† Nexus4 †





† このお話はリンク・神田・ラビ・アレンを兄弟にしてしまおうと言う、無茶を貫いた勇気あるパラレルです †
人種の壁のことなんか、深く考えてはいけません。
そもそも実の兄弟ではありませんから、関係ありません。
まったりとした(?)日常風景に、過度の期待はしやがらないでください★←みな○みけ風


 「長期の海外勤務ご苦労だったね、ハワード君」
 尊敬する上司の労いの言葉に、リンクは深々と頭を垂れた。
 「恐れ入ります」
 「今後は本社で、私の補佐を頼むよ。
 欧州で培った君の経験に期待している」
 「はい、努力してまいります」
 冷静に、と努めたつもりだが、その声は常になく高揚している。
 だがそれをむしろ、好感を持って捉えた上司は、満足げに頷いてデスクの上の手を組んだ。
 「ところでハワード君、こちらでの住居はもう、決まったのかな?」
 「いえ・・・実はまだ、探している最中でして。
 今はホテルに滞在しております」
 「そうか!それは都合がいい!」
 手を打った上司に、リンクは首を傾げる。
 「私の別宅に住まないかね?
 会社にも近いし、交通の便もいい場所だ。
 もちろん、家賃は要らない」
 「は・・・?
 それは・・・非常にありがたく思いますが・・・」
 どう言う事情だろう、と、目を丸くするリンクに、上司は軽く吐息した。
 「実は・・・私には実子の他に、養子が幾人かいるのだが、年頃のオトコノコ達はどうにも扱いづらくてねぇ。
 君ほど礼儀正しくとまでは望まないが、せめて表に出しても恥ずかしくないように、躾をしてもらいたいと考えている」
 「躾・・・ですか・・・」
 ますますわけのわからなくなった彼に、上司は『恥ずかしながら』と口を濁す。
 「少々・・・その、甘やかしすぎたせいか、わがままな子供達でね・・・。
 家政婦を頼んでもすぐに辞めてしまうし、だからと放って置いたら家はめちゃくちゃになるし・・・。
 きっとあの子達には、年の近い、兄のような存在がいてくれた方がいいのではないかと思うのだ」
 「はぁ・・・」
 困惑して生返事をするリンクに、上司は半ば腰を上げた。
 「仕事のある君にこんなことを頼んで申し訳ないと思う!
 だが、あの子達を躾けてくれるなら、ボーナスも出世も約束する!
 だから遠慮せず・・・いや、遠慮なんかしていては絶対躾なんかできないのだから、ビッシビシ鍛えてやってくれ!!」
 「はい・・・」
 「そうか、助かったよ!!」
 あまりの迫力に気圧され、つい、頷いてしまったリンクに、上司の安堵顔が畳み掛ける。
 「くれぐれも頼んだよ!」
 「はい」
 嫌な予感がしないこともなかったが、他ならぬ上司の頼みと、リンクは謹んで拝命した。


 本格的な引越しの前に挨拶をしておこうと、会社帰りに件の家へ立ち寄ったリンクは、高級住宅地の中にある、決して小さくはない家の惨状に唖然と口を開けた。
 「・・・ゴミ屋敷?」
 それなりの広さがある庭は荒れ放題で、庭木にはクリスマスイルミネーションの残骸とおぼしき電線の数々が絡み付いている。
 玄関やベランダには日刊紙や雑誌が溢れ、一部は雨に濡れたまま放置したせいだろう、壁に貼り付いていた。
 それらの惨状は、なんとか門内で留まっているために、ご近所のひんしゅくは買っても迷惑はまだ・・・微妙なバランスでまだかけていない・・・と・・・主張くらいはできるかもしれない。
 「これは・・・屋内を見るのが恐ろしいですね・・・・・・」
 呟きつつ、門にかけた手がびくともしないことに気づいて、リンクは眉をひそめた。
 「・・・開かない」
 鍵がかかっているのではなく、玄関口に雪崩れた新聞か雑誌かで封じられているらしい。
 防犯の観点で言えばこんな家、空き巣も侵入を諦めるだろうが、それ以前に家人が入れない状態となっていた。
 「・・・困りましたね」
 「なにが?」
 突然声をかけられ、リンクは驚いて振り向く。
 と、部活帰りか、大きなスポーツバッグを抱えた少年が、きょとん、として彼を見つめていた。
 「あの・・・私はこちらにご挨拶に伺った者ですが、この家の方達は・・・」
 「あ、うちにお客さんですか!」
 にこっと笑った少年は、しかし、すぐに困惑げに首を傾げる。
 「新聞の勧誘だったらすみません、もう10社以上取ってて、これ以上取るなって怒られるんです」
 そう言うことで、と、手を振った少年にリンクは眉をひそめた。
 「・・・新聞の勧誘に見えますか?」
 「違うんですか?」
 「違います」
 きっぱりと言うと、少年はまた、きょとんと彼を見つめる。
 「・・・お兄ちゃん達のお友達?」
 少し考えてから言った彼に、リンクは首を振った。
 「いいえ、私はお父様の部下です」
 「お父様?・・・あぁ、ルベリエ社長の?」
 養子とは言え、親子の繋がりはあるのかと思っていたが、どうにもその感情は薄いらしい。
 「そう呼んでいるのですか?」
 「うん。
 お兄ちゃん達はおっさんとかオヤジとか言ってるけど」
 「おっさ・・・それはお父様に対して、失礼なおっしゃりようですね」
 確かに躾がなっていない、と、肩をすくめたリンクは、しかし、目の前の少年の意外な礼儀正しさにはやや感心した。
 なにしろ、一番年下の彼・・・アレンのことは、躾のなっていない子猿だとばかり思っていたのだから。
 少し安堵して、リンクはアレンへ向き直った。
 「私はハワード・リンクです。
 お父様の部下で、この度、海外勤務から本社勤務へと異動になりました。
 お父様のご好意により、こちらに同居することになりましたので、よろしく」
 「同居?!」
 大声をあげたアレンは、ややして納得顔で頷く。
 「家政婦さん達、みんなお兄ちゃん達のせいで辞めちゃいましたからねぇ・・・・・・」
 「・・・一体、何をやったのですか」
 リンクが引き攣った声で問うと、アレンはふるふると首を振った。
 「意地悪なことは何も。
 ただ、お片づけしないのに散らかすのが酷いから、みんなキレちゃいました」
 「・・・・・・そのようですね」
 明日の休みは大掃除しよう、と、心中に決意して、リンクは再び門に手をかける。
 「それで?
 門が開かないのですが、いつもどのようにして・・・」
 「こうやって入ります!」
 軽く助走をつけて飛んだアレンが、門の上に片手をついて乗り越えた。
 「ホラ、簡単っ!」
 得意げに振り向いたアレンに、
 「なるほど」
 頷いて、リンクも軽々と門を乗り越える。
 「・・・すごい」
 「できないと思いましたか?」
 目を丸くするアレンに薄く笑い、リンクは手にした箱を差し出した。
 「なに?」
 「門を飛び越えても、中のケーキが偏ったりはしていないはずです」
 「歓迎しますvv
 現金なことに、ケーキで釣れてしまったアレンの後について、リンクは玄関をくぐる。
 と、思った通り、中は外以上の惨状だった。
 玄関から居間に至るまでの廊下は、両側を日刊紙や雑誌に支配され、雪崩れた上に更に積み重ねられて、よく重みで床が抜けないものだと感心する。
 「・・・足の踏み場もないとはこのことですね」
 「そうですか?
 微妙に歩けるようにはしてるんですけど」
 家の中にできた獣道をひょいひょいと渡って、アレンは先に居間へ到達した。
 「あれ、いたんだ、ラビ」
 「んー。
 夕刊の時間だからさ・・・誰?」
 脱ぎ捨てた服や古新聞に埋もれたソファで、夕刊を広げていた少年が目をあげる。
 「社長の部下の人だって!ここに住むそうだよ」
 ケーキもらった!と、喜ぶアレンとリンクを見比べて、ラビは眉根を寄せた。
 「アレン、知らない人から食いもんもらっちゃダメだって、兄ちゃんいつも言ってるさ!
 あと、知らない奴について行くのも、知らない奴を家に入れるのもダメさ!
 そんなことじゃお前、いつか悪い奴にさらわれちまうさね!」
 「えー・・・でも、社長の・・・」
 「そいつがそう言ってるだけだろ。
 俺はそんな連絡、受けてないさ」
 厳しく睨んでくる彼に、リンクは感心する。
 「すばらしい危機管理能力です、ラビ。
 その点に関して、弟への教育はお任せしていいようですね」
 「教育?」
 新聞が下がり、訝しげな顔が現れた。
 「えぇ。
 私はハワード・リンク。
 先日まで、クロノグループ欧州対策室に在籍しておりましたが、本日付けで本社勤務となりました。
 どうぞ、社員証です」
 リンクが差し出したIDカードを手に取り、ラビはじっくりと見つめる。
 ややして、
 「ちょい待って」
 ラビはソファの傍らで開きっぱなしのノートパソコンへ手を伸ばし、カードリーダーに社員証を差し込んだ。
 「個人カード認識OK。
 本物さね」
 「ご理解いただけたようで」
 返された社員証を丁寧にカードケースに収めたリンクを、ラビは興味深げに見つめる。
 「で?なんで同居なんさ?」
 「それは・・・」
 言いかけたリンクの眉が、唐突に跳ね上がった。
 「この状況を改善するために決まっているでしょう!立ちなさい!!」
 突然怒鳴られて、ラビだけでなくアレンも姿勢を正す。
 「休日まで我慢しようと思っていましたが、これほどの惨事となれば黙っていられません!
 今すぐ!
 大掃除に入りますよ!
 まずはこの散らばった新聞、雑誌類を紐でまとめなさい!!」
 「ぅえっ?!
 だって僕、まだ今週と先週のジャンプ読んでないんですっ!!ラビがどっかに隠したの!」
 「俺も!!
 アレンが持ってったままだから、先々週からのマガジンとサンデー読んでないさっ!」
 わいわいと抗議する二人へ、リンクが肩を怒らせた。
 「おだまりなさい!!!!」
 怒号を浴びせられ、アレンとラビが手を取り合って震え上がる。
 「そうやって放置した結果がこの有様でしょう!
 四の五の言ってないで動きなさい!!」
 「でもぉ・・・」
 「こっちの方が、居心地いいしさぁ・・・・・・」
 身を寄せ合い、不満げにごねて動こうとしない二人に、リンクは鼻を鳴らした。
 「これほど無残な有様では、お友達も呼べやしないでしょう。
 特に女性は、こんな場所へ近づきたがらないでしょうからね!」
 途端、ラビとアレンの熱意が段違いに増し、機敏に動き出す。
 「アレン、ビニール紐発掘したさ!!」
 「はい!
 じゃあこれ、まとめます!!」
 「よろしい」
 働き出した二人に満足げに頷き、リンクはジャケットを脱いだ。
 「私もお手伝いしましょう。
 ところで、もう一人はどちらに?」
 問えば、ラビが肩をすくめ、アレンは頬を膨らませる。
 「ユウは、いっつも夜遅くなんないと帰ってこないさ!」
 「いっつも口実つけて、僕らと一緒にいたがらないんですよ!」
 不満げなアレンの頭を、ラビが笑って撫でてやった。
 「団体行動が苦手なだけさ。
 ここは元々あいつんちなんだし、キレイに片付けたら、戻って来やすくもなるんじゃね?」
 「・・・元は人の家を、ここまで荒らしたのですか」
 それは通常の神経であれば、許しがたい行為に違いない。
 だが二人は揃って首を振った。
 「僕じゃないです!やったのはラビ!」
 「放置したんはユウちゃんも一緒さ!」
 「責任のなすりあいをするんじゃありませんよ、みっともない」
 結局は三人でやったことかと、呆れたリンクは脱ぎ散らかされた服を拾う。
 「洗濯機は稼動するのでしょうね?」
 「さぁ?」
 「使ったことないさね。
 たまったらコインランドリーに行ってるし」
 「・・・本気で呆れました」
 重く吐息したリンクは、二人に片づけを命じて獣道を行き、なんとか洗面所に辿り着いた。
 「水道は・・・よかった、錆びてはいませんね」
 なんでこの程度のことで安堵しなきゃならないんだろう、と思いつつ、用心のためにしばらく水を出しておく。
 だが予想通り、棚は空で、洗剤も何もなかった。
 「・・・私に同居しろですって?・・・・・・ここで?」
 重い呟きを漏らしてしまったリンクは、肺が空になるほどのため息をつく。
 「子猿の飼育員になった方が、まだマシですよ・・・」
 頭痛までしてきて、リンクは思わず頭を抱えた。


