† Voice †






 8月初旬。
 盛夏に入ったとは言え、欧州の気候は冷涼で、冬より格段に過ごしやすい。
 乾いた風の吹き抜ける中、たまった資料の虫干しや、部屋の片付けをするにはいい時期だった。
 「おーぃ、ジジィー!
 そっちの新聞、まとめたさ?!」
 日々世界中から送られてくる日刊新聞は、数日放っておくだけで部屋を埋め尽くしてしまう。
 部屋の外へ雪崩れる前に掃除しろと、今日も清掃班班長に叱られたブックマン師弟は、既に確認した新聞を紐でくくっていた。
 世界中から集まる膨大な情報・・・。
 しかしそれらは既に、二人の脳内に収まり、雑然とした部屋とは逆に、整然とファイルされていた。
 「紙というものは、かさばって面倒なもんじゃな。
 情報のみ入手できればよいものを」
 ぶつぶつとぼやきながら新聞紙をまとめる師に、ラビは肩をすくめる。
 「わざわざ現地に行かなくても、新聞を取り寄せればあらかたの情報は入るから便利だっつったの、ジジィじゃんか!
 そんで俺はいっつも、班長に怒られながら大量の紙くずの片づけしてんさ!
 俺、これでだいぶ筋力ついちまったから!」
 ぶつぶつとぼやく弟子に、ブックマンはフン、と、鼻を鳴らした。
 「訓練嫌いのお前にはちょうどいいトレーニングじゃ。
 その程度でぴぃぴぃ言うとるようでは、いつまでも神田に勝てぬぞ」
 発破をかける師に、しかし、ラビはため息と共に肩をすくめる。
 「ユウちゃんは人間じゃねぇもん・・・」
 無理、と手を振った瞬間、ラビはブックマンのパンダクロウに吹っ飛ばされた。
 「いっ・・・痛いさっ!!
 ナニすんさ可愛い弟子にっ!!」
 紅い髪を自らの血で更に紅く染めたラビが泣き声をあげる。
 が、厳しい師は禍々しく光る爪を掲げ、ぎろりと睨み返した。
 「初っ端から諦めておるようなヘタレ、私の弟子ではない!」
 「ちっ・・・違うさ!
 初っ端から諦めたんじゃなくて、何回かやってみて、その度にボロボロにされた経験から導き出された結果さ!!」
 慌てて言い訳したラビを、更に爪が襲う。
 「阿呆!!
 そんなに弱くて私の跡を継げると思うてか!!」
 「・・・継ぐ前にジジィに殺される、に1票・・・・・・」
 がく、と、首を落として血の泥濘に沈んだ弟子に、ブックマンは鼻を鳴らした。
 「まったく、情けない弟子じゃ!
 なんでこんなのを後継者に選んだもんかのう!!」
 ぶつぶつとこぼしつつ、束ねた新聞紙を弟子の側に置き、零れた血を吸わせる。
 「床掃除までせねばならんわ!
 手間をかけさせおって!!」
 ・・・はたから見れば、恣意的とも取られかねないことを言いながら、ブックマンは不要な新聞を次々に束ねて行った。
 と、その間からばさりと、報告書らしき黒いファイルが落ちる。
 「この馬鹿者・・・科学班から借りた報告書を返し忘れておったか!」
 忌々しげに舌打ちし、倒れた弟子を踏みつけると、『ぷぎゃっ』と鳴いた。
 「はよ起きんか!」
 教団との『契約』により、彼らは内部情報の閲覧を許された立場にはあるが、それを紛失したとなれば後々問題になる。
 厳しく説教してやろうと思ったが、ブックマンの度重なる折檻に、ラビは完全に目を回していた。
 「なんとか弱い・・・!
 こんなことでは、戦場を渡っていけんぞい!」
 ふんっと鼻を鳴らし、ブックマンは手にした黒いファイルをめくる。
 と、それは報告書ではなく、2年前、彼らがこの教団に来た直後の、ある事件をまとめたものだった・・・。


 ―――― よく言えば素直。悪く言えば単純。
 ブックマンの後継者として十分な実力を持ちながら、Jr.のその気質には、昔から不安を抱かざるを得なかった。
 何しろブックマンの知る限り・・・と言うことは確実に、Jr.は彼に反抗したことがない。
 はたから見ればじゃれあっているようにしか見えない、些細ないざこざはいつものことだが、彼が本気でブックマンに逆らったことは一度もなかった。
 彼の言いつけをただ守り、膨大な情報を脳内に収めて行く姿勢は、非の打ち所のないものではあったが、あまりにも素直すぎると逆に不安になる。
 この教団に潜入すると決めた時も、自ら武器を持って陣営の一方に与すると知らせた時も、何も聞かず、彼はただついて来た。
 従順で理想的な後継者――――・・・。
 しかし、幼い頃からいくつもの戦場を渡るうち、彼の脳裏にはいくつもの悲惨な場面がこびりつき、決して消えない記憶は彼の心を侵食していった。
 『言葉』だけでは表せない『記録』。
 それは彼から真物(ほんもの)の表情を奪い、いつしか人々の営みを見下すようにもなっていた。
 作り物の笑顔で、しかし、順応することに長けた彼はこの教団にもすんなりと受け入れられ、中心へと食い込んでいく。
 その様を横目で見守っていたブックマンは・・・深々と吐息した。
 「まだまだじゃな・・・」
 頭はいいくせに活かし方を知らない弟子は、今日もまた、空気を読まずに本部室長の妹とつるんでいる。
 彼女の兄が殺しそうな目で睨んでいることにも、彼の部下達が不安げな顔で見つめていることにも・・・この張り詰めた空気自体に気づいていなかった。
 「まずいな・・・」
 戦渦に巻き込まれてのことであればともかく、こんなことで貴重な後継者に命を落としてもらっては困る。
 そう思い、ブックマンは本部室長にわざわざ請うて、他国での任務を引き受けた。


