† bravery T †
かたん、と、軽い音を立てて、粗末な木の椅子が引かれた。 「久しぶり」 「あぁ」 短い挨拶と共に、二人の少年が小さな木のテーブルを挟み、向かい合って座る。 テーブルを囲む三脚目の椅子には、老人が無言で鎮座した。 それはまるで、鏡のような図だ。 双子のようにそっくりな二人の少年は、その片目を隠す眼帯の位置が逆であるため、向かい合えば鏡像そのものに見えた。 薄暗く、狭い室内には、彼らと一つのテーブル、そして、空の椅子を含めた四脚の椅子以外、何もない。 だがその部屋は『彼ら』の間で、『図書室』と呼ばれていた。 書物など、一冊もない。 膨大な情報は、そこに集った者達の脳内に、克明に記されていた。 「報告」 と、少年の一人が呟く。 「伯爵は、ノアの一族を召集したぜ。 その上で、アクマを次々に作り出してはレベルを上げている。 一般人を大量に殺せば大騒ぎになるから、ほとんどは戦場に行かせてんな。 近々、アクマに扇動させて、各地の植民地に内乱を起こす予定さ。 武器を売ったりして、できるだけ長引かせるつもりらしい。そっちは?」 脳裏に書かれた情報をすらすらと読み上げた少年に、もう一人も頷いて、『報告』と呟いた。 「黒の教団は、力を取り戻しつつあるヴァチカンと更に強固な関係を築いたぜ。 欧州各国の王族に橋渡しして、ヴァチカン公会議の開催に協力させた」 「会議の内容は?」 「教皇が、その権限をもって信仰と道徳に関する判断を下す時、決して誤ることがないっていう教皇不可謬説を、カトリックの教義の一部として宣言したんさ」 「そらまた、うぬぼれたもんだな」 少年の皮肉げな笑みに、もう一人もそっくりに顔を歪める。 「言わせとけよ。 それより教団さ・・・ノアの召集は遠からず知れるぜ? 今の室長は暢気そうに見えて、食わせもんだかんな。 どこまでならお前の情報を与えてもいい?」 その問いに、問われた少年は失笑した。 「あるがままを、さ。 知ってる事は、なんでも提供すればいいさね。 情報の捏造も操作もしない―――― それが『ブックマン』だろ?」 そう言われて、もう一人の少年も苦笑する。 「そだな。条件は同じなんだし」 「そうさ。 俺だってお前からもらった情報を使ってノアに入り込んでる―――― あいこじゃね?」 「まぁな。 じゃ、伯爵が内乱を扇動する植民地って、どこさ?」 その問いに、もう一人はいくつかの植民地の名を並べた。 「ほとんど世界各地だな」 「そんだけ伯爵も本気になってるってことさ―――― その伯爵が、妙に気にかけてる子供がいるらしいんさ。 新しいエクソシストとして、教団に入ったんだろうと思うんだが・・・知ってるさ?」 「教団に入った?いつ?」 「伯爵がその子供と会ったのは、今年8月の満月の夜。ロンドン。 その時はまだ、団服を着てなかったらしい」 「・・・悪ぃ。 その日、俺らはローマにいたさ。 ソイツの名前は?」 「アレン・ウォーカー。 クロスの弟子だってさ。 伯爵だけじゃなく、長子のお嬢ちゃんも興味津々さ」 「了解。調べとくさ」 「よろしく」 頷いた二人は、同時に立ち上がる。 その時ふと、一人が薄い笑みを浮かべた。 「調べる以上、精確な情報は当然なんだが―――― やりすぎてハマんなよ」 と、言われた方は、むっと眉を寄せる。 「お前にまで未熟者扱いされるいわれはねぇさ!」 「違うさね―――― 俺への自戒も込めて言ってんの」 自嘲気味に言った彼へ、信じられない、と、もう一人が目を丸くした。 「・・・ハマりそうなんかよ?」 呆れた、と言わんばかりの声音には、苦笑を向ける。 「ハマる前に気づけよ、『左目』。 お前はすーぐ目の前の事に夢中になっちまうかんな」 皮肉な声で言われた少年は、ムッとして彼を睨んだ。 「だからてめぇに言われたかねェさ、『右目』! そっちこそ善悪無視で、記録に夢中になってんじゃないさ?」 「それがブックマンさ」 あっさりと言った彼に、『左目』はにやりと笑う。 「主観交じりの情報は、ブックマンの情報じゃないさね」 その言葉に『右目』は苦笑し、軽く手を上げた。 「じゃあ、またな」 「あぁ」 ぱん、と、軽く手を打ち交わし、二人は離れた―――― 薄暗い部屋に、小さなテーブルと空になった四脚の椅子を残して。 「アレンちゃーん ごはんよぉーん その声に飛び起きたアレンは、ものの数秒で着替えを終えて部屋を飛び出した。 その瞬間、 「ハイ アレンいっちょー 陽気な声と共に襟首を掴まれ、吊るされる。 「なにすんだーっ! 放せ放せ!! ジェリーさーん!!!!」 じたじたと暴れるアレンを吊ったまま、ラビは笑顔を寄せた。 「おはよう、アレンちゃん なに食べるぅ?」 「・・・っラビのアホ――――――――!!!!」 はめられたと気づいたアレンが絶叫する。 「ホホホ こーんなモノマネに引っかかるなんてぇ アレンちゃんたら、かーわいー 「いつまでやってんだ! キッショク悪いんですよ、アンタ!!」 よく聞けばまったく似てない声に苛立ち、アレンはますます暴れるが、ラビは愉快そうに笑いながらアレンを連行した。 「も・・・! どこに行くんだよ・・・!」 暴れ続けてさすがに疲れたアレンが問うと、ラビは彼をある一室に連れ込む。 「・・・・・・げ」 アレンが誰にも内緒でこっそりと開いた方舟の扉が、その部屋にはあった。 「なんで知ってるんだよ・・・」 がっくりと首を落とした彼に、ラビは愉快げに笑う。 「俺の趣味、探検だもんさー 「・・・・・・そーでした」 大きく吐息し、アレンは抵抗を諦めた。 「もう下ろしてよ」 「その前に、にーちゃんに協力するって約束するさ 陽気に言えば、アレンはぷいっとそっぽを向く。 「どんな悲惨な結果が待ってるかわかんないことに、協力なんかするもんか」 憮然と言ったアレンへ、ラビは陽気に手を振った。 「ダイジョーブダイジョーブ 怒られないさ、多分きっと 「なんでそんなに能天気なんだよ! 絶対悪いことが起こるぅ!はーなーせー!!!!」 ヒステリックに暴れだしたアレンを、ラビは苦笑して放す。 「逃げ・・・!」 「るな 踵を返した瞬間を狙って出された足がアレンの足を払って、彼は無様に転んだ。 「ふにゃああああああああああああああああ!!!!」 鼻を押さえて大きな泣き声をあげるアレンの頭を、ラビは笑って撫でてやる。 「ホラ、泣いてないで協力するさ 「なんだよもう!!」 話だけは聞いてやると、呟いたアレンの頭をラビが笑ってかき回した。 「一緒に探検いこーぜ 「どこに?!」 ティーンの男の子らしく、その言葉に抗いがたい魅力を感じてアレンが目を輝かせると、ラビは方舟の扉を指す。 「アマゾンとアフリカと中東と、どれがい?」 「アマゾン!! アマゾン行きたい!!!!」 キラキラと目を輝かせてこぶしを握ったアレンに、ラビはにんまりと笑った。 「オケー じゃあ、早速方舟つかおーぜ 方舟の無断使用を堂々と宣言したラビの後に意気揚々と続いたアレンは、扉に足をかけたまま動きを止める。 「どした?」 「僕、アマゾンには行ったことないよ?」 だから行きたかったんだ、と言うアレンにラビは頷いた。 「心配すんな アマゾンに抜ける扉はもう、見っけたからさ 「ホントに?!」 元はノアの持ち物である方舟は、アレンが操る前から世界各地へと繋がっている。 ただ、白い街はとてつもなく広く、その扉の数は膨大であるため、科学班でさえそれらがどこへ繋がっているのか、把握しかねていた。 「ねぇねぇ、やっぱりそれって、ブックマンの特殊能力なの?!」 方舟に飛び込んだアレンが、歓声をあげてラビにまとわりつくと、彼は得意げに頷く。 「マーキングするまでもなく、一通り通っただけで扉の数もその続く先も把握済みさ 特にこの町の扉は、色も形も違うかんな とは言うものの、アレンの目に写る扉はどれも似たり寄ったりで、ラビの言う違いもよくわからなかった。 「さすが頭でっかち」 「誉めてねぇだろ」 すぱんっと頭を叩かれて、アレンは悲鳴をあげる。 「なにすんだ馬鹿!!」 「この程度の街、一瞬で覚えらんないお前に言われたくないさねー★」 ケラケラと笑う声が、二人の行く細い道に響いた。 と、 「ラビ?」 「ど・・・どうしたの、二人とも・・・」 白い壁の向こうから顔を出したリナリーとミランダに、ラビだけでなくアレンも飛び上がる。 「・・・あ! なにか悪いことしてるんでしょ!」 リナリーの鋭い指摘に、ラビは必死に首を振った。 「してないさ!!」 「見え透いてるんだよ! アレン君、どこに行こうとしたの?!」 リナリーに詰め寄られ、アレンが歩を引く。 「ア・・・アマゾン・・・です・・・」 「お仕事なの?私達も今・・・」 「そんなわけないじゃない!」 ミランダの問いを言下に否定したリナリーは、更にアレンへ詰め寄って、彼を壁に追い詰めた。 「アレン君、正直に言うんだよ?」 両手を壁についてアレンを捕らえたリナリーは、吐息が触れるほどに顔を寄せる。 「さぁ!」 「ぼ・・・僕、知りません!!」 「アレン君!」 「ホントなんですぅ!!」 リナリーの剣幕にぷるぷると震えながら、アレンは必死に言い募った。 「僕もハメられて捕まって、アマゾンの探検に行こうって無理矢理連行されて・・・!」 「はぁっ?!おま・・・!!」 アレンの裏切り行為に憤ったものの、それが大筋で間違っていないことに気づいて、ラビは気まずげに口をつぐむ。 「アマゾンになにしに行こうとしてるの?!」 アレンを壁に押し付けたまま肩越しに問うと、ラビは観念したとばかり肩をすくめた。 「アマゾンは薬草の宝庫さね。 未発見の薬草を見つけて来いって、ジジィの課題さ」 「・・・は? じゃあ、自分の宿題片づけるのに僕を連行したの?」 眉根を寄せたアレンには、笑って頷く。 「だって、アマゾンにゃ危険な獣もいっぱいさ いざって時の盾・・・んにゃんにゃ、用心棒にしよっかなって 「今、盾って言った!!」 「細かいこと気にすんじゃないさね。 男がちっちゃいさー♪」 ケラケラと笑われ、アレンが激昂した。 