† KaleidoscopeT †
〜 Girls Talk 〜
冬枯れた庭に、今年最初の雪が薄く積もっていた。 色褪せてもまだ枝に残る葉を白く覆う結晶の美しさに、キャッシュは目を輝かせて見入る。 と、寒風に満ちた庭にいつまでもしゃがみこむ彼女をいぶかしんだのか、回廊を渡るリナリーとミランダが、不思議そうに声をかけた。 「どうしたの? なにか珍しいものでもあった?」 と、キャッシュは勢いよく立ち上がり、興奮気味に何度も頷く。 「雪!! 雪が積もってんの!!」 「雪・・・」 キャッシュがまんまるい指で指す先を見て、ミランダが困惑げに首を傾げた。 「そんなに珍しいかしら・・・?」 冬になれば雪に覆われる国で生まれ育ったミランダにとっては、それが珍しいことだとは思えない。 が、キャッシュは子供のようにはしゃいで、また何度も頷いた。 「だって、南米支部は熱帯にあるんだもん! 標高の高い所ならともかく、こんな平地に雪なんて降らないよ!」 「あぁ、そういうこと・・・!」 キャッシュの言葉に、リナリーが手を打つ。 「南米支部長が、冬になると大した用事でもないのに来るから、なんでだろ、って思ってたんだ!」 長年の疑問が解けて、リナリーは大きく頷いた。 「本部に来れただけでも嬉しいのに、こんなのが見られるなんて、がんばった甲斐があるってもんだよ!」 「ふぅーん・・・」 キャッシュの興奮に、いまいち同調できないリナリーとミランダが生返事をする。 その時、吹き抜けた寒風に三人はぶるっと震え上がった。 「寒っ・・・!! ねぇ、寒いよ、キャッシュ! 風邪ひいちゃうよ?!」 「そっ・・・そうですよ! ただでさえキャッシュさん、お忙しくて体力の限界なんですから、風邪なんかひいたらこじらせますよ・・・?」 言うや、回廊に逃げ込んだ二人がパタパタと手を振ってキャッシュを手招く。 「あったかいとこいこ!あったかいとこ!!」 ぴょこぴょこと飛び跳ねながら言うリナリーを、キャッシュは呆れ気味に見遣った。 「どこよ?」 苦笑して問えば、ミランダがおっとりと頷く。 「私達、食堂に行くところだったんです」 「ジェリーから美味しいパイを焼いたよって連絡が来たところなんだ! お茶しよ、お茶!」 今にも駆け出しそうなリナリーに、しかし、キャッシュは笑って首を振った。 「ごめん。 あたし今、食堂から出てきたんだよ。 料理長のごはんがおいしいから、ついつい食べすぎちゃって、お腹いっぱい・・・!」 ぽんぽん、と、膨らんだお腹を満足げに叩いてみせると、リナリーはいたずらっぽく笑う。 「大丈夫だよ! 女の子には、別腹って言う第2の胃があるんだから!」 いこ!と、再び言った彼女に、キャッシュはまた首を振った。 「料理長のパイは惜しいけど・・・心っ底惜しいんだけど・・・!!」 こぶしを握り、振り絞った声があまりに苦渋に満ちて、さすがのリナリーが唖然とする。 「仕事たまってんだ・・・早く帰って片づけないと、あたし・・・・・・」 ふぅ、と、キャッシュが吐息すると、何かを指折り数えていたミランダが、大きく頷いて手を打った。 「明日と明後日、キャッシュさんはお休みの日でしたね」 「・・・あ、そっか。 今日は業務調整の日か・・・・・・」 がっかりと落としたリナリーの肩を、歩み寄ったキャッシュが大きな手で叩く。 「そうそう、明日から2日!2日もお休みもらえるんだよ、あたし♪ だから今日は引継ぎと、今抱えてるもんの区切りつけとかないとね! 超特急でかたづけなきゃ、休日出勤になっちゃうよ!」 それは困る!と、バタバタ手を振るキャッシュに、ミランダが柔らかく微笑んだ。 「前日が忙しくなってしまうのは大変ですけど・・・リーバーさんとブリジットさんで組んだローテーションが、きちんとまわってるみたいで良かったです」 補佐官の名前に、リナリーがやや顔を強張らせたが、キャッシュは笑い飛ばして両手にこぶしを作る。 「過労死確実って言われる本部科学班で、2日も休めるなんてすごいことだよ!! フェイ補佐官、万歳!!!!」 歓声をあげてこぶしを振り回すキャッシュを、リナリーが頬を膨らませて睨んだ。 「なんだよキャッシュまで! そんなにあの意地悪魔女がいいわけ?!」 キャッシュに抱きつき、ぷにぷにした腹に不満顔をうずめたリナリーに、キャッシュとミランダが苦笑する。 「相変わらず・・・仲悪いねぇ」 「ジェリーさんのお誕生日にも・・・ケンカしていましたからねぇ・・・」 一方的に、とは、優しさと気遣いから言わないが、コムイを巡るリナリーと補佐官の戦いは、リナリーが圧倒的に不利だった。 が、そう言うミランダもあの日、ブリジットに対して隔意を持ったのは同じ。 「まぁ・・・リナリーちゃんが彼女を嫌うのも、無理はないと思いますけど・・・」 周りの様々な思惑があったとはいえ、諍いを起こしたことは、ブリジットにも責任のあることだと思っていた。 しかしキャッシュにとっては、彼女が有能な補佐官で、過労死寸前の過密スケジュールで働く科学班スタッフの健康を気遣ってくれたことは事実だ。 「ま、厳しい人だってのは認めるけど、過労死まっしぐらな職場を改善してくれたことには感謝しなくちゃね!」 と、女のくせに、ブリジットに求婚まがいのことを言ったキャッシュの心酔ぶりに、ミランダは苦笑しつつも頷いた。 「そうですよね。 2日間もお休みいただいたおかげで、リーバーさんも大分回復しましたもの」 さりげない隔意が見える発言だったが、リナリーは気づかない。 「ミランダまで寝返った!!」 と、キャッシュの腹から顔をあげるや、盛大に頬を膨らませた。 「あの人、みんなにはお休みあげたくせに、兄さんにはくれなかったんだからね! なんて意地悪なんだ!きっと、兄さんをいじめて楽しんでるんだよ! あの人のせいで兄さん、泣いちゃったんだからね!!!」 懸命に訴えるが、キャッシュもミランダも、それには黙って視線をそらす。 その態度に『自業自得』の幻聴を聞き取って、リナリーは今にも湯気をあげんばかり にむくれた。 「ま・・・まぁ、そんなに怒らないで・・・ね?」 びくびくと顔色を窺うミランダから顔をそむけ、リナリーはまたキャッシュの腹に顔をうずめる。 「ちょっと・・・いい加減、放しなよー」 「一緒にお茶したら放してあげる」 ワガママ姫の言い分に苦笑したキャッシュがミランダを見遣ると、彼女は頷いてリナリーの背中を軽く叩いた。 「キャッシュさんが休めなくなってしまいますから、解放してあげましょう?」 「やだー・・・!」 顔をうずめたまま、ぐりぐりと首を振るリナリーに、ミランダは困ってしまう。 「早く助けてよ」 くすくすと楽しげに笑うキャッシュに、困り顔だったミランダはぽん、と手を打った。 「・・・そうだわ、リナリーちゃん! 明日はキャッシュさん、お休みなんですから、今夜のお泊り会にお招きしたらどうかしら?」 途端、顔をあげたリナリーの表情が明るくなる。 「そうだね! キャッシュはいつもお仕事で忙しかったから、誘ったことなかったもんね!」 細腕には意外な膂力で、ぎゅう、と締め上げられたキャッシュは、慌ててリナリーを引き剥がした。 「・・・っ何?何の話?」 昼食を危うくリバースしそうになった、と睨みつけるキャッシュに、リナリーは悪びれもせず笑う。 「お泊り会だよ ミランダが入団した頃からやってるんだけど、私達とかナースの姉さん達とか、女の子同士で集まって、朝までパジャマパーティーするの 「パジャマパーティ?」 聞き慣れない言葉にキャッシュが首を傾げると、ミランダが楽しげに頷いた。 「女性同士の交流会です。 教団って女性が少ないですから、集まりやすいでしょう?」 「へ?!あ・・・そうだね、そう言う考え方もアリか・・・」 逆転の発想に感心したキャッシュに、ミランダが軽やかな笑声をあげる。 「それに、自分の仕事のためにも、他の班の人達とは情報が共有できた方がいいじゃないですか 「はぁ・・・まぁ・・・」 そんなもんだっけか、と、疑わしげなキャッシュに、リナリーが何度も頷いた。 「そうだよ! プライベートなこととか、お仕事の愚痴とか、色々おしゃべりするの!」 女の子だけで、と、リナリーが楽しげに笑う。 「今日はアレン君のお誕生日になにするか、ってテーマだったのに、みんな忙しくて集まれなくて、私とミランダだけだったんだぁ・・・。 だから、キャッシュが来てくれるとうれしいなぁ ぴょんぴょんと、はしゃいで飛び跳ねるリナリーに微笑んだミランダが、その笑みをキャッシュにも向けた。 「急ですけど、ご予定はいかがですか? 休暇中、お忙しいなら仕方がないですけど、もし空いているようでしたらぜひ。 エミリアさんも、ティモシー君をうまく寝かしつけられたら来るっておっしゃってましたし、私もキャッシュさんとお話したいわ おっとりと言うミランダに、しかし、キャッシュは小首を傾げてしまう。 「うん・・・明日は一日寝てる気だったから、予定は大丈夫なんだけど、仕事が終わるのは真夜中過ぎだよ? それでもいいの?」 「もちろん!」 二人ははしゃぎ声を揃えた。 「今夜はミランダのお部屋でやるからね! お菓子とか、ジェリーにお願いしてたっくさん用意しておくから! キャッシュはお仕事が終わったら、パジャマで来てね♪」 ぴょんぴょんと嬉しげに飛び跳ねながら、リナリーはキャッシュの両手を掴んで振り回す。 が、 「リッ・・・リナリーちゃん、キャッシュさんの腕が抜けちゃう・・・!」 真っ青になったミランダに言われて、気まずげに動きを止めた。 「リナ・・・あんた、あたしを殺す気か!!」 「ご・・・ごめんなさい・・・!」 加減を知らないエクソシストから、恐々と歩を引いたキャッシュの腕がまだ、しっかりついていることを確認して、ミランダがほっと吐息する。 「病棟には行かなくていいみたいですね」 「なんとかね!」 じろりと睨んでやると、リナリーは身を縮めてもう一度『ごめんなさい』を言った。 その様が怯える小動物のようで、思わず吹き出したキャッシュは、リナリーのうな垂れた頭をかきまわした。 「じゃあ、後で料理長のパイを科学班に持っておいでよ! それで許してあげる 「・・・うんっ!」 途端に表情を明るくしたリナリーにまた笑い、キャッシュは彼女の頭を撫でていた手をひらりと振る。 「じゃ、後でね」 「うん! ジェリーのパイ、持ってくね!」 それぞれ別の方向へと踵を返し、キャッシュは今日中に仕事を片づけるべく、科学班へと向かった。 「パジャマパーティーねぇ・・・。 南米支部にいた時は、考えられなかったけど・・・」 そんなのがあるんだ、と、感心しつつ庭に面した回廊を渡る彼女の目の端には、今まで見たこともない冬の風景が写る。 正直、寒さは堪えたが、こんなにもきれいな風景が見られるのならば、曇天も悪くない気がした。 と、庭を眺めながらゆっくりと歩を進めていた彼女に向かって、駆けて来るものがある。 寒風に吹き寄せられた毛玉かと見えるそれは、今年生まれたばかりの仔犬だった。 「あら、あんたどーしたのさ。 寒いから小屋にいたんじゃないの」 しゃがみこんで話しかけると、仔犬はまだ短い尾を懸命に振って、雪化粧された庭を駆けては戻って来る。 「そっか、あんたも雪が好きなんだ」 キャッシュの言葉がわかるのか、機嫌よく吠えた子犬は、また庭を一巡りしては戻ってきて、キャッシュも遊ぼうと誘った。 しかし、 「ごめんごめん。 あたしはまだ仕事があるんだよ。 相手は出来ないけど、あんたは好きにあそんどいで」 そう言って、まだ丸い頭を撫でてやれば、残念そうに見あげる。 「もう・・・そんな顔されてもさぁ・・・」 困惑げに周りを見回したキャッシュは、回廊の向こう側、金色の尻尾がひらひらと渡っていくさまを鋭く見つけた。 「おーい!! リンク監査かーん!!」 「・・・なんですか?」 庭を挟んで、回廊の向こう側から答えたリンクの影から、アレンも顔を出す。 「あ、アレンも! ねぇ、この仔と遊んでやって!」 「はぁっ?!あなたは一体・・・」 なんのつもりだ、と叱りつけようとしたリンクを押しのけ、アレンが庭に出てきた。 「ふかふかだー この仔、キャッシュさんのわんこですか?」 喜んで仔犬を抱き上げたアレンに、キャッシュは首を振る。 「あたしがここに来た時、なんでか懐かれちゃってさ。 どっかにママ犬がいるはずなんだけど、子供達が遊びに行くのには寛容らしくて、あちこちで見かけるんだよね。 一通り遊んでやったら勝手に帰っていくから、しばらく相手してあげて」 「りょーかいです 快く引き受けたアレンに手を振って回廊に戻ったキャッシュは、早速仔犬と追いかけっこを始めたアレンとリンクに微笑んだ。 「まったく優しいね、ここの男どもは」 南米支部にはいなかったかも、と呟いて、キャッシュは首を振る。 「違うか。 あたしが拒んでたんだ」 再び回廊を科学班へ向かう彼女とすれ違うのは、そのほとんどが男性だった。 そもそも女性が少ない黒の教団だが、中でも科学班にはほとんど女性研究者がいない。 それは、教団が女性に対して門戸を閉ざしていると言うことでは決してなく、事実、女性でありながら北米支部長となったレニー・エプスタインのような例もあった。 が、彼女のような名家出身者であればともかく、女が学校へ行くことすら稀なこの時代、ほぼ完璧な男社会である研究開発部門で、女が一人前の科学者となるのは並大抵のことではない。 兄の影響で研究者を志したキャッシュは、彼を追って黒の教団に入団し、南米支部に配属されたが、『女だから』と侮られるのも遠慮されるのも嫌で、それこそがむしゃらに働いてきた。 ためにミランダの言う、『女性同士の交流会』とは縁がなかったし、他班の女性団員と仲良くして情報を共有するなど思いもよらなかったが・・・。 その時ふと、一人の女の顔が脳裏に閃いて、キャッシュは顔を歪めた。 「あ〜〜〜〜! なんか嫌なこと思い出した!!」 突然雄叫びをあげた彼女に、回廊を渡る団員達が飛び上がる。 が、びくびくと怯えた目に構わず、憤然と足を早めたキャッシュは、科学班の扉を勢いよく開いた。 ――――・・・その夜。 真夜中を過ぎ、暗い廊下をそっと渡ったキャッシュは、細く明かりの漏れる部屋のドアをノックした。 「はぁい ミランダの部屋のはずだが、ドアからはリナリーが顔を覗かせる。 細い身体にぴったりと添う、黒のパジャマは彼女によく似合って、人懐こい黒猫のようだった。 ただしそれがきつく見えないのは、袖や裾、胸元についた白いフリルと、各所を彩る梅の花に似た飾りのせいだろうか。 いや、と、キャッシュは思わず微笑んだ。 彼女自身の愛らしさが、どんな飾りよりもその身を彩っている。 「キャッシュ お仕事お疲れ様〜 はしゃいだ声をあげて、懐こい黒猫はキャッシュの腹に顔をうずめた。 「・・・おい。 なにやってんの、あんたは」 何かといえばくっついてくるリナリーを見下ろすと、彼女は顔をあげてにこっと笑う。 「だって気持いいんだもん! さすがに、タップには出来なかったからなぁ・・・!」 兄さんが怒る、と、また顔をうずめたリナリーを、ミランダが羽交い絞めにしてずるずると引き離した。 「ご・・・ごめんなさいね、キャッシュさん」 リナリーの背後から顔を出したミランダは、リナリーとは対照的な白のネグリジェで、シンプルなデザインながら、共布でさりげなくレースがあしらわれている。 団服は多く、科学班の意向が入っているが、これは完全に彼女達のプライベートな服だけあって、二人の嗜好が見えていた。 「さすが・・・清楚だね、ミランダ」 感心して呟くと、ミランダは白い頬をほんのりと染める。 「ま・・・そんな、恥ずかしいわ・・・」 リナリーから手を放し、恥ずかしげに身を縮める様があまりに可憐で、キャッシュはあの男前班長がほっとかないはずだと、改めて納得した。 「そ・・・それよりキャッシュさん、廊下は寒いでしょ?早く入ってくださいな」 外ではもう、とっくに雪はやんでいたが、城内の寒さはむしろ増したように思う。 持参した大きな荷物を下ろしつつそう言うと、ミランダは大きなポットから温かい紅茶を注いで渡してくれた。 「雪は・・・厚く積もった方が寒くないんですよ。 私にはよくわからないけど・・・」 「あぁ、断熱効果ね」 「そう言うんですか?」 あっさりと言ったキャッシュに、ミランダは穏やかに微笑む。 「雪が薄く積もった日の方が、よっぽど寒いんです。 だから、あったかくしておかないと湯冷めするんですよ」 言われて見れば、さっき風呂に入ったばかりなのに、廊下を渡る間にもう鼻の頭が冷たくなっていた。 「うーん・・・。 南米支部ではなかった経験だな」 「あったかいんでしょうねぇ・・・」 エクソシストは任務で世界中を飛び回るものだが、同じ場所に何ヶ月も留まるわけではない。 結果、ヨーロッパで過ごすことの多いミランダにとって、暖かい土地は憧れの場所でもあった。 「気が向いたら行けばいいよ。 美人が行けば、あっちの奴らも喜ぶでしょ」 ケラケラと笑って、キャッシュはお菓子や軽食の乗ったティーテーブルを寄せる。 「あぁ、お腹空いた! お昼の後は、あんたたちが持ってきてくれたパイを食べたきりだったからさぁ〜!」 しかも、餓鬼と化した同僚達にパイはあっという間に奪われ、ほんの少ししか食べられなかった。 「みんなの分も持って行ったんだけどね・・・」 早速軽食をつまみ出したキャッシュと並んで、リナリーがクスクス笑う。 「でもそのこと話したら、ジェリーが『残念賞&初参加記念』って、はりきって作ってくれたんだ 私達もお手伝いしたんだよっ!」 誉めてっ!とばかり、笑うリナリーの頭を、キャッシュは無言で撫でてやった。 口は、ジェリーの傑作に塞がれて声を出す暇もない。 「クッキーとスコーンは私達が作ったんですよ。 こちらもどうぞ 空腹という最高のスパイスがなくても十分においしい料理やお菓子を次々と勧められ、お茶のおかわりももらって、キャッシュは満足の吐息を漏らした。 「おいしい〜!幸せ ようやく人心地のついた彼女に、リナリーがキラキラと目を輝かせる。 「じゃあじゃあ、早くキャッシュのパジャマ見せてっ!」 厚手のガウンを着ていては襟元しか見えないと、リナリーは懸命に腰紐を引いた。 「えいっ しゅるん、と、小気味いい音を立てて紐を抜き取ると、合わせが割れて、滑らかな生地が柔らかく明かりを弾く。 「えぇっ?!これまさか、絹?!絹?!」 「まぁ・・・ 金色に黒いお花かと思ったら、豹の柄なんですねぇ・・・って、まぁ!! 尻尾!尻尾までついてるわ 「フードをかぶるとネコ耳もついてる!!ネ・コ・ミ・ミ!!!!」 「スリッパまで豹柄なんて、さすがキャッシュさん 「ちょっ・・・あんたら追い剥ぎかっ!!」 キャッシュがベッドの上であるのをいいことに、エクソシスト達ははしゃぎながら彼女のガウンを剥ぎ取り、押し倒して遠慮なく彼女の腹に抱きついた。 「何!何これ!!すっごい肌触りがいい!」 「光沢があって綺麗な生地ですね 模様は染めてあるんですか?それとも織り込んであるのかしら・・・?」 興味津々な二人に縋られ、撫で回されて困惑げだったのもわずかの間で、起き上がったキャッシュは自慢げに襟を引く。 「今、科学班で開発中の新素材だよ。 シルクより丈夫で低価格な優れものん♪ 通気性もよくて丸洗いOKだから、サンプル生地をパジャマにしちゃったんだ! そのうち、エクソシストの団服にも採用されるんじゃないかと思うケド、今使えるのは科学班の特権だね 得意げに言うと、縫い合わせ部分を見つめていたミランダが目を丸くした。 「これ・・・自分で作ったんですか・・・?!」 「もちろん! パジャマ縫うのなんか、着ぐるみ作るより簡単だよ!」 