† READY STEADY GO U †






 「ティリリッティリー♪
 今年のハロウィン係はーv
 楽しげな千年公の声に、ティキは震える手を握り合わせた。
 目は彼の持つ、ダーツの矢から放せず、他の兄弟達が訝しげな顔をするほどに緊張して固唾を呑む。
 「ソーレv
 回転する的に向けて、矢が放たれた。
 カッと、小気味いい音を立てて矢が的に刺さるや、ロードが駆け寄って回転を止める。
 「ティーキぽーんv
 「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 絶叫して頭を抱えたティキに、他の兄弟達は驚いて目を丸くした。
 「ど・・・どうしたんだい、ティキ?
 そんなに錯乱して・・・・・・」
 シェリルが声をかけると、ティキは涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげる。
 思わず身を引いたシェリルの眼前で、ティキは長に泣き縋った。
 「ゆるじでっ・・・ゆるじでぐだざいっ・・・!
 ぜんねんごぅっ・・・!ハロウィンはイヤアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 毎年毎年酷い目に遭い、毎年毎年新たなトラウマを植えつけられるイベント――――。
 ティキにとって、ハロウィンはそんな日だった。
 だが、愛らしい顔をして容赦のない長は、可愛らしく小首を傾げてティキの懇願を却下する。
 「コレも貴族の義務デスv
 「なんでっ・・・!!
 なんで貴族だとハロウィンパーティなんかしなきゃいけないんすかっ・・・・・・!!」
 「持ちたる者は与えるべき―――― それが貴族の義務というものだよ、ティキ。
 ハロウィンだけでなく、復活祭やクリスマスの時は、貧しい子供達を招いてもてなすのが当然だろう?」
 ティキと違い、今世では貴族として転生したシェリルが、生まれ持った鷹揚な仕草で諭した。
 「昔の君ならともかく、今の君は候の称号を持っているのだから、身分にふさわしい働きをしたまえ」
 が、ティキは駄々をこねる子供のように泣き喚く。
 「じゃあ貴族やめる!
 称号なんていらない!!
 普通のオトコノコでいい!!」
 「オトコノコって・・・君ねぇ・・・・・・」
 呆れて肩をすくめたシェリルは、床を叩いて嘆くティキに歩み寄り、その背を優しく撫でた。
 「もうお兄さんだろう?
 そんなに泣いてないで、責任を果たしたまえよ」
 「イヤだシェリル変わってよ変わってくれよそしたらあんたのこと、兄さんでもお兄様でもお兄ちゃまでもお兄たんでも呼んでやるから!!」
 「・・・そこまで嫌なのかい」
 シェリルの呆れ口調に、ティキは泣きながらぶんぶんと頷く。
 「ふむ・・・ティキが『お兄ちゃまv』と呼んでくれるのなら、パーティくらい引き受けてやってもいいんだが・・・」
 「お兄ちゃま!!!!」
 「でも当日は既に、ロードと妻に、自宅でパーティをするって約束してしまったからねぇ」
 「お父様ーvv
 じゃれついて来たロードを蕩けた顔で受け止め、シェリルはティキに手を振った。
 「がんばってくれたまえv
 「ちくしょう!!呼び損っ!!」
 シェリルの仕打ちに、ティキが顔を覆って嘆く。
 と、彼をやや離れた場所から見守っていたワイズリーが、苦笑して小首を傾げた。
 「ジョイドは昔から、『快楽』メモリーの割には運が悪くて不幸だったが、それは今でも変わらんようだのう」
 「でも、それも『快楽』のうちなんでしょぉ?
 ティッキーってばドMぅ〜v
 「違いない!」
 ロードの指摘にワイズリーがケラケラと笑い出し、ティキはがくりと首を落とす。
 「・・・ちょっとそこの長老と長子、俺の知らない記憶掘り出していぢめんのやめてくんない?