「なんだよ絶対追い抜くから!! 今にょきにょき伸びてるもん!!」 「ぅえっ?!アレン君・・・!」 いきなり歩を踏み出したアレンに押され、リナリーがよろける。 「いつかは師匠も追い抜いてやるもん!!」 怒りのあまり周りが見えず、更に歩を踏み出したアレンは、リナリーもろとも転んでしまった。 「ごっ・・・ごめんなさい!!」 慌てて起き上がったアレンは、リナリーの手を取って起こした瞬間、自分達の周りをパタパタと飛び回るゴーレムに気づく。 「ラビ・・・・・・・・・!!」 真っ青になったアレンへ、ラビはにんまりと笑った。 「今の映像、コムイに売られたくなきゃ協力するさ 「あんたって人は――――――――!!!!」 「ひっ!!」 アレンの怒号にミランダが飛び上がり、ラビがわざとらしく真似をする。 「ア・・・アレン君、そんなに怒んないでー 「だからキッショク悪いんですよあんた! って、ミランダさんに言ってませんから!怯えないでください!!」 慌てて言ったものの、繊細なミランダの震えは収まりそうになかった。 そして更にその映像をゴーレムが記録する。 「これでお前、リーバーにもケンカ売ったさね 「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 絶叫するアレンを楽しげに眺め、ラビは踵を返した。 「さぁ、ついてくるさ家来!」 「誰が家来だ!!」 怒鳴りつつも、ラビについて行くアレンの後ろにリナリーが従う。 「あれ?なんさ、リナ?」 振り返ったラビに問われて、リナリーは顔を紅くした。 「かっ・・・監視だよ! ラビとアレン君が、悪いことしないように!」 「ふぅん」 肩越し、ラビがにんまりと笑って、リナリーはますます紅くなる。 「監視やめたら、仲間に入れてやるぜ?」 「じゃあやめる!」 つい言ってしまい、真っ赤になったリナリーにラビが笑い出した。 「ミランダも来るさ?」 「わ・・・私は・・・・・・」 少し逡巡した後、ミランダもついてくる。 「・・・リナリーちゃんがいないわけを、うまく説明できそうにないもの」 そう言って吐息したミランダから、リナリーが気まずげに目を逸らした。 その様にまた吐息して、ミランダはラビを呼ぶ。 「時間って、どのくらいかかりそうですか? 私達、任務終了の連絡をしてしまったから、あんまり長くかかると皆さんが心配すると思うの・・・」 「じゃあ、二人は戻っ・・・」 「ヤダ! リナリーも行くもん!!」 ラビの言葉を遮ったリナリーが、足を早めて先頭に立った。 「でもリナリー・・・叱られちゃうかもしれませんよ?」 アレンが気遣わしげに言うと、リナリーは一瞬、気まずげな顔になったが、すぐに迷いを振り払うように足を早める。 「リナリーってば・・・」 「いいんだってば! すぐに戻れば問題ないよ!」 だって、と、リナリーはラビを振り返った。 「もう、見当はついてるんでしょ?」 「んー・・・・・・」 首を傾げたラビの、難しげな表情にリナリーが不安になったと見るや、彼はにんまりと笑う。 「まぁな 「もう!!」 頬を膨らませたリナリーに、ラビが笑声をあげた。 「アマゾンで新種探すなんて簡単さ だって現地の人間の他にゃ、俺らくらいしか入ってないんだもんさ 「えっと・・・それはつまり、図鑑に乗ってない、ってことかしら・・・?」 「そゆこと ミランダの問いにラビが頷くと、アレンが肩をすくめる。 「なんだ。 ずいぶん難しいことかと思ったのに」 呆れ声をあげた途端、振り向いたラビに小突かれた。 「なにすんだよっ!」 「そんなに簡単だってんなら、お前も探してみな。 世界各地のあらゆる図鑑や本に載ってないって、確実に言えるもんをな」 「・・・・・・・・・ずるい」 小突かれた頭を抱えて、アレンはラビを睨む。 「そんなの、わかるわけないじゃん!」 「じゃ、もう二度と簡単なんて言うんじゃないさね にやにやと笑うラビに、アレンは頬を膨らませた。 しかしミランダは、アレンとは逆に感嘆してラビを見る。 「ラビ君は全部覚えてるの? すごいのねぇ・・・!」 「へへーん だって俺、次のブックマンになるんだもんさ 今は絶滅した植物だって、こン中入ってんだぜ と、自分の頭をつつくラビに、ミランダは大きく頷いた。 「さすがねぇ・・・。 やっぱり、ブックマンの後継者になるのだって、大変なことなんでしょうね。 どうやって選ばれたの?」 あまりにも自然に発せられた問いに、ラビが開きかけた口を気まずげに閉じる様を、アレンとリナリーは興味深げに見つめる。 「・・・秘密 そう言った途端、 「なんでぇー!!!!」 ミランダではなく、アレンとリナリーが不満の声をあげた。 「ずっと言ってんさ。 ブックマンのことは、ブックマンにしか話しちゃいけねぇんだって」 くすりと笑ったラビに、リナリーが小首を傾げる。 「ねぇ、それってずっと思ってたんだけど、『ブックマン』はラビのおじいちゃん一人じゃなくて、他にもいるってこと?」 「ぅえっ?! なっ・・・なんでそう思うんさ?!」 未熟にも、その態度で正解だと教えてしまったラビに、リナリーはくすりと笑った。 「だって、それって逆に言えば、ブックマンにならブックマンの情報をあげてもいい、ってことでしょ? ラビはまだ、『ブックマンの弟子』でブックマンじゃないんだから、おじいちゃんが情報を提供できるのは別のブックマン・・・つまり、他にも同じ役目の人がいるってことだね」 「〜〜〜〜・・・!」 声を失ってしまったラビに、リナリーはにこりと笑う。 が、それ以上追求せずにまた先頭に立ち、ラビを振り返った。 「ね、どのドアなの?」 ラビの立場を慮ってくれたらしいリナリーに苦笑し、ラビは彼女の前に並んだ扉の一つを指す。 「そこを開けたら・・・」 「ここだね!」 「滝」 「きゃあああああああああああああああ!!!!」 一歩踏み出した途端、頭上から降り注ぐ瀑布に打たれ、リナリーが悲鳴をあげた。 「なっ・・・なんてことするんだよ!! リナリー殺す気?!」 さすがの脚力で踏みとどまり、流されることのなかったリナリーが、ずぶ濡れになった手でラビの胸倉を掴む。 が、ラビは笑って水を滴らせる髪を撫でてやる。 「油断大敵ってことさ 「ふぬ――――!!!!」 「ぐふっ!!」 リナリーの一本背負いが見事に決まり、あまりの速さに手を出しかねていたアレンが、ようやく我に返って倒れたラビを踏みつけた。 「なにすんさ、クソガキ!!」 「いえ・・・姫を守り損ねちゃったんで、改めて」 「こんにゃろっ・・・!!」 アレンの足下から抜け出したラビは、素早く立ち上がって彼の頬を引き伸ばす。 「もう勝負ついてんのに、あとから出てくんじゃないさ!!」 「ふみゃああああああん!!!!」 「ラ・・・ラビ君、泣いてるからもう・・・!」 アレンの激しい泣き声に、ミランダが止めに入るが、ラビは無視して更につねった。 「ふにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 「いーかげんにしないとにーちゃんも怒るさね! もうしないさ?」 「するっ! みゃあああああああああああああああああああ!!!!」 不屈のアレンの頬をまたつねって、泣き声をあげさせる。 「ラ・・・ラビ君たら・・・」 「じゃれてるんだよ!」 気遣わしげなミランダに、リナリーが鼻を鳴らして歩を踏み出した。 「ラビこそいい加減にして! 私達、時間がないって言ってるでしょ!」 「じゃあさっさと帰れば・・・」 「行くよ!!」 ラビの言葉を無理矢理遮り、リナリーは彼の腕を取る。 「レッツゴー滝つぼ!」 「行くかあああああああああああ!!!!」 滝へ向けて突き飛ばそうとするリナリーに、ラビはドア枠をしっかり握って抵抗した。 「わざわざ滝に飛び込まんでも、注意深く横にずれれば外出られるんさ! でも、今はミランダがいるから・・・!」 「私ですか?」 不思議そうに目を見開くミランダに、ラビが頷く。 「水、止めてさ!」 「あぁ・・・はい」 納得して、進み出たミランダがイノセンスを発動した。 途端、轟々と落ちる水は動きを止め、向こうの景色を露わにする。 「どうぞ」 肩越し、にこりと笑ったミランダは、三人が三人とも顔を引き攣らせていることを不思議に思った。 「どうし・・・きゃああああああああああああああああああ!!!!」 滝に隠されていた岩肌の、豊かにむした苔を狙ってか、黒々とした虫の大群と、それを負う鳥の群れが迫ってくる。 「やだ!!」 とっさにイノセンスを掲げて顔を覆ったミランダに、激しい音を立てて虫がぶつかった。 そして、それを追いかけて来た鳥までも・・・。 「あっ!!」 堪えきれずに落としたイノセンスが、石畳の上で激しく回転した。 「タイムレコードが!!」 ミランダが、慌てて差し出そうとした手を、アレンが掴む。 「あぶない! 指がちぎれますよ!!」 その言葉に、ミランダは怖気て手を引き寄せた。 「ドアは閉めたから、もう大丈夫さ!」 「すぐに止まるよ」 そう言ってラビとリナリーも、回転が収まるのを待つ。 が、タイムレコードは、止まるどころかますます回転を早め、周りの景色を歪めさせた。 長い時間を経て、ようやくタイムレコードの回転が止まり、景色からも歪みが失せた頃。 4人がいたのは方舟の白い街ではなく、灰色の石壁がどこまでも続く薄暗い町だった。 「ここ・・・どこかな・・・?」 「さぁ・・・ヨーロッパではあるみたいだけどさ・・・」 アレンに問われたものの、彼の知るいかなる地図にも該当しない景色に、ラビが戸惑う。 「いつの間に方舟から出ちゃったの?!どうして?!」 「知らんさね」 「わ・・・私のせいだわ!!」 「んなことねぇから」 妙に淡々と答えるラビを不思議に思い、アレンが小首を傾げた。 「なに考えてんの?」 「ん・・・俺の記憶してる景色とは合致しねぇんだけど、どっか見たことある場所だなぁって・・・」 照会中、と呟いた彼に頷き、アレンはリナリーとミランダを振り返る。 