† hare and hounds †






 初冬の朝は、冷たい霧に満たされていた。
 鼻をつままれてもわからない道を、しかし、馬車は危なげなく進む。
 長い間放置されていた城が修繕され、人が入ったのはつい最近のことだったが、よそ者を嫌う気風の強い村において住人達―――― 中でも城の料理人達は、その気のよさと気前のよさで既に、食材を運ぶ彼の上得意になっていた。
 城の裏門から馬車入った馬車は、そのまま白い闇を進み、ぼぅ・・・と、浮かび上がった壁の前に止まる。
 「どうどう」
 ほとんど足を止めていた馬の、手綱を引いて彼は馬車を降りた。
 馬止めに手綱を繋いでいると、勝手口のドアが開いて、愛想のいい料理長が出てくる。
 「おはよぉんv
 今日もご苦労さまぁv
 甘い声をかけられた男は、笑って挨拶をした。
 「だいぶ寒くなったね、料理長。
 もう暖炉に火は入れたかい?」
 「えぇ、もちろんv
 でもここ、無駄に広いから、石炭をくべるのも大変なのよねェ」
 「だったらセントラルヒーティングにすればいいのに。
 今じゃあ、アメリカなんかはそうしているらしいよ。
 ウチみたいな小さな店には関係ないがね」
 楽しげに笑う彼に、料理長・・・ジェリーもクスクスと笑う。
 初めて会った時は、この筋骨隆々とした男の口から出る女言葉に驚いたものだが、慣れてしまった今では彼を、『彼女』と呼ぶことに抵抗がなくなっていた。
 むしろ、レディよりもレディらしい彼女にはふさわしいとすら思っている。
 彼は馬車から荷物を下ろすと、検品する彼女の前に袋を差し出した。
 「料理長、今日お誕生日なんだって?
 これ、俺から!」
 「アラアラ!
 なにかしらぁv
 袋を開けてみると、中にはふかふかのウサギが入っている。
 「冬に備えてたっぷり餌を食べたウサギだよ。
 今日、うちの畑の罠にかかってたんだ。
 よく太っているだろう?」
 「あらまぁ、ホント!
 おいしそうねぇv
 「毛艶もいいから、足はお守りかパフにするといいさ」
 「そぉねんv
 ありがとうーvv
 嬉しそうに袋を抱きしめるジェリーに笑い、手を振った彼は、空になった馬車に乗って帰って行った。


 「うふふv
 どんなお料理にしようかしらぁv
 食材配達の馬車を見送ってから、ジェリーは勝手口から厨房に入った。
 「みんなーv
 今日の食材来たから、運んでちょうだいv
 一斉に動き出した部下達に頷き、ジェリーは調理台にウサギの袋を置く。
 「シチューもいいケド、こんなにコロコロしてるならむしろ・・・」
 頭の中にメニューを思い浮かべていると、アレンが厨房に駆け込んできた。
 「ジェリーさーん!
 お誕生日おめでとうございますvvvv
 はい、これ、と、ママ大好きなアレンが、手にした大きな花束を渡す。
 「きゃーんvvv
 アレンちゃん、ありがとぉんvv
 軽々と抱っこされたアレンは、ジェリーに抱きついて猫のように甘えた。
 「そうだ、アレンちゃんv
 さっきね、食材持ってきてくれる人から獲れたてのウサギをもらったのよんv
 アレンちゃんならどうやって食べたい?」
 微笑むジェリーに抱っこされたまま、アレンが首を傾げる。
 「・・・寒くなってきたから、シチューもいいですよね。
 でも僕、ジェリーさんが作ってくれるポワレが好きだなぁv
 「そうねんv
 ころころ太ってたし、脂が乗ってるだろうから、それもいいわねんv
 じゃあそれにしよう、と、ジェリーはアレンを抱っこしたまま調理台へ歩み寄った。
 「ホラ、見て・・・ん?!」
 「いないですよ?」
 アレンに指摘されるまでもなく、空になった袋に驚いたジェリーは、シェフ達を見回す。
 「ねぇん!
 ここのウサギ、お料理しちゃったぁん?!」
 大声をあげると、誰もが首を振った。
 「もしかしたら、まだ生きてたんじゃないですか?」
 副料理長の言葉に、ジェリーは大きく頷く。
 「そうかもねん・・・あぁん、アタシのパフがぁ・・・・・・」
 がっかりと落ちたジェリーの肩を叩いて、アレンは彼女の腕から下りた。
 「僕、探してきます!」
 「あ・・・うん、お願いねぇ!