 「居間の、まとめ終わりましたよ!」
 洗剤や掃除用具、食材の買出しから戻ったリンクを、アレンが得意げに迎えた。
 「久しぶりに床を見たさね」
 そう言ってラビが笑うと、アレンが『僕は初めて見た!』と首を振る。
 「・・・・・・君達を心底気の毒に思います」
 ため息混じりに言って、リンクは獣道から小道へと変化した廊下をダイニングへ向かった。
 「ガスは通っているのでしょうね?」
 「あぁ、いつも湯は沸かしてっから」
 「・・・それだけでも嬉しいと感じるなんて、私の感覚も麻痺してきたようです」
 ほっと吐息したリンクに、アレンとラビが顔を見合わせる。
 「随分悲観的な考え方をする人ですね」
 「俺らちゃんと生活してたよなぁ?」
 「この状態で、よくもそんなことが言えますね・・・!」
 暢気な二人にこめかみを引き攣らせ、リンクは積み上げられた雑誌類を指した。
 「さぁ、夕食を作って欲しければ、あのゴミを全部出してしまいなさい!
 それから、廊下も全部片づけて!
 少なくとも、私の行動範囲内にゴミがないようになさい!!」
 「えー・・・。
 ごはんは隣のジェリーママが作ってくれるから別に・・・」
 「ではお隣の親切な方に怪我などさせないよう、片づけなさい!!」
 不満声を合わせた二人に怒鳴り返し、リンクはシンクにたまった食器類を猛烈な勢いで洗い出す。
 「早い・・・!」
 「ぼんやり見てないで、自分の仕事をなさい!!」
 「はいはい・・・」
 今日初めて会った彼に、なぜか主導権を握られていることを不思議に思いつつも、ラビとアレンは素直に従う。
 と、彼らがまとめたゴミを外へ運び出し終わった頃には、シンクだけでなくキッチン自体が見違えるほど美しくなっていた。
 「ま・・・魔法使い?」
 「ジェリー姐さんに続いて二人目さ!!」
 目を丸くする二人に、リンクは鼻を鳴らす。
 「整理整頓は論理ですから、このくらい、要領がよければ当然の速度です」
 てらいもなく言った彼に、感心して頷いたアレンは、上目遣いで隣の兄を見上げた。
 「だってさ。
 ラビおにーちゃんも頭はいいのに、なんでぐっちゃぐちゃなの?」
 「頭がいいのも何種類かあって、こっちは論理、俺は・・・」
 「言い訳は後でゆっくり聞きますから。
 さぁ、テーブルの上を片づけて、きれいに拭きあげなさい」
 アレンへの説明を邪魔されてムッとしたラビが、不満顔でテーブルのゴミを袋に詰め込んでいく。
 「・・・リンクさん、すごーぃ。
 ラビおにーちゃん、あんまり人の言うこととか聞かないのに」
 「そりゃお前さね!
 いっつも兄ちゃんたちに反抗してさ!」
 「なんで!
 僕、いい子じゃん!」
 「今日は初対面の人間がいるから猫かぶってるだけだろ!」
 きぃきぃと子猿のような声をあげてケンカを始めた二人を、リンクが睨みつけた。
 「早くしないと、今夜は夕食抜きですよ!!」
 それは困る、と、慌てて働き出した二人に、またもや鼻を鳴らす。
 「前途多難そうです・・・」
 この大掃除は何日続くのか、考えただけでリンクのこめかみに、引き攣るような痛みが走った。


 「お隣、どうかしたのかな?」
 キッチンの窓から隣家を覗いたリナリーが不思議そうに言うと、ママ代わりのジェリーも彼女の肩越し、隣家を見遣った。
 「なぁにぃ?またケンカ?」
 今日はどの組み合わせかしら、と笑う彼女に、リナリーが首を振る。
 「違うの。
 なんか、さっきからアレン君とラビがお庭に出てね、新聞とか雑誌とか、捨てに行ってるみたいなの」
 「あらまぁ!ようやくお掃除する気になったのねん!」
 屋外屋内を問わず、足の踏み場もないほどに散らかった家には、玄関から入ることすら不可能で、彼女達はいつも庭から彼らに食事を差し入れていた。
 「これで、塀越しにおしゃべりすることもなくなるかもねんv
 くすりと、ジェリーが笑った途端、
 「だからって、年頃のオトコノコばっかの家になんか入っちゃダメだからね、リナリー!!!!」
 リビングから兄の、ヒステリックな声が響く。
 「今までは塀越しだから許したけど、それ以上は一歩たりとも近づいちゃいけません!!」
 「・・・なんでだよー。
 別に、危ないことなんかないよ」
 一方的な命令に、リナリーが思わず反抗的に口を尖らせると、キッチンに飛び込んで来た兄は、千切れんばかりに首を振った。
 「オトコノコなんて信用しちゃいけませんッ!!
 特に隣の子達は、ユウ君以外ナンパでオンナノコ好きで危険極まりないヨッ!!」
 「えぇー・・・。
 アレン君だって、大丈夫だと思うけど・・・」
 「ラビが危険だってことは認識してるのね」
 それはよかった、と、ジェリーが笑声をあげる。
 途端、包丁持参で隣家へ乗り込もうとしたコムイを、ジェリーは慌てて羽交い絞めにした。
 「落ち着いて、コムたん!!
 あの子は年上好みっぽいから、リナリーは大丈夫よん!!」
 「いつ目覚めるかわかんないじゃないか!!
 放して、ジェリぽん!!後顧の憂いを絶つんだよ!!」
 「誰を殺すんだ?」
 「あ!ユウちゃん、いいところにきてくれたわっv
 コムたんから包丁取り上げて!お願い!」
 ジェリーの必死の声を受けるや、ユウはコムイの手をひねりあげ、あっさりと包丁を取り上げる。
 「すごーい!
 さすが武道の達人!」
 歓声をあげて拍手するリナリーに鼻を鳴らし、ユウは包丁をホルダーへ戻した。
 「で?
 誰を殺そうとしたんだ?」
 「ラビ!!」
 すかさず答えたコムイに、ユウは肩をすくめる。
 「うるさいのがいなくなって清々するぜ」
 「なによ!兄弟なのにそんな言い方しなくていいでしょっ!」
 信じられないとばかり声をあげたリナリーを、ユウはじろりと睨んだ。
 「兄弟なんかじゃねぇよ」
 「血は繋がってないけど、戸籍上はとっくに兄弟でしょ」
 ジェリーは苦笑交じりに言いながら、コムイをずりずりとリビングへ運ぶ。
 「ユウちゃん、すぐお夕食にするから、コムたん椅子に縛り付けてくれるぅ?」
 「えぇっ?!ジェリぽんなんでっ?!」
 「コムたんの頭が冷えるまで、動けないようにするためよんっ!」
 ジェリーが怒鳴りつける間に、彼女にだけは従順なユウが椅子にコムイを縛り付けた。
 「猿ぐつわもしとくか?」
 「そこまではしなくていいわよんv
 ユウの鮮やかな手並みに感心しつつ、ジェリーが満足げに笑う。
 「それよりも、今日は早かったのねん、ユウちゃんv
 お夕飯前に帰ってくるなんて、珍しいじゃない?いつも部活で遅くなるのに」
 キッチンに戻りながら何気なく言った彼女に、ユウは憮然と口をつぐんだ。
 その様に、はっとしたリナリーが目を見開く。
 「ユウちゃんユウちゃん!!」
 「・・・なんだよ」
 まとわりついてきたリナリーを、更に憮然と見下ろすと、彼女は大きな目を煌めかせた。
 「ユウちゃんまた、痴漢に遭ったんでしょ!!」
 ケラケラと笑い出したリナリーを、ユウがぎろりと睨む。
 「っるっせぇよ!笑うんじゃねぇ!!」
 「えぇっ?!図星なのん?!」
 「・・・ってことは、また痴漢を半殺しにしちゃって、ケーサツでお説教されてたのー?」
 驚くジェリーと呆れるコムイに、ユウは忌々しげに舌打ちした。
 「二度とふざけた真似ができねぇよう、腕折ってやっただけだ!」
 「・・・そんなこと言ったから、お説教が長引いたんだねぇ」
 「あら?
 じゃあもしかして、今日はガッコお休みしちゃったのん?」
 「・・・被害届の手続きと、何より説教が長引いた」
 とうとう認めた彼に、全員が爆笑する。
 「それ今年で何回目かしらん?!」
 「そろそろ噂になってもいい頃なのにねぇ!」
 「ユウちゃんの殺気も痴漢には効かないんだね!」
 「うるっっっっせぇ!!!!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るが、三人の笑声はますます高くなった。
 「だってユウちゃんったらオトコノコなのにぃん!」
 「その辺のオンナノコより美人だから仕方ないけどねぇ!」
 ジェリーとコムイが笑い転げながら言った途端、リナリーがむくれる。
 「なんでユウちゃんばっかり!
 リナリーより、ユウちゃんの方がいいのかな!」
 被害に遭いたいわけではないが、そう言う輩が寄ってこないのは、自分に色気が足りないためだろうかと、複雑な乙女心を覗かせたリナリーに、ジェリーが苦笑した。
 「あぁ、それは・・・」
 「お兄ちゃんが、不埒な人間全てを闇に葬ってるからだよv
 得意げに胸を張って、コムイがクスクスと笑う。
 「ボクみたいにおっきな男が側にいるだけで、普通は寄って来ないんだけどネ。
 たまに無謀な奴がいる時は、いつも隠し持った武器各種で駆除してるんだよv
 胸を張りすぎて椅子ごと後ろに転げたコムイに、リナリーは呆れ顔を向けた。
 「そんなことやってたんだ・・・」
 「気づかなかったでしょーv
 転げたまま、なおも得意げに笑うコムイに、皆が肩をすくめる。
 「よかったわねん、お兄ちゃんが守ってくれて」
 リナリーの肩を軽く叩いてジェリーがキッチンに戻ると、リナリーも手伝いに行った。
 「ねえユウくーん。
 そろそろボクを解放しないかなぁ?」
 こっそり囁いたコムイに、ユウはあっさりと首を振る。
 「なんでっ!」
 「ジェリーの命令だからだ」
 ご飯を作ってくれる彼女の命令は絶対と言う彼に、いかなコムイも反論の余地がなかった。