 なんか近所のおばさん達が、おっきくなった奴に昔はやんちゃだった的なハナシして盛り上がってるっぽいんだけど・・・!」
 ティキの苦情に対して、二人はそっくりに頬を膨らませた。
 「誰がおばさんだよぉー!」
 「ナウでヤングなピチピチボーイを捕まえて失礼だのう!」
 「実年齢30越えの幼女と死語並べ立てる若作りに言われたくねぇー・・・!!!!」
 乾いた声で抗議した途端、室内に電流が流れたかのような衝撃が走る。
 「誰が三十路だよぉ・・・!」
 「死語使いで悪かったのぅ・・・!」
 怖い顔で迫ってくる二人から、ティキはわたわたと退いた。
 「ぅえっ・・・ごめ・・・!」
 「ゆるさなぁい!!」
 「右に同じじゃ!!」
 「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 悲鳴をあげるティキに、しかし、兄弟の誰も手を差し伸べようとしない。
 どころか、誰もが『さわらぬ神に祟りなし』とばかり、全速力で部屋の隅々に逃げていった。
 「ちょっ・・・お前らひでええええええええええ!!!!」
 ロードとワイズリーの闇に呑まれてもがくティキに、シェリルが肩をすくめる。
 「だってティキ、自業自得じゃないかな」
 「精神攻撃の二人から、助ける術は持っていませんので」
 つんっと、ルル=ベルにも冷たく見捨てられ、ティキは更に泣き声を張り上げた。
 が、長子と長老の攻撃には全く容赦がない。
 「ティッキーに罰ゲーム!!」
 「えいっ!鼻眼鏡の刑じゃ!」
 ロードとワイズリーによってたかって蹂躙されたティキの、変わり果てた姿に兄弟達は息を呑み、一瞬後、爆笑した。
 「ティッ・・・ティッ・・・ティッキィィィィィ!!!!」
 「なんだよそれっ!!どこの浪平?!」
 「ハゲッ!!てっぺんハゲに毛がいっぽんんんんんんんんんんんんっ!!」
 「そっ・・・そノ鼻眼鏡はっ・・・我輩モっ・・・真似できまセンっ・・・・・・!!」
 床に転げまわって笑う兄弟及び千年公を、ティキは忌々しげに睨む。
 「てめぇら笑うな――――――――!!!!」
 「だって似合いすぎ!!」
 「浪平というより、落ち武者だのう!!」
 後ろ髪が長いから、と、指差して笑う加害者達を、ティキが涙目で睨みつけた。
 「外してやる、こんなっ・・・こんなっ・・・こんなんっ・・・困難っ?!」
 「おぉ!
 学がない割には、いいシャレ言ったではないか、ティキ!」
 「ジジィにオヤジギャグ誉められても嬉しくねええええええええええええ!!!!」
 それより!と、ティキは地肌のように頭に貼りついたハゲ頭を懸命に引っ張る。
 「どうやってくっつけたんだ、これ?!
 ぜんっぜん外れる気配がないんだけどっ?!」
 鼻眼鏡も、と、もがくティキに、ロードとワイズリーが、口の端を歪めて笑った。
 「取れるわけないじゃんーv
 「我らが、そんなちゃちな幻覚を作るワケなかろう」
 「え・・・じゃあ・・・・・・」
 真っ青になって脂汗を流すティキに、二人は意地の悪い笑みを深める。
 「幻覚だけど、幻覚じゃなーィv
 「本物よりも本物らしい見た目と感触であろ?」
 「取れんのかい――――――――!!!!」
 ティキが絶叫するや、仲睦まじい長老と長子は手を繋いでくるくると回りだした。
 「ロードが許せばハゲカツラは取れるが・・・」
 「許さないもーんv
 でも、ワイズリーが許せば鼻眼鏡は取れるんだけど・・・」
 「許すものかーv
 「きぃぃぃぃぃぃっ!!!!
 回るのやめ――――!!!!」
 ヒステリックな怒声を、ノア最強の二人は軽やかに無視する。
 「さぁティッキーv
 「その格好で、チャリティーパーティへ行くのじゃv
 「嫌だあああああああああああああああああ!!!!」
 ぴたりと止まってポーズを決めた二人に、ティキの悲鳴が浴びせられた。
 その背に、大きく温かい手が添えられる。
 「ティキぽんv
 長の笑顔を、ティキは期待を込めて見つめた。
 「行きなサイv
 「やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ?!」
 思う存分笑ってしまった兄弟達は、ティキの嘆きにも手を差し伸べる気などさらさらなく・・・。
 ティキはハゲカツラに鼻眼鏡という最悪の格好で、ハロウィンのチャリティーパーティを主催する羽目になった。


 「こ・・・れは・・・ティキ・ミック候・・・・・・・・・」
 目を丸くした『協力者』達の視線から、ティキは逃げそうになる足を何とか引き戻した。
 「・・・・・・・・・・・・ごきげんよう、皆さん」
 長い長い間の後、なんとか落ち着いた声音で答えたティキは、ハゲ頭を隠す帽子をさりげなく・・・だが、本心では必死に押さえつけ、鼻眼鏡を指す。
 「子供ウケがいいかと思いまして」
 できるだけ平然と言って見せると、彼らはどこか気の毒そうな雰囲気を漂わせたまま頷いた。
 「そっ・・・それでは、主催者もいらっしゃったことだし、始めましょうか!」
 言うや、ぎこちなく視線を逸らし、そそくさと彼から離れていった協力者達をにこやかに見送ったティキは、彼らの姿が遠ざかった途端、げっそりと吐息する。
 「あんの性悪共・・・!
