† finale †
†このお話はヴァンパイア・パラレルです† D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。 頭を空っぽにして読んで下さいね |
細い掻き傷のような月が、凍った夜空に血飛沫のような星影を散らす下、馬車は音もなく進む。 幾台か連なったそれらは人の作った道を避け、尋常な馬では到底、踏破不可能な道なき道を行った。 一行の誰もが、アレイスターの身に起こったことを未だ知らない。 道を急ぎつつも和やかに談笑し、クラウドの別邸に至ると歓声まで上がった。 「ま・・・はしたなくてよ、ミランダ」 「ご・・・ごめんなさい、お姉さま・・・!」 エリアーデにたしなめられ、真っ赤になったミランダは、歓声をあげたばかりの口を覆う。 「あ・・・あんまり素敵だったものですから・・・つい・・・」 邸を囲む塀こそ、要塞のように堅固な造りではあったが、中では見晴らしのいいアプローチの向こうに、ロココ様式の邸が貴婦人然として彼らを待っていた。 「あら? あなた、ここには来たことがなかったかしら?」 「お前だって来たことはないぞ、エリアーデ。 ここは、50年ばかり前に建てたばかりだからな」 「あ・・・あら、そうでしたか・・・?」 気まずげな笑みを浮かべるエリアーデに、クラウドは苦笑して頷く。 「見ての通り、こんな山奥を選んでしまったものだから、資材を運ぶのに難儀してな・・・完成までに150年ほどかかってしまったのだ」 あれは失敗だった、と、クラウドが眉根を寄せた。 「おかげで出来上がった頃にはもう、時代遅れのデザインになってしまっていて・・・。 ・・・今時・・・ロココとか・・・・・・!」 だからここには誰も呼ばなかった、と、顔を赤らめるクラウドに、姉妹は揃って首を振る。 「そんなことありませんわ!素敵ですわよ 「えぇ・・・! まるで宮殿みたいだわ・・・・・・!」 両手を握り合わせ、うっとりと外を眺めるミランダの傍らで、しかし、リーバーはずっと眉根を寄せていた。 「・・・・・・全然見えない」 ぽつりと言うと、ミランダが慌てて窓から離れる。 「ご・・・ごめんなさい、私・・・窓に張り付いちゃって・・・!」 「あ、いや・・・そうじゃなくて・・・・・・」 暗くて見えない、と言い直すと、女達は揃って不思議そうな顔をした。 「・・・あぁ! もしかしてあなた、目がお悪いの?」 「えぇ、それはそうなんですが・・・」 エリアーデの問いに、リーバーは首を傾げる。 「眷属になったんなら、普通に見えるはずじゃ・・・」 「いや、眷族とて万能ではない」 リーバーの疑問を断ち切るように、クラウドがきっぱりと言った。 「人間であった時に目の悪かった者が、眷属になって完治したなどという話は聞いたことがない」 「へ・・・?そうなんですか?」 「もっとも・・・」 意外そうな顔をしたリーバーに、クラウドは意地悪く笑う。 「外傷に対する再生力は、他の生物の追随を許さないからな。 いっそ抉・・・」 「いやあああああああああああああああああああ!!!!」 クラウドの言葉は、ミランダの絶叫で遮られた。 「そんっ・・・そんっ・・・そんな怖ろしいいいいいいことっ・・・!!!!」 ガタガタと震えるミランダに、さすがのクラウドが唖然として声もない。 「ぜっ・・・ぜっ・・・絶対にっ・・・だだっ・・・だめです!!!!」 ミランダは震えながらも必死に言い募るが、そんな彼女の姿にエリアーデはうっかり吹き出した。 「お姉さまっ!!」 「ごめんなさい・・・!」 謝りはしたが、一旦笑い出すと止まらなくて、エリアーデは真っ赤になったミランダに睨まれながらも笑い続ける。 それにつられたクラウドとリーバーまでが笑い出して、ミランダが頬を膨らませた。 「もう!」 「すまん・・・・・・!」 未だ笑声を治められないクラウドが、目尻に浮いた涙を拭う。 「いや・・・ずいぶんと愛情深くなったものだと思ってな・・・!」 「え・・・?! わ・・・私、そんなに薄情でしたか・・・?」 知らずに無礼を働いていたのではないかと、鼓動を早くするミランダに、クラウドは笑って首を振った。 「そういう意味じゃない。 ただ、お前は今まで、家族以外の者と深く関わろうとはしなかっただろう? 家族や眷属へ愛情を持つことはたやすいが、他人の・・・しかも人間へ向けられるようになったとは、お前も大きくなったものだと感無量になっただけだ」 クラウドの言葉に、エリアーデが何度も頷く。 「本当によかったわ・・・! あとは、ハワードが姉離れしてくれたらねぇ・・・」 くすくすと笑い出したエリアーデに、今度はリーバーが何度も頷いた。 「ホンットにあいつはガキっぽくて、やることがいちいち幼いんすよ!」 「子供は年相応のが、もういるのにねぇ・・・」 「・・・あぁ、子供と言えば・・・・・・」 なぜか口ごもって、クラウドはリーバーとミランダを見比べる。 「我が家には、他家から預かっている子供がいるのだが・・・少々、躾がなっていないので・・・その・・・」 言いにくそうなクラウドに、リーバーが頷いた。 「子供の躾くらいなら俺、やりましょうか?」 さり気ない自信を覗かせたリーバーに、クラウドはなんとも言えない笑みを浮かべる。 「躾・・・あぁ、躾は必要だな・・・・・・」 独り言のように言って、クラウドはため息をついた。 「一応・・・躾けているはずなのだが・・・・・・」 「・・・っどうされたんですの?!」 エリアーデに対しては厳格な教師であったはずのクラウドが、すっかり自信喪失している。 「そっ・・・そんなに手強い子供なんですか・・・・・・?」 クラウドの鬼教師ぶりは知らないリーバーでも、彼女のラビへ対する対処を見て、容赦はしない人だと思っていた。 その彼女を悩ませるのだから、よほど手に負えない子供なのだろう。 そう思い、皆が固唾を飲んで彼女の言葉を待っていると、クラウドはまた大きなため息をついた。 「・・・そうだな。 私が口を出すより、アレン達に遊び相手をさせた方がいいのかもしれない。 あいつも・・・それで少しは落ち着いてくれるといいのだが・・・・・・」 暗い声と共にまたため息が漏れて、誰も何も言えなくなってしまった。 と、そのうちに、重い空気を込めた馬車はエントランスに止まり、御者が恭しく馬車のドアを開ける。 「どうぞ」 「うむ」 先にクラウドが馬車を降りると、エントランスホールへ続く階段に並んだ使用人達が、主人の帰還を恭しく迎えた。 「後続の馬車に荷物が積んである。 降ろすのを手伝ってやれ」 「はい」 主人の命令を受けて、幾人かが階段を下りていった。 肩越しに見送ったクラウドは、ふと足を止めて、半身振り返る。 「どうぞ、マダム」 エリアーデに手を差し伸べると、彼女はくすりと笑ってクラウドの手を取った。 「エスコートしていただけないのかと思いましたわ」 「気が利かなくてすまない」 にこりと笑みを返し、共に歩む二人の後ろに、リーバーを支えながらミランダが続く。 と、これは気の利く使用人が歩み寄ってリーバーの片腕を支え、ほとんどミランダの負担にはならない程度に手伝ってくれた。 「あ・・・ありがとうございます・・・」 エントランスの階段を上りきった所で礼を言ったミランダは、ホールから突然沸いた歓声と続く悲鳴にビクッと飛び上がる。 「なっ・・・なんですかっ?!」 入っていいものかと、ミランダが逡巡するエントランスホールの中では、10歳くらいの小さな子供がクラウドに踏みつけられて血を吐いていた。 「全くお前はいつもいつも!! 客人が見えた時くらい、自重しろ!!」 「だっでっ・・・・・・!」 厳しい折檻を受けてもさすがは眷属と言うべきか、子供は苦しげながらも声を上げる。 「はじめで会うっ・・・おがあざまにっ・・・!!」 「・・・・・・・・・・・・え?」 唖然と口をあけたエリアーデを、クラウドが気まずげに見遣った。 「既に・・・アレイスターからは聞いていると思うが・・・・・・」 「なにをですの?!」 つかつかと歩み寄ったエリアーデから一瞬、目を逸らしたクラウドは、意を決して彼女を見つめる。 「これが貴家の跡取りだ」 「なんっ・・・・・・?!」 愕然と声を詰まらせたエリアーデの背後で、ミランダが息を飲んだ。 「いずれ・・・他家から養子を迎えるとは聞いていましたけど・・・・・・」 この子が、と、屈みこんだ瞬間、クラウドの足下から逃げた子供が彼女に飛び掛る。 「再び巨乳はっけーん!!!!」 「いい加減にしろ!!!!」 呆然として避けられないミランダに子供の手が触れる寸前、クラウドがその襟首を掴んで床に押し付けた。 「エミリア!!エミリア!!!!」 そのまま大声で呼ぶと、エントランスホール右側のドアが大きな音を立てて開く。 「繋いでおけと言っただろう!!」 怒鳴ると、エミリアと呼ばれた娘が慌てて駆け寄った。 「ごめんなさい、姉さま! あ・・・あたし、ちゃんと繋いでたんだけど・・・・・・!」 どうやって逃げ出したんだろう、と、不思議そうな顔をしたエミリアは、子供の襟首を掴んで持ち上げる。 「ティモシー! あんた、どうやってここまで来たの?!」 物置に閉じ込めていたのに、と、忌々しげなエミリアに、ティモシーと呼ばれた子供は舌を出した。 「おしえねーよ! ンなことより放せ!!巨乳もまっ・・・!!」 エミリアに問答無用で首を締められ、子供は泡を吹いて静かになる。 「・・・・・・・・・失礼しました」 ため息と共に一礼した彼女に、クラウドが頷いた。 「あぁ・・・お前たちは初めてかな。 こちらは我が家の分家の娘でエミリアと、その弟のティモシーだ。 我が家とクロウリー家は、5代前に兄弟の間柄であるし、この分家には3代前にクロウリー家の娘が嫁いでいるので、血筋的には問題はないと思う」 言い訳じみた口調になってしまったクラウドに、エリアーデが眉根を寄せる。 