† キッチンのまほうつかい †
―――― 古いお城のかまどには まほうつかいがすんでいる。 ほっこりおいしいごはんをつくってくれる まほうつかいがすんでいる。 ハロウィンの大騒ぎも一段落し、やや落ち着いた城内が次なるクリスマスに向けてそわそわしだす頃。 厨房からカウンター越し、食堂を眺めていたジェリーは、不思議そうに首を傾げた。 「・・・どうしたのかしら?」 彼女が目をやったテラスでは、秋の陽光を受けつつ、ミランダとリナリーがティータイムを過ごしている。 だが、いつもなら楽しげなおしゃべりに興じる彼女達は黙り込んで、どこか憮然とお茶を飲んでいた。 一方で、テラスから最も離れた廊下側のテーブルでは、アレンとリーバーが額を突き合わせるようにして、なにやら懸命に話し込んでいる。 その傍ら、妙に嬉しそうな顔のリンクも気になった。 ジェリーは注文の品を皿に乗せ、何気ない様子で彼らのテーブルに歩み寄る。 と、二人の真剣すぎる声が聞こえてきた。 「・・・そりゃ、確かに僕らも悪かったですけど、あんなに怒られるほどじゃないと思うんですよ! その辺はリナリーやミランダさんもわかって欲しいなって思うんです!」 懸命なアレンの声をしかし、リーバーはどこか上の空で聞き流し、眉間に深い皺を刻む。 「お前はともかく、俺は仕事じゃないか。 なんであんなに怒られなきゃなんねぇんだよ・・・!」 「ぼ・・・僕だって別に、やましい気持ちなんてなかったですよ!ラビじゃあるまいし! ただ、同じ教団に属す以上、できるだけ仲良くしたいなって思っただけで・・・」 真っ赤になって言い訳するアレンに、リンクが珍しくも笑声を漏らした。 「甘えたい盛りの子供のようでしたからね、君」 「うっさいマザコンわんこ! 誰に言われても、君には言われたくないですよ!!」 「一体、どぉしたのぉ?」 気になって声をかけると、アレンとリーバーがビクッと飛び上がる。 「ジェ・・・ジェリーさん、いつの間に?!」 「びっくりした!」 「さっきからいたじゃないのぉ・・・」 上の空だったリーバーはともかく、アレンが料理の匂いに気づかないとは意外すぎた。 「なにがあったのよぉ。 姐さんに話してごらんなさい?」 料理をテーブルに置くついでにジェリーも席に着くと、二人は気まずげに顔を見合わせる。 「リンクちゃん?」 尻尾を振る犬のように喜色を浮かべ、そわそわと待つ彼に声をかけると、リンクはもったいぶって咳払いした。 「料理長がどうしてもとおっしゃるなら・・・」 「アンタ、話したくってたまんない、って顔してるけどぉ?」 途端、アレンとリーバーに睨まれたリンクは、またわざとらしく咳払いする。 「で?」 小首を傾げたジェリーから、アレンとリーバーは顔を背け、そんな二人にリンクは意地の悪い笑みを浮かべた。 「マンマがようやく、彼を見限られたのですよ!」 「・・・・・・なんで?」 目を丸くして問い返したジェリーに、リンクは嬉しそうに・・・心底嬉しそうに笑う。 「うっわ・・・ムカつく!」 「この根暗!」 リンクの低い笑声に、アレンは目を吊り上げ、リーバーは忌々しげに吐き捨てた。 「もう後の祭りですよ!」 低い笑声を止められないリンクを、アレンとリーバーは無言で睨み、ジェリーは話を急かす。 と、彼は今朝の出来事を論理的かつ的確に語った。 「・・・なるほどねぇ。 男子の視点では、確かにリナリーは早とちりで、ミランダは公私混同しているわねぇ」 男子の視点では、と、もう一度言ったジェリーに、アレンとリーバーが不安げな顔をする。 「あ・・・あの、僕が先に失言したことは認めますけど・・・でも・・・・・・」 「俺は悪くないぞ!あいつの勘違いだ!」 しどろもどろに言い訳するアレンに反し、開き直った口調のリーバーにジェリーは軽く吐息した。 「ま、アンタ達の言い分だけ聞いて、判断するわけには行かないわね。 アタシ、あの子達にケーキ持ってくわー♪」 二人が止める間もなく席を立ったジェリーは、一旦厨房に寄ってから、リナリーとミランダが憮然と座るテラスへと出る。 「ハァイ、お嬢さん達 ケーキはいっかがぁ?」 「全部ちょうだいっ!」 きれいに並べられた10種類以上のケーキをトレイごと受け取るや、リナリーはタルトに噛み付いた。 「リナリー! ちゃんとフォークを使いなさい! ミランダも!」 リナリーの隣で、彼女らしくもなくケーキを手掴みしたミランダに、ジェリーが大声をあげる。 「一体どうしたのアンタ達!」 大体の事情は聞いていたが、それはあくまで男子の言い分だ。 「ホラ、姐さんが話を聞いてあげるから!」 落ち着け、と、なだめる彼女に二人は憮然と頷く。 「だって酷いんだ、アレン君たら!」 「リーバーさんだって!!」 口に入れたケーキをお茶で飲み下した二人は、激しい口調でまくし立てた。 「許さないんだから!」 「私だって!」 ぷんっと、頬を膨らませた二人に、ジェリーが苦笑する。 「男子と女子と、意見真っ二つだわねぇ・・・」 中間に位置する彼女は、そう言ってしばらく考え込んだ。 ―――― 二組がこうまで対立するに至ったのは、今朝のこと。 「ただいまー・・・!」 眠くて潰れそうな目を盛んに瞬かせながらアレンが科学班に入ると、彼以上に疲労困憊したリーバーが片手をあげて応えた。 「お疲れさん・・・」 ひび割れ、乾いた声の返答に、アレンは驚いて半眼を開く。 「あ・・・あの、大丈夫ですか・・・? 報告書、他の人に預けましょうか?」 一体何日寝ていないのか、今にも死にそうにやつれた彼の様子を、アレンが動悸を早めつつ窺うと、彼は血色の悪い手を伸ばしてアレンの頭を撫でた。 「気にすんな。いつものことだ」 「は・・・はぁ・・・・・・」 頷いたものの、遠慮がちなアレンの手から、リーバーは笑って報告書のファイルを受け取る。 「ん・・・記載ミスとかはないな。 わんこの添削が入ったのか?」 冗談めかして言ったリーバーを、アレンの背後に控えていたリンクが殺しそうな目で睨んだ。 「えぇ! この私がついている以上、一分の隙も見せはしません!!」 気の強い小型犬のように吠えるリンクに軽く頷き、リーバーは確認済みのサインをする。 「助かったよ。サンキュ」 リンクと張り合う気力もないのか、あっさりと聞き流したリーバーがよろよろと立ち上がると、その様子を見ていたブリジット・フェイ補佐官が、珍しくも気遣わしげな表情を浮かべて、彼に歩み寄ってきた。 「もうお休みになってはいかがですか、リーバー班長? あなたはこの5日間、一睡もされていないそうではありませんか」 「あぁ、俺の最長記録、10日すから・・・まだ半分れす」 既に呂律の回らない彼に、ブリジットはますます気遣わしげに眉根を寄せる。 「大丈夫っすから」 そう言って力なく笑った彼に、リナリーやミランダならば気遣いながらも引き下がったことだろうが、有能な補佐官は違った。 突然踵を返し、かかとを鳴らしてコムイの執務室に入ったかと思えば、間もなく出て来てリーバーに書面を突きつける。 「なんすか・・・?」 「室長よりの命令書です。 リーバー・ウェンハム科学班班長。 ここ数日の労働状況を観察するに、あなたは現在、体力・気力の限界状態にあり、このまま業務を続けても能率が上がらないどころか、あなた自身及び組織に対して不利益をもたらすと判断します。 よって、本日現時刻より二日間の休養を命じます」 「・・・・・・・・・・・・はい?」 早口だが滑舌のいい口調で述べられた命令は、すんなりリーバーの耳に入ったが、その意味を理解することには苦労した。 と、ブリジットはいかにも嘆かわしげに首を振り、彼に書面を押し付ける。 「判断力の低下を認めます。 どうぞ、部屋に戻ってお休みください」 「い・・・いやしかし、俺だけ休むわけには・・・!」 反駁しようとするリーバーを目で制し、抜かりのない補佐官はもう一方の手に持っていたファイルを開いた。 「同理由により、以下の者に休養を命じます。 ジョニー・ギル、キャッシュ・ドップ、ロブ・ニール、ジジ・ルゥジュン・・・」 張りのある声が、スタッフの名を次々に呼ぶ。 「・・・以上の者、現在の業務の引継ぎが終わり次第、休養に入るように。 なお、この体制は今後とも続けてまいりますので、本日名前を呼ばれなかった者も、明日よりローテーションを組んで休養をとってもらうことにします。 皆さん、ご協力をお願いします」 そう言って軽く頷いた彼女がファイルを閉じた瞬間、万雷の拍手が沸いた。 響き渡る女神コールの中、堂々と胸を張ったブリジットはリーバーに向き直る。 「リーバー班長、室長のことはわたくしにお任せを。 ですが班長には、このシステムを継続するにあたり、業務を効率的に運ぶためのローテーションを組んでいただく必要があります。 完全な休養を差し上げられずに申し訳ありませんが、おやすみの間にでも、大体のローテーションを考えて置いてくださいませ」 「あ・・・はい」 気を呑まれて頷いたリーバーにまで、部下達の拍手は向けられた。 「これで人間らしい生活ができるよー!!」 「若い頃はよかったけど、この年になると徹夜きつくて・・・!」 感動のあまり、男泣きに泣き出した部下達に苦笑し、リーバーはブリジットに頭を下げる。 「ありがとうございます」 部下達にも休養を命じることで、リーバーが多忙を理由に休養を辞退することをも禁じたブリジットの手腕には、まったくもって頭が下がった。 「お見事です、フェイ補佐官」 「ホント・・・すごいです、ブリジットさん!!」 リンクやアレンにまで拍手されて、ブリジットは淡々と頷く。 「恐れ入ります」 理性的な応えに、アレンは感心して駆け寄った。 「あの・・・ブリジットさん、お願いがあるんですけど・・・!」 両手を組み合わせ、小首を傾げて上目遣いで見あげてくるアレンを、ブリジットは冷静に見下ろす。 「なんでしょうか、アレン・ウォーカー」 「リンクと変わってくれませんか?」 「は?」 さすがに表情を変えたブリジットに、アレンは更にすり寄った。 「ブリジットさんがコムイさんの監視をしてるのは知ってますけど、随分苦労もしてるって聞いてます! だから、コムイさんの監視はリンクにやらせて、ブリジットさんが僕の監視してください 僕、ブリジットさんからなら逃げないか・・・ぎゃんっ!!」 背後から強烈なげんこつを落とされて、アレンが涙を浮かべる。 「痛いじゃん、リン・・・ク?!」 当然彼だろうと振り返ったところに怒りのオーラを纏ったリナリーがいて、アレンは硬直した。 「え・・・今の、リナ・・・・・・?」 「なによ・・・! アレン君、この人と一緒にいたいって言うの・・・?!」 激怒状態の声に、アレンの魂はたちまち消し飛びそうになる。 「いえあの・・・やましい気持ちとかはなくてただ・・・リンクが鬱陶しいってゆーか・・・その・・・!」 蛇に睨まれた蛙のように、脂汗を流しながら引き攣った声をあげるアレンの上に、またげんこつが降ってきた。 「誰が鬱陶しいですって、このクソガキ! 私だって君みたいな迷惑な子供、鬱陶しくってなりませんとも!」 引き攣った声でふにゃふにゃと泣き声をあげるアレンに、その時、どんな気まぐれが働いたのか、ブリジットが歩み寄る。 「アレン・ウォーカー。 このように泣かされて、非常に気の毒だと思います」 普段冷淡な声が思わぬ優しさを纏った様に、アレンは目を丸くし、科学者達は一様に顎を落とした。 更にブリジットが手を伸ばし、たんこぶの出来たアレンの頭を優しく撫でるや、部屋中から怒号が沸く。 「ふざけろアレン!!」 「俺らから女神を奪うな!!」 「お前はリンクに監視されてろヴァーカ!!」 「ってか、ちゃんとクソガキ見張ってろよ、リンク!!」 自分にまで火の粉が飛んできて、迷惑そうな顔をしたリンクが肩をすくめた。 その隣でギリギリと歯を食いしばるリナリーを、ブリジットが挑発的に見遣る。 