† READY STEADY GO †
ロンドンにしては珍しく、清々しく晴れた朝だった。 身支度を整え、食堂に赴いたミランダは、既にちらほらと仮装姿の見られる様に、クスクスと笑い出す。 「おっはよーん♪」 カウンターに歩み寄るや、声をかけてくれたジェリーに丁寧な朝の挨拶を返すと、彼女は真っ赤に塗った爪をひらひらと振った。 「なぁにぃ?アンタ、まだ着替えてないのぉん?」 そう言って小首を傾げた彼女の首周りでは、金やラピスラズリのビーズを連ねた首飾りが、しゃらしゃらときれいな音を立てる。 「ジェリーさん、素敵・・・ クレオパトラですか?」 「ウフン 両手に持ったお玉を交差させ、にこりと笑った彼女に、ミランダは大きく頷いた。 「私もエジプトの仮装をするんですけど・・・ジェリーさんの前では、霞んでしまいますね」 「アラン! なんの仮装するのん?」 ジェリーが興味津々とカウンターから身を乗り出すと、ミランダはいたずらっぽい顔を寄せる。 「マミー(ミイラ)です。 愛犬達が、マンママンマと呼んでくれるから、それにもちなんで」 「アラアラ! 生真面目なアンタが、冗談を言うようになったのねぇ!」 クスクスと笑って、ジェリーはクレオパトラになっても外さないサングラス越しにウィンクした。 「だったら、リーバーはマミーを発掘する考古学者?それとも、盗掘する墓泥棒かしら?」 「考古学者の方です。 科学班の皆さんからは、捻りがないって言われてましたけど」 またクスクスと笑い出したミランダに、ジェリーも愉しげに笑う。 「仲良しでいいじゃないのん じゃあ・・・優勝はアンタ達で決まりかしらねぇ?」 「優勝?なんのことですか?」 きょとん、と、目を見開いたミランダに、ジェリーはアラ、と、頬に手を当てた。 「そうだったわね・・・アンタ、昨日までここにいなかったんだわ」 「えぇ、私だけでなく・・・エクソシストはほとんど出払ってましたね」 こくりと頷き、ミランダも頬に薄い手を当てる。 以前、千年伯爵が『ハロウィンはアナタ達のクリスマスと同じで、我々の休日にあたりまス 「とっても不思議な・・・本当に不思議な光景でした」 拍子抜けするほどに、と呟いたミランダに、ジェリーは苦笑する。 「そうねぇ・・・それだけ、あちらには余裕があるってことなんでしょうねぇ」 悔しいが、それは認めざるを得ない、と言うジェリーに、ミランダが俯いた。 「すみません・・・不甲斐なくて・・・・・・」 「ア・・・アラッ!! そんなつもりで言ったんじゃないのよん!!」 ジェリーが慌てて手を振り、無理矢理声を明るくする。 「せ・・・せっかくの休戦日じゃないの! 十分楽しませてもらいましょ!ね?!」 必死に言い募ると、ミランダは微かに笑って、頷いた。 「それじゃあ・・・優勝って?」 「仮装コンテストのことよ!」 ミランダの質問にすかさず食いつき、ジェリーは話を明るい方へと変える。 「今日のハロウィンパーティは、ダンスパーティなのん パートナーと一緒に、仮装コンテストもあるのよん 優勝したカップルには豪華賞品も出るから、みんなパートナー選びに必死なのん 「まぁ・・・! それで、私がマミーにしようって言ったら、『じゃあ俺は考古学者にする』って言われたんですね!」 自分に合わせてくれたのだと気づいて、ミランダが頬を染めた。 「んまっ! ラブラブで妬けるわねぇん クスクスと笑って、ジェリーは食堂を指す。 肩越しに見遣れば、そこにはいつの間にか、気合の入った仮装が増えていた。 「負けないように、がんばってん 「はい・・・!」 マミーはマミーでも、できるだけ可愛くしてもらおうと心中に呟き、ミランダが頷く。 「そうと決まったら、まずは腹ごしらえねん なに食べるぅ?」 にこりと笑ったジェリーに、ミランダは明るい声で注文を告げた。 その後、朝食を済ませて食堂を出たミランダは、わいわいと騒ぐ少年達の声にひかれて歩み寄っていった。 回廊を抜けると、そこでは思った通り、アレンと神田、ラビが騒いでいたが、彼女に背を向けているもう一人がわからない。 白いドレスの背に、長い金色の髪を流した姿は少女に見えたが、 「・・・っなぜ私が女装など!!!!」 と絶叫した声に、ミランダは目を見開いた。 「あら・・・誰かと思ったら、可愛いわ、マユゲ!」 呼びかけると、きれいに化粧した顔が振り返る。 「私、女の子も欲しかったの 更に言ってやると、彼女の忠実な愛犬は、笑みを引き攣らせた。 「おっ・・・お喜びいただけて光栄です、マンマ・・・!」 彼とは逆に、クスクスと笑声を漏らすアレン達に向き直ったミランダは、楽しげな笑みを浮かべる。 「ところで皆さん、もう聞きましたか? 今日のハロウィンパーティは、ダンスパーティなんですって」 ミランダの情報に、アレンが目を丸くした。 「ダンスパーティ?!」 「聞いてないさ!」 「かったり・・・」 ラビが不満げに歯を剥き、神田はつまらなそうにそっぽを向く。 三人三様の反応に、ミランダはまた、クスクスと笑い出した。 「仮装コンテストもあるそうですよ 優勝したカップルには豪華賞品も出るって、ジェリーさんが教えてくれたんです 「カップル・・・?!」 その言葉には、アレンとラビだけでなく、リンクまでもが食いつく。 「えぇ、知らなかったんですか?お城の皆さん、パートナー選びに必死ですよ」 耳の早い彼らのこと、とうに知っているだろうと思っていただけに、ミランダは意外そうな顔をした。 「あなた達は誰と行くんですか?」 「そりゃもちろん・・・!」 ミランダの何気ない問いに、アレンはこぶしを握り、ラビはにんまりと笑い・・・神田はそんな二人を剣呑な眼で睨む。 が、そんな穏やかならざる雰囲気に気づかないのか、気づいてもあえて無視しているのか、リンクがミランダの前に進み出て、丁寧に一礼した。 「マンマ!ぜひご一緒に・・・!」 女装していながら、男性の正式な礼をする彼に、ミランダの笑いが止まらない。 「・・・っごめんなさいね。私はもう、決まっているんですよ」 クスクスと笑いながら言うと、リンクは愕然と顎を落した。 そんな彼に、 「あったりめェだろ」 「なに言ってんですかね、このわんこは」 「おとなしく後塵を拝すんさねー♪」 と、三人は酷く馬鹿にした口調で言う。 「くっ・・・・・・!!」 悔しげに唇を噛むリンクに苦笑し、ミランダはひらりと踵を返した。 「じゃあ、パーティ会場で会いましょうね 「はぁい!」 「楽しみにしてるさー アレンとラビが、それぞれに手を振り、リンクは今だ未練がましくミランダを見送る。 「さぁ・・・早く着替えなきゃ 愉しげな声をあげて、ミランダは包帯を巻いてもらいに病棟へと向かった。 「いよいよハロウィンだよっ! 今日はパーティなんだー パーティではダンスもあるんだって!楽しみだね! 誰と行こうかなっ ミランダが病棟に至った時、そこには既にリナリーがいて、ナース相手にはしゃいだ声をあげていた。 「おはよう、リナリーちゃん。 もう着替えちゃったのね」 ミランダが声をかけると、リナリーは張り切った笑顔を向ける。 「もちろんだよ! だって、私がこの仮装だよって見せておかないと、合わせづらいでしょ?」 そう言って、くるりと回った悪魔姫は、背中に負ったこうもりの羽で薬瓶を倒してしまい、ナース達に叱られた。 「・・・なんだよぉー・・・そんなに怒ることないじゃないー・・・」 ハロウィンなのに、と、むくれるリナリーに、ミランダが笑い出す。 「そうね、いたずらよね」 「そうだよ!お菓子くれないと、いたずらするんだ!」 ミランダの言葉を声援と受け取って、リナリーはこぶしを振りあげた。 「姉さん達! トリック・オア・トリート!」 「じゃああんた、これでも舐めてなさいな」 大声で言ったリナリーの口に、ナースが丸薬を放り込む。 「にっ・・・苦い――――――――!!!!」 泣声をあげて吐き出そうとしたリナリーの口を、別のナースが背後から塞いだ。 「ホラホラ、悪魔姫? ナースの姉さんからの、ご馳走をいただきなさい?」 「むー!!ふむー!!!!」 目に涙を浮かべながら、リナリーはなんとか苦い薬を飲み込む。 「酷いよ!ものっすごく苦かったよ!!」 ようやく解放されたリナリーは、泣きながら意地悪なナース達を睨んだ。 が、 「なによ。悪ガキにちょっといたずらしただけじゃない」 「あたし達、いつもあんた達には苦労させられてんのよ?」 