† Voice U †
8月初旬。 盛夏に入ったとは言え、欧州の気候は冷涼で、冬より格段に過ごしやすい。 乾いた風の吹き抜ける中、たまった資料の虫干しや、部屋の片付けをするにはいい時期だった。 「ゥルァ――――・・・!」 完璧な『L』の発音。 どこの国の訛りもない、綺麗なクイーンズイングリッシュだ。 「ヴィィィィィィ!!!!」 まだ完全に『男』にはなりきっていない声。 子供特有の甲高い声は、悲鳴になると聞き分けることが難しいが、何度も彼の悲鳴を聞いているラビには容易に聞き分けられた。 「アレン?」 辺りを見回したラビは、不意に翳った頭上を見上げる。 瞬間、 「危ないよっ!」 「ぶぎょっ!!」 アレンはラビの上に着地を決めた。 「あぁっ!! だからよけてって言ったのに!」 「・・・っ言ってねぇだろこの性悪ッ!!」 アレンに潰されて血反吐を吐きつつも、苦情を言い放ったラビにアレンがため息をこぼす。 「言わなくても普通、よけません?エクソシストでしょ?」 鈍いなぁと、甚だ勝手なことをぬかすアレンの胸倉を、ラビは地に這ったまま掴んで引き寄せた。 「お前みたいな子豚が突然降って来て、死んでないだけ丈夫さっ! んなことより、兄ちゃんに言うことあるさね?!」 「・・・えへ 気まずげに笑うアレンを睨み、押しのける。 「本当に悪いと思うんなら、さっさと俺の上からどくさっ!!」 「ラビが引きとめたんじゃないですか・・・」 口を尖らせて立ち上がったアレンは、ラビに掴まれてよれてしまったシャツの皺を伸ばした。 「で? なんでお前、空から降ってきたんさ?」 続いて立ち上がったラビが、苛立ちまぎれに頬を引き伸ばしてやると、アレンは子豚のような悲鳴をあげる。 「ホレ、『ぷぎー』以外の言語を話すさ」 「にゃら放ひて・・・ぴぎぃ――――!!!!」 更にみょーんと引き伸ばされて、アレンの目に涙が滲んだ。 「ひどいぃぃぃぃぃ!!!!」 ようやく解放されたものの、真っ赤になった頬をさすりつつ泣き声を上げるアレンの頭を、ラビは笑みもせずかき回す。 「さっさと答えるさね」 「う・・・リナリーに組み手申し込まれて、お断りしたら蹴飛ばされました・・・」 「アホか!」 「だって!女の子には絶対手をあげるなって言われてんだもん!!」 真っ赤になって反駁したアレンの背にその時、影が差した。 「いくら師の言いつけとは言え、黙って蹴飛ばされるのはどうかと思いますが」 冷淡な声に振り返ると、ティムキャンピーを頭に乗せたリンクが歩み寄ってくる。 「あれまぁ、すっかり懐いちまって」 その様に、ラビが思わず表情を和ませると、じろりと睨まれた。 「彼が勝手に私の頭に乗っているだけです!実に迷惑極まりない!」 憤然と声をあげるや、ティムキャンピーはリンクの機嫌を取るかのように、長い尾で彼の腕を叩く。 「甘えてもほだされませんよ! 全く、そうやって飛びもせずに怠けるから、太ってたるむのです!」 冷厳な言葉にティムキャンピーがビクッと飛び上がり、必死に羽ばたいてアレンに泣き縋った。 「デブじゃない!って言ってます」 「十分デブですよ!」 フンッと鼻を鳴らし、リンクはラビに向き直る。 「仔豚がお邪魔してしまったようですね。 作業を続けてはいかがですか、Jr.?」 「作業? なにしてたんですか、ラビ?」 リンクの指摘とアレンの質問にラビは軽く吐息し、自分の周りに散らばった新聞の束を示した。 「ちょうどいい。運ぶの手伝うさ」 掃除中、と補足すると、アレンが苦笑して頷く。 「いつもすごい量ですもんね・・・」 うっかりドアを開けて、新聞の雪崩れに飲み込まれた経験は、一度や二度ではなかった。 「・・・忌々しいことです」 アレンにはめられ、知らずにドアを開けた直後の惨事を思い出し、リンクも舌打ちする。 「その、忌々しい部屋をなんとかしてんだから協力するさね」 にこりと笑って、ラビは拾った束を二人へ放った。 「新しい部屋も、あっさり侵略されちゃったんですね・・・」 「毎日の量がすげーかんね」 でも、と、焼却炉への道を歩きながら、ラビが笑う。 「燃え種にゃ困んなくなったって、清掃班の班長が言ってんさ」 「確かに・・・これだけあれば、十分でしょうね」 感心したように呟いて、リンクはふと、ラビを見遣った。 「本当にこれだけの情報量を記憶しているのですか?」 「疑うんなら適当に質問してみ」 クスクスと笑うラビに、リンクはややムッとする。 「では5日前のタイムズで、4面に載っていた情報を」 記憶力の訓練のため、自身も覚えていた紙面を問うと、ラビはあっさりと記事の内容から各広告の種類まで答えた。 「でも、効能の怪しい化粧水がさ、1パイントで50ポンドって高くね?」 悔しげなリンクに、ラビは得意げに笑う。 意地悪な彼に、アレンも思わず笑ってしまったが、リンクに睨まれて慌てて話を化粧品に向けた。 「そっ・・・それだけ、美容に関心の高いご婦人方が多いってことでしょ」 と、ラビがいきなり真面目な顔になる。 「ジジィが言ってたんケド、姉妹印の育毛剤、とんだペテンだったらしーぜ? 成分調べてみたら雨水だったって、ジジィめっちゃキレてたさ」 「えぇー?!有名な育毛剤だって、めちゃくちゃ高い奴じゃないですか、それ!」 「な? おしろいなんか、いまだに鉛を使ってるやつとかあるし、プレゼントする時なんかは気ィつけな。 鉛毒は肌から吸収されないなんつってるけどさ、肌荒れしたり、下手すりゃ早死にすることだってあるさね」 「えっ?!こ・・・怖っ・・・!!」 かつてピエロだったアレンは、プレゼントするどころか、自分で使用した経験があった。 「僕、大丈夫かなぁっ?!」 真っ青になったアレンに、ラビは苦笑を漏らす。 「もう使ってないなら大丈夫だと思うケド・・・常用するレディ達はえらい根性さね。 ヴェルサイユが全盛だった頃なんか、鉛製のおしろいをべったり塗った上に、色の白さを強調しようってんで、血管に沿って青く刺青してたらしいさ」 「いっ・・・痛いっ!!」 「そこまでやると執念ですね・・・!」 悲鳴をあげたアレンの傍ら、リンクも乾いた声をあげた。 「な? だから、化粧したレディの頬にキスするときゃ気ィつけなー♪」 「・・・結局そう言うことですか」 「エロウサギ!」 呆れ口調のリンクと真っ赤になったアレンに笑い、ラビは焼却炉の側にある物置に新聞を運び込む。 「まだあるから、ついてくるさね」 「えぇっ?!なんで僕が手伝うことになってんの?!」 苦情を申し立てた途端、アレンは胸倉を掴まれて引き寄せられた。 「突然空から降って来て、にーちゃん潰したんはどこの子豚さ?」 「・・・だから、ごめんって言ったじゃん・・・」 アレンが気まずげに目を逸らすと、乱暴に押しのけられる。 「謝って済むなら、世界に司法制度はいらんさね。 いいから黙って罰則受けろ」 「ちぇっ・・・」 不満げながらもついてくるアレンに、ラビは愉快げに笑った。 その頃、修練場ではリナリーが、窓から外を見下ろしていた。 「アレン君、どこまで飛んでっちゃったのかなぁ?」 「どこまでって・・・少しは手加減してあげなきゃ・・・・・・」 リナリーと並んで、心配そうに窓の外を見ていたミランダが眉根を寄せる。 「アレン君、怪我なんかしてないかしら・・・。 ハワードさんが探しに行ってくれたから、何かあってもすぐに病棟へ連れて行ってくれるとは思うけど・・・・・・」 気遣わしげに言うと、リナリーはパタパタと手を振った。 「この高さから落ちて、怪我してない方が不思議なんだけどね、普通は」 クスクスと笑うリナリーを、ミランダが軽く睨む。 「人事みたいに・・・蹴り出しちゃったのは誰?」 「大丈夫だよ! だってアレン君には、クラウン・クラウンがあるもん♪」 暢気に言って、リナリーは窓枠に座った。 「そのうち戻ってくるだろうから、ミランダ、組み手やる?」 「無理!!」 ミランダがぶんぶんと首を振ると、リナリーは子供のようにぶらぶらと足を振る。 「イノセンス使ってもいいよ?手加減だってするし」 クスクスとからかうように笑うリナリーに、ミランダはムッと眉根を寄せた。 「私は、殴るのも殴られるのも嫌です!」 「・・・あれ? そういえば私、ミランダが攻撃してるとこ、見たことないな・・・」 「攻撃なんてしませんもの!」 きっぱりと非暴力を宣言したミランダに、リナリーが頬を膨らませる。 「なんだよなんだよ!まるで私が乱暴者みたいにナンダヨ!」 「らっ・・・乱暴者だなんて言ってませんけど・・・!」 慌てふためくミランダに口を尖らせ、リナリーは窓枠に立ち上がった。 「リナリーちゃん!危ないわ!!」 「平気だよ、このくらい!」 絶妙なバランス感覚で、リナリーは見せつけるように窓枠の上を跳ねる。 「それに、もし落ちたってイノセンスがあ・・・」 一際大きく跳ねた瞬間、リナリーの身体を突風がさらった。 「リナリーちゃん!!!!」 悲鳴をあげたミランダがイノセンスを発動するが、その時には既に、リナリーの姿は樹影に沈んでいる。 「なんてこと!!」 リナリーにはイノセンスがあることはわかっていたが、万が一のことを恐れて、ミランダは急いで踵を返した。 その一方で、リナリーは随分と冷静に落ちていく。 「後で怒られるかなぁ・・・」 このくらいの高さから落ちたって平気なのに、と、リナリーは猫のように身体をひねって着地態勢をとった。 「発動!」 余裕で呟く・・・が、紅いアンクレットに反応はない。 「え?!はっ・・・発動!!」 慌てて叫ぶも、イノセンスからは何の応えもなかった。 「うそっ?! ヤダ・・・きゃああああああああああああああああ!!!!」 「わぁああああああああああああああああああああ!!!!」 生い茂った木の枝を折りつつ落ちたリナリーの下で、別の悲鳴があがる。 「だっ・・大丈夫ですか?!」 リナリーが、ぎゅっとつぶっていた目を恐る恐る開けると、アレンの気遣わしげな目と目が合った。 「わ・・・私、生きてる・・・・・・?!」 「Jr.が瀕死ですけれどね」 冷淡な声の指摘に、慌てて身を起こすと、彼女の下でラビが伸びている。 「ラビ!! ごっ・・・ごめんなさい!!」 必死に謝りながら揺すっていると、ややして、ぼんやりと目が開いた。 「おま・・・えらっ・・・なんなんさっ・・・!」 苦しげな声をあげるラビに、アレンも手を貸す。 「だ・・・大丈夫ですか?」 「大丈夫なわけあるか!! 今日一日でアレンとリナリー、二人も受け止めてんさね、俺!!」 「おかげで二人とも怪我がなくて、よかったです」 にこりと笑った途端、アレンはラビにはたかれた。 「ちくしょー・・・!えらい災難さ! アレン!リナ!! お前ら二人とも、俺の部屋きれいに掃除するさっ!!」 ラビの怒号にリナリーは目を丸くし、アレンはバタバタと手を振る。 「無理無理!!絶対無理!!」 「無理でもやれ! もう俺、今日は動けねぇから! もう俺、今日は空の下歩かねぇから!!」 次はユウが降って来る、と、冗談なのか本気なのか、判断しかねる台詞を吐いて、ラビはリンクを手招いた。 「っつーワケで可哀想な俺を病棟に運んデ」 「お断りします、Jr.。 私にはウォーカーの監視任務が・・・」 「アレンとリナは、俺の部屋に監禁して掃除させっから! どこにも逃げねぇさ!なぁっ?!」 反抗を許さない目で睨まれ、二人はぶんぶんと頷く。 「ほれ、早く! どっか折れてるかもしんねぇから!!」 ラビが急かすと、 「えぇっ?! リナリーちゃん、骨を折ってしまったの?!」 彼の声を聞きつけたミランダが、真っ青になって駆けつけた。 「小娘ではありません。Jr.ですよ、マンマ」 彼女の姿を見た途端、尻尾を振らんばかりに喜色を浮かべたリンクがご注進する。 「まぁ・・・! リ・・・リナリーちゃんが無事なのは良かったけど、どうしてラビ君が?」 目を丸くしたミランダに、ラビもリナリーを指差した。 「こいつが俺の上に降って来たんさ!」 「だから・・・ごめんなさいってば・・・・・・」 ヒステリックなラビの声にリナリーが首をすくめる。 「謝んならお前ら二人とも、さっさと俺の部屋行って掃除しろ! そんでマユゲ!!早く俺を病棟に連れてけー!!!!」 ぎゃあぎゃあと元気に喚く彼を、リンクが忌々しげに睨み付ける傍ら、ミランダが苦笑してイノセンスを取り出した。 「じゃあ、私が傷を吸い出します。 付き添いますから、一緒に病棟に行きましょう?」 「そんな! マンマのお手を煩わせるなんて・・・!」 「あら、だって・・・」 早速ラビの傷を吸い出しながら、ミランダはにこりと笑う。 「あなたはお仕事があるし、お掃除得意でしょう? アレン君達と一緒に行ってあげたらはかどるわよ」 「・・・それもそーさね」 一時的だが傷の癒えたラビが、自らの足で立ち上がって頷いた。 「じゃーわんこ、部屋の掃除ヨロシクさ!」 「なっ・・・なぜ私が!!」 「・・・ダメ?」 「マンマのお言いつけとあれば喜んで!」 ラビとミランダでは態度を180度変えて、リンクが姿勢を正す。 「なんてあからさまな・・・」 アレンとリナリーが思わず呆れ声をあげると、じろりと睨まれた。 「お黙りなさい、小雀たち! 当然の区別です!」 「差別じゃなくてさ?」 「区別です!」 口を尖らせたラビにも堂々と頷き、きっぱりと言う。 「いいからラビ君、病棟へ行きましょ。 本当に骨折していたら大変だわ」 そっと背を押されて、ラビは憮然としたまま頷いた。 「じゃーきっちりやれよ、お前ら! 手ェ抜いたら火判だかんな!」 「余裕で防御します!」 「反撃するんだから!」 べーっと舌を出したアレンとリナリーに舌打ちし、ラビはミランダと共に病棟へ向かう。 「ふんっ!なんだよ!うっかり落ちただけじゃん!」 「あんなに怒ることないよねぇっ?!」 ぷんぷんと不満を漏らす二人の後について行きながら、リンクはため息を漏らした。 「Jr.の怒りは当然ですよ。 なにしろ、ただ歩いていただけで子豚が二匹も降ってきたんですからね」 「子豚って言うなわんこ!!」 「頭上注意しない方が悪いんだよ!」 『ねー?!』と、鏡合わせに首を傾げる二人に、リンクは肩をすくめる。 「全く、ワガママな子供達です。 今回はさすがに私も、Jr.に同情せざるを得ません」 「その割にはラビに冷たかったよね、リンク」 「私には私の仕事がありますから」 つんっと、アレンの嫌味を受け流したリンクに、リナリーが鼻を鳴らした。 「とか言って、ミランダがラビを病棟に運んであげて、ってお願いしたら、尻尾振って従うんでしょ!」 「当然です。 マンマのご依頼は最優先と、長官からも命令されていますので」 平然と言ったリンクに、リナリーがますます頬を膨らませる。 と、その様にふと、アレンが小首を傾げた。 「リナリーって、おしろいはつけてませんよね?」 「へ?! うん・・・つけてないけど、なんで?」 意味不明の問いにリナリーが目を丸くするが、アレンは答えず、更に問いを発する。 「ミランダさんは? すごく薄いけど、お化粧してますよね?」 「え・・・うん。 そのままだとすごく顔色悪いからって、ちょっとはしてるみたいだけど・・・なんでそんなこと聞くの?」 訝しげに首を傾げたリナリーに、アレンは笑声をあげた。 「さっき、ラビが鉛の入ったおしろいは危険だって話をしてたんです。 ほっぺにキスする時は気をつけろって」 「あぁ、なるほど」 それで頬を膨らませた自分にこの話題か、と頷いて、リナリーもクスクスと笑い出す。 と、 「僕は大丈夫だけど、リーバーさんは危険かもしれませんね」 「えっ?!・・・あっ・・・その・・・っ」 「破廉恥な!!!!」 平然と言ってのけたアレンに頬を染めたリナリー以上に紅くなり、リンクが絶叫した。 「あのホウキ頭、鉛中毒で死ねばいい!!」 「死なないよ!」 リンクの怒号にムッとして、リナリーが言い返す。 「だってこの教団の女の人達が使ってるのは、婦長とナースの姉さん達が作ったオーガニック化粧品だもん!」 「へ?婦長さん達、そんなこともしてるんですか?!」 「元々は、買いに行く暇がないからだったんだけどね」 驚くアレンに、リナリーはにっこりと笑った。 「最初は仕方なく、って感じだったんだけど、たまたま買出しに出た姉さんが持って帰ったものと比べて、断然質が良かったの。 そりゃ、保存料も香料も入ってない、本当に自然の化粧品だもんね。 科学班に任せるのは不安だからって、自分達で作ったのが良かったみたい」 「そりゃ・・・あの実績ですもんね・・・・・・」 科学班印の薬品が信用ならないことを身をもって知るアレンが、声を引き攣らせる。 「そうでしょ? だからミランダも、姉さん達が分けてくれるのを使ってるし、いくらキスしても大丈夫だよ にんまりと意地悪く笑ったリナリーを、リンクが忌々しげに睨みつけた。 「・・・ではこの機会に綱紀粛正を図って、あのホウキ頭が不埒な行いを出来ないようにしてやりましょう!」 深く頷いたリンクに、アレンが肩をすくめる。 「それ、馬に蹴られるよ?」 「私が蹴ってあげようか!」 「殺す気ですか!!」 張り切って挙手したリナリーを、リンクがまた睨みつけた。 「全く、生意気な小娘です! マンマと同じ女性とは思えませんね!」 