「教育されるべきは、ウォーカーだけでしょうか?」 「なによ! 何が言いたいの、この意・・・っ!!」 意地悪魔女、と言う暴言は、リナリーの口から出る前に四方八方から伸びた手に塞がれた。 「ふぐ――――!!!!」 じたじたと暴れるリナリーを、更なる裏切り者達が必死になだめる。 その中から、あろうことかリーバーまでもが進み出た。 「いい加減にしろ、リナリー! お前は兄貴と一緒にいられなくて不満だろうが、俺らがフェイ補佐官のおかげで助かってんのも事実だ」 「むぐー!!!!ぐ――――!!!!」 口を塞がれながらも猛抗議するリナリーに、ブリジットは呆れた風に肩をすくめ、リーバーは頭痛を堪えるように眉をひそめる。 「それと、アレン」 泣きやんだ少年に向き直り、リーバーは両手を腰に当てた。 「今、彼女を渡すわけには行かない!」 「うー・・・・・・」 不満げに唸り、俯いたアレンに添えられたブリジットの手を、リーバーが両手で取る。 「どこにも行かないでください、フェイ補佐官! あなたは俺らにとって、大切な人なんです!」 大声で言い放った瞬間、ドアが大きな音を立てて閉まった。 「へ?」 皆が一斉に振り向いた先では、よほど強い力で閉められたのか、未だドアが震えている。 「風かな?」 「んなこといいよ!それより!!」 首を傾げたジョニーを軽々と突き飛ばし、キャッシュがリーバーの手ごと、ブリジットの手を握り締めた。 「あたしからもお願いします、補佐官!! 一生一緒にいてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」 プロポーズかと思う絶叫には、しかし、各所から賛同の声が沸く。 「・・・仕方ありませんわね」 軽く吐息し、ブリジットは頷いた。 「一生と言うわけには参りませんが、任務中は尽力したいと思います」 「女神万歳っ!!!!」 胴上げは固辞したブリジットに、改めて部屋中から拍手が沸く。 いつも通り、自分への賛辞を冷静に聞き流すブリジットの唇にその時、してやったり、と言わんばかりの笑みが浮かんだことには、彼女に反感を持つリナリーだけが気づいていた。 未だ女神コールに沸く科学班をそっと抜け出たリンクは、科学班のドアを破壊せんばかりに閉めた彼女の後を追った。 「マンマ!」 声をかけると、前方を走るミランダの足が止まる。 「ハ・・・ハワードさん・・・・・・」 振り返った彼女の目は潤んでいて、リンクは嬉しいような気の毒なような、微妙な表情を浮かべて歩み寄った。 「ご心痛、お察しします」 言葉の割には浮かれてしまった口調を、リンクは咳払いしてごまかす。 「ご覧になったでしょう、彼の正体を」 懸命にしかつめらしい口調で言うと、ミランダは涙目を俯けた。 「・・・っも・・・申し訳ありません、マンマ! そう、お気を落とされずに!」 声もあげずに泣き出したミランダを、リンクが慌ててなだめる。 「で・・・でも・・・リーバーさんが・・・・・・!」 消え入りそうな声で呟くミランダの肩に、リンクはそっと手を置いた。 「誰も、マンマに気づいておりませんでしたから・・・油断したのでしょう」 ミランダを慰めながら、リンクは心中にリーバーを嘲笑う。 先程、ミランダが科学班に来た時は、ちょうどアレンが大騒ぎを引き起こした直後で、誰も物静かな彼女の存在に気づかなかった。 しかし、犬の嗅覚で飼い主の存在をかぎつけたリンクは、駆け寄りたい衝動を必死に抑えて、リーバーが決定的な失敗をする瞬間を待ったのだ。 ―――― 油断大敵とはこのことですよ、ホーキ頭! ・・・同じ中央庁に属し、同じ上司のもとで働くブリジットの有能さをよく知るリンクには、彼女が何をやるつもりか、大方の察しはついていた。 が、彼女はリンクの予想以上に鮮やかな手際でリナリーを焚きつけ、科学班全員の信頼を勝ち取った―――― リーバーに求婚まがいの台詞まで吐かせて。 「一生一緒にいて欲しいなど、よくも衆人環視の中、恥ずかしげもなく絶叫したものですね」 それがキャッシュの言葉と知っていながら、あえて選んだリンクの思惑に乗せられ、ミランダがとうとう泣き声をあげた。 「あぁ、マンマ! そんなに泣かれて、お気の毒に・・・!」 ドアを閉めた後にキャッシュが言った台詞だったため、ミランダは直接聞いていないだろうと言う予想は大当たりだったらしい。 嘆くミランダを慰めるリンクの口元に、嬉しげな笑みが浮かんだ。 「あのような不埒な輩など、どうぞお見限りください! 彼はマンマにふさわしい人間ではありません!」 きっぱりと言ってやると、よほどショックが強かったのか、ミランダが頷く。 リンクは心中に快哉をあげ、しかし、表面上はほんの少し微笑するにとどめた。 「正しいご判断だと思います」 鹿爪らしく頷いたものの、とうとう喜色を隠しきれなくなったリンクの声が弾む。 「さぁ、そうお気落としのなく。 私がケーキをお作りしますので、どうぞ召し上がって、あのような不届き者のことなどお忘れください 犬だったなら千切れんばかりに尻尾を振っていただろうはしゃぎぶりでミランダの背を押し、食堂へと向かうリンクの姿を、回廊の外から薄気味悪げに見る目があった。 「ユウちゃん・・・」 手にした花束を抱きしめ、気色悪げな声をあげるラビに、神田が頷く。 「なんかあったな・・・」 おぞましいものを見たとばかり、顔を引き攣らせた神田の腕を、ラビが引いた。 「ちょっと、科学班覗いてこっ♪」 「放せよっ!」 うっかり引き摺られ、連行された神田が勢いよく手を振り解くと、たたらを踏んだラビが口を尖らせる。 「いーじゃん! もう目の前なんだから・・・がっ?!」 ドアに手をかける直前、それは内側から開いてラビを弾き飛ばした。 「・・・っ神田――――!!!!」 猛禽の目で神田の姿を捉えた弾丸は、そのまま彼を撃ち抜く。 「みんなイヂワルだ――――――――!!!!」 石の回廊に血の尾を引いて白目を剥く神田の上にのしかかり、大声で泣き喚くリナリーを、ドアから顔を出した科学者達が恐々と見遣った。 「べっ・・・別に、イヂワルしたわけじゃ・・・・・・」 「俺らにとって、補佐官が必要不可欠なのはホントのことなんだから・・・」 ね?と、理解を求めて機嫌を取ろうとする彼らを、リナリーは肩越しに睨みつける。 「裏切り者ぉ・・・!」 恨みがましい声の呪いから逃げるように、顔を引っ込めた科学者達をかき分け、アレンが転がり出てきた。 「リッ・・・リナリー、あの・・・!」 「アレン君なんか嫌いだ!!あっち行って!! 班長!! 班長はもっと嫌いだからね!!」 顔も出さないリーバーに呼びかけ、すっくと立ち上がったリナリーは、散らばった花の中で、死人のように横たわる神田の襟を持って床を蹴る。 「あっ・・・!」 止める間もあらばこそ、一瞬にして姿を消したリナリーの残像を見つめるアレンの足元で、これまた葬送の花に埋もれたラビが、存在を主張するかのように、ごぼっと血反吐を吐いた。 「・・・正直に言え。 俺を殺す気だったろう」 息を吹き返した神田が、リナリーの胸倉を掴んで睨みつけると、彼女はまるで自分が被害者であるかのような泣き顔になった。 「だってみんな、酷いんだよ・・・!」 「俺も酷い目に遭ったぞ」 「あんな意地悪魔女を崇めて、リナリーを追い出そうとするんだ!!」 「俺は危うくこの世から追い出されるところだったぞ」 「意地悪魔女は必要不可欠なのに、リナリーには邪魔するなって言うんだよ!!!」 「ったり前だろうがこのワガママ娘!」 「今まで天使みたいだって言ってくれてたのに――――!!!!」 「いいから謝れこの堕天使が!!!!」 胸倉を掴んだ神田にガクガクと揺さぶられて、リナリーがぴぃぴぃと泣き声をあげる。 「神田までイヂワルしなくったっていいじゃないかぁ!!」 「それが殺人未遂犯の言うことか!!」 「殺人未遂なんかしてないもんっ! 抱きついたら、か弱い神田が吹っ飛んだだけだもんっ!!」 「てめぇは手加減ってもんを知らねぇのか!!」 「ふぇっ?!」 ギリギリと吊り上げられ、地から浮いた足をリナリーがばたつかせた。 「ごごご・・・ごめんなさい!ごめんなさい、神田!ごめんなさい!!」 容赦なく締め上げられたリナリーは、慌てて謝りながら、パタパタと神田の手を叩く。 「次は許さねぇぞ」 射殺さんばかりに睨みつけ、放り捨てたリナリーは、よろめきつつも絶妙のバランス感覚で着地した。 「ひ・・・酷いよぉ・・・!」 「お前が言うな」 冷淡に言い放って背を向けた神田の腕を、リナリーがすかさず掴む。 「神田はリナリーの味方だよね・・・?」 「味方でいて欲しいなら、殺そうとすんじゃねぇ」 大前提だ、と、忌々しげに舌打ちした彼を、リナリーは上目遣いで見上げた。 「あの魔女、追い出してぇ・・・!」 その願いに一瞬、目を見開いた神田は、きつく眉根を寄せてリナリーの手を振り解く。 「馬鹿を言うな」 「だって・・・!」 「だって、じゃねぇ。 そんなこと言うなんざ、どうかしてるぞ、お前」 それだけ追い詰められていると言うことだろうが、教団の人間を排除しろとは、リナリーらしからぬ願いだった。 「頭を冷やせ」 「わかってるよ!!」 再び神田の腕を掴んだリナリーは、振り解かれないよう、両腕でしっかりと抱きつく。 「わかってるんだよ、リナリーのワガママだって・・・! だけどあの人、リナリーから兄さんを取り上げただけじゃなくて、班長や科学班のみんなを味方につけて、アレン君まで・・・・・・!」 腕に縋って泣き声をあげるリナリーに、神田は深いため息をついた。 「そう言う話ならジェリーか婦長に持ってけ。 俺の管轄じゃねぇ」 「ダメだよ! 魔女を追い出そうなんて話持ってったら、げんこつされちゃうよ! ぴぎっ!!」 強烈なチョップを頭に受けて、リナリーが悲鳴をあげる。 「酷い、神田!! なんでチョップするんだよ!!」 「今後、俺に対する殺人未遂を防ぐためのまじないだ」 酷く暗い声音が、本当に呪いを含んでいそうで、リナリーは喉を引きつらせた。 「だ・・・だから・・・殺そうとなんか・・・・・・!」 「そういや昔、クラウド元帥に言われたな。 動物にあま噛みを許してしまうと、手加減を覚えなくなるって」 神田は冷たく目を細め、手にこぶしを固める。 「まったくもってその通りだったと、今更ながらに後悔している」 「きゃあ!!」 神田がこぶしを振り上げた瞬間、リナリーは脱兎の勢いで逃げ出した。 「いつもながら、逃げ足は早いな」 あっという間に姿を消したリナリーに、神田は軽く吐息する。 「・・・・・・しょうがない奴」 もう一つ、めんどくさそうな顔で吐息すると、神田は食堂へ行くか病棟へ行くかやや迷ってから、食堂へ向かった。 その頃、神田が候補から外した病棟では、リナリーに轢かれて瀕死のラビが担ぎこまれ、集中治療を受けていた。 「丈夫なあなたに重傷を負わせるなんて、リナリーってばまた強くなったのかしらねぇ?」 ため息混じりに婦長が呟くと、ナースの膝に縋ってさめざめと泣いていたラビが顔をあげる。 「強くなるのはいいんさ! ケド、俺をぶっ飛ばした挙句、ユウちゃんまで轢き潰すなんて、一体どーゆー育て方したんさ?!」 「子育ては料理長の管轄だわ」 私も協力はしたけど、と、婦長は平然と応じた。 「まぁ、災難ではあったけど、命に別状はないから安心なさいな」 「ホント、丈夫ですよねぇ、ラビは! それって、ドMの条件? いぢめられてもいぢめられても耐えられるように、訓練でもしてるの?」 ラビの横たわる診察用ベッドに頬杖をついたアレンが、そう言ってクスクスと笑う。 「誰がドMさ、この性悪猫が! 俺が丈夫だったらなんなんさ! またチクチクいびる気さ?!」 「チクチクいびるなんて人聞きの悪い。 僕はラビ『で』遊んでるだけですー♪」 べーっと、生意気に舌を出したアレンの頭を、ラビは点滴の管が繋がれた手ではたいた。 途端、 「なにしてるの!