 毛が生え変わる途中の、茶色と白のまだらの仔だからん!」
 「はぁい!」
 返事をして厨房を出たアレンは、食堂の床やテーブルの下を探す。
 と、
 「・・・なにやってんさ?」
 珍しく早起きのラビが、ホットサンドをかじりながら聞いた。
 「ウサギ!
 ウサギ探してんの!!」
 「・・・・・・オレ?」
 「本物のウサギっ!!」
 ボケたことを言うラビを睨んだアレンは、はっとして眉根を寄せる。
 「早起きじゃなくて、徹夜なんだね」
 「そ。
 図書室に新しい本が入ったから、36冊一気読み」
 あくびをしながら言う彼に、アレンは首を傾げた。
 「36冊?
 360冊じゃなくて?」
 ラビの記憶力なら、本の36冊くらい、一晩もかけずに読めるはずだ。
 不思議に思って問うと、彼はお茶を飲み干して頷いた。
 36冊中11冊の計1670項目に新説と新解釈と矛盾があったんさ。
 その疑問クリアにすんのに、科学班の奴ら追っかけまわして、専門の意見聞いてたりしたからすげー時間かかった」
 「あーぁ・・・」
 ただでさえ忙しい科学班のスタッフが、ラビに追い回されて邪魔されたのかと思うと、ため息が出る。
 「あんまり、迷惑かけちゃだめだよ」
 「迷惑なんてかけてねぇさ。
 俺が質問すると、みんな目ェキラキラさせて、聞いてないことまで答えるから、時間かかったダケ」
 ふぅ、と、疲れ顔で吐息したラビに、アレンは肩をすくめた。
 「これからウサギ探し、手伝う気ある?」
 「ないさ」
 「だよね」
 頬を膨らませて、アレンはラビのテーブルを覗き込む。
 「ねぇ、見なかった?
 茶色と白のまだら!」
 「見てないさ」
 「そ」
 ラビが見ていないと言うことは、この辺りには来ていないということだ。
 「食堂を出てっちゃったのかなぁ・・・」
 困った、と呟くアレンに、ラビは首を傾げる。
 「なんさお前、ウサギ飼ってたんか?」
 「違うよ、ジェリーさんがもらったんだって。
 ポワレにするの」
 「ふーん・・・おいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 椅子を蹴って立ち上がったラビに、アレンは目を丸くした。
 「なに・・・?」
 「なにじゃないさ!!
 喰っちまうの、それ?!」
 ラビが大声をあげる意味がわからず、アレンは頷く。
 「ジェリーさんのディナーになるんじゃないかな?」
 「やめてえええええええええええ!!!!
 可哀想うううううううううううう!!!!」
 絶叫するラビをアレンは、ムッと睨んだ。
 「ウサギ食べるのは可哀想で、牛や豚や鶏食べるのは可哀想じゃないの?
 羊なんてもっともっふもふなのに、おいしく食べてんじゃん」
 「そうだけどっ!
 ウサギはなんか、俺と近いもんがあんだもんっ!!
 なんか俺が食われてるみたいで可哀想っ!!」
 皿に残ったホットサンドを掴んだラビは、いきなり駆け出す。
 「どっ・・・どうしたの?!」
 「お前が見つける前に、可哀想なウサギ見っけるんさ!
 姐さんに頼んで、助けてもらうさね!!」
 「は・・・?
 ええええええええええええええええ?!」
 大声をあげて、アレンはラビを追った。
 「僕もポワレ食べたいのに!!」
 「大食漢のお前が、いくら太ってっからってウサギで満足するわけないさねっ!
 牛でも食ってるさ!!」
 「もちろん牛さんもいただきますともっ!!」
 ラビの大声に釣られて、彼以上に喚いたアレンは、はっとして両手で口を塞ぐ。
 「なんさ?!
 ウサギ見っけたんか?!」
 大声で言って、にんまりと笑うラビをアレンはじっとりと睨みつけた。
 「・・・・・・ウサギ、逃がそうとしてるでしょ」
 「あんら?
 よく気づいたさね♪」
 ラビは笑みを深め、からかうように言う。
 遠くの小さな物音でも聞き逃さないウサギが、こんな大声に逃げないわけがないと判断しての作戦に、まんまとかかったアレンは顔を真っ赤にした。
 「ラビのアホッ!!」
 「ぎゃふっ!!」
 背中にアレンの飛び蹴りを食らって、ラビが倒れる。
 「僕のごはん取っても許さないけど!
 あれはジェリーさんのディナーですよっ!!
