† Narcissus †
「いーやーだー!!!!行きたくなぁぁぁぁぁい!!!! なんでリナなのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」 任地へ向けて疾走する馬車の中で、足をばたつかせて駄々をこねるリナリーに、対面の神田は耳を塞いでため息をこぼした。 「・・・っるっせぇな、さっきから! 拝命しちまったもんは仕方ねぇだろ!」 「エクソシストなら他にもいたじゃないかぁぁぁぁぁぁっ!! 元帥達なんてお茶してたんだからお茶!! 暢気にお茶してたのにぃぃぃぃぃぃ!!!!」 甲高い声で喚き続けるリナリーに苛立ち、神田が座席を蹴りつける。 「そんなに嫌なら命令された時に言えよ! 方舟を出るまではおとなしかったくせに、今更ガタガタ言ってんじゃねぇ!!」 「だって!! リナリーは教団じゃいい子で通ってるんだもん!」 前の座席を蹴り返して、リナリーは頬を膨らませた。 「特に今は、あの意地悪魔女に隙を見せるわけには行かないんだよっ!」 「猫ッかぶりが!」 神田が忌々しげに吐き捨てると、リナリーはムッとして神田の隣に移動する。 「猫かぶるのもめんどくさがってる神田に言われたくないよっ! 重いんだからね、猫!!」 「だったら俺の前でもかぶり続けろよ、鬱陶しい!!」 「ふんっ! 神田の前でまでかぶってらんないよっ!」 憤然と腕を組み、足を対面の座席に乗せて、リナリーは神田そっくりの体勢になった。 「はっ! そのカッコ、モヤシに見せてやりてぇぜ!」 「アレン君の前で、こんなカッコするわけないでしょ!」 「どうだかな! つい、やっちまってるかも知んねーぞ」 言ってやると、リナリーは気まずげに足を下ろす。 「・・・アレン君、飢え死にしてないかなぁ」 春節の日、アジア支部でルル=ベルに刺されたアレンは、未だ教団で療養中だった。 「早く傷が治んないと、いつまでも固形物が食べらんないね・・・」 気遣わしげに眉根を寄せるリナリーに対し、神田は意地悪く鼻を鳴らす。 「あんだけ執念燃やしといて、最期が飢え死になんざ、14番目も浮かばれねぇな」 「なんで死亡前提なんだよ!」 「腹の傷は大した事なくても、あの高燃費モヤシがスープや粥でいつまでも我慢できるわけねぇだろ」 あっさり返されて、リナリーはまた、不安げに眉根を寄せた。 「・・・看病してあげたかったのになぁ」 しょんぼりと肩をすぼめたリナリーを、横目で見遣った神田が鼻を鳴らす。 「口実だな。 お前が騒いでたのは、明日自分の誕生日だってぇのに、任務に就かされたからだろうが」 「うぐっ・・・!」 あっさりと見抜かれて、リナリーが言葉に詰まった。 「ったく、たかが一つ年取るくれェでやかましい・・・」 「だって!! お誕生日は毎年、みんながお祝いしてくれるのに! 兄さんだってきっと、あの意地悪魔女から逃げてくれたよ! なのに本部から追い出されて、きっとお祝いなんかしてくれない神田と一緒に任務なんてぇぇぇぇぇぇ!!!!」 超音波の泣き声に、神田が顔を歪めて耳を塞ぐ。 「・・・っるっせぇな!! コムイをサボらせないためにお前が追ン出されたに決まってんだろ!」 「やっぱりあの魔女の陰謀なんだぁぁぁぁぁ!! もうやだ帰るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」 またバタバタと足をばたつかせるリナリーに、神田は忌々しげに舌打ちした。 「だったらとっとと任務を終わらせりゃいいこったろ! 奇怪がすんなり出てくれることを祈るんだな!」 ・・・だが、状況はそううまく回りはしなかった。 「・・・不貞寝してやるっ!」 一日中走り回ったにもかかわらず、奇怪の気配すら見つけることのできなかったリナリーは、宿に入るやベッドに倒れこむ。 「寝るなっ!!まだ定時連絡があんだろっ!!」 忌々しげに舌打ちした神田には、枕に顔をうずめたまま手を振った。 「神田がやればいいじゃない」 「お前っ・・・! 他の奴がいる時とじゃ全然態度が違うじゃねぇか!!」 こめかみを引き攣らせて怒鳴る神田に、しかし、リナリーは動じない。 「うん、神田だから言えるんだよー。 他の人には言えないなー」 「このっ・・・!」 「よろしくー」 その言葉を最後に、狸寝入りしてしまったリナリーを睨みつけ、神田は憤然と踵を返した。 「なんであいつはあんなにわがままなんだっ! 昔から全然変わらねぇじゃねぇか!!」 壊れんばかりにドアを叩きつけ、部屋を出た神田はブツブツと宿の一階に下りる。 電話を使おうとした他の客を睨んで退かせ、乱暴に受話器を取って、回線をゴーレムに繋いだ。 「もしも・・・」 『あれぇっ?!神田君なの?!』 名乗る前に頓狂な声をあげられて、神田は顔をしかめる。 「悪ィかよ!!」 『だってリナリーの声が聞きたかったのにぃー!』 わがまま娘の兄はやっぱりわがままか、と、神田のこめかみが震えた。 「あいつは報告めんどくさがって狸寝入りしてんぜ!」 『そか、今回は神田君と一緒だもんねぇ。 気心の知れたお兄ちゃんと一緒で、甘えちゃってるな 「教育しろよ!!」 『いいじゃん、可愛いんだからぁ ・・・あぁ、でも今回、報告者がリナリーじゃなくてよかったかも』 「あ?なんでだ?」 問えば、回線の向こうから不気味な忍び笑いが漏れてくる。 「気色悪ィんだよ!」 『ウフフ まぁそう言わずにさ、ユウお兄ちゃまも協力しなよ 「だからなんだよ!」 『リナリー、明日お誕生日なのにお城を出されちゃったじゃない? お誕生日会お預けされちゃって、きっと悲しいと思うんだぁ』 悲しいなんてものじゃなく、怪獣のように喚いていた。 『そこで!気の利くお兄ちゃんとしては考えたんだよ!』 コムイは自身の行為が、『小さな親切大きなお世話』という言葉に大方当てはまることを、未だ気づいていないらしい。 『名づけて! 愛のメッセージ大作戦〜♪』 「切るぞ」 『待って待って待って!!』 必死の声に、神田は下ろしかけた受話器を持ち直した。 「なんだよ」 『神田君は運んでくれるだけでいいから!』 「めんどくせ」 『待ってってばぁぁぁぁぁ!!』 再び下ろそうとした受話器から、コムイの悲鳴が漏れる。 『だったら運ぶのはファインダーでいいから!神田君は渡してくれるだけでいいから!!』 「・・・・・・なんなんだよ」 ようやく話を聞く気になった神田に、コムイはほっと吐息した。 『今ね、こっちのみんなが、リナリーにバースデーカードを書いてくれてるんだよ。 お誕生会は帰ってから盛大にやるにしても、お祝いはちゃんと当日にあげたいじゃない?』 「だったらゴーレムの通信でいいじゃねぇか」 『ご近所さんならともかく、こんなに国超えちゃったらゴーレムの電波なんて届かないでしょ! それに、綺麗なカードに書いてあげたら、記念にするにもいいじゃないー ちなみに、と、コムイは不気味な笑みをこぼす。 『ボクのは豪華金糸銀糸で刺繍した特製グリーディングカードだから! すっごいよ!誰にも負けない豪華さだよ!!』 「・・・・・・」 無言で電話を切った神田は、宿の隅に控えていたファインダーを手招いた。 