† bravery U †






 かたん、と、軽い音を立てて、粗末な木の椅子が引かれた。
 二人の少年が小さな木のテーブルを挟み、向かい合って座る。
 テーブルを囲む三脚目の椅子には、老人が無言で鎮座した。
 それはまるで、鏡のような図だ。
 双子のようにそっくりな二人の少年は、その片目を隠す眼帯の位置が逆であるため、向かい合えば鏡像そのものに見えた。
 薄暗く、狭い室内には、彼らと一つのテーブル、そして、空の椅子を含めた四脚の椅子以外、何もない。
 だがその部屋は『彼ら』の間で、『図書室』と呼ばれていた。
 書物など、一冊もない。
 膨大な情報は、そこに集った者達の脳内に、克明に記されていた。
 が、
 「馬ッ鹿じゃねぇの」
 開口一番放たれた言葉は、知性とは程遠いものだ。
 「なんさそれ!会って最初がそれさ?!」
 テーブルを叩いて声を荒げる少年を、もう一方は馬鹿にしきった目で睨んだ。
 「馬鹿に馬鹿っつってなにが悪いんさ。
 方舟の発動シーンを見逃した?
 しかもその理由が、馬鹿みてぇに真面目に戦って、ぶっ倒れてたから?
 ホンっと馬鹿だね、お前。
 いっそ、そのまま死んでりゃよかったのにこの馬鹿」
 「聞き捨てならんさお前――――!!!!
 俺が死んで一番困るんはお前だろうが!!」
 「別に構わんさね。
 お前がいなくなりゃ、老師が新しいのを見繕うだろうさ。
 次はしっかりもんのJr.を俺からもお願いするさね」
 「ぐぅ〜〜〜〜!!!!」
 唸る片割れに微笑し、彼は『報告』と呟く。
 「ちょっとまずいことになった。
 このままだと俺ら、戦場で戦りあうことになるかもしれんさね」
 「は?
 お前、非戦闘員に化けてんじゃなかったっけか」
 目を見開いた彼に、頷いた。
 「そのはずだったんケド、俺が十分戦えるって、見抜かれちまったみたいなんさ。
 さすが伯爵様、と言ったとこかねぇ」
 「そんな暢気な状況なんさ?」
 鋭い問いかけには苦笑で答える。
 「ま、千年公も姫も、俺の立場は知った上で迎えてくれてっからさ。
 お前に当てるようなことはしねぇだろ。
 なんたってあちらさんは、教団よりも俺ら一族に理解がある」
 にやりと笑った彼の向かいでは、憮然とした顔が頬杖をついた。
 「気をつけてさ、マジで。
 方舟ン中で双子が口滑らせやがって、うっかり口封じしちまうとこだったさ」
 「お前に殺られるような『兄弟』じゃないさね」
 くすりと笑って、彼は立ち上がる。
 「へ?それだけなん?」
 目を丸くした彼を見下ろし、頷いた。
 「今日は苦情と近況を言いたかっただけさ」
 「俺からの報告はいらんの?」
 「いらね。
 どうせ大したこっちゃないし」
 「おいぃ!!!!」
 椅子を蹴って叫んだ彼に、笑声をあげる。
 「死なないように気をつけろよ、『左目』。
 この戦争、マジでヤバイぜ」
 「だからてめぇに言われたかねェっつってんさ、『右目』!
 お前、戦場久々なんから、ころっと殺られちまうんじゃね?!」
 「そうならないように気をつけるさね」
 軽く手をあげ、『右目』はにやりと笑った。
 「じゃあな」
 「あぁ」
 ぱん、と手を打ち交わし、二人は離れた―――― 薄暗い部屋に、小さなテーブルと空になった四脚の椅子を残して。


 ―――― その後、
 「ねぇ、もしもだけど・・・ラビが死んだらこの戦争の記録って、どうなるの?」
 爽やかな朝の、和やかな朝食の席でいきなり切り出したアレンに、ラビは酷く嫌な顔をした。
 「縁起でもないこと言ってんじゃないさ、クソガキ」
 「だからもしもってゆってんじゃん」
 一日の始まりに選ぶ話題ではないだろうが、夜ほどには深刻にならずに済む。
 それは、若くして何度も死線をくぐってきた彼らの共通認識だった。
 「ブックマンがいるから平気なの?
 でも、ブックマンとはいつも一緒にいるんだから、危険は同じでしょ。
 二人とも殺られちゃったらどうなるの?」
 ずっと聞きたかったことを並べ立てると、いつもおしゃべりなラビが黙り込む。
 「ラビ?」
 「秘密v
 にこりと笑ったラビを、アレンが睨んだ。
 「いいじゃんか、このくらい!」
 「そうさな・・・じゃあ俺が、この質問に答えたとするさ。
 そしたらお前は次の疑問を質問して、それもクリアーにしたらまた次の疑問にぶち当たる。
 そのうちにお前は、本当のトップシークレットに辿り着いちまうかもしんないし、質問の度にそうやってほっぺた膨らませて駄々こねられちゃ、うるさくってしょうがないさ。
 ってわけで、俺はこの質問には答えません。オケー?」
 「全然オッケーじゃないよ!!」
 「食事中に騒ぐんじゃありません」
 テーブルを叩いたアレンへ、リンクがすかさず注意する。
 「だってラビが・・・」
 「だってじゃありませんよ、ウォーカー。
 ブックマンは極秘情報を扱う一族なのですから、君のように口が軽くて腹黒い子供に話せないこともたくさんあるのです。
 聞き分けなさい」
 上から目線で説教されたアレンが、ぱんぱんに頬を膨らませる向かいで、ラビは愉快げに笑った。
 「ご理解痛み入るさ、リンクv
 みんながお前みたいだったら助かるんけどねv
 「他にも苦労しているのですか?」
 行間を察して問えば、ラビは苦笑して頷く。
 「リナがなー・・・。
 もう、泣くわ怒るわ拗ねるわ、大変だっただった」
 「ふん。我侭娘のやりそうなことです」
 冷たく言って、リンクは糖分過多な朝食を終えた。
 「・・・まだ食べるのですか、ウォーカー?」
 「あぇ?らめ?」
 次々と運ばれてくる肉中心のメニューを頬張りながら、アレンが目を見開く。
 「やけ食いは消化によくありませんよ」
 「らったらラビがおくのひふもんに」
 「だぁら、答えねって」
 「ふんっ」
 口いっぱいに頬張ったものを飲み込んで、アレンはラビを睨みつけた。
 「質問に答えてくんないんだったらさ、あの財宝掘り出すの手伝ってよ」
 「やなこった」
 「なんで!!」
 椅子を蹴って身を乗り出したアレンの鼻を、ラビが指先で弾く。
 「ぷぎゃっ!」
 「なんでが聞いて呆れるさ。
 お前、よくよく状況を聞けば、財宝なんてカケラも見てねぇんじゃないさ。
 単にあの洞窟に石室があった、ってだけだろ。
 空っぽの部屋探すんに賭ける命はないさね」
 冷たく言われ、頬を膨らませたアレンの首に、長い尾が巻きついた。
 「ティム、どうし・・・がふううううううう!!!!」
 ティムキャンピーがじゃれついたのかと思った尾の先はリンクの手にあり、アレンの首を締め上げる。
 「まったく君と言う子供は、少し目を離すとすぐに逃げ出して!
