† Guilty †






 ――――・・・『その日』が来るのを待っていた。
 昼も夜もわからぬ牢獄の中で、律儀に運ばれてくる食事の数を数えながら。
 俺の命が尽きるまで、あと5日・・・4日・・・3日・・・2日・・・・・・いよいよ、明日。
 多くの命を奪った咎で、多くの『正しい』市民の判断により、俺は殺される。
 ―――― 殺れるものなら殺ればいい。
 だが、ただでは死なない。
 なぜなら俺は、『無実』なのだから。
 俺が殺した多くの『人間』が、既に『人』ではなかったことを、俺だけが知っていた。
 既に死んだはずの者が蘇り、人の皮を被って蠢いていることを。
 だが、それに気づかない多くの『正しい』市民は、老若男女問わず殺した俺を、『殺人鬼』と忌み嫌い、酷い傷を負わせて捕らえ、鎖に繋いだ。
 『死刑』の宣告がなされた途端、治療を放棄された傷は膿み、俺の動きを徐々に封じていく。
 刑を執行する前に、死なれて困るのはあちらだろうに、死刑囚にはガーゼの一枚も惜しいらしい。
 ―――― どちらが残忍なのだか・・・。
 思わず笑みを漏らした俺の耳が、複数の足音を捉えた。
 看守が教誨師でも連れてきたか。
 真実も知らず、ご苦労なことだと、また笑みが漏れた。
 牢獄の鍵が、開いた。
 扉の向こうにいたのは案の定、看守と神父。
 どこか忌々しげな顔をした看守を、神父が静かに押しのけた。
 「ウィンターズ・ソカロ、釈放です。
 あなたを、黒の教団へ迎えます」


 「・・・どういうことだ?」
 牢獄を出され、医務室へ連れて行かれた俺は、丁寧に治療を施す手を、訝しげに見下ろした。
 「俺は明日、死刑に・・・」
 「そのようなことにはなりません」
 「なぜ・・・」
 「なぜならあなたは、無実なのだから」
 その言葉に、俺は思わず笑い出した。
 「アタマおかしいんじゃないのか、ジジィ?!
 俺は、もう何人も殺してる殺人鬼だぜ?
 その俺が無実?!」
 ゲラゲラと笑う俺に、しかし、神父は穏やかに頷く。
 「あなたが殺したのは・・・いや、壊したのは、『人』ではなく、人の皮を被った『悪魔』です。
 そうでしょう?」
 その言葉に、俺は笑声を収めて瞠目した。
 死刑を執行される前に、大声で言ってやろうと思っていたことを、目の前の老神父に言われてただ驚いた。
 「なんで・・・」
 「私もその、『悪魔』を壊す者だからです」
 静かに言って、彼はケープに刺繍されたローズクロスを示す。
 「私は黒の教団、エクソシスト元帥のケビン・イェーガー。
 あなたを迎えに来ました」


 ―――― 死にたくなければエクソシストになれ。
 そんな断りようのない命令を受けた俺は、戸惑う間もなく監獄から連れ出され、元帥を名乗る老神父について旅をした。
 幾日もかけて海を渡り、欧州へ着いた途端、俺は死刑囚から聖職者へと職換えされた。
 「この紋章を纏う限り、お前に司直の手は伸びない。
 この世界を守るため、アクマを狩るのだ」
 「世界を守る・・・?