 「兄さんったら!!」
 ブックマン師弟が任務で外国に行ってしまったと聞いたリナリーは、憤然と兄に詰め寄った。
 「なんで行かせちゃったんだよ!
 エクソシストは他にもいるでしょぉっ?!」
 リナリーがデスクをバンバンと叩き、その振動で今にも雪崩を起こしそうな書類の山を、コムイは恐々と見あげる。
 「ボ・・・ボクが行けって言ったんじゃないよぅ・・・!
 ブックマンが、ちょっと調べたいこともあるし、ちょうどいいからデンマークに行かせろって言うから・・・」
 「せっかくお誕生会企画してたのに、5日におじいちゃんがいなかったら台無しじゃない!!」
 イライラとリナリーが睨んだ先では、カレンダーが8月4日を示していた。
 「現地に行くだけで、5日なんかとっくに過ぎちゃうよ!!
 もう!今から引き戻せないの?!」
 「無茶言うな」
 背後からかけられた声に、リナリーは兄の胸倉を掴んだまま、ぎくりと顔を強張らせる。
 「もう行かせちまったもんは仕方ねぇだろ。
 帰って来た時に、任務完了祝いと兼ねな」
 「班長・・・でもぉ・・・・・・」
 科学班で唯一逆らえないリーバーを、リナリーは恐々と振り返った。
 しかし、リナリーの必殺の上目遣いにも負けないリーバーは、冷厳に首を振る。
 「今更お願いしたって無駄だ。
 今頃はもう、船の上だろうからな。
 それよりリナリー、今すぐ兄貴を放して、積み上げられた書類に判を押させろ。
 さもなきゃ摘み出すぜ?」
 「・・・わかったよ」
 頬袋があるのかと思うほどに頬を膨らませたリナリーが、憤然と兄に向き直った。
 「さぁ兄さん!
 お仕事終わらせるよ!」
 「え・・・リ・・・リナリー、なんか怖い顔・・・」
 怯える兄を、リナリーはキッと睨みつける。
 「ブックマン達を任務に行かせちゃったお仕置きだもん!
 絶対、サボらせないんだから!!」
 「そんなぁー・・・!!」
 えぐえぐと泣き声をあげるコムイと、そんな彼にせっせと仕事を運ぶリナリーの姿に一人、リーバーがほくそ笑んだ。


 一方、任務に連れ出されたJr.・・・今は『ラビ』は、大陸に向かう船の上で、ぼんやりと海を眺めていた。
 「ジジィ、なんかあったんさ?
 急にあの城から連れ出してさ」
 海面に跳ねた魚の名を、分類名から思い出しつつ問えば、傍らで新聞を広げていた師は煙草をくゆらせながら頷く。
 「本気で気づいておらんのなら言っておくが、お前、室長殿に殺される所だったぞ」
 「へっ?!なんでさ?!」
 「リナ嬢じゃよ」
 本当に気づいてなかったのか、と、ブックマンは呆れ声をあげた。
 「少々観察しただけでも、室長殿の妹に対する執着は並外れておる。
 なのにお前は空気も読まずについてまわりおって・・・彼の部下達が恐々としておったのに気づかなかったのか?」
 「あぁ・・・。
 なんかあいつら、いっつも顔引き攣らせてんなぁとは思ってたケド・・・・・・」
 気まずげに眉根を寄せたラビに、ブックマンは鼻を鳴らした。
 「全く・・・呆れた未熟者だの、お前は!
 こんなことで命を粗末にするでないわ!」
 「ぅえっ?!
 そんな危機だったんさ?!」
 「殺気くらい気づけっ!!」
 鋭い爪の一撃を受け、ラビは血の尾を引きながら宙に舞う。
 「なにがあっても生きて帰る!
 それがブックマンの第一条件じゃ!覚えとけっ!!」
 「・・・俺いつか・・・ジジィに殺されるさ・・・・・・!」
 最期に呟き、がくっと首を落としたラビは、自らの血の池に沈んで行った。


