† KaleidoscopeU †
〜 ティムキャンピー日記 〜
灰色の空から、ちらちらと粉雪の降りてくる朝。 温かいベッドの中から出たくないと、必死に抵抗するもそれは、鬼の監査官によって却下された。 「いい加減に起きなさい!!」 布団を剥がされ、全身を冷たい空気にさらされたアレンとティムキャンピーは、震えあがって抱き合う。 「ひどいっ!! いたいけな僕が風邪引いたらどうすんだよ!年少者虐待だ!!」 ぎゃあぎゃあと喚くアレンにティムキャンピーも賛同して、頷くように丸い身体を前後に揺らした。 が、冷酷な監査官は、気温よりも冷たい目で二人を見下ろし、鼻を鳴らす。 「この程度の寒さで風邪を引くなど、たるんでいる証拠です! ランニングでもしてくれば、身体も温まるでしょうよ!」 「このっ・・・!!」 言葉を詰まらせたアレンに、ティムキャンピーが尻尾を振って『言ってやれ言ってやれ!』とあおるが、寝起きの彼はいつもの悪口雑言を製造できず、パクパクと魚のように喘いでから・・・せめてもの抵抗と、枕に顔をうずめた。 「寝直すんじゃありませんっ!!」 「あと5分〜〜〜〜!!」 毎朝繰り返される大騒ぎに慣れたティムキャンピーは、取っ組み合う二人の腕の間をするりと抜け、パタパタと羽ばたいてリンクの頭の上に乗る。 途端、ごきんっとものすごい音がして、ティムキャンピーは飛び上がった。 何事だろうと見れば、リンクは首を妙な方向に曲げて、ベッドの上に伸びている。 「リンク?!リンクー?!」 白目を剥いて泡を吹くリンクを、アレンが必死に揺すった。 が、彼が起きないと見るや、 「・・・10分経ったら起こして、ティム」 可愛い顔をして意外と無情なアレンは、再びベッドに倒れこむ。 ティムキャンピーはおろおろと二人の頭上を飛び回り、時折リンクの上にホバリングしては、長い尾で遠慮がちに彼をつついた。 しかし当然ながら、そんなことで曲がった首が元通りなるはずもない。 意を決したティムキャンピーは、リンクのおさげに尾を巻きつけ、思いっきり引いた。 ガキッ!! さっき以上にすごい音がして、泡を食ったティムキャンピーは必死に羽ばたき、デスクの下に隠れた。 震えながらも椅子の影からそっと様子を窺うと、ベッドの端から垂れていたリンクの脚が、ピクリと動く。 油の切れた鉄人形のようにぎこちない動きは、途切れながらも連続し、震えつつ立ちあがった。 ビクッと震えたティムキャンピーは、ますますデスクの奥へ隠れ、尻尾を小さく巻いて息を殺す。 なのに、リンクは震える歩を一歩一歩、こちらへ進めて来た。 「ティム・・・キャン・・・ピィィ・・・!!」 「!!!!!!!!」 声が出るなら絶叫しただろう。 デスクの下を覗き込んだリンクの顔は、悪魔のように恐ろしく、猛禽のような手で震えるティムキャンピーを鷲掴みにした。 「こ・・・の・・・・・・肥満ゴーレム!! よくも私の首を折ってくれましたね!!」 「っっっ!!」 逃げようと必死に羽ばたくも、有能な監査官はしっかりと羽根の根元を掴み、ティムキャンピーの抵抗を封じてしまう。 「逃げようったって無駄ですよ! なんですかゴーレムのくせに、この感触は!! 日々最低限しか飛ばず、人の頭に乗って楽ばかりするからこのようにたるむのです!!」 酷い言葉を受けて、ティムキャンピーは不自由な身体を懸命に横に振った。 「なんですか!たるんでないとでも?!」 こくこくと前に振れると、リンクは冷たく鼻を鳴らす。 「このぷよぷよぽよぽよのボディが何よりの証拠でしょうが!!」 「っっっっ!!!!」 ぷにぷにぷにぷにとすごい勢いで潰されて、ティムキャンピーは潤滑油だけでなく部品まで吐き出しそうになった。 「まったく!! 少しは自分の重さを考えなさい!!」 ぴくぴくと痙攣するティムキャンピーを冷たく見下ろしたリンクは、最早動けなくなったボディを眠るアレンの頭に落とす。 「ゴッ!!」 くぐもった悲鳴をあげて、寝息すら立てなくなったアレンの襟首を、リンクは無情につまみあげた。 「寝直すな、と言ったでしょう! そもそも、首を折られた人間を放置して惰眠を貪るとは、いい根性しているじゃありませんか!」 「お褒めにあずかりまして・・・」 「褒めてませんよ!!」 まだ寝惚けているアレンを揺さぶると、彼はようやく半眼を開ける。 「もう10分経った?」 あくび交じりに言うと、リンクの目がますますきつくなった。 「・・・・・・永眠しますか?」 「ハイハイ、起きます起きます」 リンクの怒りなど簡単に聞き流して、アレンは宙に歩を踏み出す。 「もー・・・おろしてぇー!」 「・・・・・・っクソガキ!」 じたじたと暴れるアレンを乱暴に放り捨てるが、腹立たしいことに彼は難なく着地した。 が、 「イタ・・・。 もー・・・リンク、毎朝げんこつするのやめてくださいよ。 今日のは特別痛かった・・・!」 ずきずきと痛む頭を押さえたアレンに、リンクはベッドの上に伸びたティムキャンピーを示す。 「今日はげんこつではなく、肥満ゴーレムを落としてみました。 重いですが、柔らかいから衝撃は軽微だったことでしょう。 明日からはこれで起こすことにします」 どっちも起きて一石二鳥、と言うリンクに、アレンは慌てて手を振った。 「いや!!全然痛かったよ?! 君だってさっき、首の骨折られたじゃん!!」 「・・・やはり知ってて放置しましたか、この性悪ガ」 ぎろりと睨まれて、アレンは自分の口を塞ぐ。 「私を殺そうとした罰です。 ウォーカー、城の周りを100周して来なさい」 「ここの外周どんだけあると思ってんだよ!!」 殺す気か!と、猛抗議するアレンの声で目覚めたティムキャンピーが、よろよろと起き上がった。 と、 「ティムキャンピーはプラス100周です。少しはそのたるんだ肉を引き締めなさい」 寝起きに死の宣告をされ、ティムキャンピーが起動終了する。 「起きなさいと言っているでしょう、肥満ゴーレム! 伯爵二号と呼ばれたいですか?!」 尻尾を掴まれ、振り回されて、ティムキャンピーは慌てて羽ばたいた。 リンクの酷い扱いに耐えかね、泣き縋って来たティムキャンピーを、アレンは背に庇う。 「なにすんですか、乱暴者! 弱い者いじめするなんて、サイテーですよ!」 「お黙りなさい、ウォーカー! 私の首を2度も折った者に対して、当然の仕置きです!!」 そう言われると、加害者と保護責任者遺棄の二人は何も言えなかった。 「さぁ!!走って来なさい!!」 「もう?!先にごはんはっ?!」 「罰則だと言ったでしょう!!」 服を押し付けられ、アレンが泣く泣く着替える。 「サボるんじゃありませんよ?! ちゃんと上から見ていますからね!!」 「リンクのドS――――――――!!!!」 酷い仕打ちに泣きながら、アレンはティムキャンピーと共に駆け出て行った。 「おはよ・・・・・・」 朝からボロボロになったアレンが食堂に顔を出すと、既に朝食を終えたラビが笑って手を振った。 「はよーさ! 朝っぱらからえらくがんばってたじゃん。 なんさ? リンク怒らせるようなことでもしたんさ?」 「僕じゃないよ。 ティムが、リンクの首を折っちゃったんです」 ぷんっと頬を膨らませて言えば、ラビは窓の外を必死に飛んでいくティムキャンピーを指してまた笑う。 「随分おっきくなっちまったもんなぁ。 なにあれ、メシ食ってっからおっきくなってんさ?」 「どうやって大きくなってるかは僕も知んないけど・・・ごはんじゃないと思いますよ? ティム、食べてるふりしてるだけで、実際はかじってるだけだもん」 「ったく、食いもんを粗末にするんじゃないさ」 呆れたラビの目の端を、またティムキャンピーが通り過ぎて行った。 「さっすが速いさね、ティム。 でもやっぱ、前に比べたら速度落ちてんさ」 「えぇっ?!そうなの?!」 そうは見えないけど、と、困惑するアレンに、ラビはきっぱりと首を振る。 「ちっさくて硬かった頃の方が断然速かったさ。 今は、でかい上に柔らかくなってっから、どうしたって空気抵抗が・・・」 「で・・・でも、羽根もおっきくなってるわけだし・・・」 なんとか反論を試みるが、それにもラビは、あっさりと首を振った。 「引き締まったままおっきくなってんならともかく、太ってたるんでっから遅くなったんじゃね? またアクマに追いかけられるようなことになれば、危ないさね」 「う・・・・・・」 困惑げに眉をひそめ、アレンは窓の外を周回するティムキャンピーの姿を目で追う。 「ジェリー姐さんも言ってんだろ。 可愛がって与えるばかりが愛じゃないってさ。 特にドーブツは自己管理できねーんだから、飼い主が栄養管理して、運動もさせなきゃダメさね」 「そ・・・そっか・・・。 それがティムのためなんだね・・・・・・」 俯き、低く呟いたアレンに、ラビが大きく頷いた。 「そゆことさ。 ティムはクロス元帥から預かった大切なゴーレムってだけじゃなく、お前の大事な相棒なんだろ? あいつのためを思うんなら、時には心を鬼にすることもなくちゃさ」 「うん・・・・・・!」 アレンが真剣な顔で頷いた時、ようやく外周200周を終えたティムキャンピーが、びたんっと窓に貼りつく。 「ティム! 200周終わったの?そっか、よくがんばったな!」 「・・・っ!!・・・っ!!」 窓を開けたアレンは、ぜいぜいと喘ぎつつ泣き縋ってくるティムキャンピーを抱きとめ、丸い身体を撫でてやった。 「明日もがんばろうな!」 「っ?!」 愕然と身を強張らせるティムキャンピーを両手で持ち上げ、アレンは真正面から見つめる。 「ティム、これはお前のためなんだ! 僕も一緒にがんばるから、ランニング・・・ううん、フライング? とにかく毎日200周、がんばろう!!」 やだやだと身体を横に振るティムキャンピーを、しかし、アレンは怖い顔で見つめた。 「そんなこと言うならもう、戦場には連れて行けないよ? お前がアクマに捕まったり、壊されたりしたら大変なんだからな!」 