「このくらいの意地悪、意地悪のうちに入んないの!」 怖い顔で囲まれた挙句、ぎゅーっと鼻を摘まれて、リナリーは泣声をあげる。 「ぎょめんにゃひゃい!もうひたづらひない!!」 「嘘ばっかり!」 「今日は、エイプリルフールじゃないのよ!」 「ひょんとらってぇぇぇぇっ!!!!」 「あの・・・皆さん、どうかもう、その辺で・・・・・・」 本気で泣き出したリナリーをミランダがかばうと、ナース達はクスクスと軽やかな笑声をあげた。 「これに懲りたら、あたし達にいたずらなんかしようと思わないことね!」 「今度はこんなもんじゃすまないわよ?」 「苦い薬なんて、まだたーっくさんあるんだからね 「ふぇ・・・えええーん・・・!!」 ナース達の言葉に怯え、ミランダの胸に縋って泣き出したリナリーの背を、優しく撫でてやる。 と、 「あら・・・?」 羽根を着けるためか、背中の大きく開いた服が妙にだぶついていることに気づき、ミランダは改めてリナリーを見下ろした。 「リナリーちゃん・・・やっぱり私のドレス、大きかったみたいね」 「ひぐっ?!」 奇妙な声をあげてしゃくりあげたリナリーを、再び寄ってきたナース達がじろじろと見る。 「妙にだぶついてると思ったら、ミランダのドレスだったの、それ?」 「どうりで・・・あんた、胸元開きすぎよ」 「これは胸がないときれいに見えないんだから・・・やめた方がいいわよ?」 「うっ・・・うるさいな!!ちゃんと着れるもん!!」 リナリーの抗弁に、しかし、ナースだけでなくミランダまでもが首を振った。 「背中だけならまだしも、胸があまってしまうのははしたないわ」 「そうよ。 ホラ、見てごらん? 胸がぶかぶかしてるもんだから、上から簡単に覗けちゃうわよ?」 「どうしてもそれがいいって言うなら、下に何か着なくちゃ、兄さんがパーティに出してくれないわ」 次々に浴びせられる容赦ない指摘に、リナリーは反駁の言葉もない。 しかも、うな垂れて見つめる自身の胸元は、確かに余りすぎて、ほとんどはだけていた。 「早く着替えなさいよ、みっともない」 とどめの言葉に、リナリーはベッドのシーツを奪って肩に巻きつける。 「巨乳なんて滅べばいいんだ――――――――!!!!」 シーツをはためかせ、泣き叫びながら病室を駆け出て行ったリナリーを、皆が呆れて見送った。 「お・・・追いかけなくていいんでしょうか・・・・・・」 気遣わしげなミランダを診察用の椅子に座らせたナース達は、あっさりと頷いた。 「いいのよ、ほっといて」 「慰めて胸がおっきくなるわけでなし」 「あんなはしたないカッコでパーティに行かせるよりいいでしょ」 クスクスと笑いながら、彼女達は手早くミランダに包帯を巻いていく。 「えぇっと・・・ミイラだから、血糊はいらないのよね?」 「ちょっと汚しておいた方がいいのかしら?」 「ヤダ、それじゃあパーティって雰囲気じゃないわよ」 「それもそうね・・・・・・」 包帯で覆われたミランダを見下ろし、ナース達は悩ましげに眉根を寄せた。 「・・・そうだ、汚すんじゃなくて、染めるのは?」 「カラフルに?・・・いいかもね」 「染料になるものならいくらでもあるしね!」 目を輝かせ、改めて迫ってきたナース達から、ミランダは思わず身を引く。 が、次の瞬間にはしっかりと捕獲され、ミランダはよってたかって化粧をされた。 「できた!」 満足げな声に、ぎゅっとつぶっていたミランダの目が、そろそろと開く。 「ホラ、見て!」 差し出された鏡に自身を写した途端、思わず唇がほころんだ。 ミイラと言うには意外なほど、血色よく化粧されたミランダを覆うのは、グラデーションに染められた包帯。 それが、黒のワンピースとエメラルドグリーンのローブに柔らかな彩りを添えていた。 「可愛いでしょ!」 「ホントに・・・ありがとうございます、皆さん」 嬉しそうなミランダに、ナース達も嬉しそうに笑う。 「じゃあ、班長を誘惑してきなよ、マミー 「共に墓場まで、ってね♪」 「がんばって― 賑やかに見送られ、照れ笑いを返したミランダは、ミイラらしくもなく足取り軽やかに科学班へと向かった。 その頃科学班では、妖精の仮装をしたコムイに皆が眉をひそめていた。 「どぉっ?かわいー?」 先端に星の飾りがついた杖を振り振り、くるりと回った彼に、部下達は引き攣った顔を振る。 「いや・・・」 「普通にキモイっす・・・」 「なんだよっ! ボクのこの魅力がわからないなんて、キミたち目が悪いんじゃないのかいっ?!」 「美的センスの問題ですわ」 一際冷たい声に、はしゃいでいたコムイがビクッと飛び上がった。 「ミ・・・ミス・フェイ・・・! あの・・・今日はその・・・・・・!」 「パーティに参加されたいとおっしゃるのでしょう?心得ております」 今日と言う日のために、ブリジットの言う通り懸命に仕事をこなしてきたコムイが、ほっと吐息する。 しかし彼女の姿に怯えてしまうのは、もう条件反射以外の何物でもなかった。 「ミミッ・・・ミス・フェイは、なんの仮装をするのかな・・・?」 「女神です」 怯えきったコムイの問いに、ブリジットが淡々と答えた瞬間、部屋中から歓声が沸く。 「女神様――――!!!!」 「一生ついて行くっす!!」 「崇め奉りますっ!!!!」 彼女がコムイを監視してくれるおかげで、以前よりは人間らしい生活ができるようになった崇拝者達の声援に、ブリジットは鷹揚に頷き、コムイは悲鳴をあげた。 「ナンダヨキミタチっ!! そんなにボクがお嫌いですかっ!!」 「うっさいサボリ魔!!」 「アンタのおかげで、全員過労死の危機だったんだよ!!」 「おまけにくだらない発明ばっかしやがって!」 「紙一重っ!この紙一重っ!!」 倍以上の勢いで帰ってきた怒号に口を塞がれたコムイは、一人、輪から外れた所で鼻歌を歌うリーバーを睨みつける。 「ちょっとぉ!! なんか言ってやってよ、リーバーくぅん!!」 「なんか、っすか? じゃあ・・・今日の分の仕事、ちゃんとやってくださいよ、巻き毛の精!」 「ボクじゃなくて――――!!!!」 なぜか上機嫌なリーバーの容赦ない言葉に絶叫したコムイは、はたと気づいてまたリーバーを睨んだ。 「仮装パーティで」 「・・・」 「ミランダと」 「・・・・・・」 「いちゃつくつもりだねコンチクショォォォ!!!!」 「大声でいらんこと言ってんじゃねぇぇぇっ!!!!」 コムイの悲鳴を圧する大音声で怒鳴ったリーバーが彼の胸倉を掴むと、眼前で妖精の杖が揺れる。 「煩悩消滅!えいっ!」 コムイが奇妙な言葉を発した途端、杖の先に取り付けられた星から薬液が噴射された。 「このっ・・・なにすっ・・・!!」 思わず目をつぶったリーバーの声が、みるみる甲高くなっていく。 「は・・・!」 「班長・・・!!」 部下達が愕然と見守る中、8歳児ほどにまで縮んでしまったリーバーは、コムイの胸倉にぶら下がった。 「なにすんだこの巻き毛の精――――――――!!!!」 甲高い絶叫が部屋中に響く中、コムイは得意げに胸を張る。 「ふっふーん♪ざまぁごらんなさい! これでもう、いちゃいちゃできないよーん♪」 愉しげに笑いながらリーバーの襟首を掴んでやると、彼は面白いほどにじたじたと暴れた。 「放せこのやろ・・・っ!!」 「うん、イイヨ 「投げんな――――――――!!!!」 ひょーい、と、リーバーを部屋の隅に放るや、コムイはくるりと振り返る。 ぎくり、と、顔を強張らせた部下達に、コムイの口が不気味に歪んだ。 「そーれ! みんな、お子ちゃまになっちゃえー!」 怪鳥のように甲高い笑声をあげて、コムイが杖を振り上げる。 だが薬液が噴射された瞬間、ブリジットはすかさずハンカチを口元に当て、精密機器清掃用のエアースプレーを噴射した。 「ぷぎ――――――――!!!!」 我が身に返った薬液を浴び、コムイが甲高い悲鳴をあげる。 「なんっじゃこりゃああああ!!!!」 小さくなった自身の手を見下ろし、再び悲鳴をあげたコムイの上を、黒々とした影が覆った。 「・・・悪い子にはお仕置きですわ」 「ぴぎいいいいいいいいい!!!!」 細いヒールで容赦なく踏み潰され、コムイはまたもや悲鳴をあげる。 「ゆっ・・・許して、ミス・フェイ!!!! キミに危害を加えるつもりはこれっぽっちも・・・ホントだってえええええええええ!!!!」 更に体重をかけてぎゅう、と踏みつけられたコムイは、必死に言い募った。 