「なによっ! 監査官だって、同じ丁寧口調でもアレン君とは正反対の嫌味じゃない!!」 「少なくとも、ウォーカーほどの根性曲がりではないと断言します!」 「・・・なんかさり気に火の粉飛んできてるし」 きゃんきゃんと激しく喚き合う二人の傍らで、アレンが乾いた声をあげる。 「ところであのぅ・・・こんな時に言うのもなんなんですけど・・・・・・」 遠慮がちに口を出す振りをして、その実、リンクがこれ以上余計なことを言う前に話の腰を折ってやろうと画策したアレンを、そうとは知らずリナリーが見遣った。 「なぁに?」 「ラビの誕生日、明日ですよ?」 「ひっ・・・!!」 悲鳴さえ引き攣らせたリナリーに、アレンは深々と吐息する。 「お掃除がんばるだけじゃ、許してもらえませんよねぇ・・・」 そもそも罰則だし、と、首を傾げたアレンは、唐突に手を打った。 「折れてたら、ギプスでもプレゼントしますか!」 「なんの嫌がらせですか、それは。 そもそも、骨折したとすればそれは、小娘のせいでしょう?」 「そうだけど、さっきから小娘小娘ってうるさいな!!」 嫌味なリンクにリナリーが歯噛みする。 「そう言えば、なんで落ちちゃったんですか?」 また険悪になった二人にあえて横槍を入れると、リナリーは気まずげに視線をさまよわせた。 「窓枠にのぼってたら、風にさらわれちゃって・・・」 「子供ですねっ!」 「きっ・・・!!」 「あぁ、でも!!」 今度こそ掴みあいのケンカをしそうな二人の間に割って入り、アレンはリナリーに笑いかける。 「イノセンス発動しなかったなんて、どうしてです? やっぱり、下にラビがいたのが見えたから?」 できるだけ好意的に解釈しようとするアレンに、黙り込んでいたリナリーはわずかに頷いた。 「あぁ、やっぱり! あの状態でイノセンス発動してたら、いくらラビが丈夫でも死んでましたもんね!」 「う・・・うん、そうだね・・・」 ぴちぴちと目を泳がせるリナリーの挙動不審さに、リンクが鼻を鳴らす。 「なによっ!!」 「何も言ってませんが、なにか指摘されてはまずいことでも?」 「・・・・・・・・・っ陰険わんこ!」 「語彙の貧困な小娘ですね」 「ちょっ・・・もう!リンク!!」 何度止めてもすぐにケンカする二人にうんざりしたアレンが、とうとう声を荒げた。 「なんでそんな意地悪ばっかり言うんですか!」 「それは小娘が・・・」 「小娘って言うな!!」 「リナリーも待って!」 慌てて向き直り、アレンはリナリーを押しとどめる。 「ちょっと落ち着きましょうよ、二人とも! 掃除中は嫌味禁止!ね?!」 特に、と、アレンはリンクを見遣った。 「手際が悪いとか言っちゃだめですよ!」 「本当のことではありませんか」 「本当のことでも、リンクが言うと嫌味になるんです!」 苛立たしげにリンクを睨み、アレンはいつの間にか到着していたドアを示す。 「きっとこの中、想像を絶する惨状を呈してますから、協力しないと終わりませんよ?」 「・・・それもそうですね」 「わかったよ・・・協力する」 ようやく頷いた二人に、アレンは肺の中が空になるほど深いため息をついた。 じゃんけんに負けたアレンが、恐る恐るブックマン師弟の部屋のドアを開ける。 が、ここに来るまでにラビががんばっていたおかげか、ドアを引いても雪崩れてきた新聞の量は、ほんのわずかだった。 「よかった・・・! 僕、また大惨事になるかと・・・!」 「少量でも、ドアから溢れてくる時点で十分惨事だと思いますがね」 ふぅ、と吐息して、リンクはアレンの背後から部屋の中を覗く。 「おや、ブックマンはご不在ですか」 「きっと、ラビにお掃除任せてお茶でもしに行ったんだよ」 そう言う人だ、と、断定したリナリーに、彼の厳しさを知るアレンも頷いた。 「じゃあ、さっさとやっちゃいましょうか。 ラビが僕らに任せたってことは、処分しちゃいけないものは置いてないってことだから、全部捨てちゃっていいんですよ」 今までも、難癖をつけられては掃除を手伝わされていたアレンの言葉に、リンクもリナリーも素直に頷く。 「では、ウォーカーはまず、日刊新聞のみを廊下に運び出しなさい。 小娘はそれを紐でまとめるように。 私は念のため、破棄不可のものがないか、資料類を検めましょう」 「小娘じゃないってば!」 「さり気に一番楽してる!!」 きゃんきゃんと喚きたてる子供達に、しかし、リンクはこゆるぎもせず鼻を鳴らした。 「いいから早くおやりなさい! 日が暮れますよ!」 今はまだ、昼にも間がある時刻ではあったが、決して大げさな表現ではない。 「確かに・・・」 「早くやんないと、夕食も抜きだね」 それは困る、と、食べ盛りの子供二人は顔を見合わせ、頷いた。 「がんばろう、アレン君!」 「はい!なんとしてもごはんは確保!!」 こぶしを固めた手を打ち合わせ、二人は猛然と部屋を侵食する新聞の排除にかかる。 「うるさい子供にはいい遊び場かもしれませんね」 無言で作業する二人に肩をすくめ、リンクは足元を覆う新聞紙を踏み分けながら、資料らしき書類を拾っていった。 「科学班に寄せられたデータの写し・・・それに、彼ら自身が提出した報告書の下書き・・・・・・」 それらは確かに、ブックマン達にとっては不要になったものだが、リンクにとっては非常に興味深い。 歴史と情報収集のエキスパートである彼らが、どのようにしてその任を果たしているのか、それを垣間見る機会など、普通は望むべくもないものだった。 「・・・掃除とはいい口実でした」 口の中で呟き、リンクは次々に拾い上げたブックマン達の手蹟を束ねて行く。 戦地での情報収集力とそれらのデータに対する正確な分析は、あの暢気そうな師弟からは想像もつかない緻密さだ。 「彼にも裏の顔がある、と言うことですか・・・」 呟いて、リンクは薄く笑う。 アレンと一緒にいる時には、いつも子供っぽくはしゃいでいるラビが時折、表情を消すことには気づいていた。 思い返せばそれは、目新しい事態が起こった時に多く現れていたように思う。 「若くともブックマンの後継者、ですか・・・」 ふと呟いた時、 「リンク! ぼーっと書類読んでないで、早く手伝って!!」 アレンの不機嫌な声がかかった。 「なに?! 監査官てばブックマンの資料、盗み読みしてるの?!」 アレンの声を聞きつけたリナリーの大声に、リンクはムッと眉根を寄せる。 「人聞きの悪い!確認ですよ!」 「じゃあ早くやってよ! 僕、お昼ごはん逃したくないもん!」 ぶぅ、と頬を膨らませ、言うアレンにリンクは、読了した資料を押し付けた。 「では、これを運んでしまいなさい。 ・・・って、新聞がまだ片付いていないではありませんか! 私の邪魔をする前に、やることをやりなさい!」 「じゃあ、私が括ったの、焼却炉に運んでください!」 「なぜ私がそんなことを!!」 「文句言わないで! 新聞まとめるだけで随分かかるんだから、そのくらいの時間はあるでしょ!」 お互いの姿が見えない場所にいるのに、不自由なくケンカする二人にアレンはもう、呆れるあまり感心してしまう。 「・・・僕と神田並に仲が悪いですね」 「小娘がつっかかって来なければ、私もケンカなどしませんとも!」 「それはこっちの台詞!!」 ぎゃあぎゃあと喚き合う二人の間で、アレンは苦笑した。 自分と神田がそうであるように、この二人も生涯、仲良くなることなどないだろう。 もしそんなことになれば、 「太陽が西から昇るよ」 と、アレンは面白そうに呟いた。 その頃病棟では、ラビの治療にあたったドクターが、呆れ顔で彼を見遣った。 「ウォーカーとリナリーの下敷きになったのに、なんで君は打ち身と擦り傷で済んでるんだ?」 「ハァ?! んなワケねぇって!もっとちゃんと診てくれよ、ドクター! 子豚二匹も受け止めたんさ!ぜってー骨折れてるって!!」 「折れてないって言ってるでしょ!」 ぺしんっと、ガーゼを当てた傷を婦長に叩かれ、ラビが悲鳴をあげる。 「大げさねぇ! そんなに痛いわけがないわ!」 「ちょっ・・・ナースがそんな乱暴でいいんさっ?! 博愛の精神を思い出しテッ!」 「甘やかすばかりじゃなく、時に厳しくするのも愛なのよ!」 「なんかすっげー詭弁って気がするさ!」 きゃんきゃんと喚きたてるラビに耳を塞ぎ、ドクターは付き添いのミランダに向き直った。 「見ての通り、骨折どころか殺しても死にそうにないから、とっとと連れて帰ってくれないか。 こっちも忙しいんだよ」 「なんで俺ばっか邪険にするんさ?!」 「ここは重症患者が優先なのよ!当たり前でしょ!」 ぺしんっとまた傷を叩かれて、ラビが悲鳴をあげる。 「ラ・・・ラビ君、ドクター達のお邪魔をしちゃ悪いから、早く帰りましょ・・・?」 苦笑する顔も引き攣ったミランダが手を差し伸べると、ラビはしくしくと泣きながら縋った。 「もぉ俺、こんなアマゾネス集団の巣なんか嫌さー!」 「誰がアマゾネスよ!」 「じゃあ私はヘラクレスかい」 そんなに強くもないし野蛮でもない、と肩をすくめ、ドクターが犬でも追い払うように手を振る。 「ほら、軽症患者はとっとと帰って。後がつかえてるんだ」 「けっ!いけずっ!!」 べーっと、思いっきり舌を出して、ラビが踵を返した。 「あ・・・あの、ありがとうございました!」 代わりにミランダが深々と頭を下げて、ラビの後を追っていく。 「まったく・・・あの子には礼儀を教えてやった方がいいんじゃありませんっ?!」 眉根を寄せてぼやいた婦長に、しかし、ドクターは諦めきった表情で首を振った。 「ほっときなさい。 あの程度で矯正対象にしてしまったら、仕事が増えてかなわんよ」 宗教団体のくせに、荒くれ者の多い教団内で、ラビはまだ、穏健派と言ってもいい方だ。 「そうだな・・・甘くする必要はないが、優しくしてやるくらいはいいんじゃないかな。 次からは」 婦長はドクターの指示に、肩をすくめて頷いた。 「ったく酷くね?! なんで俺ばっかこんな可哀想な目に遭うんさ! きっとこれはアレンのせいさね! あいつに遭って以来、俺の運がどんどこ吸い取られてる気がするさ! あいつの不幸は伝染するんさね!!」 ぷんぷんと湯気をあげながら不満を言い募るラビに、ミランダは苦笑を浮かべる。 「リ・・・リナリーちゃんが落ちたのはともかく、アレン君が落ちたのはアレン君のせいじゃないわ・・・。 それに、人が二人も落ちて来て、大きな怪我もなかったのは、不幸中の幸いじゃないかしら・・・・・・」 考え考え、ゆっくりと・・・しかし、前向きなことを生真面目な口調で言うミランダに、ラビが目を丸くした。 「ど・・・どしたんさ? なんか今日は、すげー前向きなこと言うじゃん!」 いつもネガティブなのに!と驚くと、ミランダは恥ずかしげに頬を赤らめ、俯く。 「えっと・・・これ、私の宿題なんです・・・。 私があんまりネガティブなことばかり言うから、リーバーさんに怒られてしまって・・・。 なにがあっても、一つでもいいこと見つけろって・・・」 だからがんばっている、と言うミランダに、ラビは大きく頷いた。 「・・・さすがポジティブ大王。 リーバーって、あんな上司の下でよく自殺もせずにがんばってんな、って思ってたけど、それがコツだったんさね!」 うんうん、と、何度も頷き、ラビは決然とこぶしを握る。 「俺もがんばるさ! アレンと遭遇する前は俺、結構運良かったんだもんさ! あいつの不運ストームから、なんとしても逃げてやるぜ!!」 「出来ますかね?」 気炎に水差す淡々とした声をかけられ、ラビはぐりっと振り返った。 「できないってか!」 「一見しただけでも君、既に悪魔に足を掴まれて、地獄に引き込まれつつあるように思いますが」 「う・・・・・・!」 あまりにも的確なリンクの表現に、ラビは反論の言葉を見つけられない。 「ちなみにこの場合の悪魔は当然、ウォーカーです」 「激しく同意さ!」 「まぁ・・・」 反論から一転、同調に変わったラビに、ミランダは呆れた。 「ラビ君・・・主義主張とかないの・・・?」 「そんなもん持ってたら、ブックマンなんかやってらんないさ♪」 「そうでしょうね」 あっさりと頷いて、リンクは両手に提げた紙の束を持ち直す。 「失礼かとは思いましたが、破棄してはいけない物が混じっていては困りますので、部屋の書類を確認させていただきました」 「あら・・・いけませんよ、そんな勝手に・・・」 まゆをひそめてたしなめたミランダに、リンクはぎくりと顔を強張らせたが、その傍らでラビが笑って首を振った。 「片してくれっつったのは俺なんから、いいんさ。 部屋に散らばってんのは全部、捨てていいもんだしさ」 「・・・念のためです」 一瞬ほっとした顔になったリンクが、殊更愛想のない口調になったことにふと、ラビは目を煌めかせる。 「ナルホド、興味津々ってか♪」 図星か、リンクは気まずげに黙りこんだ。 「言っとくけど、俺らが集めた情報は、そう簡単に閲覧できないさね。 だって俺らの情報は全部頭ン中で、伝達方法は口伝なんだもんさ パタパタと手を振ったラビに、リンクが頷く。 「それは知っています。 ですが、あなた方の提出した報告書の精緻さを見ることで、どのような点に注意を払っているかは推測できますよ」 リンクがそう、生真面目に応じた途端、失礼にもラビは吹き出した。 「・・・なんですか?」 ムッと睨みつけると、ラビはケラケラと笑う。 「そんなん、教団の奴らが欲しがってる情報を売ってるだけさ! 俺らが本当に大事に持ってる情報は、紙に書き出したりしねーよん 「では、このデータの分析は・・・」 「あぁそれ? 分析は金払いのいい奴らへのサービス なかなか商売うまいっしょ、俺ら そう言ってラビは、にんまりと笑みを深めた。 「なんなら中央庁とも取引しようか? 長官が、危ない橋から転げ落ちる前に、さ」 キッと睨まれ、ラビは肩をすくめる。 「慣れない事すんな、って意味さ。 いざと言う時にゃ、プロに任せた方が安心さね クスクスと笑って、ラビはすれ違い様、リンクの肩を叩いた。 「その気になったらジジィに相談するんさね 十分な支払い能力があるってわかったら、協力するさー 「くっ・・・! ブックマンという人種は思っていたより、利欲的だったのですね!」 リンクが批判的な声を叩きつけてやると、ラビはムッとして振り返る。 「あのさ、俺ら世界中飛び回って情報収集してんさ。 金はあって困るもんじゃねーし、むしろなきゃ困るさね!」 動きが鈍る、と、断言されては、さすがのリンクも納得せざるを得なかった。 「それに、代価は金とは限んないだろ? おいしい情報だって、俺らにゃ十分な代価さ。 禁欲的で忠誠心溢れるどっかの鳥さんと、一緒にしないで欲しいさね」 ぶぅ、と、ラビが頬を膨らませ、リンクは忌々しげながらも頷いた。 「わかったら、お掃除しっかりよろしくさ その出来によっちゃあ、便宜を図ってやらんこともないさねー♪」 けろりと口調を変えて、ラビはミランダの手を引く。 「じゃあ俺、ミランダとお茶してるからー 「え・・・えぇ・・・。 ハワードさん、がんばってね・・・」 気弱げな笑みを向けたミランダに、しゃちほこばって一礼し、リンクは二人の姿を見送った。 リンクが今日何度目か、焼却炉に向かった頃。 「ねぇ・・・リンクが帰ってきたら、一旦休憩にしませんか?」 大量の新聞をまとめて部屋の外に運び出したアレンが声をかけると、さすがに疲れた様子のリナリーも頷いた。 「お腹すいた・・・。 もう、ラビ達、なんでこんなに溜め込んでるんだよー・・・!」 「それが仕事みたいなもんですからね」 不満を漏らすリナリーに、アレンは諦観のこもったため息をつく。 「でも、今日は少ない方ですよ? 前なんか、三日三晩こき使われましたからね、僕。 今回はラビががんばったか、清掃班の班長さんが頻繁に叱ってるか、どっちかですよ」 「もしくはどっちも、かもね」 新聞紙を手早く束ねたリナリーは、苦笑して立ち上がった。 「ね! もう我慢限界! 監査官には無線で食堂に行くよって言って、あっちで合流しよ!」 「あぁ、それもそうですね。 ―――― リンクー?僕、僕♪」 イヤリング型の無線に話しかけると、『きちんと名乗りなさい!』と叱られる。 「・・・アレンですけど、お腹空いたから食堂行くよ」 いつものことだが、リンクの上から目線な言い方にややムッとしつつ、アレンが言うと、案の定、『そこで待っていなさい』と指示が来た。 「ここで待ってたって、すぐに食堂に行くなら同じことじゃん!」 カラ、という音に引かれて目をやると、リナリーが窓を開けている。 「飛び降りちゃおう 近道だから、と、笑うリナリーにアレンは頷いた。 「じゃあ先に行ってるね 『待ちなさい、ウォーカー!!ウォー・・・』 騒がしい無線を電源ごと落として、アレンは窓枠に足をかけたリナリーの側に立つ。 「? 降りないんですか?」 「え?! あ・・・うん・・・・・・」 不思議そうなアレンの問いに、リナリーは引き攣った顔でぎこちなく笑った。 「あのっ・・・やっぱり・・・・・・」 視線をさまよわせながら、リナリーはおずおずと足を戻す。 「まっ・・・窓から飛び降りたりしたら、また『レディらしくない!』って怒られるから・・・階段で行くよ・・・・・・」 やや蒼褪めたリナリーに、アレンは笑って頷いた。 