんですって?!」
 頼みの綱のリナリーにまで睨まれて、アレンは床の上に縮こまった。
 「すっ・・・すみませっ・・・・・・!!
 あ・・・あの馬鹿師匠、一体何をやらかしたんでしょうかっ・・・!!」
 しゃくりあげながら必死に謝るアレンを、クラウドは冷たく見下ろす。
 「お前もしばらくインドにいたそうだから、知っているだろう。
 我が国で妻は貞淑であるべきであり、夫亡き後は殉死をも厭わぬのが女たるべき者であると」
 「う・・・はい・・・・・・」
 アレンには納得しがたい風習ではあったが、『他国の風習をとやかく言ってはいけない』と言う父の教えを思い出し、ぎこちなく頷いた。
 「父王亡き後、我が母は一族を守るために未亡人となり、他国へ亡命することとなった。
 ・・・が、殉死しなかったと言うだけで、貞淑であることになんら疑いない!だが!!」
 怒号と共に、クラウドが叩きつけた壁がひび割れる。
 「あの色情狂!!
 我が母に執拗に言い寄り、不埒にも共に写った肖像写真を捏造したそうではないかッ!!!!」
 「しょ・・・肖像・・・写真・・・・・・!」
 その言葉に、アレンの顔が髪色ほどに白くなった。
 王侯貴族の肖像写真は多く、自国民や他国に自身の威儀威容を示すものだ。
 元王妃の肖像ともなれば、亡き夫に代わり、一族をまとめるにふさわしい威厳だけでなく、貞淑さも要求されるのがこの時代の常識だった。
 なのに未亡人の隣に、色情狂の看板をぶら下げて歩いているような男が写っていては、それはもう、まずいどころの騒ぎではない。
 「ど・・・して・・・そん・・・な・・・・・・っ!!」
 アレンの問いに、元王妃に対する非難をも感じ取ったクラウドが、高く踵を鳴らした。
 「我が母が迂闊であったと申すか!」
 「いえっ!!そんな滅相もない!!」
 慌てて否定したものの、クラウドの怒りが収まるはずもない。
 彼女の目線を受けた神田に胸倉を掴まれ、高く吊り上げられたアレンに、クラウドは憤然と歩み寄った。
 「あの男は、お一人で肖像写真を撮っておられた母上の背後に忍び寄り、共に写り込んだのだ!!」
 「ちなみに、奴に買収されていた写真屋は、俺がシメた」
 「当然ね!」
 クラウドの怒号と神田の冷視、リナリーの非難にさらされて、アレンは声にならない悲鳴をあげる。
 「送られてきた写真はすぐに焼き捨てたが、その後幾度も同じ写真が送られて・・・!
 これ以上の無礼は黙っておれぬ!
 また新たに現像される前に、乾板自体を砕いてやるのだ!
 さぁ!今すぐ我が手に差し出せ!!」
 「で・・・ですから、知りませんってぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
 「それはホントだと思いますよ、殿下」
 アレンの受難を楽しげに見物していたコムイが、唐突に声をかけた。
 「アレン君はか弱い子ですから、殿下に逆らうなんてしませんよ」
 「か・・・か弱いって・・・・・・!」
 アレンが抗議の声をあげると、コムイはにっこりと笑う。
 「何か?」
 「なんでもありません・・・・・・」
 コムイの笑みにさえ震え上がり、悄然とうな垂れたアレンを吊り上げた神田が、冷笑を浴びせた。
 「はっ!
 モヤシ野郎が!!」
 「うっさいんですよこのパッツン!放せ放せ!!」
 女性達とコムイには逆らえなくても神田は別、と、激しく暴れるアレンに神田は片眉をあげ、締める手の角度を変える。
 「きゅうっ!!」
 途端に白目を剥いたアレンを、クラウドは下ろすよう命じた。
 「知らぬのならば仕方がない。
 コムイ殿、屋敷内の捜索を手伝ってくれぬか」
 「いいですともv
 じゃあ、アレン君に案内させましょうかv
 「ぎゃふっ!!」
 床に捨てられたアレンをコムイが容赦なく踏みつけ、叩き・・・いや、踏み起こす。
 「ホーラホラ。
 このまま踏み潰されて内臓吐きたくなかったら、さっさと起きて心当たりを案内するんだよ」
 「あ・・・あい・・・・・・!」
 客達に思う様蹂躙されたアレンは、よろよろと立ち上がり、しゃくりあげながら階段を2階へあがった。
 「ぅえっ・・・ひぐっ・・・ここっ・・・師匠の部屋れすっ・・・!」
 えうー!と、とうとう泣き出してしまったアレンを無情に押しのけて、客達は部屋を物色する。
 「かつて私が入った時は、酒瓶ばかりが転がって酷い有様だったが、片付けたのだな」
 「そりゃ片付けるでしょ・・・そもそもあの状況で、よくもメイドがキレなかったもんだね」
 「・・・・・・女の人は、みんな師匠の味方でしたから」
 部屋の入り口で、所在なげに佇むアレンが、しょんぼりと呟いた。
 その声があまりに哀しげで、さすがの客達も手を止めたものの、すぐにまた部屋の隅々まで漁り出す。
 しかし、
 「どこにもないね!」
 コムイのため息交じりの声に、皆が頷いて手を止めた。
 「隠し金庫や隠し扉も全部調べたけど、乾板なんて影も形もないや!」
 アレンも知らないうちに溜め込んでいた金銀宝飾類は、部屋のあちこちにあった隠し扉の奥から出てきたが、コムイの言う通り、肝心の写真乾板は見当たらない。
 「アレン君も、目を丸くしてる所を見ると、隠し金庫のことさえ知らなかったみたいだし?」
 「・・・だから知りませんって、僕、最初から・・・・・・」
 「どこに隠しおったのだ、赤毛め!!」
 憤然と語気を荒げたクラウドが最初に部屋を出、神田とリナリーが続いた。
 「館中を探す気だね」
 「・・・広いですよ?」
 軽く吐息したコムイを、アレンがおどおどとした上目遣いで見る。
 「でも、やるしかないでしょ」
 肩をすくめ、歩を踏み出したコムイは突然、足を止めた。
 「ぶにっ!」
 続いたアレンは彼の背にまともに鼻をぶつけ、涙目になる。
 「なんですか、いきなり・・・」
 「ねぇ、こういうことって、あの子が得意なんじゃない?」
 「あの子・・・?」
 赤くなった鼻を押さえ、首を傾げようとしたアレンは、そのままうな垂れた。
 「ラビは・・・よした方が・・・・・・」
 これ以上クラウドに叱られたくない、と泣くアレンに、コムイはまた肩をすくめる。
 「それもそーだね!
 こんなロンドンの真ん中で、血みどろの死体が出たら処理に・・・」
 困る、と言いかけたコムイの口は、階下の歓声と怒号と悲鳴によって塞がれた。
 「今の・・・・・・」
 真っ白になって口をあけたアレンの傍ら、コムイがずれたメガネの位置を直す。
 「ラビの歓声に殿下の怒号が続いて、もう一度ラビの悲鳴、だったよね?」
 「ラビィィィィィィィィ!!!!」
 悲鳴をあげながら階下へ下りたアレンが見たものは、血染めのホールだった。
 「血みどろ死体――――――――!!!!」
 ホール中央に倒れた従兄に駆け寄ると、最期の痙攣が彼の顔に笑みを刻む。
 「しあわ・・・せv
 がくっと、首を落とした従兄を、アレンは無情に放り捨てた。
 途端、
 「いてーだろ!!」
 がばっと起き上がったラビを、アレンは冷ややかに見下ろす。
 「寄らないでください。ドMがうつる」
 「人を病原菌みたいに言うんじゃないさ!!」
 「だってドM菌の保菌者なんでショ、キミ?」
 愉快げな声を見あげると、コムイが階段の途中で、アレンとラビのやり取りを笑って見ていた。
 「おはよーラビv さすがの嗅覚だねェ」
 「コムイまで・・・どしたんさ、今日は?」
 目を丸くしたラビが、嫌がるアレンの腕を無理矢理掴んで起き上がる。
 「ん。
 殿下のご依頼でね、お母上にとって不名誉な写真の乾板がここにあるかもしれないから、探してるとこ」
 「あぁ、クロスのおっさんの?
 そんならここにはないさね」
 「なに?!」
 「知ってるの?!」
 あっさりと言った彼に、クラウドはじめ、みなが驚きの声をあげた。
 「ん。
 レディにとっての不名誉っつったら、愛のポートレート集のことだろ?
 おっさんの戦歴だとか言って、色んな国の色んなレディと写ってんのを自慢げに見せてくれたさ」
 「今はどこにある?!」
 クラウドが問うと、ラビはにぱっと大きな笑みを浮かべる。
 「殿下がキスしてくれたら教えるさーv
 「よし!命はいらぬものと判断した!神田!!」
 「はっ!」
 クラウドの命令に応じて神田が抜刀した。
 「マッテ!!
 待って待って言いますっ!!!!」
 声まで蒼白にしての絶叫に、神田の刃はラビの鼻先で止まる。
 「じょ・・・冗談でーす・・・・・・!」
 「冗談は状況をわきまえてから言え」
 神田のもっともな忠告に、ラビはがくがくと頷いた。
 「で?乾板はどこだ?」
 「あ・・・あるレディのところさ・・・!」
 「・・・・・・・・・・・・また愛人ですか・・・・・・・・・!」
 今にも魂を吐き出しそうなうつろな声をあげたアレンに、しかし、ラビは首を振る。
 「ふられたから愛人じゃないさね」
 「ふられた?!師匠が?!」
 「うん。
 その愛のポートレート集見られちまって、『こんな不誠実な方とはもうお会いしません』って。
 その時に怒ったレディが、おっさんから乾板ごと写真を取り上げちまったから、もう捨てられたんじゃね?」
 「・・・捨ててなどおらん」
 低く呟いたクラウドを、皆が見つめた。
 「その女・・・オペラ歌手のブリジット・フェイが、未だに持っている」
 「へ・・・?」
 「誰・・・?」
 顔を見合わせたコムイとアレンを、クラウドが睨みつける。
 「我が家を脅迫してきた女だ!!」
 「脅迫?!」
 悲鳴じみた声をあげて、リナリーはクラウドに縋った。
 「ど・・・どういうことですか、殿下!
 王家の皆様になにが・・・!!」
 ロンドンで暮らすようになっても、リナリーの王家へ対する忠誠心は、未だ薄れない。
 衷心より気遣わしげに問うたかつての侍女に、クラウドは眉根をひそめて頷いた。
 「母上のもとに、もう何度も忌まわしい手紙が届いておるのだ。
 あの色情狂と共に写った写真を、一族やかつての領民の目に触れさせたくなければ、今すぐ国に帰って来いとな!」
 「帰ったら・・・どうなるんですか・・・・・・?」
 目を見開き、声を引き攣らせたアレンに、クラウドは重く吐息する。
 「我が一族は投獄され、一生日の目を見ることあたわぬであろう」
 「そんなっ!!」
 今にも倒れそうに蒼白になったリナリーの背を、コムイが支えた。
 「・・・兄さん!!」
 大きな目に涙を浮かべ、リナリーは兄を振り仰ぐ。
 「お願い・・・!
 お願い!殿下と王家の皆様をお助け申し上げて・・・・・・!!」
 「もちろんだよ」
 優しい声と共に、コムイはリナリーを抱きしめた。
 「安心して、ボクに任せておいで。
 殿下も・・・」
 にこりと、コムイは自信に満ちた笑みを向ける。
 「どうぞお心安らかにいらっしゃいますよう」
 「うむ・・・頼んだぞ」
 かつて、彼女の困りごとを二度も解決した探偵を、クラウドは信頼のこもった目で見つめた。