「みんなが子供になったら無邪気だな、って思っただけなのっ! ただそれだけの、可愛いいたずらなのっ!! だから・・・背骨折れるってえええええええええええ!!!!」 ぎゃあぎゃあと泣き喚いてはもがくコムイを、しかし、ブリジットは冷たく見下ろして鼻を鳴らす。 「いくらハロウィンだからと言って、はしゃぎすぎですわ。 もう大人なのですから、いい加減に落ち着いてくださいませ」 「ごべんだざいいいいっ!!ごべんだざいミズ・ヴェイッ!!ゆるじでえええええええっ!!」 「あ・・・あの・・・どうしたんですか・・・?」 室外にまで響く、コムイの凄まじい泣き声に驚いて駆けつけたミランダは、彼の姿を見て更に驚いた。 「ど・・・どうしたんですか、コムイさん?!」 「ミッ・・・ミランダ!!」 救世主の出現とばかり、コムイは涙でぐしゃぐしゃになった顔に喜色を浮かべる。 しかし、 「ミス・ロットー。 リーバー班長はそちらですわ」 有能な補佐官は先手を打ち、ひらりと手を翻して部屋の隅を指した。 そこでは書類の山に埋もれたリーバーが、長くなった白衣を引きずりながら、じたじたともがいている。 「まぁ・・・!!」 声を詰まらせ、駆け寄ったミランダが、すっかり小さくなったリーバーを抱き上げた。 「可愛い―――― 衆人環視の中抱きしめられて、リーバーが真っ赤に茹で上がる。 「ミッ・・・ミラッ・・・・・・!!」 なんとか逃れようともがくリーバーを、しかし、ミランダは抱え直して頬をすり寄せた。 「きゃあ 珍しくはしゃいだ声をあげて、リーバーを放さないミランダに、ようやく我に返った部下達も笑みを浮かべる。 「・・・イースターの仔ウサギも可愛かったけど」 「うん、これはこれで可愛いな」 「生意気そーな顔してるけどね!」 ケラケラと笑いながらつついて来る部下達を、リーバーは睨みつけた。 「てめぇら!!後で覚えてろよ!!」 甲高い声の怒声には、失笑が返る。 「覚えてなんかいませんよ!」 「そうそう、今日はハロウィンだし♪」 「ここは大目に見てくださいねー またぷにぷにとつつきだした部下達に、リーバーが甲高い怒声をあげた。 その様をにこにこと見守っていたミランダは、ちょんちょん、と肩をつつかれて振り返る。 「これ、班長に着せない?」 キラキラと目を輝かせてキャッシュが差し出した衣装に、ミランダの目も輝いた。 「可愛い・・・ うっとりと呟いたミランダの腕の中で、リーバーが凍りつく。 「ささ リーバーさん、お着替えしましょうね 「はぁっ?! ちょっ・・・待っ・・・!!やめええええええええええええええええ!!!!」 マントのように長い白衣や足に絡むネクタイだけでなく、次々と服を剥ぎ取られたリーバーが悲鳴をあげるが、ままごと好きな女達は容赦なく手を伸ばし、暴れるリーバーを押さえつけて着替えさせた。 「できた 「可愛いわ、リーバーさん 黒猫の着ぐるみを着せられ、呆然とするリーバーに、キャッシュとミランダがはしゃいだ声をあげる。 容赦ない蹂躙の現場を、必死に笑いを堪えつつ見ていた部下達は、改めてミランダに抱き上げられた黒猫の姿に爆笑した。 「猫ちゃんんんんんんんんん!!!!」 「可愛い!! 鬼の班長と思えねぇくらい可愛い――――!!!!」 「鈴ッ・・・!! 鈴をつけて完全体に・・・っ!!」 ゲラゲラと笑いながら迫ってくる部下達から、しかし、ミランダに抱っこされたリーバーは逃げることも出来ない。 「ちっくしょおおおおおおおおおおお!!!!」 鈴をつけたリボンを結わえられ、猫耳にリング状のピアスまでつけられて、再び蹂躙された。 「できたー!」 「こんな猫、大英博物館のエジプト展示室にいるよな!」 「マミーのお供にふさわしいよ♪」 「うっせぇよお前ら!!後でひどいからな!!」 満足げな部下達を涙目で怒鳴りつけるリーバーに、いつもの迫力はない。 「よしよし、そんなに怒らないでくださいな 可愛いですよ、リーバーさん ご機嫌のミランダにあやされたリーバーが更に頬を膨らませると、部下達がまた笑い出した。 「ミランダ、ホントにママみたいだな!」 「がんばればきっと、こんな生意気な子供が生まれるぜ?」 「まっ・・・まぁ・・・ からかわれ、頬を染めたミランダに力いっぱい抱きしめられて、リーバーが泡を吹く。 「あっ・・・あら!大変っ!!」 慌てて介抱を始めたミランダを、床の上からコムイが羨ましげに見上げた。 「あのぅ・・・ミス・フェイ」 「なんでしょう」 「介抱してくださいとは言わないんで・・・そろそろ足をどけてもらうと・・・・・・」 遠慮がちに申し出ると、ブリジットはじろりとコムイを見下ろす。 「午前中のお仕事を真面目にやると誓ってくだされば、今すぐにでも」 「誓います誓います! 神にでも女神にでも!!」 すぐさま頷いたコムイに軽く吐息し、ブリジットは彼を踏みしめる足を放した。 途端、 「酷い目に遭っちゃったから、チョット病棟に行ってくるよー!」 逃げ出したコムイが引く裾に、ブリジットの踵が突き刺さる。 「・・・・・・・・・あの・・・・・・ミス・フェイ・・・・・・・・・」 「室長の行動など、お見通しです」 身動きを封じられたコムイの、引き攣った声に、冷酷な声が応えた。 「お仕置きですわ!!!!」 怒りと共に踏み出された一歩が、コムイの頬を抉る。 「ぶにいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 新種の子豚のような鳴き声を響かせ、コムイはブリジットの踵に、思う様蹂躙された。 「キャッシュー?ティモシーの着ぐるみできたぁ?」 今日もまた奇妙な声がする、と思いながら科学班にやってきたエミリアに、部屋中の視線が集まった。 「まぁ・・・エミリアさん 「こりゃ・・・マリー・アントワネット降臨だわね」 うっとりするミランダと目を丸くするキャッシュの称賛に、しかし、エミリアはふるふると首を振る。 「アントワネットはオーストリア人じゃない。 あたしは正真正銘フランス人なんだから、マダム・ポンパドゥールって呼んで!」 「ハイハイ、マダム。 黒猫は班長にあげちゃったけど、色々作ってあげたから好きなの選んでよ」 目の前にずらりと並べられた着ぐるみコレクションに、エミリアが満足げに笑った。 「どれにしようかしら ライオンもいいけど・・・ワニも捨てがたいわね。 あの子馬鹿だから、カバも似合うだろうし・・・」 「・・・今、さり気に酷いことゆった?」 耳ざとく聞き咎めたキャッシュに、エミリアはにこりと笑う。 「気のせいよ。 そうだわ、私もミランダみたいに、犬を飼うことにする!」 犬の着ぐるみを手にしたエミリアが、愉しげに声を弾ませた。 「ねぇねぇ、首輪もつけてよ。リードも!」 「オッケ。 リードは・・・鎖がいい?」 キャッシュが首を傾げると、エミリアはふるふると首を振る。 「普通の綱でいいわ。 鎖だと、逃げるティモシーを引っ張った時に、手に食い込んで痛いし」 自分勝手なことを当たり前のように言ったエミリアは、上機嫌で着ぐるみ一式を受け取ると、ミランダに抱っこされたリーバーを振り返った。 「で?班長はなんで縮んでんの?」 「スルーされたと思ったのに、突っ込むのかよ!」 「自分優先は常識でしょ」 常識の意味を履き違えているとしか思えないことを平然と言って、エミリアはリーバーの頬をつつく。 「話には聞いていたけど、本当に子供になっちゃうのねぇ」 「ぷはっ!ぷひっ!!おぃっ!やめっ・・・!!」 頬が膨れる度に潰されて、リーバーがじたじたと暴れた。 「ティモシーに使ったらどうなるのかな? 赤ちゃんに戻っちゃうのかしら?」 「そしたら豚の着ぐるみ着せなよ。 公爵夫人にはふさわしいんじゃない?」 面白そうに言ったキャッシュに、エミリアは首を振る。 「マダム・ポンパドゥールは侯爵夫人よ。 ・・・でも、そうなったら面白いわね」 いかにも愉しげに笑って、エミリアはコムイに駆け寄った。 「室長、あたしにもあの薬、分けて 「え・・・でも・・・・・・」 小さな手に持ったペンを走らせつつ、傍らのブリジットの顔色を窺うコムイに、エミリアがにんまりと笑う。 「ミス・フェイ、いいでしょ? 悪いことには使わないわ」 むしろ、と、エミリアは肩をすくめた。 「彼らより始末の悪い子供を無力化するには、いいんじゃないかしら?」 「無力化・・・ですか。確かに」 ティモシーのやんちゃを知るブリジットは、考え深げに頷き、棚から取り出した薬品をアトマイザーに分けてやる。 