「リーバーに代わってくれ」 ファインダーが背中に担いだ無線で直接科学班へ繋いだ神田は、愚痴を言ってやろうと開いた口を閉じる。 「・・・・・・まさか、お前もか?」 『あぁ、溶接がうまく行かなくてな』 引き攣った声で問うと、リーバーの声がバーナーの噴出音を背景に答えた。 『室長が刺繍するって言うから、俺は銀のバラでも作ってやろうかと・・・』 「・・・誰か俺の報告を聞く気のある奴はいるか?」 『いいぜ、話せよ』 背後でずっと響いていた噴出音が消えると、神田は吐息混じりに今日の報告をする。 『・・・そっか。 アクマの気配がまだないのなら、現地のファインダーにもう少し調べさせた方がいいな。 長丁場になりそうだが、がんばってくれ』 「あぁ」 ようやく今日の仕事が終わった、と、ため息をついた神田に、リーバーは続けた。 『じゃあ、グリーディングカードが揃ったら、方舟でそっちの『扉』に送るから、リナリーに渡してくれ』 「なんでだよ!」 『いいじゃないか、そのくらい。 お前も用意しとけよ』 「なんっ・・・!」 『健闘を祈る!』 その一言を最後に、一方的に切られた電話を神田は睨みつける。 「どいつもこいつも!!」 乱暴に受話器を叩きつけられて、ファインダーが怯えた。 だが、 「おい。『扉』の設置された教会に戻って、教団から届く荷物を取って来てくれ」 と、不機嫌ながらも言った彼に、ファインダーが目を剥く。 「ぅあっ・・・のっ・・・?!よっ・・・よろしいのですか?!」 「あ?なにがだ?」 何がと言われて、あの剣幕でまさか荷物を取りに行けと命じられるとは思わなかった。 口ごもりながら、なんとか言い切ったファインダーに、神田は舌打ちする。 「後が面倒だからな。 それに、俺が命じなくったって、そのうちリーバーから直で命令が来んだろ。 だったらとっとと出発した方がいい」 「は・・・はぁ・・・・・・」 唖然としたまま一礼し、踵を返したファインダーは、外の冷たい風を浴びて震え上がった。 合理的と言うかせっかちと言うか、さすがに『教団一仕事が早い』と言われるだけあって、神田には一切の無駄な動きがない。 「とっとと片づけなきゃ・・・斬られるかもな」 冷たい風とは違うものに背筋を撫でられ、震え上がった彼は、『扉』の設置された教会へ馬車を疾走させた。 「うーん・・・うぅーん・・・・・・」 その頃、ベッドの上に置いたテーブルの周りを、丸めた紙で散らかしていたアレンは、新たに置かれた白紙を睨んで唸りをあげていた。 「傷でも痛むのですか?」 「傷も痛いけど・・・・・・」 眉間にしわを寄せて、また唸る。 「いい言葉が浮かばなくて・・・・・・!」 「祝いの言葉を書けばいいだけでしょうに」 思い悩むアレンに呆れ、リンクはくしゃくしゃに丸められた紙を拾い上げた。 「一体、何を書いているのですか」 開いてみれば、『お誕生日おめでとうございます』の後に、『怪我はしてませんか?』『元気ですか?』など、当たり障りのないことが書いてある。 が、その先が続かないらしく、アレンは眉間のしわを深くしていた。 「誕生日カードなど、定型句で十分でしょう」 「なに言ってんですか!!」 散らかった紙をゴミ箱へ入れたリンクに、アレンが吠える。 「ここで差をつけないと、コムイさんはともかくラビに負けるよ!!」 部屋に寝たきりでも、コムイや科学班の面々が、持てる技術を活かして凝ったグリーディングカードを作っていることは耳に届いていた。 なにより、その情報を持って来たラビが、無駄な器用さできれいなグリーディングカードを作りあげているのだ。 「カードと言うよりは、出来のいい絵本のようでしたからね」 開けば絵や文字がポップアップで出てくるカードを思い出し、リンクが改めて感心した。 と、 「〜〜〜〜エロウサギのくせにムカつく・・・!!!!」 バンバンとテーブルを叩いたアレンが、傷口を押さえてうずくまる。 「・・・君、学習記憶だけでなく、経験記憶すら忘れるなんて、脳に障害でも持っているのではありませんか?」 リンクの呆れ果てた口調に、アレンは脂汗の浮いた顔をあげた。 「・・・っうるさい陰険わんこっ!」 「語彙も貧困ですか。 これはしっかり学習させねば」 嫌味ったらしくため息をついて、リンクは自身のデスクから辞書を取り上げる。 「これでも引いて、ふさわしい言葉を探すのですね」 「ふんっ!」 意地を張ってそっぽを向いたアレンに、リンクのこめかみが引きつった。 「辞書をなめてはいけませんよ」 「ぶにゃっ!!」 「こうやって、生意気な子供を躾ける事も出来ます」 重い辞書の角で思いっきりぶたれた頭を抱え、アレンは涙目でリンクを睨む。 「怪我人になにすんだ!年少者虐待反対!!」 「躾けです」 冷たい目でアレンを見下ろしたリンクは、テーブルの上に辞書を置いた。 「下書きの紙がなくなる前に、書き上げるのですね」 反論できず、ぱんぱんに頬を膨らませたアレンにリンクはちらりと笑う。 「では、私は仕事で席を外しますが・・・おとなしくそこにいるのですよ! 間違っても今朝のように、食堂へ行こうとして途中で力尽きることのないように!!」 「到達すればいいのっ!!」 「そう言う問題ではない!」 強烈なチョップを浴びせて、リンクは肩を怒らせた。 「今は傷を治すことに専念しなさい! さもないとずっと病人食ですよ!」 「くっ・・・・・・!!」 リンクの乱暴な『躾』で涙目のアレンが、反論できずに黙り込む。 「まったく、最初から素直であればいいのに・・・!」 呆れて肩をすくめたリンクは、再び歩み寄ったデスクから書類を取り上げた。 「おとなしくしているんですよ!」 「わかってるよ!」 退室間際、また言ったリンクに大声で返し、アレンは口を尖らせて彼の辞書を繰る。 「僕、英国人なんだから、今更辞書なんか引かなくったっていいのに!」 何度かパラパラとめくったアレンは、辞書を放り出して紙に向かった。 「大体、こう言うのは定型句じゃなくてパッションなんだよ! 杓子定規のリンクの言う通りにしようってのがそもそもの間違いなんだよね!」 素直な気持ちを書いてみよう、と、アレンはペンを取り上げる。 「よし。 お誕生日おめでとうの次は・・・すごく会いたいです」 書いてしまって、アレンは紙を丸めた。 「いや!そうなんだけど、そうじゃないでしょ! お誕生日カードなんだから、お見舞い要請してどうすんの!!」 紅くなって丸めた紙を遠くへ放る。 「あぁ、もう!なにやってんだよ、僕! えぇと、お誕生日おめでとうの次は・・・ずっと一緒にいたい。 ちょっと待て――――――――!!!!」 一人絶叫して、アレンは右手でペンを持つ左手を掴んだ。 「落ち着いて、クラウン・クラウン! 誕生日カードだから!誕生日カードだから!!」 自身の書いたことをイノセンスのせいにして、アレンはまたもや紙を丸める。 「あぁ、もう!! びっくりするじゃん、イノセンス! いくら愛と勇気が友達だって言ってもやりすぎだよ・・・リナリーが好きです。 きゃあああああああああああああああああああ!!!!」 真っ赤になった顔を覆い、アレンが悲鳴をあげた。 その声に驚き、ラビが慌てて飛び込んでくる。 「なんさ?!なんかあったんさ?!」 素早く室内を見回すが、そこではアレンがベッドの上で赤面しているだけで、彼を絶叫させるような何者も見当たらなかった。 