† LOST HEAVEN †
―――― 靴音すら消えた闇の中に歩を進める。 そこは千年伯爵でさえ見たことのない、虚無の世界。 千の時を、万の齢を重ねてさえ見ることの出来ない、時の止まった世界――――・・・。 この虚無を覗くことができるのは、この世でただ一人、神に時を操ることを許された女だけ。 時を止めた世界は音もなく、動くものもなく、色さえない。 真の闇と化した世界に一人歩を進めた女は、不意に歩みを止めた。 「・・・・・・あなた」 暗い声音が、音のない世界に飲み込まれてゆく。 「・・・あなた」 再び呼びかけると共に、わずか、身を屈めた女の手が宙に止まった。 その手は優しい曲線を描き、虚空に何者かの容を現す。 「さぁ・・・・・・」 もう一方の手が、また宙に止まった。 更に屈んだ女は、手をそのままに、虚空へ接吻けた―――― 瞬間、白衣の男が現れる。 前のめりにくずおれた男を優しく受け止めた女は、その唇に笑みを浮かべた・・・・・。 その朝、何日目かの徹夜明けを迎え、死人のようにやつれたリーバーは、背後にあがった重低音に眉根を寄せた。 「・・・おい。 今の俺より先に倒れるような根性なしは、第一班にゃいらねぇぞ」 その声は小さく、呟き程度の音量しかないにもかかわらず、室内のスタッフを戦慄させる。 と、すかさずジジが、引き攣った声をあげた。 「イヤ、今倒れたのはキャッシュだから! コイツ、お前より2時間長く徹夜してんだから、ちょっとは大目に見ないか?!」 皆が息を呑んで見つめる中、ため息をついたリーバーが、わずかに頷く。 「その根性、褒めてやる。 誰か病棟に運んでやれ」 「あ・・・あいさっ!!」 彼の気が変わらないうちに、と、ストレッチャーに乗せられたキャッシュが病棟へはこばれて行った。 だがそんな騒ぎを気にも止めずに、リーバーは目の前の書類に没頭している。 「・・・やれやれ、仕事の虫だねぇ」 呆れ口調のジジは苦笑して、ファイル整理を手伝うミランダへウィンクした。 「またコイツに睡眠薬盛るの、協力してくれねぇ?」 「そっ・・・そんな、無理で・・・きゃあ!」 慌てたミランダが、手にしていたファイルを落して、中の書類が散らばる。 「ごごごごご・・・ごめんなさいいいいいいい!!!!」 悲鳴をあげてしゃがみ込んだミランダに、屈んだジジが手を伸ばした。 「スマンスマン、こりゃ俺が悪かった。 片付けとくからミランダ、キャッシュの様子見てきてくれんかな」 「キャ・・・キャッシュさんの・・・ですか・・・?」 なぜ、と、瞬くミランダの前で、ジジは気まずそうに頭を掻く。 「ん・・・。 あいつここじゃ一応、紅一点だしな。 今日一日は病棟泊まりだろうあいつに、俺らが着替えとか持ってけねーじゃん。 他の班の女子に頼むわけにもいかんから、頼まれてくれんかな?」 エクソシスト使って悪いけど、と、言い添えた彼に、ミランダは首を振った。 「いえ・・・キャッシュさんとはお友達ですから・・・」 「そう? じゃあ、頼まれてくれるか?」 あからさまにほっとした顔がおかしくて、ミランダが思わず吹き出す。 「な・・・なんだよ・・・」 「ご・・・ごめんなさい、だって・・・!」 両手で口を覆い、必死に笑いを治めようとするが、どうしても止まってくれなかった。 「すみませんね、チキンで」 肩をすくめたジジは、手早く床の書類を集めると、順番がばらばらになってしまったそれを、素晴らしい手際で整える。 「ホラ、こっちは心配ないから、行ってやってくれ」 笑って手を払った彼に頷き、ミランダはリーバーを見遣った。 「リーバーさん、私・・・」 話しかける彼女を振り向きもせず、リーバーは片手をあげて了承のサインを送る。 ややがっかりした様子のミランダに、ジジが苦笑した。 「つれない奴だろ? あんなのとっとと捨てちまえよ」 彼の冗談口には苦笑して、ミランダは踵を返す。 ・・・科学班を出る前に振り返ったリーバーは、彼女を見送ってくれてはいなかった。 「あのぅ・・・キャッシュさんは・・・・・・」 彼女の着替えを持って病室を覗いたミランダに、中のナースは苦笑して肩をすくめた。 「ぐっすり」 彼女が指したベッドでは、キャッシュが死んだように眠っている。 「い・・・生きているんですよね・・・?」 深い眠りの中にいる彼女は、息をしているのかも怪しいほど静かだった。 ミランダがキャッシュの呼吸を確かめようと手を寄せると、ナースは眉根を寄せて頷く。 「生きてるけど・・・昏睡に近いわね。 見事にワーカーホリックの仲間入りだわ」 仕事が増える、とぼやく彼女を、ミランダは不安げな目で見た。 「あの・・・まさか、このまま目が覚めないなんてことは・・・・・・」 「そ・・・れは・・・大丈夫だと思うけど・・・・・・」 その自信なげな口調に、ミランダはますます不安そうな顔をする。 「あ・・・あの・・・! もし・・・ご迷惑じゃなかったら、私も・・・キャッシュさんの看病をしていいでしょうか・・・!」 「え? ミランダがやってくれるの?」 その申し出に、ナースは喜色を浮かべた。 「助かるわ! 病棟も万年人手不足なの!」 言うや早速踵を返して出て行こうとしたナースを、ミランダは慌てて引き止める。 「わっ・・・私一人でなんて・・・無理です!!!!」 「なんで? 看病してくれるんでしょ?」 意外そうな顔をした彼女に、ミランダは必死に縋った。 「しっ・・・しますけど・・・! わっ・・・私一人の時になにかあったら・・・!!」 真っ青な顔をして言い募ると、彼女は笑ってミランダの手を振り解く。 「それなら大丈夫よ! なんかあったらナースコールしてくれれば飛んでくるから!ね!」 「でっ・・・でもっ・・・!」 「よろしくー 手を振って出て行ったナースを追おうにも、キャッシュを置いて行くわけにも行かず、ミランダはへたり込むようにしてベッド脇の椅子に座り込んだ。 「こ・・・こうなったら仕方ないわ・・・! な・・・なにかあったら、すぐに看護婦さんを呼ばなきゃ・・・!」 ナースコールを握り締めたミランダは、緊張に満ち満ちた眼差しでキャッシュを見つめる。 はたから見れば、殺す隙を窺っているような形相は幸い、誰にも見られることなく時が過ぎていった。 それから十数時間後。 「ご苦労様ー! 疲れたでしょ? もういいわよ、ありがとう」 身じろぎもせず、眠るキャッシュを見つめていた背に、ナースが声をかけた。 「で・・・でも・・・キャッシュさんはまだ目を・・・・・・」 干からびた声をあげて振り向いたミランダの顔が、死人のようにやつれていて、ナースが飛び上がる。 「なっ・・・なんであなたの方がやつれてるの?! 目が血走ってるわよ!!」 「あ・・・。 キャッシュさんになにかあったらって思うと・・・瞬きできなくて・・・・・・」 乾いた目をこすりながら言ったミランダに、ナースは顎を落した。 「そ・・・そんなに気合入れなくていいのに・・・・・・」 ようやく言うと、ミランダは恥ずかしそうに頬を染める。 「ごめんなさい・・・私、不器用だから・・・・・・」 「・・・確かに・・・生きるの大変そうね・・・・・・」 大きく吐息して落ち着きを取り戻したナースは、苦笑してミランダの傍に歩み寄った。 「ミランダも寝ていかなくていい?」 「私は・・・平気です」 「そう。 キャッシュの看病をありがとう。助かったわ」 軽く背を叩いて労うと、ミランダは嬉しそうに笑う。 「今度お願いする時は、そんなに気合入れなくていいからね」 くすくすと笑って、ナースはドアまでミランダに付き添った。 「キャッシュは明日まで起きないだろうから、あなたも今日はおやすみ」 「はい」 手を振ってドアを閉めたナースに頷き、ミランダはややふらつきながら病棟を出る。 「お腹すいた・・・。 部屋に戻るのは食堂に寄ってから・・・ね」 くすりと笑って、ミランダは回廊を食堂へ向かった。 深夜の城内は、それなりに行き交う人も少ないが、食堂は別だ。 どんな時間でも満員御礼のそこでは、ジェリーがいつも通り、魔法使いのような手際で次々と注文をさばいていた。 「ジェリーさん 「あらン、今日は遅かったのねん、ミランダ! 急な任務だったのん?」 問うと、ミランダはふるりと首を振る。 「キャッシュさんが倒れてしまったので、看病を・・・」 「あぁ、聞いたわよん! 何日も徹夜するなんて、お肌に悪いのにねぇん!」 眉根を寄せたジェリーは、いつの間に作っていたのか、ミランダの前にトレイを差し出した。 「ハイ これから寝るんなら、あんまり重いものは食べない方がいいわん それと、こんな時間まで起きてたアンタに、美肌効果のあるものねん そう言ってウィンクする彼女に笑って、ミランダはトレイを受け取る。 「ありがとうございます じゃあ・・・・・・」 ジェリーに手を振り、食堂を見渡したミランダは、誰か知り合いはいないかと探した。 いつもなら、食堂に入り浸るアレンや監視役のリンク、彼らに付き合ってラビがテーブルを占拠しているものだが、珍しいことに今日は三人の姿がない。 「こんな時間だし・・・寝ちゃったのかしらね」 クスクスと笑ったミランダは、見知った顔がないことに肩をすくめて、食堂の奥、隅のテーブルにトレイを置いた。 ここならば、後から団体で来られても慌てて席をどく必要はないという、彼女らしい選択だ。 そんな彼女をカウンターの中から見遣って、ジェリーは苦笑した。 「・・・堂々としてればいいのに」 エクソシストなんだから、と、肩をすくめるが、ジェリー自身、控えめでないミランダなんて想像がつかなかった。 「まぁ、あの子には特に心配要らな・・・・・・」 言いかけた時、 「料理長ー! ハラヘッタ、めしー・・・」 「だったらアタシが作ってあげてよ、ダーリン 力なく入って来たリーバーに続いて襲い掛かる猛獣の咆哮に、ジェリーが眉を吊り上げる。 「いい加減にしなさいよ、アンタッ!! そのデカイ図体でアタシのキッチンに入られちゃ迷惑なのよっ!」 食堂中に響き渡った怒号に、室内の全員が飛び上がった。 「な・・・なんですか・・・?!」 