† Butterfly’s Sleep †






†このお話はヴァンパイア・パラレルです†

  D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。
  頭を空っぽにして読んで下さいねv


 闇の中に目を覚ました・・・・・・。
 時刻は夕暮れ時で、外はまだぼんやりと明るいはずだったが、部屋の窓は一筋の光も入らないよう、厚いカーテンで幾重にも覆われている。
 風さえも入ってこない部屋に息苦しさを感じて、リナリーは半身を起こした。
 と、左の足首に絡んだ鎖が耳障りな音を立てる。
 「・・・忌々しい」
 舌打ち混じりに、リナリーは吐き捨てた。
 彼女がアレンによって『眷属』にされてから早半月。
 街はクリスマスの飾りに彩られ、喜びに満ち溢れているというのに、彼女はこの暗い部屋に囚われたままだった。
 「この鎖だけでも取れないかな・・・!」
 ベッドを出ても、部屋中をずるずるとついてくる鎖を引くが、枷に捕らわれた足に小さな擦り傷を作るだけで、なんの解決にもならない。
 しかも眷属と化したリナリーの身体は自己治癒能力に優れ、傷は痕も残さないまますぐに消えてしまった。
 「・・・・・・っ」
 傷を作る度・・・そしてそれが跡形もなく消える度に、もう人間ではないのだと思い知らされる。
 反抗的な彼女はそれが疎ましく、一度、自棄になってカーテンを開いたことがあった。
 陽光にさらされた瞬間、全身が焼け爛れて意識を失ったリナリーは、治療のために大量の血を飲まされて、今ではほぼ完全な眷属と化している。
 ために毎『朝』、目覚める度に酷い渇きを覚えるようになってしまった。
 「い・・・やだ・・・・・・」
 掠れた小さな声が、リナリーの唇から漏れる。
 「いや・・・だ・・・・・・」
 喉が渇いて仕方ない・・・水などでは癒せない渇きが彼女を苛んだ。
 「いやだ・・・・・・・・・」
 喉に当てた両手の甲に、涙の雫が落ちる。
 「いやだ・・・ヴァンパイアなんかに・・・なりたくない・・・・・・!」
 窓辺へ向かう足を、鎖が引きとめた。
 床に膝をつき、なおも窓へ向かって伸ばす手を、誰かが掴む。
 「リナリー!やめて!!」
 悲鳴じみた声をあげたアレンが、リナリーを背後から抱きしめた。
 「ま・・・また外に出る気ですか?!
 今度こそ死んじゃいます!!」
 自分の方こそ死にそうな声をあげて、アレンは暴れるリナリーを押さえつける。
 「ねぇ!!
 お願いだから・・・日に当たろうなんて思わないで・・・・・・!」
 懇願すると、リナリーの抵抗が止んだ。
 「リナ・・・」
 「気安く触るなっ!!!!」
 「ぎゃんっ!!!!」
 突然後ろに倒れたリナリーに潰された上、彼女の足に絡んだ鎖で首を絞められる。
 「きゅううううううううううううううううう!!!!」
 「これ外しなさいよっ!!」
 「だっ・・・だめ・・・!!
 外したらリナリー、また無茶をするから・・・きゅうううううううううううううううううう!!!!」
 一旦緩んだ鎖が再び引き絞られ、アレンが哀れっぽい悲鳴をあげた。
 と、声を聞きつけたラビが部屋に飛び込んでくる。
 「あっ!こら!
 いじめんじゃないさ!!」
 言うや殺人事件になりそうな二人の間に入り、リナリーの腕を掴んで、アレンから引き離した。
 「いーかげんにするさ、リナ!
 お前が陽の下に出たりすっから、こうやって繋いでんだろ?!」
 大声をあげたラビを、リナリーはきっと睨む。
 「うるさい、吸血鬼!!
 なんでほっといてくれなかったの?!」
 「ほっといたら死んじゃってたんですよ?!」
 リナリーのヒステリックな声に動揺したアレンが、ラビの制止を振り切ってリナリーを抱きしめた。
 「お願いだから死なないで・・・!