 この俺が?!」
 失笑した俺に、イェーガー元帥は真面目な顔で頷く。
 「それがお前に課せられた使命・・・いや、科せられた罰則だ」
 「俺が無実だっつったのは、あんたじゃなかったか?」
 共に旅する間にすっかり命令口調へ変わった元帥へ、俺は忌々しく舌打ちした。
 が、彼は平然と受け流し、教団本部の暗い回廊を先に立って歩き出す。
 「お前に与えられた力は、神の使徒として賜った特別なもの。
 存分に生かすといい」
 「けっ!」
 吐き捨てて、回廊の外へ目をやった俺は、中庭を囲む塔の上、石造りのバルコニーに佇む人形にぎくりとした。
 いや、人形かと思ったのは、首から下を黒衣に包んだ女・・・。
 視線を一点に据えたまま微動だにせず、ただ風が、女の淡い金髪を遠慮がちに揺らして、ビスクドールのように無機質な頬を撫でていた。
 「あれは・・・」
 思わず呟いた俺を、元帥が振り返る。
 「お前と同じ、エクソシストだ。
 先の戦闘で心身に傷を負い、治療している」
 「傷・・・」
 呟いた時、冷たい風が女の髪をなぶり、秀麗な半面を覆う無残な傷を露わにした。
 「アクマって奴はデリカシーがないな。
 あんなキレイなもんを台無しにしちまうとは」
 「・・・果たして、アクマだけだろうか」
 元帥の呟きを訝しく聞きながら、俺は女が見据える先を見遣った。
 眼下の中庭に人はなく、水を止められた噴水を、薄く雪が覆っている。
 「なに見てんだ?」
 不思議に思って、俺は窓から身を乗り出した。
 だが、やはり中庭には何もない。
 元帥が言う『心身の傷』が想像以上に深く、我を失っているのだろうかと思い、再び見遣った女の目が、わずかに動いた。
 「?」
 再び視線を辿り、中庭を見下ろせば、1階の欄干の隙間から小さな・・・痩せこけて骨と皮だけになった小さな子供が、そっと出てくるところだった。
 子供は怯えた顔で何度も背後を窺い、猫のように足音を忍ばせて歩む。
 だが、おどおどと震える足を踏み出す様に、俺の唇が歪んだ。
 「なにから逃げてるのかは知らねぇが、気配の消し方が全然なっちゃいない。
 すぐに捕まるな、アレは」
 俺の呟きに、元帥は眉根をひそめたが何も言わず、懐から細いダガーを取り出した。
 「おい、まさかあのガキに・・・」
 投げつけるんじゃ、と言う間に、元帥はダガーを鋭く放った。
 しかしそれは子供ではなく、子供へと伸びた手を貫き、共に闇の中へと沈んで行った。
 「追っ手か?」
 「そうだ」
 「ふぅん・・・あの子供、逃がしちまっていいのかい?」
 何気なく問うと、元帥は踵を返し、階下へ戻って行く。
 「鴉に捕まれば、あの子は酷い罰を下される。
 今のうちに、戻るよう諭してやらねば・・・」
 「鴉?
 さっきの追っ手のことか?」
 俺の問いに、元帥は頷いた。
 「中央庁の暗部で蠢く戦闘集団だ。
 奴らは使徒ではないが、使徒を狩るすべを持っている」
 「使徒・・・あのガキが?」
 意外に思って問えば、元帥はまた頷く。
 「まだ未熟ではあるが、適合の可能性ありとして連れてこられた子供だ」
 「可能性・・・ねぇ?」
 駆け出した元帥について階下に降りると、そこにはもう、子供の姿はなかった。
 「うまく逃げたみたいだな」
 「いや」
 俺の呟きに首を振った元帥は、中庭の一角、冬枯れた潅木へと歩み寄り、膝を突く。
 「おいで・・・出ておいで、リナリー。
 鴉に捕まれば酷いことをされてしまう。
 その前に、部屋へお帰り」
 元帥が枝の絡んだ潅木に向けて囁くと、その向こうから、痩せこけた少女が顔を覗かせた。
 「げんすい・・・でも・・・・・・!」
 枯葉のように乾いて、艶のない少女の頬に、まだこんな水分があったのかと驚くほどの涙が伝う。
 「私がいる間は大丈夫だ。
 さぁ、一緒においで」
 元帥が手を伸ばすが、彼女は震える手を自分の胸に引き寄せ、うずくまった。
 「リナリー・・・」
 「鬱陶しい奴」
 なだめようとする元帥を押しのけ、俺は少女の襟首を持って摘み上げる。
 震えて声も出ない彼女に、せいぜいあくどく笑ってやった。
 「どこに逃げようってんだ?
 外のことなんか、知りもしないくせによ」
 「・・・っ!」
 喉を引きつらせ、震える少女になおも言ってやろうとすごんだ時。
 「ふぇっ・・・ええええええええええええええええええええんっ!!!!」
 どこからこんな声が、と思うほど激しい泣き声があがって、思わず放り投げた。
 「・・・っソカロ!!