 その頃、コムイに命を狙われていたとは知らずにいたラビは、久しぶりに見た床にモップをかけながら、ふとキッチンを見遣った。
 「なんかすげーいい匂いがするさ」
 呟いた時には既に、アレンが餌をねだる猫のように、リンクにまとわりついている。
 「ねぇねぇ、なに作ってるんですか?なに作ってるんですか??」
 ねぇねぇと、猫のような声で鳴き続ける彼に、リンクがため息を漏らした。
 「そううるさくしなくても、もうすぐ出来上がりますよ。
 テーブルは拭きましたか?」
 「はい!
 ぴかぴかですよvv
 誉めて!と、言わんばかりに笑顔になったアレンへ肩をすくめ、リンクはきれいに洗って積み上げた皿を取る。
 「ロールキャベツの出来上がりです。
 ラビも、そろそろモップを置いて結構ですよ」
 「マジで?!やったさ!」
 喜んで放り出した途端、
 「掃除道具を片づけなさい!」
 すかさず叱られて、ラビはブツブツ文句を垂れながらも道具を片づけた。
 「今日は信じられないことばかり起こる」
 いまだかつて見たことのない、素直なラビにアレンが目を丸くする。
 と、彼がどいて見通しのよくなった部屋の窓を、誰かがこつこつと叩いた。
 「ジェリーさんvv
 歓声をあげて駆け寄り、窓を開けたアレンに、隣のジェリーママが微笑む。
 「こんばんは、アレンちゃんv
 随分きれいになったわねぇ!
 がんばったから、オナカすいたでしょ?」
 はい、と、差し出された大皿には、ホカホカと湯気をあげるフライが山盛りに乗せてあった。
 「エビーvvv
 早速つまみ食いするアレンの肩越し、ジェリーは歩み寄って来たリンクに微笑む。
 「どちらさま?」
 「はじめまして、ハワード・リンクと申します。
 ルベリエ社長より、こちらに同居するよう仰せつかりました。
 今後ともよろしくお願いします」
 「あらまぁ、ご丁寧にv
 アタシは隣のジェリーよんv
 ママって呼んでもらってもかまわないわんv
 華やいだ声をあげるジェリーに、リンクは訝しげな顔をした。
 「失礼ですが、あなたは男性では・・・」
 「心は乙女よんv
 さらりと返されて、リンクが言葉を失う。
 その隙に、ジェリーは庭から家に上がりこんだ。
 「まぁまぁ!
 足の踏み場もなかったお部屋が、すっかりきれいになって!
 キッチンも、ちゃんとお料理できてるじゃなぁいv
 まv おいしそうなロールキャベツ!
 これ、ハワードちゃんが作ったのぉん?」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 ジェリーの迫力に気を呑まれ、生返事をするリンクに、ジェリーが笑みを深める。
 「お料理もできるなんて、すごいわぁv
 アレンちゃんたちのこと、よろしくねんv
 「はぁ・・・そこ!
 立ち食いするんじゃありません!!
 せっかく拭いた床にポロポロこぼして!!」
 いきなり叱られて、アレンとラビがビクッと飛び上がった。
 「ご・・・」
 「ごめんなさいさ・・・・・・」
 フライをくわえたまま、ぺこりと頭を下げた二人に、ジェリーが目を見張る。
 「んまぁ!
 すっかりイイ子になっちゃって、この子達ったらん!
 このままハワードちゃんに躾してもらったらいいわよん!」
 「そのつもりです」
 じろりと睨まれて、二人は慌ててフライを飲み込んだ。
 「アレン、ラビ、ちゃんとジェリーさんにお礼を言いましたか?
 まさか、いただきますも言わずに食べたのではないでしょうね?」
 じっと睨んでくるリンクから目を逸らした二人は、ジェリーに向かってぺこりと頭を下げる。
 「い・・・いつもありがとうございます」
 「いただきますさ・・・・・・」
 「アラアラ!」
 くすぐったそうに笑って、ジェリーは紅白の頭をなでてやった。
 「いい子ねん、二人ともv
 明日のお夕飯はなににしましょうかv
 「カルボナーラ!」
 「ナシゴレン!!」
 あげた顔をぱぁっと輝かせた二人に、ジェリーが嬉しげに笑う。
 「オッケーv
 任せてぇんv
 「ですが・・・ご迷惑では?」
 申し訳なさそうに口を挟んだリンクを見遣り、ジェリーは笑って首を振った。
 「大丈夫よんv
 色んなお料理を作って食べてもらうのが、アタシのお仕事なのんv
 「それは・・・どういう?」
 「ジェリーさんは、レストランチェーン店のオーナーシェフなんですv
 なぜか、得意げに胸を張るアレンの隣で、ラビも頷く。
 「メニューを考えて、各店舗のシェフに指導するんが仕事なんさv
 んで、俺らはその試食係v
 「バイト代がわりに、お夕飯作ってあげてるのよぉんv
 バイト代よりもそちらの方がかさむのではないか、と思ったリンクは、ふと瞬いた。
 「オーナーシェフのジェリーさん・・・と言うともしかして、『ママ・ジェリー』の?」
 「アランv 知っててくれたぁ?」
 嬉しそうに頬を染める彼女に、リンクが目を見開く。
 「知っているも何も、ファミリーレストランでは最も人気の店ではありませんか」
 繁華街や駅近くに展開し、街を歩けばその看板を必ず目にするレストランチェーンのオーナーは、気さくに笑って手を振った。
 「そうなんだけど、アタシはメニュー考えて、ご飯作ってるだけよんv
 ビジネスは共同経営者のコムたんがやってるから、アタシは関係ないのんv
 「関係なくはないでしょうに・・・・・・」
 リンクの働くクロノ商事も、食品部、建材部、広告部など、幅広い分野でお世話になっているチェーン店だ。
 「そんなお忙しい方にご飯を作ってもらっておきながら、お礼もいただきますも言わないなんて!」
 またじろりと睨まれて、アレンとラビが亀のように首をすくめた。
 「あぁん!いいんだってばん!」
 「いいえ!そう言うわけには参りません。
 この子供達は私が責任をもって躾けますので、どうか今までのご無礼はご容赦ください」
 言って、端然と一礼したリンクに、ジェリーが感心する。
 「ハワードちゃん、あなたおいくつ?」
 「当年とって19になります」
 「えぇっ?!」
 「もっと行ってると思ったさ!!」
 騒がしい子供達をまた睨んで、リンクは鼻を鳴らした。
 「あなた達が、年齢のわりに子供っぽいだけです」
 途端にぶぅ、と、むくれた二人にジェリーが吹き出す。
 「ホホホv
 いいお兄ちゃんができてよかったじゃないv
 「んー・・・・・・」
 まだいいとも悪いとも言えず、複雑な表情で唸る二人にまた、ジェリーが笑い出した。
 「ユウちゃんがこのお部屋見たら、びっくりするでしょうねぇんv
 今、ウチでごはん食べてるから、終わったら早く帰るように言うわんv
 「え?そちらでお世話になっているのですか?」
 「いつものことよんv
 気にしないで、と手を振り、ジェリーは庭へ降りる。
 「もう、フェンス越しにおしゃべりしなくていいわねんv
 明日はカルボナーラとナシゴレン作ってくるわーv
 「待ってます!!」
 リンクが何か言う間に声を放って、アレンはジェリーを見送った。


 「新しい同居人?」
 隣家から帰って来たジェリーに意外なことを知らされて、ユウは眉根を寄せた。
 「とっても礼儀正しい子よぉv
 アレンちゃんとラビを叱り付けて、すっかりイイ子にしちゃったのん!」
 「へ?
 アレン君はイイ子だよ?」
 ねぇ?と、首を傾げたリナリーには、なぜか誰も同意してくれない。
 「・・・あれ?」
 反対側へと首を傾げると、ユウは鼻を鳴らして箸を置いた。
 「帰る」
 「仲良くするのよぉんv
 「相手による」
 ジェリーの声を背に受けて、家を出たユウは庭から自宅に入る。
 「・・・・・・床が見える」
 まずそのことに驚き、なかなか顔をあげられない彼に、ラビが声をかけた。
 「ユウちゃん、お帰りさーv
 隣でメシ食ってきたん?」
 「あぁ・・・」
 ようやく顔をあげたユウは、見慣れない顔に眉をひそめる。
 と、彼が何か言う前に、リンクが立ち上がった。
 「留守中にお邪魔しております、ハワード・リンクです。
 ルベリエ社長のご好意により、こちらに同居することになりましたので、よろしく」
 「聞いてねぇよ」
 憮然と言えば、ラビとアレンも頷く。
 「俺らも聞いてないさ。
 でも、身分証とかは本物だったさね」
 「ケーキもごはんもおいしいから、僕はかまいません」
 「馬鹿だろ、お前ら」
 冷たく言い放ち、ユウはリンクへ歩み寄った。
 「これ以上、同居人が増えるのは迷惑だ」
 きっぱりと言い放ったユウに、しかし、リンクは平然と頷く。
 「単なる同居人でしたら、私もご遠慮しました。
 ですが・・・」
 磨かれた床を指し、リンクはまっすぐにユウを見つめた。
 「何かの巣に住んでいた子供達を人間らしく躾けてほしいと、社長からのご命令ですので。
 仕事として、住まわせていただきます」
 ユウ以上にきっぱりと言ったリンクに、今朝までの惨状を知る彼は反論ができない。
 「・・・勝手にしろ」
 呟くように言って、自室へ戻ろうとした彼を、リンクが呼び止めた。
 「なんだよ」
 「もう高校生なのですから、お隣にご迷惑をかけるものじゃありません。
 食事くらい、自宅でなさい」
 座れ、と、テーブルの椅子を示すリンクに、ユウは鼻を鳴らす。
 「蕎麦以外アレルギーなんで、無理だ」
 「は・・・?」
 彼の言葉を理解しようと、リンクが脳をフル活動させている隙に、ユウはリビングを出て行ってしまった。
 「それは単なる好き嫌いでしょう!」
 ようやく腑に落ちた時にはもう、ユウの姿はない。
 「まぁまぁ、そう怒らんで」
 「ユウおにーちゃんは、毎食蕎麦ですから。
 蕎麦以外食べらんないってのは、ホントかも」
 「そんなわけないでしょう!」
 暢気な二人の言い様に、リンクが目を吊り上げた。
 「まったく、だらしのない上に偏食とは!
 躾けのし甲斐がありますよ!」
 気合と共にこぶしを握ったリンクに、ラビとアレンが目を丸くする。
 「え?マジでここに住むんさ?」
 「ホントに?逃げちゃわないの?」
 「なぜ私が逃げる必要が?!」
 言い返せば、二人はにんまりと笑って顔を見合わせた。
 「なん・・・?!」
 嫌な予感に眉をひそめたリンクの、胸ポケットで携帯が鳴る。
 「ちょっと失礼。
 はい・・・これはルベリエ社長。なにか・・・」
 話しながらリビングを出るリンクの背を、ラビとアレンがにやにやと見つめた。
 ややして、ドアの向こうで大声が上がる。
 「やっぱり!」
 同時に声をあげ、席を立った二人は、リンクを追ってリビングを飛び出した。
 そこでは、リンクが携帯を耳に当てたまま、呆然としている。
 『聞いているかね、ハワード君?』
 尊敬する上司の問いに、リンクは呆然と頷いた後、慌てて『はい』と返事をした。
 「しっ・・・しかし、なぜ私が・・・・・・」
 乾いた声をあげるリンクに二人は駆け寄り、彼の携帯電話に耳を当てて、養父の声を拾う。
 『だから、今日の君の働き振りに、非常に満足したのだ。
 既に養子縁組はしておいたので、今後は私の息子の一人として、弟たちをよろしく頼む』
 「なっ・・・!」
 一方的に切られた電話をいまだ耳に当てたまま、呆然としたリンク・・・いや、ハワードに、ラビとアレンがにんまりと笑った。
 「よろしくさ、兄ちゃん!」
 「よろしく、お兄ちゃん!」
 「んな――――――――――――!!!!」
 絶叫は、夕飯時のご近所全てを飛び上がらせるほどに、街へ響いた。