 僕はもう、誰も失いたくないんだ・・・!」
 「気安く触るなって言ってるでしょ!」
 「ぐふっ!!」
 みぞおちに強烈なこぶしを受けて、アレンが息を詰まらせる。
 「そもそも、私が陽を浴びただけであんな重傷を負うようになったのは、誰のせいだよ!!」
 胸倉を掴んだリナリーに激しく揺さぶられ、声も出せないアレンを見かねたラビが、また二人を引き離した。
 「ちょっとお前ら・・・ってかリナ!
 落ち着け!!!!」
 ラビが苛立った声をあげて、リナリーの手を取る。
 「アレンも・・・こんな奴のどこがいいんさ?!」
 「顔!!!!」
 即答されて、ラビだけでなくリナリーも声を失った。
 「あと声と・・・動いてる所も好きですv
 蝶みたいに軽やかで、見惚れてしまいますv
 うっとりと頬を染めたアレン以上に、リナリーが真っ赤になる。
 「こんなに可愛らしいんだもん、時を止めておきたいって思うのは、とっても自然なことだと思います」
 恥ずかしげもなくきっぱりと言うアレンに、ラビは諦め顔で首を振った。
 「何度も致命傷受けといて、そこまで言えるのはホント立派さ」
 「でしょv
 惚れた弱味ですよv
 嬉しげに言って、アレンはリナリーを抱きしめる。
 と、彼女も呆れてしまったのか、抵抗らしい抵抗はしなかった。
 それに気を良くして、アレンは彼女を抱き上げる。
 「さぁ、リナリーv
 今日は別のお邸に移動しますからねv
 「ど・・・どこに・・・?」
 リナリーが不安げに眉を曇らせると、アレンはにこりと笑った。
 「クラウド様の別邸の一つです。
 ロココ様式の建物がすごく可愛いんだって!」
 ね?と、首を傾げたアレンに、ラビが苦笑する。
 「しらねーさ。
 俺だって行ったことねーもん」
 肩をすくめたラビに、アレンはぽかんと口を開けた。
 「あ・・・そう言えばラビは、こないだ初めてクラウド様に会ったんだっけ」
 「そ。
 クロウリー家の、パリの別邸でな。
 自治警長官なんて要職についてる人だから、真っ先に紹介されそうなもんだけど、なんか機会を逃してたみてーさ」
 だから、と、ラビは楽しげに笑う。
 「俺もついてってやるさねv
 「それって・・・招待されてないってことだよね?」
 勝手に決めていいのか、と、眉をひそめるアレンにラビは、軽やかに手を振った。
 「いーじゃんか!
 こんなに長い間、自分ちにいるのも飽きたしさーv
 自分ち、と言うがここは、彼の家が所有する別邸の一つだ。
 常にハンターから追われるヴァンパイアの一族は、一つところに留まり続けることが難しいため、どの家も多くの別邸を持っていた。
 そのほとんど全てが豪邸であるのは、人間の数倍を生きる間に蓄えた財産が莫大であるためだ。
 ために彼らはいかなる時代にも、その優雅さを失うことなく生きて来た。
 ラビが暢気すぎるほど暢気なのも、その裕福さと、多くの国に一族がいる安心感からかもしれない。
 「ジジィは温泉のある邸でのんびりするから行かないっつってっけど、俺はみんなとパーティしたいしさーv
 夜の眷属が祝う、一年で最も夜の長い冬至の日は今年、人間の言うクリスマスと重なっていた。
 「今年はアレンの成人祝いもやるし、賑やかになるぜv
 ラビに頭を撫でられて、アレンはくすぐったそうに笑う。
 クロスの従者として拾われた彼はまだ、16歳の少年だったが、早くも成体と化していた。
 「正式に眷属になれるんですね、僕v
 大きく尖った牙を舌先で触るアレンに、ラビが大きく頷く。
 「自治警長官が後見人なんて、お前ついてるさ!