「怒ると怖いですもんね、ジェリーさん」 「うん・・・!そう・・・!」 ほっとしたように、リナリーが表情を和ませる。 「ここではレディにしてないと・・・だから・・・」 懇願するような上目遣いで、リナリーはアレンを見上げた。 「ア・・・アレン君を蹴飛ばしたり、窓から落ちちゃったりしたこと、みんなには黙ってて・・・?」 必殺の『お願い』を断れる男なんて、この世に存在しない。 アレンは光の速さで頷いたが、ふと、動きを止めた。 「僕は大丈夫ですけど、ラビとミランダさんとリンク・・・あの三人にも口止めしなきゃ!」 「そうだった!」 慌てて頷き、リナリーは先に立って駆け出す。 「早く! 特にラビ!言いふらさないように言わなきゃ!」 「はい」 いざとなったら脅すつもりのアレンは、にこりと笑ってリナリーに続いた。 「ラビ!!」 リナリーが大声をあげて食堂に飛び込むと、ラビも振り向いたがジェリーも寄ってくる。 「リナリー! レディがそんな大声をあげるものじゃなくてよ!」 早速叱られて、一瞬身をすくめたものの、リナリーは素早く『ごめんなさい』を言ってラビに駆け寄った。 「なんさ? もう終わったんか?」 「私が落っこちたこと、もうジェリーに言っちゃった?!」 振り返ったラビに詰め寄ると、彼は目を丸くして首を振る。 「本当に?」 「言えないでしょ・・・」 アレンの問いには、ラビの対面でお茶を飲んでいたミランダが答えた。 「リナリーちゃんがアレン君を蹴飛ばして窓から落とした上、自分も落ちてラビ君に怪我をさせたなんて言えませんよ」 「よかった!」 ほっと吐息したリナリーを、しかし、ミランダは気弱げながらも睨みつける。 「よかったじゃありませんよ、リナリーちゃん? まずは自分の立場より、ラビ君の怪我の状態を聞くことが先ではないかしら?」 「あ・・・ごめんなさい・・・・・・」 叱られて、気まずげに首をすくめたリナリーは、指先でそっとラビの袖をつまんだ。 「あの・・・大丈夫だった?」 「子豚が二匹も降ってきた割にはな!」 べーっと舌を出したラビに、リナリーが頬を膨らませる。 「ゴメンってば・・・!」 もう一度謝ると、膨れた頬を指でつつかれて潰された。 「もうすんじゃねーよ!」 「ひゃい」 ぷにっと両手で頬を潰されて、リナリーが不満げながらも頷く。 「なんさ?文句あるんか?」 「にゃいにゃいにゃい!!」 今度はぎゅーっと引き伸ばされ、慌てて否定した。 「後はリンクですね・・・」 リナリーの受難を気遣わしげに見ていたアレンが、ミランダに向き直る。 「ミランダさん、わんこに『余計なこと言うな』って命令してください」 「えぇ・・・そうね」 アレンの要請に、苦笑しつつリナリーを見つめていたミランダが頷いた。 「あの子はいい子ですから、決してそんな・・・」 「あ、でも」 ぽん、と手を打って、ラビは真っ赤になった頬をさするリナリーを見遣る。 「俺ら、『ジェリー姐さんには』言ってねぇケド、ドクターとか婦長とかナースの姉さん達にはケガを負った状況の説明してっから、誰かがもうとっくに言いふらしてんじゃね?」 「えぇっ?!」 紅い頬を蒼くして声を引き攣らせたリナリーを、ちょうど食堂に入って来た団員達が見つけて声をかけた。 「リナリー、お前、アレン蹴飛ばして窓から捨てたんだって?」 「俺、現場見てたけど、アレはさすがにやりすぎだろ・・・」 「その上自分も落ちて・・・ケガなかったのかよ?」 「あぁら ラビ君をクッションにして、自分は無傷だったのよねぇ?」 「リナリー!いけない子ね!!」 最後はジェリーに叱られて、リナリーがむくれる。 「なによ・・・!結局は怒られるんじゃない・・・・・・!」 「目撃者がいたことも知らなかったなんて、詰めが甘いんさね クスクスと笑って、ラビがマグカップを掲げた。 「おてんば治さないと、レディにゃなれないさ 「・・・うるさいっ!」 ぶぅ、と、頬を膨らませたリナリーにまた、ラビが笑い出す。 「がんばって耐えろよ 「へ?何に・・・え?!ジェリー?! ええええええええええええええっ?!」 いつの間にか背後に立っていたジェリーに襟首を掴まれたリナリーは、子猫のように吊るされた。 「いけない子にはお仕置きよっ!ランチ抜き!!」 「ごごごごごごめんなさいっ!!」 「謝ってもダメ!ジャガイモの皮剥きなさいッ!」 「ふぇっ・・・ごめんなさいぃぃぃぃぃぃっ!!」 泣きながら厨房へと連行されるリナリーを、アレンが気遣わしげに見つめるが、 「横から口出すと、お前もランチ抜かれるぜ というラビのアドバイスに硬直する。 「うんうん、食欲かリナリーか、それが問題さ」 「ひ・・・人事だと思って・・・!」 「人事だもんさー 声も引き攣るアレンに笑い、ラビは杯のように掲げたマグカップのお茶を飲み干した。 と、テーブルにカップを置いた途端、きょろきょろと辺りを見回す。 「あれ?まゆわんこがいねーじゃん」 「あぁ、リンクが焼却炉から戻ってくるまで我慢できなかったんで、こっちで合流することにしたんですよ」 「そう言えば私達も、ここに来る前に会いましたね・・・。 お掃除は終わりそうなの?」 「無理!」 ミランダの問いにきっぱりと首を振り、アレンはラビを睨みつけた。 「もっとこまめにやろうとか思いません?」 「こまめにやってる方さ、あれでも」 にこりと笑って、ラビは小首を傾げる。 「急いだ方がいいさ、アレン? もうすぐ教団内郵便物配送の時間さね」 「ハァ?それがどうし・・・・・・!」 その意味に気づいたアレンの顔色が、みるみる白くなっていった。 「今日の分の日刊紙が届く時間さねー♪」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 愉しげなラビに反し、声まで蒼白になったアレンの絶叫を聞きつけ、リンクが駆けつける。 「ウォーカーが錯乱していますが、ご無事ですか、マンマ?」 「先にそっちかい!」 監視対象を放置して、まずミランダの安全確認をしたリンクにラビが突っ込んだ。 「ウォーカーが元気なのは、見ればわかりますので」 まずはマンマの安全確認、と、堅苦しく言ったリンクにラビが肩をすくめる。 「忠実で可愛いわんこさね」 「本当に」 にこにこと笑ってミランダが撫でてやると、リンクは今にも尻尾を振りそうなほどに喜色を浮かべた。 と、 「頭撫でてもらって嬉しそーにしてんじゃないですよこのわんこ! 早く戻って片付けないと、今日の分の新聞が来ます!!」 言うや、アレンは厨房に駆け込み、昼食のオーダーとケータリングを依頼してリナリーの手を引く。 「すみません、ジェリーさん! ホントに緊急事態なんで!」 ランチとリナリーと、どちらも確保すると言う荒業を成し遂げたアレンは、厨房から駆け出ながらリンクにも声をかけた。 「悠長に運んでる場合じゃないから! リンク、台車確保して窓の外に待機してて!!」 「窓から捨てる気ですか!」 「ちゃんと束ねてから放るんで、受け止めんのよろしく!!」 リンクの反駁などものともせずに言い募り、アレンはリナリーの手を引いたまま、食堂を出て行く。 「・・・さすがアレン。 強引さで右に出る者はいないさね」 「くっ・・・! 元はと言えばあなたの仕事でしょう! なぜそんなに暢気でいられるのですか!!」 リンクが苛立たしげな声で吠え立てると、ラビは猫のようにテーブルの上に突っ伏した。 「だって俺、いっつもやってんだもんさー。 たまにゃ楽したーぃ 「しゃんとしなさい! そんなことだからウォーカーに運を吸い取られるのですよ!」 「おぉ、さすが不運に引き込まれ仲間! 言うことに説得力があるさ」 「なんですかそれは!私はそんな仲間になった覚えなどありません!」 ラビにからかわれ、きゃんきゃんと吠え立てるリンクにミランダが苦笑する。 「あの・・・早く行ってあげないと、窓の外に新聞の山が出来てしまいますよ?」 「そうでした!」 はっとして、リンクはラビの襟首にかけていた手を放した。 「それではマンマ、失礼します。 料理長! 私の分の昼食も運んで置いていただけますか!」 カウンター越し、厨房の中からジェリーがOKサインを出すと、リンクは頷く。 「くれぐれも、ウォーカーの目には触れない場所へお願いします!」 奪われかねない、と言うリンクにジェリーが再びOKサインを出し、安心した彼は食堂を駆け出て行った。 「あ・・・あの! 助けてくれてありがと・・・!」 手を繋いだまま、共に走るアレンに礼を言うと、彼はにこりと笑って首を振った。 「緊急事態はホントです。 もうすぐ配送の時間だから、世界中の日刊新聞が来ちゃうんですよ!」 「あ!!」 大声をあげて、リナリーが足を早める。 「それは大変! のんびりお昼ごはんとか言ってる場合じゃなかったよ!!」 「えぇ、ケータリングはお願いしましたから、急いでラビの部屋に戻りましょう!」 リナリーの俊足に、危うく引きずられそうになりながら、アレンも必死に走った。 そのまま、なんとか足の踏み場は確保できた部屋に駆け込む。 「とりあえず、今束ねてるものを窓から放りましょう! リナリー、外にリンクいます?!」 大量の紙束を軽々と抱えたアレンに頷き、リナリーは窓を開けた。 途端、 「ひっ・・・!」 声を引き攣らせ、窓から遠ざかった彼女を、アレンが驚いて見遣る。 「どうかしましたか?」 「え?! あ・・・ううん・・・」 弱々しく首を振るリナリーを不思議に思い、アレンは窓辺に寄った。 「あ!おっきな蜘蛛! そりゃびっくりしますよね」 窓の外に巣を張った蜘蛛に、アレンが笑う。 「よくこんな高いところに張ったなぁ・・・リナリー、蜘蛛苦手なんですか?」 「にっ・・・苦手じゃないよっ?!す・・・好きでもないけど・・・・・・」 視線をさまよわせながら、必死に言い募るリナリーに、アレンは笑みを深めた。 「無理しなくていいですよ。 でも・・・この子、せっかく巣を張ったのに、壊しちゃったらかわいそうだから、窓からは僕が投げますね」 「う・・・うん・・・・・・」 わずかに震えながら頷いたリナリーにアレンも頷き、窓の下を見る。 「リンクー!投げるよー!」 リンク以外の誰もいない事を確認してから、アレンは束を次々に放った。 「私に向けて投げるのはやめなさい!!」 外からの怒声に舌を出して、アレンは手を払う。 「じゃ、続きやりましょうか!」 既に新たな束を作っているリナリーに微笑み、散らばった新聞紙や書類を掻き集めた。 そのうち、 「ウォーカー!次を投げなさい!」 焼却炉から戻って来たらしいリンクに声をかけられ、出来たばかりの紙束を放る。 それを繰り返していると、感動的なことに、床が見え始めた・・・! 「リ・・・リナリー!床です!床が見えましたよ・・・!!」 「うん・・・! もう少しだよ・・・もう少しだね、アレン君!」 宝物を見つけた時でさえ、こんなに感動はしないだろうと思うほどに感涙し、せっせと紙束を作っては、アレンが外に放ってリンクが運ぶ。 「これで最後・・・!」 どさどさと、アレンが大量の束を外に放った瞬間、 「あのぅ・・・これ、もう中に運び込んでもいいですか?」 と、メッセンジャーが遠慮がちに声をかけた。 「しんぶんし・・・・・・・・・」 絶望的な声と表情で迎えられ、メッセンジャーが申し訳なさそうに身じろぎする。 「あのぅ・・・・・・」 「・・・・・・・・・どうぞ」 再び声をあげた彼にぎこちなく頷き、乾ききった声で答えた二人は、ようやく見えた床が、再び新聞紙に覆われていく様を、がっかりとした顔で見つめた。 その頃、任務でドイツに赴いていた神田は、彼らしい生真面目さと真剣さである一点を見つめていた。 「あの・・・神田先輩・・・・・・」 息詰まる緊張感に耐えかねて、チャオジーが声をかける。 「俺には違いが・・・全くわかんないんすけど・・・」 「全然違うだろうが!」 斬りつけるように鋭い声に、神田と対峙する男も、真剣な顔で頷いた。 「相変わらず・・・いい目をしているな、神田! この違いを見分けるとは、やっぱりお前、只者じゃない」 低い声で呟いた彼は、職人らしく固い皮に覆われた大きな手で、一見、見分けのつかないそれらを一列に並べる。 「さぁ、じっくり見てくれ。 俺も、あんたにならこいつを譲ってやってもいい」 職人らしい、商売とは無縁の頑固さで言った彼に頷き、神田はその一つ一つを手に取っては、じっくりと見つめた。 「これは・・・目の位置が気にいらねぇ。 こっちは・・・いつもと素材が違ェだろ」 「ふっ・・・! 触っただけで素材の違いを見分けるとは、やるな・・・!」 太い笑みを浮かべた男を、神田はじろりと見遣る。 「・・・こちとら昔から触ってんだ。 素材の違いくらい、一瞬でわからなくてどうする」 「はっ! それでこそ、こっちも作り甲斐があるってもんだぜ!」 「ふん・・・。 あんたこそさすがだな。 この色は・・・俺ごのみだ」 「かっ・・・神田先輩、ようやく・・・!!」 この緊迫した空気が終わるのか、と、チャオジーが喜色を滲ませた瞬間、 「だが、中身がいただけねェな。 俺は本物が欲しいんだ」 神田の放った一言に、がっくりと肩を落とした。 「神田先輩・・・!いい加減に決めてくださいよ・・・・・・!」 「馬鹿野郎! この親父が丹精込めたもんを、そう簡単に選べるか!!」 「よく言った!!」 神田の怒号に大きく頷き、彼はじろりとチャオジーを睨む。 「おいお前! マイスターの仕事、なめんじゃねぇぞ!」 「すっ・・・すんませんっ!!」 生粋のドイツ職人の迫力に、海の荒くれ者達に慣れたチャオジーがすくみあがった。 神田に視線を戻した男は、並べた物の中に彼の目に適う物がないと見て取るや工房に戻り、新たな物を持って戻ってくる。 「新作だ。 今回は俺も少々、冒険してな・・・新しい素材を使って、伝統的な技術で作り上げたものだ」 「中身は」 「はっ! 綿が気にいらねぇっつったお前にハンパなもん持ってくるかよ! ちゃんと・・・おがくずだ」 「ふん・・・」 ぎろりと目を光らせた職人が、新たに並べたそれを見比べ、神田はそのうちの一つを注意深く手に取った。 「こいつを連れて帰る」 「よしっ!!」 「よ・・・ようやく・・・・・・!」 こぶしを握って快哉をあげる職人の前で、チャオジーが深々と吐息する。 「クマのぬいぐるみ選ぶのに時間かかりすぎっすよ!!」 「うるせぇ!!」 思わず苦情を漏らした彼に、神田とぬいぐるみ職人の双方から怒号が沸いた。 「クマったって、手作りのもんは全部表情が違ェんだよ!」 「こちとら毛の色や種類から、中のおがくずの量にまでこだわってんだ! 適当に選ぶ奴なんぞに、俺のクマちゃんは売らねェんだよ!!」 「すっ・・・すみませっ・・・!!」 あまりの迫力に、チャオジーが大きな身体を縮こまらせて震える。 と、職人はいかにもチャオジーが物知らずだとでも言いたげに舌打ちし、神田に向き直った。 「今回もあのお嬢ちゃんにかい?」 「いや、今回は別の野郎だ。 年下にいじめられて怯えてるへタレなら、あんたの職人魂に癒されるんじゃねぇかと思ってな」 やや意地悪く笑った神田に、職人も吹き出す。 「そいつぁーまかしときな! 疲れた奴を無理矢理にでも癒すのが、俺のクマちゃんシリーズだ。 ラッピングするかい?」 「あぁ。 誕生日プレゼントなんで、派手にやってくれ」 淡々と頷いた神田は、再びテーブルに並べられたクマのぬいぐるみを見つめた。 「それと・・・」 「はっ! やっぱり、お嬢ちゃんにも持ってってやんねぇとなぁ! 俺のクマちゃんシリーズ、大事にしてくれてるか?」 「もちろんだ。 今度、古くなって毛並みのへたっちまったもんのメンテを頼みたいっつってたぜ」 リナリーの伝言を伝えると、職人はくしゃりと相好を崩す。 「久しぶりに会えんのは嬉しいね! じゃあお嬢ちゃんの分も、じっくり選んでいきな!」 「あぁ」 「また最初からっすか・・・・・・!」 再び緊迫した空気に、チャオジーは泣き声をあげた。 げっそりとした顔で、再び食堂に現れたアレンとリナリー、リンクは、そこからラビの姿が消えていることにムッと眉を吊り上げた。 「どこ行っちゃったんだよ!」 「きっとお腹いっぱいになったから、お昼寝しに行ったんですよ!」 「猫ですか!!」 憤然とした声を聞きつけ、カウンターからジェリーが顔をのぞかせる。 「アラ。 アンタ達、食器を返しに来てくれたのん?」 「いえ、まだ・・・」 ケータリング用のワゴンを傍らに、リンクが首を振った。 「昼食どころではありませんでしたので」 「トロいですね、リンクは! 僕なんか、ここに来る間に食べちゃいましたよ?」 肩をすくめたアレンが、全て空になった皿をワゴンごと返す。 「おいしかったです、ジェリーさん デザート頼んでいいですか?」 「えぇ リナリーは中でジャガイモの皮むき」 「もう許してよ! お仕置きなら、ラビの部屋のお掃除で十分でしょぉ?!」 悲鳴をあげたリナリーに、ジェリーは厳しく首を振った。 「それは、アンタがラビを潰しちゃった罰でしょ! アタシのは、アレンちゃんを蹴飛ばした罰!」 「蹴飛ばさなきゃ訓練になんないよ!」 きぃきぃと喚き合う二人の間に、アレンが慌てて入る。 「ジェリーさん!