「た・・・確かに、血筋としては十分なんでしょうけど・・・・・・!」 納得できない様子のエリアーデを、エミリアが困惑げな目で見つめた。 「・・・こんなのでごめんなさい、マダム。 本当はちゃんと、躾をしてから会わせようと思っていたんですけど・・・」 「確かに・・・・・・大変そうですわね・・・・・・」 クラウドがあれほどに悩んでいた原因の子供を、エリアーデはじっと見つめる。 「・・・・・・この件については、私は口を出す立場にないのでなんとも申し上げられませんが、主人はむしろ、男の子よりも・・・」 「残念だが、我らは長子相続が原則だ。 分家はエミリアが継ぐ」 それで弟を養子にと言うことになったのかと、エリアーデは察した。 黙り込んでしまったエリアーデを、クラウドは気遣わしげに見つめる。 「この件は・・・先日のパーティの際に、ブックマンからアレイスターへ話が行っていたんだ・・・。 今夜の自治会では、この養子の件も議題に上がるのだが・・・おそらく、長老会からも反対意見は出ないと思う・・・・・・」 なにしろ、今や長老のトップであるブックマンが斡旋したのだ。 たとえ反対意見があっても、言い出せる者がいるとは思えない。 「反対だなんて、そんなつもりは・・・・・・」 そうは言いつつ、エリアーデの表情は浮かなかった。 目を伏せ、感情を押し殺しているかのような彼女に、意を決してエミリアが進み出る。 「あの! そんなにお嫌でしたら、別の子を考えてもらっても・・・」 「まさか」 暗い目をあげ、エリアーデは感情のない声で否定した。 「純血の方が決めたことを、私がどうこう言う権利なんてありませんもの。 私のことなどお捨て置きくださいな、マドモアゼル」 そうは言いながら、エリアーデはエミリアの抱くティモシーを見ようとしない。 老獪な彼女が心情を偽ることさえできないことに気づきながら、ミランダはただおろおろとするばかりだった。 と、彼女達がいつまでも動かないために『荷物』を搬入できないでいたラビが、何事かと見に来る。 「ちょっと姐さんら! そこにいられちゃ、猛獣の搬入ができんさね!」 ただ事ならぬ雰囲気に気づかないのか、大声で言った彼を、幾人かはほっとした顔で見た。 その最たるはクラウドで、この機を逃してなるものかとばかり、使用人達を呼び寄せる。 「さぁエリアーデ、ちょっと部屋で休むといい。 リーバーもまだ、万全ではないからさっさと休むんだな。 ミランダ、付き添ってやれ」 使用人達に案内を命じたクラウドは、何か言いたげなエリアーデからは目を逸らしてラビを見遣った。 「娘はまだ檻の中か?」 「あったりまえさ! あんなん出してたら、俺ら生きてここにいないさね!」 憤然と言ったラビの言葉を裏付けるように、外では格子が烈しく鳴る音がする。 「暴れているのか・・・」 やれやれと、クラウドは肩をすくめた。 「アレンは起きたのか?」 「ん。 今、必死にリナをなだめ中さ」 「まったく・・・あいつはクロスの従者だろうが! 幼くとも魅了の力くらい、使えるんじゃないのか?!」 仕方ない、と呟いて、クラウドはすたすたと外に出る。 途端、リナリーの暴れる音が止み、クラウドはアレンと共に、静かになった檻を伴って戻って来た。 「あーぁ、固まっちまって」 クラウドの能力で動きを奪われたリナリーが、格子を掴んだ姿勢のまま固まっている。 「これも部屋へ運んでおけ!」 「これ、固まってても、おっぱい柔らかいのか?」 「起き抜けに言うことかっ!!」 目を覚ました途端、固まったリナリーを指して問うたティモシーを、エミリアが床に叩きつけた。 「あんた、そんなんだからマダムに嫌われんのよ?! 自覚しなさいよ!!」 踏みつけられて、ぴぃぴぃと泣き声をあげる子供に、ようやくホールに入れてもらったアレンが唖然とする。 「え・・・? 誰ですか、この子・・・?」 ティモシーを指差したままクラウドを見ると、彼女は深いため息をついた。 「我が家の分家の子で、クロウリー家の養子になる予定・・・なのだが・・・・・・」 「へ?! じゃあこの子、純血なんですか?!」 見えない、と、呆れるアレンを、ティモシーが睨みつける。 「うっさいクソガキ!! 無礼なこと言うと、許さないんだぜ!!」 エミリアの足下から抜け出し、起き上がった子供に指さされて、アレンは目を丸くした。 「・・・クソガキにクソガキって言われた・・・・・・」 「誰がクソガキだ!! 俺はもう53歳だ!!」 「中年か!」 「中年ってゆーなっ!!!!」 声を揃えたアレンとラビに、ティモシーはきぃきぃと声をあげる。 「断然長生きの血筋だから、ちょっっっっと成長が遅いだけだ!!!!」 「ちょっと・・・・・・」 「いや、53でこの身長はちょっとじゃないさね・・・・・・」 しゃがんだラビにぺしぺしと頭を叩かれて、ティモシーは湯気を吹き上げた。 「こんにゃろー!!!!」 「おっと!」 怒りの頭突きは、しかし、かざしていた手に受け止められて、ラビにはなんの被害もない。 「・・・・・・え? これだけさ?」 拍子抜けするラビに、アレンが不思議そうな顔を向けた。 「なに残念そうな顔してんの?」 「え?! イヤ別に、残念とかじゃないんケド・・・」 慌てて言ったラビの目が、ピチピチと泳いでいる。 その様に、アレンはため息をついた。 「・・・・・・ドM」 「イヤッ!! いや違うって、マジで!! 俺は別に、いじめて欲しいなんて思ってなくて、純血の攻撃がこんなもんだなんて変だな、って思っただけさ!!」 「こんなちっさい子にまで攻撃力を期待してる時点で終わってますよ、キミ」 ねぇ?と、同意を求められても、ティモシーが頷けるはずがない。 「絶っっっ対!!!! 倒してやっかんな、下郎!!!!」 ヒステリックな声をあげた瞬間、 「誰が下郎さ!」 スパンッと、軽快な音があがった。 「俺は純血で、長老会トップのブックマンの孫さね! なめんじゃねぇよ、傍流ガ!」 思いっきりはたかれた上に頬を引き伸ばされて、ティモシーが甲高い泣き声をあげる。 「ちょっ・・・ちょっとあんた!いじめないでよ!!」 弟の泣き声に慌てたエミリアが駆け寄ろうとするが、それはクラウドに阻まれた。 「放っておけ。 これで少しは懲りるだろう」 実際、ラビ達とは倍以上の年の差があると言うのに、外見が幼いためか、ティモシーの子供っぽさはいつまでも治らない。 「このままでは年下にさえなめられっぱなしだってことがわかれば、あいつの言動も少しは矯正されるかもしれん」 「はぁ・・・でも・・・・・・」 納得は行かない様子のエミリアを、クラウドが睨みつけた。 「そうやってお前が、いつまでも子供扱いだからいかんのではないか? 見た目は幼くとも、人間で言えば十分すぎるほど大人なのだ。 少々の長旅だからとて、お前がついてくる必要などなかったと思うがな?」 冷たく言われて、エミリアが口をつぐむ。 眉根を寄せてしまった彼女に、クラウドはふっと微笑んだ。 「お前が離れがたいのはわかるが、そろそろ弟を独り立ちさせてやれ」 無言で頷いたエミリアの、納得しがたい表情に笑みを深めて、クラウドが泣き喚くティモシーに歩み寄る。 「おい、そろそろ泣き止め。 さもないと、無理矢理止めるぞ」 ラビなんかよりよほど怖い顔で睨まれて、ティモシーはしゃくりあげながらも泣き声を止めた。 「よろしい。 ラビ、アレン。 ここにいる間は、この子の相手を頼む」 「えー・・・」 「別に・・・いいですけど・・・・・・」 あからさまに嫌がるラビと、言葉とは逆に不満げなアレンへ、クラウドはにこりと笑う。 「躾のためだ。 いくら泣かせてもかまわんぞ」 「やる!!!!」 即答した二人に、ティモシーが顔を引き攣らせた。 助けを求めて見遣った姉は、しかし、気遣わしげながらも口を出せないでいる。 「さーぁ 「めくるめく躾の世界へようこそ ラビとアレンに両腕を掴まれ、持ち上げられたティモシーがじたじたと暴れた。 「イヤだ――――!!!!助けろ――――!!!!」 使用人達にも命じるが、当然ながら、誰も助けてくれはしない。 行け、と、身振りで示したクラウドに一礼して、リナリーの檻と共に彼らを部屋へと導いて行った。 「さぁて 本当に躾がなるか、賭けないか?」 「賭けませんよ!!」 楽しげなクラウドに、エミリアが目を吊り上げる。 「やっぱりあたしも行っ・・・!」 「不可だ。 私は今から自治会へ向かうのでな、お前はレディ達のおもてなしをしろ」 従姉の命令にエミリアは、かなりの間逡巡した後、急かされて不承不承頷いた。 クラウドがようやく別邸を出発した頃、ハワードはトマに揺すられて目を覚ました。 「つっ・・・・・・!」 胸を撃った銃弾が貫通していたためか、傷の治りは幾分か早かったようだ。 ただし、砕かれた骨は未だ繋がらず、ハワードに苦痛をもたらした。 「あ・・・兄上は・・・・・・!」 額に汗を浮かべて問えば、ハワードより早く回復したらしいトマは、ぶるぶると首を振る。 「ト・・・トマが目を開けた時・・・だっ・・・旦那様がそこにいらっしゃいまして・・・」 震える指で、トマが馬達の前方を指した。 「ま・・・まだ完全に回復しておりませんでしたので・・・起き上がることが出来ず、確認はできなかったのですが・・・・・・どうやら狼藉者達はハワード様を人質にとったようで・・・! 旦那様は・・・ハワード様を撃たないようおっしゃって・・・拘束されておしまいに・・・」 「兄上・・・・・・!」 愕然として、ハワードはこぶしを握る。 「なぜ・・・! なぜ純血の兄上が、私などを庇って・・・!」 こぶしを地に叩きつけると、傷ついた身体に激痛が走ったが、そんなものは問題ではなかった。 「兄上を守れずにいて、私だけがおめおめと帰れるものか・・・!」 