† My Fair Lady †
蓄音機から流れる楽しげな音楽に合わせ、小さな舞台の上で人形達が踊る。 両手足に糸をくくられ、操られる彼らの頭上にはしかし、人形使いの姿はなかった。 だが、人形を見つめる誰もが、その様を不思議とは思いもしない。 彼らは舞台の正面にゆったりと座り、本を広げた邸の主人によって、人形達が操られていることを知っていた。 彼の指がわずかに動く度、彼の読む物語を人形達が演じる。 その語りは、舞台俳優のように響く声とあいまって、観客を物語の中へと引き込んでいった。 「・・・そうして王様は祭りの最中に毒を盛られ、苦しみ悶えて死にました」 王冠をかぶった人形が、人間のように喉を掻きむしり、震えながら舞台上に倒れて動かなくなる。 「その首は領民によって切り落とされ、お城の城壁に飾られました」 今まで楽しげに踊っていた人形達が、倒れた人形へ群がり、その首を切り落して城壁に置いた。 「おしまい」 その言葉と共に舞台に黒い幕が下りる。 と、絨毯の上に寝転がって見ていた少女が起き上がり、歓声をあげて彼に抱きついた。 「おもしろかったよぉ、お父様ー ねぇねぇ、次はサロメを演ってぇ 膝に乗ってじゃれつく娘に、彼は顔を蕩けさせる。 「ロードが望むならなんだって 王様の首を取るんなら、サロメもいいけどエステルも面白いよ それとも、大勢の奥さんを殺して吊るした青髭の方がいいかい?」 「あれは助かっちゃうからやだぁ。 メディアなら、殺しっぱなしだよねぇ?」 嬉しそうな声をあげるロードの傍らで、ティキがうんざりとため息をついた。 「ったく、なんでこんな血なまぐさい劇ばっかり・・・。 もっと心和むもの見ればいいだろ。 白雪姫とか、眠り姫とか」 ふぅ、と、熱いお茶に息を吹きかけると、白い湯気の向こうでロードが笑う。 「ねぇ、知ってるぅ、ティッキー? 白雪姫は、王子様との結婚式に自分を殺そうとした継母を呼んで、焼けた鉄の靴を履かせて死ぬまで躍らせたんだよぉ 眠り姫は、結婚した王子の母親が人食い魔女でぇ、姫と姫が生んだ子供たちを食べようとするんだ!」 「・・・・・・そう言う話は、物食ってる時にしないでくれるか」 今、口に入れたばかりの菓子を戻しそうになったティキを、ロードは小ばかにした目で見た。 「なんだよぉ、ヒトゴロシ大好きなくせに、繊細ぶっちゃって!」 「ヒトゴロシは好きだけど、人食う趣味はないの!」 またため息をついて、ティキはテーブルにカップを置く。 「それに俺は、シェリルみたいなドSじゃないんだから、拷問めいたコロシなんかしないぜ? 誰も彼も苦しめずに死なせてやって、親切ったらありゃしない」 「あれぇ?スーマンのこと、忘れたぁ?」 「イェーガー元帥も、殺ったのは君じゃなかったかなぁ?」 「・・・すみませんね、興味ないことはすぐ忘れるタチで」 ドS親子め、と、こっそり呟いた声はしっかり聞かれた。 「それならティッキィー? 君が今までやってきたこと、ぜーんぶ思い出させてあげようかぁ?」 父の膝から飛び降りたロードの足元に、闇が広がる。 「やめっ・・・!!」 ティキが慌ててソファから立ち上がると、彼の傍らに寝そべっていた黒猫が先に逃げ出した。 「ルル!! 自分だけ逃げんな!!」 悲鳴はしかし、対面のソファに寝転んでいた少年に、鼻で笑われる。 「ラストルは機を見るに敏だのう。 ジョイドとは大違いじゃ 言いながら、ソファの下に逃げ込んだ猫へ伸ばした手は、一瞬で血みどろにされた。 「・・・あんたにだけは言われたくないよ、ワイズリー」 「本当に君は、知のノアなのかい?」 「・・・シェリル、いくらドSだからとて、傷ついたグラスハートを更に踏みにじるものではない」 血みどろの手を抱えて、しくしくと泣くワイズリーを、ロードが指差して笑う。 「ルルに嫌われるなんて、すごいよワイズリー! ルルってばほとんどお人形なのにぃ!」 言うと、ソファの下で黒猫が、不満げに尾を振った。 「不満は上手に表現できるようになったじゃないか、ルル。 これもロードのおかげかな 「だったらもっと遊んであげるぅ!」 歓声をあげてソファの前にしゃがみこんだロードは、嫌がる黒猫の尾を引いて引きずり出す。 「おいおい・・・。 妹をいじめんなよ・・・」 向かいのソファの背に縋り、うずくまってロードの影から避難しているティキの姿に、シェリルは嘆かわしげに首を振った。 「いい格好だねェ、ティキ。 まったく、貴族たるにふさわしくないよ」 大仰にため息をついて、シェリルは軽く指を折り曲げる。 「せっかく美しく生まれついたのだもの、優雅にしたまえ」 「うぎゃっ?!」 自身の意思によらずしてソファに倒れこんだティキは、左肘をついた半臥の姿勢で右腕を招くように差し出した。 