 洞窟で勝手に死に掛けたですって?!
 君には自分勝手に命を落とす権利すらないことを、教え込む必要があります!」
 怨みつらみを込めたリンクの手は、ますます力を加えてアレンの首をギリギリと締めた。
 「ぐふっ・・・!」
 アレンが泡を吹いて白目を剥いてから、ようやく目の前で殺人が起ころうとしていることに気づいたラビが、椅子を蹴って立ち上がる。
 「落ち着けリンク!!
 監視対象殺しちゃいかんだろーさ!!」
 「・・・彼を殺せば私は解放され・・・」
 「キモチはイタイほどわかるけど殺しちゃらめえええええええええええええ!!!!」
 テーブルを乗り越えたラビは、リンクからティムキャンピーを奪い取った。
 「も、落ち着いてさ、リンク!
 アレンが死んだら俺も困ンだから!」
 リンクへ苦情を言いつつ、ラビはティムキャンピーの尻尾の先でアレンを扇ぐ。
 「アレン!
 アレン、目ぇ覚ますさ!」
 ティムキャンピーもラビと一緒になって、羽根で風を送っていると、ようやくアレンが目を開けた。
 「ら・・・び・・・・・・」
 アレンが伸ばして来た震える手を、ラビはしっかりと握る。
 「よかったさ、アレン!
 今回はマジ殺されちゃったかと・・・」
 「キモチはわかるって・・・・・・どゆこと・・・・・・」
 笑みを凍らせて、ラビは掴まれた手を引き剥がしにかかったが、人間の力でイノセンスの手を剥がせるはずもない。
 「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁびぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 「イヤ、だってアレンさんっ・・・違うんさ話聞いてちょっ・・・いやあああああああああああああああああ!!!!」
 鋭く伸びた爪が眼前に迫り、ラビは必死にのけぞった。
 「だっ・・・誰か助けてええええええええ!!!!」
 絶叫するが、薄情な団員達は、アレンの復讐を恐れて見えない振りをする。
 「ひでーさお前らっ!
 姐さん!ねーさーんん!!!!」
 懸命にジェリーを呼ぶも、彼女はサマーホリディで留守だった。
 「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」
 アレンの爪が頬に触れ、いくつもの掻き傷を残す。
 「やめ・・・てえええええええええ!!!!」
 「いい加減にしなさい。
 皆さんのご迷惑です」
 ラビの絶叫にリンクがようやく立ち、アレンを羽交い絞めにして引き離した。
 「リンッ・・・リンクッ・・・!
 おま・・・早く助けろよ!!」
 「この行為が私の仕事にあたるのか、少々悩んだものですから」
 「元凶は誰ですかねっ?!」
 頬に滴る血を拭って叫ぶラビに、リンクは鼻を鳴らす。
 「もちろんあなたですとも、Jr.
 あなたがウォーカーを誘い出して遊びになど行かなければ、私がウォーカーを絞め殺したくなるようなことはありませんでした」
 「なにそれ俺のせいってこと?!」
 「そう聞こえなければ、あなたの知能を疑います」
 つんっと、そっぽを向いたリンクにラビが歯軋りし、アレンは呆れたように吐息した。
 「・・・ったく、5日も前のことを未だにネチネチと。
 これだから根暗は」
 忌々しげに吐き捨てた瞬間、
 「だっ・・・誰が根暗だって?!」
 リナリーの怒号が響いて、アレンが飛び上がる。
 「リッ・・・リナリーには言ってませんよ?!」
 未だ羽交い絞めにされたまま、びくびくと震えるアレンへリナリーが迫った。
 「助けてって声が聞こえたから、なにかと思って来てあげたのに!
 アレン君てばそーゆーこと言ってたの!」
 「ちちちっ・・・違いますって!!
 僕はリンクに言ったんです、リンクに!!」
 必死に言うと、ようやくリナリーの目から険が取れる。
 「な・・・なんだ、そうか・・・。
 ごめんね」
 顔を紅くして呟いたリナリーに、リンクが鼻を鳴らした。
 「勘違いの根暗娘」
 「なんだってぇ!!!!」
 アレンを押しのけ、リンクに怒鳴るリナリーの姿にラビが苦笑する。
 「・・・なるほど、リナとリンクの仲が悪ィのは近親憎悪かい」
 「これと同類っ?!
 「屈辱です!!」
 きっぱりと言ったリンクの胸倉をリナリーが掴んだ。
 「それはこっちの台詞よ陰険わんこ!!」
 リンクもリナリーの腕を掴み、ギリギリと握り締める。
 「それを言うならあなたは乱暴の限りをつくす暴力娘ですね!