 船上のブックマン師弟が、そろそろ大陸に着くかという頃。
 一週間もの間眠らず、激しい戦闘を繰り返してようやくアクマの手からイノセンスを奪取し、教団に帰りついた神田の寝込みを襲ったのは、残酷さではアクマ以上のワガママだった。
 「こうなったら仕方ないよ・・・!
 おじいちゃんは諦めて、ラビのお誕生会で一緒にお祝いしよ?!」
 苛立ちまぎれにコムイへ『お仕置き』し、業務のほとんどを無理矢理終わらせたリナリーの襲撃を、神田はベッドに潜って無視する。
 「ねーえー!!!!」
 ゆさゆさと揺さぶられ、耳元で怒鳴られ続けた神田のこめかみが引きつった。
 「いい加減にしろテメェ!!
 俺はついさっき任務から帰ったばっかなんだよ!寝かせろィッ!!」
 話も聞かずに怒鳴られ、リナリーが頬を膨らませる。
 「いいよ、寝れば?」
 「さっさと出てけよっ?!」
 憤然と言うや、改めてベッドに潜った神田の隣に、リナリーも寝転んだ。
 ・・・冷涼とは言え、夏真っ盛りの8月。
 しかも、身体が資本のエクソシスト二人は当然、体温も高かった。
 相乗効果で、寝苦しさはあっという間に限界点に達する。
 「てめぇは一体なにがしたいんだっ!!」
 ぴったりと寄り添ったリナリーを跳ね除けると、ワガママ娘はにこりと笑った。
 「ユウお姉ちゃまとお昼寝v ・・・きゃっ!!」
 「いい加減にしろ叩っ斬るぞ・・・!」
 ベッドから蹴り出された上、怨念のこもった顔で睨まれたリナリーが、また頬を膨らませる。
 「なんだよー・・・!
 リナリーの言うこと聞いてくれたら、いつまでも寝かせてあげるのに!」
 「それは俺の睡眠不足を解消してからじゃいけねぇのかよ!」
 くっきりとクマの浮いた目で迫ると、リナリーはあっさりと頷いた。
 「だって神田、一週間寝てないんなら、一週間寝ちゃうでしょ?
 そしたらラビのお誕生日に間に合わないんだよ!」
 「俺を即身仏にする気か!!一週間も寝ねェよ!!」
 「ホントに?
 じゃあ、明日になったら起きる?!」
 キラキラと目を輝かせるリナリーの前で、寝不足のあまり痛む頭を抱えた神田がうな垂れる。
 「多分な・・・」
 「じゃあ、起きたらすぐに教えてね?!絶対だよ?!じゃないと・・・」
 「なんだよ!」
 不吉な気配を感じて問えば、リナリーはにんまりと笑った。
 「添い寝しに来てあ・げ・るv
 「・・・・・・・・・」
 ついさっきの寝苦しさを思い出し、神田が言葉を失う。
 「じゃあ、待ってるねv おやすみv
 固まってしまった神田にクスクスと笑声をあげ、リナリーは軽やかな足取りで彼の部屋を出た。
 「じゃあ後は・・・誰を仲間に引き入れちゃおうか♪」
 兄や科学班のメンバー、それにジェリーには既に、話を通してある。
 「入団して初めてのお誕生会だものv 盛大にしなくちゃねv
 楽しげに笑いながら、リナリーは長い廊下を渡った。


 翌日、
 「・・・そっか、デンマークって、島ばっかりなんだっけか」
 現在地から目的地までのルートを地図で確認しつつ、ラビが呟く。
 「こっからフュン島に渡ってオーゼンセ・・・って、アンデルセンの生まれたトコさね。
 古い町にはやっぱ、色んな奇怪があるってことかね」
 最新の時刻表を一瞬で頭に入れ、最も早いルートを割り出そうとするラビの独り言に、ブックマンは鼻を鳴らした。
 「任務はオーゼンセだが、さっさと終わらせてノルウェーに行くぞ。
 そちらのルートも調べておけ」
 「いいけど・・・なんでさ?」
 早速脳内の時刻表を検索しつつ問えば、ブックマンは読み終えた新聞をゴミ箱に放る。
 「フィヨルドの観察をさせてやろう」
 「え?!マジで?!」
 喜色を浮かべたラビに、ブックマンは軽く頷いた。
 「オーゼンセにもフィヨルドはあるが、ノルウェーのものは規模が違う。
 まずはオーゼンセを観察した後、ノルウェーに渡って双方のフィヨルドの違いを検証してみろ」
 誕生日プレゼント代わりだ、と言う師に、ラビはますます嬉しそうな顔をする。
 「さんきゅージジィv
 すっげ面白そうさーv
 歓声をあげ、ラビは停車中の列車を指した。
 「じゃあ、早いとこ行くさ!
 あの列車が一番早いさね!」
 「あぁ・・・」
 頷いて、ブックマンはじろりとラビを見遣る。
 「あれはロラン島側を回って行く列車ではないか。
 一番早いと言う予測に間違いはないだろうな?」
 厳しい眼光に、しかし、ラビは平然と頷いた。
 「あれが一番早いんさv 天候と外交の関係で★」
 「ふん・・・」
 優秀な答えに、ブックマンは笑みを漏らす。
 「では、ノルウェーに行く際は・・・」
 「もちろん、スウェーデンを通って行くさね!
 教団の紋章があれば、デンマークから直で行っても別に不自由はないんだろうけど、すんなり行けるルートがあんならそっち行った方がいいさ」
 得意げに胸を張った弟子に頷き、ブックマンは先に立った。
 「合格だ。
 もうルート検索はお前に任せてよいな」
 「ホントさ?!」
 歓声をあげてついてくるラビに、ブックマンは頷く。
 「じゃあ俺、オーゼンセの記録、一人でやってい?!」
 興奮気味に声をあげた瞬間、ブックマンの身体がひらりと宙を舞った。
 「調子に乗るでないわ未熟者っ!!」
 鋭い飛び蹴りを受けて、ラビが吹っ飛ぶ。
 「クソジジィ・・・!
 そろそろ俺がやったっていいじゃんさ・・・!」
 頭からだくだくと血を流してぼやくラビに、ブックマンが鼻を鳴らした。
 「お前のような未熟者に記録を任せては、とんだ偽書が出来上がると言うものだ!
 記録を任されたくば、まずは主観のない目を持て!!」
 「う・・・」
 反論できず、黙り込んだラビに、ブックマンはまた鼻を鳴らす。
 「まだまだじゃな、小童!!」
 「・・・・・・・・・うるせーさ」
 悔し涙を拭って、ラビはよろよろと立ち上がった。


