† ミゼリコード †
〜慈悲の短剣〜
クロテッドクリームが入ったわよ、と、ジェリーが報せてくれたので、リナリーは大喜びで食堂に向かった。 ミルクのうわずみで作るクリームは日持ちしないので、ロンドンでは中々手に入らないものだ。 「ジェリー!スコーン、できた?」 「ハイハイ」 リナリーの呼びかけに、愛の名を背負った料理長は、焼きあがったばかりのスコーンを、大量にバスケットに盛ってやる。 「アンタ、ホントにこんなに食べるの?」 湯気をあげる、山盛りのスコーンを渡しながらジェリーが問うと、リナリーは嬉しそうに頷いた。 「まぁ、育ち盛りだものね」 陽気に笑いながら、ジェリーはトレイに、ティーポットやクロテッドクリーム、ジャムなどを乗せてやる。 「ハイ、召し上がれ」 「ありがとー!!」 にっこりと笑ってそれらを受け取ったリナリーは、そのままスキップでも踏みそうな喜びようで、談話室にかけていった。 が。 早速食べようと、まずはジャムのフタを開けようとするが、それは固すぎてびくともしない。 「ん――――っ!!」 渾身の力を込めても、手から血の気が失せていくだけで、フタはちっとも開かなかった。 「ヤダ、もう・・・っ! なんで開かないのー・・・っ!!!」 顔を真っ赤にして力を込めても、フタは、リナリーを馬鹿にするように全く動かない。 そうする間にも、スコーンの湯気は、だんだん収まっていく。 「・・・・・・こうなったら、最後の手段よ!」 リナリーの、目が据わった。 「イノセンス発・・・っ!!」 「あれ?リナリー、どうしたんですか?」 「きゃあっ!!」 驚いて振り返ると、アレンが、彼女のすぐ後ろに立っていた。 「いっ・・・いえ、なんでもないのっ・・・! ただ、ジャムのフタが開かなくて・・・」 ――――・・・み・・・見られたかしら・・・? 頑固なジャムに苛立って、イノセンスを使おうとした、なんて、あまり、自慢できない姿だ。 額に汗を浮かべるリナリーに何も言わず、アレンはにっこりと笑うと、彼女の手からジャムを取り上げた。 「貸してください」 と、そう力を込めた風もなく、アレンはあっさりとフタをあけてしまった。 「ありがとう!!さすがに力あるねー!」 感激のあまり、リナリーが思わず大きな歓声を上げると、アレンは、『えへ』と、嬉しそうな、照れたような笑みを浮かべる。 「アレン君もスコーン、一緒に食べる?焼きたてだよ」 「はい、いただきます!」 「クロテッドクリームもあるからね!」 「わーぃ!!ジェリーさんの料理って、ホントになんでもおいしいですよねぇ!!」 楽しそうにはしゃぎながら、同じソファに並んで座る二人を、談話室に仕掛けたカメラ越しに、凝視する男がいた。 「・・・リナリー!! ジャムのフタくらい、ボクだって開けられるのに!!なんであんなマセガキに・・・!! あぁ、なんてことだ!!リナリーに・・・ボクの可愛いリナリーに、危険が迫っている・・・!」 嵐の去った後のように散らかった執務室で、食い入るようにモニターを見つめるコムイが、瘴気のようにどす黒い声を漏らす。 と、濃い隈で縁取られた目を向け、リーバーが幽鬼のような暗い声をかけた。 「危険じゃないでしょ、別に。まだ、仲のいいお友達レベルじゃないすか、あんなの。 そんなことより、早くこの申請書にサインくれませんかね?」 だが、コムイは駄々をこねるようにバタバタと手足を振り回す。 「やだいやだい!!ボクの可愛いリナリーに近づく悪い虫は、徹底的に排除するんだいっ!!」 言うや、コムイが席を蹴って立ち上がった。 「どちらへ、巻き毛室長?」 「せっかく得たエクソシストですが、殺してきマス」 がちゃり、と巨大なマシンガンを手に、駆け去ろうとするその襟首を、リーバーがはっし、と掴んだ。 「・・・逃げようったって、そうは行きませんよ? 1時間以内にこの申請書上げなきゃ、消耗品の納品が遅れて、明日の実験が止まって、実験結果がでないんです。 サインしないなら、今ここでアンタを殺して、次の室長にサインお願いしますよ・・・?」 「きっ・・・鬼畜・・・・・・!!」 「鬼畜に鬼畜呼ばわりされても、痛くもかゆくもありません。 さぁ、サインするんですか、しないんですか?」 鬼気迫る顔で迫られ、コムイが渋々、マシンガンをペンに持ち替える。 「ハイ、どうもー。 