 覚えてろ・・・!」
 かっこよさ台無し、と、ティキはテーブルに載った銀のトレイに自身の顔を写して、また吐息した。
 と、離れて行った大人たちの代わりに、仮装した子供達がわらわらと寄って来る。
 「ん?なんだ、おまえら?」
 「ねぇ!!それ、ホントのお鼻?!」
 「ヒゲも?!
 ねえ、そのヒゲも本物?!」
 興味津々と問うて来る子供たちの上に屈みこみ、ティキは思いっきり顔をしかめた。
 「んなワケねぇだろ!
 俺はもっとカッコイイ!」
 途端、彼に群がった子供達が、爆笑する。
 「かっこよくないよぉー!!」
 「変な顔!!変な顔――――!!!!」
 「うるさいっ!笑うな!」
 ぶぅ、と、頬を膨らませたティキの背に、別の子供達がよじ登ってきた。
 「おぃっ!髪ひっぱんなよ!イテェッ!!」
 しかし、彼の長い髪がちょうどいいロープだといわんばかりに、子供達は歓声をあげて彼の髪を掴む。
 そうするうちに、その手の一つが、帽子にかかった。
 「ちょっ・・・帽子はやめろっ!帽子は・・・帽子はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 ティキが必死に守れば守るほど、残酷な子供達は帽子に群がる。
 やがて、彼の背を登りきった子供が、彼の帽子を弾き飛ばした。
 「あ・・・!」
 夕陽を弾いて光る、ハゲ頭。
 それを目にした瞬間、子供達だけでなく、協力者の大人達からも爆笑が沸いた。
 「なにその頭――――!!!!」
 「なんでてっぺんに毛がいっぽんなの――――!!!!」
 指差して笑うのはまだいい方で、いつものティキを知る者などは、笑いすぎて過呼吸を起こし、床に懐いて死にかけている。
 「・・・そのまま死ね」
 大人には忌々しげに呟いたものの、さすがに子供は放っておけず、顔を真っ赤にして喘ぐ子の背中を叩いてやった。
 「ホラ、深呼吸しろ、深呼吸。
 笑い死にすんな、みっともねぇ」
 みっともないのは今の自分の姿か、と、ティキは心底やさぐれる。
 「も・・・マジ許さねぇ、あいつら・・・!」
 とは言え、ノア最大の実力者である二人に、仕返しできるとは思えなかった。
 「くぅ・・・!
 少年でもいぢめて憂さはらしてぇ・・・!!」
 しかし、この姿を見られるもの嫌だ、と、ティキは心中に煩悶する。
 と、ようやく笑いの発作がおさまってきた子供達が、ひぃひぃと荒く息をつきながら涙を拭った。
 「もう!おじちゃんおもしろすぎだよ!!」
 「おじちゃんじゃねぇ!お兄ちゃんだ!!」
 折れそうな心をなんとか支えて、ティキが反駁する。
 が、
 「だって、全然若く見えないもん!」
 「パパより年取って見える!」
 「パパはげてないもーん!」
 きゃあきゃあと群がっては残酷な言葉を浴びせられ、心が軋みをあげた。
 「俺まだ26歳ッ・・・26歳なのっ!
 ってをぃぃぃぃぃぃ!!!!
 今どさまぎで『おじーちゃん』ッつったの誰だ!」
 憤怒と共に立ち上がれば、腕や背中にぶら下がった子供達が歓声をあげる。
 「ちょっ・・・首!!首はやめてっ・・・!!絞まるぅっ・・・・・・!!」
 こんなところで透過の能力を使うわけにも行かず、ティキは小さな悪魔達に散々蹂躙された。
 「は・・・はは・・・随分と人気ですなぁ・・・・・・」
 「今日は・・・令嬢方も近づけませんわね・・・・・・」
 小さなモンスター達に大人気のティキを遠巻きにして、大人達が苦笑する。
 千年公がスポンサーとなり、その一族であるティキ・ミック候が主催するチャリティーパーティには、なんとか彼らとよしみを結ぼうと・・・あわよくば、良縁を持とうと画策する貴族やその令嬢達も多く集まっていた。
 が、今の彼を見ては、たとえ百年恋い慕っていたとしても、一瞬で夢から覚めたことだろう。
 「・・・おうち帰してぇ・・・・・・!」
 とうとうさめざめと泣き出したティキに、モンスター達もさすがに手控えた。
 「よしよし、泣かないで、おじちゃん!」
 「お菓子あげるからー!」
 嘆くティキの頭を撫で、もらったばかりのキャンディーを差し出す小さな手に、彼は思わず涙をこぼす。
 「優しいなー!!!!」
 感動のあまり抱きしめると、我も我もと子供達が腕の中にもぐりこんで来た。
 「おじちゃん、だっこー!」
 「抱っこしてー!!」
 「え?!いくらなんでもそりゃ無理・・・」
 「早くー!!」
 きゃあきゃあと騒ぐ子供達に強要され、ティキは腕の中にいる子供達を一緒に抱き上げる。
 「きゃああああvv
 「たかーぃvv
 「わぁぁぁぁぁvv
 「ふぬっ・・・ちょっ・・・暴れるなぁぁぁっ!!」
 顔を蒼くしたり赤くしたり忙しいティキから、大人達はますます離れて行った。
 「ちくしょう!