 「ま・・・満足されたのは・・・嬉しいのですが、どうやって・・・」
 ラビが淹れたお茶を前に、呆然と呟くハワードに、ラビがにこりと笑った。
 「ここ、隠しカメラがあるんさね」
 「か・・・隠しカメラ・・・?」
 「なんか、社長は防犯のためだとかなんとか理由つけてましたけど、僕らはむしろプライバシー尊重してもらおうってんで、普段は布を被せたりして、見えないようにしてるんです」
 食後のケーキを頬張りながら、アレンがもふもふと言う。
 「でもあんたが買出しに行った直後、おっさんから電話があって、新しい兄ちゃんになるかもしんねーから、カメラ見えるようにしとけって言われたんさ」
 「そ・・・それで、私は監視されていたのですか・・・・・・」
 気づかなかったとは不覚、と、落ち込むハワードの肩を、ラビが笑って叩いた。
 「まぁ、民家に隠しカメラとか、普通ねーもんな!
 でも、今日はそれでじっくりとあんたの行動を見たおっさんが、合格点を出したってことさね」
 「はぁ・・・・・・」
 合格点、という言葉は嬉しいが、この状況はあまり嬉しくない。
 今にも魂を吐き出しそうなハワードに、ラビが明るい笑声をあげた。
 「これであんたもおっさんの息子さ。
 おっさんが死んだ時は、遺産がもらえるさねv
 「なんと言うことを言うのですか!」
 縁起でもない、と、テーブルを叩いたハワードは、しかし、はっと目を見開く。
 「息子・・・私が、ルベリエ社長の・・・・・・?」
 「うん」
 「僕たち、今日から兄弟ですね」
 頷いたラビと、指についたクリームをぺろぺろと舐めるアレンを、見開いた目で見比べたハワードの頬が、緩みそうになった。
 「社長の・・・」
 「遺産はフェアに分けてもらいますからね!」
 慌てて言ったアレンの声も聞こえたのかどうか・・・。
 尊敬する上司の息子になった、という事実があまりに喜ばしく、信じられない思いでハワードは胸がいっぱいになった。
 「あの方の家族になれたとは、これほど嬉しいことはありません・・・!」
 感無量とばかり、ハワードは硬くこぶしを握る。
 「子猿の飼育員も、喜んで引き受けましょう!」
 「子猿って!!」
 揃って頬を膨らませたアレンとラビも見えない様子で、ハワードはうっとりと頬を染めた。


 翌朝。
 休日の午前中は寝て過ごすと決めているアレンが、幸せそうに寝息を立てていると、突然ドアが開いて、積み上げていた雑誌類を雪崩れさせた。
 「いつまで寝ているのですか!!」
 ヒステリックに怒鳴られ、驚いたアレンが飛び上がる。
 「な・・・なに・・・・・・?」
 枕からボサボサの頭をあげた途端、襟首を掴まれて吊るされた。
 「早く顔を洗ってきなさい!
 朝食が終わったら今日は、自分の部屋を掃除するんですよ!」
 わけもわからずつまみ出された廊下には、既にラビが転がっている。
 「ラビ!
 そんな所で二度寝するんじゃありません!」
 アレン以上に朝の弱いラビが、廊下で枕を抱きしめていた所を容赦なく蹴飛ばし、階段の際まで転がした。
 「このまま落ちたくなければ、自分の足で立ちなさい」
 冗談ではない口調で言われ、ラビが慌てて起き上がる。
 「アレンも、蹴飛ばされたいですか?」
 部屋の前でぐずぐずするアレンを見るハワードの目には、冗談も茶目っ気もなく、震えあがったアレンは懸命に足を動かした。
 「ゆ・・・ユウおにーちゃんは・・・?」
 ハワードの傍らを過ぎる時、びくびくと問うと、彼は軽く吐息する。
 「ユウは既に起きて、部活に行ってしまいました。
 部屋も、修行僧かと思うほどきれいでしたから、彼に対しては文句の一つもありません。
 ―――― 君達と違って」
 低い声音にビクッと震え、アレンはラビともつれながら階段を下りた。
 「なっ・・・なんなん、あいつ?!怖っ!!」
 洗面台に取り縋って震えるラビを押しのけ、水を出したアレンも頷く。
 「おやすみの日くらい、ゆっくり寝たいのに・・・」
 「そうさ!
 昨日なんて、メシが終わった後に夜中まで掃除させられたんさ!
 自分の部屋くらいは聖域にしてくれたって・・・」
 「文句を言っている暇があるなら、さっさと朝食を済ませなさい」
 背後に迫った低い声に、二人はビクッと震えて黙り込んだ。
 「真夜中までかかるくらい、散らかした君達が悪いんですよ。
 それを自覚していれば、文句など出ないはずですか?」
 簡単に反論を封じられ、むくれた二人に鼻を鳴らし、ハワードは鶏を追うようにリビングへと急かす。
 「もー!
 ちょっとゆっくりさせてくれたってさー・・・!」
 不満をまくし立てようとしたラビは、先に立ったアレンの歓声に口を塞がれた。
 「なんさ・・・?」
 「ごはんーvvv
 「へ?」
 顔を洗ってもなお眠たい目をこすって見ると、テーブルには湯気をあげる朝食が美しく並んでいる。
 「今日は家中を掃除しますから、そのつもりで」
 「え・・・えぇー・・・・・・」
 食べてしまっていいものかと、躊躇するラビに対し、アレンはあっという間にオムレツの皿を空にしていた。
 「まだ食べるのでしたら作りますが?」
 「お願いしますっ!!」
 すっかり餌付けされてしまった弟にため息をこぼし、ラビも席につく。
 「・・・昨日のメシと言い、随分器用さね」
 「一人暮らしが長ければ、このくらい当然です」
 卵をほぐしながら、当然のように言った彼に、ラビは肩をすくめた。
 「気質だと思うケド」
 「それもあるでしょう。
 少なくとも私は、ゴミ屋敷に平然と住めるほど豪胆ではありません」
 「すんませんね!」
 むくれながら、オムレツを口に入れたラビは、そのうまさに黙り込む。
 「君もおかわりをいかがですか?」
 「・・・・・・お願いします」
 憮然としつつも空になった皿を差し出したラビに、ハワードはやや意地悪く笑った。


 「幸いにして今日はいい天気です。
 日が暮れる前にやってしまいますよ」
 朝食が済むや、手を叩いて急かすハワードに、アレンとラビは揃ってむくれた。
 「せっかくのお天気に掃除なんてヤダー!」
 「昼寝は休日の権利さー!」
 「おだまりなさい!!!!」
 喚声を圧する怒声に、我が侭二人が黙り込む。
 「そうやってだらしなく過ごしているからこんなゴミ屋敷が出来上がるのですよ!
 今後心穏やかな週末を過ごしたければ、今週末は働きなさい!!」
 正論に言い返すことができず、むくれた二人は不承不承、掃除道具を受け取った。
 「まずは自室の徹底清掃です!
 サボるんじゃありませんよ!
 ちゃんと見張っていますからね!!」
 「あーぃ・・・・・・」
 不満げな声を揃えた二人に、ハワードの目が吊りあがる。
 「返事は『はい』でしょう!」
 「はいはいっ!」
 「一回でよろしい!!」
 反抗的な弟達を厳しく叱責して、二階へと追い立てた。
 「すぐに始めなさい、すぐに!!」
 「すぐは一回でよろしいさ」
 ため息交じりにラビが呟くと、
 「口ではなく手を動かしなさい!!」
 すぐさまヒステリックに怒鳴られて、亀のように首をすくめる。
 「ハワードお兄ちゃん、怖い・・・」
 ラビと同じく首をすくめたアレンが、怒鳴られる前に部屋の掃除を始めた。
 「いい子ですね、アレン。
 1時間後の休憩に、ケーキを作っておきますから、がんばるんですよ」
 「ホント?!がんばる!!」
 すっかり餌付けされたアレンは、喜色満面で床に散乱した雑誌やゴミを袋に詰めていく。
 こちらは心配ない、と見たハワードは、まだぐずぐずしているラビを睨んだ。
 「早くしなければ、本日の昼食と夕食は抜きです」
 「やりますってバ!!」
 ほとんど泣き声をあげて、ラビも掃除に取り掛かる。
 「餌付けはひとまず、成功のようです」
 にやりと笑って、ハワードは埃の舞う二階を後にした。


 1時間後。
 オーブンが任務完了のサインを鳴らした途端、既に匂いに引かれていたアレンが降りてきた。
 「順調ですか?」
 「もちろん!」
 ハワードの問いに、目をキラキラさせてオーブンからケーキが取り出されるのを待つアレンが、大きく頷く。
 「それはよかった。
 ラビは反抗的にも二度寝をしようとしましたので、布団に包んで窓から捨ててやりましたから」
 「・・・・・・・・・」
 自室の掃除中、窓の外から聞こえた悲鳴はそれか、と、アレンは黙り込んだ。
 「心配しなくても、大きな怪我はしていませんよ。
 その後は素直に掃除を始めましたから。どうぞ」
 ハワードが切り分けてくれたパウンドケーキを受け取り、アレンはまだ湯気をあげるそれに嬉しげに噛み付く。
 「おいひい!!」
 「それはよかった。
 お茶をいれてあげますから、ちゃんとテーブルに着いて食べなさい」
 「ふぁい!!」
 ケーキを頬張ったアレンは素直にテーブルに着き、目の前に置かれたマグカップにたっぷりとミルクを注いだ。
 嬉しげな様子にほんの少し笑ったハワードは、いつまでも降りてこないラビを訝しんで、階上へ目をやる。
 「まさか、性懲りもなくまた寝ているのではないでしょうね?」
 眉根をひそめ、階段を上ったリンクは、ラビの部屋から聞こえる真剣な声に、耳を傾けた。
 「・・・だから、そんなに泣いてちゃわかんないさ!」
 焦った声は、電話に対してだろうか、必死になだめている。
 「落ち着いて話してみ!
 うん・・・わかったさ、にーちゃんが行ってやるから、お前そこにいるさね!」
 声と共にドアが開き、携帯を耳に当てたラビが、必死の形相で飛び出てきた。
 「どうしましたか?!」
 ただならぬ様子に声をかけると、
 「アレンが大変さ!」
 と、ラビは振り向くのももどかしい様子で背後に応える。
 「アレン・・・?
 彼がどうかしましたか?」
 玄関へと走るラビを追いながら問うと、彼は苛立たしげな早口になった。
 「アレンが車の運転ミスって人身事故起こして、それが運悪く妊婦で流産しかかってて、その旦那がヤクザで女房に何かあったらただじゃ済まない慰謝料をよこせって今吊るし上げられてるそうさ!」
 「・・・・・・・・・・・・は?」
 目を点にしたハワードを置いて、ラビはドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行く。
 「・・・・・・・・・アレン」
 リビングに戻ったハワードは、どこか呆然として、おいしそうにケーキを頬張る弟を見下ろした。
 「・・・・・・君、運転免許証を持っているのですか?」
 「は?
 持ってるわけないじゃん。
 僕、まだ15歳ですよ?」
 「・・・ですよね」
 きょとん、と、目を丸くするアレンに、ハワードはため息を漏らす。
 「こんなにうかつな子供だとは思いませんでした」
 典型的な『オレオレ詐欺』に引っかかったらしい弟に、またため息を漏らし、ハワードは自分の携帯を開いた。