点滴が外れるでしょ!」 ぺしんっと、婦長に額をはたかれて、ラビが泣き声をあげる。 「やーぃ 「うっさいさこの腹黒魔王!! リンク!!リンクどこ行ったさ?! 性悪猫放し飼いすんじゃねー!!!!」 唯一自由になる足をばたつかせながらラビが叫ぶが、常にアレンを監視する監査官は、どこにもいなかった。 「今、僕は自由を満喫中なんです リ・・・リナリーにはっ・・・き・・・嫌い・・・だって・・・言われちゃうし・・・! 楽しい気分ではないんですけど・・・・・・!」 だからラビで鬱憤晴らし、と言ったアレンを、ラビがまたはたく。 「やめなさいって言ってるでしょ! ところでアレン? リナリーに嫌われたって、どうしたの?」 「き・・・嫌われたって・・・そんなはっきり・・・・・・!」 今にも泣き出しそうな声をあげて、ベッドに突っ伏したアレンの背を、婦長が優しく撫でてくれた。 「いいから話してご覧なさい ・・・慰める手とは裏腹に、楽しげに弾む声に、アレンは憮然と顔をあげる。 「・・・面白がってるでしょ」 「もちろん 婦長があっさりと頷くと、ナース達までもが興味津々と寄って来た。 「え・・・えーっと・・・それが・・・・・・」 姉さん達に囲まれたアレンが、言いにくそうに事情を説明すると、婦長はじめ、ナース達は苦笑し、あるいは憤然とアレンを睨みつける。 「監査官が鬱陶しいのはわかるけど・・・」 「リナリーの前で、補佐官を誉めるのはまずかったわね」 「こんな失敗するなんて、ウォーカー君らしくもない」 クスクスと笑いだした婦長達を押しのけて、若いナース達がアレンに迫った。 「まずいも何も!」 「いくらなんでもそれはないでしょ!」 「あんたが年の割りにナンパなマセガキなのは知ってたけど、それじゃあリナリーが可哀想よ!」 こわい顔で叱られて、アレンは巣穴に隠れる仔ウサギのようにぶるぶると震える。 「で・・・でも僕・・・決してやましい気持ちは・・・・・・!」 「言い訳しないの!」 「すみませんっ!!」 悲鳴をあげてアレンは、ナース達の目から逃れるように、頭からラビの毛布を被った。 「なに俺のベッドに潜り込んでんさ!」 毛布越し、ラビがアレンの頭をはたくと、中からくぐもった泣き声があがる。 「たすけてっ!おにいたんっ!!」 甘えた声で縋るアレンに、ラビは思わず乾いた笑みを漏らした。 「お前・・・普段散々酷いことしてんのに、こんな時は頼ってくんのな・・・」 さすが弟属性、と、諦めきった顔でラビは、毛布越しにアレンの頭を撫でる。 「反省してるみたいなんで、許してやってくださいさ、ねーさん達」 「ラビ君、あんた・・・」 「懲りるってことを知らないの?」 「人がいいわよねぇ・・・」 呆れ口調のナース達に、ラビが再び乾いた笑声をあげた。 「・・・せめて、いいおにいちゃんだねって言ってくんないさ?」 「そんなこと言ったらあなた、すぐ調子に乗って、アレンやリナリーを甘やかしちゃうでしょ」 また酷い目に遭うわよ、と、婦長の的確なアドバイスを受け、深く頷いたラビの傍ら、アレンがぶるぶると震える。 他の女性団員達と違い、アレンの本性さえもしっかり見抜いている婦長には、いかな腹黒魔王も逆らえなかった。 「さ、今回は本当にラビの傷が酷いんだから、あなたはそろそろ出て行きなさい」 ひょい、と、細腕には意外な膂力でアレンを毛布の中からつまみあげた婦長が、更に彼の背を押す。 「え・・・あの・・・! 今日中には退院できますよね?!」 慌てて肩越しに言ったアレンに、婦長は訝しげに眉をひそめた。 「今日中って・・・あぁ、料理長のお誕生会?」 「はい! いつもお世話になっているマムにプレゼントするんだって、僕たち・・・」 「・・・だったらなんで、こんな無茶したの」 「俺が無茶したんじゃなくて、リナに轢かれたんさ!!」 「ぼーっとしてるから、こんなことになるのよ」 ラビの抗議に肩をすくめ、婦長はしばらく考え込む。 「退院・・・は、ドクターの許可が要るけど、ラビは丈夫だけが取り得だから、治療が終われば今日中の退院は可能だと思うわよ」 「・・・なんか引っかかる言われようだけど、出られるんなら嬉しいさね」 引き攣った笑みを浮かべたラビに、婦長はちらりと笑った。 「今回は何を企んでいるの?」 問うと、ラビと共にアレンも表情を明るくする。 「名づけて、花園計画です!」 「姐さんの部屋を、花で一杯にするんさ 「まぁ・・・男の子なのに、随分ロマンティックなことするのねぇ・・・」 くすくすと笑声をあげると、アレンとラビは、いたずらっぽい笑顔を見合わせた。 「婦長の誕生日、部屋が花で一杯だったろ? それ見て思いついたんさー 「ジェリーさんにもやってあげよって!」 「みんなにも声かけてさー」 「それぞれに、好きな花をジェリーさんの部屋に持って行こうねって!」 「あらあら。 それはまた、たくさんの花で埋まるでしょうね」 「婦長も参加するさ?」 パタパタと、尻尾の代わりに足をばたつかせるラビに頷き、婦長はナース達を見回す。 「いつもお世話になっている料理長に、お礼をしましょうか」 「やったぁ じゃあ今、バラ園でクロウリーが一所懸命お花伐ってくれてますから、行ける人から取りに行ってください!」 「姐さんの部屋は、こっそり鍵開けちまってるから 姐さんが戻ってくる前に飾ってくれな♪」 「ハイハイ 「ラビ君もウォーカー君も、ママ思いで偉いわね ナース達に頭を撫でられて、アレンとラビは嬉しそうに笑った。 が、その様子を窓の外、木陰に隠れて面白くなさそうに見る目があった。 「せっかく婦長に相談しようと思ったのに・・・なんでアレン君とラビがいるの!」 それはリナリーがラビを轢いたためだが、あの時神田しか見ていなかった彼女は、自分が開けたドアでラビを弾き飛ばしたなどとは知らない。 しかも会話が聞こえないために、リナリーにはただ、アレンがナース達に可愛がられているとしか見えなかった。 「なんだよ・・・! ちっとも反省してないじゃない・・・!」 ギリ・・・と、歯を食いしばり、リナリーは憤然と木から飛び降りる。 「神田が相談しろって言うから来たのにぃ・・・! いいよ! ジェリーのところに行くよ!」 頭から湯気を立てんばかりに怒ったリナリーが向かう先では既に、ミランダが悄然とうつむいていた。 しかしその対面では、リンクが尻尾を振る犬のように喜色満面で、ケーキをホールごと勧める。 「マンマ お気持ちはお察ししますが、もう、あのような者などお見限りになって これでも召し上がって、ご気分を晴らしてくだ・・・っ 「邪魔するぜ」 いつの間にかリンクの背後に立った神田が、彼の頭をケーキに押しつけて黙らせた。 「かっ・・・神田君・・・・・・!」 呼吸を塞がれ、じたじたともがくリンクと、彼の頭を押さえつける神田を見比べ、ミランダがびくびくと震える。 「あっ・・・あのっ・・・!」 「リナリーがヒステリー起こして、俺を殺そうとしやがった。 魔女・・・いや、補佐官に何されたんだ?」 リナリーより先に、泣きながら出てきたミランダなら知っているだろうと思って問うと、ミランダはまた、しおしおとうな垂れた。 「ほ・・・補佐官は・・・ご自身のお仕事をしているだけなんです・・・だけど・・・・・・」 リーバーが、ブリジットの手を握り締めていたシーンを思い出し、ミランダの目に涙が浮かぶ。 「だけど・・・一生側にいて欲しいだなんて・・・・・・」 「リーバーが?補佐官に言ったのか?」 その問いには頷けず、ミランダは更に頭を落とした。 「どこにも行かないでほしいとか、大切な人だとも・・・・・・」 「・・・・・・」 黙って考え込んだ神田を、ミランダは目だけで見あげる。 「あの・・・マユゲが死にかけてるんですけど・・・」 びくっと、最期の痙攣をしたリンクを、神田は冷淡に見下ろした。 「お前が自分の耳で聞いたんなら、間違いはないと思うが・・・それは、本当にリーバーの本心なのか?」 「え・・・?」 「状況によっては、そんな台詞を吐くこともあるだろ」 「どんな状況だよ!!」 間近で上がった絶叫に向かって、神田はすかさずもう一方の手を突き出す。 と、突進してきたリナリーは、手刀に貫かれる直前、急停止した。 「あっ・・・あぶなっ・・・!」 「そう何度も轢かれてたまるか」 憮然と言って、神田がリナリーを睨む。 「何しに来たんだ?」 「神田が婦長かジェリーに相談しろって言ったんじゃない!」 アドバイスに従ったのだ、と、リナリーは頬を膨らませた。 「婦長が取り込み中だったから、ここに来たんだよ!」 「じゃあ、とっととジェリーのとこ行きな」 「なんでミランダの話は聞いて、リナリーの話は聞かないんだよぉ!! 神田のむっつり!むっつり!!」 甲高い抗議の声をあげて、ぽかぽかとこぶしを叩きつけてくるリナリーを、神田がうるさげに摘み上げる。 「窓から捨てるぞ、コラ!」 「う〜〜〜〜!!!! なんだよ、神田の意地悪! リナリーがかわいそうだって思わないの?!」 「まごうことなき加害者のくせに、被害者みたいな顔するな」 「あのう・・・加害者と言うならまさに、今の神田君が・・・・・・」 ミランダの遠慮がちな声に引かれ、神田は再び自身の手に目を落とした。 「このくらいじゃ死なねぇよ」 「監査官なんて、殺しても死なないんだから!」 「え・・・でも・・・・・・」 不死身の自身を基準に置いている神田と、中央庁所属の人間を害獣認識するリナリーを、ミランダがおろおろと見比べる。 「さ・・・さっきから動きませんし・・・!」 「あ? この程度で死ぬもんなのか?随分か弱いな」 「頭でっかちだから、頭押さえたら死んじゃうんじゃない?」 「そうか。意外な弱点だったな」 リナリーの酷い感想にあっさりと頷き、神田はリンクの頭から手をどけてやった。 途端、 「窒息死するところでしたよ!!」 がばぁっと起き上がったリンクが、土気色になった顔を怒気で紅く染めて行く。 「怒るのはいいんだが・・・」 「酸欠だったのに、いきなり興奮すると・・・」 「あ・・・・・・」 二人の指摘を待たず、儚く倒れ、床に懐いたリンクに、ミランダが悲鳴をあげた。 「1匹始末したな」 「やったね!」 「やったね、じゃありませんよ!!」 仲良く手を打ち合わせる神田とリナリーを、ミランダが甲高い声で叱る。 「すすすっ・・・すぐ!病棟に運んであげなきゃ!!」 「気にすんな。ほっといてもすぐに目が覚める」 「だから、殺しても死なないってば 冷笑を浮かべた神田と、楽しげに笑ったリナリーの背後に、その時、黒々とした影が差した。 「なにしてんの、アンタ達はっ!!」 目にも止まらぬお玉さばきで、ジェリーは二人の頭にたんこぶをこしらえる。 「リンクちゃん、死にかけてるじゃない!!」 「・・・っほっとけよ」 「・・・っ私達の方が重傷だよ!」 頭を抱えてうずくまった二人の震える声に、ジェリーは鼻を鳴らした。 「今すぐ病棟に連れてかないと、今日のごはん抜きよ!」 「・・・・・・・・・ちっ!」 「わかったよぅ・・・・・・」 不満げな顔で立ち上がった二人は、リンクの両脇を支える。 「ちゃんとドクターのとこに運ぶのよっ!」 病棟は病棟でも、庭の片隅に捨てそうな二人に念を押して、ジェリーは気遣わしげなミランダの背も押した。 「アンタ、ちゃんと見張ってなさいな」 「はっ・・・はい!」 慌ててついて行ったミランダの背を見送り、ジェリーは吐息を漏らす。 「まったく・・・一人だとイイ子なのに、コンビになるといたずらばっかりするんだから、あの子達!」 人一人殺しかけた行為を『いたずら』と断じるジェリーに、食堂に集った団員達の顔から血の気が引いていった。 リンクを抱えた二人とミランダが病棟に向かっていた頃、ラビの病室にリーバーが顔を出した。 「無事か?」 気遣わしげに声をかけてきた彼に、ベッドの上のラビが目を丸くする。 「ど・・・したんさ、お前がわざわざ来るなんて! 