 兄弟といいあいつらといい、世間の冷たさが身に染みましたッ!!」
 恨みがましい目で恨み言を放つティキにはしかし、更に子供達が寄って来ては群がり、子供団子が出来上がる。
 既にティキの姿は見えず、押し潰された彼が半死半生であることにすら、誰も気づいてくれなかった。
 「いい加減にしろ怪物ども――――!!!!」
 火山の噴火するがごとく、立ち上がったティキからポロポロと子供達が落ちて行く。
 「も・・・俺に群がるの終わり!
 お菓子やるから!
 お菓子やるからいたずらすんな!!」
 「お菓子ーvvvv
 きゃあきゃあと歓声をあげてまた群がってきた子供たちからティキが逃げ、長い列を作る様は、さながらハーメルンの笛吹き男だった。
 「ちょっ・・・イベント!!
 イベント早く始めて!!」
 すれ違い様、進行役のピエロ達に言うと、すっかりお株を奪われて手持ち無沙汰だった彼らは、はしゃいでシンバルを打ち鳴らす。
 「お菓子もいいケド子供達!」
 「ハロウィンのゲームを始めるよ♪」
 楽しげに歌いだしたピエロ達に、ティキを追いかけていた子供達が寄って行った。
 「さぁさぁまずはアップルボビン♪」
 「たくさんリンゴを取るのは誰かな?」
 歓声をあげて、大きなたらいへと駆けて行く子供達を見送り、ティキは深々と吐息する。
 「よ・・・ようやく解放された・・・・・・」
 よろよろと部屋の隅へ退いたティキは、ソファにぐったりと腰を下ろした。
 と、その目の前を黒い羽根がよぎって行く。
 「・・・・・・・・・」
 黒い羽根よりも更に暗い予感を覚えて、ティキは顔ごと目を逸らした。
 と、
 「あ――――っ!!」
 突然間近で大声があがり、ティキが飛び上がる。
 「なに?!どうしたお嬢ちゃん・・・っお前は教団のワガママ娘!!」
 ティキが黒い羽根を背負った悪魔姫を指差すと、リナリーはぷんっと頬を膨らませた。
 「誰がワガママよ!失礼ね!!
 それよりノアのあなたが、なんでこんなことしてるの!」
 「ノッ・・・ノアッ・・・?!
 なんのことだい?俺はただのおっさんだよっ!」
 引き攣った声をあげて鼻めがねを示すティキを、リナリーはまじまじと見つめる。
 ややして、
 「・・・・・・・・・ぷっ!もっとカッコイイ仮装はなかったの?」
 吹き出したリナリーに、ティキは憮然とした。
 「うるさい!子供にゃこっちのがウケんだよ!
 ホラ子供達!お菓子あるぜー!」
 手近のテーブルに置いてあった籠を取り上げ、呼びかけると、アップルボビンでずぶ濡れになった子供達が押し寄せてくる。
 「ちょっ・・・お前ら・・・落ち着け――――!!!!」
 あっという間にたかられ、押し潰されて、ボロ雑巾と化したティキを、リナリーは呆れ顔で見下ろした。
 「確かに、大人気みたいね」
 せいぜい嫌味っぽく言ってやると、さすがに丈夫なティキがヨロヨロと起き上がる。
 「ちっくしょ・・・ガキ共・・・・・・!」
 「お菓子、全部持ってかれちゃったね。もうないの?」
 くすくすと笑いながら問えば、ティキは顔を引き攣らせて頷いた。
 瞬間、リナリーの笑みが殺気を帯びる。
 「じゃあ・・・いたずらするよ!」
 「やっぱりか――――!!!!」
 悲鳴をあげるティキに向かって、リナリーが手を振り上げた。
 「さぁ子供達!悪魔姫の言うことを聞きなさい!」
 リナリーの声に引かれて、子供達が再び駆け寄ってくる。
 「まずは・・・おじちゃんもアップルボビンに参加させるよ!!」
 「ちょっ・・・待て!!俺を殺す気だろう?!」
 水を張ったたらいの前に引き出されたティキの抗議に、リナリーはにやりと笑みを返した。
 「そんなことないよv
 「だったらその悪い笑みはなんだ!!」
 本気で命の危険を感じて、退いた足を子供達が掴む。
 「ちょっ・・・放せガキ共――――!!!!」
 「さぁさぁ!!