「で・・・ですが、ハワード様・・・! この件は、まず奥方様と自治会にご報告申し上げなければ・・・!」 「義姉上に・・・・・・」 ハワードの全身に、痛みのためではない震えが走る。 「あ・・・義姉上・・・に・・・・・・」 当然そうすべきなのだろうと、頭ではわかっているのだが、身体が震えて立ち上がれなかった。 「ハワード様・・・」 気遣わしげに、トマが声をかける。 「ハワード様はどうぞ、自治会へお知らせください。 奥方様へはトマがご報告申し上げます」 言うやトマは立ち上がり、馬車を牽いていた2頭の馬に、それぞれ鞍を置いた。 「お乗りになれますか?」 「あぁ・・・大丈夫だ・・・・・・」 未だ強張った顔をしたハワードが、少しは震えの治まった足で立ち上がる。 「駆けているうちに、傷も塞がるだろう」 「はい、お気をつけて」 鈍い動きで騎乗したハワードが離れるのを待たず、トマももう一頭に騎乗した。 ハワードとは道を逆に戻り、人里離れた山奥へと向かってかなり経った頃、前方から馬車の進む微かな音が聞こえてくる。 人外の耳にしか捉えられないほどの、微かな車輪の音はヴァンパイアのものだと確信し、トマは馬に鞭を入れた。 「大変でございます!大変でございます!!」 大声をあげると、御者が驚いて馬車を止める。 「あぁ、やはりクラウド様の・・・! お願いでございます、お助けください!!」 「何事だ」 聞き慣れたトマの声に驚き、馬車の窓からクラウドが顔を出した。 「だっ・・・旦那様が!!」 早口に、ハワードにも語ったことを話すと、クラウドは馬車を降りて馬に駆け寄る。 「ご城主様?!」 驚く御者に頷いただけで、クラウドは馬車を牽く馬の一頭に鞍を置いた。 「私はハワードを追う! いくら貴重な情報を持っていても、純血ではないあいつは自治会に入れないからな! お前は邸に知らせろ!」 「は・・・はい!!」 既に駆け出したクラウドの背に頷き、トマは邸へ向けて馬を走らせる。 エリアーデになんと報告すべきかと思い悩むあまり、周りの見えないトマの後をつける存在を、彼は元より、取り残された御者さえ気づけなかった。 「わぁ お人形みたい 部屋に運び込まれたリナリーを見て、アレンは歓声をあげた。 ロココ調の部屋は白い壁を基調に、絵画やタペストリーで飾られている。 その中心に置かれたリナリーは、檻が鳥籠のような形をしていることもあって、囚われた天使のようだった。 「すごいな、クラウド様の能力・・・! 本当に石になったみたい!」 格子を握ったままの手に手を重ねると、石ではない証拠にほんの少し柔らかい。 「動いてる時みたいに意地悪をしないから、このままでもいいんだけど・・・・・・」 そう言うわけには行かないか、と、一人ごちたアレンは、格子の中へ手を差し入れ、リナリーの手をゆっくりと撫でた。 「・・・・・・あれ?」 彼女の手首に触れた瞬間、アレンがはふと目を見開く。 「今・・・脈がなかったような・・・・・・」 蒼くなってリナリーの手首を握るが脈に触れられず、アレンは更に慌てた。 「どっ・・・どうしよう!! 硬直って、心臓まで固まっちゃうの?!」 わたわたとクラウドから預かった鍵を取り出し、震える手には小さすぎる鍵穴に差し込んでなんとか檻を開ける。 「リ・・・リナリー!!」 格子を握ったまま硬直した手を慎重に外し、彼女の身体を檻から出した。 「ししししし・・・心臓、動いてますかっ?!」 どもりながら彼女の胸に耳を当てて見るが、自分の鼓動がうるさくて、彼女の鼓動が聞こえない。 「リッ・・・リナッ・・・!!」 どうしよう、と、更に彼女の身体を抱きしめた時、 「おい、なに騒いでんさ、お前・・・・・・」 ドアを開けたラビが、目の前の光景に一瞬、絶句した。 「・・・・・・・・・アレン。 いくら好きだからって、動けない女の子の胸を触るなんて真似は感心せんさね」 ため息混じりに言ったラビに、アレンは慌てて首を振る。 「ちっ・・・違うんですっ!! そそそっ・・・そんなやましい気持ちじゃなくて、リッ・・・リナリーの脈がなかったから驚いて・・・!」 「あ?脈?」 眉根を寄せて歩み寄ったラビは、リナリーの手を取った次の瞬間、アレンを乱暴にはたいた。 「いって!!」 「いてぇじゃないさ、このエロガキ! ちゃんと脈、あんじゃねぇさ!」 「ふぇっ?!ホントに?!」 アレンはもう一方の手首を握るが、焦っているためか、脈を取ることができない。 「あれっ?あれっ?!」 見当違いな場所を一所懸命に探るアレンに、ラビはわざとらしくも大きなため息をついた。 「まったく・・・! 女の子の胸触ってる現場見られたからって、そんなバレバレの嘘つくなんて、にーちゃんは情けないさ・・・!」 「嘘じゃないって!!!!」 必死に首を振るが、これが逆の立場だったらアレンはきっと、ラビを信じなかっただろう。 そのことに気づいて、アレンは悄然と肩を落とした。 「やれやれ・・・こいつの硬直、解いてやるんさ?」 未だ呆れ声のラビが尋ねると、アレンは無言で頷く。 「俺は、この方が静かでいいんけどね」 とは言いつつも、ラビはベルを鳴らしてメイド達を呼んだ。 「これ、ご主人様の作品だから」 それだけで、クラウドに長く仕える彼女達は理解する。 一旦部屋を出ると、湯やタオルを持って戻って来た。 「・・・・・・ご覧になりますか?」 明らかに入浴の準備をしているのに、出て行こうとしない二人をメイドが睨む。 と、 「すみませんっ! 今すぐ出ていきます!!」 慌てて踵を返したアレンとは逆に、ラビがにんまりと笑った。 「見てていーんなら見てよっかなー 「ラビッ!!!!」 「なんさ、お前も見てりゃいーじゃん 「ダメに決まってるでしょ!!」 真っ赤な顔をしたアレンが、ラビをずりずりと部屋から引きずり出す。 「無理しちゃってさ 頭をくしゃくしゃと撫でるラビの手の下で、アレンは懸命に首を振った。 「むむむむ・・・無理なんかしてないもんっ!!」 なおも言い張るアレンに笑って、ラビはあっさりと踵を返す。 「じゃ、ティモシーの部屋行ってようぜー! あいつ、鼻ピンしてやるとすげー泣いておもしれーったら♪」 ケラケラと笑うラビの後についていたアレンは、その言葉に顔をあげた。 「まさか、部屋にそのまま置いてきてないよね?」 「へ? ・・・・・・・・・・・・あ!」 「繋いどけって言われたじゃんー!!!!」 紅かった顔を蒼くして、アレンがティモシーの部屋に飛び込む。 が、当然のようにそこには、子供の姿はなかった。 「どこ行ったのおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 絶叫するアレンの口を、ラビが慌てて塞ぐ。 「バカ!! 逃げられたなんて長官にバレたらえらいことさ! バレる前に探し出して、柱に繋いどくさね!」 「う・・・うん!!」 顔を強張らせてアレンが頷いた時、リナリーの部屋から悲鳴が溢れた。 「へ?!」 「まさか・・・!」 二人は同時に踵を返し、リナリーの部屋に飛び込む。 「ティモシー見っけ!!!!」 揃って指差した先では、ティモシーがリナリーの胸にしがみついていた。 「なにしてんの、このエロガキ!!!!」 リナリーがまだ着衣であったことを幸い、つかつかと歩み寄ったアレンが、ティモシーを引き剥がす。 「だって、硬直しててもおっぱいはやわらかいのか確認したかったからさー」 悪びれもせず言ったティモシーを、アレンは床に叩きつけて踏み潰した。 「ぴぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」 「レディの胸に触るなんて、失礼ですよ!」 「お前だって触ってたくせに」 「このエロガキィィィィィィィ!!!!」 ラビが指摘した途端、ティモシーが絶叫をあげ、更に潰される。 「エロガキの癖に人をエロガキ呼ばわりするなっ!!」 とうとう白目をむいた子供に吐き捨て、アレンはリナリーに駆け寄った。 「あぁ・・・まだ動けないんですね、リナリー! なのにあんなことされて気の毒に・・・!」 ひしっと抱きついたアレンの耳に、ひどく小さな囁き声が聞こえる。 「へ?なに?」 彼らを遠巻きにするメイドが何か言ったのだろうかと、振り返ったアレンの耳が、すごい力で引っ張られた。 「さわんなって言ってるのよ!!」 「ぎいいいいいいいいいいいいいい!!!!」 耳が千切れんばかりに引かれて、アレンが悲鳴をあげる。 だが、今度は加害者も無事ではなかった。 「〜〜〜〜〜〜〜〜っいったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 硬直していた身体を無理に動かしたため、身体中が攣ったリナリーもまた、悲鳴をあげる。 「吸血鬼め・・・! よくもやってくれたわね・・・・・・!」 「いや、やられたのは僕の方で・・・」 「動けないからって、何も見えなかったわけじゃないのよっ!!」 「そうなんですかっ?!」 途端に目を泳がせたアレンを、リナリーがきっと睨んだ。 「やっぱり何かしたんだね?!」 「えっ?! カマかけるのって、ずるくないですかっ?!」 「なにか文句あんのっ?!」 「ありませんんんんんんんんんんん!!!!」 こぶしを振りかぶったリナリーから、アレンがさかさかと這って逃げる。 と、それが合図であったかのように、一瞬にしてリナリーを囲んだメイド達が、彼女の両腕を掴んで拘束した。 「なっ・・・なにするのよ!!」 未だ不自由な身体を捻って抵抗しようとすれば、熟練の関節技で身動きを封じられる。 「お静まりを、お嬢様」 「主の術を跳ね返したのはお見事ですが、このまま動かれると、四肢が千切れます」 「馬鹿な・・・っ!!」 すかさず否定はしたが、リナリーの身体は身動きする度に、引き裂かれそうに痛んだ。 「お静まりを」 もう一度言われて、リナリーは不承不承従う。 