† The New Year’s Party Y †






 春まだ遠き2月のある日。
 黒猫姿のルル=ベルは、暖炉の前に積み重ねられたクッションの上で、時々うつらうつらしながら窓の外を見ていた。
 真っ白に曇ったガラスの向こうには、更に白い雪が厚く積もっている。
 枝に重くのしかかったそれがどさりと落ち、しばし常緑の葉を揺らす様をぼんやりと見ていると、ドアの向こうからとてとてと足音が響いた。
 「ラストルv
 ラストルやv
 猫なで声は、しかし、愛する主ではなく、新しい兄弟のもの。
 無視して動かずにいると、ドアが開いて、彼が入って来た。
 「おぉ、ここにおったのか、ラストルv 探したぞvv
 妙に甘い声で寄って来た彼は、ルル=ベルの温かい毛並みを優しくなでる。
 ―――― 何かご用でしょうか。
 新しい兄弟、ワイズリーが読心術を使えることを逆手に取り、ルル=ベルは声も出さずにただ尾を揺らした。
 「おぉ、用というほどのものではないのだが、ラストル、おぬし変身できるのであろ?若くてきれいなおなごになれv
 やっぱり、と、ルル=ベルは寝転がったまま、面倒そうに尾を揺らす。
 この兄弟が女好きなのは察していたが、こんなにはっきりと言われたのは初めてだった。
 「はようはようvv
 急かしつつ、ルル=ベルをせわしく撫でるワイズリーにため息をつき、彼女は仕方なく起き上がる。
 「・・・・・・いつもの姿でよろしいでしょうか」
 コクコクコクコクと、水飲み鳥のようにいつまでも頷き続けるワイズリーにまたため息を漏らし、ルル=ベルはその場で人の形に姿を変えた。
 「おぉ!見事じゃラストル!」
 目の前に現れた美女の姿に感激し、抱きついたワイズリーは、彼女の豊満な胸に顔をうずめる。
 「ついでにもっと胸があればよいのだがのうvv
 すりすりと顔をすり寄せて感触を楽しむワイズリーを、ルル=ベルは不快そうに見下ろした。
 「もっとですか?」
 えいっと、ルル=ベルの胸が急激に膨らみ、スイカ並になった途端、谷間にうずもれたワイズリーから鈍い音が上がる。
 「大丈夫ですか、ワイズリー?」
 悪気なく問うたルル=ベルの膝の上で、首の骨を折られたワイズリーは泡を吹いて目を回していた。


 「?
 ジジィ、どしたんだ?」
 首にコルセットを巻いて、しょんぼりしているワイズリーを訝しく思ったティキがロードに問うと、彼女は汚いものを見る目でワイズリーを見た。
 「ルルの巨乳で首の骨折られたんだってさー」
 「そりゃ、ジジィにしちゃ本望だろ」
 呆れて肩をすくめたティキにも、ロードの目が刺さる。
 「・・・なんだよ」
 「ティッキーもやって欲しいの?」
 「やってもらえるんなら」
 正直に言ったティキのむこうずねを、ロードが思い切り蹴った。
 「〜〜〜〜っなにすんだよ!!」
 「ふん!ティッキーのスケベ!!」
 「男がスケベで何が悪い!!」
 開き直ってやると、ロードは思いっきり舌を出す。
 「ティッキーなんか、わいせつ罪で捕まっちゃえ!!」
 「やったのはジジィで俺はなんもやっちゃいねーだろが!」
 大声をあげたティキを、ワイズリーが悲しげに振り返った。
 「・・・老い先短いジジィに牢屋に入れと言うのか、ジョイドは。
 なんつー酷いやつじゃろう」
 「老い先短いのはアンタの頭で、身体は俺より若いじゃねぇか!
 とっとと捕まっちまえ犯罪者ガ」
 「ジョイドならこの快楽がわかるだろーが!!」
 「一緒にすんなエロジジィ!!」
 ぎゃあぎゃあと喚き、掴み合う二人からやや離れた所で、ふぅ、と、微かなため息が漏れる。
 「あ!お父様ーv おかえりぃー」
 「ただいまロードvvvv
 駆け寄ったロードを抱き上げたシェリルは、温かい頬に冷えた頬をすり寄せた。
 「お父様冷たいー!」
 「そうなんだ、外はとっても寒かったんだよ。
 ロードはあったかいねぇvv
 そう言ってまた頬をすり寄せるシェリルを、ワイズリーとティキが呆れ顔で見る。
 「幼女に耽溺するのは犯罪ではないのかのう」
 「あいつの方がよっぽど犯罪者っぽいんだけど」
 「お黙り二人とも!
 僕は愛娘を可愛がっているだけで、若い娘にセクハラしたりはしないんだよ!」
 ピシリと言ったシェリルの脚に、黒猫が身体をすり寄せた。
 「の?!
 ラストル、おぬしチクったか!」
 ―――― 私が話さなくても、いずれ知られます。
 つんっと、そっぽを向いた猫に、ワイズリーが絶句する。
 「・・・ワイズリー、キミ本当に『知』のノアなのかい?」
 「なっ・・・なんじゃその疑いの目はっ!
 私は正真正銘・・・!」
 シェリルの問いに焦って反駁しようとした彼を、ロードとティキも冷たい目で見つめた。
 「全然そうは見えないよねぇ」
 「なんか、知的さの欠片もないっつーか」
 「のっ・・・!」
 酷い言葉の数々に、反撃開始と身を乗り出す。
 途端、折れた首に激痛が走った。
 「のぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
 床に這って悶え苦しむワイズリーを、黒猫が冷たく見つめる。
 「謝りません」
 人語を話した黒猫に、シェリルは大きく頷いた。
 「これぞ自業自得だねぇ」
 最早この場に味方はなく、ワイズリーは高級な絨毯を涙で濡らした。


 「うっうっうっ・・・!
 ラストルの奴、色のノアのくせにどうしてああも情愛を理解せんのじゃ・・・!
 私はただ単に、見目良いおなごの心地よい巨乳に抱かれたかっただけなのに・・・!」
 「・・・今、もの凄イ変態発言しましタね、ワイズリー・・・・・・」
 頭上から降り注ぐ呆れ声に、ワイズリーはコルセットで固定されて不自由な頭を上げた。
 「変態ではないぞ、千年公。
 オトコノコとして当然でまっとうな素直なキモチじゃ」
 曰く、これを真心という。
 膝に泣き縋りながらも、堂々とほざく知のノアに、さすがの千年伯爵が絶句した。
 「アナタが快楽のノアなら・・・その発言にモ納得しタでしょうがネェ・・・」
 ようやくそう言った一族の長に、ワイズリーは頬を膨らませる。
 「おぬしらはなぜにそうも情愛に理解がないのじゃ。
 人は知のみで生くるにあらず、ましていわんやパンのみをや!」
 「では何によっテ生かされていルと言うのですカ・・・」
 ため息交じりに問うた千年伯爵に、ワイズリーはこぶしを握った。
 「だから先より言うておるではないか!
 情愛であるよ公、情愛を措いてほかになし!」
 「それはモチロン、一族への愛を説いてイルのでしょうネ?」
 念を押すように問えば、ワイズリーはけろりとして言う。
 「私は人間は好かんが、見目良いおなごには与えて良いと考えるぞ!」
 「・・・・・・アナタが我が一族ノ『知』を司ルことガ、不安ニなって来ましたヨ」
 発熱したように鈍く痛む頭に手を当て、がっくりと肩を落とした長を、ワイズリーは不思議そうに見た。
 「いかな私とておぬしの考えは読めぬのだが、もしかして呆れておるのかのう、公や?」
 「察してくれテ嬉しく思いマス、ワイズリー・・・・・・」
 せいぜい皮肉を利かしてやったが、知のノアはそれを理解したのか無視したのか、楽しげな笑みを浮かべる。
 「公も理解しがたいというのなら、試してみると良い。
 ラストルは実に・・・」
 「汚らわシイことを言わナイでくだサイッ!!」
 おぞましげに身を震わせ、伯爵は甲高い声をあげた。
 「アッ・・・アナタは可愛イ娘をナンだと思っテイルのでス!!」
 「可愛い娘だからこそ可愛がっておるのだわい。
 なんぞ間違っておるかのう?」
 「アナタの可愛がり方ガ大いナル間違いデスッ!!」
 ぜいぜいと荒く息をつき、伯爵はワイズリーを突き放す。
 「余計ナことはせズ、決しテ余計ナことはせズ、イイ子にしてくださイ!!」
 「むぅ?
 私はいい子ではないかのう?」
 「今以上にイイ子でいてくださイ!!
 首の骨を折られるようナ子でなク!」
 憮然と口を尖らせたワイズリーに、伯爵はため息をついた。
 この兄弟は昔から容姿端麗な女を好む傾向があったが、今度の転生ではそれが更に酷くなったように思う。
 愚痴愚痴とした口調でそう言えば、懲りない彼はにんまりと口の端を曲げた。
 「言うであろう、よい哲学者になるには悪妻を娶れと。
 私はデザイアスと違って妻を娶る気はないが、美しいがゆえに傲慢なおなごは大好きじゃv
 今は純粋な美少女も、いずれは毒持つようになるかと思えば、実に観察のし甲斐があるv
 「デハ、なおさらルルにちょっかいヲかけルのはやめてくださイ!
 あの子ハ純粋なママ育てるのデス!」
 きっぱりと言った伯爵に、ワイズリーは首を傾げようとして激痛に顔を歪める。
 「アイタタ・・・それでよいのか、公?
 ラストルは色のノアであるのに、あのように純粋では、ずるがしこいエクソシストどもに足をすくわれるぞ」
 「ム・・・」
 困惑して言葉を失った伯爵に、ワイズリーは畳み掛けた。
 「公がラストルに付きっ切りでいると言うのであればまだしも、一人前のノアとして単独任務も多かろう。
 ならばノアたるもの、人間の邪悪さも知っておかねばならん。
 それは自身を守る武器にもなろう」
 「ムムゥ・・・」
 反駁の言葉を探す伯爵に、ワイズリーはにこりと笑う。
 「可愛い子には旅をさせよと言う。
 公や、ラストルに目をかけておるのならば、あの程度のことは平然と受け止められるようにせねば。
 それが長たる努めなるぞ」
 千年伯爵を口八丁で丸め込むことのできる唯一のノアは、そう言って楽しげに笑った。


 「また来たのですか、セクハラジジィ」
 蔑むような目で見られた上、開口一番暴言を吐いた黒猫に、ワイズリーは目を剥いた。
 「誰じゃ、ラストルにつまらぬ言葉を教えたのはっ!」
 睨み渡せば、ティキとロードがにやりとして手をあげる。
 「その通りだろ、セクハラジジィ」
 「ワイズリーが来たらまず言ってやれって言ったんだー♪」
 「じゃあこの目はなんじゃっ!
 ラストル、おぬしはもっと愛らしい・・・」
 「心底イヤだったんだろ」
 「表情までは教えてないもーん」
 ティキとロードの追い討ちに、ワイズリーが沈んだ。
 「そ・・・そんなに嫌ってくれるな、ラストル・・・!」
 差し伸べた震える手は、しかし、黒猫の尻尾で邪険に払われる。
 「ラストルゥゥゥゥゥッ!!!!」
 絶叫につんっと背を向け、ルル=ベルは軽やかに床を蹴って彼には届かない棚の上にまで上った。
 「あーぁ。
 ルルに嫌われるなんて、ノア初の偉業じゃね?」
 「ルルは好きとか嫌いとかって感情、薄いのにねぇ」
 にやにやと笑うティキとロードを、ワイズリーは恨みがましい目で睨む。
 「そう、それが問題なのじゃ!!
 ラストルもよう聞け!
 色のノアでありながら、感情の起伏が少ないのは感心せんぞ!
 おぬしそれでも女優か!!」
 「へ?ルル、女優だったのか?」
 「まぁ・・・千の仮面を持ってはいるだろぉけどぉ・・・・・・」
 女優とは違う気がする、と、話の腰を折る二人にワイズリーが眉をひそめた。
 「外野はだーっとれ!」
 ピシリと叱り付け、ワイズリーはコルセットを巻いて不自由な首を懸命にあげる。
 「よいかラストル、色のノアはよく人を惑わし、敵を撹乱するが役目なのだ!
 なのにおぬしは少々の色仕掛けすら嫌がりおって!」
 不自由な首では棚の上が見えないため、ルル=ベルのいそうな辺りに向かって言えば、外野二人が『詭弁だ』と囁き合った。
 ワイズリーはそれを聞こえない振りで無視する。
 「そう言うわけでラストル!
 おぬしは今後私の側に侍るのだ!
 私自ら感情と言うものを教えてやろう!」
 「イヤです」
 こぶしを握ったワイズリーに、きっぱりとした声が降り注いだ。
 と、口を尖らせたワイズリーが、声の方へと向きを微調整する。
 「そんなことを言うていいのかの?!
 この件は千年公も承知の上なのだぞ!」
 「主が・・・」
 困惑げな声が揺れる様に、ワイズリーはにやりとして畳み掛けた。
 「私に従わねば、またあの忌々しいエクソシスト共の城へ送り込んでやると、そう・・・どこへ行くのだラストル?」
 ひらりと飛び降りた黒い影が、ワイズリーの足元を音もなく過ぎる。
 「教団へ行ってまいります」
 「そんなに私がお嫌いですかっ?!」
 絶叫に足を止めたルル=ベルが、肩越しに振り向き、こくりと頷いた。
 「そんなっ!!!!」
 嘆きをあげるワイズリーに、ティキとロードが爆笑する。
 騒がしい部屋を後にして、ルル=ベルは屋敷内に置かれた方舟の扉をするりと抜けた。
 非現実的な白い街並みは今日も燦々と日が降り注いで、真冬の国とは段違いに温かい。
 ともすれば日向ぼっこに向かおうとする足をなんとか運んで、ルル=ベルは目的の『扉』へ向かった。
 古い方舟は教団に奪われて以来、裏切り者の14番目によってコードを書き換えられ、ノアには手の出せないものになってしまったが、そんなことは問題ではない。
 冬の街に続く扉の向こうでは、今日もアクマ達が殺戮の宴に興じていた。
 そして宴の中心で狂乱の舞を演じるのはエクソシストだ。
 次々に破壊されるアクマ達の姿を、目の端で冷淡に眺めながら、ルル=ベルは辺りを見回した。
 と、戦闘から離れた場所で、白い服の男達が逃げ遅れた人間を囲んでいる。
 ルル=ベルは猫から小さな虫へと姿を変えると、彼らの近くへと飛んだ。
 結界で守られている間は、気づかれる恐れがあるためじっと待つ。
 が、全てのアクマが屠られた後、油断した彼らが結界を解いた瞬間、ルル=ベルは白服の一人が背負う荷物の中へともぐりこんだ。


 「お疲れ様でした、クロウリー殿・・・・・・」
 びくびくと、怯えた顔で声をかけてきたファインダーを、未だアクマの血に酔ったクロウリーはじろりと見た。
 「ひっ!!」
 ファインダーの背後で、震えていた中年女が紅い目にびくりと飛び上がる。
 その様にしかし、クロウリーは淡々として向き直った。
 「女」
 「はいっ!!」
 威圧的な声に、引き攣った声をあげる女に笑みもせず、クロウリーは昂然と見下ろす。
 「この地に蔓延った魔物は排除した。
 街の者共に、戻るよう伝えるがいい」
 貴族らしい傲慢な口ぶりに、女はかくかくと頷く。
 「あ・・・ありがとうございます、旦那様・・・ありがとうございます・・・!」
 古い街の住人らしく、貴族に対して腰の低い女は、クロウリーの態度をすんなりと受け入れた。
 「うむ。
 では往くぞ」
 踵を返したクロウリーに、ファインダー達が従者のように従う。
 彼らもまた、『貴族』の支配になる世界に慣れた者達だった。
 颯爽と先を歩くクロウリーに、なぜか忠誠心に似たものを覚えたが・・・それも短い間のこと。
 方舟の『扉』が開く教会の一室に入った途端、空気の抜けた風船のように座り込み、きょとんとした顔で辺りを見回す彼に、苦笑した顔を見合わせた。
 「任務完了です、クロウリー殿。
 ここは教会の一室で、今は教団への『扉』が開くのを待っています」
 簡潔に説明すると、クロウリーは寝惚けたような顔でこくりと頷く。
 「おなかいっぱいであるぅ・・・・・・」
 眠い、と、駄々っ子のようなことを言う彼に、ファインダー達が苦笑を深めた。