 捕まえていいトコ見せるんだから、邪魔しないでよっ!!」
 一言ごとに背中で飛び跳ねるアレンの足を、ラビが掴んで引き倒した。
 「へぶっ!!」
 勢い余ってテーブルの角に顔をぶつけたアレンが、しゃがみこんで肩を震わせる。
 「ぎゃあああああああああん!!!!
 いだい――――!!!!
 「姐さんとは俺がナシつけっから!
 お前はすっこんでるさっ!」
 「ラビのばかっ!!
 行かせないもんんんんんんんんんんん!!!!」
 立ち上がった瞬間を狙って、アレンがラビの足を引いた。
 「ぐあっ!!」
 同じくテーブルの角に顔をぶつけたラビが、アレンと並んで悶える。
 「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 「・・・・・・なにやってるの、二人とも?」
 食堂の全団員が注目する二人の声を聞きつけ、リナリーが歩み寄って来た。
 「ウサギッ・・・!」
 「喰っちゃだめさッ!」
 「ジェリーさんの・・・!!」
 「可哀想さねっ!!」
 「ねぇ・・・なんのことだよぉ・・・・・・」
 二人して顔を覆い、泣き声をあげる様にリナリーが呆れる。
 すると食堂の大騒ぎに厨房から出てきたジェリーが苦笑して、しゃがみこむ二人の頭を撫でた。
 「あのねぇん・・・いつも食材を持ってきてくれる人が、アタシの誕生日だからって、コロコロしたウサギをくれたのんv
 けど、それが逃げちゃってぇん・・・」
 「ウサギ?
 白と茶色のまだら?」
 「見たのっ?!」
 一斉に顔をあげたラビとアレンに驚いて、リナリーはぎこちなく頷く。
 「どこっ!!」
 「んっ・・・と・・・・・・廊下から中庭に跳ねてったけど、その後は・・・・・・」
 「了解!!」
 同時に立ち上がり、駆けて行った二人を、リナリーは呆然と見送った。
 「ど・・・どうしたの・・・・・・?」
 「張り合っちゃってるのねェ・・・」
 クスクスと笑うジェリーに、リナリーは肩をすくめる。
 「アレン君は食べたくて、ラビは助けたいんだね」
 「そうみたいねんv
 さっきの二人の言葉を正確に理解したリナリーを、ジェリーは誉めるように撫でてやった。


 「ウサギ――――!!!!
 逃げるさウサギ――――!!!!」
 「だまれっつってんですよ、あんた!!
 息の根止められたいんですかっ?!」
 大声をあげて走るラビの背に手を伸ばしたアレンが、なんとかマフラーを掴んで引き寄せた。
 「しっ・・・締まるっ・・・!!」
 「シメてんですよっ!」
 ラビを落とすつもりでアレンは、マフラーをぎゅうぎゅうと締め上げる。
 「ラビだってジェリーさんにはいつもおいしいごはん食べさせてもらってんじゃん!
 なのにお誕生日プレゼントを取り上げようなんてひどい!!」
 「ンなこと一言も言ってねぇさ!!
 ウサギなら他に使い道もあるだろって・・・!!」
 「なんだよ、足をパフとお守りにして、毛皮をマフラーにするんなら、お肉はおいしくいただかないとかわいそうじゃん!!」
 「だから殺すこと前提に言うなっつってんさ!!」
 「ぎゃんっ!!」
 絞め殺そうとするアレンを背負い投げしたラビは、荒く息をついてアレンを指した。
 「それにっ!
 俺はただ食うなっつってんじゃないんさ!!
 野うさぎにはヤバイ菌を持ってる奴がいて、その肉を調理したり食ったりすると病気になるんさね!!」
 「うっそだぁ!
 僕、今まで何度もウサギ食べたケド、病気になんかなってないもん!」
 ぷんっと頬を膨らませたアレンの鼻を、ラビが思いっきり弾く。
 「いぎゃ!!」
 「そりゃたまたまだったか、飼育されてたウサギだったかさ!
 野うさぎはホントにヤバくて・・・」
 「じゃあ!
 それ、なんて病気だよ!!」
 絶対信じない、といわんばかりに歯向かうアレンから、ラビは気まずげに目をそらした。
 「や・・・野兎(やと)病・・・・・・」
 「今考えたでしょ!!」
 「ちっ・・・違うさね!!
 信じてくれんと思ったから言わんかっただけで、ホントの病名さ!!」
 「もういい!!
