† Milky Way U †






 さらさらと涼しげな葉音を振りまきながら、コムイは長い廊下を食堂へと向かう。
 最近は特に忙しく、ちっとも足を向けられなかったそこへ入ると、カウンターの向こうからジェリーが手を振った。
 「んまっ!立派な竹ねェv
 これならたくさんお願い事ができそうねんv
 「でっしょおv
 この日のために、竹林を作っておいてよかったねェv
 コムイは笑って食堂の中央へ行くと、部下達が既に設えていた台の、真ん中に空いた穴へ竹を差し込む。
 「よし、直径ぴったりーv
 やっぱボクっててんさーぃvv
 「そんなん、直径計れるメジャー持ってりゃ、誰だってできるさね!」
 いつまでも竹の前からどかないコムイに、ラビが苛立たしげな声をかけた。
 「早くどいてさ!
 俺、一番にてっぺんで願い事するんさ!」
 肩に脚立を担いでやる気満々の彼を、コムイが不思議そうに見遣る。
 「君がお祭好きなのは知ってるけど、いやに張り切ってるねェ」
 何の願い事?と、ラビの手元を覗き込めば、
 『不幸の星退散!アレンやユウにいじめられませんように!』
 と、大きな字で書いてあった。
 「・・・・・・切羽詰ってるんだね」
 「当たり前さ!
 アレンと遭ってからこっち、俺の不幸度パネェんさ!!」
 コムイを押しのけ、脚立を設置したラビが、てっぺんに上って短冊を結いつける。
 「あのクソガキが改心しますようにっ・・・あぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 祈った瞬間、下から脚立を蹴られて、ラビは長い悲鳴をあげながら床に叩きつけられた。
 「うっさいんですよ、あんた!
 不幸なのは僕のせいじゃなくて、デフォでしょーが!!
 それに・・・!」
 足元に転がったラビを更に踏みつけたアレンは、こめかみを引き攣らせる。
 「好きで不幸なんじゃないやい!!」
 「げぶううううううううううう!!」
 全体重をかけて踏みつけると、ラビが血反吐を吐いた。
 「ふんっ!
 ざまぁみろ!」
 吐き捨てたアレンは、ラビと共に倒れた脚立を立て直し、すいすいとてっぺんまでのぼる。
 その手にある真っ黒な短冊を見たコムイは、苦笑して肩をすくめた。
 「それ書くのに、どれだけ時間かかったんだい?」
 「ほんの5〜6分ですよ」
 常にアレンの側から離れない監査官が、心底馬鹿にした口調で言う。
 「5〜6分で、長い短冊が真っ黒になるくらい書き込んだの?
 アレン君、意外と器用だね」
 くすくすと笑ったコムイは竹に近寄り、アレンが下げた短冊を見つめた。
 本来のブルーを全て黒く塗りつぶされた短冊には、『借金消滅』『金運上昇』『師匠が僕をいぢめませんように』『むしろこのまま消えてください』『Gなみにひょっこり出てきそうで物凄く怖いです』『消えてください』『消してください』『借金と一緒に消えろ』など、虐げられてきた弟子の恨みがこれでもかと詰まっていた。
 「うわぁ・・・切実だなぁ・・・」
 自分への、名指しの恨み言は見当たらないことを確認して、コムイは脚立から降りてきたアレンの頭を撫でてやる。
 と、代わりにリンクが脚立にのぼり、短冊を結いつけた。
 「へ?
 監査官も参加するのかい?
 馬鹿馬鹿しいって言うと思ってたのに」
 「・・・目的を達するために、あらゆる手段を用いているだけです」
 そう言ったリンクが下げた短冊には、『マンマがホーキ頭を見限りますように』と、無駄に丁寧な字で書いてある。
 「・・・短冊と一緒に、君の男が下がりますよ」
 呆れ声のアレンを鋭く睨み、リンクは鋭く踵を返した。
 「どこ行くんですか?」
 「願った以上、次は実行です。
 なんとしてもあのホーキ頭の隙を見つけます」
 「・・・・・・さすが陰険わんこ」
 「なにか、室長?!」
 コムイがこっそり呟いたことを、リンクは耳ざとく聞きつけて吠えかかる。
 「別にぃ?
 わんこがワンワン吠えてるなぁって言っただけぇv
 「・・・本当に嫌味がお上手ですね、室長」
 「えへへv 誉められちゃったーぁv
 鋭い眼光を、さらりと受け流したコムイに舌打ちし、リンクは憤然と歩を踏み出した。
 途端、
 「きゃっ!!」
 短冊を持って来たリナリーと、まともにぶつかる。
 「ボーっとしてるんじゃありませんよ、小娘ッ!!」
 謝るどころかいきなり怒鳴られ、リナリーは目を吊り上げた。
 「そっちがぶつかってきたんじゃないか!」
 「ふんっ!
 エクソシストのくせに、避けられないとは鈍い娘ですね!」
 「なっ・・・なんだとー!!!!」
 「・・・え?
 なんでケンカになってんの?」
 つかみ合うまでのあまりの速さに、コムイが対応できないでいると、すかさずアレンが間に入る。
 「なんで常時一触即発なんですか、二人とも!
 ちょっと落ち着いて!!」
 「小娘が突っかかってきただけです」
 「陰険わんこが謝れば済む話でしょお!!」
 きゃんきゃんと負けず吠えるリナリーを、コムイが背後から抱きしめた。
 「ハイハイ、落ち着いてーv
 怒ってるリナリーも可愛いケド、笑ってるのが一番可愛いんだからさーv
 「可愛くないよっ!
 リナリーがいぢめられてるのに、なんで兄さんったら嬉しそうなのぉっ!!」
 「えぇ〜?
 そりゃもちろん〜v
 クスクスと笑い出したコムイの傍らで、アレンが肩をすくめる。
 「抹殺対象が一人減ったからでしょ?」
 「オヤv
 アレン君、よくわかったねv
 コムイがにやりと笑うと、アレンの背中に悪寒が走った。
 「・・・・・・身に染みてますから」
 こっそりと呟くと、コムイの口が弦月の容に裂けて、アレンはびくりと歩を下げる。
 途端、
 「げふっ!」
 「わっ!びっくりした!」
 未だ床に転がるラビを踏んでしまい、アレンは慌てて彼の上からどいた。
 「もう、いつまで寝てんですか。邪魔でしょ」
 「・・・・・・言うことはそれだけさ、加害者?」
 「人聞き悪いなぁもう。
 ラビが余計なことするからじゃ・・・ぎゃん!!」
 いきなり足払いをかけられ、転んだアレンの髪をラビが掴む。
 「なにが余計なことさ、この不幸の星ガ!
 まんま災厄じゃないさ、クソガキめ!!
 お前なんか、ユウちゃんが飼ってる界蟲にでもなっちまえ!」
 「はぁ?!
 よりによって神田の飼い蟲なんかイヤですよっ!
 ラビこそキッチンで捌かれて、シチューにされちゃえ!!」
 取っ組み合いながら、ころころとキッチンを転がる二人を見下ろし、リンクが鼻を鳴らした。
 「やめなさい、クソガキ二人。
 お食事中の皆さんが迷惑してらっしゃいます」
 「うっさいまゆわんこ!略してマユワン!!」
 ラビの暴言にリンクがこめかみを引き攣らせる。
 「黙りなさい、ヘタレウサギ!」
 「意地悪・傲慢・ケンカ腰!略して陰険わんこ!!」
 「うまいこと言ったつもりですか、性悪猫!!」
 便乗したアレンに怒鳴ると、リナリーを確保したままのコムイが拍手した。
 「ラビよりうまいじゃないか、アレン君」
 「えへへーv
 リンクの悪口ならいくらでも出てくるんですよv
 「いいぞアレン君!もっとやれー!」
 調子に乗ったアレンと、更に便乗したリナリーを、リンクが殺しそうな目で睨む。
 「この・・・!」
 「そうだ!