 ややして『扉』が開き、一行が方舟の中に入るや、ルル=ベルはそっと彼らから離れた。
 古い方舟は彼女にも馴染みの街で、どこにどんな部屋があるかは大体把握している。
 ルル=ベルはこの街に住まう白い鳥そっくりに姿を変え、屋根伝いに飛んでは、エクソシスト一行の後をつけた。
 ―――― 要は、裏切り者を連行すれば良いのです。
 敬愛する主にのみ心を傾けるルル=ベルは、伯爵の意図を正確に把握している。
 そして、元帥達のいる教団に単独乗り込む行為が、危険な上に伯爵の本意でないことも知っていた。
 ルル=ベルはエクソシスト達がくぐった『扉』を見張れる屋根に止まり、じっと彼が現れる時を待つ。
 と、意外なほどあっけなく、彼は扉の向こうから現れた。


 「ウーキウキワークワクおー正月ー♪
 豪ー華なお料ー理食ーべほうだーぃ♪
 今日から三日もうーれしーぃなー♪」
 ティムキャンピーの尻尾でリズムを取りつつ、自作の歌を大声で歌いながら出てきたアレンには、ルル=ベルだけでなく、背後に従った監査官も呆れ果てて頭を抱えた。
 「・・・どうも君は、聖職者としての品位を持ち合わせていないようですね。
 酔ってもいないのに、みっともなく放歌するとは情けない限りです」
 ため息混じりの声に、アレンはムッと眉根を寄せる。
 「せっかくの楽しい気分に水を差さないでもらえますか!」
 「そうだよ!監査官の朴念仁!」
 「誰もがお前みたいに禁欲的だと思わんでほしいさねー」
 続いて入って来たリナリーとラビも不満の声をあげた。
 が、リンクは肩越しに二人を睨みつけると、わざとらしいため息をこぼす。
 「出ましたね、傍若無人2号3号」
 「僕が1号?!」
 「聞き捨てならないよっ!」
 ぎゃあぎゃあと喚きながらリンクに詰め寄るアレンとリナリーの背後で、ラビが大きく頷いた。
 「そーさ!俺だけは違うさね!」
 「ラビ・・・・・・」
 傍若無人1号2号の目が、リンクへ向けられるよりも冷たく尖る。
 「裏切り者っ!!」
 声だけでなく動きまでシンクロしたアレンとリナリーのこぶしがラビに渾身のアッパーを食らわせた。
 「ゴァッ!!」
 鳥ならぬ身で垂直に空を飛んだラビに驚き、屋根に止まった鳥たちが羽ばたく。
 「あー!
 ラビったら、鳥さん驚かしてダメじゃない!」
 「優しさが足りませんよ、優しさが!」
 「・・・・・・鳥に与える愛の100分の1でいいから俺にくれ」
 地に伏し、傍若無人1号2号の仕打ちに涙するラビの背に、一羽の鳥が止まった。
 「・・・慰めてくれるんさ?!
 お前いい奴さー・・・!」
 しくしくと泣くラビに、リンクが大きなため息をついて首を振る。
 「情けない。
 我が侭弟妹の攻撃くらい、避けてはどうですかJr.」
 「我が侭って!」
 「また悪口が増えた!」
 酷い中傷だと、アレンとリナリーがそっくりに頬を膨らませた。
 だが、
 「事実は悪口には当たりません」
 つんとして、リンクは冷たい口調で言う。
 「嫌味ったらしい・・・・・・!」
 「ねー?!
 あんなこと言うから嫌われるんだよねー?」
 リンクを横目で見つつ、ひそひそと囁き合う二人に彼のこめかみが引きつった。
 「それは悪口と言いませんか?!」
 「事実は悪口には当たりません!」
 べーっと舌を出し、二人は声を揃えてリンクの言葉を復唱する。
 「このっ・・・!」
 こぶしを固めたリンクが怒鳴ろうとした時、
 「おーい。
 お前達、なに入り口で固まってんだ?」
 暢気な声をかけられて、針のような視線はリーバーへと刺さった。
 「あなたには関係・・・っ!」
 「どうしたんですか?
 行くんでしょう、アジア支部?」
 ひょい、と、リーバーの陰から不思議そうな顔を出したミランダに、リンクの怒声は勢いを失って消える。
 「あ・・・これはその・・・」
 「リンクが僕に歌っちゃダメだっていうんです!!」
 わっと、顔を覆って泣き出したアレンはあまりにも芝居がかっていたが、純真なミランダには十分通用した。
 「まぁ・・・。
 いいじゃないですか、そのくらい・・・」
 「えっ?!
 い・・・いえ、ですが・・・聖職者としての品位と言いますか、尊厳と言うものが・・・・・・」
 しどろもどろに言い訳するリンクに、リーバーが吹き出す。
 「聖職者って言っても、この教団自体、結構イレギュラーだからな。
 いいんじゃないか?」
 「そうやって甘やかすから、子供達がつけあがるのですっ!!」
 ミランダへの態度とは真逆に吠え立てるリンクの怒声に、ラビの上にいた鳥が驚いて飛び立った。
 が、すぐに降りて来て、リンクの頭に止まる。
 「くるっぽ」
 暢気な鳴き声に、場は一気に和んだ。
 「まぁ・・・v
 ハワードさんが気に入ったんですねぇ、この子v
 「ティムも最近はリンクの頭の上がお気に入りだし、なんか据わりがいいんじゃないですか?」
 定位置を取られて不満げなティムキャンピーを頭に乗せ、くすくすと笑うアレンをリンクが睨むが、頭の上に鳥が乗ったままでは迫力も何もない。
 「どきなさい!!」
 邪険に頭の上を払うが、鳥は一旦飛び立ってもまたリンクの上に降りてきた。
 「いいじゃん、連れてけば?」
 けらけらと笑いながらアレンが言えば、リナリーもクスクス笑って頷く。
 「そうしてれば、監査官の陰険さとか意地悪さとか融通の利かなさも少しは緩和されるんじゃないかな!」
 「・・・さりげない嫌味をありがとうございます、リナリー・リー」
 「あら、この程度の嫌味でしたらいつでもどうぞv
 歯噛みするリンクに鮮やかに笑うリナリーの頭を、リーバーが笑って撫でた。
 「ほら、そろそろ行くぞ。
 あっちでも待ってるだろうからな」
 「はぁいv
 くるりと踵を返し、軽やかに先頭に立ったリナリーに、皆が続く。
 と、
 「ま・・・待つさー・・・・・・!」
 地面から恨みがましい声が沸き、ラビが震える手を伸ばした。
 「おぶってけー・・・・・・!」
 顔を血まみれにしたラビを振り返ったアレンが、眉をひそめる。
 「せっかくおしゃれしたのに、汚れるからヤ・・・だぶっ!!」
 ラビの脚から伸びた槌に額を強打され、アレンが悲鳴をあげた。
 「誰のせいさ誰のっ!!」
 「ちょっ・・・イタイ!!ナニすんだよ!!」
 「うるさいっ!その言葉そのまま返してやるさね!!」
 ぎゃあぎゃあと喚きあう二人にため息をつき、リーバーが背後からラビを抱える。
 「ほれ」
 「なんでー!」
 ラビを背負わされたアレンが頬を膨らませると、リーバーは白衣のポケットから出した絆創膏を、アレンの額に貼ってやった。
 「いっつも負ぶってもらってんだろ。たまにはお前がやれよ」
 「だって・・・重いー!でかいー!!!!」
 アレンの背にのしかかったラビは、彼よりも背も高ければ体重も重い。
 一歩進むも大変、と呟いたアレンは、ぽん、と手を打って左腕を発動させた。
 「なにすんっ・・・内臓出るぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
 怪力の腕で鷲掴みにされたラビが悲鳴をあげるが、アレンはにこにこと得意げに笑う。
 「これなら僕でも運べますv
 「ア・・・アレン君、でも・・・・・・」
 びくびくと震えながら、ミランダは血反吐を吐き、ぴくぴくと痙攣を起こしているラビを見つめた。
 「に・・・握り潰されそうだわ・・・・・・」
 しかし、アレンはけろりと笑う。
 「ラビならこのくらい、平気ですよ!
 なんたって不死身ですもん!」
 「神田じゃあるまいし!」
 呆れ声のリーバーに、今度はリナリーが首を振った。
 「ラビだってすごいんだよ!
 信頼と実績だよ!」
 「なんの信頼と実績だか・・・・・・」
 発熱したようにうずくリンクの頭の上で、鳥が小首を傾げる。
 だがアレンはそんなぼやきに構わず、瀕死のラビを振り回しながら歩を踏み出した。
 「ウーキウキワークワクおー正月ー♪
 豪ー華なお料ー理食ーべほうだーぃ♪
 今日から三日もうーれしーぃなー♪」
 歌うアレンの頭の上で、ティムキャンピーも嬉しげにリズムを取る。
 その歌を聴いて、
 「・・・確かに品位はないな」
 呟いたリーバーに、ミランダもそっと頷いた。


 その頃、まだ教団本部に残っていたエミリアは、被服室で嬉しげに姿見を見ていた。
 「これがチャイナドレスかぁ・・・v
 妖艶な光沢を放つ紅いシルクのドレスには、黒い絹糸で梅の刺繍が施してある。
 「結構ぴったりしてるのね。
 やたら細かく採寸されたからどうなるんだろ、って思ったけど・・・素敵v
 滑らかな手触りにうっとりして、エミリアは自身のスタイルを誇るように腰のラインを撫で下ろした。
 と、
 「・・・こっ・・・この切れ込みはなに?!」
 左の太ももに滑らせた指が、布地とは違う滑らかさに触れて、目を見開く。
 「あっ・・・脚が丸見えよっ?!」
 紅いドレスと同色になるほど顔を真っ赤にした彼女に、ドレスを仕立ててくれたお針子があっさりと頷いた。
 「いいのよ、それで」
 「なんっ・・・!!
 でっ・・・でもっ・・・こっ・・・こんなカッコはさすがに・・・・・・!」
 東洋ではこれが普通かもしれないが、西洋で脚を晒すことはとんでもなく破廉恥な行為とされる。
 声を詰まらせたエミリアを、小柄な東洋人のお針子は、不思議そうに見上げた。
 「似合ってるわ。セクシーよ?」
 「で・・・でもっ・・・!!」
 こんな姿を見られては、エミリアの評判が一気に下がることは目に見えている。
 「リナリーだって、脚は見せてるじゃない」
 「あの子だって街に出る時はコート着てるじゃない!!」
 「そうだけど・・・アジア支部の新年パーティに行くから、中国風のドレスを作って、って言ったの、エミリアじゃん・・・・・・」
 「うっ・・・・・・」
 言葉に詰まり、真っ赤な顔を俯けたエミリアに、お針子はため息をこぼした。
 「せっかくキレイな脚してるんだから、見せびらかせばいいのに・・・しょうがないなぁ・・・」
 ブツブツと言いながら、彼女は被服室で働く同僚の元へ行き、何か話しかける。
 エミリアに『ちょっと待ってて』と言い置いて部屋を出た二人は、しばらくして襟の大きなコートを持って帰って来た。
 「これ、以前この子がパーティで着てたドレスをコートに仕立て直したものなの」
 「あ・・・柄が一緒なのね」
 色はエミリアの着るドレスよりもやや暗い色調の紫だが、黒い絹糸で刺繍された梅の柄は同じだ。
 「身長も同じくらいだし、スリットが嫌ならこれ着てなよ」
 「い・・・嫌じゃないわよ、別に・・・!
 ただ・・・・・・」
 こんな姿で人前に出たら、なんと言われるか・・・想像しただけで蒼褪めるエミリアに、お針子達は顔を見合わせて肩をすくめた。
 「あたし達に言わせれば、胸を半分も見せてるドレスの方が破廉恥だと思うケド」
 「ねー?」
 クスクスと笑われて、また真っ赤になったエミリアに、二人はずっしりと重いコートを着せ掛ける。
 「え?!
 絹って結構重いのね・・・!」
 「本物はね」
 頷いて、二人は満足げにエミリアを見た。
 「うん、似合ってる」
 「これで外に出られるよね?」
 問われて、エミリアはまだ紅い顔のまま頷く。
 「うん・・・これならひらひら翻って脚が見えることもないわね」
 今は羽織っただけだが、ドレスを仕立て直したというコートはエミリアの踵まであって、大胆なスリットを隠してくれた。
 「これでようやく出られるわ・・・。
 外で怒ってんでしょ、旦那?」
 クスクスと笑うエミリアに、お針子達は頬を膨らませて頷く。
 「あの神田をパートナーにしちゃうなんて、どんな弱味握ったのよ!」
 「彼、昔からここのアイドルでファンも多い高嶺の花だったのに、アンタったらあっさり摘み取って!!」
 「高嶺の花?
 そんなこと言って、無駄に紳士協定なんか結んでたから、取り逃がしただけでしょ。
 あたしはそんなの知らなかったから、率直にアプローチしただけ。
 そして、一度摘んだ花は誰にもあげないv bon?」
 ぺろりと舌を出したエミリアを、お針子達が憮然と睨んだ。
 「いつか服に針仕込んでやる」
 「刺されないように気をつけるわv
 踵を返し、肩越しに手を振るエミリアの、余裕に満ちた背中にお針子達が揃って舌を出す。
 「ほほほv
 視線が洒落になんなく痛いわーv
 などとほざきながら、被服室から笑って出てきたエミリアを、お針子達よりも更に鋭い目が睨みつけた。
 「着替えにいつまでかかってやがんだ!」
 思った通り、イライラとした声をぶつけて来た神田に、エミリアは更に機嫌良く笑う。
 「うふふv
 ごめんなさい、ダーリンv
 「ダーリンって言うな!くっつくな!!」
 邪険に振り払われようとした腕をエミリアは再び掴み、しっかりと抱きしめた。
 「いーじゃない、せっかくのパーティなんだからさーv
 ところであんた、何かあたしに言うことあるでしょ?」
 「あ?
 正月の心得か?」
 「違うわよ!
 ハニーが新しいドレス着てんのよ?!
 褒めちぎるのが常識でしょ!」
 きっぱりと言われて、神田は厭わしげに眉をひそめる。
 「誰がハニーで、なんで褒めちぎる必要があるんだ?」
 「あたしがハニーで誉めるのはマナーよ、この無礼者っ!」
 「俺にゃハニーなんざいねぇし、着物にしろっつったのにチャイナドレスなんざ着た奴を誉めるつもりもねぇ!!」
 「なんですってこのー!!!!」
 ぎゃあぎゃあと喚き合いながら、激しい歩調で回廊を渡る二人を誰もが避けて、無人の野を行くがごとき二人はあっという間に方舟の間に至った。
 「・・・いつもながら仲いいな」
 激しい言い争いをやめない二人を、ジジがやや皮肉の利いた笑みで迎える。
 「これのどこが仲いいってんだよ!
 脳ミソ腐ってんじゃねぇのかオヤジ!」
 「夫婦喧嘩は犬も食わない、って昔から言ってなー。
 それがお前らの愛のカタチなら、俺はなんもいわねーよー」
 肩をすくめたジジに、エミリアが眉を吊り上げた。
 「あら!あたしだってできるなら、もっと仲良くしたいのよ!
 なのにウチの旦那ったらいっつも・・・!」
 「誰が旦那だ!二人して勝手なことぬかしてんじゃねぇよ!!」
 「文句言いながらでも、エミリアに付き合ってやってる時点で、お前にしちゃ画期的なことだと思うがね」
 うちの子をよろしく、と、冗談めかして言ったジジに、エミリアは優雅に膝を折る。
 「さぁ、行くわよ、ダーリン!
 ちゃんとエスコートして!」
 腕を取ったエミリアにぐいぐい引かれ、神田は方舟の扉に引きずり込まれた。
 「どっちがエスコートされてんだか・・・」
 呆れ声をあげて、ジジは二人を見送る。
 「でも、ま・・・。
 あいつにゃあれくらい強い嫁じゃねぇと無理か」
 小さかったあいつが大きくなって・・・と、ジジは感無量の涙をそっと拭った。