更に得意げに胸をそらせば、二人は感心しきりに何度も頷く。 「さすがキャッシュ・・・!なんでもできるんだねぇ・・・!」 「私、てっきり被服係のマザーのお仕事だと思ってました・・・」 途端、キャッシュの動きが止まった。 「? どうしました?」 「・・・いや、別に」 慌てて手を振り、じりじりと身を離したキャッシュの足が、床に置いていた持参のバッグに当たって高い音を立てる。 「・・・あら、この音!」 それだけで中身を理解したミランダとは逆に、リナリーは不思議そうに首を傾げた。 「ねぇ、キャッシュ? なに持って来たの?」 と、キャッシュはにやりと笑って、大きな荷物を取り上げる。 「名づけて! 家飲みセット!!」 ティーテーブルに手早く場所を空けたキャッシュは、早速バッグを開けた。 スコッチウイスキーのボトルに小振りのクーラーボックス、氷やグラスなどが、次々と取り出される。 「ミランダはかなりいけるクチなんだって? 酒豪の室長に飲み比べで勝ったって聞いたから、そりゃぜひ一緒に飲みたいなぁって思ってたんだ〜〜〜〜ん♪」 「い・・・一体、どれだけ持って来たんですか?!」 いくら大きなバッグとは言え、容量に限界はあるだろうに、つまみまで出てきて、ミランダが目を丸くした。 「ふふーん ここんとこ仕事が忙しくて全然飲めなかったから、張り切っちゃったよ! せっかく英国に来たのに!しかもいい酒が手に入ったのに! おあずけだなんて哀しすぎない?! でも今夜は命の水で命の洗濯 チュッ わくわくと寄って行こうとするリナリーの腕を引き、止めたミランダは、ため息混じりに首を振った。 「キャッシュさん・・・。 そういうのはリナリーちゃんがいないときでないと・・・」 自分こそ名残惜しげにスコッチのボトルを見つめて、ミランダは切なく吐息する。 「未成年に飲ませるわけにはいきませんし、だからと言って仲間はずれじゃかわいそうだし・・・」 「ええ!?やだやだっ!!飲んでみたいよぅっ!!」 ぶんぶんと掴まれた腕を振るリナリーに、ミランダは首を振るが、キャッシュはおおらかに笑って手を振った。 「まぁまぁ、あんまり硬いこと言わずにさぁ。 舐めるくらいいいじゃない?」 でも・・・と、眉を曇らせるミランダに、キャッシュが耳打ちする。 「大丈夫大丈夫! リキュールならともかく、これ、アルコール度数40%以上のシングルモルトだよ? 子供の味覚で、美味しいもんじゃないって、絶対!」 くすくすと、キャッシュは意地の悪い笑声を漏らして請け負った。 が、ミランダの表情はまだ晴れない。 「それはもちろん、そうでしょうけど・・・」 「駄目って言えば飲みたくなるのが人情ってもんよ。 あんただって、そうだったでしょ? ちょっと味見させてやれば、もう二度と言わなくなるよ」 キャッシュが畳み掛けるが、それでもミランダは頷かなかった。 「でも・・・・・・」 と、反駁の言葉を探していると、リナリーが頬を膨らませてベッドを叩く。 「もう、なんだよ!二人でヒソヒソ話してさっ!」 拗ねてしまったリナリーに、キャッシュは笑ってグラスを渡し、少しだけ注いでやった。 「どうぞ、お姫様?」 「えぇっ?!」 言ってはみたものの、まさか本当に飲ませてくれるとは思わず、リナリーは目を丸くする。 が、すぐに喜色満面となって、歓声をあげた。 「キャッシュ〜〜〜〜!!話のわかるお姉さんだ〜〜〜〜!!!!」 「あら、今頃気づいたの?」 大きな笑みを浮かべる彼女の隣で、難しい顔をするミランダを、リナリーがちらりと見遣る。 「だってヒドイんだよ、ミランダもナースの姉さん達も! お酒が入る時は、私を締め出しちゃうんだ・・・!仲間はずれにするんだよ!!」 「だ・・・だって・・・・・・!」 詰られて、困惑したミランダは、あらぬ方向へ目をさまよわせた。 「リ・・・リナリーちゃんにお酒は早いし・・・それに・・・・・・」 女同士の飲み会というものがどれ程すさまじいものか、リナリーはまだ知らない。 この教団に集まった女達が酒豪揃いという事もあるが、それでも潰れるほど飲む上に、仕事の愚痴とか職場の人間関係の不満とか・・・更には、レディにあるまじき話まで出てくるので、そこにリナリーを参加させるのは憚られた。 そんなことを口の中でもごもごと言うミランダを横目に、キャッシュは大きな手を振る。 「ホラ、ミランダのことはいいから、ちょっとなめてごらん」 言われて、リナリーはグラスの中で揺れる液体を、キラキラと輝く目で見つめ、立ち昇る香りを吸い込んだ。 「すごくいい香り・・・」 うっとりと呟き・・・それでも恐る恐る、初めての酒を口に含んだ途端、 「〜〜〜〜っ!!!! かかっ・・・辛いっ!! 喉っ・・・!!喉が焼けるぅぅぅぅっ!!!!」 涙目で騒ぎ出したリナリーに、キャッシュが爆笑する。 「ね?大丈夫だったでしょ♪」 「はぁ・・・」 得意げにウィンクするキャッシュに、ミランダはため息と共に頷いた。 「・・・なんて荒療治かしら」 はい、と、グラスに水を注いでやると、リナリーは一気に飲み干す。 「ひ・・・ぃーん・・・! 大人っておかしいよ・・・! なんでこんな不味い物を、おいしそうに飲むんだよぉ・・・・・・!!」 ふにゃふにゃと泣き出したリナリーに、ミランダがまた吐息した。 「だからやめておきなさいって・・・」 「だって姉さんたち、すっごく美味しそうに飲むじゃないかぁ!! 香りだってすごくいい香りなのに、飲むと辛いだなんて、なんでだよっ!裏切りだよっ!お酒なんかキライだっ!」 すっかりへそを曲げて、グラスを遠ざけるリナリーに、またキャッシュが笑い出す。 「そう、もういらないんだね? いい酒なんだけど、美味しくないんじゃあ仕方ないよねぇ〜。 じゃあミランダ、あたし達だけで乾杯しようか♪」 言外にお子様扱いされて、リナリーはまたむくれた。 と、 「乾杯待ったぁ!!」 ノックもなしにドアが開いて、エミリアが派手に登場する。 「あ・・・あんた寒くないの?!」 ノースリーブの黒いネグリジェにカーディガンを羽織っただけの姿にキャッシュが顎を落とすと、エミリアは身を屈ませてウィンクした。 「パリなんてもっと寒いわよ 狙っているのか無意識なのか、深く開いた襟ぐりから覗く胸元があまりにもセクシーで、女同士にもかかわらず、みな顔を赤らめてしまう。 だが、さすがエミリアと言うべきか、動きに添ってふんわりと揺れては光沢を放つネグリジェは、彼女の洗練されたセンスをも光らせ、ちっとも下品には見えなかった。 「くっ・・・!た・・・谷間強調しないでよ・・・!!」 同じ黒の夜着でありながら、色気では格段の違いを見せ付けられて悔しげなリナリーに慌て、ミランダが間に入る。 「エ・・・エミリアさん、ティモシー君は寝ちゃったんですか・・・?」 どきどきと鼓動を早めながら問うたミランダに頷き、エミリアは豊満な胸を張って黒っぽいボトルを差し出した。 「ヴォジョレー・ヌーヴォー解禁っ! あたしを差し置いて乾杯するのも許せないけど、これで乾杯しないなんて人生丸損よ!」 「ヴォジョレー・・・」 三人三様の顔で呟く彼女らを見渡し、得意げに笑ったエミリアは、デスクに持参のバスケットを置き、パンやチーズを取り出す。 「さーぁ スコッチなんて辛いお酒なんか飲んでないで、ヴォジョレーで愉しくやりましょ 強引な彼女にグラスを押し付けられ、三人は苦笑してグラスを掲げた。 「じゃあ、リナリー以上のワガママ姫の健康を願って?」 「あら。あたしはワガママじゃないわよ。言うべきことを言っているだけ」 キャッシュの冗談に笑って答え、エミリアはリナリーにウィンクする。 「飲んでご覧よ。 スコッチなんかより断然おいしいよ?」 「軽いですからねぇ・・・」 まだ熟成していない、ブドウの爽やかな香りを見下ろして笑うミランダを、リナリーがそっと見遣った。 「はい!じゃあ乾杯っ!」 「なにに?」 「みんなの幸せによ!」 最後にやって来たのにいつの間にか場を仕切っているエミリアの勢いに乗せられ、4つのグラスが重なる。 それぞれが一口飲んで・・・満足げなのはエミリア一人だった。 「甘いっ!」 「軽い・・・」 「すっぱいぃ〜〜〜〜!」 「なによっ!すっごくおいしいじゃない! 渋みの少ないまろやかな味にフルーティな香り、少しスパークリングな感触があって、最高のヌーヴォーよ!」 エミリアがぷんっと頬を膨らませると、ミランダが慌てる。 「ご・・・ごめんなさい、私・・・熟成した方が好きだから、つい・・・」 「だって甘いじゃん。 どうせならしっかり寝かせた方がいいよ」 キャッシュがミランダの援護に回ると、リナリーが泣き出した。 「お酒やだ・・・お酒まずい〜・・・!」 くぴくぴと水を飲んだ上、甘いお菓子で懸命に口直しをするリナリーには、ミランダ達に何か言い返してやろうと思ったエミリアも吹き出す。 「リナリーには、ヌーヴォーもまだ早かったみたいね」 「ホント!」 「だからやめなさいって言ったのに・・・」 また同じことを言ったミランダに、リナリーは頬を膨らませた。 一人前のエクソシストなのに、子供扱いされて全く面白くないが、背伸びして酒を飲んでも全然美味しくないし、仲間はずれも悔しいし・・・! クッションを抱いて、ごろごろとベッドに転がってしまったリナリーに、三人とも笑い出した。 「ホラホラお姫様? そんなに拗ねないの!」 「拗ねるに決まってるでしょおおおおお!!」 酔ってもいないのに酒乱状態のリナリーに、またキャッシュが爆笑し、バッグの中から小瓶を取り出す。 「これなーんだ♪」 「・・・アップルブランデー?」 「まだあったんですか・・・」 呆れるミランダに笑みを返し、キャッシュはテーブルの上のマグカップを取り上げた。 ポットからまだ暖かい紅茶を注いで、砂糖とブランデーをほんの少し加える。 「はい、どうぞ」 リナリーの目の前に差し出すと、ひょい、と起き上がった鼻先を、紅茶とブランデーの香りを含んだ湯気が立ちのぼった。 「・・・・・・・・・からい?」 「大丈夫よ」 「じゃあ・・・すっぱい?」 「大丈夫だって」 警戒気味に受け取ったリナリーは、請け負われて恐る恐る一口舐めてみる。 「美味しい!」 思わず顔をほころばせたリナリーに、キャッシュは満足げに笑った。 「ちゃんと、あんたにも持ってきてあげたんだよ。 これなら美味しいだろ?」 「うんっ! いつもの倍、紅茶が美味しいよっ はしゃいだ声をあげて、リナリーはパタパタと足をばたつかせる。 今までは、素行に厳しいジェリーやミランダ、ナースの姉さん達に睨まれて、絶対にアルコールには近づけさせてもらえなかったが、今夜はなんだか大人の仲間入りをさせてもらえたような気がして、楽しさも増した。 「リナリーちゃんたら・・・・・・」 困り顔のミランダの肩を、キャッシュが軽く叩く。 「このくらいなら、お菓子の香り付けの方がたくさんお酒使うよ。 飲んだうちに入らないって!」 「お菓子は焼けばアルコールが飛ぶんです!」 珍しくも大声を上げるミランダにエミリアが笑い出し、彼女の細い肩を抱いた。 「まぁまぁ、固いこと言わずに! さ、あたし達も楽しも〜〜〜〜!!!!」 エミリアが、空になった自分のグラスにワインを注ぐと、キャッシュも笑ってミランダにグラスを押しつけ、ウイスキーを注ぐ。 「モルトウイスキーだから、最初はストレートだよね!」 キャッシュが氷を押しのけると、ようやくミランダの愁眉も晴れた。 「・・・もちろん 琥珀色の液体から立ち上る香りに、声も弾む。 「それじゃ、初めてのお誘いありがとう♪ ステキな夜に乾杯!」 「乾杯 再びの乾杯に、重なったグラスとマグカップが、奇妙な音楽を奏でた。 「―――― それにしても本部の人達って、陽気っていうかお祭り好きだよねぇ。 ハロウィンパーティーにお誕生会? その上パジャマパーティって・・・・・・」 何度目かの乾杯の後、手酌でウイスキーを注ぎながらキャッシュが言うと、ニコニコとマグカップの中身を覗き込んでいたリナリーが顔を上げた。 「まぁね。 仕事はハードだし、毎日がサバイバルだし? だったら悔いが残んないように、楽しめる時は楽しんじゃえってカンジかな。 ストレス発散にもなるしね なんだかとんでもないことをさらりと言われた気がしたが、十分に吟味する暇もなく、キャッシュは差し出されたミランダのグラスに酒を注ぐ。 「あんたも同じなの?」 酒豪と言うのは本当だったらしく、ウィスキーをストレートですいすい飲んでいくミランダに問うと、彼女は酔いを感じさせない顔であっさりと頷いた。 「えぇ・・・。 やっぱり、皆さんと一緒に笑えるようなことがないと。 つらいばかりじゃ心が折れてしまいますものね。 それに、皆さん『ホーム』の大切な『家族』ですから・・・。 お誕生日を盛大に祝うのは、当然ですよ」 そう言って乾杯の仕草をしたミランダは、くいっとグラスを乾してしまう。 「・・・・・・あの。 これ、水じゃないって知ってるよね?」 さすがに驚いたキャッシュに、ミランダはにこりと笑った。 「命の水ですよね 「そ・・・そうだけど・・・さ・・・・・・」 1本目が空くのは予想の範囲だったが、まだそんなに時間も経っていないのに、もう2本目が空きそうになっている。 「あの・・・ちょっとペースを落とそうとか・・・・・・」 「あら だってこんなにおいしいお酒、次はいつ飲めるかわかりませんものね うふふふ と、 「なによ、せっかくのヌーヴォーには散々文句つけたくせに」 エミリアが不満げに言って、自分のグラスに持参のワインを注ぐ。 「言っとくけど、今年は当たり年だったんだからね! こんなの寝かせちゃったら、庶民のお財布なんかじゃ絶対買えないんだから!」 ぶつぶつと言いつつ、一人でボトルを空けそうなエミリアに、ミランダが苦笑した。 「そんなに飲んで大丈夫ですか?」 「一人でスコッチ空けてるミランダに言われたくないわよ・・・」 エミリアの呆れ口調で気づいたミランダは、キャッシュの手からボトルを取り上げ、まだ半分以上残っているキャッシュのグラスに注ぐ。 「すみません。 私ばっかり飲んでいちゃ、不公平ですよね くすくすと笑いながら自分のグラスにも注いだミランダは、まだ飲むのかと唖然としたキャッシュのグラスに自分のグラスを当てた。 「はい、乾杯 エミリアのグラスにも当て、また軽々と乾したミランダに、もう、開いた口がふさがらない。 そうは見えないが、かなり酔っ払っているのかも知れないと、さりげなくボトルを取り上げたキャッシュは、ミランダがまた差し出したグラスに今までの半分だけ注いだ。 「やだわ、まだ大丈夫なのに」 だが、宴席で心配されることにも慣れたのだろう。 ミランダは、今度は一気にあけようとせず、グラスを火照った手の中で温めた。 「ふふ エミリアさんとキャッシュさんが来てくださって、よかったです 「あら、当然よ」 と、あっさり言ったエミリアに対し、キャッシュはなぜか、きつく眉を寄せる。 「・・・なんで? あたしが兄貴そっくりだから?」 もう何度も言われたことにうんざりとして、どこか投げやりな口調で問うと、エミリアが意外そうな顔でキャッシュを見た。 が、ミランダは小首を傾げて、ただ笑う。 その様が、いつもの彼女と違って色っぽく、やっぱり酔ってるんだと確信させた。 キャッシュが思わず見惚れていると、ミランダはグラスのふちを指でなぞり、笑みを深める。 「タップさんとは、パーティくらいでしかご一緒しませんでした・・・でも、キャッシュさんとなら、こうやって一晩中飲めるでしょ?」 乾杯、と、グラスを掲げたミランダに、キャッシュも照れ笑いを浮かべてグラスを掲げた。 「なんか・・・あんた達がパーティ好きなワケが、わかった気がする。 それに、女同士で飲むのも、いいもんだね」 くすくすと笑い出したキャッシュに、ミランダも頷いた。 「私・・・ここに来るまでは一人暮らしでしたし、親しいお友達もいなかったから、ここで皆さんと一緒にいるのが嬉しいんです。 戦いはつらいけど・・・どんなにつらい時でも、皆さんとの楽しかった時のこと思い出せば、絶対帰るんだって思えるんです。 それにリナリーちゃんやアレン君達・・・エクソシストがその思いを共有していれば、どんな戦いだって、協力して乗り越えられるでしょう? 皆さん、それを知っているから、パーティの趣向で多少悪ふざけが過ぎても、乗ってしまうんですよね」 穏やかな声で、ゆっくりと語ったミランダに、キャッシュも微笑を浮かべて頷く。 「・・・そっか。 それでここのパーティは、あんなに盛大なんだね。 ハロウィンは、あたしがここに来てから初めての大きなパーティーだったけど、見所がたくさんで、そりゃあ面白かったもんなぁ・・・! まさか、黒の教団であんな本格的なダンスパーティーが開かれるなんて思っても見なかったし、オーケストラの演奏に合わせて踊ったのなんか初めてだよ!」 興奮気味に言ったキャッシュに、エミリアもグラスに触れた唇で微笑んだ。 「教団なんていうからあたし、てっきり修道院みたいな堅苦しい所だと思ってたんだ・・・。 だから、ティモシー一人を預けるなんてとんでもない、って思ってたけど、来てみたら結構いい人ばっかりね」 みんな神田みたいな連中かと思ってた、と言ったエミリアに、リナリーが頬を膨らませて首を振る。 「そうだね。 どっちかって言うと、アレンみたいなフェミニストタイプが多かったね。 ハロウィンでも、色々親切にしてもらったし 笑い出したエミリアにつられ、ミランダもくすくすと軽やかな笑声をあげた。 「今年のハロウィンは特別ですよ。 伝説になりそうなことが、沢山ありましたものねぇ 「ホントに!」 「えぇっ?!そうなの?! 伝説ってナニ!何があったの?!」 愉しそうに笑う三人から、一人外されたリナリーが慌てて詰め寄る。 と、驚いて顔を見合わせた彼女らは、ややして、ぽん、と手を叩いた。 「そっか! リナリーってば、いなかったんだっけ!」 「そうでしたね・・・。 おかげでアレン君もラビ君も、ずっとお城の中を探し回ったって・・・」 「あんたのせいで、神田が途中で出てっちゃったのよ!」 キャッシュとミランダはともかく、エミリアに非難のこもった目で見られて、リナリーは真っ赤になった首をすくめる。 「だっ・・・だって! アレン君もラビも神田も、パーティの前になにやってたんだか、私抜きで楽しそうにしててさ! かまってくれないからもう、私なんて居なくたっていいんだよねって思っちゃって・・・街に遊びに行っちゃったんだ・・・よ・・・?」 上目遣いで三人の顔色を伺うリナリーが、叱られる前の仔犬のようで、ミランダは苦笑を漏らした。 「あれはね、アレン君とラビ君が、どっちがリナリーちゃんをパートナーにするかって、勝負してたんですってよ」 「神田は先にあたしと約束してたのに・・・きっとあれは心配してたのね。 アレンとラビがあなたに近づかないよう、邪魔していたみたいよ」 「・・・・・・・・・姉様ったら余計なことを」 せっかくコムイが離れていたのに、これでは意味がない。 リナリーがそう愚痴ると、ミランダは苦笑を深めて小首をかしげた。 「そんなこと言わないであげて? 神田君もですけど、みんな、一晩中リナリーちゃんを探し回って、結局パーティーには出られずじまいだったんですから。 随分と可哀想でしたよ?」 特にアレン君が、と添えると、リナリーはますます気まずげに首をすくめる。 「う・・・そ・・・それは・・・帰ってから聞いたよ・・・。 悪いことしたなぁって・・・・」 ぴちぴちと目を泳がせるリナリーに、キャッシュとエミリアがずいっと身を寄せた。 「アンタ、朝帰りしたって聞いたけど、どこへ行ってたのよ?」 「若い娘が一人でいなくなっちゃ、心配するに決まってるでしょ!」 