 「・・・お前、心底馬鹿だな」
 ソファに突っ伏し、涙に暮れるラビに、事情を聞いて帰って来たユウの第一声はそれだった。
 「ユウちゃんまで酷いさ!!」
 悲鳴じみた声と共に顔を上げれば、ユウ以上に馬鹿にしきった目で、アレンが見下ろす。
 「ユウおにーちゃんの言う通りだよ。
 なんで僕が車で人身事故起こすんだ」
 「う・・・だからそれは、血気盛んなお前が盗んだ車で走り出して、うっかり事故起こしちまったんじゃないかって思って・・・」
 目を泳がせながらぼそぼそと言うラビに、アレンが憤然と鼻を鳴らした。
 「そんなことしないもん!
 大体、勘違いして飛び出してく前に、なんで僕がいること確かめなかったんだよ!
 ちょっと前まで隣で掃除してたのに!」
 「お前を心配するあまり行っちまったんさ!
 ぐだぐだうるせー!!!!」
 きぃっ!と、ヒステリックな声をあげるラビに、ハワードが深々とため息をつく。
 「あんなあからさまな振り込め詐欺に引っかかって飛び出すなんて、あなたは随分、うっかりなところがあるようですね、ラビ。
 社の法務部に、同期がいて助かりました」
 「う・・・ありがとうゴザイマス・・・・・・!」
 おかげで助かったラビは、言葉に詰まりつつもハワードに頭を下げた。
 なにしろ、彼が機転を利かせて、警察だけでなく弁護士まで手配してくれたおかげで、ラビは被害に遭わなかっただけでなく、犯人逮捕まで成し遂げたのだから。
 「相手も間抜けでよかったな」
 呆れ声のユウに、ハワードも大きく頷いた。
 「それは確かに。
 銀行が振り込め詐欺対策を強化したために、近頃は手渡しで要求する輩もいると聞いてはいましたが、ラビの振りをした警官と弁護士の前で金銭を要求するとは、間抜けにも程があります」
 「現行犯逮捕かぁ・・・僕も見たかったなぁ」
 少し残念そうに言ったアレンに、やや場が和む。
 そのタイミングを見事に掴んで、ハワードが三人に向き直った。
 「ところで君達、明日はなんの日か知っているでしょうね?」
 「イースターさ!」
 真っ先に挙手したラビに、ハワードが満足げに頷く。
 「その通り。
 君達は当然、宗教は・・・」
 「無宗教」
 「今のは聞かなかったことにします」
 見事に声を揃えた三人にきっぱりと言い渡し、ハワードは籠に山盛り積まれた卵の殻をテーブルに置いた。
 「我ら神の僕にとって、イースターは重要な日です」
 「・・・だから僕ら、無宗教だって・・・・・・」
 「イースターエッグを作って、飾ろうではありませんか」
 「ホントに全力で無視してるさ」
 「馬鹿馬鹿しい」
 呆れたラビの隣で、ユウがさっさと踵を返す。
 「どこへ行くのですか?」
 「部屋に戻る」
 「許しません」
 背を向けたまま言ったユウの髪を掴み、引き戻したハワードが冷厳に言った。
 「長兄の命令は絶対です」
 「んなっ・・・!」
 「それとも」
 ユウの反駁に先んじて、ハワードが挑発的に笑う。
 「できないのですか?」
 「あぁ?!」
 こめかみを引き攣らせ、振り向いたユウに、ハワードが笑みを深めた。
 「実に簡単な作業なのですが、こんなことも出来ないのでは、先が思いやられますね」
 「なんだとゴラ!!」
 「ひっ!!」
 ユウの怒声にラビが震え上がるが、ハワードは構わず、卵を手に取る。
 「やれるものならやってみなさい」
 「あぁ!!やってやらぁ!!」
 簡単に挑発に乗ったユウにこっそりと笑い、ハワードはアレンとラビを返り見た。
 「君達も、がんばりなさい」
 「あ・・・あい・・・」
 凶暴なユウを、簡単に掌の上で転がしたハワードに二人が目を丸くしていると、彼の目が厳しく吊りあがる。
 「返事は『はい』でしょう!!」
 「はいはいっ!!」
 「一度でよろしい!!」
 「はいっ!!」
 厳しい長兄に叱られて、二人は亀のように首をすくめた。


 「こんにちはー!
 お昼のおすそ分けに・・・なにしてるの?」
 庭から入って来たリナリーが、窓からリビングを覗くと、そこではダイニングテーブルに座った男4人が、いずれも真剣な顔をして手元を見つめていた。
 「お・・・おじゃましまーす・・・」
 誰も答えてくれないことを意外に思いつつ、窓から部屋に入ったリナリーは、サンドウィッチのたくさん乗った皿をテーブルに置く。
 「ねぇ、お昼もう食べちゃった?」
 話しかけると、ようやくラビとアレンが顔をあげた。
 「あれ?!
 リナ、いつの間に来たんさ?!」
 「びっくりした・・・」
 目を丸くする二人に、リナリーは肩をすくめる。
 「いつの間にって・・・ちゃんと声かけたよ?」
 「・・・集中していて気づきませんでした」
 そう言ったハワードが、手にしたものをテーブルに置いて立ち上がった。
 「休憩にしましょうか。
 お茶を入れますよ」
 「わーぃvv
 歓声と共にアレンがあげた両手が絵の具に汚れているのを見て、リナリーはテーブルに歩み寄る。
 「・・・イースターエッグ?」
 エッグスタンドに立てられた色とりどりの卵を見て、リナリーの顔がほころんだ。
 「いいなぁ!私もやりたい!!」
 「どうぞv
 まだたくさんありますから、卵v
 にこにこと笑って、アレンが白い卵を差し出す。
 「いいの?!」
 目を煌めかせて卵を受け取ったリナリーに、アレンが笑って頷いた。
 「もちろんv
 ハワードお兄ちゃんが、たくさん抜け殻作ってくれましたからv
 「わぁいvv
 なに描こうかな・・・って、ユウちゃんすごい・・・・・・」
 さっきから物も言わず、ただひたすらに卵に絵を描き続けるユウの集中力に、リナリーは感心する。
 「作品もすごいさね。
 さすが、細かい仕事させたら世界一!」
 「器用貧乏のラビおにーちゃんとは正反対・・・いったぁ!!」
 すかさず頭をはたかれて、アレンがうずくまった。
 「ホントのことじゃないかぁ・・・!!」
 「もう一発行くさ?!」
 「ケンカするんじゃありません!」
 ラビがこぶしを振り下ろす前に、ハワードのげんこつが落ちる。
 「いっでええええええええええ!!!!」
 アレンと並んでうずくまったラビを、ハワードは冷たく見下ろした。
 「まったく、今日は大変な事件に巻き込まれたというのに、暢気ですね君は!」
 「事件?
 何かあったの?」
 「ラビおにーちゃんが、オレオレ詐欺に引っかかったんです!」
 リナリーにご注進したアレンが、ケラケラと笑う。
 「僕が車で人身事故なんて、するわけないのにね!」
 「うーん・・・でもそれは、ラビがアレン君のこと、すごく心配したからじゃないかな?
 笑っちゃダメだよ」
 「ふぇっ?!あぅ・・・っ」
 予想外の答えに慌て、言葉の出ないアレンに代わり、ラビが凄まじい勢いで頷いた。
 「そうそう、さすがにリナはいいこと言うさ!
 お前、にーちゃんの愛v を無碍にしやがって!」
 「ふにゃああああああ!!!!」
 わしゃわしゃと乱暴に頭を掻きまわされて、アレンが目を回す。
 「ケンカをするなと言っているでしょう!!」
 「あづ――――――――!!!!」
 容赦ない長兄に熱いティーポットを押し付けられて、ラビが悲鳴をあげた。
 「なにすんさ!
 ハゲたらどーしてくれる!!」
 「どうもしませんよ!
 弟いじめてないで、お手伝いなさい!」
 「ハァ?!
 いじめられてんの、むしろ俺じゃね?!」
 「アレン、ダイニングテーブルは使ってますから、ローテーブルにカップを置いてください」
 「はぁい!」
 「無視すんな!!」
 ぎゃあぎゃあと騒がしい兄弟に、思わず笑ったリナリーは、そんな喧騒の中でも黙々と作業をする幼馴染の姿にまたもや笑ってしまう。
 「ユウちゃん、お昼いらないの?」
 話しかけるが、『あぁ』と言う生返事しか返ってこなかった。
 「ユウ、せっかくいただいたのですから・・・」
 「あぁ、いいんですいいんです。
 ユウちゃん、いつものことだし」
 ハワードに急いで手を振り、リナリーはローテーブルのソファに座る。
 「あぁなっちゃったユウちゃんは、話しかけても無駄だよ」
 兄弟よりも彼のことをよく知るリナリーに、アレンが苦笑してマグカップを渡した。
 「正しい取り扱い方としては、ほっといた方がいいんですね?」
 「そうそう。
 下手にちょっかいかけると、ものすごく怒るよ」
 クスクスと笑うリナリーに、ハワードが真面目な顔で頷く。
 「彼に関しては、早急にマニュアルを作っておいたほうがよさそうです」
 「そりゃいいさね!
 俺にもコピーしてさv
 冗談だと思ったラビが、笑って手を打つと、ハワードはまた、大真面目に頷いた。
 「三人それぞれのマニュアルを作成しますので、あなたは自分の項も参照した上、悪い所は矯正する努力をするべきです」
 「・・・・・・へ?」
 冗談じゃなかったのか、と、笑顔のまま固まったラビに、ハワードはみたび頷く。
 「冗談など言ったことはありませんとも」
 「・・・・・・めんどくさーい」
 きっぱりと言ったハワードの対面で、サンドイッチをもふもふと頬張っていたアレンが、ため息混じりに呟いた。