 これも、クロスの旦那が信用なかったせいさね!」
 主人が多少風変わりな程度なら、クラウドもわざわざ口を出さなかっただろうが、彼女もアレイスターも、クロスとは千年もの長きに亘る付き合いで、彼の悪辣非道さは身に染みて知っていた。
 信用のないことでは他の追随を許さないクロスの従者であるアレンを、アレイスターも放っておけなかったのだろう。
 その上、アレンを気に入っているラビの頼みもあって、アレンの身はクラウドが後見し、アレイスターが保護することになった。
 「感謝するさねーv
 「うん!ありがとう、ラビvv
 「ねぇちょっと」
 勝手に盛り上がっている二人に、リナリーが不機嫌な声を上げる。
 「ここを出るんなら外しなさいよ、これ!」
 じゃら・・・と、音を立てて左足に絡む鎖を示すと、二人は難しい顔でリナリーを見た。
 「・・・逃げませんか?」
 「逃げられるのならとっくに逃げてるよ!」
 それよりも、と、リナリーは自分を抱き上げるアレンの首に腕を回す。
 「気安くさわんなってゆってんでしょ!!」
 一気に首を絞められたアレンが、泡を吹いて目を回した。
 「なにしてんさこの乱暴者――――!!!!」
 「女の子を監禁してる奴らに言われたくないよ!!」
 アレンの腕から脱したリナリーが、ラビに怒鳴り返す。
 「ホラ!!
 とっとと外しなさいよっ!!」
 怒声と共に、鎖の絡んだリナリーの足が、アレンの腹をえぐった。
 「早く!しないと!アレン君が!潰れちゃうよっ!」
 「潰してんのはお前だろさー!!!!」
 ラビは白目を剥くアレンを抱えて、リナリーの足が届かない所まで逃げる。
 「ホンット・・・ハンターってのは、悪魔みてーな奴らさね!」
 今では眷属にされたものの、リナリーはヴァンパイアハンターの中でも名門と言われるリー家の娘だった。
 ラビの、彼女を見る目にあからさまな嫌悪を感じて、リナリーは眉をひそめる。
 「・・・ラビって、初めて会った時から私のこと嫌いだったでしょ」
 単刀直入に言うと、ラビの目がわずか、細くなった。
 その表情に嫌な予感がして、リナリーはラビから目を離さないまま、こくりと喉を鳴らす。
 ややして、
 「もしかして・・・家族をハンターに殺されたの?」
 低く問えば、ラビの顔から表情が消えた。
 いつも陽気な彼の、突然の変化にリナリーは黙り込む。
 と、ラビは抱えていたアレンをベッドに横たえて、つかつかとリナリーに歩み寄った。
 「あんまり余計なこと言うんじゃないさ」
 リナリーの顎をつまみ、真っ直ぐに目を合わせたラビの隻眼が、異様に冷たい。
 「俺はお前達みたいな暴力主義じゃねぇから、俺の両親を殺した奴を恨んでも、その一族だからって理由でお前まで恨むつもりはないさね。
 けど、非暴力主義ってワケでもないんでね。
 あんまりやかましいと、うっかり同一視しちまうかもしんないさ」
 低く言って、ラビはリナリーを突き飛ばした。
 「・・・この話題は終わりにしようぜ」
 数歩の距離を置いて、ラビはリナリーを睨む。
 「せっかくの弟分を、泣かせたくないしさ」
 急に冗談めかした口調になって、ラビはにんまりと笑った。
 「メイドを呼んでやるから、さっさと着替えるさ。
 食事が済んだらすぐ出発さね」
 そう言うと、ラビは未だ白目を剥いたままのアレンを小脇に抱えて部屋を出て行く。
 「な・・・なによ・・・・・・!