俺、なんかヤバイ検査結果でも出たんさ?!」 不安げにナース達を見回すと、彼女達は一斉に首を振った。 と、歩み寄ってきたリーバーが、苦笑してラビの頭を撫でる。 「今日、休みをもらったって知れた途端、ドクターに『健康診断受けろ』って呼び出されたんだ。 結果待ってる間、ワガママ娘に轢かれた奴の見舞いでもしようと思って」 怒らせたのは自分だし、と、リーバーはベッドの上に頭を乗せ、だらけているアレンの頬をつついた。 「お前も原因だろ」 「だから・・・こうやって運んであげてんじゃないですか」 「ナニ恩着せがましいこと言ってんさ、この性悪! そもそもお前が変なコト言うから、リナが怒ったんだろさ!」 思いっきり頭をはたかれて、アレンはムッと顔をあげる。 「じゃあラビも、リンクに四六時中つきまとわれればいいんですよ! 起きてから寝るまで、ずーっと早く着替えろだのちゃんと顔洗えだの栄養が偏ってるだの整理整頓しろだの訓練サボるなだの勉強真面目にやれだの言われた挙句、いっつも上から目線でワガママだのダメな子だの言われるんですよ?! 君みたいなドMならともかく、あんな仕打ち、僕耐えらんないっ!!」 「誰がドMさ!!!!」 どさくさまぎれにとんでもない暴言を放ったアレンを、ラビが再びはたいた。 「ま・・・まぁまぁ、そんなに怒るなよ。 しかし、アレンも思った以上に可哀想な状況だったんだな・・・」 「リーバーさぁん・・・・・・!」 リーバーは、自分の裾に縋ってさめざめと泣き出したアレンの頭を、苦笑しつつ撫でてやる。 と、アレンが同情を誘うべく計算され尽くした泣き顔をあげた。 「僕のコト・・・可哀想だって思いますよね?だったら・・・」 「可哀想だが、俺達の女神はやんねぇぞ? あの人は中央庁なんかに帰らずに、ずっとここにいて欲しいと思ってんだから!」 リーバーが断言すると、アレンが嘆きを大きくする。 「やだああああああ!!!! 僕だって女神様がいい!! ミス・フェイを僕にくださいいいいいいいいい!!!!」 「やらねーよ! 俺らから女神を奪おうなんて、絶対許さないからな!」 騒がしい声に耳を塞いだラビは、呆れ顔で肩をすくめた。 「女神様と添い遂げたいってか」 「願ってもないね!」 陽気に断言した時、ものすごい音を立てて、病室のドアが閉まる。 「あれ?どうした、神田?」 「げっ!リンク!」 不思議そうな顔をしたリーバーと、忌々しげに顔を歪めたアレンの前で、神田は呆れ顔で吐息し、なぜかクリームまみれのリンクは邪悪な喜びに満面の笑みを浮かべてた。 「馬鹿共が・・・」 「なっ・・・」 「はぁっ?!」 低く呟いた神田に怒気を浮かべたリーバーとアレンは、続くリンクの低い笑声に息を呑む。 「まさか・・・・・・」 異口同音に呟き、みるみる顔色を失って行く二人に、リンクはますます嬉しそうに笑った。 「一度ならず二度までも!!!!」 憤然と声を荒げ、床を蹴るようにして歩むリナリーの傍ら、無言で俯いたミランダも歩調を荒くする。 「もぉ二人の真意はわかったよ! そんっなにあの意地悪魔女がいいんだねっ!!」 機関車のように湯気をあげるリナリーを、団員達が驚いて見遣るが、すれ違った後はむしろ、無言のミランダの方へと視線が吸い寄せられた。 「ミランダもなんか言ってやりなよっ! これって裏切りだよねぇっ?!」 リナリーが小型犬のようにきゃんきゃんと喚くと、ミランダは彼女を見遣りもせず、ただ頷く。 「ミランダってば!!」 イライラと急かせば、ミランダは暗い目を前方へ投げた。 「・・・・・・・・・・・・勝手にすればいいんだわ」 低い呟きは、リナリーの怒声よりも深く強い怒りを孕んでいる。 思わず息を呑み、歩を踏み出すことも忘れたリナリーを置いて、ミランダは長い回廊を足早に渡った。 「まずいまずいまずいまずいまずいどうしようどうしようどうしようどうしよう!!!!」 おろおろと慌てふためき、助けを求めて視線を巡らせるアレンから、しかし、誰もが目を逸らした。 「タイミングが悪いって言うより・・・」 「あれは、怒ってもしょうがないでしょ」 「自業自得ね!」 「そんなっ!!」 蒼褪め、引き攣った声をあげるアレンの傍ら、石像のように固まっていたリーバーが唐突に立ち上がる。 「リーバーさんっ?!」 「説得までの理論構築完了。実行する」 「えぇっ?!さすが!!」 感心したアレンがすかさず彼の後を追うと、治療途中のリンクも、ナース達を振り払って追いかけて行った。 「まったく、あの子達は!」 「騒がしいことこの上ないさね」 自分のことは棚に上げて、ラビが苦笑する。 「ケドさ、説得までの理論構築って、リーバーの奴・・・」 「感情的になってるリナリーとミランダを、どんな理論で説得するって言うのかしらねぇ・・・」 どうなることかと、ナースたちはそれぞれにため息をついた。 「ミランダ!」 「リッ・・・リナリー!!」 追いかけてきたリーバーとアレンを、ミランダは無表情に、リナリーは憤然と振り返った。 「うっ・・・あの・・・」 どっちも怖い、と、顔を引き攣らせたアレンを置いて、リーバーがミランダに歩み寄る。 「勘違いするな。 補佐官は業務の処理に優秀な人で、室長を監視し、部下達の健康を守るために仕事上、必要な人だって言っただけだ。 それ以上でもそれ以下でもない」 簡潔にして正確な説明に、アレンは思わず拍手した。 くどくどと言い訳するよりも、よっぽどいい。 これが理論構築ってことかと、感心したアレンの背後で、リンクがこっそり舌打ちした。 と、頷きかけたミランダの隣で、リナリーが盛大に頬を膨らませる。 「でも、あの人が私から兄さんを取り上げたのは事実じゃない! アレン君なんか、リンク監査官よりあの意地悪魔女の方がいいなんて言うし!」 「えぅっ?! あっ・・・あの、それは・・・!!!!」 名誉挽回したのはリーバーだけで、自身は相変わらず不利な状況であることに気づき、アレンは慌てふためいた。 「おっ・・・同じ厳しい人でも、リンクよりブリジットさんの方がい・・・いやそのっ!!」 理論構築どころか、慌てふためいて深みにはまっていくアレンを、リナリーが睨みつける。 「・・・そんなにあの人がいいなら、どうぞ代わってもらったら? リンク監査官が相手なら、蹴飛ばしてもみんな何も言わないから、兄さんを確保できるわ」 リナリーが忌々しげな口調で言うと、 「ふざけたことぬかすなよ、お前!! リンクは確かに優秀かもしれないが、あの巻き毛メガネに太刀打ちできわけないだろうが! 俺から女神を取りあげようなんざ、絶対許さねぇぞ!」 アレンやリンクが口を開く前に、リーバーが激しくまくし立てた。 唖然としたリナリーに、リーバーは更に詰め寄る。 「あの人は科学班にとって必要不可欠な人なんだから、絶対手を出すな!」 「なっ・・・なによ・・・! リナリーだって、ちゃんとお手伝いしてたでしょぉ!」 「確かにな。 だが、今の俺には彼女の存在が重要だ!」 リーバーが断言した瞬間、リンクは喜色を浮かべ、アレンは頭を抱えた。 はっとして振り返ったリーバーの視界からは既に、ミランダの姿が消えている。 「班長のばかっ!!!!」 泣き叫ぶリナリーに突き飛ばされたリーバーを、アレンが慌てて受け止めた。 「・・・おかしい。 どこで論理が破綻したんだろうか」 ミランダとリナリーを追って食堂へ来たものの、激しい怒りのオーラを放つ二人に近寄りがたく、リーバーは仕方なく彼女達から最も離れた席に座った。 と、向かいに座ったアレンが、切なくため息を漏らす。 「・・・感情を納得させるのに、理論をもってしたことじゃないでしょうか」 「なんでだ? 冷静に話し合おうとしただけなんだが・・・」 「いや・・・その・・・・・・」 年は上でも、象牙の塔に篭りきりだったリーバーと、堕落した師匠のもとで耳年増になってしまったアレンでは、女性心理の把握には雲泥の差があった。 しばらく考え込んだアレンは、リーバーを上目遣いに見る。 「これ、理屈とか理論じゃない、定義として覚えておいて欲しいんですけど・・・女の人は、別の女の人の誉め言葉を聞きたくないんです」 「・・・は?」 案の定、目を丸くしたリーバーに、アレンは深々と吐息した。 「なんでそうなのか、ってのは置いててください。リンゴが地面に落ちるのと同じなんですから。 女の人は・・・特に好きな男性が、別の女性を誉める事が、本気でイヤなんです。 まぁ・・・僕もちょっとはわかりますけどね」 「わかるのか? 俺は別に、ミランダが別の男を誉めてもなんとも思わないが・・・」 善良な彼女の口から、他人をけなす言葉が出たことがないから、ということもあるが、他人を正しく評価できることは感心こそすれ、嫉視の対象にはなりえない。 そう言えば、アレンはそっと目を逸らし、やや荒んだ笑みを浮かべた。 「僕は・・・リナリーや他の女の人が神田を美人だって言う度に、あいつ殺してやりたくなりますけど・・・・・・」 「あぁ・・・」 いつも、誰かが神田の容姿を誉める度に張り合おうとするアレンの頭を、リーバーは苦笑して撫でてやる。 と、アレンは子ども扱いされたことも不満だったのか、憮然と頬を膨らませた。 「だから、気持ちはわかるんです。 わかりますけど・・・そりゃ、確かに僕らも悪かったですけど、あんなに怒られるほどじゃないと思うんですよ! その辺はリナリーやミランダさんもわかって欲しいなって思うんです!」 と、ここで場面は冒頭に戻る。 アレンとリーバー、そしてリンクの様子を不審に思ったジェリーに事情を話した後、ミランダとリナリーの元へ行ってしまった彼女を、リーバーとアレンは不安げな顔で見つめていた。 なにやら二人に激しくまくし立てられている風の彼女に、動悸が早まる。 「な・・・なにを言われてるんでしょぉ・・・!」 「な・・・なんかすっげぇ怒ってねぇか・・・?」 「ふ・・・ふふふ・・・ふふふふふふふ・・・!」 一人、楽しげな笑声をあげたリンクに、二人の視線が刺さった。 「笑ってんじゃないですよ、陰険わんこ!」 「お前、マジ殺るぞ!」 「殺れるものでしたらいつでも しかしその前に、あなたがマンマに引導を渡されそうですねぇ 実に嬉しそうに言われ、リーバーの顔が引き攣る。 「いい気味ですよ、二人とも! これを英語では、『Serve you right!(ざまぁみろ)』と言うのでしたか?」 「・・・はっ!地獄に落ちろ○×野郎」 荒んだ顔で、とんでもないスラングを言い放ったアレンに、リーバーが目を丸くした。 「アレン・・・お前意外と・・・」 はっとして、ぱすんっと両手を口に当てたアレンが、慌てて首を振る。 「にゃんれもにゃいれふよっ!」 「・・・しっかり聞こえましたよ、この性悪猫が」 リンクにもものすごい目で睨まれて、アレンは真っ赤になった顔に汗を滴らせた。 と、テラスを離れたジェリーが、パタパタと寄って来る。 「あらま!今度はどぉしたのぉー?」 「なんでも!!」 リンクに何か言われる前にと、アレンは必死に首を振った。 「そっ・・・それより、二人はなんて?!」 慌てて話題を変えると、リーバーも真剣な顔になる。 「それがねぇ・・・・・・・・・・・・」 そう言ったきり、随分と長い間、ジェリーは小首を傾げたままだった。 アレンとリーバーは呼吸すら止めて、ひたすら冷たい汗を浮かべる。 だがあまりにも長い沈黙にとうとう痺れを切らし、 「はっきり言ってください!!」 と、悲鳴をあげたアレンの頭を、ジェリーは頬に当てていた手で撫でてやった。 「・・・そもそも、相互理解がなってなかったのね」 「そうご・・・?」 ぽかん、と口を開けたアレンに、ジェリーは苦笑して頷く。 「ねぇ、アンタ達? なんであの子達が怒ったか、ちゃんとわかってる?」 問われて、アレンとリーバーが困惑げな顔を見合わせた。 「なんでって・・・」 「俺らがフェイ補佐官を誉めたから・・・だよな?」 