「二人は? この景色、見覚えありますか?」 「知らない」 「それが私・・・何かで見た気が・・・・・・」 自信なげにミランダが言うと、リナリーが目を丸くした。 「なにかって、なに?!」 「そうね・・・写真・・・じゃないわ、何かの絵・・・。 そう、絵葉書! 場所は違うけど、多分この街の・・・でもあれは確か、ずいぶん古い絵で・・・・・・」 勘違いかしら、と、首を傾げたミランダの傍らで、ラビが手を打つ。 「フュッセンじゃね?! 今は工場が建っちまって賑やかだけど、その前は結構寂れたとこだったって、ジジィに聞いたことあるさ!」 「あぁ、そうです!バイエルンのフュッセン・・・え? でも・・・今の景色じゃありませんよね・・・・・・?」 不安げに声を落とすミランダが手にしたイノセンスを、ラビが指した。 「時間を逆戻り、じゃね?」 「ウソッ!!」 「ホントに?!」 アレンとリナリーは大声をあげたが、ミランダ本人は予感があったのか、眉根を寄せて俯く。 「一ヶ月時間を止めてたってのは聞いたケド、年単位で戻すなんてすげーさ、ミランダ どうやったん?なぁ、どうやったんさ?」 目をキラキラ輝かせて迫るラビから、ミランダは歩を引いた。 「わっ・・・わかりませんよ・・・! やろうと思ってやったわけじゃないもの・・・!」 その言葉に、リナリーが眉根を寄せる。 「じゃ・・・じゃあ、もしかして・・・」 「僕たち、戻れないの?!」 「あっ」 アレンの指摘で、ようやくラビが深刻な表情になった。 「・・・・・・ラビ、ホントに状況判断と臨機応変のスキル、ないですよねぇ・・・・・・」 アレンの呆れ声から、ラビは必死に目を逸らす。 「ま・・・まぁ、なんとかなるさね! ミランダの住んでた街だって、元に戻ったんだし・・・」 「あの街、今でも11月にハロウィンやるみたいだよ」 「ごっ・・・ごめんなさいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 リナリーの指摘に、ミランダが悲鳴をあげた。 と、彼らから離れた草むらが、風もないのに音を立てる。 「おーい! 盗み見はよくないさ!」 ラビが声をかけると、緑の草の中から鮮やかな紅い髪が覗いた。 更に気まずげな目が出てきたのはしばらく経っての事で、その時にはもう、歩み寄ったラビが監視者の首根っこを掴んで草むらから抜く。 「なっ・・・なにをする!放せ!!」 吊られたまま、じたじたと暴れる小柄な少年を見るラビの目が、まん丸になった。 そしてそれは、アレンやリナリー、ミランダも同じく。 「ラ・・・!」 「ラビ?!」 右目に黒い眼帯をかけた赤毛の少年は、科学班による薬害で、子供に戻ったラビの姿そのままだった。 「・・・じゃあここは・・・10年前・・・なんかな・・・・・・」 声を引き攣らせたラビを、子供がきっと睨む。 「なにをわけのわからんこと言うとるか! 今は1810年で、ここはバイエルンのフュッセンじゃ!」 「せんはっぴゃく・・・」 「じゅう・・・ねん・・・・・・?」 「ベートーベンが余裕で生きてるさね」 声を引き攣らせたアレンとリナリーに頷くと、ミランダがなぜか、辺りを見回した。 「じゃあもしかして、バイエルンのルートヴィヒ2世が・・・!」 「そりゃまだ生まれてないさ」 美貌の王の姿を期待したミランダにあっさりと言って、ラビは吊り下げたままの子供の顔を覗き込む。 「お前、名前は?」 「わ・・・私より、おぬしらの方こそ何者じゃ! 確かに誰もおらなんだ所に突然現れおって!」 名乗りを避けた子供の耳に、ラビはそっと囁いた。 「お前、ブックマンの血族だろ」 「!」 ぎくりと身を強張らせ、黙り込んだ子供に、ラビはにんまりと笑う。 「俺も その言葉に、子供はラビの眼帯をまじまじと見つめた。 「適当な名前を言えよ。 それ以上、詮索せんから」 更に囁くと、子供はしばらく目をさまよわせ、 「マ・・・マック・・・」 と呟く。 「今の王様かい」 この地を収めるヴィッテルスバッハ家の現当主、マクシミリアン2世から取ったのだと、すぐにわかる名前を言われ、ラビは苦笑した。 「もうちっと捻るさね、ナインチェ」 「んなっ?!」 仔ウサギちゃん、などと、不本意な名前で呼ばれて、マックが顔を赤らめる。 「誰が仔ウサギだ!!」 真っ赤になってじたじたと暴れる子供に、ラビは笑って首を傾げた。 「じゃあ、ミッフィー(おこりんぼ)さね 「ふも――――!!!!」 「がふっ!!」 マックの小さな足が、ラビの腹を的確に抉る。 「なにすんさ、仔ウサっ!!」 「ウルサイ!!!!」 子供相手に本気でケンカして、しかも負けているラビに、アレンはげんなりと肩をすくめた。 「なにやってんですか、もう・・・・・・」 馬乗りになってラビを殴るマックを背後から抱えあげ、地に下ろしてからアレンは視線を合わせる。 「このおにーちゃん、ヘタレだから許してあげて?」 「・・・惨たらしい援護をありがとうさ」 「どういたしまして。 それより君、ホントにラビのちっさい頃にそっくりだね。 この顔を見ると・・・」 言いながら、アレンはマックに手を伸ばした。 「いぢめたくなる」 「ぷにゃん!!」 いきなり鼻をつままれて、マックが変な鳴き声をあげる。 途端、 「こらっ!アレン君!」 「小さい子いじめちゃ、いけませんよ・・・」 常に弱い者の味方であるリナリーとミランダに叱られて、アレンは上目遣いになった。 「だってぇ・・・」 「だってじゃないの!」 マックの腕を取って引き寄せたリナリーが、紅くなった鼻を撫でてやる。 「もう痛くないからね」 リナリーがにこりと笑うと、マックの頬が赤くなった。 「マセガキ」 背後からアレンに叩かれて、マックがまた泣き声をあげる。 「なにしてるの、アレン君! ああ、よしよし、泣かないで・・・!」 マックの頭を撫でようとした手は、横から掴まれた。 「なに?」 「あんまり触んない方がいいですよ、リナリー。 どうもこの子、ラビと血が繋がってるっぽいから、うっかりするとセクハラされます」 「どーゆー意味さ、この似非ジェントルマンが!」 ラビが甲高い声で抗議すると、アレンは冷え冷えとした目を向ける。 「似非でもジェントルマンの僕と違って、君はあからさまにエロキャラじゃないですか。 レディに触るな、変態」 「なにそれ!すんげー言われようなんですけど! アレンさんったら、いつの間にそんなこと言う子になっちゃったの!」 「最初っからこうですよ。 気づかないなんて、観察力足りないんじゃないですか?」 心底馬鹿にした口調でラビを沈めたアレンは、涙目で自分を睨む子供を見下ろした。 「なに?」 「むっつりすけべ!」 甲高い声は、アレンの心臓にさくっと刺さる。 彼が声を失ったと見るや、マックは歩を踏み出した。 「私やこの赤毛を罵倒しておるがおぬしこそ、このおなごを独占しようとしておるのではないか! 自身の欲のために他を排除しようとは見下げ果てた奴! 早々にいねぃ!!」 いくら80年前の世界とは言え、子供とは思えない口調できっぱりと言われて、アレンはぱくぱくと口を開閉する。 その様に、ラビが爆笑した。 「すげーさ、マック! アレンを黙らせるなんて、ユウちゃんだって出来ねぇのに!」 「うっ・・・うるさいな! ラビに負けたわけじゃないもん!!」 「その通りだ。 おぬし、我が一族でありながらなんと腑抜けておることか! 師の顔が見たいもんじゃ!」 きっぱりと言ったマックに、アレンが目を見開く。 「っなにこの子!ラビそっくりなクセにラビより賢い!」 「おいぃー!さり気に貶めるのやめるさそこー!」 ラビが睨みつけるが、アレンは気にも止めずにマックの鼻をつまんだ。 「ぶにゃ!!」 「アレン君たらまた!」 リナリーに叱られても、アレンはマックへの意地悪をやめない。 どころか、彼の『我が一族』と言う言葉にブックマンの一族であることを察し、ますます手に力がこもった。 「にゃにするか!!」 アレンの手を両手で掴み、引き剥がそうとするマックの力は弱くて、ぶら下がってもなお逃れることは出来ない。 「ぴみゃああああああ!!!!」 「こらっ!! いい加減にしなさい!!」 アレンとマックを引き離したリナリーが怒声をあげた。 「ちっちゃい子いじめちゃダメだって、言ってるでしょ!」 「だってぇ・・・」 「だってじゃないって、言ってるじゃない!!」 反駁を許さない勢いで睨まれて、渋々口を閉じたアレンが顔をそむけた瞬間。 飛び掛ったマックがアレンの腕に噛み付いた。 だが、 「あのね、クロウリーならともかく、僕の左腕に噛み付いて痛いのは君だよ」 呆れた口調で言って、アレンは自分にぶら下がる子供を見下ろす。 「ホラ。やせ我慢してないで、とっとと放しなよ」 ぶらぶらと振ってやるが、ラビと違って根性のある子供は、アレンに食いついたまま、離れようとしなかった。 「へぇ・・・。 君、結構見所あるじゃん。 ラビとは大違いだね」 アレンが感心すると、 「んまっ!! また俺を貶めて、アレンさんたら!」 「ねぇ、マックも離れようよ。 痛いのは君なんでしょ?」 ラビがつめ寄り、リナリーもとりなしにかかる。 四人がそれぞれに手をかけた時、 「あっ!!!!」 ミランダの声と共に、皆が光に包まれた。 「・・・・・・・・・あれ?」 光が収まった時、景色は寂れた街から、太陽の燦々と降り注ぐ白い街並みへと変わっていた。 「あ、ミランダ、戻してくれたんか」 身を寄せ合った彼らから一人だけ、やや離れた場所にいるミランダへラビが声をかけると、彼女は自身のイノセンスに目を落したまま頷く。 「多分・・・。 私は、元の場所に戻してって念じただけですから、本当に私の力なのかはわかりませんし・・・それに・・・・・・」 不安げに白い街を見渡すミランダに、ラビが笑って手を振る。 「大丈夫、もとの時間と場所さ ホラ、あのドア、科学班の奴らが調べるための目印ついてんだろ?」 言って、ラビは遠くのドアを指した。 そこには彼の言った通り、『Science Group No.1』の文字が印刷された紙に、189×.8.5の日付がある。 