 リナリーはどんなお願い事するのぉ?」
 いち早く危険を察したコムイが口を出して、リンクを遮った。
 「お兄ちゃんにできることならなんでも・・・」
 言いつつ覗き込もうとした短冊は、リナリーが慌てて表を隠す。
 「なっ・・・ナイショだよっ!」
 その慌てぶりに、リンクが唇を歪めた。
 「まな板解消でも願いましたか」
 「誰がまな板よ!!失礼ね!!!!」
 コムイを背負ったまま、蹴りを繰り出そうとするリナリーにまた、リンクが鼻を鳴らす。
 「よしんばマンマのようになったとしても、その凶暴な性格では、マンマの足元にも及びませんね。
 まぁ、まな板解消すら無理でしょうけど」
 「ふも――――――――!!!!」
 機関車のように湯気を吹き上げるリナリーを、コムイがなんとか引き止めた。
 「放して兄さん!
 あのわんこ踏み潰す!!」
 「イヤイヤイヤ!!
 さすがにリナリーが殺人者になるのは見過ごせないヨッ!!」
 「じゃあ今年の願い事、リンク監査官消去!!」
 「いいケドすぐに次のが来ちゃうヨッ!!」
 「どんな人だってこれよりマシだよッ!!」
 「・・・あなた達兄妹は・・・!」
 じたじたと暴れる兄妹を睨むリンクの背後で、ひそひそと囁きあったアレンとラビが、ころころと床を転がって行く。
 彼らが出口に達した瞬間、
 「リンク監査官、アレン君が逃げようとしてるよー!」
 コムイの指摘にリンクが目を剥き、一瞬で飛び起きた二人が脱兎の勢いで逃げ出した。
 「待たんかコラ――――!!!!」
 リンクが猟犬の素早さで追って行くと、途端に食堂は静かになる。
 「むー・・・!」
 不満げに唸るリナリーを、コムイはまだ放そうとしなかった。
 「もう放してよ、兄さん!」
 「ダメだよ。
 リナリーならこのくらいの距離、すぐ追いついちゃうでしょ。
 もうしばらくは放してあげないv
 嬉しそうに言った兄に、リナリーは頬を膨らませる。
 「次会ったら蹴飛ばしていい?」
 「だからやめときなさいって」
 クスクスと笑って、コムイはリナリーの耳に囁いた。
 「闇に葬る時は、自分の犯行だってバレないようにしなきゃv
 人間の抹殺に長けた兄のアドバイスに、リナリーが渋々頷く。
 「じゃあ、殺るつもりで隙を窺うよ」
 こっそり言ったはずの声は意外と響いて、料理を運んでいたジェリーにしっかり聞かれた。
 「リナリーったらなに物騒なこと言ってんの!」
 「べっ・・・別に、何も言ってないよっ?!」
 慌てるあまり、声を上ずらせたリナリーを、ジェリーがじっとりと睨む。
 「もう仲良くしなさいとは言わないけど!
 いい加減、おてんば治しなさい!」
 「う・・・」
 さすがにジェリーには歯向かうことができず、リナリーは気まずげに黙りこんだ。
 するとリナリー至上主義のコムイは、当然ながら擁護に回る。
 「まぁまぁ、そんなに怒んないであげてよ、ジェリぽん〜v
 ホラホラ、リナリーも早く、お願い事下げちゃってv
 ジェリぽんはどんなお願い事するのぉ?」
 上手に話を摩り替えられて、ジェリーは苦笑した。
 「そぉねん・・・リナリーがレディになることかしらv
 「ふぇっ?!
 う・・・それは・・・目指すけど・・・・・・」
 気まずげに目を逸らしたリナリーに、ジェリーは笑い出す。
 「ホホホv
 リナリーががんばれば叶うお願いよぉんv
 ・・・アタシの本当のお願い事は・・・無理だからぁん・・・」
 後半は少し寂しそうに言ったジェリーに、なぜかコムイがこっそりと笑った。
 「兄さん?」
 「ん?
 いいから早く下げちゃってv
 また急かされて、リナリーが脚立にのぼる。
 「絶対見ちゃダメだからね!」
 ピンクの短冊にピンクのペンで書いた願い事は、てっぺんにあげられた時点で既に下からは読めなくなっていたが、リナリーは更に念を入れて短冊を細く折りたたみ、笹に結びつけた。
 「絶対だからね!」
 もう一度言うと、兄達だけでなく、食堂にいた全員が頷く。
 彼らは皆、リナリーの願い事が『貧乳解消』だと勘違いしていた。


 「ただい・・・」
 「お帰りなさいませ室長いらっしゃらなかった間に世界各地から来たお仕事がお山のように溜まっておりますので早々にご決裁くださいませ」
 執務室に入った途端、新しい早口言葉かと思った台詞をまくし立てられたコムイは、書類が塔のように積みあがったデスクに連行された。
 「ミ・・・ミス・フェイ、ボクは・・・!」
 「10分以内にこれを片づけていただかないと、次が来てしまいますわよ」
 塔が倍になります、と脅されて、コムイは慌ててハンコを握る。
 「あのっ・・・あのね、ミス・フェイ!
 これが終わったらボク、ちょっと・・・」
 「本日の休憩時間は終了しました。
 これより21時まで、休みなく働いてくださいませ」
 「今午前11時なんですけど――――――――!!」
 絶叫は華麗に無視され、彼女がポケットから出した懐中時計を突きつけられる。
 「あと9分になりました」
 「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 再度の絶叫に眉一つ動かさず、ブリジットはコムイを急かした。
 「21時からの、またくだらないどこかの伝統行事を行いたいのでしたら、私の指示に従ってくださいませ」
 冷厳な命令に、コムイは涙を溢れさせて頷く。
 「あのっ・・・あのね、ミス・フェイ!!
 ボクがんばるから・・・がんばるから、早く終わったらちょっと抜けていいかなぁっ?!」
 必死の嘆願に、氷の女神は微動だにしなかった。
 「ミス・フェイ!!!!」
 絶叫にやや眉をひそめ、ブリジットはため息をつく。
 「早く終わったら、です」
 「うんっ!!」
 喜色満面で頷き、コムイはハンコを捺す手を早めた。
 正確に9分後、書類の塔は彼女の言う通り倍になったが、それでもめげずに充血した目を走らせ、腱鞘炎になりそうな勢いでハンコを捺す。
 彼が白い無間地獄を脱した時には既に、日はとっぷり暮れて空に星が瞬いていた。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!7時!もう7時!!
 間に合うかな神様時間をトメテ――――!!!!」
 全ての書類に捺印した瞬間、ハンコを放り出して部屋を出て行ったコムイを、さすがのブリジットも捕らえ損ねた。
 背後に彼女が追ってくる気配がないか、気にしながら自分の研究室に駆け込んだコムイは、厳重に鍵を掛けて他者の侵入を防ぐ。
 しばらくドアに耳を当て、外の気配を探っていたが、誰も来る気配のないことを確かめると、ようやく強張っていた顔にも笑みが浮かんだ。
 「よーっし!
 ジェリぽんのお願い、叶えちゃうぞーぅv
 スキップして作業台に寄ったコムイは、ほぼ完成していた薬品を用心深く調合していく。
 色とりどりの薬品が、化学のマジックにより透明になってしまうと、コムイは笑みを深めた。
 「さて、効果は・・・」
 液体を缶に入れ、ノズルのついた上部と組み合わせてスプレー缶を作ると、またスキップして鳥篭に近づく。
 と、中のインコ達は、餌をくれるものと嬉しげに羽ばたいた。
 「はーぃ、坊や達ーv
 ちょっとお仕事してねんv
 檻に足を掛け、早く早くとねだるインコ達に、コムイはスプレーを吹き付ける。
 「さてとー・・・」
 同時に動かしていたストップウォッチを眼前に掲げ、鳥と時計の両方を見比べた。
 すると時計の針が一周もしないうちに、水色の蝋膜が褐色へと変わって行く。
 鳥篭に入っていた4羽全てが、前後して褐色に変わったのを見たコムイは、にんまりと大きな笑みを浮かべた。


 その頃、いつも忙しい科学班第一班は、コムイががんばったおかげでなんと、ハイティーを取ることができた。
 「・・・・・・・・・・・・教団に入って十数年。
 ちょっと遅れたとは言え、本部でお茶の時間が持てたなんて、初めてだぜ・・・!」
 しみじみと言ったジジに、同じくここへ来て初めて『お茶の時間』なんてものを持ったリーバーが頷く。
 「俺、生まれがオーストラリアで中東支部出身だからさ、今まで英国の『お茶の時間』ってのは都市伝説だと思ってた」
 「へ?