「うん、典型的なローマ彫刻だね 「シェリルぅぅぅぅぅ!! 腕痛いッ!!だるいッ!!腰イテェェェェェェェェ!!!!」 「・・・口を閉じたまえ、ティキ。 優雅のゆの字もありゃしない」 深々と吐息したシェリルがまた指を曲げると、ティキはぐいっと起こされ、片腕をソファの上に添えて足を組む。 「これなら楽だろう?」 「〜〜〜〜だからなんで腕を上げなきゃなんないんだよ! このカッコ、なんか意味があんのか!!」 やはり右腕を招く形で差し出したまま止められ、ティキの顔が苦痛に歪んだ。 「あるとも 君みたいな美青年が、パーティ会場でそんな格好してご覧よ。 色とりどりの蝶たちが、こぞって集まってくるとも クスクスと笑って、シェリルは小首を傾げる。 「その中で一番便利な娘(こ)を私が選んであげるから、パイプ繋ぎに協力したまえ 「・・・・・・そりゃつまり、あんたや千年公に権力や財産を提供してくれる親を持つ娘と結婚しろってことか」 ティキが腕の苦痛のせいだけでなく顔を歪めると、シェリルはまた愉快そうに笑った。 「いい話だろう?」 「やなこった!!」 即答したティキに、シェリルは大仰な仕草で肩をすくめる。 「なんだよ、つれないねぇ。 それとも誰か、意中の娘でもいるのかい?」 「そんなのい・・・」 「なんなら僕が、リナリーでもさらって来てあげようかぁ?」 嫌がる黒猫を無理矢理抱きしめたロードが口を挟むと、ティキはみるみる蒼褪めた。 「なんでよりによって暴力娘だ! あんなの俺より財産目当てだぜ!保険金たんまりかけられて、新婚早々殺される!!」 ティキの悲鳴に、シェリルがなぜか、感心して頷く。 「なんとまぁ、実に現実的なお嬢さんだねぇ」 「あれを現実とか言わないでくんない?! あれが標準なんて言われたら、男には夢も希望もねぇよ!!」 また悲鳴をあげると、ソファに倒れていたワイズリーが顔をあげた。 「なにを言うか、ジョイド。 男は悪妻を娶ってこそ、哲学者になれるのだぞ?」 「あんなんもらわなきゃいけないなら、一生哲学なんて知らなくていい!!」 リナリーがここにいれば、間違いなく腹を踏み抜かれただろうことを叫ぶティキに、シェリルがまた肩をすくめる。 「君は本当に口の利き方を知らないねぇ。 これは本格的にレディ・・・じゃない、紳士教育した方がよさそうだ」 「・・・今、レディって言わなかったか?」 「言ってないとも」 わざとらしく咳払いしたシェリルは、また指を折ってティキを立たせた。 「なに?! なにすんだ?!」 「うん、君を紳士にするにはまず、姿勢かと思って。 ロード 「はぁい!」 シェリルの蕩ける声をかけられたロードが、大きな花瓶を重たげに持ち上げ、よろよろと歩み寄ってソファにのぼり、ティキの頭に乗せる。 「重――――!!!!」 反射的に透過しようとすると、後頭部から額をロードの手に貫かれた。 「落としたら、ティッキーの貧弱な脳を潰しちゃうよぉ!」 「貧弱は余計だこのドS!! わかったから手ェどけて!!」 花瓶を半分頭に埋めたまま絶叫すると、ロードの手から逃れた黒猫がちらりと振り返るが、一つ尾を揺らして部屋から駆け出て行く。 「ルルの薄情者――――――――!!!!」 「へ?今更なに言ってんのぉ?」 「まさか今頃気づいたのかい?」 意外そうなドS親子の声に、またティキのグラスハートが抉られた。 沈みそうな身体を、ロードが耳を引っ張って止める。 「ほらぁ!ちゃんと立ってぇ! 花瓶を頭に埋めるなんてズルしてないでさぁ!」 両手でぐいぐいと引っ張られ、ティキは渋々姿勢を正した。 「・・・なにすんだよ」 すっかり抵抗を諦めた様子の彼に、親子はにんまりと笑う。 「だからぁ〜 「紳士教育だよ。 優雅な物腰と美しい言葉を身につけたまえ」 言いながらシェリルは指をうごめかせ、ティキの両腕を頭上に上げさせた。 「なにっ?! なにする気だっ?」 頭の後ろで組んだ自分の腕に、かなり不安を抱いたティキの背後で、ロードが水のない花瓶に挿してあった大きな羽根を取りあげる。 「ティッキー 「へ?! ふひゃっ!!ふひゃひゃっ!!ぎゃはははははははははははは!!!!」 無防備なわき腹を思いっきりくすぐられて、ティキが大きな笑声をあげた。 「ふむ・・・。 やはり、とっさの時に素地が出るものだねぇ。 ロード ティキが優雅に笑えるようになるまで、くすぐってあげなさい」 「はぁい 「やめっ・・・なんっ・・・ぅぎゃはははははははははははは!!!!」 「楽しそうだのう 私も加わってよいかの 楽しげに起き上がったワイズリーに、シェリルが微笑む。 「もちろん、君にも教育しなけりゃねぇ」 「へ?」 ワイズリーが目を丸くした一瞬、シェリルの糸に身体を拘束され、ティキと同じ姿勢になった。 「のぉぉぉぉ?! やめんかデザイアス!! 