と、別のメイドがアレン達を急き立て、部屋から追い出してしまった。 「今より治療をいたしますので。 お任せください」 そう言って、メイド達は化け物と思えない、優しい笑みを浮かべる。 気を呑まれたリナリーは、温かい湯の満たされた浴槽につけられ、丁寧なマッサージにほだされそうになりながら、懸命に彼女達への反感を引き止めた。 「ご開門を!!!!」 闇の中を駆けに駆け、今回の議場となった城に辿り着いたハワードは、城門へ向けて苦しい声を必死にあげた。 だが門は閉ざされたまま、使い魔とおぼしきコウモリだけが寄って来て、拙い言葉で『純血以外の入城を禁ず』『純血の主なき従者は入城を禁ず』とまくし立てる。 「その、純血の主が大変なのです!!どうぞお助けください!!」 声を嗄らして叫ぶが、城門はぴくりとも動かなかった。 「ご城主様!!どうか!!」 ハワードの懇願を、しかし、鉄の門扉は冷たく跳ね返す。 「どうか・・・!!」 血の滲む声をあげる背後で、蹄の地を蹴る音がした。 「開門せよ。 クラウド・ナインである」 凛とした声が闇に響き渡るや、鉄の門扉が重厚な音を立てて開く。 「お前もついて来い、ハワード。 これは私の従者だ!」 クラウドが城壁の向こうへ声を張り上げると、ハワードの周りを飛び回っていたコウモリはいずこかへと消えて行った。 「事情はトマから聞いた。 危機に陥ったアレイスターを、早く助けねば!」 「は・・・はい!!」 馬の腹を蹴ったクラウドにハワードも続く。 厚い城壁に穿たれた隧道を疾走した二人は、整えられた道を無視してまっすぐにエントランスに駆け寄るや、馬を飛び降りてホールへ駆け込んだ。 「長老会はいずこ!!!!」 クラウドの叫びに『こっちだ』と、奥から声がする。 人外の耳は方角を正確に判断し、長老達の待つ部屋へ飛び込んだ。 「何事だ」 厳格な顔をした老人の問いに、クラウドと背後のハワードが深々とこうべを垂れる。 「ご無礼をお許しください。 火急の件にて、お報せにあがりました」 「うむ。申してみよ」 長老会の中でも最長老のブックマンの命令を受けて、クラウドはトマから聞いたことをできるだけ正確に話した。 「証人はこれなるハワードが。 彼はアレイスターの・・・従者にて、共に襲われております」 いかにアレイスターが彼を『弟』と呼んでいても、実際の血の繋がりはない。 そして、純血の彼に眷族にされたハワードは、ここでは従者の一人でしかなかった。 ハワードも、今更それを不満に思うわけではないが、兄と慕うアレイスターの危機さえ報せられない立場というものが、今はひどく辛い。 この場では、問われるまで口を開くことも出来ない彼は、じりじりと声がかかる時を待った。 「・・・どのような状況だったのだ?」 ようやく問われ、ハワードは一礼する。 「はい。 こちらへ向かう途中、銃撃されまして馬車が止まりました。 主を馬車に残し、私が様子を見に行きましたら馬の暴れる足元に、御者が倒れておりました。 何かあったのだろうとは、すぐに察しましたが気配を感じた時には胸を撃たれ、御者と共に倒れてしまいました。 その後のことは定かではありません」 「なんと言う役立たずだ。 アレイスターが連れ去られたと言うに、なぜお前はおめおめとここにおるのか」 老人の忌々しげな声に、ハワードはこうべを垂れる他なかった。 と、 「そのことは今言っても詮無いことだ」 ブックマンが口を挟み、考え深げに顎を引く。 「アレイスターはいずこへ連れ去られたのか・・・あの周囲にハンター共の拠点はないはずだ」 記憶を探るブックマンに、長老の一人が肩をすくめた。 「それは離れていても奴らには問題ないだろう。 なにしろ、この会合に遅れようとも、奴らには関係ないのだからな」 それこそ清国にまで行きかねない、と言う彼に、ブックマンは大きく頷く。 「もっともだ。 では早々に追わねば、取り返しのつかぬ事になりかねんな」 言うや、ブックマンは執務机に載った電話を取った。 「アレイスターを連れ去ったハンター共を追え」 一言命じて、電話を切った数分後、涼やかなベルの音が鳴る。 「うむ。 では奪還するがよい」 居場所を突き止め、奪還に動くまでの速さは、さすがに長い時を生きたヴァンパイアだった。 その情報網は大樹の根のように張り巡らされて、些細な情報も逃さない。 思わず安堵の吐息を漏らしたハワードを、しかし、ブックマンはじろりと睨んだ。 「安堵するにはまだ早いぞ。 人の身であるとは言え、リー家代々の知恵は深い。 しかもこのたびは一族の娘を奪われ、かなり憤ってもいよう。 おそらく一族は、本気でクロウリー家を潰しにかかるだろうな・・・。 奪還前に殺されておらねばよいのだが・・・」 さすがのブックマンの情報網でも、今の段階でアレイスターの生死までは定かではない。 俯いたハワードは、このことを知った義姉はどうしているだろうかと鼓動を早めた。 トマが泡を食って戻って来たと知らされて、エリアーデは部屋を飛び出した。 「旦那様に何かあったの?!」 エントランスホールにうずくまり、肩で息をするトマに詰め寄ったエリアーデは、乾いた血が彼の胸を染めている様に、蒼褪めて立ち尽くす。 「だ・・・旦那様がお怪我をなさったの・・・・・・?!」 引き攣った声の問いにトマは、必死に首を振った。 「ご・・・ご自身にはまだお怪我は・・・!」 「ではどうなさったの?! 馬車においでなの?!」 外へ出ようとするエリアーデの足を、トマはまた首を振って止める。 「ば・・・馬車は置いてまいりました・・・! 旦那様が・・・旦那様が・・・ハンターに連れ去られてしまわれて・・・!」 「なんっ・・・!!」 絶句し、ふらりと倒れそうになったエリアーデを、駆け寄ったエミリアが支えた。 他にもラビやアレン、ティモシーだけでなくミランダまでもが、なんの騒ぎかとエントランスホールを覗き込む。 一瞬で危機的状況と察せられる光景に、自然と皆、表情を改めた。 「どう・・・して・・・・・・!」 かろうじて呟いたエリアーデに、トマは申し訳なさげに俯く。 「トマと・・・ハワード様が撃たれまして・・・・・・! 鉛の弾でしたので、しばらくすると傷は塞がったのでございますが、動けずにいる間、どうもハンター達は我らを人質に取っていたらしく・・・・・・。 だ・・・旦那様は、あろうことか身代わりに・・・・・・」 「なんですって?!」 トマの報告に、声を荒げたのはエリアーデではなく、彼女を支えるエミリアだった。 「ア・・・アレイスター様は何を考えているの・・・! 従者を庇って自分が囚われるなんて、ありえないでしょ!」 同じ純血の血筋として、至極真っ当な事を言ったエミリアは、傍らのエリアーデに一瞬、気まずげな目を向けたものの、逡巡を振り払うように首を振る。 「当主としてありえないわ! パパが彼の相続権を剥奪する、なんて言った時は止めたけど、こんな甘っちょろい考えだったなんて、今まで潰されなかったのが不思議なくらいよ!」 厳しく言うや、エミリアは身を翻して、アレンが抱いていたティモシーの襟首を掴んだ。 「・・・あんた、しっかりするのよ。 あたし達の役目は、純血の血筋を守ること! そして眷属は・・・」 振り返ったエミリアが、ラビ以外の全員を睨む。 「たとえ命を落としても、純血の主を守ることよ!」 「おい・・・!」 この中で唯一口出しのできるラビがたしなめようとするが、彼女は首を振って拒否した。 「アレイスターのやり方じゃ、一族なんて守れない。 あたし達は全血族を合わせても、数では人間にはるか劣るのよ。 数で押し寄せられた時、当主が一族をまとめないでどうするの。 従者を庇って当主が死んだりしたら、残された一族は誰に従うの? 聞こえのいい美談に、自分は満足でしょうけど、残された一族は大迷惑だわ!」 あえてアレイスターへの敬称を省いたエミリアの言い分は、さすがに次期当主だけあって的確だ。 それは・・・その正論は、ラビも跡取りとして心得ているつもりだった。 だが口に出しては何も言わない彼の代わりに、ふっと、誰かが笑う気配がする。 「っ?!」 全員が、一斉に同じ方向を見た。 ここにはないはずの匂い・・・温かい人血の匂いを、その場に嗅ぎ取ったのだ。 「誰だ!!」 ティモシーが甲高い声で誰何すると、エントランスホールの窓のひとつが破られた。 そこからガスを噴霧する発煙筒がいくつも投げ込まれ、近くにいた使用人は、悲鳴をあげる間もなく床に這う。 「これはあの時の・・・!!」 呟いたラビは、ティモシーを抱いたエミリアとエリアーデの背を押して、ホールから避難させた。 アレンもミランダをホールから逃がすや、いち早く戻って破れた窓に対峙する。 「出てこい!!!!」 怒鳴った瞬間、アレンはラビに腕を掴まれ、引き寄せられた。 今の今までアレンの頭があった場所を銀の刃が貫く。 「おまえっ・・・!!」 アレンとラビが、同時に声をあげた。 「神田!!」 「よぉ、化け物共」 束ねた長い黒髪を背後へ振り払った神田は、二人へ向けてにやりと笑う。 「あいつを取り返しに来たぜ」 言いながら彼は、未だガスを噴霧する発炎筒を二人へ向けて蹴りつけた。 「!!」 「はっ! こんなケムリに怯えるなんざ、ざまぁないぜ」 ヴァンパイアにとっては致命傷となるガスも、人間にはただの煙でしかない。 神田は霧の中を堂々と進み、突然床を蹴った。 「ぅわ!!!!」 できるだけガスを吸わないよう、片手で顔を覆ったアレンの動きは鈍く、神田の攻撃を完全には避けられない。 「アレン!!」 今にも刻まれそうなアレンへ駆け寄ろうとしたラビは、背後から襟首を引かれ、乱暴に口を塞がれた。 「!!」 驚いて振り向いた彼を、エミリアが怖い目で睨んでいる。 「・・・どいつもこいつも!」 マスクでくぐもった声に次いで、舌打ちの音がした。 