 ナニ言ってんすか、班長。
 アレンなんて、本部にいる時は毎日お茶の時間・・・」
 「あいつは1分毎にお茶の時間じゃねぇか!」
 ジョニーの言葉を遮って、神田がリーバーに報告書を差し出した。
 「ほらよ」
 「あぁ、悪いな。
 さっき帰って来たばっかりなのに」
 「俺はお茶の時間なんてかったりぃもん、しねぇからな」
 聞きようによっては嫌味とも取れることを言った神田を、ジジが背後からはたく。
 「なにすんだ!!」
 「お前ももう18なんだからさ、ちったぁコミュニケーション能力を身につけろよ」
 呆れ声のジジを睨み、しかし、神田は何も言わずに踵を返した。
 「えぇっ?!ジジすっげ!!神田が反論しねぇ!!」
 「なにこれ?!
 なんて魔法?!」
 わらわらと皆に寄って来られて、ジジが得意げに笑う。
 「そりゃお前ら、長年の付き合いによる信頼と、信頼に応えてきた実績って奴よ!
 俺らは深い絆で結ばれてんだよなー?なー?神田?」
 「うっせぇよジジィ!!
 余計なこと言ってんじゃねぇ!!」
 出口に向かいつつ、神田が肩越しに怒鳴ると、なぜかリーバーが立ち上がった。
 「ちょっと待て、神田!
 お前、記載漏れがあるぜ」
 「あ?どこだよ」
 言いながらも、足を止めない神田にリーバーが駆け寄る。
 「あのな、ここの・・・」
 報告書に目を落としたまま寄ってきたリーバーが、足元に転がった器具につまづいた。
 「おっと!」
 「おい、あぶ・・・」
 「ねえみんなー!すっごいのでき・・・わああああああああああああ!!!!」
 タイミング悪く部屋に飛び込んで来たコムイが、よろけたリーバーと彼を支えようとした神田にぶつかり、もろともに転ぶ。
 「室長?!」
 コムイの悲鳴に目を向けた科学者達は、彼らが倒れた付近に白く煙が上がる様を見て、とっさに鼻と口を塞いだ。
 やがて、誰もが手近にあった防毒マスクをつけ、用心深く近寄った場所では、折り重なった三人が、仲良く目を回している。
 「し・・・室長・・・」
 「ぅわ・・・班長・・・・・・!」
 「・・・あーやっぱりな。
 俺はこいつ、大きくなったら美人になると思ってたよ」
 言いながら、ジジがコムイとリーバーの下から引きずり出した神田は、目の覚めるような美女へと変身を遂げていた・・・。


 「あんったなにやらかしてくれるんですかッ!!!!」
 状況を理解するや、リーバーはコムイを怒鳴りつけた。
 その声はいつもより断然甲高く、科学者達の耳を貫く。
 「は・・・班長、落ち着いて・・・!」
 耳を塞いで嘆願すると、丸みを帯びてヒゲのない顔が、きっと睨んできた。
 「これが落ち着いていられるかああああああああああああああ!!!!」
 「だっ・・・大丈夫!美人ですから!ねっ?!」
 「そうそう!ちゃんと巨乳だし!なんら恥じることはないから!なっ?!」
 慌てた部下達のとりなしは、却ってリーバーを逆上させる。
 「だったらてめェらも女になるか?!あぁっ?!」
 途端、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った部下達を、リーバーは忌々しげに睨んだ。
 「聞いてます、室長?!
 さっさと治してくださいさっさと!!」
 見下ろした床に、半死半生で転がるコムイを足でつつくと、彼・・・いや、彼女は死にかけた魚のようにピクリと跳ねる。
 「聞いてんのかオラ!
 死んだ振りしてんじゃねぇよ変態が!
 とっとと元に戻せっつってんだろ!」
 コムイを切り刻んだ六幻の鞘で、更にぐりぐりと腹を抉れば、噴水のように血反吐を吐いた。
 「おい、やめろ神田。
 今、こいつに死んでもらっちゃ困る」
 冷たい声で命じると、神田は舌打ちしつつもリーバーに従う。
 代わりにリーバーが歩み寄って、コムイの胸倉を掴んだ。
 「ちゃんと、解毒剤作ってんですよね?!」
 凄みのある声で問えば、コムイは必死に頷く。
 「よし、とっとと出・・・」
 「くっ・・・薬じゃないんだよ!
 もっとロマンティックな方法なの!!」
 「あぁ?
 なに寝惚けたこと言ってんだ、てめェ。
 もっぺん刻んで目ェ覚ますかゴラ!」
 息が止まるような美女に迫られて、コムイの心臓が止まりかけた。
 「やっ・・・やぁん神田くぅんv
 コムたん今、オンナノコなんだからぁんv いぢめないでぇv
 気色悪い声に鳥肌を立て、神田は思わず鯉口を切る。
 「ちょっ!!マッテ!!ゴメン!!ホントゴメン!!だからマッテ!!」
 今にも居合斬りされそうな形相におののき、コムイは転んだ弾みで爆発したスプレー缶の残骸を指した。
 「あ・・・あれ、ホントはね、オンナノコになりたいジェリぽんのお願い叶えるために作ったんだヨ!
 決してリーバー君を金髪巨乳美人にしたり、神田君を絶世の美女にするためじゃなかったんだ!」
 「だったら扱いに気をつけろボケエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
 同時に絶叫を放つや、再び床に放り出したコムイを二人の足が蹴りつけようとする。
 が、いつの間にか大きくなった靴は、勢い余って飛んで行った。
 「うがああああああああ!!!!ムカつく!!ムカつく!!!!」
 地団太を踏むリーバーの傍らを、神田が進み出る。
 「靴なんざなくったってかまわねェよ!!」
 言うや彼は、コムイに容赦ない蹴りを繰り出した。
 「いぢめないでってばぁ!!」
 床をころころ転がって神田の足を避けたコムイは、デスクの下に潜り込んで、こっそりと外を窺う。
 「ちょっとぉ!乱暴なしでボクの話を聞きなよ!」
 「なんだ!!」
 眼光だけで人一人殺せそうな二人の目を、コムイは更にデスクへ潜って避けた。
 「あのね、今日の七夕は、引き裂かれた夫婦が年に一度だけ会える、ロマンティックな夜でしょぉ?
 だからね、変身の魔法は眠り姫や白雪姫みたいに、キスv で解けるようにしちゃえーって・・・」
 「どんっっっっっな薬剤組み合わせたらそんなアホな解毒作用作れんだこの紙一重!!」
 「男とキスしろってか!!絶対に断る!!!!とっとと解毒剤作れゴラ!!!!」
 激怒した猟犬のように吠え立てる二人から、コムイはじりじりと後退して逃げる。
 「ちょっと落ち着いて、二人ともー・・・話は最後まで聞いて・・・」
 小動物のように怯えた目で訴える彼・・・いや、彼女を、二人は殺気に満ちた目で睨んだ。
 「あっ・・・あのね、キスは王子様じゃなくて、お姫様・・・オンナノコにしてもらうんだよ・・・?」
 「あぁっ?!なんじゃそりゃ!!」
 激怒するリーバーの声に震えながら、コムイは言い訳のように続ける。
 「だっ・・・だって、王子様のキスに設定しちゃったら、オンナノコになったジェリぽんに素敵な彼氏が出来た時、キスも出来なくなるじゃないー・・・!
 ボク、ちゃんと先のこと考えてるんだよ・・・!
 ジェリぽん、オンナノコとはキスしないだろうなって思ったから・・・」
 「なるほどな」
 大きく頷いた二人は、すぐさま踵を返した。
 「ミランダどこだ、ミランダ!」
 インカムに向かって怒鳴るリーバーの隣を早足に進みながら、神田が眉根を寄せる。
 「なんでだ?