 一方、先発した一行は、白い街並みを過ぎてアジア支部の扉を抜けた。
 途端、
 「テメェ!!
 何しにきやがった!!」
 フォーの怒声に迎えられ、全員が飛び上がる。
 「フォ・・・フォー、どうしたんですか・・・?!」
 目を丸くしたアレンを無視して、フォーはまっすぐに彼の傍ら、リンクを指差した。
 「てめぇだ!
 性懲りもなくまた来やがって!」
 「わっ・・・私・・・ですか・・・?」
 なぜ、と目を丸くするリンクを、フォーが鋭く睨みつける。
 「あたしの目をごまかせると思うなよ!!」
 神の座にある少女の、猛禽の目に怯えた鳥がリンクの頭から飛び立った。
 瞬間、
 「逃がすか!!」
 両手を刃に変えたフォーが、宙を駆けて鳥を追いかける。
 「待ちやがれ!!」
 凝然と固まる客を置いて消え去った少女の残像を、皆が呆然と見つめた。
 と、
 「あの・・・・・・狼藉者が!!!!」
 無残に踏み潰され、床に這ったバクが、血反吐交じりの恨みがましい声をあげる。
 「バ・・・バクさん・・・・・・」
 何とか意識を取り戻したアレンの背後から、リナリーが気遣わしげな視線を送った。
 「だ・・・大丈夫ですか・・・?」
 そう、声をかけた途端、
 「なんてことありませんよっ!!!!」
 がばっと起き上がったバクが、血みどろの顔に輝くような笑みを浮かべる。
 「フォーの奴にちょっと蹴られて踏み潰されただけですから!」
 「そ・・・そうですか・・・・・・」
 目を煌めかせ、歩み寄って来たバクからリナリーが、思わず歩を引いた。
 「あ・・・あの、でも・・・先に治療した方が・・・・・・」
 バクの傍らでは、彼のかいがいしいじいやがせっせと止血を試みてはいるが、バクの血はなかなか止まらない。
 「なぁにこの程度の怪我、いつものこ・・・ブホッ!!!!」
 「バク様――――!!!!」
 吐血すると同時に失血性ショック状態に陥ったバクを、ウォンが慌てて抱き上げた。
 「もっ・・・申し訳ございません、皆様っ!
 少々失礼させていただきます!!」
 「ご・・・ごゆっくり・・・・・・」
 怒涛の勢いで去って行った主従をまたもや呆然と見送り、手を振ったアレンを、リンクが横目で見遣る。
 「Jr.もご一緒させた方がよかったのではありませんか?」
 「あっ!」
 気づいた時にはもう、ラビはアレンの手の中で白く干からびていた。


 「・・・死ぬかと思ったさ」
 「なんで死なないのでしょうか」
 アレンが解放した途端、息を吹き返したラビに、リンクは呆れ果てた。
 「あれほどの仕打ちを受けておきながら、あなたの丈夫さには感服しますよ、Jr.」
 「神田君だけじゃなくて、ラビ君も私の時計が要らないんですねぇ・・・」
 ミランダも感心したように呟くと、なぜかリナリーが胸を張る。
 「だから言ったでしょ、信頼と実績だって!」
 得意げに言ったリナリーの頭を、後ろからリーバーが小突いた。
 「だからって殺しかけてんじゃねぇよ、二人とも!」
 「はぁい・・・」
 「ごめんなさい・・・・・・」
 リーバーには素直な二人に、ミランダがクスクスと笑い出す。
 だが、それが面白くないリンクは、忌々しげに鼻を鳴らした。
 「まったく、誰も彼もが粗暴で、マンマのいらっしゃる環境としては最悪です。
 あのフォーとか言う娘も、一体なんだったのでしょうか!」
 怒鳴られたことが気に食わないのか、不快げに言ったリンクにアレンが肩をすくめる。
 「娘って言うけど、彼女はバクさんのひいおじいさんが封じた土地神の化身ですよ?
 軽く100歳は超えてます」
 「土地神?
 あんな小娘がですか?」
 怪訝な顔をしたリンクにアレンが口を開いた時、
 「作った奴がロリコンだったんだろ」
 容赦ない暴言が背後から降りかかった。
 「げ、神田!」
 「ったく、俺らより先に行きゃあがったくせに、まだこんな所にいんのかよ!
 トロくせェのも大概にしやがれ!」
 分け隔てなく発せられる暴言にムッとしたアレンが何か言ってやろうとするが、またもや口は他人に塞がれる。
 「そう言うあんたが道塞いでんのよ!」
 思いっきり背中を叩かれ、神田は剣呑な目を肩越しに投げた。
 「こいつらがどかねぇんだよ!」
 「あんたが暴言吐いて引き止めてんでしょ!」
 すかさず言い返したエミリアに、さすがの神田が二の句を継げない。
 神田と共に口を塞がれたアレンがただ拍手をすると、その傍らでラビが楽しげに笑った。
 「すげーさ、エミリア!
 俺、この二人を口だけで黙らせた奴、初めて見たさ!」
 げんこつ使用可なら、リーバーやリンクにも可能だが、その時は意識も一緒になくなっている事が多い。
 「あんたがいてくれたら、俺もこの二人の仲裁せんで済むさーv
 もう俺、毎回毎回命がけで・・・・・・!」
 ほろほろと切なく涙を零すラビに、リナリーが頬を膨らませた。
 「なんだよ!これからは自分で止めないつもり?!」
 「俺だって命は惜しいし、そもそも俺の役目じゃないさ!」
 ぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる二人に、エミリアが大仰なため息をつく。
 「ねぇ?
 あたし達、ここに何しに来たんだっけ?」
 ケンカしに来たの?と、眉を吊り上げた彼女に、皆が気まずげに黙りこんだ。
 「はは・・・。
 けど、案内役がいなくなっちまったからな」
 「行きたいのはやまやまですけど、勝手に動くと迷ってしまいます・・・」
 苦笑したリーバーにミランダが頷き、リンクが眉根を寄せる。
 「まったく、こんな迷宮に置き去りにして・・・」
 憮然と言いながら、辺りを見回す彼の耳が、騒がしい足音を捉えた。
 「なんでしょう・・・?」
 それはアレンにも聞こえて、不思議そうに部屋のドアを見遣った途端、それは破壊音と共に開かれる。
 「ウォーカーさーん!!!!」
 「リナリーちゃん!!!!」
 飛び込んで来た白衣二人に皆が唖然とする中、蝋花と李桂はそれぞれの愛しの君へ大きな花束を差し出した。
 「ハッピーバレンタインっ!!!!」
 大声は完全にハモって石の壁に幾重にも反響し、全員の耳をつんざく。
 「・・・こ・・・こんにちは、蝋花さん・・・・・・」
 「あ・・・ありがとう、李桂さん・・・・・・」
 耳鳴りがして聞こえにくい耳を両手で押さえ、にこりと笑ったアレンの隣で、大量のバラに埋もれたリナリーも微笑んだ。
 途端、
 「光栄ですっ!!!!」
 調子外れの甲高い声が響き、またもや全員の耳をつんざく。
 だが恋する二人はお構いなしに、それぞれの想い人の手を掴んだ。
 「バク支部長がフォーさんに蹴られて重傷だって聞いて、案内に来たんですぅー!」
 「さぁさぁどうぞ奥へ!今年もイベント盛りだくさんだからさ!」
 いそいそと歩を進める蝋花と李桂に手を取られ、連行されたアレンとリナリーを皆、つい見送ってしまう。
 「・・・あ!
 待ちなさい!!」
 真っ先に我に返ったリンクが慌てて後を追って行くと、
 「あの・・・・・・」
 蝋花と李桂の強烈な存在感の前に、すっかり空気と化していたシィフがそっと声をかけた。
 「皆さんもどうぞ」
 その声に、皆夢から覚めたような顔をして歩を踏み出す。
 「あー・・・びっくりしたさ。
 あいつら、いつもああなんさ?」
 未だ目を丸くしてラビが問うと、シィフは小首を傾げた。
 「いつも騒がしいけど、今日は特別。
 正月だし、祭だし、ウォーカーとリナリーさんが来るからバレンタインやるんだって張り切ってたし」
 蝋花や李桂とは真逆のテンションで淡々と言うシィフにラビが頷くと、背後でエミリアがはしゃいだ声をあげて神田の腕に縋る。
 「そうか、時差があるからこっちはもう14日なのねv
 神田、明日になったらあたしにもちょうだいね、紅いバラv
 「あ?なんでだ?」
 心底不思議そうな顔をした神田に、エミリアが指を突きつけた。
 「知らないの?!
 バレンタインには男が女に紅いバラを贈るのよ!常識よ!」
 きっぱりと言ってやると、神田はますます不思議そうに首を傾げる。
 「・・・じゃあ、なんでモヤシは花もらってたんだ?」
 「・・・・・・・・・さぁ?」
 普通逆よね、と、目を点にしてエミリアが見遣ると、ミランダも不思議そうに首を傾げた。
 「蝋花ちゃん・・・勘違いしたんじゃないかしら?」
 と、ラビが肩越しに二人を見る。
 「英国じゃ、お互いにプレゼントするからそれに倣ったんじゃね?」
 「えぇっ?!そうなんですか?!
 わっ・・・私知らなくて、今までなにも・・・!!!!」
 慌てふためくミランダの頭を、リーバーが笑って撫でた。
 その様に、
 「あぁ、そうなんだ・・・」
 と頷いて、エミリアがにこりと笑う。
 「じゃあ、あたしからも用意しなきゃねv
 なにがいい?」
 神田の腕を引いて問えば、彼は冷たくそっぽを向いた。
 「いらねぇ」
 にべもなく言った彼に、しかし、エミリアは負けず笑いかける。
 「花は?」
 「いらねぇっつってんだろ」
 神田の苛立った声に、エミリアは小首を傾げた。
 「じゃあ、種は?」
 「なんだそりゃ」
 思わず呆れ声をあげると、エミリアはまたにこりと笑う。
 「好きなんでしょ、園芸?
 蕎麦でも育ててみる?」
 「・・・・・・・・・っ」
 やや頬を紅潮させ、言葉を失った神田の表情を鋭く読み取り、エミリアは笑みを深めた。
 「それがいいみたいね」
 自分の腕に縋りついたエミリアをうるさげに払いもせず、一緒に歩き出した神田に皆が表情を和ませる。
 と、
 「・・・変わってるね」
 二人のやり取りを見ていたシィフが、呆れたように呟いた。
 「教団の奴は、多かれ少なかれ、みんな変わりもんさ」
 「それもそうか」
 僕も含めて、と言う辺り、彼の冷静さも並大抵ではない。
 「ところでさ、フォーって子はなんでバクちゃんを蹴り潰した挙句、鳥追っかけていっちまったんさ?」
 「・・・そうなの?」
 意外そうに目を見開いたシィフにラビが頷いた。
 「方舟の中でリンクが鳥に懐かれちまって。
 そいつを頭に乗せたまま、ここの『扉』をくぐったんけどさ、あの子いきなり『何しにきやがった!』って、えらい剣幕で」
 それを聞いた途端、シィフが足を止める。
 「・・・フォーさん、他にはなんて?!」
 今までの冷静さをかなぐり捨てた激しい口調に、ラビは目を丸くしたまま正確にフォーの言葉を伝えた。
 「フォーさんが・・・性懲りもなくまた来たとか、自分の目をごまかせると思うなって言うからには・・・・・・!」
 「!」
 シィフの呟きに、危機管理能力に秀でた男達が素早く動く。
 「リーバーさん?!」
 驚くミランダに頷き、リーバーはシィフに声をかけた。
 「シィフ!みんなを安全な場所へ!
 ミランダ、非戦闘員の保護を頼むぞ!!」
 「あ!神田・・・!」
 「シィフについて行け!無闇に動くんじゃねぇぞ!!」
 エミリアの腕を振り払った神田も走り出し、真っ先にドアを抜ける。
 「アクマかノアか・・・!」
 「アレンの目が反応しなかったってことはノアさ!
 俺らが連れ込んじまった・・・!」
 神田に追いついたラビが気まずげに舌打ちすると、
 「厳罰覚悟しとけよ、お前ら・・・」
 俺も含めて、と、リーバーが声を低めた。
 「ともあれ、排除が優先だ」
 「気配を辿るのは限界があるさ!
 まずはアレンとリナに合流!」
 「バク支部長がいないうちは、俺がサポートする!」
 頼もしく請け負い、リーバーはアジア支部の通信室へと急ぐ。
 幾度か訪れた道を過たず進み、至ったそこでは既に、壁一面を覆う画面に支部内各所の現在が映し出されていた。
 「リーバー班長!
 連絡ありがとうございます!」
 迎えられて、リーバーは口元に引き下ろしたインカムを押し上げる。
 「支部長にも連絡したが、返事がない。まだ手当て中みたいだ」
 「はい、そちらはウォンさんに連絡しましたんで大丈夫です!」
 きっぱりと言って、彼は画面を操作した。
 「検索完了!
 フォーさんと侵入者はF−2エリアです!」
 「ゴーレム飛ばせ!
 エクソシスト達の道案内と、非戦闘員の避難を誘導!
 非戦闘員の避難地点にはミランダを配置する」
 「はい!!」
 リーバーの指示に従い、聖堂内に大量の通信ゴーレムが飛ばされる。
 緊急事態を告げるアラームが鳴り響き、祭に浮かれていた団員達が慌てて避難を開始した。


 「テメェ!!ちょろちょろ逃げんじゃねぇ!!」
 その頃、フォーに追いかけられ、何度も斬りかかられたルル=ベルは、不快げに舌打ちして、その身を人の姿に変えた。
 「獲った!!!!」
 首を狙ってフォーが薙いだ刃を、ルル=ベルもまた、刃と化した腕で受ける。
 「てめっ・・・!」
 「変身できるのは、あなただけではありません」
 冷淡な声に、フォーがますます激昂した。
 「はんっ!
 生意気言ってんじゃねぇよ、小娘がっ!!」
 「見た目はあなたの方が小娘です」
 「あたしは好きでこのカッコしてんだよ!
 これなら大抵の奴は騙せるからな!」
 きっぱりと言ったフォーに、ルル=ベルがため息を漏らす。
 「あなたもロードと同じですか・・・・・・」
 幼い身体に老獪な魂を持つフォーに、残酷な『姉』の姿を重ねて、ルル=ベルはきっと目を尖らせた。
 「では、日頃の恨み、晴らさせていただきます」
 「どんな恨み持ってんだ、てめぇは!!
 根暗!この根暗!!」
 その言葉は、どんな刃よりも深くルル=ベルの胸に刺さる。
 「ね・・・根暗って・・・わ・・・私だって好きでこんな・・・・・・」
 なんだかへこんでしまった彼女に、フォーはすかさず飛び掛った。
 「死ねや!!」
 「酷い人・・・!」
 振り下ろされた刃を両手で受けたルル=ベルは、わずかに眉をひそめ、非難がましくフォーを見つめる。
 「やっぱり・・・私に優しくしてくれるのは、主だけです・・・・・・」
 「わっ!!」
 刃を振り払ったルル=ベルの激しい反撃に、常に攻勢だったフォーが守勢に立たされた。
 「嫌いです・・・。
 主以外のものは、みんな嫌いです・・・・・・だから殺します」
 「なんだそりゃ!
 どんな引きこもり宣言だよ!」
 ルル=ベルの刃を防ぎながらも、口の減らないフォーがまくし立てる。
 「だからてめぇは根暗だってんだ!
 そうやって自分の殻の中に閉じこもってりゃ幸せだと思ってんだ・・・ろッ!」
 身体を落とし、フォーがルル=ベルの脚を払った。
 だがルル=ベルは生意気にも、猫のように身体をひねって難なく着地する。
 「このっ・・・!」
 「私の相手はあなたではありません」
 薙ぎ払ったフォーの刃が空を斬った。
 「てめっ・・・!!」
 黒猫に姿を変え、足元をすり抜けたルル=ベルを追って踵を返す。
 「逃げられると思っ・・・!!」
 「ぎゃっ!!」
 弾丸のように駆け出したフォーとまともにぶつかり、ラビが弾き飛ばされた。
 「邪魔すんじゃねぇ、ウサギ!!」
 「ひっ・・・ひどいさ!!
 俺一所懸命駆けつけて来たんに・・・!」
 泣き声をあげるラビを無視して傍らを過ぎたフォーは、既に猫を追う神田に並ぶ。
 「おい、お前はこのまま追っかけろ!
 あたしが先回りする!」
 「わかった」
 壁の中へと消えて行ったフォーに答え、神田は回廊に黒猫を追った。
 だが猫は欄干の狭い隙間を抜け、ドアの隙間から部屋に入り込んで機材の間を抜け、神田には追えない奥へと逃げていく。
 「くそっ!!」
 機器類の壁に阻まれた神田の、悔しげな声を背後に聞きながら、ルル=ベルは隙間を抜けた瞬間、天井近くを飛ぶゴーレムそっくりに姿を変え、その中に紛れた。
 パタパタとコウモリのように羽ばたくそれらは、不規則に動いているように見えるが、監視の目でルル=ベルを探し、無線でエクソシスト達に位置情報を伝えている。
 彼女はすいすいとゴーレムの間を飛びながら、無線の放つ音声を拾い集め、アレンの居場所検索を試みた。