「無茶すんじゃないわよ!」 エミリアが手を放すと、ラビの半面は既に鉱山作業者用のマスクで覆われている。 「アレン!!」 エミリアが放り投げたマスクにアレンが飛びつき、神田が阻むべく動いた。 が、 「人ンちで何してくれんの、人間」 瞬間移動かと思う速さで傍にいたエミリアが、神田の膝裏に蹴りを入れる。 「っ!!」 咄嗟に受身を取って身を起こした時には、彼女は神田の上に屈みこみ、彼の顎に指をかけてた。 「あら・・・美形じゃない あんたあたし好みよ」 にこりと笑ったエミリアに、しかし、神田は舌打ちする。 「ババァに興味ねぇよ」 「永遠のティーンズにあんた、なんて言いぐさよっ!!」 「永遠の、ってことは、100は超えてんじゃねぇのか。 十分ババァだろ」 「くっ・・・!」 うかつにも自ら言ってしまったことで、却って年輪をばらす結果となってしまったエミリアが、悔しげに唇を噛んだ。 と、その隙に神田はエミリアの腕を掴み、引き倒す。 「きゃっ・・・!」 床に叩きつけられる前に腰を掬われ、無理に立たされた首筋に刃が当てられた。 「おい、お前ら! この女の首を掻っ斬られたくなきゃ、マスクを外しな!」 どこか楽しげに言って、神田は冷たく笑う。 「それより、この女のマスクを先に取ろうか」 刃を器用に逆手に持ち替えた神田は、エミリアの肌に一筋の傷もつけることなく、マスクの紐を切り裂いた。 「あっ!!」 神田に拘束され、身動きもままならないエミリアは、蒼ざめて転がるマスクの行方を目で追う。 到底手の届かない場所へ転がって行くそれを焦慮と共に見つめるうち・・・頭の芯が痺れて、不意に膝が崩れた。 と、神田の手がエミリアの口を塞ぎ、ガスを阻む。 「?!」 「そう簡単に死なれちゃ困るんだよ。 人質の意味がなくなるからな」 冷たく言った神田は、薄い笑みを浮かべてまだマスクをしたままの二人を見遣った。 「殺してもいいのか?」 エミリアの喉元に刃を沿わせる神田の脅しを受けて、二人はマスクを放り捨てる。 「馬鹿っ!!」 くぐもった悲鳴を上げるエミリアの目の前で、二人の顔色がみるみる白くなっていった。 「ちょっとあんた!! 美形のクセに、やることえげつないわよ!!」 無理に神田の手を引き剥がして言えば、彼は見惚れるほどきれいな笑みを浮かべる。 「今の俺は、なにをしても許されるんだよ」 「っ!!」 それはこの邸にいる者を殲滅するということか、と、エミリアが目を険しくした。 「リナリーはどこだ?」 アレンへ向かって問うと、手で口を覆った彼が目を見開く。 「あんた・・・リナリーを殺しに来たんですか?!」 「まさか」 にやりと笑った神田は、エミリアを引きずりながら歩み寄ってきた。 「あれからとっくにナシつけてんだよ。 リナリーは『今回の功績』により、お咎めなしだ」 「え・・・? なんさ、それ・・・?」 目を見開いたラビの目は、エミリアの首筋に添えられた刃に釘付けになる。 「そうか・・・! アレンの血・・・・・・!」 「え?!僕?!」 目を見開いたアレンに、ラビは悔しげに頷いた。 「あん時・・・パリの別邸でこいつに襲われた時、あの剣で頬を斬られたろ・・・?」 アレンの他に、神田の剣による負傷者はなく、ゆえにその刃に付着した血液は、アレンのものと容易に断定されたのだろう。 「で・・・でも、それがなんなの・・・?」 不安げな目でラビと神田を見比べるアレンに、ラビは低く囁いた。 「俺らがさっき、こいつの血の匂いに気を取られたみたいに、ハンター達は一度傷つけた獲物を血の臭いで辿ることができるんさ・・・!」 正しくは、そう訓練した動物を飼っているということだ。 それはまさに、ヴァンパイア用の猟犬だった。 その言葉に、アレンははっと息を呑む。 「まさか・・・あれが・・・・・・!」 ロンドンにあったリナリーの家を訪ねた時、庭には多くの犬が放されていた。 「リナは当然、そのことを知ってる。 だから・・・」 「そうか! じゃあリナリーは、僕が嫌いで殴ってたんじゃないんですね!」 煌くほどに前向きな発言をしたアレンを、皆が唖然と見つめた。 「いやそれは・・・」 「ほとんどマジで拒否られてたと思うさ・・・」 「どうせセクハラしてたんでしょ、子供のクセに!」 神田の手をわざわざ振りほどいたエミリアにまで言われて、アレンはしょんぼりと肩を落とす。 「子供なんだから・・・夢くらい、見たっていいじゃん・・・・・・」 「それにあんた、嫌いじゃなくったって、こうやって追いつかれるくらい出血させられてたんならあの子、あんたを殺す気満々だったってことじゃん!」 ねぇ?と、人質に取っているはずのエミリアに同意を求められ、神田は戸惑いつつも頷いた。 「それに、リナが大火傷を負ってまで陽を浴びたのは、俺らをあの邸に足止めするためだろ。 いい加減、目ぇ覚ますさ!」 アレンと違い、リナリーに対して隔意を持っているラビがきっぱりと言う。 「それにあんたがゆってた『ナシ』ってのはつまり、リナが俺らの繋がりを、内側から崩すことができればあいつの命は助ける、ってこっちゃね?」 それはさすがに、囚われの身では難しかっただろうが、リナリーは足止めや痕跡を残すことなど、今の状況でできることを全てやって、ハンターをおびき寄せた。 「あぁ・・・おかげで、お前らが拠っていた邸から出てくる吸血鬼を待ち伏せて捕らえることもできた。 だが・・・」 不吉な笑みを浮かべた神田が、ラビを見遣る。 「あの邸の所在は、とっくに知ってたぜ。 何年か前に、化け物のつがいがこの近くで囚われたそうなんだが、子供の命と引き換えに、当主の居場所を教えたそうだ」 その言葉にラビが、息を呑んだ。 「化け物にもそんな感情があるのかって、大笑いしたそうだぜ」 愕然として動けずにいるラビを、神田は少し、意外そうに見る。 「へぇ・・・挑発にのらねぇんだな、お前は。 ここまで言われりゃ、飛び掛ってくると思ったんだがな―――― こんな風に!」 ガスを吸ったのか、ぐったりしたエミリアの身体をラビに向けて突き飛ばした神田が、間髪入れず斬りかかって来た。 「ラビ!!」 悲鳴をあげたアレンを突き飛ばし、ラビは突き出された刃をかわす。 「あの邸さ・・・飽きたっつってたけど、ちょっと違う。 あそこには、いたくなかったんさ」 うちの親が場所をばらしちまったから、と、ラビが苦しげに吐息した。 「あ・・・ガスが・・・!」 肩で息をするラビに慌てたアレンは、彼に駆け寄ろうとして、床に倒れたエミリアの前で止まる。 「あ・・・」 助けるべきは、今にも斬られそうなラビか、昏倒しているエミリアかと迷った一瞬、ラビへ斬りかかった神田の足に、エミリアの鋭い蹴りが入った。 「えぇっ?!」 目にも止まらぬ動きで攻撃したエミリアに、アレンが唖然とする。 「エ・・・エミリアさん、ガスで倒れてたんじゃ・・・・・・!」 乾いた声をかけると、彼女は得意げに舌を出した。 「必殺!弱った振り〜 「女狐が・・・!」 よほど強烈な蹴りだったのか、膝を突いて動けないでいる神田に、エミリアはあでやかに微笑む。 「なんとでもお言い、ハンター あたしは、なにをしても許される身分なのよ」 先ほどの彼の言葉をそのまま返し、エミリアはにんまりと笑う。 「せっかくの武器も、使う人間が有効利用できなきゃただのケムリよねぇ 言われて、神田は目を見開いた。 彼が突入した時には、幾人か転がっていたはずの眷属が一人もいない。 なにより、この邸の堅固な城壁を抜けるため、彼がここまでつけて来たトマの姿が、突入時からどこにもなかった。 「あんた、ここが自治警長官の邸だって、知らなかったの? 姉さまはこのガスのことなんか、とっくにご存知だったの。 だから邸が襲われた時のことを考えて、ちゃんと対策してたのよん ね?と、エミリアが横目で見遣った先で、トマはじめ、使用人達が恭しく一礼する。 「ここの換気と洗浄は終わってんの。 ちなみにこれ」 エミリアのヒールに、未だガスを噴霧する発炎筒が踏みつけられた。 「空気洗浄のための水蒸気よ。 あんたが持ち込んだのは、とっくに回収して池の中 にやりと笑ったエミリアを、神田が悔しげに睨みつける。 と、その顔が面白いとばかりにエミリアは笑い出した。 「自分達には害がないからって、無臭のガスを作って得意になってたんでしょう? けど、それがすり替えられたことにも気づかないなんて、まぬけねぇ!」 ケラケラと笑うエミリアに、神田が舌打ちする。 「・・・女も年取ると老獪になるもんだな。 ババァにしてやられたぜ・・・!」 彼の言葉に、エミリアはぷつりと笑声を収めた。 「あんたさっきから、ババァババァってうるさいのよ! あたしはまだ100歳行ってないんだからね!」 「じゃあいくつだよ」 あっさりと切り替えされて、エミリアは気まずげに目を逸らす。 「なっ・・・77・・・・・・」 「喜寿!」 「うるさいっ!!!!」 ぽん、と、手を叩いた神田にエミリアが怒鳴った。 「あ・・・あたしの年のことなんか、どうでもいいでしょ!」 とは言いつつ、エミリアはこれ以上触れて欲しくない話題を終わらせようと、アレンを振り返る。 「それで? 演技して引きつけたラビはともかく、あんたはなんでマジ苦しんでんの?」 「う・・・いや、あの・・・・・・・・・思い込み?」 「まぬけね!」 呆れ声で言ったエミリアは、手を振って使用人達に神田を囲ませた。 「さぁ、美形のハンターさん? これからどうしてあげましょうか」 形勢を逆転させたエミリアは、楽しげに笑う。 憮然として答えない神田に笑みを深め、彼女はゆっくりと歩み寄った。 「優秀なハンターがなにを嫌がるか、あたしは知ってるつもりよ?」 神田の上に屈みこんだエミリアが、彼の長い黒髪をひと房、指に絡める。 「あたしの従者にしてやろうか」 「ダメエエエエエエエエエエエ!!!!」 悲鳴は神田ではなく、アレンから発せられた。 