それは食堂の端にいたミランダも例外ではなく、手を止めてカウンターのジェリーを見遣る。 と、その前で、リーバーが知らない男に抱きすくめられていた。 「ど・・・どうかしたのかしら・・・・・・」 科学班で見たリーバーは、今にも倒れそうな有様だったし、彼に抱きついている男はファインダーのようだ。 ならばリーバーが倒れて、彼に介抱されている状況だろうかと、とてもまともな予想をしたミランダが席を立った。 「リーバーさん!!」 ミランダが駆け寄ると、彼は助けを求めるように彼女へ手を伸ばす。 「あぁ・・・! 酷い顔色だわ! ちょっと待ってくださいね!」 言うやイノセンスを発動し、彼を一時的に回復させたミランダは、気遣わしげに彼の肩に手を置いた。 「いつも大丈夫だって言われますけど・・・やっぱり、無理なさらない方が・・・・・・」 そっと彼の肩を撫でた手をいきなり掴まれて、ミランダは目を見開く。 「え・・・・・・?」 驚いて見あげると、リーバーに抱きついていたファインダーが、ものすごい形相でミランダを睨んでいた。 「ひっ?!」 何かいけないことをしただろうかと、ミランダは声を詰まらせる。 が、震える彼女の手首を締め上げる手は、更に横合いからジェリーに掴まれ、引き離された。 「アンタ! か弱いミランダになにしてんの!!」 「か弱い?! この団服、エクソシストでしょーが!! か弱くて務まるのぉん?!」 その口調がとてもジェリーに似ていて、ミランダはまじまじと彼・・・いや、彼女を見つめる。 初めて見る男・・・いや、レディだが、ミランダよりもよほど美容に関心があるらしく、こんな夜中でもきちんとメイクしていた。 爪も、ファインダーにしてはきれいに整えてあって、手袋に覆われた自分の手を思ったミランダは恥ずかしくなってしまう。 ―――― 戦場を言い訳にできなくなってしまったわ・・・・・・。 そんな、埒もないことを考えていた彼女に、リーバーが縋りついた。 「どっ?! どうしたんですか?!」 人前で抱きしめられたミランダが驚いて声を上げると、ジェリーと言い争っていた彼・・・いや、彼女が悲鳴をあげる。 「なっ・・・なにっ・・・?!」 次々と押し寄せる緊急事態に、ミランダの繊細な危機対処能力は簡単に降参した。 「すみませんが・・・私にもわかるようにその・・・教えてください・・・・・・!」 必死に声をあげると、ジェリーが『もしかして』と、小首を傾げる。 「アンタこれの事、知らないのぉ?」 「これってなによ!失礼ね!!」 「アンタなんか『これ』で十分よっ!!」 「あ・・・あのう・・・・・・」 また言い争いを始めた二人に強く言えず、ミランダは彼女に抱き縋るリーバーの背を叩いた。 「本当に・・・どうしちゃったんですか・・・・・・?」 「・・・・・・残酷な現実を見たくない」 「はぁ?」 リーバーの言う意味がわからず、首を傾げたミランダは、もう一度彼の背を叩く。 「あのう・・・とりあえず、皆さんの前ですから・・・・・・」 離れましょう、と、小さな声で言った途端、リーバーがなぜか、ショック死寸前の顔をした。 「え?!あの・・・」 「アンタが要らないなら彼はアタシのものよーん!!!!」 ひょい、と、すさまじい膂力で背後から抱えられたリーバーが、子供のように彼の・・・いや、彼女の腕の中へ収まる。 「アタシは別に、公衆の面前だろうとかまわないわぁん 「あんたはちょっとかまえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 絶叫したリーバーに、ジェリーが憤然と頷いた。 「そうよっ!! アンタはこれからずっと、アタシのキッチンに立ち入り禁止!! やるこたないんだから、とっとと出ておいき!!」 まっすぐに出口を指したジェリーに、彼女は鼻を鳴らす。 「なーによぅ、この姑気質ガ! アンタそぉやってこまかーぃことばっかで怒鳴ってるから、目尻に小じわが出来ンのよん!」 「んなっ・・・!! アタシに小じわなんかないわよっ!!」 「あぁら!! じゃあそのサングラス、外してみなさいよぉ! 小じわ隠してんでしょーが!!!!」 「アンタねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 意地悪く舌を出す彼女にジェリーは怒髪天をつき、すさまじい腕力でリーバーを引き剥がした。 「ミランダッ!! アタシが決着つけるまで、これ持ってなさい!!」 「え・・・あの・・・・・・」 げっそりしたリーバーを物のように渡されて、ミランダが戸惑う。 「望むところよ、この姑!!!! アンタとはいっぺん勝負つけなきゃと思ってたわ!!」 「かかってきなさいよ、この――――っ!!!!」 「あ・・・あの、お二人とも・・・・・・!」 激昂した二人を前におろおろするミランダの手が、不意に掴まれた。 「え・・・・・・」 「逃げるぞ」 この隙に、と、身を屈めたリーバーが、うまく二人の視線を避けながら、食堂を出る。 そのまま回廊を駆け抜け、人気のない中庭へと逃げ込んだ。 「・・・・・・ここまで来れば大丈夫・・・かな?」 自信なさげに言った彼に、ミランダは困り果てて眉根を寄せる。 「あの・・・なんだったんですか? あの方はどなたです?」 続けて問うと、リーバーは深呼吸してミランダに向き直った。 「カノジョ・・・じゃない、彼はボネールっつって、怪盗Gの事件の際、巻き込まれた元一般人だ」 「怪盗・・・と言うと、ティモシー君の事件ですね」 「そう」 短く答えて、リーバーは続ける。 「同じく怪盗に仕立て上げられたジジやファインダー達と同じ牢獄にいたんだ。 あの時、ジジ達を釈放してくれって頼んだ人が・・・まぁ、エミリアの親父さんなんだけど、その人がすげー頑固で、ジョニーなんかの一般団員じゃ話も聞いてくれなかったんだよな。 なんで、忙しい俺が同じく忙しいミス・フェイにお願いして、中央庁からナシつけてもらってから直接頼みに行ったんだが・・・・・・」 ふぅ・・・と、リーバーは重いため息をついた。 「・・・・・・俺にも実は、ワケわからん。 あいつらの捕まってた牢獄に入った途端、ボネールの奴が強化ガラス内側から破って飛び掛ってきて・・・・・・。 なんか、好きだの愛してるだの、俺にそんな気はないって何度言っても聞いてくれなくて・・・・・・。 その上、ジジの野郎が余計なことに、ファインダーにスカウトしたとかなんとかで教団までついて来て、その後はさっき見ての通り、見つかった瞬間に襲われてる・・・・・・」 一気に話し終えたリーバーを、ミランダは目をまん丸にして見つめる。 「まぁ・・・・・・」 しかしこの場合、なんと言えばいいのかわからず、ミランダは散々考えた後、 「大変・・・ですね・・・・・・」 などと、非常につまらない・・・聞きようによっては、他人事とも取れる答えを返してしまった。 「それだけかよ」 リーバーがムッとして言えば、ミランダは驚いて目を見開く。 「え・・・あの・・・・・・」 困り果てて、ミランダは俯いた。 「ごめんなさい・・・私、なんて言えばいいかわからなくて・・・・・・」 しゅん、とうな垂れたミランダは、懸命に言葉を探す。 が、 「私・・・あの方と会ったのも今日が初めてで、心は乙女でいらっしゃるみたいですけど、身体は男の方が、どうしてリーバーさんをお好きなのか、全然理解できなくて・・・・・・」 困り果てた様子の彼女に、リーバーは苦笑した。 「そうだな・・・ミランダには、理解の範疇外だな」 「はい・・・。 私・・・本当になにがなんだか・・・・・・」 ごめんなさい、と、また謝るミランダの頭を、リーバーは笑って撫でる。 「いいよ。 お前は、そのままのお前でいてくれ」 「は・・・はぁ・・・・・・」 本当にいいのだろうかと、困惑げな上目遣いで見上げたリーバーが、不意に腹を押さえてうずくまった。 「リリリ・・・リーバーさんっ?!」 慌てて屈みこむと、なにやらきゅうきゅうと鳴っている。 「あら・・・」 「腹減ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 ミランダの能力でも、リーバーの空腹を紛らわすことは出来なかった。 「こ・・・困りましたねぇ・・・・・・。 せっかく逃げてきた食堂に戻るわけにも行きませんし・・・・・・」 呟いたミランダは、『そうだ』と、手を叩く。 「甘いものでもいいんでしたら・・・」 にこりと笑って、リーバーの手を引く彼女が向かった先は、アレンとリンクの部屋だった。 「起きてますか?」 ノックすると、一瞬で開いたドアからリンクが顔を出す。 「マンマ 千切れんばかりに尻尾を振る小型犬そっくりな顔で、リンクがはしゃいだ声をあげた。 「わざわざ来てくださっ・・・・・・・・・なんですか、この不快なおまけは」 南国から南極まで、一気に温度を下げた声にリーバーが苦笑する。 「いや、俺もなんでここに連れてこられたかよくわかんないんだが・・・・・・」 「だったらマンマを置いてさっさと戻ればいいでしょう」 冷たく言い放ったリンクの前で、ミランダが両手を組んだ。 「私達・・・お腹すいているのに、事情があって食堂に行けなくなったの。 だからあなたのケーキをくださいな おねがい 「どうぞお入りを!! ウォーカー!今のうちに全部食べようなんて、浅ましい考えはよしなさい!!」 テーブルに山と積まれたケーキを懸命に頬張るアレンを叱りつけ、リンクはミランダのために椅子を運んできた。 「あなたはウォーカーのスペースにでもどうぞ。 私のスペースには決して足を踏み入れないように」 「どこだ、それは・・・」 リーバーが呆れ声を上げると、アレンが口いっぱいにケーキを頬張ったまま、部屋の中心を指す。 「んくっ!! この、真ん中きっかりが分かれ目です!」 ドア付近は公共スペース、と言うアレンに、リンクが何度も頷いた。 「そう言うわけで班長、あなたは現在、半歩侵入していますから、すぐさま立ち退いてください」 「・・・・・・めんどくせ」 「ねー? こういうこまかーぃことにいっちいち目くじら立てるからモテないんですよ!」 