 アジア支部で大騒動が勃発していた頃、そうとは知らず平和な教団本部では、かんしゃく玉が一つ、弾けていた。
 「エミリアの奴、許さねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 大絶叫したティモシーに、コムイがうるさげに耳を塞ぐ。
 「なんだよ、仕方ないでしょ。
 キミ、お師匠様とお仕事中だったんだからサ」
 「だからって置いてくなんて!!!!」
 涙混じりの声で言ったティモシーは、きっとコムイを睨んだ。
 「みんな行ってんのに!!
 なんで俺だけっ・・・俺も行ぎだいっ・・・・・!!」
 しゃくりあげるティモシーにしかし、コムイは意地悪く笑う。
 「キミにはすんごいお金かかってんだから、その分のお仕事はしてもらいます」
 「ぎゃああああああああああああああんんっ!!!!」
 激しい泣き声を心地よく聞きながら、溜飲を下げたコムイは笑みを深めた。
 「ま、今回はお師匠様の言うこと聞いて、ちゃんとお仕事したみたいだし?
 アジア支部に行ってもいいよん♪」
 「ホンドッ?!」
 「うん。
 ボクも今から行く所だったし・・・ね?!ね?!」
 哀願する目をブリジットへ向ければ、彼女は重々しく頷く。
 「今日のために、室長には随分がんばっていただきましたので」
 許可します、と口にした瞬間、コムイが立ち上がった。
 「さぁ行こう!すぐ行こう!!」
 ブリジットの気が変わらないうちに、と、足を早めるコムイに手を取られたティモシーは、歩幅の全然違う彼に引き摺られ、必死に足を動かす。
 「ちょっ・・・ボス!!ボス早い!!」
 転びそうになったティモシーが慌てて言えば、コムイは舌打ちして彼を小脇に抱えた。
 「ぐずぐずしないでくれるかい?!
 こっちはミス・フェイの気が変わんないうちに逃げなきゃいけないんだからサ!」
 しゃかしゃかと、今にも駆け出さんばかりの勢いで進んだコムイは、方舟の間に入るや物も言わずに扉をくぐる。
 だが、未だ背後の気配に怯えるように、コムイは歩を緩めはしなかった。
 「・・・なぁ、ボス?
 そんなにあの姉ちゃんが怖いの?」
 ティモシーが訝しげに問うが、コムイは恐怖のあまり、頷けもしない。
 「余計なことを言うんじゃないよ、ティモシー君!
 万が一そんなこと言ったら、一体どんな目に遭うことか・・・!」
 言ってるよ、と、突っ込んでやろうと思ったが、見あげたコムイの顔は真の恐怖に凍り付いていて、ティモシーは軽口を飲み込んだ。
 無言のまま、白い街の中を抜けたコムイは、アジア支部の『扉』をくぐった途端、安堵の吐息をこぼす。
 「・・・追って来てないよね?」
 恐々と背後を振り返ったコムイにつられて、ティモシーもどきどきと背後を見遣った。
 だがそこにブリジットの姿はなく、二人してまた、安堵のため息をつく。
 「よーっし!
 思いっきりたーのしーむぞーぅ!!」
 ようやく屈託を払ったコムイがティモシーを放り出し、のびのびと腕を伸ばした。
 「俺!
 エミリア探しに行く!!」
 解放された途端、ティモシーは駆け出し、誰もいない部屋を抜けて、回廊へと飛び出していく。
 「・・・ありゃ。
 ここ迷宮なのに、勝手に駆けてっちゃったよ」
 置いていかれたコムイが、呆れ気味に肩をすくめた。
 「けど・・・方舟の間に誰もいないなんて・・・・・・」
 現在、ルル=ベルの襲撃を受けているとは知らず、コムイはやや非難めいた目で部屋を見渡す。
 「いくらお正月だからって、浮かれすぎだよねー」
 本部室長にあるまじきお気楽発言をして、コムイは軽やかな足取りで部屋を出て行った。


 同じ頃、ようやく目を覚ましたバクは、侵入者の存在を告げられた瞬間、表情を変えて起き上がった。
 「バ・・・バク様!!」
 ベッドから降りたバクに、忠実なじいやが気遣わしげに手を伸ばすが、彼はそれを払ってアジア支部長のジャケットをまとう。
 「フォー。
 捕捉しているか?」
 宙に向かって問いを放てば、『あぁ』と、声だけが返って来た。
 「どういった輩だ」
 『アクマじゃない、ノアだ。
 おかげでウォーカーの目も役に立たないみたいだ』
 未だ捕まえられずにいる、と、舌打ちしたフォーにバクが頷く。
 「エクソシスト達は」
 その問いには、傍らのウォンが答えた。
 「リーバー班長の指示で監視ゴーレムをありったけ飛ばし、監視とエクソシストの案内をさせています。
 ブックマンJr.は、戦闘中だったフォーに轢かれてしまったようですが、神田殿はノアを追っています。
 ウォーカー君とリナリー様も、もうじき合流されるかと」
 「そうか、リーバーがいたな」
 ラッキーだった、と呟き、非戦闘員の安否を問う。
 「既に避難し、ロットー殿が守ってくださっています」
 「わかった。
 では僕も行こう」
 非戦闘員の避難が完了したため、支部内の非常ベルは鳴り止み、しんとした回廊は墓場のように静まり返っていた。
 頭の上を行き交う監視ゴーレムの羽音が妙に響き、ふと顔をあげたバクは、目を見開く。
 「封神!!」
 素早く呪を刻み、掲げた手から流れる血を吸った床が生き物のように蠢くや、津波の様に立ち上がってバクとウォンの身を覆った。
 「バ・・・バク様?!」
 何事かと悲鳴をあげたウォンは、石の壁となった床から刃の先が突き出している様に目を剥く。
 「フォー!!ここだ!!」
 バクが呼ぶや、フォーが二人の足元から飛び出した。
 「てめぇ!!」
 そのまま真っ直ぐに天井まで飛び上がり、バクに刃を向けた異形のゴーレムを薙ぎ払う。
 「なんのつもりだ!!」
 「早いのですね」
 フォーの刃を受け止めたゴーレムの発する、抑揚のない女の声に、バクが目を見開いた。
 「この声・・・!」
 「アジア支部長を襲えば、彼も駆けつけるかと思ったのですが・・・アクマを連れてきた方が手っ取り早かったようです」
 「本部を襲撃した女か!!」
 羽根を収めたゴーレムが、地に降りる間に女の姿へ変わり、バクへと小首を傾げる。
 「お久しぶりです、バク支部長・・・。
 ウォーカーはどこですか、とお尋ねしたい所ですが、彼はどうしようもない方向音痴ですね。
 ゴーレムの指示とは全然別の方向へと走っているようです」
 おかげで捕捉しかねている、とため息をついたルル=ベルへ、ウォンがこぶしを握った。
 「ウォ・・・ウォーカー君の迷子癖は筋金入りですぞ!!」
 「ウォン、それ誉めてねーから!」
 ルル=ベルの隙を油断なく狙いながら、フォーが突っ込む。
 「やいお前!
 ウォーカーを狙ってやがんのか!!」
 「当然です」
 フォーの言葉にあっさりと頷き、ルル=ベルはわずかに眉根を寄せた。
 「あの忌々しいウォーカーを殺・・・いえ、連行します」
 ルル=ベル自身は殺意に溢れていても、敬愛する主は彼の死を望んではいない。
 憮然と黙り込んだ彼女に、フォーが飛び掛った。
 「こんな時に考え事してんじゃねー!」
 ひらりと避け、すれ違った瞬間にフォーの背中を狙う。
 刃と化したルル=ベルの手が、彼女を貫こうとした時、
 「巨乳はっけーん!!!!」
 歓声をあげて飛び掛ってきた子供に胸を掴まれ、全ての時が止まった。
 誰もが凍りつく中、一人元気なティモシーが、ごろごろと喉を鳴らさんばかりに蕩けた顔で、ルル=ベルに懐いている。
 「絶妙の触り心地だぜ、ねーちゃんv
 俺のベスト3に入・・・」
 「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 おぞましい虫でも払うように、ティモシーに強烈な平手打ちを食らわせたルル=ベルが、うずくまって泣き出した。
 「え・・・ちょっと・・・・・・」
 泣かれると弱いフォーが、思わず差し伸べた手は、ヒステリックに払われる。
 「みんな・・・みんな嫌いです・・・!
 セクハラばっかりィィィィィィィィィ!!!!」
 「あー・・・なるほど、そう言う事情か」
 ルル=ベルの引きこもり宣言の意味を理解して、フォーが頷いた。
 「根暗なんて言って悪かったな。
 そりゃあ、野郎共からセクハラされちゃあ、引きこもりたくもなるよな」
 ルル=ベルの落ちた肩に手を添え、優しく言ってやると、彼女は泣き顔をあげる。
 「よしよし、もう泣くなよ」
 にこりと笑って、フォーはルル=ベルの髪を撫でた。
 「すぐに、セクハラなんかする奴のいないとこに逝かせてやるからな!!」
 ギィンッ・・・と、刃の噛み合う音が響く。
 「・・・ちっ!
 可愛くねぇ女!」
 「・・・本当に酷い人」
 涙声で呟き、ルル=ベルはフォーの刃を払った。
 「もう、あなた方とは一緒にいたくありません・・・。
 任務を果たして、早々に退散いたします」
 ふてくされたような口調で言ったルル=ベルが、彼女にぶたれ、血まみれで床に転がるティモシーをつまみあげる。
 「てめぇ!
 そいつをどうする気だ!!」
 「人質です」
 あっさりと言って、ルル=ベルはぐったりしたティモシーの首に刃を添えた。
 「動かないでください・・・支部長も」
 淡々と言って、ルル=ベルはバクを制す。
 「私を捕らえる前に、この子供が死にますよ?」
 バクが舌打ちと共に手を下ろすと、波打っていた地が鎮まった。
 「賢明なご判断、ありがとうございます」
 言う間にも、フォーがバクとウォンを庇うように彼らの前に立つ。
 「では」
 「待て!!」
 ひらりと踵を返したルル=ベルを追おうとすれば、彼女はこれ見よがしに刃をティモシーに押し当てた。
 「あなたにはお願いがあります。
 ウォーカーに私の元へ出てくるよう、要請してください」
 「隠れてんじゃなくて迷ってんだろうが、あいつは!!」
 「でしたら、あなたが案内してください」
 じりじりと退きつつ、ルル=ベルはフォー達のとの距離をあける。
 「あなたでしたら、追って来れると信じています」
 「てめぇに信用されたって嬉しくねぇよっ!!」
 駆け去ったルル=ベルの背中に、フォーは忌々しげに吐き捨てた。


 「ねーぇ!
 みんなどこ行っちゃったんだーい?」
 しんと静まり返ったアジア支部内をとことこと歩きながら、コムイは声をあげた。
 回廊には紅いランタンが吊るされ、正月飾りで華やかに彩られているが、そこに賑わうはずの人間が一人もいない。
 「かくれんぼ大会でもしてんのー?」
 困惑げに眉根を寄せ、てくてくと歩を進めて行くうちに、鋼鉄の壁に行き当たった。
 「これは・・・シェルターのシャッターじゃないか」
 ぺちぺちと壁を叩きつつ、コムイが目を丸くする。
 「これが降りてるってことは・・・」
 「兄さんっ?!」
 嫌な想像がよぎった瞬間、それを確信させる勢いでリナリーが降って来た。
 「なんでこんなところうろうろしてるの!!」
 「だって・・・今来たんだよ、ボク。
 なにがあったんだい?」
 妹の非難を冷静に受け止めたコムイの腕を、リナリーが苛立たしげに掴む。
 「とにかく、早く避難して!
 今、班長が通信班に詰めてるそうだから、兄さんもそこに・・・」
 はっとして、リナリーがコムイから身を離した。
 「リナリー?」
 なぜか、自分を睨む妹を不思議そうに見ると、リナリーはきっと目を吊り上げる。
 「・・・兄さん。
 侵入したノアは、あのルル=ベルなの」
 彼女の変身能力は、コムイも嫌と言うほど知っていた。
 リナリーの言わんとするところを理解したコムイは、軽く頷いて微笑む。
 「ボクとキミしか知らないことと言えば・・・そうだね、リナリーは10歳までおねしょが治んなかったとか」
 「ちょっ・・・兄さん!!」
 「神田君の後を子鴨みたいにくっついて行って、足元見てなかったから古井戸に落っこちたとか」
 「も・・・もういいよ!!」
 「あーあと、ボクのお嫁さんになるんだとかv
 「もういいって言ってるでしょ!!」
 真っ赤になって絶叫したリナリーに、コムイは楽しげに笑った。
 「そう言うキミこそ、ルル=ベルじゃないよね?」
 くすくすと笑うコムイを、リナリーが真っ赤な顔で睨みつける。
 「兄さんが作ってくれた兄さん柄のガウン、絶対着ない!!」
 「えぇー!!
 あれ刺繍するの、大変だったんだよ?!」
 「絶対着ないもん!!」
 ぎゃあぎゃあと喚きたてる兄妹の背後で、ため息が漏れた。
 「いい加減にしてください、二人とも」
 「うぐ・・・!監査官・・・・・・!」
 よりによって一番まずい人間に聞かれたと、リナリーが顔を引き攣らせる。
 「あれ?一人なの、リンク監査官?
 アレン君は?」
 コムイが不思議そうに問えば、リンクはまた、大きなため息をついた。
 「あの迷子癖、見事にはぐれまして・・・・・・」
 「あぁ、ここ迷宮だもんねぇ・・・」
 本部でも簡単に迷子になるアレンには、難易度の高い場所だ。
 「ティムキャンピーですら見失うなんて、どれだけ方向音痴なのでしょうか」
 ぼやくリンクの頭の上で、ティムキャンピーもやれやれと、羽根で肩をすくめる素振りをした。
 「ともあれ、状況は?
 ボク、司令室じゃなくて、通信班に行った方がいいの?バクちゃんは?」
 暢気な口調ながら、聞くべきことを聞くコムイにリンクとリナリーが、的確に答えを返す。
 「ん、わかった。
 じゃあ、ボクは司令室の方に行くよ。
 バクちゃんもじきに来るだろうしね」
 「え・・・でも、班長に代わんなくていいの?」
 バクが指示できない今、実質的にアジア支部を動かしているのはリーバーだ。
 だが、彼は本部科学班班長で、本来、そんな権限もなければアジア支部団員との繋がりも薄い。
 いくら有能とは言え、彼の指揮が破綻するのは時間の問題だろうと言うリナリーの冷静な判断に、しかし、コムイは首を振った。
 「バクちゃんは、いざと言う時こそ頼りになるんだよ。
 特にここは彼の城だからね。
 ボクが中途半端に入って混乱させるよりは、バクちゃん復活までリーバー君ががんばった方が、混乱せずに済む」
 きっぱりと言ったコムイに、リンクが眉根を寄せる。
 「しかし室長、バク支部長の復帰がいつになるか・・・」
 「それは大丈夫」
 またきっぱりと言って、コムイはバクへの信頼を覗かせた。
 「この城は彼にとって、最も大事なものなんだ。
 いつまでも敵の好きにはさせないよ」
 にこりと笑って、コムイは一人で歩き出す。
 「あ!待って、兄さん!!
 司令室まで護衛するよ!」
 慌てて追いかけて来たリナリーを肩越しに見遣り、首を振った。
 「キミはノアを追って。
 元帥達ですら仕留められなかったんだから、戦力が多いに越したことはないよ」
 「では・・・私が付き添いましょう」
 申し出たリンクに、コムイは意外そうな顔をする。
 「いいのかい、アレン君を探さなくて?」
 「ノアとの戦闘では、残念ながら足手まといになりますので」
 低く呟いた彼の声音が苦渋に満ちていて、さすがにリナリーも嫌味を控えた。
 「・・・じゃあ私、行くね」
 コムイの背中に抱きついたリナリーの手を、コムイは軽く叩いてやる。
 「いってらっしゃい」
 「行ってきます!」
 身を離すや、一瞬で消えた妹に手を振り、リンクを振り返った。
 「行こうか」
 「はい」
 再び歩き出したコムイの背後に、リンクが従う。
 「司令室では、バク支部長が復帰されなかった場合に指揮をとられるのですか?」
 問うと、コムイは前を見たまま首を振った。
 「船頭多くして船山に上る、って言ってね、指揮官は何人もいない方がいいんだよ」
 「ではなぜ・・・」
 「バクちゃんの司令室には、ボクの部屋直通のホットラインがあるから、それ使いたいだけ」
 あっさりと言って、コムイは迷いなく回廊を渡る。
 「本部の執務室には今、ミス・フェイがいるからね。
 彼女に本部対応をお願いするんだよ」
 「なるほど・・・」
 リンクはようやく納得し、頷いた。
 「冷静なご判断だと思います」
 「緊急事態にはしっかりしないとね」
 くすりと笑って、肩をすくめる。
 「普段、サボれなくなるでしょv
 「それとこれとは別問題だと思いますが!」
 厳しく言ったリンクに、コムイは陽気な笑声をあげた。