「俺の目に入る限り、今日以降の日付は見当たんないし、大丈夫さ ラビの目に入る限り、と言うことは、今日以降の日付は確実にないということだった。 いつも頼りないラビだが、その記憶力と観察力にだけは信が置ける。 ほっとしたアレンは、リナリーを振り返った。 「よかったですね、戻れて。 あのクソガキも消え・・・て・・・・・・・・・」 左腕の重みに気づいたアレンの顔が、笑みのまま凍る。 「マック――――――――!!!!」 「えぇっ?!なんで?!」 目を丸くしたリナリーに負けず、マックも目をまん丸に見開いた。 「ほほぇあほほひゃ?」 「・・・いい加減、噛み付くの止めたらどうかな?」 コバンザメか、と呆れ声をかけられ、マックはようやくアレンから離れる。 「ここはどこじゃ?! いつの間に移動した?! 189×年が今日とは、どういうことじゃ?!」 至極もっともな問いを次々発するマックに、しかし、誰もが答えられなかった。 ラビとてミランダの能力の全てを知っているわけではない以上、説明できる人間は一人だけ、と、彼女へ視線が集まる。 「ええええええ?! そんっ・・・そんな目で見られてもっ・・・! わっ・・・私だって・・・わかりませんんんん!!!!」 ぶるぶると首を振るミランダに、マックが歩み寄った。 「おぬしがやったのか?」 やったかやらなかったか、と問われては、確かにミランダの能力であるため、おどおどと頷く。 「どうやったのだ?」 「わっ・・・わからないわ、本当に・・・!」 「だが、時を越えたのか?」 慌てふためきはじめたミランダへの、的確な問いに、彼女はまた頷いた。 「ふむ・・・。 不思議なこともあるものだ。 そのような力があるなど、聞いたこともない」 ぶつぶつと言って、マックはミランダを見上げる。 「私を元の時間に戻すことはできるのか?」 その問いには、ミランダは困り顔でうな垂れた。 「ど・・・どうしてこんなことになったのか、わからないの・・・。 こんなこと・・・初めてで・・・・・・」 か細い声の答えを受けて、マックは小さな眉間にしわを寄せる。 「困ったの・・・。 私は師の使いの途中だったのだ。 早く戻らねば、叱られてしまう・・・」 とは言いつつも、あまり師への恐怖は感じられない口調だった。 「こんなとこまでそっくりだなんて!」 呆れ声のアレンに、ラビがにやりと笑う。 「独立不羈(ふき)はブックマンの基本姿勢さね! ちっさくても一族さ♪」 わしわしとマックの頭を撫でるラビへ、アレンが舌打ちした。 「独立不羈ってなに? 空気読めないってこと?」 「辞書引け辞書ー!!」 怒号をあげて、ラビは白い髪をわしわしと乱暴にかき回す。 と、彼らの下から、冷静な声が上がった。 「独立不羈とは、何物にも頼らず、ゆえにあらゆるものに束縛されず、自由であることを言う。 我ら人の歴史を綴る者は、いかなる権力にも屈せず、世界のあるがままを記録する。 ために迫害されることもあるが、多くは我らを利用しようとする。 我らはその招聘によって世界各地へ赴き、歴史の中心で事実を記録するが役目。 また、抹殺された歴史を伝える責をも負う。 不羈とはまた、格別の才能を意味する。 連綿たる人の歴史を記憶するには、並外れた記憶力を要する。 ゆえに我らは不羈の民という。 以上、何か質問は?」 きりっとした顔で見あげてくるマックの目から、アレンは気まずげに逃げた。 「・・・・・・ごめん。 なに言ってるか、半分もわかんなかった・・・・・・」 「あたまのわるいやつ!」 きっぱりと言った彼に、リナリーが吹き出す。 「アレン君の負けだね! ホラ、マックに謝りなさいよ」 「なんでっ!!」 「いぢめたでしょ!ごめんなさいしなさい!」 リナリーにまで叱られて、アレンは不承不承、マックに向き直った。 「ごめんね!」 「ぷにゃあ!!」 言葉と共に鼻を弾かれ、マックが悲鳴をあげる。 「アレン君たら!」 「はーい。ごめんなさーい」 「謝ればいいってものじゃないでしょ!」 「ごめーん」 「こらっ!!」 またマックの頬をつまもうとするアレンの手を掴み、リナリーは睨みつけた。 「この子はラビに似てるってだけで、ラビじゃないでしょ! いぢめるならラビにしなさい!」 「コラ」 どさくさに紛れてとんでもないことを言うリナリーをラビが睨むと、彼女は慌てて口を塞ぐ。 「つ・・・つい・・・」 「リナの気持ちはよーっくわかったさ。 ミランダ」 「はっ・・・はいっ?!」 突然声をかけられて、ミランダが飛び上がった。 「なっ・・・なに・・・?」 「こいつだけ帰すのって、できそうなん?」 「それが・・・」 うな垂れて、ミランダは自身のイノセンスに目を落とす。 「さっきから、やってはいるんですけど・・・・・・」 どうやって時を越えたのか、自分でもわからないために、先ほどと同じ状況を作り出すことには難航していた。 「でも・・・不思議だわ。 私達、アマゾンのジャングルから時を越えたはずなのに、なぜバイエルンだったのかしら・・・」 呟くと、ラビが『推測だけど』と、指を立てる。 「この街の姿から見て、方舟って、改築と増築を繰り返したんじゃねぇかな? で、80年以上前、ここにはフュッセンに通じるドアがあったんじゃね?」 「そのドアから、知らないうちに飛び出しちゃったってこと?誰も気づかないうちに?」 信じがたい様子のアレンにしかし、ラビはあっさりと頷いた。 「この方舟のシステムはよくわかんねぇけど、俺らドアの向こう側にいたんじゃね? で、同じ場所に時間移動したら、そこがフュッセンだったとか」 「そんなことできるの?!」 「しらんけど、ぜーんぶに理由つけようとしたら、そうなるんじゃね? それに、ここにはもともと、場所だけでなく時間のひずみもあったとかさ」 「時間のひずみ・・・」 「空間を歪ませて、別の空間に繋いじまうんだろ、方舟は? だったら、時間のひずみがあった、もしくは、ミランダの時計がひずみを作りやすくなる何かが、ここにあった可能性もあるさ。 だって・・・」 と、ラビはミランダの時計を指す。 「今まで、そんなことなかったんだろ?」 「え・・・ええ・・・」 「じゃあ、ミランダがこの場所で時計を使った、ってことに、何か原因があるのかもしれんさね」 だから、と、ラビはアマゾンへ続くドアを開けた。 「もっかい、やってみ 「え・・・ええ・・・・・・」 ミランダが時計を構えると、アレンとリナリーがすかさず離れる。 代わりに、マックがミランダの傍らにいた。 「発動!」 イノセンスが光を放ち、回転する。 と、ミランダとマックの姿が歪んだ。 「フュッセン・・・ですね・・・・・・」 「あぁ、私が見慣れておる景色だ」 端然と言って、歩を踏み出したマックは、立ち止まってミランダを振り返った。 「時間も、そう変わっておらんようだ」 「え? なぜそんなことがわかるの?」 ミランダが問うと、マックは中天に差し掛かろうとする太陽を指差す。 「太陽の位置? それだと、大まかな時間くらいしかわからないんじゃないかしら?」 戸惑うミランダに、マックは首を振った。 「この場所は北緯47度34分、東経10度42分で、今日の日の出は4時30分。 季節による傾きを計算すれば、この場所の日付は1810年の8月5日で間違いない」 「ま・・・! そんな難しい計算が出来るなんて、小さいのにえらいのねぇ・・・!」 ミランダが感嘆の声をあげると、マックはやや照れくさそうにそっぽを向く。 「きょ・・・今日で8歳だ。 小さくなんかない」 無愛想な声に、彼が気を悪くしたと思ったミランダは慌てた。 「ごっ・・・ごめんなさい、私、うまく言葉が出なくて・・・!」 その言い回しを、『英語が母国語ではないから』だと捉えたマックスが、軽く頷く。 『別に怒ってなどおらん。ただ、もう小さい子供ではないと言っただけだ』 流暢なドイツ語に、一瞬目を見開いたミランダは、苦笑して頷いた。 『そうね、もう立派な紳士だわ。 お使いのお邪魔をしてごめんなさいね』 ドイツ語で答えたミランダは、『じゃあ』と、振ろうとした手を掴まれて、小首を傾げる。 『なぁに?』 『戻る方法がわかったのだろ? もう一度私を連れて行け!』 『は・・・? えぇっ?!』 目を剥いたミランダに、マックは無邪気に笑った。 『でっ・・・でも、お使いは?! ほっ・・・ほら、大事なご用事なんでしょ?!』 必死にマックの気を逸らそうとするが、彼はあっさりと首を振る。 『師の申しつけは、未だ図鑑にも書籍にもないものを持って来い、というものだ。 未来ならば、あっさりと見つかることであろ』 『えぇー・・・・・・』 なんと言っても聞きそうにない彼の扱いに困り果てるミランダの手を、マックが引いた。 『さぁ!ゆこうぞ!』 『えっ・・・だから、あの・・・! さっ・・・触っちゃダメ!!』 光を発し始めたイノセンスへ伸ばすマックの手を掴んだ瞬間、また景色が歪む。 「おかえりなさー・・・って、なんでまたついて来てんの、クソガキ」 マックに対しては全てのタガが外れるアレンの一言に、彼はムッと眉根を寄せた。 「うるさい、白髪!」 「言っとくけど君、僕より80年も前の子なんだから、僕が生まれる前にはとっくに白髪になってるよ。禿げてるよ。死んでるかもよ」 「ぴっ・・・!!」 惨い言葉の数々で口を塞がれたマックの目に涙が浮かぶ。 その様に、リナリーは深々とため息をついた。 「・・・なんなんだろうねぇ、アレン君の態度。 いつもみんなに優しいのに、なんであの子にはいぢわるなのかな」 叱るのも疲れたリナリーの呆れ声に、ラビはそっと目を逸らす。 「・・・・・・知らぬが仏とはこのことさ」 「聞こえてますよ、ラビ」 「ぷみゃあああああああああああ!!!!」 アレンに思いっきり頬を引き伸ばされて、マックが泣き出した。 「おまっ・・・何回泣かせりゃ気が済むんさ!!」 「何度泣かせても、僕の中のどす黒いモヤが晴れなくて」 「ぴいいいいいいいいいいいいい!!!!」 「コラ――――!!!!」 