 僕ウサギ探すから、邪魔しないでよっ!!」
 ラビに足払いして立ち上がったアレンが、わざわざ転がった彼を踏みつけて中庭に飛び出す。
 「このっ・・・俺は踏み台じゃないさ――――!!!!」
 中庭へ向かってラビが大声をあげると、枯れた草むらから太ったウサギが飛び出た。
 「見っけた!!」
 「しまったさ!!」
 嬉しげに追いかけるアレンに向けて、ラビが槌を伸ばす。
 「ぎゃっ!!」
 槌の柄に足を絡め取られ、無様に転んだアレンの前を、ウサギがとてとてと跳ねて行った。
 「ふんにゃっ!!」
 地に這ったまま、思い切り手を伸ばすが、太って動きが鈍いとは言え、野生のウサギは難なくアレンの腕をかいくぐる。
 「ふにゃあああああああ!!!!」
 駄々っ子かと思う声をあげて、アレンは左腕を発動させた。
 「クラウン・ベル・・・!」
 「させっか!!」
 「ぎゃんっ!!」
 更に伸びた槌に頭を打たれて、アレンが目を回す。
 「おっし、もう大丈夫さ、ウサギー!
 他の奴に見つかっちゃヤベーから、俺ンとこ来るさー!」
 中庭に降りたラビが、小さな声で呼びかけながらそっと草を掻き分けた。
 と、彼が予測した通りの場所を、太ったウサギがとてとてと跳ねている。
 「見っけたさーv
 ひょい、と抱きかかえると、大きな後ろ足で腕を蹴ってきたが、撫でておとなしくさせた。
 「へぇ・・・!
 お前、背中にハートが出来てんじゃん!」
 夏毛から冬毛に生え変わる間の偶然だろうが、ふにふにと太った背中に、可愛らしいハートマークが浮き上がっている。
 「よっしゃv
 これで安全確保できるさ、お前!」
 歓声をあげて頭上に掲げたウサギが、怯えて再びキックして来た。
 「イテテ・・暴れんなさ、お前!
 いいさ?姐さんはハートマークが大好きなんさv
 この背中で悩殺すりゃいいさねvv
 赤い目が不安げに見えたのは、ラビの気のせいかもしれないが、彼は子供をあやすようにウサギの背を軽く叩く。
 「ダイジョーブv
 俺が、絶対助けてやっかんねv
 また頭上に掲げると、ウサギは下ろせとばかりにまたキックした。


 「んにゃっぷしっ!!」
 冷たい風に首筋を撫でられたアレンが、奇妙なくしゃみと共に起き上がった。
 「ラ・・・ラビのやろおおおおおおおおおおお!!!!」
 中庭には既に、ラビの姿はない。 
 「どこ行ったあああああああああああああああ!!!!」
 「お黙りなさい、クソガキ!」
 「いたっ!!」
 突然背後からはたかれて、アレンはつんのめった。
 「なにすんだリンクの乱暴者っ!!」
 「躾けですっ!!
 料理長の元でおとなしくしてなさいと言っておいたのにこの仔ネズミは!!
 ちょろちょろするんじゃありませんよっ!!」
 こぶしを掲げたリンクに倍以上の声量で言われ、負けず嫌いなアレンは更に声を張り上げる。
 「だってジェリーさんのウサギがあああああああ!!!!」
 「その件でしたら既に、Jr.が料理長と話をつけました!
 今は科学班で検査中です!」
 「検査?何の?」
 リンクの言葉にアレンは、訝しげに眉根を寄せた。
 「もちろん、病気なんか持っていないか、検査するのですよ」
 「え?病気?
 野うさぎですよ?」
 ラビの言ったことを信じないアレンが、確かめるように問うと、リンクは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 「野うさぎだからです。
 野うさぎは、生物兵器にも使えるという、強力な病原菌を持っている場合があります。
 無闇に触ると、死ぬこともありますよ」
 言いながらリンクは、アレンの首根っこを掴んで、中庭を回廊へと戻った。
 「そ・・・それ、なんて病気ですか・・・?」
 連行されるアレンがじたじたと暴れながら問えば、リンクは苛立たしげに眉根を寄せる。
 「ツラレミア」
 「あ、なんだ。
 ラビは・・・」
 「と、言われていますね、アメリカでは。
 カルフォルニアのツラレ郡と言う場所で見つかったのでこう呼びますが、普通は野兎病と呼ぶそうです」
 「ひぃっ?!」
 奇妙な声をあげて固まったアレンを訝しく思いつつ、リンクは捕捉を入れた。
 「プレーリードッグも同じ病原菌持っていますから、一概に野うさぎが原因とも言えないそうですが、英国にプレーリードッグはいませんので、野兎病でいいと思います」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 嘘じゃなかったんだ、と呟いたアレンを回廊に放り捨てたリンクは、詰め寄って彼の胸倉を掴む。
 「誰が嘘をついたですって?」
 「リンクじゃないよっ!ラビ!!