 「それでは殿下、詳しい事情をお聞かせ願えますか?」
 全員で居間に移り、リナリーがクラウドの好み通りに淹れた紅茶を差し出した後、コムイは穏やかな声で尋ねた。
 「うむ。
 先程も言った通り、ブリジット・フェイ・・・あの女狐から、脅迫状が届いたのだ。
 一族や領民に忌まわしい写真を見られたくなければ、今すぐ国へ帰れと。
 写真の存在は・・・母上も、撮られていた事にさえ気づいておられなかった。
 なので神田に写真屋を締め上げさせたら、あの色情狂に買収され、まるで寄り添うかのように見える写真を撮って、乾板と共に渡したと吐いたのだ」
 「そ・・・それで、乾板の処分をしにここへ・・・?」
 まだびくびくとクラウドの顔色を窺うアレンに、彼女は頷く。
 「まさか、乾板までもがあの女の手中にあるとは思わなかったのでな、アレンを知る我らが直接行った方が話も早かろうと、ここまで来たのだ。
 先にロンドンへ向かわせた家臣らには、彼女本人を襲わせ、脅迫をやめるよう脅せと命じたのだが、護衛がめっぽう強かったらしく、失敗してしまったらしい」
 「・・・・・・・・・・・・今、なんてさ?」
 さらりと不穏な言葉を吐いたクラウドに、思わずラビが聞き返すが、コムイは彼に肩をすくめた。
 「そこは聞かなかったことにしなよ。後が面倒だからサ」
 依頼人のためなら多少の不正は踏み越えるコムイの忠告に、ラビだけでなくアレンも固まる。
 だが、当のコムイはそ知らぬ顔で質問を続けた。
 「でも、殿下がそんな勘違いをされたってことは、脅迫状に添えられた写真は、新しいものではなかったんですね?」
 「あぁ。
 だから私はてっきり、以前に現像されたものをアレンが、情報屋の家業として売りさばいたのだと思ったのだ。
 それだけでもいい金になるだろうから、乾板までは売らぬはずだと家臣にも言われて・・・」
 「僕!レディを困らせるようなことはしません!!」
 それに関してはきっぱりと否定したアレンに、クラウドはちらりと笑みを浮かべた。
 「そうだな。
 お前はクロスの甥である前に、ウォーカーの息子だ。
 狼藉を詫びるぞ、アレン」
 「おっ・・・お詫びだなんて、とんでもない・・・!」
 こちらこそすみません、と、また深々とこうべを垂れたアレンに、クラウドは苦笑する。
 と、コムイが唐突にラビに向き直った。
 「ところでラビ、キミはその写真と乾板を見たんだよね?
 正確な数と、どんな女性たちが写っていたか、わかるだけ話して」
 コムイの問いに、ラビは軽く頷いて宙を見つめる。
 「乾板と写真の数は一致していたさ。
 なぜなら、ネガの乾板を簡単に見分けるために、写真が添えてあったから。
 おっさんはそれを、『戦歴だ』っつってた。
 そこにあったのは全部で99枚。
 あと1枚で100だっつってたから、間違いないさね。
 本当はもっといるんだけど、カメラなんてそう簡単に持ち歩けねぇから、ここにあるのは金持ち女の肖像写真だけだっつってたさ。
 でも身分はごっちゃだったな。
 多分、殿下の母上らしい、インドの王族もいれば、金は持ってるみたいだけど、身分はその・・・楼閣の妓女っぽい人とか・・・・・・」
 「我が母を妓女と同列に扱うか!!」
 案の定、激昂したクラウドに、ラビが身をすくめた。
 「いや・・・俺がそうしたんじゃなくて・・・・・・」
 「殿下、話を進めたいのでそこはご容赦を。
 で、ラビ?
 お母上の写真は、みんなに誤解を与えそうなものだったのかい?」
 「そ・・・そうさね・・・・・・」
 びくびくとクラウドの顔色を窺いながら、ラビはじりじりと彼女達と・・・特に神田と距離をあける。
 「椅子にかけたご婦人の背後に、仲睦まじく寄り添っていたように見えたさ。
 でっ・・・でも!!!!」
 剣呑に尖ったクラウドと神田の目に怯え、ラビはコムイの背後に隠れた。
 「お母上が気づいてなかった、ってことは、実際には距離が開いてたんさね、きっと!
 でもあのおっさん巨大だから、ぴったり画面に納まっちまって・・・その・・・誤解を与えるような構図に・・・・・・」
 「すみませんうちの叔父がまったくもってすみませんすみませんすみませんすみません・・・・・・」
 こうべを垂れたまま、必死に謝るアレンの声に、クラウドはうるさげに手を払う。
 「それで?
 写真の構図など聞いてどうするのだ」
 いかにも不快げに問うたクラウドに、コムイは深く頷いた。
 「彼のポートレート集が、いかがわしい誤解を招く写真ばかりなら、お母上の他にもその写真で脅されている人達がいるんじゃないかな、と思いまして」
 「・・・っなんと卑怯な!」
 「ただ・・・」
 怒りに煮えたクラウドの声に、コムイの冷静な声が水を差す。
 「彼女が単なる脅迫者ではない可能性も・・・・・・」
 言うや、コムイは自分の背後に隠れたラビを引きずり出した。
 「ラビ、キミのことだから、写真は全部覚えているね?
 名前がわかる女性達、紙に書き出して」
 「あ・・・うん」
 戸惑いながらも頷き、ラビはポケットから出した手帳に60人以上の名前を連ねる。
 「さすがに・・・その・・・妓女っぽい人達の名前はわかんないけどさ、身分のある女性で、俺が名前を知ってるレディ達はこのくらいさね」
 クラウドに遠慮して声を潜めつつ、ラビはコムイに破り取った紙を差し出した。
 「・・・・・・あぁ、やっぱり」
 密やかに呟いたコムイに、クラウドが身を乗り出す。
 「何かわかったのか?!」
 「なにか・・・そうですね、少なくとも、彼女が単なる脅迫者でないことはわかりましたよ」
 「どういうことだ?!」
 勢い込んで問う彼女に、コムイはラビが書いたメモを差し出した。
 「お母上に対する脅迫が、金品ではなく『国に帰れ』という要求であったことが、気になってたんですよね。
 そしてここに名を連ねたレディ達・・・・・・」
 クラウドにとって未知の名を指し、コムイは口の端を歪める。
 「この中には、英国に対し有利な外交条件、もしくは条約を締結させられた国々の、高官夫人や令嬢方が何人もいます」
 「なんと・・・!」
 目を見開いたクラウドに、コムイは頷いた。
 「彼女達のご主人、もしくはお父上は、身内の不名誉な事情を世間に公表されたくなければ、英国に対し有利な条件をのむように、と、脅されたのかもしれませんね」
 「では・・・あの女は・・・・・・」
 声を引き攣らせた彼女に、コムイはもう一度頷く。
 「おそらく外務関係のスパイ・・・―――― そう、彼女は有名なオペラ歌手です。
 各国で情報を集めるスパイにとって、オペラ歌手と言う職業は便利でしょうね。
 なんたって、コンサートで欧州各国を回るのは当然だし、有力者のパーティにも招待される」
 「おのれ・・・我が手で縊り殺してくれる!」
 いきまくクラウドに、しかし、コムイは首を傾げた。
 「それは多分、無理でしょうねェ。
 彼女がただのオペラ歌手ならともかく、外務関係のスパイとなると、きっと護衛も只者じゃないですよ」
 「護衛・・・」
 その言葉に、ずっと黙り込んでいた神田がクラウドに囁く。
 「殿下、では彼らはその護衛に・・・」
 「うん・・・」
 クラウドの代わりに、コムイが頷いた。
 「彼女の護衛、めっぽう強かったんでしょ?」
 クラウドは無言で頷き、神田は忌々しげに舌打ちする。
 「おそらく、間違いありませんね。
 ・・・でも、クロス氏はどうだったんだろ」
 「師匠ですか?」
 まだ何か、と、不安げな顔をあげたアレンに、コムイは考え深げに頷いた。
 「キミの叔父さんは、ミス・フェイのお仕事に協力するために、奥方や令嬢達の写真を集めてたのかな?」
 「それってつまり・・・」
 「クロス氏も、もしかしたら外務関係の・・・」
 部屋中の視線がアレンに集まる中、彼は髪の色よりも白くなった顔に汗を浮かべる。
 「・・・アレン君。
 キミとラビの家は、各国に随分と伝手が多い、って言ってたよね。
 情報屋の家だって。
 それってつまり・・・・・・」
 「ミ・・・ミス・フェイと・・・同じようなお仕事・・・です・・・・・・・・・」
 途端、神田とリナリーに睨まれて、アレンは身をすくめた。
 と、ラビがアレンを庇うように進み出る。
 「だけど、ウチもアレンちも、特定の国家や家に仕えてるわけじゃないさ!
 色んな情報集めて、時と状況によって一番高く買ってくれるところに情報を売る・・・ただの情報屋さね!」
 だからこそ、と、ラビはまっすぐにクラウドを見つめた。
 「殿下も、俺のジジィとアレンの親父を頼ってくれたんだろ?!」
 「その通り」
 クラウドは頷き、神田とリナリーを制するように見遣る。
 「お前の祖父とアレンの父親の働きによって、我が家は亡命できたのだ」
 「そ・・・そうですね・・・。
 ウォーカー氏のことは・・・私も嫌いじゃなかったわ」
 クラウドの言葉に頷いたリナリーは、アレンから気まずげに顔を背けた。
 「でも、クロス氏は殿下のお母上を欺いて、まずい写真を撮っちゃったんだよね。
 目的が情報収集だったとしても、単なるお茶目だったとしても、それは事実」
 淡々とコムイが言うや、クラウドがこぶしを握り締める。
 「あの赤毛、もう一度殺してやりたい!!」
 「すみませんホントにすみませんうちの馬鹿な叔父がホントにすみません・・・!」
 泣きながら謝るアレンを、さすがのクラウドも気の毒に思ったのか、一つ咳払いして彼を見遣った。
 「叔父の無礼を詫びるなら、機会をやろう、アレン。
 この件を、我が家に有利な形で終結させること。
 それが叶えば私は、おまえ自身を赦す。
 そして・・・」
 クラウドの唇に、薄く笑みが浮かぶ。
 「お前をウォーカー家の当主と認め、マナ・ウォーカーの仕事を引き継ぐことを許す」
 「え・・・」
 涙目をあげたアレンに、クラウドは笑みを深めた。
 「父の仕事を継げ、アレン。
 立派にやり遂げよ」
 「は・・・はい!!」
 クラウドの命令にアレンは大きく頷く。
 と、
 「じゃあ俺も手伝うさ!」
 ラビが、そう言ってアレンの頭を撫でた。
 「弟が先に家を継いじまうんは癪だけど、アレンちとウチは、いつも一緒に仕事してっかんねv
 肩を抱き寄せたラビを見上げ、アレンは大きく頷く。
 「うん・・・がんばる!!
 がんばります!!」
 クラウドに向かい、大きな声で宣言すると、彼女は鷹揚な仕草で頷いた。
 「ところで殿下、今回はどちらにご滞在ですか?」
 コムイが問うと、クラウドはゆったりと首を振る。
 「急いでいたのでな、港からここまで直接来たのだ。
 ゆえにまだ決めておらん」
 どこか適当に宿を、と言いかけた彼女を、コムイは手を上げて制した。
 「相手は英国のスパイかもしれない人物です。
 宿を取るのは危ない。
 もしよければ――――」
 「どうぞここにいらしてください!」
 コムイの言葉を遮り、アレンが声をあげた。
 「殿下のお住まいほどじゃないでしょうが、部屋はたくさんありますし、召使はほとんどがインド人です。
 おくつろぎいただけるんじゃないかと・・・」
 「それなら俺んちに泊まって欲しいさ、殿下vv
 ジジィもいるし、同じ屋根の下で愛を育むのにいい機会・・・ぐはっ!!」
 「誰が誰と愛を育むのだ!気色の悪いことを言うな!!」
 長い脚を誇示するかのように爪先をラビのみぞおちに埋めたクラウドが、忌々しげに吐き捨てる。
 「・・・ラビのたわ言はともかく」
 「ゴッ・・・ゴムイまでひどぃっ・・・・・・!」
 床にうずくまって泣くラビを無視して、コムイは続けた。
 「一旦この館に入ったからには、無闇に外に出られないことをお勧めします。
 御身の安全のためにも」
 「うむ・・・わかった。
 ではアレン、しばし世話になる」
 「はいっ!」
 アレンが大きく頷くや、リナリーも負けじと手を上げる。
 「では、私もお世話します、殿下!」
 「俺もっ!
 俺、ここんちにはよく泊まってっから、自分の部屋があるんさーv
 「自分のって・・・ラビが勝手に自分の部屋にしただけじゃん・・・・・・」
 素早く立ち直り、ばたばたと手を上げるラビにアレンが呆れた。
 が、
 「いーんさ!
 マナ叔父さんだって、あの部屋は俺の部屋にしていいっつったもんさ!」
 と、アレンには反論不可能の名前を持ち出して、得意げに胸をそらす。
 「そんでさっ!
 殿下は俺の隣の部屋・・・」
 「ダメですよ、そんなの!
 ラビの部屋は、おじいちゃんに見つかっちゃマズイ物ばかり持ちこんでるじゃないですか!
 とてもレディのお側にふさわしい場所じゃありませんから!」
 「ちょっ・・・おまっ・・・!!
 そう言う誤解を招くようなことを言うんじゃないさ!!」
 女性達の冷たい視線にさらされて、ラビが悲鳴じみた声をあげた。
 しかしアレンは彼を無視して、召使を呼ぶベルを鳴らす。
 「殿下には高貴なお客様にふさわしく、一番いい客間じゃないと!
 すぐに用意させますね!」
 そう言ったアレンは、やって来た召使達へ次々に命令を発して、ここぞととばかり、当主振りを発揮した。