マックの髪を掴んでぶら下げたアレンの暴虐に慌て、ラビはマックを引き剥がす。 その際に、紅い髪が何本も引きちぎられたが、緊急事態ゆえにそこは見なかったふりをした。 「も、俺に似てるからって、ちっさい子いじめんなさ!」 「まぁ、それもあるんですけど、この子の醸し出す生意気な雰囲気が気に入らなくて」 「悪魔ですか、あんたは! 悪魔なのかこのクソガキめ!」 アレンを面罵したラビは、憤然とした顔をマックへ向ける。 「お前もせっかく帰れたんから、戻ってこなくてよかったのに!」 「う・・・だが・・・・・・」 「なんさ?」 「師の宿題で・・・未だ図鑑にも書籍にもないものを探して来いと言われておるのだ・・・。 未来なら、面白いものが手に入るかと思って・・・」 「へ?! おまえ、そんなちっせぇのに、もうその課題もらってんさ?!」 ラビの大声に、マックはムッと眉根を寄せた。 「私はもう、8歳なのだ! ちっさくはない!!」 「ちっさいよ」 「ぷびゃああああああああああ!!!!」 アレンの目にも止まらぬチョップを受けて、マックがまた泣き声をあげる。 「だからアレンさん?! なんでそんなにいぢめるの?! なにがそんなに気に入らないの?!」 「・・・・・・・・・全部?」 「全否定したさ、この子!!」 仕返しのチョップをアレンに食らわせ、ラビはマックを抱き上げた。 「ホレ、泣き止むさ、マック! もう子供じゃねぇんさ?」 言われてマックは、盛大にしゃくりあげつつも頷く。 その彼に、ラビは苦笑した。 「ま、気持ちはわかるんけどさ、未来のもん持ってったら、歴史が狂うかもしんね、っつーのはお前にも想像つくだろ?」 こくりと頷いたマックに、ラビは笑みを深める。 「だったら、この世界からは何も持ってかないことさ」 いいか、と、念を押すと、また頷いた。 「じゃあミランダ、悪いけどまた・・・」 送って、と、渡そうとしたラビに、マックはしがみつく。 「なんさね・・・」 「なにも持ってゆかぬから、アマゾンには連れてけ!!」 そう言って、開いたままのドアを指したマックに、ラビは頷いた。 「いいの?」 意外そうなリナリーに、ラビはまた頷く。 「ちっさくてもうちの一族さ。 ここで行かなきゃ、一生後悔するさね」 「ふぅん。 ずいぶん理解があるじゃん」 なぜか不機嫌なアレンを不安げに見つめるミランダとは逆に、リナリーは大きく頷いてぱふんと手を叩いた。 「アレン君、アレン君」 さっさと扉の向こうへ行ってしまったラビ達へ続こうとするアレンの腕を、リナリーが背後から掴む。 「なんですか? 早く行かないと見失って・・・」 「大丈夫だよ!」 やけに自信満々に言ったリナリーを、アレンは不思議そうに振り返った。 「なんで?」 「だってあの子は、この世界の子じゃないもの」 「はぁ?」 繋がっているようで繋がっていない会話に、アレンがますます不思議そうな顔をする。 と、リナリーはにこりと笑った。 「すぐに帰っちゃうよ。 だってあの子はラビの上の世代にいる子で、ここにはずっといられないんだもん。 だから、そんなに心配しなくていいよ?」 「心配?なにを?」 小首を傾げたアレンの耳に、リナリーが唇を寄せる。 「あの子に、おにーちゃんを取られることはないから 「はぁっ?!」 アレンが思わず大声をあげると、彼らを気遣わしげに見つめていたミランダが飛び上がった。 「あっ!ごめんなさい、ミランダさん! ってか、リナリー! 僕は別に・・・!」 「じゃあ、なんであの子をあんなにいぢめたの? ラビと血が繋がってるってわかって、悔しかったんでしょ くすくすと笑い出したリナリーに、アレンは必死で首を振る。 「べっ・・・別に僕、そんなつもりじゃ・・・!!」 「バレバレだよ 「っ・・・!!!!」 いくら言葉で否定しても、真っ赤になった顔が全てを白状していた。 そんな時に、 「おーい!! なにしてんさ、お前らー!」 と、ラビの暢気な声がして、アレンはきっと睨みつける。 「うっさいな! ちょっと待っててよ!!」 苛立たしげな声に、リナリーがまたくすくすと笑い出した。 「ホラ、いこ! おにーちゃんが呼んでるよ 「〜〜〜〜っ!!!!」 反駁したくても反駁できず、真っ赤な顔で黙り込んだアレンの顔に、ようやく事情を察したミランダも微笑む。 「大丈夫。 あの子は、ちゃんと送り返しますから」 くすくすと笑い出した彼女に、アレンは紅い顔で頷いた。 「ったく、なにしてんさ、お前ら! 置いてくぞ!」 「・・・・・・なんだようるさいな猛獣が出てきても助けてあげないよ」 暗い声音で言うアレンを不思議に思いつつも、ラビはミランダへ笑いかけた。 「レディはやっぱ、残ってた方がよくないさ? リナリー一人じゃ守りきれんかもしれんし」 「なによ!リナリーはレディじゃないのっ?!」 当然ながら激昂したリナリーに、ラビが笑声をあげる。 「一人前のレディは、そんなに声を荒げたりしないさね♪」 「くぅっ・・・!」 顔を真っ赤にして唸るリナリーに笑い、ラビは抱いていたマックを下ろしてやった。 「迷子になるなよ」 「ふんっ!誰に言っておるか!」 一瞬でこの場の地形を頭に入れたマックは、生意気に鼻を鳴らす。 「アマゾンと聞いて期待しておったが、この辺りにあるものはありきたりなものだな」 言うや、さっさと歩き出したマックの後に従いつつ、アレンは周りの景色を見渡した。 見たことのない地形、珍しい植物や石に、いちいち目を奪われるが、それは既に名を与えられ、図鑑や書物に記録されているらしい。 憮然とし、無言で二人について行くアレンの傍ら、やはり景色に目を奪われていたミランダが足を止めた。 「ねぇ、この白いお花はなんて言うんですか?」 「ガラナさ」 「疲れたらその種を食べるといい。 滋養強壮にいいのだ」 一瞥しただけでそう答えた二人に、ミランダは感心する。 「ラビ君もすごいと思っていたけど、マック君もとても賢いのねぇ・・・」 「えっ?!マジ?! すごいって思ってくれてたんさ、ミランダ?!」 「ブッ・・・ブックマンの一族であれば、このくらい、当然だ」 すぐ調子に乗るラビとは逆に、マックは照れくさそうにそっぽを向いた。 「なんなんだろうね、この差は」 「ラビがよりアホだってことでしょ」 リナリーの問いに、彼らしくもなく憮然と答えて、アレンはラビへ歩み寄る。 「ホラ! さっさと新種探して、この子帰しちゃおうよ!」 「なに怒ってんの、お前?」 「怒ってないよ!!」 アレンが発した声は、自分でも驚くほどに甲高く、皆が目を丸くした。 「・・・怒っておるではないか」 「怒ってるね」 「怒ってますよ・・・」 「だっ・・・だって暑いんだもんっ! 早く帰ってごはん食べる!」 慌てて言い訳すると、女性二人は微妙な苦笑いになったが、ブックマン二人はあっさりと信じて頷く。 「そうさな・・・。 密林で遮られて、直射日光はこねェけど・・・」 「湿度が高いからな。 欧州で涼しく過ごしていたなまくらには辛かろう」 「英国は欧州じゃないんですよクソガキ マックの嫌味な口調にアレンはこめかみを引き攣らせた。 「分類では欧州ではないか」 ムッとしてマックが言い張ると、アレンは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。 「地理的にはそうかもしれませんけど、欧州とは離れてますから!独立国ですから!大英帝国ですから!!」 「・・・なんでそんなに張り合ってんさ・・・」 アレンが苛立っている原因を暑さだと思い込んでいるラビは、呆れ声をあげてマックを抱き上げた。 「ホレ、にーちゃん怒らすなよ」 「わっ・・・私は別に・・・!」 「ラビのドアホッ!!!!」 マックの口を大音声で塞いだアレンが、どすどすと地を踏み鳴らして先に進む。 「・・・そんなに不快指数高ぇの、ここ?」 呆気に取られたラビの肩を、リナリーが苦笑して叩いた。 「頭いいのに、なんでわかんないんだよ・・・・・・」 「へ?なにがさ?」 本気でわかっていないらしく、訝しげに眉根を寄せたラビと、彼が抱くマックに、リナリーは声を潜めて囁く。 「アレン君、マックにラビを取られて、拗ねてるんだよ」 途端、ラビは苦笑し、マックは頬をぱんぱんに膨らませた。 「ったく、甘えんぼなんだから・・・」 「迷惑な話じゃ!!」 照れくさそうなラビに反し、憤然としたマックが彼の腕から飛び降りる。 「おい、どこ行くんさー?」 「決まっておる! あやつ、一発殴ってくれる!!」 アレンの後を追ってかけて行ったマックの小さな身体は、すぐに樹影に隠れて見えなくなってしまった。 「ま・・・迷子にならないかしら・・・?!」 ミランダが気遣わしげ言うと、ラビが笑い出す。 「アレンじゃあるまいし! そもそも、迷子癖なんかあったらブックマンにゃなれねーさ 「そ・・・そうね・・・・・・」 ほっとした途端、樹影の向こうでアレンとマックの甲高い悲鳴があがり、びくっと飛び上がった。 「なっ?!なにっ・・・?!」 「マックにやられたんじゃないかな、アレン君」 「ちっさくても、全力で殴られりゃ痛いだろうさ」 落ち着いたリナリーと、楽しげに笑うラビの様子に、ミランダは不安ながらも頷く。 「じゃ、俺らも早くいこーぜ。 あの魔王、マックを返り討ちしてるかもしんねェし」 「冗談になってませんよ!!」 悲鳴じみたミランダの声にしかし、二人は笑ってのんびりと歩を進めた。 「しかし、あのアレンさんが子供に嫉妬だなんて、笑っちゃうさ 笑いが止まらないラビに、リナリーもにんまりと笑う。 「それだけ懐かれてるってことじゃない。ご不満?」 「まさか。 でも、すんげー意外だった、ってのが正直な気持ちさね」 くすくすと笑うラビの後ろで、ついてくるミランダが首を傾げた。 「そう? 私ずっと・・・アレン君はラビ君によく懐いてるのね、って思っていたけど・・・・・・」 「・・・あの惨たらしいいぢめ現場を見て、そんな解釈できるミランダって、ホント突き抜けたポジティブさね。 