 適当に行き会った奴とすればいいだろ」
 「お前っ・・・!」
 美しく生まれついたせいか、女は勝手に寄ってくるものと思っている神田の台詞に、リーバーは絶句した。
 「・・・・・・あー・・・今は、その・・・女の身体だからな・・・。
 気心の知れた奴の方がいいだろ?」
 「・・・そう言うもんか?」
 不思議そうに首を傾げ、神田が呟く。
 目的を達するために、いつも一番の近道を選んで行く神田には、リーバーの言うことがいまいち理解できなかった。
 「そっ・・・それにな!」
 慌てて付け加えたリーバーは、白衣を脱いで頭からかぶる。
 「・・・・・・こんな姿、他の奴には見られたくない」
 火を吹きそうに赤くなったリーバーを見て、神田は忌々しげに舌打ちした。
 「・・・・・・ムカつくが、女になったのは二度目だ」
 ハロウィンのいたずらで、ロードに女の身体に変えられたことのある神田は、一旦立ち止まると、走る度に揺れて邪魔な胸の上に引き裂いたコートの裾を巻きつける。
 「痛くねぇか?」
 リーバーに聞くと、『むっちゃ痛い』と荒い息をついた。
 「気の毒に・・・俺、今まで以上に労わってやる気になったよ」
 「あぁ・・・そうしてやれ」
 リー兄妹と違い、TPOを心がけている二人のことは、神田も安心して応援できる。
 「で?
 ミランダは見つかったのか?」
 「あぁ、備品室に来てくれるように頼むよ」
 そう言って、リーバーはすぐ傍らのドアを開けた。
 「・・・・・・ミランダのキスはやらんからな」
 「頼んでねぇよ!」
 肩越し、睨んで来たリーバーを睨み返し、神田が吐き捨てる。
 「俺は適当に見繕う」
 「・・・・・・そんな爛れた青春でいいのかお前」
 ため息と共に吐き出された言葉は、聞えなかった振りをして先を進んだ。


 男ばかりの教団で唯一、女性の比率が多い病棟に向かう神田を、すれ違う団員の全てが振り返る。
 だが、美しいものを愛でる目に慣れきった神田は、何か言いたげな視線を冷たく無視して歩を進めた。
 と、修練場の前を通りかかった時、中から出てきたリナリーが、目を丸くして足を止める。
 「かっ・・・神田?!」
 甲高い声に眉をひそめて、しかし、神田はリナリーに歩み寄った。
 「おい、リナリー。キスしろ」
 「きっ?!」
 一瞬で真っ赤になったリナリーは、更に歩み寄った神田に顎をつままれ、慌てて退く。
 「逃げんじゃねぇ!」
 「にっ・・・逃げるよ!
 なにそれ?!なんの冗談?!」
 両手で口を覆うと、神田は恐ろしい形相で追いかけてきた。
 「冗談じゃねぇよ!
 てめェの兄貴のせいで、こんな身体にされたんだ!
 責任持って解毒しろ!」
 「にっ・・・兄さんが?!」
 足を止めたリナリーは、途端に喜色を浮かべ、納得したとばかり、大きく頷く。
 「さすが兄さん・・・!
 私のお願い事、叶えてくれたんだね!」
 「あ?
 貧乳解消か?」
 「違うよっ!
 なによ、神田だっ・・・て・・・・・・」
 怒って神田が胸に巻いた布を取り払ったリナリーは、コートを着てさえわかる膨らみに手を当てた。
 「このやろー!!!!」
 「いってぇ!!
 なにすんだてめェ!!!!」
 ぐにぐにと揉まれて、神田が絶叫する。
 「返せ!」
 リナリーが腕にかけていた布を奪い返すと、足元に彼女がうずくまった。
 「うぅ・・・!
 姉様がげんこつしたよぉ・・・!」
 「姉様言うな!!」
 「姉様じゃないか!
 お願いの短冊に、神田がまた姉様になってくれますようにって書いたらホントに・・・・・・」
 「・・・・・・・・・あ?」
 恐ろしい目で睨まれて、リナリーはまた両手で口を覆う。
 「今、なんつった、てめェ・・・!」
 「んにゃっ・・・にゃんにも?!」
 ぷるぷると首を振るが、猫並に耳のいい神田が聞き逃すわけがなかった。
 「てめェのせいか――――!!!!」
 襟首を掴んだ神田に無理矢理立たされたリナリーは、逃げる間もなく胸倉を掴まれ、壁に押し付けられる。
 「かっ・・・かっ・・・必ずしも、リナリーのせいとは限らないんじゃないかな?!」
 必死に反駁を試みるが、それで許してくれるはずもなかった。
 「うるっせぇよ!
 さっさとキスしろコラ!」
 口を覆うリナリーの両手を掴んで、壁に押し付けた神田の顔が迫る。
 「ヤダ――――――――!!!!」
 顔をそむけたリナリーの絶叫に、何事かと出てきたアレンとラビが瞠目した。
 「なにしてんですかあんた――――――――!!!!」
 「ユウちゃん!
 セクハラ禁止さ!!」
 絶叫したアレンに体当たりされ、思わず手を放した隙にラビに羽交い絞めされる。
 「なにすんだてめェら!放せ!!」
 怒号の意外な甲高さに驚き、二人がよくよく見た彼は今、『彼女』になっていた。
 「ぅえええええええええええ?!ユウちゃん、なんでさっ?!」
 「まさかまたロードですか?!」
 思わず身構えたアレンに、神田の手から逃れたリナリーが駆け寄って首を振る。
 「に・・・兄さんの仕業みたい」
 「あ・・・」
 「あー・・・・・・」
 リナリーの言葉に全てを察して、アレンとラビは、気の毒げな目を神田へ向けた。
 「ご愁傷さまです。
 ずっとこのままでありますように」
 「ナメたことぬかしてんじゃねぇモヤシ!!
 てめェこそ女になりゃあがれこの害虫が!!」
 ラビに羽交い絞めされたまま、神田が地団太を踏む。
 と、ラビが乾いた笑声をあげた。
 「ユウちゃん、せっかくの美人なんからさ、その言葉遣いは封印した方が・・・」
 「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ、馬鹿ウサギ!」
 まっすぐに振り下ろされた神田の踵が、ラビの足を潰さんばかりに踏みにじる。
 「あぃっ・・・げぶぅ!!」
 俯きかけたところへ強烈な肘鉄が来て、ラビはその場に倒れこんだ。
 「ラビ!!」
 うっかり駆け寄ったリナリーの腕を神田が取り、引き寄せる。
 「きゃあああああああああああああ!!リナリィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」
 自分が襲われたかのような悲鳴をあげ、アレンはリナリーのもう一方の手を取った。
 「放してください、痴漢!
 じゃなくて、今は痴女?!
 いくら今は女の子だからって、公衆の面前でキッ・・・キッ・・・キッ・・・!!
 っっっイタイケな女の子を襲うなんて、恥を知りなさい!!」
 ぐいぐいとリナリーの腕を引くアレンが背後へ重心をかけた瞬間、絶妙のタイミングで神田がアレンへと歩を進める。
 「ぅぎゃっ?!」
 無様に転んだアレンと、彼に引かれてよろけたリナリーに並んで歩を踏み出し、神田は彼女を小脇に抱えた。
 「ふぇっ?!」
 一瞬の出来事に、なぜ抱えられているのかわからないリナリーが、奇妙な声をあげる。
 「おとなしくしろ、てめェ!」
 そのまま連れ去ろうとする彼の足元で、踏み潰されたらしいアレンが白目を剥いて伸びていた。
 「ア・・・アレン君!
 神田、放してよ!アレン君が白目剥いてるよ!!」
 「うるせぇ奴を黙らせたんだよ!
 文句あるか!!」
 「大ありだよ!放せー!!!!」
 足をばたつかせて暴れるリナリーの頭を、神田が乱暴にはたく。
 「いったああああああああああああ!!
 なにするんだよ、姉様の乱暴者!!」
 「おとなしくしろっつってんだろうが!
 元に戻ったら放してやんよ!」
 言って、すたすたと歩を進める神田に反発し、またリナリーがじたじたと暴れ出した。
 「だっ・・・だからなんでリナリーなんだよ!