 小さい子をいじめるのはやめないか!!」
 放り出された子供を慌てて受け止めた元帥の叱声を無視して、つんざかれた耳を撫でる。
 「ぅっあーびっくりしたなおい。
 なんだお前、意外と元気じゃねぇか。
 まぁ、元気じゃなきゃ、逃げようなんて思わねぇよな」
 元帥に抱かれた子供の頭をガシガシと撫でてやると、また面白いように泣き声をあげた。
 「へぇ、こりゃいいや」
 「ソカロ!」
 再び手を伸ばすと、元帥に怒鳴られる。
 憤然と俺に背を向けた元帥は、腕の中で泣きじゃくる少女を抱え直し、赤子をあやすように揺らした。
 「さぁ、怖がらなくていいから、リナリー。
 部屋へ戻ろう」
 「いや・・・やだ・・・!!
 おうち帰る・・・おうち帰して・・・!
 媽媽(マーマ)!!媽媽!!媽媽!!!!」
 この年の子供なら無理もないだろうが、母親を呼んで泣く少女の甲高い声に、耳を塞ぐ。
 「あんたらにとっちゃ、大事な使徒だろ。
 母親も一緒に連れてくりゃ、逃げようともしないんじゃないか?」
 と、元帥は無言で首を振った。
 声にならない唇の動きが、『死んだ』と呟く。
 「やれやれ・・・」
 だったら帰ったところでどうしようもないだろうに、と言いかけたが、この年の子供が『死』を理解できるとも思えずやめた。
 代わりに、多くの悪漢共を震え上がらせた笑みを少女に向けると、彼女は怯えて声を失う。
 「はっ!
 お前はもう、ここから出られねぇそうだぜ?
 おとなしくこの牢の中にいるんだな!」
 「・・・っ・・・っ・・・っ・・・!」
 声もなくしゃくりあげる少女を、元帥が更に俺から引き離した。
 「まったく、酷い男だな、お前は!
 こんな小さな子を泣かせて・・・」
 「こんな小さなガキを閉じ込めるのは、酷くないのかよ?」
 嘲笑に、元帥は憮然とする。
 「・・・先にヘブラスカの間へ行け。
 場所は、誰か捕まえて聞くのだな」
 低く不機嫌な声で言う元帥に肩をすくめて応え、俺は彼が少女を連行する様を見送った。


 それからと言うもの、なんとなく・・・あの痩せこけた少女のことが気にかかっていた。
 初めて見かけた時と同じ中庭に目をやれば、やはり、あの傷を負った女もじっと庭を見下ろしていた。
 自室らしき部屋のバルコニーに立ち、人形のように微動だにしない女の目だけが、怯えた動物のような少女の気配を追う。
 「相変わらず、いい目をしてるな」
 日に日に気配を消すことがうまくなって行く少女は、気を抜くと俺の視界から消えてしまうが、女の目はたとえ建物の陰に隠れようと、正確にその動きを追っていた。
 「まさか、あいつが鴉の監視役じゃねぇよな?」
 呟いて、俺は苦笑した。
 元帥が言っていた、彼女もエクソシストだと。
 彼女を仲間とは思わなかったが、元帥の鴉への態度を見るに、エクソシストが奴らに味方するとは思えなかった。
 「まさかあいつも、あのガキがどこまで逃げられるか、見物してんのかねぇ?」
 俺は笑みを漏らして、再び中庭を見下ろす。
 「さぁて・・・今日はあのガキ、どこまで逃げられるかな?