 その頃、ロンドンの一角にある医院では、医者がうんざりとした顔で患者の長話を聞いていた。
 いや、単なる長話なら、彼も仕事の一環として付き合ったのだが、今回は少々様子が違う。
 相槌を打とうとして、思わずため息を漏らすと、患者は更にヒートアップした。
 「聞いているのですか、ドクター!!」
 「聞いてるからうんざりしてんだ」
 ヒステリックな声に、リーバーはあからさまにため息をつく。
 「ここは診療所で、お前の愚痴吐き場じゃねぇんだよ、リンク」
 「医者なら患者の精神衛生にも気を使うべきでしょうっ!!」
 ばんばんと、傍らのデスクを叩いて声を荒げるスコットランド・ヤードの刑事に、リーバーはまたため息をついた。
 「なんだか、取調べされてる気分だよ」
 「だからそれをやりたくてもやれないのだと言っているのですっ!!」
 おかげで胃痛と頭痛が治まらない、と、ようやく症状を述べたリンクに、リーバーはほっと吐息する。
 「よし、じゃあ、胃薬と鎮痛剤で対応な!
 あと、お前のことだから怒りで夜も眠れないんだろ?
 睡眠薬処方してやるから、それ飲んでぐっすり寝て・・・二度と起きてくんな」
 「なにっ?!
 今なんとおっしゃいましたか、ドクター?!」
 最後の暗い声音に対し、過剰反応するリンクにリーバーは、にっこりと笑って首を振った。
 「なんも言ってねぇよ」
 「嘘おっしゃい!!」
 「幻聴が聞こえるほど疲れてんだな、お前は。
 今日は休みなんだろ?
 だったら甘いものは控えて、胃に負担のかからないもの食ったら薬飲んで寝てな」
 いけしゃあしゃあと言ってのけ、さっさと追い出そうとするリーバーを、リンクが睨みつける。
 と、
 「おはようございます、ハワードさん。
 お具合が悪いんですって?」
 リンクの怒声を収めるべく、ミランダが顔を出した。
 途端、効果は顕著に現れ、リンクは姿勢を正す。
 「これは奥方。
 お気遣い痛み入ります」
 あっさりと怒気を収め、いつもと代わらない礼儀正しさで言った彼に、ミランダは気弱げな微笑を浮かべた。
 「お具合が悪いのに、あまり興奮されてはいけませんよ。
 お大事になさってくださいね」
 「・・・っ光栄です!!」
 感極まった様子で声をつまらせたリンクににこりと笑い、ミランダは細い両手を組み合わせる。
 「では、一刻も早く良くなりますように」
 「ありがとうございますっ!!」
 既に治癒したかのような大声に耳を塞ぎつつ、ペンを走らせたリーバーがリンクに処方箋を渡した。
 「ホラ。
 これ飲んで永久に眠ってろ」
 「ありがとうございます、ドクター。
 では奥方、ご主人にDVなど受けられた場合は、すぐにご相談ください」
 「え・・・DVって、なんでしょう・・・?」
 生真面目に言ったリンクにこちらも生真面目に考え込んだミランダを、リーバーが抱き寄せる。
 「しねーよっ!!
 ウチの嫁に変なこと吹き込んでんじゃねェ!!」
 「では、ドクターの医療過誤で患者が亡くなった場合、ご相談していただければすぐに離婚手続きを・・・」
 「お前にそんな権限あんのかよっ!」
 ミランダの耳を塞いで怒鳴ったリーバーに、リンクはいけしゃあしゃあと頷いた。
 「判事の友人くらい、いくらでもおりますので」
 「営業妨害だ!とっとと出てけっ!」
 手を払って邪険にリンクを追い出したリーバーを、ミランダが不思議そうに見あげる。
 「あの・・・あんなに大声を出して、ハワードさんはどうかされたんですか?」
 「捜査から外されたんだとよ」
 「まぁ!あんなに優秀な方がですか?!」
 警察のやり方には詳しくないミランダも、いくつかの事件に対するリンクの姿勢を見て、彼が優秀で清廉潔白な刑事であることは知っていた。
 「なのに一体、なぜ・・・・・・」
 「上層部から圧力がかかったんだそうだ」
 「・・・・・・それは、ハワードさんがおっしゃったのですか?」
 リンクは優秀だが、堅苦しいほど真面目な性格でもある。
 いくら不満があったとは言え、警察内部の事情を他人に漏らすような人間ではなかった。
 亡き父が外交官だったこともあって、機密に関わることを漏らしてはいけないと、身に沁みて知っているミランダが怪訝な顔をすると、リーバーは苦笑して首を振る。
 「あいつはそんなこと言わないよ。
 俺が察して指摘しただけ」
 「まさか・・・そんなことまでわかってしまうんですか?!」
 目を丸くしたミランダに、リーバーは片目をつぶった。
 「俺が元、ロンドン一の探偵助手だったことを忘れてないか?
 簡単な・・・実に簡単な推理だよ、マダム♪」
 別名、誘導尋問、と言って舌を出した夫に、ミランダが苦笑する。
 「それで・・・ハワードさんが怒ってしまわれたんですね」
 「さすがに、『被疑者の名前は?』って聞いた時点で気づかれたな」
 とは言うが、話を切り上げたかったリーバーがわざと聞いたのだろうと察し、ミランダはクスクスと笑声をあげた。
 「患者さんなんですから、あんまりいじめないであげてくださいね」
 「いじめてなんかいないとも。
 それより・・・」
 ふと、リーバーが表情を改める。
 「気になることを聞いたんでね・・・今夜、俺、あの人ンとこ行って来る」
 夫が『あの人』と呼ぶ探偵の顔を思い浮かべ、ミランダは頷いた。
 「えぇ。
 そうしてあげてくださいな」
 ミランダがにこりと笑うと、リーバーは軽く、彼女の背を叩く。
 「後は頼んだぞ」
 その言葉に、ミランダは頬を赤らめた。
 信頼されたことが嬉しくて、彼女は夫の腕の中、期待に応えるべく何度も頷く。
 「はっ・・・はい!がんばりますっ!!」
 両手にこぶしを握り、ミランダが気合のこもった声をあげると、診療室のドアがそろそろと開いた。
 「あのぅー・・・もう俺、入ってもいいですか・・・?」
 リンクのおかげで随分と待たされた患者が、遠慮がちに問う。
 「いちゃいちゃしてるとこ悪いんですけど、こっちも急ぎなんで・・・」
 苦しげな吐息交じりの声に、真っ赤になった二人は慌てて離れた。


 その夜、かつての下宿を訪れたリーバーは、家に戻っていたコムイから朝の事件を聞いた。
 「また殿下が・・・あの人は厄介ごとの輸出元ですか」
 思わず呆れ声をあげたリーバーに、コムイも肩をすくめる。
 「そうイヤな顔するもんじゃないよ。
 せっかく殿下が、面白い事件を輸出してくれてんだからさ」
 「やっぱ輸出元じゃないっすか・・・」
 吐息交じりの声で呟いたリーバーに、コムイはにこりと笑いかけた。
 「で?
 新婚さんがわざわざ、なんで来てくれたのさ?」
 「あぁ、今朝、リンクに聞いたんすけどね・・・」
 リーバーが言いかけた時、
 「お待ちなさい、リナリー!!どこ行くの!!」
 ドアの外から大家の大声が響き、驚いて口を閉じる。
 「こんな夜遅くに、女の子が外に出ちゃいけません!!」
 「だってぇ・・・!」
 リナリーの声が聞こえるや、コムイは素早く立ち上がってドアを開けた。
 「リナリー!
 行っちゃダメだって言ってるでしょ!」
 「・・・・・・でもぉ」
 コムイにまで叱られ、しょんぼりと俯いた少女をリーバーが見遣る。
 「なんだ、ここにいたのか、リナリー。
 せっかく殿下がいらしてるんだから、てっきりお側にいるもんだと思ってたのに」
 その言葉に、彼女はぱっと顔をあげた。
 「そうなの・・・!
 殿下のお側でお仕えしたいのに、兄さんがダメだって・・・!」
 それでこっそり抜け出そうとした所を見つかったらしい。
 リーバーは訝しげな顔でコムイを見あげた。
 「なんでです?
 行かせてやればいいじゃないっすか」
 「ダメ!!
 あんな危険な子の側にリナリーを置いてはおけませんっ!!」
 「危険な子・・・?」
 しばらく考えて、リーバーは手を打つ。
 「あぁ、神田!」
 「アレン君だよっ!!」
 即座に否定されて、リーバーはますます怪訝な顔をした。
 「なんでですか。
 アレンは別に、乱暴者じゃ・・・」
 「乱暴じゃなくても、リナリーに言い寄る悪い虫を駆除するのは兄として当然の義務ですぅっ!!」
 「あ、そっちか」
 もう一度手を打ち、リーバーが頷く。
 「でもそんな、硬いこといわなくても・・・」
 「年頃の女の子がはしたないっ!!」
 言いかけたリーバーに、コムイだけでなくジェリーまでもが声を荒げた。
 「いいこと、リナリー?!
 英国では、結婚前の女の子が夜歩きしたり、親の許しもなく他人の家に泊まるなんてあってはならないことよ!
 しかもこっそり行こうとするなんて・・・!
 絶対許しませんよ!今夜はアタシが見張ってますからね!!」
 来なさい、と、ジェリーに腕を掴まれたリナリーが、肩越しに涙目を向けてきたが、リーバーは苦笑して手を振る。
 「大家さんに逆らうとこえーぞー」
 せめてもの忠告を投げてやると、味方を失ったリナリーは、泣きながら連行されていった。
 「すっかりお父さんすね、探偵」
 吐息しつつドアを閉めたコムイをリーバーがからかうと、彼はムッとしてメガネの位置を直す。
 「キミもね、娘を持ったらこのキモチがわかるよ」
 「それはどうすかね?
 俺は、物分りのいい方だと思いますけど?」
 「・・・じゃあちょっと想像してみなよ。
 奥方そっくりのカワイイ娘がさ、アレン君みたいな誰にでもいい顔する子に騙されたらどうする?」
 その問いに、リーバーの顔が忌々しげに歪んだ。
 「狙撃の的にします」
 「でしょ?」
 怖いことを大真面目に言ったリーバーに、コムイは何度も頷く。
 「とても、こんな夜中に会いに行かせたくはないでしょ?」
 「問題外」
 リーバーが忌々しげに吐き捨てた瞬間、この家からリナリーの味方は消えた。