言われて、ティムキャンピーはじっと考え込むような素振りをする。 あまりに長い沈黙に、アレンは頬を引き攣らせた。 「おまえ・・・怖いとこ行かなくていいならそれもいいな、とか思ってる?」 「っ!」 ぎくっと飛び上がったティムキャンピーを、アレンが思いっきり引き伸ばす。 「明日から毎朝外周300周ね」 「増えてんじゃん」 尾をぴるぴると震わせて泣くティムキャンピーを眺めながら、ラビが乾いた笑声をあげた。 だが、すっかり大きくなって、肉付きもいい尾の先を指でつまむや、その感触に眉根を寄せる。 「・・・400周くらい、した方がいんじゃね?」 「〜〜〜〜っ!!!!」 最早一人の味方もなく、しかし、ティムキャンピーはせめてもの抵抗と、懸命に身体を横に振った。 「・・・なにをしているのですか?」 ややして、屋上での罰則監視から戻ったリンクが、ラビと額を突き合わせてなにやら書き込んでいるアレンに問うた。 「ティムキャンピーのダイエット計画練ってんですよ」 「こいつ、リナリーの頭に着地することもあるからさ。 危険は未然に防がないとな!」 二人の言葉に、リンクは大きく頷く。 「それはいい考えです。 私も、また首を折られてはかないませんので」 じろりと睨まれたものの、すっかりふてくされてテーブルの上に転がっていたティムキャンピーは、面倒そうに尾を揺らしただけだった。 「・・・どんな計画か、私にも見せてもらえますか?」 ティムキャンピーのふてぶてしい態度にこめかみを引き攣らせたリンクは、二人が考えたというダイエットメニューに目を走らせる。 「基本的に餌を与えない、という選択は正しいと思います。 そもそもゴーレムは、食べ物を必要としないのでしょう?」 「うん。 だから、食べてはいないはずなんだけど・・・」 「なんかかじってないとイヤらしいからさ、わんこ用の骨でもやっとくか、っつってたんさ」 「なるほど。 そして毎日体重を計測し、5kg減るまでは頭上への着陸禁止、ですか」 ペンを取り出したリンクは、呟きながら『5kg』の前に『1』を書き足した。 「15kgです。 15kg痩せるまでは、頭上はおろか、羽根を休めることを禁じます」 「っっ!!!!っっ!!!!」 慌てて起き上がり、ぶるぶると横に振れるティムキャンピーを、リンクが鷲掴みにして宙へ放る。 「羽根を休めるな、と言いましたよ。 明日からなんて言わず、今からやりなさい」 「さすがリンク・・・」 「厳しいさー・・・!」 二人は思わず乾いた声をあげたが、ティムキャンピーの受難はそんなに生易しいものではなかった。 「っ!」 反抗的にそっぽを向き、天井から下がるシャンデリアの上に着地しようとした瞬間、 「っ!!!!」 リンクが投げたナイフに腹を削られそうになり、慌てて飛び立つ。 「そうそう、ちゃんと飛びなさい」 「〜〜〜〜!!!!」 泣きながらパタパタと羽ばたくティムキャンピーを、皆が仰ぎ見た。 が、 「・・・っあー!!俺のカレー!!」 「俺のAランチ!!」 「ティムてめー!! 潤滑油撒き散らすんじゃねー!!!!」 食堂に集まった団員達に、泣くことすら禁じられて、ティムキャンピーは震えながらパタパタと羽ばたく。 「ティム・・・」 さすがに可哀想になって、アレンが差し伸べた手はしかし、横からリンクに掴まれた。 「これもティムキャンピーのためです」 「う・・・・・・」 「痩せるまでの我慢さね」 「はい・・・」 ラビにも言われて、アレンは仕方なしに頷く。 「僕が・・・甘やかしちゃったからなぁ・・・・・・」 見守るのも飼い主の責任と、アレンは心を鬼にして、ティムキャンピーダイエット計画を遂行した。 その日一日中、休むことなく飛び続けたティムキャンピーは、アレンとリンクが寝静まるのを待って、こっそりと部屋を抜け出した。 明日も同じ目に遭っては、アクマに壊されるより前に壊れてしまう。 大体、ちょっと乗っただけで折れるような、ヤワな首をしている方が悪いのにと、ティムキャンピーはリンクに憤然としつつ、長い回廊を渡って、ドアの一つをノックした。 「はぁい?」 すぐに声がして、ドアが開く。 「あれ? どうしたのティム?」 パジャマ姿のリナリーの胸に飛び込んだティムキャンピーは、ぷるぷると涙に暮れる身体をすり寄せた。 「ど・・・どうしたんだよ・・・」 驚くリナリーを見あげ、ティムキャンピーは鮫のように鋭い歯の並ぶ口を開く。 恨みと共に吐き出されたメモリーは、リンクの冷酷な顔と、辛そうなアレン、愉しげなラビの顔を次々と映し出した。 「えー・・・っと? ティム、監査官にいじめられたの?」 ティムキャンピー本人が写っていないため、わかりにくいが、何度も写るリンクの冷酷な顔と怒声を発しているらしき動画、何より、彼がティムキャンピーにナイフを投げる様を見せられて、リナリーの眉がきつく寄る。 こくこくと激しく頷き、また縋りついて泣くティムキャンピーを、リナリーは優しくなでてやった。 「酷いことするね、監査官は! アレン君もアレン君だよ! なんでこんなことされてるのに止めないの?!」 リナリーが憤然と声を荒げるが、ティムキャンピーは、それには必死に身体を振る。 「・・・アレン君は悪くない、って?」 こくこくと頷くティムキャンピーに、リナリーはくすりと笑みを漏らした。 「ホントにティムは、ご主人想いだね」 また優しくなでられて、ほんの少し赤くなったティムキャンピーは、嬉しそうに尾を振る。 「じゃあ、今日は私と一緒に寝よ。 明日、監査官にきっちり文句言ってあげるから!」 頼もしく言ったリナリーの周りを嬉しげに飛び回り、その夜、ティムキャンピーは幸せな気分で眠りについた。 翌朝。 久しぶりにリンクに叩き起こされることなく、ベッドから放り出されもせずに清々しい目覚めを得たティムキャンピーは、未だ眠るリナリーの、温かい腕の中でもぞもぞと身じろぎした。 と、羽根に頬をくすぐられたリナリーもまた、身じろぎして細く目を開ける。 「ぁれぇ・・・?てぃむ・・・」 寝惚けた声で呟くと、リナリーはベッドを出ようとしたティムキャンピーを抱きしめ、動きを封じた。 「きもちいー・・・・・・」 ぷにぷにしたボディに頬をうずめ、リナリーがまた、すうすうと寝息をあげる。 「・・・・・・」 ま、いっか、と、抵抗をあっさり放棄したティムキャンピーも、またうつらうつらし始めた。 そんな時、激しくドアを叩かれて、驚いたティムキャンピーが飛び上がる。 「なによ・・・・・・・・・」 続いてのろのろと身を起こしたリナリーは、騒がしいドアに半眼を向けた。 と、 「起きなさい、リナリー・リー!! ティムキャンピーがそこにいるでしょう! 隠すとためになりませんよっ!!」 朝っぱらからヒステリックなリンクに怒鳴られ、ムッとしたリナリーは、おろおろと頭上を飛び回るティムキャンピーの尻尾を掴んで引き寄せる。 「ティムなんかいないよ!」 「嘘つくんじゃありません!」 居丈高な口調で否定された途端、寝起きで機嫌の悪い彼女の反抗心に火がついた。 リナリーは無言のまま、ベッドサイドの引き出しからコムイ印の強力耳栓を取り出すと、装着してベッドの中に潜り込む。 「リナリー・リー!! リッ・・・起きろ小娘ェェェェェェェェェェ!!!!」 喉から血を吐かんばかりに絶叫しても、リナリーには届かず、びくびくと震えるティムキャンピーを抱きしめたまま、またすやすやと眠ってしまった。 やがて昼も過ぎた頃。 ようやく自主的に目覚めたリナリーは、しっかりと詰め込まれた耳栓に気づいて首を傾げた。 「なんだかよく眠れたと思ったら、いつの間に私、耳栓なんかしたんだろ」 ま、いっか、と呟いて、リナリーはベッドの上に転がったティムキャンピーを抱きあげる。 「おはよ、ティム ティムの感触が気持ちよかったから、すごくよく眠れたよー 抱きしめられて、ティムキャンピーは少し赤くなったものの、尻尾はだらりとして元気がなかった。 「? どうしたの、ティム? よく眠れなかった?」 その問いには、ふるりと身体を横に振る。 「そう? なんだか元気ないよ?」 眉をひそめたリナリーは、不思議そうに首を傾げた。 彼女自身がティムキャンピー憔悴の原因だとも知らずに。 と言うのも今朝、寝惚けた彼女に抱きしめられ、共にベッドの中にもぐりこんだティムキャンピーは、長時間暑苦しい環境にいることを強いられて、今や脱水症状に似た状態になっていた。 前日から泣き続けたことも原因の一つだったろが、それを苦に彼女を起こしてしまえば、ドアの外に張り込んでいる獰猛なリンクに捕まってしまう。 究極の選択で、ティムキャンピーは冬のさなか、蒸し焼きになることを選んだ。 「なんだかしぼんじゃったねぇ・・・大丈夫?」 気遣わしげなリナリーに頷こうとして、ティムキャンピーはベッドの上に転げる。 「ティッ・・・ティム?!」 ぴくぴくと痙攣するティムキャンピーを慌てて抱き上げて、リナリーは部屋を飛び出した。 「ようやく起きましたか、小娘・・・っなんって格好をしているのですか、はしたない!!!!」 部屋の前で張り込んでいたリンクに怒鳴られ、リナリーははっと自分の服を見下ろす。 寝起きの彼女は当然、パジャマのままだった。 「なに見てんの、監査官のえっち!!」 「見たくて見たのではない!! そもそも、そんな格好でどこへ行く気ですか!!」 「科学班・・・」 「破廉恥な!! 恥を知りなさい!!」 容赦なく怒鳴られ、リナリーがむぅ、と頬を膨らませる。 「そもそも用があるのはあなたではなく、その肥満ゴーレムです! それをさっさとよこして、君は着替えなさい!!」 言われて、リナリーはぎゅっと眉根を寄せた。 「嫌よ! どうせまた、ティムをいじめるんでしょう?!」 「いじめる?! いつ私が、そんな低俗な行いをしましたか!」 「いけしゃあしゃあと! ティムを怒鳴ったり、ナイフを投げたりしたところ、見たんだからね!! これ以上なにしようって言うんだよ!!」 