 なんなのよ!!」
 残されたリナリーは、気を呑まれたことが悔しくて、クッションを思いっきりベッドに叩き付けた。


 その頃、同じ邸の別の部屋では、リーバーがミランダに支えられながらベッドを降りた。
 「本当はまだ・・・動いて欲しくはないのですけど・・・・・・」
 ハンター達に一家が襲われたのは、つい先日のこと。
 ヴァンパイアにとっては致命的なガスに冒された一家4人を助けるため、まだ人間だったリーバーは、その血のほとんどを提供した。
 ために未だ身動きの不自由な彼を気遣うミランダに、リーバーは青い顔で苦笑する。
 「けど、もうご当主が出発してしまったんだから、そう言う訳には行かないんだろ?」
 言うと、ミランダは唇を噛んで頷いた。
 ヴァンパイア各家の当主で構成される自治会では毎年、12月に恒例の会合が行われる。
 聞くところによると、眷属内で無用の争いが起こらないように、また、起こってしまった場合はそれを厳正に対処できるように、取り決めを行うのだそうだ。
 純血のみが出席を許されるそこには、アレイスターに長年連れ添ったエリアーデですら入ることを許されない。
 随行が許されるのは護衛と従者のみ、と言う厳しい掟により、アレイスターはハワードの他には御者にトマを連れただけで行ってしまった。
 「私・・・この時期になるといつも、お姉さまがお気の毒で・・・・・・」
 あんなにもアレイスターに尽くしているエリアーデが、純血ではないと言うだけで、この時ばかりは召使いよりも格下になるのだ。
 そのことについてエリアーデは、気にしていないとばかり明るく振舞っているが、時折屈託を滲ませる事にミランダは気づいていた。
 「長いしきたりですから、仕方ないのでしょうけど・・・・・・」
 わかってはいても、納得はいかない様子のミランダに、リーバーが微笑む。
 「じゃあ、せめてその屈託を晴らしてやろうじゃないか」
 「え・・・?」
 小首を傾げたミランダの背を軽く叩き、リーバーはティーテーブルの席に座った。
 そこには既に、朝食の用意がある。
 「つまり、姉上が余計なことを考える暇もないくらい楽しませてやろうぜ、ってこと」
 「そうですね・・・でも、どうやって?」
 ティーポットから注いだ茶を差し出しながら問うと、ティーカップを受け取ったリーバーがにこりと笑った。
 「さっき、すごく楽しそうにアレイスター卿との出会いを語ってくれてたんだ」
 「あぁ・・・あのお話ですか。
 あのお姉様がおてんばだったなんて、信じられないでしょう?」
 クスクスと笑うミランダに、リーバーも頷く。
 「アレンも信じられないって言ってたぜ。
 俺もまだ、あの人が本気で怒った所は見たことがないからな」
 冷酷な女主人と言う噂を立てるため、使用人達を怒鳴っている所は何度も見たが、エリアーデはリーバーが知る傲慢な金持ち達のように、むやみに暴力を振るったりすることは一度もなかった。
 そう言うと、ミランダは頬を紅潮させて、何度も頷く。
 「そ・・・そうなんです・・・!
 お姉さまはわざと誤解を受けてらっしゃいますけど、本当はとてもお優しい方なの・・・!
 なのに皆さん、あらぬ噂ばかりを信じて・・・純血の方の中には、あからさまに蔑む方もいらっしゃるんです・・・。
 お姉さまは何を言われても気丈に振舞っておいでですけど、随分と辛い思いをなさっているんじゃないかしら・・・」
 ため息を漏らしたミランダは、しかし、リーバーを見遣って微笑んだ。
 「あなたがわかってくださって、本当によかった・・・。
 お姉さまのことを、悪く思ってほしくはありませんもの」
 何百年もの間、共に過ごして来た家族だからということもあるだろうが、エリアーデのことだけでなく、およそミランダの口から他人の批判が漏れることはない。
 ハンター達が言う『化け物』と言う呼び名からはかけ離れた善良さに、リーバーはまた感心した。
 「本当に・・・いるんだな、善良な人間って」
 「はい?」
 なんのことだろうと、小首を傾げるミランダにリーバーは微笑み、鈍い動きで彼女の冷たい頬に触れる。
 「既に身体は人でなかろうと、ミランダは神に愛される資質を持っている、ってことだ」
 「・・・・・・・・・っまさか」
 ミランダが困惑げに眉根を寄せると、リーバーはゆっくりと首を振った。
 「神が真に全知全能であるなら、きっとお前の本質を見抜いて、愛してくれるに決まってる。
 逆に言えば、見抜けない神は全知全能じゃない」
 きっぱりと言ってやると、ミランダは困り果てて眉尻を下げる。
 「さ・・・最近の方は、皆さん、そのようなお考えなんでしょうか・・・?
 わ・・・私は主を疑うだなんて、思いもしませんでしたけど・・・・・・」
 考え方が古いのだろうかと、真剣に考える様子に思わず笑みが漏れた。
 「え?!