じゃ、次は新機種導入の稟議書にサインしてもらって、ファインダーの報告書に目を通してもらって、イノセンス回収の処理済サインをもらって・・・」 「ちょっ・・・ちょっと!!リーバー班長、ボクは急を要する事態に、出動しなきゃいけないんだよ?!」 大慌てでリーバーの言葉を遮るコムイに、彼は、冷ややかな目を向けた。 「いいじゃないすか、ジャムのフタくらい。今度はアンタが開けてやりゃいいでしょー」 「そういう問題じゃないんだ!!今そこにある危機なんだよ!!」 絶叫しつつ、コムイが示したモニターの中では、未だ仲良く、リナリーとアレンがティータイムを過ごしている。 『―――― ティムも、スコーン食べるかしら?』 『やってみます?どこに入るのか、見て見たいんですよね』 『段々大きくなってるのって、みんなが面白がって色々食べさせているからかしら?』 『さぁ、どうでしょう? あ、このレーズン入りおいしいですよ。リナリーも食べて――――』 そんな会話を、ニコニコと交わす二人に、コムイが怨念のこもった顔で手元の書類をひねり上げた。 「あのマセガキ、早く殺さないと・・・・・・!!」 「この程度の仲良し加減で殺されちゃ、奴も浮かばれませんよ・・・」 呆れ口調のリーバーに、コムイは邪悪な笑みを浮かべ、メガネの奥の目を光らせた。 「警告はしたよ、ボクは! リナリーに手を出さないように、最初に痛い目に遭わせてやったもんね!!」 どこか得意げなコムイに、しかし、リーバーは呆れを通り越して苛立った口調で言う。 「思った以上に打たれ強かったってことでしょ。 忘れてません? あいつ、クロス元帥の弟子ですよ?」 「ナンパは師匠直伝か・・・っ!!」 「いや、そうじゃなくて・・・・・・」 尋常の打たれ強さじゃないはずだ、と、続けようとしたリーバーを振り切って、今度こそ、コムイはマシンガンを手に部屋を飛び出した。 「リナリィィィィィィィっ!!今行くからねぇぇぇぇぇっ!!」 「あんの・・・シスコン室長がぁぁぁぁっ!!」 こめかみに青筋を浮き上がらせ、リーバーはコムイのデスクの電話を取ると、談話室の内線をコールする。 「アレン!大至急逃げろ!!鬼畜がマシンガンを持って襲ってくるぞ!!」 ―――― リナリーが絡むと、超人的な身体能力を発揮するとはいえ、所詮常人であるコムイが、電波の速度を上回ることはできない。 彼が、マシンガンを構えて談話室のドアを蹴り開けた時には、既にアレンの姿はなく、リナリーが一人でスコーンを食べていた。 「どうしたの、兄さん? 兄さんもスコーン食べる?」 きょとんとしたリナリーの前から、呆然と立ちすくむ兄が、激怒のリーバーに引っ立てられるまで、そう長い時間はかからなかった。 「・・・どうも、命を狙われているみたいなんですよね、僕」 自室のベッドの上に座り、真剣な顔で呟いたアレンに、ラビは、椅子の背もたれに預けていた顎を上げて、こくりと頷いた。 「オレも、初めは気のせいかな、と思ってたんさ。けど、どうも確実っぽいさ」 そう言って、ラビは自身の手にある得物をちらりと見遣る。 「いくらなんでも、そう何度も、こんなもんが落ちてきやしねぇだろ」 ラビが持つのは、中世風に飾られた短剣・・・しかし、それは古い飾り物などではなく、その刃は、現代の技術によって鋭く鍛えあげられていた。 「最初は、偶然落ちてきたんだと思っていたんです。 この城、古いし。あちこちにその手の武器が飾ってあるし」 「けど、こりゃあ、飾りにするような年代もんじゃないぜ。柄はよく似せてあるけど・・・なっ!」 ラビが鋭い手さばきで投げると、短剣は石の壁に半ばまで刃を埋める。 「・・・すんげぇ切れ味」 他ならぬ、投擲した本人が、その鋭さに目を丸くした。 「アレン、お前、避けてなかったら脳天から真っ二つだったぜ」 ラビの言葉に、アレンも真っ青になり、震える手で頭を抱える。 「一体・・・誰がこんなこと・・・?」 「心当たりねェの?」 眉をひそめて問うラビに、アレンは考え込んだ。 その思考を邪魔するように、彼の周りをティムキャンピーが飛び回る。 ぱたぱたと、せわしなくはためく金色の羽を見つめるアレンの眉間に、皺がよった。 「・・・あれかな?神田の食事を、ティムが食べちゃったこと・・・・・・」 慌てて逃げたけど、ばれたのかも、と、呟くアレンに、ナイナイ、と、ラビが首を振る。 「ユウはこんな陰険なことしねぇって。