「そんなことしちゃダメです、エミリアさん!! これが眷属になったりしたら、絶対僕とリナリーの邪魔するもん!! 幸せな将来に影を落とすどころか、真っ暗闇にしてくれるもん!! こんな迷惑なコブいらないもんんんんんんんんん!!!!」 超音波かと思うほどに甲高い声で泣き声をあげるアレンに、さすがのエミリアも唖然とする。 「な・・・何もそんなに泣かなくったって・・・・・・」 「お願いだからこれ、今すぐ殺してくださいいいいいいい!!!!」 「ダメ!!!!」 アレンの絶叫は邸中に響き、ここでは唯一神田の味方であるリナリーを呼び寄せた。 「神田!!」 駆け寄ったリナリーは、周りを取り囲む眷属達を押しのけて、彼に抱きつく。 「いやあああああああああああああああ!!!!」 乙女か、と呆れるほど甲高い悲鳴をあげたのはアレンで、すぐさま二人を引き離しにかかった。 「こんなのにくっついちゃダメです!! 僕のリナリーが穢れるっ!!!!」 「いつあなたのものになったのよ!」 「テメェの方が穢れてんだろが!!」 リナリーの肘鉄と神田のこぶしを同時に受けて、吹っ飛んだアレンをラビが受け止める。 「・・・ホント、懲りないさね、お前。 いい根性さ」 呆れ声に、しかし、アレンは大きく首を振った。 「ラビだって、毎回殺されそうになりながらクラウド様に迫ってんじゃん!!」 「よっしゃ行って来い!」 「うん!!」 態度を豹変させたラビにけしかけられ、挑んだアレンが使用人達の協力も得てリナリーを奪い取る。 「なにすんの、えっち!! 放しなさいよ!!」 「嫌です!! せっかく眷属になってくれたんだもん、返すもんか!!」 抱き上げて神田から引き離したリナリーが、ぽかぽかとアレンを叩いた。 「なってくれた、ってなによ! あなたが勝手にしたんでしょ!」 言い間違えないで、と抗議するリナリーに、アレンはぶるぶると首を振る。 「それでもなったものはしょうがないでしょぉ?! 帰っちゃだめええええええええええええええええ!!!!」 「・・・・・・・・・いやはや」 修羅場ど真ん中に佇んだエミリアが、呆れ声を上げた。 「あの子、愛されてるのねー。 いいじゃん、あげちゃいなよ、お兄ちゃん」 「やるかっ!!」 使用人達に押さえつけられた神田が、猛獣のように吼える。 「第一、本人が嫌がってんじゃねぇか!」 「あぁ・・・そりゃまぁ確かにそうなんだけど・・・・・・」 肩をすくめたエミリアは、にこりと笑って神田を見下ろした。 「あの子が眷属になった以上、もう普通の人間と同じ生活なんてできないのよ? だったらここにいた方が、何かと便利だと思うけどなぁ」 だから、と、エミリアが神田に屈みこむ。 「アレンから奪いたいなら、あんたもなっちゃいなよ、眷属 あたしの従者にして、存分にこき使ってあげるから 床に膝をつき、神田と目線を合わせたエミリアが微笑むと、一瞬、彼の苛烈な視線が揺らいだ。 「てめ・・・妙な術を使いやがって・・・!」 眩む目でなんとか睨み返したエミリアは、クスクスと楽しげな笑声をあげて、神田の髪を指に絡める。 「これは、獲物に抵抗させないための術よ。 ヴァンパイアなら誰でも持ってるの」 囁きながらエミリアは、使用人達に押さえつけられて露わになった彼の首筋に、唇を寄せた。 「さぁ・・・おいで・・・ 舌先が肌に触れて、血管の位置を探る。 「んふ・・・ 白い牙を突き立てようとした瞬間、ひゅっと、風を切って飛来したものから、全眷属が飛び退いた。 「水!!」 エミリアの命令に、マスクをつけた使用人達がすぐさま駆け寄って、発炎筒を水桶に沈める。 「・・・っだから人ンちでなにしてくれんのよ、あんた!!」 次の間へ続くドアから顔を出す男へ向かって怒鳴ると、彼はそれが聞こえなかったかのように、よいしょ、と、肩に担いだ荷物を抱え直した。 「ユーくん、面白いの見っけたから、連れて帰ることにしたよ。 リナリーは・・・なんだい、まだ確保してないのかい」 呆れ口調の男に、神田が唇を噛む。 「申し訳ありません、ティエドール師匠」 言うや、リナリーを抱えたアレンへ飛び掛った神田の前に、エミリアが立ち塞がった。 「仲間がいたなんてね!」 悔しげに言った彼女の蹴りを間一髪で避けた神田は、にやりと笑う。 「あんだけ偉ッそうな顔で俺をはめたんだから、とっくに気づいてると思ってたぜ?」 「悪いけど、あたしは保護者つきで戦ったりしないの」 こめかみをひくつかせて、エミリアが殊更嫌味な口調で言った。 「そう言えばあんた、まだガ・キなんだわねぇ。 パパがいないとお外にも出られないのかちら?」 くすりと笑った彼女に、神田もこめかみをひくつかせる。 「いい家の娘は、嫁入り前に方々うろついたりしねぇもんだがな。 77のババァにゃ言うまでもねぇだろうが、お里が知れるってもんだぜ?」 にやりと笑ってやると、またエミリアのこめかみが引き攣った。 その不毛すぎるやり取りに、ラビが呆れる。 「・・・なんかお前ら、気が合いそうさね」 つい口を挟むと、神田のメデューサかと見紛う顔に睨まれた。 「ババァに興味ねぇっつってんだろ!」 「ババァって呼ぶな!失礼ね!!」 「ババァだろが!」 「お前もその見た目のまま100まで生かしてやろぉかあぁぁぁぁぁぁぁ?!」 やっぱり気が合いそうだ、という感想は、二人の迫力の前に喉の奥で消える。 「お・・・おれ、ちょっと他に用事なー・・・」 一応断りを入れてから、数歩下がったラビは身を翻し、一瞬でティエドールへ迫った。 「おっと!」 肩に担いだ荷物を奪われて、ティエドールが残念そうな顔をする。 「せっかく見つけたのにぃ・・・・・・」 「どんな珍しいもん見っけたって、他人の家から勝手に持ち出したら泥棒さ。 それとも最近のハンターは、そんなモラルもなくしちまったんかね?」 呆れ声で言ったラビは、大きな麻袋がもぞもぞと動く感触に驚いて落としてしまった。 「がふっ!!」 「あっ!!ごめんさ!!」 麻袋の中から人の声がして、驚いたラビが慌てて口の紐を解く。 と、自ら出て来たのはリーバーだった。 「・・・お前もお持ち帰りされるところだったんさね」 「人聞きが悪いなぁ・・・。 連れ去られたのを奪還しに来たんだからね、私達は。 さっさと彼とリナリーを返しなさいよ。 モラルがなってないよ、モラルが」 言ったことを返されたラビが、気まずげに目を逸らす。 と、自分で猿轡を解いたリーバーが、ぼさぼさになった頭を振り乱して立ち上がった。 「問答無用で拉致しといてモラルを語るなっ!!」 「えぇー・・・キミのためなのにぃ・・・・・・」 不満げに言ったティエドールを睨みつけ、リーバーはいきなり踵を返す。 「え?!どしたん?!」 すれ違いざま、問うたラビにも答えず、リーバーはもといた部屋へと駆け戻った。 「ミランダ!!!!」 部屋に飛び込んだリーバーは、壁に背を預けて意識を失くしたミランダに駆け寄り、彼女の右手を壁に縫いつけるナイフを抜く。 血の気を失った掌に大した出血はなかったが、銀の刃で受けた傷はもう酷く爛れていた。 人間の医術は修めていても、こんな場合の応急処置なんて聞いていない。 「エリアーデさん・・・!」 アレンが銀で傷を負った時に、いつも治療していたのは彼女だったことを思い出した。 だが、彼女はあのホールにいなかったように思う。 「どこへ・・・!」 つい大声を上げると、腕の中のミランダがはっと目を覚ました。 「リーバーさん・・・!」 深い傷にもかかわらず、ぎゅっと彼の服を掴んで胸に泣きすがってきたミランダを、リーバーはきつく抱きしめる。 「すまない・・・! 守ってやるって・・・言ったのに・・・・・・!」 「なぜ・・・!」 苦しげな泣き声を、ミランダが搾り出した。 「なぜあなただったの・・・・・・!!」 傷の痛みなど気にもならないほどの嘆きに、ミランダが身を震わせる。 「・・・・・・ミランダ」 泣きじゃくるミランダの背を、リーバーが困惑げに撫でた。 その温かさが、ミランダを更に嘆かせる。 「あなたが・・・・・・」 ミランダはリーバーの背に冷たい手を伸ばした。 「眷属にならない人間だったなんて・・・・・・!」 傷の治りの遅さや夜目が利かないことなど、薄々は感じていたことだ。 だが、単に時間がかかっているだけだと思っていた。 そうやって、自身をも騙していたのに・・・・・・。 ティエドールに容赦なく指摘され、『人間の』リーバーは危うく奪還されるところだった。 「ラビが助けてくれなきゃ、危なかったよ・・・。 あの人の様子からして俺は、助けられたんじゃなく、珍しいサンプルとして持ち帰られようとしてたみたいだしな・・・」 「酷い・・・・・・」 ハンターに対して恐怖は抱いても、憎しみを持ったことはなかったミランダが、こわばった顔でリーバーを見上げる。 「あ・・・あんな人達が・・・主の御名を振りかざしているなんて・・・・・・!」 その声は弱々しく、震えてはいたが、目にははっきりと怒りが灯されていた。 「リーバーさん、あんな人達の言うことなんて、信じないでください・・・! これはきっと私が・・・私の力が足りなかったせいだわ・・・! だってあの時の私はまだ、成体とは呼べない身体だったんですもの」 珍しくきっぱりと言って、ミランダは両手でリーバーの手を握り締める。 「お兄様を取り返しましょう」 ミランダの傷から流れた血が、肘を伝って床に血溜を作った。 「あぁ・・・!」 一度永遠を誓った女の手を離すまいと、リーバーも頷く。 「だがもし、俺が眷族になれなかった時は別の――――」 「あなたが寿命を終えるまで傍にいて、息を引き取った横で私も生きるのをやめますわ・・・」 リーバーの言葉を優しい声で遮ったミランダに頷き、彼は彼女を強く抱きしめた。 「エリアーデさん! エリアーデさん、どこですか?!」 