私はいぢめるのは好きだがいぢめられるのはっ・・・その羽根はなんじゃあああああああああ!!!!」 ロードが持つのと同じ羽根が宙に浮かび、揺れながらワイズリーの元へ飛んでくる。 「デッ・・・デザイア・・・すううううううううううううううううううううううううううう!!」 わき腹をくすぐられて、ワイズリーも大声をあげる。 「やめっ・・・やめれっ・・・ぎゃははははははははははは!!!!」 「ほら、優雅に笑いなさい、二人とも。 たとえこのような目に遭っても、優雅に笑うのが貴族の矜持というものだよ」 悠然と言ったシェリルを、ワイズリーが涙目で睨んだ。 「なっ・・・ならっ・・・!! おぬしが代わ・・・ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」 「ゆ・・・ぎゃはははははは!!どんなんっ・・・ぷはははは!!どんっ・・・ひひひひひひ!!ロー・・・あひゃひゃひゃひゃ!!!!やーっはははははははははは!!!!」 「なにを言っているんだい、ティキは?」 「たぶん、『優雅ってどんなんだよ、ロードやめろ』じゃないかな?」 ロードがくすぐりながら言えば、爆笑するティキが、がくがくと頷く。 「せいかーぃ ご褒美にたくさんくすぐってあげるぅ 「なんでえへへへへへへへへへへへへへっ!!!!」 「えへへって・・・君ねェ・・・・・・」 優雅どころか、どんどん崩れていくティキの姿から、シェリルはうんざりと目を逸らした。 「氏より育ちとはよく言ったものだよ。 誇り高きノアが、どうしてこんなに・・・・・・」 「そこでなんで私を見るのだっ! のーっほほほほほほほほほほほほ!!!!」 涙を弾けさせて悶えるワイズリーの姿に、シェリルはますますうんざりする。 「あぁ・・・。 これは僕の本気をみせてあげなきゃねぇ」 「ほんっ?!ほっ・・・ほほほっ・・・ほほほほほほほほほ!!!!」 「おや、二人とも。 少しは優雅になったかな?」 クスクスと意地悪く笑うシェリルを、拷問される二人が涙目で睨んだ。 「このドS!!!!」 「最高の誉め言葉をありがとう 声を揃えた二人の罵言をさらりと流し、シェリルは笑みを深める。 「では、ご期待を裏切らないよう、がんばらなければね すっと立ち上がったシェリルに、ティキとワイズリーが顔を強張らせた。 「なっ・・・何する気だ?!」 再び声を揃えた二人に、シェリルはやや感心したように目を細める。 「仲がいいねェ、キミ達。 やっぱり、ドM同士は気が合うのかな?」 「誰がドMだ!!」 「そうじゃ! ジョイドと一緒にするでないわっ!!」 「裏切り者!」 すかさず言ったワイズリーをティキが睨み、その掛け合いの早さに、シェリルと彼の操る人形達が盛大な拍手を送った。 「本当に気が合うねェ、キミ達は。 現世の依代が、下層の出身と言うことも同じだし。 やはり、階級の差というものは大きいのだろうか」 「下層で悪かったな!!」 「高慢でいけ好かぬ奴よのう! 幼女趣味の変態のくせに!!」 シェリルの嫌味ったらしい言いように、ティキとワイズリーがきゃんきゃんと吠え立てる。 と、ティキをくすぐるのにも飽きたロードが、羽根を放り出してシェリルに駆け寄った。 「ねぇねぇ、下層出身なのに今は紳士って言ったら、アレンでしょぉ お父様ぁ 二人のお手本に、アレン招待していいー?」 「えぇー・・・ボクの可愛いロードを、あんな性悪そうな子と会わせるのは・・・」 渋るシェリルの膝に、ロードが絡みつく。 「いいでしょぉ? 千年公には秘密にしておくからぁ 「いや、それはさすがに・・・」 上目遣いのお願い 「アレン〜 ロードの影から扉が現れ、開いた向こう側からアレンが引きずり込まれる。 「?!」 なにが起こったのか、わけがわからず呆然とする彼に、ロードが抱きついた。 「いらっしゃーぃ 「えぇ――――――――――――!!!!」 突然ノアに囲まれた、最悪の状況にアレンが絶叫する。 「なっ?! なにこれ?! なにこれ――――!!!!」 「この子だって十分はしたないと思うけどねぇ・・・」 アレンの甲高い絶叫に眉をひそめたシェリルは、まっすぐに彼を指差した。 「キミ! ボクのロード 「出してないし出す気もありません!!」 とっさの答えには、不満げに目を細める。 「ボクの可愛いロードになんの不満があるって言うんだい?!」 「どっちだ――――――――!!!!」 わけのわからない言い分に苛立ち、大声をあげたアレンはロードを睨みつけた。 「帰して下さい!今すぐに!!」 「でもぉ〜 笑って小首を傾げたロードに代わり、ようやく解放されたティキが縋りつく。 その、汗と涙にまみれた姿にぎょっとしたアレンに、ティキは文字通り泣きついた。 