 「それで、リンク君がなんだって?」
 中断されてしまった話の続きを求めると、リーバーが頷いた。
 「誘導尋問に継ぐ誘導尋問で雰囲気察しただけなんで、確実に事件とはいえないんですけど」
 「・・・あの子を誘導尋問て・・・やるねぇ、リーバー君」
 心底感心したコムイに、リーバーはちらりと笑う。
 「あいつを感情的にする材料はいくらでも持ってるんでv
 「・・・奥さん利用すんのやめなよ」
 リンクがミランダを深く敬愛していることを知りつつ、わざと彼の前でのろけているのだろうと察し、コムイは苦笑した。
 と、リーバーはここでも『いじめてませんよ』と白々しく笑い、話を続ける。
 「リンクは、ある国家機密流出事件の捜査から外されたそうです。
 それがどうも、殿下の母上と同じく、夫君に見られてはまずい写真で脅迫されたことが原因だったようで。
 写真の存在を夫君に知られてはまずいと思ったご夫人が、脅迫に折れて、夫君が自宅に持ち帰った国家機密を海外に流そうとしたそうですよ」
 その情報に、意外そうな顔をしたコムイに、リーバーは頷いた。
 「なのに、もうすぐ犯人に手が届くといった所で、リンクは捜査中止を命じられたそうです。
 なんでもそのご夫人は、警察上層部の人間の令嬢だそうで、夫人の父上が、夫君に知られる前にもみ消そうとしたようなんです。
 しかしさすがはあいつというべきか、だったら関係者を別件で取り調べて白状させようとしたら・・・」
 「捜査から外された・・・」
 「えぇ。
 結局事件はうやむやになり、恐喝犯には逃げられ、国家機密漏洩未遂事件はなかったことにされました。
 おかげでリンクは、怒りのあまり不眠になって、胃痛と頭痛を併発した挙句、ウチで愚痴を吐き出すはめに」
 「ふぅん・・・・・・・・・・・・」
 呟いたコムイは、顎に手を当てたまま、考え深げに黙り込む。
 ややして、
 「ボクは・・・彼女が英国のために働いてるんだと思ってた。
 だけどもしかしたら・・・・・・」
 独り言のように言ったコムイに、リーバーが頷いた。
 「彼女の雇い主は、英国の人間じゃないかもしれませんね」
 「いや、雇い主もいるのかどうか・・・。
 もしかしたら彼女は、各国で仕入れた情報を、一番高く買ってくれる人物に売っているだけかもしれないし・・・」
 「なるほど・・・アレンやラビの家の同業者って奴ですか」
 「だったら・・・!」
 すっくと、コムイがいきなり立ち上がる。
 意外な長身に思わず圧倒されたリーバーを、コムイは見下ろした。
 「ブックマンの所に行こう!
 アレン君やラビはまだ知らなくても、彼ならその同業者を知っているよ!」
 「そ・・・っか!」
 情報屋の長老とも言うべき老人に思い至り、リーバーも立ち上がる。
 「まだ起きてるっすかね!」
 「寝てても起きてもらうよ!ご老人には悪いけど、急がなきゃ!」
 バタバタと階段を下り、出て行った足音を、ジェリーの監視下に置かれたリナリーはそわそわと聞いた。
 「兄さんだけ、ずるい・・・!」
 「ずるくなんかありません!
 コムたんはお仕事なんだからねっ!」
 叱られて、リナリーはまたうつむく。
 「夜の外出なんて、殿下のお使いでいつも・・・」
 「もう侍女じゃないのよ、あなたは!」
 口答えすると更に大きな声で叱られて、リナリーは大きな目に涙を浮かべた。
 「殿下のお側に行きたいのなら、明日の朝までお待ちなさい。
 出入り禁止にされたわけじゃないんでしょ?」
 「それは・・・そうだけど・・・・・・」
 でも、と、リナリーは涙を拭う。
 「こんなにお側にいるのに、お仕え出来ないなんて・・・!」
 哀しげに涙を零すリナリーに、ジェリーは目を和ませた。
 「そんなに・・・殿下のことが好きなの?」
 その問いにはしかし、リナリーは意外そうに顔をあげる。
 「好き・・・だなんて、おこがましいことは言えないよ。
 殿下は敬愛すべき王家の方だもの」
 それとも、と、リナリーは困惑げに首を傾げた。
 「英国の人は、女王陛下を対等に『好き』なの?」
 「違うでしょうねぇ・・・まぁアタシは若い頃に国を出ちゃったから、『王様』に対する敬愛とか、よくわからないのよねぇ・・・」
 困惑げに首を傾げたジェリーに頷き、リナリーは膝の上で手を握り締める。
 「殿下は・・・小さい頃に中国でさらわれて、売られちゃった私を助けてくださったの。
 私だけじゃない。
 悪い人たちにさらわれた子供や親をなくした子供も、殿下は助けてくださった。
 殿下の父上様・・・亡くなった陛下もとても正しい方で、王家のご領地で悪事を働く人達は全て捕まって、厳しい罰を受けたわ」
 私をさらった人達も、と、リナリーは眉をひそめた。
 「ちゃんとお家がわかる子達は、送り届けてもらったんだけど、私は小さくて、お家がどこだかわかんなくて・・・・・・」
 「そう・・・辛かったわね・・・」
 そっと頭を撫でるジェリーの大きな手の下で、リナリーはこくりと頷く。
 「最初は、私が殿下のお世話をしてたんじゃないの。
 殿下が、私を特別に可愛がってくださって、娘みたいに育ててくださったの。
 意地悪な人達は、私や神田のことを『殿下のペット』だなんて呼んだけど、それでもよかった・・・だって殿下が拾ってくださらなければ、私はもっと小さいうちに死んでたかもしれない」
 だから、と、リナリーは涙の浮かんだ目をあげた。
 「殿下がお困りの時には、私がお助けしなきゃいけないんだ・・・!
 なのに・・・・・・!!」
 とうとう声をあげて泣き出したリナリーを、ジェリーが抱きしめる。
 「泣かないのよ、リナリー。
 レディはこんな時、泣いちゃいけないの」
 「・・・っなんで?」
 しゃくりあげつつ聞いた彼女に、ジェリーは微笑んだ。
 「困ってる時にただ泣いてたんじゃ、いつまでも前が見えないでしょ。
 大変な時こそ、ちゃんと前を見据えて、自分が何をすべきか考えなきゃね。
 ・・・それに、泣くにしたってまだまだなってないわね。
 そんなぐしゃぐしゃの泣き顔じゃ、せっかく泣いても殿方のハートをゲットできなくてよ!」
 「・・・・・・ひどい」
 冗談めかしたジェリーの言葉に、リナリーの顔が更に歪む。
 「どうせモテないもん・・・っ!!」
 「アラv
 元はいいんだから、自信持ちなさいv
 「ほんどにっ?!」
 「ホントですともv
 だからコムたんが、アレンちゃんを悪い虫呼ばわりするんじゃないv
 取られたくないのね、と笑うジェリーに、リナリーが顔を赤らめた。
 「ア・・・アレン君とは、そんなんじゃないんだよ・・・。
 ウォーカー氏の息子だから、もしかして彼が生きていたら、同じ家で暮らしてたかもしれない、ってだけで・・・」
 「そう。
 じゃあ、下手に姉弟なんかにならなくてよかったわねv
 「そっ・・・それってどういう・・・・・・」
 「あぁらv
 アレンちゃんのお姉さんなんかになっちゃったら、『王子』は廃業しなきゃいけないってことよv
 白々しく笑って、ジェリーは席を立つ。
 「ホラ、アンタも」
 「え?」
 急かされて、リナリーも立ち上がった。
 「おでかけは禁止なんだから、寝るまでやることないでしょ。
 ケーキ作りの特訓、やるわよv
 「で・・・でも、こんな時に・・・・・・」
 屈託を浮かべたリナリーの頬を、ジェリーは優しく撫でる。
 「アンタのお兄ちゃんを信じなさい。
 こんな事件、すぐに解決してくれるわよぅv
 明るく笑って、ジェリーはぺちぺちとリナリーの頬を叩いた。
 「アレンちゃんにはもう、協力をお願いしてきたんでしょ?」
 「うん・・・今朝に」
 「じゃあ、後はアンタがケーキを完成させるだけよ!」
 にこりと大きな笑みを浮かべ、ジェリーは両手を腰に当てる。
 「さぁ、がんばりましょうね!コムたんのお誕生日ケーキ作り!!」
 「う・・・うん・・・!」
 完全に屈託を消すことは出来なかったものの、リナリーは両手にこぶしを握り、大きく頷いた。


 その後、深夜近くにブックマンの屋敷を訪れた探偵達は、不機嫌な顔の主人に夜分訪問の無礼を詫びた。
 「ですがブックマン、非常に急ぎの件でして・・・」
 「孫どもから聞いておる。
 王家の方々が窮地に立たされておるそうじゃな」
 コムイの言葉を遮り、ブックマンはテーブルに置かれた分厚いファイルを示す。
 「お前達が探しておるのは、ブリジット・フェイだそうじゃな。
 彼女の件に関しては、そのファイルにまとめてある・・・が」
 早速手に取ろうとしたコムイの腕を、ブックマンが素早く掴んで阻んだ。
 「よほどの覚悟がない限り、彼女に関わることは勧めんな」
 「なぜ・・・」
 思わず口出ししたリーバーを、ブックマンがじろりと睨む。
 「彼女は、英国のために働いているのではない」
 「えぇ、それは察して・・・」
 「では」
 言いかけたコムイの言葉も、ブックマンは短く遮った。
 「誰が彼女の雇い主だと思う?」
 「雇い主が・・・いるのですね?
 彼女の独断ではなく」
 コムイの問いに、ブックマンは鼻を鳴らす。
 「どれ程有能な人間であったとしても、たった一人でこれだけの仕事をするのは無理ではないか?」
 はっきりとは答えないブックマンに掴まれた腕を、コムイはじわりと引き戻した。
 「ブックマン、先にボクの考えを言わせてもらいます。
 彼女・・・ミス・ブリジット・フェイが何者であるか」
 「何者かと問われれば・・・ただのオペラ歌手じゃよ」
 ブックマンのはぐらかすような言い様に、コムイは首を振る。
 「最初は、英国のスパイではないかと疑いました。
 王家への脅迫内容や、彼女がおこなったのではないかと思われる、隠された事件の数々・・・それらが全て、英国に有利な結果をもたらしていましたから」
 ふん、と、鼻を鳴らしたブックマンに、コムイは苦笑する。
 「ですが、リーバー君が別の筋から仕入れてきた情報を加えて吟味すると、彼女は必ずしも英国のために働いているのではない。
 むしろ、各国の高官を脅して英国に有利な条約を結ばせることで、外国の不満をあおり、更には重要な国家機密を流出させて、英国が孤立するように持って行こうとしているのではありませんか・・・?」
 「ほう・・・」
 にやりと口の端を曲げ、ブックマンは呟いた。
 「たかが恐喝者が、随分とたいそうな役目を背負っておるもんじゃの」
 「たかが恐喝者ではない、と言ったのはあなたですよ」
 「言ったかのう?」
 「よほどの覚悟がない限り、彼女に関わることは勧めないとは、そう言うことでしょうに」
 吐息と共に肩をすくめ、コムイは再びテーブルのファイルに手を伸ばす。
 が、ブックマンはもう、阻もうとしなかった。
 気遣わしげに見守るリーバーに肩越し、ちらりと笑い、コムイはファイルを開く。
 「ブリジット・フェイ・・・ローマ教皇庁所属・・・・・・」
 「ローマ教皇庁・・・ヴァチカンですか?!」
 ファイルの1ページ目、彼女の写真の横に、第一項目として名前と共に書かれた所属は、リーバーを驚かせるに十分な効果を発した。
 しかし、こめかみに指を当てたコムイは、冷静な目で彼女のプロフィールを追う。
 「やっぱり・・・。
 大国に対抗できるだけの軍事力を持たない、ヴァチカンらしいやり方です」
 「予想しておったと?」
 どこか楽しげに問うブックマンに、コムイはあっさりと頷いた。
 「英国と不利な条約を結ばされたのは、どこもカトリック教国です。
 神聖ローマ帝国は既に解体したとは言え、かつての盟主であったハプスブルク家はこの事態を見過ごさないでしょう。
 たとえオーストリアが慎重になったとしても・・・」
 「次なる盟主たらんと欲する国は、英国の横暴を黙って見てはおるまいの」
 「そう、例えばフランス、ロシア・・・・・・」
 正解を言い当てた生徒を見る教師のような目で、ブックマンはコムイを見る。
 「しかしそれは、欧州の情勢においてのみ有効な推理じゃ。
 殿下はじめ、王家の方々が国に帰ることになんぞ意味はあるか?」
 新たな課題を出した彼に、コムイはゆっくりと頷いた。
 「英国女王の、インド皇帝としての権威を失墜させ、あわよくばインドの植民地としての機能を停止させる・・・・・・」
 コムイの言葉に、リーバーは『ありえない』と叫びそうになった口をつぐむ。
 「清国でもそうですが、植民地化された土地では、民衆の英国に対する不満がくすぶっている。
 殿下のご領地では特にそうでしょう。
 なんたって、善政をしいていた王族が亡命を強いられたんですから。
 現在、その領民が虐げられているのならなおさらです。
 英国への不満が募っている中に、殿下のご一族が強制連行され、投獄、もしくは処刑された場合、確実に反乱が起きますね」
 「じゃが、所詮一領地のことじゃろう。
 英国軍にかかれば・・・」
 意地悪く笑ったブックマンに、コムイはすかさず首を振った。
 「数千の駐留軍と数万の群衆、戦えばどちらが先に果てるか、子供でもわかります。
 しかも、これが仕掛けられた罠であるなら、一地方の反乱で済むわけがない。
 ボクが彼女なら、つけた火を各地に飛び散らせて、国を挙げての一斉蜂起を企てますね」
 「好(ハオ)!
 満点をやろう、探偵」
 厳しい老師の最高の賛辞に、コムイは恭しく一礼する。
 「そこで、ブックマン。
 彼女が今、どこに潜伏しているか、ご存知ですか?」
 「潜伏・・・な」
 くすり、と、ブックマンはコムイを笑った。
 「減点だ、探偵。
 彼女は有名なオペラ歌手。潜伏などはせん。
 ロンドンの自宅に堂々と滞在し、コヴェントガーデンのホールで今夜も楽しげに歌ったことだろうて」
 「なるほど・・・」
 にんまりと、コムイは笑みを浮かべる。
 「恐喝の現場は、オペラ・ハウスでしたか。
 貴人用のバルコニー席は個室状態ですし、会話はオーケストラの音響で消される。
 恐喝するには便利な空間かもしれませんね」
 「・・・・・・はめおって」
 呟いて、ブックマンは楽しげに笑った。
 「減点は取り消していただけますね?」
 「よかろう」
 未だくつくつと笑声を漏らしながら、ブックマンが頷く。
 「では、満点の褒美だ。
 彼女は今、サーペンタイン通りの屋敷に滞在している。
 そこが英国での活動拠点だが、彼女は明日のソワレで楽を迎える。
 その後、いつまでロンドンに滞在するかは、彼女の気分次第だろうの」
 「ご協力感謝します、ブックマン。
 ついでにもう一つ、お願いがあるのですが・・・」
 にこりと笑みを深めたコムイの要請に、ブックマンは機嫌よく頷いた。
 「よかろう、任せておけ」
 気安く請け負った老人に、コムイは深々と一礼する。
 「ありがとうございます。
 では、夜分遅くに失礼しました」
 「いいや。
 愉快な会話はよい眠りをもたらす。
 おぬしのおかげで今日はゆっくり眠れそうじゃ」
 「そう言っていただけますと、光栄です。
 ブックマンには今後ともよろしく」
 「あぁ」
 ゆったりと頷いた老人にもう一度一礼し、コムイはリーバーと共に屋敷を辞去した。


 「どうします?
 今から家に乗り込みますか?」
 辻馬車に乗り込んだ途端、不穏なことを言い出したリーバーに、コムイは笑って首を振った。
 「真正面から行って敵う相手じゃないってのは、殿下が証明してくださったじゃないか」
 「じゃあどうすれば・・・」
 「そうだね。
 まずは、彼女の手足をもいでしまおう♪」
 愉快げな笑みを浮かべ、あっさりと言った彼に、リーバーが吐息する。
 「また、どんないたずらを思いついたんすか?」
 「えへへーv それは見てのお楽しみぃv
 犬だったなら、千切れんばかりに尻尾を振っているだろう喜びように、リーバーは深々とため息をついた。
 「決して・・・絶対に、一般人の皆様に迷惑はかけないでくださいよ!」
 「わかってるよーぅv
 本当にわかっているのか、疑わしいほどにコムイははしゃいだ声をあげる。
 「早く夜が明けて、明日の夜になんないかなーぁv
 そう言ったコムイは、夜のロンドンに不気味な笑声を響かせた。