 その後、リナリーも加わった5人でイースターエッグ作りに精励し、お茶の時間には全ての卵がきれいに彩られた。
 「絵を描こうとしなきゃ、僕だってできるんですよね!」
 美術の授業ではいつも、落第ギリギリの評価しかもらえないアレンは、鮮やかな絵の具で水玉模様を描いた卵を満足げに掲げる。
 「ハワードおにーちゃん、これ、庭に隠していい?」
 わくわくと目を輝かせ、今にも飛び出して行きそうなアレンに、ハワードが頷いた。
 「家の中に隠す分も取っておくんですよ。
 そのために、お掃除させたのですから」
 「へ?!そうだったん?!」
 頓狂な声をあげて、ラビが目を丸くする。
 「それならそうと、早く言って欲しかったさ!
 そしたら俺、一所懸命掃除したんに!」
 「つまり、手を抜いていたと言うことですか?」
 じろりと睨まれて、ラビは慌てて口を塞いだ。
 「ラビには後で、罰掃除を科すとして・・・」
 「えぇっ?!」
 「わからないように隠してきなさい」
 「はい!!」
 「私も隠すー!!」
 ハワードの言葉を合図とばかり、アレンとリナリーが庭に飛び出して行く。
 「ユウは、ご苦労でしたね。
 まさか、これほど器用だとは思いませんでした」
 感心して見つめた卵は、お遊びの域を簡単に通り越し、玄人裸足の腕前だった。
 「工芸品として、売れるのではありませんか?」
 「・・・・・・・・・ふん」
 照れ隠しか、殊更憮然と鼻を鳴らした彼に、ハワードがちらりと笑う。
 「こちらは、家の中に隠した方がよさそうですね。
 動物に持って行かれなどしては、もったいないでしょう」
 「別に・・・欲しけりゃ持って行けばいい」
 物に執着しないのか、あっさりと言って、部屋を出て行こうとする彼を、ハワードが呼び止めた。
 「なんだよ」
 「一緒に隠さないのですか?」
 「めんどくせぇ」
 一言で切り捨て、部屋を出て行ったユウを追おうとしたハワードを、ラビが手を振って止める。
 「ムリムリ!
 ユウちゃんは、こう言うの好きじゃないからさ。
 イースターエッグ作っただけで、合格点ってコトでv
 「・・・仕方ないですね」
 ハワード自身も、追っても無駄だろうとは思っていたために、あっさりと納得した。
 「では、私達も隠しますか」
 「おーう!」
 庭へ飛び出たラビに続き、ハワードが家を出た瞬間、リー家とは反対側の隣家から、大量のガラスが割れる音がする。
 それに女の泣き声と男の大声が続いて、ハワードは丸くなった目を、庭に散らばる弟たちへ向けた。
 「まさか・・・DVでは・・・?」
 「ううん、違う違う」
 声を引き攣らせた彼に、三人はそれぞれに手と首を振る。
 「ですがこの音は・・・大丈夫ですか?」
 隣家を見つめていたハワードは、泣きながら出てきた女性に声をかけた。
 と、涙に頬を濡らした彼女は、驚いたように彼を見て、頷く。
 「ミランダさん、大丈夫ですか?
 怪我してませんか?」
 隣家とを隔てる塀に、真っ先に駆け寄ったアレンが問うと、彼女は涙を拭って頷いた。
 「わ・・・私、頂きもののお皿を割ってしまって・・・・・・」
 しょんぼりと肩を落とす様があまりにもか弱げで、リナリーやラビも寄って行く。
 「大丈夫だよ。
 旦那さんはそんなことじゃ、怒らないでしょ?」
 「え?
 しかし、先ほどの大声は・・・・・・」
 怒声ではなかったのか、と、訝しげなハワードに、ミランダは慌てて首を振った。
 「ちっ・・・違うんです!
 リーバーさんは、破片を拾おうとした私を、危ないって止めてくれて・・・!」
 そう言ってミランダは、またしょんぼりと首を落とす。
 「わ・・・私がやると怪我をするから、お掃除が終わるまで出てなさいって・・・・・・。
 私・・・お掃除もできないなんて、お嫁さんなのに情けないです・・・・・・」
 顔を覆ってしくしくと泣き出した彼女に、ラビが必死に笑いかけた。
 「ホラホラ落ち着いてv
 そもそも、ここンちに割れ物贈る方が悪いんさねv
 「そう言う問題でしょうか・・・」
 ミランダには聞こえないように呟いたハワードは、いつまでも泣き止まない彼女に話題変更を試みる。
 「ご挨拶が遅れました、マダム。
 私はハワードと申します。
 昨日からこの・・・」
 じろりと、ハワードがアレンとラビを見遣った。
 「躾けのなってない子供達の兄兼教育係となって、同居しております。
 どうぞよろしく」
  「え・・・?
 じゃあ、もしかして・・・・・・」
 目を丸くしたミランダは、昨日までとは段違いに片付いた庭を指した。
 「昨日、ずっと聞こえていた声はあなたですか?」
 「おそらく。
 お騒がせして申し訳ない」
 淡々と言ったハワードに、ミランダは思わず吹き出す。
 「いいえ・・・。
 キレイに片付いて、本当によかったですね」
 くすくすと笑うミランダに、ハワードは気遣わしげに眉根を寄せた。
 「今まで随分とご迷惑だったのではありませんか?」
 「そんなことは・・・。
 でも、いつか誰かが怪我をするんじゃないかって心配していたの。
 主人も、地震が起きたら危ないんじゃないかって、いつも言ってましたし」
 ねぇ?と、リナリーに問うと、彼女も大きく頷き、アレンとラビは気まずげに目を逸らす。
 と、ミランダの背後の小窓が開いて、中から男が顔を出した。
 「片付いたぞ。
 ホントに怪我してないか・・・って、なにやってんだ、お前ら?」
 塀にたかっている子供達に目を丸くすると、アレンとリナリーが得意げに卵を掲げる。
 「リーバーさんこんにちはー!」
 「イースターエッグ隠してるんだよ!」
 「へえ・・・そりゃいいけど、ゴミ片づけたら、隠すところがなくなっちまったんじゃないか?」
 からかうように言ったリーバーに、アレンが笑って首を振った。
 「そんなことないですよ!
 隠す場所なんて、いくらでもあるんですから!」
 「すぐ見つかるけどな」
 ひょい、と、生垣に隠されていた卵を取りあげたラビには、アレンだけでなくリナリーからも非難が沸く。
 「せっかく隠したのに!!」
 「隠れてねーさ!
 丸見えじゃん!!」
 「隠したもん!!」
 ぎゃあぎゃあと喚き合う子供達に笑い、リーバーは窓からミランダへ手を伸ばした。
 「ほれ、忘れ物」
 「え?
 あぁ!!」
 リーバーから指輪を受け取ったミランダは、自分の左手を見て大声をあげる。
 「どっ・・・どこに・・・?!」
 「キッチン。
 皿洗おうとして外したんだろ?」
 「ご・・・ごめんなさい・・・・・・」
 うな垂れてしまったミランダの頭を、リーバーは笑って撫でた。
 「外に出る時はちゃんとつけとけよ。
 またナンパされるぞ」
 「はぁ・・・・・・」
 顔を赤らめて、ミランダは指輪をはめる。
 「あれは・・・リナリーちゃんと一緒だったからじゃないかと思うんですけど・・・・・・」
 「だったら安心なんだが、そうじゃないから心配して・・・おーい!そんなとこ上ると危ないぞ!!」
 リーバーの声に驚いて振り向くと、アレンとラビが、庭の木に登っていた。
 「あっ・・・危ないわ、二人とも!!早く降りて!!」
 ミランダが悲鳴をあげると、樹上から二人が笑いかける。
 「大丈夫さーv
 「このくらい、へっちゃらですv
 「で・・・でも・・・」
 恐々と見あげるミランダに笑い、リナリーも幹に手をかけた。
 「私もーv
 「おやめなさい」
 すかさずハワードが止めに入り、樹上を見あげる。
 「二人とも、怪我をしないうちに降りてきなさい」
 「大丈夫だってーv
 楽しげな声を揃えて、更に上へ行こうとする二人を見るハワードの目が、冷たく尖った。
 「そうですか・・・」
 低い声音で呟くと、一歩下がって幹を蹴りつける。
 「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
 「ひっ?!」
 「きゃあ!!」
 アレンとラビの悲鳴にミランダとリナリーの悲鳴も混じり、リーバーが慌てて家から出てきた。
 「なにすんさー!!」
 「いったあああああ!!!!」
 頭を抱えたラビと、腰をさするアレンに歩み寄ったハワードは、二人を冷たく見下ろす。
 「怪我をしないうちに降りて来いと言ったでしょう」
 じろりと睨まれて、さすがの二人も声を失った。
 「おい!大丈夫か?!」
 ミランダと共に駆けつけたリーバーが手を伸ばすが、それはハワードが遮る。
 「大した怪我ではありません。
 その辺の手心は加えてあります」
 「ど・・・どうやって・・・・・・?」
 唖然と口を開けたリナリーは無視して、ハワードはアレンとラビの腕を掴み、やや乱暴に立たせた。
 「昨夜から何度も言ってますが、長兄の命令は絶対です。
 痛い目に遭いたくなければ、私の指示に従いなさい」
 「えぇー・・・・・・」
 不満げな二人を、ハワードがじろりと睨む。
 「返事は『はい』でしょう!!」
 「はいっ!!」
 びくっと飛び上がった二人が、素直に返事をした途端、リーバーとミランダが目を丸くした。
 「一日でよく躾けたな・・・」
 「ほんとに・・・しっかりしたお兄さんがいると、違うのねぇ・・・・・・」
 「お褒めにあずかりまして」
 淡々とした口調で言ったハワードは、また不満げな顔になった二人に手を振る。
 「木に登っては危ないと、身を持ってわかったでしょう。
 今後このようなことがないように」
 「落としたのお前じゃん!!」
 「そう言うの、自作自演って言うんですよ!!」
 ぎゃあぎゃあと喚いた弟達には、一つずつげんこつをくれてやった。
 「お前じゃありません、お兄さんです。
 自作自演ではありません、教育です」
 何か文句でも、と、睨んでくる目が怖くて、二人は慌てて首を振る。
 「よろしい。
 ご夫婦も、お騒がせして申し訳ありませんでした。
 後ほど、ご挨拶もかねてお詫びに伺います」
 「お・・・お気遣いなく・・・・・・」
 引き攣った声を揃えた夫婦に、ハワードは端然と一礼した。
 「・・・そうです、よろしければこれをどうぞ」
 顔をあげたハワードは、ふと思いついて、手にした卵を差し出す。
 「まぁ、素敵・・・!」
 「随分と器用だな」
 それぞれに卵を取り、感心する夫婦に、ハワードはちらりと笑った。
 「私のものはそれほどでも。
 ユウの器用さには敵いませんでした」
 「ユウ君?
 まぁ、これ以上に素敵なものを作れるんですか、彼は?」
 目を丸くしたミランダに、ハワードは頷く。
 「よろしければ、見にいらしてください。
 取って置きたいくらいですから」
 「そうだな・・・この家も、危険域じゃなくなったみたいだし?」
 リーバーが冗談交じりに言えば、ハワードは眉根を寄せてため息をついた。
 「大変でした」
 「ちょっ・・・!実際に掃除したんは俺らさっ!」
 「自業自得でしょう!!
 私は清掃業者ではなく、あなた達の兄兼教育係です!!」
 倍以上の声量で言い返され、ラビが声を失う。
 「さぁ、庭はもういいでしょう。
 部屋に隠してはどうですか?」
 「じゃあ・・・ユウおにーちゃんの部屋にでも侵入しようかな。
 同じ家に住んでるのに僕、入れてもらったことがないんです!」
 「じゃあ私は、アレン君のお部屋に行こうかなv
 入るの初めてだねーv
 リナリーが嬉しげに言った途端、アレンの顔が紅くなった。
 「お・・・お掃除がんばった甲斐がありました!」
 「それはよかったですね。
 これからも部屋の清掃は継続するように」
 「はいっ!!」
 ハワードの堅苦しい言いようも気にならないほどに、アレンは心浮き立たせる。
 「どうぞ!
 早速どうぞ!!」
 目を煌めかせたアレンが、リナリーの手を取った瞬間だった。
 何かが、アレンの頬をかすめて背後の幹を抉る。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに?」
 長い間の後、ぎこちない動きでひりひりする頬に手を当てたアレンは、ぬるっとした感触に目を剥いた。
 「血――――――――――――――――!!!!!!!!」
 開いた掌にべっとりと紅い液体を見て、アレンが悲鳴をあげる。
 と、リーバーに腕を引かれ、地面に倒れこんだアレンの髪が、何本か宙に散った。
 「物陰に隠れろ!!狙撃だ!!」
 「はぁっ?!」
 「狙撃ですって?!」
 リーバーの声にラビが目を丸くし、ハワードが大声をあげる。
 「そんな馬鹿な!!」
 「いや、大真面目だ!」
 アレンを地面に押し付け、大声を上げたリーバーに頷き、リナリーが仁王立ちになった。
 「兄さん!危ないでしょ!!」
 自宅へ向けて言い放った彼女に、ラビは諦め顔で肩を落とし、ハワードはますます目を丸くする。
 「兄さん・・・ですって?」
 「リナリーちゃんのお兄さんは、とっても心配性なんです・・・」
 そっと囁かれた声に振り向けば、既に門外へ出たミランダが、リー家のいずれの窓からも死角となる塀の陰からこちらを伺っていた。
 「あれっ?!
 ミランダ、いつの間にそんなところに?!」
 驚いたラビが頓狂な声をあげると、リーバーが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 「先に逃がしたに決まってんだろ」
 隣のガキより自分の女房、と、きっぱり言われて、アレンが虚しく涙した。
 「あの・・・命狙われてるの、僕なんですけど・・・」
 「庇ってやっただけありがたく思えよ」
 「それはありがたいですし、嬉しいですけどぉ・・・」
 もう少し愛があったって、と、不満げに言ったアレンは、腕を掴まれて木の陰に引きずりこまれる。
 「ラビおにーちゃん・・・!」
 「隣の兄さんより自分のにーちゃんさね」
 「その通り」
 にんまりと笑ったラビの傍らで、ハワードも頷いた。
 しかし、
 「だからそれは嬉しいけどっ・・・!」
 足を取られた時に、思いっきりぶつけた鼻をさすって、アレンが涙声をあげる。
 「もうちょっと愛をね・・・」
 「やってもいいケド、愛は向こうの方が上だかんなぁ・・・」
 ラビが顎をしゃくった先では、庭の真ん中に仁王立ちし、自宅に向かって怒鳴るリナリーと、彼女に叱られて泣き声を上げる兄の応酬が続いていた。
 「いいから銃を下ろして!
 ご近所迷惑でしょ!!」
 「だってだってだって!!!!
 リナリーがオオカミの皮をかぶったオオカミなんかにさらわれそうだったんだもん!!
 お兄ちゃんとして当然の防衛行動だもん!!!!」
 「オオカミの皮をかぶったオオカミって何よ!オオカミじゃない!!」
 「だからそう言ってんでしょぉ?!
 リナリーは頭がいいのに、なんであんなあからさまな罠に気づかないの?!
 危ないよ!!危ないよ!!危ないよ!!!!」
 「危なくなんかないもん!!」
 「危ないに決まってるじゃない!!
 早くそこから出ないと、お隣爆破しちゃうよ?!」
 「まさか・・・冗談ですよね?」
 目を丸くしたハワードに、ラビは諦め顔で首を振り、アレンは血塗れた頬を指す。
 「・・・・・・本気ですか」
 となれば、と、ハワードは木陰から出て、リナリーと並んだ。
 「ご心配、ご推察します、ミスタ・リー!」
 突然割って入って来た彼に、リナリーも驚いて口を閉じる。
 一瞬、静かになった隙を突いて、ハワードは続けた。
 「年頃の妹君が、男ばかりの家に入るなど、心配しない方がおかしいと言うものです」
 「そっ・・・その通りデスヨッ!!
 よかった、話のわかる人がいて!!」
 頬を膨らませたリナリーに構わず、大声をあげたコムイに、ハワードは大きく頷く。
 「よって、リナリー嬢は今後、兄上かジェリー殿の同伴がない限り、我が家に立ち入ることを禁じたいと思います!」
 「えぇ――――――――?!」
 リナリーだけでなく、アレンやラビからも抗議の声が沸くが、それはきっぱりと無視した。
 「それでよろしいですか?」
 コムイに問えば、彼は既に大喝采を送っている。
 「では、今すぐ」
 言うや、ハワードは不満げなリナリーの背を隣家へと押し出した。
 「あなたがいると、弟が危険なのです」
 そっと囁けば、リナリーは不満げながらも頷いて、自宅へ入っていく。
 間もなくして、中から聞こえてきたコムイの悲鳴には、全員で耳を塞いだ。
 「リナリーが帰っちまったから、俺らが卵隠してやろうか?」
 「結構ですよっ!」
 意地悪く言ったリーバーに、アレンがぷんっと頬を膨らませる。
 だが、
 「どうぞ。
 弟たちがご迷惑をかけていたのですから、お茶くらいご馳走しますよ」
 あっさりと言って、まずは礼儀ただしくミランダを招待したハワードに、アレンがますます頬を膨らませた。
 「ホレ、ミランダが来てくれんのは嬉しいだろうさ」
 「ぷひゃっ!ぷひっ!!」
 膨らんだ頬を背後からつぶされて、アレンが子豚のような鳴き声をあげる。
 「ちゃんとご招待するさね」
 「言われなくても、ミランダさんは大歓迎ですよっ!
 ミランダさぁん!卵隠しましょv
 にこりと笑ったアレンがミランダの手を取った瞬間、彼の白い髪が赤く染まった。
 「えぇっ?!」
 まさかリーバーが、と、慌てて見やった先で、夫は懸命に首を振る。
 「じゃあ誰さ・・・」
 アレンの頭を砕いたらしい、ガラスのペーパーウェイトを手に取ったラビに、凶器の軌道を読み取ったハワードが目を吊り上げた。
 「リナリー嬢!
 なんのつもりですか!」
 「リナがダメだったからって、すぐに他の美人に乗り換えるなんて許せないもんっ!!」
 しかも人妻!と、開け放たれた窓の向こうでリナリーが肩を怒らせる。
 「ど・・・どうしろって言うんさ・・・・・・」
 「実に凶暴な兄妹ですね!」
 隣家の兄妹に対して、甚だよろしくない印象を持ったハワードは、アレンの治療をラビに任せて、憤然と隣家へ乗り込んで行った。