 「ブックマン達、今日中に帰ってくるのは確実に無理だわねぇ・・・・・・」
 厨房にいながら、教団の全情報に通じるジェリーは、そう言って食材の注文票を書き換えた。
 「ラビのお誕生日は10日だったかしら?
 10日ねぇ・・・。
 すんなり任務終了して、すぐに戻ってくれば間に合うんだけどねぇ・・・・・・」
 うーん・・・と、ペンを迷わせるジェリーを、リナリーも悩ましげに見つめる。
 「サプライズ・パーティにしようと思って、ブックマン達には何も言ってないの・・・。
 何か、早く帰って来たくなるような言い訳ないかなぁ?」
 「んー・・・・・・。
 悪いケド、アタシは思いつかないわねぇ・・・・・・。
 そう言うのはお兄ちゃんにお願いしなさいよ」
 「それが・・・兄さんったら、『ラビが帰ってこないのはいいことじゃないか』なんて言い出しちゃって・・・・・・」
 なんでだろ、と、首を傾げるリナリーに、ジェリーは肩をすくめた。
 「アンタ達、最近やたらとつるんでたもんねぇ。
 そりゃあお兄ちゃんから見れば、忌々しかったでしょ」
 軽やかな笑声をあげて、ジェリーは10日の注文票にも、いつもと同じ数量を書き込む。
 「えぇっ?!なんで?!パーティしないのっ?!」
 リナリーがジェリーの腕にしがみついて大声をあげると、額を軽く叩かれた。
 「いつも頼んでるトコだから、急な入用の時もちゃんと対応してくれるの。
 パーティの準備はアタシの方が得意なんだから、アンタは黙って任せなさいよ」
 「はぁい・・・」
 不承不承頷いて、リナリーはくるりと踵を返す。
 「じゃあ、お部屋セッティング要員に神田起こしてくる!」
 「えっ?!あの子ずっと寝てないって・・・コラ!リナリー!!」
 あっという間に見えなくなったリナリーに、ジェリーはため息をこぼして神田の無事を祈った。
 が、
 「お姉様おっはよー!!」
 アクマよりも残酷な神の使徒は、雄叫びと共に部屋に飛び込み、ボディアタックを決める。
 殺気であれば気づいて避けた神田もこれには敵わず、ベッドの中で無残に潰された。
 「あれ?お姉様?」
 「・・・・・・ッてめぇは俺をジャムにする気か!!!!」
 常人であれば圧迫死していただろう衝撃をなんとか耐えた神田が、怒号をあげつつ起き上がる。
 「おはよーユウ姉さ・・・ぷぎっ!!」
 「くだらねぇこと言う口は引き裂くぞ」
 剣呑な光を目に宿し、神田はリナリーの両頬を引き伸ばした。
 「ひゃんっ!!ひゃめへえええ!!!!」
 なんとか神田の手から逃れようと抵抗するが、それを許す彼ではない。
 「俺を殺す気なら、そのつもりで対処すんぜ?」
 殺気漲る脅しに、リナリーは涙目になった。
 「ぎょめんにゃひゃい!もうひない!!」
 「絶対か?」
 更にぎゅううと引き伸ばされて、リナリーが慌てる。
 「うんっ!!れったい!!」
 涙で滲む凶悪面に向かって言うと、ようやく放してもらえた。
 「ふえ・・・!
 本気でやんなくていいじゃないかぁ・・・!」
 「手控えると調子に乗んだろ、てめぇは!」
 真っ赤になった頬をさするリナリーを、神田は冷厳に見遣る。
 「ったく・・・目ェ覚めちまっただろうが!」
 未だ睡眠不足解消には程遠い状態で頭を抱えた神田を、早くも立ち直ったリナリーが揺すった。
 「だったら好都合じゃない!
 ねーえぇー!パーティの準備手伝ってぇー!!」
 「・・・・・・久しぶりにお前に殺意を覚えたぞ」
 「え?!
 前にも感じたことがあるの?!」
 大きな目をまん丸に開いたリナリーに、神田はあっさりと頷く。
 「お前がぴぃぴぃ泣きついてきた時はいつも、崖下に捨ててやろうと思ってた」
 「ひどい!!
 いたいけな妹なのに!!」
 「自分で言うな」
 うんざりと言いつつ、神田はリナリーを押しのけた。
 「で?
 何をやっちまえば俺は寝かせてもらえんだ?」
 彼らしくもなく、一切の抵抗を諦めた口調で問えば、リナリーはぴょこんっと手をあげる。
 「パーティ会場の飾りつけやろ!
 リース作ったり、お祝いボード作ったりv
 「めんどくせ・・・」
 「だって、ブックマン達がここに来て最初のお誕生会だもんっ!
 盛大にやるんだよ!」
 ぐいぐいと腕を引っ張るリナリーを、神田はまた押しのけた。
 「着替えっから出てろ」
 「だって、神田寝ちゃったり逃げちゃったりしない?!」
 「コムイじゃあるまいし、そんなみっともねェ真似するか!」
 きっぱりと言われて、リナリーは大きく頷く。
 「じゃあ、先に食堂に行ってるからね!すぐ来てね!!」
 「あぁ・・・」
 思いっきり舌打ちして、神田は不承不承頷いた。


 教団でそんな企画が進行中だとは知らないブックマン達は、島の古都でファインダーと合流した。
 「やほーv ごくろーさん♪」
 ブックマンJr.の暢気な口調に、ファインダーは緊張に強張らせていた顔をやや和ませる。
 しかし、
 「状況は?」
 と言う、ブックマンの問いに、再び表情を引き締めた。
 「非常に逼迫しています。
 今は結界装置で守っていますが、それもいつまでもつものか・・・」
 「わかった。至急、回収する」
 眉根をひそめたファインダーにあっさりと言い、ブックマンはラビを見上げる。
 「ほれ、行って来い」
 「行って来いって・・・俺は犬か!」
 きゃんきゃんと吠える弟子にブックマンは歯を剥いた。
 「ここでの記録を一人でやりたいと言うたのはお前じゃろうが!」
 「へ?!記録していいんさ?!」
 意外そうに問えば、あっさりと首を横に振る。
 「それは任せられんが、斥候くらいはして来い」
 「ジジィ・・・!
 マジで俺を死なせる気さ・・・!」
 「死なん程度に気張って来い」
 忌々しげな声を柳に風と聞き流した師に、ラビが泣き声をあげた。
 「チックショー!
 行ってくりゃあいいんさ!
 ここで死んだら一生呪ってやるさぁぁぁぁ!!!!」
 叫びながら駆け去ったラビの背を、ファインダーが呆気に取られて見送る。
 「・・・さすがブックマンの一族。
 死んでも一生呪えるんですか」
 「そっちか!」
 ファインダーの見当違いな言い様に、ブックマンが舌打ちすると、彼は慌てて手を振った。
 「すっ・・・すみません、でも・・・」
 彼らなら出来そうだ、と、呟く彼に、ブックマンは肩をすくめる。
 「んなワケなかろう。
 基本的な英語を使い間違えおって、後で仕置きせねばならんな」
 呆れ口調のブックマンに、ファインダーは苦笑して一礼した。
 「では、Jr.の案内に参ります」
 「うむ。よろしく頼む」
 軽く頷き、ファインダーを見送ったブックマンも踵を返す。
 「さて・・・一人でどこまでやれるもんかの」
 突き放したような行動に対し、その口調はどこかいたずらな期待に満ちていた。