先ほどのアレンの意見を確認するように言えば、ジェリーは苦笑を深めて肩をすくめる。 「違うんですかっ?!」 「違わないけど、それは原因の一つでしかないわねぇ」 「えぇっ?!」 声を揃えた二人に、ジェリーは吐息を漏らした。 「アンタ達ねぇ、あの子達を普通のオンナノコだと思っちゃダメよ?」 「・・・え?」 「これは、ブリジットちゃんにも言えることねぇ」 くすり、と、ジェリーが笑みを漏らした途端、リーバーははっと表情を厳しくする。 「アラ、さすがにアンタは気づいたみたいだわね」 部下が多いから、と、笑うジェリーに、リーバーは厳しい顔で頷いた。 「あ・・・あの、リーバーさん・・・?」 困惑げに、ジェリーとリーバー、そして遠くにいる二人をきょろきょろと見比べるアレンの頭を、ジェリーがまた撫でてやる。 「アレンちゃんも、リナリーやミランダと一緒に任務に行ってんだから、わかるでしょぉ? あの子達、戦場でもアレンちゃんに守られてばかりなのん?」 「そんなことないですよ? むしろ、僕が守ってもらって・・・あ!!」 突然大声をあげたアレンの隣で、リンクがわざとらしく耳を塞いだ。 「そうか・・・僕ら、二人に『科学班には必要ない』って言っちゃったんだ・・・・・・」 「そ。 確かにブリジットちゃんは有能で、今や彼女がいないと科学班は回らない・・・というか、コムたんの制御ができないのかもしれないけど、それよりもずーっと前から科学班の助手をしてきたのはリナリーで、ミランダも、一所懸命お手伝いしてきたのよん? それをアンタ達ったら、最近やって来たブリジットちゃんに一気に雪崩れちゃって。 リナリーから見れば、大好きなコムたんと引き離された上に、お兄ちゃん達の恩知らずな仕打ちに我慢ならなかったでしょうし、ミランダは・・・」 ふぅ、と、ジェリーはため息をつく。 「ミランダはもっと複雑よねぇん。 元々、門外漢で慣れないお仕事だったのを、なんとかがんばってたのは、アンタに喜んで欲しかったからよ」 「う・・・」 ジェリーの指摘に声を失ったリーバーを、リンクが噛み付かんばかりに睨んだ。 「マンマのお手を煩わせておきながら、この恩知らず!!!!」 「ハイハイ、ちょっとお黙んなさい、リンクちゃん」 パタパタと手を振り、唸るリンクを黙らせて、ジェリーは続ける。 「エクソシストの訓練と平行して、あの子は随分大変だったと思うわ。 しかも、戦場に行けば一番精神的に辛い立場で、気が休まる暇なんてなかったの。 でも、役に立ってる、って思えることが、あの子にとっては何より嬉しいことだったのに・・・」 ふぅ、と、ため息をつかれて、リーバーがますます俯いた。 「確かに、アンタがブリジットちゃんを誉めたこともイヤだったでしょうよ。 まぁ、もし、アンタがブリジットちゃんの容姿を誉めたんなら、ミランダはここまで怒らなかったでしょうけどね。 でもアンタはブリジットちゃんの仕事を手放しで誉めた上、ずっと手伝ってきたリナリーを蔑ろにしちゃったんだもの。 そりゃ、癇にも障るでしょうねぇ。 だけど何より、今まで自分がやってきたことはアンタ達にとって迷惑じゃなかったのかって、それがショックだったのに・・・アンタはあくまで、ミランダを可愛いお人形さん扱いで、傍に飾っておきたいだけなのね」 サングラス越しにじっと見つめられたリーバーだけでなく、アレンもしおしおとうな垂れる。 「ぼ・・・僕、別にリナリーの実力を認めてないとか・・・そんなんじゃないんですよ・・・?! ただ、レディには親切にするのが当然だって教育されてきたから、僕・・・・・・!」 テーブルに突っ伏し、しくしくと泣き声をあげるアレンに、ジェリーは笑みをこぼした。 「そうね、普通のお嬢さんなら、優しくするだけでいいかもしれない。 だけどリナリーもミランダも、同じ戦場で戦う仲間なんでしょ? だったら、ただ優しくするだけが『親切』じゃないってことは、わかるわよね? 単に『女の子だから』って理由だけで優しくするのは本当の優しさじゃないの。 それは彼女たちの実力を判定することが面倒で、中身を見ることを放棄している、とも言うのよん?」 その点、と、ジェリーは笑みを深める。 「ブリジットちゃんはしたたかね。 コムたんが女の子には強く出られないことを計算に入れて、業務を切り回してんだもの。 ・・・あぁ、もちろん、女の武器を使ってるとか、変な意味じゃないわよ?」 くすくすと笑うジェリーに、アレンは俯いたまま頷いた。 「・・・・・・僕、ずっとリナリーやミランダさんのこと、仲間だって言ってたし、言われてたけど・・・・・・」 「知らずに、隔意があったのかも知れないな」 ため息混じりに言ったリーバーにも、深く頷く。 と、アレンはすっくと立ち上がった。 「アレンちゃん?」 「僕、謝ってきます!」 すぐさま踵を返した彼の手を、ジェリーが掴む。 「お待ちなさい。 こういうことは、言葉だけで謝ってもダメなの」 「じゃあ、どうすれば・・・」 困り果てて、縋るような目で見つめるアレンに、ジェリーは莞爾と微笑んだ。 「後は姐さんにお任せ ジェリーがぱちりとウィンクすると、リーバーも立ち上がる。 「よろしくお願いします」 「ウフフ まーかせてーん 深々と頭を垂れたリーバーと、彼に倣ったアレンに、ジェリーは頼もしく頷いた。 「で? なんで俺、病棟から呼び戻されたんさ?」 未だ全身を包帯で覆われたラビが、不満顔で厨房に入って来た。 「俺今日は、姐さんに罰当番科せられる覚えないんケド」 「えぇ、もちろんアタシの罰当番じゃないわぁ。 だけど婦長から、アンタがナース達を放さなくて困るから、引き取ってくれって言われたのぉ 「えぇー!! せっかくのパラダイスから追い出されたんって、そんな理由さ?!」 天国から地獄、とぼやいたラビの額を、ジェリーが笑ってつつく。 「今日はいつもみたいな重労働はさせないわよぉ ちょっとアンタに、協力してもらいたいの そう言って、ジェリーはカウンターの向こう、食堂を示した。 そこでは相変わらず、距離を置いた二組が緊張感に満ちた時を過ごしている。 アレンから事情を聞いていたこともあり、容易にジェリーの目的を察したラビは、軽く吐息した。 「もー・・・ワガママ弟妹のことなんか知らんさねー」 「そう言わずに、協力しなさいよぉ。 姐さんからのお・ね・が・い 「・・・・・・プレゼントは別に用意してんだけど」 苦笑したラビは、しかし、すぐに頷く。 「なにすりゃいいんさ?」 「特に何も。 ここにいて、時々おしゃべりしてくれればいいのよん」 「・・・・・・は?」 ジェリーの目的がわからず、首を傾げるラビに微笑むと、彼女はカウンターから身を乗り出して、アレンとリーバーを呼んだ。 「なんですか?」 「アレンちゃん、ちょっと、お手伝いさんしてくれないかしらぁ? バイト代は弾むわよん 「あ・・・はい」 ウィンクしたジェリーに頷き、アレンはジャケットを脱いで彼女が差し出したエプロンをつける。 「リーバーも、今日は休暇なんでしょぉ? 部屋で爆睡するつもりがないんなら、お手伝いなさいな 「はぁ・・・まぁ、この状況じゃ眠れないんで、いいすけど・・・・・・」 ブリジットが聞けば、眉をひそめそうなことを呟いて、リーバーも白衣を脱いだ。 「リンクちゃんも、お願いできるぅ?」 アレンにぴったりと付き従っていたリンクにも声をかけると、彼はいかにも仕方ないと言いたげに吐息し・・・しかし、ごねもせずにエプロンをつける。 「なにを致しましょう」 しかつめらしい口調の問いに、ジェリーは笑って調理台を示した。 「リンクちゃん、アタシ今日のお誕生会で、アナタのケーキが食べたいわぁ にっこりとジェリーが言い放った途端、 「えぇっ?!そんな、料理長!!」 「俺らはっ?!」 「俺らせっかく、姐さんのために・・・っ!!」 仕事の合間合間に、敬愛する上司のためのパーティ料理を作っていたシェフ達が泣き縋る。 と、ジェリーは慈愛に溢れた手で、彼らの背を撫でてやった。 「心配しないでーん 今日のためにアタシ、ダイエットしたんだからぁん アンタ達のもちゃんといただくわよん♪ そ・れ・に・・・ 身を屈めたジェリーは、ひそりと彼らに囁く。 「ちゃんと状況を見なさいよ、アンタ達 アタシの目的はケーキじゃなくて、火消しよ」 笑みを含んだ声で言われ、納得したシェフ達が、涙を拭って立ち上がった。 「さぁさ じゃあみんなはお仕事に戻ってェん で、アンタ達はケーキ作りとお手伝いねん 「俺もっ?!」 皆が頷いた中で、一人だけ不満そうなラビに、ジェリーが笑いかける。 「アンタはここにいて、しばらく状況を見てなさいよ。 でも・・・どうせすぐに手と口を出したくなるわん 「なんさ、それ・・・」 「ハイ、始めっ!」 パン!と、ジェリーが手を叩くや、シェフ達は元よりリンクまでもがてきぱきと動き出した。 「ウォーカー! つまみ食いの隙を狙ってないで、早く手伝いなさい! リーバー班長、小麦粉を取っていただけますか!」 早速響き渡ったリンクの指令に、リーバーは辺りを見回し、白い粉の入った袋を取り上げる。 「これか?」 「あなたはパスタでも作る気ですか! ケーキには強力粉ではなく、薄力粉でしょう!!」 「そうなのか?」 どう違うんだ?と問うリーバーに、アレンは困惑げに首を傾げた。 「さぁ・・・? 僕、作る方はあんまり・・・・・・」 「まったく、役に立たない人達ですね! ウォーカー! 君はその辺をうろついていると、つまみ食いの隙を狙ってばかりですから、皿を洗っていなさい! 班長! 薄力粉はまだ見つかりませんか?!」 ヒステリックにアレンを追い立てるリンクに対し、リーバーは暢気に首を傾げる。 「うーん・・・全部同じに見えるんだが、どうやって見分けるんだ?」 「袋に書いてあるでしょうがッ!!」 「あぁ、なるほど!」 これか、と、リーバーが取り上げた新しい袋に、厨房中の視線が突き刺さった。 「既に開いている袋からお使いなさい!!」 皆が言おうと思っていたことを、何倍も激しい口調でリンクが怒鳴る。 「まったく、なんて役に立たない手伝いでしょうか! これならまだ、小娘の方がマシです!!」 「誰がマシだって言うのよ!!」 カウンターの向こう、憤然と声をあげたリナリーを、皿洗いのアレンがぎくりとして見遣った。 が、リナリーはアレンを見もせず、まっすぐにリンクを指差す。 「やかましく吠えてると思ったら、このいばりんぼ! 私のケーキをカオスだとか言う人のお手伝いなんかしないわよ!!」 「誰も手伝えなんて言っていないでしょう! 理解力の貧相な小娘ですね!」 ムッとして睨みつけて来たリンクを、リナリーは倍以上の眼光で睨み返した。 「貧相って言うな!! 私だってもっとおっきくなるんだからっ!!」 「誰があなたのまな板の話をしましたかッ!!」 「まな板って言うな二股わんこっ!!!!」 カウンターを挟んで怒鳴り合う二大怪獣の戦いを、さすがに放っておけなくなったミランダが駆け寄ってくる。 「待って・・・ちょっとお待ちなさい、二人とも・・・! 皆さんにご迷惑ですよ・・・!」 ミランダがおろおろと声をかけた途端、リンクはぴたりと口を閉ざして一礼した。 「失礼致しました、マンマ」 「なによっ! 一人だけイイ子ぶっちゃって!!」 「リナリー」 機関車のように湯気をあげていたリナリーは、ジェリーに名前を呼ばれるや口を閉ざす。 「・・・・・・・・・ごめんなさい」 思いっきりふてくされた顔で謝るリナリーに、リーバーが思わず吹き出した。 「・・・っなんだよ! 班長なんて、薄力粉と強力粉の区別もつかないくせに!」 聞こえてたよ、と、リナリーが憤然と腰に手を当てると、リーバーはカウンター越し、手を伸ばして彼女の頭を撫でる。 「じゃ、教えてくれよ、先生?」 全く区別がつかない、と、諸手をあげるリーバーに、リナリーはにこりと笑みを浮かべた。 「そこまで言うんなら、助けてあげるよ!」 