「行かないでくれ、少年!! お前がいてくれないと、俺が酷い目に遭わされるんだ! お願いだから一緒にいてくれ、少年〜!!」 えぐえぐとしゃくりあげながら縋るティキを、アレンは鬱陶しげに見下ろす。 「知りませんよ、あなたの立場なんて! 忘れてるかもしれませんけど、僕、あなた達の敵なんで。 あなたが酷い目に遭うのは大歓迎です」 「鬼か!」 「それがどうした。 今頃気づいたんですか、あんた」 心底馬鹿にしきった目で見くだされ、ティキは新たな涙で頬を濡らした。 「そんな冷たいこと言わないでさぁ、少〜年〜! 俺と少年の仲じゃない! 14番目の感情なんかに引きずられてないで、俺に協力してくれよ!」 どんな仲だよ、と、呟いたアレンは、苛立たしげにティキを蹴飛ばす。 「14番目の感情うんぬん以前に、個人的にあなた達が嫌いです」 「なんでっ?!」 「・・・自分の心臓抉った人に、なんで好意持てるんですか。 同じことしてやろーか、鳥頭」 転がったティキを見る、アレンの左目が冷酷な光を放った。 と、 「では、私を助けておくれ、アレン・ウォーカー 私はまだ、お前に酷いことをしておらんはずぢゃ 「は?! なに馬鹿なこと言って・・・!」 「これ! 誰ぞ茶を持て!お菓子をたくさん持ってまいれ!」 ワイズリーが手を叩き、大声で呼ばうと、ロードのワガママに慣れきったメイド達が、手に手に菓子皿を持ってくる。 「・・・・・・っ!」 甘くかぐわしい匂いを放つそれから、目を放せないアレンにワイズリーがにこにこと笑った。 「さぁさぁ、好きなだけ食べるがよい、・・・っウォーカー」 ワイズリーが言いかけた別の名に、ティキとシェリルがピクリと反応したが、ロードが目で制して質問を禁じる。 彼らが黙り込んだと見るや、 「ねぇねぇアレンー ここにいれば、いつでもお菓子がたっくさん食べられるよぉ ずーっとここにいなよぉ アレンをソファに座らせたロードは、手ずから茶を入れて差し出した。 「・・・・・・毒が入ってるんですか?」 「入れないよぉ。 アレンは僕らの仲間なんだからさぁ 目を見開き、何か言いたげに喉を鳴らすも声の出ないアレンを、ロードは意地の悪い喜びをもって見つめる。 「さ ティーカップを無言で受け取ったアレンにロードが嬉しげに微笑み、それを見たシェリルはムッと眉根を寄せた。 「・・・ふん。 いくら繕ったところで、所詮は下層の出じゃあないか。 ボクの可愛いロードにふさわしいとは思えないね!」 せいぜい嫌味ったらしく言ってやると、今の今まで難しい顔をしていたアレンが、不意に笑みを浮かべる。 完璧な笑顔―――― だが、その目は全く笑っていなかった。 人形の方がむしろ、彼よりも愉快げに笑うだろう。 高貴な者のみが有する表情を浮かべたアレンを、思わず感心して見つめてしまった自身に、シェリルはまたムッとした。 「エクソシストと言う者共は、演技にも秀でているのかな。 貴族の猿真似が、実にうまいものだ」 「それはどうも。 あなたのご兄弟は、その猿真似すらできないみたいですけど?」 嫌味な口調と意地の悪い視線を受けて、ティキは肩をすくめる。 「仕方ないじゃん。 俺らホントに下層の出だもん。 な?ジジィ?」 「・・・一緒にするでないわ。 前世の記憶がある分、私の方が品があるわい」 ムッとしつつ、テーブルの菓子を次々詰め込む様は、とても品がいいとは言えなかった。 「・・・・・・ノアともあろう者が、お恥ずかしい限りだ」 「のっ?! デザイアス、おぬし私のことを言っておるのか?!」 「気づいてくれて、とても嬉しいよ、ワイズリー」 「むぅ・・・! 本当に嫌味な奴じゃの! 兄弟に対する時は、もっと愛情深くだ・・・の・・・?」 菓子皿へ伸ばした手が固い感触に弾かれて、ワイズリーは手元を見遣る。 と、山と積んであったはずの菓子が、一つ残らず消えていた。 「の――――?!」 大声をあげてアレンを睨むと、彼は何食わぬ顔で優雅に茶を飲んでいる。 「ア・・・アレン・ウォーカー! おぬし、私の菓子を・・・!」 「ごちそうさまです にっこりと笑った顔は、さすが14番目のメモリーを持つ者と言うべきか、してやったりと言わんばかりに愉快げだった。 「・・・なんだかとってもデ・ジャブだのう・・・。 14番目にもよく、そのようないぢわるをされたもんじゃ」 ロードと組んだ時は最悪だった、と、しみじみ言うワイズリーに、アレンは眉根を寄せる。 「忌々しいこと言わないでくれますか。 僕はエクソシストで、あなた達の敵です。 絶対にノアになんかなりませんし・・・」 唐突に、アレンは立ち上がった。 「ロードとどうなる気もありません!」 まっすぐに指差されたシェリルは、一瞬面食らったものの、すぐに作り物めいた笑みを浮かべて鷹揚に頷く。 「よろしい、アレン・ウォーカー。 