 ウサギ助けたくて、変な病気でっち上げたと思ったの!!」
 「・・・・・・ああ、Jr.ですか」
 気まずげにアレンを放り捨てたリンクが、わざとらしく咳払いした。
 「では、Jr.に疑ったことを詫びなさい」
 「先にリンクが僕に謝れー・・・!!」
 再び回廊に転がったアレンが苦情を申し立てると、リンクは意地悪く鼻を鳴らす。
 「必要ありません。
 躾けのなってない子どもを教育するのも、監視役の務めと考えます」
 つんっと、冷たく言ったリンクを、アレンが睨みあげた。
 「・・・・・・石頭のいばりんぼ」
 ぼそっと呟くと、リンクの目がつり上がる。
 「なにか言いましたかっ?!」
 「リンクのおこりんぼ!!!!」
 「このっ・・・待たんかクソガキ――――!!」
 捨て台詞を残して駆け出したアレンを、リンクは猟犬の形相で追いかけて行った。


 「・・・なんか、リンクの怒鳴り声が聞こえっけど」
 科学班でリーバーと共にウサギを診ていたラビが顔を上げた。
 「どしたんかね?」
 「ウサギの代わりにアレンでも追っかけてんだろ」
 興味なさそうに言って、リーバーは手術用手袋をはずす。
 「オーケー。
 保菌してないぜ」
 「よかったさ!!
 これで姐さんも飼ってくれるさねvv
 「保菌してたら、俺が飼ってやったけどな」
 にんまりと笑ったリーバーを、ラビがうそ寒げに見上げた。
 「せ・・・生物兵器でも作るつもりさ?」
 「ノアにも有効だと嬉しくないか?」
 大きな手に髪をかき回されて、ラビがぶるぶると頭を振る。
 「キモチはわかっけど、そんなアブネー菌が置いてある城で寝たくないさ!」
 「そうか?
 一回かかっとくと高免疫つくんだぜ?
 ワクチン作ってもいいしな」
 ウサギを抱えて笑うリーバーは、どう見ても爽やか好青年にしか見えないのに、言っていることは実は、危険極まりない。
 「ワクチンは念のため作っといて欲しーけど!
 アレンに会ってからこっち、俺の運勢ダダ下がりなんさ!
 菌の近くなんかにいたらぜってぇ感染するもんっ!
 しかもカナリ危ない目に遭うもんっ!!」
 ヒステリックに喚くラビに肩をすくめ、リーバーは温かいウサギを押し付けた。
 「アレンと会ってから運が下降とか、ナニ非科学的なこと言ってんだ、お前。
 俺なんか、自称不幸不運のミランダの傍にいたって、まったくそんなことはないぜ」
 堂々と胸を張ったリーバーを、ウサギに蹴られながらラビが睨む。
 「俺の優秀なおつむが記録した記憶による勘がどんだけあたるか、お前だって知ってるだろーさ!」
 「知ってるけど、なんでそんなサイアクの予想ばっかすんだよ。
 ポジティブにいこーぜ」
 ぽふ、と、リーバーが頭に乗せたウサギが容赦なくラビの顔を蹴った。
 「ひぎゃっ!!」
 「・・・お前、何でこいつに嫌われてんだ?
 助けてやったんだろ?」
 呆れ顔のリーバーに、ラビが顔を紅くする。
 「べっ・・・別に、嫌われてなんかないさ!
 野生動物ってそういうもんさね!」
 「そうか?」
 リーバーが腕を戻すと、その中で寝入らんばかりにリラックスしているウサギに、ラビはショックを隠せなかった。
 「なんで懐いてんさ――――!!!!」
 「扱いに慣れてるからだろ」
 リーバーが当たり前のように言うと、ラビはますます紅くなる。
 「こっ・・・このクロコダイル・ダンディ――――!!!!」
 「ワニじゃなくてウサギな」
 またリーバーが頭に乗せたウサギのキックを受けて、ラビは騒々しい泣き声を上げた。


 その頃、リンクの追跡をまいて食堂へ戻ったアレンは、厨房に入り込むと、カウンターを背にうずくまった。
 「アラン?