 コムイが通り過ぎたシェルターの内側では、非戦闘員達が不安げな顔をして、身を寄せ合っていた。
 「ね・・・ねぇ、ノアってアクマより強いのよね・・・?」
 エミリアの問いに、ミランダは固い顔で頷く。
 「アクマは・・・彼らの使役する兵器です・・・。
 ノアは・・・13人いて、それぞれに特殊能力を持っているんです・・・」
 トップシークレットである『14番目』のことは語らず、ミランダは手元の時計に目を落とした。
 いつ攻撃されても大丈夫なように、既に発動したタイム・レコードが静かなうねりをあげる。
 「さっきの連絡では、固体名『ルル=ベル』っつってたよな・・・」
 不安げに呟いた李桂の白衣を握り締め、蝋花はガタガタと震えた。
 「ア・・・アクマには襲われたことありますけどぉ・・・ノ・・・ノアなんて初めてですぅ・・・っ!」
 「アクマだってすごい被害だったんだ・・・ノアとなったら・・・・・・」
 そこにいる非戦闘員達の不安を代弁するかのような李桂の言葉に、しかし、ミランダは無理に笑ってみせる。
 「だ・・・大丈夫です・・・!
 みな・・・皆さんは私が・・・守ります・・・・・・!」
 なんとか言い切って、ミランダは大きく息を吸い込んだ。
 「が・・・がんばります・・・!」
 震えながらも、必死に言ったミランダの健気さに、エミリアが思わず笑みをこぼす。
 「うん、頼りにしてる!」
 エミリアが大きく頷いた時、新たな通信が入った。
 『対象、ロスト。
 エクソシスト、ティモシー・ハーストを人質にして逃亡中。
 要求はアレン・ウォーカーとの合流。
 ウォーカーは現在地点を至急報告のこと』
 機械的な声の報告に、エミリアが目を剥く。
 「ティモシー?!
 あの子、こっちに来たの?!」
 しかも人質なんて、と、エミリアが途端に落ち着きをなくした。
 「ど・・・どうしよう、あの子が殺されちゃったら・・・!
 あの子、まだ新人なのよ?!」
 おろおろと歩き回りながら、早口にまくし立てるエミリアを、皆も不安げに見つめる。
 と、更に嫌な通信が入った。
 『B4Nシャッター、破壊されました!
 B4エリアの非戦闘員は避難してください!』
 「にっ・・・逃げましょう!!」
 わたわたと非常口に向かう蝋花に頷き、ミランダが時計の守備範囲を広げる。
 「おっ・・・落ち着いて避難してください、皆さん!
 私の時計の範囲からはなるべく出ないで・・・!」
 ミランダが懸命に声を張り上げると、先頭を走っていた集団が足を緩め、遅れた集団は彼女の周囲に駆け寄った。
 「避難場所へ移動する間、攻撃されないとも限りません・・・!
 でっ・・・でもっ・・・あのっ・・・決してパニックを起こさないで、私の周りにいてください!
 範囲が狭まれば、その分防御率も上がりますから・・・!」
 言った途端、ミランダの周りに厚く人の壁が出来上がる。
 ミランダの負担は減るが、動きの鈍くなった集団が気ばかりを焦らせながら避難する中、迷った末にエミリアが飛び出した。
 「エミリアさん?!」
 ミランダの悲鳴に、エミリアは一瞬振り向く。
 「みんなは避難して!」
 「どっ・・・どこに行くんですかぁっ!!」
 蝋花がほとんど泣き声をあげると、エミリアは振り向きもせず、『ティモシーのところ!』と答えた。
 「そんな・・・無茶です!!」
 「わかってるけど!!」
 甲高い声をあげ、時計の守備範囲を広げたミランダをエミリアは振り切る。
 「ごめん!行かせて!!」
 避難する団員達とは逆方向、シャッターが破壊された方へと走り去ったエミリアを、皆が呆然と見送った。
 「・・・・・・行きましょう!」
 ややして、ミランダが固い顔で言う。
 「私は・・・皆さんを守らなければ・・・・・・」
 それがリーバーとの約束だ、と、呟くミランダの横顔を見つめていた蝋花は、言いたいことをすべて飲み込んで頷いた。


 安全な場所を自ら出たエミリアは、紅い明かりが灯る回廊を標識に従いながら、B4N・・・地下4階北側へと走る。
 大きくスリットの入ったドレスは、いつもの服より断然走りやすくて、自分でも驚くほどの早さで目的地付近に着いた。
 手前で足を止め、壁伝いにそろそろと移動して様子を窺うと、シャッターはチーズのように切り裂かれて、石の床に倒れている。
 「ティモシー・・・!」
 どきどきと鼓動を早めながら、辺りの様子を窺った。
 だが周囲に人の気配はなく、エミリアは震える足を踏み出す。
 「ティ・・・」
 再び声をあげた時、背後から口を塞がれた。
 「!!」
 恐怖のあまり、心臓が止まりそうになりながら、それでも自分の口を塞ぐ手に爪を立てる。
 と、
 「痛ェだろ」
 そっと囁かれた不機嫌な声に、エミリアは抵抗をやめた。
 上目遣いに背後を見れば、声以上に不機嫌な神田が顔をしかめている。
 「おとなしくしてろっつったろ」
 「ごめん・・・」
 爪を立てた彼の手を撫で、そっとずらして謝った。
 「でも、ティモシーがさらわれたって聞いて・・・」
 「しょうがねぇガキだ」
 お前もと、きっぱりと言われて、エミリアが黙り込む。
 と、反論を覚悟して身構えていた神田は拍子抜けした。
 「足手まといだってのはわかってたんだけど・・・いてもたってもいられなくて・・・・・・」
 ごめん、と、また謝られて、神田は居心地悪げにエミリアから身を離す。
 「神・・・」
 「来ちまったもんはしょうがねぇ。
 どうせ、避難する気もないんだろうしな」
 「え?!
 連れてってくれるの?!」
 怒鳴られると思っていただけに、エミリアも拍子抜けして思わず大声を出した。
 「大声を出すんじゃねぇ!」
 「ご・・・ごめん・・・」
 今度は自分で口を押さえ、エミリアは歩を踏み出した神田に従う。
 「あの・・・どこ行くの?心当たりが・・・」
 声を潜めて問うと、神田は彼の頭上を飛ぶゴーレムを示した。
 「今は見失ったみてぇだが、見つかればすぐに連絡が・・・」
 唐突に言葉を切り、エミリアを背後に庇って刃を一閃する。
 「ぅわっ!!」
 回廊に並ぶ、大きな壷が両断されると同時に悲鳴が上がり、その後ろから紅い光に照らされたラビが現れた。
 「いきなりびっくりするさ、ユウ!!!!」
 未だ鼻先に六幻の刃を突きつけられ、ラビの声が震えている。
 「忍び寄ってくるてめぇが悪い」
 「だって!!
 なんかイイ雰囲気だったから邪魔したら斬られっかなって・・・ユウ!!ユウちゃん刃が迫ってるさ!!」
 可哀想なほどに震えて泣き喚くラビに、エミリアが状況も忘れて吹き出した。
 「笑い事じゃないさねっ!!」
 「だって・・・」
 エミリアが言いかけた時、
 「もぉ神田!ラビをいじめちゃダメじゃない!」
 回廊に声が響き、リナリーが天井近くから飛び降りてくる。
 「ねぇ、敵は見つかったの?
 アレン君は?どこ行ったか知らない?」
 ラビの腕を引きつつ、矢継ぎ早に問うリナリーの首筋に、六幻の刃が添えられた。
 「ひっ・・・!
 なっ・・・なにするんだよ、神田・・・っ!」
 震え声をあげるリナリーを、神田は鋭く睨みつける。
 「敵は見つけたぜ」
 「なんっ・・・?!」
 首を掻き切ろうとする刃から退き、リナリーがラビを盾にした。
 「ぎゃあ!!
 ユウちゃんやめて!!」
 悲鳴をあげるラビを押しのけ、六幻の刃がリナリーを追う。
 「本部からてめぇが追い出された後・・・リナリーのイノセンスが結晶型になったことは知らなかったみてぇだな!!」
 「結晶型・・・?!」
 初めて聞く名に、リナリーが目を見開いた。
 「いい加減、観念しやがれっ!!」
 「ちっ・・・!」
 舌打ちしたリナリーが、猫のようにしなやかな動きで神田の傍らを抜ける。
 いや、身を屈めた瞬間、既に黒猫へと変化したルル=ベルは、そのままエミリアに突進し、彼女を突き飛ばした。
 「きゃあ!!」
 冷たい床に倒れたエミリアは、身を起こした途端、唖然とする。
 「・・・あたし?!」
 目の前に鏡があるかのように、もう一人の自分がそこにいた。
 「なななっ・・・なんでっ・・・!!」
 エミリアが慌てふためく間に、詰め寄ったもう一人のエミリアがコートの襟を掴む。
 「へ?」
 訝しく思った一瞬後、コートを剥ぎ取られたエミリアが悲鳴をあげた。
 「返して!!ヤダ・・・見るなああああああああああああああ!!!!」
 露わになった脚を隠そうとして、紅いランタンよりも紅くなったエミリアの絶叫に神田が眉をひそめ、目を輝かせるラビに肘鉄を食らわせる。
 「ちっ・・・だから着物にしろっつっただろ!
 これでも着てろ」
 床に沈んだラビを踏みつけ、神田が自身のコートを脱いでエミリアへ放り投げた。
 「あ・・・ありがと・・・!」
 すかさず引き寄せ、脚を覆ったエミリアに頷くと、神田はラビの腕を引いて起こし、逃げるルル=ベルを追う。
 「クソガキは俺らに任せろ!
 お前は早く避難場所へ戻れ!」
 肩越しに言えば、エミリアは困惑げに視線を揺らがせた。
 「でも・・・」
 「信じろ」
 きっぱりと言われて、エミリアが頷く。
 「・・・さすがユウちゃん。
 いつもは押され気味でも、いざとなったら漢前さねー!」
 感嘆の声をあげるラビを、神田が鋭く睨みつけた。
 「いつもヘタレてるテメェと一緒にすんな」
 「あい・・・!」
 びくびくと怯えながらラビは神田に続き、エミリアの姿をしたルル=ベルを必死に追う。
 金髪に紅い光を弾きながら走る彼女は、途中で何かを拾い上げて、足を早めた。
 「ティモシーか?!」
 彼女が小脇に抱えた小柄な身体を見つめ、ラビが言う。
 「あのガキ・・・簡単にさらわれてんじゃねぇよ!!」
 苛立たしげに言って、神田もまた、足を早めた。