「ど・・・どしたんさ・・・?」 「なっ・・・なっ・・・なっ・・・なんでもっ・・・!」 「なんでもない悲鳴じゃなかったさね・・・」 目を丸くして歩み寄ったラビの目から隠そうと、アレンは慌てて紙を丸める。 「あれ? お前、まだカード書いてないんさ?」 「う・・・うん、なに書いていいかわかんなくて・・・・・・」 紅い顔を俯けたアレンに、ラビが笑い出した。 「別に、思ってること書けばいーダケじゃん こう言うのは定型句じゃなく、パッションさね!」 ―――― そのパッションが溢れて困ってるんですぅっ!!!! そう言えないまま、ぱくぱくと口を開閉させるアレンにラビが首を傾げる。 「なんなら、俺がいい文句考えてやろうか?」 「いっ・・・いいよっ! 自分で考える・・・・・・!」 ラビには負けたくない、と、意地を張るアレンに彼はまた笑い出した。 「じゃあ早くしろよな。 もうすぐ方舟便が行っちまうさ♪」 「ぅえっ?!そうなの?!」 中身まで真っ白になった頭を抱え、アレンはまた、眉間に深いしわを刻む。 「科学班のが揃った頃がタイムリミットさね♪」 「いつだよっ!!」 泣き声をあげながらも、アレンはラビの支援を断固として断った。 「これ、一つもらっていいか?」 神田が宿の主人に尋ねると、彼はにこやかに頷いた。 「ありがとう」 花瓶から抜き取った花の水気を拭い、神田は細く折った紙を茎に結びつける。 「へぇ・・・おしゃれだねぇ。 封筒がない時になんか便利そうだ」 「季節の花に結ぶのが粋だそうだ」 感心する主人に興味なさそうに答えると、彼はにやにやと笑い出した。 「一緒に来たお嬢ちゃんかい? 水仙になったナルキッソスは美少年だけど、あの子も自分の姿に恋しそうな美少女だよねぇ」 言って、主人は否、と首を振る。 「美少年なら、あんたの方がふさわしいか! まったく、水仙がお似合いだよ!」 からからと陽気に笑う主人に、神田は軽く肩をすくめた。 「咲いているのがこれしかなかったからだ。 別に意味なんかねぇよ」 「そうかい? だったらその花言葉は『思い出』なんだ。 お嬢ちゃんと、いい思い出作りなよ!」 そう言ってまた笑い出した主人に、神田は無言で背を向ける。 「思い出・・・か・・・」 そんなもの、今更作らなくても腐るほどある、と、神田はため息をついた。 「・・・なんだか、最初っから振り回されてた気がするな、あのワガママには・・・・・・」 『あのお花取って!!』 不意に耳に蘇った幼い声に、神田はまたため息を漏らす。 「あの時は・・・なんの花だったかな・・・・・・」 ―――― 暖かな春の日だった。 晴れ渡った空に浮かぶ白い雲を指して、ティエドールは暢気な声をあげた。 「ピクニック日和だ! みんなで遊びに行こうじゃないか 「ぴくにっく・・・?」 なに、と、未知の言葉に首を傾げる子供達の頭を、コムイが笑って撫でる。 「野山をお散歩して、お外でお弁当を食べることだよ 「ふぅん・・・」 そんなものか、と納得したリナリーと違い、ユウは彼の手の下でまた首を傾げた。 「山岳訓練のことか?」 ピクニックは知らないくせに、そんな難しい言葉は知っている彼に、せっせと弁当を詰めていたマリが苦笑する。 「訓練じゃない。 遊びに行くんだよ」 「遊び・・・・・・?」 更に首を傾げてしまった子供達に、クラウドが吹き出した。 「行けばわかる」 「だね♪」 笑ってコムイがリナリーを抱き上げると、彼女は嬉しげな歓声をあげる。 と、思わずその様を目で追っていたユウの体が、ふわりと浮き上がった。 「なっ・・・なんだよ・・・!」 「別に。 これが決まりなだけだ」 平然と言って彼を抱き上げたクラウドに、『普通の』ピクニックを知らないユウは、『そう言うものか』と頷く。 城門をくぐる時、彼らが揃って城外へ出ることに対して、衛兵達はいい顔をしなかったが、教団の幹部と元帥に直言できる者などいなかった。 「いい天気だねー てくてくと先頭を歩きながら言ったティエドールを、クラウドに抱かれたまま、彼女のサルと遊んでいたユウが振り向く。 「これが『いい天気』って言うのか?」 「普通はね」 にこりと笑った師は、大きく手を広げた。 「暖かくって、気持ちいいだろう? 空気も澄んで、花や草のいい匂いがする 「いい匂い・・・・・・」 それならこっちの方が・・・と、ユウはクラウドに身を寄せる。 アジア支部にいた頃、支部長やレニーはこんな風に抱いてくれたりはしなかったが、やっぱりこんな匂いがしたような気がした。 「ありゃ。 ユー君は意外と女好きだね」 「そうなのか?」 「自分のことだろうに・・・」 苦笑したマリに、ユウが首を傾げる。 だがクラウドは嬉しそうに、彼を抱え直した。 「まるでママになった気分だな ユウ、私の方がいいなら、フロワの弟子などやめて、私の弟子になるか?」 「ちょっ・・・!! クラウド!それはダメだよ!!」 慌てるティエドールにクラウドが笑い出す。 と、 「リナリーもあっちがいい!」 『ママ』の言葉に『媽媽(マーマ)』を思い出したのか、リナリーがコムイの腕の中で暴れだした。 「えぇー・・・でも、リナリー・・・」 「あっちがいいの!!」 困り顔のコムイと泣き出したリナリーを不思議そうに見比べ、ユウはクラウドの腕から飛び降りる。 「自分で歩く」 「じゃー私と手をつなごっ!ユー君 弟子を取り戻して嬉しげなティエドールに肩をすくめ、クラウドはコムイからリナリーを受け取った。 「やれやれ、とんだわがまま娘だな」 リナリーをあやしながら、クラウドがクスクスと笑う。 彼女の言ったそれが、ユウのリナリーへ対する初認識だった。 「・・・なんか、思い出したら腹が立ってきた」 リナリーの部屋を開けた神田は、既に夢の中にいる彼女を見下ろして舌打ちした。 「鍵くらいかけろ、馬鹿!」 ぱしん、と頭をはたくと、リナリーはうるさげに身じろぎする。 「最後に出てったの神田じゃない・・・」 彼が悪い、とぬかす寝惚け声にムッとして、またはたいてやった。 「もー・・・なんだよー・・・!」 「任地でナニたるんでんだよ! しゃんとしろしゃんと!!」 「神田がいるから大丈夫だよ・・・」 もぞもぞと布団の中へもぐりこんでいくリナリーを、神田は忌々しげに睨む。 「早くアクマが出りゃいいって思ったのは初めてだぜ!」 「そしたら早く帰れるねー」 「食われろ、馬鹿!」 くぐもった声に吐き捨てた瞬間、神田だけでなくリナリーも、ベッドから飛び出して部屋の隅まで退いた。 その時は既に窓が砕け、ベッドは銃弾に引き裂かれている。 「も・・・神田が早く出ればいいなんて言うからだよ!」 「んなわけあるか!!」 怒鳴りあいながらも二人はイノセンスを発動し、彼らへ銃口を向けた者へ襲い掛かった。 「ちっ・・・! 雑魚じゃねぇか!!」 「最強幼馴染チームには役不足だねぇ」 一瞬で大半のアクマを塵に変えた二人が、夜空に舞いながらこぼす。 「でも、アクマが襲って来たってことは、奇怪が起こったのかな?」 神田が起こした爆風に乗り、軽やかに宙を駆けるリナリーの問いに、彼も頷いた。 「連絡取れるか?」 「うん」 アクマを蹴り砕いた反動で、誰よりも高く舞い上がったリナリーのポケットから、黒いゴーレムが飛び出す。 