 レディどころか女子にも値しない!」
 「なんだとこのー!!!!」
 「・・・お、つかみ合うまで1.4秒。
 新記録でたぜーv
 「・・・そんなことまで記録しなくていいのに」
 呆れながらアレンは、リナリーとリンクの目が離れた隙に、テーブルの下にもぐりこんだ。
 ややするとラビも難を逃れて入ってきて、ひそひそと囁く。
 「ジェリー姐さんがいないってだけで、すげぇことになったな。
 俺が見てた間だけでも、15人が飛んできた皿の被害に遭って沈んださ」
 楽しそうに報告する彼を、アレンは呆れ返った目で見た。
 「そんなくだらない記録なんかしてないで、止めたらどうなんですか」
 ごく当然の指摘に、ラビはパタパタと手を振る。
 「ムリムリ。
 リンクならともかく、今のリナにゃ寄っただけで蹴飛ばされるさ。
 だからお前も避難したんだろ?」
 「・・・鎮まるまで待ちますか」
 深々と吐息したアレンの頭上で、突然テーブルが割れた。
 「ぴっ!」
 手を取り合って縮こまった二人を、テーブルを踏みしめたリナリーとリンクが睨み下ろす。
 「なに隠れてんだよ、二人とも・・・!」
 「また逃げようとしましたか、仔ネズミ共が!!」
 誤解だ、と言うより早く、二人のこぶしが紅白の頭に落ちた。
 「うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 「逃げるなんて一言も言ってないのに・・・っ!!」
 頭を抱えてうずくまる二人の上で、リナリーとリンクは冷たく鼻を鳴らす。
 「なによ、二人でこそこそして!」
 「言っていなくてもどうせ逃げるつもりだったのでしょう!」
 「逃げたりしねぇさ!
 なぁ、アレン?!」
 「もひっ・・・もちろんですよ!」
 「・・・今、噛みましたね?」
 「噛んでませんよ、ホントに避難してただけだってば!」
 皿が飛んでたから、と言うと、二人は気まずげに目を逸らした。
 「?
 被害、そんなにすごいんですか?」
 アレンが立ち上がると、続いてラビも立ち上がる。
 「俺が見たのは15人だったけ・・・どぅお・・・・・・」
 絶句した二人が見たものは、瓦礫と化した食堂と、血にまみれ、呻きをあげる怪我人の群れだった・・・。
 「すげ・・・」
 辛うじて呟いたラビの横を、救助に駆けつけたドクターやナースが駆け抜け、死出の旅路へ行こうとする者を引き止める。
 それはまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
 「僕・・・たった数十秒しかこもってなかったのに・・・・・・」
 呆然と呟くアレンの傍らで、リンクは気まずそうに顔を背け、リナリーはひらりと踵を返す。
 そのままそそくさと逃げようとした彼女の首根っこを、誰かががっしりと捕らえた。
 「どこへ行く小娘ええええええええええええええええええええええ」
 「ふちょっ・・・!!!!」
 般若の形相に怯え、動けなくなったリナリーを、婦長がずるずると連行する。
 「あなたがやったんでしょ!
 救助手伝いなさい!!」
 「ぅあぃっ・・・!」
 地獄へ放り込まれたリナリーが、ドクターやナースに叱られながら救助活動を始めると、リンクはアレンの首根っこを掴んだ。
 「では、私達は出て・・・」
 「行くな」
 一瞬で般若に背後を取られたリンクが凍りつく。
 「あなたにも責任はあるのよ、監査官!
 麻酔なしで手術されたくなければ手伝いなさい!!」
 「わっ・・・私には監視の任務が・・・」
 「知るかッ!!
 責任取れえええええええええええええええ!!!!」
 婦長の怒号に震え上がった彼もまた、地獄へと引きずりこまれて行った。
 「・・・・・・ラビ」
 「ん?」
 アレンの声に、呆然としていたラビが我に返る。
 「千載一遇のチャンスです。
 今のうちにバックレましょう」
 「・・・お前、やっぱ逃げる気だったんさ?」
 「当然♪」
 にんまりと笑って踵を返したアレンに、ラビはとぼとぼとついて行った。


 「さぁ冒険へレッツゴー!
 誰かに盗られる前に、僕が一攫千金するんですよ!!」
 「・・・あれ?
 今、一人称だったさ?」
 ここは当然、『僕ら』と言うべきじゃないかと指摘すると、アレンは意外そうな顔をした。
 「欲しいんですか?」
 「・・・え?なんで独り占めする気満々なんさ?!」
 ごく当然の疑問を口にすると、アレンは頬を膨らませる。
 「だってラビ、金銭に執着しないからてっきり・・・!」
 憮然とする彼に苦笑し、ラビは肩をすくめた。
 「お前に比べりゃ、どんな守銭奴だって執着してないさね」
 「ひどっ!!
 イタイケな僕を守銭奴だなんて!
 僕はただ、暴虐非道な師匠に負わされた多額の借金を、少しでも返して行きたいって思ってる健気な子なのに!!
 踏み倒そうなんて考えてないのにー!!!!」
 そう言われてみればその通りだと納得したラビは、顔を覆うアレンの頭を撫でてやる。
 「そ・・・か。
 ゴメンさ、アレン。
 そう言えばお前、かわいそうな子だったさね」
 「じゃあ、僕の取り分は10割ってことで!」
 ぱっと笑顔を上げたアレンを、ぱふんっとラビがはたいた。
 「半々だろ、ここは!」
 「えー・・・じゃあ、ラビには1割あげるよ」
 「も一発行くか?」
 不満げに言うアレンにこぶしを掲げると、彼は頬を膨らませる。
 「・・・・・・2割。いぎゃ!!」
 「ほれ、もっとあげろ」
 げんこつしたこぶしを再び掲げて迫ると、アレンはむっと眉を吊り上げた。
 「じゃあ3割!これ以上行かない!!」
 「じゃあ俺も行かね」
 あっさりと言われて、アレンの目が泳ぐ。
 「よ・・・よよよ・・・よん・・・わり・・・・・・・・」
 震える声に、ラビはにんまりと笑った。
 「5!」
 「やだ!4.5!」
 「5だっつってんさ!
 お前が一人であの洞窟に・・・うんにゃその前に、アマゾン行きのドアに一人で辿り着けんならいいけど?」
 その言葉に、アレンの目がぴちぴちと泳ぐ。
 長い時間をかけて、
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ご」
 微かに漏れた声へ、ラビはわざとらしく耳を寄せた。
 「ん?