 賭ける相手がいないのが残念だぜ」
 退屈な教団の中で、今はそれが楽しみになっていた。
 だが、俺とは逆に、楽しくないのは鴉の連中だろう。
 鳥籠の中から出ようとあがく小鳥を捕らえる度、その扱い方は乱暴になって行った。
 だから・・・『エクソシスト』としては、奴らの邪魔をしたいと思っても不思議じゃない。
 「むしろ、酷い奴らからいたいけな子供を守る、『いい奴』じゃねぇか?」
 そんなことを一人ごちながら、俺は少女を追って出て来た鴉を一羽、『足止め』した。
 「これがホントの、足に根が生えるってやつだな」
 投げたダガーが鴉の足の甲を貫き、地面に縫い止める様を、楽しげに見下ろす。
 「俺のナイフ投げの腕も上がっただろう?」
 なにを言っても無反応の女にも声をかけ、俺は少女の後を追った。
 「さぁ・・・どこまで行ける?」
 懸命に走る少女を、捕らえようとする手にダガーを投げつけ、緊縛の術は壁にいくつもかかる武具を落として阻む。
 そうして邪魔を排除していくと、足の速い少女はあっという間に長い回廊を抜けた。
 「よしよし、今日も回廊はクリアだな」
 必死な少女をゲームの駒にする俺は、鴉よりもむしろ、たちが悪いのかもしれない。
 だが、この教団にわだかまる、臭気にも似た重く暗い空気を払うには、もってこいの気晴らしだった。
 「今日はせめて、水路には辿り着けよ?」
 エクソシストになるためにも、鴉との追いかけっこはいい訓練になるだろうと、笑声が漏れる。
 「どうせなら、あいつも反撃すりゃあいいのにな」
 今は逃げることばかり考えて、一切の反撃をしない少女が『キレる』時が楽しみだった。
 「希少なエクソシストと、いくらでもいる鴉・・・。
 殺ったって、お咎めはなしだろうぜ」
 その証拠に、奴らは少女の逃亡を幇助する俺に、苦情の一つも言ってこない。
 言えないよう、俺は既に多くのアクマを破壊して、教団での存在感を増していた。
 「あいつも・・・早く血に塗れるがいい」
 あの愛らしい少女が血に塗れる姿はどんなに美しいだろう。
 悪魔の血を吸って咲く花は、どれ程妖しく薫ることか。
 思うだけで、ぞくりと震えが走った。
 「逃げろ逃げろ・・・。
 絶望が深いほどに恨みは募り、反動は強くなるもんだ」
 低く呟き、少女に続いて回廊を出た瞬間、周囲を幾重にも札で囲まれた。
 「・・・小細工を」
 鼻で笑えば、仮面で顔を隠した鴉が、恨めしげに闇から現れる。
 「・・・冗談が過ぎますぞ、使徒様」
 「は!
 使徒なんざ、冗談でもなきゃやってられっかよ」
 笑って指先にダガーを弄べば、鴉どもが殺気を纏った。
 その様に、俺はあくどく笑う。
 「悔しいかよ、俺みたいなのが使徒で?
 信仰に篤いお前らでなく、俺みたいな元死刑囚が、テメェらより地位が上ってことが気にいらねぇか?」
 嘲笑すれば、ますます奴らの殺気が漲る。
 「・・・使徒は、清廉にして神意に忠実であるべきです。
 それが神の兵としての役目・・・」
 「は!
 せいぜい囀ってろよ、狂信者どもが!
 てめぇらみてぇなイタイファンは、カミサマだって迷惑だとよ!」
 笑い飛ばせば、幾人かが攻撃的に身動ぎした。
 「ふん、やるってか?
 いいぜ、やれるもんならやってみな」
 挑発にはしかし、乗ってこない。
 用心深くて頭のいい・・・本当に、鴉みたいな奴らだ。
 ならばこちらから行くかと歩を踏み出した途端、水路の方から甲高い悲鳴が響く。
 「捕らえたか」
 鴉の呟きに、俺は肩をすくめた。
 ――――・・・ゲームオーバー。
 今日も少女は鴉に捕まったらしい。
 「あーぁ。
 お前らが邪魔しなきゃ、今日こそ最高点に行けるはずだったんだがな」
 途端、今までで最も激しい殺気をぶつけられ、俺は思わず吹き出した。
 「は!