「適切にお使いなさい、マダム」 「ありがと ブリジットににこりと笑い、エミリアは踵を返した。 「じゃあみんな、パーティで会いましょ♪」 「うん、またね!」 キャッシュに手を振って見送られ、エミリアは動きにくいドレス姿で回廊を渡る。 団員達の称賛の視線を心地よく受けていると、目の前に彼女の視線すらも釘付けにする者が現れた。 白い絹地に黒髪を流し、大きな袖に風をはらんで颯爽と歩く様は、神々しいまでに美しい。 「ま・・・! 神田、それってなんの仮装?!ステキ!!まるで鳥みたいよ!」 歓声をあげて駆け寄ると、彼は相変わらず冷酷な目で彼女を見下ろした。 「陰陽師だ。 正式には束帯(そくたい)だが、今日は狩衣(かりぎぬ)にしている」 「・・・?」 意味がわからず、首を傾げたエミリアに、神田は軽く肩をすくめる。 「陰陽師は役人だから、フォーマル衣装が正式だが、今日は普段着にしてる、って事だ」 「・・・あぁ!なるほど!」 ぽん、と手を打ち、エミリアは大きく頷いた。 「ねぇ、オンミョウジって、将軍かなにか?」 興味深げに擦り寄ってきた彼女を突き放しもせず、神田は首を振る。 「いや、天文や占いをする部署の役人だな」 「へぇ!!役所に占いをする部署なんてあるのね! やっぱり日本って、ミステリアスだわ!」 はしゃいだ声をあげて、腕に縋ってきたエミリアを、神田はどこか訝しげに見下ろした。 「お前は随分派手だな。なんの仮装だ?」 ここにリナリーがいたなら、『神田が他人に関心を持つなんて!』と、顎を落としたことだろうが、そうとは知らないエミリアは、にこりと笑って優雅に会釈する。 「ポンパドゥール侯爵夫人よ。 ルイ15世の・・・時代の人で、色んな流行を生み出したり、王に代わって外交を取り仕切った人なの」 さすがに神田の前で『王の愛人』と言うのははばかられたので、そこは口を濁して都合のいい情報だけを伝えた。 「ふん・・・お前には合ってるかもな」 「ありがと 笑みを深めたエミリアは、神田の腕を更に引き寄せる。 「パーティのパートナーになって 「・・・・・・めんどくせぇ」 「あら、なによ! もう仮装してるんだから、今更同じことよ! ね?いいでしょ?」 積極的に迫られると、断る理由のない神田は頷くしかなかった。 「やったぁ 嬉しいわ、ありがとー 「いや・・・」 感情を隠しもしないエミリアに戸惑い、ネイティブ以上に流暢な悪口雑言どころか、皮肉さえも出てこない。 これが『気圧される』という状況か、と、神田は思わず吐息した。 「なぁに?」 「いや・・・つくづく、フランス人は鬼門だと思っただけだ」 いかに反抗しても敵わない師匠の顔を思い浮かべ、神田はもう一度吐息する。 と、エミリアがまた嬉しそうに笑った。 「キモン、ってなんのことかわかんないけど、そのおかげであんたがパートナーになってくれるんだったら嬉しいわ 「そうか・・・」 「うんっ!」 大きく頷いたエミリアから、神田は居心地悪げに顔を逸らす。 「・・・いい加減、腕を放せよ・・・・・・」 「あらやだ はしゃいだ声をあげて、更に擦り寄ってきたエミリアから顔を逸らしたまま、神田は今までで最も深いため息をこぼした。 一方、トップ2人が子供になってしまった科学班では、業務が滞ったかといえば逆で、子供になっても処理能力の変わらないリーバーと、子供になったがゆえにいつも以上に酷使されるコムイによって、世界各国から寄せられる書類は次々と処理されていった。 「ミス・フェイ・・・! ねぇ、ミス・フェイ・・・・・・! なんかボク、猿回しの猿になった気分なんだけど・・・!!」 腰に太い縄を結わえ付けられたコムイは、逃げ出そうとする度に軽々と引き寄せられて、とうとう泣き声をあげる。 が、冷酷な補佐官は、コムイの襟首を掴んで持ち上げると、再び席に着かせた。 「おかげで、室長の捕獲も随分楽になりましたわ。 ずっとこのままでいてくださればいいのに」 「えぇー?! それは勘弁してよ!!」 「では」 冷酷な目で見下ろされ、コムイは反駁を喉に詰まらせる。 「真面目にお仕事なさってくださいませ」 「・・・・・・・・・はい」 彼女の迫力に気圧され、引き攣った笑みを浮かべて頷いたコムイに、ブリジットもまた、頷いた。 「ご理解くださいましたら、早々にご決裁くださいませ。 私もこの後、予定が詰まっておりますので」 「はい・・・・・・」 びくっと震えたコムイが頷くや、科学者達からまた女神コールが湧き上がる。 「あの人のおかげで、今日の仕事は片付きそうだな」 大歓声の中、小さな指で数式を書き出していたリーバーが、にこりと笑った。 「早く済ませてくださいね ジェリーさんに、私の猫を紹介しなくちゃ 「・・・・・・それはあんまり、嬉しくないけどな」 思わずため息をつくと、首の鈴がちりん、と鳴る。 「きゃあ 「は・・・はは・・・はぁ・・・・・・」 歓声をあげるミランダに笑おうとして失敗し、リーバーは更に深いため息をついた。 「くそ・・・考古学者の仮装するはずだったのに・・・!」 「あら、学者さんなら今でもそうじゃないですか 私は珍しい姿が見られて嬉しいです 愉しそうに笑いながら、ミランダはリーバーを抱き上げ、膝の上に乗せる。 「ちょっ・・・おい!!」 「椅子、低くなっちゃって不便でしょう? 早くお仕事終わらせてくださいね 機嫌よく笑う彼女にもう、何も言えず、顔を真っ赤にしたリーバーは、失笑する部下達を睨みつけた。 「こうなったら・・・一秒でも早く終わらせてやる!!」 言うや、小さな手を懸命に動かすリーバーを、ミランダがにこにこと見守る。 「これも・・・女神様のおかげですねぇ 柔らかく笑みを深めたミランダが見遣った先では、女神に膨大な書類を押し付けられたコムイが、甲高い悲鳴をあげていた。 「嫌だ!! なんで俺が犬なんだよ!!」 コムイ達と違い、正真正銘の子供は、エミリアが押しつけて来た着ぐるみに、猛烈に反抗した。 「俺だってカッコイイのがいい!!」 しかし、エミリアはティモシーの抗議を聞き流し、犬の着ぐるみを頭から被せる。 「いいじゃないの、似合うんだし! それにホラ、こう言うのなんていうんだっけ?」 ティモシーの頭に乗ったクラウドの猿を示して、エミリアが振り返ると、やや離れた場所にいた神田が軽く首を傾げた。 「犬猿の仲、のことか?」 「そうそうそれそれ! 日本じゃ犬と猿はセットなんだって! あんた、これ着てラウと一緒にいなさいよ!」 「セットはセットでも、意味が違うんだが・・・」 ティモシーを押さえつけ、着ぐるみを着せるエミリアの背に、神田がぽつりと呟く。 「なに?なんか言った?」 「別に・・・」 ふいっと、神田が目を逸らした先では、不機嫌な顔をしたクラウドが、じっと彼を見つめていた。 「・・・なんですか」 「娘を嫁に出した気分だ」 「・・・・・・は?」 恐ろしく嫌な予感がして問い返せば、きつく眉根を寄せたクラウドが歩み寄って来る。 思わず歩を引くと、すかさず抱き寄せられてしまった。 「嫁に行ってもママのことを忘れないでおくれっ!!」 「俺が嫁かよ!!」 クラウドの腕の中でもがきながら、神田が声を荒げると、彼女は更にきつく彼を抱きしめる。 「だって! さっきからエミリアの言うことばかり聞いて! まるで亭主を立てる貞淑な妻のようじゃないかこの大和撫子! 私の願いは全く聞かないくせに、この薄情者!!」 女とは思えない膂力で、ぎゅうぎゅうと締め上げられた神田が、苦しげに吐息した。 「・・・っなんか・・・すげぇイラッとするんですが! 第一、あんたの願いはいつも無茶ばっかり・・・っ!」 全力を振り絞ってクラウドの拘束から抜け出すと、目に涙を浮かべた彼女に睨まれる。 「一緒にセー○ー戦士をやろうって言っただけじゃないかっ!!」 「いい年してセーラー服とか着たがってんじゃねぇよっ!!!!」 「セーラー服? 元帥、船員にでもなるんですか?」 怒鳴り合う二人に、ティモシーを抱っこしたエミリアが興味津々と寄って来た。 「違うぞ、エミリア! セー○ー戦士というのは・・・」 反駁しようとエミリアを見遣った途端、クラウドの動きが止まる。 「元帥?」 小首を傾げたエミリアの腕の中で、ティモシーがびくっと震えた。 「なんと可愛いわんこだっ!!」 「やっぱり!!」 絶叫と共に奪われたティモシーが、ぎゅうぎゅうと抱きしめられて悲鳴をあげる。 「ししょっ・・・やめっ・・・出る!!