僕、気にしてませんから・・・!」 「そうは行かないわよん! リナリーの躾はアタシの仕事なんですもの!」 ジェリーがきっぱりと首を振ると、リンクがぽん、と手を打った。 「なるほど。 子猿をレディに育てるとは、大変なご苦労だろうとお察しします、料理長」 「誰が子猿よ、まゆわんこ!!」 「そうやってキィキィ喚く所がですよ!」 「またこのまゆわんこはリナリーにケンカ売って・・・」 リナリー争奪戦のライバルになりようがないことは喜ばしいが、こうも連続でケンカされるとさすがにうんざりしてくる。 ジェリーも同じことを考えたのか、ふと、小首を傾げた。 「ねぇアンタ達・・・二人でラビのお誕生日ケーキ作らない?」 「なぜっ!!!!」 見事に揃った声に、ジェリーがクスクスと笑い出す。 「そうすればちょっとは・・・えぇ、ほんの少しくらいは、仲良くなれるかも知れないでしょ?」 「無理!絶対無理!!」 「さすがにそれは不可能です!!」 絶叫と共に二人は、ぶんぶんとシンクロ率100%の動きで首を振った。 「いい動きしてるじゃないですか」 ライバルとなりようのない人間に対しては寛大なアレンが、磁石の両極のような二人に笑う。 だが、 「険悪コンビ2組目ねぇ・・・」 と言う、ジェリーの言葉に、ムッと口を尖らせた。 「1組目は僕と神田ですか?」 「そうよん。違う?」 「険悪だってのは認めますけど、『コンビ』呼ばわりされるのは嫌です!」 「右に同じ!!」 ぷんっと、アレンそっくりにリナリーも頬を膨らませる。 「じゃあ、ジャガイモ剥く? 量がハンパないけど」 と、背後を示したジェリーの指す先を目で辿り、リナリーが硬直した。 「リンクちゃんとケーキ作る方がいいわよねぇ?」 クスクスと笑うジェリーに、リナリーは長い長い葛藤の後、頷く。 「決断の遅い小娘ですね!」 「うるさい陰険わんこ!」 甲高い声を叩きつけ、リナリーはリンクを指差した。 「勝負よ! 絶対、おいしいの作るんだから!」 「一人ではカオスしか生み出せないニュクスが、偉そうな事言うんじゃありませんよ」 つんっと、嫌味を言ったリンクを、今にも蹴りつけそうなリナリーに、アレンが慌てて引きつった笑みを向ける。 「じゃあ僕がクピドになります 一緒においしいケーキを作りましょうね アレンが必死になってなだめる様を、ジェリーはどこか愉しげに見守った。 ―――― しかしその後、厨房に立ち込めた険悪な雰囲気には、ジェリー以外の誰もが怯えずにはいられなかった。 痛いほど張り詰めた空気に、ベテランシェフ達の手も鈍り、些細な失敗が積み重なっていく。 「アラアラ! みんなどぉしたの!新人君に戻っちゃったのかしらぁ?」 一人、いつもと変わらず振舞うジェリーにむしろ、アレンの方が呆れた。 「これが気にならないなんて、大物過ぎますよ、ジェリーさん・・・!」 「そぉお? アレンちゃんと神田が鉢合わせた時の方が、もっと緊張感に満ちてると思うけどぉ?」 ジェリーがクスクスと軽やかな笑声をあげると、『それもそうか』とシェフ達も、経験の長い方から落ち着いていく。 が、 「手順も覚えてないくせに、適当に入れるのはやめなさい! またこんなにダマにして・・・戦うしか能がないんですか!」 突如沸いたリンクの怒号に、皆がびくりと飛び上がった。 「ちょっ・・・リンク!そこまで言わなくったって!」 「お黙りなさい、ウォーカー! 1度ならまだしも、これで5回目ですよ?! 材料を無駄にするのもいい加減にしなさい!」 「う・・・・・・!」 反論も出来ず、リナリーは真っ赤な顔を俯ける。 フェミニストが基本スキルの団員達ならば当然、ここで手控えただろうが、鴉出身、中央庁所属のリンクは容赦なくとどめを刺しに行った。 「これでは嫁の貰い手がありませんね!」 「ふぇっ・・・えええええええええええええええええええ!!!!」 大きな泣き声をあげてジェリーに縋ったリナリーに、リンクは勝ったと言わんばかりに鼻を鳴らし、アレンは慌てふためく。 「なっ・・・なんてこと言うんですかこの傍若無人わんこ! 女の子相手に『嫁の貰い手がない』なんて、超絶NGワードじゃないですか!」 「本当のことを言ったまでですが?」 淡々としたリンクの言葉に、リナリーが更に泣き声を大きくした。 「リッ・・・リナリー、落ち着いて!」 「だって・・・!!」 ジェリーの胸に顔をうずめたまま、リナリーがしゃくりあげる。 「今までっ・・・戦うことしかっ・・・知らなかったんだもっ・・・・・・!」 「あぁ、よしよし・・・」 ジェリーが優しくリナリーの背中を撫でるが、リンクは更に容赦がなかった。 「私も幼い頃から戦闘訓練と勉学にいそしんできましたが、ケーキも上手に作れます。 一体、どのような違いがあったのでしょうね」 「うえええええええええええええええええええええええんっ!!!!」 「リンクちゃんっ! あんまりこの子いぢめないでちょうだい!」 リンクに対し、さすがに声を荒げたジェリーが、リナリーを必死になだめる。 「ホラ、そんなに泣かないのよ、リナリー! 心配しなくったって、練習しているうちに上手になるわ 「そうですよ! それにお嫁さんになら、僕がもらいますから大丈夫です 便乗していきなりプロポーズしたアレンに厨房の全員が凍りつく中、リンクが呆れたように肩をすくめた。 「死亡率の高いこの教団で、結婚可能な年齢まで生きていられますかね?」 「・・・本気でムカつきますね、このわんこは・・・・・・!」 こめかみをひくつかせたアレンがこぶしを握る。 「なんと言われようと絶対生き残って幸せになって、僕を不幸だアンラッキー・ボーイだって言ったみんなを見返してやるんだい!」 堂々宣言したアレンの心意気に打たれ、シェフ達から熱い拍手が沸いた。 「よく言った!」 「やれるだけやったれ!!」 「はい!」 声援を受け、握ったこぶしを振り回すアレンに、ジェリーが微笑む。 「ホラ、リナリー? アンタの方が、アレンちゃんの不幸克服より望みがあるんだから、泣いてないでがんばりなさい」 「えっ?! ジェリーさん、ひどいっ!」 「アラッ!ごめんなさい、ついうっかり!」 悲鳴じみた声をあげたアレンにジェリーが慌て、彼女の傍らでリンクが肩をすくめた。 「それが皆さんの本音ですよ」 「コノヤロッ・・・!」 悔しげにこぶしを震わせるアレンに、リナリーが思わず吹き出す。 「アラアラ、もう笑ってるわ くすくすと笑うジェリーに軽く背中を叩かれ、リナリーがようやく顔をあげた。 「一番に、リンク監査官を見返してやらないとね!」 挑戦的に睨んでくるリナリーに、しかし、リンクは軽く鼻を鳴らす。 「やれるものならいつでもどうぞ」 「ほんとムカつく!!」 「絶対へこますっ!!」 甲高い声できゃんきゃんと喚くリナリーとアレンに、リンクは『うるさい子猿共』と言いたげに肩をすくめた。 厨房での騒動も知らず、今日もマイペースに行動していたラビは、大方の予想を裏切らず、暢気に昼寝中だった。 広い城のどこに心地よいスペースがあるか、熟知した彼は今、図書室の日当たりのいい場所で、本の匂いに包まれている。 「・・・こいつは、まったく・・・・・・」 図書室に資料を借りに来たジョニーが、ラビを見つけて呆れた風に笑った。 その隣で、 「なにコイツ、猫?」 と、書籍用のワゴンに本を積んでいたキャッシュが眉根を寄せる。 「随分気持よさそうに寝てんじゃない」 「うん。 こいつ、ブックマンの弟子でさ、頭ン中には色んな情報が入ってんだ。 この城の、『昼寝にいい場所ランキング』とか」 「昼寝にいい場所・・・確かにね」 ラビが気持ちよさげに寝ている閲覧用デスクのすぐ隣は大きな窓で、日当たりもいい上に、凉しい風が彼の紅い髪を揺らしていた。 「・・・人が連続徹夜でがんばってんのに、いい身分じゃない」 ぎりぎりと奥歯を噛み締めたキャッシュの、地を這う声に、ジョニーが震え上がる。 「キャ・・・キャッシュ、でもこいつはエクソシストだし、戦場に行ったら俺らより大変で・・・・・・」 「そんなこと知るか! ちょっとアンタ!起きな!!」 キャッシュはその、大きな手でラビの襟首を掴むや、女とは思えない膂力で持ち上げた。 「ほにゃ・・・?」 突然の暴挙に、ラビが寝惚けた声をあげて半眼を開ける。 と、ぼやけた視界の中で、ふっくらしたものが揺れていた。 「肉まん・・・ 「なにすんのアンタっ!!」 嬉しそうに蕩けた顔で、自分の腹にしがみついてきたラビを、キャッシュが怒鳴る。 「ホンットここ、セクハラ男ばっかり!!」 絶叫と共に、キャッシュがしがみつくラビを引き剥がした途端・・・勢い余って、ラビの身体は窓の外にまで飛んでいった。 「あっ・・・!」 「ラビ――――――――!!!!」 ジョニーが慌てて窓に駆け寄るが、既にラビの身体は樹影に呑まれている。 しかも容易に予想できることだが・・・寝ぼけたラビが満足に受身など取れるはずもなく、案の定、下でぐしゃりと嫌な音がした。 「ひぃぃぃぃぃっ!!なんであるかっ?!」 頭上で枝を折る音がしたかと思えば、突如降って来てぐしゃりと血しぶきをあげた人体に、クロウリーの方が死にそうな悲鳴をあげる。 「ラッ・・・ラララッ・・・ラララララッ!!」 「・・・・・・歌ってる場合さ?」 「歌ってないであるよっ!!!!」 可聴音域ギリギリの甲高い声をあげ、クロウリーはびくびくと倒れたままのラビに歩み寄った。 「だ・・・大丈夫であるか・・・? ずいぶん出血しているであるが・・・・・・」 「寝てるとこ3階の窓から捨てられて、大丈夫だと思うさ? そこんとこ、状況判断して欲しいさね」 「・・・憎まれ口を叩く気力があるなら大丈夫であるな」 ほっと吐息して、クロウリーはラビの傍らにしゃがみこむ。 「動かしていい状況であるか?」 「んー・・・意識ははっきりしてっから、大丈夫だと思うんけど。 出血ひどいようなら、あんま揺らさず医療棟に連れてって欲しいさ」 怪我した当人でありながら、随分と冷静なラビに、クロウリーは呆れ顔で頷いた。 「・・・もー嫌さ今日は、アレンは落ちて来るし、リナリーは落ちて来るし、俺は落ちるし」 クロウリーの背に負われて、ラビがぶつぶつと零す。 「それは厄日であったなぁ・・・。 猫でもいじめたのではないか?」 「なんで俺が、そんなカワイソーなことするんさ。 大体、最近の俺のアンラッキーは、絶対アレンのが感染してんだから! 今日は特に奴の不幸の星が輝いてるに決まってんさ! 俺は日頃の行い悪くねぇのに、悪いことばっか続けて起こるんは、きっとそのせいさね!」 強い口調で断言したラビに、クロウリーが苦笑した。 「まぁ・・・運が悪かったりするのは、アレンのせいだけではないと思うであるが・・・」 しかしクロウリーの背で首を振ろうとしたラビは、めまいを覚えて彼の肩に顔をうずめる。 「俺だって、こんな非科学的なこと信じたくねぇケド、これに限っちゃ真理って気がするさ・・・」 「確かに・・・アレンの不幸の星は、並大抵の強さではないとは思うであるが・・・しかし・・・・・・」 なんとか話をいい方向に持って行こうと考えるが、全くいい知恵が浮かばないままクロウリーが言葉を濁した。 気まずい雰囲気をどう紛らわしたものか、クロウリーが悩んでいると、本城の方からジョニーとキャッシュが駆けてくる。 「ラビ!!生きてる?!」 声を揃えた二人に、クロウリーの背に追われたラビは弱々しい声をあげた。 「も・・・死ぬ・・・・・・」 「ごっ・・・ごめん! あたしったら、つい・・・!」 イラッと来て、という言葉は慌てて飲み込んだが、察しのいいラビは恨みがましい目でキャッシュを見つめる。 「ひどいさー・・・・・・俺が一体、なにしたって言うんさー・・・・・・」 しくしくと泣くラビの背を、駆け寄ったジョニーが撫でた。 「お前は悪くないよ。 ごめんなー?」 言いながら、ジョニーは負われたラビの身体を素早く触診する。 「うん、骨は折れてないみたい。 さすが、生身でレベル4と戦っても生きてただけあるよ!丈夫だなぁ!」 「へ?そうなのであるか?」 「あぁ・・・クロちゃんは寝てたから知らないんさね。 うん・・・まぁ、なんとか生きてたさ」 ほっと吐息したキャッシュを複雑な顔で見ながら、ラビはクロウリーに頷いた。 「だからって、ユウちゃんみたく不死身じゃないんさね。 寝てるトコ、窓から捨てないで欲しいさ」 「ご・・・ごめんなさい・・・・・・」 大きな身体を縮めて謝るキャッシュに、ラビはもう一度頷く。 「ほんじゃ、早く医療棟で手当てしてさー。 ・・・まだ知らないんなら言っとくけど、あそこの婦長、世界で一番怖い人さね」 きっと怒られると、舌を出したラビに、キャッシュだけでなくジョニーも固まった。 「じゃ、行っちゃってクダサイ ようやく溜飲をさげて、ラビが機嫌良くクロウリーに言う。 「やはり・・・日頃の行いもあるのではないかなぁ・・・・・・」 苦笑しつつ、クロウリーはラビを連れて病棟に向かい、その後をキャッシュとジョニーが、よろよろとついて行った。 「まぁ!また戻って来て!」 今度は何、と、目を見開いた婦長に、ジョニーが事情を説明する。 「キャッシュ・ドップ! あなたちょっと、ここへお座りなさい!!」 ラビの治療をドクターとナースに任せ、大声で怒鳴った婦長の前で、キャッシュが捕まった仔ネズミのように震えた。 団員の誰もが『世界一怖い』と言う彼女に叱られ、うな垂れる彼女に、ラビが苦笑する。 「おかげさんで、今後キャッシュにいじめられることはなさそうさ 「しかし・・・今日は本当に災難続きだね、Jr.・・・。 なのに重体でないのが不思議だよ」 呆れ口調のドクターの目が、不意に煌めいた。 「どういう構造になっているのか、ぜひ研究してみたいねぇ・・・!」 「っアンタまで科学班の奴らみたいなコト言わないでほしいさ!!」 ビクッと飛び上がり、診察台から落ちそうになったラビを、クロウリーが慌てて支える。 「ドクター・・・ラビは今、神経過敏になっているであるから、あんまりいじめないで欲しいであるよ・・・」 「あぁ・・・そうだね。 今日は災難が続いたみたいだしね」 「今日でなくてもお断りさっ!!」 びくびくと震えるラビに、嗜虐性を刺激されたドクターが愉しげに笑った。 「そんなつれないこと言わないでおくれよ。これも人類発展のためだよ」 「世のため人のために犠牲になるほどいい子じゃないさっ!!」 本気で泣き出したラビの肩を、キャッシュへの説教を終えた婦長が優しく撫でる。 「ホラ、冗談だからそんなに泣かないのよ。男の子でしょ。 ドクターも、さっき優しくしてやりなさいって、おっしゃったばかりでしょ!」 婦長に睨まれて、ドクターは亀のように首をすくめた。 「だって・・・なんだかいぢめたくなるんだよ・・・」 いい反応してくれるから、と、子供のような言い訳をするドクターに、婦長がため息を漏らす。 「ラビ、ここも安全な場所ではないから、早目に出た方がいいわよ」 「そーするさっ!」 涙を拭ったラビは、言うや自分の足で立ち上がった。 「あなた・・・本当に丈夫ねぇ!」 感心するよりむしろ、呆れた口調で言われ、ラビは肩をすくめる。 「たくさんある取り柄の一つだもんさ」 「そんなにたくさんの取り柄があるのにいじめられるなんて・・・器用貧乏ってあなたのことね」 「・・・ふちょー、一言多いデス」 ぶぅ、と膨れて、ラビはクロウリーの手を引いた。 「いこ、クロちゃん! ここにいるといぢめられるさ!」 「あ・・・あぁ・・・」 吹き出しそうになった口を慌てて押さえ、クロウリーが婦長に一礼する。 「本当にごめんねー!」 キャッシュとジョニーも声を揃え、振り向いたラビは思いっきり舌を出して、病棟を出て行った。 「もう俺、今日は部屋から出ないさ! 新しく届いた新聞読みながら、一日中ごろごろしてやるんさ!!」 ぶぅぶぅと不満を漏らすラビに苦笑し、クロウリーは庭へ続く回廊で手を振った。 「では、私は庭に戻るであるから、気をつけるであるよ・・・今日は不幸の星が輝いているようであるからな」 クスクスと笑声をもらすクロウリーに盛大に頬を膨らませ、ラビが頷く。 「病棟に連れてってくれてあんがとさ」 「いいや」 もう一度手を振って、踵を返したクロウリーに、ラビも手を振って背を向けた。 「あぁ、もう! 可哀想さ、俺! なんて可哀想なんさ、俺! 今日だけでひと月分の怪我したから!」 話し相手がいなくなってしまったため、一人でぶつぶつとぼやきながらラビは部屋に戻った。 「もー嫌さね、俺! アレンもリナも不幸の星も寄ってくんなっ!」 いつもより格段に片付いた部屋の引き出しを漁り、次々に鎖だの爆薬だの、溜め込んだ危険物を引きずり出す。 「ふんっ! ジジィ以外、立ち入り禁止さ!」 ぷんぷんと怒りながら、ラビはドアの外に、ブックマンなら容易に解除できる程度の爆薬を、これ見よがしに仕掛けた。 侵入者の防止と威嚇のためだが、幾重にも鎖を絡めて封印したドアを無理に開けようものなら、廊下側にいる人間が星になるまで吹き飛ぶようにしてある。 「これでようやく、平穏な読書タイムさね!」 ポケットから取り出したロリポップをくわえて、ラビはベッドに寝転がった。 しかし、彼が目で追う記事は、平穏とは程遠いものばかりだ。 