† I wish,I prey・・・for
you. †
―――― 大事なものは・・・昔、失くした・・・。 「・・・難しいわねぇ」 ぽつりと、ティーカップの中に落とした呟きに、 「何が?」 と応えが返って、リナリーは心底驚いた。 「ラ・・・ラビ!!脅かさないでよ、もう!!」 気配もなく、いつの間にかテーブルを挟んだ正面に座っていた少年に、リナリーは眉を逆立てる。 が、彼は柳に風とばかりに受け流して、リナリーがお茶請けにと用意していたクッキーを勝手につまんだ。 「いや、なんか悩んでる風だったからさ、気になったんさ」 どうした、と、改めて問う彼に、リナリーは諦観を込めて吐息する。 「・・・今度入った子なんだけど・・・・・・」 「あぁ、こないだ、ユウと初任務に行ったって奴?」 どこからか取り出したマグカップに、ティーポットから勝手に紅茶を注ぎつつ、ラビが聞いた。 「うん。ラビはまだ、会ってないよね?」 エクソシストとして、世界各地に散らばる彼らは、互いに顔を合わせる機会は少ない。 本部に留まることの多いリナリーですら、もう何年も顔を見ていないエクソシストが幾人もいるほどだ。 パートナーを組むことでもない限り、偶然顔を合わせることは皆無と言っていい。 それでも、ブックマンの後継者として、将来、裏歴史を語り継ぐ役目を負った少年は、既に様々な情報を仕入れていた。 「ユウ、すんげー目ェ尖らせてたぜ? モヤシだの、ど新人だの、呪われたあまっちょろいガキだの・・・久しぶりに見たなぁ。 あいつが、あんなに人のことしゃべんの」 「そ・・・そうね・・・。 神田、あんまりパートナーの評価とか、しないからね・・・・・・」 楽しそうに語るラビに、リナリーは苦笑を返す。 だが、ラビの言う通り、任務第一で、パートナーを『使えるか、使えないか』としてしか見ない神田が、あれほど感情的に他人を評価することは珍しかった。 「それに、あの超問題行動のクロス元帥が、わざわざ弟子にした奴なんだろ? 単なるガキなら、あの曲者二人が気にかけたりすっかなぁ?」 陽気に笑いつつ、ラビは、片方しかない目を和ませる。 「面白そうだよな、モヤシ君。 俺も、パートナー組んでみてぇ」 「・・・・・・そうね。 ラビになら・・・アレン君も心をひらいてくれるかなぁ・・・・・・」 ふぅ、と、熱い紅茶にため息を吹きかけるリナリーに、ラビは和んだ目を細めた。 「ナニ?モヤシ君は、リナ嬢に距離を置いてるワケ? まだここに慣れてねぇから、とかじゃなくて?」 「そうね、それもあるかもしれないけど・・・」 再び、紅茶にため息が落ちる。 「神田みたいに、ストレートに他人との関係を拒否してるんだったら、私もこんなに気にしないの。 それは、その人のスタイルだもん」 「をを!リナリー、意外とクール!」 「茶化さないでよ、もう!」 頬を膨らませるリナリーに、ラビが笑みを深めた。 「ワリワリ。 で?モヤシ君は、ユウと違って屈折してるって?」 「そんなことは言ってないわ。すごく礼儀正しくて、優しくて・・・紳士的よ。 ただ、同年代の子とは、あんまり付き合ったことはないんじゃないかなぁ・・・」 「なんで?」 「だって、私や神田にまで丁寧語なのよ? 私と同じか、ちょっと下くらいなのに、ちょっとよそよそしくない?」 「まぁ、よそよそしいっつーか、警戒気味なのは、なんとなくわかるけどな」 「えぇっ?!そうなの、ラビ?!」 すごいっ!と、目を丸くするリナリーに、ラビは苦笑した。 この教団に入った者で、彼女の兄に怯えない人間は皆無だ。 特に、件の彼は、寄生型の適合者だと言う。 神田から仕入れた情報から推察するに、彼がコムイと、その妹であるリナリーを、知らず、敬遠するのも無理はない。 が、彼女はその事に、全く気づいていない様子だった。 「ねぇ、どうして?教えて??」 と、大きな目を見開いて、テーブル越しに詰め寄る彼女に乾いた笑声を上げ、ラビはさりげなく身をかわした―――― こんなところを鬼畜の兄に見られたら、どんな報復を受けるか知れない。 「大丈夫大丈夫。 そんなに焦んなくても、リナリーが危険じゃないってわかれば・・・イヤイヤ、フレンドリーに接していれば、モヤシ君も好きになってくれるさ」 「す・・・好きとか、そんなんじゃ・・・!!」 