「う・・・だね・・・・・・」 姉さん二人に迫られ、うな垂れるように頷いたリナリーに、キャッシュが鼻を鳴らす。 「まぁ、あの時はあたし達、あんたはアレンやラビと一緒にいるもんだと思ってたけどね。 神田も途中で抜けたし・・・また4人で何かやらかしてるんじゃないのって話してたんだけど?」 真相は?!と、迫るキャッシュから、リナリーは必死で目を逸らした。 「えっ・・・えとっ・・・街でやってたチャリティーパーティに行ったんだよ・・・。 そしたら主催者がたまたま知り合いで・・・子供達とアップル・ボビンしたり、サッカーしたりして遊んでたら・・・いつの間にか、夜が明けて・・・て・・・・・・」 えへ 「・・・そんな子にあたしはパートナー取られちゃったの?」 「ご・・・ごめんなさい・・・!」 ―――― バレてない・・・よね? アレン達は、リナリーがティキ・ミック主催のチャリティーパーティに行っていた事を教団に報告しなかった。 しかし、いずれどこかからばれるのではないかと、リナリーはどきどきと鼓動を早めつつ三人の顔色を伺う。 ―――― 全部が嘘、って訳じゃないもん・・・ね・・・・・・。 誰への言い訳か、リナリーはいつもより早い鼓動を打つ胸を押さえた。 ―――― ただ、ノアを一人殺しかけて、ついでに頬にキスされちゃったことを黙っているだけだ・・・し・・・。 と、ティキとの別れ際のシーンを思い出し、リナリーはぽっと頬を染める。 途端、 「ちょっと二人とも! あの顔見てよ、ヤーラシー 絶対なにかあったんだよ!しかも男絡みと見たね!!」 すかさずキャッシュに指摘されて、リナリーは慌てた。 「ちっ・・・違っ・・・!! なんっ・・・なんにもなかったよ! なんにもないったら!!」 ばたばたと両手を振るリナリーの顔が、どんどん紅くなって行く。 「ハッ・・・ハハッ・・・ハロウィンのゲームが面白くて、つい熱中しちゃっただけなの!!それだけなの!!」 「ふぅん・・・それだけで紅くなっちゃうのね、リナリーは!」 必死に言い訳するリナリーに、エミリアが意地悪く笑い、ミランダとキャッシュも、思わせぶりな笑みを交し合って、面白そうにリナリーを眺めた。 やがて、鉄の肺を持つリナリーでさえ、呼吸困難に喘いでベッドに倒れてしまうと、みんなしてパタパタと仰いでやりながらくすくすと笑う。 「ふふ・・・ でもそのせいで、リナリーちゃんたらいいところを随分見逃したんですから、帳尻は合うんじゃありません?」 「それもそうかぁ・・・ あーぁ。 せっかく後々までの語り草になりそうなことがたくさんあったのに、リナリーは見逃しちゃったんだねぇ・・・ リナリーの赤くなった頬をつつきながら、キャッシュが堪えかねて大きな笑声をあげると、エミリアも笑ってリナリーの鼻をつまんだ。 「しかも今の今まで知らなかったなんて、誰も教えてくれなかったのね! まぁ、他のところでお楽しみだったんだから、仕方ないけど 「えっ?!えぇっ?! ナニナニ、そんなに楽しいパーティーだったの?! なんでみんな、リナリーに教えてくれなかったの?!」 意地悪をするエミリアから逃れたリナリーが、キャッシュとミランダの袖をきゅいきゅいと引っ張ると、二人は意地悪な笑みを交わす。 「だって聞きもしないから、興味がないんだろうと思ってましたもの」 「聞かれもしないこと、わざわざ言ったりしないもんね!」 またキャッシュが笑い出し、リナリーは頬を膨らませた。 彼女がいなくなった後、随分とパーティが盛り上がった、ということは聞いたが、『なぜ知らないんだ?』と、問い返されると困るので、聞けずにいたのだ。 「どうする、ミランダ?教えてあげるぅ?」 「さぁ、どうしましょうか。 教えてあげて、参加しなかったことを後悔させるのも、教育かもしれませんね レディ教育に関しては、意外と厳しいミランダを憮然と見あげると、彼女はくすくすと笑い出した。 「そうね・・・じゃあ、どこから話せばいいのかしら? リナリーちゃん、私達の仮装はどこまで知っているの?」 「ん・・・ミイラになっちゃったミランダが、仔猫班長連れてたのは知ってるよ・・・!」 思い出し笑いで、リナリーが喉を塞がれる。 「かっ・・・可愛かった・・・よねっ・・・!! まさかっ・・・はんちょっ・・・!!」 笑いすぎて、ひぃひぃと喘ぐリナリーの隣で、キャッシュも笑いが止まらなかった。 「昔はっ・・・あんなっ・・・可愛かっ・・・・・・!! 鬼の班長からは想像できなかったよ!!!!」 ゲラゲラ笑う二人の傍らで、しかし、ミランダだけはうっとりと微笑む。 「私、リーバーさんの昔の姿が見られて、すごく嬉しかった・・・ 「あんなカッコ、私だって見たことなかったよ! だって、班長は初めて会った時から『お兄さん』だったもん!」 笑いすぎて滲んだ涙を拭うリナリーに、キャッシュがバタバタと手を振った。 「面白かったのはそれだけじゃないんだ! パーティでねっ・・・かっ・・・監査官がっ・・・!」 「監察官?リンク監察官がまた、なんかやらかしたの?」 リンクに対しては評の辛いリナリーが、ムッと唇を尖らせるが、これにはミランダも首を傾げる。 「マユゲ? あの子、なにかしましたっけ・・・?」 「やらかしたじゃん! ダンスホールであいつ、『せっかくのダンスパーティーなのに、子供がパートナーじゃマンマが踊れない』って、文句言ってきたじゃん!」 「なにぃ?!あのマユわんこ!そんなこと言ったの?!」 ばふばふとベッドを叩いて怒るリナリーに、しかし、ミランダはまた、不思議そうに首を傾げた。 「いけないことだったかしら・・・? あの子、作法通りにリーバーさんから許しを得たから、一曲だけ踊りは・・・した・・・けど・・・・・・」 話すうちに、どんどん落ちていくミランダの肩を、リナリーが気遣わしげに抱く。 「ど・・・どうしたの?!なにかあった?!」 「み・・・皆さんの前で踊るだなんて、思い出しただけで恥ずかしい・・・・・・!」 だから、リーバーが子供になってしまったことはむしろ喜ばしく、進んで壁の花となっていたのだ。 「なのにリーバーさんったら、許可したものですから仕方なく・・・」 「だったら断ればいいのに・・・」 リナリーが呆れ声をあげると、キャッシュが訳知り顔で得意げに鼻を鳴らした。 「そこはホラ、男のプライドって奴だよ! いつもだったら、ミランダ確保して放さないだろうケド、あの時は子供になっちゃってたし? その状態で断固拒否なんかしちゃったら、あの監査官のことだもん、『マンマに甘える子供のようですねぇ』なんて、ものっすごい嫌味言ったに決まってるよ! でも・・・」 くつくつと、キャッシュは笑いを堪えられない。 「あの後の班長の顔ったら!!!!」 とうとう、腹をよじって笑い出した。 「大人の余裕を見せたつもりだったんだろうケド、監察官があんまり見事にミランダをエスコートしたもんだから、班長ったら膨れちゃって!!」 丸いほっぺを膨らませて、ものすごい形相で二人を見る彼の姿に、キャッシュはもちろん、科学班の全員が笑いを止められなかったと言う。 「もう、あの顔を見られただけで、パーティに出た甲斐があったってもんだよ!」 「そ・・・そう言うわけだったんですか・・・・・・!」 あの時は事情がよく飲み込めなかったが、キャッシュの説明に納得した途端、ミランダの頬が染まった。 「・・・あれ? でも、監査官の仮装って・・・・・・」 リナリーが首を傾げると、エミリアがくすりと笑う。 「墓場から蘇った花嫁、ですって。 アレンに服を全部隠されちゃったらしいんだけど、白いドレスの女装姿は似合ってたわよね 「へぇ・・・遠くからちらっと見ただけだったけど、そう言う事情だったんだ!」 ようやく謎が解けて、大きく頷いたリナリーに、エミリアが首を傾げた。 「なに?それも教えてもらえなかったの?」 「そりゃあ・・・あの監査官が、女装しただなんて屈辱的なコト、私に言うわけがないよ」 リナリーが言うと、キャッシュがゲラゲラと笑い出す。 「血濡れのゾンビ花嫁にエスコートされるマミークイーンは見ものだったな!」 爆笑するキャッシュとは逆に、リナリーは不満げに眉根を寄せた。 「あの陰険わんこ、班長からミランダを奪っちゃう気満々じゃない! 一曲だけで放してくれたのっ?!」 「ま、リーバー班長は迎えに行きにくいわよね」 憤然と言ったリナリーに、エミリアが肩をすくめる。 リンクにダンスを許しても、本来のパートナーであるリーバーがダンスの権利を主張すれば、ミランダはリーバーの元に戻る決まりだ。 しかしここでリーバーが飛び出せば、ダンスパーティはたちまちお遊戯会になってしまう。 「多分監察官は、それを見越してミランダを誘ったんだろうね。 パーティの間中、大好きなマンマを独り占めする気だったんだろうケド・・・」 くすくすと笑い出したキャッシュに、ミランダが目を見開いて手を打った。 「それで・・・! キャッシュさんが、次のダンス相手に名乗りを上げてくれたんですね!」 ようやく気づいたか、と、キャッシュは笑って頷く。 「だって班長が、すっごい顔で睨んでるからさ、『そんなに監察官が嫌ならあたしが行きましょうか』って言ったら・・・」 くすくすと笑うキャッシュを、リナリーが期待に満ちた目で見つめた。 「班長ってば、ものすごい勢いであたしの手を握って、必死の形相で『頼む!』って!」 「班長のプライドが砕けた瞬間だね!!」 「決定的瞬間だったよ!」 「ま・・・まぁ・・・二人とも・・・!」 ゲラゲラと笑う二人に、ミランダが申し訳なさそうに身を縮める。 「そんな・・・笑っちゃいけませんよ・・・」 「そぉよぉ。愛のためにプライドも捨てるなんて、素敵じゃない ミランダとエミリアがたしなめても、リナリーが素直に聞くわけがなく、かえって身を乗り出した。 「それでそれで?! キャッシュはミランダを奪い返したのっ?!」 「もちろん! 次の曲でマミークイーンを奪還して、黒猫ちゃんの所へ還しましたとも♪」 くつくつと意地悪く笑って、キャッシュがリナリーの肩を抱く。 「班長ったら、戻って来たミランダの裾にギューって抱きついちゃって!! も・・・あんな可愛い生き物、初めて見たよっ!!」 「見たかったー!班長もだけど、監査官もね!!」 きゃあきゃあとはしゃぐリナリーの隣で、ミランダがため息をこぼした。 「リナリーちゃんたら、またそんな意地悪を・・・」 「だって!」 くすくすと、リナリーは笑声を抑えられない。 「その時キャッシュは、アラビアン・ナイトのお姫様のカッコしてたんでしょ? ジョニーが言ってたもん、自分がアラジンで、キャッシュがヤスミン姫やるんだって!」 デザインスケッチを見せてもらった、と、リナリーはまた笑い出した。 「なのにお姫様がパートナー放り出した上に、花嫁とミランダを取り合うなんて・・・!どんなシーンだったんだろ!!」 百合世界!と、とんでもないことをぬかすリナリーに、キャッシュとミランダは揃って苦笑し、エミリアはあっさりと首を振る。 「まぁ、実際はそうだったかもしんないケド・・・あたしが見た限り、二人に違和感はなかったわよ?」 「キャッシュさん、お姫様じゃなくて、アラジンになっていましたからねぇ」 「ふぇっ?!なんで?!ジョニーは?!」 リナリーが目を丸くすると、キャッシュは忌々しげな顔を逸らした。 「それはあのメガネザルが・・・・・」 「メガネザル?」 なんのことだろう、と首を傾げるリナリーの正面でエミリアが吹き出し、隣ではミランダが肩を震わせて笑う。 「え?!なになに?!」 なにがそんなに面白かったのか、リナリーに急かされ、ミランダは滲んだ涙を拭った。 「ジョ・・・ジョニーさんが・・・す・・・すごく・・・かっ・・・可愛かっ・・・!」 笑いすぎてまともに喋れないミランダに、キャッシュが肩をすくめる。 「あの時、ジョニーも薬で子供になっちゃったんで・・・着ぐるみ着せて、アラビア風のベストと帽子も作ってもらって、アラジンの小猿にしたの」 「こざる・・・」 それは確かにメガネザルだ、と、脳裏に描いた途端、リナリーは吹き出した。 「それで・・・キャッシュはお猿さんのご主人なんだね!」 「そ」 ご主人とペットの図があまりにもはまりすぎていて、リナリーはミランダと折り重なって笑う。 「でも、なんでジョニーが子供になっちゃったの? ・・・やっぱり、兄さんのせい?」 嫌な予感に声を潜めるが、キャッシュはあっさりと首を振った。 「ううん。 室長は鳥籠に閉じ込められて、捕まったティンカー・ベル状態だったからね。 みんな面白がって、籠に電飾とかして遊んでたよ」 その様を思い出し、大きく頷いたエミリアがようやく顔をあげる。 「メガネ外すと結構可愛い顔してんだよね、室長って。 さすがリナリーの兄さん 誉めてやると、リナリーが照れ笑いを浮かべた。 「えへ・・・かっこいいでしょ、コムイ兄さん 中国にいた時のことはあんまり覚えてないんだけど、兄さんがいつも女の人達から騒がれてたことは覚えてるよ!」 得意げに言って、リナリーは興奮気味に声を張り上げる。 「でもね、兄さんはリナリーのなの! リナリー、みんなから『かっこいいお兄さんがいていいなー』って言われてたんだよ!」 これでもかと自慢するリナリーに、三人が笑い出した。 「あんなにカッコいいんなら、メガネ外してりゃいいのにね!」 「そうよぉ!隠すなんてもったいないわ!」 「そしたらブリジットさんも、もう少し優しく・・・」 「だっ・・・だめ!! あんな意地悪魔女になんか、好かれなくていいの!!」 慌てて言ったリナリーに、三人はまた笑い出す。 「なによ、むきになっちゃって!」 「拗ねちゃって可愛いわ、リナリー 「お兄さん、とられたくないんですねぇ 三人から頭を撫でられて、リナリーは頬を膨らませた。 「リナのことはいいよっ! ジョニーはなんで小猿になっちゃったんだよっ!」 途端、キャッシュが気まずげに目を逸らす。 「キャッシュさん?」 ミランダが不思議そうに小首を傾げると、 「そう、犯人はあたし」 キャッシュは乾いた声をあげた。 ・・・あの時。 移籍間もない教団本部で、膨大な仕事量に圧殺されそうになっていたキャッシュは、人のことにばかりかまけて、自分の準備を全くしていなかった。 と、いつものようにぴょこぴょことジョニーが後をついてきて、キャッシュにいきなりスケッチブックを差し出したのだ。 「なに?」 「ハロウィンの衣装!」 得意げな口調に自信の程を窺わせた彼から、キャッシュはそれを受け取った。 開いてみれば、アラビアン・ナイト風の衣装は鮮やかな色彩に溢れていて、なかなかキャッシュ好みだ。 「俺、アラビアンナイトのアラジンやるから、キャッシュはお姫様役やってよ!」 「おひめさま・・・・・・」 自分の柄だろうかと、はなはだ疑問に思った彼女に、ジョニーは首を傾げた。 「気に入んないかな?」 「いや、可愛いとは思うケド・・・これ、今から作るの?」 なんとなく口を濁したキャッシュに、ジョニーは大きく首を振る。 「ううん! 今回、俺はデザインだけで、縫製はもう、マザー・アンナがやってくれてるから!」 ジョニーが挙げたのは、科学班直下にある、被服係の長の名だった。 被服係は、科学班が開発した素材で団服を縫製する部署で、マザーは『食堂の魔法使い』ジェリーと並び、『針の妖精』と呼ばれている。 魔法使い、と呼ばれないのは、実年齢がそれなりなため、『お婆さん扱いしないで!』という、本人の強い希望によるものだ。 陰では美少年コレクターと呼ばれる彼女の、五十路・・・いや、年相応には見えない若々しい顔を思い浮かべて、キャッシュは複雑な顔をする。 「うん・・・マザーの仕事なら・・・変なカンジにはなんないだろうケド・・・」 「ケド?」 と、ジョニーはまた首を傾げた。 「だっ・・・だからさ、衣装はよくても、あたしがお姫様って柄じゃないっつーか・・・! ここにはその衣装が似合いそうな子達がたくさんいるし・・・」 みるみる顔を紅くするキャッシュに、ジョニーはぽん、と手を叩く。 「じゃあ、これにする?」 ひょい、と、彼がページをめくった先には、ランプの精らしき魔人のスケッチがあった。 唖然とするキャッシュに、ジョニーは得意げに胸を張る。 「キャッシュならランプの精もアリかなと思って!」 「悪かったな!!」 まさに魔人のように大きなこぶしでげんこつしてやると、ジョニーがぴぃぴぃと泣き出した。 「なっ・・・なんで殴るんだよぉう!!」 「これってあれだろ! あたしがでかくてマッチョだって言いたいんだろ!」 「マッチョだなんて言ってないじゃん! キャッシュはむしろ、ぷにっぷに・・・いだあああああ!!!!」 またげんこつされて、ジョニーがうずくまる。 「お姫様はヤメ! それよりも・・・」 キャッシュの目が、薬品棚を走った。 「アラジンになってやる!」 ・・・その直後。 キャッシュは小さな子供の襟首を掴んで、被服室へと入った。 「キキキッ!!キャキキキキキキッ!!!!」 と、哀れっぽく鳴く猿の声に驚いたスタッフが見つめる中、キャッシュはまっすぐに係長のデスクに向かう。 楽しげに針を運んでいた彼女は、猿の悲鳴に鼻歌を邪魔されて、訝しげに目をあげた。 「あら、ま」 くす、と笑って、彼女は針を針山に戻す。 「着ぐるみを見せに来てくれたの、キャッシュ? 科学班の人達は、室長からしてお裁縫が得意だけど、あなたも上手ね」 それが異動条件なの?と、華やいだ笑声をあげる彼女に毒気を抜かれ、キャッシュは大きく息を吐いた。 「こいつが依頼していた衣装の縫製を、止めに来ました」 「こいつ?」 係長が、キャッシュが差し出した猿の、俯いた顎に指をかけて上向かせると、特徴的な瓶底メガネが光る。 「あら、ま」 また呟いて、彼女はくすくすと笑い出した。 「みんな、ご覧なさいな! ジョニーがお猿さんになってしまったわよ 彼女の呼びかけに、部下達がわらわらと集まって来る。 「ホント!ジョニーだわ!」 「すっごーぃ!ちっさくなってる!なんで?!」 教団の中でも比較的女性団員の多い部屋に、黄色い歓声が満ちた。 「科学班に、変な薬があるのは知ってんでしょ? その中に、子供になっちゃう薬と、動物の言葉しか話せなくなる薬ってのがあって・・・」 「あらあら・・・せっかくのパーティなのに、事故に遭っちゃったのねぇ」 甚だしく好意的に解釈してくれた係長から、キャッシュはさりげなく目を逸らす。 だが、ジョニーが自身で事情説明できないことを好機と、キャッシュは小首を傾げた。 「で、こいつがこんな状況なんで、あたしがアラジンやろっかなーって」 「あぁ、仮装の衣装ね!でも・・・」 係長は自身の膝の上に置いていた、鮮やかな布地を取り上げて、残念そうに首を傾げる。 「せっかく作ったのよ、お姫様の衣装。 とっても可愛いデザインだったから、私も随分針が進んだのに・・・」 「う・・・それは・・・申し訳ないんですけど・・・でも・・・・・・」 うろうろと視線をさまよわせるキャッシュに、係長は首を傾げたまま、返事を待った。 とうとう、 「だってあんな可愛いの、似合わないしっ!!」 と、叫んだキャッシュに微笑む。 「別に、恥ずかしがることなんかないじゃない。 ちゃんと私が、体型補正して可愛くしてあげるんだから 自信に満ちた言い様に、しかし、キャッシュは子供のように唇を尖らせた。 「周りが美人ばっかなのに、下手に張り合ったら恥ずかしいじゃないですか!」 「そぉお?」 「そもそも、お姫様なんて柄じゃないし!アラジンやりたいんです!」 思わず大声をあげてしまい、しまった、と慌てて口を覆ったキャッシュに、係長はくすくすと笑う。 「はいはい。 