「・・・こーゆーのって、一人で読んでると気が滅入るよなぁ。 ジジィ、帰ってこねーかな・・・」 しかし一体どこへ行ってしまったのか、ブックマンは帰ってくる気配もなかった。 代わりに、 「あれ?!なにこれっ?!」 「ラビー!!ラビ!!なにこれー?!」 アレンとリナリーの甲高い声に続き、壁を蹴る音がする。 爆薬と鎖で、ドアに近づけないための行為だろうが、傍若無人な二人にラビのこめかみが引きつった。 「やっかましいさお前ら!! 疫病神よけに決まってるさね!!」 「なんだよ疫病神って!」 きれいに揃った声に対して、小さいのに不思議なほどよく通るリンクの声が『あなた達のことに決まっているでしょう』と嫌味を言う。 「わんこ正解!」 ドアに向けて拍手すると、疫病神達は更に激しく壁を蹴った。 「酷いッ!! 僕たちのどこが疫病神ですかっ!!」 「お前が言うな!この、歩く不幸撒き散らし器め!!」 「今日はちょっと失敗しただけじゃない!!」 「お前は反省するってことを知らないんさっ?!壁蹴り砕くなよ、乱暴娘!!」 アレンとリナリーの喚声に対する見事な切り返しに、廊下側から拍手が沸く。 「ブラボー、Jr.! さすがの語彙です」 『疫病神』や『歩く不幸撒き散らし器』という表現が気に入ったらしく、いやに感心するリンクをアレンとリナリーが睨みつけた。 「なんだよ、今度自分で使う気?!」 「さっき私の語彙がないって言ったくせに!!」 「うるさい子猿達を効率的に黙らせるためには、私もそれなりに悪口雑言と言うものを習得するべきかと考えまして」 「なに――――――――!!!!」 「お前ら人の部屋の前で騒ぐんなら帰れっ!!」 落ち着いて新聞も読めない、と、怒鳴るラビにアレンが頬を膨らませる。 「なんだよなんだよっ! 僕はただ、ラビ『で』遊びたいだけなのにっ!」 「せめて『と』って言えっ!!」 「せっかくケーキの味見させてあげようと思ったのに!」 「そこ置いとけっ! 後でジジィに運んでもらうさっ!」 断固拒否の姿勢に、アレンが憤然と鼻を鳴らした。 「ふんっ!ラビのヘタレウサギっ!」 「意地悪っ!もうあげない!!」 「誰に言われてもお前らに言われたくねェェェェ!!!!」 「ごもっとも」 うんうん、と頷いたリンクを、アレンとリナリーが睨む。 「なんだよっ!キンブ・オブ・陰険っ!!」 「根暗・オブ・ザ・イヤー!!!!」 「なんっ・・・!!」 見事な悪口雑言にリンクが絶句すると、二人は思いっきり舌を出した。 「そこで悪口でも習ってれば!」 「ずっと帰って来なくていいよっ!!」 言うや踵を返して逃げ出した二人をリンクが追う。 「待ちなさいっ・・・待てクソガキ――――――――!!!!」 リンクの絶叫が段々遠ざかっていくのを聞いて、ラビはため息をついた。 「苦労するさね、あいつも」 なんだか酷く可哀想に思えたが、同情している場合ではない。 「アレンの不幸の星が、俺からリンクに移動しますように・・・!」 本当にそうなったらいいのに、と、ラビはポケットから新たなロリポップを取り出した。 ラビに『不幸の星移譲』を願われたとは知らないリンクは、長い回廊を駆け抜け、アレンに追いついた。 「まったくこの仔ネズミはちょろちょろと!!!!」 さすがに息を切らしつつも、怒鳴ったリンクに襟首を掴まれ、アレンが頬を膨らませる。 「24時間くっついてんですから、たまには離れたっていいじゃん!」 「24時間君を監視するのが私の仕事ですっ!!」 「なによっ!ミランダの命令なら、ほいほいついてくくせにっ!」 アレンと引き離されたリナリーも、そっくりに頬を膨らませると、リンクにじろりと睨まれた。 「あんまり生意気な口を利くようでしたら、あなたの不行状を逐一料理長にご報告申し上げましょうか、リナリー・リー? 一体、どれ程のジャガイモを剥かされるでしょうね?」 「ひっ・・・!」 恐怖に凍りついたリナリーに鼻を鳴らし、リンクはアレンの襟首を持ったまま踵を返す。 「ウォーカー、お勉強の時間です。 君は余計な知識ばかり溜め込んでいるようですから、この際、私が本当の学問というものを叩き込んでやりましょう」 「うぇっ?!まだ昨日の課題、やってな・・・!」 「なぜ?」 冷ややかに睨まれて、アレンはピチピチと目を泳がせた。 「昨夜はー・・・君をまいて、ラビとリナリーと一緒に花火して遊んでたから・・・デス えへ 「二度とそんな不届きな真似ができないよう、ビシビシ鍛えてあげますよ!」 「わぁぁぁぁぁんっ!!!ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!!!」 憤然としたリンクと彼に連行されるアレンを呆然と見送ったリナリーは、置いてけぼりにされた事に気づいて頬を膨らませた。 「なんだよ・・・。 なんだよなんだよ・・・ちぇっ!」 悔し紛れに床を蹴ると、足首のアンクレットが不規則に揺れる。 「イノセンス・・・なんでさっきは・・・・・・」 地面に叩きつけられそうになった光景が蘇り、ぞくりと震えた。 「イノセンス・・・また壊れちゃったんじゃ・・・・・・!」 以前、発動しなくなってしまった時のことを思い出し、リナリーは震える身体を抱く。 「に・・・兄さんに・・・・・・!」 診てもらおう、と、踏み出した足は不意に止まった。 今、兄の側には中央から派遣された補佐官がいる。 彼女の目の前で、自分の弱味をさらすことは絶対に嫌だった。 「班ちょ・・・もダメか・・・・・・!」 リーバーには上司への報告義務がある。 わがままを言えないこともないが、第二、第三班の班長達が本部科学班の取り込みを狙っている現在、彼の立場を悪くするわけには行かなかった。 「どうしよ・・・神田はまだ、ドイツだし・・・ヘブラスカには中央庁の監査官が張り付いてるし・・・・・・」 相談する相手が見当たらず、ずっと自分の爪先を見つめていたリナリーは、不意に踵を返す。 駆けて来た道を戻り、ラビの部屋の前に来ると、積み上げられていた爆薬は、魔法のようにきれいに取り払われていた。 リナリーが戻る、少し前。 部屋の前に仕掛けた爆薬を簡単に取り去ったブックマンは、しかめっ面でドアを開けた。 「これは何のつもりだ?」 ただの物質と化した爆薬を掲げた彼に、ラビは笑って拍手する。 「今日はアレンとリナリー・・・キャッシュにも酷い目に遭わされたからさ、プチ引きこもりするための示威行動 「爆発物を仕掛けたくらいで引きこもりを語るでないわ! やるんならもっと徹底的にやれ、未熟者!」 「そっちかい!」 見当違いも甚だしい叱声に、ラビがむくれた。 「今日はもう、2回も病棟行くくらい大変だったんさ! ちったぁ心配してくれてもいいんじゃないさ?! それに本気でトラップ仕掛けて、ジジィが入って来れんくなったら俺、部屋から出らんねーじゃん!」 「あほう! お前の知っておることで、私が知らんことなどない!」 「だからそぉゆう問題じゃなくてっ!」 「あ・・・あのぅ・・・・・・」 怒鳴り合う二人に、ドアからこっそり覗くリナリーが恐る恐る声をかける。 「うわ!また来たさ!」 「またって・・・」 声を荒げそうになったリナリーは、危うく思いとどまってブックマンに向き直った。 「ちょっと・・・ラビ借りていいですか?」 「好きにするがいい」 「ぅえっ?!なんでさっ?!」 逃げようとするラビの腕を、リナリーが素早く掴む。 「いいから!」 「行って来い」 「ドナドナッ!!」 ブックマンに手を振って見送られ、ラビは泣く泣くリナリーに連行された。 「・・・で?なんなんさもー・・・・・・」 不幸の星が瞬く様を幻視しつつ、肩を落とすラビの裾を、リナリーはそっとつまむ。 「あのね・・・私が落ちた時、ホントはね・・・・・・」 涙声で語られる事情に、ラビの表情も引き締まっていった。 「どうしよう・・・! また、イノセンス使えなくなっちゃったのかなぁ・・・・・・!」 庭のベンチに両足を乗せ、膝を抱えたリナリーのうな垂れた頭を、ラビは優しく撫でてやる。 「それ、今も発動できないんさ?一時的な不調とかじゃなくて」 「・・・・・・わかんない」 膝に顔をうずめたまま、弱々しく首を振るリナリーを、ラビは不思議そうに見つめた。 「なんでさ。 やってみりゃいいじゃん。ちょっと調子悪かっただけかもしんねぇんだから」 「だって・・・」 泣き顔をあげたリナリーが、涙声を詰まらせる。 「ホントにっ・・・発動しなくなってたらって思ったらっ・・・怖いんだもっ・・・!!」 それに、と、かすかな震え声を聞き取って、ラビは耳を寄せた。 「た・・・高い所・・・が・・・・・・」 「ん?どうしたさ?」 「あんなに・・・高い所から落ちて・・・すごく怖かっ・・・・・・!!」 困り顔を傾げたラビは、ぶるぶると震えるリナリーの肩を抱いてやる。 「そか・・・。 落ちたの、初めてか」 ダークブーツの適合者であるリナリーは、幼い頃から鳥のように飛ぶことを知っていた。 風も空も、全てが彼女の味方で、裏切られることなど思っても見ない。 なのに今日、彼女の意志に逆らったイノセンスは、足枷のようにリナリーを拘束するだけで、翼になることを拒んだ。 「・・・裏切られた気でもしたんさ?」 ラビの問いに、リナリーは震えを大きくして頷く。 「どうしよう・・・! また私、足手まといになっちゃうよ・・・! そしてきっと・・・・・・・・・!」 「リナ?」 それ以上、声も出ないほどに震え、怯えるリナリーを、ラビが訝しげに見つめた。 「どうした? ・・・っおい!!息しろ、息!!」 ラビは呼吸も出来ないほどに強張り、喘ぐリナリーの両肩に手を添える。 「大丈夫、落ち着け、リナ!ホラ、深呼吸してみ?!」 揺さぶられて、リナリーは詰めていた息を吐いた。 「い・・・今・・・ここには・・・こわい人たちが・・・いるの・・・・・・! わ・・・わたし・・・わたしまた・・・! わたし・・・またとじこめられる・・・! はつどう・・・できるようになるまで・・・いたいことされるの・・・・・・!」 リナリーの震え声が、妙に幼い言葉を紡ぐ。 「痛いこと?」 眉根を寄せたラビに、リナリーは悲鳴じみた泣き声をあげて縋った。 「シンクロしてるのに・・・発動できないのはわるい子だって・・・! わるい子はおしおきするって・・・!! どんなに逃げても、マスクの人たちが追いかけて来るんだ!!!!」 泣きじゃくるリナリーを抱きしめ、ラビは小さな子供をなだめるようにその背を撫でてやる。 リナリーが幼い頃、教団で酷い扱いを受けていたとは聞いていたが、彼女が受けた心の傷は、ラビが思っていた以上に深く、彼が仕入れた『情報』だけでは想像も出来なかった。 だが、 「リナ。 リナリー、聞けよ」 泣きじゃくるリナリーに対し、ラビは静かに声をかける。 「落ち着くさ。 お前を閉じ込めて、いじめる奴なんてもういねぇからさ」 「でも・・・!」 泣き顔をあげたリナリーを見下ろし、ラビはにこりと笑いかけた。 その笑顔に、リナリーも反駁をやめて黙り込む。 「いいか、よく聞きな? まず、お前はもう、ちっさな子供じゃない」 そう言ってラビは、リナリーの目の前に指を一つ立て、軽く振った。 「一人前のエクソシストをいじめる奴なんか、この教団にはいない。なぜなら」 ラビが、二本目の指を立てる。 「コムイがいるから。 あいつがいる限り、エクソシストは中央庁の無理な要求から守られる。 エクソシストは、もう『戦う道具』じゃなくて『人間』さ」 な?と、小首を傾げたラビに、リナリーも頷いた。 「それに」 と、三本目の指が立つ。 「リナリーをいじめる奴は、俺やユウちゃん、アレンだけじゃなく、普段温厚なクロちゃんやミランダだって許さない。 特に元帥達は、中央庁の奴らがちっさいお前をいじめてたの知ってるからさ。 またそんなことしたら、今度こそエクソシスト全員、中央庁に反抗しかねない」 スパルタクスの乱みたいにな、と、ラビは楽しげに笑った。 「そんで4つ目は、お前の特殊な問題」 「私の?」 四本の指を立てた手を、ひらひらと振る様を見つめながらリナリーが問う。 「ん。 お前は史上初、世界でただ一人の、結晶型イノセンスの適合者さ。 今まで寄生型と装備型しかなかった適合方法の中間に位置する結晶型は、まだまだ謎が多い。 たまに・・・ごくたまに、エクソシストの意志に逆らうことがあっても、不思議じゃないんかもしんないさ」 「あ・・・!」 次々と出される回答に、リナリーの涙はいつしか止まっていた。 その様に笑みを深め、ラビは手を開く。 「そして5つ目」 開いた手を、ラビはリナリーの頬に添えた。 「地上最速、最強のワガママ娘を、誰が捕まえられるんさ? お前、今の自分がとんでもなく強いこと、忘れてね? レベル4ぶっ壊した実力なら、鴉の一羽や二羽、簡単に蹴飛ばせるさ!」 にこりと笑った彼に、一瞬、呆気に取られたリナリーが笑い出す。 ようやく力の抜けた肩を叩いて、立ち上がったラビが手を差し伸べた。 「ホレ。 天使が高所恐怖症じゃ、カッコつかねぇさ。 まずはそのベンチから飛び降りてみ?」 からかうように笑う彼に笑みを返し、ベンチの上に立ったリナリーが飛び降りる。 「じゃ、次は2階に行ってみっか。 高所恐怖症は、『ここから落ちたら死ぬ』って恐怖が原因のことが多いからさ」 「そうなの?」 ラビに手を引かれ、ついて行きながらリナリーが問うと、彼は肩越しに振り返って頷いた。 「今まさに、お前がそうじゃんか」 「う・・・そうだね・・・」 気まずげに俯き、自分の爪先を見つめるリナリーにラビが笑う。 「最強ワガママ娘に意外な弱点があるってのも、可愛くていいとは思うケド、さすがにこれはヤバイかんね。 早期治療するに越したことないさ」 「うん・・・!」 大きく頷き、リナリーは信頼のこもった目でラビを見つめた。 「お願い・・・します!」 「おう 頼もしく頷き、リナリーの手を引いて庭を出るラビを、その時、階上から狙う目がある。 紅い頭をざくろにしてやろうと、文鎮を持って振りかぶった腕は、背後から掴まれた。 「やめなさい。 君のコントロール力では、50%の確率でバタフライ娘に当たります。 ・・・まぁ、それはそれで構わないのですが、この文鎮は長官に頂いた、大切なものですから」 血で汚れては困る、と、冷静な声と共に文鎮を取り上げられ、アレンはじたじたと暴れる。 「だってあのヘタレウサギ、リナリーとあんなに仲良くしてェェェェェ!!!!」 「最初の状況を見るに、嫌がるJr.を連行したのはバタフライ娘の方でしょう。 八つ当たりするのはやめなさい」 さすがに会話までは聞こえなかったが、二人が庭に来てからの一部始終を硬直したアレンの傍らで見ていたリンクが、呆れたように吐息した。 「バタフライ言うなっ!! リナリーは浮気者なんかじゃないもんっ!!」 「君がそう信じるのは自由ですとも」 聞きようによってはとんでもなく不安を与えることを言って、リンクは手にした教鞭を振る。 「二人も消えたことですし、早く勉強に集中しなさい。 さもないと、本当に鞭を使うことになりますよ?」 ビシッと机を叩かれて、アレンがむくれた。 「こんな状況で集中なんか出来ないよっ!」 「では、こうしましょう」 メガネのブリッジを押し上げ、リンクは鞭の先で本を示す。 「昨日サボった課題と今日の分の課題を済ませた後、明日の分もきちんとやると誓うなら、部屋を出てよろしい」 「ホントッ?!」 喜色を浮かべたアレンに、リンクはゆっくりと頷いた。 「やりますか?」 「やりますっ!がんばるっ!!」 大声で言うや、アレンは果敢にリンク特製の課題集に向かう。 ・・・が、彼の意気が衰えるまでに、そう時間はかからなかった。 「あの・・・難しいん・・・ですけど・・・・・・!」 ペンを持ったまま、硬直するアレンをリンクが意地悪く見下ろす。 「この程度の問題も解けないとは、実に困った生徒です。 これは基本から鍛えなおす必要があると考えます」 「えぇっ?!」 引き攣った悲鳴をあげるアレンに、リンクは薄く笑った。 「ブックマンの後継者であるJr.は当然のこと、あの乱暴娘も学力はかなりのものです。 エクソシストだからとか、任務が忙しいからなどと言う言い訳は通用しませんよ?」 「ぅえ・・・・・・」 蒼褪めて俯いたアレンを、リンクは愉しげに見遣る。 「今日中に部屋を出られればいいですねぇ、アレン・ウォーカー?」 震える手でペンを握るアレンの汗顔を、涼しい風が冷やして行った。 一方、城の中に入った二人は、2階の空き部屋から庭を見下ろすバルコニーに出た。 「どうさ?」 バルコニーに出る時はやや怯えた様子を見せたものの、あんなに怯えていた割には平然と、リナリーは下を見下ろす。 「ん・・・この高さなら平気・・・」 「ま、俺だって怪我しない程度の高さだしな」 常人であれば大怪我をしたかもしれないが、この教団に属する者ならば、エクソシストでなくとも2階程度の高さから飛び降りるのは日常茶飯事だ。 この程度の高さで怪我をしていては仕事にならない。 「イノセンスなしでも平気な高さなら大丈夫ってコトさね。 それに、俺の部屋掃除してた時、窓を開けるまでは平気だったんだろ?」 