城中に響き渡るような声で怒鳴り合う二人に、近くのドアが次々開いて、女性団員達が顔を出す。 その中で、ミランダが恐る恐る近づいてきた。 「ど・・・どうしたんですか二人とも・・・? きゃあ!!リナリーちゃん、なんて格好してるの!!」 真っ赤になったミランダが、羽織っていたロングカーディガンを脱いでパジャマ姿のリナリーに着せ掛ける。 「と・・・殿方の前でそんな格好して・・・! いいい・・・いけませんっ・・・!!」 まるで自分が見られたかのように顔を覆ってしまったミランダに、リンクが何度も頷いた。 「これがレディとして当然の反応ですよ、リナリー・リー! まったく君はいつまでも子供じみて、自覚のない小娘ですね!」 「ムカつく・・・!! だったら見ないでよ、すけべ!!」 「見たくて見たわけではないと言っているだろう!! 早くティムキャンピーを渡し、君は部屋に戻りなさい!!」 「やだ!! ティムはアレン君のゴーレムだもん! 監査官になんか渡さないよ!!」 二大怪獣大戦争とでも言うべき大喧嘩に、段々ギャラリーも増えてくる。 と、誰かが無線で呼んだのか、アレンとラビも駆けつけてきた。 「ちょっ・・・リンク!!ストップストップ!!」 「リナも落ち着け!」 アレンと共に間に入ったラビが、リナリーを見下ろして思わずにやける。 「パジャマかわいーじゃん 「見るなっ!!」 「ぶにっ!!」 リナリーが押し付けたティムキャンピーの腹に呼吸を塞がれ、ラビが必死にもがいた。 「ラ・・・ラビ・・・!」 「アレン君も!!」 「はいぃっ?!」 いきなり矛先を向けられて、アレンが飛び上がる。 「ティムのメモリー、見たよ! なんで監査官にいじめられてるのに止めないの?!」 眉を吊り上げたリナリーに詰め寄られ、アレンが自然に歩を引いた。 「だ・・・だって、ティムがあんまり太っちゃったから、このままだとアクマに追いかけられても逃げ切れないって言われて・・・・・・」 「え?なにそれ?」 きょとん、としたリナリーに、アレンは懸命に言い募る。 「僕がティムにごはんあげすぎちゃったせいか、ティムってばこんなにぷにぷにしちゃったでしょう・・・?」 未だ、ぴったりとラビの呼吸を塞いだティムキャンピーの柔らかい身体をつつき、アレンがため息を漏らした。 「以前に比べたら、飛ぶのもだいぶ遅くなっちゃったって言うから、昨日からダイエットさせてたんですよ。 まぁ・・・リンクは厳しいから、いじめているように見えたでしょうけど」 「そ・・・そういうこと・・・・・・」 納得したリナリーの力が緩んだ隙に、ラビがティムキャンピーを引き剥がす。 「殺す気さっ?!」 「ご・・・ごめんなさい・・・・・・」 気まずげに首をすくめ、謝ったリナリーに、リンクが鼻を鳴らした。 「早とちりの暴走小娘が!」 「うるさい!説明不足の傲慢監査官!!」 負けじと言い返した時、ずっと顔を覆っていたミランダが、ふと顔をあげる。 「でも・・・ティムちゃんは元々、ごはんが要らないんでしょう? ご飯をあげなければ、すぐに細くなるんじゃないの?」 言った途端、それまで面白そうに見物していた女性団員達の顔つきが変わった。 「ナニ言ってんの、ミランダ!!」 「アンタ自分が細いからって、ダイエットなめてるでしょ!!」 「今まで太ってたのに、食事抜きでただ減量したんじゃ、たるんでシワになるだけよ!!」 怖い顔で詰め寄られ、怯えるミランダをリンクがすかさず庇う。 「ご意見は承りますが皆さん、マンマを責めるのはお門違いかと!」 堂々と正論を吐くや、女性陣の矛先はまっすぐにリンクへ向いた。 「お黙りなさい、素人!!」 「きれいに痩せたいなら、激しい運動すりゃいいってもんじゃないの!!」 「急がば回れよ!そんなことも知らないの?!」 「そ・・・それは・・・・・・!」 一斉攻撃にたじろぐリンクを見て、リナリーが嬉しげに笑う。 「監査官ってば知らないんだぁ、ダイエットの秘訣 「おっ・・・お黙りなさい、小娘! 私を愚弄するのは許しませんよ!」 反駁したものの、いつもの迫力がないリンクに、リナリーが更に詰め寄った。 「ティムのダイエットは私達がやって『あげる』から、『無知な』監査官はクリスマスケーキでも作ってたら? ティムをいぢめるしか時間潰しができないなんて、どうせ『お暇』なんでしょ?」 わざわざ気に障る言い方をして、リナリーがくすくすと笑う。 「小娘・・・!」 怒りのあまり、こめかみを引き攣らせるリンクを、リナリーが鼻で笑った。 「じゃあどうぞ、殿方は女性フロアから出てってくださいな ラビからティムキャンピーを取り上げ、リナリーがにこりと笑う。 「アレン君、後は任せておいて 「あ・・・はい。 じゃあこれ、僕達が考えたダイエットメニューです」 アレンからスケジュール表を受け取ると、他の女性団員達も興味津々とリナリーの手元を覗き込んだ。 「う・・・わぁ・・・・・・」 あまりのハードスケジュールに、皆がため息を漏らす。 「無理無理!痩せる前に死ぬわ!」 「ティムってゴーレムでしょ? 心臓はないけど・・・これじゃあショートするんじゃない?」 「科学者いた方がいいね。 誰かキャッシュ呼んで、キャッシュ!」 ざわざわと口々にお勧めダイエットを言いながら、真剣な目でスケジュール表を見下ろす女達に、男達は自然と歩を引いた。 「あっ・・・あの・・・!」 リンクに睨まれ、ラビに背を押されたアレンが、勇気を振り絞って声をかけると、鋭い目に睨まれて飛び上がる。 「まだいたの!」 「さっさと帰んなさいよ!」 「いい加減にしないと、警備班に通報するわよ?!」 「すみませんっ!!よろしくお願いしますっ!!」 深々と一礼するや、踵を返して逃げ出したアレンを、リンクとラビも追った。 「こっ・・・こわっ・・・・・・!」 フロアを出た途端、アレンが顔を覆って泣き出すと、リンクは馬鹿にしたように鼻を鳴らし、ラビは慰めるように肩を叩く。 「まぁまぁ。姉さん達に任しときゃ、ティムも無事に帰ってくるさ」 少なくとも、と、ラビは意地の悪い笑みをリンクへ向けた。 「素人の意地悪監査官よりは、効果が出るんじゃね?」 くすくすと笑うラビを、リンクが射殺さんばかりに睨みつける。 「・・・では、私は素人ではないことで仕事をしましょう」 「なに・・・?」 嫌な予感がして、顔を引き攣らせたアレンの腕を、リンクが乱暴に掴んだ。 「今日のお勉強がまだですよ、ウォーカー!! このままでは君、ティモシーにも学力で負けてしまいます!!」 「そんなの嘘だ!! なんで・・・助けてラビ――――!!!!」 泣き喚くアレンにも、しかし、ラビは笑って手を振る。 「がんばれよー♪」 「やだあああああああああああああ!!!!」 昨日のティムキャンピーに負けず劣らず泣き喚きながら、アレンはリンクに引き摺られて行った。 その後間もなく女性団員達に呼び出されたキャッシュは、『ダイエット』の言葉を聞いた途端、こめかみを引き攣らせた。 「あたしにケンカ売ってんのか?!あぁっ?!」 ぷよぷよした腹を揺らして怒鳴った彼女に、リナリーとミランダは怯えて手を握り合ったものの、他の団員達・・・中でもナース達は怯まない。 「怒るくらいなら、あんたも一緒にやんなさいよ」 「あんたはまず、間食をやめて、規則正しい食生活をすることから始めないとね」 「う・・・!」 簡単に言い負かされて、キャッシュが不機嫌に黙り込んだ。 そんな彼女の肩に、気遣わしげなティムキャンピーが乗る。 途端、 「ぐぁっ!!」 その重みに、キャッシュが片膝を崩して傾いだ。 驚いて飛び上がったティムキャンピーの尻尾を掴み、キャッシュが怖い顔で睨みつける。 「あんた重過ぎ!! 気軽に乗んないでよっ!!」 「え・・・えぇー・・・そうかなぁ・・・・・・」 細い割には腕力のあるリナリーが、泣き縋ってきたティムキャンピーを抱きとめて苦笑した。 が、 「重い・・・」 「重いわね」 「重いわ!」 ミランダはじめ女性団員達に次々抱えられたティムキャンピーは、容赦なく浴びせられた言葉にしおしおと羽根をすぼめる。 「で・・・でも、単に太ったんじゃなくて、成長したんだろうから・・・」 リナリーが懸命にフォローすると、キャッシュが手を打って持参の工具箱からトンカチを取り出した。 「な・・・なにするんですか、キャッシュさん・・・!」 危険を感じて声を引き攣らせるミランダの背に、ティムキャンピーが慌てて隠れる。 が、キャッシュは大きな笑みを浮かべて、丸い手をティムキャンピーへ差し出した。 「こいつには再生機能があるんだ。 いっぺん壊して再生させちゃえば、余分なパーツは自然と排除されるよ!」 言うや、ティムキャンピーの尾を掴んで引き寄せるキャッシュを、皆が一斉に止める。 「あんた正気?!」 「科学者のくせに、壊れた無線機叩いて直す素人みたいなこと言ってんじゃないわよ!!」 「うるっさいな!! この場合は、叩けば直るんだよ!!」 泣きじゃくって潤滑油を撒き散らすティムキャンピーを、キャッシュが更に引き寄せた。 「だだ・・・ダメだってェっ!!」 「どきな!! これが一番の対処方法なんだ!!」 巨体にふさわしい剛力で、縋る女達を振り払い、キャッシュは引き寄せたティムキャンピーにトンカチを振り下ろす。 「死にさらせ!!」 「きゃあああああああああああああああああああ!!!!」 悲鳴のほとばしる中、しかし、トンカチはぷよんっとした外殻に弾き返された。 「・・・・・・あ?」 呆気に取られた女達の目が集まる中、キャッシュが再び振り下ろしたトンカチはまたも、ぽよんっと弾かれる。 「・・・なんか、ゴムボールでも叩いてるカンジ」 呟いたキャッシュから、ナースがトンカチを取り上げ、無言で振り下ろした。 ぷぃんっと弾む感触が面白くて、何度も叩く彼女の手から、トンカチは次々に奪われ、皆が絶妙の感触に酔い痴れる。 「おっ・・・おもしろいっ・・・!!」 リナリーもまた、叩けば叩くほど弾むティムキャンピーをポコポコ叩いて、心地よい感触を味わった。 