 聞こえないさー?」
 意地悪く言ってやると、アレンは目を吊り上げ、ラビを睨む。
 「5割っつってんだよ文句ある?!」
 「オケー★
 交渉成立さね♪」
 「ぐううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!」
 悔しげに唸るアレンの周りを、ティムキャンピーがなだめるように飛び回った。


 先日彼らが使用した・・・いや、私用した方舟の『扉』は、リンクによって厳重に封鎖されてしまったため、アレンはラビが適当に選んだ空き部屋に『扉』を開いた。
 「・・・・・・まったくこの子ったら、欲望に忠実さね」
 「お褒めにあずかりましてv
 並んで白い街並みを歩きつつ、呆れ声をあげたラビにアレンは舌を出す。
 「褒めてねーさ。
 お前みたいなワガママのどこに褒める余地があるんさ」
 「んー・・・ラビと違ってオトコマエ!ぎゃん!!」
 すかさず頭をはたかれて、アレンがつんのめった。
 「なにすんだっ!」
 「いっつも一言多いんさねお前は!
 勝手に方舟つないで、怒られてもしんねーからな!」
 「あぁ、それは大丈夫。
 ティムにはここでのこと記録しないように言ってるし・・・」
 アレンが見上げると、ティムキャンピーは丸い身体全体で頷く。
 「ラビが喋りそうになったら消せばいいし」
 「消すな!!」
 また叩かれて、アレンは反抗的な目をラビへ向けた。
 「なんなんですかあんたさっきから人の頭をパンパンパンパン!タンバリン奏者気取りですか?!」
 「パクってんじゃないさねクソガキが!タンバリンがイヤならマリンバにすっか?!」
 ポケットから、マックにも使った小型の酸素ボンベを二本取り出したラビが、ぽかぽかとアレンの頭を鍵盤代わりにする。
 「うわあああああああああんっ!!!!」
 酸素しか入っていないはずの缶は存外硬く、アレンはラビの手を逃れて逃げ惑った。
 「あ!お前、そっちは・・・!」
 アレンが向かう先へ危機感を覚え、止めようと手を伸ばすが、ラビから逃げるアレンは頼みの綱となるそれを振り払う。
 「あ・・・ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」
 「あーあ・・・」
 先日、言ったばかりにもかかわらず、アレンはアマゾン行きのドアを開けて、滝つぼへと落ちていった。
 「・・・ま、死んでねーか」
 そう言ってラビは、気遣わしげに羽ばたくティムキャンピーへ頷く。
 「追いかけっぞ、ティム。
 お前、濡れても大丈夫なんだっけか?」
 その問いに身体ごと頷いたティムキャンピーを連れて、ラビは用心深く扉をくぐった。
 唐突に景色が変わった目の前を、轟音を上げて水のカーテンが翻る。
 だがそれは、思ったほどの厚みはなかった。
 かなりの高所から落ちる滝であるために、水の大半は滝つぼに落ちてくる前に霧散してしまう。
 「・・・今が乾季真っ只中でよかったさね。
 これが雨季に入ってみ。
 落ちてくる水量はこんなもんじゃないさ」
 『扉』から歩を踏み出したものの、未だ岸壁に留まったラビをアレンが、水中から睨んだ。
 「わかったから手、貸してよ!」 
 アレンが手を差し出すが、ラビは笑って歩を引く。
 「なに?」
 「引きずり込む気だろ?
 その手は食わんさねv 自分であがって来いv
 「・・・・・・ちっ!!」
 神田並みの忌々しげな舌打ちをして、アレンは滝つぼからあがった。
 「なんで引っかからないんだよ、ラビのクセに!」
 「お前の腹黒さなんて、とっくに記録済みさ」
 その割にはよく引っかかるよね、と、ぼやいたアレンは、得意げに笑うラビに抱きつく。
 「ラビーv
 「つべてえええええ!!!!
 濡れたまんま抱きつきやがってお前!!」
 「へーんだ!」
 してやったりと舌を出して、アレンは濡れて重くなったパーカーを脱いだ。
 「もー。
 ラビがいぢめるからずぶ濡れじゃん」
 「おーい?
 お前、自分に都合の悪いこと忘れてなじってんじゃねーよー?」
 頬をひくつかせたラビに、アレンは絞った服を口元に当てて、そっと笑う。
 「僕、心を偽るのが苦手で・・・」
 「キショいポーズしてねぇで、さっさと服着ろよ。
 ヒルに吸いつかれっぜ?」
 「うぞっ!!」
 慌てて湿った服を着たアレンは、自分の足元を不安げに見下ろした。
 「もっ・・・もう、くっついてたりしないよね?!」
 「うん、お前の頭以外は」
 「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!」
 頭に乗ったティムキャンピーごとばさばさと払ったアレンに、ラビが笑い出す。
 「うっそーんv
 ティムが乗ってんだから、くっついたら払ってくれるさねv
 「・・・っちくしょー!!!!」
 悔しさのあまり、また抱きついてやったが、既に絞った服は、前回ほどの効果をもたらさなかった。
 そうと知って膨れるアレンの頬を、ラビは笑ってつつく。
 「ホレ、さっさと行くさね。
 リンクもリナも、救助にはそんなにかかんないはずさ」
 早く帰らないとまた殴られる、と言うラビに、アレンは渋々頷いて歩を進めた。


 先に立ち、森の中をさくさく進むアレンへ、ラビは意地の悪い笑みを浮かべた。
 「へぇ。
 お前が一回しか行ったことのない場所を正確に覚えてるなんて、意外だったさ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ぱたりと足を止め、じっとするアレンにラビが笑い出す。
 「覚えてないなら覚えてないって、はっきりイエよ!」
 「くっ・・・・・・!!」
 悔しそうにこぶしを握っても、これ以上、彼の記憶力で進むのは危険だった。
 「意地張ってないで、にーちゃんについて来い♪」
 くすくすと笑って彼を追い越したラビに、アレンはのろのろとついて行く。
 だがしばらくして、
 「ねえラビ・・・。
 僕達、こないだはこんな池のある所、通らなかったよね?」
 自信なげながらも、アレンは『扉を出てすぐに穴に落ちたはず』と、ラビの背へ話しかけた。
 しかしラビは、構わず森を進んで行く。
 「ねぇってば!」
 迷ったのではないかと、不安げにラビに駆け寄れば、彼は生い茂った樹木の向こう側を指した。
 「急がば回れさ。ホレ」
 見れば、巨大な木々に埋もれるようにして、古びた石の祠がある。
 人一人がようやく通れるほどの石の扉は、風化によってひび割れ、半ば崩れていた。
 「・・・・・・・・・・・・なんで」
 わかったの、と言う言葉は喉から出ないままラビを見やれば、彼は得意げに笑う。
 「ここに住んでる奴らの風習を、こっから引っ張り出したんさv
 そう言って彼は、自身の頭に指先を当てた。
 「お前らが落ちた穴は、洞窟の天井が崩れてできたもんさ。
 あんなとこから入って、出られなきゃ元も子もねーだろ」
 だから、と、ラビは祠へ歩み寄る。
 「あの洞窟が続く先、地上への出口になってる場所のあたりをつけたんさ」
 「だっ・・・だったら、あの時もそうすればよかったじゃん・・・・・・」
 引きつった声をあげると、ラビは肩越し、きっとアレンを睨んだ。
 「今は怪我人がいねーだろが!