キミがロードにつく害虫とならないことは、実に喜ばしい。 では、その点を踏まえて、改めてボクはキミを招待しよう」 「いりませんよ。 とっとと帰して下さい」 憮然と言うアレンに、シェリルは笑みを深めた。 「そう言わず。 14番目の記憶がわずかなりとあるためか知らないが、下層出身でありながら、表面は見事に紳士を演じている。 ボクの兄弟達にその、道化た演技を教えてあげておくれ」 穏やかな口調で、凄まじく見くだした言葉を発するシェリルに、アレンは敢えて、にこりと笑った。 「御免です。 ノアなんかに関わったせいで教団にいられなくなって、大好きなノア狩りができなくなるなんて嫌ですから」 「じゃあやっぱり、ここにいればいいじゃない、アレェン この二人とか、ルルとかジャスデビとか、好きなだけいぢめていいからさぁ 「ぅえっ?!ロード?!」 「なんと言うことを言うのぢゃ!!」 「ね? ノアの長子が約束するよぉ ティキとワイズリーの抗議を軽やかに無視して、ロードがアレンに抱きつく。 が、アレンは軽く眉をひそめ、ロードの襟首を掴んで放り捨てた。 「ロード!!!!」 絶叫と共に立ち上がったシェリルが手を伸ばすと、ロードは宙に停止する。 「キッ・・・キミッ!! ボクのロードになんてことをするんだい! 非道にも程がある!!」 「僕を誘拐したことは非道じゃないんですか。 とっとと帰せ、バカヤロー」 にこにこと明るい笑みを浮かべたアレンの暴言に、シェリルが目を尖らせた。 「・・・帰して欲しいと望むなら、ボクは決してキミに希望を与えはしない。 そして、ボクの可愛いロードを守るためにも、絶対この子に近づけやしない」 宙に浮かんだままのロードを抱き下ろし、抱きしめたシェリルは、アレンへ向けて手を払う。 「地下牢へ行け、アレン・ウォーカー!! 千年公が見えるまで、そこに監禁するよ!」 「はぁ?! バカ言ってんじゃないですよ、この馬鹿!! なに見当違いなこと・・・ちょっ・・・放せバカ――――!!!!」 操られた足を踏み出し、自分の意志によらず部屋を出て行くアレンが、唯一自由になる口で暴言を吐き続けた。 「うるさいねぇ・・・。 バカ以外の語彙はないのかい? 頭の悪い子だよ、まったく」 百戦錬磨の政治家として、暴言も嫌味も聞き慣れたシェリルが、ため息混じりに手を払う。 と、 「ぅえっ?!」 「のっ?!」 人体には到底不可能な動きで立ち上がった・・・いや、立ち上がらされたティキとワイズリーが、絨毯の上を滑るようにアレンへ向かった。 「なにすっ・・・むぐっ!!」 ティキに羽交い絞めにされ、ワイズリーに口を塞がれたアレンが、二人の重みに耐えながら歩を踏み出す。 「そうそう、そうやって三人で地下牢に入っておいで」 「俺もっ?!」 「なんで私まで!!」 涙の抗議は軽やかに無視して、シェリルは優雅に手を振った。 「後でお茶でも持って行かせるよ」 「じゃあ、僕が持って行くよぉ!」 シェリルの腕の中で振った手を取られ、ロードは不満げに彼を見る。 「ダメなのぉ?!」 大きく頷いた彼に、ロードは頬を膨らませた。 「うわっ!なにここ!!」 ティキとワイズリーを担ぐようにして、自分の足で地下牢に入ったアレンは、口を塞がれたまま、くぐもった声をあげた。 と、ワイズリーが手を放し、牢の内側から錠前に刺さったままの鍵をかちゃりとかけると、格子から手を出して、鍵を遠くへ放る。 「なにやってんだジジィ――――!!!!」 ティキの絶叫に、羽交い絞めにされたままのアレンが耳を貫かれた。 「〜〜〜〜っなにすんですかあんた! いい加減、放せ!!」 「うっさいよ少年! 誰が好き好んでお前なんかとくっついて・・・!」 背後から膝蹴りすると、アレンがあっさり倒れる。 「おい、少年・・・。 腹黒いくせに、膝カックンくらいで倒れるなよ」 呆れた口調に、アレンは不自由な身体で懸命にもがいた。 「〜〜〜自由になったら絶対殴ってやる・・・!」 その言葉に、ふとティキは、立ったままの自分に気づく。 「おぉ!自由だ!!」 「私もだ」 やれやれと、ワイズリーは格子に背を預けた。 「ジョイド、おぬしこのくらいの檻、透過できるであろ。 ウォーカーが動けぬうちに、我らだけでも出ようぞ」 「おうよ 意気揚々と歩を進めたティキは、格子にまともにぶつかり牢内に転がった。 「いっでええええええええええええええ!!!!」 「なにやってんですか、あんた。 ホントに頭の可哀想な人ですね」 心底蔑んだ声で、アレンはティキのグラスハートに刃を立てる。 その上、 「透過くらいしか能がないくせに、この程度の格子も抜けられぬとは情けない」 と、ワイズリーにも心底馬鹿にした口調で非難され、ティキは床に転がったまましくしくと泣き出した。 