「ティム、このままでもいいんじゃない?!いいんじゃない?!」 頬を染めて、わくわくとはしゃぐリナリーに、皆が一度は頷きかけたものの、複雑な顔で首を振る。 「えー・・・なんでー・・・・・・」 不満げなリナリーの頭を、ナースの一人が笑って撫でてやった。 「監査官に啖呵切ったのに、やめちゃったら馬鹿にされるわよ?」 「そっ・・・それはダメだよ!!」 考えただけでムカつく!と、頬を膨らませたリナリーに、皆が頷く。 「あの監査官に嫌味を言われるのって、本気でムカつくもんねぇ・・・」 「ミランダの言うことは聞くくせに」 じっとり睨まれて、ミランダが慌てた。 「わ・・・私はともかく、ティムちゃんのダイエットは、アクマに追いかけられても逃げ切るだけの速さを取り戻すためでしょう・・・? はやくなんとかしてあげないと・・・」 遠慮がちに、しかし的確なことを言ったミランダに、キャッシュが頷く。 「とりあえず、このプヨップヨのたるみをなんとかしなきゃね。 これじゃあ、壊すこともできやしないよ」 「もったいないなぁ・・・・・・」 がっくりと首を落とし、ぼやいたリナリーに皆、頷いた。 「最後に思いっきり感触を味わってましょ」 「そうね・・・もうこのぷよぷよには触れないんだから」 「でもホント・・・気持いいー 「あ!次あたしよ!割り込まないで!!」 「ティムー 「〜 姉さん達に囲まれ、次々抱っこされて、ティムキャンピーが嬉しそうに尾を振る。 「女好きなんだねぇ・・・」 呆れ声をあげたキャッシュにも、ティムキャンピーは嬉しげに抱きついた。 その頃、厳格な家庭教師と化したリンクのいじめ・・・いや、授業を受けていたアレンは、テキストの上に頭を乗せ、紙に渦巻きを書きながら、窓の外を眺めていた。 「ティム、大丈夫かなぁ・・・ぎゃんっ!!」 呟いた途端、強烈なげんこつが降って来て、目の前を星が舞う。 「肥満ゴーレムの心配より、今は勉強に集中なさい!」 「・・・っ頭割れたっ! もうダメだ僕病棟へ行ってきま・・・」 「また殴られたくなければ、さっさと今日の課題をやってしまいなさい」 抱えた頭に突きつけられたこぶしの感触に、アレンが動きを止めた。 「さぁ!早く起きなさい! いつまでもうだうだとだらけて、だらしない子供ですね! 駄々をこねても終わるまでは部屋から出しませんよ!」 「〜〜〜〜家庭教師ならラビの方がよかったぁ!!」 とうとう泣き声をあげたアレンに、リンクは冷たく鼻を鳴らす。 「Jr.と一緒でしたら君、おしゃべりするばかりでちっともお勉強しないではありませんか!」 「お・・・お勉強してます・・・よ・・・? ざ・・・雑学・・・とか?」 ぴちぴちと目を泳がせるアレンに、リンクの目が冷たく光った。 「ふざけた舌は切り落としましょうか、小雀。 話せなくても、任務に支障はないでしょう?」 袖から飛び出たナイフを突きつけてくる彼に、アレンは慌てて口を覆う。 「んなっ・・・なんでそう言う発想が出てくんの?! このサド!ドサド!!」 「痛い目に遭いたくなければ素直になりなさい!!」 冷たい刃を頬に当てられ、アレンがますます身を縮めた。 「固まってないで、さっさとペンを持ちなさい! いい加減にしないと、本当に舌を切ってやりますよ!!」 突きつけられたナイフとペンをびくびくと見あげるアレンの目に、涙が浮かぶ。 「このドS!鬼!悪魔!!リンク!!」 「切ってやる!!」 「ぎゃああんっ!!ごめんなさいいいいいいいいいいい!!!!」 頭を抱えてデスクに突っ伏したアレンの手に、リンクがペンをねじ込んだ。 「今日またJr.とおしゃべりしたければ、早く問題を解いてしまいなさい!!」 「ぅえっ・・・ひぐっ・・・ぁい・・・!」 しゃくりあげつつ、ようやくペンを動かし始めたアレンを見下ろして、リンクが鼻を鳴らす。 「まったく、手のかかる子供です! きっとあの肥満ゴーレムも、主人に似て皆さんにご迷惑をかけていることでしょうね!」 特にマンマに、と呟いた途端、リンクは不安げな顔をした。 が、幸いなことにこの予想は外れたらしい。 ティムキャンピーは迷惑どころか、女性達に囲まれて、うきうきと羽根を伸ばしていた。 「この子、ゴーレムはゴーレムだけど、半分生き物みたいなもんだから、ぷよってんのを取るには、普通のダイエットでいいかもしれない」 「なにそれ」 「随分テキトーねぇ・・・」 呆れ声で言われ、キャッシュがムッとする。 「あたしじゃなくて、ティムを分解したことがある室長が言ってたんだよ! どんな仕組かは未だ不明だけど、ティムの外殻は成長するようにプログラムが組んであるみたいだって!」 「ふぅん・・・。 じゃあ、新陳代謝アップさせちゃえばいいのかしらね」 「食べ物は与えない、ってことは決まってんだから、あと出来るのはそのくらいよね」 「なにするの?」 小首を傾げたリナリーに、ナース達がくすくすと笑った。 「入浴ダイエット 「熱めのお湯に一定時間入ったらお湯から出て、すぐにまた入ってってことを繰り返すの」 「へぇ・・・じゃあティム、私と一緒にお風呂いく?」 大喜びでリナリーに抱きついたティムキャンピーは、しかし、ひょいっと取り上げられる。 「なに、姉さん?」 「このサイズなら、たらいで十分よ」 「お湯沸かして、お湯」 間もなく持って来られたたらいに湯が張られ、ティムキャンピーはざぶんと浸けられた。 「っっっ!!!!」 「あっ!こら!!」 「暴れちゃダメでしょ!!」 バタバタと羽ばたいて湯を撒き散らすティムキャンピーを、暴れる患者に慣れたナース達が効率的に押さえつける。 「もう!おとなしくしなよっ!」 一人が羽根の根元を、もう一人が尾を掴んで、再び湯の中へ沈めた。 「〜〜〜〜!!!!」 風呂よりもだいぶ熱い湯の中へ沈められ、尻尾の先まで赤くなってきたティムキャンピーを、時間を計っていたもう一人のナースがあげるよう指示する。 「っ!っ!っ!!」 ぜいぜいと喘ぐティムキャンピーが、早くもぐったりとタオルの上に倒れるが、その熱が引く前にまた沈められた。 「っっ!!っっ!!っっっ!!!!」 「ね・・・姉さん達! 苦しがってる・・・よ・・・?」 リナリーが恐る恐る言うが、婦長の娘達は厳しい顔で首を振る。 「これがこの子のためなのよ!」 茹で上がったティムキャンピーが、再び湯からあげられ、しばらく休ませたのちにまた浸けられた。 「姉さんっ!!」 最早暴れる力もないティムキャンピーは、湯の中にぷかりと浮かぶ。 「この子のためだから」 悲鳴をあげたリナリーを真面目な顔で諭し、時間を計ってまたあげた。 「新陳代謝をあげると同時に、ジョギング並みの負荷を与えるダイエット方法よ。 太りすぎて、心臓に負担のかかる人はやっちゃだめ」 キャッシュを見ながら大真面目に言ったナースに、キャッシュが頬を膨らませて頷く。 「この子は心臓がないから大丈夫だね」 「そう言うこと」 笑って頷いたナースにまたもや沈められたティムキャンピーは、せめてもの抵抗と、長い尾の先をピクリと震わせた。 「だ・・・だいぶしぼんだよ、ティム!!」 そぉ?と、ティムキャンピーはぐったりしたまま、リナリーを見あげた。 「・・・体重は少し減ったけど、腹囲は全然変わってないわよ?」 「体重が減ったのは、泣きじゃくって潤滑液を出したからでしょう? 補充したらまた戻るわよ」 「んー・・・だいぶ浸け込んだと思ったけど、足りなかったかしらねぇ?」 「じゃあ、脂肪分解注射でもする? 体質に合わなかったら嘔吐し続けるし、そもそもティムの外殻が分解できるかわかんないけど」 淡々とカルテを見るナース達に、ティムキャンピーは恐怖を覚えて必死にあがく。 が、恐怖の湯責めを受けた後では、身体が思うように動くわけもなく、ただタオルをカリカリと掻くばかりだった。 「姉さん達・・・さすがに死んじゃうよ・・・・・・」 乾いた声をあげたリナリーに、しかし、彼女らだけでなく女達全員が柳眉を吊り上げる。 「ダイエットなめんじゃないわよ、あんた!」 「たとえ死に面してもやる!それがダイエットよ!!」 「キャッシュ! あんたもタプタプしてないで、一緒にやんなさいっ!!」 「あ・・・あたしっ?!」 いきなり矛先を向けられて、キャッシュが頓狂な声をあげた。 「あたしはいいよっ! そんな執念ないし・・・!」 「執念上等!!」 「そんなことで科学班を生き残れると思って?!」 「この本部だって、安全じゃあないのよ!」 「あんたいざという時、逃げ切れるのっ?!」 次々と畳み掛けられ、反駁することもできずにいるキャッシュの手を、被服係の団員達が取る。 「さぁ!サイズ測るわよ、キャッシュ!!」 「あんたは4・・・ううん、5サイズくらい余裕で落とせるから!」 「そんなに一気に落としたら死ぬよっ!!」 今までの、ティムキャンピーに対する仕打ちを見てきたキャッシュが、命の危険を感じて逃げ出した。 「あ!待てコラ――――!!!!」 お針子達に追いかけられ、部屋を飛び出て行ったキャッシュをリナリーが呆然と見送る。 「キャッシュがダイエットしちゃったら、もうたぷたぷできなくなるよぉ・・・・・・」 「わがまま言うんじゃないの!」 ぴんっと鼻を弾かれて、リナリーが泣き声をあげた。 「姉さんひどいー!」 「おだまり。 ホラ、次やるわよ!」 「つ・・・次・・・ですか・・・・・・」 茹ったティムキャンピーを膝に乗せ、氷嚢で冷やしていたミランダが、不安げな上目遣いで見つめる。 「あ・・・あの、もうあまり可哀想なことは・・・・・・」 「言ったでしょう! これがこの子のためなのよ!」 一刀両断されて、ミランダはティムキャンピーの上でうな垂れた。 「ご・・・ごめんなさいね・・・。 私、ダイエットなんてしたことがないから、かばってあげられなくて・・・」 ぷるぷると震えて泣くティムキャンピーを、ミランダが氷嚢を持った手で何度も何度も撫でてやる。 それは、いかにも慈愛に満ちた行為に見えたが、 「ね・・・ねぇ、ミランダ・・・?」 