 あん時は、お前やマックが無事かもわかんない上に、なんかの仕掛けが動いてる音がしたからな!
 俺の直系かもしんない子供を守るためにも、急ぐ必要があったんさ!オケー?」
 その言葉に、アレンはこくりと頷く。
 「じゃ・・・じゃあ、ここからなら安全なんだね・・・?」
 おどおどと聞けば、ラビは首を振った。
 「そんなのわからんさ。
 だって、あの大穴が開いてたってことは、ここから続く洞窟も崩れて、塞がってっかもしんないし」
 「そんな!」
 「想定しとくさ、そんくらい」
 あっさりと言ったラビは、祠に一礼したのち、石の扉を丁寧に外す。
 「襲われたらしかたねぇけど、むやみに遺跡を壊すんじゃないぜ」
 貴重品なんだから、と、念を押されて、アレンは頷いた。
 「おし、じゃあ行こうか!」
 陽気な声をあげ、ラビが先に祠へと入る。
 そこは細長い石の隧道(すいどう)になっていたが、壁の両脇に絵が彫りこんである以外は人の手が入っていないように見えた。
 が、
 「こりゃすごいさね。
 この隧道は整備できなかったんじゃない、しなかったんさ」
 腰を屈めたまま、携帯用のカンテラに火を灯したラビが、壁の彫刻を見て呟く。
 「これだけ見事に彫刻のできる奴らが、隧道を掘れないわけがない。
 上を見ろよ、アレン。
 両側の壁は補強までしてあるのに、天井は元の洞窟のままさ。
 きっと、この先は天井がすんげー高くなってんさ」
 「それって、僕らが落ちちゃったところ?」
 「多分」
 頷いてラビは、カンテラを差し出しながら先へと進んだ。
 「きっとここは、彼らの神聖な場所なんさ。
 例えて言うなら、女神の胎内かね?
 洞窟や隧道を神の胎に見立てて祀る風習は、世界各地にあるんさ。
 英国にも、古代ケルトの神が祀られてるって遺跡があんだろ?
 それと同じさね」
 「大陸ごと離れてるのに?
 こんな遠くまで、同じ風習が渡ったの?」
 アレンが疑わしげに言うと、ラビは前に進みながら笑う。
 「今は離れて別の大陸になっちまってるケドさ。
 元々、地球にある陸地は全部一つの島だった、って説もあるんだぜ」
 「は?
 陸地が全部くっついてたんですか?
 英国と欧州も?」
 随分小さくまとめたアレンに、ラビは吹き出した。
 「英国と欧州どころか、欧州とアフリカ、アフリカとオーストラリア、アメリカ大陸もさ」
 「うっそだぁー!」
 信じられない、と言うアレンの大声が、洞窟中に響く。
 だがラビはまた笑って、ようやく背を伸ばせる場所に至るやアレンを振り返った。
 「帰ったら、世界地図の陸地を全部切り取って、ピースを合わせてみ。
 面白いことがわかるさね」
 「なにそれ?!
 全部繋がっちゃうってこと?!」
 ラビに駆け寄って問うが、彼はにんまりと笑って答えてくれない。
 「ラビ!!」
 「俺が教えちまったら面白くないさ。
 自分でやって見るんさね」
 楽しげに笑うラビに、アレンは頬を膨らませたが、ややして『それもそうだ』と頷いた。
 「ラビ、部屋に世界地図ある?」
 「あるともさv
 帰ったらやってみっか?」
 「うん!!!!」
 大きく頷き、アレンはまた先に立ったラビについて行く。
 その傍らを、ティムキャンピーが楽しげに羽ばたいていった。


 だが、楽しい洞窟探検は間もなく、崩れた瓦礫に行く手を塞がれた。
 「あー・・・やっぱりな」
 「こんなもの、撃ち壊して・・・!」
 「ヤメロ。
 これ以上崩落したらどうすんさ。
 今日はミランダがいねーんだぜ?」
 あっさりと言われて、アレンは砲門と化した手を元に戻す。
 「じゃあどうするんだよっ!」
 憮然と言えば、ラビはアレンの頭に止まるティムキャンピーを取りあげた。
 「ティム。
 この瓦礫の上映像、撮って来てさ」
 ラビの依頼にこくっと頷くと、ティムキャンピーは闇の中でも不自由なく飛んでいく。
 しばらくして降りてきたティムキャンピーは、歯のぞろりと並んだ口を開け、道を塞ぐ瓦礫の映像を写した。
 「暗っ!!
 何も見えないじゃん!」
 「んなことないさね。
 これで何も見えねぇっつーのは、お前があんま洞窟や遺跡の内部に入ったことがないからさ。
 俺にはここの何が崩れて、どういうコースを行けばいいかが見えるさね」
 そう断言したラビを頼もしく思ったものの、経験不足のように言われたアレンは面白くない。
 「僕だって、遺跡には任務で何度も・・・」
 「つってもせいぜい10かそこらだろ。
 俺はガキん頃からジジィについて、世界各地の遺跡を何千と回ってんの。
 黙ってついてくるんさね、クソガキ」
 「・・・ふんっ!!」
 自信満々の態度に反駁できず、アレンは鼻を鳴らして瓦礫を登るラビに続いた。
 自然の崩落だけあって、瓦礫の斜面はなだらかで、しかもラビが場所を選んで登るため、足元が崩れることはない。
 「ここ、隙間通れるさ?