 「・・・と言うことで、お互いの敷地に対し、不可侵協定を結んできました。
 君達も、今後一切お隣とは関わらないように」
 厳然と宣言したハワードに、アレンとラビは猛抗議する。
 「そんなことしたらジェリー姐さんも来れなくなるじゃんか!!」
 「ジェリーさんのご飯が食べられないなんて、僕死んじゃう!!死んじゃう!!」
 「それに関しては・・・」
 言いかけたハワードに、きつく眉根を寄せたユウが歩み寄った。
 「お前も料理が得意らしいが、ジェリーのは違う。
 俺は、本当にあいつの料理じゃないとダメなんだ」
 聞き様によっては、プロポーズかと思う台詞を、ユウはまじめな顔で吐いた。
 と、
 「話は最後まで聞きなさい」
 呆れ口調で言って、ハワードは肩をすくめる。
 「その件に関しましては、お隣のジェリーさんが全く同じことをおっしゃいましたので、彼女とユウ、この二人だけは行き来自由となりました」
 「よっしゃ――――!!!!」
 大歓声を上げたアレンとラビよりも、無言のユウの方がむしろ、ほっとしていた。
 「それならいい・・・」
 そう言って、また自室へ戻ろうとするユウを、ハワードが引き止める。
 「なんだ?」
 「せっかくお隣のご夫婦がいらっしゃっているのですから、あなたの作ったイースターエッグを見せて差し上げなさい」
 「・・・・・・勝手に見ればいいだろう」
 「最低限のコミュニケーションすら苦手とするようでは、社会に出て困りますよ?」
 至極まっとうなことを大真面目に言う兄に、ユウは軽く吐息した。
 「まぁ・・・二人には、世話になってるしな・・・」
 「そうなのですか?」
 隣家との関係を知らないハワードが問うと、テーブルでお茶を頂いていた夫婦は笑って頷く。
 「俺は、ユウの担任で部活の顧問なんだ」
 「それは・・・知らなかったとは言え、先生に失礼しました」
 礼儀正しく一礼したハワードが、やや不思議そうな顔をしたことに、ミランダが微笑んだ。
 「こんな高級住宅地に、なぜ学校の教師が住めるのか、ってお思いでしょう?」
 穏やかに言った彼女に、ハワードが慌てる。
 「も・・・申し訳ありません、不躾な・・・」
 「いえ、よく聞かれますから・・・。
 隣は、私の実家なんですよ。
 結婚前に両親が亡くなりまして、大きな家に一人で住むのは怖いから、一緒に住みましょうって・・・」
 「お・・・奥方からプロポーズされたのですか?」
 「はいv
 驚くハワードに、ミランダはあっさりと頷いた。
 と、目を丸くしたハワードの顔がよほど面白かったのか、ラビが大笑いして彼の肩を抱く。
 「繊細な見た目なんに、意外とやるんさね、ミランダはーv
 「先生が突然お隣さんになって、僕、びっくりしましたもん。
 挨拶に来てくれた時は、臨時の家庭訪問かと思った」
 ユウお兄ちゃんが問題を起こして、と、続けたアレンは、ユウにげんこつされて泣き声をあげた。
 「ユウ!
 アレンは怪我をしているのですよ!」
 「知るかっ!!」
 ハワードの叱声に怒鳴り返し、今度こそユウは部屋を出て行く。
 「・・・気性が荒いよなぁ」
 「でも、男の子同士ならこんなものじゃありませんか?」
 呆れるリーバーの腕に手を添え、隣家の騒動に慣れたミランダが笑った。
 「うちも男の子だったらいいですねぇv
 「俺は元気ならどっちでもいい」
 言ってから、ぎゃんぎゃんと泣き喚くアレンと、たんこぶを撫でてやる振りをして更に痛めつけているラビにため息をつく。
 「あれほど元気じゃなくていいけど・・・」
 教育次第だな、と、リーバーはラビの手を取り、叱り付けるハワードに苦笑した。


 翌日。
 リナリーが参加できないことを寂しく思いながらも、みんなで庭や家の中で卵を探し、朝からイースターの卵料理を思う存分味わった後のこと。
 「今日の晩ご飯はなんですか?!」
 ティータイムにクロスバンをたらふく食べたアレンの発言に、ハワードは呆れ果てた。
 「さっきお茶を済ませたばかりではありませんか!」
 「だけど気になる」
 あっさりと言った彼に、ハワードは肩をすくめて『マトゥン』と呟く。
 「マトン?
 ジンギスカンッ?!」
 羊肉の名を聞くや、アレンは目をキラキラと輝かせた。
 が、
 「焼肉料理ではありませんよ」
 と、なぜか不思議そうに言ったハワードに、アレンは笑って首を振る。
 「じゃあ、別の料理でもいいですよ!
 ハワードお兄ちゃん、お料理上手で嬉しいです!!」
 手放しで喜ぶアレンに、ハワードがやや照れくさそうに頬を染めた。
 「喜んでもらえて・・・何よりです」
 だがその後、ハワードがキッチンで作りはじめた料理・・・に、アレンは目を丸くする。
 「ねぇ・・・なんでこんなにたくさんお砂糖入れるんですか?」
 「普通、入れるでしょう?」
 「入れますっけ・・・?」
 「入れませんか?」
 お互いに不思議そうな顔をしていると、ラビが割って入って来た。
 「なんさ、アレン?
 お前、またにーちゃんにまとわりついてんさ?」
 「だってぇ・・・・・・」
 気になるし、と、うろうろする彼の襟首を、ラビが掴んで引き寄せる。
 「ホレ、キッチンでまとわりついちゃ邪魔さ!
 にーちゃんとゲームしよーぜ!」
 「うん!!」
 途端に喜色を浮かべ、アレンはラビと共にリビングへ行ってしまった。
 「騒々しい子供ですねぇ・・・。
 あれくらいの年の子は、そういうものなのでしょうか」
 実年齢は4つしか違わないくせに、随分と年寄りじみたことを言って、ハワードは料理を続ける。
 やがて夕飯時になると、キッチンは甘い匂いで満たされた。
 「羊・・・じゃなかったですっけ?」
 テーブルに並べられた、できたてのパイを見下ろしたアレンが、呆然と呟く。
 「は?
 違いますよ。
 マトゥンはベルギーの伝統菓子で、凝固したミルクのクリームを入れたパイです」
 「マトンじゃなかったんだ・・・」
 「肉だと思って、期待してたんに!!」
 ラビの絶叫に、ようやく二人の勘違いに気づいたハワードは、大きく頷いた。
 「昨日はイースターエッグを作るのに、卵を大量に使いましたからね。
 一刻も早く料理に使ってしまわなければ、傷んでしまいます」
 だからパイとケーキ、と、テーブルに大きなケーキをいくつも並べたハワードに、アレンが目を輝かせる。
 「すごい!!パーティみたい!!」
 「確かにすごいけど・・・甘いもんばっかさ?普通のメシは?」
 立ち昇る甘い匂いに、既に胸焼けを起こしそうになったラビが問うと、ハワードはあっさりと首を振った。
 「栄養価はこれで十分なはずです」
 「ないんさっ?!
 こんなんユウちゃんが見たら、ブチ切れっさね!!」
 「ユウは、とっくにお隣へ行ってしまいましたとも」
 不満げに鼻を鳴らし、ハワードはテーブルを軽く叩く。
 「さぁ!
 いいから君達はさっさと食べてしまいなさい!」
 「えぇー・・・・・・」
 不満げに顔をそむけたラビに反し、アレンはひょい、っと手を伸ばした。
 「マトゥンおいしい!!」
 「そうでしょう?」
 キラキラと目を輝かせるアレンに、ハワードが得意げに笑ってラビを見遣る。
 「本当にいらないのですか?」
 やや意地の悪い口調で問うと、ラビは仕方なくパイを手に取った。
 「パイはパイでも、シェパーズパイがよかっ・・・うまぁっ?!」
 パイをかじったラビのぼやきが歓声に変わるや、ハワードはますます得意げに笑う。
 「シェパーズパイの方が良かったですか?」
 「う・・・これはこれで・・・うまいさ・・・!」
 「でも、シェパーズパイもおいしいですよねー。
 ジャガイモのパイ生地がサクサクで、中の羊肉がほこほこで、社長も好きだってゆってた」
 もふもふと次々にマトゥンを頬張るアレンの笑顔と『社長』の名に、ハワードは笑みを収めた。
 「・・・食べたいのですか?」
 「うんっv
 羊肉は大き目がいいな!
 ごろごろしてるのに噛み付くのが好きだって、社長も言ってたし!」
 「・・・では、明日の夕飯に加えてあげましょう。
 社長・・・い・・・いえ、父上・・・の分も・・・昼食用に・・・」
 思いっきり照れた顔で懸命に言うハワードに、アレンが諸手を上げる。
 「やったぁvv
 「・・・無邪気の勝利さ」
 パイを頬張ったラビは、夕飯代わりにしては甘すぎるそれを置いた。
 「コーヒーくださいさ、にーさん!」
 「欲しけりゃ自分で入れなさいっ!」
 お茶しか入れない、と言い張るハワードに憮然とし、ラビは席を立つ。
 キッチンでコーヒーを入れるついでに、ふと思いついて冷蔵庫を開けたラビは、悪い予感が的中して思わずしゃがみこんだ。
 「姐さん!!
 姐さんごはんプリーズ!!
 俺らこのままじゃメタボ一直線さ!!」
 携帯に向かって叫んだラビが見たもの。
 それは、業務用生クリームとバター、大量の卵にフルーツ、そして、冷凍庫にぎっしり詰まったアイス各種だった・・・・・・。