「・・・そう言うお前はもうちょっと、上品に食べたらどうだ」 盛大に喰い散らかすアレンの食事風景を見ては、リンクでなくても苦情のひとつくらい言いたくなるだろう。 だが、アレンはそんな苦情は聞き慣れているのか、あっさりと受け流して次の皿へ手を伸ばした。 「コラッ!!」 途端に手を叩かれて、アレンはムッとリンクを睨む。 「なんですか、いきなり!」 「いきなりじゃありませんよ! マンマがこうしてお見えになっているのですから、遠慮しなさい!!」 言うやリンクはケーキの皿を取り上げ、ミランダの前に恭しく置いた。 「どうぞ、マスカルポーネとラズベリーのムースでございます。 マスカルポーネはティラミスもご用意していますので、どうぞ両方お召し上がりになって、お比べください。 あと、スポンジケーキではオーソドックスにパウンドケーキ、温かいものをご所望でしたら、タルト・タタンをご用意しますが」 「・・・・・・なにそれ。 僕と扱いが全然違うじゃん」 嬉しそうなミランダの前に、更に嬉しそうにケーキを並べるリンクを、アレンが恨みがましく睨む。 「じゃー俺、パンケーキ!」 不満げなアレンの頭を撫でながらリーバーが言うと、南国の極楽鳥のように囀っていたリンクに、氷点下の目で睨まれた。 「・・・自分で作れ、この外道」 「だから、食堂にいけねーんだってゆってんだろ。 理解しろよ、眉わんこ」 「愛しのボネール嬢から逃げ回っているのですか、このヘタレ」 「欲しけりゃ喜んで進呈するぜ、この陰険」 扱いが違うどころではない会話に、さすがのアレンも黙り込む。 と、彼をミランダが、物言いたげに見つめていた。 「なんですか?」 「う・・・あの・・・アレン君も、あの人のことは知っているの・・・?」 ひそひそと囁く彼女に、アレンはあっさり頷く。 「強烈な第一印象でしたから、多分ファインダーになんなくても覚えていたと思います」 「そ・・・そうなの・・・・・・」 なにやら考え込んでしまったミランダに、アレンが目を見開いた。 「え?! もしかしてミランダさん、知らなかったの?!」 「えぇ・・・ついさっきまで・・・・・・」 それはショックも大きかっただろうと思うと共に、リーバーが隠しておきたかった気持ちも理解できる。 うん、と、大きく頷いたアレンは、ミランダのカップにたっぷりとお茶を注いだ。 「リーバーさんは断固拒否してますからね、ホントに。 けど、彼女はそりゃあ、弱ってる動物を見つけるのがうまい肉食系ですから。 抵抗できない隙を狙って迫ってくるんですよ。 リーバーさん、それで何度潰されてたか・・・・・・」 はぁ、と、吐息したアレンにミランダが、大真面目な顔で頷く。 「それは・・・困りますね。 リーバーさんはとても大変なんですもの・・・いつも私が一緒にいられたらいいのに」 呟いた途端、リーバーの顔が喜色に輝き、リンクが死にそうにやつれた。 「・・・どうしました、二人とも?」 ミランダはごく単純に、『傍にいれば回復できる』と言う意味で言ったのだが、二人は当然、そうとは受け止めていない。 「いや、俺も傍にいてやりたいのはやまやまなんだが・・・」 得意げに小鼻をうごめかすリーバーを、リンクがゾンビのような顔で押しのけた。 「・・・・・・マンマはエクソシストでいらっしゃるのですからこんな下々の一般団員なんぞお気に止めず愛と正義と平和とで世界を守ってくださる存在でいらしてもし叶うのでしたらむしろその愛は中央庁所属の者に注がれるべきであって・・・・・」 カタカタと震えながら、干からびた声を漏らすリンクに、ミランダが小首を傾げる。 「もちろん、あなた達にも愛を注ぐつもりですけど・・・足りなかったかしら?」 そう言った途端、今度はリーバーが顔を引きつらせ、リンクがはしゃぐ仔犬のように目を輝かせた。 「さすがです、マンマ!!!! 母の愛は海より深いのですね だから、と、リンクは肩越し、にんまりとリーバーを見遣る。 「取るに足らない一般団員でも、その恩恵を受けられることを感謝しなさい」 「・・・こンの増上慢ガ・・・!」 リーバーが食いしばった歯の間から漏らす忌々しげな声が心地よく、リンクは鼻を鳴らした。 「なんとでもおっしゃい下々ガ 「マユゲ 私、あなたご自慢のタルト・タタンが食べたいわ それと、リーバーさんにパンケーキも 「喜んでっ!!」 はしゃいだ声をあげたリンクは、雲の上でも行くかのようにふわふわとした足取りで部屋を出て行く。 「・・・これが策略じゃないんだからすごいよ」 リーバーは未だ不満げではあったが、結果的にあのリンクを掌の上で転がしてしまったミランダに、アレンは心底感心した。 殺伐とした雰囲気の中でありがなら、何とか空腹を満たしたリーバーが、部屋に戻るミランダと別れて科学班に戻ると、早くもキャッシュが復活していた。 「・・・あれ? お前、ぶっ倒れたんじゃ・・・・・・」 「いや、そうなんですけど・・・・・・」 気まずげに頭を掻いて、キャッシュが大きな身体を縮こませる。 「あたし、データ取ってる最中だったんで、夢見られるくらい回復した途端、気になってしょうがなくって・・・・・・」 ナースの制止を振り切って来てしまった、と苦笑する彼女に、リーバーも肩をすくめた。 「また婦長に怒られるな。 前途ある若者をワーカーホリックにするな、って」 「そう言うお前も若いんだけどねぇ。 前途有望じゃないのか?」 ジジのからかい口調に周りから笑声が沸く。 ムッとしたリーバーは、忌々しげに舌打ちした。 「・・・ぜってぇお前ら見捨てて転職してやる」 暗い声音で呟くや、途端に部下達が慌て出す。 「うそっ!! 嘘よ、班長!!」 「前途有望で将来を嘱望されてる科学者じゃん!!」 「科学班の未来は班長の双肩にかかってんだからやめないでっ!!」 「うるせー。 絶対辞めてやるんだ、俺! あんな上司の下で、俺の貴重な将来無駄にしてたまるか」 言ってやると、部下達が壮絶な悲鳴をあげた。 その声を心地よく聞きながら、リーバーはデスクに戻る。 「・・・・・・・・・この戦争が終わったら、な」 そっと囁いた声は、彼ら自身の悲鳴に遮られて、誰にも聞かれることはなかった。 翌朝、ミランダは無線機の着信音で目が覚めた。 「・・・・・・はい」 『あ!ごめーん!寝てたぁ?!』 ベッドに身を起こして回線を開くと、朝っぱらから・・・いや、きっと今日も寝ていないのだろうコムイの声は、すさまじくハイテンションだ。 寝起きではそのノリについて行けず、ミランダは見えるはずもないのに無言で頷いた。 『もしもーし?! もしもしミランダー?おーきてー!!!!』 容赦のない畳み掛けに、ミランダは寝起きの声でもう一度『はい』と呟く。 『悪いんだけどー! 任務!リナリーと任務に行って来て! 今回もオンナノコチームで行ってもらうから、科学班はキャッシュが同行するよ!』 「え?! で・・・でも、キャッシュさんは昨日、倒れて・・・・・・」 驚いて声をあげると、コムイは少し言葉を切った後、やや低くなった声で答えた。 『そうなんだけどぉ、倒れた原因は寝不足で、本人が十分寝たから大丈夫だって言うしー? そんなに長引きそうもない任務だから、行ってくれないかなぁ?』 「はぁ・・・そう言う事でしたら・・・・・・」 きっとまた、女にしか入れない場所に問題が発生したのだろうと理解して、ミランダはベッドから降りる。 「すぐに支度します」 『うん、急いで! 15分後には出発ね!』 「は・・・はぁ・・・・・・」 朝食を摂る時間もないのかと、ため息をついたミランダは、出来るだけ急いで着替えた。 「ご・・・ごめんなさい! 待たせたかしら・・・!!」 方舟の間に駆けて行くと、既にリナリーとキャッシュがいて、彼女を待っている。 「ううん、私も今来たとこ!」 にこりと笑って、リナリーはキャッシュが持つバスケットを指した。 「これ、ジェリーから」 「うまいよ」 既に口に入れたキャッシュが、もごもごと言う。 朝食、と言い添えられたそれは、雪のような粉砂糖がたっぷりとかかったドーナッツだった。 「いただきます 温かいミルクティーももらって、立ったまま朝食を摂っている三人に、歩み寄って来たコムイが呆れ声をあげる。 「ちょっと、レディ達! あちこちに砂糖こぼしちゃって、そんなカッコで任務行くのかい?」 「う・・・だって・・・・・・!」 慌ててドーナッツを飲み込んだリナリーが、ミルクティーを一気に飲んで息をついた。 「朝食前に呼び出した兄さんが悪いんじゃないかぁ!」 「仕方ないでしょー! 時差があるんだからサ!」 苦情を言う妹を抱きしめて、コムイがにこりと笑う。 「いってらっしゃい 無事に帰って来るんだよ 「・・・・・・うん」 途端におとなしくなってしまったリナリーに、キャッシュとミランダが笑い出した。 「甘えんぼだね、リナリーは」 「そうですか? 微笑ましいと思いますけど・・・・・・」 クスクスと笑っていると、ふと、コムイが彼女を見遣る。 「ミランダ、必ず今日の23時台までには帰ってきてよ?」 「はぁ・・・なぜですか?」 珍しい指定に首を傾げると、コムイが大仰に眉根を寄せた。 「決まってんじゃん! 今日は12月31日で、カウントダウンパーティするんだよ! 0時になったらニューイヤーとキミの誕生日でしょ?! もぉ、とぼけないでほしーよねー!」 不満げに口を尖らせたコムイに言われて、ミランダは頬を染める。 「そんな・・・私のことなんか・・・いいですから・・・」 「なんでっ!! せっかくのお誕生日だよ?! 自分が主役になれる日なのに!!」 ミランダの言い分が信じられないとばかりに驚いて、リナリーが声をあげた。 と、 「レディになったら、あんまり大げさにして欲しくないと思うもんさ。 クラウド元帥なんてトップクラスの身分なのに、一所懸命避けてんじゃんか」 もごもごとドーナッツを頬張りながら言うキャッシュに、リナリーは不満げに眉根を寄せる。 「キャッシュ、それ、何個目? リナリーよりもたくさん食べたよね?!」 「そうだっけか」 「リナリーまだ、3個しか食べてないよっ!! よーこーせー!!!!」 