 一方アレンは、あろうことか一人で暗い洞穴を、泣きながら走っていた。
 「みんな・・・どこ行っちゃったんですかぁ!!
 リナリー!!リンク――!!ティム――――!!!!」
 声が嗄れるほど叫んでも、誰も答えてはくれない。
 「ここ・・・どこぉー・・・・・・!」
 蝋花と李桂に熱烈歓迎され、リナリーとリンクも一緒にわくわくと食堂へ向かっているうちは良かった。
 だが間もなく警報が鳴り、避難する蝋花や李桂とは逆方向に三人一緒に走っていたはずなのだが・・・。
 何度か暗がりに呑まれるうちに、リナリーが消え、リンクが消え、ティムキャンピーすらいなくなってしまった。
 「なんで・・・誰かぁぁぁぁぁ!!!!」
 ぎゃあんっと泣き声をあげた瞬間、横合いから強烈な蹴りが入る。
 「どこほっつき歩いてんだテメェは!!」
 「ヴォー!!」
 だくだくと流れる血で真っ赤に染まった顔に、それでも喜色を浮かべてアレンはフォーに抱きついた。
 「よがっだ!!
 ぼぐ、もう出られないがどおぼっで・・・!!!!」
 えぐえぐと泣きじゃくりながら、聞きづらい泣き言を並べるアレンに、フォーが舌打ちする。
 「おら!
 連れてってやるから一緒に来い!
 お前がもたもたしてるから、エクソシストがノアにさらわれちまったぞ!」
 「さらわれた?!誰が?!」
 血と涙を拭って問うと、フォーはきゅっと眉根を寄せた。
 「ティモシーってガキだ。
 ルル=ベルってノアにセクハラしてぶん殴られた挙句、さらわれた」
 「・・・自業自得?」
 「まぁな」
 二人してため息を漏らし、同時に駆け出す。
 「ルル=ベルは、ティモシーを死なせたくなけりゃ、お前を連れて来いっつってんだ。
 なのにお前はウロウロウロウロ・・・・・・!」
 「う・・・すみません・・・・・・」
 ぎろりと睨まれ、アレンは悄然と首を落とす。
 「あの・・・侵入したノアがルル=ベルだったってことは・・・侵入したのって、もしかして・・・」
 「お前らと一緒に来た、あの鳩だ!」
 「やっぱり?!」
 あの時のフォーの行動を思い出し、アレンは声まで蒼白になった。
 「ぼぼぼぼ・・・僕達お仕置きされる?!お仕置きされちゃう?!」
 泣き縋ってきたアレンに、フォーはうるさげに舌打ちする。
 「あいつぶっ殺せば、ご褒美もらえるからとっとと殺れ」
 「ぅ・・・うん・・・」
 頷いたものの、複雑な顔をしたアレンをちらりと見遣り、フォーがため息をついた。
 「殺るつもりで戦わなきゃ、死体になって転がるのはお前だぜ?
 なんたってあっちは、お前を殺したくてうずうずしてる」
 「あー・・・彼女はねー・・・・・・」
 気まずげに呟くと、フォーに睨まれる。
 「お前はどんなセクハラしたんだ?」
 「してませんよっ!!」
 大声で言った途端、横合いから飛んできたティモシーの石頭がアレンの頭を割った。
 「ウォーカー!!」
 驚いて足を止めたフォーは、ティモシーを投げつけた女を睨む。
 「釈明も聞かずに攻撃かよ!」
 「ウォーカーには筆舌に尽くしがたい屈辱を味わわされたのです・・・!
 このくらい、当然です・・・!」
 涙声の抗議を受けて、フォーは血塗れで転がるアレンを足先でつつく。
 「・・・やっぱセクハラしてんじゃんか」
 「ぢがぅっ・・・!」
 ごぼっと、血泡を吹きつつ言うアレンを、紅い光の中に歩み出た女が睨んだ。
 「全部お前のせい・・・!!」
 エミリアの顔で泣かれた上に睨まれて、アレンが思わず黙り込む。
 が、その隣でにょきっと、ティモシーが起き上がった。
 「〜〜〜〜っいってぇぇぇぇ!!
 あのねーちゃん、よくもやりやがったな!!」
 「ティ・・・ティモシー・・・」
 「お前、あんなに血が出てたのに、大丈夫なのか・・・?」
 アレンとフォーの呆れ声に、ティモシーは頭を抱えたまま顔をあげる。
 「あんなの、エミリアの殺人キックに比べたら蚊に刺されたみてぇなモン・・・あぁー!!!!エミリア!!!!」
 突然大声を出されて、エミリアの姿をしたルル=ベルがビクッと飛び上がった。
 「よくも俺を置いてけぼりにしやがったな!
 その上あの美形と行ったって・・・許さねェェェェェェェェェェェ!!!!」
 勢いをつけて飛びついたティモシーが、エミリアの・・・いや、ルル=ベルの胸を鷲掴みにする。
 「必殺!おっぱいくずし!!」
 「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」
 再びのセクハラに、ルル=ベルが凄まじい悲鳴をあげてティモシーを殴りつけた。
 「でじゃぶっ!!」
 「ティモシー・・・・・・」
 床を紅く染めつつ痙攣する子供に、しかし、アレンはどうしても憐憫の情が沸かない。
 「ぼ・・・僕、冷たい?」
 「いいや、あたしも同じ気持ちだ」
 フォーが乾いた声で断言すると、アレンはほっと息をついた。
 「よかった。
 あの・・・フォー、あんな子供に触るのはヤだと思うんですが・・・」
 「あたしにはエロガキを喜ばせるようなオプションはついてないから大丈夫だ」
 遠慮がちなアレンにきっぱりと言って、フォーは未だ血を滴らせるティモシーの襟首を摘み上げる。
 「心置きなく戦りな」
 「はい!」
 フォーの言葉を受けて、アレンが大剣を発動させた。
 「お望み通り、一騎打ちと行きましょうか」
 「・・・望むところです」
 涙目で睨みつけてくる彼女に、アレンが思わず苦笑する。
 「あの、その姿って、ちょっと戦りにくいんですけど」
 すると未だエミリアの姿をしたルル=ベルは、挑戦的に胸を張って、本物から取り上げたコートを脱ぎ捨てた。
 「では、これでいかがですか?」
 「余計にやりにくいですよっ!!」
 大きくスリットの入ったチャイナドレスは、左脚がほとんど丸見えで、西洋人のアレンは目のやり場に困ってしまう。
 「私は動きやすくていいのですが」
 「そ・・・そう言う意味じゃなくて・・・!」
 紅い光の中で白く浮かび上がる太ももに、うっかり吸い付きそうになる視線を懸命に逸らすアレンを、フォーが呆れ顔で見遣った。
 「お前もエロガキじゃねぇか」
 「お年頃なんですから、興味ない方が異常でしょっ!!」
 「嫌な奴・・・・・・」
 嫌悪感丸出しの目で見られて、アレンが言葉に詰まる。
 「でも・・・」
 地を蹴った彼女の手が刃と化し、アレンに迫った。
 「お前の動きを鈍らせるには、効果的かと思います」
 「ちょっ・・・人のこと散々セクハラとか言っといて、『女』を利用するのやめてくれませんっ?!」
 卑怯だ、と、剣の陰から泣き声をあげるアレンを、ルル=ベルはエミリアの顔で冷たく睨む。
 「主が教えてくれました・・・。
 敵の弱点を突くのが、よい戦略であり、よい戦術なのだと」
 「そりゃまーその通りか」
 ティモシーをぶら下げて、さっさと高見の見物を決め込んでいたフォーが、大きく頷いた。
 「ウォーカー、そいつがその気なら、遠慮することなんかねぇよ。
 とっととブッた斬りな」
 「神田じゃあるまいし!!」
 言い放って、アレンはふと、瞬く。
 「あー・・・エミリアさんには神田も勝てない・・・かな?」
 呟いた途端、フォーがピクリと耳をそばだてた。
 「なんだなんだ?!
 あいつにもとうとう春か?!春が来たのか?!
 こいつぁー春からめでてェや!!」
 「ぅあのっ・・・!!フォー・・・!僕今、一応戦闘中で・・・!!」
 ルル=ベルの、女とは思えない力で押してくる刃を跳ね返そうと踏ん張るアレンの背中に、しかし、フォーは遠慮なくまとわりつく。
 「なぁなぁ、こいつか?こいつなのか、神田ユウの嫁になるのは?!
 お前、やったなぁ!
 あいつを落とすなんて、この世の生物には絶対無理だって思ってたぜ!」
 「いえ、あの・・・私は・・・・・・」
 アレンの肩越しに迫られて、戸惑うルル=ベルの力が緩んだ隙に、アレンは刃を跳ね返した。
 「ナイスアシスト、フォー!!」
 大きく振りかぶり、ルル=ベルを切り裂こうとした剣はしかし、彼女の身体に届く前に止まる。
 「ティッ・・・!!」
 「エミリアになにすんだ、コノヤロー!!!!」
 アレンの腕に飛びつき、全力で動きを封じたティモシーが大声をあげた。
 「違っ・・・彼女はエミリアさんじゃなくて・・・!」
 「どう見たってエミリアだろ!
 おい!
 俺がこいつを止めてる間に逃げろよ!!」
 呆然としていたルル=ベルは、その言葉に不思議そうに瞬く。
 「私を助けるのですか、エクソシストが・・・・・・」
 「当たり前だろ!
 俺はお前のためにエクソシストになったんだからな!!」
 「おぉー・・・!」
 ティモシーの発言に、フォーが目を輝かせて拍手した。
 「小さなエロガキの癖に、男前発言するじゃねぇかv
 ふぅーん・・・ってことは、神田ユウと三角関係かよv
 面白くなってきたな、おいv
 「フォー・・・。
 噂好きのおばちゃんみたいな発言、やめてくれません?」
 「なに言ってんだ、ウォーカー!
 あたしゃもう100年も生きてんだから、とっくにおばちゃんだぜ!
 こういう泥沼話は何よりの好物さんv
 「ちょっとぉ・・・・・・」
 フォーの楽しげな声に脱力しそうになりながら、アレンが大きなため息をつく。
 「あの・・・とりあえず二人とも、どいてくれません・・・・・・?」
 背中にフォーを、右腕にティモシーをぶら下げたアレンの要請はしかし、あっさりと却下された。
 「エミリアから離れろバカ!!」
 「だからこの人はエミリアさんじゃないってぇ・・・」
 振り解こうとするアレンの腕に、全身全霊を込めてしがみつくティモシーの額の珠が、青い光を発する。
 「えっ?!
 ティモシー!こんな時に!」
 「こんな時だからだよ!憑神!!」
 発動したティモシーのイノセンスに意識を奪われたアレンが、剣をおろした。
 「ウォーカー・・・?」
 何事かと、目を見張るルル=ベルに、アレンがにこりと笑う。
 「もう大丈夫だぜ、エミリア!
 アレンは俺がやっつけてやったからな!」
 と、アレンの顔で言われても、ルル=ベルには何のことやらわからなかった。
 呆然とする彼女に、発動を解いたアレンが歩み寄る。
 「だから・・・お礼におっぱいもませろーv
 アレンの手に胸を掴まれた瞬間、ルル=ベルの刃がアレンの腹を貫いた。
 「どいつもこいつも・・・!」
 血泡を吹いて床に転がったアレンを踏みつけるべく、ルル=ベルの白い脚が上がる。
 「男なんて嫌いですっ!!」
 鋭く下ろされた踵が、石の床を抉った。
 「・・・庇うのですか!」
 「あー・・・お前の気持ちはわかるけどさ」
 小さな身体でアレンを抱え、退いたフォーが眉根を寄せる。
 「どうも、ウォーカーがやったわけじゃねぇらしいから、こいつは許してやれよ」
 「胸を触られる以上の屈辱を彼は・・・!」
 「あ、そっか」
 退いたついでにティモシーの身体も小脇に抱え、フォーは気まずげに笑った。
 「じゃあ許してやれとはいわねぇケド、ここにいる限り、エクソシストを守るのもあたしの役目だからな。
 ウォーカーの治療で一旦退却するが・・・異物の存在は許さない。
 お前はきっと、ここから排除する」
 幼い少女とは思えない鋭い視線を、ルル=ベルはさらりと受け流す。
 「でしたら今、ここで決着を。
 私はウォーカーを逃がすつもりはありません」
 「わからない奴・・・」
 フォーがため息と共に呟いた瞬間、ルル=ベルの足元が歪み、生き物のように伸びて岩石の殻で彼女を包み込んだ。
 「?!」
 「ようやく到着しやがった、バカバク」
 小さな唇に老獪な笑みを浮かべ、フォーは囚われのノアに囁く。
 「お前は時間をかけすぎたんだよ。
 この聖堂の、本当の守り手はあたしじゃない。
 チャン家の血を引く当主さ」
 ルル=ベルを閉じ込められた厚い岩石に歩み寄り、フォーは意地の悪い笑みを浮かべた。
 「さぁ・・・。
 あたしの領地に侵入した邪がどんな目に遭うか、じっくり教えてやるよ」


 ルル=ベルが囚われる少し前、アジア支部の通信室では、リーバーが指揮に奮闘していた。
 彼は未だ、コムイの到着を知らず、バクの復帰も知らない。
 「ターゲット、ロスト!」
 通信員の言葉に、思わず舌打ちが漏れた。
 幾度か訪れたことはあるとは言え、本部よりも広いとされるアジア支部の迷宮の中、地図を確認しながら指揮するリーバーは何度も敵をロストし、エクソシスト達を無駄に走らせている。
 「くそっ・・・!」
 焦る気持ちを抑え、冷静に状況を見つめようとするが、敵はリーバーの不手際を嘲笑うように逃げて行った。
 その様に、段々とアジア支部団員達の表情も険しくなっていく。
 焦りばかりが募る中、その通信はもたらされた。
 『バクだ。
 今から指揮権は司令室に移行する。
 ご苦労だったな、リーバー』
 未だかつて、バクの声をこんなにも頼もしく聞いたことはない。
 歓声が沸く中、リーバーはほっと吐息した。
 「・・・お待ちしてました、バク支部長。
 よろしくお願いします」
 『了解』
 バクが短く答えると同時に、監視ゴーレムが転送する画像に変化が生じる。
 凄まじい早さで画面が切り替わり、いくつも瞬きをしないうちに敵は発見された。
 「すげ・・・!」
 「さすが支部長!」
 リーバーはじめ、団員達が感嘆する中、拡大された画面の中で、床が生き物のように蠢く。
 画像の乱れか、と思ったのはリーバーだけで、アジア支部の団員達は歓声を大きくした。
 「敵、確保!!」
 「え・・・でも・・・・・・」
 通信員が回線に乗せた言葉に、リーバーが戸惑う。
 「敵の姿が消えて・・・」
 「捕らえたんですよ、支部長が!」
 「この城で、チャン家の血を継ぐ人間だけが使える術です!」
 興奮してまくし立てながら、通信員達が画面中央に写った岩を示した。
 「もう逃げられません!」
 確信を持って断言した彼らに、リーバーは更に戸惑いを大きくする。
 その一方で、司令室ではコムイが、バクの手腕に拍手を送った。
 「すごいや!さすがバクちゃん〜v
 「ちゃんって言うな!!」
 賞賛に怒鳴り返して、バクは画面に向き直る。
 「フォー、どうする?僕がやるか?」
 呼びかけると、画面の中でフォーは首を振った。
 『邪の駆除はあたしの仕事だ。
 それより先に、こいつらの救護を頼む』
 「わかった」
 バクが言った途端、リンクが踵を返す。
 「場所、わかるのかい?」
 「そのためのゴーレムです」
 コムイの問いに愛想なく答え、駆け出たリンクに黒いゴーレムが従った。
 「ふん。優秀だな」
 「仕事熱心だよねぇv
 バクの嫌味な口調に、コムイが笑声をあげる。
 と、
 「お前がサボりすぎなんだ」
 なぜか飛んできた火の粉を、コムイは払う振りをした。
 「それより、救護班っ!
 アレン君、大怪我しちゃったみたいだし?」
 画面を見つめて眉をひそめるコムイに、バクが鼻を鳴らす。
 「そんなもの、監査官が踵を返す前に手配した」
 「さっすがー!仕事早いねー!」
 またパチパチと拍手されて、バクが得意げに笑った。
 「ここは僕の城。
 なんぴとたりとも勝手はさせん!」