 他の子とすればいいじゃない!」
 必死に言い募るリナリーに、神田は鼻を鳴らす。
 「最初に会ったのがお前だったのと、お前のせいでこんなことになったかもしれないからだ。
 黙って責任取れ」
 この薬の開発動機が、ジェリーの願いを叶えるためであることは知っていたが、今言う必要はないと判断した。
 「いーやーだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
 助けてえええええええええええ!!!!」
 城中に響き渡る絶叫に、各部屋から団員達が、何事かと顔を出す。
 が、絶世の美女と、彼女が抱える絶世の美少女の姿に唖然としている間に、二人は通り過ぎて行った。
 そのままいくつもの部屋を通り過ぎた頃。
 「ど・・・どうしたの、リナリー?」
 襲われているのじゃないかと驚いて、部屋から出てきたエミリアが声をかけてくれた。
 「なに?お仕置き中?
 このお姉さんにいたずらでもしたの?」
 彼女が神田だと気づかないのか、眉をひそめたエミリアに、リナリーが必死に首を振る。
 「違うの!
 リナリーのせいじゃないのに、神田がぁ・・・!!」
 「神田?」
 リナリーの言葉を訝しく思って、エミリアは彼女を抱える女の顔を見上げた。
 「へぇ、そっくりね。
 もしかして、双子のお姉さん?」
 「違ェよ、馬鹿!」
 その乱暴な口調に、目を丸くしたエミリアは、まじまじとその顔を見つめる。
 長い時を経て、
 「まさかあんた・・・神田?!」
 エミリアが指差して絶叫すると、神田は忌々しげに舌打ちした。
 「コムイにヤパイ薬使われたんだ」
 「ぅ・・・わぁ・・・・・・!」
 唖然として言葉もないエミリアは、手を伸ばして神田の胸に手を当てる。
 「本物の感触だわ!」
 「ちったぁ遠慮しろ、痴女が!!」
 またしても胸をもまれ、顔を歪めた神田が怒鳴るが、エミリアは怯みもせずに笑みを浮かべた。
 「大きさでは、あたしの方が勝ってるわねv
 触ってみる?」
 そう言ってウィンクした彼女を、リナリーが凄まじい目で睨む。
 「なっ・・・なんだよなんだよ!
 リナリーはまだ16なんだから、成長途中なだけだもん!
 あと何年かしたら、リナリーだってぷりぷりするもん!
 まだ本気出してないだけなんだからね!!」
 また足をばたつかせて暴れ出したリナリーを持て余し、神田は床に放り捨てた。
 「いたぁっ!!
 なにすんだよ!!」
 「嫌なんだろうが。
 解放してやるからどこへでも行け。
 エミリア」
 「なぁに?」
 歩み寄って来た神田に、エミリアが微笑む。
 「触る?」
 にこっと笑って胸を反らすが、神田は首を振ってエミリアの顎に手をかけた。
 「そんなことより、キ・・・」
 「ダメェェェェェェェェ!!!!」
 背後から飛び掛ったリナリーが、神田を羽交い絞めにして引き離す。
 「なにすんだよっ!
 てめェが嫌だって言うから・・・」
 「やだあああああああああ!!
 せっかく姉様が本物の姉様になったのに、戻っちゃやだああああああああ!!!!」
 絶叫に耳をつんざかれ、神田が顔を歪めた。
 「ワガママ言うんじゃねぇ!!」
 「ワガママじゃないもん!!
 星にお願いしたから叶えてくれたんだもん!!」
 リナリーが絶叫すると、彼女の言う意味がわからないエミリアが、不思議そうに首を傾げる。
 「お願いって、ナニ?」
 問えば、リナリーは神田を羽交い絞めにしたまま、指先だけで食堂の方を示した。
 「食堂にある竹だよ!
 今日は7月7日で、笹の葉にお願い事した短冊を下げると、お星様がお願い事叶えてくれるんだよ!」
 「へぇ・・・それであんた、神田がお姉さんになりますように、って書いたの?」
 「うんっ!あいたっ!!」
 歩み寄って来たエミリアに、ぱすんっと頭をはたかれて、リナリーが悲鳴をあげる。
 「なにすんだよっ!」
 「それはこっちの台詞よ!
 あたしのダーリンになにしてくれんの!」
 「誰がダーリンだ!」
 「なによ!
 女のままがいいって言うの?!」
 「んなこた言ってねぇ!!」
 神田とまで怒鳴りあったエミリアは、忌々しげに鼻を鳴らした。
 「まったく、どうしたら元に戻るのよ、これ!」
 「それは・・・」
 「教えない!!」
 言いかけた神田の口を、リナリーが背後から塞ぐ。
 「絶対、教えないから!」
 リナリーのきかん気な口調に、エミリアが目を吊り上げた。
 「なんでよ!
 あんた、こんな状況がいいって、本気で思ってるの?!」
 強い口調で言われた途端、リナリーが怯む。
 「お・・・思ってる・・・よ・・・!」
 「嘘ばっかり!」
 「嘘じゃないよ!」
 必死に反駁したリナリーを、エミリアはまっすぐに指差した。
 「じゃあなんで、そんなに気まずそうなのよ!」
 「う・・・・・・」
 「即答できないってことは、自分でもこれがいいことじゃないってわかってるからでしょ!」
 「う・・・!」
 いいぞもっとやれ、と、口を塞がれたままの神田が拍手する。
 「早く!
 元に戻す方法を教えなさい!」
 「うぅ・・・!」
 反駁できずにリナリーは、涙をためた目でエミリアを見つめた。
 「ちょっと・・・何も泣かなくったって・・・」
 エミリアが怯んだ隙を突いて、リナリーは大げさに泣き出す。
 「お願いぃ・・・!
 ちっさい頃、ずっと姉様だって思ってたの・・・!
 おうちからさらわれて、英語わかんなくて、怖がってたリナリーに優しかったんだよ、姉様・・・・・・!」
 いい加減なこと言うな、と、また暴れ出した神田の口を、リナリーは必死に塞いだ。
 「あの時のことが忘れられなくて、1日でもいいから神田に本当の姉様になって欲しかったんだ・・・!
 1日でもいいから・・・・・・!」
 ぽろぽろと涙をこぼすリナリーが、さすがにエミリアも気の毒に感じる。
 ややして、
 「わかったわ。
 じゃあ、1日だけよ?」
 と言ったエミリアに、リナリーが泣き濡れた目を輝かせた。
 「明日になったら戻してあげてね?」
 「うんっ!」
 「いい加減にしろ!!!!」
 ほっとしたリナリーの手が緩んだ隙を突いて、神田は彼女の手から逃れる。
 「なに勝手に協定結んでんだてめェら!
 俺の意志無視か!!」
 「うん」
 「はっきり言うなぁぁぁぁぁ!!!!」
 あっさりと声を揃えた二人に、神田が絶叫した。
 「まぁまぁ、そんなに怒らないで、姉様?
 今日一日くらい、可愛い妹を構ってあげなよ―v
 「エミリア!いい人だーvv
 「あら、今まで知らなかったの?」
 そう言ってエミリアは、くすくすと笑う。
 「今日は甘えなさいなv
 「うん!
 ありがとーvv
 神田に抱きつき、摺り寄せた頭はまた乱暴にはたかれた。


 一方、科学班第一斑の研究室からやや離れた備品室に来たミランダは、灯りのほとんどついていない、薄暗い部屋を恐々と見回す。
 「リ・・・リーバーさん・・・?
 あの・・・・・・」
 消え入りそうな声をかけると、背後で半開きのドアが閉まった。
 「ひっ!!」
 思わぬ大きな音に、ミランダが飛び上がる。
 「リ・・・リーバーさん!