 「・・・あんのジジィ、ぜってー俺を殺す気さ!」
 オーゼンセの町を川に向かって走りながら、ラビがぼやく。
 「でも負けないわ、アタシ!
 だって、オトコノコだもんっ!」
 「あのっ・・・負けないのはいいのですがっ・・・!!」
 ラビの気色悪い独白に、追いかけて来たファインダーが律儀に声をかけた。
 「そっちじゃありませんっ!」
 「なっ?!
 じゃあどこさっ?!」
 ラビが急停止すると、ファインダーは別方向を指差す。
 「今、他のファインダー達が押し留めてますから、早く・・・!」
 「わ・・・わかってるさね!」
 このことを知られては、また師に折檻を食らうと蒼褪めたラビが、ホルダーから槌を引き抜いた。
 「一緒に来るさ?!」
 「遠慮しますっ!!」
 思いっきり拒否されて、頬を膨らませたラビは槌を伸ばして先行する。
 「・・・あれ?
 そういやジジィ、斥候代わりっつってなかったっけか?」
 眉根を寄せて背後を見れば、同行を拒否したファインダーが手を振って自分を見送り、更に蒼褪めて前方を見遣れば、結界装置を前に攻めあぐねていたアクマ達が彼を待ち構えていた。
 「ジジィ!!後で殴るッ!!!!」
 叫びを上げながら、止まろうにも止まれないラビは勢いよくアクマの群れの中へと突っ込んでいく。
 「レベル1だよな、お前らっ?!
 2だと涙が出ちゃうッ!!
 オトコノコだけどっ!」
 埒もないことを喚きつつ降って来たエクソシストを、ファインダー達は唖然と見つめた。


 一方、戦闘を弟子に任せたブックマンは、一人、大聖堂へと向かった。
 中世には多くの巡礼者も訪れた古い教会は、今、ファインダー達が避難勧告を出したために、誰もいない。
 しんと静まり返った聖堂内を、ブックマンは一人、奥へと進んだ。
 祭壇の前に立つと、金箔の施された数々の美しい像が彼を迎える。
 「失礼する」
 宗教を持たぬ彼だが、この教会に祀られた神と聖人、そして人々の祈りに敬意を表し、深々と一礼した。
 「私はブックマンと申す。
 今はヴァチカンの軍に所属する者だが、本来は宗教を持たぬ身。
 しかしこの教会をアクマの破壊から守るため、ご無礼の段、なにとぞお許し願いたい」
 そこに人の耳はなく、彼の声を聞く者がいるとすれば、祭壇に祀られる神と聖人のみだが、ブックマンは構わず慇懃に語りかける。
 と、祭壇に飾られた、多くの像の中の一体が、微かに頷いたように見えた。
 次の瞬間、明らかにそれは動き出し、滑らかな動きでイノセンスを乗せた手を差し伸べる。
 「感謝する」
 再び深く一礼し、恭しく受け取った彼に、像はゆったりと頷き・・・そのまま、動かなくなった。
 「奇跡はここに終わる、か・・・」
 しかし、未だこの場に残る神聖な気配に、ブックマンはもう一度一礼する。
 「このイノセンスは、私が責任を持ってお守りしよう」
 ・・・否、と、ブックマンは口の端を曲げた。
 「私達、が」
 言い換えて、ブックマンは踵を返す。
 誰もいない聖堂を去る老人の背を、多くの像の瞳が見送った。


 「早く片してくださいよ、Jr.!レベル1でしょーがッ!」
 「うっさいさ外野ー!!
 エクソシストったって俺、まだ新人君さねっ!!」
 ファインダー達の苦情に泣き声を返しながら、ラビは槌を振り回す。
 それである程度は破壊できるものの、殲滅には程遠い状況に、ファインダー達は舌打ちした。
 「なんか必殺技とかないのか、アンタ!」
 「やってもいいケド、こんなトコでぶちかましたらあんたらまで火だるまさっ!!」
 それでもいいのか、と言ってやると、あろうことかファインダー達は、結界装置を放って逃げ出す。
 「なにやってんさ、あんたら?!
 俺置いてどこ行くんさ?!」
 ラビの涙声に、ある程度離れたファインダー達が大声をあげた。
 「実はここに、イノセンスはないんだ!」
 「ブックマンからの極秘連絡で、俺らがイノセンス持って逃げた振りしろって言われたんです!」
 「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ?!」
 目を剥いて悲鳴をあげるラビに向かい、ファインダー達が肩をすくめる。
 「ブックマンの教育方針って、すげーな!」
 「まさにスパルタ!」
 思わず笑ってしまった彼らの言葉に、ラビのこめかみが引きつった。
 「クソジジィ・・・!」
 低く呟き、ラビは槌を持ち直す。
 「ざっけんじゃねぇさ!!
 劫火灰燼っ!!火判っっ!!!!」
 ヒステリックな声と共に炎の蛇が沸き出し、彼に群がるアクマを飲み込んでいった。
 「もぉ怒ったさ!!
 残った奴!逃げんじゃないさねっ!!」
 殲滅する、と、再び振り回した槌が『天』の文字を捉える。
 「雷霆回天っ!!天判っっ!!!!」
 ほとんど絶叫しつつ技を繰り出したラビの前に、焼き尽くされ、破壊されたアクマの残骸が降り注いだ。
 「おぉー!!」
 「やればできるじゃん!」
 ファインダー達の歓声と拍手を、しかし、ラビは睨んでやめさせる。
 「ジジィに苦情申し立ててくれるさ!!」
 憤然として、ラビはブックマンと別れた場所へと駆け戻っていった。