 どうしたのん、アレンちゃん?」
 仕事中のジェリーがにこやかに問うと、アレンは『しっ!』と指を立てる。
 「うるさい猟犬に追われてるんで、かくまってください」
 「ハイハイv
 それで、アタシのウサギはどうなったのん?
 ラビが食べないでってお願いするから、一応預けたんだけどん?」
 クスクスと笑うジェリーから、アレンは気まずげに目を逸らした。
 「ジェ・・・ジェリーさん、ごめんなさい・・・・・・。
 僕・・・捕まえるって言ったのに・・・・・・」
 しゅん、とうなだれてしまったアレンに、ジェリーは首を振る。
 「いいのよんv
 ポワレはウサギじゃなくったってできるものねんv
 そう言われて、アレンはふと顔を上げた。
 「あ・・・あの、ジェリーさん・・・。
 野ウサギが原因で病気になるって、知ってましたか?」
 有名な話なのだろうかと思って問うと、ジェリーはあっさりと頷く。
 「あぁ、ウン、野兎病ねん。
 モチロン知ってるわよん」
 「え?!
 有名な病気なんですか?!」
 「有名かどうかは知らないけどぉん・・・農家や料理人なら、知ってる人も多いんじゃないぃん?」
 ねぇ?と、ジェリーが部下達を振り向くと、全員が頷いた。
 「俺、小さい頃罹ったよ。
 危なく死ぬところだったって、今でも母さんが言うよ」
 「俺も。
 同じ時に罹った妹は・・・助からなくてさぁ・・・。
 あれ、子供が罹ると重症化するんだよな・・・」
 大真面目な顔で頷き合うシェフ達に、アレンは目を丸くする。
 「へ・・・平気なんですか・・・?」
 「平気じゃないけどん、一度かかったら二度はかかんないから、アタシは平気ーv
 まぁ・・・アレはホント辛かったし、アジア支部の医療がなかったら死んでたかもしれないから、全く平気ってワケでもないけどねぇん・・・」
 「まぁ、全部のウサギがそういう菌を持ってるワケじゃないし、お前くらいおっきくなると、重症化もしにくいだろうから。
 あんまり神経質になることもないよ」
 そう言われて、アレンはようやくほっとした。
 「リ・・・リンクが、野ウサギの菌は生物兵器にもなるなんて言うから、僕、すごく怖いものかと思って・・・」
 「あぁ、なるわよん?」
 「なるんですかっ?!」
 あまりにもあっさりと言われて、アレンは思わず立ち上がる。
 と、慌ててしゃがみこんだアレンに笑って、ジェリーは大きく頷いた。
 「野兎病の菌は強毒性で、健康な皮膚からでも感染するのねん。
 だから例えば、アクマウィルスみたいなのが造れるんじゃないかしら?
 アレって、アタシ達みたいな普通の人間にはものっすごい殺傷力を発揮するんですってねん!
 でもホラ、ノアやアレンちゃんみたいな寄生型の子には効かないんでしょぉん?
 つまり、抗体持ってる子は平気ってことだから、撒く側は安全ね。
 それにこれはアクマウィルスと違うところなんだけど、野兎病はウサギから人には感染するけどん、人から人には感染しないのよん。
 無駄に被害を広げないためにも有効だって、前に・・・誰だったかしらん?」
 「クロス元帥ですよ、料理長!」
 「あ、そうそうv
 クロス元帥が熱弁ふるってらしたのぉんv
 「うがっ!!
 あ・・・あの人はなんでそんなことばっかり・・・・・・!」
 師の名前を聞いた途端、ぶるぶると震えだしたアレンに、ジェリーがクスクスと笑う。
 「なんだか唐突にやって来ては、いい毒の情報はないかとか聞いてらしたわねぇ・・・」
 懐かしそうに笑って、ジェリーはトレイに揚げたてのフライを乗せた。
 「このお魚・・・フグの毒はどこに含まれるのか、とか」
 「ぅええ?!
 そっ・・・それ、毒の魚だったんですか?!」
 今までおいしくいただいていたことを思い出し、アレンが真っ青になる。
 「そ。
 このお魚の卵巣や肝臓には、テトロドトキシンって猛毒があるの。
 でも大丈夫、アタシ達はそれをちゃーんと取り除いてからお料理してるからねんv
 言って、ジェリーはアレンの口にフライを放り込んだ。
 「おいしいでしょv
 「ふ・・・ふぁい・・・・・・」
 飲み込んでいいものか、どきどきと鼓動を早くするアレンの前に、ジェリーがしゃがみこんで頭を撫でる。
 「安心してぇんv
 アタシ達は、お料理のプロフェッショナルであると同時に、毒と薬のプロフェッショナルなんだからんv
 サングラス越し、ジェリーが軽くウィンクした。
 「中国じゃ薬食同源、ってゆってね、毎日身体にいいものを食べてれば病気なんかしないってことを言ってるんだけどん、『いいもの』を選ぶセンスと知識は、料理人にとって必要条件よんv
 キノコを全部見分けられないと、毒キノコを見逃すことだってあるでしょおん?