「何か変化は?」 ゴーレムに向かって問うと、上空のためか、いつもよりクリアな音声が届いた。 『上です!!』 「うえ・・・って、この上?!」 慌ててリナリーが空を見上げる。 と、雲のない空には、星が降ってきそうに輝いていた。 いや、『降ってきそう』どころではなく・・・! 「神田!!屋根の下に逃げて!!」 爆音の振動を蹴って宙を駆けるリナリーの声を受け、神田が建物の陰に隠れる。 と、一拍遅れて、バラバラと硬いものが屋根を叩く音がした。 そのほとんどは屋根や壁に弾かれて地に落ちたが、なぜか、アクマの上に降りかかったものはイノセンス並みの破壊力で彼らを貫き、塵へ変える。 「・・・・・・一掃」 唖然と下を見下ろしたリナリーは、その不思議な『雨』が収まった頃合を見計らって、神田の元へ駆けつけた。 「そりゃ・・・付近にアクマがいないはずだね・・・・・・」 イノセンスを狙って徘徊していたアクマ達は、この奇跡を見た瞬間、塵に変えられたのだろう。 「無理に回収せずに、ほっといた方がいいんじゃねぇか?」 「そんなことしたら、次はノアが来るよ」 肩をすくめて、リナリーは空を見上げた。 「でも・・・困ったねぇ。どこが原因なんだろ」 今回の奇怪――――。 晴れた空から結晶が降ってくる、という現象は、実はこの街以外でも、世界中で観測されていることだった。 降ってくるものは魚だったり小動物だったり様々だが、コムイ達科学者が言うには、原因は多く、海上で発生した竜巻や、鳥が運んだ餌を落しただけだと言う。 しかし二人が実際に見たこの現象は、そのどれとも違う気がした。 「この現象はもしかして・・・アクマを狙ってんじゃねぇか?」 「それってまるで、ゼウスの雷の矢だね」 リナリーが何気なく言った途端、二人は顔を見合わせる。 「山山山山!!!!」 「先に地図だ!! ファインダー呼び戻せ!現象の起こった場所、全部報告させろ!!」 先を争って宿に駆け戻った二人は、何事かと目を剥く主人に詰め寄って街の地図を手に入れた。 「この近くに活火山はあるか?!」 「近くはないけど、あるよ・・・ってか、さっきの破壊音はなんだい?!」 「ごめんなさい、修繕費は後で教団に要求して! 今は私達の質問に答えて!!」 リナリーの迫力に気圧され、店主が慌てて地図を指す。 「こ・・・これだよ、活火山・・・。 でも、そんなに頻繁に噴火するわけじゃないし、見たって何も面白いことは・・・」 「観光じゃねぇからいいんだよ」 「うーん・・・確かに遠いねぇ。 こんなところから、火山砕屑物(さいせつぶつ)が届くかなぁ?」 リナリーが『ゼウスの矢』と表現したものに、二人はシチリア島のエトナ山を連想していた。 もしや、火山の小規模な噴火で、結晶化した石英でも飛んで来たのではないかと思ったのだが・・・。 眉をひそめて呟いたリナリーに、主人は呆れ顔になった。 「この火山から? 風の強い日だって、灰すら飛んできたことはないよ!」 「・・・ですよねー」 困り顔を傾げたリナリーの隣で、しかし、神田が首を振る。 「普通ならそうだろうな。 だが、あれは明らかにアクマを狙っていた。 火山弾の形をした兵器だと言ってもいいんじゃねぇか?」 「へっ・・・兵器?!」 神田の言葉に、主人が瞠目する。 「なっ・・・なにを馬鹿なことを! この街は昔っからのどかなもんさ!そんな物騒なものありゃしないよ!!」 「あぁ、そうですよね ごめんなさい、勘違い 主人の言葉をあっさり肯定して、リナリーが広げていた地図を畳んだ。 「これ、借りますね 神田、部屋にいこ!」 これ以上、主人の前で話すことはないと判断したリナリーが、神田の腕を引いて階段をのぼる。 「私の部屋、壊されちゃったから神田の部屋にいこ。 ・・・あーぁ。 今夜、私の寝るとこあるかなぁ・・・・・・」 ふぅ、と、切なく吐息したリナリーに、神田が舌打ちした。 「なかったらどうせ、俺の部屋を奪う気だろうが!」 「えへ なんならちっさい頃みたいに、一緒に寝よっか?」 「断る。 昔ならともかく、今のお前に蹴飛ばされたら、俺でも死にかねない」 冷たく言った彼に、リナリーが頬を膨らませる。 「なんだよっ!そんなに寝相悪くないよ!」 「自覚しろ馬鹿! 馬車で寝こけて、何度も床蹴り砕いてんだろうが!!」 「そうだっけ? 覚えてないよ、そんなの」 気まずげに目を泳がせて、リナリーは神田の部屋に入った。 ややすると、情報収集に散っていたファインダー達も戻って来て、今までの目撃情報を元に、地図に印がつけられていく。 「・・・山を中心に起こってる現象かと思ったけど、目撃地点はばらばらだねぇ」 印をなぞりながらリナリーが言えば、じっと地図を見ていた神田が首を振った。 「・・・推測は正しいんじゃねぇか? 山の南側は樹林帯と海だ。 アクマが人を狙って来る以上、街のない南側に用はないはずだ」 「そっか・・・。 この海域って、船は多くないのかな?」 リナリーの問いには、ファインダーの一人が頷く。 「この海域は浅瀬が多いので、ボート並みに小さなものでないと、船は進入できません」 「そっか。 じゃあ、確認に行く価値はあるね」 その言葉に全員が頷き、馬車を飛ばして遠く火山を目指した。 立ち入り禁止の綱を乗り越え、山頂へ向かった神田とリナリーは、夜闇を淡く照らす火口を覗き込んだ。 「ここまでは、それらしいものは見当たらなかったねぇ」 リナリーがガス対策のマスク越し、くぐもった声で言うと、神田も頷く。 「山全体を調べたわけじゃねぇから、結論を出すわけにはいかねぇが・・・可能性が高いのはこの中だろうな」 うん、と、二人揃って頷き、顔を見合わせた。 「取って来い」 「取って来て」 揃って火口を指した二人は、しばし黙り込む。 「なんで俺が」 「なんで私が!」 また同時に言って、睨みあった。 「神田は不死身じゃない! 火口に入ったって平気でしょ!」 「いくら俺でも死ぬに決まってんだろ! けどお前なら、一瞬で戻ってこれるだろうが!」 「一瞬で大火傷だよ!」 「やってみもしねぇで言ってんじゃねぇ!!」 「ちょっと考えたらわかることでしょぉ!!」 大声で怒鳴りあった二人は、また同時に舌打ちする。 「お前じゃなく、ウサギだったら槌を伸ばして取れたかも知れねぇのにな!」 「神田じゃなくて、アレン君だったらクラウン・クラウンで取ってくれたよ、きっと!」 「下僕だし」 「紳士だし」 ふんっとそっぽを向いた二人の動きは、完全にシンクロしていた。 そしてその考え方も。 「・・・ここに、ティキがいればよかったな」 同時に呟き、顔を見合わせた二人は頷きあった。 「あいつなら、火口に放り込んでも平気だろ」 「鵜飼の鵜みたいに、取って来いって命令できるのにね」 きれいな顔をして残酷な二人は、非現実的な希望にため息を漏らす。 「せめてここに、アクマがいればな・・・・・・」 またもや同時に呟いた時、 「エクソシスト、見ッけー 夜空に異形の影が舞い、重火器を二人へ向けた。 「死・・・ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!」 一瞬にして背後を取られ、巻きつけた脚で頚部を締め上げられたアクマが悲鳴をあげる。 