ようやくハンター達を城門の外へ追い出したのち、アレンはティモシーと共に姿の見えないエリアーデを探した。 「エリアーデさーん! ミランダさんが怪我したんですー!」 大声で呼ばわりながら、建物の左翼部分から中央へ戻ってくると、同じく右翼部分から戻ってきたラビが手を振る。 「いたさ?」 「いないー!」 困惑した顔を見合わせた二人は、壁へ目を向けた。 「隠し部屋かぁ・・・・・・」 「だったらこっちの声も聞こえてないかもしれないね・・・・・・」 二人は揃ってため息をつく。 「無理だぁー・・・・・・」 「無理でも探すの!!」 エントランスホール近くの部屋から顔を出したエミリアが、苛立たしげに怒鳴った。 「早くして! 毒が回る前に出さなきゃ!」 「はっ・・・!」 「はいさっ!!」 エミリアの大声に急かされ、再び走り出した二人のうち、今度は左翼部分に向かったラビが歓声をあげる。 「マダム!!!!」 絵画の飾られた壁の中から、ティモシーを抱いてエリアーデが出てきた。 「あぁ、ラビ・・・どうかしたの?」 ラビだけでなく、アレンも歓声を聞いて駆けつけたため、エリアーデは何事かと目を見開く。 「ミ・・・ミランダさんが手を刺されたそうで・・・」 「貫通して、酷い傷なんさ! 診てやってほしいさね!」 言われるまでもなく頷いたエリアーデは、部屋から顔を出したエミリアにティモシーを渡して治療にかかった。 ほっとしたエミリアは、しばらく彼女の手際を見ていたが、手を出すまでもなくエリアーデはリーバーに手順を教えながらミランダの治療を終えた。 「よかった・・・」 ほっとしたエミリアは、腕の中でぐったりとしているティモシーの熱さに気づいて眉根を寄せる。 「あんたどうしたの、その顔?真っ赤よ?」 熱でもあるんじゃ、と、手で計ってみるが、そもそもヴァンパイアが熱を出すなんて、非常に稀なことだ。 「ねぇ、どうしたの、ホントに! なにかあったの?!」 改めて問うと、ティモシーはまた顔を紅くする。 「あ・・・あのひとが・・・ずーっと抱きしめてくれてて・・・・・・」 「マダムが?! まぁ・・・それは・・・・・・!!」 思いつく限りの礼を述べたエミリアに、エリアーデは苦笑して首を振った。 「・・・大切な跡取りですもの。 守るのが当然だわ」 その声音に、隔意を読み取れないことはなかったが、エミリアは気づかなかったふりをして微笑む。 「この子が本当に跡取りとしてクロウリー家に入るのは、しばらく先でしょう。 姉さま・・・いえ、長官がちゃんとした躾を終えるまでは、この子を外に出さないでしょうから」 そう言ってエミリアがクスクスと笑い出すと、エリアーデもこわばっていた顔に笑みを浮かべた。 「・・・と、すみません。 こんな話をしている場合ではないの」 ミランダはリーバーに任せろと、手振りで示してエミリアは、エリアーデを呼び寄せる。 「・・・アレイスター様のことなんですけど・・・・・・」 今度は敬称をつけたエミリアが、声を潜めた。 エリアーデは再び表情を強張らせ、続きを促す。 「ハンターからの伝言です。 アレイスター様を返してほしければ、リナリーを返せって」 「えぇ・・・あの、それで・・・・・・」 不安げなエリアーデに、『彼らの言うことだけど』と前置きして、エミリアが頷いた。 「無事だそうです」 「そう・・・・・・!」 とりあえずはほっとして、エリアーデも頷く。 「もちろん、お受けします。 それで、取引はいつなの?場所は?」 「取引は今夜3時。場所はこの山の麓にある廃屋ですって」 「・・・わかったわ!」 時計を見れば、2時を回ったところだった。 「アレン」 ミランダを気遣っているアレンへ声をかけると、彼は子犬のように駆けて来る。 「なんですか、エリアーデさん?」 「リナリーはどうしているの?」 問うた途端、既に交換条件を聞いていたアレンが表情を曇らせた。 「やっぱり・・・アレイスターさんと引き換えじゃ、しょうがないですよね・・・・・・」 暗い声で言うアレンの肩に、エリアーデが手を乗せる。 「・・・ごめんなさいね、アレン。 私だって、こんなことはしたくないのだけど・・・・・・」 一族の当主と眷属になったばかりの娘では普通、比べるにも値しないのだ。 問答無用で引き換えられても文句が言えないところを、わざわざ話を通してくれたエリアーデに、アレンが否やを言う資格などない。 アレンは無理に笑うと、大きく頷いた。 「あの・・・じゃあせめて、僕もついて行っていいですか? あの人達、エリアーデさん一人で来い、なんて言ってませんでしたし」 「えぇ、もちろん」 言いながら、エリアーデはふと、唇をゆがめた。 「あの子を返せと言われただけで、元のあの子を返せと言われた訳ではないものねぇ・・・・・・」 不思議そうな顔で彼女を見るアレンに、エリアーデは楽しげに微笑む。 「少し、意地悪をしましょう。 アレン、あなたが頼りよ」 くすくすと笑うエリアーデを、ますます不思議そうな顔で見ながら、アレンはまた大きく頷いた。 部屋に軟禁されていたリナリーが連れ出されたのは、それからまもなくのことだった。 「あなたみたいな子供一人でアレイスター様をお救いできるのなら、安いものだわ。 何しろ、もっと無茶な要求が来ると思っていましたから」 エリアーデの嫌味な口調に、リナリーはこめかみをひくつかせる。 「なによ・・・! 言えば、オプションに金銀財宝をつけてくれたとでも?!」 せいぜい嫌味な口調で言ったものの、エリアーデはあっさりと聞き流した。 「金銀財宝でアレイスター様の無事があがなえるのなら、喜んで全財産を差し出すわ。 ハンターが、実験体が必要だって言うのなら、私がなってあげてもいい。 あのひとがいつも通り優しく笑って過ごせるのなら、私の命だって差し出すわ」 当然だとばかり言ったエリアーデの、窓の外を見る横顔が真に夫を気遣っていて、リナリーはしばし見惚れる。 「どうかした?」 気がついて、目線を寄越したエリアーデに、リナリーは慌てて首を振った。 ―――― ヴァンパイアのくせに、人間みたいな顔をするから・・・・・・。 「すごく、羨ましいです」 思っていたことが口に出てしまったかと、リナリーがびくりと震える。 が、それを言ったのはアレンだった。 「エリアーデさん達って、もう何百年も連れ添っているのに、心から愛し合えるなんて、すごいと思います! 僕も・・・そんな運命の人がいたらなぁ・・・・・・」 言いながらアレンは、ちゃっかりとリナリーの手を握る。 いつもであればすぐに振り払ったリナリーだが、今はアレンと同じことを考えていたため、酷く反応が鈍い。 その様ににこりと笑って、アレンはリナリーへ擦り寄った。 「リナリー・・・僕もこんな風にずっと、君と一緒にいたいです・・・」 これも、いつもであれば即答で拒否されることだったが、リナリーは口を噤んだまま、アレンが握る手を見おろしている。 いい傾向だと判断したアレンは、リナリーの手を握る手にほんの少し、力を加えた。 「ねぇ・・・」 微笑んだアレンは、リナリーの俯いたままの顎に指をかけ、目線を合わせる。 「ちゃんと、僕を見て・・・?」 銀色の目がリナリーの目を覗きこんだ。 「お兄さんが生きている間は、一緒にいてもいいよ。 だけど・・・その後は一緒にいて? 僕はそのくらいの時間、簡単に待てるんだから アレンの目を見つめて、その声を聞いていると、今まで幾重にもかけていたガードが砂糖のように解けて行く。 「本当に・・・待ってて・・・くれるの・・・・・・?」 夢の中にいるような拙い声で、それでも不安を漏らすリナリーの目を覗きこんだまま、アレンは大きく頷いた。 「もちろんですよ。 浮気なんかしないで、君だけをずっと待ってます」 艶やかな髪に触れ、頬を撫でると、リナリーは彼の手に、猫のように擦り寄る。 「クロウリー家のご夫婦みたいに、何百年もお互いを思いやって過ごすんですよ。 素敵でしょう?」 「・・・・・・そうしたら・・・私も、あのひとみたいにきれいになれるかしら・・・・・・」 「もちろんです」 もう一度言ったアレンに、リナリーがふわりと微笑んだ。 「・・・・・・嬉しい」 「僕も テンプテーションの術中に落ちたリナリーの頬に、アレンは軽くキスする。 「僕たち、幸せになりましょうね アレンを見つめたまま、恥ずかしげに頷いたリナリーの横顔を見つめて、エリアーデは愉快げに唇を歪めた。 ハンター指定の廃屋は、クラウドの邸がある山奥から普通の馬で、二時間はかかる場所にあった。 その距離を十分ほどで走破した馬車を降り、一行は廃屋へと入る。 元は貴族の邸か、荒れ果ててはいてもしっかりとした造りの屋内は、床を踏み抜く心配もなく、古びた燭台に点々と置かれた灯りが彼らを奥へと導いた。 おかげで迷うことなく辿り着いた部屋には、既に数人のハンターがいる。 「みなさま、ごきげんよう」 エリアーデがせいぜい優雅に言ってやると、幾人かが苦笑して会釈を返した。 「ご希望のお嬢様をお連れしましたわ。 当家の主人を返してくださいませ」 リナリーの背を押して、ハンター達へと向かわせたエリアーデが、張りのある声で言う。 と、リナリーに駆け寄ったコムイが、ようやく取り戻した妹を抱きしめてエリアーデを睨んだ。 「そんなに簡単に、返してあげるわけないでしょう! あなたには・・・あぁ、アレン君もいたのか。 じゃああなた達には、リナリーが受けた仕打ちを何倍にもして返してあげますよ!!」 怒りに我を忘れた兄の命令で、一族のハンター達が二人へ襲い掛かる。 が、 「ダメッ!!!!」 甲高い声をあげたリナリーが、兄の腕を振りほどくや、両手を広げて立ち塞がった。 「こっ・・・この人は、リナリーを助けてくれたんだよ!! わ・・・私が陽を浴びて大火傷した時にも、ずっとついててくれたの・・・!」 「そうは言うけどね、リナリー」 一旦は振り解かれた手で、コムイはまたリナリーを抱きしめる。 