「まぁまぁ」 リナリーの反駁を封じるように、立ち上がったラビは手を伸ばし、彼女の頭を撫でてやった。 「しばらくほっといてやんな。男の子は、照れ屋なんだからさー♪」 「・・・・・・うん」 兄と同じ仕草に、リナリーは素直に頷く。 「じゃあねー♪クッキーご馳走さん♪」 陽気に言うや、くるりと踵を返したラビの背を見送って、リナリーは、程よく冷めた紅茶を一口飲んだ。 それから3ヶ月。 当初の固さも取れて、少しは親しくなれたと、そう思っていた。 相変わらず、リナリーに対する言葉遣いは丁寧だったが、それが彼のスタイルなのだと、納得してもいた。 ―――― なのに・・・・・・。 アレンと共に赴いた不思議な街で、リナリーは知ってしまった。 信頼なんか、されていなかったんだ、と。 ―――― 手が・・・痛い・・・・・・。 思いっきり、彼の頬を打った手が、赤くなって、痺れていた。 が、そんな身体の痛みとは別に、悔しさと悲しさで、涙が止まらなかった。 ―――― 私は、そんなに頼りない存在なの?共に戦うことすら、望まれないような・・・・・・。 女だから、とか、子供だから、とか、そんな理由で、守られたくない。 共に戦場に赴いたからには、背を預けて戦う存在になりたいのに、彼にとって自分は、庇護すべき弱者に過ぎないのか・・・・・・。 極限状態にあったからこそ、彼の本音がのぞいた気がして・・・一人前のエクソシストとしては認められていない気がして、心底、悔しかった。 リナリーは、アレンが見ている世界を知らない。 彼が、どんな気持ちでアクマ達と対峙しているのか、その理由も知らない・・・・・・ だけど・・・・・・ ―――― どうして・・・自ら深い傷を負うの・・・? ―――― どうして・・・何もかも、一人で背負い込もうとするの・・・! 生きている以上、傷つくのはしょうがない。 しかし、彼が負う傷はいつも、あまりに深い。 全てを抱えきれるほど、その手は大きくはないのに・・・! 言いたいことはたくさんあった。 が、今は目の前の敵を壊すことだけに集中する―――― これ以上、『庇護者』として見られるのは嫌だった。 豪奢なドレスの、裾を裂いて戦う―――― か弱いレディとして、守ってなんか欲しくない。 エクソシストとしての私を、認めて・・・・・・・・・! 「ハジメマシテ」 と、初めて見たアレンは、ラビがそれまでに仕入れていた情報―――― 珍しくも饒舌に語った神田のモヤシ情報と、悩み深き乙女・リナリーの相談内容から推察した姿と、そう変わりはなかった。 負ったばかりの傷がまだ生々しいのと、病院のベッドの上だったこともあって、より繊弱には見えたが、ノアを相手に生き残ったという情報を、加味しないラビではない。 にっこりと笑いかけると、不思議そうにこちらを見上げてくる。 ―――― おもしろいな。 こんな風に、あからさまな感情を見せないところが、リナリーが悩む所以かな、などと思いながら、ラビは友好的に歩み寄って行った。 「―――― 追い出されついでにさ、庭に出ねェ?」 未だ入院中ながら、自由に歩き回れるまでには回復したアレンを、ラビは雪の積もった庭へ誘った。 『大事な話をするから』と、ブックマンとコムイに、部屋を追い出された直後のことだ。 「うちのジジィ、マジむかつくよなー。本気で蹴り入れやがったぜ、さっき」 病院の、長い回廊を庭へと向かいながら言うと、アレンは堪えかねたようにクスクスと笑声を上げる。 「ブックマンの持つ情報は、それだけ大事だって事なんでしょう?」 鍼術という、西洋人から見れば不思議な医療行為を行う老人は、また、ノアの一族に関する、貴重な情報を持つ語り部でもあった。 だが、その後継者たるラビは、厳格な師とは違い、陽気でおしゃべりだ。 そんな彼の雰囲気にほだされて、アレンは誘われるままに庭へとついて行った。 「で?ここでなにするんですか?」 白い息を吐きながら、アレンが尋ねると、ラビはにこ、と笑って、雪の上にしゃがみこむ。 「雪ダルマつくろうぜぇ♪」 「・・・は?」 雪ダルマ?と、目を点にして復唱するアレンに、ラビは大きく頷いた。 「ほら!台所からニンジンももらってきたからさ、色々つくろーな♪」 言うや、白い雪の上に、オレンジ色のニンジンを幾本も転がして、早速雪を丸め出す。 