 「ここはあたしが守る城。
 なんぴとたりとも勝手はさせない」
 同じ頃、奇しくもバクと似た台詞を吐いたフォーは、アレンとティモシーを離れた場所に置いて、岩に近づいた。
 「お前、さっきこのエロガキの大声に、酷く驚いてたよな」
 岩の中に囚われたルル=ベルが、フォーの声に怯え、身をすくめる。
 「ふふ・・・v
 だったらいいことしてやるよ。
 中国には邪を祓うのに、すげーもんがあるんだ♪」
 言って、フォーはどこからか大量の爆竹を取り出した。
 「そーれv 泣いちゃいなv
 彼女が火を点けた途端、破裂音は石の回廊で反響しあって凄まじい音を立てる。
 「きゃあああああああああああ!!!!」
 破裂音とルル=ベルの悲鳴に、昏倒していたアレンとティモシーが目を覚ました。
 「なにっ・・・・・・いったああああああああ!!!!」
 腹を押さえてうずくまったアレンは、じっとりと濡れた手にぎょっと目を見開く。
 「なんで僕、こんな傷・・・」
 呆然とするアレンの目の端に、こそこそと逃げようとするティモシーの背が写った。
 「・・・待てクソガキ」
 「ひっ!!」
 襟首を掴まれ、引き寄せられたティモシーが身を強張らせる。
 「僕の身体で何したの?!」
 「べ・・・別になんも・・・・・・」
 わざとらしく目を逸らすティモシーの頬を血塗れの両手で挟み、アレンはじっとりと睨みつけた。
 「刺されるようななにしたの!!」
 「エミリアのおっぱい揉んだだけだっ!」
 観念して自棄気味に言ったティモシーに、アレンが頬を引き攣らせる。
 「僕の身体でよくもそんなこと!!」
 「なんだよ!リナリー姉ちゃんの方が良かったのか?!」
 「僕の意識がない時にやられても嬉しくもなんともないよっ!!」
 断言した時、
 「なに大声で喚いてんだ、変態」
 「ぶごっ!」
 背中に強烈な蹴りを受けて、アレンは前のめりに倒れこんだ。
 「〜〜〜〜なにすんだバ神田!」
 激痛に耐えながら抗議の声を振り絞ると、神田は刃のように冷たい目でアレンを睨みつける。
 「変態に制裁を下して何が悪い」
 「変態って言うな!
 僕がやったんじゃないし、エミリアさん本人でもな・・・ひぃっ!!」
 首筋に添えられた刃の冷たさに、アレンが震え上がった。
 「いっぺん死んで来い」
 冗談ではない口調と共に、六幻の刃が迫る。
 「おい、待てよ!」
 それまでは面白そうに状況を見守っていたフォーが、さすがに止めに入った。
 「せっかく助けたのに、殺されちゃ困るぜ!」
 「あ?関係ねぇよ」
 言うや、更に刃を進めた神田の肘を、フォーは素早く取って動きを封じる。
 「放せよ」
 「やめろってば。
 そりゃお前は、妹分の胸揉む宣言されたり、嫁の胸揉まれてムカつくだろうけどさ」
 幼女の外見に似合わず、大人びた仕草で肩をすくめるフォーに、神田が眉をひそめた。
 「・・・・・・ちょっと待て。
 誰が嫁だと?」
 「?
 エミリアだっけか?
 嫁だって聞いたぞ?」
 あっさりと言った彼女に、神田の眉が跳ね上がる。
 「ちげぇよ!!」
 怒号をあげるが、しかし、幼い顔をして老獪なフォーは、面白そうに笑った。
 「でもいい雰囲気なんだろ?
 もらっとけもらっとけ。
 あいつを逃したら、お前みたいな顔だけいい凶暴男に惚れてくれるメスなんていないから!」
 人間以外でも、と、きっぱり言われて神田が舌打ちする。
 「そんなもんいらねぇよ!」
 「いいじゃないか、おばちゃんの言うことは聞くもんだぜ?」
 「幼女の顔して言うことか!!」
 背にのしかかって来るフォーを払いのけようと、神田が腕を振り上げた。
 刃が離れた隙を逃さず、アレンはしゃかしゃかと地を這って逃げる。
 「あ!待てコラ!!」
 「待ちませ・・・ぎゃう!!」
 肩越しに声を放ったアレンは、眼前に突如現れた足にまともにぶつかった。
 「なんだよ・・・ひっ!!」
 顔を上げたアレンは、彼の前に立つ大男の姿に、身体中の毛を逆立てて凍りつく。
 「そんっ・・・なっ・・・まさかっ・・・・・・!」
 目の前が紅く染まったかのような赤毛を見つめたまま、アレンの身体は細かく震えだした。
 「よぉ、馬鹿弟子!」
 「ひっ・・・ひぃぃっ・・・!!」
 常に悪い思い出とともにある声に呼びかけられ、声にならない悲鳴を上げたアレンの背後に神田が歩み寄る。
 「アジア支部に来ていたんですか、クロス元帥」
 あっさりと吐かれたその名に、アレンの喉から凄まじい悲鳴が放たれた。
 「・・・っるっせぇな、テメェは!!」
 声を荒げた神田に構わず、アレンは甲高い悲鳴をあげ続ける。
 「だっで!!だっでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 「ウォーカー!落ち着け!」
 耳を塞いだフォーの声にもしかし、アレンは千切れんばかりに首を振った。
 「なんでごごにぃぃぃぃぃ!!!!」
 「やかましい」
 「ぷちっ!!」
 クロスの長い脚に踏まれ、アレンが最期の声をあげる。
 痙攣するだけで応えないアレンに、クロスは不快げに眉をひそめた。
 「おい、なんだその態度は」
 「きゃうん!!」
 傷口を狙って蹴飛ばされ、アレンが床に転がる。
 と、
 「待った待った!!
 なに非人道的なコトやってんさ!!」
 神田の俊足に置いて行かれたラビがようやく追いついて、血まみれのアレンを拾い上げた。
 「邪魔すんな!!」
 奇しくも神田とクロスが恐ろしい声を合わせたが、ラビは震えながらも首を振る。
 「こっ・・・これ以上やったら死んじゃうさ!!」
 「あ?なにか問題か?」
 「大問題さね!!」
 またしても声を揃えた二人に、ラビが顔を引きつらせた。
 「ドSもいい加減に・・・ってか、なんでここに元帥がいるんさ?」
 「・・・っあー!!!!」
 突然フォーが大声をあげて、クロスはビクッと震える。
 「テメェ!!いつの間に逃げやがった!!」
 両手を刃に変えて襲い掛かるフォーを、クロスも手を刃に変えて防いだ。
 「なっ・・・!」
 「えっ?!」
 目を見開く神田とラビの前で、小さなフォーと大きなクロスの膂力が、重なった刃を境に拮抗する。
 膠着したのも数瞬、二人は弾かれるように離れた。
 「げ・・・元帥・・・・・・?」
 アレンを抱えたまま、声を引きつらせたラビの傍らを、神田が過ぎる。
 迷いなくクロスへ斬りかかった神田に、ラビが目を見開いた。
 「なにしてんさ、ユウ!!」
 後が怖い、と怯えるラビに、再びクロスに襲い掛かったフォーが怒号をあげる。
 「バカ!ノアだ!!」
 その声に、白目を剥いていたアレンも目を覚ました。
 「ふぇ・・・きゃああああああああああああああああ!!!!」
 目の前に迫ったクロスの顔に、アレンが凄まじい悲鳴をあげる。
 「アレン!ノアさ!!」
 「ル・・・ルル・・・ベル・・・?!」
 ラビに抱えられたまま、共に退いたアレンが目を丸くすると、クロスの顔がにやりと笑った。
 「師に剣を向けることは・・・」
 できまい、と、続けようとしたルル=ベルは、真っ直ぐに向けられた退魔の剣を辛うじて避ける。
 「まさか・・・!」
 「来るなあああああああああああああああああああああ!!!!」
 主至上主義のルル=ベルには信じがたいことに、アレンはヒステリックに喚きながら剣を振り回した。
 「ア・・・アレン、落ち着くさ!」
 「嫌だ!!放せ!!うわあああああああああああああん!!!!」
 泣き叫びながらアレンは、少しでもクロスを遠くに追い払おうと、何度も剣を突き出す。
 「ちっ・・・!
 なに取り乱してやがんだ、あのモヤシ!」
 「・・・ったく!」
 舌打ちした神田以上に忌々しげな顔をして、フォーが地を蹴った。
 「落ち着け、ガキ!!」
 鋭い蹴りが炸裂し、アレンは血の尾を引きつつ長い放物線を描く。
 その落下地点で、
 「きゃ!!」
 瞬間移動のように現れたリナリーが、振ってきたアレンをとっさに避けた。
 「ア・・・アレン君、びっくりした・・・!」
 「ず・・・ずびばぜん・・・・・・」
 血泡を吹きつつ言ったアレンに、リナリーが恐る恐る屈み込む。
 「だ・・・大丈夫・・・?」
 「・・・・・・・・・あんまり」
 「この状態で大丈夫かと尋ねる神経を疑います」
 嫌味な口調をムッと見やれば、救護班を引き連れたリンクが、リナリーへ向けて肩をすくめていた。
 「なによ!仲間を気遣うのは当然でしょ!」
 「気遣いの前に処置です」
 リンクが血まみれのアレンを示すや、救護班の団員達が彼を囲み、応急処置を施す。
 「では、ウォーカーは一旦避難させて・・・」
 言いかけたリンクに、瀕死のアレンが弱々しく首を振った。
 「まだ・・・ノアが・・・・・・」
 「しかしその傷では・・・」
 「そうだよ!避難してよ、アレン君!
 後は私たちが・・・・・・」
 「いえ!
 彼女の狙いは僕ですし、何より・・・」
 「ウォーカー!!」
 アレンの言葉を、フォーの声が遮る。
 リンクに支えられたまま振り向いた瞬間、クロスの顔が間近にあった。
 「クロス元帥?!」
 「まさか!!」
 リナリーとリンクの声には一瞥をくれたものの、クロスは真っ直ぐにアレンへ迫る。
 「わああああああああああああああああああ!!!!」
 反射的にリンクと救護班の団員達を背に庇ったアレンは、クロスと正対してしまって、またもや悲鳴をあげた。
 「くっ・・・来るなあああああああああああああ!!!!」
 「ア・・・アレン君・・・!」
 「元帥は害虫ですか」
 家庭内害虫に遭遇した乙女のような悲鳴をあげて、退魔の剣を振り回すアレンに、リンクが呆れ声をあげる。
 「そんなこと言ったって・・・いやああああああああああああああ!!!!」
 滅茶苦茶に振り回された切っ先に、一旦は退いたクロスが、再び襲い掛かってきた。
 「ふっ・・・!
 積もり積もった怨み、晴らさせてもらいます、ウォーカー!!」
 クロスの声が、楽しげに弾む。
 途端、
 「積・・・年の・・・怨み・・・・・・?」
 目を見開き、アレンが乾いた呟きを漏らした。
 「それは・・・」
 アレンの顔が、怒りに歪む。
 「こっちの台詞だああああああああああああああああああああああ!!!!」
 地を蹴った次の瞬間には斬りかかっていた。
 「いい・・・」
 動きだ、と呟きかけて、神田が口をつぐむ。
 「感心したなら褒めてやればいいさ」
 「してねぇよ!!」
 苦笑したラビには思いっきり反発して、神田もまた、地を蹴った。
 ほぼ同時にリナリーも、クロスの顔をしたルル=ベルに襲い掛かる。
 「おぉ!すげーすげー!」
 三人のエクソシストに襲われながらも、辛うじて防ぐルル=ベルに、ラビが拍手した。
 「お前は行かねーのかよ!」
 「あ、そっか」
 フォーに声をかけられ、我に返ったラビが槌を伸ばす。
 「美人を襲うのは気が引けるケド、クロスのおっさんなら・・・」
 言いかけて、クロスの顔で睨まれたラビが震え上がった。
 「怖っ!!」
 「ヘタレだな!!」
 すかさず突っ込まれて、ラビは回廊の隅、壷の中から顔を出したティモシーを睨む。
 「一人だけ隠れてた奴に言われたくないさ!
 壷なんかに潜ってねーでお前も働け!!」
 「だって俺、憑くモンがねーもん」
 ルル=ベルに試みたものの、さすがにレベル2の能力では取り憑けなかった。
 と言うより、
 「あのねーちゃん、別のイミで隙がないんだ」
 「なんさ、そりゃ」
 興味を引かれれば問わずにはいられないラビに、ティモシーは頷いた。
 「感情とかなーんもなくて、取りつく島もないってやつ?」
 「その割にゃ、ウォーカーにはずいぶん執着してるみたいだな」
 軽く吐息したフォーは、またどこからか巨大な爆竹を取り出す。
 「面倒だ。
 とっとと始末するぜ!」
 にやりと笑ったフォーが指を鳴らすや、爆竹に火が点いて、凄まじい音を発した。
 「きゃあ!!」
 「ふぇっ?!」
 「なっ・・・?!」
 クロスが嫌に愛らしい悲鳴をあげ、リナリーと神田までもが動きを止めた爆音の中、一人、アレンだけが周りの状況も見えないままに激しい攻撃を加える。
 「ア・・・アレン君・・・・・・!」
 「・・・我を失ってやがる」
 唖然としたリナリーの傍らで、神田が舌打ちした。
 「オーバー・キル状態だ」
 「オーバー・キル・・・・・・」
 神田の言葉に、リナリーが納得して頷く。
 「アレン君・・・よっぽどクロス元帥のことが怖いんだね・・・・・・」
 オーバー・キルとは、対象に対して強い恐怖を抱く場合、生き返りを恐れて過剰に攻撃を加えてしまうことだが、アレンは爆音に身が竦んでまともに動けないルル=ベルへ、ヒステリックなまでに攻撃を加えた。
 「アレン、すげぇ!」 
 彼が錯乱状態であることを知らないティモシーが、無邪気に感心する。
 が、その傍らのラビは、苦笑して首を振った。
 「あの真似はしちゃいかんさね」
 「なんで!」
 「長くは続かんからさ。ホレ」
 ラビが指した先で、アレンは激しく息切れしている。
 「・・・一応、重傷者なのですが」
 止血しただけの状態でよく動けるものだと感心するリンクに、ラビがはっとした。
 「あ!
 そういやあいつ、なんか血だらけで・・・」
 「腹部を刺されていました」
 「それ早く言え――――!!!!」
 失血性の貧血を起こして膝を崩したアレンを、ラビが駆け寄って受け止める。
 「ユウ!リナ!!」
 アレンを確保したラビの声に応じ、神田とリナリーがクロスへ同時に飛び掛った。
 「食らえ!!」
 「幼なじみ攻撃!!」
 リナリーの掛け声で、神田の攻撃がわずかにそれる。
 「なにやってんだよ、神田!!」
 「そりゃ俺の台詞だ!
 なにアホらしいこと言ってんだ!!」
 「いいじゃない!本当のことだもの!」
 「だからってわざわざ言うことか!!」
 「おい!お前ら!!」
 言い争う二人に、フォーが大声をあげた。
 「せっかく捕まえたのに、逃がしてんじゃねぇよ!!」
 「え?!」
 「なに・・・?!」
 見れば、いつの間にかクロスの姿は消え、二人の足元を黒猫が駆け抜ける。
 「待て!!」
 すばやく踵を返し、同時に黒猫を追ったリナリーと神田が、ぶつかってもろともに転げた。
 「・・・邪魔すんなっ!!」
 「・・・っそれはこっちの台詞!!」
 対象が低い位置を走るため、下げていた頭を思いっきりぶつけた二人は、怒りの唸りをあげる。
 「なにやってんだ!」
 舌打ちしたフォーは、柱や調度を透過しつつ、隙間を縫って駆ける猫を追いかけた。
 「チョロチョロと!!」
 フォーが振り下ろす刃を辛うじて避けるうちに、ルル=ベルはアレンから遠く引き離され、回廊すら抜けて、いつしか方舟の間へ至る。
 「・・・っ!」
 悔しげに振り向けば、すぐ傍にフォーの顔があった。
 「獲った!!」
 フォーの刃が黒猫の首に触れる寸前、ぱしゃん、と、その姿が水と化して床に広がる。
 「なっ・・・!
 水にもなれるのかよ!!」
 目を剥くフォーの足元を、水はわずかな床の傾斜に沿って流れ、扉へと向かった。
 「ちくしょ・・・逃がすか!!」
 刃を突き立てるも、水は刃の側面を流れて留まることがない。
 とうとう扉へと流れ着いた水は、盛り上がって女の姿になった。
 「・・・ウォーカーを捕らえ損ねました・・・・・・」
 その口調は悔しげであると同時に、今にも泣きそうに震えている。
 「主が・・・望んでいるのに・・・・・・」
 肩をすぼめた女にしかし、フォーは一片の同情もなく斬りかかった。
 「知ったことか!
 あたしの主の望みは今、この城とウォーカーを守ることだ!」
 「主・・・お前にも主がいるのですか・・・」
 フォーの刃を受けて、ルル=ベルは目を見開く。
 「あぁ!
 お前を捕らえた術を使った奴・・・それがあたしの、今の主だ!」
 にやりと、どこか得意げに笑ったフォーへ、ルル=ベルは微かに頷いた。
 「・・・・・・理解します」
 ぽつりと呟き、刃を受け流した瞬間、ルル=ベルはその身を白い鳥へ変える。
 「今回は、主本人からの命令ではありませんでした。
 お前に免じて・・・退きます」
 「あ!こら!!」
 扉を抜ける鳥を追いかけようとして、フォーは足を止めた。
 扉の向こうへ行こうにも、土地神である彼女は、この地から出ることはできない。
 「くそ・・・!」
 「フォー!!」
 悔しげに扉を睨む彼女に、さすがの俊足で駆けつけたリナリーが声をかけた。
 「ルル=ベルは・・・!」
 「方舟に逃げられた!」
 その言葉に、リナリーが眉根を寄せて足を止める。
 邪の気配がわかるフォーならばともかく、リナリーに変身後のルル=ベルを見分ける術はなかった。
 「あの方舟に・・・」
 まだいるのか、と、不安げな目を扉へ向けるリナリーへ、黒いゴーレムが寄ってくる。
 『大丈夫、リナリー。
 敵は、他の扉から外へ逃げたそうだよ』
 兄の声で報告したゴーレムに、リナリーが目を見開いた。
 「なんでわかるの?!」
 『今、本部でミス・フェイが、方舟の監視をしてくれてるんだ』
 その名前にムッとしたリナリーに気づかないのか、コムイはそのまま続ける。
 『彼女からの報告によると、暗証番号を持たない個体が、制止を振り切って方舟の中を駆けてったんだって』
 「個体って、彼女はえーっと・・・なんだっけ?」
 「鳥!」
 「そう、鳥に化けたらしいんだけど・・・?」
 なんでわかったの、と問えば、コムイは顔が見えなくてもわかるほど得意げな声をあげた。
 『それは、ずっとゴーレムでこのアジア支部の扉を監視してたからさ!
 敵襲だって聞いてから、すぐにミス・フェイにお願いしたんだよ!
 それで、アジア支部から入ってきた白い鳥が黒猫に変身して、別の扉から飛び出てったところまで追えたんだけど・・・さすがにノアだね。
 扉の外までついてったゴーレムは、すぐに破壊されちゃった』
 「そう・・・」
 兄はともかく、ブリジットの隙のない仕事振りは正直、面白くなかったが、そうも言ってられない。
 「わかった。
 追跡は終了する」
 『ウン。
 ・・・ところでリナリー、怪我なんかしてないかい?痛いところは?!
 ボクも行くから、病棟においで!!』
 心配性の声に、『大丈夫だよ』と返そうとして、リナリーは頷いた。
 「わかった、病棟に行く」
 彼女と違い、重症のアレンはもう、そこに運ばれているはずだ。
 「蝋花さんが来る前に・・・行っちゃおv
 ぺろりと舌を出したリナリーの呟きに、フォーが目を輝かせたとは知らないまま、彼女は病棟へ急いだ。