コムイに抱きしめられたまま、手を伸ばしてバスケットを奪い取ろうとするリナリーの目の前で、キャッシュがからかうようにバスケットを揺らした。 「ほーれほれ。 ここまで来いにゃん♪」 「ふぎゃー!!!!」 悔しげな鳴き声をあげたリナリーは、じたじたと暴れてバスケットに手を伸ばす。 「あはは 室長、この猫可愛いねぇ 「でしょー キャッシュと兄にいじめられて、また鳴き声をあげたリナリーに苦笑したミランダは、 「はい」 と、バスケットから取り出したドーナッツをリナリーにくわえさせた。 「あぁー!!」 「 嬉しそうにドーナッツを頬張ったリナリーは、わざと砂糖を兄の服にこぼす。 「あっ! こらっ!いたずら猫!!」 白衣はともかく、黒いインナーを粉砂糖まみれにされて、コムイはリナリーの鼻をつまんだ。 「〜♪」 してやったりと笑うリナリーにため息をついて、コムイはやや鹿爪らしく表情を改める。 「ボクの服を粉砂糖だらけにした罰です、リナリー・リー! 本部室長として命じます。 ミランダ・ロットーを本日23時台には必ず教団本部に帰着させること!」 「了解であります!」 ドーナッツを飲み込んだリナリーは、おどけて敬礼した。 「だからいい加減、放してよぉ。 リナリーまで粉砂糖まみれだよ」 未だ彼女を抱きしめたままのコムイに苦情を申し立てると、彼は散々ごねた後にようやくリナリーを解放する。 「じゃー!いってきます!」 「はい、いってらっしゃい!」 大きく手を振るリナリーに手を振り返し、コムイは方舟の扉が閉まってもしばらくはそこで彼女達を見送り続けていた。 「いいよね、あんたは。 兄さんがいつもお見送りしてくれて」 方舟の白い街の中を歩きながらキャッシュが言うと、リナリーは得意げに笑った。 「羨ましいなら、ジョニーに来てもらえばいいのに」 「なんでさ。 あいつは関係ないでしょ」 あまりにもあっさりと言われて、リナリーは目を丸くする。 「関係・・・ないの?」 「同僚って以上の関係は、全然ないね」 きっぱりと言った後、キャッシュは『あ』と、声をあげた。 「奴の王座を奪った以上の関係はないね」 「・・・・・・ない方がいい関係だね」 なぜか、乾いた声をあげるリナリーに、キャッシュがくすりと笑う。 「あたしなんかより、ミランダの見送りがない方が不思議なんだけど」 早急に話を自分の事から引き離そうと言う思惑を込めて投げかけると、ミランダは小首を傾げて考え込んだ。 ややして、 「初任務の時は・・・来てくれました」 ぽつりと言った途端、目を輝かせた二人に、びくっと震える。 「それでっ?!」 「どんな会話があったの?!」 「会話も何も・・・・・・」 困惑げに、ミランダは言葉を濁した。 「清国へ、リナリーちゃん達の団服を届けるって役目もあったから、リーバーさんだけでなく、コムイさんや科学班の皆さんがみんなで見送ってくれましたよ?」 ロマンティックな想像の入る余地もない状況に、二人がいきなり舌打ちする。 「なんだ、つまんないの」 「班長、ボネールの見送りはするんだから、ミランダの見送りもしろっつーんだよね!」 「え・・・・・・?」 舌打ちされたこと以上に驚くべき事実を聞いた気がして、ミランダが眉根を寄せた。 「・・・見送りを・・・しているんですか、ボネールさんの?」 「うん。 わざわざ時間を空けてまで来てた時もあったって、方舟担当のスタッフが言ってたよ」 ミランダの暗い声に気づかないのか、リナリーはクスクスと笑い出す。 「よっぽど仲いいのか、って聞かれたんだけど、あれはむしろ・・・」 「愛されてるからねー キャッシュの合いの手に、リナリーがケラケラと大声で笑い出した。 「そうそう! あの最強班長が攻められちゃって!おっかしー!!」 いかにも楽しそうに笑うリナリーとキャッシュから半歩下がった所で、ミランダは眉根を寄せる。 「・・・あれ?」 乗ってこないな、と、振り返ったリナリーは、ミランダの雰囲気があまりにも暗いことに驚いた。 「あれ?! ねぇ、ボネールは知ってるよね?! ジェリーみたいに体格のいい人!」 「えぇ・・・。 食堂で、リーバーさんと一緒にいるのを見ましたから・・・・・・」 「じゃ・・・じゃあ、班長にその気がないってのも・・・聞いた?」 おどおどと顔色を伺うキャッシュにも、ミランダは頷く。 「よかった・・・! 私てっきり、ミランダが班長の浮気を疑ってるのかと思ったよ!」 「いや・・・相手が相手なんだから、そこはせめて、疑ってあげないで欲しいんだけど・・・・・・」 ほっと吐息したリナリーに、キャッシュが控えめなフォローを入れた。 が、ミランダはちっとも笑ってくれない。 「ミ・・・・・・」 「ミランダ・・・・・・?」 まずいことを言ったらしい、と察して、リナリーとキャッシュが気まずげな顔を見合わせている間に、ミランダはさっさと先へ行ってしまい、二人は慌てて彼女を追いかけた。 「あれぇ? リーバー君、ここにいたんだぁ?」 のんきな声をかけられて、リーバーはムッとコムイを見上げた。 「ここ以外のどこに行けっつーんですか!」 リーバーが、自分のデスクに山と積まれた書類を指して言うと、コムイは苦笑して肩をすくめる。 「見送りくらい、行ってやればいーじゃない。 ボネールは見送ってんでしょ?」 笑って言うと、なぜか、ものすごい目で睨まれた。 「な・・・なんだヨ・・・・・・」 「・・・面白がってないで、いい加減取り締まってくれませんかね?! あいつがちゃんと出てったか確認するまでは、ぐっすり眠れないンすけど!」 恨みがましい声で言われて、コムイは手を叩く。 「それでキミ、最近は休みのローテーション無視してここにいたんだ! 急な仕事もないのに、なんでいつまでもここにいるのかなーとは思ってたんだけどサ!」 のんきに言うと、リーバーがいきなり立ち上がった。 「アンタにはとっくに言ってたでしょーが!! なのにあっさり無視してくれやがって!!」 「・・・・・・言われたっけ?」 呟いた途端、殺気を漲らせたリーバーに、コムイが慌てて手を振る。 「ゴ・・・ゴメンゴメン!! それで?!なんか被害があったのかい?!」 「被害・・・・・・?」 その言葉に、リーバーが顔を歪めた。 「疲労困憊で寝てた所をドアぶち破られて侵入されたんだぞ!! 敵襲かって飛び起きた所を大男に抱きしめられて頬ずりされて!! こんな経験したってーのに、奴が城内にいる状況でのんきに寝られると思うかっ!!!!」 唖然としてリーバーの恐怖体験を聞いたコムイは、荒く息をつく彼に対して失礼にも、いきなり吹き出す。 「笑うな――――――――!!!!」 「だっ・・・だって・・・・・・!!」 腹を抱えてひぃひぃと笑うコムイは、リーバーの顔を見てまた笑い出した。 「見たかった!! 見たかった、その状況!!!! 動画ないのっ?!」 「あるかっ!!!!」 リーバーが憤然とデスクを叩いた拍子に書類が崩れ落ちる。 「ひっ?! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」 腹を抱えていたせいで、逃げ遅れたコムイが白い波に埋もれた。 「おっ・・・重っ!! リーバー君、助けてっ!!」 「助けて欲しけりゃ、あいつ取り締まれぇぇぇっ!!!!」 コムイを覆う書類に片膝を乗せ、ぐいぐいと押し潰すと、彼は白旗の代わりに白い紙を懸命に振る。 「わかった!!わかったからさぁ!!」 その言葉でようやく出してもらえたコムイは、涙目でリーバーを睨んだ。 「酷いよ、リーバーくぅん! 暴力反対ー!!」 「こんっな話、忘れて放置するあんたに言われたくないですよっ!!」 やっぱりミス・フェイに頼むべきだった、と、ぼやくリーバーに、コムイが小首を傾げる。 「別にさ、ボクやミス・フェイに頼まなくったって、ミランダに直接言ってもらえばいーじゃない。 彼は私のものです。手を出さないで、って」 ねぇ?と、小首を傾げたコムイから、リーバーは気まずげに目を逸らした。 確かにそれは、リーバーがあの時、一番言って欲しかった言葉だ。 だが、あまりにも純粋に育ってきた彼女はボネールの行動を理解できず、目の前で起きていることを傍観するばかりだった。 「・・・・・・あんたも、他人事みたいに『大変ですね』とか、言われればいいよ」 拗ねた口調の言葉は、口の中でくぐもって、コムイには聞こえない。 「なーにー?」 眉根を寄せた彼に、リーバーはムッと眉根を寄せた。 「繊細なミランダが、あんな獰猛な野獣と戦えるわけないでしょ! さっさと対処してください、さっさと!!」 まくし立てながらコムイの背を押すと、彼は不満の声をあげながらも執務室へ戻って行く。 「・・・とはいえ、あんま期待できないし・・・・・・。 自分でなんとかするっきゃねぇのかな・・・・・・」 徹夜何日目かの朝日を浴びたリーバーは、深々とため息をついてカーテンを引き、眩しい陽光を遮った。 「・・・・・・なんか、ミランダが怖い」 任地に着いた途端、ミランダはいきなり最大限の力で街中の時を止め、真っ直ぐに問題の女子修道院へとリナリー達を導いた。 おかげで、アクマは人形でも壊すように破壊でき、イノセンスも無事回収はしたが・・・。 「・・・話しかけられる雰囲気じゃないよ」 ひそひそと囁くキャッシュに、リナリーも恐々と頷いた。 「やっぱ・・・さっきのあれ?」 「それ以外に、ミランダがあんなに怒る理由がないよ・・・・・・」 あっさりとアクマを破壊したリナリーが、無言のミランダに怯えてキャッシュに縋る。 「どうしよう・・・! 私が余計なこと言ったから・・・・・・!」 「いや、だったらむしろ、あたしのせいなんだけどさ・・・・・・」 大きな身体を縮めて怯えるキャッシュの背を、リナリーが忙しげに撫でた。 「ああああ・・・謝ろう! 余計なこと言ってごめんって、一緒に・・・!!」 「ううう・・・うん!!!!」 キャッシュも頷き、二人は先を行くミランダを追いかける。 「ミランダ!!」 「待って!!」 呼び止めると、ミランダは二人を振り返った。 「ひっ?!」 