「・・・・・・」 呆気に取られて、雪の上に立ちすくむアレンを、ラビはしゃがんだまま手招いた。 「はーやーく! それとも、雪合戦の方がいいか?」 そう言って、小ぶりの雪玉を投げる素振りをする彼に、アレンは諦めたように吐息して歩み寄る。 「なんで雪ダルマなんですか?」 「こんなに雪が積もってるとこ、久しぶりに来たから!」 そう言って、楽しそうに雪と戯れるラビに、いつの間にか、アレンも笑みを返していた。 「はは・・・そう言われてみれば、僕も雪に触るの、久しぶりだ・・・・・・」 「アレンはどこにいたんだ?」 「インド」 「トシいくつ?」 「15くらい」 「あ、俺お兄さん。18だもん」 するすると自分の口から出てくる言葉に、アレンは雪を丸める手を止めた。 別に、隠すようなことではない。 しかし、ラビの単刀直入な問いは、吟味する余裕もなく頭に入って、答えがぽろぽろと出てくる。 だが、それが不快ではないのは、ラビの口調が陽気だからか、共に雪遊びに興じているためか・・・。 「あ、目ン玉みーっけ!」 「へ?!」 尋常ではない台詞に驚いて振り向くと、ラビが、黒くて丸い小石をいくつか拾っていた。 「これ、目ン玉な!あと、口になるもん探さねーと!」 クチークチー!と、呟きながら、雪の下を探し回るラビに、アレンは破顔して、新たに黒い小石を拾った。 「ねぇ・・・これを繋いで口にしませんか?」 「お!それいーな!」 しかし、アレンが雪玉の中に埋め込んだ石に、むぅ、と、ラビは口を引き結ぶ。 「なに?」 「アレンが作った雪ダルマの顔マネ」 そう言って、ラビは引き結んだ口の端を曲げた。 「こっちは笑ってるのにしよーぜぇ。オレ、笑ってるのが好き」 「ハイハイ・・・・・・」 ラビの示した雪ダルマへと、アレンは石を持ってついて行く。 「へへっ!これで2体っと。 なぁ?この庭、雪ダルマで埋めねェ?!」 「・・・・・・何のためにですか」 「おもしれぇから!」 じゃあ次々ー♪と、また雪玉を丸めだしたラビに、乾いた笑声を上げて、アレンも従った。 その後しばらくして、たくさんの雪ダルマで覆われた、せまい庭の中心に立ったラビが、満足げに笑った。 「はははー♪やればできるもんだな!」 「はは・・・そうですね・・・・・・」 呆れた口調のアレンに、くるりとラビが向き直る。 「アレンてさ、子供っぽくねぇって、言われねぇ? 白髪ってのもあるけどさ、老けて見えんぜ?」 「しら・・・・・・」 「あ、悪ぃ!もしかして結構気にしてた?」 「・・・・・・・・・・・・別にいいですけど」 そうは言いつつ、とても屈託のある様子で新たな雪玉作成に入ったアレンに、ラビが陽気な笑声を上げる。 「それに、オレに丁寧語はいらねーって! 呼び名もラビでいいから。 Jr.って呼ぶ奴もいるけど、それは気にせんでー」 「はぁ・・・・・・」 「でさ、アレンのことは、モヤシって呼んでいい?」 「はぁっ?!」 ラビの言葉で、手にした雪玉をぶち壊したアレンに、ラビはクスクスと笑みを漏らした。 「だって、ユウがそう呼んでたぜ?」 「ユウ?」 途端、きょとん、とした顔になったアレンに、ラビはまた、笑声を漏らす。 「しらねぇの?神田の下の名前。神田ユウっつーんだぜ、アイツ」 「・・・・・・そんな可愛らしい名前なんですか、あの凶悪面で」 アレンの苦々しい言い様に、ラビは思わず吹き出した。 「今度呼んでやれよ。目ン玉カッて見開くぜ、きっと」 「あ、それは見てみたい」 「はははっ!お前、いい性格!」 品のいい顔をして、意外と腹黒い彼に、ラビは笑いが止まらない。 クロスと神田と、曲者二人が気にかけるアレンは、十分『曲者』だ。 リナリーが、その真意を見出せずに悩むのも無理はなかった。 「それはオレも見てみてぇけど、しばらく先の事になりそうだな」 今回、ブックマンとラビがわざわざ呼び出されたのは、コムイに、隠されたノアの一族の情報を提供するため。 伯爵が、一族を伴って動き出した以上、今度の任務は、長期に渡る、大きな戦となるのだろう・・・。 そう教えてやると、アレンは、悔しげに顔を歪めた。 「僕は・・・アクマを破壊するためにエクソシストになったんだ・・・! 