「ねぇ、ここにいるのはあなただけ?」 笑みを含んだリナリーの声に、アクマは虚勢を張った。 「ソッ・・・そんなワケないじゃんっ! オレのほかにもアクマはいっぱい・・・!」 「ラッキー 笑ったリナリーの目が、鋭く光る。 「じゃあ何度か失敗しても、スペアがあるってことだね 「すっ・・・すぺあ・・・?!」 なんのこと、と問う前に、答えは出された。 「神田!いっくよー!」 アクマの身体を足場に宙を舞ったリナリーが、破壊しない程度の強さでアクマを火口上空へ蹴飛ばす。 「んぎゃ――――!!!!」 悲鳴は、続く爆音にかき消された。 「―――― ここじゃねぇ。 もっと西側から出てきたぜ」 夜にもかかわらず、素晴しい動体視力でアクマを破壊した物質の出現場所を見抜いた神田が、上空のリナリーに呼びかける。 「わかった! あ、神田!それ壊さないで!!」 「あぁ」 背後から襲ってきた刃を紙一重で避け、すれ違い様、鞘から抜かないままの六幻で頚部を叩き伏せた。 「いてーダロッ!!」 案の定、激昂して起き上がったアクマの前で踵を返し、西へ向かって走り出す。 「逃げんなッ!!コノッ!!」 「逃げてねぇよ」 突然止まった神田に脚を払われ、宙に浮いたアクマの身体をリナリーが背後から蹴り飛ばした。 「・・・・・・ありゃ。 もうちょっと遠かったね」 爆音を上げて破壊されたアクマを、手をかざして見ていたリナリーが残念そうに呟く。 「何度かやってるうちに、特定できるだろ」 言うや神田は身を沈め、飛び掛って来たアクマの腹を石突で抉った。 「げふぅっ!!」 自身の勢いを利用され、浮き上がったアクマの身体を、リナリーがまた蹴飛ばす。 「あ!」 「今度は近かったな」 アクマを餌に釣りを試みる二人は、徐々に距離を縮めて、結晶を放出する場所を特定した。 「あの横穴か・・・」 「なんだ、火口じゃなかったんだ」 危うく、容赦ない幼馴染に火口へ放り込まれるところだった、と、二人は相手への警戒を解いて胸を撫で下ろす。 「じゃあ取って来て 「俺かよ!!」 にこりと笑って横穴を指すリナリーに、神田が怒鳴った。 が、彼女は気にも留めない様子で肩をすくめる。 「リナリーじゃ届かないかもしれないじゃない」 「俺より高く飛べる奴がナニぬかす!!」 「だって、いくらイノセンスったって、あんな攻撃的なものに近づくの怖いもん〜」 その点、と、リナリーは神田の腕に縋った。 「神田なら平気でしょ 「・・・ってめぇ!」 こめかみをひくつかせ、神田はリナリーの手を乱暴に振り解く。 「その本性、他の奴らにも見せてやりてェぜ!」 「きっと信じないよ。 そのための猫だもん にゃん 「神田がんばれー 「やかましい!!」 声援に怒鳴り返し、ざくざくと火山礫を踏み分ける。 「なんで俺が・・・!」 吐き捨てた途端、 『あのお花取って!!』 またあの声が耳に蘇り、神田は舌打ちした。 あのピクニックの日・・・。 コムイ以外は放任主義の大人達はさっさと二人を野に放って、好きに遊ばせていた。 思えば二人とも、『自由に』外を駆け回ったのはあれが初めてだったのだ。 目に写る全てが珍しく、手に触れる全てが新鮮だった。 中でもリナリーは、色とりどりの花が気に入ったらしく、幾種類も摘み取っては、その形や香りを楽しんでいた。 おかげで迷惑をこうむったのは神田で、彼女の手が届かない場所にある花を取ってやらなければ、散々泣かれた上にマリに説教されるという、最悪の悪循環を引き起こしてしまった。 ・・・あれ以来、リナリーの要求に従ってしまうようになった自身が、心底嫌になる。 「・・・だからあいつと二人での任務は嫌なんだ!」 ここに他人がいれば、猫かぶりのリナリーが、神田に無茶な要求をすることはまずない。 だが二人だけになると、彼女のわがままには際限がなかった。 「・・・戻ったら殴ってやる」 暗い横穴に入り込んだ神田は、岩壁に髪を引かれ、頬を掻かれつつ進む。 と、そう長くは歩かないうちに、淡い光を放つ、水晶に似た結晶が彼の目に入った。 「・・・触っても大丈夫なんだろうな」 結晶からやや距離を置いた場所で立ち止まり、首を傾げる。 いかな彼も、アクマに対してあれだけの破壊力を見せた結晶に、容易に触れることはためらわれた。 しかし、 「腕一本くらいなら、大した事ねぇか」 ひょい、と、思い切りよく取り上げた結晶は、あっさりと彼の手に収まる。 「よし、殴る」 結晶を手に穴を出た神田は、歓声をあげて迎えたリナリーの頭にこぶしを振り下ろした。 が、 「神田ってば、考えてること丸わかりー 彼のこぶしをあっさりと避けたリナリーは、楽しげに笑いながら軽やかに飛び跳ねる。 「・・・一発殴らせろ」 「やだよー 再び繰り出したこぶしは、またもや避けられた。 「いぢめないで、神田 笑って舌を出すリナリーに、彼は思いっきり舌打ちする。 「ったくてめぇは! 昔っからワガママばっかり言いやがって!」 「そんなことないよ。 リナリー、いい子だよ?」 にこりと笑ってリナリーは、未だこぶしを固める神田の腕に縋った。 「だから神田も、リナリーの言うこと聞いてくれるんでしょ?」 「違ェよ、馬鹿! 聞いてやんなきゃびーびー泣かれて鬱陶しいからだ!」 そしてその後の説教が何より鬱陶しい。 そう言うと、リナリーは得意げに笑った。 「リナリーがいい子だから、みんなが味方してくれるんだよ 「てめェのは猫だろうが!」 「普段の努力が大切なんだよ いけしゃあしゃあと言って、リナリーは神田の腕を引く。 「帰ろ! 早く任務完了して、良かったね!」 「あぁ・・・日付は越えたけどな」 胸ポケットから取り出した時計を星明りにかざして、神田が呟いた。 「誕生日おめでとう」 「ありがとう!」 嬉しげに笑って、リナリーは彼の腕に額をすり寄せた。 一旦宿に戻ったものの、危険なイノセンスを持ったままではいられないと、全員の意見が一致し、早々に引きあげることとなった。 「じゃあ、残ってるかどうかわからないけど、荷物取ってくる!」 そう言ってリナリーは、アクマに破壊された部屋へ入る。 無残に砕け散ったベッドの残骸を踏み分け、クローゼットを覗くと、黒いケースは奇跡的に無事だった。 「やったぁ 失くして惜しいものは入っていないが、帰還時に手にしたもの、身につけていたものを次の任務にも持って行くことは、いつしか生きて帰るための縁起かつぎのようになっている。 「次の任務もこのバッグ持っていこっと バッグを取り上げたリナリーは、側の床に落ちていた水仙を拾い上げた。 「紙が結んである・・・」 なんだろ、と開くと、見慣れた字が『HappyBirthday』の一文を綴っている。 「これ・・・神田の・・・字・・・・・・!」 自分の声すら信じられない思いで聞きながら、リナリーはその文字を何度も読み返した。 「・・・・・・びっくりした」 まさか、神田からこんなプレゼントがあったとは思わず、リナリーは開きっぱなしで乾いた目を瞬かせる。 「でもなんで水仙・・・?」 季節の花に手紙を結ぶ、と言う風習が日本にあることは聞いたことがあったが、もう一つ、贈る花に意味を込める事も多いと聞いていた。 