リナとは正反対さ」 ラビが肩越し、乾いた声をかけると、傍らでリナリーが膨れる。 「悪かったわね! どうせ根暗だよ!!」 「そこまでは言ってねェけ・・・どっ?!」 いきなり足が滑って、ラビは手近の蔓を掴んだ。 「びっくりした・・・! ここ、大穴開いてんさ」 「おっきいねぇ。 なんだろ、地盤沈下?」 地面に跪き、暗く深い穴を覗き込む二人の背後で、ミランダは辺りを見回す。 「あの・・・ねぇ、二人とも・・・。 アレン君とマック君は、どこに行ったのかしら・・・」 「あ!さっきの悲鳴!」 「もしかして、落ちちゃった?!」 二人は揃って穴へと身を乗り出し、闇へと叫んだ。 「マックー!! マックマック!! 生きてるかー?!怪我ないさー?! お前が死んだら俺がまずいことになるかもしんねーんさ!!」 「アレンくーん!! アレン君、返事してー!!!! アレンく――――ん!!!!」 二人が必死に呼びかける声はしかし、深い穴の底までは届かない。 不気味なほど静かなそこに、ばさりと、布が翻る音が響いた。 「・・・ちょっと。 いつまでしがみついてんだよ」 アレンがイノセンスのマントをしまっても、変わらず彼にしがみついて震える子供の襟首を掴んで放り捨てる。 「ぷぎゃっ!!」 地に叩きつけられて悲鳴をあげたマックは、紅くなった鼻を押さえながら身を起こした。 「おっ・・・おぬし! いたいけな子供になんてことをするのだ!!」 涙声の抗議には、にんまりと笑みを返す。 「子供なの? もう立派な大人だって、言ってなかったっけか、さっき」 アレンの意地の悪い言い様に、マックはムッと眉根を寄せた。 「助けてくれたことには礼を言うが、意地悪なのは変わらんのだな!」 「別に、君みたいなクソガキ好きで助けたりしないよ。 君になにかあったら・・・ラビをいぢめて遊べなくなるって思っただけ!」 つんっとマックに背を向け、アレンは小さく切り取られた天窓のような空を見上げる。 「高いなぁ・・・。 いくらなんでも、あんな高い所までクラウン・ベルトは伸ばせないよなぁ・・・。 あぁ、どっかのクソガキが周りの状況も見ずに蹴飛ばすもんだから、こんなことになっちゃって」 「ほんっっっっとに嫌な奴だな、おぬし!!!!」 「どういたしまして。 僕の本気はこんなもんじゃないけどね」 軽く吐息して、振り返ったアレンはまたマックの襟首を掴んだ。 「なにをするか!!放せ!!」 猫の仔のようにぶら下げられたマックがじたじたと暴れるが、アレンは構わずくるりと回る。 「・・・なんじゃ?」 なんのまじないだろうかと訝るマックを下ろすと、アレンは彼の腰にクラウン・ベルトを巻きつけた。 「今のでこの周りの地形覚えたよね? 出口探して」 「わかるかあああああああああああああああああああああ!!!!」 甲高い絶叫は四方の岩肌に弾かれ、幾重にもこだまする。 「なんだ、トリュフを探すブタの代わりになると思ったのに」 「誰がブタじゃ、無礼な奴め!!」 小さな身体を震わせて怒鳴ったマックは、ぷいっと踵を返して歩き出した。 「どこに行くんだよ、子豚」 ベルトを引きながらついてくるアレンを、マックが肩越しにきつく睨む。 「黙ってついて来い!! さっきのこだまが、一番遠くまで響いた所へ行ってみるのだ。 もしかしたら、出口に繋がっているかもしれん」 再び歩き出したマックの後について、アレンは首を傾げた。 「よくわかったね、そんなの。さすが頭でっかち」 「誉めとらんだろ!!」 「あぁ、これも正解。 頭でっかちだねー」 「ふぬっ・・・!!」 怒りに顔を染め、どすどすと先を行くマックの背に、アレンは意地悪く笑う。 「ねぇねぇ、ここって洞窟かな?あの穴って、洞窟の天井が崩れたのかな?先住民の財宝とか隠してないかな? 僕、師匠にすごい借金負わされてて、一刻も早く自由の身になりたいんだよね。 なんか財宝っぽいの見つけたら、ここほれワンワンって言ってよ♪」 「言うか!! 大体そんなもの、都合よく・・・」 不意に黙り込み、足を止めたマックにアレンは首を傾げた。 「財宝、見っけた?」 「馬鹿者! 財宝とかそんな・・・!」 声を潜めて叱責したマックの耳に届いていた音が、徐々にアレンにも聞こえるまでに大きくなる。 「なにこの地響・・・きいいいいいいいいいいいいいいいい?!」 暗い洞窟の向こうから響いていた音が、圧倒的な質量をもって彼らに迫って来た。 「なにあの大岩!!!!」 駆け出したアレンの背に飛び乗ったマックが、肩越しに迫り来る大岩を見遣る。 「おぬしの言う、財宝を守る仕掛けかも知れんぞ」 「ホント?! だったら・・・!」 急停止したアレンは、自信に満ちた笑みを浮かべて迫る大岩へ対峙した。 「破壊します!!」 アレンの左腕が砲門へと変化し、砲撃が大岩を打ち砕く。 「よっし!!」 大きな笑みを浮かべて、アレンは砕け散った岩の残骸を踏み越えた。 「ねぇ、この岩ってさ、僕達を行かせたくない方向から来たんだよね?」 「おそらくな。 あちらに守りたいものがあるのだろう」 マックの指差す闇を見据え、アレンは大きく頷く。 「よし!行こう!」 「この洞窟から出るのではないのか?」 「ちょっとくらい寄り道したって構いませんよ! 元々僕、ここには冒険に来たんだもん♪」 わくわくと歩を進めるアレンに引きずられ、マックも渋々ついて行った。 その頃、地上から下へ呼びかけていたラビとリナリーは、洞窟らしき地下を何かが転がる轟音と、直後に響いた爆音に顔を蒼くしていた。 「いっ・・・今の、アレン君かな?!」 「フツーの音じゃなかったさね! なにやってんさ、あいつ!!」 更に身を乗り出して覗き込んでも、はるか深い地下にある世界はまったく見えない。 「こうなったら私が降りて・・・!」 決然と立ち上がったリナリーの手を、ラビが引いた。 「どうやって二人助けだすんさ! 遭難者三人にする気さ?!」 「そんなの、ダーク・ブーツで・・・」 「だから! お前一人ならこの距離も飛べるかもしんねェケド、アレンとマック二人抱えて出てくんのは無理があるさ!」 「じゃあどうするんだよ!!」 イライラと声を荒げるリナリーの肩に、ミランダが手を乗せる。 「落ち着いて、リナリーちゃん・・・」 「う・・・・・・」 眉根を寄せて黙り込んだリナリーに、ラビも苦笑した。 「なんとか・・・しなきゃなあ・・・」 悩ましげな声音を落とした地下世界では、しかし、アレンが暢気に宝探しをしている。 「ねぇねぇ、君には暗くてよく見えないだろうけど、これがさっきの大岩を転がした装置じゃないかな?!」 はしゃいだ声をあげるアレンへ歩み寄り、マックは彼が指す窪みを見つめた。 「そうかもしれんな」 「やっぱり! じゃあお宝はこの辺りかなぁ♪」 長年の借金生活で、すっかり闇に目が利くようになったアレンが、あちこちかぎ回る。 「気をつけるのだぞ。 あれほどの大岩を転がしてまで守るものだ。 きっとまだ罠が・・・」 賢しら口を利くマックの鼻先を、何かが通り過ぎた。 ガコッと、岩を削る音を見遣れば、岩肌に太い矢が刺さっている。 「うあああああああああああああああああ!!!!」 ひゅんひゅんと闇の中に飛び交う矢を避けて、地に転がったマックの上をアレンがマントで覆った。 「まったく君、弱っちぃですねぇ。 このくらいのことでそんなに怯えて、ブックマンになれるの?」 「なにをこのっ・・・ぎゃああああああああああああああああ!!!!」 見あげたアレンの頭上に、鋭い槍を並べた天井が迫る。 「上えええええええええええええええええええ!!!!」 「うん、知ってる」 あっさりと言ったアレンの左腕が、大きな爪と化して石の天井を支えた。 「なんっ・・・なんっ・・・なんなんじゃおぬし!!!!」 マントの下でぷるぷると震える子供に、アレンは笑いかける。 「エクソシストですよ」 「エク・・・ぎゃあああああああああああああああ!!!!」 「あ、失礼」 アレンが天井を支え直した際に、折れた槍がマックの頬を掠めた。 「おぬっ・・・おぬしっ・・・! わざとやったであろっ!!!!」 「人聞きの悪い。 そんな意地悪しませんよ」 「信じられるかああああああああああああああああ!!!!」 ブックマン一族の観察力を持たずとも、容易に嘘と知れるアレンの言葉にマックが絶叫する。 「もう、うるさいなぁ。 こんな狭い所で喚かないでよ」 「誰が喚かせとるんじゃ!!」 攻撃したくても、ここでアレンを倒せば天井に潰されるというジレンマに苛立ち、マックがまた絶叫した。 「はっ・・・早く脱出・・・!!」 「うん、でもね・・・」 かさかさとマントの下から出ようとするマックに、アレンが顎をしゃくる。 「見てよ、ホラ。 ・・・っても、見えないかな? 向こうに石のずれてるところがあるでしょ?」 言われてよくよく見れば、灰色の石が並ぶ中に細く、黒い線があった。 どうやら石の扉のようなものがそこにあるらしく、半ば開いたそれが奥の闇を垣間見せている。 「あれきっと、財宝の隠し場所だよ ね、君ちょっと行ってさ、中見てきてよ」 「しっ・・・しかし・・・!」 「あぁ、大丈夫大丈夫。 財宝がある以上、君を放って逃げたりしないから」 「財宝なかったら逃げる気か――――――――!!!!」 アレンの腹黒さを思い知ったマックが声を限りに叫ぶが、彼はどこ吹く風と聞き流してマックを蹴った。 「ホラ、早く行っておいで。 こう言う場面のお約束で、この天井を止める仕掛けも中にあるかもしれないからさ」 そう言われては、ここから逃げ出すためにも調べるべきだろうと思い、マックは隙間へと這って行く。 しかし、 「お・・・重い・・・!」 石の扉は分厚く、まだ8歳のマックには重すぎた。 だが全体重をかけて、なんとか自分が入り込めるだけの隙間を広げる。 「よし、これで・・・!」 ―――― がぶ。 意気揚々と踏み入れた足に、何かが噛み付いた。 「ぎゃ――――――――――――――――!!!!」 引き寄せた足に、太く長い蛇が食いついている。 「アナコンダ――――――――――――――――!!!!」 