 ただの遊びじゃねぇか、熱くなるなよ」
 言ってやると、案の定、生真面目な奴らは『遊びではない』と吐き捨てる。
 「ふん。
 じゃあてめェらは、あんなガキを多勢で『真面目に』いたぶってるわけか。
 イカレたヤロウ共だぜ」
 水路側を見遣れば、ぐったりとした少女をぶら下げた鴉がこちらに来るところだった。
 「おい、そのガキこっちに寄越しな」
 声は無機質な仮面に弾かれ、あっさりと無視される。
 だけでなく俺を囲む奴らが更に詰め寄り、
 「この件に関して処罰いただくよう、厳重に抗議させていただく」
 と、権力臭漂う口調で言ってくれた。
 「あぁ、思う存分やってくれ。
 だがてめェら、元死刑囚なめんなよ?」
 にやりと笑い、俺を囲む無機質な仮面を睨み回す。
 「投獄拷問上等!
 だがやるからには、死ぬ気でかかってこいや♪」
 互いの殺気がぶつかり合い、火花でも散りそうな間に、その時、白い毛玉が転がり込んだ。
 「?」
 思わず見下ろした瞬間、閃光が目を焼く。
 鴉の攻撃かと思ったが、悲鳴はむしろ、奴らの方が放っていた。
 「なんだ・・・?」
 閃光が収まった頃、残像で見えにくい目を瞬く俺を、何かが抱えあげる。
 「は?!」
 抱えあげられるなんざ、ガキの頃以来だ。
 が、確かに大きな腕が、俺を小脇に抱えて駆け出す。
 頬に毛皮のような感触が当たり、よく見ると、俺は巨大な猿に抱えられていた。
 「サルッ?!」
 なぜ、と思う間もなく、猿は俺を抱えて回廊を抜ける。
 と、その先の暗闇に、女の首が浮いていた。
 ぎょっとして目を剥くと、それは首から下を黒衣で包んだ、あの女だ。
 半面を酷い傷に覆われた女は、色の薄い目を向け、こちらへ手を伸ばした。
 「なんだよ・・・」
 わけがわからず、問うた俺を無視して、女は猿のもう一方の腕が抱えていた少女を受け取る。
 「・・・・・・冗談が過ぎるぞ」
 初めて聞いた女の声は低く、微かで、俺は一瞬、どこから聞こえたものかと辺りを見回した。
 と、少女を抱いた女は、じろりと俺を睨む。
 「真にこの子を憐れと思うなら、余計な希望を持たせるな」
 そう言う声に抑揚はなく、それが忠告なのか苦情なのか、いまいちわかりかねた。
 猿の腕を振りほどいた俺は、女に歩み寄ってその目を覗き込む。
 「希望を持っていたのはお前だろう」
 言ってやると、女はわずかに目を細める。
 「俺も、死刑になる日を数えていたことがある。
 窓もない牢獄じゃあ、動くのはネズミくらいのもんだったが、動けねぇ俺に代わって走るあいつらが妙に可愛くてな。
 いつも目で追っていた」
 お前みたいに、と笑うと、女は初めて表情を変えた。
 唇を吊り上げた顔は、半面を傷で覆われているためか、笑みというよりは泣きそうに歪んでいる。
 「私達は死刑囚か」
 「似たようなもんじゃねぇか?」
 ―――― 死にたくなければエクソシストになれ。
 俺はイェーガー元帥にそう言われて、この教団に入った。
 常に戦場にあることを科せられた俺達は、執行日を知らされない死刑囚と同じだ。
 そう言うと、女は更に唇を歪めた。
 「・・・そうだな。
 私は・・・それでもいい。
 だがこんな子供が、そんな目に遭うほどの罪を犯したというのか?」
 重苦しい声の問いに、俺は辛気臭さを払うように鼻を鳴らす。
 「こっちの宗教じゃ、人間は生まれたことが既に罪なんだろうがよ。
 嫌なら生まれなきゃよかったんだ」
 「生まれてこなければ・・・か・・・・・・」
 ますます重くなった自身の声に引かれるように、女が俯いた。
 「ま、たかがリンゴの一つくらいで追ん出すようなケチ臭いカミサマなんぞ、こっちから願い下げだがな」
 鴉が聞けば、頭の血管が切れそうなことを言ってやったが、女は俯いた顔に笑みを浮かべたまま、何も言わない。
 無言で背を向けた女に、挑発したはずの俺の方が声をかけてしまった。
 「そいつをどうするつもりだ?」
 間抜けだな、と思いながらも問いを発した俺を、女は肩越しに見やる。
 「医務室へ。
 婦長なら、この子をかくまってやれるからな・・・長い時間ではないが」
 せめて、眠る時間くらいは与えたい、と、ため息混じりに呟いた女の背後で、俺はイライラと腕を組んだ。
 「気にいらねぇな」
 「なにがだ?」
 ムッとして振り向いた女に、首を振る。
 「お前にじゃねぇ、そんな場所にしか、このガキの逃げ場がないって言う、この状況がだ」
 一足に距離を縮めると、女は退きもせず、色の薄い目で見返してきた。
 ・・・この俺を、恐れ気もなく見返してきた女は、こいつが初めてだ。
 そんな感心をしながら、俺は女の腕の中で、ぐったりした少女を指した。
 「お前はさっき、こんなガキが酷い目に遭うほどの罪を犯したのか、っつっただろ」
 「・・・お前は、生まれてきたこと自体が罪だと言った」
 「そりゃこっちの考え方だ!