機嫌を直したリナリーを厨房に迎えたリーバーは、何気ない風にミランダを見遣る。 「できれば姫も・・・アレ?」 しかしミランダは、つんっとそっぽを向いてしまい、リーバーは凍りついた。 その様にリンクが、ざまぁみろ、と、こっそり舌を出し、アレンはムッとして泡を飛ばす。 「っ何をするのですか、ウォーカー!」 「あ、ごめーん。飛んじゃったぁ?」 「わざとらしい・・・! 偶然で泡が両目と口めがけて飛んできますか!!」 「飛ぶんじゃないですかぁ?すごい偶然ですねっ★」 きゃは 「あぁら、変な顔 ぴん、と、ジェリーに鼻を弾かれ、リナリーはますます顔をしかめる。 「リナリー・・・」 アレンがしょんぼりとした声をかけるが、彼に対してはまだ許す気になれないらしく、リナリーはそっぽを向いた。 と、彼女が顔を向けた先にいたラビが、やれやれと肩をすくめる。 「リナ、早くリーバーに小麦粉取ってやれよ」 「う・・・うん・・・」 ラビに頷き、厨房の奥へと行くリナリーに微笑んだ彼は、その笑みをカウンターの向こうで手持ち無沙汰なミランダへも向けた。 「ミランダ、ヒマなんさ? 俺、今日のティータイムまだなんけど、久々にあんたのスコーンが食べたいさね 「え・・・・・・」 目を丸くした彼女を、ラビはひらひらと手招く。 「ジジィがあれ、気に入ってんさー なんなら、俺に作り方おせーてくれるんでもいいケド 「は・・・はぁ・・・・・・」 来い来い、と更に手招かれて、ミランダはおずおずと厨房に入った。 が、リーバーの傍らは素早くすり抜けて、ラビの元へ行く。 ちらりと笑ったラビは、リーバー達とは離れた調理台へミランダを誘った。 「ねーさん!ここ使うさねー 「いいわよぉ ミランダ、ドライフルーツの場所わかるわよね?」 「あ・・・はい・・・」 ジェリーにまで畳み掛けられ、ミランダは仕方なく頷く。 「じゃ、作り方おせーてさ 「は・・・はい・・・。 わ・・・私が作れるくらいですから、すごく簡単なんですけど・・・」 「そんなら、俺でも失敗せずに済むさね♪」 「・・・・・・そうですね」 くすりと笑みを漏らし、ミランダは小麦粉の袋を手にした。 「んっと・・・これ、薄力粉・・・ですよね?」 粉を被って見えにくい字を指で辿るミランダに、ラビが小首を傾げる。 「そっか。 ミランダ、英語は母国語じゃないもんな。 じゃあ、科学班の書類とか、すげぇ難しかったんじゃね?」 「え・・・えぇ・・・まぁ・・・・・・」 恥ずかしげに顔を赤らめ、頷いたミランダの背を、ラビが陽気に叩いた。 「専門用語だらけなんに、すげーじゃん! アレンなんて、英国人だけど読めないさね、あんなの!」 「しっ・・・失礼ですね! 僕だって一応、科学者の弟子ですよッ!!」 顔を真っ赤にして反駁するアレンに、ラビは笑声をあげる。 「ほんじゃお前、今から科学班行って、たまった書類のファイリングできるんさ?」 「・・・・・・・・・下手にいじったら、みんなに殺されそうでやだ」 しばらく考えてから言ったアレンは、手元の皿に視線を落とした。 「僕はお皿洗ってます」 「ホイ、がんばってさ にやり、と、笑った顔をリーバーへ向けると、彼は気まずげに眉根を寄せる。 「そんでミランダ? 材料は薄力粉の他、なんさ?」 「えぇ・・・バターと卵とミルク、お砂糖にベーキングパウダーとお塩を少し・・・あとは好きなドライフルーツやナッツを・・・」 「俺、クランベリーのが食いたいさ 言うやくるりと踵を返したラビは、忙しそうに働くシェフ達の間をすいすいと縫って、乾物の置いてある棚の前に立った。 「・・・・・・クランベリーって、どれさ?」 ラベルくらい貼ってあるだろうと思ったのに、そこに並んでいるのは透明な大瓶に入った数々の乾物だ。 「まぁ・・・ラビ君がわからないなんて、意外だわ・・・」 もたもたと厨房を渡り、ようやく棚の前に至ったミランダが思わず言えば、ラビは困惑げに肩をすくめた。 「イヤ、植物図鑑に載ってるような、生の果物の形ならわかるんけど、干からびちまったらほとんど匂いもしないから、どれがどれだかわかんないんさね」 色的にこれかな、と、手を伸ばしたラビに、ミランダは首を振る。 「それはラズベリーですよ。 クランベリーはこっち・・・っ!」 懸命に背伸びして手を伸ばしたものの、背が高いミランダでも、男性ばかりの厨房用に作られた棚は高すぎた。 「きゃっ!!」 手が滑り、棚から瓶を落としてしまったミランダは思わず目をつぶったが、いつまでも割れる音がしない。 恐る恐る目を開けると、すっと、無事な瓶が差し出された。 「困ったら言えよ」 「・・・・・・ありがとうございます」 瓶を取ってくれたリーバーと目も合わせず、早口に言ったミランダに、彼は気の毒なほど肩を落とす。 が、そんな彼に追い討ちをかけるように、リンクの声が刺さった。 「なにをボーっとしているのですか! チョコレートの湯せんは終わったのですか?!」 「あー・・・はいはい」 ヒステリックな声をうるさげに手で払い、小鍋にチョコレートの塊を入れたリーバーは、それをそのままコンロにかける。 途端、 「湯せんしろと言ったではありませんかぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 リンクのヒステリックな声が響き渡り、リーバーは目を丸くした。 「はぁ? 液状にするんなら、こっちの方が早・・・」 「分離するではありませんかっ! そんなことも知らないのですか、この役立たずッ!!」 遠慮ない暴言を浴びせられ、さすがにカチンときたリーバーが目を吊り上げる。 「っるっせぇよ!! だったら最初からそう指示しろ!!」 「だから『湯せん』と何度も言っているでしょおが!!!!」 怒鳴ればそれ以上の大音声で怒鳴り返され、思わず耳を塞いだリーバーは今にも焦げ付きそうな鍋を見下ろした。 「・・・湯を入れるのか? なんだ、ココアをつくればよかったんだな?」 「違いますよ!湯せんも知らないのですか、この無知ッ!!」 「悪かったな!! ケーキなんて作ったこたねぇんだよッ!!」 ぎゃあぎゃあと喚きあう二人を、なぜかジェリーが放置しているために、仕方なくリナリーが間に入る。 「もぉ・・・あんまりうるさくするとシェフ達に迷惑でしょ!」 言いながら、リナリーはボウルに湯を張って、リーバーから取り上げた小鍋を浸けた。 「こうやって、お湯の熱で溶かして・・・」 「ふん。 既に焦げていますから、随分と香ばしいチョコレートソースになるでしょうね!」 「くっ・・・! 陰険わんこ・・・・・・!」 悔しげにリンクを睨みつけるリナリーの肩を、リーバーが苦笑して叩く。 「サンキュ。 せっかく料理長の誕生日用に作ってんだから、うまい方がいいよな」 「そうよん おいしいの作ってねん 二人がかりでなだめられたリナリーが、頬を膨らませたまま頷いた。 「アレン君、これも洗ってて」 「あ・・・はい」 一瞬、アレンへの怒りも忘れたリナリーが差し出した小鍋を、アレンが嬉しげに受け取る。 と、 「待つさ。 そのチョコ、もったいねーからこっち入れるさね」 混ぜて焼いてしまえば同じ、と笑って、ラビは小分けしたボウルの一つにチョコレートを混ぜ合わせた。 「ラビ君・・・作り方、知ってるんじゃ・・・」 「うんにゃ? ナッツにチョコ混ぜたらうまそーだなって思ったダケ それに、どうせ焼くんなら香ばしい方がおいしいさね!」 「そうね・・・」 クスクスと笑って、ミランダも生地をこねる。 「ケド、これホントにこれだけでいいんさ? 材料全部ぶち込んで混ぜ合わせるだけ?」 「えぇ。 ただ、手早く混ぜ合わせないといけないから、力がないと難しいのだけど・・・」 「力仕事なら俺にもできるさー 粘土遊びみたい、と、大喜びで生地をこね合わせるラビに、ジェリーが吹き出した。 「アラアラ 英国じゃウサギも、お餅じゃなくてスコーンの生地をこねるのね 「材料があれば、餅だってこねるさねー 楽しげに次のボウルに移ったラビに、アレンが目を丸くする。 「ウサギってそう言う生き物なの?!」 「んなワケないさね。 野生のウサギが餅こねだしたら事件さ」 粉だらけの手を振るラビに、アレンはがっかりと肩を落とした。 「・・・ですよねー。 みたらし団子作ってくれるなら、1羽くらい飼ってもいいかな、って思ったんですけど・・・」 「どんな高知能生物さ!」 ラビが突っ込んだ途端、ミランダが声をあげて笑い出す。 「ご・・・ごめんなさい・・・! 生地をこねるウサギを想像しちゃって・・・・・・!」 くすくすと笑声を収められないミランダに、リンクが目を和ませた。 「さすがはマンマ、なんと素敵な発想でしょう!」 「いや・・・考えたの僕なんですけど・・・」 アレンがこっそり主張するが、当然ながら無視される。 「・・・ふん。 リンクの根性悪」 ぶつぶつと文句を垂れるアレンに、ラビが笑い出した。 「ウサギはいなくても、お前にゃもう、専用のパティシエがいるじゃん♪」 「あー・・・口うるさくて上から目線の鬱陶しいのがねー・・・・・・」 鬱陶しいのが、と、もう一度言ったアレンを、リンクが睨む。 「も・・・他に誰かいませんか、こんな上から目線じゃない、口うるさくもない、乱暴でもない監視役!」 「私だって君のような腹黒い子供、仕事でなければ監視などしません!」 しつこくぼやく彼にリンクが怒鳴るや、アレンの怒りも爆発した。 「だったらせめて、寝る時くらいは別室にしてよ!! 真夜中までぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ言いながら仕事してたり、寝入った所に帰ってきて明かりつけたり、明け方に起きてどっか行ったり、かと思えばすぐ戻ってきて僕叩き起こしたり!! おかげですっかり睡眠不足ですよ!これなんて拷問?!」 その点、と、アレンは洗物に哀しげな目を落とす。 「ブリジットさんなら必然的に別室じゃないですかぁ・・・! 夜くらい、一人でゆっくり寝たいよぉ・・・!」 ひぃん・・・と、哀しい泣き声をあげるアレンの背に、リナリーがそっと手を伸ばした。 「そ・・・そう言う理由だったんだね・・・・・・」 どこか気まずげに声を詰まらせたリナリーに、アレンは弱々しく頷く。 「だから・・・やましい気持ちなんてこれっぽっちもないんですって・・・! 監視役がブリジットさんなら、夜は一人で眠れるし、戦場にも連れてかなくていいし、コムイさんも解放されてリナリーも嬉しいかなぁって・・・・・・」 「そこまで考えてたの?」 ホントに?と、そこは疑わしげな彼女に、しかし、アレンはすかさず頷いた。 「もちろんですよ。 だってリナリーにとってコムイさんは、大事な栄養源でしょ? 僕、リナリーが元気な方がいいですもん」 それで自分がいぢめられても、と、引き攣った声音で言ったアレンを、リナリーは思わず抱きしめた。 「ごめんね、アレン君! 私、意地悪しちゃった・・・!」 「いいんですよ 嬉しげに頬を赤らめながら、アレンはちゃっかりと濡れた手袋を放ってリナリーを抱き止める。 その様に、ラビは乾いた笑みを浮かべてリーバーを見あげた。 「ホンットあいつ、そつがないってゆーか・・・」 「あぁいう状況判断のうまさはさすがだよな・・・」 さすがはクロス元帥の弟子、と呆れたリーバーの背を、ラビが粉だらけの手で叩く。 「ホレ、がんばれ年長者」 「・・・わかっちゃいるんだが・・・・・・」 ふぅ、とため息をついて見遣ったミランダは、相変わらず視線を合わせてくれなかった。 「・・・・・・・・・」 また、がっくりと肩を落としたリーバーに、ラビが苦笑する。 「すげぇ・・・! このリーバーが、しょげた犬みたいになっちまってる・・・」 「ふん、ハイエナが」 忌々しげに吐き捨てたリンクを、ラビは意地悪く見遣った。 