「〜〜〜〜仕方ないじゃん、俺だって抜けられないものがあんだよ! シェリルの糸とか千年公やロードの作ったもの全般とか!」 「・・・つまりこれ、伯爵かロードが作ったものってことですか」 ようやく糸から解放されたアレンが、格子に歩み寄って蹴りつける。 「デブ!メタボ!性悪!クソガキ!!」 「のっ?!アレン・ウォーカー?!」 「やめてくれ少年!! 万が一聞かれたら、地下ごと潰される!俺らまで潰される!!」 背中に縋るノア達を、しかし、アレンは冷たい目で睨みつけた。 「それがどうした! 僕は決して屈しませんよ!」 「戦うなら一人の時にしてくれ!!」 「我らまで巻き込むでないわ!!」 「・・・ノアのくせに、既に巻き込まれていることには疑問を感じないんですか?」 冷え冷えとした声で指摘され、二人ははっと顔を見合わせる。 「あれ?! なんで巻き込まれてんの、俺達?!」 「ぬぅ!いつの間に!」 「・・・・・・バカ二人」 心底馬鹿にしきった目を向けると、二人はムッとしてアレンを睨んだ。 「元はと言えばお前のせいだろうが、少年! お前がロードに優しくしてやれば、三人揃って地下牢なんかに入れられなかったんだ!」 「そうじゃそうじゃ! お前のせいじゃ・・・っウォーカー!」 またもや別の名を言いかけたワイズリーをアレンが睨む。 「なんなんですか、さっきから。 気持悪いったらありゃしない」 「べ・・・別になんでもない!」 あからさまに逸らした顔に、冷や汗が浮かんだ。 「ジジィ」 呼びかけたティキを、きっと睨む。 「ジジィっつーな! まだぴちぴちだわい!」 「じゃあターバン」 「あだ名をつけるにしても、もう少しマシにつけられんのか! センスの悪い奴だの!」 言われてアレンは、小首を傾げた。 「じゃあ、妖怪百目」 「百もないわ!!」 見事な裏拳ツッコミがアレンの額を捉える。 「なにすんだクソジジィ!!」 「だからまだぴちぴちだとゆーとるわい!!」 「ピチピチなのは身体だけで、脳はとっくに干からびてるだろ」 呆れ声をあげたティキを、ワイズリーはまた睨んだ。 「おぬしに言われとうないわっ! 私は古い身体を捨てて、このぴっちぴちの身体に乗り移ったのだから、脳までぴっちぴちだわい!!」 「じゃあ、試します?」 紅くなった額を撫でつつ、アレンはポケットからトランプを取り出す。 「あ!それ、俺がやったトランプ! ・・・んだよ、少年〜 やっぱお前、俺のこと・・・」 嬉しげなティキへ、アレンは絶対零度の笑みを浮かべた。 「これを見る度、あなたへの復讐の念を新たにしています 「・・・・・・・・・」 笑みを引き攣らせたまま、震えるティキにアレンは鼻を鳴らす。 「ポーカーしましょ。 あなたが勝ったら、ジジィなんて言わないであげますよ、ジジィ 性根の悪さを滲ませるアレンを、ワイズリーは忌々しげに睨んだ。 「本当にお前は根性が悪い! あの時も・・・」 言いかけて、ワイズリーは首を振る。 「私が勝ったらもう、ジジィ呼ばわりするでないぞ!」 「いいですよ。 その代わり、僕が勝ったら教団に帰して下さいね。 正面きってロードと戦ってください 無茶を言うアレンを、ワイズリーはまっすぐに睨んだ。 「よかろう。 だが私は絶対に負けん!」 「あはは 吠え面かくな、ジジィ 明るく言って、アレンはこそこそと背を向けたティキの首根っこを掴む。 「こんな狭い牢内の、どこに逃げようってんですかお馬鹿さん 「嫌だ放せ!! どうせお前、イカ・・・!」 言いかけたティキは、アレンの発動したアレンの左手に首を絞められ、声を失った。 「・・・今、ここで死にたくなければ、僕に従うんですよ」 冷たい笑みを含んだ声に逆らえず、ティキは不自由な首で懸命に頷く。 「ティキも参加するそうです 「ふん! ジョイドごときが私に勝てると思うてか!」 堂々と宣言したワイズリーを、ティキは遠のく意識の中で、辛うじて睨みつけた。 「ストレートフラッシュ!」 アレンが床の上に並べたカードに、ワイズリーは刮目した。 「な・・・んじゃそりゃああああああああああ!! おぬしさっきはフルハウスだったであろ! 確率無視もいいところではないか!!」 「普段清廉潔白に生きているものですから、ギャンブル運は強いんですよ、僕 いけしゃあしゃあといったアレンから、そっと目を逸らしたティキは、背に当たる爪の感触に震える。 「おのれ、今回はツーペアであったゆえ、勝機はあると思ったのだが・・・これ、ウォーカー。 そのように脅さずとも、狭い牢内にジョイドが逃げ込む場所はないぞ」 「だってこの人、今にも逃げ出しそうじゃないですか。 ねぇ、ブタさん?」 にこにこと話しかけたアレンを、ティキは涙目で睨んだ。 「誰がブタだ! 清廉潔白が聞いて呆れるぜ、お前・・・っ!」 