「水仙の花言葉は確か・・・うぬぼれとか、自己愛、エゴイズム・・・神田ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 彼の真意を思いっきり勘違いして、リナリーが吠える。 「わがままで悪かったね!!」 ファインダー達が目を丸くするのにも構わず、階下の神田に駆け寄り、詰め寄ったリナリーに、彼は眉根を寄せた。 「悪いがどうした」 「ふもー!!!!」 勘違いを訂正しようともしない彼に、リナリーがますますいきり立つ。 しかし、神田の胸倉を掴んだ彼女の鼻先にその時、震える手が大きな籠を差し出した。 「あっ・・・あのっ・・・! 神田殿を殴る前にこれをっ・・・!!」 その声に初めて、ファインダーの存在を思い出したリナリーは、顔を真っ赤にして籠を受け取る。 「なっ・・・なに?!」 気まずげに顔をそむけつつ掛けられた布をめくると、その中には様々な形のカードがぎっしりと詰め込まれていた。 「なっ・・・なにこれ?!」 驚いたリナリーが、一番上にある、フリルやレース、リボンで飾られたカードを開いてみると、色鮮やかな刺繍が『HappyBirthday』の文字と祝いの言葉を連ねている。 「に・・・にいさん・・・・・・」 器用すぎる兄の特製カードに唖然としたリナリーは、その下にあった銀のバラを取り上げた。 「はっ・・・班長!!」 銀の造花の茎には、やはり『HappyBirthday』の文字と祝いの言葉が細かく刻印してある。 「無駄に凝ってんだな、二人とも」 作成に時間がかかるはずだ、と、神田が呆れ声をあげた。 「凝ってると言えば・・・」 カラフルな本を開いたリナリーは、ページをめくるごとに『HappyBirthday』と祝いの言葉をポップアップするカードに笑い出す。 「ラビが一番じゃない?」 「派手好きが・・・」 軽く吐息した神田の前に、すっかり機嫌を直したリナリーが次々とグリーディングカードを並べた。 「見て見て!!ジェリーはおっきなクッキーに書いてくれてる! これ、食べちゃうのもったいないなぁ・・・。 ミランダはやっぱり、すごく大人っぽいね! 紺のカードにパールのビーズ飾りって、いかにもミランダが好きそうだよ。 あ!これエミリアの!!可愛いー ホラ!ピンクのカードをレースのバラで飾ってるんだよ このレース、自分で編んでくれたのかなぁ?わぁ きゃー キャッシュの、象のぬいぐるみが着てるベストにメッセージを縫いこんであるよ! すごいー 「・・・ガキか」 はしゃいで歓声を上げるリナリーに、しかし、呆れ返ったのは神田だけで、他の者達は主人や他の客達も含め、微笑ましく彼女の姿を見守っている。 「ウチの娘もなぁ・・・あのくらいの時は可愛かったもんだけど、嫁行ってガキ産んでからはすっかり貫禄ついちまって・・・」 「あー・・・わかる!わかるよ、親父さん! ウチの嫁も、結婚前は可愛かったのに今は・・・イヤ、なんでも・・・・・・」 なぜかしんみりと語りだした主人や客達に鼻を鳴らし、神田はリナリーへ顎をしゃくった。 「いい加減、片付けろよ。 教会だって、いつまでも待っちゃくれねぇぞ」 「あぁ・・・うん・・・・・・」 籠の中身を全部テーブルに並べたリナリーは、眉根をひそめてもう一度、一つ一つ確認している。 「なんだ?」 「え?! う・・・ううん、なんでも・・・ないよ・・・?」 なんでもなくはない様子だから聞いているのに、リナリーは慌てて笑みを作った。 「ど・・・どういう順番で入れたら、元通り収まるかなって・・・」 「そんな・・・」 理由じゃないだろう、と言いかけて、手を伸ばした神田はカードを次々と籠へ放り込む。 「あぶれたもんは、別の袋にでも入れりゃいいだろ。 オラ、とっとと行くぜ!」 「う・・・うん・・・・・・」 明らかにがっかりした様子で頷いたリナリーから視線を外し、神田は先に立って歩き出した。 「―――― あいつ、まだ寝てんじゃねぇか?」 「え?!」 背後に向けて言えば、後からついて来たリナリーが、俯けていた顔を上げる。 「今頃、飢え死に寸前で苦しんでるかもな」 意地悪く唇を歪めた神田に、一瞬目を丸くしたリナリーは苦笑した。 「そうだね・・・帰ったら、お見舞いに行くよ」 「わざわざ行ってやる必要なんざねぇよ」 ふん、と鼻を鳴らし、宿の前で待機していた馬車に乗り込む。 「でも、ま。 お前は誕生日の終わらないうちに帰れてよかったな」 「うん!神田のおかげだよ!」 にこりと笑って、リナリーは彼の隣に腰を下ろした。 「いつも、リナリーのお願い聞いてくれるよね、神田は 「・・・別に、聞きたくて聞いてるわけじゃねぇよ」 憮然と言うが、リナリーはお構いなしに笑う。 「頼りにしてるんだよ!」 「利用してるんじゃなくてか」 「信頼してるんだよ!」 重ねて言ったリナリーに、神田は諦観のこもったため息をついた。 ―――― 心地よい揺れに抱かれて、自然とまぶたが落ちた。 日が落ちた途端、忍び寄ってきた冷気は柔らかく暖かいものに遮られ、彼の肌にまでは届かない。 穏やかな声の響きは、確か『歌』と言うのだと頭の隅で考えながら、彼は額を柔らかく暖かいものにすり寄せた。 「可愛い・・・ 仔猫のようだな、ユウは 起きている間は、警戒して中々寄って来ないが、眠ると途端に無防備になる。 「フロワ、やっぱりユウはママが恋しいようだから、私がもらった方がいいと思うのだが」 「あげないって言ってるだろ、クラウド。 いい加減しつこいよ、キミ」 ぶぅ、と、ティエドールが頬を膨らませると、クラウドはユウを抱いたままそっぽを向いた。 「子供にはママが必要なのだ。 特に、ユウのように親の愛情を知らずに育った子には。 お前もそう思うだろう、コムイ? この子をまともな人間に育てたいのなら、こんな変人ではなく、私に預けるべきだと思う」 「は・・・はぁ・・・まぁ・・・そうですね・・・・・・」 クラウドに畳み掛けられ、納得しかけたコムイにティエドールが慌てふためく。 「ダメだよ!ユー君は私の息子になったんだから! パパンだって育児が出来るってことを証明してあげるよ!」 「だったらユウに選ばせようじゃないか」 自信に満ちた笑みを浮かべ、言い放ったクラウドを、ティエドールが恨みがましい目で睨んだ。 「子供に聞けば、ママの方がいいに決まってるじゃないか! そうやってクラウドは、今までも私から弟子を取り上げて・・・!」 「お前のような変人が、娘を育てられるわけがないだろう」 「だったら男の子は私に・・・!」 「ユウは女の子だもんなー 「違うよ!現実を見なよ!!」 「こんなに可愛い男の子がいるもんか 大人気なく喚き合う元帥達からそっと離れたコムイは、苦笑して腕の中の妹を見下ろす。 遊び疲れて眠ってしまった彼女は、教団から取り戻したばかりの頃とは全く違う、安らかな顔をしていた。 「子供が子供らしいってのは、いいことだよね」 コムイの呟きに、やや先を行っていたマリが振り返る。 「本当に・・・。 特にユウは・・・」 言いかけて、マリは言葉を切った。 ユウだけが特別ではなく、リナリーも・・・いや、『適合者』と目された者は誰もが、辛い思いをしている。 だがあの城を・・・牢獄でしかなかった教団本部を今、コムイが変えようとしていた。 