一瞬、仮面かと思ったほどに白く滑らかな顔には一切の表情がない。 ために、 「なにか?」 と、その口が動いた時には、人形が喋るのと同等の驚愕と恐怖があった。 「ごごごごごごめんなさいっ!!!!」 「余計なことぬかしましたっ!!!!」 ぶるぶると震えながら声を張り上げた二人に、ミランダの唇が歪む。 「ひっ!!!!」 その表情が微笑みだと気づいたのは、二人の体感時間的に随分経った後だった。 実際には数秒もかからず、ミランダは目を細める。 「帰りましょうか」 その声に絶対的な意志を感じて、二人はコクコクと頷き、ミランダに続いた。 「え?! もう帰ってきちゃったの?!」 最短記録じゃないかと、コムイは訝りながらもリナリーの出迎えに方舟の間へ走った。 「あれ?」 「コムイさん、僕らのお見送りもしてくれるの?」 方舟の間で、ブックマンが来るのを待っていたラビとアレンが、走って来たコムイに意外そうな顔をする。 「そんなわけないじゃない! リナリー達がもう戻ってくるんだって!」 コムイが声を張り上げると、二人だけでなく、スタッフ全員が顎を落とした。 「え?! だってまだ、1時間経ってないでしょ?!」 「移動だけでも30分はかかるんじゃ・・・・・・?」 本当に任務完了したのかと、顔を見合わせるスタッフ達に、コムイは眉根を寄せる。 「ボクもびっくりしたけど・・・リナリーからそう連絡が入ったんだし、確認するためにも『扉』は開けなきゃでしょ」 「はぁ・・・・・・」 ありえない短時間に驚きながらも、担当者は室長直々の命令に従った。 「・・・なぁ。 あいつら戻ってきたら、正確な時間聞こうぜ」 ひそ・・・と、囁いたラビに、アレンが肩をすくめる。 「記録更新狙うの?無理じゃない?」 「最初っから無理って言うなよ!」 「だって、あのチームはミランダさんがいて、こっちには僕とブックマンとヘタレだもん。 あっちは時間止められるだろうケド、こっちは絶対ヘタレが足引っ張るから無理」 「ヘタレっつーのは俺のことさああああああああああああああ?!」 むにーっと頬を引き伸ばされて、アレンが悲鳴をあげた。 「にゃんらよっ! ひょんとのことにゃんっ!!」 「まだ言うさ、このー!!!!」 「ちょっとぉ! 静かにしなよ、キミタチ!!」 パパパンッと、デスクを叩いたコムイは、今頃のんびりとやって来たブックマンに眉根を寄せる。 「ちょっとブックマン! おたくのお弟子とアレン君がやかましいんで、とっとと二人のケンカを止めてくださいよっ!」 「ん? あぁ・・・」 そう言って頷いた彼が、なぜかわざとらしく頭を振ることに気づいて、コムイはよくよく観察した。 「・・・ブックマン、今日は一段と調子いいみたいですね」 髪が、と言った途端、ブックマンは瞬間移動かと思う速さでコムイに迫る。 「そうか! やはり室長にはばれてしまったのう!!」 「いや・・・」 あからさまに見せ付けてましたよね、という突っ込みは、喉から出る前にブックマンの輝く瞳に封じられた。 「本部科学班はさすがに世界一の科学技術を持っておるな!! 私の髪も最近では一段と輝きを増しておる!! この調子で行けば、我が美髪復活も近いだろうて!!!!」 「そう・・・ですか・・・。 それは良かった・・・・・・」 じゃあ出発の用意を、と指示したスタッフは、チームのリストを見て首を振る。 「まだファインダーが来てませんね。 後はボネ・・・」 「おっまたせーん 言いかけたスタッフの声を遮るようにして、入り口に彼女が現れた。 「ごめんねぇ、みんなぁ〜 タイツをどの色にするか、迷っちゃってぇ〜ん そう言って、彼女が白いコートの下から披露した脚線美に、ラビが感心して頷く。 「・・・相変わらずいいコーディネートさ、姐さん。 ワインレッドのマニュキュアに合わせるなんて、いい趣味さね」 「あぁらーん やっぱあんた、わかってるわねん、ラ そうなのん、夏なら断然、スカイブルーのマニキュアとペディキュアに素足なんだけど、この時期のベルギーって寒そぉだしぃ〜! でもおしゃれには手を抜きたくないから・・・ 「なんと!! まさかのカラータイツに網タイツの重ね着さ!!!!」 「透けた色がセクスィー 「くっそ・・・! 俺も帰ったら、早速重ね着コーディネートを・・・!」 「うっさい。 ラビうっさい」 緊張感皆無のメンバーに心底うんざりして、アレンはふと、辺りを見回した。 「あれ? リンクはー?」 いつもなら、傍を離れないはずの監視役がいないことに驚くアレンの目を、スタッフの一人が指差して導く。 「リンクったら・・・・・・」 コムイでさえ、まだ待機していない方舟の出口に待機して、今か今かとご主人の帰りを待つ姿は犬そのものだった。 「僕の監視なんかやめて、ミランダさんの飼い犬にでもなればいいのに」 呟くと、ボネールがみっちりメイクした目を見開く。 「ミランダって、あの貧弱そうなエクソシスト? あらまぁ、あの子、あんな貧弱そうなのが好きなの?」 その言葉には、アレンがムッと眉根を寄せた。 「ちょっと! 貧弱って連呼しないであげてくださいよ! あぁ見えてミランダさんは、あるべき所にはしっかりあるんです!」 「そうそう、脱いだらすごい系っ!!!!」 突然背後から殴られて、ラビがうずくまる。 「リ・・・リーバーさん・・・・・・!」 リーバーの怒りの形相に声を引きつらせるアレンの傍らで、ボネールが歓声をあげた。 「きゃあああん ダーリーン 「げっ!!」 まずい、と思うも遅く、リーバーは圧倒的な力の差でボネールに抱きしめられる。 「今日も見送りに来てくれたのねぇん 嬉しーぃ 湧き上がる歓声に重なって、 「リナリー 「マンマー と、コムイとリンクの歓声も上がった。 「あ、おかえりなさ・・・・・・」 振り返ったアレンが方舟の出口を見上げると、最初に出てきたミランダの目が、リーバーとボネールを捉えた途端、凍りつく。 ―――― その瞬間、ミランダの中で、なにかがぷつん・・・と切れた。 ふっと、きれいな笑みを浮かべた彼女の纏う雰囲気は、酷く冷たい。 それを見てしまったアレンが、びくっと震えた。 「ミ・・・ミランダさん、今ドSのキレ方しましたよ?!」 震える声で言いながら、アレンがうずくまるラビのジャケットを引っ張ると、彼は涙目をあげた。 「なんさ、それ?」 「し・・・師匠が本気でキレた時の顔とおんなじだった!! ものっすごくイイ顔で笑うんですよ!! でも、顔の下ではハラワタが煮えくり返ってる系の!!」 怯えるアレンの言っている意味がわからず、ラビは頭をさすりながら立ち上がる。 と、 「ひっ!!」 振り返ったラビは、見てしまったことを酷く後悔した。 とても美しく、静寂で、凍った湖のような・・・だが、ひどく冷たい水を内に秘めた冬の湖。 リンクさえも恐れのあまり声を失った瞬間―――― その場の全ての時が止まった。 ―――― 時の止まった世界で、床に座り込んでいたリーバーは、ゆっくりと近づいてくる彼女に目を見開いた。 「・・・ミランダ?」 声をかけたが・・・白い世界を背景に立つ女は、ミランダの顔をしているがミランダではない。 纏う雰囲気・・・そしてなにより、彼を見下したような笑みが、彼女ではないと確信させた。 「誰だ・・・?」 リーバーが眉根を寄せると、女の口がゆっくりと動く。 ―――― 妾か・・・? 一拍遅れて、音ではない声が、リーバーの脳裏に浮かんだ。 ―――― 妾に名はないが・・・そうじゃな、不便であればクロノスとでも呼ぶがよい。 「クロノス・・・時の神・・・か・・・?」 驚く彼に笑みを深め、女は屈みこむ。 ―――― この娘へのお前の態度について、少々物申したいのだ。 女の目が、細くなった。 ―――― この娘は妾が唯一、力を貸してもよいと思うた娘・・・。 白い手が、自らの頬を愛しげに撫でる。 ―――― 妾は、よい加減な者を好かぬ。ゆえに何千年も独りであったが、気にも留めなんだ。 ミランダの口が動く度、脳裏に流れる古めかしい言葉を、リーバーは唖然と聞いた。 ―――― じゃが、この娘を見出した以上、この身体は命尽きるまで妾の物。 にぃ・・・と、唇が傲慢な笑みを浮かべる。 ―――― 戦ごときで簡単に死なせはせぬ。寿命とて永らえて見せよう・・・じゃが。 女の目が吊りあがり、リーバーを睨み据えた。 ―――― 心が弱っては、いかな妾とて存分に力を使えぬ。 「それは・・・どういう・・・?」 いかにも彼のせいだといわんばかりの女を呆然と見上げるリーバーに、彼女が舌打ちする。 ―――― 貴様がつれぬと、気に病んでおることに気づかぬか!! 「はぁ?! そんなはずは・・・!」 ―――― 言い訳など聞かぬ! ぴしりと言われ、リーバーは声を失った。 ―――― 今でさえ揺れておるのだ・・・こののち、貴様が他の女に心移りしようものなら、いかほどに傷つくか・・・! 女の声が遠雷のように低く轟く度、その右手は音を立てて硬質化していく。 爪は猛禽のように長く鋭く尖り、息を呑むリーバーに迫った。 ―――― いっそここで貴様を殺せば、傷も浅くて済もうぞ! 「無茶言うな!!!!」 大声をあげたリーバーの顎を、鋭い爪を持つ指がつまむ。 「いてっ!!」 ナイフのような爪に頬を掻き切られるが、それ以上の被害を受けないためには動かないことが最上の策だった。 ためにリーバーは目に力を込め、女を睨む。 これが本当にミランダであったなら、驚いて目を泳がせただろうに、目の前の女はなんの感情もなく受け止めた。 ―――― なんぞ言いたいことでもあるのかえ? 激昂した直後だろうに、一瞬で全ての感情を払拭するとはさすがに神を名乗るだけのことはある。 下手なことを言えば、何のためらいもなく首を掻き切られるだろうと予測したリーバーは、頷く代わりに口を開いた。 「俺の言いたいことなんて、時間を操るあんたならとっくに知っているだろう」 ―――― もちろん、貴様がそのように問うて、妾の力を計ろうとすることなぞ知っておった。 ゆえに、と、女は鋭い爪のない左の指を、唇に当てる。 ―――― 貴様の置かれた状況、実際に起きたこと、この娘が不快に思っていることまで、全部理解しておる。 