「うん・・・」 「つまり、足元がしっかりしてるトコは平気なんさ、お前。 逆にこのバルコニーみたいに、これごと落ちるかもしんないってトコは嫌なんさね」 「・・・・・・そうなんだ」 自分では気づかなかった恐怖の原因を分析されて、リナリーが目を丸くした。 「んじゃ、3階に行くさ。 きっとお前が怖いんは、落ちちまった修練場の窓の高さだと思うんケド、徐々に慣らして行った方がいいさね」 「う・・・うん・・・!」 さっさと踵を返したラビに、リナリーが慌ててついていて行く。 「ど?」 3階のバルコニーに出る時、やはり少し身が竦んだが、高さはまだ、恐怖をもたらすほどではなかった。 「んじゃ、いよいよ4階さ」 ラビの部屋と同じ高さ。 リナリーは、自分でも驚くほどの恐怖を覚え、バルコニーに出ることすらできなかった。 心臓は誰かに鷲掴みにされたように苦しく、脚は氷のように冷えて、それ以上、一歩たりとも前に進もうとしない。 「ラ・・・ラビ・・・・・・!」 だめ、と、真っ青になって首を振るリナリーに、バルコニーの手すりにもたれたラビは苦笑した。 「なぁ、リナ? お前、今朝まで平気だったのに、なんで急にこんなことになったんだと思うさ?」 「え・・・?そんなの・・・・・・」 「考えるさ。 こう言うことはほっとくと、原因不明の恐怖として残る。 トラウマになっちまう前に分析しろ」 「分析・・・?」 「そ。 お前、今日はケーキ作ったって言ってたろ? ケーキの材料はなんさ?」 突然わけのわからない質問をされて、戸惑いながらもリナリーは、ついさっきまで作っていたケーキの材料を思い浮かべた。 「ん・・・と・・・。 卵と小麦粉、砂糖に生クリーム、あとは香り付けのバニラとかリキュール。 飾りのフルーツとか?」 「だな。 んじゃ、お前が作ったケーキが、カオスになっちまう原因はなんさ?」 「わ・・・悪かったわね、下手で!」 あっさりと『カオス』呼ばわりされて、リナリーの頬が紅潮する。 「でも今日は、眉わんこに嫌味言われながら作ったんだから、大丈夫だもん!!」 憤然と言うリナリーに、ラビがクスクスと笑った。 「だから、一人で作ったのと今日作ったのじゃ、なんのやり方が違ったんさ?」 「・・・材料の分量と火加減・・・混ぜ方もかな?」 リナリーの悔しげな口調にまた、ラビが笑う。 「そんだけ原因がありゃ、カオスになるのも無理ないさ」 「うっ・・・うるさいなっ!!次はうまくやるからいいんだよっ! もう原因わかった・・・し・・・・・・あ!」 大きな目を見開いたリナリーに、ラビが頷いた。 「これもそれとおんなじさ」 「そ・・・そっか・・・・・・」 震えて言うことを聞かない足を見つめるリナリーに、ラビが笑みを深める。 「こう言う事には因果関係がある。 今、怖くて足がすくんでる、って『結果』がもたらされるには、そうなる『原因』があった。 リナ? なんで今、震えてるんさ?」 「た・・・高い所が怖いから・・・」 ラビの問いに、リナリーが震え声で答えると、彼は頷いて次の質問を発する。 「なんで高い所が怖いんさ?」 「それは・・・窓から落ちて、地面に叩きつけられそうになったのが、すごく怖かったから・・・!」 ぶるっと震えたリナリーに、ラビはまた頷いた。 「なんで地面に叩きつけられるのが怖いんさ?」 「死んじゃうもんっ!」 悲鳴をあげたリナリーに、ラビは構わず頷く。 「高所から飛び降りることには慣れてるお前が、なんで今回、死ぬと思ったんさ?」 「イ・・・イノセンスが、発動しなかったから・・・・・・!」 ぶるぶるといっそう激しく震えだしたリナリーに、しかし、ラビは歩み寄ろうともせず、手すりにもたれたまま質問を続けた。 「じゃ、イノセンスさえ発動してりゃ、お前は今まで通り、高い所も平気で、バルコニーの手前で震えることもなかったんさ?」 「そ・・・それはもちろん・・・」 「じゃあ」 にこりと、ラビは笑って手すりに腰掛ける。 「イノセンスが今まで通り、お前の意志に従うんなら、これからもお前は怖いものナシなんさ?」 組んだ足をぶらぶらと振り、前後に揺れるラビを不安げに見ながら、リナリーは無言で頷いた。 「リナ?」 静かな声で名を呼ばれ、リナリーはいつの間にか俯けていた顔をあげる。 「言ったろ。ちゃんと分析しろ」 「う・・・・・・」 徐々に視線を下げながら、リナリーはかすかな声で呟いた。 「裏切られた・・・って・・・思った・・・・・・」 幼い頃から共にあり、ずっとリナリーを拘束してきたイノセンス・・・。 一度は力を失ったそれは、リナリーの血を与えることで、再び戦う力を取り戻した。 なのに・・・・・・。 「発動しない・・・なんて・・・! あんなに犠牲を強いたくせに、裏切られたって思っ・・・・・・!」 「裏切ったのはイノセンスじゃない。お前が契約を違えたんさ」 思わぬ厳しい言葉に、リナリーは絶句した。 「言ったろ。 お前のイノセンスは、史上初の結晶型イノセンスだってさ。 ただでさえ謎だらけのイノセンスの中でも、この世界にたった一つのものさ。 今まで通り、自分の意志のみでコントロールできると思うんは、怠慢じゃないんさ?」 「あ・・・・・・」 大きな目を見開いたリナリーに、ラビはにこりと笑う。 「ワガママ娘のワガママイノセンスだろ。 感情までシンクロしてんなら、リンクみたいな頭ごなしの命令にゃ、逆らいたくもなるさね。 死なせるつもりはなくても、ちょっとは懲らしめてやろうなんて、いかにもお前の考えそうなことじゃないさ?」 「う・・・・・・」 反論も出来ず、視線をさまよわせたリナリーは、ラビの笑声に紅くなった顔をあげた。 「仲直りするんさね、リナ」 手を振ったラビの身体が、手すりを越えて虚空に投げ出される。 「ラビ!!!!」 考えるより先に駆け出し、バルコニーを越えた。 軽々と虚空を蹴った足は風を従え、先に落ちた彼へと追いつき、受け止めて、羽根のように地上へ舞い降りる。 「ブラボー♪発動できたじゃないさ 地面に降り立つや、暢気に拍手するラビの前で、リナリーはへたり込んだ。 「・・・っなんてことするんだよ! もしまた発動できなかったら・・・」 「忘れてね? 俺だってイノセンス持ってるコト ぽんぽん、と、ホルダーに収まった槌を叩く彼に、リナリーががっくりと肩を落とす。 「こんなことで命賭けたりせんさねー 「・・・・・・・・・・・・そうだね」 反駁の言葉を探す気力もなく、リナリーは深々と吐息した。 「で?今の気分はどーさ?」 「今の気分?がっくりだよ・・・」 見てわかるでしょ、と、素っ気無いリナリーの上に、ラビが屈みこむ。 「そーじゃなくて、高いトコから落ちたケド、どうさっつってんの」 「・・・あれ?!」 今自分がいる場所と、一瞬前までいた場所を見比べ、リナリーが慌てて立ち上がった。 いつも通り、彼女の足を包むブーツは、軽い跳躍で軽々と元いたバルコニーに戻る。 「・・・・・・平気みたい!」 地面に残ったままのラビに呼びかけると、彼は親指を立てた手を突き出した。 「やったじゃん♪」 「うんっ・・・!」 どうしてあんなに怯えていたのか、今では不思議なほど、リナリーは風の感触を愉しみながら再び地上に降り立つ。 「ラビー!!!!」 「ハイハイ♪」 喚声をあげて抱きついてきたりナリーを、ラビは笑って受け止めた。 「仲直り、おめでとうさん」 「うんっ!ありがとう〜〜〜〜!!!!」 感涙に咽ぶリナリーの背中を、ラビは軽く叩いてやる。 しばらくして、ようやく顔をあげたリナリーが、不思議そうに彼を見つめた。 「ねぇ・・・なんでこんなに早く治せたの?」 少々荒療治ではあったが、リナリーの相談内容だけで的確なカウンセリングをやってのけた彼は、得意げに胸をそらす。 「ふふん♪ 言っとくけどな、記憶することに関しちゃ、俺の方が上なんさ。 悪いケド、恐怖の思い出なんざ年の分だけたまってんさね!」 「なのに、なんでラビは平気なの?」 自慢することだろうかと呆れながらも、自分も参考に出来れば、と思って問えば、ラビは首を傾げた。 「んー・・・解離性同一性障害って知ってるさ? 厳密に言えば違うんけど、まぁ・・・わかりやすく言えば二重人格だな。 俺の場合はそれに近いかな」 「え?!ラビ、二重人格なの?!」 「たとえさ、たとえ!大声で言うな!」 大きな目を見開いて声をあげたリナリーの口を、ラビが慌てて塞ぐ。 実を言えば二重人格どころではなく、彼の中には名前を変えた分だけ違う人格が存在するが、それは言う必要のないことだった。 「ま、そんなカンジで、体験した俺と記憶する俺を分けてんの。 だから・・・」 ラビの手を振り解いて、リナリーが大きく頷く。 「時々、必要以上に忘れちゃうんだね!」 「そこを納得すんな!」 びしっ!とチョップされて、リナリーが頭を抱えた。 「いっ・・・イタイー! 本当のことじゃないかぁ・・・!」 「くだんねぇコト言ってると、このこと教団中にばらすぜ?!」 「う・・・!ごめんなさいそれはやめて・・・!」 踵を返したラビの背中に縋ったリナリーが、引きずられながら懇願する。 「お願い!明日のお誕生会、盛大にやるから・・・!」 「ふんっ!」 「おっ・・・お願い!お誕生日プレゼント、奮発するから・・・!!」 と、ラビの足がぴたりと止まった。 「誕生日プレゼント、クラウド元帥のキスがいい 肩越しに蕩けた顔を向けられて、リナリーはぶるぶると首を振る。 「そっ・・・それは無理だよぅ・・・!」 「じゃあみんなにバラそ。 みんなー!リナがさー!高いトコでー!」 「ふぇぇぇっ・・・!!他のじゃだめぇ?!」 更に泣いて縋るリナリーに、ラビは不満顔を向けた。 「やってみもしないで別の条件に代えようなんざ、志が低いぜ、リナ! お前もエクソシストなら、やれるだけやってみるさ!」 「ちょっ・・・それ、真面目な顔して言うことかなぁ?!」 「俺はマジさね!!」 こぶしを振り上げて絶叫するラビの背中に、リナリーはぐったりと顔をうずめる。 「わかった・・・。 やってみるよ・・・・・・」 とうとう頷いた彼女に、ラビが歓声をあげた。 「クラウド元帥も、お前の『お願い』ならきっと聞いてくれるさー 「そうかな・・・・・」 今日一日でとうに枯渇した気力を振り絞り、リナリーは乾いた声をあげる。 「がんばって・・・みるよ・・・。 でも期待・・・」 「してるさねー 『期待しないでね』と言う言葉を、タイミングよく塞いだラビは陽気な笑声をあげ、その背中に取り付いたリナリーは、またずるずるとへたり込んだ。 その後、クラウドにラビの要請を伝えたリナリーは、頭に容赦ないチョップを食らってうずくまった。 「うぇぇ・・・!イタイー・・・!!」 「お前がくだらないことを言うからだ」 冷淡に見下ろされ、リナリーは自分の頭を抱える腕の間から、恐々とクラウドを見あげる。 「お・・・お願いします・・・! クラウド元帥がキスしてくれないと私・・・・・・!」 「なんだ?」 苛烈な目で睨まれて、リナリーの目が泳いだ。 「ラ・・・ラビのお誕生日プレゼントに困るなー・・・ひっ?!」 巨大化したクラウドの猿に襟首を掴まれ、軽々と持ち上げられてクラウドの目の前に差し出されたリナリーが、真っ青になって固まる。 「正直に言え」 「ぅえっ・・・えーっと・・・・・・」 また目を泳がせようとするリナリーの顎を掴み、クラウドは怯えた目を覗き込んだ。 「なにがあった?」 「そ・・・それは・・・・・・」 「言わないか?」 クラウドのもう一方の手が、腰の鞭に触れる様を目の端に捉え、リナリーはぺらぺらと事情をまくし立てる。 「まったく、この子は!」 「ひぃ〜〜〜〜んっ!!」 思いっきりげんこつされて、リナリーが泣き声をあげた。 「そんな事態になっていたのなら、なぜコムイに報告しない?! 下手に隠すからこんなことになるのだろうが!」 「だって・・・!あの意地悪魔女に、弱味見せたくなかったんですっ・・・!」 「馬鹿者! イノセンスの不調はお前の命にも関わるんだぞ! 個人的感情を優先している場合か!」 「そ・・・そうですけど・・・・・・」 ぷるぷると、リナリーは懸命に首を振る。 「私にだって、プライドがあるもんっ!」 「それで私を売り渡そうと言うのか。大したプライドだな」 みょーんと頬を引き伸ばされて、リナリーが更に泣き声をあげた。 「ぎょめんにゃひゃいっ!もういいれふからっ!」 「いや」 クラウドがにやりと口の端を曲げ、ラウに拘束されたリナリーを解放する。 「あの馬鹿ウサギ、ちょっと懲らしめてやろう」 小猿の姿に戻ったラウを肩に乗せ、その顎をかいてやりながら、クラウドはぞっとするほど恐ろしい笑みを浮かべた。 その夜、夕食時で賑わう食堂のカウンターで、ジェリーと楽しげに話すラビの姿を見つけたアレンは、ムッとした顔で歩み寄る。 が、彼が声をかける寸前、 「ラビ!」 別方向から駆けて来たリナリーが、先に彼の手を取った。 「ちょっと来て!!!!」 「あ・・・」 止める間もなく駆け去った二人の背を、アレンが呆然と見つめる。 と、その傍らで、リンクが呆れたように肩をすくめた。 「まったく、落ち着きのない小娘です」 「・・・・・・」 「どうしました?」 無言で二人の消えた先を見つめ、複雑な表情をするアレンにリンクが問う。 「リナリーが・・・」 「えぇ、今日は私達と別れてから、ずっとJr.と一緒にいるようですね」 リンクが意地の悪い笑みを浮かべると、アレンはこくりと頷いた。 「ずっと独り占めにしてる。コムイさんだっているのに・・・」 小さなぼやき声に、リンクは訝しげに眉をひそめる。 「ウォーカー・・・私はてっきり、Jr.がバタフライ娘と一緒にいることが気に入らないのだと思っていましたが・・・」 「え?」 意外そうな顔を向けてきたアレンに、リンクはますます訝しげな顔になった。 「一体、どちらに妬いているのですか?」 「え?どっちって、そりゃ・・・・・・」 ようやくリンクの問いの意味を理解して、アレンは茹で上がったように紅くなる。 その様に、リンクは呆れ返って肩をすくめた。 「色気づいたマセガキだと思っていたら、まだ兄に構ってもらいたい甘えん坊でしたか」 ため息交じりの声に、アレンは反駁も出来ず俯く。 「やれやれ・・・料理長、夕食時ではありますが、この子供にお子様ランチでも作ってあげてください」 リンクの嫌味にジェリーが吹き出し、真っ赤になったアレンは彼女特製の巨大お子様ランチを受け取るや、無言で噛みついた。 「・・・なんなんさ、いきなり」 高速で引きずられ、抜けそうになった腕をようやく解放されたラビが問うと、リナリーはどこか不安げな目でラビを見上げた。 「クラウド元帥に、了解もらったから・・・」 「マジで?!やったさー よくやった、と、歓声をあげるラビにくしゃくしゃと頭を撫でられながら、リナリーは気まずげに目を泳がせる。 クラウドのあの笑みを見た後では、素直に喜ぶラビを直視できなかった。 しかし、 「これで・・・約束は果たしたからね!誰にも言っちゃだめだよ?!」 「もちろんさ 軽々と頷いたラビを、リナリーがじっと見つめる。 「なんさ?」 「・・・ホントに?」 疑い深い目に、ラビは笑って肩をすくめた。 「今朝のおてんばがバレたのは、俺のせいじゃないさね」 「そ・・・そうだけど・・・・・・」 「俺はなんも言ってねーよ?」 「う・・・うん・・・・・・」 では他に穴はなかっただろうかと、眉根を寄せたリナリーの頭を、ラビがまた撫でる。 「俺はバラさんから、安心しな♪」 「うん・・・」 頷いたものの、屈託は振り払えないまま、リナリーは翌日を迎えた。 「あ!ユウちゃんお帰りさー 朝から科学班で新着情報を漁っていたラビは、方舟のドアから出てきた神田に声をかける。 「無事で何よりさ! でも、チャオジーはなんかぐったりしてるさね。 やっぱ、ユウのお供は大変だったんさ?」 完全に面白がっている風のラビの声に、チャオジーはうな垂れた顔をあげた。 「そりゃもう・・・緊張の連続で・・・・・・」 「そか。 おつかれさん」 なぜか恨みがましい顔をするチャオジーのことは気になったが、ラビは先に神田へ笑いかける。 「この時期にユウがいるなんて、超絶珍しいさね!盆休みはいいんさ?」 自分の誕生会には中々顔を出してくれない神田に、少々の皮肉をこめて言ってやると、軽く聞き流された。 「方舟が使えるようになったからな。帰るのは当日でいい」 ホラ、と、押し付けられた包みを受け取り、ラビは目を輝かせる。 「誕生日プレゼント?!」 「あぁ」 無愛想に頷き、部屋を出て行く神田の背に、ラビが大きく手を振った。 「ありがとーさー 大声で言うと、まだラビの側にいたチャオジーが、そっと彼の袖を引く。 「なんさ?」 「それ、神田先輩がものっすごい真剣に選んだもんスから、決してぞんざいにはしないでくださいよ・・・?」 「もちろん なんかなー 室内の科学者達も興味津々と視線を集める中、ラビは派手に飾られたリボンを解いた。 途端、 「・・・っ!」 包みから出てきた茶色のぬいぐるみに、ラビをはじめ皆が目を見開き、息を呑む。 「これ・・・!」 「ハンスおじさんのぬいぐるみだ!!」 各所から同じ声が沸き、呆然としていたラビがぬいぐるみを抱きしめて飛び跳ねた。 