 いるんでしょう?!」
 外からの明かりが消え、ますます暗くなった部屋へ叫ぶと、棚の間から女が出てきた。
 「・・・?」
 目を凝らして見るが、薄暗い部屋の、更に陰の中にいる彼女の顔はよく見えない。
 「どなたですか?」
 声をかけると、やや逡巡する様子を見せて、彼女は淡い灯りの中へ出てきた。
 「?」
 どことなく、見覚えのある女だ。
 だが、どこで会ったのか、もしくは見たのか、全然思い出せなかった。
 「あの・・・私、リーバーさんに呼ばれてきたんですけど・・・」
 どこかしら、と、また部屋を見回す彼女に女が近づき、両手をミランダの肩に乗せる。
 「え・・・?」
 俯いた顔を見上げたミランダは、その仕草と薬品の匂いに、目を見開いた。
 「リー・・・バー・・・さん・・・っ?!」
 息が止まりそうなほど驚いたミランダに、彼女が頷く。
 「んまっ・・・なんっ・・・でっ・・・・・・!!」
 ミランダが喉を絞められたかのように声を詰まらせると、リーバーは引き攣った笑みを浮かべた。
 「室長の仕業だ・・・。
 あのヤロウとんでもない薬作りやがって、こんな姿にされちまった」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 暗い声音を心底気の毒と思いつつも、興味を惹かれてしょうがないミランダが、まじまじと女の身体を見つめる。
 「リーバーさん、美人にしてもらいましたねぇ・・・」
 うっとりとした顔で感心されても、ちっとも嬉しくなかった。
 リーバーは、ミランダの肩に置いていた手を腰に回し、左手でミランダの顎をつまむ。
 「え?!」
 目を丸くした彼女に、リーバーはちらりと笑った。
 「姫のキスで元に戻るそうだから、協力してくれ」
 「おっ・・・おんっ・・・女の人とですかぁっ?!」
 愕然と目を見開いたミランダは、近づいてくるリーバーを懸命に押しのける。
 「なんで!」
 「だっ・・・だって・・・!
 そんっ・・・そんなこと、神様が許してくださいませんっ・・・!!」
 敬虔な信者らしい言葉に、リーバーは目を見開いた。
 「イヤ、確かに今は女だけどっ・・・!」
 本当は男だと、彼女も知っているはずなのに、ミランダは頑迷に首を振る。
 「い・・・いけません・・・!
 そっ・・・そんなことしたら、二人とも塩の柱になってしまいます・・・!」
 「は?!
 イヤ、それは・・・!」
 聖書の物語を素直に信じているらしいミランダを、同じカトリックのリーバーは否定することができなかった。
 しかも、ミランダはイノセンスを装備した神の使徒。
 万が一、咎落ちなんてことになってはと、無理強いすることもできなかった。
 「・・・・・・・・・わかった」
 がっくりと首を落としたリーバーが、身を離す。
 「誰か、カトリックじゃない奴にでも頼むよ」
 「えぇっ?!」
 軽く手をあげて踵を返したリーバーに、ミランダが絶叫した。
 「そっ・・・そんなの、ダメです!!」
 慌てて追いかけ、ミランダはいつもより断然細いリーバーの背中に抱きつく。
 「だが・・・」
 肩越しに、困惑げな目を向けて来た彼女に、ミランダは激しく首を振った。
 「絶対、ダメ!!」
 必死な声をあげると、踏み出していたリーバーの足が戻る。
 その気配に顔をあげたミランダが見たリーバーの目は、鈍い彼女でもわかるほど期待に満ちていた。
 「ぅあ・・・の・・・!
 その、女の人にキスするのは、やっぱり・・・・・・」
 真っ赤になった顔をそむけ、リーバーの顔色が失望に染まる様から目を逸らす。
 「で・・・ですが、時計で・・・あの、女の人になる直前まで戻しますから、その隙に・・・で、いいですか・・・?」
 「なるほど・・・それが歩み寄り点だな」
 ほっとして振り返ると、記憶にも残したくないとばかりにミランダが目を逸らしたままで、それはそれでショックだった。
 「で・・・では、行きます・・・!」
 ミランダの手の中で時計盤が回転し、リーバーの時間を戻していく。
 薬害が取り除かれるや、リーバーは歓声をあげてミランダを抱きしめた。 
 「で・・・でも、私の時計は一時的に吸い出すだけで、元通りにすることはできませんから・・・」
 「わかってるよ」
 早く、と急かされて、ミランダはリーバーの時間を解放する。
 再び女の身体になりかけたリーバーは、ぎゅっと目をつぶったミランダの唇に、軽くキスした。


 そして同じ頃、元凶のコムイは、いつもなら自主的に寄り付こうとはしない執務室へ、足取りも軽く入って行った。
 「ミス・フェーイv
 甲高い声で呼びかけると、中で書類の整理をしていたブリジットが振り向く。
 「どちらさまでしょう。
 ここは本部室長の執務室で、室長はただいまお留守です。
 速やかに出てお行きなさい」
 清々しいまでにきっぱりとした声を、コムイは心地よく聞いた。
 「ウンv 出てくーv
 そしてもう、戻ってこなくてい?」
 騒々しくはしゃぐ声に、『今すぐ出て行け』と言おうとして、ブリジットは思いとどまる。
 「あ・・・あれ?
 ミス・フェイ・・・・・・?」
 嫌な予感に退こうとしたコムイは、つかつかと踵を鳴らして歩み寄ったブリジットの形相に固まり、蛇に睨まれたカエルのように震えた。
 「・・・し・つ・ちょう!
 これは一体、なんのご冗談ですの?!」
 胸倉を掴んで迫る顔は悪鬼そのもので、コムイはこうなった事情と被害状況を事細かにまくし立てる。
 「だっ・・・だからねっ?!
 わわわ・・・わざとじゃないんだよ!ホントホントホント!!
 別に、キミを騙してお仕事しなくていい口実つくろうとか、そんなんじゃないの、ホントに!!
 ね?!キミならわかってくれるよね?!ううん、わかってくださいますよね、ミス・フェイッ!!
 だからだからっ!!
 その今にもボクの目を刺そうとしてるペンをしまってくださいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 絶叫するコムイは、細くなった輪郭に合わないからと、伊達メガネを外してしまったことを死ぬほど後悔した。
 身長はまだコムイの方が高いが、女になったばかりの身体は使い勝手が悪く、どこに力を入れればブリジットに対抗できるのかさえわからない。
 「ミス・フェイィィィィィィィィィィィ!!!!」
 できるのは叫ぶことだけ、と、必死に声をあげると、何事かと飛び込んで来たリナリーが目を丸くした。
 「にっ・・・兄さん?!」
 「リ・・・リナリィィィィィィィィ!!!!」
 唖然と口を開けるリナリーを横目に見つつ、コムイは迫り来るブリジットのペンを押しのけようと奮闘する。
 「たっ・・・たっ・・・助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 その声で我に返ったリナリーは、駆け寄ってブリジットの手をひねりあげた。
 「・・・お放しなさい、リナリー・リー。
 私に無礼を働くと、ただでは済みませんよ」
 「ふんっ!
 希少なエクソシストを粛清できるもんならやってご覧なさいよ!
 困るのはどっちかしらね!」
 ぐぐっと自身に寄せたブリジットの手からペンを抜き取り、遠くへ放り捨てる。
 「・・・リナリー・リー、いずれ処分いたしますので、覚えてらっしゃい」
 「べーっだ!
 楽しみにしてるよっ!」
 思いっきり舌を出したリナリーは、コムイの腕を取って執務室から引きずり出した。
 部屋の外で状況を眺めていた神田の腕も取り、回廊を渡って執務室には確実に声が届かない場所へ至った頃。
 「なんで兄さんまで姉さんになってるの?!」
 絶叫したリナリーを、コムイは不思議そうに見つめた。
 「神田君から聞かなかったの?」
 「うん・・・兄さんのせいで女の子になったから、キスしろって迫られたけど・・・」
 「神田くうううううううううううううううううううううん??!!」
 予想通りの大絶叫に、既に耳を覆っていた神田は鼻を鳴らす。
 「悪ィか」
 「わわわわわっ・・・悪いに決まってるでしょぉ?!
 よっ・・・よりによってリナリーだなんて!!
 神田君なら適当に見繕えるでしょーがッ!!」
 「うるせェな。
 部屋出て最初に会ったのがこいつだったんだよ」
 「なんでそんなとこにいたの、リナリー!!!!」
 「だ・・・だって、まさかこんなことになってるとは思わなかったんだよ・・・」
 兄の理不尽な叱責に、リナリーは不満げに頬を膨らませた。
 「だから、捕まってからは必死に抵抗して・・・」
 「はっ!