内臓出るぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」 必死の訴えにも、しかし、クラウドの力は緩まず、ティモシーを締め上げた。 「あ、動かなくなってしまった」 泡を吹いて目を回したティモシーに、エミリアが悲鳴をあげる。 が、クラウドは構わず、ぐったりした子供を膝に置いた。 「今のうちに、首輪とリードをつけてしまおう いそいそと首輪を取り出したクラウドを、エミリアが憤然と睨みつける。 「ホンット、酷いお師匠様ね!」 「お前こそ、清々しいほどに自己中心的だぞ 二人のやり取りに、神田は何度も頷いた。 「・・・似た者同士だったんだな」 どうりでエミリアには押し切られるはずだと納得し、神田は思わず吐息する。 「おまけにフランス人か。 鬼門にも程がある」 虚しく呟くと、神田はクラウドの肩に戻っていたラウを取り上げた。 「なんだ?」 「ちょっとこの猿、借りていいですか」 魔除けに、と呟いて、神田が踵を返す。 「あん!どこ行くの!」 不満げなエミリアを肩越しに見遣った神田は、わずか、肩をすくめた。 「邪気払いだ」 「ジャキ??」 また不思議な言葉が出てきた、と、エミリアが首を傾げる。 「悪い虫を追い払ったら、戻って来てやんよ」 途端に機嫌を直して、エミリアは大きく頷いた。 「じゃあこれあげる!」 「なんだ?」 エミリアが差し出したアトマイザーを受け取った神田が、不思議そうにそれを掲げると、彼女は得意げに胸を張る。 「室長からもらった、子供になる薬 ティモシーに使おうと思ったんだけど、このままでも可愛いから、使わないことにするわ」 肩越し、クラウドに抱かれたティモシーを見遣って笑ったエミリアに、神田もにやりと笑みをこぼした。 「おかげで、簡単に片がつきそうだ」 「よかった 「ハニーって言うな!!」 手を振るエミリアに怒号を返すが、強靭な精神力を持つ彼女はびくともしない。 「パートナーになってくれるって約束、守ってよね!」 「あぁ・・・・・・」 舌打ちしつつも頷いた神田を、エミリアは満足げに見送り、その横で頬を膨らませたクラウドは、知らず、首輪でティモシーを締め上げていた。 「なんだなんだ、ユウのやつ! あいつはそう簡単にカノジョなんか出来ないと思ってたのに、すっかり篭絡されて!」 ぶつくさと文句を垂れつつ、クラウドが中庭に面した回廊を渡っていると、狼男の仮装をしたティエドールがひょこひょこと寄って来た。 「おや、可愛いわんこを連れてるねぇ 君はまだ着替えないのかい、クラウド?」 言うやティエドールは、クラウドの手から、白目を剥いたままのティモシーを取り上げる。 「何をする!返せ!」 きっと睨みつけると、ティエドールは笑って肩をすくめた。 「これ以上締め付けられたら、この子が死んでしまうよ」 クスクスと笑声をあげて、ティエドールはティモシーの首輪を緩めてやる。 「で?ユー君がなんだって?」 小首を傾げて問うと、クラウドは憮然としたまま、神田とエミリアのやり取りを話した。 「なんだい、エミリアに嫉妬してるのかい?」 「嫉妬・・・というか・・・・・・」 困惑げに首を傾げたクラウドの髪を、庭を吹き抜ける秋風がさらさらと揺らす。 「なんだか、イラッとしたんだ」 そう言って、子供のように頬を膨らませた彼女に、ティエドールが吹き出した。 「息子に恋人ができると、母親は嫉妬してしまうんだそうだよ」 「ユウはオンナノコだいっ!!」 すかさず言ったクラウドに、ティエドールが笑みを深めて頷く。 「うん、現実から目を逸らしても構わないケドね、事実、エミリアに嫉妬してるキミは、ユー君をオトコノコだって認知してるんじゃないかなぁ」 「う・・・!」 簡単に言い負かされたクラウドが悔しげに口をつぐむと、ティエドールはにこにこと笑いながら、何度も頷いた。 「愛情深いのはいいことだけど、嫉妬はどうかと思うよ、私は」 言いながら、ティエドールはそろそろとクラウドから離れて行く。 「そう言うわけで君は次回、女の子が入団した時にでも弟子を取ることにして、今回は私に譲るといいよ!」 突然踵を返し、ティモシーを連れ去ろうとするティエドールの襟首を、クラウドがすかさず掴んだ。 「うるさいっ!ティモシー返せっ!」 怒鳴られて、ティエドールは悲しげな目を肩越しに向ける。 「こーんなちっちゃい子育ててさ、カノジョできたら今以上に寂しいよ、きっと? だから私に任せなさい、私に。 君を辛い目にあわせたくないんだよ」 「もっともらしいことを言っているが、本音は子育てしたいだけだろう!!」 びしぃッと指差してやると、ティエドールは困り顔で肩をすくめた。 「だってぇ・・・マー君はともかく、ユー君もデー君もなーんかひねくれちゃったからさぁ・・・。 今度こそ、素直ないい子を育てたいなぁって・・・」 「こんなひねくれ坊主が、お前の甘っちょろい教育方針で更生させられるものか! そもそも、ことごとく子育てに失敗した実績があるからコムイは私に託したのだろうが! いいから返せっ!」 憤然として、ティエドールの手からティモシーを取り上げたクラウドは、ふわふわの着ぐるみを着た子供をぎゅっと抱きしめる。 「この子はビッシビシ躾けて、アレンのような小紳士にするんだ! ふふ・・・ 元はいいのだもの、矜持と反骨精神をことごとく踏み壊してやったら、きっと『いい子』になるに違いない 「・・・今、さり気に酷いこと言った?」 ぶるっと震えたティエドールに、クラウドは口の端を歪めた。 「ふっ・・・! 弟子の躾けは、師の特権・・・じゃない、義務だ!」 「やっぱり、酷いこと考えてるんだ」 深々と吐息して、ティエドールは愛情深くティモシーの頭を撫でてやる。 「辛くなったら、私のところへおいでよ?」 「・・・・・・お前、本当にイラッとするな」 ティモシーをティエドールから引き離したクラウドのこめかみに青筋が浮いた。 「あぁっ!! 撫で撫でくらい、いいじゃないか!」 憤然と踵を返したクラウドの背に、ティエドールが哀しげな声をかける。 「うるさいっ! 撫で撫でも禁止だっ!」 怒鳴りつけるや、クラウドは踵を高く鳴らして回廊を渡りきった。 「全く、どいつもこいつもイライラさせてくれる!」 「なんでだ? 明日、また一つ年を取るからか?」 入り組んだ回廊の横道から声をかけられた瞬間、クラウドは見事な飛び蹴りを放つ。 「・・・死にたいらしいな、ソカロ。 お前がその気なら、受けて立つぞ?」 既に足下に踏みしめたソカロを、クラウドは冷酷な目で見下ろした。 「あ・・・挨拶じゃねーか・・・! このヒステリーおんっ・・・ぐぼぁっ!!」 「余計なことを言う喉は不要だろう?」 ピンヒールの踵で喉を抉られたソカロが、死にそうな声を出す。 その声に、驚いたティモシーが目を覚ました。 「なっ・・・なんだ?!なんだ今の音?!」 それが殺されそうになった男の声だと認知できないまま、きょろきょろと辺りを見回したティモシーは、自分を抱く師の身体に伝わる振動につられ、恐る恐る下を見る。 と、 「っっっっ!!!!」 声にならない悲鳴をあげ、凄絶な形相でもがくソカロ元帥の姿に、全身から血の気が引いた。 「し・・・ししょ・・・・・・!」 「あぁ、起きたのか、ティモシー」 腕の中でぶるぶると震える弟子に気づき、クラウドは口の端を曲げる。 「ちょっと待て。 今片づける」 言うや、クラウドはソカロに血反吐を吐かせて彼の上から降りた。 「あのっ・・・あれっ・・・!!」 小さな指で、動かなくなったソカロを指すティモシーに、クラウドは笑みを深める。 「放っておけ。死んではいないから」 即死はしていなくても、今にも死にそうなソカロの姿から目が離せないティモシーを抱え直し、クラウドはソカロの半死体を目立たない場所へ蹴り入れた。 「ちょっ・・・死んじゃうよっ!!」 「大丈夫だ。あいつは丈夫さでは教団一なんだからな」 ティモシーの悲鳴ににこりと笑い、クラウドは犯行現場を後にする。 ―――― 瀕死のソカロが発見されたのは、その後、日付も変わってからのことだった。 一方、自室に戻って、不承不承着替えたリナリーは、鏡に写した自身の姿に頬を膨らませた。 「なんだよ・・・なんだよなんだよ! む・・・胸なんかなくったって、可愛いもん!!」 強気な言葉とは裏腹に、悔しげな顔が鏡に写る。 「〜〜〜〜〜〜〜〜巨乳なんてぇぇぇぇぇっ!!」 鏡に爪を立て、低く唸った時、ドアがノックされた。 