 あいにく俺ァ、カミサマなんて胡散臭いもんは信じちゃいねぇし、生まれてきたこと自体が罪のガキがいるなんざ思ってねぇ。
 だから言わせてもらうぜ!
 お前、この状況を嘆いてるだけか?!」
 意外そうに目を見開いた女に、更に迫る。
 「お前が心身に傷を負ったらしいってのは、見りゃあわかる。
 キレイな顔に、そんな傷を負わされちゃあ、気分も暗くなるだろうよ。
 だが、不幸な自分の身の上を嘆いて、哀れなガキが鴉に虐待されてんのを眺めてるだけかよ?!」
 「・・・っ!」
 息を呑んだ女の手から、俺は少女を取り上げた。
 「お前もエクソシストなんだろう?
 いいか、俺らには『希少価値』って言う、最大の武器があるんだ。
 俺らでなきゃアクマを壊せないって言う、何よりの武器がな。
 それを利用しないでどうする?」
 「どういう・・・ことだ・・・?」
 本当にわかっていないのか、呆然とする女に、俺は鼻を鳴らした。
 「お前まで洗脳されてんのか?
 希少なエクソシストと、代えの利く鴉。
 比べるまでもねぇ、俺らが奴らを何羽殺っちまったところで、お咎めなんざないってことさ」
 「そんな・・・馬鹿なことができるか!」
 初めて声を荒げた女に、いい兆候だとほくそえむ。
 「馬鹿なのはお前だ。
 俺らは連中の道具じゃねぇ、エクソシストで、神の使徒様だ。
 なんで奴らの横暴に従うことがある?
 ・・・俺らがいなきゃあいつらは、1体のアクマだって壊せやしねぇのに」
 囁くと、女は魅入られたように動きを止めた。
 俺はイブをたぶらかす蛇になった気分で、更に囁く。
 「俺が国にいた頃は、アクマもイノセンスもエクソシストのことも、なにも知らなかった。
 だから俺は、死刑囚になっちまったんだ。
 アクマをアクマだと知らずに壊したことでな」
 身じろぎもせず聞き入る女に、笑みを深めた。
 「でもここじゃあ、俺らが『正義』だ。
 このローズクロス一つで、同じ破壊が『殺人』から『救済』へと意味を変える。
 変えられるのは、俺らだけだ。
 俺ら、エクソシストだけ・・・わかるな?」
 無言で頷いた女に、俺は少女を返す。
 「この価値、利用しない手はねぇよ。
 連中は、戦の旗色が悪くて焦ってんだ。
 奴らが力でエクソシストを押さえ込もうってんなら、俺らはイノセンスを盾に戦えばいい。
 奴らがなんと脅しをかけてこようと、『アクマを狩るのはやめた』と言い張ればいいことさ。
 ・・・まぁお前に、投獄や拷問に耐えるだけの強さがあればの話だがな?」
 瞬いた女は、ややして、またあの引きつった笑みを浮かべた。
 「この世界で、決して敵に回してはいけないものを知っているか?」
 思わぬ問いかけに、一瞬停止した思考をなんとか巡らせる。
 「・・・・・・勇猛な戦士か?」
 俺なら勝てるがな、と、考え考え言った俺を、女は鼻で笑った。
 「そんなもの、赤子の手をひねるようなものだ」
 「じゃあ・・・大国の君主」
 「泣いて跪くだろうよ」
 「・・・誰だ、その恐ろしい奴は」
 眉根を寄せた俺に、女は笑みを漏らす。
 「母親だ」
 少女を抱え直し、微笑んだ女に、俺も苦笑を返した。
 「・・・・・・勝てる気がしねぇ」
 「だろう?」
 得意げに笑い、女は再び踵を返す。