 ―――― 翌日。
 朝早くに、リー兄妹は黒薔薇館を訪れた。
 「殿下!
 ご無事で何よりでございます」
 真っ先にクラウドへと駆け寄ったリナリーが、開口一番、言った言葉に周りの全員が眉をひそめる。
 「僕んちだって、セキュリティくらいしてますよ」
 「俺も、一晩中見張ってたさ!」
 「俺の警護が不満か」
 口々に不満を申し立てる男子らを見回し、リナリーは憤然と腰に手を当てた。
 「いくらアレン君ちのセキュリティがしっかりしてるったって、所詮一般の家じゃない!殿下は王家の方でいらっしゃるのよ!
 それにラビ!
 あなたが殿下に何かするんじゃないかって、一番心配だったし、あなたみたいにトリッキーな人が相手じゃ、神田が振り回されるんじゃないかって不安だったの!」
 一気に論破し、それぞれを黙らせたリナリーは、ふわりと踵を返してクラウドに向き直る。
 「殿下、昨夜は何かとご不自由でしたでしょう?
 御用がございましたら、お申し付けください」
 優雅に一礼したリナリーを、クラウドが楽しげに笑って見つめた。
 「全く、よく出来た娘だな、お前は。
 手放したのが残念でならぬ」
 「だからって、また連れてっちゃうのはご勘弁を、殿下v
 リナリーを背後から抱きしめ、にこりと笑ったコムイに、クラウドはクスクスと笑声を漏らす。
 「わかっている。
 連れて帰りはせぬから、そう睨むでない」
 「兄さんたら・・・!」
 肩越しにリナリーから睨まれ、コムイは気まずげにそっぽを向いた。
 「それで?
 リナリーはともかく、貴殿も来たことには、何か進展があったと期待していいのか?」
 「もちろんですよ、殿下」
 にこりと笑みを深めたコムイは、クラウドのためにお茶を淹れに行ってしまったリナリーの背を、名残惜しく見つめながら続ける。
 「その件で、殿下には少々ご協力いただきたく・・・」
 「遠慮なく申せ」
 堂々とした言い様が頼もしく、コムイは大きく頷いた。
 「今夜、ある夫人の代わりにオペラ・ハウスに赴いていただけますか?
 護衛には神田君と・・・リナリー」
 苦渋に満ちた兄とは逆に、リナリーは嬉しげに顔を輝かせる。
 「そこで例のオペラ歌手の仲間が、接触してくることと思います。
 なので・・・」
 「うむ。
 ひっ捕らえればいいのだな」
 「それは専門の人間がいますから、囮になっていただくだけで結構です」
 「いや、殺す」
 「やめてくださいってバ・・・」
 笑みを引き攣らせて、コムイは懇願した。
 「オペラ・ハウスなんかで騒ぎを起こせば、彼女の部下は捕まえられても、彼女自身を逃がしちゃいますよぅ!」
 「そうか・・・そうだな・・・・・・!」
 未だ納得の行かない様子ながら、クラウドは頷く。
 「では、首謀者たるあの女をひっ捕らえたら、私に渡せ。
 我が家を脅した罪で、八つ裂きにしてくれる!」
 「それもお断りします」
 きっぱりと言ったコムイを、クラウドは厳しく睨みつけたが、彼は怯みもせずに首を振った。
 「彼女はある組織に雇われているに過ぎません。
 そして、その組織に歯向かおうとした場合、八つ裂きにされるのは殿下の方です」
 きっ、と、睨みつけて来た目を冷静に見返し、コムイは再び首を振る。
 「ご理解のほどを、殿下」
 皆が気遣わしげに見守る中、唇を噛んだクラウドは、不承不承頷いた。
 「では、詳しい打ち合わせをしましょう。
 今夜はリーバー君も手伝ってくれるそうですから」
 「新婚家庭の主を引っ張り出していいのか?」
 クラウドの、どこか拗ねたような口調に思わず笑ってしまったコムイは、彼女に睨まれて咳払いする。
 「奥方の了承は得ているそうですから、ご心配なく」
 コムイの笑みを含んだ声に、クラウドはまた、憮然と頷いた。


 ―――― その夜。
 ブリジットが楽を迎えるソワレとあって、コヴェントガーデンのオペラ・ハウスは、彼女目当てにやって来た客であふれていた。
 笑いさざめき、社交に精を出していた彼らだが、開演直前になると、あっという間にホールに吸い込まれていく。
 幕が開く直前、ピットに入ったオーケストラがそれぞれに調律の音を出し始めた頃、エントランスに1台の馬車が止まった。
 2頭のたくましい馬に牽かれた重厚な馬車から、上品なドレスをまとった貴婦人が降り立ち、若い男女が付き従う。
 ソワレだと言うのに、三人ともつば広の帽子を目深に被っている様は奇異だったが、高位顕職がお忍びで来ることも多い場とあって、未だホールに残った客達も、特に詮索はしなかった。
 と、二人の従者のうち、男の方が差し出したチケットを受け取った案内係は、恭しく一礼する。
 「ようこそいらっしゃいました、外務大臣夫人。
 どうぞ、お席にご案内いたします」
 貴婦人は、先に立った案内係について、ホールへ続く大階段を無言でのぼった。
 「こちらのお席でございます」
 2階の、バルコニー席のドアを開けた案内係は、軽く頷いて室内に入った彼女に恭しく一礼し、戻っていく。
 ゆうに5、6人が観劇できるスペースは、今、たった2席しかなく、夫人が前の席に着くと、その傍らに置かれた席に若い女が座った。
 男の従者が、番犬のようにドアの脇に立った時―――― 演奏が始まった。


 舞台開始の曲は、脅迫者達にとってもまた、開始の合図だった。
 演目の中でも音の大きな曲である上に、観客の目は舞台に集中する。
 拍手に迎えられて現れた歌手が、高々と歌い出した途端、彼らは細く開けたドアから滑り込むように侵入した。
 「レディ・トリシア・・・」
 低い呼びかけに、しかし、夫人だけでなく、従者の女さえも振り向かない。
 だが脅迫者は、お構いなしに続けた。
 「わざわざおいでいただき、恐縮です。
 早速ですが、今回のお取引の件は・・・」
 「応じるつもりはない」
 夫人がきっぱりとした口調で言い放った瞬間、脅迫者は従者の女に腕を掴まれる。
 「っ・・・?!」
 「神田!!」
 照明の落ちた室内で、気配を消していた神田が動いた。
 途端、鈍い音と呻き声が続き、床に脅迫者達の身体が折り重なる。
 「さぁ!もう逃げられないわよ!」
 リナリーは脅迫者の腕を掴んだまま、もう一方の手で目深に被ったフードを取り払った。
 「っ!!」
 思わず背けた顔を、振り返ったクラウドはじっと見つめる。
 「呆れたものだな。
 お前のような少女が、このような汚らわしい行いに手を染めるとは」
 淡々とした声に、人形のように綺麗な顔立ちの少女は俯いた。
 「お前ほどの者なら、あの舞台の上に立っていても違和感がなかろうに」
 と、その言葉が気に障ったかのように、少女は目を尖らせる。
 「・・・レディ・トリシアは・・・!」
 「お前達が脅迫しようとした夫人は、外務大臣夫人にふさわしい淑女であられたのだよ。
 自身になんら後ろ暗いことのないゆえ、そなたらの脅迫文は全て夫君と警察にゆだねられたのだ」
 「警・・・!」
 リナリーに腕をつかまれたまま、振り向いた少女は目を見開いた。
 神田によって倒された仲間達は、外の見張りを含め、乗り込んできた警官達に既に拘束されている。
 「兄様・・・っ!」
 リナリーの手を振り解き、駆け寄ろうとした少女の前に、刑事の一人が立ち塞がった。
 「静かになさい。演奏中ですよ」
 廊下の明かりを背にした男の顔はよく見えなかったが、その声に少女は顔を歪める。
 「リンク・・・ッ!!」
 「全く、懲りない娘ですね、あなたも。
 前回は上層部に圧力をかけて、うまうまと逃げおおせたようですが、今回は現行犯ですから。
 もう逃がしませんよ、テワク」
 「逃げて見せます・・・!」
 低く呟いたテワクの袖から、淡い光を銀に弾く刃が現れた。
 「殿下!!」
 クラウドを守ろうと踵を返したリナリーの足に、床に押さえつけられていた脅迫者の手が絡む。
 「なっ・・・!!」
 引き倒され、不自由な体勢のまま振り返ったリナリーに、別の手が伸びた。
 大きく、太く、照明の落ちた室内で黒く蠢くそれが、身をすくめたリナリーの肩を捕らえそこね、首のネックレスを引きちぎった、途端・・・!
 リナリーの喉から、凄まじい悲鳴がほとばしった。
 皆が驚いて見つめる中、必死にもがいて手を振り解き、部屋の隅にまで逃げた彼女は、うずくまって泣き声をあげる。
 「リ・・・リナリー?!」
 クラウドの声にさえ怯え、リナリーは顔を覆って泣きじゃくった。
 「ど・・・どうしたのです・・・?」
 この隙にクラウドを人質にと動いたテワクを捕らえたリンクが、訝しげに眉根を寄せる。
 だが、リナリーは自身の目を覆う小さな闇の中に、一人篭りきった――――・・・『あの時』のことが、脳裏に蘇る。
 兄に手を引かれ、賑やかな祭に出かけた日・・・触り心地のいい、絹の服を着ていた。
 首にはお守りにと、いつも持たされていた翡翠のペンダント。
 綺麗な装飾を小さな手にもてあそびながら、きょろきょろと華やかな出し物を見回し、一際興味を引かれたものに向かって、兄の手を振り解き駆け出した。
 人より随分と大きな兄は、人混みを抜けることが出来ず、小さなリナリーを追いかけることも出来ない。
 懸命に呼ぶ声を振り切って走った彼女は、大きな足にぶつかった途端、抱き上げられた。
 ―――― 可愛い子だ。
 ―――― 綺麗な服を着ている。
 ―――― この翡翠も、随分といいものだな。きっといいところの娘だろう。
 お気に入りのペンダントが他人に触られるのが嫌で、身を捩ったリナリーの首から、ペンダントが引きちぎられる。
 ―――― 返して!!
 泣き声は大きな手で封じられて、がさがさとした袋に荷物のように詰め込まれた。
 ―――― 売られる子供に、こんな翡翠はいらないだろう。
 ―――― お前みたいに可愛い子なら、物好きな英国人が高値で買うよ。
 「リナリー・・・」
 「いや・・・やめて!!来ないで!!!!」
 錯乱し、泣き叫ぶリナリーの傍らに跪いたクラウドは、肩越し、部屋に満ちる者達を見回す。
 「リンク、後は任せるゆえ、皆、席を外せ。
 神田、誰も入ってこぬよう、外で見張りを」
 「はっ」
 会釈した神田が容赦なく皆を追い出し、ドアを閉めると、クラウドはリナリーからやや離れた場所に跪いたまま、声をかけた。
 「さぁ、もう誰もいないぞ?」
 彼女の声が聞こえていないのか、泣きじゃくるばかりのリナリーを見つめはしても、クラウドはまだ、手を伸ばしはしない。
 「私の声が聞こえるか、リナリー?
 もう怖くはないぞ?」
 囁きながら、クラウドはゆっくりと立ち上がり、舞台に面したバルコニーのカーテンを引いた。
 「さぁ、明かりをつけような?」
 座席の間の、小さなテーブルに置かれたランプをつけると、部屋は随分と明るくなる。
 「大丈夫。
 お前を怖がらせるものはいないよ」
 舞台から届く音楽も、テノールとソプラノの騒々しい掛け合いから、アルトの優しい響きに変わっていた。
 「リナリー・・・ホラ、見てごらん?
 怖いものなんて、何もないだろう?」
 優しい声にひかれて、そろそろと泣き顔をあげたリナリーに、クラウドは微笑む。
 おどおどと見回した室内は明るく、ドレス姿のクラウドが、リナリーに向かって優しく両手を広げていた。
 「さあ、おいで」
 迷子の子供に対するかのように目線を合わせる姿は、初めて会った時の彼女と同じ・・・。
 リナリーは震える手を伸ばし、小さな子供のように彼女に縋った。
 「殿下・・・・・・!」
 「大丈夫。もう怖くはないぞ」
 胸の中で泣きじゃくるリナリーの背中を撫でてやりながら、クラウドは優しく囁く。
 「怖かったことを思い出したんだね?」
 その問いに、リナリーは震えながら頷いた。
 「さ・・・さらわれた・・・時の・・・こと・・・・・・」
 「そうか・・・それは怖かったな」
 だが、と、クラウドはリナリーの顎に指を添え、上向かせる。
 「悪い者共は私が、厳しく罰してやっただろう?
 もう、リナリーに怖いことなんてさせない、とな?」
 「は・・・い・・・・・・」
 頷いたものの、まだ震えの収まらないリナリーに、クラウドは微笑んだ。
 「兄とも会えたではないか。
 今日は家に帰ったら、思いっきり甘えるといい。
 それまでは私と、こうしておいで」
 「はい・・・・・・!」
 ポロポロと涙を零しながら、リナリーは幼い頃のようにクラウドに縋る。
 そしてクラウドもまた、怖い夢に怯えた子供をあやすように、優しくリナリーを抱きしめた。