「へぇ・・・こんな危機的状況でも、ちゃんと名前が言えるなんてすごいじゃん」 「そこ感心するとこか!! 食われるううううううううううううううう!!!!」 ぎゃあぎゃあと泣き喚くマックに肩をすくめ、アレンはまた扉へと顎をしゃくった。 「助けて欲しいなら、部屋に入って天井を止める仕掛け探してよ」 「そんな場合か!! あの中に入ったからこいつに・・・いだいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 ちょうどいい餌だと言わんばかりに、嬉々として巻きついた蛇が小さなマックを締め上げる。 「・・・しょうがないなぁ」 天井を支えるアレンの腕が再び砲門へと変化し、頭上に迫る槍ごと粉々に打ち砕いた。 その音に驚いた蛇が、慌ててマックから離れていく。 「おっ・・・おぬっ・・・おぬしっ・・・!! そんなことできるのなら、最初から・・・!!」 息も絶え絶えの抗議にしかし、アレンは憮然と腕を組んだ。 「僕以外の侵入者を防ぐために、このトラップは残しておきたかったのに!」 「・・・・・・・・・・・・は?」 あまりにも不機嫌な声に、マックが呆気に取られる横を、アレンは早足に過ぎる。 「だからさ、この扉の向こうの財宝が、一度で運べる量ならいいんだけど、そうでなけりゃ何度か来なきゃでしょ。 僕がいない間に誰かが見つけて、ごっそり持ってかれたらイヤじゃん。 だから、あのトラップは残しておきたかったの! それを君があんまり泣き喚くから・・・」 ぶつぶつとぼやきながらしっかり恩を着せるアレンに、さすがのマックも何も言えなかった。 「ったく、このくらいのドア、さっさと開けてよ」 「待て!!そこには蛇が・・・!」 石の扉に手をかけたアレンへマックが叫ぶが、彼は無視してあっさりと開け放つ。 「ひっ!!!!」 震え上がったマックの耳が、蛇達の遠ざかっていく音を捉えた。 「な・・・なんで・・・・・・?!」 「元サーカス団員ナメんじゃないですよ、あんた」 呆然とするマックを、アレンが振り返る。 「アナコンダは大きくて凶暴そうに見えるけど、ホントはおとなしくてむしろ、人間を怖がるの。 君が襲われたのは、ちっさくて丸呑みできるサイズだったから。 僕くらい大きいのは餌にもなんないんだから、逃げてって当前でしょ」 「そっ・・・そんなこと・・・!」 本には載ってなかった、と、呟く声が小さくなった。 が、無音の洞窟ではその声も意外に響いて、アレンは鼻を鳴らす。 「ったく、ブックマンてのはなんでこんなに頭でっかちなんだよ。 本と学者が全部正しいなんて思わないことだね。 実際に触れたことがある人間が見れば、鼻で笑っちゃうような間違いだってあるし、未だ解明されてないことの方が多いんだから」 その言葉にマックが黙り込んでしまうと、アレンはくすりと笑った。 「君がラビのなんに当たるのかは知らないけど、ラビが生まれたら、そういうこともしっかり教えててよ。 あの人、知識は申し分ないくせに、応用とか臨機応変とかがダメダメなんだから」 「う・・・うむ・・・・・・」 気まずげに頷いたマックに笑いかけ、アレンは扉の向こうへと歩を踏み出す。 「さぁて、僕のお宝はー♪ 闇の中、黄金の気配を探すアレンの頭上に低く地鳴りが響き、洞窟が震えた。 「じっ・・・地震かっ?!」 「ちっ!こんな時に!!」 忌々しげに舌打ちしたアレンは、この期に及んでも石室から出ようとしない。 「おっ・・・おい!! 早う逃げねば潰されるぞ!!」 落ちてきた場所へ戻ろうと、マックは必死にアレンの服を引いた。 「だけど財宝が!!」 「命より大事か!!」 大声で怒鳴られ、アレンは渋々石室を出る。 「地震が収まったらまた来るから!何か目印!!」 「うるさい!! 黙って走・・・れえええええええええええええええ!!!!」 二人の背後で洞窟の天井が崩れ、大岩がいくつも落ちて来て、石室の空間が完全に潰された。 「僕の財宝!!」 「おぬしのではないだろがっ!!」 思わず脱力してしまい、マックの悲鳴が裏返る。 「なにゆってんですか!見つけた人間が所有者です!」 「おぬしはどこのイギリス人だ!!」 「え? ですから僕、イギリス人ですけど?」 「そうであったなコンチクショー!!!!」 叫んだマックは短い手足を必死に動かして逃げるが、天井の崩壊は止まず彼らの行く手をも塞いだ。 「ぎゃああああああああああ!!!!」 「神様ああああああああああ!!!!」 逃げ場を失い、手に手を取って絶叫した二人の頭上に、柔らかい光が射す。 「あぁ、僕っていい子だから、やっぱり天国に行けたんだなぁ・・・」 「どの口がぬかすかコノヤロー!!!!」 マックがアレンの胸倉を掴んで怒鳴った時、 「あ!無事だったんだね、二人とも!」 と、光の中から天使が呼びかけて来た。 「あぁ・・・どうやら本当に天国じゃの・・・」 「天使って、リナリーにそっくりなんですね・・・」 「リナリーだよ、私は」 苦笑した顔は薄く陰ってよく見えなかったが、その声は確かにリナリーのものだ。 「たたたた助かったのか私達は?!」 「え?!なんで?!あんなに深かったのに!!」 落ちた場所は空がとても小さくにしか見えなかったのに、今、リナリーが屈み込んでいる場所は、建物で言えば2階ほどの高さしかなかった。 「あぁ、それはね・・・」 愕然と目を見開いたアレンの前に、リナリーは軽々と舞い降りる。 「土砂崩れ・・・って言うよりあれは、土石流かな? 小規模なそれを洞窟の中に起こしてね、足場を作ったんだよ」 「ど・・・どうやって・・・・・・」 目を皿のように丸くしたマックに、リナリーは微笑んだ。 「ラビがアレン君達の落ちた穴を調べてね、洞窟の脆くなってる部分を辿っていったの。 そしたら当然、それは川に繋がってて・・・」 「なるほど・・・。 私達が落ちた穴は、何らかの原因で水が干上がった川だったのだな。 長年の水の浸食によって脆くなっていたのに、干上がった上におそらく、生い茂っていた木が倒れたか伐採されたかで、地面が直射日光を浴びたのだろう。 乾いた地面が崩れ、あのような大穴が開いたのだな」 何度も頷きながら語るマックに、リナリーも笑って頷く。 「だからラビが・・・」 「うむ、元が川であるなら、その筋を辿っていくのは難しいことではない。 本流の辺りで、やはり脆くなった場所を探して壊しおったな」 「壊したのは私だけどね えへ 「まさか・・・木まで根こそぎ落としたのか・・・?」 恐々と問うた彼に、リナリーは首を振る。 「それはミランダが、そこに生えてた木を全部、種にまで戻しちゃったんだよ 「そんなことが・・・っ!!」 信じがたい、と、目を見開くマックに、リナリーはまた、笑って頷いた。 「それができちゃうんだよ、ミランダは それで、木のなくなった地面を私が蹴り崩して、洞窟内に落ちた土砂をラビが水を引き入れて流したの。 だからここまで穴が埋まったんだよ 「・・・とんでもない自然破壊をしおって・・・」 呆れたマックに、しかし、リナリーは手を振る。 「大丈夫大丈夫。 言ったでしょ、ミランダが時間を戻した状態で壊した、って。 ミランダの能力はね、彼女が発動を解くと、みんな元通りになっちゃうの」 「あ・・・そうか! 怪我を一時的に回復させても、治るわけじゃないって言うのは逆に言えば・・・」 「時間を巻き戻した状態で破壊しても、発動を解けば元通りってコト 手を打ったアレンに頷き、リナリーは我が事のように得意げに笑った。 「さ、早く出るよ! アレン君は一人で大丈夫だよね? おいで、マック」 両手を広げたリナリーに抱きしめられ、頬を染めたのも一瞬、突然かかった強烈なGに、マックの幼い身体が潰れそうになる。 「あっ! ちょっ・・・ごめん、マック! 軽く飛ぶつもりだったのに私、うっかり・・・・・・!」 腕の中で、泡を吹いて目を回すマックの頬を、リナリーは遥か上空で叩いた。 と、 「ふぉ・・・」 なんとか息を吹き返したマックは今、自分がいる場所のありえない有様に、息の続く限り絶叫する。 「だっ・・・ダメだよ、マック! こんな高い所でそんな・・・あぁっ!!」 一気に酸欠状態になったマックの顔が、どす黒く変色して行った。 「たっ・・・大変だよー!!!!」 がくがくとマックの頭を振り回しながら降りて来たリナリーを、ラビが慌てて迎える。 「せめて頭支えろバカ――――――――!!!!」 直系だったらどうするんだと、また悲鳴をあげるラビに、リナリーはチアノーゼの出ているマックを押し付けた。 「何とかして!!」 「あぁ・・・!」 「私が!!」 二人の間にミランダが割って入り、マックの顔色を元に戻す。 「ぐ・・・ぐぇ・・・・・・」 自発呼吸できるようになったマックに、皆がほっと吐息した。 中でもチアノーゼの原因を作ってしまったリナリーは、力の抜けた手でマックの頭を撫でる。 「よかった・・・ねぇ、しばらく深呼吸してて。 ミランダの発動が止まったら、またチアノーゼになっちゃうかもしれないから」 「えー・・・それって・・・・・・」 効果があるんだろうか、と言いかけたアレンは、空気を読んで口をつぐんだ。 だが、彼の言わんとするところを察したリナリーは、マックの頭に手を乗せたまま、縋るような目でミランダを見る。 「ねぇ、ここじゃ治療なんてできないから、マックを早く元の時間に戻してあげた方がいいんじゃないかなぁ・・・。 マック、おうちに帰ったら、またチアノーゼが出るかもしれないからその時は深呼吸してね。 ・・・酸素吸入できればいいんだけど、80年前ってそんなのあるのかなぁ・・・。 でも、ブックマンなら治療できるのかも・・・」 とは言いつつ、不安げなリナリーの前でにんまりと笑ったラビが、ポケットから酸素のボトルを取り出した。 「えっ?!なんで?!」 驚くアレンの目の前で、ラビはボトルを振って見せる。 「探検に行こう、つったろ? ミランダがいなけりゃ、あの滝をくぐる可能性だってあったんだから、このくらいの準備は当然さね 得意げに笑うラビに、アレンは気まずげに頷いた。 