やるなら正面から、から竹割りだから」 「まぁ・・・真っ二つ、ってことに変わりはないんでしょうけどね」 乾いた笑声を上げて、再びアレンは眉間に皺を寄せる。 「じゃあ・・・・・・・・・・・・思いつく人・・・って・・・もう・・・一人しかいないんですけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」 震える声で呟くアレンに、ラビも深く吐息した。 「恐怖なのはわかるけどよ、現実は早めに直視した方がいいぜ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「覚悟を決めろ。エクソシストだろ」 しかし、アレンはだらだらと冷や汗を流しながら、縋るように枕を抱きしめる。 「・・・・・・・・・・・・アクマ100体を相手に戦うのと、あの人から逃げるのと、どっちが生存率高いと思います?」 「アクマ100体」 すっぱりと答えを出し、立ち上がったラビは、石の壁に深々と突き刺さった短剣を引き抜いて、その柄をアレンに向けた。 「逃げるより戦った方が、まだ生き残る可能性は高いぜ?」 アレンは、涙に潤んだ目でラビを見上げ―――― おずおずと、短剣を受け取った。 「中々うまく行かないもんだねぇ・・・」 本部の各所に仕掛けたカメラが捉えた画像を眺めながら、コムイがぽつりと呟いた。 執務室のモニターには今、天井付近から落ちてきた短剣を紙一重で避け、石畳に深々と刺さったそれを、硬直して見つめるアレンが映っている。 「・・・アンタ、ホントにあいつを殺す気なんすか・・・!」 希少なエクソシストを、本気で排除しようとしているコムイに、リーバーは、きつく眉根を寄せて、胃の辺りを押さえた。 シスコン上司のご乱行に、胃が悲鳴を上げるようにギリギリと痛む。 「うん。計算は完璧なんだけどなぁ・・・。 あの子がA点を通過し、B点に至る速度と、ナイフが天井から落ちて、B点にいるあの子に刺さる速度は等しいはずなんだけど・・・」 エクソシストの経験に裏打ちされた勘と、反射速度・・・それが、コムイの計算を邪魔している。 「そんなアホな計算に頭使ってないで、仕事してくれませんかねっ?!」 リーバーの、血を吐くような切実な声も、しかし、コムイは馬耳東風と聞き流し、モニターを見つめたままぶつぶつと呟いていた。 「今までに収集した、あの子の回避パターンを解析して、予測地点に第二の落下物を仕掛けてみるか。 いやいや、どうせ殺ると決めたからには、第二と言わず、第三、第四の罠を・・・」 「聞けぇっ!!!」 とうとうブチ切れたリーバーが、分厚い書類の束を、コムイの頭頂に叩きつける。 「くだらない事に頭使ってないで、こっちに頭使ってください!!」 「な・・・何するのさ、はんちょーぅ・・・!首が折れるよーぅ・・・!」 ずっしりと重い紙の束で、頭を押さえつけられたコムイが、じたばたともがいた。 が、 「いっそ、折りましょうか?俺たちに必要なのは、アンタの頭だけなんで」 殺意に満ちた低い声音に、コムイは黙ってペンを握った。 「戦うとは決めたものの、まさか、本当に殺すわけには行かないしなぁ・・・」 深々と吐息して、アレンは白い髪をかき上げた。 「でも・・・・・・」 眉間に皺を寄せ、見遣った先には、アンティークを装った何本もの短剣が、鋭い刃を煌かせている。 それらは、再利用されることを恐れたアレンが、律儀に回収してきたもので、コムイがアレンの通り道に仕掛けた罠の数だけあった。 「あっちは殺る気満々みたいだし・・・・・・」 今までよく生きてたな、と、アレンは再び深い息を吐く。 「なんとか叩きのめさないと・・・下手に手控えたら却って危ないよ・・・・・・」 ごめんね、リナリー・・・と、小さく呟いて、アレンは整然と並べた中から、短剣を一本、取り上げた。 「目には目を、って、言いますし・・・ね」 翌朝、徹夜明けのコムイは、半ば塞がった目をこすりつつ、散らかった机の上から、マグカップと空になったコーヒーポットを発掘した。 「コーヒーがないよぅ・・・」 悲しげに呟くと、再び書類を掻き分けて、電話を掘り起こす。 「リーバー班長、コーヒー持ってきてぇ・・・!」 と、夢うつつに呟くが、受話器の向こうでは、呼び出し音が鳴るばかりで、誰も応じてくれない。 「あれ・・・?