リナリーが頬を引き攣らせ、ミランダの膝で震えるティムキャンピーを指した。 「ティム・・・凍ってきてない?」 「え? ・・・えぇっ?!」 よく見ればティムキャンピーの、氷嚢で撫でられた部分が赤く火傷したようになっている。 「お湯お湯お湯お湯!! 凍傷になってるよ!!」 「は・・・はいぃっ!!」 リナリーに急かされたミランダは、慌ててティムキャンピーをたらいに放り、その上から沸騰する湯をかけた。 「!!!!!!!!!!!!」 飛び上がり、パニックを起こして天井や壁に何度もぶつかったティムキャンピーは、突然失速して床に転がる。 「ティ・・・ティム・・・・・・?」 皆で恐々と近づき、そっとつついたティムキャンピーは、もうピクリともしなかった。 ティムキャンピーにそんな受難が降りかかっているとは知らず、珍しく平和なラビは、鋏を手にやや難しい顔で冬のバラを見つめていた。 「どうしたであるか。 はやく剪定するであるよ」 いつまでもじっとしているラビに、クロウリーが訝しげに声をかける。 と、ラビは顔をあげて、困惑げに彼を見返した。 「もうすぐアレンの誕生日さね、クロちゃん。 もーネタつきたっつーか・・・なんかいいアイディアないさ?」 「ふむ・・・サプライズパーティはもう、2度ほどやったであるからなぁ・・・」 首を傾げたクロウリーに、ラビは切なく吐息する。 「囚われの姫救出も英国風パーティもやっちまってんのに、年々期待は高まるし、どうする俺?!ってカンジさ・・・」 またため息をついたラビに、クロウリーが笑いだした。 「毎年毎年、弟のために大変であるな、兄上殿」 「人事みたいに言ってねーで、クロちゃんもなんか考えてさぁ・・・!」 「いっそ、今咲いているバラを全部切り取って、アレンの部屋を埋めるであるか?」 珍しく冗談を飛ばすクロウリーに、ラビは気温のせいだけでなく、ぶるっと震える。 「なんで俺が男に花なんか贈るんさっ!キモッ!」 しゃきしゃきと鋏を鳴らして剪定を始めたラビの傍ら、クロウリーが困惑げに首を傾げた。 「いけなかったであるか? 私は誰に対しても、花を送っているであるが・・・」 「そりゃ、このバラはクロちゃんが育ててんだから。 育てたもんを贈るんはオッケーさね」 以前、俺も自分で育てた食人花を贈ったし、と、肩をすくめたラビに、クロウリーも苦笑する。 「返されたではないか・・・」 「それでも、贈った事実は事実さ。 ・・・・・・あ、そか。 育てたもんでいいなら、プレゼントは殖えちったヤドクガエルにすっかな」 「・・・・・・嫌がらせだと思われるであるよ」 すかさず手を振られて、ラビは首を傾げた。 「んー・・・・・・南米のミイラも嫌いかなぁ・・・・・・」 「好きではないであろうな」 ふぅ、と吐息し、クロウリーは首を振る。 「価値観の相違は、認識した方がいいである」 「さねー・・・」 呟いて、またラビは考え込んだ。 摘んだばかりのバラを指先にもてあそび、反対側に首を傾げる。 「バラをモチーフに、銀で・・・」 「新しい団章でも作るであるか」 「あ、銀のバラは黒の教団の紋章か。 ヤバイヤバイ」 中央庁に怒られるところだった、と言いつつも、ラビは瞬いた。 「アクセサリーはいいよな。 俺もあいつから、手作りアクセサリーもらったし」 「変わった趣味であるな」 「リナと一緒だったから、ノリで作っちまったんだろうさ」 クスクスと笑うラビに、しかし、クロウリーは首を傾げる。 「しかし、お前が選んだアクセサリーが、アレンに似合うであるかな。 そのセンスで選ぶのであろう?」 クロウリーはそう言って、ラビの喉元を指した。 革紐にエメラルドカットの半貴石を通したシンプルなチョーカーは、襟ぐりの開いたラビの服によく合っている。 が、 「アレンが普段着ているような服には、いまいち・・・」 「そうさねー。 あいつ、いっつも上品ぶってっからさ!」 遠慮なく言って、ラビは笑い出した。 「そういやあいつ、科学班の引越し手伝ってる時だって、ベストとネクタイだったんだぜ! 信じらんねーだろ?!」 パタパタと手を振ったラビは、ふと笑声を止める。 「あ、そっか。 服もコーディネートしてやりゃいいんさね!」 「服を・・・であるか?」 「ん。 あーんな小紳士スタイルじゃなくてさ、もっとカッコよくしてやんの♪ ミサはさすがに正装だろうけど、その後のパーティはカッキー方がいいさね!」 そうと決まれば、と、ラビは踵を返した。 「どこへ行くであるか」 すかさず襟首を掴んだクロウリーに止められ、ラビはパタパタと足踏みする。 「被服室! 美少年大好き係長なら、今流行のスタイルをアレンにも似合うように作ってくれると思うんさ!」 「それは、今日の剪定を終わらせてからでも十分間に合うはずである!」 「思い立ったが吉日さ!!」 「明日できることを今日するな、と言うであろ!!」 「今日できることを明日やるなとも言うさ!!!!」 段々声を大きくし、掴み合う二人の頭上が突然翳った。 「なっ・・・?!」 さすがの反射神経で飛びのいた二人がいた場所に、ぼてっと子豚が降ってくる。 掘り起こしたばかりの柔らかい土に半ば埋もれたそれに、二人は恐る恐る近づいた。 「・・・・・・・・・ティム?」 声をかけると、土の上にだらりと垂れた翼と、特徴的な長い尻尾がピクリと揺れる。 「ど・・・どーしたんさ、いきなり落ちてきて!」 柔らかい身体を持ち上げ、土を払ってやると、ティムキャンピーは潤滑油をじわりと滲ませて、ラビに抱きついた。 「泣いてちゃわかんないさ!なにがあったんか、見せてみ!」 言うと、ティムキャンピーは鋭い歯の並んだ口を開けて、ダイエットと言う名の拷問の記録を写す。 「姉さん達、こえー・・・・・・」 「それで命からがら逃げてきたのであるか・・・」 クロウリーが気遣わしげに撫でてやると、ティムキャンピーはぷるぷると震えながら彼に縋った。 助けて、と、切実な願いは声がなくても通じ、二人は頷く。 「でもおまえ、マジでダイエットは必要なんからさ、せめて運動はするさね」 ティムキャンピーはラビに周回400周を課せられたことを思い出し、更にクロウリーに身を寄せた。 「怯えているであるよ、ラビ」 苦笑したクロウリーは、ティムキャンピーを持ち上げて小首を傾げる。 「とりあえず、身体を動かせばいいのであろう? ならばティム、剪定を手伝うである」 「お? じゃあ俺、解放されてもいいカンジさ?」 早速バラ園を出ようとしたラビの襟首を、クロウリーが再び掴んだ。 「それとこれとは別問題である」 「・・・・・・ちぇっ」 不満げに舌打ちしたラビは、仕方なく鋏を持ち直す。 「じゃーティム! さっさとやっちまおーぜ!」 「♪」 拷問ダイエットでも辛いトレーニングでもない仕事に、ティムキャンピーは尻尾を振りながら木々の間を飛び回った。 鋭い歯は、余分な葉や枝を次々に切り取り、ティムキャンピー自身の機敏さもあって、人の手とは比べようのない効率で進む。 「これは・・・今まで手伝ってもらわなかったとは、惜しいことをしたである」 感嘆の声をあげるクロウリーに、ラビも頷いた。 「こりゃ早くに終わるさね! ティム、お茶の時間までに終わったら、ケーキ食わせてやるぜー 「 喜んでスピードアップしたティムキャンピーに、しかし、クロウリーが眉根を寄せる。 「それは・・・元も子もないのではないか?」 「あ、そっか。 食いもんやっちゃいけないんだっけ」 「〜〜〜〜・・・」 途端に萎えたティムキャンピーを、ラビが訝しげに見遣った。 「おまえ、餌いらないんだろうさ。 歯がかゆいんなら、骨とか胡桃の皮とか、歯ごたえのあるもん齧れよ」 「っ!」 ぷんっとそっぽを向いたティムキャンピーの鼻先を、ラビが鋭く弾く。 「お前のためだっつってんさ。 俺はリナリーみたく早かねーんだから、おまえがアクマに追っかけられても、助けてやれねーぞ?」 もちろんアレンも、と言われたティムキャンピーは、不満げに尾を振ってラビを叩いた。 そのままくるりと踵を返し、冬バラに食いつくと、もしゃもしゃと柔らかい花びらを咀嚼する。 「あー!! クロちゃん!クロちゃん!!」 食ってる!と、慌てるラビとは逆に、落ち着いたクロウリーが小首を傾げた。 「間引きするものであるからよいのであるが・・・うまいのであるか?」 「・・・・・・」 ペッと噛み砕いたバラを吐き出し、パタパタと木々の間を羽ばたいて剪定の手伝いに戻ったティムキャンピーに、クロウリーが笑みを漏らす。 「がんばるであるよ」 こくんっと頷いたティムキャンピーは、茨の上に羽根を休めることもなく、剪定にいそしんだ。 やがて、お茶の時間を知らせるように、食堂の方から甘い匂いが漂ってきた。 「クロちゃん、ケーキが焼けてるさ! 今日はもういいだろ?」 わくわくと鋏を置いたラビに、クロウリーも頷く。 「ティムががんばってくれたおかげで、だいぶ進んだであるよ」 そう言って優しく撫でてくれるクロウリーの手に、ティムキャンピーは嬉しげに身体をすり寄せた。 あきらかにご褒美をねだってまとわりつくティムキャンピーを、しかし、ひょいっとラビが掴む。 「どうしたであるか?」 「ご褒美はあとで、おもちゃでもあげてさ、クロちゃん♪ 俺はちょっとティム預けてくっから」 早速踵を返したラビに、クロウリーが首を傾げた。 「誰に?」 「そりゃもちろん・・・」 肩越しに、にんまりとラビが笑う。 その後間もなく、ティムキャンピーは寒々とした修練場の片隅で、座禅を組む神田の頭に乗っていた。 はたから見れば、それはとても和やかな光景に見えただろう。 だが、ティムキャンピーは恐怖のあまり身を凍らせ、今にも機能停止しそうなほどに怯えていた。 微動だにしない神田の上で、同じく不動を目指すも、無敵のキューティクルは滑りやすく、またずるずると落ちそうになる。 途端、 「動くんじゃねぇ!!」 鋭く喝破されたティムキャンピーは、不安定な姿勢のまま、神田の頭にしがみついてぷるぷると震えた。 