「はい?」 不満顔のまま、ドアを開けたリナリーは一瞬後、凄まじい勢いで閉ざす。 「ちょっ・・・なに?!なんで閉めちゃうの?!」 激しくドアを叩くエミリアの声に、リナリーは細くドアを開けた。 「なんなの・・・」 腰に手を当て、不満を漏らそうとしたエミリアは、細い隙間からじっとりと睨んでくる恨みがましい目に、声を飲み込む。 「え?!なに・・・?」 「なんだよなんだよ自慢げに巨乳見せつけちゃってどうせ私はあまりまくってはだけちゃったよこれだから西洋人なんて嫌いなんだ巨乳なんて滅びればいいのになんだよ自慢してナンダヨ」 「・・・・・・なんの呪文?」 地を這うような声の大方を聞き取れず、困惑するエミリアの前で、ドアの隙間が更に細くなった。 「なんの用?」 不機嫌のどん底にある声に一瞬鼻白んだものの、エミリアは気を取り直してドアに取りつく。 「ティモシー知らない? お師匠様が連れてったきり、見てないの!」 問うた途端、リナリーの目が更に荒んだ。 「・・・・・・巨乳好きの子供は私になんか寄っても来ないけど何か?」 「・・・なんでそんなに荒んでんの?」 リナリーの尋常ではない荒みっぷりに、エミリアは乾いた声をあげた。 「ほっといて」 「そりゃ、ほっといて欲しいならほっとくけど、興味沸くじゃない」 と、ドアの隙間がますます細くなる。 「巨乳にはリナリーの気持ちなんてわかんないよ・・・! ナンダヨ見せびらかして、どうせリナリーに『何人もパートナー申し込まれちゃって困っちゃうー 言いながら、リナリーの目がきりきりとつりあがって行く様に、エミリアは思わず吹き出した。 「心配しないで。パートナーはもう、決めちゃったから 神田に、と言った瞬間、ドアが乱暴に閉ざされる。 「もう用はないでしょ!帰ってよ!!」 ドア越しにヒステリックな声で言われ、エミリアは苦笑した。 「はいはい、じゃあ、後でねー 「巨乳の側になんか行かないよっ!!」 更にヒステリックな声をあげたリナリーは、鏡に写った自身の顔に憮然とする。 「神田まで巨乳に惑わされるなんて・・・・・・!!」 神田が聞けば、げんこつの後、言いがかりだと怒鳴っただろうが、幸か不幸か、ここに彼の姿はなかった。 「どーせラビも、元帥追っかけてるだろうし・・・アレン君誘っちゃお!」 ぷんっと頬を膨らませ、リナリーは部屋を出る。 「もう!だから姫だなんて言われちゃうんだよ、アレン君! 本当は男の子が誘うんだからね!」 ぶつぶつと文句を垂れながら、リナリーは回廊を渡った。 と、科学班に差し掛かった時、中からミランダが出てくる。 「あれ? ミランダ、班長と一緒じゃないの?」 意外に思って問うと、リナリーを見遣ったミランダが、くすりと笑みを漏らした。 「一緒ですよ、ほら」 笑いながら手を引いたミランダの影から、小さな黒猫がたたらを踏んで出てくる。 リーバーそっくりの子供に、リナリーはその場で凍りついた。 「・・・・・・・・・・・・ミランダ、いつの間に産んだの?」 「産んでませんよ!」 顔を真っ赤にしたミランダは、懸命に首を振る。 「コムイさんがお薬を撒いて、それで・・・」 「子供になっちゃったのかぁ・・・」 苦笑してしゃがみこんだリナリーは、ぷにぷにしたリーバーの頬をつついた。 「こらっ!やめっ・・・!!」 「きゃあ 班長がぷにぷにだよ! 班長も子供の頃があったんだぁ 「あったりまえだろうが! 俺をなんだと思ってんだ!」 抱きつこうとするリナリーの腕をかいくぐり、するすると逃げるリーバーに、『だって』と、リナリーが笑う。 「初めて会った時にはもう、班長はお兄さんで、すっごくおっきかったんだもん。 私、普通に立ったままで班長を見下ろしたの、これが初めて!」 ようやく捕まえたリーバーを抱き上げると、彼は憮然と頬を膨らませた。 「どうせなら兄貴を抱っこしろよ。 今、俺と同じくらいになってるぜ?」 「ホントッ?!」 歓声をあげたリナリーは、リーバーをミランダに押し付けて科学班に駆け込む。 「兄さ・・・あれ?」 習慣で上を見あげたリナリーは、兄の長身が今日はないことに気づいて腰を屈めた。 「兄さーん!兄さんやーい!」 「・・・犬でも探してるのか」 「違うよ、兄さんだよ!」 呆れ声のジョニーに顔をあげて、リナリーは雑然とした室内を見回す。 「ねえ、兄さんどこ?」 「室長なら・・・」 「補佐官が着替えに行ってる間、そこに・・・」 科学者たちが一斉に指差した先を見て、リナリーは目を丸くした。 「兄さん!!!!」 「リ・・・リナリィー・・・・・・!」 情けない声でリナリーを呼んだコムイがいるのは、大きな鳥かごの中。 捕まったティンカー=ベルよろしく、狭いかごの中で格子に縋っていた。 「なんで・・・酷い!!」 「酷いのは、この忙しい状況で戦力を殺いでくださった室長です」 冷酷な声に振り返れば、ギリシャ神話の女神のような白いトーガを纏ったブリジットが、背筋を伸ばして立っている。 「兄さんを出して!」 「不可です。 室長を放しては、また被害が出るかもしれませんから」 「なによ、冷酷補佐官!虐待じゃないっ!!」 そうでしょ、と、同意を求めて見回した科学者達には、ことごとく目を逸らされた。 「なんで・・・!」 「ここにいる皆さんの総意ですわ。 危険な生き物を開放するわけには参りません。 わかったら・・・」 きっぱりと言って、ブリジットはまっすぐにドアを指す。 「出てお行きなさい、リナリー・リー。 ここは、あなたがいる場所ではありません」 「んなっ・・・!!」 「早く!」 パパン!と、ブリジットが手を鳴らすや、とりなし顔の科学者達が丁重にリナリーを外へ出した。 「なんで!! ねぇ!なんでみんな、あんな意地悪魔女の言いなりなのっ?!」 「ゴメンな、リナリー・・・」 「ハロウィンパーティには、俺らも参加したいんだよぉー・・・」 「そのためには今、室長を逃がすわけには行かないんだ・・・!」 なんとしても、パーティ開始までには仕事を終わらせる、と、決意した彼らによって、ドアが閉ざされる。 「開けてよっ!! 兄さん!!兄さぁぁぁぁん!!!!」 激しくドアを叩くがびくともせず、その上、向こう側から懇願の声が上がった。 「今は! 今は頼むから!!」 「仕事終わったら解放するからさぁ!!」 「今は邪魔しないでくれよ!!」 お願い、と、必死の声に憮然として、リナリーは踵を返す。 「なんだよ・・・みんな、あんな魔女の言いなりになって! きっとすごいいたずらしてやるんだから! 見てるがいいよっ!!」 そのためにはラビが要る、と、リナリーは探索の相手を換えた。 「あの魔女、ぎゃふんと言わせてやるんだもんっ!!」 気炎をあげつつ回廊を進んでいると、曲がり角の向こうに何か、ひらひらと揺らめくものがある。 「袖?」 どうも、この先に誰かいるらしいと、リナリーは足音を忍ばせて近寄った。 と、手が届く寸前、すっと袖が引かれる。 リナリーが更に追いかけると、見事に気配を消した神田が、複雑に入り組んだ回廊の先を窺っていた。 「神・・・」 声をかけようとした瞬間。 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 城中に響き渡るような絶叫が沸き、リナリーはビクッと足を止めた。 呼吸すら止めて様子を窺っていると、神田の元になぜか、クラウドの猿が駆け寄って彼の肩に乗る。 「ざまぁみろ、馬鹿ウサギ」 冷笑と共に呟き、神田が歩を進めた。 「・・・あ!」 リナリーの硬直が解けた時にはもう遅い。 慌てて追いかけ、曲がった先には神田どころか、おそらく彼に仕留められたのだろう、ラビの姿さえなかった。 「エミリアさんっ 中庭を囲む回廊の向こう側から声をかけられ、エミリアは足を止めた。 「豪華ですね! フランス宮廷の貴婦人ですか?」 駆け寄ってきたアレンに、エミリアはにこりと笑って頷く。 「マダム・ポンパドゥールよ 「では、パートナーはルイ15世でしょうか?」 愛想のない口調で、しかし、冗談らしきことを口にしたリンクに、エミリアはクスクスと楽しげな笑声をあげた。 「ううん、オンミョウジよ」 「・・・・・・なんですって?」 揃って首を傾げたリンクとアレンに向かい、エミリアも首を傾げる。 「あたしだって今日、初めて聞いたのよ。 発音に自信がないから、変な風に聞こえてもスルーして」 言われて、二人は頷いた。 「それで、オンミョウジとはなんですか?」 