 がんばってリンゴを取ってね!」
 とどめとばかりにリナリーが背中を蹴り、ティキは顔から水の中に突っ込んだ。
 「おじちゃんがんばれー!」
 「こっち!!こっち取れそうだよ!!」
 甲高い歓声をあげる子供達が、リンゴと一緒に水に浮かぶティキの髪を、それぞれに引っ張る。
 が、ティキは引かれるごとにゆらゆらと揺れるばかりで反応がなかった。
 「おじちゃんー?」
 「どうしたのー?」
 不思議そうにティキの髪や服を引く子供達の傍ら、動かなくなった彼を見下ろしたリナリーが、意地の悪い笑みを浮かべる。
 「死んじゃったかなv
 「嬉しそうに言うな小娘――――!!!!」
 水をまとってがばぁっと起き上がったティキに、リナリーが『てへv』と笑った。
 「殺したと思ったのに、失敗失敗v
 「この悪魔がッ!!」
 正確に肺の裏を蹴られて呼吸を封じられた上、水に沈められて、ノアにあるまじき最期を遂げそうになったティキが泣き叫ぶ。
 「もー嫌だ!!
 ハロウィンなんか嫌いだッ!!
 なんでいっつも俺ばっかり酷い目に・・・!!」
 「あれ・・・?」
 「おじちゃん?」
 手近にあったタオルで滴る水を拭いたティキを、子供達が指差した。
 「頭とメガネ、取れちゃったよ?」
 「ふぇっ?」
 言われて手をやると、確かに頭には髪が戻り、顔から鼻眼鏡が取れている。
 「や・・・ったぁ!!!!」
 快哉をあげるティキに、リナリーは悔しそうに舌打ちし、子供達は興味深そうに寄って来た。
 「おにーちゃんかっこいい!」
 「パパよりかっこいーv
 ギャップ効果か、ティキの素顔を知っていた大人達以上に感動した子供達が、口々に歓声をあげる。
 「へへ・・・!
 だから言ったじゃないか、俺は若いんだってさ♪」
 現金なことに、途端に機嫌を良くたティキは、涙を拭って子供達の歓声に応えた。
 が、
 「じゃあ・・・」
 にこりと笑ったリナリーの笑顔が怖い。
 水の冷たさだけでなく、ぶるっと震えたティキが息を詰めた。
 「長く息を止めてても平気だね!
 潜水ゲーム♪」
 リナリーが脚を振り上げ、ティキの頭を踏みつけて水に沈める。
 「がががぼっ!!がぼばぼぼぼっ!!!!」
 必死にもがくが、イノセンスに踏まれていてはティキといえども透過出来ず、段々抵抗する力も弱まって行った。
 「お・・・お姉ちゃん・・・っ!」
 「し・・・死んじゃうよ・・・?」
 ティキの頭の上で愉しげにバランスを取るリナリーに反し、子供達が不安げな顔をする。
 が、リナリーは
 「大丈夫だよーv
 と、なんら根拠なく断言して、ティキの息の根を止めようとした。
 「悪・・・魔っ・・・!」
 ぼこっと、最期の声が泡と共に浮きあがり、動かなくなったティキに子供達が悲鳴をあげると、騒ぎを聞きつけた大人達が駆け寄ってくる。
 「大丈夫ですか、候――――――――!!!!」
 「ちぇっ」
 押しのけられたリナリーが不満げに頬を膨らませる前で、急いで蘇生処置が施され、ティキが息を吹き返した。
 「く・・・来るのおせぇ・・・よ・・・・・・!」
 「も・・・申し訳ありません・・・!」
 「てっきり、子供達と遊んでいるのだとばかり・・・」
 まさか遊具になっているとは思わなかった、と言う言葉をもごもごと飲み込んだ大人達を恨みがましく睨んでいると、彼らを掻き分けて、また悪魔が顔を出す。
 「ひっ!!」
 思わず後ずさったティキに、わざとらしく目を潤ませたリナリーが抱きついた。
 「ごめんなさい、お兄様!