 なんっ・・・なんですか?!」
 妙なことを言っただろうかと、慌てるミランダにリーバーは笑って首を振る。
 「この信心深さは実家の躾・・・じゃあないんだろうな。
 ハワードは手段を選ばない所があるし」
 彼女の善良さはむしろ、実際には血の繋がっていないアレイスターとよく似ていた。
 そう言うと、ミランダは苦笑して頷く。
 「母は、ハワードを産んですぐに亡くなりましたし・・・物心つく前に父も流行り病で亡くなって、あの子自身も死の淵に立たされたんですもの。
 実家のことは、何も覚えていないんです」
 アレイスターとエリアーデを両親のように思い、育った彼は今に至るまで、純血の子供と大差ない環境にいた。
 「だから、家族の中で神を畏れるのは私だけなんです・・・。
 お姉さまはそんなの馬鹿げてるって、いつもおっしゃるんですけど・・・・・・」
 「そりゃあ・・・あの人は別の神に仕えてたそうだしな」
 キリスト教化の歴史は、学校に通う子供ならみんな知っているだろう。
 教科書によっては教化前の民族を、あからさまにバーバリアンと呼ぶ物もあるのだから、あの誇り高いエリアーデが反発するのも無理はなかった。
 「貶められて嬉しいなんて、思う人じゃないだろ」
 だから殊更に彼女はアンチキリストなのだろうと推測すると、ミランダは感心したように頷く。
 「リーバーさんは・・・公平に物事をご覧になるんですねぇ・・・・・・」
 「科学者だからな」
 最終的には生活の役に立ちそうな医学を選んだが、彼の得意分野は科学、数学、化学、言語学と、多岐に及んでいた。
 「それに元々俺は、英国系オーストラリア人だし、最近はみんなもそう、信心深くはないからな。
 こんなもんじゃないか?」
 「そう・・・なんですか・・・・・・」
 呟いて、ミランダは両手を組み合わせる。
 「主もお気の毒に・・・・・・」
 「・・・うん、そう言う事をハンターの前で言ってやったら、彼ら度肝を抜かれるんじゃないかな」
 ハンター達は、ヴァンパイアに信心などないと思っているだろうから、彼らなどよりよほど真摯に主を尊崇している彼女には、驚くに違いなかった。
 しかしミランダは震え上がり、必死に首を振る。
 「あっ・・・あの方達っ・・・!
 怖いですっ・・・!!!!」
 ヴァンパイアを化け物と呼ぶ彼らの方が、彼女をこんなにも怯えさせていることに、違和感がなくはない。
 だがリーバーにはどうしても彼女が普通の人間にしか見えず、震える手を取って引き寄せた。
 「大丈夫」
 傍らに膝をついた彼女を抱き寄せ、額に軽くキスする。
 「俺が守ってやるから」
 「は・・・はい・・・・・・」
 家族を除いては初めて言われた言葉にミランダは頬を染め、恥ずかしげに頷いた。


 「あら?
 どうしたの、その子?」
 既に身支度を整え、『朝食』の席にいたエリアーデは、ラビが小脇に抱えて運んできたアレンを見て眉根を寄せた。
 「リナにやられたんさ」
 「あらまぁ・・・。
 悲鳴をあげていたから、倒されてはいないと思っていたのだけど・・・また負けたのね」
 ラビがソファに寝かせたアレンのぐったりとした様を眺めて、エリアーデは吐息する。
 「今年の冬至の祭は、この子を主役にするんでしょう?
 大丈夫なの?」
 「んー・・・。
 俺としては、二人が距離置いてくれること希望なんけどさー・・・」
 「無理よ」
 「さねー・・・」
 きっぱりと言われて、ラビが肩を落とした。
 「もひとつ企んでることがあるっつーのに、毎回血みどろじゃ、めでたくもなんともないさ」
 目を回しているアレンを見下ろし、ラビがこっそりと呟く。
 「あぁ・・・あのことね」
 苦笑して、エリアーデはグラスを手にした。
 「誕生日がわからないなんて不便ね、この子。
 占いが出来ないじゃないの」
 紅い液体を飲み干したエリアーデに、ラビは肩をすくめる。
 「ホロスコープなんて信じてないってさ」
 「それは占ったことがないからでしょ」
 楽しいのに、と呟いた彼女が、ふと瞬いた。
 「誕生日がわからなくても、カード占いなら問題ないわね」
 グラスを置いて立ち上がったエリアーデに、ラビが首を傾げる。
 「タロットかなんかさ?」
 「そう!