 「クッソジジ――――!!!!」
 絶叫しつつ戻って来たラビを、ブックマンはのんびりと葉巻をくゆらしつつ迎えた。
 「おう、どうじゃった?」
 「どうじゃった、じゃねーさ!!
 なんで俺だけアクマと合流で、ジジィは暢気にケムリふかしてんさ!!」
 石炭のように赤くなって、今にも蒸気を上げそうな弟子に、ブックマンは肩をすくめる。
 「年を取ると、どうにも戦闘が億劫での」
 「ってことはなにさ?!
 俺に戦らせといて、自分はいいトコ取りだったんさ?!」
 「ふん・・・さすがに察しはいいの。ホレ」
 差し出されたブックマンの手に乗ったイノセンスを睨み、ラビは忌々しげに舌打ちした。
 「ムカつくさ!!ちょーぜつムカつくさ!!!!」
 「ぎゃあぎゃあ喚くでないわ、うるさいのう」
 深々と紫煙を吐き、ブックマンはゆったりとした動作で灰を落とす。
 「大体、この程度の策にはめられる方が悪い」
 「まさかジジィにはめられるなんて思わんさねっ!!」
 のんびりとした口調でとんでもないことをぬかされて、ラビが更に激昂した。
 と、ブックマンはイノセンスをラビに押しつけ、踵を返す。
 「何事も信用するな。
 確実と思っても疑ってかかれ。
 真実は容易には目に見えぬものじゃ」
 「え・・・」
 早い口調での教えに、ラビが目を丸くする間にも、ブックマンは一人先に進んで行った。
 「あ!
 待ってさ、ジジィ!!」
 慌てて追いかけると、ブックマンは振り返りもせず、早口に続ける。
 「物の真贋はともかく、情報の真贋は見分けにくい。
 それは、誰もが自分の目に見えることこそ真実と思い込むため。
 記憶は容易に改竄され、真実は容易に覆る。
 第三者の目で見ろと、常に言うてはおるが、お前はもう、ただ情報を溜めておくだけの段階は過ぎた。
 今後は真贋を見極める訓練をせい。
 そのためには・・・」
 「疑え・・・ってさ?」
 「そうだ」
 ブックマンは唐突に足を止め、続くラビを振り返った。
 「私が教団に与した理由の一つはそのため。
 アクマは人に化け、人に混じり、我らを害そうと狙っている。
 ならば常に疑い、真実を見極めなければならぬ。
 単純で疑いを知らぬお前が、真実を見る目を養うにはよい場所じゃ」
 「た・・・単純って・・・」
 「その通りじゃろうが!」
 今まさに、はめられたばかりのラビは、二の句が継げずに黙り込む。
 「常に感覚を研ぎ澄ませろ。
 文字にならぬ記録、文に出来ぬ記録を、お前の脳に刻み込むのだ。
 膨大な情報の真贋を見極めるには、己の感情を棄てねばならん」
 「ん・・・」
 師の言葉に表情を引き締め、ラビは深く頷いた。
 「ブックマンに、心は要らねぇってことさね・・・」
 「そうだ」
 頷いて、ブックマンは手にした葉巻を投げ捨てる。
 「無理に押し潰す必要はない。
 心が自然に消え去った時・・・その時こそ、お前が真に私の跡を継ぐ時だ」
 呼気を失い、地に転がった葉巻は、ブックマンの言葉を待たずして火を消した・・・・・・。