「震えんな!」 「・・・っ」 「泣くな!!」 「・・・っ!」 神田は自身の髪にしがみついたティムキャンピーを掴むと、改めて頭上に乗せる。 「雑念があるからそうなるんだよ! てめぇがだらしなくたるんでんのもそのせいだ! 集中しろ!」 「っ!」 羽根で涙を拭ったティムキャンピーは、懸命に羽根と尻尾でバランスを取った。 と、小さな手足だけで身体を支えていた時とは段違いに安定する。 それは神田が、不動にして姿勢よく座禅を組んでいるためでもあった。 「その調子だ」 優しくはないが、肯定の言葉をかけられて、ティムキャンピーはますます張り切る。 そのまま二人は、一体化したかのように無言の時を過ごした。 「ユウちゃん、すげー懐かれてんじゃん」 ティータイムを終え、戻って来たラビは、一つの彫像のように動かない二人に笑い出した。 「ティム、ユウちゃんと座禅して、人生観変わったんじゃね? なんか顔つきが精悍になった気がするさ」 そぉ?と、気取って向き直ったティムキャンピーは、また 「動くんじゃねぇっつってんだろ!」 と怒鳴られて、その姿勢のまま固まる。 「すげー! ユウちゃん、調教師の才能あるんじゃね?!」 だが手を叩いて笑うラビもまた、神田のひと睨みで固まった。 「騒いでんじゃねぇよ、馬鹿ウサギ」 「・・・・・・あぃ」 引き攣った声で返事したラビに鼻を鳴らし、すらりと立ち上がった神田は固まったままのティムキャンピーをラビの頭に乗せる。 「あれ?もう行っちゃうんさ?」 「座禅は長くやりゃあいいってもんじゃねぇ。 ティム、俺がいなくてもやれるな?」 ぴんっと尻尾を伸ばし、羽根で敬礼したティムキャンピーに神田が頷いた。 「毎日続けろ。 そうすりゃ少しは、たるんだ精神も引き締まるだろ」 こくん!と、強く頷いたティムキャンピーに薄く笑い、神田が背を向ける。 と、神田の姿が見えなくなった途端、硬直の解けたラビが頭上からティムキャンピーを取り上げた。 「なにお前? 精神修行、気に入ったんさ?」 問われて精悍に頷いて見せたティムキャンピーに、ラビが意地悪く笑う。 「ホントかねぇ? ちょっと試してみるさ?」 どんと来い!と鼻息も荒いティムキャンピーの前に、ラビがキャンディーを差し出した。 途端、ばくんっと食いついたティムキャンピーに、ラビが爆笑する。 「ティムが釣れたさー♪」 キャンディーに仕込んでいたテグスを伸ばし、先を適度に伸ばした槌に結んで、ラビは慌てるティムキャンピーを肩に担いだ。 「座禅で精神集中したんなら、今度は寒中水泳で心身鍛錬さ♪ 海行くぜ海ー 「!!!!!!!!」 バタバタと羽ばたいてもがくも、キャンディーはどう言う仕組みか口の中に貼り付いて、どうしても取れない。 そうするうちにラビは城壁を出、絶壁から荒れる冬の海を見下ろした。 「うっわ、さみーさ! 俺だったらぜってー落ちたくないさね!」 何をするのか、と、怯えるティムキャンピーを掴むと、ラビはその丸い身体に器用に錘を巻きつける。 「これで、俺が引き上げるまで出らんねーからな 「?! ・・・っ!・・・っ!」 えぐえぐと泣いて縋るティムキャンピーに、ラビが笑みを向けた。 「こんなことやめようってさ? でもほれ、これがお前のためだから・・・さっ!!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」 海釣りでもするように、遠く竿代わりの柄を伸ばしたラビは、ティムキャンピーが着水するのを見て、満足げに頷く。 「しっかり泳ぐさ、ティム!! 寒くってもお前くらい脂肪が厚けりゃ大丈夫さ! ペンギンに負けるな!」 声援なのか中傷なのか、意味不明な言葉をかけてくるラビに引かれて、ティムキャンピーは水中を左右に引き摺られた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」 声が出たなら、喉が切れるほどに悲鳴をあげていただろう。 冷たい海水から出ようと懸命に羽ばたくが、錘に引かれた上に荒い波に呑まれて、ティムキャンピーは浮き沈みを繰り返した。 やがて、力尽きて沈む身体をラビが引き上げる。 ようやく終わったか、とほっとしたのも束の間、 「ティムー! お前精神鍛錬したんだろ! 根性見せるさ!」 再び海中に沈められ、波に揉まれた。 「っ!っ!っっ!!」 どうあっても容赦してもらえない、と、ようやく悟ったティムキャンピーは、水中に羽ばたく。 と、丸い身体は空を飛ぶ時のように、すいすいと水を掻いた。 「・・・? 〜♪♪♪」 できるじゃん、とわかった途端、泳ぐのが楽しくなって、ティムキャンピーはくるくると水中に円を描く。 これなら楽して痩せられる、と、ご機嫌に振った尻尾に、何かが噛みついた。 「っ?!」 見れば、大きな魚が鋭い歯を立てて、ティムキャンピーの尻尾に食いついている。 「!!!!!!!!」 飛び上がったティムキャンピーは、火事場の馬鹿力で水中を飛び出し、冬空に弧を描いて崖上に飛び込んだ。 「がはっ!!」 猛スピードで飛んできたティムキャンピーをよける事ができず、ラビは顔面で砲丸並みの身体を受け止める。 「〜〜〜〜・・・!」 ぜいぜいと荒く息をつき、ラビの上にぐったりと転がったティムキャンピーの尻尾の先で、釣られた魚がびちびちと跳ねていた。 「いってぇ・・・!」 かなりの時を置いて、ようやく目を覚ましたラビは、寒風の中でぶるりと震えた。 「さむっ!! こっ・・・凍えちゃうさっ!!」 ぐっしょりと濡れて、未だ滴を落とすティムキャンピーを胸の上から払いのけ、起き上がったラビは、ティムキャンピーの尻尾に食いついたまま、弱々しく跳ねる魚に目を見開く。 「うっわ!すっげティム! これ、お前が釣ったんさ?!」 抱き上げた腕の中で弱々しく頷いたティムキャンピーを、ラビは盛大に撫でてやった。 「えらいさ、ティム! これ、姐さんに今日の晩飯にしてもらおーなー その言葉にぴくんと反応し、期待を込めてじっと見あげてくるティムキャンピーを、ラビは笑って弾く。 「ちょっとだけだぜ?」 「♪♪」 リンクとは比べようもなく話のわかるラビに、ティムキャンピーは嬉しげに身体をすり寄せた。 「その代わり、ちょっとお前、付き合うさ」 なに?と、傾ぐティムキャンピーの尻尾の先から魚を取ってやりながら、ラビは笑みを深める。 「お前、いっつもアレンと一緒にいんだから、あいつのメモリーたくさん持ってんだろ? それと引き換えに、被服係のマザーに服作ってもらうんさ!」 それには不満げに膨れたティムキャンピーを、ラビがわしわしと撫でた。 「勘違いすんなよ。 俺のじゃなくて、アレンの誕生日プレゼントさね!」 「!」 ぴょこんっと飛び上がったティムキャンピーを肩に乗せ、ラビは城内へ向かう。 「カッキーの作ってもらおうな!」 「♪」 ラビの提案にはしゃいだティムキャンピーは、長い尾で楽しげなリズムを刻んだ。 ティム釣りの釣果を城内の冷凍室に納めたラビは、その足で被服室へと向かった。 「やっほーマダム 愛しのラビ参上さ!」 「あら 派手に登場したラビに、顔をあげた被服係係長はにこりと笑う。 「今日もいいコーディネートね、ラビ。 そのペンダントは自分で作ったの?」 「うんっ けっこでかい石だけど、こうすっと気軽に使えるさね 嬉しげに言って、ラビはエメラルドカットされたペリドットをつまんだ。 「俺の誕生石だし、目の色にも合ってんだろ?」 明るい緑色の石を得意げに煌めかせると、彼女は大きく頷く。 「本当にあなたはセンスがいいわねぇ・・・! 飾り甲斐があるのは断然神田だけど、あの子はおしゃれに興味がないから・・・」 軽く吐息した係長は、手にした布を作業台に置いて立ち上がった。 「それで? 今度はどんな服がご希望かしら?」 ラビを上から下まで眺めながら、イメージを膨らませる彼女に、ラビは笑って手を振る。 「今日は俺じゃないんさ! ティム!献上品を!」 呼ばれて、パタパタと作業台に舞い降りたティムキャンピーが口を開けた。 途端、次々と映し出されるベストショットに、係長が歓声をあげる。 「きゃあ 「被服室のマザーお気に入りの、少年紳士動画献上さね 更に!」 ラビがティムキャンピーの前で指を鳴らすと、座禅中の神田の姿が映し出された。 「まぁまぁまぁまぁ!!神田まで!!!!」 彼女が興奮して詰め寄ると、ラビは得意げに鼻を鳴らす。 「どーさ、マザー?」 「なんっでも言ってちょうだい、ラビ!! こんなに可愛い画像と引き換えなら、少々値が張っても何とかするわよ!」 抱きしめたティムキャンピーに、『アレンを出して!』と華やいだ声で言う係長の傍ら、ラビが映像の中で笑うアレンを指した。 「コイツに、俺が着てるみたいなカッキー服作ってやって 「アレンに?」 一瞬きょとん、とした係長は、デザイナーの目で改めて見直したアレンの映像に、首を傾げる。 「うーん・・・。 この子のサイズに合わせて作ることはできるけど、上手に着こなせるかしら? あなたみたいにかっこよく着崩すのって、かなりセンスが要るんだけど・・・私が知ってる限り、この子の私服はスーツばかりだわ。 下手すると、単にだらしないだけになるわよ?」 「それは俺にお任せさ にっと笑ったラビが自身を指すと、係長の難しい顔が和んだ。 「あなたがファッション指南してくれるの?」 「おう! 全部コーディネートしてやっからさ、マザー? 一式揃えてくんないさ?」 にこにこと笑うラビに、係長も笑みを返す。 「お安いご用よ なんなら、神田の分も用意しましょうか?」 その提案にはしかし、ラビは苦笑して首を振った。 「クリスマスプレゼントにするんはいいんけど、オシャレ指南は断られると思うんさ。 なんで、ユウちゃんには髪紐でもプレゼントしよっかなーって」 「髪紐・・・・・・」 途端に、眉をひそめた係長に、ラビが苦笑する。 「うちのジジィがオークションに出品したユウの髪紐、競り落とし損ねたんだって?」 