「なら・・・!」 ―――― じゃが。 リーバーの言葉を遮った女の目が、細くなった。 ―――― 重要なのは事実ではない。この娘が、どう受け取るかであろう。 履き違えるな、と叱責されて、リーバーが黙り込む。 ―――― よいか。今まで神の園にいるがごとく嫉妬せず、僻みもしなかったこの娘が、誤解とはいえ心を露わに怒り狂うたのじゃ。 「神の園・・・・・・」 呟いて、リーバーは妙に納得した。 確かに、ミランダの善良な有様は、この世界よりも神の園にこそふさわしいと思える。 ―――― この娘から、楽園を失しせしめた蛇めが・・・! 「あ・・・・・・」 忌々しげな顔の女に、リーバーは唖然とした。 ミランダを怒らせた原因こそ不本意だが、傍にいるのが当たり前と言う慣れが出て、以前のように構っていなかったように思う。 ・・・・・・イブを誘惑した蛇は、言葉によって彼女から楽園を奪ったが、彼は言葉を惜しんだことでミランダから楽園を奪ってしまった。 「ク・・・クロノス・・・・・・! 俺は・・・・・・」 ―――― ようやくことの重大さに気づいたか、たわけめ。 心底見下した表情の彼女が今、本物のミランダに見えて、その言葉がリーバーの胸を抉る。 苦い吐息を漏らした彼の頬に添えられた爪が、ゆっくりと離れた。 「クロノス・・・?」 瞬いて顔をあげると、立ち上がった女が冷たい目で彼を見下ろしている。 ―――― 言うたであろう。妾は、貴様の状況を理解しておる。 言う間に、彼女の目から険が取れていった。 ―――― 人の身体がどういうものであるかも、当然な。 ふわりと微笑みながらしゃがみこみ、彼の前に両膝をついた彼女から、リーバーはびくりと身を引く。 ―――― ・・・ほんに・・・か弱い・・・生き物・・・・・・。 囁くごとに、そのきれいな微笑みが薄れていった。 「ク・・・」 「・・・・・・あら?」 ぱちりと瞬いたのは、紛れもなくミランダだ。 「あら、私・・・・・・」 困惑げに周りを見回して、ミランダは肩をすぼめた。 「あの・・・どうしてリーバーさんまでここにいるんですか・・・・・・?」 気まずげに言った彼女を、リーバーは呆然と見つめる。 長い間を置いて、 「ここ・・・知ってるのか・・・・・・?」 引きつった声で問うと、彼女はこくりと頷いた。 「完全に時が止まった空間です。 ここを知っているのは、私の他はアレン君とリナリーちゃんだけだったんですけど・・・・・・」 彼女が時間を巻き戻していた街にいた時、ほんの短い時間だったが、イノセンスとシンクロして二人の怪我を回復させたことがある。 「うっかり暴走させた時なんかに現れるんですよねぇ・・・。 今回は、どこまで広げちゃったのかしら・・・・・・」 「暴走・・・ってのは、感情のタガが外れた時・・・とか・・・?」 恐る恐る問うと、ミランダは少し考えてから頷いた。 「多分・・・・・・。 最初は、ものすごく怖い思いをした時に逃げ込んだりしてましたから・・・・・・。 でも、今回はなんででしょうねぇ・・・・・・?」 そう言ってミランダは、不思議そうに首を傾げる。 リーバーのせいで理性のタガが外れたと言うことは、幸い忘れているようだった。 「それで・・・これはすぐに戻せるのか?」 やや落ち着いて問うと、ミランダはにこりと笑って頷く。 「大丈夫ですよ。 発動を解けば、すぐに戻ります・・・けど・・・・・・」 「けど・・・なんだ?」 小首を傾げたミランダに、リーバーも首を傾げた。 「・・・・・・あなたの状況を理解している」 ミランダがどこかぼんやりと呟いた言葉に、リーバーはぎくりと顔を引きつらせる。 「そ・・・れは・・・・・・」 「・・・って、なんだか誰かに言われてる気がして・・・・・・。 リーバーさん、ずっと寝ていないんでしょう? ここなら時間が止まっていますから、寝ていきませんか?」 「は・・・・・・?」 唖然とする彼に、ミランダはクスクスと笑い出した。 「滅多に出来ない経験ですよ?」 さぁ、と、立ち上がったミランダが差し伸べた手を取る。 「出来るだけ邪魔にならないところにいないと、うっかり解除しちゃった時に踏まれたりぶつかったりしますから、隅にでも避難しましょうね」 「あ・・・あぁ・・・・・・」 絶対空間と絶対時間についてニュートン力学的観点から考えていたリーバーは、彼女の声と確かな手のぬくもりに既成概念を打ち砕かれ、神の存在に思いを馳せつつ引かれる手に従った。 白い空間で、久しぶりにゆっくりと眠ったリーバーは、ミランダに丁寧すぎるほど丁寧に礼を言って彼女を驚かせたのち、分かれてコムイの執務室へ行った。 「室長、ちょっとお聞きしたいことが・・・!」 執務室のドアを開けると、来客用のソファに座って書類を眺めるコムイの膝に、リナリーが頭を置いて寝転がっている。 「・・・リナリー、ちょっと大事な話なんで、出て・・・」 「あぁ、違うよ。 この子はリナリーじゃないの」 ばさばさと書類を振るコムイに、リーバーは目を剥いた。 「あんたまさか、リナリーそっくりのロボでも・・・!」 「違う違う。 この子はイノセンス」 「・・・・・・・・・はい?」 意外な返答に、リーバーは目を丸くする。 「可愛いでしょ リナリーと違っておしゃべりはしないんだけど、猫みたいに甘えてくるんだ 愉快げに笑って、コムイはリナリーの・・・いや、リナリーの姿をしたイノセンスの頭を撫でてやった。 すると本当に猫のように、リナリーはすりすりとコムイの手に頭を摺り寄せる。 「な・・・なんでこんなことに・・・・・・!」 「んー・・・。 それはボクにもわかんないんだけどぉ・・・」 コムイがリナリーを撫でていた手を顎に当てて首を傾げると、彼女は不満げに彼の手を取って抱きしめた。 「はいはい、ゴメンゴメン」 書類を置いて、また頭を撫でてやると、彼女は気持ちよさそうに目を閉じる。 そのまま寝入ってしまいそうな彼女に、コムイはほんわりと微笑んだ。 「この子が・・・リナリーのイノセンスが結晶化した瞬間、ボクが傍にいたんだけどね。 それからなんでか、リナリーが寝ちゃうとたまに出てくるようになったんだよ 「へ・・・へぇ・・・・・・」 クロノスとはずいぶん違うな、と思いながらも、リーバーは腰が引けて近づけない。 「? どーしたの? 珍しく腰が引けてるじゃない」 さすがに気づいてコムイが問うと、リーバーはしばらく逡巡したのち、ミランダのイノセンス・・・クロノスのことを話した。 「ふぅん・・・。 リーバー君ってさ、お化けといいボネールといい、よく人間じゃないのに好かれるよねぇ」 「いや、全然好かれては・・・って今、ボネールを人間じゃないって言いました、室長?」 「さっすがオーストラリアの大自然の中で育っただけあるよー! 川が氾濫すると、ワニが流れてくるってホント?」 「ホントですけどワニじゃなくてボネ・・・」 「ホントなんだ! すっごーい!!」 コムイが歓声をあげると、彼に寄り添ったリナリーもこくこくと頷く。 「ねー 「べっ・・・別に、俺が好かれるのは動物だけってわけじゃ・・・」 せめてもの抵抗を試みると、コムイはあっさりと笑い飛ばした。 「ミランダは、純真とか善良とか無垢とか、子供に近い感性の持ち主だからねぇ! それでキミにくっついて回ってるんだね、きっと! よっ!母鳥!!」 「ムカ――――――――!!!!」 「ぴっ?!」 リーバーの絶叫に驚いて、リナリーが飛び起きる。 「にゃっ・・・にゃにっ?!」 慌てて辺りを見回したリナリーは、ここが自分の部屋ではなく、コムイの執務室だと気づいて唖然とした。 「あれっ?! 部屋で寝てたのに・・・・・・!」 「・・・なんだよ、ここで寝ちまったんじゃなかったのか」 リーバーの呆れ声に、リナリーは頭を抱える。 「んっと・・・・・・今日は夜中科学班のお手伝いしてて、ほとんど寝ずに任務に行っちゃったから、帰って一眠りしようって・・・部屋に・・・戻ったよねぇ・・・・・・?」 不安げに言って、リナリーは自分の服を見下ろした。 私服に着替えているのだから、それは間違いないと・・・思う。 「なんでここにいるのおおおおおおおおおおおお!!!!」 「自分で歩いてきたよ 「やああああああああん!!!!」 真っ赤になってうずくまったリナリーの頭を、コムイが笑って撫でた。 「いいじゃなーぃ お兄ちゃんは嬉しいもん 「うぅっ・・・!! 兄さんや班長だけならいいけど、あの意地悪魔女に弱みを握られるのは嫌なんだもん・・・っ!!」 「その点はラッキーだったねー♪」 悔しげに唸るリナリーの背を、コムイがぽんぽんと叩く。 「フェイ補佐官はキミが来る直前に、『もぉやってられませんわっ!』ってブチギレて退場したまま戻ってないんだよーん 「ホントにっ?!」 リナリーが頬を染めて顔をあげると、コムイはうんうん、と、何度も頷いた。 「あんまり勢いよく出てったもんだから、ドア付近でリナリーが彼女に弾き飛ばされちゃって! にゃーにゃー泣きながら縋ってきて、可愛かったよーぅ その時のことを思い出して、コムイはうっとりと頬を染める。 「・・・・・・そこまで怒らせる何をしたんですか、何を・・・・・・」 リーバーがため息をつくと、コムイは不満げに肩をすくめた。 「なんかねー、ボクがクリスマスにプレゼントした、お手製のマッサージチェアが気に入らなかったみたい。 いつまでも放置してあるから、今日はぜひ使って頂戴よ、ってお勧めしたら・・・」 コムイが指差した先では、見た目からして電気椅子以外の何物でもないものが、火花を散らしている。 「電流はちゃんと、人間の身体にいい程度に設定してるんだけどなぁ・・・・・・」 「・・・・・・彼女が死ななくてよかった」 それにはさすがに頷いたリナリーが、はっとしてそっぽを向いた。 「あっ・・・あの人がここで死んだら、中央庁が色々うるさいもんねっ!」 見え見えの意地を張る彼女に、兄達が思わず吹き出す。 「なっ・・・なんだよっ!」 「いや・・・うん、そうだよな!」 クスクスと笑いながら、リーバーは子供にするようにリナリーの頭を撫でてやった。 「もぉ!!」 