 「・・・彼女は一体、どうしたのですか?」
 部下に犯人達の連行を命じたリンクが訝しげに問うと、神田はきつく眉根を寄せた。
 「欧州の奴らにさらわれた子供は、多かれ少なかれあんな風になるもんだ」
 「・・・そうですか」
 わずかに目を伏せたリンクは、改めて神田に会釈する。
 「今後、ロンドンではそのようなことのなきよう、努力しましょう。
 では、殿下によろしくお伝えください」
 「あぁ」
 無愛想に頷いた神田を不快に思うこともなく、リンクは先に行かせた部下達を追った。
 そしてその頃。
 ブリジットの屋敷付近ではコムイが、リナリーの状況も知らず、罠の準備を着々と進めていた。
 通りからやや離れた小道に止まった馬車の中でリーバーと向かい合った彼は、牧師の帽子をいじりながら楽しげに笑う。
 「楽しみだねぇ、リーバー君v
 これが罠だと知ったら彼女、どんな顔をするんだろうねぇv
 いたずらを企む悪童のような彼に、リーバーは吐息を漏らした。
 「大掛かりな準備をする割には、えらく簡単な罠なんすね」
 「いかにも罠らしい罠なんて仕掛けたら、すーぐばれちゃうよーぅv
 クスクスと笑声をあげて、コムイは窓の外を見遣る。
 「でも、今夜が最後だって言うんなら、彼女の歌も聞いてみたかったねぇ」
 今夜の演目はなんだろ、と、コムイはまた、楽しげに笑った。
 「演目と言えばねぇ、彼女の得意な演目は『こうもり』だそうだよ。
 実に彼女にふさわしいと思わないかい、リーバー君?」
 意地悪く言った彼に、リーバーが再び吐息する。
 「今夜、鳥でも動物でもないと言い張る日和見者はアンタでしょうが」
 「じゃあボクはこうもり博士として、仕掛けの仕上げに行こうかな♪」
 馬車のドアを開けようとしたコムイを、リーバーは足を伸ばして阻んだ。
 「変にうろついて怪しまれたら、元も子もない。
 あいつらに任せときなさい」
 「うーん・・・でもぉー・・・・・・」
 心配そうなコムイに、リーバーはにんまりと笑う。
 「あいつらは、アンタが任命した少年探偵なんでしょうが。
 信じてやんなさいよ」
 「うん・・・そうだねぇ・・・・・・」
 とは言いつつも、まだ不安げなコムイが窓越しに見遣った先では、2人の少年探偵がひそひそと囁きあっていた。
 「・・・だから、なんで僕がやられ役なんだよ!」
 「仕方ねェさ!
 俺、あの人には顔見られてんし、そもそも赤毛だから目立たねェもん!」
 粗末な服を着て、下町の少年に変装した二人は、ここに来ても相変わらずの口げんかを始める。
 「師匠の添え物だった君なんか、覚えてるわけないじゃん!
 それに赤毛だから派手に見えるんじゃないのっ!」
 「添え物って言うな!
 第一、こんなに暗くて色なんか見えるもんか!」
 質感が大事、と、頭をくしゃくしゃと撫でられ、アレンは膨れてそっぽを向いた。
 「もう!
 いい加減、拗ねるのやめるさ!」
 「ふんっ!
 ラビのばーか!」
 「このガキ――――!!!!」
 本気でケンカした挙句、追いかけっこを始めた二人を、馬車からコムイが不安げに指す。
 「・・・二人の仲が悪いことを周りに印象付けるように、って指令出したの、アンタでしょ」
 リーバーの呆れ口調に頷きながらも、コムイはまた、不安げに外を見遣った。
 「あの子達、ミス・フェイが帰ってくる前に、殴り合いでもはじめなきゃいいけど」
 「そりゃいくらなんでも・・・」
 「・・・はじめたね」
 「・・・・・・そうっすね」
 甲高い声で言い争いながら、ぽかぽかと殴りあう二人を、通りがかった馬丁が引き離し、説教を始める。
 「・・・・・・やれやれ」
 ようやく、互いにそっぽを向いて離れた二人を見て、コムイは呆れたように吐息した。


 やがて、オペラ・ハウスでの公演が終わり、しばらく経った頃。
 夜道に軽やかな音を立てて、馬車がやってきた。
 「来ましたよ」
 リーバーが注意を促すと、既に馬車を降り、生垣に潜んでいたコムイが笑みを浮かべる。
 と、ブリジットの屋敷前に馬車が止まった途端、少年達が駆け寄って行った。
 「なにすんさ、お前!放せよ!」
 「なんだよ!次は僕の番でしょう?!」
 金持ちの馬車のドアを開けて、チップをねだる輩はどこにでもいるが、今夜はまた、騒がしい子供達だ。
 馬車の中で呆れた風に吐息したブリジットは、御者に追い払うよう命じた。
 「ホラ、お前達!
 マダムが困っておられる!離れなさい!」
 「邪魔っ!!」
 見事に声を揃えた二人が、同時に繰り出したこぶしで御者を殴り飛ばす。
 と、さすがに驚いた周りの人々が止めに入った。
 「こらこら、お前達!」
 「さっきからケンカばっかりして・・・いい加減にしなさい!」
 「うるさいさっ!」
 「放せ放せっ!!」
 じたじたと暴れる二人を抑えきれず、持て余す人々に邪魔されて、ブリジットは馬車から降りることもできない。
 と、人の手を振り切った、小柄な方の少年が、馬車のドアに手をかけた。
 「どうぞ、マダム!」
 下町の少年にしては、綺麗な発音を意外に思いつつもブリジットが降りると、もう一方の少年が止める手を振り切って、ドアを開けた少年を突き飛ばす。
 「わあ!!」
 随分と強い力で突き飛ばされた少年は、やや遠くから様子を見ていた子守り女の足元に転がり、ぐったりと動かなくなった。
 「血だ!血がたくさん出てるよ!死んじゃったの?!」
 甲高い声で喚く女に驚いたのか、腕の中の赤子も火がついたように泣き出す。
 大騒ぎの中、人混みを掻き分けてやってきた牧師が、倒れた少年の傍らにしゃがみこんだ。
 「大丈夫、まだ死んではいませんよ!
 ただ、早く手当てをしないことには・・・マダム、申し訳ありませんが、お部屋を貸してはいただけませんか?!」
 馬車を降り、屋敷のポーチに立っていたブリジットは、門前に集まった人々の勢いに気圧され、また、御者の手当てが必要なこともあり、ぎこちなくも頷く。
 「よし!
 じゃあキミ!
 警察に突き出されたくなければ、この子を運ぶ手伝いをしなさい!」
 牧師の大声に、突き飛ばしてしまった少年は、顔を隠すかのように帽子を目深にかぶり直しつつ頷いた。
 「一体なんなんだ、お前!
 よくも私まで・・・!」
 額から血を流しつつ怒鳴る御者に、牧師は肩をすくめる。
 「あなた達が帰ってくるずっと前から、この子達はケンカばっかりしてたんですよ!」
 ねぇ?と、彼が見回した先で、集まった人々が大きく頷いた。
 「今日のチップで不公平があったらしくてね!」
 「どっちが多いの少ないのって、もう、何度も何度も!」
 口々に沸く声に、加害者の少年はますます俯く。
 「・・・わかりましたから、お早く。大変な出血ですわ」
 ガス燈で照らされていても夜道は暗く、なのに少年の明るい色の髪が、どす黒い液体でぐっしょりと濡れているのが見えた。
 彼らと共に家に入ったブリジットは、気を失った少年の、白い髪を染める紅い液体に眉をひそめる。
 「酷いですわね・・・早く手当てを」
 「えぇ、ボクがやりましょう」
 少年に近寄ろうとしたブリジットを、牧師がやんわりと押しのけた。
 「申し訳ありませんがマダム、医療キットがあれば・・・」
 牧師の言葉に頷いたブリジットが踵を返した時。
 窓の外に、地を揺るがす爆音が響いた。
 「なっ・・・・・・!」
 皆が唖然とする中、外で悲鳴が上がる。
 「爆発だ!」
 「なにに引火したんだ?!」
 「火事!!」
 「火事火事!!」
 「火事だ!!!!」
 各所で声が上がり、家の外はあっという間に大騒ぎになった。
 「しょっ・・・消防馬車!!消防馬車を呼んで!!」
 甲高い悲鳴が聞えたかと思うや、もくもくと煙が家にまで入り込んでくる。
 「大変だ!
 さぁキミ、この子をおぶって先に逃げなさい!
 マダム!
 マダムも早く!!」
 「えっ・・・えぇ!!」
 牧師の声に急かされたブリジットは、しかし、外ではなく、家の奥へと走った。
 煙が充満する家屋の中、出口を見失った牧師達もまた、ブリジットについて家の奥へと逃げる。
 と、裏庭を臨むサンルームの手前、シガレットルームにブリジットは駆けこんだ。
 大理石製の堂々としたマントルピースの側面に彼女が触れるや、その部分が戸のように開く。
 2cm程の厚い石の戸の陰、小さなボタンのようなものに触れようとして・・・ブリジットは、彼女を見つめる目に気づいた。
 「牧師様・・・・・・」
 「あっ・・・あれ?!
 マダムがこちらにいらっしゃるから、てっきり出口だと・・・!」
 困惑げな声に、ブリジットはサンルームを示す。
 「どうぞお庭に出られて。
 こちらに火の手はありませんし、裏口から逃げられますわ」
 火事の中にあって、意外なほど冷静な声を発した彼女に、牧師は頷いた。
 「さぁさぁ、キミ達!先に出なさい!
 マダム!マダムもお早く!!」
 「えぇ・・・どうぞお先に行かれて下さい」
 「えぇ、しかし・・・」
 「私なら大丈夫ですから」
 きっぱりとした口調に牧師は頷き、先に行った少年達の後に続く。
 その背中を見送って、ボタンに触れようとしたブリジットの耳に、垣根越し、リズミカルな鉦の音が聞こえた。
 「火は消えました!
 火は消えましたよ、皆さん!もう大丈夫!!」
 鉦の音と共に、消防士達が大声をあげる。
 「もう大丈夫です!!」
 鎮火の報せに、ブリジットはぱたりと戸を閉めた。


 「ハイハーィv ご苦労さまーv
 リーバーの待つ馬車に乗り込んだコムイは、陽気な声をあげて牧師の帽子を取った。
 と、リーバーだけでなく、先に乗っていた少年達にまできつく睨まれる。
 「アレー?どーしたのさ?
 成功したって言うのにみんな怖い顔ーv
 コムイはへらへらと笑って、紅い絵の具で染まったアレンの頭に帽子を被せてやった。
 途端、
 「なにが成功ですかっ!!」
 「アンタただの発炎筒だって言いませんでしたっけ?!」
 「死にかけたさっ!!」
 口々に喚きたてた三人に、彼は軽く肩をすくめる。
 「成功じゃなーィv
 まんまと彼女を騙せたし、乾板の隠し場所らしき所は確認したし、道にいた人間みんなグルだったから火事はすぐ消し止めたし、なにより死んでない♪」
 苦情にいちいち答えるその口調が憎らしいと、三人が三人とも怒りに顔を歪めた。
 「そんじゃ、突入は明朝ってことにして、今日は帰るよん♪」
 「へ?そうなんさ?」
 「この後、盗みにでも入るのかと思ってました・・・」
 既に走り出した馬車の中で、少年達は意外そうに顔を見合わせる。
 と、
 「ラビの記憶じゃ、乾板は99枚もあんだろ?
 そんな大量のガラス板、どうやって盗むんだ」
 怪盗じゃあるまいしと、呆れ口調のリーバーに言われ、ようやく納得した。
 「そっか・・・」
 「さすがに無理さね・・・」
 「そうそう、わかったらボクらをベーカー街で下ろして、キミらこの馬車で帰んなさいよ。
 そんで今夜はさっさと寝て、明日に備えてねv
 「へ?なんでさ?」
 「僕んち来ないんですか?」
 また意外そうな顔をする少年達を、コムイは唐突に睨む。
 「ボクが行っちゃったらリナリーも来るでしょ?!
 ボクの可愛いリナリーを、悪ガキの住む屋敷なんかに泊めるもんか!」
 「そ・・・そうさねー・・・」
 「はぁ〜い・・・・・・」
 気まずげに視線を逸らした少年達は、馬車がベーカー街に着くまで、じっと自分の膝を見つめていた。