 「本当に一日で片付きましたね・・・」
 この地の調査に当たっていたファインダーのリーダーは、驚いた様子で小柄な老人を見下ろした。
 「ご連絡を受けたときは不安でしたが・・・さすがです、ブックマン。
 その・・・Jr.にはハラハラしたと、部下から聞きましたけど」
 苦笑した彼に、ラビは口を尖らせる。
 「だって、一人でアクマん中に放り込まれるなんて、思ってもみなかったんだもんさー!」
 「おかげでいい勉強になった」
 にやりと口の端を曲げ、ブックマンはラビに顎をしゃくった。
 「へいへい。
 んじゃーこれ、本部に護送ヨロシクー」
 「は・・・?
 いえ!これはエクソシストが持ち帰るべきものです!」
 目を見開く彼に、ブックマンは眉根を寄せる。
 「我らはこれよりノルウェーに入る。
 こやつに持たせておくと、フィヨルドの海に沈むことになるやもしれんぞ?」
 「んなっ?!
 ファインダーに預けるって、そんな理由だったんさ?!
 なんで俺、そんな信用ねぇの?!」
 きゃんきゃんと喚くラビを、ブックマンは耳を塞いで無視した。
 が、
 「それは・・・困ります、ブックマン」
 ファインダー達の困り顔に、彼は改めて向き直る。
 「なぜだ?」
 「もし、護送中をアクマに襲われた場合、俺たちではこれを守りきれません。
 ですからイノセンスを回収したエクソシストが本部へ持ち帰るのが、教団の規則なんです」
 そう言って返されたイノセンスを受け取り、ブックマンは吐息を漏らした。
 「では仕方ないの。
 持って行くとするか・・・」
 遠回りになるが、と、嫌々懐にしまおうとしたブックマンの手を、ラビが止める。
 「ジジィ!それ、そんなとこ入れて、落としたら大変さ!
 いいもんやるから、それ使うさね!」
 言うやラビは、にんまりと笑みを浮かべた。
 「なんじゃ?」
 「今日、ジジィの誕生日だろ?
 だからこの日のために俺・・・」
 早口にまくし立てつつラビは、ファインダーに預けていた自分の荷物を漁り、かわいらしくラッピングされた袋を取り出す。
 「ちゃんとプレゼント用意してたんさ!
 さぁジジィ!!ハッピーバースデー・トゥ・ユー!!」
 「え?!そうなんすか?!」
 「そりゃおめでとうございます、ブックマン!!」
 ファインダー達からも拍手が沸き、やや照れた風なブックマンは、ラビに押し付けられたプレゼントを受け取った。
 「さぁさ開けてさ!
 きっと、イノセンス持ち運ぶんに便利だと思うさね!!」
 自信満々の言い様を、やや訝しくは思ったものの、ファインダー達にまでせかされて、ブックマンはリボンを解く。
 と、
 「・・・・・・パンダのぬいぐるみ」
 一抱えはある大熊猫の人形が、つぶらな瞳で彼を見返していた。
 「なんじゃこりゃっ!!」
 「ただのぬいぐるみじゃないさね!!」
 ブックマンの問いの意味をわざと履き違え、得意げに鼻を鳴らしたラビは、パンダの腹部を指す。
 「ここ!!袋になってんさ!
 そんでーv
 膨らんだ腹の真ん中を通るファスナーを開くと、中から二本の幅広い紐が出てきた。
 「これで背負えるようになってんさ!」
 「つまり、パンダリュック!」
 ポン、と手を叩いたファインダーに、ラビが大きく頷く。
 「この腹にイノセンス入れてジジィが背負っときゃ、誰も貴重品が入ってるなんて思わんさね!」
 「確かに、一見お茶目な老人にしか・・・あ!すみません!!」
 ブックマンにじろりと睨まれて、失言のファインダーが口を覆った。
 「なんで私がこんなアホな真似をせねばならんのじゃい!!」
 「これもイノセンスを、無事に本部へ運ぶためさーv
 けらけらと楽しげな笑声をあげて、ラビは腹部にイノセンスを納めたパンダリュックを、ブックマンに背負わせる。
 「ぎゃはははははは!!
 すっげジジィ!!超似合ってるさ!!」
 大笑いするラビの周りで、ファインダー達も必死に笑いを堪えていた。
 ・・・次の瞬間。
 「へぶっ!!」
 「ぎゃわっ!!」
 「ごふっ!!」
 「ぐへっ!!」
 ブックマンの爪が華麗に舞い、無礼な小僧共を地に沈めた。
 「くだらんことで笑うでないわ、小童ども!!」
 怒鳴ったが、ふと、背中に密着して離れない感触に気づき、ブックマンは感嘆の吐息を漏らす。
 「ふむ・・・私の動きについてくるとは、おぬし中々やるの」
 「ついて来たんじゃなくて・・・!」
 「あんたが背負ってんさね・・・!」
 ファインダーとラビのツッコミには耳を貸さず、ブックマンは背に負ったぬいぐるみの尻を、赤子を背負った時のように軽く叩いてやった。
 「よしよし、愛い奴だ。
 馬鹿弟子より随分と良い」
 「誰が馬鹿弟子さっ!!」
 聞き捨てならない言葉を吐いたブックマンに猛然と抗議するも、聞く彼ではない。
 「では、イノセンスは確かに回収した。
 私達は少々、回り道して帰るゆえ、本部への連絡を頼む」
 「はい!承知しました!」
 切り裂かれた傷口から血をだくだくと流しつつも、背筋を伸ばして答えたファインダー達に頷き、パンダリュックを背負ったブックマンは機嫌よく踵を返す。
 その後にラビも続き・・・彼らが教団本部に戻ったのは、それから10日も後のことだった。