憤然とリーバーの手を振り払ったリナリーは、二人に思いっきり舌を出す。 「あれー? もう行っちゃうのー?」 コムイが残念そうに声をかけると、リナリーはまだ不機嫌な顔で頷いた。 「カウントダウンパーティが始まるまで寝てる! 班長! キャッシュほどじゃないけど、リナリーだってがんばったんだから寝ていいよねっ!」 「嫌味か」 さっさと寝ろ、と手を振ってやると、また舌を出される。 「・・・・・・お前がレディになる日は遠そうだなぁ」 「きっ・・・! ・・・ふんっ!!」 あの興奮状態で眠れるのだろうかと心配になるほど荒々しい足取りで執務室を抜けたリナリーは、乱暴にドアを閉めて部屋を出て行った。 その後リーバーは、特製防護服を着て戻って来たブリジットに追い払われるようにして執務室を出た。 「すげーな、あのフィット感・・・。 ペック辺りがやらしく採寸して作ったかな」 いけ好かない同僚へ嫌味を呟きながら、リーバーは自分のデスクに戻る。 そこには既に、書類が山と積まれていた。 「時間・・・止まってたんじゃなかったか・・・?」 うっかり呟いたリーバーは、クロノスの冷たい目を思い出し、ぶるりと震える。 「あれは・・・とりあえず忘れることにしよう・・・・・・!」 結局、コムイに相談しても何もわかりそうにないし、ミランダにちゃんと気を使っていればまた襲ってくることもないだろうと判断したリーバーは、ふと瞬いた。 「神の園・・・か・・・・・・」 クロノスが言った言葉を、噛み締めるように呟く。 何ヶ月か前、子供達が大騒ぎしたリーバーの浮気疑惑の時でさえ、ミランダは動じず、ゆったりと構えていた。 確かに、原因となった相談事を知っていたためもあるだろうが、『心変わりしたらどうするか』という問いにさえ、『その時は仕方がない』と答えた彼女が不満だったのも確かだ。 あの時までは確実に、彼女はクロノスの言う『神の園』の住人だった。 しかし、実際に嫉妬・・・と認めるのも嫌だが、おそらく嫉妬されたことが、これほどに怖ろしいことだったとは・・・・・・。 「・・・普通、女の嫉妬は女に向くんじゃねぇのか?」 ぼやきながら手に取った書類は、頭が混乱しているためか、全然内容が読み取れなかった。 「・・・・・・十分寝たんだがなぁ」 呟くと、通りかかった部下達が一様に首を傾げる。 「はんちょー。なんで書類、逆さに持ってんすか?」 「ちなみにそれ、中東支部からー」 「アラビア文字って、読めねぇ奴多いんすよねー。訳して 「中東支部出身者って、貴重っすよねー 自分達には確実に回って来ないと思って、楽しそうに笑う部下達にリーバーはこめかみを引きつらせた。 「ジジィには今後全書類英語で出せっつっとけえええええええええええええええええ!!!!」 意地悪な元上司のいたずらに泣きつつ、リーバーはペンを走らせる。 しかし、目の前の仕事に没頭したせいか・・・クロノスへの恐怖も、ほんの少し、薄れた気がした。 その頃、ミランダは敵情視察・・・と言う、確たる思いはないにしても、ジェリーからボネールの情報を仕入れていた。 しかし彼女と仲の悪いジェリーから聞けるのは当然、悪口ばかりで、ミランダは苦笑するしかない。 「だからね! アンタには負けて欲しくないのよ、アタシ!」 「あ・・・いえ、別に・・・勝つとかそういう意味で聞いたんじゃなくて・・・・・・」 ミランダが苦笑すると、ジェリーは喜色を浮かべた。 「マァ もうとっくに勝負はついてるってことねぇん そうよ、その調子よ、ミランダ! アタシはいつだってアンタの味方だからねん!!」 「あ・・・ありがとうございます・・・・・・」 両手でがっしりとミランダの手を握ったジェリーの気迫に気おされて、ミランダはもう、そうとしか言えない。 ―――― ど・・・どうしましょう・・・・・・。 困り果てたミランダを厨房からの声が救ってくれた。 「料理ちょーう!! 早く戻ってくんないと、パーティに間に合いませんよー!!」 「なーによぉ! そのくらい、副料理長がパパーッとやっちゃいなさいよぉう!」 「俺の分は終わってます!! 巨大ガレット・デ・ロア作るってゆったの料理長でしょーが!!」 「アラ! アラアラ!!」 途端に慌て出したジェリーの手をそっとはずし、ミランダはにこりと笑いかける。 「色々教えてくれて、ありがとうございました、ジェリーさん。 お仕事に戻ってください」 「あぁ・・・ごめんねぇ、ミランダ! 今度ゆっくり相談に乗るわねん!」 「はい。よろしくお願いします」 にこりと笑ったミランダに手を振ってジェリーが厨房に戻ると、中の料理人達がわらわらと寄って来て、彼女に味見などを頼んでいるのが見えた。 「・・・パーティ前に悪いことをしちゃったわ」 これ以上邪魔をするのも悪い気がして、ミランダは食堂を出る。 「リナリーちゃんは寝ちゃったし・・・キャッシュさんは仕事に戻ったし・・・・・・」 回廊を歩きながら指折り数えるが、誰も彼もが忙しくて、任務のないエクソシストの話し相手をしてくれそうな人間など一人もいなかった。 「・・・・・・仕方ないから」 廊下の突き当たりでぴたりと立ち止まったミランダは、右に伸びる道と左に伸びる道を見比べる。 「・・・誰も・・・話し相手がいないし・・・やることないし・・・だから・・・・・・」 言い訳がましいことをブツブツと言いながら、ミランダは壁に打たれたプレート、『ScienceGroup.1』の文字を指でなぞった。 「お・・・お手伝いしましょう!」 頬を染めて、ミランダは決然と左の道へ歩を踏み出した。 決めてしまうと足の速いミランダはあっという間に研究室に至り、騒がしい室内へと足を踏み入れる。 「リ・・・リーバーさん・・・・・・」 書類に没頭しているリーバーに声をかけると、目をあげたリーバーが、なぜか弾かれたように立ち上がった。 「なっ・・・なんだ?!」 「・・・・・・・・・どうしたんですか?」 様子のおかしい彼に目を丸くすると、リーバーは懸命に首を振る。 「なんでもないっ!! それより、なんか用か?!」 明らかになんでもなくはない様子の彼に、ミランダは小首を傾げた。 「あ・・・いえ・・・・・・。 何かお手伝いすることがあればと思って・・・・・・」 「手伝い・・・・・・」 その言葉に、リーバーがほっと吐息するさまをミランダは不思議そうに見つめる。 「えぇ。 時間をもてあましたものですから・・・」 「じっ・・・時間っ?!」 突然悲鳴じみた声をあげたリーバーを、ミランダだけでなく周りの科学者達までもが驚いて見つめた。 「え・・・えぇ・・・・・・。 あの・・・本当にどうされたんですか・・・・・・?」 問うと、リーバーは挙動不審に目をさまよわせた後、 「・・・絶対空間と絶対時間についてニュートン力学的観点から考えていた」 と、ミランダには理解不可能な呟きを漏らす。 「は・・・はぁ・・・・・・」 それを考えていると、こうも挙動不審になるものかと思ったが、周りの科学者達が全員頷き、激励して去っていくのを見るうちに、そういうものかと納得してしまった。 「が・・・がんばってください・・・!」 意味がわからないながらも、激励したミランダの一所懸命な目に、ふっと、リーバーの表情が和む。 「あぁ・・・ありがと」 軽く頭を撫でると、ミランダは嬉しそうに笑った。 その笑顔に更に癒されて、リーバーは席に着く。 「じゃあ、終わった奴ファイリングしてくれ。 アラビア文字と英語の2種類あるから、混じらないように気をつけて」 「は・・・はい!」 いつも通りになった彼に安堵して、ミランダは言われた通りの仕事を丁寧に進めた。 普段と変わらぬ風景に、周りの科学者達も気を和ませて自身らの仕事を進める。 おかげでリーバーの怒声が響くこともなく、ハードワークながらその日の業務は順調に進み、カウントダウンパーティ前にはほとんどのスタッフが解放されていた。 パーティ会場は今日も賑やかで、教団本部に集うメンバーがいかにお祭好きかということを内外に知らしめていた。 中央庁から派遣されたメンバーも、在留期間が長い者ほどその気質に染まって、手伝いを申し出る者までいる。 『よそ者』でさえそうなのだから、本部所属の年少者が手伝いを免れうるはずがなかった。 「リナリーまだ寝足りないのにぃ!!!!」 ぴぃぴぃと泣きながら訴えるリナリーのトレイに、しかし、ジェリーは容赦なくシャンパングラスを乗せる。 「ホラ! 気をつけないと落ちちゃうわよ!」 「やだー!! お手伝いしたくないって言ってるでしょぉ! リナリーごはん食べてないもんっ!朝にもらったドーナッツしか食べてないもん!!お腹すいたー!!」 「んもう!」 きぃきぃと泣くリナリーをもてあまして、ジェリーは彼女の持つトレイを取り上げた。 「わかったから、さっさとご飯食べてらっしゃい! その代わり、満足したらすぐに手伝うのよん!」 「うぅ・・・・・・」 不満げに目を逸らしたリナリーの鼻を、ジェリーが摘む。 「カウントダウンまで時間ないのよ!いいわね?!」 「ふぁい!!」 泣きながら承諾したリナリーを放してやると、ジェリーはシャンパングラスを掲げてパーティ会場を巡った。 食堂のスタッフ達も、料理長だけに給仕をさせるわけには行かず、精力的に歩き回って会場中にグラスを行き渡らせる。 「アラアラ いい子達 部下達の働き振りを満足げに眺めながら、ジェリーが空になったトレイを置くと、彼女の腕にアレンが歓声をあげて飛びついた。 「いい子って、僕も?!」 「きゃーん アレンちゃーん 軽々と抱き上げて、ジェリーはアレンを抱っこする。 「パーティに間に合うように任務完了するなんて、いい子っ 「がんばりましたー 「俺も。 服ボロボロのまんま食堂に飛び込もうとする子供を風呂に蹴落とすのにがんばりました」 「右に同じです」 げっそりとした顔で歩み寄ってきたラビとリンクに、ジェリーは笑い出した。 「おつかれさまだったわね、アンタ達 今、リナリーが隅でご飯食べてるから、アンタ達も先に食べたら?」 言いながら、ジェリーは気ぜわしく壁の時計を見遣る。 