じゃあジョニーにはお揃いで、ベストと帽子を作ってあげましょうね 採寸するから、と、キャッシュからジョニーを受け取った彼女は、彼を膝の上に乗せ、こっそりと囁いた。 「あなたも随分うっかりさんねぇ。 どうせあの魔人の衣装、得意げに見せたんでしょ? 女の子が魔人なんて、喜ぶわけがないからやめなさいって、言ったでしょ?」 こつん、と小突かれて、小猿はしょんぼりと肩を落とす。 「今度はうまくやりなさいな♪」 「ウキィ・・・・・・」 小猿の頭を撫でた彼女の声は、キャッシュの地獄耳にしっかりと捉えられていた。 「・・・ってワケ」 「あらら・・・・・・」 話し終えたキャッシュの前に、リナリーとミランダ、エミリアが呆れ顔を並べる。 彼女達だけでなく、あの時は科学班のスタッフ全員が、ジョニーがキャッシュをパーティーに誘ったと喜んでいた。 それが無残な失敗に終わったと知って、つい、ため息を漏らしてしまう。 「・・・ジョニーったらしっかりしなよぅ・・・!」 「本当に・・・残念だわ・・・・・・」 「テクニックがなってないわ!」 せっかく応援してるのに、と、こっそりと囁きあった途端、キャッシュに睨まれて三人とも慌てた。 何か話題転換!とつつかれて、ミランダが焦った声をあげる。 「そっ・・・そう言えばキャッシュさん、ダンスの男性パート、お上手でしたよねっ! 経験者なんですか?!」 なにが『そう言えば』なのよ、と自身に問うて、また顔を紅くするミランダを、リナリーがフォローした。 「えぇっ?!キャッシュ、男性パート踊ったの?! ダンスって男性パートと女性パートって違うし、むっ・・・難しいよね!」 「でもすごく上手だったわ! ダンスのレッスンを受けてたの?!」 更に畳み掛けたエミリアも含め、三人が三人とも無理があるか、と息を呑んだのも一瞬、話題転換したかったのはキャッシュも同じか、素直に乗ってくる。 「イヤ、特別なレッスンは何も。 ただ昔からあたし、体が大きくて、女性側が余る時は男性役やらされてたから、どっちでも踊れるんだよ」 「まぁ、そうなんですか・・・」 「ここじゃ男の人があまりまくってるから、実感ないよねぇ」 「むしろ引く手あまたで困っちゃうわ 更に畳み掛けて完全に話題を変えた三人は、ナイスチームワーク、と、こっそり手を握り合った。 それには気づかず、キャッシュは大きな身振りで首を振る。 「でも、さすがにクロウリーみたいには無理だなぁ・・・」 「クロウリー?」 感心しきりのキャッシュにリナリーが首を傾げると、隣でミランダも、うっとりと両手を組み合わせた。 「本当にステキでした・・・私、見惚れてしまいましたもの 「えぇっ?!」 「うん、あのダンスはすごかったわ・・・ 女性の方もハイレベルだったし、今回のパーティーはあのカップルに持ってかれたわねぇ・・・ エミリアまでがうっとりと遠くを見る。 「ええ 素敵だった、と、三人がため息交じりの声を揃えた。 「なんの話っ?!」 自分の頭越しに話をされたリナリーが大声をあげる。 と、ミランダが『静かに』と、指を口元に当てた。 「パーティも終わり近くになってからですけど・・・クロウリーさんが、謎の美女と一緒に現れたんです」 「謎の美女?!誰っ?!」 リナリーの問いに、しかし、キャッシュは首を傾げる。 「ここでは見たことない人だったなぁ。 でも、あれは相当な美人だよ。 仮面で目の周りを隠してたんだけど、物凄いナイスバディーで、淡い金髪を高く結い上げてさ」 ひらひらと自分の頭の上で手を振るキャッシュに、ミランダも頷いた。 「髪飾りに紅いバラを挿してらっしゃいましたけど・・・あれは確か、クロウリーさんのバラ園で育てている品種ですよ。 ほら、クロウリーさんが新種を作るんだって、がんばっていた・・・」 「あぁ、『エリアーデ』? 亡くなった恋人の名前だって聞いたけど・・・えぇっ?!それを?! あんな大事な花を、クロウリーが贈ったの?!」 まさか、と、目を丸くするリナリーに、ミランダも訝しげな顔をする。 「そう・・・ですよね。 クロウリーさんが、滅多なことではあの花をあげるなんて思えませんけど・・・。 でも、間違いないと思いますよ?」 困惑げに眉を寄せつつも断言すると、リナリーが引き攣った声をあげた。 「へ・・・へぇ・・・・・・。 クロウリーが・・・エリアーデ嬢以外の人にあのお花をね・・・ぇ・・・・・・え?」 ・・・―――― いや、ありえない。 「ないよね?! 他の人ならともかく、クロウリーはないよね?!」 「ありません・・・よね、たぶん・・・いえ、きっと・・・!」 「じゃあなんだったのよ、あの人は」 目を丸くして、口々に否定する二人に、エミリアが呆れた。 「あたしはここに来て間もないし、団員の個人情報なんて知る立場でもないから、てっきりナースの誰かだろうと思ってたもの」 言われて見れば、確かにエミリアは団員としては微妙な立場で、エクソシストや科学班スタッフなら当然知ることでも、トップシークレットの壁が立ち塞がる。 ならば検証するのはエクソシストとしても古株の自分だろうと、リナリーが頷いた。 「ねぇ・・・どんな人だったの?!」 「え? だから、顔は見えなかったけど、すっごいグラマラスで、花嫁衣裳みたいな真っ白のドレスに、赤い飛沫が飛んだ跡があって・・・・・・」 美人だった、と、繰り返すキャッシュに業を煮やし、リナリーはミランダを見る。 やや蒼褪めた彼女は、震える手を握り締めて、無理矢理微笑んだ。 「クロウリーさん・・・吸血鬼の仮装だったんですけど、彼女との組み合わせはまさに、『吸血鬼と獲物の美女』そのままでした・・・よ・・・・・・?」 「えもの・・・ってまさか・・・!」 「いや、まさか・・・・・・!」 「ま・・・まさか・・・・・・!」 「案外、本当に黄泉返ったのかもしれないわね ―――― 本物?! エミリアの言葉に促され、脳裏に浮かんだ言葉が、彼女達から声を奪った。 ぱくぱくと、三人が三人とも呼吸困難の魚のようにただ口を開閉させる。 だが、しばらくしてなんとか衝撃も収まると、グラスをあおったキャッシュが大きく吐息した。 「こっ・・・この世のものではない、って表現が、ぴったりなショーだったよね!」 と、ミランダもグラスをあおり、頷く。 「す・・・素敵だったのは、確かです・・・」 呟いた途端、不意に二人の姿が思い浮かび、ミランダはうっとりと宙を見つめた。 「あのラスト・ダンスといったら・・・・・・!」 並み居る強豪を抑えて、優勝者となったクロウリーが、パートナーの手を取ってホールの中心へと導く・・・。 その立ち居振る舞いは、さすがに生まれながらの貴族だけあって、堂々としたものだった。 「ワルツを」 と、音楽を促す姿も様になっていて、他の者ではこうは行かなかっただろう。 誰もが息をひそめて見つめる中、静かに流れ出した曲に乗って、二人はホールに円舞を描いた。 優雅で、ゆったりとした流れの中、二人の力量は余すところなく発揮され、魅了された団員達は誰一人として続く者がないまま、二人は最後まで二人のまま、ラスト・ダンスを終える。 流れるように滑らかな所作で膝を落として、美女は深々と貴婦人の礼をし、その彼女の手を取ってクロウリーが一礼した瞬間、静寂は破られた。 歓呼の声、声、声。 「あのラスト・ダンスを伝説と呼ばずして、何をそう呼ぶかっ!!」 こぶしを握って絶叫するキャッシュに、あのシーンを反芻していたミランダも拍手をして同意した。 「シェーンブルンでも、滅多に見られないものだったと思いますわ」 「へ・・・へぇ・・・・・・!」 手放しの賛辞に、見逃したリナリーは残念そうな顔をする。 「ラスト・ダンスなんて、最後に皆で楽しもうってものなのにね・・・」 「誰も入れなかったってだけで、どんなにすごかったかわかるでしょ?」 エミリアがリナリーにウィンクし、 「もう、思い出すだけでも鳥肌ものよ!!」 と、断言したキャッシュに、ミランダは何度も頷いた。 「思い出すだけで、胸が一杯になります・・・ うっとりとため息を漏らす三人に、リナリーは悔しげに眉根を寄せる。 「でも、そんなに見事なダンスだったんなら、それで終わったりしなかったでしょ?」 ラスト・ダンスとは言うものの、それは曲目上の決まりごとのようなもので、この城ではその後も一晩中、パーティは続くものだ。 「そのレディ、みんなからお誘いを受けたんじゃない? もちろん、クロウリーも!」 そりゃあ、と、キャッシュが笑う。 「ダンスが終わった途端、殺到したけど、クロウリーってば絶対に譲らなかったし、そうするうちに、彼女はいつの間にかいなくなってたしね」 「で・・・彼女が誰かって言うのは・・・その・・・・・・」 リナリーの問いには、しかし、二人とも首を振った。 「あの美女に関しては、結局何も言わなかったんでしょ?」 エミリアの問いに、ミランダが頷く。 「えぇ・・・あの時も皆さん、随分クロウリーさんに詰め寄ってましたけど、『素顔を隠したレディのことを詮索するのは感心しないである』って、とても毅然とした態度で・・・」 苦笑したミランダの視線を受けて、腕を組んだキャッシュも頷いた。 「いつもの小心ぶりはどこへ行ったんだろうって、みんな驚いてたよ」 「パートナーの名誉を守るのは、男として当然の義務だけど・・・気になるよねぇ・・・・・・」 本当に、墓場から蘇ったのかもしれないと思えば余計に、と、リナリーが震え上がる。 が、一人エミリアが、なんでもないことのように笑い飛ばした。 「ハロウィンだもの、ゴーストだって帰ってくるわ。 むしろ、クロウリーの愛があの晩に、恋人を蘇えらせたんだって思えば、ロマンティックじゃない 頬を染め、うっとりと両手を握り合わせたエミリアに言われ、三人ともようやく強張りを解く。 「そっかぁ・・・! ハロウィンの奇跡だったんだね 「そう思うと、あの完璧過ぎるボディも不思議じゃない気がするなぁ」 「それに、あのレディがエリアーデさんなら、クロウリーさんが頑として彼女の素性を教えなかったわけも理解できますね 途端に和みムードになってしまった三人に頷きながら、エミリアがにこにことチーズを口に運んだ。 「あのダンスもすごかったけど、私はあの後の、クロウリーの困り顔も楽しかったわ くすくすと笑い出したエミリアにつられ、キャッシュも笑い出す。 「なんで?」 リナリーが首を傾げると、ミランダもくすくすと笑い出した。 「あのダンスを見た女性達に、ダンスの講習会をしてくれないかって頼まれちゃって」 「ふぅん・・・いいんじゃないの、教えてやれば? キレイなお姉さん達に囲まれて、クロウリーも嬉しいでしょ? あ、でも・・・」 恋人の前じゃまずいか、と、リナリーが意地悪な笑みを浮かべる。 「それもあったろうけどさ、クロウリーったら、男達には毅然としたのに、女達には真っ赤になっちゃって!」 「あのレディがいなくなった頃、逃げちゃったよね。 二人でどこに行ったのかしら?」 「あーぁ・・・。 でも、クロウリーらしいといえばクロウリーらしいねぇ」 キャッシュとエミリアのからかい口調に、リナリーがたまらず吹き出した。 「ですが、あの方が本当にクロウリーさんの、亡くなった恋人だったとしたら・・・」 グラスを見つめるミランダの頬が、ほんのり染まる。 「また、彼の評価があがりますね」 「ホント!」 リナリーは大きく頷いて、愉快げに笑った。 「評価、って?」 エミリアが首を傾げると、二人は紅く染まった頬を寄せて、うっとりと両手を絡ませる。 「クロウリーはねぇ、物語の主人公みたいな人なの!」 「心に永遠の恋人を持ってらっしゃるんですよ・・・ 「なのに、そんな彼が別の女の人と一緒だった、なんて聞いたらがっかりじゃない?」 「でも、あの方がエリアーデさんなら、幻滅せずに済みますね 「クロウリーの愛が、恋人を蘇らせたんだよー 甚だ勝手なことをぬかす乙女達に、キャッシュは呆れてしまった。 「なによ、あんた達? クロウリーにずっと一人でいろってか」 「そうは言わないけど!!」 「もう少しは、夢を見てたっていいじゃないですか」 ねー?と、鏡合わせに首を傾げる二人に、エミリアは何度も頷き、キャッシュは肩をすくめる。 「・・・そうだ、評価って言えば、神田もなかなかのもんだったよね」 「へっ?!神田?!」 突然の話題転換に、エミリアが口に含んだワインを吹きそうになり、リナリーはぴくっと耳をそばだてた。 「ちょっ・・・キャッシュ、それはいいんじゃない・・・?」 むせながらキャッシュを睨むエミリアの背を、ミランダが懸命にさするが、彼女はにんまりと笑ってリナリーの肩を抱く。 「聞きたい?」 「もちろん!! なに?!どうしたの?!」 年上の幼馴染のことが気になって仕方ないリナリーに、しかし、キャッシュは焦らすように笑った。 「ちょっと!!」 黙って、と、エミリアが歯を剥いた口に指を当てる。 が、キャッシュはお構いなしに、彼女を親指で指した。 「リナリー、エミリアがなんの仮装したか、知ってる?」 「うん・・・遠くから見たきりだったけど、昔の貴族みたいなすごいドレス着てたよね」 顎に指を当て、宙を見つめて思い出したリナリーに、キャッシュが頷く。 「マダム・ポンパドゥールだよ」 「王の愛人っ?!」 教団で?!と、目を丸くして自分を見つめるリナリーに、エミリアは諦め顔で肩をすくめた。 「だって、フランスじゃハロウィンに仮装なんてしないもの。 仮装ならなんでもいいんだろうって思ったのよ」 「あ・・・そ・・・そうでしたね・・・」 英国やアメリカでは10月31日の前夜祭で仮装をするが、フランスではハロウィン当日の11月1日、墓参りをするのが普通だ。 「まぁ、面白いからいいけど」 と、あっさり言ったエミリアに、まだ目を丸くしたままのリナリーが詰め寄った。 「ま・・・まさかっ! 神田ってば、ルイ15世のカッコしたの?!」 見逃した、と、悔しげなリナリーに、エミリアは首を振る。 「あいつはそのまま、オンミョウジ?の格好だったけど、クラウド元帥が不思議の国のアリスの公爵夫人になって・・・」 口を濁したエミリアを、リナリーが不思議そうに見つめた。 「え?なんで?」 「エミリアに対抗したんだろ」 言いにくそうにしているエミリアの代わりに、キャッシュが言ってやる。 「ティモシーが例の薬にやられて、更に縮んじゃったからさ、あの子には子豚の着ぐるみを着せて、元帥は公爵夫人に仕立てあげたんだ。 美人同士張り合って、怖いくらいの迫力だったよ・・・実際、神田を間に火花散ってたしね」 思い出したのか、キャッシュがぶるっと震え上がると、エミリアが気まずげに目を泳がせた。 「だって・・・あれはしょうがないでしょ・・・」 もごもごと言い訳がましいことを言うエミリアに、リナリーが首を傾げる。 「神田がパーティーに出たの? 私が帰った時には・・・その、アレン君とラビと一緒にいたって言ってたよ?」 エミリアを遠慮がちに見ながらリナリーが問うと、キャッシュとミランダが顔を見合わせ、更にエミリアを見遣って、にんまりと笑った。 「な・・・なに・・・?!」 驚くリナリーに、キャッシュとミランダがクスクスと笑う。 「それはそうなんだけどさ」 「エミリアさんとの約束で、パーティーが始まってしばらくは一緒にいたんですよ。ね?」 「うん・・・まぁね・・・」 ミランダの柔らかい表現に、エミリアがほっとしたのも一瞬、キャッシュが弾けるように笑い出した。 「エミリアが神田を引きずって会場に来たんじゃん! あれ、約束を楯に無理やり引っ張ってきたんでしょ?!」 ケラケラと笑われたエミリアは、紅い顔でキャッシュを睨み、リナリーは感心してエミリアを見る。 「エミリア、強いなぁ・・・。 神田相手にそこまで強く出られるのって、クラウド元帥とティエドール元帥だけだと思ってた」 「あと、アンタもね」 「私はいい子だよ?」 ワガママなんて言わないもん、と、大真面目に言ったリナリーに、三人が一瞬、声を失った。 「・・・アレ?」 続きは、と急かされて、キャッシュが意識を取り戻す。 「あ・・・あぁ、今思えば、神田はあんたを探しに行きたかったんだろうね。 パーティの間中、ずっと上の空だったんだよ。 そしたら当然、エミリアが怒って・・・」 ビシ!と、キャッシュがリナリーの頬を叩く振りをした。 「・・・・・・え?」 目を丸くするリナリーの隣で、自分が打たれたかのようにミランダが頬に手を当てて身をすくめる。 「・・・私、あんな凄まじい音、初めて聞きました・・・」 「まさか・・・エミリアってば神田に平手打ちしたの?!」 両腕を掴んだリナリーに詰め寄られ、エミリアは無言で頷いた。 「う・・・そ・・・・・・!」 目と口をまん丸にして、リナリーは握ったエミリアの細い腕を見つめる。 神田とは長年組み手をしているリナリーでも、彼の顔にクリーンヒットさせるなんて数えるほどしかなかった。 それを、エクソシストでもアクマでも、ましてやノアでもない普通の女の子がやってのけるとは! 「つ・・・強いとは思ってたけど、そこまでなんて・・・!」 「でもエミリアさん、アレン君も倒したって言うし・・・強いのは確かなんでしょうねぇ・・・」 感心した風に頷いたミランダに、エミリアが真っ赤になった顔を向けた。 「アレンを倒したのは事故なの!出会いがしらの事故なの!!」 大きく伝わっただけ、と否定するエミリアに、キャッシュは大きな仕草で首を振る。 「素人があんな音出せないよ。 もう、あまりの迫力に音楽も止まっちゃって。 皆、呆然として見守ってたら、エミリアは泣きながら出て行くし、神田は呆然と突っ立ってるし・・・」 凍りついた時の中、クラウドがつかつかと歩み寄って、長いドレスの裾をたくし上げる様を、皆が呆然と見つめていた。 次の瞬間。 「見事な回し蹴りが炸裂したんだよ」 「なんでっ?!」 と、身を乗り出した途端、リナリーは唐突に納得した。 「・・・うん、クラウド元帥だからね。 きっと神田を『女性を泣かすとはけしからん!さっさと追いかけろ!!』とでも叱ったんでしょ?」 すとん、と、浮かせた腰を落として問えば、現場にいた二人が頷く。 「血みどろで起き上がったかと思えば・・・」 「何も言わずにエミリアさんを追いかけて行って・・・拍手喝采でしたよ 「え・・・そ・・・そうなの・・・?」 少し、嬉しそうに頬を染めたエミリアに、キャッシュがまた頷いた。 「・・・まぁ、半分はリアルゾンビを見ちゃったことに対してだけどね」 常人なら確実に致命傷だった、と呟くキャッシュの隣で、リナリーは悔しげに爪を噛んだ。 「なんてこと・・・! 一生神田で遊べるネタを見逃すなんてっ・・・!!」 「・・・あんた、そう言う子だったんだね」 乾いた声で言うキャッシュに、リナリーは慌てて手を振る。 「かかっ・・・神田は自業自得で仕方ないにしても! エミリアには悪いことしちゃったね・・・!」 せっかくのパーティを楽しめなかっただろうと、申し訳なさそうなリナリーに、しかし、エミリアは照れ笑いして首を振った。 「・・・・・・え?」 なんで、と、目を丸くする彼女に、 「だって、エミリアさんですもの 「カッコよかったよ!」 ミランダとキャッシュが敬意を表してグラスを掲げる。 「な・・・なにがあったの・・・?!」 「・・・・・・えへへ 嬉しそうに笑うエミリアに、リナリーはますます目を丸くした。 「だっ・・・だってつまり、エミリアはパーティーでパートナーに置いてけぼりにされちゃったんでしょ? 屈辱的だって普通、怒るよねぇ・・・?」 違うの?と、不安げに首を傾げたリナリーに、エミリアがずいっと身を乗り出す。 「あら!ちょっと待って、リナリー? 誰が置いてけぼりよ! あたしが!神田を張り倒してふってやったのよ!」 「え・・・えぇーっと・・・・・・?」 