 俺は行けそーなんケド」
 やがてラビが指したのは、平均的な体型の成人男性が、何とかくぐれる程度の隙間だった。
 「・・・ラビがくぐれてなんで僕がくぐれないんだよ。
 師匠とかコムイさんみたいに、無駄にでかけりゃ無理でしょうけどね!」
 ブツブツと言いながら、アレンはラビを押しのけて先にくぐる。
 「ホラ、全然へいっ・・・きゃあああああああああああああああ!!!!」
 バサバサと羽ばたく音と威嚇音を隙間越しに聞いて、ラビはクスクスと笑い出した。
 「あーやっぱり、平気じゃなかったさね」
 「なんっ・・・ちょっ・・・いやああああああああああああ!!!!」
 アレンの絶叫に、ラビの傍らで逡巡していたティムキャンピーが飛び込む。
 大きな羽を高速で羽ばたかせ、アレンにたかる黒い羽根を敢然と追い払った。
 「ティ・・・ティム〜・・・!
 ありがとう〜〜〜〜!!」
 柔らかい身体を抱きしめると、ティムキャンピーは得意げに尾を振る。
 と、
 「そっか、先にティムをやりゃよかったんさね」
 暢気なことを言いつつ、隙間から顔を出したラビの頭をアレンは瓦礫に沈めた。
 「〜〜〜〜っがっは!!
 なにすんさ、クソガキ!!」
 「ウルサイいぢめっこウサギ!!
 コウモリの大群がいるならいるって、先に言ってよ!!」
 ラビがアレンの手から逃れるや、彼の涙声が洞窟内に響く。
 「なにお前、そんなに怖かったんさ?
 コウモリとはお友達なんじゃなかったっけか」
 「こんな真っ暗ン中で初対面のコウモリにいきなり襲われて、仲良しになれるか――――!!!!」
 アレンの絶叫は幾重にも響き、驚いた群れが騒がしい羽音を立てた。
 その音にまた、びくっとすくみあがったアレンの頭を、隙間から出てきたラビが笑って撫でてやる。
 「ホレホレ、もう怖くないからなー僕ー?」
 「うっさいよ!!」
 怒った猫のように毛を逆立て、アレンはラビの手を振り払った。
 「ラビのおたんこなすっ!!!!」
 「あ、お前そっちは・・・」
 「なん・・・ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!」
 長い悲鳴を引きずって瓦礫を滑り落ちて行くアレンの白い頭を、ラビが呆れて見守る。
 「怪我はないさー?」
 自分は用心深く瓦礫を降りながら問えば、地面に転がったアレンが弱々しく声をあげた。
 「あーぁ。
 ちゃんと確認しねーで降りっから」
 アレンの腕を取って起こしてやったラビは、カンテラで照らしてじっくり見ても、大きな傷のないアレンに頷く。
 「歩けるさ?」
 「うん・・・」
 恥ずかしげに顔をそむけ、性懲りもなく先に歩き出したアレンにラビが大笑いした。
 「勇ましくて結構だけどさ、アレン?
 きっとそっちじゃなくて、こっちだと思うんさねv
 「ぅえっ?!」
 瓦礫を踏んで行くラビの指す先を見遣れば、確かに人工のものと思われる石の扉がある。
 「祠の入口と同じ彫刻だろ?」
 得意げに言われたが、アレンは入口の扉なんてよく見ていなかった。
 彼が無言である理由を察し、笑ったラビは石の扉を重たげに押す。
 「これがお前の見っけた部屋と同じもんだとは思わねェケド、なんかあるかもしれんさね」
 言われてみればその通りだと、アレンのテンションが跳ね上がった。
 「ねぇねぇ、僕達今日は、別の場所から来たんだからさ、これが僕の見つけた部屋と繋がってるってことはあるかな?!」
 「可能性はなくもねぇけど、財宝を隠してる部屋に、そういくつも扉をつけるかね?」
 聞いたことがない、と言うラビに、アレンも頷く。
 「じゃあ、別の財宝かな?!」
 「かもな」
 わくわくと目を輝かせるアレンの目の前で、扉は開かれた。
 が。
 「・・・・・・通路?」
 まばゆい黄金を期待した目に映ったものは、狭くて暗い道だった。
 それは自然の洞窟と違い、明らかに人の手によって穿たれたものだ。
 格段に歩きやすそうな道にしかし、アレンは憤然とした。
 「なんで通路なんか隠すんだよッ!!」
 失望のあまり、アレンの声が裏返る。
 甲高いそれに耳を貫かれて、ラビは耳を押さえたままアレンを睨んだ。
 「こんなとこで騒ぐんじゃねーさ!
 隠し通路ってことは、この先に大事なもんがあるってこったろ!」
 言うや、早足に通路を進むラビを、アレンが慌てて追いかける。
 「大事なものって、財宝?!財宝だよね?!」
 声を弾ませてついてくるアレンへ、しかし、ラビは素っ気無く首を振った。
 「わかんね。
 彼らの大事なもんと、お前の求めるもんの価値が一致してりゃいいけどな」
 「それってどういう・・・」
 問う前に短い通路は終わり、また自然の洞窟が現れる。
 「ここ・・・・・・!」
 目を見開いたアレンが、弾んだ声をあげた。
 真新しい割れ目をさらす石と、折れて地に転がる槍の数々・・・。
 そしてなにより、半ば開いた扉には、とても見覚えがあった。
 「洞窟と洞窟を繋いでたんさね、さっきの道は」
 笑みを含んだラビの声に頷き、アレンはようやく念願の石室へと足を踏み入れる。
 「ラビ!!
 灯りちょうだい、灯り!!」
 はしゃいだ声をあげるアレンに呼ばれ、ラビはカンテラを提げて石室に入った。
 途端、
 「ひゅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・・・・・・」
 アレンの口から、魂の抜け出るような音がして、ラビは吹き出す。
 「だから言ったろ!
 単にこの洞窟に石室があったってだけで、財宝なんかカケラも見てねぇんだろって!
 やっぱ空っぽの部屋だったじゃないさ!」
 ラビはゲラゲラと笑いだしたが、アレンには鐘のように響く声も聞こえないのか、呆然と立ち竦むばかりだった。
 「お、蛇の卵かね、これ?