 一方、古い方舟を出て、新しい方舟へと駆け込んだルル=ベルは、目の前に愛しい主の姿を見つけ、広げられた腕の中へ飛び込んだ。
 「アァ!ルル!!」
 優しい手が、彼女の黒い毛並みを優しく撫でてくれて、ルル=ベルは嬉しげに喉を鳴らす。
 「可哀想ニ、こんナにボロボロにされテ!」
 よしよしと、泣きながら労わってくれる主の頬を、ルル=ベルはペロペロと舐めた。
 「本当ニ無事で良かっタ・・・・・・!」
 ぎゅう、と抱きしめられて、ルル=ベルは満足げに目を閉じる。
 しかし、
 「ごめんなさい、主・・・。
 私はウォーカーを・・・・・・」
 すぐにうな垂れてしまった彼女に、伯爵は首を振った。
 「これハ我輩の命令でハありまセンでしタ。
 アナタが気にすることハ何もナイのですヨv
 「主・・・!」
 嬉しくて、ルル=ベルは伯爵のふっくらした身体に額をすり寄せる。
 「ワイズリーにハ、しっかりお仕置きしましタからネv
 「はい・・・v
 頷いたルル=ベルは、また満足げに喉を鳴らした。


 その頃、アジア支部病棟では、一人重傷を負ったアレンがベッドの上で唸っていた。
 「ア・・・アレン君、大丈夫だよ!傷は浅いよ!!」
 失血性貧血で目を回していたアレンは、リナリーの声にゆっくりと目を開ける。
 「アレン君!!」
 「目ェ覚めたさ?!」
 やや離れた場所にいたラビも、リナリーの声に急いで寄って来た。
 「事情は聞いたさ。
 お前・・・大変だったんさねー・・・・・・」
 乾いた声を漏らし、アレンの頭を撫でてやるラビの隣で、同じく寄って来たリンクが呆れ顔で肩をすくめる。
 「とばっちりで刺されるとは、今日も不幸の星は元気に瞬いていたようですね」
 「いりませんよ、そんなの・・・・・・」
 弱々しくぼやいたアレンの手を、リナリーがぎゅっと握った。
 「でも、急所は外れてるって!
 良かったね、アレン君!
 ルル=ベルもとっさのことで、手元が狂ったんだね!」
 「不幸中の幸い・・・かな・・・」
 リナリーの手をちゃっかりと握り返しつつ、アレンが苦笑する。
 「もう・・・ティモシーってばホント、勘弁して欲しいですよ・・・・・・」
 「それには同意ですね」
 アレンと同じく、彼には酷い目に遭わされたことのあるリンクが忌々しげに眉根を寄せた。
 「それで?
 あの子は今、どこですか?」
 お仕置きしてやる、と、半身を起こすアレンの介助をしながら、リナリーが苦笑する。
 「お仕置きならもう・・・」
 「きっついの食らってるさ!」
 からりと笑ったラビが指した先で、天井から逆さに吊られたティモシーがゆらゆらと揺れていた。
 その額の玉には、『解放するべからず エミリア』と、厳格な家庭教師のサインがされた札が貼ってある。
 ぐるぐると蓑虫のように縄を巻かれ、目を回したティモシーの頭に出来上がったたんこぶを見たアレンは、『自業自得』とため息をついた。


 「それじゃー改めて!
 お正月だよ、お正月!!」
 はしゃいで手を叩くコムイを忌々しげに押しのけ、この城の主たるバクが進み出た。
 「あー・・・なんだか今日は大変なことが起こったが、そもそも年神は春節に山から降りて来る化物で、それを祓うに赤い色と爆竹を用いたと言う。
 ならば今年はまさに、邪を払い除けためでたい年と言うべきで・・・」
 「なっげえ挨拶はいいからさ!始めよーぜー!」
 バクのスピーチを遮ったフォーに、団員達から拍手が沸く。
 「お・・・おのれ・・・!」
 最も激しく拍手するコムイを睨みつつ、バクはスピーチを中断した。
 「では!
 みな存分に楽しんでくれ!乾杯!」
 「乾杯!!」
 バクの音頭に皆が唱和し、宴が始まる。
 しかしアレンは未だ病棟に残されたまま、枕を涙で濡らしていた。
 「なんでっ・・・ごちそうっ・・・!!
 せっかくのごちそうがっ・・・!!ごちそうがっ・・・・・・!!!!」
 よりによって腹を刺されたために、しばらくは流動食以外の食事を禁じられたアレンが、未だかつてないほどに悶える。
 「急所は外れたって言ったじゃないか・・・!
 臓器に損傷はないって・・・!
 だったらごちそう食べたって平気でしょ・・・?!」
 「無茶を言うんじゃありませんよ」
 ベッドの傍らに座り、愛読書に目を落としていたリンクが、呆れてため息をついた。
 「臓器に損傷はないと言うものの、ずいぶんと深い傷です。
 ビーグル犬のように、餌を与えただけ食べ続ける君が際限なく摂取すれば、せっかく縫った傷口が開かないとも限りません。
 ゆえに、ドクターの指示には従うべきだと判断します」
 「誰がビーグル・・・ぎゃぅっ!」
 思わず頭をあげたアレンは、麻酔が切れた傷の痛みに悶絶する。
 「・・・君は学習能力以前に、記憶力がないとしか言いようがありませんね」
 「うっ・・・うるさい陰険いぢめっ子・・・!」
 「君に腹黒さで勝つ自信はありませんとも」
 さらりと返されて、アレンはまた、枕を涙で濡らした。
 「もうやだ・・・どうせ僕は不幸に好かれてるんだ・・・。
 せっかくのニューイヤーパーティなのに刺されるし、ごちそうは食べらんないし、これじゃあ明日のバレンタインだってちっともいいことなんか・・・」
 ない、と言おうとしたアレンは、ノックの音に目を向ける。
 「はい?」
 ラビが見舞いにでも来てくれたのだろうかと返事をすれば、ドアの向こうからリナリーが顔を見せた。
 「アレン君、具合どう?」
 「リナリー?!
 コムイさんとバクさんに捕まってたんじゃ・・・」
 「そうなんだけど・・・」
 パーティが始まる前に、妹溺愛の兄と熱烈追っかけのバクに捕まり、会場へと連行されたはずのリナリーは、いたずらっぽく舌を出す。
 「逃げてきちゃったv
 なぜか、フォーが助けてくれたの」
 なんでだろ、と、首を傾げたリナリーに、アレンは荒んだ笑みを浮かべて目を逸らした。
 「フォー・・・。
 僕も泥沼話のネタですか・・・・・・」
 「泥沼?」
 きょとん、としたリナリーに、アレンは慌てて身を起こし、首を振る。
 「なんでもなっ・・・・・・!!」
 傷口を押さえて身体を折ったアレンにリナリーが慌てて駆け寄り、リンクは冷たく鼻を鳴らした。
 「全く、記憶力の貧弱な・・・」
 ため息を漏らしたリンクは、本を閉じて立ち上がる。
 「ドクターに痛み止めをいただいてきます。
 その間、彼の看護を頼みますよ、リナリー・リー」
 「え?
 あ・・・はい」
 信じ難いことに、気を利かせてくれたらしいリンクを唖然と見送ったリナリーは、アレンの呻き声にはっと振り返った。
 「だ・・・大丈夫?」
 屈んだアレンの肩に手を当て、脂汗を浮かべる顔を覗き込むと、苦しみながらも彼は微笑む。
 「へ・・・平気ですよ、このくらい・・・!」
 明らかに無理をしているとわかる返事に、リナリーは眉根を寄せた。
 「無理しないで・・・寝てよう?」
 「うん、でも・・・」
 傷口を押さえたまま、アレンは痛みに歪んだ顔を上げた。
 「体勢を変えると、また痛みが来るんですよね・・・」
 起こしたままの方がいい、と言う彼に、リナリーは苦笑する。
 「わかったよ。
 だったら、クッションを当てておこうね」
 少しでも楽なようにと、リナリーはアレンの背にクッションを重ねた。
 「今日はせっかくのご馳走だったのに、残念だったね」
 ルル=ベルはアレンを捕らえ損ねたが、傷以上に辛い苦しみを彼に与えたことになる。
 「も・・・怨まれるのは当然ですけど、日を選んで欲しかったです・・・・・・」
 しくしくと切ない涙をこぼすアレンに、リナリーが苦笑した。
 「流動食しかダメだなんて、アレン君には何よりの拷問だね」
 「速攻で治しますよ!
 じゃないと僕、飢え死にします!!」
 悪い未来予想にガタガタと震えるアレンの肩を、リナリーが笑って撫でる。
 「それは困るな。
 傷が治っても、アレン君が飢え死にしちゃったら本末転倒だよ・・・・・・だからv
 いたずらっぽく笑って、リナリーはベッドサイドのテーブルを指した。
 そこには彼女が持ってきたのか、銀色のトレイに同じく銀色のポットとマグカップが乗っている。
 「なんですか?」
 「ドクターには秘密だよ?」
 くすりと笑って、リナリーはポットの蓋を開けた。
 途端、暖かな湯気と共に甘い香りが立ち上る。
 「ホットチョコレート?!」
 「うんv
 頷いて、再び蓋をしたリナリーは、こぽこぽと楽しげな音を立ててカップにホットチョコレートを注いだ。
 「固形物は止められてても、これならいいかな、って思って。
 知ってた?
 英国でももう、とっくに14日だよ?」
 「あ!そうか!」
 すっかり忘れてた、と、目を丸くするアレンに、くすくすと笑いながらリナリーは、カップを差し出す。
 「はい、ハッピーバレンタインv
 本部ではお花とチョコレートを用意してたんだけど・・・お花はともかくチョコレートは、傷が治ってからにしようねv
 「ありがとうv
 リナリーからカップを受け取ったアレンは、嬉しげに甘い香りを吸い込んだ。
 「嬉しい・・・!
 今日はもう、点滴しかダメだって言われてたから・・・」
 早速餓え死ぬかと思ったと、目に涙を浮かべながらカップを吹くアレンに、リナリーがまたくすくすと笑い出す。
 「蝋花さんには時差の差で負けちゃったけど、英国時間では私が一番だよねv
 「あ・・!
 そう言えば僕、蝋花さんにもらったお花、どうしたっけ?」
 カップから顔を上げたアレンに、リナリーはベッドの向こう側を指した。
 「アレン君がまだ、貧血で目を回してた時にそこに飾ってってくれたよ」
 見れば、窓辺に大きな花瓶が置かれ、あの大きな花束がそのまま活けられている。
 「わ・・・悪いことしちゃったな、蝋花さん・・・せっかくくれたのに・・・・・・」
 忘れてた、と、気まずげなアレンにリナリーが肩をすくめた。
 「緊急事態だったもん、仕方ないよ。
 私も李桂さんからもらったお花、どこにやっちゃったか全然記憶になくって・・・・・・」
 気まずいと言えば、と、リナリーは小首を傾げる。
 「私達が来やすいようにって、バクさんは英国の夜8時に招待してくれたけど・・・それってこっちじゃ、朝の4時なんだよね」
 「4時・・・!
 そっか、ここはいっつも暗いから、気づかなかったや・・・・・・」
 目を見開いたアレンは、困惑げに眉根を寄せた。
 「気を遣わせちゃってたんですね・・・」
 「おかげで時差に負けたティモシーとラビは、パーティ会場の隅で寝ちゃったよ」
 リナリーの軽い口調に、アレンが思わず吹き出す。
 「それは・・・エロウサギとエロガキが起動終了して、お嬢さん方は一安心ですね!」
 「そうだね。
 でもティモシーが邪魔しなくなったから、エミリアは神田とべったりで・・・なにが蕎麦の実だよっ!ふんっ!!」
 もう一人の兄を取られてよほど悔しいのか、頬を膨らませて怒るリナリーから目を逸らそうと、アレンはまだ熱いホットチョコレートを慌てて飲んだ。
 「あっつ・・・!!
 で・・・でも、おいしいです・・・!」
 笑ったアレンに、リナリーもつられて笑みを浮かべる。
 「そう?よかった。
 早く元気になってね」
 「動けるようになったら、真っ先にリナリーにお花を渡します!」
 もちろんバレンタインの、と添えたアレンの首に、リナリーが腕を巻きつけた。
 「楽しみにしてるv
 「は・・・はい・・・!」
 ホットチョコレートの熱さのためだけではなく、真っ赤になったアレンが、微笑むリナリーへ顔を寄せる。
 「僕も・・・プレゼントはチョコレートを用意してたんですけど、ここにはないから・・・香りだけでもどうぞv
 「うん・・・v
 唇を重ねた二人を、チョコレートの甘い香りが包みこんだ。


 そしてパーティ会場では。
 「お前たちは眠くないのか?」
 次々と隅のソファに横たわった本部メンバーを指してバクが問えば、
 「寝ないのには慣れてますから!」
 と、リーバーとミランダが声を揃えた。
 「ふん。それはなによりだな。
 だがリーバー、少しは神田がうらやましいのじゃないか?」
 にんまりと笑ってバクが指したソファでは、ワイングラスを持ったまま眠ってしまったエミリアに、神田が肩を貸している。
 「あれはもう、何度もやってんで。
 せっかくだから楽しませてもらいますよv
 「えぇv
 今日の功労者を労いたいですしねv
 中国酒の飲み比べをして頬を染めたミランダが、空になった杯を掲げた。
 「功労者はミランダだろ。
 よくみんなを守ってくれたな」
 「あら・・・!
 それはリーバーさんが、命じてくれたからですよ・・・v
 身を寄せ合った二人の熱さにあてられ、バクが思わず身を引く。
 「じゃー支部長v
 寝込んだ室長のこと、よろしくですv
 「ティモシー君とラビ君もお願いしますねv
 「ほほーぅ・・・!」
 顔を引きつらせたバクは、楽しげな歩調で歩み去った二人の背を、きつく睨んだ。
 「僕が本部室長になった暁には、真っ先に綱紀粛清してくれる!」
 「その前にさーぁ!
 頼むから子供作ってくれよーぅ・・・!」
 バクの服の裾をくいくいと引いて、フォーが眉根を寄せる。
 「子供さえ作ってくれたら、英国でもどこでも行っていいからさぁ・・・!」
 「おまっ・・・!!
 そう言う事をこんなところで・・・!」
 「もうどこでだって言ってやるぜ!
 誰かバクの嫁になって・・・・・・!!」
 「黙らんか――――!!!!」
 フォーの口を慌てて塞ぎ、バクは誰にも聞かれなかったかと辺りを見回す。
 「よっ・・・嫁くらい、自分で選ぶ!」
 「ホントかねぇ・・・」
 バクの手を引き下げたフォーは、疑い深げな目で彼女の主を見上げた。
 「欧州じゃ今日は『愛の日』だって言うじゃねぇか。
 せっかくだから、便乗しろよv
 にやりと笑い、フォーは大きく息を吸う。
 「誰かバクの嫁になってくれ――――――――!!!!」
 「やめろと言っとるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 アジア支部主従の声は、爆竹よりも大きく地下聖堂に響き渡った。


 ・・・・・・その後。
 一羽の黒いゴーレムが、アジア支部の『扉』を抜けた。
 それは白い街並みを抜け、ある『扉』を通って異国の地に出る。
 冬の曇り空の下、人目を避けるように影を選んで飛び続けたそれは、やがてある窓から室内へと入った。
 「来たか」
 紫煙に白くけぶる部屋で、ゴーレムは差し出された手に止まる。
 「どれ・・・何か面白いことでもあったか?」
 問いに応じて、ゴーレムは記録した映像を映し出した。
 そこには、クロスの姿に錯乱したアレンが、ヒステリックに攻撃を加える様が記録されている。
 「ほほーぅ・・・・・・」
 煙草を咥える唇が、恐ろしく歪んだ。
 「やってくれるじゃねぇか、あの馬鹿弟子・・・・・・」
 短くなった煙草は、必要以上の力で灰皿に押し付けられる。
 「覚えてろよ、クソガキが」
 低い呟きは国を超えて、ベッドに横たわるアレンに悪寒を覚えさせた・・・。



Fin.

 










D.グレ始めて6年目!
そんな記念すべき『TheNewYear'sPartyY』はなんと、D.グレSS150作目でございますv
短編だけならまだしも、結構な長編が多いSSを150作も書くとは、自分を褒めてあげたい気分です(笑)
そしてこれは、リクエストNO.53『クロスに化けたルル=ベルの受難』を使わせていただいています!
現在、師匠の生死もわからない第191夜時点ですが、きっと彼は生きているし、どこかから情報盗っているだろうと思っています(笑)
アップは遅れてしまいましたが(悔;)、6年目の『TheNewYear'sParty』、お楽しみいただければ幸いです
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