その成果は既に、目に見えつつある―――― 衛兵達が、彼らの外出を止めなかったように。 「この子達にとってあの城が、牢獄ではなくホームと呼べるような場所になればいいな・・・・・・キミにとってもね、マリ」 にこりと笑い、コムイは穏やかな寝息を立てるリナリーの、柔らかな頬に頬をすり寄せた。 以前は骨の浮き上がっていた頬も今は、子供らしいふくらみを取り戻している。 「そのためにも、ボクらががんばって変えないとねぇ・・・エクソシストが、自らの死を望まないような体制に」 ぎくりと顔を強張らせたマリに、コムイは穏やかに微笑んだ。 「神田! 着いたよ!!」 肩を揺すられて、神田は目を開けた。 「珍しー・・・神田が居眠りするなんて!」 目を丸くしたリナリーに、神田は鼻を鳴らす。 「とっとと寝ようとしたお前と違って、やることがたくさんあったからな」 嫌味を言って睨んでやると、 「はいはい、ごめんなさいごめんなさい」 悪びれもせず手を振ったリナリーが、止まった馬車から先に降りた。 「全然謝る気ねぇだろ!」 「そんなことないよー♪」 続いて降りてきた神田の剣呑な声から、逃げるように足を早めて、リナリーは迎えてくれた神父の手に暗証番号を書き込む。 「ホラ、疲れたんなら早く帰ろ お城できっと、ママも待ってくれてるよ からかうように言ったリナリーに、神田は思わず目を見開いた。 「・・・は?」 まさか、と、顔を強張らせる彼を、先に方舟に入った彼女が手招く。 ファインダー達を押しのけ、素早く神父の手に暗証番号を書き込んで方舟に乗り込んだ神田は、リナリーに詰め寄った。 「なんのことだ?!」 焦った口調に、リナリーはにんまりと笑う。 「やっぱり、ママの夢見てたんだね 「なっ・・・!」 「寝言とかは言ってないから安心して でも、すっごく穏やかな顔で眠ってたよ・・・ちっさい頃、クラウド元帥に抱っこされて眠ってた時みたいに 「・・・・・・っ!!」 クスクスと笑われた神田は、真っ赤になって黙り込んだ。 「このコトばらされたくなかったら、これからもリナリーのお願い聞いてね、姉様 「・・・ってめぇ!!!!」 「きゃあ 姉様怖いー 掴みかかろうとした神田の手をひらりとかわし、リナリーは笑いながら教団の『扉』をくぐる。 「ただいまー 「おか・・・うぼぁっ!!」 扉から出てくるや、飛びついてきたリナリーを受け止め損ねて、コムイが仰向けに倒れた。 「あれ?兄さん大丈夫?」 「だ・・・大丈夫だよ、このくらい・・・! でも・・・ちっちゃい頃と・・・同じ勢い・・・で・・・飛んで・・・こられる・・・のは・・・もぅ・・・・・・」 がくっと、血反吐を吐いて首を落としたコムイに、馬乗りになったリナリーが慌てる。 「兄さん!!傷は浅いよっ!!」 「てめぇがブッ倒しといて、ほざいてんじゃねぇよ!」 追いついた神田にげんこつされて、リナリーが悲鳴をあげた。 「頭割れたっ!!」 「んなわけねぇだろっ!」 「ちょっ・・・なにいきなりケンカしてんさ・・・・・・」 恐る恐る寄って来たラビの声に引かれて顔をあげた二人は、多くの団員達が彼らを囲んでいたことに気づいて目を丸くする。 「な・・・なに・・・?」 「なんかあったのか?」 「なんかあったのかって・・・・・・」 呆れ顔で、ラビは手にしたクラッカーを振って見せた。 「リナにおめでとーって言おうとしたんけど・・・」 「アンタがコムたんブッ倒したうえに、神田とケンカ始めたもんだから、タイミング逃しちゃったのよぅ」 ジェリーにも呆れ声で言われ、リナリーは気まずげに笑う。 「ご・・・ごめん、つい・・・・・・」 「いいから早く下りたげなさい」 ため息混じりに言われ、リナリーはコムイの上から下りた。 「に・・・にいさーん・・・生きてるー・・・?」 ぴくぴくと痙攣する兄を、リナリーが遠慮がちに揺さぶると、ややしてコムイが意識を取り戻す。 「・・・・・・なんだかお花畑が」 「ご・・・ごめんね・・・・・・」 萎れてしまったリナリーに苦笑して、コムイは起き上がった。 「次回はちゃんと受け止められるように、鍛えておくよ 「う・・・うん・・・」 それは無理じゃないかな、と思いつつも、リナリーは兄の大きな手の下で頷く。 「じゃあ改めて!」 ポケットからクラッカーを取り出したコムイに、皆も続いた。 「ハッピーバースデー 「ありがとう 舞い降る紙吹雪の中、リナリーが嬉しげに笑う。 「バースデーカードも! すごく嬉しかった!!」 「でっしょ みんな随分と凝ったんだよー 最初はグリーディングカードに書くだけだったものが、コムイやリーバーが妙に張り切ったせいで、あんなにも多様化してしまった。 「パーティは今夜、イノセンス獲得祝賀会も兼ねてやろーねっ 「きゃあ コムイの提案に、リナリーが飛び跳ねて喜ぶ。 「がんばってイノセンス回収した甲斐があったよ 団員達の拍手に囲まれ、歓声を上げるリナリーに、神田がため息をついた。 「・・・お前が本当に嬉しいのは、補佐官を出し抜いたことだろうが」 その声は、側にいたリナリーにしか届かないほど低い。 踵を返したリナリーは、喜び合う振りをして神田に抱きつくと、その耳元に囁いた。 「そうよ、悪い?」 「・・・・・・お前のその、本音と本性をばらしてやりたい」 「信じないってば くすくすと笑って、リナリーは神田の背中へ手を伸ばす。 「そのための猫だって、言ったでしょ 背中に爪を立てたリナリーに、神田は舌打ちしてげんこつを落とした。 「・・・っ本気で叩くことないじゃないかぁ!」 神田にげんこつされて、ずきずき痛む頭をさすりながら、リナリーは深夜の回廊を部屋へと向かう。 「アレン君はお迎えにも来てくれなかったし・・・そんなに悪いのかな・・・・・・」 途端に心配になったリナリーは、踵を返した。 「ぐっ・・・具合が悪いんなら寝てるだろうけど・・・ちょっと様子見るくらいなら・・・・・・」 誰もいない場所で必死に言い訳じみたことを言いながら、リナリーはアレンの部屋へ向かう。 「か・・・監査官は・・・・・・・・・起きてるんだろうなぁ・・・・・・」 犬猿の仲であるリンクの冷酷な顔を思い浮かべ、リナリーはため息をついた。 アレンの部屋へ行っても、彼に見つかった途端、あの嫌味な口調で説教されるのかと気が重くなったが、もう足は止まらない。 アレンの部屋のドアを見つめ、大きく深呼吸したリナリーは、軽くノックした。 ・・・しかし、返事はない。 「・・・? 寝てるのかな」 呟いてドアノブに手をかけると、ドアは簡単に開いてしまった。 「ぅあっ・・・ごめ・・・寝てる・・・・・・?」 廊下の明かりを頼りに、そっと中を覗いてみると、部屋のベッドはどちらも空だ。 「え?! 二人ともいないの?!」 まさかアレンの容態が悪化して、病棟に担ぎこまれたのではと、悪い予感が脳裏を掠めた。 ・・・が、ならば先ほど、ラビ辺りが教えてくれそうなものだと思い直し、リナリーは一歩、暗い部屋へ踏み込む。 「ど・・・どこに行っちゃったんだろ・・・・・・」 不安げに呟いたリナリーの爪先に、何かが触れて、かさりと音を立てた。 「・・・紙?」 ふと辺りを見れば、丸められた紙は、この他にいくつも散らばっている。 