誰もいないの・・・?リナリィー・・・」 と、妹の名を呼ぶが、反応はなかった。 「えー・・・?今、何時・・・・・・?」 時計を見ると、6時を半ばほど過ぎた頃だ。 「みんな・・・食堂に行っちゃったのかなぁ・・・・・・」 悲しげに呟きつつ、コムイはよろよろと立ち上がると、ドアを開けた。 「あ・・・カップとポット、持ってこなきゃ・・・」 そう言って、踵を返した背を、何かが掠める。 「へ・・・・・・?」 なに?と、振り向くが、そこには何もない。 が、ふと足元を見遣ると、どこか見覚えのある短剣が、まっすぐに石床に刺さっていた。 「あれ?」 よく見ようと、ずれたメガネをかけなおし、屈みこんだ首筋を、冷たい何かが掠める。 「え?!」 驚いて顔を上げると、似たような短剣が、石の壁に突き刺さっていた―――― そこは、一瞬前までコムイの頭があった位置だ。 「なっ?!」 とにかく逃げようと、踵を返した瞬間、足がもつれて派手に転んだ・・・その頭上を掠めて、剣の切っ先が通り過ぎる。 「なっ・・・!!」 慌てて身を伏せ、家庭内害虫のように素早くほふく前進するコムイの鼻先に、刃が深々と突き刺さった。 「な――――っ?!」 絶叫して壁に張り付いた彼の輪郭をなぞるように、廊下の暗がりから放たれた幾本もの短剣が、凄まじい音を立て、次々と突き刺さる。 「ぎゃあああああああああっ!!!!」 完全に身動きを封じられ、ただ絶叫するしかないコムイの眼前に、闇の中から白い少年が現れた。 その手には、一振りの短剣――――。 「げっ・・・!!アレン君っ・・・!!」 真っ青になって、脂汗を流すコムイに、アレンは、にっこりと微笑む・・・が、目は完全に据わっている。 「おはようございます、コムイさん」 何事もないかのように、爽やかな挨拶を口の端にのせて、アレンは、手にした短剣を大きく振りかざした。 「そして、おやすみなさい!」 「ぎゃああああああああああっ!!!!」 コムイの悲鳴を効果音に、ガッ!と、アレンが渾身の力を込めて振り下ろした剣は、深々と壁を貫き―――― コムイの輪郭を描く短剣が作り出した割れ目と繋がりあって、彼を磔にした容のまま、執務室の中へと倒れこんだ。 「うん、上出来」 白目を剥き、泡を吹いて気絶した磔のコムイを見下ろして、アレンが満足そうに頷く。 「お預かりしていた剣、これで全部返しましたからね?」 未だ手にしていた、最後の一振りをコムイの胸の上に置き、アレンは、一葉のカードを添えた。 「起きたら読んで下さいね」 そう言うと、にっこりと笑って、アレンは踵を返した。 その後、サインを求めてやって来たリーバーに助け起されたコムイは、剣と共に添えられていたカードに目を通し―――― 硬直した。 『僕を殺したくなったら、いつでもどうぞ。また、剣をお返しに参ります。 ―――― アレン』 几帳面な字で書かれた丁寧な一文は、あの少年の氷のような笑みを思い起こさせるに、十分な効力を発揮した。 「図らずも、これが慈悲の短剣になりましたね」 コムイの胸に乗っていた剣を弄び、リーバーがにやりと笑う。 「あんたの、一方的で不毛な殺意に、トドメを刺したわけだ」 そう言って、彼は、肩越しに短剣を放ると、硬直したままのコムイを引きずって、執務机に据えた。 「さ、生き返ったら、心を入れ替えて、仕事してくださいね!」 まるで溜飲が下がったかのように清々しく笑って、リーバーは、固まったコムイの手の中に、ペンをねじ込んだ。 Fin. |
| 最初に言っておきますが、これを書き始めたの、ノベルズ読む前ですから(笑) 某DVDビデオカメラのCMを見て、思いつきました(笑) それと、ハリポタのように、自室でおしゃべりするアレン君とラビも書きたかったのです。 それにしても哀しいのは、アレン君の黒さが抜けないことですよ・・・。 前作があまりに黒かったので、『兄さん出したら白くなるんじゃ?』というアドバイスに従い、鬼畜な兄さんを出したのに、撃退しやがりました、アレン君(^▽^;) ・・・あぁ、雛鳥は既に、巣を飛び立ったのか・・・・・・・・・・・・。 題名は、本当につけたかった言葉をどうしても思い出せない、と、日記に書いていたら、ご親切な方が教えてくださいました!! おかげさまで、題名も決まり、ラストの文も追加できました!!(><) 心底から感謝します!(>▽<) |