 二百年くらい前に、有名な画家に作らせたのが・・・って、あぁ、ここはあなたのおうちだったわね」
 うっかり自分の邸にいる気でいたエリアーデが、がっくりと肩を落とした。
 「あぁ・・・!
 ハンターが襲ってきたりするから、荷物は全部置いてきてしまったわ・・・!
 アレイスター様からいただいた首飾りは無事かしら・・・!
 私の瞳に似合うから、って、作ってもらったサファイアの指輪と、お揃いのイヤリングも・・・私の宝石達は全部、アレイスター様との思い出がこもっているのに・・・・・・!!」
 椅子の背もたれに縋って泣くエリアーデにラビが苦笑する。
 「まぁまぁ、そんなに落ち込まんで、マダム!
 あいつらも女の持ち物に手を出すほど怖いもん知らずじゃないさね。
 ンなことしたら、末代まで祟られるもん!」
 「そっ・・・そうよね!!」
 涙目に希望の光を灯して、エリアーデが顔をあげた。
 「生きていれば、いずれ会えるわ、私の大事な宝石たち・・・!
 ・・・でも、冬至に着ようと思っていた毛皮は・・・諦めるしかないわね・・・。
 まだ袖も通してなかったのに・・・!」
 パリにはしばらく戻れそうにない、と、エリアーデは無念そうに吐息する。
 「荷物だけでも取り戻せないかしら・・・・・・」
 「余計なことは考えるな」
 唇を噛むエリアーデに、その時、厳しい声がかけられた。
 「あのようなことがあったばかりだ。
 しばらくと言わず、何年かは近づくな」
 「クラウド様・・・・・・」
 慌てて口を押さえたエリアーデが、気まずげな目で自治警長官を見上げる。
 「準備は出来たのか?」
 「あ・・・はい!
 私は・・・」
 弾かれるように立ち上がったエリアーデは、口を濁して二人の少年を見遣った。
 「・・・食事は馬車に持ち込んでいいから、とっととその子供を連れてついて来い!」
 「はいさ!」
 言外に同行の許可をもらい、ラビは喜び勇んでアレンを抱える。
 「長官!長官!!
 俺、長官の馬車に乗ってい?!」
 ぴよぴよと付きまとうラビに、しかし、クラウドは首を振って踵を返した。
 「お前は子供達の世話をしていろ」
 「子供・・・たち?」
 抱えたアレンを見下ろし、ラビは人差し指を立てる。
 「子供・・・と?」
 「子供」
 「出せええええええええええええええええええええ!!!!」
 クラウドがドアを開けるや大声をあげたのは、鳥かごのようなドーム型の檻に入れらたリナリーだった。
 「ええええええええ!!!!」
 「嫌ならついてこなくていい」
 「嫌とは言ってねーけど!!」
 置いて行かれたくないばかりに、咄嗟に言ったラビだったが、あんな会話のあった後では甚だ気まずい。
 「どうするんだ?」
 にんまりと意地悪く笑うクラウドから、ラビはピチピチと泳ぐ目を逸らした。
 「う・・・お世話・・・するさ・・・・・・」
 「よろしい」
 楽しげに笑ったクラウドの唇から、白い牙がこぼれる。
 「私はお前達を別邸に連れ帰った後、自治会に向かわねばならん。
 急げよ」
 「あい・・・って?!