 「また明日ねーv
 「おやすみ」
 少年達に挨拶をして、リーバーと共に馬車を降りたコムイがポケットの中に鍵を探っていると、その背後を小柄な紳士が通り過ぎた。
 「おやすみなさい、ミスタ・コムイ・リー」
 低く、ぶっきらぼうな言い様に振り返ったコムイと同じく、リーバーも彼の背を目で追う。
 「知り合いですか?」
 「さぁ・・・誰だろう?」
 不思議そうな顔をしながら、ようやく鍵を探し出したコムイが玄関のドアを開けた。
 帰宅を告げるベルが家に響いた途端、
 「兄さん!!」
 既に帰っていたリナリーが、飛びついてくる。
 「リナリー・・・どうしたんだいっ?!なにか怖い目に遭ったのかい?!」
 リナリーを抱きとめたコムイが、彼女のただならぬ様子に顔を蒼くすると、腕の中で泣きじゃくる妹は何度も何度も頷いた。
 「一体なにが・・・!」
 怪我でもしたのかと尋ねても、リナリーはただ首を振る。
 「リナリー、泣いてないで理由を・・・」
 兄妹の傍らから、リーバーも声をかけると、その腕が軽く叩かれた。
 「大家さん・・・」
 「怖いこと、思い出しちゃったんですって」
 「ジェリぽん、それ、どういう・・・」
 リナリーの背中を撫でてやりながら、きつく眉根をひそめたコムイにジェリーは頷く。
 「小さい頃のこと・・・コムたんとはぐれて、さらわれた時のことを思い出したんだそうよ」
 「フラッシュ・バックか・・・・・・」
 ジェリーの言葉に、リーバーが呟いた。
 ある物事をきっかけに、忘れていたことを思い出すことがあるが、リナリーにとってさらわれた時のことは、今でも傷となって残っていたのだろう。
 いつも気丈な少女の意外な脆さにその深さを思い、リーバーは声をかけることも出来ずにただ彼女を見つめた。
 と、リナリーを抱きしめたコムイが、そっとその耳に囁く。
 「小妹・・・小妹・・・。
 不要緊、没有担心(大丈夫、心配しないで)・・・」
 涙目をあげたリナリーに、コムイは微笑んだ。
 『兄さんが側にいるから、大丈夫だよ』
 ゆっくりとした母国語で語りかける優しい声に、リナリーは頷く。
 『大丈夫・・・』
 その言葉を何度も繰り返して、コムイは小さな子供のようにリナリーを抱き上げた―――― 彼女がさらわれる前、いつもそうしていたように。
 『大きくなったねェ。
 もうすっかりレディだけど・・・』
 涙に濡れた頬を優しく撫で、笑みを深めた。
 『お兄ちゃんにとっては、いつまでも小さな妹だよ』
 『にぃさん・・・!』
 幼い頃に連れ去られたため、稚い母国語がリナリーの唇から漏れる。
 と、コムイは大仰に首を振った。
 『やれやれ・・・せっかくのレディが台無しだよ。
 綺麗なレディにふさわしく、綺麗な漢語を話せるよう、つきっきりで教えなきゃね』
 冗談交じりの言葉にリナリーは顔を赤らめ、頷く。
 『ずっと・・・いっしょ?』
 『もちろん!』
 首を傾げたリナリーにコムイは大きく頷き、ようやく泣き止んだ彼女に、ジェリーとリーバーは安堵した顔を見合わせた。


 翌朝早く、黒薔薇館滞在の一行とコムイ達は、ブリジットの屋敷前で合流した。
 「リナリー・・・もう大丈夫か?」
 クラウドの気遣わしげな声に、リナリーは微笑んで一礼する。
 「殿下にはご心配をお掛けしまして、申し訳ございません」
 「いや・・・その様子では、兄に存分に甘えたようだな」
 どこか悔しげに言って、軽く睨んできたクラウドに、コムイが笑った。
 「リナリーから聞きました。
 殿下におかれましては、妹をお助けいただきまして、心から感謝いたします」
 口調すら改め、深々と一礼したコムイに、しかし、クラウドはふるりと首を振る。
 「礼ならば、我が一族の苦境を救うことで換えるがいい」
 「承知しました」
 頷いたコムイは屋敷の門を開け、まるで我が家に帰った主のように玄関に立った。
 「えっ?!あの・・・!」
 慌てて後についたアレンが声を詰まらせると、その隣からラビが手を伸ばす。
 「勝手に入っちゃっていいんさ?!」
 「いーのいーの。どうせ誰もいないから」
 謎の言葉を発してドアを開けたコムイは、リーバーと共に家に入った。
 そのすぐ後ろで、不安げな顔を見合わせたアレンとラビが意を決して続き、悠々と乗り込んだクラウドにリナリーも従って、最後に神田が、油断なく辺りに目を配りながらドアを閉める。
 「こちらですよ、殿下!」
 コムイの呼びかけに、クラウドが入ったのはサンルームだった。
 とは言え、朝霧に覆われたロンドンでは、十分な日光など望むべくもない。
 名前に反して薄暗い部屋の中央では、ガラス製のテーブルに置かれた大きな箱が、静かに彼らを待っていた。
 「これは・・・」
 「ミス・フェイの置き土産ですね」
 驚くクラウドになんでもないことのように言って、コムイは木製の箱を開ける。
 中にはガラスの乾板が、一枚一枚丁寧に布でくるまれて収まっていた。
 「そう、これさ!
 おっさんの愛のポートレート集!」
 一枚を取り出したラビが大声をあげると、その隣で、アレンが真っ赤になった顔を俯ける。
 「その恥ずかしい名前、やめてよ・・・・・・」
 「でも・・・ミス・フェイはどこに行っちゃったの?なんでこれ置いてっちゃったの?」
 リナリーの疑問に答えようとしたコムイを、クラウドが遮った。
 「コムイ・・・!
 貴様、あの女に手を出せば、八つ裂きにされるのは私だと申したな!
 最初から、あの女を逃がすつもりだったのか!」
 声を荒げた彼女に、コムイは飄々と笑って頷く。
 「その通りですよ、殿下。
 しかしご安心を。
 彼女にとって今や、殿下とご一族への干渉は無駄なことになりました。
 今後、彼女がご一族を脅迫することはないでしょう」
 自信満々に言ったコムイを訝しげに見るクラウドに、横からリーバーが書類の写しを差し出す。
 「どうぞ、殿下。
 これは昨夜、彼女がヴァチカンから受け取った報告と同じものです」
 「なんだ?
 ・・・・・・っ?!」
 書面に目を落としたクラウドの目が、驚愕に見開かれて行く様に、リーバーは頷いた。
 「英国はインド支配を強固にする為、ムスリムと手を組もうとしています。
 カトリックの総本山たるヴァチカンからしてみれば、ありえない裏切り行為ですよ。
 これはもう、反乱の画策どころじゃない。
 彼女は慌てて帰庁し、今度はヒンドゥー教徒の多い藩国に集中して、火をつけ始めることでしょう」
 「・・・は!
 宗教に寛容で、ヒンドゥーもムスリムもカトリックでさえ、容認した我が藩国はもう、用無しというわけか!」
 紙面を叩き、散々振り回された屈辱に歯噛みするクラウドに、コムイはあっさりと頷く。
 「その通り。
 彼女にとってこの醜聞はもう、用無しです。
 むしろ、いざと言う時はあなたにムスリムと敵対するよう、報酬の先払いをしたのかも知れませんね」
 「馬鹿な・・・誰が思い通りになどなるものか!!」
 「そうでしょうとも。
 でも、次代の一族を担う方としては、ここは冷静に対処することをお勧めしますよ?」
 ことと場合によっては、ブリジットと手を組むのも方策だと言うコムイを、クラウドは睨みつけた。
 「・・・どこかで聞いたような台詞だ。
 そう言えばまだ、貴殿がどうやってこの情報を仕入れ、更にはあの女に知らせるよう、ヴァチカンを使い走りさせたのか、聞いてなかったな」
 言え、と、更に睨むクラウドに、コムイは軽やかな笑声をあげる。
 「情報の出所はブックマンですよ」
 「ジジィ?!」
 驚いたラビに頷き、コムイは笑みを深めた。
 「彼の出した問題で、満点をいただきまして。
 そのご褒美に、彼からヴァチカンへ、この報せを届けてもらったんですよ。
 ブックマンのネットワークと言うのは、ボクなんか及びもつかない大きさですからね」
 「・・・っなんさそれっ!
 言ってくれたら、俺だって調べたんにっ!」
 殿下にいい所を見せ損ねた、と、むくれるラビに、コムイはまた笑う。
 「調べるのは君でも出来ただろうけど、それを届けるだけでヴァチカンの有力者を動かせるのは、『ブックマン』の名前があってこそだよ」
 「そーだけどさっ!」
 手伝ってたのは俺!と、更にむくれたラビの頭を、リーバーも笑ってかき回した。
 「早くじいさんの跡を継ぎな、Jr.」
 「もちろんさっ!」
 憤然とこぶしを握ったラビの隣で、彼とは逆に、アレンがしおしおとうな垂れる。
 「僕・・・結局なにも出来ませんでしたね・・・」
 これじゃあ家を継げない、と、呟く彼の背を、リナリーが優しく撫でた。
 「アレン君はまだ15歳じゃない。
 これからおじいちゃんに、色々教えてもらえばいいんだよ」
 「でも・・・」
 物言いたげに上目遣いで見あげてくるアレンに、クラウドはちらりと笑う。
 「確かに、家を継ぐにはまだまだだな。
 今後益々精進しろ」
 「はい・・・」
 がっくりと肩を落としたアレンに、一瞬笑みを深めたクラウドは、ふと、手中の紙面に目を落とした。
 「しかし・・・よいのか?
 これは結局、英国に不利に働いたのでは・・・」
 「いいんですよv
 今回、ボクの雇い主は殿下であって、英国じゃありませんからねv
 「えー・・・」
 きっぱりと言ったコムイに、顔をあげたアレンが眉をひそめる。
 と、
 「ナンダヨ。
 ボク、英国人じゃないもんねー。
 ボクに仕事して欲しけりゃ、ちゃんと料金払って依頼しなサイ」
 「ですねー・・・」
 もっともなことを言われて、アレンは再びうな垂れた。
 その様に苦笑したリナリーは、ふと、首を傾げる。
 「でも、なんでミス・フェイはこんなわかりやすい所にこれを置いてったの?」
 「それは・・・」
 苦笑して、コムイは箱に添えられた手紙を手に取った。
 「昨日の騒がしい牧師がボクだって、彼女にバレたからだろうね」
 封筒から取り出した手紙を一読したコムイは、それをリナリーに手渡す。
 「えぇと・・・前略、コムイ・リー様。
 実にお見事なお手並みでした。
 あなたのおかげで、私は忠実な部下達を失い、綿密に進めていた計画を台無しにされてしまいました。
 夜の火事騒ぎ、あれが罠だとは、全く気づきませんでした。
 ただ、煙を透かして私の行動を観察していた目。
 あの鋭さに気づきまして、私はこっそり、あなたの後をつけました。
 思った通り、馬車はベーカー街のご自宅前で止まり、牧師様は新聞などで有名なあなたの姿に戻っておられました。
 そこで私は少々、あなたに対して意地悪をしたくなったのです。
 ご存知のように、私の得意な演目は『こうもり』でございます。
 また、『フィガロの結婚』などで男装の経験もございますので、あなた方の背後を通り過ぎながら、『おやすみ』のごあいさつを致しましたわ。
 家に戻りましたら案の定、私の雇い主からこの任務が台無しになったことの連絡が来ておりましたので、ここにお探しの乾板を置いてまいります。
 私共には不要のものとなりましたので、どうぞお好きに処分なさってください。
 それでは、殿下にはよろしくお伝えくださいませ。草々」
 リナリーが手紙を読み終えると、クラウドは忌々しげに眉根を寄せた。
 「なんと無礼な女か!
 こんな女と手を組むなど、絶対にあり得ぬ!」
 「確かに、したたか者ですね」
 クラウドの怒りに苦笑を返し、コムイが頷く。
 「乾板をこんな目立つ所に置いたのも、下手にあちこち探されて、見て欲しくないものまで見つけられちゃ困るからじゃないかな」
 「見て欲しくないもの・・・」
 呟いて、ラビははっと顔をあげた。
 「そうさ!
 ここが彼女の拠点なら、他の事件の証拠が・・・!」
 きょろきょろと部屋を見回すラビに、しかし、コムイはのんびりと笑う。
 「うん。他にも面白いものはたくさんあるんだろうケド・・・早く撤退しないと、侵入者を捕まえに警察が来るよ?」
 「え?!なんでっ?!」
 目を丸くしたリナリーの腕を取り、コムイは裏庭へと導いた。
 「彼女は頃合を見計らって、警察に連絡したはずさ。
 留守宅に侵入者があると、近隣住民を装ってね」
 だから、と、庭に出たコムイは、笑って皆を手招く。
 「用は済んだし、さっさと帰りましょう」
 「それもそうっすね」
 よいしょ、と、重い箱を持ち上げ、リーバーが後に続いた。
 「行きましょう、検分は家でゆっくりと」
 「あぁ・・・」
 彼に促されたクラウドが頷き、ラビとアレンも続いて、最後をやはり、辺りに目を配りながら神田が守る。
 「じゃあひとまず僕んちにどうぞ!」
 申し出たアレンに肩越し、コムイは笑って頷いた。