どういうこと、と、戸惑うリナリーにエミリアは笑みを深めた。 「あいつ、あんたのことが気になってしょうがないカンジだったの。 そりゃあ、あんたみたいに可愛い子が、任務でもないのにどこに行ったのかわかんない、なんてことになったら、お兄ちゃんとしては心配よね。 あたしだって、孤児院の子がそんなことになったら、パーティどころじゃないもの。 だから・・・解放してあげたのよ そう言ってウィンクしたエミリアに、リナリーが頬を染める。 「・・・・・・えへ 神田・・・心配してくれたんだ・・・・・・」 と、嬉しそうに言ったリナリーの額を、エミリアが弾いた。 「あいてっ!」 「あんたのワガママのせいでこんなことになったんだって、わかってる?」 「う・・・すみません・・・・・・」 深々とうな垂れたリナリーの頭を、エミリアが笑って撫でる。 「ふふ でもあたし、ただじゃ起きないわよ 神田にはきっちり謝らせた上に、デート取り付けちゃったーん 「なに――――――――っ?!」 あまりの意外さに、リナリーが驚愕の絶叫をあげた。 「リ・・・リナリーちゃん、真夜中よ?」 「落ち着きなよ、あんた!」 耳を塞いだミランダとキャッシュにたしなめられ、リナリーは慌てて詫びる。 が、 「かかかかかか・・・神田が?! エミリアとデートしたの?!したの?!」 なぜか泣きそうになっているリナリーに、エミリアは笑って頷いた。 「うふふーん リーナリー?これなーんだっ?」 ワインを入れてきたバスケットの中から、エミリアが取り出したぬいぐるみを見て、リナリーがとうとう泣き出す。 「エミリアがお兄ちゃん取ったあああああああああああああああああ!!!!」 ぎゃああんと、ものすごい泣き声に、ミランダとキャッシュが慌ててリナリーの口を塞いだ。 「まっ・・・待って、リナリーちゃん・・・!」 「静かにしなよ!みんな寝てる時間だよ?!」 「らってぇぇぇぇぇっ!!」 えぐえぐとしゃくりあげながら、リナリーはエミリアが抱くぬいぐるみを指す。 「ハンスおじさんのぬいぐるみっ・・・!! もらったのっ・・・リナとラビだけだったのにぃぃぃぃぃ!!!!」 「リナッ!!しぃぃっ!!」 キャッシュがリナリーの頭を自身の腹に押し付け、呼吸ごと泣き声を塞いだ。 「エ・・・エミリアさん、神田君とドイツでデートだったんですか?」 息のできないリナリーが、じたばたと暴れる様を不安げに見ながらミランダが問うと、エミリアはぬいぐるみを抱きしめて頷く。 「だって、ミランダのお使いだったじゃない。クリスマス市に行って来いって」 「あ・・・あれはでも・・・パリだったんじゃ・・・・・・」 任務が続き、このままではクリスマスの買い物ができないと悟ったミランダが、非戦闘員であるエミリアにクリスマスの買い物を頼んだのは先日のことだった。 「うん。そのつもりだったんだけど、あんた達が出て行てった後、結局ドイツのニュルンベルクに行くことになっちゃって。 行き先は変わったけど、そんな口実でもないと、いくら約束したからって、任務優先のあいつが付き合ってくれるはずないもんね。 グッドタイミングだったよ!」 ぐいっと親指を立てたエミリアに、ミランダは苦笑する。 「それで・・・神田君がお気に入りの工房に連れて行ってくれたんですね」 マイスター・ハンスの手作りベアは、コレクター垂涎の品で、注文しても何年も待たされるのが当たり前だと言われているが、マイスターお気に入りの神田はそれを、予約なしで購入できるほとんど唯一の人間だった。 今年、唯一の例外としてラビにプレゼントしたくらいで、今まではリナリーのためだけに工房へ赴いていた彼が、彼女以外の女性を連れて行ったことがよほどショックだったのだろう。 まだ泣きじゃくるリナリーに、エミリアもさすがに悪い気がして、震える背中を撫でてやった。 「泣かないでよ、もー。 元々あんたのためだったんだから。ね?」 「ふぇ・・・?」 ようやく泣き声を止めたリナリーの背を、エミリアが軽く叩く。 「ぬいぐるみの修繕、お願いしてたんでしょ?」 「あ!」 あれか、と、目を見開いたリナリーに、エミリアが頷いた。 「あいつはそれを引き取りに行ったのよ。 そしたらマイスターが、このぬいぐるみをくれたの」 「なんで・・・?」 リナリーが不思議そうに首を傾げると、エミリアは呆れたように肩をすくめる。 「あのさ、みんな忘れちゃってるみたいだけど、今日の集まりの趣旨は何よ?」 「・・・・・・あ!」 「あぁ・・・!」 「あぁ、そう言えば!」 キャッシュが手を叩き、ようやく解放されたリナリーが泣き顔をあげた。 「アレン君のお誕生日だ!」 「イエース 両手で持ったクマに大きく頷かせ、エミリアが笑う。 「苦労したのよ、ホント! デートだってーのに、非効率だとか時間節約とか言う奴を広場中引っ張りまわした上、モヤシの顔を思い出すだけでムカつく、なんて言うあの強情っぱりに、アレンのプレゼント受け取らせるの! それを一所懸命なだめになだめて入手したってのに、あんたは嫉妬かー!」 むにーっと頬を引き伸ばされて、リナリーが泣き声を上げた。 「ぎょめんにゃひゃい!!ぎょめんにゃひゃい!!」 「はいはい、そこまで!」 また泣かれては困る、と、キャッシュがエミリアとリナリーを引き離す。 「えーっと・・・あたしは今日、初めて聞いたからよくわかんないんだけど、アレンの誕生日に、それ使って何かやるってこと?」 二人の間に無理矢理入って、キャッシュが問うと、エミリアはふかふかの白いぬいぐるみに頬をすり寄せ、にっこりと笑った。 「そ。 これが計画の第一段階 ね?と、エミリアに水を向けられ、ミランダが頷く。 「神田君とアレン君、いつもケンカばかりしているでしょう?だから・・・」 「あぁ、神田からアレンに、ビッグプレゼントをさせる計画なんだね!」 納得して手を打ったキャッシュが、楽しげな笑みを浮かべた。 「そりゃあ、みんなもびっくりだよ! あの神田が、犬猿の仲のアレンにプレゼントを渡すなんて!」 ここに来て間もないキャッシュですら、一瞬で理解した険悪な二人を仲良く・・・させるのは無理だろうが、クリスマスくらい、険悪ではない雰囲気にさせようと、彼女達も努力しているらしい。 「ミランダにいきなり任せるなんて言われた時は、どうしようかと思ったんだけど、ベアは男の子のおもちゃだし、マイスターが神田から聞いた話を元に作ったクマだって言うから・・・これならアレンも喜ぶかと思ったんだ どうよ!と、胸を張ったエミリアに、リナリーが拍手を寄せた。 「ご・・・ごめんね、さっきは・・・・・・」 「ふふ いいわよ、リナリーのお兄ちゃん取ったのは事実だし?」 「う・・・!」 途端にリナリーが顔を引き攣らせ、エミリアは愉しげに笑う。 「あいつ、ああ見えて結構、女の子に優しいのよね 「えぇっ?! ど・・・どんなとこが・・・?!」 からかうと面白いようにうろたえるリナリーを、エミリアが愉しげにつついた。 「あんた、本当にあたしがあいつを殴れると思う? いくら心配事があって上の空だったからって、素人の平手打ちくらい、避けられない神田じゃないでしょ?」 「う・・・うん・・・」 ぷにぷにと膨らんだ頬をつつかれながら、リナリーが頷く。 「だけどあえて、殴られてくれたんだよね。 きっと、あたしに恥をかかせないように、って、配慮だったんだと思う」 本人に確認したら否定されたけど、と、笑声をあげたエミリアにまた、リナリーの頬が膨らんだ。 「なんで神田がそんなことするんだよ。しないよ」 憮然と言えば、両手で頬を挟まれて潰される。 「あたしが神田を振った、って体裁にしておけば、後であたしがパーティーに参加しやすいでしょ?」 「は・・・?」 目を丸くしたリナリーに、エミリアが笑みを深めた。 「実際、あたしが一人で戻って来ても、敬遠されるどころか、ダンスの申し込みがたくさん来たんだから ねぇ?と、証人代わりのミランダを見遣ると、彼女も愉しげに笑って頷く。 「それでクラウド元帥も対抗心を刺激されたらしくて、普段はダンスのお誘いなんて受けてくださらないのに、あの時だけは来るもの拒まずでしたからね。 文字通り、狂喜乱舞した男性がたくさん居ました」 「えー・・・・・・あの神田が・・・女の子に気を使うなんて・・・・・・」 幼馴染の意外な一面に、リナリーが呆然とした。 「まぁ、『お義母様』のおかげでもあったわね 「クラウド元帥の?」 「そうよ。 だって、神田が追いかけて来てくれなきゃ、単にあたしが振られて帰っちゃったことになるじゃない」 それこそ大恥だ、と、エミリアは肩をすくめる。 「だから、パーティ会場に戻ってまず、あいつを差し向けてくれた元帥にお礼申し上げたのよ。 こうやって・・・」 立ち上がり、ガウンを羽織り直したエミリアは、その裾を広げて優雅に宮廷風の会釈をした。 「仲裁をありがとうございます、元帥。 おかげで仲直りできましたわ だが、そこで素直に『よかった』と言えないのが元帥だ。 「元帥は、あくまで神田を娘扱いなのよね。 私は娘に一般常識というものを教えただけだ、なんてそっぽ向いて、決してお前のためじゃない、なんてむっつりされちゃったもんだから、意地悪したの くすくすと笑って、エミリアはその時元帥へ向けた、嫣然とした微笑みを浮かべた。 思わず見惚れてしまったリナリーをクラウドに見立て、あの時と同じことを言う。 「お義母様なら、そうやって彼を諭して下さると思ってましたわ。 おかげでうまくいきました 「だっ・・・誰が『お義母様』だよ!! いつの間にエミリアが、ユウ姉様の旦那さんになっちゃったんだよ!!」 「あら・・・」 さすが幼馴染と言うべきか、あの時、クラウドが言ったこととほとんど同じことを言ったリナリーに、キャッシュが笑い出した。 「すごい、今の! クラウド元帥も、『誰が『お義母様』だ!!お前のような娘婿は知らん!!』って、すごい剣幕だったよ!」 「あらあら あの時と同じく、勝利の高笑いをするエミリアに、ミランダが苦笑する。 「そんな風にエミリアさんが笑ってしまうから・・・悔しがった元帥がティモシー君を抱き潰しちゃって、大変だったんですよ」 「それは・・・気の毒に」 むっと眉根をひそめて、リナリーは温かい紅茶をすすった。 怒りを隠さない態度に、ミランダならおろおろして、すぐに詫びただろう。 が、孤児院で散々子供達の面倒を見てきたエミリアは違った。 「あらあら 「ぎゃんっ!!」 ぎゅっと鼻をつままれて、リナリーが悲鳴をあげる。 「なにするんだよっ!」 赤くなった鼻を押さえて抗議すると、ずいっとエミリアに迫られた。 「う・・・なに・・・?」 びくびくと怯えるリナリーの目を、エミリアが逃さず見つめる。 「あたしまだ、お礼を聞いてないけど?」 「お・・・お礼?なんの・・・ふにゃあんっ!!」 つまんだ頬をまた引き伸ばされて、リナリーが悲鳴をあげた。 「あんたに神田を譲ってあげたお礼と、アレンへのプレゼントを入手したお礼よ! どっちも大変だったんだから、拗ねてないでちゃんと言いなさい!」 「ひっ・・・あっ・・・ありがとうございました・・・・・・!」 真っ赤になった頬が痛くて、ついつい深くうな垂れたリナリーが、涙声で礼を言う。 「よし!えらいえらい!」 エミリアが小さな泣き声をあげるリナリーを抱きしめ、軽く背中を叩いてやると、リナリーは途端に安堵して、甘えるように擦り寄って行った。 「すごい・・・。 リナリーちゃんを手懐けるなんて、さすが、ティモシー君の家庭教師ですね」 「子育ての経験値が違うね!」 見事な飴と鞭に、ミランダとキャッシュが感心する。 「こうやって神田も手懐けたの?」 キャッシュがからかい口調で尋ねると、エミリアは苦笑して首を振った。 「あいつは懐いたりしないよ。 本心を聞き出すのだって、まだ無理そう」 「アララ? 意外と弱気じゃん」 怖いものなんかないと思ってた、と言うキャッシュに、エミリアは笑い出す。 「時間がかかるって言ってるだけよ。 まだ、会って間もないんだもの。 クラウド元帥やリナリーみたいに打ち解けてもらうには、時間がかかるって言ってんの」 それだけの積み重ねがあるんだよ、と、言外に言われた気がして、リナリーは照れ笑いを浮かべた。 エミリアのことはてっきり、闖入者だと思っていたが、ちゃんとエチケットは心得ているらしい。 「エ・・・エミリアなら、まぁ・・・姉様と仲良くしても、許してあげる・・・」 「それだけ? 姉様のお婿さんだって認めてはくれないの、小姑さん?」 「誰が小姑だよっ!」 「小姑じゃないか」 「お兄さん大好きですもんねぇ」 キャッシュだけでなく、ミランダにまでくすくすと笑われて、リナリーが盛大に頬を膨らませる。 「もう・・・なんだよ! 姉さん達意地悪だし!本部のパーティーの方が、ずっとずっと面白そうだったし!」 ごろん、と、ベッドに仰向けになってしまったリナリーに楽しげに笑い、三人は拗ねる彼女の上で杯を重ねた。 と、いつの間にかヌーヴォーのボトル一本と、スコッチの三本目のボトルが空になっている。 「なくなっちゃいましたねぇ・・・まだ飲み足りない気がするけど、今夜はそれなりに飲んだってことかしら」 「いや・・・どんだけ強いんだよ、あんた・・・」 キャッシュも酒の強さには自信があったが、スコッチを三本もあけて、平然としている女は初めて見た。 「もう時間も遅いし、そろそろ寝ようよ・・・あたしも、あんた達が飲まない分、一人でワイン飲んじゃったし」 あくび交じりに言ったエミリアに、しかし、ミランダは不満げに小首を傾げる。 「うーん・・・」 「もう十分飲んだよね?!」 キャッシュが慌てて畳み掛けると、ミランダはようやく頷いた。 「そうですね・・・。 いいお酒はやっぱり美味しいから、つい名残惜しくなってしまって 今度は私が、取って置きのワインをあけますね 「う・・・うん・・・・・・」 これだけ飲んで、もう次の話かと、キャッシュは震え上がる。 と、 「なによ! ヴォジョレー・ヌーヴォーにはご不満だったんだから、よほどいい畑のものなんでしょうね!」 エミリアが言った言葉に、キャッシュがふと目を見開いた。 「そっか・・・こっちのワインって、おいしいんだろうなぁ」 本場だし、と呟くと、ミランダが大きく頷く。 「それはもちろん 「その出来立てを甘いって言ったんじゃない! せいぜい熟成しないとね!」 ふんっと鼻を鳴らしたエミリアに、いつものミランダであればおろおろと慌てふためいたのだろうが、今日は酒が入っているためか、ゆったりと笑って頷いた。 「しっかりと寝かせたものを、慎重に運んだんですから、きっとエミリアさんも満足してもらえますよ 「ふうん! じゃあ、お手並み拝見しようじゃない!」 受けてたったエミリアの傍ら、キャッシュはうれしそうに手を打つ。 「そりゃ楽しみだね 私、辛党だから、甘いのじゃなくて辛口のね。 ガッツリ重たい赤がスキ!」 「えぇ、期待しててください・・・って、あら? なんだか静かだと思ったら、リナリーちゃん、寝ちゃったんですね」 ベッドの上で、すぅすぅと寝息を立てるリナリーを見下ろし、ミランダが立ち上がった。 「こんな格好じゃ、風邪ひいてしまうわ。 リナリーちゃん? ベッド譲ってあげるから、ちゃんとお布団の中で寝て・・・え?」 リナリーの肩をゆすった拍子に、ころん、と、布団の上に転がったボトルを、ミランダが取り上げる。 「アップルブランデーのミニボトル・・・空なんですけど・・・・・・」 そっと、ミランダが眠るリナリーの頬に手を当てると、ずいぶん火照っていた。 「あぁ、さっきから真っ赤だったわよ、この子?」 気づかなかった?と、暢気に言ったエミリアに、ミランダが首を振る。 「だって! エミリアさんがつねったせいだと・・・」 「いくらなんでもそんなにつねんないよー! この子時々、後ろを向いてこそこそ入れてたし?」 そのことは、リナリーの正面に座っていたエミリアだけが気づいていた。 「なんで飲ませちゃうんですか!」 「コラ!不良少女! 全部飲んじゃって大丈夫なの?!」 ミランダが悲鳴をあげ、キャッシュがぺちぺちと頬を叩くと、リナリーはむずがる子供のように眉根を寄せる。 「も・・・らいじょうぶらってぇ・・・リナねむいのぉ・・・・・・」 ごろん、と、ベッドの上でうずくまってしまったリナリーに、三人とも呆れて肩をすくめた。 「仕方ない。 このままリナリーを寝かせて、私達も寝ちゃおう。 片づけは明日でもいいよね?」 ガウンを脱ぎだしたエミリアに、ミランダはまだ不安げな顔で頷く。 「まぁ・・・このくらいなら、気分が悪くなることもないでしょうし・・・」 「よし、じゃ・・・!」 キャッシュがリナリーの下から毛布を引っ張ると、その上をリナリーがころころと転がった。 「きゃー 「きゃーじゃない! ホラ、ベッドに戻んな!」 ずりずりと落ちてきたリナリーを抱き上げようとすると、先に彼女がキャッシュの腹に抱きついてくる。 「こらこら!離れな!」 「やらぁ〜!キャッシュ〜 呂律の回らないリナリーが、キャッシュの腹に頬をすり寄せた。 「ミランダぁ・・・エミリアもー・・・兄さんもアレン君も神田もラビもみんな、みんなすきぃ〜 「ハイハイ、ありがとー。はい、横になって!」 おざなりに言いながら引き剥がそうとするが、さすがにエクソシストの膂力と言うべきか、決して離れようとしない。 「コラ・・・」 ちょっと叱ってやろうかと思った時、 「らから・・・いなくならないれね・・・ずーっとここに・・・・・・」 寂しげな声で言われ、キャッシュとミランダは顔を見合わせた。 が、またすぅすぅと寝息を立て始めたリナリーに、思わず苦笑する。 「もちろんですとも、姫」 「あったかくして寝るんですよ」 キャッシュがリナリーをベッドに乗せ、ミランダがその上に毛布をかけてやった。 「エミリアさんは・・・」 どうする、と尋ねようとして振り返ると、彼女は既に、ソファに伸びている。 「ここにもいたよ、ワガママ姫」 「あら・・・お酒も強いんだと思っていたのに」 くすくすと笑って、二人はエミリアをリナリーの隣に寝かせた。 「なんだか姉妹みたいですねぇ」 「そうなればいいな、って、エミリアは思ってるかもね」 密やかな笑声は、二人の寝息に混じってふっと消える。 「・・・・・・ねぇ、キャッシュさん」 「・・・・・・・・・飲みなおそうか」 ミランダの言おうとしたことを察して、キャッシュは苦笑した。 軽いものを、とキャッシュに念を押され、ミランダはさっぱりとしたカクテルを作った。 香りで、ラムやジンでないことを確かめてから口をつけたキャッシュの隣に、ミランダも腰を下ろす。 二人の視線の先では、エミリアに抱きついたリナリーが、安らかな寝息を立てていた。 「・・・この子は、今までに随分と辛い思いをしてきたんだろうね」 しばらくの無言の後、呟いたキャシュを、ミランダが見遣る。 眠る二人のため、明かりを絞った部屋では、彼女の表情はよく見えなかった。 が、本部科学班の一員としてエクソシストのデータ閲覧資格を得た彼女には、色々と思うところがあったのだろう。 暗い声を受けて、ミランダはグラスの中に目を落した。 「私は・・・あなたみたいにデータの閲覧資格を持ってませんから、リナリーちゃん本人から聞いた話ですけど・・・。 幼い頃、教団に連れて来られてから、随分と怖い目に遭ったそうです・・・。 コムイさんが室長に就任するまでずっと・・・」 「うん、酷い記録だった・・・」 まだ幼い子供達に課せられた残酷な実験の数、数、数・・・。 そこには、リナリーの気が触れるまでの過程が、詳細に記されてあった。 「・・・なのに人間が好きだって、この子はそう言うんだねぇ」 吐息を漏らすキャッシュに、ミランダが頷く。 