 まさか、溺れてるなんて思わなかったの!!」
 たらいに沈めた張本人が、どの口でほざくかと呆れるティキを、リナリーは軽々と抱き起こす。
 「へ・・・」
 自分よりも大きな男を横抱きにした少女に皆が目を丸くする中、リナリーはお菓子やピエロに群がる子供達に呼びかけた。
 「みんなーv
 お兄ちゃん起きたよーv
 途端、走り出したリナリーを、子供達が野生の本能で追いかける。
 「ちょっ・・・おい!!俺をどうする気だ?!」
 今度こそ殺される、と、危機感を抱いたティキが暴れだすと、リナリーはあろうことか、彼を蹴り上げた。
 「ぎゃああああああああああああああ!!!!」
 天井にぶつかり、跳ね返ったティキの落下地点には、ピエロ達がマジック用に用意していた剣や槍が、刃先を上に向けて立っている。
 ヤバイ、と、なりふり構わず刃を透過したティキは、隣にあった玉乗り用のボールの中に落ちてしまった。
 「ぴぎゃっ!」
 そのまま透過してしまえばよかったものを、寸前で我に返ったティキが、ボールの中に閉じ込められてしまう。
 「へへっ♪本当に入っちゃうとは思わなかったな!」
 至極愉しそうに笑いながら歩み寄って来るリナリーを、ティキは脂汗を流して見つめた。
 「閉じ込められちゃって、可哀想〜♪」
 ケラケラと笑いながら、リナリーがティキ入りのボールを蹴りだすと、誰よりもピエロ達が目を剥く。
 「どっ・・・どうやって入ったんですか・・・?!」
 「それ、そんなタネはないはず・・・!」
 マジックに使うため、向こう側が見えるよう、透明に作られてはいるが・・・中に入れるような仕掛けはしていないのに入ってしまうとは、これこそマジックだ。
 唖然としたピエロ達が見つめるボールの中で、しかし、ティキは得意げどころか、ぶるぶると震えている。
 その様に、リナリーはにやりと笑った。
 「だって私、悪魔姫だものv
 このくらいの魔法は使えるんだよ♪」
 実際、ボールの中に入ってしまったのはティキの能力だが、その状態で衆目にさらし、出られないようにしてしまったリナリーが得意げに胸を張る。
 「ない胸張るな小娘ッ!!」
 今すぐ出せと、転げつつボールを内側から叩くティキに、リナリーの視線が刺さった。
 「・・・・・・リナリーに絶対言っちゃいけないこと言ったね」
 メデューサもかくやとばかりの恐ろしい視線に、ティキだけでなく、ピエロ達までもが石化する。
 「痛い目に遭うがいいよっ!!」
 ダークブーツの強烈な蹴りで再び天井に叩きつけられたティキ入りボールは、跳ね返って会場中央の床にめり込んだ。
 「この悪魔姫ッ!!
 わざとボールに押し込んだろっ!!」
 ティキの猛抗議を受けて、リナリーはにやりと笑う。
 その頃には、ボールの周りに興味津々の子供達が集まっていた。
 キラキラと輝く目でボールを叩いてくる彼らに、ティキが固唾を呑む。
 「お・・・お前達・・・ましゃか・・・・・・!」
 蛇に睨まれた蛙のように脂汗を滴らせるティキの側に、悪魔が歩み寄ってこぶしを振り上げた。
 「さぁみんな!
 サッカーしよう、サッカーv
 「やっぱりか――――!!!!」
 ティキの絶叫は、しかし、子供達の歓声にあっさりとかき消される。
 「いっくよーv
 掛け声と共に、リナリーのダークブーツが再び発動した。
 「まっ・・・!!」
 待て、と言われて待つわけもなく、ティキ入りのボールは、パーティ会場から広い庭へと、遠く蹴り出される。
 「ぶぎょっ!!」
 芝生の上を跳ねる巨大なボールに子供達が群がり、小さな足で次々と蹴って行った。
 「やめっ・・・やめてっ・・・いやっ・・・やめろってぇぇぇぇ!!!!」
 転がるボールの中でくぐもったティキの悲鳴は子供達にすら届かず、歓声に紛れて消えてしまう。
 そのうち、
 「よーし!
 みんな、試合するよー!!」
 まさに悪魔の所業と、リナリーが声を張り上げた。
 「ゴールはあの木とあの木ね!」
 両手で指した木に、ゴールキーパー役を買って出た子供達が走って行く。
 「準備はいい?」
 リナリーが辺りを見回すと、それぞれ赤いキャンディーと青いキャンディーを首から提げてチーム分けした子供達が大きく頷いた。
 「キックオフ!!」
 「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
 ティキの悲鳴が試合開始のホイッスルに代わり、高らかに響く。
 元気に蹴り出された彼が解放されたのは、それから夜も更けての事だった・・・。


 「あー楽しかった!」
 ぴょんぴょんとはしゃいで飛び跳ねるリナリーの傍ら、ティキは震える指で地を掻いた。
 「うう・・・!やっぱり今年も酷い目にあったじゃないか・・・!