 これ!!これ俺が運ぶンさ?!」
 アレンを抱えたまま、獰猛な肉食獣のようなリナリーの檻を指すラビに、クラウドはあっさりと頷いた。
 「がんばれ!男の子だろう?」
 「う・・・あい・・・・・・」
 メイドに渡された鎖を持って、ラビはリナリーの檻を引く。
 「私は見世物かああああああああああああ!!!!」
 「ちょっと静かにするさああああああああ!!!!」
 リナリーが暴れる度に、重さを増すかのような檻を睨み、ラビは負けじと大声をあげた。


 その頃、先発したアレイスターは夜道を馬車に揺られていた。
 「なんとまぁ・・・今年の議題も難儀であるよな・・・・・・。
 ハワード、お前にも見て欲しいである」
 めくっていた書類を弟に渡すと、有能な彼はあっという間にそれらを読了する。
 「兄上、相続争いについては既に、各家の正確な財産目録が作成されているので、それに基づけばよいかと考えます。
 この場合ですと、バルベ家の主張が正しく、ドナート家に領有の権利はありません。
 また、マーテンソン家の血筋が絶えた件については、三代前のご当主の妹君がカバネル家に嫁いでおられますので、現チェレッティ家のご当主の一族がふさわしいでしょう」
 「なるほどな・・・。
 チェレッティなら、マーテンソンのコレクションも無駄にはならぬであろう。
 ・・・マーテンソンは全く、前当主の収集癖のせいで、城内は美術館が100は建とうかという有様である。
 困った癖と言えば、クロスの浪費癖もたいしたものであるが、何も残さぬだけマシかと・・・」
 「クロス様の借金総額が、ロシア帝国の国家予算を超えたとかで、議題に上っておりますが」
 「・・・・・・・・・まったく」
 額を押さえたアレイスターが呆れ声を上げた時、突如響いた銃声に馬がいななき、馬車が止まった。
 「何事であるか?!」
 「見てまいります!」
 馬車を出たハワードが、御者台のトマに声をかけるが答えはない。
 不安に思ったアレイスターは、馬車の中で居心地悪そうに身じろぎした。
 自分も馬車を出るべきか、なかなか決められないでいると、闇の中に再びの銃声とハワードの声が響く。
 「ハワード!!」
 馬車を飛び出たアレイスターが御者台へ駆け寄った。
 と、興奮していななく馬達の足元に、トマとハワードが横たわっている。
 「トマ!ハワード!!」
 驚いて足を早めたアレイスターの前に、背の高い男達が立ちはだかった。
 「なんであるか、お前達は・・・!」
 「私をお忘れですか?」
 低く囁かれた声に、アレイスターはぎくりと顔を強張らせる。
 「コムイ殿・・・か・・・」
 「復讐に参りましたよ、クロウリー家のご当主殿」
 進み出たコムイが、無表情にアレイスターを見つめた。
 彼の背後では、リー家の者か、ハワードとトマを撃ったらしき男がアレイスターに向けて銃を構えている。
 「銀の弾です。
 従者と弟君には、普通の鉛の弾を撃ちこんでいますから、しばらくすれば目を覚ますでしょうが、あなたはそうは行きませんよ」
 「・・・で、あろうな」
 油断なく銃口を見つめながら答えると、コムイの傍らの男が、銃口をハワードへ向けた。
 「何をするか!」
 「あなたが素直に来てくださるのなら、これ以上の乱暴はしません」
 「私・・・・・・?」
 狙いは誘拐だったかと察して、アレイスターは弟と従者を見下ろす。
 コムイの言っていたことは本当らしく、トマの方は心臓から血を流しながらも、既に薄目を開けようとしていた。
 「・・・わかったである」
 これ以上ごねては本当にここで全員殺されかねないと判断し、アレイスターが頷く。
 「同行しよう」
 「賢明なご判断です」
 薄い笑みを浮かべて、コムイは男達にアレイスターを拘束させた。
 「少々長旅になりますが、ご容赦を」
 無言で頷いたアレイスターを、男達が乱暴に連行する。
 気遣わしげな目を背後に向けながら、彼は別の馬車に乗せられ、闇の中をいずこかへと連れ去られた・・・・・・。



To be continued.


 










とっても切羽詰って書いた第2弾。
年明けて推敲とか・・・。
クロちゃんがハンターにさらわれる、という展開は、このシリーズを書いた当初から考えていたものでした。
さらわれたクロちゃんがどうなるか、ではなく、当主を連れ去られた人間出身の家族がどうなるか、ってところが。
そしてここでもアレン君は主役になれないという・・・。
ホントに、誰の誕生日なのかと;












ShortStorys