と、彼女は頬に手を当て、切なく吐息した。 「そうなのよ・・・随分がんばったのにねぇ・・・」 残念そうに呟く彼女のため、ティムキャンピーが神田の姿を映し出す。 「制限時間間際、ものすごい競り合いになってた時に、仕事の電話が入っちゃって・・・」 「ものすごい競り合いって・・・マザーのアカウントはみんな知ってんだろ?」 意外そうなラビに、彼女は軽く頷いた。 「そうよ。 今まで私が欲しがったものを、競ってくる子なんていなかったのに・・・新人さんかしらね? 見たことのないアカウントだったけど、オークション終了時は結構な金額になってたわ」 「ふぅん・・・・・・」 思い当たる顔を脳裏に浮かべて、ラビが苦笑する。 が、そのことは言わずに、係長に笑いかけた。 「そんなに欲しけりゃ、マザーがユウに髪紐を作ってやりゃあいいんさ。 んで、傷んだ頃合を見計らって、『交換してやる』って言やあいいことさね」 途端、係長の頬がみるみる紅潮する。 「ラビ!ナイスアイディアよ、それ!!」 「へへ じゃあアイディア料でおまけしてさ、マザー 俺、新しいウォレットチェーン欲しい 「いいわよ 快諾した彼女に、ラビは手近な紙を取り上げてラフデザインを描いていった。 「こんなの 「オッケー じゃあ、アレンのとお揃いで用意してあげるわ 「サンキューマザー 大好き 「あなたも、ファッション指南がんばってね。 期待しているわ 「あいっ こぶしを握って頷いたラビに、係長も楽しげに頷いた。 すると身を離したラビに代わって、今度はティムキャンピーが擦り寄ってくる。 「あら、なぁに、ティム?」 ぷにぷにと柔らかい感触を楽しみながら問うと、ティムキャンピーは尻尾を器用に使って、係長が作業台に置いた布を取り上げた。 「あなたもお洋服作る?」 くすくすと笑う彼女に、ティムキャンピーはぷるぷると横に振れる。 「じゃあなにさ?」 ラビも興味津々と見ると、ティムキャンピーは布を取った尾で丸い身体を指した。 「お洋服じゃない・・・なら・・・・・・」 「あぁ! もしかしてお前、自分のぬいぐるみ作って欲しいってか!」 首を傾げた係長の傍ら、手を打ったラビに、ティムキャンピーが大きく頷く。 続いて、あんっと大きく開けた口から、笑うアレンの映像を映し出した。 「アレンにあげるの? じゃあ、可愛く作らないとね 「 係長は笑って、すりすりと身を寄せてくるティムキャンピーを抱きしめる。 「この感触は、どんな素材で作ろうかしらねぇ・・・そうだわ!中身はスノービーズにしましょう 外側はー・・・」 「楽しそうさねー はしゃぐ係長と、彼女に撫で回されて嬉しそうなティムキャンピーの姿を、ラビは微笑ましく見守った。 その後、惜しまれつつ被服室を出たラビとティムキャンピーは、回廊を共に渡っていた。 「アレン、もう勉強終わったかな?」 たぶんまだ、と、飛びながら横に振れるティムキャンピーに、ラビが笑い出す。 「あいつ、また部屋でお茶したんかな。 ま、リンクのケーキは美味いだろうけど、閉じ込められちまってかわいそーに、今頃きっと泣いてるさ♪」 なぜか楽しそうなラビの肩に乗り、ティムキャンピーは物言いたげに彼を見つめた。 「なんさ?」 ぱしんっと尾で背中を叩かれて、ラビは苦笑する。 「そりゃ、俺が教えてやってもいいんケド、リンクは俺の授業を無駄話だっつーからさ」 教科書よりためになるのに、と、ラビが頬を膨らませた。 「リナリーだったらも少し普通の授業になるんだろうケド・・・ん?どうしたさ?」 パタタ・・・と飛び立ったティムキャンピーは、バイバイ、と尻尾を振って先に行く。 「バイ・・・って、あいつ、俺の側にいなくていいんか?」 今の状況忘れてるな、と、ラビは金色の羽が遠ざかる様を、苦笑して見送った。 ラビと別れたティムキャンピーは、リナリーを探して城内を飛び回った。 と、彼女の方も逃げたティムキャンピーを探して、目撃情報を辿っていたため、驚くほど早く合流する。 「ティム! もう、悪い子だね!!」 甘えてまとわりついたところを叱られて、ティムキャンピーは驚いた。 びくびくと顔色を窺っていると、リナリーにぎゅっと抱きしめられる。 「 嬉しそうに尾を振ったティムキャンピーを、しかし、リナリーは怖い目で睨んだ。 「お肉、全然減ってないでしょ!」 「!!」 肉じゃない、と言う反駁と、たった数時間で減るわけがない、と言う言い訳を込めて、飛び上がったティムキャンピーが必死に横に振れるが、リナリーは許してくれない。 「このままじゃどんどん太って、最後には飛べなくなっちゃうよ?!」 そんなことないから!と、ティムキャンピーは更に激しく横に振れた。 「ワガママ言わないの! 私もつきあうから、一緒にトレーニングしよっ!」 「っ!!」 またいぢめられるのはヤダ、と、ティムキャンピーは猛スピードで逃げ出す。 弾丸の勢いで回廊を抜け、窓から飛び出るや、いくつもの尖塔を一瞬で越えた。 ここまでは追いかけてこないだろうと、ほっと羽根を緩めたのも束の間、 「逃げても無駄だよっ!」 すぐ後ろで声がし、抱きしめられる。 「〜っ!!〜っ!!〜っっ!!!!」 やだやだと暴れるも、小さかった頃ならともかく、リナリーの腕にちょうど収まる大きさでは、抜け出すことは不可能だった。 「ほらごらん! 全然遅くなってるじゃない!」 それはリナリーが速くなったからでしょぉ?!と、小さな指で懸命に指すが、彼女はわかってくれない。 「暴れちゃダメ! ダイエットがんばるの!」 「〜・・・・・・」 しゅん、と萎れたティムキャンピーを見下ろし、リナリーは一旦、塔の屋根に降りた。 「なに? 姉さん達のダイエット、そんなに嫌だった?」 暢気に尋ねるリナリーをきっと睨み、ティムキャンピーは惨い拷問の数々を映し出す。 ティムキャンピーの目から見た女達は確かに残虐で、何度も湯に沈められてはもがく様子がリアルに伝わってきた。 「そ・・・っか。 そんなに辛かったんだね」 よしよし、と、慰めてくれるリナリーにしがみつき、ティムキャンピーはえぐえぐと泣く。 「じゃあ、入浴ダイエットは勘弁してあげるから、私と鬼ごっこしよ?」 「??」 なにそれ、と、身体を傾げるティムキャンピーに、リナリーはにこりと笑った。 「言ったでしょ、ティム?遅くなってるよって。 速さを取り戻すためにも、私と鬼ごっこして羽根を鍛えよっ! そうすれば身体だってすぐ引き締まるよ!」 「〜〜〜〜・・・っ」 嫌そうに俯くティムキャンピーを、リナリーが厳しく睨む。 「じゃあ、入浴ダイエットする?!」 「!!」 ビクッと飛び上がったティムキャンピーに、リナリーは意地悪な笑みを向けた。 「しっかり逃げるんだよ、ティム? 10分以内に私に捕まったら、入浴ダイエットさせちゃうからね!」 「っっ?!」 やだやだと横に振れるティムキャンピーに、リナリーは笑みを深める。 「Ready!」 「っ!!」 冬空に響いた声に、ティムキャンピーがビクッと震えた。 「Steady!」 続いた台詞に、泣いても勘弁してもらえないと悟ったティムキャンピーが逃げ出す。 「GO!!」 一拍遅らせて、リナリーが屋根を蹴った。 一瞬で追いつかれそうになり、ティムキャンピーが必死に羽ばたく。 「ふふ 速いね、ティム!」 空中で長い尾を振り、鋭く方向転換したティムキャンピーを追いかけて、リナリーが鐘楼の鐘を蹴った。 鋭い音が響き渡り、驚いて空を見上げた団員達の目にはしかし、時折黒い残像が映るのみ。 だが、そのうち破壊された屋根の一部が崩れ、彼らの頭上に降り注いできた。 「なにやってんだ――――?!」 正しくは、なにが起こっているのか、と問うべきだろうが、このような狼藉を働くのは、アクマでなければエクソシストに決まっている。 そして彼らに残像しか見せないとなれば、一人しかいなかった。 「なにをやっているのですか、あの小娘は!!」 破壊音に驚き、窓を開けたリンクの視線の先で、リナリーが次々と塔の屋根を破壊している。 「どうしたんだろ・・・あ!ティム!!」 続いて顔を出したアレンが、金色の影を見止めて指差した。 「リナリーはティムを追っかけてるみたいですね・・・。 な・・・・・・なにかいけないことでもしたのかな・・・・・・」 凄まじい追いかけっこをみれば、アレンでなくともそう思っただろう。 はらはらと見つめていると、間近の外壁が突然崩れた。 「ゴメン!」 そう言った一瞬後には姿をかき消したリナリーが笑顔であったことに気づいて、アレンはリンクを見遣る。 「怒ってはいないみたい・・・」 「―――― ということは遊んでいるのではないですか! リナリー・リー!! 今すぐ破壊活動をやめ、出頭しなさい!!!!」 リンクが大声で怒鳴るが、返事は崩れた屋根の瓦礫で返された。 「こむすめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 弾丸の勢いで蹴飛ばされたつぶては避けても、砕けた石の欠片までは避けられず、砂埃にまみれたリンクがこめかみを震わせる。 「黙って見てればいいのに、余計な口出しするから・・・」 苦笑したアレンは、リンクに睨まれて慌てて視線を戻した。 「け・・・けどさすがですね、リナリー! ティムは、師匠が地上最速だって自慢してたくらいなのに、軽々追いついちゃってますよ。 僕ら、組み手の相手はできても、かけっこの相手はできないもんなぁ・・・」 ようやく練習相手を見つけたためか、必死なティムキャンピーとは逆に、リナリーはとても楽しそうだ。 「つーかまえ・・・た?!」 宣言と共に伸ばした腕の間をするりと逃げられて、リナリーはまたも方向転換する。 「いい加減にするである!!!!」 砕いた外壁をバラ園に落とした途端、クロウリーに叱られて、リナリーは小さく舌を出した。 「ごめんなさぁい!」 場所を変えようと、リナリーはティムキャンピーを追い立てて城壁へと導く。 が、城壁沿いの広場に出る途中で、速度を上げたティムキャンピーを見失ってしまった。 