きゅ 「ブタさんじゃないですか、ちっともいいカードが来なくってお気の毒です 絞首刑にされたティキの手から零れ落ちたカードを見て、ワイズリーも頷いた。 「まったく、最初からずっとブタだのう、おぬし。 弱いにも程があるぞ」 何も知らずにせせら笑うワイズリーを、ティキはだらりと垂れた足に最期の力を込めて蹴りつける。 「っなにすんじゃこの・・・!」 言いかけたワイズリーは、死に直面するティキの思念を読み取り、目を見開いた。 「イカサマじゃとぉぉぉぉぉぉぉぉ?!」 ぎろりと睨んだ先で、アレンが舌打ちする。 「おのれウォーカー! なんと言う卑劣な真似を!!」 胸倉を掴んできたワイズリーに、アレンは舌を出してやった。 「運も実力のうちなら、イカサマはまごうことなき技術です。 そもそも、見破れなければイカサマじゃあないんですよ?」 いけしゃあしゃあと言って、アレンは冷酷に笑う。 「おっ・・・おのれ忌々しや!! 食らえっ!邪眼ビーム!!」 「その手を食うか! ビーム返し!!」 ワイズリーの額から放たれた力へ、アレンはポケットから取り出した鏡を向ける。 「のおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 我が身に返って来た能力に、ワイズリーが額を押さえて悶絶した。 代わりに解放されたティキが、今だ血の気の失せた顔で見下ろす。 「ワイズリー・・・お前が知のノアだってのは嘘だろ?嘘なんだろ?」 「これが知のメモリーなんて、可哀想すぎますね、ノアって」 笑って肩をすくめたアレンを、ティキが忌々しげに睨んだ。 「お前に正々堂々って言葉はないのか!」 「勝つためには手段を選ばない。 それが師匠の訓えです」 しおらしく両手を組んで言った言葉は全然しおらしくない。 「ホント、嫌なガキ・・・! お前が敵だってのも忌々しいが、もし味方になったらって思うとぞっとするぜ」 「大丈夫。 ノアが敵だって認識は、14番目とも共有してますから また舌を出したアレンの鼻先を、ティキは思いっきり弾いてやった。 「なにすんだブタ野郎!!」 「素が出やがったなクソガキ!! 上品ぶってんじゃねぇよ下層階級が!」 「あんたに言われる筋合いないんですよ、この浮浪者!」 「そりゃこのジジィだ! 俺はちゃんと働いて・・・」 「仲間とつるんでカモ相手にイカサマってたじゃないですか! 先にやったのあんた達なんですから、グダグダ言われる筋合いないんですよ!!」 つかみ合いのケンカを始めた二人に、涙目をあげたワイズリーが困惑する。 「ど・・・どっちだ・・・?」 「はぁ?! 寝ボケてんのか、ジジィ?!」 「どっちって、なにが?!」 問い返されて、ワイズリーは慌てて首を振った。 「言いたいことあんならはっきり言ったらどうなんです?!」 「ロードとひそひそしやがって、気持ち悪ィんだよ、ジジィ!!」 一時休戦した二人に揃って踏みつけられ、ワイズリーが哀れな悲鳴をあげる。 「いっ・・・イタイケな少年に酷いことするでないわッ!!」 「なにが少年だ、中身ジジィのくせに!」 「勝負はついたんですから、とっとと僕を帰すんですよ!」 ぎゅうぎゅうと踏まれて、ワイズリーが血反吐を吐いた。 「おっと、殺しちゃったら約束を守ってもらえなくなりますね」 足を引いたアレンは、傍らのティキを見あげる。 「ま、これ殺しちゃっても、下僕はもう一人・・・」 「俺に勝ったことないガキが、なに生意気言ってんだ?!あぁーん?!」 むにーと頬を引き伸ばされて、アレンが悲鳴をあげた。 「なんらよっ!やくほくやないはっ!!」 「イカサマ少年が言っていいことか?!あぁ?!」 「だから言ってるでしょ! 気づかなきゃイカサマじゃないんですよ!!」 ティキの手を振り解いた弾みで、アレンはまた床に転がったままのワイズリーを踏む。 「ごぶっ!!」 鈍い声と共に、骨が折れたような感触がして、アレンはそろそろと足を引いた。 「・・・なによ、少年?」 ティキの背後に回ったアレンが、訝しげな彼の背を押してワイズリーの傍らに配置する。 と、満身創痍のワイズリーが、震えながら顔をあげた。 「ジョ・・・イ・・・ドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 「俺じゃないッテ!!」 恨みに満ちた声に歩を引いたが遅かった。 ワイズリーの力はティキを支配し、大きな身体が白目を剥いて転がる。 「よし!相討ち!」 力尽きたワイズリーが再び倒れたのを見て、アレンが歓声をあげた。 「ホントに馬鹿だよ、この人達。 鍵なんて僕、簡単に取れるのに」 言うや、アレンは発動した左腕からベルトを伸ばし、床に放り出された鍵を取る。 あっさりと牢を出たアレンは、ワイズリーとティキを入れたまま、再び鍵をかけた。 「ハイ、出来上がりっと。 