「なんだろ」 拾った紙を開いてみると、『HappyBirthday』の文字の後に、『すごく会いたいです』の文字が続いていた。 「・・・・・・っ!」 まごうことなきアレンの字で書かれたその一文を、穴が開くほど見つめたリナリーは、はっとしてまた床から紙を拾う。 どきどきしながら開いてみると、やはり『HappyBirthday』の文字の後に、今度は『ずっと一緒にいたい』の文字が続いていた。 「ぅあ・・・アレンッ・・・君っ・・・!!」 真っ赤になったリナリーは、次々に散らばった紙を拾って、開いていく。 その多くは『怪我はしてませんか?』や『元気ですか?』など、当たり障りのない文だったが、最後に広げた紙には、『リナリーが好きです』と綴ってあった・・・。 紙面を見つめたまま、魂を奪われたように呆然としていたリナリーの顔が、徐々にほころんで行く。 ・・・長い間、その一文を見つめるリナリーが背にした廊下から、聞き慣れた喚き声が響いて来た。 「性懲りもなくまた途中で力尽きて!!部屋を抜け出すなとあれほど言ったでしょう!」 「だってお腹空いたんだもん!!」 「食事なら私がいつも運んでいるでしょうが!!」 「もう病人食なんてヤダ!! お肉食べたいお肉――――!!!!」 「耳元で喚くな!!!!」 ぎゃあぎゃあと怒鳴りあいながら部屋に戻って来た二人を、振り向いたリナリーが気まずげに迎える。 「あれ?! なんでリナリーが・・・」 目を丸くしたアレンは、彼女が手にした紙束を見て、赤くなったり青くなったり、目まぐるしく顔色を変えた。 「リ・・・リリリ・・・リナリィィィィィィ!!!! それ返して!!返してください!!!!」 大絶叫が、アレンを負ぶっていたリンクの耳を貫く。 たまりかねて倒れたリンクに構わず、アレンは彼の背を踏みしめてリナリーへ手を伸ばした。 が、彼女は負傷して動きの鈍いアレンの手をあっさりと交わし、いたずらっぽい笑みを浮かべる。 「リッ・・・リナッ・・・!!!!」 「ねぇ、アレン君 これ、ぜーんぶちょーだい 「ダメ!!絶対にダメです!!!!」 悲鳴をあげたアレンに、リナリーは口を尖らせた。 「なんでっ!」 「だってそんなっ・・・!!!!」 恥ずかしい、と言う言葉さえ出ないアレンに、リナリーが肩を落とす。 「アレン君のグリーディングカードが入ってなくて・・・私、すっごく悲しかったんだから・・・・・・」 拗ねてみせた彼女に、神田ならば『わざとらしい』と呟いただろうが、アレンにそれを見抜くスキルはなかった。 「でっ・・・でもそれ、しっ・・・下書きでっ・・・失敗した奴で・・・っ!!」 真っ赤な顔をして、アレンはしどろもどろになる。 「グッ・・・グリーディングカードならっ・・・きっと、今日中にちゃんとしたものを書いて渡しますからっ・・・そっ・・・それはどうか、勘弁してくださいぃぃぃぃぃぃ!!!!」 真っ赤な顔を覆い、土下座せんばかりに床にうずくまったアレンへ、リナリーは笑って屈みこんだ。 「そんなに恥ずかしがらないで、アレン君 「ぅえっ・・・でもっ・・・!!!!」 まだ顔を覆ったまま、指の間から彼女を見るアレンに、リナリーが微笑む。 その笑顔に、つい見惚れてしまったアレンの手を取り、リナリーはついばむようなキスをした。 「ふぇっ?!」 驚くアレンに、リナリーは笑みを深める。 「これは紙束の代価ね アレン君のグリーディングカード『も』楽しみにしてるよ 紙束をしっかりと抱きしめ、笑った彼女にまた、アレンが悲鳴をあげた。 「アレンの傷が開いて、また入院したそうさ。 夜のうちに何があったん、あいつ?」 夜が明けて、食堂へやって来たラビの問いに、リナリーは黙って首を傾げた。 「ふぅん・・・。 リンクにでもいぢめられたかね」 「かもねー 手にしたファイルをめくりながら、にこにこと笑う彼女をラビが睨む。 「犯人はお前かっ!」 「ぅえっ?!なんでっ?!」 目を丸くしたリナリーを、ラビが指差した。 「ホントに原因がリンクだったら・・・んにゃ、たとえリンクじゃなくても、アレンが再入院なんかしたら、まず間違いなくお前はリンクに詰め寄ったはずさ! なんにここでのんびり朝メシしてる時点で怪しいさね!」 「ナ・・・ナイス推理力・・・!」 つつこうとする指を懸命に避けて、リナリーが声を引き攣らせる。 「アレンになにしたんさ、ワガママ小娘!」 「ちょっ・・・! ラビまで監査官みたいな嫌味言わないでよ!」 「ヤだったら正直に話すさ!アレンの容体悪化させやがってこのー!」 糾弾の指につつかれて、さすがのリナリーも観念した。 「べっ・・・別に、グリーディングカードの下書きもらっただけだよっ!」 「下書き?」 訝しげに眉根を寄せたラビの目から隠すように、リナリーは開いていたファイルを急いで閉じる。 「それか?」 「みっ・・・見せないよ!!」 慌てて言うと、ラビはにんまりと笑った。 「下書き・・・ってことは、それにアレンの溢れ出したパッションが連ねてあるんさね?」 苦労してたもんなぁ・・・と、ラビが楽しげに笑い出す。 「お前には何よりのプレゼントってか」 「グリーディングカード『も』もらうけどね 「欲張りめ」 笑ってラビは、リナリーの頭をくしゃくしゃと撫でた。 「おかげでアレン、今夜のパーティには不参加かもしんないさ」 「大丈夫だよ。 アレン君なら、なにを置いても来てくれるよ 信頼と実績だよ にこにこと笑って、リナリーは再びファイルを開く。 そこにはきれいに伸ばされた紙が、丁寧にファイリングされていた。 「アレン君の写真とかも、一緒にファイルしちゃおうかなー 「・・・お前もバクちゃんの仲間入りか」 ベクトルは完璧に違うけど、と、ラビが苦笑する。 「・・・ま、お前が嬉しいんならいいけどな」 また、リナリーの頭を撫でる振りして手を伸ばしたラビは、彼女の手からファイルを取り上げ―――― 綴られた言葉の数々に爆笑した。 Fin. |
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2010年リナリーお誕生日SSでした これはリクNo.39『ティエ&リー一家&クラウドのピクニック』を使わせてもらってます。 幼少期中心でもよかったんですが、『何かいいネタないでしょうか』と相談したニコさんに手紙ネタをもらいましたので、『現在』のワガママ娘中心で、振り回される神田さんが書けました(笑) コムイさんは、リナリーのことなら何でも許せちゃうシスコンだけど、神田さんは割と『普通のお兄さん』に近いと思うのです。 妹をいじめる奴は許せないけど、普段はワガママに手を焼いてる的な(笑) 『奇怪』の設定は、なにか不思議な話とかないかなぁと検索していたら、『世界中に、美しい幾何学的模様の盤状の石が降ってきたという記録がある』という話を見つけてネタにしてみました。 日本でも去年、おたまじゃくしが降ってきたってニュースがありましたもんね。>原因は鳥だそうですが。 はじめは火山の小規模な噴火で結晶が飛んでくる、って設定だったんですが、そんなことすると本気で神田さんが火口に落とされそうだったので(笑)、できるだけ穏やかな方で。>アクマにとっては十分惨い。 ともあれ、2009年度最後のお祭、お楽しみいただければ幸いです |