「あ・・・あれぇ・・・?」 隠れちゃいけない、というルールは設定していなかったため、これは反則ではない。 「どこ行っちゃったんだよー!ティムー?」 すとん、と地上に降り、ティムキャンピーが消えた付近を見回していたリナリーの首根っこを誰かが掴んだ。 「ぴっ?!」 「いい加減にしろ、てめぇ・・・」 驚いて身をすくめた彼女の耳元に、低く、冷厳な声が囁かれる。 「かかかかかっ・・・神田っ・・・!」 「命令だ。 場内で破壊活動を行った乱暴者をひっとらえて来いって・・・リーバーのな」 「ひぃっ!!!!」 引き攣った声をあげて硬直したリナリーを、神田が肩に担いだ。 「えっ・・・やっ・・・ヤダヤダヤダヤダ!! 神田下ろして!! 班長にお仕置きされちゃうよ!!!!」 足をばたつかせて抵抗するリナリーに、神田は眉根を寄せる。 「おとなしく来やがれ!自業自得だろうが!」 「やだあああああああああああああああ!!!!」 熱湯に浸けられたティムキャンピーよりも激しく暴れたものの、神田の腕を抜け出すことはできず、リナリーは激怒したリーバーの元へ引っ立てられていった。 辺りが静かになった頃、ティムキャンピーは城壁に穿たれた狭間(はざま)から、そっと顔を覗かせた。 リナリーの姿がないことにほっとしたものの、彼女がいつ戻ってくるか知れず、また、拷問吏と化した女達に見つかってはたまらないと、ティムキャンピーは建物の隙間をそろそろと通って、城内に忍び込む。 どこかいい隠れ場所はないかと探していると、見たことのない扉が開いていた。 「 すばやく飛び込むと、暗い部屋は酷く寒い。 震え上がったティムキャンピーが、やっぱりやめておこうと旋回した目の前で、厚い扉は閉ざされた。 「ご苦労さまん 寒かったでしょ、早く火に当たりなさいな」 凍えながら食材を運んできた部下達に微笑み、ジェリーは冷凍室の鍵を受け取った。 「あ・・・ありがとうございます・・・!」 ジェリーの気遣いをありがたく思い、かまどの側に寄った料理人達は、すっかり冷えた手を温めながら、不思議そうな顔をジェリーに向ける。 「あの・・・料理長・・・・・・?」 「なぁにん?」 ジェリーの気さくさに勇気を得て、若い料理人達はためらっていた問いを発した。 「なんで・・・俺らを冷凍室に入れてくれたんすか? あそこは普通、料理長しか入っちゃいけないスペースでしょう・・・?」 「アラ、そうなのん? でも、ウチではそんな決まりないわよん くすくすと笑って、ジェリーは肩越しに彼らを見遣る。 「ま、他のお店じゃ、冷凍室に入れるって事がステータスになってるのは知ってるけどねん、ここは何百人ものごはん作るところなのよぉん? アンタ達、アタシにだけそんな重労働させる気ぃ?」 くすくすと笑うジェリーに、料理人たちの表情も和んだ。 「それはともかくアンタ達、冷凍室に入れるってコトはもう、一人前だって言ってんですからね? 精進しなさいよぉ 「はい!!!!」 冷凍室に行く前とは段違いの気合を込めて返事をした部下達に、ジェリーは微笑んで頷く。 「じゃあ、お夕飯の支度、がんばるわよぉ!」 「はい!!!!」 早々にかまどの前から離れ、自身らの作業場へ戻った彼らに、ジェリーは満足げに頷いた。 ・・・―――― だが、ちっとも満足でないのはティムキャンピーだ。 まさか冷凍室に飛び込んでしまったとは思わず、懸命に扉をかじるが、厚い鉄の扉には全く歯が立たなかった。 「っ!!」 ならばこっち、と、壁に突進するが、冷凍室の壁には厚い氷が敷き詰められ、更に霜で覆われて、突撃した途端、尻尾の先まで凍ってしまいそうな冷気にあてられる。 「〜〜〜〜っっ!!!!」 必死に出口を探すが、窓のない、真っ暗な部屋の中では視界も利かず、天井から下げられた肉や魚にぶつかっては、凍ったそれに弾かれて冷たい床に落ちた。 「〜・・・・・・・・・!」 さめざめと泣く先から涙が凍って、霜がティムキャンピーの羽根を封じる。 「・・・・・・・・・っ」 最後に思い浮かべたのは誰の顔か、しばらくは震えていた尻尾も、凍って床に張り付いた。 ―――― その後しばらく経って。 「さかなさかなさかなー♪サカナーをたべーるとー♪」 暢気に歌いながら冷凍室にやってきたラビは、ジェリーから借りた鍵でドアを開けた。 「あたまーが・・・イテッ!!」 足を踏み入れた途端、なにかにつまずいて冷たい床に転げる。 「なんさもー・・・・・・ティム?!」 床に這ったラビは、かちんこちんに凍りついたティムキャンピーを見て、驚きの声をあげた。 「どうしたんさ、ティム・・・ティム!!!!」 呼びかけてもぴくりともしないティムキャンピーを、ラビはそっと抱き上げる。 「しっかりしろよ、ティム!! すぐ科学班に連れてってやるからな!!」 ラビはティムキャンピーを抱えて回廊を走り、科学班に飛び込んだ。 「リーバー!!ティムが大変さ!!」 彼の大声に、リナリーを叱り付けていたリーバーと、彼の前でべそをかいていたリナリーが振り向く。 「どうしたの?!」 たまたま間近にいたキャッシュも駆け寄ると、ラビは強張った顔つきで、そっとティムキャンピーを差し出した。 「なにこれ・・・・・・」 「つ・・・釣った魚を冷凍室に入れてもらってたからさ、今日の晩飯にしてもらおって取りに行ったら、ティムが中で凍ってたんさ・・・!」 「ティ・・・ティム、いなくなっちゃったと思ったら・・・!」 蒼い顔をして駆け寄ったリナリーを押しのけ、リーバーがティムキャンピーを受け取る。 「すげ・・・完全に凍っちまってんな・・・」 「そんな!壊れちゃったの、班長?!」 悲鳴をあげたリナリーの傍ら、厳しい顔で神田が手を伸ばした。 「ティムには再生能力があるから、そう簡単に壊れやしねぇと思うが・・・」 「再生・・・そうだ、班長! 今のうちにティムを壊しちゃダメかな?!」 キャッシュの提案に、誰もが目を丸くして声を失う。 が、それを反論が出ない好機と、キャッシュは続けた。 「さっきこの子の外殻を壊してやろうとしたんだけど、ぷよぷよしてて全然ダメだったの! 今なら固まってるから、余分なパーツを取り除けるよ!」 「そっか・・・。 それなら最低限のエネルギーで、再起動が可能かもしれないな」 「なっ・・・?!」 「班長!!」 「正気さ?!」 絶句した神田と、悲鳴じみた声をあげるリナリー、ラビに、リーバーは考え深げに頷く。 「やってみる価値はある。 キャッシュ、タオルとトンカチ!」 「はい!!」 彼女がすばやく差し出したそれらを受け取ると、リーバーはティムキャンピーをタオルに包んでからトンカチを振り下ろした。 「きゃあ!!」 リナリーがまるで、自分が打たれたかのように悲鳴をあげる。 だがリーバーは構わずに、ティムキャンピーに何度もトンカチを振り下ろし、形が崩れた頃、そっとタオルを開いた。 「ティム・・・ティムキャンピー。再起動」 リーバーが静かに命じると、細かい金色のパーツが、意志を持つかのように自ら集まり、ティムキャンピーの身体を構成していく。 皆が固唾を呑んで見つめる中、変化は進み、やがていつもよりふたまわりほど小さくなったティムキャンピーが、ぶるりと羽根を震わせた。 「ティム!!」 歓声を上げて抱きしめたリナリーに、ティムキャンピーは甘えるように身体をすり寄せる。 しかしそれはついさっきまでの感触とは違い、滑らかな石そのものの硬さだった。 「ずいぶん引き締まったさねー!」 「ダイエット成功だな」 思わず笑みをこぼしたラビの背後で、神田がそっと吐息する。 「まぁ、外科手術なんて、ダイエットにしちゃ邪道だけどな!」 神田の吐息を耳ざとく聞いたラビが、くすくすと笑声をあげた。 「太ったらまた寒中水泳やろーな、ティム! 面白かったさ、ティム釣りー お前もだろ?」 そう言って撫でてきたラビからは、ぷんっとそっぽを向く。 「なんさ、可愛くねーの!」 ぴんっと指先で弾くと、痛いのはラビの方だった。 「次太った時は、もっと辛いダイエットさせてやるさ・・・!」 痛みに顔をしかめたラビに、ティムキャンピーは得意げにのけぞる。 やれるもんならやってみろ、と言わんばかりの態度に、ラビは振れる尻尾を引っ張ってやった。 その後、アレンのもとに戻ったティムキャンピーは、今日起こった様々な出来事を彼に映して見せた。 「そっか・・・。 大変だったね、ティム・・・・・・」 ぎゅう、と抱きしめられて、ティムキャンピーは嬉しそうに尾を揺らす。 と、尻尾の先が、デスクの上に開きっぱなしで置かれたテキストに触れた。 ちょいちょい、と、尾の先でアレンの背中をつつき、解放してもらうと、ティムキャンピーはテキストの上にホバリングする。 「なに?」 テキストの文字をなぞる尾をアレンが見つめると、『A』の上で止まった。 次に『L』、一旦離れてまた『L』。 次々に指す文字を目で辿るアレンの表情が、段々ほころんでいった。 「ティム・・・ありがとう!楽しみにしてるよ!」 ティムキャンピーが尻尾の先でつづった言葉。 それは『アレンだいすき。クリスマスはたのしみにしてて』と言う言葉だった・・・。 To be continued. |
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2009年アレン君お誕生会SS第2弾は、リクエストNO.55『ティムキャンピー日記』でした!
なんかもう、色んな意味でニコさんに捧げます(笑) ティムラバーのニコさんが満足してくれれば、ワタシ的に成功です(笑) 本当はもうちょっとアレリナ的にキューピッドな役割をさせようと思ってたんですが、ジョニーの回想ではティムのぷにぷにが危険域に達していたのに、なぜかヨルダンでは引き締まってた、と言う事実を鑑み、こんなことがあったんじゃないかな、って書いてみました! 神田さんにさえなんだか好意を持たれてるティムの受難日記、お楽しみいただければ幸いです |