「すっげぇぇぇぇぇ!!!! ユウちゃん、ハンスのおっさんからまたぬいぐるみ手に入れたさ!!!!」 「ふぇっ?!あのっ・・・?!」 まさか、今日で19になるラビや、それ以上にいい年をしたおっさん達までもが歓声をあげるとは思っていなかったチャオジーが、目を丸くする。 「気に入った奴以外には絶対売らないって有名なハンスおじさんが!!」 「もう神田には何体売ってんだ?!」 「え・・・リナリーさんの分も、一緒に買ってたっスけど・・・」 チャオジーの何気ない一言に、幾人かが顎を落とした。 「一度に二体も売るのか、あの人が・・・!」 「予約で完売、ってのが当たり前なのに・・・!」 「えー・・・・・・?」 クマのぬいぐるみにそれほどの価値があるとは、思ってもいなかったチャオジーが一人、感覚的に取り残される。 そんな彼とは逆に、レアなぬいぐるみを手に入れたラビは、柔らかな毛並みにすりすりと頬を寄せた。 「さすがの感触さー もう俺、この子がいなきゃ眠れない うふふ・・・ 「俺も神田に頼もうかなぁ・・・」 「俺もー!」 ラビを囲み、わいわいとぬいぐるみについて熱く語り出した男達の中、一人取り残されたチャオジーは、カルチャーショックに打ちひしがれながら、乾いた吐息を漏らした。 その後、おいしい情報をたくさん入手して上機嫌のラビは、ぬいぐるみを抱いて長い廊下を渡った。 と、その途中、不機嫌な顔をしたアレンと行きあう。 「? どしたんさ、そんな膨れて?」 「別にっ」 ぷんっとそっぽを向いたアレンに付き添うリンクが、珍しく薄い笑みを浮かべた。 「昨日はあなたが、小娘にばかり構ってウォーカーに構ってくれなかったので、拗ねているのですよ」 「リンクッ!!」 歯を剥いて怒鳴るアレンに、ラビが吹き出す。 「そーかそーか、アレンも兄ちゃんと遊びたかったんかー ぬいぐるみの手でぽふぽふと頭を叩かれ、アレンはますます膨れた。 「別にそんなんじゃないよっ!」 とは言いつつ、全く機嫌の直る気配がないアレンの頬を、ぬいぐるみの手がつつく。 「今日は遊んでやるからさー お前、宿題終わったんか?」 ぐいぐいと頬にぬいぐるみを押し付けられたアレンが、イライラと目を吊り上げた。 「ラビにはカンケーないじゃん!」 「遊び相手がいなかったので、昨日は仕方なくやっていましたね」 「リンクのアホっ!!」 代わりに答えたリンクに怒鳴った途端、背後からばしんと頬を潰される。 「〜〜〜〜イタイ――――!!!!」 ぶたれて真っ赤になった頬に手を当て、アレンは泣きながらうずくまった。 「いい加減にしなさい、クソガキ」 「ありゃりゃ、思いっきり潰されちまって」 冷厳なリンクとは逆に、陽気なラビがアレンの頭を撫でてやる。 「あーよしよし、泣くなー 「泣いてなんかないやいっ!」 「拗ねんなー 「拗ねてないってば!!」 大声で叫び、顔をあげた正面に、ラビの笑顔があった。 「今日は遊んでやっからさー ひょこ、と、眼前に現れたクマが、アレンの紅くなった頬を撫でる。 その様に、リンクがピクリと眉をあげた。 「・・・いいクマですね、Jr.。 腕のいい職人の手になるものと判断します」 「お 目利きさねー♪」 「・・・常識です」 照れたのか、殊更憮然と言って、リンクが顔をそむける。 「いいものかどうかはわかんないけど、感触が気持いい」 「へへー ユウちゃんからのプレゼントさ 気に入った奴以外には絶対売らないことで有名な、ぬいぐるみ職人の一点もの 神田の名を聞いた途端、差し伸べた手を引いたアレンとは逆に、リンクが身を乗り出した。 「まさか、マイスター・ハンスのクマですか?!」 「そ ユウちゃんはハンスのおっさんのお気に入りなんさー リナリーの分と合わせて2体入手したらしい、と言った途端、リンクは愕然と顎を落とす。 「・・・っ私なんて、もう3年も前から予約していますのに!」 「してんのっ?!」 アレンとラビが目を剥いて声を揃えると、リンクは気まずげに咳払いした。 「・・・以後の質問についてはノーコメントとします」 「うっわ、傲岸不遜・・・!」 「そんなんだから、おっさんにクマ売ってもらえないんじゃないさ?」 「お黙りなさいっ! 私だってクマを愛する心は負けてないっ!!」 図星か、ヒステリックな絶叫を放ったリンクにラビが笑い転げ、アレンは呆れ気味に吐息する。 「その愛を、ほんのちょっと僕にも振り分けてくれたっていいのに」 「君が素直で従順な監視対象であり続けるなら、多少は注いであげますとも!」 「じゃあ一生無理」 あっさりと首を振ったアレンを、リンクはぎろりと睨みつけた。 「そうでもしょうとも! 君の根性は、悪魔の角のように捻じ曲がっていますからね!」 「融通の利かない君よりましだと思いますケド」 生意気なことを言って舌を出すアレンに、ラビがまた笑い転げる。 「随分仲良くなったさね、お前ら!」 「どこがっ?!」 「そうやって声を揃えるとこが その指摘に憮然とした二人は、互いにそっぽを向いた。 「まぁまぁ、そう嫌がらんで 「私は監視対象と馴れ合うつもりはありませんっ!」 「ふんっ!強情っぱりのいぢめっ子!」 「お前もなー♪」 頭に乗せてやったクマの手で撫でてやりながら、ラビが陽気な声をあげる。 「それよりアレン、お前、宿題終わったんだろ? 俺も今日の分の情報収集終わったし、あそぼーぜぇー 「へ? お誕生日にカードでこてんぱんに負けたいんですか? 相変わらずマゾヒスティックだなぁ・・・」 「誰がマゾさ!」 呆れ顔の中心にある鼻をぎゅっとつまんでやると、アレンが泣き声をあげた。 「イカサマ師とカードなんかするかい。 チェスでアレンの泣き顔見よう企画さ 「なにそれっ!」 「それはいい考えです」 思いっきり鼻をつままれ、既に泣き顔のアレンの隣で、リンクが手を打つ。 「この生意気な子供を散々いじめ倒してやれば、日頃の溜飲も少しは下がると言うものです」 「・・・出たよ、ドS」 乾いた声をあげるアレンに、しかし、リンクはふん、と鼻を鳴らした。 「生意気な子供の高慢な鼻を折ってやるのは、大人として当然の教育です」 「〜〜〜〜これのどこがおとなっ!!」 ぎゅーっと、リンクにまで鼻をつままれて、アレンが泣き声をあげる。 「まぁまぁ 今日は俺のお祝いと思って、いぢめられっ子になるさ 「・・・・・・いたいけな僕をこんなにいぢめるなんて、二人とも覚えてるがいいよ」 恨みがましい声を笑って聞き流し、ラビはアレンの手を取った。 「談話室いこーぜ! パーティ始まるまで遊んでよ♪」 パタパタと楽しげに走って行く二人に、リンクは肩をすくめる。 「今日で19歳・・・私と同じ年ですか」 あれでね、と、小ばかにしたような声は、ラビには届かなかった。 一方、広大な城で簡単にリナリーを見つけ出した神田は、無言で包みを押し付けた。 「なぁに? ・・・っわぁぁ!!!!ハンスおじさんのぬいぐるみだ!なんで?!」 リナリーが大歓声をあげて飛び跳ねると、神田はうるさげに眉根を寄せる。 「ラビにだけ買ってきたら、またお前がうるさいと思ったんだ」 「ありがとう、神田ー ぎゅう、と抱きついてきたリナリーに頷き、神田は彼女が抱きしめるクマを撫でた。 「それと、あのオヤジが毛並みのへたったやつのメンテしてやるから持って来いっつってたぜ」 「うん!行く!!」 神田から身を離し、改めて新しいクマを眺めたリナリーが、はしゃいで飛び跳ねる。 「この子はなんて名前にしようかな! ねぇ、この子、男の子?女の子?」 「・・・・・・顔つきからして、メスじゃないか?ラビにやったのはオスだと思う」 彼女の問いに律儀に答えた神田に、リナリーは嬉しげに頷いた。 「じゃあ、ラビと一緒に考える! きっと兄妹なんだよっ! よかったね、お兄ちゃんがいて!」 またぴょんぴょんと跳ね回るリナリーの頭を、押さえつけて動きを止めた神田は、珍しくも軽く撫でてやる。 「オヤジ入魂の作だ。 大事にしろよ」 「もちろんだよっ 嬉しそうに笑みほころんだ顔に頷き、神田が背を向けた。 「ありがとー! ありがとね、神田っ!」 「あぁ・・・」 甲高い声で礼を言うリナリーを、神田は肩越しに見遣る。 「お前もクマにばっか話し掛けてねぇで、なんかあったんなら兄貴に相談しな」 ぎくっ、と、顔を強張らせたリナリーの様子を、しばらくじっと見つめていた神田は、また背を向けた。 「解決したんならいい」 「う・・・うん・・・」 全てを見透かした上で多くを語らない彼の背を、リナリーは凍りついたまま見送る。 「さ・・・さすがだな、姉様・・・・・・!」 彼の姿が完全に消えてから、リナリーは引き攣った声で呟いた。 神田にもらったクマを抱いて、ラビを探していたリナリーは、談話室で彼とリンクにいじめられているアレンを見つけて苦笑した。 「大変そうだね、アレン君」 歩み寄ると、散々追い詰められた彼はチェス盤から涙目をあげる。 「リ・・・リナリー・・・!」 「あーあ、お兄ちゃん二人にいじめられちゃって・・・」 キング以外の駒がほとんどなくなってしまった盤を挟んで向かい合っていたラビが、取ったばかりの白のナイトを手の中で転がした。 「だって、カードだと勝負になんないもんな♪」 「ウォーカーの捻じ曲がった根性を叩き直すには、いい方法かと考えます」 二人の間で盤上を見守っていたリンクも、珍しく楽しげな声で言う。 「さぁ、降参しろ♪」 「う・・・・・・!」 顔を真っ赤にして俯いたアレンを見下ろし、リンクが鼻を鳴らした。 「もう11度目ではありませんか。 とっくに慣れた台詞でしょう?さっさとおっしゃい」 「うぅ・・・・・・っ!」 屈辱の言葉を言いたくないアレンを、ねちねちと追い詰めて愉しむリンクに、リナリーが眉根を寄せる。 「・・・ホントに弱い者いぢめだ・・・」 「正々堂々の勝負の結果って言ってほしいさねー 『ねー?』と、膝の上のクマに話しかけるラビに、リナリーの目が輝いた。 「ねぇ、それ、神田のプレゼントでしょ?! 私ももらったんだよ 「くっ・・・!!」 リナリーが差し出したクマを、リンクが羨ましげに見つめる。 その目に気づき、リナリーはにんまりと笑った。 「ハンスおじさんのぬいぐるみはもう、数えきれないくらい持ってるんだけど、古くって毛並みがへたっちゃったものを持っておいで、って言われてるんだ♪ ひざまずいてお願いしたら、一緒に連れてってあげてもいいですよ、監査官?」 「だっ・・・誰があなたになんか・・・っ!!」 顔を真っ赤にして目を吊り上げるリンクに、リナリーが意地悪く舌を出す。 「そ。 別にいいケド。 ハンスおじさんの所に行ったら、特別に工房を見せてくれたりするんだー 兄さんのヨッシーもね、おじさんに作り方教わったんだよ 自慢げに言ってやると、リンクは愕然とした顔で絶句した。 勝った、と、誇らしげな笑みを浮かべたリナリーに、アレンは快哉をあげ、ラビは苦笑する。 「それで、ラビ? もうクマちゃんの名前決めた?」 「んにゃ、まださね」 勝利にはしゃいだ声をあげるリナリーに首を振ると、彼女はラビの膝からクマを取り上げた。 「この子達、ラビのは男の子で、私のは女の子なんだって! だから兄妹でおそろいにしよっ 「いいケド・・・女の子って、ままごと好きさねぇ・・・」 なぜぬいぐるみの背景を設定するんだと、呆れるラビに、リナリーは頬を膨らませる。 「いいじゃない! この子もお兄ちゃんがいると嬉しいよっ! ね?!アレン君もそう思うよね?!」 リナリーと2体のクマに迫られて、アレンが思わず頷いた。 「ホラ!」 得意げに笑うリナリーに、ラビもクスクスと笑い出す。 「じゃあ、インとヤンなんてどうさ?」 「Yin&Yan? それ、中国の陰陽のことだよね?」 ラビの提案に小首を傾げたリナリーの隣で、アレンが目を真ん丸くした。 「それ、『でたらめ』とか『たわごと』って意味じゃないですっけ?」 なんでそんな名前をつけるんだ、と驚くアレンに、リナリーが目を吊り上げ、ラビが肩をすくめる。 「元々はそんな変な意味じゃないよ!」 「そうそう、むしろ東洋の宇宙観を表すいい言葉さ」 「宇宙観・・・ですか」 ようやく自失から立ち直ったリンクの、興味深そうな声にラビが頷いた。 「例えばドイツ語じゃ、名詞に男女があって、その中間を『子供』にすんだろ? ざっくり言えばそんな感じで、男が『陽』、女が『陰』、光が『陽』、影が『陰』ってカンジで、正対するもののコトを言うんさ。 でもそれは対立してんじゃなくて、むしろ和合して世界を作るって言う・・・」 「それ、アジア支部でフォーにも聞いたけど、よくわかんなかった」 困惑げな顔で、アレンがラビの言葉を遮ると、リンクも頷く。 「確かに大陸の言葉は男女と子供に分かれていますが、宗教観としては善悪で二分されています。 完全な悪でも完全な善でもないという、東洋の考え方は理解できませんね」 敬虔なカトリック教徒として生まれ育ったリンクの言い分に、アレンは『そうそう』と頷いた。 「なんで黒と白じゃないの? 全部灰色なんて、なんかヤじゃないの?」 と、不思議そうに問いかけるアレンの頭を、ラビが笑って撫でる。 「俺も立場グレーゾーンだけど、お前だって立場上白世界所属のくせに黒世界にどっぷり浸かってんじゃないさ。 おまえ自身が思いっきりグレーだろ」 「そうだけど・・・・・・」 心情的には理解しがたい、と、眉根を寄せるアレンに、リナリーも困惑げに眉根を寄せた。 「私は逆に、なんでそんなにきっぱり分けられるのかわかんないけど・・・」 幼い頃に教団へ連れてこられたリナリーは、他の東洋人よりは西洋人寄りの考え方を持っているはずだが、そんな彼女でさえ、心情的に理解できないことがある。 「最終的には、敵味方仲良く・・・」 「出来もしない夢物語を語らないように」 「・・・・・・ですよねー」 自分でも信じていなかったことをリンクにきっぱりと否定され、リナリーは軽く吐息した。 「うん・・・でも、ラビの言いたいことはわかった」 にこりと笑って、リナリーはラビにクマを返す。 「私のがインで、ラビのがヤンね。 ・・・いつかは陣営が分かれるかもしれないけど、それでも私達は仲良しでいられるといいね」 どこか寂しげに言ったリナリーにアレンは目を見開き、ラビはにこりと目を細めた。 「ヤンをよろしくさ、イン 「うん。インをよろしくね、ヤン」 クマ同士、握手の振りをする二人を、アレンがじっと見つめる。 「また拗ねてますね、ウォーカー」 「・・・そんなことないよ!」 リンクの指摘に、アレンは自分でもわかるほど不機嫌な口調になった。 「どうしたの、アレン君?」 驚いたリナリーが目を丸くする横で、ラビが笑い出す。 「こいつ、昨日お前が俺を独り占めしたもんだから、『にーちゃんとられた!』って拗ねてたらしーさ 「ちっ・・・違うよっ!!」 「そうなんだ・・・ゴメンね、アレン君」 「違うってば!!」 笑い混じりに言ったリナリーにまで必死に首を振って、アレンが真っ赤な顔をそむけた。 その頬を、ラビがクマの手でつつく。 「ホラ、アレンー?ご機嫌なおしてさ と、リナリーもポケットからキャンディーを取り出した。 「アレン君、拗ねないで 楽しげに言いながら、リナリーはアレンの目の前でひらひらとキャンディーを振り、思わず動きを目で追った彼の口に、包みを開けたキャンディーを放り込む。 「ね?ほら、おいしー だが、未だ無言で眉根を寄せるアレンを、今度はラビが、ポケットから出したロリポップで釣った。 「ほーれほれ♪ こっち見な、アレンー 「むぐっ!!」 無理矢理口に詰め込まれたロリポップを、それでもアレンがおいしそうに舐め出すと、リナリーが余計な対抗意識を燃やす。 「なんだよ! 私のキャンディーより、ラビのロリポップの方がいいの?! だったら・・・!」 談話室を駆け出たと思うや、一瞬で戻って来たリナリーは、ジェリー特製のお菓子をバスケットいっぱいに盛っていた。 「アレン君 「あ! そうさこれ、さっきキャッシュにお詫びだってもらったチョコ! ホレ、うまいさねー 「なによっ!! ジェリーのクッキーは世界一だよね、アレン君?!」 「それは認めっけど、ジョニーから奪ったマロングラッセもうまいさね!!」 「アレン君!!私とラビと、どっちがいいの?!」 「兄ちゃんさね?!当然、兄ちゃんさね?!」 「・・・・・・くだらない争いで、ウォーカーに菓子を詰め込むのはやめなさい。 私の監視対象を殺す気ですか、あなた達」 「はっ!!」 我に返った二人は、次々に菓子を詰め込まれて窒息寸前のアレンに慌てる。 「ごっ・・・ごめんなさい、アレン君!!大丈夫?!」 「んなわけないさね、リナ! なんでお前、そんな負けず嫌いなんさ!」 「私っ?! ラビだって負けずに詰め込んでたじゃない!!」 「大量の菓子持って来たんはお前さっ!!」 「あなた達、ケンカしてもいいですから、今はウォーカーを私に渡しなさい。 本当に死にますよ?」 介抱もせずに言い争う二人にため息をついて、リンクがアレンを引き取った。 「ウォーカー? 吐き出すか飲み込んでしまうか、どちらかに・・・」 しなさい、と言う前に、大食漢の少年は詰め込まれた菓子を咀嚼し、飲み込む。 「お茶です」 「ありがと・・・!」 差し出されたカップの中身を一気に飲み干し、人心地ついたアレンがほっと吐息した。 