「・・・そっ・・・か・・・応用が利かないとか言ってごめんね、ラビ」 「んなこと言ってたんかい!」 ボトルの底で殴られて、アレンが泣き声をあげる。 「だって!いつもうっかりしてるじゃん!!」 「そうだよ! 今だって、すぐに出してくれればいいのに!」 リナリーもアレンの味方をして、ラビから酸素を取り上げた。 「ミランダ、発動を解いちゃって。 マック、深く息を吸うんだよ」 ラビに抱えられたままのマックの鼻と口をカバーで覆い、しばらく酸素を吸わせる。 「もう・・・大丈夫みたいだね」 発動が解けてもチアノーゼが出ない様子に、リナリーはほっとした。 「じゃあマック君、そろそろ・・・」 地面の発動をも解いたミランダの足元で、何事もなかったかのように穴が塞がる。 興味深げに地を蹴っていたマックは、ミランダの声に頷いた。 「次にここへ来る時は・・・十分な装備を持ってくる事にする」 「そうだね」 憮然とした声に思わず吹き出したアレンを、マックは睨みつける。 「次に会った時は、絶対負けぬからな!!」 ボコボコにしてくれる、と、宣言したマックにアレンは舌を出した。 「おじいちゃん相手に本気なんか出しませんよ」 「言うたな! その言葉、しかと覚えておけ!!」 地団太を踏んで声を張り上げるマックに、アレンが笑って歩み寄る。 「ねぇ、今日の記憶なんだけど・・・過去に帰るのに、この記憶が残ってちゃマズいですよね?」 にこりと笑ったアレンは、マックの首をきゅっと締め上げた。 「なにしてんさ、おま――――!!!!」 絶叫と共にラビはマックをアレンの手から引き剥がし、リナリーから奪い返した酸素をあてる。 「せっかく助けたんに死んだらどうすんさ!」 「や、死ぬ目に遭ったら忘れるかな?って てへ 「そんでホントに死んだらどうしてくれるんさ!! こいつ、俺の直系かもしんねぇのに!!!!」 「そしたらもうちょっとマシなブックマンの弟子と会えたかもしれませんね」 息を吹き返したマックをリナリーに預け、ラビはアレンへ詰め寄る。 「心にもないコト言ってんじゃないさ! にーちゃんのコト好きなクセに!」 「はあ? アタマ湧いてんじゃないですか、このボケウサギ!」 「誰がボケウサギさ! 俺がマックに取られるかもって、ぴぃぴぃ泣いてたクセに!」 「なっ・・・泣いてないもん! 記憶捏造しないでよ!」 ぎゃあぎゃあと喚きながら掴みあう二人に苦笑したミランダが、リナリーからマックを受け取る。 「さぁ、おうちに帰りましょうね」 「あぁ・・・!」 殺されかけたマックは忌々しげに頷くと、アレンへの『さよなら』の代わりに思いっきり舌を出した。 「行っちゃいましたねぇ・・・」 騒がしい子供だったと言って笑うアレンの頭を、ラビが小突く。 「ホントにお前、性格悪いさね! あんな子供をいぢめるか、フツー?!」 「だって、ラビにそっくりだったんだもーん」 「おま・・・殴る!」 「殴り返す!!」 またケンカを始めた二人に、リナリーが肩をすくめた。 「もう・・・いい加減にしようよ、二人とも! なにかほかの話しよ!」 「ひょひゃのひゃひゃひっひぇ?(ほかの話って?)」 互いに頬を引っ張り合って、まともに話せない二人の顔に、リナリーが吹き出す。 「そうだね・・・アレン君、どうやって洞窟をあの場所まで来たの? 私達、アレン君達が怪我しないようにって、わざわざ落ちた場所から随分離れた所に穴を開けたんだよ?」 問われるや、アレンは絶叫した。 「なっ・・・なに?!」 驚くリナリーとラビの前で、アレンは穴の塞がった地面を叩く。 「この下に財宝が! 財宝があるんです! 僕もう一回あの穴に落ちる!そんで財宝取りに行く!」 跳ねるように立ち上がり、駆け出そうとするアレンの襟首をラビが掴んだ。 「ちょっと待ちなさい、アレンさん」 「なんだよ! 財宝見つけたのは僕なんだから、僕が独り占めするんだい!!」 じたじたと暴れるアレンを、ラビはげんこつしておとなしくさせる。 「欲に目が眩んでどうしようもないさ、このガキは! もっかい落ちたら、次は助からんかもしれんさね!命が惜しくないんさ?!」 「いっ・・・命は惜しいですけど! 借金完済で自由の身になれるんなら、命を賭ける価値はあります!!」 「そんで一人で行くってか! 迷子にならない自信はあるんか?! 言っとくが俺はつきあわんさね!」 「えぇっ?!」 「なに驚いてんさ! なんで俺がつきあうこと前提になってんさ!」 「だってラビは気のいい仲間じゃん!」 「こんな時だけ気のいい仲間って言うなさ!!」 飽きず喚きあう二人にいい加減飽きてしまったリナリーが、深々と吐息した。 「確かに、財宝とか洞窟探検は魅力的だけど・・・」 「でしょぉ、リナリー!!」 期待に満ち満ちた目でアレンが取ったリナリーの手は、冷たく振り払われる。 「最初に言ったでしょ。 私達、任務帰りで時間がないの」 「え・・・?!」 「ミランダが戻ったら、さっさと帰るよ」 「えぇ――――!!!!」 絶叫したアレンは、わたわたと辺りを見回し、ラビの腕を取った。 「だってまだラビの用事が!!」 「んなもんとっくに終わったさね」 「えぇ――――――――!!!!」 更なる絶叫に、ラビは肩をすくめる。 「川筋辿ってる間に色々見つけたさ。 こんだけありゃ、ジジィも文句はねぇだろさ・・・育毛剤開発の材料に」 「そんな理由だったの・・・?!」 ラビが取り出した薬草の数々に、アレンはがっくりと膝を崩した。 ややしてミランダが戻ると、ラビとリナリーは悄然として歩けないアレンの両脇を抱え、教団へと戻った。 急いで報告に行かなきゃと、科学班へ駆けて行った二人を、アレンはラビに支えられたまま、虚ろな目で見送る。 と、その背に老人の声がかかった。 「随分遅かったの。 新種の薬草を見つけるのが、そんなに難しかったか」 厳しい声に、ラビは笑って振り返る。 「薬草は楽勝だったさ♪ ただ、アレンが深い穴に落ちちまって、助けんのに時間がかかったダケ 「そうか」 頷いたブックマンは、しわの浮いた手をラビに差し出した。 「ん ラビが、薬草の詰まった袋を差し出す。 「誰も見たことのない新種さ!」 自信満々に言ったラビの前で、ブックマンの身体がひらりと舞い上がった。 「馬鹿者!!」 怒号と共に強烈な蹴りが炸裂し、ラビはアレン諸共吹っ飛ぶ。 「こんなもの、とっくに記録されとるわ!!!!」 「んなわけねぇって!! 俺、全世界の図鑑と記録覚えてんのに! ぜってぇ見たことのねぇ草だって!!」 血をだくだくと滴らせながら反駁するラビの前に、ブックマンは懐から取り出した分厚い本を広げた。 「あっ・・・」 そこには確かに、ラビが摘んで来た薬草がいくつか載っている。 「なんで・・・ぜってぇ間違いねぇハズなんに・・・・・・!」 眉根を寄せるラビに、ブックマンは鼻を鳴らした。 「確かにこれは、普通の図鑑には載っておらん。 だがお前には、この本を見せたはずだぞ。 この薬草は私が、幼い頃に採取したものであるからな」 「ふぇっ・・・?!」 「・・・・・・なんだ、これは」 ミランダが消えたフュッセンの街で、マック・・・いや、ブックマンJr.は呟いた。 ジャングルを駆け回り、洞窟を転げまわった彼の服には、様々な木の葉や実がついている。 「珍しい形の葉だな・・・この種も、見たことがない・・・・・・」 夏の陽光に透かしつつ、Jr.はじっくりとそれらを観察した。 「ふむ・・・未来のJr.には止めろと言われたが、私と我が一族が所有するのであれば問題あるまい」 言うやJr.は、この街に葉の一枚、種の一粒も落としてはならないと、汚れた服を脱ぎ、裏返してたたんだのちに、注意深く辺りを見つめる。 落とした物はないと確信するや、彼はにこりと笑い、踵を返した。 「これならば、師も文句はあるまいよ♪」 宿へ向かう足は軽く、知らずスキップを踏む。 「ご褒美に師は、好い誕生日プレゼントをくれるであろうか 期待に胸膨らませて、8歳になったばかりのJr.は足を速めた。 「えええええええええええええええええええええええええええええ?!」 「なんじゃ、やかましい!」 突然のラビの絶叫に、ブックマンは眉根を寄せた。 「だっ・・・だぁっ・・・ジジ・・・マックうううううううううううううううううううう?!」 「は? 誰じゃそれは・・・」 「マック?!」 ラビの絶叫には、とばっちりで白目を剥いていたアレンまでもが起き上がる。 「あのクソガキがまた?!」 「誰がクソガキじゃ、小童が!!」 華麗に宙を舞ったブックマン渾身の蹴りが、精確にアレンのみぞおちを抉った。 「ぐぶぅっ!!!!」 血反吐を吐いて再び沈んだアレンを見下ろし、ラビは顔を引きつらせる。 「つ・・・強いさね、ジジィ」 乾いた声の賛辞に、ブックマンは小首を傾げた。 「なぜか今、唐突に思い出したのだが・・・私はかつて、アレンに似た者に酷くいじめられてのう。 あまりにもムカついて、いつかそいつを殴ってやろうと日々鍛錬したのだ」 そう言ってブックマンは、血溜りに沈むアレンを見下ろす。 「似ていたからと言って、とばっちりはいかんかったな」 後で謝ろう、と呟いた師の傍らで、『因果応報』の言葉を思い浮かべたラビは、肺が空になるほどに深いため息をついた。 To be continued. |
| 2010年ジジィお誕生日おめでとうSSでした! えぇ、『誕生日・・・?』ってくらいイベント力が薄い上に、リアルジジィはほとんどいませんけどね(笑) 別に隠すつもりはなかったので、最後に『やっぱジジィだったのね!』って吹き出してもらえれば嬉しいです(笑) 実はこれ、去年のジジ&ラビ誕生会のネタを集めようとチャットした時に、誰かが『ジジィはJr.だった頃、絶対優秀な子だったよ。だからラビのこと、大丈夫だろかって心配してるの(笑)』ってことを言ってまして、去年はそれで、頼りないけどがんばってるラビを書いたんですが、今回はその優秀だったろうJr.時代を書いてみました(笑) 仔マック、書いてて楽しかったです |