 「私は産んだ経験はないが・・・必要ならば、虐げられた子供達の母になろう。
 守るものがあれば、私は更に強くなる」
 笑みを含んだ声に惹かれるように、白い毛玉が駆け寄って、女の肩に乗った。
 「そのサル・・・」
 そう言えば、俺を抱えて来たあの巨大な猿はどこへ行ったのだろうと、辺りを見回すが、影も形もない。
 再び女へ目をやると、いつの間にか振り向き、じっと見つめられていた。
 「お前、名前は?」
 「ソカロだ。
 ウィンターズ・ソカロ」
 にやりと笑うと、女も引きつった笑みを返す。
 「クラウド。
 クラウド・ナインだ。
 お前のおかげで決心がついた、ソカロ」
 「あ?なんのだ?」
 問うと、クラウドは笑みを漏らした。
 「元帥号を、受けることにする」
 「・・・げ・・・ん・・・すい――――――――?!」
 お前が、と、指差した俺を、クラウドは咎めもせずに笑みを深める。
 「子供を守るためなら、我が身に降りかかる災厄など些細なことだ。
 元帥となって、中央庁と戦ってみせるぞ」
 引きつった笑みに自信と決意を覗かせたクラウドに、俺も思わず笑みを返した。
 「は!
 お前みたいに弱そうな奴が元帥になれて、俺がなれないわけがねぇ。
 俺だってすぐに、元帥になってみせるぜ」
 そして、あの気に食わない連中をブッ倒す。
 そう言った俺に、クラウドは初めて、声をあげて笑った。
 「やれるものならやってみるがいい。
 お前のように信仰の薄い人間には、難しいと思うがな」
 「そう言うことは、ガキのひとりでも産んでから言えや!」
 憎まれ口に憎まれ口を返し、互いに鼻を鳴らして背を向ける。
 あいつは中央庁と戦いに、俺はアクマをブッ壊して元帥に昇格するために。
 牢獄はもう、飽き飽きだ。
 俺のこの戦いに、罪があろうが知ったこっちゃねぇ。
 法の及ばぬ戦いで、自分の勝利を勝ち取り、牢獄を破るために―――― 俺達はそれぞれの戦場へ向かった。



Fin.

 










まさかのソカロ元帥独白でした(笑)
はい、さっさとリク書けと言われるだろうなぁとは思ったんですが、2009年度のお祭りが全部終わって、『1作だけ好きなの書きたい!!』と思ったのがなぜかこれだったという(笑)
私、ソカロ元帥愛してるのかもv←おい。
冗談はさておき(冗談だったんか)、コムイさん登場以前の教団で、エクソシスト達は中央の横暴に黙って従ってたのかなぁと思いまして。
家出人の師匠はともかく、ちゃんと仕事していたらしいソカロ元帥は黙って従っちゃいないだろうし、そもそもなんでこの人死刑囚だったの、なんてことをつらつら考えていたら、こんなお話できちゃいました。
クラウド元帥が、ソカロ元帥より先に称号を得た、というのは捏造ですけど、この二人がケンカ仲間だったら楽しいな、と思って書いてしまいました(笑)
私の捏造では、クラウド元帥はイェーガー元帥に頭が上がらなくて、師匠にセクハラされてて、ティエドール元帥とは子供を取り合う仲で、ソカロ元帥とは対等にケンカしていればいいと思います!
年下の優等生に先越されるソカロ元帥って、本当にありそう(笑)












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