でも、困ったな・・・」 1階へと続く階段を見あげて、アレンは首を傾げる。 「ここ、英国かな? おうち帰れるかな・・・」 呟いて、アレンは手を打った。 「ロードに頼んなくても、自分で扉を開ければいーんじゃん!」 すっかり忘れてた、と、アレンは階段に足をかける。 だが中程までのぼって、アレンはぎくりと足を止めた。 暗い階段の数段先に、金色の目を煌めかせて黒猫が座っている。 「ま・・・さか・・・ね・・・」 普通の猫だよね、と呟き、そろそろと足を踏み出したアレンへ、猫が低く唸った。 『・・・・・・ウォーカー』 人語を喋った猫に、アレンは飛び上がって壁に背を押し付ける。 「ル・・・ルル=ベル・・・!!」 新たな敵の出現を警戒し、左腕を発動させたアレンを、しかし、黒猫は落ち着いた目で見上げた。 『出て行きたいのでしょう』 低く、感情のない囁きに、アレンは警戒を解かないまま頷く。 『では、こちらではありません。 このまま行けば、ロードに見つかってしまいます。 帰りたいのでしたら、ついて来なさい』 冷たい口調で言うと、猫はアレンが上ってきた階段を降り始めた。 すれ違い様、ちらりと睨んできた目に、またぎくりと顔を強張らせると、猫はぱたりと尾を振る。 『主は、私だけのものです。 あなたになんか、渡しません』 その忌々しげな口調に、アレンは思わず苦笑した。 「僕にいて欲しくないってことですか」 『あなたがいなくなれば、清々することでしょう』 つんっと背を向け、先に階段を下りた黒猫に、アレンはついて行く。 牢内で伸びている二人には一瞥もくれず進む黒猫は、石の壁に爪を立てた。 『ここを押しなさい』 言われるままに、アレンは発動した手で壁を押す。 と、巧みに偽装された石の扉が、重い音を立てて向こう側へ開いた。 「すごい・・・」 貴族の邸に必ずあると言う抜け道とはこんなものかと、アレンは闇へと続く暗い廊下を見遣る。 「・・・あのー。 これ、ちゃんと出口ありますよね?」 アレンをこよなく憎むルル=ベルのこと、もしやここに閉じ込めて飢え死にさせる気では、と思って問うと、彼女はムッとしたように尾を振った。 『そのような姑息な真似をするなと、主に言われています』 ぷいっと背を向けたルル=ベルに頷き、アレンは暗い道に入る。 「ありがとう! お礼はいずれ・・・」 振り返った時にはもう、黒猫の姿はなかった。 軽く肩をすくめたアレンは、片手を壁に当て、暗い道を進む。 と、幸いなことに枝道もなく、迷子癖のあるアレンでも、あっさりと抜けることができた。 「空だー!」 澄んだ空気を胸いっぱいに吸って、アレンは大きく伸びをする。 「さーって、早く帰ってごはん食べよーっと♪」 歌を思い浮かべるや現れた『扉』に、アレンは意気揚々と飛び込んだ。 その後、ロードにまとわりつかれながら地下牢へ降りてきた伯爵は、牢の中で伸びた二人に目を剥いた。 「アッ・・・アナタタチ! どうしタんですカ!!」 伯爵の大声に耳を貫かれ、二人はよろよろと起き上がる。 「おぉ・・・公や・・・! はよう出しておくれ・・・!」 「千年公〜! 14番目にやられちまった・・・!」 情けない顔を並べて格子に縋る二人に、伯爵は肩を怒らせた。 「ンマァ!アナタタチときたラ! 14番目を逃がしテしまっタんデすか!」 「えぇー!!!! ワイズリーの馬鹿!!ティッキーのヘタレ!!」 きゃんきゃんと喚くロードの背後で、しかし、シェリルは嬉しげに拍手する。 伯爵とロードにじろりと睨まれ、気まずげに咳払いをした彼は、大仰に両手を開いた。 「いいじゃないか、彼はまたお誘いすれば それより今日は家族水入らず、ゆっくり過ごしましょう 「・・・14番目モ家族なのデスがネ」 恨みがましい顔をする伯爵から必死に目をそらし、シェリルはロードを抱き上げる。 「人形劇の続きをしよう 他にもいっぱい、遊んであげるからね、ロード お父様が! あの忌々しい子供ではなく、お・父・様が ロードの膨らんだ頬に頬をすり寄せ、シェリルはこの中でただ一人、幸せそうに笑った。 Fin. |
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漫画を描く時間がなかったのでSSで失礼しますノアとアレン君の和やか(?)パーティですよ これはリクNo.62『アレンvsノアのポーカー』を使わせてもらってます 19巻の表紙裏で、シェリル氏がマイ・フェア・レディやりたがってるのを見て以来、書きたかったネタでした! アレン君が来てあげても、ティッキーとジジィに優雅さを教えることは無理でしたが ね(笑) いつか素敵なレディになることを夢見て、ティッキーとジジィはシェリル氏にいぢめ・・・いえ、教育されればいいと思います |