「言っとくけど、ハイエナは結構狩りが達者で、むしろライオンがハイエナの仕留めたもんを横取りすんだからな、マユゲ 「私は横取りする者の象徴的存在として言ったのです。 実際の獣の習性など知りません」 「うわ、開き直ったさ、こいつ。 そもそも、お前の方が後から来たんに・・・」 いつもながらの鉄面皮、と呆れつつ、ラビはこねあがった生地をボウルから出す。 「ほれ、リーバー。 お前、料理はできんくても、型抜きくらいはできるだろ?」 「え? あぁ・・・多分」 「多分って!」 すっかり自信を失った風の彼に、リナリーが吹き出した。 「型抜きくらい、子供だってできるよ!」 「・・・そうなのか? けど、ここには生地を円形に削り出すようなもんは何も・・・」 「・・・削り出す?」 リーバーの謎の発言に、厨房にいた全員が首を傾げる。 と、リーバーは訝しげに眉根を寄せ、ラビがこねあげた生地を示した。 「これを、円筒形に成形するんだろ? ネジとか作る時みたいに、生地から円筒形に削り出す道具がいるんじゃ・・・・・・」 段々自信を失くして、声を小さくするリーバーに、全員が一斉に吹き出す。 「なにそれ、どんな技術?!」 「どんだけ効率悪いんだよ!」 「鉄と小麦粉の区別もつかないのですか、この狂科学者は」 「あのね、リーバー・・・! 型抜きってのは、伸ばした生地にこの・・・」 と、ジェリーは丸や花型の型抜きを調理台に置いた。 「型抜きを押し付けて、くり抜くことなのよ」 くすくすと笑いを抑えられないまま、言ったジェリーにリーバーが目を丸くする。 「なんて逆転の発想だ!」 「お前が逆転してんさ!!」 ラビが思わず突っ込むと、ミランダも堪えきれず、とうとう笑い出した。 「わっ・・・笑うなよ、門外漢なんだから!」 真っ赤になったリーバーの口からその言葉が出た瞬間、ジェリーの目が煌めく。 「あぁら? ミランダは科学班じゃ門外漢なのに、ちゃんとお手伝いできてるんでしょお? もちろん、リナリーもね?」 にこりと笑ったジェリーの、無言の指示を察して、ラビはリーバーの足を軽く蹴った。 「あ・・・あぁ・・・」 行け、と、声にならない圧力を受けて、リーバーがミランダの前に進み出る。 「ホント・・・よくわかったよ。 専門外の分野じゃ、手伝うことさえ大変なんだって・・・」 「まさか、型抜きを知らないなんて、誰も思わなかったわよぉ!」 話が深刻になりすぎないよう、絶妙の合いの手を入れたジェリーに、リーバーは感謝を込めて頷いた。 「なんか・・・いつも側にいるのが当然みたいになってた。 リナリーも」 「ようやく、私達のありがたみがわかった?」 ジェリーに倣って冗談めかしたリナリーが胸を張り、リーバーは顔をほころばせる。 「あぁ。 フェイ補佐官は有能なだけに、いつ他の部署に引き抜かれるか、ヒヤヒヤし通しだからな。 ご機嫌を損ねると、俺達の命に関わる」 「それで・・・あんなに崇めているんですか・・・・・・」 ブリジットへの過剰な信仰は、ただひたすら現世利益のためだったと、言外に断言したリーバーに、アレンが苦笑した。 「あぁ。 おかげでキャッシュなんて、女のくせにプロポーズしやがったからな。 一生一緒にいてくれなんて、普通、女が女に言うか?」 「・・・なんですって?」 目をまん丸に見開いたミランダに、リーバーは小首を傾げる。 「ん? だから、女が女に・・・」 「いえ!その言葉・・・キャッシュさんが言ったんですか?!」 「あぁ」 「そうですよ?」 ミランダの絶叫に、リーバーだけでなく、アレンも頷いた。 「キャッシュさん、ブリジットさんを押し倒さんばかりに抱きしめて、『一生一緒にいてぇぇぇぇっ!』って。 ねぇ、リナリー?」 「うん。 あれはすごかった」 リナリーまでもが頷くと、ミランダはきっとリンクを睨んだ。 「マユゲッ!!」 「ひっ!」 ミランダの叱声に、リンクが真っ青になって飛び上がる。 「あなた、リーバーさんがミス・フェイにその台詞を言った、と言いましたよね?!」 「あ・・・あの・・・・・・」 ミランダに詰め寄られたリンクは、尻尾を巻いて怯える犬のように壁に貼りついた。 「そ・・・その件に関しましては・・・」 レベル4アクマに四方を囲まれても、ここまで怯えはしないだろうと思うほどにぶるぶると震えたリンクは、いつも冷静な彼らしくもなく、脂汗を滴らせながら挙動不審に視線をさまよわせる。 「き・・・聞き間違い・・・で・・・」 「嘘おっしゃい!!」 「申し訳ありません!!」 雷に打たれたような恐怖に姿勢を正し、深々とこうべを垂れたリンクの前で、ミランダが仁王立ちになった。 「悪い子ね!!」 びしりと叩きつけられた声に、リンクだけでなくアレンやラビ、リナリーまでもが飛び上がる。 普段、気弱で声を荒げることなどないミランダだけに、怒ると誰よりも恐ろしく見えた。 怯えた猫のように、隅に固まってしまった子供達に苦笑し、ジェリーはミランダの肩に手を置く。 「まぁまぁ、リンクちゃんも反省してるみたいだしぃ。 そろそろ許してあげたらぁ?」 ジェリーのとりなしに、しかし、ミランダはきっぱりと首を振った。 「いけません! こう言うことは、しっかり叱らないと!」 きっと睨まれて、壁に懐いたリンクがえぐえぐとしゃくりあげる。 「・・・とり憑かれてもないのに本気で泣くリンクなんて初めて見た・・・!」 「監査官にも、生理現象として以外の涙があったんだね・・・!」 「こりゃ、血も赤いかもしんないさ」 「赤いだろ、そりゃ」 タコじゃないんだから、と、リーバーは猫だまりのように固まった三人に苦笑した。 「けど・・・ま、ちょっといい気味ではあるな」 ぽつりと漏らしたリーバーに三人も頷くと、ジェリーはやれやれと肩をすくめる。 「アンタ達は胸のすく思いでも、アタシ達は仕事場で騒がれちゃ困るのぉ! ホラ、ミランダ? もうこんなに泣いてるんだから、許してあげなさいよぉ。 そもそもリンクちゃんは、リーバーの心得違いを逆手にとって、大好きなマンマを独り占めしたかっただけなんだからぁ ねぇ?」 にこりと笑いかけると、リンクはこくこくと懸命に頷いた。 「だからって・・・!」 「そぉねぇ、やりすぎたことは認めるけどぉ」 小首を傾げ、ジェリーは笑みを深める。 「結局はアンタのためになったじゃない。 ね、リンクちゃん? アンタ、ミランダのために、リーバーのこと叱ったのよねぇ?」 「は?!いえ、私は決してそんな・・・」 意外すぎる解釈に、さすがに涙を払って首を振ったリンクを遠巻きに見て、アレンが深く頷いた。 「本気で叱ってたんですよ」 「陰険わんこだからねっ!」 リナリーも憤然と同意し、『ねー?』と、鏡合わせに首を傾げた二人の背を、ラビが笑って叩く。 「すっかり仲直りじゃんか、お前ら」 「だから、誤解だったんですって」 「アレン君は、ラビと違うからね!」 「おいっ!」 「ホラ! そこでもケンカしないのっ!」 ぽんぽん、と、ジェリーが軽く手を叩いただけで、ワガママな子供達は途端におとなしくなった。 「すげぇ・・・本物の魔法使いだ」 「魔法じゃないわ 唖然とするリーバーにくすくすと笑って、ジェリーはミランダの手を取る。 「ハイ アンタも許してあげて ミランダの手で、うずくまって泣くリンクの頭を撫でてやると、ミランダも表情を和ませた。 「仕方のない子ですねぇ・・・」 苦笑したミランダを、リンクが涙目で見あげる。 「マンッ・・・ぶきゃっ!」 ミランダに抱きつこうと立ち上がる前に、リーバーの足に踏みつけられて、リンクが無様な悲鳴をあげた。 「もっとしっかり反省しろ」 「こらこら・・・」 容赦なくリンクを踏みにじるリーバーを、たしなめようとしたジェリーの背後で、 「いいぞー 「もっとやれー と、子供達がはやし立てる。 が、 「コラッ!」 とジェリーに一喝された途端、また猫だまりと化した三人に、ミランダは苦笑した。 「ほんとに・・・ジェリーさんの言うことだけは聞くんですねぇ」 さすがはママンの威力、と感心するミランダに、ジェリーはくすくすと笑い出す。 「威力じゃないわよ、愛だって言ってるでしょぉん 言ってジェリーはまた、ぽんぽん、と、軽く手を叩いた。 「ハイハイ、もうケンカはいいからアンタ達、早く作ってしまいなさい!」 「はぁい!」 「姐さんのケーキはまだお預けだけど、俺のスコーンはティータイムにみんなで食おーぜー 「ミランダさんの、でしょ」 手袋をつけ、皿洗いに戻ったアレンが、張り切って型抜きをするラビに肩をすくめる。 すると早速チョコレートを湯せんしていたリナリーも、まだ隅でいじけるリンクを追い立てた。 「ほら、陰険わんこ! コーティング用のチョコレート、湯せん終わりましたよ? 早くケーキ作っちゃって!」 「こっちの型抜きはどうすんだ?」 ボウルに入ったままの、液状のケーキ生地を指すリーバーに、リナリーが明るい笑声をあげる。 「ケーキは型抜きしなくていいんだよ!」 険悪な空気など最初からなかったかのように、和やかに作業をする彼らを、ジェリーは慈愛に満ちた目で見つめた。 ―――― その頃、食堂から離れた場所にある修練場では。 リンクを病棟に放り込むや、まっすぐにここにやって来た神田が一人、静かに座禅を組んでいた。 彼は病棟を出た後の出来事や、状況の変化などは知らず、一見、端然とそこにいる。 が、その心中は決して穏やかではなかった。 いつ襲われても避けられるように、神経を尖らせていたのは1時間ほどで、今はイライラと辺りの気配を窺っている。 「リナリー・・・あいつ・・・」 今頃どこかで、ぴぃぴぃとやかましく泣いているのじゃないかと思い、耳を澄ましてもみた。 ―――― が、部屋の外には暴走娘の足音すら聞こえない。 「まだ相談に来ないのかよ・・・!」 とうとう痺れを切らし、神田は忌々しげに舌打ちした。 ・・・その後、日暮れ後に始まったパーティは、団員全員から慕われる料理長の誕生日パーティとあって、誰よりも豪華なものになっていた。 それもそのはず、彼女を最も慕うシェフ達が、それぞれに腕を凝らすために、テーブルには世界中の様々な料理が並び、アレンなどは『毎日ジェリーさんの誕生日ならいいのに』と、目を輝かせている。 「それはさすがに大変じゃないさ?」 今にもつまみ食いしそうなアレンの襟首を必死に掴み、ラビが苦笑した。 「こンだけの材料、揃えるだけでも一苦労さね」 「そぉねぇ・・・ あの子達ったら、随分腕を上げちゃって・・・!」 感無量と、アレンとは別の視点でジェリーが並べられた料理を眺める。 「かんばってみんなの分、味見しないとねぇ だから、全部一人で食べちゃダメよん、アレンちゃん 「はい・・・・・・」 言葉通り、ご馳走をお預けされたアレンが、しょんぼりと肩を落とした。 「さすが姐さん この獰猛なドーブツを一言でおとなしくさせるなんて、クラウド元帥並の猛獣使いさ おかげで抵抗力はなくなったが、まだ安心できないとばかりにアレンの襟首を掴んだままラビが笑うと、ジェリーも笑ってラビの頭を撫でる。 「アンタだって、今日はさすがの順応力だったわよぉ ね? アンタをキッチンに置くだけで、全部丸く収まったでしょ 「ホント・・・置物にされた時は、なんのことかと思ったケド。 ・・・そーいやアレン、俺まだ、リナとの仲を修復してやったお礼を聞いてないさね」 襟首を掴むのに飽きたラビが背に負ぶさってやると、アレンは逃れようとじたじた暴れた。 「・・・っだって功績はジェリーさんでしょ」 ちっとも剥がれないラビを諦めたアレンが、息を整えながらぼやくと、ラビの腕が首に絡み、締め上げてくる。 「きゅー!!きゅぅぅっ!!」 新種の子豚のような泣き声をあげたアレンは、少しだけ力の緩んだ腕に縋って『ごめんなさい』と『ありがとうございました』を連発した。 「おぉ さすが、姐さんが側にいると、素直さが段違いさねー♪ 科学班の奴らは女神と添い遂げたいらしいケド、俺は姐さんがいいさ 「えぇー!! 僕だってジェリーさんがいい!!」 