「今年も後20分ね・・・」 「そんな時間までリナ、メシ食ってなかったんか・・・。 俺らは仕方ねーけど、あいつ、午前中にはここにいたじゃん。 なんで食ってねーの?」 当然と言えば当然の問いに、ジェリーが苦笑した。 「あの子、一晩中科学班のお手伝いしてから任務に行ったみたいで、さっきまで寝てたのよん」 「かわいそうに・・・・・・」 眉根を寄せたアレンは、ジェリーの腕から降りて、彼女に抱きつく。 「ごはんしてきますっ!」 「ハイ 機嫌よく手を振るジェリーに手を振り返し、アレンは隅へと走っていった。 その後を、ラビとリンクもついて行く。 「・・・しかしお前、ホント姐さん好きさね」 「好きなんてもんじゃないですね、大っっっっっ好きです!!!!」 戦場でも思い出すほどに、と、力強く断言したアレンに、リンクがため息をついた。 「まったく・・・食い意地の張った子供で、品位のかけらもない・・・・・・」 「誰に言われても、長官のスイーツ本に癒されてる君に言われたくないですね」 ざくっと急所を突かれて、リンクが一瞬、声を失う。 「あっ・・・あれは・・・!!!!」 「リナリー なんとか試みた反駁はあっさりと無視されて、アレンはちゃっかりとリナリーの隣に腰を下ろした。 「ただいま!」 「おかえり、アレン君 パーティに間に合うように帰ってくるなんて、さすがだね!」 パチパチと拍手されて、アレンは得意げに胸をそらす。 「でっしょ こういうのははずしませんから、僕!」 「自慢することさ?」 苦笑して、ラビはビュッフェのテーブルから色々と運んできた。 「ほかに欲しけりゃ自分で取って来い」 「うんっ!!」 早速肉の塊にかじりついたアレンに、リンクがまたもやため息をつく。 「もう・・・子供の躾には疲れました・・・・・・」 そういう彼の前には、スイーツ全種類がきらびやかに並んでいた。 一方、カウントダウンの主役だからと、ドレスに着替えるように言われたミランダは、皆より遅れてパーティ会場に入った。 と、今朝から気になっていた顔が目の前にある。 「あら・・・」 「ンマッ!!」 思わず声をあげたミランダを振り返り、ボネールは眉根を寄せた。 あからさまに対抗心を漲らせる彼女に、ミランダはにこりと微笑む。 「お帰りなさい。 ご無事でなによりです」 嫌味でもなんでもなく、本心からの言葉だったが、受け取る側はそう思わなかった。 「せっかくの日に帰ってきちゃっておあいにく様!」 こちらは十分皮肉を利かせて言ってやると、ミランダはなぜそんなことを言うのかと、心底不思議そうな顔をする。 しばらく考え込んでいた彼女は、ふと手を打って頷いた。 「ボネールさんは、フランスの方なんですってね」 「フランスって言うよりパリ?!パッリジェンヌだけどっ!」 更に気合を込めて言ってやると、ミランダは優しい笑みを浮かべて何度も頷く。 「私は・・・ドイツ人なんです・・・。 その・・・ボネールさんみたいに、華やかな土地の出身ではありませんけど・・・・・・」 恥ずかしげに頬を染める彼女がなにを言おうとしているのか全くわからず、さすがのボネールが口をつぐんだ。 と、それをどう受け止めたのか、ミランダは笑顔で彼女に手を差し伸べる。 「英語は母国語ではないので、誤解を招く言い方をしていたらすみません。 こちらのみなさんは大目に見てくださいますから、つい、自分の話し方をしてしまって・・・お聞き苦しかったでしょう?」 「・・・・・・え?」 ミランダの顔と手を見比べて、唖然とするボネールの手を、ミランダが握った。 「これからよろしくお願いします、ボネールさん」 「は・・・はああああああああああああああ?!」 意外すぎるミランダの態度に、ボネールが絶叫する。 「あっ・・・アンタそれ、どういうつもり?!」 会場中の視線を集める中、ボネールはミランダの手を振り払った。 「はぁ・・・どういうつもり、とはどういうことでしょうか・・・・・・?」 目を丸くするミランダを、ボネールは睨みつける。 「だからアタシは、リーバー班長を・・・」 「はい、そのことは聞きました」 あっさりと・・・あまりにもあっさりと言われて、今度はボネールが目を丸くする。 「そ・・・その上で、アタシによろしくってゆってんの・・・・・・?」 唖然と言うボネールに、ミランダは頷いた。 「そのことと、あなたがホームの仲間になったことは、あまり関係ないと思いますけど・・・違いますか?」 関係大有りだろう、と、会場中の誰もが思ったが、誰もそれを指摘できない。 さすがにその雰囲気は察して、ミランダは言い直した。 「えぇと・・・つまり、あなたがリーバーさんをお好きだってことと、あなたがファインダーとしてお仕事されるのは別のことでしょう?」 「はぁ・・・まぁ・・・・・・」 リーバーのことは入団の動機であって、ファインダーの仕事自体とは関係ない。 「ですから、エクソシストとして、ファインダーのあなたにはたくさん助けていただくでしょうから、よろしくお願いしているのですけど・・・・・・変かしら?」 ぱたぱたと周りを見回せば、それについては誰も否定しなかった。 ほっとして、ミランダはボネールに向き直る。 「握手・・・していただけますか?」 にこりと笑うと、彼女は不満げながらも再度差し出された手を握った。 「ふふ よかった・・・・・・」 「でも!!」 乱暴に手を放して、ボネールはミランダを睨む。 「アタシはこんなのにほだされて、彼を諦めたりはしないんだからねっ!!」 堂々たるライバル宣言に、ミランダは動じることなく頷いた。 「はい、どうぞ」 「はぁ?! アンタ、アタシをなめて・・・」 「いいえ、そんなことは言ってません」 穏やかな声なのに、先ほどの言葉もあって、彼女の本心が語られるのを待ってしまう。 と、ミランダは静かになった彼女に微笑んだ。 「私も、リーバーさんが好きです。 だから、あなたの気持ちはよくわかりますよ」 ・・・・・・他の人間の口から出たのなら、なんと傲慢な上から目線かと思われただろう。 だが、今までのミランダを知っている者達、そして、今回のミランダの言葉を聞いていた者達は、全員が嫌味でも皮肉でもないと理解した。 しん、と静まり返った中で、ミランダは再びボネールの手を取る。 「こちらの気持ちが決まっている以上、今後はリーバーさんが決めることではないかしら」 「そ・・・それはそう・・・だけど・・・・・・」 「だから」 二人の緊迫したやり取りを見つめる者達から離れた場所で、彼女達の声が聞こえない者達が、カウントダウンを始めた。 「こそこそするのはやめましょう、と言っています。 あなたは私から、リーバーさんを奪うつもりなんでしょうが、私は防衛にがんばります」 守りは得意なの、と、ミランダが笑みを深める・・・―――― その瞬間、鳴り響いたクラッカーと乾杯の声に、凝然と見守っていた者達も息を吹き返した。 「あ・・・A Happy New Year!」 「ミランダ、お誕生日おめでとう!!」 人形でなかったことを思い出したように声を張り上げる団員達に囲まれて、ミランダが渡された祝杯を掲げる。 「ありがとうござ・・・」 横合いからその手を掴まれて、ミランダは不思議そうにボネールを見つめた。 「はい?」 「アンタ、すっごいムカつく」 きっぱりと言われて、ミランダはしおしおとうな垂れる。 「すみません・・・・・・」 「でも・・・」 ミランダが掲げたグラスに、ボネールは自分のグラスを重ねた。 「嫌いじゃないよ、アンタみたいなの」 くすりと、いたずらっぽく笑ってウィンクした彼女に、ミランダはほっと表情を和ませる。 「Un Bonne Annee♪」 「Ein Frohes Neues Jahr くすくすと笑いながら二人は、互いの母国語で新年の挨拶を交わした。 白い・・・時の止まった空間で、女は呆れたように首を振った。 ―――― 神の園を追われても・・・女とは荒野で強く生きるものだな・・・・・・。 クロノスの唇に、笑みが浮かぶ。 ―――― 妾はよい加減な者を好かぬ。やるならば、徹底的にやるがよい。 その激励は声にならないまでも、ミランダの胸に熱く響いた。 Fin. |
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4日朝6時55完成・・・・・・。 2011年ミランダさんお誕生日SSでした。 ・・・これ書き終わるまでに、何日徹夜したんだろう;;; 推敲も中々終わりませんですみません;>終わったのが7日とか・・・。 ちなみにこれは、班長お誕生日SS『Sweet Vanilla』とこっそり二部作仕様になっています。 そう、釣った魚に餌やらない、全ての男子に捧ぐ(笑) リクが、『みんなに優しい班長にジェラのミランダさん』だったんですが、彼女の場合、嫉妬するにも段階を踏んでからだろうな、と思いましたので、あの事件がきっかけでちょっと班長がダレたというか、安心して放置気味になったことが原因でミランダさんを怒らせたカンジにしてみました。 ライバルの性別が男、って辺りがミランダさんだと思います。 ボネール姐さんくらい強い人でないと、ミランダさんには対抗できないと思うんだ。 そして、勝手にイノセンスに人格与えてみましたごめんなさい; アレン君の心臓修復したり霧になったイノセンスや、リナリーの血を得て強化されたイノセンスみたいに、イノセンスって、ある程度の意志を持っていると思うんですよ。 アクマに芽生える、ダークマターから生まれた『意識』の対極に位置するものがね。 アレン君やリナリーのはまだ意識が幼いというか、ラウ・シーミンみたいにちょっと動物的なところがあるカンジなんですけど、ミランダさんのはかなり特殊なので、確固たる意志があるんじゃないかな、と思います。>時計が初めて鳴ったシーン参照。 それで、『クロノス』と言う人格を作ってみましたが、基本的にイノセンスは適合者のこと好きだと思います。 ジャッジメントなんて、絶対師匠にベタ惚れしてるよ(笑) ともあれ。 今年の目標は『締め切り厳守!』にしたいと思います;; ホントすみませんでした;;; |