 小鬼共め・・・!」
 心身ともに傷つき果てたティキを満足げに見下ろしたリナリーは、0時を打つ時計の音に驚いて顔をあげる。
 「・・・え?!うそ?!
 日付変わるまで遊んじゃったの?!」
 「だから途中でやめろって・・・この悪魔!!」
 忌々しげに吐き捨てたティキを無視して、リナリーはわたわたと踵を返した。
 「わっ・・・私、帰んなきゃ!」
 「あぁ、帰れ帰れ!だがその前に・・・♪」
 にゅっと起き上がるや、ティキはリナリーの腕を掴み、引き寄せる。
 どこかアレンを思わせる容貌が一瞬にして近づき、リナリーの頬に軽くキスした。
 「今度は戦場でな、プリンセス♪」
 「・・・っ!」
 愉しげに言ったティキを、リナリーは真っ赤な顔で睨みつけ、物も言わずに背を向ける。
 「あー・・・やれやれ」
 軽く手を振ってリナリーを見送ったティキは、彼女の姿が消えた途端、胸の奥が空になるほど深いため息をついた。
 「片づけは・・・俺の仕事じゃないよな?」
 既に客の姿はまばらだったが、足の踏み場もないほどに散らかった会場を見回し、また深い吐息を漏らす。
 「も・・・帰って寝たい・・・・・・」
 ハロウィンなんて嫌いだ、と、ティキが哀しい呟きを漏らした頃、リナリーは曙光の差し込む城門を、こっそりと抜けた。
 そのまま部屋へ戻ろうとしたところ、
 「待て」
 と、冷ややかにして厳しい声が、リナリーの動きを封じる。
 石化したように固まったリナリーにつかつかと歩み寄った彼は、彼女の目の前で仁王立ちした。
 「お前、今までどこ行ってた!!」
 朝日の差し込むステンドグラスを背景にした様は、まるで断罪の天使。
 怯えて声もないリナリーに、救いの天使達が駆けつけた。
 「ちょっ・・・と待つさ、ユウちゃん!
 リナリーが怯えてるさね!」
 とりなしてくれたラビが、困り顔をリナリーへ向ける。
 「リナリー・・・どこにもいないから心配したさ!」
 「う・・・ごめんなさい・・・」
 そろそろと、上目遣いに見遣った先にはアレンもいた。
 「お城中探したんですよっ!!」
 そう言って、気遣わしげに歩み寄ってきた彼の髪が、ステンドグラスの影に入って黒く染まる。
 途端、リナリーは真っ赤に茹で上がった。
 「え?なに?!」
 驚いて歩を引いたアレンを、リナリーは真っ赤な顔でそっと伺う。
 「ぼ・・・僕?」
 困惑げに首を傾げたアレンを、神田が殺しそうな目で睨んだ。
 「てめぇモヤシ!何しやがったんだ!!」
 「抜け駆けはなしさね!!」
 ラビにまでなじられて、アレンが慌てふためく。
 「抜け駆けも何も、僕ら一緒にいたじゃん!!」
 「あ・・・ち・・・違うの!アレン君じゃなくて!」
 あたふたと割って入ったリナリーは、アレンの顔を再び間近にして、声を詰まらせた。
 今まで全く気づかなかったが、ティキのあの顔・・・・・・。
 あの顔と、アレンはどこか似ていた。
 「その・・・み・・・みんなが・・・リナリーを放って遊んでるから嫌になっちゃって・・・それで・・・遊びに行ったらティキがいて・・・・・・」
 「ティキ?!」
 「リナリー、よく無事だったさね・・・!!」
 目を丸くするアレンと、眉根を寄せるラビを押しのけ、神田がリナリーの両肩をつかむ。
 「何された?」
 「い・・・いきなりキスされたからビックリして・・・あ・・・!」
 「はあッ??!!」
 見事に揃った三人の声に、リナリーは飛び上がった。
 「・・・・・・あの死にぞこない!」
 「許さんさね、ホクロ野郎!」
 「・・・・・・・・・」
 息巻く二人とは逆に、神田は無言で踵を返す。
 「かっ・・・神田、どこ行くの?!」
 「決まってる」
 冷ややかな声に、リナリーはビクッと震えた。
 「あいつ、殺す」
 「賛成!」
 「俺も行くさ!!」
 神田の後にアレンとラビも続く。
 「二度とよこしまなことができない身体にしてやる!!」
 こめかみに血管を浮き上がらせ、興奮したヌーのように回廊を渡る三人を、誰も止めることはできなかった。


 「あーやれやれ。早く帰って寝よ・・・・・・」
 一晩中リナリーに振り回されたティキが、疲れ果ててよろよろと館内を歩いていると、目の前に方舟の扉が出現した。
 「なっ・・・なんで・・・って、少年?!いや、少年達?!