 持って帰ったら怒られっかな、やっぱ」
 凍りついたままのアレンを放って、部屋の探索を始めたラビの周りに、ティムキャンピーが興味深げに寄って来る。
 「ティム、これがお前のエネルギーになるんなら仕方ねぇけど、食わねぇのに卵かじっちゃダメさね。
 母親に襲われるぜ?」
 諭すように言われて、ティムキャンピーは噛み付こうとした卵から憮然と離れた。
 しかし名残惜しげに床上を羽ばたいているうちに、カンテラの灯りを鈍く弾くものを見つけて咥える。
 「ティム?
 なに咥えてんさ、おまえ。
 変なもん食って、壊れても知らねーぞ?」
 更に言われて、ティムキャンピーはラビが差し出した手に、渋々咥えていた物を乗せた。
 「これ・・・!!」
 ただならぬ緊張感を帯びたラビの声に、アレンが瞬間解凍される。
 「財宝?!」
 駆け寄ったラビの手には、一つのイヤリングが乗っているだけだったが、それはアレンにも見覚えのあるものだった。
 「あれ?これブックマンのイヤリング?
 ラビが持って来たの?」
 率直に尋ねたアレンへ、未だ呆然としたラビは、心ここにあらずと言った様子で首を振る。
 「んなわけねぇさ・・・・・・。
 まだブックマンでもねぇのに勝手に持ってったら、フツーに殺されるさね・・・・・・」
 「厳しいもんねぇ、ブックマン」
 彼の怒りを想像しただけで、アレンでさえもそんな暴挙に及ぼうとは思わなかった。
 ましてやラビは、あのブックマンの弟子だ。
 自由人に見えて、意外と掟に縛られる彼が、借りようとさえするとは思えなかった。
 「じゃあ・・・こないだ、マックがここに来た時に落としたとか?」
 「んなワケないさ。
 このイヤリングは、ブックマンしか持っちゃいけねーんさ。
 まだJr.のマックが持ってていいもんじゃない」
 きっぱりと言われて、アレンは首を傾げる。
 「じゃあさ、前にブックマンがここに来たんだよ。
 なんでかは知らないけど。
 その時に落としちゃったんじゃないかなぁ?」
 「ブックマン・・・が・・・・・・」
 呟いたラビの脳裏に、『図書室』の光景が浮かんだ。
 長い間、主を失ったままの席が・・・。
 「・・・そだな。
 ブックマンの・・・かもしんね・・・・・・」
 深刻な声で呟いたラビを、アレンが意外そうに見つめる。
 「・・・行くか」
 イヤリングを握り締めたラビは、答えを求めるアレンの視線を断ち切るように歩を進めた。
 「どっ・・・どこ行くんだよ!!」
 アレンが慌てて追いかけると、『先へ』と呟く。
 「ここ、石室だと思ってたけど、わずかに空気が流れてるさ。
 別室に行けんじゃないかな」
 その言葉に再び希望を灯したアレンが、率先して石室の壁に手を這わせた。
 やがて、
 「ここ!!!!」
 アレンが発した大声に、ラビは手にしたカンテラを掲げる。
 すると確かに、石壁の隙間から風が流れ込んでいた。
 「扉かね?」
 「開ければわかることですよ!」
 歓声をあげたアレンは、発動した左手で難なく扉を押し開ける。
 「・・・・・・・・・はぁ。
 せっかく与えたイノセンスを盗掘に使われるなんて、神様でも思わなかったろうさ」
 「持てる力を使っているだけですともv
 いけしゃあしゃあと言って、アレンはまた現れた、狭い通路を駆け抜けた。
 するとやはり、広い石室が現れる。
 そこにはたくさんの箱が整然と積まれていて、アレンは歓声をあげた。
 「財宝だー!!!!」
 喜び勇んで木の蓋に手をかけた瞬間。
 ビッと、空気を切り裂く音と同時に、アレンの足元の石が弾けた。
 「なっ?!」
 驚いて下を向いたアレンの髪が、焦げた臭いと共に散る。
 「ぎゃ――――――――――――――――!!!!」
 絶叫をあげたアレンの腕を、横合いからラビが掴んだ。
 「こっちさ!!」
 大きな木箱の裏へアレンを引き込み、二人してしゃがみこむ。
 「なっ・・・なんっ・・・なんっ・・・でぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 声を殺したアレンの絶叫に、ティムキャンピーが映した部屋の映像を確認したラビが頷いた。
 「監視カメラ5機とレーザービームが一基さね」
 「れっ・・・?!
 ここ、遺跡じゃなかったの?!」
 「ここ作った奴らが、何百年も前にレーザービームを発明してたんなら別だけどな」
 明らかに現代のものだと言われて、アレンはがっかりとうな垂れる。
 「じゃあ、この箱・・・・・・」
 「あぁ。
 遺跡なのに木の箱が朽ちてねぇなんて、おかしいと思ったさ。
 今、ここを使ってる奴らが保管してるもんだろ」
 「それって誰?!」
 「知らんさね。
 けど、こんなハイテクな武器を使ってるくらいだから、かなりの・・・」
 突然ラビが口をつぐみ、人差し指を当てた。
 その仕草に、頷いたアレンも息を殺す。
 ややして、二人が入って来た扉とは別の扉が開き、重い足音が石室に響いた。
 「誰だ?!
 食料盗み食いしようとした奴は!!!!」
 突然あがった怒号に、アレンは驚くより先にずるずると背を滑らせる。
 「しょっ・・・食料だったんですか!」
 求めた物が財宝ではなかったことに、アレンはそのまま膝を抱いて泣き出した。
 「せめて武器とかだったらなぁ・・・」
 ラビも苦笑して、泣くアレンの頭を撫でてやる。
 と、彼らの声を聞きつけた足音が、どすどすと近づいてきた。
 「あんたら・・・!」
 目を丸くした彼女に、ラビは手をあげて笑う。
 「よ、キャッシュ!」
 爽やかに言われて、キャッシュは困惑げに首を傾げた。
 「えと・・・ここは・・・南米支部へようこそ、って言うべきなのかな・・・?」
 呆然と言った彼女へ苦笑し、ラビはアレンの手を引いて立ち上がる。
 「お邪魔してるさねーv
 軽やかに言われて、キャッシュはますます困惑した。
 「ここに何しに来たの、あんた達?