 リナリーを守りてぇんなら、今後一切、俺にちょっかいかけんじゃねぇよ!」
 その言葉はどんな薬よりも効力を発して、コムイは首が外れんばかりに何度も頷く。
 「もう・・・。
 そんなにイヤなら、なんでキスなんかで解毒できるようにしちゃったんだよ・・・」
 リナリーがため息混じりに言うと、コムイはしゅんとうな垂れた。
 「だってぇ・・・。
 そもそもこれは、ジェリぽんのために作ったんだよぉ・・・・・・」
 「あ・・・もしかして、ジェリーのお願いって・・・・・・」
 食堂での、彼女の寂しげな様子を思い出して問えば、コムイはうな垂れたまま頷く。
 「せっかく作ったのに、神田君とリーバー君がぶつかって来て、全部霧になっちゃった・・・。
 精製するのに、半年もかかったのにさーぁ・・・・・・」
 「えぇっ?!
 リーバー班長も?!」
 見たい!と、目を輝かせるリナリーに、神田が肩をすくめた。
 「ミランダを呼び出してたからな。
 もう元に戻ってんじゃないか?」
 その言葉に、リナリーは不満げに頬を膨らませ、コムイはにんまりと笑う。
 「元に戻ってたら、ミランダとキスしたってことだよねー。マァ、ヤラシーv
 言わずもがなのことを言う兄・・・いや、今は姉を睨みつけて、リナリーは再び二人の手を引いた。
 「どこ行くんだ?」
 「なぁに、リナリー?」
 不思議そうな二人を、リナリーはそれぞれ見遣る。
 「被服室!
 今日はイベントなんだから、キレイに着飾ってもらおうね!」
 にやりと意地の悪い笑みを浮かべれば、神田は頬を引き攣らせ、コムイは困惑げに首を傾げた。
 「なんで俺がンなことしなきゃいけねぇんだよ!」
 「なんだよ!
 リナリーを襲った罰だよ!」
 「じゃあボクはー?」
 「兄さんは、班長に迷惑かけちゃった罰!」
 「俺は迷惑じゃねぇのか!!」
 神田の怒声に、欲望に忠実なリナリーは笑って頷く。
 「キレイにしてもらおうね、姉様達v
 二人の手を引いたリナリーは、嬉しそうに足を早めた。


 その後、被服室で大騒ぎして追い出された三人が、イベント会場となる食堂へ向かっていると、前方からアレンとラビが走ってくる。
 「リナリー!!」
 大声をあげて駆け寄ったアレンは、リナリーの前で急停止するや、彼女の手を握り締めて傍らの神田を睨んだ。
 「探しましたよ、もう・・・大丈夫でしたか?!
 この狼藉者に、汚らわしいことされませんでした?!」
 「誰が狼藉者だ、このモヤシが!
 てめェにだけは言われたかねェんだよ!」
 忌々しげに吐き捨てると、アレンがますます目を吊り上げる。
 「それはこっちの台詞ですよ!
 公衆の面前でリナリー捕まえて、無理矢理キスしようとするなんて、汚らわしいにもほどがある!!
 しかも今、女の子の身体なのに!
 リナリーが同性愛者だなんて噂が流れたらどうするんですか!!」
 「どっ?!
 そっ・・・それは困るよ!
 塩の柱になっちゃうよ!!」
 ミランダが言っていたことを思い出し、無事でよかったと、震えるリナリーの手を、アレンが両手でしっかりと握る。
 「大丈夫です!
 僕はわかってますから、ライバル根こそぎ闇に葬った後は僕が・・・」
 「へぇぇぇ〜?
 僕がなんだってぇ、アレンくぅぅぅぅぅぅん・・・!」
 リナリーの手を握るアレンの手首を掴み、凄むのは見たことのない女だが、なぜかその殺気はよく知っていた。
 「え・・・?
 まっ・・・まさかっ・・・・・・!」
 蒼褪め、滲んだ脂汗が連なって頬を伝うまでの間に、アレンの背後に歩み寄ったラビが無言で彼を羽交い絞めにし、ずるずるとリナリーから引き離す。
 かなりの距離を固まったまま運ばれたアレンは、ラビに耳打ちされ、回廊の奥へと叫んだ。
 「コムイさん?!」
 「ふほほほほほ!
 どうだい!美しいだろう!」
 紅い錦糸を地色にしたチャイナドレスは、金の鳳凰が幾羽も羽ばたいている。
 「あ、ドレスじゃないよ。ボクだからね」
 頷いた二人に、コムイは補足を入れた。
 「どうだいこのナイスバデーv
 媽媽(マーマ)がナイスバデーだったから、こうなるとは思ってたけどね!」
 そう言って、コムイが自慢げに反らした胸を、リナリーは輝く目で見つめる。
 「ホントに?!
 兄さん、私も兄さんみたいになれるかな?!」
 期待に声を弾ませ、頬を紅潮させるリナリーに、コムイは大きく頷いた。
 「もちろんさ!」
 「きゃああああああvvvv
 大歓声を上げたリナリーがコムイに抱きつく様を、ラビはうんざりと見遣る。
 「やっぱりな。
 リナリーになんとなく似た美人で、派手好きなドS顔っつったらもう、ここには一人しかいないさね」
 しみじみと言ったラビに、コムイは笑って黒い扇子を振った。
 「さっすがドMv
 ドSの気配がわかるんだねぇv
 「そんな感心して欲しくないさっ!!
 それに俺、ドMなんかじゃないさねっ!!」
 しかしその言葉には、誰もが憐憫に満ちた笑みを浮かべて頷く。
 「なんっさその、優しい哀れみに満ちた目はっ!!」
 「別になんでも」
 言いつつ、そっとラビの手を握ったアレンは、優しく頷いた。
 「強く・・・生きてくださいね」
 「むき――――――――っ!!!!」
 絶叫とともに、ぱかんと叩くとぷぎゃっと鳴く。
 「なにすんですか!ドMのくせにいぢめないでよ!」
 「躾さ躾――――!!!!
 年長者を敬わないクソガキに躾してんさね!」
 「なんだよ、2こしか変わんないじゃん!」
 「うっせバーカ!
 お前はずっと俺を追い抜けないの!身長も!」
 「むきゃ――――――――っ!!!!」
 アレンが絶叫し、大きなサルが二匹、ケンカしているような騒ぎになった。
 「コラコラ、静かにおしよー。
 アレン君、早く食堂に行かないと、ご馳走なくなっちゃうよ?」
 「あ!そうでした!!」
 ぱかんっと、ラビを殴って倒すと、アレンはリナリーに駆け寄る。
 「リナリーが無事だってわかって安心しました!
 早く行きましょ!」
 「あ・・・うん・・・」
 手を引かれ、共に歩を踏み出そうとしながら、リナリーは背後のコムイを気にした。
 が、そこには既に、彼の姿はなく、
 「あれ?!」
 と、辺りに視線を巡らした瞬間、アレンが握る手が下へ引かれる。
 「アレン君?!」
 白目をむいて伸びたアレンの首には、深々と吹き矢が刺さっていた。
 「兄さん!」
 非難をこめて睨んでも、コムイはどこ吹く風とアレンに歩み寄り、襟首を掴んで持ち上げるや、同じく伸びたラビの上に放り捨てる。
 「さv
 いこーかv
 アレン達を気にするリナリーの腕を引き、連行したコムイの傍からは、いつの間にか神田の姿が消えていた。


 「やってられっか、ちくしょうが!」
 断固としてドレスを拒んだため、妥協点として提供されたアオザイの裾をひらめかせながら、神田は回廊を進んだ。
 「おい!
 エミリア、今どこだ?!」
 一番協力してくれそうな彼女に無線を入れると、使い慣れていないせいか、もたもたと回線を開く気配がして、ようやく彼女の声が聞こえる。
 『今ね、イベント会場よ。
 ジェリー姐さんが短冊くれたから、お願い事してるとこ!』
 「そのままそこにいろ!」
 傲慢に命じて、一方的に通信を切った神田に、食堂のエミリアは目を吊り上げた。
 「なんっなのあいつ!
 用件どころか、命令だけして切ったわよ!」
 ジェリーに大声をあげると、彼女は苦笑して手を振る。
 「ごめんねぇ、ああいう子なのよぉ。
 こんな、男ばっかりのところで育っちゃったから、女の子の扱い方に慣れてないのん」
 「なんで!