 だからアタシ達は、科学班にも医療班にも負けない、毒と薬のプロフェッショナルよんv
 安心してお食べなさいなv
 ジェリーの笑顔に頷き、アレンはフライを飲み込む。
 「ハイv よくできましたんv
 また頭を撫でられて、アレンが嬉しそうに笑った。
 「ジェリーさん達が優しいのは知ってたけど・・・こんなに頼もしいなんて、知らなかったです・・・」
 「アランv
 今頃気づいたなんて、未熟者ねんv
 これでも漢の職場よぉんv
 軽く頭を小突かれて、アレンが照れ笑いをする。
 「・・・じゃあやっぱり、あのウサギ食べてもよかったんですよね。
 ジェリーさんなら、病気のウサギかそうじゃないかくらい、わかるでしょ?」
 アレンが膝立ちに詰め寄ると、ジェリーは笑って頷いた。
 「じゃあ僕、やっぱり捕まえて・・・!」
 「いいのよんv
 あのウサギ、食べちゃうのは惜しいくらい、可愛かったからv
 今にも走り出しそうなアレンを止めて、ジェリーが微笑む。
 「あの仔の背中にね、茶色の毛がハートの形で残ってたのんv
 ラビが教えてくれたんだけどぉんv
 あんっまり可愛いから、食べるのやめちゃったぁんvv
 今、リーバーが診察してるから、終わったらアレンちゃんにも見せてあげるわねぇんvvv
 きゃあきゃあとはしゃぐジェリーに苦笑し、アレンはまた床に座り込んだ。
 「ずっとそのままだといいのに」
 「アランv
 白くなってもきっと可愛いわんv
 アレンちゃんみたいにねんv
 大きな手で頭を撫でてくれるのが嬉しくて、アレンは猫のように頭を摺り寄せる。
 と、その目がきらりと光った。
 「ねぇねぇ、ジェリーさん!
 毒と薬のプロフェッショナルなら、その・・・・・・ジェリーさんは絶対やんないでしょうけど、わざと・・・誰か一人を懲らしめることって、できるんですか?」
 怒られるかな、と、恐る恐る聞くアレンに、ジェリーが苦笑する。
 「そうねぇん・・・。
 さっきのウサギで言うなら、アタシがお仕事しないコムたんを懲らしめちゃえーって、コムたんに感染ウサギのポワレを作って、アレンちゃんには普通のウサギでポワレを作ることもできるわねん。
 そしたらアレンちゃんがコムたんのポワレを取らない限り、同じテーブルで食事しても平気なの」
 「え?!大丈夫なんですか?!」
 「触ったりしなきゃ、大丈夫ねんv
 「へぇー・・・・・・・・・」
 目をキラキラさせて感心するアレンの鼻を、ジェリーが弾いてやった。
 「やっちゃダメよん!」
 「やっ・・・やりませんよっ!!」
 「リンクちゃんに、絶対、やっちゃダメよん!」
 一言一言区切って言ったジェリーから、アレンはぎこちなく目を逸らす。
 「いけない子ね!」
 「えっ?!
 いえその、僕は別に・・・!!」
 慌てて逃げる口実を探すアレンの頭上に、その時、光明と呼ぶべき影が差した。
 「姐さん!ウサギ!」
 カウンターにウサギの入ったバスケットを置いたラビが、喜色満面に呼びかける。
 「なんでそんなトコしゃがみこんで・・・?」
 カウンターから身を乗り出してジェリーを覗き込もうとしたラビへ、アレンが腕を伸ばした。
 「確保!」
 「がふっ!!」
 首を掴まれ、じたじたと暴れるラビを引き摺り下ろしながら、アレンはジェリーへ真剣なまなざしを向ける。
 「ジェリーさん、ラビが取っちゃったウサギの代わりに、この手を切ってお守りにしてください。
 パフの役には立ちそうにないんで」
 「ちょっ?!
 ナニソレ!!
 嫌さあああああああああああ!!!!」
 更にじたじたと暴れもがくラビの不運に、ジェリーがため息をついた。
 「お守りの役にも立ちそうにないけどぉん?」
 「えっ?!