 着いて早速盗み食い?」
 呆れ顔の彼女に、ラビは笑って首を振り、アレンは涙目をあげる。
 「財宝はっ?!」
 「・・・・・・・・・財宝?なにそれ」
 わけがわからないと言うや、またアレンが大声で泣き出した。


 「ちょっとは落ち着いた?」
 南米支部の談話室へ連れて行かれ、暖かいお茶を出してもらっても、アレンは未だしゃくりあげていた。
 「まぁ、財宝があるかもって期待して来たんに、見っけたのが南米支部じゃなぁ」
 慰めるようなことを言いながら、その実、大爆笑しているラビをキャッシュが小突く。
 「ちょっと!
 また泣いたじゃないか!」
 「ごっ・・ごめんさっ・・・くくっ・・・・・・!!」
 叱られても、未だ笑いを収められないラビは、キャッシュに睨まれて慌てて話を換えた。
 「キャッシュは出張中なんさ?」
 「あぁ。
 こないだあんたが採取してきた薬草がね、いい薬になるらしくて。
 本部じゃあたしが一番アマゾンに詳しいだろってことで、派遣されたんだ。
 そうだ、あんた!
 ついでだから、手伝ってくんない?」
 しかし、ラビは笑って首を振る。
 「すまんけど、この絶望王子を早く連れて帰らなきゃさ」
 「絶望王子・・・・・・」
 苦笑したキャッシュは、丸い肩をすくめた。
 「じゃ、仕方ないね。
 方舟の間はこっちだよ」
 よっこらせ、と立ち上がったキャッシュが先に行き、ラビは未だ泣きじゃくるアレンの手を引く。
 「じゃあ、また本部でね。
 ちゃんと連れて帰ってよ、絶望王子」
 クスクスと笑って見送るキャッシュに手を振り、ラビはアレンと共に方舟へ入った。
 「ほらもー、いい加減泣き止むさ!
 キャッシュは黙っててくれるっつってんだから、お前が開けた『扉』から出りゃいいさね!」
 「うぐっ・・・ひぐっ・・・おごっ・・・怒られるのなんでっ・・・ごわぐないもんっ・・・!」
 アレンはただひたすらに、財宝を手に入れられなかったことが悔しいらしい。
 「これぞ、捕らぬ狸の皮算用さね。
 ま、財宝は見つからんかったけどー・・・いいじゃんか、冒険できたんからさ!」
 「・・・・・・・・・だのじがっだの?」
 「え?なんて?」
 涙声が聞きづらくて問い返せば、アレンはぐいっと涙を拭ってラビを見あげた。
 「楽しかった、冒険?」
 「あぁ、すっごくなー!」
 くすくすと笑うラビに、アレンもほんの少し笑う。
 「よっしゃ!
 早く帰って風呂はいろーぜーv
 洞窟探検を終えた二人は、泥だらけの顔を見合わせて、笑いあった。


 「・・・ホントに、捕らぬ狸の皮算用だね」
 風呂上りでホカホカになった所を、阿鼻叫喚の地獄から脱したリナリーに捕まったアレンは、洞窟での出来事を洗いざらい話さなければならなかった。
 「ホントは、ラビのお誕生日プレゼントを探しに行ったんでしょ?
 それでなにもなかったなんて・・・・・・どうするの、今日?」
 ひそひそと囁きかけられ、アレンは頭を抱える。
 「ど・・・どうしよう・・・・・・!
 今から選ぶ時間・・・・・・ないよね・・・・・・!」
 困惑しきりのアレンに、リナリーは苦笑した。
 「じゃあ、また二人で手作りでもする?」
 「それもいいんですけど・・・指輪もペンダントもあげちゃったし・・・何がいいのかな、ラビ・・・・・・・・・」
 うんうんと唸るばかりで解決を見出せそうにないアレンへ、リナリーは肩をすくめる。
 「それでラビは?
 どこ行っちゃったの?」
 「わかんない・・・。
 お風呂から上がった後、部屋で用事があるって言ってたけど・・・」
 多分、と、アレンは小首を傾げた。
 「南米支部の地下にある洞窟で、ブックマンのイヤリングを見つけたから・・・渡しに行ったんじゃないかな」
 「ふぅん・・・じゃあ、すぐに戻ってくるね」
 困惑げに眉根をひそめたリナリーの前で、アレンはまた頭を抱える。
 「どぉしよう・・・・・・・・・・・・!」
 また泣きそうになりながら、アレンはラビへのプレゼントを思い悩んだ。


 その頃、密かに本部を出たラビは、片割れを『図書室』へと呼び出した。
 「なんさ、お前!
 今、お前と会ってる場合じゃないっつったんに!」
 憮然として現れた彼の目の前に、ラビはイヤリングを一つ、差し出す。
 ラビの指先で、ゆらゆらと揺れるそれを凝然と見つめる彼の手を取り、そっと乗せた。
 「多分・・・老師の・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・あぁ」
 ようやく漏れ出た乾いた声に、ラビは無言で頷く。
 「誕生日おめでとうさ、『右目』・・・」
 「・・・・・・あぁ。
 お前もな、『左目』・・・」
 呆然とした声にちらりと笑い、ラビは彼の肩を軽く叩いて、小さな部屋を後にした・・・。



Fin.


 










2010年ラビお誕生日おめでとうSSでした!
もう何年も『誕生会』をやり続けたので、今回はちょっと違ったカンジで書いてみましたがどうでしょう??
実はこの冒頭、二人の『Jr.』が対峙するシーンは、2005年くらいにユウちゃんのSS用に書いていたものでした。
しかし、当時ユウちゃんの資料が一切なかったために、未だに書き上げてないのですよ(笑)
それを今回、切り抜いてきました。
『二人のJr.』と言うのは対双子戦で、ジャスデビが『あいつ今はあっちなんだ』と呟いたことを元に作り上げた捏造ですが(笑)、ちょっと視覚的にもわかりやすいように書いてみました。
ホントにこんな子がいるかもしれないし、いないかもしれない。
可能性があるとしたら、ノアで全身覆い隠したあの人がそうだといいな、と思ってます(笑)
そして『タンバリン奏者』は銀魂ネタですよ(笑)
銀さん記憶喪失の回は、ひたすら笑えて好きです(笑)












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