人間を殺すためになったんじゃない・・・!」 言うや、踵を返して雪の降りしきる街へと出て行ったアレンの背を、ラビは呆れて見送る。 「アイツ・・・今自分がどんな状況にあるか、わかってねぇのかな・・・?」 アレンは、アクマを見分ける目を持っているのだと聞いた。 今まで、それに頼って戦っていたのだとしたら、人間の中にいることがどれほど危険か、わかっていないに違いない。 「やっぱ、ガキだ」 冷静なように見えても、感情に左右されてしまう。 神田が、『ど新人』と『ガキ』を連発した理由が、わかる気がした。 「でも、ま、オレは嫌いじゃねェよ」 呟きながら立ち上がったラビは、コートについた雪を払うと、アレンの後を追って街へと出て行った。 長い眠りから覚めるや、アレン達と新たなる任務に赴くことになったリナリーは、ドイツ国内を疾走する汽車の中、隣同士でひそひそと話しあうラビとアレンに、唇を噛まずにはいられなかった。 ―――― 男の子は、ズルイ・・・・・・。 ラビよりも先に、アレンと知り合ったのは自分だ。 共に任務に赴き、生死を共にしたのだって・・・・・・。 なのに、リナリーには中々打ち解けてくれなかったアレンが、会って間もないラビとすっかり仲良くなっている。 ―――― 私が寝ている間に・・・ずるい。ズルイズルイズルイ・・・・・・・・・!! じっと、睨みつけると、ラビは気まずげに目を逸らした。 ―――― きっと私、今、すごく可愛くない顔をしてるわ。 はた、と、目が合ったアレンから、リナリーはふぃっ!と、目を逸らす。 ―――― でも、いいもん。アレン君から謝るまで、許してあげないもん。 唇を尖らせて、リナリーは俯いた。 ―――― すごく・・・傷ついたんだから・・・・・・。 アレン君が自分で気づくまで、怒っている理由なんか教えてあげない。 そう決めて、リナリーは、もう一度ラビを睨みつけた。 ―――― 私も・・・男の子だったらよかったのに・・・・・・。 ―――― ヤバイ。なんだかすげぇ、微妙な空気。 ブックマンの話など、右から左に流して、ラビは、憮然と彼を睨んでいるリナリーから目を逸らした。 彼女がなぜ、ラビに対して拗ねているのか、理由はわかっている・・・つもりだ。 簡単に言えば、嫉妬。 会って間もないのに、アレンがすっかり打ち解けているように・・・見えるのだろう、きっと。 ―――― そんなに、簡単な奴じゃない・・・と思うけどな・・・。 アクマを見分ける目を持つアレンは、この世界をきっぱりと塗り分けている―――― 守るべきものと、破壊するべきものとに。 他のエクソシスト達のように、疑惑の入り混じった、灰色の世界には住んでいない。 だからこそ、黒白の両極にある者達を守り、あるいは救済することに執拗にこだわり、自ら深い傷を負うのだろう。 ふと視線を戻すと、まだリナリーに睨まれていて、ラビは苦笑した。 ―――― そんなに睨まないで、お嬢さん。 オレも、アレンが早く打ち解けられるよう・・・両極のどちらにも属さない『仲間』として信頼されるよう、がんばるし、乙女の悩みを解消すべく、サポートもするから。 I wish,I prey・・・for you. キミ達のために祈りマス。 彼が、自ら負った傷が、早く癒えますように・・・。 小さく十字を切って、にっこりと笑いかけると、リナリーはラビに向けていた目を伏せて、祈るように手を組みあわせる。 I wish,I prey・・・for you. 神様、彼のためにお祈りします・・・。 彼が、心から打ち解けてくれますように・・・。 ・・・昔、失くしたぬくもりを、取り戻すことができますように・・・。 Fin. |
| リナが、ラビに嫉妬するお話を書きたかったのです。 ラブではなく、『仲良しを取られた』とか、『男の子っていいなぁ』ってカンジの(笑) アクマを視認する前のラビが、アレン君をどんな風に見ていたかも書きたかったのです。 書きたい事を書いていたら、全体として微妙な雰囲気に・・・・・・。 リナとラビの心配とか気遣いをよそに、アレン君がすごくマイペースに見えますね(笑) そして結局、あの列車の中では、誰もジジィの話を聞いちゃいなかった、と・・・。 引率、大変だな、ジジィ・・・・・・。 |