「以前、話してくれたことがあるんです・・・リナリーちゃんの世界の話。 キャッシュさんなら『世界』という言葉に、何を思い浮かべますか?」 「世界・・・っていうとあれ?地球とか、世界地図とか?」 ワールドマップを思い浮かべたキャッシュに、ミランダは穏やかに微笑んだ。 「そう思いますよね。 でも、リナリーちゃんは『世界』という言葉で、この教団の人達の顔が浮かぶんですって。 幼い頃に連れて来られて以来、ずっとこの教団で育った自分には、この教団の人々が世界そのものなんだって・・・」 ふぅ・・・と、ミランダが切なく吐息する。 「だから、その中の人が亡くなることは、自分の世界の一部が崩壊することなんだそうです。 たとえ、この戦争が勝利に終わって、世界が守られたとしても、教団の人々がいなければ、自分にとっての世界は無くなったも同じことなんだと・・・そう、言っていました」 意外な世界観に、キャッシュは驚いてミランダを見つめた。 「・・・・その中には、あたし達も入ってる・・・?」 「ええ」 「タップ・・・兄貴も入ってたのかな・・・・・・」 「もちろんです」 きっぱりと言って、ミランダは気遣わしげにキャッシュを見返す。 「あの・・・ここに来てからキャッシュさん、タップさんのことを聞かないし話さないって、リナリーちゃんが随分と心配していたんですよ?」 「リナリーが・・・?」 ふと、眠るリナリーに目をやったキャッシュに、ミランダが頷いた。 「ご家族のことですから・・・他人の私達が何か言えることでもないんですけど、リナリーちゃんはタップさんとの楽しい思い出をたくさん持っているから、ここで彼がどんな風だったか、話してあげたいって」 「ふふ・・・そっか。 兄貴も、あんな可愛い子が側にいたんなら、楽しかったろうな」 キャッシュの軽い口調に、ミランダはわずか、緊張を解く。 どうやら彼女にとって、兄の話題は忌避すべきものではないようだが・・・それでも、気を使ってしかるべき話題だ。 ミランダはそっと、キャッシュへ向き直る。 「・・・差し出がましいことを言って、すみません・・・・」 頭を下げるミランダに、キャッシュは首を振った。 「なんだか、気を使わせちゃったね」 「そんなこと・・・」 ない、と、言えずにいるミランダに苦笑し、キャッシュはグラスの中に目を落す。 ほのかに立ち上る森の香りが、薄暗い部屋の中で兄と過ごした我が家を思い出させた。 「・・・実はあたし、まだ兄貴が死んだって、信じられなくってさ・・・ここに来て、兄貴がいないのを確認してもまだ信じられないでいるんだ・・・・・・」 黙って頷いたミランダに、キャッシュはくすりと笑みを零す。 「―――― 南米支部の科学班にはさ、もう一人、女の科学者がいたんだよね」 「?」 突然話を変えられ、戸惑うミランダに、キャッシュは笑みを苦笑に変えた。 「彼女は結構美人で、いわゆる女の武器っての?男に取り入って、うまく階段を上ってきたような女で。 だから、男勝りで気兼ねなく仲間に受け入れられてるあたしのこと、結構目障りだったみたい」 「はぁ・・・」 「あれって、目の敵にされてたってことかなぁ・・・。 彼女は上司に取り入って、華々しい結果が出るような、美味しい仕事を全部持ってってさ、あたしには地味な基礎データ集めとか、延々と同じことを繰り返す反復実験とか、そんなものばっか回してたんだよね」 「そ・・・そうなんですか・・・・・・」 ミランダも、エクソシストになるまでは色んな仕事を経験したが、そんな意地悪な人間はいなかったように思う・・・・・・気づかなかっただけかもしれないが。 「い・・・色んな方がいらっしゃるんですねぇ・・・」 ようやくそう言ったミランダに、キャッシュが軽く笑声をあげた。 「別に、そういう仕事が嫌だったわけじゃないよ? まぁ、彼女のやり方に腹は立ったけど・・・支部の科学班なんて、元々本部科学班の手足みたいなもんで、本部じゃ手の回らない基礎研究やデータ回収をするのが仕事の大半なんだから」 「そ・・・そうなんですか・・・?」 科学班の手伝いはしているものの、極秘文書を読む資格のないミランダは、ファイリングはしても、書面の内容など読んだことはない。 ために、各支部から毎日寄せられる膨大なデータがなんなのか、全く知らなかった。 「み・・・皆さんのご苦労も知りませんで・・・・・・」 しおしおとうな垂れたミランダの背を、キャッシュがパタパタと叩く。 「それ当然!役目違うんだから、それ当然だから!ね?!」 「はぁ・・・」 ようやく顔を上げたミランダにほっとして、キャッシュはカクテルに口をつけた。 爽やかな風味はライムとミントだろうか・・・南米支部でよく飲んでいた、モヒートに似た味わいだ。 そう・・・キャッシュの本部行きが決まった時も、仲間がそれで乾杯してくれた。 くすりと笑って、キャッシュはグラスを鳴らす氷の音を楽しむ。 その音は、屈託が胸を塞いだ、あの日のことも思い出させた。 「―――― ずっとそんなことやってたから、そいつじゃなくてあたしが本部科学班へ、って言われた時は嬉しかったんだ。 ようやく、兄貴のところに行けるってね。 ・・・エリートの中のエリートしか入れない本部科学班が、大幅に人員を補充するなんて変だって、その時は気づかなかったんだよね」 浮かれてたんだ、と、キャッシュは炭酸が消えて、少し甘くなったカクテルを口に含んだ。 「そしたらそいつが言い出したの。 今までがんばって論文を書いちゃ、何度も提出してきた自分が選ばれずに、地味なデータ取りや基礎研究しかしてこなかったあたしが本部栄転になったのは変だってね。 そう言われてみれば不思議だなぁとは思ったけど、長年地道な研究を重ねてきたわけだし、それを誰かが認めてくれたんだって思って・・・・だからつい、言っちゃったんだよね。 あたしは、あんたみたいに色々と裏から手を回すなんてことできないから、実力が認められたんでしょうよ、って」 その瞬間の彼女の顔―――― みるみる蒼褪め、歪んでいった様は、今でもありありと思い出せる。 なまじ整った顔なだけに、それはとても醜悪に見えた。 彼女は抱えていた分厚い報告書をキャッシュに投げつけ、ヒステリックに言い放ったのだ、 ―――― 実力だなんてバカなこと言わないで!アンタなんか、死んだ兄貴の代わりじゃないの!! と。 武器を持たない戦いの凄まじさに、ミランダがなにも言えずに息を呑んだ。 ただ目を瞠る彼女に、キャッシュは苦笑して肩をすくめる。 「あたし、あいつがなに言ってんだかわかんなくて・・・当時の上司が止めるのも聞かずに、あいつが投げつけた報告書を見たの。 それが・・・教団本部襲撃事件の記録だったんだよ・・・」 各支部の幹部のみに閲覧が許された報告書の、甚大な被害を伝えるデータの中、『タップ・ドップ』の名は死亡者リストの上位に記されていた。 「その時初めて、あたしは兄貴が死んだって知ったの」 「・・・そんな・・・ひどい・・・」 呟いた口元を、ミランダは薄い掌で覆う。 身内からアクマを出さないため、教団が死亡者の名を厳重に秘匿することは知っていたが、自身の死を知らせる親族もないミランダにとって、それはいまいち実感のわかないことだった。 しかし団員の生死は、家族にとって、なにより重要なこと・・・。 なのにそれを他人事と思っていた自分に気づいて落ち込むミランダの肩を、キャッシュが苦笑して叩いた。 「あ・・・あたしもうっかりだったんだよ! 本部科学班で大量の人員補充が必要ってことは、そりゃ大量に欠員が出たってことでしょ。 それなのにあたし、全然気づかなくて・・・ただ本部に行けるのが嬉しかったんだよね。 兄貴がさ、いつも『本部は楽しいぞ。仕事は面白いし、いい人ばっかりで・・・仕事量は支部の数倍だけどな』なんて言ってたし、明るい声で『お前も早く来いよ』って言ってたから・・・。 まさか、兄貴のいない本部に来ることになるなんて、思ってもみなかった。 そのせいかな、兄貴が死んだなんてこと、まだ実感できなくて・・・」 「・・・ごめんなさい」 キャッシュの手の下で細い肩を震わせ、泣き出したミランダを、キャッシュはぎょっとして見遣る。 「えっ?!あの・・・なんであんたが謝んのっ?!」 ミランダを詰るような話をしただろうかと、焦るキャッシュの隣で、ミランダは泣き顔をあげた。 「私・・・タップさんを守れませんでした・・・。 私・・・エクソシクトなのに・・・! あの時・・・私は本部にいたのに・・・!」 再び泣き顔を覆い、しゃくりあげるミランダを、キャッシュは苦笑して見つめる。 「あたしの言い方が悪かったんならごめん・・・。 あたし、ミランダやリナリー・・・教団の誰かを非難したいんじゃないんだよ。 だって、誰一人逃げやしなかったんだろう? みんな、自分にできる精一杯のことをやったんだ。 そんなの、あんた達を見てれば、誰にだってわかるよ」 ―――― それはきっと兄も同じで、最期まで生きることを諦めなかったんだと、そう思う。 「本部に来て、ここの人たちに会って・・・心からそう思うよ」 キャッシュは、細い身体を震わせて泣くミランダを抱きしめた。 「・・・あたし、ここに来て本当に良かった」 「キャッシュさん・・・・・・」 子供をあやすように、軽く背中を叩いてやっていると、ミランダもようやく落ち着く。 「じゃ、そろそろホントに寝ようか! モヒート風のカクテル、おいしかっ・・・」 ソファから立ち上がった途端、キャッシュはがくりと膝を崩して床に這った。 「キャッシュさん?! だ・・・大丈夫ですか?!」 慌てて傍らに跪いたミランダが、気遣わしげにキャッシュの顔を覗き込む。 「ちょっ・・・あんた・・・あのカクテルなんだったの・・・・・・?!」 ぐらぐらと回る視界になんとかミランダの姿を捉えて問うと、彼女は困惑げに首を傾げた。 「飲みすぎたっておっしゃるから、身体にいいように、シャルトリューズって薬草のリキュールを使ったんですけど・・・」 「シャルトリューズ・・・って! アルコール度数55%?!」 「あら・・・そんなにありましたっけ?」 爽やかな飲み口につい騙されてしまうが、スコッチより断然高い。 「ご・・・ごめんなさいね、キャッシュさん・・・。 お酒、あんまり強くなかったんですね・・・」 ―――― あんたがザルなのよ!! か弱げに見えても、エクソシストになる人間はやはり常人じゃないと、その夜、キャッシュは身をもって知らされた。 ―――― 翌朝。 キャッシュの休暇一日目は、二日酔いの頭痛と共に始まった。 「ごめんなさい・・・。 キャッシュさんが、こんなにお酒が弱いなんて知らなくて・・・」 申し訳なさそうに言ったミランダに、キャッシュはふらふらと手を振る。 「いや・・・あんだけ飲んで二日酔いもなしってあんたの方がどうかしてんだよ・・・」 ほんの少し、棘を含んだ口調で言ってやると、ミランダは困惑げに首を傾げた。 「そう・・・ですか? コムイさんや元帥方とは、もっと飲んでも平気なんですけど・・・」 「すんません、未熟者でした・・・・・・」 どうりで飲み足りないと言われたはずだと納得し、キャッシュはうな垂れるようにこうべを垂れる。 「今後精進しますから・・・」 「えぇ 次は軽いお酒で乾杯しましょうね ――――・・・アルコール度数55%が軽いのかよ・・・・・・! くらっと、眩暈を起こしながら、キャッシュはドアに手をかけた。 「あたし・・・料理長に二日酔い対策のブランチもらってくるけど・・・」 あんた達は?と見遣れば、ミランダは笑って首を振る。 「リナリーちゃんとエミリアさんがまだ寝ていますから、彼女達が起きてから行きます。 キャッシュさんはどうぞ、休暇を楽しんでくださいね」 「ん・・・」 苦笑したキャッシュは、ミランダに部屋の外まで見送られ、食堂へ向かった。 自分ではブランチだと思っていたが、食堂は既にランチタイムで、ジェリーは魔法のように次々と注文をさばいている。 「りょーりちょー・・・」 グロッキーな顔を注文カウンターに乗せて呼びかけると、彼女はパタパタと寄って来た。 「んまっ!酷い顔! アンタ、昨日は深酒したんでしょ?」 めっ!と眉根をひそめた彼女に、キャッシュは力なく頷く。 「ミランダと飲んでたら・・・・・・」 「アンタ・・・命知らずにも程があるわよ・・・!」 真剣な口調で言われて、キャッシュは顔をあげた。 「とんでもなかったよぉ・・・!」 しくしくと惨状を訴えると、ジェリーは呆れたように吐息して、肩をすくめる。 「あったりまえじゃない! ミランダは、コムたんに勝っちゃう子なのよ? クロス元帥ともいい勝負してたし・・・クラウドちゃんが負けた時は、みんな腰をぬかしたんだから! 一般人が勝とうなんて、ムリムリムリムリ!!」 バタバタと手を振られて、キャッシュは魂までもが抜けそうな吐息を漏らした。 「・・・勝負したわけじゃ・・・なかったんだけど・・・・・・」 やっぱりすごいのか、と、落とした肩に、ジェリーの暖かい手が乗る。 「ホラ、二日酔いにいいメニュー作ったげるから、テーブルで待ってなさい」 「あい・・・・・・」 ヨロヨロと手近の席に着くと、間もなく、ジェリーが温かい料理を運んできてくれた。 「さぁどうぞ お野菜中心で、胃に優しいものを作ったわよん 「ありがとぉ・・・・・・」 温かいスープをすすると、アルコールで焼けた胃に染み渡っていく。 「おいひぃ・・・」 「そ?よかった にこりと笑ったジェリーが、忙しい時間なのに隣にいてくれることが不思議で、キャッシュはふと首を傾げた。 と、彼女は窓の外を指して、キャッシュの視線を促す。 「今朝、大聖堂にね・・・」 ジェリーの指の先には、ゴシック様式の高い塔があった。 「前のお城にあった、慰霊碑が届いたの」 「慰霊碑・・・・・・」 ジェリーに倣って声を潜めると、彼女はかすかに頷く。 「教団ができてから100年の間に、亡くなった人達の名前を刻んであるのよ」 「え・・・そんな記録・・・!」 残していいのか、と、更に声を潜めたキャッシュに、ジェリーはまた、かすかに頷いた。 「中央庁は、かなり反対したみたい」 「そ・・・そりゃそうだよ・・・! 身内からアクマを出さないためにも、外部には団員の死を知らせちゃいけないって決まりがあるんだから・・・!」 それが入団の条件でもある。 「でもね、コムたんが、教団の中でだけでも仲間を弔ってあげたいからって、中央庁に無理矢理話を通して作ったの。 古い記録を一つ一つ探し出して、犠牲になった子供達の分まで、名前を刻んだものなのよ」 「そ・・・それは・・・・・・」 中央庁の強硬な反対にあっただろうことは、想像に難くなかった。 中央庁にとっては、隠しておきたい過去が暴かれることにもなりかねないのだ。 「前のお城でも、祭壇の裏にこっそり置かれていたものだったんだけど、ようやく、このお城にも運び込む許可が出たの。 ・・・・・・新たな名前も、刻まれたそうよ」 「・・・・・・・・・」 黙ってスプーンを置いたキャッシュに、ジェリーは頷いた。 「まだ、このことを知ってる人はわずかしかいないわ。 今日なら・・・静かにお祈りできると思うわよ」 ぽん、と、軽く肩を叩いて席を立ったジェリーに、キャッシュは黙って頭を下げる。 「・・・どういたしまして」 そっと囁いて、ジェリーは厨房へと戻って行った。 その後、食堂を出たキャッシュは一人、礼拝堂を訪れた。 ここに来ること自体、本部勤務になって初めてのことだったが、今日は、兄の名が刻まれた慰霊碑もあるという。 緊張気味に歩を進めた堂内に人影はなく、だが、祭壇には絶えることなく火が灯され、花が手向けられていた。 キャッシュは、灯火を受けて黒く浮き上がる石板に、ゆっくりと歩み寄る。 ―――― Tap Dop・・・。 刻まれた文字を指でなぞり、キャッシュは吐息を漏らした。 「ホントに・・・死んじゃったんだ・・・・・・」 指は石板に吸い付いたまま、キャッシュは献花台に一輪、花を捧げる。 バラ園にいたクロウリーには、もっと持って行けばいいのにと言われたが、未だ兄の死を信じられない自分には、このくらいがちょうどいいと思ったのだ。 「ホント・・・花なんて、あたしの柄じゃないのにね。 兄貴が見たら、大笑いするんじゃないかな」 くすりと笑みを漏らすが、答える兄は、ここにはいない。 「・・・ねぇ、兄貴。 ここは、兄貴が言ってた通りのとこだね。 仕事はレベル高くて大変だけど、仲間はいい奴ばっかだよ。 人のために泣いちゃうような、お人よしとか・・・」 昨夜のミランダの姿を思い出し、キャッシュは苦笑した。 「ここの奴ら見てるとさ、兄貴が何を守りたくて戦ってたのか、わかる気がするよ。 兄貴ってば、捨て犬は必ず拾ってきちゃうような奴だったから。 きっと、あのお人よし連中を見捨てられなかったんでしょ。 それで、ついついがんばっちゃって、こんなことになっちゃったんだねぇ・・・・・・」 こつん、と、額を当てると、二日酔いに鈍く痛む頭に、その冷たさが心地よい。 それが、幼い自分の頭を撫でてくれた兄の手のようで、思わず笑みが浮かんだ。 「・・・あたしね、支部にいる時は、兄貴が何を目指してこんな大変な仕事に耐えてんのかなって思ったんだよ。 だってもう、仕事量が殺人的じゃない?ナチュラルに過労死だよ。 けどこっちに来て、ここには自分のためだけに研究をしてる人がいないなぁって気がついた。 何か役に立つものができるんなら、それを誰が作っても同じでしょって、当たり前の顔して言うんだよ。 そして、そのためにできることは、なんでもするんだよね。 ちょっと感動もんだけど、そりゃ、仕事が終わるはずないよね」 くすくすと笑って、キャッシュは顔をあげる。 「この戦争を終わらせるためにあたし達の仕事はあるんだって、何度も聞いたし、理解しているつもりだったけど・・・。 本当は、全然解ってなかったのかも。 世界のためにとか、人類のためにとか、あまりにも漠然としていて、全然リアルじゃなくてさ。 リナリーが戦う理由はね、大切な人たちを守るためなんだって。 自分が大切に思う人が世界の全てなんだって。 極論に聞こえるけど、きっとそれがみんなの本音だよね。 だから皆、あんな命を削るような仕事に耐えられるんだね」 そんなことを言ってしまうあの子を・・・大人達に酷い目に遭わされたにもかかわらず、まだこの教団の人間を『家族』と呼べるあの子を守ってやりたいと、確かに思った。 「兄貴、あんたもそうだったんでしょ? だったらあたしも、あんたの遺志を継げそうだよ。 兄貴が大切に思ってた人達のこと・・・あたしも大好きになったからさ。 まぁ・・・どうやらあたしは、兄貴の身代わりでここに呼ばれたらしいんだけどね。 それはちょっと悔しいけど・・・それだけ兄貴がここで大切に思われてたってことなんだろ。 兄貴の妹だからか、みんな良くしてくれるし・・・それにあたし、ここに来なきゃ、兄貴が死んだことも知らなかったんだよ。 ・・・あたし、絶対この戦争を生き残って故郷に帰ったら、家族に兄貴がどんな風に生きたか伝えるからね。 だから・・・それまでここにいて、あたし達のこと見守ってて・・・・・・」 語り終え、よし、と頷いたキャッシュは踵を返し、出口へと向かう。 礼拝堂の扉に手をかけた時、それは外から開いて、ジョニーが現れた。 「アレ? 今日は一日寝てるって言ってなかったっけ?」 きょとん、と見あげてきた彼に、キャッシュは焦って手を振る。 「あっ・・・あの、料理長に教えてもらって・・・!!」 なんで言い訳してるんだろう、とは思ったが、ハロウィンパーティで彼を小猿にして以来、まともに話をしてなかった。 ―――― き・・・気まずい・・・! さすがに酷いことしたからな、と、ピチピチと目を逸らすキャッシュに、しかし、ジョニーはにこりと笑う。 「俺も。 料理長が、あの慰霊碑が届いたよ、って、教えてくれたんだ」 そう言って彼は、手にした花束でひっそりと佇む石板を指した。 キャッシュが持って来た花に比べると、一見小ぶりな花束も、随分と豪華に見える。 「あれが来る前から、ここには時間が空いたら来てたんだけどね」 「そ・・・か・・・。 じゃあ、あの灯火や花は・・・・・・」 「あれは室長」 「え?!」 あの忙しい人が、と目を丸くする彼女に、ジョニーは笑った。 「東洋の風習だとかで、朝は必ず、ぶ・・・?ブツ・・・ブツゼン?? んー・・・いいや、墓前で。 とにかく、亡くなった人にお参りするんだって。 補佐官も、ここに来るのは黙認してくれてるみたい」 そのまま逃亡すれば死ぬより怖いお仕置きが待ってるけど、と、苦笑して慰霊碑に向かったジョニーは、肩越しにキャッシュを見遣る。 「キャッシュ、今日はこれから用事でもあるの?」 「いや・・・別に」 「じゃあさ、これから少し付き合わない?」 「い・・・いいけど・・・」 「ヤッタ にこりと笑って、ジョニーは献花台に花を置いた。 「・・・やっと来たね、みんな。 な? 室長は、みんなを忘れなかったろ?」 誰に言っているのか・・・不思議そうな顔で見守るキャッシュに構わず、ジョニーは続ける。 「前の城からなかなか連れてこられなくて・・・ごめんな」 手で刻まれた名をなぞり、微笑んだ。 「これからは、ずっと一緒だ」 ぽんぽん、と、仲間にするように軽く石碑を叩き、ジョニーはキャッシュに向き直る。 「お待たせ! 今日はいい天気だしさ、外行こう、外! ちょっと寒いけど、今の時間は気持ちいいよ!」 「はぁ・・・」 遠くを指差すジョニーに頷き、キャッシュは彼について庭へ出た。 城内は回廊が複雑に入り組んで、現在地すら見失うことがあったが、庭は逆に、驚くほどあっさりしている。 「引っ越したばかりだから、まだ庭に手が入ってないんだよねぇ。 今、クロウリーが必死に植え替え作業してるよ」 ほら、と、ジョニーが指差したバラ園では、クロウリーだけでなく、ラビやアレン、リンクまでもが、忙しく働いていた。 「さっき・・・花をもらいに行った時も、冬支度が大変だって言ってたけど・・・」 「前の城は、庭が広かったからね。 クロウリーが今、一番大変なんじゃないかな」 巻きこまれるアレン達も、と、ジョニーは彼らに捕まらないよう、足早にバラ園を過ぎる。 またしばらく行くと、棟と外壁に囲まれた、小さな中庭に着いた。 冬の海風を完璧に遮ったそこは、柔らかい日差しが降り注いで、12月とは思えないくらいに暖かい。 「ね? 天気がいい日のこの時間は、すごく居心地がいいんだ!」 ラビに教えてもらった、と、ジョニーはあまり人目につかない場所にあるベンチに座った。 「中でもここは、たまに班長とミランダが使ってんだって。 静かに話をするにはいい所だろ?」 「はぁ・・・まぁ、そうだね・・・」 彼の言う通り、そこは立木のバランスで庭の出入り口からは見えなくなっている。 ―――― この状況・・・どこまで深読みしたらいいんだ? 言葉通り、話をするのにいい場所だからと連れて来たのか、恋人御用達の場所だと言うアピールなのか・・・・・・。 ―――― イヤイヤイヤイヤ!ナイナイナイナイ!! 『恋人』と言う言葉に、キャッシュはすかさず首を振った。 ジョニーはタップの一番の親友だったと聞いているし、人のいい彼をキャッシュも悪く思っているわけではない。 ・・・が、科学班の中でも一番、キャッシュをタップに見立てているのは、やはりジョニーではないかと思うのだ。 初めて会った日以来、彼は新人であるキャッシュに何かとついて回って、仕事のフォローをしてくれたり、パートナーのアテもなかったダンスパーティーに誘ってくれたり、色々と世話を焼いてくれたが、それが、親友を亡くした故の代償行為に見えて、素直に受け取ることができないでいる。 もちろん、お人よし集団の中でも更に『いい人』代表の彼のこと、無自覚に悪気なくやっているのだろうが、おかげで班内が『キャッシュとジョニーをくっつけちゃえ!』と言う空気に染まるのは、はっきり言って居心地が悪かった。 仕事上のことならともかく、そういう意味でタップの身代わりにされるのは絶対にゴメンだ。 うん、と頷くと、キャッシュはジョニーの隣に腰を下ろした。 「話って?」 「うん・・・そうだね、やっぱりまずは謝らなきゃ・・・・・・」 自分の膝を見つめながら言った彼に、キャッシュは首を傾げた。 「謝る? あたし、あんたに何かされたっけ?」 謝る心当たりはあっても、謝られる心当たりはない。 ・・・と、キャッシュは手を打った。 「あたしを魔人呼ばわりしたことは、あんたを猿にしたことでチャラにしてあげるからさ!」 チャラと言うには凄まじい反撃だったようには思うが、気にしないことにする。 「う・・・いや、それもその・・・スミマセン」 ぺこりと下がった頭を見下ろし、キャッシュは反対側へ首を傾げた。 「じゃあ何?」 「タップのこと・・・。 俺、アクマの襲撃を受けた時、一緒にいたのに助けられなくて・・・ゴメン」 「ああ、そのこと・・・」 苦笑して、キャッシュはジョニーの落ちた肩を叩いてやる。 「それ、昨夜ミランダにも言われたんだけど、あんた達が謝る筋合いのことじゃないだろ。 アクマ相手にあんたも、ひどい怪我をしてたって聞いたよ?」 もう大丈夫なの、と問うと、ジョニーは小さく頷いた。 「今後は、こんなことが起こんないように・・・」 しよう、と、言いながら立ち上がったキャッシュの腕を、ジョニーが掴む。 「でも俺、絶対キャッシュのことは守るから! エクソシストみたいに強くはないけど、俺、頑張るよ! だから、キャッシュ! 俺のお嫁さんになって!!」 「・・・・・・・・・ハァ?」 一気にまくし立てられた言葉の意味がいまいちよくわからなくて、キャッシュは首を傾げた。 「今・・・『だから』の用法、間違ってなかった?」 「文法ダメ出し?!」 情けない顔をしたジョニーをまじまじと見つめ、キャッシュはもう一度、言葉を反芻する。 ―――― 『守る』は・・・いい。親友に目の前で死なれてしまった彼が、親友の妹に対して使っても不自然ではない。 ―――― 『がんばる』・・・って、神の使徒ではない人間が、アクマを倒すことはできないが、それは武器開発に鋭意努力するとか、そう言う意味だろうからまぁいいとする。 ―――― 『だから』は脈絡なし。なんでここで『だから』になるのか意味不明。 ・・・だが、その後に続いた言葉はもっと意味不明だった。 「・・・・・・今、プロポーズした?」 「うん」 「なんでっ?!」 「俺がキャッシュと結婚したいから?」 「疑問形で言うことかっ!!」 兄の身代わりはいいとしても、なぜそこで『結婚』にまで発展するのか、ワケがわからなすぎる。 「そっか・・・じゃあ、俺がキャッシュのこと好きだから?」 ――――・・・ナンカイッタコノオトコ!! 「だ・・・だめ?」 愕然とするあまり凍りついたキャッシュを、ジョニーは叱られた仔犬のような上目遣いで見つめた。 「あ・・・当たり前じゃん! なんで兄貴の身代わりで、あたしが結婚しなきゃなんないのよ!! 仕事でならともかく、そんな身代わりは嫌だよ!!」 「み・・・身代わり・・・? なにそれ、俺はタップに結婚申し込んだことなんかないよ?!」 「そう言う意味じゃないよ!つ・・・つまりね・・・!」 ―――― なんで、会って間もない奴にプロポーズされなきゃいけないの・・・! これがリナリーのような美少女であれば、よくあることなのだろうし、もしかしたら既に、初対面でプロポーズされた経験もあるのかもしれない。 が、キャッシュは自分が、男性にとってあまり魅力的な存在ではないことをよく知っていた。 『サバサバした性格がいい』とか、『気風が良くてカッコイイ』とか、そんな理由で好きだといってくれた男は何人かいたが、外見がいいからといった奴は一人もいない・・・つまり、一目惚れされた可能性は極限に低い。 ―――― だって兄貴とそっくり同じ顔だよ?兄貴だって彼女は、キレイな子だったんだから! まだ実家にいた頃、タップが連れてきた彼女のことを思い出して、さらにへこんだ。 「あ・・・あの、キャッシュ? 大丈夫・・・?」 一人百面相をするキャッシュを、ジョニーが困惑顔で見あげる。 が、キャッシュはのほほんとした彼も、頭の中は本部科学班に推挙されるほどのエリートであることに思い至り、彼が掴んだ手をそっと放した。 「えっ?えっ?!」 困り果てて汗を浮かべる彼を見下ろし、キャッシュはため息をつく。 ―――― こいつもきっと、兄貴と同じだよ・・・・・・。 タップは顔こそいまいちだったが、子供の頃から頭が良く、愛想がよくて愛嬌もあったので、意外と女の子にモテた。 そんな彼が選んだのは、やっぱり可愛い女の子で・・・あの兄でも、やっぱり可愛い子が好きなんだと、幼いながらも妙に落ち込んだものだ。 なのにジョニーが、あえてキャッシュを選ぶとすれば、それはタップの身代わりでしかない。 キャッシュは大きく吐息すると、改めてジョニーに向き直った。 「あたしはタップじゃない。キャッシュなのよ。 兄貴とは違う人間なの。 いくらそっくりでも、違う人間なんだから、兄貴の代わりにはなれない」 きっぱりと言ってやると、ジョニーはますます困った顔をする。 「あの・・・だから、キャッシュとタップが違う人間だってのはわかってるよ。 いくら俺でも、そこまで目は悪くないから」 瓶底メガネを掛け直したジョニーは、『ちゃんと見えてる』と、とぼけたことを言った。 その上、 「キャッシュ、なんかカンチガイしてない?」 と、眉根を寄せて首を傾げる。 「・・・わかった。 ここの問題、ちょっと整理しよう」 感情から論理に頭を切り替え、二人はベンチに座りなおした。 「まずはお先にどうぞ」 「俺の疑問点からでいいの? じゃあ・・・なんでキャッシュは、自分がタップの身代わりだって言うのか、そこが知りたいんだけど。 さっきも言ったけど俺、タップにプロポーズしたことなんかないし」 想像しただけで寒い、と、震え上がるジョニーに、キャッシュは気まずげに頭をかく。 「そ・・・だね。 それはさすがにないだろうって思うよ。 けどあたし達まだ、会って間もないし、ずっと仕事が忙しくて、ゆっくり話す暇も無かったでしょ? あたしがリナリーみたいな美少女だってんなら一目惚れもありかもしんないけど、この期間のどこに結婚を考えるまでの愛を育てる軌跡があったっていうのよ」 両手でごく狭い幅を作って迫れば、ジョニーも気まずげに頭をかいた。 「そっか、性急だったんだ・・・」 「それもあるけど、あんたは兄貴を・・・親友を亡くした直後だったんでしょ? 寂しく思っているとこに、兄貴そっくりのあたしが現れたもんだから、現実以上に好意的に見た挙句、タップへの親愛の情とか贖罪とかをそっくりあたしに移した上、恋愛方面に勘違いしたんだと、そう思ってる」 「なるほど、そういうことか・・・心理学で言う、代償行動だね」 「それ」 科学者同士なだけに、その手の話はすんなりと通じる。 「確かに・・・タップがいなくなった寂しさを、キャッシュで紛らわせてた部分はあるかもしんない」 「ようやく認めたな、こいつ!」 ぶにっと頬をつまんでやると、ジョニーは慌てて謝った。 「で・・・でもさ! キャッシュとタップが違う人間だってことは、ちゃんとわかってるよ! 身代わりだなんて思ってない!!」 「ほんとかよ」 いかにも疑わしい、という目で睨んでやると、ジョニーは『ほんとだって・・・』と、小さく呟く。 「どうだか! 本部に異動できたのだって、兄貴の代わりだって言われたしね!」 憤然と腕を組んだキャッシュの傍らで、ジョニーの眉が跳ねた。 「なにそれ・・・? 誰がそんなこと言ったんだ・・・?」 今まで聞いたことのない、怒りを含んだ声を意外に思いながら、キャッシュは肩をそびやかす。 「南米支部の・・・元同僚。 悔しいけど、確かにあたしは支部で活躍してたわけじゃないし、そんなことでもなきゃ、本部からお呼びがかかるワケがな・・・」 「キャッシュ、本気でそんなこと思ってんの?」 更に低くなった声に遮られ、キャッシュは驚いてジョニーを見遣った。 途端、 「ふざけろっ!」 立ち上がったジョニーが、足元の石を蹴飛ばす。 「本部科学班ナメんな!!!! こちとら命かけて働いてんのに、コネなんかで使えない人材採るわけないだろ!!!!」 ジョニーの思わぬ剣幕に、キャッシュが呆気にとられていると、彼女に向き直った彼は両手でキャッシュの手を取った。 「キャッシュも、そんな奴の言うこと真に受けんなよ! 絶対そいつ、キャッシュの仕事内容知らないんだからさ!」 「は・・・まぁ・・・そうだろうね・・・・・・」 彼女にとって、基礎研究やデータ収集ばかりやってた自分は、ジョニーが蹴った小石のような存在で、拾い上げる価値すらないものだったろうから。 そんなことを考えていると、ジョニーは嘆かわしげに首を振った。 「キャッシュが上げてた研究データ、正確ですごく役に立ってたんだ! 反復実験も、検証結果を見れば実験の手際とか、どんだけ真面目に取り組んでたか、一目でわかるよ。 ってか、南米支部から採るならこいつですって推したの俺だし!」 「ウソ・・・」 「ホントだよ!」 呆然とするキャッシュに、ジョニーがきっぱりと言う。 「班長だって乗り気で、南米支部長に掛け合ってくれたんだけど、あっちも将来有望な若手をやれるかって中々手放そうとしてくれなくて・・・班長が支部長に直接頭下げに行ったり、めっちゃ苦労したんだぞ! でもようやく手に入れたって、みんな喜んだんだから!!」 「で・・・でも・・・」 ・・・将来有望だなんてこと、支部長に言われたことはなかった。 そう言うと、ジョニーは途端に苦笑する。 「まだ北米支部にいた頃、俺もタップも、支部長にはよく怒られたし、班長には厳しいことしか言われなかったよ・・・。 だけど、本部への異動命令をもらった時、一緒に言われたんだ。 厳しく鍛えた甲斐があったって」 「え・・・」 呆然とするキャッシュの隣に、ジョニーは笑って座り直した。 「技術者ってさ、きっとそんなもんなんだよ。 言葉で表現すんの下手だし・・・こいつ使えるなって思うと、どんどん仕事回しちゃうんだ。 逆に、使えない奴は相手にするのも面倒だから、適当に論文でも書かせときゃ、いつか役に立つかなって・・・・・・」 酷い奴らだよね、と、まるで人事のように言うが、その笑みが自嘲であることは明らかだ。 「で・・・でもあたし、全然足手まといだよ?! いつもあんたにフォローしてもらって・・・仕事遅くて、皆にも迷惑かけてばっかだし・・・」 「イヤ、異動して間もない奴に、同じ速度で仕事さばかれたら、俺らがマジへこむんだけど?」 パタパタと手を振るジョニーに、キャッシュは唖然と口を開ける。 「だって、本部と支部じゃ、研究レベルにかなりの差があるんだよ? 今までハイスクールの勉強してた奴が大学に乗り込んできて、同レベルの研究課題こなしちゃったら、驚く以前に首括りたくなんない?」 「どういう例だよ・・・・・・」 呆れたものの、彼の言わんとすることは察して、肩の力が抜けた。 その様に、ジョニーがにこりと笑う。 「俺もタップも、本部に入ってしばらくはホント大変だったんだよ。 聞いた話じゃ、室長やリーバー班長は異動当初からものすごくデキて、伝説にさえなってるらしいんだけど、そんなのは例外中の例外! みんなあの中でしごかれて揉まれて絞られてヘロヘロになりながら育ってくんだよ。 どっちかって言うと、キャッシュはよくやってる方だね」 「ホントに?」 とても嬉しくなって、キャッシュは思わず腰を浮かせた。 と、ジョニーは大きく頷いて、庭の外を指すそぶりをする。 「ウソだと思うんなら、ジジにも聞いてみなよ。 あいつに認められたら本物だって、みんな言ってるくらいだからさ!」 「ジジって・・・アジア支部に現れた方舟のデータを取ったんだよね?」 本部科学班が欲する情報を細大漏らさず吸い上げ、正確なデータに起こした彼の仕事は、まだ南米支部にいた時に見せてもらったが、職人技というべきものだった。 「そ。 できるやつってのは、データ処理の仕方から違うって、勉強になっただろ? 逆に、目新しい題材で論文書いても、根拠になるデータがお粗末ってのが一番救えないね!」 彼がまるで、キャッシュを詰ったあの女のことを言っているように思えて驚いたが、彼が他人の批判をするような人間でないことは、短い付き合いでもわかる。 一般論だろうと聞いて、キャッシュはほっと吐息を漏らした。 「そっか・・・。 兄貴の七光りじゃなかったんだね・・・・・・」 「だってみんな、キャッシュが来るまで、あいつの妹だなんて知らなかったし」 「は?!なんで?!」 ジョニーも選考に加わったのなら、当然知っているだろうと思ったのだが・・・。 「うん、これってコムイ室長とリーバー班長が始めた制度なんだけど、各支部が上げてくるデータや論文は全部名無しなんだ。 代わりにIDナンバーがついてて、必要な時だけ、誰が何のデータを上げたのか検索できるようになってんだよ。 教団って団員多くて、同姓同名も結構いるから、最初は管理しやすくするための対策だったんだけどね。 そのうち、本部科学班の精鋭化のためにも使われるようにもなったんだ。 コネとかなしで、役にたつ奴を簡単にピックアップできるように、ってね。 だからホント俺達、キャッシュが来るまで、タップの妹だなんて知らなかったよ。 それでリーバー班長も、初めてキャッシュを見た時に、あんなに驚いてたんじゃんか」 「あれは・・・あんまり兄貴そっくりだから、驚いたんだと思ってたよ」 皆に抱きつかれてびっくりしたが、確かに妹だと名乗るまで、誰もキャッシュのことを知らないようだった。 「え・・・じゃぁあたし、ホントに実力でここに来たのっ?!」 「・・・だから最初から、そう言ってんのに・・・・・・」 ジョニーの呆れ声は無視して、キャッシュは熱くなった胸を押さえる。 胸につかえていたものは嘘のように消え、今までの努力が認められた嬉しさに、快哉をあげたい気分だった。 「・・・あのー・・・キャッシュ?」 うっとりと宙を見つめるキャッシュの目の前で、ジョニーがヒラヒラと手を振る。 「何っ?!」 喜色満面で見遣れば、彼は、困惑顔で首を傾げた。 「誤解が解けて嬉しそうなとこ申し訳ないんだけど・・・もうひとつの話もしてい・・・?」 「え?もう1つって?」 なんかあったっけ、と、顔をほころばせたまま首を傾げるキャッシュの前で、ジョニーが哀しげに自身を指す。 「酷いよぉ・・・俺のプロポーズは・・・・・・?」 「・・・・・・あぁ!」 すっかり忘れていた・・・というか、保留にしたまま聞き流す勢いだったことを改めて問われ、キャッシュは気まずげな苦笑を浮かべた。 「ご・・・ごめん・・・! すごく嬉しかったんで・・・つい・・・・・・」 「うん・・・俺も経験したことだし、その気持ちはわからないでもないけど・・・けど酷い・・・・・・」 隣でしくしくと泣きだしたジョニーの肩を、キャッシュは苦笑を深めて叩く。 「ごめんってば! そんな泣かないで・・・話聞くってば!」 しゃくりあげたジョニーに慌てて言うと、彼はぐしゃぐしゃの泣き顔をあげた。 「あのさ・・・キャッシュって、ホントに俺のこと知らないの・・・?」 「・・・・・・裏の顔とか?」 「そう、本当は・・・って、違う! ここに来る前、タップから俺のこと、なんにも聞いてないのっ?!」 