 リナリーが側にいたんでしょ?!」
 反駁すると、ジェリーは更に困ったように、頬に手を当てた。
 「あの子は・・・ホントに、いつまで経ってもおてんばで・・・」
 恥ずかしいわ、と、母親のような台詞に、エミリアも思わず苦笑する。
 「・・・まぁいいわ。
 美形の俺様は嫌いじゃないもの」 
 「んまっ!!ホントにっ?!」
 エミリアが言うや、ジェリーの顔に喜色が浮かんだ。
 「あの子、キレイだからそりゃあたくさんの女の子が寄って来るんだけど、あの性格がわかった途端に怯えて、離れてっちゃうのよねぇ・・・!
 もうホント・・・ヨロシクね、エミリアv
 「もちろんv
 女の子になったって、かまやしないわよ!」
 勇ましくこぶしを振り上げて笑った彼女の背後に、全力疾走して来た神田が現れ、ジェリーが目を丸くする。
 「うっ・・・そーん・・・・・・!」
 いつも以上に美しくなった彼・・・いや、彼女に、ジェリーはもう、そうとしか言えなかった。
 と、神田がエミリアを押しのけ、ジェリーの前に出る。
 「ジェリー・・・。
 コムイがお前のために作った薬、俺らが台無しにしちまった。
 落とし前はコムイがつける」
 「あんたじゃなくて?!」
 文脈が合わない、と、事情をよく知らないエミリアが口を挟むが、それは睨んで黙らせた。
 「あいつ、また作るだろうから、そん時はお前ンとこにまっすぐ持ってくよう、命令してくれ」
 その言葉に、大体の事情を察したジェリーが苦笑する。
 「アンタには迷惑かけちゃったみたいね」
 「別にかまわねぇよ」
 すぐ戻るし、と、神田はエミリアを引き寄せた。
 「え?!
 まさか、ここで?!」
 「黙れ」
 真っ赤になって逃げようとするが、リナリーと違って非戦闘員の彼女はあっさり押さえ込まれ、キスされる。
 「んまっ!!」
 目の前で、女同士のキスを見てしまったジェリーが唖然とした。
 「な・・・なにしてんの、アンタ達!
 こんなに人がいっぱいいる所で、はしたない!!」
 無粋とは知りながら、エミリアの名誉のためにも引き離そうとした二人は、男に戻った神田があっさりと放す。
 「ちょっとあんた!
 デリカシーってもんがないの?!」
 今にも倒れそうに真っ赤になったエミリアの怒声に、神田は平然と鼻を鳴らした。
 「元に戻るために、一番早い方法を取っただけだ」
 「あんたねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 胸倉を掴むと、繊細な絹で作られたアオザイは、神田の身体の変化をも受けて簡単に裂ける。
 「・・・お前、後で被服室のマリーに謝っとけよ。
 これ、あいつのだぞ」
 「ひぃぃっ!!!!」
 赤から青へ、めまぐるしく顔色を変えたエミリアは、震える手で神田の腕にしがみついた。
 「お願いぃぃぃぃ!!一緒に来てぇぇぇぇ!!!!」
 宝石よりも高価な絹を引き裂いて、ただで済むわけがないと、さすがのエミリアも震え上がる。
 「ね?!
 そもそも、あんたの体が元に戻ったのが原因なんだし!
 あんなに窮屈になってたんじゃ、あたしが掴まなくても破れたと思うのよ!
 そっ・・・それに、あんたがあたしを・・・」
 「わかったから、行くぞ」
 「へ?」
 彼女の言葉を遮り、歩を進めた彼に引かれて、エミリアが涙目をあげた。
 「ったく、お前が悪ィんじゃねぇから、泣くな」
 「なっ・・・泣いてないわよ!」
 目に滲んだ涙をぐいっと拭って、エミリアは改めて腕を組む。
 「先に、着替えた方がいいんじゃない?」
 「だな、じゃあ・・・」
 「お供するわよ、ダーリンv
 機嫌よく言った瞬間、
 「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
 食堂の入り口から大絶叫が沸いて、驚いた団員達が何事かと目を向けた。
 大勢の視線が集まった先ではリナリーが、まっすぐに神田を指差している。
 「なんっで戻っちゃったのおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
 つかつかと歩み寄ったリナリーが、神田に続いてエミリアを睨む。
 「今日一日は、姉様をくれるって言ったじゃないか!」
 「あっ・・・あたしだって、そのつもりだったわよ?!
 だけどこいつが無理矢理・・・!」
 思い出して、またエミリアが真っ赤になると、リナリーは神田の胸倉を掴んだ。
 「なんでリナリーのお願い聞いてくれないんだよ!!もおおおお!!!!」
 乱暴に掴んだアオザイは、また甲高い音を立てて裂ける。
 「リッ・・・リナリー!!
 それ、絹よ!!高価なのよ!!」
 真っ青になったエミリアに、リナリーは不満げに口を尖らせた。
 「そんなの、いつも着てるから関係ないもん!」
 「はぁ?!
 あんた、なに贅沢ぬかしてるの!!!!」
 今度は顔を真っ赤にして、エミリアがリナリーの胸倉を掴む。
 「絹は宝石よりも貴重で・・・え・・・・・・?」
 手に触れる滑らかさに、エミリアが唖然とすると、リナリーは自分のチャイナドレスの袖をつまんだ。
 「言ったでしょ、いつも着てるって。
 欧州の粗悪な絹なんかより、断然高価な本物の絹を着慣れてるんだから、このくらいのアオザイ、いくらでも弁償できるんだよ」
 「きっ・・・・・・!」
 憮然とした口調で言われ、エミリアは悔しさのあまり、声を失う。
 「それよりもー!
 コムイにいさぁん!
 神田、お姉様に戻してぇ!」
 リナリーはコムイの腕に縋ってねだるが、さすがにそれは、物理的に無理だった。
 「ごめんねぇ、リナリーv
 もうお薬なくなっちゃったからぁv
 ユウお姉ちゃまの代わりに、コムイお姉ちゃまで我慢してぇv
 豊満な胸に抱きしめられるや、リナリーは途端に機嫌を直す。
 「えへへ・・・v
 リナリーも、あと何年かしたら・・・v
 嬉しげに笑ったリナリーは、期待に満ちた目で、とてつもない効力を発した笹の葉を見上げた。


 それから数日。
 リーバーと神田はその日のうちに戻ったものの、コムイは女の身体のまま、日を過ごしていた。
 「室長ってさーぁ、肉体労働もないしー?
 このままでもいっかなーv って、思ってるんだけどぉv
 いつもなら、聞くだけで腹が立つ暢気な声も、女の声だと気にならないのが不思議だ。
 部下達が何も言わないことに気を良くして、背もたれにだらんともたれたコムイは、豊かな胸をこれでもかと反らした。
 「それに君達も、美女の上司の方が嬉しくないぃ?」
 「中身があんただってわかってるから、余計にイラッとしてますよ」
 部下達の中で唯一、忌々しげなリーバーには舌を出す。
 「お化粧もうまくなったしさーv
 何よりこのカッコだと、リナリーといちゃいちゃしてても嫌がられないんだよねv
 言われてみれば確かに、と、部下達が頷いた。
 「兄妹の時は、見てるだけで寒々しかったですけど、今はなんだか微笑ましいですもんね」
 ジョニーの言葉に、コムイは我が意を得たりと頷く。
 「うーふーふーふーふーv
 じゃあもうしばらく、このままでいよーっと!」
 おぞましげに顔を歪めたブリジットのことは軽やかに無視して、コムイは更に胸を反らした。


 ―――― 更に数日後。
 薬の効果が切れた途端、それまで甘かった部下達の態度が豹変した。
 それに加え、女性上司のワガママに、忍耐の限界を強いられてきたブリジットの復讐が始まったことは、言うまでもない。



Fin.

 










2010年七夕SSでした!
これはリクNo.61『D.Pink−Female』を使わせてもらってますよ!
七夕ネタをよこせと、いつものメンバーに要請したら、『今年は油田じゃなくて、神田さんでいいんじゃないですか』と言われたもんですから、お姉様な神田さんお願いしました(笑)
うん、お姉様なのに、とんだ男前だってのは、気づかない方向でお願いします★
ちなみに七夕は元々、乞巧奠(きっこうでん)と言う、中国の行事ですよ。
本当は、女の子が手芸の上達をお願いするお祭なんですけど、今回は日本風のやり方でごめんあそばせ
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