 「私は、持ち運ぶのが重い商品を貯蔵していただけなのですが!」
 夕飯を持って来てくれたジェリーに泣きつき、冷蔵庫の異常な有様を訴えたラビに、ハワードが憮然と言う。
 「だったらあのフルーツはなんさっ!
 明らかにケーキ用じゃんかっ!!」
 「頂き物ですよ!」
 泣き喚くラビにハワードがきっぱりと言い、その傍らでジェリーも頷いた。
 「そうよん。
 昨日、ハワードちゃんがウチに来た時に、ケーキ作るんなら持って帰りなさいよって、アタシがあげたのん」
 「え・・・?そうなん・・・?」
 「そぉよぉ」
 「全く、なんてそそっかしいのでしょうね、君は!」
 真実を知り、気まずげに目を泳がせるラビを、テーブルから見ていたアレンが笑う。
 「ラビおにーちゃんうっかりさん♪
 ラビおにーちゃんうっかりさん♪」
 「うっさいさ!!
 お前一人だけパクパク食いやがって!
 俺の分も残しとくさ!!!」
 俺がケータリングしたんだから、と、所有権を主張するラビに、アレンはそっぽを向いた。
 「もう食べちゃったもん」
 「俺の夕飯――――――――!!!!」
 泣き声をあげたラビを忌々しげに睨んだハワードは、ジェリーに向き直って礼を言う。
 「夕飯をご馳走になりまして」
 「アラン!
 いいのよぉ、今までだってそうだったんだからv
 「お礼としては粗末ですが、どうぞ、ケーキが焼きあがりましたのでお持ちください」
 「またケーキ?!」
 「アランv
 おいしそう〜v
 オーブンから取り出されたシフォンケーキに、ラビは目を剥き、ジェリーは歓声をあげた。
 「今後ともよろしく」
 「こちらこそーんv
 和やかに手を取り合うジェリーとハワードに、アレンもにこにこと笑う。
 ラビ一人が不満顔でふてくされる部屋の外、隣家のダイニングでは、相変わらずこの家で食事するユウが、リナリーと向き合っていた。
 「・・・ジェリーだけあっちのおうちに行っていいなんて、ずるいよ。
 なんだよ、楽しそうにしちゃって」
 ジェリーの笑い声はここまで聞こえて、リナリーを更に憮然とさせる。
 「兄貴から、かかわんなって言われてるだろ。
 俺は奴の意見に全面的に賛成する」
 「なんでっ?!」
 反抗的に声をあげれば、箸を置いたユウは軽く吐息した。
 「ラビもモヤシも、お前にとっちゃ危険だってことだ」
 嫌にしみじみとした幼馴染の口調を訝しく思い、リナリーは首を傾げる。
 「危険って・・・なにが?どんなこと?」
 「お前は知らなくてもいいことだ」
 答えになっていない答えに、リナリーは頬を膨らませた。
 「そんなことで近づいちゃダメって言われても!
 理由くらい教えてよ!!」
 再度言われて、ユウはまた吐息する。
 「わかれよ。
 コムイはもちろん、俺だって・・・お前には、純粋なままでいて欲しいと思っている」
 「は・・・・・・・・・・・・?」
 幼馴染の意外な言葉に、リナリーは唖然と口を開けた。
 「お・・・驚いた・・・・・・!
 ユウちゃんにそんなこと言われるなんて・・・・・・!」
 嬉しいけど、と、慌てて付け加えてリナリーは、小首を傾げる。
 「でも・・・そんなに悪い子かなぁ、アレン君?」
 ラビは女の子大好きで、女の人も大好きで、あちこちに迷惑を振りまいていることは知っていた。
 だが、アレンに関してはいい噂しか聞かない、と言うと、ユウは今までで一番大きなため息をつく。
 「お前も女なら覚えとけ。
 本当に悪い奴は、天使の顔で近づいてくるもんだ」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 大真面目に言われたリナリーが、驚きのあまり生返事をすると、ユウが背筋を伸ばし、まっすぐに向き直った。
 その姿勢に、本気で説教する気だといち早く悟ったリナリーは、慌てて話題を変える。
 「おっ・・・お隣と言えば、新しいお兄さんは厳しいけど、アレン君は懐いてるみたいだね!」
 うっかりアレンの名を出したことに、しまった、と思いはしたが、ユウはうまく話題変換に乗ってくれた。
 「ハワードは・・・そうだな、ラビだけならそれなりに、コントロールできると思う」
 「ラビだけ?
 懐いてるのはアレン君でしょ?」
 きょとん、と、目を丸くしたリナリーに、ユウは首を振る。
 「いや・・・あの末弟はきっとそのうち、反乱を起こすぜ。
 わがままでは、俺らの中であいつが一番だ」
 「え?でも、仲よさそうじゃない」
 「ハワードはまだ来たばかりだから、モヤシが様子を伺っているだけだ。
 あいつはまだ、モヤシの腹黒さを知らねぇし、俺らに比べりゃ礼儀正しいガキだなんて騙されてんだろうけどな。
 過保護な親やジジィに育てられた俺らと違って、モヤシは本物のしたたかもんだぜ」
 牙を剥くのも時間の問題、と断言したユウに、リナリーは納得行かない表情を浮かべた。
 と、ユウの目が鋭く尖る。
 「あいつが金に執着するのは、お前も知ってんだろうが」
 「あ・・・うん、でもそれは・・・」
 擁護しようと開いた口を、ユウが首を振って塞いだ。
 「親父が死んだが最後、骨肉の争いどころじゃない、血で血を洗う抗争になると思うぜ」
 「う・・・わぁ・・・・・・・・・」
 その様が容易に想像できて、リナリーは引きつった顔をそっと俯ける。
 「関わり合いになるなと、だから何度も言っている」
 ため息混じりの声に、しかし、リナリーはなぜか頷こうとはしなかった。
 「どうした?」
 訝しげなユウの声に、顔を上げたリナリーはいたずらを企んでいるような顔で笑う。
 「私も・・・エントリーしようなかぁ・・・v
 「あ?
 お前も養女になるのか?」
 コムイが泣くぞ、と言うユウに、リナリーは笑って首を振った。
 「そんなことしなくったって、一族になる方法はあるじゃないv
 リナリーはくすりと笑って、ウィンクする。
 「私、最有力候補のお嫁さんになって、クロノグループを乗っ取っちゃおうかなぁv
 「・・・・・・っ!」
 いっそ無邪気に笑ったリナリーに、ユウが息を呑んだ。
 「・・・・・・・・・リナリー」
 長い間の後、呟いたユウに、リナリーは可愛らしく小首を傾げる。
 「なぁに?」
 「俺はお前みたいな性悪、嫁にする気はねぇからな!」
 「ふんっ!」
 大真面目に言われて、リナリーは思いっきり舌を出した。


 隣家でそんな会話がされているとは知らず、甘味中心の夕飯を終えた兄弟は、ジェリーも交えてのんびりと食後のお茶を楽しんでいた。
 「アレンちゃん、お料理上手のお兄ちゃんが出来て、良かったわねぇv
 ジェリーに頭を撫でられて、アレンは嬉しそうに頷く。
 「でも僕、育ち盛りですから!
 お肉も好きです、ハワードおにーちゃんvv
 「俺も俺も!!
 好物は焼肉さー!!」
 騒がしく挙手したラビに、ハワードは呆れ顔で肩をすくめた。
 「覚えておきましょう」
 「やったぁー!!」
 抱き合って喜ぶ弟達に軽く吐息し、ハワードはお茶のお代わりを入れにキッチンに立つ。
 その隙に、アレンとラビは囁きを交わした。
 「グッジョブアレン!
 メシはなんとしても肉中心で作らせるさね!」
 「ご飯のためなら僕、天使だって演じますよv
 にやりとしたアレンの笑みは、悪魔の嘲笑に酷似している。
 「ほだして利用作戦、GO!」
 「イエッサー!」
 ラビの指示に大きく頷き、くすくすと忍び笑いを漏らすアレンを、ジェリーは微笑ましく見つめた。
 アレン達の企みを全て知った上で、彼女は笑みを深める。
 「本当に可愛いわねぇ・・・この子達v
 彼らの性悪ささえ全て知った上で包み込み、お茶と一緒に飲みこんだジェリーは、慌てて目を逸らす少年達に優雅な笑声をあげた。




Fin.

 










2週間以上も遅れてしまいましたが、2010年のイースターSSでございますv
これは、リクNO.46『団子四兄弟』を使わせてもらってますよ(笑)
題名は、このリクを頂いた時からこの曲に決めてました(笑)
実の兄弟ではなく、養子同士の同居にしたのは、『D.グレ家の人々』風にしたかったからです(笑)
そしてこれをどんな風にしようか考えていた時に、ちょうど放送していた『みなみけ』を見て、『あえてグダグダな日常風景もいいか』と思ったのです。
何事もないと言うには、結構波乱万丈だったり裏工作あったりですけどね(笑)
この兄弟で純粋なのは、きっとリンク君だけです(笑)
ともあれ、『何の変哲もない(←言い張る(笑))』日常風景、お楽しみいただければ幸いですv












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