「キミをそんな傷を負う身体にしたのは彼じゃないか・・・! キミを眷族にして、本来帰る場所を奪ったのは、彼らだよ」 「う・・・そう・・・だけど・・・・・・」 反駁の言葉を探して目を泳がせるリナリーを、コムイは悲しげに見つめた。 「ボクは、それが許せないんだよ」 コムイの怒りに呼応するかのように、ハンター達が一斉に二人へ襲い掛かる。 「主人はどこですの」 素早い動きで攻撃を避けながら問うたエリアーデに、誰かが舌打ちした。 「あいつならとっくに逃げたぜ! 今頃は、一人暢気に血でも呑んでるだろうさ!」 ブックマンが電話一本で助けてしまったアレイスターは今、自治会の城で絶賛説教中だ。 しかし、クラウドの邸へと連絡に走った使者は、途中でティエドール師弟によって排除されていた。 「・・・僕、お邸に戻ったら、クラウド様かエミリアさんに、電話引いてくださいってお願いします」 呆れ声で言ったアレンに、エリアーデがくすりと笑う。 「建築資材でさえ不自由だったのに、どうやって電話線を引くのよ」 アレイスターの無事を知って安心したためか、和んだ笑顔の冗談口に、アレンも笑って頷いた。 「それって更に大変そうですね」 「そうよ」 クスクスと笑いあった二人はそれぞれに、怨み募るハンター達の攻撃を防ぐ。 「・・・この見苦しいひげ面め、よくも騙してくれたわね!」 「逃げられて交換するものがなかったからって、口裏合わせて嘘つくって、どんな師弟だよ! 師匠がどれだけ穢れていても、自分は染まらないのが弟子の最後の砦でしょうに!」 「嘘も方便だよーん 「化け物相手に手段なんか選ぶかよ」 「こっ・・・この――――――――!!!!」 絶叫した二人はそれぞれに敵を押しのけた。 「アレン!」 「はいっ!!」 壁に手をついたエリアーデを庇い、アレンは隙を狙うハンター達を睨みまわす。 「・・・・・・あぁ、そうだ、コムイさん」 笑みを含んだ声に呼びかけられたコムイは、嫌悪感に眉根を寄せた。 「ふふ そんな顔しないでください。 リナリーを拘束したままでいるなら・・・・・・」 にんまりと、アレンは猫のように目を細める。 「天井に気をつけて 「え?!」 アレンが指差した先を見上げたコムイが、目を見開いた。 「みんな!逃げるんだ!!」 同じく天井を見上げたハンター達が、窓を蹴破って外へ飛び出す。 リナリーを引きずるようにして邸の外に出たコムイが、肩越しに振り返った瞬間、邸は雨に打たれた砂の城のように、天井からばらばらと崩れて行った。 皆が唖然と見守る中、邸は完全に崩れ去って、瓦礫もない更地が残る。 「なん・・・だこれ・・・・・・」 乾いた埃のような臭いに眉根を寄せた彼らの視界からは、とうにヴァンパイア達は姿を消していた。 「あははっ! すっごい驚いてましたね、あの人達!」 特に神田が、と、アレンは思い出し笑いをする。 「エリアーデさんが、あらゆるものを枯死させちゃう能力を持ってるって、知らなかったんですね!」 馬車の動きに合わせて前後に身体を揺すりながら、アレンはまた笑い出した。 「ふふ・・・ 純血でもないのに能力が現れる眷属なんて滅多にいないから、知らなくても当然だけどね」 「僕も、もっと大きくなったら何か、すっごい力使えるようにならないかな!」 少年らしい無邪気さで、はしゃいだ声をあげるアレンに、エリアーデが笑みを深める。 「魅了の力はとっくに一人前だと思うけど?」 「そうですかっ?! じゃあ、リナリーは自分から来てくれるかなぁ・・・ 期待に胸を膨らませて、アレンはわくわくと窓の外を眺めた。 ―――― 翌『朝』、自治会の馬車に送られて、アレイスターがルーマニアの居城へ戻ってきた。 「心配をかけたであるな」 彼の姿を見るや抱きつき、泣き縋るエリアーデの背を撫でてなだめながら、気まずげに言った彼に、皆が駆け寄る。 「無事でよかったです・・・! リナリーのお兄さんって、平気で酷いことしますけど、大丈夫でしたか?」 エリアーデに続いて声をかけてきたアレンに、アレイスターは笑って頷いた。 「なにやら手術だの拷問だの、恐ろしい言葉は聞こえていたであるが、何かされる前にブックマンの手の者が助けてくれたのでな。 かすり傷ひとつないであるよ」 むしろ、助けられた後の説教が堪えた、と、肩を落とすアレイスターに、また笑声が沸く。 「じゃ、冬至の祭は予定通りなんさね!」 ラビがわくわくと目を輝かせると、アレイスターは大きく頷いた。 「随分と心配事の多かったことであろうからな。 景気よく憂さ晴らししようではないか!」 その決定には、使用人達からも歓声が上がる。 「もう準備はしているであろうが、何か他に欲しいものがあれば・・・」 気前よく言った兄に、ミランダが真剣な顔で歩み寄った。 「お願いです、お兄様・・・・・・!」 いつも、頼みごとなどしないミランダの真剣な様子に、アレイスターが驚く。 「ど・・・どうしたであるか・・・! 私がいない間、何かあったのであるか?」 問うと、ミランダは目に涙を浮かべて頷いた。 「私では力が足りなかったのです・・・。 お兄様の力でリーバーさんを眷族にして、私にください・・・!」 衝撃の告白に、ハワードが蒼くなったり紅くなったり、めまぐるしく顔色を変える。 「あああああああ姉上さまっ!! こっ・・・こっ・・・これがまだ眷属でないのでしたら、めでたいことではありませんか!! 今のうちに人里にでも捨てましょう!そうしましょう!!」 「俺は野良猫かっ!!」 ヒステリックな声をあげてミランダに迫るハワードを押しのけ、リーバーは背後からミランダを抱きしめた。 「拾ったもんは、最後まで面倒を見るもんだ!」 「もちろんですわ。 だから・・・お兄様ぁ・・・!」 上目遣いの『お願い』に頷いたアレイスターは、小さな子供に対するようにミランダの頭を撫でてやる。 「昔であればいざ知らず、今では眷属になる人間とならない人間の違いが検証されているのである。 心配せずとも、永遠を共にするといい」 その言葉に歓声をあげたミランダの傍らで、ハワードが悲鳴をあげて倒れた。 大騒ぎで介抱されるハワードの、泡を吹いた顔を指差して笑っていたアレンが、不意に踵を返して窓辺に寄る。 「? どうかしたであるか?」 「馬車です!!」 門からエントランスまでのアプローチを、粛々と進む馬車をアレンが指した。 「うむ・・・客人にしては早いであるな」 誰だろうかと、アレンと並んで馬車を見遣ったアレイスターは、そのドアにクロウリー家の紋章がついていることに気づいて、ますます首を傾げる。 「なぜ我が家の馬車が・・・誰か迎えに行ったのであるか?」 尋ねると、アレンが大きく頷いた。 「僕へのプレゼントです!!」 きらきらと目を輝かせ、再び踵を返したアレンが、エントランスホールへと駆けて行く。 ドアを開けると、ちょうどエントランスに止まった馬車から、リナリーが降りてくるところだった。 「リナリー!!来てくれたんですね!!」 「約束だもの」 歓声をあげて抱きついてきたアレンに、リナリーはふわりと微笑む。 あの時・・・廃屋へ向かう途中の馬車で、エリアーデにそそのかされたアレンは、十分な気合を込めてリナリーを魅了した。 彼女の中の、女の子らしい憧れを増幅させながら、何度も囁いたのだ―――― 永い生と衰えない美貌、そしてなにより、『愛する者』と永遠を共にする幸せを・・・。 それを望むなら・・・いや、それを望むアレンと生きてくれるなら、人間の言うクリスマスにここへ来てほしいと、何度も何度も囁いた。 そして今、リナリーは兄の下を離れてここにいる。 「うれしい・・・ それがまだ、彼女の本心ではないにしても・・・今は術に操られているだけだとしても、多くの選択肢の中から自分を選んでくれたことに、アレンは叫びたいほどの喜びに包まれた。 「さぁ!みんなに紹介しますね!」 喜色満面のアレンに手を引かれて城内に入ったリナリーは、くすくすと笑い出す。 「紹介なんかされなくったって、もうみんな知ってるよ」 その言葉には、しかし、アレンは何度も首を振った。 「僕のお嫁さん・・・」 ぴくりと、リナリーの目がわずかに吊りあがって、アレンは声を飲み込む。 「・・・・・・になってくれたらいいなぁって紹介です!」 毎回断固拒否されていた言葉のせいで、危うく術が解けるところだったと、アレンは慌てて言い換えた。 「今年は、僕のお誕生会と成人祝いもしてくれるんですよ ラビが色々考えてくれてるそうなんで、きっと楽しいです にこにこと笑うアレンに、リナリーが頷く。 「楽しい・・・・・・」 「えぇ、絶対にね ぼんやりと呟いたリナリーに頷き、アレンは足を止めた。 「アレイスターさんにさえ手を出さなきゃ、エリアーデさんが僕に全面協力することなんてなかったのに、お兄さんたら・・・!」 大人びた笑みを浮かべて抱き寄せると、リナリーは自ら身体を摺り寄せてくる。 「もう・・・帰さないよ。 永遠にね・・・・・・・・・」 目を見開いたままのリナリーに口づけた時―――― 古い城の扉は、軋みを上げながら閉ざされた。 Fin. |
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31日朝9時完成とかどんだけ・・・・・・。 とりあえず寝ます(^^;) 今は変なところあってもスルーで;;; お待たせして申し訳ありませんでした!! ・・・・・・ってことで、推敲完了したのが年明けて11.1.16でございますごめんなさい(^^;) エリアーデの逆鱗に触れた結果、こうなったと言う結末・・・でした。 時間がなさすぎたので、苦労した割にはいい出来ではないと思います・・・・・・・・・orzlll 本当はこれで完結させるつもりだったんだけどなぁ;; どれもハンパで本当に申し訳ないです; |