 姐さんまでひどい!!」
 「アラン?
 じゃあアンタ、手を切ってほしいのん?」
 「ソレはやめてええええええええええええ!!!!」
 ぎゃあぎゃあと喚きたてるラビに、とうとうジェリーが笑い出した。
 「安心しなさいな、そんなことしないわよんv
 「ね・・・姐さあああああああああああああああん!!!!」
 残酷な冗談をなぜか本気にしているラビの号泣に肩をすくめて、ジェリーはバスケットを取り上げる。
 「ホラ、見てアレンちゃんv
 可愛いでしょぉんv
 「ホントにハートだぁ・・・・・・!」
 バスケットの中でもぞもぞと動くウサギの背中を見つめ、アレンがほっこりと笑った。
 「じゃあ今日のパーティは、ウサギ以外の料理で!」
 アレンの大声に、シェフ達は笑って了解の手を上げる。
 「えへへーvvv
 楽しみだなぁvv ジェリーさんのパーティvv
 はしゃいだ声と共にあげたもろ手は、がっしりと掴まれた。
 「君は不参加ですがね」
 背後からの冷たい声に、アレンが硬直する。
 「逃げ回る仔ねずみは地下牢にでも入ってなさい!!」
 「ぅえっ?!
 やだっ!!
 やだあああああああああああああああああああ!!!!」
 止める間もなくリンクに連行されるアレンの声が、段々遠くなっていった。
 「・・・・・・・・・・・・天網恢恢疎にして漏らさず」
 「うぅー・・・ん・・・・・・。
 それはさすがに可哀想じゃないかしらぁ・・・・・・」
 ラビの呟きに、ジェリーが肩をすくめる。
 「アンタ監査官に、今日はアタシに免じて許してあげて、って、言って来て」
 命じると、ラビも肩をすくめて頷いた。
 「姐さんはアレンに甘いさね」
 「アラン?そぉかしらぁ?」
 小首を傾げて、ジェリーはクスクスと笑う。
 「アンタにも、十分甘かったと思うけどねぇんv
 「・・・・・・そーでした」
 バスケットに入れた手を容赦なく齧られて、ラビは涙目で頷いた。
 「麗しのママンの命令に従うさー」
 とぼとぼと歩き出したラビを呼び止め、怪我した指に絆創膏を貼ってやる。
 「今日はもう怪我しないのよんv
 「・・・・・・あい」
 照れくさそうに笑って、ラビはリンクを追っていった。


 翌朝。
 初冬の朝は、今日も冷たい霧に満たされていた。
 城の裏門から馬車入った馬車は、そのまま白い闇を進み、ぼぅ・・・と、浮かび上がった壁の前に止まる。
 「どうどう」
 ほとんど足を止めていた馬の、手綱を引いて彼は馬車を降りた。
 馬止めに手綱を繋いでいると、勝手口のドアが開いて、愛想のいい料理長が出てくる。
 「おはよぉんv
 今日もご苦労さまぁv
 彼女が抱いたウサギに、彼は目を丸くした。
 「なんだい、食べなかったのかい?」
 兎肉は嫌いだったろうか、と、気遣わしげな彼に、ジェリーは笑って首を振る。
 「違うのよぉんv ホラv
 やわらかい背中に浮かぶハートマークに、彼の顔もほころんだ。
 「素敵なプレゼントをありがとうv
 可愛いウサギちゃんを見た子供達が、食べないでってお願いするもんだから、飼うことにしたわんv
 「そうかい」
 クスクスと笑う彼女につられて、彼も笑い出す。
 「可愛がってもらえよ、ハートフル」
 ぴったりな名前にジェリーが吹き出し、華やかな笑声が霧とともにゆったりと流れた。



Fin.


 










2010年ジェリー姐さんお誕生日SSで・・・すみませんんんんんんんんん;;;;;;;
よりによって姐さんお誕生日前日の6日から高熱出してぶっ倒れ、出来上がったのは10日0時半でした;;;;
おいおい明日はバクちゃんのお誕生日だよ;;;
こんなんで無事終えられるのか、ひどく心配v>をい。
えぇ、まだ1文字も書いてないんで;>大概にしろ。
ともあれ、姐さんお誕生日おめでとうなのです!
ウサギは別に、暗喩でもなんでもなく、ウサギ追っかけるアレン君が書きたかっただけという・・・。>なんじゃそりゃ。
全体的にだからなんなのって出来になってないか、至極不安;;;
もうホントごめんなさい;;;;;;












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