「死ぬかと思った・・・」 「ご・・・ごめんね・・・」 「口直しに食うさ?」 「Jr.!」 肩を落としたリナリーに反し、新たに取り出したロリポップをアレンの口に押し込んだラビを、リンクが叱る。 「そんなことをすればまた・・・小娘ェェェェ!!」 リンクに怒鳴られて、リナリーはバスケットに伸ばしていた手を引っ込めた。 「学習能力がないのですか、あなた達は!」 「・・・・・・なによ、そんなに怒ることないじゃない」 「怒ることですよ!」 リナリーの小さな呟きを地獄耳で捉えたリンクが彼女を睨む。 「まぁまぁ、そんな怒ンなさー アレンだって機嫌直ったろ?」 背後から両の頬を引き伸ばされ、無理矢理唇を吊り上げられたアレンが泣き声をあげた。 「ホラ、笑ってるさね 「Jr.・・・後で何が起こっても知りませんからね、私は」 リンクが甚だ不吉な予想を漏らした時、三人の無線が同時に鳴る。 『ラビのお誕生会、準備できたわよーん ジェリーの陽気な声に、ラビが歓声を上げた。 「クラウド元帥、もう来てっかな?!」 キラキラと目を輝かせて駆け出したラビに反し、リナリーは立ちすくんだまま、挙動不審気味に目を泳がせる。 「どうしました?」 「ふぇっ?!なっ・・・なんでもなんでもなんでもないよっ!!」 アレンの問いに、壊れた蓄音機のようにくり返し首を振るリナリーを、リンクが訝しげに見つめた。 「怪しい小娘ですね」 「あああ・・・怪しくなんかないッ!!」 明らかにおかしな様子には、リンクでなくとも興味をそそられただろうが、リナリーはそれ以上の問いかけを封じるべく、真っ先に踵を返す。 「いいい・・・いこっ!!みんな待ってるよっ!!」 「はぁ・・・」 リナリーに手招かれて部屋を出ると、既にラビの姿はなく、三人は急いで食堂へと向かった。 「アラん?遅かったわね、アンタ達。ラビと一緒にいたんじゃなかったのん?」 三人が食堂に駆け込むと、たくさんのシャンパングラスをトレイに乗せたジェリーが肩越しに笑いかけてきた。 「一緒にいたんですけど、置いてかれたんです」 ジェリーの問いに律儀に答えたアレンには、ジュースのグラスを渡す。 「そう、なんだか随分はしゃいでるものねぇ」 くすくすと笑って、ジェリーはリナリーと監視任務中のリンクにもジュースのグラスを渡した。 「アンタ達が、一所懸命作ったケーキのせいかしらね?」 「んー・・・そのことはまだ話してないんで、違うと思いますけど・・・リナリー?」 途端にリナリーが凍りついて、アレンは傾げた首を更に傾げる。 「何かあったんですか、さっきから?」 「なにもっ!!!!」 「何もない様子ではないでしょう。バレバレですよ」 ふん、と、リンクに鼻を鳴らされても、リナリーはいつものように反抗するでもなく、凍りついたままだった。 「リナリー?! ホントに、どうしちゃったんですか?!」 驚いて大声をあげるアレンの傍ら、リンクも意外そうに目を見開く。 「ラ・・・ラビが重体になっても、ドクター達なら蘇生させられるかなぁ・・・!」 グラスを持たない方の手で、顔を覆ってしまったリナリーに、ジェリーが驚いて屈み込んだ。 「なに?!なにやっちゃったの、アンタ!」 「ク・・・クラウド元帥に・・・・・・!」 イノセンスの件は伏せて、クラウドにラビの要望を伝えたことを話すと、三人は眉根を寄せた顔を見合わせる。 「リナリーは怒られて大変だったでしょうけど・・・元帥がいいって言ったんなら、ここで殺すようなことはしないんじゃないですか?」 「そうよぉ。 クラウドちゃんは、結構理性の子よん?」 「それにいくらJr.でも、こんなに衆目のある中で破廉恥な行いは・・・」 「元帥―――― 「・・・・・・ザクロにされましたね」 クラウドの踵落としで脳天を割られたラビが、紅い髪を更に紅く染めて床に這った。 「・・・あぁ、すまなかったな、ラビ。 大丈夫か?」 加害者のくせに悪びれもせず言ってのけた彼女を、青褪めた団員達が遠巻きに見守る。 「随分ぱっくりやってしまったな。 そうだ、お詫びにキスしてやろう」 その前に医者じゃ・・・と、声にならない声を、皆が喉に詰まらせたが、その眼前で奇跡は起きた。 「やったさー ぴょこん、と、元気に立ち上がったラビに、目撃した全員が顎を落とす。 「あいつホントに人間か?!」 「わ・・・割れてるよな、頭?!それとも俺の目が悪いのか?!」 「割れてなくったって普通、あの出血で起き上がれるか?!」 常に戦場にあるだけに、重傷かそうでないかを一瞬で判断できる団員達全員が『致命傷』と見つめる中、ラビはぴょこぴょこと跳ねるようにクラウドへ歩み寄った。 「元帥ー 抱きつこうとするラビを押しのけ、クラウドが仮面の笑みを浮かべる。 「ちょっと目をつぶれ」 「うんっ 素直に目をつぶったラビの唇に、クラウドはラウ=シーミンの唇を押し付けた。 「わーぃ ラビが再び目を開け、快哉を叫ぶ前で、クラウドは泣きながら縋りつく愛猿を愛しげに撫でて微笑む。 「これで満足だろう?」 「うんっ!!」 大きく頷いた弾みで、ようやく大量出血のショック状態が出始めたラビを、ドクターの命令でナース達が囲んだ。 「よ・・・よかったね、ラビ・・・」 リナリーが引き攣った声をあげると、リンクがきつく眉根を寄せる。 「・・・あれでいいのですか、エクソシストが」 「本人が幸せならいいんじゃない?」 それに、と、アレンはこっそりと加害者を見遣った。 「本当のことなんて・・・誰も言えないよ・・・・・・」 キスの相手がクラウドではなくラウ=シーミンだったなんて、言おうものなら今度は自分の頭がザクロにされる。 そう思うと、彼女の迫力に気圧され、下を向いた誰もが何も言えなかった。 「ちょっと花畑見て来たさ 祝福の乾杯を、危うく弔い酒に変えるところだったラビのしまりない笑顔に、皆が無言で自身の杯に目を落とす。 その中で一人、マイペースなジェリーが、手当てを終えたラビの頭を優しく撫でた。 「んもぅ!気をつけなさいよ、アンタ! クラウドちゃんはあれで照屋さんなんだから、みんなの前で抱きつこうとすれば、ザクロにだってされるわよぉ!」 「そっか! こっそりやればよかったんさね!!」 「そぉよぉ! 次はがんばんなさいね!」 「うんっ!!」 ある意味ナイスフォローなジェリーの言葉に張り詰めていた場も和み、ラビは張り切ってこぶしを握る。 が、 「・・・次は三枚におろされますね、きっと」 ぴちぴちと目を泳がせるアレンの隣で、リンクも頷いた。 「Jr.の味方をするわけではありませんが、教団の戦力を削ることは、広義の利敵行為にあたりますよ、元帥」 「女として当然の自衛行動だ。大目に見ろ、監査官」 軽くグラスを掲げたクラウドに肩を抱かれたリナリーが、ビクビクと震える。 「げっ・・げげっ・・・元帥にはっ・・たたっ・・大変なっ・・・ごっ・・・迷惑をっ・・・おかけしましてっ・・・! ここっ・・・こここっ・・・心からっ・・・お詫び・・・します・・・からぁぁぁぁぁぁ!!!!」 クラウドの繊手が、女とは思えない膂力で自分の首を締め上げようとする様に、リナリーがとうとう悲鳴をあげた。 「ごめ・・・なさいっ・・・!!」 「げっ・・・元帥、どうかその辺で・・・!!」 リナリーの両脚が床から浮かび上がった時点で、アレンが慌てて止めに入る。 が、 「黙れ、アレン。 私がやらなければもう、誰もリナリーを叱る者がいないからな」 更にギリギリと締め上げるクラウドに、リンクが惜しみない拍手を送った。 「素晴らしいお考えです、元帥! リナリー・リーに関しては、レディとして以前に、子供としての躾が重要と考えます」 「監査官こそ嫌味治せばっ・・・すみませんってば元帥っ!!」 全く力を緩めてくれない腕を、リナリーがぱたぱたと叩く。 「わっ・・・私っ・・・! ・・・ジェリーにも叱られてますから・・・ァッ!!」 意識を失いそうになった寸前、解放されて膝を崩したリナリーをアレンが受け止めた。 「今度私を巻き込んだら、この程度では済まんぞ」 「は・・・はひ・・・・・・!!」 ぜぇぜぇと荒く息をつきつつ、リナリーが必死に頷く。 「だ・・・大丈夫ですか・・・?」 「ふぇ・・・っ死ぬかと思ったよぉ・・・・・・!」 支えた腕に縋って泣くリナリーの背を、アレンが撫でてやっていると、不意にその腕が掴まれた。 「? なに、リンク?」 「学習能力がないのですか、君は? もうじき室長がいらっしゃいますよ」 「ひっ?!」 硬直して冷たい汗を流すアレンに吐息し、リンクはジェリーに会釈する。 「お願いできますか、料理長?」 「え? あぁ、ハイハイ」 リンクの要望を察して駆け寄ったジェリーが、アレンからリナリーを受け取った。 その直後、 「遅れてゴメンねー! 部屋出る前に支部から緊急連絡来ちゃった!」 と、リーバーとブリジットを伴ったコムイが入ってくる。 「危機一髪・・・!」 乾いた声を漏らすアレンを小ばかにしたように、リンクが鼻を鳴らした。 「ジェリぽん、ボク達にもグラス・・・って、どうしたの、リナリー?!」 蒼褪めたリナリーの、ただならぬ様子にコムイが慌てて駆け寄る。 が、リナリーへ差し伸べた彼の手は、寸前でクラウドの手に弾かれた。 「少々いたずらが過ぎたのでな。 私が仕置きした」 「げ・・・元帥・・・・・・」 「何か文句でも?」 きろり、と、色素の薄い目で冷たく見つめられ、コムイは弱々しく首を振る。 「い・・・一体、何やっちゃったんだい・・・?」 問いにはしかし、リナリーは震えるばかりで答えなかった。 コムイが更に問いを発しようとした時、 「室長、休憩時間には限りがあるのですが」 ブリジットの、冷厳な声がそれを遮る。 「えぇー・・・でもぉー・・・・・・」 「お早く」 じろり、と、こちらからも睨まれて、コムイはジェリーが差し出すシャンパングラスを受け取った。 「じゃーラビおめでとっ!乾杯! ・・・それでリナリー? 何があったのか、お兄ちゃんに言ってごらん?」 「ちょっ・・・!! なんか今、すっげーおざなりにされたさ!!」 さっさとグラスを下ろしてリナリーに向き直ったコムイの背に、ラビが当然の抗議をあげる。 しかし誰もその後を継ごうとせず、それぞれになんとなく乾杯と祝いの言葉を述べて、パーティが始まった。 「えぇー?! なんさこれ、ちょっと酷くね?!イヤ、マジで酷くね?!」 「まぁまぁ、僕が言うから・・・」 ラビが握り締めるグラスにグラスを重ね、アレンが苦笑する。 「お誕生日おめでとうございます、ラビ」 「さんきゅ・・・でもさー!!!!」 まだ不満げなラビに、リンクが肩をすくめた。 「室長の妹へ対する執着は、今に始まったことではないでしょう」 「そーだけど・・・って、なんでお前がとりなすんさ? こんな時はいっつもリーバーが・・・」 きょろきょろと辺りを見回すラビの目を、アレンが指差して導く。 「リーバーさんなら、君も乾杯も放って、さっさとミランダさんのトコに走って行きましたよ?」 「・・・っどいつもこいつも!」 怒りと共にグラスをあおり、ラビはさっさと二杯目を手にした。 「ってかジジィは?! なんか今日はよくいなくなるんケド、パーティにすら顔出してねーじゃん!」 「え?まさか・・・」 喚くラビに驚いたアレンが辺りを見回し、リンクが頷く。 「あぁ・・・本当にいらっしゃいませんね」 「なんなんさ!」 ぶぅ、と、思いっきり膨らませたラビの頬が、不意に明るく照らされた。 「え?なんさ?!」 驚いて窓の外を見ると、空に鮮やかな炎の花が咲く。 「花火・・・」 呆気にとられて空を見上げるアレンの隣で、ラビが眉根を寄せた。 と、またひとつ、ふたつ、次々に闇に花が咲く。 「花火は花火でも・・・この完全な球状を描くんは、日本の花火さね!」 「へ?!そんな違いあんの?!」 「常識さ!」 「・・・実に狭義の常識だと思いますが」 どこか悔しげに言ったリンクの肩を、たしなめるように細い手が叩いた。 「マンマ・・・!」 「こんな日くらい、嫌味はおやめなさい。 ラビ君、お誕生日おめでとう。 昨日から大変そうだったから、どうなることかと思っていたけど・・・」 苦笑するミランダに、ラビも笑い返してグラスを重ねる。 「ホント、大変だったさ!」 言いながら、横目でちらりとリナリーを見遣れば、彼女はこそこそとコムイの背に隠れた。 「ところで・・・このイベントにミランダらしくもなく落ち着いてるってコトは、リーバーに『御注進』されたからさ?」 皮肉をこめて言ってやると、ミランダの傍らに立つリーバーが、いたずらっぽく片目をつぶる。 「そりゃあ、大騒ぎされた上に泣かれちゃ困るからな♪」 「やだもう・・・!」 紅くなって袖を引いたミランダの背を、リーバーが笑って叩いた。 その様に、リンクの目が殺気を帯びたが、懸命に無視してラビは再び空を見上げる。 「花火を作って打ち上げてんのは科学班の奴らだとしても・・・監修はジジィだろ」 その指摘に、リーバーは笑って頷いた。 「その通り。 俺らは火薬の扱いには慣れてても、日本式花火の作り方なんて知らねぇからな」 「だよな」 クスクスと笑って、ラビは頭の後ろに回した両手を組む。 「はは・・・! こんな派手なこと、やったことはあるけどやられたことはなかったさ!」 「なに、お前がやっておることを、やり返してみたくなったのだ」 不意にかけられた声に驚きもせず、ラビは傍らを見下ろした。 「どんな顔をするもんかと思っての」 にやりと、愉しげな笑みを浮かべたブックマンに、ラビは大きな笑みを返す。 「今まで俺がやっといてなんだけど、結構嬉しいもんさね♪」 と、背後からリーバーが、ラビの頭を撫でた。 「昨日はキャッシュが悪いことしたな。 詫びだって、今回はジョニーとキャッシュが志願して打ち上げてんだぜ」 「へぇ。 意外と気にすんだな、あいつ」 またクスクスと笑い出したラビに、リーバーが肩をすくめる。 「すまなかったな」 「とっくに気にしてないさね」 柳のように枝垂れる炎に目を細め、ラビが呟いた。 「そんなことより、こっち堪能した方がいいし 「それもそうか」 苦笑して、リーバーも空を見上げる。 少し離れた場所では、クラウドに怯えていたリナリーも、コムイに縋りついたまま、うっとりと空を見あげた。 皆が同じ顔をして、同じものを見つめる・・・。 その様に気づいたラビは、ふと、苦笑をブックマンへ向けた。 「あんな時まで教育か、ジジィ」 パーティが終わり、部屋に戻った途端、苦笑交じりに言ったラビに、ブックマンは口の端を曲げた。 「それが私の仕事だ」 「そーだけどさ!」 苦笑を深め、ラビは自分の頬に手を当てる。 「どんな顔をするかと思って、なんて言いながら、俺があの場面で『どんな表情がふさわしいか』選ばせるテストするとか、油断も隙もないさね」 「テストだと、気づきもせんかと思っていたのだがな」 くつくつと意地悪く笑う師を、ラビはムッと睨みつけた。 「そこまで見くびっちゃ困るさね!」 「どうかの。 お前は、時々驚くほど抜けておるからな」 肩をすくめ、葉巻に火をつけた師に、ラビは眉根を寄せる。 「で?どうだったさ、俺?あってた?」 今回の合否を問えば、紫煙が縦に揺れた。 「表情だけでなく、それを作るタイミング、会話、どれもふさわしいものだった。 何より、わざとらしくなかったのがよかったの」 厳しい師にしては、最大の誉め言葉にラビが本物の歓声をあげる。 途端、じろりと睨まれて、ラビは慌てて口を覆った。 「全く、お前は不意打ちを食らうとすぐに素顔を出す。 気をつけろ、ラビ・・・いや、・・・・・・」 声に出さず、口の動きだけで囁かれた『名前』に、ラビが目を見開いた。 それはかつて奪われた・・・いや、故郷を出る時に、自ら捨てた名前。 「ようやく19か。 私の域に達するにはまだまだ遠いが、誕生日おめでとう、・・・」 再び、声にならない声で囁かれ、ラビはぎこちなく頷いた。 『ありがと・・・』 この地上の、どの言語体系にも属さない、ブックマンだけの言葉で答える。 『俺、絶対あんたの跡を継ぐ・・・』 『ラビ』には珍しい、真剣な表情と声音に、ブックマンはそっと微笑んだ。 『そうなってくれんと困るわい』 憎まれ口をききながら、ブックマンの心中は暖かく満たされる。 ―――― よく言えば素直。悪く言えば単純。 ブックマンの後継者として、十分な実力を持つブックマンJr.。 その気質には未だ不安が残るものの、ブックマンの跡継ぎとして、彼以上の者はいなかった。 『早ぅ一人前になってくれよ』 『あぁ!』 ラビが大きな笑みを浮かべて頷くと、ブックマンのくゆらす紫煙が再び縦に揺れた。 Fin. |
| 2009年ラビお誕生日SSでした! これはリクの、『ラビとリナリーと高所恐怖症』を使わせてもらっています このリク使ったのは、元々これが『硬派に目覚めるラビ』で、『新たなラビの魅力を引き出して欲しい』ってものだったからですよ(笑) この時に一緒にもらった『テディベアを真剣に選ぶ神田』ってネタの他、台詞とかも色々使わせてもらいました(笑) ニコさんありがとう!(・▽・)ノ ちなみに、私自身が高所恐怖症で、原因を探るべく分析したりもしましたが、未だ治りません(笑) |