 「一体なにしてたんだよ!!!!」
 本部に戻るや、迎えに出たリナリーの第一声に、ブックマン師弟は気まずげな顔を見合わせた。
 「うむ・・・確かに、回収したイノセンスをいつまでも持ち歩いてすまなんだが・・・」
 「フィヨルド探検が思った以上におもしろくってさーv
 うっかり何日も滞在・・・」
 「せっかく準備してたのにぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
 リナリーの怒りの鉄拳が、ラビの顎を正確に捉え、彼女より大きな彼を軽々と宙に舞わせる。
 「もうっ!!
 あんまり帰ってこないから、神田が盆休み取って実家に帰っちゃったよ!!」
 「ぼ・・・盆って、なにさ・・・?」
 割れた頭からだくだくと血を流しつつも、好奇心に駆られたラビが問うが、ご機嫌急勾配のリナリーはつんっとそっぽを向いた。
 「知らないっ!!」
 「盆は欧州のハロウィンと似たような風習だ。
 先祖の霊を祀り、供養する行事じゃの」
 教えない、と決めたことをあっさりと答えられ、リナリーの頬がますます膨らむ。
 「やれやれ・・・リナ嬢を怒らせてしまったかの」
 苦笑しつつ、ブックマンは背負っていたパンダリュックを肩から下ろした。
 「な・・・なにそれ・・・!」
 つぶらな瞳に見つめられ、和みそうになる怒気を、リナリーは必死に引き止める。
 が、そんな彼女の心情をあっさりと察したブックマンは、その腹からイノセンスを取り出して、彼女の掌に乗せた。
 「イノセンスの入れ物じゃよ。
 5日は私の誕生日だったのでな。
 こやつがプレゼントしてくれたのだ」
 戦闘時にも便利だった、と、再び背負ったブックマンに、リナリーは思わず笑ってしまう。
 「うっ・・・わっ・・・私、許したわけじゃないんだからね!」
 慌てて表情を厳しくしたリナリーに、ラビが困り顔を向けた。
 「だから、イノセンス持ち歩いたのは悪かったって・・・」
 「そうじゃないよ!!」
 「じゃあ・・・なんでそんなに怒ってんさ?」
 問われて、リナリーは口を尖らせる。
 「ブックマン達が来て初めてのお誕生日だから、盛大にお祝いしてあげようと思って色々準備してたの!」
 なのに帰ってこなかった、と、また頬を膨らませた彼女に、顔を見合わせた二人は思わず吹き出した。
 「わっ・・・笑わないでよ!!」
 真っ赤になって、また怒るリナリーの頭を、ラビがくしゃくしゃと撫でてやる。
 「だって、可愛いんだもんさ、リナv
 そーかそーか、兄ちゃん帰ってこなくて寂しかったかーv
 「ラビより先に、おじいちゃんだったけど・・・」
 憮然と言うリナリーに、ブックマンも笑みを深めた。
 「それは、せっかくの好意を無駄にしてすまなんだの」
 途端、
 「・・・無駄になんかしないよ?」
 リナリーがにこりと笑う。
 「やるって言ったらやるんだもん♪」
 言うや、リナリーは二人の手を引いて駆け出した。
 「えっ?!
 リナ!!早っ!!」
 俊足の彼女にラビはほとんど引きずられ、小柄なブックマンはもう、両足が浮いている。
 「誕生日は過ぎちゃったけど!」
 食堂前で急停止した彼女が、笑みを深めて二人に向き直った。
 「任務完遂おめでとう!」
 リナリーが素早く二人の背後に回り込み、背を押して食堂に押し込んだ瞬間、目の前でクラッカーが弾ける。
 「おめでとー!!」
 賑やかな声は、この教団を構成する団員達のものだった。
 「ご苦労様でした、ブックマン、ラビv
 神田君は一時帰国しちゃったけど、プレゼントは預かってるからねーんv
 さすがの室長も、この場では和やかに接し・・・てはいたが、素早くリナリーを確保したところを見ると、未だラビへの警戒は解いていないらしい。
 「帰還連絡を受けた後、慌てて準備したもんですから、至らない点もあるかと思いますが、ご容赦を」
 人当たりのいい科学班班長の、やや冗談めかした言葉に、ブックマンは笑みを浮かべて首を振った。
 「歓迎して頂き、感謝する」
 「すっごい嬉しーさv
 一礼した師の傍らで、ラビも嬉しげに笑う。
 「じゃー乾杯しよー!!」
 室長のはしゃいだ声を合図に、全員の手にグラスが渡った。
 「それじゃー新しい仲間の、今後ますますの活躍を祈って!乾杯!!」
 「乾杯!!」
 室長の音頭に一同が唱和し、室内にグラスの触れ合う賑やかな音が満ちる。
 その後も、多くの団員達が入れ代わり立ち代りやって来ては、その度に乾杯がなされ、パーティは深夜まで続いた・・・。


 ・・・・・・その夜の、賑やかな写真をまとめたアルバムだった。
 ブックマンは黒いファイルを閉じると、微笑を浮かべてデスクの上に置く。
 「一期一会じゃの・・・」
 その言葉は彼らにとって、本来の意味とは少々、異なるものだった。
 このパーティの後、部屋に戻ったラビは、いつも以上に表情を消して呟いたものだ。
 『なぁ俺、随分と『楽しそう』な顔、うまくなっただろ?』
 ―――― 人に化け、人に混じり、我らを害そうと狙っているアクマと戦うには、何事も疑ってかかれ。
 『たとえそれが、『仲間』であろうも・・・さ?』
 早速彼の教えを実行した弟子に、ブックマンは満足げに頷いた。
 ―――― よく言えば素直。悪く言えば単純。
 ブックマンの後継者として、十分な実力を持つブックマンJr.。
 その気質には未だ不安が残るものの、ブックマンの跡継ぎとして、彼以上の者はいなかった。
 後はその目が、真贋を見極められるようにさえなれば・・・。
 『ブックマンに、心はいらない・・・』
 「本当にわかっておるのかの、その言葉の意味が・・・」
 夏の陽射しの中、暢気に眠る弟子を見下ろすブックマンの目は、孫を愛でる祖父のように慈愛に満ちて、果てしなく優しかった。



Fin.

 










2009年ブックマンお誕生日SSでした!
どうしてもネタを思いつかなかったので、チャットで参加者の皆さんに協力を仰ぎましたよ!ありがとうございました!!
しかしなんでデンマークとか選んじゃったんだろう、行ったこともないのに;;
行った事もない土地を舞台にする時は、地図と現地住民のHPや写真を眺めて想像を膨らませています。
オーゼンセ(日本語ではオーデンセと表記されることが多い)はデンマーク第3の都市で、最も古い都だそうです。
非常にのどかな土地だそうですが・・・ねぇ?
なんでこんな場所、戦闘の舞台にしたのかなぁ???
何か思うところがあったのかもしれません。>ほぼ北欧5(ヘタリア)のせいだと思うが(笑)
それと、神田さんが盆休みとって実家に帰る、というのは我が家設定ですから(笑)
ありえないってのはもうわかってるんですが、なんかあの人、こういうことは律儀にこなしそうなんで今年も入れておきました(笑)












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