「アラアラ ジェリーが嬉しげに頬を染めると、三人の傍らでコムイの登場を待つリーバーが、軽く首を傾げる。 「そのことなんだが・・・いっそのことあの人、室長と結ばれてくんねぇかな」 「はっ?!ナニ言ってんさ、お前!」 「そ・・・それはさすがに・・・!」 「アンタ・・・自分の仕事楽にするために、ブリジットちゃんの人生、台無しにする気ぃ?!」 リーバーの爆弾発言に目を丸くする三人の背後で、しょげておとなしくしていたリンクが目を吊り上げた。 「なんと恣意的なことを言うのでしょう! 早速マンマにご注進申し上げなければ!!」 ぐりっと踵を返したリンクは、踏み出そうとした足を慌てて引き戻す。 「フェ・・・フェイ補佐官・・・!」 ぎくっと、身を強張らせたリーバーの前に進み出たブリジットは、彼を冷静な目で見上げた。 「せっかくのお申し出ではありますが、私はルベリエ長官の後妻狙いですから、ご遠慮申し上げます」 「え・・・・・・・・・・・・?!」 「冗談です」 石化した男達を冷たく見回し、ブリジットは手にしたファイルを開く。 「では、用件に移りますがよろしいですか、リーバー班長?」 「あ・・・はい」 「お休みの所申し訳ありませんが、朝にお願いしました、メンバーのローテーションにつきまして・・・」 「はい、その件ですが、プロジェクトの全員が休むと業務が回らなくなりますので・・・」 メンバーリストを見ながら、面倒な仕事の話に入ってしまったリーバーにため息をついたアレンのお腹が鳴った。 「コムイさん、早く来ないかなぁ・・・」 「女神が来たんだから、もうそろそろ来るだろ。ホレ」 ひょい、と、ラビが入口を指した途端、コムイが泣きながら飛び込んでくる。 「ジェリぽぉぉぉぉん!!!!遅くなってゴメンねええええええええ!!!!」 付近にいた団員達を吹っ飛ばしてジェリーに駆け寄ったコムイは、彼女に抱きついて激しくしゃくりあげた。 「も・・・地獄の女神がボクを出してくれなかったの!! 怖いんだよ、ホントに!! ヘカテだって、彼女に比べたらずっと優しいよ!!」 大声で泣き喚くコムイの発言に、その場にいた者達が全員、石化する。 「・・・ふぇっ?どうしたの、ジェリぽん・・・」 慰めてもくれないジェリーを訝しく思い、顔をあげたコムイは、リーバーの身体の向こうから、冷たく睨んでくる目と目が合って凍りついた。 「・・・っ・・・・・・なんてぇ・・・・・・・・・冗・・・談・・・・・・っ・・・冗談・・・・っ・・・・・だから・・・っ・・・・・・ね・・・っ・・・っ・・・ミズ・ヴェイっ!! 冗談です!!冗談ですからホント!!お茶目な冗談なのっ!!!!」 錆びついた鉄人形張りにぎこちなく言い訳していたコムイが、ブリジットが一歩踏み出した途端、引き攣った悲鳴をあげる。 「きききっ・・・厳しいのはみんなの為なんだよねっ! ウン!わかってる!わかってるからミス・フェイ!! ボクがんばるからっ! みんなのためにがんばるからッ!! 一人はみんなのためにっ!ネッ?! わかってる・・・わかってますっ・・・わかってますからっ・・・・・・! みんなボクを助けてえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」 ブリジットが一歩踏み出す毎に悲鳴をあげるコムイを、皆が凍りついたまま見守っていると、完全に逃げ腰の彼に彼女はファイルを差し出した。 「もちろん私は皆さんのため、業務を円滑に遂行するため、励んでおります」 「は・・・はい・・・・・・」 震える手で差し出されたファイルを受け取ったコムイは、がくがくと頷く。 「ゆえに、皆さんの健康のためにも、室長にはがんばっていただかなくては」 きれいにマニキュアを施した爪がファイルを指し、開くように促した。 激しく嫌な予感を覚えつつ、ファイルを開いたコムイは、書面に目を落とした途端、顎までも落とす。 「皆さんの、休暇ローテーションですわ」 科学班第一斑のメンバーリストはプロジェクトごとにきれいにまとめられ、一目で誰がいつ休むのかがわかるようになっていた。 が、そのトップにあるコムイの名前は、整然と並んだ文字の中にあって、恐ろしいほど乱暴な線で消されている。 「ミミミ・・・ミス・フェイ・・・ッ! こ・・・これってもしかして・・・・・・!」 「皆さんのためにお仕事される室長に、お休みは必要ございませんでしょう」 さらりと涼しい顔で言った彼女に、コムイはもう何も言えず、立ったまま白目を剥いた。 「コ・・・コムたん・・・・・・」 口は災いの元、と言う言葉を、身をもって皆に知らしめたコムイを、ジェリーが気遣わしげに見つめる。 だが、 「・・・レディに無礼なことを言うからですよ」 「コムイもさ、アレンのナンパっぷりを、少しは見習えばいいのにな」 アレンとラビの呆れ声に、団員達の石化が解け、皆が乾いた笑みを浮かべた。 「じゃあ・・・室長が灰になっちまったから、副料理長に乾杯をお願いしましょうか?」 リーバーが苦笑すると、ジェリーも笑って肩をすくめる。 「そうねん・・・。 コムたんは、起きるまで隅で寝かせてましょ」 くすくすと笑ったジェリーに、副料理長が恭しくグラスを差し出した。 「ではっ・・・!」 城中から集まった大勢の団員達の前に立ち、緊張した副料理長の声が裏返る。 失笑はしかし、飛び込んで来た・・・と言うより、逃げ込んできたリナリーと、獰猛な獣のように彼女を追い立てた神田の迫力の前に飲み込まれた。 「どっ・・・どぉしたのっ?!」 まっすぐジェリーに駆け寄り、その背中に隠れてしまったリナリーを、神田が凄まじい目で睨みつける。 「てめぇ!!なに隠れてやがる!!」 「だってっ!!神田怖いッ!!」 とは言いながら、リナリーはケラケラと笑声をあげた。 「ねぇねぇ、ジェリー、聞いて! 神田ったら、ずっと修練場にこもって何してるのかと思ったらねぇ・・・」 「てめぇ!! それ以上言ったらブッた斬るっ!!」 「やれるもんならやってみなよっ! でね、ジェリー きゃあきゃあとはしゃぎながらジェリーを中心に追いかけっこをする二人の襟首を、彼女は慣れた手つきで掴んでつまみあげる。 「ホラ、イイ子にしなさい、アンタ達! まだ乾杯が終わってないのよぉ?」 「あ、そっか! じゃあ、乾杯が終わったら話してあげるよ 「ふざけろてめぇ!!」 「神田? お蕎麦食べたかったら、おとなしくするの」 言うや、神田が途端に抵抗をやめたことに、会場中から感動の拍手が沸いた。 「すげぇ!! さすが魔法使い!!」 「姐さん、カッコイー!!!!」 湧き上がる歓呼の声に手を振って答えていると、観衆をもたもたと掻き分けて、ミランダとクロウリーもやってくる。 「ま・・・間に合いました・・・か・・・?」 「ミランダ! クロちゃんも、遅かったじゃないさ」 へらっと笑って迎えたラビを、ミランダとクロウリーはムッとして睨みつけた。 「ラビ君・・・! アレン君も、自分達で計画したんですから、最後までやってください・・・」 「バラ園から運ぶの、大変だったであるよっ!」 「バラ園?」 身体中に葉や花びらをつけたミランダとクロウリーにジェリーが首を傾げると、ラビが笑って彼女の背を叩く。 「部屋に戻ってのお楽しみさ 俺とアレンの分は、とっくに終わってんだからいいんさー」 「監督くらいは欲しかったであるよっ!」 ぶつぶつとこぼしつつ、クロウリーは手近のテーブルからグラスを取り、ミランダに差し出したが、彼女には既に、リーバーとリンクがグラスを差し出して、互いに睨みあっていた。 「・・・遠慮しろよ、叱られわんこ」 「あなたこそ、いい加減になさい」 めらめらと対抗心を燃え立たせる二人にうんざりと吐息したアレンが、副料理長の袖を引く。 「もう・・・始めましょーよぉー! 僕、おなかすいたぁ・・・!」 すっかり元気をなくした彼に苦笑し、咳払いした副料理長が、改めてグラスを掲げた。 「では! 我らが敬愛する上司にして、城の中心であるかまどの魔法使いに!」 「Happy Birthday!」 副料理長の声に全団員が唱和し、祝辞が城中に響き渡る。 「ありがとーん 頬を染め、嬉しげにグラスを掲げたジェリーに、更に拍手が送られた。 「兄さん、なんで寝ちゃってるの?仕事疲れ?」 乾杯も一段落して、テーブルに走っていったアレンとは逆に、リナリーは会場の片隅に置かれたソファで白目を剥くコムイに駆け寄った。 不安げな彼女に、リーバーが苦笑して首を振る。 「失言の結果だ」 「失言・・・・・・」 ブリジットが原因と知らないリナリーは、きっとコムイがジェリーに失礼をしたのだろうと、口をつぐんだ。 「コムたんはしばらく寝かせてあげてればいいから、アタシはアンタ達のケーキを味見しましょうか?」 ジェリーがくすくすと笑うと、リナリーは少しほっとしたような顔になって、大きく頷く。 「今日のはね! 途中で陰険わんこが使い物にならなくなったから、リナリーと班長ががんばったんだよ!」 「知ってるわよ、見てたんだから こぶしを握って主張するリナリーに、ジェリーがまたくすくすと笑い出した。 「アンタはともかく、リーバーの初めてのケーキって、興味あるわぁ からかうように言うと、彼は至極まじめな顔で頷く。 「最初からレシピを確認して、材料と手順と火加減と、寸分の違いもなく作ってますんで、食える物ができているはずです」 「・・・そうね。 オーブンに温度計突っ込んだ人、生まれて初めて見たわ、アタシ・・・」 料理人であれば、経験で覚える温度やタイミングだが、リーバーは厨房に温度計とストップウォッチを持ち込み、機械でも作るかのように精密に調理をしたのだ。 「まったく見事な腕前だった・・・けど・・・・・・」 なぜだろう、レシピと寸分違わぬものができているはずなのに、製作過程を見てしまうと、酷く味気ないものに見える。 「お褒めに預かりまして♪」 「褒めてないわよ・・・」 乾いた笑みを浮かべて、ジェリーはご馳走に夢中なアレンとラビを見やった。 「楽しそうに生地をこねてたラビのスコーンの方が、おいしかったかもねん」 惜しいことをした、と、口の中で呟いたジェリーの手を、リナリーがぐいぐいと引く。 「早く早く!! シェフたちのお料理には、どうしたって勝てないんだから、一番最初に味見してよね!」 「ハイハイ 「俺からもお願いします。 手順は味気ないけど、その・・・俺の心得違いを諭してくれたことや、ミランダの怒りを収めてくれたことへの感謝は十分こもってますから」 「そうねん!」 恥ずかしげに顔を赤らめたリーバーに吹き出したジェリーは、初心者にしては十分な出来栄えのケーキを満足げに頬張った。 その後は・・・。 毎年恒例とも言うべく、部下達が自身の腕前を惜しげもなく披露した料理の数々に、アレン共々大満足のジェリーだった。 そしてパーティが終わった後も。 部屋に満たされた色とりどりの花々に迎えられ、この城に住むかまどの魔法使いは、幸せな気分で眠りに就いた。 ―――― 古いお城のかまどには まほうつかいがすんでいる。 ほっこりおいしいごはんをつくってくれる まほうつかいがすんでいる。 Fin. |
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2009年ジェリー姐さんお誕生日SSでした これはリクNo.54『ミランダ&リナリーvsリーバー&アレンの喧嘩』を使わせてもらっています★ 普通に書こうと思っていたんですが、この二組の喧嘩の収拾、誰がつけられるのよ、と考えた結果、神田さんとラビだけじゃ力不足だろうなぁと、姐さんのお力を借りました(笑) ラビは一人だと空気ですが(笑)、強い人とタッグを組むと、それなりに役に立つんだよ、と(笑)>なにその微妙な存在感。 ・・・そう、あれですよ。 本は、読者がいないとただの物質、ってのと同じですよ。>うまいこと言ったつもりか。 |