「兄貴が?あんたのこと??」 必死の形相で取り縋られ、キャッシュは首を傾げる。 「うぅーん・・・兄貴とは同じ教団所属ではあったけど、部署が違うから、滅多に話もできなかったしなぁ・・・」 幹部クラスならともかく、一般団員でしかない2人が、プライベートな用件で教団の通信網を使えるはずもなく、兄とは年に1〜2度、通信できればいい方だった。 本部からの通達やデータの問い合わせなど、仕事にかこつけた短い伝言や通信が唯一の連絡手段で・・・。 「そんな時は大体、お互いの安否確認くらいで・・・ジョニーのこと聞いた覚えはないけど?」 首を傾げると、ジョニーはまたしくしくと泣き出した。 「ひどいや兄妹揃って・・・・」 「ごめんごめん・・・それで?」 しゃくりあげるジョニーの背を、キャッシュは呆れ顔で撫でてやる。 「兄貴がどうかしたの?」 「・・・・俺、北米時代からずっとタップとは仲良くて。 いつも『俺の妹はカワイイやつだぞ』って話を聞いてたから・・・あいつに何度もキャッシュを紹介してって頼んでたんだ!」 「はいっ?! 兄貴の奴、なに大ウソついちゃってるのっ?!」 騙るにしてもやりすぎだ。 「てかあんた! 今、そのあたしが目の前にいるのに、なんで未だに幻想にとり憑かれてんのっ?!」 ばしばしと背中を叩かれて顔をあげたジョニーは、不思議そうにキャッシュを見つめる。 「幻想じゃないじゃんか・・・キャッシュはタップが話してくれた通りの子だったよ」 「――――・・・は? だってタップは、あたしのことカワイイって言ったんでしょ? あたしを見ればそんなの、ウソだってすぐにわかったでしょ?」 「ああ、顔はタップそっくりだって言ってたし」 「それのどこがカワイイのさ!」 怒鳴りつけた拍子に思いっきり背を叩いてしまい、ジョニーが地面に転げた。 「いっ・・・痛い・・・っ」 「あぁごめん・・・いや!でも! あんたセンスおかしいんじゃないの?!そのビン底眼鏡、ホントにちゃんと見えてる?!」 「うん、壊れなかったよ」 「そう言うこと言ってんじゃないのよ!!!!」 顔を真っ赤にして怒鳴るキャッシュは、事情を知らない者が見ればジョニーに激怒しているように見えただろう。 だが実は、キャッシュは今までに経験したことがないほど・・・照れていた。 「うん・・・そう言うところが可愛いってコト、自分では気づいてないんだね」 「・・・あんた、からかってんなら帰るわよ!」 頭から湯気をあげそうなほどに真っ赤になって、キャッシュが踵を返すと、ジョニーは彼女の背に慌てて縋る。 「だから違うって!からかってなんかなくて・・・・」 「じゃあなによ!」 照れるあまり、ケンカ腰になったキャッシュが、ジョニーに向き直った。 「う・・・うん、えっと・・・・・・。 どこから話したらいいんだろ。 タップに妹がいるって聞いたのはまだ、北米支部にいる時で・・・一緒に拾った仔犬の飼い主を探して、走り回ってた時かな?」 「いぬ・・・・・・」 ふと、記憶に触れることがあって、呟いたキャッシュにジョニーが頷く。 「支部長のお使いで街に出たら、仔犬がいたんだ。 首輪はしてるのにリードはなくて、きゅんきゅん鳴きながらヨロヨロ歩いてたから、すぐに迷子だってわかったね。 可哀想になぁって思ってたら、あいつ、すぐに拾い上げて、周り中の店や家に聞き込んで、飼い主の家を探し当てたんだよ。 仕事できる奴だとは思ってたけど、あんな行動力を持ってるなんて思わなかった」 「あ・・・うん、兄貴ってばそう言うの、ほっとけない性質だから・・・」 どこか自慢げに言ったキャッシュに、ジョニーもなぜか嬉しげに笑った。 「そん時に聞いたんだよ、キャッシュのこと。 俺の妹は、迷子犬の飼い主とか、捨て犬の里親探すのがすっごくうまいって! それに、病気の犬とか老犬とか・・・引き取り手のないやつは、最期まで面倒見てたって」 照れるあまり、ジョニーの笑顔を見ていられずに、キャッシュはふいっと目を逸らす。 「・・・まぁ・・・人間の都合で家畜化されて、人間の勝手で捨てられたんなら、面倒見るのが当然でしょ」 「やっぱり!」 憮然と言うと、ジョニーはクスクスと笑い出した。 「そう言うんだ、って、タップも言ってた。 素直に言いやしないけど、面倒見がいい奴なんだ、って」 「・・・・・・余計なことを」 馬鹿兄貴、と、さすがに口には出せないものの、心中に呟く。 「そのほかにも、タップから聞いた話を並べると・・・―――― キャッシュはすごくお洒落で、洋服とか大好きで自分で作ったりするとか、忙しい両親の代わりに小さい頃から家事一切をこなしてて、掃除・炊事・洗濯は名人の域だとか。 生き物が好きで、植物が好きで、荒れ果ててた家の庭を土壌改善からして、家庭菜園で見事な野菜育てたとか。 花は食べられないから植えないなんて言ってたけど、野菜が花をつけると嬉しそうにしてたから、きっと花も好きなんだろうとか。 でも、花を切って渡すと嫌がったから、地面に根付いたままのを見るのが好きなんだろうとか、可愛いもの好きなくせに、照れ屋だから素直に好きって言わないんだとか」 一気に並べられた評価に、キャッシュは唖然とした。 「ばっ・・・馬鹿兄貴!! ナニ人の個人情報漏らしてんだ!!」 さっきは心中で呟いたことも、つい声に出てしまう。 真っ赤になった彼女に、ジョニーはまた、クスクスと笑い出した。 「そんなに何度も『俺の妹はカワイイ奴なんだよ』って言われちゃ、誰だって『カワイイ』認識するよ!」 実際、タップからその話を聞いたメンバーは、彼女が例の妹だとわかった途端、心中に頷いたという。 「・・・・・・どこまで漏れてんだ、個人情報」 思わず頭を抱えたキャッシュの肩を、ジョニーが背伸びして叩いた。 「多分、以前から本部科学班にいた奴全員と、全エクソシスト」 「あのヤロ――――――――!!!!」 妹に恥かかせやがって、と、天に向かって吼える。 「それでみんな、やたらあたしのこと知ってたのか!!」 ここに来て以来、なんだか妙だとは思っていたのだ。 被服係のマザー・アンナは、ジョニーの着ぐるみを一目でキャッシュ作だと見破ったし、雑然とした研究室に耐えかねて、ビーカーや試験管をこっそり片付けた時は、他にも新人はいるのにみんな、彼女に礼を言ったものだから、監視でもされているのかと思ったほどだ。 さっきクロウリーにも、『切花よりも植木の方が好きなのであろう?』なんて、株ごと渡されそうになったし・・・個人情報ダダ漏れなのは、よくわかった。 真っ赤になったキャッシュは、もはや声もなく、頭を抱えてうずくまる。 「だ・・・大丈夫?」 「大丈夫なわけないよ! はっ・・・恥ずかしいこと、散々ばらしやがって馬鹿兄貴が!!」 「おぉ! ホントに照れ屋なんだね!」 「勝手に観察するな!このワーカー・ホリック!!」 今にも記録を採りそうなジョニーを、キャッシュは顔を覆う指の間から睨んだ。 だがそれには気づかなかったのか、ジョニーはきらきらと降り注ぐ冬の日差しを見上げて、切なく吐息する。 「そんなに色々話してくれたのにさ、結局俺、タップからキャッシュを紹介されてないんだよね。 俺って、キャッシュを任されるほどには、タップから信頼されてなかったのかなぁ・・・」 ジョニーがまた吐息するのを聞きながら、キャッシュはふと、兄の言葉を思い出した。 ―――― もう、1年近く前になるが・・・。 『お前ってさ、今、好きな男とかいるわけ?』 と、たまたま彼の業務連絡を受けたキャッシュに、タップが言ったのだ。 『・・・ナニ言ってんの、兄貴?頭沸いてんじゃないの?』 今思えば、あれが兄と言葉を交わした最後の機会だったのに、随分と冷たい事を言ってしまった。 『仕事が忙しくて、それどころじゃないよ』 愛想なく続けたキャッシュに、しかし、回線の向こうのタップがホッと息をつく。 『じゃーそっちにゃ未練もないだろ。 早く本部に来いよ!』 超絶エリートの兄は簡単に言うが、キャッシュにとって本部への道は遠く、悔しげに唇を噛んだ。 『そりゃ、あたしだって行きたいとは思うけど、全然レベルが足りてないよ。 ・・・・・・延々と基礎研究やら反復実験ばっかしてて、いつか芽が出るのかな、あたし・・・』 思わず弱音を吐くと、兄の口調がやや厳しいものになる。 『何言ってんだ。 そういうことをちゃんとやれない奴が本部に上がれるわけないだろ!』 『そうかな・・・』 『そうだよ!』 兄に断言されると、キャッシュも今、自分がやっていることは無駄ではないのだと思えてきた。 『さっさとレベル上げてこっち来いよ! 本部は支部の何倍も忍耐力が必要だぞ!マジで仕事量が支部の5倍になるぞ!』 そんな恐ろしいことを、なぜか楽しそうに言う兄は、きっと脳内麻薬を分泌しすぎてラリっていたに違いない。 『今だって結構大変なのに、なんであたしをそんなとこに呼びたがるんだよ! そんなに苦労をさせたいわけ?!』 『だって、同じ苦労なら、やりがいがあった方がいいだろ?』 まるで彼女の心中を読んだような言葉に、キャッシュは言葉を失った。 『こっちでやれよ、お前のやりたいことを。 誰のためにやってんだか、よくわからないような研究じゃなくてさ。 ここじゃみんな、目指してるものが明確で、目標に向かって仕事してんだ。 仕事はハンパないけど、充実してるし、面白いし・・・。 なんかうまく言えないんだけど、おまえもこっちにきたらわかるよ! メンバーもいい奴ばっかだしさ!待ってるからな!』 ・・・そこで通信を終えてしまったが、今思えばタップは、キャッシュにジョニーを紹介するつもりだったのかもしれない。 『ホントいい奴なんだって!俺の一番の友達だぞ! ちょっと頼りないけど、お前がしっかり者だから、きっとうまくいくだろ!』 タップの、そんな声が聞こえるような気がした。 ふるりと頭を振って、兄との対話を終えたキャッシュは、少し笑ってジョニーを見下ろす。 「正式に紹介されちゃいないんだから、プロポーズは早いよ。 あたし、あんたのことをちゃんと知ってるわけじゃないし、いきなりそんなこと言われても判断できない。 正確な判断を下すためには、もっとデータを集めなきゃ」 兄がジョニーのことをどう思っていようが、合うか合わないかは自分で決めることだ。 「それでい?」 キャッシュの問いに、ジョニーはにこりと笑って頷く。 「オッケ。 データ解析はキャッシュの本職だし、分析結果を待つよ。 俺の意思表示は済んだから、次は俺のことを知ってもらわないと、フェアじゃないよね」 そう言って、ジョニーは白衣のポケットを探った。 「あらかた話も終わったし・・・俺、キャッシュに渡さなきゃいけないものがあるんだ」 「なに?」 ジョニーが差し出した毛糸の帽子を受け取るや、キャッシュは目を見開く。 「これ・・・兄貴の・・・」 「うん、遺品・・・」 小さく呟いて、ジョニーは寂しげに笑った。 「あいつの私物はほとんど処分されちゃったんだけど、清掃班の班長は、俺らが友達だったの知ってたからさ・・・。 本当はいけないんだけど、形見分けにもらったんだ。 早くこの戦争を終わらせて、タップの家族に渡すんだと思って・・・」 でも・・・と、ジョニーは未だ動けずにいるキャッシュを、悲しげに見あげる。 「せっかく本部にきてくれたし、タップを早く家族に返してやりたくてさ・・・。 ゆっくり話をする機会がなかったから・・・渡すの遅くなってごめん・・・」 深々と頭を下げたジョニーに、キャッシュは静かに首を振った。 「持っててくれてありがとう。 兄貴も、きっと喜んでるよ」 「その・・・タップの最期のことも・・・」 逡巡した挙句、言ったジョニーに、キャッシュは帽子に落していた目をあげる。 「まだ辛いだろうから・・・でも、知りたくなったらいつでも言って?! 俺、ずっと見てたから・・・! ちゃんと伝えておきたいんだ・・・俺達、明日はどうなってるかわかんないし・・・。 今できることを、ちゃんとしときたいんだ・・・・・・」 まっすぐにキャッシュを見つめ、真摯な口調で言ったジョニーに、キャッシュも真剣な顔で頷いた。 「あたしも家族に・・・兄貴のこと、話してあげなきゃ・・・」 手にした帽子がキャッシュの手を温めて、幼い頃、兄と手を繋いで家に帰った時のことを思い出させる。 じん・・・と、鼻の奥が痺れ、寒くもないのに唇が震えた。 止めようと唇を噛んだキャッシュから、ジョニーがゆっくりとした歩調で離れて、背を向ける。 「キャッシュ。 タップはいつも君のこと、大切な自慢の妹だって言ってたよ」 今にも零れそうな涙を堪えたキャッシュは、静かな口調で語る彼を、目で追うことができなかった。 「滅多に泣いたりしないけど、泣き始めると止まらなくなるとか、泣き顔見られるのが大嫌いとか・・・」 家族しか知らない、幼い頃からの癖――――・・・泣く時は、絶対に顔を見せない。 泣き顔はいつもより更に酷くて大嫌いだから、泣きたい時は離れの倉庫にこっそりこもって泣いた。 おかげでみんな、彼女を泣かない女の子だと思っていたようだが、ただ一人、タップは気づいて、いつの間にかキャッシュの側にいてくれたのだ。 背を向けたまま、黙って泣き止むのを待つ――――・・・そう、今の彼のように。 「・・・兄貴のバカ! なんでっ・・・死んじゃったんだ・・・よ・・・! 本部で待ってるって・・・言うからっ・・・あたし・・・・・・・・・っ!!」 暖かいタップの帽子に顔をうずめ、キャッシュは何度も何度もしゃくりあげた。 「バカ・・・・・・!」 泣くだけ泣いて、随分時間が経った頃。 ようやく涙も尽きたキャッシュが顔を上げると、そこにジョニーの姿はなかった。 ―――― 呆れて帰っちゃったかな・・・。 ぐいっと、袖で涙を拭ったキャッシュは、すっかり濡れてしまった帽子に、しょんぼりと目を落す。 ―――― きっと今、ひどい顔してるな、あたし。見られなくてよかった・・・。 大きく深呼吸して・・・『泣き止んだよ』と、いつもの『合図』をした。 この吐息が聞こえると、ようやくタップは振り返って手を差し伸べ、手を繋いで家へと連れ帰ってくれた・・・小さかった頃の、遠い思い出。 ―――― 今思えば、顔には泣いた跡がくっきり残ってたんだから、バレバレだよなぁ・・・。 そんなことにも気づかなかった昔の自分が滑稽に思えて、キャッシュは思わず笑ってしまった。 と、 「もういいの?」 いきなり背後から声を掛けられて、キャッシュはびくっと飛び上がる。 「びびっ・・・びっくりした!! 帰ったんじゃなかったの?!」 「泣いてる女の子放って、帰るわけないじゃん・・・」 神田ですらやらないよ、と言う彼に、キャッシュは改めてここがフェミニスト集団であることに気づいた。 「ホントは胸でも背中でも肩でも貸してあげたいとこなんだけど・・・この体格差じゃ、なんだか俺が貸してもらってるみたいだし、タップからも泣きやむまでほっとけって言われてたしね」 ―――― ・・・兄貴のやろう、そんなことまで・・・・・・! 泣きすぎたせいか、キャッシュはくらくらする頭を抱える。 「うぅ・・・! 休暇だっつーのに、なんてハードな一日だよ・・・! すごい疲れた・・・・・・!」 大きなため息をついて顔を上げると、ジョニーがじっと彼女の顔を見ていた。 「み・・・見ないでよ! ずっと泣いてたから、ひどい顔になって・・・!」 「あ・・・ごめん。 でもさ・・・」 へらっと笑ったジョニーに、キャッシュの心臓が跳ねる。 ―――― まさか・・・いや、もしかしてこいつ、本気であたしのこと好・・・っ?! 「キャッシュって、泣き顔もタップとそっくりなんだなぁ!」 「・・・・・・・・・・・・は?」 ―――― それ、確実に褒め言葉じゃないよな? 気づけば、キャッシュの指はジョニーの頬をつまんで、思いっきり引き伸ばしていた。 「いぎゃあああああああああ!!!! いだい!!イタイいたい痛いよキャッシュ!!!!」 「ウルサイ!! あたしの乙女心を返せっ!!!!」 びぃびぃ泣くジョニーの頬は、乙女の地雷を踏んだ罰として、人類史上最高の伸縮を繰り返す。 「ゆどぅびでっ!!ゆるひてヒャッヒュ!! おでが・・・わるっ・・・すびばぜんんんんんんんん!!!!」 さすがに『タップそっくり』が褒め言葉になりえないことに気づいたジョニーが、必死に謝り続けていると、史上初の拷問を繰り返していたキャッシュの手も止まった。 「ひぶっ・・・へぶっ・・・うびぃぃ・・・・・・! お・・・おでのほっべ・・・・・・ちぎれでない・・・?」 腫れ上がった頬に手を当ててうずくまり、あうあうと哀れっぽい泣き声をあげるジョニーの前に、キャッシュは仁王立ちになる。 次の瞬間、突き出された腕に、ジョニーは仔ウサギのように飛び上がって怯えた。 「なななななっ・・・なにっ?!」 更なる責め苦が、と、顔を蒼白にするジョニーの眼前で、キャシュは握っていた帽子を軽く振る。 「これ・・・さ、あんたが持っててよ」 「え?なんで?」 唖然とし、そろそろと伸ばしたジョニーの手に、キャッシュは帽子を置いた。 「あたしはここで、兄貴の生きた証を・・・なにを考えて、なにを目指していたのか、その生き様を探すよ。 そしてこの戦争を、なにがなんでも終わらせて、絶対に生き残って・・・兄貴がここでどんな風に生きたのかを、家族に伝える。 だから・・・」 キャッシュは照れたように目線をそらし、頭をかく。 「・・・あんたさえよければ、この戦争が終わった後、一緒に来ないか?」 「・・・・・・・・・どこに?」 「家にだよっ!!」 判れよ!と、甚だ恣意的な言葉と共に、キャッシュはジョニーを小突いた。 「あんた、兄貴の親友だったんだろ! 兄貴がここでなにやってたか、一番詳しいのはあんたなんだから、『明日はどうなってるかわからない』なんて言ってないで! さっさとこの戦争、終わらせるよ!」 キャッシュが威勢良く宣言すると、ジョニーは小突かれた額をさすりながら、へらっと笑う。 「その時には・・・俺達の仲ももう少し進展してると嬉しいなぁ・・・」 「それとこれとは別の問題!」 「キビシイなぁ・・・」 きっぱりと言われて少し萎れたものの、顔を上げた時には笑顔が戻っていた。 「前途多難っぽいけど・・・」 「でも、諦めたりしないでしょ?」 「もちろん♪」 根性なくして科学班に生きるあたわず、と、誰の物真似なのか、口調を変えてジョニーが言う。 戦況は教団側に不利だが、背中を任せられる仲間がいれば、刃を交わさぬ戦いを制することも可能だ。 二人は男女としてではなく、戦友として笑みを交わす。 「やってやるよ!」 「明日から、また地獄の日々が待ってるな!」 ジョニーが笑って差し伸べた手をキャッシュが取り、二人は城へ向かって共に歩き出した。 To be continued. |
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2009年アレン君お誕生会第一弾です! これはりえるさん原作のものに、ニコさんがネタを提供してくれて、私が加筆したものです。 更にはかいんさんがパジャマパーティのイラストを描いてくれてますよ 4人の共同制作ですね♪ 全ての始まりは、りえるさんが30萬HITを踏んだことだったんですが、この時にいただいた文章が、たまたま今年の5月、かいんさんと私で話してた、『女の子のパジャマパーティやろうよ。私が文書くから、かいんさん絵を描いて』ってテーマと合致しまして(笑) ニコさんも『なんかネタください(笑)』って巻き込んで、出来上がりました! 元々誕生会とは関係のないネタだったんで、『お誕生会・・・?』って雰囲気ですけど(笑)、4人の力作、楽しんでいただければ幸いです |