聞いたことのない単語に興味を覚えたのか、リンクが問うと、エミリアは記憶を探るように宙を見つめる。 「確か・・・日本の役人だって」 「はぁ・・・・・・」 役人の仮装なんかするのか、と、不思議そうなリンクの隣で、アレンが『日本』と言う単語にピクリと耳をそばだてた。 「じゃあ、パートナーって・・・」 「神田よん 「ホントに?! それなら話が早いです!!」 喜色を浮かべて、アレンが詰め寄る。 「エミリアさん! 一刻も早く神田を確保してください!!」 「なんで?」 アレンの勢いに気圧され、目を丸くするエミリアに、彼は更に迫った。 「あの人性格は悪いけど、か・・・顔は・・・か・・・顔・・・・・・っ!!」 悔しげに顔を歪め、声を詰まらせるアレンを、エミリアが訝しげに見つめる。 と、大きく深呼吸した彼は、決然と顔をあげた。 「可愛いのは断然僕ですけどあの人もそれなりに美人じゃないですかっ!」 一息に言ったアレンに、エミリアが小首を傾げる。 「断然、神田の方が美形よ」 きっぱりと言われて、アレンが唐突にしぼんだ。 「ア・・・アレン?! ゴメン、そんなに落ち込むなんて思わなかったの!!」 床にうずくまってしまった彼の上に屈みこむと、アレンは弱々しく顔をあげる。 「じゃあ・・・可愛いのは僕だって・・・言ってくだ・・・」 「フランス人だもの。美的センスには自信があるわ」 撤回しない、と態度で示されて、アレンはがくりと頭を落とした。 その様に、リンクが意地悪く鼻を鳴らす。 「早く話を進めなさい。 まったく、鬱陶しい子供ですね」 「うるさいリンクの二股眉毛っ! あのパッツンにだけは、なんであっても負けたくないんだいっ!!」 「うん・・・まぁ、それぞれの好みだと思うケド、一般的に見ても、美形度では神田の勝ちよ」 自身の目に絶対の自信を持つエミリアの追い討ちを受けて、アレンは再び沈んだ。 「それで、神田が美形だからどうなのよ?」 苦笑してエミリアが問うと、アレンはうずくまったまま、ぶつぶつと言う。 「・・・だから、あのパッツンをパートナーにするんなら早く確保しないと、お姉さん達が狙ってますよって、忠告に来たんですよ」 「あら、大丈夫よ だって、その先鋒だったクラウド元帥の前で、ちゃんとあたしのパートナーになるって約束してくれたもの そう言ってエミリアが、得意げに豊満な胸を張ると、アレンは目を丸くした。 「クラウド元帥が?!引き下がったんですか?!」 「その代わり、ティモシーが連れてかれちゃったけどね」 今頃泣いているんじゃないか、と、不安げな顔をしたエミリアに、突然立ち上がったアレンが詰め寄る。 「それじゃあなおさらですよ! クラウド元帥が引いたんなら、他のお姉さん達が群がります!」 「そんな・・・・・・・・・そうかも!」 笑い飛ばそうとして、エミリアは唐突に大声をあげた。 アレン達エクソシストやティモシーの師であるクラウドは、既にエミリアの性格を承知しているが、入団したばかりの教団ではまだ、彼女の存在すら知らない者の方が多い。 アレンは大きく頷き、エミリアの手を取った。 「がんばってくださいね、エミリアさん! 殺人キックの威力を知らない、命知らずなお姉さん達から、神田を死守してください!!」 「そうね!! せっかく約束したのに、横からさらわれたんじゃたまらないわ!!」 怒号をあげるや、エミリアは決然と踵を返す。 「せっかくの美形、盗られてなるもんですか!」 ドレスの裾を掴み、猛然と駆け出したエミリアの背を、アレンはにんまりと笑って見送った。 「・・・なっ・・・んだよっ・・・!! エミリアの手なんか握っちゃって、アレン君も巨乳がいいの?!」 猛禽の目で問題のシーンは捉えたものの、会話が聞こえなかったために激しく誤解したリナリーは、エミリアが駆け去る前に憤然と踵を返した。 「ラビは神田が倒しちゃったみたいだし、神田はエミリアのパートナーになっちゃうし、アレン君も・・・!」 ぎりっと歯を噛み締めて、リナリーはそれ以上の言葉を砕く。 「みんな嫌いだっ!!」 猛然と吠えた声は、石の回廊を伝ってアレンの元にまで届いた。 「・・・? なんか、リナリーの声みたいでしたけど?」 届くまでに幾重にも反響した声は既に言葉の体を成さず、アレンは不思議そうに首を傾げる。 「なんだろ?行ってみましょう!」 とことこと歩き出すと、リンクもドレスの長い裾を持ち上げ、憮然とついてきた。 「まったく、歩きにくいことこの上ない! なんと馬鹿げたことでしょうか!」 「もー・・・ぶつぶつうるさい! せっかくのお祭なんだから、もっと楽しそうにしたらどうですか!」 アレンがうんざりと言ってやると、ものすごい目で睨まれる。 「せっかくの祭りに、楽しめない仮装を強要したのは誰ですか!!」 「キレイにしてもらってよかったじゃん♪」 ケラケラと楽しげな笑声をあげ、アレンはほんの少し前までリナリーがいた場所へ、そうとは知らないままに至った。 が、当然ながら彼女の姿はない。 「これで後は、コムイさんさえどうにかできたら、怖い物なしなのになぁ・・・」 リナリーがアレンのことを誤解した、まさにその場所でため息を漏らす彼に、リンクの目がキリキリと釣りあがった。 「こんな破廉恥なイベント、真っ先に潰されるに決まってますよっ!!」 ミランダを奪われた悔しさのあまり、リンクの目はリーバー抹殺のシーンを幻視する。 「あのホーキ頭、ぶち抜いてやりたぃぃぃぃぃぃっ!!!!」 リンクの絶叫は回廊に幾重にも反響し、あまりの騒々しさにアレンは耳を塞いだ。 「・・・それ、思うだけにしておいてくださいね。 優秀な脳みそぶち抜いたら、教団だけじゃなく、ノアまで泣いちゃうよ」 ようやく収まった音響に肩をすくめたアレンが、ため息混じりに言う。 と、リンクは意外そうに目を見開いた。 「なんですって・・・?!」 「ん?だから・・・リンクも知ってるでしょ? ノアがレベル4を送り込んで来た時、守化縷が優秀な脳みそ狩ってっちゃって大変だったじゃないですか。 あの時のリーバーさんってばオトコマエすぎたから、きっと今でも目をつけられて・・・」 「そうです!!!!」 突然の絶叫に、アレンはビクッと飛び上がる。 「な・・・なに・・・?」 激しく嫌な予感がして問えば、リンクはこぶしを固めてにんまりと笑った。 「これをノアへの通敵行為と見なし、逮捕・拘禁・拷問・死刑の順に段階を踏んで・・・」 「なんの段階だ、なんの!!」 身体ごと飛んできた見事な蹴りに、妄想に浸っていたリンクが吹き飛ぶ。 「部下を酷い目に遭わされた俺のトラウマ抉るんじゃねぇ!!」 怒鳴りつけながら、リンクの上に乗ったリーバーが、小さな足でぐりぐりと背中を踏みつけた。 と、 「あらあら、いけませんよ、リーバーさん」 慌てて駆け寄ったミランダがリーバーを抱き上げ、リンクから引き離す。 「マユゲも、酷いこと言っちゃいけません」 穏やかにたしなめられたリンクはしかし、ミランダの声も聞こえない様子で愕然と顎を落とした。 「マンマ!!いつの間にお子様をっ?!」 「産んでませんってば!!」 詰め寄ってきたリンクに、ミランダが顔を真っ赤にして絶叫すると、彼はほっと吐息する。 「よかった・・・! そうでしょうね、マンマからこんな生意気そうな子供が生まれるはずがありませんから!」 「生意気そうで悪かったな、クソマユゲ!」 ミランダの腕の中で、じたじたと暴れながらリーバーが歯を剥いた。 「生意気で悪ければ、粗暴なクソガキです。 まったく、マンマには似つかわしくない」 意地の悪い言葉とは逆に、浮かれた口調で言ったリンクは、今にも踊りださんばかりに軽やかな足取りでミランダに歩み寄る。 「改めて、パートナーになっていただけますか、マンマ?」 尻尾を振って寄って来る、仔犬のような姿にミランダは吹きだしたが、彼女に抱かれたリーバーは、憤然と蹴りを繰り出した。 「ふざけろこのまゆわんこっ!! なーにとんでもないことぬかしやがる!!」 が、リンクは子供の蹴りを難なく避けて、冷笑を返す。 「実に無様ですね、リーバー班長? あなた、その姿でパーティに参加されると言うのですか?」 「してやるよっ!!」 「どうやって。 その身長差では、マンマと踊れもしませんよ」 くつくつと意地の悪い笑声をあげ、リンクはリーバーの、膨らんだ頬を潰した。 「ぶひゃっ!」 「ふふふ・・・面白い鳴き声ですねぇ。 