 ―――― 黒薔薇館。
 庭に咲くバラの全てが黒い花弁を纏うために、いつしかそう呼ばれるようになった館の庭は、今、所々に彩りを加えていた。
 「ここも久しぶりだなー。
 ずいぶん、色のある花も馴染んできたじゃないか」
 ようやく朝霧の晴れた庭を、アプローチから見渡したリーバーに、アレンはちらりとリナリーを見遣って頷く。
 「知らない間に増えてるんですよ、ね」
 僕が学校に行っている間に、と、わざとらしく言い足した彼を、兄と共に先に行くリナリーは白々しく無視した。
 「黒薔薇館って、結構気に入ってた名前なのに、今じゃ普通の薔薇館です」
 「なによ。何かご不満?」
 「いえ、別に・・・」
 振り返ったリナリーが眉を吊り上げると、アレンは気弱に首を振る。
 そんな彼に、リーバーは苦笑した。
 「おいおい、そんなんじゃ結婚した時、尻に敷かれるぞ」
 「えっ?!いや、あのっ・・・!!」
 コムイに聞かれなかったかと、慌てふためくアレンに、リーバーは楽しげな笑声をあげる。
 「探偵は反対するだろうが、俺は応援してやるからがんばんな」
 親切そうなことを言いつつ、実は将来生まれるだろう娘を安全圏に置こうと画策するリーバーを、アレンは羨ましげに見あげた。
 「いいなぁリーバーさん・・・優しいお嫁さんもらって」
 「なにか言った?!」
 リナリーだけでなく、コムイにまで睨まれて、アレンは慌てて首を振る。
 と、その様にまた笑ったリーバーが、アレンの耳に囁いた。
 「言っとくが、ミランダみたいないい嫁もらおうなんて幻想を抱くなよ。
 彼女は世界にただ一人の貴重品で、彼女を得るには凄まじい強運と実力が要ったんだからな!」
 「・・・・・・いたいけな少年に凄まじい惚気、ありがとうございます」
 なんだか世の中の全てが嫌になりながら、アレンは渇いた声を漏らす。
 と、主の帰宅に気づいた召使が、屋内からドアを開けた。
 先頭にいたクラウドが、生まれた時からこの屋敷の主であったかのように堂々と入り、そのすぐ後ろに神田と、乾板の詰まった箱を運ぶラビが続く。
 「〜〜〜〜っ重かったさ!!」
 屋敷に入るや、ようやく荷物を降ろしたラビは、深々と吐息した。
 一枚一枚は薄くとも、99枚ものガラスの乾板が詰まった箱はとても重く、ラビの両手は紅く腫れている。
 「もう無理!もうなんも持てないさ、俺!!」
 ぴぃぴぃと泣き言をぬかすラビを、神田は肩越し、馬鹿にしたように見遣った。
 「情けない奴」
 「おまっ・・・一度たりともこのケース持たなかった奴が言うんじゃないさっ!!」
 真っ赤になって痺れた両手を差し出すラビに、神田は鼻を鳴らす。
 「こんなもの、どうってことはない」
 床に置かれたケースの取っ手を持ち、軽々と持ち上げた彼を、ラビは唖然と見つめた。
 「手を塞がれると、いざと言う時殿下をお守りできないからな」
 それが持たなかった理由、と、言外に言った神田に、クラウドが笑みを漏らす。
 「どうだ、優秀な護衛だろう?」
 自慢げな彼女に、コムイも笑って頷いた。
 「殿下が身軽でいらっしゃるわけですね」
 普通、王族の警護ともなると、大所帯になるのが当たり前だが、彼女はいつも、彼一人を伴うだけだ。
 しかしそれで十分、と言い切れる実力を、彼は持っている。
 「それはともかく、殿下、お疲れでしょう?
 奥の部屋へどうぞ!」
 アレンが奥を示して伸ばした手の上に、ぽす、と、大きめのボール箱が置かれた。
 「どうぞ、坊ちゃま」
 お届けものです、と、召使いが渡した箱を、アレンは頷いて受け取る。
 「あ、コムイさん!すみませんがドア、開けてくれます?」
 もたもたと箱の中身を探りながら言ったアレンに、コムイは気軽に頷いた。
 「どうぞ、殿・・・」
 彼がドアを開いた瞬間、室内に破裂音が響き渡る。
 「Happy Birthday♪」
 降りかかる紙ふぶきとはしゃいだ声に驚いて見遣ると、室内ではジェリーとミランダが、クラッカーを持って笑っていた。
 「え?!なんでキミ達ここに・・・」
 答えを聞く前に、また彼の背後でクラッカーが弾ける。
 「兄さんv
 お誕生日おめでとうv
 駆け寄ってきたリナリーを抱きとめ、呆然とするコムイに皆、いたずら成功の快哉をあげた。
 「びっくりしました?!」
 空になったボール箱を振って見せながら、アレンはリボンと紙ふぶきにまみれたコムイに笑う。
 「リナリーがサプライズ・パーティをやりたいって言うから、場所を提供しましたよv
 「確かに・・・驚いた・・・・・・」
 コムイが呆然とリナリーを見下ろすと、彼女は得意げに笑った。
 「ジェリーに、今日が兄さんのお誕生日だって教えてもらったの!
 だからアレン君にお願いして、ずっと前から準備してたんだよv
 あの日―――― クラウド達が乗り込んできた朝は、最終打ち合わせをしていた、と言われ、コムイはぎこちなくクラウドを振り返る。
 「まさか・・・グルじゃないですよね?」
 「馬鹿なことを。
 我らがここへ来たのはまさしく、この乾板を取り返すため。
 この計画を知らされたのは、オペラ・ハウスへ向かう馬車の中でだ」
 「あぁ・・・なるほど・・・・・・」
 まだ呆然としつつ、コムイはリーバーを見遣った。
 「キミ達は?」
 「ミランダと大家さんは仲良しなんですよv
 いたずらっぽく舌を出したかつての助手に、コムイは思わず吐息する。
 と、空になったクラッカーを放って、ラビが彼に駆け寄った。
 「ホラ、早く入るさ!
 ジェリー姐さんがわざわざ、ご馳走作りに来てくれたんさね!」
 「ケーキは私が作ったんだよ!」
 「お仕事成功のお祝いも兼ねて、乾杯しましょ!」
 リナリーとアレンも加わり、三人がかりで部屋に引きずり込まれたコムイに、皆も続く。
 「じゃあ、改めてv
 ジェリーがシャンパンを注いだグラスをコムイに渡し、にこりと笑った。
 「コムたん、お誕生日おめでとv
 そして・・・」
 ミランダがクラウドに向けて、恭しく膝を折る。
 「お久しぶりです、殿下。
 ご無事でなりよりでございました」
 「うむ。
 今回もすばらしい働きであった。
 探偵も、そなたの夫君も」
 リーバーに向けてグラスを掲げたクラウドの目の前に、ラビが飛び込んでくる。
 「俺っ!俺は、殿下っ?!」
 「なんだよ!ラビなんてあんま働いてないじゃん!」
 「それはお前も同じさっ!」
 「僕、一所懸命やったもん!!」
 ぎゃあぎゃあとわめき合う二人は、神田に殴られて床にうずくまった。
 「うるせェよ!
 騒ぐんじゃねェ、ガキ共!」
 「〜〜〜〜っなにすんだ乱暴者!」
 「〜〜〜〜っ俺とユウちゃん、同い年じゃないさ!」
 苦痛に声を引き攣らせながらも抗議する二人に、リナリーが思わず吹き出す。
 「殿下v
 この人達は放って、続きをお願いしますv
 「ひどい・・・・・・」
 哀しげな声を揃えた二人に微笑み、クラウドは改めてコムイに杯を掲げた。
 「事件解決を祝うと共に、コムイ・リーの今後ますますの活躍を願って」
 彼女の祝辞に『乾杯』の声が続き、部屋にグラスの触れ合う涼やかな音が満ちる。
 時折雲間から射しこむ朝陽に照らされ、祝宴は晴れ晴れと始まった。


 ―――― その後、宴が終わり、客も姿を消した部屋で、アレンは彼の叔父が遺した乾板を取り出しては、そこに写る彼の姿を見つめていた。
 「どしたんさ?
 みんなとお茶しねーの?」
 彼を呼びに来たラビの声に振り向き、アレンは再び乾板に目を落とす。
 「どうかしたさ?」
 また問われて、アレンは頷いた。
 「師匠・・・本当にこの写真、脅迫に使うつもりだったのかなぁ・・・」
 と、唯一クロスと共にこの写真を見たラビが、苦笑して肩をすくめる。
 「それは違うんじゃね?
 あのおっさん、正真正銘のフェミニストだったかんね。
 俺に言った通り、愛のポートレート集だったんさ」
 「でも・・・・・・」
 クラウドの母が写った乾板は、既に粉々に砕かれたものの、高位顕職の夫人や令嬢の姿は未だ、乾板に焼きついてこの箱に収められていた。
 「この存在に、怯えるレディ達は・・・」
 「だったら壊せばいいことさ」
 くしゃりとアレンの頭を撫で、ラビはなんでもないことのように言う。
 「お前が家業を継ぐんなら、こんな貴重なネタを壊すなんてもったいないって、ジジィは言うんだろうけどさ」
 にやりと、ラビはいたずらっぽく笑った。
 「どうせ自分で集めたネタじゃないんさ。
 砕いておっさんの墓に入れてやるのもいいんじゃね?」
 「・・・そっか」
 その提案に、アレンはようやく愁眉を開く。
 「うん!そうする!」
 大きく頷いたアレンの頭をもう一度撫で、ラビはそのまま引き寄せた。
 「でもさ、おっさん、100枚に到達する前に死んじまって、すげぇ無念だったと思うんさ」
 だから、と、いたずらを企む顔で笑う。
 「壊しちまった母君の写真の代わりに、殿下と俺が一緒に撮って、お前はリナリーと一緒に撮るんさv
 そんで愛のポートレート集を100枚にしてやろーぜ!」
 「うんっ!!」
 嬉しげに頷いたアレンが、ラビと共に写真機を担いでティールームに入り・・・神田とコムイによって血みどろの死体に変えられたのは、それから間もなくの事だった。


 季節は確実に夏へと向かい・・・。
 クロスが遺した乾板は粉々に砕かれた上、溶かされてガラス像となり、彼の墓に収められた。
 それを見届けた後、クラウド達はしつこく泣き縋るラビを変死体に変えて、また大陸へと帰っていった。
 リーバーとミランダは、事件から離れて忙しい日常へと戻り、リナリーはコムイの反対を無視して、黒薔薇館改造計画にいそしんでいる。
 そんなある日。
 コムイの自宅を、久しぶりにリンクが訪れた。
 「例の脅迫者一味の件ですが」
 現行犯逮捕した上、英国に仇なす者とあっては上層部も黙ってはおらず、リンクは思う存分取り調べて、当初の鬱憤を晴らしたらしい。
 「随分と強情な連中で、中々全てを吐こうとはしませんが、余計な邪魔をされないおかげで最近は安らかに眠れていますよ」
 「・・・キミさ、そう言うこと嬉しそうに言うのやめなよ」
 だからサドって言われるんだ、と、苦笑するコムイに、リンクは口の端を歪めた。
 「あなたの今回の働きに関しましては、私も上層部も非常に感謝しております。ゆえに・・・」
 嫌な予感に眉根を寄せたコムイに、リンクは意地の悪い笑みを浮かべる。
 「ミス・ブリジット・フェイ宅へ対する不法侵入及び、脅迫の証拠物件を独断で処分したことは、不問と致します」
 「・・・・・・やっぱり、バレてた?」
 気まずげな笑みを返したコムイに、リンクはあっさりと頷いた。
 「あなたが送ってくださった、レディ・トリシアの乾板だけで、十分証拠になり得ますのでね」
 未遂となった脅迫事件の証拠で、実刑まで持って行くのは難しいはずだが、そこはリンクのこと、十分に勝算はあるらしい。
 「今後ともよろしく」
 「ハイハイ・・・」
 英国への裏切りは許さない、と、言外に釘を刺したリンクに、コムイは苦笑して頷いた。



Fin.

 










2009年コムイさんお誕生日SSでした!
このシリーズは結構お気に入りですなんですが、なにが一番楽しいかって、ツンデレ姫ですよ(笑)
ツンデレリナリーが書けるのはこのシリーズだけなんだもの!(笑)
そんなリナリーの尻に敷かれる気満々なアレン君と、それを阻むコムイさんの戦いに今後は移行していくかもしれない。>まだやるのか!
ちなみに『ソワレ』は演劇などの夜の部、昼の部は『マチネ』と言います。>短縮文化の日本では『マチ』『ソワ』なんて言われもする。
『楽(らく)』は普通、『千秋楽』(芝居などの最終日)のことですが、Wキャストなどで先に出演終了を迎えるキャストがいる場合、『ブリジット・フェイ楽日(らくび)』『リナリー・リー楽(らく)』などと言われます。
そしてまた、鴉ちゃんSを悪役にしてしまい、ファンの方には実にすみません;
元ネタが『ボヘミアの醜聞』だったものですから、あのコムイさんをやり込められるのはミス・フェイしかいないし、彼女の部下にはやはり鴉ちゃんでしょう、と言うことでこのようになりました。
・・・実際に描写が出てるのはテワク嬢のみですが;
お詫びに次回は科学班のメンバーを・・・!>やめなさい。
ともあれ、神田さんお誕生会と併せて本年度最初の祭月、お楽しみいただければ幸いです(^^)












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