 ・・・・・・あの、なんの用かな・・・?」
 激しく嫌な予感を覚えつつ、声を引きつらせたティキの目の前で、少年達は手に手に得物を掲げる。
 「あんた・・・僕のリナリーに何してくれたんですか・・・!」
 どさくさ紛れにとんでもない発言をしたアレンの声は、声変わりでもしたのかと思うほど低く、地獄の底を這っているようだ。
 更には、地獄の獄卒も泣いて逃げ出しそうな凶悪面が、ティキを睨む。
 「てめえ・・・嫁入り前の女に手ェ出して、覚悟はできてんだろうな?!
 「つー訳で殺らせてね、ビン底v
 唯一、にこりと笑ったラビの隻眼はしかし、凶悪な光を放っていた。
 「え?!ちょっと待っ・・・えぇっ?!」
 狩られる側の恐怖を存分に味わいつつ、ティキがじりじりと後退する。
 その背後に、助けの扉が現れた。
 「ロード!!助けっ・・・!」
 中から出てきた少女に縋ったティキは、冷え冷えとした目に見下ろされ、息を呑む。
 と、少女は軽蔑しきった表情で鼻を鳴らした。
 「ぜぇんぶ見てたよ、ティッキー?」
 「え?!ロード、なにその、汚いものを見る目つき?!
 俺、言われた通りに働いたじゃん!!」
 懇願し、さらに縋りつく彼をしかし、ロードは冷たく突き放す。
 更には、
 「アレンー!ティッキーなんかやっちゃえー!」
 などと、長子自ら命令を下した。
 「了解!!!!」
 ここぞとばかり、エクソシスト達が襲い掛かって来る。
 「ちょっ・・・いやああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 身も世もなく泣き叫び、逃げ惑うティキをエクソシスト達は容赦なく追い詰めた。
 もう逃げ場がない、と悟ったティキは、きっと三人を睨みつける。
 「なんか俺ばっか悪者になってるけど!
 お宅のしつけだって悪いんだよ!
 年頃のオンナノコに、夜明けまで一人歩き許しやがって!」
 「なに開き直ってんだてめぇ!」
 一番指摘して欲しくなかったところを抉られて、神田が吼えた。
 と、ここを突破口と、ティキは立ち向かう。
 「大体、俺だったからそんなんですんだんだぞ!
 これがシェリルだったら○×△・・・・・・!!」
 いかに自分が紳士だったかと主張しようとしたものの・・・それは、別の逆鱗に触れてしまった。
 「お父様はハーレム製造人だよぉ!
 ティッキーみたいなスケベじゃないもん!」
 腰に手を当て、憤然と言ったロードは、ティキの能力のすべてを封じてエクソシスト達へ向き直る。
 「ホラ、エクソシスト達ぃ!もっとこてんぱんにしちゃってぇ!」
 「言われなくても!」
 「こてんぱんにするさ!」
 「覚悟しやがれ!」
 「いやああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 完全に逃げ場を失ったティキの悲鳴が、館中に響き渡った。
 それは、朝を告げる鶏の声と交じり合い、高く高くハロウィンの空へと飲み込まれていく。
 ・・・・・・こうして、今年もティキは、ハロウィンのトラウマを植えつけられた・・・。




Fin.

 










2009年ハロウィンSS第二弾ですv
ハロウィンゲーム『READY STEADY GO』の裏ルートの詳細でございますよ(笑)
毎年毎年、ティッキーのトラウマが積み重なっていきますね(笑)
悪魔姫リナリー、かなりひどいですし!(笑)>書いているのは誰ですかー。
でもこれ、私が考えたんじゃなくて、チャットでハロウィンネタを募った時に皆さんにもらったネタですから!
ティッキーに鼻眼鏡なんて酷いこと、私考えませんから!(笑)←人のせいにする。
ともあれ、私にしては珍しく短いお話になりましたが、ティッキーの不幸は十分に詰まっていますので、お楽しみいただければ幸いですv>詰めなくていいものが詰まっている(笑)












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