鼻をつまんでやったら、楽しい声をあげるでしょうか」 「ふぎ――――!!!!」 心底楽しそうにリーバーをいたぶるリンクから、ミランダが慌てて身を離す。 「小さい子をいじめちゃいけませんよ、マユゲ! それに、私はリーバーさんと参加しますから、パートナーにはなってあげられないわ」 ごめんなさいね、と、苦笑したミランダに、リンクが顎を落とした。 「へっ! ざまぁみろ陰険わんこ!!」 べーっと、舌を出したリーバーを、リンクが殺しそうな目で睨む。 「ま・・・まぁ、そんなにケンカしないでくださいな、二人とも・・・・・・」 びくびくと鼓動を早めながら、ミランダが更にリンクからリーバーを引き離した。 「そ・・・それにね、マユゲ・・・。 あなたがリーバーさんとケンカしている隙に、アレン君が・・・」 「え?!」 驚いたリンクが、慌てて辺りを見回した時にはもう、アレンの姿はどこにもない。 「あの・・・クソガキィィィィィィィィィ!!!!」 狩猟犬の獰猛さでアレンを追うリンクを、ミランダは苦笑して、リーバーは再び舌を出して見送った。 「まったく・・・! ここのところ、随分おとなしくなったと思ったら・・・!」 おそらく、このパーティに向けて油断を誘っていたのだろうと思い至り、リンクは歯噛みした。 「なんと小賢しいクソガキでしょう!! きっとこれは、Jr.か小娘の入れ知恵に違いありません!!」 二人が聞けば、『言いがかりだ!』と怒ったことだろうが、生憎リンクは一人、アレンの姿を追い求めている。 「一体どこに隠れたのか・・・!」 と、自身の言葉にリンクは、ふと足を止めた。 「そうか・・・。 ウォーカーは、小娘を探しているのでしたね」 では先にリナリーを見つければ、アレンを確保できると、リンクは再び歩を踏み出す。 「小娘はどこに・・・そうか、科学班の監視カメラがありましたね!」 コムイを避けたいアレンが、決して足を踏み入れない場所・・・だが、リナリーに興味のないリンクにとって、そこは危険な場所ではなかった。 「監視カメラで小娘かウォーカーを捕捉できれば・・・捕縛は可能です!」 早足から駆け足へ変わったリンクが、その勢いのまま、科学班に飛び込む。 「・・・何事ですか、リンク監査官?」 冷淡な声に、リンクは姿勢を正して会釈した。 「お仕事中、お騒がせして申し訳ありません、フェイ補佐官。 お恥ずかしながら、監視対象が逃亡しまして。 捕捉すべく、監視モニターを確認に来ました」 「・・・・・・お恥ずかしいのは、ウォーカーに逃げられたことだけではありませんでしょうに」 やや呆れ気味に言われて、リンクはかっと頬を赤らめる。 「こっ・・・この姿は、決して私の趣味ではっ・・・!! ウォーカーが無理矢理・・・!!」 「なるほど。 監査官に動きづらい服を着せて逃亡を図るとは、随分と用意周到でしたこと」 頭の回転が速い彼女の指摘に、リンクは改めてこれが計画的犯行であったことに気づいた。 「ウォーカー・・・! ぶっっっっ殺します!!!!」 こぶしを握り、ギリギリと目を吊り上げるリンクに、ブリジットはあっさり頷く。 「お察しします、監査官。 ではどうぞ、追跡をお続けください」 軽く会釈し、こちらは彼女にふさわしいトーガの裾を引いて踵を返したブリジットは、ふと立ち止まって、肩越しにリンクを見遣った。 「よろしければ、お使いになるといいですわ。 子供はやかましいものですけど、一旦捕獲すれば扱いが楽です」 そう言って、彼女が細い指で指した先を、リンクは見遣る。 「杖・・・ですか?」 先端に星型の飾りがついたそれは、絵本に出てくる魔法使いが持っているものとよく似ていた。 「魔法の杖ですわ」 珍しく、冗談めかした口調で言った彼女の周りで、科学者達が苦笑している。 「子供・・・」 思わず、忌々しげに表情を歪めたリンクを、不思議そうに見たブリジットはしかし、すぐに頭を切り替えた。 「室長! 早く次を処理してくださいませ! まだまだたまっておりますのよ!」 コムイのデスクにすたすたと歩み寄るや、新たな書類を積み上げてやると、未だ籠の中から出られないコムイが鳴き声をあげる。 「だって!! だってミス・フェイが、ボクの魔法の杖を――――!!!!」 ガタガタと格子を揺らして泣く子供に、リンクは呆気に取られた。 「も・・・もしや、これが子供になってしまう・・・・・・」 「えぇ、薬液を仕込んでありますの」 ふぅ、と吐息し、ブリジットは籠の上に屈みこむ。 「室長、あんまりワガママですと、またお仕置きいたしますよ?」 途端、コムイは泣き止み、恐々とブリジットを見あげた。 「こっ・・・今度はっ・・・どどっ・・・どんなっ・・・・・・?」 ピンヒールで散々抉られた頬に手を当て、コムイが引き攣った声をあげると、ブリジットは容の良い眉を吊り上げる。 「籠に入れたまま、池に沈めます」 「はぅ――――――――!!!!」 声まで蒼白にして絶叫したコムイに、ブリジットは鼻を鳴らした。 「お嫌なら、私の言うことを聞いてくださいませ」 冷酷な声の要求に、コムイは激しく頷く。 「ひぅっ・・・えぐっ・・・ぎぐっ・・・!! 言うごどっ・・・ぎぐがらっ・・・!! 殺さないでください――――――――!!!!」 しゃくりあげつつ、小さな手に持った判子を懸命に叩きつけるコムイに、ブリジットが薄く笑った。 「ひっ・・・!!」 その恐ろしさに、リンクまでもが息を呑む。 「で・・・では、お借りします・・・・・・!」 杖を掴むや、リンクはそそくさと踵を返した。 そのまま研究室を出ようとして、 「・・・っそうでした、監視モニター!」 と、本来の目的を思い出し、入り口で再び踵を返す。 その時、 「あんちゃんっ!!」 「うわっ!!」 何かが彼の足に絡みつき、ただでさえ動きにくいドレスを着ていたリンクは、もろともに転倒した。 「なっ・・・なんですか・・・・・・」 「ぴえええええええええええええええええっ!!!!」 呟いた途端、間近で大きな鳴き声がして、リンクは目を丸くする。 「ティ・・・ティモシー・・・?」 犬の着ぐるみに身を包み、リンクの足元に転がった子供は、答えもせずに泣き声をあげ続けた。 いや、答えようにも・・・。 「本当に赤子になるとはな!!」 感極まった声に顔をあげると、頬を紅潮させたクラウドが、早足に歩み寄って来た。 「げ・・・元帥、あの・・・・・・!」 手にした杖を申し訳なさそうに掲げたリンクに、クラウドは笑って首を振る。 「気にするな。 ティモシーが、助けを求めてお前に縋ったせいでこうなったのだ。 自業自得と言うべきだな!」 それは本当に自業自得なんですか、と言う問いは、喉から出る前に押し潰された。 「ふふふ・・・ 犬の着ぐるみがすっかり大きくなってしまったな! こうなったら―――― キャッシュ! 豚の着ぐるみはあるか?!」 「ぶ・・・ぶた・・・・・・?」 泣くティモシーをあやしながら科学班へ入って行ったクラウドが気になり、リンクも後を追う。 「あの・・・なぜ豚なのでしょう・・・」 恐る恐る問えば、早速豚の着ぐるみを持って来たキャッシュが、馬鹿にするように鼻を鳴らした。 「不思議の国のアリスで、公爵夫人の赤ちゃんは豚になるでしょ。 それだよ」 さも当たり前のように言われて、リンクはムッと眉を潜める。 が、そんな彼を無視して、キャッシュはティモシーに豚の着ぐるみを当てた。 「このままじゃ大きすぎるから、ちょっと調整するよ」 にこりと笑った彼女に、クラウドが満面に笑みを浮かべて頷く。 「頼むぞ、キャッシュ! エミリアが侯爵夫人なら、私は公爵夫人だ!」 心中では完全に張り合っていたらしい彼女の発言に、リンクは思わずため息を漏らした。 ―――― その後。 リンクから逃げたアレンと、エミリアに追撃されている神田、そして、行方不明のラビと姿をくらましたリナリーがどうなったかは・・・また、別のお話。 Fin. |
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2009年ハロウィンSS第一弾です これはリクNo.41『薬で小さくなった班長』を使わせてもらってますよ♪ そして、これはノベルゲーム@ハロウィンのサイドストーリーにもなっています。 最終的なネタばらしはしていませんので、どっちを先に見てもらってもいいようにしています。 『あの戦いの陰ではこんなことがあったんだよ』的なカンジで読んでくれるとよろしいかと思います♪ |